姫「魔王子との政略結婚」 (262)
少女漫画っぽさ意識してます
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その日、不安で一杯だった。
私は魔王の一人息子との結婚が決まり、夫となる人と初の顔合わせする為、魔王城に来ていた。
姫(うぅ)
ジロジロ見られている。緊張。
でもここで弱々しい振る舞いをしたら、後々困るのは自分。
そう思い胸を張ってはいたものの、今にも心臓が飛び出しそうだ。
従者「魔王子とやら、来ませんね」ボソボソ
姫「そうね…」
私が謁見の間に来てから随分経った(ように感じる)
しかし夫となるはずの魔王子はなかなか現れず、無言のまま魔王と向き合う羽目になっていた。
魔王「…」ゴゴゴ
姫(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)
私は早くも、義父となるであろう魔王を相手に圧倒されていた。
魔王「遅い…」
姫「」ビクッ
魔王「魔王子め何をやっている…」ゴゴゴ
姫(こ、怖い…)
怒っているのか、元々こんな人なのかはわからないが、威圧感は本物だ。
このままでは押しつぶされてしまいそうで…。
メイド「ま、魔王子様が帰られました!」
姫「!!」
その報告に救われた気がした。
目先の問題なのだが、とにかくこの空気を何とかしてほしくて。
だけど、
魔王子「あー、風呂くらい入らせてくれってぇ」
姫「!」
初めて見る彼は、
魔王子「ひとっ走りして体がくせーの何の。脇汗ビッショリで気持ちわりー」
姿を現したと同時、また悪い方向に空気を変えてしまった。
魔王「お前…今日は姫君との顔合わせの日だと伝えておいたが?」
魔王子「わりわり。忘れてた」
姫(わ、わす…)
魔王子は魔王の威圧感にまるで気付いていないかのように、飄々としていた。
顔は美形で間違いないんだけれど、服装は運動着のようにラフだし、髪も乱れている。どうにも、きっちりした人ではないらしい。
従者「し、失礼ではないですか!!」
姫「ま、まぁまぁ」
魔王子「お。もしかして俺の奥さんになるお姫様?」
魔王子はピリついた空気に動じず、私に寄ってきた。
あまりに物怖じしない様子に、人見知りの気がある私は引き気味になる。
だけど魔王子はそんなの気にせずにニカッと笑い、
魔王子「宜しくなぁ、お姫様~」
私に手を差し出してきた。
姫「え、えぇ…」
私もその手を取りそうになったけれど、
魔王「魔王子…無礼にも程がある。顔合わせにも形式というものがあるのだ、奔放では困る」
魔王の威圧的な声に、私は出しそうになった手を思わず引っ込めた。
魔王子は機嫌の悪い顔になって、魔王に顔を向ける。
魔王子「あのさー、俺、当事者なんだよ?何で形式に縛られなきゃならんのですかー」
魔王「馬鹿者。お前の結婚は魔物と人間の和平がかかっていてな…」
魔王子「形式に縛られる理由にはなってねーな」
そう言うと魔王子は、
魔王子「失礼っ」
姫「っ!?」
一旦引っ込めた私の手を取った。
魔王子「はいはい立って立って~」
姫「あ、あのっ…」オロオロ
魔王「どこへ行くつもりだ魔王子」
魔王子「デート」ニッ
魔王「あ?」
魔王子「結婚前に相手のことを知っておきたいじゃん。顔合わせだけじゃわかんねーっつーの」
そう言って魔王子は強引に私の手を引っ張っていった。
私はどうしていいかわからず、引っ張られるまま彼の後を追う。
魔王「待たんか魔王子!」
魔王子「いやでーす」
そして魔王子は謁見の間にいた者の視線を集めたまま、あっという間にそこから立ち去ってしまったのだ。
姫「あ、あの…」
魔王子「ん、何?」
姫「いいんですか…?」
魔王子「あー、いいのいいの、気にすんな!」
彼はそう言ったが、廊下にいた魔物達も彼の姿を見かけてぎょっとする。
一緒にいた私はそれで余計萎縮してしまった。
魔王子「こっちな」
そう言って彼が扉を開けると裏庭に出た。
そこには厩舎が建っており、彼はそこにいた馬を連れてきた。
魔王子「どうぞ、乗って。足元気をつけてな」
姫「あの…どこへ?」
魔王子「だから、デート」
姫「いえ、でも…」
魔王子「心配すんなって、終わったらちゃんと帰ってくるから。ほら乗って乗って」
姫「…」
魔王子に促されるまま、私は馬に跨る。続いて彼も跨ってきた。
魔王子「じゃ、しっかり掴まってろよー」
そう言うと彼は馬を走らせた。
何て自由な人。周囲を気にせず、人を巻き込むマイペースさ。
私は、この人の妻になるのか…。
魔王子「よっしゃ、ここだ」
馬を少し走らせると、見晴らしのいい高原に着いた。。
魔王子は馬を止め、飛び降りるように着地する。
魔王子「いい空気だなー、そう思わない?」
姫「え、えぇ、そうですね」
魔王子「俺はこの場所が好きでさー」ゴロン
姫(早速寝転がった)
魔王子「姫様もどう…って無理か、ドレスが汚れちまうよな」
姫「あのー…」
魔王子「呆れた?」
姫「え?」
魔王子は寝返りをうって私に振り向く。
唐突な質問を、私はすぐに理解できなかった。
魔王子「こんなバカ王子と結婚するなんてー、って思わなかった?」
姫「え、あ、いえっ!」アワワ
何か誤解を与えてしまったかと、私は慌てて否定する。
そんな様子を見て、魔王子は可笑しそうに笑みを浮かべた。
魔王子「姫様は可愛いなー」
姫「えっ!?」
魔王子「ほんと。俺にはもったいない」
美麗な顔立ちには不釣り合いな無邪気さで、魔王子は笑った。
彼の言葉には重みがない。本当か冗談かもわからない。
だけど――
姫「ふ、ふふっ」
さっきまで私の心をガチガチに固めていた緊張は、彼によって一気に溶かされた。
姫「自由な方ですね、魔王子様は」
魔王子「でも安心して、浮気とかしないから俺」
姫「不自由させてしまいますね、結婚すると」
魔王子「いやいや、元々女性関係は奔放じゃないし。姫様の方はどうなの?」
姫「え?」
魔王子「何か、勇者と結婚するって噂もあったけど…いいの、俺のとこに来ちゃって」
姫「…」
勇者。平和な現代においては「魔王を倒す」という使命こそ無くなったものの、今は母国の兵を率いて、武力をもって世の中の秩序を守る存在。
彼とは幼馴染の関係にあり、何となく結婚するのだろうと言われてきたけれど…。
姫「えぇ、納得して来ました」
魔王子との結婚が決まった今では、それは過去の噂話。
魔王子「そうか」
彼はそれ以上追及してこなかった。
魔王子「ねぇ、この景色見てみて」
姫「?」
私は魔王子のすぐ側に腰を下ろし、彼が見ているのと同じ景色を見る。
広がる高原、一杯の自然――正直どこを注視すればいいのかわからない。
魔王子「あそことか、あそことかに、うちの国が統治してる村があるんだよ」
あぁ、そこを見ればいいのか。
魔王子「人間も結構移住してきてるよ」
姫「えぇ、和平を結んでから互いの国に移住者が増えましたね」
魔王子「けど、まだ人間と魔物は仲が良いとは言えないな」
魔王子は少しだけ、顔をしかめた。
人間と魔物側の戦いが幕を下ろしたのは、私が小さい頃の話。
それからは互いに交流を持つようにし、和平の為に双方のトップは力を尽くしてきた。
それでも、両者の溝はそう簡単に埋まらないのが現実だ。
王「姫…決して相手に心を許すなよ」
兄である王にも、そう忠告された。
王にとって和平や平等というのは建前であり、本音では魔物への差別意識を抱いている。
人の気持ちはそう上手くコントロールできるものではない。が、内心どうあれ、とりあえず王が和平を持続する方針なら、それで問題は起こらない。
問題なのはその意識を表に出してしまう人達であり、互いへの差別意識から来るちょっとした争いは耐えることがない。
しかもここ数年はその件数も増えてきて、和平にヒビが入りかねない状況になってきていた。
そこで今回の政略結婚に至った、というわけだ。どれだけ効果があるかは、わからないけれど。
魔王子「俺、子供の頃に人間にちょっとした嫌な目に遭わされてさ」
姫「…そうでしたか」
彼と私は同年代だろうから、子供の頃というと終戦間もなく、まだ両者ともギスギスしていた時代。
彼の言う「ちょっとした嫌な目」というのは、その時代には珍しくなかったものだ。
魔王子「だから俺はさ、種族のことで嫌な目に遭わない世の中になればいいと思っている…つーか、俺がそういう世の中にしなきゃいけないんだけどね」
姫「ご立派です」
私がそう言うと彼は起き上がり、複雑な顔をした。
魔王子「…本当に納得してる?」
姫「何がです?」
魔王子「異種族に嫁入りすること」
姫「はい」
ここに来る前は、魔王の一人息子ということで不安はあった。
だけどそれは、厳格な人だったらどうしようという意味であり…
姫「種族なんて関係ありません」
魔王子「そう心から言える人、意外と少ないよ?」
姫「でも、これが本音ですから」
魔王子「そっか。この通りの俺だから色々苦労はかけると思うけど――」
魔王子は安心したように笑うと、照れくさそうに手を差し出した。
魔王子「夫として精一杯努めますので…宜しくお願いします」
姫「――こちらこそ」
私は彼の手を取った。
これが他の誰も知らない、私達の誓いとなった。
今日はここまで。
敵地への嫁入りシチュエーションが大好きです。今作敵地じゃないけど。
初恋、というものなら昔に経験した。それこそ子供の頃の話だ。
相手は、家族と行った小旅行で出会った男の子だった。その頃の自分は今程人見知りでもなく、その男の子とすぐ仲良くなったと思う。
確か、その男の子に花を貰った。それを押し花のしおりにして、使っていたと思う。
だけどその思い出は心残りではない。今ではその男の子の顔も思い出せないのだから。
神父「その健やかなるときも、病めるときも~…」
2人きりで誓いを立ててから数日後、結婚式は滞りなく行われた。
流石に結婚式の場となると両種族の間にギスギスした空気はなく、これなら問題なく終わりそうだ。
だけど私は、感じていた。
王「…」
勇者「…」
特別席で見ている2名の視線が、決して祝福するものではないことを。
それでも。
神父「誓いのキスを…」
私は、彼の妻になるのだ。
魔王子「い、いい?」
姫「えぇ…」
魔王子「それじゃ――」
姫「――」
目を瞑って視界が真っ暗な中、人々の歓声と、彼に触れた感触を感じた。
・
・
・
魔王子「長かったー…」
式が終わり、正装から普段着に着替えた彼は早速ソファーでグッタリしていた。
こういう式典は好きではないのだろう、むしろ今までよくもっていた方だ。
姫「お疲れ様です。はい、お茶どうぞ」
魔王子「さんきゅ。かみさんが茶を淹れてくれたのは新婚の時だけだー…ってならなきゃいいなぁ」
姫「ふふ、あなた次第です」
魔王子「じゃ、頑張ったらグレードアップしてくれな」
そんな冗談のやりとりで気が安らぐ。
私は彼の横に腰を下ろし、おかわりのお茶をつぐタイミングを見計らっていた。
「新婚早々、仲が良いな」
魔王子「あ?」
姫「あ」
向こうから人がやってきた。
確か彼は…魔王子の叔父である悪魔様に、その娘の妖姫様だ。
悪魔「魔物の頂点となる自覚が足りんぞ魔王子。あまりだらしない姿を人に見せるな」
魔王子「うるせーです、叔父上」
魔王子はやる気のない笑みを浮かべたまま、さらりと答えた。
悪魔はその様子を見て、苦笑いを浮かべる。
悪魔「いつまでも子供気分だから困る…姫君、魔王子の尻を叩いてやってくれ」
姫「あ、はい!」
魔王子「やめてー。余計なこと言わないで帰って叔父上ー」
魔王子は仰向けになって、手だけでシッシッという動作をした。
悪魔「やれやれ…では失礼する」
姫「あ、お疲れ様です…」
と、彼らを見送ろうとした時だった。
妖姫「…」ギロ
姫「!?」
妖姫「…」スタスタ
今、物凄い目で妖姫に睨まれたような…気のせいだろうか?
彼らの気配が無くなると、魔王子は姿勢を正した。
魔王子「俺は叔父貴は好かん」
姫「あ、そうなんですか…」
てっきり、親しさを込めての無礼かと。
魔王子「叔父貴は人間嫌いだからな。…そりゃ、そうなる事情もあったんだろうけど、度々人間と揉め事起こされちゃかなわんよ」
姫「揉め事ですか…」
紳士的な人に見えたが、そうだったのか。
それなら内心、私のことも良く思っていないかもしれない。だったら、去り際の妖姫の目つきも――
魔王子「俺、妖姫と結婚するかもしれなかったんだ」
姫「…っ!?」
内心思い浮かべていた人の名前を出され、どきりとした。
魔王子「でも俺、妖姫にそんな感情抱いたこと1回もないから。向こうもそうなんじゃないかな」
姫「それは…」
向こうは貴方を――だからこその、あの視線なのでは。
今日から魔王城で暮らすというのに、早速不安が生まれた。
魔王子「守るから」
姫「――え?」
だけど魔王子は、私の不安を先読みしていたかのようにそう言った。
魔王子「奥さんを守れない男は夫失格。そうだろ?」
彼の柔らかい表情と声に、私は安心する。
これからどうなるかはわからないけど――
姫「頼りにしていますね、魔王子様」
彼なら信用してもいい――そう思えた。
>夜
従者「姫様、今日は早めにお休みになって下さい」
姫「えぇ、ありがとう従者」
従者は母国から一緒に来た、魔物と人間の混血種だ。彼は心配過剰な所があり、さっきから私の体調を気遣ってくれている。
従者「それではお休みなさい」
頭を深く下げると、従者は出て行った。
私は寝室に1人になる。
さて。
姫「………」
姫(ど、どどどどどどどどうしよう!?)
結婚して最初の夜。
ということはつまり………そういうことだろう。
姫(心の準備が…)ドキドキドキドキ
一応、本でそれなりに知識は身につけた。だがその時が近づくと、どうにも緊張してしまう。
今だって心臓がドキドキいって…
姫(あああああああああぁぁぁぁぁ、もうっ!!)ブンブン
あれこれ想像しては悶絶する。いけないいけない、はしたない。
姫(落ち着いて深呼吸、深呼吸…)スーハー
それにしても。
姫(魔王子様、どこに行ったんだろう…)
出来れば来るのを待ってほしいけど、あまりにも遅いと気になってくる。
さて、どうしたことか。
とりあえず私は、寝室を出ることにした。そして、そこにいた女性に声をかけた。
姫「あっ、あの」
メイド「あら奥様。どうされました?」
姫「魔王子様の居場所ご存知ありません?」
メイド「いいえー。おかしいですね、お探ししましょうか?」
姫「え、あ、いいんです」
まだ遠慮する気持ちがあるので、申し出を断って寝室に戻った。
一体どこで何をしているのか…彼が来るまで待つつもりだったが、思った以上に私は疲れていたみたいで、その日はすぐに眠りについてしまった。
>翌日
メイド「クッキー焼けましたよー」キャイキャイ
姫「あら、可愛い!食べるのが勿体無いですねー」
朝食後暇を持て余している所をメイドに誘われ、厨房で女子会を開いていた。
まぁ1人だけ、女子でないのが混ざっているけど…。
従者「へっへー、もーらいっ」
メイド「これっ!」ペシッ
従者「いでっ」
姫「もう従者ったら、はしたないわ」
従者「だってぇ、クッキー好きなんだもん」イジイジ
メイド「あんたは残骸でも食べてなさーい」
従者「わーい、残骸でも美味ぇー♪」パリパリ
メイド「ちょっとちょっとぉ、冗談で言ったのに…もう」
姫「ふふふ、早速仲良くなったのね2人とも」
メイド「ちょっ…!そ、そんなんじゃ」
従者「あぁ、同じ混血種ですからね。親近感は沸きますね」
メイド「ぶっ」
姫「混血種、母国の城には多かったのだけれど。こちらでは見かけませんね」
従者「ですねー」
メイド「深い理由はありませんよ。でも良かったです、奥様が魔物にも混血種にも寛容な方で」
従者「えっへん!」
メイド「何であんたが威張ってんの!でも魔王子様も種族差別しない方ですし、お2人の結婚は和平に大きく貢献しそうですね~」
姫「えぇ、尽力します」
その魔王子なのだけれど、今朝は――
>今朝
姫「おはようございます」
魔王子「や、やぁ、おはよう!」
姫「…?」
早朝1番に顔を合わせたが、何故か目を合わせてくれない。
それに何だか気まずそうな…。
姫「魔王子様」
魔王子「ん、んっ!?」
姫「昨晩はどちらに――」
魔王子「え、あ、いや、まぁ色々やることがあってなー」
姫「そうですか」
魔王子「それより朝食会に行こうか!今日の朝飯は何かなーっと」
姫「…?」
何だか、妙に挙動不審だった。
その日は城に仕える女性方と親交を深めた。
そして迎える夜。
姫(今日こそ…)ドキドキドキドキ
昨日と同じ緊張感で私は魔王子を待っていた。
今日も彼は遅い。もしかして、まだやることがあるのだろうか?
姫(今日は待ってなきゃ…)
窓際の椅子に腰掛け、お茶を飲みながら彼を待つ。
だけど彼は来ない。彼を待つ時間が長ければ長い程緊張感は増していき、お茶を持つ手が震えるのだけれど。
姫(ああああぁぁぁ、もおおおぉぉぉぉ!!)ブンブンブンブン
いけない妄想が一瞬頭を過ぎり、熱くなった顔を両手で押さえた。
これは…何ていうか、本当にまずい。
姫(いけないいけない、こんな顔じゃ…)ブンブン
と、表情を直す為、鏡の代わりに窓ガラスを見た。
姫(あら?)
そして見つけた。
魔王子「…」
窓の向こう、少し遠くの方に佇む魔王子を。
彼は頭を掻いたり、その場を往復したり、見た所かなり挙動不審だ。
姫(どうしたんだろう…)
姫「…」
姫(行ってみよう)
私は上着を羽織り、寝室を出た。
魔王子「あぁう…」
魔王子の顔は既に真っ赤だった。
昨晩は何とか誤魔化せた。しかし今晩は…。いや今晩を誤魔化せたとしても、ずっと続きはしないだろう。
どうしよう…本当に情けない。
魔王子「あー、もー…」
頭で木によしかかる。それはまるで猿の反省ポーズ。
魔王子「どうしろってんだよマジで…」ブツブツ
姫「魔王子様?」
魔王子「うわぁ!?」
そして、魔王子にとって今1番会いたくない人物が現れた。
姫「魔王子様…お悩みですか?」
魔王子「え、あ、いや…」
姫「…?」
駄目だ。彼女と顔を合わせると気まずい。今朝からずっとだ。
そう、魔王子が頭を悩ませているのは、姫が原因だった。
姫「まさか調子がよろしくないとか…?」
魔王子「あ、いやまぁ、よろしくないような、違うような…」
姫「…?」
魔王子「えーと、まぁ何だ…ちょっと夜風に当たってた」
姫「そうでしたか。なら付き合います」
魔王子「え!?」
姫「え?」
魔王子「あー、いや、いいんだ、うん」
あまりよろしくない申し出だったが、断る口実も思い浮かばず、魔王子はそれを受け入れた。
気分転換に、魔王城の庭を散歩することになった。
姫「お花が沢山咲いているんですね…明日明るい時に来てみようかしら」
魔王子「う、うん!いいんじゃないかな!」
姫「…?」
しかし魔王子の様子はずっとおかしい。
それにさっきから、こっちを全然見てくれない。
姫「…あら」
その時、月にかかってきた暗雲が晴れた。
姫「見て下さい魔王子様」
魔王子「ん?」
姫「月が綺麗で――」
魔王子「ストオオオォォップ!!」
姫「!?」
魔王子「あ、あのさ、意味わかってる?」
姫「え、あの?」
魔王子「…いや悪い。つーか別におかしいことじゃないんだよな…夫婦なんだし。そう、夫婦、夫婦…」
姫「魔王子様…朝から変ですよ?」
魔王子「」ギクッ
姫「どうしたんですか?」
魔王子「えーと…」
魔王子「…本当にごめん」
姫「え?」
いきなり頭を下げてきた魔王子に私は戸惑う。
魔王子「遠い国から嫁いできたお姫様を、俺が守らなきゃとか、支えなきゃとか、そういう決意はしたんだけど――」
魔王子は真っ赤な顔をしていた。それに段々声が小さくなっている。
あの、初対面の時から飄々としていた彼の面影は、そこにない。
魔王子「その…待ってくれないか!」
姫「…え?何をですか…?」
魔王子「あのー…だな…」
魔王子「夫婦の…儀式」
………
姫「」ボッ
魔王子「いや、姫様と夫婦になるのが嫌なんじゃないから!な、何てーかさー…えーと」ボソボソ
魔王子「姫様のこと大事にしなきゃって思えば思う程…勇気が無くなるっていうか…」
魔王子「あ、いや姫様が悪いんじゃなくてね!?俺も女性経験ないから何か色々不安だし」
魔王子「こう見えて俺キスも、結婚式のが初めてで…」
姫「よ、よくわかりましたから、もういいです~…」
魔王子「…」
姫「…」
互いに目を合わせられない。
もう何なんだろう、これ以上ないくらい顔が熱い。
魔王子「…ごめん、俺、本当情けないよな!!」
姫「い、いえ!」
私はすぐに魔王子に迫った。
姫「不安な気持ちは私も一緒でしたし!ですからあの、全然気にしないで下さい!!」
魔王子「だけどさー…安心させてやるのが俺の役目じゃん」
姫「…あまり気張らないで下さい、魔王子様。貴方が私を大切に思って下さっているのは、わかりましたから」
魔王子「姫様…」
姫「あの、魔王子様」ソッ
魔王子「…っ」
私は彼の手を取る。彼の手はガチガチに緊張していた。
何だか可笑しい。初対面では、あんなにがっちりと手を握ってきた人が。
姫「少しずつ、段階を踏んでいきませんか…?」
魔王子「段階…?」
姫「えぇ、例えば――」
私は緊張をほぐすように、彼の手を両手でゆっくりさすった。
ちょっとだらしなく爪が伸びた、大きな手――なのに何だか今は小さく感じて、愛おしい。
姫「こうやって、触れ合う所から」
魔王子「…」
魔王子は無言のまま、ぎゅっと私の手を握り返す。
すると包み込まれるような安心感が、私の心を暖かくした。
魔王子「姫様が、嫌じゃないなら」
姫「嫌じゃ、ないです」
魔王子「そっ、か…」
手を握り合ったまま向き合い、彼はちょっとだけ視線をそらす。
姫「ふ、ふふふ…」
魔王子「!?笑われてる、俺!?」
姫「いえ違うんです――嬉しくて」
魔王子「嬉しい?」
姫「えぇ…新しい貴方を知ることができて」
魔王子「あー…あまり知られたくはなかったけどな…」
姫「それに、こういう一面を知っているのはきっと私だけかなって」
魔王子「うん、そりゃそうだ」
姫「私達まだ、お互いのこと全然知らないですし」
魔王子「そうだな…うん、互いのことを知るのが先だよな」
姫「そうですね、ふ、ふふ…」
魔王子「そんなに嬉しいの?」
姫「だって魔王子様、可愛いんですもの」
魔王子「やっぱ笑われてんじゃん!」
姫「ご、ごめ…あはははは!」
魔王子「あーもー」
魔王子は困ったように眉を下げながらも、口元には笑みを浮かべた。
魔王子「それ以上笑うようなら…お仕置きだ!」頭グシャグシャ
姫「きゃっ、ふふふっ」
魔王子「まだ笑うか、こいつめー…」
と、その時――
魔王子「――っ!!」
姫「――え?」
一瞬――
理解が遅れた。
だけど気付いた時には、私は魔王子の腕の中にいて…。
姫「ちょっ――魔王子様!?」
抱き合うような姿勢に私の頭が沸騰する。
けど、彼の腕を見て、それは誤解だと気付いた。
姫(…血!?)
魔王子「…クッ」
魔王子の腕には、先ほどまで無かった傷がざっくりと開いていた。
魔王子「姫様、ここから動くなよ!」ダッ
姫「あっ!?」
魔王子はそう言うと駆けた。
その先――闇の中を舞う何者かがいた。
その何者かは、魔王子に向かって光るものを振り下ろした。
魔王子「っ!!」
魔王子はそれをギリギリでかわす。
そのやりとりを見て、私はようやく現状を理解した。
姫(ま、まさか暗殺者が!?)
今日はここまで。
>>24のくだりで「何だ?」と思った方へ
「月が綺麗ですね」は遠まわしな「愛しています」の意味だそうです。
暗殺者(仮)の動きを注視する。
身のこなしは軽く、木と木を飛び移って魔王子を翻弄している。
魔王子とすれ違いざまに彼に刃を振るが、それは全て魔王子が間一髪で避けている。
暗殺者「…」シュッ
魔王子「くっ!!」
魔王子は大きく跳ね、近くの木の側へ着地。
そしてその木に生えていた枝をもぎ取り、暗殺者に対峙する。
暗殺者「…」バッ
魔王子「…っ!!」
暗殺者は構わず魔王子に刃を振り下ろした。魔王子はそれを枝で受け止める――が、枝は刃に粉砕された。
やはり、木の枝では刃相手には頼りない。
だが、
魔王子「大成功だよ…!!」ガシッ
暗殺者「!?」
魔王子は暗殺者の、刃を持った方の手を掴んだ。
魔王子「木の枝で戦うことはできないが、刃の勢いを弱めることはできる!!」
暗殺者「くっ!!」
暗殺者は魔王子の腕を引き離そうともがくが、魔王子も離すまいと掴みかかる。
暗殺者の手にある刃は、互いの喉元をかすめて危険な状態。
そして――
ドサアアァァッ
双方は勢いのまま、その場に倒れ込んだ。
姫「魔王子様!!」
魔王子「ハァハァ…大丈夫だ、だが」
姫「…っ」
立ち上がった魔王子の足元には暗殺者…その首には、刃が突き刺さっていた。
これは…間違いなく絶命している。
魔王子「見るな」
魔王子は私の視界を遮るように、目の前に立って体でその光景を隠した。
魔王子「生け捕りにして話を聞き出したかったが…こっちも必死で、やっちまった」
姫「ま、魔王子様…貴方、命を狙われ…」
魔王子「こんなん今日が初めてだよ…この時間この場所、狙いやすい時を狙われたな」
魔王子は苦々しいといった表情で暗殺者の死体を睨みつける。
姫「魔王子様…賊はまだ潜んでいるかもしれません」
魔王子「そうだな…早く城に戻って報告した方がいいな」
そう言って魔王子は私の手を引いて戻ろうとした。
姫「あ、待って下さい」
魔王子「ん?どうした?」
姫「その腕…」
私は傷口に触れぬように彼の腕を手に取り、集中した。
すると――
魔王子「これ…回復魔法?」
姫「こんな魔法しか使えませんが…」
魔王子「いや、元気になった。ありがとう姫様」
そう言うと魔王子は満面の笑みを見せてくれた。
命を狙われたばかりで不安だろうに、その笑みは私を気遣ってくれているように感じて――
姫(どうして、彼が――)
それだけ、私の胸が痛んだ。
彼は真っ先に寝室まで私を送ってくれた。
魔王子「1人で大丈夫か?」
姫「えぇ、するべき事をなさって下さい」
魔王子「何かあったらすぐ叫ぶようにな。兵士が駆けつけるから」
姫「えぇ」
心配過剰な気はするけど、その気持ちが嬉しい。私は報告に行く彼の背中を見送った。
少しして窓の外はバタバタし始めた。他に潜んでいる賊を探したり、賊の死体を回収したりと忙しいのだろう。
魔王の一人息子が命を狙われるなんて――この国で何が起こっているのか、私ではわからない。
だけど――
魔王子『だから俺はさ、種族のことで嫌な目に遭わない世の中になればいいと思っている…つーか、俺がそういう世の中にしなきゃいけないんだけどね』
魔王子は悪党ではない。自由な人ではあるけど、恨みを買うような人には見えない。
ならば政治絡みか。彼が死ねば都合がいいという連中がいるのか――
姫(そんなのは許せない)
頭に魔王子の笑顔を浮かべ、彼の為に祈った。
どうか彼の命が、誰かの手で絶たれることのないように。
翌日、朝から城中が不穏な空気で、どうにも居心地が悪かった。
朝食後、私は魔王子と共に会議室に呼ばれた。
魔王子「ま、何となく聞いてりゃいいよ。途中で席立つ場合は俺に言ってくれ」
私は魔王子の隣の席。そこは会議室の上座に位置する席で、何だか恐縮してしまう。
会議には他20名位の魔物達が参加した。勿論、魔王子の叔父上にあたる悪魔も。
「これは国家への反逆か…」
「何か大きな組織が…」
「魔王子様が狙われたのは偶然か…」
会議は重い空気の中、淡々と進む。
会議の中で、城内の警備の強化についての話が出て、私はあくびを噛み殺していた。
「まぁ、こんな所か」
「相手の正体もまだ掴めていないしな」
悪魔「ちょっといいか」
話題が尽きそうになった所で、それまでほとんど発言の無かった悪魔が言葉を発した。
魔王「どうした悪魔」
悪魔「少し気がかりなことがあってな」
魔王「気がかりとは?」
悪魔「誰も気にしていなかったようだが…昨日魔王子を襲った賊は、人と魔物の混血種だったようだな」
魔王「あぁそうだ。だがそれがどうかしたか?」
悪魔「混血種は我が国では希少――」
悪魔はそう言うと、私の方を見た。
悪魔「昨日の者は、姫君の母国の者ではないのか?」
姫「え――」
急にその場の視線が集中し、私は一気に目が覚めた。
魔王子「…だったら、何だと言うんですか?」
魔王子は低い声を発する。視線の先は悪魔――その目つきはどこか、敵意を含んでいる。
そんな視線を受けて、悪魔は肩をすくめた。
悪魔「俺は、姫君の母国の者ではないかと言っただけだが?」
魔王子「だから、それが何だと言うんですか」
魔王「悪魔…お前は、姫君が絡んでいると言いたいのか?」
悪魔「あくまで、可能性の1つだがね」
魔王子「そんな可能性はわずかにも無い!」
間髪いれず魔王子は机を叩いて大声をあげた。
そんな様子に、私の方が恐縮してしまう。
悪魔「視野が狭いな。例えばだ、姫君が暗殺者と打ち合わせし、お前を特定の場所に連れ出して――」
魔王子「あの場所に行ったのは俺の意思であり、彼女の思惑など絡んでいない!」
悪魔「姫君のいた城には、手練の混血種が大勢雇われていたようだが…」
魔王子「彼女が嫁いできて日も空けずに襲ってくるのはあからさますぎる!」
悪魔「だが」
魔王子「とにかくっ!」
魔王子は大声を張り上げ、悪魔の声をかき消した。
魔王子「俺の妻を疑おうと言うのなら、叔父上でも許さない…!」
会議室はしんと静まり返る。
普段温厚で不真面目な魔王子が珍しく、真剣に怒りを表した為か。
魔王「…落ち着け、魔王子」
その空気の中、魔王は動揺することなく言葉を発した。
魔王子「悪魔も。お前が人間嫌いなのはわかるが、確実なこともわからぬ内に安易な発言はよせ。和平の証である姫君に懐疑の目が向かっては困る」
悪魔「はい、兄上様」
悪魔はおどけた様子で素直に返事した。
こうして微妙な空気のまま、会議は終わった。
魔物達がぞろぞろと会議室を出て行く。
私は動かない魔王子の側にいて、彼の不機嫌そうな表情を伺っていた。
姫「…」
魔王子「…」
どうしよう。何て声をかければ…。
魔王子「わり」
姫「え?」
魔王子「もっと冷静に返せたよな。あれじゃ君をフォローできてない」
姫「い、いえっ」
苦々しい顔をする彼に、私はすぐにフォローに入る。
姫「私の為に怒って下さって…その、申し訳ないです」
魔王子「何で申し訳ないと思うんだよ。悪いのは叔父貴だろ」
姫「あの、でも…悪魔様のおっしゃることも、一利ありますし…」
魔王子「一利?ないない。だって違うんだろ?」
姫「そ、それは確かに事実とは違いますけど、でも彼らからしてみれば…」
魔王子「俺からしてみれば100%ないから、反論した。それだけだ」
姫「100%なんて…言い切れるんですか?」
魔王子「あのさ」
魔王子は私の手を握り、自分の胸の所に持っていった。
魔王子「昨日暗殺者が乱入してくるまで、俺ら何やってたか覚えてる?」
姫「――え?」
魔王子「俺たちはこうやって、強く手を握り合っていた」
夫婦として、少しずつ段階を踏んでいく為に。
恋愛事に奥手な2人の、第一歩だった。
魔王子「姫様は新しい俺を知れたって、笑っていた」
私が抱いた第一印象を覆すような彼の奥手ぶりが、何だか可愛らしくて。
恥じる彼の表情一つ一つ、思い出しては胸がきゅんとする。
魔王子「で…俺はこうした」
姫「きゃっ!?」
彼は手を私の頭に乗せ、ぐしゃぐしゃと撫で回した。
何だかくすぐった。だけど、その手は柔らかくて――
魔王子「それで笑い合ったよね、俺たち」
姫「はい…」
魔王子「だから言えるんだよ、100%ないって」
姫「え…えっ?」
彼は私の頭から手を滑りおろし、両手で私の頬に触れた。
正面で向かい合う形となり、彼は優しく微笑む。
魔王子「姫様がグルだったら、そのやりとり全部嘘になる――だから、俺は姫様を信じる」
姫「魔王子様――」
不確かな根拠。だからこそ感じる。私は彼に信頼されている、守ってもらえていると。
本当なら呆れるべきなのかもしれないけど、何だかたまらなく嬉しくて――
姫「ありがとう、ございます…」
魔王子「礼なんていらないよ、夫婦なんだから」
姫(もう、何で…)
彼の言葉はどうしてこう一々、私の心をときめかせるのだろう。
そんなにときめかされたら――全てを委ねてもいい、そんな気持ちになってしまう――
魔王「おい」
姫「!?」ビクッ
魔王子「!?」ビクッ
誰もいなくなったと思ったけど、魔王が戻ってきた。
私達はとっさに離れる。
魔王「会議室の鍵を閉めるから、早く出ろ」
魔王子「お、おーう」
私達はそそくさと会議室を出る。
けど魔王はすれ違いざまに、
魔王「スキンシップはいいが、自室でやれ」
姫「」
魔王子「うっせーな!見てねーフリしろよ!」
魔王「なら人目をはばかれ馬鹿息子が」グリグリ
魔王子「いでぁあああぁぁぁ」
姫「お、お義父様、その辺でご勘弁を」オロオロ
魔王の頭ぐりぐりは、頭蓋骨を破壊せんばかりの破壊力であった(ように見えた)。
今日はここまで。
早くもきゅんきゅんして仕方ないです。
きゅんきゅんしても仕方ないわこれ!
他スレに貼った絵見たよ。魔王子と姫様の絵も見てみたいなぁチラッチラッ
>>43
線画でよろしければ。絵についての細かい粗は突っ込まないで下さい…!!(((゜Д゜;)))
本編夕方くらいに更新予定です。
魔王子「くっそー、あのクソ親父…」ズキズキ
姫「まぁまぁ…」
並んで歩きながら、魔王子は頭をさすっていた。
撫でてあげたい気持ちはあるが、人目をはばかれと言われたばかりだ。
そんな時、背後から声をかけられた。
妖姫「ねぇ」
姫「!!妖姫様…」
妖姫は腕組をし、やや高圧的な雰囲気で声をかけてきた。
魔王子「なになに、どうした」
妖姫「あんたじゃないわ。お姫様にお客様よ」
姫「私に…?」
妖姫「えぇ。勇者、と名乗っていたわ」
姫「!?」
どうして勇者が――
妖姫「昔の女を追って来るなんて、ふてぶてしい間男ねぇ」
姫「彼はそういうのでは…」
妖姫「いいからさっさと行きなさいよ。城の前で待っているわよ」
そう言って妖姫は去って行った。取り付く島もない。
姫「あ、じゃあ魔王子様…行ってきますので」
魔王子「…おう」
勇者「姫様、魔王城での生活は如何ですか?」
姫「えぇ、皆さんよくして下さいます」
代々勇者の一族に生まれた勇者とは同年代で、幼馴染。はっきり婚約していたわけではないけど、周囲からは何となく結婚するだろうと思われていた。
私はどちらかというと、彼に兄に近い感情を抱いていた。
勇者「王様は貴方を心配しておいでです。様子を見て来いと命じられましてね」
姫「まぁお兄様ったら。まだ結婚してから日が経っていませんのに」
勇者「…俺も、心配してします」
姫「ありがとうございます勇者様。でも見ての通り、私は元気です」
勇者「…貴方は見ての通り、の人ではありません」
姫「え?」
勇者「辛いことがあってもそれを表に出さず、明るく振舞うような方だ――俺はそれをよく知っている」
姫「…」
辛い――というわけではないが、確かに魔王子が命を狙われた件で不安は残っている。
けれど無関係の勇者にそれを話す気にはなれなくて。
姫「本当に、元気でやっていますから」
勇者「そうですか――」
勇者は寂しそうな笑みを浮かべた。一体、どうしたというのか。
勇者「結婚式の日、俺は貴方の運命を嘆いていましてね」
姫「え?」
勇者「和平の為の政略結婚…政治的手段で、婚姻を結ばされる方は駒だ。俺は貴方が駒になってしまったことが悔しく、しかし王を説得する力も無かった」
姫「考えすぎですよ勇者様」
政略結婚と言えば、冷たいイメージのする言葉だ。
だけど私の夫である魔王子は暖かい人で、優しくて――
姫「私は納得しています」
勇者「そう…ですか」
姫「えぇ。あの方に一生寄り添っていくつもりです」
勇者「もし」
姫「?」
勇者「もし王の決めたお相手があの魔王子でなければ――それでも貴方は、納得したでしょうか」
姫「…」
私は答えられなかった。
だってそれはもしかしての話であって、そんな経験は1度も無かったし、これからも有り得ないのだから。
姫「とにかく心配は不要ですわ。私は今、幸せで一杯ですから」
勇者を心配させないよう、私は満面の笑顔を見せた。
勇者「姫様――」
姫「はい?」
勇者「俺は…貴方が…」
姫「?」
勇者「…いえ」
言葉を止めると、勇者はくるっと振り返り私に背を向けた。
勇者「お時間を取らせてしまって申し訳ない…どうか、お幸せに」
姫「えぇ…お体に気をつけて」
魔王子「…」ジロー
姫「只今戻り…あら?」
部屋に戻って早々、私は魔王子の顔に違和感を覚えた。
魔王子「おかえりー」ムスーッ
姫「…」
何だろう、機嫌が悪い。
この数分の間に何があったのか。
姫「あの…魔王子様?」
ソファーの、彼の横に腰掛ける。
機嫌が悪くても、彼に近寄りがたい空気はない。
姫「どうなさったんですか?」
魔王子「何がー?」
姫「何か嫌なことでもありました?」
魔王子「…」
魔王子は視線をそらして黙ってしまったが、何だかその表情はどこか照れくさそうだ。
魔王子「上から見てた」
姫「え?」
魔王子「…勇者って、いい男だね」
姫「そう言われていますね」
魔王子「嫉妬」
姫「…え。えっ?」
魔王子「だーかーらー」
魔王子は顔を真っ赤にし、こちらに振り返る。
魔王子「嫉妬したの!君と勇者が喋ってる所見て!」
姫「…」
姫「くすっ」
魔王子「いや確かに器小さいけどさ…笑わなくたっていいじゃん」ズーン
姫「いえ、そうでなくて」クスクス
姫「魔王子様って素直だなって…はっきり、嫉妬っておっしゃる方そうそういませんよ」
魔王子「はいはい、思ったことすぐ口にしちゃうガキですよー」
姫「そんな、すねないで。ね、魔王子様」ソッ
魔王子「っ!」
私は彼の肩に頭を預ける。彼の肩は一瞬ぴくっと強ばったものの、私から逃げようとはしない。
姫「そんな貴方も、嫌いではありませんよ」
魔王子「…こんなガキっぽい男でも?」
姫「むしろ貴方に嫉妬されるのは、何だか気持ちがいいです」
魔王子「……そうか?」
姫「えぇ。貴方が私を妻だと思って下さっている証拠ではありませんか」
魔王子「…」
魔王子は寄り添う私の頭に、そっと手を添える。
彼の顔は見えない。だけどその手から、彼の感情がダイレクトに伝わってくる。
魔王子「なぁ」
姫「はい?」
魔王子「しばらく、こうしていてもいい?」
姫「えぇ」
魔王子「姫様って…」
姫「はい?」
魔王子「いや…何でもない」
そうやって寄り添いながら、時間はゆっくり流れていった。
こうやって2人寄り添って、他愛なく過ごす――きっとこれから先の人生もそうなんだろう。
それって何だか幸せだな――
静寂すら心地よく思いながら、私はこの気持ちに浸っていた。
それから城の警備は強化され、次の刺客が来ることはなかった。
だけれども。
魔王子「あー、うー…」ユサユサ
姫「魔王子様、貧乏ゆすりはいけませんよ」
魔王子「こんな生活してたら頭おかしくなるわああぁぁっ!!」
命を狙われた身である魔王子は外出を制限され、不満がかなり溜まっているようだった。
魔王子「外出は護衛つきなんて、息抜きになんねーし!!」
姫「仕方ありませんよ、魔王子様は国にとって大事な方です」
魔王子「ちきしょおおぉぉ、これじゃあどんどん先延ばしじゃねぇかあああぁぁ!!」バンバンッ
姫「何がですか?」
魔王子「新婚旅行!」
姫「あらら」
まさか私の為だとは…察してあげられず、申し訳ない。
姫「私は落ち着いてからで構いませんよ。それに、旅行のプランをじっくり考える時間ができたじゃありませんか」
魔王子「うーん…それもそうだな!よし、図書室から資料持ってくるから、旅行プラン考えようぜ姫様~」タタタッ
姫(元気になりましたねぇ…)
魔王子「うらららっ!!」バシュバシュ
兵士「どひゃああぁぁ」
剣の稽古の時間、魔王子は鬱憤を晴らすかのように大暴れしていた。
八つ当たりの標的にされた訓練相手が、何だか気の毒に思えてくる。
魔王子「あ、姫様ー!どうどう俺の剣さばき、惚れたー!?」
姫「え、えぇ。手加減してあげて下さいね」
10人斬りを果たしても元気が有り余っている魔王子に、若干の苦笑いを禁じえない。
魔王子「次は誰が相手だ~?来いよホラ~」
兵士達「ヒイィ」
兵士達もすっかり引いているではないか。
「じゃ、俺が相手してもらっちゃおっかなー」バッ
魔王子「ん?」
そう言って魔王子の前にスタッと着地したのは…。
従者「どもども、魔王子様~♪」
魔王子「おーお前か。その実力確かめさせてもらうぞー」ニヤリ
従者「えぇ、魔王子様相手とはいえ手加減はしませんよー」ニヤリ
性格が似ている2人は、戦う前から楽しそうだ。
こういう、男の世界は、正直私には理解不能。
魔王子「行くぞっ!!」
従者「はいっ!!」
・
・
・
従者「あだだ~」
結論から言うと、瞬殺だった。
魔王子「はっはっは、従者!まだまだ俺に挑むのは早かったな!」
姫(従者は護衛向きだから、真っ向勝負で負けるのも仕方ないんだけれど)
従者「くそー!何なんだよあんたは、顔よし、スタイルよしの上に強いって!!完璧超人ですか!!」
姫「従者、口のきき方に気をつけなさい」
魔王子「無礼講、無礼講。完璧超人か、なかなかいい響きだ」
従者「うおぉ、完璧超人を受け入れた!流石魔王子様!」
魔王子「ふっ…今の俺を倒せる者はいない!!」
魔王「本当だな?」
魔王子「」
姫「あら、お義父様」
魔王「通りがかったので様子を見に来た…そうか魔王子、今のお前は我にも勝てるのだな?」ゴゴゴ
魔王子「え、あ、いやー…」汗タラー
魔王「よし、久々に我が相手になってやろう!来い、魔王子いいぃぃ!!」ゴオオォォォッ
魔王子「どわああああぁぁぁ!?」
姫(あらー)
従者(うわー)
兵士(あーあ)
今日はここまで。
更新の度にイチャイチャしてやがりますね。えぇ、いいことです。
魔王子と結婚したくて胸が苦しい。
イラスト、着色したのも見たいですニッコリ
あっちのスレで見かけた他スレの主てお前さんかwwwwww
そんなインドアな生活を過ごしてきたが、やはり数日経てば…。
魔王子「やっぱもう無理いいぃぃ!!外出してえええぇぇ!!」
遂に我慢の限界が来た。
魔王子「いいだろ親父!遊びに行かせてくれ!!」
魔王「…また暗殺者に狙われたらどうするんだ馬鹿息子」
魔王子「返り討ちにすりゃいいだけだろ。そう簡単にやられるようじゃ、次期魔王はつとまらねーよ」
魔王「全く…」
魔王は呆れたようにため息をついた。
魔王「まぁ、お前のことだから駄目だと言っても隙を見て城を抜け出すのだろう。もう止めはせん」
魔王子「よっしゃー、ありがと親父ー♪」
魔王「さて、葬式の準備をせねばな」
魔王子「おい…笑えない冗談はよせ」
魔王子「姫様ー、外出許可出たからデートしようぜデート」
姫(何かすんなりオーケーもらえた訳では無さそうな気がするけど)「どちらまで?」
魔王子「街の方に行こう、あそこは人間も沢山いるぜ!」
姫「えぇ、では行きましょう」
魔王子「ちょっと待ったぁ!」バサァ
姫「あら」
魔王子は手早く、私に頭からマントを被せた。
魔王子「忍んで行かなきゃ危ないぜ、俺のお姫様♪」
姫「…ふっ、ふふふふっ」
魔王子「笑うとこじゃない、ときめくとこ!!」
姫「ご、ごめんなさ…あははっ、ふふふふっ」
魔王子「ああぁ恥ずかしくなってきた!!もう、行くぞっ!!」
魔王子が走らせる馬に一緒に乗り、私達は街にやってきた。
初めて来たけれど、街は賑やかで楽しそうだ。
魔王子「どこから行こうかな~♪甘味屋にー、衣装屋にー、噴水広場にー」
だけどそれ以上に、魔王子が浮かれていた。
魔王子「ずっとさぁ、お姫様連れてきて、したかったことあるんだよ」
姫「何ですか?」
魔王子「手ぇ繋いで歩こうぜ!!」
姫「ふふ。えぇ、歩きましょう」
私は手を差し出す。
夫婦としての段階を踏んでいくと約束したが、手を繋ぐことにお互い抵抗はない。
魔王子「俺の側から離れんなよ~、なんてね~」
姫「どこまでも着いて参ります」
魔王子の足取りは軽く、表情も声も明るい。それだけ私と歩くのが嬉しいと思ってくれているということだ。
何だか嬉しい。こうやって一緒に街歩きすることも、姫に生まれた自分には難しいことだと思っていたけれど。
魔王子「この街は甘いもんの激戦区なんだよなー。ずっとお姫様に食わせてやりたかったの!」
彼なら身分に関係なく、色んな楽しいことを教えてくれそうだと思った。
魔王子「ねぇどれ食いたい?あ、食えるなら全部食ってもいいよ~」
姫「流石に太っちゃいますよ~」
魔王子「姫様痩せてるから多少大丈夫だよ。それに俺、ぽっちゃり体型もいいと思うよ」
姫「駄目ですよ…将来この国を背負って立つ方の妻がだらしない体型なんてしていたら…」
魔王子「やべ、可愛い…」
姫「え…?」
魔王子「健気で可愛いな~俺の奥さんは~」ナデナデ
姫「きゃっ、もう魔王子様ったら」
店主(何だこのバカップル)
手を繋ぎ、もう片方の手でクレープを持って移動する。
食べながら歩くなんて、母国の者に知れたらはしたないと叱られるだろう。
魔王子「民を治めるなら、民の生活に触れるのが1番だよやっぱ」
姫「お義父様はそのような方に見えませんでしたが…」
魔王子「あ、俺の持論だからね」
まぁそうだろう。
人間と魔物が和平を結ぶ前は、魔物達の王として勇者達と戦ってきた王だ。
幼少時代から平和に過ごしてきた、魔王子のような庶民的思考ではないだろう。
「んだとコラアァ!」
「あぁん、やんのかぁ!?」
姫「ひえっ!?」ビクッ
魔王子「何だ喧嘩か?ちょっと俺のクレープ持ってて」
そう言うと魔王子は、騒ぎのする方に駆け出していった。
私は慌てて彼の後を追う。
騒ぎは、そこからそう離れていない表街道で起こっていた。
「人間の分際でなめた口きいてんじゃねぇぞオイ!!」
「叫ぶんじゃねーよ、魔物の息はくせぇんだよ!!」
姫(あぁ…)
人間と魔物の喧嘩だった。これは母国でもよく起こっていた事態。
恐らくきっかけは些細なことだろうけれど、互いへの差別意識から大きな喧嘩に発展する。それは、よくあることだった。
幸い、この街は両種族が共存できている方であり、喧嘩を遠巻きに見る者はいても、便乗する者はいなかった。
魔王子「おい、白昼堂々こんな所で喧嘩してんじゃねーよ」
「何だと、お前も魔物か!」
「元はと言えばこの人間が!」
マントで顔をほとんど隠している為か、彼が魔王子だと気づく者はいないようだった。
だから彼の乱入は、抑止効果にはならなかった。
魔王子「何で喧嘩してるんだ」
「この魔物が~」
「この人間が~」
互いに興奮して叫んでいるので詳細はよくわからなかったが、要するにぶつかったとか、謝罪の仕方が気に食わなかったとか、そういう話のようだ。
魔王子はそれを聞いて、ハァとため息をつく。
魔王子「喧嘩が悪いこととは言わないけどさ。この魔物がー、とか人間がー、とか。今時種族差別は格好悪いぞオッサン達」
「何だと若造がぁ!!」
きっと彼らは、互いの種族が争ってきた時代を知っている者達。
だから互いへの差別意識を捨てきれずにいて、自分より若い魔王子からの上から目線が気に入らないのだろう。
だけど確かに、魔王子の言う通り、これが同種族同士なら喧嘩には発展しなかったのではないかと思う。
魔王子「オッサン達、家庭も仕事もあるんだろ?こんな所で喧嘩して捕まったら、支障があるぞ」
「うるさい!お前には関係ない!!」
魔王子「…しゃーねぇな」ポリポリ
魔王子は面倒くさそうに頭を掻いた。
魔王子「あんたら2人が加害者にならなけりゃ、問題はないわけだ」
「あぁ!?どういう意味だ!」
魔王子「簡単だ…!!」
そう言うと魔王子は、一気に駆け出した。そして――
ドガバキッ
魔王子「俺が加害者でお前達は被害者――これが平和的解決だろ」
魔王子に一擊ずつ喰らい、両者は吹っ飛んだ。
その一擊はもろ急所にヒットしたようで、2人とも起き上がれずにいる。
魔王子「さてと」
魔王子はそんな2人の様子を見ないで、人ごみをかき分けてこちらに走ってきた。
そして、私の手をがしっと掴む。
魔王子「逃げるぞ姫様!」
姫「え…えっ!?」
魔王子「今のは俺による暴行・傷害罪だ。親父にバレたらケツ叩き100発は喰らう!」
そう言う彼の顔はやや青みがかかっていた。
そんなに恐ろしいなら、やらなければ良かったのに…と思うが口には出さない。
兵士「こらー、何をやっているーっ!」
魔王子「ヤッベ、もう来たーっ!!」
姫「あ、あわわわ」
私は彼に手を引かれるまま疾走する。
後ろから兵士の怒鳴り声がしたが、振り向いている余裕はなかった。
やがて町外れで休ませていた馬の所に辿り着くと、急いで飛び乗り、私達は街から離れた。
姫「ハァ、ハァ…」
魔王子「ご、ごめんな?キツかったよな?」
姫「あ、いえ…それよりも、本当に良かったのかなって…」
魔王子「いや、全ッ然良くはない」
姫「もー…」
このドキドキは疲れというより、背徳感だ。品行方正に生きてきた自分には、少々辛い。
魔王子「田舎の方ならまだしも、街だとああいう事態はめったに無いんだけどなー…」
姫「…」
魔王子にとって久しぶりの外出が台無しになってしまった。気分を害するのも無理はない。
魔王子「本当ごめんな姫様。どうしても放っておけなくてさ」
姫「いえ…」
魔王子「あの2人、多分そんな悪い奴ではないと思うんだ。それが前科者になったら、ますます荒れると思って」
姫「…そうですね」
種族差別。それをするのは悪い者だけではない。
普段は差別意識を抑えている「善良な市民」でも、ちょっとしたことで差別意識が表に出て加害者になってしまうことがある。
私の兄だって、そういう人の1人で――
魔王子「お詫びと言っちゃ何だけどさ」
姫「はい?」
魔王子「気分転換に、他の場所連れて行くよ」
姫「他の場所…ですか?」
私が尋ねると、魔王子は無邪気に笑った。
魔王子「俺の、秘密基地!」
姫(秘密基地…)
男の子が大好きな、あれのことか。魔王子の年齢には幼いイメージがあるけれど、秘密基地と口にした時の魔王子は楽しそうだった。
それなら、きっといい場所なのだろう。
少し馬を走らせた後、崖の麓までやってきた。
やや荒れ気味な、難解な場所に見えるが…何度も来ている魔王子には、自分の庭のようなものなのだろう。
魔王子「ちょっと足場悪いけど、気をつけて」
木に馬を繋ぎ、足場の悪い道を、彼に手を引かれながら歩く。
ヒールの低い靴を履いてきたおかげで、足が痛くなることはなかった。
魔王子「ここ」
姫「ここ…ですか」
彼の案内で来たのは、崖の割れ目だった。割れ目は大きく広がっており、小さな洞窟のようになっている。
魔王子「さ、入って」
姫「え…えぇ」
一瞬躊躇したものの、魔王子に手を引かれて足を踏み入れた。
何だか怖くて、私は彼の手を強めに握っていた。
姫(…あら)
少し進むと、風を感じた。この空洞は、吹き抜けになっているようだ。
それに――
姫(明るくなってきた)
太陽の光が差し込む場所でもあるのだろうか。
魔王子「ほら、着いた」
辿りついた所にあった風景は――
姫「…わぁ~」
道の先には、広めの空間があった。
そしてその空間の壁中に、小さな光を発する花が咲き誇っていた。
薄暗い中で花が光を放つその幻想的な光景に、私は目を奪われてしまう。
魔王子「どう?俺の秘密の場所」
姫「綺麗です…」
単純すぎる感想だったけど、それ以外に言い様が無い。
魔王子「だろ?姫様、中心に立って」
姫「えぇと…こうですか?」
魔王子「うわー、いい!まるでお花の妖精!妖精の国のお姫様だよ!」
姫「も、も~、そんなぁ」
魔王子「で、俺は」
魔王子は私の側に来ると跪き、私に手を差し出す。
その動作に戸惑いながら、私は彼の手に触れた。
魔王子は私の手を取ると、その手にゆっくり唇を近づけて――
魔王子「俺はお姫様の、運命の王子様――ってわけだ」
姫「」
姫「」ボッ
一瞬、頭が沸いてクラッとした。
いつも不真面目だけど、やはり美麗な魔王子。こういう動作をすれば様になりすぎていて――
姫(もおおおおぉぉぉぉ、魔王子様っ、駄目、それ駄目ッ!!!)
魔王子「姫様ー?どうしたの?具合悪い?」
姫「貴方のせいですーっ!」
魔王子「そっか、なら良いや!」
姫「全っ然良くないです!!」
魔王子「この花には魔力が宿っているんだ。何か不思議な力がありそうじゃない?」
姫「そうですね…光っているのも、その為かもしれませんね」
魔王子「ま、とりあえず座ろうか」
姫「えぇ…」
私は草の上に腰を下ろした。
そして魔王子は――
魔王子「隙ありー」ガバッ
姫「えっ!?あっ!?」
滑り込むように、私の膝に頭を置いた。
それから、悪戯っぽい笑みを私に向ける。
魔王子「へっへへー」
姫「…もう、魔王子様ったら」
魔王子「ごめーん。でも中身入ってないから軽いだろ、俺の頭」
姫「何をおっしゃっているんですか」
口では彼を咎めながらも、思わず笑いがこぼれてしまう。
私に心を許し、甘えてくれる彼が、何だか可愛らしくて。
魔王子「しばらく、こうしていてもいい?」
姫「えぇ…構いませんよ」
魔王子「乙女チックな場所だけど、俺はここが好きでさ」
姫「私も、好きになりました」
魔王子「奥さんと一緒に来るのが夢だったんだ」
姫「何だか勿体無い気もしますね…こんなに綺麗な場所を、私と貴方しか知らないだなんて」
魔王子「…いや、ごめん」
姫「え…?」
魔王子「実はここを教えたのは、姫様が初めてじゃないんだ」
姫「まぁ、そうだったんですか」
口ではそう返事したものの――
魔王子にそれを聞いた瞬間、もやっとしたものが沸いた。
ここは魔王子の秘密の場所。それを知っているのは、私だけじゃない。
これは――
魔王子『嫉妬したの!君と勇者が喋ってる所見て!』
先日、彼の言っていた感情のことか。
魔王子「つっても、子供の頃の話な。教えた相手は、もうここに来ないよ」
姫「…というと?」
魔王子「相手はこっちに旅行に来てた女の子でね。旅行の間だけ、一緒に遊んでいたんだ。小さい子だったし、今じゃ忘れているかも」
姫「あらあら」
彼の言葉に、ほっとしてしまう自分がいた。
この場所が魔王子と自分だけの秘密の場所であるという事実が戻ってきた。ただそれだけのことが、本当に嬉しい。
魔王子「…なぁ姫様」
姫「はい、何でしょう?」
魔王子「弱音吐いていい?」
姫「どうされたんですか?」
魔王子「うん…ちょっと思い出しちゃってさ」
口調はいつも通りの朗らかな彼。だけどその瞳は何だか弱気になっている。
辛い過去は、思い出すだけで人の心を削る。いつも元気な彼にもそういう過去はあって、今の彼に辛い思いをさせている。
だけど口に出して共有することで和らぐ痛みだってあって――
姫「えぇ――おっしゃって下さい」
彼が望むなら、それを共有してあげたかった。
私は彼の頭をゆっくり撫でる。自分のできる限りの優しさで彼を包み込んであげられたら――そうしてあげたくて、仕方がなかった。
魔王子「その女の子さ――人間だったんだよね」
彼は恐る恐る自分の痛みに触れようとしているようで、ゆっくり語り始める。
魔王子「仲良くなったきっかけは俺も覚えていないけど、その子といると楽しくて…でも、許されなかった」
姫「許されなかった…?」
魔王子「うん」
魔王子の表情は沈む。
魔王子「その子の家の召使かな…?とにかく大人が出てきて、もうその子と会うなって俺に言ったんだよ」
姫「…」
魔王子「その時に言われた言葉がさ。「薄汚い魔物」とか「お前といると穢れる」とか…本当、バカみてーな言い分だよな」
姫「えぇ…口にするのもおぞましい言葉です」
魔王子「だけど怖かったんだよ俺。人間は俺のことをそう思っている。姫様だって…」
魔王子は私の頬に触れる。
魔王子「俺と結婚することで穢れたら――」
姫「穢れてなんていませんよ、魔王子様」
魔王子「でも、そう思う人間もいる。姫様がそういう風に思われていると思うと、俺…」
姫「私は気にしませんよ」
弱気な彼を包み込んであげたくて、彼の頭を両腕で包み込む。
彼の耳にあてた胸の音で、私は嘘をついていないと彼に教えた。
姫「夫婦じゃありませんか、私達は」
魔王子「…姫様」
彼は体を起こし、しがみつくように私の体を抱く。
その手は私の体をゆっくり這い上がっていき、頭に添えられた。
そして――
魔王子「んっ――」
姫「――」
触れるような優しい唇。結婚式以来、初めてとなる触れ合い。
だけどあの時とは比べ物にならない位、それは私の胸を熱くして――
姫(魔王子様――)
心を、幸せで満たしてくれた。
・
・
・
魔王子「そろそろ戻ろうか。遅くなったら親父がマジで葬式あげかねないし」
姫「そうですね」
しばらく静かな時間を過ごした後、魔王子が口を開いた。
私は立ち上がる…が、その瞬間よろめいた。
魔王子「おっと」
すかさず魔王子が支えてくれた。
魔王子「ごめんごめん、足痺れたよね」
姫「すみません…少し時間を置いて…」
魔王子「じゃあ、こうしようか」ヒョイ
姫「きゃあ!?」
魔王子は軽々と私を持ち上げた。
これは俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。
魔王子「本物のお姫様をお姫様抱っこできるなんて、俺は贅沢者だぁ」
姫「ま、魔王子様…ぁ、恥ずかし…っ」
魔王子「恥ずかしがる姫様も可愛いよ~?」
姫「も、もーっ!」
さっきまでの弱気はどこへやら、今はすっかりいじめっ子だ。
本当に困った人だ…でも相手が魔王子だから、嫌という感情はない。
魔王子「あ、そうだ」
姫「?どうしました」
魔王子「俺、昔その子に花をあげたんだよね。姫様も持って帰る?」
姫「いえ、ここで咲かせてあげて下さい。私はまた来れますし」
魔王子「そうだね。また来よう」
姫「ところで魔王子様、お花をあげたということは、その子は貴方の初恋でしょうか?」ニッコリ
魔王子「………さー帰ろうか!」
姫「魔王子様~?」
外に出ると夕日が出ていた。
馬を走らせ、魔王城までの道を戻る。
姫(えへへ~)ギュウ
先ほどまでの余韻に浸り、魔王子に強めに抱きついていた。
彼も何も言わない。気付いていないのか、照れているのか。
とにかく余韻に浸れる内はどっぷり浸っていたい。今、私の心はトロットロだ。
姫(幸せぇ)スリスリ
と、その時。
魔王子「ごめん姫様」
姫「え?」
魔王子は突然、馬を止めた。
それから、馬から飛び降りて、腰の剣を抜く。
姫「魔王子様…?」
魔王子「そこから動くなよ姫様」
それから魔王子は、ある方向を剣で指した。
魔王子「潜んでいるのはわかっている!出てこい!!」
姫(えっ!?)
魔王子が叫んだ直後――
ババッ
姫(3人!?)
木陰から、覆面で顔を隠した3人の暗殺者が現れ、魔王子に襲いかかった。
魔王子「ナメられたもんだな…3人に増やしゃ俺を殺れると思ったか!!」
魔王子はそう言うと、襲いかかる刃を弾いた。
3人は魔王子を取り囲むように位置取りし、慣れた動きでそれぞれの方向から魔王子に迫った。
だが――
魔王子「無駄だっつってんだろ!!」
魔王子は素早い動きで体をひねらせ、3つの攻撃をそれぞれ防ぐ。
魔王子「でりゃっ!」
暗殺者A「っ!」
それから続けざまの攻撃で1人の暗殺者の手を打ち、刃を落とす。
残りの2人はその動作の間に魔王子に刃を突き出したが――
魔王子「鬱陶しい…!!」
魔王子は体制を低くし、刃をかわす。
それからすぐに体制を立て直し、剣をおお振りした。
暗殺者B&C「!!」
そして彼の放った剣はひと振りで、2人のそれぞれ腕と脇腹を切りつけた。
姫(凄い、圧倒的…!!)
丸腰でこの間の暗殺者を撃退した時といい、訓練の時といい、彼が強いのはわかっていた。
だけど3人相手に圧倒する程とは、思ってもいなかった。
魔王子「さーてと…!!」
魔王子は攻めに転じる。次から次へと放たれる斬撃に、暗殺者達は3人がかりでも防ぐのに精一杯。
暗殺者A「…っ!!」
暗殺者B「ぐっ」
そして防ぎきることもできず、剣の刃が彼らの体に傷をつける。
このまま、魔王子が押し切れる――そう思っていた、その時。
暗殺者B&C「…!!」ダッ
魔王子「あっ!?」
暗殺者の内2人が、まるで打ち合わせていたかのようなタイミングで逃亡した。
これでは残された1人が圧倒的に不利だ。
魔王子「…何だか知らんけど、都合がいい」ドカッ
暗殺者A「!!」
魔王子は残された1人を蹴っ飛ばし、続けざまに地面に組み伏せる。
魔王子「3人いっぺんに運べねぇからな。1人残ってりゃ、十分だ」
暗殺者A「…!!」
魔王子「俺はデート邪魔されて機嫌が悪ぃ…覚悟しやがれ」
と、魔王子が彼をひねりあげようとした時だった。
暗殺者A「…っ!」ドガッ
魔王子「っ!」
暗殺者の蹴りで、魔王子がわずかに吹っ飛ぶ。だけど、本当にわずかな距離だ。
ここから反撃や逃亡に転じることは不可能そうだが――
暗殺者A「――」ズバッ
魔王子「―――っ!?」
姫「あぁっ!?」
暗殺者は躊躇なく、自分の首をかっ切った。
姫「ひ…っ」
魔王子「姫様、向こう向いてろ」
私は首から大量の血を流す暗殺者を直視できず、横目で魔王子の動きを見た。
魔王子は暗殺者の側に寄り、脈を確かめている。
魔王子「…駄目だ、死なれた」
姫「わ…私がすぐに魔法を使っていれば…」
魔王子「いや、どっちみち駄目だったよ」
魔王子は私の側に寄り、気遣うように背中をさすってくれた。
魔王子「けどこれでわかったな。暗殺者は複数いる。こないだの奴が単独犯なのか、同じ組織の奴かはわからないけど…」
姫「魔王子様…」
魔王子「とにかく早く帰るか」
魔王子は馬に飛び乗ると、すぐに馬を走らせた。
姫(何だか…怖い)
魔王子は強い。警戒を強めた今、彼はそう簡単に殺されないだろう。
だけどたまらなく不安だ。どうして彼は、命を狙われる程の悪意に晒されているのか。
何もわからない。だから不安で、怖い。
先ほどとは違った意味で彼に強く抱きついた私に、彼は一言「大丈夫だよ」とだけ呟いた。
城に戻ってすぐに、暗殺者が現れたことを魔王に報告する。
緊急で城の重役達が集められ、また会議を開くことになった。
「やはり狙いは魔王子様か…」
「しかし何故…」
「反逆者の仕業か…」
悪魔「ちょっといいかね」
悪魔が声を発したと同時、私の横にいた魔王子の目つきが険しくなった。
魔王子は彼の発言を快く思っていない――そして案の定、悪魔はその心配を裏切らなかった。
悪魔「また、姫君と2人でいる時を狙われたな」
魔王子「だから何だと言うんですか?」
魔王「落ち着け魔王子。で、悪魔。お前は相変わらず姫君を疑っているのか?」
悪魔「この間も言ったが可能性の1つだ。今回の外出はお忍びだったな、魔王子?」
魔王子「んなもん、城を張ってりゃ簡単にバレると思いますけど?」
魔王子は悪魔への敵意を隠そうともしない。
だが悪魔はそれに動じず、口元に笑みを浮かべた。
悪魔「魔王子から聞いた賊の行動、少々不自然ではないか?」
魔王「不自然、とは?」
悪魔「あぁ。賊の内2名は魔王子に勝てないとわかると一目散に逃げたとのことだが――」
それから悪魔は、私に冷たい目を向けた。
悪魔「俺が賊なら、姫君を人質に取るがね」
魔王子「何が言いたい?」
悪魔は「別に」と言って話を切る。だけど彼の言った意味はわかる。
つまり、彼らは私と手を組んでいるから、私に手を出さなかったのではないかと――
魔王子「…俺から弁解させて頂くと」
姫「?」
魔王子「姫様が連中と手を組んでいるとして、俺を狙うなら、もっといいタイミングはいくらでもあった。今日は散々隙だらけで甘えさせてもらったしな」
姫(なっ…)
こんな大勢の前で何を…恥ずかしくて、この場から消えたかった。
皆にドヤ顔を披露する魔王子とは対照的に、私は隣で縮こまっていた。
あぁ、他の皆も苦笑いしている。魔王なんて顔をしかめて、物凄い威圧感を醸し出しているではないか。
悪魔「…仲睦まじいことは結構だが、俺が姫君を信用しきれないのには理由があってね」
姫(え…?)
魔王「何だ悪魔。言ってみろ」
悪魔「はい…姫君の母上は、魔物に殺されたそうだな?」
姫「!!」
それは私が物心つく前の出来事。
争いの終期に起こった事件であり、兄が魔物を憎むようになった大きなきっかけ。
当時の王であった父は妻を殺されて、魔物を憎む以上に、意気消沈していたそうだ。
魔物と人間の和平は、互いの平和を望む気持ちではなく、双方の憔悴によって築かれたものだと言われている。
だけれど――
姫「私は、魔物を憎んでなどいません」
これだけは、この場で言わねばならない。
姫「確かに母を殺した者を許してはいません。だけど魔物全体を憎んだり、無関係な魔王子様の命を狙うなど、その様なことは有り得ません」
悪魔「それが本当なら、姫君はお心の美しい方だ」
魔王子「お褒め頂き光栄です叔父上。俺の妻は美しい心の持ち主です」
魔王「やめんか2人とも」
また微妙な空気になった所を、魔王の言葉が遮った。
魔王「敵の狙いが魔王子だとはっきりわかったなら、警戒しておけばいいだけのこと。そう簡単には殺されんな、魔王子」
魔王子「当然」
魔王「それでこそ次期魔王だ。これからもお前の行動は制限せん。但し一緒にいると姫君にも危険に晒される可能性はあるから、そこだけは注意しておけ」
魔王子「はい」
魔王「うむ。では各自、警戒を強めておけ。では今日は解散だ」
こうして会議は終了となり、魔物達はぞろぞろと会議室を出て行った。
姫「…」
今日は色々あった。
楽しいことも、ドキドキすることも、怖いことも、辛いことも。
魔王子「姫様?」
ベッドに端座位になって思いを巡らせていると、隣のベッドで臥床していた魔王子が気にかけて声をかけてきた。
魔王子「…叔父貴に言われたこと気にしてる?姫様に難癖つけたがってるだけだから、あいつは。他の皆だってわかってるよ」
姫「え、あ…」
魔王子「姫様もう会議に参加しなくてもいいよ。皆の前で色々言われるの嫌だろ」
姫「そ、それよりも」
魔王子「ん?」
姫「貴方の命を狙っている者がまだいるのだと思うと…私…」
魔王子「姫様は繊細だなぁ」
姫「え?」
魔王子は体を起こした。
魔王子「俺は次期魔王である以上、色んな奴の悪意に晒されるのは仕方ないと思っているよ。俺が死んで得する奴だって、当然いるだろう」
姫「そんな…」
魔王子「だから、それに負けないように強くなればいい。剣も、心も」
姫「魔王子様…」
意思のこもった瞳が私には眩しい。
彼はこの事態に少しも動じてはいない。それは彼がいい加減だからでなくて、強いからだ。私は彼に比べてあまりにも小さく、弱い。
何だか彼が一瞬、手の届かない存在のように見えて――
魔王子「…つっても、姫様に心配してもらえるのも嬉しいんだけどね~」ニーッ
姫「…」
いつもの彼に戻った。
魔王子「新婚の内だけかもしれねぇなぁ、心配してもらえるの。俺が無敵だとわかったら心配もクソもねーし」
姫「そ、そんな、私は本当に…」
魔王子「うん、姫様はそれでいいよ」
姫「え…っ?」
魔王子「心配してもらえりゃ、ゼッテー死なねーって思えるから。だから、ありがとうな姫様」
姫「お礼を言われるようなことじゃ…」
魔王子「言いたくなるんだよ、こっちは。ありがとう」
姫「…ふふっ」
彼の満面の笑顔に、ついつられて笑ってしまった。
姫「今日はお疲れでしょう魔王子様。どうぞ、先にお休みになって下さい」
魔王子「じゃ、お先。おやすみー」
そう言ってから少しすると、彼は寝息をたて始めた。
この無防備な寝姿は、私を信用してくれている証拠だ。
彼は私を妻と認め、信用して、気遣って、守って――そして、想ってくれている。
彼と一緒にいると、幸せだった。
だからこそ失うのが怖い――そんな不安と恐怖も生まれた。
姫(私は彼に、何ができるんだろう…)
今日はここまで。
延々とイチャイチャを書いていたい気持ちはありますが話進めませんとね。
翌日、魔王子は朝から剣の稽古と言って訓練場に入り浸っている。
なので私はまた、女性同士で交流を深めようと厨房のメイドを訪れた。
姫「ううぅ、腕が痛くなってきたわ~」
メイド「あはは。貸して下さい、お菓子作りは体力勝負ですからね~」
ボウルに入れた材料を混ぜるだけで一苦労。
お菓子作りの道は険しい…。
メイド「魔王子様は甘いもの大好きですからね~。奥様の手作りならお喜びになるでしょう」
魔王子が…。
頭に、甘いものを大きな口で貪りながら「ありがとう姫様♪」と言う魔王子の笑顔が浮かんだ。
姫「頑張りますっ!!」
メイド「その意気です!」
姫「…そう言えば、今日は他の皆さんは参加しないの?」
メイド「それがですねー…」
メイドは苦笑いを浮かべた。
メイド「ほら、魔王子様の件で…混血種への当たりが強くなってましてねー…」
姫「メイドがやったわけじゃないのに!?」
メイド「あ、いやいや、仕方ないんですよ。私と仲良くしていると、その人も嫌な目に遭ったりしちゃいますんで…」
姫「誰にそんなことを」
メイド「…まぁぶっちゃけ、妖姫様です」
姫「まぁ…」
この城内においてはかなりの権力を持つ女性だから、彼女より権力の弱い者達に恐れられているのだろう。
まさか女性達の間でそんなことになっているなんて…恥ずかしながら、全然気が付かなかった。
結婚初日に睨まれて以来、妖姫のことは苦手に思っていたが、あれ以降これといったいざこざは無かった。
顔を合わせれば挨拶くらいはするけど、態度で彼女が私を嫌っているのは察している。
けど嫌がらせをされるわけでもなく、どうしても顔を合わせねばならない場面もなく、互いに上手く避けて何とかやり過ごしてきた。
姫「妖姫様にいじめられていない?」
メイド「いえー…まぁ嫌な顔をされる位ですね」
姫「そう。でも、あまり辛い目に遭うようなら私のお付きになるといいわ」
従者「それいいっすねー!」
メイド「うわ従者!あんたいつの間に!?」
従者「甘い香りに誘われて♪今日は何作ってんの~?」
姫「ケーキを作るそうよ」
従者「おおぉ!俺はねバナナのが好きで…」
メイド「あんたの好みは聞いてない!」
姫(…うん?)
確かメイドが用意した材料の中にバナナが…。
従者「今日も余ったやつくれるの?」
メイド「余るとは限らないでしょ!」
従者「でも結構毎回余らせてるよね?」
メイド「うっさいわね、毎回じゃないわよ!」
姫「…」
これは、私が知ってる言葉で例えるとしたら…。
鈍感男とツンデレ娘か。実に前途多難なカップルだと思う。
その後はお菓子作りに従者も混じり、3人で色んな話をしながらケーキを作った。
従者「でな、混血種は魔物と人間のいいとこ取りだから、母国じゃエリートってわけ」エッヘン
メイド「悪いとこ取りの奴もいると思うけど?」ジー
従者「俺はエリートなの!」
メイド「…そうなんですか姫様?」
姫「えぇ、本当よ」
母国の城に仕えていた混血種は、従者の言うエリートが多かった。
両種族が争っていた時代、混血種は、魔物より戦力が劣る人間側に重宝されており、その名残だろう。
混血種への偏見は人間の方が薄いかもしれない。
姫(けどお兄様は…)
思い出す。
混血種の料理番が作った料理を、体調が悪いと言って手をつけようとしなかった。
混血種の侍女が整えたベッドは自分で整え直していた。
混血種の貴族に贈られた贈答品は、使わず倉庫で眠らせていた。
魔物を嫌っている兄は、混血種のことも快くは思っていなかった。
かといって父から王位を譲られた途端、雇っている混血種の首を切っては、兄自身の評判が落ちる。
その為、兄は特に何もしなかった。何となく嫌いながらも、表立って差別はしなかった。
だから私も、兄の魔物嫌いは大したものではないと思っていた。
けれど私と魔王子の結婚が決まった時――
王『姫…決して相手に心を許すなよ』
兄の心の闇は、私が思っていた以上に深いものだと、悟ってしまった。
メイド「さて、あとは焼きあがるのを待つだけですね!」
姫「ここからが長いのよね~」
メイド「そうですねー、今の時間はっと…」
メイドにつられ時計を見る。
とその時、従者が「あっ」と声を出した。
姫「どうしたの、従者?」
従者「いえっ。ちょっと用事思い出しましたんで…」
メイド「そうなの。ケーキはとっておいてあげるから、行ってきなさい」
従者「おうっ!ありがとなーメイド、今度お礼に飯行こうぜーー」ダッ
メイド「そ、それって…デー…ト?ってこらーっ、聞きなさい!!」
姫「ふふっ」
メイド「ったく…。あいつ本当無頓着なんだから」
姫「あれでも、普段はとても真面目なのよ」
メイド「あー確かに第一印象とは変わってきてるかも…」
姫「貴方の前では、違う自分を出せるみたいね。それって従者の中で、貴方が特別な存在になっているってことに…」
メイド「な、なななっ!!」
メイドが赤面している。
私も魔王子の影響で、結構大胆になってしまったようだ。
姫「ふふ、ごめんなさい。焼きあがるのを待ちましょう」
メイド「は、はい…」
メイド「ところでところで奥様ぁ、魔王子様とはどんな事を?」
姫「え…えっ!?」
メイド「傍から見てもわかりますよー、大変仲睦まじいようで。昨日のデートでも高原で添い寝したとか何とか」
姫「だ、誰がそんなことを!?そんなことしていませんよ!?」アセアセ
メイド「あれぇ。会議の中で魔王子様がそんなこと言ったって噂が」
姫「噂に尾ひれがついてますっ!!!」
メイド「へぇ~、じゃあ正確には何やったんです~?」
姫「そ、それはぁ…手を繋いで街中を歩いたり…」
メイド「それで終わりですか~?」
姫「え、えーと…」
魔王子が跪いて私の手に口づけたとか…
花畑で膝枕したとか…
お姫様抱っこしてもらえたとか…
姫「い、いいい言えませんっ!!」ブンブン
メイド「じゃあこれだけ!キスは!?キスはしました!?」
姫「いやああああぁぁ勘弁してえええぇぇ!!!」
メイド(この反応…したな)
妖姫「うっさいわね、大声でノロケ話?」
姫「あ」
メイド「あ」
厨房の入り口には、いつの間にか妖姫が立っていた。
妖姫「そうやって魔王子との仲を大声で言いふらして、見せつけてくれるんだ…はーぁ、見かけによらず魔性の女ねー」
姫「別に、そういうわけでは…」
妖姫「っていうか何作ってるの?」
姫「ケーキですけど…」
妖姫「ふーん、まさか魔王子に?」
姫「えぇ…」
そう答えると、妖姫はニヤッと笑った。
妖姫「あらそう。じゃあ魔王子が毒にでもやられたら、これで証言が1つ取れるわね」
姫「ど、毒っ!?」
妖姫「ありえない話じゃないでしょ~?ってか魔王子が食べる前に毒見する必要あるわよね」
姫「…」
私やメイドを疑っているというより、これはただの嫌味に感じる。
けれど相手が同性なせいか、それとも悪意でしかないからか、悪魔に難癖をつけられた時よりも気分が悪い。
メイド「毒なんて盛っていません!何なら、私が毒見をしますよ!」
妖姫「卑しい出のあんたなら変なもの食べ慣れてるでしょ。毒にも耐性あるんでないの?」
メイド「なっ…」
姫「毒見なら私がします」
まともに相手をしていたら疲弊する。ここは堂々として、それで適当に流しておけばいい。
妖姫「例えばだけど、毒のない部分だけ食べて誤魔化したり…」
姫「それでしたら魔王子様に食べさせてもらっ…」
ん?
~妄想~
魔王子『はい姫様、あーんして♪』
姫『あ、あー…』
魔王子『やっぱ俺が姫様の唇を頂く!』ガバッ
姫『きゃっ、魔王子様ぁ』
~妄想終了~
姫(…って、サラッと何言ってんの私いいいぃぃぃ!?)ブンブン
メイド(奥様…何か妄想してるな)
妖姫「…」イラッ
妖姫「フン、まぁいいわ。せっかくだし間男にでも食べさせてあげたら?」
姫「間男…?私、魔王子様と従者以外の男性とはほとんど話していませんが…」
妖姫「あら、そー」
妖姫はまたニヤッと笑った。
妖姫「さっき見かけたあの男、貴方の昔の恋人に似てたけど…見間違いだったかしら?」
…!?
彼女が言うのは勇者のことだと思うが…。
彼が来るなんて、一切聞いていない。
姫「ど、どこに!?」
妖姫「あら、密会する為にあんな所にいるんだと思ったけど…」
姫「違います、どこにいらっしゃるんですか!?」
妖姫「城の西側で見かけたわ~。姫様を待っているんじゃない?」
姫「…」
どうしよう。魔王子に教えるべきだろうけど、彼は今忙しいし…。
それに他の誰かに知られたら、勇者と良からぬ関係になっているという噂がたちかねない。
散々悩んだけど、本当に勇者が来ているのか、自分の目で確かめてみることにした。
城の外に1人で出るのは初めてかも知れない。
兵士の守りがない城外は少しだけ怖いけど、そんなに離れなければ大丈夫だろう。
姫(…本当に勇者様が?)
正直、妖姫の言うことなので信用はできない。
けど勇者はこの間も事前連絡なく突然来たので、今回もその可能性はある。
姫(お城で待っていたら、その内来るかしら)
あまり城外をウロウロするのも嫌なので、すぐに引き返そうかと思い立った。
だが。
「~…」
姫(あら?)
わずかに声が聞こえた。
結構近くにいる?
あまり深く考えず、声のする方をそっと覗いてみた。
すると…
姫「…!?」
そこにいた人物に驚く。
1人は、妖姫の言っていた通り、勇者。
だけどその話し相手は――
姫(…従者?)
さっきまで一緒にお菓子作りをしていた従者が、勇者と一緒にいた。
姫(従者の急用ってまさか…)
勇者と会う約束をしていたのか。
だけど、自分は何も聞いていない。会うなら密会などせず、城内で堂々と会えばいいものを。
姫(どうしよう、挨拶しようかしら?)
そう呑気なことを思っていると、自然と2人の会話は耳に入ってきて――
勇者「では魔王子は……なんだな?」
従者「はい、……で、……であり…」
姫(魔王子様の話…?)
わざわざ会って魔王子の話などするものなのか。そんな雑談をする程、2人は仲が良かっただろうか。
2人の顔も楽しそうなものではないが――
勇者「本当に、魔王子の奴――」
そう言って、勇者は顔を落とした。
勇者「あの男――殺されてしまえば良かったのに」
姫「…!?」
従者「ですが彼は……で、……」
彼らの会話は聞き取れない。だけど、気持ちのいい話をしているわけではなさそうだ。
私はその場から離れながら、色んな思いを巡らせていた。
殺されてしまえば良かった?何を言っているの、あの人は?
私の中に沸き上がっている感情、これは怒りだろうか。魔王子にそんな悪意を向ける相手に、良い感情を持てるはずがない。
姫(どうして勇者様が――)
私は勇者を信頼していた。
母国にいた頃は、私の護衛として様々な所に同行し、私を危険から守ってくれた。
その武力をもって国中の信頼を集め、それでも驕らずにひたすら剣の道を極める、実直な人だった。
それなのに――
勇者『あの男――殺されてしまえば良かったのに』
姫「――っ」
信じたくない。嘘だと思いたい。
勇者は私の夫に、そんなひどいことを言う人じゃなかった。
姫(勇者様、どうして…?それに、従者も…)
ぐるぐると、嫌な考えばかりが頭を巡る。
それでも答えは出せない。彼らは、何を考えているのか。
魔王子「あ、帰ってきた姫様!!」
姫「!!魔王子様…」
私が城に戻ると、すぐに魔王子が駆け寄ってきた。
彼は私の側に来ると、ほっとしたように大きなため息をついた。
魔王子「あー良かった帰ってきて。訓練終わって姫様探したのに、いねーんだもん」
姫「あ…ちょっと散歩に」
魔王子「駄目だろ」
魔王子は私の目をじっと見る。その目はつり上がっていて、口は「へ」の形。
これは…怒っている?
魔王子「今こんな状況なのに、護衛もつけず1人で外に出ちゃ駄目じゃないか」
姫「すみません…」
魔王子「あ、いや俺はただ怒ってるわけじゃなくてね!?」
私が沈んだ声で謝ると魔王子は勘違いしたのか、慌て始めた。
魔王子「君に何かあったらって思うと…本当、考えるだけで辛いから」
姫「魔王子様…」
顔を曇らせる魔王子。
彼は本当に私を心配し、大事にしてくれている。こんなに、優しい人なのに――
姫「――ぅっ」
魔王子「!?」
どうして彼に、あんなひどいことを――
魔王子「わ、悪かったって!泣かせるつもりは無かったんだ、本当に!!そこまで怒ってないから、な、な!?」
姫「グスッ…ちが…」
――違うんです。
勇者『辛いことがあってもそれを表に出さず、明るく振舞うような方だ――俺はそれをよく知っている』
――それは違います。
自分に対してなら、何を言われても平気でした。だけど――
魔王子「心配してただけだから――な?」ポンポン
――貴方への悪意の言葉は、どうしようもない位胸が痛くなるんです。
今日はここまで。
魔王子の出番少なかったー↓
魔王子(ふーヤレヤレ)
泣き止まぬ姫を部屋まで送り届けている間、すれ違った奴にはジロジロ見られるわで心労が半端なかった。
魔王子(まぁ泣かせちまった俺も悪いんだけどな…)
最近、姫との距離は順調に詰めてこられたと思ったけれど、やはり女性への気遣いは難しい。
魔王子(さーて、どう巻き返すかな…)
妖姫「魔王子ぃ、姫様を泣かせたんだって?」
魔王子「うぐ…。最低男って罵りに来たのか?」
妖姫「逆。アンタは女をよくわかってないから教えてあげようとね」
魔王子「はい?どういう意味?」
妖姫「女って自分に非がある時でも、泣いて誤魔化すことあるから。被害者ぶってるだけかもよ」
魔王子「確かに黙って外出した姫様も良くないしなぁ。ま、落ち着いたらもう1回話し合ってみる」
妖姫「黙って外出した?姫様の非はそれだけかしら?」
魔王子「ん?どういう意味?」
妖姫「私、姫様に教えてあげたのよねぇ…」
妖姫はニヤッと笑った。
妖姫「城外に勇者が来てるってこと」
魔王子「勇者が?」
昔、姫と婚約しているという噂のあった男。魔王子にとっては1番の嫉妬の相手。
姫は勇者のことは何も言わなかった。
まさか自分に秘密で会いに行ったのか?まさか…だがそう言われれば、他に姫が外出する用事など考えられない。
妖姫「後ろめたいことでもあるんじゃないのかしらぁ?」
魔王子「…」
魔王子「ないよ」
妖姫「え!?」
魔王子はきっぱりと答えた。
魔王子「確かに姫様は勇者と会ってたのかもしれない。でもそれを言ったら俺が嫉妬するから、姫様は黙ってるんだ」
妖姫「…それが後ろめたいことでしょ」
魔王子「あぁ。姫様は後ろめたく思っているだろうけど、後ろめたいことはしていない」
現場を見たわけでもなくはっきりそう言う魔王子に、妖姫は若干戸惑う。
妖姫「どうしてそんなことがわかるのよ?」
魔王子「だって姫様は、俺のこと好きだから」
妖姫「!?」
きっぱり言った単純すぎる回答に、妖姫は若干引いてしまった。
妖姫「じゃ…勇者と秘密で会ってたこと許すの!?」
魔王子「いや」
妖姫「え…?」
魔王子「知ったからには黙っていられないだろ。ま、とりあえず時間を置くよ。じゃあな妖姫、教えてくれてありがと~」
妖姫「ちょっ待ちなさいよ!ど、どうするの!?」
魔王子「そこは俺たち夫婦の問題なんで」
妖姫「!?」
魔王子はいつも通りの飄々とした様子で、そこから立ち去っていった。
だけどそれは表向きの顔。内心どう思っているのかは、それは誰にも見せようとしない。
だけど魔王子はあの姫のことになると真剣になる――それは十数年の付き合いの自分ですら知らなかった、魔王子の一面。
妖姫「…」
妖姫は複雑な心情を抱きながら、そこに取り残された。
姫「…」
魔王子「…」
しかしそれから時間を置いても、姫の機嫌が直ることはなかった。
魔王子「今日の訓練では5人同時に相手にしてさー…」
姫「あっはい…」
魔王子「…」
終始この様子で、会話が続かない。
魔王子(困ったな…)
このまま機嫌が直るのを待つべきか、例の話題を持ちかけてみるか。
だが持ちかけてみて、姫がもっと落ち込むかと思うと…。
そうやって話を切り出せないまま、1日が終わろうとしていた。
魔王子(ヘタレだな俺は)グヌヌ
とりあえず一晩たてば姫も元気になるかもしれないと、寝支度を始めた。
今日は剣の訓練で疲れた…。
魔王子「先に寝るよー。おやすみー」
姫「おやすみなさい」
姫「はぁ…」
どうしよう。魔王子にかなり気を使われているのがわかる。
泣いてしまうなんて、何て情けないんだろう。
魔王子『だから、それに負けないように強くなればいい。剣も、心も』
彼は命を狙われている当人だというのに心を強く持っている。
なのに妻である私が挫けてどうするというのか。
姫(明日、魔王子様に謝ろう…あと勇者様のことも言わないと)
既に無防備な寝顔を晒している魔王子を見て、うんと決意した。
気分がもやもやして眠れなかったけど、明日は彼より早く起きないと。
姫(私も寝よう)
ガチャ
姫「…え?」
物音に、私は振り返った。
ゆっさゆっさ
姫「…きて、魔王子様ぁ!!起きてえええぇ!!」
魔王子「…んぁ?」
もう朝か――?
ヒュンッ
魔王子「――っ!?」
本能的に危険を察知して体をひねらせた。
次の瞬間、彼の体があった所には刃が突き刺さり――
暗殺者「――チッ」
魔王子「…!!また暗殺者かよ!?」
一気に目が覚めて、構える。
先日の奴同様、襲撃者は覆面を被っている。この間逃げた奴と同一人物かは、不明。
魔王子(姫様は――)
ベッドの側で震えていた。
避難しろ、と言いたいが、それで暗殺者の注意が彼女に向かったらまずい。
魔王子(俺だけに意識を集中させて――)ジリ
ベッドサイドテーブルから武器替わりに燭台を手に取り、さり気なく姫と暗殺者の間に移動する。
暗殺者はこちらの様子を伺っているようだが――
魔王子「来ねぇならこっちから行くぞ!!」
と、攻めようとした時だった。
暗殺者「…」ダッ
魔王子「って、また逃げんのかよ!?」
奴の作戦は寝込みを襲うことだったのだ。それが失敗したなら、騒ぎになる前に逃げる方がいい――のだろうけど、そうはさせない。
魔王子「でりゃっ!!」
魔王子は燭台を思い切り、暗殺者めがけて放り投げた。
暗殺者「!?」ガシャーン
そしてそれは、見事暗殺者の頭に直撃した。
暗殺者「…くっ!!」
だが暗殺者は動きを落とさず、そのまま窓の外に飛び降りた。
魔王子「くっそ、また逃がしたか…。姫様、大丈夫か」
姫「え…えぇ…」
魔王子「なぁ、何があった?」
姫「わ…私が寝ようとした時、窓が開いて…」
魔王子「窓が?」
窓の方を見たら、全開になっていた。ガラスが割れた形跡はない。
魔王子「…鍵を締め忘れたかな?でもおかしいな、俺は窓の開け閉めはしてないし…」
姫「私も、していません…」
魔王子「てことは使用人か従者あたりか…?城内だから油断したなー…ありがとうな姫様」
姫「ぇうっ、魔王子様ぁ…」ギュッ
魔王子「わっ!?」
体にしがみついてすすり泣く姫に、魔王子は戸惑う。
魔王子(…本当に、繊細なんだなぁ)
魔王子「大丈夫だから、姫様」ギュッ
姫「うぅ、でも、でも…」
魔王子「言ったろ、姫様が心配してくれているなら死ねないって…大丈夫、大丈夫だから」ナデナデ
姫「は、はいっ…」グスッ
魔王子「さて…この事を報告してこなくちゃいけないんだけど…部屋に姫様だけ残すのは不安だな」
姫「…一緒にいて下さい」
魔王子「ん。一緒に行こうか」
まるでお化けを怖がる子供のように萎縮している姫の手を引き、たまに頭を撫でてあげた。
そうすると姫はわずかにはにかむ。だけど無理をしているんだと、自分にはわかる。
魔王子(あー可愛い)
こんな時だというのに癒されてしまう、自分は馬鹿だろうか。
城内の警備兵に今あったことを報告すると、すぐに城中に話は広まった。
もう深夜近いというのに城内はざわつき、逃げた暗殺者を探す為何名もの兵が派遣された。
魔王「完全に警備の隙をつかれたな」
魔王子「はぁー、目ぇさえちまった」
姫「…」
広間に来てからも、姫はずっと自分にしがみついている。
今は大勢の家臣の目があるので頭を撫でてはやれないけど、その分強く手を握ってやった。
メイド「別の寝室をご用意致しました」
魔王子「そっか。じゃ行こうか姫様」
と、姫の手を引いて行こうとした時だった。
悪魔「大変だったな魔王子」
魔王子(わ。やな奴来た)
悪魔「どうやら窓の鍵を締め忘れていたようだな?それは――」
魔王子「ちょっと待って。ごめん姫様、先に寝室に行っててくれるか?」
姫「はい…」
魔王子(そんな捨てられた子犬のような目するなっての!!)
魔王子「すぐ行くから、な?」
姫「わかりました」
そして姫が広間を出たことを確認する。
さて、と…。
魔王子「また難癖ですか叔父上?」
悪魔「人聞きの悪い…俺は可能性のある話をしたいだけだが」
魔王子「叔父上の言いたいことはわかりますよ。姫様が鍵を開けていたんじゃないか、って言いたいんでしょう」
悪魔は「む」といった顔で唇を結ぶ。
やはり図星か。だが、今回はちゃんとした反論がある。
魔王子「姫様がグルなら、俺を起こさないでしょう。俺を助けてくれたのは姫様で――」
悪魔「ク、ククッ」
魔王子「…何がおかしい?」
悪魔「いやぁ。手口が似ていると思ってな」
魔王子「は――?」
悪魔「俺も昔すっかり騙されて、命を取られそうになったよ――人間の女にな」
魔王子「…っ!?」
悪魔「まぁ昔の話だ」クク
魔王子「…その女と姫様と、何の関係があるんですか?」
悪魔「あの女もそうやって時折、俺を助けるような素振りを見せた。今思えばそれも演技だったのだな。俺を信用させ、命を取りやすくする為の――」
魔王子「あの女「も」じゃない!!」
カッとなり叫び声をあげると、広間にいた奴らが一斉にこっちを見た。
いけない、冷静にならなくては…。
魔王子「…姫様はそんな事はしない。自分が騙されたからと、一緒にしないで頂きたい」
悪魔「話はこれで終わらないんだが…」
魔王子「結構!もう聞きたくありません!」
魔王子は悪魔の声を振り切るように、広間から去って行った。
その背中を見送り、悪魔は皮肉めいた笑みを浮かべる。
悪魔「反発して燃え上がる…か。だが燃えれば燃える程、後のダメージが大きいだろうな…」
今日はここまで。
魔王城全焼するくらい燃え上がればいいと思っている。
乙です
悪魔って聞くと、DQのミニデーモンやそれを大きくしたのをイメージしてしまい、読んでてとてもシュールな絵面が頭に浮かぶ
・
・
・
メイド「客室なので姫様達の寝室より質素なんですが、ベッドの寝心地は良いはずですから!」
姫「えぇ、ありがとうメイド」
ざわざわ
メイド「ん…?何か騒がしいですね」
姫「どうしたのかしら…?」
野次馬する気は無かったが、寝室に行くまでにざわついている場所を通る必要があり、自然とそちらの方に足を向けた。
メイド「ちょいとぉ、何があったの?」
兵士「それが…こいつが襲撃者に襲われたみたいで」
メイド「えぇ!?…って、従者じゃない!!」
姫「えっ!?」
後方にいた私はメイドの声に反応し、人だかりを割って入っていった。
すると…
従者「アッハハハ、そんな大した怪我じゃないから…」
姫「従者!!」
従者「あっ姫様」
姫「…っ!?」
こちらを振り向いた従者は頭に包帯を巻いていた。
血が滲んでいるのは後頭部――そこは確か…
魔王子『でりゃっ!!』
暗殺者『!?』ガシャーン
どうしてか、先ほどの光景が再生された。
兵士「魔王子様が命を狙われているはずなのに、何でお前が襲われたんだろうな?」
従者「知らんよ、涼んでたらガーンとやられたんだよ」
兵士「まさかお前と魔王子様を見間違えて…って、そんなわけないよなー足の長さが全然違うし!!」
従者「うるせーわい!!野次馬はもう散れぃ!」
従者が叫ぶと、野次馬達は半笑いで散り散りになっていった。
その場には私と、従者と、メイドだけが残された。
メイド「従者、本当に大丈夫なの?」オロオロ
従者「大丈夫だって、俺はエリートなんだから。姫様も、もう夜遅いんでお休み下さい」
姫「…ねぇ従者」
従者「はい?」
冷静な振る舞いとは裏腹に、心臓はドキドキいっている。
――そんなわけない。
そう、これはただの確認で――
姫「貴方…私達の寝室の窓、開けた?」
彼を疑いたくはない。
だけど――
従者「いえ?俺は開けてませんよ」
姫「…そう」
動じることなく答える従者。
だけど私はそれでほっとできない。
姫(私は――)
心の奥底で、従者を信用できずにいる。
それは何も、窓を開けることが可能だったとか、後頭部の傷だけが原因ではない。
勇者『あの男――殺されてしまえば良かったのに』
従者といた時の、勇者のあの言葉。
魔王『完全に警備の隙をつかれたな』
外部の人間ではそう簡単に隙をつけない警備状況。
従者1人でそんなことできるはずがない。
だけど協力者――それも"混血種”の刺客を用意することができる、従者に近しい協力者といえば――
王『姫…決して相手に心を許すなよ』
姫(…っ、そんなわけないじゃない!!何考えているの!!)
・
・
・
魔王子「…あれっ」
寝室で帰りを待っていた私の顔を見て、魔王子は目を丸くする。
魔王子「…そっか、待っててくれたんだ。ごめん、遅くなって」
姫「いえ…」
魔王子「警備は強化しておいたから、安心して眠れるって…」
魔王子はそう言うと隣のベッドに入った。
姫「魔王子様…」
魔王子「ん?どうした?」
姫「…手を、握っていてくれませんか?」
魔王子「いいけど…やっぱ、怖い?」
魔王子は気遣うように優しい声で、私の手をそっと握ってくれた。
魔王子「はは、ガチガチだ姫様」
姫「だって…私、貴方が…」
魔王子「大丈夫大丈夫、新婚の奥さん残して死ぬわけないだろ」
姫「…」
心が痛い。
彼はそう言っているけど、さっきのだって私がもう少し早く寝ていたら危なかったわけで…。
魔王子「そうだ。姫様、今眠い?」
姫「いえ…目が冴えちゃって」
魔王子「俺も。せっかくだし、今聞いちゃうかな」
姫「何ですか…?」
魔王子「あのさ、昼間勇者と会った?」
姫「!!?」
何でそれを――と思ったが、すぐに妖姫の顔が頭に浮かんだ。きっと彼女が教えたのだろう。
私が勇者に会いに行ったのは本当だけど、無いことまで吹き込んでいないだろうか…。
姫「…妖姫様に勇者様が来ていると聞きまして、遠目で姿を見かけましたが…直接会話はしていません」
魔王子「何で会話しなかったの?」
姫「…」
何と言えばいいのか。勇者があんなことを言っていたから立ち去った――なんて言えない。
だけど適当な嘘も思いつかず、私は言葉を詰まらせる。
魔王子「まぁ理由なんて無くてもいいんだ…後ろめたいことさえしてなけりゃ」
姫「う、後ろめたいことなんて!!」
私はすぐさま首を大きく振って否定した。
姫「もしわずかにでもお疑いでしたら、私に監視をつけて下さっても構いません!少しの外出や来客と会うのにも制限を設けるなら、それに従います!!」
魔王子「しねーよそんなん…束縛って最悪じゃん」
魔王子は苦笑した。
魔王子「夫婦の間でも隠し事はありだと思うよ。ただ今回の場合は知っちまったから、言わずにはいられなかった。別に姫様を疑ってはいないから、な?」
姫「…すみません、黙っていて」
魔王子「別に大したことはないけど、俺が嫉妬するから黙ってたんだろ?」
姫「えっ、嫉妬…」
魔王子「気ぃ使わせちゃったね~。俺も器でっかい男になれるよう頑張るよ、うん」
魔王子は、私に都合がいいように解釈してくれたようだ。このまま彼の嫉妬を恐れて、ということで誤魔化し切ることはできる。
だけど――
姫「…魔王子様」
魔王子「ん?」
姫「違うんです…」
嘘をついて彼のせいにするのは、絶対に嫌だった。
姫「実は…」
私は彼に打ち明けることにした。
勇者と従者が密会していたこと、従者が後頭部を怪我したこと――
勇者が言っていた陰口のことは、流石に言えなかったけれど。
魔王子「つまり君は、従者を疑っているのか」
姫「それは…」
魔王子「…半信半疑ってとこか」
姫「兄は魔物を憎んでいます…もし、裏で兄が手を引いていたら…」
魔王子「うーん…それだけの情報だと何とも言えないけど…ただ、1つ確かなことはある」
姫「確かなこと?」
魔王子「あぁ。俺の寝込みを襲撃してきたのは、従者じゃない」
姫「え…!?」
魔王子「従者とは何度か訓練で手を合わせているけど、従者と襲撃者の動きは全然違った」
姫「本当ですか…!!」
これで1つ、不安が解消された。
姫「あ…でも、兄が関わっていないとはまだ言い切れないですよね…」
魔王子「どうだかねー…でも1番重要なのはそこじゃない」
姫「えっ…って、きゃっ!?」
魔王子は突然、私の体を抱き寄せた。そして耳元で優しく囁く。
魔王子「君が関わっていなければそれでいい――心から、俺の奥さんでいてくれれば…」
姫「ま、魔王子様…ぁ」
彼の胸に顔を埋める格好になり、彼が声を発すると耳に息が触れ、私の熱は上がる。
体が密着して、ドキドキがばれてしまわないだろうか。私を包む彼の腕は力強く、逃げられそうにない。
だけどそこから抜け出したいと思う反面、密着した部分が気持ちよくて――上がった熱の解放を、今なら彼に委ねてもいいと――
魔王子「あ、ごめん、苦しかったよな」パッ
姫「…」
魔王子「さーて、もういい加減寝るかー」
この時ばかりは、彼の鈍さをちょっとだけ恨んだ。
短いですが今日はここまで。皆さん乙レスありがとうございます。
この展開、自分が読み手だったら「そこで抱けよ!!(゜Д゜)」って叫んでいたと思います。
>>114
悪魔が萌えキャラにww
画面の想像は自由です!(´∀`)
乙です
>>122
萌えキャラというか、触手の生えた全身タイツのオッサンな感じです
>翌日
姫「おはようメイド」
メイド「おはようございます奥様!どうされたんですか、厨房までわざわざ」
姫「昨日、ケーキを魔王子様に持っていくの忘れちゃってて…」
メイド「そうでしたねー。取っておいてあるので、今出しますね!」
姫「従者にはもう食べさせたの?」
メイド「えぇ。美味しいって喜んでくれましたよ~♪」
姫「そう。良かったらまた作ってあげてね」
メイド「はい…じゃなくて、余ったらですよ、余ったら!あいつの為にわざわざ作りませんから!」
姫「はいはい」フフフ
メイド「んーと…あれ?昨日ここにしまっておいたのに無くなってる、ケーキ…」
姫「え?誰か持っていったかしら?」
メイド「どうでしょうね~。ちょっと今匂いを辿ってみますね~」
メイドはクンクンと鼻を鳴らす。
メイド「こっちですね」
姫「私も行きます」
そして厨房から廊下に出て、メイドに着いて行くと――
姫「あっ…!!」
メイド「あぁっ…」
信じられないことに、廊下の真ん中でケーキがぐちゃぐちゃになっていた。
姫「ひどい…誰がこんなことを…」
メイド「朝、廊下は掃除したはずですから…1番新しい匂いは妖姫様のものですね…」
姫「妖姫様が…」
ケーキを床に叩きつける妖姫の嫌な顔が頭に浮かぶ。
あまり妖姫のことは意識しないようにしてきたが、やっぱり私も彼女のことが嫌いなようだ。
こんなことをされて、怒らないわけがない。
メイド「今回は残念ですが、また作りましょう…」
姫「そうね…」
メイド「じゃあ私はここ掃除しちゃいますので…」
と、その時曲がり角から大きな足音が聞こえた。誰かが走っているようだ。
そんなに急いでどうしたのだろう…ちょっと気になって曲がり角を見た。
すると――
メイド「ひっ!?」
姫「!?」
暗殺者「…」
廊下の曲がり角から出てきたのは覆面を被った者――(恐らく)魔王子に向けられた襲撃者だった。
メイド「だっ誰かあああぁぁ!!」
メイドが廊下中に響く声で叫ぶ。
襲撃者はすぐに方向転換し逃亡。
ほんの数秒差で、兵士達が駆けつけた。
メイド「ふ、覆面を被った不審者が!あっちに行ったわ!!」
兵士「何だと…わかった!」
兵士達は叫びながら襲撃者を追った。
メイド「奥様も危険ですので、お部屋に退避されて下さい」
姫「え、えぇ!」
私はメイドに手を引かれ、すぐ近くにあった図書室に逃げ込む。
部屋に入った後メイドは扉に鍵をかけ、モップ片手に扉前に立っていた。
部屋の外は喧騒に包まれている。
魔王子は、大丈夫だろうか――
その時だった。
ふと見た窓の外で、何かが落下した。
べしゃっ
姫「――ひっ!?」
赤い液体を撒き散らす、潰れたトマトのようなそれを見て、私は卒倒しかけていた。
メイド「奥様、しっかり!!」
姫「え、えぇ…」
私を支えるメイドの声も、外の喧騒も頭に入らない。
潰れたそれを視界の外に置きながら、私はぼうっと窓の外を見ていた。
悪魔「――やったぞ」
姫(…悪魔様?)
悪魔が翼を広げ、潰れたそれのすぐ側に降り立つ。
と同時に、図書室のドアをどんどんと叩く音が響いた。
兵士「姫様!ご無事ですか!」
メイド「奥様は無事よ!それより外のは…」
兵士「もう出てきても大丈夫です、悪魔様が侵入者を仕留めましたから!!」
ということは――あそこで潰れているのは襲撃者だったのか。
メイド「襲撃者は死んだみたいですね…」
メイドが窓を開け、外の様子を見ている。
私はどうしてもそれを直視できず、耳で声だけを拾った。
兵士「やりましたね悪魔様」
悪魔「全く、手応えのない奴だった…」
メイド「そりゃそうよ。悪魔様相手だもの」
悪魔「しかし妙な覆面だな…こいつの素顔はどうなっているんだろうな」
兵士「今剥がします」
悪魔「あぁ、そっとだぞ…」
メイド「――えっ!?」
メイドのぎょっとする声に続き、外の声はざわつき始めた。
兵士「こいつは…!!」
悪魔「おやおや…」
メイド「奥様!!あ、あれ、あれは…」
姫「…?どうしたの?」
メイド「覆面の下…従者です…」
姫「!?」
悪魔「これはどういうことですかねぇ…姫君?」
悪魔は窓の外から私の方を見て、不敵な笑みを浮かべた。
姫「私は何も知りません…」
広間にて魔王や悪魔、その他大勢の魔物達に囲まれながら、私は弁解の言葉を発する。
嫌疑、不信感、敵意――彼らの目は様々な感情を表している。正直、怖い。だけどここで堂々としていないと、そこをつけ込まれるだけなので――
姫「従者が何をしようとしていたかなんて、私にはわかりません」
「嘘をついてもわかるのだぞ!」
姫「それなら有難いです。私が嘘をついていない証明になるでしょうから…」
彼らの厳しい追及にも、物怖じせずに答える。
だけど頭の中は混乱していて――
姫(本当に従者が裏切っていたなんて――どうして?お兄様からの命令?)
信頼を裏切られた事、死なれた事、2つのショックはあまりにも大きかった。
魔王子「…俺も姫様を信用している」
彼は私の側について、家臣達への弁解を助けてくれた。
魔王子「姫様も共謀しているなら、もっと確実に俺の命を取れる場面はいくつもあった。姫様は本当に知らなかったんだろう」
悪魔「そこも策略の内だとしたら?」
魔王子「邪推が過ぎますよ叔父上」
いつもの通り、2人の間に火花が散る。
だけどいつもと違うのは、そこで止めるはずの魔王がずっと黙っていることだ。
悪魔「俺も昔、似たような方法で騙された――これは経験談だ」
魔王子「一緒にするなと言ったでしょう。叔父上の目には、人間の女が全部同じに見えるんですか?」
悪魔「…折角だし昔話をしてもいいか?俺を騙したその性悪女の話だ」
魔王子「話したきゃご勝手に」
悪魔「では――」
まだ魔物と人間が争っていた頃の話。勤勉な兄(魔王)と違って当時は遊び人だった悪魔は、魔物の身体的特徴を隠してちょくちょく人間の国に遊びに行っていた。
ある日いつものように夜遊びをしていると、女性が複数の酔っ払いに絡まれているのと鉢合わせした。彼はそれを、気まぐれで助けた。
それからそこに遊びに行く度に、その女性と顔を合わせるようになった。何度も顔を合わせれば自然と親しくなっていくものだ、と悪魔は語る。
悪魔「――だがそれとほぼ同時期だったな、俺の命を狙う者が現れ出したのは」
魔王子「…今の俺と同じですか」
悪魔は魔物の身体的特徴は隠していた――が、魔王の一族の者として、国の一部の者に顔は割れていたのだ。
悪魔「その女には何度か窮地を助けられたが、今思えば演技だったのだな。俺を確実に仕留める為、信頼を得る為の――」
魔王子「で、俺の妻がその女と同じだと?馬鹿げている」
悪魔「その女も俺同様、身分を隠していてな――人間の国の、姫君だった。だから俺の顔を知っていたのだろう」
魔王子「…だから、それが何だと」
イライラを顔に表して文句を言おうとする魔王子を、悪魔が手で制す。
悪魔「俺に刺客を送った国――そしてその女が嫁いだ先が――」
姫「…!!」
悪魔は私の方に目を向ける。
魔王子「まさか――」
悪魔「そう…姫君の母国なのだよ」
姫「……!?」
ちょっと待って。
時期的なことを考えると、そのお姫様というのは――
姫「まさか…お母様?」
魔王子「…だから、それが何だって言うんですか!!」
魔王子はイライラが爆発したように、悪魔に詰め寄った。
魔王子「姫様の母上が叔父上を騙した!?だから姫様も一緒!?そう言いたいんですか、叔父上!!」
悪魔「…姫君の母国は、そういうことをする国だ。和平を結んだからといって、それが簡単に変わると思えん」
魔王子「今は姫様の兄上が国王に代わったのですよ!」
悪魔「…姫君にお聞きしたいのだが」
悪魔は魔王子を無視した。
悪魔「母上が殺された頃、乳幼児だった貴方は母上の記憶すら無い――だが兄上…いや、国王陛下はどうだ?」
姫「…っ」
兄は私より6つ上。母を覚えていないわけがない。
それに、それが原因で――
悪魔「国王陛下は、魔物を憎んでいないのか?」
姫「それは――」
表に出さないだけで、兄は魔物を嫌っている。
兄が感情だけで動く人だったら、和平などに尽力せずに魔物と戦を続けたかもしれない。
それはやはり、母のことが原因している。
悪魔「もし姫君の兄である国王陛下が絡んでいるのなら…これは和平を揺るがす大問題になる」
姫「――っ!!」
それは考えられる、最悪のパターンだった。
悪魔の憶測を聞き、他の家臣達もざわつき始めた。
魔王「…全員落ち着け」
しかし魔王の一言が、ざわつきを沈めた。
魔王子「親父!憶測で物を決め付けるにはまだ早い、だから――」
魔王「落ち着けと言っている、魔王子」
一蹴され、魔王子は納得いっていない様子で引き下がる。
魔王は落ち着いた様子で、全員に向かって声をかけた。
魔王「魔王子の言う通り、憶測で物を決めるにはまだ早い。それに悪魔の言う通りだったとしても――我はこれを大事にしたくはない」
悪魔「…兄上、理由を」
魔王「この程度の事件で和平が崩れ、陰惨な争いの時代を再び繰り返す等――あってはならぬ」
悪魔「この程度ねぇ…狙われているのは貴方の一人息子ですが」
魔王「だからこそだ。我の一人息子がこの程度で死ぬわけない」
魔王はそう言って魔王子に顔を向けると、魔王子も無言で頷いた。
そのやりとりだけで、この親子には信頼関係があるのだと伝わってくる。
悪魔「ふ…そうか、このまま静観か…」
魔王子「それでいい。命を狙われているのは俺だけだ、何の問題もない」
魔王「だが」
魔王の一言が、また場を静寂に変える。
魔王「姫君の処遇をこのままには――というわけにはいかない」
魔王子「なっ――!?」
魔王子が抗議の声を上げかかった、その時だった。
「失礼する」
姫「――っ!!」
広間の扉を開けて入ってきたのは――
姫「勇者様…!?」
勇者「お久しぶりです、姫様」
勇者の登場に、場はざわついた。
それでも彼は動じずに、私の方だけを見ている。
魔王子「は…何で勇者がここに?」
魔王「我が呼んだ」
魔王子「は…?」
魔王「姫君を母国に送り届けてくれとな――」
姫「!?」
魔王子「はあぁ!?」
魔王子は魔王に掴みかからんとする勢いで迫る。
魔王子「おい、どういうことだよ!?親父まで姫様を疑ってるのか!?」
魔王「そうではない。だが、今回の件で姫君を疑う者が増えただろう」
勇者「そんな環境に姫様を置いておくわけにはいかない」
魔王子「――っ!」
姫「わ、私は平気です」
魔王「姫君が平気でも、疑心暗鬼になられては家臣達の統率力が乱れる…」
悪魔「もし姫君の兄である国王陛下が裏で糸を引いているとしたらだ――統率力の乱れた我々に攻め入る、絶好のチャンスになるじゃないか」
勇者「…馬鹿げたことを」
勇者はフンと鼻を鳴らした。
勇者「陛下や姫様にあらぬ疑いをかけるな。これが公の場だったら、戦争に発展しかねんぞ」
魔王「そうなることを避けてお主を呼んだのだ。穏便に、姫君を連れ帰ってくれ」
魔王子「ちょっと、待てよ…!!それっていつまでだよ!?母国に戻されて、俺と姫様の関係はどうなる!?」
魔王「それは…追々、向こうの国王と話し合うつもりだ」
魔王子「ふざけんなよ!俺と姫様の関係を、どうして他の奴に決められなきゃいけないんだ!」
勇者「それが政略結婚というものだろう」
魔王子「何だと!」
勇者「姫様と貴方は、国王陛下と魔王陛下が決めて婚姻を結んだ…違うか?」
魔王子「…っ」
魔王「ともかく」
魔王子の勢いが弱まった一瞬を見逃さず、魔王は話を切った。
魔王「姫君には一旦母国へ戻って貰おう。それが最も穏便に済む手段だ」
姫「…」
何も言えなかった。
いや、理屈ではわかっている。自分の存在が魔物達の不安を煽っている。なら、このまま魔王の言う通りにするのがいいのだろう。
だけれど、気持ちは――
勇者「行きましょう姫様。馬車を待たせています」
姫「あっ――」
遂に勇者に手を引かれた。
姫(もう、このまま彼と――)
そう思った途端背筋が寒くなって、私は後ろを振り返った。
魔王子は家臣達に引き止められながらも、私に向かって必死に手を伸ばしていた。
魔王子「待てよ…!」
魔王「見苦しい真似はよせ魔王子」
魔王子「離せよ親父、こんなのは…!!」
彼の気持ちも私と同じ。
彼のその手を掴みたくなって、1歩彼に向かって踏み出したけれど――
姫「魔王子様――」
勇者「…姫様!」グイ
姫「あっ」
彼が遠くなる。強引な手が、彼の温もりも、彼の声も、彼の香りも届かない所へ、私を連れ去ろうとする。
勇者「姫様、受け入れて下さい…おわかりでしょう?」
わかっている、これが最善策だと。わかってはいるけど…!!
姫「――嫌です」
勇者「はい?」
気持ちは、最善策を受け入れない。
姫「…魔王子様ぁ!!」
気付いた時には私は勇者の手を振り払い、魔王子の元へと駆け出そうとしていた。
勇者「姫様っ!」
姫「っ!」
だがあっさり勇者に腕を掴まれ、魔王子との距離を詰めることは叶わなかった。
勇者「失礼!」
姫「あっ!?」
そしてそのまま勇者は私を抱え、そこから駆け出した。
無駄な抵抗とわかっていながらも私は必死に足掻き、魔王子に必死に手を伸ばした。
魔王子「姫様、俺!!」
互いに伸ばした手は遠い。
だけど目と目はしっかり互いを見つめていた。
魔王子「姫様のこと、あい――」
それでも無慈悲に、扉は2人の間を遮断した。
彼の姿も、声も、まだ扉の向こうにある。私はそれに未練を抱き、必死に手を伸ばした。
勇者「姫様…っ!」
勇者の複雑に歪んだ顔も、今の私の目には入らない。
それだけ強く思っても、私はもう魔王子の姿を見ることすらできない。
こうして私は強引に、母国へ連れ戻されることとなった。
今日はここまで。
この展開辛い…。
>>124
ブラックデビルで想像したら癒されました。
>母国、謁見の間
王「久しぶりだな姫――思ったよりは元気そうだな」
姫「お兄様…!!」
馬車に押し込まれてからは抵抗する気力もなくなり憔悴していた。
けれど尊大な態度で私を出迎えた兄の顔を見るなり、私の感情に火がつく。
姫「どういうことなのか!説明して下さい!!」
王「何がだ?」
姫「どうして従者があんなことを!!お兄様は何を命令したのですか!!」
王「わけがわからんな」
私が怒りをぶつけても、兄は平然としていた。
王「従者のことは、俺が知りたい位だ。全く、お前まで俺を疑うのか」
姫「従者が自分の意思で魔王子様の命を狙ったと…!?」
王「状況からして、そういうことになるな」
兄はふうとため息をつく。
王「従者もお前の従者であるが、意思を持った個人だ。奴が何を思い何故そんな行動に至ったかはわからんが、そういうこともあるだろう。それにしても…」
兄は懐から手紙を取り出した。
さらりとそれに目を通すと、苦々しい顔をした。
王「わずか短期間の間にこれだけの事が起こっているとは…やはり魔物は民度が低いな」
兄は躊躇なく、魔物への嫌悪感を口に出す。
周囲に家臣がいないからこそ言える、彼の本音だった。
王「元々和平の為に仕方なく結んだ婚姻だったが――こんな事なら、離縁されて良かったな」
姫「私と魔王子様は、夫婦です!離縁などしていません!」
王「そうだな――今はな」
兄の冷笑に私の背筋は凍る。
私と魔王子の婚姻を決めたのは彼。だから、それの解消を決めるのも――
姫(このまま…お兄様の思い通りになってしまうの…!?
久しぶりに戻った母国の城の廊下を歩きながら、私は色んな思いを巡らせていた。
魔王子『ちょっと、待てよ…!!それっていつまでだよ!?母国に戻されて、俺と姫様の関係はどうなる!?』
魔王『それは…追々、向こうの国王と話し合うつもりだ』
兄と、魔王で話し合い。それは私の意思も、魔王子の意思も関係ないという意味だ。
そしてこのままじゃ、兄は私と魔王子を離婚させる方向に持っていくだろう。
姫(お兄様の話…どこまでが本当なの)
従者の行動について、兄は何も知らないと言っていた。
それでも従者に裏切られた今は、何を信じていいかわからない。
そう、誰かが命を狙われる事態というのは、何も信じられなくなってもおかしくはない。
悪魔が昔、母にされたように、裏切る人は平気で信頼を裏切る。
姫(それでも魔王子様は――)
私を信用してくれた。それだけは間違いなかった。
魔王子『ふざけんなよ!俺と姫様の関係を、どうして他の奴に決められなきゃいけないんだ!』
姫(そうよ)
この状況を良くする方法なんて思いつきはしなかったけど、このままじゃ絶対に良くない。
私達の意思を無視されたまま、彼と別れさせられてたまるものか。
姫(私が何でもお兄様の思い通りになると思ったら、大間違いよ…!!)
そう思って私の取った行動は、感情的で、無計画なものだった。
姫「…」キョロキョロ
人目につかずに庭にまで出てきた。
今の時間、庭は人が少ない。
姫(今の内――)
勇者「姫様、どちらへ?」
姫「!?」
いつの間に…だけど動揺を悟られないように、私は愛想笑いを返す。
姫「散歩です。久しぶりに戻ってきましたからね」
勇者「…不自然ですね」
姫「…」
それもそうだ。あれ程魔王子と離れることに抵抗したというのに、日も変わらぬ内に城内を散歩など不自然すぎる。
ここで勇者から逃げられるわけがないし、下手なことをすればもっと監視が強くなる――そう思い、その場はあっさり引き下がった。
姫「部屋に戻ります」
勇者「…姫様」
背を向けた私を勇者が呼び止める。
勇者「俺は、魔王子――あの男が憎い」
姫「…」
その言葉と同時に、勇者が以前言っていた言葉を思い出した。
勇者『あの男――殺されてしまえば良かったのに』
姫「…失礼します」
途端に気分が悪くなって、私は振り返らずにその場を去った。
勇者「………姫様」
姫が魔物の国より戻ってきたことにより、母国では様々な噂がたった。
魔王子の暗殺未遂という事件は伝わっていなかったが、新婚早々1人で帰ってきたことを好意的に思っている者はいない。
「もう喧嘩別れしたのかな?」
「やっぱ人間と魔物じゃ合わなかったんじゃ…」
勇者「…」カランカラン
「いらっしゃいませー…あ、勇者様」
馴染みの店の席につく。
常連客達はやはり、姫のことを噂していた。
「姫様と魔王子は別れそうですか、勇者様?」
勇者「さあな…俺にはわからん」
「初めから俺は結婚には反対だったんですよ。姫様には勇者様がいるのに」
「確かに人間と魔物の和平は大事だが、政略結婚なんて当人達が可哀想だよな」
勇者「…」
自分と姫ははっきり婚約したわけでもなく、恋仲だったわけでもなく、ただ何となく周囲に将来結婚するだろうと言われていた――
姫の気持ちが自分に向いていないことはわかっていた。
だが、それでも。
姫『貴方が一緒だと心強いです、勇者様』
心優しく、華憐な姫が。
勇者『姫様…魔物の国へ嫁ぐなど、危険です』
姫『いいえ勇者様。これもこの国の姫として生まれた者の使命です』
国を愛していた、気丈な姫が――
姫『私が和平への架け橋となれるのなら、是非見てみたいのです――人間と魔物が手を取り合うことのできる世界を』
勇者『姫様…!』
勇者(どうして俺は、もっと必死になって止めなかったのだろう)
政略結婚は心の通わぬ婚姻。当人達は駒。姫の結婚が決まった当初は、自分もそう思っていた。
勇者(しかし…)
姫『とにかく心配は不要ですわ。私は今、幸せで一杯ですから』
あの時の姫の笑顔は、偽りではなかった。
従者から聞いていた。姫と魔王子は、仲の良い夫婦であると。
それは従者からの知らせだけでなく――
魔王城での姫の様子を思い返す。あんなに取り乱した姫を見るのは初めてだった。
あんなに気丈だった姫が、魔王子と引き離されそうになって取り乱すなど――それはもう、完全に姫の心が魔王子のものになってしまったという事。
勇者(姫様はあの男に、俺の知らない顔を見せている…)
グラスを持つ手に力が入る。
どうして姫は、自分に気持ちを向けてくれなかったのか。
それどころかきっと、こちらの気持ちにも気付いていない。そんな姫が、少し憎たらしくて。
国王に逆らって、この気持ちを伝えていれば良かったのだろうか。
そうすれば今頃、姫の気持ちを独占しているのは――
勇者(…なんて、都合のいい妄想か)
自分はもう完全に負けた。それどころか、2人を引き離した自分は姫にとって敵だろう。
今頃姫も、魔王子も、互いのことを想い合っている。それを思うと、また胸の炎が燃え上がる。
勇者(あの男――殺されてしまえば良かったのに)
そして恋に敗れた男が、みっともない想いを心の中に潜めた。
>王の部屋
勇者「失礼します――お呼びでしょうか、陛下」
王「あぁ。魔王から手紙が届いた」
勇者「!!」
内心待ち望んでいた知らせに、勇者の気持ちが高揚する。
そして手紙の内容というのは――
王「直接顔を合わせて話し合いをしようとな。その日程の打ち合わせが必要になる」
まだ離縁は確定していない――だがこのままなら確実だろう。
王「打ち合わせの際はお前も護衛として同行してくれ」
勇者「かしこまりました」
王「あと、これはどういう事なんだか――」
勇者「はい?」
王「…姫がこちらに帰ってから、魔王子への刺客が途絶えたと書いてある」
勇者「!!」
王は苦笑を顔に浮かべていた。
姫「…」
知らせが来てから何度も兄に説得を試みているが、今日も叶わなかった。
兄が婚姻継続に乗り気でない理由は、魔物への嫌悪感からだけではない。
まず1つ。和平の為に結んだ婚姻だったが、国内での両種族間のトラブルは別段増えても減ってもいない。
これには抗議した。新婚期間だというのに、和平に即効性を求めるのは間違っていると。
兄もそれなりに納得した。
そしてもう1つ。それは、私達の無実を晴らすのが難しいということだ。
魔王子への刺客を生け捕りにすれば彼らの正体が掴めたかもしれないが、刺客が途絶えた今、それも叶わない。
しかも実際に従者がやらかしているというのは、もう打ち消しようのない事実。
そんな状況で私を魔物の国に戻すというのは、火に油を注ぐことになること間違いなしということだ。
兄の言うことは間違ってはいない。国を背負っている兄の主張を覆すだけの頭は、私にはない。
婚姻継続を望む1番の理由は、魔王子への未練。
だけど彼の望むもの――つまり和平にも心配はあった。
あのまま私が向こうにいても亀裂が入っていたかもしれないが、こんなに早く離縁されたとなってもいい印象は抱かれないだろう。
それが両種族の互いへの差別意識に繋がりかねない。つまり今のままじゃどちらにしてもマイナスだということだ。
姫(どうすれば…)
窓から魔物の国の方角を見る。ここからでは何も見えない。
だけど私が見ている方角に魔王子はいるのだ。
会いたい――
この城は私にとって檻。2人の間にある障害は、あまりにも大きい。
だけどそんな悲劇的な気持ちに浸っていて、事態が良くなるわけではない。
姫(何とか、いい方法を考えないと!)
しかし「いい考え」は浮かばず、ただただ時が過ぎるだけであった。
そんな折、王が姫の部屋を訪れた。
王「わかっていると思うが…後日の話し合いで、俺は離縁の方向で話を進めるつもりだ」
姫「…」
わかっていたことなので、それを聞いても別段衝撃は受けない。
むしろどうしてわざわざ自分にそれを告げに来たのかの方がわからない。
姫「私は納得していませんよ」
王「俺もお前も濡れ衣を着せられたままだしな…まぁ魔王がこちらに戦争を仕掛けるつもりがないのが幸いか」
姫「…お兄様は本当に、何も手を出していないのですか?」
王「何度も言っている。魔王子を殺すつもりなら、お前をわざわざ嫁がせたりなどしない」
姫「…」
そこは確かに腑に落ちなかった所だ。
従者を魔王城内部に潜ませて魔王子を殺すことがが目的――ならば、確実性はあまりにも薄い。潜ませるならもっと戦闘力の高い者を潜ませる。護衛向きの従者では、暗殺は不適任。
王「それにその計画は成功しても、お前が国に戻ってくることを想定しなければならない」
兄の目が、私を蔑むようなものに変わる。
王「魔物によって穢された姫というのは――戻ってきても扱いに困る」
姫「けがっ――」
そして兄はあまりにも安易に、禁句に触れた。
魔王子『俺と結婚することで穢れたら――』
魔王子『姫様がそういう風に思われていると思うと、俺…』
あの魔王子が唯一私に弱みを見せた、痛みの部分。
魔王子は聞いていないとか、そういう問題じゃない。
姫「穢されてなどいません!!」
私は感情のまま、強く叫んだ。
私の叫びに、兄は目を大きくする。
だけどそれは、私が怒ったからではなかった。
王「まさか――まだ初夜を済ませていなかったのか」
姫「…っ」
デリカシーのない質問に、私は何も答えられない。
王「お前、本当に魔王子に愛されていたのか?」
姫「彼は――」
魔王子『姫様のこと大事にしなきゃって思えば思う程…勇気が無くなるっていうか…』
普段の言動に反して、そういうことには消極的な人だった。
だけど私も不安で、積極的にはなれなくて。
姫『少しずつ、段階を踏んでいきませんか…?』
手と手を繋いだ。抱き合った。唇で触れ合った。
それでもまだ、最後の段階には行き着いていなかった。
姫(だけど――)
『俺の妻を疑おうと言うのなら、叔父上でも許さない…!』
『嫉妬したの!君と勇者が喋ってる所見て!』
『俺はお姫様の、運命の王子様――ってわけだ』
『…なぁ姫様。弱音吐いていい?』
『心配してもらえりゃ、ゼッテー死なねーって思えるから。だから、ありがとうな姫様』
『君が関わっていなければそれでいい――心から、俺の奥さんでいてくれれば…』
姫「彼は――私を愛して下さいました」
それだけは揺るぎない。
彼と過ごした時を、私は覚えている。
もし、彼が私を想っていないというのなら――
『姫様がグルだったら、そのやりとり全部嘘になる――だから、俺は姫様を信じる』
それこそ彼の言う通り、全てが嘘だったことになる。
王「…まぁいい」
私の返事に兄は愉快な顔をしなかった。
魔物と愛し合うなど、彼には理解できないのだろう。
王「だが、お前は我が国の姫だということを忘れるな――おい、入れ」
姫「…!?」
兄がそう言って部屋に招き入れたのは――
勇者「失礼致します」
姫「勇者様…?」
勇者はこちらに目を合わせようとしない。
その表情はどこか、後ろめたいものを感じる。
姫「どういうことですかお兄様?勇者様を招き入れるなど」
王「お前が魔王子と交わっていないのは、せめてもの救いだった」
姫「…はい?」
兄はそう言って背を向ける。
ちょっと待って、まだ話は終わっていない――と思った瞬間だった。
王「婚姻解消が決まったら、お前は勇者と結婚しろ」
姫「――っ!?」
あまりの衝撃に、何を言っているのか理解できなかった。
だけど兄は矢継ぎ早に言葉を続ける。
王「これから魔物の国と更に関係が悪化するに違いない。我が国民達もその心配をしている。だから我が王家と勇者一族の繋がりを強める為に、勇者と夫婦になれ」
姫「ちょっと待って下さいお兄様、私は――」
言うだけ言って部屋から去ろうとする兄を追おうとした時だった。
勇者「…姫様!」
姫「っ!?」
勇者が私の前に立ち、行く手をはばかる。
そうこうしている内に、兄は部屋のドアに手をかけ――
王「勇者…あとは好きにするといい」
姫「――っ!?」
その言葉に、全身が凍りついた。
勇者「姫様っ!」
姫「あっ!?」
勇者に手を掴まれる。
そうしている内に、部屋の扉は閉じられた。
今、部屋には勇者と2人きり。
兄の言う「好きに」といいうのは、つまり――
姫「嫌です、離して下さ――」
勇者「姫様…陛下のご命令です」
勇者の眼差しは強い。
姫「やめて、お願い、誰かぁ!!」
勇者「呼んでも誰も来ませんよ」
怖い――その眼差しはまるで、獲物を捕らえようとする獣のようで。
私は食われまいと抵抗する獲物のように暴れ、叫ぶ。
だけど勇者への抵抗は無力でしかなく――
勇者「姫様――」
姫「――っ!!」
勇者の顔が近づいてくる。
姫(嫌ぁ…)
耐えられない。まだ私の唇は、魔王子の感触を覚えている。
彼以外の誰かにその記憶を上乗せされるなんて、彼以外の誰かに触れるなんて――
姫(絶対に、嫌――ッ!!)
今日はここまで。
いちゃラブ成分不足…(-ω-||)
>>149
×王「打ち合わせの際はお前も護衛として同行してくれ」
○王「話し合いの際はお前も護衛として同行してくれ」
失礼しゃーしたー(´・ω・`)
じゃ、今日の分投下します。
・
・
・
魔王子「だああぁぁ、クソッ!!」
魔王子の方も良くない状況にいた。
いつもの彼ならとっくに姫の国まで馬を飛ばしている所だが、姫と引き離される際に大暴れしたせいで監視付きの軟禁生活を強いられ、それも叶わなかった。
それに辛いのは、それだけじゃない。
「恐ろしい女でしたね、あの姫君は」
「やはり人間の女など迎えたのは間違いでしたな」
「姫君の母国では、まるで我々が姫君をいびったかのように噂されているとか…全く、腹立たしい」
魔王子「うるせえええぇぇ、ぶん殴られたいのかお前らは!!」
魔王子の剣幕に、姫の悪口を言う者達が散る。姫がいなくなってから、何度こうやって怒鳴り散らしたことか。
妖姫「全く、盲目的な恋ってのは恐ろしいわねぇ」フゥ
魔王子「恋じゃない、愛だ。俺と姫様は夫婦なんだ」
妖姫「でも、婚姻解消の話が進んでいるそうじゃない?」クスクス
魔王子「当事者同士が納得していない。そんなの無効だ、無効!」
魔王子は強気で言い切る。例え婚姻が正式に解消されたとしても、そんなのは形式的な話は無視していつでも姫を迎えに行く気は満々だった。
彼のそんな決意を悟ってか、妖姫はフゥとため息をつく。
妖姫「ねぇ知ってる?噂なんだけど――」
魔王子「軟禁生活で噂も耳に入ってこねーよ。何だ?」
怪訝な顔をする魔王子に、妖姫はにやりと笑う。
妖姫「姫様、勇者と再婚するそうよ?」
魔王子「あ…!?」
まだ噂段階の話だが、まるでそう決まったかのように魔王子に教えてやった。
どうせいずれ本当になるのだろうし、早い内に諦めさせてやりたくて。
魔王子「勝手に話進めやがって…!絶対に阻止する!!」
妖姫「どうやって?」
魔王子は答えない。いや、答えられないのだ。
今この状況で、勇者と姫の婚姻を邪魔する方法なんて思い浮かぶはずもない。
妖姫「それにアンタね、次期魔王としての自覚が足りないんじゃないの?」
魔王子「何…?」
妖姫は畳み掛ける。
妖姫「今の姫様を魔王の妻として、誰が支持するの?」
魔王子「…」
妖姫「次期魔王に相応しいのは、魔物の全てに認められる女――」
それは例えば、目の前にいるような。
妖姫「容疑が晴れていない姫様を、このまま次期魔王の妻として置いておけると思っているの?」
こう言われてはぐうの音も出まい。
…と妖姫は思ったが。
魔王子「問題はない」
妖姫「は…?」
魔王子は全く動揺せずに答えた。
魔王子「例え命を狙われても、姫様は俺の妻――そう主張すればいいだろう」
妖姫「なっ――」
そのぶっとんだ返答に、妖姫は何も言えなかった。
魔王子「俺の命を狙ってきてる奴が姫様に疑いを向けさせようとしているのはわかった。けど、それを証明する方法はない。だからそう主張する。それでも文句言う奴は、俺がぶっとばす」
妖姫「ば、馬鹿じゃないの!」
妖姫は引きながらも、ようやく抗議の声を出すことができた。
妖姫「そんな疑われたままの状況、姫様にとっても肩身が狭いだけでしょ!?それなのにアンタの所に戻ってくると思うの!?」
魔王子「俺はまだ、姫様自身から答えを聞いていない」
妖姫「っ」
魔王子「姫様がそう言ったなら考える――だけど俺は、最後の最後まで、絶対に諦めない」
言っていることはふざけているが、彼の目は真剣だ。
まただ。姫のことになると魔王子は真剣になる。
彼は真剣に、あの姫を愛している――
妖姫「…っ」
妖姫は唇を噛み締める。この一途な馬鹿の心を揺らがす、それだけのことがこんなにも難しいなんて。
妖姫(魔王子――)
それが彼女にとって、悔しくてたまらなかった。
・
・
・
姫「…っ」
固いものに触れた頭に、刺すような激痛が走る。
だけど私は構わず暴れ続けた。
勇者「~っ…」
暴れた際に、彼の歯に頭が思い切り当たったのだ。
これには勇者も流石に怯み、血の出ている口元を抑える。
姫「…最低!」バチーン
勇者「っ!!」
そして私は自由になった片手で、続けざまに彼の頬を平手打ちした。
人にこんな暴力を振るうのは初めてだ。だけど後悔していない、それくらい私は興奮していた。
姫「離れて!早く!!」
勇者「…姫様」
切ない顔で勇者は私のもう片方の手を離した。
それと同時私は部屋の隅っこまで駆け出し、花瓶を手に取った。
近づけばこれで攻撃する、そういう姿勢を見せて。
勇者「…そんなに、俺が嫌ですか」
姫「嫌です――」
あの日から彼に抱いていた気持ちは今、嫌悪感となって膨れ上がっていた。
勇者『あの男――殺されてしまえば良かったのに』
姫「彼の人の死を望む貴方なんて!嫌いです!!顔も見たくありません!!」
勇者「――っ!?」
勇者「何故、それを…!?」
一瞬心を読まれたかと、勇者の体に冷たいものが走った。
姫「貴方が従者に話しているのを聞きました!!」
勇者(まさか聞かれていたとは…)
あの日従者と会い、姫の近況を聞いていた。姫と顔を合わせるのは、まだ辛くて。
2人は大変仲睦まじい夫婦であり、魔王子は姫にとって良き夫であると。
だがその話を聞けば聞く程、嫉妬心やらが自分の中で大きくなっていき…
勇者『あの男――殺されてしまえば良かったのに』
その気持ちが、言葉となって表れた。
自分の姫への気持ちを知っている従者にだからこそ言えた、軽い気持ちで言った、しかし悪意に包まれた言葉。
姫「貴方が――」
勇者「――っ」
姫「貴方がお兄様や従者と共謀して、魔王子様の命を狙ったんですか!?」
勇者「!!!」
そして軽い気持ちで放った言葉は、想い人からの信頼を奪い去ってしまっていた。
勇者「――それは誤解です!!」
勇者は動揺した顔で叫んだ。
その迫力に、私は若干怯む。
勇者「俺は確かに魔王子に悪意を抱いていました。それは陛下もです――だけど、魔王子暗殺の件に我々は一切関わっていない!それだけは信じて下さい!!」
姫「…そう簡単に、信用できません!」
彼を疑う根拠も無かったが、一旦膨れ上がった嫌悪感は収まりがつかず、私は感情のまま彼をなじる。
勇者「…俺には、その疑いを晴らす手立てはありません。ならせめて聞いて頂けますか、姫様」
姫「何ですか…」
勇者「俺は…従者が魔王子の命を狙ったことも、何かの間違いだと思っている」
姫「従者が…!?」
だって彼はあの覆面をつけていて、不審者として殺害されたわけで――
勇者「状況からして従者が疑われるのは仕方ありません。ですが従者は――魔王子を慕っておりました」
姫「…!!」
勇者「従者から直接魔王子の話を聞いた俺の、ただの推測です。ですが従者は確かに魔王子を…」
姫「…貴方の言いたいことはわかりました。ですが、もう出て行って下さい」
勇者「姫様…」
姫「今は貴方の顔も声も、受け付けられません!早く!」
勇者「…」
勇者は何かを言おうとして、途中でやめた。
それから諦めたように私に背を向ける。
勇者「…失礼します、姫様」
そして彼らしからぬか細い声でそう言うと、彼は部屋を後にした。
姫(従者が…)
勇者が出て行ってから少しだけ興奮が冷め、彼の言っていたことを思い返す。
勇者『状況からして従者が疑われるのは仕方ありません。ですが従者は――魔王子を慕っておりました』
確かに魔王子と従者は何度も訓練で手を合わせていたと聞いた。
2人は性格も似ていて、気が合うようには見えた。
だけどそう油断させて魔王子を討とうというのが、従者の目的ではなかったのか。
姫(だけど…)
魔王子『俺の寝込みを襲撃してきたのは、従者じゃない』
魔王子『従者とは何度か訓練で手を合わせているけど、従者と襲撃者の動きは全然違った』
少なくとも、あの晩に彼を襲った襲撃者は従者ではなかった。
証拠としては弱いけど、従者の動きを知っている魔王子が言うなら信じてみようと思う。
姫(でも、だったら――)
従者『アッハハハ、そんな大した怪我じゃないから…』
従者のあの、頭の怪我は何だったのだろう?
従者の言う通り襲撃者にやられたのなら、何故仲間が従者を攻撃したのだろうか?襲撃者にやられたというのも嘘なら、あの怪我は――
>魔王城
魔王子「…ん」
気晴らしに庭に出た魔王子は、目に入ったものが早速気になった。
魔王子「何やってんの?」
メイド「あ…魔王子様」
メイドは束ねた花を庭に置いて、何か祈りを捧げているように見えた。
魔王子に声をかけられたメイドは、気まずそうな顔をする。
あぁ、そういえばここは――
魔王子「従者に祈りを捧げてるのか?」
メイド「…っ!!」
メイドはびくっと硬直する。
ここは確か、従者が死んだ場所だ。
魔王子「従者のこと好きだったんだもんなー、メイド。辛いよなー…」
メイド「すっ、すみまっ…」
魔王子「ん?何で謝るの?」
メイド「だって…従者は、魔王子様のことを…」
魔王子「あぁ、そうか」
命を狙われた当事者だというのに、すっかり忘れていた。
直接暗殺者に扮した従者と対峙したことがないせいか、今だに信じられない。
従者『えぇ、魔王子様相手とはいえ手加減はしませんよー』ニヤリ
従者『くそー!何なんだよあんたは、顔よし、スタイルよしの上に強いって!!完璧超人ですか!!』
魔王子(俺、結構従者のこと気に入ってたしなぁ…現実、受け入れられんわ)
メイド「私…今だに信じられなくて」
魔王子「俺もだよ。襲撃者に扮した従者と最初遭遇したの、メイドと姫様だったっけ?」
メイド「えぇ…」
魔王子(そん時は従者だって気付かなかっただろうなぁ)
メイド「でも…どうして従者はあんな覆面で城内を歩いていたんでしょうね」
魔王子「…?俺を殺す為じゃ」
メイド「けど、従者なら堂々と城を歩き回れますよね。変装なんてしなくても――」
魔王子「――っ!!」
メイドが何気なく言った一言は、魔王子の中で大きな衝撃となった。
魔王子「それだ!!」
メイド「え?」
魔王子(そういうことか…)
魔王子「メイド…よくそこに気付いた!」
メイド「えっ、あのっ?」
キョトンとするメイドをそこに残し、彼はある場所に駆け出した。
魔王子(従者が頭を怪我していた理由もわかった――)
これはまだ推測段階の話。
だが、これが正しいとすれば――
兵士「魔王子様、どちらへ!!」
馬の厩舎に足を向けた魔王子に不審感を抱いてか、複数の魔物達が彼を囲んだ。
だが――
魔王子「邪魔だお前達」
兵士「何ですと!?」
魔王子「今の俺は止められん」
魔王子はそう言って、1番近くにいた魔物を正面から殴り飛ばす。
そしてその魔物が持っていた剣を奪い、構える。
魔王子「どうしても邪魔しようってんなら――止めてみな!!」
今日はここまで。
魔王子に黄色い声援がつくと嬉しいなーとか(妄想
兵士「申し訳ございません!魔王子様に逃げられました!」
魔王「あの馬鹿息子…。国中の兵に魔王子を確保するよう指示しろ」
城内が喧騒に包まれる。
しかし魔王に動揺はない。今の魔王子の状態なら、こうなることは十分に予測できていた。
魔王「行き先は姫君の国だろう。なら緊急事態を理由に国境を封鎖すれば良い」
悪魔「しかし並の兵では奴を止められないのでは?」
魔王「国境に結界を張らせる。あの脳筋の馬鹿息子に、それを打ち破る能力はあるまい」
自分の息子に何て言い様だと、悪魔は苦笑する。
悪魔(確かに奴は脳筋だが――)
魔王「どこへ行くのだ悪魔」
悪魔「俺も奴の捜索を手伝おう」
そう言って広間を後にする。
悪魔(脳筋の恋愛脳だが、万が一ということもある。それに…)
妖姫「鼻いいんでしょアンタ!!魔王子を探しに行きなさいよ!!」
メイド「あの、でも…」
悪魔(ん…?妖姫?)
廊下の途中で、メイドを怒鳴りつけている娘を見つけた。
メイド「他にも鼻のいい兵士達が捜索にあたっていますし…」
妖姫「アンタ、姫様と仲良かったものねぇ」
メイド「い、いえ、そういうわけではなく!!」
誰がどう見ても言いがかりだ。
だけど混血種嫌いの妖姫とはいえ、こうあからさまに辛く当たるのは珍しい。
メイド「そ、それに私がどうしようと…魔王子様のお気持ちは姫様に…」
妖姫「っ!」ダンッ
メイド「」ビクッ
妖姫はメイドの背後の壁を殴った。
これはもう、やりすぎだ。
悪魔「やめておけ、妖姫」
妖姫「お父様…!!」
悪魔「すまんなメイド」
メイド「い、いえっ…」
悪魔が顎で「行け」と合図し、メイドはそこから逃げるように立ち去った。
残されたのは怒りが収まらない妖姫と、それを宥めようとする悪魔。
妖姫「…何でよ」
悪魔「?」
妖姫「何であんな人間の女に、魔王子…!!」
悪魔「…」
悪魔は妖姫の想いを知っている。半分は次期魔王の妻の座を狙う気持ち。もう半分は、純粋に魔王子を想う気持ち。
だが妖姫は相当にひねくれている。そこが、あの姫とは大きく違う。だから魔王子の気持ちを奪うことができない。
妖姫「このままあの女を想い続けるなら、いっそ…」
妖姫はその先を言わない。だがその顔は憎々しげに歪んでいた。
その先の言葉――それは容易に察することができる。
悪魔「…」
悪魔は追及せずに、娘が落ち着くのをただ待っていた。
魔王子「~っ…」
一方、逃げ出した魔王子の方も困っていた。
一目散に国境付近に来たが結界に阻まれ、その内自分を探す兵士達の姿をあちらこちらで見かけるようになった。
兵士「魔王子様はどこに…」
魔王子(早く向こう行けっ!)
兵士「うーん…」スタスタ
魔王子(あぁ…生きた心地しねぇ)フゥ
魔王子は潜んでいた物陰から出た。
あの程度の兵士、気絶させることは容易い。だが無闇な暴力は避けるべき、その程度の分別ならついた。
魔王子(さてどうするか)
結界に阻まれて国から出られないとしても、城には戻りたくない。
とりあえず今は1人で落ち着ける場所に行きたい。
魔王子(…つったら、やっぱあそこしかないよな)
馬を走らせること10分――近場の木に馬をくくりつけ、魔王子は周囲を警戒しながら、崖の割れ目に入って行った。
魔王子(やっぱここだよなー)
魔王子が着いた先は秘密基地。暗がりの中で光る花は、いつ来ても幻想的だ。
だけど今はその光景に浸っている気分でもなく、とりあえず体を休ませる為にそこに腰を下ろす。
魔王子(姫様…)
前に来た時は姫の膝枕で、最高の気分を味わえた。
今度来る時も姫と一緒に来よう、そう思っていたのに。
魔王子(挫けるなよ俺…!遠回りしてでも姫様に会いに行くんだ)
魔王子『奥さんを守れない男は夫失格。そうだろ?』
魔王子(そやって姫様と約束したじゃんよ!破ってんじゃねぇよ、俺!!)ベシベシ
魔王子(よし、休んでる暇はないぞ…また、姫様とここに来るんだ!)
そう決意して立ち上がろうとした――が。
魔王子「…っ!?」クラッ
突然、頭がくらついた。
魔王子(何だ…!?そういや今日は)
魔王子(花の香りが…強いような…)
魔王子(くっ、意識…が…)
魔王子「…ぐぅ」
>姫の母国、書斎
姫(確かこの辺に…)
私が探しているのは魔道書。
現代人は昔に比べると魔法の適正が低くなっており、私も例に漏れず才能には恵まれていないのだけれど、何とか拙い回復魔法は習得できた。
今からすぐに新しい魔法を覚えるのは難しいかもしれないけど、何か現状を覆すことができる魔法は…そんな藁にもすがる気持ちで魔道書を探していた。
姫(あ、あった。でも…)
目当ての書は高い所にある。
うんと背伸びして、ようやく本に触れることができた。
姫「うーん…」
指先で少しずつ引っ張る。
もう少し、もう少し…。
姫「取れ…」
バサバサッ
姫「あーん」
隣に並んでいた本を落としてしまった。
これなら初めから踏み台を持ってくれば良かったと、横着したことを後悔する。
姫(これ片付けないと…)
と、散乱している本を何気なく手に取った。
すると。
姫(…あら?)
本と本の間にしおりが落ちていた。
きっとどれかの本に挟まっていたが、今の拍子に落ちたのだろう。
別段気にしないで、何気なくそれを手に取った。
だが――
姫「…!?」
そのしおりを手に取った瞬間、頭の中に記憶が流れ込んだ。
『絶対に、忘れないでよ』
それは遠い昔の、既に色あせていた記憶。
『これ、約束の証ね』
私の初恋。家族と行った小旅行で出会った男の子。
その男の子は私に花をくれた。その花を、私は押し花のしおりにした。
私は長い間それを忘れていた。
だけど――
『俺、いつでも待っているからさ――』
十数年振りに思い出した男の子の顔は――
魔王子『だから、また遊びに来てよ!』
姫「魔王子…様…?」
思い出すのは幼い顔。だけど確かに彼には、魔王子の面影があった。
あぁ――そういうことか。
私はしおりの花を見た。
この花を私は最近見たことがある。
魔王子『どう?俺の秘密の場所』
姫『綺麗です…』
光こそ失っているが、あの場所の花だ。
そうだったんだ。あの時貰ったのは、あの花で――
姫(私の初恋…魔王子様だったんだ)
忘れてかけていた思い出だった。
だけど思い出せて、途端に胸が痛くなって――
姫(魔王子様――)
彼に触れて欲しい。そうしなければ痛みが収まらない。
痛みで張り裂けそうで、私は身を縮めた。
その時だった。
ピュッ
姫「あっ!?」
しおりが風で飛んだ。
とっさに手を伸ばすが、しおりは私の手をすり抜けていく。
姫「ちょっ、待ってぇ!!」
しかししおりは窓の外に飛んで行った。私はすぐに図書室を飛び出す。
一方頭の片隅に、疑問があった。
風が吹いたのは窓とは反対方向から――どこから吹いた風なの?
姫「あった…」
しおりはすぐに見つかった。図書室の窓の外の地面に落ちていた。
もう手放すまいと、それを拾い上げる。さぁ、図書室の片付けをしないと…。
その時、気がついた。
姫(…あら?)
城の裏口の様子が目に入る。
いつもは見張りを立てているのに、今は誰もいなかった。
姫(今なら抜け出せる…)
良からぬ気持ちが沸く。
抜け出してどこへ行こうというのか。
姫(だけど…)
王『婚姻解消が決まったら、お前は勇者と結婚しろ』
勇者『姫様…陛下のご命令です』
現状は最悪。状況が良くなる気はしないが、今より悪くなる気は何故だかしなかった。
姫(…よし!)
ベンチに置いてあった、庭師の上着を拝借し少しでも目立たないようにする。
こうして私は無計画のまま城を飛び出した。
姫は気付いていなかった。
勇者「…姫様?」
その様子をたまたま、勇者が目撃していたことを。
勇者は、今すぐ連れ戻さねば――と思ったが、同時に。
姫『…最低!』バチーン
勇者『っ!!』
姫『離れて!早く!!』
姫に拒絶された時のことを思い出し、体が強ばる。
勇者(もし、また拒絶されたら――)
城を抜け出した姫を連れ戻すというのは、勇者としては真っ当な業務。
だけど怖くて、それができない。きっと自分はまた傷つくのだろうと思ってしまって。
勇者(…だが放っておくわけには)
勇者「…」
>一方魔王子
ここは――
彼は秘密基地の中心に立っていた。だが視界はいつもより低い位置を映していて、地面の花がいつもより近い。
それもそうだ。魔王子の体は幼少期に戻っていた。
夢の中にいる彼は、その状態に疑問を持たない。
そんな彼の目の前には――
魔王子「君は――」
少女の後ろ姿があった。艷やかな髪を長く伸ばした、自分より小さな少女だった。
その顔は見えない。だけど彼女の姿を認めた途端、何だか懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
魔王子(この子は確か…)
幼少期のわずかな期間を共に過ごした少女。
自分に初めて、恋でときめく気持ちを教えてくれた少女。
人間に拒絶される痛みを知るきっかけになった少女――
「…」タタッ
魔王子「あっ!」
少女は振り返ることなく、そこから駆けていく。
魔王子はとっさに少女を追いかけた。
魔王子「ま、待って!」
「…」
それでも少女は魔王子が見えていないかのように、彼を無視して駆けていく。
彼女が駆けるのは、魔王子が見知った道。
少女に追いつくことができない。それでも見失わないように、ひたすら彼女を追いかける。疲れがないのは、夢の中だから。
魔王子「あっ…?」
少女が立ち止まった。
彼女の目の前には結界が張ってあった。魔王子を国の外に出さない為に張ってあるそれは、彼女の行く手をも阻む。
魔王子「あの…」
結界に触れている少女に近づく。この子は、何をしているのだろう?
と、その時だった。
「…」
魔王子「!?」
少女が触れていた結界が消えた。
これは、一体…?
呆気に取られいると、少女はゆっくり振り返り――
魔王子「…姫様?」
夢は、そこで途切れた。
魔王子「はっ!?」
目を覚ました魔王子は、ぼーっとした頭を覚醒させながら状況確認する。
そうだ。どうしてか急に意識が遠くなって、倒れてしまったんだ。体調管理は万全だったはずなのに、おかしい。
それに――
魔王子(今の夢…)
はっきり覚えていた。
最後に見た顔――姫の面影を残す少女。あれはこの場所が見せたのか、それとも姫を恋しく思う気持ちが見せた夢なのか。
魔王子(あの子が行った場所は…)
魔王子も知っている場所だ。山道にある国境で、あそこを通る者はいないので警備もいない。
だけど結界はしっかり張っているはずだ。ここから馬を走らせれば、そう遠くないが…。
魔王子(…ん?)
ふと、服に引っかかっていたそれを手に取る。
この秘密基地に咲く花だ。倒れた拍子に、引っかかってしまったのだろう。
魔王子(この花は魔力の宿る花…こいつが見せてくれた夢だとしたら…)
光る花を見つめながら、魔王子は考えていた。
そして考えるというのは、彼の性には合わず。
魔王子(とりあえず行ってみるか!)
次の瞬間には行動する為、足を動かしていた。
魔王子(ここだな)
道中、誰かと鉢合わせることなく国境に着いた。
けど夢で見た光景とは違い、結界は張ってあるままだ。
魔王子(ま、そりゃそんな上手くはいかんわな)
期待が小さかった分、そんなに落胆もしなかった。
だけどあそこであの夢を見たことに、何か意味を見出したくてたまらなかった。
魔王子(結界無理矢理突き破ったらどうなるかなぁ?)
全身大火傷で済めばいい方だろう。
そんな怪我を負えば、姫に会いに行く前に力尽きてしまう。
魔王子(こんなことなら魔法についてもっと勉強しておくべきだったかなー…)
とはいっても、魔法適正の低い自分じゃ勉強した所で大して実にはならなかったろうが。
その時、ビュンと風が吹いた。
魔王子「あ」
その拍子に胸ポケットに入れていた花が飛ぶ。
花は真っ直ぐ結界に向かっていき…
バチバチバチィ
魔王子「うわぁ!?」
魔力と魔力がぶつかったせいか、物凄い衝撃が響いた。
魔王子はとっさに耳を塞ぐ。
魔王子「~っ…ん?」
キーンとする耳にクラクラしながらも、目の前の光景にはすぐ気がついた。
魔王子(…は?結界が部分的に消えている?)
魔王子は地面に落ちた、焼け焦げてしまった花を拾い上げる。
その花は光を失い、魔力もほとんど残っていない。
魔王子(まさか、この花が…?)
こんな小さな花に、それだけの魔力が…どうにも信じられない事態だったが。
魔王子「さんきゅ。後は姫様の所まで、俺の力でたどり着いてみせるよ」
奇跡を信じることにして、花に感謝を述べた。
花の墓…というのは間抜けだが、他に弔う方法も思い浮かばずに花を土に返し、魔王子は馬を走らせた。
国境を越えた後はスムーズだった。今は自然の多い緩やかな山道を走っている。
まさか誰も自分が結界を突破したなんて思っていないだろうから、追っ手の心配はない。
姫の母国に入ったことは数える程度しかないが、地図は頭に入っている。馬を走らせれば、今日の夜には城に着く。
魔王子(その後は――)
気難しいと聞く姫の兄王を説得するのは難しい。
けど姫をさらって駆け落ちするなんて、犯罪者のような真似はできない。
それでも今は、姫の声を聞きたい。彼女の気持ちを知りたい。
弱ってなんていられない。彼女への気持ちは、そんなに脆いものじゃない。
魔王子(気合い入れていきますかー!!)
そう、気持ちを燃え上がらせていた、その時だった。
魔王子「…っ!?」
戦慄。直感が魔王子を振り返らせた。
そしてその判断は、間違っていなかった。
魔王子「く…っ!!」
魔王子はとっさに馬から飛び降りる。勢いよく地面に落下したが、受け身を取ってダメージを軽減する。
そして自分がいた位置には…
ビュンッ
魔王子「…っ!!」
火の玉がそこを通り過ぎた。
馬から飛び降りなければ、あれに直撃していた――
「流石魔王子、いい反応だ」
魔王子「お前っ――」
そして魔王子は振り返り、そこにいた人物を睨みつけた。
この考えに至るきっかけは、メイドのあの言葉だった。
メイド『けど、従者なら堂々と城を歩き回れますよね。変装なんてしなくても――』
変装は自分の正体を隠す為のもの。だが、あの変装で城内を歩き回ればかえって目立つ。
俺を殺すつもりなら、俺を襲う直前に覆面を被る方がリスクは少ない。だが不審者として目撃された時、俺は全く違う場所にいた。
なら何故従者は変装していたか?考えられる可能性といえば――2人に見つかった不審者、あいつは従者ではないということだ。
だが本当に俺を狙っている奴は、従者に罪をなすりつけようとしていた。
だから従者に、俺の寝込みを襲った奴と同じ怪我をさせた。
そしてあの日――2人に見つかった不審者は城内を騒がせた後、誰もいない所で覆面を脱いだ。
それから従者を捕らえて、覆面を被せて――
悪魔「叔父に対してお前、はないんじゃないか。魔王子」
魔王子「…」
翼を広げ地面に降り立つ悪魔の温和な笑みの前にも、魔王子は警戒をとかない。
魔王子「…奇襲とは趣味の悪い。下手すりゃ…」
悪魔「ああでもしないと止まらないだろう、お前。それにお前があの程度で…」
魔王子「死ねば、都合が良かったんでしょうけどね」
悪魔「!?」
魔王子は敵意剥き出しで剣を構えた。
悪魔は理解できない、といった顔をした。だが魔王子に、悪魔の芝居に付き合う気はない。
魔王子「俺の命を狙い、従者に罪を被せようとしたのは――叔父上、貴方でしょう」
悪魔「…」
沈黙。しかし悪魔は不敵な笑みを返した。
魔王子はそれを肯定と受け取る。瞬時、敵と判断し悪魔に向かっていった。
今日はここまで。
若干野太い黄色い声援のお陰で魔王子が頑張れそうです。ありがとうございます。
悪魔「驚いたな、お前にも考える頭があったとは」
悪魔は片手で魔王子の剣を受け止める。
魔王「俺が死ねば王位継承の権利はアンタに移る。それを狙ってんのか?」
悪魔「まぁ、それもある」ブンッ
悪魔が振り放った腕を、魔王子は即座に回避。
だがすぐに攻撃を続けた。
魔王子「やり方が回りくどいな…何で姫様や従者になすりつけようとした?」
素早い剣撃を何発も繰り出す。
だが悪魔は怯むことなく、それを的確に受け止めていた。
悪魔「むしろお前を消すことそのものよりも、そちらの方が重要だ」
魔王子「どういう意味だ」
悪魔「わからんか」
悪魔は数発の火の玉を放つ。
魔王子「わかんねぇよ!」
魔王子はそれを軽くかわした。
悪魔「ならもう少しヒントをやろうか。姫君や従者への疑いは、向こうの国王にも向く…」
魔王子「…まさかとは思うが」
あまりにも馬鹿馬鹿しい予想に、魔王子は苦笑いを浮かべた。
魔王子「両国の間に亀裂を入れることが目的だったのか?」
悪魔はその返答を、不敵な笑みでもって返した。
魔王子「アンタがあの国に恨みを持っていることは知っていたけどよ…」
悪魔は昔、姫の母に騙され、国に殺されかけた。
魔王子「けど両種族が争っている時代に、人間の国で遊び歩いていたアンタにも非はあるんじゃないか」
悪魔「耳が痛い…」フッ
魔王子「昔の恨みで両国巻き込んで和平にヒビ入れようとは、見逃せねぇな。ブッ倒して全部親父にチクってやる」
悪魔「俺の気持ちを理解しろとは言わん…だが魔王子、お前も姫君が関わると冷静ではいられまい?」
魔王子「あ?」
悪魔「このまま離縁され、姫君が勇者の妻になれば――お前もあの国を憎むだろう」
魔王子「一緒にするんじゃねーよ」
魔王子はためらうことなく答えると、大きく跳躍した。
魔王子「…っつーかそうなったらアンタのせいだろ!!」ビュンッ
悪魔「っ!」
大振りの一擊を寸前回避…されたが魔王子は手首をひねらせ、剣先を悪魔の喉元に当てる。
魔王子「アンタのしていることは、ただの八つ当たりだ!」
悪魔「フッ…そうだな」
悪魔は少しも抵抗の素振りを見せない。魔力を手に溜めている様子もない。
悪魔「あぁ八つ当たりだ――だが俺1人が望んでいることではない」
魔王子「何だと」
悪魔「忘れたか?俺には――」
魔王子「――」
途端、腹が熱くなり、急激な痛みが走った。
魔王子「グ…」
魔王子は膝をつく。腹には貫通した穴。
やられた――腹を貫通した魔法弾が飛んできた方向を睨む。
睨んだ先の木の陰で、何者かが魔力を放出したての手をこちらに掲げていた。
悪魔「俺には協力者がいただろう」
魔王子「俺を襲ってきた暗殺者どもか…!!」
完全に悪魔以外に注意を払っていなかった。これは自分の落ち度。
血が溢れる腹を抑え、悪魔と距離を取る。
魔王子「そいつらも争いを望んでいるってのか…!?何の為に!!」
悪魔「お前にはわかるまい」
悪魔はそう言って、手の中で火の玉を作り出す。
悪魔「魔物は古き時代、邪神が神々の国を侵略する為に生み出した戦闘民族…争いを望むのは本能。それが人間と和平を結び平和ボケしろだと?馬鹿げている…」
魔王子「馬鹿はそっちだろ」
魔王子は即座に反論した。
魔王子「争いを望むのは本能だ?本能のままにしか行動できない、理性のない馬鹿だって自分で言ってるぜ」
悪魔「だが、そんな馬鹿が多いのも事実。お前はそれでも魔王になった時、和平を持続できるか?」
魔王子「してみせる」
悪魔「フ…」
こんな状況にも関わらず強がりで堂々としている魔王子に、悪魔は苦笑する。
悪魔(流石兄上の息子か――だが、その態度が命を縮めるのだ)
悪魔は手の中にあった火の玉を、魔王子に向けて放った。
魔王子は腹のダメージのせいか、膝をついたまま、そこから動く様子はない。
魔王子「争いを望むのが本能ってんなら…」
魔王子は膝をついたままの姿勢で剣を振った。そして…
「ぐああぁぁ!!」
火の玉を剣で打ち返し、その火の玉は先ほど魔王子を襲撃した術者に直撃した。
悪魔「!!」
魔王子「魔物ん中で1番強くなりゃ、誰も文句は言えなくなるだろ…」
悪魔(あの姿勢からそんな技を繰り出すとは…)
悪魔も流石に、これには驚きを隠せない。
悪魔「だが所詮は手負い…!!」ドガッ
魔王子「っ!?」
悪魔は思い切り、魔王子の腹を蹴り上げた。
そして続けざまに、衝撃波を繰り出す。
魔王子「うわあああぁぁっ!?」
魔王子は衝撃に耐えられず吹っ飛ぶ。
今ので悪魔は力を大分消費したが、魔王子には致命的なダメージを与えたはず…疲れと安堵から、悪魔はふうとため息をつく。
魔王子は思ったより飛び、段差に落ちてその姿を草の中に隠した。
だがあの怪我ではろくに動けまいと、悪魔はゆっくり呼吸を整えていた。
魔王子(くっ…)
魔王子は傷口を抑えながら、痛みを堪え、這いつくばっていた。
この怪我では悪魔に勝てない。そう判断し、ここから逃げることを選択した。
悪魔「どこへ行った、魔王子?」
魔王子「…っ!!」
悪魔の声はまだ遠い。
悪魔「まぁ、その体ではそう遠くまで逃げられまい?」
魔王子(くそ…!!)
今更ながら、慢心していた自分に腹が立つ。
背の高い草の陰に身を隠し、息を殺していた。心臓はバクバクいって、頭はどうしても冷静になれない。
魔王子(死ぬわけにはいかない…)
もしこの国で死ねば、魔物達に更なる誤解を与え、両国間に決定的な亀裂を与えかねない。
それに自分が死んで王位継承の権利が悪魔に移れば、確実に争いを起こす。
魔王子(それに…)
死ねるわけがない。最愛の人と、あんな別れ方をしたままじゃ。
魔王子(姫様…)
魔王『お前…今日は姫君との顔合わせの日だと伝えておいたが?』
魔王子『わりわり。忘れてた』
自分は最初、結婚話に乗り気ではなかった。
まだ精神的に小僧な自分に、妻なんて持てるわけがないと思っていた。
魔王子『宜しくなぁ、お姫様~』
姫『え、えぇ…』
初めて見た時の姫も何だか不安そうで、自分より小さな存在に見えて。
魔王子『こんなバカ王子と結婚するなんてー、って思わなかった?』
姫『え、あ、いえっ!』アワワ
一挙一動が可愛くて。
姫『種族なんて関係ありません』
優しそうな女の子で。
魔王子『夫として精一杯努めますので…宜しくお願いします』
姫『――こちらこそ』
この子を守ってみたい。この子となら結婚してもいい――そう思えた。
魔王子(その後も色々あったなぁ)
姫様を守っていくと俺は決意していた。
だけど勇気が出なくて逃げていた俺に、姫様は夫婦としての段階をゆっくり踏んで行こうと言ってくれた。
俺のつまらない嫉妬に嫌な顔一つせずに、そんな俺も嫌いではないと言ってくれた。
ガキっぽさの抜けない俺に、いつでも優しい笑顔を向けてくれた。
いつしか、姫様は俺にとって守るだけの存在ではなくなって――
姫様が支えてくれるから俺は真っ直ぐ立っていられる――そんな存在だった。
魔王子(って、何で過去形なんだよ…)
気持ちでは「これから先の結末」を受け入れていない。
だがそれは感情的な方の自分で。
悪魔「いい加減観念しろ魔王子。それとも――」
もう一方の冷静な自分は、頭の片隅で
悪魔「今頃走馬灯でも見ているのか?」
このまま死ぬのだろう、って思っていて――
悪魔「ここか――っ!?」ガサッ
魔王子(姫様…っ!!)
悪魔「…いないか」
魔王子「~っ…」
間一髪、見つかるのを回避し、悪魔はそこから離れていく。
口を塞ぐ手の指の隙間から息が漏れる。冷や汗と吐息がその手を濡らしていた。
だけど悪魔のことは頭の片隅に追いやられ、今は目の前にある驚きがそれを上回っていた。
危うく見つかる寸前、ろくに動けない自分を引っ張って悪魔から姿を隠してくれたのは――
魔王子「姫…様…?」
その手の隙間から、掻き消えそうな声で魔王子はその名を呼んだ。
死ぬ前に幻が見えたのかと思った。
だけど幻にしては、自分を抱きしめる彼女の感触は柔らかくて、暖かくて。
姫「魔王子様…」
その澄んだ目も、不安に歪んだ繊細な表情も、か細い声も全て――
魔王子「姫様…本当に、姫様なんだね――」
これは現実なんだと、ようやく理解が追いついた。
魔王子の中には、やっと姫と会えた喜びが広がっていた。
欲を言えばこんな状況でじゃない方が良かったけれど。
魔王子「姫様…何でここに?」ヒソヒソ
姫「これです…」
姫が取り出したのは押し花のしおり。光こそ失っているが、秘密基地の花に違いない。
姫「城を抜け出したら、これの強い香りがして…香りを追ってきたら、ここに…」
魔王子「…そうか」
魔王子はすぐにその話を受け入れた。その花には、先ほど自分も世話になったばかりだ。
花が自分と姫を引き合わせてくれた――自然とそんな考えに行き着く。
姫「ところで何故悪魔様が――魔王子様、今傷を治癒します」
魔王子「…っ、それは待…」
止める前に姫は魔王子の腹に手をあて、魔法を繰り出す。
もう手遅れか――魔王子は手を伸ばし、剣を手に取る。
悪魔「そこか!」
姫「ひぃ!?」ビクッ
姫は急に見つかったことを驚いている様子だ。
そりゃあ、急に回復魔法で魔力を使えばそれを察知されるだろう…と思ったが、口には出さない。
魔王子「姫様、さんきゅ。下がってな…」
姫「だ、駄目です!まだ中途半端にしか塞がってません…」
悪魔「おやおや、何故こんな所に姫君が…?」
魔王子は姫を庇うように、彼女の前に立つ。このままなら悪魔は、口封じに姫も殺すだろう。
傷口はまだ痛むが、さっきよりは全然動ける。だから何としても姫を守らないといけない。
姫「あ、悪魔様だったんですか…!?魔王子様の命を狙っていたのは…」
悪魔「知ったからには生かしてはおけんな」
姫「ひっ!?」
魔王子「させるかよ!」
魔王子はすぐさま悪魔に飛びかかる。だけど痛みでいつもの動きができない。
その分手数を増やし、悪魔に反撃の隙を与えなかった。
悪魔「チッ…半端に強いから面倒だ」
悪魔は後ろに大きく跳躍した。
悪魔「仕方ない。大分力を消費するから、これはやりたくなかったが…」
魔王子「!?」
悪魔の手に膨大な魔力が集中する。
そしてそれは巨大な、5メートルくらいある炎の剣に形を作った。
悪魔「今のお前にこれをどうにかはできない」
魔王子「これは…」
本格的にまずいと、魔王子は冷や汗をたらした。
悪魔「姫君を連れ出した魔王子による無理心中…そういうシナリオでいいかな」
悪魔は不敵に微笑みながら、近寄ってくる。
まずい、このままじゃ…。
魔王子「姫様、逃げな…あの坂を登れば俺の馬がいるから」
姫「で、でもっ!」
わかっている。姫が自分を置いて逃げられる性格じゃないと。
魔王子「まだ俺、全然戦えるから。姫様がいると集中して戦えないよ」
だから嘘をつく。
魔王子「それより、会えたら言いたかったことあるんだけど――」
でもそれを言えば、姫は逃げられなくなるだろうから。
魔王子「後で言うわ」
できない約束をした。
悪魔「さぁ行くぞ、魔王子…!!」
魔王子「あぁ…!!」
せめて姫が安心して逃げられるよう、それまで全力で戦う。ダメージのせいで、長時間は戦えないだろうけど。
悪魔と対峙しながら姫の様子を伺う。不安そうな様子ながらもゆっくり立ち上がり、自分の指した坂を見ている。
それでいい。そのまま逃げてくれれば――だけど、
悪魔「逃がさん!」
魔王子「!?」
悪魔は翼を広げ魔王子を乗り越え――向かう先には、姫。
魔王子「やめろ――っ!!」
魔王子はすぐさまダッシュする。
それだけはさせない。そんなこと、あっちゃいけない。
悪魔に剣を向けられ、怯んでいる姫を庇うように、魔王子は両手を広げて立ちふさがった。
姫「魔王子様!?」
姫様、俺――
魔王子「大丈夫だから…」
その微笑みは最後の嘘。
俺は姫様のこと――
悪魔「死ねえええぇっ!!」
魔王子「―――っ!!」
――心の底から、愛しているよ
今日はここまで。
愛しているって言葉はうさんくせーなって思いますが、二次元ならおkです。
シュッという風を切る音が静かに鳴った。
その音は自分の命を奪う音――魔王子は一瞬、そう錯覚した。
悪魔「何…!?」
魔王子「…!?」
だが、それは違った。
悪魔の手にあった炎の剣は掻き消えていて、自分もダメージは負っていない。
姫「ど、どうして…!?」
魔王子の代わりに、姫がその言葉を口にする。
だがそいつは、事も無げに言い放った。
勇者「姫様の身が危険に晒されている――なら当然の事」
魔王子「姫様…勇者と一緒に来たの?」
姫「い、いえっ!?」
勇者に尾行されていたとは知らない姫は即座に否定した。
だが勇者はそれを言わず、ただ悪魔に向き合う。
悪魔「王国一の剣の使い手である勇者か…面白い」
勇者「笑っている余裕があるのか?見た所かなり疲れているように見えるが」
悪魔は図星をつかれていた。魔王子と姫を葬る為に作り出した剣は、彼のスタミナを相当消耗していた。
万全な時に戦っても手強いであろう勇者に今は勝ち目がないだろう――正々堂々と戦えば。
悪魔「全く、仕方ないな…出てこい!」
魔王子「!!」
姫「あっ!?」
悪魔の呼びかけにぞろぞろと、隠れていた魔物達が姿を現す。
その数、約10人程度。
魔王子「まだ潜んでやがったのかよ…!!」
勇者「だからどうした?」
魔王子「あ?」
勇者はフンと鼻を鳴らし、剣を構える。
勇者「この程度の数で俺が苦戦すると思われるのは心外だな…まぁ、お前には荷が重いかもしれんがな」
魔王子「何だと~…俺だって怪我さえしてなけりゃこの程度なー!!」
勇者「わかったから黙っていろ。声が邪魔だ」
魔王子「」ムカ
姫「ま、魔王子様!今のうちに治癒を!」
魔王子「お、おう…」
勇者は前の方に躍り出て、襲いかかる魔物の攻撃をかわし見事な剣技を繰り出す。
不利な状況だと思わせない程見事な戦いぶりに、魔王子は目を奪われる。
魔王子(こりゃ…俺より強ぇかもな…)
姫「もう少しかかります、ごめんなさい…!」
魔王子(姫様、勇者と…)
姫「…?どうしました魔王子様?」
ここに来る前は自分と姫は相思相愛だと強気でいられた。
だけど実際姫の顔を見て、勇者の活躍を見ると気持ちが弱ってしまって。
魔王子「すげぇ奴だな…勇者って…」
姫はキョトンとした顔をしていた。だけどすぐに、ニッコリと優しい微笑みを浮かべた。
姫「そうですね…でも――」
魔王子「――っ」
額への不意打ちの口づけ。一瞬だったけど、頭が真っ白になった。
姫「私は貴方一筋、ですから…」
魔王子「…」
真っ直ぐな瞳。
当たり前のことだった。姫が他の男に心移りするわけない。それなのに自分はまたつまらない嫉妬をして…。
魔王子「姫様ありがとう…もう大丈夫だから、下がってな!」
恥ずかしい気持ちを誤魔化すかのように立ち上がり、勇ましく言った。
悪魔(馬鹿な…)
大勢とはいえ、勇者を討てるとは思っていなかった。
ただ自分が体力を回復させるまでの時間稼ぎでもできれば――その程度に思っていたが。
悪魔(まだ1分も経っていないというのに…!)
勇者「増援はこれで終わりか?」
勇者の足元には、戦闘不能になった全ての手駒が倒れていた。
魔王子「後は叔父貴だけか…」
勇者「ん」
怪我を回復させた魔王子は、勇者の横に並ぶ。
魔王子「助かったぜ勇者…後は俺がやるから」
勇者「当然だ」
魔王子「は!?」
思ってもいなかった返答に、魔王子は呆気に取られる。
勇者「お前が我が国に呼び込んだ災厄だ。責任持って何とかして貰うのは当然」
魔王子「…」
正論なんだが腑に落ちない。
魔王子「まぁいい…終わらせるか、叔父上」
悪魔「…っ」
今の悪魔に、勝ち目はなかった。
悪魔(何故、こいつらは――)
『助けてくれてありがと。お兄さん、最高にかっこいい!』
悪魔は、昔を思い出していた。
『賭博も程々にしなよー?遊び人なんて、若い内しか許されないよ!』
顔は姫と似ている女。だけど性格は正反対で。
『あっはっは、悪魔がいいとこの坊ちゃんだってー?冗談きっついよ、それー』
気さくで、大きな口を開けて笑う女だった。
だけどその女と知り合ってから、自分の命を狙う奴が現れるようになって。
『悪魔、こっち!!隠れて、早く!!』
その女にはよく助けられた。
自分といたら危険――そう思って、その女とは縁を切ろうと思ったが。
『馬鹿言わないでよ!』
別れを告げた日、女は激昴した。
『命を狙われてるから危険!?わかってるよそんなの…でも、私に守らせてよ、貴方を…!!』
その女にとっての精一杯の力で、服をぎゅっと掴まれた。
振り払おうと思えば容易かった。だけど自分は、それができなくて――
『一緒にいたいんだよ、悪魔ぁ…』
その言葉を信じてしまう程、盲目になっていた。
悪魔「が…っ」
正面から切られて倒れるまでの間、悪魔は回想に浸っていた。
魔王子「…殺しはしない。生きたまま国に帰って、親父に全部吐いてもらうぜ」
姫「魔王子様…お怪我はっ」
魔王子「こら」コツン
姫「きゃっ」
すぐに駆け寄ってきた姫を、魔王子は軽ーく小突いた。
魔王子「俺の活躍見てなかったの?怪我するどころか、攻撃ちっとも当たってねーよ」
姫「え、うぅ…」
魔王子「うお!?ご、ごめん、怒ってないよ!!」アセアセ
姫「違うんですー…ご無事で、良かったと…」グスッ
魔王子「泣くなーって。大丈夫って言ったろ、な、な?」ヨシヨシ
悪魔「何故だ…」
魔王子「あ?」
地面に仰向けに倒れた悪魔は、心底理解できないといった風に呟いた。
悪魔「何故お前達はそれ程信じ合い、愛し合うことができる…魔物にとって人間は戦うべき相手であり、人間にとって魔物は脅威の存在のはず…」
だから、自分は彼女に裏切られた。
悪魔「あの女は、その姫君のように――まるで悪意を感じさせない、全く同じ顔で、俺を裏切った…!」
自分は信じていた。想っていたから、信じられた――
悪魔「魔物と人間は通じ合えん!お前達も、いずれ…」
姫「…悪魔様」
姫は悪魔に、静かに声をかけた。
姫「私、貴方から母の話を聞いてから考えたんですけれど――」
記憶にはない母。肖像画でしか見たことはないが、私と似た顔をした母。
悪魔はきっと私に母を投影し、憎んでいたのだと思う。
だからこそ、これだけは言いたかった。
姫「おっしゃっていましたね。母は貴方を何度か助けた、悪意のない顔を向けていたと」
悪魔「俺を信じさせる為にな…恐ろしい女だ」
姫「私は、そうとは思えません…」
悪魔「何だと」
私が生まれる前に死んでしまったから、本当のことはわからない。だけど――
姫「母は貴方を――本当に想っていたのではありませんか」
悪魔「!?」
自分の嫁ぎ先の国が悪魔を狙っていたから、彼を守りたかった。
悪魔にだから、素直な笑顔を向けることができた。
だけど母が父のもとに嫁いだことで、悪魔は母の正体を知り、誤解した。
悪魔「俺の誤解だと…!?そんなのは推測に過ぎんな!」
姫「貴方のおっしゃる「悪意」も、推測に過ぎません」
悪魔「…っ」
その推測は、都合よく組み立てられた妄想かもしれない。
だけど母なら。私と同じ血が流れる母なら――
姫「そんなに器用に人を騙せる人じゃない――私はそう思います」
悪魔「…!」
悪魔(あいつは…俺を騙していなかった?)
長年、騙されたと思ってきた。
だが少なくとも、自分の記憶の中にいるあいつは――
『もー悪魔ったら意地悪だなー』プンプン
『うわぁ、すっごぉーい!!カード遊び極めてるんだねー悪魔!』
『良かった…悪魔、無事で良かったぁ…』
感情豊かで、ストレートな物言いをする、裏表が無い女だった。
その顔、言葉、全て本当だったとしたら――
悪魔(あいつと過ごした時間…それは嘘でなくて…)
今となっては確かめる手立てがない。
彼女は他の男の妻となり、もうこの世にはいない。
だけど、そう考えてもいいのなら。あの時間の全てが本当だという可能性があるのなら――
悪魔(信じても――いいのか?)
それは悪魔の中で、小さな希望を生みつつあった。
姫(悪魔様…気持ちが楽になったかしら)
魔王子「姫様ー!」ギュッ
姫「きゃっ!?」
魔王子「やっとイチャコラできるわ~、姫様~ぁ」ナデナデナデナデ
姫「あっ、あの、魔王子様ぁ!?」
魔王子は私を抱きしめ、もみくちゃにする。
そりゃあ嬉しい。嬉しいけど、今は――
勇者「おい」ゴン
魔王子「いでぇ!?」
勇者「今はそれ所じゃないだろう馬鹿王子。後始末があるんだろう」
魔王子「だっ誰が馬鹿王子だ!」
勇者「お前以外誰がいる」
魔王子「ほー…?喧嘩売ってるんですねー?」
姫「ま、まぁまぁ」
勇者「…まぁいい。そいつらはそちらの国で裁くべきだろう。今、護送用の馬車を手配してやる」
魔王子「そりゃどうも…」
それから魔王子は私の方を振り返った。
魔王子「姫様、俺はこいつらを国に護送しなきゃならねぇ。けど近い内に、また会いに来るから」
姫「…えぇ」
口ではそう返事したけれど、本当はちょっと不満。
せっかく会えたのだから、まだ一緒にいたい――けど、彼を困らせてはいけない。
姫「待っていますね、魔王子様」
魔王子「うん。それまで――」
姫「あ――」
不意に唇を奪われる。それは濃厚に吸い付いてきて、荒くなる息使いが彼の興奮を教えた。
このまま全てを奪われてもいい――そう思ってしまって、離れることができなくて。
魔王子「…ぷはっ」
先に唇を引き離したのは彼の方だった。
私はそれに未練を抱いたけれど。
魔王子「少しの間、お互いに我慢――な?」
姫「…はい!」
今日はここまで。
明日、完結予定です。
魔王子と別れて2日経過した。
魔王からは、事の顛末が詳細に記された手紙が届いた。
悪魔が自分の犯した罪を認めた為、彼は魔物の国の法に則った罰を与えられる。
私や従者の容疑は晴れ、私達の名誉は回復したそうだ。
悪魔の娘である妖姫は父の件で居づらくなったのか、城を出て行ったらしい。
これで問題は解決された。そう思っていたが――
王「魔物達の内部争いか…やはり魔物はどうしようもないな」
どうにも兄の気持ちは動かないようだった。
王「今回は首謀者を捕らえることができたが、まだ人間との争いを望む魔物はいるかもしれない。これから先も、こういったトラブルが起きる気がするな」
姫「魔物に限った話ではありませんよお兄様。人間にだって、争いを望む者がいるかもしれないです」
王「あぁ、いるだろうな。やはり和平など不可能ではないか」
姫「それは…」
人間同士にだって争いがある。人間と魔物は、互いの溝がそれより少し深いだけ。
だけど魔物への差別意識が根付いている兄を納得させる言葉は見つからなくて。
姫(どうすればいいんだろう…)
言葉を選びながら、困り果てていた。
その時だった。
文官「陛下ーっ!!」
王「ん…?どうした」
文官「魔王子殿がいらっしゃっています…」
姫「魔王子様が!?」
王「む、来るとは連絡が無かったが。まぁいい、通せ」
文官「それがですね…困ったことが」
王「?」
姫「?」
>城門前
ザワザワ
門番「あのー…人目が気になるんで、入って頂けないでしょうか…」
「なぁ、あれって…」
「間違いない、魔王子だ…」
王「何だ何だ…」
姫「あれ…?」
城門前には人だかりができていた。
その人だかりの視線が集中している所を見ると…。
姫「魔王子様…?」
魔王子が、城門前で正座していた。
何名かの門番がそこから離れるよう彼に説得を試みているが、彼は頑として動かない。
と、その時。魔王子はこちらに気付いたようで「あっ」と声をあげた。
姫「あのぅ…何をされているんですか?」
魔王子「…国王陛下、姫様!!」
彼はそう叫ぶと――
魔王子「大変、申し訳ございませんでしたああぁぁっ!!」
姫「!?」
王「!?」
物凄い勢いで、地面に頭をこすりつけるように土下座をした。
魔王子「今回の件は俺の不足が招いた事態!!姫様を守ることもできず、そちらの国の方々には多大なる心労をおかけしました!!」
王「お、おい…」
場が更にざわめき始めた。流石の兄もこれには戸惑いを隠せない。
姫「あ、頭を上げて下さい魔王子様」オロオロ
魔王子「そうはいかない!!今日はこの魔王子、姫様を敬愛する者達に石を投げられる覚悟で来ました!」
私を敬愛する者達というのは、恐らく国の民のことだろう。
民達も互いに顔を見合わせ、困惑する。
国民達は事の顛末を知らない。だから魔王子にどの程度の非があるのかも知らない。
だというのに、わざわざこんなことをするなんて――
姫(どうしよう…魔王子様、頑として動かないつもりだわ)
魔王子「ですが!!」
と、魔王子の手が震え出した。
魔王子「この魔王子、姫様を愛する気持ちは揺らいでいません!!」
姫「!?」
王「な…」
公衆の面前での大胆な告白に、私は頭が爆発しかけた。
誰もかもが呆気に取られている。
それでも魔王子が上げた顔は――その目は、真っ直ぐで。
魔王子「お願いします…もう1度、俺に姫様の夫となるチャンスを下さい!!」
姫「魔王子…様…」
と、その時。
勇者「おらーっ!!」ドガッ
魔王子「ぶべっ!?」
姫「勇者様!?」
そこに急遽乱入した勇者が魔王子を思い切り蹴り飛ばし、魔王子は思い切り吹っ飛ばされる。
私はすぐに勇者に抗議する。が。
勇者「石を投げられる覚悟で来たと言っていたでしょう」
勇者はさらりと一蹴した。
そして、呆気に取られている兄に振り返った。
勇者「陛下、チャンスを与えてやってはどうです」
王「勇者!?」
兄は勇者の言葉に驚く。
勇者「この者、自分の命を省みず、身を挺して姫様を守ろうとした程です。その気持ちは真剣でしょう」
姫「勇者様…」
勇者「それに…」
「おい、もう姫様を泣かせるんじゃねーぞ!!」ドガッ
「姫様は俺たちの女神だからな!」ドゴッ
「しっかりやれよ!」ボカッ
魔王子「いでっ、いでっ!!」
姫「きゃああぁ、皆さん勘弁してあげて下さい~」オロオロ
勇者「あの者は民の心を掴んだようです」
王「…」
王「おい」
魔王子「ん…?」
魔王子をボコボコにしていた民は、国王が近づいてきたことで一旦引き下がった。
それから、兄と魔王子は向き合った。
王「その言葉に、偽りはないな…?」
魔王子「はい」
王「…もしもまたこのような事態に陥り、和平にヒビが入るような事があれば…!」
兄は腰の剣を抜き、魔王子に突き付ける。
威厳に満ちた兄の姿に、周囲はしんと静まり返る。
魔王子「その時は是非、俺を罰して下さい」
だが魔王子は、怯むことなく答えた。
魔王子「誓います…俺は姫様を、いかなる時も愛し、守りましょう」
王「…」
兄は黙って剣を納めた。
その眼差しは強いままだったが、やがて沈黙の中、一言。
王「その言葉、忘れるなよ…」
兄はそう言って振り返り、城まで戻っていく。
場はまだ静まったままだ。状況の理解が、追いついていない。
姫(でも、これって、つまり…)
魔王子「…っしゃあ」
姫「え…?」
魔王子の顔は――最高の笑みを浮かべていた。
魔王子「よっしゃ、姫様ああぁぁっ!!」
姫「あっ、魔王子様!?」
魔王子は私を持ち上げ、踊るようにくるくる回った。
と、思ったら。
魔王子「姫様…俺、不安だった…!」ギュウ
今度は、引き寄せるように抱きしめる。
姫「な、何が不安だったんですか…?」
魔王子「んー、まぁ色々だ、色々!」
姫「何ですかそれは!」
魔王子「ま、いいじゃん!俺たちまた夫婦に戻れるよ…!」
魔王子は顔は明るいけど、体は今にでも泣き出しそうな程震えていた。
そんな彼の体を、私も強く抱きしめる。
姫「私は、ずっと貴方の妻でしたよ」
魔王子「ありがとう…姫様、ありがとう」
姫「もう、何で…」
だけど、私の言葉は周囲の声にかき消された。声は私達を祝福し、暖かい空気で包んでくれた。
また、彼と一緒にいられる――幸せで胸がきゅんとなって、頭の中は彼一色に染まった。
勇者「おめでとうございます、お二方――」
姫「あ、勇者様…」
私が勇者の声に気付いて反応した時には、彼は既にこちらに背を向けていて。
勇者「お幸せに」
そう言い残し、勇者も城に戻っていった。
姫「あ…」
魔王子「どうかした、姫様?」
姫「…いえ」
私はすぐに魔王子に視線を戻し、彼に微笑んだ。
姫「帰りましょうか――魔王城へ」
激動の時は過去のものとなり、平穏な時が過ぎていく。
魔王「この馬鹿息子が」グリグリ
魔王子「いでああああぁぁぁ」
姫「お、お義父様、その辺でご勘弁を…」オロオロ
メイド「今度は何をやらかしたんですか魔王子様。この間は式典を忘れて酔いつぶれ、その前は王家の家宝にチョコをつけたりしましたよね」
魔王子「いやー…羽目外しちゃって、中庭の小屋壊しちゃったんだよね~…」
魔王「責任持って直してこい、今すぐ!!」グリグリ
魔王子「わかりましたからあああぁぁ!!やめでえええええぇぇ!!」
姫「私もお手伝いします魔王子様」
魔王子「い、いや女性にさせる仕事じゃないし!姫様は待ってて」
姫「いいえ、私にもお役に立てることがあるはずです…一緒に行かせて下さい」
姫「それに夫婦連帯責任なら、魔王子様もちゃんと行動をお考えになるでしょう?」ニッコリ
魔王子「…はい」
魔王(姫君の圧力が…)
メイド(笑顔が怖い…)
魔王子「ふー…作業も大分進んだなー」ゴロン
姫「お疲れ様です、お茶どうぞ」
魔王子「さんきゅ。おっ、茶菓子もある!これ手作り?」
姫「はい。頑張ったので、グレードアップです」
魔王子「そいや結婚したての頃、そんな約束もしてたなぁ。…甘くて美味~♪」
姫「結婚前の約束、覚えています?」
魔王子「ん…何だっけ?」
姫「色々苦労かけると思うけど、夫として精一杯努める…ふふ、その通りになっていますね」
魔王子「いやホントすみません」
萎縮する姿はまるで子供。
姫「でも、私も納得して来ましたから」
そんな彼と寄り添っていくと決めた。
姫「落ち着いてしまったら、魔王子様じゃなくなりますものね」
魔王子「フッ、よくわかってんね」
姫「うふふ?」ニコニコ
魔王子「すみませんっした」ドゲザ
ちょっとだけ、彼の操縦方法もわかってきたことだし。
兵士「魔王子様、大変です!」
魔王子「ん?どうした?」
兵士「すぐ近くの街で人間達による暴動が起こっているそうです!!」
魔王子「はーん…」
魔王子の顔が不敵に歪む。あ、これは悪いことを考えている。
魔王子「しゃーねぇ。いっちょ行ってきて、俺の強さを見せつけてやりますか」
姫「動機が不純です」
魔王子「強くなけりゃ魔王とは認められん。これも立派な社会活動!」
姫(何か違うと思う)
彼の望む和平はまだまだ不完全。
だけど、彼はそれを諦めたりしないだろう。
姫「お気をつけて、魔王子様」
和平の架け橋である私達が、諦めたりしてはいけない。
魔王子「俺がいない間、泣かないでな~?」
彼をずっと支えていくと決めたから。
だから私は、彼を笑顔で送り出す。
姫「行ってらっしゃい…あなた!」
Fin
本編終了です。ご読了&乙ありがとうございました。
魔王子と姫が引き離されたあたりで一旦テンションが下がりましたが、ハッピーエンドにする為頑張りました。
作者都合により夕方以降になりますが、この後おまけを投下予定です。
内容は短めのいちゃラブです。胸焼けしても構わん!という方のみお付き合い下さいませ。では後ほど。
姫(久しぶりだなぁ、ここで寝るのは)
寝室の造り、暖かさ、香り――どれもこれも懐かしい。数日間母国で過ごしただけで、ここがこんなにも懐かしくなるなんて。
母国に連れて戻されている間は勿論1人寝だった。
その間も毎晩、隣にいない彼を恋しく思っていた。
姫(魔王子様もその間、ずっとこのベッドで…)
メイドがきちんとベッドメイクしてくれたシーツに顔を埋める。
染み付いた魔王子の匂いに何だか胸がぽやっとなって、とろけそう…。
トントン
姫「きゃっ!?」ビクッ
魔王子「姫様ー、入ってもいいー?」
姫「え、あ、どうぞ!!」
私は慌ててベッドから離れる。寝室に入ってきた魔王子は顔を合わせるなり、首を傾げる。
魔王子「どうしたの姫様?真っ赤だよ」
姫「い、いえっ!何でも!」
シーツに染み付いた貴方の香りを嗅いでいました…なんて言えるわけがない。っていうか改めて言葉にすると、私は何をやっていたんだって思う。
魔王子「でも嬉しいなー」
姫「え?」
魔王子「2人で寝るの久しぶりじゃん」
魔王子は素直だ。嬉しいという気持ちをストレートに言葉に、表情に出してくれる。
姫「私も、嬉しいです」
だから私も素直にそう言えた。
素直な言葉を口に出すっていうのは、照れくさいけど気持ちがいいものだと思う。
魔王子「…にしても、まさか互いが初恋の相手だったなんてなー」
横になった魔王子は、早速その話題を出した。
あの花の力で、私達2人とも同じような光景を目にしたのだ。これはもう、確定だろう。
魔王子「何か…運命ってやつだな!」
姫「えぇ…最近まで忘れかけていたのが、申し訳ないです」
魔王子「いやー子供時代の事だし仕方ないよ。大事なのは今、一緒にいられることだろ?」
魔王子は真っ直ぐな瞳をして言った。
ちょっと恥ずかしいけど、それは私がずっと恋しいと思っていた彼で。
姫「…手を握っていて下さいませんか?」
魔王子「?いいけど…」ギュ
姫「この感触…本当に魔王子様なのですね」
魔王子「そりゃそうだよ。何?夢だと思った?」
姫「半分くらいは」
離れていた間は彼が恋しくて、彼の夢を見たこともあった。
今またこうして一緒にいられるなんて、幸せ過ぎて、夢のようで。
姫「目が覚めたら貴方がいない――なんてことは、ありませんよね?」
魔王子「…やっぱ俺と姫様って運命の相手だね」
姫「え?」
魔王子「同じこと、俺も思っていた」
彼はちょっとだけ弱った笑顔を浮かべた。
魔王子「明日は先に目が覚めても、姫様が起きるの待ってるよ」
姫「えぇ…でも、いつも私の方が早いでしょう」
魔王子「明日は俺の方が先。姫様の寝顔じっくり見たいから」
姫「やだ恥ずかしい。絶対、貴方より先に起きます」
そんなちょっとした言い合いをしながらも、繋いだ手の指と指は絡み合う。
彼と触れ合っている――それだけで安心できる。
だけど。
魔王子「ん?」
私は彼の手を掴むと、その手を私の頬に触れさせた。
魔王子は抵抗しないが、キョトンとしている。
姫「好きな所に触れて下さい――魔王子様」
安心感だけじゃ、物足りなくて。
魔王子「あ、うん――」
彼は戸惑いながらも、私の頬を柔らかく撫でる。
その指に私の長い髪が絡まって、彼は手を髪に這わせた。
魔王子「ほんとサラサラしてて、気持ちいいよね」
姫「ふふ。なら、もっと…」
魔王子「っ」
彼と距離を詰める。彼の手は私の後頭部。何だか抱きしめられているような感じがする位、2人の距離は近い。
彼の吐息が私の肌を撫でる。それが体の熱を更に高めて。
姫「魔王子様…」
遂に私は彼の胸に密着した。
彼の心音が伝わる。鼓動は高く脈打っている。
魔王子「どうした姫様…。今日はやけに積極的だね…?」
戸惑う彼の声はかすかに震えていた。
彼は、意識している――それなら
姫「女の口から、言わせるつもりですか…?」
魔王子「…っ」
姫『少しずつ、段階を踏んでいきませんか…?』
私達は順調に段階を踏んできた。
手と手を繋いだ。抱き合った。唇で触れ合った。
だけど日に日に大きくなっていく気持ちは貪欲になって、それだけじゃ足りなくなって。
姫「魔王子様…」
上目遣いで、彼の薄い寝間着をぎゅっと掴む。それが私にできる、精一杯のおねだり。
はしたないと思われないだろうか。拒絶されないだろうか――そんな気持ちが胸を締めた。
魔王子「姫様」
姫「っ」
だけど魔王子は、そんな私を優しく包み込んでくれて。
頬と頬が、優しく触れ合う。
魔王子「そんなこと言われたら、俺――止まれないよ」
私を気遣うような声が彼の本能を閉じ込めている。
あぁ――彼も私と同じなんだ。
姫「止まれないのは、私も同じです」
彼と同じ歩幅で、進んでいきたい。
魔王子「…灯り、消すよ」
姫「はい…」
2人を包み込んだ闇の中で、私は彼だけを感じていた。
彼の吐息も、香りも、声も、肌の感触も、全て逃すまいと私は貪欲に彼を求める。
誰も知らない私を曝け出せるのは、彼にだから。
そして私は、誰も知らない彼を知る。
愛しい気持ちが膨れて、苦痛すらも夢心地の中に溶かされる。
ぎこちなさも、共に歩んでいるからこそと喜びになる。
私が流した涙の意味を誤解し、彼は私の髪を優しく撫でる。
違うんです、涙の意味は――
それは言葉にすることができず、抱きしめる強さで気持ちを伝えた。
・
・
・
姫「ん…」
日差しが眩しい――あぁ、朝が来たのか。
起き上がろうとした時、ふと感触に気付いて躊躇した。
姫(手――)
魔王子「すやーすやー」
先に起きると宣言していた彼はまだ眠っている。けどその手はしっかりと、私の手を握りしめていて。
姫(ずっと、握っていてくれたんだ…)
姫「…」
彼の無防備な寝顔を見つめ、愛しいという気持ちは増す。
姫「ん――っ」
魔王子「…ん?」
頬に触れた感触に気付いたのか、彼は目を覚ました。
魔王子「あ、姫様…おはよう」
何事も無かったかのような鈍い反応に、少しだけやきもきする。
だから私は、ちょっとだけ意地悪に笑った。
姫「おはようございます…やっぱり私の方が早起きでしたね」
魔王子「いや、一旦先に起きたよ。二度寝しただけだし」
姫「ふふ、そういうことにしておきましょう」
魔王子「本当だってば」
こんな事でムキになる彼が可愛かった。
姫「起きましょうか」
だけど繋いだ手を、彼は離そうとしない。
姫「どうされたんですか、魔王子様?」
魔王子「もうちょっと、こうしていたい。…駄目?」
きゅんとした。そんなこと言われてしまったら…
姫「えぇ…いいですよ」
手に戻ってきた幸せに今は浸っていたくて、私はその手を手放すまいとぎゅっと握り締めた。
これからも共に歩んで行きましょう――ずっと、ずっと。
fin
これで本当に終わりです(/ω\)
ご読了ありがとうございました。
追伸 スレの上の方でリクエスト頂いていた絵です。
妄想が捗り3枚になりました(´∀`)
自分は絵を描くのが早いので、絵のせいで更新が遅れたってことはありません。
アップロード期限は1週間であります。
甘いのを摂取しすぎて今年の健康診断が怖くなったぞどうしてくれる(執筆乙でした!!)
素敵な作品ありがとうございました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
イラスト、保存しても良いですか...??(^_^)a
おつですのよー
最後砂糖が足りなくないですか?(ブラックコーヒー20杯目
>>256
ありがとうござんすー
すみません、自分の糖分はこれが限界です…!寝れなくなりますぞ(`・ω・´;)
このSSまとめへのコメント
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