北上「私は黒猫だ」 (293)

北上「我輩は猫である」
北上「我輩は猫である」 - SSまとめ速報
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北上「我々は猫である」
北上「我々は猫である」 - SSまとめ速報
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以上の続きです。
ここから読み始める方への配慮は微塵も出来てないので最初から読んでいただければ嬉しいです。キラキラします。

もうすぐ終わる予定なのでもうしばらくお付き合い下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1557947149

87匹目:ティータイムキャット




提督「吹雪?北上が出かけてったすぐ後にどっか行ったぞ」

北上「ありゃ入れ違いか。何処に?」

提督「さあ」

北上「さあって…」

提督「別にサボってたわけじゃないぞ?そうだなあ、工廠とかかな」

北上「今夕張達忙しいみたいだもんね」

提督「色々と注文したからな。今までもコツコツやってたけど今回は一気にだ。お前らの装備全部フル改修するから楽しみにしとけ」

北上「そんなに改修して材料足りるの?」

提督「最近戦力強化のためか上からの報酬が良くてな。惜しみなく注ぎ込んでるのさ」

北上「へぇ。それはそれは」

それは、違うな。

元々少なかったのは吹雪が中抜きしてたからだ。

そして今増えたと言うならそれも恐らく吹雪だ。

今になって随分と協力的になったじゃないさ、吹雪。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

響「吹雪?」

北上「うん。何処にいるかなって」

電「司令官の所にはいなかったのですか?」

北上「どっか行ったってさ」

響「相変わらずだね司令官も」

電「んー少なくともお昼以降ここら辺を通ってはいないと思うのです」

北上「暁達は?」

電「遠征なのです。確か民間船の護衛って言ってたのです」

北上「護衛…あーそうか」

レ級の件以来船の護衛が強化されたんだっけ。

響「暇だし私達も探そうか?」

北上「んにゃいいよ。急ぎじゃないしね」

誰かに聞かれる訳にもいかないしね。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「何してんの?」

浦風「見張りじゃ」

北上「工廠の?」

黒潮「ま~たなんか遊んどったみたいでなぁ。吹雪に言われたんや」

浦風「たまたま近くを通っただけなんじゃけどねぇ。ま、暇じゃったけん丁度よかね」

北上「外で見張ってても意味あるのかね」

黒潮「まあ音がしとるうちは大丈夫やろ」

浦風「そこまで偽装してサボるほど不真面目なわけじゃあないと思うよ」

そうかな、そうかなあ?

北上「吹雪はその後どこいったか分かる?」

浦風「んー場所までは言っとらんかったなあ」

黒潮「資料がどうこうとは言うとったよ」

北上「ふーん、ありがと。で、二人は何やってるの?」

工廠の入口前に腰掛け真剣にスマホを覗き込む二人に問うてみる。

黒浦「「麻雀」」

北上「…な~る」

駆逐艦はどうにも賭け事が好きだなあ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

資料かぁ。別の建物だろうか?

しかしこうして鎮守府を歩き回るのは久々だからなんだか楽しくなって来た。

北上「おや」

鎮守府の中でもあまり人の訪れない外れの方。

あれは、金剛さんか。外でお茶会をする時もあるとは聞いていたがこんな所でやっていたのか。確かに静かでいいけれど。

白いテーブルとイス。後なんか豪華なそうな、食器?棚?

隣には比叡さんもいる。二人だけかな?

金剛「あ、北上ーー」ブンブン

私を見つけるなり席を立ち両手を大きく降って呼びかけてくる。相変わらずテンションが高い。

とりあえず私も手を振り返してみる。もちろんあんなに激しくではなく。

金剛「Hey!!カモーン北上ィーー!」ブンブン

呼ばれてしまった。物凄い勢いで手招きをされてしまった。いやもうあの動きは手招きじゃないでしょ。

北上「…」バッテン

手でクロスを組み拒否の意思を伝える。

金剛「!?」ガビーン

うわめっちゃショック受けてる。なんで私が罪悪感に苛まれにゃならんのだ。

金剛「…」ガッカシ
比叡「!!」ワタワタ

そのまま取れるんじゃないかと言うくらい肩を落として席に戻ろうとする

どうしていいか分からずテンパる比叡さん。

北上「…」

どうしろというのだ…私にも用事があるんだよ。

金剛「…」チラリ

うわこっち見てきた!よく見えないけど多分捨てられた子猫みたいな目で!

北上「あーもう…」マル

金剛「!!」パァァ

手でマルを作りお茶会の席へ向かう。

やれやれ。まあそこまで急いでいる訳では無いんだけどさ、アリスの気持ちが少しわかった気がした。

幸い席にいるのはマッドハッターではない。退屈はしないだろう。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「えっと、じゃあよろしくお願いします?」

うーむ慣れない。いつもの座布団や木製の椅子とは違うイギリス的な?椅子に違和感を覚える。

金剛「ノンノン!同じ艦隊の仲間なんデスから、敬語はノー!デスよ」

流石は吹雪に艦隊の潤滑油と称されるだけあって凄いコミュ力だ。

グイグイ来るのにそれを嫌だと思わせないのは一種の才能だろう。しかし…

比叡「年功序列なんて堅苦しいのはここにはないですからねー。気楽に行きましょう気楽に」

金剛「そもそもシップであった私達に歳とか言われても困りマース」

比叡「そうですよ。それを言ったら金剛お姉さまなんて今一体幾つになるやら」

金剛『それくらいにしておけよ小娘』

比叡「え、あのお姉さま。日本語でお願いします」

北上「…」

比叡さん:完全に敬語
金剛さん:謎の訛りではあるけど敬語

この二人に敬語やめてフランクにとか言われても説得力ないよね。

金剛「それにしても珍しいネ。多摩と同じで北上はインドアなキャットだと思っていましたヨ」

そう言ってティーカップを啜る。話し方とは裏腹に紅茶を飲む姿はなるほど淑女のそれだと言っていいだろう。

北上「ちょっと用事があってさ。吹雪を探してたんだけど」

比叡「吹雪を?なんでですか?」

北上「あー、理由はちょっと…」

金剛「シークレットデスカ?いいですネー、女は秘密を着飾る程美しくなるといいマース」

北上「それどっかで聞いたような」

比叡「はいどうぞ。なにかいれますか?」

北上「んーミルクをお願い」

比叡「はいはーい」

北上「…おいしい」

紅茶なんて飲んだの初めてだ。完全にミルクティーになったけど。

金剛「ふふ、でも嬉しいネ。普段来ないゲストが来てくれるのは」

北上「いつもは誰が来てるの?」

金剛「んーそーデスネー。皆?」

北上「皆て…」

比叡「でも概ね合ってますよ?お姉さま、艦種問わず見かけたら引きずり込んでますから」

金剛「人聞きが悪い事言わないでくだサーイ!任意同行デース!」

北上「それ全然いいイメージないよ…」

あの誘い方も手慣れているわけか。

恐ろしい娘!

金剛「では、滅多にないチャンスデスから北上の話が聞きたいネー」

北上「私の話って言われても、何か話すようなものもないんだけど」

話せるような話でも、ない。

金剛「そーデスカー。うーん…ではこうしまショウ。吹雪が居る場所を教えマス。何かそれに見合う話をしてみてくだサイ」

ニッコリと笑う金剛さんの表情は完全に獲物を前にした捕食者のそれだ。

北上「!?」
比叡「お、お姉さま!?そんな取引みたいな事しなくても!」

金剛「大なり小なり皆気にして、気づいてますヨ。提督達がなにかしようとしている、と。私もそれが気になってるんデス」

なるほど。ここは正しくお茶会というわけか。

比叡「そりゃ私も気にはなりますけど、そんな交換条件みたいな…」

金剛「話す理由には丁度いいと思いマスけどネー」

北上「皆は、そんなに気にしてるの?」

金剛「気にしている、というよりは心配してるネ。前の提督、前の鎮守府。少なからず皆知ってマス。

特に、日向飛龍谷風に吹雪。前の鎮守府のメンバーとの壁を、皆感じてると相談してきマス」

北上「悩み相談所ってわけか」

比叡「それに関しては私も感じてる事です。私達は深海棲艦を倒すためにいつも頑張ってます。艦娘とはそういうものです。

でもあのメンバーは、なんというか他の何かを目指しているようなんです。私達とは違う何かを見ている」

金剛「大切な仲間ネ。大切な友人ネ。でも例えどんな理由があるにせよ、黙っていられたら壁を感じてしまうものデス」

北上「壁ねぇ」

かつて吹雪に抱いていた感覚だ。

私は目的があったからそれをよじ登った。掻い潜ってぶち壊した。

でも皆は、それだけの理由がないのだろう。壁を感じながらも、仲間だからこそそれを超えられなかったのだろう。

金剛「それでも別にいいと思っていたんデス。でも最近のは目に余りマス。とても見過ごせないネ」

北上「…」

見合うだけの話、と言われてもなぁ。

でも確かに問題だ。このまま黙って計画を進めるのは厳しいのかもしれない。もしもの時、提督は皆になんというつもりなのだろうか。

金剛「それに、もっと重大な理由がありマース」

北上「じ、重大な?」

金剛「ええ」

目を閉じ、一呼吸おく金剛さん。

北上「それは?」
比叡「…」ゴクリ

それ以上にとは一体なんだ?私も思わず唾を飲む。

金剛「それは!」カッ!

比叡「それは!?」

金剛「テートクとの秘密の共有なんて羨ましすぎるからデース!!」ババーン

北上「…はい?」

金剛「ずるいネ!私もテートクと二人っきりでコソコソとランデブーしてみたいデース!!」

北上「…」ポカン

え、嘘、そこ?いやそこか、この人的には。さもありなん。

北上「…」チラリ

比叡「…」タハハ

やれやれという感じで肩をすくめる比叡さん。

いつもの調子に戻った金剛さんに安堵しているようにも見える。

北上「結局そこなのね」

金剛「あたり前田のクラッカーネ!恋するガールデスからネー」フフン

まったく、真面目なんだかふざけてるんだか。いや、この人はいつも真面目なんだ。

こうしている今も。

北上「…」

金剛「?北上?」

北上「なら、一つ聞いてもいいかな」

金剛「Off course.一つと言わず、いくらでも」

北上「提督が、例えば違う提督だったとしても好きになってた?」

比叡「!?」ブフー

金剛「…oh.なかなかクリティカルな所を突いてきますネー」

比叡「ビックリしたぁ…日向みたいな事を聞きますね」

北上「日向さんも言ってたの?」

比叡「同じような事を、ね。言い方は真逆でしたけど」

何を言ったんだろ。

金剛「艦娘は提督を大なり小なり好きになるものデス。それはここにいる男性が一人だけだから、という訳じゃないネ」

大きな鎮守府には当然提督以外にも人員はいる。現に元帥のおじいちゃんの所にはいっぱい居た。

金剛「ラヴは錯覚によるものだ、と言った人がいるらしいデスけど、それで言うなら私達はそう錯覚するようになっているのかもしれないネ」

比叡「雛鳥が最初に見たものを親と思う。なんてのに近いのかもしれません。日向は女王蜂とか言ってましたね」

北上「私もその話は聞いたよ。流石にその言い方はどうかと思ったけど」

金剛「だから悩む娘もいたりするデス。自分のこの気持ちは本物なのかって」

北上「金剛さんも?」

金剛「そう見えますカ?」

北上「んー、いや全然」

金剛「ふふん、大正解デース!」ガタッ

うお、急に立ち上がった。

比叡「エヘヘェ」

比叡さんは、あーなんかうっとりしてる。見惚れてる。

金剛「だからそういう娘に言うこともいつも決まって一つデース。確かに私は提督が大好きネ。もし提督が今と違う誰かだったとしてもきっと同じ事をいうと思いマス。

でも、ここの提督に対するLOVEは唯一無二デス!大きさとか量とかではないネ。金剛はこの世界に沢山いマス。でもここの提督はただ一人なんデス。

だからこの気持ちも、提督に対する私のこの気持ちも間違いなくオンリーワンデース!」ババーン

気品漂う素敵なイスに豪快に片足を乗せ私に向かってビシィッと指を指しポーズを決める。

ザ・無敵って感じ。

これならどんな悩みも立ち所に馬鹿らしくなるだろう。

北上「核かぁ。なるほどね。確かに私達は沢山いるけど、提督はただ一人だもんね」

金剛「YES.何も不安になる事はないんデース。北上のその気持ちだって、確かなものに違いないんデスから」

北上「うんうん、うん?え、私の気持ち?」

金剛「ん?」

北上「ん?」

比叡「え、北上も司令の事好きなんですよね?」

北上「え」

比叡「あれ?」

金剛「oh…」

あれれ?

北上「そうなの?」

比叡「私達にそれ聞くんですか?」

北上「逆に、え、なんでそうなった?」

比叡「なんでって言われましても」

金剛「顔に書いてありマース」

北上「顔」

金剛「北上はあんまり笑わないデス。というより感情が表に出ない感じですかネ。それが緩むのが球磨型のシスターズといる時か、テートクといる時ネ」

意識した事もなかった。本当だろうか?私自身にはなんとも言えない。

比叡「なんというか、笑みが溢れるという感じの表情ですね。私がお姉さまを見てる時と同じ感じです」

それはなんか一緒にして欲しくない。言わないけど。

金剛「ソーデスネー」

おっと金剛さん華麗にスルー。

金剛「んん?さては無自覚デスネ?テイトクと同じレベルのボクネンジンネ」

朴念仁?どっちかと言えば唐変木なんじゃ。別にいいけど。

金剛「ならクエスチョンデース。提督と二人っきりで居る時、どう思いますカ?」

北上「どう思うって、んーそうだなぁ。落ち着く、感じ?」

猫の時を思い出す。好きな匂いが染み付いたお気に入りの寝床を。

金剛「他に似たような気持ちになる事はありますカ?」

北上「似たような、図書室とか。いや違うな。私達の部屋も、違う」

確かに落ち着くけれど、違う。

金剛「なんでもない時でもそこへ行きたいと思ったりしませんカ?」

北上「思う、かな」

正確には思ってはいない。何の気なしにふらっと向かっている。

金剛「独り占めしたい!って思ったりしませんカ?」

北上「…思ってた、かも」

そんな事を、考えていた気がする。

比叡「ズバリ恋ですよ恋!恋する乙女です」

金剛「これは手強いライバルができたもんデース!負けませんからネー!」

北上「恋、恋ねえ」

思えば混ざってる、混じっているとはいえ私も艦娘に違いはない。ならば北上も提督に惹かれていたとしても不思議はない。

のだろうか?

北上「うーむ」

比叡「あれ、納得してませんね」

金剛「ふむ、テートクとはいつもどんな感じなんですカ?」

北上「提督は机でサボってて、私がソファで寝転んで本読んでる」

比叡「それだけ?」

北上「たまに本の内容を提督に話したり、とか」

金剛「それだけ?」

北上「うん」

金比「「うーむ」」

なんでそっちが悩むのさ。

金剛「ならいつもじゃない時はどうですカ?」

北上「いつもじゃない時?」

逆転の発想、みたいな感じか。

金剛「YES!特別な、非日常的な事は今までありませんでした?」

北上「特別な事…」

金剛さんと比叡さんは何やら楽しげにこちらを見ている。少し癪だがここはしっかりと考えて見よう。

どんな時だろうか?

屋上で提督とお酒を飲んだ時だろうか?

あの書庫に提督と閉じ込められた時だろうか?

一緒に街に出た時だろうか?

膝枕をしてもらったり、手を繋いだり、背中を流しあったり、そういう事だろうか?

そうじゃなくて、隣に座ったり、お喋りしたり、ご飯食べたり、同じ部屋に居て、そういう事だろうか?

考え出すとアルバムのページは勝手に捲られ無数の写真のように切り取られた思い出の瞬間と、とてつもない大きさの何かが私の中を満たしていった。

「キスしてみたらわかるんじゃない?」

そんな事を私じゃない北上が言ってたっけ。

金剛「Oh…これはまた」

比叡「アツアツですねぇ…」

北上「え?」

熱々?言われてみればなるほど確かに体が熱い。夏の熱射を浴びた甲板を彷彿とさせる。

金剛「北上ィ」ニヤリ

北上「はい」

うわすっごい笑顔。実に楽しそう。

金剛「提督の事、Loveですカ?」

北上「…YES」

あぁそうか。これは私にはないものだ。猫じゃなくて北上になったから、いや、北上の中にいるから、北上が中にいるから出てくる感情なんだ。

思えばこの気持ちは随分と前からあったような気がする。

金剛「一体何を思い出してたんですカー?」ニヤニヤ

自分でも分からない衝動とでも言うべき感情が確かにあった。

北上「何って言われても…」

北上はきっと以前から提督の事が好きになっていたのだろう。

比叡「具体的に教えてくださいよっ」

北上「んー手を繋いだりお風呂入ったりとか?」
金剛「オフッ!お風呂!?どういう事デス!?」
北上「おっと」

比叡「これはとんでもないライバルが出てきましたねぇ」

金剛「お風呂…おふ、お風呂?オーマイガッ」ブツブツ

比叡「お、お姉さま!気を確かに!!」

北上「…」

ああでも、やはり私は北上にとって異物なのだろう。

北上はきっと私がいなければ普通に提督への思いを自覚していただろう。その後どうするかは分からないが。

大井っちもいるし諦めただろうか。それとも大井っちと提督を取り合うライバルになっただろうか。案外大井っちと一緒にとか?

でも私はそれよりも大切な事がある。ともすれば命を落とすような事をしようとしている。

勝手に混ざっておいて酷い話しじゃあないか。

だから、私にとってこの気持ちは他人事だ。偽物だ。

結局のところツクリモノじゃないか。

「人と為るための為人」なんて谷風は言っていたけれど、ならば正しくそれは「偽」じゃあないか。

そうな風に思ってしまう。

北上や、それだけでなく金剛さんや皆の思いまで否定しようとしてしまう。

比叡「今度はまた随分と暗い顔になりましたね」

金剛「悩めるガールネ」

北上「イマイチ、実感なくてさ」

金剛「例えばテートクがそこを通ったら声をかけたいと思いませんカ?」

北上「思う」

北上ならそうだろう。

金剛「テートクにティータイムのお誘いを受けたらどう思いますカ?」

北上「多分、嬉しい」

きっとそう思う。

金剛「私の誘いは一度断ったのにぃ、分かりやすい娘デース」

北上「いやあれは」

そうだ吹雪探してるんだった。ミルクティー一杯しっかり楽しんでしまった。

比叡「ならなら!もし提督が誰かとイチャコラしてたらどう思います?」

北上「え?」

金剛「こら比叡!そんな意地悪な言い方するもんじゃないデース」

比叡「う、ごめんな「邪魔」ふぇ?」


北上「邪魔だなって」


金剛「おっと…随分とハッキリ言うデスネー」

比叡「北上?」

北上「え」

私今なんて言った?

なんだろう。こんな気持ちを最近感じた気がする。

って今はそれより

北上「そろそろ行かなきゃ。吹雪探してるんだった」

金剛「あ、あぁ。そうでしたネ」

比叡「お姉さま、さっき場所を知ってるって言ってましたよね」

金剛「吹雪ならあの建物の資料室に向かったはずデス。もう随分と使われてない場所ネ」

北上「りょーかい。ありがとね」

金剛「こちらこそ、面白い話が聞けましタ」

比叡「今度は球磨型姉妹誘って来てください」

北上「気が向いたらそうする」

金剛!カッコイイ!凛々しい!

そんな改二丙のため急遽増えた金剛パート。
でも改二に思い入れがありすぎて未だに丙に出来ずにいるんです…
似たような事は他の娘の改二でもあったりします。

88匹目:猫と吹雪







北上「おや」

金剛さんの言っていた建物に入り階段を上ると踊り場に神風がいた。

神風「うーん」

何やら神妙な顔つきで踊り場にしゃがみこんでいる。

隣にはダンボールがあるがこれが原因だろうか?

北上「神風~何してんの?」

神風「北上さん!いえ、ちょっとこう、対処に困る事態が起きまして」

北上「どゆこと」

焦ってる、とは違う感じだ。

ただただ困惑してる。

神風「吹雪さんがいたんですよ。このダンボールを持って上から降りてくる所でした」

北上「ほうほう」

どうやら本当に吹雪はここに居るらしい。重畳重畳。

神風「運ぶ物があるなら私も手伝おうかなーっと思いまして声をかけようとしたんです。丁度踊り場の下の方から」

北上「流石神風。親切心の塊だね。いい子いい子」

神風「適当に煽てないでください。そしたら上の方から叢雲さんも来たんですよ」

北上「お?」

なんとなく話が悪い方向に向かってる事を察した。

神風「叢雲さんも私と同じ考えだったようで、手伝ってあげるからそれ貸しなさいよって言って吹雪さんに近づいてってですね」

北上「それでそれで」

一体そこからどうなったんだ?

神風「吹雪さんは吹雪さんでこのくらい艦娘だしへーきへーきってケロッとしてて、まあ実際そうなんですけどね」

北上「そりゃね」

艤装なしでも私らが重いと思う重量は文字通り人並外れている。

神風「叢雲さんもそれは分かってるわけですしならいいやって感じで吹雪さんの横に並んで、少しは頼りなさいよって軽口を叩いてました」

北上「へえ…」

あぁ、それは。きっと本心だ。冗談めかしていても、心からの本音だろう。

神風「それで、一体何運んでるのよってダンボールに手を伸ばしたんです。上はこの通り閉じられてないので簡単に開けられますから」

北上「どれどれ」

見るとダンボールの上は半開きになっている。

中はなんだろ?私も多分叢雲のように手を伸ばしてみる。

神風「あ、ダメです!吹雪さんに中を見せないように見張れって言われてますから」

北上「見せないように?」

それがここにいる理由か。

ん?なら叢雲が見ようとしたという事は。

神風「ええ。だから叢雲さんが見ようとした時も吹雪さん、ダンボールをバッて叢雲さんの手から遠ざけて。なんか思わず咄嗟にって感じで二人共驚いてる様でした」

北上「…」

前に吹雪と話した事がある。

提督の前任者と、かつてここにいた艦娘達の話を。

吹雪がかつてと提督に頼まれた事を。

それを吹雪はあえて叢雲に聞かせていた。

神風「吹雪さんはその後やっちゃったーみたいな凄く焦った表情をして、叢雲さんは…顔は見えなかったんです。でも、凄く、怖い感じがしました」

北上「怒った、のかな」

神風「どうでしょう。ただ怒ってるのとは違う気もしましたけど。その後吹雪さんの手首掴んでちょっと来なさいって引っ張ってって。

ダンボールはその時吹雪さんに頼まれました。一回バコンって床に落ちたから大丈夫かと思いましたけど、どうやら中は紙の類みたいですね」

北上「それどれくらい前?」

神風「んーハッキリとは言えませんけどぉ、10分?多分20分は経ってないと思うんですけど」

北上「そっか。うん、ありがと。引き続き見張りよろしく」

神風「え、行く気ですか?私としては暇潰しの相手が欲しいんですけれど。ってそれより今二人に会うのは止めた方がいいと思いますよ!」

北上「できれば今の二人に会いたいんだ」

割と悲痛な声を上げる神風を残して階段を上る。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

ガチャりと扉を開ける。

外階段へ通じる扉を。

盗み聞きしてもよかったがこうして不意打ちをした方がなんとなく良さそうな気がしたのだ。

吹雪「あ」
叢雲「…」

胸倉を掴まれている吹雪と顔は見えないがもう明らかにこれは怒ってるでしょって感じの叢雲がいた。

北上「あー…」

予想以上に逼迫した状況に私も不意打ちを食らってしまった。

吹雪「で、デジャブ?」

確かに以前と似た状況だ。あの時二人は呑気に休憩していたが。

叢雲「いいわ」パッ

北上「おっと」

吹雪から手を離し無言で私が開けた扉から室内へ入っていく叢雲。

ちょっと迂闊には止められそうにない雰囲気だ。

ただチラと見えたその表情は確かに怒っているのとは違うように見えた。

北上「探したよ。秘書艦殿」

吹雪「おかえりなさい、ですかね」

北上「そうだね」

吹雪「どうでした?」

北上「色々と納得したよ」

吹雪「それは良かった」

北上「いつからそうしてるの?」

吹雪「そうとは?」

北上「大人ぶってるって事」

吹雪「随分色々と聞いてきたみたいですね」

北上「まあね」

吹雪「子供じゃいられなくなる時ってどんな時だと思います?」

北上「独り立ちする時、とか」

吹雪「それは大人になる時ですよ」

北上「じゃあなんだろ」

吹雪「頼れる人が居なくなった時です」

北上「…」

北上「叢雲は?」

吹雪「あぁ、こっぴどく叱られちゃいました。私はアンタのペットじゃないのよって」

ペット?どういう意味だ?話が全く見えない。

吹雪「いやぁ流石我が妹と言うか、随分な表現で、それがまた大正解ですから結構刺さるというか。あ、ちょっと今じわじわと、来てますね」

それまでの飄々とした何時もの仮面が段だと引き攣っていく。

どうにか平静を装おうとしている分その悲痛さはより増しているように思えた。

吹雪「すみません、ちょっと疲れたので座りますね」

壁を背にずり落ちるようにその場に座り込む。

小さい。

そりゃあ並んでいても身長差はあるけれど、

なんだか酷く小さく感じた。

北上「あのダンボール、何?」

吹雪「前の鎮守府の時に護衛していた船の記録とかとかです」

北上「それが見せちゃいけないものなの」

吹雪「いえ、別に見られて困るわけじゃないんですよ普通は。ただあれ、例の作戦立案に使う予定なんです」

北上「あぁ、あー」

そういう事か、ペットとは。

叢雲を関わらせないためか。

過保護なんだ。

吹雪は叢雲とやけに仲がいいと聞いた。

それはきっとその通りなんだろうけど、随分と込み入った間柄のようだ。

なら以前に私達の話を叢雲に聞かせたのは関わらせないためか。

線引きをしたのだろう。

北上「どうして叢雲なの?」

吹雪はなんだかんだで見事に演じていた。上手くやっていた。

他にも姉妹は沢山いる。皆仲良いし、皆吹雪の事を慕っている。

しかしこうして見ると叢雲だけが弱点のようになっている。

吹雪「…少し長い話ですよ」

北上「そりゃいいや」

私も腰を下ろす。

目線の高さは、それでも私の方が少し高いだろう。

吹雪「意地悪な言い方ですね」

力なく笑う吹雪だがいくらか調子が戻っているようだった。

吹雪「私が叢雲と出会ったのは、もう三十年、いや四十年?それくらい前ですかね」

北上「!?」

ん!?何言ってんだ?

提督はここに来てまだ三年そこらだろう?

三十年以上と言うなら、かつての鎮守府の頃からいた事になる!

吹雪「私は初期艦でしたけど、叢雲も着任時期はかなり早くて。所謂古参ってやつですね」

言いたい事はあるが私は口を噤んだ。

今は問答をする時ではない。

吹雪は淡々と続ける。

体育座りの姿勢で、私ではなく自分の掌を見つめながら。

吹雪「だからか、仲良かったんですよ。姉妹艦というのを抜きに相棒って感じで。

お互い背中を預け合って助け合って分ち合ってました」

飛龍、日向、谷風、吹雪、多摩。

以前から鎮守府にいる艦娘。それはきっと本当だ。間違いない。

吹雪「司令官が司令官でしたからね。二人でいっつも振り回されて、たまには二人がかりで司令官ぶっ叩いたりして。楽しかったですよ」

提督のアルバムでは確かに早い時期に叢雲が着任していた。

でもそれは今の提督だ。つまりここ三年の出来事だ。

三十年というならそれかつての提督の話だ。

でも、それなら、

吹雪「司令官がいなくなって、皆いなくなって、だからそれらも私達で分け合って背負い合わなきゃと思ったんです。でも」

皆いなくなったというならそれは

吹雪「叢雲もいなくなったんですよ」

見つめていた手が何かを掴もうとするかのようにギュッと握りしめられる。

当然、空を掴んで。

吹雪「今の私は、真似事です。あの人の、司令官の。そうやって代わりを努めようと。いえ、自分じゃないと言い聞かせてたんです。でないと私も、消えてしまうと思ったから」

前に話した時、吹雪は処分という言い方をしていた。おそらくあえて冷たくそう言った。

今は、そうは言えないのだろう。

きっと消えてしまうから。

吹雪「上手くやってたんですけどね。運命なのかなんなのか、新たな鎮守府としてスタートしてすぐでしたよ。叢雲が来たのは」

アルバムの写真。吹雪はいつも笑顔だった。

底抜けに明るい彼女に叢雲は呆れたような表情をしていた。

吹雪「我ながらよく耐えたもんですよね。最初にあの娘見た時はもう抱き締めてその場で泣きじゃくりたい気分でしたもの」

残酷な話だ。確かに叢雲だが、間違いなく叢雲とは違うのだから。

吹雪「叢雲は叢雲でした。頼れるし、頭のキレもいいし、ちょっと察しが良すぎますけど。

でも本当は、本当は宝箱にでも入れて誰にも見つからないところに隠しておきたいんです。絶対に無くさないように」

吹雪の様子が少しおかしくなっていく。歪で不安定な何かを感じた。

身構える。

提督という核を失ったら艦娘がどうなるか。私は今その一端を見ているのではないか?

吹雪「ずっと私の中には葛藤があったんです。いつもそう。二つがせめぎ合ってる。

このまま何も知らない無垢なあの娘のままでいて欲しいと思う反面、全てを話してしまいたいとと思うんです。

だからどっちでもいいんです。どっちでも私にとっては同じ事ですから」

北上「ならさっき箱の中身を見られても良かったわけだ」

吹雪「結果的にはそうかもですね。でもいきなりだったのでビックリしました。今まではこういう事には関わらないようにしてたのに、いきなり手を出してきたので」

北上「前に叢雲に聞かせたのは逆効果だったかもね」

吹雪「そうなんでしょうね。まあそれならそれでも、いいんです」

北上「わかったよ。いつものその何事に対しても飄々とした態度。どっちでもいいってのはそういう事でしょ?要は無気力だ」

吹雪「物は言いようですね。でもきっと正解ですよ」

北上「私に対しても叢雲と同じ考えだったの?」

吹雪「あなたは少し違いますよ。いえかなり違います」

北上「かなり?」

吹雪「あなたはもしかしたら司令官を止められるかも、と思ったんです。あなたが司令官が何をしようとしてるかを知り、その事を司令官が知ればこんな事辞めるかもしれないって」

北上「期待してたってのはそれか」

吹雪「ええ。北上さんならきっと提督は止まるだろうって」

北上「でもそれなら止めようはいくらでもあったでしょ。もっと確実な方法が。

元帥のおじいちゃんに全部話せばいい。ネジの中抜きなんてまどろっこしい事するまでもない。私にやらせなくても自分で止めればいいじゃんか。

頼まれたんでしょ?提督に、この鎮守府を」

吹雪「止められるはずないじゃないですか。止めるわけ、ないじゃないですか…」

北上「なんでさ」

吹雪「当たり前ですよ」

吹雪が顔を上げる。

こちらを見つめるその瞳を見て理解した。

今まで見たことも無いその瞳は気圧される。


吹雪「この鎮守府で最も復讐を望んでるのが私だからですよ」

吹雪「何十年でしょうね。あの人と一緒にいたのは。あの人の親よりも、奥さんよりも、息子よりも、誰よりも私はあの人のそばにいたんですよ?

好き、だったのかは今はもう分かりませんけどね。どうでしょう。艦と人ですから。でも異性とか人とか関係なくあの人を一番大切に思っていたと自負してますよ」

これまで溜め込んだモノをぶちまけるように吐き出す。

吐き捨てる。

吹雪「奥さんが死んで、あの人が司令官でなくなって、それでもあの人の、大切な人の大切なモノを守る為にここに残りました。それでいいと思ってました。

でも死んじゃったじゃないですか。ふざけた話ですよね。それで分からなくなっちゃったんですよ。だって復讐はあの人の大切なものを傷つける事になるから」

だから装ったのか。偽ったのか。自分を。

自分を殺してここを守るか、大切なもの踏み躙って仇を撃つか。

どっちも果たしたい。けれどどちらかしか選べない。

吹雪「どうすればいいか分からなくなったんですよ。どっちでも良かったんですよ。どっちに転んでも最悪なんですよ。

だから私でない何かでどちらかへ転ぶように色々と仕向けたんです」

何かの弾みでどちらかに傾くように。

吹雪「まあ北上さんが司令官と結託するとは思いもよりませんでしたけど、それだってどっちでもいいんです」

今の吹雪が協力的なのも、既にこちらに傾いたからか。

自分の意思では決められないから、抗いようのない何かに流される事を選んだんだ。

北上「酷いやつだね」

吹雪「ええ、私も大っ嫌いです。でもそういうものじゃないですか。私ここじゃあ誰よりもお姉ちゃんですからね。いつだって恨まれ役です」

北上「そうやって叢雲にも恨まれて?」

吹雪「うっ…正直あれは堪えました…思ったよりも」

北上「無理しちゃって」

吹雪「無理ばっかですから。今更ですよ」

北上「ところでさ、提督は?提督の事はどう思ってるの?」

吹雪「そうですね。嫌ってほど好きで憎たらしいくらい愛してます。ま、忘れ形見といいいますか、大切な弟ですからね」

北上「弟か。なんだか不思議な表現だよね」

吹雪「そうですか?あーでもあれですよ!司令官と呼んではいますけど、司令官とは認めてませんからね!」バッ

いきなり立ち上がってビシッと宣言された。

しゃがんだままの私を見下ろす吹雪を見て思った。

これがきっと素の吹雪なんだろう。

吹雪「私にとって司令官はただ一人ですからね。あんなのいつまで経っても弟ですよ」

カラカラと楽しそうに笑う彼女は実に容姿相応で、嘘偽りのない彼女自身だった。

提督と話している時と同じで。

かつての提督。彼女にとっての司令官。その秘書艦であった時もそうなのだろう。

やはり提督というのは艦娘にとって核なのだろうと、改めてそう思った。

吹雪「ありがとうごさいます」

北上「え、なんて?」

吹雪「なんかスッキリしました。こんな事話す相手なんていませんでしたし、話す事になるとも思ってなかったので」

北上「そりゃあ重畳。でも叢雲はどうするの?」

吹雪「そこは一度しっかり向き合わなきゃですね。なるようになりますよきっと。どうにもならないわけじゃないですから」

北上「だね」

私もゆっくりと腰を上げる。

吹雪「こうなった以上は頼みますよ。仇討ち」

北上「任せてよ。でも吹雪は来ないの?」

吹雪「鎮守府放っておく訳にも行きませんからね」

北上「そりゃそうか。頑張ってね」

吹雪「それは北上さんもですよ。計画はこっちでやってますから、みっちり鍛えといてください」

北上「ヴエー」

吹雪「あ、それともう一つ」

北上「まだ何か?」

吹雪「北上さん、どうして協力する事にしたんですか?」

北上「…」

吹雪「それだけが分からないんです」

北上「ナイショ」

吹雪「えー司令官にもですか?」

北上「コイツはまた墓まで持ってくつもりだからね」

吹雪「また?」

北上「そら、神風に怒られる前に戻ろ」

吹雪「あーそうだった!怒ってますかね…」

北上「どうだろうねぇ。困ってはいたけれど」

北上「あ、じゃあ私からも一つ」

吹雪「?」

北上「なんで私なの?提督を止めるってんなら別にほかの人でも、あー私が一番の新人だからか」

吹雪「違いますよ」

北上「じゃあなんなのさ?提督を止められるって程の根拠は」

吹雪「ふふ」

北上「お?」

吹雪「ナイショ」

北上「うっわ」

吹雪「へへーん」

北上「何がお姉ちゃんだ子供っぽい事しちゃって」

吹雪「ま、弟の為でもありますよ。お姉ちゃんは優しさも持ち合わせているんです」

北上「はい?提督の為?」

吹雪「さあさあ外は寒いですし戻りましょう。吹雪と言っても寒いのは苦手なんですから」

北上「ちょっと!」

結局吹雪はそれ以上は話してくれなかった。

吹雪ちゃん可愛い好き(歪んだ愛情

書いてるうちに好きになった吹雪。今年に入ってから訓練を初めて最近ようやく練度99になりました。
改めてこの娘本当にいい娘です。なのにどうしてこうなった。
でも好き

90匹目:猫の爪とぎ


波間に航跡が見えた。

冬の寒さからか空にかけられた薄着の雲に遮られ海面は程よく見やすい。

如何に酸素魚雷と言ってもその航跡が全く無くなる訳では無い。予想出来たのであれば尚更だ。

身体を右に旋回させ向かってくる魚雷を正面で捉える。

ここで始めて魚雷の航跡が私の「視界」に入る。

船には多くの人間が乗っている。

その一人一人の働きがあって初めてその鉄の塊はこの青く広い戦場を駆けることが出来るのだ。

一人では進む事も止まる事も、砲弾の装填も砲塔を動かす事も魚雷を撃つ事も出来ない。

一人では出来ない。

だから沢山の人がいて、彼等がいるから、いたから出来る事がある。

後方。私の真後ろに陸が「見える」。

鎮守府のすぐ近くの海域。私と阿武隈はそこで演習をしている。

船にとって見るとはなんだろうか。

当然船に目はない。強いて言えばレーダー類がそれに近いだろうか。

故に船に乗る沢山の人が目の代わりとなる。

沢山の目が。

前を、後ろを、右を左を、上を下を。

沢山の目が監視し伝えてくる。

実際に目で見るようにはいかないが断片的なそれらの情報は戦闘においてとても大切なものになる。

船は1つの大きな生き物だと、私は最近になってようやく理解した。

皆は極々当たり前に、当然のようにやってのけているが、私にとっては大きな衝撃だった。

船の動きは実に生き物めいていて、また生き物がどれだけ複雑な構造をしているかを思い知らされる。

生き物は見て、触れて、嗅いで、感じて、それは信号となりシナプスとかなんとかが脳に伝え、脳が判断し、またそれが筋肉などに伝わり初めて動く。

船もそうだ。

多くの情報が艦長などに伝えられ、そこから判断し、命令し、それに沿って人が、船が動く。

彼らは言わば細胞だ。

勿論生き物のように電気信号という訳にはいかない。

情報は時差がある。誤差もある。ミスは起こるし命令通りにいかない事もある。

一人一人が考え動く。

それでもなんだろうか、私達が人の形をとっているのはそういう所に由縁があるのかもしれない。

船というイメージ。理想。彼らの思い浮かべる自分達の姿こそが今の私なのかもしれない。

足首に備えられた魚雷の狙いを定める。

魚雷の利点は点ではなく線で撃てる所にある。

弾を弾にぶつけるわけじゃないんだ。私ならできる。

やれる。

北上「いっちゃいますかー!」

魚雷を三本撃つ。魚雷一本の追撃にこれ以上はかけられない。

左足が少し軽くなる、この開放感は嫌いじゃない。

私のどこかで行われていた計算通りなら、ぶつかるまで後2秒だ。

移動しながら魚雷の行く末を見守る。

そして、

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【鎮守府:食堂】

阿武隈「つ゛か゛れ゛た゛ぁぁあ゛あ゛」バタンッ

北上「お疲れさん」

阿武隈が机に突っ伏す。

木曾「例の演習か。調子は?」

北上「中々いい結果だね」

阿武隈「中々どころじゃないですよぉ。こっちも考えて撃ってるのに北上さんに殆ど潰されちゃうもん」プクー

木曾「そりゃ凄いな。どうだ?俺ともやるか上姉」

北上「木曾相手はまだキツイかなあ」

阿武隈「エッ」

木曾「なんでだ?阿武隈の方が練度は高いだろ」

北上「関係ない、とまでは言わないけどさ。半ば心理戦みたいなものなんだよね。何時何処にどう撃つか。予想して誘導してって。木曾は読めないや」

阿武隈「私が分かりやすいって言ってませんかそれ」

北上「阿武隈は分かりやすい」

阿武隈「ハッキリ言った!!」ムキー

木曾「はは、なるほどな」

阿武隈「納得された!?」ガビーン

阿武隈の喜怒哀楽の目まぐるしさは見ていて飽きないものだ。神風に近いものがある。

木曾「…でもこの手の技術って深海棲艦に使えるのか?思考を読んでなんて俺ら艦娘用の戦い方になるぞ」

うーん流石木曾。鋭い。

北上「ちょっと今負けたくない相手がいてね」

木曾「相手…」

誤魔化せ、てないなこれ。どうしよう。

阿武隈「あ、もしかしてこの前行ったっていう元帥さんのところの誰かですか?」

北上「まあね」

木曾「あーそういや上姉あっちの鎮守府の北上に会ったって言ってたな。それか」

北上「どうだかね」

木曾「随分はぐらかすな」

北上「乙女は秘密を持ってるとより魅力的になるんだってさ」

木曾「魅力か」

阿武隈「もしかして想い人がいるんですか!?」

北上「そうじゃなくてね。あ、いや、そうなのかな」

阿武隈「え、え!?そうなの!?どうなの!!??」ガタタツ

北上「おーおー落ち着け落ち着け」
木曾「どーどぉどぉ」

木曾「でも、そうだな。そういう戦闘技術を磨きたいってんならいい相手がいるぜ」

阿武隈「恋のテクニック?」

木曾「一旦そこから離れろ」

北上「相手って?」

木曾の言う通りこれは深海棲艦相手の技術とは少し毛色が違うものだ。そんなものを持っているいい相手なんているのか?

木曾「俺も実際にやり合ったのは一回だけなんだがな。艦種も含めて適任がいるぜ」

阿武隈「勿体ぶるわね」

木曾「どうする。やるか?」

北上「そりゃあ出来ればお願いしたいけれど」

木曾「その代わり、俺といつか勝負してくれ」

北上「なんでそうなるの」

木曾「最近色々頑張ってるようだから気になってな」

阿武隈「いつかとか言ってるとこの人百年後とか言い出しますよ」

木曾「構わないさ。百年生きるつもりなら俺も生きてやるよ」

北上「はぁ。わかったわかった。約束するよ」

木曾「おっし。なら話通しとくぜ」

北上「訓練するって事?」

木曾「おう。多分二つ返事で引き受けてくれるよ」

阿武隈「誰の事言ってるのよ」

木曾「それはお楽しみって事で。あーでもあれだ」

北上「あれ?」

木曾「訓練するとしたら、夜だな」

北上「…あー」

阿武隈「うぇ…あの人?」

木曾「やっぱ…分かるか?」

北上「そりゃあ、ねえ?」

阿武隈「他にいないですし」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

月明かりのない暗い海。

そんな海を二人で進んで行く。

鎮守府に近いとはいえこの視界の悪さでは何が起きるか分からない、のだが随分と呑気に進んで行く。

それはそれでどうなんだろうかと思うが彼女が大丈夫と言うならそうなのだろう。

益体のない会話をしながら私を先導している「いい相手」の事を考える。

あの姉妹ならば分かるがまさか彼女がそうとは。

北上「そういやこの前神通と何かあったの?」

以前神通が川内にブチ切れてたのを思い出した。

川内「あーあれ?…あれ、ね…うん…色々とね…」

北上「あ、そう」

夜なのに川内の目からハイライトが消えた。

川内「那珂のアイドル活動手伝っててさ。秋刀魚漁に乗っかってなんかやるかーってなって、結局二人で調子に乗っちゃって」

北上「えぇ、那珂ちゃんもやってたの?」

川内「私の後におしおきされてたけどね」タハハ

意外だな。神通ほどじゃないにせよ那珂ちゃんも優等生タイプだと思ってた。

川内「あれ、知らなかった?那珂はああ見えて結構悪戯っ子だよ。目立つ事が好きってのは確かにアイドルらしいのかもしれないけどね」

北上「知らなかったよ。でもなんか腑に落ちるところはあるかな」

川内「まー北上は私らと組んだ事ないししゃーないか」

そう言うと真っ暗な海の中私を先導するように一歩前に出る。

川内「私は夜が好き。それで自分を抑えられてないって自覚はある」

北上「タチ悪いね」

川内「ふふ。でもね、夜が好きだから暴れる事はあっても大好きな夜に決して暴れたいわけじゃないんだ」

北上「…なんか川内が難しい事言ってる」

川内「うわー傷つくなーこれ」

北上「嘘つけ」

川内「私は夜に溶け込んで静かに沈めるのが好きなんだ」

お互いの持つ僅かな灯りが川内の顔を照らす。

私を見つめるその瞳は、まるでこの海のように冷たくて、でもいつもより輝いて見えた。

ニヤと笑いながらその瞳を私から暗い海に向ける。

川内「その点神通なんか凄いんだよ。夜戦入ると直ぐカァーッてなってさ。敵に突っ込んでいきやんの。止めるの大変なんだからあれ」

北上「神通が?」

川内「意外でしょ。だから私のやんちゃを叱ってくれるのとで差し引きイーブンって事だね」

北上「いやそれは違うと思う」

川内「那珂はもっとヤバいけどね」

私の指摘はキレイに無視された。

北上「もっと止めるの大変なの?」

川内「いや」

川内が止まった。どうやらここが目的地らしい。

川内「止められないんだ」

川内「那珂はアイドルだからね。曲が終わるまで決して踊りは止めないよ」

北上「…」

後ろを振り返る。

演習の立ち会い人として私たちと距離を置いて着いてきているはずの二人。那珂ちゃんと多摩姉。

川内「私が北上の夜戦訓練担当になったのもそれが理由。二人はちょっと北上の目指してる戦い方とは違うからね」

北上「そんな鬼神みたいなのが立ち会い人なのか」

川内「自分でやると熱が入るタイプだからね。那珂は人の動きを見て採点したり教えるのはすごく上手いから。やっぱ普段ダンスとか教えてて培ってるのかねえ」

北上「多摩姉は?」

川内「単純に練度かな。灯り無しの夜戦訓練。こうして鎮守府から少し離れてると何が起こるかわからないから見張りが欲しいんだ」

そう言って灯りを消す川内にならって私も唯一の光源を消す。

川内「それじゃ私がある程度離れたら合図するからそれで訓練開始ね。とりあえず全力で私を倒しに来ていいよ。どちらかが大破するか降参するまでで」

カーテンを閉めたように空には分厚い雲がかかっていて月の明かりは僅かにすら漏れてはいなかった。

何も見えない世界から声だけが聞こえる。

北上「そんな適当でいいの?」

川内「まずは北上のセンスを見たいからね。指示はその都度こっちからするから」

北上「なんか本格的になってきたぁ」

川内「大丈夫大丈夫。神通や那珂みたいなハードなやつじゃないから」

北上「そんなに凄いの」

川内「神通は褒められる水準までぶん殴ってでも伸ばすタイプだし那珂は一見優しいけど出来るまで延々とやらせるタイプ」

北上「うわぁ…」

川内「一度駆逐艦の皆に聞いてみるといいよ。色々面白い話が聞けると思うよ」

北上「察するにあまりある感じが…それで皆よく着いてってるよね」

川内「知ってて神通や那珂についてってる子もいるしね」

誰だそいつは。心当たりはあるけど。

北上「それだと川内が一番人気だったり?」

川内「なんで?」

北上「一番まともと言うか、他よりマシじゃん?」

川内「あーそうだねえ。それは




どうだろう」


そう言い終わると、川内が消えた。


いや、勿論元から見えていたわけじゃない。

だが声や気配で感覚的にここにいるなというイメージというか、ぼんやりと輪郭として認識できていた。

それが、消えた。

海に、闇に溶けて消えたかのようになくなった。

灯りもなく声も気配もない。

暗い海で私は間違いなく一人だとここで自覚した。

それはとてつもない速度で私を襲ってきた。

深く、強く、包み込むように襲ってきたそれがなんなのかを私はよく知っていたが、しかし私はそれに対抗する術をまるで知らなかった。

怖い。

酷く冷静に私は恐怖を自覚した。

瞳孔が開く。

呼吸が荒くなる。

足が縮こまる。

腕に力が入る。

夜戦というのが何も初めてという訳では無い。

今日の様に灯りのない夜も経験はしていた。

だが独りというのはそれらの経験や慣れをいとも簡単に飲み込んでしまった。

夜の海を知っているだろうか。

月明かりのない時のその夜は、本当に暗い。

何せ光がないのだ。深海とどう違う。


それでいて決して静かではないのだ。


波が、風が、私を食い殺そうと様々な音を立てながら襲いかかってくる。

例えば想像してみて欲しい。

古びた鎮守府の廊下を真夜中に歩いている。

灯りはない。

私なら壁に手を付き、耳をすましながらゆっくりゆっくりと歩くだろう。

一歩一歩歩く度に軋む廊下を慎重に。

でも海は違う。

いくら手を翳しても空を掴むことしか出来ない。

足を踏み出しても波の音に全て飲まれる。

最早自分が進んでいるのかどうか、いや、自分が本当にここにいるのかすら確かではなくなる。

暗い海はそれほどに私を飲み込んできた。

北上「!?」

右斜め前。二時の方向で光が見えた。

なんの光かなんて考えるまでもない。

砲撃だ。

直感的に回避行動をとる。

直後遅れて聞こえてきた音とともに私が今までいた所に砲弾が飛んできた。

これが合図か?

まさか深海棲艦が襲ってきた?

何もわからない。ただどちらにせよ私は攻撃に出るべきだ。

砲を構え今しがた光が見えた方に向ける。

いや、ここで撃つべきなのか?

視界不良の夜戦において1番大切なのは敵の位置を知ることだ。

逆に不味いのは敵に位置を知られることになる。

先程の砲撃で位置はだいたい分かったがあくまで大体。ここで私が砲撃しても当たるとは思えない。

むしろ私の居場所を知らせる事になる。

川内の方が練度が高いのだ。ここで私の位置を知られるのは多分悪手だ。

どうする?川内なら何をする?この訓練において大切なのはそこだ。だから川内に頼んだんだ。

また海上に花火が咲く。続け様に今度は二発。何故だ?

弾は至近弾とはとても言えないがそれでもひょっとしたら当たっていたかもという位の距離に着弾した。

私のだいたいの位置に向けて適当に撃っている?

適当ではあるが適当であるゆえにいつ当たるか分からない。どうする。どうすれば川内を出し抜ける?

ただの夜戦ではない。通常の艦隊戦ではない。川内に一泡吹かせてやれればそれでいい。

私は速度を上げて真っ直ぐ砲撃のあった場所へ向かった。

川内は少しづつ移動はしながらも一定の感覚で砲撃を続けている。

あれは誘いだ。私に勝ち目があるとしたらそれは魚雷を当てることだろう。

砲撃での殴り合いなら向こうに分がある。ここで安易に撃ってはいけない。

恐らくそれをわかっていてあんなに撃っている。私がどう出るか試している。

でもだとしたら次はどう出

北上「ッ!?」

臆病な私の動物的直感がけたたましい音を上げて唸った。

北上「うわっ!?」

鈍い爆発音とともに水柱が上がる。

川内『あ、当たった?』

通信から川内の軽い声が聞こえる。

それは魚雷の爆発によるものだった。

真っ直ぐ進んだ私と正面衝突する形で放たれた魚雷の。

川内『いやーまさかホントに真っ直ぐ突っ込んでくるとはね。一応置いといたんだけどビックリビックリ、って聞こえてる?おーい』

川内が灯りをつけ暗い海に翳す。

川内『っかしーな。演習用だし大した威力じゃないのに』

不規則に揺れる灯りが近づいてくる。

灯に誘われる蛾、とは逆になってしまったけど!

再び鈍い爆発音とともに水柱が上がる。灯りを呑み込んで。

北上「っしゃ!」

半分程沈みかけていた身体を起こす。

咄嗟に私に向かってきていた魚雷を撃ったとはいえあの至近距離。今の私は中破と言ったところか。

北上『勝負はどちらかが大破するまで、でしょ?』

やられた振り。単純だがそれ故に有効だ。川内の持つ灯り目掛けて放った魚雷は間違いなく命中した。

川内『…はは、やってくれるじゃん。こんなの訓練っていう前提だから出来る事だってのに、まあそういう経験のために私を選んだってんなら』

川内「だいせーかい」スッ

北上「…は?」

後頭部に硬い何かが当たるのを感じる。

川内「勝負はどちらかが大破するか、降参するまで、でしょ?」

後ろだった。私の魚雷によって灯りが消えた方向と逆。私の後ろに川内がいた。

しっかりと砲を構えて。

北上「こーさん」

後頭部に当たるまだ暖かい鉄の塊に私は負けを認めるしかなかった。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

那珂「ずっるーい!」
多摩「狡いにゃ」

鎮守府への帰り道。私は多摩姉に肩を担がれる形になっている。

川内「そんなに言わなくてもいーじゃんか」

那珂「だって灯を囮にするためにわざわざドラム缶まで持ってきてたんでしょ?」

川内「北上がどんなやつかはちびっこ達にリサーチ済だったからね。想定内ではあったけど予想外だったよ。センスはあるね」

多摩「事前の準備、情報、そういうの含めて狡いって言ってんだにゃ」

川内「えー戦いの基本でしょ」

那珂「もー、北上ちゃんもなんか行ってあげなよ」

北上「あーうん。いい勉強になったよ」

那珂「そうじゃなくってえ!」

多摩「北上がそう言うならしょうがないにゃ」

川内「だってさ那珂」

那珂「分かったよもう」プクー

川内「それにほら、今のはレッスン1だからさ。ね?北上」

北上「そうだね」

肩を竦めて川内を睨みつける。

北上「次は一泡吹かせてやる」

川内「大口叩く余裕があるなら次は期待できそうだね」

北上「首洗って待ってなよ」

多摩「燃えてるにゃぁ」

那珂「ふーん…」

川内「…那珂はダメだからね」

那珂「えぇ!?なんで!!」

川内「修行の趣旨が違うから」

那珂「いーじゃん!私もやりたい~」

川内「だーめ。ここはアイドルの踊る所じゃないよ」

那珂「え~」

三人の愉快なやり取りを他所に、私は既に次の事を考えていた。

どんな手段を用いても。つまりはそういう事だ。

だから

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

川内「おーおーおー。そう来たかー。いいね面白い。昨日の今日で思い切ったねぇ。メリットはあるけどデメリットもある、ってのは分かってる?」

北上「勿論」

川内「OK。あ、今回はドラム缶持ってきてないから安心してね」

北上「それは信用出来ない」

川内「おっと狼少年だなこれは。まあ警戒しとくのは大切だしね。それじゃ、よろしく」

北上「うん」
大井「ええ」

また川内が闇に紛れる。

昨日と違って今夜は完全に真っ暗という訳では無いのに上手いこと隠れるもんだ。

でももう怖くない。

北上「よろしくね、大井っちー」

大井「任せましたよ、北上さん」

二人で手を軽く合わせる。

今の私は黒猫じゃあない。

私は重雷装巡洋艦、北上。

私の相棒は白猫じゃあない。

同じく重雷装巡洋艦、大井っちだ。

実は夜戦バカより神通の方がヤバいと見せかけて那珂ちゃんの方がぶっ飛んでると思わせてやっぱり川内もみたいなそういうアレが、好き

戦争がテーマで戦闘がメインのゲームなのに実際どうやって戦ってるのかさっぱりです。
お船の知識は空母と戦艦の違いは分かる程度の物なので戦闘シーンは頭を空っぽにして読んでいただければ楽しめるかなぁと。
レ級戦どうしよう…

92匹目:In a cat's eye, all things belong to cats.






猫の目に映るものは全て猫のもの。

これらは全て私の目で見てきたものだ。

私の世界に、私の目に映らないものは存在しないのと同じだ。

これらは世界の側面のひとつに過ぎない。

だから猫の目に何が映っていたのか、私には結局知る由もないのだろう。

北上「ムカつくくらい勝てないんだこれが」

執務室。

夜戦訓練の結果を報告していつものソファに寝っ転がる。

川内との戦闘は文字通り身体の全てを使うもんだから慣れない運動で節々が悲鳴をあげている。

提督「すげぇだろあいつ。目立った戦果はないけど演習やらせるとひでぇ事になるんだぜ」

北上「特殊すぎるよあの姉妹…」

提督「それで、お前の方はどうなんだ?いや、お前らか」

北上「勝てない。全然勝てない。でも、まだ勝ててないだけ」

提督「期待は出来そうだな」

北上「大井っちもいるしね」

提督「なら疑う余地はねえな」

飛龍さんの基礎訓練(ベリーハード)とは別にこの訓練をしているのには理由がある。

吹雪から全てを聞いたあの日から数日後の話だ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「レ級ってのはかなり特殊な種だ。ネームドとは違うがその辺の深海棲艦と同じとも思えない。未だに艦種をどうするか議論が絶えないって話だ」

吹雪「そもそも個体数が少ないんですよ。しかもどういう訳か群れることをしないんで奴らの中での立ち位置ってのも全く不明なんです」

提督「だからレ級に船が沈められたってなってもまあアイツなら、みたいになるんだよ」

北上「予測不可能だから仕方ないって?自然災害扱いじゃん」

吹雪「概ねそんな感じです。実際こっちも手が足りないんでもあんなのにかまけてらんないのは確かなんですけどね」

提督「だからこそコイツの違いに誰も気づけていないんだ」

北上「コイツって、私達が追ってるレ級か」

吹雪「ええ」
提督「おう」

心做しか二人の距離が近づいたように思える。いよいよ兄妹じみてきた。あ、姉弟か?

提督「コイツだけが、特殊と言われるレ級の中でもさらに異質なんだ」

吹雪「ハイというわけで問題です」

北上「え」
提督「え」
北上「提督も驚くの?」

吹雪「私達の追うレ級の最も異常な所とはどこの事でしょーか。シンキングタイムは一分!」

提督「別にクイズにしなくてもいいだろうがよ」

吹雪「まあまあまあまあいいからいいから」

北上「異常性…」

深海棲艦が船を襲う事はよくある事だ。

強さ?いやそれを指して異常性といは言わないか。

待て思考を変えよう。

吹雪はわざわざクイズにしてきた。つまり私の知っている情報で十分に分かるという事だ。

私が知っているレ級の情報。

多摩姉と見たものか?
飛龍さんが話していた事か?

残虐性?何か違うな。

人を盾にしたというその知能?

最もと言えるほどの何か。何かとは何だ?

吹雪「ハイ時間切れー」

北上「くっ…」

提督「そんな悔しがる事か?」

吹雪「やれやれこれだから司令官は」

提督「…北上、飛龍から話は聞いたんだろ?」

北上「うん」
吹雪「私スルー?スルー?」

提督「それ、最後どうなったって言ってた?」

北上「最後?えっと、レ級に逃げられて、こっちも被害が大きかったから生存者の捜索にしつつそこで待機して」

提督「そこだよ」

北上「へ?」

提督「それ何時頃だ」

北上「そこまで詳しくは聞いてないけど、まあ昼過ぎみたいなニュアンスだったかな」

提督「その通り。だとすりゃおかしい事言ってるぜ北上」

北上「おかしい事?」

レ級に関して?

ただ逃げられただけじゃ。

北上「逃げた…?」

吹雪「そう。逃がしたわけじゃないんですよ。飛龍さん達はその場で仕留めるつもりで全力で追撃しました。

時刻も昼。夜戦後に闇に紛れたわけでもない。

なのに逃げたんですよ。アイツは自分の意思で」

おかしい。それは確かにおかしい。

何よりもそれがおかしい事なのがおかしい。

提督「深海棲艦ってのが人を相手にするのと大きく違うのはやつらが撤退を選ばない事が大きい」

吹雪「基本的にヤツらは人や艦娘を見つけたら全滅させるか全滅されるまで戦いを止めません。

夜戦の後だってこちらの判断でその場から撤退しているだけで両者がその場に残れば日が登ってからも戦闘が続く、という例が数は少ないですけどあるんです」

提督「奴らに戦略なんて殆ど無い。ただ人を殺す。その意思が膨大な数集まって無理やり戦争になってるだけだ」

吹雪「レ級だって例外じゃない。アイツ以外は」

北上「そのレ級だけ、目的が違うって事?」

提督「多分な」

提督がポンと机に置かれた書類の山に手を置く。

提督「そして親父もそう思っていた」

吹雪「レ級の関わったと思える事件や戦闘に関するものは全て揃ってました。そういった中からアイツと思しきものだけ見ていった結論としては」

北上「しては」

提督「子供だよ」

北上「子供?」

提督「勝ちも負けもない。圧倒的な力で弱者を嬲って泣きっ面を笑うだけが生きがいだ。

これがタチ悪いんだよ。こっちが少しでも被害を負えば例え戦闘の末に逃げたとしても自分の勝ちなんだ。この広い海に置いてヤツらに勝ち逃げをされたらどうしようもない」

北上「でもそれじゃあ手のだし用がないじゃんか」

吹雪「そう。大人の理屈は子供には通用しないんですよ」

提督「だからこっちも同じ事をしてやるんだ」

吹雪「これまで勝ち逃げだけして勝利を知らない糞ガキに」

提督「同じ事を自分がやられたらどうなるか教えてやるってわけだ」

そう言って二人はまるで悪ガキのようにニヤリと笑う。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

深海餓鬼。なんてふざけた名前がつけられた。

その餓鬼に勝つ方法。

つまりは逃げたら負けにすればいい。

今までは守りが目的のこちらをつついて遊んでいた所に、今度はこちらから攻める。

予想外想定外。煽ってイラつかせりゃ勝ち、だと。

必要なのは深海棲艦との戦闘技術じゃない。

悪ガキの懲らしめ方だ。

提督「ふぁ…ぁ~」

北上「眠いね~」

提督「眠いな~。六時間しか寝てねえや」

北上「それそんなに眠くなるほどの時間じゃなくない?」

提督「いつも九時間は寝てたんだぞ」

北上「仕事してないからでは」

提督「最近は頑張ってるから許して」

北上「まあおかげで私達もそれほど忙しくなかったしいいんだけどね」

提督「感謝しろよ」

北上「上司の不真面目さ?」

提督「真面目ってのがなんでもかんでもいいわけじゃないのさ」

それは誰の事を指しているのだろうか。

北上「最近そんなに忙しいの?」

提督「吹雪のヤツが仕事押し付けてくるからな」

北上「それは元々提督の仕事なんじゃ…」

でも確かに最近吹雪は肩の荷がおりたというか、いい感じに気が抜けているように思える。

北上「でさ、実際のところ今まで手を抜いてたのはやっぱりこういう時のためなわけ?」

提督「…俺が提督として未熟なのは確かだぞ。息子ってだけで才能がある訳でもないし必要な知識も足りてない」

北上「それはまあそうだね」

提督「小さい鎮守府であるうちは自由に動きやすいから、機会を伺ってたってのはあるけど」

北上「やっぱりじゃん」

提督「あんまり"ホントは出来るやつー"みたいに思われたくないんだよ。手は抜いてたけど、あくまで本気でやってようやく一人前くらいのレベルだからな?」

北上「謙遜はいいけど卑下はしないでね。私達は提督に命預けてるんだから」

提督「最終的にはお前ら次第だけどな。しかし生活リズムの方はもう少しちゃんとするべきだなこりゃ」

北上「寝たら?」

提督「んー…」

北上「下手の考え休むに似たりだよ。どうせなら思いっきり寝てスッキリした方がマシだって」

提督「それもそうか」

提督「よし交代だ北上」

北上「交代?」

提督「俺がソファでお前が椅子」

北上「ベットじゃなくていいの?」

提督「それだと本当に寝ちまうからな」

北上「あ、じゃあ帽子貸してよ。提督のやつ。あれ一度被ってみたかったんだあ」

提督「帽子…帽子…あー、と…あ、あそこにかかってるぞ」

北上「思い出すのにそんなにかかるレベルで使われてないのか」

提督「安心しろ。洗ってないが洗う必要が無いほど綺麗だぜ」

北上「ワーイヤッターウレシー」

北上「おおー」

提督「どうだ?」

北上「思ったより硬いねこの椅子」

提督「ホンマそれ」

北上「変えたら?」

提督「一応来客とかも考えると座り心地より見た目になってな」

北上「面倒だね」

提督「まったくな」

北上「あと帽子臭い」

提督「嘘だろ!?」

北上「ウソウソ」

提督「匂いの話はマジで心にくるからヤメテ…」

北上「そういうものなの?」

提督「そういうものなの…」

北上「私達はいっつも潮と硝煙の臭いばっかだからなあ」

提督「気になるか?」

北上「当たり前だから特に気にしたことはないかな。でも香水とか付けれないって悩みは聞いことある」

提督「それに関しては本当に申し訳ないというか」

北上「別に提督のせいじゃないでしょ」

提督「まあそうだけどさ」

北上「あ、でもだからかシャンプーとかリンスとかにこだわる人は多いね」

提督「異様に注文が多いのはそのせいだったのか」

北上「これくらいのワガママは聞いてあげてね」

提督「そうするよ」

北上「提督も大変だねえ」

提督「ただその椅子に座ってるわけじゃねえってことだよ」

そっか、提督はいつもここに座ってるんだなあ。

いやそうでもないか。

今の私には帽子や椅子からの提督の匂いなんて分かりゃしないけれど、それでもなんだか妙に落ち着くものがあった。

目を瞑るとなんだか抱きかかえられているような気分になる。

北上「あ」

また体が熱くなるのを感じた。

心臓がドキドキ言ってる。

不思議なもんだ。少し不気味でもあるけれど。

ソファの方を見る。

私みたいに仰向けに寝る提督が見える。

椅子から降りてソファの方向かう。

起こさないように一歩一歩、そうっと。

それでも近づく度に、私の意思を無視して胸の鼓動が早くなる。

煩くて、煩わしくて、喧しい。

頭を揺さぶられているようでぼおってしてくる。

ソファの端に乗せられた提督の顔を逆さから覗き見る。

親子だというのにかつての飼い主とは似ても似つかない。この金髪だって染めてるものだ。

顔をさらに近づける。

この向きだとキスは無理か?

あぁもう体が五月蝿い!

おさげが垂れて邪魔だ。大井っちにポニテにしてもらえばよかった。

大井っちに…

北上「ねえ」

提督「んあ?…ん?北上?ちょ、え?あれ?」

あまりの近さに驚いて狼狽える提督の頭を両手でガッチリと固定する。

逆さまだがお互いの目はしっかりと向き合った。

北上「提督はさ、大切な物があったらそれをどうしたい?」

提督「心理テストか?」

北上「そんなところかな」

提督「大切な物ねえ。物にもよるんだろうけど、そうだなあ。それが一番相応しい所に置いておくかな」

北上「ん?それってどういうこと」

提督「宝石とかなら、あの棚とかに飾っておきたい。花とかならそこの窓辺にかな。なんであれそれが一番綺麗に見えるとこに置いておく」

北上「大切な物なら、何処かに仕舞っておきたくはないの?」

提督「保管が目的ならそうするけどな」

北上「それが人なら?」

提督「…人かあ」

提督が目を瞑る。

思い浮かべているのだろう。

そうだ。提督にとってこの作戦は、大井っちを危険な目に合わせる事になる。

復讐だとしても、それは何よりも優先すべき事なのだろうか。大切な物よりも。

提督「そいつが行きたい所に行けばいい。ただ出来るだけそばにいる努力はするけどな」

北上「何処へも行かないように閉じ込めておきたいとか思わないの?」

提督「ヤンデレかよ。まあそういう気持ちに理解がないわけじゃないけどさ」

北上「そうなの?」

提督「自分の思い通りになる世界ってのは、誰しも考えた事あるだろ」

北上「そりゃあ確かに理想かもね」

提督「これで満足か?」

北上「それなりに」

提督「そりゃよかった」

提督の頭から手を離し、離れようとした。

したけど、

提督「北上」ガシッ
北上「うわ」

今度は提督に捕まえられた。

北上「な、なに?」

提督「お前はどうなんだ?今の質問」

北上「私?」

提督「一方的に質問ってのはナシだぜ」

北上「私、私は…」

提督「き、北上?」

少しづつ顔を提督に近づける。

そしてそのまま




北上「私なら誰にも渡したくないって思う」




提督の耳元でそっと呟いて、ソファを離れた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「はぁ」

結局あの後すぐ部屋を出てしまった。

本当ならこの疲れた体をすぐにでも休ませた方がいいのだろうけれど、どうにも自分で処理できないモヤモヤした感情がそれを許してくれない。

以前からあったこの自分ではない自分のようなモヤモヤはここ最近ドンドン増えているように感じる。

先程のドキドキはきっと私じゃなくて北上のものだ。

でも提督に言った、言ってしまったあの一言はきっと、私のものだ。

どうすればいいだろう。私はどっちを取るべきだろう。

北上「恋心とはまた違う感じだよねえ。ストレスかな。そういや猫もストレスで禿げるんだっけ」

誰もいない建物の外のベンチで自分に軽口を叩く。冬の寒さがいい感じに体を冷やしてくれる。

時刻は9時を過ぎた辺りかな。チラホラと部屋の明かりが消え始めていた。

今は、なんとなく誰にも顔を見せたくない。

大井「ストレスには甘いものですよ北上さん」

北上「まあたそうやって甘いものを食べる言い訳を」

大井「食べ過ぎ!食べ過ぎがダメなだけです!適量摂取はむしろ必要です!」

北上「そりゃそうだけどさ。そうじゃなくてもっと根本的なぁ…あー…大井っち?」

大井「はい?大井っちですけれど」

北上「いつから、そこに?」

大井「今しがたここに」

北上「なんで」

大井「私の北上さんセンサーがここに」

北上「さいで…」

大井「何処へ行ってたんですか?訓練の疲れが取れませんよそんなんじゃ」

北上「それはそうなんだけどね」

大井「最近よくフラフラと色々な所へ行ってるじゃないですか。一体何をしてるんですか?」

北上「話をね、聞いてたんだ」

大井「話?」

北上「どうして皆復讐をするのか、みたいな話」

大井「あぁ、なるほど」

北上「…大井っちは、大井っちはどうして?」

大井「そりゃあ勿論北上さんが」

北上「…」ジー

大井「ぁー、すみませんウソじゃないです。でも全部でもないです」

北上「知ってた」

大井「でも、私にとっても復讐なんですよ」

北上「リベンジ、じゃなくて?」

大井「北上さんこそ、どうしてこんな危険な事に関わるんですか?」

北上「それは…」

大井「やっぱり言えませんか?」

北上「うん…」

大井「でも引く気は無いと」

北上「うん」

大井「命の危険があるとしても?」

北上「うん」

大井「アイツを討つと」

北上「うん」

大井「復讐する、と?」

北上「…うん」

大井「ねえ北上さん、私」

そこで言葉切った。

いや詰まったと言うべきだ。

迷ってる。躊躇している。惑っている。

その酷く辛そうな表情を、大井っちのそんな表情を私は初めて見た。

そして意を決したのか私の方に向き直り改めて口を開いた。

大井「私、人を殺した事があるんです」


北上「はい?」



大井「誰にも言ったことはありません。あの日、レ級を追って煙の中に突っ込んだ時です」

北上「飛龍さんから聞いたよ」

大井「あの時皆闇雲に突撃しました。私も。絶対に逃がすまいと無我夢中で」

北上「それだけの事してたからね」

大井「結果、こちらは損害を受け船は沈み生存者はいなかった」

北上「こうして改めて聞くととんでもない話だね」

大井「でも違うんですよ。私、出会ってるんです。あの煙の中で、アイツに」

北上「アイツって、まさか?」

大井「まさかですよ。ええ。あのレ級に」

大井「本当に偶然でした。沈みつつある船のすぐ近くで、驚く程近距離で遭遇してしまったんです」

北上「どれくらいの近さで?」

大井「10メートルくらいでしょうか。お互いに驚きで一瞬固まったのを覚えてます。その後すぐお互いに砲を構えました」

北上「手負いとはいえレ級とタイマンか」

大井「本来私の練度じゃどうしようもない相手です。窮鼠猫を噛むと言いますけど、この場合どちらも追い詰められていたわけです」

北上「どちらも必死になるわけだ」

大井「だからまあより私に勝ち目なんてなかったわけなんですけれど、そしたら、そしたら人が降ってきたんです」

北上「ん、え?人?」

大井「傾き燃え盛る船の甲板から一人の男が降ってきたんです。レ級目掛けて」

北上「そりゃまた、どうして?」

大井「男はレ級に飛びつきました。極限まで追い詰められていたレ級にとってその奇襲はあまりにも効果的だったようで、何がなんだかわからないというふうにのたうち回っていました」

北上「助けに来たってわけか。しかし深海棲艦相手に生身の人間とは随分勇敢な」

大井「勇敢なんてものじゃないですよ。レ級の視界を塞ぎながら私にこう言ったんですから。私ごと殺れ、と」

北上「!?」

まさか、人を殺したってのはつまり。

大井「魚雷を打ち込みました。でも私ではトドメを刺すには至らず、結果的にあの人を殺してレ級には逃げられました」

北上「そっか。そんな事があったんだ」

一時期落ち込んでいたと聞いていたがなるほど。むしろ落ち込む程度で済んでよかったというレベルだ。

大井っちにとっての復讐はその一人の男の命をかけたものなんだろう。

結局皆誰かの命を
大井「その人がかつてのここの提督だったと知ったのは極最近です」

命を、

え?

北上「今なんて?」

大井「当時は誰にも話せませんでした。私自身忘れようとさえしてました。でも少し前に気づいたんです。あの人は、ここ前任の提督だったと」

北上「」

その人は提督を辞め海外に行っていた。

たまたま帰ってくるその船がレ級に襲われ、沈んだ。

死んだ。

でも、そうじゃなかった。それだけじゃなかった。

北上「その、話は、提督達にはしない、の?」

上手く言葉が出ない。喉がヒリついている。

大井「少なくともこの件が終わるまではそのつもりです」

北上「なんで、なんで私には話したの」

意識しなければ今にも震えだしてしまいそうだ。

大井「そうする必要があると思ったからです」

北上「どうして」

今すぐ叫び出したいほど何かが体の中で暴れている。

大井「北上さん。まだ迷っているでしょ?だから皆の話を聞いて回った」

北上「それは…」

大井「私もその助けになればと思ったんです」

北上「…」

大井「さあ、もう戻りましょう。冷えてしまいますよ?」


そう言って席を立つその後ろ姿を見て、私の中にあったモヤモヤが黒くて熱い何かに変わっていくのをハッキリと自覚した。

わーい修羅場だ修羅場だ

最近当然のようにイベントに顔を出すようになったレ級。あの特別感が良かったんですけどねぇ。ええけして厄介だからとかではなくて…

93匹目:球磨型



大井「なんですか、これは」

球磨「おせークマ。先に始めてるクマ」

多摩「飲み物はそこに置いてあるから好きなのとってにゃ」

木曾「あ、ついでに取り皿いくつか頼む」

北上「…宴会?」

部屋に戻るとコタツを囲んで何やら宴が始まっていた。

球磨「最近色々と頑張ってるから労ってやろうという粋な計らいクマ」

北上「自分で粋とか言ってる時点で粋じゃない…」

多摩「これおツマミ足りるかにゃ?」

木曾「多摩姉が食べ過ぎなんだよ」

球磨「まあまあいいから座るクマ」

大井「…」
北上「…」

お互いに顔を見合わせ、ため息をつく。

やれやれ随分と呑気なものだ。気が抜ける。というか毒気が抜かれた。

でもそんな所にいつも救われている。

球磨「それじゃあ改めてカンパーイクマ」グイッ

多摩「にゃ」グビッ

北上「うわ多摩姉もうそんなに食べてるの」

多摩「柿の種ってなんでこんなに美味いのかにゃ」ボリボリ

大井「あ~暖まるぅ」

木曾「外にいたのか?」

大井「ちょっとね」

球磨「ほら飲めクマ。飲めば温まるクマ」

北上「えー私ビールはいいや」

多摩「チューハイならあるにゃ」

大井「随分ありますね」

木曾「そこにあるのは全部多摩姉が飲み終わったやつだぞ」

大北「「え」」

球磨「あーこれ柿ピーだクマ!」バンッ

北上「柿ピーだけど、なんで?」

球磨「球磨は柿の種が食べたいんだクマァ」

木曾「同じじゃないか」

球磨「違ぇクマ!柿ピーにはこの薄汚え豆野郎が入ってんだクマァ!」

北上「酷い言い方」

多摩「あぁ?今ピーナッツを馬鹿にしたにゃ?したにゃ?」

球磨「馬鹿にはしてないクマ。不純物だと言っただけクマ」

多摩「上等だにゃ」

球磨「やんのかクマ?」

北上「えぇ何これ…」

木曾「ほっとけいつものだ」

北上「いつもなの?」

大井「いつもなんですよ…」

球磨「オラァ!」ポイッ

多摩「にゃ」パクッ

球磨「クマァ!」ポイッ

多摩「にゃ」パクッ

北上「宴会芸か何かで」

大井「いつもの事です」

木曾「球磨姉が残したピーナッツを多摩姉が食べる、というだけなんだがな」

北上「鼻血出るよ」

木曾「艦娘だから」

北上「便利だね」

大井「太りませんしね」

木曾「艦娘だからな」

北上「便利だねぇ」

球磨「胸も大きくならないクマ」

木曾「それ外で絶対言わないでくれよ…」

木曾「誰かそこのツマミ取ってくれないか?」


球磨「お眠クマァ?」

多摩「にゃぁ…」コクリ

球磨「コタツは汚ねえからあっちで寝るクマ」

多摩「ぅにゃぁ…」

北上「これホントにアルコールなの?」

大井「1%もないんじゃないですか?」

北上「ジュースだこれ」


木曾「…しゃあねぇなぁ」ヨッコラセ

球磨「缶追加頼むクマ」
北上「お菓子持ってきて」
大井「取り皿お願い」
多摩「芋焼酎」

木曾「人が立つの待ってんじゃねえよ!というか多摩姉起きてるじゃないか!」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

木曾「」

北上「木曾が潰れた」

球磨「ペース考えないからクマ」グビッ

北上「艦娘も酔うんだよねぇ」

球磨「船酔いみたいなもんなのかもクマ」

大井「ね~、程々にしとけばいいのにぃ。カーワイッ」ツンツン

北上「大井っち水飲む?」

大井「チューハイ!チューハイ飲む!ます!」

北上「あ、うん」

多摩「にゅぅ…」スピー

球磨「とりあえず木曾運ぶにゃ」

北上「コタツあるから布団二つしかひけないけど」

球磨「二つに押し込めてきゃいいクマ」

北上「多摩姉ちゃんは?」

球磨「コイツはほっとけば起きてまた飲み出すクマ」

北上「あーね」

大井「私も寝るー」

北上「あ、うん」

大井「やっぱり北上さんと一緒でぇ」ユサユサ

北上「うーん酔っ払い」ユラユラ

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

多摩「大井はホント胸がでかいにゃ」ソロリソロリ

球磨「おー乗った乗った。これも胸に挟む?」

多摩「もちろんにゃ」

北上「なんで大井っちの胸ひん剥いてんの」

球磨「酔って暑そうだっから」

多摩「厚いのは胸の脂肪にゃ」

球磨「だはは」

北上「じゃなんでそこにみかん乗せてるの」

球磨「ミカンー」

多摩「おー乗ったにゃぁ」

北上「聞いちゃいない…」

球磨「大井っちミカンと名付けて提督に売りさばいてやる」

多摩「闇取引にゃ。間宮を要求するにゃ」

北上「売れそうだから困るよね」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…死屍累々」

二つの布団には木曾が大胆に寝転がり、四角いコタツの東側には球磨姉が丸まって寝ており南にはどうにか服を着せた大井っちが寝ている。

多摩「球磨は相変わらず酔いが顔出ないにゃ」

北上「うわっ、起きてたの?」

多摩「今起きたにゃ」

北上「三度目のおはようだね」

いつだか吹雪が言ってたな。多摩姉はどんだけ飲んでも寝て覚めてを繰り返すだけだって。

球磨姉は顔に出ない。大井っちは普通で木曾はキャパ以上に飲みすぎると。

その通りだ。

多摩「北上は退屈じゃなかったかにゃ?」

北上「いや、見てて面白いよ」

多摩「そりゃ良かったにゃ。酒が飲めないってのは混ざりにくそうに思えてにゃ」

北上「ありがと。でも例え飲めてもこうはなりたくないしなあ」

多摩「飲んでも飲まれるにゃってことにゃ」

北上「言い得て妙だね」

多摩「ツマミはもうないのかにゃ?」

北上「結構あったのにね。もう多摩姉の胃袋にしかないよ」

多摩「こういうのは無限に食えるから怖いにゃ」

北上「傍から見たら怖いのはツマミじゃなくて多摩姉なんだけど…なんかありがとね、今日は」

多摩「別にただ飲みたかったってのもあるからにゃ。球磨も同じにゃ」

北上「にしたって急だね」

多摩「最近また追い詰められたような表情してたからにゃ」

北上「私?」

多摩「にゃ。でも前と違って少し前向きな感じだにゃ。必死に進もうとしてる感じにゃ」

北上「猫の勘?」

多摩「猫じゃ、ないにゃ」

猫か。

結局多摩姉は白猫なのかどうか分からなかったな。

でもそれでいいのかもしれない。

白猫だとしてもそうでないとしても、この件に関わるべきじゃない。

仇とかそんなの関係なく生きていて欲しい。私はそう思う。

こんなのは私だけで十分だ。

こんな事は。

北上「仇って、どうなんだろうね」

多摩「かたき?また本の話かにゃ」

北上「ん…よくわかったね」

多摩「例え姉じゃなくてもわかるにゃ。そんな突拍子もないこと、本で読んだに決まってるにゃ」

北上「だよね」

まさに突拍子もない話だもの。

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

多摩「どんな話なんだにゃ」

北上「主人公がずっと前に離れ離れになった親を探してるんだ。色々あってその親は死んでいることが分かったんだけど、その親を偶然とはいえ殺してしまったのがそれまでに出会った仲間の内の一人だったんだ」

多摩「…難解な話だにゃ。その後どうなったにゃ?」

北上「わかんない。まだ読んでないからさ。ただ自分ならどうするだろって考えて」

多摩「哲学的だにゃ」

北上「多摩姉ならどうする?」

多摩「急にふられても困るにゃ」

北上「まず私達には親がいないよね」

多摩「そうだにゃぁ。強いていえば妖精さん、かかつての船の頃の多摩かにゃ」

北上「提督は、育ての親って感じかな」

多摩「そんな感じ、だにゃ」

北上「ねえ、多摩姉ならどうする?」

多摩「…」

何かを考えている。

きっとそれは前任者の、前の提督の事だろう。

多摩姉も知っているはずだ。

仇がいることを。

討つべき仇を。

なのにそれをしないのは、何故なんだ。

多摩「多摩は仇討ちとかはしないにゃ」

北上「どうしてさ」

多摩「親の仇なんて、多摩にはイマイチ想像がつかないにゃ。でもそれよりも、仇を討つよりも、子供としているよりも、多摩はみんなのお姉ちゃんでいたいにゃ。

球磨型の二番艦として、ここにいたいにゃ」

北上「…」

多摩「きっと憎むにゃ。恨むにゃ。目の前にその仇が現れたら我を忘れて飛びかかってしまうだろうにゃ。

だからそいつが現れないように祈ってるんだにゃ。ここで多摩姉としていられるように、祈ってるんだにゃ」
いつも通りの気だるげな感じで淡々と喋る。

北上「そっかぁ。流石我らがお姉ちゃん」

多摩「そんな事言ってるとまた球磨が張り合ってくるにゃ」

北上「球磨姉はお姉ちゃんってのとは少し違うかなあ。でもリーダーっていうかさ、だからネームシップって表現が一番合う気がする」

多摩「んにゃ。その意見には賛成にゃ」

北上「ぁあ…っと。そろそろ寝よっか」

多摩「もう丑三つ時にゃ」

北上「しかしこれ何処で寝ようか」

多摩「よし木曾と球磨を布団から退かすにゃ」

北上「え」

多摩「ほらさっさと動くにゃ」

北上「マジか」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

昔々ある所にとある鎮守府がありまして、そこには提督と沢山の艦娘が住んでいましたとさ。

まあ鎮守府自体は今もあるんだけど。

ただ提督はいなくなり、それ故に艦娘もいなくなり、だけど五人だけが残った。残された。

提督の息子と、仇も残された。

吹雪曰く、どちらでもいい。ただそれは約束の為であり復讐自体はその約束と同じ位彼女にとっては悲願だった。

日向さん曰く、頼まれたから仇討ちをする。彼女が船であり、提督が提督である以上そういうものだと。

飛龍さん曰く、望むところだ。全ては仇討ちの為。ずっとそれを抱いてここまで来た。

谷風曰く、寂しかった。私と同類である彼女はそもそも艦娘の楔である提督ではなく止まり木としての鎮守府に居着いた者だと。思う所が無いわけではなさそうだが、それでも彼女にとってそれはまた別問題だろう。

多摩姉ちゃん曰く、出会いたくない。球磨型の二番艦こそが自分であり復讐とはそれを失うものだと。恨んでいるからこそ、会いたくないと。

そして私。

本来ありえないはずのイレギュラー。

提督の前任者。かつての提督。その提督の提督ではない側面と、その彼が提督を辞めた後に私は出会っていた。

私は、どうするだろう。


そして大井っち。


私はどうするだろう。

どうすべきだろう。

いや、そうじゃないな。

どうしたいのだろう?

吹雪の気持ちが今ならわかる。

多摩姉の選んだ今晩のような姉妹達との幸せな時間か、飛龍さんが選んだあの燃えるような眼差しの先か。

選べと言われたら私は

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

騒ぎすぎた宴のせいで怒られてから幾日か経った。

いよいよ本格的になってきた冬の凍りつくような朝に、私は工廠を訪ねた。

夕張「はい、バッチし仕上げといたわよ」

北上「おぉー、と言うほどパッと見でなんか変わってる感じはしないけど」

夕張「そりゃあ今回は実用一点張りだからね!それともサイコガンとかにした方が良かった?」

北上「心で撃つとか言われても困るからいいかな」

夕張から受け取った拳銃をポケットにしまう。本当にちっさいな。

夕張「じゃ名前はサイコガンで」

北上「今違うって話したじゃん」

夕張「その大きさで威力は可能な限り高くしてるけど、その代わり装弾数は一発限りだからね」

北上「かまわないよ。護身用というか、保険だから」

元ネタのベレッタポケットという名に恥じない大きさだ。

北上「明石は?」

夕張「ん」クイッ

腕を組んだまま顎で工廠の奥を指す。

見てみると散乱した機材の影からボサボサのピンクが僅かに見える。

北上「あー、お疲れさん。ってこれのためにそんなに労力使ったの?」

夕張「流石にそこまではしないわよ。提督からの仕事が終わったからね。これはついで」

北上「ついでにこんなの作るのも凄いけどね」

夕張「まあ今回は装備改修が主だったから私は比較的楽でさ。そぉだ、明石がチラっと言ってたけど北上、記憶の方はその後どぉ?」

北上「記憶?」

そう言えば何度か自分以外の記憶について相談してたっけ。思えば夕張と明石には色々と世話になってばかりだ。

私の記憶の事や大井っちの改装の件も。

もし猫の記憶があるなんて言ったらどう反応するだろう。

北上「特に問題はないかな。ボヤけて薄れて、夢でも見てたような感じ」

夕張「へぇ。記憶、かぁ。実は大破するたびに記憶が零れ落ちていたり?」

北上「宝石かよ」

夕張「思い、出した!」

北上「救世主かよ」

夕張「実際あやふやなものよね。私達は特に」

北上「だね」

夕張「辛い記憶抱えてる娘も多いしさ」

北上「沈んだ記憶なんかがあるってのは大変そうだよね」

夕張「コンナンイラヘン…」

北上「トンデケー、って違う。そうじゃない」

いつも通りたわいもない話をする。

というより、努めて日常を装っている。

夕張「ねえ」

北上「ん?」

それじゃあと工廠を出ようとした所を引き留められた。

夕張「戦うのではなくて、私達がどうしてこの仕事やってると思う?」

北上「何さ、急に」

夕張「私と明石がやってる整備や修理や開発や回収や改装とかはさ、みんなのためなの。

みんなが少しでも強くなれるように。でもそれは敵を倒すためじゃない。みんなが僅かでも生き残れるように、その為のものなの。

決して自分を顧みず死地へ突っ込もうとしてるバカの背中を押すためじゃない」

工廠の入口で睨み合う。

別に睨みつけているわけではないのだけど、でも睨み合うという表現がきっとぴったりだったと思う。

北上「顧みた結果だよ。何も自暴自棄って訳じゃないからさ。帰る所に帰るよ」

夕張「はぁ」ヤレヤレ

北上「何その反応」

夕張「ま、別に止めようとか言う訳じゃないしね。はいこれ」

北上「…なにこれ」

夕張「お守りよ。キーホルダーにしといたから」

北上「よりにもよってメロンか」

夕張「不安になったら私の事を思い出して」

北上「より安心できない…」

夕張「胸元とかにしまっとけば銃弾弾くわよ!」

北上「夕張作だと割と有り得そうなのがまた」

夕張「そして帰ったら、三人で一緒にゲームしようぜ」b

北上「露骨にフラグを並べ立てるな」

夕張「逆フラグよ逆フラグ。死にそう過ぎて逆に死なない的な」

北上「とりあえず貰っとくよ。ありがと」

夕張「うんうん。後で感想聞かせてね」

北上「どんな感想を抱けと言うんだ…」

夕張「それじゃ私はこれから久々の休眠に入るから」

北上「あぁ、そっか。依頼は全部終わったんだもんね」

夕張「ええ。後は知ーらないっ」

北上「それじゃ」

夕張「止まるんじゃねえぞ」

北上「だからやめろって」

工廠を背に鎮守府を見上げる。

この時間の鎮守府は面白い。

夜の間に凍りついた空気を溶かすようにあちこちで艦娘達が動き始める。

鎮守府の目覚めと言ったところか。

騒がしい、ではなく活気が戻ってくる。

朝の白くぼやけた鎮守府に色がつく。

しばらくはずっと早起きで訓練やらをしてたせいかこの時間でもまるで眠くなくなっていた。

北上「っ…ん~~っ…」

大きく伸びをする。

さてさて。

いよいよ今日だ。

作戦の決行日だ。

はあバケツがねえ、資源もねえ、何よりやってる時間がねえ

イベントが終わったかと思えば梅雨っちに学生赤城さんにと供給過多な日々でした。
梅雨っちはまた別の形で書いてみたいですね。

北上さんの話はあと二話でおしまいです。もうちっとだけお付き合い下さい。

96匹目:黒猫(96猫)















出撃にはまだ時間があった。

部屋に戻った私は夕張からのお守りとやらをどこに付けるかで悩んでいた。

スマホケースに付けられるとは言ってたけど出撃にスマホ持ってくのはちょっとねえ。

北上「まあいっか。別に惜しむ事もない」

手帳型のケースにキーホルダーを付けポケットに入れる。

うん問題なさそう。

部屋では私の他に多摩姉が何やら雑誌を読んでいた。

今日の作戦と事は関係者以外知らない。

皆には普通の出撃だと伝えられているはずだ。

だから何食わぬ顔で部屋を出る

はずだった。

多摩「待つにゃ」

私は止まらない。

多摩「待てにゃ」

私は止まらない。

多摩「…」

私は

多摩「行ってきますくらい言えにゃ」

止まった。

行ってきます、とは、行って帰ってくるという意味らしい。

今の私には何とも似合わない挨拶だ。

北上「行ってきます」

多摩「行ってらっしゃいにゃ」

再び歩みだし私を、多摩姉は止めなかった。

私が何を考えているか多摩姉には分からないように、私も多摩姉が何を考えているか分からない。

でもきっと多摩姉には多摩姉也の考えがあって私を止めないのだろう。

多摩姉はそういう人だ。

北上「…」

行ってきます。

球磨姉は遠征だ。

きっと球磨姉は私のことに気づいていない。

悩んでる時や落ち込んでる時、そういった事には敏感だ。

でも核心的なところには鈍い。

でもそれは悪い意味じゃない。

球磨姉は純粋だ。

ただただいい人なんだ。

私達のおねーちゃん。球磨型一番艦はそういう人だ。

そういう人であり続けてほしい。

なんてのは、少し無責任だろうか。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

なんとなく誰かに見つかるのを避けて建物の裏を通っていた。

だから誰にも合わないと、そう思っていた。

木曾「よお、上姉」

北上「…なんで木曾がここにいるのかな」

木曾「行かせないためだよ」

そう言って少し構える。

黒いマントをたなびかせ、右手を腰の剣に回す。

まるで私が逃げ出そうとしようものなら直ぐにでも抜刀すると言わんばかりに。

北上「邪魔しないでよ。私の勝手でしょ」

木曾「邪魔させてもらうぜ。オレの勝手でな」

北上「おねーちゃんの言うことは聞くもんだよ」

木曾「妹のワガママには付き合うもんだぜ」

睨み合う。

抜き身の会話。

本当に、互いの心を相手に差し向けた、やりとり。

木曾のあの鋭い目付きは今、深海棲艦ではなく私に向けられている。

木曾「上姉はいつもそうだ。飄々として掴みどころがなくて、大事な事はいっつも言わずに抱え込む」

木曾が拳を強く握る。

木曾「まるで猫だ」

猫か。

木曾「上姉が何考えてるか、オレにはサッパリ分からねえ。でも上姉がどんな人かは知ってるさ」

随分前に、こんな会話をした気がする。

木曾「いっつも抱え込む。自分じゃ抱えきれないようなものでも。でもそれはオレ達を信頼してないからじゃない」

私には悩みを打ち明けられるような家族はもういない。

私には苦悩を共に出来る家族はもういない。

でも私には姉妹がいる。

木曾「オレ達の事を信用しているからこそ、上姉は1人で勝手に進んでく」

私の帰るべき場所。

木曾「後先考えずに、後ろを任せて、背中を預けて。上姉は、いつだってオレ達を頼ってたし信頼してくれてた」

転んだら助けてくれる。

立ち止まったら背中を押してくれる。

背を預けて戦える。

木曾「だからオレ達は何も言わなかった。何も言えなかった。球磨姉や多摩姉やおい姉が何を思ってたかは知らないさ。でもオレは、言えなかった」

そう言って少し下を向く。

木曾「でもそれでも良かった。上姉はいつだって帰ってきた。いっつも戻ってきた」

私の帰るべき場所。

それは、今、何処なんだろうか。

木曾「でも、今回はダメだ。今回だけはダメだ。今度ばかりは、我慢の限界だ」

声を震わせながらさらに俯く。

そして、決心したかのようにキッと顔を上げ真っ直ぐ私を見据えて言った。

木曾「なんであんたはいつも独りなんだよ!私達は姉妹だろ!?独りでいてどうする!独りでいてなんになる!」

それはもう、ほとんど悲鳴だった。

木曾「いっつもいっつも!まるで独りである事を確認するみたいに家に帰ってきて!」

容赦なく、切り込んでんくる。

木曾「信頼してくれてた、信用してくれてた。でも結局あんたは私達の事を一度だって姉妹として見てくれなかったんじゃないか?」

だって、私はニセモノだから。北上じゃないから。私は猫であることを選んだから。

姉妹の事が好きだから、そこにはいられない。

木曾「野良猫と同じだ!エサがあるから寄ってくるだけで、無くなればそれっきりみたいな、そんな!そんなんじゃ、ないだろ…」

再び目を伏せる妹。

猫何故かは死期が近づくと姿を消すという。

眉唾物の迷信みたいなものだ。

所詮は人間が作り出した勝手な想像。

でももし、それがその通りなら。

今の私にはその理由が良くわかる気がする。

艦娘もまた人の生み出した想像の産物だと言うのなら、きっとその通りなのだろう。

出会わなければよかった。

今の私ならそう言える。

みんながいたからここまで来れた。

みんながいたから楽しかった。

でも失ってしまうならそんなの無かったのと同じじゃないか。

どうせ消えるニセモノなら、最初からいなければ良かった。

だから、言うべきだ。そう言うべきだ。

木曾「なんで私を頼らないんだよ!!」

北上「木曾」

だから私は

北上「ありがとね」

自分でも驚いた。

こんな言葉がこの口から飛び出すとは本当に思いもよらなかった。

でも一番驚いていたのは、木曾だった。

この時の木曾の表情を、彼女の中に渦巻く様々な感情を表す言葉を、私は持ち合わせていなかった。

動揺で立ち尽くした。

だからまるで急降下爆撃のように建物の上から降ってきた第三者に反応できなかった。

谷風「せいっ!」
木曾「!?」ゴツン
北上「ウェッ!?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…い、生きてるのそれ?」

頭と頭が見事にぶつかり合った結果、木曾は地面にぶっ倒れた。

谷風「少なくとも死んではないみたいだね」

北上「それ大丈夫とは言えないって事だよね」

谷風「だいじょぶだいじょぶ艦娘だからさ」

北上「それ皆言うけどあんまり信用出来ないんだよね私…」

谷風「"艦娘"じゃないからってか?」

北上「…」

谷風「そう怖い顔をしないでおくれよ。何も止めに来たわけじゃないからさ」

北上「なら何をしに」

谷風「こうして助けに。助け、とは言えないかな?うん、お見送りにだね」

北上「ウミネコがお見送りとはね」

谷風「それくらいはするさ。雛が飛び立つまではね。何処へ行くかは君次第さ」

北上「下からなのに上から目線だ」

谷風「だからいつも高い所から見下ろしているってわけだ」

北上「高い所が好きってのはあまりいいイメージないけどね」

谷風「馬鹿や煙と一緒にはしないでおくれよ」

北上「そりゃ失礼。ところで谷風は頭大丈夫なの?」

谷風「谷風サンは石頭だからねッ」

北上「はは、確かに頑固だもんね」

谷風「こりゃ一本取られた」

谷風「それじゃ、いってらっしゃい」

北上「谷風はどうすんのさ」

谷風「この娘ほっとくわけにはいかないしねえ。かと言って誰かにバレてもアレだし、ここで見張るかな」

北上「今更だけどもっと別の方法があったんじゃないかなって」

谷風「何事も殴って解決が一番だからね」

北上「石頭でなく脳筋だったか」

谷風「手っ取り早いでしょ?」ヨッコラセ

北上「ちょいちょい乗るな乗るな木曾に」

谷風「ほらほらそろそろ時間だよ?」

北上「…はぁ、分かったよ。じゃあ」

谷風「うん」

谷風「あぁ最後にひとついいかな」

北上「えーここで呼び止める?」

谷風「忘れてたんだ。これくらいは答えておくれよ」

北上「何さ」

谷風「結局どっちなんだい?散々迷った結果は」

北上「仇討ちだよ。猫としてね。北上にはこんな事させられないからね。そこは決めたよ」

谷風「猫の恩返しってわけだ」

北上「そう、だね。猫の"おん"返しだ」

谷風「ふーん。飼い主の方が大事かい」

北上「皆も同じくらい好きだよ。だからここに置いていく事にした。後ろ髪はずっと引かれてるけど、振り向かないようにしなきゃね」

谷風「強いね」

北上「弱いよ。私だけじゃ」

谷風「そうかい。なら走るといいさ、メロス」

北上「別に谷風を助けるためとかじゃないんだけど」

谷風「私はセリヌンティウスじゃないよ。この場合は、誰だろうね。約束の相手は」

北上「さあ。まあ頑張ってみるよ」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「時間ピッタリだな」

北上「何その以外そうな顔」

飛龍「はいじゃあ間宮奢りね」

北上「待て何してたの」

日向「君がいつ来るかで賭けをね」

吹雪「真っ先に遅れるに賭けてましたね」

北上「…」ジトー

提督「違う!違うんだ!」

飛龍「提督サイテー」ケラケラ

大井「北上さんの事全っ然分かってませんね」

北上「いや飛龍さんもやってたでしょ」

飛龍「私はちゃんと来る方に賭けてたから!」フンス

北上「そういう問題じゃない…」

港。

と言っても普通のの港と違って私達艦娘用の港。

倉庫のような大きな空間の中にまるでプールのように海水が張ってあって、それが海と繋がっている。

屋根いる?と思った事もあったが出撃する方はともかく見送りやお迎えに来たりする提督や他の艦娘からすると雨風を防げるのは助かるのだ。

今回の見送りは提督と吹雪。二人が並んで立っている。

出撃は私と大井っち、飛龍さん、日向さん。提督達の前に並ぶ。

他は誰もいない。

出撃組も遠征組もこの時間帯は誰も港に来ない。そうなるようにスケジュールを組んだらしい。

私達の出撃はあくまでこっそり。

提督「さてと。最後のブリーフィングだ。といっても今更言うことも無いか」

吹雪「えーここは指揮官がビシッと決めるとこですよ!キマってんのは金髪だけじゃない所見せてください」

提督「馬鹿にしたな、金髪を馬鹿にしたなお前」

飛龍「今日上手くいったら金髪辞めるとか?」

提督「それは…いや辞めねえよ。これは別問題だ」

飛龍「じゃあ金髪辞めるか全身の毛を金に染めるかで」

提督「何その惨い二択。言ったらにはお前が染めろよ俺の毛」

飛龍「え、いいの?」

提督「うわ怖ぇ!一切の躊躇がねえ!」

大井「セクハラよそれ」

提督「俺か?俺が悪いか今の?」

日向「そろそろ時間だな」

提督「よし」

北上「切り替え早い」

提督「作戦は変更なし。歯痒いが、俺はもうここで祈るくらいしか出来ることはねえ」

飛龍「提督に祈られてもなあ」

吹雪「運はありますよこの人。だからなんだって話ですけど」

提督「だから余計な事はせず待っとくよ。いいか、前にも言ったが今回で成功するとは限らん。あくまでここはスタートラインだ。気負うな。最後に笑った奴が勝ちだ」

北上「おーなんかそれっぽい」

日向「存外様になってるじゃないか」

大井「提督っぽさはありますね」

提督「そ、そうか?」

吹雪「そうですねぇ。蛙の子は蛙、ですね」

提督「よし、それじゃぁ…あ?」

提督が固まった。

目線を港の先、海の方に向けたまま。

北上「?」

吹雪「司令官?」

吹雪が不思議そうに提督の視線の先を追う。

釣られて私達も後ろを振り返る。

北上「え!?あれ、あれって…」

港へまっすぐ向かう一つの影があった。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

球磨「何してんだクマ?」

提督「いや、お前こそ何してんだ?」

吹雪「え、あの、球磨さん遠征ですよね?というか、え?一人?」

極々自然に何時もの流れでサッと港から上がってきた球磨姉。あまりに予想外な事に皆対応が出来なかった。

球磨「遠征自体は終わったクマ。ただなんか妙な感覚というか予感がして、皆に断って一人で先行してきたんだクマ」

吹雪「嫌な予感って、そんな事でこちらに連絡もせず独断専行を?」

提督「他の奴、確か神通もいたよな。何も言わなかったのか?」

球磨「言われたけど、旗艦は球磨だクマ」

吹雪「そういう話じゃなくてですね」

北上「これ、どうすんのさ」

飛龍「いやぁまいったねこりゃ」

日向「誰にも言うなという事でさっさと行ってしまった方がいい気もするが」

大井「嫌な予感って私達でしょうか?」

飛龍「ま、良いか悪いかで言えば良くはないわよね、これ」

北上「球磨姉こういう時引かないからなあ」

飛龍「中止?」

日向「中止もそうだが今後にも差し支えるだろうな。まさか初回でバレるとは」

大井「ここで誤魔化しても後で私と北上さんは問い詰められますし…」

球磨「おい、北上、大井」

北上「うわこっち来た」

まだアタフタしてる提督と吹雪をガン無視して球磨姉が私と大井っちの前に詰め寄る。

私達より僅かに小さい球磨姉の瞳がじっとこちらを見つめてくる。

球磨「よし。お前らそこで少し待ってろクマ」

北上「ま、待ってろって」

球磨「いいから、待ってろ」

踵を返し港を出ていく球磨姉。

北上「て行っちゃったけど」

大井「何、するつもりでしょうか」

提督「何、何なの。めっちゃ怖いんですけど」

吹雪「素直に待っておきます?」

飛龍「あー私は待つに賛成」

日向「同じく」

吹雪「なんでですか?」

飛龍「だって球磨ちゃん達姉妹の問題でしょ?これは」

北上「私達?」

日向「なるようになるさ。舵はきれても、流れは変えられない」

北上「まあ」

大井「そう言うなら」

二人で顔を見合わせる。

ここは待つしかなさそうだ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

球磨「待たせたクマ」

北上「」

絶句。

この時私は球磨姉しか見てなかったけどきっとみんなもそうだったはずだ。

球磨姉は十分ちょっとで戻ってきた。

両脇に多摩姉と木曾を抱えて。

抱えて。まるでバッグのように軽々と。妹達を。

多摩「やほー」

多摩姉はなんかもう全てを悟ったような、何もかも諦めたような無の表情だった。

木曾「…」

木曾は、そっぽを向いて黙りこくっていた。

球磨「一体何処に行く気かは分からんクマ。でもその装備は多分ヤバイとこに行く気クマ」

港に戻ったあの時しっかり私達の装備を観察していたようだ。こういう所抜け目ない。

球磨「だってのに四人だけで出撃する気クマ?馬鹿かクマ。まして私の妹達まで連れて」

提督「グッ…」

あ、すっげぇダメージ受けてる。

球磨「北上」

北上「は、はい!」

球磨「どうしても行くつもりクマ?」

北上「…」

球磨姉は私に問うた。でも私は背中でしっかり感じていた。

飛龍さんと大井っちの堅い決意を。

北上「行くよ。私は。私がそう決めた」

球磨「なら決まりクマ」

北上「え?」

大井「何がですか?」

球磨「あーでもそうなると7隻になっちゃうクマ…うーむ」

提督「おまっ、着いてくる気か!?」

球磨「着いてくんじゃねークマ。一緒に行くんだクマ」

多摩「なら多摩は降りるにゃ」
木曾「俺は行かねえぞ」

球磨「んなっ!?この薄情者!!」

多摩「大体これは多摩達が首を突っむような話じゃないにゃ。気づいてないじゃないだろにゃ」

木曾「そもそもが北姉が決めた事だろ。俺は知らねえぞ」プイッ

球磨「だぁぁ!反抗期かクマ!!揃いも揃って可愛くねえ妹達クマ!!」

提督「なんだろ、蚊帳の外に置かれてる」

吹雪「どぉしますこれ」

飛龍「んー…」

日向「なに、そう難しい話でもないだろう」

提督「日向?」

日向「私が残ろう。元々人数がいた方がいい作戦だ。それに私ではトドメには足りないだろう?」

吹雪「それはその通りなんですけど」

日向「後はまあ彼女達次第だな」

球磨「そもそも北上も北上だクマ!勝手に一人で突っ走るんじゃねえクマ!」

北上「えぇ、この前は応援してくれてたじゃん」

球磨「背中を押す事はあっても突き放す事はしねぇクマ!」

大井「それに北上さん一人ってわけじゃ…」

球磨「大井は北上がいるからだろクマ」

大井「それはまあそうですけど」

球磨「なら球磨達も一緒クマ。お前達が行くなら行くクマ」

木曾「おい待て俺も混ぜるな」

球磨「ムキィィィ!この捻くれ者!厨二病クマァ!!」

木曾「誰が厨二病だおい!」

木曾と球磨姉がギャーギャーと騒ぎ立てて、多摩姉が横槍を入れて、大井っちが宥めようとアタフタしてる。

言い争ってるけど決して争ってるわけじゃない。

多分いつもと変わらない風景だ。

北上「プッ…ッハ、アハハハハ!」

球磨「クマ?」
多摩「にゃ?」
木曾「あ?」
大井「北上さん?」

可笑しくってたまらなかった。

そんな皆を頼もしく思ってしまう"北上"が私の中にやはり居ることも。

どうにもこいつは切っても切り離せないらしい。



北上「っはー…ねぇ皆、ちょっと助けて欲しいんだけどさ」



球磨「…ホレホレ」ツンツン
多摩「お呼びだにゃ」ツンツン
木曾「だぁもお分かった分かったよ!」

両脇から姉につつかれた木曾が不満げに大きく深呼吸をして、



木曾「で、どうすりゃいいんだ?」


書こうと思ってたんだが膝に水着雪風を受けてしまってな…

今回と次のタイトルを思いついたせいで冗長感が否めないと思いつつもここまで長くなりましたが私は満足です。
プレイ状況に関してはその、周りに話せる人がいないのでつい…

次で北上さんの話はラストです。

99匹目:白猫


日本では99歳を白寿と呼び祝う

100-1=99

百から一を取って、白

99

九十九

つくも

付喪

付喪神

九十九神

憑く者

船に、憑いている

A cat has nine lives

9つの魂なんて比じゃない

私の中にはもっと多くの何かがある

猫(私)はその中の一つだったに過ぎないんだ

だからきっと、私は猫でも船でもなく私なんだと思う。

北上「洒落にならないよねえ」

大井「何がですか?」

北上「全部が」

球磨「それは球磨達のセリフだクマ」

多摩「まったくだにゃ」

360°水平線。大海原を進む。

球磨「まず作戦が作戦だクマ。戻ったら絶対提督をぶん殴ってやるクマ」

北上「それに関しては私達皆で考えたんだけどね」

球磨「提督ってのは責任者でもあるクマ」

北上「そりゃあそうだけど」

多摩「とりあえずぶん殴っておきたいにゃ」

うわすっごいご立腹。

木曾「その上で賭けだしな」

飛龍「賭けるには十分だと思うけどね。一回きりって訳じゃないし」

球磨姉と多摩姉を先頭に私と大井っち、木曾に飛龍さんが続く。

編成としては随分と変わったものになる。

吹雪『そこが大事なんですよ。提督も言ってましたけど、今回の出撃が全てってわけじゃないんですからね』

北上「あれ?吹雪?」

通信から聞こえてきた声は吹雪だった。

吹雪『あの人は今通常業務なうです。他の娘にはバレないようにしなきゃですからね。とはいえ何かあったら直ぐ連絡着くようにしてるんで安心してください』

多摩「なんか心が痛むにゃ」

吹雪『騙してる訳じゃなくてあくまで秘密にって話です。上手く行けば誰も不幸になりませんよ』

木曾「上手くいけば、な」

大井「不穏な事言わないの。それに、上手くいくいかないじゃなくてやるのよ。私達が」

吹雪『そろそろ目的のポイントですかね』

球磨「クマ。予定に乱れはないクマ」

吹雪『オーキードーキー。それじゃ私も一旦席を外すんで、ここからは日向さんにお願いしますね』

北上「吹雪もなんかあるの?」

吹雪『司令官よりも私がいない事の方が不自然でしょ?』

北上「ノーコメントで」

吹雪『それに叢雲とデートしなきゃなんで』

北上「はい?」

吹雪『ほらあの娘ちょっと私に対してカンが良すぎるんで。お姉ちゃん的には嬉しいんですけどねぇ。だからまあ先手をね、ではでは』

多摩「提督より頼もしい上司だにゃ」

大井「提督も経験が浅いのは事実ですからね」

飛龍「だからこそこういう型破りな事が出来るとも言えるけどね」

球磨「そこはまだいいクマ。経験不足は予想外の事態になった時にモロにでるクマ」

北上「だからこその私達次第だよ。敵をどうやってこっちの思うように動かすか。それが要だからね」

日向『そういう事だな』

飛龍「あ、お留守番組」

日向『君のように熱くなる理由は私にはないからな。それに今回ばかりは私でない方が都合がいい』

飛龍「日向も補佐の方が向いてるしね」

日向『と言ってもこの先こちらから何か補佐出来ることも殆どないがな。さて時間だ』

その一言で場の空気が変わった。

ここにいる全員が確かに軍艦だと思い出す。

この海は今や何処だろうと戦場なんだ。

日向『目標の"船"は今のところ予定通りの航路を進んでいる。護衛艦隊も同じくだ。作戦に変更はない』

球磨姉と多摩姉が偵察機を構える。

日向『こっから先は隠密行動になる。海で抜き足差し足とはいかないがなるべくバレずに動かねばならない』

私と大井っちと木曾も魚雷を確認する。

日向『こちらからの通信もここで最後だ。後は餌に食いつくかどうかを待つのみ』

球磨「餌、か」

日向『ああそうだ餌だ。人類の為の尊い犠牲、と言うのもまあ間違いでもあるまい。今回で食いつくとも限らないしな』

大井「また、あの黒い煙が目印ってわけですか」

球磨姉達が偵察機を飛ばす。

球磨「こんなのが正しいとは思えないクマ」

日向『だろうね。だが間違いということもあるまい』

多摩「そうかにゃ?」

日向『良い事と良い結果になる事は別だよ。逆もまた然り、だ。正しい事は正しい結果を出すだろうが、それが良い事である保証はない』

飛龍「結果もでてないのに結果論もないでしょ。今は今に集中すべきよ

日向『だな。さて、私から特に言う事はない。武運を』

こうしてあっさりと通信が切れる。

飛龍「さーってこっからが長いわね」

北上「刑事ものとかである張込みだね」

木曾「アンパンと牛乳が必要だな」

球磨「粒あんを要求するクマ」

大井「えー私はこしあんがいいです」

多摩「呑気してる場合じゃないにゃ。こういう持久戦が一番キツいんだにゃ」

北上「一日目でホシが動くかもよ」

多摩「だからそれに備えて常にある程度の緊張感が必要なんだにゃ。それがキツいんだにゃ」

球磨「いやそれは大丈夫だ」

多摩「にゃ?」

球磨「全員速度をあげろ」

北上「え、じゃあ…」

球磨「戦闘が始まってる」

一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「囮を使う」

北上「囮?」

提督「ヤツの狙いは常に船とその護衛だ。いくら強い艦隊でも守る対象がいれば話は別だ。それを突くのがこのクソッタレの手口になる」

吹雪「なのでそれを逆に利用するんです」

机の上にいくつかの資料が並べられる。

大井「これは?」

提督「向こう数ヶ月でヤツが襲いそうな船の情報だ」

北上「え!?そんなの分かるの?」

吹雪「あくまで予想ですけどね。こっちにはデータがありますから」

そうだ。例のレ級を個体として認識しているのは私達だけなんだ。

そのデータだけを見て分析できるのは私達だけなんだ。

提督「この船を餌にする」

大井「餌ってまさか…」

提督「まあそういう事だ」

一一一一一一一一一一一一一一一一一

飛龍「状況は?」

球磨「まだ艦載機が飛んでる段階だ。普通の深海棲艦の可能性もある」

飛龍「個人的な感想としてはどう」

球磨「話に聞いていた通りすげぇ数の艦載機だ。正直可能性は高いと思う」

木曾「もっと詳しくは分からないのか?」

球磨「バレないように遠目でしか見れないんだ。これが限界」

多摩「様子見しつつ近づいてくしかないにゃ」

飛龍「そうね。皆いつでも戦えるようにしといて」

北上「了解」

飛龍「餌に、もっと食いつくまで」

一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「レ級それ自体は実の所それほど脅威じゃない。倒せるかどうかで言えばここの艦隊でも十分に可能性はある」

吹雪「やっかいなのはアイツが海域のヌシとかじゃないという点に尽きるんですよ」

北上「ボスとかがいるんだよね。私は合ったことないけど」

提督「姫やら鬼に近い強さはある。でもアイツが違うのはゴールに出てこない所だ」

吹雪「倒せば終わりで全力を出せるボスと違って倒しても次があるという前提で全力を出せない。アイツはそれを分かって狙ってきてる」

大井「なるほど。確かに悪ガキ的な発想ね」

提督「どんなに強い艦隊でも守らなきゃいけない対象があって、なおかつ護衛途中であれば隙をつくには十分だ」

吹雪「その上でアイツにとっては例え全滅できなくても被害を与えられたら勝ち逃げできる」

北上「考えれば考える程嫌な奴だね」

提督「あぁ、こっちの前提を上手い事突いてくるいやらしいやり方だ」

吹雪「だからこそこっちもその前提を引っくり返してやるんですよ」

北上「前提?」

提督「以前に飛龍や大井がヤツに遭遇した時がまさにそれだ」

大井「…つまり追撃艦隊が来る事、かしら」

吹雪「そう。護衛艦隊を沈めれば終わり、ゴール。それを前提に全力で襲ってきたからこそあの時のレ級は手負いかつ随伴壊滅だった」

提督「その状況をこっちで作り出してやるんだ。あの時はこっちも完全に偶然の遭遇だったから仕留め損ねた」

吹雪「今度は万全の状態で討つ」

提督「そのために」

一一一一一一一一一一一一一一一一一

球磨「艦載機が大人しくなってきた」

多摩「どっちがにゃ」

球磨「うようよいやがる。レ級の艦載機だ」

飛龍「オーケー。そこは読み通りね」

木曾「ってことはそろそろ砲撃戦か」

球磨「こっからは空の監視が甘くなる。偵察機を近づける」

多摩「にゃ」

木曾「…ゆっくり見学、か」

球磨「…今ならまだ助けに行けるクマ」

北上「ここで10を犠牲にしても、これからの100が救える」

多摩「でもそれは90救った事にはならないにゃ。100を救って、10を見捨てただけにゃ」

北上「今更でしょ。それに元々誰かを救いに来てるわけじゃない」

球磨「ま、それもそうだクマ」

飛龍「見張り、変わるわよ」

多摩「いや、このままでいいにゃ。それに飛龍は偵察位積んでないにゃ」

球磨「ここは球磨達に任せろ」

飛龍「沈むわよ。あの娘達」

サラっと、当然の事のように飛龍さんはそれを口に出した。

周囲を波の音だけが走る。

飛龍「私達が見捨てるから。今ここで、私達はあの娘達が沈むのを待ってるのよ」

多摩「…」

球磨「…」

飛龍「変わるわよ」

多摩「いや、このままでいいにゃ」

球磨「別に罪が肩代わり出来るわけもない。どうせ共犯だ。飛龍は温存しとく」

飛龍「…そ」

音が聞こえる。

砲撃による爆発音だ。

実際の軍艦と変わらない威力を秘めた艦娘による戦闘だが実際の軍艦とは大きく違う点がひとつある。

スケールだ。

本来キロ単位での間隔で組む艦隊も私達はこうして手の届く範囲で進む。

戦闘時だってそうだ。

人一人分の高さでは見える水平線の距離も実際の艦とは比べ物にならないほど短い。

当然戦闘距離も短くなる。

まだ見えない水平線の向こうの戦闘。

だが音と煙がハッキリと認識できる。

誰も話さなかった。

球磨姉も多摩姉も。

聞かなくても分かる。

段々消えてゆく音とは裏腹にいっそう煙が濃く高く登ってゆく。

私達艦娘からはあれ程煙はでない。

ならば何が起こっているか。

考えるまでもない。

長い戦闘だった。

時刻は三時を回った頃だろうか。

音が消えた。

飛龍「状況は」

多摩「目標は中破よりの小破ってとこにゃ。残りは重巡一と軽巡一。どちらも中破にゃ」

球磨「なんで守れねえかよくわかった。こっちの弱みに漬け込んだクソみたいな戦い方だ」

飛龍「艦隊増速。仕掛けるわよ」

木曾「いよいよ、か」

大井「まずは手はず通りね」

北上「どこまで上手くいくか、どこまで上手くやれるか」

黒煙をあげる大型船に、再び向かってゆく。

偵察機はあえて戻した。

目視で、ヤツを認識する。

北上「!」

ヤツもこちらを認識した。

間違いなく、

目が合った。

さあ、踊ってもらうぞクソッタレ!

飛龍「今までやってきた事、全部そのまま返してやる!!」

もはや隠す事をしなくなったその燃えるような殺意が次々と矢に乗って空に放たれる。

"搭載された全ての艦戦"が空を駆けてゆく。

一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「デカくて鈍くて脆い船を護衛する、ってのはこれハッキリ言って無理ゲーだ。いやクソゲーか」

北上「無理じゃダメでしょ無理じゃ」

提督「だからまあクソゲーなんだよ」

吹雪「護衛艦隊と普通の艦隊で演習させたら護衛側が勝つのは無理ゲーです。でも深海棲艦相手ならそうとは限らない」

提督「アイツら目に付いたものから噛み付くからな。護衛対象を潰せば勝ち、なんて戦術的な行動は取らない」

北上「勝利条件が違うと」

提督「とはいえ近づかれるのはやはりまずい。故に護衛艦隊がやるのは単純明快な先手必勝見敵必殺だ」

吹雪「艦娘の戦闘において唯一戦闘スケールが変わらない空。艦載機の、それも艦攻艦爆による開幕航空攻撃です」

提督「だから普通護衛艦隊ってのは艦攻艦爆マシマシだ。襲ってくるようなヤツらにはそれで対処出来る」

吹雪「だからそれを踏まえて襲ってくるような相手がいる、なんてのは考えられていないんです。というよりそこまでカバーは出来ないって話ですけど」

提督「ヤツとの戦闘の痕跡からもハッキリしてる。アイツは殆ど艦攻艦爆なんかを積まずに艦戦で制空権を取りに来てる」

大井「開幕の攻撃を防ぐため、ですか」

吹雪「というよりは空母の無力化でしょうね」

提督「艦攻艦爆を軒並み食われた空母なんて百いようが二百いようが浮いてるドラム缶と変わらんって事だ。とことんこっちを嬲る事しか考えてねえぜアイツ」

吹雪「だからこっちも同じ事をしてやるんです」

大井「同じ事、つまり」

一一一一一一一一一一一一一一一一一

北上「って速っ!?」

物凄いスピードで艦戦達が飛んでいく。

飛龍「当たり前よ!バリちゃん達の努力の結晶!フル改修済みの馬鹿力揃いだもん!」

素人目でも分かる。

圧倒的な速度と練度。

制空争いは一方的な蹂躙になった。

多摩「なるほどにゃ。やっこさんやはり連戦を一切想定してないにゃ」

木曾「と言うと?」

球磨「ヤツの艦載機の数が減ってるんだ。恐らく先の戦闘で特攻なりなんなり無茶な使い方したんだ」

そう。全ては織り込み済み。

それだけに特化した一隻の空母に制空を取られる。

連戦で消耗しているところを狙われる。

自分がやっている事をやられる。

一体どんな気分だ。

飛龍「よし取ったあ!!」グッ

最後の一機まで容赦なく叩き落とした飛龍さんがガッツポーズを取る。

大井「次は私達ですね」

北上「いっちょやっちゃいますか」

先制雷撃。

私達の最大の強みであり戦闘の流れを大きく左右するものだ。

でも今回の目的は少し違う。

敵の数を減らす事が目的ではない。

飛龍「来た!大井の方!」

艦載機から見たレ級の魚雷の航跡から飛龍さんが進路を読む。

北上「行くよ!大井っち」

大井「はい!北上さん」

重雷装巡洋艦。

要するに魚雷バカ。

だけども今回の私達は魚雷特化の装備ではない。

レ級共と私達の丁度中間辺りで大きな水柱が上がる。

アイツは今どんな顔をしてるだろう。

どうやら命中したようだ。

"アイツの魚雷に"

分かっていた。アイツがまず狙ってくるのは先制雷撃が可能な艦娘だと。

狙いが分かれば後は練習通り。

北上「へっ」ニヤリ

嗤う。

そういう気持ちがあるのも確かだが、何よりも大切なのは挑発だ。

目論見は全て暴いた。

小細工は全て潰した。

同じ手で同じ事を仕返してやった。

相手は手負いだ。それに既に船と艦隊を沈めている。

勝ち逃げはこの時点で可能だ。

だけど、

レ級「!!」

目が合った。

直感で分かる。表情が見える距離ではないがこの状況でこちらを見据えて一歩も退かないその姿勢からも。

そりゃ怒るに決まってる。

悔しいに決まってる。

冷静さを失うくらいに。

平静を装う事が出来ないくらいに。

北上「ねえねえ今どんな気持ちってね」

大井「上手く決まりましたね」

木曾「さて。次は俺達か」

球磨「問題はこっからだ」

多摩「任せるにゃ」

多摩姉達が前に出る。

空は取ったし魚雷も潰した、がしかしそれでもレ級は戦艦並の砲撃を行える。

まだ油断はできない。

飛龍「やっぱ日向居ても良かったんじゃない?」

北上「そこはなんともね~。こうして軽量編成にして相手に勝てるかもと思わせるのも大事なんだし」

多摩「足りない部分は愛でカバーにゃ」

北上「何故そこで愛」

球磨「来る!」

球磨姉が恐らくほぼ直感でそう叫ぶ。

これも私達艦娘と深海棲艦の戦闘におけるチグハグな部分。

こうして身につけている砲の口径は精々バズーカがいいとこなのに私達の砲の起こす現象は元の砲を基準にしたものになる。

つまり、水平線すら超えて放たれる長距離攻撃が人型に合わせたこの短さで発射される。

音の壁を軽々打ち破るそれはその勢いを落とすこと無く、届く。

北上「!?」

先程とは比べ物にならないくらい大きな水柱が上がる。

至近弾。

人型である私達にとって至近弾による衝撃はそれほど問題ではない。

だが驚きを隠せなかった。

その威力や速度ではない。

精度にだ。

本来砲撃は数打ちゃ当たる戦法だ。

こんなもん撃って当てられる方がどうかしてる。

だが私達の砲撃戦は撃てば当たる。

少なくとも実際の軍艦による砲撃とは比較にならない程に。

だから今、"外れた事"に驚いた。

だがそれは直ぐに無駄な思考だったと気づかされる。

続け様に四.五発の砲弾が私達に降り注いだ。

北上「皆!?」

水しぶきと波の揺れで定まらない視界の中必死に叫ぶ。

飛龍「報告!」

球磨「ってぇクマァ!大破だ!」

木曾「球磨姉!」

球磨「無茶苦茶やりやがるあの野郎!」

多摩「小破にゃ」

球磨「んなぁ!?」

多摩「バルジしっかり着込んできたにゃ」

球磨姉と多摩姉が盾になってくれたおかげで被害は少なかった。

北上「大丈夫なの、ほんとに」

多摩「前に言ったはずにゃ。多摩は復讐とかどうこうする気はないにゃ。おめぇら守る為に来たんだにゃ」

球磨「クソァ!でもタダでやられるつもりはねぇ」

大井「球磨姉さん?」

飛龍「ひゅー、重巡撃破。流石のパワーね」

木曾「いつの間に撃ってたんだよ」

多摩「次来るにゃ!」

北上「!!」サッ
大井「!!」グッ

木曾「何とか凌ぐっきゃねぇな…」

昼戦の目的は二つ。

挑発した上で逃がさずに誘い込む事。

孤立させる事。

後者は残り中破の軽巡一匹。簡単に片付く。

前者も今のところ上手くいっている。

後は、決め手となる私と大井っちがどれだけダメージを抑えられるかだ。

飛龍「来た!」

レ級のしっぽの様な部分からまたあのめちゃくちゃな砲撃が放たれる。

浮かぶ城とすら言われた堅牢な鉄の塊をぶち抜く為に作られた砲弾は今、私達に向けられている。

回避、防御に専念して、さらに向こうは冷静さを欠いているであるにも関わらず、しかしそれを補って余りある数が降り注ぐ。

いっそ清々しい。

死を感じる暇もないほどだ。

怯える私は鎮守府に置いてきた。

飛龍「ていっ!!」ガイン
北上「ウワッ!?」

飛龍さんに抱きかかえられたかと思ったら鈍い金属音と、それに遅れて水面に砲弾が叩きつけられる音がした。

北上「飛龍さん?」

飛龍「ふー危ない危ない」

多摩「いや、アウトだにゃ」

飛龍「そお?そっかな」

飛龍さんが自慢の飛行甲板を使って弾を逸らしたと理解するのには少し時間を要した。

北上「って大丈夫じゃないよそれは!」

飛龍「セーフよ。元々攻撃機は積んでないし。それに…」

水平線を見る。

そこには今まさに海と交わろうとしている火の玉があった。

球磨「冬は日が落ちるのが早くて助かるクマ」

多摩「さて仕上げにゃ」

木曾「っしゃいくぜ!」

レ級の砲撃のクールタイムを狙って一斉に動く。

木曾と私と大井っちと多摩姉で弾幕を張る。

飛龍さんと球磨姉で煙幕を張る。

レ級「!」サッ

突然の猛攻に警戒をしたのかレ級が軽巡を盾にして突っ込んでくる。

煙幕を張ったのだ。逃げられると思い、逃がすまいと突っ込んでくる。

そして

レ級「!?」

真っ直ぐ突っ込んで来たレ級に魚雷が命中した。

深手とはいくまい。だが流石に中破にはさせたろう。

ヤツに向かって煙幕の中からこれ見よがしに私と大井っちが出ていく。

この距離なら分かる。

目を見開き私達を凝視するその表情が。

気づいたか?そうでなけりゃ困る。

"編成をわざと弱くして脅威度を誤認させる"

"味方を盾に本命である自分を守る"

どちらもお前がやってきた事だ。

それに今逃がすまいと煙幕に向かって突っ込んできたその気持ちは、かつての大井っち達と同じだ。

お前を追って船の黒煙に突入したあの時と。

さぁどうする?逃げるか負け犬?

だがそうはさせない。

その為にこうしてお前の前に立ってやってんだから。

さあ来い。


北上「ギッタギッタにしてあげましょうかね!」

大井「海の藻屑となりなさいな」


今まさにお天道様がその瞳閉じる。

待機列からこんにちは

このタイトルの為に長くなりました…
レ級はホントずるいですよね。あの見た目と一匹狼感で許されていたけれど最近大規模作成でもチラホラと…
レ級の砲撃とかはアーケード使用です。

もちっとだけ続くんじゃ

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川内「私達の攻撃で最も速いのはなんだと思う?」

北上「へ?」

ボッコボコにされた演習の帰り道。川内はそんな事を聞いてきた。

川内「あー速いってのはこの場合攻撃をするまでの動作から相手に当たるまでの時間がって事ね」

北上「んー、速いねぇ」

相手より先に出せるという意味なら艦載機による奇襲とか設置型の機雷とかが思いつくが、そういう前提となるとなんだろう。

北上「普通に考えたら砲撃だよね。それも大口径の」

川内「まあそうね。だから当然不正解」

北上「デスヨネー」

川内「でも答えは単純。一番早い、というより"それより速い物が存在してはいけない"って感じかな」

北上「…はい?」

何言ってんだこいつ。

川内「答えはこれ」カチッ

そう言って懐から出したそれを点ける。

北上「うわ眩しっ」

川内「正解は光。文字通り光の速さってね」

北上「そりゃ光は速いだろうけど、攻撃とは違うでしょ」

探照灯は諸刃の剣だ。夜間の攻撃を有利にはするが使えば狙われる。装備の枠も取られる。

ここぞという時にしか使えないピーキーな装備だ。しかも攻撃ではなくサポートの。

川内「でも今眩しいってなったじゃん」

北上「なったけどさ、普通は、普通は…」

川内「普通なら使えない、普通なら」

そうだ。普通の事をやる気は無い。

川内「別に探照灯使えってわけじゃないよ?持ち物一個潰れるからリスクもあるし。つまりもっと頭を柔らか~くしてけって事」

北上「柔らかくかぁ。常識を変えるのって一番難しいよね」

川内「でも楽しい」

北上「参考までにさ、今近距離で私とやり合うとしたらどうする?探照灯以外で」

川内「この距離なら撃つより蹴るね。ですぐ距離をとる。昼の単純な撃ち合いならこっちが有利だし」

北上「何処蹴る?」

川内「そりゃ脚でしょ。魚雷潰せるし足止めれば的だもん」

北上「そういうのがサラッと出るの怖いよね」

川内「いやぁ照れますなあ」

北上「艦娘やめて忍者やりなよ」

川内「何度か試したんだけどさ。魚雷は流石にクナイみたいには使えなかったんだよね」

北上「試すなんな事」

川内「あ、忍者と言えばさ、こういう金属製の糸とか色々使い道あっていいよ」

北上「だからなんでそんなもん忍ばせてるのさ…」

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北上「!」ガチャ
大井「!」スッ
レ級「!」グワッ

赤く染まる水面の上で全員が一斉に構える。

大井っちが単装砲を。

私が魚雷を。

そして、それを見たレ級が"私に砲塔を向ける"。

この状況で真っ先に警戒するのは魚雷だ。ならばそれを構えた方を先に狙う。

狙うために見る。

だから

北上「へっ」

腕の魚雷発射管を傾ける。

発射するためではなくその側面、"反射板を取り付けてある面"の角度を合わせるために。

日が沈む瞬間の、その最後の輝きがそこに反射する。

"私の方を見たレ級の眼球に向かって"。

雷撃よりも砲撃よりも速く、届く。

まさかこのパターンが使えるとは思わなかった。

でも作戦ABCは今は無理だ。DEもいいが使えるならばFでいきたい。

これは提督の指揮の元行う通常の将棋とは違う。

詰め将棋なんだ。

お天道様がとうとうその瞳を閉じた。

光による目潰し。

しかしこれ自体が攻撃できる隙にはならない。

何せ本当に一瞬だ。

雷撃は当然間に合わない。

砲撃はいけるだろうがそもそも私達の豆鉄砲をいくらか当てたところでさして意味はない。

あくまで夜戦のスタートをこちらが先にとる為だ。

徐々に暗闇に慣れていったこちらと違って向こうは寸前に強烈な光を浴びてる。

暗闇には暫く目が慣れないはずだ。

そこを先に動く。

北上「行くよっ!」スチャ
大井「はい!」

私も"単装砲を取り出す"。

アイツはこう思ってるだろう。

一人は雷撃、もう一人は砲撃、と。

私が単装砲を取り出すところは見えていないはずだ。

レ級のいた位置に向かいながら大井っちと並んで交互に撃ち込む。

まるで単装砲を持ってジグザグに移動しながら撃っているかのように。

この状況でヤツは迂闊に撃ってはこれない。

ヤツが警戒しているのは魚雷の方だ。こんな豆鉄砲ではない。

ならば砲撃で位置がバレるのを嫌がるはずだ。

この状況なら"砲撃をしながら向かってきているのは囮"、"本命の魚雷は別から来る"と考えるだろう。

大井っちが撃ちながら右にそれていく。

それに合わせて私は撃つのをやめ少し左に逸れながら魚雷を構える。

大井っちがそれた以上直前まで居たそのコースには誰もいないと思うはずだ。

まずはここから魚雷を撃ち込む。当たればめっけもんくらいだが、ここから徐々に追い込んでい

北上「!?」

一瞬寒気がした。それが忘れかけていた野生の勘だと気づいた時には少しばかり遅かった。

右足に強烈な衝撃が発生した。

北上「なァっ!?」

魚雷!?放っていたのか!いやでも、なんで場所がわかった!?最初に突っ込んだコースからはそれている!

しかし、混乱する私の横を答えがすり抜けて行った。

北上「くっそぉ。防御力はないんだよぉ…っ!?」

魚雷がまた一つ私の左足を掠めていったのだ。

大井『北上さん!?』

北上「クソッ!アイツ、ばらまいたのか!」

搭載機の数、砲撃の数と威力、どれも規格外。それは魚雷の搭載数すらもそうだというのか!

最初の突撃の時点でこちらに向かって放射状にばらまいてやがったんだ!夥しい数を!

沈黙していたレ級から砲撃音が聞こえた。

私が被弾した事に気づいたらしく、おおよその位置にあの無茶苦茶な砲弾の雨を降らせてくる。

最悪だ。

数と力によるゴリ押し。

想定していた中で最も恐れていた事態だ。

何故って小細工が通用しないからだ。

大井『北上さんっ!!』

反対側で砲撃が始まった。

大井っちが私から気を逸らそうと砲撃をしているようだがそれも気休めにしかならないだろう。

レ級の砲撃も今のところ命中はしていないが時間の問題だ。

数で押せると分かったならいずれこっちがジリ貧になる。

最早猶予は無い。

獲物を追い詰める猫では勝てない。

窮まった鼠にならなくては。

どうせ捨てる命だ。

周りを包む死の音の中で自分でも驚くほど冷静に状況を確認する。

右足の魚雷発射管はダメだ。

左足と左手は無事か。

やるしかない。

足の魚雷発射管を外し準備をする。

よし行ける。

北上「こっちだクソッタレ!」

単装砲を撃ちながら真っ直ぐレ級に突っ込む。

レ級の砲撃が止まる。

そりゃそうだ。一つと思っていた砲撃が急に二方向から来るんだもの。

北上『大井っち!魚雷も砲撃も全部叩き込んじゃって!』
大井『っ!はい!』

忘れちゃいけない。追い詰められているのは向こうも同じなんだ。

一歩でも引いた方が負ける!

砲撃が始まった。

やはり狙いは大井っちか。

そりゃそうだ。こっちが手負いなのは分かってる。なら脅威度は大井っちの方が高い。

左手の魚雷を構える。

足を身軽した分いくらか速くはなってるはずだ。こっからはスピード勝負になる。

レ級に向かって真っ直ぐ進む。

直後、"レ級の放っていた魚雷に当たった"。

衝撃で大きく揺れる。

大井『 !? 』

大井っちが何やら叫んでいる。

かき氷を食べた時みたいに頭がキーンとする。

大井『 !!!』

砲撃音がいっそう激しくなる。

大井っちが奮闘しているようだ。

でも無理だ。

砲撃とは違う爆発音がした。

大井っちが被弾したみたいだ。

それでも大井っちの砲撃音は止まらない。

続け様にまた爆発音がする。

それでも大井っちは止まらない。

でももう無理だ。

これ以上は。

レ級がニヤリと笑うのが見える。

今までもそうやって多くを沈めてきたのだろう。

だからガキだと言うんだ。

お前は知らない。

捕食者は獲物にトドメを指す時こそ最も無防備なんだ。


北上「沈んで果てろ」ガチャ
レ級「!?」


レ級の背後に思いっきり連撃をぶち込む。


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提督「雷撃特化じゃなくていいのか?」

北上「師匠からのアドバイスでさ」

吹雪「師匠って、あぁ川内さんですか。不思議と説得力あるから面白いですよね」

北上「"魚雷による一発があると思わせる事が最大の武器になる"だって。だから単装砲も持ってく」

大井「訓練をしていてもやっぱり魚雷だけでは動きが少ないですから」

提督「なるほどな。ならそれで組み立てていくか」

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大井「北上さん…北上さんなの!?」

北上「まあね。ほら、ちゃんと足も付いてるでしょ?」

大井「でも!」

北上「いやぁやっぱ難しいよねぇこの艦」

ボロボロの大井っちが駆け寄ってくる。

今にも抱きつこうという勢いだったが私の近くに来てピタリと止まった。

なにせ"レ級はまだ沈んでいないんだから"。

中破の連撃ではやはり轟沈とまではいかなかったようだ。

特に魚雷の数が足りなかった。

"私へ向けられていた魚雷を魚雷で相殺した"のが原因だ。

一度成功したならまたレ級は魚雷をばらまいて私を処理しようとする。だからそれにあえて乗ってやった。

向かってくるであろう魚雷に真っ直ぐ突っ込んで確実に処理できる距離まで引き付けた。

この暗闇では殆ど航跡が見えないからだ。

あんまり近かったから自分でも直撃したと思ったくらいだ。でもだからこそレ級も私が被弾したと思ったはずだ。

レ級は沈むまいと必死に足掻いていた。

腰から上だけはなんとか浮いているが下半身から徐々に底へと沈んでいる。

北上「…」

こいつはこうやって溺れる人々を眺めながら、何を思っていたんだろうか。

単装砲を構える。

右足はやられたし左手の魚雷は撃ちきった。とはいえトドメならばこれで十分だ。

"トドメだけなら"

大井「…」

大井っちが横に並ぶ。

装備は全部ダメになっているようだ。間違いなく大破だな。

でもまあ結果としては十分だ。

望んでいた以上の結果だ。

この状況は。

私はしっかり意識していた。

勝利の瞬間こそが最も危険だと。

大井「!?」

だから突如水面から飛び出し右手の単装砲を払い除けたレ級の尻尾と、してやったと言う顔をするレ級を冷静に見ていた。

そして左ポケットに忍ばせていた友人からのプレゼントを素早く構えて放つ事が出来た。

ベレッタ、いやサイコガンだったか。

近距離かつ装甲の薄い部分ならいけると言っていたが、これは想像以上だ。

眼球をえぐられたレ級が情けなく反り返る。

鼠を追い詰めるのではなく、逃げ道をあえて残しておく。

逃げられる、という希望を残しておく。

ただの鼠は猫を噛めない。

単装砲を囮にするため左足の裏に鉄線で括りつけて隠していた魚雷を素早く外し


呆気に取られている大井っちと

のたうち回るレ級と

私の前に放る。

これで全員だ。

仇はこれで全員だ。

一体と一人と一匹がここで死ぬ。

きっとおかしな考えなんだろう。

私の知る限り人間にとってこれはおかしな考えだと理解している。

でもその上で私は納得している。これは私にとって正しい。

"飼い主の仇は今目の前に揃っている"。

これでいいんだ。

何もかも忘れて鎮守府に居たいと思わなかったわけじゃない。

皆や、提督の、提督の隣に居たいと思わなかったわけじゃないんだ。

でも私は提督傍にはいられない。

そこには、いや違う。そうじゃない。

そんなんじゃない。

でもそこには大井っちがいて、だけど私は、そもそも北上じゃなくて、

分からない。

またこうなる。

腹の中のグツグツした何かでいっぱいになる。

私はただあの手で撫でられたいだけなんだ。

あの腕の中に帰りたいだけなのに。

でももうそれが出来ないなら。

邪魔した奴は、邪魔する奴は

消えちゃえ。

怨は返さなくちゃ。

それでも一瞬だけ、ほんの一瞬だけ迷った。

私は私の中にいる北上を道ずれにしてしまう。きっと提督や皆の事が大好きだった彼女を。

それにとうとう会えなかった白猫の事を思い出す。

ほんの少し、体から力が抜けた。

だから私は横からの衝撃に耐える事が出来ずにモロに吹っ飛ばされた。

北上「は?」


大井「さよなら黒猫さん」


ニヤと満足気に笑う彼女。

次の瞬間私を襲った衝撃が魚雷によるものなのか、その言葉によるものなのか私には分からなかった。

走馬灯のように記憶が浮かんでは消える。

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明石「記憶が蘇る方法?」

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明石「改造による強化や艦種の変更はその船の記憶をより定着させたり、違う記憶を入れたりするものなんだけど。それもきっかけになったりはするわね」

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北上「あのさ、前に私と大井っちが改装した時の事覚えてる?」

明石「そりゃもちろん。ついこの前だしね」

北上「あの時大井っちが何か聞きに来なかった?」

明石「えーっと、あーきたきた。なんか体調が優れないみたいな事言ってた」

北上「それで!それでなんて?」

明石「まあ改装すると身長とか身体の造りが少し変化したりするし、力加減も変わるから慣れれば平気よーって言ったくらいかな。

後ほら、北上にも話したけど別の記憶が混じったりするよって話とか」

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大井「ふぅ…」

北上「…」

またか。

改造してから何故か唐突に溜息をつき悲しげな表情をする時がちらほら。

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走馬灯とは、死に瀕した時それを回避するために記憶を漁るのが原因だと言う説があるらしい。

私は最初から黒猫だった。

たまたま最初から黒猫の記憶が混じってた。

でもじゃあ向こうは"そうじゃなかったとしたら?"

いつからだ?

いつから私が黒猫だと気づかれていた?

いや、思えば多摩姉を疑ったりして私は随分それについて色々喋っていた。

当事者が聞けばすぐにわかるような事を口にしていた。

思い当たる節は色々あった。

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大井「でも実際麦畑で追いかけっこなんかしたら絶対捕まえられませんよね。お互いに全身スッポリ覆われてしまいますから」

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大井「猫は草を食べるんですよ。本能的なものなので何でと聞かれると分かりませんが」

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思い出せば、キリがない。

大井っちは思い出したんだ。

いや、それは思い出したという表現とは違うのかも知れない。

"他の記憶が混ざる"。そう言っていた。

私もそうだ。自分の中に何かがある、という感覚。

大井っちはきっとあの日から自分の中に自分以外の何かが生まれたんだ。

だから悩んだんだ。

あの時の落ち込みはそういう事だったんだ。

そして気づいた。黒猫である私に。

そして、


自分がかつて飼い主を殺していた事を。

それはどういう感覚だろう。

自分でない自分。

私も未だにそれを飲み込めていないんだ。

だから大井っちは距離を取った。

私からも、提督からも。

飼い主を、父親を殺めたと分かったから。

それがどこかで変わった。吹っ切れた。

何があったかは分からない。

でも大井っちは変わった。

私が全て知った上で復讐を選んだように、大井っちも選んだんだ。

きっと私と同じように。

"飼い主の仇を打つ"

"飼い主に会いに行く"

私達はすれ違いながら全く同じ目的で動いていたんだ。

でも、じゃあ、なんで、どうして?

私を突き飛ばしたんだろうか?


ニヤと満足気に笑う彼女。


私とは違うその迷いのない笑顔がこびりついて離れない。

それでもとうとう、私の意識は深い海の底へ沈んでいった。

艦娘の夜戦ってどんなんだ…?と悩みだしたらドツボにハマって…


"北上の話"は以上で終わりです。



でももちっとだけ続くんじゃ。
次は一話より前の話です。

・ 前書き




北上「」ハッ

目が覚めた。

しかし朝起きる時の眠りからだんだん覚醒していく感覚とはちょっと違う。

やけに意識がハッキリしている。

それにしても…

北上「目が覚めたら見知らぬ天井、ってホントにあるんだなあ」

多摩「第一声がそれかにゃ」

北上「うえっ!?」

首を声のした方へ向ける。

どうやら仰向けでベットに寝ているらしい私の右側。椅子に座りこちらを見つめていたのは多摩姉ちゃんだった。

北上「えーと、おはよう?」

多摩「早くないにゃ。とても遅いにゃ、眠り姫め」

北上「私はシンデレラらしいよ」

いつだったか海猫が言っていた戯言を思い出す。

多摩「それは知らなかったにゃ。どうりで王子様のキスじゃ目覚めないはずにゃ」

北上「王子様?」

多摩「気にするにゃ」

カーテンから柔らかい光が部屋に差し込む。

今は午後のようだ。

北上「…ここ、鎮守府なの?」

多摩「そうにゃ。印刷室横の空いてた部屋にベットとか機材持ち込んで無理やり医務室に仕立ててあるにゃ」

北上「あぁ、そういや鎮守府にゃ医務室ないんだったね」

多摩「普通は入渠で治るからにゃ」

北上「…」

多摩「…」

北上「今どういう状況?」

多摩「シンデレラが眠り込んでから三日経ってるにゃ」

北上「三日!?」

想像以上の事実にベットからはね起きそうになった。

のだが、"しようとしたけどできなかった"。

北上「あ、あれ?」

多摩「明石曰く、中身が死んでる状態だそうにゃ」

北上「中身?」

多摩「外傷は入渠で治ったにゃ。でも何故か目を覚まさなかったにゃ。だから中身が無くなってるって、魂的な話にゃ」

北上「成仏してた?」

多摩「かもしれんにゃ。だから今は多分中身と体のリンクが切れてるんだと思うにゃ。身体があんまし動かないのはきっとそれにゃ」

北上「どうなってんだ私達の体。ロボットか何かなのかな」

多摩「ま、考えてみりゃ当たり前の話にゃ。乗り手のいない艦は動きようがないにゃ」

北上「…それもそうだ」

北上「…」

多摩「…」

沈黙が走る。

意識はハッキリしてるのにどうにも頭が回らない。

ボーッとしてるわけじゃないのに、まるで中身が抜け落ちてるような気分だ。

あ、右手が動かせた。

そっと手を上げると、多摩姉がその手を掴んでくれた。

北上「ちょっと動かせてき、え、多摩姉ちゃん?」

多摩「どうしたにゃ?」

北上「いや、その」

多摩「?」

北上「泣いてる、よ?」

多摩「…あぁ、まだ残ってたのかにゃ」

表情を一切変えずに静かに涙を漏らしていた。

北上「…」

多摩「北上」

北上「は、はい」

多摩「ふんっ!」ガッ
北上「グエッ!?」

一切の躊躇のない頭突きが入った。

北上「ぉ、ぉおおぉぉぉ…」

唯一動かせる右手で頭を抑える。

とんでもない威力だ。まさか石頭だったとは。

北上「…ってあれ?いないし」

扉が閉じる音がした。

部屋を出ていったのか?

そこからが大変だった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石「…生きてるわね」

夕張「足はどう?」

北上「まだ動かせないかな」

明石「まあこの分なら時間の経過で治るでしょ」

夕張「ぶっちゃけ私達がどうこうできる範疇じゃないしね」

北上「中身の問題、なんだっけ」

明石「多分ね」

「コラァァァ!!」

北上「ん!?」

部屋の外から凄い声がした。

夕張「あ、吹雪の声だ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

吹雪「ど~もお久しぶりです北上さん。私の事覚えてます?」

北上「提督のおねーちゃん」

吹雪「もっかい寝ときます?」

北上「遠慮しとく」

夕張「なんかあったの?声がしてたけど」

吹雪「どっから聞きつけたか部屋の外野次馬だらけですよ。皆心配してましたから」

明石「あ~」

吹雪「一応まだ怪我人扱いなんですから騒がしくして欲しくはないんですけれどね」

夕張「なら私達も退散しますかね」

吹雪「大丈夫そうなんですか?」

明石「多分ね。正直私達の管轄外だし」

夕張「というわけで北上ぃ」

北上「な、なに?」

明石「約束、覚えてるわよね?」

北上「約束?」

夕張「私言ったわよ。生きて帰るための武器だって」

北上「あー…」

明石「命知らずの馬鹿にはおしおきが必要よね」

北上「ず、頭突き以外でお願いします…」

夕張「足はまだ動かないのよね?」

北上「待て何をする気だ」

明石「じゃバリちゃん足持ってて」

夕張「あいあいさー」

北上「ちょ!?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

吹雪「生きてましたね」

北上「生きてたね」

吹雪「実は幽霊だったり?」

北上「それは私には確かめようもないかな」

吹雪「まあ足はありますし大丈夫でしょう」

北上「まだ動かないけどね」

吹雪「ですね」ピラッ

北上「スカートめくらないで」

吹雪「ノーパンってどんな気分ですか?」

北上「寝てる分には気にならないかな。それより友人二人にパンツ剥がれることの方が恥ずかしい」

吹雪「あのパンツどうする気なんでしょうか」

北上「あまり考えたくはないね…」

吹雪「聞かないんですね、どうなったか」

北上「…」

吹雪「聞かれても答える気ないんですけどね」

北上「おい」

吹雪「私より相応しい人がいますからね。ここで話したら興醒めでしょう」

北上「そんな事は、ないんだけどね」

吹雪「さっき球磨型姉妹に会ってきましたよ」

北上「…」

吹雪「球磨さんと木曾さんもここに来る気満々でしたけど、多摩さんの腫れ上がったおでこを見て止めたみたいです」

北上「…」

最悪三人に頭突きを食らっていた可能性もあったわけか…多摩姉に感謝だな。

吹雪「他の娘達は一応立ち入り禁止です。それでも入口に人集りができてる辺りモテモテですねぇ北上さんは」

北上「…」

吹雪「さて、ここは私もカッコつけてデコピンでもして部屋を去っていくのがいいんでしょうけれど、私、こう見えて結構悪い娘なので」

北上「それは、知ってる」

椅子から立ち上がった吹雪はとても悪い顔で、とても、とても楽しそうに笑う。

吹雪「反抗期なんです。素直じゃなくて、正直なんです。だから北上さん」

北上「なに」

吹雪「ありがとございました」ペコリ

お巫山戯でもなんでもない心からのお礼だった。深々と下げられた頭に私はかける言葉が見つからなかった。

北上「…」

吹雪「ご褒美はちゃーんとセッティングしておいたんでそこはご心配なく。それでは」

北上「…」

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提督「よっ」

北上「遅い」

提督「第一声がそれかよ。お前自分の立場分かってんのか」

北上「部屋の入口でグダグダしてた人に言われたくはない」

提督「ぐっ…いやだって、後ろめたいと言いますか…つか気づいてんのかよ」

北上「気配とか音でわかるよ」

提督「相変わらず敏感だなそういうのには」

北上「まあ、ね」

カーテンからは月明かりが差し込んでいた。

昼と違い刺すような夜の冷気が窓から入ってくる。

提督「よいしょっと」

ベットの脇の椅子に座る。

そこにはきっとこの三日間、色々な人が座っていたのだろう。

提督「とりあえずこれが躊躇した理由その一な」

北上「ん?」

提督「…ほれ」

気まずそうに差し出されたそれは

北上「」

友人に剥がれたパンツだった。







北上「死にたい」

全身で布団にくるまる。

提督の顔を見れなかった。

どうにも恥ずかしくって仕方がない。

提督「何故か夕張達に押し付けられてな…すまん」

北上「提督が謝る事じゃないけどさ…とりあえず返して」

布団から手だけ出してパンツを受け取る。

提督「おう。身体は動くようにはなったみたいだな」

北上「まあ半分くらいは、あー」

提督「どした?」

北上「足がまだなあ。どうやって履こうか」

提督「あーね」

北上「…」チラッ

提督「…え、俺?」

北上「え?」

提督「あっ」

北上「えぇ!?ヤダヤダ!それだけは絶対にダメ!」

提督「お、おう!わりぃ、ってしねーよそんなこと!いや決してしたくない訳じゃなくてだな」

北上「え」

提督「何も言ってません」

北上「変態」

提督「うるせえ!もぉいいよパンツくらい。裸の付き合いした仲じゃねえか!」

そういやそんな事もあったな。あの頃はまだなんとも思わなかったけれど。

北上「あー、うん…」

提督「…」

なんだろう。変に気まずい。パンツ云々ではなく何か噛み合わない。

北上「あはは」
提督「わはは」

北上「それでさ、あの後どうなったの」

提督「どうなったかは正直分からねえんだ」

北上「どういう事?」

提督「北上も大井も反応が消えた。でも飛龍達も手負いだ。迂闊に動く訳には行かない。まして夜だしな」

北上「それもそうか」

残された皆の事なんて考えてなかった。自分の事しか見えていなかった。

提督「だから吹雪のおかげだよ。相変わらずな。俺は何も出来ちゃいねえよ」

北上「吹雪?」

提督「あいつ作戦時何処にもいねえと思ったら叢雲連れて元帥のおっさんのとこ行ってたらしくてな」

北上「ええ!?そんないつの間に、いや、あーそっか」

"叢雲とデートしなきゃなんで"とはそういう意味か。勘繰られるくらいなら自分から巻き込んでしまおうという魂胆だろう。

提督「全部話した上で救援を寄越せと言ったらしい。無茶やってくれる。でも正解だった。アイツやっぱすげぇや」

あの人にとってもレ級は討つべき仇だった。でもそれはそれとして提督の勝手な復讐も止めようとしていた。

後者が既に止めようもない所に行っているのならきっと手を貸してくれる。それに賭けた、という事か。

提督「そんで飛龍達は無事確保。だが問題はお前らだった」

北上「反応は消えてたんだよね」

提督「ぶっちゃけ轟沈判定だよ。そうでなくともこの広い海で何の目印もなしに漂う人一人見つけるなんて無理ゲーだ」

北上「ならどうやって。偶然?」

提督「これ、お前は見覚えあるだろ」

提督の懐から出てきたのは

北上「え」

少し緑っぽいコンドームだった。

提督「お前、これスマホに入れてたろ」

北上「いや入れてたけど、アレだよ?金運上がるって聞いたからだからね!変な意味じゃなくて!」

提督「そうじゃなくてな。これ、夕張の作ったやつだろ」

北上「へ?うん、そう、だけど…あー!!」

提督「そういうこった」

北上「え、えぇ…」

"使えばGPSで居場所が特定できるやつ"

提督の浮気現場特定出来るとかなんとかあのメロンは言ってたな。

提督「急に夕張が、ここ!ここに北上がいる!って位置情報出してきてな。何言ってんだどうして分かると聞いても何にも答えねえし、他に宛もないから藁にもすがる気持ちで行って見りゃホントにいるんだもんな」

北上「うそぉ…私コンドームに命救われたの?マジ?嘘でしょ?」

提督「良かったな。しっかり命を包んでくれたぜ」

北上「最悪だぁぁ…後その言い方もサイテー…」

提督「ははは、助かったんだしいいじゃねえか」

北上「良くないよぉ…」

再び布団にうずくまる。

恥ずかしいなんてもんじゃないぞこれ。

提督「人生何があるかわからんな」

北上「ホントにね…」

提督「後は、いや、それはいいや。北上」

北上「は、はい」

急に改まって私の名前を呼ぶ。

そう、私の名前を。

提督「おかえり」

あぁ、そうか。

そうだった。

私は帰りたいと思ったんだ。

向こうではなく、ここに、この場所に。

私も彼女も同じだった。

要するに二匹とも帰りたかったんだ。

でも私にとってはここがその場所になっていた。

その事に私が気づいていないと、彼女は気づいていた。

だからあんな事をしたんだろう。

見事に噛み合わず、綺麗にすれ違って、結局お互い帰るべき場所に帰れたわけだ。

愛する人の元へ。

全部彼女の思惑通りになっちゃったかな。

だと言うのに私は、そんな事露ほども知らずに、あんなこと考えていた。

自分の事しか考えていなかった。

北上「ただいま…」

提督「それ、皆にも言ってやれよ?」

北上「分かってるよ。また頭突きはゴメンだからね」

提督「それと、こっちは大井との約束でな」

北上「大井っちの?」

大井っちが残した、大井っちの遺した約束。

そういや以前提督と約束がどうこう言ってたっけ。

提督「はい」パカッ

北上「え」

懐から出した小さな箱を開ける。

黒くて丸みを帯びた四角く、少し柔らかな見た目のその箱の中には首輪よりも小さい輪が入っていた。

提督「散々なんか洒落たセリフ言えとか言われたんだが、どうにも思いつかなくてな」

北上「いやそうでなくて」

提督「え?」

北上「い、え、提督、私の事気になってんの?」

提督「気にというか、しゅ…好きです」

噛むなよ。

北上「だって、あれ、大井っちじゃないの?」

提督「一目惚れです」

北上「しかも一目惚れ!?」

何言ってんだこいつ。

提督「大丈夫か?さ、流石にこのタイミングは変だったか?」

北上「悪いのはタイミングじゃない…待って、提督大井っちが好きなんじゃないの?」

提督「いやそれはない。てかそんなふうに思われてたのか!?」

北上「思われてるでしょぉそりゃあ」

提督「うぉぉぉぉ…」

地獄のように深いため息。

提督「いやぁ、でもうん、そういう事かぁ。大井も吹雪もちょくちょくなんか言ってたのはそういう事かぁぁ…」

北上「思い当たる節はあるんだ…」

提督「北上が来る一年前に大井が来たろ?それからずっと北上サン北上サンうるさくてな」

北上「あーね。ま大井っちはそだね」

提督「一体どんなやつなんだ北上ってのはと思いつつ一年後、ようやく本人に会えたわけだ」

北上「あの時か。なんかもう随分と昔に思えるね」

提督「一目惚れです」

北上「嘘ん」

提督「マジ」

北上「具体的にどこら辺が?」

提督「え、いやそれは…」テレッ

北上「えっ、キモっ」

提督「」

怪我人のベットの横でモジモジされても困る。

提督「大井にも言ったんだよ。惚れましたって」

北上「言っちゃうんだ」

提督「流石提督ですいい趣味してますって言われた」

北上「言っちゃうんだ…」

提督「それはそれとして北上に指一本でも触れたら酸素魚雷ぶち込みますって言われた」

北上「それは言うね間違いない」

提督「そっからはガードが固くてホント…」

北上「流石大井っちだ」

提督「北上のここが良いみたいな話ではよく盛り上がるんだけどな、近づくのだけはNGなんだと」

北上「するなそんな話ぃ…」

何度目か、布団で顔を覆う。

よく2人でなんか話してたのはそれか!アホか!

アホか…

提督「でもなんか急にガードするの辞めてさ、むしろ応援された」

北上「!」

提督「色々セッティングされたりとかさ。前行ったデパートも、適当な口実つけて行ってこいヘタレがってさ。ご丁寧にプランまで」

北上「…それってさ、変わったのだいたい半年くらい前だよね。私が改装した後くらい」

提督「あー確かにそんくらいだったな」

そっか。私が改装した後。

つまり大井っちが改装した後。

"大井っちが大井っちでなくなってから"

きっとどこかで気付いたんだ。

私が誰なのか。私が何を思っているのか。誰を想っているのかを。

全部彼女の手の内か。コロコロと、まるで猫のように転がしていたわけだ。

提督「この約束もそうだ。アイツが急に部屋に殴り込んで来てさ、今企んでること全部話せって言われて、その後協力するから一つ約束しろって」

北上「約束って」

提督「終わったら告れと。俺にフラグ立ててどうすんだよって話だろ。今にして思えば、なんか悟るってゆーか、思うところでもあったのかもな…」

北上「そうだね…」

思うところなんてもんじゃない。思い通りもいいところだ。

提督「大井はもう約束なんて分かりゃしないだろうが、約束は約束だ。だから」

北上「だから私に?」

提督「おうよ」

北上「はぁ。てーとく、いい趣味してるよ。実にいい趣味だ」

提督「そりゃどうも」

北上「でもさ、私、ちょっと変なやつだよ」

提督「お前はそーとー変なやつだよ」

北上「あー提督もそういう認識はあるのね」

提督「大井も言ってた」

北上「大井っちにまで言われてるのか私」

提督「でも安心しろ」

北上「何がさ」

提督「俺がそうだったように、お前にも俺の知らない色々があるんだろうさ。皆そうだろ」

北上「とても北上とは思えないような色々だとしても?」

提督「北上は北上だよ。それは重雷装巡洋艦の北上って事じゃあなくて、お前はお前って事だよ。それにそれがどんなものでも、俺の知ってる北上を嫌いになる理由にはならねえよ」

北上「…」

提督「んだよそのなんとも言えない顔は」

北上「なんとも言えない顔だよ。提督」

提督「ん?」

北上「へへ、やっぱ提督趣味いいね。実にいいよ」

提督「それに関しちゃ大井のお墨付きだからな」

北上「だからさ提督、お願いがあるんだけどさ」

提督「お願い?」

私が口を開きかけたその時だった。

部屋の扉が勢いよく開かれたのは。


大井「北上さ「ストォォォップ!!」グェッ!?」


扉を開け何かを叫びかけた人物はまた別の誰かによる横からのタックルで吹っ飛ばされ視界から消えた。

というか

北上「お、大井っ、ち?」

提督「なぁにやってんだあいつ」

北上「え、あれ?大井っち?大井っちだよね?」

提督「大井っちだろそりゃ。まあ大井っちかと言われたら違うのかもしれないがな」

何言ってんだこいつ。

開いた扉からは廊下のドタバタ騒ぎの音が聞こえてきた。

「邪魔しないでください!!北上さんを!北上さんを守らなきゃ!!」

「いいから今は黙ってろにゃ。後で痛っ!肘!肘はなしにゃ!」

「木曾はそっちの手を抑えろクマ!こういう時は単純な力技が一番クマ」

「すっげえ近づきたくないんだが」

「さっさとするにゃ!このままだとグホォッ!?」ドゴッ

「木曾ぉ!!早くするクマァ!」

「すっげぇ嫌なんだが」

提督「…ま元気でよかったな」

北上「そうじゃなくて!大井っちが、大井っち、生きてたの?」

提督「ん?あれ、他のやつから聞いてないのか?」

北上「皆肝心な事は何も」

提督「それくらいは話せよな…つかお前も覚えていないのか?」

北上「何が」

提督「北上を見つけた時、大井のやつを掴んで離さなかったのはお前だぜ」

北上「私が?」

提督「腕をこうがっちり掴んでたって聞いたぜ」

北上「私が…」

ならそれは、私の知らない私なのかも知れないな。

提督「ただな、大井のやつ、"ここ半年間の記憶が無くなってる"んだ」

北上「半年間!?」

提督「ショックで記憶がってのは人間なら起こりうる事だし、艦娘がなっても不思議じゃない、のかはわからんがとりあえずはそういう見解らしい」

北上「じゃあさっき言ってた約束を覚えてないってのはそのまんまの意味か」

提督「前みたいに北上北上と、なんだか懐かしくもあるけどな」

北上「そっか」

提督「また何かの拍子に思い出すかも分からんしな。焦ることはないだろ」

北上「そうはならないと思うよ」

提督「なんでだ?」

北上「忘れたわけじゃないからだよきっと。ただ帰っただけなんだ。色々と、元に戻ったんだよ」

提督「…ほー。お前が言うならそうなんだろうな多分」

こんなにも近くにいた幸せの青い鳥は、どうやら飛び去ってしまったあとのようだ。

北上「ねえ提督」

提督「なんだ北上」

北上「今すぐにでも抱きつきたいけど少し我慢するね」

提督「お、おう?」

北上「話をしてもいいかな」

提督「そりゃ別に構わないけどよ。なんでまた急に」

北上「長いからだよ。千夜一夜とまではいかないけど、今夜はたっぷり付き合ってもらうよ」

提督「そんなに沢山なんの話しを」

北上「私の話」

提督「北上の?」

北上「うん。だから首輪の事はその後で」

提督「指輪と言え指輪と」

北上「同じようなものでしょ」

提督「イメージだいぶ違くねえか?」

北上「同じだよ。私にはね」

提督「それで、話ってのは」

北上「そうだねえ。長い話だし、タイトルからいこうか」

提督「随分本格的だな」

北上「えーっとねえ」

しばらくの逡巡の後、ひとつ思い浮かんだものがあった。




北上「吾輩は猫である」

・ 後書き











老人は大きく欠伸をした。

老後に趣味で始めた古本屋。周りを全て老いた物で囲んだ安らぎの空間だ。

レジ替わりの台の脇で安楽椅子に揺れながらいつもと変わらない時間を過ごしていた。

老人「ん?」

ふいに僅かに戸が揺れる音がした。

店の中からでは所狭しと並んだ本棚のせいで入口が見えない。

風のイタズラだとは思いながらも客の来た可能性を考え春の陽気で眠りかけていた体を起こす。

手元を漁り老眼鏡を掛け店を見渡す。

やはり人影は無い。

いや、"何かが視界の下で動いた"。

吹雪「お久しぶりです吹雪です!」ヒョコ

老人「うお!?吹雪か!」

吹雪「お元気そうでなによりです」

老人「お前さんもな」

驚きとともに妙な懐かしさが込み上げてくる。

数年ぶりではあるが、それ以上に久しぶりに彼女を見た気がした。

地面より高い位置に置かれた台からは背伸びした吹雪の顔だけが見える。

数年前と変わらない吹雪が。

老人「艦娘は成長しないんだったな」

吹雪「分かりませんよ?私改四とかしちゃうかも」

老人「なんだそりゃ」

吹雪「成長の話ですよ。成長と言うより変化かな?」

老人「それで、今日はどうしたんだ?数年ぶりに顔見せにて」

吹雪「色々と話しておきたい事がありまして」

老人「話か。ワシみたいなのが1番好むやつだな」

老人が椅子にゆっくりと、深々と座り直す

老人「どんな話だ」

吹雪「いい話ですよ」

老人「誰の話だ」

吹雪「そうですねぇ。ウチの話です」

老人「いつの話だ」

吹雪「今までの話です。ちょっと遅くなりましたけど、ようやく落ち着いたので」

老人「良い話か?」

吹雪「はい!」

そのまま飛び上がるんじゃないかという程に勢いよく返事をする。

吹雪「とっても、とても…」

しかしその満面の笑顔が段々としわくちゃになっていく。

吹雪「凄く、良い話です…」

溢れ出る涙を押し止めようとするが次第に喉から嗚咽だけが漏れ始める。

だがそれは散り行く花のような悲しいものではない。

老人(ああ、久しぶりに見た)

思うがままに感情を振り撒く、かつて彼女の慕う提督と共にいた時に見たなんの偽りもないそのままの彼女だ。

老人「泣きたくなったらまた来いとは言ったが、そんなに泣かれるとは思わなんだな」

吹雪「は゛い゛」グスン

老人「何がそんなに嬉しかったんだ?」

吹雪「終わったんです…やっと…全部…」

老人「そうかい」

吹雪「だから始まるんです。やっと」

老人「なら、その終わった話は話さなくていい」

吹雪「そうもいきません!もう貴方くらいしかいませんから。この話が出来るのは」

老人「いいのか?楽しいだけの話じゃないんだろう?」

吹雪「はい!」

力強く頷く。

吹雪「最後がハッピーエンドだから大丈夫です。それに」

今度は泣かなかった。

吹雪「忘れたい話じゃないですから!」

馬鹿野郎一ヶ月も空けやがった!


こんなに長くなるなんて私聞いてない。
後先考えず書くものじゃないです。
でも楽しかったからいいんです。

何思ったか急に物書き始めた素人ですが皆様のおかげでこんなにも調子に乗って長い話になりました。
最後まで付き合った方にはボスにカットイン決めてくれた娘くらい感謝です。
でも次は短い話にしようと思いましたまる

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