杏子「ふぁいやーぼんばー?」 Re.FIRE!! (154)

・まどか☆マギカとマクロス7のクロスです。

・基本的にアニメ版準拠ですが、時々オリジナル要素やゲーム出典の内容も入ります。

・書くのは早くないので週、もしくは隔週単位での投稿期間になるかもしれません。

・題名にもある通りリメイクなので先を見たいという方は前スレをご参照ください。

無事に完結させたいと思いますので、お付き合い願います。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415800722

2009年。地球人類は初めて異星人と接触。その異星人、ゼントラーディという名の巨人の軍隊と宇宙戦争に突入し、地球は滅亡の危機に瀕した。

2010年3月。戦争終結。同年4月、新統合政府が樹立され、地球人類と異星人ゼントラーディは共存の道を歩み始めた。
希望するゼントラーディは、マイクローン化という技術によりその体を地球人サイズに変えた。

2011年9月。地球統合政府は種の存続を主眼に置き、人類移住計画を立案。翌年9月。
第一次超長距離移民船団メガロード-01が出航した。

2030年9月。メガロード級大型移民船団に変わり、超大型移民船団の新マクロス級1番艦が出航。百万人規模の移民船団となった。

2038年。新マクロス級7番艦を中核とした、第37次超長距離移民船団マクロス7出航。銀河の中心へと向かい旅立った。

そして2045年。突如バロータ軍からの襲撃を受けたマクロス7船団は、彼らの目的が「スピリチア」と呼ばれる生命エネルギーだと
いうことを突き止める。

さらに熱気バサラの歌が彼らが復活させた古代生物兵器プロトデビルンを封じることが出来ることが判明する。
そこで統合軍は熱気バサラたちが所属するロックバンドグループ、「FIRE BOMBER」を民間協力隊「サウンドフォース」として軍の指揮下に置く。

やがて、バサラの歌はプロトデビルンたちの心をも揺り動かし、彼ら自身が歌うことによって「スピリチア」を得ることを可能とさせ、
スピリチアを他者から得る必要の無くなったプロトデビルンたちは宇宙の彼方へと飛び去っていき、戦いは終結した。

そして今、歌で戦争を終わらせた熱気バサラは今一人、宇宙を漂っていた。

これはバサラが惑星ゾラから帰還した、その数日後のことである……。


暗闇。

その彼方に、煌めく星々が見える。

バサラは、宇宙の、銀河のこの光景が好きであり、今も愛機であるファイヤーバルキリーにテザー(命綱)を付け、
宇宙遊泳を楽しんでいる。

ふと、腕を見ると発信機が信号を発していた。

機体に通信が入ったことを知らせる光を見て、バサラは苦い顔をしながら機体へと戻る。

コックピットのハッチを開き、中に入る。

広めの座席に座り、通信の主が誰かを確認しながらハッチを閉じ、重々しい宇宙服のヘルメットを外す。

バサラ「通信……?レイからか」

ボタンの操作をし、通信画面を開く。そこには、バンドのリーダーである見慣れた顔が映っていた。

レイ「バサラ。お楽しみの際中悪いが急な仕事が入った。すぐにシティ7へと戻ってくれ」

バサラ「なんだよ、レイ。いきなりそんな話されても訳が分からねえよ。それに、どこからの仕事の依頼だよ?
俺は音楽以外の仕事は受けないからな」

レイ「おいおい、まだラジオのCMに出たことを根に持っているのか?あの時はお前も結構ノリノリだったろう」

バサラ「あの時と話は別。それに俺は今、新しいサウンドを見つけることに忙しいんだよ」

レイ「まあ、そう言うな。それに、これは軍からの命令でもあるんだ」

バサラ「軍から!?おいおい、馬鹿を言うなよ。俺はもう軍とは関わりねえっての!」

レイ「そんなことを言っても、その機体の整備やらなんやらは軍を通じて行なっているわけだし。
それに戦うわけではないのだから少しくらい言うことを聞いてやってもいいだろう?」

バサラ「……はあ、それで?その命令ってのは?」

レイ「詳しくは聞かされてないから知らないが、異星人とのコンタクトにお前の歌が必要になるかもしれないとのことだ。
だから一度戻ってもらわないと困るそうだ」

バサラ「全く、なんだか俺の歌を好き勝手に使われている様な感じでなんか気が進まねえが……分かったよ。
じゃあ、通信切るぜ。プツン

目標地点を設定して……あとは自動操縦にして、と……少し疲れたし、到着するまで寝るか……」


♫どうにもならないことだってあるだろ

(……どか……た一人の……)

バサラが寝言で歌い始めたその時、突如バサラの乗る機体を囲むようにして時空間振動が発生する。
マクロス7艦隊がその異常に気づいた時にはもう、その宙域にいたはずのバサラの機体は忽然と姿を消していた……

https://www.youtube.com/watch?v=0mf-lGZ_UAs&list=PLBF554403A149D33C&index=10

第一話

「ワイルド・ライフ」


杏子(……このたい焼き、餡の甘さがくどいな。……冒険して違う店で買ったりしなければ良かった……)

不満を心の中で述べつつも最後の尾の部分を口に入れ、口に残った甘さをペットボトルのお茶で飲み干す。
飲みきったペットボトルを放り投げると、上手くゴミ箱の中へと入っていった。

杏子「お、ナイス。幸先が良いな……ん?なんだあれ……人が集まってる?」

いつも通る道に人だかりが出来るようなものがあったかと不審に思い、杏子は近寄ってその正体を確かめる。

近づくに連れ、何かが聞こえて来る。
ある程度の距離まで行くと、それが歌だということが分かった。


http://www.youtube.com/watch?v=DE65zNyx1Bw


♫おまえに逢いたい この寂しさ 分かち合える

杏子(へえ……結構上手いじゃん)

そう思いながら、何とかして姿を見ようと背伸びをする。
だが想像以上に人の壁が厚く、おまけに同年代の中でもあまり背が大きくない杏子にとっては成人たちの
背丈を背伸び程度で超すことは難しかった。

♫おまえだけを 待ち焦がれて 時は過ぎる

杏子(う、見えない……少し前に行って見よう)

♫いつか本で呼んだ 遥か遠い星の

杏子(もうちょっとで見えそう……)

♫透き通る海に おまえを連れてゆこう OH YEAH!






パチパチパチパチパチパチパチパチ

湧き上がる拍手と歓声に、杏子は戸惑いながらも釣られて拍手を送る。

「ありがとよ。今日はこの辺で終いだ。また来てくれよな」

「上手かったねー」「いいぞー!」ヒューヒュー

杏子(や、やっと前に出れた……ってうわ!すげえお札の山!)

次々と去りゆく人たちがさらにギターケースに放られたお札の山の上にお捻りを追加していく。
杏子はその量に驚き、食い入るように見つめていた。そして気がつくと、その場に残ったのは杏子だけとなっていた。

杏子(あ、やば……帰るタイミングを逃した)

「どうした、俺に何か用か?」

男が声をかける。
細身だが長身で、跳ねた髪型。そして、浅めにかけた丸淵のサングラスが特徴的な男だった。

杏子「え、ええと」

「……俺の歌、どうだった?」

杏子「あ、ああ。歌?上手かったと……思うけど……」

杏子の視線が、思わずギターケースの方へと向かう。

「まったく、こんなのいらないってのにな」

愚痴るように男がつぶやきながら、ケースの中にお捻りをまとめていく。

杏子の頬のが少しつり上がり、目を細めてそれを見た。

杏子「……なあ、そのお金……まとめるの手伝ってやろうか?ギターを持ったままじゃ大変だろう」

「……ああ、そうだな。じゃあ頼むぜ」

そう言って男がお金の入ったケースを杏子に任せる。

札束や小銭が溢れるケースを閉じて駆け出そうとした瞬間、
男は杏子の背中の襟を掴んで動きを止めた。

「バレてるぜ。そういう手口は結構見慣れているんだ」

男ががぐい、と襟を掴む力を強めて杏子を引き寄せる。

「さあ……返してもらうぜ……?っておい、どうした……」

そこで、男は自分が持っているものが人間の体重にしてはあまりにも軽すぎる事に気がつく。

「ナーオ」

「え?な……猫!?」

服の襟首を掴んだと思った手に掴んでいたのは猫の後ろ首の部分だった。
すごく嫌そうな顔をした猫と思わず顔を見合わせる。

猫「フーッ」

「わ……引っ掻かれた!一体どういう事だ……」

うっすらと血が滲む手を押さえつつ疑問に思いながらも、
ギターケースが奪われた事だけは確かだということが分かった。

「……って、さっきのやつはどこに行った!?俺のギターケース!!」


路地裏

杏子「へへっ、たんまり手に入った。手品の真似事でも結構上手くいくもんだな」

杏子「ひーふーみー……これだけありゃあ、今月は食うものには困らないな。あの猫にもちゃんと分前をくれてやらないと」

杏子「さてと、このケース邪魔だな……どっかに捨てようか……いや、ケースくらいは返してやるか」

杏子がお金をポケットの中に押し込んだ時、ソウルジェムが光を放った。
それを見て、杏子は顔をしかめる。

杏子「魔女の反応……ちっ、こんなところでかよ!」

路地裏に止められた自転車は搭乗者もいないのにカラカラと回りだし、居酒屋の裏に積み上げられていたビール瓶ケースがくにゃくにゃと変形していく。空間が歪みだし、風景の色が変わっていった。

杏子(魔女に見つかる前に、こっちが先に補足しないと)

ソウルジェムを掲げ、杏子は身体を光に包ませる。
ほんの数秒で、杏子の格好は赤を基調とした衣服へと変化する。

杏子「反応は……って、さっき通った方角じゃん!」

ソウルジェムに目をやりながら杏子は路地裏だった場所を駆けていく。


魔女の結界

杏子(えーと、確かこのあたり……お、いた!使い魔が3体……魔女にはまだなってないのか)

杏子(なら、別に手を出す必要はないな……うん……ない。魔力の無駄遣いは避けなきゃ)

その場を去ろうとした時、使い魔たちの声が響く中に場違いな音がするのが聞こえた。

杏子(なんの音……ギター?)

「なんだか知らねえが、俺の歌が聞きたいなら聞かせてやる!行くぜ、突撃ラブハート!」

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs&feature=related


♫ Let's go 突き抜けようぜ 夢で見た夜明けへ まだまだ遠いけど

杏子(あいつ……!さっきの……まさか私を追いかけてきて結界に巻き込まれたのか……!?)

♫ May be なんとかなるのさ 愛があればいつだって

異形の使い魔と呼ばれる生き物達は歌で男の存在に気づき、囲むように距離を縮めていく。

♫ 俺の歌を聞けば 簡単な事さ 2つのハートをクロスさせるなんて

それぞれが聞きなれない言葉や歌のようなものを呟きながら近づいてくるのを見て、
男はそれに対抗するかのように声の力を増した。

使い魔たちの動きが一瞬止まり、害意を持った使い魔の手が男へと伸びた。
だがそれは男に届くことはなく、鎖でつながれた鞭のような槍によってその使い魔の身体は切り刻まれていた。

杏子「おい、お前さっさとここから逃げろ!」

♫ 夜空を駆けるラブハート 燃える思いを乗せて 

杏子の言葉には答えず、男は歌を続ける。
思わず、杏子は舌打ちをする。

杏子「くそっ、なんで私がこんな奴の為に……!」

♫ 悲しみと憎しみを 撃ち落として行け

目の前で次々と使い魔たちが倒されていくのを見ながらも、男は歌うことをやめなかった。

♫ お前の胸にも ラブハート まっすぐ受け止めて Destiny

杏子「こいつでラストぉっ!」

♫ 何億光年の彼方へも 突撃ラブハート!

何体か使い魔を倒すと結界が消えて周りの景色が元に戻っていく。
魔女の反応も消えたことから、今回は逃げられたことがわかった。

杏子(はあ……結局全部倒す羽目になっちまった。しかも本命の魔女には逃げられるし……)

杏子は男を睨みつけようと振り返り、開口一番に怒りを顕にする。

杏子「邪魔すんな!「邪魔するんじゃねえ!」

偶然にも男と言葉が重なり、面食らったような表情をする。

杏子「こっちの台詞だっての!言っておくけど、助けたのはただの気まぐれだからな」

「なんで俺の歌の邪魔をする!なんであいつらと戦うんだよ!」

杏子「う、歌?お前、何言って……」

「あいつらは俺の歌の観客だ。それをお前は……」

杏子「なにわけ分かんねえこと言ってるんだか。とりあえず、死にたいんだったら他所で勝手に死にな」

杏子「少なくとも私の目の前で死ぬんじゃねえよ、目障りだ」

杏子が槍を突きつけながら男に向かって言い放つ。
だが、男は顔色一つ変えずに杏子に言葉を返す。

「死にやしねえよ」

杏子「はんっ、勝手なことばかり抜かしやがって。それとも、少し痛いに目に合わないと分からないのかよ」

「なら、お前も聞いてみるか?俺のサウンドを」

そう言うと、男はいきなりギターを弾き始める。

http://www.youtube.com/watch?v=Jjt3pI7pdWg



♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

杏子「な、何いきなり歌い出してんだよ、馬鹿かお前は!」

♫ すべては真っ暗 星さえ見えない そんな夜が続く時

杏子「だー!うるさい、歌うなって」

♫ 俺は気づいたんだ とりあえず出来る事を すればいいと

杏子「歌うなって言ってんだろ!」

堪り兼ねた様子で、杏子が槍を振り回す。
本気で当てようとは思ってはいなかったものの、それらをバサラは何食わぬ顔でひょいと避けながら歌い続ける。

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手に行こう どうにか先へ進もうぜ

♫ なんとか なってしまう ALL-RIGHT!

杏子「やめろって言ってるだろ、このっ!」

♫ 答えはついてくるのさ あの波に 飛び乗ろう

憤慨する杏子を物ともせず、バサラは一頻り歌い上げる。


杏子「はーっ、はーっ……ああ、もう!分からず屋め!一体何なんだよお前は!」

「俺か?俺は……」

バサラ「バサラ。熱気バサラ。『FIRE BOMBER』っていうロックバンドのメンバーだ」

杏子「ロックバンド……?ふぁいやーぼんばー??」

バサラ「ああ。お前の名前は?」

杏子「き、杏子。佐倉杏子」

バサラ「そうか。よろしくな、杏子」

杏子「うん……じゃなくて!だから私が言いたいのは」

バサラ「ん?……あ!お前、ギターケース泥棒!?」

杏子「げ!しまった」

バサラ「俺のギターケース、返せよ!」

杏子「あ、後で返すつもりだったんだよ。ほんとだって!」

バサラ「どこにあるんだ?」

杏子「それなら、ここに……ってあ!」

杏子(やっば。邪魔だからって、魔女の結界内に置いたままだった)

バサラ「どうした?」

杏子「え、ええと。それが……さっきの結界の中に」

バサラ「結界?何の話だよ」

杏子「あ、いや何でも」

バサラ「何でもいいから、早いところ返せよ」

杏子「う……分かったよ。その、ちょっとむこう向いてろよ」

バサラ「なんで?」

杏子「いいから!」

バサラが不本意ながらそっぽを向くと、杏子は胸元のソウルジェムに手をかざし、光を放ちながら変身を解く。
私服に入っていた札束を握り、前に差し出す。

杏子「もういいよ。ほら、お金。これでいいんだろ」

バサラ「……!ふざけるな!」

差し出された札束を、バサラは払いのけた。
杏子の目が驚きで見開く。

杏子「な……!?」

バサラ「金なんざどうだっていい!」

杏子「は、え?」

バサラ「ギターケース、失くしたのかよ?」

杏子「あ……う、うん」

バサラ「はあ……ならそうと早く言えっての」

バサラはため息をついてギターを背負い直し、路地裏から通りへと歩いていこうとする。

杏子「っておい、お金!」

バサラ「いらねーよ」

振り返りもせず、その言葉だけを杏子に返しながらバサラは去っていった。
茫然と立ち尽くしながら、杏子は返そうとしていた札束を力強く握りしめる。感情の理由が分からないまま杏子は苛立っていた。

その感情が惨めと呼ばれるものであることに気づける程、杏子はまだ人生の経験を積んではいなかったからだ。

薄暗い店の中で画面の光が席に座る人の顔に映る。

スロットの演出音とメダルの排出される音。

煙草の煙と染み付く臭い。

対戦ゲームから流れるアナウンスと必殺技の声。

重低音が激しいレースゲームのBGM。

それらを抜けたところに杏子はいた。
履いていたブーツをダンスゲームの筐体の横側に置き、素足で、軽やかなステップを踏む。
足が汚れるのもお構いなしに、皮が擦り切れそうな速さで足を動かし、交差させ、右へ、左へと、
文字通り飛び回るように、息をつく間もないほど連続した矢印型のマークを全て正確に踏んでいく。

見ているだけで足がもつれそうになるような矢印の波が、数字へと換わっていった。
表示される数字の桁はどんどん増えていき、600が間近になったところで曲が止まる。

STAGE CLEAR!

そのアナウンスがなると、杏子は背中にあるバーにもたれかかる。
魔法少女である杏子は常人よりも身体能力は遥かに高いが、
能力向上の魔法をかけずに最上級難易度を30曲もやると息が切れ、汗も玉の滴となって流れ落ちた。

表示された順位は1桁であったが、杏子はスコアに興味がないとでも言うかのように、適当にボタンを押し続けてゲームを終わらせる。

後ろを振り返るとギャラリーが数人できていたが、杏子が嫌な顔を向けるとそそくさと人はいなくなっていった。
ゲームセンターに備え付けてあるおしぼり機から数本を取り、ブーツを持って椅子に腰掛けると、黒ずんだ足を拭く。

※ごめんなさい、上のやつ一人称「私」から「あたし」に脳内変換お願いします。変えるの忘れてたorz



その日杏子は朝から虫の居所が悪かった。
正確には、昨日バサラと出会ってからずっと機嫌が悪かった。
しかも自分がどうしてこんなにもむしゃくしゃしているのかが分からないのが更に苛立たしさを増す原因となっている。

拠点としているホテルに戻り、シャワーを浴びても、朝目覚めても、その苛立ちは消えず、
どうにかしてそれを解消しようと杏子は今日1日中は好き勝手な事をしようと決めた。
好きなお菓子を食べ、気ままに買い物をして、今はゲームセンターで得意なゲームをプレイしていた。

だが、そのどれをやっても杏子の憂さが晴れることは無かった。
何故か。その答えを杏子は自分自身でよく分かっていた。

杏子(あたしがしたいのはこんな事じゃなくて)

そもそも、杏子がゲームセンターに通うようになったのは、つい数ヶ月前の話である。
それまではゲームセンターという場所がどういう所なのかさえ知らず、
せいぜい、「不良がよく行く場所」や「集まりでプリクラを撮る場所」ぐらいの認識しかなかった。

杏子は苛立ちの原因である男の顔を思い出す。

杏子(あいつは一体何なんだよ……)

足を拭き終わるとブーツを履き、そのまま店の外へと出る。
外はもう日が沈みかけており、差し込んだ西陽に目を細めた。
次に何処へ向かうのかを、杏子は考えていなかった。

ただ、足が向かうままに歩き出す。学校帰りの学生たちが杏子とすれ違っていく。
その中で自分と同じくらいの年の生徒を見ると、思わず目を背ける。
万が一にしても、自分の事を知っている人と出会いたくなかった。
もし知人がいれば、嫌でも他者と自分の境遇を比べてしまうから。
自然と、視線が下がっていく。それでも、人の流れもあって歩みを止めることはなかった。

しばらく歩くと、杏子は自分が今日何をすれば良かったのかという答えをようやく頭の中に浮かべていた。
その答えを見つけるのと同時に、歩みを止めた。目的の人物の目の前へとたどり着いたからだ。

地面にあぐらをかいてギターのペグを回してチューニングをするバサラの前に立ち、その姿を少しの間見つめる。

目の前に立って、杏子はまず何を言えばいいのかが思いつかなかった。
自分がしたことを思い出すと、相手の前に出ること自体、相手の怒りを買うような事ではないのかと。
そうしたことをぼんやりと考えていると、バサラが杏子の存在に気がつく。

バサラ「もう今日の分は終わっちまったぜ」

杏子「は?」

バサラ「歌を聞きに来たんだろ?」

音程を合わせたばかりの弦を鳴らしながら、バサラは聞いた。
いきなり、それも予想外の質問に杏子は戸惑う。

杏子「そんなわけないだろ」

バサラ「じゃあ、どうしたっていうんだよ」

杏子「あのさ……お前、あたしに聞きたい事とかないのかよ」

バサラ「何が?」

杏子「何がって!昨日のやつらは何だったのかとか、私がその……変身した事とか!
色々聞きたい事があるものだろ、普通は!」

バサラ「聞いて欲しいのか?」

杏子「え、べ……別に、そういうわけじゃないけどさ」

バサラ「なら、どうだっていいだろそんな事」

ギターを背負い、バサラが立ち上がる。

杏子「どこに行くんだ?」

バサラ「そんなの俺の勝手だろ」

杏子「それは、そうだけど……あ、待てよ!まだ話は終わってな」グゥー

バサラ「ん?」

杏子「あ」

そこで、杏子は自分がお昼も禄に食べずにずっとゲームに没頭していたことを思い出す。
慌ててお腹を抑え、恥ずかしさに顔を背ける。

杏子「い、今のは……その」

バサラ「奢ってやるよ」

杏子「え?」

バサラ「飯、食ってないんだろ?ついて来いよ」

杏子「め、恵んで貰うほど困ってなんか……だって、お金は……お前から……」

自分が昨日盗んだ事への後ろめたさもあり、素直に付いて行くことは気が引けた。
それに、気にしていないとは言われてもそれが本当かどうかも分からない。

バサラ「いいから来いよ。それとも、遠慮なんかしてるのか?ガキのくせに」

杏子「ガキって言うな!大体、路上で歌なんか歌っている奴がお金に余裕なんかあるのかよ」

その言葉の中には、自分がケースを盗んで失くしてしまった事でお捻りを集めることが出来なかったのではないのかという念もあった。だが、杏子の言葉にバサラはポケットの中から皺のついたお札を数枚見せて答える。

バサラ「無理矢理押し込まれた金だしな。無下にするわけにもいかないし。なんか食いたいものとかないのか?」

杏子「だ、だから別に恵んでもらう必要なんか」

バサラ「面倒な奴だなあ。いらないなら勝手に行っちまうぜ」

杏子「あ……」

頭の中では、自分が今からしようとする行動、物を盗んだ相手と食事を共にするという事がどれだけ異常な事かは分かっていた。
だが、この熱気バサラという人物には、例えそれがおかしな事であったとしてもなんでもない事のように思えさせてしまうような
一種の強引さがあった。

杏子「……分かったよ、行くよ!……全く……どうかしてるよ」

杏子は歩き始めていたバサラに、文句を言いながら駆け寄って近づく。
近づいてくるのが分かると、バサラは少し頬を緩ませて微笑んだ。

ファミレス  店内


バサラ「よく来るのか、この店」

杏子「いいや。だってさ、こういう店ってなかなか一人じゃ入れないものだろ。あたしくらいの年じゃあさ」

バサラ「ふうん。そんなものか」

杏子「……それよりさ、どうしてあんな事をしていたんだ?」

バサラ「あんな事って?」

トクダイサーロインステーキヲゴチュウモンノオキャクサマー

杏子「あいつらの前で歌っていただろ」

バサラ「ああ、あれか」

杏子は目の前の男の危機感の無さに改めて呆れる。

杏子「悪いことは言わないから、あんなことはもうやめたほうがいい。
もし魔女の結界に巻き込まれたらすぐに逃げ道を探しな。じゃないと……死んじまうぞ」

パインサラダヲゴチュウモンノオキャクサマー

バサラ「魔女?結界?なんだよそれは」

杏子「あ……うん、まあ簡単に説明するとだな……魔女っていうのが人を襲う悪い奴らで、
そいつらが人を襲うのに作る空間が結界なんだ」

バサラ「じゃあ、お前はどうなんだよ。お前だって、その結界の中にいただろ?
逃げるどころか戦っていたじゃねえか」

杏子「あたしは魔法少女。その魔女と戦うのが私たちの使命さ。
ま、とどのつまり、あいつらは人を襲う悪い奴らで私が正義の味方って事。分かった?」

バサラ「現実味の無い話だな」

杏子「しょうがねえだろ。事実なんだし。お前も見ただろ」

バサラ「正義だの悪だの魔法だのって。そんな事で戦うなんて馬鹿げているぜ」

杏子「なんだと!?」

バサラ「あいつらだって、歌を聞けば分かり合えるかもしれないだろ」

杏子「また、歌かよ……そもそもあいつらに耳があるのかどうかさえも分からないのに、
どうやって歌なんて聴かせるんだ」

バサラ「耳なんか無くったって心に響かせればいいんだよ」

杏子「心?……はっ、それこそ無理な話だって。あいつらに心なんてあるもんか。
狂ったように奇声を上げたり、見境なく人を襲ったりする化物共なんかに心なんてあるものかよ」

バサラ「やってみなくちゃ分からねえだろ」

話を割るように、ウェイトレスが近づく。視線が、そのウェイトレスの持つ皿に注がれていた。

ウェイトレス「おまたせいたしました。『渡り蟹のトマトクリームパスタ』とクリームソーダをご注文のお客様は……」

杏子「はいはーい、それはこっち」

ウェイトレス「こ、こちら……『激熱爆辛ハバネロカレー 辛さ300倍増し』になります……」

ウェイトレスの声が震え、臭いで涙目になっている。
何故、そんなものを頼むのだろう、そして、何故そんなものがメニューにあるのだろう、と。
それを運びに来たウェイトレスは勿論、その周りに居る者の殆どがその刺激臭に顔をしかめながらそう考えていた。

ただ一人、それを注文したバサラを除いて。

バサラ「おう。こっちだ。へへっ、良い感じに辛そうじゃねえか」

杏子「……注文してた時から思ってたけれどさあ。お前、それ本当に食えるのか?辛くて味も何もしなさそうだけど……」

バサラ「分かってねえなあ。辛いから美味いんだろうが」

そう言いながらスプーンに一杯掬ったカレーを口の中に入れる。
それを見た誰しもが思わず手を止め、固唾を飲んで見守る。

バサラ「~~~っ!辛えっ!けどうめえ!!」

杏子「信じられねえ……」

杏子はバサラの食べる姿と刺激臭のせいで、しばらく目の前の料理に意識が向かなかった。

これから本格的に混み始めるという時間の前に、会計を済ませて二人は店を出る。
辺りは暗くなっていたが、冬の寒さはもう無くなっていた。

杏子「うえ……まだ目が染みる感じがする。あんなものを完食出来て平然としていられるなんて」

バサラ「………」

杏子「ん、どうかしたのか?」

バサラはぼんやりと夜風を肌に受け、夜空の月を見上げていた。

バサラ「なあ、ここって……地球なのか?」

杏子「え……いや、当然だろ?何変なこと聞いているんだ?」

バサラ「そうか……。星があんまり見えないんだな」

杏子「まあね。自然が多い場所に行けばもっと見えるんだろうけれど、この辺りは開発されちゃったからね」

バサラ「寂しくないのか?」

杏子「何が?」

バサラ「星が見えなくてさ」

杏子「別に。ずっとそうだったから、今更どうでもいいよ。……最初から無いのなら今さらそれを望むこともないよ」

バサラ「そんな事ないだろ」

杏子「……そういうものなんだよ。じゃないと」

杏子は何かを言いかけたが即座にポケットへと視線を動かし、それからバサラの方を見た。

杏子「おっと、もうそろそろ帰らなくちゃ。じゃあな」

バサラ「ああ。もう人の物に手をだすなよ」

杏子「お前がこれからずっと奢ってくれるなら考えてやるよ」

杏子が走り去ると、バサラは耳を澄ませた。
風が、バサラの髪を揺らす。少しの間そうして立ち止まり、行くべき方向を決めた。

路地

バサラの元を去り、相手の姿が見えなくなってから杏子はソウルジェムを取り出す。
それを見ながら、反応が強まる方向へと歩みを進める。人通りの少なさそうな寂れた店の裏側でその反応は一段と強くなった。

杏子「この規模じゃあまだ使い魔だな。さて、と。邪魔はいないし……魔女になるまで待つか、それとも本命を探すか」

変身した杏子が槍で空間を切り裂くと、裂け目から扉が現れる。
その中に入り、警戒しながら進むと異形の姿を見つけた。
物陰に隠れながら様子を伺う。3体の使い魔が辺りを飛び回っていた。

探しているのは、餌か。
主である魔女に献上するための贄か。
或いは、狂ったような声をあげる使い魔達の遊び道具か。

そんな事を考えながら杏子は使い魔たちを観察する。
杏子は、バサラの言葉を思い出しては小首を傾げた。

杏子「心……ね」

バサラがもし今ここで歌ったとして、それを使い魔達が聞くとはどうにも思えなかった。
歌い始めたところで、使い魔たちが襲いかかり無残な姿になるのが関の山だろう。
そう考えていると、バサラの歌が聞こえてくるような気がした。

杏子「何も知らないやつが……口なんか出すなっての……」

自分の境遇、与えられた使命、今や感じなくなった良心が咎める幾つかの事。
まだ幼い自分にとっては、どれもどうしようもないもの、どうにもならないもの。

♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

視線を使い魔へと戻す。使い魔へと近づいてく影があった。

杏子「は……!ば、バサラ……!?」

♫ 全ては真っ暗 星さえ見えない そんな夜が続く時

先ほどまで見ていた姿を見間違うはずがない。
店の外で別れたはずだ。跡をつけられるようなヘマもしていないはずだった。

♫ 俺は気付いたんだ とりあえず出来る事をすれば いいと

混乱した頭では、浮かんだ疑問ばかりを口にすることしか出来なかった。

杏子「どうして……どうしてあいつが、こんな所に!?」

使い魔たちがバサラへと近づく。なにか訝しげな物を見るかのように使い魔同士が顔(らしき場所)を見合わせていた。
子供の声に似た奇声を上げて使い魔の一体がバサラへと体当たりをする。

♫ It's my WILD LIFE ! いいかげんでゆこう どうにか先へ進もうぜ

だが、バサラはそれを杏子が仕掛けた時と同じように眉一つ変えずに避け、すれ違いざまに浴びせかけるように歌を聞かせる。
2体、3体目も同じように跳びかかっていく。

♫ なんとか なってしまう ALL RIGHT!

危険なはずである。捕まれば、普通の人間ならいとも簡単に殺されてしまうはずである。
だが、物陰から杏子が見たその光景は、まるでライブパフォーマンスの一環のようにさえ思えるほどバサラの余裕を感じられた。

♫ 答えはついてくるのさ あの波に 飛び乗ろう! yey,yey,yey! wow!

杏子は、バサラの前に出る気を失いかけていた。
バサラの言葉に引っかかっていたわけではない。
使い魔が魔女へと育つまで待ってから、それを倒してグリーフシードを手に入れる。
それが、当初の目的である。そして、効率を考える魔法少女ならば誰でもそうするだろうという行動だ。
それなのに何故か、杏子はバサラの姿を見続けていたくなっていた。
例え相手が聞く耳を持たなくとも、必死に相手に歌を聞かせようとする姿。
その姿が杏子の胸を確かに叩いていた。

杏子(なんで……こんなやつが……)

♫ 避けて通れないことってあるだろ どれだけ逆らっても

よく見ると使い魔の数が1体減っていた。その事に気付いた時には、結界の奥から多くの使い魔たちが向かってくるのが見えた。

杏子「やべえ、仲間を呼んだのか……!」

♫ 巻き込まれたら 嵐の真ん中 慌てるな 落ち着けよ

数十体に増えた使い魔達が互いに示し合わせ、奇声を上げながら一斉に攻撃を仕掛ける。
飛んできた小さな爆薬のような物がバサラの足元で破裂する。

♫ 状況は最悪でも 考え方次第だろ チャンスはあるさ

バサラの目の前に突然格子状の壁が出現し、突撃してきた使い魔たちがぶつかっては倒れていく。
物陰から飛び出した杏子が叫んだ。

杏子「何やっているんだ!逃げるぞ」

バサラ「おい、まだ俺の歌は終わっちゃいねえぞ!」

杏子「いいから来いっての!」

無理矢理バサラの腕を杏子がつかみ、引きずるように使い魔たちとは反対の方向へと逃げる。
扉をいくつか開けて駆け抜けていき、しばらく行くと今までとは異なった形の扉が現れる。
それを開けると急に視界が開けていき、目の前には結界に入る前に見た風景が見えた。振り返って結界の方を見ると空中に文字が浮かび、それから結界が閉じていく。

杏子「はーっ、はーっ、この……お前は!」

バサラ「なんで邪魔をする!」

杏子「お前、どうしてまた結界の中で歌ったりしていたんだ?あたしは、逃げろって言ったはずだぞ」

バサラ「風が教えてくれたんだ……ここに俺の歌を必要とする奴がいるって。
それに、観客を目の前にしてなんで逃げなきゃいけないんだ。俺は歌いたい時に歌う!ただそれだけだ」

杏子「そ……そんなわけの分からない理由で……!」

バサラ「とにかく、邪魔をするなよ。俺は俺のやりたいようにやるんだからよ」

杏子「邪魔はどっちだと……」

バサラの理不尽な言動に怒りと呆れを通り越し、冷静になる。
言い合っても無駄だということに杏子は気付いた。

杏子「はあ……悪いけれどさ、あたしにはあんたの歌があいつらに届いているようには見えなかったよ。
あのまま続けていたら、あんたの命がやばかった」

杏子の指摘に、バサラは言葉をつまらせる。
使い魔達からの反応が薄い事をバサラも気づいていたからだ。

バサラ「だからって、諦めきれるかっての」

杏子「だからさ、提案がある」

バサラ「提案?」

杏子「あたしが一緒についててやるよ」

バサラ「何だって?」

杏子「勿論あいつらにこっちからは手を出さない。けれど、身を守るための護衛は必要だろ?」

杏子「それに、あたしはあいつらが出現した位置が分かる。あんたはあいつらに歌を聞かせればいいし、
あたしは正義の味方らしくあんたを守ればいい。どうだ、悪くない話だろ?」

バサラ「なあ」

杏子「え?」

バサラ「なんでいきなり協力する気になったんだ?」

杏子「う……そ、それは……」

歯切れの悪い返事をする杏子にバサラは少し疑問を抱く。
少し思案をしてから、杏子が答える。

杏子「お、お前の歌……そう、歌に惹かれたからだよ!」

バサラ「……そうか!ようやくお前にも俺の歌の良さが分かったか」

杏子「え……う、うん。だから、これからは……」

バサラ「ああ。よろしくな」

バサラが手を差し出し、それを杏子が握る。
杏子の笑みはどこかぎこちないものであったが、バサラがそれに気づくことはなかった。

人通りが多い、駅の階段を降りてすぐのちょっとした広場には数日前から歌声が聞こえるようになっていた。
音楽に興味のある者や、名のあるアーティストが路上ライブを開いたのかと勘違いをする者、
或いは単純に、興味を惹かれたり心を動かされた者達がその歌を楽しみにしていた。
だがその歌声は2日前からぱたりと止んでしまい、広場はまた以前の様に人の足音と広告を配る若者の声だけが
聞こえるようになっていた。

杏子「歌わないのか?」

杏子が屈みながらバサラに尋ねる。
バサラはというと、杏子の言葉に反応を示さず、あぐらをかいて舗装された地面に座りながらギターをいじくり続けていた。
音程を上げたり、わざと音を外してみたり、コードを変えてみたり……様々なことをしていたがそのどれをやっても
バサラの顔は曇り、首を傾げた。
時々、曲の始まりのようなものになったりもするが大抵は続かずにすぐに音が止まってしまった。
バサラは音を切り上げ、おもむろに立ち上がる。そして、ギターのストラップを肩にかけて背負い、歩き始める。

杏子「どこに行くんだよ?」

バサラ「どこに行こうが俺の勝手だろ」

杏子「勝手に行動するなよ。あたしらは組んでいるんだからさ」

バサラ「そんな事言って、もう2日も何にもないじゃねえか。いつになったら魔女や使い魔っていうのは出て来るんだよ?」

杏子「そんなこと知らないよ。向こうの事情なんか知らないし、向こうだってこっちの事情をお構いなしに襲ってくるんだ」

杏子「大体あんたは何の力も持たない一般人だ。私が居ないところで結界に巻き込まれて、歌っている間に殺されたりしたらどうするんだよ」

バサラ「……なんか、お前隠し事してないか?」

いきなりバサラは振り返って杏子を見つめる。

杏子「な、なんだよいきなり……」

バサラ「……ま、別にいいけどよ」

杏子「と、とにかく。どこか行くんだったらあたしもついていくよ」

バサラ「好きにすれば」

バサラはそう言ってまた歩き始める。歩幅の大きいバサラに追いつくために、杏子は小走りでついていった。

ハンバーガーショップ

店員「いらっしゃいませー、ご注文は何になさいますか」

バサラ「チーズバーガーとコーラ」

杏子「それとてりやきバーガーのMセット」

店員「ご注文は以上でしょうか」

杏子「はい」

バサラ「おい、奢るなんて俺は一言も」

杏子「好きにしていいって言ったのはそっちだろ。それに、もう今さらだよ」

バサラ「ったく……仕方ねえなあ」

杏子「別にこれぐらい奢ってくれたっていいだろ?仲間なんだからさ」

バサラ「……なんかお前さあ」

杏子「なんだよ」

店員「おまたせしました。チーズバーガーとコーラ。てりやきバーガーのMセットです」

バサラ「……やっぱりいいや」

杏子「は?おい、気になるだろ」

バサラ「別に大したことじゃねえよ」

後ろでまだ騒いでいる杏子を置いて席へと食べ物が載ったトレーを運ぶ。

杏子「お前さ、いつも歌ってばかりいるけれど他にすることないのか」

バサラ「無いけど」

杏子「普通、大人は仕事とかするもんだろ」

バサラ「これが仕事だよ。俺の」

椅子に立てかけたギターの側面を軽く叩いてバサラは言った。

杏子「……ああ、そういや歌手なんだっけ?ふぁいやー……ええと」

バサラ「ボンバー」

杏子「ああ、それ。でもさ、悪いけれどそんな名前のグループ、聞いたことも見たこともないよ」

バサラ「ならこの星でもすぐに有名にしてみせるさ。全銀河中に俺の歌を響かせる。それが俺の夢だ!」

杏子「銀河って……世界なら分かるけれど随分子供みたいな無茶なこと言うな」

バサラ「無茶かどうかはやってみないと分からないさ。それに、ガキに言われたかねえよ」

杏子「ガキじゃないっての!」

バサラ「そういうお前はどうなんだよ。ここ数日俺の後をついて来て飯をたかって、何かやる事とかないのか?」

杏子「あ、あたしは、いいんだよ。別に……」

バサラ「ふーん」

杏子「あ……そういやさ。バサラはあたしくらいの時、何をしていたんだ?」

バサラ「俺か?」

杏子「うん。学校とかさ」

バサラ「行ってねえ」

杏子「え……」

バサラ「今と変わらねえよ。ずっと歌を歌っていた。そんで、レイに誘われてファイヤーボンバーに入った」

杏子「レイって?」

バサラ「うちのバンドのリーダー。俺と一緒に山を動かさないか?って誘われてさ」

杏子「なんだそれ。そんなこと出来るわけないだろ」

バサラ「出来るさ」

杏子「出来ない」

バサラ「出来る」

バサラはハッキリとそう断言する。
これ以上は無駄だと思い、杏子は呆れながら片手に握ったままのハンバーガーへと視点を移す。

杏子「それで、どうやって生きてきたんだよ。お金とか、食い物とかさ?」

バサラ「そんなの、どうにかなるよ。一番大事なのは歌を聞かせられるかどうかなんだからさ」

杏子「……どうにかなんて、なるもんか」

俯きながら言う杏子の反応は重々しく、棘があった。

バサラ「なんか不機嫌そうだな。話せって言ったのはお前だろ」

杏子はバサラから視線を逸らし、また目の前のハンバーガーとポテトへと集中した。
底に溜まった細かな氷の隙間のコーラを吸い終わると、バサラがまだ食べ終わっていない杏子を置いて席を立った。

杏子「あ、まだあたしは食べ終わって……」

バサラ「俺は先に行くぜ。別にお前について来てもらう必要もないからな」

自分の分だけ片付けるとバサラはギターを背負い、店の外へと出ていった。
杏子は一瞬呆気に取られ、我に返ると大急ぎで自分が頼んだ分を口の中へと入れ始めた。


杏子「全く、ちょっとくらい待てっての」

バサラ「お前、勝手について来てるって事、忘れてない?」

杏子「うぐ……それで、これからどこに行くんだ?」

バサラ「買い物」

杏子「だからどこにだよ……」

肩をすかされるような答えばかりが返ってくる。
会話をしているはずなのに、言葉が届いていないような感覚を杏子は感じていた。

杏子「なあ、どうしてお前はそんなに……って、どうした?いきなり立ち止まって」

バサラの視線の先を杏子も見る。
そこにあったのは、バイクが何台も陳列された店先だった。
杏子の年齢ではまだ何の縁もないと言っていいような乗り物に、バサラは興味を向けていた。

杏子「バイク……?」

少し店頭に並んだバイクを見てから、自動ドアが意味をなしていない出入り口から店内へと入っていく。
少し場違いな感覚を覚えながら、杏子もつられて中へと入る。
店の中には、所狭しと様々な種類のバイク、パーツからヘルメット等が陳列されていた。
その中でバサラはバイクの幾つかへと目をやり、店の奥の方にあるバイクに目を付けた。

店長「何か探しているの?」

バサラの仕草が冷やかしの客のそれではなく、何かを買おうとする客だと踏んだのか、初老の店長が声をかけてきた。

バサラ「アレ、売り物?」

奥の整備場のような少し広めの場所にあるバイクを指さしながらバサラが聞いた。

店長「ああ、これ?やめておいた方がいいよ。少し前に売りに来たのを買い取った物なんだけれどね」

店長「元はいいものだけれど保存状態が悪かったみたいで所々サビだらけ。
おまけに走行距離も2万キロを超えているし、パーツも殆ど純正パーツが残ってない」

店長「正直、どこに行っても二束三文、もしかしたら逆に処分費用がかかるようなシロモノだよ。
どうしてもお金が必要って言うから仕方なく安く引き取ったんだけれど……いつ壊れてもおかしくない」

バサラ「ふうん……エンジン、かけていいか?」

店長「いいけど、まだ整備していないから気をつけてね」


バサラは挿しっぱなしになっているキーを回し、セルボタンを押す。
エンジンが低重音を上げて動き出す。
その音にバサラは目を閉じて聞き入る。
数秒、そうした後にエンジンを切って元に戻した。

バサラ「おっさん。これいくらだ?」

店長「おっさ……、いや、それよりも人の話、聞いてた?」

バサラ「売ってくれないの?」

店長「はあ……売り物になるか怪しいものだからねえ……うーん、それじゃ1万円でいいよ」

バサラ「買った」

店長「でも、本当にいいのかい?中古車でいいのなら、もっと整備されているのだってあるのに」

バサラ「ああ。こいつが気に入ったんだ。
それにこいつの音は、まだ走り足りないって言っていた」

店長「音?」

バサラ「あ、そうだ。悪いけれどこれ、このまま置いといてくれ。必要になったら取りに来る」

店長「いいけれど……整備とか出来るの?もう少しお金を貰えればやっといてもいいけれど」

バサラ「悪い、もう金が無いんだ。それにバルキリーに比べたら簡単だよ。それじゃあな」


バサラが店の外に出るとついてきた杏子が声をかけた。

杏子「バイク、乗れるんだ」

バサラ「まあな」

杏子「家、近くにあるの?それとも遠くから?」

バサラ「いや。家は無い」

杏子「え……って、おい」

そのまま歩き出そうとしたバサラを杏子は呼び止めた

杏子「お前、ならどこに泊まっているんだよ。それにさっきのでお金、全部使っちまったんだろ!?」

バサラ「どこだっていいだろ」

杏子は言葉に詰まる。
自分の環境が、他人を心配できるような状態では無いことを指摘されたような気がしたからだ。

杏子「信じられない。馬鹿じゃないのか!?無計画過ぎる……それでも大人かよ!?」

バサラ「何をそんなに怒っているんだ?」

杏子「はあ……もういいよ、全く」

バサラ「変な奴」

杏子「お前に言われたくない!」

憤慨する杏子に構わず、バサラは歩き出す。

杏子「今度はどこに行くんだ?」

バサラ「必要なものは買ったから帰る」

杏子「帰る……?さっき家は無いって言ってたじゃねえか」

バサラは杏子を尻目にそのまま歩く速度を早める。

杏子「おい!……全く、なんか調子狂うよ」


愚痴を呟きながら杏子はバサラを追いかける。
数十分も歩くと、町の郊外には自然が多く、まだ開発されていない山林のような場所も残されていた。
バサラはその方角へと歩みを続ける。ついていくのに疲れた杏子が思わず口を開く。

杏子「なあ、いつまで歩くんだよ」

バサラは杏子の言葉を意に介さずに歩みを進める。

杏子「野宿でもしてるのか?この辺キャンプ場とかもあるけれどさ」

バサラ「へえ、そうなのか」

杏子「そうなのかって……じゃあなんでここに来たんだよ」

バサラ「ついてくれば分かるさ」

杏子「あ、そこ立ち入り禁止って……」

バサラは黄色と黒の危険を示すロープを平気な顔でくぐり抜ける。

杏子「……知らないぞ」

そう言いながら、杏子もそれに習ってバサラの後を追っていく。
つい最近、人の足で踏み分けられたばかりという道とは言えないような茂みの中を進む。
山を訪れる人ですら滅多に訪れることの無い場所に、バサラの目的地はあった。

杏子「は……?」

杏子は目を疑った。何度も瞬きを重ね、口を開いたまま硬直した。

バサラ「なに突っ立っているんだよ」

杏子「なっ……はっ……!?だ、だって、これ!飛行機!?ロボット!?なんだよこれ!?」

バサラ「何って……バルキリーだよ」

自然の中にあるものとしては似つかわしくない真紅色のバルキリーが、
ガウォーク形態(手足のついた戦闘機の状態)でそこに存在していた。
バサラはその足元に背負っていたギターを立てかけ、コックピットに近寄るとハッチを開くボタンを操作し、
中へと入っていく。

杏子「こ、こんなのがどうして……お前、一体何者なんだよ」

バサラ「だから言ってるだろ。熱気バサラ、ロックバンド『ファイヤーボンバー』のボーカルだって」

杏子「普通の歌手はこんな飛行機…あ、いやロボット……?」

バサラ「バルキリー」

杏子「ば、バルキリーなんて物、持ってないっての!……大体、こんなもの何の為に」

バサラ「こいつで歌を聴かせるんだよ」

杏子「どこでだよ」

バサラ「空でも、地上でも、宇宙でも」

杏子「宇宙!?これ、宇宙にまで行けるのか!」

バサラ「当たり前だろ。バルキリーなんだから」

バサラはさも当然の事でも言うかのように杏子の問いに答えながらコックピットの中にしまってある道具を漁る。
目星のものが見つかるとバサラは座席から飛び降り、手提げ用の取っ手が付いた大きな箱を地面の上に置く。

杏子「……?なにそれ」

バサラ「サバイバルセット。テントとか、食料とか。
知らない星で不時着とかしても1週間はこれで生きられるようになってる」

杏子「知らない星で……?お前、じゃあもしかして……宇宙人……?」

バサラ「地球からしたらその呼び方でもいいかもな」

杏子「え……嘘……だよな?」

バサラ「なんだよ。嘘なんかついてどうするんだよ」

杏子「えええっ!?ほ、本当か……?」

バサラ「そんな驚くような事か?」

杏子「あ、当たり前だろ!宇宙なんて、そんな軽々と行けるような所なんかじゃないし。
ま、まさか侵略者!?インベーダー!?い、一体何の目的で……!?」

バサラ「お前、馬鹿じゃないの」

暴走しかけていた杏子に、バサラは冷ややかな視線を向ける。
その視線に、杏子は幾らか落ち着きを取り戻す。

杏子「な、だ、だってよ。そんなの、あり得ない話じゃん」

バサラ「そうか?俺には、魔法だの魔女だなんていう話の方が、よっぽど変だと思うぜ」

杏子「う、そ、それを言われると……確かにそうかもしれないけれど。でも、ならどうしてバサラはここに来たんだ?」

バサラ「分からない」

杏子「はい?」

バサラ「宇宙を飛んでたはずなのに、気がついたらこの星にいた」

杏子「なんだよそれ。記憶喪失にでもなったのか?」

バサラ「いや……分からないけれど、多分俺の歌を必要としているやつがここにいる。だから、俺が呼ばれたんだと思う」

杏子「何かに呼ばれた……宇宙人と交信でもしている奴がいたってのか?」

バサラ「あのさ、宇宙人っていうけど。お前の思っているイメージ、多分違うからな」

杏子「な、何を根拠に」

バサラ「なんかお前。宇宙人ってタコみたいなやつ全身銀色のやつとかを想像してたんじゃないか?」

杏子「そ、そんなわけ……少しくらいは、あったけど……ん?」

杏子はポケットからソウルジェムを取り出す。微かに光を放つそれを見て、にやりと笑った。

杏子「まあ、この際あんたが何者かって言うことは置いておいてやるよ。見たところ危険は無さそうだしな。それより、出番が来たよ」

バサラ「魔女か!?」

杏子「ああ、町のほうにな。まだ反応は弱いから、すぐに行けば間に合う」

バサラ「よっしゃあ!今度こそあいつらに俺のサウンドを聞かせてやるぜ!」

バサラは立てかけたギターを持つとストラップを肩にかけ、勢い良くかき鳴らす。

バサラ「行くぜ、ファイヤー!!」

今日はここまでにしときます。こういう感じでちょいちょい変えてく感じなので。

結界内部

英字の書かれた積み木や人の背丈ほどの大きさのクレヨンが並んでいる。
以前の結界にはこのような具体的な物は見当たらず、抽象的な空間だけが広がっていた。

杏子(やっぱり、そろそろ頃合いか)

バサラ「おい、魔女はどこにいるんだ」

杏子「そう慌てるなって。……おっと、使い魔のお出ましだ」

結界の奥から数体の使い魔が笑いながら飛んでくる。

バサラ「行くぜ!」

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs

♫ LET'S GO 突き抜けようぜ 夢で見た夜明けへ まだまだ遠いけど

杏子「全く、よくやるよ」

靴やティーカップを模した顔の無い使い魔たちがバサラの歌に反応を示し、攻撃を行う。

♫ MAY BE どうにかなるのさ 愛があればいつだって

杏子「やらせないよ!」

それを杏子の槍が払う。格子状の結界がバサラを守る。
バサラの歌が効いているのか、それともただ鬱陶しいと思っているのか、杏子には分からなかったが少なくとも反応をしていることは分かった。
使い魔達が金切り声を上げ、車や飛行機に姿を変えて結界の奥へと逃げていく。

バサラ「何途中で帰ろうとしているんだ!最後まで聞いていけよ!」

杏子「バサラ、追うよ!」

使い魔達を追って、杏子とバサラが結界の中を駆けていく。
一面緑色の壁。スケッチブック。クレヨン。
バサラ達を歓迎していないのか、突然上から巨大な積み木やクレヨンが落ちてくる。
それらから逃げつつ進んでいくと、開けた場所に出た。

バサラ「こいつが……」

杏子「ああ。魔女だよ」


そこにいたのは、金髪の少女の外見をした魔女であった。
魔女はこちらに目はくれず、床に何かを描き続けている。

♫ 夜空を駆けるラブハート 燃える思いを乗せて

バサラが歌い始めると魔女はようやくこちらへと視線を向ける。
だが、まるで興味が無いとでもいうかのようにまた絵を描くために床へと視線を戻す。

♫ 悲しみと憎しみを撃ち落として行け お前の胸にもラブハート まっすぐ受け止めて デスティニー

床に描かれた絵が動き出す。それらは使い魔となり、姿を自在に変えながらバサラ達の方へと向かう

杏子「こいつが描いていたのか!」

♫ 何億光年の彼方へも 突撃ラブハート

杏子はバサラの方へと攻撃が行かないように敵の注意を引き付ける。
だが、無限に増え続ける使い魔たちの攻撃は防ぎきれず、とうとう車型の使い魔の体当たりが杏子に当たる。
杏子「かはっ……」

バサラ「杏子!」

バサラが思わず歌うのを止める。その時、絵を描いていた魔女が突然しゃくりあげた声をだす。

うえええええええええええええええええん 

うえええええええええええええええええん

バサラ「ぐあっ……なんだよ、この声は……」

泣き声がバサラの歌以上に結界内に響き渡る。
バサラは再び歌い出すことさえ出来ぬまま、相手の泣き声を少しでも防ごうと耳を塞ぐ。
だが、耳を塞いでも身体のいたるところから内側へと入り込むかのようにバサラの身体から力を奪っていく。

バサラ(なんだ……この、悲しい声は……)

バサラ「どうして……お前は……」

杏子「……っく、分かったよ。結局、そうかよ」

杏子がよろめきながら立ち上がる。そこに、飛行機型の使い魔の一匹が奇怪な声を上げて杏子へと爆弾を飛ばす。
爆弾が着弾したところに、杏子の姿は無かった。

杏子「悪いけれど、お遊びはここまでだ」

使い魔が一閃の元に切られて地に落ちる。空中に跳んだ杏子は槍を持ち直し、次々と使い魔たちを切り伏せていく。

バサラ「杏……子!?」

杏子の姿が分身し、泣きじゃくる魔女へと突きや切りを何度も繰り出す。
分身の内の一体が魔女の額を貫いた時、魔女は断末魔の悲鳴を上げて倒れていった。
同じように使い魔たちも次々と力を失うように動きを止めていき、消えていく。
魔女の倒れた後には、黒い幾何学的な文様をした物体が落ちていた。
杏子「ふう……あったあった」

魔女の残滓から杏子は小さな物体を拾う。

バサラ「どうして手を出したんだ」

バサラが怒気を含んだ言葉を放つ。

杏子「……何だよ」

バサラ「どうしてあいつと戦ったのかって聞いているんだ」

杏子「うるさいなあ。こいつを手に入れるためさ。数日間泳がしていた甲斐があったよ」

バサラ「っていうことは、本当は魔女がいたのにお前は見過ごしていたのか」

杏子「だからなんだよ。あたし達魔法少女には、こいつが必要なんだ」

バサラ「それは……?」

杏子「グリーフシード。こいつが無いと、魔法少女は生きていけない」

悪びれた素振りも見せず、拾ったものをしまう。

杏子「それに、これで分かっただろう。お前のやっていることは無駄なことだって。
お前がどんなに声を上げたって、誰も聞きやしない。現実はそんなに甘いモノじゃ無いって事がさ」

バサラ「例え相手が聞かなくたって、俺は歌い続ける、聞かせてみせる!」

杏子は奥歯を噛み締める。

杏子「いい加減にしろよ……」

バサラ「何がだよ」

杏子「無駄なんだよ!お前のやっている事なんて!」

バサラ「杏子……?お前、なんで」

杏子の勢いにバサラは思わず一瞬怯む。

杏子「だって……そうじゃないと……あたしは……」

バサラ「なんで……泣いているんだよ、お前」

指摘をされ、杏子は目を拭う。

杏子「っ、泣いてない!とにかく、これであたしとあんたの関係はもう終わりだ」

杏子「もし、またあんたが結界の中にいたとしても、あたしはもう助けないからな」

杏子は踵を返し、結界の外へと走っていった。

バサラ「おい、待てよ!……っぐ」

抜けた力がまだ戻っていないのか、追いかけようとした瞬間にバサラは膝をつく。
結界が崩れていく。辺りから積み木やクレヨンが消えていき、緑色の空間が現実的な配色へと変わっていく。

バサラ「……くそっ!」

バサラは自分の無力さを感じ、地面を叩いた。

雑踏する駅前。少し前から、駅の改装工事の為に通路が一部制限されていた。
白いバリケードが通路を作っている。
風見野市は隣町である見滝原市への通勤に便利ということで、この数年の内に急速に発展しつつある町である。
人混みから外れた場所で、杏子は人の流れを見つめていた。
あまりよく覚えてはいないが、自分が小さかった頃はもっと人通りが少なかったはずだと思い起こす。

杏子「やっぱり、いないか」

確認の為にそう呟く。決して、落胆の感情を持って言ったわけではない。そう自分に言い聞かせる。
広場の一角に、少し前までは頭のおかしいミュージシャンが居た。今でもパフォーマンスをして自己を表現しようと
するものはいるが、そのどれにも人が群がる事は無かった。

ベンチから立って辺りを見回す。ポケットの中を探り、残金がどのくらいあるか確認する。
500円玉が1枚。100円硬貨が2枚。30円と1円が4枚。
外食に限られる今の環境では、せいぜい2食か3食分といったところだ。
心許無い財布事情はいつもの事だが、バサラと一緒に居た時は食べ物の残金を気にしなくても良かった事を思い出して
少しため息をついた。

杏子「まあ、元々関係無いやつなんだから仕方ないよな」

と、ボヤきながら駅とは反対の方向へと歩き出す。
行く宛は無かったが、それでも歩き出したい気分だった。

駅前の賑やかな通りを抜けて、路地へと入る。
食欲を誘う匂いが時折杏子の足を立ち止まらせるが、チェーン店以外で食事をするには杏子の手持ちでは心細かった。

杏子「ちぇっ」

軽く舌を打つ。手持ちが無いのならば、杏子のやることは一つだ。
店頭に商品の出ている店へと歩みを進める。
商店街に並ぶ店の一角に、いつもその目的の青果店がある。
杏子はポケットの中に手を入れ、グリーフシードを握る。それがほのかな光を発すると共に、杏子の姿は
周囲から認識されなくなった。
店頭にある果物へと手を伸ばす。

『もう人の物に手を出すなよ』


杏子「うるさいな!そんなの人の勝手だろ!」

頭の中に沸き起こった声に思わず反応し、声を出してしまう。そうなると、折角の魔法も意味を失くす。

店員「何かお探しですか?」

店の奥から主人が現れ、杏子は伸ばした手を思わず引っ込めた。

杏子「あ……な、何でも……何でもないよ」

杏子は逃げるようにその場を離れる。

それから何度か同じような事をしたが、その度に頭のなかでバサラの声が響いた。
声を振り払おうと、夢中で走る。
自責の念が、杏子を襲う。

杏子「なんだっていうんだよ……一体!」

何故こんなにも、バサラの言葉が響くのか訳が分からなかった。
ふと、見上げる。十字架が目に写った。

杏子「は……?」

大分走っていたようだ、と杏子は思う。前は向いていたが、周りの景色が見えていなかった。
知らなかった道で、知らなかった建物を見つけた。

杏子「教会……?」

その建物に興味を持ち、近づく。
入り口に近づくと、パトカーが数台止まっているのが見えた。建物の中から、警察官と年老いた白髪の女性が出てくる。
警察「行方不明が何度も起こるなんて異常ですよ……」

「ですけど……私は何も……」

警察「とにかく、あなたに一番疑いがかかっているんですからね!そのつもりでお願いしますよ」

警察がきつい口調で言い、門の外に出る。一瞬だけ杏子と目があったが、杏子の方から目を逸らす。
パトカーに乗って走りだすのを、老いた女性は最後まで見送り、それから深い溜息をついてその場に膝から崩れ落ちる。

杏子「ちょっと……!?大丈夫か、おばあさん!」

杏子は思わず駆け寄って老婆の身体を支える。
女性は支える杏子の顔を見て、一瞬驚く。

「あなたは……?」

杏子「え、と、ただの、通りすがり」

しどろもどろになりながらも杏子は答える。十字架がやけに目についた。

「ありがとう。もう大丈夫だから」

杏子「何かあったのか……あ、いや、あったんですか?」

「ええ……。実は……」

女性が話をしようとした瞬間に、腹の音が鳴る。顔を赤くして杏子は目を逸らす。

「折角だから上がっていって。お菓子もあるから」

立ち上がって、門を開ける。
いつもなら、見栄を張ってでも断っただろうが、杏子には断ることの出来ない理由があった。

杏子(アレの前じゃ、そんな事するわけにもいかないか)

一際大きな建物の上部に取り付けられているシンボルが、日を浴びて杏子の目に眩しく写った。
杏子たちは建物の中に入ると、ウレタン塗装がされた木の床の入り口で靴を脱いだ。
事務室のような場所へと女性が入っていくのを見ながら辺りを杏子は落ち着きなく見回す。

女性「あまり聞き覚えが無いかもしれないけれど、児童養護施設っていうの。知っている?」

杏子は首を横にふる。

「そうでしょうね。私はここの園長をやっているわ。はい、お菓子と、お茶」

杏子「あ、ありがとう……ございます」

初対面の人物に対し、こんなにも気を許すものかと杏子は少し疑問を持つ。
対面の席に座ると、院長は手を組み合わせた。その所作を杏子は知っていた。

杏子「お祈り……」

園長「あ、そうね。ごめんなさい。ここの習慣だからつい……別に気にせずにどうぞ」

杏子「いや、いいよ。私もするから」

そう言って杏子も手を胸の前で組み合わせる。

杏子「天におられる私達の父よ
   皆が聖とされますように
   みくにが来ますように
   御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
   私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
   この言葉を 我が主の名の下に通します。
   
    アーメン」

杏子は、自分の口から出た言葉に自分で驚いていた。
もうすっかり神様など信じてはいないと思っていたが、どうやら小さな時から身に染み付いた習慣というものは
忘れようと思っても忘れられるものではないらしい。

園長「あら、お祈りの言葉を覚えているなんて……」

杏子「大したことないよ。家が教会だったから、それで……」

園長「教会……?」

杏子「あ……」

杏子は慌てて口を噤む。もしかしたら自分の身の上を知っているかもしれない。
そうなると、少し厄介だ。杏子の親に対して、世間がどんなイメージを抱いているかくらいは
なんとなくは理解しているつもりであった。

杏子「あ、あのさ。この飾ってある絵は子供が書いたの……ですか?」

園長「ええ、そうだけれど」

杏子「へえ。これは飛行機……これはボールで遊んでる……。養護施設って言っていたけれど、
ここって、孤児院みたいな場所なのか……あ、いや……ですか?」

園長「色んな理由で親と暮らせなかったり、独りになった子供たちを預っているわ。小さい子では、
それこそ赤ちゃんから、上の子は高校生まで」

杏子「色んな理由?」

園長「経済的な理由だとか、虐待を受けているとか……或いは親と死別して親戚にも宛がないだとか……」
それらの理由は杏子にとっては特別なものではなく、身近に感じられるものであった。
そう思うと、途端に施設内の物にも興味が湧いてくる。
辺りを見回す。壁に立て掛けてある折りたたみ式の机がこの園のおおよその人数を教えてくれた。
白い壁紙には子供が書いたらしい落書きの跡がうっすらと見受けられる。
消そうと試みたようだが、上手く行かなかったようだ。

杏子(モモと同じくらい歳の子かな……)

ふと、そこに自分の妹が居るような感覚がした。
クレヨンを床に散らばせ、親に怒られながらも出来た作品を満足そうに見つめる妹と過去の自分。

杏子(私だけじゃないんだな)

自分がこの世で最も不幸な人間だと自惚れていたわけではない。
だが、少なからず自分は特別な人間なのだと思っていた。
幸せになるために魔法少女になったが、そのおかげで家族は心中し、自分は父親に魔女と蔑まれた。
同じ境遇の者など、居るはずが無い。
少なくとも、今まではそう思っていた。

杏子(私の望みなんて……)

園長「佐倉さん?」

杏子「あ……え、何?」

園長「いえ……涙が出ていたから」

そう言われて、杏子は自分の目元を手で拭う。確かにじんわりと湿っていた。

杏子「いや、これは……違くて……」

不意に涙が流れてしまった。
何が悲しいという具体的な理由は無い。

杏子「違う、これは、そうじゃなくて……」

安心?
優越?
同情?

どれとも言えない感情が杏子の中に渦巻く。
グリーフシードを持つようになって、杏子は複雑な感情を抱くことをやめていた。
悩みはグリーフシードを濁らせ、戦いにおいては迷いを生み出すからだ。

園長「……あなたも、辛いことがあったのね」

杏子「え……?」

見透かされたような言葉に、杏子は驚く。

園長「長い間色んな子供たちを見てきたわ。色んな事を抱えて、色んな辛いことがあって……。
でもね、『哀しみ』という感情はみんな同じものなのよ。
あなたが感じたのも、きっとそう。だから、違うなんて事は無いわ」

なぜ、自分が涙を流したのか分からなかった。
言われた事が、本当に正しいのかも分からない。

杏子「……うん」

でも、それが正しいのだと思った。
少なくとも、胸につっかえていたものが軽くなった気はした。
杏子「ありがとう…ございました」

慣れないお礼の言葉を言いながら見送りに来た園長に頭を下げる。
ふと、疑問が起こった。ここで、生活が行われているのであれば誰かがいるはずだろう。
なのに、先程から子供の声が聴こえない。人の気配すらもしなかった。

杏子「あの、さ。ここの子たちと会ってみたいんだけど」

杏子がそう聞くと、途端に園長は顔を曇らせた。

園長「……どうして、あの子たちが」

杏子「え……」

園長「……行方が分からないの」

杏子「あの子たちって……何人くらいが」

園長「夜消灯を確認した時には全員いたはずなのに、翌日の朝にはもぬけの殻だった。
ここに居た子供たちが、まるで魔法のように人が一夜の内に消えていた……」

園長の声は震えていた。自分が見たことを自分でも理解できていなかったからだ。

杏子「魔法……」

園長「何を言っているのと思うでしょうね。警察にもまるで聞き入れてもらえなかったもの……」

驚愕や焦燥が入り混じったため息をつく。唖然とする杏子に、苦笑を向ける。
そんな事を、初対面の人に言うべきでは無かったという自嘲の意味も含まれているのだろう。

杏子「信じるよ」

園長「え?」

杏子「おばさ…園長さんは優しい人だし、嘘なんかつかないと思う。
居なくなった子供たちだって……きっと帰ってくるよ」

苦笑に対し、杏子は素直な笑みで答えた。

園長「……そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう」
施設を離れて、数分ほど歩いてから杏子は自分が発した言葉に対して後悔をした。

杏子(なんであんな事言っちまったんだろう)

希望を祈れば、それだけ絶望も深くなる。
自分では、そう分かっていたはずだった。だが、口から出たのは苦笑いが出るほどの根拠の無い楽観的な希望。

杏子「それでもさ……言えないじゃん」

「何を言っているんだい?杏子」

前触れもなくかけられた声に驚く。
だが杏子はすぐに平静を装い、沈んでいた表情を苛立ちに変える事で誤魔化す。

杏子「いきなり何の用だよ、キュウべえ」

そこに居たのは白く耳の長い小動物。
杏子はこの動物とは見知った間柄だが、どういう生き物なのかについては殆ど知らない。

ただ、この生き物と魔法少女の契約を交わした事で希望と絶望を一遍に手に入れたということ。
そして、キュウべえという呼び名と言葉を伝えるのに口を動かす必要が無いということは知っている。

QB「随分不機嫌な様子だね。魔女を倒してグリーフシードも手に入れたというのに。
何か悪いことをしたのなら謝るよ」

杏子「なんだよ、知っていたのか。ああ、それとお前のまるで心の篭っていないような謝罪なんて聞きたかねえからな」

QB「人間のそういう論理的でない所は全く理解が出来ないよ」

キュウべえが困ったような声を出す。

杏子「あんたがわざわざ声をかけてくるって事は、何かあるってことか?」

QB「その通りだよ。実は君に協力して貰いたいことがあるんだ」

杏子「協力?」

QB「君が一番適任だと思ったからね。大した事ではないけれど」

杏子「ふうん……ま、あたしもあんたには聞きたいことがあったから丁度いいか」

QB「僕に聞きたいこと?」

首を傾げるキュウべえに、杏子はまっすぐ見つめながら問う。

杏子「魔女の正体って、何だ?」


森林公園

バサラは丸太の上に座り、曲を書いていた。
用紙上には、音楽の知識がある者でも何人が理解できるだろうかというような
複雑さと難解さを持った音符のような何かしか書かれていないが、分かる人には分かるらしい。
思いついたフレーズを書いては弾くが、音が合わずに書いたばかりのフレーズを消す。
それを消すと、更に前の部分も合わないことに気がつく。

譜面が丸められて灰ばかりの薪の中へと投げ入れられた。

バサラ「何かが足りねえ……」

空を見上げる。ゆっくりと雲が流れていく。
曲にならないコードをギターで弾く。

バサラ「空……青いな……」


空の色が変わる頃になっても、バサラの目の前の譜面に曲は書かれていなかった。



QB「魔女の正体?それを聞いて、君はどうするつもりなのかな?」

塀の上に登り、まるで猫のように前足を揃えた姿勢でキュウべえは杏子に話しを続ける。

杏子「なんだよ。どうって、別に」

QB「君がそれを知る必要はないと思うけれど。何故そんな事を急に聞こうと思ったんだい?」

キュウべえの言葉には、困惑や動揺の素振りは見受けられなかった。
その態度に杏子は自分の興味に自信を少し失う。
杏子の脳裏に映ったのは養護施設に飾ってあった絵である。何故かは不明だが、それらが初めて見たものとは思えなかったのだ。

杏子「ただ、ちょっと気になることがあったから。でも、大した事じゃないんだろう?教えてくれたっていいじゃないか」

QB「君たちは自分たちが毎日食べるものについて、その生育や食材になるまでの過程をいちいち知りたいと思うのかい?」

杏子は言葉を詰まらせる。

QB「それとも、それは君にとって余程重要なことなのかい?それなら……」

杏子「ならいいよ、そこまで知りたい事でも無いし」

キュウべえの呆れたような表情をした。

QB「じゃあ、僕の話に移ろうか。さっきも言ったけれど、君には頼みたいことがあるんだ」

杏子「頼み事なんてめずらしいな。面倒な事ならお断りだけど」

そう言いながら、杏子はいやな予感もしていた。キュウべえが、どんな依頼を投げかけてくるのか予想がつかなかったからだ。

QB「簡単なことさ。君は、熱気バサラという人物を知っているかい?」

杏子「はあ!?なんでお前があいつを」

今、一番聞きたくない人物の名前を予想外の相手から聞かされて杏子は動揺する。

QB「その様子だと彼の事にはやっぱり詳しいようだね」

杏子「う、く、詳しいわけじゃないけれど」

キュウべえにそう言われて、杏子は改めて自分があまりバサラの事をよく知らないことを思い知る。

杏子「でも、なんだってあいつの事なんかをお前が知りたがるんだよ」

QB「君は、彼がどうして常人には見ることさえ出来ないはずの魔女の結界の中へと入ることが出来るのか、知りたいとは思わないのかい?」

杏子「!……それは」

QB「彼の存在はイレギュラーだ。だから彼の行動が予測できない上に、僕達にも、君たちにとっても有益かどうか分からない」

杏子「それであたしにお前の手先になれってか。はっ、面倒だし嫌だね」

そのまま、キュウべえのいる側とは反対の方向へと歩き出そうとする。

QB「本当にそう思っているのかい?」

立ち去ろうとした杏子をキュウべえが呼び止めた。

杏子「……どういう意味だよ」

QB「これでも、僕は君たち人間の事をよく調べているつもりだよ」

QB「君たちはたまに自分の本心でない言葉を口にすることがあるという事も理解しているつもりさ」

杏子「あたしが、嘘でもついているっていうのか?」

QB「君だって、戦う力も持たない部外者に魔法少女の戦いの中に入られるのは嫌なんじゃないのかな」

顔だけを少し振り向かせ、キュウべえは杏子にそう言う。
赤い瞳に、杏子の後ろ姿が映る。

杏子「あたしは……」

QB「無理強いはしないよ。別に彼を四六時中監視してほしいだなんて言うつもりじゃない」

QB「ただ彼を見て、何か気づいたことがあったら教えてほしい」

杏子「……ちっ」

舌打ちをして、返事をしないまま杏子は歩みを進めた。

QB「全く、人間という生き物は合理的でない行動を取ることが多くて困るね」

日がすっかり沈む頃になると、公園を訪れる人は一気に少なくなる。
敷地が広く、キャンプ場にもなっている森林の中を杏子は気配を消しながら歩く。

杏子(あいつの思惑通りに動くっていうのは気に入らないけれど……)

バサラのバルキリーが視認出来る距離から辺りを警戒しながら少しずつ近づく。
ほんのりと焚き火の灯りが見える。切り株の上に腰掛けたバサラの目の前には譜面台が置かれていた。

杏子(あいつの事を調べろっていってもなあ……)

どんな顔をしてバサラに会えばいいのか、声をかければいいのか、杏子は分からなかった。

杏子(いや、私は悪くない。そもそも、あいつが首を突っ込むから)

おもむろにバサラが立ち上がる。動きに思わず杏子は身をすくめる。
しかし、立ち上がったバサラはその後すぐに立つ力をなくし、足元がふらつきだす。

杏子「あ、ちょっと!?」

どうにか最後の力で火の方には倒れなかったものの、地を背にしたままのバサラへと思わず杏子が駆け寄る。

杏子「おい、大丈夫かよ!?」

大きな腹の音が聞こえる。一瞬自分かと思った杏子は自分のお腹を抑えたが、どうやら自分では無いらしい。

バサラ「腹……減った」

バサラが、杏子の顔を見上げながら言う。

杏子「お前……馬鹿か」
杏子がサバイバルセットの中から食料を取り出してバサラに渡すと、
バサラはその渡された食べ物の袋を開け、すごい勢いで口の中へと入れていく。

杏子「腹が減って倒れるって、どんな状況だよ。あたしだって、流石にそこまではないのに」

バサラ「ずっと曲を作っていた。それで、2日くらい全然飯を食っていなかった」

食べながらバサラが答える。その集中力に呆れて杏子は言葉をなくす。

バサラ「それよりも、なんでお前はここにいるんだ?」

杏子「う、そ、それは……」

正直に答えるわけにもいかず、少し思案顔になる。
それを見てバサラは突然察したような声を上げた。

バサラ「ああ!なるほどな」

杏子「え、何が?」

バサラ「お前、俺の歌を聞きに来たんだろ?」

杏子「は、はあーっ!?」

バサラ「違うのか?」

杏子「そんなの、違うに……」

そこまで言いかけて、しかし他に適当な言い訳も思いつかない事を頭のなかで思い直す。

杏子「……いや、やっぱりそうかも」

バサラは杏子のその返事を聞くと、嬉しそうに微笑した。
そして、側に立てかけてあったギターを手に取ってかき鳴らす。

バサラ「マンツーマンライブだ。遠慮無く聞いていけよ!」

♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

♫ 全ては真っ暗星さえ見えない そんな夜が続く時

♫ 俺は気づいたんだ とりあえずできることをすればいいと

♫ It's my WILD LIFE いいかげんでゆこう

♫ どうにか先へ進もうぜ

♫ なんとかなってしまう All right

曲の間だったが、バサラは手を止めた。
黙って曲を聞いていた杏子はそのまま俯いたままだった。

バサラ「どうしたんだよ」

杏子は、はっとして顔を上げる。

バサラ「なんで俺の曲を聞いているのにそんな顔しているんだよ。聞きに来たんじゃないのか?」

杏子「……分かんない。自分がどうしてこんなことやってんのか」

バサラ「どういう事だ?」

杏子「柄にもない事言ったり、余計なことばっかりしたり。もう、そんな事しないって心に決めていたのに」

杏子「なんだか、自分で自分が分からなくなってさ」

吐き捨てるように言い、塞ぎこむ杏子を前にしてバサラは頭を掻く。そして、再び曲を弾き始める。

♫ It's my WILD LIFE いいかげんでゆこう

同じフレーズをもう一度弾く。

♫ どうにか先へ進もうぜ

また、同じフレーズを弾いた。
何度も、何度も。サビの部分を歌い続ける。

杏子「何を?」

バサラ「歌ってみろよ。そうすりゃ、歌の良さが分かるぜ」

杏子「私が……歌を?」

バサラ「ああ、行くぜ。俺の後に続けて歌え!♫ どうにもならない事ってあるだろ」

何を勝手なことを、と杏子は内心呟き、冷ややかな目でバサラを見る。
だが、バサラの歌は止まらない。彼が使い魔や魔女の前で歌った時のように。

杏子「やめろよ。そんなことしたって」

♫ 全ては真っ暗星さえ見えない そんな夜が続く時

杏子「だからさあ……」

♫俺は気づいたんだ

杏子「やめろっての!!」

♫ とりあえずできることをすればいいと

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手にゆこう

杏子「っ……ああ、もう!イッツマイワイルドライフ 自分勝手にゆこう!」

このまま止めようとしても止まらないのならと、自棄になって杏子は後に続けて歌っていく。
それを見て、バサラは表情を和らげる。
♫ どうにか先へ進もうぜ

杏子「どうにか先へ進もうぜ」

♫ なんとか なってしまう All right

杏子「なんとか なってしまう オールライト」

♫ 答えはついてくるのさ

♫ あの波に飛び乗ろう

YEAH YEAH YEAH

♫ It's my WILD STYLE 笑って生きてやる

♫ ぶつかっても構わない

♫ 涙は 飲み込んで OH YEAH!

♫ 運なんて向いてくるさ 光を

♫ 目指す限り!

バサラのリードに乗せられ、前に路上で聞いた時の歌詞まで歌う。
歌っている間、杏子は自分が思ったよりも夢中になっていることに驚く。
まるで普通の年頃の少女が歌うように、例え一時であっても憂鬱な事など無いかのように。

バサラ「よおっし!」

バサラはバルキリーのコックピットに乗り込むとボタンを幾つか操作する。
ホバーが発生し、風圧に杏子は少し怯む。
バサラ「おい、杏子。乗りな!」

杏子「乗るって、それに!?」

バサラ「ああ。星を見に行くのさ」

空を指さしながらバサラが言う。

杏子「星?星なら、ここからでも見えるだろ」

バサラ「分かってねえなあ。お前が見てるものなんか、この宇宙のほんの一部にしか過ぎないってこと教えてやるよ」

急かすバサラに渋々といった様子で従い、差し出されたバサラの手を取って操縦席に飛び乗る。
抱えるように杏子と席に座り、ギター型の操縦桿を下ろす。

バサラ「舌を噛まないように口を閉じてしっかり掴まってろよ」

杏子「お、おい。掴まるってどこに!?」

バルキリーが垂直に上昇し、空中で戦闘機の形態へと変形する。
バーニアに火が灯ると、急激に加速し、そのまま弧を描くように上昇していく。

バサラ「行くぜ!」

杏子「うわっ!おい、バサラ!」

杏子の声も聞かずにバサラはギター型の操縦桿で曲を弾き始める。
掴まるところを探し、無いと諦めた杏子は一瞬躊躇ってからバサラの身体に掴まる。

http://www.youtube.com/watch?v=OfRwb2AYIy0

♫ 夢を見たんだ 君の夢を

♫ 青いコスモス 胸のロケット

上昇するたびに杏子の身体に重力がかかる。耐えられないほどでは無いが、慣れない感覚に目を瞑る。

♫ シンプルだろう 答えなんてさ

♫ ヘッドフォンから 懐かしいメロディ

街の光が小さい点になる。雲を抜けて、まだ上昇を続ける。

♫ 後先考えず 進んできたけど

♫ いつも 明日は そう笑いかける

上昇が止まった。
圧力を感じなくなり、杏子は目を開ける。
黒と青のコントラストが目に映った。
その青色が自分の住む地球である事に気が付き、言葉を漏らす。

杏子「本当に……宇宙だ……」

♫ 満天星屑ハイウェイ

♫ 君に見せてあげたい

♫ 突然軌跡描く 流星(シューティングスター)

♫ 六感 引き寄せられてく

言葉を失くし、それからしばらくの間杏子は操縦席から見える景色に心を奪われていた。
バサラの言ったとおり、星の数は地上から見える数より遥かに多かった。
杏子(馬鹿みたいだ)

心の中で呟く。

杏子(あたしが知っている事なんか、ほんの少ししか無いのに)

杏子(それなのに、全部分かったような気でいて……)

♫ どこにもない 虹を探し

♫ 螺旋の中 俺は進んでいく


見滝原市の路地裏

QB「どうしたんだい、マミ」

マミ「ううん、なんでもない。けど……」

使い魔を倒した巴マミが不意に立ち止まる。
結界が晴れて、建物の隙間から空が見える。

♫ 生まれ変わる 全てスクラップ&ビルド

♫ でも希望は この胸の中さ

QB「けど、なんだい?」

マミ「歌が……聞こえた気がしたわ」

♫ どこまで行っても空は続いてる

♫ 俺の一歩 全て 始まりさ

マミ「降り注ぐような誰かの歌声が」

見滝原市 住宅街

まどか「それにしても、さやかちゃんと同じクラスで良かったあ」

さやか「へっへーん。困ったことがあったら何でも頼りなさい」

まどか「勉強とか……」

さやか「ゴメン。それは……パス」

♫ 燦然 輝くリズム

♫ 君に 感じてほしい

まどか「あれ……?」

さやか「ん?どうしたの、まどか」

♫ 琴線 触れる熱い言葉

まどか「さやかちゃん、何か音楽流してる?」

さやか「いんや?CDプレーヤーは持ってるけど電源は入れてないよ」

まどか「なんだろう……この歌なんだか凄く……」

♫ もっと空に撒き散らそう

それからしばらく、バサラの演奏が続いた。
熱が冷めるまで歌い、杏子はそれを聴く。

♫ 満天星屑ハイウェイ

バサラたちが再び地に着いたのは、日が青色の球体の裏側から出てきたのを見届けてからであった。


杏子「ん……朝……?」

杏子が目を覚ましたのはテントの中である。服は着たまま。持ち物も残金も変わりはない。
昨晩、バルキリーに乗って歌い明かした杏子は地上に着いた途端に眠気に襲われ、
バサラに言われるままにテントへと向かい、髪留めだけ外すと寝袋に入ってすぐに眠ってしまった。

杏子「……!いや、何もするわけないか。あいつのことだし」

テントの外に出るとバサラが火を起こしているのが見えた。

バサラ「おう、杏子。起きたのか」

杏子「う、うん」

バサラ「じゃあ、これ」

そう言うとバサラは飯盒を杏子の前に差し出す。

杏子「何これ?」

バサラ「水汲んできて。あと、ひどい寝癖がついてるぞ」

杏子「え……あ!わ、分かったよ馬鹿!」

杏子はバサラからひったくるように飯盒を奪い取ると、水場へと向かう。

バサラ「……なんで怒ってんだ?ぅアチッ!?」

呆れるように呟いた瞬間に火おこし器で起こした火花が着火剤に燃え移り、熱に思わず手を引っこめた。
蛇口から流れる水を手で掬い、顔を洗う。山から直接引いたという水はひんやりと冷たかった。

杏子「デリカシーってのが無いのかよ、もう」

呟きながら髪をまとめ上げる。寝癖で乱れた髪を直し、慣れた手つきでポニーテールを作る。

杏子「……でも、あたしは本当に宇宙に行ったんだよな」

眼の奥に宇宙で見た星々が映る気がした。振り返って、バサラがいた方向を見る。
着陸の際に辺りの木を倒してしまったせいか機体が木々で隠しきれず、杏子がいる場所からでも機体の翼部分が見えた。

杏子「あれ、まずいよなあ」

ふと、ポケットの中に手を入れる。ソウルジェムを中から取り出して眺めた。
宝石のような形状をしたそれは、太陽の光を受けて輝く。

杏子(ここんところ、グリーフシードは使っていないってのに全然汚れていない……)

杏子は近いうちに自分の身の回りに起こったいつもとは違うことを考える。
バサラの事しか思い当たらなかった。

杏子(あいつの歌が?)

キュウべえに言われた事を思い出す。バサラがイレギュラーな存在だということ。
魔法少女に対して、有益な存在か害を与える存在かも分からないということ。

杏子(あいつがどういう奴なのかは、まだあたしも分からない……けど)

そう思った刹那、手に持ったソウルジェムが反応を示した。

杏子「お前、これからどうするんだ?」

朝食を食べながら話を切り出したのは杏子の方であった。

バサラ「俺が?」

杏子「このままこんなのを置いておいて、いつか誰かにバレるかもしれないだろ」

杏子がバルキリーを指さして言う。

バサラ「バレるって……何が問題なんだ?」

杏子「普通の人はこんな物持ってないの!持ってたら、警察に捕まっちまうよ」

バサラ「バルキリーを持っているだけで逮捕されるのか?……変なの」

杏子「……もうなんかそういうのは慣れた」

杏子は食べ終わった食器を置いて立ち上がってバサラの前に立つ。

杏子「あたしがこいつをどうにかしといてやる。その代わり、頼みがある」

バサラ「頼み?」

杏子「……あたしにお前を信じさせてほしい」

バサラ「信じるって?」

杏子「だから!ええっと……そう、お前を信じるから、あたしのことももう一回だけ信じてくれってこと」

複雑な心持ちだった。
元々、バサラとの出会いはギターケースを盗んだ事から始まる。
そして、一度は歌を否定し、一度は彼を利用した。
虫のいい話で、怒声を浴びせられる事も覚悟していた。

バサラ「俺の歌を、またあいつらに聴かせるってことか?」

杏子は頷く。

バサラ「いいぜ」

バサラの返事は簡潔で、早かった。

杏子「ほ、ほんとに……?」

バサラ「何を驚いているんだよ。歌ってほしい奴がいて、歌を聞かせたい奴がいる。それだけの話だろ?」

杏子「……なんでお前はそうやって簡単に考えられるんだよ。あたしだって、もっと色々考えるのにさ」

バサラは杏子の愚痴など聞こえていないとでも言うかのように手にとったギターを持って適当に歌っていた。

風見野市~路地~

バサラ「今回は早い時間から現れるんだな」

杏子「こんな時間に現れるって事は、それだけ規模のでかい魔女ってことだよ」

バサラ「前に、お前が倒したのは?」

杏子「……多分、あれは使い魔が成長したものだと思う。今思うと、あれを倒している間に本体が成長したんだと思う」

杏子は話しながら路地を進む。ソウルジェムの反応を見て結界の方向へと進んでいく。
しかし、杏子の探知能力は魔法少女の中でも特別優れているというわけでも無く、漠然とした反応を頼りに歩みを進めていた。

杏子「なあ、お前は前に魔女の結界に巻き込まれた事があったよな。ひょっとして、魔女の居る位置はお前にも分かるんじゃないのか?」

バサラ「いいや。はっきりとは分からない。けれど」

杏子「けれど?」

バサラ「あの時は確かに聞こえたんだ。俺を、俺の歌を呼ぶ誰かの声が」

杏子はため息をつきながらも、妙に納得した。バサラには、自分の聞こえていないものが聞こえて、見えないものが見えるのだと、
何となく分かった。

杏子「今はどうなんだ?」

いきなり、バサラは無言になる。

杏子「バサラ?」

バサラ「……何か聞こえないか?」

杏子「聞こえる……?いや、何も聞こえないけれど」

バサラ「足音……子供の声……泣き声か?」

杏子「お、おい。いきなり走るなよ。危ないだろ!」

バサラ「向こうだ!」

杏子「ほ、本当かよ!?」

バサラの後を追って、杏子も走る。少し走るとあるはずのない場所にある扉が目に入る。
その異質な存在が魔女の結界へと続く扉だと分かるとバサラはそれを勢い良く開け、杏子も後に続いて中に入る。

~魔女の結界内部~

前と同じ、辺り一面緑色の風景。
ところどころ、青や赤色で歪な形の星や月が描かれている。そして、クレヨンや積み木などの子供の遊び道具。
ふと、杏子は以前組んでいた魔法少女の姿を思い浮かべる。

杏子(そういや、魔女っていうのは何か目的を持って行動をしているってマミが言ってたな)

この魔女が、何を目的としているのかを考える。
見たところ結界の中は子供の遊び場のようである。
そして、無差別に人を襲っているというわけでは無い。では、被害者は?
養護院がまっさきに思い浮かんだ。

杏子(まさか……行方不明ってやっぱりこいつの……)

子供を集めるだけなら、幼稚園や小学校などでも良いはずだ。
それが、あの養護院である理由が分からなかった。杏子はソウルジェムを見直す。

杏子(魔女の反応は前と比べて強い。思ったよりも深化しているのか?)

バサラ「おい、杏子」

考え事をしている杏子に、バサラが呼びかける。

杏子「なんだよ」

バサラ「また扉が出てきたぞ。でも、なんか入ってほしくなさそうだけれど」

今までの扉とは違い、扉の前に大きな鎖付きの鍵穴が付けられていた。
杏子はそれを一瞥すると躊躇なく槍で叩き切り、ドアを蹴り開ける。
杏子「は……?」

扉の中は今までのように辺り一面緑色の部屋では無く、
部屋の中を思い起こさせるようなフローリングの床、壁紙には白を基調とする様々な模様のついたものが使われていた。
そして、目に映ったのは遊んでいる子どもたちの姿である。
追いかけっこをしていたり、ボールを蹴って遊んだり、積み木を積み上げては崩す。
そんな、子どもたちの遊ぶ姿がそこにあった。

子供だけならば、違和感は無いはずである。しかし、杏子よりも年上であろう人たちも同じように遊んでいた。
突然、目の前で一人の青年が子供を蹴り飛ばす。

杏子「お、おいお前!何やってるんだよ!?」

杏子が駆け寄って青年の胸ぐらを掴む。だが、青年は全くたじろぐ素振りは見せずに虚ろな目で杏子を見た。

「何って、ボールを蹴っているんだよ。見れば分かるだろ」

杏子「ボールだって?どう見ても子供じゃねえか!」

話にならないと分かり、子供の方にも近づく。
痛がっているはずの子供は、膝を抱え、その場で小さく跳ねて転がっていた。

杏子「お前、大丈夫か……?」

「ボール」

答えたのは、それだけであった。唖然とする杏子を尻目に、青年は再び子供を蹴りに行く。
杏子はすんでの所で子供を抱え上げてそれを避けさせる。

杏子「やめろよ、そんな事!」

そう言った杏子の目にさらに信じられないものが飛び込む。

「いーち、にー、さーん、よーん、ごー」

大縄跳びをしている子どもたちがいた。
子供の腕同士を組んだ人間の大縄を掛け声をかけて飛ぶ。
10も数えない内に、真ん中の子供が組んでいた腕が外れ、回転の勢いで宙に飛ばされる。

バサラ「危ねえな!」

地に落ちる前にバサラが落下点に立っており、子供を受け止める。
子供の腕は、折れてはいなかったが肩が外れていた。

バサラ「お前ら、何をやってやがる!」

「遊んでいるんだよ」

バサラ「そんな遊びが、あってたまるか!」

「嘘をついたから、遊び道具にならなくちゃ」

バサラ「嘘を?」

「嘘をついたから」

「嘘をついたから」

「嘘をついたから」


部屋の壁が、天井が崩れ始める。
景観が変わって白色の壁は再び緑色に戻り、天井は真っ暗なドーム状になった。
崩れた壁の奥から魔女が姿を現す。


「かくれんぼだ!」

子供の一人が突然叫ぶ。

「鬼は?」「じゃんけんしようよ」「いいよー」「じゃんけん、ぽん!」「あーいこでしょ」

何回かあいこを繰り返すと、鬼が決まる。
その場にうずくまって目を伏せて数を数え始める。

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10 もう、いいかい?

もういいよ!

鬼は子供たちを探し始める。しかし、たいして広いわけでもなく隠れる場所も限られている結界の中では子供たちが見つけられるのにそう時間はかからなかった。

「見いつけた」

「あー見つかった」

「これで最後?」

「うん、そうだと思うよ」

鬼役の子がそう答える。

「嘘だね」

隠れていた子供の表情が変わる。

「うん、嘘だ。嘘をついた」

鬼役の子供も、表情を一変させる。先ほどまでの無邪気な笑みはそこにはなかった。

「酷いや」「酷いや」「酷いや」

魔女がぐずり声をあげる。
見つけられていないのは、魔女だけだ。あんなに大きな体で、隠れようにも隠れられないのに、それでも見つけてもらえない。
杏子はその異様な光景の一部始終を見て立ち尽くしていた。

「嘘つきはボールにならないと」

その言葉で、杏子は我に返る。
使い魔たちが鬼役の子供に向かっていくのが見えた。何をするのかは分からなくとも、それが危害を加えようとしているのは分かる。
だが、杏子が動くよりも先に、バサラがその鬼役の子供を抱えて使い魔たちの攻撃を避けた。

バサラ「お前ら、正気じゃねえのか」

子供にそう問いかけるが、周りの子供たちは勿論、抱えた子供でさえ、その言葉に反応を示すことはなかった。

バサラ「なら、目が覚めるような熱い魂の歌を聞かせてやるぜ!!」

http://www.youtube.com/watch?v=z3Bnj-U7Vq0

♫ Power to the Dream

♫ Power to the Dream Power to the Music

♫ 新しい夢が欲しいのさ

♫ Power to the Universe

♫ Power to the Mystery

♫ 俺達のパワーを伝えたい

杏子(バサラの歌……あの時の私はただ邪魔なものだけとしか思っていなかったけれど)

♫ やっと掴んだ 希望が

♫ 指の隙間から 逃げてく

♫ ブラックホールの 彼方まで

♫ ずっとお前を追いかけてく

杏子(今なら、この歌の意味が、バサラの気持ちが少しは分かる……!)

バサラへと向かう使い魔たちの攻撃を杏子が防ぐ。
子供たちは苦しむように呻きながら、歌を聴くまいと耳を塞ぐ。
魔女のむせび泣く声が大きくなる。使い魔の数が一層増える。


※リンク訂正


バサラ「なら、目が覚めるような熱い魂の歌を聞かせてやるぜ!!」

http://www.youtube.com/watch?v=JLtw5WMJcK4

♫ Power to the Dream

♫ Power to the Dream Power to the Music

♫ 新しい夢が欲しいのさ

♫ Power to the Universe

♫ Power to the Mystery

♫ 俺達のパワーを伝えたい

杏子(バサラの歌……あの時の私はただ邪魔なものだけとしか思っていなかったけれど)

♫ やっと掴んだ 希望が

♫ 指の隙間から 逃げてく

♫ ブラックホールの 彼方まで

♫ ずっとお前を追いかけてく

杏子(今なら、この歌の意味が、バサラの気持ちが少しは分かる……!)

バサラへと向かう使い魔たちの攻撃を杏子が防ぐ。
子供たちは苦しむように呻きながら、歌を聴くまいと耳を塞ぐ。
魔女のむせび泣く声が大きくなる。使い魔の数が一層増える。

バサラたちは尚も歌い続け、杏子の顔も緩んだ。バサラと目があって、恥ずかしさから目をそむけた。

うずくまっていたはずの魔女が再び動き出す。
そして、その場にあった巨大な積み木の一つを抱え上げる。

杏子「おい…まさか……」

魔女が狙っていたのは、倒れた子供たちであった。
抱え上げた積み木をそのまま振り下ろそうとする。
積み木を槍で切ろうと考えたが、それでは破片が子供に当たる可能性があることに気がつく。
魔女本体の動きを止めるしか無かった。
杏子は今、自分だけが最大の悲劇を防げると瞬時に理解して駆け飛ぶ。
戸惑いながらも魔女の眼前へ飛ぶ、その勢いのまま槍を顔の真ん中へと繰り出す。
魔女の口元が僅かに動いた。

杏子「っ!お前!?」

刺した槍の勢いで、魔女が後方に倒れる。刺した槍を引きぬくことも忘れて、杏子はその場から飛び退く。
地に倒れると同時に、宙に浮いた積み木が落ちて魔女の体をぐしゃりと潰した。

杏子「……なんで……こうなるんだよ」

引き抜くときに杏子が聞いた言葉は、断末魔の怨みや苦しさの声ではない。
その言葉で、杏子は魔女の意図を知った。杏子の身体が震えた。

杏子「……馬鹿野郎……ばっかやろう……!」

バサラ「………うおおおおおおおおおああああああああ!!!!」

押し黙っていたバサラが、突然シャウトを放つ。

杏子「バサラ……」

バサラ「あああああおおおおおおおお!!!!」

悔しさや苛立ちや悲しさが入り混じった叫び声。

杏子(……そうだよな。バサラだって……)

そう心の中で呟いて、杏子も同じように叫び始める。
気がつけば、二人は目から涙を流していた。
結界が晴れるまで、二人は心の底から声を出し続ける。

翌日

バイクを走らせる若者と、その後ろに座る少女。
養護施設の外の広場で遊ぶ子どもたちの姿が見える。

バサラ「行かないのか?ここに来たいって言っていたから来たのに」

杏子「うん……あたしは、いいよ。ねえ、バサラ」

バサラ「ん?何だよ」

杏子「……やっぱり、なんでもない」

釈然としない杏子に、バサラは背を向けたまま口を開く。

バサラ「俺は絶対に諦めたりなんかしないからな」

杏子はバサラの後ろ姿に一瞬だけ視線を向けた後、口元を腕の中に隠して微笑を浮かべた。
養護院の奥から歩いてくる人影が見えた。

杏子「あ、やばい。バサラ、出して!」

慌てて杏子はバサラへと催促をする。
だが、バサラは反応を見せない。
門を開けて、道路の脇に止めているバサラたちの元へと女性が歩いてくる。

杏子「バサラってば、あ……」

ようやく振り向いたかと思えば、バサラは杏子をバイクから降りるように促す。
目配せをしたが拒否は出来ないと分かり、渋々それに従って降りると肩を軽く押される。

園長「佐倉さん、よね」

園長が杏子に声をかけてきた。流石に、杏子も目の前にいる相手に対して無視するわけにもいかず、頷く。

園長「子どもたちが戻ってきたの。本当に良かった」

杏子「そ、そうですか。良かった……?」

言葉とは裏腹に、園長があまり明るい顔をしていないことが杏子は気になった。

杏子「何か、あったんですか?警察とか」

園長「いいえ、警察の方々にはもうお礼は言ったし……そうではなくてね」
園長は少し躊躇いがちに話し始める。

園長「一人だけ、まだ戻ってきていないのよ。一番最初に行方不明になった子が」

杏子は、その顔も知らない行方不明の子供が誰なのかを知っていた。
拳を握りしめて俯く。何故か、相手の顔が見れなかった。

杏子「……一つ、言ってもいいですか」

園長「ええ、どうぞ」

杏子「戻ってこない子はもう諦めた方がいいんじゃないですか?」

園長「そんな事は、絶対にしないわ」
自分の失言が分かっているだけにたじろぐ。

即座に毅然とした表情で園長は答えた。強い意志を感じて杏子はたじろぐ。

杏子「……でも、そんなんじゃ辛いだけだよ。現実的に考えて、帰って来ないのなら」

杏子(何言ってるんだよ私は!そんな事、言うようなことじゃないのに……!)

いつの間にか、敬語ではなく、いつも通りの言葉遣いになっていた。自分が、何を言わせたいのか、何をさせたいのか。
それが分かって、さらに自己嫌悪に陥る。けれど、口から出る言葉は止められなかった。

園長「佐倉さんは、優しいのね」

園長が返したのは世辞や皮肉などが込められていない本心からの言葉であった。
その言葉で、杏子は口を噤む。目に薄っすらと涙が滲む。

園長「でもね、あの子が帰る場所はここなの。だから、私はずっと待ち続ける。それが、私の、子供の面倒を見る者の義務だから」

その言葉を聞いて杏子は強く頷く。そして、羨ましいとも感じた。

園長「……ねえ、もしあなたさえ良ければ」
バイクのエンジンをかけ直す音が聞こえた。杏子は慌てて振り向く。

杏子「え、ちょ、ちょっと!?」

バサラ「じゃあな。俺は行くぜ」

杏子「行くって、どこにだよ。そんな勝手に……」

園長「ええと、お兄さんでいらっしゃる?」

杏子「まさか!全然、そんなわけない、ただの知り合い」

慌てて否定する杏子を、バサラは鼻で笑う。

バサラ「あ、そうだ」

右手の親指を立てたグッドサインを杏子へと向けた。

バサラ「お前の歌声、なかなか良かったな。また一緒に歌おうぜ」

バイクが動き出す。少しの間、杏子は掛ける言葉を探した。
そして、思い立つと走り去るバサラに向けて杏子は声を飛ばした。

杏子「バサラーっ!ギターケース失くして、ごめんよー!!」

バイクのエンジン音で、はっきりとその声がバサラに聞こえたかどうかは分からない。
だが、杏子の顔は晴れやかで、心の中にはずっと歌が響いていた。

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手にゆこう

今回はここまでにしときます。杏子編はこれで終了。次はマミ編に入ります。

第二話
「ファースト・インプレッション」


(あなたの、あなたの為なら、私は……)

激しい慟哭を感じながら目が覚める。
息苦しさは時間を繰り返す度に増していく。何度も時間を繰り返し、理想の答えを見つけ出す。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
健常者と何ら変わらない足取りでベッドから出て歩き出す。
当然だ。もう心臓病の影響は無い。そして、これからするべき行動も全て覚えている。
ふと、鏡の前に立ち、自分の顔を見た。

酷い顔だ。

(なぜ私はこんな酷い顔をしている?)

失敗したから。

なぜ?

私は必死に戦った。全員が生き残れるように考えた。戦い方を覚えた。武器も揃えた。グリーフシードも集めた。昔に比べて私は段違いに強くなった。それなのに……。

それなのに……必ず仲間の誰かが私の目的の障害になる。


(それは、本当に仲間と呼べるの?)


目を閉じてゆっくりと開く。しなければならないことを理解してリボンを外す。これは、決心だ。
もう迷わない。もう失敗したりしない。

だから……

(もう、誰も信じない)

そして、私はまた歩みを進める。まどかを救うために。
……ああ、なるほど。決心というのはこういうものか。
こんなにも気持ちが軽くなるものなら、もっと早い内にしてしまえば良かった。
僅かに双瞼に熱いものを感じた気がしたが、それはすぐに乾くだろう。

きっと……すぐに……


OP SEVENTH MOON
http://www.youtube.com/watch?v=vj7cux9ddWE

マクロス7艦隊 シティ7

ミレーヌ「ええーっ!バサラがまたいなくなったの!?」

喫茶店で、大声を出す少女の姿があった。その向かい側には、真面目そうな服装をしたいかにも真面目そうな男がいた。
周りの客やウェイトレスの視線が一斉にその二人組に集まる。

ガムリン(し、しーっ!お、落ち着いてください、ミレーヌさん。声が大きいです。一応まだ正式には発表されてない情報なんですから!)

真面目そうな男、ガムリンが小声でミレーヌをたしなめる。

ミレーヌ「落ち着いていられるわけ無いでしょう。
はーあ。この前ようやく帰ってきたばかりで、ライブの予定もたくさん入っているのに……もう!バサラったら!」

ミレーヌは大きく息をついた。ミレーヌの肩に乗った、ペットである宇宙ネズミのグババも「ギューイ」と怒った顔をして鳴く。

ガムリン「あいつが、こんな風にいきなりいなくなるなんてことは、よくあることだと思っていましたが」

ミレーヌ「だから怒ってるのよ。プロとしての自覚が全然足りてないんだから!」

ミレーヌは膨れっ面をしながら紅茶にミルクを注いでティースプーンでかき混ぜる。

ガムリン「……実は、バサラがいなくなった時におかしな反応があったのです」

ミレーヌ「おかしな反応?それって何なの」

ガムリン「何でも、フォールド反応が僅かに検出されたそうです。といっても、私も詳しくは聞いていないのですが」

ミレーヌ「じゃあ、その反応にバサラが関係しているってこと?」

ガムリン「いえ、まだそうだとは決まったわけでは」

ミレーヌ「いいえ!絶対関係しているわ。だって、バサラだもん。バサラなんだから何か関係があるに決まっているわ!」

ガムリン「いや、なので、それを今解明している最中で」

ミレーヌ「こうしちゃいられない!すぐにパパに話をつけて探しに行かないと。ガムリンさん、お代はここに置いていくから」

ガムリン「あ、ちょ、ちょっとミレーヌさん!?
そうなるだろうと思って既にあなたの機体は格納庫にしまわれているから無駄だと……あー聞いてない。
行ってしまった……か……」

1人店の中に残されたガムリンは寂しくため息を漏らす。

ガムリン「……しかし、今回の件にはどうも不可解な部分が多いな。
未知の異星人との接触も間近に控えているというのに……バサラの奴は一体どこに」

「あのう」

ウェイトレスに声をかけられて、ガムリンは顔をあげる。

「ご注文のいちごパフェ。お持ちいたしました」

ガムリン「あ、それはミレーヌさんの……あ、いえ。置いてください。自分が……食べます」

何が悲しくて男一人でいちごパフェを食べなければならないのだろうかと思いつつ、ガムリンは苺とクリームをせっせと口へ運んでいた。
痴話喧嘩でもしたと思われているのか、哀れみをこめた視線を向けられていることが余計に鬱々とした気分にさせた。

見滝原中学校


和子「転校生を紹介します。じゃ、暁美さん、いらっしゃい」

ワー ウオスゲービジン スッゲ オオー

ほむら「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

まどか「えっ?嘘……まさか……」

ほむら(……様子がおかしい?まさかもう奴等と接触した……?)

和子「ええと、暁美さん。あなたの席は……」

ほむら(……いや、考えすぎだろう。この数日間まどかに
見つからないように周囲を監視していたけれどまだ奴等が接触に成功した様子はなかった。
大丈夫。今度こそ、うまくやれるはず……)

和子「あの、暁美さん?そろそろ席の方へ……聞いてる?」

すみません、>>102修正

マクロス7艦隊 シティ7

ミレーヌ「ええーっ!バサラがまたいなくなったの!?」

喫茶店で、大声を出す少女の姿があった。その向かい側には、真面目そうな服装をしたいかにも真面目そうな男がいた。
周りの客やウェイトレスの視線が一斉にその二人組に集まる。

ガムリン(し、しーっ!お、落ち着いてください、ミレーヌさん。声が大きいです。一応まだ正式には発表されてない情報なんですから!)

真面目そうな男、ガムリンが小声でミレーヌをたしなめる。

ミレーヌ「落ち着いていられるわけ無いでしょう。
はーあ。この前ようやく帰ってきたばかりで、ライブの予定もたくさん入っているのに……もう!バサラったら!」

ミレーヌは大きく息をついた。ミレーヌの肩に乗った、ペットである宇宙ネズミのグババも「ギューイ」と怒った顔をして鳴く。

ガムリン「あいつが、こんな風にいきなりいなくなるなんてことは、よくあることだと思っていましたが」

ミレーヌ「だから怒ってるのよ。プロとしての自覚が全然足りてないんだから!」

ミレーヌは膨れっ面をしながら紅茶にミルクを注いでティースプーンでかき混ぜる。

ガムリン「……実は、バサラがいなくなった時におかしな反応があったのです」

ミレーヌ「おかしな反応?それって何なの」

ガムリン「何でも、フォールド反応が僅かに検出されたそうです。といっても、私も詳しくは聞いていないのですが」

ミレーヌ「じゃあ、その反応にバサラが関係しているってこと?」

ガムリン「いえ、まだそうだとは決まったわけでは」

ミレーヌ「いいえ!絶対関係しているわ。だって、バサラだもん。バサラなんだから何か関係があるに決まっているわ!」

ガムリン「いや、なので、それを今解明している最中で」

ミレーヌ「こうしちゃいられない!すぐにパパに話をつけて探しに行かないと。ガムリンさん、お代はここに置いていくから」

ガムリン「あ、ちょ、ちょっとミレーヌさん!?
そうなるだろうと思って既にあなたの機体は格納庫にしまわれているから無駄だと……あー聞いてない。
行ってしまった……か……」

1人店の中に残されたガムリンは寂しくため息を漏らす。

ガムリン(しかし、今回の件はいつものような放浪とは何か違うような気がするな。
艦長もバサラを呼び寄せようとしていたようだったし、何か誰かの作為的なものを感じるが……)

「あのう」

ウェイトレスに声をかけられて、ガムリンは顔をあげる。

「ご注文のいちごパフェ。お持ちいたしました」

ガムリン「あ、それはミレーヌさんの……あ、いえ。置いてください。自分が食べます」

何が悲しくて男一人でいちごパフェを食べなければならないのだろうかと思いつつ、ガムリンは苺とクリームをせっせと口へ運んでいた。
痴話喧嘩でもしたと思われているのか、哀れみをこめた視線を向けられていることが余計に鬱々とした気分にさせた。

休み時間

女子A「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

ほむら「東京の、ミッション系の学校よ」

女子B「前は、部活とかやってた?運動系?文化系?」

ほむら「特に何もやって無かったわ」

(どうにかしてまどかと会話する機会をもたないといけないわね。
……とはいえ、前のように唐突に話しかけても不審がられるだけでしょうし、
それに私と関わりすぎて契約したら本末転倒ね……なら、ここは……)

ほむら「ふぅ……ごめんなさい。なんだか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が悪いわ」

女子A「え、あ、じゃ私が案内してあげる」

ほむら(いらないことしなくていいから!)

女子B「あたしも行く行く」

ほむら(便乗しないでほしいのだけれど!……でもここで事を荒げるわけには行かない)

ほむら「いえ、おかまいなく。係の人におねがいします。鹿目まどかさん。あなたがこのクラスの保健係よね」

まどか「え?えっとあの…」

ほむら「連れてってもらえる?保健室」

ほむら(上手く笑えたと思うけれど)

ほむら(……表情を見る限りでは、うまくいかなかったようね)

廊下

ほむら(なんとか二人きりになることは出来た。さて、なんて話を切り出すべきか……)

まどか「あ…あのぅ…その、私が保健係って……どうして」

ほむら(……しまった、少し性急過ぎたかしら。機会を伺うのは面倒ね)

ほむら「早乙女先生から聞いたの」

まどか「あ、そうなんだ。えっとさ、保健室は…」

ほむら「こっちよね」

まどか「え?うん。そうなんだけど。いや、だから、その、もしかして…場所知ってるのかなって」

ほむら(しまった……また私は……)

まどか「あ…暁美さん?」

ほむら「ほむらでいいわ」

まどか「ほむら…ちゃん」

ほむら「何かしら?」

まどか「あぁ、えっと…その…変わった名前だよね。い、いや…だから、あのね。変な意味じゃなくてね。その…カ、カッコいいなぁなんて」

ほむら(……分かっていた。けれど、この反応を見るのはいつも心が苦しくなる。
この時間軸のまどかは私を知らない。でも私はまどかの事を知っている。知っている、知っているのよ!)

ほむら「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」

まどか「え…えっと、わ、私は。大切…だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ」

ほむら「本当に?」

まどか「本当だよ。嘘なわけないよ」

ほむら「そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね。
さもなければ、全てを失うことになる」

まどか「え……?」

ほむら「貴女は、鹿目まどかのままでいればいい。今までどおり。そして、これからも」

ほむら(そう。私が過去に戻ったのはあなたを守るため。そして、より良い未来を掴み取るため。
……もう二度と、あんな悲しい顔をまどかにさせるわけにはいかない)

ほむらの脳裏によぎったのは、最初のまどかとの出会い。そして別れの瞬間、交わした約束。
まどかにはその真意を語らずに、ほむらは再び戦い始める。

放課後 校門前

さやか「ねえ、まどか。あとでCD屋に付き合ってくれない?」

まどか「また上条くんの?」

さやか「へへ。まあね」

仁美と手を振って別れを告げると、二人はCD屋へと向かう。

さやか「今日は何のCDを持って行ってあげたらいいかな?バッハ?シューベルト?ドビュッシーとかかな」

まどか「え、ええと。私、そっちの方はあんまり詳しくないから」

さやか「バイオリンって奥が深いよねえ。同じ曲でも演奏者が違うと全然違うの!例えば前に私が買ったCDだと……」

「なあ、ちょっといいか?」

さやか「は、はいぃ!?」

自分の世界に入りかけていたこともあって、さやかは大きな驚き声を上げる。

まどか「さやかちゃん驚きすぎだよ……」

さやか「え、ええと?すみません。それで、な、何でしょうか」

男が、突然まどかたちに話しかけてきた。
まず二人の目に入ったのは、

ギターのケースが横に積まれている真っ赤に塗装されたバイク。
そして、次に声の主の格好。
楽そうな服装にジーンズ。そして逆立った髪型に、丸縁のサングラス。

そこまでならば、少し風変わりなだけで済むが、
さらに背中には、その男の個性を主張するかのようなアコースティックギターが背負われていた。

「道を聞きたいんだけど」

さやか「え、道?」

「ああ。楽器屋ってこのへんに無い?」

まどか「それならちょうどこの道路を道なりに曲がっていけばありますけど……っとわっ!」

さやか「あ、あのっ。わたしたち用があるんで、それじゃ」

「ん、そうか。じゃあ、ありがとな」

お礼の言葉を短く言うと、男はバイクのエンジンを掛けて走り去っていく。

さやか「……ほっ、よかった」

まどか「今の人、何か変わった雰囲気の人だね」

さやか「まどか、駄目。あれは不良よ。あんなのに私の嫁であるまどかが興味を持っちゃいけません!」

まどか「嫁って……いつからそうなったの」

さやか「変な色のバイクにあんな不良っぽいちゃらちゃらした格好をした男の人に、まどかが毒されたりしたら……はっ!もしかしてさっきのもナンパだったのかも!?」

まどか「でもギターを背負ってたよ。ただの音楽家なんじゃないかな」

さやか「そ、それは……きっとギターを武器にする人なんだよ!なんか昔のアニメとかゲームでそういうの見たことあるし。
ほら、ああいうのに関わっちゃいけないから早く、行くよ!」

まどか「そ、そう……かなあ……?」

CDショップ

さやか「うーん、新しいのは無いか。じゃあ、この辺から何か無いかな……」

まどか「♪」

さやか「ん……、何聞いてるの?」ヒョイッ

まどか「わ、取らないでよお」

まどかから奪い取ったヘッドホンを耳につける。
聞き馴染みの無い歌がさやかの耳に聞こえてきた。

♪コダマハカエルヨ♪ヘイヘイホー♪ヘイヘイホー

さやか「……演歌?」

まどか「うん……演歌」

さやか「中学生で演歌って……」

まどか「やっぱり、おかしいかなあ……」

さやか「ま、まあ。いいんじゃないかな?私だって、恭介のおかげでクラシックに詳しくなったけどさ、
意外だってよく言われたりもするし。」

まどか「そう、だよね!この曲も古典的な感じだけどすごくいいんだよ!」

さやか「へえ、何て名前なのこれ?」

まどか「与作!」

さやか「……そりゃまたクラシカルな名前だこと」

(助けて……!)

まどか「……え?」

脳へ直接響く声に、辺りを見回す。

(助けて!、まどか!僕を助けて!)

さやか「ん……どうしたのまどか?」

まどか「声がどこからかして、助けてって……」

さやか「はあ?……ははーん、あの転校生に毒されてまどかもとうとうそういうキャラに目覚めたの?」

まどか「違うって!ええと、多分こっち!」

さやか「あ、まどか!まだCD買ってないんだけど!?」


しくじった。

この時間軸に来て、初めてそう言えるほどの失態を犯してしまった。
本来ならば、魔法少女同士が行える念話。
それを、あろうことかキュウべえはまだ一般人であるまどかへと飛ばしたのだ。
しかも、よりにもよって私の弾丸を数発わざと受けた状態で。
あいつらの身体の限界はいくつも排除してきた私にはよく分かる。
弾丸の数発ごときでは、活動を停止することはない。それを、向こうもよく理解しているのだろう。
生死の重要性など微塵も考えていない癖に痛みを感じさせるような悲壮な声をあげ、まどかを呼び寄せようとする。

そこまで、まどかとの契約は魅力的か。
そこまで、なりふり構わず契約させるつもりかインキュベーター。

悔しさとその行動を想定できなかった自分の不甲斐なさに思わず奥歯を噛む力が強くなる。
舌打ちで気を紛らわしながら、インキュベーターの気配を追って走る。
まどかがあれを見つけるよりも前に、なんとしてでも探しださなくては……!

まどか「どこにいるの?あなた…誰?」

キュゥべえ「助けて……」

まどか「あなたなの?……!、ほむらちゃん…」

……最悪だ。

出会ってしまった。奴等とまどかが。
インキュベーターの無表情な顔が、その裏側で笑いをこみ上げているのを抑えているようにさえ、今は感じる。
私は拳銃を抜き、インキュベーターに向かって突きつける。

ほむら「そいつから離れて」

まどか「だ、だって、この子、怪我してる。ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」

ほむら「貴女には関係無い」

そう、関係ない。あなたは何も知らなくていい。知ってはいけない。
知れば、助けずにはいられなくなる。何かをせずにはいられなくなる。
それがあなたという人だということを、私はよく知っている。

まどか「だってこの子、私を呼んでた。聞こえたんだもん!助けてって」

ほむら「そう」

時を止めて、奪い取って排除するか……いや、魔力を魔女との戦い以外のこんなところで消費するのは勿体無い。
だが、このまま奴を野放しにすれば、まどかが……っ!?煙!?いや、消化剤か!誰が!?

まどか「え…?えぇ?」

さやか「まどか、こっち!このっ!」

まどか「さやかちゃん!」

完全に不意をつかれた。
投げられた空の消化器を避けつつ、私は煙幕の中からまどかの逃げた方向を見定める。

ほむら「こんな時に」

やはり、美樹さやかはこの時間軸においても、たとえ魔女化をしなくとも私の障害と成り得るようだ。
前の時間軸では、美樹さやかのせいで私の話は聞き流されたこともある。その時の口惜しさが蘇り拳を握る。

……ああ、良かった。覚悟が無ければ心が折れかけていたかもしれない。
そうだ、もっと早く覚悟を決めるべきだったのだ。
行動方針が定まった時、突如世界が歪んでいく。

ほむら「!、魔女の結界が……近くに……」

奴らめ、まさかこれも見越していたというのか。
危険な状態に陥れ、契約を誘う。そんな下劣な手段を使おうとしていることを、まどかは知らない。

ほむら「まどか……今助けてあげるから……!」

さやか「何よあいつ。今度はコスプレで通り魔かよ!つーか何それ、ぬいぐるみじゃないよね?生き物?」

まどか「わかんない。わかんないけど…この子、助けなきゃ」

さやか「あれ?非常口は?どこよここ」

まどか「変だよ、ここ。どんどん道が変わっていく」

さやか「ああもう、どうなってんのさ!」

空間が歪み、建物の中にいるはずの二人はいつの間にか見知らぬ空間の中に立っていた。
ひょこひょこと人の神経を気味悪がらせるような容姿をした生き物が出てくる。

まどか「やだっ。何かいる」

さやか「冗談だよね?私、悪い夢でも見てるんだよね?ねえ、まどか!」

何を言っているのかは分からなかったが、気味の悪い生き物たちが
自分たちに害意を持っていることを、まどかたちは本能的に察知していた。
二人は怯えながら、互いに恐怖を和らげようと抱き合う。

まどか「こんな……誰か……助けて……」

その火薬音が生き物たちを破裂させ、殲滅させた時、まどかたちは恐怖から立ち直って意識をはっきりとさせた。

マミ「危なかったわね。でももう大丈夫」

QB「マミ!……助かったよ」

マミ「あら、キュウべえを助けてくれたのね。ありがとう。その子は私の大切な友達なの」

まどか「あ……私、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が」

マミ「ふぅん…なるほどね。その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」

さやか「あ、あなたは?」

マミ「そうそう、自己紹介しないとね。でも、その前に……ちょっと一仕事終わらせちゃってもいいかしら?」

マミがスカートの端を持って翻すとその中から大量のマスケット銃が現れ、それらを手に取る。

WAOOOOOOOOOOO!!!

撃ち放とうとした瞬間、結界内全てに響き渡るようなシャウトボイスがマミの手を止めた。

マミ「え……?」

バイクのエンジン音。そして、現れる真っ赤な機体。
エレキギターのコードをバイクに取り付けられたアンプに挿し、かき鳴らす。

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs

バサラ「俺の歌を聞け!!」

♫ Let's GO 突き抜けようぜ! 夢で見た夜明けへ

まどか「な、何これ……?」

さやか「コスプレ少女にハードロッカー!?そんな組み合わせって……」
 
♫ まだまだ遠いけど May be どうにかなるのさ 愛があればいつだって

マミ「っ……ちょっと、あなた、一体何なの、何のつもりなの!?危ないわよ!」

気を取り直したマミが銃を構えて撃ち始める。
その銃声を聞いた瞬間、バイクにつながれたアンプから出るギターの音が大きくなり、歌声も力を増す。

♫ 俺の歌を聞けば 簡単なことさ

さやか「な、なんかすごい事になっちゃてる……なんかよく分かんないけれど……」

まどか「……すごい」

♫ 2つのハートをクロスさせるなんて

♫ 夜空を駆ける ラブハート 燃える思いを乗せて

♫ 悲しみと憎しみを撃ち落としてゆけ

マミ(……あああ、もう!一体なんなのよっ!この人は!!)

歌を意識をしないようにマスケット銃を撃つが、どうにも照準が上手く定まらない。
それどころか、使い魔たちが逃げ出しているようにも見えた。向かってくるのならばまだ狙いやすいが、逃げる相手は捉えにくい。

♫ お前の胸にもラブハート まっすぐ受け止めて デスティニー 

♫ 何億光年の彼方へも 突撃 ラブハート!

曲のサビが終わると同時に魔女の結界が閉じだした。

マミ「ええっ!?ちょっと、まだ必殺技も何も……」

バサラ「おいおい、もう行っちまうのか?もっと聞いていけっての」

マミとはベクトルの違う不完全燃焼さを感じながらバサラは呟く。

マミ「……ちょっと、あなた、なんであんな危ないことをしたのよ!それに、あんな所で歌ってたりしたら戦いの邪魔でしょう!」

バサラ「邪魔?戦いなんざ、しないほうがいいだろうが。そんな銃なんて使ったりするなよ」

マミ「そんなわけにはいかないの!ハア……こっちの事情も知らないで」

さやか「あ、あの~、私達、もう帰ってもいいですかね?」

マミ「あ……ご、ごめんなさい。忘れていたわけじゃないのよ。それより、大丈夫だった?」

まどか「はい……なんとか」


ほむら(一体何なの……あの歌は……)

見間違えでなければ、あの男の歌が使い魔たちを退けたかのようにも見えた。
だが、そんなことはあるはずがない。
……いや、魔法少女と魔女の関係上、そんなことはあってはならないはずだ。

ほむら(私以外のイレギュラー?……いや、イレギュラーだとしても、あまりにも異質すぎる)

マミ「……魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回は譲ってあげるから」

物陰に隠れ、考え事をしていた私の気配を察知したのか、声をかけられた。
巴マミ……マミさん。出来ることならば、一番敵にしたくない相手だ。
錯乱しつつも的確な行動の出来る戦闘能力、特に私の魔法は彼女の拘束魔法と相性が悪い。
それに、マミさんからは色々なことを教えてもらった恩がある。
たとえ何度時間を繰り返したとしても、向こうが覚えていないとしても、それを忘れたわけではない。

ほむら「……私が用があるのは」

まどかだけ、とすぐに言葉を続けるつもりだった。だが、私は自分でも嫌になるほど口下手だった。

マミ「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言っているの。
お互い、余計なトラブルは無縁でいたいとは思わない?」

違う、と私は叫びたかった。意図した事が伝えられないもどかしさに、胸が引き裂かれそうだった。
形としては、インキュベーターの策略にまんまと乗せられたような気がして、それが悔しさを増長させる。
だが、私には今ここでどんな弁解をしたらいいのか見当がつかなかった。

これ以上、何かをしてマミさんやまどかに不信感を与えるのは上策ではないだろう。
協力を得られないとしても、敵対関係にはなりたくない。
そう判断した私は、その場を去ろうとする。そう決めた瞬間に、男の真っ直ぐな視線に気づいた。

男の視線の意味は私には理解できなかったが、その視線が少し不愉快に感じた。

いきなりの身の危険からようやく開放されて、まどかたちは大きく息をつく。

QB「ありがとうマミ」

小動物がマミに向かって礼を言う。傷は、もう無い。

まどか「あの、あっちにいる人は……?」

まどかが先程まで歌っていた男の方を指差す。
男は、まだほむらがいなくなった先を見つめていた。

マミ「さあ、彼も通りすがりじゃないかしら?まあ、何にせよあなた達のお陰でキュウべえは助かったわ」

QB「どうもありがとう。僕の名前はキュウべえ」

まどか「あなたが、私を呼んだの?」

QB「そうだよ、鹿目まどか、それと美樹さやか」

さやか「何で、私たちの名前を?」

QB「君たちには才能があるからね。そんな子はなかなかいないから調べさせてもらったよ」

マミ「才能……ってことは、もしかしてこの子たちは!」

QB「そうさ。マミと同じように魔法少女の才能がある子たちだ」

まどか「魔法……少女?」

QB「そうさ。……比較的安全な今の内に聞いておこうか。実は、僕は君たちにお願いがあるんだ」

まどか「お願いって?」

QB「僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ」

今回はここまでにしときます。
後の展開と整合性とったりするためにちょこちょこと変えていきます。

バトル7 ブリッジ

『艦長 ブリッジイン』

機械のアナウンスの声と共に、青髪の艦長が中に入る。
中身は既に老境に差し掛かっている年齢であるはずだが、その容姿は青年時代と遜色がない。 艦長席に座ると横にいる巨人、ゼントラーディ人へと声をかける。

マックス「エキセドル参謀。例の異星人とのコンタクトはどうなっている?」

エキセドル「はい、どうやら彼らの目的は歌のようです。いえ、というよりはエネルギーというべきですかな」

マックス「その様子だと、ただのFIRE BOMBERのファンというわけではないのだろう」

エキセドル「仰るとおり。彼らには不可解な点がありますな」

マックス「不可解な点?」

エキセドル「彼らの科学技術に対する理解度からは、相当高度な知的生物なのだと推測されるのですが……その目的がどうにも不明瞭でして」

マックス「確か、宇宙の熱的死。エントロピーの増大を防ぐために膨大な代替エネルギーを必要としている……だったか。我々にはそのような事が必要なのかどうかは分からないが、彼らの価値観からすれば必要なことなのだろうな」

エキセドル「はい。しかし、なぜ彼らは敢えて代替エネルギーとしてサウンドエナジーに目を付けたのか。そこがどうにも不明瞭なのです」

マックス「単に大きなエネルギーというのであれば核燃料などでも構わないはず……。サウンドエナジーは使い方を誤れば我々にとって大きな脅威とも成り得るから、彼らとの交渉は慎重に進めなければならないだろうな。彼らはいったいどんな種族なのだろうか……参謀のデータベースにも無い種族とは」

エキセドル「知識が及ばず申し訳ありません。この広い宇宙には私たちの知らない種族がまだまだ存在するということですな」

マックス「いや、気にしなくともいい。だが、インキュベーター。銀河の管理者とも名乗っていたが彼らの真意とはいったい……」

マックス(彼らは突然我々の前に姿を現し、歌のエネルギーを欲している。バサラの歌があれば彼らの真意も見えてくると思ったが……肝心のバサラは行方不明。タイミングが合いすぎているような気もするが)

対策を考えあぐねいていると電話の着信音が突然鳴る。
マックスは少し気まずい顔をして懐から電話を取り出す。

マックス「おっと、切り忘れていた……ん、ミレーヌからか。すまない、少しだけ席を外す」

エキセドル「ええ、お構いなく」

席を立ち、扉を出ると通話ボタンを押して機器を耳に当てる。

マックス「ミレーヌ。今勤務中「ちょっと、パパ!なんで私のバルキリーが使えないの!?」

ボタンを押した瞬間に発せられた声に、マックスは一瞬怯む。

マックス「……その事ならガムリン大尉を通じてお前に伝えさせたはずだが」

ミレーヌ「嘘よ、だってガムリンさんそんな事を言ってなかったもん!」

マックス「大方、お前がその話を聞く前に飛び出してきたのだろうな」

大きなため息をつき、メガネのズレを直すとマックスは壁に背をもたれかける。

マックス「お前がバサラを心配する気持ちは分かる。また捜しに行きたいのだろうということも」

ミレーヌ「そうよ。今回こそはあいつにプロの意識っていうものが何なのかをしっかりと叩き込んであげないと気がすまないんだから」

マックス「それが、本当にお前がしなくてはならないことなのか?」

ミレーヌ「えっ……」

マックス「バサラに関しては、軍部の方で捜索を行う。大掛かりに、というわけにはいかないが何やら重大な事件に関わっているかもしれないからな」

ミレーヌ「重大な……事件?」

マックス「ミレーヌ。お前には悪いが、こちらに任せてほしい。だから」

ミレーヌ「……うん、分かったよパパ。ごめん自分勝手なこと言って」

マックス「どうした、急に?やけに物分かりがいいじゃないか」

ミレーヌ「私が今やらなきゃいけないことはバサラを探すことじゃない。FIRE BOMBERの一員としてバサラがいなくともライブを成功させること。それを果たさずにバサラを捜しにいくのは責任のあるいい大人じゃないなって」

マックス「……ミレーヌ」

ミレーヌ「ごめんなさい、パパ。仕事中に我が侭を言っちゃって。パパになら任せられるからできるだけ早くバサラを見つけてね」

マックス「出来る事ならば今の状況について詳しく伝えてやりたい気持ちもあるが、市民の混乱を防ぐために明かせない事情もある。それは大丈夫か?」

ミレーヌ「うん、分かってる。パパもママもいつもみんなのことを考えているってことは娘の私が一番よく分かっているんだから」

マックス「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

艦長が出て行ったアナウンスの後、少しだけオペレーターたちは羽目を外す。

美穂「……なーんか嫌な感じがするなあ」

ブリッジではオペレーターの1人である美穂が隣に座るサリーへ話しかけていた。

サリー「例の異星人のこと?私たちが気にしなくとも大丈夫よ。たいていの事なら艦長や歌う人たちに任せればなんとかなるもの」

美穂「うーん、そうなんですかねえ」

サリー「らしくないわね、あなたが心配するなんて。あなたは脳天気なのがとりえなのに」

美穂「それ、褒め言葉なんですか?」

サリー「ええ。だいたい、何がそんなに気にかかるのよ?異星人とのコンタクトなんてそこまで珍しいことでもないでしょう?」

美穂「そうだけど……なんだかいつもとは違うような気がするっていうか。何かの転機になりそうな感じがするっていうか」

サリー「なーんだ、勘か。だったら私の勘だと残念ながら今回は私達は大した出番も無く終わるわよ。ほら、仕事に戻る」

美穂「えー、まあそうなったらいいけど……いや、でも出番が無いのは良くないような……あれれ?」

サリー「はあ……そんなことより、あなたは将来の相手のことでも心配していなさいな。まだ新しい恋は見つけられていないんでしょう?」

美穂「そ、それを言うならサリーはどうなのよ?艦長は市長とすっかりよりを戻したって話だし」

サリー「私は引く手数多だから1人の相手にいつまでも執着しなくたっていいのよ。まあ、今のところは気に入る人はいないけど」

美穂「……このまま何十年も結婚できないなんてことないよね?前例を見ると、オペレーターって結婚出来ている人が少ない気がする」

サリー「あ、焦る必要は無いわよ……。多分……。みんな倍率が高いことに気後れしているだけだから……うん、きっとそうよ」

『艦長ブリッジイン』

アナウンスが響くと、会話をしていた二人はすぐに姿勢を直す。もう一人の会話に参加していなかったオペレーターはその姿を見て呆れた表情をした。

エキセドル「お嬢様からでしたか」

マックス「ああ。……ふっ」

エキセドル「いかがなされましたかな?」

マックス「いや。子供は何人目であっても、それが親の元を離れていく瞬間というのはいつになっても慣れないものだなと思ってな」

マックスは寂しさと嬉しさのどちらともつかないような笑みを浮かべていた。



見滝原市 鹿目家

まどか「ねえ、ママ」

詢子「ん~?」

朝早くに起きて、鏡の前で歯を磨く母親にまどかは話しかける。

まどか「もし、もしもだよ。魔法でどんな願いでも叶うって言われたらどうする?」

詢子「役員を2人ばかりよそに飛ばしてもらうわ」

まどか「……はぁ」

詢子「社長もそろそろ隠居を考えてほしいけれど、代わりがいないっていうのがなあ」

まどか「もういっそママが社長になっちゃえば」

そう言われて、詢子は急いで口を濯ぐ。そして、まどかに笑顔を向けた。

詢子「その手があったか!」

まどか「……ママ、目が怖いよ」

通学の途中、まどかは昨日の晩に起こった事を思い出す。
キュウべえと名乗る白い生き物との出会い。
それを狙う謎の転校生。
突然現れた魔女の結界と使い魔。
魔法少女として戦う先輩。
そして、その戦いの中で歌を熱唱する謎のロックンローラー……。

まどか(あ、あれ?)

なんだか最後の部分だけが、中でも特に異質なもののように感じられた。
日常の中に現実味のない非日常が入り込んできて頭の中がごちゃついているはずなのに、
熱気バサラの歌はなぜだかはっきりとまどかの耳に残っていた。

まどか「……“ふぁいやーぼんばー”って言うんだっけ、あの人のバンド」

帰りにCDショップに寄ったら少し探してみようと思っていると、後ろから声をかけられた。

さやか「おっはよーう!まどか!」

まどか「あっ、さやかちゃん。おはよう」

仁美「おはようございます」

一瞬驚いたが、いつもの事であるのですぐに平静を取り戻す。

さやか「なになに?何か悩んでるの~?あ、それとも……昨日のこと?」

まどか「う、うん。まあ」

QB(おはよう。まどか、それにさやかも)

頭に響いた声を受けて、二人の視線は自然と下のほうへと下がる。
仁美の足下にキュウべえはいた。

さやか「ぇ、あっ、ちょっ!」

仁美「?どうかなさいました、お二人とも。私の足下に何か……?」

さやか「ああ、いやいやいや。なんでもない」

まどか(本当に私たち以外には見えないんだ)

さやか(え、まどかの考えてることが聞こえる!私たちもうそんなマジカルな力が!?)

QB(いや、まだこれは僕が中継しているだけだよ。でも、内緒話には便利だろ?)

仁美「なんか、お二人とも挙動が怪しいですわ。何かございました?」

仁美がさやかに詰め寄る。

さやか「ぁあ、いや。まあ……その……いろいろ、あったんだけど……ね」

さやかはしどろもどろになりながらまどかに目配せする。

まどか「う、うん。そう。いろいろ、あって……」

仁美はしばらく怪しむような顔をしていたが、突然何かを察すると口に手を当てて驚きを表す。
どんな事を考えたのかはその様子で理解したので、二人は無視して学校へと急ぐことにした。

昨晩のまどかたちとの接触によって私への印象は悪くなったと考えるべきだろう。
奴等の行動パターンを読み切ることが出来なかった私のミスだ。だが、まだ決定的な支障は無い。いくつか挽回のチャンスはある。

それよりも、気になることがある。

あの魔女の結界の中にいた謎の男。
あんな男は、今まで時を繰り返してきた中では見たことがない。
彼が何者なのか、戦いの邪魔をしているようにしか見えないが、彼の目的は一体何なのか。

魔法少女と関わりがあるわけでもないのに結界の中に入って無事でいられるなどということがあるのだろうか?
イレギュラーな存在に私の目的を邪魔されるわけにはいかない。幸いなことに、人を一人殺すくらいの装備ならいくらでもある。
今まで倒してきた魔女だって、元を辿れば魔法少女だ、人間だ。
今更、もう一人殺すことになっても躊躇は無い……はずだ。
私の邪魔をするのであれば、魔女も人間も私にとっては大差ない。
私たちに関わるということは、そういう事なのだから。

しかし、あの男についてはとりあえず保留しておこう。
それよりも今は、まどかに念を押すほうが優先だ。

和子「……では、15行目を暁美さん。和訳してみて」

ほむら「"彼は出ていく前に彼女の料理を食べる約束をしました”」

和子「はい。よくできました。このように、男というものは軽はずみに女性と約束をしてはそれを守ることなく……」

先生の生々しい座学は聞き飽きた。
授業が終わると、私はまどかの席へと向かう。

ほむら「鹿目さん。話があるの」

まどか「え……っと」

さやか「なによ。昨日の続き?」

いたのか、美樹さやか。

ほむら「あなたに用は無いわ。私が話をしたいのは鹿目さんだけ」

さやか「はあーっ!?感じ悪っ!」

なんとでも言え。その言葉は私には聞こえないし私もあなたに対しては随分と苦労をさせられた。
このくらいの言葉で収めているだけありがたく思ってほしいものだ。

まどか「さやかちゃん。大丈夫。ほむらちゃんも、そういう言い方はあんまり良くないよ」

ほむら「そう……ごめんなさい。口下手だから、上手く言うことが出来なくって」

まどか「う、うん。ところで、何の用があって……」

ほむら「昨日、私が言ったことは覚えているかしら?」

まどか「!……うん」

ほむら「そう。ならいいわ。あなたがアレに出会う前にケリをつけたかったけれど、もう手遅れのようだし」

さやか「アレって、キュウべえのこと?何であんな酷いことしてたのさ!」

ほむら「それをあなたが知る必要は無いわ。鹿目さん。私の忠告が無駄にならないことを祈っているわ」

今はこれでいい。根本的な解決にはならないかもしれないが、それはこれからの私の行動次第だ。

まどか「……ほむらちゃんも魔法少女なんだよね。なら、どんな願い事をして」

私は、その質問に答えることなくその場を立ち去った。
答える必要はない。答えるわけにはいかない。
それを知れば、あなたは契約せざるを得なくなる。これは、わたしだけの内に秘めた願い。決して知られる事のない私だけの……


放課後になって、さやかとまどかは言われた待ち合わせ場所へと向かってマミと合流する。

マミ「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」

さやか「おーっ!」

まどか「お、おー」

さやか「役に立つかは分からないけど…持って来ました!何もないよりはマシかと思って」

さやかは手に持ったバットを見せる。

さやか「まどかは何か、持って来た?」

まどか「え?えっと。私は…特には何にも。見学って何をすればいいのか分からなくて……」

マミ「まあ、危険な目には合わせないようにはするわ。けれど、覚悟だけはしておいて」

二人はマミの後に続く。
魔女の残した魔力の痕跡をソウルジェムを使って追っていく。

さやか「意外と地味ですね。もっと派手にぱっとちゃっちゃと見つけられるものかと」

マミ「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね」

まどか「あの時、ちゃんと倒せていれば……ごめんなさい」

マミ「いいのよ。それに、どちらかと言うと邪魔だったのは……」

さやか「あの変なミュージシャンと転校生ですか?」

マミ「転校生?あの魔法少女のこと?」

さやか「あ、はい。ついこの間来たばっかりなんですけれどなんだか掴みどころが無いやつで」

マミ「ふうん。あの男の人の方は多分偶然巻き込まれただけの部外者だと思うけれど、その転校生の方は私と同じ魔法少女。出会えば争いになる可能性があるわ」
まどか「魔法少女同士、仲良くするって事は出来ないんですか?」

マミ「勿論、出来ないことは無いわよ。でも、見ず知らずの相手に命を任せられるほどのお人好しではやっていられないもの」

まどかは少し残念そうな表情をして俯く。

さやか「あーあ、マミさんはこんなに頑張っているってのにあの転校生は…」

まどか「そう言えばこの魔女の結界って普通の人にも見えるんですか?あの男の人とか」

マミ「いいえ、あなた達のようにキュウべえに選ばれた才能のある人たちならともかく、普通の人に見えるなんてことはまず無いわ」

マミ「見えても、待つのは魔女に襲われる未来だけ。あのミュージシャンは運が良かっただけよ」

さやか「それにしても、変な人でしたね。いきなり歌い出すなんてきっと頭がおかしい人だったんだ。まどかも、そう思わない?」

まどか「え、ええっと……私は……」

さやか「うーん?まどか、もしかしてああいうのが好みだったり?」

まどか「そ、そういうのじゃなくて……あれ?」

さやか「ん?どしたのまどか」

まどか「何か、聞こえるような……?」

マミ「二人共、お話はそこまで。そろそろ魔女が見つかりそうよ」

ソウルジェムの反応が強くなる。その反応は近くに魔女がいる事を示していた。



建物の屋上


女性が居た。服装からOLだということが伺える。
目は虚ろ。歩きにも力が入っていない。

屋上の手すりに手をかける。履いていたヒールを脱ぐ。

バサラ「何やってるんだ?お前」

いつの間にか背後に立っていた男が声をかけた。だが、女性の動きに変化は無い。
手に持っていたアンプを置き、ギターを構える。

バサラ「そんな事をするより、まず一曲聴いていけ。行くぜ!」

http://www.youtube.com/watch?v=3x-ZClLqSKY

♫ POWER TO THE DREAM

♫ POWER TO THE MUSIC

♫ 新しい夢が欲しいのさ

♫ POWER TO THE UNIVERSE 

♫ POWER TO THE MYSTERY  

♫ 俺たちのパワーを伝えたい




女性「……」

♫ やっと掴んだ希望が 指の隙間から逃げてく

♫ ブラックホールの彼方まで ずっとお前を追いかけてく

♫ POWER TO THE WORLD

♫ POWER TO THE LOVERS

女性「ぱわー……トゥー……」

♫ 本当の愛が見たいのさ

♫ POWER TO THE RAINBOW

♫ POWER TO THE FUTURE

♫ 諦めたらおしまいさ

女性「へ……?私……ここで……ひっ!?あっ……」

正気を取り戻した女性が辺りを見回した瞬間、足場の狭さに気がつく。
そして、混濁した意識のせいでそのまま足の踏み場を無くす。身体が空中に投げ出される。

バサラ「危ねえっ!」

足を踏み外した女性の腕をフェンスから身を乗り出したバサラが掴む。

さやか「あ、マミさんあれ!」

さやかが指さした方向に、屋上から転落した女性が男性の手に掴まっている姿が見えた。
変身しながら駆け寄り、

マミ「ハッ!」

女性の身体をリボンで包むとそのまま地面へと下ろした。

マミ「大丈夫ですか」

女性「あ、あ、う、うん……今…何が」

気が動転しているようだった。上手く状況説明するのは難しいとマミは思う。

マミ「悪い夢です。すぐにここから離れてください、危険ですから」

夢だと思わせてしまうのが一番だと考え、若干暗示をかけるように気を落ち着かせた。
女性の首筋へ視線をやる。魔女の口づけの痕跡が消えていくのが見えた。
屋上を見上げると、男がいた。マミの方を見るとすぐに階下へと走る。

マミ(昨日の男の人……)

さやか「どういうこと…?あいつがどうして魔女のいる所に……それに、飛び降りそうになった人を助けた?」

マミ「……彼が、何故ここに居るのかは知らないけれど。今は私達に出来る事をするだけよ」

まどか(さっき、歌が微かに聞こえた……あの人は一体何なんだろう……)

魔女の結界内部

階段を上った先に、魔女の結界が広がっていた。

マミ「今日こそ逃がさないわよ」

さやかのバットへ手をかざす。バットが魔法チックな形状へと変わる。

マミ「気休め程度だけれど。私から離れないでね。」

結界の内部へと入る。無数の使い魔たちが列をなして襲い掛かる。
マミがいくつものマスケット銃を取り出し使い魔たちに向けて手当たり次第に撃ち放つ。

さやか「すっご……」

まどか達は息を呑んでマミの動きを見守る。
使い魔たちが脅威を感じ、逃げていく。
それを追って結界の奥へと扉を開けて進んでいった。

マミ「どう?怖い?二人とも」

まどか「怖いけど……でも……」

マミは笑みをまどかに向ける。

キュウべえ「もうすぐ結界の最深部だ」

目の前に、開けた空間が広がった。
髭を生やした使い魔と、空をとぶ鋏。それらの集う場所の中央に薔薇の魔女がいる。

マミ「危ないから下がっていて」

そう言って、飛び出そうとした時。背後の扉が勢い良く開かれ、飛び出していく姿が見えた。
ギターを抱えながら着地の衝撃を前転して殺す。弦をかき鳴らした。

バサラ「俺の歌を聞け!」

さやか「さっきの……」

まどか「ミュージシャン……!?」

♫ POWER TO THE DREAM

♫ POWER TO THE MUSIC

マミ「……ふざけないで!」

マミは空中でスカートを翻し、中からマスケット銃を取り出し撃ちながら着地する。

バサラ「やめろ!撃つんじゃねえ!まだ俺の歌は始まったばかりだ!」

バサラの声に構わず、マミは射撃を続けた。
使い魔の数がみるみるうちに減っていく。

マミ「私の戦いを茶化すつもりなら、ちょっと痛い目にあってもらうわ」

胸のリボンを解き、バサラへと向ける。

バサラの身体が縛られ、まどかたちがいる方へと緩やかに投げられる。

バサラ「うおお!?」

まどか「きゃっ」

マミ「すぐに倒してしまうから、あと少しだけ待っていてね」

後輩たちにウインクを送ると、そのままリボンを巨大な銃へと姿を変える。

マミ「ティロ・フィナーレっ!」

弾丸に射抜かれた魔女が燃えていき、結界が晴れていった。

さやか「か、勝った!」

まどか「すごい……」

マミ「さて、と。どうして私の邪魔をするのかしらあなたは?」

マミは変身を解いた。バサラは座ったままで不満な顔をする。

マミ「魔女の口づけを受けた人は助けてくれたようね。でも、だからといって戦いの邪魔をして欲しくはないのだけれど」

バサラ「何で戦うんだ?」

マミ「魔法少女は魔女と戦うことが使命なの。そうじゃないと、人々が魔女に襲われてしまうわ」

バサラ「なんで、戦い以外の方法があるって思わないんだ?」

マミはバサラの言うことに頭を抱えてため息をつく。

マミ「そんなもの、あるわけないでしょ。ねえ、キュウべえ」

QB「そうだね。僕が知る限り、魔女を戦い以外でどうにか出来たなんていう話は聞いたことがない。」

バサラ「……そうやって、やりもしないで諦めるのか。くだらねえな」

マミ「は?」

バサラ「戦って、倒して、また戦って。ずっとそうやっていくつもりか?」

マミ「何……あなた……?」

さやか「ちょ、ちょっと!あんた一体何様のつもり!?マミさんのやってることをくだらないなんて!」

まどか「マミさんは、皆の為に戦っているのにそんな言い方は……」

バサラはギターを構える。

マミ「何?そうやって、歌で誤魔化すつもり?」

バサラ「は?」

さやか「マミさん、行きましょう。こんな奴に構うことないですよ。ほら、まどかも」

まどか「う、うん」

ふと、マミは背後に何かに瞳を向けられるのを感じた。

マミ「……まあ、いいわ」

しかし、その気配の正体が出てくる様子がないことを見るとその場から立ち去った。

バサラ「お、おい!待てよ……ったく。どうにも上手くいかねえぜ」

どうやら気づかれていたらしい。見逃してくれたのはこの男がいたからであろうか。
必要以上の接触を避けたい私としてはまあ良かったと言えなくもない。
それに、今はチャンスだとも言える。この男の正体を少しでも探ることにする。

ほむら「ねえ、そこのあなた」

バサラ「お前は……」

姿を表して男の目の前に出る。
さして驚いたような表情をしなかったのが少し気になった。

ほむら「いくつか質問させてもらうわ」

バサラ「インタビュー?別にいいけど」

ほむら「まず、なんであなたはこの場所にいるの?ここは魔女の結界。危険な場所だし、元の場所にしても一般人がまず訪れることの無いような所のはずなのだけれど」

バサラ「ここに俺の歌を必要とするやつがいると思ったからここに来た。」

全く意味が分からなかった。こいつの歌なんかを必要とするやつがいる?
何か能力でも持っているのだろうか?しかし、魔法少女の他にそういう存在がいるという話は聞いたことがない。

ほむら「あなた、何者?」


バサラ「俺か?俺は、熱気バサラ。FIRE BOMBERの」

ほむら「そういう事じゃないわ。とぼけるようなら」

時を止めて、盾の中から拳銃を取り出し銃口を向ける。

バサラ「…!」

ほむら「さて、改めて質問に答えてもらうわ。あなたは、何者?私の敵、それとも、味方?」

銃口を向けられているというのに、この男は私を睨むばかりで

ほむら「答えないなら、敵とみなすわ」

バサラ「どっちでもいいよ、そんな事。それよりやめとけよ、そんな物を人に向けるのは」

引き金を引く。
弾が風を切り、男の耳横を銃弾が抜けた。

ほむら「悪いけど、こっちもそれほど暇ではないの。敵か、味方か。それだけ」

バサラ「俺は、そういう敵とか味方だとかって区別をするような奴は嫌いだ。それに、お前に俺は撃てねえよ。お前がそういう眼をしていないからな」

ほむら「……頭が悪いのかしら。今のはわざと外したのよ?」

呆れた。苦笑しかでない。自分が置かれている状況を理解しているのかも分からない。
ただ、相手にするだけ無駄だということは分かった。

ほむら「これだけは言っておくわ。私の邪魔をするのなら容赦はしない。これは、警告よ」

そのまま、私は男の目の前から去った。
この男は何をしたいのだろうか。先ほどの戦いを見る限り、この男に戦う力は無い。
イレギュラーということで注目していたが、特別視する必要はないかもしれない。
ただの頭のおかしい変人。私の彼への第一印象はそう固まった。

ここまでにしときます。
今回はけっこう変えたかも。本筋は変わらないけど。

CDショップ

まどか「ええっと……は、ひ、ふ、ふ……ふぁいやー……やっぱりない。英字だとFだから……」

指をさしながらもう一度歌手の名前順に陳列されたCD棚を見る。
しかし、目当てのバンドの名前は見当たらなかった。

まどか「うーん?どういう事だろう……」

さやか「あれ、まどか。奇遇だねえ」

まどか「あ、さやかちゃん。それ、上条くんの?」

さやか「うん。この前、買いそびれちゃったからさ、今度持っていくつもり。まどかは、何を?」

まどか「へ、ええっと…適当に見てただけ。なんか、良さそうなの無いかなあって」

さやかはまどかが見ていた陳列棚を見ると小首をかしげ、「ははーん」と口元に笑みを浮かべる。

さやか「さてはまどか。あのミュージシャンのCDを探しに来たんじゃないの?」

図星を突かれ、まどかは言葉に詰まる。

まどか「え、あの…その……」

さやか「どうなの?」

悩みながら、恥ずかしげに頷く。
さやかはため息をつき、頭を掻く。

さやか「あんな奴の音楽なんてどうでもいいって。聞く必要も探す必要も無い!」

さやかはきっぱりとそう言い切る。

バサラがマミに対して言った言葉をさやかは思い出していた。

さやか「あんな人の気持を踏みにじるようなことを言うようなやつの歌なんて、たかが知れてるよ」

まどか「どうやらお店にはおいていないみたいだけど」

さやか「え、ホント?ええっと、は、ひ、ふ……って、FIREだからFかな?……あ、本当だ。ない」

さやか「でもここって、結構品揃えいいお店だよ?私が買うCDも、恭介が言うには結構レアなものばかりだって言うし。
インディーズCDも結構置いてあるって聞くけどなあ」

まどか「検索機に入れても出なかったんだよね」

さやか「もしかしてさ、バンドとかの話って全部ウソなんじゃない?自称ミュージシャンなんていっくらでもいるし。もしくは全然有名じゃなくてCDなんかも自分で売っているだけだとか」

まどか「そうかなあ?話を聞く限りではけっこう有名で、あの人もそれについては嘘をついているようには見えなかったけれど」

さやか「ああー、はいはい。じゃあここでアイツの話は終了。それよりもさ、魔法少女のコト。何か考えた?」

まどか「考えるって?」

さやか「そりゃあ願い事だよ。マミさんとも前に少し話したけどさ。あれから、何かいい感じの願いは思いついた?」

まどか「特には……。私も、マミさんを手伝いたい、助けになりたいっていう気にはなるけれど……でも……」

さやか「……ああ、そういうこと。そうだね、あんな風に自分が戦っている姿って、全然想像出来ないよねえ」

まどか(それに、ほむらちゃんの言っていたこと。『今とは違う自分になれば、全てを失う事になる』っていう話)

まどか(これって、魔法少女のことを言っているのかな?それにしても、どうしてそんな事を……ほむらちゃんだって魔法少女なのに)

まどか(それに、変わろうとすることは悪いことなのかな?今の私にできる事なんて何一つ無いのに……)

CDショップを出てしばらくは一緒の帰り道だったが、途中で別れて1人になる。

まどか(私は何か出来るのなら何でもいい。誰かにありがとうって思われるような事なら、何でもしたい)

まどか(鈍くさいしこれといった取り柄もない。そんな私もマミさんのように素敵な人になれるのなら……)

気がつくと、家の前にたどり着いていた。

知久「まどか、お帰り。もう少しでご飯出来るよ」

まどか「ただいま、パパ。ママは遅いの?」

知久「うん。会社の付き合いで遅くなるみたい」

まどか「ママも大変だね。仕事じゃないのに」

知久「まあ、それも仕事の内かな。だから、まどかもママのことをちゃんと労ってあげないとね」

まどか「うん……ねえ、パパ」

知久「なんだい?」

まどか「どうしてママはそんなに仕事を頑張れるのかな?今の仕事がそんなに好き……ってわけじゃないと思うんだけれど」

知久「そうだねえ。ママは、頑張るのが好きだからかな」

まどか「頑張ることそのものが?」

知久「嫌なこととか辛いことを全部乗り越えて、それを乗り越えた時の満足感がママにとっての最高の宝物なんだよ」

まどか「じゃあ、ママの夢はそういう生き方っていうこと?」

知久「そういうことだね。どう思うかは人それぞれだけれど、自分の理想の生き方を通して夢を叶える。そうやって頑張る所がパパがママを好きなところ。尊敬できるし、自慢できる。素晴らしい人だってね」

まどか「理想の生き方……かあ」

自分の部屋に戻り、制服を脱いで片すと楽な格好へと着替える。
カバンの中から取り出したノートを開く。そこには、自分が思い描いた魔法少女の姿があった。

まどか「ママにもちょっと聞いてみようかな……」

知久「まどか、少し手伝ってくれるかな」

まどか「はーい」


ノートを机の上に置いたまま、まどかはリビングへと下りていく。

翌日

病院

さやか「はあ……恭介のやつったら。……あ、まどか」

まどか「あれ、早いね。上条君は会えなかったの?」

さやか「なんか今日は都合悪いみたい。折角CDも持ってきてあげたっていうのにさ、失礼しちゃうよね」

まどか「それじゃあ、今日はもう帰る?」

さやか「会えないっていうなら仕方ないでしょ。行こ」

キュウべえを撫でていた手を止めてまどかは立ち上がる。
外に出ると秋風が吹いた。病院のスタッフが老人の患者と散歩をしていた。

さやか「いきなり面会出来ないって言われて、どうしてって聞いても答えてくれないし……もう」

まどか「……」

さやか「ん、どうしたの……って!」

まどか「あそこ、あれって」

視線の先に黒く光る球体が病院の壁に張り付いているのが見えた。

QB「マズイよ。グリーフシードだ。孵化しかかってる」

まどか「嘘…なんでこんな所に」

さやか「マミさんを呼ばないと……まどか、携帯の番号知ってる?」

まどかは首を横にふる。
元々、上級生とそれほど接点があるわけでもない。それに、まだ連絡先を聞く程慣れ親しい間柄ではないという感情もあってそういう話をしていなかった。

さやか「マズったなぁ。私も知らないし……まどか、私がここで見張ってるからマミさんを連れてきて」

まどか「そんな、危険だよ!」

QB「無茶だよ!中の魔女が出てくるまでにはまだ時間があるけど、結界が閉じたら、君は外に出られなくなる。マミの助けが間に合うかどうか……」

さやか「あの迷路が出来上がったら、こいつの居所も分からなくなっちゃうんでしょ?放っておけないよ。こんな場所で」

QB「……まどか、先に行ってくれ。さやかには僕が付いてる。マミならここまで来れば、テレパシーで僕の位置が分かる」

QB「ここでさやかと一緒にグリーフシードを見張っていれば、最短距離で結界を抜けられるよう、マミを誘導できるから」

さやか「ありがとう、キュウべえ」

まどか「すぐに連れてくるから!」

まどかは何回か振り返りながらもマミの元へと急いだ。

QB「怖いかい?さやか」

さやか「そりゃあ、まあ…」

QB「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげる事もできるよ」

さやか「いざとなったらね。でも、今はやめとく。いい加減な気持ちで決めたくはないから」

キュウべえは若干残念そうな顔をしてみせたが、すぐに表情を元に戻した。
周りの地形が曲線を描きながら変化していく。空の色が黒くなった。


私の目的を達成するために、助けは必要ないが邪魔をされるのは困る。

昨晩、巴マミと会話をした。
争う意思は無いことを伝えるために接触したのだが、正直出会ったことは悪手だったかもしれない。
精神面に難はあるものの、彼女の人格は尊敬に足ると思っていたのだがその評価は誤りだったようだ。

いじめられっこの発想。

私の考えや意図をその程度にしか受け取ることが出来ない人間だと分かってしまった。
折角の忠告もこのままでは無意味になる。彼女の戦闘能力はワルプルギスの夜と対峙するのに大きく役立つ。
しかし、今のままではマズい。巴マミが魔女に殺され、それによってまどかが契約を強いられる状況になってしまう可能性がある。
それだけは避けなくてはならない。
病院が見えた、結界の場所は分かっている。美樹さやかが立っていた。
彼女もいたのか。だが例え今、彼女が魔法少女になったとしてもどうせ上条恭介の事で関連して魔法少女になるのだろう。
彼女がいたからといって私の行動は変わらない。時を止めて、結界の内部へと。巴マミが来る前に先回りをする。

使い魔たちが向かってきても大丈夫なように神経を張りつつ、道の陰に入る。
魔女の結界は、基本的に一本道だ。障害となるものはあるが、魔女へと続く道がいくつにも分かれているなどということは私の経験上無い。

巴マミたちが来る前に伝えるべき言葉を頭にまとめる。
どのように言葉をかけるか。こちらから手出しをするべきだろうか。
いや、悪印象を持たれるような行動は控えたい。会うこと自体が駄目なのかもしれないが可能性は最後まで持ち続けたい。
足音が聞こえた。息を潜める。話し声は聞こえない。彼女にしては静かなものだ。

向こうがこちらに気付くであろう位置まで来たと判断し、姿を見せる。

ほむら「は……?」

バサラ「お、なんだ。お前もいたのか」

そこにいたのは、小さなサングラスをかけた見覚えのあるミュージシャンであった。

ほむら「なんであなたがここに?巴マミは……?」

冷静になれ。この男がいても何もならない。ただ、魔女の餌になりに来ただけの男だ。
だが、何故か私はこの男の行動原理を知りたくなった。
……いや、こう何度も魔女の結界にいるということは、彼は魔女の結界を探知する能力か何かがあるのかもしれない。
それを聞きたいのだ。もしかしたら、有用かもしれない。

バサラ「巴マミなんてやつは知らないが、ここには俺の歌を必要としているやつがいることは分かるぜ」

歌を必要とするやつがいる?この男が何を言っているのか疑問に思うしかなかった。

ほむら「先に進みたいのならどうぞ。死にたいなら」

ここで撃ち殺してしまっても構わない。……だが、ここはまどかや巴マミも通るであろう道だ。

バサラ「死ぬ気はさらさら無いが、そうするぜ。……なあ、お前」

ほむら「私はあなたと話したくは無いのだけれど?」

バサラ「……そうか」

ため息をつくと、そのまま私の横を通り過ぎていく。
扉の前まで行くと、振り返って私に向けて口を開いた。

バサラ「お前にも今度、俺の歌を思いっきり聞かせてやるよ」

そんなもの、いらない。
扉が閉まる音と、前から人が歩いてくるのが見えた。


マミ「言ったはずよね。二度と会いたくないって」

ほむら「今回の獲物は私が狩る。貴女達は手を引いて」

マミ「そうもいかないわ。美樹さんとキュゥべえを迎えに行かないと」

ほむら「安全は保証する」

マミ「信用すると思って?」

思ったよりも彼女からの敵対心は大きかった。
その事に少しショックを受けたが、それよりも先ほどの男との会話で私は冷静さを失っていたらしい。
警戒しなければならなかった巴マミのリボンが、私の身体を縛り上げていた。

ほむら「っぐ、ば、馬鹿。こんなことやってる場合じゃ!?」

マミ「もちろん怪我させるつもりはないけど、あんまり暴れたら保障しかねるわ」

脅しでは無かった。先程から少し力を入れる度にその力の分だけ私の身体を締め付ける力になって返ってきた。

ほむら「今度の魔女は、これまでの奴らとはわけが違う」

マミ「おとなしくしていれば帰りにちゃんと解放してあげる。さ、行きましょう鹿目さん

まどか「え…はい」

ほむら「待っ……くっ」

もう、こうなってしまったら出来る事は限られている。
私は目を閉じて深呼吸をした。最悪の事態を回避するために必要な事を頭に思い描く。
巴マミ。そうやって、自分の虚栄心を満足させるためにまどかを危険に晒すと言うのなら。
目を開く。巴マミを切り捨てる覚悟は済んだ。彼女が生きていれば、まどかに契約が持ちかけられることは無いだろう。
あとは、このリボンが切れるのを待つだけだ。切れた瞬間に時間を止めて魔女の元へと向かう。

彼女の運が良ければ、また会えるだろう。



まどか「あの…マミさん」

マミ「なあに?」

まどか「願いごと、私なりにいろいろと考えてみたんですけど」

マミ「決まりそうなの?」

まどか「……その、悪いんですけど」

マミ「そんなすぐに決めていいものではないと思うし。別に構わないわ」

まどか「ただ…ひとつだけこうしたいっていうのは」

マミ「何かしら?」

まどか「私、誰かの役に立ちたいんです。誰かの助けになりたい……私って、昔から得意な学科とか、人に自慢できる才能とか何もなくて」

まどか「ずっと、誰の役にも立てないまま、迷惑ばかりかけていくのかなって。それが嫌でしょうがなくて」

マミ「だから、魔法少女になるの?大変だよ。怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃうよ」

まどか「でも……それでも、マミさんみたいになりたくて、憧れているんです」

マミ「憧れるほどのものじゃないわよ、私……」

まどか「え?」

マミ「無理してカッコつけてるだけで、怖くても辛くても、誰にも相談できないし。一人ぼっちで泣くことしかできない。だから……」

マミは振り返ってまどかの手を握る。

マミ「今こうやって私の事を見ていてくれる。応援してくれる人がいるっていうだけでも結構うれしいものよ」

マミ「一緒に戦ってくれるのなら、それに越したことは無いけれど。でも、それはあなたが決めることだし。ゆっくり考えればいいわ」

まどか「はい、分かりました。早く、願い事を見つけます」

マミ「もし何も考えられなかったら、億万長者とか、素敵な彼氏とか…あ、ケーキとか」

まどか「いやぁ…え、ケーキ?」

マミ「そうよ。魔女を倒す度にキュウべえにケーキをもらえるように願うとか。贅沢で美味しいものを」

まどか「え、ええとそれは……」

マミ「嫌ならちゃんと自分で考える」

まどか「はぃ…」

マミ「うん。さて、と。今日という今日は速攻で片付けるわよ」

辺りに使い魔たちが出現し始める。
それらを撃ち倒しながらマミとまどかは扉を抜けていった。

マミ「おまたせ」

まどか「大丈夫だった、さやかちゃん」

さやか「あ、うんまあ私はね。……あのさ、ヒッジョーに理解し難いことで説明もしづらいことなんだけどさ」

マミ「何かあったの?」

さやか「あ、あれ」

物陰から身を乗り出して見る。
バサラが孵化しようとするグリーフシードの前に立ち、使い魔たちの前でギターを弾いて歌っていた。

マミ「何やっているの、あの人は……」

QB「……」

まどか「ん、キュウべえ?」

QB「ん、何か用かいまどか。どうやら、孵化にはまだ少し時間がかかるようだけど」

まどか「いや、なんでも……ないよ」

まどか(さっきキュウべえがあの男の人をじっと見つめていたような気がしたけれど……)

マミ「とにかくあの人をどかさないと!魔女が出てきたら大変なことになる」

さやか「え、助けるんですか?」

マミ「目の前で死なれても寝覚めが悪いでしょ。そこの人!危ないから下がって!」

マミは物陰から飛び出し、声を掛けながら近寄り、バサラの腕を掴む。

バサラ「何だよ!歌の邪魔をするなよ」

マミ「ここは危険なの!それとも、前と同じようにリボンで投げ飛ばされたい?」

QB「マミ、気をつけて!魔女が孵化するよ!」

キュウべえの声にバサラとマミがグリーフシードへと向き直る。
その瞬間に、バサラはマミの腕を振りほどく。

バサラ「へへっ、やっと本命のお出ましか!行くぜ、俺の歌を聴け!」

マミ「折角の所悪いけれど、一気に決めさせてもらうわよ!」

HOLY LONELY LIGHT
http://www.youtube.com/watch?v=aWlAjz9gvlU

♫ 24時間うごめく街を TONIGHT TONIGHT 駆け抜ける

マミが一周その場で回転すると、背中から、スカートの中から、マスケット銃が現れる。
撃っては別の銃を拾い、動きの軌跡からまた新しく銃が生まれた。

♫ 非常階段瞳の群れが SIGN OF THE TIMES 探してる

マミ(今の私は、1人なんかじゃない。戦えば、それに応えてくれる人がいる)

♫ 目が眩みそうな 青いダイヤも

お菓子の箱を破り、人形のような魔女が現れる。

マミ(先輩らしく、格好いいところを見せなきゃ)

椅子に座ったその魔女に連続して銃を放つ。
力無く椅子から落ちた魔女をマミのリボンが縛った。

マミが一周その場で回転すると、背中から、スカートの中から、マスケット銃が現れる。
撃っては別の銃を拾い、動きの軌跡からまた新しく銃が生まれた。

マミ(今の私は、1人なんかじゃない。戦えば、それに応えてくれる人がいる)

お菓子の箱を破り、人形のような魔女が現れる。

マミ(先輩らしく、格好いいところを見せなきゃ)

椅子に座ったその魔女に連続して銃を放つ。
力無く椅子から落ちた魔女をマミのリボンが縛った。

♫ ガラスに変わってしまう キ・ヲ・ツ・ケ・ロ

マミ「逃さない!これで決まり!」

手に持ったマスケット銃が姿を変える。
地面に固定された大砲の引き金が引かれた。

マミ「ティロ・フィナーレ!!」

さやか「やった!」

マミ(決まったわ。もし動けたとしてもリボンの拘束があるからそう簡単には動けないはず)

息をつく。頭上に影が出来る。
見上げると、巨大な魔女の顔が目の前に迫っていた。
マミの顔が驚愕で歪んだ。

まどか「あっ…あっ……」

バサラ「まだ、まだだ!まだ俺のハートはお前に届いていねえ!」


俺の歌を聴け!!



叫びに、魔女の身体が一瞬怯む。
そのまま、マミの身体を突き飛ばし、魔女の眼前へと躍り出る。

♫ HOLY LONELY LIGHT 急げ 自分を信じて

まどか(あれ……今……熱気さんの周りが光って…?)

♫ HEAVY LONELY NIGHT 闇の中から答えを見つけ出せ

マミ「はっ……!危ないっ!」

突き飛ばされたマミがリボンを再び投げかけて再び口を開きかけた魔女の動きを縛る。

マミ(なんて力…!それに、さっきので終わりにするつもりだったからソウルジェムの濁りが…)

リボンが邪魔だと判断した魔女がそれを振りほどこうと暴れだす。
踏みとどまろうとしたが、叶わない。リボンの一部が千切れ始め、力に負けて引きずられる。

マミ(魔力が足りない…!)「キャッ!?」

マミの身体が宙へと投げ出される。
背中越しに、自分の真下に口が開かれているのが分かった。
手に、胸元から取り出した銃を作り出す。通常のマスケット銃よりは大きいが、必殺の武器に比べれば心許ないサイズだ。

マミ(残った魔力を使って作れるのはこれが限度……これで……!)

空中で姿勢を制御し、真下に向けて銃を構えて撃つ。

マミ「そこっ!」

弾丸が魔女の口内を貫い瞬間、その口の奥からまた同じ顔が見えた。

バサラ「WAAAAAOOOOOOOO!!!!!!」

声が、咆哮のような声が結界内に響き渡る。
想定外の出来事に魔女の口が一瞬早く閉じた。焼き菓子を咀嚼した音が聞こえる。
完全には飲み込まれなかったマミはマスケット銃を空中で手放して力無く落下した。

QB「早く!契約を!このままだとみんなやられる。早く願いを!」



「その必要は無いわ。」



爆音。
キュウべえたちの目の前に、黒髪の少女が姿を見せた。

ほむら「こいつを仕留めるのは私」

ほむらのいた場所をお菓子の魔女は地形ごと齧り付く。しかし、その度に魔女の体内で爆発が起きる。爆発が起きる度に魔女は新たな身体へと変わっていく。椅子の上へと着地する。踏みつけたものをもう一度念入りに踏み潰す。お菓子の魔女が怒り狂ったようにほむらへと飛びかかる。

ほむら「無駄よ」

時間差で体内に入れた爆弾を起爆した。
お菓子の魔女シャルロッテは爆発によって塵となった。

ほむら「命拾いしたわね、貴女達」

ほむらが変身を解いてさやか達に近づく。

まどか「マミさん……マミさんは……」

ほむら「巴マミなら、向こうにいると思うわ」

二人はほむらが示す方向へと駆け出していく。

さやか「マミさんっ、マミさんっ!返事してください!」

マミ「う……あ……」

マミの声が物陰から聞こえた。

さやか「マミさん、良かった……」

マミ「駄目……こっちに来ないで」

さやか「え、な、何で!?」

まどか「マミさん……?でも、さっき……」

ほむら「そうよ、巴マミ。魔力のない今のままだと立つことすら出来ないわよ」

さやか「……マミさん。そっちにいるんですよね?」

マミ「や…駄目……来たら……!」

さやかの動きが突然止まる。
そのまま、その場にへたり込んで座る。
まどかがその異変に気がついてさやかの元へと寄る。息を呑み、口元を手で覆う。
ほむらはそれを冷ややかな目で見ていた。


1人は目の前の光景を受け入れられずに膝をつき、1人は相手の痛みを理解するあまり言葉を失った。
これが、魔法少女の世界。これが、私達の生きる日常。

巴マミ。あなたは自分を少しでもよく見せようとしていただけ。
あなたがどんなに魔法少女の現実とやらを語ろうと、それは真実を含まない。
真実を知れば、仲間を得る機会を失うから。魔法少女というシステムの酷さが垣間見えてしまうから。

ほむら「これが、魔法少女になるってことよ。人の忠告を無視するからこうなる」

血や贓物が流れ出ることは辛うじて止められたようだが、それ以上の再生をするにはソウルジェムが濁りすぎていた。
上半身だけのマミに向かってグリーフシードを投げ渡す。先程手に入れたばかりのものだ。

ほむら「そのままでいたくないのなら、早く使いなさい」

マミ「……」

反応は薄かったが、顔が動いた。何故、というような目を向けられた。

ほむら「私の分まだあるから気にせずに。言ったでしょう?争う気は無いって。必要が無いもの」

まどか「こんな……あんまりだよ……こんなのって……」

さやか「マミさんは、私達を守るために……それに、あの男が……」

二人も、しっかり現実を見ることが出来ただろうか?
私の言葉を聞き入れなければ、あなたたちもこうなる。
それを見せることが出来たことに関しては感謝させてもらうわ。
振り返って歩くと、インキュベーターが少し離れた所でまどか達を見ていた。

ほむら「残念だったわね」

QB「何がだい?君とは会話したことがないはずだけれど、どうやら君は僕のことを知っているようだね」

ほむら「ええ、とってもよく知っているわ。だから言うの。残念だったわね」

QB「マミの損傷は激しいけど、誰も死ぬことは無かった。それに、別の収穫もあった。残念ということはないけれど?」

別の収穫?

少し言葉に引っかかるものを感じたが、無視することにした。
確かに、結果だけを見れば全員生き残っている。私としてもなかなか良い展開ではある。

ほむら「あなた達のその余裕がどこまで続くかしらね」

髪を振り払って、その場を立ち去る。

結界が晴れていく。
夕方の橙色の光が3人を照らしていた。

さやか「マミさん……足……足が……」

マミ「どうして……」

さやか「え…?」

マミ「どうして、私は生きているの…?」

さやか「マミさん、何を言って……?」

マミ「どうして……私はこんなになっても……パパは……ママは……」

まどか「あ……マミさん……」

マミ「こんなになってもね。痛みが無いのよ……ねえ、すごいでしょ?」

小銃を創りだして自分の胸元へと突きつける。

マミ「今、自分で撃ってみようか?痛さなんて無いのよ。傷も、すぐに回復するし」

まどかがマミに抱きつく。
泣いていた。泣き声をこらえようとして、息が掠れた。

まどか「……ごめ…んなさい」

私も一緒に戦うとは、口に出せなかった。
戦いに怖さを感じてしまった。マミの戦いをどこか劇のように、遊園地のアトラクションのように見ていた自分を恥じた。

まどか「ごめんなさい……ごめんなさい……」

なんども、謝罪の言葉を口にした。小銃と雫が地に落ちる。
少女の泣き声だけがその場に残った。

マミ編終了。
書き溜めは最後まで終わったのであとは投下するだけです。

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