京介「俺のお嬢様がこんなに可愛いわけがない」(84)

俺の名前は高坂京介。近所の高校に通う17歳。

自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。ただ、執事であることを除けば。

俺の実家は世界レベル…とまではいかないが、国内ではかなり名の知れた企業だ。つまり裕福ってわけだ。

そんな俺が何で執事なんかやってるかって?ふっ、そいつはこのssに人気が出たらいつか語ってやろうかと思う。


はりきって第1章がのスタートだぜ。

最初にも言ったが、俺――高坂京介は1つを除けば普通の高校生だ。


仕事があるから部活なんてのには入っていないし、趣味だって特筆するようなもんはない。

庭園の植物に水をやったり、様々な原産地から紅茶の茶葉を集めたりするが趣味といえるほどのもんじゃないな。


放課後はすぐお屋敷に直帰してその日の仕事をこなすが、たまに勉強したりもする。


面白味のない毎日だと言われるかもしれないが、俺はそれでも構わないと思っている。

俺の学校での成績は、いまのところ悪かあない。このまま順調にいけば、わりといい大学に進学できるんじゃないかと思う。その先、将来どうするか――なんてのは、四年間のキャンパスライフを楽しめるのかは分からないが、ゆっくり考えようかと思っている。


俺が雇われている?お屋敷は3階建てだが、縦横にとんでもなくデカい。旦那様に奥様、そしてお嬢様が俺が仕えている主。

使用人を含めれば22名が、このお屋敷で生活をしている。

2階は基本的にお嬢様の生活スペースで、3階に旦那様と奥様、1階は使用人部屋や物置てな感じだ。

黒の執事服に身を包んだ俺は、庭掃除を終え自分に割り当てられている使用人部屋に戻ろうと、玄関の大きな両開きの扉を開けた時――

「っと」

扉を開けてすぐ、私服に着替えたお嬢様とぶつかった。同時に扉を開けたようで気づかなかった。

どん。俺の左肩がお嬢様の胸にぶつかるような形で、軽く衝突。衝撃自体はたいしたことがなかったのだが、その拍子にお嬢様のバッグが手から離れ、床に中身をぶちまけた。

「あっ……」

「も、申し訳ありません」

俺はすぐに深々と頭を下げ、床に散らばった化粧品等の諸々を拾おうとしたのが……

ぱしっ。それを拒むかのようにお嬢様が、俺の手を平手で払った。

「えっ」

目を見開いた俺は、鋭い視線を向けられ絶句する。

お嬢様の口から出た台詞はこうだ。

「……いいから、さわんないで」

そう言って、散らばったバッグの中身を、黙々と1人で拾い集める。無表情で手を動かすお嬢様を、俺は、ただ黙って見守るしかなかった。


「…………………」


気まずい空気が漂っている。

やがて、バッグの中身を全て拾い上げたお嬢様は、再び俺に鋭い視線を向けて強い口調で言い放った。

「…アンタ、いつまでそんな執事の真似事やってるつもり?」

俺はお嬢様の問いに答えられず、ただ押し黙った。

はぁ。呆れ顔で溜め息をついたお嬢様は、義務をいやいや果たしているみたいに呟いた。


「…………いってきます」

「い、いってらっしゃい…ませ」


……とまぁ見てのとおり、俺とお嬢様の関係は、こんな感じだ。

だが、ハラは立てられない。かつては『兄妹』の間柄だったかもしれないが、今は『主』と『従者』の関係だ。

従者として主に背くことはあってはならない。そいつが俺の執事道だ。

弱腰執事と笑わば笑え。どうでもいいさ。


「……ふぅ、いつからこうなっちまったのかね」


あいつにも、あんなんじゃなかった頃があった気がするんだが。

まあいい。まあいい。まあいいさ!今の俺は!主の生活全てをサポートするフォーマルな守護sy――

「……ん?」


それが落ちていたのは、玄関入ってすぐ、観葉植物の大きな置物の裏側だ。白くて薄い――ケースのようなものが半分はみ出している。

そいつに手を伸ばしたのは、執事としての本能だろう。お客様を迎える玄関にゴミがあっていいわけがないいぃぃいッ!


俺は不貞腐れモードから、一瞬で執事モードへ切り替わった。そして置物の裏から引っ張り出したそれを見た瞬間、


「ペロッ、これは一体……」

と、 バーローのような声を出してしまった。何故って、それがこのお屋敷にあまりにも似つかわしくない代物だったからだ。

これは……なんだ?

状況が全く掴めないので、とりあえず白い布の手袋を装着する。ちっ、指紋がついてしまった。ぬかったな、俺。


ケースを指に挟んで、ためつすがめつしてみるが、このブツが何かは判然としない。


「ペロッ、これはdvd?!」


いや、それは分かる。一応、執事知識として言葉はしっています。……というかdvdってちゃんと書いてあるしな。だがその中身がよく分からねえ。


このとき俺の表情は、かの人類最強よりくしゃくしゃだっただろうよッッッ!

そのパッケージの表面には、やたらと目がでかい女の子のイラストが、でんと描かれていた。

小学校高学年くらいの、かわいらしい女の子だ。


「目と髪がピンクだな」


冷静に呟く俺。証拠品を検分するバーローの眼差し。

それにしても――

「なんつーカッコしてんだ、このガキ」

…このガキ、やたらと扇情的な衣装着ていやがる。水着というか、包帯というか、ちゃんと服を着なさいと言いたいね、俺は。

そして、その包帯のような衣服からはロケットブースター的な何かが発生しているらしく、女の子は、星屑の尾(☆←こういうの)を曳いて空を飛んでいた。

でもって、バカでかいメカニカルなデザインの杖だか槍だかを片手で軽々と構えている。


呂布奉先もかくやというゴツいやつだ。明らかに戦闘用。敵兵を薙ぎ払い、あるいは叩き潰す、世にもおぞましい用途がイヤでも連想された。

むぅ。こんなか弱い女の子に武器を取らせるとは…物騒なものである。


そして――
パッケージ上部に、おそらくタイトルであろう文字が、丸っこいフォントで表記されていた。


「星くず☆うぃっちメルル!(キラッ」


ノリノリでポーズを取りながら言ってみたが、つまりはアニメなのだろう。たぶん。俺はそういうのをサッパリ見なくなって久しいので、よく分からないのだが。


「で……なんでこんなもんが、ここに?」

俺が疑問符を頭に浮かべたときだ。『星くず☆うぃっちメルル』とやらを両手に構え、玄関に佇んでいる俺の真面目で、きいっと扉が開いた。


「ただいま戻りました――って、どうなされました京介お坊ちゃま?扉の前で背筋なんかなさって?」


「気にするな麻奈美。執事たるもの、身体は鍛えておかなきゃならねえ」フンフンッ


危ねえ――!?
社会的に死ぬかと思ったわ!

だが問題ない。扉が開いた瞬間、俺はその場でブツを腹で隠し、背筋を始めた。

ふぅ…ぎりぎりのタイミングだったぜ。

「へぇ~、そおなんですか~」ニコー


メイド服に眼鏡をかけた地味そうなこいつは田村麻奈美。こいつとは幼馴染みの腐れ縁って感じで、なぜか去年から住み込みでメイドをやっている。最近、個人的に家庭教師の真似事などもしてもらっている。

眼鏡をかけているだけあって、こいつはなかなか優等生なのだ。

外見的には普通で、かわいい顔つきをしてはいるのだが、いかんせん地味で垢抜けない。

こいつも俺と同じ学校に通っているが、やはり部活動には所属しておらず、趣味は料理と縫い物。人当たりがよく友達は多い。


「てかおまえ、その呼び方止めろって言ってんだろーが」


「えっ……京介お坊ちゃん?」


「だからそれを止めろって。今の俺は、一使用人だ」


「はぁい。分かりましたよーぅ」エヘェー


クッ…、こいつ笑ってやがる。口元ゆるゆるにして嬉しそうに笑ってやがるッ。

「へぇ~、そおなんですか~」ニコー


メイド服に眼鏡をかけた地味そうなこいつは田村麻奈美。こいつとは幼馴染みの腐れ縁って感じで、なぜか去年から住み込みでメイドをやっている。最近、個人的に家庭教師の真似事などもしてもらっている。

眼鏡をかけているだけあって、こいつはなかなか優等生なのだ。

外見的には普通で、かわいい顔つきをしてはいるのだが、いかんせん地味で垢抜けない。

こいつも俺と同じ学校に通っているが、やはり部活動には所属しておらず、趣味は料理と縫い物。人当たりがよく友達は多い。


「てかおまえ、その呼び方止めろって言ってんだろーが」


「えっ……京介お坊ちゃん?」


「だからそれを止めろって。今の俺は、一使用人だ」


「はぁい。分かりましたよーぅ」エヘェー


クッ…、こいつ笑ってやがる。口元ゆるゆるにして嬉しそうに笑ってやがるッ。

「へぇ~、そおなんですか~」ニコー


メイド服に眼鏡をかけた地味そうなこいつは田村麻奈美。こいつとは幼馴染みの腐れ縁って感じで、なぜか去年から住み込みでメイドをやっている。最近、個人的に家庭教師の真似事などもしてもらっている。

眼鏡をかけているだけあって、こいつはなかなか優等生なのだ。

外見的には普通で、かわいい顔つきをしてはいるのだが、いかんせん地味で垢抜けない。

こいつも俺と同じ学校に通っているが、やはり部活動には所属しておらず、趣味は料理と縫い物。人当たりがよく友達は多い。


「てかおまえ、その呼び方止めろって言ってんだろーが」


「えっ……京介お坊ちゃん?」


「だからそれを止めろって。今の俺は、一使用人だ」


「はぁい。分かりましたよーぅ」エヘェー


クッ…、こいつ笑ってやがる。口元ゆるゆるにして嬉しそうに笑ってやがるッ。

なんか知らんが連投してる

まあいい。今は非常事態だ。

「ところで麻奈美、買い物言ってたんだろ?その袋の中のモノをさっさと冷蔵庫にいれてこい」


この屋敷の使用人達は自分で調理したのを食べるが、麻奈美が来てからは麻奈美が1人で使用人全員の食事を用意している。


「はぁ~い」


眼鏡の幼馴染みはふんわりと笑って廊下を歩いて行った。


麻奈美を上手くやり過ごした俺は、ボールを堅固に抱きかかえているような体勢で、21番のあの人並みのスピードで部屋に飛び込んだ。

デビルバッ○ダーイブッッ――

扉を閉めて、ようやく一息。

「ふぅ……」

ごそごそと腹からブツを取り出し、利き手で恭しく掲げる。左手の甲で冷や汗をぬぐう。

タッチダウン。なかなか際どい試合だったな。


「……持ってきちまった、な」

『星くず☆うぃっちメルル』とやらをすがめ見つつ、呟く。

まぁ、あの状況では仕方なかったと思う。玄関にお客様の機嫌を損ない得るモノがあったわけだし、玄関にこの爆弾とも言うべき代物を設置した犯人が誰なのかを知りたいのも事実だ。

俺はさっそくブツの検証を始めることにした。

俺の部屋は六畳間。この屋敷の使用人部屋は大抵この大きさだ。ベッドに机。参考書などの本類を収納した本棚。そして、クローゼット。

床は赤を基調にした絨毯が敷いてあり、カーテンは清潔な白。壁には学校の制服や執事服の替えがかかっているが、室内自体はきっちり清潔感が溢れている。

その他にはミニコンポがあるくらいで、パソコンやらテレビやらゲームやらはない。

ちなみにエロ本の場所は秘密だ。まあ、俺の部屋に他人が入るなんてことはないのだが。


俺はベッドに腰掛け、足を組む。dvdケースを片手で持ち、「ふむ」とあごに手をやる。


「見れば見るほど、この屋敷にはそぐわんパッケージだな……」

小さな女の子がゴツい破壊兵器を構えて、これほどの笑顔。世も末だな。

「ふーむ」

んでさ……コレ、誰の?
俺はこの屋敷に住まう人々の顔を順番に頭に思い描く。麻奈美はアニメなんて興味なさそうだし、執事長や他のメイドとかなのか?


「人数が多すぎるだろ……」
捜査は早くも頓挫した。


……そもそもどうしてコレは、あそこにあったんだ?

俺が思索を継続しつつ、パカっとケースを開いたときだ。


「ブフッ……!?」

誰も見てくれてない。悲しい

ちょいと休憩します。

さらなる衝撃が俺を襲った。このアニメ絵パッケージを見たときより、ずっと強烈なやつだ。

結論から言えば、dvdケースの中には『星くず☆うぃっちメルル』のdvdは入っていなかった。


コレの持ち主は少し横着したみたいで『星くず☆うぃっちメルル』のdvdケースの中に、違うdvdだかなんだかを入れていた。

まあ、よくあるよな。
だが――だが……な……?


入っているdvdのタイトルがどうして『お嬢様と恋しよっ♪』なんだ?
よりによって『誰』に『何』をそそのかしてんだよおまえ。

しかもなんだこの『r18』というあってはならない魅惑の表記は。

「………落ち着け……!?」


俺は額に冷や汗をびっしりかいて、呼吸を乱した。

やばかったっ。マジでやばかったっ。何がやばかったって、さっき麻奈美と遭遇したシーン。

コレ、中身見つかってたら自殺もんだろ、俺。まさか俺に対してのテロ攻撃だったのか?

この手のものはよく分からんが、本能がぎんぎんに警笛を鳴らしている。なんだこのタイトルから発せられているドス黒いオーラは……!
仮に魅惑の表記(18禁)がなくともタイトルだけで分かるよ!どう考えてもコレ、俺がもっとも持っていたはならない代物だろうが……!


「京ちゃーん――お仕事頼んでもい~い?」

「ヒィィィィィィィィイィッ!?」


俺は断末魔の絶叫を上げながら布団をひっ被った。

チラリと扉の方をうかがうと、ノックもなしに扉を開け放った麻奈美は、俺の狂態に唖然としていた。

「?…なんか、いけないタイミングだったぁ~?」


「気にするな麻奈美。ちょっとした発生練習だ。執事たるものお客様を清らかな声で迎えねばなるまい。――つうかノックしてくれ、頼むから」


「ごーめーんー。次からそおするよ~」

ふんわり目を細めて微笑みを浮かべる麻奈美。


「俺は今、忙しいんだ。用事なら後にしてくれ」

ああ。俺は今、忙しいんだ。人生を左右するかもしれない事件が現在進行形で起こっているのだ。


「そおなの?仕方ないな~京ちゃんは。じゃあごゆっくり~」バタン

ふう。いかんな……ブツを隠し切れたのはいいが、絶対妙な誤解をされただろ……くそう。

……なんか今日は散々だな、俺。……それというのもぜんぶ、こいつのせいだ。

布団をひっ被ったまま、謎のdvdケースを見つめる。


「ちくしょう……」

こうなったら、意地でもコイツの持ち主を見つけ出してやらねば気が済まん。

俺は八つ当たりの決意を燃やすのであった。

……しかし、余計に分からなくなってきやがったな。

この妙ちきりんなdvdの持ち主のことが、だ。『星くず☆うぃっちメルル』とやらのdvdケースの中に、『お嬢様と恋しよっ♪』と題された怪しさ抜群のブツが入っていた事実。

俺の推理が当たっているのだとすれば、コレの持ち主は、『星くず☆うぃっちメルル』と『お嬢様と恋しよっ♪』の両方を所有しているということになるよな。

そして屋敷の中にあったことを鑑みるに、所有者は内部の人間である可能性が高いわけだ……。

今日はお客様が来訪する予定はなかったし、庭掃除に向かう時に落ちていれば、俺が気づかないわけがない!


となると、俺が庭掃除のために玄関を通ってから掃除を終えて戻ってくるまでの間に犯人はブツを設置したわけだ。


あのdvdを執事である俺に対しての罠と仮定する。尚且つ日頃、俺に対して恨みをもっていたり、犯行に及んだ動機なども踏まえると……


『―――京介―――』ピーン

そうか!分かったぞ!犯人は――

支援感謝。だが今日はもう寝るぜ

速報に同じスレが立ってる件

>>38本人が立てたんだぜ。気になった箇所とかを修正して向こうにも載せてみた

呼吸を整えながら言ってやると、お嬢様は明らかにムッとした表情で、俺の言葉に従った。これが他の女なら、俺だって(驚く以外の理由で)動揺しただろうが、妹であるお嬢様に乗っかられても重いだけである。どんなに容姿がよかろうと、こいつは異性のうちに入らない。

妹を持つ兄なら、みんなそう言うはずだ。


「はぁ」

俺は少しだけ姿勢を正し、ため息をついてから聞いた。


「どういったご用件で?」


「その話し方ウザいって。………話があるから、ちょっと来て」

なんでおまえがキレ気味なんだよ……。深夜にいきなり起こされたこっちの方が、よっぽどムカついてるっての。それでもちゃんと相手をしてやる俺は、ホント執事らしいよな。


「話ですか? こんなお時間に?」


「そう」


「すごく眠いんですけど……明日では駄目でしょうか?」

あからさまに嫌そうに言ったのだが、お嬢様は首を縦に振らなかった。

むしろ『バカじゃん?』みたいな顔で返事をした。

「明日じゃダメ。いまじゃないと」


「どうしてでしょうか?」


「……どうしても」

はいはい。理由は言わない。主張も曲げない。どんだけわがままなんだよ、このお嬢様は。

こんな妄言はうっちって眠りたいのが本音だったが、……あいにく目が冴えてしまったので仕方ない。面倒くさいが返事をしてやる。


「……どこへ行けばよいので?」


「……あたしの部屋」

親の仇でも見るような目で言って、お嬢様は俺の袖を引っ張った。

やれやれとかぶりを振って、俺は抵抗を諦める。


「仰せのままに……お嬢様」

なんだってんだよ、本当。

お嬢様の生活スペースは二階全て。なんでかと言うと、前までは俺と一緒に二階を半々で使っていたからだ。

現在は、俺が使用人部屋を使っているため、一応お嬢様の専用空間となっている。

まぁ、部屋数は余分なほどあるから、どうせ俺が使っていたスペースはそのまま放置してあるのだろうがな。


お嬢様の世話はメイドか、ほとんど自分自身でやっているので執事がお嬢様の部屋に行くことはまずない。当然ながら、俺も入ったことがない。

今後もないだろうとばかり思っていたのだが……よりにもよって深夜に招かれることになろうとは。今朝までの俺なら、絶対に信じられないだろうな。なにせ、いまだって何かの冗談じゃないかと疑っているくらいなんだから。


「……いいよ、入っても」


「……はい、失礼いたします」

先導していたお嬢様に促され、俺は二階の最奥、お嬢様の部屋へと、初めて足を踏み入れた。特に感慨はないが。

妙に甘ったるいにおいがする。

……ふーん。意外に普通じゃねえか。

使用人部屋とあまり変わらず、八畳くらいしかない。ベッドにクローゼット、勉強机、本棚、姿見、cdラック……等々。

内装自体は使用人部屋と、それほど代わり映えしない。全体的に赤っぽいカラーリングだ。違うところといえば、パソコンデスクがあるくらいか。

豪華な調度品はほとんどなく、個性には乏しいが、わりと今風で、俺が抱いていたお嬢様のイメージと一致するといえばそうだが、なぜか腑に落ちない部屋だった。


「……なにジロジロ見てんの?」


「い、いえ、別に見てはいません」

信じらんねえ。自分で連れてきたくせに、この言い草。

お嬢様はベッドにちょこんと腰掛け、地べたを指差す。


「座って」

いたって自然に言うけどな。妹よ、それは奉行と罪人の立ち位置だぞ?

……まあ、しょうがない。主従の関係として無理やり脳内補完をするか。

俺は深紅の絨毯の上にあぐらをかいて座った。


「ところで、どういったご用件で?」

俺は執事としての主の命令を待った。お嬢様はムスっとしたまま、落ち着きなく視線をさまよわせている。やがて、すぅはぁと深呼吸をしてから、こう呟いた。

「…………があるの」


「あの、よく聞こえないのですが?」

声が小せえよ。聞こえねえっての。俺が問い返すと、お嬢様の目付きが厳しくなった。


「……だ、だから、相談」

ずいぶん妙な台詞が聞こえたな? 聞き間違いかと思い、俺はもう一度問い返す。


「なんとおっしゃいました?」


「……人生相談が、あるの」


「………………」

俺は、かなり長い間、呆然と沈黙してしまった。落ち着きなくまばたきを連射しながらだ。

だっておまえ……ねえ? よりにもよってこのお嬢様が、ゴミ虫みてーに嫌ってる俺に向かって、なんつったと思う? 人生相談があるの、だぜ? どう考えても夢だろ。町にゴジラが攻めてきたっつわれても、こんなに驚かねえよ。

「…………があるの」


「あの、よく聞こえないのですが?」

声が小せえよ。聞こえねえっての。俺が問い返すと、お嬢様の目付きが厳しくなった。


「……だ、だから、相談」

ずいぶん妙な台詞が聞こえたな? 聞き間違いかと思い、俺はもう一度問い返す。


「なんとおっしゃいました?」


「……人生相談が、あるの」


「………………」

俺は、かなり長い間、呆然と沈黙してしまった。落ち着きなくまばたきを連射しながらだ。

だっておまえ……ねえ? よりにもよってこのお嬢様が、ゴミ虫みてーに嫌ってる俺に向かって、なんつったと思う? 人生相談があるの、だぜ? どう考えても夢だろ。町にゴジラが攻めてきたっつわれても、こんなに驚かねえよ。

俺はカラカラに渇いたのどで、主従の関係なんて忘れてなんとか声を発した。


「人生……相談って……おまえが……俺にか?」


「うん」

お嬢様ははっきり頷いた。おいおい、マジかよ……。


「……この前のdvdのことなんだケド」


「ええ」


「あ、あれ、……あたしのだったの」


フッ――そんなことはとっくに分かっているのだよワトソン君。 しかし、歯切れが悪い。 落ち込んでいるような喋り方だ。


「気付いてましたよ、そんなこと。 それがどうかしましたか?」


「あの……バカにしない?」

こいつに話しても大丈夫かな――そう言いたそうだった。

今さら疑惑の視線を向けてくるお嬢様に、俺はこう言った。


「執事たるもの、主を辱しめるようなことはいたしません」

おまえの趣味なんざ、心底どうでもいいんだっての。 そんなことを聞くために、俺をここに呼びやがったのか、こいつ?


「ぜ、ぜったい? ほんとに、ほんと?」


「当然です、お嬢様」


「ウソだったら……許さないからね」


「ええ、好きにしてもらってかまいません」

フ――いい加減にしてくれねえかな、なんだってんだ……。

俺がげんなりと脱力していると、お嬢様は意を決したように立ち上がり、本棚の前まで歩いていった。

……あん? 何をするつもりだ?

当惑している俺の前で、お嬢様は二つある本棚のうち、片方を手前に引っ張った。ずいぶん軽々と動くもんだと思ったが、よく見りゃ中身はすでに取り出して、ベッドの上に積んである。

壁の一面を占有していた本棚が片方なくなり、大きなスペースが空く。

「あ、あの……お嬢様……何を?」

お嬢様は俺の質問には答えず、残った本棚(こちらは半分くらい本が収納されている)の側面に肩をあて、ぐっ、ぐっ、と空スペースに向かって押し込み始めた。

ズ、ズ……と、分厚い本棚が少しずつズレていく。そうして現れたのは隠し収納スペース。


「おぉ……」

お嬢様は「ふぅ」と一息ついて、言う。


「……あたしが中学入って、部屋をリフォームしたとき……この部屋を少し小さくしたじゃん? そんときに業者の人に頼んで、お父さんとお母さんに内緒で作ってもらったんだ。


「へえ……」

業者の方々、お嬢様のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。


「で……人生相談ってのは、もしかしてその『中身』のことか?」

「あ、あの……お嬢様……何を?」

お嬢様は俺の質問には答えず、残った本棚(こちらは半分くらい本が収納されている)の側面に肩をあて、ぐっ、ぐっ、と空スペースに向かって押し込み始めた。

ズ、ズ……と、分厚い本棚が少しずつズレていく。そうして現れたのは隠し収納スペース。


「おぉ……」

お嬢様は「ふぅ」と一息ついて、言う。


「……あたしが中学入って、部屋をリフォームしたとき……この部屋を少し小さくしたじゃん? そんときに業者の人に頼んで、お父さんとお母さんに内緒で作ってもらったんだ」


「へえ……」

業者の皆様、お嬢様のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。


「それで……人生相談というのは、その『中身』についてでしょうか?」

お嬢様は頷いた。が、隠し収納スペースの前から一向に動こうとしない。


「…………」

難しそうな顔で躊躇しながら、俺をじっと見つめてくる。

とくれば、これまでの話の流れで、自称名探偵の俺には、隠し収納スペースの奥に何が入ってるのか想像がつくってもんだ。お嬢様が躊躇している理由もな。

――人生相談ねえ。……どうして俺なんだろうな?


「ふむ……」

自分がお嬢様の立場だったらと想像してみる。

えーと……人生相談ってのは大きくわけて二種類あるよな?

いっこはまぁ、一番よくあるケースで、『事情に通じてて頼れる人間』相手に相談する場合。

この場合は当然『自分が抱えている悩みとか問題が、どうやったら解決するのか』一緒に考えて欲しくて相談するわけだな。

んで、もういっこは、『事情を知らない第三者』相手に相談する場合。

こっちの場合は、有効なアドバイスなんざハナっから期待してなくて、とにかく『話を聞いて欲しい』から相談するわけだ。

でもって、お嬢様にとって『事情に通じてて頼れる人間』じゃあない。断じて、ない。

……だとすっと?

お嬢様の悩みが俺の想像どおりなら、そもそも他人に相談すること自体が難しいよな。

自分のイメージを崩すのが恐いから。相談相手をえり好みできる立場じゃねーわけだ。

いま、お嬢様が開けっぴろげに相談できる相手は、たった一人しかいない。

『すでに相談内容を知っていて』、『絶対に誰にも口外せず』、『相談した結果、どう思われようが構わない、どうでもいいやつ』――つまり俺。

へーえ。そういうことかよ……。お嬢様が抱える大体の事情を察した俺は、さっさとうざったい用事をすませて睡眠の続きに戻るべく、こう言った。

「心配は無用です。そこから何がでてこようと、私は絶対にバカにはしませんし、秘密にしろと言われれば、それに従うだけです」

俺の打算に満ちた優しい台詞を聞き終えたお嬢様は、再びこくんと頷き、


「……約束だからね」

と念を押すように呟いてから、禁断の収納スペースの明かりを灯した。

パッ――


俺はきらびやかに輝きを放つその空間に一歩踏み出す。


「……ん? これは……まさか?」

秘密の空間へ入り、最初に俺の目が捉えたモノは、またしてもdvdケースで――

タイトルは『お嬢様と恋しよっ♪ ~お嬢様めいかぁex vol.4~』だった。

「げふんげふんげふんげふん……!?」

盛大にむせた。

ほ、本体登場――!? 考えてみりゃアニメだけじゃなくて、アレの持ち主もこいつだった!

度肝を抜かれる俺。何にって、半裸の女の子が身体を抱いて恥じらっているという、想像以上にいかがわしいパッケージイラストにだ!? しかもシリーズものなのかよ!?


「な……なんでしょう……コレは……」


「あ。それは最初プレステ2から出たんだけど、パソコンに移植されてから別シリーズ化したやつね。名作ではあるけど、ちょっと古いし内容もハードだから、初心者にはおすすめしない」

んなこた聞いてねえよ!? 大体なんだ初心者って? おまえはプロか? プロなのか?

チクショウ突っ込みどころが多すぎて、俺のスキルではカバーしきれねえ!

い……いったい何が始まろうとしているんだ?

お、俺はどんな異常空間に足を踏み入れてしまったんだ? 誰か教えてくれ!?

「そう。本編に修正を加えた完全版と、ボーナスディスクとか、特製ブックレットとか、他にも色々特典がぎっしり入ってるの。……ふふ、凄いでしょ」


「その……星くず☆うぃっち……などの?」


「うん」

お嬢様のテンションは、何故か上昇気味だった。

自慢のコレクションを開帳できたのが、そんなに嬉しいのか?大嫌いな俺に、ついうっかり笑いかけちまうほど。俺はなんとなく釈然としない気分になった。

ところで気になるんだが、

「こういうのって……結構高いんじゃないんですか?」


「んー? そうでもないよ?えっと、これは41,790円でしょ?コレは55,000円でしょ?で、えっと、こっちは――」

高っけええええええええよ!?どこがそうでも!? でっからそんなカネがでてくんの!? 中学生だろおまえ!つか、いくら小遣いもらってんだ!?


「まあ、服一着か二着分くらいでしょ、こんなの」


「はぁ……そうですね」

……まあ、コイツがいくら小遣いもらってようが俺には関係ないことだがな。

とても優秀な『お嬢様』は目に入れても痛くないくらいに、さぞかし可愛いのだろうよ!

俺は心の中で悪態を吐きながら、さらに収納スペースの内部を探索しようとした。

が、そこに仁王立ち体勢の桐乃が立ち塞がる。


「……きょ、今日はこれ以上見せられない」


「なぜですか?」

いや、別に見たくもねえけど。全部見終わるまで解放してくれないかと思ってたぞ。

桐乃は自分の背後を一瞥してから、ぎろっと俺を睨み付ける。

だからそのゴミを見る目はやめろよ。


「まだ……信用したわけじゃないから。いまは、これが限界」


「ええ?」

なんだ?こいつ、何を言ってやがるんだ?その言い方だと、まるで……いままで見ていたのはほんの序の口で、さらに上があるみたいに聞こえるんだが。え……マジで?そうなのか?


「あの、奥にあるのは、ちょっと恥ずかしいやつで……その……だから、だめ」


「………そ、そうですか……」

ええ~~~?『お嬢様と恋しよっ♪』を得意げに見せびらかせるこいつが、恥ずかしがって躊躇してしまうブツって……いったいどんなとんでもない代物だってんだ……?あまりの戦慄に黙り込んでいると、お嬢様が話しかけてきた。

俺のすぐ前、立ったままで腰に手を当て前のめりになった体勢で、


「で、どう?」


「ど、どうとは?」

何を言えってんだ。誰か分かるやつがいたら教えてくれよ。

俺が何も言えないでいると、お嬢様は、若干もじもじし始めた。


「だから、その、感想。あたしの、趣味を、見た」

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