佐天「それでも戦いたくない」(74)

私こと佐天涙子は、一人寂しく夕日の沈む方角へと歩いていた。
昨日夏休みの宿題が全て終わったので、今日は初春に御坂さん、白井さんも誘って第六学区にでも遊びに行こうと考えていた。しかし、初春と白井さんは今日は風紀委員の仕事、御坂さんも何か用事があったらしく断られてしまった。一人でアミューズメント施設に行っても面白くない。そんな訳で、こんな最終下校時刻ギリギリまでゲーセンに籠っていた。

佐天「あー、何だろう。ゲームに熱中している間は何も考えていないのに、全てが終わった後に押し寄せるこの何とも言えない虚しさは…」

今度4人で花火でもしよう。そう考えていて、ふと道路脇で屈んでいる少女が視界に入る。彼女は肩まで茶髪を垂らし、見覚えのあるサマーセーターを着ていた。

佐天(…、御坂さん?こんな所で何してるんだろう)

そこは風力発電のプロペラの真下で、支柱の根元には段ボールが置いてある。何かいるのかと思ったら、段ボールの中に黒猫が突っ込んであるのが見えた。
御坂さんは黒猫にエサを与えようとしているのか、菓子パンを持った手を黒猫にゆっくり近づけているが、怯え切った黒猫はなんかゲンコツでも振り上げられているように耳を伏せて丸くなってしまっている。

佐天「御坂さん?」

何となく話しかけてみた。

?「…確かにミサカの名前はミサカですが、あなたの言う『御坂』はお姉様の事ではないですか、とミサカは問いかけます」

佐天「…うん?えーと、お姉様って事は、御坂さ…御坂美琴さんの妹さん?」

御坂妹「はい、ミサカはお姉様と遺伝子レベルで同一の妹です、とミサカは答えます」

変な喋り方だな、と思ったが口には出さない。

佐天(それにしてもよく似てるなー。身長体重まで同じ位だよね)

佐天「同一の遺伝子って事は、双子なんですねー。でも、御坂ナントカで一人称はミサカなんですか?御坂ミサカじゃないんだし、そこは普通名前の方を使うと思うんですけど」

御坂妹「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します」

佐天「…(まさか本当に御坂ミサカ?いやそんなわけないか)」

佐天「で、猫にエサあげないんですか?」

御坂妹「ミサカの体は常に微弱な磁場を形成します、とミサカは説明します。人体には感知できない程度ですが、他の動物だと異なるようです」

佐天「???」

御坂妹「地震の予兆として見られる動物の異常な動きも、地殻変動によって地中で生じた磁場の変化に反応するものと言われていますから、とミサカは分かりやすい例をあげてみます」

佐天「……、なるほど。あれって一応、動物ら嫌がって逃げてるんですよね。つまり、妹さんは磁場のせいで動物に嫌われやすいって事ですか?」

御坂妹「嫌われているのではありません、苦手だと思われているのです、とミサカは訂正を求めます」

佐天「……、」(何だか可哀想だな。邪魔しちゃ悪いし、早く帰ろう)

御坂妹「待ちなさい、とミサカは制止を促します」

佐天「え?」

御坂妹「ここに一匹の黒猫がいます、とミサカはダンボールの中を指差します。このお腹をすかせた黒猫を前に、何も与えずに立ち去るというのはどういうつもりかとミサカは問いかけます」

佐天「えーと、その菓子パンを私が代わりにあげればいいんですか?」

御坂妹「そうではなく。捨てられた猫がここにいるのに、一体どうして拾おうと考えないのですか、とミサカは再度問いかけます。保健所の人間に回収された動物がどのような扱いを受けるか知っていますか、とミサカは例え話をしましょう。まず透明な航空素材のケースの中に動物を収め、そこへ神経ガスを二十ミリ注入し」

佐天「いや、悪いけど私が飼うって訳にもいかないし…」

初対面なのに図々しいな、と思ったが口には出さない。
妹さんが飼えばいいじゃん、と思ったが、大方寮の規約で禁止されているのだろう。もっともそれを言ったら佐天も同じなのだが。
しゃがみ込んだ御坂妹は、ただじっと黒猫の目を見つめていた。放っておいたらずっとそこに居そうだ。

佐天「────あー、分かりました。ずっと飼うのは無理ですけど、次の飼い主が見つかるまでなら飼います」

友達の妹の頼み、しかも割と重くて無碍にしにくい。

御坂妹「ありがとうございます、とミサカは率直な感謝の気持ちを伝えます。そうだ、名前は『いぬ』にしましょう。……猫なのにいぬ、ふふ」

佐天「いや名前とかつけると愛着が出てそのままずっと飼う流れになりそうだから────っていくらなんでもその名前は猫が可哀想では」

取り敢えず猫のエサを買おうと思い、近くのホームセンターに来た。時間帯が時間帯なのであまり人はいない。隣の古本屋は立ち読み目的の人間て溢れ返っており、それが余計に寂れている印象を与える。

佐天「じゃあ猫のエサ買ってくるんで、猫預かっといて下さい」

御坂妹「お断りします」

妹さんのおでこの辺りには、先程はなかった軍用ゴーグルが掛けてある。猫は光り物を嫌うので外していたらしい。

佐天「磁場の出る体質のせいで猫に嫌われ、苦手だと思われているからですか?その壁を乗り越えてこそ真の友情が芽生えるんですよ!」

黒猫をゆっくりと放り投げた。
妹さんは反射的に手を伸ばして受け取ってしまう。

佐天「じゃあすぐ戻るんで、少し待っていて下さい」

嘘は言っていない。
流石にホームセンターに動物を連れて入ってはいけない、なんて事は無いだろうが、無理矢理にでも黒猫を妹さんの近くにいさせなければ妹さんは自分から触れ合おうとしないだろう。いつかは磁場にも慣れるかもしれないし。

佐天「あれ?」

ホームセンターから出てくると、妹さんがいなかった。猫を押し付けた事に腹を立ててどこかへ行ってしまったんだろうか。
黒猫だけが、地面の上にポツンと残
されていた。
黒猫を抱え上げ、辺りを見回す。
路地の入口に女の子の靴が片方転がっていた。
黒猫を抱えたまま路地の入口へと近づく。特に汚れてもいない清潔な靴は、ここに放置されてそれほど時間が経っていないようだ。

佐天「……」

何か嫌な予感を抱き、路地の先へと進む。
もう片方の靴が転がっていた。
さらに進む。
壁に何か削ったような跡がある。
さらに進む。
単三電池ぐらいのサイズの、金属の筒が転がっていた。花火の後に漂ってくるような、煙の匂いがうっすらと残っている。
さらに進む。
暗がりの中に誰かが倒れているのが見えた。足の周りにプラスチックに似た破片やバネのようなもの────何かオモチャの残骸みたいなものが散らばっていた。

さらに一歩進む。暗闇に隠れていた上半身がはっきりと見えるようになる。
「それ」は、死体となった御坂妹だった。

佐天(なに、何、なんなの、これ)

佐天(地面も、壁も、真っ赤────これは、全部、血?)

佐天(妹さん、は)

そこで、妹さんを見てしまった。その無惨な姿を。

佐天「ぅ…、あ……、ぐ…」

吐き気が込み上げてきた。

佐天(ダメだ、吐いたら…)

これ以上は見ていられなくなり、後ろを向いてうつむく。地面の血はまだ乾いていなかった。

がさり、とろじの奥から何か物音が聞こえた。

佐天「!?」

その場を立ち去ろうとする。しかし足が震えて動かない。誰かが歩いてくるのが足音で分かる。ゆっくりと首を回して後ろを向く。そこにいたのは

佐天「え…妹、さん…?」

御坂妹「申し訳ありませんが、作業の邪魔になるので離れて頂けませんか、とミサカは促します」

佐天「さ…作業?…でも、何を…何で……」

御坂妹「……?分からないのですか、とミサカは逆に聞き返します。『実験場』に入っている時点で本実験の関係者かと思いましたが……そうですね、確かにあなたは実験との関連性は薄そうに見えます、とミサカは直感で答えます」

佐天(実験……?)

御坂妹「念のために符丁の確認を取ります、とミサカは有言実行します。zxc741asd852qwe963、とミサカはあなたを試します」

佐天「な、に?何を」

御坂妹「今の符丁を解読できない時点であなたは実験の関係者ではなさそうですね、とミサカは自分の直感に論理的な証拠を付け加えます」

足音が妹さんの背後から聞こえた。
妹さんの後ろから、全く同じ顔をした女の子が近づいてくる。

御坂妹「黒猫を置き去りにした事については謝罪します、とミサカは告げます」

足音は1つではない。

御坂妹「ですが、無用な争いに動物を巻き込む事は気が引けました、とミサカは弁解します」

その声は後ろから聞こえた。
2つ、3つ、4つ、5つ6つ7つ8つ9つ10────と際限なく足音は増えていき、

御坂妹「どうやら本実験のせいで無用な心配をかけてしまったようですね、とミサカは」「しかし心配なさらずとも」「黒猫は大丈夫でしたか、とミサカは問い」「ここにいるミサカは全てミサカです、と」「しかし私が本当に殺人犯だったらどうするつもりだったのですか」「詳細は機密事項となっているため説明できませんが、とにかく事件性はありません、とミサカは答えます」

佐天「」

眼前の光景に言葉を失う。

御坂妹「あなたが今日接したミサカは検体番号10031号です、とミサカは説明します。『ミサカ』は電気を操る能力を応用し、互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは10031号の記憶を共有させているにすぎません、とミサカは追加説明します」

佐天「あなた達は、誰なん、ですか?」

御坂妹「学園都市で7人しか存在しない超能力者、お姉様の量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン────妹達ですよ、とミサカは答えます」

佐天「一体、何をしているんですか?こんな…」

御坂妹「ただの実験ですよ、とミサカは答えます。本実験にあなたを巻き込んでしまった事には重ねて謝罪しましょう、とミサカは頭を下げます」

ホームセンター前に戻ってきた。妹達によって、半ば強制的に路地裏から立ち退かされたのだが。
どれだけの時間、その場で呆然としていたのか。いつの間にか道から人がいなくなっていた。もう一度路地裏に戻ったが、死体も血も既に消えており、壁は削られた痕を上書きするように削られていた。

佐天(これから先も、『実験』は続いていくのか…、その過程で、妹さんが死に続けて…)

佐天(……、実験?何か、後ろに研究機関が?そこで体細胞クローンを作って…)

佐天(体細胞クローン────なら、素材となる遺伝子が必要────妹達は、御坂さんの────)

佐天(まさか…、御坂さんは、この事を知っている?)

常盤台中学の学生寮に来た。最終下校時刻などもはや気にならない。
インターホンで208と入力し、一番大きなボタンを押す。

佐天「佐天涙子ですけど、御坂さんですか?」

白井『佐天さん?こんな時間に何を・・・お姉様なら今は外出中ですので、御用がおありでしたら中で待つ事をお勧めしますの。行き違いはお勧めできませんもの』

玄関のロックが外れる。階段を昇り、2階の左側の通路を歩く。208号室のドアを軽くノックして中に入る。
白井さんは御坂さんのベッドに腰掛けていたけどスルー。

白井「お姉様ならもうすぐ返ってくると思いますの。そちらにのベッドに座ってお待ちくださいまし。」

白井「それで、お姉様にどんな御用事ですの?」

佐天「……」

話すべきか、迷う。しばらく考え、全てを伝える事にした。

佐天「────今日、御坂さんにそっくりの人に会ったんです。その子は、自分は妹だと言っていました」

白井「お姉様に、妹?そんな話は聞いた事がありませんが・・・」

ふと、ネットで見た都市伝説の一つを思い出す。超電磁砲の御坂美琴の遺伝子から作られた、軍用の妹達。どうして今まで忘れていたのだろう。

佐天「それで、途中まで妹さんと一緒に歩いて帰っていたんです。私が店に寄って、店先で妹さんを待たせていたんですけど、戻ったらいなくなっていて」

佐天「路地裏で────死んでいたんです」

白井「…、え?」

佐天「爆発したみたいに、地面にも壁にも血がついていて、身体は無惨に…」

あの光景を思い出し、言葉が詰まる。

佐天「…それで、怖くて動けなくなっていたら、妹さんがたくさん出てきて…少なくとも20人はいました」

佐天「自分達はクローンだと、これは『実験』だと言ってました。何度も同じ事を繰り返しているみたいな感じで。それで、クローンは素材が無いと作れないから、御坂さんが何か知っているんじゃないかと思って……」

白井「…話は分かりましたわ。嘘を言っている様ではないみたいですが、しかし、突拍子もないというか、申し訳ありませんけど、どうにも信じきれませんの」

佐天「いえ…、私だって、いきなりこんな話をされても信じられないと思いますし」

扉の向こうから足音が聞こえた。

佐天(まさか、御坂さんが帰ってきた!?)

白井「すみませんが佐天さん、ちょっと隠れててもらいますの。寮監の巡回が来ましたので。最終下校時刻を過ぎた後の寮生以外の立ち入りは禁止されていますの」

佐天「え?ちょっと白井さn」

もしここにいたのが不幸な男子高校生だったら、無理矢理押し込まない限りベッドの下になど入らなかっただろう。しかし佐天涙子は簡単にベッドの下に入ってしまい、白井黒子が空間移動を使う事はなかった。

床にほっぺを押し付ける形になった。この部屋は土足だったが深くは考えない事にした。
ベッドの下には佐天の他に巨大なぬいぐるみが押し込んであった。狭苦しいのでぬいぐるみを端に押しやろうとした時、ドアが開閉する音が響いた。

寮監「白井。夕食の時間だから食堂へ集合せよ。……、御坂は? 私は外出届を見ていない、門限破りなら同居人と連帯責任で減点1とみなすが構わんか?」

白井「いえいえ、本当に急な要件ならば外出届など提出している暇はないと思いますの。わたくしはお姉様を信じて減点を受け取る事は出来ません」

ぐいぐいと寮監の体を押しながら白井さんは部屋を出て行ったようだった。しかし佐天は寮監が戻ってくる可能性を捨てきれず、ベッドの下でしばらく固まっていた。
突然、黒猫がぬいぐるみの顔に前足でパンチを繰り出した。バリッ、という凶悪な音が聞こえた。

佐天「うわっ、爪立てちゃだめだって!」

黒猫をぬいぐるみから引き剥がして布地の表面をさすってみる。と、掌がゴツゴツした感触を捉えた。
よく見ると、ぬいぐるみのあちこちはファスナーに改造してあった。中に校則で禁止されているものでも入っているのだろうか。

佐天「あれ?」

首輪に隠れるように首に横一文字のファスナーがついていた。きつい首輪でファスナーが開けられないようになっている。さらに、首輪には飾りの意味も兼ねて、ゴツイ南京錠が取り付けてあった。明らかにそのファスナーだけ扱いが違う。
ファスナーが半分開いており、紙の角が飛び出ている。その紙にはワープロ文字でこう書かれていた。

試行番号07-15-2005071112-甲
量産異能力者『妹達』の運用における超能力者『一方通行』の

佐天「……、ッ!」

思わず息を呑む。おそらく、これを見たらもう後戻りは出来ないだろう。
だが、見なかった事にする、なんて真似は出来ない。
ファスナーを完全に開けなければならないが、南京錠つきの太い首輪が邪魔になる。しかし、これはぬいぐるみだ。首を思いっきり締めると、柔らかい真綿は簡単に変形して、ぬいぐるみと首輪の間の隙間が広がった。
空いた手の指を差し込んで、ファスナーを開ける。
20枚近いレポート用紙が出てきた。

『量産異能力者「妹達」の運用における超能力者「一方通行」の絶対能力への進化法』
レポートの名前はこうだった。

佐天(レベル……6?)
今ある最高レベルは5だったはずだ。
感じた疑問を一旦保留し、レポートの文字を目で追っていく。何とか理解できる範囲だけを読み取っていった。

白井「佐天さん?お手洗いに行く事にして戻ってきましたの……もういらっしゃいませんの?」

私はベッドの下から這い出た。ある程度読み終えたレポート用紙を手に。

佐天「白井さん!今御坂さんがどこにいるか分かりますか!?」

白井「分かりませんが……、先程仰られていた事について、何か分かったんですの?」

佐天「これを見てください」

白井「? ……これは…そんな」

白井「…最近お姉様の様子がおかしかったのはこれが原因でしたのね」

佐天「おかしかった?」

白井「ええ…いつも思い詰めていたようでしたし、毎日のように夜間は外へ出かけていましたの」

佐天「… 白井さん、御坂さんは実験を止めるために、1人で戦っているんじゃないかと思うんです。今日も、あの時みたいに1人で全てを背負いこもうとしているんじゃないかって」

白井「そんな……でも確かに、お姉様ならありえますの」

佐天「探しに行かないと!」

白井「お待ちなさいな、佐天さん。これを持って行ってくださいまし」

佐天「これは、白井さんの携帯電話?」

白井「風紀委員から支給された予備ですの。あくまで予備ですので、風紀委員の端末以外とは通信出来ませんが。いつでもすぐに意思伝達が出来るようにと、互いの状況が分かるように、これを通話中にして耳につけていて欲しいんですの」

佐天「白井さん」

白井「当然、わたくしも探しますわよ?初春にも連絡して、3人で手分けした方がいいでしょう」

空は完全に夜の闇に覆われていた。
ひたすら夜の繁華街を走る。白井さんと初春とは手分けして探す事にした。
遠くの風力発電機がのんびり回っている。風なんか感じないのに。

佐天(風が無いのに、プロペラが回っている?)

そういえば聞いた事がある。風力発電の発電機はモーターと構造が同じで、電流を流せば回転すると。

佐天(あれを、追っていけば)

さらに遠くのプロペラは、手前のより速く回っているような気がした。渦の中心へ向かうように走り続ける。

御坂美琴は1人、夜の街を歩いていた。

御坂「…、助けて。助けてよ……」

すぐ傍から、猫の鳴き声が聞こえた。
足元に小さな黒猫が座っていた。
どこからやって来たんだろう、と思って、
カツ、と足音が聞こえた。
顔を上げる。目の前には佐天涙子が立っていた。

佐天「…何をしているんですか、御坂さん」

御坂「何って、別に私だって夜遊びくらいするわよ。スキルアウトなんて私なら相手にもならないし、危険でも」

佐天「…お互い、無駄は省きましょう、御坂さん。もう知ってるんです、妹達のことも、実験のことも、一方通行のことも」

御坂「……ッ!」

御坂「へえ、じゃあ『アレ』を見たんだ」

御坂「それで、佐天さんは私の事を心配した?それとも許せないと思った?」

佐天「…心配しましたよ」

御坂「…ま、嘘でもそう言ってくれる人がいるだけ、私も幸せってことかしらね」

佐天「心配したに決まってるじゃないですか!!」

佐天「あの書類は、正規の手段で手に入れたものとは思えませんし、それにあの地図の×印は」

御坂「撃墜マークのように見えた、かしら?」

佐天「…」

御坂「研究所にある機材って、1台数億とかするでしょ。それを、ネットを介して私の能力で根こそぎドカン、ってね。まあ、幾つかは直接破壊したけど。結果として、研究所は閉鎖して実験も凍結する」

御坂「って、思ったんだけどね。いくつ研究所を潰しても、実験は別の研究所へ引き継がれる。まだ見ぬレベル6っていうのがよっぽど魅力的みたいね」

佐天「…それで、御坂さんはこれから何をしようとしているんですか」

御坂「……『超電磁砲を128回殺せば、一方通行はレベル6へと進化できる。でも超電磁砲は128人もいないから、代わりに2万人の妹達を用意する』」

佐天「…?」

御坂「もし、私にそれだけの価値が無かったら?」

御坂「『超電磁砲は逃げに徹しても、185手で一方通行に殺される』じゃあ、もし私が最初の一撃で無様に負けたら?そうすれば、研究者達にこう思わせる事が出来る。樹形図の設計者の性能は素晴らしいけれど、それでも機械が行う事にはミスがあるってね」

御坂「幸い、樹形図の設計者は正体不明の攻撃で今は存在していない。だから、たとえミスがある事が分かっても何が間違っているのかは絶対に分からない」

佐天「そうですか、」

佐天「御坂さんは、死のうとしているんですね」

御坂「そうよ」

佐天「そんな事をしなくても、警備員に通報すればいいじゃないですか!証拠もあるんだし」

御坂「無理よ。学園都市は常に上から人工衛星で監視されてる。それでも、実験の事は一切漏れていない。上層部に黙認されてるのよ。街の法律を握られてるんだし、レポートを証拠として提出なんかしたら逆にこっちが捕えかねられないわよ」

佐天「…そんなの、間違ってる」

御坂「そうね、間違ってる。だから、正当な方法でこの実験は止められない」

佐天「……、そうですか。自分が犠牲になる事で残りの妹達が救われると、そう信じているんですね」

御坂「ええ」

『もし、私にそれだけの価値が無かったら?』

白井(…ッ!お姉様…)

白井(!あれは…)

白井「佐天さん!可能な限りその場でお姉様を足止めして下さいですの!」

シュンッ

白井「失礼、お姉さ…御坂美琴の妹さんですわよね?」

10034号「そうです、とミサカは即答します。しかし、あなたは」

白井「細かい話は後ですの!力を貸して欲しいんですの!確か脳波をリンクしているんですのよね?」

白井「お姉様が、貴方達の姉が、実験を止める為に死のうとしているんですの!」

御坂「さあ、分かったならそこをどいて。私は実験場に行かなくちゃいけないの」

佐天「…どきません」

御坂「なに、言ってんの? 自分で何を言ってるか分かってる? 私が死ななきゃ一万人の妹達が殺されるのよ。それとも、他に方法があるって言うの?」

御坂「…まさか、劣化コピーだから死んでも構わない、なんて思ってんじゃないでしょうね……」

佐天「……それでも、嫌なんです」

御坂「────、そう。佐天さんは私を止めるのね。一万人の妹達の命なんて、どうでもいいって言うのね」

御坂「私は、もうあの子達が傷つくのは見ていられない。だからこの手で守ってみせる。それでも私を止めるなら、佐天さんが相手でも容赦しないわよ」

佐天「…」

私は、首を横に振った。
そして、手を大きく横に広げ、その場に立ち塞がった。

御坂「…何を、しているの?私を止めたいなら、殴ってでも止める気で来なさいよ」

佐天「…私は、御坂さんとは戦いません」

御坂「…ふざ、けるな。戦う気もないくせに、そこに立ち塞がるな!半端な気持ちで人の願いを踏みにじってんじゃないわよ!」

佐天「…それでも」

佐天「────それでも、戦いたくない……っ!」

御坂「────ッ!」

佐天さんに電撃を放つ。死ぬ事は無いように出力はセーブした。これで気絶させて終わりだ。そう思った。

佐天「……、くっ…」

だが、佐天さんは電撃を喰らってもその場に立ち続けていた。

御坂(手加減、しすぎたか)

先程のよりも強い、スキルアウトに攻撃する時と同じ位の一撃を放つ。完全に命中した。佐天さんが地面に膝をつく。しかしすぐに立ち上がった。

御坂「な……、んで、」

佐天「…そんなの、分からないですよ。けど嫌なんです。御坂さんと戦うのも、御坂さんが傷つく所を見るのも」

佐天「他に方法がなくても、他にどうして良いのか分からなくても、それでも嫌なんです!」

たとえ理屈を分かってしまっても、それでも諦められないものがあった。

佐天「妹達が死んで良いなんて、思ってません!でも、だから御坂さんが死ななければならないなんて、そんなの納得出来るはずないじゃないですか!!」

御坂「うる、さい。私はもう一万人以上の人間を殺したよの!そんな悪党がこの世界で生きていい理由なんた何もないんだから!私には、今更そんな言葉をかけてもらえるような資格が、あるはずがないんだから!」

佐天「だったら、なんで私はまだ普通に立っていられるんですか」

佐天「さっきの一撃、信じられないくらい弱い攻撃でした。御坂さんが、無意識の内に途轍もない手加減をしてくれているんじゃないですか」

御坂「…そんな、そんなはずが」

佐天「御坂さんは、悪党なんかじゃありません」

佐天「私は知っています。御坂さんは、本当は凄く優しい人だって事を」

佐天「私がここをどいたら、御坂さんが救われなくなる。それに、私は今、私だけの意思でここに立っている訳じゃない。だからどけません」

御坂「だったら、何が何でもそこをどいてもらうわよ。私にも後に引けない理由がある。これは私が解決しなければならない事なの。たとえ誰だろうと、私の邪魔はさせない」

御坂(手加減を加減できない…なら)

御坂「…もう、佐天さんが相手でも手加減は出来ない。次は私の本気の一撃を放つ。死にたくなければそこをどきなさい」

佐天「嫌です。絶対に」

御坂「……」

雷撃の槍が放たれる。電撃を操作し、回避が出来るように肉眼で捉えられるスピードで打ち出した。本気で殺す気だと分かれば、失望か恐怖を抱き道を譲ってくれるだろうと、そう思ったからだ。

しかし、佐天涙子は一歩もその場から動かなかった。

黒髪の少女の体が地面へ叩きつけられ、壊れた人形のように何メートルも転がった。
うつ伏せになったまま動かない少女の衣服の所々から、線香のように薄い煙がゆったりと漂っていた。

御坂「…」

御坂「…これで、終わり、か」

御坂(もう、私を止めるものはない。あとは、一方通行に殺されるだけ────)

「お姉様のお友達は気絶しているだけですよ。心臓は動いていますし、脳波も観測できます」

御坂「!?」

声の聞こえた方を見る。
そこには、軍用ゴーグル以外に見分ける方法が無いほど御坂に似た少女がいた。

御坂「アンタ…何でここに」

10057号「お姉様に聞きたい事があるからです」

10057号「お姉様は、何故そこまでするのですか?ミサカ達は単価18万円、ボタン1つで幾つでも量産できるクローンに過ぎません。そんな私達の事を、何故命を投げ出してまで助けようとしてくれるのですか?」

御坂「…そんな、悲しいこと言わないでよ。単価18万円とか、量産できるとか、そんなのは関係ない。アンタ達は皆、世界に1人しかいない、私の妹なんだから」

10057号「そう、ですか」

10057号「…ミサカには、そこまでの価値があるのですか?お姉様が悲しみ、命を賭して守ろうとするだけの価値が」

御坂「…当たり前でしょ」

10057号「……、ならば、ミサカ達にそれを教えて下さい」

御坂「……?」

10057号「ミサカ達の死を悲しむ人がいるのなら、もうその人を悲しませたくない。そして、ミサカ達にも生きる価値があるのなら、それを知りたい。これはミサカの総意です」

10057号「ですから、もう自分を犠牲にすることは考えないで下さい。お姉様には生きて、ミサカ達の生きる価値を教えて欲しい」

御坂「……、でも」

10057号「可能性は低いですが、誰も死なずに『実験』を止める方法が1つだけあります」

御坂「え?」

10057号「ミサカ達はお姉様に死んで欲しくない。だから、この方法を選んで欲しい」

御坂「……、何でよ。私が死ぬ事は、別にアンタ達とは関係ないでしょ。私に、どうして」

10057号「お姉様」

御坂妹の声が、わずかに怒気を帯びた。

10057号「お姉様こそ、そんな事を言わないで下さい。ミサカ達はお姉様の事を恨んでなどいません。むしろ今は感謝しているんです、お姉様のおかげでミサカ達はこうして生きているのですから。お姉様にとってミサカ達が妹なら、ミサカ達にとってお姉様は尊敬する姉なのですから」

御坂「…」

涙がこぼれた。嬉しかった。生きて欲しいと言われた事が、妹達が生きたいと思った事が、感謝していると言われた事が。
自分にはもう生きる資格など無いと、そう思っていたのに。

10057号「この方法にはお姉様の力が必要不可欠です。協力してくれますか?」

大きく頷いた。
目の前の私の妹は、その顔に笑顔を作った。

10057号「まずは、お姉様にミサカネットワークへの脳波の繋ぎ方を教えます」

一方通行の蹴りが、御坂妹の腹に突き刺さった。蹴りの威力に負けて、ごろんと仰向けに転がる。

一方通行「毎回の事だが呆気ねェなア。これで終わりだ。愉快な死体に変えてやンよ」

10032号「…さあ、それはどうかしらね」

一方通行「あァ?」

御坂妹がゆっくりと立ち上がった。先程までと明らかに雰囲気が異なる。両目には光が宿っており、強い意思を秘めている。

10032号「はじめまして、一方通行」

一方通行「オマエ…誰だ?」

10032号「超電磁砲の御坂美琴よ。レベル5の第三位の」

一方通行「……、ハッ!何だオリジナルかよ!何しに来てンだテメエごときが!」

10032号「ここから先は、私が相手よ」

一方通行「…何だテメエ、俺と戦う気かァ?しかもそんな乱造品の体で?面白ェ、そりゃ最高に面白ェ冗談だなァ!」

御坂(…)

御坂妹から、大まかな作戦は伝えられている。しかし、既にこの体は立っているだけで精一杯なほと満身創痍だ。とても戦える状態ではない。

普通なら。

10032号「くっ……」

能力で足に電流を流して、無理矢理筋肉を動かし後退した。動きが鈍るのを防ぐため痛覚も共有している。痛みをこらえつつ軍用ゴーグルを下ろし、一方通行の周囲の空気を帯電させた。パチパチと火花が散った。

一方通行「オイオイ、マジで何しに来たンだよ。意味ねェッてのが分かンねェのかァ!?」

一方通行が地面を蹴った。

弾丸のように一方通行が飛んでくる。御坂は地面から砂鉄を隆起させた。それは墓場から這い出たゾンビの腕のように一方通行へと襲いかかる。
だが、一方通行は全く気にしていなかった。あらゆる攻撃は彼の皮膚に触れた瞬間に反射されるのだから。

しかし。
砂鉄の腕は一方通行の顎を捉え、一方通行を仰け反らせた。
続いて2撃、3撃と砂鉄の拳が一方通行に突き刺さる。

ーーーーーーーー
御坂妹「実験を止める為には、そもそも実験は何の成果も出さないと研究者に理解させなければいけません」

御坂妹「そこで、一方通行と戦い勝利する事で、『一方通行は弱かった』と思わせる必要があります。なので、狙いは一方通行と戦い勝利することです」

御坂妹「一方通行の反射膜は、自ら遠ざかっていくものも反射してしまう、という性質があります。これは樹形図の設計者の一方通行とお姉様との戦闘のシミュレーションでは計算の内に入っていません。」

御坂妹「しかし、それを体術で体現できる者はほとんどいないでしょう」

御坂「じゃあ、どうするの?」

御坂妹「能力を使います。まず一方通行の周囲の空気を帯電させ、磁場を観測する事で反射膜の境界を見定めます。あとは砂鉄の塊を反射膜の寸前で引き戻せば、一方通行に攻撃が通るはずです」

御坂妹「これをお姉様にやってもらいます。私達では能力をそこまで精密に使う事は不可能ですので。お姉様は能力を用いたハッキングなども可能でしたよね」

御坂「うん。確かに私なら、反射膜を狙って攻撃を引き戻すことも出来るかもしれない。でも、レベル5の私がその方法で勝っても、研究員は誤差程度にしか思わないだろうし……」

御坂妹「そこで、ミサカの…正確には今実験中の検体番号10032号の身体でお姉様には戦ってもらいます」

御坂妹「ミサカネットワークを介して脳波をリンクさせ、全感覚を共有します。これなら『レベル5の能力』が直接介入した事にはなりませんし、レベル3程度の出力でも攻撃は可能でしょう」

御坂妹「それに、万が一『超電磁砲が手を貸した』と解釈されても問題ありません。『妹達は一方通行に勝利できる』という事になれば、それだけで実験を凍結せざるを得ないはずですから」

御坂妹「あと、ベクトル操作による攻撃は避けるしか方法がありませんが、威力がある分単純で軌道は読みやすいので、遠距離からなら対処は可能だと思います」
ーーーーーーーー

一方通行が後退し、距離をとった。『痛み』という未知の感覚が一方通行を蝕む。

一方通行(…クソ、どオいうことだ)

一方通行(攻撃されたとき、確かに反射の膜は展開していた)

一方通行(…どうやったのか分かンねェが、接近戦は避けるべきだな)

一方通行が鉄骨を何本かまとめて飛ばしてきた。磁場を作って軌道を逸らす。背後のコンテナに激突し、積み木倒しのようのような崩壊が起こった。
中身は小麦粉だったらしく、視界が白い粉末の白煙で覆われていく。
視界が奪われるのを防ぐため、素早く小麦粉のカーテンから抜け出した。

御坂(これを活かせば、もしかしたら…)

砂鉄で全身を覆い、放電によって火をつけた。辺り一面の空間そのものが爆発し、熱風を撒き散らす。
爆発て一方通行にダメージを与える事は出来ない。だが、周囲の酸素を
一瞬で全て奪えば、酸欠状態に追い込めるのではないかと思った。
しかし、炎の海の中で一方通行は立っていた。

一方通行「…」

だが彼は苛立っていた。攻撃を受けた事自体初めてであり、酸素を奪われた時は死ぬかとすら思った。戦闘においてここまで辛酸を舐めさせられたことが、学園都市で最強というプライドを揺るがしていた。

一方通行(…、どオする)

迂闊に近づいても砂鉄の腕で殴られるだけで、手が届く事はないだろう。しかし、レベル3相当の能力者に砂利を飛ばしても無意味だ。鉄骨を飛ばしても磁力で軌道を逸らされる。

一方通行(何でだ…何で、俺がこンなにも苦戦している!?)

そして、冷静に状況を分析せざるを得ない状態にある事が、さらに苛立ちを肥大化させる。

一方で、御坂も決定打を与える方法を模索していた。自分から離れた位置の砂鉄は操れないため、距離を取られれば攻撃手段はない。しかし、砂鉄の攻撃は既に警戒されている。距離を詰めようとすれば一方通行に後退されるだろう。速度においてこちらが劣る以上、間合いを詰めることは出来ない。

御坂(早く決着をつけないと、打ち止めから実験中止の命令が下るかもしれない。けど、どうすれば…)

御坂妹の髪が風で揺れた。

一方通行(……、風?)

不意に、気づいた。

風。

一方通行「く、くか、くかき、」

一方通行が頭上へ両手を伸ばす。

一方通行「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきこきかかか────ッ!!」

風の流れが渦を巻く。一方通行の頭上に巨大な球形の大気の渦が作りだされる。

10032号「……っ!?」

御坂妹の顔色が変わる。だがもう遅い。
風速120メートル程の烈風の槍が、御坂妹の体を吹き飛ばした。

御坂妹の体は20メートルも吹き飛ばされ、壊れた風力発電のプロペラの支柱に背中から激突して地面へ崩れ落ちた。
一方通行が笑う。

一方通行「く、────」

かつてない程の『勝利』の感動が、一方通行の全身を駆け巡る。

一方通行「何だ何だよ何ですかァそのザマは!結局大した事ねェなア!」

一方通行「空気を圧縮、圧縮、圧縮ねェ。はン、そうか。イイぜェ、愉快な事思いついた。おら、立ってみろよ雑魚が。オマエにゃまだまだ付き合ってもらわなきゃ割に合わねェンだっつの!」

一方通行の頭上、100メートル程の位置に暴風が集められ、眩い白光が生まれた。白い光は直径20メートルに膨れ上がり、夜の闇を消滅された。

御坂(…な、あれは、プラズマ…!?)

単純な電気的攻撃ならある程度耐性があるが、あの球体は10000度以上の熱を持っている。あれを受けるわけにはいかないが、回避も難しいし、妹達の能力ではあの全てを原子に戻す事は出来ない。

御坂(どうする)

風の動きを乱す事が出来れば、プラズマは霧散されられる。だがこの場には一方通行以外に風を操れる能力者はいない。

10032号(『プラズマの事はミサカ達に任せて下さい、お姉様』)

御坂(『…、何か策があるの?』)

10032号(『はい。間接的にですが気流を作り出す方法があります』)

御坂(『そう。なら、任せた。私は一方通行の攻撃に専念するわ』)

焦りが消え、思考が明晰になる。一方通行に気づかれないように、右腕を隙間なく砂鉄で覆った。さらに砂鉄を纏わせ、腕のリーチを30センチ程度伸ばした。

頭上のプラズマの塊が、わずかに揺らいだ。

一方通行(…風の計算を誤ったか?)

風の動きを再計算し、10秒足らずでで脳内の膨大な計算式の修正を終える。脳を開発された彼にとって、この程度造作もない。
しかし、その計算式の隙間をかいくぐるように、風の動きが変則的になる。

一方通行(何だァ?何が起こってンだ!今の動きはどう考えても自然風じゃねェぞ!)

カラカラと、風力発電のプロペラが回る音が聞こえた。

一方通行(妹達か……!)

学園都市にある無数の風力発電機が、一方通行の処理能力を上回るほどに複雑な風を作り出す。プラズマの塊は空気に溶けるように消えていった。

一方通行(チッ、なめやがって。殺す、絶対に殺す)

一方通行(もうアイツは動けねェはずだ。問題は、意識が残っていれば砂鉄で攻撃される危険がある事だが…)

地面を蹴り斜め上へ跳躍した。4メートル以上の高さへ飛び上がった一方通行は、ほぼ真下の御坂妹へ両腕を伸ばした。

御坂(『ごめんね。もう少しだけ耐えて。すぐに終わらせるから』)

一方通行が斜め上、といってもほとんど真上から落ちてくる。砂鉄の腕は常に地面に固定されているため、一方通行に当てる事は出来ない。
だが、砂鉄しか攻撃手段が無いとしても、それを地面に固定しておかなければならない理由はない。

10032号「う、お…、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

全身の筋肉に電流を流し、無理矢理立ち上がる。所々から血が噴き出した。意識が飛びそうな激痛に耐え、右手を構える。
一方通行の顔が、恐怖で歪んだ。

10032号「…歯を食いしばりなさい、最強」

漆黒の拳が一方通行の顔面に突き刺さる。30センチ伸ばされた腕のリーチのために、一方通行の両手は御坂妹に届かなかった。
肘を曲げ、前方へと一方通行を殴り飛ばす。無理な動きで脱臼したのか、右肩に鈍い痛みが走った。
白い華奢な体はそのまま何メートルも地面を転がり、乱雑に手足を投げ出して動かなくなった。

御坂(勝っ…た?)

全身から力が抜ける。視界が回転して、目の前に地面が迫り、そして全てが暗転した。

白井「全く、無茶はやめて下さいですの佐天さん!お姉様を足止めしてほしいと私は確かに言いましたが、それで佐天さんか死んでしまったら何の意味も無いんですのよ!」

佐天「だからごめんなさいって何度も言ってるじゃないですか。それに、私別に何ともないですよ。後遺症も無いって言われたし。大事をとって入院してるだけですから」

白井「そういう事を言っているんじゃありませんの!」

初春「白井さんの言う通りですよ、佐天さん。佐天さんが目を覚まさない間、私達がどれだけ心配したか分かっているんですか?」

佐天「う…本当にごめん」

白井「…まあ、この辺にしといてさしあげますわ。後でお姉様にも言いたい事がありますし」

佐天「そういえば、御坂さんは?」

初春「妹さんに会いに行ってるんですよ」

目が覚めると、そこは病室だった。麻酔が効いているのか、体が動かない。

御坂「あ、起きた?」

目だけを動かして横を見る。お姉様が不安そうにこちらを見ていた。その顔には疲労の色が濃く表れていたが、それでも笑っていた。

御坂「これ、お見舞いのクッキー。取り敢えず高そうなの選んできたけど、まずかったらごめんね」

10032号「お姉様。………、どうやら、実験は凍結されたようですね」

御坂「何でそれを…ああ、ミサカネットワークか」

御坂「何とか無事に、帰ってこれたね」

10032号「ええ。お姉様のおかげです」

御坂「私なんて何もしてないよ。アンタ達が自分自身の力で『日常』を勝ち取ったんだから」

御坂「私1人だけじゃ、一方通行には勝てなかった。アンタ達が助けてくれたから、私は勝てた」

10032号「それを言うなら、お姉様が助けてくれなければミサカも確実に死んでいました。ミサカを助けてくれて、ありがとうございました」

御坂「それなら、私だって自分で自分を殺していたかもしれない。私が生きているのはアンタ達のおかげよ、ありがとう」

10032号「…」

御坂「…」

思わず2人で笑ってしまった。

御坂「良かった、元気そうで。怪我は大丈夫?」

10032号「大丈夫、と聞かれましても、麻酔が効いていてよく分からないのですが」

御坂「それもそうか」

とにかく、無事な様子ではある。何だか安心した。

御坂「じゃあ、私もう行くね。佐天さんの様子も見に行きたいし、ちょっと行きたい場所があるから。また会いに来るわ」

佐天さんの病室に入った瞬間から怒濤の如く黒子の説教が始まり、(初春さんと佐天さんも閉口していた)終わる頃には精神的にぐったりしていた。
病院を出て、行きたい場所があると言って黒子と初春さんと別れた。近くの店で花を買い、研究所のような建物へと向かった。
そこは妹達の死体を処理するための施設だった。建物の隣の、一見ただの更地にしか見えないこの場所には、10031人の妹達が葬られている。
私は静かに花を供えた。

御坂「……、ごめんね。気づいてあげられなくて、守ってあげられなくて」

目を閉じて祈りを捧げる。何分もの間、そこでじっとしていた。

御坂「…………………」

ゆっくりと目を開き、その場を立ち去った。

失われた命は、もう戻ってこない。だから私は、今生きている9969人の妹達のために出来る事をやっていくつもりだ。実験が凍結されたとはいえ、彼女達が戸籍も無いクローンである事に変わりはない。彼女達が真に日常を手にいれ、全員がそれを幸せだと感じられるようになるまで、私は何があろうと彼女達を守ってみせる。そしてそれを見届ける。それだけが、今の自分に出来る償いなのだから。
もう一度振り返る。更地の向こうでは夕陽が沈みつつあった。供えた花が影を長く伸ばしている。
前を向き、バス停へと歩く。明日もお見舞いに行こう。ゲコ太のぬいぐるみを持っていったら喜んでくれるだろうか。妹の笑顔を思い浮かべると、自然と足取りが軽くなった。

ーendー

これで終わりです。拙い文章にも関わらず最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。

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