奈緒「凛と加蓮が泊まりにきた」(15)

女子寮で一人暮らしを始めたあたしの部屋は、まるで二人の秘密基地のような変貌を遂げていた。

二人の専用マグカップや歯ブラシ、タオルや着替えまで完備。

他たくさん。

……全部持ち込みだけどな。

邪魔だっつっても、簡単にあしらわれてしまった。

あたしじゃ二人に勝てないの知ってんだろ?

加蓮「凛、まだー?」

凛「ちょっと待ってて、今できるから」

髪を後ろで結った凛が、鼻歌を歌いながら料理を皿に盛りつけている。


凛「できたよ」

上機嫌の凛が大皿をテーブルに運ぶ。

凛は頻繁に料理を作ってくれるんだ。

出来立てのパスタはペペロンチーノ。

鷹の爪がちょっと辛そう。

加蓮「ご苦労、大義である」

テキトーだなおい。

奈緒「悪いな、任せちゃって」

凛「いいよ。好きでやってることだし」

凛「冷めないうちに食べよ」

辛さは新陳代謝を活発にさせる。

アイドルとして仕事をする以上、スタイルや体調管理は必須だ。

加蓮「普通に美味しい」

奈緒「普通には余計だ。凛、美味いよ」

凛「ならよかった」

少しだけ安堵した様子の凛が可愛い。

加蓮「凛、結婚しょ?」

凛「加蓮が私の分も働いてね?」

加蓮「うへぇ……」

凛が仕事以外で笑顔を見せるのは、心を許した奴だけだって、あたしは知ってる。

意外と気難しい女だからな、凛は。

奈緒「バカなこと言ってないで食ったら風呂入れよ」

加蓮「はーい」

加蓮「三人で入る?」

凛「いいよ」

奈緒「狭いって!あたしは絶対パスだかんな!?」

加蓮「奈緒ってホント照れ屋だよね」

凛「そういうとこが可愛いんだけどね」

奈緒「うっさい」

加蓮が風呂に入ってる間、凛と二人でアニメを見ることになった。

凛「このほたるって子いいね」

奈緒「あたしは舞姫のが好きかな」

凛「なんとなく声が私と似てるよね」

奈緒「まあな」

適当な話題で盛り上がっているうちに加蓮が戻ってきた。

加蓮「何の話?」

凛「ほたる可愛い」

奈緒「兄可愛い」

加蓮「奈緒可愛い」

奈緒「……他のやつ見ようぜ」

加蓮「今日はアニメはパス」

クッションに頭を埋め、友人たちと通話アプリで盛り上がる加蓮。

凛「続きないの?」

奈緒「放送中のやつだからな」

次に凛が風呂に入って、あたしはコンビニへ。

ジュースとお菓子が切れた。

とりあえず結構な量を買い込み、自室に戻る。


奈緒「なあ加蓮」

加蓮「わかってる」

少し時間をあけ、凛のあとに風呂に浸かる。

一日の疲れが吹き飛ぶこの感覚。

思わずもれた鼻歌を加蓮たちに聞かれなかったか不安になったり、聞き耳たてて凛たちが気づいてないようで安堵したり。

なんだか無性に恥ずかしくなって、勝手に赤面するアタシ。

奈緒「やっぱり風呂は最高だな」

凛「私たちの残り湯が?」

ニヤニヤとあたしをからかう凛。

普段クールとか言われてる凛だが、あたしをからかうときはそんな様子は微塵もない。

奈緒「突っ込まないぞ!突っ込まないからな!?」

加蓮「奈緒は私たちが大好きだからねー」

凛「大丈夫。私も奈緒が大好きだよ?」

そのムカツク笑みやめろ。

女三人集まれば姦しいというが、このメンツで顔を合わせて話す話題は基本男のこと。

あたしたちのプロデューサーの話題だ。

凛「思ってた以上に鈍いから実力行使しか道はないかな」

加蓮「あれわざとだよね。気づいてないフリ」

凛「そうだね。アイドルとプロデューサーだもん。関係持つわけにはいかない……わかってる」

奈緒「Pさんを誘惑するのやめてやれって。可哀想だよ」

加蓮「私と凛が胸を押し当てたら、必死に耐えるプロデューサー」

奈緒「凛に押し当てるほどの胸ないだろ」

凛「ぐっ……」

加蓮「そういうことは思ってても口にしないの」

凛「……帰る」

加蓮「冗談!冗談だって!安心して!凛は貧乳なんかじゃないよ」

凛「……スレンダー。言わなくていい、わかってる」

奈緒「……重症だこれ」

加蓮「奈緒、もうすぐ時間」

加蓮が耳打ちする。

時計を見ると23時56分。

時間が過ぎるのは早いな……なんて思いながら、あたしは準備に取り掛かる。

加蓮「凛はここ座って」

凛「もうこんな時間なんだ……」

自分の胸を両手でおさえた凛が、死人のような表情で指定席に座る。

凛「貧乳でごめんね、プロデューサー」

加蓮「凛、強く生きて」

時計は0時を告げる。

パァン!

クラッカーを鳴らす。

加蓮「凛!お誕生おめでとう!」

奈緒「おめでとう!」

クラッカーの弾けるような音に驚いて、目を丸くする凛がなんだかおかしかった。


凛「あ、ありがと?」

加蓮「凛忘れてたでしょ?」

奈緒「今日は凛の誕生日だ」

凛「……あっ、今日8月10日……」

プレゼントをテーブルの上に置く。

凛「最近忙しくて忘れてたよ」

凛が包装紙を剥がすと数枚の写真が現れた。

加蓮「プレゼント迷ったけど、凛ならこれが一番喜ぶかなって」

加蓮「超レアな居眠り中のPさんの寝顔。イケメン角度のPさんのキメ顔」

凛「加蓮…………ありがとう。私、加蓮と親友でよかった!」

奈緒「安っ!親友の絆安っ!」

凛「こっちは……コート?」

奈緒「凛の誕生日だからさ。プロデューサーさんから譲ってもらったんだ」

凛があたしに抱きつく。

凛「ありがとう奈緒!一生大切にする!」

奈緒「お、おう……」

かなり複雑な心境だが。

加蓮がドアを開く。

リーナ「凛、おめでとな!」

モバP「加蓮と奈緒にどうしてもって言われてな」

まゆ「今日だけですよぉ?」

凛「みんな……」

モバP「凛、おめでとう」

凛の首にネックレス、Pさんも粋な真似するよな。

凛「プロデューサー……ありがとう」

真っ赤なトマトみたいな顔で、凛はネックレスを大切そうに指でなぞる。

凛「綺麗……」

リーナとまゆからもプレゼントを貰って、凛は幸せそうに笑っていた。

まゆ「凛ちゃんはライバルであり、お友達ですからねぇ」

凛「これからもよろしく、まゆ」

笑顔で握手を交わす二人。

モバP「もう遅いぞ、お前たち。寝不足は肌に悪い。解散だ解散」

ワガママを聞いてくれたプロデューサーさんだけど、やっぱり今夜は無礼講とはならずに強制解散となった。

夜集まると聞いて、様子を見に来たのが正解かもしれない。

それでも……大人の責任だけじゃなくて、あたしたちや凛を大切に思ってくれてるって。

あたしは信じてる。


モバP「お誕生おめでとう、凛」

最後に残した言葉が、プロデューサーさんの偽らざる気持ちなのだと。

その後、あたしたちは川の字になってバカみたいに眠った。真ん中は当然、凛。

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