響「自分たちの、インフェルノスターズ」 (139)
くらっ、と来て、次の瞬間には思い切り倒れていた。
ダンスレッスンの途中、原因不明の立ち眩みになったんだ。
医者には「激しく踊ると立てなくなる」病気だと言われた。
つまり——もう自分はダンスが出来ない、と。
ああ。
もう、何をする気にもならない。
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自分は、765プロ所属アイドルという肩書きを、自ら手放した。
高木「……我那覇君」
響「は、はい」
高木「…………君には今、3つの選択肢がある」
響「え?」
高木「ひとつは、すべてを諦めて実家に帰る。
ひとつは、765プロの事務員として、音無君のサポートをしてもらう」
響「……」
高木「そしてひとつは——765プロのプロデューサーになる、ということだ」
響「で、でも……自分、ここにいる資格が無い」
高木「どうして」
響「だ、だって、トップアイドルにもなれなかったんだ」
高木「…………ならば、私からはこれを渡させてもらおうかな」
社長が渡してきたのは、「プロデュース入門」という一冊の本。
高木「君がなれなかった分、誰かをトップアイドルにしてみないか」
響「…………」
それからだ。
なんとなく、自分にスイッチが入った。
律子やプロデューサーに、いろんなことを聞いて。
少しずつ、少しずつ、プロデュースについて知識をつけていった。
律子『そうね……私なら、紫のライトで……』
P『脈がありそうなディレクターは電話帳で一番上になるように、フリガナにアを……』
律子『アイドルの個性を尊重するの』
P『いかに歌えるかが、この審査員のポイントで……』
家に帰ると、家族のみんなが励ましてくれた。
夜も寝るまで、本を読み続けた。
そして——今日が、プロデューサーとしての初出社の日だ。
何もする気にならなかった自分は、どこかに消えてしまっていた。
ガチャ
響「はいさーい」
小鳥「おはよう、響ちゃん……あっ、今日からはプロデューサーなのよね」
響「えっ?」
小鳥「響さん……ふふっ」
響「も、もう! ぴよ子、今まで通りでいいぞ!」
小鳥「それもそうよねぇ。あ、響ちゃんのデスクは……私の横」
響「おぉ……」
デスクがある。それは今まで所属アイドルとして事務所に入り浸っていた自分からすれば、
とても新鮮なもので。
響「す、すごいな……自分、本当に今日から……」
小鳥「プロデューサーさんと律子さんは、もう少しで戻ってくるわよ」
響「?」
ガチャ
P「ただいまー」
律子「って、響! おはよ」
響「はいさーい、ふたりとも」
プロデューサーと律子は、大きな荷物を抱えて事務所に入ってきた。
P「響、今日からまた、よろしくな。同業として」
律子「負けないわよ!」
響「あはは……負けるも何も、自分はまだアイドルのプロデュース、やってないぞ」
P「…………あれ? お前、ユニットの企画を見て欲しいって俺に……」
律子「それ、私にも」
小鳥「あ、見たいな」
響「なんとなく不安だったから、いろんな人に声をかけてたんだ」
P「そうか……じゃあ、見せてくれないか」
律子「もう、いきなり仕事の話ですか?」
響「なんか、こういうのってプロデューサーっぽいな!」
P「見せてくれよ、ユニットの企画」
律子「果たして竜宮小町に勝てるかしら?」
小鳥「響ちゃんのセンスが光るんだろうなぁ」
響「これだよ」
P「…………ほう、また、すごい人選だな。でも、分からないでもない」
律子「どれです?」
P「ほら」
小鳥「あ、私にも」
律子・小鳥「……」
律子「…………なるほど、だからこういうユニット名なのね」
小鳥「り、律子さん! プロデューサーさん! トーシロの私でも分かるぐらい、
このユニット売れる気がするんですが!」
P「…………ですね。まさかこんな組み合わせだとは……」
律子「……一見統一されていないようで、このメンバーは皆同じところがある」
響「な、なんかべた褒めだね……」
逆に不安になってきた。昔から、褒められることに弱いというか、疑問を抱くというか。
P「……3人には、もう伝えるのか?」
響「それは、プロデューサーや律子、社長から許可をもらってからだぞ」
律子「私は、すごくいいと思うわ」
P「俺も……いいと思う」
小鳥「私も、いいユニットと思うわ」
響「じゃ、じゃあ社長にも……!」
自分が企画書を持って社長室に入ろうとすると、
呼び止められた。
P「いや、ちょっと待ってくれ。
せっかくだから、デビューシングルや衣装のことも考えよう」
律子「そうですね。……私、既存曲をメンバーに歌わせるのなんて最高にいいと思うの」
小鳥「ふふ……お茶でも入れてきますね」
P「あいつらが来る前に、決めて社長に許可をもらおう!」
響「う、うんっ」
二人の目はキラキラ光っている。すっごく楽しそうな目だ。
プロデューサーの目、ってことなんだろうか。
驚くほどにすんなりと、衣装もシングルも決まって。
社長にも「最高だ、素晴らしい! どんどんやってくれたまえ」なんて言われてしまって。
プロデューサー初日ながら、なかなか順調じゃないか?
順調じゃないとすれば、新品のスーツがちょっと動きにくいってことぐらいで。
スカートも、私服じゃあんまり着ないから違和感があることぐらいだ。
響「……どうしよう、不安になってきたぞ」
P「大丈夫だよ、何かあったときは俺達を頼れ。なぁ、律子?」
律子「ええ。これでも先輩プロデューサーなのよ?」
響「そう、だよね。じゃあ、その時は……」
ガチャ
千早「おはようございます」
春香「おはようございますっ♪」
来た。新ユニットの、一人目。
千早「我那覇さんは、今日からプロデューサーなのね」
響「うん、よろしくな千早」
千早「よろしく」
春香「スーツ、かっこいいなぁ」
響「春香はコントとかで良く着てるじゃないか」
春香「あれはお仕事だもん……」
響「自分もお仕事だぞ?」
春香「あ、そうか! あははっ」
響「あはははっ」
ガチャ
あずさ「おはようございます〜」
亜美「おっはよ→!」
真美「おはおは→!」
そして……二人目。
響「はいさい」
真美「うおう、スーツ! ビューティフォー!」
亜美「アーンド、ベリーイージー!」
響「簡単ってどういうことさー!?」
あずさ「とっても格好良いわよ、響ちゃん」
響「ありがと、あずささん」
P「そうだ、響」
響「え?」
P「今日はこの時間に来るように、みんなを集めてたんだよ」
響「なんで?」
律子「我那覇響プロデューサー、新ユニット発表会だからね」
響「えっ……?」
P「朝、発表してもらうつもりだったんだ。
俺から引き継ぐわけだから、早いほうがいいかなって」
響「そ、そっか」
律子「……緊張してるわね? 響プロデューサー」
響「し、してないぞ!」
……みんなが、集まってしまった。
社長まで自分の発表を見に、ここに集まっていた。
貴音「……」
フェアリーと竜宮小町、合わせて5人は、ユニットに入れることは出来ない。
これは、社長とプロデューサーから言われたことで、自分もそれぐらいは理解していた。
響「じゃ、じゃあ……発表、するぞ」
ホワイトボードに、ゆっくりとユニット名を書いていく。
春香「…………インフェルノスターズ?」
亜美「なんかカッコいいね」
響「自分がプロデュースするユニット、インフェルノスターズ。
フェアリーのかっこ良さや竜宮小町の可愛さとは別に、か弱さを押し出すぞ」
真「か弱さ?」
響「うん。……フェアリーには、他にないかっこ良さがある。
キレのあるダンスや、ロック調の歌」
美希「……」
響「竜宮小町には、可愛さがある。衣装、伊織、楽曲」
伊織「伊織って……」
響「だから、インフェルノスターズは……か弱さ。守ってあげたくなるような、
でも本当は強い、そういう独特な魅力を持つアイドルにしたいんだ」
やよい「すごいですー!」
これは、自分が踊れなくなってからプロデューサーの勉強をした
2ヶ月間で、たどり着いた。
響「じゃあ……インフェルノスターズのメンバー、発表するぞ」
貴音「……」
響「真美」
真美「えっ!?」
響「雪歩」
雪歩「え、ええっ!」
響「千早」
千早「……!」
響「この3人が、インフェルノスターズさ」
真美「な、な……真美がか弱いの!?」
雪歩「わ、私が響ちゃんのプロデュースするユニットに選ばれるなんて……!」
千早「……」
響「…………あはは、よろしくな」
765プロは、みんなの拍手に包まれた。
でも、選ばれた肝心の3人は、ずっとぼうっとしていたけれど。
3人と初ミーティングをすることになった。
律子が自分の横について、分からないところはアドバイスをしてくれる。
会議室の長机、目の前の椅子に座った3人は、驚いた顔のままだった。
響「じゃ、じゃあ……インフェルノスターズ、初ミーティング」
真美「ねえねえひびきん、長いからフェルノスって略していい?」
響「ふぇ、フェルノス……」
その発想は、無かったなぁ。
響「分かった、フェルノスな。えーっと、まず、活動方針」
千早「……例えば、テレビのバラエティに多く出演するとか、そういうもの?」
響「うん。それなんだけど……3人には、音楽的活動を主にやってもらう」
雪歩「お、音楽的活動?」
響「うん、例えばフェアリーはダンスをウリにしてるから、ダンスステージ。
竜宮小町はバラエティにも多く出てるでしょ? だから、差別化したいんだ」
真美「ふむふむ」
響「音楽的活動……最初、シングルを出そうと思ってるんだ。
曲は、『Little Match Girl』」
千早「……既にある曲なの?」
響「うん、徐々に新曲を出していこうって思うんだ」
真美「おぉ、プロデューサーっぽい!」
響「いや、プロデューサーだぞ?」
真美「あ、そっか!」
響「それと……雪歩」
雪歩「え?」
響「雪歩には、この曲でセンターをつとめてほしいんだ」
雪歩「ええええええ!?」
律子(…………)
響「この曲は、雪歩のイメージが強いからさ」
雪歩「む、無理だよう……」
響「大丈夫! 雪歩、雪歩なら出来るぞ!」
雪歩「で、でも」
律子(……雪歩に、センター…………。プロデューサー殿みたいな考え方ね)
響「……ダメ、かな」
雪歩「…………が、頑張って……やって見ます」
響「あ、ありがとう雪歩!」
雪歩の手を握り、ブンブンと振った。
響「えーっと……質問、とかあるかな」
真美「はーい」
真美が手をあげた。
真美「インフェルノスターズって、どういう意味なの?」
ユニット名の意味。たとえば竜宮小町は、
メンバー全員の苗字に海に関係する漢字がつくことから来ている。
響「これは、単純に曲名をつなげただけだよ。千早と雪歩が前に歌ってた『inferno』と
真美が亜美と歌った『黎明スターライン』」
千早「地獄の星々……に、なるのかしら」
雪歩「た、多分」
真美「ほほう」
千早「じゃあ、他にも。どうして春香や真、高槻さんではなくて……。
この3人なのかしら」
響「『か弱い』イメージのあるアイドルを選んだんだ」
真美「え、真美は?」
響「春香や真、やよいよりは儚げじゃないか?
それに、竜宮小町の双海亜美と、フェルノスの双海真美で対抗も出来る」
真美「なるほろ…………って、ことは……。正々堂々、亜美を倒せるんだね!」
響「そ!」
千早「……私、か弱いのかしら」
響「千早は……華奢だからな」
千早「…………あぁ」
千早は何かを悟ったように、苦笑いをした。
響「よーし、じゃあお疲れ様。今日はもう終わり!」
真美「はーい」
千早「それじゃあ、事務所に……」
雪歩「『Little Match Girl』聞かないと……」
バタン
響「ふぅ……」
律子「お疲れ様、響」
響「なんだか、なんにもしてないのに疲れたな」
律子「私も竜宮の初ミーティングの時は、こんな感じだったわよ」
身体に一気に疲れが降り掛かってきた。
響「これが毎日でしょ? プロデューサーって大変なんだなぁ」
律子「これぐらいで音を上げてちゃ、なんにも始まらないわよ」
響「うん……」
律子「ほら、エルダーレコードと打ち合わせがあるんでしょう?」
響「あ、そうだった……自分一人かぁ」
律子「大丈夫よ、エルダーの方は響のこと、よく知ってるから」
響「そ、そうだな…………でも」
律子「でも?」
響「ちょっと……ここで休んでてもいい?」
律子「…………もう、コーヒーでも買ってくるわ」
バタン
響「ふー……」
あの3人をトップアイドルにするためには、相当の努力がいるんだろう。
プロデューサーや律子の苦労なんて、今まで分からなかった。
同じ立場になって、ようやく分かる。
響「……フェルノス、かぁ」
まさか、そんな略称をつけられるとは。
でも、言いやすいなぁ。フェルノス。
響「よーし」
頑張ろう。目指すは、『Song on the wave』の出演。
出演したアイドルは必ずトップランクへとなっているあの番組に出られれば……。
響「目指せ、トップアイドル!」
インフェルノスターズ、本日結成。
今日はここまでです。お付き合いいただき、ありがとうございます。
響が真面目にユニットのプロデュースをするお話になればいいかなぁと思います。
SS界隈では有名な某ユニットのように愛されるユニットを目指します。
期待してます。
フェアリーは最初は響が居て、今は貴音と美希だけ?
エルダーレコードの人と話し合って、CDの発売とレコーディング時期が決まった。
1ヶ月後の発売。……早すぎるけど、それぐらいがいいのかもしれないな。
次の日の朝、早速3人を引き連れてレッスン場へと向かった。
真美「ねーねー、ひびきん」
響「どうした?」
真美「徒歩移動なの?」
響「自分、まだ車の免許取れないからなぁ」
千早「レッスン場は近いから、いいんじゃないかしら」
響「……まぁ、みんな変装はしてね」
雪歩「…………」
自分の年齢では、当然車の免許は取れない。徒歩移動となるのは、
仕方ないことだったりする。
雪歩「わ、私なら……一応、取れるかも」
響「あはは、アイドルに運転してもらうプロデューサーがどこにいるんさー」
雪歩「だ、だよねぇ」
悪いけど、雪歩に運転なんてさせたら大変なことになりそうだよ。
響「じゃあ、みんな行くぞー」
千早「ええ」
雪歩「はーい」
真美「レッツラゴー!」
近い場所にあるレッスン場には、すぐに着いた。
自分はひとり着替えずに、部屋の中で3人を待つ。
なんだか、違和感がある。ひとりだけ遅刻しているみたいな、不安。
普段やっていた行動をしないだけで、こんなに不安にかられるとは思っても居なかった。
ガチャ
千早「お待たせ」
真美「さぁ、やろー!」
雪歩「お、お待たせしましたぁ」
響「OK! じゃ、やろうか」
やろうか……といっても、自分はダンスを教えられないのだ。
見て、指摘することぐらいで。それぐらいしか出来ない。走ることも出来ないから仕方ない。
トレーナーには極力頼らず、プロデューサーが出来ることは教える……というのが、
765プロのちょっとした方針らしい。
まぁ、自分と真は結構トレーナーに教えてもらってたけどなー。
つまりプロデューサーが教えられないぐらいにダンスがうまかったってことだぞ。
♪〜
千早「……」タタン
真美「……!」タタン
雪歩「……」タッタン
響「雪歩、ちょっと遅れてたぞ」
雪歩「ご、ごめんなさい」タン
真美「……っ」タン
千早「…………」タン
響「……」
当然だけど、みんなよく踊れるし、歌える。
プロデューサーがそれぞれソロで育ててきたんだ、すごいに決まっている。
……そのアイドルを引き継ぐ、って……なかなか難しい。
響「…………よーし、OK。ちゃんと踊れてるな」
真美「Little Match Girlはダンス簡単だもんね→」
響「そうだな、激しい曲よりは踊りやすいし、歌いやすいと思う。
フェルノスのイメージにも合うでしょ?」
雪歩「あ、あとは私だけだね……」
響「大丈夫、ちょっと遅れただけで、ダンスは覚えてるからな!」
千早「頑張りましょう、みんな」
千早がにこっと笑って、雪歩を励ました。
響「あっ、千早。そろそろ、歌の仕事が」
千早「えっ、もうそんな時間に?」
千早は歌手としての仕事が多い。
こればっかりは、代役を立てるわけにも行かない。
プロデューサーから仕事を引き継いで、ユニット活動開始までは取ってあった仕事をこなすことになっている。
響「…………もしもし、ぴよ子?」
車がないと難しい送迎は、ぴよ子にやってもらっている。
響「…………よろしくだぞー!」ピッ
真美「ひびきーん、真美達どうすればいいの?」
雪歩「えっと、もう少し踊ってても……」
響「うん、ここはお昼ぐらいまで使えるぞ。自分はずっとここにいるから」
千早「今日はレコーディングよね? だったら、私だけでも平気」
響「ありがとう、千早」
免許が取れないってのは、自分の弱点だと思う。
プロデューサーとしてはまだ全然完璧じゃない。
千早「……音無さん、来たみたいね」
千早に言われて窓の外を見ると、いつもの車が下に停めてある。
千早「それじゃあ、いってきます」
雪歩「気をつけてね!」
真美「いってらっしゃーい!」
響「いってらっしゃい、千早」
千早「ふふっ」
千早がレッスン場をあとにして、一瞬の静寂。
雪歩「じゃあ、響ちゃん……続き、やらせて!」
響「OK! 準備はいい?」
真美「モチのロンだよ→!」
再び最初から「Little Match Girl」をかける。
ふたりのダンスも、最初から。
響「…………」
雪歩「……」タン タタン
真美「……」タン タタン
響「……」
——
響「アイドル、やめようと思ってるんだ」
貴音「…………」
美希「えっ……?」
響「自分、もう踊れないだろ? だから、なんか……」
美希「ダメだよ、響」
響「え?」
美希「フェアリーは3人なの。響と、貴音と、ミキ」
貴音「……」
美希「誰かがかけたら、フェアリーじゃないよ」
貴音「……そうですね」
響「でも……もう、ダメなんだ。だから……」
貴音「ならば…………プロジェクト・フェアリーの活動も、終了するしかありません」
響「な、なんでさ! 2人はこれからも、フェアリーで頑張っていけば……」
美希「…………響がいないと」
響「……」
美希「……響がいないと、フェアリーじゃないの」
響「…………ダメだ、自分、自分が抜けたせいでフェアリーが解散なんてなったら、
本当に耐えられない」
貴音「……ですが」
響「自分ね」
響「プロデューサーになろうと思ってる」
美希「……!」
貴音「…………」
響「アイドルに関わって生きて行きたいって思ってるんだ」
美希「……うん」
響「でも、フェアリーが居なかったら……”ライバル”がいない」
貴音「……竜宮小町では、満足出来ないということですか」
響「…………フェアリーの凄さは自分、当たり前だけど完全に分かる」
美希「……」
響「だからこそ、今度プロデュースするユニットで……フェアリーを倒したい」
響「お願いだ」
貴音「……」
響「フェアリーは2人で続けてくれ」
美希「……」
響「そして……トップの位置に、立っていてくれ」
貴音「……分かりました」
美希「貴音……?」
貴音「……響の挑戦に……受けて立ちましょう」
美希「貴音……」
響「本当に、ごめんなさい」
——
フェアリーは、自分のわがままで存続している。フェルノスに倒されるため。
いや……フェルノスを、倒すため。
だから自分は、全力で……千早、真美、雪歩をサポートしなくちゃならないんだ。
真美「……」クルッ タン!
雪歩「……!」クルッ ステン!
真美「ゆきぴょん、大丈夫!?」
雪歩「だ、大丈夫……ごめんなさい」
響「雪歩、回転する時は、足に力を入れるんじゃなくて、その逆で。
力を抜いて、楽な感じで」
雪歩「わ、分かりました」
響「もうちょっとやったら、休憩しようか。2人とも、汗だくだからさ」
真美「そ、そう?」
休憩時間。もう、11時20分ぐらい。
響「そろそろ、スタジオを出てもいいぞ?」
雪歩「そ、そうだね……。事務所に戻ろうか」
真美「ちかれた→……」
響「じゃあ、もうちょっと休んだら着替えておいで」
雪歩「うん」
真美「はーい」
響「……ふぅ…………」
真美「ねえ、ひびきん」
響「ん?」
真美「記者会見とかするの?」
響「いや、しないぞ」
真美「発表はどうするの?」
響「今度の生っすかで発表、の予定だけど……」
雪歩「生っすかで?」
響「うん、自分、卒業報告以来出てないけど……プロデューサーとして出るんだ」
真美「ある意味、真美達をトップアイドルにする響チャレンジだよね」
響「あはは、そうだな! 『真チャレンジ』に変わってたのは驚いたけど……」
雪歩「改造計画が終わっちゃったんだよぅ」
響「『カワイイ洋服を着て観客から歓声が起きるか』ってチャレンジは、まんまじゃないか?」
雪歩「そ、それはそうだけど……真ちゃんを身近で見られないんだもん」
真美「ゆきぴょん、お姫ちんとラーメン食べてるのが増えたよね」
雪歩「最近は、3杯ぐらいだったら入るようになったんだ!」
響「すごいなー!」
こういうちょっとよくわからないところも、雪歩は進化している。
アイドルとしても、成長しているんだろう。
レッスン場を出て、昼食のためにレストランによることになった。
よくあるファミレスに入って、ランチを注文した。
響「……サングラス、外していいよ?」
真美「ノンノン。どこから狙われてるかワカラナイのですよ?」
響「どんなキャラなんだ……」
雪歩「ワカラナイのです……よ」
響「雪歩までやらなくていいって」
まったく、自分が決めておいてアレだけど、か弱い感じがしないぞ。
真美「もう、ノリ悪いなぁひびきん」スチャ
響「あはは……」
響「そうだ。自分の目標の話、してもいいかな」
雪歩「目標?」
響「うん。……フェルノスを、どこまで導くか」
真美「そりゃあもちろん、トップアイドルっしょ?」
響「そうなんだけどね…………アイドルクラシックでさ」
雪歩「うん」
響「……他のユニットを全部蹴落とすぐらいの勢いで、トップになるんだ」
真美「……765プロのユニットでも?」
響「そう。だから、協力してほしい」
真美「……トップって、まあ、そういうことなんだろうけどさ」
雪歩「?」
真美「蹴落とす、って考えると……あんまり、だよね」
響「……まあ、そういう勢いで、ってことさ」
真美「真美、すっごく楽しみなんだよ、ユニット活動」
雪歩「わ、私も、フェルノスで活動するの、楽しみです!」
真美「だから、ひびきん。トップになる前に、ゆっくりと実力を付けていこう?」
響「……うん」
なんか、焦ってたのかな、自分。自分のために活動を続けてくれるフェアリーに恩返しするために、
早くトップにならなきゃって考えてたのかもしれないな。
響「……ごめんな、焦ってたかも」
真美「いいよいいよ!」
雪歩「頑張らなきゃ、だね」
響「うんっ」
ちょうどランチが運ばれてきた。
真美「いっただっきまーす♪」
雪歩「いただきます」
響「いただきまーす」
いざ食べようとすると、携帯電話が震えた。
響「……?」
響「もしもし」
律子『もしもし、響』
律子だ。
響「どうした?」
律子『いま、大丈夫?』
響「大丈夫だぞ」
2人にゴメン、とジェスチャーをして、席を立つ。
トイレの前の電話スペースに入って、会話を続ける。
律子『実は……フェルノスの発表なんだけど』
響「生っすかでしょ? リハーサルでも……」
律子『それがね、ブーブーエスから連絡があったのよ。
他局の要望もあって、発表をブーブーエスの屋外ステージに変更するって』
響「え……?」
律子『なんでも……ほら、例えば他局が、ニュースでフェルノス結成のニュースをやるでしょう』
響「うん」
律子『その時に、バックが生っすかのステージだと、他局の番組の宣伝になっちゃうそうなのよ』
響「あー……」
律子『だから、屋外のステージに変更してもいいかって』
響「なんで律子に?」
律子『響の電話番号が分からないって』
響「ああ……そうか。アイドルの時は教えてないもんね」
律子『それで、どうするの?』
響「……うん、屋外でいいぞ」
律子『分かったわ。じゃあ、連絡しておくわね』
響「ありがとうな、律子」
律子『いいえ、私もフェルノス、応援するからね』
響「うんっ」
……屋外ステージ。
少し、ハードルがあがったかもしれない。
ううん、大丈夫だ。ダンスはほぼ完璧だし……。
屋外なんて大したことはない。要するに、空の下か屋根の下かの違いってやつで。
フェルノスの結成発表。そこで、『Little Match Girl』を披露する。
シングルの発売もお知らせして、その3週間後に発売……って流れだ。
竜宮小町みたいに、発売前のプロモーションも大々的に。
雪歩「おかえりなさい」
雪歩と真美は、ランチに手を付けていない。
響「先に食べててくれてよかったのに、ありがとう」
真美「だってぇ、ひびきんもおんなじランチなのに先に食べるなんてダメっしょー!」
響「優しいな、真美」
優しいなんてことはずっと前から知ってるけどね。
響「2人とも、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
雪歩「え?」
響「日曜日の結成発表、屋外ステージになったんだ」
雪歩「…………」
真美「…………」
2人ともしばらく目をパチクリさせて、叫んだ。
響「ちょっ、静かに静かに!」
真美「な、なんで……」
響「それが……他局からの要望とかで、テレビ局が」
雪歩「だ、大丈夫かなぁ」
響「…………大丈夫。みんなすごく努力してるからな」
真美「でもー……」
響「今日は木曜日で、また2日もある」
雪歩「……2日」
響「立ち位置の微調整だけで、3人なら完璧さー」
真美「うーん……」
響「せっかくの発表で、3人での初ライブなんだから……明るく行こうよ!」
雪歩「そ、そうだね」
真美「あ、ランチ食べちゃおうよ」
響「そうだな……じゃあ改めて、いただきます」
この後、しばらくおかしなテンションが続いて、
それは事務所に戻っても変わらずだった。
春香ややよいに心配され、帰ってきた千早にこの話をすると、
逆にとても嬉しいらしく、日曜日が待ち遠しいと目を輝かせていた。
むぅー。
>>30-31 はい、フェアリーは2人で活動しています。
今日はここまでです。お付き合いいただき、ありがとうございます。
あまり響から焦りが感じられない気が…
俺の読解力の無さのせいかな
でも続き楽しみにしてる!乙
金曜日、フェルノスの3人と自分で、ブーブーエステレビへと出向いた。
ちょっとしたリハーサルもあるし、何よりプロデューサーとしての、番組ディレクターへの自己紹介もある。
律子たちにとっては、この会議室もよく来る場所なのかな。
千早や真美、雪歩もキョロキョロと珍しそうに見回している。
D「じゃあ、座ってよ」
響「は、はい!」
やっばいなー。知ってるディレクターさんなのに、なんだかすっごく緊張してるぞ。
D「ははは、みんな緊張しなくていいよ」
千早「す、すみません……普段会議室にはあまり来ないので」
D「えっと……じゃあ、確認するからね」
雪歩「よろしくお願いします」
D「まず、ユニットが……インフェルノスターズ。略してフェルノス」
真美「ひびきん……公式化するの?」
響「言いやすいからな……」
D「メンバーが千早ちゃん、真美ちゃん、雪歩ちゃんで……リーダーが千早ちゃんか」
千早がリーダー。というのは、自分でも最初から決めていたし、
プロデューサーや律子も同じ意見だった。
今の千早は、音楽のことももちろんだけど……周りを見て冷静に動ける頼もしい娘だ。
D「当日はスタジオからステージに中継して、曲が『Little Match Girl』」
D「一曲しか歌わないの?」
響「時間にもよります。多く時間が取れるなら、曲の追加も……」
雪歩「話して来ました」
話して来た、と言っても……朝に事務所で簡単に、だけどね。
——
千早『我那覇さん、ステージには何分間いられるのかしら?』
響『ごめんな、分からないんだ』
真美『分かんないの?』
響『自分、まだディレクターさんの番号、知らなくてさ。アイドルの時は教えてないし』
雪歩『じゃ、じゃあ……多く時間が取れる時のために、曲とかを増やしてみない?』
千早『いいわね』
真美『でもー……Little Match Girlは頑張って真美覚えたけど、
3人で出来る曲って……あんまり無いよね?』
千早『オールスターズの曲なら、歌えるし踊れるんじゃないかしら』
響『READY!!とかなー』
真美『そ、そっか』
雪歩『真美ちゃんがinfernoを覚えて歌うのも、格好良いかも』
千早『infernoならダンスはないから……真美でもすぐに』
真美『とにかく、真美がガンバるしかないんだね!』
響『よーし、じゃあまとめようか』
——
D「ステージで取れる時間はだいたい15分ぐらいだよ」
響「15分……なら、もう1曲歌えますか?」
D「そうだね。『Little Match Girl』がわりとバラードチックな曲だから、
明るい曲だと嬉しいかなぁ」
響「明るい曲……」
少しフェルノスのイメージと違うけど、最初だからいいかな。
響「じゃあ、千早……」
千早「ええ。……『READY!!』を歌いたいと思います」
D「『READY!!』かー、いいね」
真美「わーい、テンションアガってきたよ→!」
D「真美ちゃんは元気だねぇ」
真美「えへへ!」
千早には、「READY!!はか弱さから強くなろうとする曲でもあるのよ」と言われた。
D「それじゃあ、屋外だからリハーサルは出来ないけど……大丈夫かな?」
響「えーっと……はい、大丈夫です」
立ち位置を少し変えれば問題ない。
D「じゃあ、まだ世間的には内緒のユニットなんだから気をつけてね」
雪歩「はい、ありがとうございました」
千早「よろしくお願いします」
真美「よろだよ→!」
響「よろしくお願いします!」
ディレクターさんが会議室を出る。
4人全員でふぅ、と息を吐いた。
千早「なんだか……とても、疲れたわね」
真美「いつもと同じおじちゃんなのにねー……」
雪歩「な、なんでだろう……」
響「ユニット、みんなは初めてだもんな……ふー……」
千早「我那覇さん、ユニット経験者なのに疲れてるわよ?」
響「アイドルとプロデューサーはだいぶ違うよ……」
千早「……そうね」
上半身を伸ばして、机のひんやりとした冷たさを肌で感じる。
響「よし、とりあえず帰ろう。今日は『Little Match Girl』と『READY!!』、通したいからね」
真美「ねーねーひびきん、今何時?」
響「朝の11時」
真美「それじゃーさ、ご飯でも食べてから帰ろうよ」
響「……まぁ、それもそうだな」
千早「ええ、お腹も空いたことだし」
雪歩「私、おいしい焼肉のお店を……」
響「焼肉はちょっと……」
フェルノスの発表が明後日だ、ということが……若干信じられていない。
この間のメンバー発表とミーティング、レッスン、挨拶だけで……、
もう随分と結成してから日が経っている気がするのだ。
携帯が鳴った。
真美「ひびきん、ケータイ」
響「電話だ……」ピッ
響「もしもし?」
『もしもし、響?』
響「……美希」
『あのね、一応報告なの』
響「報告?」
『アイドルクラシック、正式に優先参加権獲得ってお知らせが来たの!』
響「おぉ、本当に!?」
『へへーん、これで後はもう、みんなを待つだけなの!』
美希の声がはずんでいる。
『だって、アイドルクラシックに出るんだよね?』
響「うん……」
『それで、フェアリーに挑んでくれるんでしょ? ミキも貴音も、楽しみにしてるの』
響「で、でもまだこっちはCDも出してないし、参加権限が……」
『予選ですら、2ヶ月後なの。勝ち上がってきてね?』
響「…………」
千早「……我那覇さん?」
響「……」
『響?』
響「…………頑張って、フェアリーに勝ってみせるぞ」
『ズイブンな自信だね。響たちのユニット、ライバルになれるかな?』
響「フェルノス」
『えっ?』
響「インフェルノスターズ……フェルノスだよ」
『…………それが、ミキたちと対戦することになるユニットだね?』
響「ああ」
『……待ってるよ、だから……頑張って欲しいって思うな』
響「ありがと、美希」
『……あっ、貴音! ダメなの! ご、ごめんね響!
貴音がラーメンに……切るの!』プツッ
響「……なーんか、フェアリーも変わんないなぁ」
真美「ひびきん……どしたの?」
響「フェアリーが、アイドルクラシックの優先参加権を獲得したってさ」
雪歩「でも、勝つとか……」
響「……ごめん、ちょっと熱くなっちゃって」
真美「もしかしてひびきん、また焦ってますな?」
この間、『他を蹴落とすぐらいの勢いでトップに』って真美と雪歩に言ったら、
『トップになる前に実力を付けていこう』って真美に諭されたことがある。
フェアリーは、自分のわがままで続いているユニットだ。
自分たちがフェアリーに勝たない限り、呪いのように美希と貴音は歌い踊り続けることになる。
二人は優しいから、自分たちに負けるまで絶対に活動をやめたりしないし、
だからと言ってわざと負けるようなこともしない。
千早「…………我那覇さん、寂しそうな顔をしてる」
響「え……?」
千早「……私の意見だから、無視しても構わないのだけれど」
響「……」
千早「……楽しくやりたいのよ」
真美「楽しく……」
千早「……せっかくのユニット、ソロ活動とは違うの。
だったら、みんなと笑って、歌って、踊って、仕事をして……」
響「…………そうだよね」
雪歩「千早ちゃん、私、その通りだと思うよっ」
千早「ありがとう、萩原さん」
響「ごめんな、みんな。……自分」
自分、早くトップにならなきゃ、って。フェアリーを倒して、トップに立たなきゃって思ってたんだ。
……って、言おうとしたら、思い切りお腹がなった。
真美「ぷっ……あははは!」
千早「ふふっ……!」
雪歩「あはは……っ!」
響「も、もう、みんなひどいぞ! あははっ」
会議室に、4人の笑い声がしばらく響いた。
——
雪歩は普通のお店も知っていて、テレビ局の近くの
落ち着いた雰囲気の喫茶店に入ることになった。
響「よし、じゃあとりあえず……今後のこと」
雪歩「お願いしますっ、響ちゃん!」
響「今日は、この後レッスン場に行って、確認。
通しでやろう」
千早「ええ」
響「それで、解散かな。
明日は最終確認だから、レッスン場で立ち位置、通し……全部やるよ」
真美「トークも用意しとかないとねぇ」
響「そうだな、面白いの一発頼むぞ」
真美「任せてよー!」
響「そして明後日……生っすかの時間で、発表」
雪歩「な、なんか緊張してきたよう……」
ウェイター「お客様、ご注文は?」
響「あー……えっと、アイスココア」
千早「コーヒーを」
真美「オレンジジュース!」
雪歩「私もココアで」
ウェイター「かしこまりました」
真美「……ひびきん、子供っぽーい」
正面に座る真美がニヤニヤ笑う。その隣の千早は「かわいいじゃない」と微笑んでいた。
雪歩「ココア、子供っぽいかなぁ」
真美「ゆきぴょんはいいんだよ!」
響「自分だと子供っぽいってどういうことさ!」
真美「だってー、ひびきんはプロデューサーなんだよ?」
千早「私たちのユニットのプロデューサーが、ココアはちょっとねぇ」
響「も、もー!」
2つのココアとコーヒー、オレンジジュースが運ばれてきた。
グラスに並々と入ったココア、やっぱり美味しそうだ。
響「いただきまーす……うん、おいしいぞ」
真美「生き返るねー!」
千早「いいお店ね……萩原さん」
雪歩「ありがとう、千早ちゃん」
千早「……ねえ、我那覇さん、萩原さん」
響「ん?」
雪歩「どうしたの?」
千早「私、2人のことを下の名前で呼んだほうがいいのかしら」
千早は恥ずかしそうに、頬をかいた。
響「そりゃ、呼んでくれたら嬉しいけど……同い年だし」
雪歩「私も、すごく嬉しいよ! でも……千早ちゃんが嫌なら、無理しなくても」
千早「いえ、嫌じゃないの」
千早「……決めた、2人のことを、下の名前で呼ぶわ」
真美「ねーねー、じゃあ真美の呼び方も『まみぽん』とか『まみるんがー』とかに変えてよー!」
千早「ま、まみるんがー……ふふっ……!」
響「まみるんがーって……」
雪歩「セ、センスを感じるね」
結局この店内では呼んでくれることはなく……ただ真美のギャグに笑っていた。
顔を真っ赤にして、過呼吸なぐらいに。千早、こういうネタには弱いんだよね。
——
レッスン場で、結成発表の通し確認をした。
トーク、『Little Match Girl』、トーク、『READY!!』、写真撮影。
うーん、なんだか段取りが悪いっていうか、なんていうか。
真美「……ひびきん?」
響「ねえ、真美。千早、雪歩」
千早「?」
雪歩「なあに?」
響「『Little Match Girl』の前に、『READY!!』を歌って……の方が、良くないかな?」
千早「……明るい曲の後に、バラード?」
響「最初、『READY!!』を歌いながら登場して……まず、メンバーを明かす。
真美がいるから、明るい曲のユニットだと思うよね」
真美「んっふっふー、やっぱり真美は明るい要員だね!」
響「それで、曲が終わった後に3人がトーク、ユニット名を発表するんだ」
真美「フェルノスでーす! って?」
千早「さすがに略称からは……インフェルノスターズ、略して、フェルノス」
雪歩「し、失敗しないかなぁ……」
響「その後、熱気でいっぱいの会場を『Little Match Girl』で静かにするんだよ」
千早「本当にそうなれば、とても素敵だけれど……大丈夫かしら?
あずささんのような人なら、不可能ではないだろうけど」
響「大丈夫だよ。千早、雪歩、真美の力を合わせれば」
真美「がんばろーね、みんな!」
雪歩「う、うんっ!」
響「それじゃあ、その感じでもう一回、通してもいい?」
真美「モチのロン!」
千早「ええ!」
雪歩「頑張りますっ!」
ラジカセのスイッチを入れて、『READY!!』が始まる。
◆
「……我那覇響がプロデューサーに、だと?」
「ええ、しかもユニットをプロデュースするようですが……」
「竜宮小町でもプロジェクト・フェアリーでもない、新しいユニットということか」
「はい……喫茶店で、そのようなことを言っていた、と」
「いつ発表だ?」
「日曜日、番組内で発表するそうです」
「…………そうか、そうか。ならば……芽は、育たぬうちに潰さないとならんな」
「具体的に、どうするのです?」
「日曜日のその発表……番組を休止させてでも、阻止する」
「……社長はやはり悪いお方だ」
「ゴシップ記事専門の貴様に言われたくはないな」
「……あはは」
「はっはっは……最高だ、また遊んでやれるぞ…………765プロ」
◆
>>61 分かりづらい文章ですみません。頑張ります。
今日はここまでです。お読みいただき、ありがとうございます。
アイドルクラシックは、箱根駅伝みたいな感じです。
乙
例えがわからん
箱根駅伝がなんなの?
>>88
前回大会で上位だったユニットがシード権を持っていて、
ほかは予選で決まるような感じです。説明不足ですみません。
土曜日、朝。発表の前日。レッスン場。
雪歩「何があったって、何かなくたって♪」
3人の通し練習を後目に、自分はひとりアイドルクラシックの予選参加要項をみていた。
予選の前に、1枚以上CDを発売していること。
公に発表済のユニットであること。
結成から4年以下であること。
千早「一歩一歩、出会いや別れは〜♪」
全部大丈夫そうだな。
真美「あいにーなーぁるーアーミューズメェーン♪」
響「真美、またこぶし」
真美「あっ……ごみんごみん」
アイドルクラシック本戦に出場できるのは全部で14組。
千早「休憩を入れましょうか。雪歩も疲れているみたいだし」
雪歩「ありがとう……千早ちゃん」
真美「千早お姉ちゃんが『雪歩』って、まだ慣れないよ→」
そのうち4組は優先参加権……前年出場のシード権の枠だから、実質10組。
この中に、フェルノスが入ることになる。
千早「響?」
でも、優先参加組に勝つことも考えていかなければならない。
前回優勝のジュピターは、新曲を用意して初の連覇を目指しているという。
真美「ひびきん?」
竜宮小町だって、前回の結果には不満なはずだ。フェアリーにも追い抜かれ3位では。
雪歩「響ちゃんっ」
響「ほえ?」
身体が揺さぶられる感覚。雪歩が自分の肩をつかんでいた。
響「あれ……休憩?」
千早「ええ」
響「……ごめんなー、ボーっとしてた」
千早「もう、プロデューサーがそんな風で、平気なの?」
千早がしゃがみ込んで、座っている自分の頭を撫でる。
響「うぎゃっ!? なでるなーっ!」
思わず立ち上がった。
真美「ひびきん、真美よりチビだもんねぇ」
響「くっ……」
雪歩「ふふっ、とにかく、元気そうで良かったよ」
自分は大丈夫だぞ、と言ったところで、携帯が鳴った。
生っすかのディレクターさんからだ。その証拠に、オーバーマスターが響いている。
千早「仕事系?」
響「うん、生っすかのディレクターさんだよ」
雪歩「大変だね……」
響「自分、ちょっと出てくるぞ。すぐ近くにいるから」
3人の元気の良い返事を聞きながらレッスン場を出て、
外にある共用スペースに小走りで移動する。
すぐに音楽が流れ始めた。重低音がかすかに聞こえる。
自販機が壁沿いに、ソファが数台置いてある、いわゆるフロント。
端に寄って電話に出た。
響「もしもし、76」
D『響ちゃん!』
ディレクターさんは焦り気味な声で、そして少々怖かった。
響「ど、どうしたんですかそんなに慌てて」
D『き、今日発売の『週間芸能ブラック』が……!』
響「『週間芸能ブラック』?」
『週間芸能ブラック』……聞いたことがない。有名な雑誌なのだろうか?
D『765プロ新ユニットを、徹底分析って……!』
響「は!?」
D『どこからか、情報が向こうに渡ったのかもしれないんだ』
ユニットの話なんて、ほとんど誰にもしていないじゃないか。
D『今のところ、メンバーがバレてて……後は全部憶測で書いてある記事だよ』
響「そ、それ本当……?」
D『うちの社員でも知っているのは俺と番組プロデューサーぐらいで……。
その様子だと、雑誌のこと、知らなかったみたいだな』
響「どうしよう……」
D『前に千早ちゃんがおかしな記事を書かれて、声が出なくなったことがあったよね』
響「うん……」
D『今見たら、その記事とライターが一緒だよ』
千早が過去を抉るような記事に傷つき、閉じこもってしまったあの時。
歌えるようになって、アクシデントがありながらアカペラで眠り姫を歌いあげた。
いずれも、絡んでいるヤツがいる。
響「…………961プロ……ッ!」
D『……響ちゃん、どうする?』
響「え?」
D『……明日、演出を変えたりとか』
響「……」
一曲目『READY!!』を歌いながら登場して、初めて分かるメンバー。
盛り上がった中、二曲目の『Little Match Girl』で空気を支配する。
響「……かえない」
D『……そうか』
響「メンバーがバレてても…………いままで、ずっと練習してきたんだ。
精一杯やってみせるよ」
D『……なら、俺も全力で協力するしかないな!』
響「へへっ、よろしくだぞ」
D『我那覇プロデューサー、敬語敬語!』
響「あっ……すみません」
D『元気があるなら平気だよ!』
ディレクターさんは笑って、心配するなと言ってくれた。
レッスン場へと戻る。
真美「あーたまのー中にやーきつーいーてるぅー♪」
雪歩「後悔した経験♪」
千早「大声で散らせ!」
これ……『We just started』だ。
自分を含む、プロジェクト・フェアリーで歌った最後の曲。
サビと、Cメロ。ダンスはそこまで激しいものではない。
ダンスが少し苦手な雪歩も、きちんと踊れていた。
雪歩「僕たちの未来は、始まったばかりさ♪」
千早「そう〜走りだしたばか〜りさ〜♪」
ギターのサウンドが思い切りラジカセから流れる。
曲が終わった。
響「すごい……」
千早「『We just started』……どうだった、響」
響「すごいよ、カッコ良かった!」
真美「やーりぃだねっ」
雪歩「やったねっ」
千早「ええ」
響「もう、みんなこれは完璧?」
雪歩「私は、まだ少しダンスが分からないかな」
千早「……私は、おそらく大丈夫だと思う」
真美「真美はパーペキだYO!」
パーペキとは、また古い。
響「……これを、明日……」
千早「明日?」
響「い、いや、なんでもないぞ!
まだ踊っていく?」
真美「うーんと、じゃあ真美がリクエストしてもいい?」
千早「ええ」
雪歩「うんっ」
真美「それじゃあ……真美、ボーカルやるね! CD、流すねっ」
曲名は言わないのか?
千早と雪歩は顔を見合わせて、首を傾げている。
イントロ。どこか聞いたことのあるような、懐かしい旋律。
懐かしいどころじゃない。これは、
響「『Brand New Day』……」
真美「いつだって微笑んで♪」
この曲にはダンスが存在しない。
いや、一応あるっちゃあるけど……ダンスと呼ぶほど複雑なものじゃない。
ちょっと前に、バンド形式でこの曲を歌ったことを思い出した。
そう、これは————自分の持ち歌だ。
二度と歌われないと思っていた。
千早と雪歩は、センターで歌う真美の両端で即興でダンスを披露している。
雪歩は足を軽く上げて、手拍子。千早は腕を軽く振っている。
真美「進めっ、負けない〜♪」
もしかして、インフェルノスターズは。
か弱くなんて、ないんじゃないか。
「か弱い」アイドルをやらなくても、いいんじゃないのか……?
……そんなことは最初から知っているけど。改めて認識した。
3人には、961プロが妨害してきたらしいことは、言わないでおこう。
メンバー発表ぐらい、なんくるない。
明日、最高のライブで観客を熱狂させればいいだけだ。
でも……後で、その雑誌は買おう。
自分のプロデュースするアイドルの、初めての”記事”だ。
□
春香「た、大変だよっ!」
真「どうしたの、春香。えらく急いで」
やよい「何かあったんですか?」
春香「こ、この雑誌!」
真「……『週間芸能ブラック』?」
やよい「あっ! これって……!」
春香「『765プロ新ユニット』って……まだユニットを組むことすら発表してないのに」
真「雑誌にバラされたってこと……!?」
やよい「……それって、大変なんじゃ!?」
春香「事務所にどうしてプロデューサーさんも律子さんもいないの?」
真「ちょっと、プロデューサーに電話してみるよ」
やよい「うぅー……」
□
○
貴音「……あなた様、電話が」
P「局内であなた様はNG、な……。もしもし? 真?」
『大変ですよプロデューサー! 千早たちのユニット、雑誌に……!』
P「雑誌に載ってるのか? まさか。発表は明日だぞ?」
『だから、雑誌にバラされてるんですよ!』
P「……なんて雑誌なんだ?」
『えっと……週間芸能ブラック、です』
P「そんな……」
美希「…………」
○
ユニット発表で、一区切りつけます。前回から間があき、すみませんでした。
お読みいただき、ありがとうございます。
そして——本番、の朝。
フェルノスのことは、「生っすか!? サンデー」の冒頭で発表する段取りになっている。
朝11時、ブーブーエステレビ。
765プロへと割り当てられた広い楽屋の隅っこで、自分と千早、真美、雪歩は最終確認をしていた。
即興で書いたステージの図を、ボールペンで指してみる。
響「こっから、出てくる」
千早「ええ」
響「ここで、歌う」
雪歩「う、うんっ」
響「そしてここで——MC」
真美「……なんでカタコトなの? ひびきん」
響「えっ……自分、か、カタコト……かな」
真美「キンチョーしてるの?」
響「してる、かも」
真美「そっかそっかー、キンチョーかぁ。
はるるーん、キンチョーした時って何をなめればいいんだっけ?」
春香「人って文字を手のひらに書いて、飲み込むんだよ。なめちゃダメ」
真美「だそうです、プロデューサーさま」
響「……人」
ゆっくりと人という文字を書いて、
響「…………」
飲み込む。……いやいや、緊張はほぐれないぞ。
春香「響ちゃん、それはあくまでも気休めだから……」
響「だ、大丈夫だぞ。元気になった!」
千早「……響」
響「……?」
千早「……雪歩」
雪歩「……」
千早「……真美」
真美「……」
千早が手を、目の前に差し出してきた。
真美と雪歩が重ねる。
雪歩「響ちゃん!」
響「……う、うんっ」
3人の手の上に、自分の手を重ねた。
千早「頑張りましょう!」
真美・雪歩・響「オー!」
ユニットで初ステージの時、自分もかつてやったことがある。
美希と貴音がそこにはいた。
今、楽屋にいるのは……。
MCである春香、美希。千早の代役MCの伊織。
自分たちフェルノスと、あずささん。
真は「真チャレンジ」の中継のため、外に。貴音と亜美は「ラーメン探訪」の中継。
…………全員には言えないけれど。
自分は、立ち上がって「みんな」と呼びかけをした。
美希が首を傾げているのが見えた。
響「今日は、インフェルノスターズの、大切な初ライブなんだ。だから…………」
楽屋の扉が乱暴に開いた。
AD「我那覇さん、いらっしゃいますか?」
響「へっ?」
AD「あの、少しトラブルが起きてしまって……来て下さい!」
響「ちょ、ちょっと!」
手をひかれる。小走りをさせられて、屋外の音声調整ブースへと移動させられた。
AD「あの、今日のライブの音声データなんですけども……『Little Match Girl』が、
どうやら飛んでしまったみたいで、存在しないんです」
響「ええっ!? だって、この局には前にデモテープがあるって、ディレクターさんが」
AD「ディレクターにも確認を取ったんですが……」
ADさんの目を、5秒程度見つめる。彼は数秒で目線を離してしまった。
…………嫌な予感がする。
響「……っ」
携帯を取り出して、ディレクターさんへの電話をかける。
AD「ちょ、ちょっと何してるんですか!」
響「……電話です」
AD「誰に?」
響「ディレクターさんに……」
AD「どうして、僕が今説明してるじゃないですか」
響「ごめんなさい、確認しなきゃ納得出来ないたちなんです」
AD「……」
響「…………もしもし、ディレクターさんですか」
『おう、いよいよだね。どうしたの?』
響「ADさんが、『Little Match Girl』の音声データがないって、仰ってるんです」
『Little Match Girlなら、CDをもらってるはずだし、屋外ブースのパソコンに入ってるんじゃないかな』
響「データが飛んでしまったそうです」
ADさんが、焦っているようにみえる。
前もこういうことがあった。
この間、プロデューサーから真実を聞いたんだ。
アイドルジャムのステージで、音声トラブルで「眠り姫」が流れなかった。
あれは、961プロに丸め込まれたスタッフが、意図的に流さなかったのだ、と。
『……本当だ、無くなってる……というか、誰か、消したのか?』
嫌な予感が、当たってしまった。
このAD。
響「そんなに都合よく、うちの音声データだけが消えるわけがない」
AD「……」
響「……黒井社長かなにかに、言われたんでしょう」
AD「……すみません」
ADさんが、頭を下げた。
『…………響ちゃん、いまからLittle Match GirlのCDを探して、そこに持っていくよ』
響「持ってきてくださるんですか? あり……」
AD「無駄ですよ」
響「えっ?」
『ん? どうしたの?』
AD「CDはここにある」
ADさんが、着ていたジャケットから半分このCDを取り出した。
響「……割ったのか」
AD「……」
『どうしたの?』
響「……CDは、ADさんが割ったみたいです」
『ええ!?』
響「……ディレクターさん、何時にここに着けばいいですか」
『え? あぁ……11時50分には、着いて欲しいかな』
響「自分、事務所まで取りに言ってきます」
『事務所の人に、音声データを送ってもらえば?』
響「今日は、事務員がお休みなんです」
『……マジ?』
響「マジ」
『……分かった。気をつけてね、響ちゃん、無理はするな。だってキミは』
響「分かってる、分かってます」
AD「…………」
電話を切って、すぐ次に別の相手へと電話をかける。
『……もしもし、響?』
響「もしもし、プロデューサー? 自分、ちょっと今から事務所に行ってくるぞ」
『え? 何かあったのか?』
響「『Little Match Girl』の音源がないみたいなんだ。CDもテレビ局にないから、事務所から取ってくる」
『音無さんに……って、そうか。今日は休みだ……』
響「だから、自分がちょっと行ってくる」
『分かった。響、タクシーとか電車とか、なるべく交通機関を使え。無理するな。絶対に走るなよ』
響「分かってるよ。ディレクターさんと同じこと言ってるぞ?」
『あはは……じゃあ』
響「うん、じゃあね」
ピッ、と電話をきった。
AD「あの……」
響「ADさん、自分が持ってきたら、今度こそちゃんと音源を入れてくれますよね?」
AD「は、はい」
響「あっ」
思い出した。バッグから、1枚のCD-ROMを手渡す。
響「これに、オールスターズの曲が数曲入ってます。間に合わなかった時用に。
バックでこれをかけるだけでも、だいぶ違うと思いますので」
AD「わ、わかりました」
響「割らないでね?」
AD「は、はい……」
響「あー……あと、千早にも連絡しなきゃ」
再び電話を取り出して、千早に。
響「あ、もしもしー。千早かー。自分、ちょっと事務所に忘れ物しちゃったから、
テレビ局を離れるぞ。ん? 大丈夫大丈夫。すぐに戻るから。じゃあな」
AD「あ、あの」
響「へ?」
ツー、ツーと電話から無機質な音が聞こえてくる。
AD「如月さんには言わないんですか? 音がないこと」
響「変なことを言って動揺させても、しょうがないですから。……じゃあ」
番組は12時には始まってしまう。その10分前には、ここに。
腕時計で時間を見る。11時12分。大丈夫、余裕で間に合う。
駅へと、急いだ。
…………走るしかない。
□
春香「それにしても……大丈夫? みんな」
真美「え、なにが?」
春香「雑誌のこと……。多分、961プロが絡んでるんだろうって」
千早「雑誌?」
春香「え、聞いてなかったの?」
雪歩「雑誌って?」
春香「………………あー、忘れて! うん、ごめんね、変なこと言って」
雪歩「春香ちゃん……」
春香「……」
春香「…………『週間芸能ブラック』って雑誌に、新ユニットのメンバーがネタバレしてて」
千早「ネタバレ……!?」
春香「響ちゃん、驚いてたみたいだけれど……」
千早「そんなこと、一言も……」
真美「ね、ねえ千早お姉ちゃん。ひびきん、事務所に戻ったんだよね」
千早「ええ」
真美「『完璧だからなー』が口癖のひびきんが、忘れ物なんて……言わない、よね」
雪歩「…………えっ」
千早「……もしかして、何かあったのかしら」
真美「……どう、しよ」
美希「…………響、3人には何も言ってなかったんだね」
千早「……」
美希「……ホーレンソウ、してないんだ」
千早「…………私、プロデューサーか律子を探して、聞いてみるわ」
雪歩「わ、私も」
美希「……響、ヨユーが無くなってるの」
春香「……そりゃ、響ちゃんは前みたいに踊れないし…………。
私達が思っているより、本人は複雑な気持ちだと思う」
真美「…………ひびきんに、もし何かあったら」
春香「真美……大丈夫だよ。響ちゃんは大丈夫」
美希「……ミキ、ちょっと何があったか、聞いてくるね」
春香「えっ? ちょっと、美……」ガタン
春香「……」
真美「…………」
美希「あっ、ディレクターさ……」
D「音源がなきゃ…………」
AD「すみません……」
美希「……音源がない?」
D「み、美希ちゃん……!?」
AD「…………」
美希「……ディレクターさん、どういうことなの」
□
響「……あった!」
事務所。プロデューサーになったときにもらった鍵で、入ることが出来た。
『Little Match Girl』のCDは、棚に入っていた。
試作のROMじゃなくて、雪歩と千早が写っている……商品版、発売されたものだけれど。
響「……ふー……ふー……」
身体がふらつく。立っていられない。
思わず、ひざをついた。
やっぱり、駅から全力疾走したのは、こたえたかな…………。
時計を見る。38分。急いで戻らなければ。
もう、電車じゃ間に合わない。
響「ふー…………っ」
無理矢理身体に力を入れた。
激しく踊ると立てなくなる病気。
つまり……身体を激しく動かしてはいけない。
泳げない。泳げば、途中で力尽きて沈んでしまう。
踊れない。踊れば、身体がエネルギーを消費して、倒れる。
……走れない。走れば、すぐに息があがってしまう。
響「……っ!」
階段をかけ下りて、事務所に面した大通りの横に出る。
タクシーを呼ぼうと電話を取り出した瞬間、着信。
響「……もしもし」
『あっ、響? 聞いたわよ、CDはデスクの横の棚に』
律子の焦る声が聞こえた。
響「……なら大丈夫。…………もう、取ってきたよ」
『そ、そう? なら、よかった……。響、大丈夫よね?』
響「えっ…………?」
『走ったり、してないわよね』
響「…………」
『……ったく。今、迎えに行ってるから。たるき亭の前で、待ってなさい』
響「……ありがとう」
『大丈夫。車の方が早く着くわ』
それから2分ぐらいで、律子のワゴン車はたるき亭の前に到着した。
助手席に乗り込む。
響「ありがとう、律子」
律子「……ねえ、響。CDの件、やっぱり961プロが絡んでると思う?」
響「…………うん」
律子「……そう、よね。竜宮への妨害は日常茶飯事だけど、新ユニットにまで手を出すなんて」
響「竜宮、妨害されてるのか……?」
律子「ええ。衣装があずささんの分だけ無かったりとか、音源が無かったり、とかね」
響「そんな……自分たちの前では、一言も」
律子「アイドルにこんなこと言ったら、コンディションを悪くするわ」
テレビ局の建物が、遠くながらも見えてきた。
響「もうすぐだ…………でも、ちょっと遅くないか」
律子「ここ、いつも混むのよね。高速の出口もあって……」
響「そんなっ、もう46分だぞ!」
律子「ごめん…………走れば、すぐなのに」
走れば……。
信号で完全に止まった車のドアを開けて、飛び出した。
律子「ちょ、響っ!」
響「ごめん律子、自分……走る!」
もう建物は見えているんだ。
全力で走れば——間に合う。
バッグは車に置いてきてしまった。それでも、CDはしっかりと手に持っている。
信号の少ない一本道。走れ。走れ、自分。
「響チャレンジ」で、死ぬほど走ってきたじゃないか。
響「くぁっ!」
盛大に転んだ。痛い。……痛みと同時に、体力が抜けていく感覚。
響「く……うっ!」
立ち上がる。大きくふらついた。こんなところで、止まってるわけにはいかないんだ。
車道を見る。律子の車はまだ見えない。
響「…………はぁっ…………はぁっ……!」
走れ。……走れ!
自分はどうなってもいいんだ。今日に向けて練習してきたフェルノスの3人を、笑顔で——ステージに立たせたい。
響「うっ…………ぁ!」
足が、止まった。
動かない。……どうして。動けよ。
このCDがないと、フェルノスのステージは上手くいかない。頼むから。
響「…………はぁ…………はぁ……っ!」
ゆっくりと、足を動かす。
普通に歩いているスピードだけれど、自分にはこれが、精一杯だった。
響「……っ」
ふと、上を見る。
テレビ局はだいぶ、近くにあった。
□
雪歩「……お願いします」
D「…………響ちゃんが間に合わない、って判断でいいんだね?」
千早「はい……。でも、予定とは違っても…………私達は歌いたい。あのステージで」
D「『READY!!』もやめて…………。アカペラの演出か」
真美「ちょっと前の、千早お姉ちゃんのトラブルで思い付いたんだ!」
D「それにしても……美希ちゃんに聞かれた時は、どうなるかと思ったけどな」
千早「美希が音声トラブルのことを教えてくれなければ、私達はこんな提案、できません」
D「よし…………。これなら、時間もちょうどいい」
雪歩「ディレクターさん、よろしくお願いします!」
D「任せてくれ! そのかわり、そのキラキラの衣装に恥じないダンスと歌を見せてくれよ?」
真美「モチのロンっしょ!」
千早「響の分まで、踊ってみせます!」
雪歩「じゃ、じゃあ……行ってきますっ!」
D「…………すごいな、本当に」
AD「MCの3人、入ります!」
春香「皆さん、よろしくお願いしまーす!」
美希「盛り上がってるー?」
伊織「よろしくねー!」
P「…………盛り上がってるな、あとは……響」
AD「本番10分前でーす!」
P「…………っ」
□
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