【ラブライブ】世にも奇妙な物語 ~μ'sの特別編~ (417)

(暗いステージをゆっくりと歩くタモリ)

タモリ「ようこそ、奇妙な世界のステージへ」

タモリ「ステージとは演劇やダンス、演芸など、表現者が様々な作品を演じる為の場所です」

(階段でステージから客席へと降りる)

タモリ「そしてこの場所では、様々な人々の、様々な奇妙な物語が演じられてきました」

(客席の中ほどの座席に腰掛ける)

タモリ「今宵このステージでは、とあるスクールアイドルたちが演じる、九つの奇妙な物語を鑑賞することができます」

(ステージのスクリーンに映し出されるμ'sの9人の顔写真。その下には大きく

【みんなの奇妙な物語】

と、μ'sのキャッチフレーズをもじった一文が書いてある)

タモリ「さて。9人の少女たちは、我々にどんな物語を見せてくれるのでしょうか」

ブーーーーーッ

(ブザーが鳴り響いて客席の照明が落ち、逆にステージの中央がスポットライトで照らされる)

タモリ「お、どうやら開演のようです」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440255766

・「ラブライブ!」と「世にも奇妙な物語」のクロスです。
・登場キャラは基本的にアニメの設定を参考にしています。
・各話の登場人物に関しては、話の展開上多少キャラが変わっている場合があります。
・話のジャンルによってはとんでもない目に遭うキャラもいます。
・話によって地の文はあったりなかったりします。
・更新は多少直しを入れながらなので、一話ごと不定期です。

タモリ「風邪薬、胃薬、頭痛薬、ビタミン剤、精力剤…」

タモリ「世の中には様々な薬やサプリメントが溢れています」

タモリ「それはもはや人間の生活にはかかせないものです」

タモリ「しかし、使い方にはくれぐれも気をつけてください。特にこんな薬の場合には…」

花陽「うぁ〜…!」

ここは音ノ木坂学院の1年生の教室。そこにはキラキラと目を輝かせる花陽と、そんな花陽をニコニコと見つめる凛。そして頬杖をついて呆れ顔の真姫の3人がいる。

真姫「花陽…、なんなのよそのでっかいお米の塊…」

花陽「決まってるよぉ、新米で作ったおにぎりだよ!」

真姫「そんな大きさのおにぎり見たことないんだけど」

真姫の皮肉も意に介さず、花陽はうっとりとその『おにぎり』を見つめる。

花陽「ああ、この新米ならではのつや、香り!食べるのがもったいないです…!」

その隣で凛は能天気な笑みを浮かべている。

凛「かよちんキャラ変わってるにゃ〜」

凛「だけど凛はこっちのかよちんも好き〜」

花陽「ああ、このまま食べずに飾っておきたいなぁ…!」

その言葉に反して、花陽はその巨大な米の塊を口に近づけていた。

真姫「大げさ…、そんなことより、花陽…」

花陽「ん〜?なぁに?」モグモグ

花陽は大口で捉えたおにぎりの一部を咀嚼しながら、夢見心地な表情で問いを返す。

真姫「あなた…最近少し…」

花陽「?」モグモグ

真姫「太ったんじゃない?」

花陽「…」モグモグ

花陽「へ?」





【細薬】




花陽「うわああああああああ!」

部室に置かれた体重計に乗った花陽は、液晶盤に表示された数字を見て絶叫していた。そんな花陽を見つめる凛と真姫の表情は、友人を心配する不安げなものと、それ見たことか、と呆れ果てたものに分かれていた。

真姫「やっぱり…」

真姫がため息混じりに呟く。

花陽「そんな…そんな…!」

言葉が続かない。いくら食欲の秋だと言っても、そこに示されている数字はとてもアイドルのそれとして公言できるような代物ではなかった。

凛「かよちんは好きだけど、こんなかよちんはイヤだにゃ〜…」

花陽「うぐっ…!」

幼馴染みの素直な言葉が胸にささる。

真姫「どう?現実を理解した?」

真姫が腰に手を当てる。

真姫「とりあえずこういうことに敏感そうなにこちゃんや海未には黙っておくから…、明日までにどうやって痩せるか、考えてきなさいよ」

真姫「こういうことは、無理に頑張るよりまずは自分のペースで始めた方がよさそうだし」

真姫「もし一人で無理そうなら、まぁ、私も協力してあげないでもないけど」

凛「かよちんがんばって!凛も応援するよ!」

花陽「うう…わかったよ…がんばります…」

体重計から降りた花陽は、がっくりとうな垂れた。

〜〜〜

花陽「とは言ったものの…」

花陽「どうすればいいんだろう…」

練習後、他のメンバーと早々に別れた花陽は、様々な思案を巡らせながら家路を歩いていた。

花陽「うーん…手っ取り早いのはやっぱり…食べないこと、かな?」

花陽「うぅんダメダメ!そんなの耐えられないよ!」

浮かんできた考えを即座に振り払うかのように頭を振る。花陽にとっては、一食抜くというだけでも耐えられない拷問のようなものだ。

花陽「でも…だったらどうすればいいのかなぁ…」

花陽「えーっと…そうだ!ダイエット食品とか…、いや…だけど、効くのかわからないものを買っても、お金の無駄になりそうだし…」

花陽「うぅ〜ん…やっぱり明日、真姫ちゃんに相談してみようかなぁ…」

ふぅ、とため息をついたとき。

「お悩みのようですね」

暗がりから声をかけられ、花陽は飛び上がった。

花陽「ぴゃあぁ!だ、誰ですか!?」

声が聞こえてきた暗がりに目を凝らすと、そこには風呂敷の上に得体の知れない品物を広げた小柄な老人が座っていた。

老人「旅の行商人、といったところです。全国を回って、古今東西様々な品物を売って回っております」

老人「あなたはなにか悩み事を抱えていらっしゃるようにお見受けします。どうですかな、ここにある品が、あなたの悩みを解決してくれるかもしれませんよ」

普通なら、このような胡散臭い老人の言うことなど無視して通り過ぎてしまうところだろう。

だが花陽が悩んでいたのは確かだったし、何よりその引っ込み思案な性格が、彼女に「結構です」という一言を口に出すことを躊躇わせた。

花陽「じゃ、じゃあちょっとだけ、見て行こうかな…」

見るだけ見て帰ろう。そう心に決めて、花陽は恐る恐る老人に近づいた。

風呂敷の上に並べられた商品を見ると、本当に得体の知れないものばかりだった。小ぶりな緑の香炉のようなもの、紫の豪華な装飾で縁取られた手鏡、青い液体の入った角ばった小瓶…。なんだか、ファンタジー映画の小道具みたいだと、花陽は思った。

と、その中に一つだけ、花陽の目を奪うものが置かれていた。缶ジュース程度の大きさの瓶の中に、錠剤が詰め込まれていた。容器の表面には、『細薬』と書かれている。

花陽「あの…、えっと、すみません。これ、なんですか?」

老人「んん…?ああ、それですか」

老人は花陽の指差す『細薬』にちらと目をやると、花陽に目を移した。改めて見ると、顔もしわくちゃで、さらに声もしわがれていて、女性なのか男性なのか区別がつかない。

老人「それは、『ほそくすり』と言って、文字通り、細くなる薬ですよ」

ほそくすり…、『細くする』と掛けてるのかな、と花陽は思った。

花陽「細くなる…、つまり、痩せられるってことですか?」

老人「ふむ…、あなたの悩みは痩せたいということのようだ。でしたらこの『細薬』は必ずやあなたの役に立ちます」

花陽「本当ですか?」

老人「ええ。これさえ飲めば、あなたは間違いなく痩せられるでしょう」

老人は言い切った。しかし、花陽は迷いを捨てられずにいた。こんな得体の知れない老人から怪しげな薬を買ってもいいものか。瓶のラベルに書かれた『細薬』の文字を睨む。

老人「お買いになられますかな」

花陽ははっと顔を上げた。老人が花陽の顔を覗き込んでいる。

花陽「え、えーっとぉ…」

お店…と言えるのかはわからないけど、ここに立ち寄って、色々見せてもらって、細薬のことも聞いておいて、何も買わずに帰るって言うのも悪いかな…。

花陽「えと…じゃあ、これください…」

結局花陽は彼女自身の気弱さに負け、細薬を買うことにした。

〜〜〜

帰宅した花陽は、練習でかいた汗をシャワーで流した後で、夕飯が出来上がるまで二階の自室に篭っていた。

そこで花陽は、勉強机の上に置いた細薬の容器とにらめっこを続けていた。

コンタクトの代わりにかけた眼鏡の奥の瞳は、不安げな光をたたえている。

花陽「説明書も何もついてないよ…、大丈夫なのかな…」

老人は水無しで毎食前に一錠、飴のように口の中で転がしながら溶かせばいい、と言った。

値段はそれなりの値がついていたが、花陽は迷った挙句に代金を支払った。自身の心と懐事情と相談した末の決断である。

花陽「はぁ…、今月一気に厳しくなっちゃったなぁ」

言いながら花陽は財布の中身を確認する。中には1000円札が2枚と、小銭が数枚。次の小遣い日まで厳しいが、これでやせられるなら安い物だと花陽は思い直した。

花陽「あ…そろそろごはんの時間だ」

時計に目をやった花陽は、細薬に目を移す。説明では、毎食前に水無し一錠とのことだった。

覚悟を決めた花陽はよし、と小さく呟き、蓋を開けて一錠出してみた。

赤みがかった楕円形の錠剤である。いったいどんな成分が含まれているのだろう。

花陽は躊躇っていたが、まさか毒ではないだろうと、意を決して錠剤を口に含んだ。

舌の上で転がしてみると…、独特な味だ。うん…甘い。この甘さは、白米を噛むにつれて舌全体に広がっていくあの甘さと似ている。

意外とおいしいな。そう思ったときに、階下から花陽を呼ぶ声が聞こえた。夕飯の時間だ。

はーい、と返事をして椅子から立ち上がった花陽の身体がぐらりと傾いた。

花陽「あ…れ…?」

眠い。とてつもなく眠い。急激な眠気が、花陽を襲っていた。

なんでだろう。疲れたのかな。今日の練習は特別厳しいというわけでもなかったのに。

それでも階下に向かおうとした花陽だったが、堪えきれずに後ろのベッドに倒れこんだ。

ごはん…食べなきゃ…。

しかし自室でかけている眼鏡を外す暇もなく、花陽の意識は深い暗闇の奥へと引きずり込まれた。眠りに落ちる寸前まで、花陽の口の中には、細薬の甘さが仄かに広がっていた。

〜〜〜

花陽「………っは!」

花陽はベッドから飛び起きた。カーテンの外が明るい。

花陽「…朝?」

昨晩の記憶を辿る。確か…、ああ、そうだ。昨日ごはんに呼ばれて下に降りようとしたら、急に眠くなって…。

花陽「待って…、じゃあわたし、昨日の夜、ごはん食べてない…?」

そう思うと急にお腹が減ってきたような気がする。ああ…思い出すんじゃなかったよぉ。

ベッドから立ち上がった花陽は、勉強机に向かう。机の上には、細薬。

これを飲んで、眠くなったんだよね…。

怪しい薬なのかもしれない。しかし…。

花陽「ちょっと、おいしかったな…」

昨日、初めて細薬を飲んだときの味が忘れられない。花陽の大好きな、白米の甘さに似た…。

朝ごはんの前に、飲んでおこう。

瓶を開け、赤い楕円形の錠剤を取り出し、口に含む。甘い。昨日と同じ、白米のような甘さ。

ああ…、おいしいな。

細薬を舐めながら、何気なく机の上の時計に目をやる。

花陽の眠気は消し飛んだ。

花陽「遅刻!」

ホームルームまであと30分。花陽の足では今から出ても間に合うかどうか危うい。

花陽「大変!急がなきゃ!」

慌てて机の上のノートや教科書類をカバンに突っ込む。勿論細薬も。

制服に着替え、階段を駆け下りる。

キッチンには洗い物をしている母親がいた。

花陽「なんで起こしてくれなかったのぉ!?」

花母「ああ…やっと起きたの?」

花母「昨日から何度も起こしたわよ。でも全然起きないから、疲れてるのかなって…」

花陽「そ、そうだったんだ…ごめん」

花母「朝ごはん食べるの?」

花陽「いや…、もう食べてる時間ないし、行く途中で買うよ。行ってきます!」

花陽は急いで玄関に向かった。玄関の戸を開けて飛び出したとき、母親が慌てて花陽の名前を呼んだことに、彼女は気づかなかった。

〜〜〜

花陽「はぁ…なんとか間に合ったぁ…」

ホームルームにはギリギリ間に合ったが、花陽の表情は浮かないものだった。

というのも今朝、花陽は通学路にあるコンビニで朝ごはんを買おうとしたのだが、レジで商品を打ってもらって、いざ代金を支払おうという段階で財布を忘れたことに気づいた。

花陽「あれ?あれ?」

慌ててバッグの中を探ったが、店員の迷惑そうな顔に気づいて後ろを振り向くと、似たような表情の通勤客がずらりと並んでいた。

花陽は小声で何度もごめんなさいと謝りながら、いそいそとコンビニを飛び出してきたのだった。

ホームルームが終わるとすぐ、凛と真姫が近づいてきた。

凛「かよちんがメガネだにゃ〜!」

花陽「えっ?」

目元に手を当てる。そういえば今朝は慌てていて、コンタクトを入れる時間もなかったのだ。

真姫「珍しいわね、花陽が学校でメガネ掛けてるなんて」

凛「どーしたの?かよちんまたメガネに戻すの?」

凛が無邪気な笑顔で問いかける。

花陽「いや、そういうわけじゃなくてね…遅刻しそうで、コンタクト入れる時間がなかったんだ…」

凛「なーんだ、それだけかぁ」

花陽「えへへ…ごめんね…」

そこまで話して、凛と真姫の表情が曇った。花陽の様子がおかしいと気づいたようだ。

凛「かよちん、なにかあったの?」

真姫「元気ないじゃない」

花陽は力なく笑う。

花陽「うん…、実はね、昨日の夜から今朝までの二食分、抜いちゃったんだ」

凛「ええ〜!?かよちんがごはんを!?二食も!?」

真姫「ちょっと…、いくら痩せたいからって言っても極端過ぎよ…それじゃむしろ逆効果だわ」

花陽「ううん、違うんだ…実は色々と理由があってね…」

花陽はかくかくしかじかと理由を説明した。ただ、細薬のことに関しては、なんだか真姫に怒られそうだと思い隠しておいた。

真姫「なによそれ…、全部花陽の自己責任じゃない」

真姫が呆れたように呟いた。

花陽「あはは…」

一方の凛はまだ心配そうな様子だ。

凛「かよちん大丈夫?二食も抜いたら、力が出ないんじゃないの?」

花陽「大丈夫だよ、凛ちゃん。わたしなら平気だから…。お昼ごはんさえ食べれば、元気になるよ」

ぐうぅ、と鳴る音を聞かれまいとお腹を抑えながら、花陽は無理やり笑顔を作った。

〜〜〜

午前中は空腹で、授業どころではなかった。花陽はひたすら昼休みを待ち望んで4時間目までを過ごした。

そして昼休み。待ちに待ったお弁当の時間。花陽は慌ててカバンを取り出すと、弁当箱を探してチャックを開けた。

ゴロン、と細薬の容器が転がり出る。

花陽「あっ…」

反射的に瓶をカバンに突っ込む。細薬の存在を忘れていた。花陽はカバンの中で蓋を開けると、一錠を取り出し、さっと口に入れる。

やはり白米に似た独特の甘さが、口いっぱいに広がった。

真姫「なんて顔してるのよ、花陽…」

気がつくと、じと目の真姫が弁当箱を持って目の前に立っていた。

花陽「えっ!?あっ、ごめん…今からお弁当を食べられるんだって思ったら、つい…」

凛「二食も抜いたらそうなるよね〜。さ、早く食べよ食べよ?」

花陽「うん!」

改めてカバンの中を探ろうとしたとき、名前を呼ばれて花陽は振り返った。

生徒「小泉さーん」

花陽「え…、なぁに?」

生徒「今日、飼育当番の日でしょ?行かないと」

花陽「あっ…」

空腹ですっかり忘れていた。今日は飼育当番として、アルパカ小屋の掃除に行く日なのだ。

花陽「ごめんね、二人とも…すぐ戻るから、先に食べてて」

花陽は引きつった笑みを見せると、頷く二人を尻目に教室を出て行った。

〜〜〜

花陽が教室に戻ることができたのは、5時間目が始まるギリギリの時間だった。

ただの掃除で終わるはずが、小屋の中に入ろうと扉を開けた瞬間、アルパカの一頭が逃げ出してしまったのだ。

すぐにペアの子が先生を呼びに行き、その後は先生達が校内を走るアルパカを追いかけ回るという、ちょっとした捕り物になった。

そんな中でアルパカを逃がしてしまった花陽が弁当を食べに教室へと戻るわけにもいかず、結局アルパカが捕まった昼休み終了間際までその捕り物に付き合う羽目になってしまった。

よろよろと教室に入ってきた花陽に凛と真姫が心配そうな目を向けたが、花陽にはそれに構っているような余裕はなかった。

〜〜〜

花陽は放課後までの時間を抜け殻のように過ごした。

5限が終わった後で、合間に弁当を食べようとした花陽は愕然とした。なんと弁当を家に忘れてしまったのだ。いくら慌てていたとはいえ、財布に続いて大事な大事なお弁当まで家に忘れるなんて…と、花陽は自分の間抜けさにほとほと嫌気がさした。

凛「ば、売店に行ってパンでも買ってくればいいんじゃないかにゃ…お金貸すよ?」

真姫「無駄よ、売店は昼休み終わりには閉まっちゃってるもの」

さすがにここまで来ると凛だけでなく、真姫も心配そうに眉を寄せていた。

花陽「ごはん…ごはん…」

花陽は机に突っ伏して、同じ単語を壊れたオルゴールのように繰り返している。

凛「そ、そうだ!お水!お水は?水分だけでも取っておけば違うんじゃないかにゃ?」

そうだ、大量のお水で一時的に空腹をごまかすという手があった。

花陽はガバッと顔を起こしたが、目に入ったのは力なく首を振る真姫だった。

真姫「凛、朝のホームルームで聞いてなかった?今日は午後から配管の工事で、水道が使えないって言ってたじゃない」

凛「あ…そっか…」

ごちん。花陽は額を机に打ちつけた。万事休す。

凛「ごめんねかよちん、こんなことなら、凛たちがお弁当残しておけばよかったにゃ…」

花陽「ううん、凛ちゃんたちは悪くないよ…全部わたし、わたしが悪いの…おっちょこちょいなわたしが…ふふ、ふふふふ…」

机に突っ伏して不気味に笑う花陽に掛ける言葉が見つからないまま、授業開始を告げるチャイムに追い立てられるように凛と真姫はそれぞれの席に戻っていった。

~~~

放課後、花陽は凛と真姫に支えられるようにして、アイドル研究部の部室へとたどり着いた。

にこ「は!?なによどうしたの!?」

穂乃果「は、は、花陽ちゃんが…、メガネ掛けてる!」

ことり「いや穂乃果ちゃん、そこじゃなくて…」

穂乃果「え?」

希「花陽ちゃん、酷い顔…、どしたん?」

海未「具合でも悪いのですか?」

凛「あー、えっと、かよちん実は寝不足で…あはは…」

花陽「そう…なんです…」

てっとり早く説明してもらう為に、そういうことにしておいてもらったのだ。それに原因から話すとなると花陽が太ったというところに行き着いてしまうので、海未やにこの前では話せない。

にこ「寝不足でそこまでなるもんなの…?」

真姫「あ、あれよ。花陽は、普段夜更かしとかしないから…」

絵里「…花陽、今日の練習はできそう?」

花陽「えっと…ちょっと…無理、かな…?」

絵里「そう…だったら無理せず帰りなさい?どちらにしてもその様子じゃ、練習にならないでしょう?」

絵里が促すと、練習を取り仕切る海未も頷いた。

海未「そうですね…、そんな状態では無理はさせられません」

海未「凛、花陽を家まで送って行ってもらえませんか?一人で帰らせるのは不安ですし…」

凜「もちろんいいよ!」

海未「ありがとうございます…ではお願いしますね」

真姫「じゃあ凛…頼むわね」

凛「うん!まっかせるにゃ〜!」

凛「行こ?かよちん」

花陽「うん…」

幼馴染みに寄り添うようにして、花陽は部室を後にした。

〜〜〜

花陽は凛に連れられて校門を出た。

凛「どーするかよちん?何か食べて帰る?」

凛は花陽の顔を覗き込むようにして尋ねる。

花陽「でも…わたし財布が…」

花陽のか細い声に、

凛「だーいじょーうぶ!今日は凛の奢りにゃ!」

凛が明るい声を被せる。その言葉に多少花陽の顔にも生気が戻った。

花陽「本当…?」

凛「本当にゃ!どこに行きたい?」

凛が花陽に微笑みかける。

花陽「ど、どこでもいいよ…けど、白米がいいかな…」

凛「どこでもかぁ…、そーだね、じゃあ商店街に行ってみよ!」

〜〜〜

商店街は、どこの店も臨時休業のお知らせを出していた。店主たちは商店街の慰安旅行とやらに行っているらしい。

花陽はやはり口に細薬を含んでいた。やっと早めの晩御飯にありつけると思って、律儀に食前にこっそり薬を飲んでおいたのである。しかし、その期待は見事に裏切られた。

凛「う〜…どこもかしこも休業休業臨時休業!こんなのいじめだにゃ〜!」

行きつけのラーメン屋さえ休業だった凛が思わず不満の声をあげたが、花陽にはそんな体力も残っていなかった。

花陽「仕方ないよ…、お休みなんだもん…」

凛「どうする?いつものハンバーガーショップにでも行こうか?」

花陽「もう…どこでもいいよ…、食べられるなら…」

もはや白米云々に拘っている段階ではなかった。花陽は食事にさえありつければなんでもいいところまできていた。

凛「よーし、じゃあ行ってみよ!」

〜〜〜

そうしてやって来たハンバーガーショップの自動ドアには、またも貼り紙が。店内の改装工事を行っているらしい。

『臨時休業』の4文字の前に、2人はただ立ち尽くすしかなかった。

凛「そ、そうだ!コンビニ!帰り道にあるコンビニに寄ろう!おにぎりでもなんでも好きなだけ奢ってあげるよ!」

もはや凛もやけくそになっているようだ。

〜〜〜

コンビニの前には、多くの人だかりができていた。赤色の回転灯を付けた警察車両がずらりと並んでいる。

近所で空き巣を見咎められた男が、コンビニに逃げ込んで店員を人質に取る立て篭り事件が発生したとのことだった。

我慢し切れなくなった花陽は、人混みをかきわけ、警察官の制止を振り切ってコンビニに進もうとした。男が店員を盾にナイフを振りかざす。

男「来るんじゃねぇ〜!」

警官「君!危ないから!やめなさい!」

凛「かよちん!落ち着くにゃ〜!」

花陽「ごはん…ごはん…、ごはんを食べさせて〜!」

花陽は最後の力を振り絞って叫んだ。

凛がやっとの思いで花陽を人だかりから引きずり出したとき、花陽は立っているのもやっとの状態だった。

凛「ま、まだどこかあるはずにゃ…、ごはんが食べられるところが…」

花陽「…もう、いいよ、凛ちゃん…。家に帰って、ごはん食べるよ…」

凛「かよちん…、ごめんね、わたしの力不足で…!」

花陽「ううん…凛ちゃんは悪くないよ…。わたしのせいで…凛ちゃんまで振り回しちゃって、ごめんね…」

凛「そんなことない!かよちんの為だと思えば、こんなのへっちゃらだよ!」

花陽「あり、がとう…その気持ちだけで、十分…、だよ…」

凛「かよちん…!」

今生の別れかというような真に迫ったやり取りだが、言ってしまえば一日ごはんが食べられなかっただけのことだ。

とはいえ、一食抜いただけでも拷問だと感じる花陽にとっては、丸一日食事を抜くという今の状況は生死に関わる問題となっていた。

~~~

凛「うう…自動販売機で、何か飲み物だけでも…」

しかし、不運にも帰り道にある自動販売機はことごとく故障中か売り切れだった。

凛「じゃあ、おいしくないけど公園の水道でお水を…」

凛が言い終わらないうちに、道の先の工事現場でいきなり水しぶきが上がった。

花陽「ひゃっ…!」

凛「な…なに?」

聞こえてきた作業員の話によると、水道管が破裂したようだ。

花陽はうつろな目で水しぶきを見つめ続けた。

凛「…水道管が破裂しちゃったんじゃ…、家でも水道、使えないんじゃ…」

〜〜〜

家の前で凛と別れ、花陽はよろよろと玄関の戸に手をかけた。

開かない。鍵がかかっているようだ。

なぜだろうと思いながら、花陽は合い鍵を取り出し、玄関を開けた。

花陽「ただいまぁ…」

中には誰もいないようだ。

キッチンに向かうと、置き手紙が置いてあった。

なんだろう。手紙を手に取る。

花陽の母方の祖母が倒れたので、母は急遽実家に向かったとのことだった。

父も昨日から一週間出張で、手紙は『ごはんを作る時間がなかったので外で食べてきてください』、と締められていた。

当然のことながら、花陽に改めて出かける気力はない。

しかし何か口にしなければ。晩御飯を食べなければ、かれこれ四食分抜いてしまうことになる。

花陽「なんとかしなきゃ…」

水道は使えないから料理は出来ない。だけど、とりあえず何か口に入れられさえすれば…。

そこで気がついた。キッチンの様子がおかしい。戸棚や引き出しが所々開けられている。

花陽「え…?」

部屋が荒らされている。

花陽「な、なんで…?」

そういえば…、とふいに思い出す。近所のコンビニに立て籠もっていた男は、近くで行った空き巣を見咎められてそこに逃げ込んだのだとか。

花陽「…まさか、空き巣が入ったのって…、うちだったのぉ…?」

戸棚や冷蔵庫の中を見ると、食べ物が全てなくなっている。隣のリビングには食べ物を食い荒らした跡が残っていた。

まさか、まさか…。

花陽は手すりに身を預けながら二階に上がった。

自分の部屋に入り、勉強机の上を見る。そこに置いていたはずの花陽の財布は跡形もなく消え去っていた。

これで外食に出かけるという道も消えてしまった。

がくりと膝から崩れ落ちる。肉体の疲労に加えて精神的なショックで、花陽はもはや立っていられない状態だった。

食べ物も、財布もない。

わたしはどうすればいいの…?

ごろり、と何かが転がる音がした。音の方を見ると、カバンの中から細薬が転がり出ていた。

花陽「…ああ…」

花陽のうつろな目がじっと瓶を見つめる。

薬だと思ってつい見逃していた。そうだ。

これは今、花陽が唯一口にすることのできる『食べ物』だ。

用法用量のことなど、もはや花陽の頭からは吹き飛んでいた。

花陽は蓋を開けると、瓶を口につけ、錠剤を一気に流し込んだ。

バリボリと錠剤を噛み砕くと、白米に似た甘さが口いっぱいに広がる。食感は全く違うが、やっと口に食べ物を含むことが出来た。その事実だけで花陽の頭は幸福感で満たされた。

ふと、口の中に異物が入っていることに気がついた。噛み砕いた錠剤をいくらか飲み込んだところで取り出してみる。濡れてくしゃくしゃになってしまってはいるが、何かの紙のようだった。

広げると『取扱説明書』と書いてある。気がつかなかったが、どうやら錠剤に埋まっていたようだ。

説明書を読んでみる。とは言っても、錠剤は全て飲み込んでしまったのだが。

なんだか難しい言葉で色々と書いてある。中国の秘術がなんだとか。やはり胡散臭い代物だったのだろうか。

ふと花陽の目が留まる。そこには『細薬は食前に水無しで服用する。服用した細薬一錠につき一食分、飲食物を口にすることができなくなる。』とあった。

飲食物を口にできなくなる…?

そんな馬鹿な、と思いかけた花陽だったが、すぐに昨日からの記憶がフラッシュバックする。

細薬を飲むたびに様々な邪魔が入って、結局昨日の夜から一口も飲食物を口にできていない。

もしかして。信じられないが、細薬の薬効は本当なのだろうか。

強制的に食事を摂らせないことによって痩せ細らせるのが、細薬の薬効なのだろうか。

待てよ、そうなると…。花陽の顔からさっと血の気が引く。

花陽は震える手で紙を握りしめ、説明書の文字に目を走らせる。すぐに花陽の目当ての項目は見つかった。

『内容量・三百錠』

さんびゃくじょう。既に4食分は抜かしたが、1日3食と考えると、更にあと99日間は食事を口にできないということになる。

花陽「…ダ…ダ…、ダレカタスケテ〜〜〜ッ!」

花陽の叫び声は夕暮れの住宅街に虚しく木霊した。



【奇】

(豪華な食事を目の前にして、テーブルの椅子に座っているタモリ)

タモリ「薬は使い方によっては命を落としかねない猛毒にもなるのです」

タモリ「彼女のように用法用量を無視して使うと、思わぬ事態を招きかねません」

タモリ「失礼、薬の時間です」

(机の上に置かれた錠剤を口に入れ、コップの水で流し込む)

タモリ「このように、決められた使い方はしっかり守るようにしましょう」

(薬の隣に置かれた説明書に目を通す)

タモリ「えーっと…あ、この薬、食後の薬だ」

タモリ「…」

(不安げな表情でカメラに目を向けるタモリ)

ここで一旦終了です。

(黒塗りのセダンの前にたたずむタモリ)

タモリ「社会に出る際に、様々な免許や資格を持っていると有利に働きます」

タモリ「まず、それらを取得した人だけが許された行為ができるようになります」

タモリ「自分の能力を他人にわかりやすく証明することができ、信頼を得ることにも繋がります」

タモリ「もちろん殆どの免許や資格は、その活動をする上では必要ですが、生きていく上でどうしても必要だというわけではありません」

(タモリ、車に乗り込む)

タモリ「が、もしあなたが車の運転をしたいのであれば、やはり運転免許を持っておかなければいけません」

(右手で免許証を掲げるタモリ)

タモリ「必要な免許は、必ず取得しておきましょう」

~~~

穂乃果「う〜ん!いい気持ちだね〜っ!」

凛「ほーんとだにゃ〜!天気もいいし!まさに!」

穂乃果 凛「「遊園地日和!」」

海未「穂乃果、凛!あまり騒がないように!他のお客さんの迷惑になるでしょう!」

穂乃果「え〜!海未ちゃん、遊園地なんだよ!ここで騒がないでどこで騒ぐの!?」

凛「テンション上っがるにゃ〜!」

海未「まだバス停ですよ!入場すらしていないではありませんか!」

にこ「まったく…はしゃぎ過ぎなのよ。子どもじゃないんだから」

希「そんなこと言って。にこっちも行き先決めるときはやたら遊園地にこだわってたやん?」

にこ「わ、わたしはただ海や山に行くぐらいなら遊園地の方が疲れないかな〜って思っただけだし…。他に意味なんてないわよ」

希「ふ〜ん?」ニヤニヤ

にこ「うぐぐ…」

花陽「ふふふ、わたしは海でも山でも遊園地でも、みんなとおにぎりが食べられればどこでもいいです♪」

ことり「わぁ〜、その弁当箱の中身全部おにぎりなの?」

花陽「うん♪朝の5時から起きて握ってきたんだぁ」

真姫「気合い入れすぎでしょ…」

真姫「って、そんなことより…絵里はいったいどうしちゃったのよ」

絵里「ハラショー…!」

ことり「絵里ちゃん、遊園地来るの初めてなんだっけ?」

絵里「ええ…!」

絵里「遊園地って、観覧車やメリーゴーランドがあるのよね!コーヒーカップもあるのよね!」

真姫「なんで出てくるのがぐるぐる回る乗り物ばかりなのよ…」

絵里「早く乗りたいわ…!」

海未「入場口はこっちですね…みんな、行きましょう」

〜〜〜

海未「入園料とフリーパスで代金が5400円です」

海未「しかし今日はレディースデイですから、女性の私たちは1000円の割引が受けられます」

海未「スムーズに入場できるように、みんな必要なものを揃えておいてください」

にこ「えーっと、大人1枚とフリーパスの料金で、1000円の割引だから4400円、と…」

凛「にこちゃんはこども料金でも大丈夫じゃないかにゃ?」

にこ「なんですってぇ…?」ギロッ

凛「あはは…冗談だにゃ〜…」イソイソ

海未「では準備のできた人から行きましょう」

受付嬢「いらっしゃいませ」

にこ「ええと、入園券を大人1枚と、フリーパスを1つお願いします」

受付嬢「ありがとうございます。本日は当園レディースデイとなっておりますが、免許証はお持ちでしょうか?」

にこ「免許証?」

にこ「えーっと…学生証ですか?」

受付嬢「いえ、学生証ではなく、免許証を…」

穂乃果「あれ?もしかしてにこちゃん忘れてきちゃったの?」

にこ「は?忘れたって…え、なにそれ」

にこ「『乙女免許証』…?」

ことり「え…、まさかにこちゃん…知らないの?」

にこ「知らないわよ…なんなのよそれ?」

一同「…」

一同「…ええええええ〜!?」

希「にこっち…、乙女免許も持ってないまま『乙女式れんあい塾』だの『にこぷり女子道』だの歌ってたん!?」

海未「信じられません…、あなたは最低です!破廉恥です!」

にこ「ちょっ…だから知らないって!なんなのよその乙女免許って…」

ウォーンウォーンウォーン…

にこ「え?」

ダダダダダ…

警官「乙女免許証不所持の罪で逮捕する!」

ガチャッ

にこ「いたっ!て、手錠!?」

警官「来いっ!」

にこ「ちょっ…にこは女の子なのよ!?大事に扱ってよ!」

警官「乙女免許も持ってないのになに言ってるんだ!」

花陽「まさか、にこちゃんが女の子じゃなかったなんて…」

絵里「信じられないわ…!」

にこ「だからっ…なんなのよ乙女免許って〜!」





【オトメ受験】




※世にも奇妙な物語の『オトナ受験』と同じ世界観の話です

〜特別訓練所・雑居房〜

職員「入れ!」

ドンッ

にこ「いたっ…」

ガー…

にこ「ちょ、ちょっと待ちなさいよ…出してよ!なんなのよここは!」

バタン…

にこ「はぁ、もうなんなのよ…わッけわかんない…」

にこ「真っ暗だし…って、明るくなってきたわ…」

「…新しい人が入ってきたわね」

にこ「…え?」

にこ「あ、あなたは…!」

にこ「綺羅ツバサ…さん!?」

ツバサ「どうもこんにちは、矢澤にこさん?」

ツバサ「こんな形で再会するなんて、思ってなかったけど…」

にこ「ねぇ…ど、どうなってんの!?ここはいったいなんなのよ!」

ツバサ「…説明するより、実際に受けてみた方が早いわよ」

にこ「う、受けるって何を…」

ビーッ

『矢澤にこ、レベル0の実技、バーチャル女子会より実技開始』

にこ「は?実技?」

〜〜〜

〜バーチャル女子会〜

ガーッ…

にこ「こ、ここは…いつものハンバーガーショップじゃない…」

ヒデコ「あ、こっちこっち〜!」

にこ「え?」

フミコ「早く早く〜!」

ミカ「も〜、遅刻だよ?」

にこ(こ、この子達…どこかで見たような…)

ヒデコ「えーっと、今日は割り勘ってことでいいよね?」

フミコ ミカ「「さんせ〜い」」

ヒデコ「じゃあわたしはナゲットで!」

フミコ「わたしはポテトかな?」

ミカ「わたしはハンバーガー!」

ミカ「にこちゃんはなんにする?」

にこ「え?そ、そうねわたしは…シェイクと、ハンバーガーと、ポテトと…」

ヒフミ「…」ジトー

にこ「…え、なに?」

ブッブー!

〜〜〜

〜特別訓練所・雑居房〜

ガーッバタン…

にこ「なにがダメだったのよ…」

ツバサ「失敗しちゃったみたいね」

ツバサ「レベル0から躓いてるようじゃ、ラブライブ本戦までにここから出られないわよ?」

にこ「…ねぇ、あの…いつからこんなことになったんですか?」

ツバサ「…ほんとに知らないのね、にこさん…」

ツバサ「去年から大人が免許制になったってことは知ってるわよね?」

にこ「ええまぁ、それぐらいは…」

ツバサ「それが今年に入って、男女の性別も免許制になったのよ」

にこ「ええっ!?」

ツバサ「学校でもそうなるって、教えられていたはずだけど…」

にこ「…授業中、寝てることが多かったから…」

ツバサ「そう…」

ツバサ「最近、男同士、女同士のカップルっていうのが増えたでしょ?」

ツバサ「あなたも女子校に通っているなら、なんとなく感じてるんじゃないかしら?」

にこ「うーん…わたしはよくわからないけど…」

ツバサ「ま、そういう恋愛の形が増えてるのよ」

にこ「へえぇ…」

ツバサ「それでね、そうやって曖昧になってきている性別の違いをもう一度はっきりさせるために、男女の特徴がはっきりしてくる高校生以上の国民に男受験、乙女受験を受けさせて、性別も免許制にしようってことらしいわ」

綺羅ツバサ「もっとも、乙女は若い女性を表す言葉だから、厳密には一定の年齢ごとに三十路専用、四十路専用という風に分けられるそうだけどね」

にこ「なんだか残酷ね…」

にこ「じゃあ、μ'sのみんなも、ここでその乙女受験を受けたってわけなのね」

ツバサ「いいえ、ここは特別訓練所なの」

ツバサ「無免許で捕まった人の為の施設なのよ」

ツバサ「全ての試験に合格するまで、ここから出ることはできないわ」

にこ「ま、まさか…そんなバカなこと…」

ツバサ「でも現実に、私もあなたもこうやって捕まっているでしょ?」

にこ「じゃあ、その…、もしずっとここを出られなかったとしたら、どうなるの…?」

ツバサ「…1年以内にここを出られなかったとしたら…額に『No gender』の刻印を押されて、一生を生きていくことになるわ」

にこ「No gender…?えっと、genderって…」

ツバサ「性別よ」

にこ「あっ…、そうそうそれよ、ちょっと出てこなかったわ」

ツバサ「小さい子って、性別を気にせず友達と遊んだり、幼児の男の子が母親に連れられて女子トイレに入ってきたりするでしょ?」

にこ「ああ…、確かに、うちでも家族で温泉に行くときに、虎太郎を女風呂に連れて入ったりするわね…」

ツバサ「そう、つまりそうなるの。幼児のように、性別で左右されなくなるのよ」

ツバサ「といっても、幼児とは違ってむしろできることは限られるようになるわ」

にこ「…ど、どういうことなの、説明してよ」

ツバサ「男女によって分けられたものは利用できなくなるの。公衆トイレや公衆浴場なんかそうね。だって性別がないってことは、男でも女でもないんだから」

ツバサ「スカートも履けない、ハイヒールも履けない、女の子らしい髪型やメイクだってできない。意図を持って女物、男物と分けられたものは、全て利用できなくなるわ」

ツバサ「そして政府が『No gender』の人間専用に定めた服装や髪型だけで、一生を送ることになる」

にこ「な、なんなのよそれ…、そんなの、にこらしさが表現できなくなっちゃうじゃない!」

ツバサ「そういうことね。だって自分らしさの大前提である『性別』がないんだもの。そこから表現できる個性もなくなってしまうわ」

にこ「じゃあ、アイドルとしても…」

ツバサ「…男でも女でもないアイドル。根本の部分での個性がないのに、他の個性なんてとても発揮できないわ」

ツバサ「そんなアイドルに人は惹かれないでしょうね」

にこ「…」

にこ「…ん?この本は…?」

にこ「『乙女への道』…?」

ツバサ「それは教科書よ」

ツバサ「真の乙女になる為の、ね」

にこ「真の、乙女…」

にこ(なによ…、こんな教科書なんかに頼らなくたって、にこの乙女っぷりを証明して見せるわよ…!)

〜バーチャル女子会〜

にこ「にこって〜、3年生だけど、みんなより若く見られちゃって〜。それがこんぷれっくす〜」

ヒフミ「…」シラー

ブッブー!

〜〜〜

ヒデコ「ねー?酷いと思わなーい?」

フミコ「ほんと、最っ低だね〜!」

ミカ「信じらんない!」

にこ「…さっきから聞いてればさぁ、それって元はと言えばあんたが悪くない?」

ブッブー!!

〜〜〜

ヒデコ「でさ〜」

フミコ「だよね〜」

ミカ「わかる〜」

にこ(つまんない…さっきから似たような話題ばっか…)

にこ(またトイレに行って、持ってきたアイドル雑誌でも読んでこよっと)

にこ「ごめーん、ちょっとにこ、電話かけてくるね〜?」

ヒフミ「「…また電話?」」

ブッブー!!!

〜〜〜

〜特別訓練所・雑居房〜

にこ「なぁんでダメなのよぉ!」

ツバサ「我流でやってたら通るものも通らないわよ」

にこ「くっ…ラブライブ本戦にまで、時間がないっていうのに…!」

ガーッ…

看守「矢澤にこ、面会だ」

にこ「面会…?」

〜収容所・面会室〜

μ's一同「…」

にこ「みんな…!会いに来てくれたのね!」

にこ「大会も近いのに、練習に参加できなくてごめん…でもわたし、こんなとこすぐに出てやるから!」

穂乃果「えーっと、そのことなんだけど…」

凛「実は…」

にこ「なに?どうしたの?」

絵里「にこ、よく聞いて。私たちは、ラブライブには出ない」

にこ「…え?なに言ってるの?」

希「みんなでよーく話し合った結果なんよ。それで、うちらはラブライブへの出場は辞退した方がええってことになったんや」

にこ「あんたたち…それ本気で言ってんの?」

真姫「冗談言いにわざわざこんなとこまで来るわけないじゃない」

にこ「なんでよ…理由を教えなさいよ!」

絵里「理由は簡単よ。乙女免許を取得していないメンバーがいるスクールアイドルグループが、ステージに立ってファンを惹きつけられると思う?」

にこ「そ、それは…」

真姫「乙女免許を持っていないってことは、この国じゃ女性と認められていないってことなんだからね」

穗乃果「今のにこちゃんがスクールアイドルを名乗ってラブライブに出場するのは…、運転免許も持ってないのに、カーレーサーを名乗ってF1レースに出場するのと同じぐらい無謀なことなんだよ?」

にこ「なら…、そうだ!わたし抜きでもいいわ!とりあえずみんなだけでもラブライブの本戦に…」

海未「確かに、にこを除いた8人で大会に参加することも考えたのです。しかし…」

ことり「わたしたちは、9人揃ってのμ'sだから…、女の子じゃないからって、にこちゃんをメンバーから外すなんてこと、わたしたちにはできないよ…」

花陽「うっ…ひっく…ショックです…、アイドルの先輩として尊敬してたにこちゃんが、まさか乙女じゃなかったなんて…!」

凛「かよちん…」

絵里「そういうことよ…とりあえず今日はそれを伝えに来ただけだから」

希「じゃあね…にこっち」

にこ「ちょ、ちょっと…」

ゾロゾロ…

ガー…バタン…

〜特別訓練所・雑居房〜

ガーッ…バタン…

にこ(わたしのせいで、みんなの目標だったラブライブへの出場を辞退させることになるなんて…)

にこ(前回のラブライブに続いて、今回まで辞退なんて…そんなの…)

ツバサ「どうしたの?」

にこ「ああ、いや…」

にこ「みんなが来て…、ラブライブへの出場を辞退するって…」

ツバサ「そう…」

ツバサ「それで、にこさんはどうするの?」

にこ「どうするのって…?」

ツバサ「このまま諦めてしまうの?」

にこ「でも…ここを出られないんじゃ…」

ツバサ「…そう。それなら、私たちが代わりにラブライブに出場させてもらうわね」

にこ「え?」

ツバサ「私は3日後に卒業試験を受けるの。そこで試験に合格して、ここを出るわ」

ツバサ「今ここを出れば、A-RISEへの合流も十分間に合う…μ'sが辞退するのであれば、最終予選で2位だった私たちが本戦に出場することになるわ」

にこ「…ははは、そう、なのね…」

にこ「じゃ…、頑張りなさいよ。わたしたちの分まで」

ツバサ「…」

ツバサ「あなたはそれでいいの?」

にこ「え…?なにが?」

ツバサ「μ'sが出場を辞退して、わたしたちが本戦に出ることになっても」

にこ「だって、それは…仕方ないじゃない。わたしは当分、ここから出られそうにないし…」

ツバサ「確かに、レベル0で躓いてるようじゃ、ここから出るのは到底無理かもしれない」

ツバサ「でも…あなたは今までμ'sのメンバーとして何を学んできたの?」

にこ「何を学んできたか…?」

ツバサ「あなたたちは今までどんな逆境でも諦めずに頑張ってきたから、ここまで来ることができたんじゃないの?」

にこ「…!」

にこ(そうよね…、わたしは、穂乃果のバカみたいな前向きさに賭けて、もう一度スクールアイドルをやってみようって思ったのよね…)

にこ(その前向きさに引っ張られて、わたしたちは廃校を阻止して、雲の上の存在だったA-RISEを破って…、日本一まであと一歩のところまで来てる)

にこ(後ろを向いてる暇なんてない。わたしも前を向かなきゃ…!」

にこ「…ツバサさん、ありがとう。わたし、大事なことを忘れてたみたい…」

にこ「こんなうっす暗ーい牢屋みたいなとこでうじうじしてるなんて、宇宙No.1アイドルのにこにーには、似合ってないわよね…!」

ツバサ「ふふ…それでこそ、私たちのライバルμ'sの、矢澤にこさんだわ」

にこ(なにがなんでも卒業試験に合格して、ラブライブ本戦に出場するんだから…!)

〜バーチャル女子会〜

ヒデコ「えーっと、今日は割り勘ってことでいいよね?」

フミコ ミカ「「さんせ〜い」」

ヒデコ「じゃあわたしはナゲットで!」

フミコ「わたしはポテトかな?」

ミカ「わたしはハンバーガー!」

ミカ「にこちゃんはなんにする?」

にこ「えーとぉ、わたしはシェイクだけでいいかな?」

【割り勘の際は、1人だけ頼み過ぎて額を引き上げてはならない】

にこ「わたしって、3年生だからさ…やっぱり年相応に見られたいんだよね」

フミコ「え〜?わたしは年下に見られるの羨ましいけどな〜」

ヒデコ ミカ「「ね〜」」

【相手の反感を買わないよう、あざとい言動は慎む】

ヒデコ「ねー?酷いと思わなーい?」

フミコ「ほんと、最っ低だね〜!」

ミカ「信じらんない!」

にこ「うんうん!わかるわ〜」

【相手の言うことに対してあからさまに否定的な言葉を使ってはいけない】

〜〜〜

ヒデコ「でさ〜」

フミコ「だよね〜」

ミカ「わかる〜」

にこ(つまんない…さっきから似たような話題ばっか…)

にこ(だけどここは我慢して…と)

にこ「そうよね〜」ニコッ

【話がつまらないときも席を立たず、あくまで聞き役に徹する】

ピンポーン!

〜〜〜

『適応力、洞察力、自制心レベルアップ』

『レベル0の実技試験突破。レベル1、平和主義の実技試験に移行』

〜〜〜

ガーッ

にこ「ここは…教室、みたいね…」

にこ「あ、さっきの2人が…」

ヒデコ「なにさ!」

フミコ「なによ!」

ヒデコ フミコ「ふんだ!」

にこ(…ふーん。この2人のケンカを収めろ、ってことか)

〜〜〜

にこ「とりあえず、どうしてケンカになったのか教えてくれる?」

ヒデコ「聞いてよ!酷いのよフミコったら…」

フミコ「なに言ってんのよ!悪いのはヒデコだよ!だって…」

にこ「あーあーもう、落ち着きなさいよ」

にこ「わたしはあくまで中立だから、どちらかの味方はしないわ」

にこ「じゃあ、あなたの方から話を聞かせてくれる?」

【ケンカを収めるにはまず中立を宣言する】

〜〜〜

にこ「ふたりの言い分はよくわかったわ」

にこ「で、ふたりは今の自分の行動については、どう思ってる?」

【自分の今の態度を、自分自身に判断させ、その理由を聞く】

〜〜〜

にこ「じゃあさ、結局どっちが完全に悪いってことはないじゃない。あなたはそんな誤解させるようなこと言わなきゃよかったわけだし、あなただってその後あんなこと言ったのは言い過ぎよ」

にこ「とりあえず、そこんとこだけはお互いに謝りなさい」

【自身が悪かったと思う場所についてはお互いに謝らせる】

ピンポーン!

『温厚度、判断力、理解力アップ』

『レベル1の実技試験突破。レベル2、母性発揮の実技試験に移行』

〜〜〜

ガーッ

にこ「ここは…、キッチンよね」

子供「ねぇおねえちゃーん、ごはんはやくつくってよ〜」

にこ「!?」

にこ(なるほどね…この子に料理を作って食べさせてあげるのね)

にこ(ふん!にこを誰だと思ってるの?こんな試験楽勝よ!)

〜〜〜

にこ「水加減はこんなもんで…と」

にこ「よし、スイッチオン」

にこ「その間にハムとネギをみじん切りにして…」

子供「ねぇおねえちゃーんまだ〜?」ギュッ

にこ「えっ?」

子供「おなかすいたよ〜」

にこ「うーん…ちょっとだけお利口にしててくれるかなぁ?」

子供「ガマンできな〜い!」

子供「おなかすいた〜!」

にこ(もう…仕方ないわねぇ)

にこ(駄々をこねる子には、怒っちゃダメなのよ。しゃがんで子供の目線に合わせて…)

にこ「じゃあ、おねえちゃんといっしょにごはんつくろっか?」

子供「おねえちゃんと…?」

にこ「そう。ぼくが手伝ってくれたら、おねえちゃんもがんばれるし、きっとおいしいごはんが作れると思うの」

にこ「それにね、自分が手伝って作ったお料理って、すっごくおいしく感じると思うよ?」

にこ「ね?おねえちゃんといっしょにがんばろ?」

子供「…うん」コクリ

にこ「ふふっ、いい子ね」ナデナデ

にこ(こうやってスキンシップを取ってあげるのも大事なのよ)

〜〜〜

にこ「だいぶ香りが出てきたわね…」

にこ「どう?上手に卵かき混ぜられたかな?」

子供「うん!できたよおねえちゃん!」

にこ「…うん、よくかき混ぜてあるわね。えらいよ」ナデナデ

にこ「じゃあこのといた卵を入れて…と」

〜〜〜

子供「食器並べたよ!」

にこ「ありがとう」ナデナデ

にこ「じゃああとはフライパンからお皿に移して…」

にこ「じゃ〜ん!にこにー特製チャーハンの完成で〜す!」

子供「わ〜!」

にこ「ちゃんといただきますして食べるのよ?」

子供「はーい!いただきまーす!」

モグモグ…

子供「おいしい〜!おねえちゃんありがとう!」

にこ「そう、よかった!」

にこ(ふふん、伊達にこころたちのおねえちゃんやってるわけじゃないのよ…!)

ピンポーン!

〜〜〜

『忍耐力、包容力レベルアップ』

『レベル2の実技試験突破。レベル3の実技試験に移行』

〜〜〜

ガーッ

にこ「ここは…校舎裏かしら?なんで…」

男子「悪い、待たせた」

にこ「は!?」

男子「で?話ってどうしたの?」

にこ(…このシュチュエーションは…、つまり、この男子に告白しろってことね)

にこ(ふん、任せなさい!こんな男、にこの魅力でイチコロよ!)

シュルシュル…

にこ「どうしたって…わからない?」

男子「さぁ…」

にこ「もう…ウブなんだから」

男子「は?なんのこと?」

にこ「ダメ!恥ずかしいからこっち見ないで…」

男子「…?」

にこ「もー…しょうがないわねぇ…」

にこ「ちょっとだけよ?」クルッ

にこ「髪、結んでない方が好きだって、前言ってたでしょ?」

男子「そ、そう…だけど」

にこ「だから今わたし、髪下ろしてるんだよ…。なんでかわかる?」

男子「…」

にこ「…好き、なの。だから、ね…?」

にこ「あげる…にこにーから、スペシャルハッピーなラブにk」

ピンポーン!

『試験終了です』

にこ「なぁんでよ!今からいいとこなんですけど!?」

〜〜〜

『表現力、行動力、決断力レベルアップ』

『最終レベルに達しました。明日、卒業試験を行います。合格で、乙女免許取得です』

にこ「卒業試験…乙女…」

にこ「…!」

にこ「やったぁーーー!」

にこ(ついに…ここまで来たわ!)

~~~

~特別訓練所・雑居房~

にこ「やったわ…!ついに明日で、この薄暗い牢屋とも、固いベッドともおさらばよ…!」

ツバサ「おめでとう」

にこ「ぇあっ…、ふ、ふん!にこにかかればこんな試験、余裕で突破できるのよ!」

にこ「…って、いうか…。ツバサさん、あと3日で卒業試験だって言ってなかった?」

にこ「もう3日経ったわよ?なんでまだここにいるわけ?」

ツバサ「ああ…、それは…」

にこ「ま、まさか…卒業試験に…?」

ツバサ「いや…、それ以前の問題よ」

にこ「それ以前の…ってなに?どういうこと?」

ツバサ「実はわたし、まだレベル0の実技試験も突破できていないの」

にこ「…」

にこ「はぁあああ!?冗談でしょ!?」

ツバサ「いいえ。本当よ」

にこ「どうして…そんな」

ツバサ「…私はね、ATXに入学するずーっと前から、アイドルになる為に頑張ってきた。ATXに入学して、そこでA-RISEのメンバーの枠を勝ち取って、日本一のスクールアイドルになる…。それが私の夢であり、目標であり、全てだったの」

ツバサ「ATXに入学した後も、練習三昧で…本当は私も無免許で捕まるまで、乙女免許のことは知らなかった」

ツバサ「それでここに連れてこられて…、痛感したわ。私、この歳になるまで、何ひとつ女の子らしいことしてこなかったんだなって」

ツバサ「笑っちゃうわよね?日本一になったスクールアイドルのリーダーが、女の子らしさを何一つ備えていなかったなんて」

にこ「…なんでよ」

にこ「…なんで、もうすぐここを出られるなんて、嘘ついたのよ…」

ツバサ「発破をかけるため…かな?…あなたには、こうはなって欲しくなかったから…」

ツバサ「私たちを負かしたμ'sのメンバーには、きちんとした女の子として、日本一のスクールアイドルを目指して欲しかったのよ」

ツバサ「…ふふっ、まぁそういうこと。明日の卒業試験、頑張ってね。にこさん」

にこ「…バッカじゃないの!?」

ツバサ「!?」

にこ「なによそれ…そんなこと聞いて、わたしが『はいそうですか』で済ませられると思ってんの!?」

にこ「わたしが憧れたA-RISEのリーダーは…こんなヘタレ野郎だったわけ!?違うでしょ!?」

にこ「来なさい!わたしが明日までに実技試験のコツをみっちり叩き込んであげるわ!」

ツバサ「でも…、あなた、それじゃ明日の卒業試験が…それに夜更かしは美容の天敵でしょ?」

にこ「それがなんだっていうのよ…」

にこ「このままここを出て行っても、あなたの嘘に助けられたままっていうんじゃすっきりしないじゃない」

にこ「それならわたしもあなたを助ける。これで貸し借りはナシよ」

ツバサ「…」

ツバサ「…ふふっ、敵わないわね」

ツバサ「じゃあ…お願いします、にこさん」

にこ「…言っとくけど厳しいわよ、わたしは。ただでさえ時間がないんだからね」

〜翌日〜

にこ「…じゃあ、行ってくるわね」

ツバサ「ええ」

にこ「宇宙No.1アイドルのにこにーが一晩付きっきりで指導してあげたんだからね?これでやっぱりダメでした、なんて言ったら酷いわよ!」

ツバサ「ふふっ、肝に銘じておくわ」

ツバサ「…ありがとう、にこさん。あなたには本当に感謝してる」

にこ「ふ、ふん!感謝してる暇があったらきちんと復習しときなさいよね!」プイッ

にこ「あと…えっと…その、こちらこそ…ありがt」

『卒業試験を行います。受験者は速やかに指定の場所に集合してください。繰り返します…』

にこ「あ…、じゃ、じゃあ行ってくるから!ツバサさんも頑張るのよ!」

ツバサ「ええ。にこさんも頑張って」

ガーッ

タタタ…

ツバサ「…にっこにっこにー、か」

ツバサ「ふふっ」

~~~

ガーッ

にこ「ここは…ステージみたいな場所ね…目の前の客席は少ないけど」

にこ「…ってあれ?そこに立ってるのは…」

にこ「真姫!?」

真姫「…」

にこ「ちょっと…、あんたなんでこんなとこにいるのよ!?」

真姫「それは、その…」

にこ「まさか…、バーチャル?」

真姫「違うわよ!」

にこ「じゃあどうしてここに…」

真姫「それは、その…、…だから…」

にこ「え、なんて?」

真姫「だから、えっと…、…なの」

にこ「聞こえないわよ、もっとはっきり」

真姫「にこちゃんのことが好きだからよ!」

にこ「」

にこ「…誰が?」

真姫「…私、が」

にこ「」

試験官「これが卒業試験です」

にこ「…え?は?」

試験官「卒業試験は、彼女の気持ちをあなたが受け入れるのかどうか」

試験官「さぁ、あなたの意見を述べてください」

にこ「い、いきなりそんなこと言われたって…」

試験官「答えられないのですか?」

にこ「ちょっと待ってよ…っください」

にこ(落ち着けにこ、こういうときには教科書にはなんて書いてあった?)

にこ(えーっと確か…)

にこ「…れ、恋愛とは、男女が、互いに相手を恋い慕うことです…」

にこ「特定の異性に、特別な愛情を持って接して…、2人だけで、色々なことを分かち合いたい…、だけど、必ず叶えられるわけじゃなくて…、切なくなったり、逆に叶えられたときは、とても嬉しくなったり…そういう気持ちになることです」

試験官「つまり?」

にこ「だから、その…恋愛っていうのは、異性同士で成立するものだから…」

にこ「西木野さんの、気持ちは…、受け入れられない、です…」

試験官「ふむ」

真姫「…」

にこ(そ、そんな顔しないでよ…、だって、教科書にそう書いてあったんだから…)

試験官「よし、合格だ」

にこ(よかった…)ホッ

試験官「では西木野真姫、君には特別収容所に入り、矯正訓練を受けてもらう」

にこ「え?」

黒服の男×2「来い」ガシッ

真姫「やだっ、ちょっと…、やめて!」

にこ「ま、待ってよ!」

試験官「何かね?」

にこ「な、なんで真k…、西木野さんが、特別収容所に入らなきゃいけないんですか?」

試験官「今君が言ったじゃないか」

試験官「恋愛は特定の異性の間でこそ成立するものだ」

試験官「同性愛とは、男女の境界を曖昧にし、社会の秩序を乱す行為だ」

試験官「免許によって男女の違いを明確にし、社会の秩序を保とうとしている我々にとって、そのような感情は大きな妨げになるのだよ」

にこ「でも…」

試験官「それとも何かね?君も…社会の秩序を乱そうというのかね?」

にこ「…っ」

試験官「連れて行け」

真姫「やっ…離してよ!」

真姫「助けてにこちゃん!」

にこ「…っ!」

にこ「待ちなさいよ!」

試験官「なんだ…まだ何かあるのかね?」

にこ「こんなの…間違ってるわよ…」

にこ「同性だからって、好きになっちゃいけないなんて…そんなこと、法律で決めるべきじゃないわ」

試験官「…つまり、君は同性同士の、非生産的な、間違った恋愛を容認するべきだというのかね?」

にこ「その考え自体が間違ってるのよ!」

にこ「女の子は男の人しか好きになっちゃいけないの!?」

にこ「生産的とかそうじゃないとか、こう決められてるからとか…、恋愛はそんなことで割り切れるもんじゃないわ!」

にこ「法律とかルールとか、そういう固っ苦しい理屈抜きに好きになっちゃうのが…恋心なのよ!」

にこ「だからわたしは真姫ちゃんの告白を受け入れるわ!誰がなんと言おうとね!」

ピンポーン!

にこ「…え?」

試験官「…君は合格だ」

にこ「ど、どういうこと?」

試験官「女性の最大の特徴は、理屈より感情を重視するところだと言われている」

試験官「今の君は、教科書に書かれた理屈を捨てて、あくまで自らの感情に素直になって意見を述べた」

試験官「ということで、君は卒業試験に合格したんだ。おめでとう」

にこ「…そんな…簡単なことでよかったの…?」

にこ(なにがなんだかわかんないけど…)

にこ(これでやっと…、ここから出られる!)

にこ「やったー!」

にこ「…ってあれ?ちょっと待って」

にこ「…」チラッ

真姫「…」カミノケクルクル

にこ「…」ジトー

にこ「ちょっと真姫」

真姫「…なによ」

にこ「さっきのあれってさ…本当はなんだったの?」

真姫「…演技よ」

にこ「はぁ!?」

真姫「卒業試験の為に、μ'sのメンバーから1人がこの役を引き受けることになったのよ。それで、くじ引きで私に決まったわけ」

真姫「その…、みんなも、そこのマジックミラーの向こうから、今の試験を見ていたはずよ」

にこ「…///」カアァ

真姫「なに顔赤くしてんのよ…、いつももっと恥ずかしいことしてるじゃない、にこにこにーとかなんとか」

にこ「なんですってぇ!?」

真姫「あーもうどうでもいいわよ。ほら、合格したんだから行きましょ、みんなのとこへ」スタスタ

にこ(は、恥ずかしくて行けるわけないじゃないのよ…!///)

真姫「あ、そうそう」

にこ「なによ…?」

真姫「ラブライブの出場を辞退するつもりって言ってたけど…、あれも嘘だから」

にこ「え?」

真姫「最初からみんな辞退するつもりなんてなかったわ」

にこ「…ぬわぁんですって〜!?」

真姫「当たり前じゃない…みんな信じてたのよ。ああやって言えばにこちゃんがやる気になって、すぐに出てくるだろうって」

にこ(…なによそれ…)

にこ(わたし…、色んな人の嘘に助けられてばっかりじゃない…)

にこ(単純過ぎて、自分がいやになるわ…)

真姫「…だけど」

にこ「…?」

真姫「さっきの告白は演技だったけど…、私の為に必死になってくれたにこちゃんは、まぁ、ちょっと…かっこよかったわよ」カミノケクルクルクルクル…

にこ「…〜っ!」

にこ「…ふ、ふん!わたしだって今のは、卒業する為の演技だったんだから!そうよ、決まってるじゃない!」

真姫「…はいはい、そういうことにしといてあげるから…、さっさと行くわよ」

~~~

〜数ヶ月後・ラブライブ本戦当日〜

穂乃果「待ちに待った本戦だよ…」

穂乃果「わたしたちの全てを出し切ろう!」

穂乃果「そして、みんなの夢を叶えよう!」

にこ(ついに、この日が…!)

穂乃果「じゃあ、みんな…」

にこ「…!」

穂乃果「免許出して」

にこ「…はい?」

一同「「「はい」」」バッ

希「あれ、にこっちどしたん?」

真姫「ちょっと、まさか免許忘れたなんて言わないでよね?」

凛「ここまで来てまた免許不携帯なんて言ったら困るにゃ〜」

にこ「も、持って来てるわよ!ただこのタイミングで出すんだって思って…」

バッ

絵里「…にこ、それじゃないわよ?」

にこ「え?これ乙女免許よ?」

にこ「んん~…なにそれ、『アイドル免許証(SI限定)』…?」

花陽「これ、この前の予選の後から必要になったんだよ?」

ことり「スクールアイドルブームの影響で、あまりにもたくさんのアイドルグループが出てきちゃったから、ちゃんと管理しようってことになって…」

凛「これ持ってないと、ラブライブ本戦に出られないよ…?」

海未「私たちはスクールアイドルなので、SI限定さえ取得すればいいのですが…」

穂乃果「…まさかにこちゃん、収容所に入ってたから、知らなかったんじゃ…」

にこ「…っ」

にこ「な、なによそれ〜〜〜っ!!!」



【奇】

タモリ「なにかをする為に免許や資格を求められるのは、あなたの住む世界でも奇妙な世界でも変わりありません」

タモリ「彼女のようになりたくなければ、なにかをしようとする前に、まず必要な免許や資格はなんなのか、確認することを心がけましょう」

(そこに数人の警官が駆け寄ってくる)

タモリ「…ん?」

「ストーリーテラー免許不所持の容疑で逮捕する!」

(思わず手を挙げるタモリ)

タモリ「どうやら、私もしばらく戻ってこれないようです」

一旦終了です。

>>40
[たぬき]で似たような話があったな
アレは最終的に我慢できなくなったのび太がタイムマシンで未来の自分ちに盗み食いに行ってたけど

>>110
その通りです、最初の話はドラえもんの「腹ぺこのつらさ知ってるかい」のヤセールが元ネタです。

(タモリの前を黒猫が横切っていく。その黒猫を目で追ってから、正面のカメラに顔を向けるタモリ)

タモリ「欧米では、黒猫が目の前を横切るのは不幸の前触れだと信じられてきました」

タモリ「他にも黒猫をまたぐ、13日の金曜日に黒猫を見るなどすると不幸が起こるとも言われています」

タモリ「また西洋諸国での黒猫は魔女の使い魔としても恐れられ、忌み嫌われてきました。中世に行われた魔女狩りでは、飼い猫が黒猫であったが為に魔女と判定され、飼い猫と共に火刑に処された女性もいたそうです」

タモリ「さて、今回はそんな黒猫に関わったことがきっかけで、奇妙な体験をすることになってしまった少女の物語です」

~~~

凛「いーい天気だにゃー」

わたし、星空凛は空を見上げながらご機嫌な気分で通学路を歩いていた。こんなにいい天気だと、気分も晴れ晴れしちゃう。

今日はかよちんが飼育当番で早めに登校したから、珍しく一人で登校してたんだ。

凛「こんな天気のいい日はなんだかいいことが起こりそう…ん?」

ご機嫌な凛の目に入ったのは、道路の真ん中に横たわる1匹の黒猫。

凛「うわぁ…、車に轢かれちゃったのかな?」

凛は黒猫に恐る恐る近づいた。

弱々しくお腹が動いてる。まだ生きているみたい。

足音に反応して耳がぴくりと動き、閉じられていた目が僅かに開く。薄く開いた金色の瞳で睨まれ、凛は思わず竦んでしまった。

でも。

凛「えっと…、ど、どうすればいいんだろう」

猫好きの凛にとって、瀕死の黒猫を放ってその場を離れるなんてことはできなかった。このままにしといたら、また轢かれちゃうかもしれない。

猫アレルギーだなんて関係ない。慎重に黒猫の両脇を持ち上げて、辺りをキョロキョロと見回す。

凛「えぇっと…」

あそこだ。

凛は近くにある児童公園の中に駆け込んだ。





【黒い猫の恐怖】




結局、黒猫は公園の茂みに運んで間も無く死んでしまった。

凛はギュッと唇を噛み締めて、黒猫を見つめた。

見ていることしかできなかった…。

動かなくなった黒猫に向かって手を合わせて、小さく「ごめんね」と呟いた。

その場を動く気になれなかった。でも、いつまでもこうしていられない。急がないと遅刻しちゃう。

凛は立ち上がって、公園のトイレで血で汚れた手を洗ってから、走って学校へと向かった。

~~~

凛「はぁ、はぁ…」

凛は朝の通学路を駆けていた。通勤通学のラッシュは越えたみたいで、そこまで人は多くない。

凛「くしゅんっ」

黒猫を運んだからか、さっきからくしゃみも止まらない。

マズい、このままじゃほんとに遅刻しちゃう…。

凛「わっ…とと」

赤い歩行者信号が目に入って咄嗟に立ち止まる。左右を見ると車は来ていない。

渡っちゃおうかな…と思ったけど、すぐに思い直す。ルールは守らないと。

信号が変わるのを軽く足踏みしながら待つ。青になったらすぐに駆け出せるように。

横目で道路の信号が黄色に変わったのを確認する。もうすぐだ。

前の歩行者信号を見据える。

すぐにパッと青に変わった。

よしっ!

よーいドンで駆け出した凛だったけど、すぐに横断歩道の中ほどで足を止めた。

あれ?

反対側の歩行者信号の真下。そこにいつの間に現れたのか、1匹の黒猫が佇んでいた。

なんで、と思う凛の目の前を、左折してきたトラックが猛スピードで走り抜けていった。

凛「うわぁ!」

その場に尻餅をつく。

ひ、轢かれるところだった…。

ドキドキしながらトラックを見送った凛がはっと前を向いたときには、もう黒猫はいなかった。

…気のせいだったのかな?

気がつくと、歩行者信号が点滅を始めていた。

いけない、早く渡らないと!

凛は慌てて立ち上がって、ひとつくしゃみをすると、また学校を目指して走り出した。

~~~

放課後の練習が終わって、凛はかよちんと一緒にいつもの通学路を歩いてた。

通学路の途中にあるビルの工事現場の側を通ると、騒音でお互いの声が聞き取りづらくなっちゃう。

かよちんは声が大きくないから、さっきから聞き役に回ってる。そんなかよちんに聞こえるように、凛は大きな声で話してたんだ。

そんな凛の耳にはっきりと、

「ナァー」

猫の鳴き声が聞こえた。

凛「えっ?」

その小さな鳴き声は騒音の中を走り抜けて、はっきりと凛の耳に飛び込んできた。隣にいるかよちんとさえ、大声で話さないといけないのに。

急に立ち止まった凛の顔を、かよちんが不思議そうに覗き込む。

花陽「どうしたの、凛ちゃん」

凛「い、いや…」

キョロキョロと辺りを見回す。猫はいない。

気のせいかな、と思うのと気配を感じるのがほぼ同時だった。

ばっと上を見上げる。

クレーンで釣り上げられた、長さ5メートルほどの鉄骨の束。その上に乗る1匹の黒猫。金色の瞳が、凛を見降ろしていた。

危ない、凛は反射的に思った。

凛「かよちんこっち!」

花陽「えっ?」

凛はかよちんの手を引いてその場から飛び退いた。すぐにバチンという音が響く。

一瞬遅れて、凛たちが立っていた場所に鉄骨がバラバラと落ちてきた。

凄い音に思わず身がすくむ。かよちんはというと、その場にへたり込んじゃっていた。

でも凛には、かよちんのことに気を回している余裕はなかった。

今の黒猫はいったいなんだったの…?

キョロキョロと辺りを見回すけど、いない。

いや。そもそも、なんであの黒猫はあんなところに乗っていたんだろう。

鉄骨の上に猫が乗ってたらいくらなんでも誰かが気がつくだろうし、黒猫だってあそこまで持ち上げられる前に逃げちゃうはずだ。

じゃあいったい今のは…?

鉄骨が落ちてきた場所に目を移す。数本の鉄骨はバラバラに散らばって、歩道のタイルは凹んでいた。もし気づかずに進んでいたら…と思うとぞっとする。

「大丈夫ですか!?」

黄色いヘルメットを被った作業員の人たちが駆け寄ってきた。

花陽「は、はい…」

かよちんは泣き出しそうだ。凛はそんなかよちんの手を取って、「行こう」と走り出した。

花陽「わっ、ま、待ってよ凛ちゃん!」

作業員「あ、ちょっと君たち!」

すぐにここから離れなきゃ。

凛の直感がそう告げていた。

~~~

家に帰った凛は、居間のソファーに座り込んだ。

あの黒猫…、あの金色の瞳…、まさか、朝の黒猫…?

いやいや、とりあえず落ち着かなきゃ。

凛は台所に行って水道の水をコップに注ぐと、ひと息に飲み干した。

凛「ぷはっ…」

今日の出来事を整理しよう。

朝、凛は黒猫を助けたんだよね。でも、黒猫はすぐに死んじゃって…。

その後、黒猫を見たのは…2回、かな。

1回目は通学路の交差点で。2回目は工事現場の鉄骨の束の上で。

それで、最初に見たとき凛は、トラックに轢かれかけた。さっきは、すぐ側に鉄骨の束が落ちてきた。

凛「まさか…」

あの黒猫は…、朝の黒猫が、わたしに取り憑いちゃったのかな…?

もしそうだとしたら…。

タタタ。

どこかからそんな音が聞こえた。はっとして耳をすます。

今の音…家の中から聞こえた気がする。

足音…かな?でも、人の足音にしては軽い。もっと、小さな動物…、そう、まるで猫のような…。

『ジャーン!』

凛「わっ!」

思わず声をあげてしまった。隣の居間から騒がしい音が聞こえてくる。

怖々と居間を覗く。

テレビが点いていた。

見ると、テーブルの側にリモコンが落ちている。

凛「…なぁんだ、リモコンが落ちて、電源が入っちゃったんだ〜」

リモコンを拾い上げながら、あえて明るい調子で口に出す。どうして落ちていたのか、なんて理由は考えたくない。

ニュースでは、最近多発している押し込み強盗の内容を放送しているところだった。宅配業者を装って訪問し、住宅に押し入る手口で、模倣犯も増えてきているらしい。

テレビを消そうと思ったけど、さっきの足音を思い出してそのまま点けておいた。今は音があった方が安心する。

そのままソファーに座ってニュースを見ていると、程なくしてインターホンが鳴った。

誰だろう?お母さん…ならチャイムなんて鳴らさないよね。

インターホンのモニターを覗く。画面には帽子を被った、男の人が映っていた。

インターホンの受話器を取って、通話ボタンを押す。

凛「どなたですか…?」

『こんばんは、宅配便でーす』

明るい声が返ってきた。

ああ、宅配便か。玄関に向かおうとした凛の頭に、さっきのニュースがよぎる。

もしかして…、例の押し込み強盗なんじゃ?

いや、そんなわけないよ。そう思っても、さっきの足音がフラッシュバックする。

もしさっき黒猫が現れたのなら、迂闊に玄関に出るのは危ないんじゃ…。

だけど、本物の宅配便の人だったら悪いよね…いや、本物に決まってるよ。

もう一度インターホンが鳴らされる。

もう一度。

もう一度。

凛は動けなかった。

インターホンが鳴らなくなって10分。凛は恐る恐る玄関へと向かった。

そこにはすでに宅配便の男の姿はなかった。

~~~

翌日、凛はかよちんと真姫ちゃんと家の前で待ち合わせして登校した。2人と一緒なら、不安も軽くなると思ったんだ。

それでも、どこかから、誰かに見られている気がしていた。

あの黒猫が、金色の瞳で物陰からこちらを伺っている。そんなことを想像しては、気が気じゃない思いをしていた。

やたら後ろを気にする凛の姿は、2人から見てもおかしかったみたい。

特に昨日の凛を知ってるかよちんは何度も大丈夫かと尋ねてきて、その度に「へーきへーき」と空元気で誤魔化し続けた。

結局朝は何事もなく、学校に辿り着くことができた。

~~~

その日の4時間目の体育は、今月何度目かのソフトボール。

足の速さと運動神経を買われて、1番センターが凛の定位置になっていた。

今日も早速先頭打者でヒットを打って塁に出る。

やっぱり身体を動かしていれば、少しは気が紛れるよ…。

後が続かずに2アウトになってしまったけど、次は4番バッター。ソフトボール部に所属しているクラスメイトが左打席に入るのを見ながら、凛はいつでもスタートを切れるように構えていた。

と、また誰かに見られている気がした。

咄嗟に辺りを見回したけど、みんな今打席に入ってるバッターに目を向けている。クラスメイトは誰も凛を見ていない。

じゃあ、この視線は…?

ふと、目の隅に黒い影が映った気がした。

足元に目を走らせる。

「ニャアォ」

金色の瞳が、凛を見上げていた。

凛「きゃあぁ!」

凛が悲鳴をあげて尻餅をついたのとほぼ同時に、カンッと乾いた打球音が響き、凛のすぐ頭上を鋭い打球が抜けていった。

「大丈夫!?」

一塁を守っていた子が声をかけてくる。打球に驚いて凛が転んだんだと思ってるみたい。

凛「う、うん…、大丈夫、だよ…」

自分でも笑顔が引きつっているのがわかる。

黒猫に気づくのが遅ければ、打球が直撃していたかもしれない。

結局走るのを忘れていた凛は、そのまま二塁でアウトになって攻守交代になった。そのタイミングで先生に気分が悪いと告げた。

かよちんが付き添ってくれると言ってくれたけど、凛はその申し出を断って小走りに校舎へと向かった。

グラウンドから一刻も早く離れたかったんだ。まだ得体の知れない視線を感じていたから。

~~~

昼休み。保健室を出た凛は部室にいた。

短い時間でも1人にはなりたくなかった、けど。急に呼び出したんだし、多少待たされるのは仕方ない。だけど…。

程なくして、部室のドアが開いた。

凛「遅いよ希ちゃん!」

希「あれ?ごめん、そんなに待たせたかなぁ」

凛「あ…いや…、ううん、ごめんね」

時計を見ると、昼休みに入ってまだ10分も経っていなかった。

希「いやいやええんよ。しかし珍しいなぁ、凛ちゃんがうちに相談なんて」

言いながら希ちゃんが向かい側の席に着く。

凛「…希ちゃんぐらいしか、頼れる人が思いつかなくて」

希「ふぅん…、どうやら、思ったより深刻そうな感じやね」

希ちゃんの顔が少し引き締まる。

希「とりあえず、話してみてくれんかな?」

〜〜〜

凛が一通り話し終えると、希ちゃんは唸りながら腕を組んだ。

希「うーん…なるほどなぁ」

凛「ね?これって絶対…、取り憑かれてる、でしょ?」

希「うーん、まぁ正確には取り憑くというより狙われとるって感じやけど…」

希「確かに昨日の朝から4回も続いてるってのは、ただ事やなさそうやね」

凛「だ、だよね…」

希「ただ普通なら、凛ちゃんみたいに元気で前向きで、ホジティブな子に霊は近寄らんはずなんやけどなぁ」

凛「そうなの…?」

希「うん。悪い霊っていうのは、悪い気や負のオーラみたいなものに引き寄せられるもんやからね。普段の凛ちゃんみたいなタイプの子には、まず近寄らないはずなんや」

凛「そうなんだ…」

じゃあなんで、と目線を下に落とす。

希「…もしかしたら、凛ちゃんの猫に対する思いが強過ぎたんかも」

ぽつりと呟くように、希ちゃんが言った。

凛「どういうこと…?」

希「凛ちゃんは猫が好きで、普段から語尾に『にゃ』って付けたり、猫っぽく振舞ってるやん?」

凛「う、うん…」

希「まぁ…、そういう人は、なかなかおらんよね。言ってしまえば珍しい人や」

反論できない。

凛「…おっしゃる通りです」

凛はがっくりとうな垂れた。

希「それで、凛ちゃんの猫が好きだ、って気持ちに死に際の黒猫が反応して…」

希ちゃんがそこで言葉を切る。

凛「反応して…?」

希「友だちやって、認識してしまったんかも」

意味がよくわからなくて、凛は首を傾げた。

希「つまりや…、凛ちゃんに懐いてしもうて、連れて行こうとしとるんかもしれんってこと」

凛「そんなっ…!」

ぞっとした。

連れて行く。どこへ、なんて聞くまでもない。

そりゃあ、凛は猫のことは好きだけど。あの黒猫の為に死んでもいいとまでは思ってないよ?

凛「なんで!?凛は、轢かれた黒猫を助けようとしただけだよ…?それなのに、どうしてこんな目に合わなきゃいけないの!?」

希「そうやね…、1匹だけで死んでしまうと思って、寂しかったんかもしれん。そこに丁度猫好きの凛ちゃんが通りかかって、自分に構ってくれた」

希「やから…、その黒猫が、懐いてしまったんかも」

目の前が真っ暗になりそうだった。瀕死の黒猫を助けただけで、こんなことになっちゃうなんて。

凛「じょ、除霊…」

希「ん?」

凛「除霊してよ!希ちゃん!そういうことにも詳しいんでしょ!?」

凛が身を乗り出して頼むのに対して、希ちゃんは困ったように眉を寄せた。

希「うーん…、うちは占いとかは得意やけど、除霊とかってなると素人同然やからなぁ…」

それでも凛は食い下がる。

凛「でもっ…、幽霊のこととかにも詳しかったじゃん!それなら…!」

希「まぁ、幽霊のことは知識としては持ってるよ。でも…除霊は付け焼き刃の知識でするもんやない」

希「素人が中途半端なことをすると、霊を怒らせたり、却って大変なことになる場合もあるしね」

希ちゃんに諭されて、凛は唇を噛んだ。

凛「じゃあ…、どうすれば…」

泣き出しそうな凛に、希ちゃんが一つの案を持ち出した。

希「うちには除霊は無理やけど…、神田明神の神主さんなら、なんとかしてくれるかもしれん」

凛「本当!?」

希「うん。明神さまは基本的に商売繁盛や縁結びの神様やから、神主さんが直接除霊してくれるかはわからんけど…。もしかしたらそういうことに詳しい人紹介してくれるかもしれんし、今からでも連絡取ってみよか?」

凛「お願い、希ちゃん!」

すがるような思いで凛は身を乗り出した。

希「ちょっと待っててな」

ごそごそと携帯を取り出す希ちゃん。

よかった、これで助かる…!

だけど。

希「そうですか…、はい、はい…」

浮かない希ちゃんの表情。どうしたんだろう?

希「…ごめんな、凛ちゃん。神社に電話してみたんやけどな…、神主さん、出張らしくて。明日の夜まで帰って来られんみたいなんや」

凛「そ、そんな…それじゃ、凛はその間どうすればいいの…?」

明日の夜までということは、少なくともあと1日、下手をすれば明後日までこの状態が続くということだ。

希「助けになるかはわからんけど…」

希ちゃんが小さくて古めかしい御守り袋を取り出した。

凛「これは…?」

希「小さい頃、引っ越しを繰り返してたときにね。越した先の近所にあった神社でもらったんや」

希「これなら、もしかしたら凛ちゃんを悪い霊から守ってくれるかも」

小さな御守り袋は、一見してとても頼りになる代物とは思えない。だけどすがれるものがあると思うと、いくらか気持ちが楽になった。

凛「ありがとう、希ちゃん…でも、これは大事なものなんじゃないの?」

希「ええんよ。友だちを守る為に役に立つんなら」

そう言って希ちゃんは微笑んだ。

凛「…っ、ごめんね…」

希「そろそろ、昼休みが終わるよ…。行こっか」

凛は希ちゃんに促されて、一緒に部室を出た。

希「ごめんな、凛ちゃん。何もしてあげられなくて…」

希「とりあえず、神主さんには明日の夜にでも会えるように、掛け合ってみる」

凛「うん、ありがとう…」

希「じゃあね凛ちゃん、その…気をつけるんよ」

凛は希ちゃんに頷くと、手を振って別れた。

~~~

その日の放課後の練習でも、凛は全然調子が出なかった。

朝から一緒にいるかよちんや真姫ちゃん、事情を知っている希ちゃんはもちろん、他のみんなから見ても凛は明らかに不調に見えたみたい。

穂乃果「凛ちゃんどうしたの〜?」

穂乃果ちゃんが心配そうに話しかけてくる。

穂乃果「ダンスにいつものキレがないね。何かあったの?」

凛「な、なんでもないよ…」

言ってはみるけど、そんなことで誤魔化せるわけがない。

にこちゃんも頷きながら、穂乃果ちゃんの後に続く。

にこ「体調が悪いなら早めに帰りなさいよ。無理に練習されて悪化されちゃ困るし」

凛「大丈夫、凛ならへーきだから…」

やだ。1人になりたくない。

にこ「というか、練習前から気になってたんだけどさ…、あんた今日は一回も『にゃー』って使ってないわよね」

凛「やっ…」

やめて。猫のことは考えたくない。

にこ「いつもはにゃーにゃー猫みたいにうるさいぐらい…」

凛「やめてよ!!!」

凛の大声ににこちゃんだけじゃなく、その場にいた全員が水を打ったように静まり返った。

重苦しい沈黙が流れる。

凛「ご、ごめん…、凛、やっぱり今日は帰るね…」

荷物を拾い上げると、屋上の扉を開けて階段を駆け下りる。誰かが呼び止める声が聞こえた気がしたけど、振り返らなかった。

1人にはなりたくない…だけど、今のままでみんなの側にいるのも耐えられない。

~~~

家に帰る途中、スーパーに寄って塩を買うことにした。よく知らないけど、塩を撒けば魔除けになる、みたいなことを聞いたことがあるから。

希ちゃんは素人が下手なことをしない方がいいって言ってたけど、別に除霊ってわけじゃないし、御守り代わりなら大丈夫だよね。

凛は迷った挙句、1kgの食塩の袋を買った。

レジで会計する間も、あの金色の瞳で見つめられている気がして、気が気じゃなかった。おかげで店員さんに不審がられた。

スーパーを出て、家路を急ぐ。急ぐけれど、走りたくなる気持ちはぐっと抑える。

焦って走ると周囲への注意が散漫になる。昨日みたいに車に轢かれかけたり、上から何か落ちてこないとも限らない。気をつけて帰ろう。

家の近所まで辿り着いた。50メートルほどのこの路地を抜ければ、家はすぐそこだ。

希ちゃんの御守りをぎゅっと握りしめて、早足に路地に入っていく。家が近づくに連れて、多少の安心感が芽生える。

帰ったら、家の周りにかったばかりの塩をたくさん撒いて、家にも部屋にも鍵をかけて、ベッドでお布団にくるまっておこう。あ、でもお布団にくるまったら真っ暗になる。真っ暗なのは怖いな。

ぐるぐると色々なことを考えていた凛の目に飛び込んできた黒い猫。

たった数メートル先の路地の出口に、それはひっそりと佇んでいた。

「ニャアォ」

凛「あ、ああ…」

凛は思わず後ずさる。さっきまで様々なことを考えていた頭の中は真っ白になっていた。

御守りもあるのに…、お塩も買ったのに…、やっぱり黒猫からは逃げられないんだ。

だけど。

凛の視線と黒猫の視線は重ならない。

金色の瞳は凛の背後を見据えている。

なに?

振り返ると、10メートルほど後ろの電柱の影から眼鏡の男が凛の方を伺っていた。こちらは、露骨に視線が重なってしまった。

誰?

男も気づかれたと悟ったのか、電柱の影から出てきた。

その手に握られていたのは、銀色の…ナイフ?包丁?いずれにせよ、刃物。

逃げなきゃ、と思った。だけど、後ろには黒猫がいる。脚が竦んで動けない間に、男が数メートル手前で立ち止まった。

凛「だ、誰…?」

男「知ってるでしょ」

凛「し、知らないよ…あなたなんて…」

男「昨日会ったじゃない」

昨日…?でも、こんな男の人、凛は…。

『こんばんは、宅配便でーす』

不意に頭の中に明るい声が響いた。そうだ、眼鏡をかけていなかったから気づかなかったけど、昨日の宅配便の人だ。

男「気づいたみたいだね」

この人、本当にあの連続押し込み強盗犯だったの?

男「インターホンには反応したのに出てこなかったから、気づかれたんだと思って今朝から狙ってたんだよ」

今朝から…って、もしかして、視線の正体はこの人だったの?

男「インターホン越しにとはいえ顔を見られちゃってるしさ。…本当はきみが家に入ってからやろうと思ったんだけど」

男「ま、ここでもいいや」

男が近づいてくる。

凛「ひっ…!」

腰が抜けてその場にへたり込む。

凛「ま、待ってよ…凛、何も知らないよ…、それに警察になんて、通報してないよ…」

男「そうなんだ。でも今の話聞いちゃったわけだし、一緒だよね」

男「大丈夫、一瞬だから」

あと三歩、あと二歩、あと一歩。

やっぱり、凛は黒猫に連れて行かれちゃうんだ。

男がナイフを振り上げるのを見て、凛はギュッと目を瞑った。

だけど、衝撃や痛みはやってこなかった。代わりに、

男「いってぇ!」

恐る恐る目を開けると、男が手を抑えていた。

男「なん…?ぎゃっ!」

今度は男が顔を抑える。

男の顔には、鋭い傷が残っていた。まるで、猫に引っ掻かれたような。

男「な、なんだ…?この傷…」

「フシャー…」

気づくと、凛の目の前に、毛を逆立てて男を威嚇する黒猫がいた。

どういうこと?

状況を掴めないままの凛を尻目に、黒猫は再び男に飛びかかった。

男「ぎゃあ!」

男は今度は目の付近を引っ掻かれていた。どうやらこの人には猫の姿が見えていないみたい。

男はナイフを振り回しながら逃げていった。

「フーッ…」

男の背中が見えなくなるまで威嚇していた黒猫が、ふっとこちらを振り返った。

凛「まさか…、凛を助けてくれたの…?」

黒猫は肯定も否定もしない。だけど、金色の瞳はじっと凛を見つめていた。

「ニャアォ」

小さく一声鳴いて、黒猫はふっと消えてしまった。

~~~

居間のテレビでは、数日前に捕まった連続押し込み強盗犯のニュースをやっていた。彼は引っ掻き傷だらけで刃物を持って走っているところを、近くにいた警官に見つかったらしい。

そんなニュースを横目に、制服姿の凛は朝食を摂る。

凛「いってきまーす」

家を出た凛の手には、小さな花束が握られていた。

登校前に、途中の公園に立ち寄った凛は、数日前に黒猫を横たえた茂みの陰に、花束を供えた。

そのまま手を合わせて、目を閉じる。

凛「ありがとう、黒猫さん」

黒猫はあの2日間、凛を守ってくれていた。

希ちゃんに御守りを返してそのことを告げると驚いていたけど、「じゃあその黒猫は、凛ちゃんの守護霊になってたんかもね」だって。

あの朝、横断歩道で黒猫に気づかなければ、そのまま走ってトラックに轢かれていたかもしれない。

帰り道でも、黒猫の鳴き声が聞こえなければ、鉄骨の下敷きになっていたかもしれない。

家に帰った後も、居間のテレビが点いてあのニュースが流れなければ、なんの疑いもなく玄関を開けていたかもしれない。

体育の時間でも、足元の黒猫に気づいて尻餅をつかなければ、打球が当たっていたかもしれない。

あの路地で黒猫が目の前に佇んでいなければ、家の前で男に襲われていたかもしれない。

黒猫に狙われているというのは、全部凛の思い込みだったのだ。

目を開けて、もう一度呟く。

凛「ありがとう」

凛の耳に、風の音に混じって猫の鳴き声が聞こえた気がした。まるであの黒猫が、凛に返事をしてくれたみたい。

これも思い込みかな。立ち上がりながら凛は苦笑した。

凛「また来るにゃ、黒猫さん」

凛はやっぱり猫が好き。



【奇】

タモリ「思い込みはときに目の前にあるものすらも歪ませ、見えなくしてしまいます」

タモリ「不幸の象徴として有名な黒猫ですが、欧米からの迷信が伝わる前の日本では幸運を呼び、魔除けや厄除けをしてくれる『福猫』であると信じられており、黒い招き猫もその名残だそうです」

タモリ「また実際の黒猫も、多くはおおらかで甘えん坊、人好きな性格で、飼い猫向きだ言われています」

タモリ「結局、不幸の象徴となるか、はたまた幸運の象徴となるかは、その人の思い込み次第だということですね」

「ニャアォ」

(タモリが猫の鳴き声に振り向くと、背後に1匹の黒猫が佇んでいる。再び正面を向くタモリ)

タモリ「さて、この黒猫は不幸を告げる使い魔なのでしょうか、それとも幸運を呼ぶ福猫なのでしょうか」

一旦終了です。

(暗闇を背景にタモリが2人立っている)

右タモリ「もし世の中に、自分と瓜二つの人間が存在したら」

左タモリ「その人間があちこちで悪さをすれば、それはあなた自身の評判を落とすことにも関わってきます」

右タモリ「では逆に、瓜二つの人間が、人の喜ぶことばかりをして回ったとしたらどうでしょう」

左タモリ「それはそれで、厄介なことになってしまいそうです」

〜〜〜

〜朝の通学路〜

海未「穂乃果を見た?」

「そう!」

海未「あなたが?」

「うん!」

海未「…あなた、自分が誰だかわかっていますか?」

穂乃果「穂乃果だけど」

海未「…」

ことり「そっくりさんとかじゃなくて?」

穂乃果「違うよぉ、あれは絶対にわたしだよ!」

海未「…どこで見たのですか?」

穂乃果「ええとね、昨日お買い物のついでにいつものクレープ屋さんに寄って、その帰りに信号待ちしてたんだ」

穂乃果「そしたら道の向こうにわたしが立っててね、笑顔で手を振ってきたの!」

穂乃果「見間違いかと思ってよーく見たんだけどやっぱりわたしで…。信号が青になって急いで渡ったんだけど、日曜だから人がすごくってね、人混みに紛れて見失っちゃったんだ…」

穂乃果「どう!?不思議だと思わない!?」

海未「穂乃果が2人、ですか…。あまり考えたくありませんね、騒がしそうで」

穂乃果「ちょっとぉ!真面目に聞いてよぉ!」

海未「真面目にと言われても…、突然そんな話をされて、どう反応しろというのです」

穂乃果「む〜…、ね!ことりちゃんは信じてくれるよね!?」

ことり「あはは…、穂乃果ちゃん、練習のし過ぎなんじゃないかなぁ?」

穂乃果「こっ、ことりちゃんまで信じてくれないっ…」

海未「はぁ、まったく…そんな突拍子もない話、誰も信じてくれるわけありませんよ?」

ことり「ごめんね、穂乃果ちゃん…」

穂乃果「う〜…あの顔も、髪の色も、髪型も…どう見てもわたしだったのに」

凛「あっ、みんな〜おはよ〜!」タタタッ

花陽「おはよう、みんな」

穂乃果「あ、凛ちゃん、花陽ちゃん」

ことり「2人ともおはよう」

海未「おはようございます」

花陽「穂乃果ちゃん、昨日はありがとう」

穂乃果「え?なんの話?」

凛「またまたぁ、とぼけちゃって〜」

凛「昨日、凛とかよちんにクレープ奢ってくれたよね!」

穂乃果「え?わたしが?」

花陽「そうだよ、わたしと凛ちゃんがお買い物してたときに偶然出会って、クレープ奢ってあげるよ!って」

凛「凛たち遠慮したのにいいからいいからって、とびっきりおいしいクレープ買ってくれたんだにゃ」

花陽「あのクレープかなり高かったよね?しかも自分の分は買わずに帰っちゃったし…なんだかごめんね?」

穂乃果(な、なにそれ…、記憶にないよ)

ことり「うわぁ、穂乃果ちゃん優しいんだね♪」

穂乃果「…」

海未「…穂乃果?どうしたのです?」

穂乃果「え?あ、ああいやなんでも…」

凛「ほんとにありがとね、穂乃果ちゃん!」

花陽「じゃあみんな、また放課後に会おうね」

穂乃果「う、うん…じゃあね」

穂乃果(…どうなってるんだろう)





【自分より良い自分】




〜放課後・部室〜

穂乃果「ごめーん、お待たせ〜」

海未「まったく、練習着を教室に忘れてくるなんて、たるみ過ぎです」

穂乃果「えへへ、ごめんごめん」

ことり「それにしても遅かったね?」

穂乃果「いやぁ、ちょっとついでにトイレに…」

穂乃果(ほんとはつい教室でヒデコたちと話し込んじゃったんだよね…)

穂乃果「ってあれ、希ちゃんも絵里ちゃんもまだ来てないの?」

ことり「生徒会のお仕事が忙しいみたいで…」

穂乃果「そっかぁ…会長と副会長だもんね。2人とも大変だなぁ」

穂乃果「μ'sの活動をしながら生徒会の活動もするなんて…わたしにはできる気がしないよ」

海未「確かに、要領の悪い穂乃果には難しいでしょうね」

穂乃果「海未ちゃん!?そこはちょっとはフォローしてよ!」

ことり「あはは…」

ガチャッ

凛「あ、絵里ちゃんと希ちゃんが来たにゃー!」

花陽「お疲れ様」

絵里「ええ、ありがとう」

希「ありがとね」

にこ「思ったより早かったわね、今日は遅くなるって言ってたのに」

希「ふふふ、今日は助っ人が来てくれたからね?なぁエリち」

真姫「助っ人?」

絵里「ええ」チラッ

穂乃果「?」

絵里「ありがとう穂乃果、あなたが来てくれたおかげで随分と早く仕事が終わったわ」

穂乃果「ええっ?」

花陽「え…穂乃果ちゃん、生徒会のお仕事手伝ってたから遅れちゃったの?」

穂乃果「あ、いや…」

凛「うわぁ、みんなに内緒でこっそりお手伝いするなんて、穂乃果ちゃんかっこいいにゃ〜!」

にこ「なによ、かっこつけちゃって。別に隠しとくことないじゃない」

真姫「にこちゃんに言われたくはないだろうけど」

にこ「ちょっと真姫、どういう意味よ」

凛「真姫ちゃんにも言われたくないよね?」

真姫「凛、どういう意味?」

海未「穂乃果、そんなことをしていたとは知らず、さっきは小言を…申し訳ありません」

穂乃果「い、いや、別に…」

穂乃果(わたし、まったく身に覚えがないんだけど…)

〜〜〜

〜帰宅後・穂乃果の部屋〜

穂乃果(おかしいなぁ…、わたしには全然身に覚えがないことばっかりなのに)

穂乃果(もしかして、昨日見た瓜二つのわたしがやってることなのかな?)

穂乃果(うーん、でもそうだとしても別に悪いことして回ってるわけじゃないし…みんなの為になってるならいいのかな?)

穂乃果(わたしだって、感謝されるのは悪い気はしないし)

穂乃果(でも、いったいどういうつもりでいいことして回ってるんだろう…)

ガラッ

雪穂「あーお姉ちゃん、いたいた」

穂乃果「ああ、雪穂…どうしたの?」

雪穂「お姉ちゃん、今日もちょっと勉強見てくれない?」

穂乃果「えー、勉強?」

穂乃果「…って、今日『も』?」

雪穂「え、お姉ちゃん、昨日わたしが夜遅くまで勉強してたらいきなり部屋に入ってきて、わかんないとこ教えてくれたじゃん」

雪穂「いつものお姉ちゃんらしくないなーとは思ってたんだけど…まさか忘れちゃったの?」

穂乃果「あ、あー、そうだったっけ。忘れてたや、あはは」

雪穂「それで、今日もちょっとわかんないとこがあってさ…、もしお姉ちゃん暇だったら教えてもらえないかなって」

雪穂「ダメかな?」

穂乃果「う…うんいいよ、けどわたしにわかるかどうかは…」

雪穂「難しい内容だから、一緒に考えてくれるだけでも助かるよ!ありがとう、お姉ちゃん」

穂乃果「あはは…」

穂乃果(ま、まさか…うちの中にまで現れてたなんて…)

〜〜〜

穂乃果(それからというもの、わたしはいろいろな人から感謝されるようになった)

穂乃果(μ'sのみんなから『ありがとう』って言われない日はないぐらい。衣装作りや作詞、作曲の手伝い、生徒会の活動から他の部活や委員会の活動まで手伝っているんだって)

穂乃果(最近は外を歩いていても、近所のおばあちゃんの話し相手になってあげたとか、保育園で歌を披露したとかで感謝されたり)

穂乃果(最初のうちはただ感謝されるだけだったから悪い気はしなかったんだけど、最近は…)

穂乃果「いたっ!」

ことり「ほ、穂乃果ちゃん大丈夫!?」

穂乃果「いたた…、ごめん、ちょっと絆創膏あるかな…?」

ことり「穂乃果ちゃん、どうしちゃったの?指を針で刺しちゃうなんて、いつもの穂乃果ちゃんらしくないよ…?」

穂乃果「あはは…」

穂乃果(最近は、わたし自身もみんなに頼られるようになってきたんだ)

穂乃果(だけどわたしは、もう1人のわたしほど器用じゃなかった)

穂乃果(だから、いざ手伝おうと思っても…)

穂乃果「あっ!また失敗しちゃった…」

ことり「も、もう大丈夫だよ穂乃果ちゃん、気持ちだけでありがたいから…」

穂乃果「ご、ごめん…」

穂乃果(失敗ばっかりしちゃうんだよね…)

~~~

ことり「穂乃果ちゃん、落ち込まないで?」

穂乃果「ごめんね、ことりちゃん…足手まといになっちゃって」

ことり「そんなことないよ、手伝ってもらえるだけでありがたいから…」

ことり「たまにはこんな日もあるよ。気にしないで?」

穂乃果「うん…、じゃあね」

ガチャッ…バタン穂乃果「はぁ…」

穂乃果(もう1人のわたしは、どこからともなく現れて、何かみんなの為になることをして去って行くみたいなんだ)

穂乃果(だからみんなの方から手伝いを頼まれたときは、全部わたしが引き受けてたの)

穂乃果(彼女への期待は、わたし自身への期待でもある。だから頼られたら、その期待に応えようと思うんだけど…)

穂乃果「うう…難しいよう…」

~~~

〜翌日・教室〜

フミコ「穂乃果〜!聞いたよ〜!」

穂乃果「へ?なにが?」

ミカ「昨日の下校中、川で溺れかけてた男の子を助けたんだって?」

穂乃果「ああ…」

ヒデコ「学校下のコンビニで万引き犯を捕まえたって話も聞いたよ!」

穂乃果「うん…」

フミコ「すっごいよねぇ、μ'sの活動も大変なはずなのに、もう穂乃果はみんなのヒーローだよ!」

穂乃果「そ、そうかな、ありがとう」

ミカ「そうやって誇らないで平気な顔してるとこも凄いよね〜!」

穂乃果「あはは…」

フミコ「じゃあね穂乃果、今日も頑張ってね!」

ミカ「もしわたしたちに手伝えることがあったらなんでも言って!」

ヒデコ「まぁ、わたしたちができることなんて、穂乃果がやってることに比べたら取るに足らないことだけどさ」

穂乃果「うん、ありがとうみんな」

スタスタスタ…

穂乃果「あははは…」

穂乃果「はぁ…」

穂乃果(わたしがやってるんじゃないのに…みんなの期待がどんどん膨らんでるよ)

穂乃果(でも、わたしにできることなんて…)

モブ「穂乃果ちゃん、呼んでるよ」

穂乃果「え?」

絵里 希「…」ニコニコ

穂乃果「絵里ちゃん、希ちゃん…どうしたの?」

絵里「穂乃果、ちょっといいかしら?」

穂乃果「うん、大丈夫だけど…」

穂乃果(なんだろう、生徒会のお手伝いかな?)

穂乃果(でも、わたしがやっても足引っ張っちゃうよ…)

~~~

〜生徒会室〜

穂乃果「ええ〜!?わ、わ、わたしが…生徒会長〜!?」

絵里「ええ、そうよ。まだ正式に決まったわけではないのだけど…」

希「生徒会の役員全員一致で、穂乃果ちゃんを次期会長に推薦しようってことになったんや」

穂乃果「そ、そんな…わたしなんて、全然…」

絵里「何言ってるの穂乃果。あなたは私たちだけじゃない、学校のみんなを助けてるのよ?」

希「しかも最近は、学校の外でも色々活動してるみたいやん」

絵里「あなたを生徒会長に推薦すれば、きっと誰も反対する人はいないわ」

絵里「穂乃果、あなたならきっとできる。今まで生徒会の仕事を手伝ってもらって、私も希もそれを確信してる」

絵里「音ノ木坂の生徒たちの為にも、是非ともあなたにこの仕事を引き受けて欲しいの」

穂乃果「…」

穂乃果「か、考えさせてください…」

〜〜〜

〜屋上〜

穂乃果「どうしよう…」

穂乃果「わたしに生徒会長なんて…絶対無理だよ…」

穂乃果「だからって、今更『今までのことは全部もう1人の自分がやってた』、なんて言ったって誰も信じてくれないだろうし…」

穂乃果「うう…どうすれば…」

「助けてあげよっか?」

穂乃果「だ、誰!?」クルッ

穂乃果「…え、わ、わたし?」

(穂乃果)「…ふふふ」ニコニコ

穂乃果「あ…、あなたなんだよね?わたしのフリして、いいことして回ってるのは」

穂乃果「どうしてそんなことしてるの?」

(穂乃果)「わたし、人の喜ぶ顔を見るのがだーい好きなんだ。それが理由だよ」

穂乃果「…それだけ?」

(穂乃果)「え〜、いいことして回るのに、他に理由なんているかなぁ?」

穂乃果「そ、それは…」

(穂乃果)「あなたのやってるスクールアイドルの活動と一緒だよ。わたしもやりたいからやってるの」ニコニコ

(穂乃果)「そぉんなことより、今あなた、助けて欲しいって思ってるんじゃないの?」

穂乃果「あ…それは…」

(穂乃果)「わかるよ〜?困った顔してるもん」

穂乃果「実は、その…生徒会長になってくれって頼まれちゃって…」

(穂乃果)「あー、そうなんだ。まぁ、わたしのおかげであなたの評判もうなぎ登りだもんねぇ。周りの期待も高まるよねぇ」

(穂乃果)「でも、自分がその期待に応えられるかわからなくって、悩んでるんだよね?」

穂乃果「うん…」

(穂乃果)「確かにあなたは、わたしと違ってなんでも要領よくこなせるわけじゃないしねぇ」

穂乃果「みんなが感謝して、期待してくれるのは嬉しいよ…。だけど、それは自分がしてきたことじゃなくて、全部あなたがしてきたことだし…」

穂乃果「最近は自分にできる以上のことまで期待されるようになっちゃって…」

穂乃果「なんとか頑張ろうって思ってやってきたけど…もう、疲れたよ…」

(穂乃果)「うんうん、そっかそっか。ほんとのこと言ったって信じてもらえないだろうし、辛いよねぇ」

穂乃果「…」

(穂乃果)「じゃあさ、わたしがあなたになってあげようか?」

穂乃果「え?」

(穂乃果)「わたしなら、生徒会長の仕事なんてちょちょいのちょいだよ!みんなにお手伝いを頼まれたって失敗することもない」

(穂乃果)「あなたがこれ以上、負担を感じることもないよ」

穂乃果「でも…、あなたがわたしになるってことは、わたしはどうなるの?」

(穂乃果)「あなたはわたしの影になるんだよ」

穂乃果「影…?」

穂乃果「え、あれ?そういえばあなた、影が…ない?」

(穂乃果)「あなたがわたしの影になってくれれば、わたしは完全にあなたになれるんだよ」

穂乃果「ま、まさかあなた…、それが狙いだったの?」

(穂乃果)「…ふふふ」ニコニコ

(穂乃果)「どうするの?正直言って、今のあなたじゃ周りに期待されるほど、みんなを笑顔にできないと思うよ?」

(穂乃果)「わたしはこれからも今まで通りのことをしていくつもり」

(穂乃果)「だからこれからも周りの期待はどんどん大きくなるよ。あなたはμ'sの活動も生徒会の仕事もそつなくこなして、さらに学校の中でも外でも、誰彼構わずに良いことをして回る。まさに聖人みたいな人だって」

(穂乃果)「そうすることが当たり前だって思われる生活に、あなたは耐えられる?」

(穂乃果)「今の時点で負担を感じてるのなら、難しいと思うけどなぁ」

(穂乃果)「さぁ、あなたの答えはどう?」

穂乃果「…」

穂乃果「わ、わたしは…」

〜〜〜

~とある日・生徒会室~

海未「穂乃果、昨日言った予算表のことなのですが…」

穂乃果「あー、それならもう昨日のうちに処理しておいたよ!」

海未「そ、そうですか…ありがとうございます」

穂乃果「ことりちゃーん、校内の目安箱の中身、目を通しといたよ。とりあえずこれが今すぐ対応できそうなやつね」

ことり「ありがとう、穂乃果ちゃん」

穂乃果「じゃ、早速行ってくるね!」

海未「え?どこへ行くのですか?」

穂乃果「体育倉庫の扉の立て付けが悪くなってるのと、教室棟3階の廊下の蛍光灯が切れたまんまなんだって。すぐに対応してくるよ!」

海未「あっちょっと…」

タタタ…

ことり「穂乃果ちゃん、生徒会長になってからますます張り切ってるね〜」

海未「そうですね…」

ことり「…ふふっ」

ことり「ねぇ海未ちゃん、ちょっと寂しいんじゃない?」

海未「な、何を言っているのですか!」

ことり「でも、そんな顔してるよ?」

海未「…別に、寂しいという訳ではありません」

海未「ただ…私の知っている不器用な穂乃果と今の穂乃果は、別人のような気がして…」

海未「今までの穂乃果が、遠くに行ってしまったような気がするんです」

ことり「そうかなぁ…確かに、昔の穂乃果ちゃんよりもしっかりしてきたとは思うけど…」

海未「そして、その穂乃果に引っ張られているだけの自分が、不甲斐なく感じてしまって…」

ことり「そんなことないよ、海未ちゃんも穂乃果ちゃんに負けないぐらい頑張ってると思う」

海未「そうでしょうか…」

ことり「そうだよ。だって今日ミカちゃんたちから聞いたよ?昨日、今度のライブの宣伝チラシの内容を考えてるときに、海未ちゃんがやって来て手伝ってくれたって」

海未「…え?」

ことり「まるで穂乃果ちゃんみたいだったって、ミカちゃんたち言ってたよ♪」

ことり「あ、じゃあわたし、目安箱を元の場所に戻してくるね」

タタタ…

海未「わ、私はそんなことをした覚えはありません…」

海未「一体誰がやったのですか…?」




【奇】

タモリ「自分の知らないところで評判が上がっていくのも、それはそれで考えものです」

タモリ「実際の自分と、周りから見た自分の評価が余りにもかけ離れてしまうと、それは大きな負担になってしまいます」

タモリ「結局自分の評価を決めるのは、自分自身の行動でなければいけないということですね」

(タモリが後ろを振り返ると、もう1人のタモリが辺りに落ちているゴミを拾っている)

タモリ「…」

(やがて、周りの目を気にするように共にゴミを拾い始めるタモリ)

一旦終了です。

(タモリが右を見ると、電話の相手に向かって平謝りのサラリーマン風の男)

(タモリが左を見ると、激しく言い争う恋人らしい二人の男女)

(正面に顔を向けるタモリ)

タモリ「いつの世にもトラブルの種はつきません。人間は生きている以上、トラブルからは逃れられないのです」

タモリ「さて、自分の身に起きてしまったトラブルは、自分自身の手でどうにかするしかありません」

タモリ「しかし中には、自分1人の力ではどうすることもできないトラブルも存在します」

タモリ「そんなとき大抵の場合、誰でもいいから助けてほしいと感じるものでしょう」

タモリ「ただ、安易に人に助けを求めるのは考えものです」

タモリ「もしかすると、そうやって助けを求める行為こそが、奇妙な世界への入り口なのかもしれません」

~~~

ことり「はぁ…」

ことり「どうしよう…」

わたし、南ことりは、ため息をつきながらとぼとぼと廊下を歩いていた。

ことり「今週中に衣装を全部仕上げるなんて…無理だよう…」

1週間後に迫った学園祭。そこで行うライブの為に、衣装を仕上げなきゃいけないんだけど…。その作業は遅々として進んでいなかった。

ことり「でもみんなに手伝ってもらうのは悪いし…どうしたら…」

ことり「…ん?」

ため息ばかりついていたわたしの目に留まったのは、掲示板の片隅に貼られた小さな貼り紙。

いかにも女の子らしい丸っこい文字で書かれた文章を、わたしは声に出して読み上げた。

ことり「『あなたのトラブル解決します!その名も』…」

ことり「『トラブルバスターズ!』…?」





【トラブルバスターズ!】




放課後。μ'sの練習も終わり、完全に人気のなくなった校舎の中。トラブルバスターズ本部の前にわたしはいた。

ことり「…って、ここってどう考えても…」

わたしたちの…アイドル研究部の部室だよね…。

ドアをよく見ると、普段は『アイドル研究部』と書かれた小さな厚紙が貼られている場所に、やはりかわいらしい文字で『トラブルバスターズ本部』と書かれた厚紙が貼り直してある。

ことり「信用してもいいのかなぁ…」

明らかにμ'sのメンバーの誰かの仕業。誰がこんなことしてるんだろう…。

ま…いいか。ダメで元々だよね。衣装を仕上げられなかったわたしが悪いんだもん。

藁にもすがる思いだったわたしは心を決めると、そろそろとドアを開けた。

ことり「こんにちは〜…」

こんばんは、の方が正しいのかな。

ふとそんなことを考えたわたしに向かって、間髪入れず元気のいい声が返ってきた。

「いらっしゃいませ!トラブルバスターズ本部へようこそ!」

そこにいたのは。

ことり「ごめんなさい、間違えました」

わたしは回れ右して帰ろうとした。

「ちょ、ちょーっとお待ちを!依頼者の方ですよね!?」

わたしを呼び止めた人物は、不似合いなソフトクリームみたいな帽子を頭に乗せ、オレンジ色のサングラスを掛けて変装していたけれど。とっても見覚えのある人物。

ことり「…にこちゃん、なにやってるの?」

それは、わたしがよく知ってるアイドル研究部の部長。矢澤にこちゃんだった。

「に、にこちゃんって?なんのことかわからないにこ〜♪」

明らかににこちゃんだ。

ことり「…にこちゃん、でしょ?」

25「おほん…わたしはそのにことかいう人物とは関係ありません。わたしのコードネームはエージェント25(トゥーファイブ)」

やっぱりにこちゃんだ。

25「そ、そんなことより!あなた、何かトラブルを抱えているから、ここを訪れたんでしょう?」

ことり「そ、それは…そうですけど」

にこちゃん…いや、25ちゃんの口調に合わせて、ついわたしも敬語になる。

25「ささ、どうぞ、まずはおかけになってください。あなたのトラブルをなんでも解決しちゃいますよ!」

ことり「はぁ…」

仕方なく、促されるままに座り慣れたパイプ椅子に腰掛ける。

ことり「えっと…、依頼の前に、ちょっと教えてもらえませんか?トラブルバスターズって、いったいなんなんですか?」

わたしの質問に、25ちゃんはふふん、と鼻を鳴らして得意げな顔になる。

25「我々トラブルバスターズは、校内で起こる様々なトラブルの解決を目的として設立された極秘機関です!」

ことり「設立って、誰が…?」

25「もちろん発起人であるわたしよ!」

25ちゃん…、アイドル研究部を立ち上げたのもそうだけど、凄い行動力だね。

25「ちなみに、トラブルバスターズは音ノ木坂学院からは完全に独立した機関となっているの。どのような事案であれ、いかなる勢力、組織からの干渉を受けることなく、我々の判断で任務を遂行するわ」

なんだかよくわからない…、よくわからないけど、なんだかすごそう。ただそれを語るのが胡散臭い変装をした25ちゃんってところが、なんだかシュールだ。

ことり「我々…っていうことは、他にもメンバーがいるんですか?」

25「もちろん。文武両道に秀でた生徒会長に、博学多識な大病院の令嬢。トラブルバスターズにはプロフェッショナルが揃ってるのよ」

なるほど、絵里ちゃんと真姫ちゃんもメンバーらしい。

25ちゃんにはちょっぴり悪いけれど、それを聞いたわたしは少し安心した。

ことり「25ちゃんだけじゃ不安だもんね…」

25「…何か言いました?」

ことり「あ、いやなんでも…あはは」

ことり「じゃあ…とりあえず、依頼します」

μ'sのメンバーにこんな形で頼むのも変な感じだけど。

25「ありがとうございます!」

25ちゃんの表情がぱっと明るくなった。

うんうん。25ちゃんにはエージェントキャラの硬い表情より、明るい笑顔の方が似合ってるよ。ただ、相変わらずその帽子だけは…かわいらしい笑顔にも似合ってない、かな。

25「あ、そうだ。依頼されるに当たって一つだけ注意があります」

ことり「なんですか?」

25「依頼された内容に対して一度こちらが対応を決めた以上、その判断が気に入らないからと言ってその依頼を取り消すことは出来ません。たとえそれが依頼者自身であったとしても」

25「よろしいですか?」

ことり「ええと…大丈夫です。だけど、どうしてなんですか?」

それはですね、と25ちゃんが居住まいを正す。

25「トラブルバスターズに持ち込まれる依頼の多くは急を要するもの、さらにはそのトラブルが解決できなければ第三者に影響を与えるものばかりなんです」

25「だからこちらも迅速に対応します。そして第三者にも影響を与えると言うことは、ここに持ち込まれた時点でそれは依頼者だけの問題ではないということなんです」

25「ご理解頂けましたか?」

ことり「は、はい…」

わたしは25ちゃんの雰囲気に半ば圧倒されるように頷いた。格好はかなり個性的なのに、淀みない口調で話す25ちゃんの姿はいかにもプロフェッショナルという感じ。

25「では早速、こちらの書類にあなたのお名前と住所、連絡先をご記入ください」

ことり「…わかりました」

全部知ってるよね、ってことには今さら突っ込まない。

ことり「書けました」

25「拝見しますね」

25ちゃんがひと通り書類に目を通す。

25「はい、ありがとうございます。それでは南ことりさん、依頼内容を伺わせていただけますか?」

メモとペンを構えながら25ちゃんは真剣な眼差しをわたしに向けた。

ことり「ええっと…実は…」

いざ口に出そうと思うと、やはり尻込みしてしまう。学園祭ライブの衣装が出来上がっていない、なんて言ったら25ちゃんはどんな反応を見せるのだろう。

25「安心してください。我々は職務上知り得たいかなる情報も、任務遂行に必要な範囲でしか使用しませんので」

25ちゃんが微笑みかけてくれて、わたしにも決心がついた。

ことり「実は…」

25「はい」

ことり「今度のライブで使う衣装が、まだ出来上がってないんです」

25「ぬわぁんですってぇ!?」

ガタンと大きな音を立てて、25ちゃんが椅子から立ち上がった。

ことり「ひゃあっ!ご、ごめんなさい!」

思わず頭を下げる。

25「あ…こ、こちらこそ失礼しました…、つい取り乱してしまって…」

25ちゃんが椅子を引きながら座り直す。

ことり「お、怒らないんですか…?」

25「…我々の仕事に私情は禁物ですので」

さすが、プロフェッショナルを自称しているだけあって、もう落ち着きを取り戻している。アイドルとしてもプロ意識の高い25ちゃんらしい。

ことり「それで、ええっと…、衣装を来週までに完成させないといけないので…。衣装作りのお手伝い、していただけますか…?」

25「なるほど…トラブルの内容はわかりました」

25ちゃんは神妙な顔で頷いた。

25「ただ、もう少し詳しい話を聞かせてもらえませんか?こちらとしても情報は多い方が仕事がしやすいので…」

ことり「わかりました」

わたしは、ひとつひとつ丁寧に話した。

今度の学園祭までに、衣装を完成させなければならないということ。

デザインを考えるのに時間がかかってしまい、まだ3枚しか出来上がっていないということ。

衣装を作る為に必要なものは全て揃っているが、1人で完成させるにはとてもじゃないが時間が足りないということ。

なぜデザインを考えるのに時間がかかってしまったのかは…伏せておいた。今は関係のないことだから。

ひと通り話し終えると、熱心にメモを取っていた25ちゃんがパタンとメモを閉じた。

25「事情はよくわかりました。どうやら我々の協力が必要な事案のようです」

25「あなたは家に帰って衣装作りの為の準備をしておいてください。わたしはメンバーに招集をかけて、すぐにあなたの家に向かいます」

ことり「わかりました」

部室…いや、トラブルバスターズ本部を出たわたしは、ほっとため息をついた。これでなんとか、学園祭には間に合うかもしれない。

わたしは顔を上げると、既に日が落ちて暗くなった廊下を歩き出した。

~~~

数十分後。

家に帰ったわたしは衣装作りの準備を整えていた。

ことり「準備は終わったけど…」

あとは25ちゃんたちが到着するのを待つだけ、と思ったところでタイミングよくチャイムが鳴った。

ことり「は〜い」

急いで玄関に向かい、ガチャリとドアを開ける。

25「お待たせして申し訳ありません」

そこには小柄な体を白いコートに包んだ25ちゃんがいた。相変わらず似合わない帽子を被り、オレンジ色のサングラスをかけている。

そしてその後ろには黒いサングラスをかけた、やはり見覚えのある少女2人が立っていた。

ことり(やっぱり他のメンバーって…)

25「紹介するわね。この金髪のエージェントがチカ、そしてこっちの赤髪のエージェントがマッキーよ」

チカ マッキー「どうも」

2人が頭を下げるのに合わせて、わたしもぺこりと頭を下げた。

ことり「お世話になります」

早速3人を招き入れようとしたんだけど。

25「ちょっとマッキー、依頼人の前で髪の毛くるくるする癖はいい加減治しなさいって言ってるでしょ!」

マッキー「そんなの私の勝手でしょ?」

25ちゃんとマッキーちゃんが玄関先でいい争いを始めてしまった。

25「プロ意識に欠けてるって言ってんのよ!」

マッキー「なによ、ちゃんと任務を遂行してれば文句ないでしょ。25ちゃんだってそのダッサい帽子、早く外しなさいよね」

25「ぬわぁんですって〜!?この帽子のどこがダサいっていうのよ!?」

マッキー「全部よ!特にその形、どう見たって巻きg…」

チカ「マッキー!言っちゃダメ!」

それまで静観していたチカちゃんが鋭く言い放ち、その場はやっと収まった。そのタイミングで、わたしもおずおずと声をあげる。

ことり「あ、あの…衣装を…」

25「あ、ああ、そうだったわね…行くわよ、2人とも」

マッキー「…お邪魔します」

ことり「どうぞ…」

家に上がる際にチカちゃんが小声で、

チカ「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

と頭を下げてきた。

ことり「い、いえいえ全然大丈夫です、気にしないでください」

2人のやり取りは、いつも見慣れてるからね。

どうやらトラブルバスターズとして活動している間も、この3人は普段と変わらないらしい。

~~~

3人の協力のおかげで、衣装作りは予想より遥かに順調に進んだ。

25ちゃんはさすが家事が得意なだけあって裁縫も得意だし、ミシンの扱いにも慣れたもの。スイスイと作業を進めてくれた。

キルトやアクセサリー作りが趣味というチカちゃんも、その経験を活かしてわたしじゃとても思いつかないようなアレンジを加えてくれる。

マッキーちゃんも…、一生懸命頑張ってくれてる。

ただ、みんな作業のときぐらいはサングラス外してもいいんじゃないかなぁ…。

とにかく、頼もしい3人の助っ人のおかげで、予想以上のスピードで作業は進んで。

0時を回る前には、衣装は全て出来上がっていた。

ことり「うわぁ〜!」

改めて衣装の出来栄えを見てみると…すごい。わたしだけではこの衣装はとても作れなかったと思う。それは時間的な意味だけじゃなくて。

ことり「みんな、ありがとう!このご恩はゼッタイ忘れません!」

わたしは3人に深々と頭を下げた。

マッキー「べ、別に任務だからやっただけだし…、感謝なんてしないでいいわよ」

マッキーちゃんはそっぽを向いて髪の毛をくるくる指でいじっている。相変わらずだなぁ。

25「ちょっとマッキー!だから言ってるでしょ!?髪の毛くるくるする癖は…」

チカ「まぁまぁ25、任務を終えたばかりなんだからそうカリカリしないの」

早速食ってかかる25ちゃんをチカちゃんが宥める。2人も相変わらずだよ。

そこでことりは、ふと思い出したことを口にした。

ことり「えっと…。そういえば、依頼料とかはどうすれば…」

マッキー「え?いいのよ、そんなものは」

マッキーちゃんがこともなげに答える。

ことり「えっ?でも…」

チカ「私たちは、報酬をもらう為にこの仕事をやってるわけじゃありませんから」

チカちゃんが微笑むと、そうそう、と25ちゃんも頷く。

25「強いて言うなら、今のあなたの笑顔が報酬ね」

ことり「え?」

25「世の中には、トラブルを抱えて笑顔を失った人たちがいる。わたしたちはね、そういう人たちの笑顔を取り戻す為にこの仕事をやってるの」

25「ただ笑顔にさせるってだけじゃないから、それなりのやりにくさもあるし、難しい判断を迫られる場合もあるけど…その分、とてもやりがいがあるわ」

そう言って笑った25ちゃんの笑顔はとっても綺麗で…わたしは思わずドキッとしちゃった。

~~~

翌日。

わたしは朝一番で、出来上がったばかりの衣装をみんなの元に持って行った。

穂乃果ちゃんと凛ちゃんの眠たげな表情も、この衣装を見ると吹き飛んでしまった。

凛「わぁ〜!今までの衣装もすごかったけど、これはほんとにプロが作ったみたいだにゃ〜!」

穂乃果「すっごいよことりちゃん!この衣装、ほんとに1人で作ったの!?」

ことり「えへへ…うん、そうだよ」

昨日トラブルバスターズの3人とひとつだけ約束したことがあった。それは、25ちゃんたちが手伝ったということは絶対に言ってはいけない。ただそれだけ。

自分たちはあくまで裏方であって、表で華々しく活躍する立場ではない。表で輝くのはそれこそスクールアイドルのような存在であるべき。リーダーの25ちゃんはそう言っていた。

その3人はと言うと、1人は興味なさげに髪の毛をくるくる指でいじり、1人はお姉さんのように優しく微笑みながらみんなを見つめ、1人は隅っこで小さなあくびをしていた。

わたしはにこちゃんにそっと近づくと、

ことり「ありがとね、25ちゃん♪」

と小声で囁いた。

しかしにこちゃんは怪訝な顔で、

にこ「は?ありがとうってなんの話?」

だって。

トラブルバスターズの25ちゃんなのは、あくまでトラブルバスターズとして活動している間だけらしい。

さすがにこちゃん、プロフェッショナルだな。

穂乃果「よーし!今度の学園祭、張り切っていくよー!」

穂乃果ちゃんが元気に宣言して、わたしもにっこり笑って頷いた。

しかし、わたしはまだ知らなかった。

これはわたしの身に起こる大きなトラブルの序章に過ぎなかったということを。

~~~

学園祭でのライブは、結論から言うと失敗に終わった。

センターを任されて張り切り過ぎた穂乃果ちゃんは、体調を崩すまで休むことなく練習を続けて、無理をおして出た本番のライブの途中で倒れてしまった。

それには講堂の使用権を獲得できなかったこと、それによって屋上でライブを行わざるを得なくなったこと、当日の天候が雨だったことなど、様々な不幸が重なったのだけど、それは大したことじゃない。

問題は、その後にあった。

~~~

学園祭ライブから数日後。わたしは自分の部屋のベッドで、制服姿のまま枕に顔を埋めていた。

涙が止まらない。携帯には海未ちゃんやみんなからのメッセージがたくさん届いていたけど、見る気力がない。

学園祭ライブで穂乃果ちゃんが倒れてしまったことを受けて、わたしたちはラブライブへのエントリーを辞退することに決めた。

それを知らせたときの穂乃果ちゃんの表情は、今でも目に焼き付いている。

一方で、入学希望者は急増して廃校を免れることが確実となっていた。そこで、μ'sのみんなで学園存続を祝うパーティーを開いたんだけど。

そのお祝いの場で、わたしは穂乃果ちゃんと喧嘩しちゃった。

原因は、わたしが穂乃果ちゃんに留学のことを言っていなかったこと。

穂乃果ちゃんが悪いとは思ってない。全部、留学のことを言い出せなかったわたしの責任。だけど、今更謝れないよ。

大事な大事なお友達を傷つけたわたしが…この先どうやって穂乃果ちゃんと顔を合わせればいいの?

いや…みんなとだって顔を合わせられない。わたしのワガママで、μ'sは解散の危機にあるのだから。

留学を前にして起こったそれは、わたし1人では抱えきれない、大きな大きなトラブル。

ことり「どうすればいいの…?」

ぐすっ、と鼻を鳴らすわたしの頭にふと浮かんだのは、あの3人の顔。μ'sとしての3人ではなく、トラブルバスターズとしての3人の顔。

ことり「そうだ…」

μ'sとしての3人には相談し辛いけれど、トラブルバスターズとしての3人になら…。特に「仕事に私情は挟まない」と語っていた25ちゃんなら…!

時計を見ると、時間は6時を少し回ったところ。今から学校に向かえば、まだ間に合うかも。

わたしはすぐに起き上がって家を飛び出し、学校へと走った。

〜〜〜

部室の電気は点いていた。

ドアに貼られた厚紙を確認する。そこにはやはりかわいらしい丸文字で、『トラブルバスターズ本部』と書かれていた。

コンコン、と軽くノックする。すぐに聞きなれた声で「どうぞ」と返ってきた。

ことり「失礼します…」

恐る恐るドアを開けると、いつもの席に、似合わない帽子を被り、オレンジ色のサングラスをかけた25ちゃんが座っていた。

25「来るんじゃないかと思ってたわ」

ことり「わかってたんですか…?」

25「ふふん、プロの勘ってやつよ」

得意げに鼻を鳴らした25ちゃんはすぐに表情を引き締めると、右手でわたしに座るように促した。

25「どうぞ、お掛けになってください」

わたしもそれに従い、座り慣れたパイプ椅子に腰掛ける。

25「早速ですが、依頼内容を伺わせていただけますか?」

ことり「はい…」

わたしは包み隠さず全てを話した。

ライブ前の大事な時期に余計な混乱を招きたくなくて、なかなか留学のことを言いだせなかったこと。

穂乃果ちゃんには真っ先に相談しようとしたけれど、ライブのことしか頭にない穂乃果ちゃんにそれを言い出す機会がなかったこと。

衣装作りが遅れていたのも、留学の件で悩んでいたからだということ。

μ'sのみんなとの間にわだかまりを残したまま、留学に行きたくないということ。

他にもたくさん、たくさん話した。

25ちゃんはその間、時折質問を挟みながら、熱心にメモを取っていた。

変に慰めたりせずに、あくまで事務的に話を聞いてくれたことが返ってわたしにはありがたかった。

ことり「…以上です」

わたしが話し終えると、25ちゃんはぺらぺらといくつかのメモを見返してから、顔を上げた。

25「今までの話を総合すると、要するにμ'sというグループ内で起きてしまったトラブルを解決したい、とのことのようですが…、それでご依頼の内容は間違いありませんか?」

わたしは穂乃果ちゃんたち、μ'sのみんなとの間にできてしまったわだかまりを解いておきたいのだ。それで間違いない。

ことり「はい」

わたしは25ちゃんの大きな瞳を見つめながら、こくりと頷いた。

25「わかりました。今回はデリケートな問題ですので、すぐには対応しかねます。情報収集や他のメンバーとの対応の協議などありますので、トラブル解決までに数日のお時間をいただくことになりそうですが、よろしいですか?」

ことり「大丈夫です。よろしくお願いします」

わたしは頭を下げた。

25「顔を上げてください。大丈夫です。我々はプロフェッショナルですから、きっとこのトラブルも解決してみせますよ」

そう言って微笑みかけてくれた25ちゃんの笑顔に安心して、わたしはつい涙ぐみそうになってしまった。

ことり「じゃ、じゃあお願いします…失礼します」

25ちゃんも目の前で泣かれたら迷惑だろうと、わたしは慌てて席を立ち、ドアを開けた。

25「お気をつけて」

25ちゃんの声を背に浴びながら、わたしは足早に家路についた。

大丈夫。25ちゃんたちが、きっと解決してくれる。

~~~

数日後。

留学の準備を進めていたわたしの携帯に、見慣れない番号からの着信があった。しかしわたしは番号を確認するなりすぐに電話に出た。

なぜなら番号が0X0-2525-2525だったから。

ことり「もしもし」

25『南ことりさんですね』

ことり「はい」

25『トラブル解決の目処が立ちました。すぐにトラブルバスターズ本部まで来ていただけますか?』

ことり「わかりました」

わたしは電話を切る前には、すでに部屋を飛び出していた。

~~~

トラブルバスターズ本部にはいつもの格好の25ちゃんを始め、やはりサングラスをかけたチカちゃん、マッキーちゃんのメンバーが揃っていた。

25「お忙しいところ申し訳ありません」

3人が丁寧に頭を下げる。

ことり「いえ、いいんです」

ことり「それより、トラブル解決の目処が立ったって…本当ですか?」

25「ええ」

25ちゃんがこくりと頷く。

ことり「よかった…」

25「ただ勘違いしないでください。目処が立っただけで、まだ解決したわけではありません」

25「解決できるかどうかは、あなた次第です」

ことり「…どういうことですか?」

わたしの問いに25ちゃんは答えず、代わりに瞳を閉じた。

ふっと息を吐くと、両側に立つ2人に目をやり、「やって」と短く呟いた。

次の瞬間には、わたしはチカちゃんとマッキーちゃんに羽交い締めにされていた。

ことり「や、痛い…!な、なにするんですか!?」

25「任務の遂行です」

25ちゃんは抑揚のない声で言った。

任務の遂行?なんの話?

25「実は依頼者は、あなただけではなかったんですよ」

え?どういうこと?

25「依頼者のプライバシーの為にこれ以上申し上げられませんが、『μ's内でのトラブルを解決して欲しい』という依頼が他に複数あったとだけ申し上げておきます」

それと、わたしが今羽交い締めにされてる状況と、いったいなんの関係があるの?

25「わたしたちは様々な筋から集めた情報を元に熟慮を重ね、そして」

25「トラブルの原因は、あなたであるという結論に至りました」

…まぁそれはわからないではないけど。確かに、わたしの留学と、対応のまずさが原因ではあったけど。

25「決め手になったのがこれです」

なにそのファイル、『μ's総選挙』…?

25「実は先日、音ノ木坂学院生徒会の協力と、マッキーの持つ豊富な資金力を活かして、大規模な人気投票を行ったのです」

そんなことがあったんだ。穂乃果ちゃんと喧嘩しちゃって以降、家に籠りっきりだったから知らなかったな。

25「そして、得られた結果がこちらです」

25ちゃんが1枚の紙をわたしの目の前に置く。そこにはメンバーの名前と順位が書いてあった。

1位は真姫ちゃん。ツンツンしてるけど、いい子だもんね。

2位は絵里ちゃん。さすが、かっこいいもん。

3位は…穂乃果ちゃんだ。すごい。

そしてわたしは…9位。

25「参考までに、こちらが以前別のトラブルを解決する為に行った人気投票の結果です」

25ちゃんがもう1枚の紙をわたしに見せる。その総選挙では、わたしは1位だった。

25「我々もトラブルの原因は高坂さんにあるのか、南さんにあるのかで、判断がつきかねていました。しかしこの南さんの順位の下げ幅を見るに、今回の騒動を受けてμ'sのファンはあなたに一番の原因があると感じていたようです」

25「話を戻しますね。我々はこのトラブルの根はかなり深いと感じています。小手先だけの対応では解決は不可能です」

25「そこで我々は、今回のトラブルを解決する為に…」

そこで25ちゃんは一呼吸置き、はっきりした口調で、

25「トラブルの原因ごと、抹消することにしました」

だって。

まっしょう?マッショウ?…抹消?つまり?

25「あなたには、存在しなかったことになってもらうんです」

…まさか、冗談だよね?

25「残念ですが」

だって…、わたしたちは、お友達でしょ?今までμ'sのメンバーとして、一緒にやってきたじゃない。

25「我々の仕事に私情は禁物ですので」

ああ…、そっか。忘れてたよ。25ちゃんたちはプロフェッショナルだもんね。

25「前に言いましたよね。我々はあくまで裏方であって、表で華々しく活躍する立場ではないと」

うん。

25「本当は、表に出ないのではなく、出られないのです」

どういう意味だかわからずわたしは眉根を寄せた。25ちゃんはそれに応えるように寂しげに頬を緩め、

25「なぜなら我々は、こういった汚れ仕事も請け負わなくてはなりませんからね」

そう言った25ちゃんはすぐに表情を引き締め一言、

25「任務を遂行します」

と宣言した。

〜〜〜

音ノ木坂学院の廊下の片隅にある掲示板。その更に片隅に貼られた小さな貼り紙。

【あなたのトラブル解決します!その名もトラブルバスターズ!】

やがてその貼り紙の前で1人の少女が足を止める。

少女は逡巡したのち、歩き出した。

トラブルバスターズへの依頼は今日も絶えない。



【奇】

タモリ「トラブルの解決を全て人任せにしてしまうと、どんな形で解決されてしまうのかわかりません」

タモリ「むしろ思わぬ形で自分に返ってくる可能性もあるのです」

タモリ「プロに解決を任せたからと言って、安心してはいけませんね」

タモリ「私ですか?私はトラブルとは無縁ですから大丈夫…、ん?」

ガシッ

タモリ「ちょっ…何をするんだ?」

「任務を遂行します」

タモリ「…どうやら身に覚えがなくとも、人間はトラブルに巻き込まれるようです」

一旦終了です。

タモリ「かの哲学者、アリストテレスはこう言いました」

タモリ「『全ての人間は、産まれながらにして知ることを…』」

タモリ「失礼、『人間はポリス的動物である』と」

タモリ「人間はポリスという集団を形成してこそ生きていける動物だということです」

タモリ「さて。人格とは、人間誰もが持っているものです」

タモリ「その人格は人によって千差万別、一つとして同じものはありません」

タモリ「しかし、もし集団の中でそれぞれの持つ人格が入れ替わってしまったとしたら」

タモリ「あなたはいったいどうしますか?」

タモリ「今回は、そんな奇妙な世界に迷い込んでしまった少女の物語です」

~~~

~音ノ木坂学院・屋上~

ガチャッ

穂乃果「おっはようございまーす!」

穂乃果「あっ」

穂乃果(海未)「ごきげんよう」

ことり(絵里)「海未、ハラショー」

穂乃果(海未)「絵里、早いですね」

穂乃果(海未) ことり(絵里)「「そして凛も」」

「!」ビクッ

「う…うぅ…ううぅ〜…っ!」

海未「…っ無理です!」

穂乃果(海未)「ダメですよ、海未!ちゃんと凛に成り切ってください」

海未「うう…」

穂乃果(海未)「あなたが言い出したのでしょう?空気を変えてみた方がいいと」

穂乃果(海未)「さぁ凛!」

海未「うぅ…うぅうぅ〜…」

海未「…!」

海未(凛)「っにゃ〜っ!」

海未(凛)「さぁっ!今日も練習いっくにゃ〜!」

凛(真姫)「なにそれ、イミワカンナイ」カミノケクルクル

穂乃果(海未)「真姫、そんな話し方はいけません!」

凛(真姫)「メンドウな人」プイッ

ガチャッ

真姫「ちょっと凛!」

凛(真姫)「?」カミノケクルクル

真姫「それワタシの真似でしょ!やめて!」

凛(真姫)「オコトワリします」

真姫「ゔぇ?」

穂乃果(海未)「おはようございます、『希』?」

真姫「ゔぇえ…」

海未(凛)「あ〜っ!」ガバッ

海未(凛)「喋らないのはずるいにゃ〜!」

ことり(絵里)「そうよ、みんなで決めたでしょう?」

真姫「べ、別にそんなこと!」

海未(凛)「?」ズイッ

真姫(希)「言った覚え…ないやん?」

海未(凛)「わぁ」

穂乃果(海未)「おおっ希!すごいです!」

真姫「…///」

ガチャッ

一同「お?」

花陽(にこ)「にっこにっこに〜♪」

花陽(にこ)「あなたのハートににこにこに〜♪」

花陽(にこ)「笑顔届ける矢澤にこにこ〜♪」

花陽(にこ)「青空も〜?にこっ♪」

穂乃果(海未)「おおっ!」

ことり(絵里)「ハラショー。にこは、思ったよりにこっぽいわね」

花陽(にこ)「にこっ♪」

ガチャッ

花陽(にこ)「ゔっ」

にこ(ことり)「にこちゃ〜ん?にこはそんな感じじゃないよ〜?」ピクピク

ことり「…」

穂乃果(海未)「ことり」

希(穂乃果)「や〜、今日もパンがうまい!」ハムッ

穂乃果「げっ」

ことり(絵里)「穂乃果、また遅刻よ?」

希(穂乃果)「ごめ〜ん」

穂乃果「わ、わたしって…こんな…?」

ことり(絵里)「ええ」

穂乃果「…」ガクッ

絵里(花陽)「大変ですっ!」

一同「」ピクッ

穂乃果(海未)「どうしたのです?」

絵里(花陽)「すー、はー、すー、はー…」

絵里(花陽)「み、みんなが…」

一同「…」ゴクリ

絵里(花陽)「みんなが〜!」

絵里「…変よ」

一同「…」

ことり「…そうね」





【私じゃない!】




〜翌朝・通学路〜

海未「はぁ、はぁ…」タッタッタッ…

海未(昨日は結局、いろいろなことを考え過ぎて寝つけませんでした)

海未(しかし私としたことが、まさか寝坊までしてしまうなんて…)

海未(朝練はきっと終わってしまっているでしょうね…)

海未「ふぅ…始業までには間に合いそうです」

海未(しかし…A-RISEとの差を縮めるには、いったいどうすればいいのでしょうか…)

~2年教室・ホームルーム前~

海未「なんとか間に合いました…」

ガラガラ…

海未「おはようございます、…?」

海未「…穂乃果、そこは私の席ではありませんか?」

穂乃果「?」クルッ

穂乃果(海未)「…どうしたのです、凛?」

海未「は?」

海未「穂乃果、あなた何を言って…」

「あれ〜、凛ちゃんどうしたの?」

海未「その声は…」クルッ

海未「希…それに、にこ…」

希(穂乃果)「わたしたちになにか用事?」

にこ(ことり)「凛ちゃん、もう戻らないと…ホームルーム始まっちゃうよ?」

海未「なっ…、3人とも、何をふざけているんですか!」

希(穂乃果)「わっ…ど、どうしたの凛ちゃん、大きな声出して…」

海未「どうしたもこうしたもありません!これはなんの冗談なんですか!?」

にこ(ことり)「凛ちゃん変だよ…?まるで、海未ちゃんみたいな言葉遣いだし…」

海未「変なのはあなたたちです!性格を入れ替えるのは昨日のうちにやめたではありませんか!なぜ今日になってもこんな…」

希(穂乃果)「性格を入れ替える…?なんの話?」

海未「え…?」

穂乃果(海未)「凛…、落ち着いてください。話は後で聞きますから」

穂乃果(海未)「みんなも見ています。とりあえずあなたは教室に戻ってください」

海未「教室って…私の教室は」

穂乃果(海未)「凛!」

海未「!」ビクッ

穂乃果(海未)「言うことを聞きなさい…いいですね?」

〜〜〜

〜女子トイレ〜

フラフラ…

海未(いったいどうなっているというのですか…)

海未(穂乃果が私で、希が穂乃果、にこがことり、そして私が凛…、昨日入れ替えた通りの組み合わせです)

海未(昨日の入れ替えがまだ続いているというのでしょうか…?)

海未(いやしかし、それで学年まで入れ替わっているなんて…どう考えてもおかしいです)

海未(となると、入れ替わったふりではなく、本当に入れ替わって…?)

海未(…私は確か、凛でしたね…)

海未(まさか、私の姿が凛になっているなんてことは…)チラッ

海未「…そんなわけありませんね」ホッ

海未(…ん?このリボンは…)

海未「青色…」

海未「…ということは、やはり1年生の…」

海未(寝坊したと慌てていたので、リボンの色まで確認していませんでした…)

海未「あ…もうこんな時間」

海未(ホームルームが始まってしまいます…。とりあえず、1年生の教室に行くしかありませんね)

タタタ…

〜1年生教室・ホームルーム後〜

絵里(花陽)「おはよう、凛ちゃん。今日は遅かったね?」

凛(真姫)「どーせ寝坊でしょ?まったく、気をつけなさいよね」カミノケクルクル

海未「…」

海未(…やはり昨日の入れ替えの通りになっていますね)

絵里(花陽)「…どうしたの凛ちゃん?」

海未「え?ああっおはようございます!」

絵里(花陽)「ございます…?」

凛(真姫)「なに改まってるのよ…まだ寝ぼけてるの?」

海未「ああ、いや…」

海未(…仕方ありません、ここは凛を演じるしかありませんね)

海未「…ごめんごめん、ちょっと海未ちゃんの真似してみただけ…だ…にゃ〜…」

海未(語尾に『にゃ〜』なんて…やっぱり恥ずかし過ぎます!破廉恥です!)カアァ…

絵里(花陽)「なんだぁ、そうだったんだね」

凛(真姫)「なによそれ…イミワカンナイ」

海未(イミワカンナイのはこっちですよ!)

凛(真姫)「っていうか、なんで『にゃ〜』って言うのちょっとためらってたのよ?恥ずかしがるの今更すぎでしょ?」

海未(むしろどうしてあなたはいつもためらいなく『にゃ〜』を使っているんですか!?)

絵里(花陽)「ああそうだ、凛ちゃん聞いてる?昼休みのこと」

海未「なんでしょうかにゃ?」

凛(真姫)「…」

絵里(花陽)「昨日のハロウィーンライブに向けての話し合い、中途半端になっちゃったでしょ?」

絵里(花陽)「だから、昼休みにまたみんなで部室に集まって、話し合いするんだって」

海未「そ、そうなんですかにゃ!わっかりましたにゃ!」

海未(この状態の9人が勢ぞろいするのですか…恐ろしい状況になりそうです…)

凛(真姫)「…ねぇ凛」

海未「なんですにゃん?」

凛(真姫)「…いや、なんでもないわ」

~1年生教室・一時間目後~

海未(ふぅ…、幸い1年生の内容だったので、勉強の方の心配はありませんでしたが…)

海未(今はそれどころではありませんね…何とか元に戻す方法を探さないといけません)

海未(それにはまず原因を探らないと。いったい何がきっかけでこのような事態になってしまったのでしょうか?)

絵里(花陽)「凛ちゃん」

海未(やはりきっかけは昨日の入れ替わりなのでしょうか?しかしそれだけでこのような…)

絵里(花陽)「…凛ちゃん?」トントン

海未「っ!?はっはい!ぁ…どうしたにゃ?」

絵里(花陽)「海未ちゃんが呼んでるよ。何か話があるんだって」

海未「あ…、そ、そう、ありがとにゃ」

スタスタ…

穂乃果(海未)「ああ、凛。すみません突然呼び出してしまって…」

海未「い、いえ…」

穂乃果(海未)「…?」

海未「あ、ううん、全然大丈夫…だにゃ」

穂乃果(海未)「そうですか」

海未(私は他人から見ているとこんな感じなのですね…なんというか、堅苦しい雰囲気です…)

穂乃果(海未)「朝の様子がおかしかったので、心配だったのですが…今は何ともありませんか?」

海未(しかし、外見はどう見ても穂乃果です。こんなにしっかりした表情の穂乃果を見たことはそうありませんが…)

穂乃果(海未)「…凛?」

海未(いや、待ってください。今の穂乃果をしっかりしていると感じていると言うことは、私も普段の自分のことをしっかりしていると自負していることになりませんか?それは少々自意識過剰では…)

穂乃果(海未)「凛…、聞こえていますか?」

海未「ぇあっ!?あ…、ご、ごめんなさい、ぼーっとしてた、にゃ…」

穂乃果(海未)「やはり体調が優れないのではありませんか?だったら一度保健室に…」

海未「ううん全然大丈夫!心配ないd…ないにゃ!」

穂乃果(海未)「そうですか、それならいいのですが…。無理をしてはいけませんよ?」

海未「う、うん…、ありがとう…」

穂乃果(海未)「ではそろそろ授業が始まるので、戻りますね」

海未「あっ、あの海未…、ちゃん」

穂乃果(海未)「はい…?どうしました?」

海未「ちょ、ちょっと射法八節、やってみてくれない、かな」

穂乃果(海未)「射法八節…ですか?こ、ここで?」

海未「う、うん、お願いします」

海未(穂乃果はこれまで一度も弓道をやったことはありません。もし穂乃果が射法八節を完璧にこなせれば、本当に入れ替わりが起こっているという確実な証拠になります)

穂乃果(海未)「まぁ、それは構いませんが…、なぜいきなり?」

海未「き、昨日、テレビで弓道のことやっていて興味が湧いて!ちょっと海未ちゃんの射形を見てみたいなって!」

穂乃果(海未)「そういうことですか…、廊下でやるなど、少し恥ずかしいですが…一度だけですよ?」

穂乃果(海未)「…ふぅ」

海未(まず執り弓の姿勢…、完璧です)

スッ…

海未(一つ目の『足踏み』…、これもつま先の角度、両つま先の間隔共に申し分ありません)

海未(『胴造り』を経て、『弓構え』…)

スゥ…

海未(『打起し』も普段の私と同じ正面打起しですね…)

ググッ…

海未(そこから『引分け』、途中の大三のタイミングもばっちりです)

ピタッ

海未(『会』もきちんと口割りの高さで止まっていますね)

パッ…

海未(そして弓を放った後の『離れ』…私と同じく小離れです。初心者が忘れがちな『残心』もきっちり…)

海未(…完璧です、全て)

穂乃果(海未)「ふう…、どうですか、凛」

海未「うん、すごいよ。テレビで見た通りでした…にゃ」

穂乃果(海未)「そうですか…。でもうれしいですね、凛が弓道に興味を持ってくれるとは」ニッコリ

海未「え?あー、いやぁ…ははは」

穂乃果(海未)「あ、もう昼休みが終わってしまいます。早く教室に戻りましょう」

穂乃果「では凛、また後ほど会いましょう」

海未「…」コクリ

スタスタ…

海未(これではっきりしました。少なくとも穂乃果の中身は私です)

海未(あの射形…、一朝一夕で身につくものではありません。間違いなく熟練者のものです)

海未(そして穂乃果の中身が私になっている以上…、他のメンバーの入れ替えも行われていると考えて良さそうですね)

~~~

〜昼休み・廊下〜

海未「…」トボトボ…

海未(はぁ…気を遣いました…)

海未(1年生の名前がわかりませんから、うっかり話もできませんし…)

海未(それに授業時間を使っていろいろ考えてみても、これだという原因も解決法も思い浮かびませんでした…)

海未(とりあえず、絵里と凛には先に行ってもらいましたが)

海未(2人だけを相手にしていた今までと違って、これからは入れ替わった8人を相手にしないといけません…憂鬱ですね)

海未(この部室の扉を開けると、いったいどんな光景が待っているのか…)

にこ(ことり)「あ、凛ちゃん」

海未「えっ?あぁ、にこ…っとりちゃん!」

にこ(ことり)「もう落ち着いた?」ボソボソ

海未「うん、大丈夫でs…だにゃ」

にこ(ことり)「そう、よかった♪」にっこり

にこ(ことり)「じゃあ中に入ろ?」

海未「う、うん…」

海未(…気合いを入れていきましょう。私は凛です!凛なのですにゃ!)

~~~

ことり(絵里)「じゃあ、あまり時間もないし、早速話し合いを始めましょう?」

花陽(にこ)「結局昨日はくだらないことで時間使っちゃったからね」ムスー

ことり(絵里)「まぁまぁ、にこ…」

花陽(にこ)「もー!ファンに強〜いインパクトを与えるにはどうすればいいのよ!」

穂乃果(海未)「まったく…最初は真面目に話していたはずなのに、ロックだなんだと迷走して…」

希(穂乃果)「え〜?最初はと言えば海未ちゃんだよ!色んな部活の格好してみようって!」

穂乃果(海未)「そ、それは…」

穂乃果(海未)「ですがその後は穂乃果たちでしょう?」

真姫(希)「それはそうやけど…」

希(穂乃果)「みんなでやろうって決めたんだし…」

にこ(ことり)「責任のなすり付け合いしてても仕方ないよ…」

凛(真姫)「そうよ。それより今は具体的に、衣装をどうした方がいいかを考えた方がいいんじゃない?」

絵里(花陽)「そうだよね…」

にこ(ことり)「…」

希(穂乃果)「…?」

希(穂乃果)「ことりちゃん?」

にこ(ことり)「一応考えてはみたんだけど…」

にこ(ことり)「やっぱりみんなが着て、似合う衣装にしたいなって思うんだ」

にこ(ことり)「だから、あまりインパクトは…」

花陽(にこ)「でも、それじゃA-RISEには…!」

一同「…」

海未(…思った以上に混沌としています…)

海未(まずみんなの外見は一部のメンバーの髪型が変わっている以外、ほぼそのままですから…つい呼び間違えてしまいそうですし…)

海未(さっきにこを呼ぶときも、危うくそのまま『にこ』と呼んでしまいそうでしたし…)

海未(それになにより8人の前で喋ると、どうもボロが出てしまいそうで…)

海未(迂闊に喋れません…!)

真姫(希)「凛ちゃん、さっきからえらい静かやなぁ」

海未「ええっ!?」ビクッ

花陽(にこ)「ちょっと、名前呼ばれたぐらいで驚き過ぎでしょ…」

ことり(絵里)「凛はなにか意見はない?ずっと考え事をしていたようだけど…」

海未「…そ、そうですにゃ〜…」

花陽(にこ)「…?」

海未「え、えーっとにゃ〜…わ、わたしはとにかく元気に!」

ことり(絵里)「元気に…?」

海未「げ、元気に…ハツラツと!」

真姫(希)「ハツラツと…?」

海未「と、とにかく頑張ればいいと思います…にゃ!」

一同「…」

花陽(にこ)「…ちょっと凛?」

海未「なんですにゃ?」

花陽(にこ)「あんた…、なんか今日はキャラが定まってなくない?」

海未「えっ?」

凛(真姫)「私も朝から気になってた」

凛(真姫)「あなたいつもなら、そこまで何度も語尾に『にゃ』って付けないじゃない」

海未「そ、そうでしたっけにゃ?」

花陽(にこ)「ほら、それも。さっきから『にゃ』のつけ方が不自然すぎるわよ」

海未「うぐっ…」

海未(り、凛のキャラと言えば、とにかく語尾に『にゃ』を付けて元気に振舞っていればなんとかなると思っていたのに…それじゃダメなのですか!?)

絵里(花陽)「うん…今日の凛ちゃん、なんだかやたら空元気っていうか…ちょっとおかしい、かな」

穂乃果(海未)「始業前にも2年生の教室で、騒いでいましたし…」

にこ(ことり)「…もしかして凛ちゃん、なにか悩み事でもあるの?」

希(穂乃果)「え〜!?凛ちゃん、悩んでるの!?」

海未「いや…あの…」

ことり(絵里)「凛、なにか悩み事があるのなら…私たちに話してみない?」

海未「その…」

真姫(希)「ええんかな〜凛ちゃん?喋らんとワシワシしてしまうで〜?」

海未「わ、わかりました!話します!」

花陽(にこ)「凛が敬語…?」

海未「じ、実は…」

絵里(花陽)「…実は…?」

海未「わ、私は…、違うんです…」

絵里(花陽)「違うって…なんのこと?」

海未「わ、私は、私じゃないんです…」

花陽(にこ)「だからなんで敬語なのよ…」

真姫(希)「…どういうことなん?」

にこ(ことり)「わたしじゃないって…?」

海未「だから、それは…」

花陽(にこ)「…もしかしてあんた、まだ自分のキャラに悩んでるわけ?」

海未「え?」

花陽(にこ)「前回のファッションショーでのライブから、女の子らしく振舞うようになってたけど…まだそれが自分のキャラじゃないって迷ってるんじゃないの?」

※ファッションショーでのライブ…2期5話『新しいわたし』

海未「はいっ?いや、ちが…」

絵里(花陽)「まだ悩んでるの凛ちゃん!?」ガタッ

絵里(花陽)「わたし言ったよね…凛ちゃんはかわいいの!わたしがかわいいって思ってるんだから!」

絵里(花陽)「凛ちゃんのことを、抱きしめちゃいたいぐらい…かわいいって思ってるんだよっ!」

海未「なっ…!」

希(穂乃果)「おおっ!」

ことり(絵里)「ハラショー…!」

絵里(花陽)「うう…こんなに何度も、みんなの前で言わせないでよぉ…///」

海未「えr…花陽…」

希(穂乃果)「は、話には聞いてたけど…こう改めて目の前でやられると…」

にこ(ことり)「ど、ドキドキしちゃうね…」

にこ(ことり)「あれ…?海未ちゃん?どうしたの耳抑えて…」

穂乃果(海未)「は、恥ずかしいです…破廉恥です!」ブルブル

凛(真姫)「前も言ったと思うけど…」

凛(真姫)「凛はμ'sの中では一番女の子らしいのよ?それはμ'sのみんなが思ってることなの。もっと自分に自信持ちなさいよ」

海未「いや、あの…だから…」

ことり(絵里)「凛…、ありのままの自分で居続けるのは難しいことよ。わたしも前は周りと壁を作っていたし、生徒会長になって、自分を押し殺していたから。その難しさはよくわかるわ」

ことり(絵里)「今でもありのままの姿を見せていない人もいるけどね」チラッ

真姫(希)「…エリち、こっち見んといてくれる?」

ことり(絵里)「ふふっ」

凛(真姫)「…?」

ことり(絵里)「でもね凛、あなたの今の姿は…自分を押し殺しているわけでも、無理に違うキャラを演じているわけでもないでしょう?」

海未(自分を押し殺している上に、違うキャラどころか違う人格を演じているのですが…)

ことり(絵里)「今のありのままのあなたを、みんな好きなんだから…もっと自信持ちなさい?」

希(穂乃果)「そうだよ!無理して作ったキャラよりも、自然な姿の方がずっとかわいいんだから!」

花陽(にこ)「ちょっとぉ!こっち見ながら言うんじゃないわよ!」

真姫(希)「まぁな凛ちゃん、うちらは今の9人やからこそμ'sなんや。凛ちゃんがいつまでも今の自分に自信が持てんままやと、μ'sも泣いてしまうで?」

海未「今の9人だから、μ's…」

海未(そうですね…みんなの性格は本当に入れ替わってしまっているようですし…)

海未(もし私があくまで『園田海未』でいることにこだわれば、μ'sからは『星空凛』というメンバーが消えてしまうことになります…)

海未(凛がいなくなってしまえば、μ'sはμ'sではなくなってしまう…それは避けなければなりません)

海未(…どうやら私は凛を演じる…いや、『星空凛』という人間になるしかないようですね…)

海未「…」

絵里(花陽)「凛ちゃん…?」

海未(凛)「…えへへ、みんな、ありがとう」

海未(凛)「凛、みんなのおかげで自信がついたにゃ!」

希(穂乃果)「…凛ちゃんっ!」

海未(凛)「よーっし!今日も練習いっくにゃー!」

花陽(にこ)「ちょっとぉ、その前にインパクトをどうするかでしょ!?その為に集まったんだから!」

海未(凛)「あーっ、そうだったっけ、てへへ〜」

真姫(希)「いつもの凛ちゃんに戻ったようやなぁ」

ことり(絵里)「…ふふっ、よかったわ」

~~~

〜翌日〜

海未(凛)「はぁっ、はぁっ…」タッタッタッ…

海未(凛)(昨日は結局、放課後に帰る家まで入れ替わってた…)

海未(凛)(つまり凛は昨日は凛の家に帰ったんだにゃ…ってあれ?それだと普通だよね?変だにゃ〜)

海未(凛)(凛のお父さんもお母さんも普通に受け入れてくれたし…入れ替えはどうも、昨日わたしが家を出てから始まったらしい)

海未(凛)「ふぅ…それにしてもまだ慣れてなくて疲れちゃったけど…だからって2日連続で寝坊しちゃうなんて…」

海未(凛)「う〜、でも凛なら間に合うよ!走るの得意なんだもん!」

海未(凛)「いっくにゃ〜!」タッタッタッ…

〜1年生教室〜

海未(凛)「間に合った〜!おっはよー!」

絵里「…」

海未(凛)「あ、いたいたかよちん。窓際でたそがれちゃってるにゃ」

海未(凛)「ちょっと驚かせちゃおっかにゃ〜」

ソロ~…

海未(凛)「かーよちん♪」ダキッ

絵里「ゔぇえ!?」

海未(凛)「『ゔぇえ』?」

絵里「な、なにいきなり抱きついてるのよ!?///」

海未(凛)「え、だって…」

絵里「しかもこんなとこで…どういうつもりよ!///」

海未(凛)「か、かよちんキャラ変わってるにゃ〜…」

絵里「はぁ?私が花陽?なに言ってるのよ、寝ぼけてんの?」

絵里「そもそもあなたのキャラの方が変わってるじゃない!」

海未(凛)「え?え?」オロオロ

「どうしたの?」

海未(凛)「あ、絵里ちゃん…」

ことり「え、絵里ちゃんって、わたしが?なに言ってるの、わたしは凛だよ?」

海未(凛)「ええっ!?」

希「凛ちゃん、どうしたの?」

ことり「あ、かよちん。わたしも今来たばっかりだからよくわかんないにゃ…」

絵里「どうもこうもないわよ、にこちゃんが、その…いきなり私に抱きついてきて…///」

希「ええっ!?」

ことり「に、にこちゃん大胆だにゃ〜…」

海未(凛)「ちょ、ちょっと待ってよ…にこちゃん?」

海未(凛)「…って、誰が…?」

絵里「誰がって、あなたに決まってるじゃない…他に誰がいるのよ」

ことり「そうにゃそうにゃ」

希「にこちゃん、早く教室に戻らないと…ホームルーム始まっちゃうよ?」

海未(凛)「…」

海未「…え、ええええええええ〜!!!!?」




【奇】

タモリ「『人格』とは、いったいなんなのでしょうか」

タモリ「人格は英語では『パーソナリティ』という言葉で表現されます。その語源である『ペルソナ』は古代ギリシャの演劇の仮面を表す言葉だそうです」

タモリ「あなたが自分のものだと信じているその人格も、役者が役に応じて仮面を使い分けるように、周囲の環境に応じて他人の人格を演じているだけなのかもしれません」

タモリ「あの少女もまた、新たな環境に合わせて違った人格を演じることになるのでしょう」

「はい、OKでーす」

タモリ「…もういいの?」

タモリ「…ふぁ〜あ、疲れたにゃ〜」スタスタ

一旦終了です。

タモリ「夢」

タモリ「夢にはふたつの種類があります」

タモリ「ひとつ目は、眠っているときに見る夢。そしてふたつ目は、実現させたい、して欲しいと思っている願望や目標です」

タモリ「ではもし眠っているときに見る夢が全て現実のものになるとしたら、あなたはどうするでしょうか?」

タモリ「ある少女は、こう考えたようです」

~~~

ある日の部室。そこにはうちを含めて、μ'sの9人全員が揃っていた。

希「つまり穂乃果ちゃんが見た夢は、海でくじらに乗ってぷかぷかする夢やんな」

目の前の穂乃果ちゃんは目をキラキラさせながら頷いた。

穂乃果「そう!すっごく楽しい夢だったよ!」

希「海はどんな状態やったん?」

穂乃果「海は…、そうだなぁ、波もなくて穏やかだったかな?」

希「ふむ。くじらはどんな風に泳いでたん?」

穂乃果「くじらはねぇ、楽しそうにのんびり泳いでた!」

希「そして、最後は虹に向かってジャンプするんやっけ」

穂乃果「そうそう!あと少しで手が届きそうだったんだよ!」

希「なるほどなぁ」

うちは納得して頷いた。

穂乃果「どうかなぁ希ちゃん?」

穂乃果ちゃんの問いに、うちはひとつ咳払いをして答えた。

希「ええとね…、まず夢に出てくる『海』は母性や豊かさの象徴なんや。そして、潜在能力の存在を表してるん」

穂乃果「潜在能力?なんかかっこいいねぇ!」

希「海が穏やかやってことは、今の穂乃果ちゃんの心も落ち着いてるってことやね」

穂乃果「へ〜、心が落ち着いてるのかぁ」

海未「心が落ち着いている穂乃果ですか…?普段の姿からはとても想像できませんが…」

凛「穂乃果ちゃんはいつも嵐の海みたいに騒がしいイメージだにゃ〜」

にこ「むしろ落ち着いてる穂乃果なんて穂乃果じゃないわね」

周りのみんなが一斉にちゃちゃを入れる。

穂乃果「みんな酷いよ!っていうか凛ちゃんやにこちゃんはわたしと似たようなもんでしょ!」

頬を膨らまして言い返す穂乃果ちゃん。ほんと、よう表情が変わる子やなぁ。

希「次に『鯨』な。これは仕事運や対人関係」

穂乃果「ふむふむ」

希「鯨が楽しそうに泳いでたってことは、仕事も対人関係もうまくいってて、よりみんなとの絆を深められるってことやね」

希「穂乃果ちゃんの場合なら、μ'sの仕事も生徒会長の仕事も友人関係も、トラブルなく進むっていう暗示かな」

穂乃果「お〜、いいねいいね!」

穂乃果ちゃんがギュッと両拳を握る。

希「そして最後に『虹』。これは本当に穂乃果ちゃんらしいね」

穂乃果「どういうこと?」

希「虹の鮮やかな明るい色は、ポジティブで前向きな姿勢のことを表してるんや」

穂乃果「おおっ!」

花陽「わぁ…、まさに穂乃果ちゃんだね」

希「そして、虹は無限の可能性や、運気の急上昇を予告する素晴らしい象徴なんよ」

希「つまり総合すれば、今の穂乃果ちゃんはいつもポジティブで仕事も私生活も順風満帆。近々すごい潜在能力を発揮して、大きな運が開けるかもって暗示してる夢になるね」

うちがそう結んだら、穂乃果ちゃんは嬉しそうに立ち上がった。

穂乃果「うわぁ〜!起きたときはただ楽しい夢だな〜って思ってただけだったけど、希ちゃんに占ってもらったら更に明るい気分になってきたよ!」

希「ふふっ、それはよかった」





【のぞみの夢】




と、向こうに座る真姫ちゃんはおもしろくなさそうに目を逸らしてる。

真姫「…私は占いなんて信じないんだから」

花陽「まぁまぁ、真姫ちゃん…」

花陽ちゃんが宥めるけど、真姫ちゃんの機嫌は直らない。

絵里「ミシンで縫いものをする夢は、人の口車に乗せられるって暗示なのね…」

ことり「わ、わたしは真姫ちゃんの夢で一緒に縫いものできたって聞けて、嬉しかったけどなぁ〜」

ことりちゃんのフォローでも、真姫ちゃんの機嫌は直らない。

真姫「なによ、うっかり口車に乗せられるって…、まるで私がチョロい女だって言われてるみたいじゃない」

真姫ちゃん、ちょっとひとつのことばかり気にし過ぎやんな…。ちゃんとフォローしてあげんとね。

希「うーん…ごめんな、真姫ちゃん」

真姫「…」

希「やけど洋服を縫う方法と、新しい洋服を縫い上げるっていうのは、分けて考えんと。新しい洋服を縫い上げるのは、新しい人生の出発が順調に進んで、目標を達成するっていう暗示やってことは変わらんのよ?」

希「逆に言えば、口車に乗せられるかもってことを意識できるからこそ、用心深く構えて目標の達成に近づけるんとちがう?」

真姫「〜…」

真姫「…まぁ、そうかもしれないけど」

ぽつりと真姫ちゃんが呟く。

にこ「あっさり認めちゃうのね…」

凛「やっぱり真姫ちゃんチョロいにゃ〜」

真姫「り〜ん〜!」

凛ちゃんの言葉に真姫ちゃんが詰め寄る。でもその表情にはちょっと元気が戻ったように見えた。

よかった、少しは機嫌が治ったみたいやね。

絵里「さ、希先生の夢占い講座はこれくらいにして、そろそろ練習に行きましょう?」

〜〜〜

うちの趣味は占いなんよ。

一番得意なんはタロットなんやけどね。実はうち、夢占いもできるんや。

もうひとつの趣味が昼寝ってぐらい寝ることが好きやから、自然と夢を見る機会も増えてね。それで自分の見た夢について色々調べてたら、夢占いの知識もついてしもうたんや。

でも、3年生になって気づいたことがある。

それは…、夢で見たことが、現実に起こっているということ。どう?なかなかスピリチュアルやろ?

正夢、予知夢、霊夢…、言い方は色々あるけれど、まぁそんな類のものなんかな。

やけどうちの場合、それが結構な頻度で起こるようになってるんや。

それは何かの暗示だとか、そんな曖昧なもんやなくて…、本当に予知と言えるレベルのものやった。

その力があったからこそ、うちは次に起こることの先回りをして、μ'sにこの9人が揃うように仕向けることができたんよ。

まぁ凄いことばかりが現実になっているわけじゃなくて、大抵は誰とどんな会話をしたとかだったり、その日のお昼ごはんが何か、とかだったり…、他愛もないことがほとんどやったんやけどね。

〜〜〜

夏休みが終わって始まった2学期の初日、うちはえらくリアルな夢を見た。

それは第2回のラブライブが開催されるという夢。目が覚めた直後は、そんなうまい話あるわけがない、と思ったんやけど、その夢は鮮明にうちの頭に残ったんや。

そして…。

海未「もう一度!?」

ことり「もう一度!?」

希「もう一度!?」

絵里「ラブライブ!?」

花陽「そう!A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった、第1回ラブライブ!それがなんとなんと!」

花陽「その第2回大会が行われることが、早くも決定したのです!」

絶対に叶わないと思っていた9人でのラブライブ出場。その目標に再び挑戦できる機会が回ってきたんや。

やけど、余りにも出来すぎてる。そう感じたうちの頭にひとつの仮説が思い浮かんだ。

もしかして、うちが夢で見たことは、どんなことでも確実に起こるようになってるんやないか、ってね。

それは突拍子もない思いつきやったんやけど…。うちはそれを確かめてみることにしたんよ。

〜〜〜

希「ふあぁ…」

希「んん…」

希「…今日見た夢は、穂乃果ちゃんが朝練に遅刻してくる夢か…」

希「ちょうどええね」

その日はいつもより30分以上早く家を出たんや。回り道をして向かったのは穂乃果ちゃんの家。

理由は言うまでもないやん?穂乃果ちゃんを遅刻させんようにする為や。

夢の中での遅刻の理由は寝坊やった。つまり今うちが穂乃果ちゃんの家に行って穂乃果ちゃんを起こせば、遅刻することはないはずなんよ。

穂むらの前で、丁度穂乃果ちゃんのお母さんが水を撒いていた。

希「おはようございます」

ほの母「あら、あなた確か…、東條さんだっけ?」

希「はい。朝早くにすみません」

ほの母「どうしたの?こんな朝早くに…」

希「今日は朝練で大事な大事な話があるんですけど、穂乃果ちゃんが遅刻しないか心配で迎えに来たんです」

ほの母「まぁ、わざわざごめんなさいね。多分穂乃果はまだ寝てると思うから、よかったら上がって起こしてもらえる?」

希「はい、じゃあお邪魔します」

〜〜〜

穂乃果「ごめーん!みんなぁ!」

海未「あなたという人は!ただの忘れ物ならまだしも、カバンごと忘れるとは何事ですか!」

結局うちの計画は失敗した。穂乃果ちゃんは朝練に遅刻してしもうたんよ。

うちが起こして早めに家を出たんはええんやけど、明神様の下まで着いたとこで、『カバン忘れた!』って取りに戻ったんや。理由は違えど、夢で見た通り穂乃果ちゃんは遅刻した。

まぁ計画は失敗したけど、目的は達成できたからええんやけどね。

〜〜〜

それからもうちは夢で見たことを回避できるのかどうかを確かめた。例えばお昼にエビフライを食べる夢を見たら、前日に準備しとった弁当のおかずを変えたりね。

でもそんなときでもにこっちがエビフライを作ってきてて、結局食べる羽目になったり。

そういうことが続いて、うちは確信したんや。夢で見たことは、過程はどうあれ結果は決まってるんやってね。

やから、うちはそれを利用しようと考えたんや。

〜〜〜

希「うーん…」

うちはそれまでの知識や、新しく調べた方法で、なんとか望みの夢を見ようと努力するようになった。

枕の下に見たい夢の内容を書いて寝る、みたいなありきたりな方法から、西洋や中国のおまじないみたいな方法まで、ありとあらゆる方法を試してるんや。

なんやけど…。

希「うまくいかんなぁ」

どうも思ったように夢を見ることができない。見るのは日常の他愛もない夢ばかり。

希「なんとか、みんなでラブライブで優勝する夢が見られたらええんやけど…」

もしうちがラブライブで優勝する夢を見れば、その目標は確実に叶うんや。

予選でA-RISEに負けるとは決して思っていない。やけど勝てるかって言われると、それはわからない。

みんなの夢を叶えるには、うちが優勝の夢を見るのが、いちばん確かな方法なのになぁ…。

〜〜〜

バンッと机が叩かれる。

なんや、うるさいなぁ…。

「…みっ!」

人が気持ちよく寝てるっていうのに。

「の…!」

うちは薄目を開けた。

にこ「希っ!」

希「んう…?」

ここは…、ああ、教室かぁ。

にこ「起きなさいったら!希!」

目を擦りながら顔を上げると、目の前に瞳を怒らせたにこっちが立っていた。

希「なんや…にこっちか…、どしたん、そんな大きな声出して…」

にこ「どしたんって、それはこっちのセリフよ!あんたこそいったいどうしちゃったのよ!?」

にこ「最近は授業中もいっつも寝てるし、練習にすらまともに来ない!やる気ないわけ!?」

うちは最近、優勝の夢を見る為にどんどん睡眠時間を増やしていた。無理に寝る為に、睡眠薬を飲むこともあった。

その分夢を見る時間も増えていたけど…。やっぱり見るのはよくある日常の風景ばかり。

希「やる気はあるよ…、うちだって、ラブライブで優勝したいんや…」

にこ「…あんた、ふざけてんの?」

にこ「昼間っから寝てるだけじゃない!スクールアイドルやる気がなくなったんなら、とっととμ'sから…!」

絵里「にこ、やめなさい。言い過ぎよ」

横からエリちの声が割り込む。

にこ「っ…!」

にこっちが苦虫を噛み潰したような表情で黙り込む。

絵里「希、あなたのことは1年生のときから知ってるわ。だから今の行動にも、もしかしたら何か考えがあるのかもしれないと思ってる」

絵里「だけど、みんな心配してるのよ。理由があるのなら、みんなにわかるように説明して」

希「うぅん…、そのうちわかるよ、そのうち…」

ラブライブで優勝する為に、優勝する夢を見る。その為に寝てる。そんなこと言っても信じてもらえんよね。

やけど、うちは本当にみんなとラブライブで優勝したいんよ。やからその夢を見る為に寝てるんや。

絵里「…」

にこ「あんたねぇ…!」

絵里「もういいわ、にこ。ほっときましょ」

にこ「え…?」

絵里「希のことよ…どうせ、無理に聞き出そうとしたって肩透かしを食らうだけだわ」

希「…」

うちはまた、机に突っ伏した。夢を見る為に。

眠りに落ちる直前に、意地っ張り、というエリちの呟きが聞こえた気がした。

〜〜〜

睡眠時間を欲しがるあまりに、学校すらも休みがちになった頃。ある夜、うちは夢を見た。

綺麗なステージでみんなとライブをする夢。

それはとっても鮮明で、綺麗な夢やった。

客席では見渡す限りサイリウムが振られて、みんなの笑顔も輝いていて…、夢の中のうちもとっても楽しくて、幸せな気持ちやった。

目が覚めた後も、その光景は目に焼き付いて離れなかった。

ただ、またみんなと歌いたい、踊りたいという想いが、うちの中でぐるぐると渦を巻いていた。

〜〜〜

その朝、うちは久しぶりに朝練に顔を出した。

最近は寝る時間を確保したくて休んでばかりいたμ'sの練習。

ずっと練習を休んでいたことを謝ったうちを、みんなは様々な反応で迎えてくれた。喜んでくれた子もいれば、ほっとした表情の子もいたし、うちに怒った子もいた。

中でもにこっちはすぐには口を利いてくれなかった。そんなにこっちにうちはただ謝ることしかできなかった。

1週間経って、やっと口を利いてくれたけれど、その前に頬を引っ叩かれた。

にこ「どれだけ心配したと思ってんのよ…!」

にこ「このまま、希がμ'sからいなくなっちゃうんじゃないかって…わたし…!」

にこっちは泣きはしなかったけど、その目には光るものが見えた。うちも涙を流しながら、やっぱり何度も謝った。

〜〜〜

絵里「で?結局どうしてあんなにいつも眠っていたの?」

ある日の放課後、二人っきりで帰っていたとき、エリちにそう聞かれた。

絵里「にこ以外のみんなには体調不良だって伝えていたけれど…希のことだし、何か理由があったんでしょう?」

希「…それは…」

迷ったけど、うちは自分の夢の持つ力のことを話した。信じてくれるわけがないとは思っていたけれど、付き合いの長いエリちは、案外あっさりと信じてくれた。

絵里「なるほどねぇ、それであんなにいつもすやすや寝ていたってわけね」

希「…ごめん」

絵里「ま、形はどうあれ、μ'sのみんなのことを思ってしたことなのよね?」

希「…」

絵里「だけど希、あなたはひとつ勘違いしてる」

絵里「私も人のことを言える立場ではないけれど…、希はひとりで背負い込み過ぎなのよ。ラブライブの優勝は、みんなの力で目指さないと意味がないわ」

絵里「希がみんなのことを思ってやったことだというのはわかる。だけどね。本当に大切なのは、ラブライブでの優勝よりも、その目標を目指してみんなで頑張ることじゃないかしら」

絵里「希を含めたみんなで、ね?」

そう言って、エリちはにっこりと微笑んだ。

〜〜〜

それからμ'sは地区予選を経て、最終予選で強敵のA-RISEを抑え、本大会に出場することになった。

本大会でトリを務めたμ'sのステージ。それはうちにとっては確かに見覚えのある、いつか夢で見たステージやった。

見渡す限りに振られるサイリウム。

客席から飛んでくる声援の中、みんなが綺麗な衣装を着て、みんなで曲を歌う、最高のライブ。

希(ああ…、これやったんや)

ステージで歌い、踊りながら、うちはひとり納得していた。

うちの本当の夢。それはラブライブでの優勝やない。μ'sのみんなで、歌って踊って、こんな楽しいライブをすることやったんや。

あの夜、あのステージの夢を見たおかげで、うちは今ここにいる。

うちは夢のような時間を、めいっぱい楽しんだ。



【奇】

(枕元のスタンドの電気を点け、ベッドの上で半身を起こしているタモリ)

タモリ「夢分析の権威であるジーク・フロイトは、眠っているときに見る夢は潜在的な願望を満たす為のものだと言いました」

タモリ「夢にはあれが欲しい、こうなりたいと願う望みはもちろん、無意識に感じている精神的な負担やストレスなども関係してくるそうです」

タモリ「彼女はひたすら夢を見るだけの孤独な生活に、ストレスを感じていたのかもしれません」

タモリ「そしてある夜見たステージの夢がきっかけで、再び日常に戻り、夢に見たステージに立つことができました」

タモリ「それは彼女の持つ、夢で見たことが現実になる力のおかげなのでしょうか、それとも彼女自身が持った夢のおかげなのでしょうか」

(スタンドの電気を消し、ベッドに潜り込むタモリ)

タモリ「さて、今夜はどんな夢を見るのでしょうかねぇ」

一旦終了です。

(大勢の人間が会話をしている中に立っているタモリ)

タモリ「日本人の大人の平均的な語彙数は約5万字程度だと言われています」

タモリ「我々はその言葉を組み合わせて、日々他人と会話しているのです」

タモリ「しかし人間、全ての言葉を理解しているわけではありません。普段使っている言語の中にさえ、意味のわからない、または聞いたことすらない言葉があるはずです」

タモリ「ただ、知ったかぶるのだけはやめてください。知らないことを素直に聞く、それは恥ずかしいことでもなんでもないのです」

タモリ「中には素直に意味を聞かなかったが為に、奇妙な世界に迷い込んでしまった人もいるんですから」

~~~

絵里「それじゃあこれから、最終予選で歌う曲を決めましょう」

絵里「歌える曲は一曲だけだから、慎重に決めたいところね」

花陽「勝つために…!」

にこ「わたしは新曲がいいと思うわ」

穂乃果「お〜お!新曲!」

凛「おっもしろそうにゃ!」

海未「予選は新曲のみとされていましたから、その方が有利かもしれません」

花陽「でも、そんな理由で歌う曲を決めるのは…」

真姫「新曲が有利っていうのも、本当かどうかわからないじゃない」

ことり「それにこの前やったみたいに、無理に新しくしようとするのも…」

希「例えばやけど…」

希「このメンバーでじょんばらがちゃんこソングを歌ってみるのはどうやろか?」

一同「…」

一同「じょんばらがちゃんこソング!?」

真姫(…って、なによそれ…)





【真姫ちゃんはなんでも知っている】




希「…なんや、みんな知らんの?じょんばらがちゃんこ」キョロキョロ

真姫「希…、何言っt」

凛「凛知ってるよ、じょんばらがちゃんこ!最近よく名前聞くよね!」

穂乃果「うんうん!じょんばらがちゃんこ!うちの雪歩も今ハマってるんだよね〜」

真姫(え…そうなの?)

絵里「…希?」

希「…」ニコッ

花陽「でも、ブームの割には、じょんばらがちゃんこがテーマになってるような曲、μ'sにはなかったよね?」

穂乃果「言われてみれば…、どうしてμ'sにはじょんばらがちゃんこな曲がなかったんだろう?」

希「それは…」チラッ

海未「…?」パチクリ

海未「な、なんですかその目は!」

希「だって海未ちゃん、じょんばらがちゃんこな経験ないんやろ?」

真姫(それってどんな経験なのよ…)

海未「なんで決めつけるんですか!」

ガバッ

海未「ひいぃ!」

穂乃果「じゃああるの!?」

ことり「あるの!?」

海未「なんでそんなに食いついてくるのですか…!」

海未「ん?」

花陽「あるの?」

凛「あるにゃ!?」

にこ「あるの!?」

海未「なんであなたたちまで!」

どうなの?あるの!?あるにゃ!?

穂乃果「海未ちゃん答えて!どっち!?」

ことり「海未ちゃあん…」ウルウル

海未「そ、それは…」

ガクッ

海未「…ありません」

凛「なーんだぁ、やっぱりかぁ」

ことり「びっくりしちゃったぁ」

穂乃果「も〜変に溜めないでよ〜ドキドキするよ〜」ポンポン

海未「…〜っ!」

海未「なんであなたたちに言われなきゃいけないんですか!」

海未「穂乃果もことりもないでしょう!?」

穂乃果 「え?」

ことり「いや…」

穂乃果 ことり「…」

穂乃果 ことり「うん…」

海未「ほ、ほらやっぱり!」

真姫(ふーん、あの3人はしたことないみたいね、その…じょんばらがちゃんこを)

真姫(そもそも、何か形のあるものの名前なのかしら?それとも行為の名前?)

真姫「…にしても、今から新曲は無理ね」

真姫(第一じょんばらがちゃんこなんてイミワカンナイし…)

希「…」

絵里「でも、まだ諦めるのは早いんじゃない?」

真姫「絵里…?」

希「そうやね。曲作りで大切なんは、イメージや想像力だろうし」

真姫(想像力以前の問題でしょ…?じょんばらがちゃんことか全くイメージつかないわよ…)

海未「まぁ、今までも経験してきたことだけを詩にしてきたわけではないですが…しかしじょんばらがちゃんことなると…」

絵里「…難しい?」

海未「…はい」

希「うーん…海未ちゃんが作詞できないとなると…」チラッ

穂乃果「そうだねぇ…」チラッ

一同「…」チラッ

真姫「…?」キョロキョロ

真姫「ゔぇえ!?」

絵里「真姫が作曲して、その曲に海未が歌詞をつけるって形の方がスムーズにいきそうね」

ことり「確かに真姫ちゃんなら、じょんばらがちゃんこのことにも詳しそうだし…」

真姫(し、知らないわよ『じょんばらがちゃんこ』なんて!いったいなんなのよ!)

真姫「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!第一私…」

にこ「えぇ〜?まぁさか真姫ちゃん、じょんばらがちゃんこのこと知らないの〜?」

真姫「なっ…」

凛「そんなわけないよ!物知りの真姫ちゃんならゼッタイ知ってるにゃ!」

穂乃果「そうだよにこちゃん!じょんばらがちゃんこを知らないでスクールアイドルをやってる人なんているわけがないよ!」

凛 穂乃果「「ね!?真姫ちゃん!」」

真姫「ゔぇえ…」

真姫「…と、当然でしょ?この私が知らないことなんて、あるわけないじゃない」

一同「おお〜…」

真姫(う…、ここまで来たら後には退けない…)

真姫(よし、こうなったら…!)

真姫「人のことばっかり言って、逆ににこちゃんこそ知ってるの?じょんばらがちゃんこ」

真姫(これでうまく聞き出せれば…)

にこ「ぅあっ、あったりまえでしょ〜!?にこを誰だと思ってるのよ、スーパーアイドルの矢澤にこにーよ!バッカにしないでよね!」

にこ「むしろスクールアイドルとして活動してるならじょんばらがちゃんこなんて一般常識よ!スクールアイドルに『じょんばらがちゃんこを知ってる?』なんて質問、侮辱行為なんだから!」

真姫(そうなの!?)

花陽「た、確かに、スクールアイドルにとってじょんばらがちゃんこは必要不可欠…!それを知らないままスクールアイドルを続けているというのはもはやスクールアイドルへの冒涜です!」

真姫(そんなレベル!?)

希「まぁ真姫ちゃん、いきなり新曲って言われても難しいかもしれんけど…これは真姫ちゃんにしかできんことやから」

真姫(こんな意味わかんないテーマの作曲なんて、私にもできないわよ…)

絵里「今までの経験を活かして…頼むわ、真姫」

真姫(なんの経験を活かせっていうの…)

海未「すみません、わたしが不甲斐ないばかりに…」

真姫(いや、不甲斐ないとかいう話じゃなくて…)

ことり「わたしもできるだけ、じょんばらがちゃんこのイメージに合った衣装を作るから…」

真姫(だからじょんばらがちゃんこのイメージってなんなのよ…!)

真姫(だ、だけど…!)

真姫「…っ」

真姫(今更できないなんて…言えないじゃない…)

真姫「…わ、わかったわよ…、作るだけ作ってみるわ」

一同「…!」

一同「ありがとう真姫ちゃん!」

真姫「は、はは…」

真姫(どうしよう…)

~~~

〜練習後・昇降口〜

真姫「はぁ…」

真姫(今日は全く練習に集中できなかったわ…)

真姫(いったいなんなのよ…じょんばらがちゃんこって…)

真姫(一度も聞いたこともないし、間抜けな名前…本当にスクールアイドルに必要な要素なの?)

凛「かよちんまだかにゃ〜?ねぇ真姫ちゃん」

真姫「…」

凛「真姫ちゃん?」

真姫「ゔぇ?あ、ごめん考え事してた…」

凛「作曲のこと?」

真姫「え、ええ…」

凛「そっかぁ…いくら真姫ちゃんでも、一から曲を作るなんて、やっぱり大変だよね…」

真姫「…ねぇ凛」

凛「ん?」

真姫「あなたにとって、じょんばらがちゃんこってなに?」

凛「え?真姫ちゃんじょんばらがちゃんこのことは知ってるんじゃ…」

真姫「そ、そうだけど!同じものでも人によって印象って違うし、作曲の参考になるかもしれないし…」

凛「なるほど、それもそうにゃ!」

凛「そうだな〜、凛にとっては…」

凛「…」

真姫「…?」

凛「…身体を動かしたくなる、かにゃ?」

真姫「身体を動かしたくなる…?」

凛「うん!こう、ぴょーんって飛び跳ねて、踊り出したくなるにゃ!」

真姫「ふーん…」

真姫(漠然としててよくわからないわね…)

真姫(でも、どうもポップなイメージのものなのかしら?)

花陽「ご、ごめん、待たせちゃって…」ハァ、ハァ…

凛「あ、かよちーん!」

真姫「忘れ物見つかった?」

花陽「う、うん…部室に置いてあったよ」

凛「そう、よかったにゃ〜」

花陽「えっと、2人とも、なんの話してたの?」

凛「あーそれはね~、じょんばらがちゃんこの話だよ!」

花陽「え、じょんばらがちゃんこの…?」

真姫「ちょうどいいわ、花陽。あなたもじょんばらがちゃんこに対する印象を教えてくれない?」

花陽「ええっ!?」ビクッ

凛「どーしたの?かよちん」

花陽「え、えーっとぉ…」モジモジ

花陽「わ、笑わない…?」

凛「えー?凛たちがかよちんのこと笑うわけないにゃ〜」

花陽「えーとね…」モジモジ

真姫「なに?とりあえず言ってみなさいよ」

花陽「う、うん…」

花陽「…おいしそう、かな」

真姫「…」

真姫(なによそれ…!)

真姫(凛の印象と全く違うじゃない…おいしそうってどういうこと?)

凛「か、かよちん…」

真姫(ほら、さすがの凛も呆れて…)

凛「わっかるにゃ〜!」

真姫(はぁ!?)

凛「さすがアイドル好きのかよちんだねぇ、凛には想像もつかなかったよ!でも言われてみればおいしそうだにゃ、うんうん!」

真姫(ちょっと、さっきあなたの言ってた印象にかすりもしてないわよ!?)

花陽「えへへ、そうかな…」

真姫(…イミワカンナイ)

~~~

〜真姫の家〜

真姫(まぁネットで調べれば一発で出てくるでしょ)

真姫「えーと…じょんばらがちゃんこ、と…」カタカタ

カチッ

真姫「…なんだか関係なさそうなのばっかりね」

真姫(カタカナなのかしら)

真姫「ジョンバラガチャンコ…」カタカタ

カチッ

真姫「…いや、これも違うわね…」

真姫「じゃあ…漢字?」

真姫(漢字だと…じょん…じょん……、じょん?)

真姫(『じょん』なんて漢字、思いつかないわ…)カタカタ

真姫(…やっぱり、予測変換にも出ない…当て字なのかしら…)

真姫(あ、もしかして英語とか?)

真姫(jonbara gatyanko…jhonvala gatyanco…)カタカタ…カチッカチッ…

真姫(ダメ…どれも出てこない…大文字でも出ない…)

真姫(じょんばらがちゃんこ…いったいなんなのよ!)

~~~

〜翌日・通学路〜

真姫「…はぁ」

真姫(ネットだとどう検索してもそれらしい情報は出てこなかった…)

真姫「本当にあるのかしら、じょんばらがちゃんこなんて…」

真姫「手がかりといえば…」

真姫「『身体を動かしたくなる』…『おいしそう』…」

真姫(意味わかんない上に少なすぎるわ…こんなのじゃまだ曲のイメージが浮かばない)

真姫(他のメンバーにも聞いてみる必要がありそうね…)

真姫「あら…?」

海未「ああ…真姫ではありませんか。おはようございます」

真姫「ええ、おはよ」

真姫「誰かと待ち合わせしてるの?」

海未「はい、穂乃果とことりを待っているんです」

真姫「ふーん」

海未「…」

海未「…申し訳ありません」

真姫「え?」

海未「曲作りのことです。真姫に全て任せるような形になってしまって…」

真姫「いいのよ…、いつもは海未がまず詩を書いてくれてるんだし」

真姫(ちょうどいいわ…、海未にも聞いてみよう)

真姫「ねぇ、海未…」

海未「なんですか?」

真姫「…海未にとって、じょんばらがちゃんこって、なに?」

海未「え…?」

真姫「なんとなくの印象でもいいんだけど…」

海未「は…っ」

真姫「?」

海未「破廉恥!」

真姫「は?」

海未「い、いきなりそのようなことを聞いてくるなんて…!あ、あなたは破廉恥です!!」

真姫「ゔぇえ!?」

真姫(き、昨日は穂乃果たちに迫られても怒らなかったじゃない!)

海未「あなたがそんな人だとは思いませんでした…!」

タタタ…

真姫「あっ待って!」

真姫「…行っちゃった…」

真姫(『海未にとって』って聞き方が悪かったのかしら…)

真姫「とにかく…『破廉恥』ね…」

穂乃果「なにが破廉恥なの?」

真姫「ゔぇえ!?」ビクッ

ことり「おはよう、真姫ちゃん♪」

真姫「穂乃果、ことり…」

穂乃果「どーしたの?今なんか海未ちゃんが走っていっちゃったけど…」

ことり「もしかして、ケンカしちゃったとか…?」

真姫「い、いや、そういうわけじゃ…、ただじょんばらがちゃんこのことについて聞いてみただけよ」

穂乃果「あれ?でも真姫ちゃん、じょんばらがちゃんこのことは知ってるんでしょ?」

真姫「そ、そうだけど!ただ、今ちょうどみんなにとってのじょんばらがちゃんこがなんなのか、聞いて回ってるとこなのよ…」

ことり「みんなにとっての…?」

穂乃果「じょんばらがちゃんこ…?」

真姫「え、ええ…曲作りの参考になるかと思って…」

穂乃果「そっか…確かに、今回はいつもみたいに海未ちゃんの歌詞に曲をつけるってわけじゃないし…」

ことり「わたしたちも協力しなきゃね…」

真姫「で…、どう?二人にとってのじょんばらがちゃんこは、どんな印象?」

穂乃果「そーだなぁ〜…」

ことり「えーっとねぇ…」

真姫「…?」

穂乃果「前向きになれる!」

ことり「もふもふしたくなる!」

穂乃果 ことり「「えっ」」

真姫「…はぁ?」

穂乃果「わたしは、じょんばらがちゃんこって、なんだか元気が出て、前向きになれるな〜って思ってたんだけど…」

ことり「た、確かにそうだね〜♪」

穂乃果「でもことりちゃんはもふもふって印象なんでしょ?なんで?」

ことり「え、わたしは、アルパカさんをもふもふしてるとき、いつもじょんばらがちゃんこのことが思い浮かぶから…」

穂乃果「お〜、なるほど…確かにもふもふな印象もあるかも…」

真姫「…もういいわ、わかった。ありがとう」

ことり「え?もういいの?」

真姫「ええ。とっても参考になったわ」

穂乃果「そ、そうかなぁ…えへへ」

真姫「じゃ、私もう行くわね。また学校で会いましょ」

ことり「うん…、また後でね、真姫ちゃん」

スタスタ…

真姫(身体を動かしたくなって…おいしそうで…破廉恥で…前向きになれて…もふもふ…)

真姫(…ますますイミワカンナイ…)

~~~

〜昼休み・部室前〜

真姫(もうみんなに頼るのはやめよう)

真姫(じょんばらがちゃんこはスクールアイドルに必要不可欠なのよね?それなら…)

真姫(にこちゃんが部室に置いてる大量の資料の中に載ってるはず!)ガチャッ!

真姫(…部室には誰もいないわね)

真姫「よし…早めに調べよう」

〜〜〜

真姫「…」ペラ…ペラ…パタン

真姫「…」ゴソゴソ…ドサッ

真姫「…」ペラ…ペラ…パタン

真姫「…」ゴソゴソ…ドサッ

真姫「…」ペラ…ペラ…

真姫「…」パタン…

真姫「…ない」

真姫(これだけ資料があるのにどれにも載ってないなんて、どういうこと?)

真姫(ネットにも載っていなかったし…つい最近出てきた造語なのかしら?)

ガチャッ

真姫「!?」

にこ「あら、真姫…」

にこ「…って、なんなのよこれ!?」

真姫「あ、いやこれは…」

にこ「わたしのコレクション…殆ど棚から出しちゃってるじゃない!」

にこ「ちゃんと整理してたのに!」

真姫「ちょ、ちょっと調べ物してたのよ!それで…」

にこ「ちょっとってレベルじゃないでしょ!それよりなによ、調べ物って…?」

真姫「今度の新曲の、参考になるものを探してたのよ!」

にこ「…ふーん、そういうこと」

真姫「…ご…ごめん、散らかして。すぐに片付けるわ」

にこ「いいわよ、わたしが片付けるから」

真姫「え?」

にこ「どーせ棚のどこに何が入ってたかなんてわかんないでしょ?知らない人にぐちゃぐちゃに直されたら後が面倒だもん」

にこ「だから…、その、真姫は曲作りの方に集中しなさいよ」

真姫「にこちゃん…」

にこ「ふ、ふん!その代わり、最終予選で絶対にA-RISEに勝てるようなじょんばらがちゃんこな曲を作らないと許さないわよ!」

にこ「まぁこのにこにーに頼りたいことがあるんなら、アドバイスしてあげないこともないけど?」

真姫「…それじゃあ」

にこ「あら、なによ…、早速何かあるの?」

真姫「にこちゃんにとって、じょんばらがちゃんこって、いったい何?」

にこ「は?」

真姫「曲作りの参考に、教えてほしいのよ」

にこ「あ、あーはいはい、そういうことね。そうねぇ、じょんばらがちゃんこか…」

にこ「んーと…」

真姫「…」

にこ「…アイドルらしさ…」

真姫「え?」

にこ「アイドルらしさ、を引き出してくれるもの…かな」

真姫「…どういうこと?」

にこ「ほら、言ったでしょ?じょんばらがちゃんこは、スクールアイドルになくてはならないものだって…」

にこ「じょんばらがちゃんこは、それぞれが持ってるアイドルらしさを引き出してくれる…そんなものなのよ」

真姫「…へぇ」

真姫(アイドルらしさ、か…)

キーンコーンカーンコーン…

にこ「あっ…、もうチャイム鳴っちゃったじゃない!」

にこ「しっかたないわね〜…残りは放課後片付けるしかないわね。ほら真姫、行くわよ」

真姫「え、ええ…」

~~~

〜放課後・部室前〜

真姫(あと印象を聞けていないのは…絵里と、希ね…)

真姫(アイドルらしさ…、いい線いってそうだったけど、やっぱり抽象的過ぎて、全くイメージが湧かないわ…)ハァ…

真姫(2人が何か手がかりになるようなことを話してくれればいいんだけど)

ガチャッ

絵里「あら…真姫じゃない」

真姫「…タイミングいいわね」

絵里「なにが?」

真姫「いや…、なんでもないわ」

絵里「部室に来たら、こんなに散らかってて…まったく誰の仕業かしら?」

真姫「あ…ごめん、これ私なの」

絵里「真姫がやったの?」

真姫「ええ、ちょっと昼休みに、調べ物してて…」

絵里「…新曲について?」

真姫「え、ええ…」

絵里「…ごめんなさい、真姫。急に作曲なんて、大変に決まってるわよね」

真姫「別に…、そんなことないわ」

絵里「私にできることがあったらなんでも言って?できる限り力になるわ」

真姫「…じゃあ、一つだけ教えて欲しいことがあるの」

絵里「あら…なにかしら?」

真姫「絵里にとって、じょんばらがちゃんこの印象って…いったいなに?」

真姫(頼むわよ、何かヒントになることを言って…!)

絵里「じょんばらがちゃんこの印象、ねぇ…」

絵里「…難しいわね」

真姫「…」

絵里「だけど…」

真姫「だけど!?」

絵里「…伝統と革新の融合、かしらね」

真姫「…はぁ?」

絵里「伝統を重んじるクラシック・バレエと、それに反発して革新を目指すモダン・バレエ…共にロシアバレエ界で発展したそれらが手を取り合って、互いのいいところを抜き出して新しい輝きを生み出す…」

絵里「あぁ…ハラショー…」

真姫「…」

絵里「あ…、ごめんなさい。つまりそういうことね」

真姫(どういうことよ)

絵里「真姫も表現者ならば…同じような印象を受けるんじゃない?じょんばらがちゃんこから」

真姫「…ええ、まぁ…」

真姫(イミワカンナイ!)

真姫(じょんばらがちゃんこの語感からどう繋がればロシアのバレエ界に辿り着くっていうの…?)

真姫(ダメ…、ますますわからなくなったわ…)

絵里「参考になったかしら?」

真姫「ええ…、絵里、ありがとう。いい曲が作れそうだわ」

絵里「そう、よかった」ニッコリ

真姫(こんなんじゃダメだわ…、こうなれば、言い出しっぺの希に頼るしかないわね…)


~~~

〜練習後〜

真姫「…希」

希「ん〜?どしたん、真姫ちゃん」

真姫「ちょっと聞きたいことがあるのよ…この後時間はある?」

希「うん、ええけど…」

〜〜〜

希「聞きたいことってなんなん?」

真姫「簡単よ。希の…、じょんばらがちゃんこに対しての印象を、聞かせて欲しいの」

希「じょんばらがちゃんこの印象、かぁ」

希「でも真姫ちゃん、どうしてそんなこと聞くん?」

真姫「そ、それは…その…」

真姫「今、曲作りで、ちょっと煮詰まっちゃってて…」

希「ふーん、なるほどなぁ」

真姫「だから希、教えて。あなたのじょんばらがちゃんこの印象を」

希「そうやなぁ…」

希「スピリチュアル、やね」

真姫「…スピリチュアル?」

希「そう。なんていうかな…、うちにとってのじょんばらがちゃんこは、とにかくスピリチュアルなんや。例えば…」

希「μ'sに今のメンバーが集まったことと同じぐらいの奇跡なんよ。じょんばらがちゃんこの存在はね」

真姫「…ああ、そう、そうなのね…」

真姫「ふふ…、スピリチュアル、ね」

真姫「…抽象的過ぎるわよ、みんな」

希「え…?みんな…って、まさか…」

希「真姫ちゃん、みんなにじょんばらがちゃんこのこと、聞いて回ったん?」

真姫「ええ、そうよ。みんなの印象をね。曲作りの参考になるかと思って」

真姫「でもみんな、印象がばらばらな上に漠然としすぎなのよ」

真姫「こんなんじゃ、なんの参考にも…」

希「真姫ちゃんはどうなん?」

真姫「え…?」

希「真姫ちゃんは、じょんばらがちゃんこについて、どういう印象を持ってるん?」

真姫「そ、それは…」

…〜

凛『身体を動かしたくなる、かにゃ?』

花陽『…おいしそう、かな』

海未『はっ…、破廉恥!」

穂乃果『前向きになれる!』

ことり『もふもふしたくなる!』

にこ『アイドルらしさを引き出してくれるもの、かな…』

絵里『…伝統と革新の融合、かしらね』

希『スピリチュアル、やね』

…〜

真姫「…意味、わかんない」

希「ん?」

真姫「イミワカンナイ!」

希「…そっか」フッ

希「ならそれが、真姫ちゃんにとっての『じょんばらがちゃんこ』なんやない?」

真姫「…どういうこと?」

希「きっと真姫ちゃんにとってのじょんばらがちゃんこは、『イミワカンナイ』なんよ」

真姫「…?」

希「ふふっ、まさしく『イミワカンナイ』って顔してるね」

真姫「当たり前じゃない、そんな説明で納得できるわけ…」

希「でも真姫ちゃんは、じょんばらがちゃんこがどういうもんなんか、ちゃんと知ってるんやろ?」

真姫「えっ」

希「知ってるからこそ、『イミワカンナイ』って印象を持ったんやないん?」

希「そのうえで、みんなにじょんばらがちゃんこの印象を聞いて回ってたんと違うん?」

真姫「ゔぇえ…」

希「?」

真姫「…っ、そ、そうよ…」

希「そうやろ?びっくりしたわぁ」

希「まさか真姫ちゃんが、じょんばらがちゃんこのことを知らんまんまに作曲するって言うたんやないかって思って」

真姫「そ、そんなわけないでしょ!」

希「ふふっ、わかってる。真姫ちゃんは意地っ張りやけど、意味のない嘘つくような子やないもんね」ニッコリ

真姫「は…はは…、当たり前じゃない…」

希「ふふっ、やけど…、カードの示す通りになったわ」

真姫「え…どういう意味?」

希「μ'sに入ってからの、うちの望みはな…、みんなで曲を作ることやったんよ」

真姫「曲を…?」

希「そう。μ'sのみんなで言葉を出し合ってな、みんなで曲を作るん」

希「別に曲じゃなくてもよかったんやけどね。9人が集まって、力を合わせて、なにかを生み出したかったんや」

真姫「…」

希「でもそんな機会は、もう限られてる…。どうすればええんかなって、カードで占ったん」

希「そしたらな…、真姫ちゃんに任せるべし、って出たんよ」

真姫「私に?」

希「うん。それで、うちがさりげなく真姫ちゃんに曲作りを任せるように仕向けたんや」

真姫「なっ…、そうだったの!?」

希「うん、ごめんな真姫ちゃん」

希「それで、真姫ちゃんはカードの示した通り…みんなの言葉を集めてくれた。うちの望みを、叶えてくれたんや。ありがとう、真姫ちゃん」

真姫「ゔぇえ、いや、そんな…、お礼言われるようなことは、なにも…」

希「ううん。それもこれも全部、真姫ちゃんのおかげなんよ。ありがとう」

真姫「わ、私はなにもしてないったら!」

真姫「も、もう…私、帰って曲作らなきゃいけないから!じゃあね!希!」

タタタ…

希「ふふっ、相変わらず素直やないなぁ…」

~~~

〜数日後・部室〜

真姫「新しい曲ができたわ」

穂乃果「本当!?」

凛「早速聴かせて欲しいにゃ〜!」

真姫「ちょっ…、急かさないでよ」

カチッ

〜♪〜〜♪〜♪

一同「おお〜…!」

凛「な、なんだか凛、身体が動かしたくなってきたにゃ…!」

花陽「なんでだろう…なんだかお腹が空いてきたよぉ…」

海未「は…恥ずかしい…破廉恥です…!」ブルブル

穂乃果「わあぁ、なんだかすっごくポジティブな気持ちになってきたよ!」

ことり「ふあぁあん…なんだかとっても癒されるメロディーだよぉ…しやわせぇ…」

にこ「これは…!にこのアイドルらしさを、最大限引き出してくれそうな曲ね…!」

絵里「この伝統と革新が入り乱れるような独特なメロディー…!ハラショー…!」

希「ふふ、まさしくスピリチュアルやね」

真姫「…」カミノケクルクル

穂乃果「すっごいよ真姫ちゃん!わたし感動しちゃったよ!」

真姫「ゔぇえ!?」

凛「凛も凛も!この曲なら、今度のステージも大成功間違いなしにゃ!」

絵里「真姫…、ありがとう。こんな短時間で、ここまでの曲を仕上げてくれるなんて…」

真姫「い、いや…私は…ただ…」

真姫「…みんなの言葉を、曲に込めただけよ」

ことり「みんなの言葉…って?」

真姫「だから…、この前、私がみんなにじょんばらがちゃんこにどういう印象を持ってるか聞いたでしょ?」

真姫「それで、ひとりひとりの言葉を聞いて…、それを元に、この曲を作ったのよ」

真姫「つまり、えっと…、これは、私だけで作った曲じゃないの!みんなで作った曲なのよ!」

真姫「…///」カアァ

花陽「…真姫ちゃん」

にこ「…め、珍しく素直じゃない…なんか、調子狂うわね…」

希「…ふふっ」

真姫「と、とにかく!海未!ちゃんとこの曲に合った歌詞、考えてよね!ことりもじょんばらがちゃんこらしい衣装作らないと、許さないわよ!」

海未「…ええ、任せてください!」

ことり「うん!みんなに似合った、とってもじょんばらがちゃんこな衣装、作ってくるね!」

~~~

〜最終予選当日〜

穂乃果「いよいよこの日がやってきたよ…!」

穂乃果「わたしたちのじょんばらがちゃんこ…精一杯、ファンのみんなに伝えよう!」

一同「…」コクリ

凛(それにしても、じょんばらがちゃんこかぁ…凛は初めて聞いた言葉だったけど…)

穂乃果(みんな、じょんばらがちゃんこのこと知ってるみたいだったし…あの空気じゃ聞くに聞けなかったんだよね〜…)

ことり(とりあえずいつもと同じように衣装を作ってみたんだけど…、なにも言われなかったってことは、これがじょんばらがちゃんこな衣装ってことでいいんだよね…?)ドキドキ

絵里(真姫の質問はいきなりで驚いたけど、それらしい言葉で煙に巻いて…)

海未(みんなからの追求を逃れる為に、とりあえず破廉恥だと誤魔化していましたが…)

にこ(語感からしてアイドルらしさの欠片もないじゃない…結局、何もわからないままここまで来ちゃったわ…)

花陽(にこちゃんがスクールアイドルなら一般常識だなんて言うから、つい合わせちゃったけど、けっきょく最後までなんのことなのかわからなかったよぉ…)ウルウル

希(場を和ます冗談のつもりで言ったのに、本当にじょんばらがちゃんこなんてものがあったんやなぁ…、スピリチュアルなこともあるんやね)

穂乃果「じゃあ…行こう!μ's〜、じょんばら〜…」

一同「「「がちゃんこ〜!!!」」」

~~~

真姫(その後、私たちが最終予選で歌った曲がきっかけで、『じょんばらがちゃんこ』は大ブームになった)

真姫(街を歩けばいたるところから『じょんばらがちゃんこ』という言葉が聞こえてくる。今年の流行語大賞にもエントリーされるだろうとの噂もある)

真姫(そんなに有名になったのに、私は未だに『じょんばらがちゃんこ』の意味を知らない)

真姫(だけど私はうすうす感づいていた。きっと私だけじゃない、みんな『じょんばらがちゃんこ』の意味を知らないのよ)

真姫(いや、正確には『意味がない』の)

真姫(他の人たちはまだ気づいていないのかもしれない。だけどもしみんなが『じょんばらがちゃんこ』の意味を知らなくても、誰も本当の意味を聞けないのよね)

真姫(なぜかって?簡単よ。私みたいに、自分だけ『じょんばらがちゃんこ』を知らないと思われるのが恥ずかしいから)

真姫(それでもみんな、『じょんばらがちゃんこ』って言葉を使ってる。『じょんばらがちゃんこ』って言葉からから感じ取った印象で、勝手に意味を想像しながら)

真姫(きっと希の言ってた通り、その人が『じょんばらがちゃんこ』って言葉から感じた印象が、その人にとっての『じょんばらがちゃんこ』、なのよね)




【奇】

タモリ「言葉というのは不思議なものです」

タモリ「人類が誕生して以降、言葉はいつの間にか生まれて、いつの間にか意味を持ち、いつの間にか世の中に溶け込んでいます」

タモリ「言葉は果たして意味を持って生まれてくるのでしょうか、それとも『じょんばらがちゃんこ』のように生まれてから意味を持つのでしょうか」

タモリ「もし後者だとすると、あなたが意味を知らない言葉は、周りの人たちも意味を知らないまま使っているのかもしれません」

一旦終了です。

(暗闇に佇むタモリの前の机の上に、だるまのような人形が置いてある)

タモリ「みなさん、マトリョーシカをご存知でしょうか」

タモリ「ロシアの民芸品であるマトリョーシカの歴史は意外と浅く、世間に広く知られるようになったのは1900年のパリ万博に出展されたことがきっかけだったそうです」

タモリ「マトリョーシカを開けると、このように、一回り小さなマトリョーシカが出てきます」

(マトリョーシカを開けて出てくる一回り小さな人形を、次々と机に並べていくタモリ)

タモリ「このような構造を入れ子構造と言います。この入れ子構造は文学作品にも用いられており、あの『シンドバッドの冒険』や『アリババと40人の盗賊』などが記されていることで有名な『アラビアンナイト』もまた、入れ子構造の物語だそうです」

タモリ「さて、入れ子構造の特徴は、一つの大きな『枠』が定められていることです」

(一番大きなマトリョーシカを持ち上げるタモリ)

タモリ「マトリョーシカで言えばこの一番外側の人形。この『枠』によって中の人形の形が決まってきます」

タモリ「『アラビアンナイト』では、シェヘラザード姫がシャフリヤール王に様々な物語を語って聞かせるという枠物語が定まっています。この『枠』によって様々な物語が『アラビアンナイト』という一つの物語として成り立っているわけです」

タモリ「しかし、『枠』だけを作っておいて、肝心の中身を作っておかないなんて無責任なことはやめてください」

タモリ「もしそんなことをすれば、『枠』の中から何が飛び出してくるのかわかりませんから」

(タモリの持つマトリョーシカがアップにされて、映像がフェードアウト)

~~~

梅雨の終わりを目前に控えた音ノ木坂学院。

生徒会室では経費削減の為、できるだけクーラーは使わないように窓を開け放している。

その窓の外からは、蝉の鳴き声と、グラウンドで練習する運動部の掛け声が入り混じって流れ込んでいた。

そしてホワイトボードの前の指定席に着いているのは、生徒会長である綾瀬絵里。

肩書きに劣らない落ち着いた雰囲気を身に纏った彼女は、左手で頬杖をつき、考え込むように目を閉じていた。

この日まで何度もシミュレーションを重ねてきた。大丈夫、私ならやれる。

そこにガチャリと扉を開けて、副会長の東條希が顔を覗かせる。

希「ああエリち、もう来てたんやね」

絵里「ええ、書類が溜まっていたしね」

希「仕事熱心やなぁ。じゃあ、早く仕上げて練習行こか?」

絵里「そうね」

いつもの席についた希の横顔を、鋭い目つきで見据える絵里。

今に見てなさい…。

不敵に微笑む絵里な気づいて、希がふとこちらに顔を向けた。

希「どうしたんエリち、ニヤニヤ笑って」

絵里「ごめん、なんでもないわ。さ、仕事に取り掛かりましょう」

希「うん」

書類に必要事項を書き込みながらも、絵里は別のことを考えていた。

込み上げてくる高揚感に囚われることなく思考は冴え渡っている。

もうすぐよ、もうすぐ希に…、いや。μ'sのみんなに仕返しできる…。

~~~

書類の処理が終わった絵里は、希と共に部室へと向かった。

もうみんな集まっているはずだ。

部室に入ると、案の定絵里と希を除いた7人が集まっていた。

穂乃果「あ、絵里ちゃん希ちゃん!」

ことり「お疲れ様〜」

絵里「ええ、お疲れ」

希「ありがとう」

部室では、みんな思い思いの過ごし方をしていた。そこには練習前の和やかな雰囲気が漂っている。

絵里は、その平穏な空気が流れる部室に爆弾を投じることにした。

絵里「ねぇみんな」

絵里「『音ノ木坂学院の七不思議』って知ってる?」





【学院の七不思議】




話は一週間ほど前に遡る。

μ'sのメンバーは合宿という名目で泊まりがけで遊びに行った。場所は真姫の別荘。海沿いの別荘でみんなと過ごした昼間の時間はとっても楽しかった。そう、昼間の時間は。

問題は夜だ。

合宿の夜の定番と言えば、肝試しに、怪談話。

ただ暗いというだけで怖がる絵里である。その暗いところで更に肝試しだの怪談話だの、絵里には到底耐えられなかった。

普段の絵里からは考えられない怖がりっぷりに他のメンバーは面白がり、同じ怖がりのはずのことりや花陽にまでおどかされる始末。

絵里「エリチカ、おうちに帰る!」

恐怖がピークに達した絵里が叫んだこの台詞は、発した本人を含め、μ'sの9人に大きな衝撃を与えることとなった。

怖いやら悔しいやら恥ずかしいやら、色んな感情がごちゃ混ぜになった絵里は、合宿から帰る頃には一つの決意を固めていた。

絵里(なにがなんでもみんなを怖がらせてやるんだから…!)

そして考えついたのが、『音ノ木坂学院の七不思議』である。

もはや使い古された感が拭いきれない思いつきだが、怖がりの彼女にこれ以上のものを求めるのは酷であろう。

とはいえ日本の文化に不慣れな絵里には、日本の学校には七不思議という怪談があるといった程度の知識しかなかった。絵里は資料と称して購入した小学生向けの七不思議の本を、やっとの思いで読み切った。途中が怖すぎてかなり端折ってしまったので、読み切ったというには語弊があるが。

その甲斐あって、絵里はなんとか日本の学校に伝わる七不思議の特徴を理解した。

学校の七不思議は七つの不思議から成り立っている。そして七つの不思議を全て知ると、何か『悪いこと』が起こる。

よし、じゃあその『悪いこと』がなんなのかを考えないと。

まず、音ノ木坂学院には、七不思議があるのよね。

そして七つの不思議を全て知ると…、そうだなぁ、永遠に校舎から出られなくなる!

…うん、これは怖いわ…、ハラショー!

絵里「ふっふっふ、見てなさい…!」

完璧な計画と引き替えに、絵里はその晩からしばらく亜里沙と同じベッドで寝ざるを得なかった。

ともあれ、絵里は自分で考えた『音ノ木坂学院の七不思議』でみんなを怖がらせようとしたのだ。

〜〜〜

凛「まさか、うちの学校にもそんな七不思議があるの!?」

きらきらと目を輝かせた凛が真っ先に食いついた。

絵里「ええ、そうよ」

希「ふーん、うちは聞いたことないなぁ」

穂乃果「ねぇねぇ、どんな話なの!?」

乗り気な者もいる一方で、

ことり「や、やめようよぉ、そんな話…」

花陽「そうだよぉ…」

あからさまに不安げな表情の者もいる。

海未「まったく…生徒会長がそんなくだらない噂を流していいのですか?」

呆れ顔の海未はちくりと小言を漏らす。

真姫「はぁ…」

にこ「…」

真姫はよそ見して髪の毛をいじっているし、にこも興味なさげな顔で雑誌をめくっている。

希「ま、聞くだけきいてみようやん?」

さすが、希には余裕が見える。

見てなさい、今にその鼻を明かしてやるんだから。

絵里「音ノ木坂学院の歴史は非常に古いのだけど…実はこの学院には昔、七不思議が存在したのよ…」

そこで一息置き、メンバーの顔を見渡す。

絵里「そして、その七不思議を全て知ってしまうと…」

にこ「ちょっとストップ」

雑誌を閉じてにこが顔を上げた。興味のないふりをして、聞き耳だけは立てていたようだ。

絵里「なによにこ、今からいいところなのに」

にこ「いや、いいところって…いきなりクライマックスじゃないのよ」

怪訝な顔をする絵里に向かって、希が困ったような顔で付け加える。

希「あんな、エリち。七不思議を全て知ってしまうと良くないことが起こる、って話は、七不思議を語るときには一番最後に持ってくるものなんや」

絵里「そうなの!?」

希「だって、そういう内容は七つの不思議を知った上で聞くからこそ怖さがあるし、それ自体が7番目の不思議って場合もあるからね」

七不思議を全て知って起こる『悪いこと』自体が七番目の不思議ですって?初耳よそんなの!

絵里「でも、だって、最初に注意しておかないと危ないじゃない!」

凛「そんな親切な七不思議、聞いたことないにゃ…」

凛が戸惑いの表情を見せる。

他のメンバーの表情も同様だ。

穂乃果「ねぇ絵里ちゃん、最初から話してみてよ」

絵里「なにを?」

穂乃果「七不思議の内容だよ~。1番目の不思議はなんなの?」

そんなのは知らないし考えたくもない。むしろこっちが教えて欲し…くもない。

だが、いつの間にか8人の視線が絵里に向かって集まっている。

ことりに花陽に、海未も真姫も聞く気がなかったじゃない!

絵里「え、えっとぉ…」

絵里が話し出そうとすると、花陽がいつでも耳を塞げるように耳元に手を近づけた。そのままみんな耳を塞いでくれればいいのに。

絵里「よ、夜のトイレにぃ…」

希「夜のトイレに?」

絵里「お…女の子が…」

穗乃果「女の子が?」

絵里「…」

凛「女の子がどうしたの?」

絵里「…い、いないの」

全員が黙り込む。絵里にはその痛いぐらいの沈黙が永遠に感じられた。

にこ「はぁ…?」

にこの間抜けな声でやっと沈黙は破られた。いや、時間にしてみれば一瞬だったのだろうが。

ことり「いないってどういうこと…?」

凛「夜のトイレに女の子がいないなんて普通だにゃ」

一同の顔に拍子抜けしたような色が広がる。

絵里「だ、だって夜のトイレよ!?女の子がいたら怖いじゃない!」

真姫「怖いじゃないって…、怖いからこそ七不思議なんでしょ?」

真姫の冷静な切り返しにぐうの音も出ない。

にこ「まさか絵里…、この前の合宿で散々おどかされたからって、仕返しにわたしたちを怖がらせようとしたわけ?」

ぎくっ。

穂乃果「そうなの!?」

絵里「…」

沈黙は肯定と受け取られたようだった。

花陽「なんだぁ、そうだったんだね…」

凛「怖がりの絵里ちゃんが怖い話だなんて、おかしいと思ったにゃ〜」

希「まったくエリちは、無理せんでもええのになぁ」

絵里「だっ、だって!」

悔しかったんだもん、という言葉は飲み込まざるを得なかった。海未のにこやかな表情に気づいてしまったから。

海未「なるほど、なるほど」

海未「つまりあなたはその為に、わざわざくだらない嘘をついてまで私たちを怖がらせようとしたのですね?」

絵里「いや…その…」

海未「絵里。あなたには今日、特別な練習メニューをこなしてもらいましょう」

すっと真顔になった海未はそう言った。

海未「さぁみんな、練習に行きますよ」

次の瞬間には海未はにこやかな表情に戻っていた。間違いない。怪談なんかより、怒った海未の方がよっぽど怖い。

ぞろぞろとみんなが出て行き、部室には打ちひしがれた絵里だけが残された。

七不思議を考えてみんなを怖がらせよう、という思いつきは怖がりの絵里にしては上出来だった。

ただ、当然と言えば当然なのだが。

怖がりの彼女には、七不思議を作るに当たって必要な知識が根本的に足りていなかったのだ。

絵里は七不思議の中身をまったく考えていなかった。ただ『ここに七不思議がある、その七不思議を知ってしまうと…』なんて話だけでは、普通の人はとてもじゃないが怖がってはくれない。

完璧な計画だと思ったのに…、みんなを怖がらせることができると思ったのに…、こんなの…。

絵里「認められないわぁ…」

うな垂れた絵里はぽつりと呟いた。

~~~

数日後。その日は梅雨前線が残して行った分厚い雨雲が、しとしとと陰鬱な雨を降らせていた。

朝から気分が滅入ってしまいそうな、そんな天気の放課後。

練習前に希と生徒会室に向かった絵里は、更に気分が滅入ってしまう話題を耳にすることになる。

会計「あ、絵里先輩、希先輩、お疲れ様です!」

書記「お疲れ様です!」

扉を開けると、2年生である会計と書記の子が元気な挨拶で迎えてくれた。

絵里「お疲れ様」

書記「これ、今月の講堂使用許可の申請書類です」

希「うん、ありがと」

絵里「じゃ、早速取り掛かりましょう」

絵里と希が席に着き、それぞれの担当の書類を整理し始める。会計と書記の後輩は、隅で溜まりに溜まった忘れ物の整理を始めていた。

書記「ねぇ、そういえば聞いた?」

会計「なにが?」

書記「学院の七不思議の話」

すいすいと書類に記入していた絵里の手が止まる。

会計「えーなにそれ?」

書記「この学校ってさ、伝統とか歴史だけは他の学校にも負けてないでしょ?今はμ'sもよそに負けない人気だけど」

会計「そーだね」

書記「でね、その伝統や歴史と一緒に伝わってたんだって、昔からの七不思議が!」

会計「え〜?それほんとなの?」

書記「ほんとだって!」

会計「でも、今までそんな噂なかったじゃん」

書記「それが、昔何か大変なことが起こって、封印してたらしいよ」

会計「ふーん…、で、それどんな話なの?」

書記「うーんとね、わたしもさっき聞いたんだけどさ、まず一つ目の不思議が…」

絵里「ちょ、ちょっと!」

たまらず大きな声を上げてしまった。2人が弾かれたように振り向く。

絵里「…口ばかり動いて、作業が進んでいないじゃない。無駄話はやるべき事が終わってからにしなさい」

会計 書記「「…すみません」」

2人がいそいそと作業を始めたのを見て、絵里も書類に目を戻した。だが内容がさっぱり頭に入って来ない。

『学院の七不思議』は私の思いつきだったはずよ?それがどうしてこんなタイミングで噂になっているの?

ふと希がこちらを伺っているのが目の隅に映った。目を向けると、希はさっと書類に向き直る。

まさか、希たちの仕業かしら…?

そうよ、このタイミング。みんながまた私をからかおうとしているんだわ。

部室に行く前に、確かめてみなくちゃ。

だが生徒会室を出た後、先に声をかけてきたのは希の方だった。

希「なぁエリち」

絵里「…なにかしら?」

希「七不思議の話…、うちら以外にもしたん?」

絵里「え…?そんなわけないじゃない」

絵里「希たちの仕業なんじゃないの?」

希「他のみんながどうかは知らんけど、あんなつまらん話、うちがわざわざ人に話すわけないやん」

つまらん話、という部分が地味に胸に刺さる。頑張って考えたのに…。

希「だけど、もしかしたら…」

絵里「どうしたの?」

希「…言霊って知っとる?」

絵里「さぁ…知らないわ。ことだま?」

希「日本に古くから伝わる伝説なんやけどね。人が声に出した言葉が、その内容に関わらず現実になんらかの影響を与える…、それが言霊なんや」

絵里「へぇ…でも、それとこれとなんの関係があるの?」

絵里の問いに、希は一瞬言いにくそうに唇を噛んだ。

希「…エリちが『音ノ木坂学院の七不思議』という言葉を、この校舎の中で声に出してしもうたから…、忘れ去られていた学院の七不思議が、復活してしもうたんかもしれんね」

絵里「え…」

希「さっき書記の子が言ってたやん、七不思議は『封印されてた』って。つまり七不思議は昔からあったんやけど、それがただの怪談では済まずに、過去に実際に被害が出てしもうたんかもしれん」

希「それをなんらかの方法で封印していたのが、この前のエリちの作り話がきっかけで、封印が解けてしまった…」

絵里「そ…そんな…」

後に言葉が続かない絵里に、希はにっこりと笑いかけた。

希「なーんてなっ」

絵里「え?」

希「冗談や、冗談。ちょっとエリちをからかっただけや」

希「いくらなんでも言霊で七不思議が復活するなんて…、そんなこと、ほんとに起こるわけないやん」

絵里は怒るのも忘れて胸をなでおろした。

絵里「な、なんだぁ…、だったら七不思議の噂も、希たちの仕業だったのね」

希「あ、それは本当に知らんよ?」

絵里「え?」

希「さっきも言ったけど、ただ『この学院には七不思議がある』ってだけのオチのない話、少なくともうちはせんよ。まぁ偶然にしては出来すぎてるけど…」

希「案外、凛ちゃんや穂乃果ちゃん辺りが面白がって、内容まで考えて大げさに喋っちゃったんやないかな?」

そう、なのかしら…。

まぁいい。部室でみんなに確かめてみよう。

〜〜〜

部室に入ると、そこでも七不思議の噂が流れていた。

穂乃果「あ、絵里ちゃん希ちゃん!七不思議の噂聞いた!?」

部室に入るやいなや、穂乃果が勢い込んで話しかけてきた。

希「うん、ちょっとだけな」

凛「偶然だよね〜、絵里ちゃんの作り話だと思ってたのに、本当に七不思議があったなんて」

能天気な調子で続く凛。

絵里「ちょっと待って」

穂乃果「どうしたの?」

絵里「穂乃果や凛が、話したんじゃないの?」

穗乃果「なにを?」

絵里「…七不思議のことよ」

穂乃果「いいや…?」

凛「凛知らないよ?」

困惑気味に否定する2人。話すとすればこの2人のどちらかだと思っていたのに。

絵里は希と顔を見合わせた。希も不思議そうな表情を浮かべている。

絵里「本当に?」

穂乃果「本当だよぉ、わたしは今日の昼休みにヒデコちゃんたちから聞いたし」

凛「凛も七不思議のこと聞いたのは、放課後の掃除時間だったよ?」

どうやら本当に知らないようだ。

絵里「じゃあ…誰が言ったの?」

残る5人の顔を見渡すが、一様に怪訝そうな表情を浮かべている。

にこ「知らないわよ…」

真姫「私は興味ないし」

花陽「わたしはさっき、凛ちゃんと一緒に聞いたばかりだよ…」

ことり「わたしも昼休み、穂乃果ちゃんと海未ちゃんと一緒に聞いたよ…?」

海未「第一そんなくだらない噂、好き好んで流すはずがありません」

μ'sのメンバーの誰かじゃない…。

絵里は再び希と顔を見合わせた。希の目にも、さっきとは違い不安の色が浮かんでいるような気がした。

しかし希はすぐに笑みを浮かべて視線を逸らし、

希「スピリチュアルなこともあるもんやね。さ、練習の準備しよか?」

と明るい調子で宣言した。

窓の外からは雨音が止むことなく響く。絵里はその中に、何かが近づいてくる足音を聞いた気がした。姿の見えない何かが。

結局なぜ七不思議の噂が流れていたのかはわからないまま、μ'sは室内での練習を終え、解散となった。

みんなと別れた後も、絵里の心には得体のしれない不安が残った。まるで今なお空を覆う、分厚い雨雲のように。

~~~

翌日も、七不思議の噂は消えることなく囁かれていたらしい。

年頃の女の子というものは、怪談話に耳を塞いだり興味のないふりをしながらも、実は聞き耳を立てている。この前の花陽やにこのように。要するに、誰もが興味津々なのだ。

絵里は完全に七不思議の話題をシャットアウトしていたが、にこによると、その日の昼休みまでには、学院の中に七不思議の内容を知らない生徒はいなくなっていたようだ。

〜〜〜

放課後の部室。

その日も雨で、屋上での練習は不可能だった。

窓際に立つ花陽、ことり、絵里。3人は揃って空を見上げている。

花陽「雨止まないね…」

ことり「そうだね…」

絵里「早く止めばいいのに…」

ほんと。早く止めばいいのに。

この雨も、七不思議の噂も。

3人の背後では、学院の七不思議に関する談義が繰り広げられていた。

にこ「たった2日でこんなに広まるなんて…不思議ね」

凛「ほんとほんと。誰が広げた噂なのかにゃ〜」

海未「まったく、こんなつまらない噂に惑わされるなんて…みんなどうかしています」

凛「とか言って〜、海未ちゃんも実は興味があるんだよね?」

海未「なっ…、そ、そんなわけないではありませんか!」

穗乃果「またまた~海未ちゃん、休み時間にはわたしたちの話にしっかり聞き耳たててたじゃん!わたしの目はごまかせないよ!」

海未「うぐっ…」

穂乃果「そうそう、お母さんに聞いてみたんだけどね、七不思議のことは知らなかったんだ。だからもっと昔、おばあちゃんが学生だった頃の話なんじゃないかって思うんだけど…」

凛「へ〜、そんな昔の噂だったんだ」

真姫「それがなんで今頃になって出てきたのかしらね…」

にこ「っていうかわたし、七不思議って言いながら6つしか聞いてないのよね。誰か7つ目の不思議聞いた?」

穂乃果「聞いてないよ?」

凛「7つ全部知っちゃったら呪われちゃうし、知らない方がいいにゃ」

絵里はその噂されている6つの不思議すら、一つとして知らない。今まで耳に入れないように話題を避けてきたから。

真姫「だけどあんな噂聞いちゃったら、もう音楽室に近づけないじゃない…」

凛「あっ、真姫ちゃん怖がり〜」

真姫「なっ…、べ、別にそんなんじゃないわよ!」

穂乃果「音楽室の不思議ってどんな話だったっけ?」

凛「凛知ってるよ、音楽室のは3番目の不思議でね…」

七不思議の内容に話題が移りそうになったので、絵里は咄嗟に振り返った。

絵里「やめて!」

希「やめよや」

絵里と希の声が重なった。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、部室の中を静寂が支配する。

聞こえるのは、ざあざあと降りしきる外の雨音だけだった。

にこ「…どうしたのよ、希」

にこが口を開いた。絵里が声を上げた理由は聞くまでもないと判断したらしい。

しかし、絵里もなぜ希が話を止めたのか気になった。合宿でもこういう話題には率先して参加していたのに。

希「…カードがな、そう告げてるんや」

希が1枚のカードをこちらに向けた。そこには、山羊のような角を生やし、蝙蝠のような羽根と鳥のような脚を備え持った不気味な生物が描かれていた。

真姫「”The Devil”…『悪魔』ね」

真姫が小声で呟いた。

悪魔。その響きだけで既に悪い予感しかしない。

凛「ど、どういう意味なの?希ちゃん」

凛が先ほどまでとは打って変わって、不安そうな声色で尋ねた。

希「…誘惑に負けるな、っていう意味や」

穂乃果「誘惑…?どういうこと?」

希「…好奇心に駆られてな、面白半分で七不思議を突っついとったら、思わぬ災いが降りかかるかもしれん。つまり、誘惑に負けて噂話をするな、っていうこと」

再び部室は静まり返った。

絵里がふと気づくと、いつの間にかことりと花陽の姿が消えていた。横の扉が開いているから、そこから逃げ出したらしい。

開け放たれた扉から隣の部室を覗くと、2人は向こうの隅で耳を塞いで丸くなっていた。

私も聞かなければよかった。縮こまった背中を見つめながら、絵里は後悔した。

外では雨が更に雨脚を強めていた。

~~~

翌日、その日もやはり朝からじとじとと嫌な雨が降っていた。七不思議の噂が広まって3日が経っていた。

絵里と希は、理事長に呼び出された。

理事長「なぜあなた方を呼び出したか、わかっていますね」

絵里「…なんとなくは」

希「七不思議のこと…ですよね?」

理事長「その通りです」

理事長はため息をついた。

理事長「まったく…なぜこのような噂が広まっているのか」

理事長「一応聞いておきますが、あなた方はこんな噂が広まっている原因はなんなのか、知りませんか?」

一昨日の言霊の話が頭をよぎった絵里は一瞬迷ったが、すぐに首を振った。

絵里「知りません」

関係ない。あれは偶然だ。

理事長「そうでしょうね」

理事長は疑う様子もなく頷いた。

理事長「今は、廃校が正式に決定するかどうかの瀬戸際です。今度の文化祭後の入学希望者数に、学院の存続がかかっています」

理事長「その大事な時期に、七不思議の噂などが流れれば…、学院のイメージダウンにも繋がりかねません」

理事長の心配は絵里にもよく理解できた。単なる噂とはいえ、少なくとも自分はそんな七不思議のある学校に行きたいとは思わない。

もっとも、大部分の生徒は今も面白おかしく七不思議の噂を楽しんでいるようだが。

絵里「それで、私たちに何をしろと言うんですか?」

理事長「簡単です。七不思議の噂が広まらないよう、生徒会として対策を取ってもらいたいのです」

絵里「対策…?」

理事長「なんでも構いません。とにかく、七不思議の噂が校外にまで広がらないように、なんとしても阻止してもらいたいんです」

無茶な提案だ、と絵里は思った。生徒会がどんなに口止めしたところで、生徒たちの口を封じることなどまず不可能だ。

希「理事長、それは少し心配し過ぎじゃないですか?」

理事長が希に目を向ける。

希「確かに、七不思議の噂はプラスなイメージじゃありませんけど…、ただの噂が、入学希望者の数にそこまで影響を与えるとは思えません」

希が理事長に意見するのは珍しい。今までは、何かと理事長に反発する私を宥める役回りだったのに。

理事長「そうですね。七不思議など所詮ただの噂…、しかも生徒たちは年頃の女の子ばかりです。そういった噂に夢中になるのは仕方ないことかもしれません」

理事長「むしろ、噂は人を惹きつけます。七不思議の噂がきっかけで、学院に興味を持つ人もいないとは限りません」

理事長「しかし、μ'sの活動でプラスなイメージを持ってもらおうとしているこの時期に、マイナスなイメージを与える七不思議の噂が校外にまで広まるのは阻止したいのです」

希「なるほど…わかりました」

希はあっさりと引き下がった。

しかし、昨日は七不思議の噂で盛り上がるメンバーを諌めた希が、なぜ今は七不思議の噂を広める行為を擁護したのか。

理事長「とにかく、そういうことです。お願いしますね」

絵里「わかりました」

理事長室を出た絵里はその疑問を希に投げかけた。

希「簡単や。今のはあくまで生徒会副会長として、思ったことを言うたまで」

希「理事長が生徒会を動かしてまで、噂が広まるのを阻止する必要があるのかが疑問やったんや」

希「うちだって、本心では七不思議が広まらん方がええと思ってる。昨日のカードのお告げもあるしね…」

絵里「そう…、納得したわ。希が理事長に意見するなんて、珍しかったから」

希「うちだってイエスマンやないんやから、理事長にも意見ぐらい言うよ」

希「とりあえず、校内にビラでも貼り出そうか。さ、はよ戻って内容を考えようや」

絵里「ええ」

2人はμ'sのメンバーに練習に遅れると連絡し、生徒会室に向かった。

廊下を歩きながらふと窓の外に目を向ける。もう時期的には梅雨明けのはずなのに、分厚い雨雲に切れ目は見えない。灰色の雲はひたすら雨を降らせながら、ゆっくりと東に流れていた。

~~~

校内に貼り出すビラのデザインは、形式的で、堅苦しいお知らせのようなものになった。

ビラの上部にでかでかと『お願い』、その下にくだくだと七不思議を噂しないように、といった内容が書いてある。

こんなものじゃ到底生徒の目は引けないな、と絵里は思った。仮に目を引けたところで、生徒たちが噂をしなくなるとも思えないが。

希「うーん、『廃校阻止の妨げになりますので』ってとこ、赤字にしといた方がええんやない?」

絵里「そうね」

とりあえず2人で案を出し合ってビラは出来上がった。

パソコンで作ったものを30枚ほど印刷し、手分けして校内に貼り出すことにした。

希「遅くなりそうやし、みんなには先に帰っといてって連絡しとこか」

絵里「そうね…この時間から貼って回るとなると、練習終わりにも間に合いそうにないし」

希「じゃ、うちは教室棟の方に貼り出してくるから、エリちは特別棟の方をお願い」

絵里「わかったわ」

希と別れて薄暗い廊下を歩く絵里。

まだ日が落ちるには早い時間なのに、薄暗さの原因はやはりこの分厚い雨雲だろう。

雨自体は嫌いではないが、こう降り続けられると気が滅入ってくる。

連日の雨で運動部は早めに帰り、文化系の部活もこの時間には活動を終えている。

1階のアイドル研究部の前を通ったが、既に電気は消えていた。

各階の掲示板や手洗い場など、目立つ場所にビラを貼って回る。

七不思議の内容を聞いていなくてよかった。絵里はほっとため息をつく。

もし聞いていれば、1人で仄暗い校舎の廊下を歩き回るなんて真似はできなかっただろう。今でも怖いことに変わりはないが。

「…ーー…ー…」

ふと、何かが聴こえたような気がした。

耳をすますが、降りしきる雨の音しか聞こえない。

気のせいか、と思ったとき、また聴こえた。

雨音に混ざって聴こえるその音は…。

絵里「…ピアノの音?」

この校舎でピアノが置いてあるのは音楽室だ。しかし、こんな時間に誰が?

ふいに、昨日の部室での一場面がフラッシュバックする。

〜〜〜


真姫『だけど、あんな噂聞いちゃったら、もう音楽室に近づけないじゃない…』

凛『あっ、真姫ちゃん怖がり〜』

真姫『なっ…、べ、別にそんなんじゃないわよ!』

穗乃果『音楽室の不思議ってどんな話だったっけ?』

凛『凛知ってるよ、音楽室のは3番目の不思議でね…』

〜〜〜

まさか。そんな馬鹿な…。

絵里「き、気のせいよ気のせい…」

必死に言い聞かせる絵里だったが、一度音楽室のピアノのものだと思ってしまったその音色は、雨音と共に彼女の耳に流れ込んでくる。

ブツッ。

はっとして顔を上げる。

サー…という砂を流すような音が響く。

…スピーカー?

どうやら校内放送用のスピーカーのスイッチが入ったようだった。しかし一向に放送は聴こえてこない。聴こえるのは、学校のスピーカー独特のノイズだけ。

故障かしら…?

しかし、聴覚が敏感になっていた彼女は気付いてしまった。ノイズに混じって聴こえてくる微かな音に。

『…ァ”ァ”……ァ”…ァ”…』

声帯を失ってしまった人が、必死に喉を震わせているような。そんな不気味な音。

白い和服を着た髪の長い女が、放送室のマイクに覆い被さり声を出そうとしている。

絵里「いやっ!」

頭に浮かんだ光景を掻き消すように、絵里は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

絵里「希ぃ…みんなぁ…!」

目をつぶって震える絵里。そこに。

ヒタ…ヒタ…。

びくっと肩が震えた。

ヒタ…ヒタ…。

背後から誰かが近づいてくる。

ヒタ…ヒタ…。

希?いや…この足音…。

ヒタ…ヒタ…。

裸足だ。

ヒタ…ヒタ…。

いや。逃げなきゃ。

ヒタ…ヒタ…。

ダメ、足が震えて立てない…。

ヒタ…。

足音が背後で止まった。

『ァ”ァ”…ァ”…ァ”ァ”ァ”…ァ”…』

スピーカーからはまだあの音が響いている。さっきよりはっきりとした…。

…いや。違う。

『…ァ”…ァ”ァ”ァ”…ァ”ァ”…』

すぐ後ろからだ。

絵里は振り返ってしまった。

そこには、和服を着た、長い黒髪の…。

絵里の記憶はそこで途切れた。

~~~

エリち。エーリち。

絵里「う…ん…?」

うっすらと目を開けると、目の前には見慣れた友人の顔。

絵里「希!?」

希「おお、やっと気ぃついた」

絵里「うわああああ!怖かったああああ!」

がばっと起き上がった絵里はそのまま希に抱きつく。

希「うわっ…ちょっと、エリち!」

絵里「こ、怖い、夢を見たの…、も、もう私、どうなっちゃうかと思って…」

抱きついたまま、つたないながらも必死に言葉を紡ごうとする。

そこに。

「も〜、絵里ちゃんは怖がり過ぎだにゃ〜」

絵里「え?」

ふと顔を上げると、凛がいた。

凛だけではない。真姫、花陽、穂乃果、海未、ことり、にこ…。そこにはμ'sの全員が揃っていた。

絵里「え…?なに、みんななんでここに…?帰ったんじゃないの?」

そう言いながら、自分が長椅子に寝かされていたことに気づく。どうやらここは広くなった方の部室のようだ。

にこ「あー…それじゃあまぁ、ここらで言っときますか」

8人が「せーの」で声を合わせる。

8人「ドッキリ大成功〜!」

絵里「…へ?」

我ながら間抜けな声を出したと思う。でもそんなことに構っている場合ではない。絵里の理解を超えた事態が目の前で起きている。

絵里「…どういうこと…?」

穂乃果「いや〜まぁ、話せば長くなるんだけど…」

ことり「今までのことは、全部、絵里ちゃんを驚かせる為のドッキリだったんだよ」

にこ「希発案のね」

絵里「…希の…?」

希に目を向けると、彼女はにっこり笑って頷いた。

希「そうや」

希「『学院の七不思議』…、怖がりのエリちにしては素晴らしい思いつきやなぁって思ってなぁ」

希「ぜひこの発想を活かして、逆にエリちを怖がらせてみたいなって思ったんや」

そう言って希はいたずらっぽく笑った。

絵里「…そ、その為に、わざわざ学院中に噂を流したの…?」

希「あはは、そんな訳ないやん」

にこ「絵里、ずっと七不思議の話題を避けてたでしょ?だから気づかなかったと思うけど、絵里の周りで七不思議の話してたのはわたしたちだけなのよ」

言われてみれば…、確かに、七不思議の話をきちんと聞いたのは、部室と…。

絵里「あっ、でも生徒会室でも聞いたわよ!七不思議のことを知ったのはあれがきっかけで…」

希「あーあれはな、うちが2人に協力してもろうたんよ」

穂乃果「2人ともわたしたちのクラスメイトだしね〜」

絵里「で、でも今日理事長に呼び出されたのは!?」

花陽「あれは〜…」

ことり「…ほら、わたしのお母さんだから…」

海未「ことりのおねだりに打ち勝てる者はいないのです…」

絵里「…じゃ、じゃあさっきのピアノの音はもしかして…」

真姫「私よ」

凛「七不思議の3番目、『ひとりでに鳴る音楽室のピアノ』にゃ!」

絵里「さっきのスピーカーの音は!?」

花陽「あれは真姫ちゃんと仲のいい放送部員の子に協力してもらって、ホラー映画のテープを…」

凛「七不思議の5番目、『死者の声が聞こえるスピーカー』にゃ!」

絵里「じゃあ、あの女の幽霊は…」

海未「私です…」

言われて気がついた。海未は着物…いや、正しくは弓道着姿だった。

凛「七不思議の6番目、『校舎を徘徊する女の霊』にゃ!」

海未「なんで私はこんな役回りだったんですか!」

希「え〜、だって髪が長くて和服っぽい服持ってるの、海未ちゃんだけだったし」

凛「そもそも6番目の不思議を考えてきたのは他でもない海未ちゃんだよ。言い出しっぺがやるのは当然にゃ」

海未「くっ…」

穗乃果「まぁ海未ちゃんにも不気味な声のテープ持たせたのは、ちょっとやり過ぎだったかもしれないけど…」

絵里は呆然としていた。この3日間、私はずっと騙されていたのか。

凛「それにしても、絵里ちゃんがすぐ気を失っちゃうとは思わなかったにゃ〜」

凛「せっかく1番目の『被服室で爪を研ぐ猫女』の役で出番待ってたのにな〜」

そう言って残念がる凛は頭に猫耳を付けていた。

ことり「花陽ちゃんも2番目の、『トイレですすり泣く少女の霊』の役で準備してたのにね?」

穂乃果「トイレの花陽さんだね!」

花陽「わ、わたしは出番がなくてむしろほっとしたけど…」

花陽の呟きを掻き消すように、にこが大声を上げる。

にこ「あんたらはまだいいじゃない!」

にこ「わたしは折角テケテケの役でスタンバイしてたのにさぁ!渾身のメイクと衣装が全部無駄になっちゃったわよ!」

憤慨するにこのほっぺたには、まだうっすらと白粉が残っていた。

海未「4番目の『廊下を這い回るテケテケ』ですね」

穂乃果「にこちゃん、必死に腕だけで進む練習してたもんね…」

凛「プロ意識たっかいにゃ〜」

真姫「無駄なことに力注ぎ過ぎなのよ…」

にこ「あ、あんたらねぇ~…!」

希「まぁまぁ、その辺にしとき」

希がこちらに向き直る。

希「ま…そういうことなんよ。今の6つが、うちらの考えた七不思議の謎。どうやった、エリち?」

半分思考停止状態だった絵里の頭に、ふと引っかかるものがあった。

絵里「…6つ?」

希「ん?ああ、そうなんよ。七不思議なんやけど、謎は6つなんや」

凛「七不思議って言ってたけど、実際は6つしか考えてなかったんだにゃ〜」

穂乃果「1人1つ考えて7つに絞ろうって言ってたのに、ことりちゃんと花陽ちゃんが怖がって考えてくれなかったから…」

にこ「まぁ七不思議を全部知っちゃったら呪われるっていうし?6つでやめとこっか、ってね」

絵里「…ふふ、そう…そうなのね…」

またしてもおどかされてしまった。

まんまと騙されて、散々ドタバタと騒ぎ立て、挙句に気絶まで…。

希「いや〜、エリちの怖がりっぷりは何回見てもおもしろかったなぁ」

穂乃果「もはや芸術だね!うんうん!」

真姫「みんなやりすぎなのよ、まったく」

にこ「え〜、真姫ちゃんもぉ、ノリノリだったよねっ?」

真姫「やっ…、わ、私はただ言われたからピアノ弾いてただけだし…」

みんなが思い思いの言葉を発している。

絵里「…認められないわぁ…」

絵里は合宿のときに味わった、怖いやら悔しいやら恥ずかしいやらの感情に耐えられなくなり、スクッと立ち上がった。

絵里に全員の目が集まる。

花陽「絵里ちゃん、どうしたの?」

絵里は大きく息を吸って一言、あの台詞を叫んだ。

絵里「エリチカ、おうちに帰る!」

そのまま絵里はみんなの制止を振り切り、部室を飛び出した。

廊下を走って角にある階段を二段飛ばしで駆け下り、下の階に着いた絵里は下駄箱に向かって駆け出そうとして、はたと立ち止まった。

今、どうして階段を駆け下りたの?

部室は1階にあるはずなのに。

慌てて元来た廊下を戻る。

角を曲がると、そこに階段はなかった。

絵里「どうして…」

ふいに先程の部室でのやり取りが蘇る。


〜〜〜

凛『七不思議って言ってたけど、実際は6つしか考えてなかったんだにゃ〜』

穂乃果『1人1つ考えようって言ってたのに、ことりちゃんと花陽ちゃんが怖がって考えてくれなかったから…』

にこ『まぁ七不思議を全部知っちゃったら呪われるっていうし?6つでやめとこっか、ってね』

〜〜〜

絵里「…違う」

絵里は震える声で呟いた。

『音ノ木坂学院の七不思議』には、ちゃんと7番目の不思議があるのだ。

私だけが考えた、私だけが知っている7番目の不思議。

『七不思議を全て知ってしまうと、永遠に校舎から出られなくなる』

外を見た。周囲は霧に包まれ、空はさっきより真っ黒な雲に覆われている。下を覗くが、霞んでよく見えなかった。

窓は開かないし、椅子をぶつけてみても割れなかった。

どれだけ廊下を走って階段を上り下りしてみても、出口は見つからなかった。

ただ、見覚えがあるようなないような、小綺麗な校舎の風景が続いていた。

どこまでもどこまでも。

~~~

その日を境に絵里は忽然と姿を消してしまった。

その後、残った8人のμ'sのメンバーは数ヶ月以内に留学や転校など様々な理由で学校を去り、音ノ木坂学院アイドル研究部は消滅した。

μ'sがいなくなった音ノ木坂学院の廃校は免れないと思われていたが、翌年の入学希望者はゆうに3クラス分が集まり、学院の存続が決まった。

その理由は、行方不明者が出た原因とされる『音ノ木坂学院の七不思議』の噂。

やはり年頃の女の子たちは怖い噂に惹かれるのだ。

ところが『音ノ木坂学院の七不思議』の1から6番目の不思議を知る人間は誰もいない。唯一七不思議の存在を聞いていた生徒会の2年生2人も、その内容までは知らなかったという。

μ’sの8人も、6つの不思議については決して語ろうとはしなかった。ただ、学校を去る前にメンバーの1人が「言霊は本当にあった」と言い残しただけ。

唯一まことしやかに囁かれているのは、7番目の不思議のみ。

『七不思議を全て知ってしまうと金髪の少女に捕まり、二度とおうちに帰れなくなる』

しかし、勘違いしないでもらいたい。本当は彼女も家に帰りたいのだ。

夜の校舎からは、今日も彼女の叫び声が聞こえてくる。

「エリチカ、おうちに帰る!」




【奇】

(テーブルを前にして立つタモリ。机の上には左から小さい順に7つのマトリョーシカが並べられている)

タモリ「彼女は、『学院の七不思議』という”入れ物”と、『七不思議を全て知ってしまうと校舎から出られなくなる』という”蓋”からなる『枠』を作り出しました」

(一番大きなマトリョーシカを手に取り頭と体に分けるタモリ、それから机に並んだ6つのマトリョーシカを見下ろす)

タモリ「しかし、中身に当たる6つの不思議を作らなかったばかりに、勝手に6つの不思議が生まれてしまい、奇妙な世界へと迷い込んでしまいました」

タモリ「あるいは”蓋”の部分さえ作らなければ、奇妙な世界に迷い込まずに済んでいたかもしれません」

(そう言いながら7つのマトリョーシカを一つに纏め始めるタモリ)

タモリ「でも安心してください。6つの中身と1つの蓋…、この7つの不思議を全て知っているのは、彼女しかいませんから」

(一つに纏めたマトリョーシカを机の上に置くタモリ)

タモリ「もっとも、この物語を最後まで見てしまった人は別ですがね」

(マトリョーシカの頭を撫でながら、ニヤリと笑うタモリ)

~~~

タモリ「いかがだったでしょうか、9人の少女たちが演じた、九つの奇妙な物語は」

タモリ「楽しんでいただけたのであれば何よりです」

タモリ「しかし『演じた』という言葉に惑わされないでください。今あなたが目にした9人の物語は、実際に彼女たちの身に起こったものばかりなのです」

ブーーーーーッ

(そこで再びブザーが鳴り響く)

タモリ「おや、まだ一つ物語が残っていたようです」

(プログラムを開き、文字を目で追うタモリ)

タモリ「えーと…、次の物語は…?ああ…」

(タモリがこちらに目を向ける)

タモリ「ほら、そこのあなた。次はあなたの出番ですよ。早く準備してください」

これでおしまいです。各話の元ネタは、

・細薬…ドラえもんの「腹ぺこのつらさ知ってるかい」

・オトメ受験…世にも〜の「オトナ受験」(主演・中居正広)

・自分より良い自分…よくあるドッペルゲンガーの伝説

・トラブルバスターズ!…BiBiのユニット曲「トラブルバスターズ!」

・真姫ちゃんはなんでも知っている…世にも〜の「ズンドコベロンチョ」(主演・草刈正雄)

・学院の七不思議…ズッコケ三人組シリーズの「ズッコケ三人組と学校の怪談」


「黒い猫の恐怖」、「私じゃない!」、「のぞみの夢」には明確な元ネタはありません。

ただ「のぞみの夢」は世にも〜にも同じタイトルの「望みの夢」の話があります。「黒い猫の恐怖」はコメントで元ネタに世にも〜の「猫が恩返し」が挙げられていたけど、主人公の思い込みによって雰囲気が変わる話を書こうと思って作った話なので、参考にはしていません。

それと「私じゃない!」のタモリの「人間は産まれながらにして〜」のセリフは、トリビアの泉からアリストテレス繋がりです。あと「のぞみの夢」の穂乃果と真姫の夢の内容はスクフェスのサイドストーリーの「昨日見たユメ」からの引用です。

いやぁ良くで来てるなぁ…
出来れば>>1が書いた別の話も知りたい

ありがとうございます。

>>403

他に書いた話としては、ラブライブだと

古畑「ふーん、μ'sねぇ」
穂乃果「鳥人…?」

があります。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom