―961プロで毎年行われる人気投票は事務所所属のアイドルにとって緊張の日…

幸子「ふふふっ…今回も5位以内ですねっ！」

凛「幸子はいつもすごいなあ…」

卯月「凛ちゃんだってすごいよ？5位以内に入ったんだよ？」

凛「そりゃそうだけど…」

幸子「ちょっと待ってくださいよ！なんでこんなところに『16位以下』がいるんですか？」

凛「何それ…卯月は！」

幸子「人気投票16位以下は控室が違うんですよ？」

楓「申し訳ありませんが社長の決めたことです。お引き取りを」

卯月「ご、ごめんなさい…あ、じゃあまたね！凛ちゃん！」

凛「あっ…」

幸子「知らなかったんですか？これから人気投票16位以下は2軍落ち！これ常識ですからね？」

凛「だからってそういう言い方！」

杏「仕方ないっしょ。社長が決めたことなんだし」

蘭子「栄光の勇者とて、天に従わねばならぬ時もある…それが運命（さだめ）」

まゆ「みんな落ちるのが怖い…だからこそきっちりしていただかないと…私たちにまで責任が…！」

黒井社長「いや、待たせたね。新たな『人気アイドル』諸君？」

全員「「社長！おはようございます！」」

黒井社長「ウイ。元気でよろしい。前の投票上位の娘たちは分かっていると思うが、
君たちには他のアイドルたちよりも我が社を背負って沢山出てもらうことになる。
まさに芸能界の代表と呼ぶにふさわしい存在となってもらう。
そこでだ。普段大勢でレコーディングを行う楽曲とは別に、ユニットを組んでもらう」

凛「二人一組…ってことですか」

黒井社長「その通りだ。察しが良くてなにより。これにより現在の売り上げが下がったCD業界を、
我が社のアイドルの曲で独占できるはずだ。この売り上げは、次の投票結果にも響いてくる。
下に蹴落とされないよう、せいぜい頑張ってくれたまえよ？では…ユニットの組み合わせを発表だ」

幸子「凛さんとボクがユニット…ですか？」

社長「不満かね？」

幸子「いえいえ、誰でも歓迎ですよ！凛さん、足引っ張らないでくださいね？」

凛「…よろしく」

幸子「はい！よろしくお願いします！」

ｵﾂｶﾚｻﾏﾃﾞｽｰ

杏「あ、乙―」

凛「杏…さん！お疲れ様です」

杏「いや、タメでいいよー？みんな年下扱いしてくるし」

凛「あ、それなら…ところで、一組だけ三人ユニットなんて大変じゃない？」

杏「まー他の二人に任せておけばなんとかなるんじゃない？
大変って言ったらそっちもアレじゃん。幸子と一緒なんて」

凛「どういうこと？」

杏「今いないから言っちゃうけど…
幸子って調子乗り過ぎてみんなから嫌われてるって噂だよ？
さっきだってあからさまに他の人の子と見下してたの分かったと思うけど」

凛「そう言えば社長の一番の推しなんでしたっけ？」

杏「多分それで図に乗ってるんだろーね…ま、せーぜー頑張ってよ」

凛「あ…はい…どうも…」

―翌日

凛「マネージャー、今日はここの挨拶でしたっけ」

マネージャー「はい、CM撮影と芸能記者へのインタビュー対応です」

幸子「ボクが何言っても止めないでくださいね？」

マネージャー「分かってますよ。社長から言われてますので」

凛（何言っても？）

インタビュアー「御二方、今回のCMと新ユニットの件についてなんですが…」

幸子「口のきき方がなってないんじゃないですか？ボクは961プロのトップアイドルの一人。
あなたなんかの質問に答える義理はないです」

凛（ちょっと幸子！相手は大物よ？何本も番組に出てる…！）

インタビュアー「これは失礼いたしました…今をときめくトップアイドルに質問なんて、
わたくしも少し図に乗っていたようです」

幸子「まあこっちとしても宣伝はしなければなりませんのでそっちの方は語らせていただきますけど？」

インタビュアー「ありがとうございます…」

凛「どういうことですか？あんな傍若無人な…」

マネージャー「聞いてなかったんですか？幸子ちゃんはああいうキャラで売ってるんですよ。
ま、本人は本気でそういうキャラなんですけどね。今のうちに調子に乗らせるだけ乗らせて、
後は野となれ山となれ。黒井社長としても濃いキャラが事務所の代表になってくれるのは、
いいことだと思ってるようですし。とりあえず僕が彼女をスカウトしたのは正解でしたわ。
あ、凛さん。なんか食います？」

凛「…いらないです」

―車内

凛「はぁ…なんか疲れた…」

幸子「ボクは楽しいですよ？」

凛「幸子…あんたはどうしてアイドルになったの？」

幸子「そうですね…とりあえずボクのカワイイ部分を世の中に認めさせること！ですかね？」

凛「じゃあその夢は叶ってるってことかな」

幸子「まだまだですよ」

凛「え？」

幸子「もっともっと売れて人気になってみんなからカワイイって言われるアイドル…！
今のボクじゃまだまだそこには遠いんです」

凛「へえ…夢はおっきく…ってわけか。
あたしは今いる自分の立場で充分だから、そんなこと考えたこともなかったな。
憧れでオーディション受けて、そりゃ相応に頑張ったけど…でも上だけ見続けて頑張ったか？
そう言われると、返せないや」

幸子「ボクだって努力はしてませんよ？生まれ持っての才能だけでここにいる…！
ただそれを世の中の人に知らしめられるかどうか、それだけです」

凛（幸子…噂通り傲慢不遜な娘だけど、それだけじゃないのかもしれない）

―翌日

マネージャー「今日は新曲宣伝ですね。その後はレッスンに入ります。
新曲の宣伝ですけど…番組の都合上、他の事務所のアイドルも来ますのでトラブルのないように」

りんさち「「はい！」」

マネージャー「それじゃ、また車出すんで…」

―会場

春香「それじゃあ、これからも765プロをよろしくお願いいたします！」

マネージャー「次ですよ？」

凛「分かりました。幸子、いこっか」

幸子「…」

凛「？」

幸子「765プロの方ですか？」

春香「あ、はい。そうですけど…961プロの？」

幸子「そうですよ？時代遅れのアイドルグループに代わって、
トップに登りつめた961プロのトップアイドルです」

凛（また幸子…こんなこと言って…！）

春香「あ…あはは…そうですね…」

凛「幸子、いいから撮影終わらせよう？！」

幸子「あっ…何するんですかぁ？！」

―収録後

凛「…ごめんなさい」

春香「謝らないで。事実だから。
私はプロデューサーさんと結婚してセンターを降りた。
そのあと765プロは『男とアイドルをくっつけるような事務所』ってレッテルを貼られて、
昔のファンの半分を失ったの。だから…ああいう人がいても、もう怒らないよ？
カミソリレターとかも、いっぱい貰ったしね」

凛「765プロは…結婚とか恋愛とか…禁止じゃないんですか？」

春香「そっか。961プロは禁止なんだっけ。私はどっちでもいいと思ってるけど。
なんだかんだで、アイドル楽しいからね」

凛「楽しい…ですか」

―レッスン場

幸子「なんで謝りになんか、行ったんですか？」

凛「あのままじゃ、悪いと思ったから。マネージャーも他の事務所だからいいって謝らなかったし」

幸子「だからなんでそこまでして謝りに行ったか聞いてるんです！」

凛「努力してる春香さんやその仲間に悪いと思ったから」

幸子「努力…仲間…嫌いな言葉です」

凛「？」

幸子「黒井社長はいつも言っています。王者は孤独だって。
あれに共感してボクはスカウトを受けたんです。765プロからもスカウトはありました。
でも…それを蹴ったのはあそこの社長が仲間や友達、恋人、家族が大事って言ってたからです」

凛「そう…なんだ」

凛（あたしは単純に…今一番大きな事務所を受けて通っただけ。幸子もそうかと思ってた…！）

幸子「だけどそんなのバカバカしいんですよ。
生まれ持った者が不幸なら不幸。幸せなら幸せ。信じれば裏切られる。
だから…世の中にボクがカワイイってことを信じ込ませて見返してやるんです」

凛（幸子…！）

レッスン担当「お待たせいたしました。定刻になりましたので始めさせていただきます」

―

レッスン担当「そろそろ終わりになさいますか？」

凛「はい、そうですね…ちょっと疲れちゃって…」

幸子「続けさせてください。まだ足りないんです！こんなんじゃ…！」

レッスン担当「そうですか？渋谷さんはどういたします？」

凛「ん…じゃあ、ちょっと水飲んでから来ます！」

―

凛「幸子、すっごい頑張ってたね。尊敬しちゃうよ」

幸子「頑張ってなんかないです。才能ですよ」

凛「どうしてそんなに『才能』に拘るの？」

幸子「じゃあ逆に聞きますけど、凛さんはどうしてボクのことをそんなに知りたがるんですか？」

凛「えっ…？そりゃ、大切なパートナーだし、友達になろうと思って」

幸子「友達…？ボクと…？」

凛「そうだよ？友達」

幸子「ボクは…アイドルです…！友達も家族も恋人も仲間もいらない…！」

凛「幸子…もしかして…あんた…？」

幸子「なんですか？ボクを馬鹿にしてるんですか？」

凛「そんなつもりじゃ…ない」

幸子「でしょうね…ボクにも、それくらいわかります。
家族も周りの人も、凛さんみたいな目ではボクを見てくれなかった。
ボクに話しかけてくれなかった。でも…その方が…！
本当は…いいんです…それじゃあ、今日はこれで」

凛「あっ！待ってよ！」

―その夜…

凛「ただいまー」

～テレビ～

翔太「輿水幸子のモノマネしまーす！」

冬馬「あははっ！超似てるー！」

～＃＃＃～

凛「何これ…？！てゆーか、この番組、961プロが放送作家抱えてる番組じゃん！
なんで自分の事務所のアイドルバカにするようなこと…！」

prrrr…

マネージャー「あ、もしもし？」

凛「マネージャー？あたしですけど」

マネージャー「なんですか？何かありました？幸子関係で？」

凛「いや、あの今やってる961が直にスポンサーやってる番組、
ジュピターがやってるのって幸子の悪口じゃないですか！いいんですか？！」

マネージャー「なんだよ、いちいち気にしないでくださいよ？そーいうの」

凛「そういうのって…！」

マネージャー「今の幸子が視聴者から『調子乗ってる』って思われてるのは
961プロも分かってるんですよ。加えて、この番組やジュピターのバックに
961の息のかかった会社があるって言うのは芸能界に実際にいる奴じゃないと分からない。
そうすると、所謂アンチ幸子勢がジュピターについてくれる可能性あるじゃないの。
特に女性とかさあ…？」

凛「そんな汚いやり方！」

マネージャー「そう思うんですけどねー、社長命令ですからねえ。
『幸子ちゃんがもし消えてしまった時のため』の戦法ですよ。どっちに転んでも上手くいく。
それができない事務所は潰れていくんす。世の中の性ですよ？」

凛「ありがとうございました…！」ｶﾞﾁｬﾝ

―CD発売後

マネージャー「いやあ、凛ちゃんと幸子ちゃんのCD売り上げ、めざましいですね！
これならライブチケット封入とか限定盤特典ポスターとかつけなくてもよかったかな！」

幸子「…」

凛「幸子？」

凛（いつもなら「当然です！」とか言うところなのに…）

社長「これはこれは、ご機嫌麗しゅう…皆さん」

りんさち「「おはようございます！社長！」」

マネージャー「社長、おはようございます！今日もいいネクタイで…」

社長「ふーむ…凛ちゃん、少し来てくれないかね？」

凛「あたし、ですか？」

幸子「…」

社長「凛ちゃん、君は別のユニットに移ってもらおうと思う。
君が望むなら、ソロ活動も考えておきたい」

凛「ソロ…ですか？！」

社長「ウイ。君たちのCDは非常に売れ行きがいい。だから…そうだな。
簡単に言えば幸子ちゃんを切り捨ててしまいたいのだよ、そろそろ」

凛「そんな…？どうして…！」

社長「我が社としても濃いキャラクターが欲しかったのでね。
彼女は非常に、重要な存在だったのだが…いかんせん敵が多過ぎてね。
それに、ハングリー精神が旺盛過ぎて他のアイドルたちを食ってしまいかねない。
そろそろ新しい空気を吹き込みたい。なに、出過ぎた真似をせねば彼女のようにはなるまい」

凛「幸子は…どうなるんですか…？！」

社長「表向きは『卒業』と称して、我が社から出て行ってもらうよ。
まあ、あの態度では他の事務所にも引き取ってもらえるかどうか…？
そのまま引退になっても驚きはしないがね」

凛「そんな…！」

社長「ともかく、君としてはライバルが減って良かったじゃないかね。
それじゃ、誰と次組むか…はたまたソロを希望するか…明日までに考えておいてくれたまえ」

凛「はい…ありがとうございました」

ﾊﾞﾀﾝ

幸子「…よかったですね」

凛「…よくないよ。誰かを蹴落として上に立つなんて…」

幸子「そういうもんじゃないですか。アイドルは」

凛「幸子…これからどうするの？」

幸子「分からないです…なんとかなるんじゃないですか？」

凛「幸子…この前、765プロをバカにしてたよね？」

幸子「そうですね。だから同じ立場になったとでも？」

凛「違うよ！あの765に入ってみたらどう？」

幸子「無理ですよ」

凛「無理じゃないよ！一時は何でもできるって言ってた幸子に、
できないことなんてないはず！」

幸子「凛さんが961を辞めるなら考えてもいいですけど？」

凛「もちろん、そのつもりだよ」

幸子「？！」

凛「幸子と一緒にやってきて分かった…たった一ヶ月ちょっとだけど…！
幸子は噂通りの傲慢不遜なだけのアイドルじゃないって…！
私は幸子と一緒にアイドルをやりたい。765プロが言う、仲間として一緒にやっていきたいんだ」

幸子「本当…ですか…？嘘じゃないんですか…？ボクなんかのために…？」

凛「幸子が『なんか』なんて卑下するなんてらしくないよ？ホントだよ？
私は…961を辞める」

―

卯月「凛ちゃん！本当に辞めるの？！」

凛「うん、今までありがとね。そっちはそっちで、頑張ってよ」

卯月「言われなくてもそうする。向こうでも頑張ってね。応援してる！」

凛「ありがと！じゃあね！」

幸子「ホントにいいんですか…？」

凛「いいって言ってるじゃない。ほら、新しい先輩たちが待ってるよ！」

―765プロ

ｶﾞﾁｬ

凛「ど、どうも…元961の…」

春香「凛ちゃん、幸子ちゃん…来てくれたんだね！
おーい、みんな！新しい『仲間』だよ！」

真「ホント？話は聞いてるよ！」

美希「ねえ、ミキと友達になろう？」

幸子「あ…あ…！」

春香「へへっ…こういうのも悪くないでしょ？
あっちほど、おっきい事務所じゃないかもだけど」

幸子「あの…あの時は…すいませんでした…！」

凛「幸子…！」

春香「気にしてないよ？これからの関係は今までとは別だもの」

幸子「そう…ですか…！じゃあみんな、よろしくお願いします！
必ずボクはもう一度トップになって見せますから！」

伊織「へ～え、来て早々宣戦布告ってわけね」

千早「また事務所に活気が戻りそうね」

凛（そっか…このハングリー精神…黒井社長は『出過ぎた真似』と批判してたけど…）

凛（これが幸子の一番の取り柄なんだな…！）

幸子「どうしたんですか、凛さん？」

凛「ううん、なんでもない。みんな、改めてよろしくお願いします！」

凛（幸子がみんなの中で笑ってる…今までとはちょっと違うけど…楽しくやれることって一番幸せだよね…！）

凛（そして私はもう一度歩んでいく…幸子…そして『仲間』と一緒にトップアイドル目指して…！）

おしまい

以上です
ありがとうございました