卯月「『もしも渋谷凛が超クールなツンデレだったら?』」(22)

凛「私の足を引っ張らないでね」

凛ちゃんと初めて会った時、凛ちゃんは既にトップアイドルとして活躍していました。

そんな凛ちゃんとご一緒することができて、私は胸がいっぱいでした。

今でもはっきりと覚えています。

卯月「はい!」

私の返事にキツい視線が突き刺さります。

凛「やる気だけあっても無駄だから。才能ないなら早く消えて」

卯月「……え?」

凛「目障りだから。アイドルになりたい子はあんただけじゃないってこと」

私は冷水を浴びせられたような気持ちになり、涙を堪えるので必死だったのです。

あの日のレッスンはボロボロでした。

私、憧れのアイドルから嫌われてるんだって。

やっぱり泣いてしまいました。


下を向いて、私は子供のように泣いたのです。

ふと、背後に人の気配がします。

それは私を嫌っていたはずの……凛ちゃんでした。

凛ちゃんは私の首にタオルを回し、「汗かいてる。喉は意外と冷えやすいから」と、スポーツドリンクを置いて去って行きました。

私は茫然と、凛ちゃんの置いたスポーツドリンクを見つめていました。

その横に何かあります。

お守りとチョコレートでした。

卯月「これ……」

嫌な気持ちがスッと消えていきました。

現金ですよね、私。

凛ちゃんの厳しさ、凛ちゃんの優しさ。

その両方に触れ、私はもう一度立ち上がります。

思えば、私がシンデレラガールに選ばれたのも、凛ちゃんのおかげでした。

会う度に舌打ちされ、罵倒され、私は凛ちゃんに認められたくて、凛ちゃんの隣に立つためだけに死に物狂いで頑張りました。

島村卯月、頑張ります!を合言葉に、私は何があっても折れることはありませんでした。

そうです。その頃になってようやく気づけました。

凛ちゃんは、私の弱点になりそうな部分を見抜いていました。

それは心です。

アイドルは決して楽な仕事ではありません。

ライバルだってたくさんいます。

ネットで悪口を言われることだって少なくありません。

たとえ理不尽な悪口であっても、私はきっと気にしてしまうでしょう。

凛ちゃんは、私がこの業界で生きていくために、私のメンタルを強くしてくれようとしていたのです。

いてもたってもいられなくなり、私は凛ちゃんにお礼を言いに行きました。

凛ちゃんは照れ臭そうに、「そう」とだけ言葉をもらしたのです。

卯月「どうしてですか?どうして私なんかのために」

純粋な疑問と、もしもという願望。

凛ちゃんが私を認めてくれていたらという、小さな願い。

凛「……大事な後輩に、カッコ悪いトコ見せらんないから」

凛「私の背中を追いかけてきて」

凛「そうすればきっと……私を越える日が来るかも」

凛「なんて……今のは忘れて」

居心地が悪そうです。凛ちゃんも恥ずかしかったのでしょう。

卯月「忘れません。絶対に」

私は笑顔で応えました。

凛「ふふっ。生意気な後輩だね」

初めてです。
凛ちゃんが私に笑顔を向けたのは。

卯月「凛ちゃんの後輩ですから」

凛ちゃんは驚いた顔で私を見つめ、私の頭を一度だけ撫でて、ゆっくりと背を向けました。

振り返らず、手を軽く振って、私は凛ちゃんの背中を見つめていました。

これが私の憧れのアイドルだって。

私は嬉しくなって、久しぶりに友達と長電話をしました。

内容は取り留めも無い話題だったと思います。

その夜だけは、アイドルではない『島村卯月』という普通の女の子に戻っていました。

それからも、私と凛ちゃんの不思議な関係は続きました。

以前との違いといえば、もう凛ちゃんを怖がることがなくなったことでしょうか。

どんなに罵倒されても、睨まれても。

私は凛ちゃんが大好きでした。

それに、どんなに厳しく接しても、最後には必ずアドバイスがありました。

こんなにも私を思ってくれる他人は、友達にだっていないでしょう。

嫌われることを厭わない凛ちゃん。

本気で夢に向かって努力している人がいたら、その人に必要なのは優しさではありません。

甘やかさないことの大切さを、私は凛ちゃんとの出会いで知りました。


では、私がシンデレラガールに選ばれた日を思い出してみましょう。

名前を呼ばれ、私は自分の頬をつねってしまいました。

長い夢を見ていたような気持ち。

夢ならどうか覚めないで。

凛ちゃんはこの結果に対し、どう思っているのか気になりました。

『いい気にならないで』とか、『まだこれからが始まり』とか、きっとそんなことを言われるのだと思いました。



けれど私の予想は全て的外れ。

凛「おめでとう。卯月なら選ばれるって信じてたよ」

待っていたのは心からの祝福でした。

涙が止まりません。

私の笑顔も、涙で悲惨なことになっているはずです。

きっと、ずっとその言葉を私は望んでいたのでしょう。

凛ちゃんに認められたいという願いは、もう叶っていたのです。


卯月「ありがとう……ございます……凛ちゃん……」

常に素っ気ない態度の凛ちゃんですが、この時ばかりは違いました。

私をゆっくりと抱き締め、私の涙を拭ってくれます。

凛「頑張ったね、卯月」

それが何よりのご褒美で。

卯月「はい!」

私は涙でぐちゃぐちゃになった笑顔で、そう返しました。

凛ちゃんは私にとって、誰よりも優しい女の子で、とても大切な人。

友達でも、親友でも、恋人でも、家族でも、夫婦でもない存在。

説明はできません。

そうですね。たとえるなら酸素……でしょうか。

酸素が無ければ私は生きられませんし、逆に酸素が濃すぎても、私は生きることができません。

近すぎず、遠すぎす。

そんな適度な距離を持った人なのです。

さて、ここら辺でネタ話も交えておきたいところですが、今回は真面目に終わりたいと思います。

最後に語るのは私のその後。

私と凛ちゃんはユニットを組みました。

私にも後輩ができて、名前は本田未央ちゃん。

凛ちゃんの真似をして、キリッとした表情で未央ちゃんを説教してみましたが、私の顔を見た凛ちゃんと未央ちゃんが大爆笑。

どうやら私にクールキャラは向いてないみたいです。

未央ちゃんは空気を読む技術に長けていて、凛ちゃんもそんな未央ちゃんを認めているようでした。

未央「しまむーとしぶりんだ!」

あの凛ちゃんにあだ名をつけるくらいですからね。

私たちの関係は謎に満ちています。


仲良し?ライバル?

結論を模索したところで、私の意識が急浮上します。

緊張を解すために、長々と考え事をしていたようです。

時々思い出しては私を笑顔にしてくれる……そんな大切な思い出を。

ステージの幕が上がり始めました。


魔法が解ける時間です。

泣いても笑っても。
私たち三人の、最後のステージ。

恐れていたいつか。
夢の終わりを始めるときがきたのです。

ニュージェネとして駆け抜けた数年間。

長いようで短い。
一瞬のような煌めきの毎日。

一つ一つの思い出が特別で。

それこそが私の宝物。

私、アイドルになってよかった。

凛ちゃんに出会えて、未央ちゃんに出会って。

この三人だからたどり着けたのだと。

胸を張って叫びたいから!

凛ちゃんと目が合いました。

もう言葉はいりません。

行きましょう!凛ちゃん!未央ちゃん!


光の先へ。

観客席の歓声。

三人の歌声。

夢のバトンを一人でも多くの人に届けたい!


私たちは今、生きています。



卯月「凛ちゃん。お誕生日、おめでとうございます」

未央「おめでとーしぶりん」

凛「ありがとう」

どんなに時が過ぎようとも、三人の絆は永遠です。

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