凛「店番してるとアイドルがやってきて」 (32)

6月も終盤になってくると、雨の中にも夏の気配を感じ始める。
梅雨明けそのものはまだまだ先だろうけど、季節の移ろいは待ってくれない。
いつの間にか春を追い越して、そうして夏がやってくるのだろう。
6月というのは、花屋にとっての繁忙期。といっても、結婚式場と提携してるところに限るんだけど。
うちみたいな町の花屋では、忙しい母の日が終わって、これからお盆の準備に取り掛かるっていうくらいかな。
芸能界も花屋も、パイプのあるなしで忙しさも変わるな、そんなことを考えていたある蒸し暑いの日のこと。

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凛「いらっしゃいませ……って、留美さんじゃないですか」

留美「こんばんは、凛ちゃん。近くを通ったから寄ってみたけど……じっと見つめてどうしたの?」

凛「あ、いえ、きれいなドレスだなって。結婚式の帰りですか?」

留美「そうよ。今月は多いわね、ご祝儀も馬鹿にならないわ」

凛「ジューンブライドですからね」

留美「友人の結婚をお祝いできるのは嬉しいけど、こう雨の日が多いと参っちゃうわよ。ところで、ジューンブライドの意味って知ってる?」

凛「聞いたことあるくらいは」

留美「いくつか諸説あるみたいだけど、ヨーロッパは6月に晴れの日が多いから、らしいわ。日本じゃ真逆なのに、おかしいわよね」

凛「ブライダル業界じゃ6月は件数が少ないから、進んで話を広めていったらしいですよ」

留美「バレンタインも本来は家族や友人にメッセージカードや花束を贈る日なのに、日本だけは女性から男性へチョコレートをあげる日になってるわね」

凛「こうして考えると、他の国の文化がセールスに利用されることって意外と多い……?」

留美「この国はそんなものよ。クリスマスの次の週には紋付き袴で新年のお祝いですもの」

凛「そういえば2次会とか、そういうのはなかったんですか?」

留美「あるけど遠慮したわ。新婦より目立つのは私も避けたいし」

凛「あ、そういうことか……」

留美「披露宴のときには既にそういう目で見られてたわ……私はいまアイドルなんだって、こんなことで再確認した気分よ」

凛「私も同じ学校の男子から同じことされますね。自分のこと以外にも、事務所のみんなのこととか聞かれたり」

留美「凛ちゃんはまだ若いから大丈夫。私はこの年で急にアイドルなんて始めたから、新郎の友人どころか、久しぶりに会う友達からも質問攻めよ」

凛「それは大変でしたね……」

留美「自分でもいまだに驚いてるわ。この私がアイドルなんて、昔の自分に言っても絶対に信じないでしょうから」

凛「そんな留美さんは、どうしてアイドルに?」

留美「タイミング、かしら。仕事も辞めた直後でどうしようかってときに、彼に出逢って名刺を渡されて――」

凛「タイミング……」

留美「なんていうのかしら、うまい具合にピースが嵌まっていったような、そんな感じよ……凛ちゃんもスカウトされた口、だったかしら?」

凛「そうですね。街でいきなり名刺渡されて、最初は断ったんですけど中々折れなくて話だけでもって」

留美「彼の熱意は本物だものね……先の話だけど、凛ちゃんはこれからもアイドル続けるの? それともいずれはお店を継ぐのかしら?」

凛「いまは、アイドルやれて良かったと思ってます。先のことは、まだ特に考えてません」

留美「そう……あなたはまだ若いからどんな可能性もあるわ。のんびり考えて決めなさい。私は……」

凛「あの、留美さん?」

留美「友達がどんどんゴールインしてるの見ると、考えちゃうのよ。将来とかこれから先のこと思うとね。もういっそ彼に――」

凛「そ、そういえば留美さんはどうしてうちに? 何か探してる花とかあるんですか?」

留美「あぁそうね、ごめんなさい。ちょっと聞いてもらえるかしら」

………
……


凛「新しい趣味、ですか」

留美「本当はペットでも飼いたいんだけど、私個人の事情で難しいから」

凛「それで観葉植物」

留美「披露宴のテーブルにもたくさん花が飾られていて綺麗だったし、緑が部屋にあるのも悪くないと思ってね」

凛「わかりました。なにか希望とかあります?」

留美「初めてだし、あまり手のかからないものがいいかしら」

凛「持ち帰ることも考えると、あまり大きくない方がいいですよね……うん、ちょっと待ってて下さい」

凛「これなんてどうですか?」

留美「サボテン、ね。随分小さくて可愛いわね」

凛「手軽で初心者向けなので、自宅以外にもオフィス用で購入する人も多いですね」

凛「大事に育てれば大きくなって花も咲かせますよ」

留美「それまで長い時間が掛かりそうね」

凛「話しかけてあげるとよく育つらしいです」

留美「らしいなんて、花屋の店員さんがそんなこと言っていいの?」

凛「観葉植物、特にサボテンは名前まで付けて愛着持って育ててる人も多いみたいですよ」

凛「花という群としてじゃなく、ひとつひとつ個性がわかりやすいんで個として見やすいのが、愛着がわく理由のひとつです」

留美「名前ねぇ……そこまでするかはわからないけど。この子、ウチに連れてくことにするわ」

凛「お待たせしました。育て方とかいつでも聞いてください、わかることは答えるんで」

留美「ありがとう、凛ちゃん。自分なりにも調べてみるわ。情報収集は得意だから」




留美さんは引き出物の袋の中に新しい荷物を加えて、雨の中を歩いていった。
その足取りが来た時よりも軽いように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
留美さん、あぁ言ってたけど絶対名前付けそうだな……自宅でサボテンに話しかける留美さんを想像して、何だか微笑ましくなった。
正しい知識と愛情を持って育てれば、花はそれに応えてくれる。
きっと、あのサボテンも、いつか綺麗な花を咲かせるだろう。

先日の台風から残暑も一気に遠のき始め、涼しげな風が髪を撫でる。
漂う空気に秋を感じ、暑いと口を尖らせていたあの夏を懐かしむ。
店先で見上げた秋空は、澄み切った蒼を遠くまで拡げていた。暑さも寒さも彼岸まで、だっけ。
そんなことを考えていたら、秋風が特徴的なエンジン音を運んできた。そんなあるお彼岸の日のこと。

拓海「よう、おつかれさん」

夏樹「エプロンつけてるってことは店の手伝いかい?」

凛「うん、まぁいつものことだよ。2人はツーリング?」

拓海「台風一過でこんな良い天気じゃ走りたくてウズウズしてよ」

夏樹「涼しくなったし、風が気持ちいいんだ」

拓海「あぁ、サイコーだよな!」

凛「なんか良いね、そういうの。どこまで行ってきたの?」

拓海「いや、なんも決めねぇでただ走ってただけだけだからよ。軽く山超えたくらい?」

夏樹「どこかへ向かうことが目的じゃなくて、走ることが目的だからね。今日は突発だったし」

凛「そういうものなんだ……」

拓海「ま、バイク乗り回す楽しさが理解できないとわかんねぇ感覚かもな」

凛「なら理解できたとしてもまだ先だね……店先で話すのもなんだし、とりあえず中入りなよ」

夏樹「それじゃお言葉に甘えようかな」

拓海「凛、バイクはどこ置きゃいいんだ?」

凛「お店の前でいいよ。歩道歩く人の邪魔にならないようにしてね」

拓海「花屋に来るなんてガキのころ以来だなぁ」

夏樹「アタシも。あいにく花を抱えるよりギター抱えるほうが性に合ってるみたいでね」

凛「それで、山を越えたって言ってたけど、道中で綺麗な景色とか見れた?」

夏樹「あぁそうそう、途中でこんなのが見れたよ……携帯で撮ったヤツだけど、ほら」

凛「わ……土手が一面真っ赤な彼岸花で溢れてる」

拓海「凄くねェか?見つけたときは思わず止まっちまったよ」

凛「うん、生で見たらもっと凄いんだろうね」

夏樹「彼岸花ってあんまり良いイメージないけどさ、アタシは好きなんだよな」

拓海「そういや前にそんな柄の着物着てた仕事あったな」

夏樹「拓海って結構アタシの仕事チェックしてるよね」

拓海「な、うっせーよ!たまたまだ!」

凛「たしかに彼岸花は不幸や死を連想する花、って印象あるよね」

夏樹「ちょうどお彼岸の時期に墓地で咲いてるからか?」

拓海「でもなんで墓地に咲くんだろうな?」

凛「彼岸花は花や球根に毒素も含んでるから昔からお墓の近くに植えられたんだって」

拓海「おいおい、死人に鞭打ってんじゃねぇのかそれ!」

凛「そうじゃなくて……昔は土葬だったから、モグラやミミズから埋葬者を守るために、球根にも毒のある彼岸花を植えたとか」

夏樹「なるほどね、せめて安らかな眠りをってことか」

凛「理由はどうあれ、そんなイメージがついてる花だから、贈り物にって話はほとんど聞かないかな」

拓海「花屋なんて店の前通るくらいなもんだけどよ、たしかに彼岸花が売ってるとこは見たことねぇな」

凛「売ってはいるよ? うちにもあるし」

拓海「あんのかよ! さっきの話はなんだったんだよ!」

凛「適してないのはあくまで贈り物としてだから。いま持ってくるよ」

凛「はい、お待たせ」

拓海「……なぁ凛、これ本当に彼岸花なのか? 花の形も色も違うじゃねぇか」

夏樹「赤は馴染み深いけど、黄色やピンクまであるんだね」

凛「最近では園芸種として品種改良されたものが増えてるんだ。名前はリコリスっていうの」

夏樹「そりゃ知らなかったな。形は違えど綺麗で粋な花だね」

凛「そもそも不吉なイメージも日本だけで、海外では普通に人気のある園芸種だからね。ようやく日本にも出回り始めた感じ」

拓海「あっちじゃ彼岸なんて文化もねぇだろうし“彼岸花”なんて名前の意味すらわかんねぇだろうな」

凛「英語名では“クラスター・アマリリス”“レッド・スパイダー・リリー”“ハリケーン・リリー”なんて付いてるよ」

拓海「無駄にカッケェじゃねぇか!」

夏樹「ヒュー! イカすねぇ、ますます気に入ったよ」

………
……


夏樹「買っていこうとも考えたけど、バイクじゃ傷つきそうだからさ、すまないね」

凛「気にしないでいいよ。花のこと考えてくれてありがと」

拓海「“烈怒珠爆威堕亜璃々威”……今度のライブで衣装に縫い付けてぇな……」

夏樹「拓海、妙なこと考えてないでそろそろ行くよ」

凛「あはは……気を付けてね、また事務所で」




2台のバイクを見送りながら、ふと思う。
彼岸花の花言葉はいくつもあって別れを連想するものが多く、そのなかにある前向きなものが“情熱”。
アイドルのためにチームから離脱したり、ロックを志し続けたり……それぞれ2人に合ってる気がするなって。
次に事務所で会ったら言ってみようかな。2人とも花言葉なんて柄じゃないって照れそうだけど、そんな姿も見てみたいから。

連日凍えそうな空気が張り詰められて、街路樹の落ち葉もすっかり少なくなってきた。
街から色彩が消えはじめて、空もビルも辺り一面が灰色に染まっていくようだった。
もっとも、あと1週間もしたら裸になった街路樹が、かわりに電極を纏い始めるだろう。
閉店間際、お父さんが店の奥で帳簿の作業をしているので、私が店先へ出て片づけをしている。そういった類のことは手伝っていないから、寒いけど我慢しなきゃ。
かじかむ指先に息を吐きかけていると、見慣れた人物が近づいてきた。そんなある冬の日のこと。

菜々「凛ちゃんじゃないですか。おつかれさまです」

凛「菜々さん、おつかれさま。って、あれ、今日はミニライブだったんじゃ」

菜々「そうですよ。ライブも終わって、もう帰るところです」

凛「打ち上げとかはないんだね」

菜々「プロデューサーさんがご馳走してくれるって言ってくれましたけど……断っちゃいました」

凛「……ライブ中に、何かあった?」

菜々「いえ、ライブは何事もなく大盛況でした! 盛り上がったんですけど……」

菜々「何年も地下アイドルをしながらメイドカフェでアルバイトをして……最近になって、ようやくこんなにお仕事もらえるようになって」

菜々「ナナのファンになってくれる人も増えて、今日のミニライブも満員だったんですよ? 嬉しくて、ありがたくて……でも、今日ステージに立って、気付いちゃったんです。ファンのみんなが遠くなっちゃったって」

凛「遠くなった……?」

菜々「少ないですけど、地下アイドルだったころから応援してくれる人がいました。あのころは、終わったあとにお話ししたり、顔と名前もみんな知ってるのが当たり前だったんです」

菜々「今日のライブにも、来てくれたのがステージから分かりました。でも、もう気軽にお話したりできないんだなって。昔は憧れていた大きな舞台、だったんですけどね……」

凛「……」

菜々「な、なーんて! ちょっぴりセンチになっちゃっただけですからね! 明日になれば、また元気いっぱいのウサミンですから!」

凛「菜々さん……」

菜々「お片付けの邪魔しちゃいましたね。凛ちゃん、聞いてくれてありがとうございました! それじゃ、おつかれさまです!」

凛「あ、待って――いっちゃった……」

凛「……」




凛「お父さん、ちょっと配達いってくる!」

………
……


菜々「はぁ……ついこぼしちゃったな。凛ちゃんに悪いことしたかも」

菜々「がむしゃらにやってきて、やっとチャンスがきたのに……どうしてこんな気持ちになるんだろう……」




凛「菜々さん!」

菜々「凛、ちゃん? どうしてここに?」

凛「よかった、追いついた……菜々さんに、忘れ物を届けに」

菜々「え、何か落としてたりしましたか?」

凛「そうじゃなくて……はい、ミニライブおつかれさま」

菜々「これって……サザンカ、ですか?」

凛「うん。鉢だと大き過ぎるから、一輪挿し用のだけど」

菜々「綺麗ですね。でもどうして、ナナに……」

凛「サザンカの花言葉は“困難に打ち克つ”“ひたむきさ”……菜々さんが今日悩んだことも、それだけ真っ直ぐ夢に向かって進んできた証拠だよ」

凛「私は菜々さんがファンのみんなに、ううん、アイドルそのものに真摯に向き合ってるその姿勢、尊敬してるから」

凛「昔からのファンの人もその気持ち、きっとわかってるよ。だから菜々さんのファンでいるし、寂しさよりも、菜々さんがより大勢の人を笑顔にさせてることを嬉しいと思ってるんじゃないかな……だから大丈夫だよ」

菜々「凛、ちゃん……」

凛「受け取ってくれる?」

菜々「はい!ありがとうございます!」

………
……


菜々「凛ちゃん、寒くないですか? お話するのは嬉しいんですけど、公園でいいなんて」

凛「私は大丈夫、ちゃんとコートも着てきたし」

菜々「ならいいんですけど。あ、さっき公園前のコンビニで買ったいい物がありますよ!」

凛「来る途中で寄ってたね。肉まんと缶コーヒー、だっけ?」

菜々「地下アイドルのころは余裕もなくて、これが晩御飯のときもあったなぁって……はい、はんぶんこ。コーヒーも一緒に飲みましょう!」

凛「ありがと……ん、美味し」

菜々「コンビニのホットスナックも美味しくなりましたねぇ……ナナが高校の頃はいまほど種類もなかったですよ」

凛「高校の頃?」

菜々「あぁ違います! ナナは17歳! リアルJKですからね!」

凛「ふふっ、わかってるよ」




人気のない公園のベンチに腰掛けて、私たちは語り合った。今までのことや、これからのこと。
澄んだ空気が月夜を包み込んで、彼女が笑うとリボンのカチューシャが揺れて、ウサギが跳ねたみたいに見える。
冬の夜の静寂のなか、私たちの他にあるのは、すっかり冷めた缶コーヒーと、一輪のサザンカだけだった。

最近書いたもの。

紗枝「昔々の、狐の嫁入り」
まゆ「Pヘッドを被ったあなたは」
響子「あげて・もらって」


菜々さんと肉まんやパピコをはんぶんこしたいだけの人生だった。
ここまで読んでくださった方に、花束を。

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