女騎士「たるんでいるぞ貴様ぁっ! 決闘を申し込むっ!!」(278)

剣士「……」ヌボーッ

女騎士「無視をするなぁっ!」バンッ

剣士「ふがっ!? ……あぁん? なんだ、お前かよ……ウゼ」

女騎士「ウゼ……!?」ガーン

女騎士「なんだその言い草はぁ!!」ガァァ!

剣士「だってそうだろ……学科も違うのに毎日毎日……」ジト

女騎士「そ、それはお前が決闘を受けないからだろう!!」

剣士「もう10回も闘っただろうが……、連勝記録を破られて悔しいのは分かるが、俺は忙しいんだよ」シッシッ

女騎士「なっ」ムカッ

女騎士「ええい! 黙れ黙れ! 決闘を受けるまで帰らんぞ!!」

剣士「チッ……」ガタッ

女騎士「!?」ビクッ

剣士「じゃあ条件だ」

女騎士「じょ、条件……?」

剣士「これで最後だ、俺が勝ったらもう付き纏うなよ」

――決闘場

モブ「女騎士さーん! 頑張ってー! クソ剣士なんてぶっ飛ばしちゃぇー!」

決闘場は女騎士の応援コール。

剣士にはブーイングの嵐であった。

剣士(口悪りぃ女だな……おとといイケメン騎士をボコにしたのが原因か?)

剣士はこの剣術学校最強の生徒だった。

彼を倒して名を上げようとする雑魚を返り討ちにしている内、剣士は逆恨みの対象になってしまったのである。

女騎士「さ、行くぞ! 剣を構えろ!」

剣士「……」ボリボリ

女騎士「おのれ! 騎士を愚弄するかぁーっ!」ダッ

剣士「ハッ!」

剣士は女騎士の剣を狙う。

女騎士「う……剣が……」タジッ

剣士「根元から折れたし、もう使えねぇだろ。いい加減分かったかよ? 実力の差が」

女騎士「く……」ギリッ

剣士「じゃあ……約束、守れよ」

女騎士「待てっ! 次は気功術で決闘を申し込むっ!!」

※気功術……殴り合い殺法。

剣士「……女を殴る趣味はねぇんだけどな」

女騎士「ぬかせっ!」バッ

剣士「――…」スッ

女騎士(消えっ――!?)グルン

ガシャン!!

女騎士「かはっ!(な、何が――)」

剣士「お前は今、宙で一回転して背から落ちたんだよ」クルッ

女騎士「ま……て…」

女騎士「……」

女騎士「!!」ガバッ

女騎士(ここは……)

女騎士「医療室か……」

女騎士「……!」

折れた剣がベッドのサイドテーブルに置いてある。

女騎士「……」ハシッ

女騎士(負けたのか……また気を失って……)

女騎士「く……」

騎士科の教室

モブ「あっ! 女騎士、大丈夫だった!?」

女騎士「問題ない」

イケメン騎士「なに、恥じる事は無いさ。なにせこの僕ですら負けた相手だからね……」フッ…

女騎士「うるさい。もやし男め、闘っているのはお前では無く、お前の魔法が作りだした土くれのヴァルキュリーではないか」

イケメン「でも、それも含めて僕の力だよ」キラッ

女騎士「やかましい。軟弱漢めが」

イケメン「ひどっ!?」

モブ「あはは……イラついてるねー」

女騎士(何故、勝てない……っ!)

女騎士(私に欠けていて、あいつにある物……それは一体……?)

放課後

騎士教官「後、最後にもう一つ、通達事項がある」

騎士教官「来週剣術学科の奴らと合同訓練する事が決まった、騎士科の恥を見せぬように努めろ。詳細は後日知らせる」

ガヤガヤ

女騎士(剣術学科との合同訓練! ……ちょうどいい。そこで奴の秘密を掴んでやるっ!)

時はあっという間に過ぎ――…

合同訓練当日。

剣士「山登る必要あんのかよ……」

女剣士「いーじゃないっ! 僕は楽しいよーっ」

剣士「初めに言っておくが、今日こそお前が途中でへばっても、荷物は持ってやらないからな」

女剣士「分かってるよ! 僕だってあれから体力ついたんだから! 馬鹿にしないでよね!?」ムスッ

剣士「……」



イケメン「ふぅ~、やっと着いたね~…」ダラダラ

モブ「つ、疲れたぁ……」

イケメン「さすがに鎧も着て、何キロもある荷物と剣を持って山登りとは……僕も汗を流さずにはいられないよっ」キラッ

キャーキャー!

イケメン「あっはっは! いやーどーもどーも、ありがとうハニー達!」ニカッ

女騎士(あいつは……まだ着いてないのか?)キョロキョロ

イケメン「おや? なんだいあれは、岩が登ってくるよ!?」

女騎士「ん?」チラッ

女剣士「ふぁいとー! ふぁいとー! ぷっぷくぷー!」プヒー!

剣士「ぜぇ…ぜぇ…」ノシッ… ノシッ…

女剣士「やー、やっぱりラッパさん持ってきて正解だったよーっ。剣士っ、頑張れ!」プワー!

剣士「後で……覚えてろよ……!」

女騎士「……」

イケメン「あ、はは……」

女騎士「なるほど……仲間の荷物を持ち、足腰を鍛えているのかっ」

イケメン「いや、違うと思うよ!?」

……それからしばらくして、両学科の見習い達は集合地点に集まったのであった。

一旦中断します、申し訳ない……。

騎士教官「ごほん! ……整列の早さについてはもう何も言う事は無い。……して、合同訓練の内容だが――」

剣術教官「すなわち! 両学科生同士での模擬戦闘訓練になります!」ズイッ

騎士教官「ぐぬっ!? キサマ――」グイッ

剣術教官「ルールは両学科共、いつも通りの模擬戦と変わりありません!」バシッ!

騎士教官「何をするかっ! 合同訓練を見越してルールを作っているからなぁっ!!」ドゴッ!

剣術教官「ごほっ!? ええい邪魔だ!」シャキーン!

騎士教官「こちらの台詞だぁぁっ!」ガキン!

二人「オラオラオラオラオラーッ!」

女剣士「あは、平常運転だねっ」

イケメン「ちょっといいかい? 君。平常運転と言うと……あの二人はいつもあんな事を?」

女剣士「ううん。あの二人、学生時代この学校で同級生でー、ライバルだったらしいよ?」

モブ「そーいやなんか、そんな話聞いた事あるわね……」

女騎士「いい加減にしてくださいっ!!」

シン…

女騎士「ここへは訓練に来たのでしょう! 違いますかっ!?」

剣術教官「は、はい…」

騎士教官「う、うむ」

イケメン「……女騎士ちゃんが一番おっかないネ!」



ルール

※違う学科の生徒を相手とし、降参させるか戦闘不能にした方の勝ち。

イケメン「じゃあ……折角だからよろしく頼むよ、ハニー」

女剣士「手加減しないよ?」

女騎士「これは訓練だから仕方ないな。……そうだろ?」

剣士「……まぁいいさ」

女騎士(よしっ! 今度こそ目にもの見せてくれるわっ!)

女騎士「行くぞぉっ!」

女騎士(考えてみれば、私はこれまで奴の初手か次手で破られている……)

女騎士(そして決まって奴は"待ち"! 私の攻撃を待ってから反撃の初手をうってくる! ならば!)

女騎士の足先が土をなぞった。

円の中に記号が描かれた紋様が発光し――

大地が隆起する。

剣士「!」

女騎士「我が家系は魔じゅちゅも得意とするのだ!」

剣士「……」ブンッ!

剣士の剣が隆起した土を真上から叩き、崩壊させる。

土屑の飛沫を浴びながら、女騎士が突攻を仕掛けた。

剣士はそのまま剣を上へ――女騎士は横に飛んで避ける。

女騎士(何っ!)

かわした剣が横から迫っていた。

剣の腹でその攻撃を受け、女騎士はなんとかこらえた。

女騎士(速い……っ)

剣士は片手を耳に当てる。

剣士「ま"じゅちゅ"がどうしたって? ハン?」


女騎士「……」プルプル

女騎士「愚弄するかぁっ!!」ダッ

ガキーン!

――

イケメン「……やぁ、君も負けたのかい?」

女騎士「……」ムスッ

イケメン「いやぁ、僕の方はもうちょっとで勝てたんだけどね、や、惜しかったね! あれは!」ボロッ

女騎士「うるさい……」

イケメン「…おや? あの二人で模擬戦をやるようだね」

女騎士「なに?」



剣士「相手は違う学科の生徒だろーがよ」

女剣士「いいじゃん! 私達なら教官も納得してくれるよ! 多分!」

剣士「いくない…」

ドスッ!

剣士「おわっ!?」ヒュバッ

女剣士「そのままゴロゴロしてたら地面と繋がっちゃうかもねー♪」ニコ

剣士「わ、分かった、分かったから……」ガバッ

剣士(おっっかね……)



女剣士「準備いーい?」

剣士「いいよ」

ヒュッ ガガガッ!

剣士「……ちょいフライング気味じゃねーの?」ギギ…

女剣士「そっ…かな!」ギャリッ

つばぜり合いから脱出した女剣士の剣が点になり迫る。

剣士はその突きを身体をひねってかわし、そのまま半回転しつつ切り込む。

女剣士は剣士の攻撃を弾き、足払いを狙う。

剣士は最小限のジャンプで足払いを避け、そのまま頭の上から剣を振り下ろす。

女剣士は横に転がって回避、すかさず袈裟斬りを放つ。

しばらく凄まじい攻防の応酬が続いた。

女騎士「……」

イケメン「前言撤回するよ……はは」

女騎士(欠点などという話では……無い)

―――

剣術学科と騎士科の合同訓練から、しばらくの時が過ぎた。

両学科の指導方針が変わる時期である。

基礎から応用へ、と言った具合に各生徒の長所を伸ばすカリキュラムが組まれる。

そして同時に、この国と、隣国との政治に影がさしはじめる……。

モブ「最近めっきり"面白い事"減っちゃったねー……」

イケメン「学生同士の決闘の事かい?」

騎士学校(剣術科も含めて騎士道なのだ)の学則には、例外除き、決闘を断ってはならないと言う決まりがある。

イケメン「そろそろ学生も行く先を見据える時期さ、何かにつけて決闘、決闘……そんな事してる暇はもう無いんだよ」

モブ「女騎士もあれから全然剣士クンと闘ってないしねぇ」

――廊下

女騎士「はぁ……」

女騎士(いつの間にか…こんな時期か…。まごついている内に、再戦も果たせぬままとは……)

女騎士(修練は重ねたが……、あの男の剣に適うかどうか……その恐れが私を縛りつけている)

『いい加減にしてください!!』

女騎士「!?」ビクッ

女騎士(な、なんだ今のは……理事長室からか……?)ソー



剣士「父上……ここにはこないでくれと、言った筈です」

侯爵「剣士……。本当に家に戻る気は無いのか? 分かるだろう。このままここに残れば、きっとお前はこの騎士校の生徒として、隣国との戦に駆りだされる事になる」

理事長「こ、侯爵殿…」

侯爵「我が家系はお前が死ねば、それで途絶えてしまうのだ。……剣士よ」

剣士「…ッ! 失礼する!」

侯爵「母が悲しむぞ……!」

カツカツ …

女騎士(まずい!?)

バターン!

剣士「……」チラッ

女騎士「……」

剣士「……」スタスタ

女騎士(…行ってしまった)

女騎士(と、とにかく、一旦ここを離れるか……)

―――

騎士科の修練場…

女騎士「……」

イケメン「おや、どうしたんだい? 女騎士。修練の虫である君が剣を振っていないなんて……珍しいね?」

女騎士「……なぁ」

イケメン「なんだい?」

女騎士「隣国との戦争は……起こるのかな?」

イケメン「噂はあるね。でも心配ないさ、国のまつりごとは貴族達がうまくやる。僕の父上もいるしね」

女騎士「たが、戦争が起こったとしたらどうする? いや……この国はどうなるんだろうか」

イケメン「中々難しい質問だね……。まぁ、国は立ち向かうとして、当然準騎士たる僕らも戦場に立つだろうね。なにせ隣国とはかなりの戦力差がある」

女騎士「……」

イケメン「戦が起こる事を案じているのかい?」

女騎士「いや……」

女騎士(私は国の為闘う準備はできている)

女騎士(しかしなんだ……? この晴れない気分は……)

―――

騎士校のある国をaとして、隣国をbとすれば。

bはaの三倍の国力を持っている。

戦争の原因となったのは圧力だ。
bはaへ、国境問題……貿易交渉……和平法案等の国間の問題に、bが有利になるよう手を加えようとした。

当然異論を唱えるaに、bはその強大な軍事力を盾に、圧力をかけた。

最初からbにはまともな交渉をする気は無かったのだ。

戦争が起こる。

もはや瀬戸際であった。隣国に負け植民地とされるか、勝って逆に支配するか……。

騎士校の生徒達は戦場へと駆られた。

イケメン「……随分減ってしまったね。我が級友達も」

女騎士「あんな軟弱者など級友でもなんでもない!」

イケメン「そう言わないでおくれよ。僕だって本当は、皆のように実家に帰りたかったさ。その方が安全だし、利口だ」

女騎士「……」

イケメン「だが僕は国を守る剣になると決めた。そして後の事は今この場に居ない盟友が果たしてくれると信じている」

伝令兵「敵襲ーっ!!」

イケメン「だから今は彼らを奮わせる為にも剣をとろう、女騎士」

女騎士「……ああ」チャキッ

敵の数は騎士率いる準騎士団の約二倍だった。

前線から少し離れた戦場だった。しかし、本物の殺し合いなど初めて経験する一団である。

結果は敗走、将を務めた騎士は殉職する。

戦場は後から来た正規の騎士団が引き受け、騎士校の面々は一旦後方へと下がる事になる。

場は離れ、前線を任されたある特別師団……

剣士「あらかた片付いたか……なんだ、通用するじゃないか、俺の剣は」

魔術師「よォ」

剣士「……? あぁ、魔術師さん、どうしました?」

魔術師「いや……、騎士校からガキが…この特別師団に送られてきたときゃァ、おりャとうとう豚貴族共もヤキが回っちまったモンだと思ってたんだけどよォ……」

剣士「……ん?」

魔術師「つまりだ……あれよ……」ゴニョゴニョ

騎士侯「舐めた口を聞いて悪かったな、剣士よ。……な?」

魔術師「お、おォ……そうそう、ソレ」

騎士侯「お前の剣は一流だ……それに敵を殺すのに一切の躊躇が無い。まぁ、我流で隙がまだあるが……」

魔術師「十分この特別師団でもやってけるレベルだぜ」

特別師団。

国が特別に誂えた、遊撃戦から大規模殲滅戦までをこなす選りすぐりの集団である。

剣士(この戦で手柄をあげれば……きっと父上も俺を認めてくれる筈)

剣士(俺は屋敷で囲われて教育を受けるだけのデクでは無い……父上と肩を並べられる男なのだと!)

騎士侯「よーし、残党も無くなったみてぇだな。じゃあこい剣士! 俺が剣の極意を教えてやるよ」

剣士「はい!」ペコッ

魔術師「そいやよォー、もう一人この師団に入る筈だった、えれェ可愛い嬢ちゃんはいつになったらくるんだ?」

騎士侯「そいやそんなのいたな。知ってるか? 剣士」

剣士「女剣士なら貴族直属の部隊に直前で転属されたようですよ」

騎士侯・魔術師「…………」

魔術師「おめェ……その子とは結構仲良かったんだよな?」

剣士「ええ、良い好敵手で、一番仲が良い友人でした」

騎士侯「そっか……まぁ、元気だせよ。今日は俺が特上の酒でも奢ってやるぜ!」

剣士「? はい」

特別師団は隣国一個中隊を壊滅。

突出した一団の噂は瞬く間に隣国へ広がり、その動きを鈍らせた。

今の戦況は、隣国がやや押してきている状態だった。

しかしそれは物量差による物、戦線をしっかりと維持していたこちらは、相手に予想以上の被害を与えていた。



隣国 首都王城

隣国の王「ええい! なんだこの戦況は!!」バンッ!

執務官「それが……例の特別師団、思った以上に厄介な相手でして……」

隣国の王「それをなんとかするのがお前達の役目だろうが!!」ブンッ

執務官「……申し訳ありません」ベシャッ

軍師「気をお静めください、王」

隣国の王「軍師か……吉報なのだろうな?」

軍師「勿論、特別師団……すでに手はうってあります」

隣国の王「ほう……?」

軍師「『魔法の腕』と『魔法の杖』を持つ男を、奴等の討伐に向かわせております」

隣国の王「それは誠か……?」

軍師「はい。奴は金で動く男です」

隣国の王「……まぁ、勝てるなら良い。して、策は。ただ向かわせてだけではないのだろう?」

軍師「勿論。王よ、こちらをご覧ください」バサッ

隣国の王「うむ?」

軍師「ここは敵国の拠点の一つ……近々この拠点で、士気を上げるため貴族の一人が兵を纏めるようです」

隣国の王「ほう……」

軍師「その貴族は敵国でも権限の強い有力者……加えて軍にも甚大な被害を与え、特別師団も潰す事のできる一石三鳥の策です」

隣国の王「そこにその殺し屋を向かわせる訳だな?」

軍師「仰る通り」

―――

ちょっと中断しますォ。

騎士侯「よぅ剣士、だいぶ剣術が型にはまってきたじゃねぇか」

剣士「はい、騎士侯のおかげです」

騎士侯「じゃあよ、そろそろ奥義って奴を教えちゃおっかな~」

魔術師「おっ? なんだ騎士侯、やけに奮発するじゃねェか」

騎士侯「まぁ相伝するガキもできねぇだろうしな、お前だって魔術教えてんじゃねぇか」

魔術師「それは俺の仕事を減らす為にだなァ……」

伝令「師団長殿、じきに貴族様が到着します。お出迎えの準備の方を……」

騎士侯「おう! ……しょうがねぇな、奥義伝授は夜やんぞ」

剣士「はい。楽しみにしておきます!」

魔術師「その次はよォ……アレだ、俺がとっておきの奴教えてやっからよ!」



前線からすこし引いた古城。そこに特別師団、そして騎士校の準騎士達も集まっていた。

女騎士「こんな事をしている暇があるのか……」

イケメン「まったくだね」

戦が始まっておおよそ二月が経っていた。

戦に出て生き残った準騎士は、女騎士やイケメン騎士を含めて少数だった。

彼らも激戦地区を運良く逃れ、助かったに過ぎない。

隣国は兵の練度も高かったのだ。

イケメン「そうだ、ここには特別師団も来ているんだろう? 久しぶりに会ってきたらどうだい? 彼に」

女騎士「……」



貴族「我が国の兵よ! 国の為、民の為に力を奮うのだ!!」

魔術師(たーっくやってらんねェなぁ~)ボソッ

騎士侯(形だけでもちゃんとしていろ。目をつけられるぞ!)

剣士「……」

剣士(女剣士……どこにいるんだ? 近衛の中に姿は見えないな……)

貴族の演説が終わり、兵士達にはしばしの休息が与えられた。

剣士「……」コツ…コツ…

?「えっ!?」

剣士「…?」ピタッ

剣士「!? 女剣士!!」

女剣士「や、やだ……どうしてここにいるのよ……剣士……」

剣士「気分転換に散歩を……それより久しぶりだなーっ、……」

女剣士「……」

剣士「あれから一度も会って無かったもんな…」

女剣士「……そうね」フイッ

剣士「…お前ってそんな喋り方だったっけ? それに……ドレスなんて着てどうした? いつものヤツはどうしたよ」

女剣士「…」

剣士「まぁいいや、それより少し話しないか? いっぱい話したい事があるんだ!」ス…

パシッ

剣士「……え?」

女剣士「ごめんなさいっ!」タタタタッ

剣士「……」ポリポリ

剣士「なんかしたか……? 俺……」



剣士「102! 103!」ブンッブンッ

女騎士「剣士!」

剣士「ん……、おぉ、久しぶりだなぁ、お前と会うのも」

女騎士「ああ……ちゃんと生き残っていたんだな」

剣士「まぁな、強い味方もいるし」

女騎士「その……」

剣士「なんだ?」

女騎士「てっ…手合わせをしないか?」

剣士「……」

女騎士「駄目か……?」

剣士「いいぜ。これも久しぶりだな」



剣士「ルールは学校と同じでいいのか?」

女騎士「ああ!」

剣士「じゃあいつでもいいぜ」チャキッ

女騎士「いくぞ……!」ダッ

剣士「ふっ! ……重い一撃だ」ギギ…

女騎士「私とて何もせずこの2ヶ月を過ごしてはいない……!」

数度、打ち合う。

女騎士「……ハァッ!」

剣士「……!」ガキィン! …

クルクル… ストッ

女騎士「……力量差は広がるばかりか」

剣士「いや……お前もなかなか強くなった」

女騎士「もう一回頼んでもいいか?」

剣士「おう」

キン!

――…

夕暮れ

手下「旦那ァ……本当に今日の夜に攻めるんで? 猶予は3日でやんしょ?」

殺し屋「仕事は素早く……が俺のモットーだ。それに今日必ず、奴らは3日の中で一番油断する」

手下「へぇ……そうなんですか?」

殺し屋「あの貴族はこういうままごとをする時、必ず初日に宴会を開くのだ。……それに兵がいると言っても殆どは準騎士無勢だ。問題あるまい」

手下「そりゃ仕留め時ですね!」

殺し屋「気をつけるのは貴族の近衛と特別師団だけだろう……まぁ、その二人は俺達で片付ける。残りの奴には他のをやらせろ、いいな」

手下「へぇっ!」

そして日が沈み……古城で宴が始まる……。

今日はここまでです。寝る。

貴族「わはははは! 酒だ……酒を持ってこい!」

魔術師「あれじゃあ示しなんざつかねェぜ」

騎士侯「まぁ、今更の事だろう。あの将軍の有様は皆の知る所だ」

宴が開かれた場所は城の中庭だった。その北側の壁添いに貴族の席があり、周囲に近衛。

他の者はテーブルを囲み、立食パーティーの形をとっていた。

騎士侯「さて、じゃあそろそろ抜け出すとするか。剣士」

魔術師「お? 奥義伝授か?」

騎士侯「ああ、警備の者や近衛兵もいるし、俺達が残っていなくても大丈夫だろう……行くぞ、剣士」

騎士侯、剣士、魔術師の三人は西門から城の外へ出た。

城から少し離れた見晴らしのいい地点で立ち止まる。

騎士侯の経験からくる癖であるこの位置取りが、功を奏したのであった。



イケメン「どうしたんだい? 女騎士、せっかくなんだから楽しもうよ」

女騎士「……ああ」

イケメン「何か気になる事でも?」

女騎士「……付近の魔素が少し濃い気がしないか?」

イケメン「……。そうかい? ……僕は何も感じないけど」

女騎士(なんだ……? この胸騒ぎは……)



古城の東

殺し屋「準備は整ったか?」

手下「へぇ! 万端でさぁ!」

殺し屋「じゃあ、行くぞ」

その会話から僅か数分後だった……

貴族「酌をつげぃ!」

近衛「………………」

ドサッ

貴族「!? ど、どうし――」ドスッ

貴族「おげぇっ!? あ、あががが……」

ザンッ

場の空気が一瞬で固まるのと、貴族の上半身が宴の中心に落下し、鮮血を撒き散らすのは同時だった。

ビシャッ!

殺し屋「……」ニヤ

飛び散った血を顔に受けた男が薄笑を浮かべた時、すでに古城に集まっていた半数が倒れていた。

全方向からの同時奇襲。

いち早く状況を理解した特別師団の一人が叫んだ。

「敵襲ッッ! 剣をとれ!!」



イケメン「こっちだ! 女騎士! 中庭の混戦は僕らじゃ対処しきれない! 一旦城の中に戻るんだっ!」

女騎士「分かった!」

女騎士やイケメン騎士と同じ隊の仲間が数名、城の中に残っていた。

イケメンは仲間と合流し、襲撃者に反撃するつもりだ。

女騎士「なんだ奴らは! 暗殺者か!?」

イケメン「隣国も特別師団のように隠し玉を持っていたのか……それにしても、情報が漏れたのか!?」

この古城で激励が行われる事は、激励される準騎士の小隊や、特別師団にしか知らされて無かった事である。

女騎士「こちらに内通者がいるというのか?」

イケメン「多分……それより相手はかなりのてだれだ。先に剣をぬいておこう、女騎士」キン

女騎士「ああ」シャキン!

女騎士(皆……無事でいてくれ!)

騎士の仲間が集まっていた詰め所に到着した時、すでに手遅れだった。

イケメン「くっ……先に城の中を制圧したのか!」

女騎士「他の兵舎へ行くか?」

イケメン「そうしよう……後数人は戦力が欲しい」



中庭

「ぐ……何者だ、貴様ら……」

手下「けひぃひぃ。……冥土の土産に教えてやるよぉ…」

「ぐっ!?」ドスッ

手下の男は特別師団の一人を貫いた短剣を抜く。

短剣には黒い鳥の紋様が刻まれていた。

手下「あぁん?」

たった今死んだ男の左手から、火球を生み出す魔術が発動していた。それは茂みに当たり、煙をあげさせている。

手下「最後の悪あがきか……あたらなけりゃ意味がねぇ」ケラケラ



イケメンと女騎士は騎士の詰め所にも駆け込んだが、中は先ほどと同じ様な有様だった。

女騎士「く……」

イケメン「遅かったか……。くそ!」

転がっている騎士達の死体を見下ろしながら、イケメンは拳を握り締める。

女騎士「中庭に戻るぞ、こうなったら彼らに加勢するしか道は無い」

イケメン「……」

イケメン(いや……手遅れだ、もう皆やられてる……。……っ!)

女騎士「……!」

暗殺者「こんなところに隠れてやがったか……まぁ、無駄な事なんだがな」チャキッ

―――

騎士侯「――後は練習を重ねる事だ、アレンジを加えてもいい。実は未完の奥義だからな」

剣士「これで未完……?」

騎士侯「ま、このままでも十分強いけどな。技の改良は生き残る確率を上げる」

魔術師「オイ」

騎士侯「なんだ? お前の番は今度だろう」

魔術師「違う、アレ見ろ。狼煙上がってんじゃねぇか? ありゃ…」

騎士侯「こ……これは何事だ……!」

魔術師「全滅……ッ?」

剣士「……!」

三人が古城に戻ると、そこは火の海だった。

キラッ

騎士侯「ッ! 何奴!!」シャッ…

金属の衝突が火花を散らす。

燃え盛る火炎の中から現れたのは、文字通り丸太のような腕だった。

次いで頭、胴が現れる。攻撃を仕掛けてきた相手は幅広のブロードソードを片手で操っていたが、持ち主のせいでショートソードと錯覚させる。

騎士侯「ぐっ……貴様の仕業か!?」

殺し屋「……俺の初撃で生き残るとは、たいしたものだな」

騎士侯「舐めるな! 貴様などすぐに斬り伏せてくれる!!」

殺し屋「……片腕でか?」ニヤ

パクッ

騎士侯「なっ……」ブシュウウウ!

殺し屋「ククク……」

騎士侯「ぬぉぉぉ……」ドッ

殺し屋「膝をつく程か? 片腕を失っただけだぞ……?」ユラ…

魔術師「吼えろ災厄よ!」カッ

殺し屋「!!」バッ

魔術師から放たれた漆黒色の魔力の奔流は、騎士侯と殺し屋を分断するように中庭を駆け抜けた。

魔術師「大丈夫かっ!」

騎士侯「ああ……、いや、あんな技使うんじゃねぇよ……」

魔術師「結果オーライだろ? さ、肩を貸す!」

騎士侯「すまない…だが奴が…」

魔術師「安心しろ!」

剣士「はぁぁっ!」ブンッ

殺し屋「……」サッ

二人は数回打ち合う。

剣士(こいつ、俺より強い! けど、適わない相手じゃ――)グルン

視界が回転した。

剣士「がはっ!!」

地面に背から落ちて、その衝撃に一瞬意識が消える。

剣士(今……何を……!?)

ガシッ

殺し屋「……」ググッ

次の瞬間には剣士は殺し屋の巨大な右手に掴まれていた。

殺し屋「俺の腕は珍しいか?」

剣士「……ッ?」

殺し屋「不便な時もあるが、コイツのお陰で俺は負け知らずさ。いつも掴んで潰すだけでどんな相手も倒せちまう」グッ

剣士「ぐ……がああっ…!」メシメシ…

殺し屋「お前ももその一人に加えてやろう……」

「剣士ーッ!!」

シュッ!

殺し屋「むっ」バッ

剣士「っ! ……」ドサッ

女騎士「その剣を取れ! 剣士!!」

イケメン「風よ――!」

イケメンの魔法で紅蓮が裂け、その先から女騎士が現れる。

騎士校生徒「援軍に来たぞーっ!」

イケメン「悪党め! 戦場に戻った僕らの友たちが、お前を討つ!!」

<<<ウオオオーッ!

殺し屋「……小癪な」

魔術師「喰らいやがれーッ!!」ボボボッ

殺し屋「火の玉程度で!」バッ

女騎士「炎よー―っ! 剣に宿れぇっ! はぁぁぁっ!!」ゴウッ

殺し屋「!?」

ガンッ!

女騎士「何っ!?」

魔術師「剣を腕で受けやがった……!?」

殺し屋「……」ジュゥゥゥ…

殺し屋「俺に傷をつけるとは……」ジャキッ

女騎士「くっ――」

殺し屋「ガラ空きだ―…」

剣士「させるかぁぁっ!!」ザンッ!

殺し屋「ぐあっ!?」ガクッ

剣士(剣を防げるのは肥大化した腕だけか!? それならっ!!)

魔術師「補助魔法だ剣士ィィッ!」

剣士(!! …一気にたたみかけるっ!!)

剣士「うおおっ!!」

ガガガッ!

剣士は刹那の内に三回もの斬撃を放った、剣士の最高で、渾身の攻撃だった。

殺し屋「……」

しかし殺し屋は全て防ぎきる、そして魔法によって加速された剣士の反射神経が、視覚を通じて相手の右腕が剣を掴んだのを確認した。

剣士「……」ドサッ

殺し屋「……」ブンッ! …ピピッ

殺し屋の剣から鮮血が振り払われる。

一瞬の出来事だった。

女騎士「剣士っ!!」

イケメン「な、何が……?」

殺し屋「……少し特別師団を甘く見たか」

準騎士達を除き、ただ一人魔術師だけが理解していた。

魔術師(なんだ……!? あの腕は!! 魔術補助アリの速度を容易く越えてやがった……!!)

騎士侯「おい……魔術師……」

魔術師「騎士侯! 動くんじゃねぇ!! まだ腕の止血が済んでねェだろうが!!」

騎士侯「いい……奴は、俺の時も油断していなかったのだ……」

魔術師「なんだって?!」

騎士侯「見ろ……。奴は俺と一瞬剣を交えた時も、得物を右腕で操っていたんだ……」

魔術師「おい……嘘だろ、オイ!!」

騎士侯「俺はもう助からん……自分の事はよく分かる。……それよりも剣士だ、あいつはまだ助かるかもしれない……」チャキ

騎士侯「俺と、お前で。……この団の仇を討つ、未来を作るんだ……いいな……っ」

魔術師「…………。くっ……分かったよ! 馬鹿やろォォ!!」

女騎士「く……」ジリ…

殺し屋「まずは腕に傷をつけてくれた女……お前から殺してやる」

騎士校の面々「……っ」タジッ

魔術師「オラァ!!」カッ

殺し屋「む!」バチバチッ

殺し屋「雷か」シュウ…

魔術師「閃光ォ!」ピカッ

殺し屋「!!」

騎士侯「くらぇぇぇ……!」ダダダッ

ズバッ!

殺し屋「……」

女騎士「……っ」



騎士侯「――」ピューッ

フラフラ… ドサッ

手下「頭と体がお別れってなぁ……ヒヒッ」

魔術師「きっ……騎士侯ォー――ッ!!」

手下「へへっ、旦那ァ。ちょっと油断し過ぎじゃありませんかい?」

殺し屋「…俺が目潰しなぞ貰うと思うか?」ヒュッ

ドスッ

魔術師「ごぽっ……。…………」ガクッ

手下「へへへ……違いありやせん」

殺し屋「他はどうした?」

手下「やられちまった奴もいやすが……後は待機中です。旦那の"楽しみ"を邪魔しないよぉに」

殺し屋「フッ……。後はくれてやる、と言ってこい」

手下「へぇ――」

殺し屋「……」

剣士「……」ユラッ

手下「しぶとい小僧だぁ……」

殺し屋「くれてやる。師団最後の一人だぞ」

手下「いいんですかぃ? …それじゃあ遠慮無く……ヒヒ」

女騎士「剣士ッ――」

殺し屋「……」ジロッ

女騎士「く……」

剣士「…………」ガク…ガクッ…

手下「もぅ意識もねぇんだろうが……、楽にしてやるよぉっ!!」シャッ!

女剣士「剣士ぃぃっ!!」ガバッ

手下「へっ?」ズバッ

女剣士「あぐっ! ……やぁぁぁっ!!」ザンッ

手下「女を斬っちま――あぎゃああ!!」ブシュウウッ!

剣士「お、女剣士……」

女剣士「剣士……剣士ぃ……」ドクドク

剣士「ぉ、お前……腹が……」

女剣士「いいの……ボク、最後に剣士の役に立てて……」

手下「腕が、俺の腕がぁぁぁっ! あああああああ!!」

女剣士「剣士……」ポゥ

剣士「…!! お前、この魔法は……っ」

殺し屋「……」

女剣士「ごめん、ごめんね……逃げちゃって……。ボク……こんなになっちゃったから……」

手下「旦那ぁぁぁ! 腕がぁぁぁ! お、俺の……腕がぁ!!」

剣士「こんな……? わかんねぇよ、女剣士……俺……もぅわかんねぇよ……」

殺し屋「……」

女剣士「剣士……生きて……」

剣士「おい……?」

手下「旦那ぁぁ!!」

剣士「女剣士……?」

殺し屋「剣を貸せ」

剣士「……」

手下「へ? へぇ……」スッ…

ドンッ

手下「ごげっ!? だ、旦那……?」

殺し屋「腕が無くてはな」ズッ

剣士「……」

手下「だ…………」

殺し屋「ふん……さて、そこの小僧」

剣士「……」

殺し屋「人形を斬る趣味は無いが……これも仕事だ、悪いな」スラッ

剣士「……」

女騎士「剣士っ!! 剣を構えろっ!!」ダッ

殺し屋「邪魔だ!」バキッ

女騎士「ぐぅぅっ……」ズサッ

殺し屋「興を削ぐな……」

女騎士「け、剣士ぃ……ッ!」

剣士「……」

殺し屋「弱い男だな」

カッ

魔術師「ただで死ぬかよ……っ!」

魔術師(一流ってのは、どんな状況も予想しておくもんだぜ……剣士よ。こいつが最後のレクチャーだ……!)

殺し屋「何……地中に、陣か……?!」

魔術師「……は、つ…動!」

魔法陣が爆裂する。

古城の至るところから、新たな火の手があがった。

殺し屋「小細工を……!」ゴッ!

イケメン「今だっ! 全員逃げるんだっ!!」

女騎士「な、何を言う!?」

イケメン「このままじゃ全滅だ! 君たち! 女騎士に肩を貸してやってくれっ!!」

女騎士「なっ……放せ! まだ剣士があの向こうに!」

イケメン「あの傷じゃもう助からない!! それよりも生き残って、彼の無念を晴らすんだっ!!」

女騎士「そんなの分からないだろう!! 仲間を見捨てるのか!?」

イケメン「……っ! 女騎士を連れてきてくれ、僕が先導する!」

女騎士「や、やめろ……放せっ! お前らぁぁっ!!」



イケメン騎士を筆頭とした準騎士の一団は、爆発で崩壊する古城の南門から脱出。

その先に広がる森に身を隠し、生き延びた。

しかし他に生き残りはおらず、特別師団も全滅。

生き残った準騎士の一団はその後も隣国との戦いに奮闘したが……。

特別師団という、今までの要を失った準騎士達の国は、徐々に隣国に押されていく……。

そうして……準騎士達の国は、それから僅か3ヶ月で隣国に敗れる。

騎士の殆どを失ったこちらは、抵抗すらできず。

属国化など甘く、完全な支配下に置かれた。

暴虐の限りが尽くされる。貴族には隣国に媚を売って生き残る者もいたが、他の殆どは略奪され、蹂躙された……。



そうして、二年の月日が流れた――。

ちょっと休止します。

肥えた男「じゃあ……大人しく留守番をしていてくれよ? 女騎士……」

女騎士「……」ツン

肥えた男「……」アセッ

メイド「…旦那さま…お時間の方が」

肥えた男「う、うん。……それじゃ」

海辺の小さな町の少し豪華な屋敷の中……、

女騎士はドレスを纏い、窓ぎわから外を眺めていた。

敗戦し、家が潰れて地位も失い……処刑か暴力を待つだけだった彼女を拾った男が居た。

肥えた男は女騎士を見るなり、金をはたいて彼女の安全を買ったのだ。

元隣国ではそれなりに権力のある家柄らしく、騎士の一人を庇っても肥えた男に文句を言う者はいなかった。

女騎士は彼の好意を利用して生き延びた、いつか隣国を欺き、母国を取り戻してやろうといきまいていたのだ。

しかし、月日が流れるうちに彼女も悟る。

女騎士(もう……この国が無くなってから……、二年が経つのか)

女騎士(私は一体、何をしている……? ここで家畜の様に、ただ保護されのうのうと生き続けるのか……っ)

何度かこの家の主人の目を盗み、情報を探ろうとした時がある。

女騎士(しかしあの抜け目のないメイドに捕まり、この環境を失う事を恐れている……私はッ)

女騎士(……なんて卑怯な奴だ……、散っていった騎士の仲間達に、顔向けが立たない……)

肥えた男は女騎士を買ったものの、彼女を無理矢理手に入れようとした事は無かった。

安全と衣食住が手に入るこの環境に……女騎士は堕落していた。

女騎士「駄目だ……こんな事では」スクッ

コツコツ…

メイド「お出かけですか?」

女騎士「気分転換に……ちょっと町を歩いてくる」

メイド「お気をつけてください。治安のいい町ですが、あなたに何かあられれば旦那様が悲しみますので」

女騎士「……分かった」

ギィ…

日光が眩しかった。

女騎士(外にでるのも久しぶりか……)

いつの頃か、剣を振っていた時は見向きもしなかったドレスを着ることに抵抗を感じなくなっていた。

女騎士「……」



――隣国は、二年前から敗戦国である女騎士の国の国民だった者達を、まるで奴隷の様に虐げてきた。

二年が経った今でもその名残はあり……。

ボロボロの男「 」

女騎士(……)

路地裏に転がる男を見て、女騎士は目をそらした。

メイドは彼らを省いて治安は良いと言ったのだ。

女騎士(すまない……)

しばらく歩いて行き、女騎士はある場所で足を止めた。

彼女の見つめる先にあるのは、舞台の宣伝ポスターだった。

女騎士(こんな物に興味を示すとは、私もすっかり世俗に染まってしまったな……)

『仮面の俳優、三度目の主役 勝者の凱旋』

演者達による舞台なんて毎日開かれていた、重要な娯楽の一つだったからだ。

女騎士(なぜだ……? このポスターには……何か直感の様な物を感じる……)

女騎士にとって凄く大事な事がその舞台にはある。

そんな気がしてならなかった。

女騎士「……」

女騎士(公演は……昼過ぎからか……。まだ時間はある)



女騎士は何とかチケットを手に入れる事に成功した。

女騎士(……こんな物を手に入れて、私は一体何がしたいんだ……)

舞台に興味は無い、しかし何かが女騎士の足を勧めた。

―――

女騎士「凄い人だかりだな……」

会場は人で溢れていた。

通常は会場の5割が埋まれば良い方だ。

しかしここには立ったまま鑑賞しようとしている者もいる。

女騎士(席は……さすがにもう無いか……。まぁいい)

…少しして、演劇は始まった。

流れる様に役者が現れ、演技を披露する。

どうやらこの舞台は踊りや芸を披露するだけでは無く、物語形式に劇を詩って表現する物のようだ。

女騎士(あいつが主役か……!?)

舞台に仮面をつけた銀髪の男が現れる。

女騎士の耳に隣にいるカップルの会話が聞こえてくる。

男「あんな男が良いって言うのかい? 僕より? 確かに君に聞いていた通り、演技は上手いようだけど……」

女「彼は演技だけじゃないわ、歌も踊りも一流なのよ。舞台に出る回数は少ないけれど、最初の一回を除いて彼が主役なのよ」

男「どうかな。仮面で素顔を晒さないし、どうせブ男に決まっているよ」

女「あら、いいじゃないブ男でも。演劇が上手なんだから」

女騎士「あいつは……!」

やがて、劇は仮面の演者がソロで謳う部分にさしかかる。

彼の歌声を聞いて、女騎士は確信した。

―――

公演が終わり、客は外へ、劇団員は楽屋へ戻っていく。

女騎士は楽屋へと向かった。



団員「お疲れ様です。仮面さん」

仮面「うん……何か用?」

団員「実は仮面さんにお会いしたいと言う方が……」

仮面「そういうのは断ってって言ってるでしょ、きりが無くなるからさ……」

団員「それが……かつての同級生だと。騎士だという女性が」

仮面「…!?」

ガチャッ

女騎士「失礼する……!」

団員「……」ササッ

仮面「お、お前……」

女騎士「こんな所で何をしている……? お前は…」

仮面「……」

女騎士「仮面を取れっ! 剣士!!」バッ

剣士「……」

女騎士「生きていたとはな……」

剣士「……」

女騎士「剣はどうした? なぜ劇団の役者なんかやっている!」

剣士「……お前こそ、そのドレスはどうしたんだ?」

女騎士「! ……」

剣士「帰ってくれないか……」

女騎士「お前…」

ガチャッ

団員「すみません……」

剣士「なんだ? 今度は……」

団員「今さっき、仮面さんの"ファン"だという方からこれを預かりまして……」スッ

剣士「手紙?」ガサッ

団員「それでは失礼します……」

バタン

剣士「……」

女騎士「……」

剣士「……」バリッ …ガサ

剣士「…………ッ!?」ポロッ

剣士「…………」

女騎士「落としたぞ……!?」

女騎士が広いあげた手紙には文字は無く、

ただ中心に鳥の紋様があった。

剣士「あ、あいつが……くる……っ!」ガタガタガタッ

女騎士「何をしている?」

剣士「に…逃げるんだ! このままここに居たら殺される……!!」ゴソッ ガタン!

女騎士「逃げるというのか!?」

剣士「今までもそうして来たんだ……あいつには勝てない……! まだ狙ってやがるんだ……師団の生き残りである俺をっ!」

女騎士「待てっ!! なぜ剣をとらない!? 仇を討つチャンスだろうが!!」ガシッ

剣士「分からないのかッ!?」バッ

剣士「あいつには誰も勝てない……剣技も、魔術も……何も効かない!」

女騎士「…」

剣士「握り潰されて終わりだ!! だから逃げないと……! 殺される!!」

女騎士「――ッ」

バキッ

剣士「うわっ!」ドサッ

女騎士「この軟弱者がぁっ!!」



女騎士「決闘を申し込むっ!!」



女騎士「……私が勝てばお前は奴と闘うんだ、いいな……」

剣士「な、何を言っているんだ……お前は」

女騎士「演劇に使う模造剣があるな。決闘に不釣り合いだが、この際これで構わん」

ビリビリッ

女騎士「……剣を取れ剣士。貴様の腑抜けた根性、私が叩き直してくれるわ」

ガランッ…

剣士「……」

―――

―劇場・舞台上

女騎士「……」スッ

剣士「俺が勝ったら大人しく帰れよ……」

ガンッ!

女騎士「はぁぁぁっ!」ブンッ

女騎士(……ッ、やはり衰えている……!)

剣士「……」サッ ヒュン!

女騎士「っ!」ガギン!

女騎士「お前っ……どうしてその腕でっ!!」

剣士「――」

女騎士「闘わないっ!? 師団の戦友や……」

ガン!

ギ…ギ…ギ……

女騎士「女剣士の思いを忘れたのかっ!?」

剣士「ッ!!」ガキッ!

女騎士「あぐっ!?」

剣士「餓鬼だった……俺は……」

女騎士「はぁっ!」ガンッ!

剣士「……っ! 女剣士の最後の思い……理解したのは一年後だ……」

女騎士「ふぅっ……ぐく……」ギリギリ

剣士「あいつが貴族に召喚された時……俺は見送ったんだ……」

剣士「あの時俺が無理矢理にでも止めていたらっ……!」キン!

女騎士「分かっているならぁっ!!」

剣士「弱いんだ! 俺はぁっ!!」バシッ

女騎士「ぐっ!?」

剣士「ただ剣が強いだけの子供なんだ! 学校で猿山の大将を気取って、勘違いしていただけのっ……!」

女騎士「だから逃げるのかっ!?」

女騎士「今のお前には力があるだろうが!!」ガキィン!

剣士「あいつはそういう次元の相手じゃ無いんだ!!」

女騎士「だからどうした!? 騎士は強い相手には背を見せるのかっ!?」

剣士「俺は騎士じゃねぇっ! 剣士なんだ!」

女騎士「あの学舎を出たものは皆騎士だ!!」

剣士「押しつけるなよ! …俺は強くないっ……」

女騎士「剣士ィィッ!!」バキッ!

剣士「……!」

クルクル… ガシャン!

女騎士「……」スッ

剣士「……」

女騎士「得物を無くしては勝負になるまい。私の勝ちだ」

剣士「……」

女騎士「独りで戦えと言っている訳では無い……、背中は私が守る」

剣士「勝手、だな……」

女騎士「すまない……実は私も偉そうな事を言えた立場じゃないんだ」

女騎士「だが、その"大将"を憧れとしてきた者もいるんだ……分かってくれ……」

剣士「分かった……いや、分かっていたんだ……」

剣士(女剣士……、騎士侯……魔術師……っ!)

女騎士「……」



剣士「うぅ……俺は……っ!」

剣士「うぅぅ……う……」ガリッ

剣士「うおおおっ……ああああああああっ!!」

剣士「オオオオオオオオッ!!」

剣士「うああああああっ!!」

シン……

剣士「……」

女騎士「……気分は晴れたか?」

剣士「ああ……少しな」

女騎士「私も逃げるのは止めだ。散る覚悟はできた」

剣士「……勘違いするな、やるからには勝つ。……俺は天下の特別師団だぞ……!」

女騎士「フッ……それにしても、随分思い切り打ってくれたな? 痣になってしまう」

剣士「すまん……」

女騎士「まぁ、いい。これはお前を立ち直らせた事と、貸しにしておく」

女騎士「絶対に返しに来るんだぞ」

―――翌日

仮面の役者最後の舞台が開かれるとして、町が溢れる程の来訪者が集まった。

人数が想定外なので劇場は町一番広い舞台を借り、最後の公演を開始する。

披露する劇の内容は『絶望と渇望』という仮面の役者が手掛けた劇の処女作だった。

劇場の扉を掴む丸太のような腕があった。



侯爵「いやぁ、残念ですなぁ。これでまた楽しみが一つ減ってしまいますよ」

貴族「まったくですな。一番の役者が舞台を降りるとは……できれば止めて欲しいものです」

スッ…

?「……」ニヤッ



団員が協力して演じる部分が終わる。

拍手のタイミングを伺っていた観客達が、一つの拍手を持って喝采をあげた。

パチ…パチ…パチ…。

剣士「!!」

紅いスポットライトの光を反射して、一人の男の姿が剣士の目に映る。

ここからは剣士のソロパートだ。

ダンスの相方に団一番の踊り子を連れて、剣士は詩を放つように奏でる。

「俺は侯爵家の跡取りとして、家を継ぐべく育てられた――」

団長「? …歌が違うぞ?」

裏方「詩を変えるという話は来ていませんが……」

「――俺を知る全ては俺を父の子と呼ぶ」

「得意の剣を携えて、期待の視線と家から逃れた――」

「――追うのは俺の財を狙う悪党ばかり、父は俺を見もしない――」

「――ある時母が病に倒れた。……血筋の途絶を恐れた父は俺を訪ねる――」

「――そのすべてから逃げて来た、……やがて戦火が俺を追う――」

「――友や師……倒れる仲間と残る俺。仇討ちすら俺には果たせない――」

「――やがて最後の追跡者が現れる。……俺はそれからすらも逃げてきた――」チラ

?「……」

「――だがもう逃げるのは止めた、今こそ剣を取り、今までの清算をしよう――」

「――剣を取れ! 騎士の誓いだけは俺を裏切らない!! 剣を取れ! 残った一人が俺を信じている――」

「――終わりだ、悪党。お前の息の根は、俺のつるぎが止めるだろう」

喝采が巻き起こり、そして、一つの席が空いていた。

剣士(……もう逃げない)

―――

劇が終わると、剣士はすぐさま外に出る。向かうのは波止場だ、外に待たせていた馬車に乗り込む。

女騎士「いい劇だった」

剣士「……ああ。今日で完全に終わらせるぞ」



波止場に着く前に、馬車が攻撃を受ける。

粉々に四散する馬車から女騎士を抱えた剣士が躍り出た。

殺し屋「……」

剣士「……」

一合の刹那に殺し屋と視線が交錯する。奴が弾丸の様に飛来し、馬車を砕いたのだ。

剣士「鎧が無くて大丈夫か!?」

女騎士「ああ! 鎧を着ないお前のスタイルに合わせる!」

スタッ

殺し屋「クク……二年もよく逃げ回ったものだが、ここで終わりだ……」

女騎士「それはこちらの台詞だ!」

殺し屋「ん? ……貴様、俺の腕に傷をつけてくれた女か……借りも返せて今日は一石二鳥だな」

剣士「あんまりしつこいと女々しいぜ?」

殺し屋「減らず口を……!」ヒュッ

ガガガッ!

剣士「……っふー」

殺し屋「何……!?」

女騎士「でやぁぁぁ!」ズバッ

殺し屋「……」バッ

剣士「……」

殺し屋「貴様……腕を上げたな? この俺の右腕を防ぐとは……」

剣士「二年間、何もせず逃げ回っていた訳じゃない」チャキッ

殺し屋「ほぅ……だが、人が集まる前に終わらせて貰うぞ」サッ

女騎士「……! なんだ、あれは? 強力な魔力を感じる……!!」

殺し屋「……フッ」シュゥゥゥ…!

パクッ

剣士「……!?」

女騎士「剣士!? 斬られていたのか?!」

剣士「下がれ女騎士!!」バッ

ザクッ

剣士「……!」ツー…

殺し屋「……」ニヤニヤ

剣士(肩口と腿が……一体なんだ……!?)

殺し屋「やはり……こいつをそのまま使うのはまだ難しいか……」

ザシュザシュッ!

剣士「また……ニ発……!」ポタポタ

女騎士「やつめ……あの短剣で何か魔法の様な物を……!?」

剣士「風魔法の類いか……!? 真空波……?」

殺し屋「仕留める気なのだがな」

ザザッ

剣士「ぐぅっ……!?」

殺し屋「だが利点でもある、この攻撃は予測できんぞ」

ザクッザクッ

剣士「……」ガクッ

女騎士「風の防壁よ!」フォン

スパッ

女騎士「!?」

殺し屋「無駄だ、根本的な魔力量が違う」

女騎士「……っ」

剣士「もう駄目だな……こりゃ、済まない……女騎士……」

女騎士「剣士!? 何を言う!!」

殺し屋「ほう……?」

剣士「よけりゃあ冥土の土産に、ソイツの正体を教えてくれないか? ……じゃないと死んでも死にきれねぇ

殺し屋「フフ……いいだろう。……こいつはとある仕事の時に見つけた魔法の武具だ。内に強大な魔力を秘めている」

スッ

殺し屋「この腕はこいつが原因さ。短剣の魔力が腕に入り込み、変質したのだ。殆どの人間は短剣の魔力に飲み込まれ死ぬが、俺はこの力を逆に支配し"進化"したのだ」

ザワザワ……

貴族「なんだ!? 劇の続きか?」

侯爵「これは最初からやり直すべきだろう!」

殺し屋「……人が増えてきた。止めとするぞ」

ビュウッ

殺し屋「なにっ……!?」

女騎士「風の魔じゅ…つはこんなことも可能だ」パシッ

殺し屋「短剣をッ……!」


剣士「散塵魔法!」

ブワッ

殺し屋「ぐ! この!」



女騎士「さ、剣士……力のタネは奪ったぞ……」

剣士「よくやった……」ハシッ

女騎士「それで、どう勝つんだ!? 策を教えてくれ!」

剣士「なぁに……単純さ……」グワッ

ザクッ!

女騎士「け、剣士!? 何をするぅぅっ!!」

剣士「ぐ…お……」ドクッ


殺し屋「……俺ですら片腕がやっとだった、貴様……正気か!?」

女騎士「何をしているっ!! 剣士っ!」

剣士「こいつが力のタネなんだろ……? だから心臓に刺してんだよ……。……これでイーブンだぜ……!」

殺し屋「お前らっ! あいつの息の根を止めろっ!! 何としてもだぁっ!!」

部下「……」ザザザッ

ボッ

部下2「!?」

殺し屋「何をしているっ!!」

部下「か、壁が……」

剣士「…………」ドクン…

殺し屋(成功の兆しが見えてやがる!! 魔力で身体が膨れあがらねぇ!!)

女騎士「け、剣士……」

ドクッ…

殺し屋「馬鹿な……!?」

ちょい休止します……

サァッ…

剣士「……」

部下「! 壁が!」

部下2「殺せぇぇぇっ!!」

ズドォォォッ!

漆黒の塊が追跡者達をほこりの様に散らした。

剣士「……災厄よ……!」

殺し屋「ちっ……だらしねぇ奴らだ!」チャキッ!



剣士「俺を殺すか?」



殺し屋(! ……雰囲気が……!?)

剣士「許さぬ」



一瞬で剣士は殺し屋の懐に飛び込む。

殺し屋「おおっ!」

ガガガッ! ザンッ!

剣士「貴様が一瞬で三回斬るのなら、俺は更に一回多く斬るだけだ」

殺し屋「ぐおおっ!?」ガクッ

剣士「左腕が無くなっただけだろう……。"膝をつく程か"?」

殺し屋「舐めるなっ! 小僧ッ!!」ガシッ!

女騎士「剣士!」

殺し屋「油断したな……! 掴みゃこっちのもんだ!」

剣士「……やってみるがいい」

殺し屋「……!」ググッ

殺し屋(潰せねぇ……!?)

ザクッ

殺し屋「おおおおおっ!?」

剣士「それが自慢の腕か? まるでケーキの様に貫通したぞ――」ガクッ


剣士「!?」

剣士は足下を見やる。

自分の右足に黒いもやのような物が取り付いていた。

殺し屋「クク……、やはり"失敗"だ! それ以上力を使えば霧につつまれて死ぬぞ?」

剣士「その前に片をつける」

殺し屋の武器は男の身の丈もあるロングソード。その猛攻を剣士はショートソードで受け流しながら、一撃ずつ確実に加えていく。

剣士(タフな男だ……)

殺し屋「死ねぇぇっ!」

黒い霧は剣士の半分を包んでいた。

殺し屋(俺が倒れるより貴様が霧に包まれる方が先だ!)ガカッ

剣士「……はっ!」

剣士は渾身の一撃で一瞬殺し屋の体制を崩す。

そして剣を突き付ける。

剣士「『無限転』!」

剣が柄を軸に回転し、それに準って重力が"動く"。

元は魔力で剣を回転させ、前面の敵を一瞬でスライスする、騎士侯の奥義だった。

魔力に影響を受けた重力が変質してそこに在るものを押しつぶす場を造った。

力場が光を遮断して黒く窪む。

剣を中心としたその球体が剣士の奥義の効果範囲だった。

殺し屋「 ――…」

ドシャッ

体の前面半分が抉れた男は倒れ、絶命した。

剣士「とっトくもんダぜ。奥の手っテノはよ……」

女騎士「や、やったなっ! 剣士!」

剣士「う……ウ…」ガクッ

女騎士「剣士!?」

剣士(体が……こ、この短剣は……)

女騎士「黒く霧が……ど、どうしたら……」

剣士「う、…おおおおっ!」ブンッ!

女騎士「!?」

剣士が投げた短剣は放物線を描かず、一直線に地平線の彼方へ消えて行った。

剣士「く……」バタッ

女騎士「剣士! ……少し耐えてくれ……」ガッ

すでに観戦していた客達はいない。

女騎士は中でも臆病者が残していった馬車を適当に見繕うと、それに剣士を乗せた。



メイド「お帰りなさいま――、どうしたんですか!? その方は?」

女騎士「友人だ! すぐ部屋を作ってくれ!」

女騎士とメイドは剣士を部屋に運び込むと、すぐに状態を確認した。

メイド「……体の組織が殆どぐずぐずです。どうしてこんな状態に?」

女騎士「分からない……。ただ、強力な魔具を使ったんだ。そうしたら黒いもやの様な物にこいつが包まれて……」

メイド「……とりあえずお医者様を呼びましょう。女騎士様は御主人様に連絡をしておいていただけますか?」

―――

今日はここまでにします。
眠い…。

医者「……こりゃー手の付けようがないわ。禁術でも使ったの?」

女騎士「まさか! ……どうにか助かりませんか?」

医者「あたしじゃこれは無理だね、まぁ保たせるくらいならできるだろうけど……。このレベルを治療するなら大国の宮廷医師でもなきゃね……」

女騎士「それならその医者を呼べば!」

医者「駄目だね。こいつは今日死ぬか死なないかだ」

女騎士「……そんな」

その後、帰ってきた肥えた男に事情を説明すると、男は剣士が部屋を使う事を快諾した。

そして夜もふけたころ――

剣士「……」

医者「やぁ、目がさめたかい?」

剣士「……」

医者「……あたしは医者さ、喋らなくていいよ。女騎士はさっきまでいたけど、部屋に戻ったよ」

剣士「……」

医者「手は尽くしたんだけどね……駄目みたいだ。あんたの体はほとんど壊死しちまってるよ」

剣士「……」

医者「―――…」

剣士「……」

剣士(死ぬのか……)

剣士(まぁ……いいか。仇は討てたし……。心残りはなにも……)



剣士「ッ!?」ゾクッ



ザザン…

医者「…おや。……こんな時間に船とは珍しい」

剣士(なんだ……!? 今の悪寒は……!)

医者「ん? ……哨戒船か」

――お前の魂を喰らってやるぞ。

剣士「!!」

医者「! おい、起きるんじゃないよ」

剣士「が……ぅ……ぁっ……!」

医者「! 壊死した部分が……!?」

剣士「こ、"声"が……」


医者「……声?」

剣士「あ……ああぁ……」

医者「……お前、何を聞いている?」

…剣士はひたすらに助けを乞う声の群を聞いていた。始めは外から聞こえてくると思っていたが――

剣士(体の内から響いてくる……!)

――そして、その中に一つだけ異質な存在が混じっていた。

剣士は直感的に悟る。

剣士(あの短剣、新たな依代を見つけたのか!?)

殺し屋の所持していた短剣は、ただ刺さった物を変質させるだけの物では無い。

あれ自体が思念を持った強力な存在なのだ。

短剣は所持者を依代とし、力を与える代わりに命を奪う。

剣士はあの短剣を手にした一瞬でそれを理解していた。

だからこそ海に捨てたのだ。

剣士(海底に沈んだかと思ったが……、誰かが手に入れたのか?)

剣士(あれは人の手に触れさせてはならない……)ググッ

医者「寝ていろ! 今から治療を施す。もしかしたら助かるかもしれん」

剣士(……)

剣士(気配が遠くなっていく……、さっきの船に乗っているだれかがあの短剣を所持しているに違いない……!)

―――

――三日後

全快した剣士がそこにいた。

女騎士「良かった……! もう駄目かと思ったぞ!」

剣士「……」

女騎士「医者! あなたは名医だな! 剣士を助けてくれてありがとう!」

医者「いや……あたしは何もしてないよ。勝手に細胞が再生したんだ」

女騎士「しかしあなたの力が無くては剣士は助からなかった!」

医者「……」

医者(いや……あたしの治療は無駄だった。あいつは途中からほとんど1人で回復したようなもんだ)

剣士「……」

医者(一体なんなんだ……? あいつの体は……)

女騎士「…そうだ剣士、紹介したい人がいるんだ。私の恩人でな――」



あれから剣士が謎の悪寒を感じる事は無かった。

極限状態で見た幻覚だったのか? 剣士はそう思ったが、日を重ねる毎に胸が騒いだ。

剣士と暗殺者との追走劇が幕を下ろしてから数ヶ月が経った……。

あれから毎日、剣士は町の酒場にいる。今日もまた然りだ。

剣士(あれからまったくあの短剣の気配を感じた事も、……噂を聞いた事すらない。やはりあの悪寒やおぞましさはただの幻覚だったのか?)

剣士(いや……、あれからひとときたりとも俺の"謎の焦燥感"は風化した事は無い。……そして日を重ねる毎にその気持ちは強くなっていく)

剣士(もしかしたら死に直面し、俺の気はふれてしまったのかもしれない……)

剣士(だが、もしもあの短剣が俺の感じた通りの物だとすれば、あのまま放置しておくわけにはいかない)

カラン…

剣士(旅人か……?)

ザワッ

剣士(なんだ? 滅多に動じない酒飲み共が――)

剣士「――!?」

騎士の集団「……」ガシャッ ガシャッ

はたして酒場に入ってきたのは騎士の集団だった。

もちろん彼らは剣士の所属していた軍の騎士では無い、元敵国の正規軍だ。

そして彼らはかつてこの国で元敵国と戦った騎士達だった……。

剣士も彼らの噂は耳にしていた。

「なんでも国を中から変えるんだとさ……」

「よく言うよ、敵国に尻尾振っただけだろうに……」

酔っぱらいはわざとらしく大きな声で嫌みを言う。それに彼らは一瞬反応したようだったが、すぐになんでもないように取り繕った。

剣士(国を中から変える……か)

騎士「おや? もしかして君は……剣士かい?」

剣士「……?」

騎士「僕だよ……」ガチャ…

騎士は兜を外す。

剣士「…」

騎士「覚えてないかい? ほら、女騎士とよく一緒にいたイケメン騎士だよ」

剣士「…あ。ああ!」

昔の戦友は……気苦労からだろうか……やつれていた。そのため剣士はすぐ彼に気づけなかったのだ。

騎士「ま、今はただの騎士だけどね……。久しぶり、君が生きていたとは、嬉しいよ。そうだ、女騎士は見かけたかい? 彼女もこの町にいると聞いているんだけど……」

剣士「ああ、再会したよ。お前はまだあいつに会ってなかったのか?」

騎士「ははは、まぁ……最近は仕事が忙しくてね。"僕らの様な"騎士には厄介な仕事ばかりまわってくるものだから」

剣士「……大変みたいだな」

騎士「まぁね。ただ、やりがいはあるさ。確かな手応えもあるし、僕はこのやり方でこの国を変えていけると信じてるからね」

騎士率いる騎士隊は何かの調査にこの町へやってきたらしい。

剣士「なぁ、一つ聞いていいか?」

騎士「なんだい?」

剣士「実は、ある物を探してるんだが……」

剣士は騎士に短剣の事を尋ねる。国仕えの騎士として様々な場所を訪れる騎士ならば、短剣の噂も耳にした事があると思ったのだ。

剣士が話を進めると、みるみるうちに騎士の顔色が変わっていった。

騎士「剣士……その話は本当かい?」

剣士「本当だ……どうした? いきなり」

騎士「いいかい、その話は僕以外の誰にもしとはだめだ。その瞬間、君は大罪人になる」

剣士「……は?」

剣士「いったいどういう事だよ?」

騎士「……。この話は、他言無用で頼むよ」

剣士が海の向こうから短剣の気配を感じた、少し後。

辺境に魔王を名乗る者が現れた。

強大な力を持つその者は周囲の国に宣戦布告。圧倒的な力で侵略を開始した……!

騎士「そしてその魔王の力の源が……」

剣士「あの短剣……ッ」

騎士「僕らは魔王を倒す手段を探しにこの町へ来たんだ。短剣がこの町で使われた痕跡があったからね、何か手がかりはないかと思って……」

剣士「なぁ騎士。その魔王はどこにいるんだ?」

騎士「…君がしようとしてることは大体察しがつくよ。だめだ、魔王は一人じゃない、強力な近衛集団が彼を守っている。その一人に精鋭騎士団の小隊が一つ潰されたんだ」

剣士「…………」

騎士「ただ……君が一人で先走らないというなら教えなくもない。僕らに強力してくれないか剣士」

剣士「騎士……」

騎士「魔王の力は強大だ。詳しくは違う場所で話そう」

―宿屋

騎士「まず、魔王は短剣を使い自身の魔力を増大させている……これが一番厄介だ。魔王の強さはその膨大からなる多彩な魔術による」

剣士「魔力か……」

騎士「剣士、君が短剣に一時体を支配された時……同じように魔力は増大したかい?」

剣士「今まで考えた事無かったな…無我夢中だったから。が、そう考えると辻褄が合う、俺があの戦いに勝利できたのは膨大な魔力の恩恵を受けたお陰だな」

騎士「やはり、あの短剣は特別な……それも神がかり級の魔具。いや、古の武具なんだ」

剣士「エンシェントウェポン…?」

騎士「そう、簡単に言うと超強力な武器だ。これまでも歴史上に数多く出現している。そしてこれを手にした者は例外無く……強大な力を手にしている」

騎士「中には強力な古の武器を使って王まで上り詰めた人間もいるよ」

剣士「超強力な武器ね……」

騎士「その中でも今回の短剣は別格だ。何せ……大して才能も持っていなかった男が一夜にして魔王を名乗れるほどになったんだからね」

剣士「そうだ、それだ。魔王って奴の正体は一体誰なんだ?」

騎士「名も知れていなかった辺境伯さ……しかし! あまりに残虐で、悪辣な男だ。彼は力を手にした直後、一つの町を滅ぼしている……!」

騎士「それも欲求を満たすだけにだ! 許しておくわけにはいかない!」

剣士「ああ……そうだな」

剣士(……くそ、あの時俺が海に投げ捨てなけりゃ……、他にも方法はあったかもしれないのに)

騎士「本題だ。僕らは国に命じられて、魔王を倒す手段を探っていると言ったね? だけど現状魔王を倒す手段なんてある筈が無い……、だから僕らは魔王を弱体化させる方法をさがしていたんだ」

剣士「弱体化か……。短剣の痕跡からその手がかりを?」

騎士「ああ。まだ何か分かるかははっきりしないけど……藁にもすがる思いでね。でも剣士と再会できたのは全く偶然だったけど、幸運だったよ」

剣士「幸運?」

騎士「いずれ魔王と直接対決する時がくる……その時は君の力が必要になるだろうからね」

剣士「直接対決、か……」

騎士「……これが僕達の現状だよ。とりあえずしばらくはこの町で調査をして、結果がでれば王都の宮廷魔術師の所へ持って帰るつもりだ。それまでは……」

剣士「暇ってわけか。……なら剣の修行でもしてるかな」

騎士「すまないね剣士。すぐにでも動けれはいいんだけど……慎重な性格になってしまったんだ」

――

剣士「なんだかうまくはぐらかされた気がするな……」

剣士(結局魔王の居城も聞けず仕舞だし……イケメンは時が来たら連絡を寄越すって言ってたけど……)

剣士「……」

剣士(考えてても仕方が無いか。……とりあえず当面の目標はできたんだ、修行して強くなる事だ)

剣士(それに、暗殺者を倒したあの一撃もあれ以来使えず仕舞い……。もしあの短剣を所持した奴と戦う事になるとすれば、あの技は絶対必要になる)

―数日後

剣士「せいっ!」シャッ

女騎士「剣士、剣術の修練か?」ニコニコ

剣士「女騎士。……何だお前、ニヤけて……」

女騎士「なッ! し、失礼な奴だな!! ……。私はただ、お前がまた剣を振るっている所を見て嬉しくなっただけだ」

剣士「は? なんで?」

女騎士「役者をやっていた頃のお前より、騎士として剣を振るっていた時のお前の方が好きだからだ!」

剣士「剣を振るっている時の方が好きだ?」

女騎士「……。あっ! か、勘違いするなよ!? 好きと言っても、あぁぁ……あれだ! 好感が持てるという意味でだな!」

剣士「……」

~~

女剣士「ボク、剣を振ってる時の男って好きだな」

剣士「あん?」

女剣士「いつもと違ってさ、ほら。真面目だし」

剣士「俺はいつでも真面目だっての」

女剣士「……嘘だぁ」

~~

剣士(そういやあいつもそんな事言ってたな……)

剣士(思えゃ、学生の時から剣術……サボってた時があったな。……、あの時サボらないで毎日まじめに修練してたら、あの時女剣士を救えてたんだろうか……)

剣士(女剣士だけじゃない。魔術師も、騎士侯も。俺がもっと強かったら……)

女騎士「剣士……?」

剣士「……なんでもない。……てか、何度も言うけど俺は騎士じゃねーよ!」



剣士「はっ!!」シャッ

女騎士「すごいな……まるで風を斬っているようだ」

剣士「……風を斬る?」

女騎士「ああ。鈍重な長剣でその速度を出すとは……。お前の前にでたら気付かない内に真っ二つにされてしまいそうだ」

剣士「……そんなにいいもんでもねーよ。長剣だから攻撃の合間にできる隙がでけぇし……重ぇし」

女騎士「そうなのか?」

剣士「今どき長剣使ってる奴のほうが希有だろうさ、俺はこいつが好きだから使いつづけるけどな」

女騎士「うん。いいな、その志は」

剣士「志?」

女騎士「一つの物を極める……その姿勢。まさに騎士のものだ」

剣士「勝手に言ってろ」

剣士「……!」バッ!

剣士「…………」

女騎士「…どうしたんだ? 剣士」

剣士「……いや、何でもない」

剣士(やはりあの技は使えない……。感覚は覚えてるんだが、何が足りない……?)



「……魔王様」

魔王「戻ったか、側近よ」

側近「は、仰せつかった偵察任務、そのご報告に参りました」

魔王「話せ」

側近「はっ。あの大国の騎士団ですが、まだ魔王様の力の源については何も分かっておりません。魔王様の障害にはならないかと」

魔王「そうか……。ククク、我が世を統べる時は近いな」

魔王「それもこの短剣のお陰よ……」

短剣「……」

魔王「実に愛しい奴だ……、辺境伯でしかなかったわしを世を統べる王にしてくれる、最高の道具よ」

側近「……では、私は例の策をうってまいります」

魔王「ふふふふふふふ……」

短剣「……」ギラ…

………

騎士「待たせたね、剣士」

剣士「待ちわびたぜ」

騎士「ついに魔王への手がかりが掴めたからね。ようやくだよ……」

剣士「西の森にある城……、そこが魔王の根城か」

騎士「短剣の力を封じる術も完成した、あとは僕達で魔王を討つだけだ……、覚悟はできているかい? 剣士」

剣士「あたりまえだ!」

女騎士「―剣士!」

騎士「おや、女騎士……」

女騎士「町に騎士団が来たと聞いて……、行くのか?」

剣士「ああ」

女騎士「……」

騎士「大丈夫さ女騎士、こっちは五千の大軍だよ。どんな事があっても負けるわけがないさ」

女騎士「しかし……、やはり私も一緒に!」

剣士「旦那さんが怒るぞ」

女騎士「っ! ……」

騎士「……さぁ、行こうか剣士。女騎士も、後の事は戦いが終わった後でゆっくりやればいいさ」

女騎士「…………」

女騎士(嫌な予感がする……、無事に戻ってきてくれ剣士……)

―西の森

騎士の行軍が地を揺らす。

魔王に及ぼされた被害は甚大である。

すでに近隣諸国の大半は瓦礫の山と化し……残っているのはこの騎士達の大国と、小国がいくつかだった。

この五千の騎士団が決死隊である事は言うまでもなかった。

1ヶ月。

魔王が世界の半分を滅ぼすまでに費やした時間である。

騎士「…………」

剣士「…………」

騎士「本当に良かったのかい? 剣士」

剣士「何もせず殺されるよりかは、戦った方がいいさ。負けるつもりはないがな」

騎士「頼もしい言葉だよ……」

剣士(大丈夫だ、技の修練は積んできた……。相手がどんな野郎だろうと負けねぇ。今度こそ、本当に終わらせてやる……!)

騎士「ここが……」

兵士「なんてまがまがしい城なんだ……ッ」

剣士「……」

剣士(悪寒がしない……?)

騎士隊長「突入!!」

騎士「もぬけのから……?」

剣士「……」

「ようこそ、騎士団の皆様」

騎士隊長「何者だァ!?」

側近「私は魔王様の側近、あなたがたにはここで死んでいただきます」パチン

ズ ズン…

騎士「な、何だ!?」

剣士「! 全員外に出ろッ!」

兵士「ヒィィッ! て、天井が……!?」

ズガァァァァァッ!



側近「……大分数は減ったでしょうか」

ガコッ

側近「ふむ」

騎士「備えあれば憂いなし……だね」

剣士「防壁魔術か……」

騎士隊長「全騎士に告ぐッ!! あの者をひっとらえろッ!」

側近「フフ……」パチン

ドスッ

騎士隊長「あがっ……!?」

騎士「隊長! これは……!?」

影「…………」

兵士「ば、化け物だっ!! いつのまにか化け物に囲まれてる!」

側近「魔王様に頂いた力です。この影の軍勢こそ、諸国を滅ぼした力です」ス…

騎士「あ、あわてるな! 皆、相手は大きいが少ない! 包囲して迎えうて!」

影「……」ズルッ

剣士「消えた……!?」ゾクッ

剣士「!?」

準騎士「ぎゃああああっ!」

若い騎士「じ、地面だ! 奴らは地面に潜って攻撃してくるっ!」

騎士「地中を自在に動けるのか!?」

剣士(城を崩し……俺達の奇襲をかえした……。初めから情報戦では負けていたのか)

剣士(しかもこの悪寒……、"奴"が近くにいる……ッ!)

黒い影の敵は地面から上半身だけが生えたような姿をしていた。

天辺から地まで伸びる長い腕の先には鋭い爪がついており、易々と騎士の鎧を切り裂く。

そこからは全く一方的な展開だった。

五千の軍は敵の罠で少し数を減らしたにしても、たった数十体の影に翻弄され、手玉にとられる。

剣士「おおおおおっ!!」ズバッ

騎士「こいつら、一体一体が凄まじい強さだ……!」

影「……」ブンッ

剣士「ぐっ!」ギギギ

剣士(確かに強い…! だけど、倒せない相手じゃねぇ!)ザンッ

剣士が幾体かの黒い化け物を斬り伏せた時だった。斬った化け物の後ろから暗い瞳の男が姿を見せる。

剣士「!!」ガキン

側近「……あなたは中々実力があるようだ」

剣士「こいつっ!」

側近「私自ら相手をしましょう」

影が剣士と側近の傍から引いていく……。

剣士(こいつ……、かなりのてだれだ!)

無数の剣筋が剣士の目に映る。

側近「……鳴動剣!」

剣士「……!」スパッ

騎士「剣士!」

側近「急所は外したようですね……ですが!」

剣士「ぐぐっ!」

剣士(何だ今のは……、ただの乱れうちだった、だが正確に俺の体に全ての攻撃が飛んできやがった……!)

側近の操る細身の剣は風の様な速さで踊り狂う。

側近「フフフ……そのような無駄に大きな剣では、私の剣を防ぐことは不可能です」

剣士「……っ」

若い騎士「うわあああっ!」

側近「あちらももうすぐ片がつきそうですね」

騎士「く、くそ……」

剣士「騎士! 術を……封術を使え! この影の軍勢が魔王の力なら、それで封じる事ができるはずだ!」

騎士「だ、だめなんだ……さっきから試しているが、一向に効き目がない!!」

剣士「なんだと……?」

側近「ただの魔術師ごときに魔王様の技は破れません。……よそ見は禁物ですよ」フッ

剣士(!? しまった――)

騎士「剣士!」ドガッ

側近「ぐぬっ! 鎧で私の剣をッ」

剣士(今だ――)

剣士「――『無限転』!」

ズズズズ……

側近「な……! この魔力は魔王様と同じ……!」バチンッ!

側近「が――!」ズドドッ

騎士「や、やったか?」

剣士「木にぶつかって気を失ったみたいだな……」

騎士「よ、よかった……」

剣士「鎧で剣を受け流したのか……やるな」

騎士「まぁね……」

剣士「次はあの影共を片付けるぞ!」

騎士「おお!」

剣士(……とっさに放ったからか"技に引き込む"前に途切れちまったが、運良く勝てたか)

剣士(影の方は大した相手じゃない、俺の予感が正しければ少しでも多く片付けなければ!)

――

魔王「側近……情けない奴よ」

魔王「あやつを倒せば更なる力が手に入る、本当なのだな? 短剣よ」

短剣「……」

魔王「ククク……力だ、更なる力を……!」

魔王「扉よ開くのだ、わしが直々にあやつらをほふってやろうぞ」

――

剣士「はぁっ!」ズバッ

影「オォォォ……」シュゥゥゥ

騎士「やった!」

剣士「これで全部か……」

騎士「か、勝ったのか……?」

「や、やった! 生き残ったんだ!」

「やったー! やったー!」

剣士「……」

騎士「ありがとう、剣士。君のお陰だよ」

剣士「……」

騎士「剣士……?」

剣士(来る)

ボコッ

騎士「どうしたんだい? 剣士」

剣士「…………」

ボコ… ボココッ

「おい、なんだアレ……?」

「地面が黒くなってる……!?」

魔王「……」ズズズ…

騎士「なんだ? あの老人は……」

剣士「ッ!」ゾクッ

剣士(あ、あれだ! 間違いない! 奴が手にしているのは……!)

魔王「――」ス

カッ!!

騎士「うわあああ!」

視界が眩い閃光に包まれる。

やがて目のくもりが晴れ、剣士が目を開けた時……。

剣士「……!」

魔王「貴様が剣士か」

剣士「千の軍が……」

――辺りは死屍累々の惨状だった。

魔王「そのようだな、我が力の波動を受けても倒れないとは」

剣士(な、なんて奴だ……! 格が違いすぎる……っ)

魔王「このような者共に倒されてしまうとは、我が軍勢も脆いものだな……それとも」

魔王「――貴様の力が他を逸しているのか」

魔王「――」シュンッ

剣士「――!」

剣士(いつの間に後ろに――!)ブン!

魔王「無駄だ」パシ

剣士「な、なに……?」

剣士(剣を指でつまみやがった……しかも、外れねぇ……!)

魔王「ククク……」カッ

剣士「がっ!!」バチチッ

剣士(目から雷が……?)フラッ

魔王「ふん」ドスッ

剣士「が……!?」

魔王「やはりただの人間か、こんなにも脆い……」

剣士「か、かはっ――」

剣士(手で……胸を突き破りやがったのか……?)コヒュー

魔王「短剣の力が宿った先、貴様の心臓を貰い受けるぞ」ググッ…

剣士「――ぃ」

ズバッ! ブチブチッ

剣士「……」ドサッ

魔王「ほほぅ……この短剣に触れた時、随分力を吸収していたようだな、まるで魔力の塊じゃわい。ハハハ」

剣士「あ……ぅ…」ビクビク

魔王「ふん、目障りな奴だ」カッ

剣士「ッ!」バチッ!

剣士「――――」

魔王「これでわしに刃向かう者はもういない。後はゆっくり我が世を支配下に置くだけじゃわい。フハハハハ」

騎士「け、剣士……」

魔王「おい、起きろ。側近」

側近「は、はっ。魔王様」

魔王「全くだらしない。この程度の奴らにてこずりおって」

側近「申し訳有りません」

魔王「まぁよい。これでわしの目的は達成された。後はお前が軍を率いて世を支配し、わしに献上するのじゃ」

側近「は……」

魔王「ではいったん城にもどるとするかの」

側近「……」チラッ

剣士「 」

側近「……」

魔王「扉よ開け」

~~

騎士「う……く」ガシャッ

騎士「生き残っている者は……生き残りはいないのか!?」

騎士「……」

騎士「僕だけ……なのか?」

「い、生きてるぜ……手を貸してくれないか」

騎士「! すぐに行く!」



騎士「生き残れたのはたったの二十か……」

騎士達「……」

騎士「……」ザッザッ

騎士「剣士」サッ

騎士「……」

騎士「うぅ……」

長身の騎士「……騎士さん」

騎士「ああ。……皆で仲間を弔ってやろう」



ゴォォォォォ……

騎士「皆、すまない……。簡単な火葬しかできないけど」

長身の騎士「こっちのにいちゃんは埋めるんですかい?」

騎士「ああ……墓は僕がつくるよ」

騎士「剣士……君の剣はここに立てておくよ」ザクッ

騎士「皆すまない、待たせたね。……急いで国に戻ろう。魔王の事を陛下に報告しなければ」

髭面の騎士「もういいのか?」

騎士「…今は情に流される時じゃないよ。……後でまた来るさ、必ず」

騎士「必ず魔王は討たなければならない」

騎士「周囲を警戒して進むんだ、魔王の手下の生き残りが潜んでいるかもしれない」

チビな騎士「行くぞぉ」

騎士「……」

騎士(剣士。まだ信じられないけど、君の仇は必ず討つよ。だから安らかに眠ってくれ)

騎士(それにしてもこの事をどう女騎士に伝えればいいんだ……)

それから数日としない内に魔王軍は侵攻を開始した。

勢いを増した魔王軍に生き残りの騎士団は次々と壊滅させられ、ついには国王の降伏という形で戦は締め括られる……。

魔王による暴力の時代が始まる。

多くの者は逃れるか、逆らって殺されるか、その場に残り蹂躙された。

地には異形の怪物が溢れ、人々から希望は消え失せた。

剣士(暗い――)

剣士(これが、死後の世界って奴か)

剣士(俺、死んだんだよな。魔王に心臓を抉りだされて……)

剣士(我ながらグロい死に方だったな)

剣士(……結局だめだったな。あの、短剣……)

剣士(…………)

「眠るにはまだ早いぞ」

剣士(…?)

「簡単に心臓など奪われおって……このままお前を死なせてはわらわにも都合が悪いのじゃ」

剣士(誰だ……?)

「とはいえもう心臓も無いしの……いったいどうしたものか」

剣士(答えろよ)

「しょうがない、少々荒いやり方じゃが、これでいくか」スッ

剣士(何をする気だ? 目が見えないから分からん……)

「おぬしの魂ならば、耐えるじゃろ。よいか、自分の心臓を取り戻すのじゃ、わらわの為にもな。それまで少しだけ力を貸してやろう……」ピト

「これからは、その玉がおぬしの心臓の代わりをしてくれる」

剣士(い――!? ぐああああああ!!)

「激痛が伴うがの。ほほ。まぁ体に馴染めばそれもなくなる、我慢せよ」

剣士(な、なんだこれは――!?)

剣士(痛みだけじゃない……何か、記憶の様な、とてつもなく恐ろしいものが俺の精神を焼く……!)

剣士(やめろっ! やめてくれ!!)

「ふふ。男をみせよ」

剣士(うああああ! ぐぅう!!)

「はやくせのば、あの小汚いじじぃに世が滅ぼされてしまうぞ……?」

―西の森 騎士の墓場―

数え切れない程の死骸の中に一つだけある墓から、腕が生えた。

腕は苦しそうにもがき、土をはじきとばすと、地面の下にある自分の体を掘りだしていく。

剣士「がはっ!! スーハースーハー!」ゲホゲホッ

剣士「うげっ、ぺっ! ……はぁ、はぁ」

剣士「…………い、生きてる?」

剣士「俺は……、魔王に殺されたはずだ」

剣士(実際墓に埋まってたわけだし……どうして生きてるんだ?)ズキッ

剣士「う……」

剣士(それに、何か忘れている気がする……だけど思い出せない)

剣士「いったいなんだってんだ……」

剣士「……ここは、俺が魔王に殺された場所か」

剣士「…俺の剣」

剣士(誰かが埋葬してくれたのかな)

剣士「……状況がよく分からねぇが、とりあえず近い町に行くか」

剣士「よっ……と、……なんだ? やけに体が軽い……」

剣士(それに、何か不思議な感覚がするな……)

ガシャッ

剣士「…?」

ガシャッ キキキキ…

剣士(何の音だ?)キョロキョロ

骸骨の騎士「ケタケタケタ」

剣士「!?」ジャキッ

剣士(騎士の死体が動いてる……!?)

剣士(辺りの骸骨が一斉に――)

剣士「やべぇっ!」ダッ

剣士(よく分からねぇが、とりあえず逃げる! また死ぬのはごめんだっつの!)

骸骨の騎士「……」ガシャッ ガシャッ

剣士(……くそっ)

剣士(しばらく走ったと思うが……まだ追いかけてきやがる)

ガシャッ

剣士(!!)サッ

剣士「……」

ガシャッ…

剣士(行ったか……)

剣士(それにしてもあの骸は……。確か死体を操る魔術があったな、それか……?)

剣士(だとすれば、仕掛けた相手は魔王? 抜け目のない奴め)

剣士(……いや、このネクロマンスこそ魔王の力の正体か! 今まで倒してきた国々の軍を蘇らせてたちまち最強の軍を造り上げたのか)

剣士(だとしたらなんて運が悪いんだ、生き返って早々死体再生の最中に巻き込まれちまったわけだからな……)

剣士(ちくしょう、だが何とか奴らの隙を見つけてこの森を突破するしかない)



剣士(いないか……?)

剣士(にしても、深い森だな。同じ方向に進んでる筈なのに全く出口が見えてこないぞ)

剣士(素直に骸骨共を突破して森に入った道を戻れば良かったか? ……だがあの数を凌ぎきれるとは思えないし、これが最善の方法か)

剣士(いったいどこまで続くんだ……)

森を彷徨って数日~

剣士「……」

剣士(そろそろ体が動かなくなってきたな……)

剣士「情けねぇ……」ガクッ

剣士(……せっかく生き返ったってのに、ここで終了かよ……)

剣士「…………」

「あれっ?」

「……人が倒れてる」

「大丈夫ですか?」

「……生きてはいるみたい。でも酷く衰弱してるわ」

「遭難したのかしら」

「……里に連れていっても大丈夫かな? ……悪い人じゃなさそうだし」

「よしっ」

剣士「……」

剣士「……?」

剣士(ここは……どこかの家の中か? ……確か森でのたれた筈だけど)

剣士「……」

剣士「腹、減った……」

剣士「……」

剣士「…………」

少女「あっ、起きた?」

剣士「! …君が助けてくれたのか?」

少女「うん。良かったわ」カチャッ

剣士「……そ、それは?」

少女「お腹すいてるでしょ? 起きられる?」

剣士「助かったよ……ありがとう」

少女「どうしたしまして。体の調子はどう?」

剣士「随分いいよ」

少女「よかった」

剣士「ここはどこかの村なのか?」

少女「うん、小さな村よ。それにしてもどうしてあんな所で倒れてたの?」

剣士「……実は――」

少女「へぇえ……おとぎ話みたいね」

剣士「あぁ……その、魔王とかが、今どうなっているか分かるか?」

少女「今、この世界は完全に魔王に支配されたわ」

剣士「……なんだって?」

少女「話のつじつまを合わせると……あなたは土の中で数ヶ月は眠っていた事になるわ。その間に魔王は各地を侵略してしまったのよ」

剣士「……ばかな」

少女「――と、これが今の大まかな現状ね」

剣士「魔物が出現して町や国……人間は奴隷に……。何て事だ……」

少女「でもここなら安心よ、ここは竜の隠れ里って言ってね、魔王でもここを見つける事はできないわ」

剣士「…………」

少女「あんまり嬉しくなさそうね?」

剣士「魔王を、どうにかしなくては」

少女「正気? せっかく助かったのに、絶対死んじゃうわよ」

剣士「土の中で誰かの声を聞いたって言ったよな。多分あれはお告げだったんだと思う、誰かが俺にもう一度チャンスをくれたんだ。魔王をどうにかするチャンスを」

少女「でもまるっきしかなわなかったんでしょ?」

剣士「……そうだが、これから強くなるさ」

少女「ううん……、それならジイ様の所に行ってみたらどうかしら? ジイ様は剣術の達人なのよ、誠意を持ってお願いするば、きっと稽古をつけてくれる筈よ」

剣士「剣術の達人が……」

―竜の隠れ里

剣士(どうやら小規模な集落のようだな。周りが木に囲まれてるって事は、あの森の近くに偶然この里があったのか)

剣士(それにしてもこんな場所の話は聞いた事が無い。竜の隠れ里と言ったか……)

剣士「ここか……?」

剣士(村で一番大きな屋敷に住んでるって言ってたし、間違いないだろう)

剣士「……呼び鈴のような物は無いか」

剣士「失礼します……」ギギ…



剣士「……広い庭だな」

剣士「……」ガララ

剣士(道場か?)

剣士「ごめんください、誰かいませんか?」

剣士「……誰もいないのか?」…トン

剣士「!」

「こりゃ、勝手に余所の内に入るとは何事だ」

剣士(まったく気配を感じなかった……)

「安心せぇ、当てているのはただの木刀じゃわい」

剣士「……」クルッ

「よそ者じゃな。助からんと思ったが、存外しぶとい奴じゃの」

剣士「看病が丁寧だったからかな」

「なんじゃ、分かっておるじゃないか。お前さんはここに運び込まれたとき、すでに死んでいる様な状態じゃったのじゃ、よく助かったもんじゃて」

剣士「死んでいた……?」

「そうじゃ、全身から血の気は消え失せ酷い有様じゃった。死人と変わらぬ様子じゃったぞ。あれだけの状態から復活するとは、竜神様のご加護があったのかもしれんの」

剣士「……」

「わしはこの里の長をしとる、そう呼ぶがよい」

剣士「……長。助けてくれて感謝します」

長「わきまえておるようじゃの」

長「して、どうしてここに来た?」

剣士「里の少女からあなたが剣術の達人だと聞いたので。それで……剣の教えを請いたくて」

長「ほほ。……まぁそんな事だろうと思ったわい、こっちへ来い」

剣士「?」



長「お主の剣じゃろ」

剣士「あっ、…どうしてここに?」

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