双子姉妹の怪異譚 (50)






 [嘘から出たまこと]







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阿良々木姉妹かな?

>>2
ごめんなさい、オリジナルです 泣

地の文ありです



「俺のせいかもしれない……」


 俺は今、良心の呵責を感じている。
 別に悪さをしたわけでもないし、誰かを傷つけたわけでもない。
 だったら、なぜ――それを知るには少しばかり時間を遡る。

 今年の春に大学生となり、いわゆる「キャンパスライフ」をスタートさせた俺。
 昨今流行りの「リア充」とはかけ離れた生活だが……少数だが気の合う仲間ができ、一人暮らしにも慣れ、ほどほどに楽しんでいた。
 そうすると、あっという間に時は流れ……気付けば長い夏休みへ入る。
 休み中はバイトをしたり帰省したりで、世間一般の学生と同じようにありきたりな日々を過ごした。

 しかし、一つだけ奇妙なことがあった。
 それは……とある廃墟へ潜入したときに起きたことだった。
 休み中、帰省する前。
 翌日はバイトも休みで特に予定もなかった――そんな俺は「ぶらりとどこかへ行ってみよう」と思いついたのだ。
 そうすると「どこへ?」という話になるが、住んでいる県内にとある温泉街があったことを思い出した。
 たまには温泉に浸かって疲れを癒すか……そんなジジ臭いことを考え付いて、さっそく翌日はそこへ行くことに決めた。

 ある程度目的を決めないと路頭に迷うことは必須だったので、ネットで情報を探ることにする。
 やがて……。俺は一つの情報に釘付けになった。




そうして翌日――俺はとある廃墟にいた。
 当初の目的とはかけ離れ、俺は廃墟へ潜入していたのだ。
 ネットで温泉街の名前を検索したときに、あの廃墟の情報が俺の目に飛び込んできた。
 なんでも、そっちの界隈では比較的名の知れた物件らしい。
 巨大な温泉ホテルの廃墟で、通称「たぬき温泉」だとかなんとか呼ばれているみたいだ。
 その巨大な廃墟の画像を見たとき、俺は何故か興味を持ってしまった……。心惹かれてしまった。
 別にオカルトとか廃墟が好きというわけでもなかったのに、魅入ってしまったのだ。

 そういうわけで、俺は真っ昼間から単独でたぬき温泉へ潜入したのである。
 潜入という行為それ自体は決して許されるものではないが……そのことについては「若気の至り」という便利な言葉を使って弁明させてもらう。

 さて、潜入することは至極簡単に達成できた。
 温泉街のど真ん中にあるというのに、まるでそこだけ忘れ去られてしまったかのような……時間が止まっているかのような印象を受けた。
 打ち捨てられた――その言葉にピッタリ当てはまるような状態で、監視の目もなく、バリケードで封鎖されているわけでもなく、本当にあっさりと潜入できたのだ。
 そうして奥へ奥へ、上へ上へと探索していく……。

 いつ廃業したかは知らないが、客室はまだ使えるような状態で、酷く荒らされているわけでもなかった。
 小さなゲームセンター、宴会場、客室、大浴場。
 まだ人がいるような、人の温もりが、残り香が感じられるような……。
 そんな状態がより哀愁を際立たせる。
 そうして程よく探索し、俺は屋上へ出た。
 長くなってしまったが……ここで俺は奇妙な事態に遭遇したのである。




 ありきたりな話かもしれない。
 しかし、俺はこの目でしっかりと見てしまった。

 少女の幽霊を。

 幽霊――いや、幻かもしれない。
 幽霊というものが実在するかどうかは置いておいて……俺は確かにこの目で見たのだ。
 温泉街や渓谷、山々、彼方の街が見渡せる屋上。
 現実と過去の境界線……。
 屋上からの景色に見入っていると、後ろから物音がした。

 するとそこには……顔を俯かせ、しゃがみ込む少女がいた。
 不思議と恐怖はなく、「なぜ」という疑問の方が大きかった。
 オカルトな話を信じる方ではなかったので、俺と同じように廃墟へ忍び込んだ子供だと思った。
 忍び込むうちに迷ってしまって、屋上へ辿り着いたら俺がいたので安心して泣いてしまった――そんな、地元の悪ガキだと。


「どうしたの?」


 俺はできるだけ優しい声で、少女の傍へ歩み寄った。
 しかし……その時である。


「私を忘れないで」


 俯かせた顔を上げる少女。
 顔面が蒼白だとか、目の部分が空洞だったとか、そういうものでもなく……普通の、人間の少女の泣き顔だった。
 しかし、少女はそう言って……次の瞬間。



 消えた。

 そう、消えた。
 そう形容するしかないだろう。本当に消えてなくなってしまったのだ。
 俺は夢を見ているのか――いや、そうではない。
 原因不明の頭痛や眩暈を感じる。これは夢ではない。
 それでは一体……。
 そこで初めて恐怖を感じ、恐怖に支配され……俺は一目散に逃げだし、廃墟を出た。
 最悪な休日になってしまった。

 あんなことがあったが、その後は温泉へ入り気分を落ち着かせ、そうして俺は帰ったのである。
 後日、あの廃墟について調べていると……こんな噂が目に入った。
 あの廃墟では、いじめを苦に飛び降り自殺をした少女の幽霊が出る。彼女を見てしまった者は呪われる。

 ただのよくある噂だ――実際、俺はこうして今もピンピンしている。
 日常生活には何の支障もない、アクシデントもない。
 あれはただの幻だったのだ。
 忘れることに努め、何の変哲も無い日々を消化していく。
 あれはただの幻、目の錯覚。


しかしどういうわけか――今でもあの少女が現れる。

 夢の中に現れる。
 夢の中、俺はあの廃墟の屋上にいる。
 すると、あの少女が現れてこう言う――私を忘れないで。
 そして次の瞬間には消え失せて……夢は覚める。
 そんな夢を、俺は今でもしばしば見るのだ。

 俺は一体どうなってしまうのか。
 そんな夢を見るが、日常生活に支障をきたすわけでもなく……。
 不思議、摩訶不思議。
 だから俺は自分の中にしまっておくことにしたのだが……。

 問題はここからだ。
 良心の呵責を感じるに至った出来事である。
 夏休みも終わり、学校も始まって。
 休みボケがなかなか抜けない日々、重い体を引きずって大学へ向かう。
 友人、クラスメイト……変わらない面々、日常。
 俺は友人たちと談笑していた。
 話題は専ら休み中の出来事である。
 その中で会話に行き詰まった俺はつい口を滑らせてしまい、あの廃墟での出来事や、不可解な夢について語ってしまったのだ。
 その場は「よくある怖い話」として、ほどほどに盛り上がって終わったのだが……。



翌日のことであった。


「夢に女の子が出てくる」


 泣いている少女が夢に出てくる。
 その子は「私を忘れないで」と言って消える。そこで夢も覚める。
 そんな話を、友人の一人が言い出した。
 俺は耳を疑った……。まるで俺が見ている夢と同じ……いや、瓜二つ。
 よくある偶然だろう……そう思いたかった。

 しかし翌日、別の友人が言う――俺もその夢、見たよ。
 その翌日も、翌々日も……日ごとその夢を見る人間がどんどん増えていき、友人からクラスメイト、その友人、その友人の友人と確実に伝染していく……。
 これはおかしい、どういうことだ。

 そして現在、「構内にあの少女が現れた」とか「昔ここで自殺した女の子の幽霊だ」とか……そういう噂が行き交うようになる始末。

 もしかすると、俺のせいではないのか。

 こんな事態に陥って、俺はそんな思いに苛まれる。
 俺があの女の子を見てしまったせいで、ここへ連れて来てしまったのではないか。
 オカルトな話を信じる人間ではない。しかし、そっち方面の出来事としか考えられないような事態になってしまったのだ。

 なんとかして解決しなければ。
 しかし、どうやって……。
 お祓いを受けるか? お札を貼るか? 盛塩か?
 不幸中の幸いか、実害は出ていないけれど……。
 俺に知識はない、だったら――



「――というわけなんです」


 大学、研究室などが収容された研究棟。
 その一画にこの部屋はあった。
 民俗学研究室――俺は友人伝いでとある情報を掴んだ。
 そこには「怪異を研究している双子の姉妹がいる」と。
 二人は民俗学を学ぶ傍らで、こういった怪異も研究しているらしい。
 そして怪異に悩む人間を救っている……という噂も聞いた。
 藁にもすがる思い――と言っては語弊があるかもしれないが、そのような心境で、放課後俺はこの研究室へとやって来たわけである。

 少し古ぼけた研究室。
所狭しと並んだ本棚、溢れる書物。
 来客用と思われるソファーへ通されて、テーブルをはさんで相対して座るのは……。


「そうですか」


 二人の女性。
 どういうわけか……放課後の時間帯にも関わらず、研究室にはこの二人しかいなかった。
 教授だとか、仲間は不在だった。
 俺が廃墟で遭遇した少女と、それに関する昨今の怪奇現象について語り終えると、二人は同時に「そうですか」と相槌を打って黙考する素振りを見せる……。

 二人の女性。
 彼女らが例の双子の姉妹であるらしい。
 姉の方は長く艶やかな黒髪で、妹も同じく長髪であるが、こちらは鮮やかな栗色をしていて活発な印象を受ける。
 そんな特徴があるので、例え双子で顔が瓜二つでも見分けがつく。
 どちらも一年生。
 一年生なのにも関わらず、何があったか研究室に所属しているということだった。
 俺がこの部屋を訪れた際に、お互いに自己紹介を交わした結果手に入れた情報である。

 そんな姉妹は、依然として押し黙ったまま……何か考え込んでいる様子。



「忙しいところ、すみません……。怪我したとか、そういう実害はないのでいいんですけど……。もしこれ以上同じような人間が増えて、パニックとか起きたら大変だと思いまして……」


 沈黙に耐えかねて、俺は内で膨らむ懸念を吐露する。


「……」


 なおも、沈黙。
 愁いを帯びたような瞳。
 スッと流れる髪。
 双子というものは、時折動作がシンクロするというが……。
 これは確かに、そうかもしれない。
 同じタイミングで顎に手をあてる姉妹。


「――ッ」


 スッ、と微かなブレス音を響かせて、遂に姉妹は言葉を発する。
 思えば、これが全ての始まりであった。
 些細な出来事でも、その歯車が噛み合えば大きなものへ変貌を遂げるということ……。そして、怪異というものは人間そのものであるということ。真実は、自分の手で掴むものだということ。
 それを思い知らされることになるとは――この時の俺には知る由もなかったのである。





姉「それで……その怪奇現象をどうにかして欲しいということね」

男「はい……。お二人の噂を聞いて、お二人なら……そう思いまして」

姉「本当に、いい加減にして欲しいわ」

男「――え?」

姉「私たちは拝み屋でもなんでもないのに」

姉「誰だか知らないけど、勝手な噂を流して……。いい迷惑だわ」

男「す、すみません……」

姉「実害はないのでしょ? なら今のままでいいじゃない」

男「いや、でも……。先ほど言ったように、ですね……」

姉「集団パニックにでも発展してしまうのではないか――ということね?」

男「は、はい」

姉「そしてあなたが第一の発見者として、責任を感じている」

男「はい……」

姉「大丈夫よ」


男「え?」

姉「所詮人間というものは、興味のないことなんて三日もあれば忘れるわ」

姉「すぐに、その少女のことなど忘れるでしょう」

男「そ、そんな……」

妹「そーそー。大丈夫だよ!」

妹「それにさ、その人たちが本当に女の子を見たと思う?」

男「それは、どういうことですか?」

妹「あ、敬語はいーよ! 同じ一年生でしょ?」

男「う、うん……」

妹「それで、どーなの?」

男「本当に女の子を見たのか……ってこと?」

妹「そーそー」

男「俺は、確かにこの目で――」

妹「それは信じるよ」

男「……?」

妹「君の友達とか、その友達、知り合いが本当に女の子を見たのかってこと」

男「それは……。でも、『見た』って言ってた」

妹「もし、それが嘘だったら?」



男「嘘……」

姉「そう。もしかしたら、その話を盛り上げるために嘘をついているかもしれないわ」

男「そんな……」

妹「本当に見たのかもしれない」

姉「でも、見てない人もいるのかもしれない」

姉「そういう可能性もあるわ」

男「そんな……」

男(でも、今のところ実害はないし)

男(いっそ嘘であった方が……)

男「そうか……そうだよな」

男「大丈夫、だよな」

男「なんか、今日はすみませんでした……」

男「そう言われたら安心した。ありがとう」

姉「いえ、こちらこそあなたに愚痴をぶつけてごめんなさい」

妹「そうだよー、姉はグチグチ説教臭いからねー」

姉「うるさい。あなたが子供なのよ」

妹「子供ねー、姉が老けてるんじゃない?」

姉「……」



男「あ、まぁまぁ!」

妹「ごめんねー。私たちはいつもこんな感じだから気にしないでいーよ」

男(いや、気にするだろ)

姉「でも、正直な話……結構気になっているわ」

男「気になっている?」

妹「うん、興味をひかれる話だね。面白い」

姉「面白い……その言い方は誤解を招くからやめてちょうだい」

妹「いいじゃん。姉も気になってるんでしょ?」

姉「……」

妹「あ、ずぼしー!」

男(双子って独特なペース持ってるよな)

姉「ちょうどネタが切れていたところなの」

姉「その話、もっと詳しく聞かせて?」

妹「開き直ったね」

男「それは……。ええと……」

妹「確かに、百パーセント『パニックにはならない』とは言い切れないもんね」

妹「良かったら、私たちにも協力させてよ」

男「マジで……?」

姉「協力というか、調査してもいいかしら?」

男「本当にいいの……?」

男「実害はない……とは言っても、不気味だからなぁ」

男「このままだと、どうなってしまうのか……そんな風に感じてた部分もあったし。だから、ありがとう」

男「よろしくお願いします」



男(そして翌日から、怪異を解決するための『調査』が始まったのだった)


 [民俗学研究室]


男「とりあえず、俺もできる範囲で情報を集めて来たけど」

姉「ありがとう」

妹「それじゃー、集めた情報を整理してみようよ」

姉「そうね。私たちも何人かに聞き込みして、ある程度は集めてきたから」

姉「情報を整理しましょう」

男「そうだな。まずは――」



・まず一つ、男が廃墟で少女と遭遇したこと。
・その少女は突然目の前から消え失せたこと。
・しかし後日、少女は夢の中に現れて、現在もその夢をしばしば見るということ。
・そして男がその体験談を友人へ話すと、翌日から似たような現象に遭った者が出始めたということ。
・少女の噂は人伝いで現在も広まっていること。
・噂が広まるのと同時に、同じ現象に遭ったと名乗り出る者も増加していること。
・少女の噂には様々な尾ひれがついて出回っていること。
・ただ、いずれにしても「呪われた」とか、「不幸に遭った」などの被害は出ていない模様。



姉「とりあえず、こんな感じかしら」

男「改めて確認してみると……スゲー急速に広まっているな」

妹「噂っていうのはそーゆーもんだよね」

妹「この話を聞いた者は、まだ知らない者へ話さないと呪われる」

妹「一部ではそんなことになっているみたいだよ」

姉「尾ひれがついて、悪質なデマに変わってきているわ」

男「まさか俺の話がこんなに広がってしまうとは」

男「俺のせいだよな……」

姉「確かに『あなたには何の責任もない』とは言えないわね」

姉「けれど、これはもうどうしようもないわ」

妹「よくあることだよ」

妹「時の運というか――とんだ不幸に遭っちゃったね」

男「……」

姉「問題は、その女の子を本当に見た人間がどれだけいるか」

妹「だけど、見た人を特定できたとしても……それが解決へ繋がるわけでもない」

妹「そもそも、これは何を以て解決とするのか……ってことだよね」

姉「ええ」

男「そうだな」

男「興味のないことなんて、三日もあれば忘れる」

男「被害は出ていないわけだし、放っておけばいずれ収まる」

男「放置しておくことが最適ってことかな」

姉「……」

姉「これは、確かに怪異ね」



男「……?」

姉「あなたは怪異について、どんなイメージを持ってる?」

男「怪異……」

男「妖怪とか、幽霊とか、そういうオカルト的な現象」

男「そんな感じかな」

姉「ええ、確かにそのように定義されているわ」

姉「だけど……それだけではないのよ」

妹「怪異は、私たち人間がいなければ存在しない現象」

姉「つまり、怪異とは私たち自身でもあるのよ」

男「それは……」

姉「怪異という現象を語る人間がいて、それを聞いた人間がいて」

姉「そこで初めて、怪異は怪異という現象として認知されるのよ」

妹「つまり君は、この一連の現象の語り部になってしまったということだね」

男「そんな……! 俺は確かにこの目で見たんだ!」

男「嘘じゃない……」

姉「ええ、それは信じるわ」

姉「あなたは確かにその目で少女を見た」

姉「彼女はいわゆる幽霊と呼ばれるような存在かもしれない」

姉「何かのきっかけがあって、あなたは少女と出会ってしまった」

姉「そこから、この怪異は始まったということよ」

妹「ある意味、こうなるのも必然だったのかもしれないね」

姉「とりあえず、その少女についてもっと調べてみないと」

姉「聞き込みを続けましょう」



[男の部屋]


男(怪異か)

男(とりあえず、疲れたしもう寝よう)

男(……)



――



男「大丈夫?」

少女「……」

男「どうしたの?」

少女「私を……」

男「……?」

少女「私を忘れないで」



――



男「――‼」

男「また……あの夢だ」

男「六時半――起きるか」



 [大学、昼休み]


男「女の子が現れた!?」


それは昼休み……。
 友人のDJ(俗に言うB系のファッションをしていてDJっぽいからそう呼んでいる)と、課長(メガネを掛けていて、雰囲気が課長っぽいという理由でDJが付けたあだ名が広まった)と食堂で落ち合い、共に昼食をとっていた時だった。


DJ「おう、同じサークルの奴からラインが入って」

DJ「例の女の子が現れて、パニックになってるらしいぜ!」

DJ「ちょっと見に行ってみようぜ」

課長「嘘だろ?」

DJ「いや、マジだよマジ。体育館に出たらしい」

DJ「三限が体育だった女の子が見たらしいんだけど、お前が言ってたみたいに急に消えちゃったみたいで」

DJ「だから、それを見ちゃった女の子は軽くパニくっちゃって」

DJ「保健室に運ばれたらしいぜ」

課長「ってことは、もう現場へ行っても何もないってことだろ」

課長「行くだけ無駄だよ」

DJ「なんだよ課長、ノリ悪っ。それでも新聞会所属かよ」

課長「そんなデマみたいな話に集中している暇はないのさ」

男「……」

男「ごめん、俺ちょっと見に行ってくるわ」

課長「おい、マジか!?」

DJ「お、いいね男‼ そうこなくっちゃ‼」

課長「俺は次の授業があるからパスね」

DJ「へいへい――さ、行こうぜ男‼」



 [放課後、民俗学研究室]


姉「なるほど、そんなことがあったのね」

男「実際に体育館へ行ってみたけど、何もなかったよ」

妹「へー」

妹「そうだ――私もこんなものを見たよ」


 差し出されるスマートフォン。


男「これは……」


 SNSの一ページ。


妹「同じクラスの娘のつぶやきなんだけど」

妹「例の女の子の噂らしきつぶやきがあってさ」

妹「そこから辿ってみたら、他の人たちも同じようなつぶやきをしていて」

姉「確実にこの大学……ひいては外の世界にも広がってしまっている」

姉「そういうことかしら」

妹「うん。一部では昔流行ったチェーンメールっぽくなってるのもあるね」

男「なんだこりゃ……『廃墟の女の子は、自分をいじめた人間を探しに大学へやって来た』って」

男「もし彼女を見てしまったら『私じゃありません』と言うこと――だって?」

男「この情報をできるだけ多くの人へ回して下さい……。そんな馬鹿な」

妹「そういう話になってるみたいだね」

姉「……」

姉「あなたが遭遇した怪異は、人を伝っていく内に新たな怪異となりつつある」

男「新たな怪異……?」

姉「そう。もしかしたらこれは」

姉「怪異という現象が認知される、創り出されるプロセスそのものなのかもしれない」

妹「噂が実体化、具現化している」

妹「君の話が、他の人間によって様々な脚色を加えられて」

妹「新たな話を創り出している」

姉「そう、その話というのは……怪異のこと」

姉「あなたが遭遇した現象が他の人間へ伝わって、様々な尾ひれがついて」

姉「そして、その噂は『女の子の幽霊』という存在を生み出してしまったのよ」



男「それはつまり……噂そのものが実体化、具現化してしまった」

男「俺たちが女の子という存在を創り出してしまった……生み出させてしまった」

男「そういうこと?」

妹「そうだね」

姉「ええ、つまり……あなただけじゃない」

妹「これは私たち人間全員が等しく抱えている罪……ってところかな」

男「罪……?」

妹「まあ、罪って言ったら大げさかもしれないけどね」

姉「罪……そうとも言えるわね」

男「……?」

姉「あなた、今度の日曜日は空いているかしら」

男「あ、うん……」

姉「あなたが少女と遭遇した場所へ案内してもらえる?」

男「そ、それは……いいけど」

男「どうして?」

姉「何かヒントがあるかもしれない」

妹「雰囲気を感じるだけでも何かアイデアが沸いてくるかもしれないしね」

姉「そうね」

姉「それに、実際に被害が出てしまったわ」

姉「これはもう放っておける問題ではない」

姉「だから……よろしくね」

男「うん」

男「それじゃ、日曜日はよろしく頼むよ」

姉「ええ。一応電話番号を交換しておきましょうか」

妹「だね」

男「おう」

姉「廃墟……ということだったけれど、何か注意することはある?」

妹「必要な物があったら、メールとかで教えてくれれば助かるよー」

男「分かった。それじゃ後で連絡するから」



[日曜日]


姉「おはよう。待ったかしら?」

妹「おっす。おまたせー」

男「いや、俺もさっき来たから大丈夫」

男(確かに、『夏だけど長袖長ズボン、底が厚く動きやすい靴、危険を想定した装備』とは言ったけどさ)

男(ポニーテール、ミリタリーキャップ、ミリタリージャケット、ストレッチ性がありそうなジーパン、空挺部隊みたいな本格的ブーツ……。そして軍の放出品みたいなリュック、頑丈そうな腕時計)

男(俺の説明が間違っていたのか……?)

姉「何? その目は」

妹「それにしても、君の格好身軽過ぎない?」

姉「もしかして私たちに間違った情報を伝えたのかしら」

男「いや、そんなつもりはない!」

男「前回もこんな感じで大丈夫だったからさ……」

妹「だったらそう言ってよー……。なんか私たち浮いてない?」

男「いや、そんなことはない‼ 似合ってるよ‼」

姉「本当に?」

男「お、おう……。なんか、ごめん」

男(しかし、スタイルがいいのでこれはこれで似合っているというか)

男(様になっているというか……決して浮いてはいない)

男(レディース、ミリタリーラインアップ――みたいな)



姉「それじゃ、案内をお願いできるかしら」

男「うん……。とりあえずここからちょっと歩くけど大丈夫?」

妹「どれくらい?」

男「数十分くらいかな」

妹「おっけー」

男「それと、姉さん……。そのリュックには何が……」

姉「危険を想定した装備と言ったのはあなたよ」

姉「簡単な救急セットや水筒、L字型ライト、マスク、手袋などが入っているわ」

姉「本当だったらヘルメットも……」

姉「ミリタリーショップで揃えてきたわ」

男「……」

男「俺の説明が足りなかった。本当にごめん」

男「お詫びというか……重そうだから、俺が持つよ」

妹「あー、ずるい‼ 私のも持ってよー」

男「それは……」

姉「いいわ。そこまで重くないから」

姉「気持ちだけ受け取っておくわ」

妹「それじゃー私のリュック、お願い!」

男「えぇ!?」

男「わ、分かった」

姉「やっぱり――私のもお願い」

妹「えー、なにそれ」

姉「時間交代制で、私のもお願い」

男「お、おう……」

妹「えー、それどーゆーこと?」

姉「あなただけ身軽にさせるわけにはいかないわ」

姉「これで全員平等よ」

男(謎の理論)

男「とりあえず、行ってみようか‼」



 [廃墟、屋上]


男「とりあえず、俺はここで女の子を見た」

姉「なるほどね」

妹「なんだー、重装備する必要なかったじゃん」

妹「でも……なんかわくわくするね!」

妹「冒険してるみたい」

姉「まったく。あなたはまだまだ子供ね」

妹「姉が老けてるんだよ」

姉「……」

男(デジャブ)

男「また現れたり……するわけないか」

姉「そもそも、何がきっかけで彼女が現れたのか」

姉「それを突き止める必要があるわね」

男「ここへ来たからといって、何かヒントが落ちてるわけでもないよな……」

妹「そうとも限らないかも」

男「え?」

姉「そうね。せっかく現地へ来たのだし、もう少し調査してみましょう」

男「それは、どうやって?」

姉「確か『いじめを苦に自殺した』と言っていたわね」

男「うん。いじめを苦にここで飛び降り自殺をした女の子がいて」

男「その幽霊が出る――ネットのとあるサイトにそう書いてあった」

男「ただの噂だろうけど」

妹「でも、その女の子らしき幽霊が君の前に現れた」

妹「そうして一連の騒動が始まった」

姉「そもそも、本当にそのような事件、事故があったのか」

姉「それが知りたい」

姉「だから、それについて調査しましょう」

男「なるほど……。でも、どうしよう?」

姉「まあ、聞き込みしかないわね」

姉「ここは温泉街だし、人が集まる場所といったら」

妹「温泉やお土産屋さんだね」

男「それじゃ、周辺の施設を周ってみるか」



 [とある温泉施設]


男(周辺の温泉施設や旅館、売店を周ること数件)

男(有益な情報は得られぬまま……)

男(妹さんの『せっかくだから温泉入ろーよ!』という一言で一風呂浴びることに)

男(温泉から上がって、そして施設内の食堂で昼食をとっていた)

姉「いただきます」

妹「ふぅー、久しぶりの温泉、気持ちよかったねー」

妹「いただきまーす」

男「いただきます……」

男(俺から始まり、伝染していった今回の騒動)

男(こんな呑気にしていていいのか……)

男「結局、有益な情報は得られなかったな」

姉「そうね……。だけど」

妹「だけど、『有益な情報がない』ことが有益な情報ってことだろうね」

男「……?」

姉「ええ、そうね」

男「それは……」

姉「みんな言っていたじゃない、『そんな話は聞いたことない』って」

姉「しかも、私たちより遥かに上の年代の方が言っていたのよ」

姉「長く生きていれば、それだけ様々な情報に通じているはず」

姉「観光客ではない、ここでずっと生きてきた人……旅館や売店で働いている人たち」

姉「そういう人が『知らない』と言っていたのだから、それは本当のことでしょう」

妹「そして――あの廃墟自体については」

妹「ただ単に経営難で潰れちゃったみたいだし」

妹「そういうスポットによくあるような、『借金を苦にオーナーが自殺』とか、そんな後ろめたい話もなかったわけだし」

男「ということは」

男「女の子の自殺などなかった。そもそも、そんな女の子は存在すらしていなかった」

男「だったら、俺が見た女の子は一体……」

男「ただの、目の錯覚だったのか?」

男「それに『私を忘れないで』ってどういうことだ?」

男「……」

姉「ここへ来た甲斐があったわ」

男「……?」

姉「答えが見えてきたような気がする」

妹「うん」

男「どういうこと?」

姉「そうね……」

姉「まあ、今は食事に集中しましょう」

姉「そしたら、帰り道でどこか落ち着ける場所へ寄りましょう」

姉「そこで話すわ」

男「うん……。わかった」


 [とある喫茶店]


姉「つまり、あなたが言った通り……廃墟から飛び降りた女の子なんて存在していなかったということよ」

男「ああ……。だけど、それじゃ俺が見たものは一体」

姉「そうね」

姉「私たちは――」

妹「踊らされていただけ」

妹「そういうことでしょ?」

男「踊らされていた……?」

姉「ええ。情報に踊らされていた」

姉「火のないところに煙は立たない――とは言うけれど、全てがでっち上げだったのよ」

妹「廃墟や心霊スポットにはつきものだね」

妹「誰かが、あの場所を心霊スポットにしたかったのか……それとも、そんな意図すらなくて、ただ適当にいたずら心で嘘をついただけだった」

男「それが、現実になった?」

姉「ええ、全てが嘘。虚像よ」

男「虚像……」

姉「でも、あなたが見た少女はまだ『本物』に近かった」

男「それって……?」

妹「怪異とは私たち自身」

妹「私たちが発する言葉は生きているの」

妹「いじめを苦に自殺した少女――その噂が現実になってしまった」

妹「その噂が、嘘が、誰かの口から放たれたその瞬間、意思を持ってしまった」

妹「その意思は『廃墟の少女』となって、人を伝い、より現実へ近付いて行く」

妹「災厄になってしまうかもしれない」

男「災厄……」



姉「私たちが好き勝手な言葉を吐けば吐くほど、彼女はその言葉通りの存在となる」

姉「少女は被害者なのよ」

姉「この世に存在しない少女は、私たちから『怪異である』というレッテルを貼られてしまった被害者ってこと」

男「被害者……」

男「噂が広まれば広まるほど、女の子はその存在へ変貌していく」

姉「ええ」

姉「いじめた人間を探しに大学へやって来る。少女を見てしまったら、『私じゃありません』と言うことで回避できる」

姉「しかし、この話を知らない人間へ拡散させなければ……呪われる」

姉「そういう存在へ変わってしまう」

姉「彼女は怪異になってしまった。私たちによって怪異にされてしまった」


姉「嘘から出たまこと――まことちゃんよ」



男「……」

妹「そのネーミング、センスないよ」

姉「……」

姉「あなたが見たネットの書き込みが最初かどうかは分からないけれど」

姉「いじめを苦に飛び降り自殺をした少女……その書き込みが、そういう存在を生み出させてしまった」

妹「そして君があの廃墟へ潜入したときに、その存在と出会ってしまった」

妹「更に、君がその存在を無意識のうちに広めてしまった」

妹「少女は多くの人間の言葉によって、より怪異へ近付き、怪異そのものへ変貌していく」

妹「少女はまことちゃんへ変わっていく」

男「だったら……どうすれば」

姉「だけど、あなたはこの真実を知っている」

姉「ただ……全ての真実が、真理が欲しいなら」

姉「あなた自らの手で掴みなさい」

男「掴む……」

姉「ええ」

姉「私たち自身が怪異」

妹「そして、私たちの言葉は生きている。私たちの言葉は怪異そのもの」

姉「ただ、その真実は誰も知らない」

妹「知っていたとしても、知らないフリをしている」

姉「誰も自分が生み出した言葉の、怪異の責任を取ろうとはしない」

妹「現実の世界でも、匿名の世界でも」

姉「無責任な言葉は、無責任な怪異を生み出す」



姉「唐突だけど――世界は便利になったわ」

姉「このスマートフォン一つあれば、自分の知らない世界を覗くことができる」

姉「だけど、それは本当の世界なのかしら?」

男「……」

姉「便利さに縛られて、便利さに利用されている。その先にあるのは不便よ」

姉「もしかしたら、このスマートフォンに人間が制御される時代が来るかもしれないわね」

姉「心の距離は離れてしまったのよ」

姉「結果、無責任な言葉が氾濫してしまった。もう止められないわ」

男「止められない……」

妹「物の温かさ、冷たさ――そういった生きている実感を知らないで、私たちは知ったような顔をしている」

妹「端末一つあれば様々な世界を知ることができるけど……それは本当の現実なのか」

妹「真実はその目で、その手で確かめない限り、本当の真実にはならない」

妹「言葉は投げっぱなしで戻ることはない」

妹「まことちゃんという存在を生み出しておいて、あとは放置」

妹「生み出した本人はすぐに忘れるだろーね」

妹「自分の言葉を放置して、責任も放棄して、忘却の彼方へ葬り去ってしまう」

妹「まことちゃんはそうして好き勝手に作られて、消されて、忘れられていく」

妹「誰もその責任を取ることはない」

姉「もしかすると……これは、そんな私たちへの復讐なのかもしれない」

姉「彼女の悲痛な叫びなのかもしれない」

姉「私を忘れないで――それは、まことちゃんという虚像を好き勝手に作っておいて、責任を取ろうとしない私たちへ向けた言葉なのかもしれない」

姉「私のような存在が増えないように」

姉「私という存在を覚えていて欲しい」

姉「そんな願いなのかもしれない」



男「……」

男「願い……」

姉「まあ、説教臭い話はここまでにしておいて――責任は、私たちが取りましょう?」

男「……」

妹「このままだと、まことちゃんはもっと凶悪な怪異になってしまう」

妹「その前に……」

男「責任……。どうすれば……」

男(真実は自分の目で、手で、確かめる)

男「言葉は生きている――そうだよね?」

姉「ええ」

妹「うん」

男「つまり、今からでも遅くはない」

男「俺の言葉も、真実になる」

男「そういうことだよね」

姉「そうね」

妹「そう信じたいね」


男「だったら――一つ、考えがある」



 [翌日、大学にて]


男「頼む、課長‼」

課長「いや、急に頼まれても……」

男「来月の学院新聞はまだ完成してないだろ?」

課長「そうだけどよ……。もう編集も大詰めだからなあ」

課長「今更記事を変更するわけにはいかないし」

男「だったら、新聞会のサイトは!?」

課長「うーん……」

男「確か新聞会のSNSもあったよな!?」

男「ちょい枠でいいから、つぶやいてくれよ‼」

課長「何でまた、お前が?」

男「ほら、俺がこの騒動を引き起こしちゃった感じはあるだろ?」

課長「ただのデマが広がっただけだろ。お前のせいじゃない」

男「でも、実際にパニック起こした人もいるんだし、今後増えるかもしれない」

男「そうなったら大変だ‼」

男「だからそうならない内に、俺が責任を取らないと‼」

課長「うーん」

課長「確かにでたらめな噂だけど……どういうわけか進行形で大学内に拡散しているし、実害が出ちゃったし」

課長「大学側も当然それは認知しているだろうけど」

課長「それに……この噂をいつ掴んだのか」

課長「大手検索サイトのトレンドニュース欄に取り上げられたらしいし」

男「だろ!? 俺もそれは見たぜ‼」

課長「でも、責任って言ったって、どうするんだよ?」



男「うちの新聞を使って、俺が編み出した対処法を拡散させるんだ‼」

課長「対処法って……。新聞を作ってる人間として、でたらめは流せないんだぞ」

男「これはでたらめじゃない‼ 信じてくれ‼」

課長「それに、最終的に決定するのは編集部だ。俺じゃない」

課長「俺の独断で情報を発信することはできないんだ」

男「だから……頼む‼ そこんとこ掛け合ってもらえないか!?」

男「SNSでつぶやくだけでもいいからさ‼ お願いだ‼」

男「俺に取材したという形で発信すれば、全責任は俺に来て、批判も俺に集中するはず」

男「もしくは『民俗学研究室』の名前で発信すれば大丈夫だ」

男「そうすれば新聞会に火の粉はかからないはずだ」

男「そして、もしこの対処法が広まって……成功すれば」

男「それを発信した新聞会と、情報を持ち込んだ課長は一躍立役者だ‼ 頼む‼」

男「全ての責任は俺が取る」

男「失敗したら切腹する覚悟だ」

男「というか、もうここにはいられない」

男「大学を辞める‼」



課長「そ、それは流石にやり過ぎだろ……」

課長「……」

課長「オオカミのラーメン」

男「え?」

課長「麺処オオカミのラーメン大盛、トッピング全部乗せ、ライス、餃子」

課長「それで手を打とう」

男「――マジか!?」

課長「ただし、成功する確率は極めて低いぞ」

課長「掛け合うだけは掛け合ってみる」

男「……」

男「よっしゃー‼ サンキュー‼ ありがとう‼」

男「さすが課長、男前‼ イケメン‼ メガネ‼」

課長「ちょ、うるせえ‼」

課長「それで――対処法って何だよ」

男「それは――」




 [そして――時は流れ]



男「――これで良かったのかなぁ」

姉「ええ、良かったのよ」

妹「救世主だねー、救世主」

男「言葉は生きている」

男「言葉は怪異」

男「そのヒントで思い付いた」

男「ああするしかなかったんだ」

姉「ええ」


姉「少女を忘れること――それが解決策だったわけね」


妹「女の子が現れた時に『あなたのことは忘れました』と唱え続ける、思い続けること」

妹「そして、たとえ女の子が現れなくても……一日一回はそれを唱えること」

妹「あとは、その情報をできるだけ多くの人へ拡散させること」

姉「彼女の願いは……彼女という存在を『忘れないで欲しい』ということだった」

姉「しかし、あなたは『忘れました』と唱えるように促した」

姉「それはつまり」

姉「少女を忘れるように努めることで、その都度少女を思い出させるということ」

妹「女の子を生み出してしまった責任を思い出させること」

妹「そうして、みんなに責任を取らせる」

姉「そういう方法だったわけね」

男「うん……」

男「忘れたいことに限って、意識しちゃって忘れられない」

男「だからこうすれば、できるだけ多くの人間の記憶に、できるだけ長く居続けることができる」

男「そう思ったんだ」



男「でも、いずれは……完全に忘れられてしまう」

姉「いや、ふとした瞬間に思い出すわよ」

姉「もしくは……完全に忘れ去られる」

姉「そうなって初めて、この怪異は解決したと言えるのかもしれない」

姉「彼女という存在が完全になくなって、なかったものになれば」

姉「あるべき場所へ、空虚の世界へ還ったということになる」

妹「それが正解なのか、それとも――」

妹「いずれにしても、君の情報は学院新聞のウェブサイト、SNSを通じて拡散された」

妹「そして、それから……女の子を見たという人は出てないみたいだね」

妹「騒動も収まってきた」

男「これで、良かったのかな」

姉「ええ」

妹「うん」

男「そっか……」

姉「それにしても、よく許可を出してくれたわね」

男「ああ……。それは、友達に新聞会の奴がいてさ」

男「こればっかりは、あいつには頭が上がらないよ」

男「それに――民俗学研究室の名義を貸してくれて、ありがとう」

男「勝手に名前出しちゃっても良かったの?」

姉「ああ……まあね」

妹「あそこは私たち専用みたいな感じだし、へーきへーき」

男「教授とか……いないの?」

姉「まあ……私たちのことは別にいいでしょ?」

男「君たちは一体何者なんだ……」

姉「……」

男「まあ……二人も、今まで本当にありがとう」

姉「いえ、こちらこそありがとう」

男「え?」

姉「怪異についてまた一つ知ることができたわ。そのお礼よ」

妹「うん、ありがとね」

男「そんな……」

妹「さぁ、もう着いたし、早く屋上行こーよ!」

姉「そうね」

男「あ、待ってくれ――」




 [廃墟、屋上]



男「――って、いるわけないよな」

姉「……」

妹「……」

男「とりあえず――」

男「いつか、この場所のように忘れられてしまうかもしれない」

男「だけど、俺は絶対に忘れない」

男「だから、さようなら……。まことちゃん」


 紫、ピンク、白の鮮やかな花束を手提げから取り出し、どこかに存在する誰かへと手向ける。


男「なんつって……」

男「さて――行こう」



男「ふぅ……。なんとか無事に終わって良かった」

姉「そうね」

妹「うん」

男「ホントに、二人ともありがとう」

姉「こちらこそ」

妹「ありがとう」

姉「……」

姉「そうね」

男「……?」

姉「あなたって面白い人ね」

男「面白い?」

姉「ええ。あなたといると、怪異が起こりそうな気がする」

男「へ?」

男「いや、それってまずいんじゃ……」

姉「厄介事を持ち込まれるのは勘弁して欲しいけど」

姉「私たちから研究する分には問題ないわ」

男「いや、俺が問題大ありなんですけど……」

姉「だから……私たちを巻き込まないくらいに、怪異に遭ってくれる?」

男「それって……どういうことだか意味が分からないんだけど」

姉「まあ、あなたはこれからも研究室に来ていいわよ」

姉「特別に許可してあげる」

妹「姉は性格悪いからね。標的にされたら終わりだよ」

妹「ドンマイ」

姉「ちょっと……。性格悪いってどういうことよ」

姉「もうあなたの言葉は我慢できないわ」

姉「姉として成敗してやる」

妹「逃げろー」

男「ちょっと‼ 交差点で走るのは危ないって‼」




 群集が行き交う交差点。
 一瞬、人混みが途切れた。
 まるで時が止まったかのような……。そんな感覚。
 姉妹の背中を追いかけていた俺は、その時ふと足を止める。



???「――ッ」



 その声が、確かに響いた。
 俺だけに聞こえた。



男「……」



 途切れた人混みが、再び流れていく。



男「もちろんだ」



 絶え間なく続く人の波。
 その中に、花束を掲げる幻影が。
 幻はふっと笑って、波の中へ消えて行った――





 終







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