ほむら「そしてまた……叛逆の物語」 (562)

以前書いた、
杏子「そして……叛逆の物語」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1394627640
のいうまどマギSSのベストエンド・ルート・バージョンです。

前作? の最後に確かチラっとだけ触れていたかなと思いますが、元々書こうと思っていたベストエンド案が、
前のルートを書き進めるうちに『このお話にという事だと、これは違う』と強く感じるようになってやめたのですが、
突然『このお話でピンとくる』結末を閃いたのでそっちを書いてみる事にしますです。

別ルート、ありました。

元々、ベストルートで追加するつもりだったシーンとかも挿入されていたりするので、
終わり方が変わっているだけではないです。

・自己解釈、捏造しまくり。
・地の文ありまくり。

以上が苦手な方と、『叛逆の物語』を未見でネタバレが嫌な方はバックしてね。

じゃあレッツゴーです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413190362

杏子「……ん?」

夜、自分の部屋で、魔法少女・佐倉杏子は突如虚空を見つめた。

まるでその先に誰かが居るかのように。

この部屋には、彼女しか居ないはずなのに。

杏子「……な、なんだと?
──あ……いや、そうか……」

そのまましばらく訝しげな顔をすると、彼女は唇を噛み締めてうつむく。

杏子「うん……そう、だな。
わかった、確かにその通りだ。どこまで出来るかわからないけどやってみるよ」

そして、杏子は決意の表情でそう言った。

─────────────────────

翌日、朝。登校時。

杏子「…………」

通学路にある木の上で、彼女はリンゴを頬張っていた。

杏子(そういえば……)

杏子は以前、似たような状況であの『悪魔』からちょっかいを出された事がある。

あれ以来、彼女から『悪魔として』の接触は無い。

杏子(……まあそうだろうな。今更そんな事をする意味ねーもん)

杏子はすべてを忘れていたのだから。

同じクラスではあり、杏子の友達の一人でもあるのでその辺りの関わりがあるだけ。

いや、『悪魔』側は杏子を友達とは思っていないどころか、まともに見てもいないのだろうが……

しかし、だからこそ。

杏子(チャンスがあるってね)

杏子がリンゴを食べ終えた丁度その時、彼女が待っていた相手が向こうから歩いて来た。

杏子『──おう、マミ』

その相手……巴マミに、杏子は木の上からテレパシーで語りかける。

巴マミ。

美しい髪を縦巻きにした、女性らしいスタイルの綺麗な少女。

そして、杏子と同じ魔法少女でもある。

マミ『おはよう佐倉さん。あなたにしては随分と早いじゃない?』

マミも、テレパシーで返事を返す。

その声色(といってもテレパシーだが)から察するに、杏子が待っていたのにすでに気付いていたのだろう。

杏子『その理由、わかってんだろ?
……話がある。ちょっと時間くれるかい?』

マミ『ええ』

と、マミは学校へと続く道から外れる方へと歩みを変えた。


バッ。


杏子も、彼女が向かう方へと跳ぶ。

もちろん、二人ともが周囲にあの悪魔の気配が無いのを確認してから、だ。

この辺りはさすが腕利きの魔法少女二人である。

─────────────────────

魔法少女。

神そのものである『概念』を貶めた悪魔・暁美ほむらが再編し、作り上げたこの世界でもそれは存在している。

魔獣と呼ばれる、生き物の『負』を糧として現れる存在と戦いながら。

─────────────────────

杏子とマミは、辺りに誰も居ない近くの河原まで来ると、そこに腰をかける。

杏子「さて、と……だ」

まずは杏子が口を開いた。

杏子「マミも昨日、聞いたよな?」

マミ「ええ。
……聞いた、と形容する事が正しいかどうかはわからないけれど」

杏子「違いないね」

少し、杏子が笑った。

杏子「……あんたはこれからどう動くべきだと思う?」

マミ「慎重に、しかし急いで体勢を整える。
知っての通り、こちらから彼女に挑むにはまだ早いから」

『彼女』……暁美ほむらの事だ。

杏子「……だな。
そんな事態を避けれたらベストではあるが──
いずれ戦うにしろ、やっぱあたしとあんただけじゃぁあいつとは勝負にすらならないだろうし」

マミ「目をつけられるだけでも終わりでしょうしね」

そう。それだけの差が、彼女たちにはあった。

現在、純粋な戦闘力という点ではその限りではないのだが……

かつては一魔法少女に過ぎなかったほむらが、世界再編という神のような真似が出来たのは、
彼女が貶め・奪った神の力を自身の中に完全に取り込む前だったからこそだ。

現在その力は暁美ほむらという『器』に完全に入っている為、今はその時ほどの巨大な力は振るえない。

かつての神の力を完全に発揮するには、彼女の『器』では小さすぎるのだ。

もっとも、それにほむらは気付いていないのだろうが……

だが、それでもこの次元・宇宙は、ほむらが作った世界。

その一点だけでも、いわば創造神とも呼べる『悪魔』に真っ向から立ち向かうのは無謀であった。

たとえば……

杏子とマミの手の届かない遠距離から、二人が力尽きるまで延々と手下を送ったりなどは、
ほむらからすれば簡単な事だろう。

だが、そんな杏子たちにも手が無い訳ではない。

杏子「……さて、あたしたちにどこまで出来るかな」

マミ「正直不安よね……
でも、やらなければ」

杏子「そうだな」

マミ「とにかく、慎重さは大切だけれど、動くべき時だと判断したら少々無謀でもやらないといけないでしょうね」

杏子「時間が……無いもんな」

マミ「ええ……」

二人はもう数回、言葉を交わす。

杏子「──と」

その途中で杏子が小さな声を上げると、携帯を取り出す。

話に集中して気付かなかった彼女だが、どうやら同じ人から何度も着信があったようだ。

杏子「さやかからだな」

美樹さやか。

現在の杏子が居候させて貰っている家の娘であり、
かつては、『円環の理』と呼ばれる概念に導かれてその一部となった少女なのだが……

今は、杏子やマミと同じく人としての命を持つ魔法少女。

彼女は、杏子が朝早い時間になにも言わずに出て来てしまったので、怒りつつも心配しているのだろう。

杏子は電話に出る。

杏子「ああ、ああ……大丈夫、こっちも今学校に向かってるから……」

軽く言葉を交わすと、彼女は電話を切った。

マミ「……そろそろ行かないと、暁美さんにも気付かれちゃうかもしれないわね」

杏子「そうだな」

言うと、二人は立ち上がって学校の方へと歩き出す。

話し足りないが、遅刻したり、学校を休んだりする訳にはいかない。

まあ、まだそこまで遅い時間ではないのだが……

二人は、迂闊に下手な行動・いつもと違う行動を取り、
自分たちの動きをほむらに勘付かれるのは絶対に避けなければならないのだ。

マミ「じゃあ私は先に行くわね」

これも、ほむらを警戒して。

住む家の位置などの問題で、彼女たちが共に登校する事はまずないのだ。

杏子「おう、また後でな」

ニッコリほほえむと、マミは去っていった。

杏子はそれを見届けると、


バッ! タッ、タッ!


再び木の枝を跳んでいき、最初にマミを待っていた木の上まで戻る。

杏子「…………」

彼女が居るのとは別の木の枝の上。

チラリと杏子が向けた視線の先に、カラスの体をした、
しかし顔は雀のようなインコのような不思議な生き物が居る。

暁美ほむらの使い魔だ。

杏子(こうして見ると異質な生き物だね。
『異形』ってヤツ?
前にあたしは、こいつと仲良くリンゴを食べたりしたっけ)

その不思議な姿になんの違和感も持たずに。持てずに。

なぜなら、この世界はそう言う風に作られているからだ。

だが、それ自体は別になんの問題も無い。

杏子(……本音を言うと、『あの』問題さえ無ければあたしは別にこのままでもよかったんだけどな)


スタッ。


彼女は使い魔にも見付からないよう注意しながら、そのまま人目につかないよう地面に着地すると、
素知らぬ顔でいつもの通学路へと戻った。

そこで、ショートカットの少女と丁度出会う。

美樹さやかだ。

杏子「おう!」

さやか「杏子!」

さやかは杏子の姿を認めると、目を釣り上げて彼女の方へと詰め寄る。

さやか「あんたどこ行ってたのさ!
起きたらあんたの部屋には誰も居ないし、何度も電話やメールしたってのに!」

杏子「悪い悪い。今日はたまたま早くに目が覚めちまってさ、
するとなんか魔獣の気配がしたから、そいつ倒しに行ってたんだよ」

さやか「えっ……」

その言葉に、さやかの表情が心配そうなそれに変わる。

さやか「大丈夫だったの?」

杏子「おう。ザコが一体だけだったからな」

さやか「そんなの、別にあたしを起こしてくれれば……」

杏子「朝早すぎたし、別に強敵って感じじゃあなかったからね。
ただまあ、勝手に突っ走ったのは悪かったよ」

さやか「もうっ……無茶だけはしないでよね!」

杏子「ああ」

──……これで、今朝マミと会っていた事はごまかせただろう──

さやかに嘘を吐いた罪悪感を軽く覚えつつも、杏子は安堵した。

まどか「あっ、さやかちゃんに杏子ちゃん!」

さやか「──おうっ、おはよ!」

そこへ現れた、柔らかな髪の毛をツインテールにした華奢で可愛らしい少女、鹿目まどかと、

杏子(……!)

ほむら「…………」

長い黒髪の少女──暁美ほむらの姿に、杏子の顔に緊張が走った。

ほむら「……?」

杏子(まずい!)

それはほんの一瞬だけだったが、ほむらは見逃さなかったようだ。

杏子「……おう二人とも!
っかし、こんな天気の良い朝だってのにあんたは相変わらずぶっきらぼうなんだな。
唐突に見たら幽霊みたいで怖かったぜ!」

ほむら「……ふん」

頭をかきながら早口で言う杏子に、ほむらはいつものなんとも言えない笑みを浮かべると、再び歩き出した。

まどか「あっ、待って~」

杏子(……アブねー)

これで、杏子の先ほどの反応は不意に現れたほむらに驚いただけであり、
今のはその気恥ずかしさを誤魔化す為の態度だと思って貰えただろう。

さやか「こら」

杏子「痛っ」

こっそりと胸をなで下ろす杏子の頭を、さやかが軽く小突いた。

さやか「いきなりそりゃ、ほむらに失礼だ」

杏子「わーったわーった。すまんすまん」

さやか「あんた悪いと思ってないでしょ!……って、あたしに思われてもしょうがないんだけど」

と、さやかは笑うと、

さやか「おい二人とも、待てよ~。一緒に行こうぜっ!」

まどかとほむらを追いかけた。

杏子(……まどか)

鹿目まどか。

本来の彼女は、絶望の未来しか待っていない、
魔法少女という存在のすべてを救済する神・『円環の理』そのものなのだが……

この次元に生きる彼女は、人としての命しか持たない歪で不完全な存在。

女神たる彼女は、貶められたのだ。

暁美ほむらの手によって。

杏子「…………」

杏子はまどかの背中を見つめつつ、


マミ『慎重に、しかし急いで体勢を整える。
知っての通り、こちらから彼女に挑むにはまだ早いから』


先ほどのマミの言葉を思い出す。

杏子(だな。何事も慎重にしねーと……)

もし彼女たちの動きを察知されたら、その瞬間からほむらは襲いかかってくるだろう。

真の意味での勝ち目がまだ無い以上、絶対にそんな事態にしては駄目だ。

─────────────────────

その日の昼。

チャイムが鳴り、昼休みになった途端にさやかは立ち上がると、ほむらの元へと歩いていった。

杏子(!?
さやか……?)

今のさやかが放つ空気は、いつもの明るい彼女のものではなかった。

杏子は、さやかとほむらに意識を向ける。

──暁美ほむらは、クラス内どころか学校中で浮いている。

いや。

基本的に無口であり、美人であり、他の誰にも持ち得ない近寄りがたい雰囲気を漂わせているので、
特別視・畏怖されていると言った方が正解だろうか。

そんな彼女はクラスメートから話しかけられる事はまずないし、
自分からも必要最低限にしかクラスメートとは関わろうとしない。

だが、明るいさやかや、彼女の友達の志筑仁美や上条恭介、
杏子といった面々はほむらに話しかけるのもめずらしくはない。

だから、

さやか「ねえほむら、ちょっと付き合ってくれない?」

さやかがほむらにそう声をかける事が、周りから不審な目で見られる事はなかった。

ほむら「……構わないけれど」

言って、彼女は左手で髪をかき上げる。


キラッ。


その際に見えた、ほむらの左耳に装着されているイヤーカフスの宝石が光った。

杏子(……『ダークオーブ』……
いや、あれはそいつの別形態だっけ?)

以前は救済の女神の一部だったそれは、今は悪魔・暁美ほむらの力にして彼女の命そのもの。

杏子(…………)

さやか「悪いね、杏子、まどか、ちょっとだけこいつ持ってくわ!」

さやかは、先ほどまでの空気など感じさせないいつもの様子で、近くのまどかと杏子に言った。

まどか「うんっ」

杏子「おう! じゃあ先に昼メシ食ってるぞ~!」

なにも気付いていないのだろうまどかはもちろん、杏子もいつも通りに言葉を返す。

さやか「オッケー!」

明るい笑顔のさやかと、シニカルな笑みを浮かべたほむらが教室から出ていった。

杏子「…………」

杏子は、早速魔力で聴力を高める。

彼女の耳に、『どこへ行くのかしら?』などと話す二人の会話が届き、二人の向かう場所はわかった。

まどか「杏子ちゃん、行こっか?」

まどかからの誘い。

いつもは、さやかとほむらを含め、
杏子、マミ、まどかの五人で昼食を取る場合が多い(たまに他の友人二人も混じるが、
彼女たちは二人きりで居る事の方が多い)のだが……

どうやら今日、それは無理そうな空気だ。

杏子「……そうだな」

上手い具合に抜けだし、こっそりとさやかたちを追おうかと思っていた杏子だったが、
やめてまどかとの食事に専念する事にした。


マミ『とにかく、慎重さは大切だけれど、動くべき時だと判断したら少々無謀でもやらないといけないでしょうね』


杏子(いきなりその時が来たっぽいが、ここであたしが動くのはやめた方が良いだろうね)

注意をするのはほむらだけではない。

彼女と比較的仲の良いまどかや、さやかにしてもそうなのだ。

迂闊な行動一つで、どこから杏子たちの動きがほむらの耳に届くかわからない。

杏子(つーか、今回動くとしたらあたしじゃなくて……)

杏子は、マミにテレパシーを送った。

─────────────────────

マミ「…………」

杏子のテレパシーを受けたマミは、さやかとほむらが対峙する様子を、校外の高層マンションの屋上から見ていた。

ここが、マミが魔力を使って高めた視力で、二人をしっかりと確認出来る限界の距離の場所。

事情を聞いたマミは、全速力でここへと向かったのだ。

ほむらの近くだと気付かれる恐れが多いし、彼女の使い魔も居る。

使い魔とほむらは繋がっているので、使い魔に見付かる事とほむらに見付かる事はイコールなのだ。

マミ(たぶん、ここからだとさすがに大丈夫だとは思うけれど……)

マミの周囲には、使い魔の姿・気配は無い。

──マミはともかく、これまでにも杏子は、さやかがあのような行動を取るのを目にした記憶があった。

ただし、彼女のその行動の真意は知らなかったが……

マミも含め、今は違う。

だから、二人にこの件をスルーする選択肢は無かったのだ。

マミ「…………」

さやかとほむらは、人がまず来ない校舎の裏で向かい合っていた。

マミは、聴力も魔力で高める。

─────────────────────

ほむら「──で? 私をこんな所まで引っ張り出してなんなのかしら?」

さやか「あんたはなにがしたいのさ?」

怒気を孕んだ言葉と顔を向けられても、しかしほむらは例の笑みを崩さない。

さやか「こんな世界を作って、でも特別なにをする訳でもない……」

ほむら「ならそれで良いんじゃないの?」

さやか「そんな風に簡単に言えはしないだろ?」

ほむら「言えるわ」

さやか「……どうして?」

ほむら「ここは私の楽園だもの。
あなただって居心地は良いでしょう?」

さやか「居心地がよければそれで良いの?」

わずかに、ほむらの顔に疑問の色が浮かんだ。

ほむら「……なにが言いたいの?」

さやか「いくら居心地がよくても、永遠に続きやしない幻をただ与えられたり、
手にしたってだけであんたは満足なのかって言ってんの」

ほむら「そもそも、永遠に続くものなんてありはしないじゃない」

さやか「あたしが言いたいのはそんなんじゃなくて……」

ほむら「まあ、私はあなたとは立場もなにもかもが違うから、理解し合えなくて当然なのでしょう」

さやか「……そうやってまた逃げるんだね」

ほむら「事実、でしょう?」

さやか「っ!
だからあんたは……
そんなだからこんな風になってもなにも気付かずに……!」

ほむら「もっと、なにが言いたいのかわからないわ」

悲しみと怒りを吐き出すさやかに対して、ほむらはふん、と小さく鼻を鳴らして話題を変える。

ほむら「そんな事より、今回は随分と早かったわね。
記憶を取り戻すの」

さやか「……そうだね」

ほむら「まあ、あなたの思い・意思は強いから、こんな時もあるでしょう」

軽く肩をすくめるほむらからは、なんの動揺も見られなかった。

すべての面において余裕があるからだ。

かつてとはいえ、『円環の理』の一部だった相手なのだから、
この程度のイレギュラーもあるだろうと思っていたから。

なにより、いくらさやかが記憶を取り戻そうと、それでほむらへなにが出来る訳でもないのだから。

さやか「それって、褒めてないよね?」

ほむら「さあ? どうかしら」

これまでにも、記憶を取り戻したさやかがほむらの前に現れる事は何度もあった。

初めに二人が極めて深く接近したのは、ほむらがこの次元を作り上げた最初の頃。

すべての記憶を持ったさやかはほむらに近付いたが……

彼女は、その記憶と、円環の力にて自在に操れるようになった魔女の力もほむらに奪われた。

なんの抵抗も出来ずに。

いや、奪われたのではなく、『円環の理』を否定するこの次元の『摂理』が、
さやかの持つ円環のカケラを排除しようと動いたというのが正解だ。

この『摂理』に関しては、ほむらの強烈な意思によって存在しているものである。

しかしこれこそが円環を宿す者の力なのか。

どうやらさやかの『中』まではその『摂理』の影響力は完全ではないようで、
円環のカケラを完璧に排除する事までは出来ず、時間が経てばまた記憶と力が戻るのだ。

外に出ようとした・もしくは外に出た円環のカケラが『摂理』によって彼女の内部に押し込められ、
しかし内部にまでは『摂理』の力は及ばない為に、
また円環のカケラが外に……をループしているという訳である。

ちなみに、これはまどかもほぼ同じ。

もっとも、さやかと違ってほむら(と、彼女の意思で存在している『摂理』)に常に見張られているまどかは、
ただ時間が経つだけでは決してなにも目覚めはしないのだが。

──そして、記憶の戻ったさやかは再びほむらの元へと訪れ……

その繰り返し。

ほむら「ともあれ、私はいつものように対応してあげるだけ」

さやか「…………」

ほむら「──愚かね美樹さやか。記憶が戻る度に私の所へ来るなんて」

『それで私をどうこうなんて出来るはずないのに』『だから同じ事を繰り返すはめになるのに』
と、ほむらはさやかを嘲る。

さやか「だって……見てらんないんだよ……」

ほむら「それも聞き飽きたわね。
私にあれだけ敵意を向けていた癖に」

さやか「……昔のあんたと似たようなもんだよ」

ほむら「……?」

さやか「魔女が居た頃の世界のあんただって、そりゃぁあたしたちに思う事はいっぱいあったんだろうけど、
でも今のあたしみたいにしてたじゃん! まどか最優先でも見捨てられなくてさ!」

ほむら「……なんの話よ……?」

さらに続けようとしたさやかだったが、感情が高ぶっているからか上手く言葉が纏まらない。

彼女は小さく息を吐いて一瞬だけ間を取った。

さやか「……あたしだって──まあ、さすがに『まどか』レベルに全部を全部知ってる訳じゃないけど──
それでもあたしだって『円環の理』の一部になって、
いろんな時間軸のいろんな可能性、未来・過去を知ってるんだよ?」

『まどか』か、『円環の理』か……それとも両方か。

おそらくその言葉に反応したのだろう。ここで初めて、ほむらの笑みが消えた。

ほむら「……私らしく、同じ言葉をループさせましょう。
なにが言いたいのかわからないわね」

さやか「だからあたしは、そんなあんたを──」

ほむら「黙りなさい」


パチンッ!


さやか「っ!」

ほむらが指を鳴らすと、さやかが体を軽く震わせて両ひざをついた。

ほむら「ふふっ、今度は魔女の力を使おうとする間も無かったわね」

さやか「く……そっ……!」

ほむら「まあ、『真の』あの子の事を思い出した存在は、
あの子に真実を取り戻させる可能性があるから……」

ほむらは、無表情のままゆっくりとさやかに近付く。

ほむら「わざわざ私と接触するという愚かな行動を繰り返してくれるあなたには、
むしろ助かっているのだけれどね」

──まどかが『まどか』に戻ってしまう可能性の一つを、いち早く潰せるから──

さやか「何度忘れても……あたしは絶対に忘れない……!
あんたが、悪魔っ……だって事……は……」


かくんっ。


ほむらを睨みながら小さくつぶやくと、さやかは両ひざを付いたまま深くうな垂れた。

ほむら「…………」

さやかは、もう数秒も経てば目覚めるだろう。

その時にはまた、『円環の理』に関する記憶は失っている。

ほむら「ふん」

ほむらは目を細めて髪を軽くかきあげると、歩き出した。

─────────────────────

杏子「…………」

その日の夜、杏子は自分の部屋でマミとメールでやり取りをしていた。

彼女は結局、昼休みの間にはさやかとほむら、学校から離れていたマミとも合流する事はなかった。

とはいえ、まどかと二人きりで取る昼食というのも、新鮮でなかなか楽しくはあった杏子だったが。

例のさやかとほむらの件は、休み明けの授業中にマミからテレパシーで報告を受けた。

ほむらを目の前にしての行動とはいえ、さすがにテレパシーを使用するだけで、
その力を察知されたりはしないというのは『今の』彼女たちは知っている。


ピロリロン♪


マミ『その辺りは、情報の通りね』

と、マミからメールが来た。

杏子『ああ。あんたに二人を監視して貰うのも含めてかなり大胆な行動だったけど、
テレパシーが使えないのは厳しすぎるからな。
問題無く出来て助かったよ』

それに、杏子が返信する。

そうだ。

今回の件をなんとかするには、一人二人ではまず不可能。

情報の共有と、動ける仲間を集めて力を合わせる事は必須である。

テレパシーは、その為に必要で重要な手段の一つなのだ。

杏子(学校があったり、魔獣退治があったり……
さやかと暮らしている今の状況だと、マミと二人で会ったりってのはなかなか難しいからな。
あいつは一人暮らしだからまだマシだけど)

ほむらに行動を悟られない為になるべく普段通りにしておきたい彼女としては、
さやかや、その家族が寝静まってから動き出すというのもあまりしたくはない。

また、今日の朝みたいな魔獣を使った言い訳も、さすがに何度もという訳にはいかないだろう。

注意深く動くのであれば、直接会う事自体は別に悪い手ではないのだが、
それでも広範囲に有効であり、
リアルタイムでちゃんと対話の出来るテレパシーという能力はやはり大きな戦力である。

マミ『あと四日……か。
やっぱり大変ね』

杏子『だが、話の通りあいつは神だの概念だのってほどではないみたいだからな』

「この宇宙に、新しい概念が誕生したというのか?」──ほむらが『悪魔』になる際にそんな風にひとりごちたのは、
杏子やマミもよく知るとある地球外生命体だが、その解釈は間違っていた。

人智を越えた現象と存在を目の当たりにしたあの時の状況を考えたら、
その地球外生命体がそんな解釈をしたのは無理はないのだが……

いくら博識と言えど、神でもなんでもないあくまで一生命体であり、
また、神の知識を持っている訳でもない者がこのレベルの事を理解しきるのはやはり無茶なのだ。

杏子『そもそも『悪魔』ってのもアレだし、これならやってやれなくはないさ』

マミ『そうね』

この次元を作ったのはほむらだが、だからといって彼女が、
『無条件で』この次元内のすべてを把握出来るのかといえばそうではないらしい。

だからこそ、たとえば物を運ぶとか物理的に力が必要な状況ならばわかるが、
そうではないのに使い魔がウロウロしていたりするのだろう。

杏子『まあ、ほむらのヤツが意識を向けたらその限りではないって話だが……』

マミ『その場合は、隠れて話していても、その様子を『視る』事も『聴く』事も可能なのだったわね。
テレパシーも、テレパシーをしていると知っていて、そこへ意識を向けられたら内容すら読まれてしまう』

また、それまでは気付かれていなくとも、使い魔に見付かるとその時の動きを主人であるほむらに察知される為、
結果彼女に意識を向けられて行動がバレてしまったりもする。

杏子『ったく、厄介なモンだね』

マミ『……早く仲間を増やさないと』

杏子『ああ。
まずはなぎさ、だな』

マミ『ええ』

百江なぎさ。

暁美ほむら改変前の世界で、さやかと同じ存在だった魔法少女。

彼女もまた、改変に巻き込まれてこの次元に居る。

ただ一つ、以前と決定的に違う事があるのだが……

杏子『ホントは気が進まないけどな……』

マミ『でも、『あの子』がそう言うのならば、力を借りない訳にはいかないわね』

杏子『おう。
……ま、あたしやマミがついてれば大丈夫だろ』

マミ『そうね。……むしろ、大丈夫にしなければ』

ここから、二人はなぎさの事でもう何度かメールでやり取りをした。

杏子『──あとは……
最終的にはさやかにも協力して貰うつもりだが……』

彼女はまだ、現在の杏子やマミ、そしてなぎさほどの事情は知らない。

なぜなら、こうなった以上さやかは『円環の理』と誰よりも関わりが深い少女だから。

そんな彼女に杏子・マミ・なぎさに対してと同じように動いてしまうと、
力が共鳴するなどしてこの次元が大きく揺らぐなど、なにかしらの現象が起こる危険性がある。

そうなるとまずほむらに勘付かれるだろうから、
杏子たち今回の件に深く関わるすべての存在は、さやかとの接触をひとまず避けたのだった。

他にも理由があるのだが、とにかく今回のさやかの参戦は、真に来たるべき時が来たらになるだろう。

杏子『あいつ意外と演技派だからな。
余計な問題さえなければ他の能力的にも絶対に必要なヤツだから、
さっさと事情を説明して手を貸して貰いたいってところだったんだろうけど』

杏子は、かつてほむらのソウルジェムの中に在った世界で、立ち回っていたさやかの姿を思い出しているのだろう。

そんなさやかなら、すべてを知っても下手を打たずに上手く動いてくれるに違いない、と杏子は思う。

マミ『意外とっていうのは失礼よ。
……美樹さんに関しては、とにかくタイミングね』

そもそも、今でもさやかはほむらの目を引きつける役割を担ってくれている。

もちろん、彼女自身はそうとは知らずにだが……今はこれだけでも杏子たちには最高の援護ではあった。

杏子『……でも、あいつを利用しているみたいで気分がよくねーよな』

マミ『そうね……
言い方は悪いけれど、はっきり言って囮になって貰ってる訳だからね。
なるべくならこんな状態は続けたくはない』

杏子『いずれにしても、『タイムリミット』まで時間はあまりないね』

マミ『ええ。
その時と、暁美さんがこの現状に最後まで気付かず、すべてが崩壊する時と……
私たちが目的を果たす時。
一体どれが早いのかしらね』

─────────────────────

次の日の放課後。

杏子「さーて、帰るか」

さやか「おうっ!」

杏子はこの後、可能ならばマミと合流するつもりである。

杏子(とはいえ、いつも一緒に帰っているさやかをほっぽって『用があるからお先に』ってのはね……
まあ怪しまれないのは、家に帰ってから散歩だのなんだの適当に理由つけて出かけるとか……かな)

だが、杏子は無理に動くつもりはなかった。

今回のは出来れば杏子も居た方が良いというだけで、別に後でマミから報告を受けてもよい事だからだ。

さやか「お~いっ、まどかとほむらも一緒に帰ろうぜ!」

と、さやかが帰り支度をしていた二人に声をかける。

まどか「うんっ」

まどかは笑顔で頷くが、ほむらは一瞬の沈黙の後、

ほむら「……私は結構よ」

首を横に振った。

まどか「そっかぁ……残念」

とはいえ、ほむらのこんな反応はめずらしくはない。

目的地が同じ登校時に出会った場合はともかく、
帰宅時に声をかけて彼女がまどかやさやかたちと一緒に帰る可能性は、およそ半々といったところだろうか。

さやか「相変わらず気分屋だなぁ。なんだったら十円ガムでも奢るよ?」

ほむら「いらないわ」

一言つぶやくと、ほむらは教室の入り口へと歩き出す。

ほむら(…………)

ほむらの本心としては、常に、常にまどかの側に居たくはある。

彼女の近くにさやかたちが居ても、色々な意味で構わない。

そうでないと──わざわざ、こんな世界にしはしなかったから。

だが、世界再編後のすぐはともかく、この現状で自分の感情に素直になるにはほむらには度胸が無かった。


ほむら『いずれあなたは、私の敵になるかもね。
でも構わない』


以前、ほむらはまどかにそう言った事があるが、これが本心なはずはない。

だからこそ、その言葉を口にした時のほむらは苦しげだった。

ほむら(……まどか……)

もし本当に、いざその時が来たら。もし目の前でまどかが『敵』になってしまったら……

そう考えると、ほむらは自分からはなかなかまどかの側に行く事は出来なかった。

もちろんまどかが敵になる瞬間が来たとして、
その時に彼女の目の前に居ようと、離れていようと大差は無いのかもしれない。

だが、理屈ではないのだ。この『恐怖』は、ほむらから積極性を奪うのに十分だった。

それでも、なんとか『恐怖』を抑え込めた時は自分からまどかに近付けたりもするが……

そんな状態が続くはずもない。

こういうのは、一度乗り越えたらもう大丈夫というものではないのだから。


ほむら((私は、遠くからまどかを見守るだけで良いわ。
それで……満足))


ほむらがそんな諦めにも似た気持ちになったのは、世界を再編してからまだ大して時間の経ってない頃。

ほむら(でも、これで良いのよ。
『円環の理』さえ寄せ付けなければ、私たちは永遠に離れる事はないのだから。
欲張る必要は……ない)

これが自分に対する言い訳でしかないのは、ほむら自身が一番わかっている。

さやか「じゃ、あたしたちも行こっか」

杏子「おう」

まどか「うんっ」

繰り返し『これで良い』と内心で自分に言い聞かせるほむらの耳に、杏子たちの言葉が届く。

ほむら「…………」

気にしないようにして扉を潜るほむらだが……


ドクンッ。


ほむら「!?」

突然、彼女の胸で『なにか』が跳ねた。

ほむら(な、に? これは……?)

なにが起こったのか、ほむらにはわからない。

ただ、この時唐突に彼女に襲いかかってきたのは……

確信。

孤独、の。

ほむら「…………」

──まどかが敵になった後に、私は真の意味で一人ぼっちになるのかもしれない──

そう何度も思った事のあるほむらだが、今回はそれは、今までの『確信めいた予感』とは違う。

強烈で純粋な……『確信』。

ほむら(私は、失う……?)

今の彼女に、すべてがすべてをハッキリとまではわからない。

確かなのは、『確信』にほむらが魂の底から震え上がった事。

そして、本当に孤独になるのだとしたら、それはまどかと永遠の別れを告げる時がとうとう訪れるという事でもある。

ほむら「……ねえ」

杏子「?」

かつてない恐怖に耐えきれず、ほむらは振り返って杏子たちに声をかけた。

ほむら「やっぱり私も一緒に帰るわ」

まどか「ほむらちゃんっ」

杏子「……そっか」

さやか「何だなんだ? この一瞬でどういった心境の変化かな気分屋ちゃん」

嬉しそうにニヤニヤと、さやかがほむらへと近付く。

さやか「だったらあたしとちゅ~しようって気にもなったんじゃない???」

ほむら「ならないわ。
というか、話に脈絡が無さすぎる」

さやか「いや、さっきまであたしとちゅ~する気だって無いのはわかりきってたから、
今ならついでにそんな気にもなってんじゃないかなってコラ!」

グダグダと説明するさやかをスルーし、ほむらはまどかや杏子と教室を出る。

ほむら「まどか、荷物を持つわよ」

まどか「ううん、このくらい大丈夫だよ。ありがとうっ」

さやか「待 つ の!」

さやかは頬を膨らませて三人を追いかける。

杏子「いきなりそんな変な事言ったらそりゃあ流されるよ」

さやか「うっさいなあ! じゃああんたがちゅ~してよ!」

杏子「意味わかんねー」

笑顔でさやかとじゃれ合いながらも、杏子はほむらを注視していた。

杏子(あいつ、ちょっと様子が変だな。
……なんか怯えてる?)

─────────────────────

いつもの通学路。

さやか「するとね、向こうから青いコップと黄色いコップを被った人が歩いて来たわけよ」

まどか「うんうん」

ほむら「…………」

杏子「……?」

先ほどまでは、口を挟まずともほむらもまどか・さやかの会話に参加していたのだが、
時間が経つにつれて彼女は眉間に深いシワを寄せて、どんどんうつむいていく。

杏子「ほむ……」

と、杏子が声を出しかけたそのタイミングで、

さやか『……そういやあ、やけにカラス? が多いね』

まどかとの雑談は止めずに、さやかがテレパシーで杏子に言った。

杏子『……ああ』

彼女の視線の先には、あちこちの木の枝にビッシリと居る真っ黒な『異形』の鳥たち。

パッと見はカラスに似ているが、顔はインコのような雀のような、例のほむらの使い魔だ。

いや、よく見たら木の下やしげみの脇にも、彼女の使い魔らしき他の『異形』の姿が沢山ある。

まどか「えっ? 他には虹色の台車で波乗りをする人も居るの?」

そして、その使い魔たちはまどかには見えていない。

さやか『なんか不気味だね』

ちなみに、その『鳥』たちがほむらの使い魔だと知っているのは、この場ではほむら以外だと杏子だけだ。

ほむら「…………」

杏子「……おい、ほむら大丈夫か?」

杏子は異形たちへの注意は切らさず、いつの間にやら顔を手で抑えて立ち尽くしているほむらへと改めて声をかけた。

元々彼女は色白だが、手の隙間から覗くほむらの顔色はいつもに増して真っ白だ。

ほむら「う……」

まどか「ほむらちゃん!?」

さやか「お、おいほむらっ!?」

ようやくほむらの様子に気付いたまどかとさやかが、話を止めてほむらを見た。

ほむら(な……なぜ? 使い魔たちが私の言う事を聞かない!?)

当然ながら、この手下たちが近くに集まって来ているのは、主たるほむらは最初から気付いていた。

まどかの側にはいつも使い魔たちを置いているのでそれ自体は別に良いのだが、これはあまりにも数が多すぎる。

奴らは、恐怖に駆られたほむらがまどかを強烈に求める深層心理を感じ取って、こんなに大勢集まってきた。

いわばほむらの心を表した行動をしたのだ。

実際、他に目的のない手下たちには殺気などはまったく無いし、
ただ居るだけで取り立ててなにかをしようとはしていない。

使い魔は主人の要素を持ち、主人と意識が繋がっている為にほむらにはそれはわかる。

もちろん、さすがにこの数は求めていない為に、ほむらは『離れなさい』と何度も命令を送っていたのだが……

その命令をまったく受け付けない。

ほむら(ありえない。
『悪魔』になってからは、こんなの初めてだわ……)

先ほど感じた『確信』もあり、ほむらの中で黒いなにかが広がっていく。

ほむら(……黒い、なにか? これは一体……
──!?)

まどか「ほむらちゃん……?」

ほむらがふと向けた視線の先には、まどか。

……いや。

まどかの十メートルは更に向こうに、横並びで立つ無数の人型の影。

イバリ、ネクラ、ウソツキ、レイケツ、ワガママ、ワルクチ、ノロマ、
ヤキモチ、ナマケ、ミエ、オクビョウ、マヌケ、ヒガミ、ガンコ。

それぞれが黒を基調とした衣装を身にまとい、共通するのは蒼白い肌に大きな瞳。

彼女たちは、葬列を待つ着せ替え少女人形……

クララドールズ。

『泣き屋』の役割を持つ、ほむらの使い魔の中でももっとも彼女に近しい存在たち。

その全員が肩を落としてジッとほむらを見つめている。

まるで、もはや自分ではどうにも出来ない現実に絶望してしまったかのような──

皮肉と自傷・暗い影を纏いながらも、いつも元気に動き回っているクララドールズからは考えられない姿だ。

ほむら「……!?」

しかし、ほむらがまばたきをしたほんの一瞬でクララドールズは全員消えてしまった。

ほむら(…………)

まどか「ほむら……ちゃん?」

ほむらが視線をまどかたちに戻すと、心配げに見つめる三人の姿。

ほむら「な、なんでもないわ」

さやか「そんな風には見えなかったけどなぁ……
あんたらしくなく、ボーっとしてた」

杏子「──まあ、人間そんな時もあるだろ」

ほむら(人間……
人間か)


杏子『てめえそれでも人間か!?』

ほむら『もちろん違うわ。
……あなたもね』


ほむらは、繰り返す時間軸の中で杏子と何度もそんなやり取りをした。

ほむら(あの時と違い、今の私は魔法少女ですらない。
魔法少女と同じく人ではないけれど、魔法少女よりもさらに人間からは離れた存在になった)

──でも、後悔など無いわ──

けれどそれも、自身の考える『愛』を貫いて、この次元というものを……まどかを手にしているからだ。


『もう一度、あなたと逢いたいって……!
その気持ちを裏切るくらいなら……』

『そうだ。私はどんな罪だって背負える』

『どんな姿に成り果てたとしても、きっと平気だわ』

『あなたが側に居てくれさえすれば──』


これらはすべて、悪魔になる前のほむらの言葉。

彼女は強硬な決意の後に、その言葉の通り自身の思いを貫き通したのだ。

だから後悔など、ありようがない。

だからこそ。

もしも。

ほむら(もし私の感じた『確信』が正しいのだとしたら……)

もしも、本当に大切なものを無くしてしまうような事があれば……

きっと、ほむらは後悔などというものを遥かに越えた感情に潰されてしまうだろう。

当たり前だ。

現在のほむらが手にしているのは、それほど大きな大きな、本当に大きなものなのだから。

そうでない、彼女にとってその程度のものならば、
『愛』を通す事に……『悪魔』になる前に決意など必要自体無かっただろう。

ああまでしても、自身の『愛』を貫きたかった──

そんなほむらが、手にしたそれを失う事を恐れるのは当然だ。

いざその時が来たり、その時が視えてしまったら心揺れるのは当然だ。

ほむら(わ、私は……)


ドクン、ドクン。


ほむらの、前髪に隠れた額に脂汗が浮かび、彼女の胸の鼓動が早くなる。

ほむら「私は……」

杏子「……あんたは疲れてんだよ。
帰ってゆっくり休め」

ほむら「疲れ……?」

杏子「ああ。たまにはゆっくりするのも大事だぞ」

ほむら「…………」

悪魔になって以降ほむらが疲労を感じる事はなかったが、これほどまでに精神が不安定になったのも初めてだ。

ならば、今の自分と言えど、完全に疲れが無くなるという事はないのかもしれない──
やや混乱する頭で、ほむらはそう思った。

ほむら「確かにそうなのかも……しれないわね。
そうするわ」

杏子「ああ」

まどか「お家まで送ってくよ」

杏子「あ、そりゃ名案だ」

さやか「うん。相変わらず顔色悪すぎだし」

ほむら「必要無いわ。子供じゃないんだから」

杏子「まあまあ、良いじゃん」

ほむら「けど……」

さやか「……あたしたち、ほむらが心配なんだよ」

ほむら「…………」

さやか「まあどうしても迷惑だってならやめとくけどさ」

まどか「うん。
でも、送らせて欲しいな」

ほむら「……勝手にしなさい」

真摯な顔のさやかとまどかに、ほむらは背を向けて言った。

まどか「うんっ」

杏子(悪いなマミ、あたしはほむらを優先したい)

杏子がこっそりとマミへメールを送った。

─────────────────────


スタスタ……


杏子たちにそんな事があった同じ日の放課後、マミはマンションへと帰宅していた。

見晴らしのよいこの廊下をあと数メートルほど歩けば、自室である。

マミ「さて……」

ほのかな風を感じる中、自分の部屋の前まで来ると、マミは隣に立つ少女に言った。

マミ「じゃあ入りましょうか」

なぎさ「はい」

サラサラと綺麗な髪の毛、小柄な体躯、あどけない顔立ち……

百江なぎさ。

昨夜マミは、杏子とメールのやり取りをしていた時から、この日の放課後になぎさを自宅へ招くと決めていたのだ。

もちろんこの事は杏子も知っているが、彼女はこの場には居ない。

来れそうならば後で合流する予定である。

─────────────────────

実は、この世界のなぎさは他の魔法少女たちとは誰とも面識が無かった。

しかし、以前マミがスーパーで買い物をしている時、
彼女はチーズ売り場の前でなにやら小躍りしているなぎさを目撃した。

これが、ほむら再編世界での二人の出会い。

……………………

マミ((あいかわらずここはチーズが豊富ね。
山みたいに積まれてて、見るだけでも楽しいわ))

マミ((……あら? あの子なにをしているのかしら?))

なぎさ『チーズ! チーズがいっぱいなのです!』

マミ((ふふっ、あんなにはしゃいじゃって。
チーズが好きなのかしら?
でも、ちょっと危ない……))


コケッ。


なぎさ『あっ!』

マミ『危ないっ!』


ガシッ!


マミ『あ、危なかったわね……』

なぎさ『ありがとうございました。もう少しでチーズの山にダイブするところでした。
チーズの山に……じゅるっ。
チーズ……じゅるるるっ』

マミ『へっ?
……ああ、チーズ、そんなに好きなの?』

なぎさ『は、はい……ゴクリ』

マミ『……よかったら買ってあげましょうか?』

なぎさ『良いのですか!!!!!!!!!??????』

マミ『ひっ!?
う、うん。良いわよ。
──あ、でも知らない人からこういう事されるのって気持ち悪いかしら』

なぎさ『そんなことないのです! チーズなのですっ! チーズはおいしいのですっ!』

マミ『ふふふっ、そうね』

なぎさ『…………それに』

マミ『えっ?』

なぎさ『なぎさ、あなたとは初めて会った気がしないのです』

……………………

──この後、二人は携帯の番号やメールアドレスを交換した。

マミは、出会ったばかりの相手へと自分から電話をかけたりメールをしたりは性格上難しかったのだが、
なぎさは彼女の持つそういう『壁』をものともせずに連絡を続けてきた。

そんななぎさとやり取りをしているうちに、マミは彼女と二人きりで会うようになっていく。

……といっても、二人が出会ったのはここ最近の出来事なので、それに関してはまだ数えるほどの話だが。

─────────────────────

マミ「──とりあえず、紅茶を淹れましょうか」

なぎさ「はいです! チーズなくては戦は出来ませんからね」

マミ「ふふっ、ちょっと待っててね」

言って、マミはキッチンへと姿を消す。

なぎさ(…………)

一人残されたなぎさは、なんとはなしにマミ邸のリビングを見回す。

マミと二人で会った事はあるが、彼女の家に来るのは初めてだ。

……この次元にやって来てからは。

なぎさ(前は、ここでマミと暮らしてたりしましたね)

それは、ほむらが悪魔になる前、彼女のソウルジェムの中にあった世界での話。

その時に、なぎさはほむらに攻撃を受けた事がある。

彼女が悪魔へと変貌する瞬間にも居合わせた。

なぎさ「……ほむら」

なぎさは、その時々で見たほむらの、
儚く、まるでガラスのようにすぐに壊れてしまいそうな表情が強烈に目に焼き付いていた。

これはきっと、かつてはなぎさも『まどか』やさやかと同じ思いを持って動いていたからだろう。

そしてなにより、今現在のなぎさをこんな風にしてくれたのが……


テテテンテテテン。


なぎさ「!」

突如鳴った音の方になぎさが目をやると、床の上に置かれたマミの携帯が鳴っていた。

なぎさ「これはいけません。今出ますよ」

と、なぎさが携帯に手を伸ばすが……

なぎさ「おや」

どうやら電話ではなかったようだ。

マミ「お待たせ」

そこへ、紅茶と様々なチーズを乗せたトレーを手にしたマミが戻ってきた。

なぎさ「あっ、丁度よかったのです」

マミ「?」

なぎさ「メールが来たみたいですよ」

マミ「あら、ありがとう」

トレーをテーブルに置くと、マミはなぎさが差し出してくれた携帯を手にした。

早速、彼女は届いたメールを開いて確認する。


杏子『すまんマミ、やっぱ行けそうにないから二人で始めといてくれ。
なぎさによろしくね』


マミ「……わかったわ」

『了解』とだけ返信し、マミはすぐになぎさの方へと向き直った。

マミ「佐倉さんは来れないみたいだから、始めちゃいましょうか」

なぎさ「そうですか、わかりました」

頷き合う二人に迷いはない。杏子もだし、マミとなぎさもこの場合はこうしようと決めていたからだ。

なぎさ「でも、チーズを食べながらでも良いですか?」

マミ「ふふっ、もちろんよ」

─────────────────────

マミ「とりあえず、なぎさちゃんは私たちの仲間になってくれるのよね?」

なぎさ「もちろんです。だからこうやって会っているのです」

マミ「それもそうね」

マミが苦笑する。

マミ「とはいえ、言葉での確認というのは必要よね。
おそらく、私、佐倉さんとなぎさちゃんはまったく同じ知識を得てはいるはずだけれど、事が事すぎて……」

なぎさ「そうですね。人の身では話が大きすぎですし」

そう。

マミ・杏子・なぎさは、お互いがお互いを無条件で仲間になれる事を知っていたが、
それでもちゃんと言葉を交わしたかったのだ。

マミたちは会話も無しにすべてをわかりあえる存在ではないので、
間違いないと思っている事でも、こうやって物理的に確認をしたいと考えるし、必要なのだ。

重要なものこそ特に。

たとえ視線を交えるだけで通じ合えるような関係でも、人にはある程度の対話は必須なのだから。

マミ「じゃあやっぱり……なぎさちゃんの元にも現れたのね?」

なぎさ「はい。
という事は、マミや杏子もですね」

マミ「ええ」

なぎさ「……えっと、『闇』というものを二人はどう理解していますか?」

マミ「そうね……」

……………………

『闇』。

それは、かつてとある女神の力の一部だったもの。

しかしある時に奪われ、強烈な負の感情に染め上げられて邪悪なものとなった。

今は悪魔・暁美ほむらを悪魔たらしめている『力』であり、
現在の彼女そのもの・彼女という存在の命でもある。

そして、ほむらでは……いや、魔法少女や魔女では到底扱いきれない巨大で圧倒的な『力』でもある。

……………………

なぎさ「なぎさの知ってる知識とおんなじです!」

マミ「やっぱり、私たちが持っている情報は同じと考えて良いわね」

それでも、続ける。

万が一『わかった気』になってしまってはいけないから、きちんと確認をする。

なぎさ「では、これから先に『闇』がどうなってしまうかは?」

わずかに間を置き、マミは言った。

マミ「暁美さんの中に在る『闇』は……
あと三日で、彼女から独立して氾濫・暴走する」

なぎさ「…………」

マミ「そして、暁美さん自身や、彼女が創り上げたすべてを滅ぼしてしまう……」

なぜそうなってしまうのか?

なぎさ「あれは、神のような存在でないととても扱いきれない力です。
なぜなら、元は神の力ですから」

『円環の理』を引き裂いた暁美ほむらは、その純白にして偉大なる力の一部を奪った。

だが、その力は純白のままではいられなかった。

悲しいまでに肥大しすぎた為、己が意志とは関係なく溢れ出る暁美ほむらの絶望や憎しみ。

それら巨大なマイナスの感情が、奪った『円環の理』の力と混じってしまったのだ。

ほむらの意志とは関係無く。彼女自身、気付かぬうちに。

こうして、ただただ純粋だったそれは穢れた力となった。

だが、ほむらのものとなったその力は、時間が経つにつれて独立が進んでいる──つまり、
彼女の手には負えなくなる時が近付いてきているのだ。

それが、『闇』の氾濫。

なぎさ「『闇』は、仮にもこの宇宙を作り変えたほどの力ですからね。
それはつまり、宇宙を滅ぼすレベルの力でもあるのです」

そんなものが暁美ほむらという『器』から抜け出して暴走するとなると、宇宙は確実に崩壊する──

マミもなぎさも杏子も、その時が近い事を知っている。

なぜか?

接触していたからだ。

『円環の理』と。

─────────────────────

杏子「……ん?」

数日前の夜、自分の部屋で、佐倉杏子は突如虚空を見つめた。

まるでその先に誰かが居るかのように。

この部屋には、彼女しか居ないはずなのに。

杏子「!?」

突然、『なにか』が杏子の中に入ってきた。

杏子「!? !!?
──ッ!!?」

それは、一瞬──本当に一瞬だった。

杏子「……な、なんだと?
──あ……いや、そうか……」

けれど、その一瞬で杏子は『理解』した。

彼女の元に現れたのは、『円環の理』と呼ばれる概念。

故にわざわざ物理的に対話をする必要はなく、
こうして、言わば魂と魂が交わるだけで『すべて』がわかるのだ。

杏子「うん……そう、だな。
わかった、確かにその通りだ。どこまで出来るかわからないけどやってみるよ」

……………………

『円環の理』は、まったく同じ時刻にマミとなぎさの元にも現れた。

概念にとって、同時刻に複数の場所に現れるなど造作もない事である。

その時、杏子と同じようにマミとなぎさもすべてを理解したのだった。

『闇』という存在や、今のまま放っておけば、自分たちやほむらの行く末がどうなるか。

そして、かつて過ぎ去った様々な過去と、これからあったかもしれない無数の未来を。

魔法少女や魔獣、そして魔女。

どうしてこのような世界が生まれたのか、こうなる前の世界はどんなだったのかを……

─────────────────────

マミ「なぎさちゃんは……もう魔法少女じゃないのよね」

なぎさ「はい」

そう。以前は魔法少女であり、さやかと同じく『円環の理』の一部でもあったなぎさは、
今や普通の人間となっている。

ほむらの再編後気が付いたらそうなっており、
先日『円環の理』と接触するまではかつての記憶すら完全に失っていたのだ。

これはマミと杏子も似たようなもので、
二人も今は無い世界の記憶を取り戻すまでは、百江なぎさという存在自体を忘れていた。

また、やはりさやかも、円環の記憶を取り戻すまではなぎさの事は覚えていない。

マミ「これは……」

神に近しい存在であった、さやかとなぎさが宇宙再編に巻き込まれたのは偶然だ。これ自体にほむらの意志は無い。

だが、なぎさがただの人間として生きるようになっていたのは。

魔法少女という世界から完全に切り離されていたのは……

なぎさ「……はい。きっとほむらの……」

二人の間に訪れる、わずかな沈黙。

なぎさ「──えっと、つまりなぎさたちがするべき事って……」

マミ「私、佐倉さん、なぎさちゃん、美樹さんが集結する事」

己の使命を果たす為、『円環の理』が助けを求めたマミたちが。

マミ「そして、私たちで暁美さん──いいえ。
『闇』に立ち向かい勝利する事……ね」

なぎさ「うーん。
今のなぎさは戦闘で役にたてないので、とっても残念です」

マミ「それは仕方ないわよ」

ショボンとうな垂れるなぎさに、マミはほほえんで言った。

マミ「まあとにかく、私たちは私たちが出来る事をするだけだわ」

なぎさ「はい。
でも、あと三日で世界が滅ぶかもっていうにしては『きんぱくかん』がないですね。
自分でいうのもなんですが」

苦笑するなぎさ。

マミ「期間が短すぎて、かつ話のスケールが大きすぎるからでしょうね。
正直ピンと来てない部分はあるのだと思うわ」

『円環の理』の気持ちはわかれど、決して同化したわけではないからそれは当然だ。

これは、マミたちが概念(純粋な精神生命体)でない限界なのだろう。

しかし、それでも彼女たちは自分に出来る精一杯を動いている。迷いは一切無しに、積極的に。

世界が滅びる云々はピンと来ていないのに、なぜか?

仲間『たち』を助けたいからだ。

マミ「ともあれ、なぎさちゃんは常に安全第一で居てね。
いつも私や佐倉さんがついていられれば良いけれど、そうもいかないから……」

もしなぎさが迂闊に動いて、マミ・杏子の居ない時に、
ほむらの使い魔はもちろん、最悪彼女自身に襲われたりしたらどうにもならないだろう。

なぎさ「そうですね」

ニッコリと笑い、なぎさは残ったチーズを一気に頬張る。

マミ(……鹿目さん、任せておいて)


ほむら『この時を、待ってた……』


マミ(もう誰にも、悲しい思いも顔もさせたくないから。させないから)


ほむら『やっと……掴まえた』


マミ(このまま全部消えてしまうなんてあって良いはずはない。
みんなを助ける力になれるのであれば、私はいくらでも頑張れる……!)

─────────────────────

次の日の放課後。なぎさは、見滝原中の近くにやってきていた。

ここは杏子たちの通学路であり、なぎさの通学路でもある場所だ。

時間が時間の為、チラホラと見滝原中の生徒が下校する姿がある。


タッタッタッタッ!


なぎさ「チーズっ、チーズっ♪」

実は今日、見滝原中の近くのスーパーでチーズの安売りを行っており、なぎさはそこへ向かう途中だったのだが、
どうせならマミを誘おうと彼女は先にこちらにやって来たのだった。

なぎさ(こんな時です。ごはんくらい宇宙一おいしいものをおナカいっぱい食べないとっ!
チーズはお買い物するだけでも最高に楽しいですしっ)

今回の件でなぎさが出来る事は、数自体は多くない。

その分とても重要な役割を担っているのは他のみんなとまったく同じではあるが、
そんな彼女なりに他に出来る事を考えて、実行しようと動いたのである。

もちろんなぎさは、スーパーの位置、誘うのが元々付き合いのある相手である事などを考えたら、
ほむら(使い魔)に見付かっても怪しまれはしないだろうという計算をちゃんとしている。

なぎさ「チーズ、チーズっ♪」


タッタッタッタッ!


なぎさ「なぎさのチーズっ!♪」

そのまま走り、大きな植え込みのある石垣を曲がり……


ドンッ!


なぎさ「ヂーィッ!?」

──これは、完全に偶然だった。

ほむら「…………」

なぎさ(ほ、ほむら!)

なぎさが、暁美ほむらにぶつかったのは。

なぎさ「ご、ごめんなさいです……」

ほむら(……百江なぎさ、だったかしら)

ほむらはもちろんなぎさを知っている。

彼女が今はただの人間である事も。

ただし、今のなぎさに円環の一部だった頃の記憶が戻っているのは知らない。

ほむら「…………」

体勢一つ崩さず、完全に冷静なままのほむらは、なぎさを一瞥すらせずに再び歩き出す。

なぎさ「ま、待ってください!」

気が付いたら、なぎさはほむらを呼び止めていた。

ほむら「……なにかしら?」

ここで初めてなぎさの顔を見るほむらだが、その顔は無表情である。

なぎさ「あ、えっと……
あの、どこかで会ったことありませんか?」

ほむら「無いわね」


スタスタ。


なぎさ「ま、待ってくださいっ!」

ほむら「…………」

再びなぎさに顔を向ける彼女の表情は、やはり動かない。

なぎさ「ここで会ったのもなにかの縁ですっ。
なぎさと一緒にスーパーへいきましょう!」

ほむら「?」

なぎさ「なぎさ、今チーズを安売りしているスーパーにいこうと思ってたんです。
お姉さんも一緒にいきましょうっ!」

ほむら「……あなたはなにを企んでいるのかしら?」

低く暗い声に、しかしなぎさはアッサリと返す。

なぎさ「お姉さんと一緒にチーズを食べることをたくらんでますっ!」

ほむら「…………」

なぎさ「おごりますよっ」

やはり立ち去ろうとするほむらだが、なぎさは追いすがる。


ザワザワ……


ほむらがチラと辺りに意識をやると、そんな二人の姿に周囲の生徒が微かに騒ぎ始めていた。


「めずらしい。暁美さんが鹿目さんや美樹さん以外の人と居るなんて」

「知り合いなのかな? 可愛い子だね」


ほむら(……目立っているわね)

それは、ほむらとしては望むところではない。

彼女には、周りの一般人に気付かれずに軽く力を使ってさっさとなぎさを振り切る事も、殺害するのだって簡単だ。

だがほむらは、今やただの一般人でしかない小さな少女相手にわざわざ力を使う気にはなれなかった。

ほむら「……良いでしょう。
そのスーパーとやらに付き合ってあげる」

彼女にとってはそれもまた一興なのか? それとも……

なぎさ「やったあ! じゃあ早速いくのです! チーズがなぎさたちを待っているのですっ!」


ぐいっ!


ほむら「…………」

手を掴まれて引かれるが、ほむらは特に抵抗しなかった。

……………………

………………

…………

……

なぎさ(こんなことして、なぎさはなにをしようとしているのでしょう?)

ほむらとともに歩きながら、なぎさは思う。

なぎさ(ほむら……)

間近で彼女の顔を見たら、『円環の理』とともに救済に向かった時の、
悪魔になる前のほむらの姿がより詳細に蘇ってきて……

考えるより先に、なぎさは彼女を呼び止めていた。

顔付き(顔立ち、ではない)はあの頃とは違う。

しかし、放つ空気は以前とまったく、全然変わってはいない──そんな風に感じたなぎさは、
どうにもこのままほむらと別れる事が出来なかったのだ。

なぎさ(ごめんなさいですマミ。
マミとのチーズ・セールはまた今度でっ)

─────────────────────

なぎさ「はむはむはむはむはむはむはむはむ」

ほむら「…………」

近くの公園の、石畳で出来た階段に二人きりで座り、
彼女たちはLLサイズの袋一杯に買い込んだチーズを食べていた。

なぎさ「はむはむはむはむはむはむはむはむけぷ。
すみませんでしたお姉さん、なぎさウッカリしていました」

ほむら「別に」

先ほど寄ったスーパーにて意気揚々とチーズ・コーナーに向かっていったなぎさだが、
実は彼女は財布を忘れていたのである。

完全に天然の為に本気で気落ちするなぎさだったが、ここでほむらが言ったのだ。


ほむら『……私が買ってあげるから好きなのを好きなだけ選びなさい。
といっても、手持ちのお金以上の物は買えないけれど』


なぎさ「やっぱりチーズはおいしいですねっ♪」

ほむら「……そうね」

なぎさ「お姉さんも遠慮しないでドンドン食べてくださいっ!
って、お姉さんに買ってもらったチーズですけど。
…………チーズ……」


ゴクッ。


ほむら「……あなたこそ遠慮しないで食べなさい」

なぎさ「ありがとうございます! 本当にお姉さんには感謝ですっ!
このお返しはいつか必ずしますねっ! 必ず、絶対っ」

ほむら「強調しすぎよ。
そもそも気にする必要は無いわ。
お金とかも、今の私にはまったく執着が無いものだから」

なぎさ「…………」

ジッとほむらの顔を見るなぎさ。

ほむら「……なにかしら?」

なぎさ「お姉さん、妙に落ち着いてるなぁと思いまして」

ほむら「?」

なぎさ「こういうの、『たっかん』っていうんでしたっけ」

ほむら「達観?
……どうなのかしらね」

ふと、ほむらは考え込む。

確かに彼女は、過去よりは様々な執着が薄れてはきている。

しかし。

ほむら(その表現はどうにも……しっくり来ないわね)

なぎさ「お姉さん?」

ほむら「……いえ、そんな大層なものではないわ。
ただ単に──そう、諦めているだけよ」

なぎさ「あきらめて?」

首を傾げるなぎさを見て、ほむらは『私はなにを言っているのかしら』とやや自嘲気味に笑った。

ほむら(でも、そうか。まだこの方がしっくり来るわ。
諦めて、『捨てて』いるのね。まどか以外を)

だからといって、今のほむらにはそんな事はどうでも良いのだが。

なぎさ「なんだかお姉さん……
そういえばお姉さんってお名前はなんですか?
なぎさは、百江なぎさですっ!」

もちろんなぎさはほむらの名前を知っているが、
この次元では持っていないはずの知識なので自分から言う事は出来なかったし、
タイミングの良い流れになったのでここで改めて確認する。

ほむら「ほむら。暁美ほむらよ」

なぎさ「おおっ! 『ほむら』って呼んでも良いですかっ!?」

ほむら「構わないわ」

なぎさ「それにしてもかっこいい名前ですねっ!」

ほむら「……そうかしら?」

なぎさ「はいっ。なんだかこう、『燃えあがれ~っ!』て感じでっ」

ほむら「!」


ズキンッ。


なぎさの言葉に、ほむらは自分の胸が軋んだのがわかった。


まどか『燃えあがれ~! って感じでカッコ良いと思うなっ』


彼女が思い出すのは、昨日のようにも果てしない昔にも思える、ループ中に幾度となくあった時。

ほむら「…………」

忘れられない。忘れられるはずがない。

彼女にとってそれは、まどかと過ごした大切な時間の一つなのだから。

ほむら「……まどか」


ほむら『いずれあなたは、私の敵になるかもね。
でも構わない』


世界再編の後、学校の渡り廊下でほむらはまどかにそう言った。

だが、そんなもの本当に本気な訳がない。

まどかを気が狂いそうなほどに求め・焦がれ、結果ほむらは『悪魔』にまでなったのだ。

そんな相手なのだから、敵対をしても構わないなどありえない。

本当にそうだったら、あの時『円環の理』に戻りかけたまどかを止めなどしなかった。

あの時の必死の行動は、ほむらがまどかと敵対するのを嫌がったから。そんな事態を拒否したからに他ならない。

しかもそうなってしまえば、今みたいにまどかの側に居る事だってもう出来なくなるだろう。

そんなもの、ほむらにはとても受け入れられなかった。

ほむら(でも、しょうがないとは思う……)

これは間違いない。今のほむらは、まどかの『すべて』の本音を知っているからこそ、思う。

だが、だからと言って『受け入れられる』かといえばそれはまた別の話だ。

ほむら「……まどか……」

なぎさ「ほむら……?」

ほむら「……!」

気が付くと、ほむらは涙を流していた。

ほむら「ふふっ。どう……したのかしらね。私……」

なぎさ「どこか苦しいのですか? それとも、なにか悲しいことがあったのですか?」

心配そうにほむらを見つめるなぎさ。

なんの裏も無い、心の底からの心配。

だからだろうか?

ほむら「なんでもないわ。
つまらないところを見せてしまったわね」

めずらしく、ほむらは『笑った』。

ほむら「──っ」

だが、急に強いめまいを覚えた彼女は、顔をてのひらで押さえて俯いてしまった。

なぎさ「ほむら、調子がわるそうです。横になるべきです」

ほむら「……問題無いわ」

なぎさ「でも……」

ほむら「大丈……
──っ!!?」


グアッッ!!!


なぎさ「!?」

隣に座るほむらの全身から真っ黒な『なにか』が放出される様を目の当たりにしたなぎさは、驚いて言葉を失う。

ほむら「ぐ……うっ……」

なぎさ「ほ、ほむらっ!」

ほむらの苦しげな呻きに我に返ったなぎさは、その場に倒れかける彼女の肩を慌てて掴む。

なぎさ「……ほむら?」

ほむら「…………」

しかし、ほむらは気を失っていた。

なぎさ「ほ、ほむらぁぁぁぁぁっ!!!」

─────────────────────

ほむら(なんなの……かしらね。
ずっと私を蝕み続けるこの気持ちは)

ただ闇が広がる空間に一人座り込むほむらには、前からずっと『予感』があった。

きっと、長いループすらくぐり抜けて自分が進んできた道はもうすぐ終わる、と。

やがてまどかが敵となったその後に──

この予感自体は宇宙を再編した時からあったが、それは日に日に強くなってきていた。

そして、彼女に理由はわからないが、昨日唐突に『予感』は『確信』となった。

『確信』というのは、やはり『予感』とは違う。

よりダイレクトに、ストレートに、心を抉ってくる。

──……もしすべてが終わってしまったとしたら。
すべてを、まどかを失ってしまったとしたら……
私はどうなるのだろう。どうするのだろう──

そんなほむらの問いかけに、答えてくれる者は居ない。

ほむら(……嫌だ、な……)

闇の中、彼女は震えた。

……自身を取り囲む『闇』が、ほむらには得体のしれない生き物のように見えるのは気のせいなのだろうか──?

─────────────────────

なぎさ「…………」

なぎさは、ほむらを膝枕していた。

ここが階段の真ん中辺りで、そんな場所にほむらの体を倒したままには出来ないし、
なぎさの力では彼女を他の場所へ運ぶ事など出来ないからだ。

なぎさ(……さっきほむらから出てきたあの黒いの……
たぶん、あれが『闇』──)

なぎさは、思い返すだけで背筋に冷たいものが走るのを感じた。

きっとこれは、彼女が『それ』の知識を持ち、知っているからというだけではない。

人……いや、生き物としての本能が恐れているのだ。

すべてを滅びに導く『闇』を。

なぎさ(ほむら……苦しそうだったのです)

これは別に、体調に関してだけではない。心も、だ。

なぎさ「……!」

なぎさは、自身の膝の上で気を失っているほむらの目尻に、うっすらと涙が浮かんでいるのに気付いた。

なぎさ(……なんだかほむらは、助けをもとめているように見えるのです)


そっ。


優しく、ほむらの髪を撫でるなぎさ。

なぎさ(サラサラしているのです)

『闇』と同じ漆黒だが、『闇』には無い暖かさを感じる。

なぎさ(……もし、なぎさの勘が正しければ……
ほむらが本当に助けをもとめているのであれば……)

──なぎさは、出来るコトをしますよ──

なぎさ(ううん、なぎさだけじゃない。マミや杏子だって。
さやかだってです)

ほむら「う……」

なぎさ「──あっ、ほむら。気がつきましたかっ?」

ほむら「ん……」

軽く頭を振りながら、ほむらは上体を起こした。

ほむら「私は……眠って……?」

まだ意識が朦朧としているのか、ほむらの口調はおぼつかない。

なぎさ「はい」

ほむら「……そう。どうやら、迷惑をかけてしまったみたいね」

言いながら、彼女は少し乱れた髪の毛を左手でかき上げる。

……ほむらは気付いていない。

その左手が、左耳の辺りをやけにスムーズに通過した事を。

なぎさ「とんでもないです。気にしないのが良いですよ」

ほむら「…………」

なぎさにそうは言われるが、ほむらは自分の全身から彼女が知らない『なにか』が溢れ出した時の感触を覚えている。

不安で、恐ろしく、嫌悪感があり、絶望に沈むような……

ほむら(あれは……なんだったのかしら……)

──もしかして──

ほむら(『あれ』が、私が悪魔になった瞬間からずっと感じていた、得も言われぬ予感の正体……?)

ブルッと、ほむらが大きく震えた。

なぎさ「……ほむら、なにか不安ですか?」

どこまでも邪気が無く、心配そうになぎさが問いかけてくる。

ほむら「……いえ」

しかし、ほむらは首を横に振った。

ほむら「平気よ」

なぎさ「ほむら……」

ほむら(たとえそうだとしても、今さら誰にすがるのもありえない。
なぜなら、私は『悪魔』なのだから)

と、ほむらはいつもの微笑を浮かべようとしたが……

なぎさ「…………」

それは、どう見ても上手く出来てはいなかった。

ほむら「……まどか……」

無意識に、ほむらはその名前をつぶやいていた。

ほむら(まどか、まどか、まどか、まどか、まどか──)

今回は、とりあえずここまでという事で。

再開しますです。

─────────────────────

しばし時は遡り、見滝原中の通学路でほむらとなぎさが出会い、スーパーへと向かい始めたのと同じ頃。

……………………

………………

…………

……


さやか「でやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

さやかの剣が、

杏子「はあッ!」

杏子の槍が、

マミ「ティロ・フィナーレッ!」

マミの大砲が、彼女たちを取り囲む魔獣の集団をあっさりと全滅させた。

マミ「ふっ……
終わったわねっ!」

河原での戦いが終わり、三人は一息吐く。

さやか「いやー、あたしちゃん大絶好調! もう魔獣なんて相手にもならないねっ!」

マミ「美樹さん、あまり調子に乗りすぎてはダメよ」

さやか「てへへ、ごめんなさ~い」

さやかは舌を軽く出して明るく謝ると、「そうだ!」と切り出す。

さやか「マミさん、あたしマミさんの紅茶が飲みたいなーっ」

マミ「 ふふっ、美樹さんたら。
──そうね、まだそんなに遅い時間じゃないし、家に行きましょうか?」

さやか「やったあ! さっすがマミさん大好きだぜ~っ!」

杏子「おっ、良いね!」

無邪気に喜ぶさやかと杏子。

杏子『とりあえずなぎさは完全に仲間になったんだよな?』

と、さやかと笑い合いながら杏子がマミにテレパシーで語りかける。

マミ『ええ。意思の疎通も完璧よ』

例によって、この辺りもメールで杏子に報告済みである。

杏子『よし、じゃあ残るはさやかだけだな。
あと二日あるし、まあ問題は無いか』

マミ『そうね』

実際二人は、さやかに関しては『闇』が氾濫をする当日──出来れば直前に事情を話すつもりである。

理由は、『円環の理』が動いている事を伝えた結果、
さやかの内に眠る円環のカケラが目覚める事によって、ほむらがそれを察知するのを防ぐ為。

そして。

そうなってしまったら確実に、前述した『円環の理』を排除しようとする『摂理』がまたさやかの記憶を奪い、
ほむらもこの次元での『円環の理』の介入を防ごうと、
その概念の息のかかった杏子たちに襲いかかってくるはず。

これではさやかを味方にしてもまったく意味が無くなるし、ほむらと戦闘をするにもまだ早すぎるのだ。

『闇』は、氾濫を迎えるまではほむらの内にある──
つまり、『闇』が氾濫を始めなければ攻撃しようにもほむらを巻き込んでしまうのである。

これは、杏子たちや『円環の理』の望むところではない。

よって、味方になるイコールほむら(『闇』)との戦闘が始まると予想出来るさやかの参戦は、
『闇』が氾濫してほむらの中から出てくる当日、出来れば直前でないと駄目という訳だ。

この時には、『摂理』の問題も解消している計算もある。

マミ『まあ、今はこうやって出来るうちにリフレッシュしておきましょう』

杏子『だな。こういうのも大事か。
これが、事が終わるまでに仲間と休息が取れる最後かもしれないしな』

ある程度の計算は出来ても先の事なんてわからないのだから、
運命の日の当日である明後日は最初から除外するにしても、
明日すら休息どころではなくなる不測の事態が起こる可能性だってあるのだ。

最善は願うが、キチンと最悪を想定してそれに備える。

つまり、出来る事は出来る間にやっておこうという考えである。

マミ『といっても、なぎさちゃんを呼べないのは残念だけどね』

杏子『ん? 急な話なのは間違いないが、声かけるくらいは良いんじゃないか?
元々お前とは知り合ってたんだし、新しい友達紹介する~みたいなのでも……
……あ、そうか』

マミ『ええ。美樹さんには『円環のカケラ』があるからね。
前に彼女と同じ存在だったなぎさちゃんとは、まだ会わせるのは……』

杏子『変に刺激は与えたくないよな。
なんか色々ややこしくてめんどくさいが、まぁあと数日の辛抱だ。
全部無事終えられたら、改めて全員でパーっとしようよ』

マミ『ええ、そうね』

優しい声の杏子に、マミはそう答えた。

さやか「ねえねえ、早く行こうよっ」

マミ「えっ?
──あ、うん。そうね。それじゃあ行きましょうか」

さやか「は~いっ♪」

杏子「早くマミの紅茶と美味しいお菓子が食べたいや」

こうして、彼女たちは河原を後にした。

─────────────────────

杏子「ん?」

マミの家へと歩を進める途中の暗くなってきた街角で、杏子は向こうからやってくる、とある人物を発見した。

杏子「……まどか」

彼女のつぶやきに、今話題のドラマの話で盛り上がっていたマミとさやかも前を向く。

まどか「あっ、みんな!」

杏子たちの姿を認めたまどかが、笑顔で走り寄ってくる。

さやか「おう親友っ! どうしたんだこんな所でーっ!」

まどか「わっ!」

まどかが自分たちの前に立ち止まったと同時に、さやかが彼女に抱きついた。

さやか「くぅ~やっぱりまどかの抱き心地は最高だわ!」

まどか「く、苦しいよ、さやかちゃん///」

町中で抱きつかれたからか、はたまたさやかにこうされるのに純粋に照れたのか……

頬を赤らめるまどかを見て、

さやか「まどかは可愛いな。私の宝物だ」

さやかが少し気取った口調で言った。

マミ「?」

杏子「あー……今さやかのヤツ、昔のゲームにハマっててな」

今のセリフは、某ゲームのキャラクターのものらしい。

杏子はさやかと二人で遊ぶ事も多い為、それを知っているのだった。

杏子「で、どうしたんだい? こんな所で」

まどか「さっきまで仁美ちゃんとお買い物に行ってて、その帰り」

仁美──フルネームを志筑仁美という、まどかたちのクラスメートで友達の一人。

気品のある物腰と雰囲気を漂わせながらも、意思の強さを合わせ持つお嬢様だ。

杏子「おや、あいつと二人でなんてめずらしいじゃないか」

まどか「えっとね、ほむらちゃんも誘ったんだけど断られちゃったし……」

さやか「まあよくある事だね」

まどか「仁美ちゃん今日は習い事が無かったんだ」

さやか「あー……なるほど、恭介はバイオリンの練習で忙しいだろうしねぇ」

まどか「そうなんだよ~」

さやか「ははっ、あんな可愛い彼女ほっといて、ホントあいつはしょうがない奴だな」

杏子・マミ『…………』

明るく笑うさやかからは、悲しみや未練といった負の感情はまったく見受けられない。

──上条恭介。

やはりまどかたちのクラスメート・友達であり、仁美の恋人であり、さやかの幼なじみであり……

かつてのさやかの想い人。

まどか「さやかちゃんたちはどうしたの?
……あれっ? 今日はさやかちゃんと杏子ちゃんは用があるって言ってなかった?」

杏子・マミ『!』

さやか「あ、あー、そうなんだよ。えっと……」

無邪気に首を傾げるまどかに、さやかが『やばい』といった様子で目をそらした。

いつもはこのメンバーで下校するなり遊びに行くなりする場合も多いのだが、
今日は放課後すぐに魔獣の気配を察知したので、
さやかと杏子は用があるといって即教室から抜け出したのだった。

ほむらは魔獣の存在を知っているし、近辺の魔獣退治は杏子たちが行っているのも把握している。

ほむらの様子も気になる杏子(マミも)だったが、運命の日まではまだ数日あり、
魔獣退治はいつもの行動だからそちらを優先したのだ。

──今のまどかは、魔法少女や魔獣の件はなにも知らない。

つまり、内に『円環の理』との繋がりを持つとはいえ、
少なくとも今の彼女は本当にただの一般人だと考えて良いだろう。

だが、今さやかたちが問題としているのはそこではなく……

さやか(これだと、まどかや仁美をハブにしたみたいじゃんっ!)

杏子「──見付かっちまったから言うけど、実はこないだ新しい喫茶店を発見したんだよ。
で、今日さやかと二人でこっそり行ってみて、良い感じだったらまた今度みんなで行こうと思ってさ」

と、横から杏子がフォローを入れてきた。

さやか『杏子!』

テレパシーで声をかけてくるさやかに、杏子はため息まじりで答える。

杏子『ここは合わせろ。上手くごまかしてやるから。
つか、そんな態度取ったら不信感しか与えねーだろ』

さやか『うう、すまんよぉ』

まどか「へえ、そうだったんだ~」

杏子「いきなりみんなで行ってよくない店だったらアレだし、なんつーか……サプライズってのをしてみたくてね。
黙ってて悪かった」

まどか「ううん、謝らないで。
ただ気になっただけだから、気を使わせちゃったなら、わたしこそごめんね」

まどかが、いつもの優しい笑顔を見せる。

まどか「マミさんも一緒に行ったんですか?」

マミ「え?
あ、うん。そうなのよ」

唐突に話を振られ、マミが慌てた様子で返事をした。

杏子「といっても、あたしとさやかが店に入ったら出くわしたって感じだけどな」

杏子は気付いていたのだが、さっきまでマミは視線を泳がせていた。

これはたぶん、彼女も上手く言い繕おうとしていて、しかしそれが出来ずにいた為だろう。

杏子(やれやれ。さやかにしろマミにしろ、こういう事態には弱いんだから)

『ま、突発的に嘘吐けるあたしの方が、人としてはよくないんだろうけどな』と、杏子は人知れず苦笑した。

マミ「出くわしたって……佐倉さん酷い……」

杏子「ああ言い方が悪かった。悪かったからそんな目で見るなよ」

マミ「うふふっ。
──そうだ鹿目さん、これからみんなで私のお家に行ってお茶でも飲もうかと思ってたんだけど、
よかったらあなたもどうかしら?」

まどか「えっ、良いんですか!?」

マミ「もちろんよ」

さやか「だね。
まどかも来いこいっ!」

まどか「うんっ、じゃあお邪魔させて貰おうかな」

と、四人は再び歩き出した。

杏子『おい、マミ……』

マミ『わかってるわ。きっと、鹿目さんは暁美さんに常に見張られている』

まどかに仇なす存在が現れたら駆逐する為に。自分の『まどか』を守る為に。失わない為に。

マミ『だから迂闊な事は出来ないけれど、お友達を誘うくらい別に普通でしょう?
逆に、ここで誘わない方が不自然だと思うけれど』

杏子『まあそうだな。
細かい事は抜きで、まどかとも遊びたいしな』

マミ『そういう事ね』

まどかの前では魔獣・魔法少女関係の話は出来ないが、別に彼女の前でまでそんな話をしようとする必要も無い。

まどか「ところで、さっき言ってたお店ってどんな感じだったんですか?」

マミ「とってもオシャレで良いお店よ。
──ね、佐倉さん」

杏子「おう。あたしとさやかの見立てに間違いは無かったよ。
今度行こうぜっ」

まどか「楽しみだなぁ♪」

杏子「まあ、みんなを驚かせたかったのにマミが居たのは残念だったけどな~」

マミ「私、居たら残念なの……?」

杏子「あ~違う違う。めんどくせーなぁもう」

まどか「ふふふっ♪」

さやか「ははっ! でもやっぱ、マミさんはこの手のお店には強いや!」

─────────────────────

マミの家での楽しい集まりも終わり、杏子とまどかは二人で夜の河原を歩いていた。

まどか「ごめんね杏子ちゃん、わざわざお家まで送って貰っちゃって」

杏子「ん? 気にするな」

これはさやかも、『あたしも一緒に』と申し出はしたのだが、実は今日彼女は宿題を忘れていた。

その罰として今回他の人よりも多めの宿題を出されていた為、
それを杏子に指摘されたさやかは断念せざるを得なかったのである。

こういう事自体はこれまでにも何度かあったので、これもほむらの件は大丈夫だ。

まどか「わーっ、空が綺麗だねっ!」

杏子「そうだな……」

今晩は空気が澄んでいる為、美しい星々が鮮明に見える。

杏子(ムカついて、悲しくなるぐらいキレイだな。
……ちくしょう)

まどか「……あのね、杏子ちゃん」

ふと、まどかが足を止めて優しい瞳で杏子を見つめた。

まどか「ありがとう」

杏子「うん? どうした急に」

まどか「わたしに優しくしてくれて」

杏子「?」

まどか「わたしね、転校してきて不安だったんだ。
学校で上手くやっていけるかなって。クラスのみんなと仲良く出来るかなって」

杏子「なーに言ってんだ、別に人と関わるのが苦手って訳でもないヤツが」

面と向かって礼の言葉を言われたからだろう。そう言う杏子は早口で、頬がやや赤かった。

まどか「そんな事ないよ」

杏子「謙遜も度が過ぎると嫌味だぞ、まったく」

実際、まどかは転校してきてからすぐにクラスに馴染み、今はクラスメートのみんなから好かれる少女となっていた。

飛び抜けた能力がある訳ではない彼女がこうなれたのは、ひとえにその人間性が大きい。

気が弱い所があるが、誰よりも優しく頑張り屋で、そんな彼女に悪意を持つ人間はそうそう現れるはずはなかった。

杏子(まあ、いつもほむらのヤツが守ってるからってのもあるかもだけど)

まどか「でもね、今こうして楽しい毎日を過ごせているのは……
杏子ちゃんたちが居てくれたからなんだよ」

まどかは言う。そうやってみんなが手を引いてくれたから、今の幸せがあるんだよ、と。

杏子「……やめろよ。それが事実でも、クラス内で一番最初に動いたのはさやかなんだ。
あたしも仁美も、あいつがあんたとお喋りしてる流れで声をかけたんだから」

別の意味で一番にまどかと接触したのはほむらだが、
今の話題に沿った意味で最初にまどかに話しかけたのはさやかだった。

そしてまどかは、いつしかほむらや、気が付けば学年の違うマミとも良い交流を持てていた。

……余談だが、上記のまどかとほむらが接触した時に、まどかは円環に目覚めかけた。

結局それは防がれてしまったのだが、それをしたのは、前述した『円環の理』を否定・排除する働きを持つ、
ほむらの強烈な意思によってこの次元に存在する『摂理』である。

きっかけがあれば真の姿に目覚めかけるまどかではあるが、その力が表に出るほど覚醒しかけてしまうと、
さやかと同じく、やはり外からは排除されて再び中へと押し込められてしまうのだ。

もっともさすがにまどかは本家本元だからか、
その為に必要な力は、さやかに対するそれとは比にならないようだが……

まどか「うん……
でもね、ありがとう」

杏子「っだーっもうやめやめ! あたしはこういうのは苦手なんだっ!」

どこまでも真摯な表情と言葉を与えてくるまどかに、杏子は降参といった様子で歩き出した。

杏子「つか、さ。
そういうのは他のヤツにも言ってやりなよ。
みんな喜ぶと思うよ」

──いや、ほむらだけは苦しむのかな……──

そう、杏子は思った。

まどか「えへへっ、でもやっぱりこういうのは恥ずかしくって……なかなか、ね」

杏子「あー、それはわかる。
人に感謝するとかって照れ臭いんだよなー。
本気であればあるほどさ」

まどか「うんうん」

杏子「まどかでもそうなんだな」

まどか「そりゃあそうだよ~。わたしだって人間だもん」

杏子「……ああ、そうだな」

──人間、か──

杏子(……なあほむら、あたしは……あたしとまどかは、この世界が好きだよ。
ううん、あたしだけじゃない。
マミも、きっと仁美も、恭介のヤツだって。さやかだってそうさ)

人ならざる存在になった者や、かつて命を失った存在がこうやって共に笑顔で過ごせる世界。

これは奇跡を超えた奇跡。

そこだけを見れば、優しい、完璧な楽園だ。

杏子(でもな。
あたしたちはそれを壊さないといけないんだ)

──救う為に──

まどか「ほむらちゃんとも、こうやって放課後も遊べれば良いのになぁ」

杏子「ははっ、あいつは付き合いが悪いからな。
昼をよく一緒にするようになっただけで、結構な進歩だよ」

まどか「あははっ、だよねっ」

まどかと笑い合う杏子のほほえみは、どこか寂しげだった。

……そして、杏子は気付いていた。

先ほど街角でまどかと出会ってからずっと、ほむらの使い魔を見なかった。

杏子(……この世界になってから、まどかが居るところには多かれ少なかれ必ず居たもんだがな。
こいつが居ない場所でだって、チラホラと)

しかし姿が見えないのはもちろん、気配すらどれだけ探っても、少なくとも近くには一切無い。

杏子(異常だ。
ほむらのヤツ、なにかあったのか?
それとももう自分の力を制御出来なくなってるのか……?)

─────────────────────

杏子「ふうーっ」

あれから家に帰り、次の日の準備などをしてからの入浴後。

部屋へと戻ってベッドに横になると、杏子は大きく息を吐いた。

ちなみに、さやかは宿題たちとの激闘を終えた疲労で、隣の部屋ですでに眠っている。

杏子「…………」

これから自分がしなければならない事と、数時間前に見たまどかの笑顔。

そして、ほむらの事。

杏子(使い魔の異変? もな……)

あれこれを考えると、杏子は自分の心が曇るのを感じる。

杏子「……ダメだ。一人でこんな事考えてたって仕方ねぇ」

大きく頭を振り、杏子が『マミやなぎさに話してみるか』と携帯に手を伸ばした、
(杏子は、なぎさの番号やアドレスはすでにマミから聞いている)その時。

部屋の暗がりから──

杏子「!」

とある存在が現れた。

白い体に長い耳。それは……

キュゥべえ「やあ」

キュゥべえ──インキュベーターだった。

宇宙存続に必要なエネルギーを集める為に動いている、地球外生命体。

しかし、今の彼(インキュベーターに性別は無いのだろうが、便宜上こう述べる)は、
暁美ほむらの奴隷のような存在に堕ちているはずだが……

杏子「……お前か」

キュゥべえ「ふむ……
──久しぶりだね、佐倉杏子」

杏子「……ああ」

実は、ほむらが作り変えた世界では、杏子・マミ・さやかたちはキュゥべえとは面識が無かった。

もしかしたらキュゥべえは、奴隷として働いている時に彼女たちの姿を目撃くらいはしていたかもしれないが。

杏子(思えば──あたしがさやかの家に居候させて貰ってるのもだが──
この時点で、もうどうしようもなくおかしかったんだよな。)

本来、魔法少女という存在になるには、キュゥべえと『契約』をしなければならない。

つまり、魔法少女である彼女たちがキュゥべえと出会った事がないなどありえないのだ。

だが、これまではそれを疑問に思う事すらなかった。

いや、思う事すら『出来なかった』。

これは、今までなかなかに深い付き合いをしてきたまどかに、
魔法少女の事などを『当たり前のように話さなかった』、『当たり前のように気付かれなかった』のも同じである。

この次元は、そういう風に作られていたのだから。

ちなみに、この次元でも魔法少女が魔女と呼ばれる異形の存在になる事はない。

この宇宙には円環へと導く概念の手が届かない以上、魔法少女の末路は、本来の『ソウルジェムを砕かれて死亡する』か、
『絶望の果てに魔女』になるかの二択しかないはずだが…

ここが元々は円環のものである力にて再編された次元だからか、
さすがに元魔法少女であるほむらもこれには思うところがあったのか、あるいは両方か。

本当なら魔女化する状況に陥った魔法少女はそうはならず、消滅する事になっている。

これに関しても、そのように作られているからだ。

ただし、魔女化を免れた魔法少女の行く末は、決して円環へと導かれる訳ではない。

あくまで『消滅』である。

これは、宇宙再編時にほむらが振るった力の元がなんであれ、あくまでそれの一部でしかない限界なのだろう。

あるいは、ほむらが例の『摂理』を作り上げてしまうほどに、
『円環の理』を徹底的に否定しているというのもあるのだろうか。

杏子「早速本題に入ろうじゃないか。
用も無くここへ来たわけじゃないんだろ?」

キュゥべえ「もちろんだよ。
──それじゃあ始めようか、この宇宙を存続させる為の対話を」

─────────────────────

杏子「まず、お前はどこまで知っている?」

床でベッドを背もたれがわりにして座る杏子が、目の前のキュゥべえに鋭い視線を向ける。

キュゥべえ「どこまで、と言われてもね。知っている事だけさ」

杏子「…………」

キュゥべえ「そんなに警戒しないでくれよ」

杏子「そいつはムリな話だろ」

キュゥべえ「……まあ、そうだね。
けれど、我々インキュベーターとしては、もはや君やマミに協力を要請するしかないんだ。
今となっては、君たちと僕は手を結ぶ必要こそありはすれ、敵対をする理由は皆無なはずだよ」

杏子「…………」

杏子はなにも答えなかった。

キュゥべえの真意の予想はつくのだが、確証は無い為に下手な反応はするべきではないという判断だ。

キュゥべえ「……わかった。先に僕たちの話からさせて貰うよ。
なんにせよ、話が進まないのは芳しくない」

杏子「ああ、そうしてくれ」

─────────────────────

翌日の早朝、マミの家。

まだ日も昇ってない時間だ。

杏子「悪いね、こんな早くから」

マミ「良いのよ」


コトッ……


マミが、キッチンから持ってきた、ダージリンの入ったカップと蜂蜜色のマカロン等々のお菓子をテーブルの上に置く。

マミ「……佐倉さんだから大丈夫だと思うけど、
ここに来るまでに暁美さんに気付かれるような事はなかったわよね?」

杏子「もちろん。細心の注意を払ったからね」

早速マカロンに手を伸ばしつつ、杏子は頷いた。

杏子(まあ、注意を払うどころか……
ほむらもだが使い魔もやっぱり気配すら無かったけどな)

マミ「こんな時間にわざわざ家まで来たって事は、なにかあったのね?」

杏子「ああ。
……昨夜、キュゥべえが現れた」

マミ「……!」

杏子の言葉に、マミは鋭く目を細めた。

杏子「こればかりは、可能ならちゃんと会って話した方が良いと思ってさ」

マミ「そうね。キュゥべえの介入は、私たちにとってイレギュラーだしね。
ここの判断は、たぶん間違えられない」


ガチャッ。


なぎさ「あっ、杏子!」

と、ここでなぎさが二人の居るリビングへとやって来た。

なぎさ「ズルいですよ、なぎさがトイレにいってる間に話をしはじめてましたねっ!」

マミ「ううん、まだ始まってないわよ」

杏子「よかった、お前も来れたんだな」

声をかけたのは良いが、杏子は、
家族と仲良く暮らしている普通の小学生であるなぎさが来れるかどうかは微妙なところだと考えていた。

なにせ、まだ辺りが暗い早朝である。

家を抜けられても、そんな時間にうろつくなぎさは誰が見ても怪しすぎるし、
そんな彼女がマミの家に向かう姿を、もしほむらや使い魔に見付かったら?

杏子(まあ、ほむらはわかんねーが使い魔に関しては気にする必要無かったみたいだけどね)

なぎさ「なぎさは、マミに迎えにきてもらったのです」

杏子「……ああなるほど、その手があったか」

魔法少女に変身出来るマミなら、杏子が来る前に万事無事になぎさを連れて来る事が可能だろう。

マミ「はい、なぎさちゃんにはチーズケーキね」

なぎさ「ありがとうなのです!」

杏子「──よし。
じゃあ話を始めるが構わねーな?」

マカロンを食べ終えて紅茶を一気に煽ると、杏子は言った。

マミ「ええ」

なぎさ「はいっ」

……………………

………………

…………

……

──ええと、確かキュゥべえのヤツは、この話から始めたっけか。

わかり辛かったらすまん、二人とも。

キュゥべえ「僕たちはずっと、この地球に入る術を探していた。
『暁美ほむらの支配より解放されてから』、ね』

杏子「…………」

キュゥべえ「まあ、地球を覆う力があまりに強すぎて、これまでは完全に手詰まりではあったんだけど……」

杏子「……地球を覆う力、とは?」

結論から言うと、キュゥべえの話のほとんどは、あたしはもちろんマミとなぎさも知っているはずの内容だったよ。

けど、キュゥべえを警戒して、一応そんな素振りは見せないようには心がけた。

キュゥべえ「……そうだね。暁美ほむらが、この宇宙──次元を再編したのは知っているよね?」

杏子「ああ……それくらいなら」

キュゥべえ「その後のこの次元の一番最初には、宇宙全体を巨大な力が覆っていたんだ。
暁美ほむらの中にある、恐るべき力がね。
でもその力は、時間が経つにつれて覆える面積がどんどん狭くなっていった」

杏子「うん」

キュゥべえ「今それは、この地球全体を覆うだけのものしか残っていないはずさ」

杏子「どうしてだい?」

キュゥべえ「暁美ほむらの力が弱くなっていってるからだよ」

杏子「…………」

キュゥべえ「おかげで、嬉しい誤算ながらその『力』から逃れられた僕たち地球外のインキュベーターは、
かつての宇宙の記憶を取り戻した。
きっと暁美ほむらの影響が無くなったからだろうね」

こいつが言った取り戻した『記憶』ってのは、まどかがやってくれた方の改変世界のだな。

さすがに、魔女が居た世界の話ではないと思う。

まあ、キュゥべえはほむらの影響から外れたから、
ほむら改変後の世界では面識の無いあたしやマミを知ってた、思い出したって訳だ。

確認した所、さやかやなぎさ……まどかの事もね。

キュゥべえ「とはいえ『力』に関しては、暁美ほむらの影響が及ぶ範囲が狭まっているというだけで、
それ自体がどうしようもなく絶対で強固なものなのは変わらなかった。
これを破ろうにも、僕たちにはどうする事も出来なかったよ」

杏子「…………」

言わば、今の地球はこれ自体が一種の結界になってる訳さ。

キュゥべえ「しかし、諦める訳にはいかなかった。
……その様子だと君も知っているのだろう?
暁美ほむらが、引いてはこの宇宙が今どれだけ危うい状態なのか」

あたしは頷いた。

杏子「なるほど、それでお前は……」

キュゥべえ「その通りだよ。これも知っての通り、僕の目的は宇宙を存続させる事。
だからその目的を果たす為には、暁美ほむらを放っておくなど絶対に出来ない」

これは百パー納得したよ。

宇宙がどうとかってのに関してだけは、こいつはブレないからね。

キュゥべえ「……まぁ、そんな僕たちにとって絶対であるはずのその目的も、
暁美ほむらの影響下では忘れさせられていたんだが」

杏子「……元々、この地球にもキュゥべえは居た……居るんだよな」

キュゥべえ「そうだよ。
その個体たちは、今も暁美ほむらに良いように使われているが」

その奴隷みたいになってるキュゥべえも、今は自分の役割を思い出してるんだってさ。

杏子「完全に手詰まりだったのにも関わらず、この地球に入ってこれた理由は?」

キュゥべえ「打開策が見付からなくても、僕たちは諦めずに全力を持ってこの地球を監視・調査していた。
その途中、気付いたのさ。
これまでまったく手を出せなかった、地球を覆う力が弱まってきていると」

この辺りもさすがといったところだろう。目的の為にはしつこいというかなんというか。

キュゥべえ「それによって、ついさっきにようやく地球に突入する事と、
地球に居る『インキュベーター』との意識の共有が再び可能になった」

これまでは、地球のキュゥべえと、
あいつの影響から逃れた地球外のキュゥべえは完全に切り離された状態だったらしい。

で、地球を覆ってる力の減少によって意識の共有を再開出来、外のキュゥべえは今のほむらの状態を理解したんだな。

ちなみにその『共有』は、こっちからバラしたり、意識を向けられない限りほむらにバレたりはしないんだってよ。

それだけ当たり前に、かつ外になにも漏らさず秘密裏に行えるとかどうとか。

立ち位置としては、あたしたちのテレパシーと同じだな。

キュゥべえ「そこで慌てて僕がここへとやってきたのさ。
暁美ほむらを見たところ、いよいよ猶予は無くなってきたみたいだからね」

杏子「少々迂闊すぎないかい?
現状を知ってから、即いきなり突入なんて」

あたしたちと同じくもし行動を察知されれば、こいつらなんて簡単に潰されちまうだろうし。

キュゥべえ「その辺りは、地球に突入する前から問題無いだろうという結論が出ていた。
暁美ほむらの奴隷になっている個体の意識で」

杏子「?」

キュゥべえ「奴隷になっている個体は、その役割故に誰よりも近くで彼女を見てきたからね」

だから、奴隷のキュゥべえはかなり早い段階で気付いた。

ほむらがとても不安定で危うい状況・存在であり、彼女の力がどんどん弱まっていってるのに。

そいつに、ほむら自身は気付かないだろうってのもな。

なぜなら今のあいつは、前は出せたはずのレベルの力を振るえなくなってるのに気付くほど、
大きな力を使う機会なんてないし……

まどかしか見てないから。

だから、まどかの存在しない地球外に自分の力が及ばなくなってるのも気付いてないし、
自分自身の事すらも注意がいかなくなってたのさ。

……まあ、もしかしたら『闇』の氾濫が近い今は薄々勘付き始めてるか、勘付いてる可能性もあるかもだが……

しかし、見ただけでそんな色々な事がわかるってのも凄いもんだよな。

キュゥべえと違って、あたしたちにはとてもムリな話だ。

他のヤツには無い、近寄り難い雰囲気を纏ってるとかならまあわかるけど。

キュゥべえ「……あれはいつだったか……
宇宙再編からまだ間も無い夜の、高台にあるとある公園での話だったかな?」

そこでボロ雑巾のようにされたあいつがほむらに視線をやった時、確かに確認したんだとさ。

ほむらの周りを、中を──ほむらの魂を覆う、あまりに強大な『闇』を。

キュゥべえ「それを見て僕は確信したんだ。彼女は……この宇宙は長くないって」

杏子「なるほど……」

キュゥべえ「ともあれ、そんな彼女には僕一体の動き程度なら気付かれないと考え、地球への突入を決断した」

杏子「……分は悪くないと思うけど、それでも結構なバクチだね。
なんかお前らしくねー気もするが」

キュゥべえ「……まあ、これほどの事態でインキュベーターに出来る事は少ない──
あるいは皆無なのかもしれないけど……
それでも、なにもしない訳にはいかないからね」

杏子「……お前は、この──まだ生きているほむらのテリトリーに入ってきても、
再びあいつの力に囚われる事はないのかい?」

キュゥべえ「無いようだね。
一度暁美ほむらの束縛から逃れた存在は、
彼女がまた記憶を作り変えたり、洗脳などをしようとしない限りは大丈夫みたいだ」

これはその通りだ。

今までは考える事すら出来なかったものを考えられ、こうやって動いているあたしたち自身が証拠だもんな。

杏子「その根拠は? あったから地球に来ようと思ったんだろ?」

キュゥべえ「……正直言って、これに関しては根拠と呼べるほどのものは無かった。
今の暁美ほむらの状態なら、あるいは……と予測はしていたけれど」

そして、幸いそれは当たっていた訳だな。

杏子「その予測が外れていたらどうしていたんだ?」

キュゥべえ「また外のインキュベーターが動くだけさ。新たに対策を練ってね。
いわば、この個体は特攻役みたいなものだった」

杏子「なるほどな」

で、地球に来て無事なのを確認してもそいつしか動いてないのは、
大人数……つって良いのか? だと見付かりやすくなると踏んで、らしい。

まあ違いない。

杏子「しかし、やっぱお前らしくねーな。そんな賭けをするなんて」

今回良い結果だったからよかったものの、もしこの個体が奴隷みたくされてたら、
それによってほむらにこいつらの動きを察知されちまってたかもしれないからな。

キュゥべえ「……それだけ宇宙は追い詰められているんだ」

こいつも当然、あたしが危惧した事くらいわかっていただろう。

だけど、もはやこの宇宙・次元に残された時間はあまりにも少ないと踏んでいるこいつは賭けに出ざるを得なかった。


杏子『その予測が外れていたらどうしていたんだ?』

キュゥべえ『また外のインキュベーターが動くだけさ。新たに対策を練ってね』


さっきのこいつの言葉は本心だと思う。

たぶん、どうなっても最後の最後まで足掻くんだろう。

ただ……

……………………

………………

…………

……

マミ「『予測』が外れていたら、あの子たちにはもうどうする事も出来なかった……と?」

杏子「ああ。相変わらずハッキリとは口にしやがらなかったが、キュゥべえの言い方からはそう感じた」

なぎさ「実際、『地球に来ました。やっぱりほむらの奴隷にされました』じゃあどうしようもないですね」

杏子「あいつらがそこからいくら対策を練ろうが、手なんて無いだろうね。
完全に終わりだ。
キュゥべえはそこまで万能じゃない」

マミ「だから、自分の目的の為に人を魔法少女にする必要があったのだものね」

杏子「で、続きだが……」

……………………

………………

…………

……

キュゥべえ「ところで、やっぱり君も色々と知っているようだね」

杏子「……お前と同じで、知ってる事だけな」

キュゥべえ「そういえば、僕が現れてすぐに『お前か』と言ってたね。
この世界で僕と君は会った事がないはずだけど?」

杏子「……!」

キュゥべえ「見たところ、君も暁美ほむら改変前の記憶を持っているように感じるんだが」

杏子「…………」

キュゥべえ「まさか君が地球外からやってきた『佐倉杏子』とは考え辛いし、
この地球はまだ暁美ほむらの影響下にある。
どうやって僕のようにそれから抜け出したんだい?」

なにを考えてるのか読めない目で、キュゥべえはあたしを見つめてくる。

正直、焦ったよ。やっぱりこいつは油断ならねえ。

杏子「……言えないね」

キュゥべえ「ふむ……」

杏子「あたしはあんたをまだ信用していないんだ。
だからこっちの手の内はそうそう見せられない」

キュゥべえは沈黙する。

杏子「大体、あんたはあたしと協力したいんだろ?
だが、あたしはあんたと絶対に手を組まなきゃならないって訳じゃないんだ」

ここは、こうして立場の違いを盾に取って乗り切る方法しか思い付かなかった。

キュゥべえ「……わかった。こちらとしては、君たちの力は絶対に必要なんだ。
この限られた時間で、僕たちに、僕たちだけで暁美ほむらをなんとかする力はたぶん無い。
君が言いたくない事は聞かないよ」

杏子「ああ、そうしてくれ」

キュゥべえ「それに、『円環の理』を観測しようとしたあの時を考えれば、
君が僕を信用出来ないのも当然だろうしね」

杏子「わかってんじゃねーか」

キュゥべえ「逆に言うと、僕を信用して貰うには……」

杏子「これから態度で示すのも当然だが、まずはそっちの手の内はとことん見せて貰う事だな」

キュゥべえ「うん、わかったよ」

杏子「……で、何度も話に出てきた『時間が無い』ってのは?」

キュゥべえ「僕たちの考えだと、近いうちに暁美ほむらはその力を完全に失い、その身に宿る黒いもの……
仮に『闇』と呼ぼうか」

杏子「…………」

キュゥべえ「『闇』に呑まれる」

杏子「ああ」

キュゥべえ「そうなると、『闇』が氾濫、暴走してしまうんだ」

まあつまり、ほむらの力の源である『闇』の独立が時間が経つにつれて進んでるから、
ほむらの扱える力が落ちてきていた訳だね。

杏子「……その時がすぐ側まで来ているから時間が無い、と?」

キュゥべえ「そうだよ」

さすがはキュゥべえ……いや、インキュベーターってところかな。当たってやがる。

キュゥべえ「だから、僕たちは動けるようになったらすぐに動かざるを得なかった。
まだ具体的な策を決めかねていても、せめて手を組める相手を見付けようとね」

杏子「……まず最初にあたしの所に来た理由は?」

キュゥべえ「別に特別な理由は無い。
──様々な面を踏まえ、この件で僕たちが協力を要請出来ると考えた存在は四人。
佐倉杏子、巴マミ、美樹さやか、百江なぎさ」

杏子「うん」

キュゥべえ「その中で、美樹さやかは『円環の理』の断片をまだ宿しているみたいだから、
なにが起こるかわからない不安がある為に、最初に接触する相手としては除外だ」

キュゥべえは、奴隷の立場の個体が、記憶が復活する度にほむらに突っかかるさやかを目撃していたんだな。

それから、とキュゥべえが続ける。

キュゥべえ「百江なぎさの家は、僕が地球に降り立った場所からは遠かった。
これは、マミも同じだよ」

だからこいつは、まずは四人の中で一番近くにあるさやかの家に来て、あたしの前に姿を現したって訳だね。

で、あいつのこの言葉を考えたら、今のなぎさはただの人間だってのは知らないようだ。

キュゥべえ「だからもちろん……
そうだね、これも距離を考えたら次はマミと会うつもりだ」

杏子「なるほどな」

キュゥべえ「で、どうだろうか? 改めてお願いするよ。
ぜひ君たちの力を貸して欲しいんだ。宇宙を救う為に」

杏子「……そうだな……」

─────────────────────

マミ「──はい、紅茶のおかわりよ」

杏子「サンキュー、マミ」

なぎさ「ありがとうなのです!」

杏子となぎさは礼を言うと、新しく作られ、注がれたオレンジペコに早速口をつける。

杏子「さすがに喋りっぱなしは喉が渇く」

なぎさ「紅茶は、チーズを浸すとおいしさが増しまくるのです」

マミ「それで、キュゥべえにはなんて答えたの?」

杏子「とりあえず、あいつの目的はあたしたちの目的と大差は無いからね。
キュゥべえが余計な行動をしない為にもオーケーしておいた」

杏子は、キュゥべえと同盟関係を築く事で、彼が独断で軽率な行動を取らないよう牽制をしたのだ。

杏子「って、あいつがそんなバカやる可能性は低いとは思うんだけどな」

マミ「まあそうね。
でも、その判断で正しかったと思うわ」

杏子「ああ。
百パー信用するのは危険だが、本当にあいつが味方になってくれたなら心強いし……と、そうそう」

杏子が思い出したかのように言う。

杏子「話の通りキュゥべえはマミとも会いたがってたから、とりあえず今日の放課後に来いって言っておいたぞ」

キュゥべえはすぐにでもマミの元へと向かいたがっていたが、
先に彼女とこういう話をしておきたかった杏子は許さなかった。

この話もどれだけ時間がかかるかわからなかったし、この後学校があるのも考慮して放課後にしたのだった。

ついでに杏子は、キュゥべえにその時まで下手に動くなとも釘を刺しておいたらしい。

マミ「わかったわ、ありがとう」

マミとしてもキュゥべえと話はしたい。彼女は頷いた。

なぎさ「あの、その場にはなぎさも行って良いですか?」

杏子「むしろ来て欲しいところだから、もちろんさ」

なぎさ「やりました!」

マミ「……それにしても、ちょっと頭が混乱しているわ」

杏子「ああ、あたしも同じだ。
上手い具合にあいつと話せたとは思うが、実は理解しきれてない部分もある」

マミ「ちょっと整理しましょうか?」

なぎさ「あ、それ良いですね」

杏子「そうだな」

マミ「まずはキュゥべえの事だけど」

杏子「えっと、あいつは……」


・暁美ほむらの力減少の為、ほむらによって改変される前の次元の記憶と、自由を取り戻した。

・やがてほむらの『闇』が暴走して宇宙が滅んでしまう事は、
ほむらの行った再編後のかなり初期から気付いていた。

・それを防ごうと、記憶と自由を取り戻した地球外のキュゥべえは動き出した。

・だが、彼らは彼女の影響力がまだ大きく生きている地球には入れず、具体的な行動はおこせなかった。

・さらにほむらの力が弱まった事で、地球への侵入が可能になった上に、
奴隷にされている個体とのリンクも復活して現状を把握。

・地球に突入してもほむらには気付かれないと予測したので、キュゥべえは早速やって来た。

・ただし、自分たちだけでこの宇宙を救う事は厳しいと考え、まずは他に仲間を得ようとした。


なぎさ「そのために最初に会ったのが杏子だったのですね」

杏子「だな。
……と、そうだ。キュゥべえは、『闇』の氾濫が近いって事しか気付いてないみたいだった」

なぎさ「それが二日後にせまってるっていう、細かいとこまでは知らないのですね」

マミ「──一つ気になる事があるわ」

マミが、厳しい表情で杏子を見る。

杏子「ん?」

マミ「キュゥべえは、どうやってこの宇宙を救うつもりなの?」

まさか、暁美さんを殺すつもり?──口にこそ出さなかったが、マミの視線はそう問いかけていた。

杏子「……ああ、マミの想像通りだよ」

なぎさ「…………」

マミ「やっぱり……あの子の考え方だとそうなるわよね……」

しかし、手段そのものとしては、実は杏子たちが取ろうとしているものとそう変わらない。

けれど、断じて別物なのだ。

杏子「実は、その辺りも突っ込んで話したんだ」

……………………

………………

…………

……

キュゥべえ「なんだって?」

杏子「だから、ほむらを殺すつもりなら手は貸せない」

キュゥべえ「どういう事だい?」

杏子「あたしやマミに、ほむらを殺す気はねーんだよ」

キュゥべえ「ふむ……じゃあ、どうするんだい?
君たちも、僕と同じくこの宇宙の崩壊を阻止する為に動いているのだと思っていたんだが……」

杏子「宇宙ってより、この近所っつーか世界──精々が地球、だな。
ぶっちゃけ、宇宙となると規模がデカすぎてあたしにはピンとこないんだ。
たぶんマミもそうなんじゃないかな」

キュゥべえ「……そうか。地球人は宇宙進出もまともに出来ていないのだから、それが普通なのかもしれない。
でも、同じ事だろう?」

杏子「違う。
似ているが、お前とは決定的に違うところがあるんだ」

キュゥべえ「?」

杏子「あたしたちはな、この世界を救い……

ほ む ら も 助 け る 。

その為に動いてんだ」

……………………

………………

…………

……

マミ「それで、キュゥべえはなんて答えたの?」

杏子「『……わかったよ。それで君が納得してくれるなら、こちらも暁美ほむらも助けるつもりで動こう。
僕たちは宇宙を存続させられればそれで良いんだからね』
……だったかな」

なぎさ「なるほど……」

杏子「ともあれ、ほむらと戦う事になったとしても、ほむらを殺す気でやりはしないからな。
これをハッキリ言うのは譲れなかったし、手を組むなら、そんなつもりであいつが動くのは認められなかった」

マミ「うん」

なぎさ「はい」

同意の念を込め、マミとなぎさが首を縦に振った。

別に結果が同じならば、そんな事に拘る必要は無いのかもしれない。

しかし、ここが彼女たちの若さ・甘さであり、同時になにものにも変えられない強さでもあるのだ。

突然、宇宙が滅ぶなどスケールが違いすぎる話に杏子たちが真面目に、
かつ全力で動けているのは『誰か』の為というのがあるからこそ。

これが無ければ──『円環の理』が直々に現れた以上、話を疑いはしないだろうが──心のどこかで夢物語みたいに思い、
そんなつもりはなくともどこかで本気になりきれなかった可能性が高い。

宇宙の為というだけでは、先の杏子、マミの言葉が示すように『規模がデカすぎてピンとこない』のだ。

『円環』の一部だった事のあるなぎさですら、肉体を持ってしまうとまた同じ。

いくら物理的な記憶を取り戻そうと、概念(純粋な精神生命体)だった頃の感情までは取り戻せない。

頭にはあれど、実感出来ないから。

そんな彼女たちがただただ純真にひた向きに頑張れているのは、
『力になりたい・助けたい相手が居る』──この信念・想いがあるからだ。

……実はこれに関しては、『円環の理』も同様なのだが……

杏子「まああいつが裏切るとしたら、どれだけ手を尽くしてもダメで、
本当にほむらを殺るしか手段が無くなった時だろうし……
大体あいつの力じゃあ、今更裏切られてもそれでなにかが変わる訳じゃないからね」

キュゥべえが杏子たちの足を引っ張るような裏切り方をしてきたら話は別だが、
今回に限ってはそれはないだろう。

マミ「なら、とりあえずは今回のキュゥべえは味方と考えて良いのかしら」

杏子「信用しすぎなければそれで良いと思う」

マミ「ええ、わかったわ」

なぎさ「──じゃあ、次はほむらに関してですね」

杏子「ああ。
……そういえば、ここ数日ほむらの様子がおかしいな」

マミ「というと?」

杏子「マミには一昨日の夜にメールでチラっとだけ話したやつなんだが……」

杏子は、一昨日のまどか・さやかと共にほむらと下校した時の話をした。

これまでにほむらは、あんな姿を微塵も見せたりはしなかった。

杏子よりもよくほむらの側に居るまどかやさやかの反応を考えると、
まどかたちもあんなほむらは見た事がないのだろう。

なぎさ「……あの、実は……」

杏子「?」

マミ「なぎさちゃん?」

なぎさは、昨日の公園でのほむらの様子を二人に話す。

マミ「そんな事があったの……」

杏子「やっぱりあいつ、『闇』の存在に気付いているのかもな。
そこまでいかなくとも、気付きつつあるか……」

マミ「──それにしてもなぎさちゃん、無事でよかったわ……」

なぎさ「ごめんなさいです……
ほむらと出会ってしまったのは本当にたまたまだったのですが、
そのあと一緒にスーパーにいったのはちょっと考えなしだったかもしれません」

今にして思えばなぎさ自身そう思う。

『闇』と思わしきものを目にした時の事は、未だに思い返すだけで背筋が寒くなる。

もしあの時なにか万が一の事態になっていれば、なぎさ一人では対処出来なかっただろう。

杏子「まあ咄嗟の判断だったんだし、ある程度は仕方ないね。
ほむらだってあんたの事を知ってる以上、下手に逃げ出してた方が怪しまれたかもしれねーし」

マミ「でも、くれぐれも無理はしないでね。
私たちの勝利条件はただ一つ、全員で生き残る事なんだから」

なぎさ「はいっ」

杏子「しかし、なぎさが見たって言う黒いの……
その時のほむらの様子とかを考えたら、まず『闇』だと考えて良いだろうね」

マミ「とうとう『闇』が原因で、暁美さんが苦しみ始めるところまで来た。
表立って……」

なぎさ「氾濫がすぐそばまできてる証拠、でしょうね」

杏子「あとは使い魔も気になるね」

マミ「話だと、沢山集まってきていたのよね」

杏子「それだけじゃない。昨日からまったく姿を見ないんだ」

なぎさ「えっ?」

杏子「あたしが気付いたのは、昨日まどかと合流してマミの家に向かってる最中だから、
それより前の事はわからないけどね」

マミ「確かに、あの時はまったく見なかったわね。
私はてっきり、暁美さんは千里眼のようなもので鹿目さんを視ていて、
使い魔が必要無かったからとかかと思っていたけれど……」

杏子「あと、さっきここに来る時も気配すら無かった」

マミ「……言われてみれば、なぎさちゃんをつれてくる時も不気味なくらい静かだったわね……」

なぎさ「なぎさにはもう使い魔は見えないですが……
今まであちこちにいたのがいないとなると、確かにおかしいですね」

マミ「……ともあれ、それらを踏まえて暁美さんは……」


・もはやまどかしか見ていない暁美ほむらは、自分が振るえる力を失いつつある事に気付いていない。

・もしかしたら、使い魔のコントロールすらもう出来なくなっている可能性もある。

・『闇』の独立・氾濫・暴走……自分自身や、
自身が再編した宇宙の崩壊が間近に迫って来ている事は気付いているのかもしれない。

・『キュゥべえ』を変わらずに奴隷のように扱っているが、
彼が地球外のキュゥべえと意思疎通を再開し、そのキュゥべえが地球に侵入した事も知らない。


杏子「こんなところだね」

マミ「キュゥべえは、暁美さんが『闇』に気付いているかも、というのも知らない訳ね」

なぎさ「そもそも、キュゥべえが持っている情報自体そんなに多くなさそうです。
なぎさたちが『円環の理』と会っているのも知らないのですし」

マミ「さすがに、キュゥべえの前にまでは現れなかったみたいだものね」

杏子「ああ。こんな現状になってる原因の一端でもあるヤツだしな……」

マミ「キュゥべえの介入が、すべてにとっての嬉しい誤算になれば良いけど……」

─────────────────────

──『円環の理』。

ほむらの力が弱まった為に彼女に察知されずに地球に侵入出来るようになったのは、
キュゥべえだけでなく『彼女』もそうだった。

これは、ほむらが常に意識を向けている相手が、
『円環の理』というよりも『まどか』──この世界に居る、人としての彼女だからこそ可能なのであった。

まどかやさやかの中に眠るものはまだしも、
これまでは宇宙中に流れる『摂理』によって、
外からは地球どころかこの次元そのものに介入・侵入も出来なかった『円環の理』だが……

この大いなる存在もまた、悪魔の影響から離れたこの次元の地球外からチャンスを伺っていたのだろう。

しかし、外からやって来た概念は、杏子たちの中も含めて今はこの地球には居ない。

さすがにその存在の巨大さ故、長居をすると確実にほむらに勘付かれるのもあるし、
なにより地球にはかなり弱まっているとはいえ、
ほむらの強烈な意思で存在している『摂理』がまだ健在の為に、長時間の滞在は不可能だったからだ。

だから、ほんの一瞬の邂逅にて『円環の理』は杏子・マミ・なぎさに助けを求めた。

自分一人では叶わない、『彼女』の役割を果たす為に。

─────────────────────

杏子「だが、細かい部分はもうおぼろげになってる部分もあるんだよなー」

マミ「そうね……」

なぎさ「はい」

杏子たちは、あくまで『円環の理』と接触し、その知識や記憶を知るという経験を積んだだけ。

導かれて円環の一部やそのものとなった訳ではないので、
時間とともにその記憶が薄れていくのは人として自然であるし、
もちろん特殊な力を新たに得た訳でもない。

杏子「だからもうちょっと確認したいが……
結局、『円環の理』が動いているって事は……そういう事になるんだよな……」

なぎさ「……はい。そうです」

マミ「……暁美さん……」

杏子「……っかし、ほむらがああなっちまう前の記憶では、あの神様に関してだけは知識としてはあったけどさ、
その根性っていうか、信念?
凄いよな」

マミ「そうね……なんとしても、自分が救える存在は救うっていう強固な意思を感じるわ」

杏子「ふふっ、今は裂かれちまってるとはいえ、まどからしいよ」

マミ「鹿目さんは、いつも誰かの為に頑張るような子だったものね」

杏子「今の『円環の理』は、人としての記憶は無くしちまってるが……やっぱり同じまどかなんだよな」

人としてのまどかと、概念としてのまどか。

どちらか片方だけになっても、根本は変わらない。

マミ「だからこそ、あの子は『本物』なのね」

まどかがあれほどの存在になれたのは、
かつてのほむらがループを繰り返し、因果が束ねられて『力』を得たからではあるのだが……

それ以上に、やはり鹿目まどかが鹿目まどかだったからこそなのだ。

いくら力があれども、彼女でなければあのような存在には絶対になれなかっただろう。

なぎさ「そういえば、『まどか』が今のなぎさたちのような、
いわば生者に協力をおねがいするのは初めてだったりします。
以前ほむらのソウルジェム内で、なぎさやさやかが居たときみたいに、導いた存在とがんばるのはたまにありましたが」

だが、それはこれまではそうする必要が無かったからやらなかったというだけであり、
また、今回はそうでもしないと駄目だという事でもある。

救うべき存在を救う以外には介入が出来ないのがあの概念ではあるのだが、
逆にいうと、その為にどうしても必要でそこに繋がる為の行動ならばなんでも起こせるのだ。

それが彼女が司る力なのだから。

杏子「改めてみると大変な事態だよな。
……へへっ、深く考えるほどどんどんビビッちまってるよ。あたし」

マミ「ふふっ、私もよ」

なぎさ「ですねぇ」

ここまではスケールが大きすぎた上にすべてを知ってから時がそう経ってなく、
また、ここまで忙しく動いていたのもある為にまだマシな部分はあった。

だが、こうして落ち着いて話をすると、深く実感する。

自分たちに与えられた大きな大きな使命に。

杏子「まあ、だからって逃げ出したりはしないけどな。
そんな事したって宇宙が崩壊しちまったら一巻の終わりだし」

マミ「私たち、まだまだ死にたくなんてないものね。
──そしてなにより」

マミの視線を受け、杏子となぎさが大きく頷いた。

杏子「ああ。
ほむらのヤツをむざむざと殺させなんかするもんか。
『まどか』の為にも」

マミ「実質一人ぼっちになりながらも、諦めずに頑張り続けている美樹さんの為にも」

彼女たちは共に、自身の『愛』に従い、頑張っているのだから。

そんな大切な仲間たちを、見捨てる選択肢など無い。

なぎさ「もちろん、ほむらの為にもです」

マミ「……その暁美さんを、具体的にどうやって救うかだけど……」

杏子「ああ」

──これは、あの日に概念と接触した時からすでに三人の中で答えが出ていた。

ベストなのは、なんとかほむらを説得し、彼女がそれを素直に聞き入れてくれる事。

そうすれば『闇』の氾濫まで安心して待ち、
いよいよ『闇』がほむらの中から現れたら攻撃してその邪悪な力を速攻で滅ぼすだけ。

氾濫からしばらく経ってしまったら、『闇』は人では太刀打ち不可能な、
かつての神の力を完全に取り戻して邪悪なまま覚醒・暴走。

そしてすべてを終わらせてしまうだろうが……

杏子たちが力を合わせればその前に倒せると、『円環の理』の知識は告げていた。

今はほむらも巻き込んでしまうので戦闘を開始出来ないが、
氾濫が起きれば、たとえ杏子やマミが全力を持って攻撃したとしてもほむらには届かず、
ダメージを負うのは表に出て来た『闇』だけになるのだ。

……だが、ほむらは説得など受け付けないだろう。むしろ、杏子側の話は一切聞かないのではないだろうか。

そもそも、今のほむらが存在していられるのは『闇』の力があるからこそ。

よって、彼女そのものでもある『闇』を滅ぼしてしまえば、悪魔・暁美ほむらの命は終わる。

今の彼女には人としての命は無いのだし、その辺りに関してはほむら自身が誰よりもわかっているはずだ。

そして、数奇な運命をくぐり抜けた末にようやく作り上げたこの世界を、
ほむらが自ら手離したり、死を受け入れて離れようとするなどありえない。

そんな彼女に下手に話を持ちかけても、
大切なものを失うまいと必死に抗ってくるだろうほむらとの交戦が必至になるだけである。

とすれば、やはりほむらの説得は無意味であり不可能だろう。

それと、氾濫さえ起こってしまえば円環を拒絶するあの『摂理』は地球からも完全に無くなる。

あの『摂理』に関しては、『闇』の力とほむらの意思が合わさって始めて維持出来ているものであり、
氾濫とはその力がほむらの手から離れる事だからだ。

いくらほむらの意思があろうと、根本たる力が無くなればどうにもならない。

だからこそ、『摂理』に影響されないようにさやかを仲間にするタイミングが重要になってくる訳だ。

そういった意味でも、さっさとほむらを説得をしてさっさとほむらと交戦する道はありえない。

──ほむらはもう魔法少女でも魔女でもない為、
彼女が悪魔である事が出来る『闇』を滅ぼしてしまえば、ほむらに対しての円環の介入は不可能になる。

あの概念はそういう存在だからだ。

じゃあどうやってほむらを救うか?

実は、『闇』を滅ぼすにしても決して瞬時には消滅しない。

コンマ以下の速さではあるが、ほむらの命と連動してフェードアウトしながら消えていく。

一秒にも満たない、『闇』とともに死を迎えゆくわずかな間は、ほむらは悪魔でいられるのである。

そのほんの一瞬に『円環の理』が現れ、ほむらを今度こそ導くのだ。

なぎさ「まぁ一言で言うと、とにかくあの黒いのと戦ってすぐさま倒せば『ばんじかいけつ』なのですね」

他はその為に必要な情報であり理屈にすぎない。

『闇』を倒せさえすれば、後は慈愛そのものである女神に任せれば良い。

杏子「一言すぎて身も蓋もないが、その通りだね」

マミ「そこがわかりやすいのはありがたいわ」

なぎさの言葉に、杏子とマミが笑顔で頷いた。

杏子「……けどさ、さっきキュゥべえの話で、ほむらを殺す云々の話をしたが……」

マミ・なぎさ『?』

杏子「本当にほむらを殺さなきゃならない状況になっちまうのって、怖いよな」

つまり、タイムリミット──完全に覚醒するまでに、氾濫した『闇』を滅ぼせなかった場合だ。

だがそうなっても、宇宙を救う、という事でならばまだ手はある。

覚醒させてしまっても、そこから本当の意味で『闇』が完全に力を取り戻すまでには、
さらにわずかな間が必要なのだ。

『円環の理』の知識では、数秒。

これはようするに、人が眠りから覚めても、
完全に目が覚めるまでは多少の時間が必要なのと同じだと考えて良い。

『闇』を覚醒させてしまったら、その数秒を突く事こそが本当に最後のチャンスとなるだろう。

それを逃せば、神レベル以外の攻撃でなければまったく通じなくなってしまって完全に詰みである。

……実は、これもキュゥべえが知らなかった事だが……

その数秒間には、ほむらの魂もまだ存在はしている。『闇』に覆われた深いところで。

だが、ここまで来てはもはや彼女は助けられない。

ここで上手く立ち回れても、『闇』の中に居るほむらには、彼女を救おうとする『円環の理』の手は届かないからだ。

ほむらから独立する事で、『悪魔』からただの邪悪な力に戻った『闇』には、あの概念は干渉出来ないのだ。

杏子たちが失敗した後に宇宙とともに完全に喰われ尽くされるか、
杏子たちが最後のチャンスをものにした後、『闇』の深いところでそれと共に消滅するか……

『闇』覚醒後は、ほむらにはどちらかの道しかない。

マミ「……まあ、私たちはそんな状況になる想定は捨てて動いているはずだから、
そんな心配してもしょうがないわよ」

そう言うマミだが、彼女の本心はもちろん違う。

手遅れになって他に手段が無くなった時の話とはいえ、
事実上、自らの手でほむらにとどめを差さないといけないような事態に陥った場合を深く考えたくなかったのだ。

杏子「……それもそうだな」

なぎさ「そうですよ」

三人は不安を振り払うかのようにほほえみ合った。

だが、杏子にはマミとなぎさにも話していない大きな決意があった。

杏子(……でもなマミ、なぎさ。
あたしは、な……)

──もし、もしもだ──

杏子(そんな事態になったら、あたしがほむらにトドメを差すよ)

──あんたやさやかに、そんな残酷な事させられないからね……──

マミ「? 佐倉さん、どうしたの?」

杏子「──あ、いや、ちょっと眠くなってきてな。すまん」

暗い顔で俯いた自身へと心配そうな顔を向けるマミに、杏子は慌てて手を振って答えた。

マミ「ふふっ、朝早い上に喋りづくだもんね。
ちょっと休憩しましょうか?」

なぎさ「チーズありますよ?」

杏子「いや、続けよう。こうやって話せる時間は貴重だろうからな」

マミ「……うん、わかったわ」

杏子「つっても、もう今細かく話すべき事は消化した気がするけどね」

なぎさ「確かにそうですね」

……しばしの沈黙の後、杏子が再び口を開く。

杏子「……この世界、良いよな」

マミ「そうね。お父さんやお母さんは居ないから、私にとっては決してすべてが最高って訳じゃないけれど……
佐倉さんやなぎさちゃんが居て、暁美さんが居て、美樹さんや鹿目さんも居て……みんな居て。
私、幸せよ」

なぎさ「はい……
幸せです」

杏子「うん……」

杏子が、幸福感と憂いを帯びた瞳をわずかに下に向けたが、すぐにまた前を向く。

杏子「……ほむらのやった事は神への叛逆だ。それも、あたしたち魔法少女にとっての」

なぎさ「…………」

杏子「やり方そのものは許されねーのかもしれない。
でも、それ以上にあたしは感謝してんだよ。こんな世界を作ってくれた事を」

マミ「私もよ」

なぎさ「なぎさも」

レイケツ、オクビョウといった膨れ上がった自身の『負』を土台に、
偉大で純真で美しい……神以外が持つには分が過ぎる力を無理矢理奪って『闇』へと変えた彼女は、
最後にはその『闇』に喰われ、呑まれるのが正しい末路なのだろう。

その先に救いは無い。

彼女は、彼女を救いに来た存在たちの手を振り払い、貶めまでした。

救済される事を、自分から捨てたのだ。

だとすれば、救いの無い結末になるのは必然。

杏子たちがその必然を捻じ曲げるのに成功しても、
悪魔・ほむらにはこの世界で暮らす未来が閉ざされているのもまた……

……そう。これまでの話を見てわかるように、
どうなるにしろほむらには今現在のままの状態で生き続けられる道は残されていない。

杏子「……あいつ、バカだよな。
まどかたちにあんな事した末に、こんな……こんな世界作って自己完結しやがった」

マミ「あるいはあの子、宇宙再編の前から自己完結はしていたのかもしれないけどね。
けれど、この世界を作った──作れた事でそれはより強固なものになってしまった」

なぎさ「…………」

マミ「私たちも、暁美さんだって。
間違いなく幸せだったのよね」

『闇』の問題さえ、あれさえ無ければ、あるいはこれでよかったのだろう。

大半の存在は宇宙が再構築された事に気付いていないし、ここまでは間違いなく彼女たちは幸福だったのだから。

それは、すべてに気付き・知った今も変わらない。

杏子「つってもあたしには、あいつは常に泣いているようにも見えるけど……
『痛み』で、な」

でも。

マミ「今の暁美さんは、それすらも愛おしいほどに幸福を感じている──
いたのでしょうにね」

杏子たちが悲しそうにほほえむ。

杏子「まあ、あいつが勝手に自己完結してくれているおかげで、あたしたちにチャンスが生まれてるんだろうけどな」

そうでなければ、ほむらはもっと広く視野を持ち、
『円環の理』やキュゥべえが侵入してくる隙など与えなかったに違いない。

しかし、たとえ『円環の理』たちを拒めたとしても『闇』の氾濫はほむらでは止められない。

いくら気付こうが対策を練ろうが、それを制御する力が彼女には無いから。

とすれば、杏子もマミも、誰も『闇』に立ち向かう機会すら無く、
なにも知らずに全員が最悪の終末を迎えるだけだっただろう。

杏子「へへっ、あいつってずっと穴がありまくりだよな」

マミ「ふふっ、結構詰めが甘いのよね」

なぎさ「割とウッカリさんなのです」

痛いほどの慈愛のこもった三人の言葉。

杏子「まあ、そのおかげで今回は助かっている訳だが……」

なぎさ「──今度はなぎさたちがしてやりましょう」

マミ「ええ。
暁美さんがあんな形で叛逆したのなら……」

杏子「ああ。
あたしたちは、あいつを呑み込もうとする『闇』に──」

マミ「叛逆をする……!」

─────────────────────

ほむら「──!」

気が付いたら、ほむらはとある高層ビルの屋上に居た。

ほむら「…………」

彼女は右手で頭を抑えながら体を起こす。

ほむら(ここは確か、まどかの家に向かう途中にある……
……そうか)

昨日のあの後ほむらは、心配するなぎさを強引に振り切ってまどかの家に向かったのだが、
調子が悪すぎた為に途中で力尽きてしまったのだろう。

時間を確認すると、午前三時頃。


ツキン。


ほむら(胸が……痛い)

物理的にも、精神的にも。

彼女は、自分のこれほどの不調の原因が未だに掴めずにいた。

ほむら(……まどか……)

なぎさと別れる前と同じ思考に陥るほむら。

彼女は、まどかを視ようと力を込めた。

この次元限定ならば、意識を向ければこういった事もほむらなら可能だ。

本来の悪魔・暁美ほむらならば。

ほむら「……くっ」

だが、何度やっても出来ない。

舌打ちすると、今度は自身の目となり耳となる使い魔をまどかの元へと飛ばそうとする。

ほむら「…………」

……しかし、これも上手くいかないようだ。

ほむら(やっぱり……駄目なのね……)

元々ほむらが今回まどかの家に向かおうとしていたのは、
なぎさと別れる前にどれだけ同じ事をしようとしても出来なかったからだ。

ほむら(……そういえば、前の下校中にも使い魔がいう事を聞かない時があったわね……)

調子が悪く頭が回っていないほむらは、それらは不調のせいだと決めつけていた。

いや、その理由を細かく考えもしていなかった。

ほむら「……まどか」

まどかを求める気持ちが強いあまりに、今のほむらにとってはそんな事に一々頭を回す余裕が無いというのもある。

ほむら「…………」

やはり何度やろうとしても駄目なようだ。思い通りにならないほむらは苛つき、舌打ちを繰り返す。

いわゆる千里眼も手下たちも使えないとなると自身が動くしかないが、彼女は躊躇する。

こんな状態でも、やはり自分からまどかの側に行く事への恐れがあるのだ。

なぎさと別れた後は、不調が極まってほぼ無意識状態だったのであろうからこそまどかの家に向かえたのだが……

多少なりとも冷静さを取り戻すと、やはり苦しい。

そう考えると、まどかと同じ空間に居られる理由がちゃんとある『学校』という場所は、
ほむらにとってとても大事なのであろう。


スッ。


それでもまどかを求める気持ちが上回り、彼女は立ち上が……りかけたのだが、

ほむら「……!」


フラッ。


突然目の前が真っ暗になったほむらは、立ち上がる事叶わずその場に倒れ込んでしまう。

ほむら「…………」

体に力が入らず、そのままほむらは数時間ほど再び気を失ってしまった……

─────────────────────


『おぉおおおおおお!』


周りから歓声が上がる。

体育教師「に、日本記録じゃないの……? これ……」

ほむら「…………」

走り高跳びを終えたほむらは、周囲の反応などまったく意に介せずにマットを降り、
待機するクラスメートの元へと戻って来た。

杏子たち三人のマミの家での話し合いから数時間後、体育の授業での事だ。

やはり、使い魔はどこにも居ない。

杏子「おう、さっすが!」

さやか「ひぇ~、あんたやっぱ凄いねえ」

ほむら「…………」

素直に感嘆して声をかけてくる杏子とさやかだが、ほむらは答えない。

今回に限っては、相変わらず体調が優れないから反応していないだけなのだが……

それが無くても、いつもの悪魔・ほむらならこのような対応をしてくる場合も多いため、
これで他人に不調を察知されることはなかった。

気を失っていた時間があったのがよかったのか、
ここまでは、調子が悪いといえども一番の不調時に比べれば幾分かマシにはなっていたのもあるのだろう。

少なくとも表情には一切出していない。

相変わらず使い魔を動かしたりは出来ていないほむらだが、
まどかが居る場所に来た事でその件は彼女の頭から消えていた。

さやか「ったく、相変わらず無愛想なやつ~。
たまには愛想よくしたら? あんた美人なんだし、隠れファンも割と居るみたいだからそんなんじゃもったいないよ」

確かに、クラス内を飛び越えて学校中でどこかしら畏怖されているほむらではあるが、
彼女へと憧れの視線を送る者もチラホラと居る。

これは、学年が違う生徒からもだ。

ほむら「放っておいて頂戴」

しかし、やはりほむらはそっけない。

仁美「ああっ、やっぱりクールな暁美さんって素敵ですわね……」

まどか「もーっ、仁美ちゃんたら、顔が赤いよ?」

まどかと、志筑仁美が話に加わってくる。

さやか「そーだぞー。
ったく、あんたには恭介が居るだろうに」

杏子「…………」

さやかと仁美、そして上条恭介の三角関係はこの世界でもあり、すでに完璧に決着がついていた。

いや、決着がついている事に『なっている』。

きっと、『じゃあこれまでにどんな経路で恋愛模様を解決したのか』などと聞いても、
彼女たちは上手く答えられないはずだ。

これまでは、その辺りを疑問に思う事すら無かった・出来なかった為にそれでもよかったのだろうが……

ちなみに、どれぐらい完璧に解決している(事になっている)のかと言うと、

仁美「そうですけど、これはこれですわ」

さやか「かーーーっ、こんな浮気性が相手だと恭介も苦労するよ」

仁美「あらまあ。この間は、『あんな頼りない奴が相手だと仁美も苦労するねぇ』とか言ってらしたのに」

さやか「あれっ、そうだっけ?」

仁美「うふふっ、そうですわ」

さやか「あははっ!」

こうやって普段から他愛ない雑談に出来るくらいに、だ。

杏子「けどさ、さやかもよくあそこまでほむらに積極的に突っかかっていくよな~。
大抵、つれない反応しかされねーのにさ」

さやか「ん~? まあそうなんだけどね。
なんでかな……?
こいつ、ほっとけなくて」

ほむら「……私を小さな子供みたいに言わないで貰えるかしら?」

さやかの言葉に少々機嫌を損ねたのか、ほむらがぽつりと言う。

さやか「あっ、ゴメンゴメンそんなんじゃなくてね。
……う~ん、なんつーかほっとけないんだわ」

ほむら「訳がわからないわ」

それは、と杏子は思う。

杏子(それはなさやか、お前がまだ『円環の理』の一部を持っているからだよ)

いくら記憶を失くしても、再び人としての命を持っても、今も。

だがこれは、本家であるまどか以外だとさやかだからこその話だ。

魔法少女になった時間軸でのさやかは、魔女となって果てるか、
なにかしらの戦いで戦死するか、まどか再編後の世界だと円環に導かれるかのいずれかしかない。

どのケースの結末を迎えても、魔法少女になってから間がない為に内に秘めた能力が開花せずに終わり、
その上まどかという不世出の存在が近くに居て目立たなかったが、
実はさやかの魔法少女としての素質も相当凄かった。

そんな才能の持ち主であり、なによりも円環自身であるまどか一番の親友のさやかだからこそ、
このような状況になってもまだ円環のカケラを宿して居続けられるのだ。

そうでなければ、たとえカケラを持ったままこの世界に来ていても、
とっくの昔に例の『摂理』に完全排除されていただろう。

能力的にも、まどかとの繋がり的な意味でも、さやかは言わば円環世界のナンバー2だったと言って良い。

杏子(……そして、なによりもお前が『美樹さやか』だからだよ)

そう。

円環の一部として、
また、『ピンチの人を助けなきゃ!』というさやか個人のものとしての義務感も確かにあるのかもしれない。

だがそれだけではなく、自身の短い人生の中で深い縁を持てた相手の一人として、
義務感とは違うほむらへの『愛』も間違いなくあるのだ。

だから見捨てない。『愛』以外に思うところはあっても、見捨てられない。

まどかの事を最優先にしつつも、それでもさやかやマミ・杏子を死なせまいとも動いていた、
ループを繰り返していた時のほむら同じように、自分が出来る・状況が許す限りの精一杯をやって……

杏子(お前はまだ、ほむらを救おうとしてるんだよな)

まどか「でも、さやかちゃんの気持ちはわかるよ。
わたしも、ほむらちゃんはなんだか気になるっていうか……ほっとけない感じがするもん」

さやか「お~っ、さすがはまどか! あたしの嫁!」

ほむら「……まどか」

仁美「うふふっ。鹿目さん、私もですわ……」

杏子(いや仁美、お前の『気になる』とまどかさやかの『気になる』は違うと思うぞ)

女子「ね、ねえねえ鹿目さん」

話が盛り上がる中、クラスメートがまどかの肩を叩いてくる。

まどか「なあに?」

体育教師「オホンッ」

女子「次は鹿目さんの番だよっ」

まどか「あ、あわわ……」

さやか「げっ」

仁美「あらぁ」

ジト目の教師と焦るクラスメートの様子を見たら、どうやらまどかは何度も呼ばれていたらしい。

体育教師「ほら、早く来なさい!
そこも私語は慎むっ」

どうやら、彼女たちが気付かない間に雑談も注意されていたようである。

まどか「す、すみません~」

さやか「ごめんなさい……」

仁美「申し訳ございませんでした」

まどかが、慌てて走り高跳びのスタートラインへと向かう。

杏子「いや、ははっ! 夢中になりすぎたみたいだね。
ドンマイさやか!」

さやか「あたしだけ!?」

仁美「うふふふっ」

体育教師「こらそこ~っ、いつまでやってるの! 廊下に立ってなさい!」

女子「先生、ここは校庭です……」

起こる笑い。

杏子「はははっ!」

ほむら「…………」

突如。


フラッ。


杏子「……!」

ほむらはよろめくと、


ドサッ。


倒れてしまった。

杏子「おい!?」

まどか「えっ?」

さやか「ほむら!?」

仁美「暁美さんっ!?」


ザワザワ!


ざわめくクラスメートの中、杏子たちが倒れたほむらに駆け寄る。

体育教師「みんな、落ち着いて!
……貧血かもしれないわね……
保険委員は?」

まどか「あ、はいっ。わたしです」

体育教師「じゃあ申し訳ないけれど、暁美さんを保健室まで運んで行って貰えるかしら?」

まどか「は、はいっ!」

杏子「一人じゃムリだろうしあたしも手伝うよ。
……良いよな、先生」

まどかの返事から間髪いれず、杏子が言った。

体育教師「それもそうね。じゃあ佐倉さんにもお願いするわ」

まどか「杏子ちゃん、ありがとう」

杏子「いや、気にしないで良いよ」

まどかと杏子は、二人で協力して気を失っているほむらの体を持ち上げる。

さやか「あ、あたしも行くよ」

仁美「私も」

さやかと仁美が声をかけてくるが、杏子は首を横に振る。

杏子「いや、ゾロゾロ行ってもやる事は無いだろ。
あたしもすぐ戻ってくるから二人は授業の続きを受けてな」

さやか「杏子……」

杏子の言う通りである。さやかと仁美は頷く。

体育教師「はいはいみんな、続きをやりますよ!」

未だにざわつく生徒たちを教師が静める声を聞きながら、まどかと杏子は保健室へと向かった。

─────────────────────

昨日と同じ暗闇の中を、ほむらは佇んでいた。

ほむら「…………」

──見渡す限りの闇……
確かに、悪魔である私には相応しいのかもしれないけれど……──

ほむらにとって、それ自体は別にどうという事はない。

だが、なにも在らず、特にまどかが存在しない場所にただ居るのは苦痛でしかなかった。

ほむら「冗談じゃないわ」

さっさと自分の世界に戻る為に、ほむらは出口を探して歩き出した。

やけに体が重くて頭痛がするが、構っていられない。


タッタッタッタッ……


今の体調では厳しいほどの早足で進むほむらだが、妙な焦燥感が離れない彼女は、そのスピードを緩めない。

これはきっと、あの『確信』の影響が強い。

ほむら(私は絶対に失うものか。失ってなんかなるものか。
冗談じゃ、ない)

気が付けば、ほむらはまどかの名を呼びつつ歩いていた。

ほむら「まどか、まどか……」


タッタッタッタッ!


いつの間にやら歩きではなく走るような速さになっているが、止められない。

……どれくらい進んだだろうか。

ほむら「……!」

ほむらの視線の先に見慣れた背中が現れた。

ほむら「まどかっ!」

叫び、ほむらはまどかへと駆け寄るが……


シュウゥ……


ほむら「!?」

まどかは振り向きすらせず、周囲の闇に包まれて消えてしまった。

ほむら「っ!」

ほむらが慌てて周囲を見渡すが、相変わらずただ真っ黒な空間が広がるだけ。

──これは、未来?──

ふと、ほむらの頭にそんな事が浮かんだ。

──まどかと敵対して、その果てにある、全部無くした未来の世界……?──

──私はそこに迷い込んでしまったの?──

──いや、気付かないうちにこれが現実となってしまっていたの……!?──

『闇』の中、ほむらは混乱する。

ほむら「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

─────────────────────

まどか「ほむらちゃん……」

無事にほむらを保険室のベッドに寝かせられはしたが、
一向に目を覚ます気配の無い彼女に、ベッドの側の椅子に座っているまどかは心配げな様子を崩さなかった。

杏子「…………」

ほむら「う……っ」

杏子(ほむらのヤツ、時間が経つにつれてうなされるようにもなってきたな……)

保険教師「ほらほら、あなたたちは授業に戻りなさい」

まどか「あの……
このままほむらちゃんについててあげたらいけませんか?」

保険教師「そうは言ってもねぇ」

杏子(さやかと仁美には『すぐ戻る』なんて言っちまったが、正直あたしもそうしたいところだ)

それは、純粋にほむらが心配というのもあるが、ここ数日の彼女の不調が気になるからだ。

杏子(これがもし、ほむらの体調に実際に影響が出てくるほど『闇』の侵食が進んできた証拠だとしたら……)

『氾濫』こそ明日のはずだが、なぎさがほむらとともに居た時に体験した事を考えたら、
周囲に被害を及ぼすなにかが起こる危険性はある。

近くにまどかと教師が居る以上、杏子はこんな状態のほむらを放ってはおき辛いのだ。

杏子(万が一を起こす訳にはいかないからね)

ほむら「っぐ! あううっ!!」

まどか「ほむらちゃん!?」

唐突に大きくうなされだしたほむらを見て、まどかが声を上げる。

──この時、杏子はほむらにのみ注意を払っていた。

ほむら「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

その為に杏子は、外から接近する『それ』を感知するのが少し遅れてしまった。

杏子「──むっ!!」


ガシャァァァンッ!!!!!


突如窓ガラスをぶち破って、およそ十羽ほどの鳥型の『異形』が保健室に飛び込んで来た!

杏子(ほむらの使い魔か!?)

まどか「えっ!?」

保健教師「!?」

異形たちは一直線にほむらへと向かうが、その途中には保健の教師。

杏子「ちっ!」

ここで魔法少女に変身など出来ない。


ガッ!


魔力で瞬時に身体能力だけ強化した杏子が教師の前に飛び出し、回し蹴りを放つ。

この蹴りにも魔力が込められており、前方のほぼすべての使い魔を撃退したが、
最後尾の一匹のカラスだけは射程範囲外の為に仕損じた。

杏子「こいつ!」

杏子は慌てて手を伸ばし、使い魔の突撃が教師の胸に直撃するのを防ぐが……


ザクッ!


杏子「っ!」

くちばしが杏子のてのひらに突き刺さり、貫通する。

杏子「──のッ!」


パァンッ!


しかしすぐさまてのひらから魔力を放出し、最後に残った使い魔を四散させた。

杏子「ふぅ……」

保険教師「えっ? なにが……起こったの?」

まどか「???」

今の一連の杏子の動きは、教師とまどかの動体視力では捉えられていない。

使い魔の姿も見えていないだろう。

この二人には、突然窓ガラスが割れ、杏子が教師の前に飛び出しただけにしか認識出来ていないはずだ。

まどか「……!
杏子ちゃん、ケガしたの!?」

手を押さえる杏子を見て、まどかが椅子から立ち上がった。

保険教師「大変っ! 見せて!」

杏子「ああ、かすり傷だよ。飛んできたガラスの破片でもかすったのかな」

怪我した方の手をブラブラと振りつつ、杏子はまどかの目の前、ほむらの寝ているベッドのふちに座る。

鋭いくちばしに貫かれたはずのてのひらは、しかし薄い血の跡が確認出来るだけで、
擦りむいた程度の軽症である。

あの使い魔を四散させたと同時に魔力で治癒を開始していたからだ。

保険教師「傷、水で洗いましょうか。
その後手当てしてあげるわね」

杏子「いや、良いよ」

保険教師「ダメダメ。ばい菌が入ったらどうするの?」

まどか「そうだよ杏子ちゃん」

杏子「うえぇ、めんどくせー」

ボヤキつつも、杏子は立ち上がってベッドからすぐ側にある小さな洗面台へと行き、手を洗う。

杏子(さやかくらいに治療が得意だったらさっさと完治出来てたのになぁ。参った参った)

こうなった以上魔力での回復を続けて治しきってしまうと面倒な流れになるので、
杏子は教師の言う通りにする事にした。

保険教師「ごめんね、私をかばったせいで怪我なんかさせちゃって……
痕にならなければ良いけど……」

杏子「全然。ヘーキだよ」

保険教師「──あ、後で私がホウキで片付けるから、割れたガラスは放っておいてね」

床に散らばるガラスを片付けるべく動こうとしたまどかを制し、教師は言った。

まどか「でも……」

保険教師「良いの良いの。ありがとうね」

まどか「……わかりました。
けど、なんで急に窓が???」

立ち上がったままだったまどかが、首を傾げながら再び椅子に腰をかける。

保険教師「本当、なんだったのかしら……?」

杏子「…………」

その時。


すっ。


まどか「えっ?」

まどかの膝の上に、手がおかれた。

ベッドで眠る、ほむらの白い手だ。

まどか「ほむら……ちゃん?」

杏子「──!」

まどかの声に反応したのか、

ほむら「う……」

これまでずっと閉じられていたほむらの瞳が開いた。

まどか「ほむらちゃんっ!」

保険教師「あら、よかったわっ」

ほむら「ま……ど、か……?」

ほむらは最初こそ重たげなまぶたで呂律が回っていなかったが、
その視界にまどかを確認したからか、すぐに目を見開いた。

ほむら「まどかっ!」


バッ!


そのまま彼女は飛び起きて──


ガシッ。


まどか「!?」

まどかに、倒れ込むように抱き付いた。

ほむら「まどか、まどか、まどか……!」

まどか「ほ、ほむらちゃん? どうしたの……?」

保険教師「……よっぽど怖い夢でも見たのかしら?」

学校中にクールで通っているほむらの唐突な行動に、まどかと教師は唖然としている。

二人ともが、暁美ほむらのこんな姿は見た事も、想像した事もなかった。

杏子「……ほむら」

─────────────────────

ほむら「あぁあっ!! ああーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

私は暗闇の中で叫びながら、消えたあなたを探し回った。

けれどあなたどころか、なにも、誰も見付からず、いつしか私は暴れまわっていた。

今の私に銃などの武器は必要無い。全力で魔力弾を放ち、黒い翼で飛び、ただただ暴れた。

そうでもしないと、永遠にこの暗い場所に閉じ込められ……

ううん。

この『闇』に呑み込まれてしまう気がして、頭がおかしくなりそうだったから。

そうなってしまったら、二度とあなたに会えないような気がしたから。

周りから見たら、たぶん滑稽な姿だったでしょう。

けれど、そんな事を考える余裕も無くなっていた私は暴れ続けていた。

言ってみれば、これは私にとっての必死の抵抗だ。

……ふと。

あなたの香りがした。

小さな風に乗って、確かに。

そちらに顔を向けると、ただ『闇』があるだけだった空間に小さな小さな『光』が見えた。

私は反射的に、その『光』に手を伸ばしていた。

そしてまばたきを一つしたら……

???「ほむら……ちゃん?」

目の前に、なによりも眩く大きな『光』が在った。

ほむら「ま……ど、か……?」

無意識のうちに口からこぼれた、その名前。

そう、彼女こそ私が求めていた……

ほむら「まどかっ!」


バッ!


そのまま私は飛び起きて──


ガシッ。


まどか「!?」

まどかに、倒れ込むように抱き付いた。

ほむら「まどか、まどか、まどか……!」

まどか「ほ、ほむらちゃん? どうしたの……?」

あなたの名前だけを呼び続ける私に、あなたは戸惑いながらも優しい言葉をかけてくれる。

──例の『確信』は、一昨日よりも昨日、昨日よりも今日とどんどん強く覚えるようになってきている。

なんの根拠もない『確信』だけれど……それを覚えてから、
あなたと袂を分かつ未来をかつてないほどリアルに感じてしまう。

考えるだけですら恐怖で震えが走るほどだったその望まぬ未来への恐れ。
今は、これまでのものとは比にならない。

ほむら(やっぱり嫌だ。あなたを、まどかを失うなんてっ! 絶対に嫌だ!)

今更ながら、私はそう強く強く思った。

ほむら(ずっと側に居たい。ずっと側に居て欲しい……!)

しかし、そんな思いとは裏腹に。


『お前は失うんだよ』


私の中にある『なにか』が、そうつぶやいたような気がした。

─────────────────────

昼休み、いつもの屋上にて。

マミ「あら、志筑さんのタコさんウインナー、美味しそうね」

仁美「よろしければ召し上がられますか?」

マミ「良いの?」

仁美「はい。
その代わりと言ってはなんですが、私にはその卵焼きを頂けませんか?」

マミ「もちろん良いわよ♪」

そんな仁美とマミのやり取りを見て、杏子も動く。

杏子「なんだなんだオカズ交換か?
じゃあほむら、それくれよ」

杏子はほむらに言いながら、さやかの弁当からプチトマトを取って自分の口に入れた。

さやか「あっ良いなぁ。
じゃああたしはまどかの……ってなにすんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

杏子「フェイントだよフェイント」

怒れるさやかを、杏子は軽くいなす。

さやか「もう! じゃああたしは、まどかのと恭介のとほむらのを貰うんだっ!」


ヒョイパクヒョイパクヒョイパク。


まどか「わっ!?」

恭介「!」

ほむら「…………」

目にも留まらぬスピードで、さやかがまどかたちからオカズを拝借した。

さやか「うん美味い!
あ、これお返しね」

と、彼女は三人に自分のオカズを渡す。

さやか「──あっ!」

さやかはその流れのままに杏子の方を向くと、視線をあらぬ方へやってそちらを指差す。

杏子「えっ?」

さやか「あんたにもお返し!」

杏子「あっ!」

それに釣られた杏子の隙をついて、さやかは杏子からもオカズをGET。

杏子「なにすんだよっ、あたしの鳥肉!
つかそれは『お返し』違いだろっ!?」

さやか「だってあんたとは『交換』してなかったし?」

杏子「はぁ!? 『あたしの物はあたしの物、お前の物もあたしの物』ってヤツだよ!」

さやか「どこのガキ大将よ、それ?
……くくくぅ~、それにしてもお口がパラダイス!」

まだまどかたちの物も残っていたのだろう口内に、杏子のまで合流した事で、さやかは実に幸せそうな顔を見せる。

杏子「くっそ! じゃあそのハンバーグくれよ!」

さやか「ダメ!
ってか、あんたとあたしのお弁当、中身一緒じゃないっ!」

この二人のこうしたやり取りは、日常である。

まどか「ふふふっ」

恭介「あははっ」

そんな様子を見ながら、まどかと恭介が笑う。

ほむら「…………」

ほむらは黙っているが、こちらもそれに関してはいつも通り……ではあるのだが……

まどか「──ほむらちゃん、大丈夫?」

ほむら「ええ、大丈夫よ」

しかし、そう答えるほむらはいつも以上に覇気が無い。

恭介「そういえば暁美さん、授業中に倒れたんだって?
無理はしちゃ駄目だよ」

ほむら「平気よ」

保健室での一件から後、ほむらはフラつきながらもすぐに授業に戻った。

誰が見てもずっと調子が悪そうだった彼女だが、なんとか昼まで持ちこたえて昼休み。

めずらしく、ほむらは自分からまどかたちと昼を共にしたいと言ってきた。

いや。

先日の下校時もそうだが、彼女が自分から昼をというのもめずらしいを超えて初めてだろう。

ほむら(まどかから離れたくなかったから──)

まどかと関わりすぎるのを恐れて一歩引いた位置に居る事が多かったほむらだが、
それを上回る恐怖が、彼女をそんな行動に走らせた。

ほむら(正直、調子は悪い。悪魔になってから覚えが無いほど……)

特に、精神的に。

ほむらは、恐怖と不安に揺れる心と必死に戦っていた。

そして、不可思議な事がもう一つ。

ほむら「…………」

近くの空で鳥型の異形が、
同じ屋上の、食事をする彼女たちから少し離れた所にはまた別の姿の異形たちが落ち着きなく蠢いているのだ。

もちろん、これらはすべてほむらの使い魔たち。

数日前と同じで、ほむらは使い魔たちにこんな風に集まれなどと指示は出していない。

むしろ、奴らの姿に気付いてからずっと『離れろ』と命令し続けている。

ほむら(やっぱり、全然命令を受け付けない……)

戸惑うほむら。

それは、手下たちが言う事をまったく聞かないからだけではない。

彼女は使い魔たちからとある感情を感じ取っていた。

ほむら(……恐怖? 不安と、あと……)

『心配』。

ほむら(どういう事……?
あいつらはなにを不安がり、恐れているの?
なにを……心配しているの?)

使い魔の気持ちを読みきれないのもまた、ほむらには初めての経験だった。

マミ『妙に辺りが騒がしいわね』

杏子『だな』

さやか『なーんか気持ち悪いね』

三人のテレパシー。

周囲の状況に、魔法少女であるマミ・杏子・さやかは当然気付いている。

さやか『なんなんだろうコレ。魔獣の気配はしないし……』

ただ、相変わらずさやかのみは、あの異形たちがほむらの使い魔だとは知らないが。

マミ『私たち……いや、暁美さんの様子を伺っている? ようだけれど、殺気はまったくないし……』

杏子『……まあ、今のところは注意だけしっかりしておけば良いだろ』

さやか『そうだね。まどかたちには見えないんだから、下手に反応する訳にはいかないし。
でも、前もこんな変な事あったし、超強力な魔獣が現れる兆候とかだったらやだなぁ』

マミ『そうだったら力を合わせて頑張りましょうね』

さやか『おうっ』

杏子『──しかしマミ、どうなんだろうね』

ここからは、杏子とマミ、二人だけのテレパシー会話。

杏子『やっぱほむらになにかが起こってると考えるのが妥当か』

マミ『前も、使い魔の様子がおかしい時があったって言ってたわね。
なるほど、これは確かに異常だわ』

杏子『その時も今みたいに集まりまくってて、でもさっきまでは気配すら無かったってのに。
保健室のアレもあったし、訳わかんねー』

マミ『……そういえば、今日保健室でも使い魔がおかしな動きをしたんですって?』

杏子『ああ。『鳥型』のがいきなり窓ガラスをブチ破って来て、ほむらに一直線だ』

ちなみに、その時の傷はもう魔力で完治させてある。

元々まどかたちに傷口を見せた時もほぼ治りかけていたので、
たとえ今の手のひらを、まどかなり保険の教師なりに見られても特に怪しまれはしないだろう。

杏子『ただね、あれはほむらの自己防衛っていうか……ヘルプに感じたな』

マミ『ヘルプ?』

杏子『保険室での使い魔の動きは、ほむらを助けようと特攻して来た感じがしたんだ。
根拠は無いけどね』

マミ『暁美さんを助けようと……』

杏子『あいつらは明らかにほむらしか見えてなかったし、
今あちこちに居るヤツらと同じで殺気もまったく無かったからさ』

マミ『だとしたら……』

杏子『ああ。あたしたちにはでっかい追い風だ。
これなら……』

仁美「あら巴先輩、唇の端にソースが付いてますわよ?」

と、仁美がマミの唇をハンカチで拭った。

マミ「あ、あら。ありがとう」

仁美「良いんですのよ♪」

マミ(テレパシーに気を取られていたわね……)

杏子(なにやってんだマミ……って仁美、なんで妙に嬉しそうにハンカチしまってんだ???)

さやか「ちょっと杏子、あぐら!」

杏子「ん? ああ、つい。
でもこんぐらい良いじゃん」

言いながらも、杏子は脚を直す。

さやか「ダメダメ、はしたない。恭介も居るんだよ?」

杏子「別に気にしねーし。
大体、はしたないっつーならさやかだって先週風呂で……」

さやか「わーーーーーっ! それは無しあれは無しノーカンっ!!!」

頬を赤らめて両手を振りつつ、さやかは恭介の方を見る。

恭介「ん? どうしたんだい?」

しかし、まどかと話していた恭介はさやかたちの会話は聞いてなかったようだ。

さやか「うっ、ううん。なんでもないよっ」

杏子「他のヤツならともかく、そいつ相手ならそんな気にしなくても良いのに」

さやか「いや、いくら恭介でも男子だし!」

恭介「?
なんか賑やかだね」

女子二人のそんなやり取りを見て、笑顔の恭介が首を傾げながらものほほんと言う。

まどか「ふふっ、そうだね」

ほむら「……騒がしくてしょうがないわ」

恭介の言葉にまどかもマイペースに返し、ほむらはため息混じりにひとりごちた。

しかし、彼女は依然として不調そうながら、機嫌は悪くなさげなのはまどかと恭介の思い過ごしだろうか。

ちなみにマミと仁美は、二人で再び料理についての話題で盛り上がっているようだ。

恭介「まぁ違いないかもね。
でも、僕はこういうの好きだな」

まどか「そうなんだ。
ちょっと意外かも」

恭介「そうかい?」

まどか「うん。上条くんみたいな人って、アーティスト気質って言うのかなぁ?
そんな人って、賑やかなのは苦手なのかなって。
……あっ、ごめんね。勝手な偏見だよね。悪い意味じゃないんだよ」

まどかが慌てて恭介に向かって両手を振る。

恭介「はははっ、うん。わかってるよ」

──やっぱり、この子は人に凄く気を使うんだな──

思いながら、恭介はまどかへと笑顔を返す。

恭介「……そうだね」

そのまま彼は顔を前に向ける。

恭介「正直に言うと、確かに静かな方が好みかな。
特に、バイオリンを引いていたり音楽を聴く時は、他の音はどんな些細なものも一切無い方が良い」

まどか・ほむら『…………』

ほほえみこそ消えてはいないが、前を向く恭介の瞳は先ほどまでのものとは変わっていた。

本気で人生を賭けるものへと向かって精一杯頑張っている人間が、その事について語る時の強い強い瞳へと。

ほむら(……夢、か。
ううん、彼ほどの実力者ならば、それはもう『現実』なのかしら?
──眩しいもの、ね。
私にはきっと、彼の瞳に映っているような景色は永遠に見られないでしょうし……)

そんな風にこそ思うが、別にそれでほむらの心が動いたりはしない。

ほむら(こうしてまどかの側に居られさえすれば、そんな事どうでも良いのだから)

たとえ未来が無くても。

大人になる道が、門が、固く閉ざされてしまっていても。

ほむら(まどかと永遠に居られさえすれば……)

居られさえ、すれば。

まどか「……そっか」

恭介「うん。
──けれどね、それはそれ、これはこれだよ」

再び恭介が、まどか、ほむらへと視線を戻した。

バイオリニストの彼ではなく、彼女たちの友達・上条恭介の瞳で。

恭介「今のこの現実の全部が、環境が、僕は凄く楽しくて嬉しいんだ」

ほむら「…………」

まどか「今の環境?」

恭介「うん。
手が使えて、バイオリンが思う存分弾けて……
志筑さんやさやか、鹿目さんとか佐倉さんに暁美さん。みんな居てくれてさ。
こんな、『今』が」

まどか「上条くん……」

恭介「とてもとても大切なものを失いかけて、その途中馬鹿な僕は、
大切な友達であるさやかに酷い事を言ったりもしたよ。
でも『奇跡』に助けられ、周りの人たちからも僕は見捨てられなかった。
学校だって結構休んだのに、復帰してからクラスのみんなも優しく迎えてくれた」

まどか「……うん」

恭介「その先に待っていたのが、『今』」

そう。

恭介「この世界」

ほむら「……!」

恭介「なにも、誰も失わず、僕を優しく包んでくれる今の世界の全部が大好きなんだ。
だから……
本来は得意ではないはずの喧騒も、楽しくてしょうがないんだよ」

優しく──しかし熱い思いの込もった言葉を、恭介は噛みしめるように言った。

恭介「──って、僕はなに変な事言ってるのかな」

ははは、と笑いながら彼は照れ隠しに頭をかく。

まどか「ううん、全然変じゃないよ」

恭介「ありがとう。
まあ楽しいといっても、自分もあんな風にってのはちょっと無理なんだけどね」

まどか「見てるだけなのが最高ってのもあるもんね」

一緒にワイワイするのが、みんなの輪の中に居る唯一の方法ではないという事なのだろう。

こうやって離れた場所から見ているのが好きな人も居るし、そういう形の絆もあるのだ。

ほむら「……あなたは……良い人ね、上条くん」

恭介「えっ?」

恭介が、驚いた様子でほむらを見た。

それもそのはず。

ほむらは、相手から話しかけられれば会話もするが、自分から誰かに話しかけるというのはまず無いのだ。

唯一まどか相手にだけは例外かもしれないが、それでもほむらからというのは少ない。

恭介(こんなの……初めてかも)

ほむら「そんなにこの世界が好き?」

問いかけるほむらはとても穏やかだ。

恭介「うん、大好きだよ」

その問いに答える恭介も、また穏やかで。

ほむら「……本当、良い人。
純粋で、毒が無さすぎる」

恭介「いや、そんな事は無いよ。
入院中は、さやかとか色んな人に迷惑ばかりかけちゃったから……
ほら、辛い時ほど人って本性が出るって言うからね」

ほむら「…………」

まどか「上条くん……」

ほむら「……あなたがそんな人だから、一つ助言をしてあげるわ」

恭介「?」

ほむら「純粋なのは結構だけど、それで知らない間に傷付く人も居るから気を付けなさい」

ほむらがこんな事を言うのは、自分が再編した世界を好きだと言ってくれた礼なのだろうか?

恭介「えっ?」

まどか「そうだよ……!
仁美ちゃん、一人で寂しい思いしてる時が多かったりするみたいだよっ」

と、まどかが声量を落とし、恭介へと向けて唇を尖らせる。

この辺りの察しのよさや、食い付きのよさはやはり女の子。

恭介「……えっ?」

ほむら「脇目も振らずに夢中になれるものがあるのは素晴らしいけれど、もうちょっと周りを見るべきでしょうね。
まして『恋人』なんて、あなただって合意したからこそ出来た関係でしょう?
なら彼女を疎かにしすぎるのはどんな理由も言い訳よ」

恭介「えっ、え……??」

ほむら「あなたは、もう少しだけで良いからバイオリン以外にも欲を持つべきでしょうね。
彼女に対しても純粋すぎるのは、優しさとはちょっと違うでしょう?
それが悪いとは言わないけれど」

恭介「う、うん……」

初めてほむらから話しかけられた上、いつになく饒舌な彼女に恭介は混乱していたが、なんとか頷く。

まどか「わたしにはこれといった夢は無いし、好きな人も恋人も居ないから想像なんだけど、
忙しかったらちょっとはこんな感じになっちゃうのかなってのは確かに思うんだ」

恭介「鹿目さん……」

まどか「でもね、もうちょっと仁美ちゃんも見てあげて欲しいかなって。
仁美ちゃんはあんまり弱音とかを出す子じゃないし、隠そうとはしてるんだと思うけど……
たまに見えちゃう時があるんだ」

恭介「……うん。わかったよ。君たちの言う通りだ。
──ふふっ、二人が居てくれてよかったな。
ありがとう」

まどか「ううん、むしろ嫌な事言っちゃってゴメンね」

ほむら「……ふん、ちょっと喋りすぎたわね」

ほむらは、左手で髪をかき上げるとそっぽを向いた。

ほむら(……?)

ここで彼女は気付いた。基本的には大抵自分の左耳に装着しているイヤーカフスが無い事に。

イヤーカフスについている宝石は、今のほむらの力の源である『ダークオーブ』。

一瞬それを無くしたかと焦ったほむらだが、意識を向けてみれば、自身の中にその存在があるのを感じる。

ほむら(な、なんだ……)

ダークオーブは、悪魔・暁美ほむらなら飲み込んだりする事で体内に入れる事が出来る。

ほむら(気付かないうち、いつの間にか飲み込んでいたのかしら?
……だとしたら、今の私は本当に駄目すぎるわね)

ほむらは軽くため息を吐く。

ダークオーブを体内から取り出して再びイヤーカフスとして装着しようかとも考えたほむらだが、
そんな行動を人前でというにはいかないだろう。

ほむら(やるなら、後でするべきね)

杏子「おう、そろそろ教室戻ろうぜ!」

まどか「あっ、そうだね」

会話をしながらも食事は続けていたので、すでに全員の弁当は無くなっているし、もう良い時間になっていた。

さやか「あ~っ、午後の授業めんどくさいなぁ」

杏子「サボろうぜ!」

さやか「サボろうか!」

まどか「ダ、ダメだよ杏子ちゃん、さやかちゃん」

マミ「そうよ。そんな事しちゃダメ」

まどか「さすがマミさんっ!」

マミ「うふふっ♪」

仁美「巴先輩、色々教えて頂いてありがとうございました」

マミ「こちらこそ、とても勉強になったわ。ありがとう」

仁美は、マミと笑顔の交換をした後に恭介の隣へ行ってそっとつぶやく。

仁美「あっ上条くん、今度アップルパイを作って参りますわ。
巴先輩に作り方を教えて頂きましたの。
お嫌い……じゃあありませんでしたよね?」

恭介「うん、普通に好きだよ。
──いつもありがとう志筑さん。楽しみにしてるね」

仁美「上条くん……?」

いつもとはどこか違う恭介の雰囲気を感じ取った仁美は首を傾げたが、

仁美「……はいっ!」

すぐに嬉しそうに頷いたのだった。

……………………

いつの間にか、周囲の使い魔たちが全員いなくなっていた。

誰も気付かないうちに、大群がいつの間にか。

杏子(注意を逸らしたりはしなかった……はずなんだけどね)

マミ(…………)

さやか(変なの。やっぱ気味が悪いなぁ)

ほむら(……私の命令が届いたのかしら?
体調はともかく、今の時間を過ごせたおかげか気分はよくなってきたから、
やっぱり疲れが溜まっていただけなのかもしれないわね……)

彼女たちはそれぞれが思いながら、屋上を後にした。

─────────────────────

杏子『……マミ』

教室に戻る為に屋上からの階段を降りている途中、最後尾に居る杏子が、隣を歩くマミへとテレパシーを使う。

マミ『……上条くん、私たちと同じ事を言ってたわね』

ずっとほむらへ注意を払っていたマミと杏子は、先ほどの会話を聞いていたのだ。

杏子『ああ……』

ここからわずかな間、沈黙した二人はなにを考えていたのか。

杏子『……なんだかんだでさ、ほむらのヤツも楽しそうっていうか、嬉しそうだったな』

マミ『ええ、そうね』

『痛みすらも愛おしい』段階まで行ったほむらとはいえ、
自身を……自身の行動の結果を肯定されるというのは、やはり良い意味で思うところがあるのだろう。

たとえ彼女がそれを必要としていなくとも、
不意に与えられたそれを、無理に否定して捨てる必要もまた無いのだから。

杏子『そういやあ途中だった話だけど、もし本当に保健室での『鳥型』がほむらを守ろうとしたんだったら……
きっと、あいつは助けを求めてると思うんだよな』

あの時のほむらは気を失っていたのでおそらく無意識なのだろうが、
ほむらの使い魔に関しては、クララドールズを除けば基本的に悪魔である今の彼女の命令以外では動かないはず。

また、『鳥型』自身が彼女を助けようと思っていたとしても、使い魔は多かれ少なかれ主人の要素・意思が反映されている存在だ。

だからこそ、そう考えるのが自然だろう。

マミ『たとえ暁美さんが『闇』そのものに気付いていなくても、
もしもこの先に起こる事を本能だけででもわかっているのだとしたら。
そして、暁美さんがその運命から助けを求めているのだとしたら……』

杏子『なんつーか、やる気が出る
よな』

彼女たちに他人の心を読む力など無いが、そうだったら二人は──嬉しい。

ここまでは自分と仲間たちが生きる為に世界を救おうと、そして『円環の理』の力になろうと頑張ってきた。

そこでの、杏子、マミ、なぎさ、『円環の理』だって気持ちは一致している。

円環のカケラを今も宿すさやかだって、まだ事情を知らないだけで必ず彼女たちと同じ思いだろう。

だから、記憶を取り戻せば一人きりででもほむらに立ち向かっていっていたのだから。

だが、当然ながらここにほむらの意思は無かった。

杏子たちは、ほむらはまどかを──
まどかの居るこの世界(次元)は絶対に失いたくないはずだと考えているし、その考えにはみんな自信がある。

だが、あくまで杏子たち側からしたら間違いない『だろう』という読みでしかない。

内心『ただの押し付けなんじゃないか』という思いは、二人には少しだけ、心の奥底にあった。

ここに、ほむらが救いを求めているという事実があるのなら……やはりより気力が湧く。

杏子『ま、当然まだあいつに直接聞いた訳じゃないからアレだけどね』

マミ『ふふっ、そうね。
そうだけど、そんな風に思える材料が出てきただけでも嬉しいわ』

杏子『……それにさ』

マミ『?』

杏子『今までは世界っつーか、自分たちやほむらの為だけって感じだったが……
今が幸せなヤツが他にも居るってなら、そいつの幸せも守りたいって思ってね』

マミ『佐倉さん……
ええ、そうね! 私もだわっ!』

これまでは、杏子もマミも、なぎさも──

こんな状況で、魔法少女でもなんでもなく、
今回の件に関係も無い普通の人たちまでを考える余裕も器も無かった。

当たり前だ。いくら腕が立ち神の知識を得ていても、彼女たちはまだ少女なのだから。

しかし先ほど恭介の思いを聞き、触れ、その考えに至ったのだった。

成長、だ。

──数時間後の放課後には、約束通り彼女たちの前にキュゥべえが現れるだろう。

『闇』の氾濫も明日に迫っている。

本当の終わりへ向けて舞台は整いつつあり、その時は近い。

杏子『けど……へへっ、我ながらくさいね』

マミ『そんな事無いわ。
知っての通り私もだけど、あなただって元々はそういう風に頑張る魔法少女になりたかったはずよ?』

杏子『あ~……そっか。
今のマミ、あたしの事もかなり深いところまで知ってるんだよな。
ちょっとやりにくいね』

マミ『ふふっ、あなただって『私』を知っているんだから、お互い様よ』

杏子『へへっ、そうだね』

『円環の理』は、どこか別の次元で激しい絶望の末に果てかけ、
しかし大いなる力にて救われた『杏子』や『マミ』の記憶も内包している。

だから、その『想い』を受けとったこの世界の杏子とマミも同じ記憶を持っているのだ。

杏子『大体、今のあたしたちに細かい事はもう無意味か』

マミ『そうよ』

無限に近い時間軸の記憶を共有する今の二人は、もはやただの仲間ではない。

これはまどかとさやか、なぎさの三人もそうだし、
あのような経歴で『悪魔』となったほむらもまた、同じはずなのだが……

ほむら(──大丈夫。これなら放課後まで持つ)

──あんな『確信』など、ただの勘違い。
この世界は、永遠なのだから。
そう、絶対に。絶対に……──

ほむら(……なんにしても、一度本格的にゆっくりと休んだ方がよさそうね)


トッ。


先頭を行くまどかとほむらの足が、廊下へと置かれた。

その時。


グアッ!!!!!


強烈な『闇』の風が吹き荒れた。

杏子「なにっ!?」

マミ「!?」

さやか「えっ!?」

すざまじい烈風に、杏子、マミ、さやかの三人は反射的に腰を落として踏ん張るが、

まどか「ひゃあっ!?」

恭介「うわっ!?」

仁美「きゃっ!?」


ドガッ!


まどか、恭介、仁美の三人はなす術もなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失う。

マミ「みんなっ!」

杏子「ぐっ!」

飛ばされないよう踏ん張りつつまどかたちへと声を上げるマミに、前方を見ながら唇を噛みしめる杏子。

杏子の視線の先には、自分たちと同じく烈風で動けないでいるさやかと……

ほむら「っ、っっ、ッあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

自分で自分の体を抱くような体勢で、体全体から漆黒の『闇』をほとばしらせながら絶叫するほむらが居た。

マミ「暁美さんっ!」

杏子(バカな!? これは、この現象は……!)

『闇』の、氾濫。

マミ(なぜ!?)

やがて烈風は止み……

ほむら「…………」

黒く露出度の高いドレスやニーソックスを身につけ、禍々しい翼を生やしたほむらが立っていた。

杏子「……あれが、悪魔・暁美ほむらか……」

マミ「…………」

ほむらに宇宙を改変される瞬間、『円環の理』はほむらのこの姿を視ている。

だから知識としては持っていたが、杏子とマミがこのほむらの姿を実際に目にするのは初めてだ。

二人は背筋に冷たいものが走るのを感じつつ、前を向いたまま階段を何段か上がって間合いを取り、


シュンッ!


魔法少女へと変身して、杏子は槍、マミはマスケット銃というそれぞれの得物を手に構える。

ほむら「…………」

杏子「ぐっ!」

凄まじい殺気だ。

ほむらは無表情だが、それが逆に恐ろしさを増していた。

杏子「さやか! お前も早くこっちへ──」

さやか「──待って」

自分たちとほむらの間に居るさやかへとかけられる杏子の声だったが、
さやかはほむらから視線を外さずにそれを遮った。

さやか「……ねえ、ほむら」

ほむら「…………」

悲しげな声で名前を呼ぶさやかに、しかしほむらは答えずただ彼女を見つめるだけ。

さやか「──そう。
よかった。まだ間に合うんだね」

つぶやくさやかの表情は、背を向けられている杏子とマミには見えない。


シュインッ!


さやかも魔法少女に変身すると、

さやか「おあぁぁぁぁッ!!!」


ゴゴゴゴゴッ!!!


魔力を高め始めた!

さやか「待ってなほむら! 今助けてやるからさっ!」

杏子・マミ『!』

──円環の魔法少女・美樹さやか、覚醒。

さやかの叫びに、杏子とマミも魔力を高めて臨戦体制に入った。

杏子(……そうだ! あれこれ考えるのは後だっ!
あたしたちの目的は……)

ほむら「ふふっ」

無表情で抑揚も無く、『ほむら』が嗤った。


ド ン ッ ! ! !


杏子・マミ・さやか『!?』

それと同時に学校が──いや、宇宙全体が大きく揺れた。

杏子「……なにっ!?」

まばたきをしたほんの一瞬で。

マミ「えっ!?」

周囲の様子が『変わって』いた。

場所自体は同じなのだが、廊下に倒れている仁美や恭介などの人や物、
存在するありとあらゆるものが濃い紫のような色になり、静止している。

さやか「!?」

さやかが驚いた様子で振り向き、杏子とマミを見た。

マミ「な、なんなの? これは……」

杏子「『結界』……か?」

結界とは、魔女が現れる時に魔女が作る空間。

マミ「でも、それにしてはどこか空気が──
ううん、そんなものとはまるでオーラが違う……!」

さやか「──話は後っ!
二人とも、動けるなら手を貸して!」


バッ!


言うや否やさやかが愛剣を振りかざして、未だに無表情で嗤い続けているほむらに飛びかかる!

いや、あるいはその嗤い声は、『闇』のものなのかもしれない。

杏子「──おう!」

マミ「わかったわ!」

さやかの声に、一瞬で切り替える杏子とマミ。

さやか「はぁぁぁぁぁぁッ!!!」

ほむら「は は は は は は は は は は は は は は は は は は」


バシィッ!!!


さやか「!?」

さやかの剣での一撃は、ほむらを包む『闇』の濃い紫色をした防御壁を破れず、弾かれた。


ガィンッ!


猛スピードで降下してきた、マミの放った弾丸も同じ。

これは、ここが戦闘を行うには狭い場所の上に前方にさやかが居るという事で、
誤射を防ぐ為に天井に向かいマスケット銃を発射し、
弾丸が天井にぶつかる前に軌道を変えてほむらへと攻撃したものだった。

杏子「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

間髪いれずにさやかの脇から現れた杏子が、槍を一閃!

だが、これも先の二つの攻撃と同様の運命をたどった。

杏子「チッ!」

思わず舌打ちをする杏子。

杏子(こんなんじゃダメだ! もっと威力を重視しねーとっ!)


カッッッ!!!!!


杏子・マミ・さやか『!!!』

唐突に、ほむらの『闇』が激しく発光した!

それは目くらましとなり、杏子たち三人は思わず顔を大きく逸らす。

さやか「──でもっ!」

杏子「ムダだッ!」

ほむらに接近していたさやかと杏子は、目を閉じつつもほむらが居た場所へと斬り上げ・突きを放つ。

さやか・杏子『!?』

しかし、目が見えなくとも感触でわかる。二人の攻撃は空を切った。

マミ「そこっ!!!」


ドウンッ!


続けて、杏子たちよりはほむらと距離があった為に、逆に冷静に気配を追えたのだろうマミが銃を放つ。

その弾丸が向かう先は、バックステップで剣と槍の攻撃をかわしたほむら。


バシィッ!


初弾よりは威力のあるマミのそれは見事『闇』の防御壁を貫いたが、さすがに単発ではダメージは無い。

だが、

ほむら「──ぐアッ!」

急にほむらが頭を抱えて苦しみだした。

マミ・杏子・さやか『!!?』

ほむら「あっ、うぁぁぁァぁぁぁ っ、あぁぁぁぁっっ! ぁァァぁぁぁぁぁぁぁァァァァァぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」

声を上げ、髪を振り乱しながらよろめくほむらは、廊下に居るまどかに視線をやりつつ……


スッ……


自身を纏う『闇』と同化し、消えた。

さやか「ぐっ!」

杏子「逃げられた!?」

ほむらの気配が無くなった事を悟り、さやかたちの顔に焦りが浮かぶ。

マミ「くっ……!」

しかし、無理に追いかけようとはしない。

ほむらがどこに行ったか予想がついている杏子たちだが、まずは体勢を立て直すのが先だ。

ようやく視力が完全に戻った三人は、仁美と恭介の様子を調べる。

どうやら命に別状も怪我も無いようだが……

突然吹き飛ばされた為だろう。二人はやや無理な体勢で倒れていた。

マミ「……動かせないわね」

せめてその体勢だけは直してあげようとした彼女たちだったが、
しかし、仁美も恭介もまるで床に張り付いたかのように動かせなかった。

さやか「……ここはもう、ほむらの──ううん、『闇』の世界だからね。
今やこの宇宙の全部が『闇』に覆われてしまってるから……」

これは予想外の展開だった。

『闇』自体の大半はもう独立してしまっており、
ここまで来た上にほむら(『闇』)を逃がしてしまったのなら、本当はすべてが手遅れになっていたはずだった。

あとは誰の抵抗も受けずにほむらを呑み込み、
彼女という狭い器から完全に解放された『闇』が氾濫・暴走して宇宙を滅ぼすだけなのだから。

なのにまだ猶予があるというのは、ほむらが最大級の執念を持って、
ギリギリのところで自身が喰われるのを食い止めているからだろう。

この楽園の終焉は絶対に許さないと。許したくないと。

その為に『闇』の一部は未だほむらの中にあり、
すべてを滅ぼすには力が足りず、まだ宇宙は静止するに留まっているのだ。

そんなほむらが『闇』に完全に敗北した瞬間が彼女の救いなき滅びの時であり、
その時に杏子たちがなにも出来なければ、今度こそ宇宙の消滅も確定する。

さやか「……ところで。
マミさんと杏子も、色々知ってる感じだし──」

と、さやかが杏子たちの方を向いた。

さやか「事情ってのを説明して貰えるよね?」

マミ「ええ、もちろんよ」

杏子「おう」

さやかに視線を向けられた三人は頷く。

三人。

つまり、マミ、杏子……

そして。

まどか「うんっ」

淡く輝く光を身に纏い、いつの間にか立ち上がっていた鹿目まどか。

─────────────────────

まどかは先ほどの宇宙が静止した瞬間に、円環の力の極々一部を取り戻していた。

この期に及べばもはやほむらに気付かれるもなにも無いので、あの概念は完全に覚醒しようと動いたのだ。

ギリギリで持ちこたえているとはいえ、もはやほむらには自身が使える『闇』の力はほとんど残されてはいない。

いくら彼女が強烈な意思で『円環の理』を否定・拒絶しようが、
これまでのようにそれをこの次元の『摂理』にするなど今は不可能である。

そう。『闇』の大半がほむらから独立して次元全体に広がるまでの、まばたきよりも短い期間……

この宇宙には、大きな力の影響はすべて消えていた。

だからこそその空白期間をついてあのタイミングでさやかが覚醒出来たのであるし、
『円環の理』も同じ時に人としてのまどかと一体化しようと動き、
彼女との接触に成功したつい先ほど、完全体となって復活出来るはずだった。

しかし……それは叶わなかった。

『闇』に阻止されたのだ。

信じられない事に今の『闇』には、ほむらの意思無くしては存在し得ない『摂理』が消えても、
それと同じ円環を排除する特製が備わっていたのだ。

ただ最後に呑まれ・喰われ尽くされるだけだったはずのほむら。

しかし、彼女の『円環の理』への激しい負の感情が、その一部分だけとはいえ『闇』すらも汚染していたのである。

恐るべきは、あの概念に対するほむらの憎しみ……

人としての命を持つまどかと完璧に一体化出来た『円環の理』は、
概念だけでは無くなっていた為になんとか大丈夫だった。

だが、『闇』に邪魔をされて一体化が間に合わなかった残りの概念だけの『円環の理』は、
ほむらの体を中心に、ゼロから宇宙全体に広がっていった『闇』に押しやられる形でこの宇宙から追い出され、
今も変わらずに幾多の次元に在るのだろう。

魔法少女たちを救済しながら。この次元に思いをはせながら。

この宇宙は、まどかやさやかの中にあるものを除けば、再び『円環の理』が入り込めない空間となっていたのである。

また、一部だけながら円環がここに存在『し続けて』いられるのは、
ほむらがあんな状態になっているからだ。

例の『摂理』は強力ではあるが完璧ではなく、
一度それを突破して中に入って来たあの概念を弾く力までは無かった。

だからこそ、さやかやまどかの持つ円環のカケラは消えず、目覚められる余地がずっと残っていたのである。

そしてほむらは、まどかたちが円環に目覚めた・目覚めかけた時、
たとえば相手に抱きつくなどのアクションを取って『摂理』の力をその対象に集中させないといけなかった。

そうしてその場での『摂理』を強化しないと目覚めたさやかの記憶や力を奪う事は出来なかったし、
かつての学校の渡り廊下でのまどかも覚醒していた。

つまり同じ特性を持っているとしても、ほむらと違って意思の無い『闇』には、
自身の内部に現れた円環を排除する為に力を集中させる事は出来ないのだ。

やはり『闇』単体にも、内部に侵入して来た円環を弾く力は無いからだ。

それ故に『闇』の内部であるこの場に降臨さえ出来れば、
その『円環の理』はもはやこの次元から排除される事は無い。

また、静止程度の『闇』の支配は無効化出来る能力を持つまどかやさやかはともかく、
世界がこうなれば、あくまでただの魔法少女でしかない杏子とマミも他の人々や物と同じ運命をたどるはずだった。

なら、なぜ二人は無事に動けているか?

『円環の理』が守ったからだ。

己が使命を果たす為に必要な仲間である杏子とマミを。

そして、この場には居ないなぎさも。

彼女たちの体には、『闇』の静止を無効化する目には見えない薄い光の膜が張ってある。

他の効果こそないが、これは今の杏子たちにとって最高の守護であった。

─────────────────────

さやか「なるほどね。
三人とも……いや、なぎさを入れたら四人か。
あんたら、このさやかちゃんを『ハブかちゃん』にして頑張ってくれちゃってたんだ」


ヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!!!


変わらぬ学校の廊下で、まどかと共に虚空へと両手をかざしながらさやかが笑う。

まどか「ごめんね、さやかちゃん」

マミ「ごめんなさい……
悪意があって美樹さんを放っていた訳ではないのだけど……」

杏子「……すまねー」

さやか「いや、そういった事情なら仕方ないよ。
あたしに気を使って、全部パーにしちゃったら元も子もないもん」


ヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!!!


その知識にてほむらが逃げ込んだ場所を特定していたまどかとさやかは、空間を切り裂いて作ろうとしている。

ほむらの居る異空間へ続く道を。

こればかりは、次元すら越える円環の力を持つまどかとさやかにしか出来ない。

この最中に二人は意識を共有し、
さやかにとって空白になっている間の『円環の理』の記憶を彼女に移したのだった。

杏子「けど、このタイミングで『まどか』が復活したのは不幸中の幸いってヤツだろうな」

たとえ完全体ではないとしても、彼女たちには強力すぎるほどの援軍である。

さやか「まあ……
本当は、まどかにお出まし願う前にあたしがなんとかしたかったんだけどね……」

これまでにさやかが記憶を取り戻した時、人としてのまどかに接触していれば、
お互いの中に在る円環のカケラが共鳴してまどかも目覚めていただろう。

しかし、さやかが一度もそれをしようとせずにほむらの元へと向かい続けていたのは、
今回の件にまどかを関わらせたくなかったから。

『闇』を滅ぼすには、どうあってもほむらと戦うか、無抵抗であっても彼女に攻撃を仕掛けるしかない。

さやかには、まどかにはそれは辛すぎるだろうし、
しかし真の自分を取り戻せば彼女はその辛さから逃げず、
自らの役割を果たす為に参戦するだろうとわかりきっていたのだ。

もちろん、まどかの助け無しでもなんとか出来る勝算があったからこそさやかはそうしていたのだが。

まず考えられないと言えども、諦めずに語りかけ続ければ、
ほむらが『闇』を滅ぼす事を了承・協力してくれるかもしれないというわずかな期待が無かった訳ではないし、
やはりそれがありえなくても、ほむらは『徐々に』力を無くしていっていた。

ならば一気に宇宙が滅びる事態にはならず、終末の前にさやかはまた記憶を取り戻せるだろうし……

いつか必ず、いつものような記憶や力を奪うという形で彼女を撃退する事は出来なくなるはずだった。

それは例の『摂理』の力だったのだから、ほむらの能力が衰えれば当然である。

そこまで行くと、さやかは直接対決にて『闇』を滅ぼし、宇宙とほむらを救うつもりだったのだ。

本来の記憶と能力を取り戻したさやかであれば、例の『摂理』さえ無ければ実力的に単身でそれは可能だったから。

ただ、最後にはどうしても『円環の理』本体にほむらを導いて貰う必要がある為、
本当にさやか一人の力では事態を完全に解決する事は不可能ではあった。

それでもまどかの気持ちを思えば、なるべく彼女の手は借りない。
まして、まどかにほむらを攻撃させるなんてもっての外──

さやかはそんな風に考えていたのだ。

まあ、その目論見は様々な要因で崩れ去った訳だが……

さやか(……でも、まどかもだけど、あたしもこうやって戻ってこれてよかったよ)

実はさやかはこの次元で過ごすうち、
ほむらが悪魔だという事以外の円環関係を完全に忘れ去りそうになっていた時期もあった。

さすがにまどかに比べれば能力が劣る彼女は、
人として生きるうちにそちら側の純度が劣化し、円環のカケラが完全に眠りかけた(失う、ではない)のだ。

だが、さやかの強い意思力に加えてほむらの能力が衰えていった関係で、なんとかそれは免れた。

ほむら再編世界の初期はまだかなり覚えていて、中期に一番忘れかけ、
末期に近付くにつれてまた鮮明に思い出していったのである。

もしさやかの円環のカケラが眠りきってしまっていたら、ここで覚醒は出来ていなかった可能性もあった。

……まだ、ほむらの居る異空間への道は出来ない。

さやか「くそっ。あたしがもっと万能だったら……
そこまでいかなくても、せめて百パー円環の力が使えればっ……!」

杏子「さやか……」

まどか「……神さまって言っても、本当の意味では万能じゃないんだよね」

杏子「……!!!」

さやか「あっ……ごめんまどか、あんたを責めるつもりじゃなかったんだ」

まどか「ううん、大丈夫。わかってるよ」

たとえば、神と言えども手が出せないものにはとことん手が出せない。

歯が立たないとかではなく、手自体が出せない。

まどか「わたしにとっては、魔法少女を救済する事だけが出来る事だから……」

それ以外は、なにも出来ない。

さやか「……つっても逆に言えば、その救済に繋がりさえするんなら時間も次元も飛び越えられるし、
こうやって参戦も可能な訳で……
神って呼ばれる存在の中ではかなり自由がきく方ではあるんだけどね。
超々々高位の神様ならまた話も変わってくるのかもだけどさ」

杏子「…………」

さやか「だから、魔法少女でもなんでもない、
ほむらから独立した『闇』には本来あたしたちは手出し出来ないんだよな~」

なのにこうして介入出来ているのは、救済対象であるほむらがまだ健在だからだ。

先に述べた、『円環』がこの場に存在出来る理由がここにもう一つあった。

まどか「わたしにもっと力があったら、『闇』の氾濫の時期を見誤る事もなかったんだけどね……」

さやか「あはは……これはちょっとやっちゃったね」

マミ「そうだ、それってどうしてなの?
本当なら、こんな風になるのは明日だったはずよね?」

まどか「純粋に、わたしの読み間違いです」

杏子「…………」

まどか「ほむらちゃんの状態を考えたら明日だとばかり思ってたんですが……
ごめんなさい」

マミ「そうだったの……
ううん、気にしないで。
どっちにしても、こうやって『闇』に立ち向かう為に動けているのは鹿目さんが居てくれるからこそだもの」

まどか「マミさん……
ありがとう」

さやか「神様だって失敗はあるんだよね。
わかりやすい例だと……
ほむらを導き損ねた、あいつの『叛逆』事件」

まどか「どんな事も、全部一人で完璧に出来たらよかったんだけど……」

さやか「なに言ってんだ。
自分の手に余りそうだったら、いくらでも助けを求めれば良いのさ」

マミ「うん。人の身である私じゃあ、こんな時でもない限りなにも出来ないでしょうけど……
必要とあればいつでも声をかけて欲しいわ。
だって私たち、『仲間』じゃないの」

まどか「さやかちゃん、マミさん……」

マミ「佐倉さんだってそうよ。
──ね?」

杏子「もちろんだ」

杏子は力強く頷く。

まどか「杏子ちゃん……」

神も魔法少女も関係ない。

大切な大切な仲間たちの言葉に、まどかは涙ぐみながらほほえんだ。

杏子(……まどか)

マミ「……それにしても悲しいわね。
なにが『悪魔』よ。あの子……」

杏子「神様、か……」


ヴァッ!!! ヴァヴァヴァヴァヴァッッッ!!!!!


まどか「……!」

ついに、空間が歪んだ。

さやか「──よしっ、来た!」


ヴゥ……ン。


二人が手をかざしていた場所の空間がねじれ、歪み、昏き道が出現した。

杏子「やった!」

マミ「これが……!」

歓喜に沸く四人。

知識を共有している・出来る全員がわざわざ会話をしたりしていたのは、
この時まで行動の取りようがなかった激しい焦りを誤魔化す為であった。

さやか「ふう……思ったより時間かかっちゃったぜ!」

杏子「なぎさは……間に合わなかったか」

彼女たちと同じく自由に行動出来ているはずのなぎさも、
こんな状況になった事できっと慌てて杏子とマミの居る見滝原中に向かっているはずだ。

なぎさには他に動きようがないのだから。

異空間への道が出来るまでにたどり着ければと思っていたが、無理だったようだ。

さやか「待ちたいところだけど、そんな時間は無いからね……」

杏子「ああ、仕方ねー。
こうなったら、さっさと全部を終わらせてからなぎさのヤツを出迎えてやろう」

マミ「そうね」

まどか「うん」

全員、この戦いになぎさの力が必要な事はわかっている。
だから、彼女も杏子・マミと同じく『円環の理』に選ばれたのだから。

それでも、居ない人間の力をアテにしても仕方ないのだ。

杏子(まあ、なぎさが居ないなら居ないでやってみるさ)

さやか「よし、さあ行こ……!?」

大きく息を吐き、浮かんだ額の汗を手で拭いながら、
早速その道へと足を踏み入れかけたさやかだったが……


フラッ──

ドサッ!


大きくよろめき、彼女はその場に倒れた。

まどか・マミ『!!』

杏子「さやか!?」

三人は慌ててさやかを抱き起こす。

さやか「はぁ、はぁ……」

疲労だ。

まどか「…………」

この道を作る為に、さやかとまどかはかなり消耗していた。

まどかがさやかほどの疲れを見せていないのは、自力の差だろう。

まどか「……やっぱり……調子が出ないよね」

さやか「ご、ごめん、時間が無いってのに……」

フラつきながらも、さやかは立ち上がった。

さやか「ああもうっ! マジで歯がゆいっ! あたしは完璧に目覚めてんのにッ!!」

完全体ではないまどかもだが、覚醒しきっているはずのさやかもまた、持つ力のすべては振るえないようだった。

『闇』は、力を集中して円環を排除する事は出来なくても、
彼女たちの本領を発揮させなくする事は出来るらしい。

今のまどかとさやかは、重りをつけられた状態であると例えればわかりやすいか。

ここばかりはほむらの『摂理』より優れている面であり、
これこそがほむらという小さな器から抜け出した(まだそのすべてを発揮してはいないとはいえ)、
『闇』の力なのであろう。

さやか「使えるパワーはどれくらいだ?
──ったく! あたしはともかく、まどかはただでさえ不完全も不完全だってのに、さらにハンデ持たされるのかよっ!」

まどか「あははっ。
でも大丈夫。わたしは負けないよ」

「だって、さやかちゃんたちが居てくれるし……」と言いながら、まどかは三人の顔を見回す。

まどか「わたしは、ほむらちゃんを助ける為にここに居るんだもん!」

だからいくらハンデがあろうと負けない。失敗などありえない。

負けるような事があってはならない。

失敗する訳が、ない。

今度こそ。

さやか「まどか……」

迷い無き彼女の凛とした姿に、さやかは目を奪われていた。

さやか(そっか……
あたしが、なるべく一人で解決してやるとかって気遣いは余計だったわ)

まどかにも、ほむらを攻撃しなければならない辛さはある。

だが、彼女を救う為にはそのような辛さになど負けない・迷いすら見せない強さもまた、まどかにはあった。

概念となった最初ならば、あるいは一瞬の迷い程度は見せていたのかもしれないが……

まどかも成長していたのだ。概念となって精一杯役割を果たし続けてくる間に。

さやか(あんたは本物だから。本物の『慈愛』だから、あんな心配いらなかったね。
……ふふっ。導かれてからは、誰よりもあんたに近かったあたしがそんな事を忘れてたなんてさ。
これもあの『摂理』の影響だったのかな?)

そっと、さやかは苦笑した。

さやか「……よし。ゴメンねみんな。
もう大丈夫だから、改めて行こうっ!」

まどか「うんっ!」

杏子「おう!」

マミ「そうね!」

さやかの声にまどかたちは力強く頷くと、全員で歪んだ昏き道に足を踏み入れた。

杏子・マミ『…………』

まどか「──この先は異空間だけど、この次元であるのは変わらないから安心してね」

杏子とマミのわずかな不安を察知したまどかが、そっと言葉を口にして安心させる。

杏子「おう!」

マミ「ええ、ありがとう鹿目さん」

そして。

この宇宙に残されたわずかな『希望』たちは、漆黒の中へと前進していった。

今回はここまでなのです。

やるですっ。
投下を。

─────────────────────

ほむら「う……ぐっ……」

なにも無い、上下左右すべてにただただ闇色が広がる空間で、悪魔・暁美ほむらが両膝をついて頭を抱えていた。

キュゥべえ「…………」

その傍にはキュゥべえ。

彼は杏子と出会った個体ではないし、静止はしていない。

『闇』の支配からインキュベーターを逃れさせるのは、今のほむらに残された数少ない出来る事の一つなのだ。

その数少ない一つが、ほむらが心底憎んでいるインキュベーターに対する支配力というのはなんとも皮肉な話だが、
これは彼がある意味誰よりもほむらと因縁深い存在だからというのもあるのだろう。

ただし、その支配力が及ぶのは、この異空間も含めて地球上に居るインキュベーターだけのようだが……

……ほむらはなぜ、この状況で力を使ってまで彼に自由を与えているのか。

理由は簡単。

止まっている彼を虐殺しても彼女にはなんの気晴らしにもならないから。

わざわざこの異空間に来てでもその気晴らしをしないと、
制御を失いかけている自分の力が、自分の大切な楽園に向かってしまうのを止められないから。

それが気休め以下の行動だとしても。

ほむら「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」


ぐしゃっ!


ほむらが右腕を大きく振ると、それに呑まれたキュゥべえは声一つ上げる暇もなくただの肉塊へと成り果てた。

ほむら「き……なさいっ、インキュベーターッ!
早くッ!!!」

苦しげなほむらの絶叫に、新しい個体のインキュベーターが現れた。

ほむら「うぁ──────ッッッ!!!!!」

その姿を見たと同時に、ほむらはまたインキュベーターを『殺す』。

ほむら「ああああああああああああ!!!!!」

次に現れたインキュベーターも、また同じ。

彼らも、なんの抵抗もしなかった訳ではない。

動きをよく見たら、ほむらの攻撃を避けようとはしているようだ。

だが、彼らの能力ではまともな反応も出来ずにただ虐殺され続けていくのみ。

ほむら「ぐうぅぅぅ……!」

ほむらは足掻いていた。もがいていた。戦っていた。

自身の中で暴れる巨大な『闇』と。

だが、彼女が敗北する時は近い。

その時が……『終わり』。

ほむら(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)

インキュベーターに八つ当たりをしながら、ほむらはもがき続ける。

理不尽に。みっともなく。無様に。

……必死に。

ほむら(どうしてこんな……こんな……っ)

つい先程まで、まどかたちと楽しく昼食を取っていたはずだった。

体調は優れないままだったが、気分はよくなって午後の授業に向かっていたはずだった。

……ほむらにも、もうわかっていた。

ほむら(私が『あの子』から奪った力は、どんどん失われていっていたのね……)

数日前から使い魔のコントロールが出来なかったのは、
やはり疲れなどではなくすでにその程度の力すら失っていたから。

そして、先ほど突然使い魔たちの姿が一斉に消えたのは、使い魔を作り・維持する力も無くなったから。

唯一の例外は、使い魔の中でもより特別な位置に居るクララドールズだが……

ほむら(やっぱり、『確信』は正しかった……!)

ほむらの中で、なにもかもを滅ぼさんと暴れる邪悪なるもの。

『確信』とは、その恐ろしい存在がすべてを喰らい尽くす結末を感じとったものだったのだ。

物理的な存在というより力・現象に近い使い魔たち……その中でも特に能力のあるクララドールズは、
ほむらや使い魔の中では、誰よりも早く『闇』に気付いたようだ。

『闇』とは純粋なる黒い力であり、現象でもあるのだから。

だが、これまではまどかばかりを見、考え、
自身の『確信』の詳細を探るよりも、まどかと別れる時を恐れる事に意識を向けすぎたほむら。

その恐れも時間が経つにつれてどんどん大きくなっていった彼女は、
使い魔たちの『コトバ』を聴くどころか耳を傾けようとすらせず、
先に配下たちが察知していた真実に気付くのにここまで時間がかかってしまった。

……ほむらの抵抗は、きっと長くは持つまい。

その時こそ、彼女が長らく感じていた『予感』が、『確信』が現実になる。

ほむら(嫌だ……!)

ここ最近邪悪なるものが大きく動き始めてからしばらくは、
ほむらが気付かなくともクララドールズが必死で食い止めてくれていたようだ。

あの着せ替え少女人形たちの働きがなければ、このような状況に陥るのはもう数日早かった事だろう。

だが、それも終わった。

ほむらの意識では、彼女たちだけはまだ在る。

クララドールズが誰よりもほむらに近い存在で、ほむらがかろうじてながらもまだ無事だからだろうか。
他の使い魔のように消滅してはいないようだ。

だがほむらは、クララドールズたちのその誰もが、
自身の中で暴れるものに染まりきってしまったと感じる。わかる。

黒く、『負』そのもので、邪悪なそれに──

もうどれだけ命令しても、望んでも、助けてくれる使い魔は居ない。

ほむら「あああっ、うああああああああああああああああ!!!!!!!!」

キュゥべえ「……これまでか」

何体目の『キュゥべえ』が殺されてからだろうか? 彼らの中のとある個体が眈々とつぶやくと、


ザッ。


これまでは一体ずつしか現れなかったインキュベーターが、周囲の暗黒の中から何体も姿を見せた。

合計はおよそ百体ほど。

これが、現在この地球に残ったインキュベーターのすべて。

──いや、あと一体存在する。この場には居ない、杏子と出会った個体が。

ほむら「インキュ……ベーター?」

闇色の地面に両手両膝をついて息を荒げながら、彼らを見るほむら。

キュゥべえ「これ以上の時間稼ぎは無駄だと悟った。
一か八か、『インキュベーター』は君に叛逆をする!」


バッ!


ほむら「ふ……ふふふふふふふ!!!
奴隷が……」

言うや否や飛びかかってくるインキュベーターたちに、ほむらは乱れた髪と血走った瞳を向けると……

ほむら「それこそ無駄よ! 無駄だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

全身から強烈な闇の波動を放ちながら、立ち上がる。

ほむら(無駄? 無駄だったの?
私のやってきた事は……無駄……)

彼女の攻撃に、キュゥべえは一体、また一体と倒れていく。

今のほむらには、こうして自分が振るっている力がなんなのかわからなかった。

ほむらは空中に浮き、そんな自分を追いかけて跳んできたキュゥべえの一体を、『闇』が纏わりつく手刀で引き裂く。

ほむら(これは私の力? それとも奪ってしまったまどかのもの?
それとも……)


杏子「あんたの中に居やがるクソ野郎のもんだッッッ!!!!!」


突如として響き渡った杏子の叫び声と同時。ほむらの前に、


ズアッ!!!!!


ほむら「……!」

手には大剣を持ち、上半身を西洋の鎧で固め、下半身はまるで人魚のような姿形をしている巨大な騎士が出現した!

さやかが円環の力を使って召喚した、彼女の魔女としての姿である『Oktavia』だ。


ビュッ!

ドガッ!!!


ほむら「ぐっ!」

騎士がほむらに投げつけた大剣が、彼女に直撃する!


ザンッッッ!!!!!


ほむら「がっ!」

そのまま騎士はすぐさま両の手の中に槍を生み出し、ほむらを薙ぎ払った!

この一撃の後に騎士は姿を消したが、攻撃は終わらない。

まどか・マミ『デーア・ティロ・デュエットッッ!!!!!!!!』

まどか・マミのコンビが放つ、輝く矢と大砲が合わさった、
美しくも強力無比な光の柱がほむらへ向かって伸び──


ド ン ッ ! ! ! ! ! ! ! !


ほむら「ッ!?」

彼女を貫く!

杏子「おおおおおッ!!!」

さやか「やあああッ!!!」


ザンッ!!!


続けて、接近してきた杏子・さやかの槍と剣が閃いた!

ほむら「ぐあぁぁッ!」

これら強烈な攻撃の前に、『闇』の防御壁など取るに足らない。


ドカァッ!


斬り飛ばされたほむらが、地面へと叩きつけられた。

──勝負の時は、今。

マミ(全力を持って……)

杏子(『闇』を滅ぼす!)

さやか「…………」

まどか「……ほむらちゃん」

ほむらに遅れて地面に降り立った四人が、ふらつきながらも立ち上がるほむらを見る。

ほむら「ぐ……」

もちろん、『闇』に覆われたほむら自身にはまったくダメージは無いが……

杏子「……今のでも『闇』には大して効いてないみたいだな……」

ほむら「ァっ、ウ……!」

だが、これまでとは違ってノーダメージという訳ではないようだ。

杏子とマミはもちろん、いかな『円環の理』とはいえ、
まるで本領を発揮出来ないここではさすがに『闇』と比肩し得るほどの力は無いが、勝算は十分にある。

当然だ。

元々この戦闘自体は、円環の知識を得た杏子とマミが、
自分たちの他にさやかを含めた三人で行おうとしていたのだから。

そんな杏子とマミ、ハンデを背負っているとはいえ彼女たち二人と同等の力を持つさやかや、
それでもなお最強の実力を誇るまどかの攻撃が通じない訳はない。

さやか「やってやるぜっ!
あたしはあんたを助ける為に、
どれだけ記憶を無くしてもあんたが『悪魔』である事をずっと忘れなかったんだからッ!!!」

杏子「さやか……」

さやか「引っ叩いてでもこっちに引き戻してやるよっ! ほむら!」


バッ!


さやかが叫びつつ、ほむらへと飛びかかった!

杏子「あんたたちは援護を頼むッ!」

そんなさやかに、杏子も続く。

まどかとマミの返答を待たずに。

キュゥべえ「君たち……来てくれたのか……」

わずかな間に半数以下に減らされたインキュベーターたちがまどかとマミの元へとやってきたが、
しかし二人には彼らに対応する余裕はなかった。

マミ「ごめんねキュゥべえ、話は後でっ!」

まどか「下がってて!」

二人はインキュベーターに一瞥をすると、すぐに杏子とさやかを援護する為に動く。

キュゥべえ(ああ、良いんだそれで。
こんな状況で僕なんかに構っちゃいけない)

ほむら「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!! ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


スッ……


まどか・さやか・杏子・マミ『!!!』

ほむらが絶叫すると、暗闇の中から複数の影が現れた。

イバリ、ネクラ、ウソツキ、レイケツ、ワガママ、ワルクチ、ノロマ、
ヤキモチ、ナマケ、ミエ、オクビョウ、マヌケ、ヒガミ、ガンコ……

それぞれが黒を基調とした衣装を身にまとい、共通するのは蒼白い肌に大きく赤い瞳。

誰よりもなによりも暁美ほむらに近しい存在にして、彼女の使い魔である着せ替え少女人形。偽街の子供達。

クララドールズ。

『泣き屋』の役割を持つ彼女たちのその全員が、無表情で邪悪なオーラと殺気を全身から立ち昇らせている。

まどか「…………」

まどかたちが知っているクララドールズとは、まるで雰囲気が違う。

元々は、果てしない狂気に満ちながらも、どこか悲しいひょうきんさを持った使い魔たちだったが、
今はただただすべてを滅ぼすかのような邪悪さしか感じない。

彼女たちは、『闇』の真の覚醒を阻止せんとするまどかたちを倒そうと現れたのだ。

これが、影で主人を護り続け、しかし『闇』に染まりきってしまった人形どもの悲しい末路の姿だった。

さやか「ちぃぃっ!」

彼女らが邪魔で、さやかたちはほむらの元へとたどり着けない。

杏子「上等だ! まとめて相手してやるよッ!!!」

杏子たちと人形どもの戦闘が始まった。

─────────────────────

元々この異空間は、ほむらの奴隷であるインキュベーターの個体を隔離している場所だった。

彼らは、必要になれば必要なだけここから外の世界に出されていたのだ。

絶対的な暗闇と孤独という環境と与え、『お前は私の都合のよい時にだけ使われる道具にすぎない』と思い知らせる為。

つまり、嫌がらせの為だ。

もっとも、感情の無いらしきインキュベーターにそんな事をしても特に意味は無かったのだが……

それをわかっていても行うほど、ほむらはインキュベーターという存在を憎んでいたのである。

思いつく限りの暴挙、虐待を楽しんでやるほどに。

その立場・環境を正しく理解していたインキュベーターは、ほむらに従いながら時を待った。

かつて、高台にある深夜の公園にて彼女にボロ雑巾のようにされた時、
ほむらの中に彼女には過ぎた力である『闇』が存在する事に気付いてから、ずっと。

待った。ただただ待った。『闇』の力は、近いうちにほむらでは必ず扱いきれなくなると踏んでいたから。

そして予想通り、ほむらは気付かないうちに『闇』に侵食され始め、時間とともに彼女の支配力は大きく減少。

それによって自由となった地球外のインキュベーターは行動を開始し、後に一つの個体を使って杏子と接触。

だがその後、宇宙が静止するという事態に襲われた。

杏子と接触した個体は今も地球上に居る為、
あらかじめこの星に居た個体たちと同じようにほむらの力で静止は免れたのだが……

あれ? >>370は無し、やり直しです。

その立場・環境を正しく理解していたインキュベーターは、ほむらに従いながら時を待った。

かつて、高台にある月夜の公園にて彼女にボロ雑巾のようにされた時、
ほむらの中に彼女には過ぎた力である『闇』が存在する事に気付いてから、ずっと。

待った。ただただ待った。『闇』の力は、近いうちにほむらでは必ず扱いきれなくなると踏んでいたから。

そして予想通り、ほむらは気付かないうちに『闇』に侵食され始め、時間とともに彼女の支配力は大きく減少。

それによって自由となった地球外のインキュベーターは行動を開始し、後に一つの個体を使って杏子と接触。

だがその後、宇宙が静止するという事態に襲われた。

杏子と接触した個体は今も地球上に居る為、
あらかじめこの星に居た個体たちと同じようにほむらの力で静止は免れたのだが……

この事態が『闇』の仕業だという確証は無く、
そうだとしても、宇宙が滅びずにこんな状態で留まっている理由もわからなかったインキュベーターだが、
それでもこの状況でこのような事が起こったのは『闇』が氾濫したからだと断定した。

大した行動も出来ずにその時を迎えてしまった、地球上に残されたインキュベーターは考えた。

──どういう訳か、まだ僕たちに猶予はあるらしい──

──けれど動いている存在が居なくなった以上、もう仲間は増やせない。
ここはすぐに杏子と合流するべきだろう──

──彼女も無事とは限らないからそれを願うしかないし、
欲をいえば、杏子が他の動ける仲間を連れていてくれればなお良いが……──

──異空間に居る個体は、こうなったらなんらかの奇跡が起こって、
現世と異空間を繋ぐ『道』が現れる事に期待するしかない──

──もし都合よくそんな奇跡が起こったら、異空間より脱出出来た個体も、
無事であると信じる杏子の元へ向かって全員で暁美ほむらに戦いを挑もう──

─────────────────────

キュゥべえ(元々僕たち自身もありえないと思っていた事だから、当然そんな『道』は最初は現れなかったが……)

追い詰められた彼は、あくまで『奇跡』に期待せざるを得なかったにすぎない。

しかしその時、インキュベーターが予想もしていなかった事が起こった。

ほむらが異空間にやって来たのだ。

自分の個体が沢山あるこの異空間に。

その理由はインキュベーターにはわからなかったが、
彼女とともにこの空間に隔離されてしまった彼は最後の作戦を立てた。

なるべく時間稼ぎをして、杏子か、他に居れば誰でも良いので救援が来るのを待つ。

キュゥべえ(……最後の作戦というにはあまりにも情けないものだし、
まあ、これもありえないと考えていたんだけどね……)

インキュベーター自身はもちろん、
いくら実力者でも、普通の魔法少女でしかない杏子やマミに異空間へ続く道を作る能力は無いので、
彼女たちが無事だったとしてもこの場にたどり着けるとは思えなかった。

それでも彼らには、『円環の理』を知る二人や、
円環のカケラを宿している上に、何度もそれが目覚めていたさやかがもし動いていればあるいは──
という期待はあった。

実際、さやかと、不完全ながら目覚めたまどか。

インキュベーターには知る由もないが、この二人の力で異空間への道は開けたのだ。

キュゥべえ(もし杏子と合流が叶わないようなら、
一か八か、この場にいる個体の全力を持って暁美ほむらを倒すつもりだった)

だが、自分たちとほむらの実力差を考えると、そんな事は不可能だと彼らは悟っていた。

たとえ、静止している地球外の個体たちがすべて集結出来ていたとしても、だ。

ハッキリ言って作戦とも呼べない稚拙な理想でしかなかったが、インキュベーターにはこれが精一杯だったのだ。

それでも、たとえ絶望しか見えなくても、インキュベーターにはなにもしない・諦めるという選択肢は無かった。

すべては宇宙の存続の為。

……けれど、奇跡は起こった。

来た。来てくれたのだ。

キュゥべえ(佐倉杏子、巴マミ、美樹さやか……
まさか鹿目まどか、君まで……!)


ドサッ!


彼らの近くに、また一体の使い魔が倒れ伏した。

キュゥべえ「……凄い」

魔法少女とクララドールズの戦闘が始まってまだ間も無いが、あっという間に使い魔たちは数を減らされていた。

最初は十四体いた人形どもは、すでに残り六体。

この使い魔たちは、一体一体が魔法少女一人分にも劣らない力を持つ紛れもない強敵なのだが……

歴代の魔法少女の中でもトップレベルの実力を持つだろうマミ、そんな彼女に比肩しうる実力者の杏子、
全力こそ振るえないが、内に秘めた円環のカケラが覚醒したさやか、
本領発揮には程遠いにしても、『円環の理』の本体でありこの中でも圧倒的な能力を誇るまどか。

そんな四人の力に合わせて彼女たちの士気の高さもあり、
強者である使い魔たちもこのチームの前にはずっと劣勢だった。

だが、

まどか「はぁ、はぁ……!」

マミ「はぁ、はぁ……ふぅ……っ!」

一体一でも決して油断は出来ない相手の上に、さすがに数が多い。

初めから全力で飛ばしていた四人に、さすがに疲れが見える。

杏子「ぐっ……」

さやか「だ、大丈夫? 杏子……」

それに、もちろん無傷という訳でもない。

その中には、魔法少女でなければ致命傷になっていただろうものもある。

これで彼女たちが死んだりはしないが、やはり怪我の規模が大きければ大きいほど、
それを治したり痛みを誤魔化す為に魔力を沢山消費してしまう。


スタッ!


いったん間を取ろうと、杏子らは使い魔たちから距離を取って集まった。


バッ!


だが、使い魔たちはすぐに彼女たちを追いかけてくる!

杏子「チッ!」

杏子たちは即座に腰を落とすと、その場で迎え撃つ体勢を取った。


スッ……


キュゥべえ「……まずいね」

暗闇から新たに一体のインキュベーターが現れた。

昨夜、杏子に接触した個体だ。

杏子と合流しようと動いていたこの個体は、
魔法少女である彼女の気配を追いかけていくうちに異空間へ続く道を見付け──

それを通ってなんとかここまでたどり着いたのだった。

キュゥべえ「…………」

インキュベーターは、いくら疲労しているといってもこの戦いに杏子たちが負けるとは思っていない。

魔力を回復する手段を一切持たずに普段の生活をするほど、杏子たちは無防備でも迂闊でもないし、
その事くらいインキュベーターも理解しているからだ。

しかし敵は人形どもだけではない。

まだ、ほむらが。『闇』が控えている。

ほむら「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!!」

彼女は地面の上でのたうちまわっている。

ほむらの体はすでに下半身が真っ黒に侵食されていて、
これまで纏っていたものよりもさらに濃厚に邪悪な、黒い霧のようななにかが全身から出てきていた。

おそらく、彼女の体がすべて真っ黒に染まった時がタイムリミット。

キュゥべえ(この戦い、無駄に時間はかけられない。
ほんの少しでも早く終わらせる手段があるのなら、それを取るべきだ)


ガッ、ドガッ!!!!!


杏子「こいつッ!」

……先程まではあまりにレベルの高い乱戦だったため、インキュベーターでは援護一つ出来なかった。

下手に割り込むと、杏子たちの足を引っ張るだけになる可能性の方が高かったからだ。

だが、今は違う。

隙のまったくない戦闘なのは最初と変わらないが、使い魔の数が減り、
疲労によって杏子たちの動きが鈍ったからこそ彼らに出来る事が生まれた。

キュゥべえ(まったく……
こんな僕たちが暁美ほむらと戦おうだなんて、やはり無謀だったね)


ゴウッ!!!


てのひらから黒い波動を放つオクビョウ。


杏子「!」

それが向かう先には杏子。

避けられる間合いとタイミングではない。彼女は、得物の槍で斬り裂こうと身構え……


パァンッ!!!


杏子「!!?」

唐突に。

横から彼女とオクビョウの間に飛び込んできたインキュベーターの個体が複数、黒い波動に呑まれて弾けた。

キュゥべえ「杏子! 僕ごとこいつを倒すんだ!」

杏子「なんだと!?」

オクビョウ「……!」

さらに別の個体が叫びつつ、オクビョウの顔に飛び付く。

キュゥべえ「早くっ!」


ジュッ!


言葉を言い終えるや否や、オクビョウの顔に取り付いていたインキュベーターが闇色に染まり、溶けた。

杏子「……くらえッ!」

それとほぼ同時に突きを放った杏子だったが、わずかに遅かった。

その攻撃は、オクビョウの肩をかすめる程度で終わる。


バッ!


オクビョウは慌てて間合いを取った。

杏子「チッ!
……!?」

杏子が周りを見ると、まどかたちも似たような状況だった。

キュゥべえ「君たちの盾になったり使い魔の足止めをするから、
僕たちを気にせずに攻撃するんだ! まとめて倒してくれても良いっ!」

杏子・まどか・マミ・さやか『!?』

インキュベーターの、どうやらこれは戦闘を行っている四人に向けての言葉。

杏子『てめえ、なに考えてんだっ!?』

杏子は、オクビョウ、今しがた横から割り込んできたミエの二体と対峙しながら、
インキュベーターにテレパシーを返す。

キュゥべえ「僕は、宇宙を存続させる為に自分が出来る事をやっているだけだよ」

杏子『キュゥべえ……』

ミエとオクビョウの体に、十を超えるインキュベーターの個体がまとわりついた。

キュゥべえ「さあ杏子っ!」

杏子『!』

キュゥべえ「知っての通り、僕たちはいくらこの体を潰されても問題は無い!
早くしてくれ! 長くは持たせられないっ!」

杏子「──ああ! あたしは容赦しねーぞッ!!!」

キュゥべえ「うん!」


ザッ! ズンッ!!!


杏子の強烈な斬り払いと突きがミエとオクビョウを貫き、

杏子「オオオオッ!!!!!」

その状態のまま槍の先から広がった赤い光が、インキュベーターごと二体の使い魔を蒸発させた。

キュゥべえ「心配しなくても良い。僕たちはもう、君たちの前には──地球には現れないよ。
暁美ほむらの件で、人類の感情を利用する危険さを身を持って味わったからね」

全員の頭に響く、インキュベーターの言葉。

マミ「キュゥべえ……!」


バッ!


ウソツキと交戦しつつつぶやくマミの傍から、最後に残ったインキュベーターが飛び出した。

キュゥべえ「かつてない宇宙の危機に、僕という存在がこの程度の力にしかなれないのは非常に情けないが……
ただの生命体にすぎない僕では、神や、それに伍する力にはとても太刀打ち出来ないという事だね」


ガッ! ドッ!


インキュベーターはウソツキの足に体当たりをすると、その場で飛び上がって彼女の顎にもタックルをした。

キュゥべえ「なんとも慌ただしい再会になってしまったが、さあ、マミっ!」

そのまま彼は、別の個体がオクビョウにやったのと同じようにウソツキの顔にへばり付く。

マミ「──私は、あなたのやった事は認めていない。すべてが許せない。
きっとこれからも、ずっと」


ババババッ!


マミの周りに、複数のマスケット銃が生まれた。

マミ「でも……ありがとう。
あの時私を助けてくれて」

彼女はそのせいで深い後悔と苦しみを味わったが、けれどそのおかげで……

マミ(鹿目さんたちと出会えたのだから)


ドドドドドドドドッ!!!!!


ウソツキ「…………」


ドサッ。


マミの攻撃によって、全身が穴だらけになったウソツキと最後のインキュベーターが倒れ伏す。

マミ「…………」

─────────────────────

地面に倒れたままもがき苦しみながらも、ほむらはクララドールズが全滅した事を悟っていた。

人形たちが一体、また一体と倒れていく度に、イバリたちの意識が流れ込んできたからだ。

ほむら(あなたたち……)

クララドールズも、ほむらを助けたかった。

そして、まどかを──

まどかと共に居られる、いつか残酷に壊れてしまう事が決まっていた、
いわば幻とも偽りとも呼べるこの世界を失いたくなかった。

クララドールズはほむらそのものではないが、ほむらにもっとも近い存在だからそんな風に思ったのだろう。

だから『闇』を必死で食い止めていた。

だから『闇』を食い止められなくなった時、あえて自分たちから邪悪なそれを吸収して染まりきり、
少しでも『闇』の力を削いでほむらの苦しみを減らそうとした。

たとえそれが、大した効果は無かったとしても。

絶対に暴走した自分たちになど負けず、絶対にほむらを救い出してくれるだろうさやかたちに自身の想いを託して。

ほむら(あなた……たち)

クララドールズだけではない。

『鳥型』などの他の使い魔たちだってそうだ。

あの使い魔たちは知能が無い・もしくは極めて低い為、『闇』を本能で恐れおののくだけで、
クララドールズとは違ってそれに立ち向かう事は出来なかった者こそ多かったが……

ほむら(それでも、使い魔を操る力すら無くしていた私の側に来てくれた……)

まどかたちと下校した時は違う。

あの時はまだギリギリ──微量ながらほむらと使い魔たちを繋ぎ止める力は残っていた為、
命令こそ受け付けなくなっていたが、ほむらの心を反映した行動を取っていたにすぎない。

ほむらが思い出すのは、使い魔という存在への支配力を完全に失っていた、昼休みの屋上での配下たちの姿。

あの時はほむらの感情もなにも関係ない。使い魔各々の『思い』でみんなやって来た。

ほむらからのコントロールが無くなっていたのなら、使い魔たちは彼女から逃げればよかったのだ。

『闇』を恐れるのなら。どこに逃げても無駄だと考えられる知能すら無いのならなおさら、少しでも遠くへ。

いや、おそらく一度逃げ出したのだろう。

それでも、戻ってきた。『闇』が恐ろしいのは違いないのに戻ってきてくれた。

支配力どころか、ほむらが使い魔という存在の維持すら出来なくなり、
自分たちが消え去る瞬間まで側に居てくれた。

ほむら(やっぱり、屋上でお前たちに感じた事は間違いではなかったのね……)

彼女が手下たちから感じた、恐怖と、不安と……心配。

ほむらが『悪魔』になる事で様々な面で変化があったとはいえ、
クララドールズも他の使い魔たちも、元々はほむらを見下し、情けない主人だと思っていた。

これはとても、激しい自己嫌悪とともにすべてを自己完結してしまったほむらの使い魔らしい。

だがそれだけではない。

それと同じくらいその情けない主人を大切に思ってもいた。

暁美ほむらという存在を色濃く映しているクララドールズは当然だ。

いくら自己嫌悪が強かろうと、少しくらい自分が自分を大切にする心があってなにが悪い?

自分が自分を思ってなにが悪い?

死にたくないと、大切な人が居るこの世界から離れたくないと必死になってなにが悪い?──

このような思いは、誰だって多少なりとも絶対に持ち合わせているはずのものなのだ。

そして、ずっとずっと歯を食いしばりながら、
魂がすり減るようなループを必死にくぐり抜けてきた主人を思う気持ちだってあった。

多かれ少なかれ使い魔たちには、己が意思とともに、主人がこれまでに生きてきた道の記憶だって持っているのだから。

これらはすべて、クララドールズほどではないにしても、『鳥型』たちだって変わらない。

だから、クララドールズはそんなほむらを守ろうとした。

他の使い魔たちも、中には『闇』に特攻を仕掛けた者が居たし、
それ以外だって『闇』に立ち向かえないまでも真の意味で逃げはしなかった。

全員が、『暁美ほむら』の部分は自分を守ろうとして。

ほむらの使い魔としての部分は、情けなくも──

しかし『悪魔』にさえなるまで自分なりに精一杯もがききった、愛おしい主人を思って。

ほむら(みん……な……)

考えてみれば。

使い魔という存在は、ただ在ってくれているだけで大きな大きな存在だったのだ。

そう、ほむらは気付いた。

今はもう居ない、誰でもないが自分であり、だけどやはり自分ではない存在たち。

ほむら(みんな……!)

今のほむらは普通の涙すら流せない。

しかし、人知れず……

彼女は泣いた。

─────────────────────

杏子「ひとまず片付いたな」

マミ「……ええ」

気が付けば、他の三人がマミの側にやって来ていた。

どうやら、人形どもを全員倒す事が出来たようだ。

まどかのみインキュベーターごと攻撃するというのは性格的に難しかったようだが、
その辺りはさやかが上手くフォローしていた。

さやか「……あれこれ考えるのは後だね」

魔法少女組が軽く魔力を回復させると、さやかが未だに地面に倒れたまま苦しみ続けるほむらの方を向き、歩き出す。

まどか「……うん」

マミ「そうね」

それに続くまどか、マミ、杏子。


ゴウッ!!!


さやか・まどか・マミ・杏子『っ!?』

だが数歩進んだ時、ほむらを起点に生まれた烈風に四人は足を止めた。

この風は瘴気であり、彼女たちに大きな不快感を与える。

ほむら「…………」

そんな中、ゆらりとほむらが立ち上がった。

まどか「……!」

反射的に四人は構えを取る。

ほむらは『変わって』いた。

あちこちが折れ、羽が抜け落ちて骨だけになった翼も合わせて、
首から下が完全な暗黒に染まり、瞳も白目が無くなって真っ黒。

その両の瞳の下から顎までを染める黒は、彼女の涙か、溢れ出た『闇』が描いた紋様か。

そんな彼女の胸の真ん中辺りに、どす黒い桃色に鈍く輝く宝石が浮き出ている。

……『ダークオーブ』。

『闇』自身でもあるそれは、ほむらからの独立が大きく進んだ時、
彼女の『中』に入ってその存在を本格的に喰らいはじめた。

そしてとうとう──

これまでとは違い、ほむらが奪った『力』・ほむらの『命』としてではなく、『闇』として表に姿を現した。

杏子「……くっ!」

ほむらの全身から放たれる、魔法少女のものとも魔女のものとも……『悪魔』のものとも違う禍々しいオーラ。

まどか「ほむらちゃん……!」

ほむらは、その存在の九割以上を『闇』に呑まれていた。

この後に及んで、彼女がまだ喰らい尽くされずに抵抗出来ているのは……

マミ「そこまでしてこの世界を守りたいのね……」

誰の為でもない、自分が離れたくないから。失いたくないから。

杏子「──ああ、わかってる。
任せなほむらっ!」

杏子たちが動く間も無く。

さやか「!?」

気が付けば、ほむらは先頭のさやかの目の前に居た。


ドガッ!


さやか「ぐあっ!」

振り払われた闇色の腕で、さやかが弾き飛ばされた!

まどか「さやかちゃんっ!」

最初に反応したのはまどかだった。


ド ン ッ ! ! !


ほむら「!?」

まどかの放った光の矢に貫かれ、ほむらが片膝をつく。

杏子「くっ!」

続けて、杏子の一撃。


ザクッ!


杏子「……!」

手応えはあったが、唐突に背筋を襲った強烈な寒気に、彼女はすぐさま後ろに大きく跳んだ。


ゴアッ!


それと同時に、昏き力がほむらを中心として円状に広がった。

回避行動が速かったので避けられた杏子だが、あれに呑まれていたらどうなっていたか……

想像するだけで、杏子の額に冷たい汗が流れる。

マミ「このっ!!!」

まどか「やぁーーーーーーーッ!!!」

杏子と同じく距離を取っていたマミとまどかが、遠距離から絶え間無く攻撃を仕掛けている。

さやか「アブねっ……!」

杏子「さやかっ、無事だったか!」

さやか「うん。剣でギリギリ、ガード出来たから……」


ドウンッ! ドッ!!! ドガァァァァァ!!!!!


ほむら「……て……」

杏子「──?」

矢と大砲の激しい攻撃を受けつつも、ほむらが零す小さなつぶやきが杏子たちの耳に届く。

ほむら「どうして……」

さやか「ほむら……?」

ほむらの姿は、爆風で見えない。

まどか「──!!」

マミ「っ!!」

さやか「!!!」

ほむら「どうしてェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」

杏子「やばいっ!!!」


ババババババババババババババババ!!!!!!!!


射程範囲はどれほどのものだったのだろうか?

黒き雷が異空間に暴れ狂い、杏子たちを襲った。

今回はここまでです~。
投下が。

再開ですよ。

杏子「か……はっ」


ドサッ。


声も無く彼女たちは倒れる。

ただ一人、抜けた実力を持つまどかを除いて。

まどか「うぅっ……」

ほむら「どうしてッ、どうしてッッッ、どうしてよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

まどか「!」

フラつくまどかへと突撃してきたほむらが、両手を振るう。

まどか「くっ!」

まどかは手にする弓で、ほむらの連続攻撃を受け流し続ける。

ほむら「どうしてっ、なんで! なんでこんな事になったの!?
私の中で暴れるのっ、苦しいの! 昏いものが! 『闇』が!
嬉しかったのに、幸せだったのにっ! どうしてよォォォォォッ!!!」


ガッ、ガッ!!


まどか「ほむらちゃん……!」

さやか「自分が一番わかってるんだろっ!?」

ほむら「!?」


ガギィンッ!


飛びかかってきたさやかの一撃を、ほむらは手首で受け止めた。

さやか「だからあんた、『悪魔』とやらになってからずっと苦しそうな顔してたんじゃん!
泣いてなくても、ずっと泣いてるかのようなっ!」

ほむら「なんの……話よっ」

さやか「嬉しかった? 幸せだった?
……うん、そうだよね。
でも、『それだけ』だったらあんな顔しないよ」

ほむら「っ!
それはあの忌々しい女神が……!」

さやか「それもあるよね。あたしにも、『円環の理』に対する憎悪は何度も向けられたから。
でも、やっぱりそれだけじゃないでしょ?
だから、あんたの使い魔たちは魔女の時と同じだったんだよね?」

ほむら「……!」

さやか「自己完結や自己嫌悪を体現する、前と変わらない使い魔たち……
それが、あんたの心情そのものなんだよね」

使い魔とは主人の鏡とも言える存在だ。

いくら取り繕おうと、こればかりは誤魔化せない。

……いや、正しく述べると使い魔たちも以前と変わったところはある。

ほむらが『悪魔』になる前ならば、たとえば『闇』に対する今回の使い魔たちの行動はなかったに違いない。

あのように、一様がほむらを想って動いたりなどは。

それでも、使い魔たちの性質自体はまったく同じ。

この現象は、よくも悪くも以前と変わらない魂のままここまでたどり着いた、ほむらの成長ではあるのだが……

さやか「……もしさ。
あんたが、自分が嫌いで嫌いでしょうがなくて、しかも自己嫌悪を覚えるものがさらに増えちゃったんなら──」


ほむら『私はどんな罪だって背負える』


さやか「──その『罪』を誰かから責められたいのなら、責めてあげるよ」

ほむら「…………」

さやか「なんで奪ったの? まどかから」

与えられるでも託されるでもなく。

ほむら(……私だってわかっていた。
先にあるのがどんなに幸せな世界でも、私のやり方では長続きなんかする訳がないと。
どんな形で壊れるかまではわからなかったけど、いつか必ず崩壊して、私の手からこぼれ落ちてしまうって)

だからこそ、彼女はいずれまどかと敵対する日が来るだろうと考えたのだ。

ほむら(それだけじゃない。
奪った者はいつか奪われるという事だって、わかっていたわ……)

さやか「なんで? ちゃんと話しさえすれば、与えられたのに。託して貰えたのに。
それが、その先にあるものがあんたにとっての救済なら、魔法少女を救済するあいつは……」

ある者は仲間たちと共に平穏に、孤独を好む者は一人安らかに。

また、ある者は『円環の理』を手伝い、魔法少女たちへの救済を。

力尽きた魔法少女があの女神に導かれるところまでは皆同じだが、そこから先は違う。

魔法少女たち各々が、自分が最高に幸せを感じる道を自分自身で選んで行くのだ。

これこそが、人としての鹿目まどかが望んだ『救済』の真相であり真の姿。

それを体現するのが、女神となった鹿目まどか。

決して押し付けや独りよがりではない、真に魔法少女を救済する慈愛と希望の女神。

──『円環の理』。

ほむら「……だって……
……あの時まで……知らなかったんだもの……」

女神の力を奪った、あの瞬間まで。

そして、知った時にはもう後戻りは出来なかったのだ。


ほむら『私はどんな罪だって背負える』

ほむら『私が奪ったのは、ほんの断片でしかないわ』


自身の行為がなにを意味するか、ほむらはちゃんと悟り、認めていても。

物理的にも心情的にも、あの時のほむらは決して後戻りが出来なかった。

さやか「……うん。
でもさ、今は知ったじゃん。だったらやり直せるよ」

ほむら「…………」

さやか「やり方はマズっちゃったかもだけど、あんたが目指した方向性と世界に関しては誰も責めてないでしょ?
あたしたちだけじゃなくて、恭介とかだってさ」

ほむら「…………」

ほむらが思い返すのは、先程みんなで昼食を取った時の恭介の言葉。

仁美だって、心の底から楽しそうに過ごしていた。

さやか「第一、あんたは『悪魔』になったって、
あたしたちとマジでケンカする気は最初っからまったく無かったみたいだし」

ほむら「!?」

さやか「『悪魔』になったばかりの頃のあんたが、
『魔獣が居なくなったら、宇宙を壊しても良いかも。その時にあなたたちの敵になってあげる』、
みたいな事言ってたのが証拠っ」

ほむら「……!」

そうだ。

魔獣とは、人の世の『呪い』から生まれる存在。

『呪い』とはつまり、怒りや悲しみなどの『負』だ。

よって、今存在する魔獣をすべて倒せても次から次へと際限無く湧いてくるし、
これだけ多くの人間が存在する世界で、ほんの一瞬でも『負』が途切れるなどありえない。

つまり、魔獣がこの世界から完全に居なくなるはずなんてないのだ。

当然、ありえない『魔獣が滅んだ後』にこの宇宙を壊すのも良い、などと発言している以上、
ほむらにはこの宇宙を滅ぼす気なども無かった。

わざわざこのような世界を作ったのがほむら自身である以上、人類を滅ぼす気も。

さやか「そんなほむらだもん。
友達なあたしたちとやり直せない訳ないよ」

と、さやかはほほえんだ。

ほむら「友……達……」

さやか「そうさっ!」

ほむら「でも、私は……
こんな風になっちゃったのよ?」

ほむらが泣き笑いのような顔でつぶやくと、


ドッ!!!


さやか「ぐあっ!」

彼女の全身から伸びた黒い光の柱が、さやかを吹き飛ばした。

マミ「暁美さんっ!」

ほむら「!」

さやかと入れ替わるように、マミがマスケット銃を両手にほむらの前へと立ち塞がった。

ほむら「巴……マミッ!」


ビュッ、ブンッ!


マミを認識したと同時に彼女に襲いかかるほむらだが、マミには攻撃が一切当たらない。

マミ「こうやってやり合うのは、あの……
あなたのソウルジェムの中で戦った時以来ね」

マミは無表情だった。

無表情のまま、ほむらの攻撃を避け続ける。

マミ「そんな大振りじゃあ何度やっても当たらないわ。
それに、暁美さんが魔法少女でなくなってからは、
あなたの強さのほとんどを占めていた時間停止能力と銃が無いんだもの。
さっきみたいな雷でも使われない限り、そうそうやられはしないわよ」


ブンッ!


やはり空を切る、黒い左腕の大きな振り下ろしの後、


バッ!


ほむらは握りこぶしを作った右腕を突き出した。

その先から──

ほむら「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ドンッ!!!


闇色の弾丸が放たれた!

マミ「!?」

不意をつかれたマミだが、それをなんとか回避する。

マミ「……惜しかったわね」

ほむら「巴マミ、巴マミ、巴マミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

マミ「そうよ! もっと!! もっとぶつかって来なさい!!!」

ほむらの叫びに、マミも絶叫を持って応えた。

マミ「止められない感情があるなら、吐き出したい思いがあるなら全部、全力でっ!!!!!」

今度は腕からの銃弾も交えたほむらの猛攻を、マミは避け、あるいはマスケット銃で受け、あるいは弾丸で相殺する。

マミ「……め……ね」

──その途中、ふと──マミが小さくつぶやいた。

ほむら「!?」

マミ「私なら……
『巴マミ』なら、きっとあなたの孤独を──苦しみをほんの少しだけでもわかってあげられたはずなのに……
そうすれば、あなたの苦しみも少しは減らせていたはずなのに……」

それは、ほむらがループを繰り返していた時代と、まどかが再編した世界での話。

マミ「ごめんね……」

マミの瞳から涙がひと粒こぼれた。

ほむら「……!」

マミ「いつまで経っても、情けない先輩で……」

ほむら「と、もえ、さ……
……う……」

ほむらの頭に浮かぶのは、マミと……いや、マミたちと楽しく過ごした時。

マミともさやかとも杏子とも、すれ違い、憎み合って、
殺し合いすらした時間軸の方が多かった分その思い出はとても甘美だった。


バッ。


ほむら「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


ドンッ!!!!!


ほむらの放った弾丸が、動きの止まったマミの腹を貫いて大穴を開ける。

その衝撃でマミは吹き飛ばされた。

ほむら「あぁぁっ! うあああッッ!!!」

杏子「マミは殺らせねぇッ!」

ほむら「!」


ギィン!


上空から突撃してきた杏子の突き下ろしを、ほむらは右腕で弾いた。


スタッ。


弾かれる流れに逆らわず、あえて後ろに飛ばされるままに任せた杏子が、
ほむらから三メートルほど離れた場所に着地して言う。

杏子「あたしとマミはな、生きてくって決めたんだ。
どんなに苦しくても、絶望的な状況になっても、力尽きるまで精一杯……! 」

ほむら「杏子ぉぉぉ……ッ!」

杏子「あんたが作ってくれたこの世界でな!」

ほむら「!」

それが生ある者の真摯なる態度。

魔法少女としてもそうだ。

なぜならその態度こそが、やがて必ず訪れる最期に現れ、
魔法少女である自分たちを救ってくれる『円環の理』への思いやりであり、優しさになるのだから。

そして、『愛』にも。

彼女の。彼女たちの。

ほむらのものとは違うが、ほむらのものと同じ。

ほむら「…………」

杏子「だからこんなところでマミをおめおめと死なせねーし、あたしだって死んでたまるかっ!
いつかその時が来るにしても、それは今じゃねえッ!
宇宙が滅びる時もな!!」

ほむら「杏子……っ。
杏子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォッッ!!!」


ドウンッ!

──ガギンッッ!!!


ほむら「……!」

闇の弾丸は、杏子に達する前に弾けて消えた。

杏子は、いつの間にか自分の前面に格子状の防御結界を張っていたのだ。

杏子「ムリだよ。あんたじゃムリだ。
前に進む事を放棄して勝手に自己完結したあんたには、未来を向くあたしの作ったこの壁は壊せねえ」


ギリ……ッ!


憐れみの混じった視線を向ける杏子に、ほむらは大きく歯ぎしりをする。

そんな彼女から視線を外さず、杏子はほむらへと歩み寄る。

ほむら「寄るな……」

近寄ってくる杏子を睨みつけるほむらの瞳は、白目が残っていたら激しく血走っていただろう。

杏子「……でもな、あたしはそんなあんたが嫌いじゃなかったんだよ。
ずっとね」

ほむら「……!」

杏子「今ほど突き抜けちゃいねーが、心根ってヤツは今と変わってない昔のあんたの時からね」

だから杏子は、かつてほむらが繰り返したどのループでも、
彼女から接触してきた場合には必ず一度は話に耳を傾けた。

杏子「冷静に考えたらありえねーだろ?
見ず知らずのヤツがいきなり現れて、今度ワルプルギスみたいな伝説の魔女が現れるから、そいつ倒すのに協力してくれ……
とか、まともに対応する訳ねーぜ」

その通りだろう。

面識の無い相手がそんな事を言ってきても、信用するどころかただ怪しんで終わりなのが普通である。

まして百戦錬磨の杏子なのだから、尚更そんな相手は警戒して相手にしないはず……だった。

杏子「それでも──最初っから敵対した時間軸もありはしたが──とりあえず協力しようとしたのはさ……」

そこでマミが生存している場合は、本当にワルプルギスの夜が現れても、
絶対に逃げる事はしないであろう彼女を守ろうという気持ちもあった。

そこでマミが死亡している場合は、彼女が守ろうとし、彼女との思い出が詰まった見滝原を守ろうという気持ちもあった。

当然、グリーフシードを入手しやすい場所をむざむざと失わない為という打算だってあった。

だが、それらだけではない。

杏子「あんたの中に『視た』からさ」

ほむら「…………」

ほむらの抱える『孤独』が。『苦しみ』が。

だから、自分の言いたい事だけを言い、まともにものの説明すらしないほむらを、
心を許さないまでも最初から突っぱねたりはしなかった。

杏子「まあ、誰だって──
魔法少女なら特になにかしらの事情は抱えてるモンだし、そんなのをいちいち気にしはしないけどさ。
でも、それでも、あたしはあんたが抱える大きな『なにか』に気付いちまって、
そんなあんたをただ見捨てるなんて事は出来なかった」

そんなほむらに好意を抱いてしまったから。

マミや、事情・人間性を知った後のさやかやまどかに対してと同じく。

杏子「つっても、あの頃は当然ループだのなんだのってのは知らなかったけどさ」

ほむらの目の前まで来た杏子が笑う。

優しい、笑顔。

ほむら「う、うるさい……
そんな目で私を見ないで……!」

杏子「ほむら……」

ほむら「そんな目で私を見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


ドガッ!


杏子「っ!」

杏子は、彼女ほむらに殴り飛ばされた。

ほむら「……!?」

頭に血がのぼり、冷静さを失っていた彼女は気付いていなかった。

歩み寄ってきた杏子は、防御結界を解除して無防備になっていた事に。

ほむら「…………」

十メートルほど先に倒れる杏子の元へ向かって、今度はほむらが歩──

まどか「ほむらちゃん」

──き始めた時、後ろからまどかが彼女に声をかけた。

ほむら「!!!」

ほむらが慌てて振り向くと、まどかは彼女のすぐ目の前に居た。

まどか「もう良いんだよ。もう……」

ほむら「まどか……」

しかし、まどかの言葉は届かない。

ほむら「まどかァァァッ!!!」


ゴウッ!


まどか「……っ!」

ほむらは激しい瘴気を放ってまどかを吹き飛ばす。

ほむら「そんな事はないっ! ここまで来た以上、もうっ……
だって、止められないんだものっ!」


ヴ……ンッ。


叫びながら両手を上へと掲げるほむらの上空に、直径五メートルほどの、闇色をした虚ろな球体が生まれる。

まどか「…………」

ほむら「……本当に良いって言うのなら、これは止められる……?」

呻くように言葉を吐き出しながら、ほむらは両手を振り下ろした。


ギャンッ!


それとともに、虚ろな球体はまどかへ向かって猛スピードで降下して行く!

まどか「もちろんだよ」

しかし、まどかは穏やかな表情のまま両腕を横に広げると……


カッ!!!


彼女の体から美しい桃色の光が生まれ、この異空間全体に広がった。

─────────────────────

気が付けばほむらは、周囲全体がオーロラのようなモザイクのような、
綺麗ながらも奇妙に歪んだ空間に立っていた。

ここがなんなのか、ほむらには予想がついている。

まどかたち四人となぎさも、その知識にてわかっている。

先程のまどかの力と『闇』の力の衝突が、あの異空間という場の在り方におかしな影響を与え、一時的に崩した。

あのぶつかり合いは、それだけの強烈な『余波』を生んだのだ。

おそらくこの場所は、物理世界と精神世界が半々になっている、
本来なら(暗闇の異空間も含めて)物理世界である現世には存在し得ないものになっているのだろう。

言ってみればここは、ほむらが黒い力にて再編した──
『闇』が影響を持つ・持てる世界とはまったく違う理で在る別次元みたいなものだ。

その為か、ここではさしもの『闇』も動けない(消えた、ではない)でいる。

これは『闇』が、元の形からどのように変化しようとも、
自身の司る事柄以外には干渉できない神の力の一部なのは変わらないからだろう。

また、この場に広がる『余波』は仮にも神の力が合わさったもの。

まどかのは本来の物より比べ物にならないほど弱体化しているとはいえ、
その二つが混じり合って、それぞれが単体の時と比べてより強力になったものだ。

だからだろうか。ここでは、魔法少女などの神レベルには満たない能力は、その一切が振るえなくなっていた。

まどかも、現在の不完全すぎる彼女ではその強力な『余波』に抗えず、
今手元にある、ただでさえ少ない女神としての力のほぼ十割を出せないようだ。

つまり、『闇』が停止している為にほむらも含め、現在ここに居る誰もが戦闘を出来る状態ではない。

しかし、例の異空間自体が崩壊した訳ではないし、
しばらくすれば『余波』も消え失せて、いずれここは元の暗闇に満ちた異空間に戻る。

その時にはまどかたちの能力も戻り、『闇』もまた動き始めるのだろうが……

ほむら「…………」

そんな、不可思議になにもかもが歪んだ世界で、ほむらは凍りついたように『彼女』と見つめ合っていた。

『彼女』……鹿目まどか。

ほむらを見つめ返すまどかの瞳は、ただただ優しい。

ほむら「ど……どうしてっ、どうしてその力をまた手にして、記憶を取り戻してそんな風に笑っていられるの!?
だってあなたは嫌がってたじゃない! 寂しがってたじゃないっ!! 概念で在る事を!!! あの……
花畑でっ!!!!!」

まどか「……うん、そうだね。
でも違うんだよ。
そして、その事は……今はほむらちゃんも知っててくれているよね」

ほむら「!!!」

なぜなら彼女は、『円環の理』の力を奪った事で、杏子たちと同じようにその女神の知識や記憶を持っているから。

まどか「でも、きっと……ちゃんと言葉にしないと本当の意味では伝わらないだろうから……
改めて、こうして言うね」

ほむら「うっ……」

まどかを裂く時に悟り──しかし、あの段階にまで至った以上、
理解はしてもそれを認めたくなかったほむらが、ずっと目を背けてきたまどかの真の想いを。

今。

まどか「あれはわたしの本音。
けどね、『それでもさやかちゃんたちが居てくれるから寂しさなんかなんでもないよ』、
『だからこれからも続けていくの! 続けていきたいなっ!』っていう気持ちだってあったの。
今だって」

ほむら「…………」

まどか「だって、あの時のわたしって今以上に不完全なわたしだったでしょ?
それでもわたしはわたしだったから、言った事自体は嘘じゃない、まぎれもなく『本音』だけど……
一部分だけを見て、それがわたしの『すべて』だと決めつけないで欲しいな」

ほむら「……!」

それは、まどかにしてはめずらしくハッキリとした言葉だった。

だが、この言葉に責めの感情はまったく込められてはいない。

まどかは、時にはハッキリとものを言う事が真の優しさになると概念として生き続ける中で学び、
それを実践出来る強さも身につけていたのだ。

まどか「わたしはね、概念になった後悔は……全然無いって言ったら嘘かな。
キュゥべえと契約をする前は、こんな風になるとは思わなかったから」

苦笑するまどか。

彼女はキュゥべえと契約をしてすぐに、これから自分がどうなるかは理解した。

だから契約の後に、魔法少女の『希望』として生きていく決意を、マミ・杏子と話す事が出来たのだ。

その決意に嘘偽りはないし、迷いも無かった。

だが、寂しさが皆無だった訳でもない。

まどか「けど、魔法少女のみんなを導くうち、そんな後悔や寂しさは減っていったの」

みんなから笑顔や感謝を向けられて、与えられ続けて。

やがて、一番の親友であるさやかも側に来てくれた。

さやかだけではない。まどかにとっては誰よりも近しい存在たちも、人生を全うした後に人を超え、また……

まどか「『円環の理』は魔法少女を救う存在。
でも魔法少女は、『円環の理』を救う存在でもあるんだ」

だから後悔や寂しさに負けずにずっとやってこられた。

頑張ってきた、ですらない。色々と思うところはあれど楽しくやってこられたのだ。

まどか「わたしはね、そんな今のわたしが大好きなんだ。
昔の、無力で、自信もなにも無くてなにも出来なかった自分なんかよりよっぽど……
やっと自分を好きになれたの。『みんな』のおかげで。
ほむらちゃんも含めた、みんなの」

ほむら「…………」

きっと、まどかの寂しさは完全には無くならないだろう。

せっかく、せっかく人間として産まれてこれたのに、人としての生があんなに短かったから。

それが彼女の元々の宿命ならば、あるいは話は変わっていただろう。

しかし、本当ならあったはずの自身の人としての未来を思えばやはり寂しいし、切なさもある。

でも、それはこれからもどんどん減っていくはずだ。

まどかだって彼女なりに精一杯頑張った事で、やっと自分が好きになれて誇りに思える自分を見付けたのだから。

みんな居てくれるから。

彼女を取り巻くすべてが有り、在って・居てくれるまどかは、永遠に一人ではないのだから。

そして、神といえども彼女だって成長していくのだから。

ほむら「……まどか……」


まどか『誰とだってお別れなんてしたくない』


あの花畑でのまどかのこの言葉は、紛れもなく本音。


ほむら『あなたは本当のまどかだわ』


その時のほむらのこの認識も、まったく正しい。

しかし、


まどか『わたしだけが誰にも会えなくなるほど遠くに一人で行っちゃうなんて、そんな事ありっこないよ』


この言葉も本当。

実際、そんな事はなかったのだ。

人としてだけのまどかは知らなくとも、
『円環の理』は、大切な存在の誰にも会えない環境で一人ぼっちで居るどころか、
その完全な真逆の暖かい場所に居たのだから。

もちろんあの言葉はそういった意味以外にも、
人間・まどかがそんな孤独は絶対に嫌だと思っていたのもあるし、
その場には居なかった女神としてのまどかもまた同じ──

つまり、『鹿目まどか』という存在の共通した気持ちでもある。

そう。

間違いなく例の花畑でのまどかの言葉は、人の部分も神の部分も関係無い、
全部が『鹿目まどか』の確かな本音であり真実でもあったのだ。

そのすべてを、額面通りに受け止めてよかった。

まどか「そして、『円環の理』として生きていくのは、わたしが選んだ道なんだ。
わたしが初めて自分の意思で選んだ、大切な大切な道」

何者にも犯せない強さを持つまどかの言葉だが、しかしほむらに向ける瞳は暖かく、信頼に満ちていた。

まどか「だから……ね?
お願い、ほむらちゃん」

ほむら「あ……」

やはりまどかには責めの感情は一切ない。

ただただ暖かい彼女のこの一言を、果たしてほむらはどう受け取ったのか……

ほむら「ど、どうしてそんな目で私を見るの……?
自分にとって都合の良いところだけを見て、思い込んで、まどかの大切なものを奪った私を……」

まどか「それも、わたしを思ってくれたからだよね?
寂しさや、キュゥべえからわたしを守ろうとしてくれたからだよね?
そんな風にわたしを思ってくれた人が相手だからだよ」

それは、まどかの本音の一部とはいえ彼女の真意とはかけ離れているものだったし……

まどかを捉えようとしたインキュベーターに関しても、
たとえ『円環の理』を観測しようがどうしようが、彼らの能力では所詮そこ止まり。

あくまで一生命体にすぎないインキュベーターが神に敵うはずなど絶対になく、
『円環の理』を実際にどうこうなどは、いくら足掻こうと未来永劫出来はしなかった。

仮に『円環の理』が己が役目を果たせない環境に追いやられたとしたら、
その環境を抜け出す為に女神は偉大なる力を振るう(この場合の行動も、魔法少女への救済に繋がる為に可能)だけだ。

そうなれば、神以外ではどれだけ背伸びをしても対抗するなど不可能。

また、これとてインキュベーターが相手だと確実にありえないが……

自分ではどうにも出来ないほどの状況にあの女神が陥ったとしても、
彼女が真のピンチの時のみに手を貸して力を振るう、『円環の理』の守護神が降臨して彼女を救い出すだけである──

──などといった様々な真実もあったのだが、話の焦点はそこではない。

まどか「そうやって、わたしを思ってくれた人が相手だから……」

だからこそまどかは、ほむらに対しては──あるいは『甘さ』はあるのかもしれないが──優しさがあるだけなのだ。

いや、まどかだけではなく杏子たちだってそうだ。

……あの花畑でぽつりとこぼした、人としてのみのまどかをほむらは助けようとした。

問題なのは、その時のまどかからは概念としての『誇り』を持つ部分がすっぽりと抜け落ちていた事だ。

……………………

──たとえば、ここに誰よりも優しい人が居るとしよう。

しかしどんなに優しい人でも多少は怒れる部分があるだろうし、
そこだけを抜き出したらそれは怒りの権化のようになってしまうに違いない。

だが、その怒りの権化も優しい人と同じ存在なのである。

なぜならそれは、元々は優しい人の中にあった、優しい人の一部なのだから……

あの時のほむらはその事に気付かず、これ『のみ』がすべてなんだと自分の中で決めつけて、
さらに彼女らしくこれに関してもそこで自己完結してしまった。

その為にこのような悲しいすれ違いが起こってしまったのだ。

……………………

まどか「だから、ね。わたしを思ってくれたその気持ち自体はすっごく嬉しいんだ。
へへっ、ありがとうね。ほむらちゃん」

ほむら「な……なにがありがとうなの!?
そんなのっ! もう、なにもっ! なにもかもが手遅れなのに!! そんなっ!!!」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「私は言ったわよね!? いつか、あなたが敵になる時が来るかもしれないって!」

──それが、今──

ほむら「私は迷わないわ……! そして、今の状況を後悔なんてしない!
してたまるものですかっ!」

頭を抱え、髪を振り乱しながらほむらは叫ぶ。

まどか「うん、する必要なんてないよ」

ほむら「……!?」

まどか「まあ、裂かれた瞬間は本当に痛かったから……
あれだってもうやめて欲しいけどね」

えへへっ、と、まどかは笑う。いつものように。

まどか「……うん。さやかちゃんが言ったようにやり方はちょっとアレだったし、わたしとは考え方は違うけど……」

ほむら「…………」

まどか「ほむらちゃんの思い自体は間違ってなかったと思うよ。
少なくとも、わたしは否定しない。
むしろ肯定する」

──だって、わたしを助けようとしてくれた気持ちがあった事は間違いないんだもん──

ほむら「あ……」

凛とほむらの瞳を見つめ、ハッキリとそう言うまどかの姿にほむらは見惚れていた。

それは、まさに女神と呼ぶに相応しい神々しさだったからだ。

まどか「それに、ほむらちゃんの作った世界で、純粋な人として生きる事が楽しかったのも本当だから……」

ほむら「まどか……」

さやか「おいおい。
肯定するとか、それはまどか、あんただけじゃないでしょ」

ほむら「!」

マミ「私だってそうよ」

杏子「あたしだってそうさ」

さやか、マミ、杏子が歩いてきた。

魔力で治したのだろう。彼女たちの体に、先程ほむらにつけられた傷はまったく無い。

さやか「……あたしはさ、あんたは変わったと思う。
いや、成長したって言った方が良いのかね?」

と、さやかが口を開く。

ほむら「私が……成長?」

なにを言っているのかしら。むしろ逆なんじゃないの?──と、ほむらが自虐に口元を歪めた。

さやか「そうだよ。
あんた、これまではあれこれを言い訳にしてさ、
それを……建前? 免罪符だっけ? みたいにして自分だけの時間に逃げ込み続けてた感じだったけど……
やっと本音を話して、通せるようになったじゃん」

ほむら「……!」

そう。よくも悪くもそれが出来るようになった事が、ほむらが『悪魔』となった理由であり原因だ。

さやか「あたしは、これって成長だと思うんだけどなぁ」

『変化』ではない。

前からのほむらのままの、『成長』。

マミ「まあ、本音を通すだけってのも困りものだけどね」

さやか「いやまあそうなんですけど、抑えすぎても……ねえ、ホラ」

少し困ったように頭をかくさやかが思い出すのは、自身が『円環の理』に導かれる原因になった時の事。

あの時のさやかは、無理に自分を抑えすぎた為に自身を追い詰める結果となり、
心配してくれた仲間たちの気持ちを無下にして破滅への道を歩んでしまった。

まどかが世界を再編する前は、大切な親友である彼女に理不尽な暴言を吐き、傷つけてしまった事もある。

そうなってしまったのは、魔法少女になったからという前提はあれども、結局は自分の本音に嘘をつきすぎたから。

だからそこに至るまでに溜め込まれた膨大な感情が、取り返しのつかないレベルで爆発をしてしまったのだ。

魔法少女になった事自体は、さやか自身が選び、
そのおかげで愛しい人の笑顔を取り戻せたのだから彼女は納得出来ていた。

キュゥべえの策略があったのも確かだが、それでもだ。

だが、それ以降の言動は……

未だにさやかの中で、永遠に消えないだろう大きな後悔と罪悪感になって残っている。

マミ「結局はバランス……なのよね。
……これは私も偉そうには言えないけれど」

さやか「……はい」

自分の本音は、抑えすぎても駄目。出しすぎてもただ自分勝手になるだけだから駄目だろう。

この辺りのバランスは、生きていく上でとても大切なのだ。

杏子「まあ、さやかはまだともかく、マミとほむらは極端から極端に走るヤツだからなー」

さやか「ああ、確かにそんな感じだわ」

マミ「……返す言葉もございません」

杏子「前から思ってたけど、マミとほむらってどこか似てるぞ」

まどか「ふふっ、わたしもそう思うな」

杏子の横やりとまどかのほほえみに、辺りの空気がわずかに和らぐ。

ほむら(どうして……?)

そんな様子を、唖然と立ちすくみながら見つめるほむら。

ほむら(どうしてあなたたちはそんなに……
優しいの?)

マミ「──でも、暁美さんが『自分』を溜め込みすぎたのは私にも原因があるわね。
……ごめんなさい」

マミは、ほむらのループの中で彼女の話すら聞かずに険悪になるパターンも多かった。

それだけが原因では決してないが、これを繰り返すうち、
ほむらの心が頑なになっていった面があるのもまた確かだろう。

さやか「……いや、それを言ったらあたしもそうだわ。
仲良くなった時もあるけど、あんたとはマジでケンカしてた場合の方が多かったね。
ごめん」

ほむら「そ、そんな……そんな事は無いっ!」

……ほむらは気付いているだろうか?

ほむら「私だって、私だってあなたたちに嫌な態度を取ってきたんだもの……
あなたたちは悪くない。むしろ、謝るのなら私の方よ……!」

いくらこれが彼女の本音とはいえ、
ほむらは『悪魔』となってから、初めて他人にこのようなフォローを口にした事を。

まどか「そうだね。本当の最初の頃はともかく、ほむらちゃんの態度はどんどん悪くなっていったよ。
あれじゃあ人に信用して貰うなんて無理だよ。仲良くなんて出来っこない」

ほむら「ま、まどか……」

まどか「だから、マミさんたちがほむらちゃんにあんな反応をする事が多かったのは仕方ないよ。
マミさんたちは悪くない」

ほむら「……うん」

ほむらはガックリとうな垂れた。

まどか「──でもね」

ほむら「えっ?」

まどか「ほむらちゃんが、マミさんたちにあんな態度を取るようになってしまったのも仕方ないって思う。
だって、そうなるだけの悲しみを味わってきたんだもん」

ほむら「!!!」

さやか「うん、そうだね」

マミ「ええ」

杏子「ああ」

ほむら「み、みんな……」

まどか「だからね、ほむらちゃんだって悪くないよ。
──ううん、こんな事になっちゃったけど、誰も悪くないんだ。きっと」

そうだ。あのキュゥべえだって。

ほむらも今ではわかっている。

確かに、キュゥべえ──インキュベーターが動いてなければ、とっくの昔に宇宙は滅びていた。

彼らは常に真実を喋るような存在ではないが、宇宙云々に関してはまったく嘘は無かったのだから。

そのやり方こそ決して許せはしないが、じゃあ、インキュベーターや他の色々な生物の能力・宇宙の仕組みなど、
様々なものを考慮して他の方法があったのか?──などと考えても、少なくともほむらには思い付かなかった。

また、違う視点から見れば、先程のクララドールズとの戦闘中にマミが思ったように……

インキュベーターが存在してああやって活動してきたからこそ彼女たちは、
ほむらは、まどかや他のみんなと出会えたのだ。

その末にこんな事になってしまったが、きっと誰も悪くはないのだろう。

全員がちょっとだけなにかを間違え、全員が正しく、そして誰もが悪くはない。

ただ、ただ、なにか──歯車が狂ってしまったのだ。

ほむら「あ……」

ほむらが両膝をついた。

まどか「だからもう良いの。もう良いんだよほむらちゃん。
……ね?」

まどかがほむらに近付き、そっと手を差し伸べた。

ほむら「……無理よ。
無理よッ!」

しかし、ほむらはその手を弾く。

ほむら「だって、私は悪魔だから!
自分の事だけを考えて自分に都合の良い世界を作り上げ、その中で自己完結をした存在なの!
そんな私が今さら……」

さやか「……本当にそうなのかね?」

ほむら「……えっ?」

さやか「いや、『自分に都合の良い』ってのは間違いないんだろうけどさ……
本当に『自分の事だけ』考えてたの?」

ほむら「当然よッ!」

さやか「それ、さっき話に出てた花畑の時のあんたの気持ちと違くない?
今のあたしにはそん時の記憶もある訳だけど、あの時のあんたはまどかへの心配も確かにあったと思うんだけどなぁ」

ほむら「……!」

自身の発言の矛盾をつかれ、言葉に詰まるほむら。

さやか「ねえ、まどか」

頭をかきながら、さやかがまどかを見た。

まどか「うん、わたしもそれは違うんじゃないかなって」

ほむら「…………」

さやか(まあ、そんな『矛盾』だって自然な事なんだけどね)

人の心は難しくも複雑。

こうして、矛盾する本心をいくつも持っているのは感情がある生き物ならば別に普通だろう。

さやか「つーかさ、結局あんたの望みってなんだったの?」

ほむら「決まってるじゃないっ! まどかと、まどかとだけ一緒に居る事よ!」

さやか「じゃあなんであたしはここに居るのさ?
マミさんは? 杏子は?」

ほむら「!!!
…………」

さやかの言葉に、ほむらは大きく目をそらす。

さやか「本当にまどか『だけ』としか居たくないんだったら、
本当にまどか『しか』考えてないんだったら、あたしたちはあんたの作った世界には居ないと思うんだけど」

杏子「少なくとも、まどかの近くに存在してるなんてありえねーよな」

マミ「暁美さんが鹿目さんを独り占めするには、はっきり言って邪魔だものね。私たち」

杏子とマミが笑い合う。

ほむら「わ、私は別にまどかを独り占めしたかった訳じゃ……」

さやか「じゃあどうしたかったの?」

ほむら「私はただ、同じ世界でまどかとだけ一緒に居られればそれだけで……」

さやか「だから、『それだけ』にしてはあたしたちの存在がおかしいんだってば。
……いや、あたしたちだけじゃなくて、この世界自体、か」

ほむらが彼女が言う通りの願いしか持っていなかったのだとしたら、見滝原も、この星も……宇宙すら必要がない。

ただまどかと共に居たいだけなのだとしたら、
二人だけでずっと在る事が出来る空間のみを作るなり残すなりすればよかったのだ。

そう。それこそ、かつて『円環の理』となったまどかとほむらが対話をした空間のような。

いかに人としての命しか持たないまどか相手といえど、
あの時のほむらならば、まどかがそんな空間でも生きていけるようにする事も出来ていたはずだ。

なのに、わざわざ人にせよ建物にせよなんにせよ、すべてを再編するのは無意味に手間がかかるだけである。

また、まどかと二人だけで存在する次元で、それが当たり前だと……

それがその次元の『摂理』という風に作ってしまえば、永遠に共に在る理由としても十分だろう。

ほむらがそのような環境でまでそんな理由を求めるのだとしたら、だが。

ほむら「……じゃあ、それがなんだって言うの……?」

さやか「あんた、あたしたちの事『も』思ってくれたでしょ?」

ほむら「!」

だからほむらは、こんな風に再編した。

杏子「まあそうだよな。
わざわざあたしに『さやかん家』っていう場所まで用意してくれてさ」

マミ「私には、美樹さんや佐倉さんといった仲間を初めから。
特に佐倉さんとは、本来ならあったはずのすれ違いすら無かった事になっていたものね」

さやか「なんにせよ、本当の意味であたしたちがどうでもよければ、
なんでわざわざこんな風にしたのって話だもんね。
ぶっちゃけ、あたしたちはあんたのおかげで今すっごい幸せなんですけど?」

さやかの言葉に、マミと杏子は頷く。

──これは、暁美さんの私たちへの──

──『思いやり』……だったんだよな──

ほむら「…………」

まどか「ほむらちゃんはね、『全部』が大好きだったんだよ」

ほむら「──!」

まどか「この世界が、この世界に住む人たちが」

まどかの言葉に、ほむらは立ち上がる。

ほむら「そんな事は無いわ! そんなもの、私は逆に憎んでいる!
どれだけ頑張っても幸せになれない世界が! 私を理解してくれない人たちが!」

だから彼女は『叛逆』をした。

まどか「だけど、それと同じくらい大好きだった」

だから彼女は世界に滅びを与えず、『再編』をした。

まどか「だって、ほむらちゃんの心が動かされたものはこの世界にあるんだもん。
本当に全部を嫌いになんてなれるはずないんだよ」

まどかや、他の魔法少女たち。

場合によっては、とあるループでひと月の短い間に仲良くなれたクラスメートも居た。

他にも、彼女が通ってきた道や寄った店、綺麗だと思った夕焼け……

今は記憶の中にしかないものもあるが、その一つ一つが『暁美ほむら』が生きてきた確かな証なのだ。

もちろんそれは綺麗なものだけではない。魔法少女や魔女、魔獣といった存在だって同じ。

ほむら「でも……私は……
たとえあなたたちの言う事が正しいとしても、私はまどかが一番大事なのっ!
まどかさえ居れば、他はなにもいらないと思えるくらいっ!」

さやか「別に良いじゃん、それぐらい」

ほむら「……えっ?」

さやか「あたしもね、生前ってーのかな? では、恭介が一番大事だったんだ。
一番の親友のおかげでもう完全に吹っ切れてるから、今あいつは同率で一位になってるけど」

杏子「さやか……」

さやか「やっぱ、誰だって『こいつが一番!』って相手は居るんじゃないかなぁ。
たとえばさ、恭介・まどかたちと見ず知らずの人のどっちを選ぶって聞かれたら、
あたしは迷わずに恭介たち選ぶもん」

杏子「そりゃそうだ。
人間ってそういうもんだろ」

マミ「そうよね。
そうじゃない人なんて、他人はみんな悪い意味で同じで、どうでも良いように思っていると感じるわ。
そんな人は逆に信用出来ない」

さやか「これってまどかみたいな子でもそうだもん。
──さて、まどかの前で、あたしとほむらが崖から落ちそうになってます。
どっちも助けたいよね!?」

と、さやかがまどかを見る。

まどか「そりゃあそうだよ」

さやか「でも助けられるのは絶対に一人だけ! 二人ともは無し!
さあ、まどかはどっちを助けるでしょうか!?」

まどか「あ、あはは……」

右手をマイクのように向けられ、まどかは苦笑した。

さやか「……ってゴメン。これは悪ノリしすぎたけどさ、いずれにしてもね……
さやかちゃんとしては、あんたの感情っていうか気持ち? は普通なもんだと思う訳さ」

杏子「それにさ、『誰々が居れば他になにもいらない』って思うのと、
いざ本当にそいつ以外のすべてを失ったり捨てるのは同じじゃないしな」

マミ「そうね。
さっきの美樹さんの話にしたって、
実際にどっちを救うのかというのと、二人とも救いたいという感情はまた別の話だし」

まどか「だからねほむらちゃん。
ほむらちゃんの気持ち自体は、全然おかしくも悪くもないんだよ」

むしろ、当たり前。

杏子「だから『人間』なんだろうな」

ほむら「…………」

杏子「ん? どうした?
まさかほむら、まだあたしたちや自分を人間じゃないって思ってんのかい?」

穏やかな杏子の言葉に、ほむらは首を横に振る。

ほむら「いいえ……そんな事はないわ。
みんな、人の心を持っているから……
立派な『人間』だわ」

肉体などの器は関係無い。

『円環の理』の記憶にて無数の魔法少女たちの思いに触れたり、ここまで自分の道を歩んできたほむらは、
心・魂こそが人の──生き物の本体だと考えるようになっていた。

ほむら「でも……私は『悪魔』だから……」

さやか「おいおい。人の心持ってるなら人だって、今ほむら自身が言ったばっかじゃん」

マミ「『悪魔』とか、そんなのはなんの影響力も持たないわよ」

杏子「あんたも人の心を持ってんだから人間さ。
あたしたちとおんなじ、ね」

ほむら「みんな……」

……わずかな間の後、ほむらは再び口を開く。

ほむら「……私は……」

まどか「うん」

ほむら「私は、もう戻れないと思っていたわ。
いつかまどかと敵対する時が必ず来るという覚悟も出来ていた。
もちろんこうなるようにしたのは私自身だから、その事に後悔は無いけれど……」

でも、と、ほむらは言う。

──まどかを貶めた罪……──

ほむら「私は……赦されるの……?」

──あなたたちと……
まどかと戦わなくて良いの……?──

さやか「だから、赦されるもなにも無いんだって。
あたしたちとっくに赦してんだもん」

マミ「今でもあえてそっちの話になる? する? としたら……」

杏子「裂かれて、言葉通りに痛い目合わされたまどかぐらいか?」

まどか「それだって、もうやめて欲しいって言っただけでわたしは別に怒ってないよ」

ほむら「まどか……みんな……」

ほむらが、気が抜けたように大きくうな垂れた。

杏子「へへっ。それにしてもさ、あんた。
世界を再編したすぐ後、あたしとマミの前にこっそりと現れたみたいじゃん?
あとはさやかもか」

ほむら「……そうだったわね」

マミには通学路で。

杏子には、木の上で『鳥型』と仲良くリンゴを頬張る彼女にちょっかいをかけるというやり方で。

さやか「……ああ、あの時か」

そして、さやかとは言い合いをした。

杏子「あれさ、なんのつもりだったんだい?」

ほむら「……三人に……『別れ』を告げようと思って……」

ほむらは、自身の望んだ世界が手に入った。

しかしそのやり方は決して胸を張れるものではなかったと、自ら暗い道を進んでしまったと自覚していたほむらは、
杏子やマミ、さやかと決別をしようとあのような行動を取った。

気付かれないように。

……ただ、さやかだけは円環の記憶と力を残していた為にそういう訳にはいかなかったが……

マミ「でも、それって……ねえ」

どこか嬉しそうに、マミが杏子を見る。

杏子「あたしたちに未練があったんだな」

それを受け、杏子も嬉しそうに続けた。

ほむら「……未練、か。
そう……かもしれないわね……」

本当に決別をするなら、別にあんな事をする必要は無い。

もう杏子たちには二度とほむらからコンタクトを取らず、永遠に無視をしておくだけでよかったのだから。

彼女たちへ別れを告げる為にわざわざなにかしらの『形式』を取ろうとした事自体が、
そんな発想に至った事自体が、彼女たちに対するほむらの未練を表していた。

……実は、その時ほむらはなぎさも登校する時間や場所を選んでいて、
実際あの場になぎさが通りかかっていたというのはほむら以外誰も知らない。

ほむら(大体、なんだかんだで彼女たちを魔法少女として再編したのも──
『未練』、なのかもしれないわね……)

ほむらにとって、さやか・杏子・マミは、まどかと同じく深い縁を持った相手だから。

また、よくも悪くも魔法少女として共に戦った思い出が強くあるから。

だからこそ再編後も、さやかや杏子をつい自分やまどかと同じクラスにしてしまったのだろう。

余談だが、ほむらがまどかを見滝原中に転校してくるという形にしたのは、
彼女がかつてのまどかの位置に居たかったから。

だから、転校してすぐのまどかに対して、自分がされた事をなぞるような行動をほむらは取った。

ずっとまどかの側に居たいと思ったのと合わせ、以前鹿目まどかという存在が居たその位置に座りたかったのだ。

それすら、自分のものにしたかった。

あと、まどかを見滝原に数年ぶりに戻ってくるようにしたのは、
円環の力を奪った時に彼女のあの町への愛に直に触れたから。

元々はまどかを、見滝原とは無関係なただの転校生にして、
彼女との思い出がある存在を(土地も含め)皆無にしたいという風にも思っていたほむらだったが……

まどかは、今も昔もあの町が大好きなのだ。

生まれ、育ち、様々な出会いと別れがあり……とても一言では言い表せない思い出の詰まった大切な故郷が。

彼女の見滝原への思いを深く知ったほむらには、それを完全に無視する事はどうしても出来なかったのだ。

前述のほむらのさやかたちへの思いもそうだが、やはり人の気持ちとは難しく複雑だ。

なにが一番でも、それだけではない。

たとえそれだけを貫く事が出来ても、その状態だって永遠に続きはしない。

だからこそ『感情』なのだろう。

そして、悪魔・暁美ほむらだって、他のみんなと同じ感情のある存在なのだ。

杏子「と、そうそう。
ほむらが思ってくれたといえば、ついでにあいつ。
なぎさもだ」

ほむら「あ……」

さやか「あー、なぎさね!」

無垢で可愛らしい少女の名前が出たその時。

なぎさ「ついでとはヒドいのですっ!」

オーロラのような輝きの中から、なぎさが姿を現した。

今回はここまでにしておくです。

こっそりひとり言。フッ、誰にも聞こえまい……!

よりわかりやすくしようと書き直した部分などなどはむ~ん、ですなぁ。
本当は、前ルートの文章は(結末関係以外)完全にそのままで追加のシーンだけ書き足すのがこのSSでは理想でした。

自分もまだまだです。
そして私にとって、そんな風に感じ、これからもっと頑張ろうと思えるのもSSを書く楽しみの一つだったりします。

ただ言い回しとかは変わっても、軸というか内容としてはまったくブレてはいないのですが。
そうじゃないとこのお話をこのシリーズ? でやる意味が無いですからね。
などと言いつつ再開ですよ。

マミ「なぎさちゃん!」

なぎさ「やっとこれました……
なんか急に、周りがまっくらからガラッと変わってワタワタしましたよ」

宇宙が静止してから、なぎさはマミと杏子の居る見滝原中に向かっていた。

しかし普通の女子小学生の足。

異空間への道がどこにあるのかもだが、そもそもなぎさはそんな道が出来ている事自体を知らなかった為、
この場にたどり着くまでにここまで時間がかかってしまったのだ。

まどか「なぎさちゃん……よかった」

なぎさ「細かい事情は後でとして、ほむらっ!」

ほむら「百江なぎさ……
そう、あなたも……」

元気にテクテクと近付いてくるなぎさを、ほむらはどこかホッとしたように見る。

なぎさ「やっと言えます! ありがとうなのですっ!」

ほむら「…………えっ?」

なぎさ「だって、なぎさをこうやって普通の人間にしてくれたのはほむらでしょう?」

円環の一部であったさやかとなぎさが、世界の改変に巻き込まれたのは偶然だ。

しかし……

さやか「うん。
人としての命どころか、なぎさが魔法少女じゃなくなったのに関しては……
ほむらが、ほむらの意志でやったんだよね?」

ほむら「……どうしてそう思うの?」

マミ「最後には救われるとは言っても、あんなに小さい子が魔法少女になって戦って、傷付いて、苦しんで……
あなたはつい、そんな運命からこの子を解き放ってあげたくなったんでしょ?」

ほむら自身も、その辛さをよく知っているから。

ほむら「…………」

なぎさ「ほむら」

ほむら「……!?」

そっと、なぎさがほむらを抱き締めた。

なぎさ「本当にありがとうなのです。
おかげでなぎさは怖い戦いをしなくていいですし、チーズに囲まれてとっても幸せな毎日ですよ」

ほむら「ぁ……
そ、んな……」

なぎさがなぎさだからこそ持ち得る、『純粋』を間近で受けたほむらの声が揺れる。

ほむら「私は……お礼を言われるような事なんて……」

なぎさ「そんなことありません」

ほむら「だ、だって私、ソウルジェムの世界でもあなたに酷い事をしたし……」

なぎさ「あー、体を思いっきりつかまれて壁に押しつけられたりとかしましたね」

なぎさは笑う。

なぎさ「でも、そうやって謝ってくれたんですからもう良いですよ。
むしろ、その後にほむらがなぎさにしてくれたことを考えたら小っちゃなことです。
チャラです。おつりが来るぐらいですっ!」

ほむら「けど、私は……
ごめんなさい……」

なぎさ「……そこまで悪いとおもってるんなら、一つおわびをください」

ほむら「おわび……?」

なぎさ「はいっ。
またチーズ、一緒に食べてほしいですっ」

ほむらの肩に手をやったまま、なぎさはほむらの目を見てにこやかに言った。

ほむら「!……」

そのあまりに無垢な瞳に、ほむらは言葉を失う。

なぎさ「これでプラマイゼロってやつです!」

再びなぎさは、そのか弱い力でほむらを抱き締める。

ほむら「…………」

ほむらは、自身の心の中の凍てついたなにかが完全に薄れていくのを感じた。

溶けていく。

ここから、ほむらが前に進む為には絶対に解消させなければならない、
彼女の心に固く固くこびりついていた悲しいものが。

……そう。

だから百江なぎさという存在もまた、必要だったのだ。

今はなにもかもがまどかたちの誰とも異なる立場・存在であり、
しかしほむらも円環の知識にて、その様々な過去や未来──思いを知っている百江なぎさという少女が。

そんななぎさの言葉が、心が、行動が。

ほむらの魂が抱える、様々な意味での過去のしがらみや呪縛を解消する最後の一押しになった。

これこそが、まどかたち五人が、自分だから出来る事やかけられる言葉でほむらを救おうとした結果。

ほむら「……わかった。
そんな事で良いのなら、いくらでも付き合うわ」

なぎさ「やったのです! 嬉しいのですっ!!」

ほむらの言葉になぎさがバンザイをした。

そんな二人の様子に、まどかたちはひとまずの安堵を見せる。

だが、まだこれですべてが解決した訳ではない。

まどか「──さあ、ほむらちゃん」

ほむら「…………」

これから先の『救済』をどうするかはほむら自身が決めるし、決められる。

だが、今のままでというのだけは不可能……というよりもほむらの気持ちを考えたらありえないだろう。

『闇』さえなければ、『円環の理』が介入しない選択肢もあった。

けれど、現状のまま放っておけばすべてが終わってしまうから。

まどか「ね?」

まどかが、悪魔・暁美ほむらに再び手を差し出した。

──悪魔・暁美ほむら。

その正体は、魔法少女としての自分を無くしたかわりに『闇』の力を得、その強大なる『負』によって魔女すらも超えた……
言わば、魔女とは違う形の魔法少女の成れの果て。

『闇』とは元々『円環の理』の力だった為に、円環のものと共に魔女の力すら自在に操れるようになったさやかとは、
別の方向に進化を遂げた魔法少女とも呼べる。

だからこそほむらが『悪魔』であるうちは、『円環の理』は彼女を救済出来るのだ。

根本は魔法少女や魔女と同じ存在なのだから。

ほむら「……うん」

今度は拒否したりせず、ほむらはなぎさをそっと体から離しておずおずとまどかに手を伸ばす。

ほむら(結局こうなるのね)

一瞬、ほむらの胸に虚しさが生まれたが、それはすぐに消えた。

そのかわりに生まれたのは……

まどかたちへの感謝。

そして、自身の分身とも呼べた使い魔たちへの想い。

──クララドールズの中には、なかなか来なかった者が居た。

『アイ』。

大切な人の居る、いつか必ず消え去るだろうこの幻夜の世界を終わらせまい、
永遠に手にしていたいと願い続けていた少女……悪魔・暁美ほむら。

ひとりぼっちにお似合いな哀しさを纏う彼女は、『円環の理』を裂いた後にようやく現れた。

だが、『アイ』とは彼女だけを指すのではない。

『悪魔』だけでは不完全なのだ。

──『円環の理』たち。

以前差し伸べた手を振り払われたにも関わらず、愛深き少女たちはもう一度やって来てくれたのだ。

まるで、ひとりぼっちではない『悪魔』にそんな哀しさは相応しくない、必要無いと言わんばかりに。

そして。

ほむらが魔法少女になるさらに前の時代から、彼女が居る場所にだって『アイ』は在ったのだ。常に。

『悪魔』などは関係無く、ほむら自身もそう。

同じ存在ではないが、同じ暖かい心を持った存在のすべて。

すべてが、一つの『アイ』。

一つに繋がる、命。

今ここに──

『アイ』は完全体となった。

ほむら(…………)

嬉しさに、ほむらの魂が震える。


サアッ……


……オーロラのようなモザイクのような、周囲の捻れた空間が溶けていく。

まどかと『闇』の、力のぶつかり合いによる余波が完全に消えるのだ。


サアァァァ……


すべてが歪んだ場所が元の暗闇に満ちた異空間に戻り、


そっ……


ほむらの指先とまどかの指先が触れた。

マミ(暁美さん……よかった)

ほむらの心はこれで大丈夫だろう。

溢れた『闇』と、感情が暴走するほむらとは本来まともに対話は出来なかったはずだが、
誰しもが戦闘能力を失う場所が生まれた為かそれは可能になった。

これはほむらも含めたまどかたちにとって、予想外の大きな幸運だった。

いくら円環に導かれた先に待つのが真の救いだとしても、
本当はほむらとちゃんと話をし、複雑に絡まった彼女の心をほどいてから『救済』をするのが最善だったからだ。

奇しくも、『円環の理』の力と元『円環の理』の力の断片が衝突して生まれた場所が、
救済対象であるほむらに対してこのような結果に続く道を作った。

もうほむら個人としての抵抗は無いだろうし、あとは完全に孤立した『闇』を滅ぼすだけ。

さやか(さあ……)

杏子(決着の時だ)


バッ!


安堵をしつつも、魔法少女の力を再び行使出来るようになった杏子たちは構える。

暗闇の異空間が戻った事で再び動き始めた『闇』を滅する為に。

しばしご休憩。
また後で再開するです。

……だが。


パリンッ。


なんだろうか。

杏子たちが『闇』に最後の攻撃を仕掛けるよりも一瞬、ほんの一瞬早く。

まるで宝石かなにかが砕け散るような音とともに、ほむらの全身が完全に真っ黒に染まった。

─────────────────────

まどか・マミ・なぎさ『え……?』

さやか・杏子『な──』

まどかたちが思わず声を漏らしたのと、

ほむら「がはッ!!!」


『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


今は割れた、先程までダークオーブがあったほむらの胸元から『闇』が吹き出し、
それが咆哮したのはほぼ同時だった。


ゴウッ!


まどか「っ!?」

広がる『闇』に、ほむらに一番近い所に居たまどかが吹き飛ばされ、

なぎさ「ひっ!」

次に間近に居たなぎさが『闇』に呑み込まれかける。

力のあるまどかはこの程度で済んだが、おそらくなぎさはこうはいかない。

ここまで濃い『闇』に呑まれれば、確実に……

死ぬ。

あっという間の出来事でさやか・マミ・杏子は動けない。

動けたとしても、間に合わない。

─────────────────────

ほむらは真っ黒な場所に漂っていた。

まるで、黒い湖にたゆたうように。

ほむら(嫌だ、嫌だ……)

彼女は、自分の体からどんどん力が抜け、逆にその力が自分を侵食していくのを感じる。

もう、どうにもならない。

終わりの時が来てしまったのだ。

ほむら(嫌だ……怖い……
だ、誰か助けて……!)

恐怖と絶望と諦めに、ほむらの魂は震える。

……だが、突然。


『ひっ!』


ほむらが知っている少女の、怯えきった小さな悲鳴が聞こえた。

ほむら「!」

それと同時に、消えかけていたほむらの意識が覚醒する。

彼女は思い出したのだ。

このままだと、自分自身が終わるどころではない。

他のみんなも命運が尽きるのだと。

ほむら(ふ……ざけないでよ……)

ほむらの心に激しい怒りが灯る。

ほむら(ふざけるな……)

そして、その怒りは一度覚えるともはや止まらない。

ここはほむらの心の中。

精神世界。

一度なにかを思うと、物理世界とは『実感』が違うのだ。

──どうしてこうなるの? なんで? どうしてみんないつも悲しまなければならない?──

──死ななければならない?──

──苦しまなければならない?──

──終わらなければならない?──

ほむらのそれは、もはや今回の事だけに対する怒りではないだろう。

ほむら(私はこんな事望んでなかった!
みんなだってそのはずよ! 誰が好き好んで死にたがるものか! 不幸になりたがるものか!!!)

紆余曲折ありながらも、なんとかここまで歩んできたほむらの気持ち。

彼女も持つ『円環の理』の記憶にある、沢山の魔法少女たちが経験してきた苦しみ、嘆き。悲しい思い。

そのすべてが混じり合い、ほむらは激昂した。

ほむら(冗談じゃないわ! こんなのもう沢山!
いつもいつもいつもいつもっ!!!)

先程まで感じていた恐怖や絶望など、今や敵ではない。

ほむら(ふざけるな!)

ほむらには、自分の体から出た邪悪なものが、
怯える小さな光──命を喰らおうとしているのが視える。

ほむら「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」

─────────────────────

ほむら「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁあああッッッッ!!!!!」

まどか・さやか・マミ・杏子『!?』

ほむらが突如として絶叫し、気が付けば──

なぎさ「!!!」

全身が黒に染まったままのほむらが、両手を前にかざしながらなぎさの前に立っていた。

ほむら「終わってたまるか! 終わらせてたまるかっ!!!」


バジィッ!!!!!


なぎさ「ひいっ!」

ほむらの両てのひらから生まれた黒い光が、なぎさへ向かってきた『闇』を弾く!

ほむら「『これ』はまだ私のものだ! まだ『力』がある以上、諦めてたまるかっ!
消えるとしたら、終わるとしたら……
お前の方だ!!!!!」

杏子「こ、これは……!」

マミ「暁美さんのこの力は……!?」

本当ならば、こうなった以上すべてが『闇』として覚醒するはずだったほむらの中にあった力。『闇』そのもの。

しかし諦めを放棄したほむらは、まだギリギリ自分のものでもあったその力の何割かを強引に引き戻して使ったのだ。

命を、未来を守る為に。

万感の思いと魂を込めて。


ヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!!!


ほむら「──くうっ!」

ほむらと『闇』の攻防は一瞬で終わった。


……バジィッ!!!!!!!!


『闇』とほむらのてのひらの間から弾けるような音が鳴ると、


ゴウッ!


ほむら「かはっ!」

なぎさ「きゃぁっ!」

生まれた烈風にほむらとなぎさが吹き飛ばされた。

その先には、なぎさを救う為に光の矢を放とうとしていたまどか。

さやか「まどかっ!」

まどか「うんっ!」

まどかは光の矢を消し、彼女の持つ暖かな力にて二人を受け止めると、気を失っているほむらを抱き締めた。

まどか「もう……大丈夫だよ」


『ルアアアアアアアッ、ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


『闇』が、先程ほむらと激突した場所で蠢き、苦しんでいる。

あの激突で、『闇』は覚醒した自身の相当な量の力を使い、
ほむらを──ほむらの操っていた『闇』を完全に滅ぼした。

それはつまり、自身という存在の一部を失ったという事でもある。

すべてを滅びに導く力は、その力で自身に手傷を負わせたのだ。

杏子「いくぞッ、マミ、さやか!」

マミ「ええッ!」

さやか「任せろッ!」

三人は叫び、構えて力を溜める。

杏子「おおおおおおおッ!!!」

マミ「はああああああッ!!!」

さやか「あぁぁぁぁぁッ!!!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


杏子の体からは赤色の、マミの体からは黄色の、さやかの体からは青色のオーラが立ち昇る。

なぎさ「わわっ、す、凄い……!」

まどかの腰の辺りを掴みながら、なぎさが感嘆の声を上げる。

さやか「あたしの力、全部持ってけぇぇぇぇぇッ!!!!!」

さやかが剣を持った右手を前に突き出すと、


ゴ ウ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! !


『闇』へと向けて、彼女の体全体から青い光が伸びる!

それは進むほどに太く大きくなり、光の中には……

『Oktavia』。

マミ「スペランツァ・ティロ・フィナァァァァァァァァァレッ!!!!!」


ド ン ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! !


かつてない大きさの大砲での一撃。

防御の一切を捨て、持てる力のすべてを破壊力のみに注ぎ込んだマミの最終奥義が放たれる!


ヅガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!


麗しくも強烈な黄色い光の大砲は、さやかのものと合わさって『闇』に直撃した!


『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


激しくもがく『闇』。

杏子「こいつで……」

頭上で槍を回転させると、杏子はその槍を巨大化させた。

杏子「終わりだッ!!!」

杏子は赤い光を纏って駆け出すと、巨槍を構えて跳び、突貫する!

生きる意思を込めた、未来へ向けての全身全霊の『突撃』。

杏子「おおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

それはまるで、流星の如く猛スピードで輝き──


ザ ン ッ ! ! ! ! ! ! ! !


『闇』を貫いた!


ズザザザザッ!


そのまま杏子は、マミ・さやかとは対極の方へと着地する。


『ルアアアアッ、ルアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』


カッ、カカッ!!!


『闇』を包む青・黄・赤の光はやがて放射状に伸び……


ド ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ン ! ! ! ! ! ! ! ! ! !


すべてを照らす柱となって、上空へと立ち昇った!


『……──…───…………』


神の一撃にも匹敵する眩い光の柱に、『闇』は……


『──………─………………………………………………………………………………』


完全に──滅び去った。

なぎさ「……キレイ……」

まどか「これが、これこそが……
未来を紡ぐ、人間の光。
神には放てない、偉大で素晴らしい力」

なぎさと『円環の理』は、幸せそうにその光の柱を見つめていた。

いつまでも。

─────────────────────

まどか「わかった。
それで良いんだね」

ほむら「うん」

暗闇の異空間とは真逆の真っ白な世界で、まどかとほむらは向かい合っていた。

彼女たちの魂は共に穏やかで、幸福に満ちている。

ほむら「やっぱり、私もこの世界が大好きだから。
自分が、みんなが居る……生きている世界が」

まどかが愛し、生きてきた世界が。

ほむら(だから、可能ならば私はそこで生きたい。
ううん、『生き抜きたい』)

──いつか力尽きて倒れるその時まで──

まどか「うん、それがほむらちゃんにとっての『救済』なら」

ほむら「でも、このままでは終わらないけどね。
『それ』も含めて……だから」

にっこりとほほえみ、ほむらが言った。

まどか「うん」

──ふと思い立ったように、まどかが自分がつけているリボンに手をやる。

まどか「……もう一度、ほむらちゃんに託すね」


まどか『きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない』


以前、神になったまどかがほむらにリボンを渡した時、彼女はそう言った。

まどかだって、あの時は『奇跡』に期待していたのだ。

突然あのような状況に置かれた為に、期待してしまった。少しだけすがってしまったのだ。

これから進む道に迷いはなくとも、自身が人として生きた証を残したいと。

でも、今は違う。

以前よりも成長したまどかは、あの時とは違う想いを持って再び自身のリボンをほどく。

彼女らしい、『慈愛』を持って。

ほむら「待って」

しかし、ほむらはそんなまどかを制した。

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「目に見える『形』はもういらないわ。
そんなもの無くても私は大丈夫だから、心配いらない。
ちゃんとわかったから」

まどか「……そっか」

ほむらはそっと胸に手をやる。

誰もがそこに持つ、自分の中の暖かな『アイ』。

それは、神という存在と──つまり『まどか』とも繋がっているのだ。


まどか『みんな、みんないつまでもわたしと一緒だよ。
これからのわたしはね、いつでもどこにでも居るの。
だから見えなくても聞こえなくても、わたしはほむらちゃんの側に居るよ』


ほむら(今はもう懐かしい、『円環の理』になったばかりの時のまどかの言葉……)

──紛れもなく、その通りだったのね──

ほむら(本当にいつも一緒なんだって、やっとわかったから)

その魂で。

ほむら「……まどか」

まどか「なあに?」

ほむら「ずっとごめんね。
……ずっと、ありがとう」

まどか「……うん」

─────────────────────

まどか「もう……こうやって居られる時間が少なくなってきたみたい」

全身を柔らかな光が包むまどかが、杏子たちにそう言った。

彼女の放つ輝きは、黒しかないはずのこの異空間ですら優しく照らしている。

杏子「……そっか」

マミ「寂しく……なっちゃうわね……」

杏子「まぁまた必ず会えるさ」

まどか「うん、そうだよ」

マミ「……ええ、そうね」

それぞれの人生を精一杯生き抜いたら、また。

なぎさ「うぅ、なぎさはもう会えないのです……」

まどか「ううん、諦めるのはまだ早いよ」

なぎさ「えっ?」

ほむら「なぎさ、神について忘れている事があるわよ」

なぎさ「……あっ」

ほむらの言葉に、なぎさは『そうだった!』と笑顔で頷く。

さやか「まどか……」

まどか「さやかちゃん……」

さやかは残る。

円環のカケラとともに人としての肉体も持っている彼女は、
これからも魔法少女として──人として生きていくのだ。

自分の意志で、その命を全うする。

まどかも同じく人の肉体を持っているが、それはもう消えつつある。

『闇』が消えて円環を拒絶する力も無くなったので、まどかは『円環の理』として完全に覚醒していた。

『円環の理』の本体であるまどかと、その一部でしかないさやかでは内包する力の量が違う為、
まどかが女神としての真の『光』を収めるには人の器ではやはり小さすぎ……

人間としてのみの彼女は、さやかと違ってどうしても維持出来ないのだ。

だが、溢れ出る偉大で暖かな慈愛の『光』は、
自身の肉体すら優しく包みあげて大いなる祝福を与え、
その結果鹿目まどかという人間は自然と『円環の理』と一つになり、還っていくのだ。

そう、自然と。

人が人として生き続けるのと同じように、それが今の『鹿目まどか』にとっての当たり前だから。

ありがたくも愛おしい『普通』だから。

まどか「さあ、わたしももっともっと強くならなくっちゃねっ」

さやか「まどかならイケるイケるぅ!」

なぎさ「うむっ、です!」

マミ「ええ。鹿目さんなら大丈夫よ。
これからさらに立派になっていくと確信出来るわ」

杏子「あたしたちも負けてらんねーな」

ほむら「ええ、そうね」

──暁美ほむら。

彼女は今も生きている。

今までと変わらぬ肉体で。

なぎさと同じ、純粋な人間として。

魔法少女を救う神に叛逆をした少女は、魔法少女でなくなり、魔女でも『悪魔』でもなくなり、再び人間となった。

最期の瞬間までこの世界で生き抜く事が自分にとっての『救済』だと、ほむら自身がこの道を選んだのだ。

まどかの分まで、純然たる人としての命を持って。

だがもちろん、彼女はそれだけで終わるつもりはない。

まどかのなり方こそイレギュラー中のイレギュラーではあったが、神とは特定の者しかなれない存在ではない。

人の誰しもが胸の中に持っている、暖かな『アイ』──愛。

『良心』。

神の卵であるそれにそって、精一杯生き抜けば誰にでもなれるのだ。

神というのは、その神の卵が花開いた存在なのだから。

そういった意味では、人は神ではなくとも神自身と呼んでも良いのかもしれない。


まどか『みんな、みんないつまでもわたしと一緒だよ』


だから、みんな神と繋がっているのだ。

そして、まどかやほむらが知っていて、かつ誰よりもまどかに近しい者たちで見事に神になった例もある。

しかし簡単なように見えて、良心が花咲くほどの人生を送りきれる者は決して多くはない。

生き方を大きく誤ると、良心は二度と表に出てこれないほど奥深くに隠れてしまったりもするからだ。

だが、ほむらはやるつもりだ。

人間、間違える事もあるだろう。前に進めても、すぐに大きく後退してしまう時だってある。

それでも。

ほむら(負けずに生き抜いて、私も神になるわ。
そして必ず、まどかと再会してみせる)

同じ神という存在になれば、魔法少女じゃなくともそれは可能なのだ。

前述の、神になった者たちは神の世界で何度もまどかと会っているのだから。

過去も、今も、これからも。永遠に。

──だから──

ほむら「まどか」

もはや、多くの言葉はいらない。

まどか「うん」

──待っていて──

なぎさ「それにしてもほむらっ!」


だきっ!


ほむら「!」

いきなりなぎさに抱きつかれ、ほむらはたたらを踏んだ。

なぎさ「あの時助けてくれてありがとうでした!」

あの時──『闇』との決戦の時だ。

ほむら「ううん、あれは……ただ、夢中で……」

杏子「いや、あれはファインプレーってやつだったよ」

なぎさ「はいっ! だって、ほむらが居なかったらなぎさは死んじゃってたと思いますもんっ」

ほむら「……うん……
……でもね、お礼を言うとしたら私の方だわ」

なぎさ「えっ?」

ほむら「私はあの時、もう駄目だと諦めてしまっていたから。
でも、いよいよという時にあなたの悲鳴が聞こえて……」

ほむらは目を覚ました。

自分がなにもかもを失ってしまう現実に。
なぎさや、他のみんなが終わってしまう理不尽さに。延々と繰り返される無限の悲しみに怒って。

そんなものを決して受け入れてたまるかと、
すべてを諦めたはずのほむらは最後の力を振り絞って再び立ち上がった。

彼女はまどかたちからただ救われるだけではなく、最後は自分の足で立ち上がったのだ。

ほむら「多分、なぎさが居なかったら私はここに立ててはいなかったと思う。
──ううん、それは全員に対して言える事なのだと思うけど……」

きっと、キュゥべえも含めて誰が欠けていてもこの結末は迎えられなかったのだろう。

人も神も関係無い、全員が唯一無二である揃うべき者たちが揃い、
それぞれが自分に出来る精一杯をしたからこそ今がある。

ほむら「だからありがとう、助けてくれて。
なぎさ……みんな」

なぎさ「ほむら……」

杏子「……ああ」

さやか「……うん」

マミ「暁美さん……」

まどか「ほむらちゃん……」

自分を抱き締めるなぎさの頭を優しく撫でるほむらの言葉に、まどかたちは嬉しそうに笑った。

さやか「よおしっ、こうなったらみんなでハグだぁぁぁっ!」

杏子「をっ!」

まどか「きゃっ」

ほむら「っ」

なぎさ「むぎゅ」

不意にさやかに手を引っ張られた杏子とまどかが体勢を崩し、三人でなぎさ・ほむらへ抱きつく格好となる。

マミ「ひゃっ」


だきっ!


倒れかかる際に、空いていた手をバタつかせた杏子に引っ張られたマミも続く。

なぎさ「ぎ ゅ 。」

ほむら「…………」

さやか「ははっ、こういうのも良いねっ!」

マミ「うん……暖かいわ」

杏子「……まあ悪くはねーな」

ほむら「…………ええ」

まどか「マ、マミさん……なんだかやわらかいものが当たってる……」

──六人はしばらく、全員で抱き合う感触を楽しんでいた。

しかし、そんな幸せな時間も永遠には続きはしない。

まどか「…………」

そっと──まどかが輪から離れた。

彼女の動きに、察した他の五人も。

まどか「じゃあ、わたし……そろそろ行くね」

ほむら「……そうね」

杏子「……わかった」

なぎさ「あっちのなぎさの家にたくさんチーズがあるので、みんなで仲良く食べて下さいっ」

さやか「まどか、みんなによろしくね」

マミ「鹿目さん……
私にとってあなたは、最高の後輩の一人であり、誰よりも尊敬する人にして神様よ」

マミたちが、一人一人まどかと握手をしていく。

固い絆に結ばれた握手を。

まどか「ありがとうっ!
わたし、みんなと出会えて本当によかったなっ!」

と、まどかは可愛らしくも麗しい笑顔を浮かべると……


サアァッ……


ゆっくりと還っていった。

まどか自身が選び、作った──『幸せ』と『優しさ』そのものへと。

マミ「私こそ……
鹿目さん、あなたが居て──あなたでよかった」

杏子「……サンキュー」

なぎさ「本当に、本当にありがとうなのです」

さやか「またな、親友」

ほむら「…………」

残った全員は、その瞳に現実・未来……そして、覚悟を映していた。

杏子(まどか、あたしはあんたを喜ばせる為にも頑張るよ。
これまでのあたしは、神様ってヤツに願ってばかりだった。願いが叶わないと、憎みすらした。
……へっ、何様だよな。神様はパシリじゃねーのに)

たとえ自身の干渉出来る事に関しては全能ではあっても、すべてが完璧だなどとありえないのに。

杏子(だから、今度は逆にあんたを助けたい。喜んで貰いたい。
……最後はまあ、『救済』ってのをされちまうんだけど……)

それでも、もう求めるのではなく、願うのでも祈るのでもなく。

──あたしは神様を、あんたを幸せにしたい──

そう、『想う』。

マミ「……じゃあ行きましょうか」

杏子「ああ」

なぎさ「はいっ」

ほむら「ええ」

さやか「おっしゃ!」

五人は歩き出した。

この異空間の出口へと。

過去と現在を越え、未来へと続く道を。

さやか「さーて、これから忙しいぞっ!」

マミ「今まで以上に精一杯生きないといけないものね」

ほむら「そうね。
もっと、もっと……」

杏子「まどかと再会した時に、胸を張ってあいつと笑い合えるように……」

なぎさ「なんだかなぎさ、これから生きていくのがドンドン楽しみになってきてますっ」

ほむら(これから、か……
考えてみたら、私にもまた『未来』が出来たんだ)

彼女が魔女化する前から諦めてしまい、『悪魔』になった事で完全に失われたと思った未来が。

少女である彼女からすれば、閉ざされたはずの大人になる門が再び開いたのだ。

ほむら(なんとも不思議な感じだし、なんとも……嬉しいものね)

そもそも、魔法少女になってからのほむらにはそういったものに思いを馳せる余裕すらなかった。

だが、これからは違うのだ。

──自分はこれからどんな道を歩んで『女性』になり、年老い、死んでいく事が出来るのだろう?──

まだまだ続く学生生活でも、先に待つ仕事場でも、
様々な人々や場所と出会ってほむらの見る世界はどんどん広がっていくだろう。

ほむら(友達も増え……るのかしら?
きっと、恋人も出来るのでしょうね)

まだまだ先の話すぎて他人事のようにしか感じないが、想像するだけで彼女の心は踊る。

これはなんて……幸せなのだろう。

ほむらには、自分の将来について思うところがあった。

ほむら(……いつか私は、魔法少女や魔獣という存在を研究してみんなを手助けしたい)

もはや地球上にインキュベーターが居ない以上、
この次元のほむらたちの世界に湧いた『呪い』を処理出来る者は居ないし、魔法少女も増えない。

ほむら(それを私がなんとかする。
将来的には魔法少女抜きでも魔獣を対処出来るようにしたいし、
これまでとは違って、特別なものがなくてもソウルジェムの穢れを取る方法だって見付けたい)

これは相当に困難な道だろう。

魔獣や魔法少女という存在自体、一般には認知すらされていないレベルなのだから。

ほむら(でも頑張るわ。
って、頭のよくない私だから、とても不安だし自信は無いけど……ね)

そして、そうやって頑張り続けたら。

ほむら(いずれ子供だって出来るんだわ)

それこそまだまだ現実感がない。ほむらはつい苦笑するが、きっといつかそんな日も来るのだろう。

──なぜかふと、ほむらは使い魔たちの姿を思い返した。

ほむら(…………)

彼女の心の中で、愛おしいみんなは全員が幸せそうに笑っていた。

クララドールズは、涙すら流しながら。

ほむら(ああそうか……)

ほむらが魔女だった時から葬列を待っていた、
『泣き屋』の役割を持つ彼女たちはようやくその役目を果たせたのだ。

元々のそれを超える形で。

先程、悪魔・暁美ほむらの葬列を終えて。

いくら『救済』を受け取って未来へと歩き出したとはいえ、
自分なりにもがいて必死だった過去が通り過ぎるのはやはりどこか寂しいものだ。

とても一言では言い表せないほど色々ありすぎた過去だが、
常に本気で、一生懸命やってきたからこそ彼女はそう感じる。

きっと、その『葬列』の時にもクララドールズは泣いてくれていたのだろう。

それと同時にこれからの暁美ほむらの『誕生』も迎え、今の彼女たちは心の底から笑っている。

この笑顔や涙は、もはや演技でも嘘でもない。

『悪魔』になった事で成長し、その果てにもう一段階高い所へ行けたほむらの使い魔たちもまた、成長していたのだ。

ほむら「…………」

一つにまばたきをしたら、もう二度と使い魔たちの姿は視えなかった。

ほむら(でも……構わないわ)

使い魔たちは、消滅しても自分の中に常に在るのだとほむらは思うから。

ほむらではなくとも、彼女たちはほむらでもあるのだから。

ほむら「…………」

はて? >>546は無しでやり直しです。
ごめんなさい。

ほむら「…………」

一つまばたきをしたら、もう二度と使い魔たちの姿は視えなかった。

ほむら(でも……構わないわ)

使い魔たちは、消滅しても自分の中に常に在るのだとほむらは思うから。

ほむらではなくとも、彼女たちはほむらでもあるのだから。

ほむら「…………」

なぎさ「ああ~っ、なぎさも早くまたまどかと会いたいですっ」

さやか「まったくだっ。
……おっ」

なぎさの言葉に、さやかたち四人がなぎさを見た。

ほむら「その言い方だと……
やっぱりなぎさ、あなたも?」

ほむらの問いに、なぎさが胸を張って答える。

なぎさ「そうですよっ、なぎさも神様になります!
で、死んだ後もまたみんなと一緒です!」

ほむら「なぎさ……」

さやか「そうかぁ。じゃああたしも神様になってみようかな!」

ほむら「えっ」

マミ「じゃあ私も♪」

ほむら「!?」

杏子「したら、あたしもなるか」

ほむら「な、なんだかこれって……神のバーゲンセールってやつかしら?
……でも……ふふっ」

と、ほむらが片手を握って口元にやり、笑い出した。

ほむら「うん、良いわねそれ。ふふふっ」

さやか「あははっ!」

なぎさ「なぎさはチーズの神様になって、毎日みんなとチーズ・パーティー開きますよ」

マミ「じゃあ私は紅茶の神様ね。
最高に美味しい紅茶をいつも淹れて、みんなと楽しく飲みたいわ」

杏子「あたしは食い物の神様だな。
そうなったあかつきには、あちこちに食い物配ってやる。
みんなで美味しく食おうじゃん」

なぎさ「なんかなぎさと被ってるのです。
チーズ以外の食べ物の、ならいいですよ」

杏子「なに言ってんだ。チーズも食い物。なら食い物の神様であるあたしが統べるものの一つだ」

なぎさ「杏子はまだ神様じゃないのです! ってゆーかチーズはダメなのです!」

杏子「心配すんな。チーズの神様になったお前にもチーズ分けてやるから。たんまりとね」

なぎさ「杏子、早く食べ物の神様になるのですっ!」

さやか「あたしはさや神様だな」

ほむら(私は……そうね)

仲間たちにつられ、ほむらも自分が神になった後の事を想像する。

ほむら(まどかみたいに誰かを救える存在になりたい。
……って、それはなぎさや巴さんの望む神とも同じか)

美味しい食事とともにみんなでパーティーを楽しむというのも、救いの一つの形になるからだ。

食べ物を配るという、杏子の述べた神もまた然り。

ほむら(……考えてみれば、私が目指す神の具体的な姿っていうのはまだないわね)

ただ、ほむらは思う。

ほむら(でも……可能ならとりあえずは、救われなかった自分を救いたいな。
きっとどこか別の次元では──
今回の件一つだけで考えても、助からなかった『私』も居るでしょうから……)

これは、様々な時間軸を渡りながら生きてきたほむらだからこその発想なのだろう。

そして、かつてのまどかが魔女になった自身をも救済したように……

『自分自身』もまた、救われるべき大切な存在たちの中の一人なのだから。

杏子「まあともあれ、さ。
──ほむら、あんたならなれるよ。きっと」

ほむら「杏子?」

穏やかに見つめてくる杏子を、ほむらが見つめ返す。

杏子「神の力を奪うとか、あんたは魔法少女っつーか魔女? だったとはいえ人の身でそんな奇跡起こしやがったんだ。
それも、どう考えたって奇跡の中でも明らかに次元が違うレベルの奇跡を。
そいつと比べたら、神になるなんて簡単だろ」

ほむら「杏子……
そうね、私はやってみせるわ。必ず」

さやか「でもさ、もし色々とヤバい時は、あたし……じゃなくても良いから、次は声かけてよね」

ほむら「えっ?」

さやか「辛いのを一人で背負い込む必要なんて無いんだからさ。
グチとかこぼすだけでも、ちょっとは楽になるっしょ」

ほむら「美樹さん……」

それこそ、ほむらが将来魔獣や魔法少女の研究で壁にぶつかった時だって、さやかたちに相談すれば良いのだろう。

さやか「きっと、これからだって色々あるだろうからね」

ほむら「……ええ、そうね」

神になるのはもちろん、各々が自分の人生を生きるだけでも大変なものだ。

これから先、今までに彼女たちが経験したどれをも超える苦難が襲ってこないとも言い切れない。

さやか「だからその分、あたしがしんどい時は助けてよ?
一緒に遊んだりとかさ」

杏子「おっ、良いねえ。
ぜひ頼むよ」

マミ「私もそうしてくれると嬉しいわ」

なぎさ「なぎさもですっ」

ほむら「ふふっ。ええ、喜んで」

そうだ。

ほむらたちだってまた、まどかと同じく永遠に一人ぼっちではないのだから。

それを忘れない限り、どんな苦境でも希望は決してゼロにはならない。

むしろ、無限にある。

たとえ自身の運命が激しく牙を向き、大きな苦難に押し潰されそうになった時だって、
今回『闇』に対して行ったみたいに全員でもう一度すれば良い。

絶望や苦しみに『叛逆』を。

そして、最後には全員が掴むのだ。

幸せを、必ず──

杏子「……見えてきたな」


カッ……


彼女たちの前方に、光が生まれた。

『これまで』の出口であり、『これから』への入り口。

ここをくぐる事で、ようやく真の意味で全員にとっての光色の朝が訪れるのだ。

ほむら(……そうか。
こうやって、明るい場所へと歩いていけばよかったのね……)

さやか「んじゃ、今後ともよろしく頼むぜ! きょーだいっ!」

杏子「ああ!」

マミ「もちろんよ」

なぎさ「はいですっ!」

ほむら「ええ。
……こちらこそ」

そして彼女たちは──

これからを歩む。

─────────────────────

これは未来の話だろうか?

それとも過去か、現在か。

もしかしたら、ただの夢や幻なのかもしれない。

……………………

………………

…………

……

杏子『よう、ほむら』

マミ『頑張ったわね』

さやか『お疲れっ!』

なぎさ『早速チーズを食べましょうっ!』

ほむら『みんな……ありがとう』

まどか『ほむらちゃん……』

ほむら『まどか……』

──やっと会えたね──





完。

以上です。
ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。

なんでも、まどマギは今続編を考えているらしいですね。
その時が来たらまた楽しませて頂くとしましょう。

……コソーリコソーリ。このSSの扉絵みたいなのを置いておこっと。
描きたくなったから描いた。フッ、反省はしておらぬさ。

http://i.imgur.com/dOV4F3X.jpg

ではまた。

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