杏子「天の川の人魚に祈りを」 (20)
・改変後SS
・叛逆? 知らない子ですね?
・さやかは消滅しました
・地の文
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「なあ、マミ。笹だよ、笹」
「ええ、そうね」
それは、見滝原の商店街にある本屋の軒先で、しょぼくれて立っていた。
行き過ぎる他の人々には一瞥すらされぬ中、
笹は葉に垂れ下がるいくつもの短冊の重みで茎をヘナリとしならせている。
その姿は、大抵毎日、日暮れから晩にかけてあちこちを歩いてる、
疲れて項垂れたおっさんどもとどこか似て見えた。
アタシは、笹をジロジロ見物しながら「ああ、ついに夏がやってきたんだ」と足を止めて思った。
今の時刻は、はてさて一時と二時のどちらに近いのか、こまかい時間はわからないけど、
太陽が地上の人間どもを見下ろし元気よくチリチリしつこく焼いていた。
今年は、とても暑い暑いと、マミも、ほむらも、TVに出てくる奴等も、
とにかくみんなが騒いでるくらい熱い年だったから、別に今日みたいな日は珍しくもなんともない。
だけど今ほど、全身を蒸す、あるいは上から降り注いでくる、
熱さを実感したことは今年のアタシには一度もなかった。
額を湿らせる、熱い汗の雫を拭う。
身体が火照る。何か、冷たいアイス、冷蔵庫にある氷でもいいからすぐに口に含みたい気分だ。
「アタシらもあの笹に願い事書いて行こうぜ?」
「いいわよ」
笹の隣に置かれたちんまいデスクに、無造作に投げ出された黒のペンと、まっさらな色つきの短冊がある。
足早にデスクに駆け寄ったアタシは、紙を手にとって眉をひそめ考えた。
どの色にしようか?
後ろから、マミがゆっくりと歩いてきて、アタシに身体を寄せながら、短冊とペンを取って、書き始めた。
短冊は黄色だった。
「あっついなぁ……。もうちょっと離れられない?」
「こっち側にはそんなスペースないわよ」
マミの言うとおりだった。
アタシが狭いデスクの一番いい位置を真っ先に広く占領したから、
マミは自分の右肩にしなだれかかってくる笹から身を屈めてる状態だし、
マミの側にはボールペンと短冊それぞれが入った四角い紙箱が寄せてあって、書くスペースはない。
でも、マミと身体が触れ合うことなんて普段ないせいだろうけど、
体温が伝わってくるとなんだか恥ずかしくてぶっちゃけ辛い。
アタシもマミも半袖だから、腕と腕が直に当たるのがいけないんだ。
「ほら、佐倉さん、はやく書いちゃいなさいよ」
「あっ、ウン」
間の抜けた返事だった。
だけど、願い事が何も思いつかないんだから、返事に気が入らなくても仕方がない。
あんなに書く気まんまんだったのに、なんで何も思いつかないんだろう。ちょっと考えて、気がついた。
さやかと一緒に、二人で考えて、七夕に短冊書こうねって約束してたんだったっけか。
「マミはなんて書いた?」
「ダメよ。短冊の願いは、自分から人に教えたら叶わなくなっちゃうんだから」
ふーん、そんなもんか。
手に持った紙、赤と青を比べながらそう思った。
七夕のことはよくわからない。
織姫と彦星のお話、熱心にさやかから聞かされたこともあったけど、今となっちゃ、大して覚えちゃいない。
アタシの家は、キリストを信仰してる宗教者の家だったし、昔から七夕への興味は薄かった。
別に親父が七夕とかを嫌がった偏狭な奴ってわけではなく、キリストと親父と家族で頭が一杯だったアタシには、
七夕は縁遠かったってだけの話だ。
そしてそれは、たぶん今も続いている、
「どっちの色の短冊がいいと思う?」
「あなたの好きな色がいいんじゃないかしら?」
それがわかってたら聞きゃしないっての……。
マミの毒にも薬にもならない返事になんとなくげんなりしたけど、
それが何のきっかけになってか、結局赤を選ぶことに決めた。
さて、何を書こう。
また逢えますように。これじゃあやふや過ぎる。
誰に? 家族に? さやかに? 逢いたい対象をどっちかに選びたくもない。
それに、無理難題すぎる。
死んだ人間とまた遭わせろ。叶えられっこない願いなんかして、どうすんだ、まったく。
「まだかかりそう?」
「かかりそう」
「じゃあ、今日の買い物私が一人ですませてくるわ。ここにいてね。晩御飯、何がいい?」
「おいしかったらなんでもいいよ」
「そう。なるべく希望通りになるよう努力しなくちゃね」
マミが立ち去っていく、
何も書かれていない短冊と、にらめっこする。汗がポタリと、紙に落ちてちょっと濡れてしまった。
とっさに手で拭ったけど、意味は無い。
ポチャリと、そこだけ色の変わった短冊を見つめていると、なんだかバカバカしくなってきた。
なんで、こんなつまんないことに悩んでんだろう?
さやかも、あれこれつまんないことに悩んでる奴だったし、アタシらってホント、似たもの同士だよな。
クックックッ、と含み笑いをして、とたんに虚しくなった。
つまんないことに悩んで、死んじまった。
アタシと出会ってから、あいつは一度も夏を見ることなく死んじまった。
ミンミンミン、だか、ジージージーだか、とにかく蝉の声が喧しい。
今年は、今日まで気にしたことなんてなかったのに……。
ああ、そっか。
ひょっとするとアイツが死んでから、季節が今日まで、アタシの中じゃ止まってたのかもしれないな。
アタシが七夕なんて面倒だ、今更願いたいことなんてない、とか言ったアタシに、
だったらあたしと一緒に考えたらいい。絶対引きずってでも参加させるから、そんな風にさやかは意気込んで。
あのときは、うわぁ、めんどくせぇ、なんて思ってたつもりだったけど、
今、こうして短冊を誰にも言われず自分から書こうとしてるってことは、
アタシは今年の七夕ってヤツをすごく楽しみにしてたんだ。
急に涙が溢れてきた。
短冊を濡らしたらマズいから、横を向いて、必死に両手で目を拭って、どうにか落ち着こうとした。
バカ。大バカ野郎。
なんで死んじまったんだ。
マミと、ほむらと、アタシと、さやか。
みんなで、見滝原をずっと守ってゆくはずだったのに。
せっかく友だちになれたのに。
さやかが、楽しそうに織姫と彦星のおとぎ話をアタシに語っていたときの記憶が、
水っぽい目蓋の裏に生々しく視える。
中でも特に鮮明に視えた一つの記憶。
さやかにこんなのも知らないのー、なんて散々煽られて、
勉強の知識がさやかやほむら、マミより数段劣ってることをこっそり気にしてたアタシは、
ひどくそのとき腹が立って、あんまりにも酷いこと言っちまった。
彦星があの上条って坊やなんだとしたら、織姫はいったいどこの誰なんだろうねぇ。
上条って奴とさやかの親友の仁美が付き合いだしてたのは、アタシたち二人とも百も承知だったから、
それは明らかに悪意ある言葉の刃だった。
それでもさやかは、表情一つ変えることなく、
「あたしは織姫と彦星の間を隔てる天の川、そこの魚にでもなれたら十分だよ」って言った。
なあ、さやか、あの言葉は嘘だったのか?
アンタにとって実は十分じゃなかったのか? そんなはずないよな。
なのになんで、アンタが今のあの坊やの演奏を聴いてないんだ。
幸せそうに、音楽の神様でも降りてきてるみたいに、
舞台の上でキラキラとヴァイオリンを弾いてるアイツ。
何度かアタシはそれを見に行ったけど、
間違いなく、さやかの願いは意味あるものだったよ……。
涙を飲み込んで、下を向く。
アタシは勢いで、短冊に「また逢えますように」と書いていた。
ペンを置く。
どうしよう?
また、違う紙に別の願いを書こうかって少し考えたけど、結局そのままにした。
どうせ、宇宙にある織姫の星と彦星の星だって、
現実じゃ互いに巡り合える距離にありはしないじゃないか。
でも、織姫と彦星が逢えたらいいな、逢いたいな、って人が勝手に思うのは、許されてしかるべきに違いない。
願い事って本来、叶う叶わないでどうこう決めるもんじゃないよな。うん、そうだよ。
なんだかスッキリした気持ちで、笹に自分の短冊を結びつけた。
アタシは、マミが買い物を終えて姿を見せるまで、
「また逢えますように」と書いた短冊を見て立ち続けていた。
さやかと、また逢えますように。
家族と、また逢えますように。
それに加えて、アタシはちょっと欲張って、短冊に書いてないことまで一緒に願っていた。
さやかの契約の願いが、末永く意味あるものでありますように。
つまり、あの坊やが死ぬまで幸せにヴァイオリンを弾き続けられますように。
いずれは仁美ってやつと幸せな家庭を築けますように……。
「佐倉さん、終わった?」
「終わった。そっち持つよ。……今日の晩御飯は何?」
「冷やし中華よ」
「おっ、いいねぇ」
なあ、さやか。
マミみたいに、誰かを一人でも多く守るために、ほむらみたいに、この世界を守るために、
そんな感じのどこか抽象的でご立派な理由のためには、アタシは、生きられそうにないんだ
それでも、それでもアタシはさ、アンタの願いを無駄にしないように、
あの坊やと仁美ってやつの露払いをしてやるつもりで、これからもしぶとく長々と生き続けてやるから、
マミとほむらと三人でやっていくから、だから何にも心配すんなよさやか。
天の川から、安心してのんびり見ててくれたら嬉しいよ。
「マミ」
「なあに?」
「今日はほむらの家で、晩御飯にしない?
絶対アイツ、一人じゃろくなもん喰ってないよ。クーラーのきいた部屋にこもりっぱなしでさ。
たまには二人で突然押しかけるのもアリでしょ」
「あら、それはいい考えね。……でも、暁美さんの家って、氷あるのかしら?」
「イヤ、流石にそこは大丈夫でしょ、多分」
ほむらの家まで歩くアタシたちを、喧しいセミと、暑い太陽が頭上から見守っていた。
終わり
虚淵が叛逆後続編考えてますって言ってたーとかそういう話聞きますが、
改変後マミ杏ほむさや四人が揃ってる時間とかも公式で見てみたいもんです。
HTML化依頼してきます。
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