櫻子「寒いけどあったかい」(98)

冬の朝は凍えそうなほど寒い。
というより正直なことをいえば、既に凍えて死にそうだ。
きつくきつく巻いたマフラーも、しっかり着込んでいるはずのコートでさえも
この寒さを凌ぐためにあるはずが、まったくと言っていいほど役立たずだ。

早く来ないかなあ。
そんなことを思いながらひっそり静かな隣の家を恨めしげに見上げる。

櫻子「……バカ」

呟いたとき、まるでその言葉が聞こえたかのようにキィーッと向日葵の家の
ドアが開いた。
「ひまわりっ」と、そう声を上げようとしたが、すぐに思いとどまる。

楓「あ、櫻子お姉ちゃん」

櫻子「……おはよ、楓」

楓「おはよう」

にこにこと出迎えてくれたのは、向日葵じゃなくその妹の楓だった。
楓は礼儀正しくちょこんと頭を下げながら、「どうしたの?」と訊ねてきた。

櫻子「どうしたのって、学校」

楓「いまなんじ?」

櫻子「……いつもより、早いけど」

楓相手に何をどもっているんだろう、と思いながらも私は小さな声で答えた。
本当は、いつも私が向日葵なんか待ってやる立場じゃなく向日葵が私を待つ立場だから、
楓も不思議に思ったのかもしれない。

昨日落としたやつはどーすんの

櫻子「その、たまたま早くに目、覚めちゃってさ」

言い訳なんてする必要も無いのに、つい言い訳めいたことを言ってしまう。
向日葵を待ってるなんて、そんなの絶対に嫌だし知られたくない。
楓は「そっかー」と言いながらちょこんと可愛らしく首を傾げた。

早くに目が覚めた、というのは嘘じゃない。
けれど、本当はたまたまなんかじゃなくって意図的。
この私が、だ。目覚まし三つ、姉ちゃんや花子ににうるさいと怒鳴られ、
踏んだり蹴ったりされながらもなんとか起き出し支度して外に出てきた。

どれもこれも、向日葵のためってほどでもないけど。

>>4
また書けそうなとき立て直しますごめん

櫻子「それで、向日葵は?」

なぜかよけい変に気まずくなって、私は慌てて話題を変えた。
途端に、楓がひどく悲しそうな顔をして。
私はそれでも、答えは急かさずに楓が次に口を開くのを待った。
私たちの口から漏れる白い息が、不安げにふわふわと揺れる。

楓「向日葵お姉ちゃんは、えっとね……」

向日葵「うん、どうしたの?」

楓「風邪引いちゃったみたいで、起き上がれないって言ってたの……」

>>7
ミス
>向日葵「うん、どうしたの?」→櫻子「うん、どうしたの?」

あ、そうなんだ。
そう言った私の口調が、あまりにも暗かったのかも知れない。
楓が「でも、大丈夫だよ!」と慰めるように言葉を続けた。

楓「向日葵お姉ちゃん、すぐに元気になるって言ってたから!」

櫻子「あーうん」

当たり前だ。
ただの風邪ごときで向日葵がくたばるはずなんてないんだし。
けれどこんなにも胸がもやもやしているのは、昨日からのおかしな気持ちがずっと
留まっているせい。

櫻子「まあ、向日葵が学校来れないんならもう行く」

楓「あ、待って、櫻子お姉ちゃん!」

櫻子「うん?」

楓「……あのね、向日葵お姉ちゃんとケンカ、したでしょ?」

寒さのせいじゃない震えが背中を走った。
バレてたらしい。私は振り返ると、仕方なく「なんで?」と訊ねた。
楓に嘘吐いたって仕方ないと思うけど。

楓「だって、昨日から向日葵お姉ちゃん元気なかったから」

櫻子「元気なかったのは風邪のせいなんじゃね?」

楓「ううん!違うもん!櫻子お姉ちゃんとケンカしたからだよ!」

小さい子供の根拠も無い主張なわけだが、本当のことだから「違うよ」とは
言えない。
向日葵が私とケンカして元気ないわけなんてないけど、(昨日から少ししんどそうだった)
ケンカした後だからそう言われるとよけいに変な気持ちになってしまう。

櫻子「まあ、うん……」

楓「それに櫻子お姉ちゃんも元気ないもん」

櫻子「こ、これはちげーし」

慌てて首を振る。
楓は訝しげに「ほんとう?」と訊ねながらこちらへとことこと歩いてくる。
向日葵が起きられないからだろう、少し湿った新聞をポストから取り出そうとするのを
手伝ってやりながら「本当」と答えた。

楓「櫻子お姉ちゃん、ちっさいから心もちっさいんだね……」

櫻子「ちょっ、なにがちっさいと」

楓「向日葵お姉ちゃんは櫻子お姉ちゃんのこと、すごく気にしてたのに……」

ポストから引っ張り出した冷たい新聞を胸にぎゅっと押し付けながら、楓は
今にも泣き出しそうな顔をしてそう言った。

櫻子「……そんなわけないし」

楓「あるもん」

櫻子「だいたい、あれは向日葵が悪いんじゃなくって」

そこまで言いかけて、言葉を止める。楓がにこにこと私を見上げていた。
ばっと顔を逸らすと、「学校行って来る!」と背を向ける。

楓「うん、いってらっしゃーい」

櫻子「ん」

楓「帰り、向日葵お姉ちゃんに会いに来てね」

櫻子「誰が行くかってんだ」

ずんずん歩きながら、私は何言ってるんだと後悔しそうになった。
向日葵が悪いんじゃなくって私が悪いとか。そんなわけ、ねーし。
追いかけてくる楓の声をすっかり冷えてしまった耳からシャットダウンしながら
私は思った。


楓と話していたせいで早くから向日葵を待っていたものの出発時間はいつもとそう
変わらないはずだった。
けれど着いた教室は、まだほとんど誰も来ておらずがらんとしていた。

櫻子「さむっ……」

腕をさすりながら、自分の机へと進む。鞄を置いて、座った椅子もひどく冷たい。
ストーブもまだついていないから、これじゃあ外にいるときと温度はそう変わりゃしない。
向日葵の手袋を貸してもらおうとして、後ろを振り向きかけた。
それから今日は向日葵はいないのだと気付いて、なんでこういうときいないんだよと
心の中で悪態を吐く。

校舎の中なのに、息は白いまま。

寂しい、わけじゃない。
けれどこういうとき、いつも隣にいるのは向日葵だった。

マフラーもはずさず、コートも脱がずにボーっとする。そのうち、だんだんと
校舎の中も賑やかになってきて。
誰かの存在を感じることで、私はようやく大きく息を吐けるようになった。
向日葵がいれば息なんて簡単に出来るのに、こんなだだっ広い教室で一人きりは、
逆に息がつまりそうで苦しかった。

あかり「あ、櫻子ちゃんおはよぉ」

予鈴のチャイムがあともう少しで鳴ろうとした頃、ようやく待っていたあかりちゃんたちが
教室に入ってきた。その頃にはもう、やっとコートを脱げたところで、マフラーだけ巻いたまま
私はあかりちゃんに飛びついた。

櫻子「おはよっ、あかりちゃんにちなつちゃん!」

ちなつ「おはよう……櫻子ちゃん、どうしたの?」

ぎょっとしたように言うちなつちゃんに、「たまにはやってみたくて!」と
Vサイン。京子先輩みたい、と呆れた様に笑われたけれども。

あかり「えへへ、櫻子ちゃんあったかーい」

櫻子「でしょでしょー?」

あかり「うん、でも向日葵ちゃんは?」

突然向日葵の名前が出て反射的にあかりちゃんから身体を離す。
あかりちゃんはきょろきょろ辺りを見回すと、「いないねぇ」と私を見た。
ちなつちゃんも「いつも一緒にいるのに」と言いながら見てくるものだから、
「今日は休みっ」顔を逸らした。

あかり「あ、そっかぁ……」

ちなつ「だからかー」

櫻子「えっ、なにが?」

あかりちゃんとちなつちゃんは何をわかったのか、今朝会った楓のようににこにこと
笑いながらそう言う。あかりちゃんは「大丈夫だよぉ、今日はあかりたちがいるから」と励ますように
言ってくるし、ちなつちゃんなんかまるで小さな子ども扱いだ。

ちなつ「よしよし、向日葵ちゃん明日にはきっと来てくれるからね」

櫻子「べ、べつに来なくてもいいし」

さくひまの風邪ネタが被るとは

>>21
被ってたならすまん

あかり「そんなに心配しなくても平気だよぉ」

櫻子「心配なんてしてないもんっ」

ちなつ「だいじょーぶだいじょーぶ」

いったいなんなんだ。私、そんなに変な顔してたのかな。
それからすぐにチャイムが鳴って、あかりちゃんたちが自分の席に着きに行って。
後ろの空っぽの席。
先生が来てストーブもついて温かいはずなのに、背中は妙に寒々しかった。

―――――
 ―――――

なんだか調子が出ない。
元気がないわけじゃなくって、調子が出ないだけだけど。
そのことに気付いたのは、昼休みも終わって五時間目の体育の時間。
得意のはずの跳び箱も上手く飛べないし、飛べないと思ったらいつのまにか向日葵と
どうやって話せばいいんだろうとか考えてるし。

あかり「櫻子ちゃん、大丈夫?」

今だって失敗。
マットの上にぽすんと落ちた私を、あかりちゃんが心配そうに見下ろしてきた。
なんとか起き上がりながら「大丈夫じゃないかも」と答える。
私のせいで歪んでしまったマットはちなつちゃんが元に戻してくれた。

ちなつ「いつも櫻子ちゃん、ぴょんぴょん跳んでるもんねー……」

あかり「向日葵ちゃんが前にカエルみたいだって言ってたんだよね」

ちなつ「言ってた言ってた」

あかり「でもほら、こういうときもあるよ櫻子ちゃん」

ちなつ「そうだよ、ドンマイだよ!」

うん、と頷きながらも違和感を感じた。
こういうとき、こんなふうに励まされることに慣れていないから反応に困る。
向日葵がいたら。

……いたら。

櫻子「あぁもうっ!」

頭を抱えた。あかりちゃんとちなつちゃんが驚いたように固まる。
なんなんだ私。
何が向日葵がいたらだ、べつに向日葵なんていなくてもいーし!
寂しくも無いし逆に清々する!

けど、やっぱりなんか違う。
全然燃えないし楽しくないし。

あかり「櫻子ちゃん……」

ちなつ「そんなに向日葵ちゃんに会いたいんだね……」

櫻子「違う……もん」

うまく声が出てこない。寒さのせいで凍りついたみたいだ。
でも私、会いたいのか。向日葵に。
ちなつちゃんの言葉が徐々に染み込んできて、それで会いたいのかも、なんて思った。

私、向日葵に会いたいんだ。

――――― ――
綾乃「あら?大室さん、古谷さんは?」

櫻子「休みですっ」

千歳「あららー、風邪?うちらも気ぃつけなあかんなあ」

櫻子「はいっ、ところで先輩方、今日の仕事は!」

放課後、ちょうどいい感じに温められた生徒会室がぴきんと凍りついた。
みんな私に注目している。みんなといっても杉浦先輩と池田先輩と、それから会長だけだけど。
これはどういう意味だろう、次期生徒会副会長として何か言っといたほうがよかろうか。

綾乃「ええと、そうね……」

千歳「ほ、ほなこの書類、わけてくれる?」

櫻子「りょーかいですっ」

びしっと敬礼して、さっそく池田先輩の持ってきた書類の束を受取った。
すごい量だ。しかしいつもこれだけの量を向日葵がやってると思うと怯んでられない。

綾乃「ところで大室さん……その、あまり無理しなくても」

櫻子「はい?」

急いで書類を片しながら、私は杉浦先輩を振り返った。
なぜだかひどく心配そう――というより不安そうな顔をして私を見ていた。
池田先輩までもが「そうやで」と頷く。

櫻子「ぜんぜん大丈夫ですよー、これくらいできますって」

綾乃「それはそうだろうけど……」

櫻子「向日葵がいないから私がやんなきゃですし!」

いつも向日葵がやってる仕事。
そんな向日葵がいない今こそ巻き返すチャンスっていうか。そういうの。
それに、生徒会に顔も出さずに会いに行ったらきっと向日葵はよけいに怒るだろうから。

綾乃「そう……」

櫻子「はいっ、だから任せてくださいって!」

とんっと胸を叩いてみせると、ばさばさっと超特急でわけた書類たちがぱらぱらと
机の上から舞い落ちていった。

櫻子「あぁー!」

千歳「や、やっぱうちも手伝うわ!」

櫻子「え、けど……」

拾うのを手伝ってくれながら、池田先輩が言う。
しかし他の仕事だってあるのにそんなこと。

千歳「大室さん、急いでるみたいやし。な?」

綾乃「……そうね、私も手伝うわ」

池田先輩がにこりと笑ってそう言うと、杉浦先輩も頷いた。
さすが私の先輩方だ。
慌てて頭を下げようとして、目の前を白い手がよこぎった。ぎょっとすると、
それは会長の手。

りせ「……」

櫻子「あ……」

千歳「ほら、はよやってしまお」

綾乃「大室さん、手を止めて暇ないわよ」

ストーブが近いせいだ。
目頭が急に熱くなって、私はいつもよりも大きい声で「はいっ」と返事した。
ありがとうございますっていうのは明日、向日葵と学校に来てからだ。
だってこれは、ほんとは向日葵の仕事なんだし。

>>39
ミス
>綾乃「大室さん、手を止めて暇ないわよ」

綾乃「大室さん、手を止めてる暇ないわよ」


「お疲れ様でしたーっ」と声をかけて、私は生徒会室を飛び出た。
マフラーもろくに巻かず、コートなんてボタンをかけちがえてるかもしれない。
しかしそんなことを気にしている暇なんてなかった。せっかく先輩方も手伝ってくれたのだ。
だったら、早く、もっと早く、向日葵のところに行かないと。

寒い中、走って走って走って。
ようやく辿り着いたときにはもう日が暮れかかっていた。薄暗い中、私は息を切らせて
向日葵の家の前に立つ。ここまできたらもう勢いだ、そう思ってもいざとなったら手が
動いてくれない。ドアをがらっと開けるだけなのに。

櫻子「……あ」

そのとき、巻くだけ巻いて出てきたマフラーがはらりと首元から落ちた。
向日葵とおそろいの。

慌てて拾い上げ、それから深々と深呼吸。
「ひーまっわりーっ!」

制服のポケットが震える。
取り出した携帯、開けたメールには『開いてますわよバカ!』と変な絵文字付きの、
向日葵からのメールだった。

なんだ、メールできるだけ元気じゃん。
だから私も、動けバカ。
手はいくらかじかんでたって、このドアくらい簡単に開けられるじゃんか。

櫻子「バカじゃねーし!」

キィッ
ドアを開ける。重い。重いけど、でもドアは確かに開いてくれる。
私は大声を上げながら、向日葵の家に上がりこんだ。

家の中は暗くてしんと静かだった。
しかし奥の向日葵の部屋からがさごそと音が聞こえた。私は靴を脱ぎ捨てると、
そこまで駆け寄る。

櫻子「櫻子様のさんじょーだっ!」

中に入ってしまえばもう仕方無い。
躊躇う暇もなく、私は襖を開けた。ベッドから身を起こしかけていた向日葵と
目が合う。

あ、このあとのことなんにも考えてなかった。

向日葵「櫻子……」

櫻子「な、なにっ!?」

向日葵「……コートのボタン、かけちがえてますわよ」

知ってるし!と強がりながら、向日葵の部屋に転がり込む。
あの可愛い妹が置いていったのか、おっぱいがどうとかいうシュールな絵本が
テーブルの上に置いてあるがまあ気にしない、ことにする。私が来ることわかって
置いてったんならいくら楓でも一旦懲らしめなきゃならないが。

櫻子「そういえば楓は?」

向日葵「花子と一緒に遊びに行きましたわよ」

櫻子「じゃあ今向日葵一人なんだ」

向日葵「そうなりますわね」

櫻子「……」

向日葵「……」

気まずい。
確かにかけちがえていたボタンを外してコートをその辺りに脱ぎ捨てながら、
私は置いてあったクッションを抱いて座り込む。

向日葵「ちゃんとノート、うつしてきてくれましたの?」

櫻子「ぜんぜん」

向日葵「じゃあなにか連絡でも?」

櫻子「まったく」

向日葵「ならなんで来たのかさっぱりですわ」

櫻子「なんでって……!」

言いかけて、ぷいっと顔を逸らす。
向日葵はまた布団に横になると、私に背を向けた。

櫻子「……ノートはあかりちゃんが今度貸してくれると思う」

向日葵「さすが赤座さんですわ」

櫻子「ちなつちゃん、また帰ったらメールするって言ってたよ」

向日葵「吉川さんも優しいですわね」

櫻子「……」

会いたかったはず。
会いたかったし、だから今向日葵と会えて嬉しくはないけどほっとしてて。
なのに、なにも言えない。いつものような口ゲンカもできないし、何より弱って
横たわっている向日葵は見たくなかった。

櫻子「……なんで風邪なんか引くのさ」

向日葵「はあ?」

櫻子「意味わかんない、なんで風邪引いて熱出して学校休むのさ!」

向日葵「そっちこそわけがわかりませんわ」

櫻子「私は弱った向日葵とケンカしたって楽しくない!」

何言って、と向日葵が口をつぐむ。
私に向けた向日葵の背中が小さく丸まった。

櫻子「だって、楽しくないんだもん!なんにも楽しくない!」

向日葵「……」

櫻子「向日葵と一緒じゃなきゃやなんだもん!マフラーだって!」

それからはっとする。
さっき鞄の中に詰め込んだ、向日葵とおそろいのマフラー。
そのもっと奥に眠っている、向日葵のくれた新しいマフラーのことを思い出す。

向日葵「櫻子……」

櫻子「こっち見んなし!」

向日葵「え、えぇ……」

今の私の顔なんて、死んでも向日葵になんて見せたくない。
どんな顔をしてるかはわからないけど、きっとひどい顔に決まってる。

櫻子「マフラーだってさ、別にもらって嬉しくないわけじゃなかったけど!」

昨日、ケンカした理由。
新しいマフラーをどうしてつけないんだって、向日葵が怒って。
私はあんなのつけられないって言って、それでケンカになった。

悪いのは、そんなの決まってるけど、どうしても嫌だった。

櫻子「でもやっぱ向日葵と一緒のがいいの!」

せっかくおそろいで買って、小学校の頃から二人でつけていて。
そんなのを簡単に手放せるはずなんてなかった。

向日葵「……」

櫻子「……」

向日葵「……」

櫻子「聞いてる?」

あまりにも静かなので、もしかして寝ちゃってるんじゃないだろうかと思った。
訊ねると、向日葵は「聞いてますわよ」とまだ不機嫌そうな声で。
せっかく人がかなりの勇気を奮って本当のこと打ち明けたっていうのに。

向日葵「……それならそうって、最初から言ってくれればよかったんですわ」

櫻子「……そ、そりゃそうだけど」

向日葵「まあ、櫻子ですものね」

櫻子「どういう意味だ」

向日葵「素直じゃないのは昔っから」

そういう向日葵だって、素直じゃないくせに。
振り返った向日葵は熱のせいか赤い頬で、それからその瞳が少し濡れていた。

櫻子「……悪かったね素直じゃなくって」

向日葵「ほんとうに」

櫻子「……まあ、そういうことだから」

私はがさごそと鞄の中を探ると、向日葵のくれたマフラーを取り出した。
少し長いけど楓が大きくなったときにつけられるはずだ。
それを向日葵に差し出す。

向日葵「受取りませんわ」

けれど、起き上がった向日葵は言葉通り受取ろうとはしなかった。
「でも私が持ってたって意味ないじゃん」と言うと、向日葵は溜息。

向日葵「せっかく作ったものを蔑ろにする気?」

櫻子「蔑ろって?」

向日葵「……無駄にする気ですの?」

櫻子「そういう、つもりじゃないけど」

ごにょごにょと俯くと、向日葵は「なら」とマフラーを取り上げて手元で
広げてみせた。

向日葵「おそろいのが欲しいなら、櫻子もこれと同じものを私に作ってくれません?」

櫻子「はあ!?そんなのできるわけないじゃん!」

向日葵「私も手伝うから」

そうは言われても、とてもじゃないが作れる気がしない。
自分が作ることを考えて改めてそのマフラーを見ると、
かなり手が込んでいるように見えた。

櫻子「っていうか、前のマフラーじゃだめなの?」

向日葵「成長してない櫻子にはわからないかもしれませんけど、短くて不恰好ですわ」

櫻子「いや私も短いし……って、あ、そっか」

短くなってるから向日葵が私に新しいマフラーをくれて。
それなら向日葵だって違うマフラーに替えればよかったのに、
私が変えるまで同じマフラーをつけようとしていた。

櫻子「冬、終わるまでに作れないかもよ」

向日葵「それなら来年、つければいいでしょ」

櫻子「……仕方ないから作ってやろう」

向日葵「ま、ほとんど私が作るようなもんなんでしょうけど」

櫻子「なんだと」

向日葵「そのとおりじゃないですの」

櫻子「ぐぬぬ」

まあそりゃそうだけど。
そう言われると、向日葵が驚くくらいのもんを作ってやりたくなる。

櫻子「明日から作る!」

向日葵「はいはい」

櫻子「だからさっさと風邪治せ!」

さっさと風邪治して、私に教える。
それが正しい下僕の在り方だ。

向日葵「……言われなくても治しますわ」

向日葵は不意をつかれたように黙り込むと、顔を逸らして言った。
私はその返事に満足すると、コートと短いマフラーを持って立ち上がった。
今日のところはそろそろ帰ったほうがいいだろう、またゆっくり休めないとか
ぎゃあぎゃあ言われるだろうし。

櫻子「んじゃあ帰る」

向日葵「……えぇ」

櫻子「また明日」

向日葵「また明日」

櫻子「あとマフラー、一応、感謝はしてるから」

その後の返事は聞かなかった。そのまま襖を閉めて向日葵の家を出る。
私まで向日葵の風邪が移ったのか、かあっと顔が熱くなってきたから。


冬の朝は凍えそうなほど寒い。
というより正直なことをいえば、既に凍えて死にそうだ。
きつくきつく巻いたマフラーも、しっかり着込んでいるはずのコートでさえも
この寒さを凌ぐためにあるはずが、まったくと言っていいほど役立たずだ。

早く来ないかなあ。
そんなことを思いながらひっそり静かな隣の家を恨めしげに見上げる。

櫻子「……私が風邪引くっての」

呟いたとき、まるでその言葉が聞こえたかのようにキィーッと向日葵の家の
ドアが開いた。
「ひまわりっ」と、声を上げる。

向日葵「櫻子」

櫻子「……おはよ」

向日葵「おはよう」

白い息を吐きながら、向日葵が言う。
しっかり着込んだコートに身を包みながら玄関を出てくる向日葵の首元にはマフラーが
なかった。

櫻子「マフラーは?」

向日葵「……あまりにも短いので巻いてられませんわ」

櫻子「えっ、じゃあ」

向日葵「……だから私のあげたマフラー」

ずっと鞄の中にいれてるなんてことは知られたくないけど、仕方が無い。
がらくたばかり入っている鞄の中から長いマフラーを取り出すと、向日葵はそれを
自分の首に巻いた。

それから。

向日葵「おそろいじゃないと嫌なんでしたら、もう少し余ってますけど」

確かに、あと一人分くらいの長さは優にある。
でも、二人で同じマフラーを使うなんてそんなの恥ずかしすぎる。
「どうするんですの?」というように向日葵が私を見てきて、私は迷った末に。


櫻子「私がマフラー作ってやるまでだからな」

向日葵「当たり前ですわ」

短いマフラーを鞄にしまい、かわりに新しいマフラーを巻いた。
すぐ隣に、向日葵の存在。 なんだかすごく安心した。
やっぱり私の隣は向日葵じゃなきゃ。

櫻子「よし、いくよー!」

向日葵「ちょ、ちょっと櫻子、苦しいですわ!」

櫻子「死にはしないって」

向日葵「物騒なこと言わないでくださる!?」

ちらちらと雪が降ってきた。
それでも、寒いけどあったかい。

終わり

書き終わってから今日はハロウィンだと気付いた
支援保守、最後まで見てくださった方ありがとうございました
それではまた

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