王子「囚われの姫君に恋をした」 (92)
つい最近世界は生まれ変わった。
王子が訪れたのは無人の城。
王子の胸は、冒険心でウズウズ落ち着きがなかった。
王子「おおぉ~、これが魔王の玉座かぁ~!」
主を失った玉座に腰掛け、威張ったポーズを取ってみる。
つい先日まで、人間と争っていた魔王。
今は亡き魔物達の王は、毎日ここで、この光景を見ていたのか。
王子「さーてさて」
そんなちょっとした魔王ごっこもすぐに飽き、彼は城内を駆ける。何か他に面白いものはないか――そんな期待を抱きながら。
王子「…ん?」
ふと、窓の外を見た。
少し離れた所に、塔がそびえ立っている。
王子「何だ…あの塔?」
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王子「うーん、鍵かかってるな」
塔の前まで来たが、その扉は開かなかった。
塔の周辺をぐるぐる回ってみる。他に入り口はない。
ここの探索は諦めるのが賢明か。
だが。
王子(生憎、俺は賢明じゃないんだよな~)
せっかくここまで来たというのに、このワクワクを我慢してたまるものか。
王子(この硬いドア、ぶち破れそうにはないな。とすると…)
王子は塔を高く見上げた。
王子「よいしょ、よいしょっと」
王子は外壁の凹凸を上手く利用して、塔をよじ上っていた。
目指すはてっぺん。そこには小窓があったのだ。
王子(固く封じられた塔の中に待ち受けるもの…きっと何かあるに違いない!)
王子の頭の中は既に、お宝の山だとか、ドラゴンの卵だとか、そんなファンタジックな妄想に包まれていた。
王子「ん~っ」
小窓との距離もあとわずか。
手を伸ばして、もう少し、もう少し…。
王子「よっしゃ!」ガシッ
小窓に手が届くと、王子は軽快に窓に飛び移る。
王子「さあっ!その姿を見せよっ!」バッ
姫「…え?」
王子「え?」
姫「…どなた?」
王子「…」ポカン
質素な部屋の片隅には、王子と同い年位の少女がいた。
着ていたドレスは色もデザインも控えめで、目立った装飾品は身につけていない。しかし白く滑らかな肌、美しく輝く金色の髪、澄んだ青い目、何よりも――
王子(何て綺麗な人なんだ…!!)
彼女自身が、どんな宝石にも劣らぬ美しさを誇っていた。
王子「あ、あのっ、俺っ、王子って言いますっ!」
姫「王子…様?」
王子「あ、貴方の名は!?」
姫「姫……」
姫は一言だけ名を呟くと、こちらを不思議そうに見つめた。
王子はその瞳から目をそらせなかった。まるで魔法にかかったかのように。
ドクンドクン。心臓は高鳴りを抑えきれない。
王子と姫。2人だけがいるその空間に心地よさを覚えながらも、王子は願望を頭に浮かべていた。
王子(この出会いは正に、運命の――)
グウウゥゥ~
王子「え?」
姫「…」
姫「お腹…空いた」パタッ
王子「姫様あああぁぁ!?」
姫「美味しい…グスッ、今まで生きてきた中で1番美味しい」パクパク
王子「いやぁ…ただの即席おにぎりっすよ?」
姫「ありがとう、ありがとう…3日も食べてなくて」グスグス
姫は泣きながら、王子に貰った非常食を食べていた。
その表情は、姫の外見年齢にしてはかなり子供っぽい。
王子「3日前…つーと、勇者が魔王を倒した日だな」
姫「えっ!?…倒されたんですか、魔王が…」
王子「そう。魔王軍の残党は残党狩りを恐れて、魔王城から逃亡したと聞く。今じゃこの魔王城、魔物の姿も見当たらないっすよ」
姫「そう…なんですか…」
王子「ところで姫様はどうしてここに?」
姫「私は…」
姫は一瞬躊躇した後、答えた。
姫「私は長い間、ここに囚われていました…ですので、外の事情に疎くて」
王子「そうだったのか」
と、王子の頭に妄想が浮かぶ。
囚われの姫と、姫を救い出す王子。まるで童話のような話の流れ。そして童話ではお決まりのように、ラストで王子と姫は――
王子(ハッピーエ~ンドッ)グッ
姫「あの?」
王子「姫様っ!」
姫「は、はい」
王子「今すぐ貴方を連れ出してみせましょう!この私にお任せあれ!」
使い慣れぬ一人称を使い、王子は精一杯かっこつけた。
だがしかし。
姫「それは無理なんです」
王子「ぬあぁ!?」
撃沈した。
姫「私は呪われているのです」
姫はそう言うと、全開の小窓に向けて手を差し出す。
だがそこには見えない壁があるかのように、姫の手は途中で止まった。
姫「この通り…私は塔から出られないのです」
王子(何てこった)
姫に呪いをかけた者は、呪いをとかないまま魔王城から逃げ出したのか。
その身勝手さに、王子は怒りを覚えた。
王子「魔法使いを連れてきましょう!それで貴方の呪いを解いてみせる!」
姫「無理だと思います…私に呪いをかけたのは、魔王軍でも随一の魔法の使い手で…」
王子「なら我が国イチの魔法使いを連れてくる。それで姫様は自由の身だ!」
王子は姫の手を握る。
王子「俺にお任せあれ!」
姫「え、えぇ」
困惑した様子の姫の様子に気づかずに、王子は瞳をキラキラ輝かせていた。
初回はここまで(´・ω・`)
男主人公で書くのめっさ久々なので、女々しくならんよう気をつけます。
が。
魔法使い「何じゃこりゃ。わけわからんですわ」
王子「何ィ!?」
勇者の仲間であり、今や世界トップクラスの魔法の使い手は、早々に音をあげた。
魔法使い「こんな仕組みも何もわからん呪い、どうしようもないっすわ」
王子「で、でも…色々やってみれば何とかなるんじゃないのか!?」
魔法使い「それは素人の意見ですよ王子~。よくわからん呪いを下手にいじったら、姫様が爆発する危険だってあるんですよ?」
王子「ええぇ…」
せっかく姫を助けられると思ったのに。王子はがっくりと肩を落とした。
姫「いいんです、そんな気はしていましたから」
王子「いやいや良くない良くない!」
姫「ありがとうございます王子様…でも私、これ以上貴方に迷惑はかけられませんわ」
王子「迷惑だなんて!むしろ本望というか、貴方を救いたい!!」
魔法使い(あーこりゃ完全にホの字だな)アチャー
王子「魔法使い、先に帰って父上に伝えるんだ!姫様の呪いを解ける者を、世界中から探し出すようにと!」
魔法使い「ハイハイ。そいじゃお先~」
姫「王子様は優しいのですね…素性もわからぬ私を助けようとして下さるなんて」
王子「何をおっしゃる。困っている人がいたら助けるのは当然でしょう」
王子は自信満々に答える。
そう、仮にここに囚われていたのが男だったり醜女だったとしても、王子は同じ行動を取っていただろう。
王族としての責任感にはやや欠ける王子だが、1人の人間としての正義感は強かった。
姫「いいえ。本当にお優しいです」
王子「?」
だから、何故そんな風に言われたのか理解はできなかった。
王子「そうだっ!」
だが王子には正義感の他に、勿論、下心も存在していた。
王子「姫様、毎日ここに来ても良いでしょうか?」
姫「はい?」
王子「ほら呪いが解けるまで姫様はここから出られないし、食事が必要でしょう?それに…」
姫「それに…?」
王子「…俺と、友達になって欲しいんです!」
姫「友達…ですか?」
姫は不思議そうに首を傾げた。
姫「すみません…私、友達ってよくわからなくて」
王子「あっ、俺と会ってくれるだけでいいんです。それで色々お話できれば」
姫「会ってお話する…それが友達?」
王子「まぁそんな所です…駄目ですか?」
姫「そんな、駄目だなんて」
王子(よっしゃ!)ガッツポーズ
王子はその返答だけで浮かれていた。
王子「それじゃあ今日はもう遅いので、明日から来ますね!待っていて下さい姫様!」
姫「えぇ…お気を付けて」
王子「おやすみなさい姫様!」
王子はビシッとポーズを取ると、窓から飛び降りた。
王子「うわあああぁぁぁぁ」ドーン
姫「お、王子様ぁ!?」アワワ
>翌日
王子「~♪」
数日分の食料を背負った王子は、鼻歌を歌いながら外壁をよじ上っていた。
体が軽い。これも、あの窓の先で美しい姫が待っているおかげか。
王子「姫様ぁ~!おはようございまーす!」
姫「あら王子様、おはようございます」
王子「食料を…おや」
ふと変化に気付いた。
姫の耳には、昨日つけていなかったイヤリングが光っていた。
王子「そのイヤリング、お似合いですよ姫様」
姫「あ…お気づきですか王子様」
王子「そりゃ勿論」
昨日姫が着ていたドレスのことだって、王子には思い出せる。
昨日見た印象では格好が控えめな姫だったが、今日は昨日より少し華やかになっている。
姫「お友達が来るということで、少し格好に気を使ってみたのですけれど…」
王子「良いです」グッ
姫「そ、そうですか?」
王子「姫様自身勿論お美しいのですが、人が来るからちょっとアクセサリーをつけてみる…そのお洒落心が女性を可愛くするんですね」グッ
姫「や、やだ恥ずかしい…」
姫「それで王子様…お友達って、お話をするんでしたっけ…?」
王子「そうでしたね」
王子(いかん、自分が言ったことを忘れていた。でも「姫様をじっと見ていられるだけでいいんです」なんて、口が裂けても言えるか)
王子「姫様のことを聞いても良いでしょうか」
姫「私のこと…ですか?」
王子「はい。姫様はどちらの国から来られたのですか?」
姫「私は…」
姫はうつむいた。心なしか表情も声も重くなった。
王子(…もしかして俺、禁句言っちゃった?)
魔王との争いで滅びた国もいくつかは存在する。
もし彼女が、そんな亡国の姫だったとしたら…。
王子「わー!いいですいいです、今の質問ナシで!じゃあ、姫様はー…えーと、えーと」
姫「王子様のことが聞きたいです」
王子「…俺の?」
姫「えぇ…駄目ですか?」
姫は不安そうな目で見つめてきた。
そんな目で見つめられたら…。
王子(うひょぉ!俺に興味持ってくれてるーっ!!)
王子の心は打ち抜かれていた。
王子「俺の国は小国だけれど、勇者を生んだ国ってことで今大注目で~」
姫「勇者…魔王を討った方ですね」
王子「そうそう。一応俺は勇者と幼馴染でもあるんです。で、勇者は俺の姉様と恋仲でもあり、近々結婚すると思う」
姫「それは…大変ですね。世界的な英雄と親戚関係になるなんて」
王子「あ、まぁそうだね」
羨ましいとか、誇らしいことですねとか、そう言われることが多いのだが、姫の反応は変わっていた。
やはり姫も王族の者、感性が自分と近い。
王子(勇者が義兄、かぁ…)
姫「王子様と勇者様はお友達でしたの?」
王子「そうだねー…まぁ、昔は2人で冒険ごっことかして遊んでたよ」
姫「冒険ごっこ?」
王子「城の近くにある洞窟やら森やらに遊びに行って、秘密基地作りや宝探しをするんだ。つってもまぁ、所詮ごっこ遊びだけど」
姫「まぁ楽しそう!いいなぁ、冒険ごっこ」
姫は目を輝かせていた。
王子にとっては、ちょっと恥ずかしい子供時代の思い出だったのだが。
王子(姫様は箱入り娘だったのかな?)
姫「秘密基地ってどんなものなんですか?」
王子「あぁ、秘密基地ってのは~…」
その日は姫の質問攻めで、自分の話を沢山した。
姫「う、ふふふっ」
しばらく話すと姫の緊張感も大分溶けたようで、姫は口元を抑えて大笑いする様子も見せた。
姫「王子様って、とても好奇心旺盛で、色んなことを知っていらっしゃるのね」
王子「いやー…肝心な勉学はさっぱりなんですがね」
姫「いいなぁ。私も色んなことやってみたい」
王子「それなら…」
俺と一緒にやりましょう…そう言いかけて、口をつぐむ。
この姫君は、呪いをとかない限り、ここから出ることすらできないのだ。
だが、すぐに思い直した。それなら呪いをとけばいいだけの事。自分は何を躊躇したというのか。
王子「呪いがとけたら、沢山のことをしましょう」
姫「…」
王子(ありゃ)
姫の表情は暗い。しまった、また言ってはいけないことを言ったか。
王子「だ、大丈夫ですよ!呪いは絶対にときます、いつかここから出られますって!」
姫「えぇ…」
そう言うものの、表情は相変わらずだ。
やはり不安なのだろう。無理もない、実際囚われている本人なのだし、しかもこんな繊細そうな女の子だ。
王子は自分のデリカシーのなさを呪いながら、どうしたものかと考えた。
王子(そうだ)
王子「姫様、明日は面白いものを持ってきます!楽しみにしてて下さい!」ダッ
姫「あっ、王子様…」
王子「うわああああぁぁぁ」ドーン
姫「足元気をつけて…って遅かった…」
>翌日
姫(面白いものって何だろう)
姫は王子が来るまでの間、身支度を整えていた。
姫(このイヤリングは昨日つけたし…うーん、でもこのドレスにこれは似合わないかなぁ)
姫(ちょっと髪型もアレンジしてみようかなぁ)サラサラ
姫(う。髪飾りどうしよう)ワタワタ
姫(これがいい?それともこれ?)
姫「あぁもうわかんないーっ!」
王子「何がわからないんですか?」
姫「きゃーっ!?」
装飾品選びに夢中になっていた姫は、声をかけてくるまで王子が来ていたことに気がつかなかった。
王子「髪型変えたんですね。涼しげでいいですね」
姫(気付いてくれたっ!)
王子「あれ、もしかして髪飾りを選んでいた所ですか?」
姫「そ、そうなんです~…あ、選んで頂けませんか!?」
王子「そうだなぁ…」
王子(やっべ女の子のファッションなんて全然わかんねー)
姫「…」ジー
王子「これとか?」
姫「ありがとうございます、これにします!」
姫は王子が選んだ音符モチーフの髪飾りを頭につけた。
王子「お似合いですよ」
姫「本当ですか!」
王子「嘘なんて言いませんよ」
姫(良かったぁ、選んでもらって…)
顔をほころばせて喜ぶ姫を見て、王子はご満悦だった。
王子(多分、どれをつけても姫様には似合うんだろうけど)
それは口に出さないことにした。喜ぶ姫が可愛ければ、それでいい。
王子「そうだ。それで今日はこれを持ってきたんです」
姫「カードですか…?」
王子「はい!これなら屋内でも十分遊べます!」
姫「でも私…遊び方わかりません」
王子「教えますよ~。本当簡単なんですぐに遊べるようになりますって!」
姫「は、はい!」
姫は拳をぐっと握り、力いっぱい頷いた。
たかがカードゲームなのに、気合十分な姫を見て王子は思わず噴いた。
姫「え、あのっ、何か可笑しかったですか!?」アワアワ
王子「い、いえ…思い出し笑いです…」
王子(今の仕草可愛かった~)
王子「それじゃあ、神経衰弱から説明を…」
・
・
・
姫「ああぁ~、わからなくなりましたーっ」
王子「ま、そういうゲームなんで」
姫「また外れたぁ…」
王子「こことここで…よっし合ってた~♪」
姫「また取られたぁ~っ、王子様強すぎますっ!」
王子「ま、コツを掴んでますからね」
姫「王子様は意地悪ですー、手加減して下さいーっ!」
王子(結構わざと間違えたりもしてるんだけどなぁ…)
姫「また負けちゃいました~…」
王子「別のゲームやりますか…?」
姫「王子様に勝つまでやりますっ」
王子「よ~し」
王子(意外と負けず嫌いだな)
王子「そうですね…」ズキズキ
王子(マジで神経が衰弱した…)ズヨーン
姫「あ、もう暗くなってました!すみません王子様、こんなに長時間付き合わせてしまって!」
王子「いえいえ、姫様に楽しんでもらえて良かったです」
姫「また明日も…あっいえ」
王子「ん?どうかしました?」
姫「いえすみません…明日もだなんて、来るのが当然みたいに」
王子「いやいや、俺は言いましたよね、毎日ここに来るって」
姫「いえ、そんな無理せずに…」
王子「いや無理とかじゃなくて、俺がここに来たいんです」
姫「王子様…」
姫はまだ申し訳なさそうな表情を崩さなかったが、反面少し嬉しそうだ。
王子「明日は別のゲームをしましょう」
姫「…はい!」
王子(喜んでくれてる…)
そんな姫の様子を見て、王子はますます幸せを感じるのだった。
>>21コピペミス。1行目入れ忘れてましたすみません。
姫「やっと勝てましたーっ!」
王子「そうですね…」ズキズキ
王子(マジで神経が衰弱した…)ズヨーン
姫「あ、もう暗くなってました!すみません王子様、こんなに長時間付き合わせてしまって!」
王子「いえいえ、姫様に楽しんでもらえて良かったです」
姫「また明日も…あっいえ」
王子「ん?どうかしました?」
姫「いえすみません…明日もだなんて、来るのが当然みたいに」
王子「いやいや、俺は言いましたよね、毎日ここに来るって」
姫「いえ、そんな無理せずに…」
王子「いや無理とかじゃなくて、俺がここに来たいんです」
姫「王子様…」
姫はまだ申し訳なさそうな表情を崩さなかったが、反面少し嬉しそうだ。
王子「明日は別のゲームをしましょう」
姫「…はい!」
王子(喜んでくれてる…)
そんな姫の様子を見て、王子はますます幸せを感じるのだった。
今日はここまで。
王子による姫様攻略パートでした。
王子に外見について言及はしないだろうけど、最低でもフツメン以上と想像してます。
楽しかった時間が終わった。逢瀬の時間は王子にとって、至福のひと時。
王城に帰る足取りはやや重い。姫との別れの寂しさを引きずり、そして――
姉姫「遅かったわね王子」
王子「すみません…」
憂鬱でしかない時間を遠ざけるかのように。
王「勇者を生んだ我が国に世界中から注目が集まっているというのに、その国の第一王子が遊び歩いてばかりでは外聞が悪い」
姉姫「ご安心を父上。建前上は、無人の魔王城の調査ということで噂を流しておりますわ」
王「そうか、流石姉姫だ」
姉姫「だけど噂にも限界はあるの。王子という自覚をしっかり持って頂きたいわ、王子」
王子「はい…姉上」
王子はそんな姉姫が苦手だった。
姉姫「王子、貴方がそれなりに勉学も剣も努力を重ねてきたことは知っているけど」
優秀さから来る隙のなさ、それに――
姉姫「人並み以上に努力しても人並みにしかなれないのなら、せめて人並みを維持して下さらない」
王子「…っ」
不出来な弟に対しての、容赦ない程の辛辣さが。
王子(あー…いい気分が台無し)
自室に戻ってももやもやしていた。
姉姫の発言は、相変わらず容赦なく王子の心を蝕んでくる。
王子(人並み以上に努力しても――)
数年前までの自分には、将来この国を背負って立つという自覚があった。
幼少より姉姫よりも多くの教育係をつけられ、この国の王になる為の教育を受けてきた。
そう、教育に問題は無かった。
ただ単に、自分が不出来すぎただけで。
王子(あぁ~、もう)
毎晩日課で呼んでいる議事録の内容も頭に入ってこない。
メンタルの部分も、数年前に比べるとずっと脆くなったような気がする。
王子(駄目だ…今日は寝よう)
寝ればきっともやもやも晴れる。
明日も姫に会うことができる。
それを思えば、明日が来るのも怖くない気がした。
「うーん、駄目ですね」
国で探してきた魔法使いに姫の呪いを見てもらったが、やはり駄目だった。
今回の魔法使いもかなり優秀という事だったが、期待していた分王子の落胆は大きかった。
姫「そんなに気を落とさないで下さい王子様。貴方は私の為によく動いて下さっています」
王子「それでもー…」
姫「ふふ、気長に考えます。落ち込むなんて王子様らしくありませんよ?」
王子「そっかな…」
姫「えぇ。笑って下さい、王子様」
王子を励ますような姫の微笑み。
やっぱり可愛くて、心臓がバクバク言って…。
王子「そうですね~」
顔がにやけるのは抑えられなかった。
姫「それよりも、カードゲームを教えて下さいませんか?」
王子「よしきた!」
姫「はい、上がりっ!」
王子「くうぅ、こっちのゲームは姫様の完勝だ~」
姫「ふふふ、ごめんなさい、こちらばかり気持ちのいい思いして」
王子「ははは、次は負けませんよ」
正直負けて悔しい気持ちはあったが、勝ちの続いている姫の機嫌はとてもいいので、このまま負け続ける価値は十分にあった。
姫「ふぅ、少し休みませんか?頭を使って少し疲れました」
王子「そうですね。飲み物をどうぞ」
姫「ありがとうございます」
一息ついて、ふと部屋の景色を見渡した。
簡素で殺風景な部屋。最低限の家具はあるので暮らすには不便しないだろうが、華やかさがない。
高価な品で装飾された姉姫の部屋とは大分違う。同じ姫だというのに、こうも違うというのか。
姫「そ、掃除はしているんですが」
何か誤解したのか、姫は慌てて言った。
王子「姫様がご自分で…?ってそうですよね、誰も立ち入りしませんからね」
姫「えぇ、昔から」
王子「昔…?姫様はどれ位、ここにいらっしゃるんですか?」
姫「もう、こんな小さな頃から」
王子「子供の背丈じゃありませんか」
物語で知る限り、姫がさらわれる理由というのは、さらった者が姫を后にしようというものが多い。
だが魔王も小さな姫をさらって后にしようとは、まさか考えないだろう。…いや、ありえるのが怖い所か。
それでも后にしようというのならこんな所に監禁するはずはない。とすれば、もっと別の目的があったのか。
王子(聞いてみたいけど…)
姫「…」
昨日もそうだったが、姫は自分のことを語りたがらなかった。
昨日の今日でそれが変わるとは思わない。
王子「それじゃ、友達は作れませんよね」
だから、聞かなかった。
王子「でも俺が友達になったからにはご安心を!放蕩王子として有名ですから、遊びなら何でも!」
王子(って自慢できることじゃねーって)
姫「王子様は楽しい方ですから、お友達が沢山いらっしゃるんでしょうね」
王子「え…っ」
姫「勇者様も、お友達なのでしょう?」
王子「…」
すぐに言葉が出なかった。
確かに勇者とは、幼い頃は共に遊び、同じ師の下で剣の修行をした仲だった。
『勇者は才能あるな!もしかしたら将来、魔王を倒すかもしれんな!』
『今度、兵団の魔物退治に同行してみたらどうだ勇者』
だけど彼と才能の差が開くのと比例し、自然と疎遠になっていった。
『悪いけど王子と遊ぶと怒られるんだよ、お前のせいで王子が馬鹿になったー、って』
小さい頃仲の良かった相手は、どんどん自分から離れていった。
『付き合う相手は選べと父上に言われている、悪いな』
『姉姫様はあんなに優秀だというのに、どうして弟王子の方は…』
他国の王族にも、何の才能も持たぬ自分と親しくなろうという者はいなかった。
王子(俺に、友達なんて――)
姫「王子様?」
王子「え、あ、いやっ」アワワ
姫「ふふ、どうしたんですか王子様。おかしい」
王子「笑わんで下さいよー」
姫「ふふふふ。でも王子様には才能がありますね」
王子「才能?」
姫「えぇ。人を笑顔にする才能です」
王子「…」
姫の言ったことは的外れだった。
自分は不出来すぎて、父や姉に怪訝な顔をさせたり、中には哀れみを向けてくる者もいた。
笑いものにすらなれなくて、人にいい気持ちを与えることなんてできない。
王子(むしろ――)
俺なんていない方がいいんだ――そう思ったことは、数え切れない程あった。
姫「王子様が来て下さって良かったです」
王子「えっ!?」
心を見透かされたか―― 一瞬、そう思った。
姫「こんなに楽しい気持ちになれたのは、初めてかもしれません。私、王子様とお友達になれて良かった」
王子「…」
姫は世間を知らない。だから、そんなことが言える。
王子(もし姫様が外に出たら――)
姫「もしここから出られたら、もっと沢山、ワクワクすることを教えて下さるんでしょうね」
世間を知る。もっともっと魅力的な人を知る。王子が何の才能も魅力もない人間だと知ってしまう――
王子(嫌だ…)
姫の心が自分から離れる。そして姫は、自分の周囲の人間が自分を見るのと同じ目で自分を見る。
想像するだけで耐えられなかった。
王子(そんなことになる位なら――)
姫「?」
何も知らない姫でいてほしい。
いっそずっと、ここに囚われていてくれたら――
王子(…って何考えているんだ俺は!?)
姫「王子様?」
王子「あ、いえっ!」
心を見透かされていないかという心配からか、王子は急に立ち上がった。
王子「すみません…急用を思い出しましたので、今日は帰ります」
姫「あら、そうですか。…明日も来られますか?」
王子「えぇ、勿論」
姫「良かった」
姫はニコッと微笑む。本当に純粋で、清らかな笑顔だった。
それは愛おしくもあり、同時に王子の胸を締め付けた。
王子「では…」
帰りの道中も、締め付けられた胸が楽になることはなかった。
自己嫌悪が消えない。さっきあの瞬間、とんでもないことを思ったから、というだけの理由ではない。
王子(俺の本音なんだよな…これ)
いくら心の中で否定しても湧き上がってくる、姫を手放したくないという気持ち。
王子(最低じゃねーか、俺…)
今日はここまで。
王子の心情がわかりすぎてつらい。
>翌日
姉姫「あら、今日も出かけるの王子」
王子「えぇ、まぁ…」
城を出ようとした所で声をかけられた。
まずい…ただ呼びかけてそのまま去るだけの姉姫ではない。
姉姫「囚われのお姫様に会っているそうね」
それについて説教されるというのは、十分予想できていた。
姉姫「魔王に姫様がさらわれた国なんて聞いたことないけれど。どちらの国の方なのかしら」
王子「どうやら囚われたのは姫様が子供の頃のようで…それについては、まだ」
姉姫「亡国の姫なら何の糧にもならないわ。いくら花嫁候補に苦慮しているからって、お付き合いする相手はもう少し考えてほしいわね」
王子「…っ、そんな事は姉上には」
姉姫「関係ないとは言わせないわ」
姉姫はピシャリと王子の言葉を遮断した。
姉姫「貴方に王位を継ぐ裁量があると思って?いえ、王位どころか、王の補佐すら務まらないわ」
王子「…」グッ
姉姫「それならせめて、我が国の為になる婚姻を結んで頂かないと。放蕩王子が亡国の姫と結婚だなんて、国の恥を晒す話でしかないのよ」
王子「…っ」
王子は、何も言い返せなかった。
王子(くっそ…)
もやもやが晴れない。
自分を否定されることは、いつまで経っても慣れることができない。
王子(いずれ姉上は勇者と結婚し、王位を継ぐ)
優秀な姉に、世界を救った勇者。2人は周囲から認められ、祝福される夫婦となるだろう。
だけど2人が輝けば輝く程、不出来な自分に向けられる目は冷たくなるはずで。
王子(遊んでる場合じゃないのに)
頭ではわかっていたが、行動に移せなかった。
人並み以上に頑張ってようやく人並み、そう評されて自分が情けなくなって。
かつての自分は、不出来だという周囲の言葉も耳に入らないくらい頑張れた。頑張ればいつかは報われる、そう信じて。
王子(けど報われることはなかった)
勉強したこともすぐに忘れる頭、雑魚モンスター1匹狩るのがやっとな剣の腕。
努力だけじゃどうにもできない無能ぶりだと、結果が王子を嘲笑った。
自分は物語に出てくるような王子様には程遠い。誰かに憧れて貰えるような部分、1つも持ち合わせていない。
王子(~っ、駄目だこんな気分のままじゃ!)
頬をパチンと叩く。
王子(これから姫様と会うんだから…!)
姫「王子様~っ」
王子「あ、姫様!」
魔王城に着くと、姫は窓から手を振っていた。
王子(俺と会うの楽しみにしてくれているんだなー)ジーン
王子は塔の外壁に飛びつき、いそいそとよじ上っていった。
急ぎすぎて、途中何度か足を滑らせたが、そこから落ちることはなかった。
王子「ご機嫌よう姫様!」
姫「もう王子様、見てて危なかったですよ!」
王子「ははは、俺ってそそっかしいから」
1秒でも早く姫と話がしたかった。
姫といる時間だけが、至福の時だから。
姫「王子様…何かありました?」
王子「えっ」
姫「何だか顔つきがいつもと違うような…」
王子「え、いや…そんなことはないですよ」
まずい、察されてしまったか。
王子「それよりも今日は何のゲームで遊びましょうか」
姫「今日は…お話がしたいです」
王子「じゃあ、そうしますか」
王子は姫の正面にあった椅子に腰掛けた。
王子(…つっても何を話せばいいのか)
楽しい話は前にした。最近、姫といる時以外はろくなことがない。
どうしたものか…そう困っていると。
姫「王子様…私の話を聞いて下さいますか?」
王子「姫様の?勿論」
王子は即答した。そろそろ、姫自身のことを聞きたかった。
姫「あのう…その…」
姫は少し話しづらそうに切り出した。
姫「変な話なんですが、私…何も思い出せないんです」
王子「思い出せない…ってのは?」
姫「ここに来る前のことです…」
王子「つまり、囚われる前の…」
合点がいった。それで、姫のことを聞いても答えてくれなかったわけか。
姫「自分が何者なのかわからないんです…それが不安で不安で…」
王子「なるほど。でも姫様は姫様だし、そんなに不安がらなくても…」
姫「不安ですよ」
姫は少し強めに言葉を遮った
姫「私は本当に姫なのか――それすらもわからないんです」
王子(そういや…)
姫がさらわれた国など聞いたことない、姉姫がそう言っていた。
姫「魔王に囚われていた姫…もしかしてそれも嘘なのかもしれません」
王子「それは――」
そんなことはない、なんて言えなかった。
もう魔王も、魔王の手下も、ここにはいないのだから。
姫「魔王が討たれた後、誰も私を迎えに来てくれませんでした」
姫が亡国の姫だったとしても、その国にいた者は他の国に移った。
国が滅びた時点で、姫は姫でなくなる。つまり姫に、帰る場所は存在しない。
姫「私はもう、必要のない存在――」
王子「――っ!」
姫の言葉は、王子の心にストレートに突き刺さって。
姫「人々から忘れ去られて、自分でも思い出せないってのは…こんなに苦しいことなのですね」
王子「忘れ去られたなんてとんでもない!」
姫「王子様…?」
だから、姫の言葉をすぐに否定した。
王子「姫様はこうやって俺の目の前にいるじゃありませんか。物忘れが激しい俺でも、姫様のこと絶対に忘れない!」
それだけは疑いようのない事実。これだけは、絶対に否定させない。
王子「姫様が必要ないわけがない――外に出れば、いくらでも可能性はあるのに」
姫「王子様…」
例え国を失っていたとしても、姫ならきっと居場所を作れる。
王子「俺の方ですよ――」
姫「…え?」
どうしてか言葉が溢れてくる。
王子「努力を実らせることができない、もう努力する気力もない」
そんな自分、姫には知られたくなかったのに。
王子「必要とされていないのは、俺の方です」
全て吐き出したい気持ちも同時にあって。
王子「俺は多くの人に知られる存在で――その多くの人は、俺を無能と言います。必要とされていないのは、俺の方です」
言い切った後、後悔と、清々しい気持ちが、同時にあった。
姫「そんなこと、ありません…」
姫は弱々しくだが、王子の言葉を否定した。
姫「王子様が必要とされてないなんて…そんなはず、ありません」
王子「でも俺は――」
姫「だって!」
今度は強い口調で遮る。
その勢いに、王子は驚き言葉を止めた。
姫「私は外のことはわかりませんし、王子様の周辺のことはわかりません。それでも――」
姫は王子に一歩近づき、彼の瞳を見つめた。
姫「私が貴方を必要としていますから…」
王子「姫様…」
嬉しいはずの言葉なのに、衝撃が大きすぎて、頭にすんなり入ってこなかった。
それよりも、信じられないという気持ちの方が大きくて。
姫「私は本当に姫なのか――そんな不安、今まで1度も抱いたことありませんでした」
姫は胸の前で手を組み、ゆっくり語り始めた。
姫「けれど私が貴方を知り、貴方が私を知り…それからです、不安になったのは」
王子「俺と知り合ってから…?」
姫「だって、貴方は――」
姫は言いかけて、顔を真っ赤にしてうつむく。
その恥ずかしそうな表情に、追及することはできなかったが、王子は聞きたくて仕方なかった。
王子(俺は――?)
やがて姫は目だけこちらに向けて、小さな声で、呟いた。
姫「貴方は私を救おうとして下さる王子様で…」
姫「王子様の相手は――お姫様でしょう?」
王子「」
王子(え、えええええええぇぇぇぇぇぇ)
頭が一気にパンクしかけた。
王子(何?何だって?王子様の相手は――えっ?)
姫「…」バッ
姫は両手で顔を覆ってしまった。
つまりやはりこれは、姫にとって恥ずかしい告白であり…告白!?
王子(マジかよおおぉぉぉ!?…な、なな何て返せばいいんだ!?)
せっかくのチャンスだというのに言葉を返せない。やはり王子は、残念な王子であった。
王子「お、おおおお俺だって」
王子(ああぁ震えるな、俺!冷静になれ、俺!かっこつかねぇだろがッ!!)
姫「…?」チラ
王子(~っ!!)
指の隙間から覗く姫の瞳に催促され、王子は覚悟せざるをえなかった。
王子「俺だって!姫様を必要としています!」
ガシッと強く姫の手を握る。
露わになった姫の顔は相変わらず真っ赤で、恥じらいで今も泣き出しそうだ。
姫「王子様…」
王子「俺は…貴方の王子になりたい」
王子の特権とも言える言葉。正直自分には、姫の王子となる自信はない。
それでも、姫に対する気持ちは本物だから。
王子「…俺のお姫様に、なって下さいませんか…?」
姫「はい…!」
だからその気持ちを込めて、姫を、強く強く抱きしめた。
今日はここまで。
男視点慣れないので苦労(´・ω・`)
一方、時間は遡り、城。
姉姫(あれだけ言っても、王子は行くのを止めなかった)
廊下の窓から魔王城の方を見つめ、姉姫は嫌な予感がしていた。
姉姫(囚われの姫君とやらと、深い仲にならなければいいけれど…)
勇者「姉姫様、どうされました」
姉姫「あらお帰りなさい。遠征は大変だった?」
勇者「いや大したことは。貴方が事前に情報を集めてくれたお陰で、大分楽できました」
姉姫「そう、それは良かったわ」フフ
勇者「それと1つ報告が」
姉姫「何かしら」
勇者「元魔王軍の幹部と思わしき残党を生け捕りにしました」
姉姫は勇者と並んで、城内の牢獄へ向かった。
普段足を踏み入れぬ陰鬱な雰囲気の場所だが、姉姫は特に居心地の悪さを感じていない。
勇者「こいつです」
姉姫が見せられたのは、檻の中で鎖に繋がれている人型の魔族だった。
魔族は姉姫に気がつくと、ニタッと笑った。
魔族「これはこれは、才女と名高い将来の女王様じゃなーい。アタシに何か用かしら?」
姉姫(男…よね、この魔族)
姉姫「口を慎みなさい。自分の立場がおわかり?」
魔族「あらやだ怖い。アナタそんなに可愛げない顔ばかりしていると、年取った時どギツい顔のオバサンになっちゃうわよォ」
姉姫「余計なお世話ね。それよりも、質問に答えなさい」
魔族「あら、何かしら?」
姉姫「魔王城に、囚われのお姫様がいたわね」
魔族「あぁ――あのコね」
姉姫「彼女は何者?どうして魔王は、彼女をさらったのかしら?」
魔族「そうねぇ…もう魔王様はいないことだし、別にいいかバラしても」
王子「~っ…」
姫「…」
抱きしめ合ったまま時間が止まっていた。
このままでも十分に至福の時間。だけどもっとその先のことを、心の中で貪欲に求めてしまう。
王子(キス…してもいいのかな?)
視線を落とし、姫の顔を覗く。
姫は相変わらず恥じらいの為か顔を赤くし、瞼を閉じていた。
その様子はあまりにも愛しくて、そして純粋で…。
王子(駄目駄目駄目、抑えろ俺っ!)
下心全開の気持ちを抑えるのに必死だった。
姫「うふふ、王子様。ドキドキいってますよ」
王子(そりゃそうでしょうね…)
姫「何だか私…幸せです」
王子「~っ…」
その言葉に王子は一瞬、獣になりかけたが自分を抑え、上を見上げた。
王子(生きてて良かった…!!)ジーン
その時だった。
姫「…あら?」
王子「ん、どうしました?」
姫「外が騒がしいですね…」
王子「そういえば…」
姫のことで頭が一杯になっていたが、外から声がする。
王子は姫から離れると、窓の外を見た。
王子「あれ…うちの国の兵団じゃないか」
姫「え?」
王子(それに先頭に立っているのは…)
間違いない。あれは勇者だ。
王子「…何だろう。ちょっと行ってくる」
王子は窓の外に飛び出すと、外壁を伝って下に降りていった。
勇者「あ、王子様」
王子「よ、どうした。魔王城の調査か?」
王子は内心やや不機嫌だった。来るならもっと、違う時に来てほしかったのだが。
勇者「姫君が囚われている塔というのは、ここですか?」
王子「そうだけど…まさか姫様を救う手段がわかったか?」
勇者「いえ、そういうわけではありません」
王子(何だよー…)
王子はガックリ肩を落とした。
勇者「だが、姫君の素性がわかりました」
王子「本当か!?」ガシッ
勇者「はい、だから――」
勇者は塔を見上げる。
窓から姫がこちらを伺っていた。その姫の姿を視認し、勇者は目つきを鋭くする。
王子「勇者?」
どうした――と聞こうとしたと同時だった。
兵士「王子、ご無礼を!」
王子「あっ!?」
兵士達が唐突に、王子の体を取り押さえた。
王子「なっ、何だよ!?」
勇者「陛下と姉姫からのご命令です。あの姫君を狩らせてもらう」
王子「………は?」
王子「ちょっ狩るって…どういうことだよ!?」
王子は振り返り姫の方を見る。
姫も王子同様驚いた様子で、戸惑いの表情を浮かべていた。
勇者「あの姫君は人間にとって害悪な存在となるかもしれないのです」
王子「害悪って何だよ!?説明しろよ!!」
勇者「つまりです」
取り押さえていなければ、今にでも勇者に殴りかかって行きそうな王子とは対照的に、勇者は冷静に返した。
勇者「あの姫君は、俺が倒した魔王の妹にあたるのです」
王子「――え?」
姫「!?」
王子(姫様が魔王の妹?姫様は人間じゃない?)
勇者「生け捕りにした魔族が言うには――」
魔族『あのコは先代の魔王様が人間との間に作った、忌み子なのよねぇ』
魔族『一応先代魔王様の血を受け継いでいるわけだから、扱いに困ってねぇ』
魔族『それで記憶を封じて、塔に閉じ込めることにしたのよ』
魔族『殺さなかった理由?さぁねぇ、一応血の繋がった妹っていう情はあったんじゃない?』
勇者「――と、いうわけです」
王子「ちょっと待て!何でそれで姫様を殺すことになるんだ!?」
勇者「魔王の血縁者だから。ようやく訪れた平和をまた乱す危険性があるそうです」
王子「ねーよ!」
だって魔物達は魔王が倒された際、姫を見捨てて逃げていった。
魔物達にとって姫は、取るに足らない存在だったのは明らかだ。
勇者「申し訳ないが、陛下と姉姫の決断です。俺はそれに従うのみ」
王子「英雄が無力な女の子を殺すのかよ!?」
勇者「俺が英雄になったのは、陛下と姉姫が俺を見初めて下さったお陰です」
王子「~っ…」
勇者「無駄話している時間が惜しい。撃て」
王子「やめ…」
勇者の命令で、兵団が弓矢と魔法を姫に向けて放った。
姫はとっさに体を低くし、身を隠す。
放たれた弓矢と魔法は、途中で何かに弾かれた。
勇者「防護壁が張ってあるのか…面倒だな」
そう言うと勇者は塔に向かって一歩踏み出した。
王子「おい、待…」
勇者を止めようとしたが、兵士達に取り押さえられてそれすら出来なかった。
多勢に無勢。王子はそこから動くことすらできない。
王子「おい、くそ勇者ぁ!お前命令だ命令だって、自分の意思がねーのかよ!頭空っぽの馬鹿野郎か!」
勇者「貴方こそ、惚れた女だから必死になっているのでしょう」
勇者の冷静な返しに、兵士達からも笑い声が漏れる。
屈辱で力が緩んだが、その分言葉に怒りがこもる。
王子「少なくともお前や馬鹿親父達よりは善悪の判断はついてるわ!悪意のない者を殺すなんて、相手が例え男だったとしてもいいわけねーだろ!」
勇者「…恨み言は後でいくらでも聞きます」
勇者は躊躇なく、塔の外壁に足をかけた。
王子「やめろっつってんだろ!」
兵が「あっ」と声を漏らす。一瞬抵抗の力が弱まった王子に油断していたのか、王子は兵士達の手を振りほどき、真っ直ぐ勇者の所に駆けた。
そして外壁を1メートル程度上っていた勇者の服を掴む。
勇者「…っ」ドサッ
急に服を掴まれバランスを崩した勇者は、地面に体を叩きつける。
王子はそのまま、勇者を上から押さえつけた。
勇者「~離して下さい」
王子「嫌だね」
勇者「…くっ」
勇者は抵抗してきた。だが王子は必死に勇者を押さえつける。
離すわけにはいかない。手を離せば、姫が――
姫「王子様…っ」
窓を見上げ、愛しい人の顔を見る。
彼女は逃げることができない。だから守らなくてはいけない。絶対に、守りたい。
兵士「おやめ下さい、王子さっ――」
と、王子の背後に兵士が近づいてきた。
だが王子は、無策ではない。
王子「おらっ!」ガッ
兵士「っ!」
王子は振り向かぬまま肘を振り、それが兵士の鼻に直撃した。
そして兵士が怯んだと同時、兵士の腰の剣を奪った。
王子(無能なりに、戦闘訓練は散々やってきたんだよ…!)
王子「でりゃあぁっ!」
兵士「…っ」
王子を取り押さえようとした兵士達だったが、王子が振り回す剣に怯んで近づくことができなかった。
それだけ、今の王子には気迫があった。
王子(守らないと――俺が、姫様をっ!)
今日はここまで。
キリが悪くて申し訳ないです(´・ω・`)
しかし。
勇者「…っ、失礼っ!」
王子「っ!!」
勇者に後頭部を蹴られ、王子の脳みそが一瞬ぐらつく。
だが勇者は立て続けに、王子に足払いをかけた。
王子「あっ!!」ドサッ
勇者「今だ取り押さえろ!!」
勇者の命令で、なだれ込むように兵士達が王子に覆いかぶさってくる。
先ほどよりもずっと乱暴だった。
王子「お、お前ら…っ、俺に手ぇ出しやがったな…」
勇者「この状況では致し方ない」
自分が仕える国の王子を痛めつけたというのに、勇者はまるで悪びれていない。
いや、それは勇者だけでなく、今自分を取り押さえている兵士達もだ。
「全く手間かけさせて…」
「せめて邪魔だけはしないで貰いたいものだ」
「本当、困った方だ」
喧騒に包まれていても、陰口はしっかり聞こえてきた。
姫「あ、あぁ…王子様…」
怯える姫の顔を見て、王子は唇を噛み締める。
王子(くそ…)
怒りと悔しさが半々にあった。
誰も自分に敬意を抱いていないのは前々からわかってはいた。だが実際耳にすると、冷静ではいられない。
だが怒りに震えている場合でもなかった。勇者は再び、塔の外壁に足をかけた。
王子「待っ――」
と、手を伸ばしたが。
兵士「いけません!」
王子「――っ!!」
その手を乱暴にねじり上げられ、背中に押し付けられる。
まるで罪人のような扱い。いや既に、姫は罪人同様の認識をされているのだ。
王子(何でだよ…!!)
あの心優しい姫が、自分に幸せな時間をくれた姫が、人間にとって害悪な存在になるわけがない。
王子(姫様を失ったら…)
王子がこの世界で最も愛している者が失われる。
王子を必要としてくれている唯一の人がいなくなる。
そうなるのは、王子にとってこの上ない位絶望的なことで。
王子「許さねーからな…お前も、親父達も!!」
心の底から出た、憎しみの言葉だった。
自分は所詮無能。
姫を助ける王子様になんて、なれやしない。
それだとしても――
王子(諦めきれるか!!)
どこまでも泥臭く、みっともない位に足掻くのだけは止められない。
例え無様だと嘲笑されても、1人の男として愛する人の存在は譲れない。
兵士「えぇい諦めの悪い!」グイッ
王子「あ゛…っ!!」
姫「あ、お…王子様…」
王子がねじ伏せられる様子を見ながら、姫はただ震えていた。
王子の表情が苦痛に歪んでいる。自分のせいで、痛めつけられている。その状況が辛くて、でも何もできなくて。
勇者「人の心配をしている場合ではないぞ」
姫「ひっ」
外壁を伝い、勇者が上ってきた。
勇者は剣を抜く。自分を殺す為に。
勇者「お前自身に罪はないが――魔王の血縁者を生かしておくわけにはいかないんだ」
姫「あ、ああぁ…」
姫は恐怖に震えた。
少し前までの自分なら、ここまで死を恐れなかった。
誰からも必要とされていない、忘れられた姫君が、どうしてこの世に未練を抱けようか。
今は違う。死ぬのが怖い。
姫(せっかく、生き甲斐が出来たのに…)
王子は自分を救おうとしてくれた。
楽しい時間や、ドキドキする気持ちを教えてくれた。
必要だと、言ってくれた――
姫(そんな1番嬉しかった日に、私は死ぬの…?)
嫌。
勇者「諦めるんだな、あの世で父や兄に再会するがいい」
嫌だ。
王子「やめろ…勇者ぁ――っ!!」
姫(そうよ…)
死にたくない。王子ともっと沢山の時間を過ごしていきたい。
死ぬわけにはいかない。自分が死ねば、王子が傷つく。
勇者「覚悟し――」
姫「嫌ああぁ――っ!!」
勇者「!?」
勇者はすぐに危険を察知し、後ろに跳んだ。
それと同時だった。勇者の立っていた場所で何かが弾けたのは。
勇者「これは…!!」
目を凝らさなくても、姫の周辺で異変が起こっているのは確かだった。
室内の家具は揺れ、何よりも空気が乱れている。
姫「これ以上――」
勇者「…!?」
揺れはどんどん大きくなる。
立っているのがやっとだが、勇者は思った。危険だ、と。
勇者「早くこいつを狩らねば――」ダッ
勇者は駆けた。
しかし、遅かった。
姫「これ以上…私達に関わらないでッ!!」
王子「――っ!?」
爆発音と共に、王子の目の前で塔が爆発した。
ドサッ
勇者「が…っ」
兵士「勇者様!?」
塔から落ちてきた勇者は怪我を負っていた。
勇者なら死にはしないだろうが、それでもかなりのダメージだ。
だが王子の心配はそちらではない。
王子「姫様は…!!」ダッ
驚いている兵士達からの手を振りほどき、王子は塔の方へ駆けた。
土埃の中から姫の姿を探す。
まさか瓦礫の下敷きに――そんな嫌な予感が頭から離れなかった。
姫「王子様――」
王子「姫様っ!!」
姫の声に、王子はガバッと振り返った。
王子「!?」
そして、驚愕した。
姫「…」
姫の体には怪我どころか、土埃による汚れすら無かった。
王子「姫様…!良かったご無事で…」
だが、そんなことすぐにどうでも良くなった。
何があったのかはわからないが、わからなくてもいい。姫が無事なら、それでいい。
姫「王子様、私――」
王子「姫様…?」
しかし王子は姫の浮かない顔に、一瞬、嫌な予感がした。
王子「どうしました姫様…?」
予感なんて外れる。それに、多少の嫌なことは飲み込める。
だって――
姫「私は――」
だって自分は――
姫「もう――貴方といることはできません」
王子「!?」
――姫と一緒に居られれば、それでいいのだから。
王子「どうしてそんなこと言うんですか!?」
王子は姫に向かって1歩踏み出す。
王子「うわっ!?」
だが王子の足元の瓦礫がボコッと盛り上がって、それを阻止した。
姫「たった今、思い出しました…」
王子「思い出した…って何が?」
姫「先代魔王の娘としての記憶――それに、力の使い方も」
そう言うと姫はフワッと宙に浮いた。
信じられない光景だった。だがそれすらも、今はどうでも良かった。
王子「俺と居られないって、何で!?」
王子は宙に手を伸ばす。
今にでもここから居なくなってしまいそうな姫の姿を、捕まえたくて。それでも手は届かなくて、せめて目に嘆願を込めて。
姫「私は魔物の姫で、貴方は人間の王子――」
王子「関係ない!!」
王子は躊躇なく言い切った。
王子「だって俺は――」
姫「ごめんなさい、王子様」
王子の言葉を遮った。全て聞いてしまえば、決意が鈍ってしまう。
姫「さようなら」
王子「姫さ――」
振り返ることなく、姫は飛び去っていった。
それでも王子は、声の限り叫んだ。
王子「俺は――貴方の王子だから!!」
声が届いたのかすらわからぬまま、やがて姫はその姿を遠くへ消した。
姫「ごめんなさい、王子様…」
王子には届き得ない小声で、姫は呟いた。
姫(私も、もっと貴方と居たかったです)
仕方なかった。自分は勇者に命を狙われるような存在。
そんな自分が、王子の姫になるわけにはいかない。
姫(貴方といる間、幸せでした)
誰かと過ごす暖かさを知った。
誰かに必要とされる嬉しさを知った。
誰かと愛し合うときめきを知った。
もしも来世で出会えたら――
姫(今度は、障害のない恋愛をしたいですね)
今日はここまで。
明日完結できればいいなーと思います。
暖かい時期が過ぎ、少しずつ涼しくなり始め、あっという間に寒風吹きすさぶ季節が訪れた。
時の流れと共に過去の出来事は新しい出来事に上塗りされ、人々の中では魔王は過去の存在となっていた。
姫「うううぅぅ寒い寒い寒い」ブルブル
厚着した姫は、ようやくの決心をして外に出た。
彼女が住む小屋の中も十分に寒かったが、それでも外の空気よりは随分マシだ。
姫(でも食べるものももうないし、探してこないと…)
姫は今、人里離れた山小屋で生活していた。
勇者はきっとまだ諦めていないだろうし、魔物達も新たな王を立てようと計略していると噂に聞いた。
正直、どちらにも関わりたくはない。それで人とも魔物とも関わりを避けて、こんな山奥にやって来た。
生活は楽ではない。稼ぐ手段もない姫は、自分で食料を探さなければならなかった。しかも自分の手料理は、美味しいとはとても言えない。
姫(それでも、気持ちは楽よね)
何のしがらみもない、自由気ままな生活にそれなりに満足していた。
一方で、寂しいという気持ちもあったけれど。
姫(お腹すいたぁ~…)グウゥ
木も、冬なので実がならずにいる。
となると、川まで行って魚を獲るしかないか。
姫(さーて頑張りますか)
この時期に川に入って魚を手で獲るわけではない。
魔法を使って、魚を宙に浮かせるのだ。
姫(うーん)
と言っても、簡単なものではなかった。
魚を目を追い、そこに力を集中させた時には、魚は別の所に行ってしまう。
狙いを定めるのが、なかなか難しい。
姫(今度こそ…えい、えいっ)
それでも魚には逃げられる。
姫の空腹も、そろそろ限界に近づいてきた。
姫(もう…駄目)グウウゥゥ
なかなか捕まってくれない魚を恨めしく思いながら、姫は力尽き――
「全く、見ていられないな」
姫「!?」ガバッ
姫は目を疑った。
姫の目の前にあったのは――とても大きなおにぎりだった。
姫「あ、ああぁ…」
これは夢?幻?だってそんな、こんな所に…。
姫「お、王子様…!?」
王子「お久しぶり、姫様」
姫「どうして…」
おにぎりを持ってこちらに微笑んでいるのは間違いなく、王子だった。
だが姫の記憶にいる王子よりも、顔や体に傷が増えていた。
姫「王子様、本当に――」
グウウウウウウゥゥゥゥゥ
姫「…」
王子「…まず、食べましょうか」
姫「グス、王子様のおにぎりに命を救われたのはグスッ2度目ですね」スンスン
王子「いやー…まさかまた飢えてるとは思いませんで」
姫は泣きながらおにぎりを頬張る。
久々に食べた米の味は、何とも言い難い程味わい深かった。
王子「感動の再会のはずなのに、かっこつかないなぁ」ボソ
姫「モグモグ…何かおっしゃいました?」
王子「いえ」
姫「ところで王子様…どうしてここがわかったんですか?」
王子「そりゃ苦労しましたよ」
王子は苦笑した。
王子「姫様なら人とも魔物とも遮断された場所に行くかなって…それで、そんな場所をしらみつぶしに探しました」
姫「まぁ…」
本当なら咎めなければならない。自分は既に王子に別れを告げたのだ。
それでも王子が自分を探しに来てくれた嬉しさで、素直な笑みが顔に表れた。
王子「姫様」
姫「っ」
王子が真剣な表情で姫を見つめる。
その目力に、姫の緊張は高まった。
王子「姫様は、俺のことを――」
姫「ま、まま待って下さい!」
その先の言葉を聞けない。聞きたいけど、聞いてはいけない。
姫「駄目ですよ、王子様…」
だから、突き放さないといけない。
姫「私達の仲は――許されません」
自分は人間に受け入れられない。そんな自分が、一国の王子の姫になってはいけない。
だけど、王子の反応は予想と違って。
王子「俺は構いませんよ、姫様」
優しい微笑みを浮かべていた。
王子「全部捨ててきました――地位も、しがらみも、故郷も」
姫「…えっ?」
王子「俺は、もう王子ではありません」
姫「え、その…えっ!?」
王子「姫様が飛び去った後、俺は1度も城に帰らず、そのまますぐに姫様を探す旅に出ました。まぁ、家出というやつです」
姫「あの、でも…貴方のご家族は、王子様を探しているのでは」
王子「王子の家出は外聞が悪いですからね。旅の最中、何度か国の追手に連れ戻されそうにはなりました」
王子は苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔になり――
王子「あの時、姫様を守れなかったことを、俺はずっと後悔していました。だから今度は姫様を守れるようにと、がむしゃらに戦い続けてきました」
姫「まさかその顔や体の傷は…」
王子「追手や、盗賊との戦闘でついた傷です」
王子は姫に手を差し出す。
王子「本当は俺にこんなこと言う資格はないのかもしれない――だけど、この言葉を伝えたかった」
王子「この世界で貴方が1番大切なんです。今度こそ俺に、貴方を守らせて下さい!」
王子『さあっ!その姿を見せよっ!』バッ
姫『…え?』
どうしてだか、初めて出会った時のことが頭に浮かんだ。
あの時の自分も、飢えていて、寂しくて、誰かに救い出して欲しくて。
王子『今すぐ貴方を連れ出してみせましょう!この私にお任せあれ!』
王子の言葉が、ただ純粋に嬉しかった。
まるで――
王子『迷惑だなんて!むしろ本望というか、貴方を救いたい!!』
王子『姫様、毎日ここに来ても良いでしょうか?』
まるで彼は――
王子『…俺のお姫様に、なって下さいませんか…?』
運命の王子様みたいで。
姫「私は――守りは必要としていません」
今の自分はあの頃と違う。
もう誰かの助けをただ待つだけの、か弱い姫ではない。
姫「だから――」
王子「それなら俺を――」
自分はもう、守りは必要としていない。
必要としているのは――
王子「俺を、支えて下さいませんか?」
姫「――っ」
姫「それは私の台詞です…」
1人で生きていこうと決心した。
だけどいざ王子に会うと、その決心が揺らいでしまって。
姫「支えてほしいのは、私の方です――」
王子「困りましたね」
王子は苦笑する。
王子も同じだった。1人じゃ心が卑屈になっていて、姫がいないと真っ直ぐ立っていられない。
王子「なら言い換えましょう…俺を支えて下さい。俺が姫様を支えますから」
姫「…はい」
姫の返事に、迷いはなかった。
王子「姫様っ!」
姫「!」
不意に王子に抱きしめられた。
季節は冬。寒風の中で触れ合う温もりに、姫は体を委ねた。
姫「本当に後悔はありませんか…?全てを捨てて来たことに」
王子「いいんです…姫様がいれば、それで」
私も、貴方だけが欲しかったんです――だけど言葉にできなかった。泣きそうな顔を見られたくなくて、王子の胸に顔を埋める。
今は言葉はいらない。愛しい人が目の前にいてくれるのなら、それでいい。
王子(俺はもう、手放さない――)
心の中で、強く誓いを立てた。
川のせせらぎだけが聞こえるその場所で、互いにその瞬間を惜しむかのように、時間はしばらく止まっていた。
Fin
ご読了ありがとうございました。
序盤で王子が姫様にタメ口を使っているというミスに今頃気付き、反省しております。
男主人公だとなかなかタイピングが進まず苦労しましたが、脱線せずに書きたいものが書けたと思います。多分。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません