剣士「何回やっても女剣士が倒せなかった……」
剣士「だが、俺は女剣士をなにがなんでも倒さなくてはならない」
剣士「どんな手を使ってもだ!」
魔女「はいはい、分かったから。それで?」
剣士「過去に戻って強くなる前の女剣士と闘いたい」ボソッ
魔女「……あんたにプライドはないの?」ハァ
剣士「出来るか?」
魔女「代償次第かな」
剣士「これを」ドサッ
魔女「……金か。分かりやすいね」
剣士「貯金全てだ。数十年は暮らせる程だと思う」
魔女「随分お金持ちね。戻れるのは半年ってとこかな」
剣士「は、半年か?」
魔女「これでもサービスしてんの。嫌なら他をあたれば?」
剣士「いや、魔女以外にこんな事が可能とは思えない。頼む」
魔女「はいはい」
魔女「時間は3分。場所は……」
剣士「修練場だ。そこにいない方が珍しい」
魔女「……それもそうか。じゃ、いくよ」ボワンボワン
魔女「くれぐれも余計なことをするんじゃないよ。ただでさえ歴史を変えちゃうんだから」ボワンボワン
剣士「……必ず倒してやる」
魔女「聞けよ」
半年前 修練場
女剣士「……ふっ、ふっ!」ブン ブン
剣士「お、女剣士!」
女剣士「ん? あれ、剣士なにか忘れ物?」ピタッ
剣士「ち、調子はどうだ?」
女剣士「絶好調かな! 明日の剣術大会が楽しみっ!」ニコッ
剣士「……お前は優勝するよ」
女剣士「ふふ、ありがとう。でもやってみないと分からないよ」
剣士「……勝負だ」
女剣士「え……明日の大会で勝負すればいいでしょ?」
剣士「今すぐじゃないと……駄目なんだ」
女剣士「もう、せっかちなんだから」フフ
剣士「……」ジッ
女剣士「……どうやら本気みたいだね」スッ
バタン
剣士「……くっ」
女剣士「……ふぅ。さっき手合わせした時とは別人のようだったよ」
剣士「よく言うな。一撃だったじゃないか」
女剣士「それでもよく知る相手だからね。勝つにしろ負けるにしろ一瞬だよ」
剣士「……くそっ」フイッ
女剣士「それに、私は一本じゃないからね」
女剣士「手、貸してくれる?」スッ
剣士「……え?」
女剣士「……」ギュ
剣士「いっ!?」
女剣士「……やっぱり。鍛錬のしすぎで血豆が潰れてる」
女剣士「血で滑って剣筋が鈍ってたよ」シュルシュル
剣士「おい、リボン汚れるぞ」
女剣士「いいよ」ギュ
剣士「なあ、さっきの……」
女剣士「力が入りすぎ。目線で狙いが丸見え」
剣士「う……ありがとな」
女剣士「剣筋に性格が出てるよ」
女剣士「まあ、嫌いじゃないけどね」
剣士「え……」
剣士「それ、どういうーー!」
魔女「おかえり」
剣士「……3分か」
魔女「ちゃんと闘えた?」
剣士「あ、ああ。……接戦だったがあと一歩のところで負けた」
魔女「接戦なら終わらないでしょ。瞬殺されたのね」
剣士「……」
魔女「まあ、年齢的にもあの子の全盛期と言ってもいい位だしね」
剣士「もっと昔に戻れないのか?」
魔女「さらに代償が必要になるよ」
剣士「……これを」パサッ
魔女「なにこの紙切れ?」
剣士「土地や建物の権利書だ。家具なども含む」
魔女「いいの? たしかに、本人にとって大事なものほど代償として効果があるけど」
剣士「帰る場所など必要ない」
魔女「大した覚悟だこと。困っても泣きつかないでね」
剣士「……いざとなったら助けてくれ。旧知の仲だろ」
魔女「困った時だけ頼るのは友達じゃないと思うわ」
魔女「……2年ってとこかな」
剣士「2年前か。半年前よりはマシだな」
魔女「その年の大陸武術大会でも優勝してたと思うけど」
剣士「俺が出場してなかったからな」
魔女「寝坊する剣士なんてたかが知れるけどね」ハァ ボワンボワン
剣士「う、うるさい!」
2年前 修練場
女剣士「はぁっ!」ブンッ
剣士「女剣士」
女剣士「うわぁっ!」ビクッ
女剣士「……なんだ、キミか。おどかさないでよ」
剣士「わ、悪い」
女剣士「……ちょうど良かった。手合わせ願えるかな?」
剣士「もちろん。手加減は無しだぞ」
女剣士「もとよりそのつもりだよ」
キンッ キンッ
剣士「……うっ」バタン
女剣士「私の、勝ちだね」ニコッ
剣士「なにが……足りない?」
女剣士「うーん。出だしが少し遅いかな。相手の剣を怖がってちゃダメ。自分からどんどん攻めなきゃ」
剣士「そりゃ大陸一の女剣士が相手だから怖くもなるさ」
女剣士「気持ちで負けたら勝てないよ。なんであってもね」
女剣士「私に勝ちたいなら勝つことだけを考えて」ジッ
剣士「お、おう」
女剣士「もう少しだけやろっか」
剣士「ああ!」
キンッ キンッ
剣士「はぁぁっ!」ブンッ
魔女「ひにゃぁぁっ!」ビクッ
剣士「あ、もう戻ったのか」
魔女「あ、あんた殺す気かぁっ!」
剣士「それより、一回目より長くなかったか?」
魔女「それよりって……」プルプル
魔女「少しだけ延ばしてあげたの。そもそも半年前だったら勝てないと思って3分にしたのもあるし」
魔女「で、結果は?」
剣士「……まあ、どちらかと言うと負けかな」
魔女「はいはい」
魔女「ちょっと疲れたから休憩するわ。今のままじゃ勝てるか分かんないし、修行でもしてなさい」
剣士「付き合わせて悪いな」
魔女「まあ、私もあの子の友達としてこれ位はね」
剣士「どれ位休むんだ?」
魔女「丸一日」
剣士「そうか。また明日来るよ」
修練場
剣士「……ふっ!」ブンッ
女剣士『力が入りすぎ。目線で狙いが丸見え』
剣士「はぁっ!」ブンッ
女剣士『うーん。出だしが少し遅いかな。相手の剣を怖がってちゃダメ。自分からどんどん攻めなきゃ』
剣士「でりゃぁぁっ!」ブンッ
剣士「もっと、もっと。女剣士の方が鋭かった」ハァハァ
剣士「……」ブンッ
女剣士『あはは……情けないよね』
剣士「……はぁっ!」ブンッ
女剣士『いくら剣の腕を磨いても、こうして動けなくなっちゃうと、なんの意味もないね』
剣士「おおぉぉっ!」ブンッ
女剣士『病気なんかに、負けたくないなぁ』
剣士「……」ハァハァ
女剣士『もう、無理だよ。剣も握れないの。お医者さんも手の施しようがないって』
剣士「……」ギリギリ
女剣士『せめて、1人の剣士として、死にたかったなあ』
剣士「……ああ」
女剣士『…………』
剣士「俺が……殺してやる」
翌日
剣士「なんでこんな森の奥に家を建てるんだよ……」
魔女「魔女ってそういうものよ」
剣士「そうかよ……なあ」
魔女「なに?」
剣士「過去から帰る時なんだが、俺はあいつの前から突然消えてるだろ?」
剣士「それって大丈夫なのか?」
魔女「過去を変えようとしてて今更ね。でも、基本的には大丈夫」
魔女「世界ってのは便利に出来ててね。ある程度までは辻褄が合うようになるらしいよ」
剣士「らしいって……」
魔女「変わった世界にいる私たちにはなにが起きたか分からないから」
剣士「魔女もか? じゃ誰にも分からないのか」
魔女「変えた本人以外にはね。まあ、例外もいるけど」
魔女「で、今度は何を持ってきたの?」
剣士「これだ」ガチャン
魔女「これは……鎧? 財産は全て代償にしたんじゃないの?」
剣士「親父の形見だ。これだけは大事に取っておきたくてな。知り合いに預かってもらっていた」
魔女「……おじさんの。いいの?」
剣士「いいさ。ただ飾っておくよりこうして有効に使った方が親父もきっと喜ぶ」
魔女「……4年ってとこかな」
剣士「充分だ。それなら勝てるはずだ」
魔女「本当に、それでいいの?」
剣士「……」
魔女「過去の女剣士が闘いで死にたいと思ってるとは限らないのよ?」
魔女「それに、女剣士が消えたら……。あんたもどうなるか」
魔女「女剣士のために、今を過ごすあんたにそんな矛盾が生まれれば……」
剣士「……覚悟の上だ」
魔女「それが本当に覚悟ならいいけどね」
剣士「……」
魔女「睨まないでよ。……行くよ」ボワンボワン
4年前 修練場
剣士(だれか、闘っている?)
女剣士「ふっ!」
青年「はぁっ!」
剣士(女剣士が圧倒しているが、長いな。稽古か? もう1人は……)
キンッ キンッ
青年「くっ……」バタン
女剣士「……左側を庇いすぎてるよ。反応が遅れるなら尚更先手を取らなくちゃ」
剣士「……」
女剣士「? なにか御用ですか?」
剣士「……手合わせ、願えるか?」
女剣士「……でも……いえ、失礼しました。よろしくお願いします」
青年「待てよ。女の子相手に大の大人が挑むのかよ」
剣士「腕利きに性別は関係無いと思うが」
青年「俺が相手する。一本しか使えない同士、ちょうどいいだろ?」
剣士「俺が用があるのは彼女だが」
青年「堅いこと言うなって」
剣士「……」スッ
青年「……」ザッ
キンッ
バタン
青年「な……」
剣士「お前はきっと強くなれるよ。まだまだ先のことだがな」
女剣士「……よろしくお願いします」スッ
剣士「こちらこそ」
キンッ キンッ
剣士(これは……4年前の女剣士でも互角なのか……)
女剣士「くぅっ!」ザザッ
剣士(……あまり時間を掛けるわけには)
青年「あいつ、何者なんだ……」
女剣士「ああぁっ!」キンッ
剣士(大振りだ! 行ける!)
キィン ザスッ
女剣士「……私の負けです」
剣士「あ、ああ」
剣士(殺す……のか? いや、殺せるのか?)
剣士(このまま、剣を、振り下ろせば……)スッ
青年「おい! 女剣士になにしてやがる!」
剣士「ひとつ、聞かせてくれ」
女剣士「?」
剣士「君が不治の病にかかったら、少しでも長く生きて病気で死ぬか、剣士として死ぬか。どちらを選ぶ?」
女剣士「……私は生きられる限りを生きます」
剣士「……そうか」
女剣士「……」
剣士「……」
魔女「……おかえり」
剣士「……」
魔女「また、出来なかったの。いや、やらなかった?」
剣士「……うるさい」
魔女「あんたには無理よ。あの子を殺すのは」
魔女「……私があんたなら、出来ないから」
剣士「……なあ」
魔女「なに」
剣士「あいつ、生きたいって言ったんだ。剣士として死ぬよりも」
魔女「……まあ普通そう思うわね」
剣士「俺は間違ってるのか」
魔女「知らない。でも、私があんたでも同じことしてると思う」
魔女「なにひとつ出来なかった自分がいやなの」
剣士「……」
魔女「今日は休むわ。明日の夕方にまた来なさい」
大通り
剣士「……」フラッ
ドサ
店主「お、おい!」
剣士「……」
剣士「……?」
店主「目ぇ覚めたか? 道のど真ん中で倒れてたんでウチまで連れてきたぞ」
剣士「酒場の、酔いどれ店主か……」
店主「かぁー! 命の恩人に向かって酔いどれはねえだろ! まあ、間違ってねえが」
店主「嫁さんが居なくなったからって不摂生してんじゃねえよ」
剣士「嫁なんて元からいない……」
店主「とりあえず食いな。余り物だけどよ」
剣士「悪いが、金が無いんだ。そういうわけには」
店主「いいから食えって」
店主「……しっかし、金がねえって。お前一応貴族出身じゃなかったか?」
剣士「……全部失くした」
店主「はあ!?」
店主「事情は分からねえけどよ。今のお前をあの娘が望んでるとは思えねえな」
店主「お前らがガキの頃から見てたが、あの娘はお前のことばっかり気にかけていたぞ」
剣士「……剣士として死にたかったって。そう言ったんだ」
店主「あの娘がか?」
剣士「ああ」
店主「そいつはよく分からねえが……きっとお前のことを想ってのことだ」
剣士「死に際だぞ?」
店主「だからだよ。あの娘はいつでも欲しいものなんか何も言わなかっただろ?」
剣士「……」
店主「まあ、本当に望んでたのなら叶えてやりたい気持ちも分かるがな」
店主「てめえの事もろくに出来ねえ野郎には何も出来ねえよ。まずはしっかり飯食いな」
剣士「……ありがとう」
貴族「おっ、剣士さんじゃないですか」
女貴族「あぁ、お久しぶりぃー」
剣士「あ、ああ」
貴族「この国最強の剣士さんがそんな顔してちゃ駄目ですよ」
女貴族「貴族の代表みたいなものだからねぇ」
剣士「最強……なんかじゃない」
貴族「一時でもあんな貧乏ドブ娘が国の代表だなんて」
剣士「……おい」
女貴族「恥ずかしくて他国に見せられませんからねぇ」
貴族「我々貴族と違って剣しかやることが……ぐっ」
剣士「少し黙れ」グイッ
貴族「け、剣士さん!?」
剣士「爵位も土地も捨てた。俺はただの剣士だ。お前らのように汚いものに群がるハエと一緒にするな」
修練場
剣士「……ふっ!」ブンッ
女剣士『貴族の方? ちゃんと剣握れるんですか? 申し訳ありませんが私は手加減出来ませんよ』
剣士「はぁっ!」ブンッ
女剣士『ぐぅっ! ……う、うそ……』
剣士「っ!」シュッ
女剣士『ごめんなさい。誤解してました。……え、敬語を使うなって……』
剣士「女剣士……」
女剣士『え、え、え! 本当にこの修練場使っていいん……いいの!?』
女剣士『すごい……強そうな人がいっぱい!』
女剣士『あ、あの、手合わせを……すみません……』
女剣士『剣士、断られちゃった……。え、子供だから? 早く大人になりたいな』
女剣士『うん。私も、剣士と手合わせしたい!』
女剣士『剣士、なんか今日人少ないね』
女剣士『日に日に人が減ってる……』
女剣士『……もしかして、私の……』
女剣士『剣士は新しく出来た修練場の方に行きなよ。もうここには2人だけだし……』
女剣士『私は……来るなって言われたから』
翌日
剣士「……魔女」
魔女「続けるの?」
剣士「ああ。俺は……あいつの本心を知りたいんだ」
魔女「……そう」
魔女「なら、強く念じなさい。魔法なんて神様へのお願いみたいなものだから」
剣士「願い……」
魔女「今度は何を代償にするつもり?」
剣士「本人にとっての価値があれば、いいんだよな?」
魔女「そうね。どんなガラクタでも大事なものなら」
剣士「これで……頼む」ドサッ
魔女「……。あの子との思い出の品?」
剣士「女剣士から譲り受けた剣と」
剣士「訓練用の剣や防具と、後はまあ本当にガラクタみたいなものだが」
魔女「どれ位戻れるか分からないけど……」
剣士「……それと、このリボンも」スッ
魔女「これ、あの子がいつもつけてた……」
魔女「……?」
魔女「……このリボンは返すわ。自分でしっかりと持ってなさい」スッ
剣士「……でも」
魔女「いいから」
剣士「……ああ」
魔女「じゃ……ごほっ、ごほっ」ビシャ
剣士「お、おい。大丈夫か?」
魔女「う、うぅぅ」
剣士「おい! ……血が出てるじゃないか!」
魔女「うっさい……いいから行きなさい」ボワンボワン
?年前 修練場
剣士「魔女!」
剣士「…………魔女。無理してたのか」
剣士「……過去、か」
剣士「誰も居ないのか?」
剣士「女剣士が修練場に居ないなんて、珍しいな」
剣士「そもそも、ここは何年前なんだ」
剣士「あいつが行きそうな場所……」
剣士「家には、居ないな」
剣士「酒場にいるわけもないし、もう一度修練場見に行くか?」
剣士「ああ、もう一つ心当たりがあったな」
魔女の家
剣士「もしかしたら、ここに……」
魔女「いい加減にして!」
剣士(? 窓から様子を伺うか)
剣士(あいつ……小さいけど魔女かだよな? ということは、大分過去に……)
少女「魔女ちゃんの分からず屋!」
剣士(女剣士も幼いな……)
魔女「魔法はあなたが思ってるほど便利な道具じゃないの。分かる?」
少女「でも、でも……お父さんが!」
魔女「気持ちは分かるけど……死んだ人を生き返らせるなんてことは誰にも出来ないの!」
魔女「時間を遡るなんて、出来るわけないじゃない!」
少女「お願い……」グスッ
魔女「……大体、あなたがあの場にいても」
剣士(女剣士のお父さんはたしか、貴族主義の輩に殺されたと聞いた)
剣士(剣術に優れた方だったらしいな)
青年「誰だ、お前」
剣士「……!」
青年「そこで何をしている」
剣士「……」
青年「剣を捨てて両手をあげろ」
剣士(ああ、憶えている。この日は……女剣士のお父さんが死んだ日で……俺の……)カランカラン
青年「お前が犯人か?」
ガチャ
少女「うわぁぁぁぁん!」タッタッタ
青年「お、女剣士!」タッタッタ
剣士(たしか、この後……女剣士が襲われて)タッタッタ
青年「着いてくんな!」ドンッ
剣士「……ぐっ」ドサッ
青年「くそっ! どこに行ったんだ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
青年「あっちか!」
少女「い、いやぁ……」
男1「悪いな。これもこの国のためなんだ」スッ
男2「……今、父親のところに連れていってやる」
ザスッ
少女「い、いやぁぁぁっ!」
青年「ぐぅっ……無事か?」ハァハァ
少女「剣士、腕が……」
青年「かすり傷だ」
少女「でも、血がたくさん……」
男1「何者だ?」
青年「お前らこそ、丸腰の女の子に二人がかりとはどういうことだ」
男2「国のためには必要なことなのだ」
男1「平等などという偽善をこれ以上蔓延させるわけにはいかない」
青年「……貴族主義かよ。胸くそ悪いな」スッ
男1「片腕で戦うつもりか?」
男2「やめておけ。無駄死にするだけだぞ」
ザシュッ
男1「ぐあっ!」
剣士「下がってろ」グイッ ハァハァ
青年「わっ、誰だ!」ドサッ
男2「邪魔をする気か?」
青年「お、おい」
少女「じっとして! お、応急手当てするから」
剣士(たしか、腕を怪我した後に誰かが助けに来たんだよな)スッ
剣士(ただ……何かが違う気がする)
剣士(俺を助けたのは、もっと正体不明の……いや、過去の俺から見たら十分正体不明か)
男2「うおぉっ!」バッ
男2「ぐあっ!」
青年「強い……」
剣士「大丈夫か?」
青年「ああ、助かった」
少女「本当にありがとうございます! あのままだったら私だけじゃなくて……」
剣士「怪我の具合は?」
少女「応急処置だけは……すぐにお医者さんに見せないと」
剣士「行け。後のことは任せてくれ」
少女「は、はい!」
剣士「行ったか」
剣士「この後は襲われた記憶も無いから大丈夫だろう」
剣士「……いや、待て。1人居なくなっている。まさか、手負いのまま追いかけたのか!」ダッ
剣士「馬鹿か俺は! 安心なんてしてる場合じゃないだろ!」タッタッタ
剣士「まだそう遠くには行ってないはずだ」タッタッタ
剣士「……見つけた!」
剣士「なんか、様子がおかしいぞ」
剣士「さっきの男は倒れているし」
剣士「1人増えてる……あのフードの奴」
剣士「おい、そこで何をしている?」
フード「……!」ダッ
剣士「なっ、逃がすか!」タッタッタ
フード「……」タッタッタ
剣士「くそ、速い!」
剣士「どうして逃げるんだ!?」
剣士「……聞く耳持たずか。なら……」ガサッ
フード「……」キョロキョロ
フード「……」フゥ
剣士「はぁっ!」ガサガサッ ブンッ
フード「……!」スッ
キィン
剣士(剣で防がれた!?)
剣士「……悪いがこの辺は昔から詳しくてな。先回りさせてもらった」
剣士「さっきの奴らの仲間か?」
フード「……」
剣士「腕ずくでも答えてもらうっ!」ダッ
キンッ キィン
フード「……」ズザッ
剣士(こいつ、攻撃を受け流すだけで仕掛けてこない……)
剣士「敵意がないならなぜ逃げる」
剣士「お前は何者だ?」
フード「……」
剣士「……どうやら言葉は無意味な様だな」スッ
剣士(落ち着いて、力を入れすぎず……)
剣士「……ふっ!」シュッ
フード「……!」
剣士「かすっただけか」
フード「……」
フード「……」スッ
剣士(構えが変わった? 嫌な予感がする。距離を……)
フード「……」ダッ
剣士(速い!下からの、切り上げか!)キンッ
剣士「……ぐっ」ズザッ
フード「……」スッ
剣士(切り、返し!? 間に合えぇぇ!)ガキィン
フード「……っ!」シュッ
剣士(3撃目!? はや……!)キィンッ カランカラン
剣士「う……ぐ」
剣士(今のが剣じゃなく首を狙っていたら……確実に仕留められていた……)ゾクッ
剣士「……」
剣士(ただ、今ので分かった。こいつは……)
剣士「女剣士……だろ?」
フード「……」
剣士「どうして、過去に……」
フード「それは、むしろ私が聞きたいんだけど」パサッ
女剣士「剣士、なんだよね?」
女剣士「キミこそどうしてここにいるの?」
剣士「女剣士……」
女剣士「でも、キミがいるってことは私は成功したんだね」ホッ
剣士「何を、言ってるんだ?」
女剣士「でも、何を代償にここまで来たの?」
剣士「お前の……形見だ。でも、まさか本人に会えるとは思わなかった」
女剣士「そんな泣きそうな顔……しないでよ」
剣士「お互い様だろ。なんで、お前まで」
女剣士「……」グスッ
女剣士「私は、そろそろ戻っちゃうと思うから。一言だけ」
女剣士「キミは、キミの思うように生きて」
剣士「おい、まだ大事なことが何も……」
女剣士「ありがとう、強くなったキミに会えて嬉しかった」ニコッ
剣士「待ってくれ! 女剣士はなんで過去に!?」
剣士「……消えた」
剣士「……なんでお前が泣くんだよ」
剣士「………………」
剣士「………………」
魔女「おかえり」
剣士「ああ、やっと帰れたか」
魔女「やっと?」
剣士「聞きたいことがある」
剣士「過去に女剣士がいた。それも5年も前に」
魔女「……? 過去にいるのは当たり前じゃない?」
剣士「ああ、そうじゃなくて……俺と同じように過去に戻った女剣士がいたんだ」
剣士「魔女、なにか知ってるんじゃないか?」
魔女「…………」
魔女「二つ確認しておくよ」
魔女「一つは過去に戻って何かを変えても、ある程度までは辻褄が合うようになっているってこと」
魔女「もう一つ。何か大きな変化で世界が変わった時、変わった世界にいる私たちには分からない」
魔女「私にはあの子が過去に行ったなんて記憶はない」
剣士「つまり、女剣士は過去で何かをして世界を変えたってことか」
魔女「そういうこと」
魔女「あんたは過去を大きく変えたわけじゃないから記憶に残ってるけどね」
剣士「女剣士は、過去をどう変えたんだろうな」
魔女「私が昔言われたのは、父親が殺されるのを防ぎたいってことね」
剣士「でも、覚えているってことはそれじゃない」
剣士「それに、俺が過去で会った時に俺がいるってことが成功って言っていたんだ」
魔女「なら、答えはひとつじゃない」
剣士「……そうだな」
魔女「それで。あんたはどうするの?」
剣士「もう一度、女剣士に会いたい」
剣士「初めは倒すことが目的だったけど、今は違う」
剣士「会って話したい」
魔女「なら行きなさい」
剣士「でも、魔女。お前無茶してるだろ」
剣士「前回、血を吐いて……」
魔女「言ったでしょ。あの子のために何も出来なかったのが悔しいって」
魔女「だから、力にならせてよ。あの子を止めるつもりなんでしょ?」
剣士「ああ、でも魔女が代償を払うのはだめだ。もう十分助けてもらった」
剣士「代償は俺の未来を」
魔女「だめよ」
剣士「あいつを止めたら同じことだ」
魔女「くだらないことを考えるのはやめなさい」
魔女「あの子を止めて帰ってくるの。約束よ」
剣士「でも、過去に戻るためには代償が……俺にはもう何も」
魔女「一つあるわ。手に巻いたリボン貸して」
煙が立ちこめ、全身にじんわりと汗がにじむ。
父の手とは対照的に、周囲は暑さを増していく。
何も聞こえなかった。何も考えられなかった。涙も出なかった。
ただ、手を引かれたことは覚えている。
火の中をつき進む無鉄砲なキミの背中を、私は忘れられない。
幸い軽い火傷で済んだ私達は、森の奥にある魔女の家まで逃げ延びた。
「ばっかじゃないの!?」
自分でも愚かだったと思う。あの頃の魔女に時間を戻せだの、父を助けるなど不可能だ。
現実を受け入れられず、飛び出したあの日の私を殴ってでも止めたい。
だって、そのせいで大切なーー
女剣士「キミまで、失ったから」
剣士「……」
半年前 修練場
女剣士「暴漢に襲われた私を逃がして、キミは殺されたの」
女剣士「キミに言っても、しょうがないことだって分かってる。でも、ごめんなさい」
女剣士「本当に、ごめんなさい」
剣士「……続きを」
女剣士「……家を焼かれた私は行く当てが無かったんだけど、魔女が家族同然に迎えてくれて」
女剣士「しばらくは魔女の家でお世話になったよ」
女剣士「泣いてばっかりでいつも魔女に怒られてた。私にとって、お姉ちゃんみたいな存在だったよ」
女剣士「そんな魔女も、陰で泣いてたけどね」
女剣士「ちょっとしてからね。私はキミの分も強くなることを決めたんだ」
女剣士「それが、キミを死なせてしまった私の責任だと思ったから」
女剣士「でも、予想外の場面で剣の腕が役に立つ機会が来たの」
剣士「魔女の魔法か」
女剣士「そう。代償と引き換えに過去に戻る魔法。魔女は私にも隠してたみたいだけど、たまたま知っちゃってね」
女剣士「私はあの日をどうしてもやり直したいの」
女剣士「だから、邪魔はしないで」
剣士「俺はもうここにいる。行く必要は」
女剣士「私が行かないと、きっと今のキミも消えちゃう」
剣士「……それでも構わない。行かないでくれ」
剣士「代償は、お前の生命なんだろ?」
女剣士「……そこまで分かってるんだ」
剣士「過去で会ったお前にはリボンが無かった。つまり、これから過去に行くってことだ」
剣士「そして、お前は急に謎の病気にかかり数ヶ月後に命を落とす。関係が無いとは思えない」
女剣士「数ヶ月かぁ。うん、十分だよ」
女剣士「いいの」
女剣士「キミに救われた命だからね。返しに行くよ」
剣士「命を差し出さなくてもいいだろ!」
女剣士「それは、無理だよ」
女剣士「私には、何もないから。大事なものなんて、それこそキミと魔女しかないよ」
剣士「俺も、魔女も、そんなことはさせない」
女剣士「ごめん」
女剣士「無理だよ」
女剣士「だって、キミがここにいて、助けられるって知っちゃったら」
女剣士「もう、止まれない」
剣士「どうしてもか」
女剣士「これだけは譲れないよ」
剣士「なら、力ずくでも止めてみせる」
女剣士「出来ないよ。一昨日負けたのを忘れたの?」
剣士「俺にとっては昔のことだ」
剣士「それに、今度はもう迷わない!」
剣士「ふっ!」シュッ
女剣士「……っ! (鋭いっ!)」キィン
剣士「はぁっ!」ブンッ
女剣士(ギリギリでかわして……!)サッ
女剣士「やあっ!」シュッ
剣士「ぐうっ!」ガキン
女剣士「……っ(かわしたと思ったけど、かすめた?)」ツー
キンッ キンッ
剣士「はぁっ……はぁっ……」
女剣士(息は荒い。でも、ほとんど汗がない)
女剣士(集中してる……!)
剣士「あぁっ!」ブン
女剣士「でも! 私も負けられないっ!」キン
女剣士(受け流して、その隙に、一気に!)ヒュッ
剣士「……ぐ」キィン
女剣士「……お願いだから、倒れてぇぇぇっ!」ブンッ
剣士「おおぉぉぉっ!」ブンッ
女剣士「……」
剣士「……ぐ、あ……が」ガクッ
女剣士「ごめんね。私、どうしても行かなくちゃいけないの」
女剣士「さよなら、剣士」
剣士「女……剣士」
女剣士「キミは、生きて」
魔女の家
女剣士「お待たせ」
魔女「ちゃんと代償は持ってきたの?」
女剣士「うん。この髪飾りと短剣、両親の形見なんだ」
魔女「ご両親の……残ってたのね。でも、いいの?」
女剣士「うん、大丈夫」
魔女「準備はいい?」
女剣士「うん。いつでも」
魔女「気をつけるのよ」
女剣士「うん。行ってきます」
魔女「いってらっしゃい」ボワンボワン
女剣士(本当は形見の品なんかじゃない。嘘ついて、ごめんなさい)
女剣士(それでも、命を捧げても助けたいから)
女剣士(代償は、私の生命)
5年前 女剣士の家
女剣士「懐かしい……うまく、いったんだ」
女剣士「戻れたんだ!」
「誰だ!?」
女剣士「あ……ああっ」
「お、お前」
女剣士「お父さんっ!」
父「お父さん? 私の娘はまだ……」
女剣士「し、信じてもらえないかも、しれないけどっ。私、あなたの娘っです」グスッ
女剣士「あ、あ……、やだ、止まんない」ポロポロ
父「……」
女剣士「魔女の魔法で、未来から助けにっ」ヒッグ
父「……! 泣き虫は治って無いのか」ニコ
女剣士「しんじて、くれるの?」
父「見違えたよ。女剣士」ナデナデ
女剣士「おどうざ、んっ」ポロポロ
父「立派に成長したな。若い頃の母さんにそっくりだ」
女剣士「う、ああっ、あぁぁ」ポロポロ
女剣士「……」グスッ
父「もう大丈夫か?」
女剣士「う、うん。ごめんなさい」
女剣士「今夜、この家に火がつけられて、お父さんも殺されてしまうの」
父「……お前は、どうしたんだ? もうすぐ帰ってくると思うが」
女剣士「私も火事の中にいたんだけど、剣士が引っ張りだしてくれて」
父「そうか。あの子か」
父「私がどうしていたか、分かるか?」
女剣士「お父さんは、この部屋で誰かに襲われて……」
父「そうか」
女剣士「だから、逃げて! ここにいたら、殺されちゃう!」
父「……少し準備がしたい。待ってもらえるか?」
女剣士「お父さん、まだ?」
父「……よし」
女剣士「……それ、手紙? そんなの書いてる場合じゃ!」
父「ローブも用意したから着なさい」バサ
女剣士「わわっ、大きいよ。これ」
父「あんまり顔とか見られない方がいいだろう。フードを」
女剣士「それはそうだけど、剣が出しづらいな……」
父「先に家を出なさい」
女剣士「え?」
父「同時に出たら怪しまれる。村はずれの大樹の下で落ち合おう」
女剣士「怪しまれるって……」
父「家を焼くくらいだ。見張られていると考えた方がいい」
女剣士「たしかに。でもお父さんが家を出た時に危ないんじゃ……」
父「暗くなったら裏口から出る。だから先に行くんだ」
村はずれの大樹
女剣士「……」
女剣士(大丈夫、だよね)
女剣士「……」
女剣士「……遅いな」
女剣士「……」
女剣士「……」
女剣士「日も沈んだし、そろそろ……」
女剣士「村の方から煙が出てる。お父さん、もう家を出た……よね?」キョロキョロ
タッタッタッ
女剣士「あ、お父さんっ!?」
?「え、いや、人違いかと」
女剣士「ご、ごめんなさい」
女剣士(この人、たしか……昔お父さんに剣を教わってた弟子の……)
弟子「えっと、手紙を預かりまして。ここにいる人に渡してくれと」
弟子「どうにも切羽詰まった様子でして手紙を押しつけて帰られましたが……」
女剣士「……手紙、見せてもらえますか?」
弟子「はい」
女剣士(そんなはずない。後から来るって……)
『女剣士へ
約束を破ってすまない
申し出はとても嬉しかった
だが、お前の父としてこの家を去るわけにはいかない
私は自分の意思でここに残る
生きていてくれてありがとう
私は正しいと確信できた』
女剣士(殴り書きだけど、お父さんの……!)
弟子「大丈夫ですか? 顔色が……」
女剣士「……」
女剣士「私、行かなくちゃ」
弟子「待ってください。……話しておきたいことがあります」
弟子「あの人は、あの家は、今日襲われるんです」
女剣士「え……」
女剣士「どうして、そんな……?」
弟子「数日前にあの人の元に手紙が届きました」
弟子「思想と剣を捨てなければ命を奪うと。逃走する素振りが見られれば娘の命もないと」
弟子「何度も相談されました。娘だけでも逃がしたいと」
弟子「大人しくしても娘さんが助かるかどうかも、敵の規模も分からない以上どうしようもありませんでした」
弟子「しかし今日、娘さんを逃がす算段がついたようです」
女剣士「……!」
弟子「詳しくは聞けませんでしたが、あの人が家に残ることが必要だと」
弟子「そう、仰っていました」
弟子「思想も剣も捨てればいいと申し上げたんですがね」
弟子「平等な世界は亡き奥方も望まれていました。だから、捨てられないと」
女剣士「あの、どうしてそんな話を、私に?」
弟子「どうしてでしょう。あなたがその奥方に似てらしたからかもしれません」
弟子「すいません。知らない人に似ていると言われても、困りますよね」
女剣士「……いえ、最高の、褒め言葉です」
女剣士「まだやることがありますので、これで」
弟子「はい」
女剣士「ありがとうございました」
弟子「……」
弟子「……お元気で」
女剣士「急がないと」
女剣士「森へ。私を止めなきゃ」
女剣士「……」
女剣士「……おと、うさん……」グス
女剣士「守ってくれてありがとう」ポロポロ
森
女剣士「森の少し開けた所に……この辺りのはず」
女剣士「いた」
女剣士「弓を持ってる相手から先にやらなきゃ」
女剣士「待ち伏せ、されてたんだ……。どうしてここに来るって知ってるんだろう」
女剣士「……」
弓男「ぐぁ……」
女剣士「ごめんなさい」
女剣士「あとは……え?」
女剣士「あそこで走ってるのは剣士?」
「きゃぁぁぁぁっ!」
女剣士「……!」
女剣士(剣士が飛び出していったのに、私は隠れてなにをやってるんだろう……)
剣士『過去で会ったお前にはリボンが無かった。つまり、これから過去に行くってことだ』
剣士『そして、お前は急に謎の病気にかかり数ヶ月後に命を落とす。関係が無いとは思えない』
女剣士(剣士に見られちゃったら……いや、でも見られることは確定してるの?)
女剣士(倒れていた暴漢が逃げた。でも剣士は気づいてない。追いかけなきゃ!)
女剣士「……ふう。なんとか」
剣士「おい、そこで何をしている?」
女剣士「……!」ダッ
剣士「どうして逃げるんだ!?」タッタッタ
女剣士(……逃げ、切れた?)
剣士「はぁっ!」ガサガサッ ブンッ
女剣士「……!」スッ
キィン
剣士「……悪いがこの辺は昔から詳しくてな。先回りさせてもらった」
前と同じなので省略
女剣士「私は、そろそろ戻っちゃうと思うから。一言だけ」
女剣士「キミは、キミの思うように生きて」
剣士「おい、まだ大事なことが何も……」
女剣士「ありがとう、強くなったキミに会えて嬉しかった」ニコッ
女剣士(とてもまっすぐで強い目をしてる)
女剣士(本当に、よかった)
女剣士(でも、お父さんも助けたかったなぁ……)
女剣士「……あ、ただいま」
魔女「おかえり。稽古はもういいの?」
女剣士「剣士には、びっくりさせられたけど」
女剣士「上手く、いったよ」
魔女「?」
女剣士「ちょっと疲れたから、眠るね」
魔女「晩ご飯出来たら起こすから、それまでゆっくり休んでなさい」
女剣士「本当に、ありがとう」
魔女「はいはい。……この髪飾りいつ買ったんだっけ? こっちの短剣も」
女剣士「うっ」フラッ
女剣士「大丈夫。ちょっと立ちくらみ」
女剣士「……あ、もしかして倒れたの? 私」
女剣士「すこし寝不足だったかな。心配しないで」
女剣士「そうですか。治せませんか」
女剣士「いえいえ! いいんです」
女剣士「いいんですよ。これで」ニコ
数ヶ月後
女剣士「……ぁ」
剣士「女剣士」
魔女「……」
女剣士「あはは……情けないよね」
女剣士「いくら剣の腕を磨いても、こうして動けなくなっちゃうと、なんの意味もないね」
女剣士「病気なんかに、負けたくないなぁ」
剣士「女剣士、今、医者を呼んだから」
女剣士「もう、無理だよ。剣も握れないの。お医者さんも手の施しようがないって」
剣士「……」ギリギリ
魔女「……っ」ポロポロ
そんな顔、しないでよ。
心配になっちゃう。
私が居なくなっても、キミと魔女がそんなんじゃ、だめ。
どうしたら、元気になってくれるかな?
そうだ。
女剣士「せめて、1人の剣士として、死にたかったなあ」
かすれた声だけどちゃんと届いたかな。
私を倒しに来て。たくさん強くなって、会いに来て。
きっと、その頃には元気になってるよね。
いや、私の、わがまま……かも。
ああ、あったかいなあ。
キミを救えて、よかった。
剣士。魔女。
さよなら。今までありがとう。
終わり?
>>96から別ルート
剣士「代償は俺の未来を」
魔女「だめよ」
剣士「あいつを止めたら同じことだ」
魔女「くだらないことを考えるのはやめなさい」
魔女「あの子を止めて帰ってくるの。約束よ」
剣士「でも、過去に戻るためには代償が……俺にはもう何も」
魔女「一つあるわ。手に巻いたリボン貸して」
剣士「あ、ああ。でも汚れてるぞ」シュルシュル
魔女「これ、あの子から受け取ったのよね?」
剣士「ああ」
魔女「……」ブチブチ
剣士「お、おい!」
魔女「端に紙が縫い付けてあったの。気づかなかった?」
剣士「これ、手紙か?」
魔女「わざわざ直接渡さずにいたから、言わなかったんだけど」
魔女「剣士宛……かも?」
剣士「俺に渡したんだから俺宛だろ?」
魔女「いや、でも放っておいたらあんた気づかないでしょ。もしかしたら私宛かも」
剣士「まどろっこしいな。2人で見ればいいだろ」
魔女「だって、あの子の最後の言葉かもしれないのに」
剣士「あのな」
剣士「最後になんかさせねえよ」
剣士「女剣士を止めて帰ってこいって言ったのはお前だろ」
魔女「で、でも……」
剣士「読むぞ」ペラッ
剣士「……」
魔女「なんて、書いてある?」
剣士「どちらかと言うと、魔女宛かな」
魔女「貸して!」バッ
魔女「…………」
魔女「ばか。ほんと、ばか」グス
剣士「魔女、頼む」
魔女「本当に修練場でいいの? 半年前の私に伝えれば」
剣士「いや、それじゃ駄目なんだ。あいつが納得いかないだろうし、またこじれちまう」
剣士「だから、会いに行くんだ」
魔女「そっか」
魔女「……本当に、羨ましいよ」ボワンボワン
半年前 修練場
キンッ キンッ
剣士「はぁっ……はぁっ……」
剣士「あぁっ!」ブン
女剣士「でも! 私も負けられないっ!」キン
剣士「……ぐ」キィン
剣士(まずいっ! 隙が……!)
女剣士「……お願いだから、倒れてぇぇぇっ!」ブンッ
剣士「おおぉぉぉっ!」ブンッ
女剣士「……」
剣士「……ぐ、あ……が」ガクッ
女剣士「ごめんね。私、どうしても行かなくちゃいけないの」
女剣士「さよなら、剣士」
剣士「女……剣士」
剣士(今、ここで倒さなきゃいけないのに)
剣士(俺はよわい、な……)
『それが、キミを死なせてしまった私の責任だと思ったから』
『気持ちで負けたら勝てないよ。なんであってもね』
『私に勝ちたいなら勝つことだけを考えて』
『一つだけ約束してくれ』
『何があってもーーーを守り続けると』
剣士「……っ!」ググッ
剣士(無様でもいい、立て! 剣を握れ!)
女剣士「……! まだやるの? もう勝負は」
剣士「勝手に、決めつけるなよ。なんでもかんでも一人で決めやがって」フラッ
女剣士「剣士?」
剣士「一人で抱え込みやがって」
剣士「らあっ!」ブンッ
女剣士「剣士、もう……!」キンッ
剣士「はぁっ、はぁっ」フラ
女剣士「もう、十分だから。無理は……」
剣士「あるんだよ」ハァハァ
剣士「お前の生命を、代償にしなくてもいい道が」
女剣士「……そんな方法があったら良かったけどね」
女剣士「言ったよね?」
女剣士「私には他に代償に出来るものがないの」
剣士「あるんだよ、道は……」フラ
女剣士「そんな朦朧とした状態で言われても信じられないよ」
剣士「意識ならはっきりしてる」
剣士「俺がお前を倒したら俺を信じろ」
剣士「勝負だ、女剣士。剣と誇りをかけて」
女剣士「相変わらず言い出したら聞かないね。いいよ、そこまで言われたら受けるしかないね」
剣士「全部出し切ってでも、ぐっ!」キィン
女剣士「でも、残念だけど勝負はっ!」ヒュッ
剣士「っ!」ガキィン
女剣士「もう、ついてるよっ」キンッ
剣士「ぐぅっ!」ザザッ
女剣士「私の剣は一本分じゃないの。私が、死なせたキミの分も強くならなきゃいけなかったから」
女剣士「でも、その剣をキミを倒すために使うのは、苦しい。だからもう」
剣士「……」ググッ
女剣士「だからもう、立ち上がらないで」
剣士「……」フラ
女剣士「……言っても分からないなら、全力で倒すしかないね」スッ
剣士(構えが変わった? ……あれは過去でフードを被った女剣士から受けた)ゾク
『今のが剣じゃなく首を狙っていたら……確実に仕留められていた……』
剣士(防げない。離れろ。距離を……)
女剣士『うーん。出だしが少し遅いかな。相手の剣を怖がってちゃダメ』
剣士「……っ」
剣士(あんな、速さの剣に突っ込む気か? 距離を)ドクン
女剣士『……左側を庇いすぎてるよ。反応が遅れるなら尚更先手を取らなくちゃ』
剣士(距離、を……)ドクン
剣士「……っ!」
剣士「うおぉぉぉぉっ!」ダッ
女剣士「なっ!?」ダッ
キィン
女剣士「……」
剣士「俺の、勝ちだ」ハァ ハァ
女剣士「……うん」
女剣士「まさか前に踏み込んで来るとは思わなかったよ」
女剣士「速さの代わりに軽くなった初撃を抑えられるとはね」
剣士「一度、過去で受けたんだ。その時は防げなかった」
剣士「今回も後ろに引いていたら、負けていただろうな」
女剣士「本当に、強くなったね」
剣士「そりゃあな。そばにいつもお手本がいたから」
剣士「約束通り、生命を代償に過去に行くのはやめてもらうぞ」
女剣士「……う」
剣士「剣と誇りをかけた約束だろ?」
女剣士「……うん」
女剣士「でも、そうしたらキミが……」
剣士「その代わりーー」
女剣士「ほ、本気で言ってるの?」
剣士「当然だ」
女剣士「……勝負に負けたから何も言う資格はないけど、どうにかできるとは思えないよ」
剣士「俺たちだけじゃそうかもしれない。でも、助けてくれる人たちがいるだろ」
女剣士「無茶苦茶だね」ハァ
剣士「なんとかなるさ。今度はお前を一人きりにはさせない」
魔女「2人で過去に行く?」
剣士「ああ」
魔女「……はあ。あんた達の話を聞いて事情は大体分かったわ」
魔女「でも、本当にいいの? 代償になったものは取り返せないのよ?」
剣士「……ああ」
女剣士「……うん」
魔女「無事に帰って来られるの?」
剣士「正直分からない」
女剣士「でもどうしても行かなくちゃいけないの」
魔女「……行かせたくなんかないんだけどね」ハァ
女剣士「……」ジトー
魔女「普段わがまま言わないくせにほんと、この子は」
魔女「必ず帰ってくるのよ」
剣士「ああ」
魔女「それと、過去を変えても私は分からないけど、帰ってきたら全部話すのよ。今度は嘘とか隠し事なしで」
女剣士「まだ隠し事してないけど」
魔女「する予定だったんでしょ」
女剣士「……はい」
魔女「本当の本当にいいのね?」
剣士「ああ」
魔女「厳しい道になると思うけど頼んだわ」
剣士「ああ、必ず二人で帰ってくる」
魔女「行って、らっしゃい」ボワンボワン
魔女「……半日休んだら女剣士も同じ時間に送るわ」
女剣士「うん、ありがとう」
次少し遅くなるかもしれません。今日はここまでで。
魔女「さて、と」フゥ
バチン
女剣士「……っ」
魔女「このっ、ばかぁっ!」
魔女「私を騙してまで、寿命を代償にするなんて、何考えてるの!?」
魔女「……どうしてっ!」
魔女「もっと、頼って……く、なかっ……の」ポロポロ
女剣士「…………ごめん、なさい」ギュ
魔女「本当に、変わらないわね」グスッ
魔女「昔から一人で突っ走って無茶ばっかり。剣士とは逆の意味で迷惑よ」
魔女「……半日休むわ。剣でも振って頭冷やしてきなさい」
女剣士「ごめん……ありがとう」
半日後
魔女「覚悟はできた?」
女剣士「うん」
魔女「あんたは……」
女剣士「昔の私の家に飛ばしてもらえる?」
魔女「ん。言っておくけど過去に戻った時に代償は払われるからね」ボワンボワン
女剣士「うん、大丈夫」
5年前 女剣士の家
女剣士「これで……」
「誰だ!」
女剣士「お父、さん」
父「お、お前……」
女剣士「……魔女の魔法で未来から助けに来ました」
女剣士「今日襲われて亡くなる大切な人を」
父「……!」
父「まさか、本当に……女剣士、なのか?」
女剣士「はい」
父「……そうか。真っ直ぐに生き抜いてくれたんだな」
父「とても、良い眼をしている。澄んでいて、覚悟を決めた眼だ」
父「お前が私の元に来たという事は私が死ぬ未来を変えるためか?」
女剣士「……うん」
父「ありがとう。生きていてくれたことも。助けに来てくれたことも」
父「一つ、聞いておきたい。この時間のお前は、どうしていたんだ? もうすぐ帰ってくると思うが」
女剣士「今夜、この家に火がつけられて、お父さんも殺されてしまうの」
女剣士「私もそこにいたんだけど、剣士が引っ張りだしてくれた」
父「…………そうか、なるほどな」
父「ならば、残念だが協力は出来ない」
父「ここで、さよならだ」
女剣士「……どうして」
父「こうしてお前が生きている。未来を変えなければ、確実にお前を生き延びさせられるからだ」
父「私が生き延びればまた命を狙われることもあるかもしれない」
父「そしてそれは、お前の命を危険に晒すことになる」
父「お前が未来から来たと言った時安心したよ。私だけで済んだのだと」
父「助けに来たという気持ちだけで報われた。十分だ」
女剣士「……」
女剣士「ふふっ」
女剣士「やっぱりお父さんはお父さんだね。でも、ごめんなさい。巻き込んじゃう」
女剣士「もう、未来は変わり始めてるから」
女剣士「私と剣士はこの後誰かに助けられるんだけど」
女剣士「その誰かは、未来から来た私の予定だったの」
女剣士「でも、それは出来ないから」
父「出来ない?」
女剣士「魔女の魔法で過去に戻るためには自分にとって大事なものを代償にしなきゃいけないの」
父「まさか、命を?」
女剣士「ううん。それは止められちゃった」
女剣士「私は」
女剣士「私と剣士はーー」
女剣士「剣を、代償にして」
女剣士「今までの積み重ねを全て代償にして、ここまで来たの」
女剣士「努力も、研鑽も、才能も、お父さんに教わった技も全部」
女剣士「もう、私達には誰かを助ける力はない」
女剣士「だから、力を貸して。お父さん」
兵士「森で不審者? しかし、あそこは遠いし、管轄外だしな」
兵士「それにあの森には魔女が出るとの話もある」
兵士「不確かな情報で動くわけにはいかないな」
兵士「ここのところ治安が悪化している。街の見回りも人手不足な位だ」
剣士「そう、か」
兵士「まあ、何かあったら近くのものに教えてくれ」
剣士「なにかあってからじゃ遅いんだけどな……」
兵士「ああ、ちょっと!」
剣士「ん?」
兵士「見たところ丸腰のようだから、これを渡しておく。俺の私物だから後で返してくれ」
剣士「短剣か。重いな……!」ズシッ
兵士「大の大人が何言ってやがる。短剣にしては長めだが子供でも扱えるものだぞ」
剣士(これも、剣に含まれるのか……まともに扱える気がしない)
剣士(結局、助けは得られそうにもない)
剣士(だとしたら、やはり女剣士の父さんの剣の腕を当てにするしか)
剣士(戦う術を持たないことが、こんなに不安だとは)
「だから、今日のパーティーに来てくれなきゃ困るんだよ!」
剣士(揉め事か? 路地の方から聞こえたな。あまり構っている余裕はないが)
青年「だから今日は駄目だ」
剣士(あれは貴族の連中と……昔の俺か。そういえばなんとなく記憶にあるような)
「最近ずっとあの女といるじゃないか、貧民の」
青年「関係ないだろ」
「付き合い悪いっての。今日位は来いよ」
青年「しつこいな。行かないって言ってるだろ」
「いいから、連れてこいって言われてんだよ」
「おい、ばか」
青年「悪いけど、今日はだめだ。じゃ」タッタッタ
「待てよ!」
「くそ、行っちまった」
剣士(普段そこまで仲良くしていたわけじゃないのに、この日は妙にしつこかった)
剣士(俺たちを襲った奴らと関係があるのかもしれないな)
剣士(裏で糸を引いている奴らが分かっても今の俺にはどうにも出来ないが)
剣士(とにかく女剣士達と合流しよう)
村はずれの大樹
剣士「……」
女剣士「おまたせ」
剣士「どうだった?」
女剣士「お父さんは協力してくれるみたい。弟子さんにも支援を頼んでくれるって」
剣士「巻き込んでいいのか?」
女剣士「一人でも戦える人が欲しいからね。ちゃんと事情を話して私からもお願いするつもり」
女剣士「未来から来たって言うのは流石に話せないけど」
女剣士「人任せで、情けないよね」
剣士「借りは必ず返さないとな」
剣士「こっちの収穫はほとんどなかった。ただ、暴漢の裏にいる貴族がある程度絞れた」
剣士「今更分かったところでどうしようもないかもしれないが」
女剣士「……」
女剣士「いや、大事な情報だと思うよ。……剣士に協力してもらうことになるかな」
剣士「もちろん協力する」
女剣士「あ、いや、でも、正直あんまり気が進まないかな」
女剣士「それに、まずは生き残らなきゃね」
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