※ 最終章のキャラ紹介ミスを見て、いきおいで書きました。
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八百万 (やおよろず) の神、あるいは、付喪神 (つくもがみ)、なんて言葉があるように、日本には昔から 「 あらゆる物に神が宿る 」 という価値観がある。
お米には88人の神様が宿るなんて言うし、トイレには烏枢沙摩明王 (うすさまみょうおう) って神様がいるらしいし、乳授姫大神 (ちちさずけひめのおおかみ) って御祭神を真面目に祀ったおっぱい神社が本当にあったりする。
つまりだね。
あらゆる物に神様が宿っていいなら、こう考えてもいいわけだ。
「 学園艦にも神様が宿る 」
はい、そうです。
私が茨城県立大洗女子学園艦の神様です。
はいそこ、嫌な顔しない。
そりゃ 「 あたしゃ神様だよ 」 とか言うヤツ、胡散臭いだろうけどさ。
お前さん、どうせ布団の中でスマホいじくっているだけなんだろう?
寝ちゃうと明日が来ちゃうから、惰性で起きているんだろう?
だったらさ、その無為な時間を私にくれないか?
それで、ちょっとだけ私の話を聞いてほしい。
別にご高説を垂れ流そうとかは思っていないからさ。
私の話は、この学園艦で暮らす少女達の、ちょっと笑えるエピソードってやつだよ。
他愛ない世間話ってやつさ。
本当に他愛なさ過ぎて、そのうち眠くなること請け合いだ。 たぶん。
だからほら、お前さんのその、寝る前のひと時を私に投資してみないか?
おぉ、ありがとう。 話に付き合ってくれるのか。
じゃあ、そうやって布団被ったままでいいからさ、しばらく私にお付き合いくださいよ。
えー、こほん。
それでは、大洗女子学園艦による晩秋の夜話、はじまりはじまりだ。
猿も木から落ちる、弘法も筆の誤り、なんて言葉があるだろう?
名人だって失敗するって意味の諺なんだけども。
ここで、失敗知らずの名人、いや、天才とでも言っておこうか。
お前さん、大洗女子学園の中で 「 天才 」 と言ったら誰を思い浮かべる?
そうだね。 冷泉麻子だよ。
頭脳明晰で冷静沈着、大体のことは見ただけで理解出来るハイスペック少女だな。
初見殺しな難題も、9割方は初見でクリア出来てしまうという、「 初見殺し殺し 」 な天才少女だ。
そんな冷泉麻子がやらかした。
猿が木から落ちて、弘法も筆を誤ったってワケだ。
ふふふ、気になるだろう?
まずはそんな天才少女の、ささやかな失敗談から始めるとするよ。
天高く、馬肥ゆる秋。
大洗女子学園 高等部の生徒会が、あと数日で新役員に代替わりするってタイミングだな。
いやぁ、いきなり脇道逸れるけどさ、この新役員決めについてもイロイロ面白いことがあったんだよ。
バレー大臣とか、ローマ皇帝とか、ひょっとしたら風紀委員の独裁政権とかが生まれていたかもしれないっていうね。
まぁそれは、気になるならググってもらうとして、今は冷泉麻子の話だよ。
紆余曲折あって、新しい生徒会三役は次のように決まったんだ。
生徒会長 : 五十鈴華
副会長 : 秋山優花里
広報 : 武部沙織
この人選はね、「 西住みほには隊長職に専念してほしい 」 という、旧生徒会三役の思惑が絡んだ結果なんだけどさ。
それはまぁ今は横に置いとくとして、お前さん、この結果を見て 「 あれ、冷泉麻子は? 」 って思わないか?
そうだよ。
あんこうチームの中で、冷泉麻子だけが何も役を背負っていないんだ。
寝坊助でグウタラな冷泉麻子の性格は、お前さんも知っての通りだな。
だから、彼女も彼女で 「 面倒くさい仕事を背負わずに済んだ 」 って喜んでいたんだけれどもね。
そこはほら、これまで艱難辛苦を乗り越えてきたあんこうチームの仲間ってヤツだよ。
冷泉麻子は、口では無職を喜んでいても、実際には仲間の仕事をフォローする優しい娘なワケだ。
それで、だよ。
ここに、生徒会の引継ぎ作業でテンテコ舞いな3人がいて、いよいよチームの新編成を考える時期に来てしまった苦悩中の西住みほがいる。
あんこうチームのメンバーのうち、冷泉麻子以外の全員が四苦八苦している状況だね。
そんな、冷泉麻子以外は右往左往しているあんこうチームに、一通の封筒が届いたところから、話は面白い方向へと転がっていくんだな。
沙織 「 全国戦車道大会 優勝記念杯 実行委員会設立……のお知らせ? 」
優花里 「 ええ、差出人は戦車道連盟ですね 」
沙織 「 全国……って……え? 私達が優勝した試合のこと? やだ! またなんか廃校とか言われるの!? 」
優花里 「 はは、違いますよ。 全国戦車道大会優勝記念杯です。 その全国戦車道大会 優勝校の地元で行われる記念試合のことでありますよ 」
沙織 「 そうなの? よかったぁ 」
華 「 いまだに全国大会って聞くと身構えてしまいますね。 沙織さんの気持ちもわかります 」
沙織 「 で、その記念試合とやらはいつやるの? 」
優花里 「 12月ですね。 なお、対戦カードを決める抽選会は11月中旬のようです 」
沙織 「 ふーん。 まぁ今度は別に負けたって廃校にならないんでしょ? だったら楽しく試合に参加できるね! 」
華 「 そうなんですけど、ちょっと待ってください。 ……えーと優花里さん……これはひょっとして……」
優花里 「 そうです。 その試合を企画運営するための実行委員会に入れ、というお達しです 」
沙織 「 えっ、まさか……優勝校の地元開催ってことは……その段取り、私達で取り仕切るの? 」
優花里 「 そういうことなんでしょうね。 だから実行委員会に入れ、と 」
華 「 おそろしい仕事量になりそうですねぇ 」
沙織 「 わーん! 生徒会の引継ぎ作業だけで手一杯なのにー!! 」
優花里 「 まぁ、大部分の仕事は戦車道連盟が請け負ってくれるでしょうから、我々はそれ以外の部分を担えば…… 」
華 「 それ以外といいますと? 」
優花里 「 まず、選手も観客も膨大な人数が来るでしょうから、ボランティアを募って臨時スタッフを各所へ配置しなければなりません。 それと、他の学園艦が無理なく停泊できるように港湾設備を補強しなければなりませんね。 あと、これだけの大事ですからおエラ方もたくさん来るでしょう。 その対応も考えなければなりませんし、地元PRのビッグチャンスになりますから役場と商工会に言って連携を図る必要があります。 他にも… 」
沙織 「 やだもーー!! 」
ということで、新生徒会三役はただでさえ生徒数1万8千人を導く生徒会の仕事を覚えなくちゃいけないのに、同時並行で巨大なイベントも取り仕切ることになったんだよ。
そして、チームの新編成がなかなか決まらない西住みほにとっては、これで試合日が決まったので、いよいよ後が無くなってしまった。
というか、西住みほは全国大会優勝の常連校、黒森峰女学園にいたので、優勝記念杯のことはすでに知っていたんだね。
だから、チーム内の誰よりも早く、新編成について苦悩し始めた。
優勝記念杯と名が付く以上、大洗女子学園は優勝校として恥ずかしい試合が出来ないからさ。
先の全国大会で優勝した時の編成で出場すれば、そんなに難しい話じゃないのかもしれないけれど。
でもその旧編成で出場するのは難しい、ときたもんだから、西住みほは苦悩していたんだよ。
大洗の戦車道チームメンバーは全員で32名いる。
そのうち、3年生は8名いる。
西住みほは、可能であればこの3年生達を除いた 1、2年生達だけでチームを組みたい、と思っていたんだね。
なんせ、この優勝記念杯は来年度のチーム編成を決める試金石になる。
……いや、来年度だけの話じゃないな。
来年度の編成が決まれば、それは再来年度の編成に影響を及ぼすから、つまりは西住みほらがいなくなった後の大洗女子学園に影響が及ぶワケだ。
そう考えれば、なおさら1、2年生だけでチームを組んで、来年度へ向けての参考材料にするべきなんだよ。
それにもう、3年生達は就職あるいは進学の準備を始めているので、そんな大事な時期に 「 練習に出てくれ 」 「 試合に出てくれ 」 とは言い出しにくいのだ。
しかし、1、2年生だけで編成を組もうとすると、動かせない戦車が出てきてしまう。
ただでさえ車輛数が少ないのに、さらに少なってしまうワケだ。
まぁ、3年生を抜くんだから当たり前の話ではあるんだけどもさ。
だからそんなハード面での問題を、西住みほは苦悩したりしない。 それしきのことは戦術でカバーできるから。
じゃあ、西住みほが何に気を病んでいるのかというと、ソフト面の問題だったんだよ。
つまり、結構な数のメンバーに、愛機の鞍替えをお願いしなければならなかった。
「 ここまで苦楽を共にした戦車を乗り換えろ 」 と、隊長命令で言わなきゃならないのさ。
当然、ポジションチェンジだって起こるだろう。
特に、車長、砲手、操縦手に異動するメンバーは大変だ。 兼任で通信手や装填手をやらなきゃいけないメンバーはもっと大変だ。
チームの練度、士気ともに下がることは覚悟しなくちゃいけない。
そうした数々のハードルを乗り越えた上で、新編成チームで優勝記念杯を勝ち上がりたいワケだ。
ははっ、そんな無理ゲーをクリア出来る新編成チームって、どんな編成だろう?
それで、どんな作戦を考えれば良いと思う? どんな練習をすれば良いかね?
西住みほの頭の中は、そうやって出口の見つからない問いが、ずっとリフレインしていたんだよ。
いつもならこういう時、あんこうチームの誰かしらが助け舟を出すところなんだろうけどさ。
さっきも言ったとおり、あんこうチームのメンバーだって ( 冷泉麻子以外は ) 頭が煮える日々を送らなくちゃいけないもんだから、
西住みほは孤立無援な状態で、さらにチームメイトに向かって非道な言葉を掛けなきゃいけない状況に追い込まれていたんだな。
泣きっ面に蜂ってやつなんだろうさ。
そして、蜂は一匹とは限らないのが、人生なんだなぁ。
華 「 ……ん? 封筒にまだ何か入っています。 えーと……懇親会の参加申し込み用紙? 」
これぞ二匹目の蜂。
入っていたのは、懇親会開催のお知らせと、懇親会参加者のプロフィールを書き込む用紙だった。
優花里 「 案内文を読みますと、どうも試合後に参加選手らの親睦を深めるための懇親会が開かれるそうです 」
沙織 「 ホント!? カッコいい男の子も来るの!? 」
華 「 ……ええ、きっと来るんじゃないでしょうか 」
沙織 「 やったぁ! ワタシ頑張っちゃうよ! 」
優花里 ( えっと、戦車道は女性の競技ですから、男性は来ないんじゃ…… )ボソッ
華 ( 沙織さんに元気よく働いてもらうためです )ニッコリ
優花里 ( なるほど、さすが五十鈴殿であります……)
沙織 「 で、この懇親会参加者のプロフィールを書き込む用紙って、何? 」
華 「 えーと……書き込んだプロフィール用紙は事前に各校へ配られるそうで、これがあれば懇親会で他校の選手に話しかけやすくなるだろう……とのことです 」
優花里 「 プロフィール記入欄に、参加者の特技や好きな花などの項目があるのは、そういう意図なんですね 」
沙織 「 なるほど! お見合いパーティーのプロフィールカードと同じだね! ってことは、気合入れて書く必要があるね!! 」フンス
華 「 ええ、そうですね 」ニッコリ
優花里 ( 武部殿……お見合いパーティーに参加したことがあるんですかねぇ……? )
華 「 では、この懇親会絡みの仕事については、沙織さんにお任せしてよろしいですか? 」
沙織 「 まかせといて! 」
華 「 ちなみに、プロフィールは自分の分だけじゃなくて、チーム全員分を書くのは理解していますよね? 」
沙織 「 え゛っ 」
優花里 「 そうですよ武部殿。 懇親会はチームメンバー全員で参加するんですから 」
沙織 「 あんこうチームの皆はともかく、他のコ達の詳しいプロフィールなんて知らないよぅ…… 」
華 「 それを調べて、適切な形でアウトプットするのが広報のお仕事ですよ 」
沙織 「 う゛っ……ただでさえお仕事山盛りなのに、余計な仕事増やしちゃったよ…… 」
さてさて、先程から新生徒会三役の話しかしていないけれど、別に冷泉麻子がこの場に居なかったワケじゃあないんだ。
生徒会室でうなだれる武部沙織と、苦笑いの五十鈴、秋山の両名を、冷泉麻子は生徒会室のソファーに寝そべりながら、眠そうな目で見ていた。
そして、あれでも仲間想いな冷泉麻子は、仲間達の泣きっ面にブンブン飛び回る蜂を、せめて一匹ぐらいは退治してやろうと考えたんだな。
麻子 「 ……おい、沙織 」
沙織 「 うぅ……なによ麻子 」
麻子 「 そのプロフィール欄を埋める雑用、私が請け負ってやる 」
沙織 「 ホント!? あ、でも生徒会の役員じゃないコに仕事やらせていいのかな? 」
麻子 「 戦車道に関係のある仕事なら、それは半分以上は戦車道チームとしての仕事になるんだろうから、私がやっても問題あるまい 」
華 「 そうですね 」
麻子 「 広報には他に仕事が山積みだろう。 だからそれは私に任せて、お前は自分の仕事をしろ 」
沙織 「 麻子、ココロの友よ……! 」
麻子 「 ざっとシミュレートしたけど、お前、これからずっと休み無しで働かないと、終わらない仕事量を抱えているからな? 」
沙織 「 やだもーーー!! 」
そんなこんなで、冷泉麻子にしては珍しく、他者のプライバシーに踏み込む仕事を請け負うことにしたんだよ。
それは彼女にとって、あんこうチームの仲間を想う心遣いであったのだろうし、仕事の難度として大したことないと思った結果だったのだろうし、
麻子 ( これを機会に、他のチームメンバーともう少し距離を縮めてもいいかもしれん……)
なんて殊勝なことを考えたからかもしれない。
そりゃ、五十鈴・秋山・武部の3人が生徒会で忙殺されるとなると、これから西住みほを間近でフォローする役目は、冷泉麻子にもたくさん巡ってくるだろうからね。
面倒くさくはあるけれど、冷泉麻子はそれでも西住みほを助けたいし、新生徒会三役の力にもなりたい。
そのためには、今以上にチームメイトとの繋がりを太くしておくべきだと思ったのかもしれないな。
ついでに言えば、冷泉麻子は自分で思う以上に、大洗女子学園の戦車道チームが好きになっていたのかもしれないよ。
ともあれ、冷泉麻子は懇親会参加者のプロフィールを書き込む用紙を預かって、学校の図書室に向かった。
ひとり静かなところで作業したかったんだろうさ。
麻子 「 さてと、じゃあ埋められるところから埋めるとするか 」
冷泉麻子が取り掛かろうとしたのは、すでに彼女が把握している項目を先にやっつけちゃおう、ということだった。
さすがに、好きな花とか特技とかの項目は全部埋められないけれど、乗っている戦車やポジションといった項目なら埋められる。
それで、埋められない項目については、明日の訓練終了後のミーティングの時にでも、まとめて皆に聞けばいい。 それでこの雑用はお終い。
いやぁ、さすが天才少女。 仕事が早くて正確だ。
そう。
あとはこれで、ちゃんと起きていられたらね。
「 冷泉麻子は朝に弱い 」 という現象は、重力によってリンゴが上から下に落ちるのと同じくらい当たり前の自然の摂理であるのは言うまでもないな。
つまり、冷泉麻子は午前がダメダメで、午後から調子が出始める人間なんだ。
彼女が図書室に入った時刻は、16時ちょっと前。
彼女にとっては、ここからがエンジンの掛かり始める時間だ。 眠気なんて襲ってこようはずはない。
麻子 「 えーと、最初は西住さん。 2年生。 戦車はⅣ号H型。 ポジションは車長。 趣味は……あのボコとかいうやつだな。 あとで確認するとして一応書いておくか 」
ここまで言ったのだから、彼女がいつものコンディションではないと分かっただろう?
そうなんだよ。 この日の冷泉麻子は、普段より輪をかけて寝不足だったんだな。
だから、睡魔のヤツは、この時間になっても元気に冷泉麻子を襲うワケだ。
麻子 「 ……続いて、磯辺さんか。 2年生で、戦車は八九式中戦車の甲型。 ポジションは……ふわぁ……車長で……特技はバレーか 」
でも以前に比べれば、これでも睡魔への耐性は上がった冷泉麻子だよ。
睡眠欲を抑えてでも為し遂げるべきことが、これまでの戦いの中でたくさんあったからね。 睡魔と戦うことに慣れたのかもしれない。
だからこの時も、冷泉麻子は眠い目をこすりながら、自分に課した仕事を頑張ってこなそうとしたのだ。
麻子 「 ………ウサギさんチームの、大野さん、1年生、と。 戦車はM3中戦車リーで……ふわぁ~……あー……副砲の砲手。 好きな花は……あれ、どこかでパンジーだとか聞いたことあるな。 これも後で確認か…… 」
前日の晩、彼女は睡眠時間を削られてしまった。
なんでだと思う?
麻子 「 ……で、次はー……そど子か……3年生、で……ルノーB1bisの、車長、だな………あー、あいつ……卒業しちゃうじゃん……カモさんの、頭……無くなっちゃう……じゃん…… 」コクリ
原因はね、西住みほの誕生日だったんだよ。
あ、いや、正確には西住みほの誕生日は、1週間ほど前に終わっていたんだけれどね。
じゃあどういうことかというと、なんと西住みほは、昨日まで、誕生日をずっと祝われ続けていたのだ。
約1週間、お誕生日祝われ祭りだったんだよ。
なぜかって? 良く考えてほしい。
生徒数1万8千人、いや、人口3万人の学園艦を救った旗頭の誕生日だぜ?
クラスメイトはもちろん、他クラスの娘も、1年生も、3年生も、果ては大洗の町内会長やら町議さんやらが、お祝いに駆け付けたんだな。
そりゃもう、アイドル並みだよ。
なんでそんな、アイドルみたいな誕生日の祝われ方をされたのか、というとだね。
西住みほにお礼を言い足りない人間が沢山いたってことだよ。
大学選抜戦後、西住みほに言葉で 「 大洗女子学園を救ってくれてありがとう 」 って伝えたけれど、それだけじゃ満足できなかった人達が大勢いたってことだ。
だから、誕生日のお祝いにかこつけて、あらためてお礼を言いに来たんだな。
特に大人は、誕生日プレゼントという名のお礼を持ってさ。
あ、ちなみに旧生徒会三役が事前に告知したおかげで、大人からのプレゼントはすべて戦車道チームへの寄付金という形になりました。
そんなわけで、誕生日だからといって西住みほが大人から何かを受取ったってことは一つも無いよ。
それにしても、結構な数の人間が西住みほの誕生日を祝うために集まったもんだからさ。
旧生徒会役員と新生徒会役員が協力して、そのあたりを上手く捌いたんだよ。
大事な大事な大洗女子学園の救世主様に、何かあったら困るからさ。
じゃあ、西住みほ本人は何もしなかったのかというと、さすがに挨拶の一つもしないってのは体裁が悪いので、一人一人にちゃんとお礼を言うことにしたんだな。
特に大人には、ちゃんと隊長室にお招きして、面談時間を設けたりしてね。
これはそれなりに理由があって、集まった大人達の中には、大洗の商店街の会長さんや、農協の組合長さんなんかもいたんだよ。
で、そういう大洗町内で仕事を持っている人達にとって、2万人弱の生徒数を抱える大洗女子学園は大のお得意様だから、万が一、学園艦が解体されるなんてことになったらエラい話なワケだね。
だから、その万が一を食い止めた西住みほに、大人達はまぁ要するに 「 これからもよろしく 」 と言いたかったワケだ。
でも、あからさまに言うとやらしくなっちゃうし、ただの女子高生に 「 俺たちの仕事を守ってくれ 」 なんて厚顔無恥なことを言うほど、大人としての矜持を忘れられなかったから、今までは遠くから声援を送るしか出来なかったんだな。
一方で、大洗女子学園としては、様々な部分で大洗町からの支援を必要としている。
陸地にある大洗町、そして、学園艦内の飛び地としての大洗町、どちらからもね。
例えば、大洗女子学園内で提供されている学食は、出来うる限り製造コストを抑えなくちゃいけないので、大洗農協にお願いして格安で農産品を卸してもらっているし、Ⅳ号戦車のシュルツェンなんかは大洗町内のプラントで鉄板を加工して作ってもらっている。
また、多くの店で学割サービスを用意してもらっているので、大洗女子の生徒達は少ないこずかいでも青春を謳歌できるのだ。
なにより、戦車道的には大洗町住民の理解が得られないと、満足に練習することも出来ない。
戦車の砲撃音って遠くまで聞こえちゃうから、学園艦内の住民の理解がないと騒音問題になりかねないし、学園艦内での練習は広さ的に限界があるから、満足な練習を求めて陸地の方の大洗町にも厄介にならねばならない。
農業、商業、工業、住民サービス、あらゆる面で大洗女子学園は理解と協力と支援を求めているんだよ。
だから、生徒会三役は大洗町の各方面に頭を下げてきた経緯があるんだけれど、折りしも生徒会役員が代替わりするタイミングだ。
五十鈴華を筆頭とした新生徒会三役は 「 私達の代でもご支援を継続していただけますよう、よろしくお願いします 」 って頭を下げる場を、早々に見つけなきゃいけなかったんだね。
そんな両者の思惑が一致したのが、西住みほの誕生日祝いだった。
大洗の学園艦に関係する大人達は大手を振って西住みほにお礼が言えるし、新生徒会はそのタイミングで支援の継続をお願いできる。
結果、西住みほと新生徒会三役は、連日、面談に次ぐ面談をこなすことになり、なんだかんだ集まってくれた人達をすべて捌き切ったら、1週間くらい経っちゃったワケで。
そして昨日の晩、ようやく落ち着いたので、ささやかながら仲間内で西住みほの誕生日を祝うことが出来たんだな。
武部沙織の部屋で、みんなで料理作ってさ。
ケーキも作って、みんなで食べて、ゲームもして、それで思い出話なんかもしたりしてね。
冷泉麻子にとってはそれが、すっごい楽しかったらしい。
だってほら、その前までは廃校騒動のせいで、誰かの誕生日を祝うにしても心穏やかにはいられなかったし、さらにその前は、冷泉麻子は基本独りだったからねえ。
麻子 「 車長の、いない、カモ……次、は……ツチ、ヤ……さん……レオポン……ポル、シェ…… 」コックリ
どんどん舟を漕ぐ角度が大きくなっていく冷泉麻子。
手元のプロフィール記入用紙には、もはやぐにょんぐにょんに曲がりくねった線がワルツを踊っていた。
辛うじてなんとか文字の体を保っていた部分があったで、暗号解読班と呼ばれる人達が頑張れば、ひょっとしたら次のように読めたかもしれないよ。
“ カモ → ツチヤ ”
麻子 「 ……レオ、ポn……も……3人、そつぎょ……レオp……次……アリkい……3にn…… 」コックリコックリ
ここで遂に、冷泉麻子は机に突っ伏して夢の世界へと旅立ってしまった。
手元には、それでも最後まで書き込まれたプロフィール記入用紙がある。
前半はしっかり書かれているけど、中盤から文字列が斜めになってきて、そして段々とミミズがのたくったような字になり、最後の方はもはや文字なんだか線なんだか図形なんだかわからなくなった、そんなプロフィール記入用紙だ。
その最後の方については、もはや完全に文章ではなくなっていたけれど、暗号解読班がめちゃくちゃ頑張れば、もしかしたら次の様に読めたかもしれないな。
“ ナカジマ、スズキ、ホシノ → いない → レオポン → アリクイ3人 ”
いやぁ、冷泉麻子がここで眠り込まなければ、後にあんな面白いことにはならなかったんだよ。
ほら、言ったでしょ。
冷泉麻子は、初見殺しな難問でも、9割方は初見でクリア出来る天才少女だって。
だから、そのクリア出来ない残りの1割が、今回だったってことだね。
さあ、ここで主人公を交代するよ。
お次の主人公は、大野あやだ。
お前さん、大野あやについて、どのくらい知っている?
んん? よく眼鏡を割る娘? まず服を脱ぎます?
そうだよなぁ。 そんな認識だよなぁ。
よっし、じゃあこの神サマが、お前さんの大野あや観をちょっとだけ磨いてあげよう。
あや 「 あれ? 冷泉先輩? 」
図書室に現れた大野あやが、机に突っ伏して眠りこけている冷泉麻子を見かけたところからシーン再開するよ。
たいして勤勉でもない大野あやが、なぜ図書室へ現れたのか。
それはこの図書室に、架空戦記モノのラノベが何タイトルか置いてあったからだ。
大野あやは、ウサギさんチームの皆と苦楽を分かち合ううちに、趣味のストライクゾーンがちょっと改変されたようでね。
戦争モノの映画や戦記モノの小説なんかも、バッシバッシとストライクゾーンに入るようになったらしい。
だから、大野あやは図書室にあるラノベの続刊を借りに来たってワケだ。
いやー、一昔前は図書室に置いてある娯楽本なんて 「 はだしのゲン 」 くらいだったのに、最近はラノベとかグルメ漫画とかが普通に置いてあったりするから、時の流れを感じるよなぁ。
大野あやが手に持っている本だって、士魂号っていう人型戦車が出てくるゲーム原作のラノベだし。
それ、学徒動員みたいな設定を含んでいるけど大丈夫なんかね? なんというかPTA的にさ。
あっと、話が逸れた。 すまんすまん。 続きを語ろう。
あや 「 なんで図書室で冷泉先輩が寝てるんだろう…? 」
冷泉麻子が普段、寝床としている場所は、最近はもっぱら生徒会室だけれども、その前はだいたいⅣ号戦車の中だった。
あや ( 冷泉先輩、いままで図書室で昼寝ってパターンは無かったはずだよなぁ…… )
1年生に昼寝のパターンを覚えられるほど、冷泉麻子の昼寝はありふれた日常風景になっている。
なもんで、大野あやは、目の前でちょっと体を痙攣させながら惰眠を貪る冷泉麻子に違和感を覚えたんだな。
あ、体を痙攣させながらっていうのはアレだね。
「 そど子がカモさんチームから抜けて動かせなくなったルノーB1bisを見るに見かねて、冷泉麻子がカモさんチームの臨時操縦手を務めることになったんだけど、そしたらそど子がヤキモチを焼いて、消してもらったはずの麻子の遅刻履歴が全件復活した 」
って夢を見ていたからだな。
さて、そんな冷泉麻子が 「 他のチームメンバーともう少し距離を縮めてもいいかもしれん 」 なんて考えるほどだから、冷泉麻子は周囲の人間と少し距離を置いてしまうタイプの娘なんだけどもね。
一方で実はそんな冷泉麻子さん、すでに周りのチームメンバーから結構な人気があって、もっとお近づきになりたいと思っている人達が沢山いるのですな。
だってほら、何やらせても上手いし、物事を教えるの上手だし、誰にも分け隔てなく接するし、ああ見えて仲間想いだし、小さいし、寝顔可愛いし、髪きれいだし。
だけれども、ちょっと取っ付きにくいところがあるので、周りの皆さんは冷泉麻子とフレンドリーに接することが出来ないんだね。
だからさ。
目の前に、その冷泉麻子がいて、しかも眠りこけていて、周りにはひと気が無いっていうこの状況。
お前さんならどうする?
そうだ。
prpr……げふんげふん!
……えー、そう! ガン見するわな、ガン見。 寝顔をさ。
だって普段、そんなこと出来ないもの。 まじまじと顔なんか拝見できないもの。
だから、大野あやもそうしたワケだ。 ここぞとばかりに冷泉麻子の顔を見つめたんだね。
それで気が付いた。
机に突っ伏した冷泉麻子の顔の下に、何かがあるのを。
あや 「 なんだろう……この資料…… 」
何って、そう、プロフィール記入用紙だ。
チームメンバーの個人情報が書き込まれた紙だよ。
あや ( いや、それはわかるんだけど、何でそれを冷泉先輩が、こんな人気の無い図書室で、まるで隠れるかのようにして、チームメイトの個人情報を紙にまとめているんだろう? )
そして大野あやは首を傾げるワケだ。
そりゃそうだわな。
普段、この場所で見かけない人間が、その人間に似つかわしくない作業をしているんだもの。
あや 「 …………… 」
なにか見ちゃいけない物を見ちゃった気がして、あわてて踵を返そうする大野あや。
このあたりから、大野あやの大野あやらしい面白さが発揮されてくるよ。
あや ( ……冷泉先輩……何らかの極秘任務? あるいは、冷泉先輩は……スパイ……!? 私たちの情報を誰かに売る……!? )
ものっそい勢いで心拍数が上がっていく大野あや。
あや ( これはヤバいニオイがする……! 事件? いや、陰謀!? ひょっとしてこれ、また廃艦騒動フラグ…!? 今度の主人公は私!? )
……ほら、大野あやは架空戦記モノのラノベを読んでて、ちょっと中2心に火がついてたんだよ。 高校1年生だけど。
だから、目の前の出来事が必要以上にオオゴトに見えちゃったのかもしれない。
お前さんもやったことあるだろう?
授業中、もしテロリストが教室に乗り込んで来たら……って妄想。
それで私が問題解決して英雄になるよ! っていう思考パターン、お前さんも身に覚えがあるだろう?
だから大野あやも、そんな感じでトラブルに挑みたくなっちゃったのかもしれないな。
大野あやは、いうても高校1年生ですよ。
中2チックなところがあってもしょうがないワケですよ。
それはそれで彼女のチャームポイントってヤツですよ。
麻子 「 うぅ~~ん…… 」ムニャムニャ
で、ちょうどこの時、冷泉麻子は枕代わりにしていた腕が痺れたのか、腕を組みかえたんだな。
そしたら上手い具合にプロフィール記入用紙が脇に退けられて、それが大野あやから丸見えになってしまった。
あや ( 見ちゃいけない! )
と思いつつも、そこで見ちゃうのが大野あやって女の子。
手で目を隠しつつも、指の隙間からしっかりとプロフィール記入用紙を盗み見ちゃうワケだ。
冷泉麻子がいつ起きるかハラハラしながらさ。
あや ( ……あんこうチーム、カメさんチーム、それとアヒルさんチームまでは、当たり障りのないことが書かれている。 カバさんチーム、それから私達ウサギさんチームは……これは寝ぼけながら書いたのかな? 字が斜めになってる )
大野あやって娘はね、決して馬鹿な娘じゃないんだ。
むしろ秀でているところの方が多いくらいだと思うのだけど、この時ばかりはさすがにちょっと、残念なコだったと言いたくなってしまった。
「 寝ぼけながら書いたんじゃないか? 」 ってところまで突き止めたんだから、そのままそういうコトで理解しておけば良かったのにさ。
あや ( ……問題はその後ね。 カモさんチーム、レオポンさんチーム、アリクイさんチーム。 何だろう……線のような図形のような? ……暗号化されている? )
なんて、明後日の方向に推理を働かせちゃった大野あやだった。
まぁ、そこが可愛いところでもある。
さて、そんな残念な子ぶりを見せつける大野あやであったが、彼女には秀でているところもあるのだ。
少なくともウサギさんチームの中では、一番高いと言ってもいい能力。
それはね。
「 検索能力 」 だ。
これだけだと何言っているかわからないだろうから、こう言い直そう。
例えば、何か問題が発生して、その問題を解決させるための方法があったとする。
大野あやは、この問題を解決させる方法を 「 見つけ出す 」 能力値が非常に高いのだ。
どうすれば解決できるのか? その解法を得るためのヒントはあるのか? そのヒントはどうしたら手に入るのか? 自分一人で対応できるのか? できないのならば誰に頼れば良いのか? どうやって頼れば良いのか?
そうやって、問題処理フローを描き出すのが上手いんだよ、彼女はさ。
問題に対する取り組み方や捌き方ってのを、誰に教わるでもなく身に付けているんだな。
ちょっと思い出してほしい。
あの 「 まず服を脱ぎます? 」 のシーン。
M3リーをぶっつけ本番で動かさなければいけない状況で、彼女は携帯を使って、ネットの質問サイトに 「 戦車を動かすにはどうしたらいいか? 」 と投稿した。
結果は回答者に翻弄されただけだったけれど、良く考えてみれば、あの行動は高校1年生にしてはスゴかったと思わないか?
タイムリミットが迫る ( 早く戦車に乗り込んで動かさなければいけない ) 状況で、周りには助けを求められない (あや以外の5人も戦車道初心者だった)。
じゃあ、先輩達に操縦方法を聞くかと言っても、西住みほと秋山優花里以外は全員、戦車に無知。
その西住みほと秋山優花里すらも、自分達のことで精一杯そうだった。
だったら自分で調べるしかない → どうやって? → 携帯がある → ネットでマニュアルでも探す? →
戦車の操縦マニュアルなんて直ぐに見つかる? → 専門性が高そうだから探すの大変そう → じゃあ誰かに聞こう →
質問サイトだ → しかし素人丸出しの質問をするのは腰が引ける → でも迷っている時間はない → 聞いちゃえ!
……っていう脳内問答を経た上で、あの 「 まず服を脱ぎます? 」 のシーンに繋がったとしたら、大野あやって実はスゴイんじゃないかって思わないか?
パッと見、笑いしか取れないシーンだったけれども、「 数分以内に初見で戦車を動せ 」 という難題に対する行動としては、結構パーフェクトに近かったと思わないか?
この一連の行動を取り上げただけでも、仕事をこなすための問題把握力、判断力、決断力、発想力、行動力が見てとれる。
そして、もし仮に、この方法でちゃんと戦車の動かし方を教えてもらえていたのならば、その内容を車長役や操縦手役に正確に伝える必要があったので、他人に仕事を割り振る能力もあったと言える。
大野あやの 「 検索能力 」 は、こうした地の力を束ね合わせた上で発揮されるんだよ。
……そう、お前さんも社会人ならわかるね?
言うまでもなく、これは社会に出てから必須になる能力だ。
だもんで、そんな大人になってから習得するような能力をすでに持ち合わせている彼女は、近い将来、大洗女子学園の隊長となる者を力強くフォローしていくことになる。
ポジション的にはそうだな。
現在の秋山優花里と冷泉麻子を足して2で割ったようなポジションとでも言おうか。
参謀のようなアドバイザー、みたいな。 意外だろう?
それはまぁ、いずれ分かることなので、ここでは割愛するよ。
今は話を先に進めよう。
他人に仕事を割り振る能力があるってことは、自分で仕事を抱え込まないってことでもある。
それは言うなれば 「 自分に出来ないことは、出来る人に頼ろう 」 と思える人間でもある、いうことだな。
あや 「 ………………。 」カシャッ
大野あやは いけないことだと理解しながらも、プロフィール記入用紙に書かれた最後の方の、なんだか暗号化されたような部分を携帯のカメラで撮影して、これを解読できる人に送ろうと思ったのだ。
彼女の中ではもう、これは事件になりつつあるからさ。
マナー違反を犯す価値がある、と考えたのだろうね。
それで自分の勘違いならいいけれど、もし本当に何らかの陰謀が企てられていて、その一端が目の前にあるとしたら、大野あやは黙って見ていられなかったのだ。
だって、もう廃艦騒動は嫌だから。
「 廃艦 」 「 廃校 」 という言葉に敏感になっているのは、なにも生徒会役員だけじゃなかったってことだよ。
あや ( えーっと……送る相手を指定して……送信っと )ピッ
さて、ここで問題です。
この時、大野あやが写メを送った相手は誰でしょう?
え? 澤 梓?
うん、そうだな。 良いセンいってる。 だけど違うんだなぁ。
もし本当にこれが事件だとしたら、大洗の戦車道チーム内にスパイが紛れ込んでいることになるかもしれないだろう?
そしてスパイは、冷泉麻子だけじゃないかもしれない。
澤 梓がスパイの仲間ってことはないだろうけれども、彼女に伝えたら、きっと責任感の強い彼女のことだから 「 黒幕を捕まえよう! 」 とか言い出すかもしれない。
もしくは西住隊長に相談してしまうかもしれない。
今の段階で、そこまで話を大きくしてしまうのは、流石に気が引けたのだ。
では、宛先が澤 梓でない、とすれば誰だろう?
その者は、身元が信頼出来て、かつ、この暗号文めいた文章を解読できる相手だ。
大野あやにとって、それはやはりウサギさんチームの誰かになるのだけれども、残念ながら澤 梓ではなかったのだ。
正解は、丸山紗希だった。
実はこれ、ウサギさんチーム以外のメンバーには知られていないことだったんだが、丸山紗希は、メールでなら結構しゃべる。
そして、ウサギさんチームの中で、最も類推力が秀でている。
類推力とは、要するに 「 あの概念がここでも通用しそうだ 」 とか 「 この技術はあの部分に役立つ 」 などと発想できる力のことだ。
観覧車によるパンジャンドラムアタックも、この力によるところが大きかったと言えるだろうな。
あの時の丸山紗希の奇抜な発想がなかったら、大洗女子学園はあそこで終わっていたかもしれない。
だからそう、類推力があるということは、発想力があるということでもある。
暗号の解読には、暗号キーの手掛かりを探すための発想力と、手掛かりから暗号の意味を推し測る類推力が必要だ。
だから大野あやは、プロフィール記入用紙の暗号化された部分 ( 暗号じゃないが ) の画像を、メールに添付して丸山紗希に送ったんだよ。
震える手を抑えて、送信ボタンを押す大野あやが、どこか楽しそうな顔をしていたのは内緒な。
でな。
このメールは送られたんだよ。
誰に?
丸山紗希じゃない人に。
左衛門佐 「 ん? 」
左衛門佐の携帯が震えた。
開いてみると、そこには送信者不明で 「 ねえ、これ読める? 」 という文字と共に、画像が添付されていた。
左衛門佐 「 なんだこれ? 」
というワケで、お次の主人公は左衛門佐だ。
本名、杉山清美。
カバさんチームの砲手を務めている。
日本史、とりわけ戦国時代に異常に詳しい少女だな。
なんで丸山紗希に届くはずの写メが、左衛門佐に届いちゃったのか。
理由はなんてことない。
大野あやの携帯アドレスに登録されていた名前順が、「 紗希ちゃん 」の次に 「 杉山先輩(左衛門佐) 」 だったからだ。
つまり、大野あやはメールの宛先指定を間違えちゃったんだなぁ。 凡ミスもいいところだよ。
彼女、普変なテンションだったり、手が震えていたりしたからね。 ミスが発生しやすい状況ではあったと言える。
しかもそれで、誤送信したことにしばらく気が付かないのが大野あやクオリティだな。
やはり、残念なコなのかもしれないなぁ。
ところで、左衛門佐の携帯になぜ送信者不明でメールが届いたのか、の説明をしよう。
左衛門佐はその生き様よろしく、あまり文明の利器に頼ろうとはしない。
誰かにメッセージを送る必要がある時は、好んで 文(ふみ) をしたためちゃうような女の子だ。
一応、携帯電話は持っているけれど、あまり使おうとはしない。
だから当然、自分から積極的にアドレス交換したりはしない。
一方で、大野あやは社交的な性格だ。
それに後輩としての立場も、それなりにわきまえている。
戦車道チーム内では率先して雑用をこなさなければいけないと思っているから、誰から何を言われても良いように、チーム内の名簿を見て、メンバー全員のアドレスを登録していたんだね。
つまり、左衛門佐は大野あやのアドレスを登録していなかったんだよ。
だから送信者不明のメールが届いてしまった。
ここで、左衛門佐が気味悪がってメールを削除すればこの話は終わりだったんだけれども、そうはならなかったんだな。
左衛門佐 「 ……暗号文? これは……日本語のようだが…… 」
さて、ここで左衛門佐が持つユニークスキルを紹介しよう。
この少女、昔の日本の書物が普通に読める。
お前さんも高校の頃、古典の授業で散々やっただろう?
ありをりはべり いまそかり ってね。
それを左衛門佐は、訳文が付いていなくても読めるのだ。
というか、原本が読めてしまうのだ。
彼女、たまに大洗町内の本屋に無理を言って、和本を取り寄せてもらったりするほどだからな。
和本っていうのは、明治以前の書写あるいは印刷された資料のことなのだけれども、左衛門佐はそれをデフォルトで読める。
信長公記とか、北条五代記とか、平家物語とか、御伽草子とかが原本で読める。
あの、現代の日本人にはミミズがのたくっている様にしか見えない昔の日本語や漢文を、彼女は読めるのだ。
もうここまで言えばわかるよな。
ミミズがのたくっている線の様な、それでいて図形のような文章が書かれた画像を見て、左衛門佐は読めちゃったんだよ。
こんなふうにさ。
“ カモ → ツチヤ ”
“ ナカジマ、スズキ、ホシノ → いない → レオポン → アリクイ3人 ”
さあ、暗号解読班が現れてしまったぞ。
左衛門佐 「 これはウチのチームのことか? なんだ……? ツチヤさんはカモさんチームじゃないし、レオポンさんチームからアリクイさんチーム? どういう意味だ? 」
カエサル 「 おーい、左衛門佐ー、そろそろ帰るぞー? 」
はい、この場面での準主役、登場。
カエサルこと、鈴木貴子だ。
左衛門佐と同じカバさんチームで、装填手を務めている。
言い忘れていたが、左衛門佐はカエサルと一緒に下校している最中で、ちょうど本屋で立ち読みしているところ、先程のメールを受信したのだ。
二人とも、この本屋の歴史関係書籍はあらかた ( 立ち読みで ) 読み終えていたけれども、それでもちょいちょい新刊が出たり、歴史物の月刊誌というものが出るので、2人はそれを読みに来ていたのだな。
いまこの場で言えば、カエサルだったら 「 地中海世界とローマ帝国 」 という新書を、左衛門佐だったら 「 歴史人 10月号 」 を手に取っていた。
カエサル 「 どうした? 突然、携帯を見つめながら、ザマの戦い直前でスピキオと会談することになったハンニバルみたいな思案顔をして 」
左衛門佐 「 あ、いや、なに、こんな画像が送られてきたものでな 」
そう言って、件の画像を見せる左衛門佐。
そして自分が解読した内容も伝えると、
左衛門佐 「 カエサル、どう思う? なんかツチヤさんとかアリクイさんチームの名前が入っているんだが 」
カエサル 「 どうって、お前これ……誰から送られてきたんだ? 」
左衛門佐 「 それがわからなくてな 」
カエサル 「 送信者のアドレスから推測できないか? 」
左衛門佐 「 えーと、アドレスは……、 p-anzy @ *****.ne.jp だな 」
カエサル 「 ピー、ハイフン、アンジー、アットマーク……、パンジー……? 」
余談だが、大野あやの好きな花は、パンジーだったりする。
カエサル 「 ……とりあえず、ここを出よう。 話はそれからだ 」
左衛門佐 「 お、おう 」
道草を切り上げて、帰途につき直す二人。
カエサルには胸に引っかかる何かがありそうだった。
カエサル 「 ……………。 」
左衛門佐 「 カエサル? 」
カエサル 「 ……左衛門佐、お前、角谷会長のプライベートアドレスを知っているか? 」
左衛門佐 「 え? 会長の? いや知らん。 生徒会長としての業務用アドレスなら知っているが 」
カエサル 「 そうか 」
左衛門佐 「 なんだ? どうして急に会長の……あ、これ、会長の個人アドレスなのか? 」
カエサル 「 いや、私も知らないんだが……アンジーって確か、サンダースの隊長が角谷会長を呼ぶ時に使っていたニックネームじゃなかったか? 」
左衛門佐 「 そういえばそうだな。 じゃあこれ、角谷会長の個人回線から送られてきたってことか? 」
カエサル 「 そうかもしれん 」
左衛門佐 「 “ anzy ” の前にある “ p ” って何だ? 」
カエサル 「 そりゃお前 “ Panzer ” の “ p ” だろうさ 」
左衛門佐 「 なるほど。 ということは、生徒会長としての角谷杏ではなく、戦車道チームとしての角谷杏から送られてきた、ということか 」
カエサル 「 憶測だけどね 」
左衛門佐 「 うむ、そこまではわかった。 して、この暗号の意味はなんだろう? そして、なぜ私に送られてきたのだろうか? 」
カエサル 「 そこなんだが…… 」
ここで一段、声のボリュームを下げたカエサル。
内緒話をするような格好になる二人だった。
さて、せっかくカエサルも現れたのだから、ちょっと彼女についても掘り下げてみよう。
彼女はね、 「 駒を動かすのが上手い 」 のだ。
うん、相変わらず何を言っているのかわからないよな。
だからちょっと具体的に説明する。
カエサルこと鈴木貴子という少女は、暇さえあればずっと考え事をしている。
考え事というか、シミュレーションだ。
さらに詳しく言えば、タクティカル シミュレーションだな。
脳内に盤面を広げ、敵味方を並べて戦わせるのだ。
ここまでだったら、大野あやの中2チックな妄想とあまり大差はない。
カエサルの凄いところはここからなのだ。
脳内に広げる盤面が、すべて史実に基づいた内容だったりするのだ。
いずれもが古代ローマ史に登場する戦いなのだけれども、例えば以下のとおりだな。
ポエニ戦争、カンネーの戦い、マケドニア戦争、ザマの戦い、ユグルタ戦争、スパルタクスの反乱、ファルサロスの戦い、etc……。
こういった戦いにおける兵の運用記録……歩兵、弓兵、騎馬兵などの、部隊単位での戦いの軌跡を、脳内で忠実に再現するのだ。
そうして再現した上で、 自分が指揮官になったつもりで部隊を動かして、史実とは異なった結果を脳内に描き出すのである。
あれ、お前さん、「 なんだか地味でパッとしない能力だなぁ 」 とか思っていないか?
ははは、まぁこういう言い方しちゃうと地味に聞こえちゃうよな。
じゃあ、こう言い直そう。
お前さん、年度末が近づくと、酒の席では何の話題で盛り上がる?
例えば、お前さんの会社の人事異動の話だったりしないか?
何とか支店の○○さんが定年退職で抜けるから、その後釜を△△さんが埋めて、そうするとあのポジションが空くから□□さんが異動して……だとか、
次の新入社員は○名だって話だから、そのうちの△名は新規事業を立ち上げたばかりで人手が足りない□□支店に入るとして、残りの×名は……とかさ。
カエサル こと 鈴木貴子は、こういった人の配置に関する予見を、非常に精度高く行えるのだ。
与えられた盤面を見渡して、目的を果たす上で何がネックになるか、どういった条件が人の配置を制限するか、目標の達成ラインはどこか、勝利条件は何か……等々を抽出し、それらを考慮した上で 「 すべての要件をバランス良く満たすことができる人員配置 」 を見出すことが出来るのだ。
端的に言えば 「 人員配置が上手い 」 ということでもある。
それは、日頃の脳内タクティカルシミュレーションのおかげだろうよ。
カエサルにとって、昔の戦いというのは将棋に似ていて、 「 歩兵がこう動くのだったら騎馬兵はこう 」 とか 「 陣形がこうならば弓兵はこう配置する 」 とか、ある程度のセオリーというものを見出しているんだな。
また、昔の戦いは至ってアナログなので、基本的に 「 数が多い方が攻め押せる 」 という前提条件があるのだ。
つまり、彼女にとって昔の戦いとは 「 ああしたらこうなる 」 という因果関係がハッキリしやすいものなので、後はそこに、自然環境や士気の状態、古参兵が多いのか新兵が多いのか……といった補足要素を加味することによって、史実の戦いを脳内で再現できるようになるのだ。
これが簡単なようで難しい。
将棋で言えば100手先まで読み通せるくらい盤面上の状況を精密に解析して、そこから抽出した全ての要素を考慮材料にしなければならないのだ。
それが出来るレベルに至ったカエサルは、こう思うワケさ。
「 史実では敗けている戦いに勝つには、どうしたら良いか? 」 とね。
そして 「 自分だったらこの部隊をこう動かす 」 という脳内ウォーゲームを組み立てていく。
盤面に存在する条件をすべて読み解く力があるからこそ可能なゲームプレイなのだ。
結果としてカエサルは 「 目的達成するために駒をどう動かしたらいいのか 」 という思考パターンが先鋭化されていった。
ん? ああそうだな。
そんなに駒を動かすことが上手いのならば 「 なぜカエサルが車長をやらないのか 」 と思うだろう?
確かに、盤面上の駒を動かすことならば、カエサルはエルヴィンよりも上手いのだ。
しかし、彼女には戦車の知識が足りなかった。
WWⅡの頃の兵器を近代兵器と言って良いのかわからないが、それでも古代ローマ史に出てくるチャリオットよりかは、遥かに近代だろう。
そんな近代兵器の運用に関しては、エルヴィンに軍配が上がるのだ。
だから、カバさんチームはカエサルがリーダーだが、エルヴィンが車長を務めているんだな。
では、話を戻そう。
カエサル、駒の配置で頭を働かす の巻き。
カエサル 「 まず、暗号の意味を説明する前に、西住隊長が現在、新編成を組むのに悩んでいることは知っているな 」
左衛門佐 「 うむ 」
カエサル 「 この暗号は、その新編成に関する機密情報かもしれない 」
左衛門佐 「 ……なんだと? 」
カエサル 「 左衛門佐が解読した内容はこうだったな 」
“ カモ → ツチヤ ”
“ ナカジマ、スズキ、ホシノ → いない → レオポン → アリクイ3人 ”
左衛門佐 「 ああ 」
カエサル 「 まず、ツチヤさんの名前が出ている方だが、これはカモさんチームに、ツチヤさんが異動することを意味しているのだと思う 」
左衛門佐 「 ほほう、そど子殿が卒業していなくなる穴にツチヤ殿が入る、ということか 」
カエサル 「 そうだ 」
左衛門佐 「 だがちょっと待ってくれ。 ツチヤ殿は操縦手だろう? 操縦手にはすでにゴモヨ殿がいるぞ? 」
カエサル 「 そど子先輩のポジションって、車長 兼 副砲手 兼 装填手 の一人三役だっただろ? 」
左衛門佐 「 ああ、地味に凄いよな、あの人。 それが? 」
カエサル 「 そど子先輩のポジションにパゾ美さん、パゾ美さんのポジションにゴモヨさん、ゴモヨさんのポジションにツチヤさん、ってことだよ 」
左衛門佐 「 えーと…… 」
カエサル 「 パゾ美さんは 砲手 兼 通信手だから、つまり副砲手でもこなせるワケだ。 あとは装填作業を覚えてしまえば、そど子先輩の後を継げる。 車長役については場数踏んで覚えるしかないし 」
左衛門佐 「 ということは、操縦手だったゴモヨ殿が、これから砲手と通信手をやるのか? 」
カエサル 「 彼女らはそど子先輩の風委委員ソウルを最も色濃く受け継いだ者達だからな。 結束力は元々高いから習得は早いハズだ。 だから西住隊長は、カモさんチーム内でポジションチェンジしてもイケると踏んだんじゃないかな? 」
左衛門佐 「 なるほどな 」
カエサル 「 次に、レオポンさんチームとアリクイさんチームの名前が出ている方だけど…… 」
左衛門佐 「 そういうことなら私にもわかったぞ。 これはレオポンさんチームから3年生の3人が抜けてしまって、ツチヤ殿もカモさんチームに異動するから、その後釜をアリクイさんチームの3人が埋める、ということだな? 」
カエサル 「 そう、なんだがな…… 」
左衛門佐 「 なんだ、何か違うのか? まぁポルシェティーガーを3人で動かせるのか、という不安はあるが、アリクイの3人にとって今度は副砲が無いから、ねこにゃー殿が 車長 兼 通信手、ぴよたん殿が 砲手 兼 装填手、ももがー殿が 操縦手 という配置でイケるだろう? 」
カエサル 「 そこなんだよ 」
左衛門佐 「 そこ? どこだ? 」
カエサル 「 左衛門佐、お前、一ヶ所おかしな事を言っているぞ? 」
左衛門佐 「 え? 」
カエサル 「 ぴよたん先輩……3年生だろう 」
左衛門佐 「 ……あ 」
カエサル 「 ぴよたん先輩って自己主張薄いから、忘れがちなのは無理ないけど 」
左衛門佐 「 本人の前では言えん話だなぁ 」
カエサル 「 ともかく、ぴよたん先輩も卒業して抜けるはずなのに、そこをポルシェティーガーに乗れっていうのが解せなくてな 」
左衛門佐 「 ううむ……しかし、この暗号は “ アリクイさんチームの3人をポルシェティーガーに移す ” としか解釈出来ないのだがなぁ 」
カエサル 「 私もだ。 しかも、考えれば考えるほどに、この配置はベストだと思えてきたな 」
左衛門佐 「 これなら三式中戦車が空いてしまうが、代わりにポルシェティーガーを動かすことが出来るしな 」
カエサル 「 火力だけを考えるのであれば八九式中戦車を外すべきなんだろうけど、ここ大洗では “ 火力が足りない = 弱い ” ではないからなぁ 」
左衛門佐 「 そう言われれば、バレー部のみんなも結束は固い。 あの結束の固さからくるチームプレイに、試合中、何度救われたことか 」
カエサル 「 大洗女子の戦力というのは、戦車のスペックに左右されるのではなく、各チームの結束によるところが大きいのだと思うよ。 だからこそ西住隊長は悩んでいるんだろう。 如何に既存のチームを壊さずに編成を組み直すかと 」
左衛門佐 「 この暗号の通りならば、既存チームへの影響は最小限で済むな 」
カエサル 「 しかも、アリクイさんチームは最も後発のチーム。 こう言っちゃ申し訳ないが、愛機に対する思い入れは全チームの中で一番小さい。 だから、愛機を乗り換えることになっても他のチームほどは影響出ないハズだ 」
左衛門佐 「 ツチヤ殿にしたって、操縦そのものが好きだから愛機へのこだわりは小さいようだしな 」
カエサル 「 さらに深読みすれば、この暗号はひょっとしたら、アリクイさんチームを次の自動車部に据える気なのかもしれない 」
左衛門佐 「 そうか! 戦車の修理には並々ならぬ力が必要だし、パーツに関する知識も必要。 アリクイさんチームなら力は言わずもがな、パーツに関する知識はオンラインゲームで下地がある。 不眠作業も徹夜ゲーで慣れてそうだな 」
カエサル 「 そう。 だから、この人員配置はベストなんだよ。 ……ぴよたん先輩を除いてさ 」
左衛門佐 「 なぁ、まさかとは思うんだけど…… 」
カエサル 「 ……まぁ、そういう考えに行き着くよな 」
左衛門佐 「 ……留年……か? 」
カエサル 「 そうだ。 卒業するはずの人の名前が、新編成に組み込まれている意味といったら、それしか思い浮かばない 」
左衛門佐 「 …………… 」
カエサル 「 ……ぴよたん先輩が単位落としたとか、テストで赤点取り続けているとか、不登校気味だとかいう話、聞いた事あるか? 」
左衛門佐 「 ないな 」
カエサル 「 私もない。 というか、戦車道履修者には通常授業の3倍の単位が貰えたり、遅刻を200日見逃してもらえるんだから 」
左衛門佐 「 そうだよなぁ、まさか留年ってことはないよなぁ 」
カエサル 「 だからな? ここからはさらに私の推測なのだが 」
左衛門佐 「 なんだ? 」
カエサル 「 この暗号の送信元が仮に角谷会長で、これが左衛門佐に送られてきた意味ってやつを考えてみたんだけど 」
左衛門佐 「 ほほう、聞こう 」
カエサル 「 あの角谷会長が、意味もなく、ただ写メを送ってきたりすると思うか? 」
左衛門佐 「 チャランポランに見えて、その実、ちゃんと考えている御仁だからな。 意味のない行動はしないだろう 」
カエサル 「 となると、この暗号は解けるかどうかを聞いてきたのではなくて、解ける事を前提にして送られてきた、と考えるべきだろう 」
左衛門佐 「 確かに、事実として私は解けたが…… 」
カエサル 「 そう、角谷会長は左衛門佐なら解けると踏んで暗号を送ったんだ。 そして解けたならば、何かアクションを起こせと言いたいのだと思う 」
左衛門佐 「 この、ぴよたん先輩の配置だけがおかしい新編成案を知って、私に何か行動しろと? 」
カエサル 「 そう、そこだよ。 ぴよたん先輩がおかしいってところに何か鍵があるんだ 」
左衛門佐 「 その鍵で、私は何を開けたらいいのだ? 」
カエサル 「 わからん 」
左衛門佐 「 私は何をしたらいいのだ? 」
カエサル 「 わからん 」
道端で、うんうんと唸る二人。
考えても考えても答えは出ない。
まぁ、出るわきゃないな。
左衛門佐 「 カエサルよ、このまま悩んでいても埒があかん。 もういっそのこと、本人に聞いてしまったらどうだ? 」
カエサル 「 なんて聞くんだよ? ぴよたん先輩、留年に心当たりはありますか、って聞くのか? 」
左衛門佐 「 最悪、それしかないだろう 」
カエサル 「 さすがにそれは、聞く方も聞かされる方も心苦しくないか? 」
左衛門佐 「 それはそうだが、他に方法はあるまい。 それとも何か? お前の占いで行動指針を決めてみるか? 」
カエサル 「 その方法があったか 」
左衛門佐 「 あ、本当にやるんだ 」
ということで、カエサルが用意したのは八卦占いセット。
いつぞや、戦車を探したり、迷子になったウサギさんチームと武部沙織を捜索しようとした時に使ったアレだ。
カエサル 「 えー、じゃあ、棒が左側に倒れたらぴよたん先輩に直接聞く、右側に倒れたら自分達でもうちょい考える、ってことで 」
左衛門佐 「 了解した 」
カエサル 「 ではいくぞ。 当たるも八卦、当たらぬも八卦! 」
(カランッ)
左衛門佐 「 …………… 」
カエサル 「 …………… 」
左衛門佐 「 ………なあ、カエサル 」
カエサル 「 ………なんだ 」
左衛門佐 「 この場合はどうなんだ? 」
棒は、真っ直ぐ手前に倒れていた。
右も左もなく、真ん中を真っ直ぐ手前に。
いたずらな風でも吹いたのかもしれない。
カエサル 「 いやいやいや、よーく見れば微妙に右……いや左側……いや右側か!? 」
左衛門佐 「 どう見ても、見事に真っ直ぐ手前に倒れたぞ? 」
カエサル 「 ぐっ… 」
左衛門佐 「 で、この占いの結果はどうなんだ? 」
カエサル 「 えーと、えーと 」
左衛門佐 「 カエサルの占いも、まあこんなものか 」
カエサル 「 くっ、うるさい! もう1回やるぞ! 」
で、もう1回やったら、またしても真っ直ぐ手前に倒れてきたというね。
いやいや、珍しいこともあるもんだ。
ちなみに、彼女の名誉のために言っておくと、彼女の占いは結構当たる方なのだ。
神様の私が言うんだから間違いない。
え、でも今回外したじゃないかって?
いやいや、今回の占いも当たってたんだって。
だって。
棒が倒れた方向……左衛門佐とカエサルの背後5mくらいのところにさ。
ぴよたん、いたんだから。
愕然な顔してね。
さあ、最後の主人公に話を移そう。
この他愛ない世間話の最後を飾る主人公は、ぴよたんだ。
ぴよたんこと本名は……あー……この場では伏せさせてもらうよ。 大人の事情ってやつだな。
アリクイさんチームの砲手 兼 装填手を務めているが、3年生ゆえに間もなく引退しなければならない。
お前さんも良く知るとおり、彼女は数か月前まで、ただのオンラインゲーム好きの内気な少女だったんだよ。
それが何の運命のいたずらか、大学選抜戦を機に、肉体改造に成功してしまった。
以来、コンスタントに体を鍛えているものだから、現在のぴよたんは内気で健康的という、何かアンバランスな魅力を醸し出すレディーへと変貌している。
健全な肉体には健全な精神がなんとやらで、精神的にも凛とした雰囲気が漂うようになったため、戦車道チーム内で 「 最も大人びている人ランキング 」 をやったら間違いなく一位を獲ること請け合いなぴよたんであった。
さて、なんでぴよたんがココにいたのかというと、その説明をするためには1時間ほど時を巻き戻さねばならない。
あ、いや、これまた全然、大層な理由ではないんだけれどもね。
今日はほら、ファミ通の発売日だったからさ。
彼女も立ち読みに来ていたんだよ。 先ほどの本屋に。
で、その後に左衛門佐とカエサルが入店してきたんだけれど、ぴよたんは立ち読みを中断したくなかったし、なんとなく距離感が図れなかったもんだから、声を掛けなかったんだよ。
向こうも向こうですぐ立ち読みに熱中し出したから、声を掛けられることもなかったし。
で、自分の立ち読みが終わったタイミングで左衛門佐らが店を出たから、ぴよたんも店を出て、ちょうど後ろから付いていく形になったワケだ。
そして相変わらず距離感が測れないまま、いつ声を掛けようか迷っていたら、なぜか自分の名前が話題に出てきた。
「 留年 」 という単語と共にさ。
そして現在に至る、と。
今度は時間を進めよう。
それから約4時間後の、夜9時だ。
ゲーマーにとってはこれからゲームに没頭できるという、アツい時間帯に突入する時刻でもある。
大体いつもなら、ぴよたんもこのくらいの時間帯からPCの電源を入れて、ざっとネットサーフィンした後でオンラインゲームをプレイし始めるのだけど、今日はディスプレイにゲーム画面は映っていなかった。
代わりに映っていたのは、アリクイさんチームの3人だけで構成された、某SNSのグループチャット画面だ。
彼女らはリアルではあまり喋らないけど、ネット空間では良く喋るので、ひょんなことからアリクイさんチームと仲良くなった山郷あゆみが彼女らとSNSで言葉を交わした際、大層おどろいたっていうエピソードがある。
話が脱線するから、そのエピソードは割愛するけどね。
さて、それでは悩めるぴよたんを励ますアリクイさんチームの様子をご覧いただこう。
ももがー 「 おこんばんわナリ~ 」
ねこにゃー 「 2ゲット (^o^)丿 」
ももがー 「 久々に聞いたナリwwww 2ゲットwwww 」
ねこにゃー 「 昔の古き良き文化だにゃー。 というワケで私も参上つかまつった所存 」
ももがー 「 えーと、今日はぴよたんが “ WOTをプレイし始める前にちょっと相談したい ” って言ってたから、とりあえずメッセージを送ってみたけど…… 」
ねこにゃー 「 そうだにゃ。 じゃあ、現場のぴよたんさんを呼んでみましょう。 ぴよたんさーん 」
ぴよたん 「 はいぴよー ('ω')ノ 」
ももがー 「 あ、いた 」
ねこにゃー 「 ぴよたん乙 」
ぴよたん 「 二人とも乙 」
ねこにゃー 「 どしたの、ぴよたん? なんかあったの? 」
ぴよたん 「 何かあったと言えばあったし、何があったのかと言われたらわからないぴよ…… 」
ももがー 「 ??? 」
ねこにゃー 「 哲学かな? 」
ぴよたん 「 えーとね、今日こんなことがあったっちゃ 」
かくかくしかじか。
アリクイさんチームの乗機がポルシェティーガーになるかもしれない、ということを説明するぴよたん。
ねこにゃー 「 ふむ、出所不明なソースながら、よく考えられた話だにゃ 」
ももがー 「 確かにこの話が本当なら、大きな混乱なく新編成に移行できそうナリ 」
ぴよたん 「 私もそう思うぴよ 」
ももがー 「 三式中戦車にしたって、全国大会決勝、大学選抜戦を共に戦い抜いた愛機ではあるけど 」
ねこにゃー 「 私達の場合、ゲームでいろんな戦車を乗り回しているから、戦車道で乗機を代えることになってもそれほど驚かないにゃー 」
ぴよたん 「 ……私もそう思うぴよ 」
ねこにゃー 「 では、ぴよたんは何を思い悩んでいるにゃ? 」
ももがー 「 実はやっぱり三式中戦車にこだわりがあるモモ? 」
ぴよたん 「 ……お二方、何かおかしなところに気付かないっちゃ? 」
ねこにゃー 「 おかしなところ? 」
ももがー 「 えー、なんだろう? 」
ぴよたん 「 ひどいっ! 同じチームの二人にすら気付いてもらえないなんてっ! 」
ねこにゃー 「 強いて言うなら、ぴよたんが3年生なのに新編成に組み込まれているところ、くらいかにゃー 」
ももがー 「 あと、最近ちょっとたるんできた脇腹、くらいナリー 」
ぴよたん 「 気付いているんなら最初から言うぴよ!! それと脇腹やばくなってるの何で知ってるの!? 」
ぴよたん 「 左衛門佐さんとカエサルさんの見立てでは、私が留年するんじゃないかって…… 」
ももがー 「 えーと……ぴよたん姐さん、授業の単位、足りてなかったっけ? 」
ぴよたん 「 足りてるぴよ 」
ねこにゃー 「 ぴよたん氏、実はテストで赤点取り続けててヤバいとか? 」
ぴよたん 「 一応、成績は中の中の上くらいのハズなんだけど…… 」
ももがー 「 あー……そしたら 」
ねこにゃー 「 アレしかないにゃー 」
ぴよたん 「 アレ? 」
ももがー 「 あれほど課金は程々にしとけって言ったのに…… 」
ねこにゃー 「 金でトップランクを狙うのは邪道だと言ったのに…… 」
ぴよたん 「 え? え? なんの話っちゃ? 」
ももがー 「 だからヤッたんでしょ? 」
ぴよたん 「 何を? 」
ねこにゃー 「 お金欲しさに円光、からの補導 → 停学 → 留年コンボ。 最近はパパ活ってのもあるらしいけど 」
ももがー 「 補導されたときってどんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? 」
ぴよたん 「 やるかーーーーーーーーーー!!!! 」
ねこにゃー 「 冗談にゃ (*'ω'*) 」
ももがー 「 ちょっとした乙女のジョークナリ (*^-^*) 」
ぴよたん 「 あんまりふざけたこと言ってっと、砲弾直に投げつけるぴよ 」
ねこにゃー 「 ごめんにゃ~ 」
ももがー 「 後のICBM投げである。 」
ぴよたん 「 死なばもろともぉ~~!! 」
ねこにゃー 「 ぴよたん氏、ウォーカーギャリア説 」
ぴよたん 「 もういいぴよ! いいから話を進めるっちゃ!! 」
ももがー 「 まぁオフザケはここまでにして 」
ねこにゃー 「 ぴよたんが留年ってまず有り得ないと思うのだけど、自分では心当たりがないのかにゃ? 」
ぴよたん 「 うーん……無い……と思うのだけど…… 」
ももがー 「 単位も足りてて、成績もそこそこで、停学処分級の事件を起こしたワケでもないとなると、留年ってことじゃないと思うナリ 」
ねこにゃー 「 私もそう思うにゃー 」
ぴよたん 「 やっぱりそう思うぴよ? 」
ねこにゃー 「 そのふしだらなボディで何か騒ぎ起こして捕まったりしてなければ 」
ももがー 「 私、ぴよたんがそのワガママボディでいつか身を滅ぼすんじゃないかと心配でしょうがないモモ 」
ねこにゃー 「 ぴよたんがダメ男に引っかかってスカンピンになったとしても…… 」
ももがー 「 ……わたしたち、ズッ友だょ……!! 」
ぴよたん 「 よーしお前ら、あとで榴弾投げつけっからな 」
ぴよたん 「 関係あるかどうかわからないけど、一つだけ思い当たるフシがあるっちゃ 」
ももがー 「 ほう 」
ぴよたん 「 ちょうど昨日の話なんだけど 」
ねこにゃー 「 ほほう 」
ぴよたん 「 推薦入試を受けた大学から通知があってね 」
ももがー 「 ほほほう 」
ぴよたん 「 第一志望の推薦、取れました 」
ねこにゃー 「 ほほほほ……え? 」
ももがー 「 え、うそ? 」
ぴよたん 「 本当だっちゃ 」
ねこにゃー 「 キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡(゚∀゚≡(゚∀゚)≡゚∀゚)≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!! 」
ももがー 「 ヒャッハ━━━━━━━━━━━━━━┌(_Д_┌ )┐━━━━━━━━━━━━━!!!!!!!! 」
ぴよたん 「 (/ω\) ハジカシー 」
ねこにゃー 「 おめでとにゃー! ぴよたん!! 」
ももがー 「 おめでとうナリー! ぴよたん姐さん!! 」
ぴよたん 「 ありがとう、そしてありがとう 」
ねこにゃー 「 っていうか、完全に理由ソレじゃん! 」
ももがー 「 こんなに早く入試のゴタゴタが済んじゃったのなら、あとは卒業まで戦車道でコキ使っても問題ないナリ!! 」
ぴよたん 「 やっぱりそう思うぴよ? 」
ねこにゃー 「 その出所不明なソースが言いたいことは、ぴよたんが留年するから新編成に組み込むんじゃなくて、もう進路が確定したなら卒業するまで手を貸してほしいってことなんだにゃ! 」
チャットの途中だけど、せっかくなので、ここでぴよたんのことについて補足説明をさせてもらいたい。
流れを断ち切るようで申し訳ないね。
大洗女子学園の戦車道チームに入る前のぴよたんは、ただのちょっと度が過ぎたゲーム好き少女だった。
それ以外は特筆すべきことが無い、影が薄いと良く言われる存在だった。
得意としているゲームのジャンルは、 「 大戦略 」 の様な戦略シミュレーションと、FPS。
とりわけ 「 WOT 」 の様な乗り物系FPSが得意で、トップランカークラスの腕前を持っていた。
だから、同じくトップランカークラスだったねこにゃー、ももがーと、ひょんなことから知り合い、それが後のアリクイさんチーム結成に至る出会いとなったのだ。
ぴよたんが戦車道を始めたきっかけは、「 戦車に興味があったから 」 そして 「 ねこにゃーに誘われたから 」 という、これまた他に付け加えようのない単純な理由だった。
しかし、そんな彼女の戦車道デビュー戦は、母校の存続が賭かった全国大会の決勝戦。
「 良いところが見せられなかったので次こそは! 」 と勇んで臨んだ次の試合も、母校の存続が賭かった対大学選抜戦。
「 敗けられない…! 敗けたら終わり…!! 」 という、悲壮な覚悟を持ち続けて過ごしたこの数か月は、彼女のそれまでの人生で最も過酷、かつ、最も充実した数か月になったのだ。
だから、そんな濃密過ぎる時間を過ごしたためか、彼女は戦車道に特別な価値を見出すようになった。
後に彼女はこう語る。
「 戦車道というゲームをプレイしたら、人生っていうゲームの主人公になれた 」 と。
じゃあ、大学に行っても戦車道を続けるのか……と思ったら、そうは考えていないらしい。
いくら戦車道に思い入れが出来ても、それでいくら身体を鍛えたとしても、ぴよたんが到達できるレベルは凡人の域を出ないのだ。
戦車道の申し子である西住みほや、五十鈴華・冷泉麻子のような天才のレベルには、どうあがいても到達出来ないことがわかってしまった。
だから、ぴよたんの、選手としての戦車道は高校でお終い。
これ以上は、本気で戦車道に取り組む人達のためのステージだ。
自分がしゃしゃり出て行けるような場所じゃない。
そもそも、ぴよたんにとっては 「 ゲーム 」 の延長線上に 「 戦車道 」 があったのだ。
「 戦車道にはもう満足したのだから、そろそろ古巣に戻ろう 」
これがぴよたんの心の内であり、チームメイトのねこにゃーやももがーからも、理解してもらっている話だった。
「 古巣に戻ろう 」 というのは、昔のぴよたんの考え方ならば 「 趣味のゲームの世界に戻ろう 」 という意味だ。
だって彼女にとっては、最初にゲームがあって、その延長線上に戦車道があったから。
きっと部屋に籠って、モクモクとゲームの世界に没頭する生活を送っていたかもしれない。
しかし、戦車道を経験し、自分の世界が広がり始めた現在のぴよたんにとっては、件の言葉は少し違う意味になってきている。
それは 「 ゲームと戦車道が融合した世界を創ろう 」 という意味だった。
話がちょっと横道に逸れるが、実は今冬、日本で世界初の戦車道のゲームが発売される。
しかも、高校戦車道を下地にしたゲームだ。
これは画期的なことであって、今まで戦車道をモチーフにしたゲームというものが世に出たことはなかった。
戦車のゲームはあったのだが、戦車道のゲームは無かったのだ。
理由はよくわからない。
ただ、例えば柔道や合気道、長刀道などもゲーム化されたことはなかったので、こうした武道の類は、ゲーム化するのに何かしらのハードルがあるのかもしれない。
この高校戦車道のゲームが発売されることを知ったぴよたんは、嬉しさに飛び上がり、同時に驚き、そして天啓を得た。
その天啓が 「 ゲームと戦車道が融合した世界を創ろう 」 ということだったのだが、具体的に言えば 「 VR技術で戦車道のゲームを作ろう 」 ということだった。
当然ながら、まだそんなゲームは世に存在していない。
というか、VR技術そのものが普及していない。
していないけれど、VR技術がゲーム文化を次のステージへとステップアップさせるものだと確信しているぴよたんは、これで戦車道ゲームを作らないのはゲームクリエイターの怠慢だし、戦車道関係者の責任放棄だとすら考えていた。
だから 「 ゲーム好きで戦車道好きな私が、責任を果たしてやろう 」 と考えたのだ。
ぴよたんが推薦を勝ち取った大学。
それは、偏差値の高い大学ではなかったのだけれども、決して低くもない、そんな大学の電子工学部だった。
志望動機はもちろん、VR技術を研究して、いつか戦車道のゲームを作るため。
ぴよたんは、この夢を現実の物とするまでに、これから長く険しい道のりを歩いていくことになる。
彼女の将来のことを、ちょっとだけ語ろう。
何度も挫けそうになり、その度にドロップアウトすることを考えるぴよたん。
しかし、彼女は諦めなかった。
そりゃそうだよな。
だって、彼女は目標を見据えたら、決して諦めない少女だったからね。
思い返してほしい。
大洗女子学園艦が再び廃艦の危機に晒され、誰もが絶望に打ちひしがれていた時。
アリクイさんチームだけが、まだ見ぬチャンスを信じて、懸命に身体を鍛えていたことを。
そして、大学選抜チームに勝てば廃校は免れると知って、ちゃんと試合までに身体を仕上げ切ってきたことを。
実はあの時、同じアリクイさんチームのねこにゃー、ももがーからは、何度か諦めの言葉が漏れていたのだ。
それを受け止め、励まし、皆で奮い立って、試合までに3人全員で身体を仕上げ切ることが出来たのは、アリクイさんチーム唯一の3年生、ぴよたんがいたからなのだ。
先輩として後輩を引っ張っていかなければならない義務感もあったのだろうが、彼女に備わる生来の能力が発揮されたゆえの結果でもあった。
その能力とは 「 目標を見据えること 」 だった。
「 目標を見据える 」 ということは、つまり 「 目標を達成するまで努力を諦めない 」 ということだ。
それは、努力の天才と言われる人達の必須能力でもあった。
人は誰しも、難題に挑戦しなければいけない時がある。
そんな時、西住みほや冷泉麻子の様な天才であれば、あの手この手を考えついて、直ぐにクリア出来てしまうかもしれない。
しかし、そんな上手い話はそうそう無いのだ。
世の中の大多数は、凡人なのだ。
じゃあ凡人は、どうやって難題に挑めば良いのだろうか?
そりゃもう、ただひたすらに、愚直に突き進むしかない。 肉体と精神の耐久値を減らしながらさ。
それで、耐久値が尽きる前に目標を達成できれば良いけれども、大体の場合において、耐久値が許容限界を下回ったところで、多くの者が 「 諦め 」 に走るのだ。
ぴよたんは、この肉体と精神の耐久値が、許容限界をギリギリ下回らないようにすることが出来る。
つまりは、諦めに走らないように自分をコントロール出来るのだ。 難題に挑み続ける自分を、保持し続けられるんだよ。
なぜかって?
それは、彼女が努力の天才だからかもしれないね。
彼女は、目標達成するために必要な 「 努力の量 」 を、非常に精度高く推し測ることが出来る。
そして、期日に間に合わせるために必要な 「 努力の質 」 を、非常に精度高く推測することが出来るんだよ。
加えて言えば、それらの努力を実行するために必要な 「 覚悟 」 を、自分の心の内に打ち立てることが出来るんだ。
彼女の 「 目標を見据える 」 という能力は、これらを総じた上で発揮されるワケだ。
だからだろうね。
彼女の努力は、ほぼ100%の確率で実を結ぶのさ。
今から10数年後の話。
ぴよたんが開発したVR戦車道は、現実の戦車道の間口を広げるものとして認識され、戦車道人口の増加に一役買うことになる。 世界規模でね。
今から20数年後の話。
オリンピックのe-スポーツ競技にVR戦車道シリーズの最新版が採択され、日本代表チームが銀メダルを獲得する。
そのチームのレギュラーメンバーの中には、ねこにゃーの娘とももがーの息子の顔もあるだけれど、それはまた別の話ってことで、やはりここでは割愛させてもらうよ。
では、3人の掛け合いに戻ろう。
続きをどうぞ。
ねこにゃー 「 ウチのチームの中で進路が決まったの、ぴよたんが一番早いんじゃないかにゃ? 」
ももがー 「 これで3月末までは、アリクイさんチーム健在ナリねぇ。 これなら何の戦車に乗り換えても大丈夫ナリよ! 」
ぴよたん 「 ちょっ、進路が確定したっていってもヒマになるわけじゃないから、いつも戦車道の練習に付き合えるワケじゃないぴよ 」
ももがー 「 わかってるナリ~♪ それでもまだぴよたんと戦車に乗れることがわかって、嬉しいんだモモ! 」
ねこにゃー 「 ももがーが嬉しいと言ってくれたから、昨日はぴよたん記念日 」
ぴよたん 「 うふふ、二人ともありがとうぴよ (*´ω`) 」
ももがー 「 記念日なら何かお祝いしなくちゃ……ん? 昨日? 」
ねこにゃー 「 それじゃあ、俵ぴよたんの合格を祝して、ウスヤの串揚げで宴会と洒落込みますかにゃ! 」
ぴよたん 「 あ、ひょっとして、俵万智にちなんで、私の身体が俵型とかそういうこと? まぁ今は機嫌良いからスルーしてあげるっちゃ 」
ももがー 「 ちょいちょいちょい、ちょっと待って! 姐さん方! 」
ぴよたん 「 ん? 」
ねこにゃー 「 どしたの? 」
ももがー 「 ぴよたん、その推薦合格の話って、他で誰かに話したナリ? 」
ぴよたん 「 え? えーと、この場で2人に話した以外は誰にもしてないぴよ 」
ももがー 「 そう…… 」
ねこにゃー 「 ももがー? 」
ももがー 「 いや、その出所不明のソースとやら、なんで昨日判明したばかりのぴよたんの合格通知を知ってたのかなぁ……って 」
ねこにゃー 「 ……おぉふ 」
ぴよたん 「 ……そういえば、そうぴよね 」
ももがー 「 しかも今の今まで誰にも言ってなかったんでしょ? どこで情報が漏れたナリ? 」
ねこにゃー 「 ちょwwww ももがーwwwwwwこわいこわいwwwwww 」
ぴよたん ( 顔面蒼白 )
ねこにゃー 「 ちょっとちょっと、ぴよたん! 本当に誰にも伝えてないのかにゃ!? 」
ぴよたん 「 えっ!? うん、ウチの学校の生徒には他にも誰も………………あ 」
ねこにゃー 「 なに!? 」
ぴよたん 「 生徒には誰にも伝えてないけど、クラスの先生には伝えた 」
ももがー 「 先生? 」
ぴよたん 「 うん。 受験の合否が出た子は、先生に報告することになっているから 」
ももがー 「 ってことは、先生が怪しいってことナリ? 」
ねこにゃー 「 いや、それはないにゃ。 出所不明のソースとやらは、戦車道の情報に絡める形でアリクイさんチームのことが書いてあったんでしょ? 」
ぴよたん 「 先生が戦車道にタッチすることは一切ないから……となると怪しいのは……………あ 」
ねこにゃー 「 今度はなんにゃ!? 」
ぴよたん 「 ……先生への報告、ノートパソコンからメールで送ったっちゃ…… 」
ももがー 「 それナリ!! そのパソコンから漏れたナリよ!! 」
ねこにゃー 「 ぴよたん、そのパソコンってどこの? 」
ぴよたん 「 ……えーっと…… 」
ももがー 「 どこナリ!? 」
ぴよたん 「 ……戦車道チームのミーティングルームに置いてある……共用パソコン…… 」
ねこにゃー 「 ………………… 」
ももがー 「 ………………… 」
ぴよたん 「 ………………… 」
ねこにゃー 「 ……つかぬことをお伺いしますが 」
ぴよたん 「 ……はい 」
ねこにゃー 「 ……確か、いま西住さんが新編成を固めるために、共用パソコン使って作業していませんでしたっけ……? 」
ももがー 「 ……してた気がするモモ 」
ねこにゃー 「 新編成を固めるために、過去のチーム成績とか個人成績とか戦車のスペックとか、あと予算なんかもまとめ直していませんでしたっけ……? 」
ももがー 「 ……してた気がするモモ 」
ねこにゃー 「 それって、部外秘の情報を多分に含んでいませんでしたっけ……? 」
ぴよたん 「 ……含んでいるぴよ 」
ももがー 「 ……もし仮に、共用パソコンにバックドアが設置されていて、そこから情報が抜ける状態になっていたとしたら…… 」
ぴよたん 「 ………………… 」
ねこにゃー 「 やっばぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいいぃぃぃ!!!! 」
ももがー「 機密情報が漏れてるモモーーー!! 」
ぴよたん 「 でっ、電話! すぐに会長達に電話するっちゃ!! 」
ねこにゃー 「 ボクは西住さんに連絡するから、ぴよたんは角谷会長に! ももがーは五十鈴さんに連絡するにゃーー!!! 」
そんなこんなで、西住みほに連絡して共用パソコンの使用を中止してもらい、その翌日。
朝一番で生徒会室に集まった新旧生徒会三役 + 西住みほ + 冷泉麻子 + アリクイさんチームは、学園艦警備部の情報セキュリティー技術者にも来てもらって、件の共用パソコンを詳細に調べたのだった。
結果、情報が流出した形跡は見つからなかった。
当たり前だわな。
……ただね。
骨折り損のくたびれ儲けでは終わらなかったのだ。
こんな騒ぎが起きたので、角谷杏の一声で、生徒会と戦車道の関係施設すべてをセキュリティーチェックすることしたんだよ。
そしたら、あろうことか戦車道チームの隊長室から、盗聴器が見つかったのだ。
接客テーブルの天板の裏側に、こっそりと張り付けてあったらしい。
それで、新旧生徒会役員も戦車道チームのメンバーも大騒ぎになった。
関係者以外立ち入り禁止の隊長室に、誰が、いつ盗聴器を仕掛けたのだろうか?
その場にいた一同は、すぐに見当が付いた。
そう、西住みほの誕生日祝いを利用した、大人達との面談の日々だ。
あの面談した大人達の中にスパイがいたってことだな。
ただまぁ、不幸中の幸いというか、被害は最小限に食い止められていた、というかね。
この隊長室は、「 西住ちゃんの威厳を保つためにはこういう部屋も必要じゃない? 」 と言って、角谷杏の一存で設置されたので、西住みほがこの隊長室を使うことはほどんど無かったのだ。
だってほら、西住みほは威厳なんかに固執しないからさ。
それにこの隊長室、冷泉麻子が昼寝ルームとして気ままに使っていたから、西住みほはそのおやすみの邪魔をしたくなかったんだな。
さてと、私の話もそろそろエピローグに移ろうか。
結局のところ、この騒動で機密情報は盗まれていないだろう、と結論付けられた。
……が、それで済ませられるほど穏やかな話でもなく。
下手したら乙女のプライバシーを覗かれていたかもしれないということで、西住みほの誕生日祝いの在り方について、大いに見直す必要が出てきた。
具体的に言えば 「 友達の誕生日を仕事に利用するな 」 という教訓を、新旧生徒会三役は猛省と共に胸に刻みつけなければいけなかったのだ。
だから西住みほは、先輩3人と同級生3人に頭を下げられまくることになった。
彼女は笑って許したんだけどもね。
だけど秋山優花里が腹を切りそうな勢いだったため、ここでアリクイさんチームが実力行使で秋山優花里を羽交い絞め。
その姿を見た西住みほは、苦笑しながらも次第に真顔になり 「 ……この配置でいけるかも 」 と何かを閃いたようだった。
アリクイさんチームのぴよたんが抜ける穴に秋山優花里を入れ、ポルシェティーガーを動かして貰おうというアイデア。
戦車道選手としての秋山優花里はオールラウンダーなので、砲手のポジションでもそれなりにこなせる。
となれば、ぴよたんの 砲手 兼 装填手 というポジションをこなせるし、豊富な戦車知識で故障しがちなポルシェティーガーをフォロー出来る。
ねこにゃー、ぴよたんとも仲が良いので、チームの結束を固めるのに苦労しないだろう。
あとは、ツチヤがカモさんチームの操縦手へ移り、ちょこっとポジションチェンジを行えば、なんとそれだけでほぼ現体制が維持できる……。
……ということに、西住みほは気が付いたのだね。
その人員配置案は偶然にも、秋山優花里の部分以外は、冷泉麻子から端を発したニセ暗号文の解読内容と同じだった。
そして当然ながら、そんなことを知る由もない西住みほだわな。
実はこの新編成案、秋山優花里を異動させる前の状態……つまり、ニセ暗号文の解読内容と同じところまでは、西住みほも思い至っていたのだ。
しかし、彼女は 「 ぴよたんが3年生で抜けてしまう 」 ということにちゃんと気が付いていた。
そして彼女にとって、あんこうチームの皆がいる光景が当たり前になり過ぎていて、その中の誰かを異動させるという考えが思い浮かばなかったのだ。
だから決め手に欠けていたんだね。
しかし、秋山優花里をぴよたんの代わりにすればイケる。
秋山優花里にとって、親愛なる西住殿のそばから離れてしまうのは身を引き裂かれる思いだったのだが、それが今回の罰ということで納得してもらった。
では、誰があんこうチームの装填手を?……というと、武部沙織がやることに。
砲弾の重さに耐えてもらいながら装填をこなしてもらうのが、非力な彼女への罰になった。
そして五十鈴華には 「 これからは生徒会長としても戦車道チームを支えてほしい 」と伝え、彼女はそれを全力で叶えるのが罰ということになった。
となれば当然、旧生徒会三役に対しても……ということになり、今週末、あんこう鍋を振る舞ってもらうことで彼女らの罰は帳消しとした……のだが。
チームメンバー全員分の鍋を作ってもらうのと 「 あんこうの吊るし斬りを披露して欲しい 」 とお願いしたため、さすがの角谷杏も引きつった笑いを隠せなかった。
「 西住ちゃん、厳しいねえ 」 という角谷杏。
「 そういえばお礼参りがまだでしたからね 」 と言って、ニッコリ笑う西住みほ。
きっと新編成決めの苦労で鬱憤が溜まってたのだろうなぁ……ということにしておこう。
さあ、これで私の話はお終いだ。
お前さん、いい加減そろそろ眠くなってきただろう?
明日も仕事なんだろうから、ちょうど区切りが良いこのあたりでスマホを消して、それで寝ちまいなよ。
え? この話にオチはないのかって?
無いよ?
だって言ったじゃないか。
大洗女子学園艦に暮らす少女達の、可愛らしいエピソードだって。 他愛ない世間話だって。
世間話にオチなんて無いだろう?
だから、この話はここでお終い。
まぁ、強いて言えば、隊長室で寝ていた冷泉麻子の寝言が盗聴器で拾われて、それがまた勘違いが勘違いを呼んで、巡り巡って全国戦車道大会優勝記念杯で面白いコトが起きたりするんだけれど。
それはオチというか蛇足だし、最後にこんなこと言うのもアレだけど、今まで語った内容は別の世界線の………………って……あ。
……ヤバい、見つかった。
あー……というワケで、私は急いで立ち去らなければいけなくなりました。
この後、多分、オオナムチの爺様がやって来ると思うから、もし気になるなら後は爺様に聞いてくれ。
じゃあ、私はこれにて。
話を聞いてくれてありがとうな。
あ、そうそう。
出来れば……でいいからさ。
彼女らのこと、最後まで見届けてやってくれな。
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……………………………
………wwbc34インm氏w34ンmr枷r「kdレア?@エ『得Ⅳアwん2!!!
………pwwjぶrねp……bへhべお……kばdfb……こry……こりゃ!!
………ん? おおぅ、繋がったかの?
あやつめ、あれほど現世界には関わるなと言ったのに、懲りん奴じゃ。
逃げ足だけは一人前になりおって。
……あぁ、すまんの突然。
ワシもすぐいなくなるから、就寝してくれい。
え? 寝れない?
そしてワシは誰じゃと?
まぁ、迷惑をかけたので自己紹介くらいはしとくかのう。
ワシは、大己貴命 ( おおなむちのみこと ) という者じゃよ。
大洗磯前神社の主祭神をやっておる。
ふぅむ。
あの悪たれ坊主に拳骨落としてやろうと思ったんじゃが、あいにく逃げられてしもうたわ。
悪たれ坊主とは誰かって?
ああ、先程までお前さんに語りかけていた、あの悪戯小僧のことじゃよ。
あやつ、自分のことを 「 大洗女子学園艦の神様 」 とでも言ったじゃろう。
まぁ、神と言えば神に違いないんじゃがな。
あやつは、付喪神じゃ。
大洗の学園艦に憑いた、物の怪みたいなもんじゃよ。
神としては駆け出しもいいとこで、どちらかと言ったら妖怪に近い存在じゃわい。
ひょんなことから、ワシが面倒看ることになってのぅ。
ワシの守護範囲は大洗町一帯じゃて。
じゃから、あの学園艦もワシが管轄しておる。 大洗女子学園艦は、大洗町の飛び地じゃからな。
それであの艦、就航後しばらくして自我が芽生えたもんで、放っておくわけにもいかんからワシが面倒見ておるんじゃよ。
そんなんで、あやつ、曲がりなりにも神になってしまったからの。
ワシが神としての在り方を教えてやったのじゃ。
筋が良かったから、世界への限定的な手出しの方法なんかも教えたんじゃが……それが悪かったわい。
あの悪たれめ、その力を使って最近、電脳に居憑くことを覚えおって。
それで、こうして悪戯を働くようになったのじゃ。
ああ、お主にとっては悪戯に見えんかったか。
そう思ってくれるなら、こちらも有り難いわい。
じゃけれども、あれは悪戯なんじゃよ。
さも本当のことを語っているように聞こえたじゃろうが、あやつの話は、お主にとって作り話の様なもんじゃ。
なにせ、お主が知らない世界線の話じゃからな。
ふむ、そうじゃな。
あやつ、所々で将来を見てきたかの様な話をしなかったか?
もしくは、未来予知をするかの様な。
それらは、あやつにとっては本当の話なんじゃが、お主の住まう世界では嘘になるんじゃよ。
いや、ひょっとしたら本当になるかもしれんが、あやつが語った世界線の話と、お主が住まう世界線は繋がっておらん。
だから、お主がいる世界線では、戦車道の娘らがあやつの語った通りになるとは限らないんじゃ。
あまり詳しくは話せないのだがのう。
お主には迷惑を掛けたから、少しだけ世界の理を話してやろうぞ。
世界と言うのは、人の認識によっていくらでも枝分かれするんじゃ。
簡単に言えば、世界はたくさんあるのじゃよ。
人の数ほどある、と言ってもええ。
どの世界が本物で、どの世界が偽物で……なんて話でもない。
どれもが本物じゃ。
戦車道の娘らが二度の試練を乗り越えて、母校のある学園艦を守ることができた世界もその一つじゃし、
その後も日常を平穏無事に過ごせた世界……あやつが語った話もその一つじゃ。
そして当然、娘達にとって優しくない世界というのもある。
お主らが 「 神 」 と呼ぶ存在は、そのすべての世界を視ることが出来るのじゃよ。
そしてあやつも、一応は 「 神 」 じゃからな。 他の世界を視ることが出来るのじゃ。
あやつの話が、さも見てきたかのような口ぶりだったのは、他の世界で実際に見てきたからじゃな。
じゃが、あやつが語った話は、お主の住まう世界線で実現するとは限らない。
だから 「 お主の世界では作り話の様なもの 」 と言ったのじゃ。
ん?
あやつがそれを吹聴して回るのはいけないことなのか、って?
お主は、それが些細な事の様に思うかもしれんがのぅ。
わしらのような存在は、どの世界線にも影響を与えちゃいけんことになっておるのじゃよ。
世界に対して手出し厳禁、ってことじゃな。
しかし、あやつの行動はその範を破るものなのじゃ。
言ったじゃろ?
「 世界は人の認識によって枝分かれする 」 と。
あやつの話を聞いて、もしお主の認識が変わったとしたら、お主の住まう世界線はそこから枝分かれするかもしれんのじゃ。
……といっても可能性の話じゃし、直接、世界線の構造に手を出すわけじゃないし、そもそもあやつの神としての力は、赤子の手をひねることも出来んほど微弱じゃからな。
悪戯ってことで、いつもは拳骨で済ましてやるんじゃわい。
まぁ、あやつの気持ちもわからんでもないのじゃ。
あやつは大洗女子学園の学園艦。
あの娘達に救われた。
じゃから、今度は、あの娘達の力になりたい……と思っておるのじゃろうな。
先程、世界はたくさんあると言ったな。
例えば、あの娘らが学園艦を守るために、試練に挑んだ世界。
例えば、それで学園艦を守ることが出来て、その後も平和に暮らせた世界。
そして例えば、学園艦は守れたが、その後、娘らが平和に暮らせなかった世界。
そうじゃ。
娘らの試練は終わっていない、という世界線があるのじゃ。
もう気付いたじゃろう?
お主の住まう世界線じゃよ。
あやつはな、神としての範を犯してまで、娘らを助けようとしておるのじゃ。
あやつがお主に語りかけたのは、そのためじゃよ。
それが何で娘らを助けることになるのか……説明するのがちと難しいのじゃがな。
そうじゃなぁ。
シュレディンガーの猫、という話を聞いた事があるかの?
生きているか死んでいるかわからない猫が箱の中に入っていて、蓋を開ければ生死が判明する、というアレじゃ。
量子力学上の思考実験なんじゃが、まぁ難しいことは置いておいて、言いたいのはこういうことじゃよ。
「 いくつもの可能性が詰まった対象を “ 観測 ” することによって、結果が選択される 」
量子力学ではの。
「 観測 」 という行為そのものが、結果に影響を与えることがあるのじゃ。
つまり、あやつはの。
お主の興味を煽り立て、そして嬢ちゃんらを 「 観測 」 してもらうように誘導することで、結果に影響を与えようとしているのじゃな。
しかし、実際問題として。
ただ観測するだけで、結果に介入することなど出来んわい。
量子力学は本来、ミクロの世界の学問じゃ。
それで人の一生を左右するような力は出せんのじゃよ。
じゃからな。
あやつの狙いは、そんな極微弱な 「 観測 」 による力を、束ね合わせることなのじゃ。
一人一人の 「 観測 」 の力を束ね、縒り合わせ、太く強くすることで、結果を変えようというのじゃよ。
しかし、それでも、あの娘らに救いの力が届かないかもしれん。
結果に介入させまいとする世界の理に、太刀打ち出来ないかもしれん。
だから 「 大洗女子学園艦の神様 」 という存在を語ったんじゃな。
お主達の様な現世の者が、一人でも多く 「 大洗女子学園艦に神様がいる 」 と思ってくれれば、あの娘らが窮地に立たされた時、お主らの中で神様に願掛けする者が出てくるじゃろう?
「 あの娘らを助けてやってほしい 」 とな。
願掛けとは、願いじゃ。
願いとは、すなわち信仰じゃ。
信仰は、神の力の源泉じゃ。
お主らの願いは、あやつの力になるのじゃよ。
あやつの力は微弱で、このままでは赤子の手をひねることも出来んじゃろう。
しかし、お主があの娘らを 「 観測 」 するついでに、あやつのことを思い出してくれるならば、
ひょっとしたら、あやつは、タイミング良く腕を痺れさせたり、メールの宛先を一つ間違えさせたり、いたずらな風を起こして占い結果を狂わせたりして、あの娘らを助けてやれるかもしれん。
もしかしたら、それ以上の “ 神の奇跡 ” ってやつを起こせるやもしれんな。
ワシは、本物の神様じゃからな。
ある程度の運命の波のようなものが視えるのじゃよ。
だから、わかるのじゃ。
あの娘らに、再び試練の時が迫っておる。
あの娘らにとって、短くて長い、そんな戦いが待ち構えておる。
そう、あの娘らは、これから大きな大きな運命の山場を迎えるのじゃ。
その山場が越えられるか、越えられないかはわからん。
「 神のみぞ知る 」 って言葉はどうしたって?
知らんよ、そんなもん。
ワシとしても、あの娘らが辛い目に遭うのを見るのは忍びない。
しかし、ワシはあの娘らにどうしてやることも出来ん。 あの娘らを見守ることしか出来ん。
ワシは神じゃからな。 世界に手出しは出来んのじゃよ。
しかしな。
あやつなら出来る。
神として半人前以前のあやつなら、悪戯で済むのじゃ。
お主の世界線に悪戯をして、そして拳骨を貰いながら、あの娘らを救えるかもしれんのじゃ。
あやつの保護者代わりとして、ワシからもお願いする。
もし出来たら……で構わんから、あの娘らの行く末を見届けてはくれまいか。
それが 「 観測 」する、ということになるからじゃ。
いや、観測なんて仰々しいものじゃなくてもいい。
「 鑑賞 」 でも 「 観覧 」 でも構わん。
あの娘らに興味を抱いてやってくれ。
それで、お主らの力で、あの娘らを助けてやってくれ。
もしそれで、本当にあの娘らに平和が訪れたら……。
一度、大洗磯崎神社へ来るとええ。
それで、500円払って絵馬でも奉納してくれれば、お前さんの明日が、今日より少しだけ良くなるようにしてやろう。
具体的にはそうじゃな。
お前さんの仕事を、いつもより1時間程度、早めに帰れるようにしよう。
さすればほら、そのぶん早めに床に入れるじゃろう?
それで少しでも睡眠時間を確保すりゃあええ。
ああ、でもお主……
その1時間分、そうやってスマホ見てそうじゃなあ。
※ 終わりです。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
よろしければ、過去に作成した私のガルパンSSもご覧ください。
ガルパン最終章、楽しみですね。
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