霧切「…………見たわね」
苗木「ご、ごめん……いや、故意じゃないんだ……」
苗木「っていうか……手袋の中の見られたくないものって、それなの?」
霧切「……ええ」
苗木「…………」
苗木「手袋で隠してたら意味ないんじゃ……」
霧切「その都度めくって確認しているわ。手間だけど、仕方ないもの」
霧切「その手間が嫌になって手袋に書いた方こともあったけど、一日過ごして本末転倒だと気づいたわ」
苗木「一日かかったんだ。その場で気づこうよ」
苗木「気持ちはわからないでもないけど、そんなに隠すことかな……?」
霧切「そんなに隠すことよ。恥ずかし過ぎるじゃない……この年になって左右の区別がついてないなんて」
霧切「真実を知ってしまった苗木くんを如何にして亡き者にするか考えるくらいに恥ずかしいじゃない」
苗木「嘘でしょ!? 唐突な命の危機だよ!」
霧切「私の右ストレートでこめかみを撃ち抜かれたくなかったら今知ってしまったことは忘れなさい」シュッ シュッ
苗木「そっちは左手だよ」
霧切「……」
苗木「それに、こめかみを撃ち抜くなら普通はフックだよ」
霧切「……」
霧切「……何が望みなの?」
苗木「え? いや、別に何も……」
霧切「どうすればこの事を黙っていてくれるの?」
霧切「お願い、誰にも言わないで。死ぬ以外のことなら大概できるから。なんでも命令して頂戴」
苗木「い、言わないよ! 命令もしない! 霧切さんが嫌がるようなことはしないよ……」
霧切「じゃあ私が喜ぶような命令をして頂戴」
苗木「霧切さん、とりあえず落ち着こう」
苗木「そ、そうだ。右と左が区別できるようになれば問題は無くなるんだよね?」
霧切「それができないから苦労してるのよ」
苗木「ほら、聞いたことない? お箸を持つ方が右手、お椀を持つ方が左手、って」
霧切「なによそんなこと……お祖父様に聞いたことあるわ」
霧切「ただ、その喩えに出てくる『オハシ』とやらに心当たりが無いわ」
苗木「嘘でしょ……!?」
霧切「そのオハ氏とやらは何者なの」
苗木「人じゃないよ。道具だよ。話の流れでわかろうよ」
苗木「じゃ、じゃあ、フォークとかスプーンは使ったことあるよね?」
霧切「ええ、何度か」
苗木「霧切さん普段どうやって食事してるの? インド人なの?」
霧切「それを知ることで左右の区別の問題に決着がつくの?」
苗木「別の問題が露わになり始めたよ。霧切さん」
苗木「じゃあ、その数える程しか使ったことのないフォークとスプーンはどっちの手で握ってた?」
霧切「さあ……覚えてないわ」
苗木「……困ったね」
苗木「あ! じゃあ物を書くときは? ペンはどっちの手で握る?」
苗木「もしくはサッカーの話でも良いよ。どっちの脚で蹴る?」
霧切「そのときの気分次第ね」
苗木「…………」
苗木「じゃ、じゃあ時計の針で覚えよう!」
苗木「針が進む方が右、逆が左。どう? 覚えやすいでしょ」
霧切「いいえ、苗木くん。その覚え方には穴があるわ」
霧切「30分を超えたら針は逆方向に進むじゃない」
苗木「…………」
苗木「……」
霧切「0を起点にするに決まってるじゃないか、とでも言いたそうな顔ね」
霧切「でも私がそれを覚えていられるかは別の話よ」
霧切「いざ右と左を思い出そうとしたときに『あれ? 0を中心にするんだっけ? 6を中心にするんだっけ?』となってしまう可能性はあるわ」
霧切「いえ、十中八九そうなるでしょうね」
苗木「ねえ、霧切さんってもしかしてアホなの?」
霧切「っ! 苗木くんの癖に……失礼な口を利くのね」
霧切「仮に私がアホだったとして、それは私が左右の区別がつかないことと関係が無いでしょう」
苗木「大いにあるよ! アホだから覚えられないんだよ!」
霧切「……」
苗木「ご、ごめん……言い過ぎたよ」
霧切「別に気にしてないわ」
苗木「目に涙を溜めながら言わないでよ……罪悪感がすごいよ」
苗木「そ、そうだ! 手の甲に書くのが嫌で隠してるなら、いっそその手袋を目印にしちゃえば良いんじゃないかな?」
霧切「手袋を目印に……?」
霧切「何を言っているのかわからないわ」
苗木「例えば、左右で手袋の色を変えてみるとか。右手に紫の手袋をして、左手は白い手袋にするとか」
霧切「……いざ思い出そうとしたときに『あれ? 紫が右だっけ? 白が右だっけ?』となる可能性が……」
苗木「あるね。ごめんね。この案は却下で」
苗木「じゃあ……手袋の有る無しで判断するのも難しいか……」
霧切「まあ……それならギリギリ……」
苗木「いけそうなの? 基準がよくわからないよ……」
霧切「でも、片方だけ手袋をしてるなんて何だか格好悪い気がするわ」
苗木「いちいち手袋めくって手の甲確認するよりは幾分マシだと思うけど」
苗木「っていうか……よく今まで困らなかったね」
霧切「いや、困り切った結果がこの手の甲なのだけれど」
苗木「ああ、そっか……」
霧切「一番困ったのは視力検査の時よ……全部見えているはずなのに何故か恐ろしいスコアを叩き出したわ」
苗木「得点制なの? いやそこは問題じゃないけど」
霧切「タクシーの運転手に右折と左折を言い間違えてあらぬ場所にたどり着いたこともあるし……自分で言うのも難だけど、どうしようもないわ」
苗木「どうしようもないね」
霧切「……どうしたら覚えられるのかしら……」
霧切「こっちが右……こっちが左……あれ? こっちが右……?」ブツブツ
苗木「まあ、ゆっくり考えようよ。僕もできる限り協力するから」
霧切「……ありがとう、苗木くん」
…………………
モノクマ「なかなかコロシアイが起きないから、僕が動機を用意しちゃいましたー!」
十神「動機……だと?」
モノクマ「まあまあ、僕の言いたいことはその封筒の中身を見ればわかるよ」
大和田「お、おいなんだこりゃ……」
葉隠「な、なんでこんなことをおめーが知ってんだべ!」
モノクマ「うぷぷ……早く殺し合わないと、僕がその『恥ずかしい秘密』を暴露することになっちゃうかもねぇ」
苗木(『苗木くんは小学五年生までおねしょをしていた』? なんだこれ……バカバカしい……)
苗木(こんなことでコロシアイが起きるわけが……)
霧切「あ……ああ……」ガタガタガタガタ
苗木「……」
朝日奈「き、霧切ちゃん? 顔色がヤバいよ……?」
石丸「あの霧切くんが……ど、どんな秘密を握られていたというのだ……?」
苗木「……霧切さん、ちょっと」
霧切「お、お終いよ……墓場まで持って行くと決めていた秘密が……」
苗木「霧切さん」
霧切「も、もう……ここを墓場にするしか……」
苗木「霧切さん!」
霧切「」ビクッ
苗木「ちょっと話があるから僕の部屋に来て」グイッ
………………
苗木「霧切さんの『恥ずかしい秘密』って、あのことなんでしょ?」
霧切「……」コクコクコク
苗木「……まさか、モノクマの思惑通りコロシアイを始めようだなんて思ってないよね?」
霧切「……そんなことしないわ」
霧切「私はただ、如何にみんなに迷惑をかけずに自殺するかを考えただけよ」
苗木「ちょっと待って霧切さん」
霧切「他殺と判断するような要素があったら学級裁判でみんなが混乱するでしょう。やっぱりここはみんなの目の前で毒を飲むか首をかき切るかの二択かしら」
苗木「落ち着いて話し合おう、霧切さん」
霧切「でも……もうだめよ……このことが知れたらきっとバカにされるわ……」
霧切「右も左もわからない能なしの言うことなんか誰も聞いてくれなくなるわ……」
苗木「そ、そんなことないよ。霧切さんはみんなに無い知識をいっぱい持ってるじゃないか」
霧切「死体に関する知識なんて日常生活で何の役に立つのよ……死斑の色調とか強弱とか……なんでそれが覚えられて右と左が覚えられないのよ……」
苗木(僕が訊きたいよ、霧切さん)
苗木「あのね、霧切さん。僕の秘密っていうのが『小学五年生までおねしょをしていた』ってことだったんだけどさ……」
霧切「……へぇ」
苗木「どう思う?」
霧切「かなり恥ずかしいわね。私に匹敵するくらい」
苗木「まあ、同レベルではあるよね……」
苗木「でも僕は人殺しなんてしないし、まして自殺しようとも思わないよ」
霧切「強いのね……苗木くんは」
苗木「霧切さんのメンタルが弱すぎるんだよ」
霧切「………………」
苗木「ごめん。ポロッと本音が。謝るから泣かないで」
霧切「わかったわ……どうせ……どうせあなたもバカにしてるんでしょう、私のことを……!」
苗木「そ、そんなことは……」
霧切「あなたのおねしょはもう治ったから良いでしょうけど……私は現在進行形の恥ずかしい秘密なのよ……!」
霧切「この手袋の下の刻印はずっと刻みつけられたままなのよ……! これからも……!」
苗木「刻印って……油性マジックだよね」
霧切「う……うぅ……」ポロポロ
苗木「……霧切さん。僕、良い案を思いついたんだよ。もう、手の甲に左右を書かなくて良くなる案を」
霧切「ぐすっ……良い案?」
苗木「うん。この前、手袋の有る無しでならギリギリわかるかも、って言ってたでしょ?」
苗木「でも、手袋を片方つけるのは格好悪いから嫌なんだよね?」
霧切「……そうね。そんなこと言ってる場合じゃないかもしれないけれど」
苗木「なら、手袋以外の目印を使えばいいんだよ」
霧切「これは……指輪?」
苗木「これなら目立たないし、手袋みたいに片方でも格好悪くないでしょ?」
霧切「でも……良いの? こんな綺麗な指輪なんかもらっちゃって」
苗木「うん。もちろん」
霧切「じゃあ、遠慮なく……」スッ
苗木「ちょ、ちょっと待って! なんで左手の薬指なの?」
霧切「え? な、何か問題でも?」
苗木(あ、わかってないのか……)
苗木「あ、あのね霧切さん……指輪は右手と左手、どの指につけるかで色々意味があってね……?」
霧切「そ、そうなの……よく知らないわ。私には右手と左手という概念が存在しないから」
苗木「……」
霧切「なら、どの指につけるのが正解なのかしら?」
苗木「……左手の薬指で良いと思うよ」
霧切「え? でも、あなたの慌てぶりからしてあまり良くない気がするんけど」
苗木「だ、大丈夫だよ! 良い意味だよ! 絶対!」
霧切「……早死にするおまじないとかじゃないわよね」
苗木「僕を何だと思ってるのさ……」
霧切「何か怪しいから逆側の薬指につけておくわ」
苗木「……まあ、良いけどさ」
苗木「ともかく、その指輪をつけてる方が右。つけてない方が左。これで大丈夫だよね?」
霧切「ええ。これで忘れないわ。多分。恐らく」
苗木「そこは絶対って言って欲しかったよ……」
霧切「ともかくありがとう、苗木くん……一生、肌身離さずつけておくわ」
苗木「……まあ、またいつか別の指輪をプレゼントするよ」
霧切「え? 私はこれで充分よ。無くしたりなんて絶対にしないし」
苗木「いや、そのときは……できたら左手の薬指につけてもらいたいなぁ、なんて……」
霧切「……混乱しそうだから止めて欲しいわ」
苗木「……」
終わり
このSSまとめへのコメント
途中まで面白いだけにラストを苗木→霧切にしたのは頂けない
それがいいんじゃないか。オチ的な意味で。