アイドルマスターシンデレラガールズの関裕美がメインのSSです。
登場キャラに765プロの水瀬伊織が登場します。本家とのクロスが苦手な方はご了承ください。
また、登場キャラの輿水幸子はすでにスカイダイビング経験済みな設定です。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365962573
『私がアイドルとかありえないよね……。目つきがきついってよく言われるし……別に可愛くもないし』
『あ、アンタも……プロデューサーもそう思うでしょ?』
『どうせ私なんか……えっ?そんなことない?』
『……ホントに?』
◆
「ごめんなさい、少し時間いいかな?」
レッスンも終了して、ロッカールームで着替えていると、トレーナーさんがバインダーを小脇に抱えて部屋に入ってきた。
何でしょうかと答えると、大したことじゃないからと前置き、今しがた終わったレッスンのことをいくつか指摘された。
ボーカルレッスンもダンスレッスンもよくできていたと褒められたけども、トレーナーさんが言いたいのはそんなことじゃないと、なんとなく感覚で分かってしまう。
トレーナーさんは右手の人差し指をピンと立てて、口元に持っていく。唇を指先でなぞり、なぞった曲線の形に沿うように口元を綻ばせる。
「ちょっと表情が固いかなって、アイドルなんだから、そこはしっかりしないと!」
「表情が固い……ですか」
やっぱり。いつか言われる気がしていたことを言われて、私はトレーナーさんの言葉を繰り返し、同じように唇をなぞってみる。
私の指はただ真一文字に動いただけで、トレーナーさんの眩しい笑顔とは比べることすらできない、そんな感じがした。
「レッスンもしっかり頑張ってるんだから、そこを意識すればもっとよくなるよっ!」
「が、頑張りますっ」
胸の前でガッツポーズをするトレーナーさんにつられて、私も思わずこぶしを握りしめていた。その様子を見て、トレーナーさんは満足気に頷いている。
「その意気、その意気!あ、それと汗の処理はしっかりとね、水分補給はしっかりとして、お昼ご飯もしっかりと食べること!」
一息で諸注意を言い切って、トレーナーさんは午後からの予定があるからと、私に背を向けてロッカールームを後にした。
今日の私の予定は午前中にレッスンで、午後からはフリーになっている。何をするか全然決めていなかったフリーの時間だけど、さっきのトレーナーさんの言葉を思い返して、することを1つ決めた。
「笑顔の練習……しないと」
ロッカールームの姿見に自分を映す。目つきが悪くて、おでこの広い、怒ったような私の姿が返ってくる。
鏡の中の自分に笑いかけようとしたところに、レッスンルームを使うアイドルの皆が来て、私は気恥ずかしさから逃げるように退散した。
◆
「アリガトウゴザッシター」
店員さんから袋を受け取る。私はありがとうございますと言って、笑顔を浮かべてみるけど、うまく笑えたか分からない。
怒ってると思われなかったか心配になるけど、店員さんはもう私を見てなくて、アイドルがMCをしているラジオを訳知り顔で聞いているみたい。
私がアイドルだと言ったら、この店員さんはどんな反応をするのかな。
多分だけど、信じてくれないと思う。
今の私はレッスンばかりしているし、何よりも他のアイドルの皆と比べて別に可愛くもないから。
店内を流れる音楽が、アイドルのお悩み相談から、MCアイドルさんのユニットの代表曲に変わる。私はずっとレジの前に立っていることにようやく気が付いて、袋の中身を確認しながら横にずれて、ユニットの姿を思い浮かべてみる。
ユニットのメンバーは三人で、個性的なメンバーだけど、すごくアイドルらしいアイドルグループだと思う。
無邪気な笑顔がファンを惹きつけて、大人の笑顔がファンを離さなくて、ユニットリーダーのお嬢様な笑顔がファンを虜にする。
三者三様の素敵な笑顔がすぐに浮かんで、思わず私の気分は暗くなる。頭を軽く振って、マイナスな考えを追い出す努力をしてみる。
曲が終わって、MCのアイドルさんが最近メンバーとケンカしたと少しだけ暗い口調で話している。ケンカの原因が、メンバーが楽しみにしていたおやつを間違えて食べてしまったとか。
ユニットの中で最年長の人が何をしているのだろうか、そう思ったのは私だけじゃないみたいで、レジの店員さんが腕組みしながらしきりに頷いていた。
間違えて食べたおやつだけど、とても美味しかったです。間延びした口調で言うアイドルさんからは、私にはない可愛らしさがありありと伝わってきて、追い出したマイナス思考が仲間を引き連れて戻ってきた気がした。
自分の頬を軽く叩いて、戻ってこないでとマイナスな考えに言い聞かせる。もう買い物は終わったから、自分の部屋に戻って笑顔の練習をして、今日買ったもので新しいものを作ってみよう。
「このパーツ、ちょっと派手かな……?」
ビニール袋の中から、透明な小箱に納められた造花を取り出して、お店の自動ドアから外に出る。
明るいピンク色の造花と、白い羽根を組み合わせて、土台に赤いフリル生地をあしらい、ビーズでアクセントをとる。そうすればきっと可愛くなる。そう思って買ってみたけど、可愛すぎて私には似合わないかもしれない。
「小梅ちゃんや、幸子ちゃんにあげれば、喜んで貰えるかな?」
小箱を袋に戻して、大通りから少しだけ細い道に入った所にあるこじんまりとしたお店から、駅に戻るために私は歩き出す。
歩きながら、携帯電話を操作して、さっきのアイドルさんがMCを務める番組を片耳にイヤホンをさして聞く。リクエスト曲が丁度サビにさしかかるところだから、いいタイミングだったなと思う。
ネックレスを作ろうかな、それともブレスレットがいいかなって考えてると、大通りからこの細い道に女の子が勢いよく走って入ってきた。
帽子を深く被って、大きなサングラスをかけた栗色の髪をした小柄な女の子。後ろを気にしてるのか、前を全然向いていなくて危ないなって呑気に考えてたけど、この細い道には私しかいなくて、危ないのも私しかいなくて。
「ここまで来れば……追ってこないでしょ……っ!?」
避けることもできずに、私はその女の子と正面からぶつかってしまった。女の子は頭を下げて走っていたから、丁度私の胸元に飛び込む形で衝突した。
「きゃっ!」
「ひゃっ……冷たい……!」
女の子は手にジュースのペットボトルを持っていたけど、蓋はぶつかった衝撃で外れたのか、私は女の子ジュースの冷たさに声を上げてしまう。
不似合いなほど大きなサングラスが、音を立てて地面に転がった。女の子は体育座りでぶつかったおでこをさすっている。
私はふらついただけで転ばなかったから、尻餅をついた女の子に手を差し伸べる。けども、女の子は顔を上げて私の顔を見ると、少しだけ顔を歪ませる。本当に一瞬だったけど、私は恐らく怖がられたんだと思う。
「ご、ごめんなさい!避けれなくて!そ、それと!私は別に怒ってなんかいないから……!」
「な、なんでアンタが謝るのよ……!」
ぶつかった女の子は、困惑した顔でぶんぶんと振っている私の手と、目つきが悪くて怒っていると思われた私の顔の交互に視線を映す。
「私が前を向いてなくてぶつかったんだから、アンタは何にも悪くないわよ!それより服!あ、袋も飛んじゃってるし……」
深く被った帽子もずれて、ワンレングスでおでこを露出した髪型が露わになる。サングラスも外れて、顔をしっかりと見れるようになった女の子は、私もよく知っている女の子で。
いや、女の子と呼んだら失礼かもしれない。だって私よりも年上で、私よりも先輩で、私よりもずっと、ずーっと人気があって。
「もしかして……」
片耳のイヤホンから、MCのアイドルさんが、最近あったハプニングについて話している。なんでも、今日の収録に遅刻しかけたとか。
『遅刻しちゃいそうでしたけど、私たちのユニットの頼れるリーダーに送ってもらいましたから、大丈夫でした♪』
「765プロの……、水瀬伊織さん?」
はっとした顔で、地面に落ちたサングラスを拾った水瀬さんは、サングラスをかけずに胸ポケットにしまって、同じく地面に落ちてた私の買い物袋を拾い上げてくれた。
「にひひっ♪と、言いたいところだけど、ごめんなさい……。ちょっとファンに追われてて……あーもう!あずさが道になんて迷うから、こんな面倒なことになったじゃない!」
「その三浦あずささん、今ラジオで水瀬さんにありがとうって、言ってます」
「当然よ!このスーパーアイドル伊織ちゃんを使うなんて、プロデューサーにはガツンと言ってやらないと!」
私は水瀬さんから買い物袋を受け取ると、スーパーアイドルが頬を膨らましてプロデューサーへの怒りを溜めているのが可笑しくて、つい口元が緩んでしまう。
プロデューサーとは、竜宮小町の立役者である秋月律子さんなのか、それとも、もう一人の男性プロデューサーのことと、どっちだろうな。
「あぁ、ごめんなさい。ついあの変態プロデューサーへのことで我を忘れていたわ」
そう言うと水瀬さんは私に向かって頭を下げて、服の替えはあるか、買い物袋の中身は大丈夫か、怪我はしていないか、色々なことをまくし立てる。
着替えはレッスン用のジャージがある。袋も大丈夫、怪我は水瀬さんの方が心配。私は大丈夫だから、水瀬さんは気にしないで下さいと何度も言う。その度に水瀬さんが顔をしかめる。
「そうは言ってもねぇアンタ!この私が、自分の不注意でアンタの服を汚してしまったんだから、それ位はさせなさいよ!」
「で、でも、他の事務所……しかも水瀬さんみたいな人気アイドルに、そんなことさせれません!」
つい口調が荒くなってしまって、水瀬さんが気圧されたようにたじろいだ。しまった、また、怒ってると思われる。
「あ、あの。私は怒ってませんから、大丈夫ですから……!」
こんな時こそ、笑顔で場を収めたい。笑ってみたいけど、顔はひきつるばかりで、全然ダメ。練習の成果が全く出せていない。
「いや、あの。そうじゃなくて……。他の事務所?」
「え?……あっ!」
言われてやっと気が付いた。まだ私は自己紹介すらしていない。私は水瀬さんを知っているけど、それは人気アイドルだからと水瀬さんは思っているんだ
私は慌ててポケットにしまった財布から、一枚の名刺を取り出し、プロデューサーに教わったやり方で水瀬さんに差し出す。
水瀬さんは反射的に名刺を受け取り、驚いた表情で私と名刺を交互に見比べる。
似合わないなと思ってるのかも。それも仕方ないかもしれない。怒ってるとよく思われるし、何よりも水瀬さんみたいに可愛くもないから。
それでも、私は。
「ご挨拶が遅れました。シンデレラガールズプロダクション所属、……関裕美、です」
アイドルを、トップアイドルを目指しています。
http://i.imgur.com/z90pGd2.jpg
関裕美(14)
◆
「はい、どうぞ。服の方は2時間位かかるから、ゆっくりしていってください♪」
「小鳥の淹れるお茶も、雪歩程ではないけど、美味しいわよ。小鳥、私にはオレンジジュースを頂戴」
「はいは〜い、もちろん100%ですね、お嬢様」
「当然よっ♪」
「い、いただきますっ」
あの後水瀬さんは、水瀬さんは悪くないと渋るばかりの私を半ば強引に765プロダクションまで連れてきてくれて、濡れた服がシミにならないよう事務所の洗濯機で丸洗いすると言ってくれました。
所属アイドル全員が大活躍している事務所なのに、事務所まで上がるためのエレベーターは故障中で、雑居ビルの1階は居酒屋が営業をしている。
こじんまりとしたビルは、本当にここはあの765プロダクションなのかと不安になるような、そんな感じがしました。
緑の服を着た大人の女性が淹れてくれたお茶の湯呑を持ち上げて、立ち上る湯気を一度吐息で消してから口に含む。あ、美味しい。
「美味しかった?ならよかったわ。何分急な来客だから、あたしたちが普段飲んでるものしかなくて」
私にお茶を淹れてくれた女性が、オレンジジュースがなみなみと注がれたコップにストローをさして、水瀬さんに手渡す。綺麗な女性だけど、765プロに所属しているアイドルなのかな。
でも、今や765プロは所属しているアイドル全員が人気アイドルで、当然私も全員の顔と名前が分かります。ということは、この綺麗な人はもしかして。
「えっと、あの、小鳥さんは、アイドル候補生ですか?」
「ピヨッ!?」
水瀬さんの飲んでいるオレンジジュースに気泡がたって、こぽこぽと音を立てている。子供のころによくやった行儀の悪い遊びを思い出すけども、水瀬さんの顔は可笑しくてたまらないといった意地悪な笑顔だ。
「いやいやいや!あたしは単なる事務員ですから!こんなお姉さん捉まえてアイドルだなんて!」
「そうなんですか?ごめんなさい、美人な方だからてっきり……」
「にひひっ♪いっそアイドルデビューでもしてみたら小鳥?この子のプロダクションは、年齢なんて関係ないみたいよ」
小鳥さんは、アイドルではなくて事務員さんだったみたいで、早とちりした自分が恥ずかしい。小鳥さんは水瀬さんの言葉に慌てて否定の言葉を並べている。そんな様子も可愛げがあって、本当にただの事務員さんなのかと疑いたくなる。
私が所属しているプロダクションの事務員さんも美人な人だけど、事務員というのは皆美人で緑色の制服を着ているのかな。なんて、顔を真っ赤にしている小鳥さんを見てそう思う。
http://i.imgur.com/eKlbHaU.jpg
音無小鳥(2×)
「あたしは765プロの有能な事務員なんですからね!あたしがいなくなったら765プロは二進も三進もいかなくなること請け合いですよ!」
「へぇ……有能、ねぇ?」
含みありげに水瀬さんが立ち上がって小鳥さんのデスクを眺める。私も一緒になって見てみると、机の上には書類が大量に並べられていて、その書類の多さが765プロの忙しさを表しているみたい。
でも水瀬さんが見ているのは、机の上の書類ではなくて、起動している大きなPCの画面と、机の引き出し。そこに何が入っているのかは分からないけど、水瀬さんは意地悪な笑顔を浮かべたまま、顔の赤い小鳥さんに勢いよく人差し指を突きつける。
「有能な事務員が、真昼間からいかがわしい画像PCで見てんじゃないわよ!それに、引き出しの本も処分しとけって律子に注意されたばかりでしょ!」
「はうっ!こ、これは忙しい合間のあたしのオアシスというか、心の拠り所なんですよ……それを奪うなんて!?」
「私もずっと仕事してろとは言わないわ、息抜きも必要なのは分かるつもりよ。でもね、アンタは遊びすぎよ!」
「遊んでなんかいませんよ!あたしはアイドル達の新しい魅力を発見するために、日夜研鑽を積んでいるんです!」
小鳥さんは勢いよく腕を組んで、勝ち誇ったみたいな表情を見せます。幸子ちゃんがよくするようなこんな表情は、いわゆるドヤ顔と世間で呼ばれてるらしいです。
「例えば今日は伊織ちゃんが他事務所の子を連れてきたけど、わがままだけど実は面倒見の良いいおりんマジお姉ちゃん気質とか、日々新しい可能性を考えているんですよ!」
「要は妄想でしょ、この変態事務員!さっさと仕事に戻りなさい!」
「うぅ、伊織ちゃんがイジめる……。仕事終わりにプロデューサーさんとたるき屋に直行したい……」
涙目で自分の席に戻っていく小鳥さんを、水瀬さんはまだ言い足りないといった様子で見送ります。
水瀬さんはソファーに座り直して、オレンジジュースをストローですする。普段テレビに映っているしっかりとした様子とは違った子供らしい仕草も、魅力的に思えました。
「14歳、私よりも1つ年下なのね……」
「は、はいっ」
突然の会話のキャッチボールは、うまく返すことができませんでした。緊張しているのが自分でも分かって、顔が強張ってしまう。
「そんなに緊張しなくても、別にとって食べないわよ。ってまぁ、急に事務所に連れてきた私も悪いんだけど……」
テーブルに置いてある私の名刺を眺めながら、水瀬さんはそんなことを言います。確かに緊張しています。こんな状況で緊張せずにいられるほど、私は図太くありません。
「何だか慌ただしかったけど、改めて自己紹介するわね。私は765プロ所属の竜宮小町リーダー水瀬伊織よ。で、さっきのが事務員の音無小鳥。他のメンバーは仕事で出払ってるわ」
「水瀬さんは、私……なんかと話をしていてもいいんですか?」
「今日は元々オフの予定だったから大丈夫よ。たまの休みにショッピングしてたら、あずさを連れてきてくれってプロデューサーから連絡があってね。後は知ってのとおりよ」
「オフなのに、大変ですね」
「いつものことだし、慣れたわ。ただ、プロデューサーには覚悟してもらわないとね、にひひっ♪」
無邪気に笑う水瀬さんは、オレンジジュースをテーブルの上に置いて、私の目を見つめます。目と目があって、私は思わず視線を逸らして両手に持った湯呑の中を見ていました。茶柱は、立ってません。
正直に言えば、今この状況が現実とは思えませんでした。アイドル業界を牽引するほどの影響力を持ったあの765プロに私が招かれている。
ここで私が粗相でもしようものなら、事務所にまで影響があるかもしれない。背筋に冷たいものが走って、思わず居住まいを正して水瀬さんを見つめ返します。
水瀬さんは私の緊張を感じ取ったのか、そんなに固くならないでと言ってくれました。そうは言われても、Fランクアイドルの私とスーパーアイドルの水瀬さんが一対一で話すなんて、圧迫面接どころの話じゃなくて、今にもつぶれてしまいそうです。
「今回はごめんなさい。まさかぶつかった相手が同業者だとは思わなかったわ、しかもCGプロだったなんて」
「私も、まさか買い物帰りに水瀬さんにぶつかるなんて、思いませんでした」
「伊織でいいわよ、そっちの方が呼ばれ慣れてるから」
「でも、水瀬さんは先輩で……」
「じゃあ先輩命令。伊織って呼びなさい。私もアナタのことを下の名前で呼ぶから、これでいいでしょ?」
そう言われては何も言えません。伊織さんは悪戯っぽく笑うと、伸ばしたままだった足を組んで、艶のある栗色の髪をかきあげる。一連の流れは先ほどの子供のような印象を取り払って、大人びたアイドル像の水瀬伊織を私の中に描きました。
「えっと、伊織さん。今回はありがとうございました。服も洗濯までしてくれて……」
「本当ならクリーニングに出したかったけど、小鳥がこれ位の汚れなら洗濯機で大丈夫って言うから。それに、アイドルじゃなくても女の子を濡らした服で帰らせるなんて、無礼にもほどがあるじゃない」
小鳥さんの机から、椅子を勢いよく引いた音が聞こえました。書類作業をしていたであろう小鳥さんは、急に立ち上がって伊織さんと私を真っ直ぐに見つめて、小さな声で何かを呟いて、何事もなかったかのように着席しました。
紳士いおりん……いけるっ。そんな呟きが聞こえたけど、どこに何が行くのかはさっぱり分かりません。当の伊織さんはと言うと、慣れた様子で気にしないでと私に目線を送ります。
765プロでは普通のことみたいなので、私もできるだけ気にしないようにします。小鳥さんの座っている席から、気弱な後輩……、壁迫り……、と言った単語が漏れ聞こえてますが、務めて聞かないように頑張ります。
「ありがとうございます、伊織さん」
「礼を言われることじゃないわ、先にぶつかったのはこっちだし。それに、こう言ってはなんだけど、放っておけなかったのよ」
放っておけなかった?私はただ、目つきが悪いから怒ってると思われたくなくて、必死に謝っていただけなのに。
綺麗な歌声で、竜宮小町のSMOKY THRILLを小鳥さんが口ずさんでいます。先ほどまでの不明瞭な呟きとは違って、本当にただの事務員さんなのか分からなくなるほど綺麗な声です。
「気にしないで頂戴。それより、折角だから話でもしない?最近活躍中のCGプロのこと、聞きたいわ」
「は、はい。私なんかでよければ……」
小鳥さんの綺麗な歌も止んで、私と伊織さんが座っているソファーのすぐ近くのテレビは、765プロのアイドルがゲストで出演しているテレビ番組を放映していました。
◆
「それにしても、スカイダイビングで会場に降り立つなんてやるわね。響チャレンジも負けてられないってプロデューサーがぼやいてたわ」
スカイダイビング以上のインパクトと言えば、何があるのかなと考えて、事務所に備え付けてある時計を見ると、私が765プロに来てから1時間近く時間が過ぎていました。
伊織さんとはこの一時間で色々な話をしました。お互いの事務所のこと以外には、LIVEに臨む際の心づもりやアドバイスをいただいて、私は恐縮するばかりです。
印象的だったのが、私はまだFランクアイドルで今現在はレッスンや営業ばかりしていると言うと、伊織さんは自身の下積み時代のことを話してくださいました。
家族を見返すためにアイドルになったこと、自身の理想と現実の乖離に悩んだこと、つい担当プロデューサーに辛く当たったこと。
今や押しも押されぬアイドルになった伊織さんは、あの程度この私にとって何でもなかったと軽く言いますが、私に昔話をしてくれた時の口調は、大切な思い出を慈しむ様に感じられました。
「そういえば、裕美は何であんな路地にいた訳?買い物帰りだったみたいだけど」
「分かりづらいけど、あそこにはアクセサリーショップがあるから、そこでお買いものをしていました」
「へぇ、そうなの。何を買ったか聞いてもいいかしら?見たところ、ネックレスしか身に着けてはいないみたいだけど」
「あの……、私が買ったのは、アクセサリーのパーツです」
座ったまま横に置いてある紙袋に手を伸ばして、中から小箱をいくつか取り出して伊織さんに見えるようにテーブルの上に置きます。
「私……、アクセサリー作るのが好きだから、似合わないですよね」
「別にそんなこと思ってないわよ!でも、こんなバラバラでどうやって作るものなの?」
伊織さんは大小様々のビーズが入った小箱を訝しげに眺めています。私は紙袋からブレスレット用のゴムとワイヤー、自分のカバンから小型のメジャーとハサミ、それにパーツ入れを取り出します。
興味深そうな伊織さんの視線を受けて、メジャーを軽く伸ばします。
「ブレスレットなら、意外と簡単に作れます。……伊織さん、手首を見せてもらっていいですか?」
「サイズを測るのね、いいわよ。ちなみに、それは私でも作れるものかしら?」
差し出された綺麗な手首にメジャーを巻いてサイズを測ります。私よりも幾分かだけ細い手首にメジャーを這わせ、内径の大きさを決めます。
「好きなパーツを選んで、ゴムに通して結べば完成です。よければ、作ってみますか?」
「自分が買ったものでしょ、私が使うわけにはいかないわ」
「じゃあ……、好きな色とか、ありますか?」
イメージカラーでもあるピンク色が好き。可愛らしいピンクの衣装で身を飾る伊織さんの姿は私も見たことがあります。
可愛い色は私には似合わないから、普段から大人しい服装ばかりを着ている私とは、全然違うなと思ってしまいます。
買ってきた小箱の中には様々な色合いのビーズが入っていて、その中から大きい桃色のビーズを取り出して、ゴムに通す。
差し出された細い手首はとてもきめ細やかで、どうすれば魅力をさらに際立たせるか。いくつもの組み合わせを頭の中で考えて、私は小箱に手を伸ばす。
輝く舞台で、私の作ったアクセサリが多くのサイリウムの光に照らされている。
身に着けているのが誰か想像できない、そんな子供じみた想像でも、私は楽しい気分になっていきます。
◆
ゴムにビーズを通している時に、今度は伊織さんが作業をしながらでいいから私のことを聞きたいと言うので、私の話なんかつまらないと前置いてから、話始めます。
スカウトされてアイドルになったこと、アクセサリーを作っていると落ち着くこと、目つきが悪くてよく他人を怖がらせてしまうこと、私は他のアイドルみたく可愛くないこと。
私はとつとつと伊織さんの聞きたいことに答えます。上手く答えられてるのかは分かりませんが、聞き上手な伊織さんは私から多くの言葉を引き出していきます。
「……できましたっ!」
桃色を中心に組み合わせた、至ってシンプルなブレスレット。伊織さんの白い肌を強調するように、薄い白色のビーズをいくつか散らばせて、全体の色合いを整えたアクセサリー。
ゴムの端と端を結び終えて顔を上げると、伊織さんは驚いたような顔で、ブレスレットではなく私を見つめていました。
失礼なことをしたのかと不安になって、出来たばかりのブレスレットを持ったまま、思わず両手を胸元で握りしめる。
伊織さんはテーブルの上の小箱から大きめのビーズをつまんで、指で弄んでから元に戻します。
「あの、ごめんなさい。つい集中しすぎて……」
「怒ってるんじゃないから、安心して。それより、そのブレスレットをよく見せてもらえるかしら」
言われるままにブレスレットを手渡すと、直ぐ右の手首に通してくれました。
2回3回と軽く手を振ってから、手首を眼前に持っていき、どこかおかしいところはないかと検分するように見つめる。見つめられているのは私ではないけど、緊張と恥ずかしさが足元から駆け上ってきている。
得心したような顔の伊織さんは、ブレスレットを外して、改めて力強い瞳で私を見つめてきます。
その瞳には、アイドルとして人を惹きつける強さが感じられて、事務所に招かれたすぐの時の様に視線を逸らすことができませんでした。
「よく出来てたわ。けど、私じゃなくて裕美が身に付けなさいよ」
「私は……いいです。可愛いの、似合わないから」
「そう言わずに、……ほらっ、可愛いじゃない」
ゴムブレスレットを半ば無理やり私の手首に嵌めて、伊織さんは笑顔を見せます。伊織さんのサイズに合わせたので、私にはほんの少しだけ遊びがないブレスレットは、伊織さんが身に付けているときよりも地味に思えました。
「似合ってるわよ。それと、あんまり自分を卑下するものじゃないわ、可愛い顔が台無しよ」
可愛くなんかない。そう切り出そうとした私の唇に、伊織さんの人差し指が押しつけられます。黙って話を聞きなさい。有無を言わせぬ迫力に、私は押し黙るしかありませんでした。
「裕美の話を聞くと、アイドルになったのはプロデューサーのスカウトがきっかけでしょ。なら自分を貶めるのは、そのプロデューサーの目は節穴だって宣言してるようなものよ」
「……え?」
「だってそうでしょう?そのプロデューサーがどんな人か私は知らないけども、裕美なら立派なアイドルになれるって思ってスカウトしたのに、当の本人がその可能性を潰してるんだから。適性を見抜けなかった無能ってことね」
「わ、私はそんなつもりじゃ……!それに、プロデューサーさんは無能なんかじゃありません!」
感情に任せて、テーブルを勢いよく叩いて身を乗り出す。伊織さんはと言うと、平然とした様子で髪をかきあげている。
「冗談よ。自分の担当でもない人を無能呼ばわりはしないわ。でも、あまり自分を貶めないことね、信頼に応えたいなら」
身を乗り出したまま、ふつふつと湧いた怒りの感情が困惑に上書きされて消えていく。信頼しているプロデューサーを馬鹿にされたのかと、つい失礼な事をしてしまったけども私はからかわれたのだろうか。
「自分が可愛くないって思うのは勝手だけど、私は裕美のこと可愛いと思ったわ。今日だけで色々な表情を見せてもらったから、ね」
いたずらっぽく笑う伊織さんを見て、私は気恥ずかしさから勢い無くソファーに座り直す。
「例えば、アクセサリーを作ってる時とてもいい笑顔してた事とか」
「いい、笑顔……?」
おうむ返しに伊織さんの言葉を繰り返して、手で自分の頬に触れてみる。プロデューサーさんにアイドルとしてスカウトされてから、私の中で常に心がけている言葉が、私に向かって投げかけられた。
笑顔。頬に触れた手で、自分の唇をなぞってみる。私は上手く笑えていたのかな。
「自然な笑顔っていえばいいのかしら、作ってるときは真剣なんだけど、出来上がるとこうぱあっと明るくなるのよ。それを見たら、可愛いなって思ったのよ。自信を持ちなさい、裕美は可愛いわ、このスーパーアイドル伊織ちゃんが保障してあげる」
眩しい笑顔が私を照らす。その笑顔につられて私も伊織さんに笑いかけてみる。怒ってるように思われないか心配だったけど、伊織さんは何も言わずただにっこりと私に笑いかけてくれました。
お互いの笑顔のにらめっこ。勝ち負けも何もないけど、目の前の相手が満面の笑みを浮かべている。それだけの事なのに、私の心を嬉しさや喜びが満たしていく。
聞きたいことは一杯あるけど、今はこの笑顔の連鎖を大事にしたい。にひひっと笑う伊織さんの真似をして、口から小さくふふっと声を上げてから笑ってみる。
笑顔の練習は、コレでイイかな?
私は今、確かに笑えているから。
◆
『裕美、今大丈夫か?』
携帯電話からプロデューサーの声が聞こえる。どこかの雑踏の中から連絡してるのか、他の迷惑にならないようにくぐもった声音だ。
口元を手で覆っている姿が容易に想像できて、そんなに慌てて私に電話をする用事があったのかなんて考えを巡らせても、特に思い当たる節はなかった。
はい、大丈夫ですと答え、作り始めたばかりのビーズアクセサリーを机の上に置く。不明瞭でも、上ずった声からは嬉しさを隠しきれないと言いたげだ。
『ちょっと事務所に来れるか?俺も出先だけど、今から戻る。ちょっと待っていてくれ』
それだけを言い切って、一方的に通話が終わる。携帯電話の画面はいつも通りの待ち受けに戻っていた。
一体何があったのかはよく分からないけど、呼ばれたからには待たせる訳にはいかない。お気に入りの小さなカバンに財布と携帯電話を押し込んで、ドアノブに手をかける。
廊下に出て、防犯のために鍵を差し込むと、自分の手首が寂しいことに気が付いた。
鍵を差し込んだまま、プロデューサーが腕時計で時間を確認するように手を持ち上げる。思い出すのは、桃色のブレスレットを似合ってると言われた今日の出来事。
部屋の中に戻って、作ったアクセサリーを保管している引き出しを開ける。その中から、明るい色合いのブレスレットを取り出す。
自分のサイズに合わせたのはいいけど、私には似合わないから他の人にあげようとしたものだ。私はそれを手首に通してから、改めて部屋に鍵をかけて事務所に向かうために歩き出した。
◆
「あら、裕美ちゃん。プロデューサーさんに呼ばれたのね」
「はい。そうなんですけど、ちひろさん、何かあったんですか?」
事務所の扉を開いて、事務員であるちひろさんに挨拶をする。ちひろさんがPCの画面から顔を上げると、三つ編みが少しだけ揺れていた。
「プロデューサーさんが来てからのお楽しみね、幸子ちゃんもいるから、ちょっと待ってて貰えるかしら」
そう言ってちひろさんはPCの画面と向き直って、事務作業を再開したみたい。明るい緑色の制服を着たちひろさんは、うちの事務所の頼れる事務員さんだ。
プロデューサーさんも信頼している人で、笑顔がとても素敵な大人の女性だと私は思う。
そのちひろさんが言うには、同い年の幸子ちゃんが事務所にいるらしく、視線を右へ左へと移すと大きな帽子を被った幸子ちゃんがソファーに座って雑誌を読んでいるのが見えた。
私は幸子ちゃんに挨拶をして、向かいのソファーに腰掛ける。幸子ちゃんは読んでいた雑誌を閉じて顔を上げる。大きなリボンが目立つ帽子に、お嬢様みたいな白いワンピースを着こなす姿は、自称でもなんでもなく可愛いなと素直に感じます。
「裕美さんじゃないですか、レッスン帰りですか?」
「プロデューサーさんに呼ばれたの、幸子ちゃんは?」
「ボクはこの後写真撮影です。私服も撮りたいと先方が言ってきたんです。全く、カワイイは罪ですね!」
胸に手を当てて自信満々に言い切る姿は、いつみても清々しい。自分をカワイイと連呼する幸子ちゃんは、自分に自信がない私とは大違いだけど、そんな所がとても魅力的に感じる。
つと胸元を見ると、幸子ちゃんの手首に以前私が作ってプレゼントしたブレスレットがささやかに自己主張をしている。
「そのブレスレット、私が作ったの……」
「えぇ、そうです。何せボクはカワイイので、裕美さんのアクセも輝いて見えるでしょう!」
私のアクセサリーを付けて喜んでくれているのが嬉しくて、ありがとうと言葉にする。幸子ちゃんはいつものしたり顔をしていて、プロデューサーが来るまでの少しの間、互いに雑談に花を咲かせました。
http://i.imgur.com/5Dv4GzR.jpg
輿水幸子(14)
http://i.imgur.com/mFxyizY.jpg
千川ちひろ(?)
◆
「裕美、悪い。待たせたな、ちょっと応接室に来てくれ」
「プロデューサーさん、カワイイボクに何か言うことはありませんか!」
「次の写真撮影、頑張れよ。んじゃちょっと裕美借りるから」
幸子さんは何か言いたげにプロデューサーさんの背中を見つめていましたが、当の本人は振り向かずに手だけを振って、応接室の扉を片手で支えて私が来るのを待っているようです。
横目で幸子ちゃんを見ると、雑誌を広げてストリートスナップの特集ページを見ていました。
「行かないんですか?カワイイボクともっとおしゃべりしたい気持ちは分かりますが、あまり待たせない方がいいですよ」
促されて、私は駆け足でプロデューサーの待つ応接室に入る。扉を閉めて、室内で二人きりになると、なんで私が呼び出されたのかという疑問が再燃する。
何があったのかと聞こうとする私の肩を、プロデューサーさんの大きな手ががっしりとつかむ。突然のことに身じろぎすると、慌てた様子で手を離して、床に置いてあるカバンから綴じられた書類を取り出す。
「裕美!今度のLIVEに出演が決定した!これがその衣装の写真だ!」
差し出された書類を受け取る。めくるとLIVEの会場やプログラムといった要項が記載されていて、更にめくると、緑色のLIVE衣装の写真が載っていた。
華やかな衣装で、これを私が着てステージに立つ。半ば信じられないと思った気持ちで、プロデューサーの顔を見れば、嬉しくてたまらないと言った顔だ。
「裕美は本格的なLIVEは初めてだろうけど、大丈夫!今まで頑張ってきたんだから、笑顔を忘れなければきっと大丈夫だから!」
握り拳を作って力説しているプロデューサーの言葉を聞きながら、一通り書類に目を通す。最後まで読み終えたら、私が着る予定の衣装の写真を再び開く。
全体を緑色で構成して、肩口のフリルと下半身のふっくらとしたシルエットにニーハイソックスでメリハリをつける。そこに小さめのベレー帽をかぶることで上から下までの印象を統一する。
実際に私がこの衣装を着てステージの上で歌う姿を想像する。
「あの……、プロデューサーさん」
どこか衣装だけでは物足りない。そんな想いが思わず口から零れ落ちた。
「衣装合わせは……いつですか?」
「裕美さん、緊張しているようですね!ですが心配は要りません!何せこのカワイイボクが会場を最高に盛り上げておくので、失敗することなんてありませんよ!」
舞台袖でも幸子ちゃんは普段通りの調子で、これが初めてのLIVEである私からすれば緊張などどこ吹く風と言った幸子ちゃんが素直に羨ましい。
前のLIVEではスカイダイビングで登場すると言った荒業を決めた幸子ちゃんからすれば、この会場は小さなものだろうけど、私にとってはこれが初めてだからどうしても緊張が先行してしまう。
「それでも緊張するというなら、カワイイボクの名前を三回手の平に書いて飲み込んでください!ほら、こんな風に!」
そう言って幸子ちゃんは私の手を掴んで手の平を差し出すように持ち上げる。手首のブレスレットが2つ互いにぶつかり合って乾いた音を立てた。
幸子ちゃんの細い指が手袋越しに私の手の平に名前を書く。感触が少しくすぐったくて、思わず声が漏れた。
「幸子ー、次出番だから準備してくれ」
「む……。まだ終わってないのに、仕方がないですね。では裕美さん、緊張しなくてもいいですよ、何せこのボクがいるので!」
プロデューサーが幸子ちゃんを呼んでいる。幸子ちゃんは私の手を離して、手招きしているプロデューサーの所へと駆けていく。言葉はあれだけど、緊張しないようにと元気づけてくれた幸子ちゃんの背中はとても大きく見えました。
いくつかの指示を出して、幸子ちゃんがそれに答える。頑張れよと背中を叩くプロデューサーさんに、幸子ちゃんはおずおずと手を差し出す。
「手を握ってください!き、緊張じゃないです」
慣れた様子で手を握り、肩を数度叩いている。観客席の歓声が一際大きくなって、出番が来た幸子ちゃんはステージへと走り出す。
それと入れ替わるようにしてプロデューサーさんが私の所へと歩いてくる。
「裕美は幸子の次だな、横から幸子のステージを見よう。大丈夫、緊張しなくてもいいから、笑顔笑顔」
そう言って差し出された手を私は握る。プロデューサーの手は冷たくて、ステージに立つ私よりも緊張しているみたいで、何だかおかしくて少しだけ笑ってみる。
舞台袖からだけど、幸子ちゃんがマイクを構えている姿はよく見えた。大きく背中の開いた衣装に黒色の羽根、ハートマークに開いた胸元は大胆だけど、何より目を惹くのが首輪から伸びる鎖とそれで繋がれた腕輪。
凄く印象に残る衣装だけど、その衣装に負けることのない実力が幸子ちゃんをアイドルとして輝かせている。
http://i.imgur.com/KgEM7DN.jpg
輿水幸子(14)LIVE衣装
『フフフ……ボクが踏み潰しちゃいます』
\サチコー!フンデクレー!/\マジテンシ!/\インザスカイ!/
『だ、誰ですかインザスカイなんて言ったのは!』
盛り上がるステージの様子に思わず握る手に力がこもる。すると、プロデューサーが不安を解きほぐすように力強く握り返してくれました。
「その羽根飾りも、ブレスレットも似合ってるぞ。だから大丈夫だ、裕美」
そう言って空いている片方の手で私のベレー帽の羽根飾りを撫でる。
「最初は驚いたけど、自分で作ったアクセサリーを衣装で着けたいなんて。でも、本当に似合ってるし、衣装さんも褒めてくれたからな」
「ありがとう。最初は、こんな私が着てもいいのかなって悩んだけど、そんなことないって教えて貰ったから」
あの日のことを思い出す。表情が固いと指導されて、先輩アイドルに事務所に招待されて、何故か可愛いのだと保証をもらって、LIVEに出演が決定して、色々なことが同時に起きた目まぐるしい1日を。
http://i.imgur.com/N2NxyTu.jpg
関裕美(14)LIVE衣装
ステージの盛り上がりも凄い。幸子ちゃんの一挙手一投足に観客が敏感に反応して、ステージが揺れる。幸子ちゃんがCDのシングル曲を最後に歌って、私の出番だ。
プロデューサーさんから手を離して、手の平に幸子と名前を書いてみるけど、飲み込まずに手の甲でさする。大丈夫、緊張はしていないから。
ステージ上の幸子ちゃんは、輝いている。スポットライトやサイリウムの光を存分に浴びて、喝采が幸子ちゃんを包んでいる。
最後のフレーズが終わり、余韻を残してからの割れんばかりの拍手を一身に受けている幸子ちゃんの笑顔はとても眩しい。
今度は私がそのステージに立つ番だ。
息を切らして舞台袖に消える幸子ちゃんと目があった。私は心配しなくていいよと、笑いかける。私の笑顔が上手くできてたかは、返ってきた笑顔で分かりました。
私の名前がコールされる。いよいよ出番だ。
アイドルとしてスカウトされて、可愛くなんかないと言い張る私をここまで連れてきてくれたプロデューサーさん。本当にありがとう。
「プロデューサーさんに育ててもらった恩……きっと、笑顔でお返しするから!」
煌めくステージに立つ前に一言ちょっとした宣言。
「笑顔で楽しんでくるよ!」
おわり
おまけ
「裕美、ファンレターが届いてるんだけど……。これ、本人からなのか」
「どれどれ……。って!765プロの水瀬伊織さんから!?カワイイボクを差し置いてですか!」
「えっと……。本人かもしれません。見せてもらえますか?」
「お、おう。封筒と箱がセットで郵送されてるけど……一体何があったんだか……」
「ちょっと、色々あったんです。封筒の方は……ふふっ、見ててくれてたんだ」
「箱の方開けますよー。……これは、ブレスレットですね、ウサギをあしらったワンポイントがカワイイですね。ボクには劣りますが!」
「幸子ちゃん、それ貸して貰える?……あ、ぴったりだ」
「お、派手だけど可愛いじゃないか。似合ってるぞ」
「ありがとう。嬉しいな」
「ちなみに裕美さん、手紙にはなんて書いてあったんですか?」
「大したことじゃないよ。激励文と、いつか一緒に仕事がしたいってこと」
「後はそのブレスレット作るのに結構苦労したことだな」
「って何でプロデューサーが答えるんですか」
「一応検閲も仕事だからな。丁度時間があったから仕分けしてたら宛先が気になったから聞きに来たって訳」
「……ボクだけ蚊帳の外ですか、いいですよ。ボクはやさしいので詮索はしません」
「そんなに拗ねるな。LIVEも終わって裕美にも次ハロウィンの仕事が入ったから、飯でも食いに行こう」
「いいですね!カワイイボクに相応しいディナーをお願いします!」
「よし、幸子は二十朗に置いて行こう」
「プロデューサー!?話聞いてましたか!?」
「冗談だって、んじゃ俺のお勧めの店に行くか。2人とも準備はいいかー?」
「はいっ。もう出れます」
「おっ、いい笑顔だな」
「だって私を一番笑顔にしてくれるのは」
「このボクですね!……ちょっ!プロデューサーさん、アイアンクローはかんべ……いたいいたい!謝ります!ごめんなさい割り込んで!」
「ふふっ、いいよ幸子ちゃん。笑顔なのは……もっとPさんに見てもらいたいから」
「えっ」
「えっ」
「じゃあ行こう、幸子ちゃんにプロデューサーさん。どこのお店に連れてってくれるのか、楽しみだな」
「……幸子、聞き間違いじゃなければ俺の事」
「そうですね、Pさん。信頼されたんでしょう。喜ぶべきでは?」
「そうか……そうなのかな?それじゃ、ご飯食べに行くから車乗れー」
『はーい』
おまけ2
「ふふっ……。筆が進みますねっ……!」
「それにしても、CGプロかぁ」
「ちょっと調べてみようかな、わっ、本当に年齢関係ないんだ」
「あたしよりも年上の人に……9歳!?ま、まぁ子役の歳とかも考えれば、9歳もOKなのかな?」
「それにしても、あたしがアイドルかぁ。随分な勘違いよね」
「……31歳、年上なのよね。ぽちっと。うわっ衣装すごっ……てかエロい……」
「凄いなこの人達……本当にアイドルやってるんだ……」
「あたしもできたりするのかなっ。なんちゃって♪」
「……ってバカなこと考えてないで仕事仕事ーっと」
「……」
「……」
「……」
「あの、プロデューサーさん。いつから戻られたんですか?」
「えっ、さ、最初からですか。あはは……」
「ちょっと、何ですか、その猛烈に感動したみたいな顔は」
「今度のLIVEにゲスト出演!?ちょ!なんでそうなるんですか!?」
「年上アイドルのページを興味深そうに見てたから!?確かにそうですけども!」
「ひっ、引っ張らないでください!衣装さんが丁度打ち合わせに来るから都合がいいってなんですかそれ!?」
「お、お願いします。後生ですから止めてください!最近お腹周りが……!」
「せ、せめて一か月!待ってくださ……もう待てないって!こんな状況じゃなかったらはい喜んでーなのにっ……!」
「ぴ、ぴよぉ〜〜……!」
おわり
以上で終わりです、後でHTML化依頼を出します。
お付き合いいただきありがとうございました。
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