男「ラミレスの魔奇書」 (6)

俺がその本を見つけたことは、一種の邂逅であったといっても過言ではないだろう。

本とはいっても中身はほとんど引き千切られており、全体の二割程度ほどしか残されていない。

ハードカバーから察するに、元々は辞書にも匹敵するほどの分厚い本であったことだろう。
パラパラと捲ったところ、残されているのはたったの二百ページといったところだ。
英語圏の国で書かれた本のようで、中身は横書きだった。

タイトルは書かれていない。
随分と古い本のようだし、丁寧に扱われていたわけでもなさそうだが、表紙に書かれた文字が剥がれてしまったということではなさそうだ。
その証拠として、著者名はしっかりと残っている。

男「ソニー・ラミレス……ねえ」

特に聞いたことのない名前だった。
男なのか女なのかすらわからない。

まさかなんの変哲もない駅までの通り道で、こんな奇妙なものを拾うとは思わなかった。
古ぼけていてボロボロなその本は、不思議なほどに俺の心を惹きつけた。、
俺は踵を返し、目的地を自宅へと変更する。

今日の大学は休もう。
さして大事な講義でもない。

どちらかと言えば語学は苦手な方なのだが、上手く翻訳することができるだろうか。

男「…………」

男「……はぁ」

スマートフォンの辞書やら翻訳のアプリをフル稼働したのだが、二十ページほどで力尽きた。

内容は本のミステリアスな雰囲気とは大きく気色が違った。
人間関係の苦手な少年が、自分にしか見えない天使の助言を聞きながら、好きな女の子と仲良くなろうとするというものだった。
ただその主人公である少年が異常に内気で言い訳がましく、読んでいてやきもきというよりはむしろただイライラする。
天使も天使で妙に胡散臭い。

内容があまり関心をもてなかった上に、首を傾げてしまうような文法や言い回しが多い。
その上、全体を通して会話がどこかぎこちなく、それらが俺の読む手を妨げてしまった。

?「あらら、もう手を休ませてしまうというのでしょうか。貴方様は、根性のないお方なのですね」

不意に背後から聞こえてきたのは、よく通る高い声。
ミステリアスさと無邪気さを併せもったような声色。

聞き覚えのない声に驚き、俺は振り返る。

その視線の先、黒いドレスを身に纏い、陶器のように肌をした少女がさも当然のように人様のソファに座っていた。
縞々のソックスに、白いフリル。
頭の右上に乗せられているリボンは、黒と白のグランデーション。
全体として、いかにもモノクロを意識したようなファッションだった。

男「お前は何者だ、いつからそこにいた?」

モノクロの少女は、くすくすと笑うばかりで答えない。

男「何が目的だ?」

そう尋ね直してから数秒、ようやく少女は思い出したように口を開く。
ただ彼女の口にした言葉は、質問の答えとしておおよそ相応しくないものであった。

少女「ソニー・ラミレスは幼少期から、多くのトラウマを抱え込んでいました。芸術家の生い立ちとしては珍しいことではないのですがね」

僕はふと、引き裂かれた名前のない本へと目を落とす。

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