女「ごめんねって…それだけ」男「そっか」 (36)


拾い集めた

昨日の破片

砕け散った

それはまるで

真っ白な陶器のようで

こんなに綺麗なら

もう一度壊してみたいと

そんな私を

許してね


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女「男はさ、『何かを壊したいなぁ』って思うことない?」

夜、部屋でくつろいでる男に訊いた。

男「何かって?」

女「なんでも。窓とかお皿とか、このマグなんかも」

男「どうして壊すの?」

女「うーん…なんでかなぁ…なんとなく?」

男「なんとなくで壊されるマグの気持ちになってみたら?」

女「あはは、冗談冗談。でもさ、本当に思うんだよね」

男「壊したいって?」

女「うん。実行はしないけど。なんて言うかさ、希死念慮みたいに、ずーっと頭の中にこびりつくんだよね。それでどうしようもなくなっちゃうの」

男「あー…それはなんとも……」

女「もしかして引いてる?」

男「少しね」

女「えーやだ……」

男「やだって……」

女「そうだ、キスしよ?」

男「いきなり?」

女「いきなり。もう待ちませーん。どーん」

男「ちょっ…」


男「ん……ふぁ………」

女「あ、おはよ。もうお昼すぎだよ?」

男「おはよう。誰かさんが"大変"元気だったもんでね…」

大変、を強調して皮肉たっぷりに言う。

女「だってぇ…」

男「だってもヘチマもないよ…あれ、コーヒー淹れた?」

女「ヘチマって?うん。飲む?」

男「あるなら。なんでもないよ」

女「ふーん。ほい」

ポットの残りを殆どマグに注いで渡す。

男「ありがと…ん、美味しい」

女「やりぃ!」

男「ふぅ……。あ、朝ごはんは?ってもう昼だけど」

女「何も。どうしよっか?」

男「んー…どっか行く?で、適当にぶらっとして帰る」

女「せっかく外に出るならイルミネーションとか見たいかも」

男「じゃあご飯食べてぶらっとしてイルミネーション見て帰ろうか?」

女「わ、それめっちゃ恋人同士っぽいね。賛成賛成!」

男「よっしゃ準備しよー」

で、2人して大急ぎで支度を済ませた。



女「もうすっかり冬だねー」

男「ね。どこ行ってもクリスマスモードだからさ、なんかこう…『んんん~!』ってなるよね」

女「あーそれめっちゃなる。なんであんなにキラキラさせんのかなぁ」

男「したいからじゃない?」

女「それは分かるけどさぁ…あ、どこで食べる?」

男「いつものとこがいいかな」

女「いいよ。夜は私の行きたい所でもいい?」

男「それいいね、そうしよう」





店員「ご注文はお決まりでしょうか?」

男「えと…海老と蟹のクリームパスタと」

女「チキンとキャベツのパスタで」

店員「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」

女「私、ウーロン茶」

男「じゃあウーロン茶2つお願いします」

店員「ありがとうございます。失礼いたします」




店員「ごゆっくりどうぞ」

パスタを置いて、店員さんは奥へ引っ込んで行った。

女「いただきまーす」

男「いただきます」

女「あ、そっちの一口ちょうだい」

男「いいよ、はい」

女「わーい。ん、美味しいね。私のもあげるよ」

男「ほいほいありがと…あ、美味しい」

女「こちらこそ。ね、この後どうする?」

男「行きたいとこある?」

女「イルミネーションの場所によるよね」

男「駅前のと、あと湖のかなぁ」

女「湖のだけでお腹いっぱいじゃない?」

男「んー確かに…まぁ駅前のは前を通るぐらいでいいかもね」

女「ね。そしたら服を見に行きたいな。男は?」

男「んー…特には。本屋に少し行きたいかも」

女「じゃあ本屋さん行ってから服見に行こ」

男「先でいいのに」

女「私も行きたかったから」

男「そっか、ありがと」




男「ごちそうさまでーす」

女「ごちそうさまでした」

店員「ありがとうございました。またお越しください」

店のドアを開けて外へ出る。

女「ひゃー…さっむいね…」

男「ね」

女「えいっ」

男「なんでひっつくの?」

女「あったかいでしょ?」

男「そりゃ…まぁ…」

女「じゃあいいじゃん」

男「うーん…本屋までなら」




5分ほど歩いて、私はまた男に訊いた。

女「ね、こうしてたら私たちカップルに見えるかな?」

男「見えるも何も自分から公言してるようなもんだよ、これじゃ」

女「ほんと?」

男「男の腕に女性が抱きついてる2人組がいたらそう思うでしょ?」

女「確かに…うん、そうかもね…。嫌だった?」

男「嫌っていうか…あー、その……」

女「あ、本屋さん着いちゃった。ありがと、あったかかったよ」

男「あ、あぁ…うん…」




女「あ、これ読んでみたかったんだ。買ってもいい?」

男「いいけど…なんで訊くの?」

女「なんとなく、かなぁ。ちょっと訊いてみたかったの」

男「買えってこと?」

女「まさか。それならもっと分かるようにおねだりするよ」

男「へぇ…例えば?」

女「ね…この本ほしいんだけど…ってなにさせんのよ」

男「あはは、ごめんごめん」

女「もう。男は読みたい本とかあった?」

男「残念ながら」

女「なんだ。読みたい本があるから行きたいって言ってるのかと思ったよ」

男「別にそうじゃないんだけどさ、好きなんだよね。この雰囲気」

女「なんか分かるかも。いいよね」

男「うん。他には大丈夫?」

女「大丈夫だと思う。お会計してきちゃうね」




女「お待たせ。行こっか」

男「うん。行くのってどこ?」

女「とりあえず駅ビルの中かな」

男「はいよ……手、繋ぐ?」

女「どうしたの?」

男「寒いかなって…。嫌ならいいよ」

女「繋ぐに決まってるじゃん。えへへ」

ニヤニヤしながら男の手を握る。

男「うわぁ…これ、思ってたより恥ずかしいね」

女「誰もそんなに見てないって」

男「それは分かってるけど」

女「それにすぐ着くよ?」

男「そうだけどさぁ…」

女「自分から手を繋ごうって言って照れるの、自虐的だよね。そういう趣味?」

男「そんなわけ」




男「何階?」

女「下から見て行きたいから3でお願い」

男「ん。で、いつまで繋いでるの?これ」

女「恥ずかしいの?誰もいないエレベーターの中なのに」

男「今は恥ずかしくないけど…ほら着いた」

女「離そうか?」

男「……いや、このまま行こう」

女「ほんと?」

男「毒を食らわば、って言うしね」

女「あ、そうやって人のこと毒扱いするんだ?」

男「例えだよ例え。どっち?」

女「こっち」




男「ん、これ似合うんじゃない?」

女「あ、可愛い。買っちゃおうかな」

男「ご自由に。でも、他にもお店あるよ?」

女「こういうのは感覚だからなぁ…。そういうことあるでしょ?」

男「ないとは言わないけど…」

女「それに前から、こんなのほしいなぁって思ってたんだ。だから買うね」

男「ふぅん…。この後イルミネーションを見に行くって忘れてない?」

女「忘れてないけど?」

男「ならいいんだけど。あんまり荷物増やさないでね」

女「なんだ。それなら安心して。これ以外には買わないから」

男「そう。他は見てく?」

女「一応見たいかな。ざっと見るって感じで。あ、お会計して来ちゃうね?」

男「ん。先に上行ってるよ?」

女「分かるとこにいてね?」

男「レジの辺りで」

女「りょーかい」




女「はぁ…ちょっと疲れちゃった」

男「確かにね」

女「この上にカフェあるから寄って行かない?」

男「賛成。あれ、もしかして下から見たのって」

女「ありゃ、ばれちゃった」

男「いいと思うよ」

女「えへへ。行こ」




男「ここ、抹茶専門なの?」

女「専門、とまでは…。でも充実してるよね。そっちが抹茶以外のやつだよ」

男「ん、ありがと…」

女「悩んでるね?」

男「いろいろあるからね。もう決まったの?」

女「一応」

男「どれにする?」

女「宇治抹茶パフェと抹茶ラテ」

男「じゃあそれにしよ」

女「いいの?他にもあるよ?」

男「決め切らないからさ、それに同じのにしたら間違いないかなって」

女「好みとかあるじゃん?」

男「割と似通ってるから大丈夫だよ。すいませーん」

店員「はい、ただいまお伺いしまーす」




男「美味しかった…また来ようかな」

女「そんなに気に入ったの?」

男「結構ね。甘すぎなくていい感じだったし」

女「良かった。ちょうど暗くなってきたし行こうか?」

男「うん。あ、そうだ」

女「何か思い出した?」

男「手」

女「あ…バカ…」

男「繋がないの?」

女「繋ぐ…」

男「あったかいね」

女「ん…」

男「どうかした?」

女「さっきはあんなに恥ずかしがってたのに」

男「抹茶を食べたから心変わりしたのかも」

女「なにそれ」

男「さあ?まあいいじゃん。あったかいし」

女「そうね…うん、あったかい……」




男「うわぁ…さすがガイドブックに載るだけあって綺麗だね」

街から少し離れた湖。

毎年恒例で、話題になってるらしい。

女「そうなの?」

男「らしいよ。それにしてもなんて言うか…」

女「クリスマス感がすごいよね」

男「そのためなんだけどね」

女「そうだけどさ…」

私はそのまま黙ってしまった。

沈黙。遠くの街の音が微かに聞こえる。

しばらくして、男が口を開いた。



男「彼氏と来たかった?」

女「……かも。そもそも彼氏なんていないけど。男はどうなの?」

男「同じかなぁ…彼女いないけど」

女「あはは。でもさ、元々そういう話だったじゃん」

男「まあね。どっちかに恋人ができたらおしまい。結局できなかったけど。どうだった?」

女「どうだったって?」

男「この2ヶ月と少しの生活」

女「悪くなかったと思うよ。男は優しかったし、割と好みだったから。寂しい時に簡単に穴を埋められたし、言うことはないよ」

男「そっか、良かった。僕も同じ感想だよ」

女「えへへ。なんか嬉しいな。ね、丘のとこ行かない?」

男「あ、良いね。行こ行こ」




女「わぁ…」

丘へ続く階段を登りきり、お待ちかねの光景に思わず声が漏れた。

男「間近で見るのも良いけど、こうしてみると壮観だね」

女「ほんと…。ね、ちょっと寒いんだけどさ…?」

男「あ、ちょうど良いや。これ、気に入るか分からないけど…」

女「なにこれ?」

男「開けてみて」

女「うん……あ、マフラー。どうして?」

男「誕生日になにも渡せなかったから…さっき買ったんだ」

女「さっき?」

男「女が服を買ってる時」

女「あ、だから先に上に行ったんだ。うん、あったかい……ありがとね」

男「着けてもらえて良かったよ」

女「あはは。でもさ…まだ手が寒いんだよね?」

男「手袋の方が良かった?」

女「分かってるくせに。いじわる」

男「ごめんって。つい」



とか言いながら手を繋いでくれた。

なんだかんだ優しいなぁ、なんて思った。

そうだな…やっぱり……。

煌々と輝くイルミネーションを見て、深呼吸。

空を見上げると、イルミネーションにも負けない夜空があった。

なんとなく、見とれてしまった。

前を向いて覚悟を決める。

大きく息を吸って切り出した。

女「ね、いつまでこの関係って続けるの?」

男「いつまでって?」

女「あのね、私、考えたんだけど……もうやめにしたいの」

男「…は?」

月の光とイルミネーションで僅かに見える男の表情が強張るのが分かった。




女「昨日さ、カップを壊したくなるって話をしたの覚えてる?」

男「うん」

女「あれね、本当はカップじゃなくてね、その…」

言いよどんでしまう。

決心したはずなのに。

弱いなぁ、なんて思って泣きそうになる。

女「……男との関係なの」

男「…ごめん、どういうこと?」

女「なんていうのかな…ほら…、男は優しいじゃん。それに甘えちゃう自分が嫌だったり、なんとなく後ろめたくて逃げ出したくなったり、そういう風に思うことがあるの。それで、そうやって男との関係を壊すぐらいなら、いっそって…」

男「よく分からないけど、自分がもう助からないって知って、苦しむ前に死のうとする、みたいな?」

女「多分、そんな感じ。それでね、壊したいなって、でも男とは離れたくないなってずっと思ってて、それでどうにかしなきゃって思ったの」



男「でも、なんでこんな急に?」

女「私ね、とっても弱いんだ。だから、何か区切りがないと何もできないの。イルミネーションを見ながらだったら言えるかもって思って…。理由らしい理由もないんだ」

男「…まぁ、だいたい分かったよ。それで?」

女「それでって?」

男「やめるの?この関係」

女「やめたくは…ない…。けど、このままだと、どんどん男に依存しちゃうし、そのくせそれが嫌になって逃げ出して、男との関係を壊すぐらいなら……もういっそ、ここで終わらせたい。……ごめんね?自分勝手で」

男「んー…」



男はそのまま黙ってしまった。

怒っただろうか。

それとも呆れただろうか。

分からない。

何も。

私は、男のことを何も知らなかった。

それに気がつくと、涙が出てきた。

男「ちょっ…どうしたの?」

声が漏れたのだろうか。

男がこちらに気がついて、声をかけてきた。

女「ううん、なんでもないの…なんでもないから…」

男「なんでもなくないって、ほら」

必死で取り繕う私にそう言って、抱きしめてくれた。

遠くで、何かが崩れる音がした。




男「落ち着いた?」

女「うん…ごめんね……」

男「ん、いいよ。星見てくるからさ、落ち着いたらおいでよ」

女「…行かないで」

男「いいけど…」

女「ん…」

男「なんでひっつくの?」

女「寒い…」

男は何も言わなかった。

沈黙。

やっぱり、怒ったんだろうか。



女「ね、男」

男「なに?」

女「やっぱり怒った?」

男「どうして?」

女「勝手なことばっかり言ったから、それで怒ったかなって…」

男「怒らないよ?」

女「よかった…ありがと」

男「どういたしまして」

女「あのさ…、私、考えたんだけど」

男「さっきの話?」

女「うん。やっぱり…やめよう?」

男「んー…その前に一つ質問いい?」

女「…なに?」

男「この関係ってさ、最初に女が寂しいって言って始まったじゃん。あの時に好きだった人のことって今も好き?」

女「ん…分かんない」

男「じゃあ、今好きなのは?」

女「……バカ」

男「光栄だね。それで、答えは?」

女「今は…男……かもしんない」

男「よかった」



女「何が?」

男「だったら、やめる必要はないよ」

女「どうして?私は、男との関係をいつか壊すから、そうなる前に終わらせようって言ってるじゃん?」

男「壊さなければいいだけだよ。女が何をしても許して、どこまでも付き合えばいい。違う?」

女「それは……でも………」

男「でも?」

女「だって…そんなの男にメリットがないよ。一方的に私の都合で振り回して、付き合わせるなんて…」

男「それでいいじゃん」

女「それに、どうしてそんなに言ってくれるの…?」



男「女が好きだから」

女「は…?」

男「知らなかった?」

女「ぜんぜん。いつから?」

男「半年ぐらい前」

女「え…待って。ってことは、私の恋愛相談に乗ってくれてた時も、私が寂しいって言った時も、私のことが好きだったの?」

男「んー…そうなるね」

女「男が私のことを好きだって知ってたら何も言わなかったのに…」

男「どうして?」

女「だって…そんなの辛いだけだから…。好きな人の、自分に向くことはない恋愛の話も、寂しいからって寄りかかる相手にされるのも…本当にごめんなさい……」

男「やだなぁ、謝らないでよ」

女「なんで…?」



男「したくてしたことだから。話を聞くのも、こんな関係の相手になったのも」

女「でも…」

男「少なくとも、辛くはなかったよ。好きな相手と一緒にいられたわけだし、むしろ喜んでるぐらいだし。ていうか、なんで好きだって知ってたら寄りかかる相手にしなかったの?」

女「男が辛いだろうからっていうのと…その……」

男「その…?」

女「あー…ううん、これは言わないでおく」

男「どうして?」

女「自分でも引くぐらいの発言だなって思ったから」

男「いいよ。今さら引く余地もないって」

女「ほんとに…?」

男「ほんとのほんと」



女「じゃあ…うん、その……お互いに気持ちがなければ割り切れるかなって…」

男「あー確かに。一理あるね」

女「引いた?」

男「ううん。その通りだなって」

女「よかった…って言っていいのか分からないけど」

男「いいと思うよ」

女「ありがと…」

男「うん。それで、どうする?」

女「この関係?」

男「そう。やめる?」



女「やめる前に、二つ言いたいことがあるんだけど、良い?」

男「いいよ」



女「じゃあ、一つめね…。あー……私のこと好き?」

男「それはもう」

女「私が依存して、どうしようもなくなっても?」

男「どうなっても」

女「じゃあ…私と付き合ってくれる?」

男「…喜んで」



女「あはは、なんか照れるね、これ。ありがとう」

男「こちらこそ。それで、もう一個は?」

女「期待してよ?」

男「期待?」

女「うん、すっごいの」

男「分かった」






女「ごめんねって…それだけ」

男「そっか」



これにて。お付き合いありがとうございました。

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