春香「千早ぶる」千早「ウィーンガチャガチャ」 (59)

私が事務所にくると、服を脱ぎ捨て
すっぽんぽんになった人物がいた

とうとうダメになったんだね

私はそう頭の中でため息をつき、哀れみの目で見てやった

でも、それは逆効果だったのかもしれない

なんと、その人物は余計に喜んでくねくね動きだしたのだ

そしてひとこと、言い放ってみせた

千早「んぎもちぃぃぃィィィ!!」


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あーあー床がびっしょびしょ

これじゃロクに仕事もできやしない

プロデューサーさん掃除するだけでも大変なのにね…

全くどうしてくれるんだろう

春香「ちゃんと掃除してよね!」

私はそのくねくね動いている人物を叩いてやる

でも叩いた瞬間私は後悔した

そうだった、逆効果なんだっけ

千早「ア………アァッ!」

今度は両手を広げて快楽に堕ちたようだ


プロデューサーさんに無駄に負担を掛けるわけにはいかない

今日は私が掃除するしかないみたいだね

仕方ない仕方ない

春香「ほら、掃除するからあっち行ってて」

千早「アアッ!」

少しでも怒鳴るとダメらしい

また新たに床を濡らしながら歩いていく

余計に掃除場所を増やさないでよ!

私はぶつぶつ文句を言いながら、掃除用具を取り出した

渋々掃除を始めたころに、事務所のドアが開く

小鳥「春香ちゃんおはよう」

春香「おはようございます、小鳥さん」

小鳥「ごめんなさい…いつも私より早く来てくれて助かるわぁ」

春香「いやぁ…別にこれくらい何ともないです」

小鳥「そう……それならいいんだけどねぇ」

毎日毎日、私に代わりを頼んでは事務所に遅れてくる小鳥さんは

いつも私に、ごめんねと謝る

でもそれだけ

だからと言って事務所に早く来ることはないし、早く来ようともしない

まぁ無理もないかな

いつも事務所の床が汚れていたら、遅れて来たくなる気持ちもわかる

春香「もう…偶には早く来てください」

小鳥「そうねぇ…わたしもできるだけ早く来るようにはしてるんだけど」

嘘ばっかり

いつも私が掃除をし終える頃に事務所に来る癖に

小鳥「掃除もしてくれて本当に助かるわぁ」

意識的に言ってるのか、無意識なのか

嫌味のように言葉を付け加えた小鳥さんは私に笑みを向ける

でもその笑みからは、皮肉なものは感じなかった

小鳥「そういえば、今はどこにいるの?」

春香「はい?」

辺りをキョロキョロ見渡しながら、小鳥さんは私に尋ねる

朝から遅れてきて、掃除もすっぽかして

代わりに私に掃除を押し付けては

今度は一方的に質問ですか

……でもまぁ

これも仕方のないことなのかもしれない



質問の意味は分かってる

私は気を落ち付けて小鳥さんに笑って見せる

春香「さっきまで此処にいたんですけど」

小鳥「うーん…取り敢えず服くらいは着てもらわないと困るわぁ」

そう

どれもこれも皆あれのせいだ

毎日毎日事務所に来ては床をびっしょびしょに汚して

そのくせ自分は何にもしなくて

おまけに最近は服まで脱ぎ始めた

その負担を担ってるのはわたし

わざわざ事務所に来なくていいのに

小鳥「春香ちゃん」

イライラしている私にお構いなしに小鳥さんは私の名前を呼ぶ

小鳥さんの顔が少し笑っている

私は今から起こることに少しうんざりした

この顔は何かを頼む時のもの

また私に仕事を与えるのだろう

春香「何ですか…小鳥さん」

心情とは裏腹に私は笑って聞いて見せる

日頃レッスンをやってるせいなのか、無駄に演技力がついた

でも、次の小鳥さんから出てきた言葉に

私の微笑んだ顔も強張ってしまった

小鳥さんは相変わらずのスマイルで

私が今苛立ちを向けている人物の名前を言った

小鳥「千早ちゃんを呼んできてくれないかしら?」

春香「………」

なぜだろう

名前を聞くと胸のあたりがズキズキする

とても心細くなってしまう

春香「小鳥さん」

春香「…もう名前で呼ばなくていいですよ」

私はその場から逃げるように

今も1人くねくねしているであろう人物の元に向かった

たぶんあれは今、給油室にいる

朝はよく給油室にいるのと

あと、給油室に向かって床が濡れているから、予想はついた

毎日無駄にあれの世話をしているわけじゃない

それなりに行動パターンは覚えている

って、変な知識はいらないよ!

ほんとあれのせいで最近は不幸なことばかり

春香「………」

私は給油室の前で立ち止まり、少し考えた

何でこうなったんだっけ?

せっかくの機会だ

今まで放置してたあれのことについて少し振り返ってみよう

…………………………


春香「アルツハイマー?」

ある病院で、私は小鳥さんとあれに告げられた

春香「って何ですか?」

今まで聞いたこともない言葉に、私は素直に聞き返した

いや、言葉は知らなくてもだいたいの意味は分かる

場所は病院

そして聞きなれない言葉

何かの病気なのは分かる

でも

二人の深刻な顔付きに、私はとぼけて聞き返すことしかできなかった


小鳥「春香ちゃん…落ち着いて聞いてね」

小鳥「物事を覚えることができなくなったり」

小鳥「目の前にいる相手が誰なのか分からなくなったり」

小鳥「人との話すことができなくなったり」

小鳥「身体に障害が出たり…」

小鳥「千早ちゃんはこれから段々とそうなって行くの」

小鳥「治らない…病気なの」

千早「春香………その、ごめんなさい」

千早「今まで黙ってたけど、私はもう…」

千早「アイドルはもう辞めるわ、とても活動できそうにないから」

千早「でも、事務所には来るつもりよ」

千早「いろいろと迷惑をかけるかもしれない」

千早「だから…」

千早「もし春香が嫌になったら、その時は遠慮しないで言って欲しい」


私の質問にすらすらと言葉を並べてくれる小鳥さんと

私の前で真面目な顔で語るそれを前に

その時の私は何も喋ることなく、ただただ黙っていた

それからの私はどうしていただろう

しばらく事務所を休んだり

事務所に顔を出しても、仕事に行かずに欠席したり

そんな私の行動に、事務所にクレームが来たこともある



あれも言葉通り変わっていった


少し前に自分で言ったことを忘れていたり

何度も同じ事を聞いてきたり

病気の症状が少しずつ現れ始め

そのことが更に私を苦しませ

私はどんどんアイドルという職業から離れていった

でも、そんな私と違って

あれはいつも元気だった

がんばってとか、応援してるわとか

そんな言葉を私に掛け続けた

…これじゃどっちが病人なんだか

それから私は少しずつ仕事場に戻るようになり

ある日、あれは私にある渡し物をしてきた





渡されたものはリボンだった

千早「今春香が付けているものは私が大切にするわ」

そう言って、あれは私に新しいリボンをくれた

私もそのリボンを頭につけてアイドルとしての仕事を、がんばってこなしていた

案外やっていけるかもしれない

その時の私にはそういう考えがあったのだろう

でも、ある日



恐れていたことが起きた

私がいつものように事務所にくると

あれは壁に向かって逆立ちしてたのだ

近くにいた小鳥さんは、何かを悟ったような顔をしていた

それは私の顔を見るなり逆立ちを辞めたかと思うと

私の前に来て奇声を上げ始め

事務所の中を走り回った

その時わたしはどうしていたのか

たぶん、その場に立ち尽くしていただろう

自分の状況よりももっと深く覚えていることがある

それは大切にすると言っていた私のリボンを

私の目の前で引きちぎった

それはその後も暴れまわり

最終的には手をつけられなくなった

私も被害を受けた

衣装はバラバラにされその日の仕事は中止になった

あれは笑って私を見ていた

外ではおとなしくしてるくせに

事務所では暴れまわる



毎日毎日事務所で騒ぎを起こしては

片付けるのは私

以前それに事務所に来るなと言ったとこもあるが

そう言うと、今度は泣き叫ぶのだ

そんな生活がどれくらい続いただろうか

私は頭を抱えながら給油室のドアを開けた

たぶん給湯(きゅうとう)室

>>22
ヽ(;▽;)ノ

給湯室には思ったとおり、あれがいた

相変わらずくねくね動いて

ほんと気持ち悪いよ!

春香「服くらい着たらどうなのかな」

千早「アバば」

私の苛立ちを嘲笑うかのように

それはへらへらと笑って見せる

これじゃ私がバカみたい

春香「もう、だーかーら」

春香「小鳥さんが呼んでるの、早くしたらどうなのかな?」

私が軽く怒鳴ると

さすがに分かってくれたのか、それは私に着いてきた

私は床が濡れている給湯室を見てため息をつくと

そのまま小鳥さんの所へ向かった

小鳥「服はちゃんと着ないとダメよ?」

それが脱ぎ捨てた服を、小鳥さんは優しく着せる

こういう時はおとなしくなって

何を考えてるのかな

春香「はぁ…」

ため息がでる

何を理由に私がこんな目に合わないといけないのか

大人しく服を着るくらいなら、最初から脱がなくていいよね

私はせっせと服を着るそれをじっと睨みつける


小鳥「そういえば、春香ちゃんこの後仕事よね」

春香「はい、そうです」

服を着せ終わった小鳥さんは

スケジュール表をちらっと見る

小鳥「そろそろ時間じゃないかしら」

春香「え?」

慌てて時計を確認する

小鳥さんの言うとおり、もう事務所を出ていい頃だった

あれ…私

早めに事務所に来たんだけどなぁ

いつの間にそんなに時間が経っていたのかな

春香「もうタクシー来てますよぉ」

小鳥「掃除は私がしておくから、春香ちゃんは仕事に向かったら?」

珍しく掃除を引き受けてくれた小鳥さんに甘えて

私は急いで支度をする

春香「それじゃ、私行ってきますね」

事務所を出ようとする私に

はーいという声に合わせてもうひとつ

あれの声が重なる

春香「………」

眉間にシワがよる

そうだった、時間が経ったのはあれのせいだ

私が早く事務所に来ても、あれが邪魔をするせいで

私の生活が崩される

…………………………

あれなんか居なければ…!

私は心の中で愚痴をついて、事務所を出て行った

…………………………
…………………………
…………………………

夕方、仕事を終えた私は

朝とは違い、タクシーには乗らず社用車で事務所に帰っていた

プロデューサーさんが事務所まで送ってくれるらしく

私はそれに甘えたのだ


P「最近調子はどうだ?」


プロデューサーさんは運転しながら、後部座席に乗っていた私に話しかけてきた



春香「特に変わったことはないです」

P「そうか」

P「それならいいんだ」

私はちらっとガラス越しにプロデューサーさんを見る

理由は他でもない

プロデューサーさんの様子がいつもと違うからだ

今まで何度か社用車に乗せてもらったことはあったが

何かを思い詰めるようなプロデューサーさんを見たことはない


ガラス越しに見られていることを、分かっているのか分かっていないのか

そんなことはどうでもいいのだが

そんなプロデューサーさんの口から出てきた言葉は

朝のように、また私の顔を強張らせた


P「千早がああなってから2ヶ月が過ぎたな」


春香「………」


何なのかな

今日はやけにあれの名前を耳にするね

P「急に悪いな、少し話したくなってな」

P「春香に聞いて欲しいことがあるんだ」

えーと、なにかな

日付なんか確認してないから知らなかったけど

今日が2ヶ月目なんだ

ふぅ~ん

それで、何でそれを今言うのかな

それってそんなに大事なこと?

春香「はい」

P「いやそんなに構えなくていい」

P「俺に関する話なんだ」

P「実は、俺」

P「千早の事を知った時は…プロデューサーを辞めようと思ったんだ」

春香「……」

P「正直びっくりしたな、千早には」

P「事務所に春香が来なくなった時は尚更辞めたくなった」

P「今はこうしてプロデューサーをやってるが」

P「正直今でもたまに何か思うことはある」

P「でもな、このまま下を向いていてもダメだと思ってるんだ」

P「千早が元に戻ることはもうない」

P「それに変わりはないからな」

春香「待ってください、プロデューサーさん」

急に何を言い出すかと思えば

本当に何を言ってるのかな

プロデューサーさんらしくないですよ

私の呼びかけに反応することなく、プロデューサーさんは話し続ける




P「春香が頑張ってるのはよく知ってるさ」

P「千早と仲が良かったお前が今も仕事をしていられることに、正直驚いてる」

P「朝早く事務所にきてることも知ってる」

P「感心するよ」

春香「待ってください」

そういう話は聞きたくない

無駄にあれの名前も聞いて気分がわるい

今朝私の生活を邪魔されたことを思い出してしまうよ

だいたい自分の話をすると言っておいて

私の話してるし

言ってることが違うよね

春香「何が…言いたいんですか?」

私はプロデューサーさんの言葉を皮肉の篭った声で遮った

P「………」

P「逃げてるんだ、春香は」

春香「え?」

P「仕事はやってても」

P「千早が関わってた仕事は全て断っている」

P「お前はまだ、千早の事を何も解決できていないんだ」

春香「………」


P「千早の事を認められないのは分かる」

P「でも、いつまでも逃げてたらダメなんだ」

P「今の千早と向き合うのはお前にはとても辛いと思う」

P「でも、だからこそはっきり言わないといけない」

P「2ヶ月経った、もういいだろ?」

P「……そろそろ現実を見ないか?」

春香「………」

私はただ黙ったまま何も言わなかった

その後会話はなく時間は過ぎ、車は事務所に到着した

俺はまだやることが残ってるからというプロデューサーさんは

私1人下ろすと

そのまま、またどこかへ車を走らせていった

何もすることがなくなった私は事務所に入る

あれと向き合えなんて、冗談にも程があるよ

春香「お疲れ様です」

私は小さな声で挨拶した

春香「………ん?」

何か妙だ何かイカ臭い

私は事務所の匂いに少し疑問を抱えた

このイカ臭い匂いは何なのだろう

私は事務所を見渡す

すると、社長室から声が聞こえてきた

春香「…え?」

これって…

慌てて思考を正す

いや、そんなはずはない

そんなはずは!

そんな思考を掻き消すように、社長室の中から2人の声が聞こえてきた

「ああそこ……そこ!」

「ここがいいのかね?そうか、ほら!これでどうかねぇ!!!」

「ああ!!!」

「中々いい反応じゃないか、本当に結婚できないのかい?」

私は信じられなかった

耳を疑った

でも、これは事実なのだ

私はしばらくその場に立ち尽くしてたが、

気がつけばものすごい速さで外に飛び出していた

外に出てもまだ信じられなかった私は

必死に道を走った

今何が起きてるのか自分でも分からない

分かるのは今とんでもないことが起きているということ

私、どうすればいいの!

その時私の目の前で声がした

「ちょっと…いいかねぇ?」

春香「あなたは?」

目の前には背が高く、マントをかけた背の高い男性が立っていた

マントが風に揺れる

ちらっと見えた文字を見ると、そこには正義と記してあった

「ちょっと道に迷ってしまったみたいでねぇ」

「道を尋ねたいんだけども」

「その前にここがどこか分からなくてねぇ?」

その男性は気の抜けた口調で私に何やら尋ねてきた

第一話 出会い

完結

次回予告

「どうしてこうなったんだ」


「今のあの子達の中に…生き残れる奴はいない」


「私の全てを受け入れてください!」


「困ったねぇ…軽い気持ちで声を掛けたのにねぇ」


「私はここにいるわ、春香!」


「お願い!」


「はぁ笑わせんじゃねぇよ」


「俺に勝てるのは…俺だけだ」

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