恒一「いつか……」 (110)



アニメ版Anotherのアフターストーリーとして書いてみました。
設定は所々、原作のものが入っている場合もあります。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375233508


《August》


所々板が軋み鳴る縁側を通り、引き戸を開けて自分の勉強部屋兼寝室に入る。

八月中旬の午後六時、日は沈みかけ、部屋の中は薄暗かったが蛍光灯もつけずそのまま壁際にずるずると腰を落ち着けた。

瞼を閉じて、頭を壁に預ける。

疲れている────、何も考えずこのまま寝てしまおうとも思ったけれど、思考は勝手にこれまでのこと、これからのことのあれこれに思いを馳せ、頭の中は混沌として整理がつかないでいた。


今日の墓参りの折、偶然会った鳴と帰り道を共にし、しばらく他愛もないことを話して別れた。

なんとなく真っ直ぐ家に帰る気にはならず、ぶらぶらと宛もなく夜見山を散策して、気がつけば家の近くまで来ていた。

その間考えていた、というよりはただ頭の中に漠然とあったあるひとつのこと、それをぼくは────、

「恒一ちゃん、ご飯だよぉ」

と居間の方から祖母の声が聞こえた。

目を開けて時計を見ると思ったより時間が経っている。

退院したばかりのぼくをなにかと気遣う祖母に余り心配はかけたくない。

どんよりとした気分を振り払い、

「今、行くよ」

とはっきりした声で短く返して立ち上がる。

ポケットの携帯電話を机に置いてから、伸びをして固まった背中をほぐした。

縁側に出て思わず目を細めた、燃えるような夏の夕日。

それは、あの夜に見た炎の赤よりずっと透きとおっていて、眩しくて、ただただきれいだった。


誰かと夏を遊んで楽しもう、などという気になるはずもない。
それからの夏休みは勉強とリハビリに費やすことにした。

一学期は授業をサボっていても、内容は既に前の学校で習っていたところばかりで焦ることはなかったけれど、二学期以降はそうもいかなくなるだろうと予習と溜めてしまった宿題を徹底的に済ませた。

三度目の気胸の後に行われた肺の手術は無事に成功し、術後の経過も良い。最初の二週間は運動はキツかったが、徐々に調子を取り戻し軽いジョギングはできるようになった。

鳴に電話をかけてみたけれど、その時点ではまだ携帯を買い直していなかった様で繋がらなかった。
どうしても話したいことなんてものはなかったから家の電話にかけたりもせず、結局、夏休み中に鳴ともう一度会って話すことはなかった。


家は、一人減っただけで広く、静かに感じる。だけど、祖父母たちとの日常の営みに違和感を感じることはない。これも〈現象〉によるものなのだろうか。

窓の外から聞こえるヒグラシの鳴き声が段々と遠ざかっていくのを耳に感じながら、中学三年の八月は過ぎていった。


《September》


九月一日、始業式が行われ二学期が始まった。
三年三組の関係者がまた十人も死んだという知らせが学校中を動揺させ、〈呪われた三組〉という不名誉な噂は更にその信憑性を高めた。

生徒の数は大幅に減ったが、三組の呪いを暗に認めていて、それでありながら今年の災厄が終わったことを把握していない学校側はクラスの再編や授業体制を変更することはしなかった。


そうして二学期からは生徒十八名、担任は千曳さんが司書と兼任する形で三年三組はスタートした。

しかし、三組の生徒の中にはまだ〈災厄〉への恐怖から自宅から出ることができない人もいる。

残り半分以上もある中学最後の年を〈災厄〉に怯えたまま過ごすというのはあるべきでないと思ったぼくは、千曳さんに協力してもらって三組のみんなには〈災厄〉が終わったことを伝えた。

けれど、当事者であるぼくと鳴以外にははっきりと実感を得ることはできない訳で、これは九月に犠牲者が出ないことを以て実感してもらう他なかった。


全体から切り離されたような感覚さえある三年三組もやはり学校の一部な訳で、学校行事には参加しなければならなかった。
様々な行事がひしめく二学期の最初のイベント、体育祭が九月の終わりに予定されていた。


ということで、六時間目、週に一度のLHR。

「サカキ、学級対抗リレーもな」

「ぼく、もう三つ目なんだけど」

「いいじゃんか、お前足速いだろ」

教壇に立つ勅使河原がチョークで黒板をつつきながらこちらを見て云う。

編成の都合上、人数の中途半端な三組が学年全体で行う面倒なマスゲームに不参加になったことを内心喜んだのも束の間、出場条件を満たす競技には全て参加しなければならないということで、男女それぞれ九人から走るばかりの競技に選抜していたのだった。


手術したとはいえまだ一ヶ月、100m走、リレー、1600m走と短距離、長距離共に走らなきゃいけないとはどういうことだ。

まあ、勅使河原や水野も同じ様なものだから強く拒否はできないんだけど。

先月ひどい発作があったばかりの和久井を駆り出す訳にもいかない。

「仕方ない、それまでだからね」

「オーライ、サカキ決定!」

そう云って勅使河原は黒板の種目と名前の部分に丸をつけた。


キツい種目が先に決まると他の競技に出たくない人たちも妥協していくもので、後はすんなりと決まっていった。


授業時間が終わる数分前になって、

「あぁっ!ヒトツダケ決メルノ忘レテタワ。ドウシヨー」

おい、勅使河原なんだその棒読みは。

教壇の勅使河原がわざとらしく頭を抱える。

「いやさぁ、ホントに今気づいたんだけど、男女二人三脚の走者一組決めなきゃいけないんだよ」

へぇ、そんなのもあるのか────と、実に他人事だったぼくは、

「俺としてはサカキと見崎あたりが適役かなって思うんだけど」

────フリーズした。

周りを見ると、数人がニヤニヤとこちらを見ている。確信犯の上にグルかよ。


「おい、さっきので最後じゃなかったのかよ」

「そんじゃ、長距離は代わりに望月が走る。これでどうだ!」

「えぇっ、ぼく!?」

「お前一つだけだろ?」

「うぅ……」と唸る望月。やはり勅使河原の参加種目を見ると無下に断ることはできない様だ。災難だな、少年。

「二人三脚なんて走ったうちに入らねえよ。見崎はどうだ?」

「わたしは、別に構わないけど」

クラス中の視線をまるで気にせず、いつものそっけない態度で云った。

「よっしゃ、んじゃサカキはどうすんの?見崎はいいって云ってるけど」

この野郎、ここまでやっておきながらノーと云える訳ないだろう。

「……やるよ」


夏休みの間で級友の死を克服できた……訳ではないだろう、やはり。勅使河原も明るく振る舞ってはいるが、幼馴染みを亡くしているのだ。空元気の様にも見える。

だけど、他のみんなにも災厄が終わったということを知って、これからやり直していこうという気概は確かに感じられた。


帰り道、鳴と並んで歩く。

「榊原くんとわたしとじゃ身長差あるけど、大丈夫かな」

「まあ、練習すればなんとかなると思うけど」

「練習、するんだ」

「体育の時間か、必要なら放課後にでも」


鳴はしばらく黙り込んだかと思うと、ポツリと云った。

「肺は大丈夫なの?」

「体育祭の頃までには六週間くらい経つし、前と違って再発の心配もないから。ただ全力疾走はまだしてないから、リハビリしないとね」

「そっか」


「そういう見崎こそ大丈夫なの?」

「え?」

「〈いないもの〉になってから、ずっと体育やってなかったでしょ。元から運動得意そうにも見えないし」

「そう見える?」

ふっと笑って、いかにも実はそうではないですよ的な雰囲気を出して訊いてくる。

「見える」

断言した。運動が得意と云うには華奢過ぎる。そもそも暑いのが嫌いな鳴だ。汗をかく運動は好んでやりはしないだろう。

「ふうん。まあ、そうなんだけど」

面白くなさそうに落ちていた小石を蹴る。


「あ、そうだ」

ふと思い出した。

「携帯はもう買った?」

「うん」

「番号は変わってない?」

「前と一緒………夏休み、電話してこなかったね」

「一度、したんだけど。その時はまだ買ってなかったか、電源が切れていたのかな」

「いつ?」

「忘れた」

「……そう」

本当は覚えていたけれど、気恥ずかしくて云わなかった。


「じゃあ、またかけてもいい?たまに」

「たまには、ね」

お互いに以前と同じ受け答えをして、笑みをこぼす。

今日にでもいきなりかけてやろうか。


大きく息を吐いて、肺の空気を入れ換える。

「災厄は終わったんだし、やれることは精一杯楽しもうよ」

「うん」

そうじゃなきゃ、亡くなった彼らに失礼というものだ。


見崎の方から転がってきた石を蹴り返す。
アスファルトを跳ねた小石は予想外の軌道をとり、茂みの中へ消えていった。

「ご、ごめん」

「……喉、乾いたなあ」

冗談で云ってるのだろうけれど、ちょうどぼくも冷たいものを飲みたかったところだ。

恨めしそうに見てくる鳴をなだめるために120円が財布から消えた。


体育祭前の体育の授業はほとんどがマスゲームの練習になるのだが、それがない三組は各自の参加種目の練習か、フォークダンスの練習になった。

通常二クラス合同でやるはずのフォークダンスの練習は、たった9ペアでは輪も小さく、回転率が高過ぎて余りにシュールな光景だった。


続いて早速、二人三脚の練習をすることになった。

紐で鳴と自分の足を結ぶ。

「きつくない?」

「大丈夫」

立ち上がって、自分と彼女の近さに気づいてドギマギする。身長差は大体15cm、あごのあたりに鳴の頭がくる。

やっぱり小さいんだな。というか髪からすごくいい匂いがしてヤバイ。心を無にしなければ。


足を合わせて、一歩二歩と歩いてみる。意識して彼女の歩幅に合わせれば、転ぶことはないだろう。

と思っていたけれど、走り出してみると意外に上手くいかないもので、鳴がつまづいて勢いよく手をついてしまった。

「ごめん。手、赤くなってる」

「血は出てないから平気」

そう云って、手についた砂を払う。
そこに、

「おーい、二人三脚は相手の服掴んでやった方がいいぞー!」

という、ぼくに捕まらない距離からの勅使河原さんのありがたい御高説。

本当に怪我をさせる訳にはいかないので、大人しく実践してみた。

「いち、に」のかけ声に合わせて、なんと軽やかに進むことか。

走りながら、ひたすら無我の境地を目指した。


「見崎、体育祭の日ってお父さんお母さんは来るの?」

体育祭がいよいよ近づいて、全校練習にも気合いが入り、行進やら行進やら行進やらでくたくたになった体を引きずって帰る途中で、ふと気になって聞いてみた。

「お父さんは海外、お母さんには来なくていいって云った」

「えっ、それじゃ当日は一人?」

「そうなるかな」

まあ、それでも霧果さんなら一応見に来るだろう────とは思いつつも、

「お昼ごはんはどうするの?」

「いつもと一緒かな」

サンドイッチもしくはおにぎりと缶入りの紅茶か……栄養が足りてない。


「じゃあさ、ぼくがお弁当つくってこようか」

「え?」と驚いて、こっちを見る。

「前にいつかごちそうする、って約束してたでしょ」

「でも、おじいちゃんおばあちゃんと一緒じゃなくていいの?」

「二人にはなんとか云っておく」

「そう……ありがとう」

「見崎は何か食べたいものある?」

「……榊原シェフにおまかせします」

丁寧なお辞儀に思わず笑みがこぼれる。

おそらくぼくのために意気込んでくれているであろうおばあちゃんには悪いけれど、既にぼくは頭の中のいくつものレシピを検索し始めていた。


そして体育祭当日、空は見事に快晴で適度に風も吹き、絶好の体育祭日和だった。


午前中の競技が滞りなく終了し、昼食時間になる。
体育館は家族で一杯になるので、ぼくと鳴はいつものC号館の屋上に来ていた。

貯水槽の陰に座り込む。
肌が白く陽射しに弱そうな鳴は、日焼け止めも塗っているのだろうけれど、それでも少し肌は赤くなっていた。


「はい、お弁当」

二人の間に包みを広げる。

「おいしそう」

「おばあちゃんが譲ってくれなくてね。結局、おにぎりはおばあちゃん、おかずはぼくがつくるってことで妥協してもらったんだ」

「じゃあ、こっちが榊原くんの?」

「うん、食べてみて」

おかずはオーソドックスな品を思いつく限り多く、弁当箱に詰めるだけ詰めた。反応を見て、次回つくる時の参考にしようと思って。


鳴は、唐揚げをひとつ小皿にとって食べた。

「おいしい」

「よかった」

肩の力が抜ける。
なんだ、こんなに緊張していたのか、ぼくは。


少し多目に見えた弁当も二人で空にして、食後のデザートを食べていた頃。

「足、本当に速かったんだね」

りんごをかじっている鳴が云った。

「サッカーとかバスケとか団体競技は苦手なんだけどね。走るのは好きなんだ」

正直に云うと、ぼくは嘘を吐いていた。
医者には一ヶ月は安静、それから徐々に運動を再開していくように云われていたが、クラスの足を引っ張りたくなかったというか、今まで走れなくて溜まった鬱憤やらを吹き飛ばしたくて、今日だけは本気で走った。

一位とまではいかなかったが、それなりに上位の成績だった。少なからず痛みはあったけれど、肺のパンクを恐れず全力で走るというのは久しぶりのことで、やはりとても気持ちがいい。


「望月には悪いことをした」

「ホント。疲れてないみたいだし、榊原くんが走ってあげればよかったのに」

「ぼくも長距離走ったらくたくたで、きっと今頃倒れこんじゃってるよ」

「でもあれはあれでよかったんじゃないかな」

美術部で小柄な望月はやはり体力はなく、長距離走ではドンケツだった。しかし、美少年がヘロヘロになって走る様は一部の女子にはウケたみたいで黄色い声援は一番多かったと思う。


それから、体力回復に努めようと目をつむり、そのまま日陰で涼んでいたのだけれど、

「見崎、そろそろもど……」

校庭に戻ろうとした時には鳴は壁にもたれて寝てしまっていた。静かに寝息をたてている。


閉じたまぶたから生える睫毛は長く、少し開いた唇は淡いピンクをしていて、脱力して投げ出した肢体はさながら〈工房m〉で見た人形の様でしなやかで美しく………。

「…………」

いい加減にして欲しい。無防備すぎる。

起こすのも躊躇われて、ぼくも寝ることにした。


「起きて、榊原くん」

結局、一時間程寝たところで、逆に鳴に起こされてしまった。

「結構経ったなあ、今何やってるの?」

少し軽くなった体を起こし、屋上の柵から校庭を覗くと三年のフォークダンスが始まっている。

しまった、サボってしまった。これで午後の二、三種目は過ぎたのか。


フォークダンスの輪をぼーっと眺める。

勅使河原はしゃぎすぎだ。望月は相手の女子に振り回されている。多々良さんは相手が赤面してしまっている。有田さんは……普通だな。

同じクラスの生徒が踊っているのを見ていても面白かったけれど、

「ここでぼくたちも踊ってみる?」

ふざけて、でも半ば本気で云ってみた。

すると鳴は静かに微笑み、佇まいを正して軽く膝を曲げ、右手を差し出した。
その社交会の貴婦人の様な振る舞いに少し笑ってしまったが、こちらも恭しく手をとる。


曲は終盤、でも二人ならこれで十分だろう。

「いくよ」

「うん」

メロディに乗ってクルクルと、ぼくたちは踊りだした。


《October》


九月は結局一人の死亡者も出ず、十月も下旬の今、三組の緊張や不安はほとんどなくなり、犠牲者を悼みつつもようやく普通のクラスに戻ってきた。

男女共に人数は少なくなったが、同時に心理的な距離は近づいたと思う。

鳴も少しずつ他の女子たちと打ち解けてきた様で、ぼくたちは前よりは一緒にいることは少なくなった。


そんな時期のある日の昼休みのこと。

「榊原くん、ちょっといい?」

「ん、どうしたの?」

「サカキなら連れてっていいぜ、俺が許可する」

「なんで勅使河原に許可がいるんだよ」

「おい、誰か俺を呼びに来る女の子はいないのか」

「諦めろ。お前は俺と同類だ。うぅ……」

「ごめん見崎、さっさと行こうか」


鳴に呼び出されたぼくは、他の男子の冷やかしを無視していつもの屋上に来ていた。

陽射しはまだ強いけれど、風の冷たさに秋を感じる。

「今週末、予定ある?」

髪を手で軽く抑えながら、鳴が云った。

「土曜、日曜………ないよ。うん、大丈夫」


「行きたいところあるんだけど、着いて来てくれる?」

うん?これはどういう意味なんだろうか。そう受け取っていいのだろうか。

「お墓参り、未咲の」

あぁ、そっか。表情に出さなくてよかった。だけど今のは狙って云ったに違いない。してやったりみたいな顔をしている。


「半年、か………」

藤岡未咲が亡くなってから半年。〈災厄〉が始まってから半年。

「速かったと思う?それとも遅かった?」

「どっちだろ」

わからなかった。でも時が早く過ぎて行って欲しいとは思った。人間辛いことからは逃げたがる。ぼくたちの心にできた傷が時間の経過で少しでも癒えるのなら、そうあって欲しかった。


「電車とバス、どっちで行こうか」

「バスかなあ」

「わかった」

時刻表を調べておかなければ。
詳しい予定はまた電話で連絡することを約束したところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「勉強っ、したくねえっ!」

「十回越えたらっ、俺は受かるっ!」

水面を石が跳ねる。


放課後、夜見山川の河川敷で男子の連中と道草をする。

受験に向けてまだ本気になれないでいるぼくたちは、時折、放課後をこの様に無為に過ごしているのだった。


「榊原よお、お前まだ見崎と付き合ってないってホントか?」

水切りをしていた前島が訊いてきた。

「勅使河原か」

平たい石を探している途中だった勅使河原をにらむ。


「げぇ、なんでバレた」

「そういうこと話したがるの、お前しかいないだろ」

「まあまあ、でもなんで告んねえんだよ。うまくいくと思うぜ?」

「うるさいな」

何故だろう。自分でもよくわからない。

「おれも彼女欲しー!」

「中学では諦めた!高校にこそ俺の運命の出逢いはある!」

バカなことを云って勝手に盛り上がっている。


ぼくがそういうことをしないのは、学校行事は目一杯楽しんでも、個人的なことで幸せを感じるのは亡くなった級友に対してどこか引け目があったのかもしれない。

もちろん、そんなのは言い訳にしかならないのだけれど、今のぼくの中にあるモヤモヤとしたものが片付くまではとてもそんな気にはなれなかった。


「五回越えたら、勅使河原は次のテスト、クラスでビリ!」

手頃な石を拾って、大きく振りかぶる。

「おい、マジでやめろって!」

「それが五回越えたら、榊原は鳴ちゃんに告白!」

前島の横槍が入った。

本気のアンダースローで投げた石は四回跳ねたところで、水に沈んだ。


勅使河原は次のテストでクラス最下位をとった。


日曜日の午前十時、バス停で待ち合わせた。

「ごめん、待った?」

ぼくが云うと思っていた台詞だ。けれど実際は逆で、

「ウウン、イマキタトコロダヨ」

バスが過ぎ去って、二十分待ったところでようやく来た彼女をぼくは迎えたのだった。

「ごめんなさい」

「大丈夫、次のバスはもうすぐだ」


バスに揺られて藤岡未咲が住んでいた街へ行く。同じ夜見山市内だけれどたっぷり一時間はかかり、その間は車窓からのぞく、ぼくがまだ知らない夜見山の街並みのガイドを受けたりした。


途中の花屋で献花用の花を買い、長閑やかな通りを抜ける。

見晴らしの良い、小高い静かな丘の霊園に藤岡家の墓はあった。

墓碑に刻まれた“未咲”という文字はまだ真新しい。

花瓶に花を刺し、線香をあげる。


黙祷を捧げた後、なんとも云えぬ沈黙が続いたが、ふと鳴がリュックからあるものを取り出した。
スケッチブックだ。

パラパラとめくり目的のページにたどり着くと、こちらに近づいて来て見せてくれた。


────球体関節を持った美しい少女の絵。


「これってあの時の……」

「いつか見せる、って約束してたでしょ」

写実画のような、リアルな素描。華奢な、かろうじて性別が見分けられるような体形。細い手足。長い髪。顔にもしっかりと目と鼻、口が描き込まれている。

そして、以前と最も違うのが、神々しいほどの大きな天使の羽。


ぼくが何も云えず絵に見入っていると、鳴がポツリと呟いた。

「これ、未咲をモデルにしたんだ」

「うん」

────声は微かに震えている。

「翼は天使のにした」

「うん」

────目は潤んでいる。

「きっと、ちゃんと飛べてるよね」

「うん」

────嗚咽が漏れる。

「もっと、ずっと…未咲と一緒に………」

涙でそれ以上、言葉は続かなかった。


そっと抱き締めて、頭を撫でる。鳴がぼくの前で涙を流したのはこれが初めてかもしれない。


腕の中で哀哭する彼女が心から愛しくて、すべてを懸けて守ろうとこの時、誓った。


霊園を後にして、丘のふもとの公園にさしかかった時、鳴が袖を引っ張った。

「どうしたの?」

「お昼ご飯、食べよ」

「そうだね、ちょっと人が多いかもしれないけど、最初通って来た道にお店があったよ」

と提案したのだけれど、鳴は首を振って云った。

「今日はわたしがお弁当つくってきたの」


公園の芝生に座り、リュックから包みを取り出す。

出発の時に「持とうか?」と云っても頑なに拒否されたのはこういうことだったのかと得心がいった。


「いただきます」

卵焼きをひとつ箸にとる。

うーん、きれいな形だ。いや、鳴のことだから砂糖の代わりに塩を入れてるかもしれない。それでも、ぼくは食べなければならない。

覚悟を決めた。

「……うん、おいしい」

「よかった」

顔をほころばせる。
他のも本当においしい。いつの間にこんなに上達したんだろうか。疑ってしまって非常に申し訳ない。

「朝はこれをつくっていて遅れたの?」

「ううん。早くに起きてつくったんだけど、つくりあげたらまた寝ちゃった」

「あはは、見崎らしい」

鳴が握ったとわかる小さなおにぎりと、女の子らしい小さな弁当箱に入ったおかずはあっという間になくなった。

どれも普段料理をしていないとは思えないほどおいしくて、誉めると「ありがと」といつものそっけない感じで応えたけれど、その頬はほんのりと赤らんでいて、実のところとても照れているのが印象的だった。


帰りのバスの中は、お互いに結構歩いて疲れていたようでほとんど無言だったけれど、怜子さんの墓参りの帰りに見つけた遊園地が視界に入った時、鳴が口を開いた。

「あの観覧車ね、まだ未咲が元気だった頃、一緒に乗ったことがあったの」

「そうだったんだ」

「でもね、その時怖いことがあったから。だから前に乗らないって云ったのは、そういうこと」

怖いこと────鳴がそう云うからには、それなりのことがあったのだろう。


あの時のことを思いだしながら、少し安心していたぼくは、彼女の次の言葉で凍りついた。

「わたしたち、どこからあの観覧車をみたんだっけ」

「えっ……?」

────違和感。


「前に怜子さんのお墓参りに行った時に、偶然見崎と会って……」

「怜子さん……あぁ、そっか。三神先生のお墓参りの帰り道か」

────確かに感じる二人の間の温度差。

乾いた喉に唾を呑み込んで、震えそうになる声を抑えて訊いた。

「今年の美術部ってさ、最初は誰が顧問だったんだっけ」

「最初?三神先生が亡くなって、共同で顧問をやってた先生もわたしが二年生になる前に転勤になって、それで次の美術の先生が今年から、って話したことあったよね」

────決定的だった。


それはぼくたち以外が持っていたはずの偽りの認識。

頭を鈍器で殴られたかのような感覚。



〈現象〉は、彼女の記憶を調整してしまった。


最初のバス停に着いて、鳴とはそこで別れた。
あれからまた色々と喋ってはいたが、よく覚えていない。


いつか記憶が消えてしまうのはわかっていた。
でも……想定していたより早い。


鳴の記憶が調整されたのはいつのことだろうか。一ヶ月前か、一週間前か、昨日か、それとも今朝二度寝から目覚めた時か。

〈災厄〉の真相を唯一人共有していた鳴がその記憶を失い、世界に独り取り残されたようにさえ思えた。


「……ぼくも明日、目が覚めた時には忘れてしまっているかもしれないのか」

本当に忘れてしまっていいのだろうか。
自分がこの手で怜子さんを“死”に還したこと、それすらも。

ズキンと胸の奥が痛んだ。これは肺のトラブルとはまた違う痛み。


これまでずっと考えてきたあるひとつのこと────それはもうほとんど形になっていた。

いつの間にか速度を速めていた足は一直線に自宅を目指していた。


自分の部屋の戸を開けて────そこで立ち尽くしてしまった。

「本当に…いいのか……」

今なら引き返せる。

今からやろうとしていることはもしかしたら、これから先の人生のほとんどを縛ってしまうことだ。

何が一番大事なことか、本当にぼくはわかっているのか。

現在この時の判断に間違いはないのか。

寸前になって心が定まらない。

心臓の鼓動がやけに耳に響く。


その時、

「おはよ、レーちゃん、おはよ……」

縁側の端の鳥籠から、九官鳥が鳴いた。

「─────怜子さん」

その鳴き声を訊いた瞬間に覚悟は決まった。

「うん、おはよう、レーちゃん」

人間に、彼女に語りかけるように優しく声を返した。


部屋に入り、明かりをつける。

荷物をきれいに片付け、机に向かい────ぼくはペンをとった。


《Decenber》


十二月最初の週に夜見山に初雪が降った。少しだけ積もったが二日もせず融けて無くなった。
それからは雨やみぞればかりが続いている。

山の頂き付近にはまだ雪が残っているのか、うっすらと白んでいて、色を落とした木々とのコントラストが美しい。

ビル風などに感じる東京の冬の冷たさとは違って、夜見山の冬は視覚全体が寒さを訴えてくる。

空はどんよりと湿った雲が一面を覆っていることが多く、日没の早さも相まって、授業が終わる夕方五時頃には外はもう薄暗い。


高校受験まで百日を切り三年生もようやく火がついたようで、塾に通う者も多くなり忙しない様子だ。

ぼくは東京の高校に戻ることになっているが、内部進学枠なので大した焦りもなく、時々、鳴の家庭教師をやっていた。


放課後、係の仕事を終わらせ、教室を後にする。廊下が濡れた靴跡だらけなのは、午後から降りだした雨のせいだろう。
左手を手すりに置いて、ゆっくりと東階段を降りる。

下校時刻から大分経って人気の無い三年生用の玄関に、一人佇む影があった。

両手を息で温めている小さい女の子のシルエット。今日は家庭教師はないはずなんだけど。


「見崎、まだいたんだ」

「──────榊原くん」

声に反応して、こちらに少しだけ視線を向けて、また雨を見つめる。

「誰か待ってるの?霧果さんのお迎えとか」

「………別に」


隣に並んで一緒に雨を眺める。

雨粒が水溜まりを跳ねる音、ルーフを叩く音、側溝を流れる音。
二人だけの会話の無い静かな空間にも様々な雨の音が溢れていた。


ふと思い出した。

「そういえば、見崎ってこんな雨が好きなんだっけ」

真冬の冷たい雨。雪に変わる寸前の。

「よく覚えてるね」

「びしょ濡れになって帰る見崎は印象的だったから」

再び沈黙。だけど、彼女とのこういう時間はどうしてか心地いい。


日は沈みかけ、雲は厚みを増し、辺りはますます暗くなってきた。

「そろそろ帰ろうか、傘持ってきてないんでしょ?これ使いなよ」

カバンから折り畳み傘を取り出して差し出す。

「夏の雨なら濡れるのもいいけど、この冷たさじゃ風邪引いちゃうよ」

「榊原くんはどうするの?」

「幸いここに放置されてる傘がある。この時間じゃまだ残っている人のだとも思えないし………って、うわ、壊れてる」

開いた傘は骨が四本も折れている。こんなものさっさと処分すればいいのに。


「あはは、まあ使えないこともないし……」

「こっちを使えばいいじゃない」

鳴はぼくが貸した傘を突き出す。

「いいよ。見崎が濡れるといけないし」

「頭のいい榊原くんには、一つの傘を二人で使うという発想がないのかしら」

ちょっと……その発想は最初に浮かんで無視し続けてきたっていうのに。

「えっと、折り畳み傘だから二人はきついんじゃないかな」

「でもほら、広げてみると普通のと同じくらいじゃない?」

傘を広げてくるりと回す。

確かに父からもらったものだから、それなりに質も良く大きいのだけど、やっぱり狭くないか?


「じゃあ、榊原くんがわたしを家まで送ってくれるのね」

トンと段差を降り、ぼくを待つ。

外は暗いし、人もいない。仕方がない。覚悟を決めよう。


鳴に傘を差して、自分も入る。

ぼくの体の半分以上もはみ出しているじゃないか────と思ったら、鳴が思いきり引っ付いてきた。

「ちょっと見崎、くっつき過ぎだって」

「こうしないと榊原くんが濡れちゃうでしょ」

何でもない様にそっけなく云う。こっちには色々あるんだけど。

「そうだけど……」

「行きましょ」

否応無しに歩き出す。傘を持つぼくはそれに続いた。


「…………」

「…………」

余りの緊張に無言が続いた。

鳴は緊張してないのか?これ体育祭の二人三脚の時より密着してるんじゃないか?心臓の音とか伝わってたらどうしよう……。


時間の経過がわからない。一瞬がとてつもなく長く、永遠が近くにも感じる。

右肩はやはり少し、冷たい雨に濡れているのだけれど、左側からわき上がる熱で露ほども気にはならなかった。

一旦休憩。残り書いてくる
明日新刊が届くまでに終わらせます

これは期待

最近またAnotherSS増えてきたな。新刊効果か?
続き期待してまっせ

久々にanotherを見た気がする
期待

すごく期待できる

新刊てなんや


《February》


「榊原くん、これどう解けばいいか教えてくれる?」

「ああ、うん。ちょっと見せて」

江藤さんが持ってきた問題集を見る。
数学の問題。問いの1と2は正解、3の欄だけが空白になっていた。隅には図形が中途半端にできあがっている。

「こことここに補助線を引いてあげればいいんだ」

図形に線を足して、適切な公式を示す。あとは自分で解けるだろう。

「どう?一回自分でやってみて」

「なるほどねえ、わかったわかった。ありがとー、榊原くん」

そう云って江藤さんが去っていった後に、

「サカキー、ここ教えてくれよぉ」

また勅使河原か。

「見せて………はぁ、お前復習してるんだろうなあ」

「へ?」

「これ前に確か……ほら、やっぱりあった。同じ問題前にやったことあるだろ」

「ありゃ、ホントだ」

「ここに解き方も書いてある。やり直し」

「うへぇ」と頭を掻きながら退散していく。


二月の中旬、県立高校への進学が一般的な夜見北は高校受験を一ヶ月後に控えて生徒たちがいよいよ切迫した雰囲気になっている。

そんな中、ぼくは一旦東京に戻りK**高校への進学試験を終わらせて、暇になってしまった。


そんなわけで、最初は数人にちょこちょこと教えてあげるだけの便利屋だったのが、声の大きい数人のおかげで今ではクラス全員分の勉強を見ている。

授業の自習時間や昼休みなど空いた時間にはひっきりなしに誰かが来る。
先生に訊きに行くより手間がかからず、わかりやすいのだとか。いや、先生方には及ばないはずなんだけど。

最近では、授業中は隠れて読書、休み時間は勉強とやることが逆転してしまった。

悪い気はしない。むしろ良い。だけどそれは勉強を教えてあげることによる優越感というものではなく、みんなで一丸になって合格というひとつのものを目指しているという充実感からだ。

志望校はそれぞれほとんど違って、このクラスは一ヶ月後には本当にバラバラになってしまうのだと考えると寂しい。

このどちらもエスカレーター式の私立では味わえなかったであろう感覚だ。


質問が途切れて、手持ち無沙汰になった。


ふと鳴の方に目をやると、何やらぐでーと机に突っ伏し、顔だけこちらに向けている。疲れているのだろうか。

か……いや、なんでもない。

目が合った。おや、何かプリントの裏に書き始めたぞ。

………そしてこちらに向ける。いや遠いし、字薄いからわかんないよ。


仕方ないので彼女の席まで直接見に行く。

「どうしたの?体調悪い?」

「…………」

声は発さず、こくと頷いた。プリントには“きつい”と書いてあった。

「熱は……あるね。朝から?どうして学校来たのさ」

おでこに触れると確かに熱い。


「これだったら早退してしまった方がいいんじゃないかな。霧果さんに迎えに来てもらおうか」

そう云うと鳴は首を振って、

「今日…あの人……家に……いないし、……」

言葉の間に咳をはさみながら云った。鼻声だ。
それにしても、なんてタイミングの悪いことか。

「家に帰ってもひとりか……」

風邪を引いていて一人きりは心細いだろう。
ぼくも早退できたら………今すぐ〈いないもの〉を再開してくれないかな。

「とりあえず、保健室に行こうか」

「………うん」


放課後、静かにドアを開けて保健室に入る。
三つあるベッドの一番奥、ひとつだけカーテンがかかっているそこに鳴は寝ている。

昼休み、あれからぼくは鳴を保健室まで連れて行った。熱は38度9分もあり、かなりきつかっただろう。

額に再度触れる。熱はまだある。だけど三時間ちゃんと眠って顔色はよくなったか。

ぼくの冷えた手にびっくりしたのか、鳴が目を覚ました。

「起こしちゃってごめん。だけど、そろそろ家に帰ろうか」

「え……家?ここどこ?」

熱で覚えていないのだろう。寝ぼけ眼でそう云う。

かわ……いや、なんでもない。

「ここは保健室だよ。ぼくのおばあちゃんの車で見崎の家まで送るから」

「…………」

なおも不安気な顔をしている。

「霧果さんか天根さんが帰って来るまでは、ぼくがそばにいるから」

「…………うん」

毛布を持ち上げて鼻まで隠し、小さな声で、こくりと深く頷いた。


鳴の家まで送ってもらい、おばあちゃんにはお礼と保護者が帰って来たら帰宅する旨を告げた。


家の中はすっかり冷えきっていたので、すぐに暖房をつける。

カバンを運んだ後、ずっと制服でいるのはきついだろうと着替えてもらった。
もちろんその間、ぼくは別室。断じて覗いてはいない。

「もう入っていいよ」

呼ばれて部屋に戻ると、鳴はパジャマに着替えていた。
よくわからない緊張が押し寄せてきて、戸惑ってしまう。

こういう場合、どうすればいいんだ?私服なら誉めたりするけど、パジャマはどうなんだ?

「ふふっ、どう?」

ぼくの動揺に気づいた鳴が上気した顔で訊いてきた。

感想はノーコメントで。でも、おそらく鳴より顔は赤くなっているだろうからバレバレだな。
なんか負けた気がする。


ベッドに寝かせると、すぐに寝息をたて始めた。

霧果さんと天根さんに電話したと云っていたけど、帰って来るのはいつになるのだろうか。
霧果さんはおそらく人形関係だから県外に出ているかもしれない。鳴が起きたら訊いてみよう。


キッチンに行って起きた時にお腹を少しでも満たせるように定番のお粥でもつくっておこう。もしかしたら長期戦になるかもな、ぼくの分の夕食もつくらせてもらおう。同じお粥だけど。

流石に、人様の家の食材を好き勝手使うのは気が引ける。とは云っても、冷蔵庫の中身はほとんど見覚えがあるものばかりだ。

なぜかというと、ぼくと鳴が一緒に選んだ食材だからだ。体育祭の少し後から鳴は料理を始めたと聞いたけれど、まだお弁当メニューしかつくれないらしかった。

そこで、学校帰りに一緒にスーパーへ寄って買い物したり、家庭教師をする時や休日には色々なレシピを教えながらつくっている訳である。


研いで水に浸けておいた米を土鍋で強火にかける。煮たってきたところをさっとかき混ぜ、ふたをずらして弱火に戻し、再び40分ほど煮て完成。
トッピングに卵、塩昆布、鮭、ちりめんじゃこを用意した。実に簡単。
あとは鳴が起きた時に温めなおせばいい。

明かりが消されて真っ暗な鳴の部屋に戻り、机のスタンドライトをつける。

鳴の部屋のベッドは、小さな階段を上ったロフトにある。
病人には不親切だけれど、これなら下のデスクの光が睡眠の邪魔になることはあるまい。

カバンから読みかけの文庫本を取りだし、ページを開く。

ぼくが読む本もホラー一辺倒ではなくなり、鳴が時々読むような社会学の本にも手を出していた。
父に云えば、喜んで詳しく語ってくれそうだけど、中学三年のぼくには正直面白いとは思えない。


「────榊原くん?」

上のベッドから声がした。

「何?」

「いる?」

「いるよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


それから少し押し黙って、もう一度「ありがとう」と彼女は云った。


ご飯を勧めようと思って階段を上ってみたが、また寝息を立て始めていた。

「おやすみ」

起こさないように元いたところへ戻る。


現在夜の九時、二人ともまだ帰って来ない。
明日が休日で良かった。

重くて火照った体を椅子の背もたれに任せる。
朝から熱があったけれど、鳴に会うために無理して学校に行って本当に良かった。



出会ったばかりの頃は、神秘的なベールで覆われている様な感じがして、正体が掴めない不思議な子だと思っていたけれど、一緒にいて相手を知っていくうちに、とても普通な女の子だとわかった。

勉強が嫌いで、運動が苦手で、意外と気が強くて、はっきりとものを云い、絵が上手で、人付き合いが不器用で、実はよく笑って、ちょっと変わっているけどやっぱり普通で、


その全部を、好きになった。


窓の外はしんしんと静かに雪が降っている。
積もった雪は四月には融けてなくなる。

その頃には、ぼくはもうこの街にはいない。


普通の女の子と過ごす普通の時間は、なんでもない日常を重ねて、静かに終わっていくのだろう。

それでも今は、彼女のために一番そばにいることができるのを嬉しく思いながら、

彼女が再び目を覚ますのを静かに待ち続ける。


《March》


「おーい、恒一!」

父の声がターミナルに響く。
大声で呼ぶのはやめてよ……恥ずかしい。


「おかえり、父さん」

「ただいま、見ないうちに大きくなったなあ」

「一年だけじゃないか」

「インドは暑かったぞ」

「耳にたこができるほど聞いたよ」

身長は確かに伸びたのだろう。成長期だし。

父は日に焼け、前よりひげも伸び、いかにもインド帰りといった感じだ。

「荷物はもう家に届いてるよ」

「そうか一年ぶりの我が家だな。お前への土産も買ってきたぞ」

「変な民族衣装とかじゃないよね」


父の荷物をひとつからい、色々な思い出話を聞かされながら空港を出る。

停まっていたタクシーに乗り込み、父が自宅の住所を告げた。

車窓を流れていくビル群、渋滞、喧騒に東京に帰ってきたことを実感する。


二人で住むには広い3LDKのマンションの自宅は、一年間の放置によりほこりを被っていたので、帰ってきてすぐに清掃し尽くしたのだが、その次の日に父がインドから帰ってきたため、家の中は二人分の荷物とダンボールで散らかっている。


そんな中、真新しい写真立てがリビングに飾られた。写真にはぼくと父が写っている。
「一年ぶりの家族サービスだ」とか云って、無理矢理遊園地に連れて行かれた時に撮ったものだ。

男二人で遊園地って……。
予めチケットを手に入れていたあたり周到だった。

前に母の写真のことを話したから、自分も息子との思い出の写真を残したかったのだろう。
ぼくも結構楽しんだのだけれど。


「ふう……これでよし、と」

夜中に帰ってくるかもしれない父のために夜食をつくり、ラップに包んで食卓に置いておく。

父は帰国後数日間の休みを楽しそうに過ごしていたが、その後はすぐに大学の研究室に詰めて忙しそうに仕事をしている。

かなり大変だろうに、ぼくと話す時は快活なのは、溢れるバイタリティか、それとも父の愛か。


自室に戻り、明かりをつける。
今日まで父の荷物の整理を手伝っていたので、自分の分はほとんど手付かずだ。
まあ、元々そんなに量は多くはないのだが。


目の前にあったダンボールのガムテープを切り、開く。

一番最後に詰めたものだ。卒業アルバムが入っていた。


ぼくの夜見山での思い出がつまっている。


夜見山北中学校の卒業式。
三組は十八人の生徒が卒業した。一緒に卒業することができなかった十二人のためにみんなで泣いた。
辛かったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、言い尽くせないことの数々が涙になって溢れ出した。


高校受験は三組の生徒全員が志望校に合格することができた。
勅使河原さえも目標校に受かったのだから、ぼくも勉強を教えた甲斐があったというものだ。


ぼくの引っ越しの時は、おじいちゃんおばあちゃん、そして三組のみんなが駅に見送りに来てくれた。
一年という短い期間だったが、夜見山で彼らと過ごした日々は決して忘れないと思う。


鳴との別れは………色々と恥ずかしいことを云った。
これだけは永遠にぼくの心の中にしまっておこう。


おっと危ない。よくあるパターンだ。片付け一歩目で頓挫するところだった。


衣類はクローゼットに整理し、本は本棚に並べる。

……これだけで、七割は片付いたぞ。何か新しい趣味でも探すか……。

残った雑貨や文房具を適当に引き出しに入れていく。


その時、雑貨に紛れている見慣れない便箋を見つけた。

「何だ?これ」

切手も貼っていないし、差出人の名前もない。固く封がしてあって、開いた形跡もない。

“榊原恒一へ”とだけ書いてある。ぼくの字で。

「開けてもいいんだよな」


後回しにしようかと思ったが、何やら胸騒ぎがした。

慎重にハサミで封を切る。

「は?何だよ、これ」

便箋の中から出てきた数枚の紙。
びっしりと文字が書いてある────はずだった。

それは読むことができなかった。
ボールペンで書かれた文字の全てがインクが滲んでいて読めない。おそらく油性であるにも関わらず、だ。


気味が悪かった。
いつの間にか頭の中にずうぅぅーんという重低音が響いている。

便箋の中に、もう一枚だけ他とは違う小さな紙が入っていた。


“このメッセージが読めなかった場合は、次のメッセージを探せ”

・方法、媒体-隠し場所
・鉛筆-夏用の上着のポケット
・鉛筆-東京の自宅へ封筒を郵送
・ボールペン-この手紙
・音声録音-MDケースの中、赤色
・メール-自宅の父のパソコン、10/28着信のメール
・油性絵の具-キャンバス


ひどい頭痛がする。
書いたことは覚えていないけれど、紛れもなくぼくの筆跡だった。

どうして、こんな手の込んだことをしたというのに覚えていないのか。なにもわからない。
けれど、必ず探し出してメッセージを読まなければならない、という使命感だけは強くあった。


結果として、鉛筆で書かれた手紙だけが、なぜだか水に浸したような痕跡があったが、辛うじて読むことができた。

他の媒体────郵便は届いておらず、MDは中身のデータが破損、メールは全て文字化け、油性絵の具はボールペンで書かれた手紙と同様、なぜか滲んでいてキャンバスは真っ黒だった。


手紙の最初にはこう書いてあった。

“全ての真相を知ったぼくには、果たさなければならない責務がある”


その全てを読み終えた時、ぼくの世界を覆っていたメッキはきれいに剥がれ落ちていた。

後半へ続く

>>47
明日スピンオフが出るんすよ

やべぇよ……
投下しようと思ったら後半の章のタイトル考えてなかった…
前半は原作通り《月》だけでよかったんだが
語り手が鳴ちゃんだからいっそのこと全然違うのにするか……

恒一が自分に向けて何を書いたんだろう

恒一が英語なので鳴は厨二っぽく漢字一文字にしました
後付けなのでそこまで深く考えないでください


《影》


携帯電話が鳴った。

一瞬、胸の鼓動が大きくなった気がした。

表示されている名前は見なくてもわかる。
わたしの電話番号にかけてくるのは霧果の他には一人だけ。

今となっては、着信履歴は九割方、彼の名前なのだけれど。


榊原恒一。

未咲を失って孤独だったわたしの前に突然現れた人。一緒に孤独になってくれた人。わたしの左目をきれいだと云ってくれた人。ずっとわたしを守ってくれた人。初めてつながっていて心地いいと思える人。本当に変な人。


そんな彼は夜見山北中学を卒業した後、父親の帰国に合わせて東京に戻ってしまった。

ずっと一緒にいられたらと思うけれど、わたしたちはどうしようもなくまだ子供で、身体の自由が効かない。
それでも心だけは………と願う。

彼とは駅で見送った時以来、電話もしていなかった。
別れの時に云ったことを思い出すと恥ずかしくて、彼も引っ越しの後片付けとかで忙しいだろうと思って、なかなかこちらからかけることができないでいた。


そんな時の彼からの着信だ。

焦らす訳ではないけれど、すぐに飛び付くのもためらわれて、目の前にある携帯が五回コールしてからとることにした。

プルルルル プルルルル プルルルル プル

「もしもし」

四回目でとってしまった。


「見崎、明日会えるかな」

「え、明日?」

カレンダーを見る。今日は四月五日、エイプリルフールは過ぎている。

「そう、四月六日。エイプリルフールじゃないよ」

「今、東京にいるんじゃなかったの?」

「そうだよ。電車を乗り継いでそっちに行くつもり」

東京からこっちまで三時間以上かかるというのに。


「もうすぐ学校始まるんじゃないの?」

「大丈夫。うちの学校少しだけ遅いんだ」

「どうしてこっちに?」

「そういう質問攻め、嫌い」

頭がいいだけあって、記憶力もいい。電話の向こうでは意地悪そうに笑っているのだろう。
だけど、冗談でも嫌いと云われるのは……正直、困る。

「ごめんごめん。理由は明日、そっちに行ってから話すよ。それで、いいかな?」

「………うん」

「じゃあ、着いたら見崎の家に行くよ」

「何時くらい?」

「朝の十時くらいかな」

「わかった」

「うん、それじゃまた明日」

「うん」

三分も話してないのに通話が切れて、小さいため息をついた。


あんな別れをした手前、次に会えるのは数年後かと思っていたけれど、最後に会った時からまだ一ヶ月も経っていない。

少し拍子抜けして、だけど身体の奥からじんわりと熱いものが込み上げてきた。

彼に会えるのなら、それでいい。


鏡の前に立つ。頬が少し紅潮しているのを見ない振りをして、明日着て行く服を合わせ始めた。


翌日、十時少し前に彼はやって来た。

家の前に立っているわたしを見つけると、少しだけ走って来て、「やあ」と云う様に手を挙げる。

「おはよう、見崎。久しぶり」

「おはよう、榊原くん」

少し気恥ずかしい。思い返してみると、これだけ会わなかったのは、夏休み以来じゃないだろうか。あの時は、何て云ったんだっけ。

「その服かわいいね、見崎に似合ってるよ」

「……ありがと」

……選んだ甲斐があったというものだ。


「歩きながら話そうか」

少し急ぐ様に彼は云った。

「どこ行くの?」

「夜見山北中学校」

はっとする。彼はわたしの反応に頷いて、続けた。

「今日は始業式なんだ」


三週間前まで通っていた夜見山北中学校の校舎に入る。
事務室で卒業生であることを伝えるとスリッパを貸してくれた。
靴からスリッパに履き替えて、階段を上る。

始業式が終わったばかりで、自分たちの新しいクラスに興奮する生徒たちの喧騒が廊下にも伝わってくるが、その中で一クラスだけ整然と皆が席に着いているクラスがあった。
三年三組だ。

廊下からクラスの中を覗き見る。

生徒たちは静かに先生の話を聞いている。


しばらくただ見つめているだけだったけれど、ふと隣の彼がこちらを向いた。
何かを決心した様な顔つき。

周りに聞こえない小さな声で云った。

「見崎、頼みがあるんだ」

「………何?」


「その左目で〈死者〉を見てほしい」


「──────」

薄々わかっていたけれど、やっぱりそうだった。


「見て、どうするつもり?」

「何も。ただ、今年は〈ある年〉なのか〈ない年〉なのか知っておきたい」

「知ってもどうしようもない」

「それでもっ」

わたしの肩を掴んで、一瞬語気を荒げた。
驚いた。彼がこんな風になるなんてほとんど見たことがない。

彼の目を見る。冗談で云ってはいない。わたしのことを誰よりも心配する彼が冗談でわたしに〈死の色〉を見させるなんてことはない。

迷うのはやめた。眼帯を外す。

両目で彼を見つめ、頷く。


一度大きく深呼吸をして────三組を、見た。


「…………いる」

〈もう一人〉=〈死者〉は、いた。

「どの子?」

「一番前の席の女の子、眼鏡をかけててショートカット、少しぽっちゃりしてる」

彼はどこで手に入れたのか、三組の名簿でその生徒の名前を判別した。

「………桜木…ゆかり……」

口の中で小さく呟いて、彼はこちらに向き直り再び訊いた。

「彼女が〈死者〉で………間違いはないんだね?」

間違いはない。死期が近づいた病人よりもずっとはっきりとした〈死の色〉。

「彼女は〈死者〉よ」

ん?わたしは彼に前にもこのように伝えたことが………ある?
そもそも死者を見るという経験さえこれが初めてじゃ────、

ずうぅぅーんという重低音がどこからか聞こえてくる。それが思考を妨げる。


彼がふっと雰囲気を和らげ、一歩下がった。

「そっか……お願い聞いてくれてありがとう。ごめんね、嫌な思いさせて」

「ううん、平気」

優しい言葉につい強がってしまった。

煩わしかったあの“音”は、消えていた。


校舎を出て、来た道を戻る。

「今日はもう帰ろうか」

「え……もう東京に帰るの?」

たったあれだけ?目的を果たしたらそれで終わりなの?午後も空いてるのに……。

「いや、今日はおじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まって、明日帰る。今日の午後は二人と用事を済まさないといけないんだ」

「そうなんだ」

「明日、帰る前にまた会える?」

どきっと胸が鳴る。

「いい……けど、明日入学式」

「知ってる。でも午前中には終わるよね」

「うん」

「よし、じゃあぼくも見に行くから。終わったら一緒にご飯でも食べに行こう」

「うん」


それから家まで送ってもらって別れた。

つくづく自分は簡単な女だと思ってしまう。明日も会えるのならその方がいい。


その夜、食事やお風呂を済ませて自分の部屋に戻る。

明日の準備は……大丈夫。新しい制服はアイロンをかけてハンガーに掛けてあるし、カバンには必要なものを詰めた。うん、大丈夫。

ベッドに向かおうとして、机の上にあった鏡に映る自分と目が合った。
義眼の左目。嫌なものしか見えないけれど、彼はきれいだと云ってくれる。
少し怖いけれど、彼の前でなら眼帯を外していてもいいとさえ思える。


今ならまだ起きているだろうと彼に電話でもかけてみようと思ったけれど、やめた。
朝から色々と忙しくて疲れているかもしれないし、それと何故だか、今かけてはいけないような気がした。


外はいつの間にか雨が降りだしていた。予報にはなかった雨だ。
明日の入学式までには晴れていればいいのだけれど。

その時、ずうぅぅーんという重低音がどこからともなく湧き出してきた。昼間と同じものだ。

わたしも緊張して疲れているのかもしれない。
何もかも考えるのが億劫になって、電気を消してベッドにダイブする。

音はまだ鳴りやまない。
何にせよ、楽しみなのは明日だ。そう切り替えて、鈍い頭痛から逃げる様に眠りについた。


わたしの高校の入学式。
雨雲は晴れていた。昨夜の雨が大気中の塵を洗い流してくれたおかげで、空気も澄んでいる。

彼が家庭教師をしてくれたおかげで、わたしが当初予定していたより上のランクの県立高校。

彼は自分の受験はいつの間にかあっさりと済ませていた。内部進学枠と云っても、有名な進学校だからそれなりに難しいだろうに。

実際、夜見北の授業やテストは余裕だったようで、〈いないもの〉だったのをいいことに一学期の間、まともに授業やテストを受けていなかったわたしは〈災厄〉が終わってからはよく勉強を教えてもらった。
それが一緒にいるための口実だったりもしたのだけれど。


他の中学から集まってきた全く知らない顔、顔、顔。どれも同じに見える。

夜見北から進学してきた生徒も何人かいるみたいだけど、話したことがない人たちがほとんどだから特に意味はない。

校長先生の長い挨拶で式は終わり、新しいクラスで快活な担任の先生の話を聞いて、今日はそれでおしまい。


配られたプリントで来るときよりも少しふくらんだカバンを持って、入学の余韻で騒がしい廊下を抜け、靴箱にたどり着く。

わたしを、というよりわたしの眼帯をじろじろと見てくる人も多かったけれど、なんとも思わない。そんな視線は全く気にならない。


まだ新品で硬めの学校指定の革靴に履き替えて、中庭に出る。

花壇の間を通って、校門が近づいてくると一息ついた。少し速足になっていたことに気づき、速度を緩める。


門の傍に彼がいた。

大きな木の陰、その幹に背中を預けている。昨日の私服ではなく、都会の私立校らしい洒落たブレザーにネクタイの制服。
わたしが通う高校は男子は詰め襟に女子はセーラー服なので、今の彼はその端正な容姿も相まってかなり目立っている。

他人の目や評価を気にしない人だけれど………目立ちすぎ。特に女子から。


彼の周りにはかつての級友、わたしと同様にこの高校へ進学した元三年三組の生徒が何人かいて、談笑してる。

見ていると彼が待っているのは本当にわたしなのだろうかと不安になってくる。
その時、彼らの中の一人がわたしに気づいたようで、最後に彼に二三言云ってみんなそそくさと去って行った。
気を効かせたつもりなのだろう。


一人残った彼はこちらに近づき、「やあ」と声をかけてきた。

「入学おめでとう。新しいクラスはどうだった?」

「別に、普通だと思うけど」

そう、本当に普通。呪いや伝説もなければどこかの誰かさんもいない。

彼は「そっか」と苦笑して、

「その制服も似合ってるよ」

直球で云ってきて、反応に困る。
昨日といい彼は臆面なくこういうことを云うときがあるけれど、恥ずかしくないのだろうか。
右手で眼帯の位置を直すふりをする。

「いや、本当だって。セーラー服も新鮮でいいなって」

焦って弁解する様に云う。
怒った風に見えたのだろうか。そんなことあるはずないのに。

「行こ」

短く云って、歩き出す。


どこに行こうか迷ったけれど、結局、望月くんのお姉さんの知香さんが営んでいる喫茶店〈イノヤ〉に行くことにした。

「あら、おふたりさんいらっしゃい。って榊原くん東京に戻ったんじゃなかったの?」

「ええまあ。今日はこっちに用事があって」

店に入るとすっかり顔馴染みになった知香さんが応対した。

「あ、わかった。見崎さんの入学式を見に来たんでしょ」

「そんなところです」

「ホントにおアツいですねえ。でも過保護も程々にしないと嫌われちゃうわよ」

「過保護だなんてそんな」

少々不愉快な会話だったけれど、わたしは黙っていた。

「優矢くんも今日入学式だからここに来るかは………でも、今はお邪魔よね」

「よろしく伝えておいてください」


ランチメニューを注文し、軽くお腹を満たしたわたしたちは食後のドリンクを頼んだ。

わたしはミルクティーを、彼はハワイコナのエクストラファンシーを。
赤沢さんに勧められてから好きになったのだとか。ここに来た時はいつも頼むようにしているらしい。
前に少しだけ飲ませてもらったことがあったけれど、苦いとしか感じなかった。


自分では気づいていないのだろうが、彼はそのコーヒーを飲む時、少し悲しそうな顔をする。
きっと、それを飲むことで彼女のことを忘れないようにしているのだろう。

彼自身、あの時降り注いだガラス片からわたしを庇って背中に数ヵ所傷を負い、今でもその縫い痕は残っている。

彼にはどうしようもなかったのに、目の前で死なせてしまったことを深く悔いている。


「一口飲ませて」

「え、飲めるようになったの?」

「高校生になったから」

「なんだそりゃ」と云って、彼はカップをこちらに差し出す。

「ありがと」

取っ手を握り、顔に近づけると芳醇な香りが鼻をくすぐった。
そっと、墨汁のように黒い液体を舌にのせる。

うぇ、子供舌のわたしにはやっぱり苦い。


でも────わたしにもわかるこの苦さが、彼の辛さと一緒だったらいいのに。

────わたしは更にもう一口、コーヒーを口にふくんだ。


〈イノヤ〉を後にする。

もうすぐ彼とはお別れだ。
元々今回が特別なことだったのだ。次に会うのはいつになるのだろうか。気安く往復できる距離でもない。

春のまだ少し冷たい風が髪を揺らした。
見ると彼は立ち止まって空を見上げている。

風に吹かれて消えてしまいそうなほどに儚げに見える。



「最後にさ、未咲ちゃんのお墓参りに行ってもいいかな」

という彼の誘いで、本日最後の行き先が決まった。


前と同じバスに乗り、前と同じ花を買い、前と同じ道を通ってたどり着いた未咲の墓。

あと少しで彼女が死んで一年になる。悲しみの底にいたわたしは今、彼のおかげで前を向くことができている。
本当に彼には感謝している。


あれ?どうしたんだろう。

黙祷が終わってからも、彼はずっと黙って墓石を見つめている。けれど、その視線の先には未咲だけじゃない、もっと色々なものを見ている様に思える。



「よかったね」

珍しい彼の沈黙に堪えられなかったのはわたしの方で、言葉が自然と口をついて出ていた。

「え………?」

「今年の三年三組は、机も椅子も足りていて。〈ない年〉で」


その言葉を聞いた彼は厳しい表情を和らげて、少し微笑んで云った。

「うん、本当によかった」


それは辛そうで、悲しそうで、それでも嬉しそうで、なぜかわたしの方が寂しくなるような微笑みだった。



彼が東京に帰ってしまってからもわたしたちは電波でつながっていることができた。
月に一回、週に一回の“たまに”という頻度でたくさんのことを話した。


お互いに美術部に入ったこと、友達ができたこと、古典の授業は眠くなること、英語の先生が面白いこと。

陽射しが強くなってきたこと、恐怖の大王は来なかったこと、宿題が多くて大変なこと、体育がしんどいこと。

木の葉が色づいてきたこと、文化祭があったこと、違う画風の絵に挑戦したこと。

手袋をつけるようになったこと、期末試験があったこと、おみくじが大吉だったこと。

他にも、クリスマスの予定が空いていることをそれとなく確かめたり、年を越す時はカウントダウンをしたり、バレンタインデーにはポストを確認させたり、ホワイトデーにはお洒落な小包が届いたり。


一年はあっという間に過ぎて、わたしたちはまた夜見山で再会し、別れた。
次の一年も同じようにして、時は矢の様に過ぎていった。


この二年間、夜見山北中学校の関係者に不幸な死亡者が出たことを知らせるニュースは一件もなかった。

最後の更新は今日の昼までには……おやすみなさい


《罪》


2001年、21世紀最初の年。高校三年生になった春、わたしたちはまたしても一年ぶりに夜見山で再会した。

三年という月日は大きいもので、駅の改札で迎えた彼は、わたしが一番鮮明に覚えている中学三年の頃よりも背はひとまわり大きくなっており、少し陰はあるものの病弱な雰囲気はなくなっていた。

「久しぶり、見崎」

「久しぶり、榊原くん」


荷物を彼の祖父母の家に預けて、夜見山北中学校へ向かう。

三回目ともなると手慣れている。スリッパを借りて、階段を上り、廊下を通って三年三組の前にやって来た。

窓からのぞいて生徒と席の数を数える………うん、数は合っている。今年も〈ない年〉みたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。


その時、彼がこちらを向いた。何かを決心したかのような顔。周りに聞こえない小さな声で云った。

「見崎、頼みがあるんだ」

「………何?」

「その左目で〈死者〉を見てほしい」

「──────」

────去年までとは違う流れ。

どうして?クラスの生徒と机と椅子の数を数えて、一応生徒に今年はどっちの年だったのかを確認して……それでいいじゃない。

でもあれ?考えてみれば、わたしがこの左目で見ればそれで十分だ。

不意にどこかから、ずうぅぅーんという重低音が聞こえてきた。

「見て、どうするつもり?」

「何も。ただ、今年が〈ある年〉なのか〈ない年〉なのか知っておきたい」

「知ってもどうしようもない」


彼は一瞬目を伏せて、またわたしの目を見据えて云った。

「────お願いだ」

そう云った彼は今にも泣き出してしまいそうな、辛そうな顔をしていた。

そんな彼を見たくなくて、目をそらすように眼帯を外した。

そして、──────三組の生徒を見た。


「…………いない」


「え…………?」

「〈死者〉はいない。この教室の誰にも〈死の色〉見えない」

「本当だね?間違いはない?」

彼はわたしの両肩を掴んで、強く確認してきた。


「本当。………よかったね、今年も〈ない年〉で」

最後の言葉は、頭の鈍い痛みに打ち勝つように絞り出した。


「………そっか、ありがとう」

彼はそう云うと、ふらっと一瞬貧血を起こしたかの様にバランスを崩した。

「だ、大丈夫?」

「ありがとう」

身体を支えたわたしからそっと離れ、少し頼りない足取りで廊下を帰っていく。

わたしは少しの間それを呆然と見ていたけれど、すぐに眼帯をつけ直して追いかけた。


外に出ると、彼は石段に座って放心した様に何もない空間を眺めていた。


わたしが隣に来たのに気づくと、ゆっくりと立ち上がってズボンについた砂を払った。

「ごめんね、見崎。変なこと云って」

わたしは「そんなことない」と首を小さくふる。

「………今年も、いつもと同じように午後はおじいちゃんおばあちゃんと用事を済ませて、明日、未咲ちゃんのお墓参りをしてから帰るよ。……それじゃまた明日」

「うん、また明日」

彼は取り繕ったような笑顔を見せてから、背を向けて歩き出した。


いつもより力なく見えるその後ろ姿に太陽の光が射す。
それが妙な逆光線になっていて、春の麗らかなな陽射しであるはずなのに、その姿は輪郭もうまく定まらない“影”のように見えた。
光のただなかにひそむ闇………。


なにとも知れぬ不安からか、わたしはいつの間にか左目の眼帯を外していた。

そして、────見た。


「え……?…うそ………」


そんなはずはない。まばたきを繰り返す。

そんなはずはない。何度も目をこする。

そんなはずはない。彼の病気は治ったはず。

そんなはずはない。この目には予知なんて力はない。


そんなことはどうでもいい。今、この時、確かなこと、───────彼に〈死の色〉が見える。


「どうして……?…いや……いやだ……」


一も二もなく追いかけた。勢いのままその背中にすがりつく。


「見崎……?」

彼は突然のことに驚きつつも、ゆっくりと振り向いて、わたしの肩に優しく手をおく。

「いや……やだ………やだ…やだ……いかないで………」

彼の胸に顔をうずめて繰り返す。いつの間にか溢れ出していた涙が彼の制服を濡らす。

未咲を失って心に空いた穴を埋めてくれた人。その人に今、“死”が近づいている。


「いかないで………」

彼はふれるようにわたしの髪を撫でて、慰めるように云った。

「大丈夫。ぼくはどこにもいかない」

おもむろに顔をあげたわたしと目が合う。

「──────」

彼はすべて察した。わたしが眼帯を外していることに気づいて。


「……まさか、見えるのか…ぼくに………〈死の色〉が………」

わたしは小さくうなづいた。彼はさらに表情を落として、

「なんてことだ……これも〈災厄〉の力なのか………」

何やらブツブツと考え始めた。

わたしは堪えきれなくなって、さっきからずっと心の中にあったモヤモヤを吐き出した。

「ねえ、教えて。毎年、始業式の日に夜見山に来るのは本当はどうして?榊原くんは意味のないことをする人じゃない。今年だけわたしに〈死者〉を見ろなんて云うのはおかしい。じゃあ、なんでわたしは去年一昨年のそれを覚えてないの?」


彼はしばらく黙りこんでいたが、

「今さら、見崎に嘘つくことはできないね」

自嘲気味に笑うと、

「少し長くなる。場所を移そう」

そう云って、重そうな足取りで歩き出した。


公園のベンチに並んで座る。


「順番に話していくよ」

やがて彼は、ポツリと告白しはじめた。

「ぼくたちが三年三組だった頃、〈災厄〉でたくさんの人が死んだよね。でも途中で〈災厄〉は終わって、ぼくたちは平穏な日常に戻ることができた。

きみはどうやって〈災厄〉が終わったのか、覚えていないだろう。実際は終わったと云うより止めた、終わらせたと云うのが正しい。その方法は十五年前、いや、今からは十八年前の一人の卒業生が残した証言テープで知ることができたんだ。

…………クラスにまぎれこんだ〈死者〉を“死”に還す。つまり〈もう一人〉を殺す、というのが〈災厄〉を止める方法だった。

そして、ぼくたちの年の〈災厄〉を終わらせたのはぼくときみなんだ。わかるだろう。見崎が見つけ出した〈死者〉を、ぼくが“死”に還したんだ」

頭を振った。覚えていない。けれど、異常を訴えるかの様なひどい頭痛がする。


「〈死者〉を“死”に還した後、他のみんなはすぐにその〈もう一人〉に関する記憶は忘れて、記録も改竄されてしまったけれど、ぼくと見崎は当事者だったからしばらくは覚え続けていた。

でもある日、きみが忘れてしまっていることに気づいた。

その日の夜、考えた。
本当にこのまま忘れてしまってもいいのか。来年からまた〈災厄〉の犠牲者が出るかもしれないのに、それを防ぐ方法を知っているぼくは何もしないまま見過ごしていいのか。見崎のように家族を失って悲しむ人を、これ以上増やしていいのか。

結論に至ったぼくは、〈現象〉によって記憶が調整されているであろう未来の自分にいくつかの方法でメッセージを残した。
始業式の日までに必ず気づくように工夫して。


内容は大きく分けて三つ。

一つ目は、災厄解決までの詳細。これでぼくは全部思い出すことができた。
二つ目は、未来の自分への指示。見崎の力を借りて間違いなく〈死者〉を“死”に還すこと
三つ目は、もう一度、未来の自分に届くようにメッセージを残すこと。夜見山の外にいたとしても、電話ごしに〈現象〉の力が及ぶかもしれなかったからね。

そしてぼくは夜見山に戻ってきた。誰かが死んでしまう前に〈死者〉を殺すために」

彼の様子がおかしい。こんな話をしていながら少しも取り乱していない。ここまで冷静なのは逆におかしい。

…ゴクリ


「一昨年の〈死者〉は…………桜木さんだった」

「──────」

桜木ゆかり。わたしたちの最初のクラス委員長で、五月の一人目の犠牲者となった女の子。


「始業式の後、見崎と別れたあとに準備をした。汚れてもいい服とナイフを。

桜木さんの帰り道、跡をつけて、一人になったところを襲った。────けど手が震えて、とても致命傷にはならなかった。だけど殺さなくちゃならなかった。

泣いて逃げる彼女を追いかけて、追い詰めて、「殺さないで」と懇願してくるのも構わず殺した。

茫然とその場に立ち尽くしていると、やがて雨が降ってきて、死体はいつの間にか雨に溶けるように消えていた。
本当に〈死者〉だったことがわかって安心したよ。でも同時にぼくのお見舞いに来てくれたり、学校のことを親切に教えてくれた彼女のことも思い出した。


去年の〈死者〉は、赤沢和馬。赤沢さんの従兄だった。
相手が男だったし、前の年と同じ状況になれば失敗する可能性もあった。だから絶好のタイミングを見計らって、背後から一息に三回刺し、喉を一回裂いて殺した。


ある日、どうやったら人を一瞬で楽に殺せるかをまじめに考えているのに気づいた時、自分がおかしくなってしまったと思ったよ。
通り魔や殺人鬼とやってることはなんら変わりはない。


消えてなくなってしまいたいと思った。


そのくせ、殺人の次の日にきみと会えば明るく振る舞うし、きみと電話する時は楽しく話してる。

どっちが本当の自分かわからなくなって怖かった。平気で人を殺せるのが自分の本性だと思うとたまらなく怖かった」

間違いない。彼の精神は分離しかけている。善良な人間が人を殺してまともな精神状態でいられる訳がない。


「こんな方法、いつかは破綻するってわかってた。だけど、それで誰も死なないなら、破綻するその時までやるべきだと思った。

〈死の色〉を見るというきみにとって嫌なこともどうせ忘れてしまうからと自分を肯定して、きみを利用した。

今日、誰も殺さなくていいってわかった時、心底ほっとしたんだよ。本当に。
予定ではこういう時はなんとかきみを誤魔化し通さなきゃいけなかったんだけど、安心し過ぎてボロが出ちゃったかな。

でもね、今まで考えないようにしてたんだけど、来年、再来年、そのずっと先のことを想像してしまった。

あと何回きみを騙せばいいのか。あと何回ナイフが肉を裂く感触を味わえばいいのか。あと何回消えない返り血を拭えばいいのか。あと何回悪夢を見ればいいのか。

赤沢さんや小掠さん、杉浦さんのような、ぼくが死なせてしまった人たちを、クラスメイトをもう一度この手で殺す時が来るのか………」


わたしも彼の話を聞いて、もうほとんど思い出していた。


彼は自分の叔母さえも自らの手で“死”に還した。
とても辛かったはずなのに、そのまま忘れることもできたはずなのに、彼は自分を犠牲にして名前も知らない誰かを助けることを選んだ。

〈死者〉とはいえ、消えてしまう瞬間までは〈生者〉と違いはない。

彼は自分だけの“罪”を、誰からも咎められず、誰からも許されず、代わりに自分で自分を責めて、責め抜いて心を殺してしまった。

それでもなお〈災厄〉の終わりは見えない。


「肺はもう問題ないはずだよ。
ぼくに〈死の色〉が見えるのは多分、ぼくが〈災厄〉に干渉し過ぎたせいだろう。もう三回、その内二回は部外者でありながら〈死者〉を殺して〈災厄〉を止めている。

このイレギュラーに〈災厄〉が怒っちゃったのかなあ。夜見山の外にいるからって調子に乗っていたぼくをこのチャンスに“死”に引きずり込もうとしてるのかも」

わざと平気なふりして笑ってみせる様子に堪えきれなくて、パンッと思いきり彼の頬を平手ではたいた。

「──────」


彼は驚いて、一瞬呆けた様だったが、すぐいつもの優しい顔に戻って云った。

「────見崎、今までごめん」

「バカッ!」

その身体が、心が消えてしまわないようにきつく抱き締める。

「絶対に許さないからっ。そんなこと云うのも、あなたが独りで傷つくことも、わたしに黙って独りで全部背負おうとしていたことも、わたしを独り残して死ぬことも、────絶対に……絶対に許さないから………」


────耳元で彼の嗚咽が聞こえた。恐らくこの二年間、決して自分の為に泣かなかった彼は、今日やっと涙を流した。


今までわたしを守ってくれた彼を、今度はわたしが守ることを誓った。



《Epilogue》


真夏の東京。
喧騒からは少し離れた、自然公園の並木道を歩く。


あの日から四ヶ月が経ち、ぼくはまだ生きている。

あの日、ぼくを守ると云った鳴はぼくを彼女の家に連れて帰り、文字通り完璧に保護した。一緒のベッドで寝ることを強制されて、別の意味で死にそうにもなったけれど。

彼女の隣で翌朝目を冷ました時には、ぼくの〈死の色〉は消えていたそうだ。


鳴は左目の力について、自分自身に関してだけは未来予知的な力を感じ、うまく対処すれば“死”を回避できるかもしれないと云ったことがあったけれど、今回はその力の適用範囲が第三者にまで広がったのだろうと解釈している。他の人のは今のところ見えていないと云っていたから、あるいはぼくだけに。


公園のちょうど日陰になっているベンチに腰をおろした。同時に鳴も左に座る。

そう。今、鳴は東京に来ているのだ。とは云っても、こちらに住んでいる訳ではない。
夏休み中の大学のオープンキャンパスに参加するためにわざわざ夜見山からやって来たのだ。
ぼくと鳴は一応その大学への進学を予定している。


でも、実のところそれはただの口実で、昨日今日とぼくたちは、いつか約束していた東京の美術館巡りを敢行していた。

午前中に一つの美術館をゆっくりとくまなく観賞してまわり、今は退館して、近くの公園を散策していたところである。


いつの間に買ったのか、隣の鳴は涼しげにソフトクリームをなめている。

ぼくの視線に気づくと薄く微笑んで、

「食べる?」

と訊いてきた。小首を傾げて、小さく舌を出したその小悪魔的なしぐさに一瞬クラッとする。
動揺を隠すために暑さで溶け始めているそれを一口かじる。鳴はそれを見て満足したように、にこりと笑んで残りをなめた。

鳴は初めて会った頃より、本当によく喋るようになったし、よく笑うようになった。
いや、これは語弊があるかもしれない。なった、変わったと云うより、戻ったのではないかと思う。藤岡未咲が生きていた頃の様に。



空を仰ぐ。雲ひとつない快晴で、だけど心はそれとは真逆の三年前の嵐の夜を思い出していた。


「いつか…………〈災厄〉なんてものが本当になくなって……三年三組の生徒みんなが一年間笑って過ごせるような……そんなときが来たら………」

意識せずして、言葉が口をついて出ていた。

「大丈夫だよ」

ソフトクリームを食べ終え、隣で聞いていた鳴が云った。


ふわりと立ち上がり、艶やかな黒髪と真っ白なワンピースを風になびかせてこちらを振り向く。

「わたしと恒一の“いつか”は全部叶ったんだから、〈災厄〉が終わる時もいつか必ず来るよ」

根拠なんて全くないのに、鳴は笑顔でそう言い切った。


左目の“蒼き瞳”が煌めく。今のぼくにはそれは虚ろには見えない。とてもきれいだ。


「そうだね」

ぼくも自然と笑顔で返す。

彼女が差し出した右手をとって立ち上がる。
すると、鳴は腕を絡めしっかりとぼくの手を握った。
あれから鳴はぼくと一緒にいる時は、眼帯を外し、ほとんどずっと手をつないでいるようになった。
こうしていないとぼくはいつの間にか消えてしまうらしい。


掌から夏の暑さとは違う、人が生きていると確かに実感できるあたたかさが伝わってきて、心からの安心をくれる。


ぼくたちは微笑み合って、“生”を刻むように互いの手を少しだけきつく握った。


────了


以上です。
読んでくださった方はありがとうございました。

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Epilogueの見崎鳴はのいぢさんがエピソードSで書き下ろした絵で脳内補完してください。

面白かった

面白い
いやこれほんとに

素敵でした
乙です

乙です

乙!

乙!
鳴ちゃんはやっぱりいいな!

面白かった!

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