【ガルパン】大洗女子学園 農業科生徒による もう一つの戦い (155)



※ 独自設定・独自キャラ
※ 技術的な部分も適当です。
※ 本編キャラはほとんど出てきません。
※ エキシビジョン戦から大学選抜戦までの間の、学園艦内の話です。
※ 戦車は出てきません。
※ 長いです。ごめん。

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8月30日の昼下がり。


夏の終わりの青空に、パンパンッという乾いた花火の音が鳴り響いた。

学園艦の中層から見える大洗の街並みはなんだか賑々しく、時折聞こえる歓声が私の心をイラつかせた。


「そういえば今日、戦車道のコたちが街で試合するんでしたっけ?」


私の隣で乾草を抱えたブラウンさんが、遠く真夏の蜃気楼に揺れる街並みを眺めながら言った。

女の子としては大柄だけど、ツナギ服からのぞく手首は白く細いブラウンさん。

そばに繋がれた牛が、舌を伸ばしてブラウンさんが抱える乾草を盗み食いしようとしている。


「うん。エキシビジョンマッチとかいってたかな? ツイてないね私達。 せっかく街がお祭り騒ぎなのに」


私は、牛の飼料が入った紙袋の開封に四苦八苦しつつ、ブラウンさんにそう答えた。

ここは、大洗女子学園の学園艦にある農業科エリアだ。


私が通う大洗女子学園にはいくつかの科があって、たとえば普通科、商業科、水産科など。

農業科っていのはそのうちの一つで、農業知識と農業技術を学ぶ専門科ってことになっている。


実際は、ていのよい労働力なんじゃないかなって思っているけど。

だって、休日返上で作業当番に入らされ、畑に、植物工場に、牛舎に、鶏舎に、それぞれ送り込まれる農業科生徒たち。

実家が葉物野菜の農家で、大洗に親戚がいるっていう理由だけでこの学園艦に来ちゃった私は、昨年入学して早々に後悔したものだ。


農業って、学問上ではすごい分類化されていてね。

野菜、果物、穀物、畜産…って大きく分類して、さらにそこから野菜だったら

露地野菜、施設野菜、葉物、根物、果菜類…って細分化できて、それぞれに学問が確立されている。

さらに、土壌管理、病害虫対策、品種選定…などなどの括りでも、それぞれが立派な学問になっている。


だから大洗女子学園では、農業科の中にいろんなコースがあって、

「当然私は野菜コース!」 …って考えたんだけどね。


どうせ実家で嫌というほど野菜作っているんだから、ここでは畜産コースを選んだ。

牛とか好きだし。


それでいま、農業科エリアの中にある畜産関係施設、つまりは牛舎にいるんだけど。

なんで大洗の街でお祭り騒ぎやっているのに、私ら2人…あ、いや3人か。

その花の女子高生3人が、こんな艦内の畜産臭あふれるところにいるのかというと、


そりゃあもちろん作業当番だからです。

くっそう! 私らだって遊び行きたいのに! 誰だこんなシフト入れたやつ! 上履きに牛フン堆肥詰めてやる!



手元の紙袋が上手く開封できないイライラと、夏の暑さと、遠くから聞こえる歓声に、

私は思わず「うがぁぁ!」と声を出した。


「こらこら、ジャー子。紙袋の開封方法は前に教えたでしょうに」


そう言って牛舎に入ってきたのは、ショートボブでスタイリッシュなクロ先輩だ。

選択必修科目で合気道を選択している体育会系の爽やかさん。他の娘達から人気がある。


「どれ貸してごらん」と言って、紙袋の開封口をミシン目のように縛っている糸のうち、

上手く赤い糸だけを抜き出す。キレイにほどけるミシン目。ようやく紙袋が開いた。


「うぅ…これ苦手なんですよぅ」

と漏らしながら、私はクロ先輩から開封された紙袋を受け取る。


「ジャー子……なんで頭絡の作り方は上手いのに、これは出来ないんだい?」


頭絡(とうらく)というのは、牛の頭にくくり付けるヒモのことだ。

犬の首輪の機能を、牛の頭で再現したと思ってくれればいい。

競走馬を連れまわすとき、馬の頭になにかヒモを巻きつけてるでしょ?

あの頭に巻き付けるヒモが頭絡だ。

市販品も売っているが、ホームセンターでそこそこ太めのロープを買ってきて、

自分で作るのがこの畜産コースの伝統になっている。


「頭絡みたいに太いヒモなら、私も扱うのに慣れているんです。はぁ…」


私はため息をつきながら立ち上がり、紙袋の中に入っているトウモロコシ粒を牛たちに配り始めた。


“ 県立大洗女子学園 農業科 畜産コース 酪農班 ”


私の所属を正式に表すとこうなる。


先ほども言った通り、農業学っていうのは細分化されているのだけど、その中の畜産学一つをとってもやはり細かく分類できる。

家畜で分けるなら、乳用牛、肉用牛、豚、鶏 などなど。それぞれに飼養学や繁殖学、衛生学などがある。

これらの家畜は、それぞれ扱い方が全然異なるから、畜産学を学ぶ上で、全部の家畜を広く扱うっていうのは効率的じゃない。

だから畜産コースの生徒達は、酪農班、肉牛班、養鶏班と班組みして、毎日毎日、実施研修という名の労働に汗を流している。


ちなみに、大洗女子学園の畜産コースに、豚とブロイラー(肉養鶏)はいない。

理由は、学園艦内に屠畜場……つまり、食肉処理場が無いからだ。


ウチにいる家畜たちをお肉にする場合は、学園艦が大洗港に入港した際に、

大洗町の家畜商さんに来てもらって、引き取ってもらっている。


で、肥育豚の場合、太らせれば太らせるほど脂肪だけが増えていくので、

ある程度「ここ!」って狙った体重のときに出荷しないと、評価が下げられちゃうんだそうだ。

肥育豚の出荷が差し迫ったときに、学園艦が遠洋にいたりしたら困るでしょ?


あと、ブロイラーの場合は肥育期間が短いからね。それに群管理するから、学園艦では飼えない。

群ごとに生後60日弱でお肉にするので、それが何群もあったら頻繁に出荷のタイミングが訪れることになる。


でもほら、学園艦は頻繁に入港しないから。

学園艦内に食肉処理場を作ればいいんだろうけど、「と畜場法」って法律があるおかげでそれも難しいらしい。


なんだかんだ言ったけど、つまりこの学園艦にいる家畜は、乳用牛、肉用牛、採卵鶏だけだ。


これらの家畜にはそれぞれ畜舎があって、特に乳用牛の場合は、泌乳牛舎だけで3つある。

さらにこれとは別に、乾乳牛舎と育成牛舎と子牛舎がある。

場所は、学園艦の中層にあるこの階。


「牛舎」といっても、建物が建っているわけではなく、それぞれに大きな部屋が割り振られているだけなんだけども、

私達は陸地にある牧場と同じように、これらを「〇〇牛舎」と呼んでいる。



野菜コースなんかは作物栽培に日光が必要だから、関係施設の一部は艦上にもあって少し羨ましくなるときがある。

畜産コースは、臭気対策という理由と、あともう一つ大きな理由があって、この中層にある階に関係施設が集められているから、

作業中、不意に太陽が恋しくなったりするのだ。

まあ、臭気がよどまないように、艦壁が大きく解放されているから、密閉感がそんなでもないのが救いだと思うことにしている。


あ、ちなみに泌乳牛舎の「泌乳牛」っていうのは、今日も元気にお乳を出している母牛のことね。


乾乳牛舎の「乾乳牛」っていうのは、子牛を分娩してからしばらく経って、乳量が出なくなった母牛のこと。だから搾乳しない。

お乳が出なくなったといっても、乾乳期に入った母牛は2ヵ月前後で次の分娩があるから、

乾乳牛の管理にはそれなりに気を使う。 痩せさせても太らしちゃってもダメ。


人間の女性だってそうでしょ? 出産前に太ると大変だー…って、お母さんが言ってた気がする。


そうそう、先ほどの私の正式な所属のことなんだけど、

実は“農業科 畜産コース 酪農班”のうしろに、もう一つ、皆が勝手に付けて呼んでいる名前がある。



それは、“ 小山小隊 ” こやましょうたい。



農業科 畜産コース 酪農班 小山小隊。

これこそが、私の貧乏くじ。

他の子たちより、作業に駆り出されることが多いのだ。


酪農班では、成牛150頭、子牛や育成牛をいれると200頭近くの乳用牛を世話しているし、

搾った生乳をちゃんと殺菌処理して、商品として出荷する乳処理作業も含まれるから、

全部合わせたらそれなりの作業人数が必要。 実際、酪農班全体で50名くらいいる。


にも関わらず、私がいる小山小隊だけ、他の子たちより作業が多い。


こんなに良い天気で、しかも学園艦の外ではお祭り騒ぎだっていうのに、

私達、小山小隊の三人は、今日もこんなところで働いているのだ。


それもこれもクロ先輩が……いや! 生徒会が悪い!!


私が所属する小山小隊は、私を含めて3人で構成されている。


2年生のブラウンさん。 肌の色が白い。うらやましい。


同じく2年生の私。 皆からは「ジャー子」と呼ばれている。


そして3年生のクロ先輩だ。 3年生だけあって頼りにはなる。


3人ともちゃんと本名はあるけれど、すっかりこのニックネームで定着してしまった。



で、このクロ先輩が、あの生徒会のゴリ押し副会長、小山柚子先輩と仲が良い。 これがいけないのだ。


生徒会で何かイベントが企画されると、生徒会から食材として牛乳や乳製品を提供するよう“お願い”されることがある。

しかし、私達がここで日々搾っている生乳は、殺菌処理してパック詰めした後、すでに行き先が決まっているのだ。


搾乳量、今だと1日で大体3トンくらい搾っているかな。

「そんなにあるなら少しくらい融通してほしい」って、生徒会はそう簡単に考えているのかもしれないけれど、

3トンっていったって、200mlパックで1万5千本だ。


ウチの学園艦は、中学9千人、高校9千人いて、中学の場合は給食として牛乳が出されるから、

残りの6千本程度を高校の購買と、あと学食に割り振ることになる。

9千人の女子高生に対して、6千本の牛乳(200mlパック)。

いくら最近の高校生は牛乳飲まなくなったと言ったって、みんな成長期だもん。そりゃ飲むわ。


だから、生産量はこれでも足らないのだ。


そういえば、よく勘違いしている人がいるんだけど、農業科や水産科の生徒だけで、学園艦に暮らす3万人の胃袋を満たすことは出来ないよ。

私達は、あくまで学業の一環として農作業に従事しているのであって、産業としてやっているわけではないのだ。

艦上にある畑、艦内にある植物工場、私達がいる畜産関係施設、もうちょっと下の階にある魚の養殖施設は、あくまで研修施設なので、

自給自足を果たすために設置されているわけではない。生徒の学習のために設置されている。

だから、どの学園艦でも定期船を使って、頻繁に足りない食料を仕入れているのだ。


それなのに、小山先輩は仲が良いからって、クロ先輩に無理矢理な“お願い”をぶつけてくる。

酪農班で生産した貴重な牛乳、乳製品を寄越せと、天使のような悪魔の笑顔で迫ってくる。

あの潤んだ瞳と、でかいオパイと、可愛いポニテと、巨大なおパイで、クロ先輩を篭絡するのだ。

私も一度、間近で見たことあるけど、あんなに可愛いくておパイでポニテでおパイの人が至近距離でお願いしてくるんだよ?

見た目は可愛いお願いだけど、あれはもはや無理強いだ。 いや、強迫だ! 

女の子同士だからって、あんな尊み要素のかたまりみたいな人にお願いされたら、二つ返事でうなずくに決まっているじゃないか!!



だから、クロ先輩は小山先輩に“お願いされるたびに、乳処理担当のコたちに頭を下げにいく。


酪農班は、私達の小山小隊のようないくつかの小隊単位で構成されていて、

小隊ごとに週替わりで作業を交代していくから、乳処理担当のコたちは、翌週には別の酪農作業に入る。

そう、学校が休みの時もね。


だから、乳処理を担当する小隊に頭を下げて、もう行き先が決まっている牛乳や乳製品を融通してもらう見返りに、

クロ先輩率いる小山小隊が、彼女らの休日当番を肩代わりするのだ。


というわけで現在、小山小隊の私達が、こうして牛舎で汗を流していることに繋がる。

なんでも今回は、エキシビジョン戦の打ち上げをするのに、栄養科が牛乳使った料理を提供したいんだそうだ。

なのでなんとか牛乳が欲しいと、小山先輩によるいつもの“お願い”があったらしい。


まだ夏休みなんだから、給食用の牛乳余ってるだろうって?

そんなん、牛乳余らせるわけにいかないから、ちゃんと夏休み前に大洗の業者へ連絡して、毎日連絡船で出荷してるっつーの!

艦外出荷だといつも以上に融通が利かないから大変なんだっつーの!



はい。 以上、説明終わり。


ああ、ちなみに、なんで私達の小隊名に、生徒会副会長の小山柚子先輩の名前が付いているのかというと、

理由は簡単、いっつも小山先輩のせいで貧乏くじを引かされるからだ。

他の小隊は、小隊長の名前が隊名になっているのに。くっそう。



当番代わってあげた乳処理担当のコら、外のお祭り騒ぎを楽しんでいるんだろうなぁ…(遠い目)


大洗水族館の方で、おそらく戦車の砲撃の音だろう、海にドーンとした音が響き渡り、

観客席が設けられているショッピングモールの方から一際大きな歓声が聞こえた。


「戦車道の試合……終わったのかな?」


開け放たれた艦壁の向こうに、もくもくと立ち上る煙が見えた。

あれは……大洗シーサイドホテルかな。うわ、大変なことになってる。半壊してるじゃん。


夕陽が、乾乳牛舎の通路を赤く儚く照らしていた。

私はブラウンさんと手分けして乾乳牛達にエサをやり、ボロ出しを終わらせると、

今日最後の作業を終わらすために乾乳牛舎を出た。


「クロせんぱーい! 浄化施設いってきまーす!」

「よろしくー。私は牛達に異常がないか見回ってからあがるよー」


私とブラウンさんは、畜産関係施設が集まるエリアの隣にある、汚水浄化エリアへと向かった。


汚水浄化エリア。


これがこの学園艦の中で、畜産エリアが中層に位置付けられた大きな理由である。


ここは、学園艦内で発生する下水を浄化施設で処理して、再生水は艦内のあちこちに戻し、

再生できない水については然るべき処理をした後、海水から製造した真水で希釈をして、艦外へ放流するための場所だ。


ちなみに再生水は、人の飲み水にはならない。

飲み水は飲み水でちゃんと蒸発式造水装置……っていったかな? それで飲用可能な真水を作って供給している。


下水はもちろんのこと、私達が日々お世話する牛のフン尿も、実はここで処理されている。


牛のフンというのは繊維分が多いので、浄化施設で処理するには難しい代物なんだそうだけど、

陸地にある牧場と同じように堆肥化しようとすると、膨大な量のアンモニアガスが発生する。

アンモニアガスは金属を腐食するので、学園艦内で堆肥化するのは厳しいのだ。

それこそ艦上で処理しようものなら、臭気の苦情でドッタンバッタン大騒ぎ間違いなし。



だから、牛のフンは尿と一緒に脱水機にかけて、出てきた水分(汚水)をこの浄化施設で処理している。

脱水されて量がずいぶん減った残りの固形分は、牛舎横の堆肥舎で堆肥化して、野菜コースに使ってもらっているって寸法だ。


乳用牛のフンっていうのは、水分率がとても高い。

しかも量が多い。

もちろん個体差があるが、平均的な乳量の牛で、フン尿合わせて50㎏ぐらいある。1頭1日当たりね。


それが150頭いる。すごい量になる。

繊維分が多く含まれているので、人間のトイレみたいに流すとそのうち詰まる。


なので太いパイプ使って直で浄化施設へ送るのだが、牛舎から浄化施設までのパイプが長いと、それも詰まる要因になる。

すなわち、学園艦内でまとまった頭数の牛を飼うのであれば、汚水浄化エリアの近くでなければダメなのだ。


それでも牛のフン尿は浄化施設で処理するのに難儀するらしい。


前に一度、生徒会のモノクル眼鏡の人が来て、

「畜産排水は浄化施設にめっちゃ負担かけるんだからな! 今でも処理能力いっぱいいっぱいなんだから、

 これ以上、飼養頭数を増やしたら怒るからな!!」

って怒られたことあるな。


小山先輩の“お願い”を聞こうと思うと、飼養頭数を増やした方がいいんだろうけど、それやるとモノクル眼鏡先輩に怒られるのか。

なんという理不尽だろう。


「えーっと、曝気槽の温度……問題なし。 曝気ポンプの稼働……問題なし」


私は、浄化施設のコントロール室で、今日も問題なく平常運転を伝えるモニター表示を確認した。

ガチャリと開くコントロール室のドア。ブラウンさんが入ってくる。


「活性汚泥の排出状況、異常無しでした」


「ありがとう……うん、おっけ。 全部異常なしっと」


学園艦の汚水浄化システムは複雑だ。

全部の機能を把握して完璧にコントロールしようとするなら、専門の業者に来てもらってレクチャーを受ける必要がある。



しかし、浄化の仕組みは簡単だ。

汚水の中には有機物が含まれているので、それを微生物に食べてもらう。

微生物が活動するには酸素が必要なので、空気を送り込んでやる。


要するに、汚水を大きな器に溜めて、微生物が住まう泥と混ぜ合わせて、曝気(ばっき)…エアレーションしてやるのだ。


この微生物が住んでいる泥の名前を「活性汚泥(かっせいおでい)」と言うんだけども、放っておくとどんどん泥が増えてきちゃうので、

一定のタイミングで活性汚泥を器から抜く。

抜いた活性汚泥は脱水機にかけられ、フンの固形物と同じく堆肥化される。


私達でも、浄化施設の要である曝気槽が問題なく稼働しているかどうかくらいは、このコントロール室のモニターを見ればわかるので、

一日の作業の最後に、浄化施設でトラブルが起きていないか確認しにきたのだ。

この確認作業は、乾乳牛舎を担当する作業当番が受け持つことになっているため、こうやってブラウンさんとやってきたのだ。


もしトラブルが起きている場合は、私も多少は対応できるけど、まだまだ経験が浅いので、クロ先輩に頼ることが多い。

クロ先輩はさすが3年生だけあって、汚水浄化システムのことにも詳しいから。



あれで小山先輩の“お願い”を安請け合いさえしなければなぁ……。


浄化施設の確認作業を終えて、今日の仕事が終わった私とブラウンさんは、更衣ロッカー室へ向かうことにした。

もう、クロ先輩は作業終わっただろうか。


「外のお祭り、参加できなかったんだから、クロ先輩にアイスでも奢ってもらおうか」

「いいですね! わたし、干し芋ソフトがいいです!」


そんな今どきの女子高生みたいな会話をブラウンさんとしていると…



不意に、艦内放送が聞こえた。


艦内放送で、生徒会長を呼び出している。

……でも生徒会長は確か、戦車道のメンバーだったはずだから、まだ街の方にいるんじゃないかな。

戦車道の試合後も生徒会の仕事で呼ばれるなんて、タイヘンだねセイトカイチョウって。



…いつも苦渋を舐めさせられている生徒会なので、他人事のように考えてやるザマミロー…


とか、そんなことを考えていると、しばらくしてまた艦内放送が聞こえた。


「…あー、こちらは、文科省学園艦教育局です。

 大洗女子学園の生徒、ならびに住民の皆様へお知らせします」


「この学園艦は……明日8月31日をもって、廃艦することが決まりました。

 廃艦の理由については、昨年度末付けに施行された『学園艦運用法の一部を改正する法律』、

 ならびに、同日付けで通知された『学園艦運用法の一部を改正する法律に基づく正当な廃艦理由について』を根拠にしております。

 詳しくは、住民登録されたアドレス宛てに資料を送信しますので、各自ご確認ください。

 また、学園艦を降りた後の転校までの手続きや生活保障、再就職の斡旋等についても、同資料をご確認ください。


 なお、退艦日は明日、8月31日となります。

 生徒、住民の皆さまにおかれましては引っ越し作業の円滑な実施を鑑み、ただいまから荷物のとりまとめや梱包作業等を実施されますよう、あわせてお願いします。


 繰り返します。こちらは、文科省学園艦教育局です……。」



最初、艦内放送が何を言っているのかわからなかった。


……文科省?  廃艦??  転校???  引っ越し????


必死に単語だけ捕まえて、頭の中で繰り返すが、意味が分からない。

いや、意味は分かるが、それが今の状況になんの関係があるのか理解できない。

え、だって、今日もいつも通り牛の世話して、作業終わって、明日も牛の世話があって……えええ?


私はとなりのブラウンさんを見るが、私と同じような顔をしていた。


「…は…廃艦? 誰かの悪質なイタズラでしょうか?」

「…なんか引っ越ししろとかって言ってるよね。 いつもの放送委員でも、先生の声でもないし、イタズラかな…?」


もともと夏休みで、学校内に残っているのは私達のような作業当番や当直当番だけのはずだ。

しかも今日は戦車道の試合があったから、艦内の住民の多くは艦を降りて街にくり出しているだろう。

だから、人口が少なくなった学園艦でハメを外したい馬鹿なヤツが出てきても……まぁ、わからなくはない。


しかし……その割には放送内容がちゃんとし過ぎている気がする。


私とブラウンさんが、艦内放送を耳にしつつ互いに怪訝な表情で中空を見上げていると、

突然、男の声が掛かった。


「そこの女生徒達。今の放送が聞こえたね。

 この学園艦は解体されるので、今から引っ越し準備を始めなさい」


この学校の敷地内で、男性の声を聞くことはほとんど無い。

だから、声が聞こえた瞬間、目の前に夕日の長い影を落とした中年太りの男が立っていて、

それが男だって理解するのに数秒かかった。


「辻局長め……農業エリアは確認する箇所が少ないから担当するのは楽だって言ったのに、それでも随分時間が掛かったじゃないか」


胸に「文科省学園艦教育局」のバッチを光らせたその男は、ここにはいない職場の上司らしい男に向かって悪態をつきながら、

他の教育局職員や外注業者と手分けして各施設を確認して回っている、と言った。


それからがドッタンバッタン大騒ぎだった。


クロ先輩と更衣ロッカー室で合流した後、クロ先輩の携帯から生徒会の小山先輩に確認を取ってもらった。

小山先輩もどうやらこの情報を知って間もないみたいだった。

携帯越しに聞こえる声はとても不安げだったが、結局のところ先程の艦内放送は嘘じゃないとわかった。

急いで畜産コースを担当する先生に連絡を取った。


小山小隊の3人は学食で早めの夕ご飯を済ませると、畜産コースの生徒らがいつも使う講堂に向かった。

教室に入るなり、いっせいに私達、小山小隊の方を向く畜産コースのメンバー。


みんな、不安そうな顔をしている。

わかる。私も不安だ。

だから、みんなが何に不安がっているのかも分かる。たぶん、大きく二つ。


「転校って、私達どこに行かされちゃうんだろう」ってことと、

「ココの牛と鶏たちはどうなっちゃうんだろう」ってことだよね。



案の定、その後に行われた緊急ミーティングでは、ここの家畜たちをこれからどうすればいいのか、紛糾した。


およそ2時間の騒々しい話し合いの結果。


とりあえず乳用牛は、先生が茨城県庁の畜産課に連絡して、茨城県立の畜産試験場と育成牧場へ一時的に預かってもらえないか打診することになった。

おおむね受け入れてもらえそうな返答があったみたいだが、それでも成牛150頭全部は多すぎて無理、とのことで、

おそらく三分の二は売り払わなければならないだろう。

大部分は家畜市場で売れると思うけど、でも何頭かは廃用扱いにして屠畜場へ送ることになる。

……大部分は屠畜場送りにはならないだけマシ……

とでも思わないとやっていられなかった。



肉用牛の全50頭は、20カ月齢以上のものはすべて肉として出荷、12カ月齢以下のものは肥育素牛として出荷、

それ以外のものは育成牧場の空いている放牧地におっぱなすらしい。



可哀そうなのは採卵鶏班だった。

ウチで飼っている採卵鶏は約1000羽だが、全羽廃鶏処分となった。

養鶏班の1年生が集まって泣いている。


結果として、ウチにいる家畜の中で屠畜場送りになるのは、泌乳牛の何頭かと、20カ月齢以上の肉用牛と、採卵鶏になった。

肉用牛については、まあどのみちあと1年以内でお肉になるんだから……くやしいけど納得するしかない。

採卵鶏もいずれは処分しなくちゃならないんだけど……自分達の都合で命を奪うのだから心が痛い。とても痛い。



私だって泣きたい気分だった。 だけど、2年生の私が泣いている場合じゃない。

3年生のクロ先輩も同じように考えているみたいで、悲壮感漂いながらも決意した顔をしている。

ブラウンさんは泣いていたが、なんとか頭を働かせる余裕は残っていそうだった。


目下、最大の課題は、牛をどうやって下船させて目的の場所まで運搬するかだ。

受け入れ先の畜産試験場や育成牧場に運ぶにしろ、家畜市場へ出荷するにしろ、屠畜場へ送るにしろ、

いずれも陸地にいる家畜商が所有する家畜運搬車が必要になる。

しかし、合計250頭近い牛達をいっぺんに運べるような運搬車はない。

せいぜい1台あたり10頭も乗らない。 となると、凄まじい台数が必要になる。

そしてそんな台数を一気に確保したら、陸地で牧場やっている畜産農家らに多大な迷惑をかけてしまう。

というか、そんな台数はいっぺんに確保なんか出来ない。不可能だ。



だから、集められるだけ集めた家畜運搬車で、時間をかけて牛たちを運び出すことになった。

退艦日は明日、といきなり決めつけられてしまったが、こちとら家畜の命を預かっている。

多少、私達の退艦日が延期するくらい、多めに見てくれる……と信じたい。


時間をかけて家畜運搬車で運び出すといっても、いろいろ考えなくちゃならない。


肉用牛は、日々の管理がエサやりだけだからまぁいいとして、問題は泌乳牛だ。

お乳は毎日搾らなければならない。でないと乳房の病気になってしまう。


家畜市場に出荷する泌乳牛は、市場で買われた先ですぐ搾ってくれるだろうが、

私達の手元に残す泌乳牛たちは、移送先で搾乳の体制が整うまでは、下艦させることができない。

どんなスケジュールで牛と鶏を下艦させればいいか、綿密に計画を練る必要がある。

頭が痛くなりそうだな。



それと……あとは乾乳牛だ。


乾乳牛は搾乳する必要がないが、分娩が近い牛だ。

これだけ頭数がいると、牛の分娩は1ヵ月の間に何回もある。

確か、今いる乾乳牛の中で分娩予定日が差し迫っているやつはー…

…9月11日だ。

その次は確か9月下旬だった気がするので、気にしなくちゃいけないのはこの9月11日に分娩予定の牛か。


私達、小山小隊の3人は、牛舎内の片付けとか、個体管理台帳の整理とかを他の小隊にまかせると、

酪農班の詰め所に行って、備え付けの固定電話の受話器をつかんだ。

そして、家畜運搬車を確保するために、片っ端から家畜商に電話をした。


もう夜も遅い時間だったが、なんとか10台程度の家畜運搬車を確保することが出来て、

疲れた頭で「これが不幸中の幸いってやつなのか……」とボンヤリ思った。


翌日、8月31日。

今日も憎たらしいほどに晴れている。

肌を刺す太陽の光は、今の私達にとって「地獄のような」という表現がぴったりの暑さをもたらしていた。



港には昨日に引き続き、自家用車やら貨物トラックやら2tダンプやらが乗艦ゲートへと列を作っている。

学園艦の艦壁に設けられた乗艦ゲートは数か所あるけれど、それらは業務用車両しか使えない。

自家用車の乗船経路は決まっていて、特定の乗艦ゲート1ヵ所しか使えないことになっている。

平常時はそれほど大きな渋滞は起こらないのだが、こんな非常事態のときは渋滞しちゃうんだねぇ……

なんて、私はとりとめもないことを考えていた。


列を作る車両の中に、ちらほらと家畜運搬車が見えた。

とりあえずはあれで、牛たちの出荷第一陣が行われる。


それと……あれは生徒会の面々かな。ほかにウチの制服きたコたちがいる。

ひょっとしたら戦車道チームのコ達かもしれない。

彼女らは、大洗港ターミナルに集結したバスに乗り込んで、あちこちの仮設校舎に割り振られるって、クロ先輩から聞いた。

本当なら私達もあのバスに乗り込まなくちゃいけないんだけど、残った家畜の世話があるからね。

生徒会のモノクル眼鏡先輩からは電話口で渋られたけど、ゴリ押しして認めてもらった。

いつもそちらの無理難題聞いてやっているんだから、今回くらいは大目に見ろってんのよ。


今日から始まる牛たちの出荷。

最初に出ていくのは、肉用の若い育成牛と、乳用の若い育成牛だ。

出荷先は家畜市場と育成牧場。

どちらに行っても、殺されることはない。

皆と話し合って、屠畜しなくちゃならない牛たちは、せめてもの抵抗で出荷を後回しにしようということになっていた。


ただし、出荷の一番最後は、乾乳牛に決まった。

乾乳牛はお腹に子牛がいるので屠殺せず、全て家畜市場へ出荷することになっている。

それでも出荷を最後にした理由は、確保できた家畜運搬車をフル回転させても、出荷が完全に終わるまで2週間弱かかることと、

9月11日に分娩予定のやつがいるからだ。

こいつが分娩する前に出荷することも考えたのだけれど、私達にとって、最後の牛のお産になる。最後まで見届けたかった。

だから、乾乳牛全頭がいちばん最後の出荷順に回された。



なお、最後の出荷日は9月13日だ。

だからこの日が、我々畜産コースの生徒の退艦日になる。

分娩がずれ込んだり、分娩事故が起きない限りは、大きなトラブルにはならないだろう。


ちなみに、採卵鶏の出荷も廃鶏業者の都合で9月13日になった。


「はぁ!? 学園艦に再乗艦できないってどういうことですか!?」


今日から始まった牛の出荷。

その今日の分の出荷を終え、残った牛・鶏の世話と、昨晩に引き続き下艦の準備を進めていたときだ。

昨日の文科省の職員がまた現れた。


そして、酪農班の班長を務める少女と二言三言会話したあと、酪農班長が激高して声を荒げた。

職員は「もう決まったことだから」と言い残して、早々に去っていった。


「班長、いったいどういうことですか?」

クロ先輩とブラウンさんが、肩をわなわなと振るわせる酪農班長の少女に話しかけた。


「……畜産コースの生徒も、今日下艦したら、再乗艦は認められないって」


それを聞いた周りの少女たちが、一気にざわつき始める。


「再乗艦は認められないって……残った牛と鶏のエサやり、どうするんですか!?」

「残りの出荷はどうなるんです!?」


畜産コースの少女たちの声は、もはやに悲鳴に近い。


「文科省もおそらく混乱しているんだろう。ウチって、初めての廃艦ケースなんだろう?

 指示内容が重複したり、矛盾したり、場合によってはそぐわなかったりしているんだろうね」

クロ先輩は、同じ3年生で友人の酪農班長を慰めるように言った。


酪農班長は、奥歯を噛みしめた顔でクロ先輩に応えた。

「かといって、畜産コースの生徒ら全員で指示を無視するわけにもいかないわ」



確かにそうだ。 畜産コースは100人近い生徒がいる。

さすがにこの多人数で指示を無視して普通に登校して作業してたら、学園長に連絡が行ってしまう。

今回の廃艦決定は、お役所らしい根拠に基づいたちゃんとした理由があるらしいから、学園長も逆らえまい。

結局は学園長によって退艦させられてしまうんじゃないかと思う。


「学園長に直談判して、出荷がすべて完了するまで再乗艦を認めてもらえるようにしたらどうでしょうか?」


私がそう提案してみると、酪農班長は首を横に振った。


「たぶんダメね。学校に残って作業したい生徒は、他コースにも、他科にもたくさんいるわ。

 その中で私達だけ、いくら家畜の世話があるといっても、特別待遇にはならないと思う。

 …それに、学園長はしばらく学校を離れるはずよ。

 再乗艦許可証に学園長のハンコを貰おうにも、その学園長が捕まらないわ」


「え? なんでですか?」


「あまりに突然な廃艦通知。 前日知らせて翌日退艦しろだなんて、いくらなんでも横暴すぎる。

 大洗女子学園を預かる学園長として、黙っていないでしょう。

 あちこちに連絡して、少しでも廃艦を撤回できないか働きかけるはずよ。

 私達が知っている学園長なら、そのぐらいはするわ」


「はぁ……」


学園長のことを良く知らない私は、曖昧に頷くしかできなかった。

学園長と面識ができるのは、だいたい3年生になって各科、各コースの幹部生徒になってからだ。


「それに……あの生徒会長が黙っているはずがないな。

 策士の杏なら、学園長と共謀して、私達が想像もつかない何かをたくらむんじゃないかな」


クロ先輩が唐突に私達の学校の生徒会長の名を出した。

そうか。 クロ先輩は生徒会副会長の小山先輩と友人なら、生徒会長とも友人なのかもしれない。



「なんにせよ、学園長のハンコ付き再乗艦許可証がないと厳しいわ」

酪農班長にそう言われたクロ先輩は、数瞬何かを考えたふりをして、その後、解放された艦壁からのぞく大洗の街並みを見て、こう言ったのだ。




「となると少数精鋭で隠密作戦だね。ウチの戦車道チームの得意ワザだ。私達もやってみよう」


要するにこうだ。


酪農班は、小隊単位が集まって構成されている。

日々の作業は小隊ごとに割り振られており、1週間毎に交代で担当するため、すべての小隊は、どの作業を割り振られても対応出来る。


そして、いつもだったら全小隊が総出で作業に当たるが、休みの日は5~6つの小隊で全ての作業を受け持つため、

やろうと思えば少人数でも酪農班内の全作業を回せるのだ。


だから、この少人数が今日から学校に忍び込み、すべての出荷が終わるまで家畜の世話を続けようというのである。

学園長にも文科省にも生徒会にも内緒の隠密作戦だ。


私たち小山小隊の3人と、養鶏班の小隊を含む計6つの小隊の生徒たちが、出荷完了日である9月13日までの間、学校へ忍び込むことになった。

今日から数日間は作業負担的に厳しいが、日に日に出荷で飼養頭数は減っていくので大丈夫だろう。

……それはそれで寂しい話だけどもね。


牛の出荷も、なるべく隠れて行わなければならないが、家畜運搬車を持つ業者には、再乗艦許可書が交付されているから、

電話で時間と場所を連絡すれば、ここまで勝手に来てくれるはずだ。

あとは何食わぬ顔で出荷してしまえばいい。



出荷完了日までの生活は、牛の分娩当番用に宿直室があるので、そこで寝泊まりすれば大丈夫だと思う。

食べ物は分娩当番用の夜食としてレトルト食品が数種類、箱買いしてあったから、それでなんとかなる。

足りないものは、今日閉店しちゃうサンクス大洗女子学園艦店へ後で買いに行こう。


こうして、小山小隊と他2つの小隊の生徒らは、期限付きの学校隠遁生活を始めることになった。

予想通り、最初の数日間は肉体的に厳しかったが、徐々に飼養頭数が減っていったおかげで乗り越えられた。






日は流れて、9月10日。


やった! クロ先輩の言っていた通り、生徒会長がやってくれたみたいだ。

生徒会長の角谷杏先輩が、学園長と共謀して、廃艦を回避できるかもしれない一手を打ってくれたらしい。

クロ先輩が喜びの表情でそう教えてくれたのだが、すぐに笑顔は消えてしまった。



といのも、その一手というのが……

ウチの戦車道チームで、なんでも大学選抜チームを打ち破らなくてはならないらしい。




私、戦車道は詳しくないけど、先日の高校戦車道の全国大会決勝戦で、ウチの戦車道チームって8台しか戦車出てなかったよね?

相手チームは20台だか30台だか出してきたでしょ?

ってことは今回も同じくらい出てくるとして、しかも今回は相手が高校生じゃなくて大学生。

それも全国から選抜された選手が相手なの……?



私の頬の筋肉が、私の意思に反してヒクヒクいっている。




勝てる……のか?





……勝てる……のか……?




……これ、完全に私達を潰しにきてないか…?




これが大人の……社会の選択だっていうのか? 




私達の学校が無くなった方が、みんなが幸せになるとでも言うのか!?







………………………



………………



………








………私は……この学校が好きなのだろうか?



授業の合間に牛の世話、鶏の世話。

毎日毎日あさの5時起き。 乳処理作業の日だと4時起きになる。

飼料袋なんて20㎏もあるのに、それ一人で何十袋も運んだりしなくちゃいけないし、

顔にフン汁が跳ねるのなんてしょっちゅうで、フンが汚いなんて美的センスは早々に崩壊した。

擦り傷なんていつものことだし、水仕事も多いから手はガッサガサ。

花の女子高生なのに、髪から漂う香りは畜産臭だよ?



それで「今日は残飼が少なかったねー」とか、「昨日産まれた子牛、メスだったよー」とか、

「試作したヨーグルト、持って帰っていいって!」とかで喜んでいる。




どうなのそんな青春。 ねえ。


楽しいの、私? 


ねえ、楽しいの?





………………………


………………


………ああ、楽しい。


そうだよ! 楽しいよ!!


母牛が無事子牛を産んでくれたときも、撫でたときにすり寄ってきてくれることも、

搾乳終わって牛がヨッコラセって座るときも、子牛の下痢が治った時も、

ブラウンさんとヒイヒイ言いながら乾草を運ぶときも、

クロ先輩に牛の保定の仕方がなってないって注意されるときも、

作業が終わってロッカー室で友達とダベるときも、

帰りがけに皆でアイス買って食べるときも!


みんな……みんな鮮明に思い出せるくらい楽しかった! 


大変なことめちゃめちゃ多いし、今だってめちゃめちゃ大変だけど…!

明日が来るのが楽しみなくらい、私は大洗女子学園に通うのが楽しいよ!



きっと、戦車道チームのコたちは、私と同じくらい学園生活が楽しいんだと思う。

誰がどう考えても、大学生相手に戦って勝とうだなんて無理な話なのに、それでも心が折れずに戦う意思を見せている。



なんで?

学園生活が楽しいからでしょう?

失いたくないからでしょう!?



「勝てるのか?」じゃない。

私達が勝つと信じないで、誰が信じるっていうんだ!



ウチの戦車道の隊長は、確か、私と同じ2年生だったはず。

名前は、えーっとー…西妻…? 西詰…? なんかそんなだった!


彼女はいま、絶望的な状況にあっても、きっと活路を見出そうとしているに違いない。

じゃなかったら、素人の寄せ集め軍団で全国優勝なんかできないもんね!


彼女はきっと、「できない探し」をするコじゃない。 「どうすればできるか」を探すコだ!


大人の言うことを素直に聞いておけば楽だったのだろう。

無理難題を吹っ掛けられて、我が身を削ることもなかったんだろう。

私達だって、生徒と住人がいなくなった学園艦で、こんな苦労しなくて済んだかもしれない。



だけど、飼ってる牛たちを見殺しになんてできるものか!

はいそうですかって、私達の牛を、自分たちの居場所を、この学園艦を差し出すことなんてできるもんか!

もう肉用牛は屠畜場に送っちゃったから、私達は全部は救えなかったけど……!




私達の学園艦を救おうとしている仲間が! 最後まで諦めていない仲間が!!

まだウチの学校にいるじゃないか!!!






9月11日。



どうしても屠畜に回さなければならない泌乳牛の何頭かを、今日出荷する。

ただ、屠畜場の処理枠には収まり切らないということで、屠畜日は明々後日の14日になった。

今回特別に、屠畜場で13日まで生かしたまま繋いでおいてくれるとのこと。

向こうで搾乳も、エサやりもしてくれるって。

普通はこんなことないから、屠畜場のおじさん達に同情してもらえたのかもしれない。



この出荷が済めば、残るのは乾乳牛の30頭、それと、廃鶏予定の採卵鶏1,000羽だ。



残るこの頭数、羽数だったら、小山小隊の3人だけでも世話が出来るということで、

他5つの小隊のコらには今日、退艦してもらった。



私達の小隊が最後に残った理由は、私達がいちばん作業に慣れているから。

本当は産まれた卵の回収作業が負担なんだけど、今さら食用出荷もできないので、明日から回収はしない。

……明後日、廃鶏として出荷しちゃうからね。

乾乳牛のエサやりに、採卵鶏のエサやりだけだったら、3人だけでもなんとかなると考えたのだ。


屠畜場へ向かう家畜運搬車を見送るのは、いつになっても慣れない。心が痛い。



でもね。

例の起死回生の一手である、戦車道チームの試合が、その明後日の9月13日に決まった。



もし、ウチの戦車道チームが万が一でも勝ってくれたら…!

13日に廃艦が回避できることが決まったら、14日の泌乳牛の屠畜はキャンセルできる!

屠畜場に回す泌乳牛たちだけは、ギリギリで救える……!



私だけじゃない、畜産チームの全員が、大洗女子学園戦車道チームの勝利を心から祈っていた。


「うーん、分娩兆候がないなぁ」


その日の夜、乾乳牛舎の中。

私は、今日分娩予定の乾乳牛を観察しながら、隣に立つブラウンさんに言った。


「尻尾の付け根もへこんでこないですねぇ」 と、ブラウンさんも言った。

牛は、分娩間近になると尾の付け根がへこむ。というか緩んでくるので、そのことを言っているのだろう。


「明後日の13日には最後の家畜運搬車が来ちゃうんだけど……今日か明日中に産んでくれないと困ったことになるなぁ」

さすがに分娩したばかりの母牛、生まれたばかりの子牛を、その日に家畜運搬車へ乗せて移動させることは厳しい。

仮に産まれてなくても、母牛が産気づいていたら無理だ。


「まぁ分娩予定日に生まれないなんてことはざらだからね。

 もうちょい産気づいてくれば、分娩誘発剤を使うって手もあるが、まぁ獣医さんを呼べない現状じゃあそれも無理。

 あとは神のみぞ知るってやつだね」

クロ先輩はそう言って、乾乳牛の喉を撫でてやっている。



そのときだった。


乾乳牛舎の外から、男の話声が聞こえた。

一人はあの文科省の職員の声だった。

話し相手はどこかの業者らしい。



職員「…それで…汚水の浄化施設は停められそうですか?」


業者「まあ先程、浄化システムのコントロール室を見た限りでは、いけると思いますよ。

   大元の主電源もちゃんと確認しましたし、こうして畜舎から浄化施設へ流れ込む汚水の流れも確認しに来れましたしね」


職員「そうですね。では、明後日、間違いなく浄化施設の稼働を停止できますね?」


業者「いや出来ると思いますけど…。いいんですか本当に?
 
   浄化施設を停めたら、そのあと再稼働させたとしても、浄化能力が著しく落ちますよ?」


職員「ああ、いいんです。浄化施設は電気食いですから。

   廃艦決定同然だというのに、余計な電気を消費させておくわけにはいきません。

   それに……浄化能力が落ちてくれた方が都合が良いですしね」


業者「はぁ、そうですか。 まぁウチは金さえ貰えば何でもやりますがね」


職員「それで、大元の主電源ってどうすれば落とせるんですか……」



そう言って、二人の男の話声は遠ざかっていった。


小山小隊の3人は、牛と牛の間に身を隠して、息を潜めていた。

そして、男達の気配が消えたことを確認して、頭を突き合わせた。


最初に発言したのはクロ先輩。

「なんであの文科省の男がいるんだろう? 浄化施設を稼働停止させる? 都合が良い?」


それを受けてブラウンさん。

「私もそう聞こえました。電気の消費量を減らすため…とかなんとか。

 浄化能力が落ちてくれた方が都合が良いって何でしょう?」


私も考える。

「文科省にとって都合が良いって言ったら……この学園艦が必ず廃艦になることでしょう?」


「……くそう。なるほどね」

私の発言で、クロ先輩は何かに気付いたらしい。




「大洗女子学園の戦車道チームが、起死回生の一手として、大学選抜と試合をすることは知っているよね?

 だいぶ…どころかとても旗色が悪い試合のようだけど……

 万が一ってこともある。

 たぶん、文科省は保険を打っておきたいんじゃないかな?」


「保険……ですか?」 聞き返すブラウンさん。


「そうだ。保険だ。浄化施設を稼働停止させると、当然、曝気槽も停まるよね。

 曝気槽は、中で活性汚泥を綿密にコントロールしている。

 ここで、曝気槽のエアレーションと温度コントロールを停めたらどうなるかな? ジャー子」


「えーっと……活性汚泥に含まれる微生物の活性が弱まりますね」


「そうだね。そして一度弱った微生物は、再び活力を取り戻して安定させるまでに大変な労力が掛かる。

 さらに、沈殿しっぱなしになった活性汚泥は、パイプやポンプにこびり付き放題だ。

 曝気槽と連動したあちこちの機器に、さぞかし負荷がかかることだろうね」


「それと、ウチの学園艦は他と比べて規模が小さいのは知っているかな?

 他の学園艦とか、陸地の汚水処理場は曝気槽をいくつも持っているから、処理能力に余分があるんだろうけど、

 ウチの学園艦にはそんな余分なスペースはない。

 現に、ここの浄化施設の処理能力がすでにいっぱいいっぱいさ。
 

 だから、ウチの学園艦の浄化施設は、すべての曝気槽がフル稼働しないと、汚水処理が追い付かない」


「あと……学園艦に人が住んでいる間は、必ず汚水が出るよね。

 学園艦は人がいないと動かないんだから、その動いている間は、必ず汚水浄化システムも働くってことさ。


 その汚水浄化システムは、学園艦が退役する前に住民すべてが降りてしまうなんてことは考えてられていないから、

 最初に動き出したらもう停めないことを前提に作られていると言っていい。

 退役前に全システムが停まることは想定されていないんだ。


 それでも全システムを停めたら……あちこちトラブルになるのは目に見えているね」


クロ先輩の言葉はまだまだ続く。

一つのヒントから、芋づる式に自身の考えを重ねていく。



「さらに……今の大洗女子学園艦は、人がほとんど住んでいない。

 つまりは、浄化施設に流れ込む汚水量が激減している状態、ということだね。


 それなら浄化施設への影響が少ないと思うかもしれないが、その逆さ。

 曝気槽にいる微生物にとって、汚水はエサなんだよ。

 エサの量が足らなくなったら、曝気槽内の微生物は飢えて、平衡状態が保てなくなってしまう。


 だから、私達は今まで気付いてなかったけども、私達が今日まで家畜たちのフンを浄化施設に投入していたのは、

 曝気槽の飢えをしのぐという意味で、平衡状態を保つことに一役買っていたんだと思うよ」


「でも、すでに曝気槽内は、均衡が崩れる一歩手前のはずだと思う。

 そんな状態で、学園艦の汚水浄化システムが一度でもダウンしたら、もう復旧は難しいんじゃないかな?

 陸地の汚水処理場とは違って、学園艦の汚水浄化システムはデリケートだからね」



ここで「あっ」と何かに気付いたブラウンさん。

「……曝気槽内の平衡状態が崩れてしまえば、いつもの浄化能力が発揮できないことになります。

 つまりは、排水基準に満たない水が放流されてしまうので……」


私が続く。

「水質汚濁法に違反した学園艦……ってことになっちゃう」


最後に、クロ先輩が総括する。

「文科省としては、そんな海洋を汚染しかねない学園艦を運用させることは適わないってことだね」


絶句する私とブラウンさん。

腋に嫌な汗がダラダラと流れているのがわかる。

そんな私達を視界の端に捉えながら、クロ先輩は男達が去った方を睨んでこう言った。


「……いや、さらに深読みすれば、造水装置も狙っているのかもしれないね」


「ど……どういうことですか?」


「最終的に処理された汚水は、造水装置で造った真水で希釈してから放流するんだけど、

 曝気槽にも真水を供給することがある。

 汚水濃度を下げて曝気槽をコントロールするためだね。

 つまり、造水装置と曝気槽内はパイプで繋がっているのさ。


 一方で、この造水装置と同じ形式の造水装置を、別の場所で使っているエリアがある。

 人間用の飲み水を生成している、上水処理エリアだ。


 もし、曝気槽と連動している造水装置が、浄化施設の機能停止に伴って故障した場合、

 それを理由に『飲み水用の造水装置も危ない!』とか言い出すかもしれないね。


 実際は、飲み水用の造水装置は、汚水浄化施設と繋がっていないから、故障することはないのだけども。

 そんなのはこじ付けでいくらでもなんとかなる、とお役人さんは思っているのかもね」




飲み水の確保に不安を抱える学園艦。

海を汚染しかねない学園艦。




「仮に、ウチの戦車道チームが試合に勝ったとしても……」


私達に視線を戻したクロ先輩は、まるで、冤罪を被ったようなやるせない顔でこう言った。


「大洗女子の学園艦を再び廃艦させるためには、十分な理由だと思わないかな?」


なんとかして、あの文科省職員の企てを阻止しなければならない。

小山小隊の3人は、乾乳牛舎の通路の真ん中に円陣を組んで、頭を突き合わせた。


「しかしクロ先輩。私達3人しかいませんよ? 他の小隊のコ達はさっき退艦しちゃいましたし」(←私)


「そうなんだよなぁ、ジャー子。強硬手段で止めようと思っても、こちらは花の女子高生3人だけだね」(←クロ先輩)


「クロ先輩が花の女子高生とかいうと、なんだか笑ってしまいそうです私」(←ブラウンさん)


クロ先輩が胸押さえている。地味に傷付いているな、アレ。


「そもそも強硬手段なんて許されるんでしょうか? ここで私達が不祥事を起こしたら、

 これから北海道で死力を尽そうとしている戦車道チームに影響ありませんかね?」(←私)


「……一理ある」(←クロ先輩)


「もし万が一、戦車道チームが勝ったとしても、生徒の不祥事で無効試合だーとかって言われそうですね」(←ブラウンさん)



……ううん、これは八方塞がりというやつなのか。


問題はこれだけじゃなくて、あの分娩が遅れている乾乳牛のことだってあるのに。

この上で分娩事故でも起きたらたまったもんじゃない。




………………ん? ……事故?







「……ねえ、クロ先輩?」

「なんだい、ジャー子」


私は心に浮かんだ提案を口に出する。




「強硬手段じゃなくて、事故ならいいんですよね? ……天災、人災問わずして」




私が思いついた作戦をクロ先輩とブラウンさんが聞いたときの、まあ悪そうな笑み。

きっと私も同じような顔しているんだろうなぁ。



「しかし、ジャー子。その方法だと、再乗艦許可証がどうしてもいるね」 クロ先輩がムムムと唸る。

「そ、そうか。うーむ……」 私も唸る。

「学園長にハンコ貰おうにも、当の学園長はどこ行ったのかわかりませんものねぇ……あら?」

ブラウンさんがため息をつきかけたその時、何かに気が付いた。


……解放された艦壁の向こうから、飛行音が近づいてきている?


……これは……教職員用のヘリコプターだ!!


教職員用のヘリコプターといったって、教員は自由に使えるわけではない。

こういう非常時のときに、幹部クラスの教員が使うものだ。


そして、海に住む人間なら誰でも知っていること。

船が沈むとき、最後に退艦するのか船長だ。


だから……


「学園長!!」

私達は、学園長室のドアを開けた。


学園長は今日まであちこち駆けずり回り、少しでも学園艦が存続できる可能性を探っていたらしい。

実働部隊としては、生徒会長の角谷杏先輩が動いていたようだけど、戦車道連盟への根回しとか、

戦車道の有名流派の家元に口利きをお願いしたりとか、なんかいろいろしてくれたみたい。

その結果、「戦車道の試合に勝ったら学園艦存続」という起死回生の一手を拾い上げてくれた。


ただそれも、明後日の試合に負けてしまったら、本当に廃艦が決定してしまう。

そしたらもう、教職員どころか学園長と言えども再乗艦できなくなる。


だから、大洗女子学園のトップとして、最後の残務整理に来たらしい。

明後日の朝、戦車道チームの応援をしに北海道へ発たねばならないため、学園艦での仕事は明日がラストになるんだそうだ。




なにはともあれ、学園長が大洗女子学園に帰ってきた。


「学園長。再乗艦許可証の申請用紙です。これにハンコをお願いします」


クロ先輩が申請用紙を学園長に手渡した。あとは学園長のハンコを押すのみとなっている。


学園長はざっと申請用紙に目を通したあと、ポンとテーブルの上に申請用紙を戻した。



「なんで再乗艦を許されていないあなたたちが今ここにいるのか……それは聞かないでおきましょう。

 そして………申請は許可できません」



目元に深い疲れをにじませた学園長は、静かに言った。




……なぜ?



この学園艦に住まう家畜たちの命が掛かっていることは説明したはずだ。

ちなみに、さっき私達が推察した文科省の悪だくみについては、学園長に説明していない。

現段階では推論に過ぎず、証拠が無いからだ。


「なぜですか!?」

隣に座るブラウンさんが、涙をためながら学園長に問うた。


「納得のいく理由を聞かせてください」

クロ先輩も、いつもの飄々とした表情を保てなくなっている。



学園長は一度目をつぶった後……

テーブルの上に置かれた申請用紙に目をやりながら、静かに語り出した。



「………もう、いまさらどうしようもないので、君達だけに打ち明けましょう。

 ………この学園艦の住民が……人質に捕られています」


学園長が言うには、別に学園艦の住民の命が脅かされているわけではないらしい。

しかし………


「住民の再就職の斡旋をしない。生活支援金や家賃補助の減額。公営住宅などの入居条件の引き締め。

 教職員の昇給ストップ……場合によっては降格。 まだあります。

 ある意味、生徒や住民の命を脅かしにきていますね」


文科省学園艦教育局からの廃艦通知は、とても納得できたものじゃないが、それなりの根拠に基づくものだ。

なので、その通知内容に反するような行為を学園艦側が働いた場合、ペナルティがある。


大洗女子学園生徒の再乗艦については、最低限の学園艦の維持管理のため…という場合に限り、

学園長の許可があれば認められるそうだが、基本的には船舶科の一部の生徒にしか認められていない。


そして、そんな学園長権限ですら、文科省は目を付けているという。


学園長はそこから先を説明しなかったが、私にはその先を容易に想像できた。


たぶん、学園長が生徒へ迂闊に再乗艦の許可を出してしまえば、権限者である学園長は何らかのペナルティが課されるんだと思う。

「学園長」という肩書は、大体の場合において、もうすぐ定年退職する人が就く役職だ。

そういう人へのペナルティといえば………退職金のカット。


いつだかお父さんが言っていたけど、サラリーマンは定年退職するときに退職金を貰えるから、老後を生きらるんだって。

俺は農家だから関係ないけどな! とか無駄に明るい笑顔で言っていたのを思い出した。


「そんな……」

「そこまでやるのか……文科省は……!」

ブラウンさんは手で口元を覆い、クロ先輩は睨みつけるように窓の外を見た。


本当に人質をとるような文科省のやり口。

……くそう、だめだ。今度こそ本当にだめだ。ここまでなのか?



私は思わずクロ先輩の視線の先をなぞり……学園長室の窓から見える遠くの灯りを見つめた。

夜なので暗くてよくわからないが、あの灯りは大洗シーサイドホテルだろうか?

先日のエキシビジョン戦で派手に壊れたにもかかわらず、あれでまだ営業しているらしい。

戦車の砲撃を受けた跡が見える。




…………戦車。



思い出すのは、私達 大洗女子学園に復活したばかりの戦車道チームのこと。

その隊長を務める、名前がうろ覚えな少女のこと。



「……学園長。


 私達の中に、まだ諦めてない仲間がいます。

 彼女は、遠く北海道の地で、不条理に対して全力で抗おうとしています。

 
 私は、彼女とは友達でもなんでもないけど……大洗女子学園を守りたいという気持ちは一緒です」



「私は、ここで女子高生らしく青春して、授業でクタクタになって、いつも放課後には友達と笑いあう……

 そんな学校生活を、これからも送りたいと思っています」


 彼女もそんなふうに思うのなら……いや、きっと思っているはずです。

 

 ……なら。

 気持ちが一緒なら。


 私と彼女は……。


 わたしと……彼女は……!











 
 今日から!!  友達です!!!





 私は、友達が帰ってくる場所を守りたい!!







最後の方は、思わず叫んでいた気がする。



学園長は、知らず立ち上がっていた私を見て、次いでブラウンさんを見て、最後にクロ先輩を見た。



「……気持ちは分かりましたが、ダメなものはダメです」


学園長が立ち上がった。



これで終わりなのか。 もう本当にダメなのか。

「学園長! もう一度、話を聞いてくだ……!!」


そしてまた口を開こうとする私を制し、学園長はデスクの前に移動した。

デスクの引き出しの鍵を開け、中から小箱を取り出す学園長。


「……そうそう、私はヘリに大事な書類を忘れ物をしてしまったようです。

 急いで取りに戻らねばなりませんが、どうも最近、齢のせいでうっかりミスが多くてね。

 デスクの上に、片付け忘れた私のハンコなどがあるかもしれません。

 君達は絶対に机の上のものを触ってはいけませんよ?」



「え……それって……?」



「……以上です。 “用が済んだら” 戻りなさい」


9月13日 朝10時。


今日ですべての牛と採卵鶏の出荷が完了する手はずになっている。

あわせて、私達、小山小隊もこの学園艦から降りなければならない。


本日、北海道で行われる「大洗女子学園 対 大学選抜」の試合に勝てば、一昨日出荷した屠畜予定の泌乳牛たちと、

今日出荷してしまう採卵鶏たちをギリギリのタイミングで救えるのだけど、試合の行方は誰にも分らない。

だから、心の中で全力応援するだけに留めて、今は文科省職員らによる浄化施設の稼働停止を阻止することに集中しようと思った。


小山小隊の3人は、先程到着した家畜運搬車に乾乳牛を分乗させ、廃鶏回収業者のトラックに採卵鶏を乗せていった。

採卵鶏は、さすがに1,000羽全部を乗せきれなかったので、そのうちの半分程度を第一便として送ることにした。


一昨日が分娩予定日だった例の乾乳牛は、まだ産気づいていないようだったが、尻尾の付け根のヘコミが大きくなっていた。


これは……今日産まれるかもしれない。

ニヤリと笑う私。


さてここで、いつだか説明したかもしれないが、ウチの学園艦に入るルートをもう一度説明しよう。


外からウチの学園艦に入る場合、業務用車両は学園艦の艦壁に設けられた数か所の乗艦ゲートから入って、その奥の昇降リフトを利用する必要がある。

しかし、業務用以外の車両は、特定の乗艦ゲート1ヵ所を利用するしかない。

学園艦に乗り入れる車両は、圧倒的に業務用車両が多いので、このようなカタチになっているんだそうだ。


で、業務用以外の車両とは、要するに自家用車のことなんだけど、公用車と呼ばれる車両もこちらに含まれている。

公用車とは公共団体が保有する車両のことで、まぁ自家用車のようなありふれた車両を公務員が運転していると思ってくれたらいい。


ちなみに、車両以外、すなわち人間だけが乗船する場合も、この自家用車用の乗船ゲートを利用する。


乗船ゲートをくぐると昇降リフトがあり、その脇に非常階段が備え付けらえているのはどの乗艦ゲートも同じ。

この非常階段は、使われることはほとんどない。

最下層に近い場所にある乗艦ゲートから、校舎や住宅がある艦上に出るまで、階段で登るには高すぎるのだ。

だから、相当な健脚自慢でもない限りは、非常階段を使う人間はいない。


大洗港に停泊している大洗女子学園艦の前に、一台の公用車が停まった。

業務用車両用の乗艦ゲートへ続く車両の列は今日も長く続いているが、自家用車用の乗艦ゲートの前には他の車は見当たらない。


巨大艦の足元に停まったその車は、自分の何倍もある大きさの動物を支配する寄生虫の一種のようにも見えた。

公用車の中にいる寄生虫。 文科省学園艦教育局のあの男と、汚水処理業者が一人。


「これで廃艦決定だ」

そう呟く文科省の男の顔は、確かに虫とそっくりだったに違いない。



二人が乗った公用車が自家用車用の乗艦ゲートの前まで進むと、ゲートはゆっくり開き出した。


文科省の男は、さぞかしムカつく顔で笑っていたことだろう。。





……しかし、彼の顔はすぐに歪むことになる。




「………な……なんだこれは…………」




文科省の男は茫然としていた。

彼の目の前に広がる光景、それは。




奥に昇降リフトが見える一室。



その中を、縦横無尽に駆け抜ける鶏の群れ。



解放感あふれる空間に、思わず駆けだしてしまう牛。、



一方で、思い思いの場所に座って、くつろぐように反芻している牛が、一室を占拠していたのだった。



「いやーすいませーん!」


私は、文科省の男がこの一室に入ったことに内心安堵しながら、努めて明るく声を掛けた。

それでようやくこちらに気が付く文科省の男。


「なっ……こっ……これはっ、一体どういうことだね!?」


「いやー、学校に残っていたウチのコたちを下艦させようと思ったら、ちょっとミスってここで皆逃げちゃって」


今朝の話。


私達、小山小隊の三人は、今日の朝来てもらった家畜運搬車と廃鶏処理業者のトラックに、

それぞれ乾乳牛30頭と採卵鶏500羽を乗せると、畜産エリアのある中層の、自家用車用の昇降リフトに向かってもらった。


そして………


この乗艦ゲートがある一室まで降りてきて、そのまま乾乳牛と採卵鶏を全部、おっぱなしたのだ。

ちなみに家畜運搬車と廃鶏回収業者のトラックは、中層に引き返してもらったよ。


「どうして!? なんで車両も使わずに家畜を運んでいるんだね!?」

「えー、だってあまりに急なことで家畜運搬車が確保できなかったから」(←私)



「それではっ、なんで業務用車両用のリフトを使わなかったんだね!?」

「車両を使わず人間だけが艦を乗り降りする場合は、このリフトを使うことになっています」(←ブラウンさん)



「人間だけって、こんなに牛やら鶏やらいるじゃないか!」

「あーこれ、私達の持ち物です。ほら、学校の備品っていうか。それを持ち運ぼうとしてるだけで。

 航空自衛隊の歩哨犬って備品扱いって聞きましたよ? あれと同じだから」(←クロ先輩)



「なんでこんな牛やら鶏が放れているんだ!?」

「慣れない昇降リフトに、みんな暴れちゃって。いやー事故です」(←私)


ここでようやく文科省の男は、再乗艦が認められていないはずの大洗女子学園生徒が目の前にいることに気付いたようだ。


「そっ、そもそも! なんで君達生徒がここにいるんだ!?」

「だって、学園艦の最低限の維持管理のためなら、生徒は再乗艦していいんでしょう?」(←ブラウンさん)



「なんでこれが学園艦の最低限の維持管理になるんだね!?」

「いやあ、浄化施設の曝気槽の状態を一定に保とうと思うと汚水量が足らないらしいので、

 せめて私達が飼っている牛のフン尿を投入し続ける必要がありまして」(←クロ先輩)



「ぐっ…!!」っと言葉に詰まる文科省の男。

ならば再乗艦許可証を見せたまえ! と凄んできたので、クロ先輩が「はいどうぞ」といって、学園長のハンコ付き再乗艦許可証を手渡した。


「……これは…本物…! 学園長め…!!」

文科省の男の奥歯がぎりりと鳴った。


文科省の男がいきり立つ理由。

それは、牛と鶏が、乗ってきた公用車の前進を邪魔しているからだ。

前に進めなければ昇降リフトに乗ることができないし、その昇降リフトの上にも牛と鶏がいる。



「いいから早くこれらをどかしたまえ!!」

そう私達に苛立ちをぶつける文科省の男だったが、


「「「はーい、いまやってまーす」」」


まるで急ぐことなく、牛と鶏を追う花の女子高生3人組だった。




私達、小山小隊の狙いは「時間稼ぎ」だった。


今頃、北海道では、ウチの戦車道チームが大学選抜チーム相手に試合をしているはず。



……その試合の勝敗が決するまでは、私達の学園艦は廃艦にならない!!


勝手に歩き回っている牛と鶏。

遅々として、公用車の進行方向から退く気配がないことに痺れを切らした文科省の男は

「もういい! 事情を説明して、業務用車両の乗艦ゲートから入る!」

と吐き捨て、公用車に乗り込もうとした。



と同時に、乗艦ゲートが閉まっていく。

「おおい!?」


慌てる文科省の男。


「いやだって。ゲート開きっぱなしじゃ、牛と鶏、逃げちゃいますし」

クロ先輩が、乗艦ゲートの開閉スイッチパネルの前で答えた。


幸いにも乾乳牛は逃げ出さなかったが、すでに鶏が何羽か逃げ出していた。

あれ、あとで捕まえるの苦労しそうだなぁ……。


「開けたまえ!!」 ちょっとキレ気味の文科省の男。

「無理です」 飄々と答えるクロ先輩。


「なっ…! 逆らうのかね!?」

「我が大洗女子学園の内部規定で、作業の安全性と家畜衛生上の観点から、家畜が逃げ出さないように対策を講じる義務があります」

「はぁ!? もう廃艦するのに内部規定もなにもないだろう!」

「まだ廃艦していません。 試合が終わるまでは内部規定も活きています」


 実はこの規定とやらは適当なんだけど、拡大解釈すればこのように読める内部規定が存在しているので、嘘は言っていない。


 さすがクロ先輩だなぁ。あれで小山先輩の「お願い」を安請け合いしなければなぁ。


ちなみに、昇降リフトには車両が乗らなくても、人間だけ運ばせることができる。

頭に血が昇った文科省の男がそれに気づかないまま、おっかなびっくり鶏を追いたてていると、

しばらくして、どこか他人事のような顔をした汚水処理業者の男が

「……車はここに置いて、人だけで行ったらいいんじゃないですかね」 と言った。


「そうか!」と、私達の方を向いてほくそ笑む文科省の男。あぁくそ。気付いちゃったか。





しかし、それも想定範囲内だ。


この一室の床面と、昇降リフトの床面は、段差なくフラットになっている。

そしてそのリフトの際(きわ)に後躯、一室の床面に前躯を投げ出した一頭の牛がいた。

ちょうどリフトから半身だけ外側に投げ出す格好になっている。

その牛は、やたらとモウモウ鳴いていて、なにか鬼気迫ったオーラを出していた。


「えぇっと申し訳ありません。 今、昇降リフト動かすのは無理です」


ブラウンさんが男達の前に立ちはだかり、リフトを動かすコントロールパネルを触らせないように腕を広げた。


「あそこにいる牛、お産始まっちゃったみたいで」


そう、あの分娩予定日がずれ込んだ乾乳牛である。


今日の朝になってようやく分娩兆候が確認できたこの牛は、今になって、ついにお産が近づいてきたのだ。

だから私たちは、中層から昇降リフトでこの一室にたどり着くなり、あの境目の場所に寝ワラを敷いて、牛が分娩できる態勢を整えたのである。


もし、この状態で昇降リフトを動かせば、リフト際からはみ出るカタチでへたり込んでいる乾乳牛にとって大変危険だし、

そんな危険な行為を公務員がしでかすわけにはいかないだろう。 特に第3者が見ている前ではね。



そして、そもそもとしてこの状態なら、昇降リフトは作動しない。

リフト際から物がはみ出ている場合、安全センサーが働いて、リフトが作動しないのだ。


牛のお産は、立った状態で産む場合も多いが、母牛にとっては寝た状態で産んだ方が楽と言われている。

牛を世話する者にとっても、その方が安心感があるので、分娩する母牛にはあまり立っていてほしくないと思っている。


今回は昇降リフトを動かせないようにする目的で、分娩予定がずれ込んだあの乾乳牛をあの位置に連れて行ったのだが、上手く寝てくれて二重の意味で良かった。

二重の意味とは、今の安心感の話の他に、立たれると当たり前だが歩かれちゃう恐れがあったからだ。

昇降リフトの安全センサーを邪魔するものがいないなら、昇降リフトは作動可能になってしまう。

その場合、あるいは、あの乾乳牛の分娩予定日がさらにずれ込むような場合には、

最悪、安全センサーに牛の生フンを塗りたくって、センサーを壊してやろうと考えていた。


だが今回、あの乾乳牛は上手くあの場所で寝てくれた。そしてドンピシャ! お産が近い!


「なんでこんなところで、牛がお産しようとしているんだね!?」

訳が分からないといった顔をしている文科省の男だったが、いやほらだって、分娩って自然の営み、天からの贈り物じゃない?

だから、ここで昇降リフトが動かないのは、天災みたいなものでしょ?




さあ、風はこちらに吹いているぞ!


北海道で死力を尽くしているであろう、ウチの戦車道チームの試合が終わるまで時間稼ぎをするのが、

私達、小山小隊の第一目標なのだが、今の私達の行いが“不祥事”として見られてしまうことも避けなければならない。

戦車道チームがもし勝利したとき、不祥事を理由に無効試合を言い渡されても困るからだ。

あくまでこれは“事故”なのだから。


文科省の男は、薄々これが、自分を浄化施設へ行かせまいとする妨害工作だと気付いた節があるが、

何といわれようと、これは“事故”だ。

そのため、ちょっとは事故に対応している姿を見せる必要があるだろう。

私は、なるべく時間をかけて、あちこち自由に歩いている乾乳牛の頭に頭絡(とうらく)をかけていく。


そして、万が一乗艦ゲートを開けられないように、頭絡のヒモを乗艦ゲートにくくり付ける。

ちょうど、乗艦ゲートの壁面に沿って牛が繋がれているカタチだ。

頭絡のヒモは、ちょっとやそっとじゃ解けないように、素人にはわかりにくい結び方で結んだ。

こんなところで私の頭絡さばきが活きるとは思わなかったなぁ。


公用車では前にも後ろにも進めなくなった文科省の男は、いまだ混乱しているようだったが、

車での移動は無理だということがわかると、そこで初めて非常階段へと続くドアを見た。

さんざん逡巡した後に、ようやく非常階段へ続くドアへ向かって歩き出した文科省の男と汚水処理業者。


汚水処理業者の方はわからないが、文科省の男のあの中年太りした腹では、階段途中でヘバるのは目に見えている。

まあそれでも決意を固めて登ろうということなのだろう。




しかし、それも読んでいるのだよ。



「……なんだね、これ……?」

非常階段へ続くドアの前で立ち止まった文科省の男。


「あーこれ、ここで牛がフンしちゃって」

シレっと答える私。

濃い緑色と茶色が混ざった粘土のような物体が、ドアノブにまんべんなく纏わりついていた。



私達、畜産従事者は、日常的に家畜の排せつ物と向き合っているのでそれほど忌避感はないが、

一般人にとって家畜のフンは、見るのもイヤ、嗅ぐのもイヤ、ましては触るのなんてもっての外だろう。

といっても、私達だってすすんで牛の生フンを触りたくはないので、彼らがここに来る前に、シャベルで塗りたくっておいたのだ。

ここのドアノブは回すのに力がいるから、手で掴まなければドアは絶対開かない。


文科省の男は私達を恨むように見て、公用車の方へ戻っていく。

「……くそっ……!!」

上手いこと言うね。



公用車がこの一室に入ってきたのが13時。押し問答で30分。それから牛や鶏を追うふりをして、今は14時半過ぎ。

なんとか1時間半ちょいは粘った。

この調子でもうちょっと…………。



「もういい!!」

ついに文科省の男がキレた。

そして、懐からスマホと取り出すと、何やらメールを打ち始めた。


10分程かかっただろうか。

文科省の男がスマホでメール文を作成し、どこかへ送信した後、私達に向かって言った。

「どうやら君達は、私を先へ進ませたくないようだがね。無駄な努力だよ」


「なんのことか分かりませんね」

クロ先輩が答えた。


そうだ。この男の目的は浄化施設の稼働を停止させることだが、私達は気付いていないふりをしなければならない。

これは“事故”なのだから。

気付いていたことが知られたら、この“事故”が妨害工作、ひいては不祥事にカウントされかねない。


「知らばっくれるならそれでもいい。早くここの動物をなんとかしたまえ」

腕を組んで公用車にもたれかかる文科省の男。




……おかしい。なんだ、あの態度。

スマホを打ったあと、急にじたばたしなくなった。



私は、不自然な態度を取り始めた文科省の男を一瞥したあと、クロ先輩、ブラウンさんの順で視線を交わした。

二人とも、私と同じように訝しんだ表情をしている。


直感で「このままここにいたら不味い」と思った。

なんだ? なにが不味い?



あの男は、何か手を打ったに違いない。それは分かる。

メールを打ったのが、その「何か手を打った」ことになるんだろう。

相手は誰だ? なんて打った?



考えろ。考えろ。

考えるのを諦めちゃダメだ。


私は、あの文科省の男が今までに見せてきた行動を思い返そうとした。

あの男は、今まで何て言ってきた?




「浄化施設の稼働を停める」という話声を聞いたあの夜。

あの男は、一緒にいる汚水処理業者の男に何を聞いていた?



浄化施設を間違いなく停められるかの確認と……


………主電源の落とし方だ!!



実際の電源場所を確認して、専門業者からレクチャーを受ければ、素人にも主電源は落とせる!


ならば、その落とし方を誰に伝えた!?


仲間…なんだろうけど、公用車でこの学園艦に入る方法は、この自家用車用の乗艦ゲートしかないはずだ。

公用車で来る以上、まずはこの乗艦ゲートを利用しなければならない。

業務用車両が利用できる乗艦ゲートが使えないこともないが、受付で事情を説明しなくちゃいけないのと、

なにより今から貨物トラックの列に並んだのでは、試合終了までに浄化施設へたどり着くのは難しいはずだ。



なんだ? 何を見落としている!?


今朝から今この時までに、この自家用車用の乗艦ゲートを利用したのは、この文科省の男らしかいない。

車両を使わないで人だけで乗り込む場合もこの乗艦ゲートを使うから、すでに仲間が乗り込んでいるってことはない。


では何だ?


残る方法といったら、業務用車両用の乗艦ゲートを使って乗り込むしかないはず。


そこで私はハッとする。

私とブラウンさんがあの男と初めて会った時、あの男は何て言っていたか。




……何だか上司っぽい人の名前を呼んで悪態をついた後、他の教育局職員や……

外注業者と手分けして、各施設を確認して回っていると言った。


外注業者………アウトソーシング。

今やお役所も、面倒くさい事務仕事の一部を「外注」というカタチで業者に任せることがある。



もし。 もしも。


今回の学園艦解体にあたり、必要な確認作業のうちの一部を、どこかの業者に外注していたとしたら。


その業者が業務用車両を使って、すでに他の乗艦ゲートからこの学園艦に侵入していたとしたら。


その業者が、今のメールの受信相手だったとしたら…!




私は、クロ先輩とブラウンさんを見た。


二人とも不安げな顔をしていたが、私の視線を確認すると、何かを感じ取ってくれたらしい。


二人そろってうなずく仕草をした。私に行けってことだろう。


どのみち、牛のお産が始まっているので、誰か二人は残らなければならない。


しかし、昇降リフトは使えない。

もう分娩間近のあの牛を、あそこから動かすわけにはいかない。



どうしよう。どうしよう。



そして視線を巡らせて目に入ったのは、非常階段だった。

艦上までスゴイ高さがあるから、ほとんど使われていない非常階段だ。

浄化施設のある中層までならそれほどでもないが、この学園艦は小規模ながらも広い。全長7.6kmもある。

目的の階に着いてからが長いのだ。


しかし………行くしかない!!


私は乗艦ゲートの壁面に結び付けた頭絡から手を離すと、

「クロ先輩、ブラウンさん、ごめん! 頭絡が足りないから、牛舎から取ってくるね!」

と言って、牛のフンまみれのドアノブを掴んで、非常階段に飛び込んだ。


目指すは浄化施設のコントロール室。




「大洗女子学園の農業科で鍛えられた女子高生の脚、なぁぁめぇぇんんんなぁぁぁよぉぉぉぉぉ!!!」




先程のメールを受信した業者の現在地がどこで、浄化施設に着くまでどれくらい掛かるかは分からない。

もし、もう農業科エリアにいるとしたらアウトだ。

息が苦しい。太ももがつらい。

「もういいんじゃないか?」って言葉が、鎌首をもたげてくる。



……けれども、あの文科省の男はこうも言っていた。


“ 辻局長め……農業エリアは確認する箇所が少ないから担当するのは楽だって言ったのに、それでも随分時間が掛かったじゃないか ”


つまり、あの文科省の男が農業科エリアの確認担当者なのだろう。

ならば、メールを受信した人物は別エリア担当のはず。 農業科エリアにはいないはずだ。


この学園艦は、艦上ならともかく、艦内は複雑に入り乱れているところがあるから、

外の人間が真っ直ぐ中層にある浄化施設へ辿り着くのは難しいはず。

時間はまだある。



私が先にコントロール室に着きさえすれば……!

……勝つんだ!! 諦めたら負けなんだ!!


畜産関係施設と汚水浄化エリアのある中層の階へ着いた。

もうすでに膝が大笑いしているけれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。

自分の心と身体にムチを打って、浄化施設にあるコントロール室へと駆けた。



「早く……ハアハア……早く……!」

今、私が走っている通路は、この先を曲がるとT字路になっていて、それを左に曲がれば畜産関係施設の方へ、

右に曲がれば汚水浄化エリアの方へと続いている。

目的地であるコントロール室はもちろん右の方。


「この先のT字路を……ハァハァ!……右!」

私がそう呻きながら、T字路前の最後の曲がり角を過ぎた時……


先のT字路を右に曲がっていく人影が見えた。

作業服姿の男、のように見えた気がする。


たぶん、あれだ。 あれがメールを受信した業者だ。


瞬間、私は考える。

このまま、あの作業服の男を追い越すのは厳しいんじゃないか。

通路が狭いので、やろうと思えば簡単に私をブロックできる。相手は大人の男。私は女子高生。力では敵わない。


それに、見つかったらやばい。

ここであの作業服の男の前進を邪魔しているのがバレたら、明らかに業務妨害と思われてしまう。

一応、向こうは「人が住んでいないのに浄化施設が動いているなんて余計な電力を食っているだけだから停めに来た」という大義名分がある。

それを表立って停めたら、業務妨害だ。

表立って食い止めることができるのは、戦車道チームのコたちが試合に勝ってからだ。


私は考える。


きっとメールには「速やかにコントロール室へ行って主電源を落とせ」とか書いてあったんだろうけど、送信者にとっての「速やか」と、受信者にとっての「速やか」は違う。

さっきチラッと見えた作業服の男は、急いでいるふうには見えなかった。

あの作業服の男なりの「速やか」が、あの素振りなんだろうな。

あれなら、こちらがダッシュすれば、たぶん間に合う!!



私は、T字路を左折して、畜産関係施設が集まるエリアに入った。

畜産コースの生徒用に、こっちから汚水浄化エリアへと入れる別のルートがあるのだ。 それで先回りする!


「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」

滝のような汗が、ツナギ服の内側に流れているのがわかる。

私は汗で濡れた手で、コントロール室のドアノブを握った。



そう、間に合ったのだ。

コントロール室に入り、ドアノブの中央にある施錠ツマミをロックした私は、体力と精神力の限界を迎えて、そのままそこに座り込んでしまった。

「ハァッハァッ……やった……やったっ……!」


もうこれで、あとは先程の作業服の男が、この施錠されたドアに気付いて踵を返すのを待つだけだ。


ガチャガチャガチャ!


ドアノブが揺れる。 分かっていたけど、私はビクッと跳ねてしまった。

ドア越しのくぐもった声で「あれ、おかしいな」とか聞こえる。

いいぞ、そのまま諦めて帰ってくれ。


その後もう一度、ドアノブがガチャガチャいったが、それでもドアが開く様子はない。

当たり前だ。鍵掛かっているんだからね。

帰って。帰ってよ。 座り込んだ私は、ドアの向こうにいるだろう作業服の男に向かって必死に念じていた。


そして静かになるドアノブ。

数瞬の間をおいても動じなくなったドアノブに、私はいよいよ安堵の息を吐こうとした――――その時。



ゴリゴリゴリっとドアノブに何かが挿入された音がした。

反射的にドアノブの施錠ツマミを両手の指で固定できたのは、自分でも幸運だったと思う。


施錠ツマミが、開錠方向に動こうとしていた。

私は、施錠ツマミが動かないように、指に思い切り力を込めた。





なんでこの人……鍵を持っているの!?


ドアの向こうとこっちで、綱引きのような施錠攻防戦が始まった。

開錠されそうになる施錠ツマミを、必死になって食い止める私。


「ああん? この鍵じゃねえのか?」と、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえるが、それでも開錠しようとする動きは止まらない。

やめて諦めて!と、声にならない声を必死に飲み込むが、指先だけで抑え込んでいる施錠ツマミが何度も開けられそうになるたびに、

私は小さく小さく悲鳴を漏らした。

どうしようどうしよう。もしこれが開けられてしまったら…!!




そこで気付いた。



人がいなくなった学園艦。 大人の男と女子高生。 密室に二人っきり。




今、生まれて初めて、魂を傷つけられそうな、そんな根源的な恐怖感に襲われた。


背筋が麻痺する。歯の根が合わなくなる。





―――――いやだ、もうダメだ。  助けて、誰か助けて―――――――








恐怖にとらわれ、腕の力が抜け、施錠ツマミから私の指先が離れそうになった……その時。

急に、開錠されようとしていた施錠ツマミの圧力が消えた。



それと同時に、ドアの向こうから何かが聞こえる。

………別の……人の声?


離れたところから声を掛けているせいか、くぐもっていて何を言っているのか良く分からない。



「………………、………。」

「………………!」

「…………、………………。」

「………。」



作業服の男と、新しくやってきた誰かは、二言三言交わしたようだった。

そして訪れる静寂。





私は、もはや涙目でドアノブを凝視していると、ようやくちゃんとした人の声が聞こえた。



「……ジャー子さん、もう大丈夫ですよ。 開けてください」



あれ? この声………?




「がく……えん……ちょう……?」


コントロール室のドアの向こうに立っていた人物は、学園長だった。


「……え? ……なんで?」

私は混乱していた。

え? だって学園長は戦車道チームの試合の応援をしに北海道に行ってたはずじゃ?

さっきの男の人は? どこいっちゃったの?


「ここにいた業者の方には、事情を説明にしてお帰りいただきました」

「お帰り……って……だってあの人…………浄化施設を停めに来たんじゃあ……」


「ええ、だから、もう停める必要がないってことを説明したんです」

「……停める必要が………ない……?」




呆然と呟く私に、学園長は、子牛をいたわる母牛のような表情で、穏やかに穏やかに語りかけた。




「がんばりましたね、みなさん。

 大洗女子学園の戦車道チームが、勝ちましたよ」


腰が、ぬけた。


また座り込んでしまった私の目の前に、学園長のくたびれたタイトスカートが揺れていた。シワだらけだ。

きっとあちこち駆け回ったんだろうなあ。


現実を逃避しかけていた私だったが、いま私の目の前に立っている学園長が本当に学園長なのか不安になって、頭を上げて顔を拝見した。

本当に学園長だった。一昨日会ったばかりの学園長が目の前にいた。


「どうして学園長がここにいるんですか!?」

声のコントロールが出来なくなって、予想以上に大きな声で聞いてしまった私に、学園長はこう答えた。

「船が沈むとき、乗客がすべて降りるまで、艦長は船に留まるものと相場が決まっています」

「え……? だって、学園艦の住民ならもうみんな退艦してるし、だから残務整理が終わったら試合の応援しに行くって……」



まだよく理解していない私に対して、学園長はしょうがない子を見るような目をして、笑って言った。


「何を言っているんですか。 あなた達の牛と鶏が、今日下艦するって言ってたじゃありませんか。

 ならば、そのお客さんらが降りるまでは、私も降りられないのは当然でしょう?」


学園長は、家畜たちの出荷がちゃんと終わったかどうか、牛舎まで確認に来たらしい。

で、その時、学園長のスマホに大洗女子学園の戦車道チームが大学選抜に勝ったという連絡が入り、

たまたまその時、牛舎の横を猛烈ダッシュする私の姿を見つけて、あとを追ってきたのだそうだ。


腰が抜けてしまった私は、そこでようやく思い出した。


「………か……勝ったんですか……わたしたち……?」


はい、勝ちましたよ、と学園長。

私は視線を真っ直ぐ戻した。 学園長のタイトスカートにあちこち刻まれたシワがあった。


それを見てようやく現実に戻ってきた私は、大笑いしている膝も汗ビショビショな体も全部無視して立ち上がると、

学園長に「すいません!」と言い残して、自家用車用の乗艦ゲートに走り出した。




あー、これ、いまクロ先輩とブラウンさんに会ったら、泣いちゃうな。 たぶんボロボロに泣いちゃうヤツだ、これ。



………クロ先輩、ブラウンさん。 勝った。 私達、 勝ったよ!!



「クロ先輩! ブラウンさん!」


私は、非常階段を降りて自家用車用の乗艦ゲートがある一室に到着するなり、二人を大きな声で呼んだ。

もう泣く準備万端の私であった。


「戦車道チームのコたちが勝ったって……! 私達…! わたじだぢ……勝っ」

「ジャー子! 足出てきた!! 牛舎から消毒液とバケツ持って来て! ブラウンさんは寝ワラ!」


最後まで言わせてくれなかったのは、産気づいた母牛の様子をうかがうクロ先輩だった。

例の分娩予定がずれ込んだ乾乳牛のお産が、いまピークを迎えようとしていた。

ブラウンさんが私と入れ替わりで非常階段を登っていく。



文科省の男と、汚水処理業者はどうしているのかというと、ちょっと離れたところでオロオロしていた。

お産に臨む母牛の異様なオーラと、お産介助モードに入ったクロ先輩の鬼気迫った空気感に、どうしたらいいのか分からないらしい。


私は、クロ先輩とブラウンさんに再会して抱いて泣き合って喜ぶ……ところを今の今まで夢想していたのだが、

酪農班の人間にとって、牛のお産は最優先の対処事項だ。


「ええぇぇぇぇ~~~…………?」


喉元まで出かかったキラキラ感動的な何かを強引に押し戻して、私はまた非常階段を登り始めた。







翌日、学園長室に呼ばれ、家畜を逃がすというミスを(自ら)やらかした私達に待っていたのは、

昇降ゲートがある一室の大洗浄と、向こう2カ月間の連続休日当番という死の宣告だった。


翌々日。


秋の気配を感じさせる、澄んだ青空が広がっていた。



乾乳牛舎で作業していた私は、大きく解放された艦壁から大洗の海を眺めた。

水平線に、大洗町の人間なら良く見知っている船が見える。


さんふらわあ号。


死力を尽くして不条理にあらがった戦車道チームのコ達が……私達の仲間が、あれに乗っているはずだ。



小山小隊の尊い犠牲によって、打ち上げに使う牛乳と乳製品はすでに確保できている。

あとはせいぜい美味しくご賞味いただこうじゃないか。



「あ、そうだ」



私は、隣で一緒に作業しているクロ先輩とブラウンさんに声をかけた。



「戦車道の試合の打ち上げ、私達も乱入しません?

 それで、どれだけ苦労してこの食材を集めたのか説いてやるついでに、彼女らと友達になってきましょうよ!」





 終わり




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

ご都合主義バンザイな設定と進行だったので、そのへんは目をつぶってくださいませ。




よろしければ前作もご覧ください。

前作 : 【ガルパン】秋山淳五郎と西住常夫が泣いた夜
【ガルパン】秋山淳五郎と西住常夫が泣いた夜 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495486652/)



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