まさかりかついだ ルクリリ様 (37)
※ ニルギリさん視点。
※ ルクリリさん、ニルギリさん、ローズヒップ 他 が、金時山に登るだけの話。
※ ルクリリさんは2年生、ニルギリさんとローズヒップは1年生設定。
※ いきおいで書いた。 すまぬ。
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まーさかーりー かーついでー きーんたーろーうー♪
…って童謡、日本人なら一度は聞いたことありますよね。
そう、金太郎です。
物語としては相当に有名でしょうから、ここであらためて説明することは致しません。
ただ、実在の人物がモデルになっている、ということについては、童謡や物語ほど広く認知されてはいないと思います。
坂田金時って人なのですけれども、足柄山で生まれたこの人、平安時代の中頃に源頼光と出会って家来になった後、酒呑童子って鬼を退治したので、後世になって物語として語られるようになりました。
この足柄山、今の時代では 「 金時山 」 と呼ばれております。
標高1212m、神奈川県の箱根エリアに位置するこの山は、頂上に 「 金時茶屋 」 という休憩処が設置されており、また、半日もあれば麓のバス停から頂上へ登って降りてこられる、という手軽さもあって、日帰り登山が味わえる山として神奈川県民に親しまれております。
私はまだ登ったことが無かったのですが、聖グロリアーナ女学院は神奈川県出身の生徒が多いので、この金時山に登ったことがある、という方は結構いるみたいですね。
それで、なんで唐突に金太郎の話なんかを持ち出したのかといいますと……
「 おーい、ニルギリ―! ははははは! どうだー! 金太郎っぽいかー!? 」
弾けるようなルクリリ様の笑顔です。
金時茶屋の横に 『 天下の秀峰 金時山 』 と書かれている記念碑のような看板があり、その前でルクリリ様が斧を構えていらっしゃいます。
斧は金太郎にちなんだアイテムということで、本物ではなくて作り物の斧が、この頂上に備え付けてあるんですね。
秋らしい高く澄んだ青空に、もう雪化粧が始まっている富士山。
眼下には御殿場市街や芦ノ湖なんかが見渡せる、雄大な景色が広がっています。
そんな金時山の頂上で、ルクリリ様は作り物の斧を高く掲げて、まるで私達に宣言するかのように、笑ってこう仰ったのでした。
「 金太郎は鬼退治したっていうからな! だったら私達は、鬼ならぬ虎退治だ! 来年こそは黒森峰の虎どもをギャフンと言わせよう! 」
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聖グロリアーナ女学院。
高校戦車道の強豪校とされるこの学校は、戦車道だけではなく他の競技でも、あるいは芸術でも、ボランティアなどの活動でも、もちろん勉学でも、何かに打ち込むことを美学とする学校です。
また、英国の名門私立学校に範をとる本校は、英国式の作法や格式を重んじていて、それゆえに、あらゆる場面で英国的な優雅さが求められます。
ティータイムを大事にしている事も、その一つです。
本校では、淑女の嗜みとして、ティータイムを優雅に楽しまなくてはいけません。
特に、紅茶の園メンバーとなれば、頭の頂点、指の先端、行動の端々に至るまで、優雅に立ち振る舞う必要があります。
「 紅茶の園 」 というのは、本校における幹部生徒専用のサロンのことを言うのですが、そこに集う方々は我が校の顔とも言える方々です。
1日に嗜むティータイムの回数は一般生徒以上に多く、その1回1回がすべて優雅でいらっしゃいます。
紅茶の淹れ方は言うに及ばず、紅茶葉や茶器、お茶菓子などの選定についても優雅そのもの。
会話の呼吸と言いますか、雑談の仕方と言いますか、ジョークの飛ばし方一つにしても美しさや気品に満ち溢れております。
逆に言えば、それらを息を吸うかのごとく当たり前に出来るお人が紅茶の園メンバーに選ばれる、ということで、オレンジペコさんは私と同じ1年生なのに、すでに紅茶の園に呼ばれているのですから、本当に凄いと思います。
私も今までに数回、紅茶の園に呼ばれたことがありますが、事務連絡のためにただ呼ばれたというだけで、ティータイムを楽しんだわけではありません。
それもそうですよね。
紅茶の園メンバーとなるには、優雅さと、戦車道の実力を兼ね備えていなければならないのですから。
聖グロリアーナ女学院では、他の学校では見られない、生徒間だけに見られるしきたりがあります。
それは、各履修科目のいずれにおいても、幹部候補生、あるいはレギュラーメンバーになると、本名ではなくて愛称で呼ばれるようになる、というものです。
いわゆるニックネームですが、友人同士で自然発生的に生まれるものではなくて、先輩が後輩に名付ける、という形をとっております。
そして、一度名付けられたら卒業するまで……いや、この学校に関係することであれば卒業後も、その愛称で呼ばれ続けることになります。
私が在籍する戦車道においては、紅茶に関係する愛称が付けられており、私の 「 ニルギリ 」 という愛称も、南インドにある西ガーツ山脈の南部でつくられる紅茶の総称に由来しています。
今では本名よりも、この 「 ニルギリ 」 という愛称の方が呼ばれ慣れてしまって、中学時代の旧友などに本名を呼ばれたりすると、逆に違和感を感じてしまう始末です。
そんなわけで、愛称をいただいた私も、一応、本校戦車道チームのレギュラー、ということになるんですが……
先程も申し上げました通り、実力を兼ね備えていないので、本当の意味で紅茶の園に呼ばれたことはありません。
私のレギュラーメンバーとしての記録は、入学後、間もなく行われた大洗女子学園との練習試合から始まりました。
ダージリン様が何を考えて、私をマチルダⅡ02号車の車長に抜擢してくださったのか、今でもわかりません。
他にもたくさんのチームメイトがいる中で、新入生の私が、まさかの車長。
一応、中学時代から戦車道の経験があり、憧れの聖グロリアーナ女学院で戦車道をやるために、血の滲む思いで訓練に励んではきたのですが……
高校戦車道は、その程度の努力で活躍できるほど生易しいものではないということは知っていましたし、車長としてもっと相応しい方々がいるのも理解していました。
結果、案の定というか、やはりというか、チームの中で最も早く白旗を上げた車輌は、私の指揮する02号車となりました。
悔しかったです。
ダージリン様のお役に立てなかったことが、本当に悔しかった。
ダージリン様がどの程度、私に期待を掛けてくださったのかはわかりませんが、私はそのご期待に沿うことが出来ませんでした。
大洗女子学園との練習試合は、辛うじて私達が勝ちという結果になりましたが、私の心の中は、悔しさでいっぱいでした。
大洗から横浜に戻る航路の中で、砲塔側面にダメージを負った02号車を見ながら、自分の何がいけなかったかを振り返りました。
何がいけなかったかって、もう全てがいけなかったんですが。
状況判断ミス、指示ミス……いや、それ以前に、自分で自分の視野を狭めていました。
「 まさか、のぼり旗をカモフラージュに使って、待ち伏せ攻撃してくるとは…… 」
大洗女子のⅢ号突撃砲によって、マチルダⅡが白旗を上げてしまった直後の、私の言葉です。
敗因を探るとき 「 まさか 」 という言葉を使ってしまうのは、もはや実力以前の問題ですよね。
勝負に 「 まさか 」 はありません。
むしろ、相手の予想の裏をかいて 「 まさか 」 の状況を作りだすことが、勝利への鍵でしょう。
それを敵にやられたということは、つまり、敵の戦略が、自分の戦略を上回っていた、ということです。
私には戦局に柔軟に対応する頭が無くて、敵チームにはその頭が有った、ということです。
視線の先の、砲塔側面に付けられた傷を見つめるほどに、私は己の限界を見せつけられるようで、心はただただ沈んでいきました。
こんな失態、もう次のチャンスは巡ってこないだろうとは思いましたが、それでもこの悔しさを次に活かさなければなりません。
だから悔しがるのは良いとして、せめて泣くものか、と奥歯を食いしばったのですが、ポンコツだったのは車長としてのスキルだけじゃなくて、涙腺の締まり具合もだったようです。
こらえようと思っても涙が止まらず、そんな情けない姿を誰かに見られるわけには行かないので、早々に戦車ガレージを立ち去ろうとしました。
そして、ようやく気が付きました。
私の背後、戦車1台分くらいの距離を置いて、ルクリリ様が立っていらっしゃいました。
戦車ガレージの扉は開いていて、夜気と、外房の黒い海原から運ばれる潮の香りが流れ込んできていました。
ルクリリ様は2年生です。
アッサム様やオレンジペコさんほどに、紅茶の園に呼ばれている方ではありませんが、マチルダⅡの車長として実績を重ねてこられた、尊敬できる先輩でした。
ただ、ちょっとだけ凛々しすぎる一面をお持ちで、私達 新入生にとっては、アッサム様のような淑女然とした方とはまた違う緊張感を強いられる方でした。
それゆえに、私はルクリリ様のこと、少し苦手意識を持っていたのですが……
「 ニルギリのそういうところに、ダージリン様は目を付けたのだと思うよ 」
ルクリリ様は、穏やかに笑って、そう仰いました。
私は意味が分からず、何も答えられませんでした。
しかも、付き合いが深いとは言えないルクリリ様に泣き顔を見られたこともあって、恥ずかしくて視線が合わせられませんでした。
そんなふうに私がアワアワしていると……
ルクリリ様は、続けてこう仰いました。
「 新入生のデビュー戦なんて、気付いたら白旗上がってるものでね、ほとんどの新入生は試合の雰囲気を感じるだけで手一杯で、悔しいなんて思える余裕は無いものだよ 」
「 悔しいって感情は、向上心がないと生まれなくてね。 だからニルギリさんのその涙は、向上心の結晶みたいなものだと思うんだ 」
「 そしてダージリン様は、そういう結晶が、紅茶の次に大好物らしい 」
そう言って、ニヤリと笑ったルクリリ様。
この時だったと思います。
ルクリリ様が、私の中で道標となったのは。
なんだか少々、湿っぽい話になってしまいましたね。
要するに、私がルクリリ様を特別な先輩としてお慕いしはじめたのはここから、ということです。
ちなみに、お慕い、といってもあれですよ?
先輩後輩としての健全な関係として、敬意を持っている、ということです。
ここは女子高ですから、ごく一部、そういう嗜好を持った生徒もいる、という話を聞いたことがありますが、私は違います。
結局、その後の全国大会でも、私はマチルダⅡの車長として試合に出場することが出来ました。
しかし、1回戦の対BC自由学園戦、2回戦の対ヨーグルト学園戦でも、私は良いところを全く見せられませんでした。
そうして、その度に悔し涙を流す私に、ルクリリ様は根気よく声を掛け続けてくださいました。
私も私で、何度もルクリリ様に協力していただき、試合中に犯した私のミスを徹底的に洗い出して、その後の訓練に活かそうと努力致しました。
きっと、その甲斐があったのでしょう。
ルクリリ様は認めてくださいませんが、私は今でもルクリリ様のおかげだと思っています。
全国大会 準決勝の、対黒森峰女学園戦。
私は、クロムウェル巡航戦車の車長に任命されました。
そして、ほんの少しですが、私は初めてダージリン様のお役に立てることが出来ました。
試合自体は負けてしまったので、大きな声では言えないのですが、私にとっては、ようやく手応えを得られた、思い出深い試合になりました。
また、これも大きな声では言えないのですが、ダージリン様のお役に立てたこと以上に、ルクリリ様との努力の成果を証明できたことの方が、とても嬉しく思えました。
最後の公式戦が終わってしまった3年生達が、戦車ガレージで肩を落とす中で、私一人だけが悔し涙じゃない涙を流していたことは、今でもルクリリ様には秘密にしています。
当時、ルクリリ様は 「 聖グロリアーナの生徒としては少々ガサツ 」 と評されておりました。
「 ルクリリ様が紅茶の園メンバーになれない理由はそれですわ 」 なんて噂する人もいたほどです。
まぁ、当時というか今でも、そんなご性格でいらっしゃるのですけどもね。
一方で、私はルクリリ様の、その頼れるお姉様のような一面に大変助けられてきたので、正直、紅茶の園についてはどうでも良かったし、そう思っていたのは私だけではありませんでした。
私は、チームメンバーとの親交が深まるにつれ 「 ルクリリ様に恩義を感じている人はチーム内でも結構いる 」 ということがわかってきて、その誰もが、在るがままのルクリリ様を受け入れようとしておりました。
更には、ルクリリ様は日常生活においてもあの調子ですから、チーム外においても、ルクリリ様を慕う方々がいらっしゃる、ということがわかってきました。
そんなわけで、時期的には黒森峰戦のちょっと前あたりになるんですが、私はチーム内の、ルクリリ様をお慕いするコミュニティーに接触を図りました。
コミュニティーといっても、ルクリリ様を話の種にして、ワイワイと雑談する個人的集まり、という程度のものです。
さらに言えば、お慕いするといっても、私のルクリリ様をお慕いする気持ちは、純粋に敬う気持ち100%でしたし、邪な気持ちは一切ありませんでした。
そういう、私と同じ気持ちの、いわゆる同好の士と仲良くなることで、戦車道訓練に励む苦々しい日常に、ちょっとした潤いをもたらしたかったのでした。
ここで、私のチームメイトであり、親友とも言える仲間をご紹介します。 ローズヒップさんです。
ローズヒップさんは、聖グロリアーナが全国大会2回戦を突破するまで、レギュラーメンバーに選ばれませんでした。
それは、ローズヒップさんが駆るクルセイダー巡航戦車そのものに多少の難があるから、という理由が大きかったのですが、その、何と言いましょうか、ローズヒップさんが大変活動的な性格をしてらっしゃるので、つまりは他の戦車と足並みを揃えることが出来ないせいでした。
しかし、アッサム様による地道な淑女指導と、ルクリリ様による地道な生活指導によって幾分マシ……げふんげふん、えー、頼れる仲間になりました。
もちろん、ダージリン様によるクルセイダー隊の運用手腕や、ローズヒップさんを上手く飼いならし……げふんげふん、えー、的確に指示を下される、その指揮能力が見事だったのは言うまでもありません。
ともかく、ローズヒップさんは、全国大会準決勝の対黒森峰戦、そしてその後のエキシビジョンマッチや大学選抜戦で、大きな成果を上げました。
ルクリリ様とローズヒップさんには、少し似ているところがあります。
なんというか、上手く言葉に出来ないのですが……語弊を恐れずに言えば 「 淑女の皮を被っただけでは隠し切れない荒々しい可愛らしさ 」 という部分です。
お二方とも、この聖グロリアーナ女学院の校風に馴染もうと、必死で淑女を演じてらっしゃるんですけれども、生来の性格が隠しきれていないのですよね。
ですので、お言葉や行動のあちこちに、生来の荒々しい優しさと人の好さが見え隠れしていて、それが何とも言えず可愛らしいのです。
それに、お二人とも、そういう部分をお互いに感じ取っているのでしょう。
「 フィーリングが合うのでございますわ! 」 とはローズヒップさんのお言葉ですが、そのとおり、最近ではお二人がとても仲良くされている姿を見かけます。
学内では一生懸命、淑女らしく振舞おうとされているお二人ですが、学外ですと、まるで兄弟のようにはしゃいでいらっしゃるのが、実に可笑しくて可愛らしくて……。
私もたまにその輪の中に入らせていただくのですが、お二人とも、学校内でいかに猫を被っているかが、よーくわかります。
そのギャップを楽しむ時間が、私にとっては実に至福の時間であるのです。
11月上旬の、良く晴れた昼下がり。
ルクリリ様、ローズヒップさん、私の3人で昼食を取り、戦車道の訓練のため、戦車ガレージに向かっていた時のことでした。
折りしも先日、聖グロリアーナの戦車道チームでは代替わりが行われ、1年生ながらオレンジペコさんが隊長に就任いたしました。
そして、ローズヒップさんがまさかの紅茶の園メンバー入りです。
いまだ、聖グロリアーナが求める淑女像には程遠いローズヒップさんですが、先般開催された強襲戦車競技イベント 「 大鍋(カルドロン) 」 において、オレンジペコさんと共に “ チンディット ”を率いたことが実力の証明となって、チーム内では異議無く紅茶の園入りが認められました。
なにより、ローズヒップさんの愛らしいお人柄は、足りない淑女力を補って余りありますからね。 納得の人選です。
それと、私にとって重要なのはルクリリ様です。
ルクリリ様も、この度晴れて、紅茶の園メンバー入りとなりました。
“ チンディット ” が大鍋に臨む前に、南方演習場にて学内公開試合を行ったのですが、その時に“ チンディット ” と相対した戦車道レギュラーチームの隊長を務めたのが、ルクリリ様でいらっしゃいました。
まぁ、この公開試合でも本番でも目立ったご活躍はされなかったのですが、チームを取りまとめる手腕と、チームメイトの面倒見の良さは随一ですから、こちらもチーム内では異議無く紅茶の園メンバー入りが認められました。
異議なんか出るわけないですよね。 ルクリリ様ですもの。 異議を唱える方がいたら、その方の神経を疑ってしまいますね。
ちなみに私は、今回間違いなくルクリリ様が紅茶の園入りを果たすと信じていたので、実は前もってプレゼントを用意していまして、ルクリリ様が紅茶の園メンバー入りを認められた日の夜、勇気を振り絞ってそれをお渡ししたのでした。
プレゼントの内容は、ケニア産の紅茶葉。 そう 「 ルクリリ 」 です。
あくまで、そう、あくまで、日頃お世話になっているお礼としてプレゼントさせていただいたので、特に変な意味はなく 「 ルクリリ 」 をお渡ししたのですが、ルクリリ様もいつもの調子で、
「 お、そっか、じゃあ明日の訓練で早速飲ませてもらうよ! みんなで! 」
というお言葉をいただき、私はなぜか酷く落胆したりしましたが、しかしこれぞルクリリ様だということで、私は大変幸福でございました。
なお、私は、今回も紅茶の園メンバーには入れませんでしたが、一応、幹部候補生ということで、紅茶の園の準メンバーという位置に収まりました。
そんなことより、私の事はどうでもよいのです。 ルクリリ様が紅茶の園入りを果たしたことが重要なのです。
話が脱線してしまいましたね。
それで、ルクリリ様、ローズヒップさん、私の3人で戦車ガレージに向かっている最中、ローズヒップさんがこんなことを言い出しました。
「 こんな気持ちの良い天気の日に戦車に乗ってばかり、というのも、ちょっとアレですわねぇ 」
この言葉が発端となって、冒頭の金時山登山へと話は繋がっていきます。
ルクリリ 「 お、なんだローズヒップ、堂々と訓練サボろう宣言か? 」
ニルギリ 「 ルクリリ様、お言葉づかいが… 」
ルクリリ 「 いけね。 えー、堂々と訓練サボろう宣言かしら? 」
ヒップ 「 違いますわ。 天気予報だとしばらくお天気が続くと言っていましたので、次のお休み、どうしようかなって思ったのですわ! 」
ニルギリ 「 どうしよう、というのは? 」
ヒップ 「 絶好の行楽日和なら、家や戦車に閉じこもっているのは勿体ない、ということですわ! 」
ルクリリ 「 ふむ、一理あるわね 」
こんな話の展開になったのは、大鍋(カルドロン)が終わり、代替わりも済み、気掛かりだったはずの紅茶の園入りを無事果たしたことの解放感が、そうさせたのだと思います。
それで、3人で 「 どこか行きたいねー 」 なんて話で盛り上がりながら、戦車ガレージに併設されている更衣室に着きました。
ヒップ 「 どうせなら秋らしく、紅葉を見に行きたいですわ! 」
ルクリリ 「 お、いいわね! それ! 」
ニルギリ 「 確かに、ちょうど今頃ですよね、神奈川県内の紅葉の見頃って 」
実に楽しい会話でした。 いつまでも続けばいいと思ってしまうほどに、楽しい会話でした。
しかし、私は実現するとは思っていませんでした。
だってそんな、紅葉を見に行くだなんて、それじゃまるで、ちょっとした旅行です。
横浜駅の界隈で遊ぶ、とか、そんな小さなレベルじゃありません。
ルクリリ様と旅行ですよ?
私には恐れ多くて、現実のものとして受けて止めきれません。
だって、あのルクリリ様と、旅行、ですよ?
プライベートなルクリリ様がいっぱい見れてしまうのですよ?
そんなの、妄想の産物か、テレビの向こうの話か、来世に期待するしかないようなシチュエーションですよ?
実現するわけないじゃありませんか。
……それに、ルクリリ様と仲良く遊びに行くためには、ちょっとした高いハードルを越えなければなりません。
だから、私はこれが社交辞令なのだとわきまえつつ、ウキウキした雰囲気を声に乗せて、叶うはずのないお喋りに興じました。
そしたら……そしたらです。
ヒップ 「 それじゃあ、次のお休みの日、どこか日帰りで紅葉を見に行きましょう! 」
ルクリリ 「 いいな! じゃあ他にも誰か誘うか! 私とー、ローズヒップとー、ニルギリとー…、あと誰にしよう? 」
ローズヒップさんの突破力は、クルセイダー巡航戦車が無くても健在でした。
さすが1年生ながらに紅茶の園へと呼ばれただけあります。 あとで500円あげようと思いました。
ともあれ、憧れのルクリリ様と、日帰り旅行を楽しむ貴重な機会を手にすることが出来ました。
このまま約束が反故されないように、一気に詳細を詰めてしまうべきなのは言うまでもありませんでした。
……しかし。
「 そっ、そしたら! 詳しいお話しは後にして、まずはこの後の戦車道訓練に励みましょう! 」
私は、ここでの会話を急いで終了させる必要がありました。
ルクリリ様もローズヒップさんも少し驚かれていましたが、私がなるべく小さな声で 「 プランニングはお任せください 」 と申し添えると、お二人とも、笑って私にOKサインを出して下さいました。
この夢のような会話のひとときで、私が内心、何を考えていたのかをご説明しましょう。
それは 『 やばい! 聞かれた!! 』 です。
聞かれた? 誰に?
→ それは、周りのチームメイトにです。
そりゃ聞かれるでしょう? 戦車道チームの更衣室だったんでしょう?
→ だから、そのチームメイトに聞かれてはマズイのです。
どうして?
→ ご説明します。
私が、ルクリリ様を慕う同好の士の集まりに接触を図ったことは、先ほど申し上げた通りです。
この集まり、ここでは便宜上 「 ルクリリ様を慕う会 」( 略して ルク慕会 ) と言いますが、この 「 ルク慕会 」 には、私と同じようにルクリリ様を敬い、慈しむ者が何人もおります。
みんな、ただひたすらにルクリリ様をご尊敬申し上げるのみで、邪な気持ちは一切持ち合わせていません。 本当です。
邪な気持ちを抱かない代わりに、 「 ルク慕会 」 の会員の皆さんは、ルクリリ様に関係するあらゆる情報を貪欲に吸収して、それを仲間と共有することで、明日への活力に変えているのです。
例えば、ルクリリ様は今日は何のランチを召し上がったのか、今日は授業中お眠りにはならなかったのか、雑談でどんなことを喋っていたのか、戦車で白旗上げた時に漏らしたセリフは何だったか……などなど。
どんな他愛無い情報でも、ルクリリ様に関係することならば値千金です。
そういう情報を集めて、同志たちとキャッキャウフフするのが、どれほど日々の癒しになるのか……それは 「 ルク慕会 」 に入った人だけしかわからない、禁断の果実のようなものですね。
ともかく、ルクリリ様に関する情報は、( ご本人に迷惑が掛からないように配慮しつつ ) 率先して得ようとしています。
だから、そんな情報を集め続けていると、自ずと他の情報も集まってくるのですね。
すなわち……他のコミュニティーに関する情報です。
私達の 「 ルク慕会 」 は、穏健派として ( 一部の界隈にだけ ) 良く知られている一派です。
ルクリリ様を遠くから眺めるも良し、近くでお声を拝聴するも良し、あわよくば会話しても良し。
ご本人に迷惑が掛からなければ、常識の範囲内で何をしても良いというのが 「 ルク慕会 」 の取り決めになっています。
ルクリリ様を束縛せず、我々も束縛されない。
そういう緩い縛りのコミュニティーであり、結果的に、自制心の強い者が多く在籍しています。
だから、私達のコミュニティーが今までに何か問題を起こしたことはありません。
健全かつ自由だからこそ、私はこの 「 ルク慕会 」 の戸を叩いたのでした。
一方で、他に様々な派閥があります。
ルクリリ様を慕う者であれば、いずれも知っている有名な派閥です。
まずは急進派。 積極的にルクリリ様へ接触を図ろうとする一派です。
ただ実際には、接触に成功した方々は少ないみたいで、仮に成功したとしても、ルクリリ様はあのお人柄ですので、
「 おっす! そうかー、じゃな! 」 って感じで軽く流されてしまい、未だ好意に気付いてもらえていないそうです。
また、後で述べる原理主義派との対立が激しく、それが接触の成功率を押し下げる原因になっています。
次に信仰派。 ルクリリ様を神聖なものとしてとらえ、日々の幸せはルクリリ様が授けてくださる、という教えのもとに、ただひたすらにルクリリ様を崇め奉る一派です。
こちらは急進派とは真逆で、実物のルクリリ様に触れると罰が当たると信じられているので、遠くから眺めることが是とされています。
内容としてはアレですが、無害なコミュニティーと言えます。
あとは哲学派。 これは信仰派から分派したコミュニティーです。
ルクリリ様という存在を神聖視し過ぎたため 「 ルクリリ様はひょっとして宇宙なんじゃないか? 」 という境地に踏み込んでしまった方々が 「 では、あそこにいらっしゃるルクリリ様は実存しているのか? 」 という矛盾めいた問題に気付いてしまい、それをひたすらに解き明かしていくことが目的の一派です。
「 お前のルクリリ様は、お前の心の中にいるだろう 」 というのが基礎的教義らしいのですが、実質的にはルクリリ様を遠くからただ眺めるだけのコミュニティーですので、無害と言えます。
最後に、原理主義派。 これが問題です。
「 ルクリリ様こそが絶対 」 という信念を抱いた方々が所属する一派なのですが 「 ルクリリ様に触れるべからず 」 という彼女らの教義を、関係の無い他者にまで強制してくる困った一派でもあります。
本来ならば、ルクリリ様に近寄るだけで彼女らの怒りに触れてしまうのですが、戦車道の訓練中などにおいては近寄らないわけにいかないので、せめて過度なスキンシップが図られないよう、常時この一派によって監視体制が敷かれています。
私がこれだけルクリリ様をお慕いしているのに、ルクリリ様の日常に過度に介入しようとしない理由は、ここにあります。
他のチームメイト達もそうです。 原理主義派による報復を恐れて、過度な手出しを控えているのです ( 急進派は除く)。
原理主義派の方々をここまで狂信的にさせる想いとは何なのか?
それは、彼女らが私達と違って、ライクではなく、ラブの方の好意を、ルクリリ様に向けているからです。
そうです。
つまり、ガチ勢です。
女の嫉妬ほど怖いものはありません。
更衣室で、私が紅葉狩りツアーの会話を半ば無理矢理に終了させたのは、このガチ勢に話を聞かれたら困るからでした。
いや、もうすでに聞かれてしまった、と考えるべきでしょう。
ガチ勢は一般人の皮を被って、あちらこちらに潜んでいます。
きっと、あの更衣室にもいたハズです。
ガチ勢にとって、ルクリリ様と紅葉狩りツアーなんて大罪もいいところでしょうから、私はこの先、一つでも選択を間違えれば、きっと不慮の事故に見舞われることになると思いました。
ならば私だけ、紅葉狩りツアーをキャンセルすればいいのですが、嫌でした。 絶対、嫌でした。
だってこんな5000兆年に一回しか巡ってこないようなチャンス、逃せるわけがありません。
だから、退くのが嫌ならば、戦うしかないのです。
私は、原理主義派のガチ勢を相手に、戦わなければならないのでした。
ちなみに、先に説明しておきますが、ローズヒップさんについては、ガチ勢にとって報復対象になりません。
それは、ローズヒップさんがルクリリ様を、先輩として敬っている 「 だけ 」 であり、絶対にそれ以上の関係を求める展開にはならない、ということが、誰の目から見ても明らかだからです。
ローズヒップさんが、ルクリリ様と良くつるんでいる姿を見かけますが、それはガチ勢の方々にとって脅威にならない、と判断されていることから、ローズヒップさんは今日も元気に戦車道に励むことが出来るのですね。
私は、あの更衣室に至るまでの、楽しかった会話を思い出しました。
そして、口に出して周囲に聞かれてしまったであろう情報を整理しました。
「 次の休みに 」 「 神奈川県内において 」 「 日帰りで 」 「 私達3人+αで 」 「 紅葉を見に行く 」
あの時、口にしてしまった重要なキーワードは、この5点でした。
ガチ勢は、きっとこのキーワードを元に情報を辿って、何らかの妨害工作を仕掛けてくると思います。
……いや、妨害工作じゃないですね。
たぶん、無理矢理 一緒についてこようとするはずです。
だって、私ならそうします。
ルクリリ様も楽しみにして下さっている紅葉狩りツアー。
余計な邪魔者によって、楽しい雰囲気を壊されるわけにはいきません。
ルクリリ様を、ガッカリさせるわけにいきません。
私は、ルクリリ様と、あとついでにローズヒップさんに思い切り紅葉狩りを楽しんでもらえるよう、ガチ勢からの接触を遮断することが私の使命だと思いました。
まず、今さら動かせない情報を確認しました。
「 次の休みに 」 「 日帰りで 」 「 紅葉を見に行く 」
この3点については、すでにルクリリ様とローズヒップさんの合意を得てしまっているので、動かせませんでした。
となれば、残りの 「 神奈川県内において 」 「 私達3人+αで 」 の2点ですが、このうちの 「 私達+αで 」については一択でした。
クランベリー、バニラ、ジャスミン の 3名。
いずれもクルセイダー部隊の車長を務めている方々です。
ガチ勢にとって、彼女らはローズヒップさんと同じ扱いになるはずです。
なぜならば、彼女ら3人とも、ルクリリ様には尊敬の念を抱きつつも、それ以上の想いは無いことが 「 ルク慕会 」 の情報網で確認されているからです。
それに、ルクリリ様はローズヒップさんを通して彼女らとも仲が良いので、+αの人選を考えるならば、私は迷わず彼女らだと思いました。
それで声を掛けた結果、彼女らも紅葉狩りツアーに参加することになり、これで私を含めた合計6人が紅葉狩りツアーに参加することになりました。
なお、私以外の5人の参加者については、彼女らの口から紅葉狩りツアーについての情報が流出することを防ぐため、
「 実はアッサム様から特別なミッションを言付かっており、この紅葉狩りツアーは秘密裏に行う必要があります 」
とか嘘を付いて、5人の口を塞ぐことに成功しました。
そうそう、あとは 「 神奈川県内において 」 という点です。
そうです。 神奈川県内のどこに紅葉狩りに行くのかまでは、更衣室で言及しませんでした。
だから、こちらからガチ勢の方々に仕掛けるなら、コレだと思いました。
すなわち、情報戦です。
神奈川県内には紅葉狩りスポットがいくつかありますので、候補地をたくさん挙げてリークすることで、当日まで候補地を絞らせない方法を採ろうと思いました。
それから、協力者を集める事にしました。
情報戦を仕掛けるにしても、私一人では限界があります。
しかし、どこにガチ勢が紛れているかわかりません。
ならば 「 ルク慕会 」 から協力者を募ろうかとも思いましたが、「 ルク慕会 」 にしたって、みんな、腹の中ではどう思っているのかわかりません。
そこで、本校の情報処理学部 第6課、すなわち情報戦のエキスパートであるGI6に、協力を仰ごうと思いました。
ただそれにしても、ひょっとしたらGI6のメンバーの中にガチ勢が紛れているかもしれません。
どんなに信頼の置ける凄腕工作員でも、個人的嗜好まではわかりませんからね。
なので、私はGI6と繋がりがあるアッサム様を狙い撃ちして、協力を要請することにいたしました。
なぜアッサム様だったのか?
なぜなら、私は知っていたからです。
「 アッサム様はどうも、ローズヒップさんにご執心らしい 」
「 ルク慕会 」 で集めた情報の中に、そんな、私にとっては割とどうでもいい情報があったのでした。
まさか、こんなところでその情報が活きるとは思いませんでした。
早速、私はアッサム様を呼び出して、情報戦に協力してくれれば、秘蔵のローズヒップさん写真をお渡しする、と言いました。
二つ返事でOKでした。
とりあえず手付金として、ローズヒップさんのパジャマ姿の写真と、テニスウェア姿の写真をお渡ししました。
アッサム様は、全力で支援すると仰ってくれました。
アッサム様からアドバイスをいただき、紅葉狩りツアーの行き先を金時山にすることに致しました。
そして、鎌倉の神社仏閣、横浜の三渓園、伊勢原の大山寺、川崎の生田緑地の4ヵ所を、ブラフの情報としてそれとなく学校内に流しました。
ブラフ情報に挙げた場所は、いずれも神奈川県で紅葉狩りといったらココ! と言われる場所です。
今回は敢えてこれらの場所をブラフとして使い、紅葉狩りスポットとしては有名でない金時山を本命といたしました。
アッサム様によると、金時山は丹沢山地の一部、あるいは箱根山地の一部として扱われることもある緑深い山であり、11月にもなれば綺麗な紅葉が見られるとのこと。
だから当日、紅葉狩りではなく登山ハイカーの体でいけば、紅葉狩りをしに行くものだろうと思い込んでいるガチ勢を欺けるだろう、とアドバイスして下さいました。
それからというもの、紅葉狩りツアー当日までの数日間、私は登下校中、授業中、戦車道訓練中、ありとあらゆる時において、明らかにいつもと違うプレッシャーを感じました。
それだけなら未だしも、いろんな嫌がらせを受けました。
しかし私は、心折れることなく、最後まで果敢に戦いました。
更衣室ロッカーに脅迫文が入っていたこと3回。
いずれも 「 私を連れて行かなければ大変な目に遭う 」 といった内容でしたが、その 「 私 」 が誰なのか書かれていなかったのでスルーしました。
トイレの個室に入った時に、隣の個室から話しかけられること2回。
さりげない調子で週末の予定を聞かれましたが、のらりくらりと躱して、後は流れる水で聞こえないフリして、その場を脱しました。
賄賂を贈られたこと4回。
いずれもルクリリ様の盗撮写真( 非R-18 ) でしたが、私の持っている写真の方がクオリティが高かったので、突っ返しました。
泣き落としされたこと1回。
こちらも泣き返してやりました。
大洗女子学園のアヒルさんチームから電話が掛かってくること1回。
「 馬鹿め! 三度も騙されるか!! 」 と言ってやりました。
戦車道訓練中の模擬戦で、勝負を吹っ掛けられること18回。
ルクリリ様がかかっている勝負で負けるわけにはいきません。 すべて返り討ちにしました。
アッサム様から、いつもそれを試合で見せろと言われました。
その他、数々の嫌がらせを受けましたが、すべて耐えきってやりました。
紅葉狩りツアー当日。
天高く、抜けるような青空の日曜日、早朝。
絶好の紅葉狩り日和となりました。
アッサム様に状況を確認すると、本学園艦の乗降ゲートに張っていると思しき生徒が百名弱、横浜駅改札で張っていると思しき生徒が数十名、鎌倉駅に数十名、根岸駅に数十名、伊勢原駅に数名、向ケ丘遊園駅に数名いる、とのことでした。
ガチ勢だけではこんな数にならないので、おそらく他のコミュニティーからも便乗して参加しているのだと思いました。
あらためて、ルクリリ様を慕う者達の多さに辟易しつつ、見事にブラフ情報に引っかかってくれたことに安堵しました。
あとは、6人の参加者の住まいにすでに張り付いている監視の目をどうするか、ですが、それについても手を打ってありました。
まず、私含めた6人全員、紅茶の園に集合してもらいました。
紅茶の園ならば、中に入れるのは限られた者だけですからね。
私、クランベリー、バニラ、ジャスミンの4人は、今回、幹部候補生に格上げされましたので、休みの日ならば自由に紅茶の園へ入ることが出来るのです。
それで、アッサム様に前もって教えていただいた非常ルートを使って、非常ゲートからGI6所有の小型高速船に乗り込み、横浜八景島内の港で下船。
そこから 金沢シーサイドライン 八景島駅 → 京急 金沢八景駅 → ブルーライン 上大岡駅 → 小田急 湘南台駅 → 小田急 新松田駅
と電車を乗り継ぎ、そこからさらにバスを乗り継いで、金時山の麓の地蔵堂バス停留所へ着いたのは、午前10時を少し回った頃でした。
幸運にも、本校生徒と出会うことは1度もなく、何事もなく無事にここまで来ることが出来ました。
そこから先は、本当に至福の時間でした。
紅く萌える稜線、木々のざわめき、きらめく木漏れ日、奏でるせせらぎ、絶えず鼻孔をくすぐるフィトンチッドの香り……。
普段、海の上で生活をする私達にとってはなおさら新鮮で、目に映るすべてが輝いて見えました。
テンションだってうなぎ上りです。
だから、みんなでたくさん、いろんな話をしました。
聖グロリアーナの新体制のこと、戦車のこと、ダージリン様のこと、他校のこと、仲間のこと、家のこと、授業のこと、進路のこと。 他にも、たくさん。
金時山の登山コースは、地蔵堂との往復コースならばそれほど長くありません。
普段、戦車道で鍛えている女子高生の脚だったら、3時間も掛からずに頂上へ着くことが出来ます。
私たちはお喋りに興じているうちに、もうあと少しで頂上、というところまで来ていました。
私は、この時間があまりにも楽しくって、こんな時間はもうやって来ないだろうって思って、だから私はルクリリ様に、あらためてあの時のお礼を言おうと思いました。
「 ルクリリ様? 」
「 ん? なんだい、ニルギリ? 」
「 私がこうして、毎日楽しく戦車道に励めるのは、ルクリリ様が私の涙を、向上心の結晶だって仰ってくれたからなんですよ? 」
私がそうルクリリ様に伝えると、ルクリリ様は目をぱちくりとさせた後、笑ってこうお答えになりました。
「 あれ? 私、そんなこと言ったっけかな? 」
ルクリリ様のご性格ならば、まぁそんな答えだろうなぁと予想していたので、私はそれで十分満足だったのですが、ルクリリ様はやっぱり笑って、続けて何かを喋ろうとなさいました。
何を言われるのか、とても気になりましたが、ルクリリ様のお言葉が続かなかったのは、私達がちょうど金時山の頂上に着いたからでした。
金時山の頂上から見る眺めは、最高でした。
秋らしい高く澄んだ青空に、もう雪化粧が始まっている富士山。
眼下には御殿場市街や芦ノ湖なんかが見渡せる、雄大な景色が広がっていました。
その中で、私の信頼できる仲間達が、楽しそうに笑いあっています。
それは、眩しい光景でした。
だから私は、なんだかその光景が目に染みてしまって、涙を堪えようと目を細めたのです。
ぼんやりと光に包まれる世界で、不意にローズヒップさん達の賑やかな声が聞こえてきました。
「 ちょっと! なんか斧がありましたわー! オーホッホッホ! これで鬼に金棒、無敵のローズヒップ、爆誕ですわー! 」
「 あっはっは! ちょっとヒップ! それ持ったままそこでポーズとんなさいよ! 写メってダージリン様に送るから! 」
私、聖グロリアーナ女学院に来て本当に良かった。
もうずうっと、この楽しげな光景を見ていたい。
そんなことを、心の底から思いました。
涙はもう堪えるのを諦めて、流れるがままに任せました。
ただ、それを仲間達に見られるのは恥ずかしかったので、私は荷物を置く振りをして、仲間達に背中を向けました。
そして、私の横に人の気配。
ルクリリ様でした。
ルクリリ様は、私の横に腰を下ろして、こんなことを仰いました。
「 悔し涙っていうのは向上心の結晶なんだけどさ。 じゃあ、嬉し涙って何の結晶だと思う? 」
私は何も答えられないでいると、いつか見た笑顔で、ルクリリ様はこう仰いました。
「 まぁ、いろんな答えがあるんだろうけどね。 私は、努力の結晶だと思うんだ 」
ルクリリ様の言葉に、私は無言で頷きます。
「 努力して、苦労して、本気で取り組んだから、それが報われた時には泣きたくなっちゃうんだよ、きっと 」
だからね? と言い残して、ルクリリ様は斧を振り回しているローズヒップさんのところに駆けていきました。
「 おーい、ニルギリ―! ははははは! どうだー! 金太郎っぽいかー!? 」
「 ……はいっ! ルクリリ様!! 」
「 金太郎は鬼退治したっていうからな! だったら私達は、鬼ならぬ虎退治だ! 来年こそは黒森峰の虎どもをギャフンと言わせよう! 」
「 はいっ!! 」
「 そして、来年こそ全国優勝したら、お前さんには努力の結晶を嫌ってほど生み出してもらうからな! 覚悟しとけよー!! 」
いつも自信たっぷりで、それでいて、いつもどこか油断しているような、私の愛するルクリリ様。
おまかせ下さい。
このニルギリ、向上心の結晶を振り絞って、聖グロリアーナの戦車道を全国一へと押し上げてご覧に入れます。
そして来年、優勝旗の前で努力の結晶を流しちゃうのは、ルクリリ様の方なんですから。
だから、このニルギリをいつまでも見守っていてくださいね。
※ 終わりです。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
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