ざくり、ざくり。
雪を踏みしめる、ブーツの音。
右方のフィアンマは、近づいてくる靴音を呆然と聞いていた。
体に力は入らないし、右肩からの出血は酷い。
「……?」
視線を、向けた。
そこに立っているのは、一人の少女だった。
華奢な肩、柔らかそうな胸、括れの有る肢体。
女性らしさと幼さを兼ね備える美しい容姿。
真っ白な空に同化してしまいそうな金の髪。
そして。
唯一光る、緑色の瞳。
「右方のフィアンマ、で間違いないな」
彼女は、手に何かを持っていた。
何だかそれは、見覚えがあるような気がした。
「来てもらう。お前に拒否権はない」
ひたり、と右肩に何かがあてがわれた。
緑色の淡い光と共に、詠唱もなく。
ただ淡々と、右腕が接続されていく。
「お、まえは……誰、だ…?」
質問。
シンプルな問いかけに、彼女は無表情で淡々と答えた。
「―――魔神オティヌス。
どこぞの出来損ないと違って、本物の魔神だよ」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1380198797
・魔神右方(オティフィアティヌス)スレ
・ネタバレがありそうです
・ゆっくり更新
・雑談他ネタ提供等ご自由にお願いします
・エロまたはグロテスク描写があるかもしれません
・過去捏造等有り
・ゆっくり更新
途中から、何も覚えていない。
目が覚めた時には、天井が見えた。
木目の、一般的な住宅の様な、天井。
「……」
夢か、とふと思って。
しかし、現実は甘くはなく。
「目が覚めたか」
椅子に腰掛けているのは、隻眼の少女だった。
物々しい眼帯ややたら露出度の高い魔術的に重要な構成をしている衣装はそのままに。
室内だからだろうか、流石に帽子は脱いで傍らに置いてある。
長い脚を組み、彼女はフィアンマを見つめていた。
「……魔神オティヌスだったか」
「いかにも」
「……何の為に俺様を連れてきた」
「対抗勢力に持ち去られる前に、とでも言っておこうか。
後は、まあ、お前の体質は"使える"という理由もないわけではない」
対抗勢力、についてはわからない。
体質、というのは恐らく純粋な『神の子』に匹敵する自分の『力』。
それに基づく莫大な幸運や勝率のことだろう。
「正規メンバーはともかく、非正規に会わせると不味いか…?
特にイリヴィカの奴は個人的に恨みをぶつけそうだからな。
とはいえ、殺すのは簡単……いや、『負』や処理が面倒だ」
少女が何やらつぶやいている。
フィアンマはそんなことを気にも留めず、目を閉じた。
まだまだ眠いし、体力が回復していない自覚はある。
「お前には働いてもらう」
「………」
毛布を被り直す。
相手の力量は何となしに悟ったが、噛み付く程フィアンマは戦闘狂ではない。
また、怯える程弱々しいヒロイン属性も持ち合わせてはいない。
「私の手伝いをしてもらう」
「……手伝い?」
「まあ、幸運アイテムがてらじっとしていれば良い。
お前には露払い程度の性能しか期待していないのだからな」
「そうか」
どうでも良いから寝かせてくれ、とばかりにフィアンマは毛布を被る。
オティヌスはそんな彼の様子を暫く眺め、やがて立ち上がる。
そして、振り返ることなく部屋を静かに出て行った。
目が覚めると、甘くて良い匂いがした。
ジャムと紅茶の匂いだろうか、とフィアンマは推測する。
音からして、恐らくスライスしたバゲットにでもジャムを塗っているのだろう。
「………」
視界をフルに使う。
のろのろと起き上がると、男に声をかけられた。
初老、或いはかなり年配の男性の声だった。
とはいえ、ローマ教皇よりは若い様な気はする。
「お目覚めになられましたか」
「…お前は誰だ」
「私はロキ、と申します。この度はオティヌス様より貴男様のお相手と監視役を申し付けられておりまして…」
「そうかい」
長くなりそうだと判断したフィアンマは面倒そうに会話を切ろうとする。
どこか道化の様で、紳士的な雰囲気を醸し出している男性は紅茶を啜りながら手招いた。
「よろしければ、召し上がられませんか。
聞く所によれば、既に24時間程お食事をされていないようで」
「毒が盛られている恐れを考慮すれば、乗る訳にはならんな」
「ふむ。『善意』に負けて尚、あなたはお信じになられないのですか?」
ビキリ、と嫌な音が部屋に響いた。
否、それはあくまで錯覚だ。
フィアンマが単純に放った威圧感と殺意が、空気を歪めただけのこと。
男性はほんの僅か瞳を揺らし、しかし、怯えを出さないよう努めた。
北欧神話最大のトリックスターたる『ロキ』を名乗る者として、相応しく。
「これはこれは、失礼いたしまして…どうか気をお鎮めください」
「口の減らん奴はあまり好かん」
それだけ言って、フィアンマはベッドから出る。
ふらつく身体で椅子に腰掛け、カップを見つめる。
こぽぽぽ、という小気味良い音と共に、ルビー色の液体が注がれた。
「砂糖などはいかがですかな?」
「不要だ」
フィアンマは手を伸ばし、カップを掴む。
右腕の感覚は、既に取り戻されていた。
まるで、切断されたことなどなかったかの様に。
紅茶を、啜った。
茶葉特有の甘みが、口の中を満たし、喉を潤す。
フィアンマが素直に紅茶を口にしたのは、ロキを信用したからではない。
ただ単純に、毒を盛るメリットが見られなかったからだ。
そもそも、何かをするつもりであればこんな小者を寄越しはしないだろう。
「……」
さく。
少し焼いてあるバゲットには、ブルーベリージャムが塗られていた。
それを口にし、紅茶を飲み、フィアンマはぼんやりと考える。
魔神。
ある程度優秀な魔術師であれば、知っている言葉。
魔術を究めた末に、神様の領域にまで足を踏み入れた魔術師の事だ。
自分はそちらとは違うアプローチせ神の領域を踏破しようとした訳だが。
まさか本当に純粋な魔神が存在しているなどとは思わなかった。
いわば、伝説の存在のようなものだからだ。
「……ふ」
とはいえ、大天使をこの手で"堕ろした"自分が、たかが魔神に驚愕するのも不自然。
口端に付着したジャムを舌で舐めとり、フィアンマはロキを見やった。
「あの女の目的は」
「オティヌス様のことでしたら、はて、私にもわかりかねます」
一介の魔術師になどわかるはずも、と彼は笑う。
フィアンマは退屈そうに脚を組んだ。
数時間程経過して、ロキと名乗った男は出て行った。
再び部屋に一人きりとなったフィアンマは、静かにバゲットをかじる。
思っていたよりも、どうやら自分は空腹であったようだ。
「右方のフィアンマ」
「何だ」
唐突に声をかけられる。
ノックも、ドアが開く音もなく、オティヌスはそこに座っていた。
フィアンマの向かい側に腰掛け、未使用の食器を使って紅茶を飲んでいる。
既に冷えているはずだが、とくにこだわりはないのだろうか。
ロクに味わっていないのかもしれないな、とフィアンマは思う。
結構な高級茶葉を使用しているというのに、少し勿体無い。
神出鬼没過ぎるオティヌスの登場にひとかけらも動揺せず、彼はパンをかじる。
「体調は」
「悪くはないが」
「そうか」
「何か用か」
「いや、単純に退屈凌ぎだ」
オティヌスは視線を時計の方へ向ける。
不自然に歪んだ時計は、如何なる術式にも使用出来ない仕様。
「午後八時か」
「…何か儀式でも?」
大規模な儀式を執行する場合、時間は大事だ。
星の位置、天体の動き、その色合いなどが関わってくる。
時刻を厳密に確認するのは、儀式を成功させるための第一歩。
とはいえ、フィアンマ程の実力ともなると"空の方"を変更して間に合わせる訳だが。
「目的は何だ」
「教える必要はない」
「ただ黙っているというのも退屈だろう?」
「……確率の調整だ」
純粋な魔神にまで上り詰めると、一つの問題が発生する。
あまりにも力が強い、加えて特殊なことにより、確率が均等になってしまうのだ。
要するに。
世界を指先一つで滅ぼせる力を持っていながら。
子供にジャンケンで負ける可能性すら持ってしまう、ということ。
『無限の可能性』。
それはありとあらゆる事柄への不可能を無くす。
が、そのペナルティーの発現や失敗は避けられない。
失敗が確定しているのなら対応も出来る。
しかし、彼女の持つそれは完全に均一の50:50なのだ。
そうなると、簡単なことはともかく、大きな望みは叶えられない。
「それで、急場凌ぎのラッキーアイテムが俺様か」
「10%程度の傾きは生まれるだろう、と踏んだまでだ」
「まあ、好きにしろ」
フィアンマは、別に抵抗しない。
己の状況を嘆くこともしない。
あの少年に負けた時点で、全ては一度終わってしまったことだ。
無駄に抵抗をして殺されてしまっては、あの少年が言った様に世界を確かめることもできない。
もし。
オティヌスが完全な力でもって、この世界を踏みにじろうというのなら。
その時はその時で考える。
様々な事を同時並行で考える右方のフィアンマを。
隻眼の少女は、どこか懐かしそうに見つめていた。
とりあえずここまでで。
旧約一巻リスペクト的展開があるかもしれないです。お察しください。
グレムリンマさんとかオッレルスさん勝目ない…
投下。
『ぞんびー!』
『あっちいけー』
『う、うう……、』
生まれつき、少女は右目が悪かった。
感染するようなものではないのだが、その奇病の見目は酷く。
右目は、まぶたを含めて腐敗した様な色合いになっていた。
見目が良い少女とはいえ、同年代の子供からは気味悪がられる訳で。
特殊な才能を持った人間が在籍する、ローマ正教の孤児院で。
彼女は、独りぼっちだった。
同じ場所に実兄も在籍していたが、彼は助けてはくれない。
というよりも、年齢が四つ程離れているため、あまり接触がなかった。
貴族であった家が潰れる前から、さほど仲がよかった訳でもない。
接触がない理由は年齢というよりもその仲の悪さが原因だろう。
『……こんなめ、いらない…』
ふわふわとした金髪で覆い隠してみても。
やっぱり右目は自分から見ても気持ちが悪い肉でしかなく。
なのに視力は微妙にあるというのだから、救えない。
今年六歳になったばかりの彼女は、すこぶる頭が良かった。
大人顔負けの知識量も、他の子供達との間に溝を作ったのかもしれない。
『………』
一人、膝を抱える。
庭の、雨の日の遊具は誰も来ないから便利だ。
雨宿りをしていたという理由がでっち上げられるし、泣いてもバレない。
『にいさんも、わたしのこときもちわるいっておもってるのかな…』
自分とよく似た、優しげな顔立ちの兄。
彼は実際優しく、沢山の友達が居た。
自分だって、こんな奇病がなければ。
『誰か居るのか?』
『わ、』
誰かが遊具を覗き込んできた。
随分と年上の少年だった。
『こんなところにいると、風邪を引くぞ?』
一緒に行こう、と手を差し伸べられる。
見覚えの無い少年だった。
『しらないひとについていっちゃいけないんだよ』
『ああ、自己紹介が済んでいなかったな。俺様の名前は』
彼はつらつらと自己紹介を行い。
やがて、自分にも名前を聞いてきた。
よくよく考えれば、この庭の敷地から追い出されない時点でこの孤児院の人間なのだろう。
或いは、この孤児院に本日来たということか。
『そうか、XXXXというのか』
『……うん』
『自己紹介はこれで問題ないな。出ておいで』
傘ならあるから濡れないし、と誘われる。
その声は今まで出会ってきた誰よりも優しい色をしていた。
でも。
だけれど。
だからこそ、彼女は躊躇した。
もしもこの暗がりから出て、彼にこの右目を見られたら。
優しいこの態度をやめたりしないだろうか。
『……わたし、びょうきなの』
『病気?』
『……みぎめがへんなんだ。……きもちわるいって、いわない?』
『言わない』
『ほんとに?』
『約束する』
彼女は、唇を噛む。
まだオティヌスと呼ばれる前の彼女は、勇気を振り絞った。
外へ出てみる。雨の勢いは弱まりつつあった。
赤い傘をさした赤い髪の少年は、真っ直ぐに少女の顔を見て。
それから、ほんの少しだけ端正な顔を歪めた。
ビクリ、と背筋を震わせ怖気づく彼女に、彼は心配そうに言う。
その一言は、思っていた以上に温かく、彼女の怯えを払拭するものだった。
『……痛くは、ないのか?』
『……え?』
『いや、その目だよ』
『…いたくないよ』
『そうか。じゃあ、戻ろう』
痛くないなら良いんだ、と彼の表情は穏やかなものに戻る。
たったそれだけのことなのに、少女は安堵した。
それから、傘の中にきちんと入り、施設内へと戻る。
思っていたより長身だった少年は、傘を少し傾けていた。
それは、オティヌスが濡れてしまわないように、との気遣い。
『……と…』
『……ん?』
『…なんでもない』
オティヌスの予想通り、彼は今日から孤児院に来た子供の一人だった。
とはいえ、最年長であるためにどちらかというと大人寄りの考えではあった。
が、虐げられてきた過去があるのか、少し臆病で、とても優しい男だった。
自分が争うのは当然として、他の人間が争うことも嫌いだった。
だからといって頭ごなしに争うなと言う訳でもなく。
多少痛い思いをしてでも喧嘩の仲裁に飛び込む様な、そんな人だった。
痛いのは嫌でも、怖いのは嫌いでも、それ以上に誰かが傷つく方が嫌だから、自分が代わりに。
オティヌスは、そんな人を初めて見た。実の兄でさえ、そこまでは優しくなかったように思う。
『……あの』
『ん? っつ、』
『う、えっと、ばんそうこう、いる?』
『くれるのか?』
ありがとう、と彼はのんびりとした笑みを浮かべる。
そんな笑顔が、少女は好きだった。
六歳も年上の少年は、何だかとても大人に見える。
『おやつつくるのてつだってもいい?』
『それは構わないが、既にXXXXXが手伝ってくれると約束したからな…』
少し困った様子を見せる彼の服を掴んでいるのは、実兄の姿だった。
左目にかかる金の長い金髪を耳に引っ掛けて言う。
『おやつ作ろう。約束したのはおれとだろう?』
自分と同じ緑色の目が恨めしい。
先に約束をしておけば良かった、と少女は思う。
『……何が食べたい?』
『…きめていいの?』
『まだ決めていなかったからな』
しょんぼりと落ち込む彼女を哀れに思ったのか、彼はそう持ちかけた。
少女は顔をあげ、目を輝かせて悩む。とはいえ、作れるものはある程度限界がある。
『じゃあ、じゃあ…ぱんけーきがいい!』
今回はここまで。
少しずつ更新するつもりです。
パンケーキは豆腐を混ぜて焼くとふんわりします。
投下。
ふっくらとしたパンケーキは、冷凍食品を温めたものだ。
バターの匂いが強烈なのは、恐らくバター風味のパウダーの効果だろう。
科学というものも案外悪くないかもしれない、とオティヌスは思う。
メリットを利用するには充分役立つので、科学と魔術の融合―――結社名『グレムリン』にした訳だが。
「……バゲージシティの方は順調なのか」
向かいでパンケーキを食べているフィアンマは、丁寧に林檎ジャムを塗っている。
イドゥンの術式研究の副産物として出来上がった林檎を使用したものだ。
当然、あまり甘くないのでどっさりと砂糖を入れたため、林檎らしさは少ない。
フィアンマの問いかけに、オティヌスは肩を竦める。
「非正規要員の使い回しが出来ないのは少し勿体ないが、概ね順調だ。
そもそも、これは実験なのだから、失敗してもあまり問題はない。
正規メンバーの使い潰しは恐れるべきことじゃないからな」
「使い潰し前提なんだろう?」
「最大限役に立ってもらうが、最終的に必要はなくなる」
かつて右方のフィアンマが行った敷政と同じ。
後の障害になるかもしれない部下は使えるだけ使い潰し、最終的に自分が利を得られれば良い。
「ここから先は、お前の敗因を参考にさせてもらう」
「『善意』。…人の意思の合致か」
「責任の分散を行うとしよう」
ジャムを塗り終え、フィアンマはパンケーキを食べ始める。
くどい程のバターの香りに僅かに眉を寄せ、食べ進めた。
オティヌスはさっさと食べ終わり、事態の報告を受けながら遊戯の準備をする。
「チェスのルールは」
「知っているが」
「相手をしろ」
言うなり、オティヌスはチェスセットを用意する。
広げて、丁寧に駒を並べ、優雅に脚を組んだ。
フィアンマはパンケーキを少しずつ食べ、チェスの駒を眺める。
「どちらが良い」
「白で構わん」
「そうか」
黒は先攻。
オティヌスは細い指でポーンを掴み、ちょん、と動かす。
フィアンマはパンケーキ一切れが突き刺さったフォークを持ち、片手間に駒を動かして手番をこなす。
計画の内容確認をする時に一人チェスは役立ったものだ、と思い返しながら。
「……引き分けか」
「千日手も良い所だ」
一進一退、戦局は変化しない。
オティヌスは仕方なしに引き分けを続ける不毛なチェスをやめる。
「私はバゲージシティへ出向いてくる。お前は?」
「……俺様に意思を問うのか?」
命令形式でないことに、フィアンマは眉を顰める。
パンケーキは食べ終わり、既に皿の上は空っぽだ。
いつでも戦闘は出来る。準備は出来ている。
オティヌスはフィアンマの指摘に内心ハッとしながら、彼に背を向けた。
「………此処に居ろ」
「そうか。一つ進言―――いや、言っておく」
フィアンマの目は、オティヌスを捉えたまま。
鋭い視線を感じつつ、オティヌスは言葉の先を促した。
「何だ」
「上条当麻を殺害した場合。俺様はお前の敵に回る」
「案ずるな。殺しはしないさ」
言って、オティヌスは姿を消した。
独り取り残されたフィアンマは、退屈を持て余し。
時間を有効活用するべく、本棚に手を伸ばした。
提供されたのは、ふんわりとしたパンケーキ。
てっぺんに乗っかっているのはバターではなく、いちごジャムだった。
それも、一キログラム単位で売っていそうな安物。
だとしても、幼い少女にとっては、そんなことはどうでもいいのだ。
むしろ、"大好きなおにいちゃんが作ってくれた"お菓子なら美味しくなくても構わない。
『出来上がったが、少し焦げてしまってすまないな』
『なまやけよりはいいとおもうよ』
はにかんで、彼女はローマ正教式のお祈りを済ませる。
丁寧に切り分けて、口に含んだ。
柔らかなパンケーキは、確かにほんの少しだけこげていて。
だけれど、とっても美味しかった。
彼が自分の希望を聞いてくれて、忌々しい実兄と一緒にでも、自分のために作ったものだから。
実際には孤児院の子供全員分を均等に作っているのだとしても。
やっぱりこれは、この皿に乗っている量だけは、自分のためのものだ。
『XXXXXは何もかけないのか?』
『いっしょのやつがいい』
『俺様と揃えても何も楽しくないと思うぞ? 味覚は人それぞれだしな』
言いながら、彼はガムシロップをパンケーキにかける。
兄のものにもかけてやる。少しだけ羨ましい。
『わたしも』
『XXXXもか』
はい、とガムシロップをかけられる。
苺ジャムが酸っぱく感じたが、それくらい我慢出来た。
幼いオティヌスは、髪が長かった。
背中を過ぎる程の長い髪。
自分では管理しきれなため、以前は親に手入れされていた。
『くすぐったい』
『そうそう引っ掛かりはしないな。良い髪だ』
"おにいちゃん"に髪を梳かしてもらう時間は、誰も邪魔をしない。
この時間がずっと続くなら、一生髪を切らないでいたいと思える。
触れたら割れる薄氷でも扱うかの様に、彼の指先の動きは一つ一つが優しい。
『おにいちゃんは、みんなにやさしくしててつかれないの?』
彼が来てから、自分は悪口を言われなくなった。
それは彼がきちんと子供たちを叱りつけたからだ。
喧嘩があれば必ず仲裁に入り、怪我をすれば不思議な技術で治してくれる彼が、ダメだといったから。
彼女の問いかけに、彼は少し困った様に笑って。
『疲れるが、やらない訳にもいかんだろう』
『でも、けんかをとめるときいっつもけがしてるよ?』
『俺様一人が怪我をする分には構わないんだ』
誰かが痛い思いをするのは好きじゃない、と彼は口癖のように言う。
きっと、彼にも家族がいて。でも、死んでしまったんだろう。
そんな話を、職員がしていたのを聞いた気がする。
『……喧嘩の仲裁程度で怪我をしてしまうのは、俺様が弱いからだ』
『"まじゅつ"は、おにいちゃんはいつもてあてにつかってるけど、こうげきにもなるんじゃないの?』
『なる。……が、それを学ぶ気がしないんだ』
だから一生弱いままだな、と彼は自嘲気味に肩を竦めた。
オティヌスは彼の服袖を掴み、下を向いた。
『わたしも、まじゅつのおべんきょうする。
それで、すごくつよくなって、いっぱいあたまがよくなって。
そうしたら、わたしがいっしょうおにいちゃんをまもってあげる』
『………ありがとう』
「………まったく」
倒れ伏している黒小人を尻目に、オティヌスは上条の右手を握りつぶす。
絶叫する間もなく、彼は急速に意識を途絶えさせていく。
その華奢な手を血まみれにしながら、彼女は無表情で居た。
「戦乱の剣(ダインスレーヴ)を使用するとはな」
彼女は上条を二度『敗北』させ、次いで『戦乱の剣』へ手をかける。
そのまま、何を思うでもなく、ぐちゅりと握りつぶした。
温められたチョコレートの様に、どろりと溶けた残骸が地面に落ちる。
彼女は黒小人の後ろ首を掴み、コツン、と一歩踏み出して。
「……出来損ないが」
彼女は、振り返る。
そこに立っていたのは、同じ魔神の領域に至った青年だった。
金の髪。
緑の瞳。
穏やかそうな整った顔立ち。
何もかもが自分と似通っていて腹が立つ―――忌々しい実兄。
"おにいちゃん"を終ぞ救おうともしない、只の根性無し。
「今のお前に用は無いよ。用があるのはそっちの幻想殺しだ」
さっさと黒小人を連れて帰れ。
命令形が少々気に障る。
が、オティヌスは黒小人、即ちマリアンを抱えたまま、闘技場外に出ようとして。
「……やっぱ殺すか」
過去を思い返し、その力が牙を剥いた。
今回はここまで。
フィアシルは寝取りになっちゃうから…うーん…嫌いじゃないですがしかし右方前方の方がですね、
先に言っておきますが兄→おにいちゃんはホモじゃないです。でも妹→おにいちゃんは淡い恋心です。
投下。
フィアンマは、絵本を読みすすめていた。
内容は問わず、とあるテーマが共通したものを読んでいる。
ガチャ
無骨なノック、次の瞬間にドアが開いた。
立っていたのは、中性的な少年。
『グレムリン』の直接戦闘担当―――雷神トール。
フィアンマの次点位の実力はあるだろう。
もっとも、彼は日々『経験値』を積んでいるらしいが。
「何読んでんの? 右方…おっと、フォルセティちゃん?」
通称名をフルで呼びそうになり、慌ててトールはコードネームに言い直す。
『フォルセティ』。
北欧神話における司法神にあたる。
加えて、神話の中では主神オーディンの孫にあたる存在。
フォルセティは『神々の国(アースガルズ)』中で最も賢明かつ雄弁な神であると考えられている。
平和を愛する優しい神であったので、彼の裁きを受けた者は、彼の判決に従う限り、安全に生きることができた。
……という逸話を持つ神の一人。
当然、この名を持つフィアンマは、『グレムリン』の正規メンバー扱いを受けている。
フィアンマに対してある意味での皮肉であり、ある意味で正しい神の名。
勿論名前を受け取っただけでなく、彼はフォルセティに関わる魔術を扱える。
オティヌスの術式執行を眺めながら、浮かび来るインスピレーションと限られた資料で術式を組み上げた。
元々『特別な才能』をいくつか持ち合わせていることもあるが、努力も関係しているだろう。
『グレムリン』を作るきっかけとなった存在が正規メンバーとは、出来た喜劇の様でもある。
「何か用か」
「いんや、暇つぶし。どうせ勝負してくんねえんだろ?」
「する必要性を感じられないからな」
「つれねえな。まあ、アンタは俺が求めてる『敵』とは少し違うし、仕方ねえか」
彼は本当に退屈らしく、フィアンマの隣に腰掛ける。
そして、何を思うでもなく本へ手を伸ばし、開いた。
「……何だこりゃ。絵本?」
「『シンデレラ』だ。名前位知っているだろう」
「まあ、ポピュラーな童話だしな。しかし何でまた」
「暇つぶしだよ。お前と同じく、な」
実際は嘘である。
フィアンマは真面目に術式研究をしているが、話す気が無い。
彼はかつて、魔神とは違う形で神様の領域に足を踏み入れた青年だ。
自分では理解出来ない範疇に存在するか、とトールは思う。
「これは…絵本じゃねえな。真夏の夜の夢か」
「お前も読みたいならそうすれば良い。俺様の私物ではないが」
「オティヌスの私物にむやみやたらと手を出すなんざおっかねえよ。
あの魔神相手に何ら怯えず何でも出来るのなんてアンタ位なモンだろ」
「何でも出来る、という訳ではないのだが。誤解するな」
肩を竦め、フィアンマは絵本を読み捨てる。
分厚い小説に手をかけ、欠伸を飲み込んだ。
彼が読んでいる本に共通したテーマは『妖精』。
そして。
妖精とはつまり、堕とされた神々のことだ。
「お前は学園都市に出向くのではなかったか?」
「まあな」
荒事のための直接戦闘担当だし、と彼は快活に笑ってみせる。
そんなトールを見つめ、視線を外し、フィアンマはつまらなそうに言った。
「どうせ裏切るなら、死ぬなよ」
「………、…」
バゲージシティにおいての暴虐。
それ以前のハワイにおけるオティヌスの一般人をも巻き込むやり方に、内心トールは辟易していた。
裏切るなら学園都市に入ってから、と考えていた訳だが、まさか見抜かれるとは思わなかったのだろう。
彼はほんの少し動揺した後、本を指先で撫でた。
「やっぱ、戦いたくなるな。こういうハイレベルな相手を見ると」
「裏切りの予兆を見抜いた程度でそこまで高く見るか」
「買いかぶってるつもりはねえよ。負けたとはいえ、一時は『神上』なんつーところまでのし上がったんだろ」
「………その話は誇らしいことでもない」
狂気の向こう側、本物の神様の領域に多く踏み入っても。
結局、最終的に自分は間違っていたのだから、あれは過ちだ。
「それじゃ、俺はそろそろ準備するが…フォルセティは行かねえのか?」
「オティヌスから指示があるかどうかに依る。無ければ勝手な行動はせんよ」
「そうかい」
じゃあな、と彼は手を振って出て行く。
フィアンマは一人、神を殺す手段を模索し続けた。
「目が覚めた様だね」
上条当麻が目を開けた時。
意識が浮上して最初に見たのは、金髪の青年だった。
正確な年齢は判断出来ないが、とりあえず聞く。
「あん、た…は…誰、なんだ…?」
「オッレルス。…魔神になるはずだった、惨めな魔術師だよ」
魔神。
それはきっと、自分の右手首を握りつぶしたあの魔女の様な少女のことだろう。
インデックスの一○万三千冊を使用してようやくたどり着ける魔術師の最高峰の一つ。
「右手は無事再生したようで安心したよ」
「………」
上条は、のろのろと視線を向ける。
握りつぶされたはずの手は、きちんと元に戻っていた。
まだ違和感は残るが、指先を動かすことだって出来る。
「助け、ないと。サンドリヨンとか、後、バゲージシティで被害を受けた、生きてる人を…」
「私の叡智と君の右手があれば、それについては問題ないだろう。取り掛かることにしよう。
それから、君に一つ協力してもらいたいことがある。断ってくれても構わないが、君に得はない」
男の言葉に、上条は僅か、緊張する。
まだ体力が回復していない少年を見下ろし、彼は目を細めた。
紛れもなく、彼もまた、魔神の領域に足を踏み入れている魔術師に他ならない。
「魔神オティヌスの行動を止めること。それが、世界の破滅を防ぐ術だ。
その為に――――かつて『右方のフィアンマ』と呼ばれていた魔術師を奪還する」
『おにいちゃんは、おれがまもってあげるんだ』
『XXXXにも同じ事を言われたよ。…ありがとう、XXXXX』
今回はここまで。
伏字ってすごく便利。
シルビアさんがいたらフィアンマさんもあそこまで歪まずに済んだかもしれない。
感想いただけてすごく嬉しいです。
投下。
人は神を殺せない。
これは、いかなる方法をもってして、不可能だとされている。
唯一の例外が十字教における神の子が殺害されるエピソード。
しかしながら、所詮は神ではなく、神の子でしかない。
三位一体説を鑑みればとんでもないことではあるものの、事実だ。
人が力を合わせて殺す事が出来るのは、神の子が限界。
肉の器に存在せず、天使など比べ物にならない神を殺すことなど不可能。
にも関わらず。
右方のフィアンマ―――現『グレムリン』正規メンバーは何故努力しているのか。
「旧神オッレルス、か」
神を殺す為。
ひいては、先んじて神の座から引きずり下ろすためだ。
人は神を殺すことは出来なくても、妖精位は何とかなるものである。
「………」
ページをめくる。
十字教、ローマ正教の全てを知っている彼にとって、神を超える方法を編み出すのは容易い。
そもそも、『神の右席』は神を当然の如く超越することを考えている集団だったのだから。
それは、異教の神々とて範疇に入る。
というより、異教の神々はローマ正教にとって妖精か同一視されているという逸話か悪魔扱いとなるのだが。
『おにいちゃん、これなんてよむの?』
『これは…いや、簡単に教えてしまうと頭に入らないか。辞書を一緒に読もう』
『おにいちゃんいっしょにあそぼー!』
『ああ、後でな』
『おにーちゃんおにーちゃん、できたー』
『ん? さっきのやつか。もう出来たのか?』
誰にでも分け隔てなく接する優しい少年は、誰にでも好かれた。
ともすれば、化け物と遠ざけられるべき多くの才能を気にされない程に。
そんな彼の様子に、他の子供達に少しやきもちを焼きながら、それでも。
それでも、オティヌスは彼のことが大好きだった。
ずっと、笑っていて欲しかった。
出来ることなら自分の傍で。
それが叶わないなら、遠くでだっていい。
優しすぎて壊れてしまいそうな彼を、見ていたかった。
守ってあげたかった。それだけだった。
理由なんて、なかった。
自分を大事にしてくれた人を大事にしたいと思うことに、理由なんていらないはずだ。
大人になるまでに、立派な魔術師になりたい。
世界中のどんな相手を敵に回しても、おにいちゃんを守れる位に。
こんな平穏な日々が、いつまでも続いていくなら、それでいい。
ここまで警戒しなくても、きっと続くはず。
なのに。
オティヌスは、バゲージシティから『グレムリン』の隠れ家へ戻って来た。
ふんわりとしたブロンドを靡かせ、彼女はマリアンを投擲の槌に任せる。
それから、硬質な靴音を響かせて自室へ向かった。
ドアを開ける。
中にはフィアンマが居たが、眠っている。
オティヌスが戻って来たのに起きない辺り、疲れているのだろう。
彼の周囲には所狭しと本が積まれている。
「………、」
起こそうかと思い手を伸ばした。
しかし、オティヌスは途中で手を止める。
自分が何かをしたいと考えた時、それがどう転がるかわからないから。
「……私は。……もう、二度と」
二度と、傷つけたりしない。
少なくとも、"おにいちゃん"の忘れ形見である、この男だけは。
オティヌスはぽつりとそう呟いて、彼の向かい側に腰掛ける。
眠る表情はどこか幼く、オティヌスの胸を締め付ける。
上条当麻は、無事学園都市へと戻って来た。
オッレルスから教えられた情報は多い。
いくつか気になる点を質問すると、彼なりの視点で、と前置きがついた上で教えてくれた。
「『グレムリン』の魔神オティヌス、か」
家に帰るのは、まだ当分難しいかもしれない。
やるべきことは、既にわかっている。
『主神の槍』の製造に使われる素体たるフロイライン=クロイトゥーネ。
その名を持つ特殊な人間を助け出すことだ。
出来るかどうかはわからないが、やらなければ世界が壊される。
オッレルスの発言全てが真実かといわれると、確証はない。
だけど。
『世界が終わることもそうだが、……私には、右方のフィアンマを救うべき理由がある』
彼の表情は、何が何でもインデックスを守り通したい神裂火織の様な色を、していた。
だから、協力する。しなければならないだけではなく、したいからだ。
右方のフィアンマには色々と煮え湯を飲まされたが、今となっては過去のことだ。
再び世界を救おうなどと馬鹿げた事を考えているならまたぶん殴ってやっても良い。
だが、そうでないのなら、助け出すべきだ。オティヌスの手から。
「あっ、いたいた! 見つけたわよこのバカ!」
学園都市第三位の超能力者―――『超電磁砲』と呼ばれる少女(?)の手によって。
ごちーん☆ といっそコミカルな程の音を立てるパンチが、上条の頭に一発入った。
「それで、何処へ行くつもりだ」
「散歩だ、散歩」
オティヌスに言われるがまま、フィアンマは学園都市へとやって来た。
ちょっとした『細工』を使用して存在感を消している訳だが。
既にマリアン=スリンゲナイヤーや雷神トール、投擲の槌は動き出している。
自分やオティヌスが動く必要は特にないのでは、と思うフィアンマだったが。
「別に主神の槍関係で来た訳ではない」
「なら何の用で来たんだ」
「祭り」
「…何?」
「聞こえなかったか?」
呆れた様子で、しかしながら無表情で、彼女は振り返る。
彼女の服装は魔女の残滓が窺える霊装のそれではなく。
黒いセーターと赤いスカートの、単色同士を組み合わせた少女らしいものだ。
眼帯も、わざわざ医療用眼帯に変更している。
「下働きなど、そういった役割をもった人間にさせていれば良い」
「……」
「来い。私の露払い」
「(おにいちゃんに、また、頭を撫でて欲しかったんだよ。ずっと)」
『グレムリン』を統括する純粋な魔神―――オティヌス
「(デート、か。冗談でもキツいものがあるな)」
フォルセティの通称を得た魔術師―――右方のフィアンマ
「交渉をしよう。……雷神トール」
魔神になり損なった魔術師―――オッレルス
「世界を滅ぼしてまで誰か一人を欲するって感覚は、一生理解できねえな」
全能ながら雷神を名乗る魔術師―――雷神トール
今回はここまで。
戦闘描写が苦手過ぎて話にならないので戦闘描写専門の外注業者とかが欲しいところです。
もしオッレルスが死ぬ展開でも「オティヌス……馬鹿な兄貴で悪かった…」とか謝罪して死ぬんで行って欲しいな
世界を滅ぼしてでもトールくんと性交渉したいオッレルスさん?(混乱)
あんまり風呂敷広げるとたためなくなりますね。
>>101
(そういう展開ちょっといいなと思いました)
投下。
大覇星祭とは違って身内向けの学園都市のお祭り<イベント>――― 一端覧祭。
入学希望者に学校の良さをアピールする、という趣旨の内容である。
『外』の学校で比喩するならば文化祭といったところだろうか。
教師はテーマなどに目くじらを立て、なるべく『興味を惹く真面目な内容』にしようとして。
それじゃ当日客無し閑古鳥だと予想のついている生徒たちはそれに抗う。
結果として。
学園都市は、いつも以上に混沌とした有様となった。
甘いお菓子や美味しそうなたこ焼きなどを扱う屋台が軒を連ね。
空を浮かぶ飛行船はいつも通りのニュースではなく、美少女コンテストを中継している。
『こちらは露出度ハンパないぞ! さてさて、テーマは?』
『なんていうかー、神話のヴァルキリーっていう感じなんですけどー。
ほら、私女神系っていうかー? おへそこんにちはで防御力ゼロって感じだけど似合うかなーって』
自薦他薦問わずこのミスコンには出場出来るようだが、彼女は恐らく自薦なのだろう。
細くくびれた腰は露出し、RPGだったら呪いとかかかっていそうなバカエロ水着の上にボンテージ的な硬質素材。
細身の割に胸はあるらしく、谷間もしっかりと見えている。胸を隠している布面積はとてつもなく小さい。
何というか、プロのグラビアアイドルですら躊躇する様な格好だ。
「……お前はああいうのが好みなのか?」
「何の話だ?」
「じっと見つめていただろう」
フィアンマとオティヌスは、涼しい風の吹き抜ける表通りを歩いていた。
そこら中を着ぐるみが練り歩き、子供達が楽しそうに駆けていく。
そんな中、フィアンマはふと飛行船のミスコンの様子を眺めていたのだが。
オティヌスの気に障ったのだろうか、彼女は無表情で彼にそう問う。
別に彼はスケベ心から見ていたというよりは、『ああいう妙な催しは人寄せになるのか』と観察していただけなのだが。
「答えろ」
何故糾弾する様な雰囲気をもっているのかはわからない。
が、フィアンマは肩を竦めて考えたままを口にする。
「まあ、豊満な肉体の女の方が好みではあるが…?」
ちなみにイメージモデルは聖母マリア様である。
誰かを好きになったことはないし、女に手を出そうと思ったことすらないが。
「……………」
「………」
オティヌスはつまらなそうに視線を外す。
「女とのデート中にミス・コンテストに見とれるのは礼儀としてどうかと思うが」
冗談なのか半ば本気なのか判別がつかない声色だ。
(デート、か。冗談でもキツいものがあるな)
無い無い、と内心で否定しつつも、フィアンマはひとまず黙っておく。
ふと屋台に視線が向き、彼は言葉を口にした。
「食事はしないのか」
「……あのケミカルチックな虹色焼きそばを食べたいのか……?」
フロイライン=クロイトゥーネは逃亡したきり、なかなか見つからない。
未だ身体の中に残る説明し難い違和感にため息を飲み込み、雷神トールは路地裏を歩いていた。
一般人が被害に遭っていなければ良いが、とぼんやりと思う。
上条当麻も動いてはいるだろうが、あちらは手負いだ、あまり期待出来ない。
「ッ、……はー」
息を長く、ゆっくりと吐き出す。
気合を入れなければならない。
かといってサーチ術式を使うとオッレルス勢力に感知される。
出来れば、戦いたくない。
否、経験値を積むという目的の為に戦うのは良いが、その"余波"が心配なのだ。
自分と釣り合う、或いは自分を遥かに凌駕する怪物と戦闘をすれば、ヘタをするとその場一帯が更地となる。
「それは、好ましくねえ、な―――、」
呟きの途中で、雷神トールの身が凍った。
路地裏の出口付近に立っているのは、一人の青年だ。
存在自体が一種魔神オティヌスと同じく伝説扱いの。
オッレルス。
魔神の領域に存在しながら、しかしなり損なった魔術師。
名誉に傷がついている辺りに、かえってリアリティがある。
「交渉をしよう。……雷神トール」
彼の表情からは、何も読み取れない。
ただ、知らぬ間に日常に浸透して滅びをもたらすような、得体のしれない恐怖を醸す威圧感がある。
雷神トールは、ほんの僅か、無駄だと悟りながらも後ずさり。
「……そちらさんの条件は?」
「無限の可能性というのも厄介だな。たかが物一つとるためにバランスを崩すとは」
「治療が必要な程ではない。心配はいらんだろう」
(今の写真は―――俺様、と…?)
屋台物で適度に空腹を満たした二人は、あてもなく表を歩く。
オッレルス勢力などは敢えて裏通りを歩いたりしているため、気づかない。
一時、女聖人とすれ違ってしまったが、気づかれなかったようだ。
そして今先、オティヌスは落とした写真を拾おうとして盛大に転んだ。
流石のフィアンマも、目の前で今正に転ぼうとしている人間を放置は出来なかった。
かといって下敷きになってやる程良心的ではない彼は、ひとまず二歩前に出て。
オティヌスの体を抱きとめると、やや勢いよく自分の胸板に当たった彼女の頭を摩ってやった。
(逆上して腕を飛ばされるかと思ったのだが)
オティヌスはそのまま、暫く動かない。
一般学生は『いちゃつきやがって』といった視線を向けてきているが、害意のレベルではないので気にならない。
「………」
彼女は、顔を上げない。
表情は見えないし、先ほどの一言以降、何も言葉を紡がない。
(おにいちゃんに、また、頭を撫でて欲しかったんだよ。ずっと)
隻眼を少しだけ潤ませて、彼女は沈黙していた。
勿論、今の手の動きは痛みを緩和させてやろうという趣旨のもので、褒めや慰めのそれではない。
そもそも、彼は彼であっても『彼』ではないのだから、感傷に浸る要素なんてない。
「……いつまでこうしているつもりだ?」
「久しくごくごく簡単な日常行動において『負』に傾いたものだからな」
少し動揺しただけだ、と素っ気なく言い、オティヌスは体勢を立て直す。
フィアンマはそんな彼女に優しい言葉をかけるでもなく、再び歩き始める。
ずっと、追いかけてきた一人の男の背中があった。
幼い頃、自分では到底届かないと思った、優しい人だった。
あんな人になりたくて、優しくなろうと努力してきた。
誰にでも平等に微笑みかけ。
誰の頭も平等に撫で。
誰のことも平等に叱り。
誰のことも平等に守ろうとした。
本当は臆病なクセに、誰かが泣く事が嫌で、自分が怪我をすることをわかりながら喧嘩の仲裁をした。
沢山話し合って、一番良い方法を見つけ出して、誰もが納得する和解へ導いた。
彼だってまだ誰かに甘えたい年頃だっただろうに、微塵もそんな様子は見せずに。
どれだけ心細かっただろうか、と今でも思うことがある。
『ここに隠れていれば安全だ。XXXXX。開けられるまで、静かに隠れていられるか?』
『……うん。…お、にいちゃんはどうするの?』
『XXXXを捜してくる。…まだ生きていると信じたい』
『っ、XXXXなんて放っておけば良いんだ、』
『……血の繋がった、たった一人の妹だろう。そんなことを言うな』
頑張って捜して、きっと助けてくる。
そうして鍵を閉めるまでの、僅かな間に見た、いつもと変わらない優しい微笑。
それが、自分の知る彼の最期の笑顔だった。
「事情と目的は理解した。条件的にも、乗ってやるよ。
…しかし、世界を滅ぼしてまで誰か一人を欲するって感覚は、一生理解できねえな」
「別に、私は世界を滅ぼしたい訳ではないよ。あくまで比喩表現の話だ」
たとえ世界を滅ぼしてでも。
彼を救い出せなければ、自分の人生には何の意味もない。
オッレルスの言葉にそう評したトールは、軽く壁にもたれかかる。
元々何にしても『グレムリン』からは離反するつもりだったのだ。
世界が終われば破壊に巻き込まれるので、オッレルスに協力しても問題はない。
条件は単純。
『グレムリン』メンバーとの最終待ち合わせ場所を教えること。
報酬はこの場を見逃す事と、上条当麻と戦闘出来る環境を整えること。
「一般人を巻き込むことに躊躇はねえんだな」
「出来れば誰も巻き込みたくはないが、仕方のないことだろう。
必要であれば、どんな手でも使うよ。………魔術師とはそういうものだ」
遠くで、人が騒いだ時特有の熱気があった。
二人の魔術師は、目を細め。
「とはいえ、俺が抜けるタイミングは俺が決める」
「好きにすれば良い」
「そっちからは聖人のシルビア、ワルキューレのブリュンヒルド、レイヴィニア=バードウェイが出てるんだったか。
心配しねえのか。俺はこれから、恐らくあっちとぶつかると思うが」
「心配する位なら、最初から戦場に出していないよ」
本当に、魔神或いは魔神以上の領域に存在する人間のことは理解出来ない。
トールは肩を竦め、思い出した様に一言だけ付け加えて姿を消す。
「俺に化けるのは構わねえが、オティヌスはともかく、右方のフィアンマにはバレるだろうぜ」
「構わない」
「見目の割には美味なものが多いな」
「『科学的に分析・計算され尽くした』ものなんだろう。
当然、まずくならないように計算してあるんだろうな」
フィアンマとオティヌスは、チョコレート菓子を少しずつ食べていた。
色合いはいやに毒々しかったり、ブラスチック細工の様。
なのだが、味としては上々で、不味くはない。
「しかし、如何に『内』向けとしても眼球チョコというのは悪趣味だな」
「購入した人間がそれを言うのか?」
チョコレートのほかには、飴で造られた一口サイズの猫。
デフォルメ化された猫の見目は愛らしい。
それを躊躇なく噛み砕き、オティヌスは空を見やった。
徐々に日は暮れてきている。
「……頃合か」
「そうだな」
戻るにはちょうど良い時間帯。
そう判断して、オティヌスはフィアンマと共に姿を消す。
何度か普通の少女染みた笑みを浮かべていたオティヌスを思い返し。
右方のフィアンマ、或いはフォルセティは、ふとこう思う。
(……交渉も商談も無しに誰かと一緒に歩くのは、これが初めて…か?)
今回はここまで。
途中からイーモバ規制がなくなっていることに気がついたので空投稿が一部挟まってます。
>『……血の繋がった、たった一人の妹だろう。そんなことを言うな』
ん?ここは兄じゃないのか?
この台詞は誰なのかわからなくなる……
乙。
>>115
フィアンマがオッレルスに対して、オティヌスを大事にしろって趣旨で言ったんじゃないのか?
やあ。支援しにきたよ。
フィアンマさんが今の見た目と変わりないじゃないかとか、服とか色々イメージぶち壊してすみませんが
よければよければ http://viploda.net/src/viploda.net_5670.png
お疲れさまです、仲悪いオッレヌス兄妹かわいい
リアルはひと悶着あったけど、SSは頑張って書こうと思いました(こなみ)
>>115
一応>>116の趣旨でした。が、どちらの解釈でもいけますのでご自由に。
>>119
ありがとうございますそうだ保存しよういや光の速さで保存した
イメージ以上の要初期オティフィアティヌスでした…かわいい…後美しい……
投下。
物心がついた時。
母親はおらず、優しい父親が、いつも面倒を看てくれていた。
何故母親が居ないのか、ということを疑問に思うことはなかった。
それ程までに父親は優しく、いつでも自分を満たしてくれていた。
悪いことをすればきっちりと叱り、抱きしめて無事を喜ぶ。
そんな人だったような記憶がある。
けれど。
10歳になる前に、交通事故で呆気なく死んだ。
家に届いた訃報の意味がよくわからず、何度も書類を読み返した記憶がある。
運の良いことに教会に引き取られ、ローマ正教へ入信した。
そこでの生活は凄惨なもので、針の筵。
一緒にいる人は誰も彼もが厳しくて、冷ややかな日々だった。
時間をかけ、父親を―――唯一の家族を突然喪った痛みがようやっと癒された頃。
狙いすましたかの様に、教会が襲撃された。
最期の瞬間、少し態度の軟化したシスターから涙ながらに追い出されるまま、逃げ出して。
近くの教会の神父様に勧められた施設は、ローマ正教に有用で、特殊な才能を持つ子供が留まる孤児院だった。
教会にいる間に学んでいた魔術が才能として認定されたのかは、わからない。
自分だけに見える『神の祝福』が理由なのかも、判別不可能。
今度の施設が最後の家になればいい、と思った。
その日は生憎の雨で、施設の庭は濡れていた。
傘を差して向かう途中、ふと人の気配に気がつく。
『誰か居るのか?』
『わ、』
直感のまま、遊具を覗き込んだ。
小さく震える、華奢な少女だった。
施設の子供の一人なのかもしれない。
誰かに優しくされたかった。
だから、誰かに優しくする。誰にでも、優しくする。
あの冷え冷えとした教会から逃げ出した時、そう決めた。
『こんなところにいると、風邪を引くぞ? 一緒に行こう』
手を差し伸べると、彼女は酷くうろたえていた。
『しらないひとについていっちゃいけないんだよ』
理由はすぐにわかった。
警戒されているらしい、と苦笑して。
『ああ、自己紹介が済んでいなかったな。俺様の名前は―――』
自己紹介をした。
これで、顔見知り程度の扱いになるはずだ。
『……わたし、びょうきなの』
『病気?』
伝染するものだろうか、と僅かに怯える心を抑え込む。
『神の子』はどんな病人が相手でも、迷わず手を差し伸べたのだから。
そして、自分はそんな優しい人間になりたくて、魔術を学んだ。
魔術を用いて誰かを倒すことは出来ないから、魔術師としては及第点以下だろうけれど。
『……みぎめがへんなんだ。……きもちわるいって、いわない?』
『言わない』
きっぱりと、言い切れる。
見た目など、どうでも良いことだ。
自分もこの赤髪のせいで、何度か虐められたことがある。
自分がされて怖かったことを、人にしようとは思わない。
『ほんとに?』
『約束する』
ようやく出てきた彼女は、とても美しい顔立ちをしていた。
唯一、その長めの前髪に隠された右まぶた。
腐った肉が変色しているかの様な、奇妙な物体と化している。
『……痛くは、ないのか?』
『……え?』
『いや、その目だよ』
『…いたくないよ』
『そうか。じゃあ、戻ろう』
痛そうだ、という感想が先行した。
一生懸命学んできたつもりではあるが、治療出来る気はしなかった。
痛みはなく、幼い頃からの障害の様なものだと聞いた。
なら、後は個性として受け入れるだけだ。不安に思う必要はない。
誰かが争うと、自分が暴力を振るわれた時のことを思い出す。
そんな勝手な理由で飛び込んで、いかにも真面目ぶった話で仲裁した。
喧嘩の仲裁の代償にいくつもの痛みと傷を得たが、後で慰めてくれる子供達が愛おしかった。
どれだけエゴイストなんだろう、と自虐しながら、それでも自己犠牲をし続けた。
どんなに犠牲になっても、母親はいないし、心配してくれた父親ももう居ない。
元々特殊な才能がある子供達は、それぞれの孤独を埋めるべく、俺様に懐いた。
心地よかった。
無条件で認められ、讃えられるというのは。
『……あの』
『ん? っつ、』
『う、えっと、ばんそうこう、いる?』
『くれるのか? ありがとう、XXXX』
『……うんっ』
多くの子供達からは『守りたい対象』として認定されるようになった。
それは自分が弱いからだとわかっているのに、人を傷つける方法を考えたくなかった。
持ち合わせる才能全てを使えば、魔術師として名誉ある職業にも就ける。
そう言われても、今自分が持っている知識を練り直して攻撃に転じることは、自分が許せなかった。
今は、誰も傷つけていないから、優しくされているのだから。
『おにいちゃんは、みんなにやさしくしててつかれないの?』
そう問いかけられた時、心臓が止まるかと思った。
図星を突かれるとは正にこのことだ、と感じた。
でも、本当のことを口にすれば、きっと幻滅される。
優しくされたいから自己犠牲をしているだけだなどとは、言えない。
『疲れるが、やらない訳にもいかんだろう』
自分にも、そう言い聞かせた。
優しくされたいのなら、優しくしなければ。
『わたしも、まじゅつのおべんきょうする。
それで、すごくつよくなって、いっぱいあたまがよくなって。
そうしたら、わたしがいっしょうおにいちゃんをまもってあげる』
『………ありがとう』
下を向いたままの少女の表情はわからなかった。
その言葉が暖かくて、泣きそうで、だが、我慢した。
『今日はもう遅いから寝るか』
『いっしょにねようー』
『そうだな』
大雨の休日だった。
何もすることがないので、誰も彼もが眠っていた。
だから。
気がつくのが遅くなるのは、自然なことだった。
『ん……?』
目が覚めたと同時。
鼻腔を、鉄臭い香りが嫌にくすぐった。
『………?』
起き上がって、ドアを開ける。
廊下に出て少し歩くと、そこには大人が数人、子供が一人眠っていた。
いいや、正確に言えば、死体が転がっていた。
『……ッ』
身体中に寒気が走った。
が、叫んではいけない、とふと感じて、口を噤む。
大人全員が殺されているのに、少し遠くで聞こえる足音は、大人のものだった。
誰かが居る。
そして、転がった死体の損壊具合からして、その『誰か』が殺した可能性が高い。
足音から察するに、一人ではないだろう。二人、ないし三人。
そこまで分析した彼は、息を殺してその『誰か』とぶち当たらないよう気をつけて施設を回る。
昨日まで『おにいちゃん』となついてくれていた子供達が、意思無き冷たい肉塊となっている。
その光景だけで目眩がして、生存者が自分以外に見つからない現状にゾッとした。
『……どう、して、…こんな……』
倒れそうになりながらも、歩き続ける。
やがて部屋に入った時、目の前の少年は生きていた。
身体の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。
『お、おにいちゃん……!』
名はXXXXX。
妹と非常に仲の悪い少年だった。
不安げに緑色の瞳を曇らせ、こちらを見上げている。
そんな少年の様子を見せていると、自分の恐怖などどこかへ飛んでいった。
『大丈夫だ』
手を引いて、クローゼットへ近づく。
扉を開けて中に入ってもらい、知識を総動員して結界を作った。
『ここに隠れていれば安全だ。XXXXX。開けられるまで、静かに隠れていられるか?』
『……うん。…お、にいちゃんはどうするの?』
本音を言えば、一緒に隠れたかった。
でも、まだ生き残りが居るかもしれない。
だとすれば、自分が助けに行くべきだ。
この場で息をしている最年長である自分が。
『XXXXを捜してくる。…まだ生きていると信じたい』
『っ、XXXXなんて放っておけば良いんだ、』
一緒にここに残ろうよ、と少年は言った。
首を、横に、振る。
『……血の繋がった、たった一人の妹だろう? そんなことを言うな』
自分はもう、家族なんて世界のどこを探したっていないけれど。
この少年には、仲が悪くても、妹が居るのだ。
血が繋がった、たった一人の家族が、まだ生きているかもしれないのだ。
自分には出来なかったことが、きっとこの少年になら許される。
『おにいちゃ、』
『頑張って捜して、きっと助けてくる』
精一杯、笑顔を繕った。
泣かせたくない。安心させてあげたい。
結界の中に少年が隔離されたことを確認して、部屋から出る。
またうろつきながらXXXXを探すと、存外近くに居た。
既に『誰か』の存在を知っているのか、或いは死体を見てしまったのか。
彼女は怯え、震え、息を殺して泣きじゃくっていた。
『あ、ぁ、』
『……もう、大丈夫だ』
『ほ、んと…? おにいちゃんがいるから、もうだいじょうぶ…?』
『大丈夫だよ』
根拠はないし、力もない。
でも、彼女達兄妹だけは救ってみせる。
恐らく、生き残りは自分を含めた三人だけだろう。
もう、ここで最後の家にしたいと思っていたのに。
とはいっても、起こってしまったことは今更どうしようもない。
『残りは?』
『見つかんねえな』
『じゃあ俺は南の方を回ってくる』
『なら俺はこっちだな』
予想は半ば合致していたらしい。
二人だったようだ。
同数とはいえ、魔術を学び途中で非力な少女と治癒術式知らぬ自分では勝利出来る訳もない。
どうにか少しの間逃げ出して助けを求めれば、助かるかもしれない。
そんな考えを実行する余裕などなかった。
ドアが氷の槍で貫かれ、強行突破されたからだ。
もはや連絡をしている余地など無い。
覚悟を決めたとして、この極短時間で治癒術式を攻撃に組み替えることは出来ない。
結果として。
自らの無力を呪った少年がとった行動は一つだった。
その身一つで、目の前の少女を、庇うことだった。
殺意を込めた攻撃が飛んだのと、彼が少女を抱きしめたタイミングにズレはなかった。
その軌道は"幸運"にも僅かにズレを生じ、窓枠に当たって光を生じ。
硝子片一つ少女に傷を与えさせまい、と彼は必死に少女を抱きしめる。
幾つもの硝子が背中に、脇腹に突き刺さったが、必死に我慢した。
『お、にい、ちゃん……、?』
『怪我、は…ない、か?』
XXXXXは結界によって絶対に守られているはずだ。
自分が唯一獲得した守る術なのだから、機能している自信がある。
身体中が痛んで、頭の中がおかしくなりそうな程視界が揺れる。
赤く滲んだ視界、その中で、少女は泣きそうな顔で自分を見上げていた。
後ろから聞こえる足音と、男が拘束されているドタバタとした様子を感知する。
よかった。
ずっと、自分の為だけに、人に優しくしてきたけれど。
どうにか、彼女を守ることだけは出来た。
こんな、臆病で弱くて、攻撃など出来ない自分でも。
誰か一人を、最期には守ることは出来たのだと。
なら、もう死んでしまってもいい。
『けが、してないよ。…わたしは、してないけど、でも、』
『……よか、った…』
『よく、ない。ぜんぜんよくないよ。おにいちゃんがけがしてるの、よくないよ――――!!!』
泣き叫ぶ少女の頭を撫でて慰めてやることすら、もうままならない。
指先一つ満足に動かせなくて、言葉を放つことも辛い。
徐々に薄れていく意識と、冷えていく体を自覚する。
思っていたより、死というものは怖くなかった。
自分が慣れ親しんできてしまったものだからかもしれない。
『XXXXX、と…なか、なおり……し、』
して、くれ。
言い切らぬ内に、少年は『死んだ』。
"右方のフィアンマ"の出発点は、病院だった。
ゆっくりと揺れる白いカーテン。
『……』
何も、思い出せない。
ただ、魔術の知識と呼ばれるものや、手順記憶が彼の中に渦巻いていた。
『………ここ、は…?』
辺りを見回す。
何かを忘れていることすら忘れている彼は、ぼんやりとしていた。
病室の外、そんな彼の独り言を聞いた少女は、唇を噛み締めていた。
自分が居なければ、こんなことにはならなかったはずだ。
『名前………思い出せ、ないな…』
音も立てず、少女は病室に入らず、その場を去る。
一人、白い個室に居る少年は、空を眺めながら己の中に残る知識を吟味していた。
これらは、単なる昔の話。
十年も前の、ちっぽけな悲劇のお話。
今回はここまで。
ついクセで空投稿挟んでしまった…。
(オティヌスちゃんは無事にフィアンマさんを守り、結ばれることが出来るのか。こうご期待)
投下。
オティヌスとフィアンマは、『グレムリン』の集合場所へとやって来た。
少し遅れて、マリアンや投擲の槌もやって来る。
多くの戦闘の中、それでも誰一人死亡することはなかったらしい。
ガタゴトと揺れて何かの意思表示をする投擲の槌に、マリアンは軽く寄りかかり。
死体と成り果てた今でもオティヌスの手によって行動を続けるベルシの死体を眺めた。
「よお。皆さんお揃いで」
「トール。回収は」
「残念だが失敗だ」
「素体は」
「だから、失敗だっての。まあ、何だ。代わりにこんなモンを持ってきた」
やって来たのは、長い金髪にどこか女性的な美しい容姿を持つ中性的な少年。
全能の神の力を持ちながら、雷神と名乗る『トール』である。
オティヌスからのそっけない言葉かけにそう応え、彼は肩にかけていたクーラーボックスを下ろす。
パカリ、と中身を開示した。
白い、臓器のようなものが脈打っている。
否、実際それは臓器だったであろう。
オティヌスは僅かに目を細め。
「必要なのは『科学にも魔術にも染まってない全体論の超能力者の素体』だろ?
実際の素体は取り逃がしちまったが、コイツを使って素材から作ればいい」
「私はフロイライン=クロイトゥーネを持って来いと言ったはずだ」
「やるならやれ。もっとも、今の彼女に俺たちが求めた特性が備わってるとは思えねえがな」
腕が、飛んだ。
ボトリ、と少年らしい片腕が地面に転がる。
オティヌスによる『説明の出来ない』攻撃のせいだった。
シャワーコックを勢いよくひねるより余程激しく血液が吹き荒れた。
「が、……?」
雷神トールは、一瞬訳がわかっていないように眉をひそめ。
それから、激痛に思わず絶叫した。
「がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアア!!?」
「マリアン、後で接続してやれ。得意だろう」
オティヌスはそれだけ言うと、痛みに悶えるトールに目もくれず、クーラーボックスを蹴って閉める。
それから肩紐を引っ掛けて持つと、くるり、と背中を向けた。
「フォルセティ、お前は残っても良い。好きにしろ」
「ああ」
指示をして、魔神は消えた。
トールは痛みに耐え、のろのろと腕を拾い上げる。
「う、ぐ、」
「ちょっと待ってて、今すぐやるから、」
マリアンは慌ててトールの腕を接続してやろうとする。
が、彼はゆるく首を横に振った。
「いや、自分で、やる。大丈夫だ」
「でも、」
「は、はは。俺、泣きそうな理由がわかったぞ。
俺ってヤツは、土壇場で命が助かったことが嬉しいんだ」
ぶるぶると細い身体は震え、顔色は悪い。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、トールは言った。
「正直に言う。ちょっと泣きそうだ。出来ればそういうところは見せたくない」
「……わかった。後で何かあったら言ってくれていいからね」
行こう、と投擲の槌を連れ、マリアン達も姿を消す。
その場に取り残されたのは、青年と少年だけ。
いいや。
正確には、二人の青年だけだ。
フィアンマは、静かに目を細める。
『フォルセティ』の術式構築によって更に磨かれた審美眼でもって、一つの事実を見抜いた。
「……お前は、雷神トールではないな」
対して、トールは腕を接続しながら笑った。
緑色の淡い光と共に腕が接続されていく。
明らかに雷神トールの扱う術式ではなかった。
「私は、雷神トールではない」
「……オッレルスか」
「流石にその情報は知らされている、か」
「右方のフィアンマの時から知っていたが」
「そうか。…私はその更に前から、ずっと知っていたよ」
眉を顰めるフィアンマの手首を、少年の手が掴んだ。
血まみれの手だったが、既に震えはない。
あの痛みや絶叫が演技だったとは思えないので、恐らく痛みを魔術で薄めたのだろう。
フィアンマの頭の中に未だ遺る"使用した記憶のない治癒術式の知識"がそう告げている。
「……前から…知っていた…?」
「私とオティヌスと君は、随分と前に出会っている」
そして、約二年間を過ごした。
そのどの時間も、ひとかけらすらフィアンマは覚えていないだろうけれど。
「――――ようやく、追いついた」
十年もかけて、それでもようやく追いついた。
「話したいことがある。話さなければならないことだ」
手首を握られたまま。
フィアンマの頭には、うっすらと、幼い自分と見知らぬ二人の子供が写る写真のイメージが浮かんでいた。
今回はここまで。
(オッレヌスヤンデレスレをやろうと思ったら先を越されていたので無念)
(農業詳しくないのに農業スレはだめですよね…)
乙
そういえばフィ食がボツになったのはなんで?
ちょっと期待してたから
詳しくないのに農業スレは難しいだろう
>>1の他の作品が知りたいなって
雷神右方だって!?超やりてえ! …しかし物語の展開が浮かばない訳で。右方雷神は過去にちょっとやったんですけども。
(加群右方は初耳ですがそれは… フィアソラは口調に自信がないので厳しいですね。フィア火野は徹底拒否されたので恐らく支部かどこかで…)
トーフロとオティ風斬は>>1も好きでした。いいものです。でも一番は未元左方だと思うんです。
>>148
一応色々と考えてはみたのですが現状安価スレは無理、かといって物語の流れが浮かばない…という感じです。
飽きたとか全く考えられない訳ではないのですが…。
>>151
やはりそうですよね…。
>>153
フィアンマスレでググると大体出てきます。
後オッレルスさんとか。性的なイタズラとか。
◆H0UG3c6kjA時代は垣根くんのスレが多いのですが…捜せば見つかるはず。
投下。
「あまり此処に長居すると怪しまれる。
かといって本拠地へ戻れば話す余裕はないだろう。
本当は思い出話に浸りたいところだが、君には…貴方には記憶もない。
だから、手短に済ませてしまうよ」
丁寧にそう前置きして、雷神トールの見目をしたオッレルスは空を見やった。
夕暮れの空は赤く紅く、かの日の、血溜まりに沈む赤髪の少年を思い出してしまう程に。
「私とオティヌス、それから貴方は、十二年ほど前に出会った。
今で言う『原石』、或いはそこまで届かずとも少々特殊な才能を持った子供が籍を置く孤児院で」
「……」
「それから、二年程を楽しく過ごした。私とオティヌスの険悪な兄妹仲を良くしようと、貴方は様々な努力をしていた」
それでも結局仲直りはしなかったし仲も悪いままだが、と彼は小さく自虐的に笑う。
『グレムリン』を裏切らせ、自分の味方につけるための壮大な作り話か、とフィアンマはふと思う。
だが。
記憶がないことは、確かなのだ。
十年前より更に以前の記憶が、自分には存在していない。
有ったのは魔術の知識と、身体中の傷だけ。
そこから先代を殺害して『右方のフィアンマ』へ上り詰め、自分の力の本質を考慮して世界救済を目的に掲げた。
そして、自分の記憶喪失のことを知っているのは、今は亡き年配の医者や看護師だけだ。
守秘義務がある以上、知らせているとは思えない。
脅して情報を入手するにせよ、大元の事情を知っていなければダメだ。
「そうして、二年前。……私達にとって最低最悪の事件が起こった」
「………事件?」
「どこにでも、才能がないと悲観する人間は居るものだ。実際がどうであれ、憂き目に遭えば尚更。
襲撃犯は、才能の無さを嘆く魔術師二名。所属は特に無い、実力もさほどない人物だったようだ。
その二人が、我々の在籍していた孤児院を襲撃した。それが、事件」
「才能のある子供を殺害することで、多少なりとも優越感に浸ろう、などという下らん考えか」
「恐らくは。…当日は大雨、それも一般的には休日である日曜日。
当然、職員も子供達も何をするでもなく寝入っていた」
「………」
「これ幸いと二人は職員を、それから子供たちを殺害した。
生き残ったのは私とオティヌス、そして貴方だけだった」
フィアンマの背中を、冷や汗が伝う。
自分の記憶喪失は、交通事故か何かによるものか、先天性の障害だと思っていた。
「当時、私は十二歳、オティヌスは八歳。貴方は十四歳…ないし十五歳程度だったか。
年長者としての義務感か、持ち合わせた優しさからだったのか、貴方は私と彼女を守る方向へ動いた」
「………それで?」
「私に対しては結界を構築することで攻撃から守った。
オティヌスに対しては、……直接庇うことで、守った。
結果としては、魔術攻撃による脳への甚大なダメージがあった」
「……」
「……貴方は良心を大幅に削られ、記憶喪失となった」
後天的サイコパス、などという単語は本来存在しないが、それに近い。
良心を完全に喪失することはなかったが、欠けている状態。
オッレルスから聞かされた以前の自分の様相は、今の自分とはまるで違っていた。
「………事情はわかった。いくつかの疑問もあったが、お前に質問するまでもない。
だが、何故その話をしに来た。お前にとって今の俺様はその恩人ではないはずだが」
「恩人である事実は変わらないさ。例えば、イギリス清教の禁書目録が幻想殺しを慕っている様に」
話をしに来た目的は一つ。
そこから推論されるオティヌスの行動目的を伝える為。
「私と違い、彼女は貴方の精神的な死を認めていない」
「……」
「私から魔神の座を掠め攫ってでも、彼女は貴方を蘇らせると決めている。
主神の槍を手に入れて行うのは、まずもって現状の世界の破壊。
…恐らく、彼女は魔術師全員を憎んでいるだろう。私には憎悪すら抱いているだろうしね」
そして、彼女が憎む対象は魔術師に留まらない。
世界中が憎悪の対象に含まれる。
「……世界の破壊か」
「それを防ぐ為に、私はここまで来た」
「主神の槍の製造を食い止める為か」
こくり、と彼は頷いた。
フィアンマは、少しだけ考える。
自分の目の前に提示された選択肢は増えた。
幻想殺しのあの少年が救った世界を踏みにじるというのなら、魔神オティヌスは打倒すべき存在だ。
だが、話を聞く限りでは自分は死の予兆を感じて尚彼女を庇ったと聞く。
『誰だって、戦って良いんだ。これだけは守りたいと、そう思ったもののために』
少年はああも言っていた。
ならば、今の自分は以前の自分の遺志を継ぐべきではないのか、とも思う。
迷った時は保留にして、結果が出るまで一人で考える。
それを行動指針にしているフィアンマは、ひとまず保留にした。
オッレルスの発言全てが真実とも思えないからだ。
記憶喪失であったことに漬け込んで何か得を得ようとしている恐れも捨てきれない。
「……まあ、判断は強制出来ない。ただ、これだけは覚えていて欲しい。
たとえ世界がどうなろうと、私は貴方の味方だ。彼女もそうだとは思うが…」
「オティヌスに関しては言い切れないがな。俺様はあくまで記憶を喪う前の俺様の残骸だ。
言うなれば抜け殻、忘れ形見。それを大事にしようとは思っていないだろうな」
別に、右腕を再接続してくれたから善人ではない。
オティヌスの目的が見えない以上、目的のはっきりしているオッレルスを信用した方がこの先確実かもしれない。
軽くそう判断すると、フィアンマは表面上"治療を済ませた雷神トール"を連れ、船に乗り込む。
船の行き先は、『船の墓場(サルガッソー)』。
一種独特な雰囲気を持つ、特殊な作業場所だ。
オティヌスは一人、船の残骸の一つに腰掛ける。
誰も居ないその場所で、彼女は写真をどこからか取り出した。
幼い実兄と、自分と、『おにいちゃん』が写っているものだ。
実兄の顔部分は黒いマジックでぐしゃぐしゃに塗りつぶしてある。
「……」
まだ、自分が幼い少女であった時だ。
無力で、非力で、愚鈍で、故に彼を殺してしまった頃の。
「……」
勿論、彼が逃げる隙を奪った実兄は憎い。
だがそれ以上に、彼を守ると大言を叩いておいて彼に縋った自分が憎かった。
幼かったから、力が無かったから、そんなことは慰めにも理由にもならない。
どうせ非力なら、死んでしまえば良かった。
死体ならば、彼も諦めがついただろう。
そうしたら、彼一人だけでも逃げ出して、助かったかもしれない。
こんな風に、また誰かに懐かれて、笑っていたかもしれない。
『頭部のこの部分への甚大なダメージが』
『結果を申し上げますと』
『記憶喪失…それから、………それから、良心の異常な欠如が見られるでしょう』
『手は尽くしましたが……本当に、申し訳ありません』
『もう、昨日までの彼だとは思わないでください』
沈痛な面持ちの医者と、看護師から渡されたぬいぐるみを抱きしめて必死に泣くのを堪える幼い自分。
そんな自分の隣で、黙って医者の話を聞いていた同じく無力で幼い実の兄。
自分達は、それから更に魔術を究め。
自分は、彼を差し置いて魔神にまで昇りつめた。
後は可能性の制御を行い、世界を破壊して、条理を捻じ曲げた新しい世界を創造してやれば済む。
あんなに優しい少年がこんな不遇に見舞われる世界の不条理など、滅茶苦茶に捻じ曲げてやる。
これが間違っているというのなら、善悪の基準だって丸ごと変更してやる。
自分を初めて気持ち悪がらないでいてくれた、たった一人の人。
どんな手段を使っても、決して救えなかった。
「私が、………助けなくては、いけないんだ」
たとえ、望まれなくても、嫌われても、それでもいい。
彼が戻ってきてくれて、自分と同じ空を見ているのなら、それだけでいいんだ。
今回はここまで。
ところでフィアフレ(イヤ)って良いと思いませんか。
お腹の子供はフィアンマの子ってか?
乙。
フィアフレいいですね。
フィアンマ張り切りそう。
雷神右方は盲目設定のトールルートとかだと俺が嬉しいです
「ぐ、ばァ…ッ! げほっ、がはごほぐっ、」
垣根帝督と呼ばれていた少年が、目を覚ます。
最初は白い謎の塊だったが、徐々に変形していく。
遂には白い内臓一つだった状態から、美しい少年の容姿へと様変わりした。
「意識があるようだが」
「問題ない。素体さえ創造出来れば支障はない」
陰気そうな男の声と、少女らしい声が聞こえた。
垣根は、すぅ、と目を細める。
以前の彼であれば、なすすべもなくただの演算装置とされていたかもしれない。
「……時代は変わったんだよ」
彼は、びちゃびちゃと透明な生理食塩水を滴らせながら、立ち上がる。
彼の指先から地面に伝う白い根の様な未元物質。
それは周囲の船のレーダーや装置といった演算装置全てを飲み込んでいく。
それら全てを吸収することで、彼は爆発的にインスピレーションを高めていった。
「俺を利用しようとするクソ野郎が、生きていられるようなクソッタレな時代は、もう、」
溶鉱炉から溢れた鉄、と表現することすら生ぬるい。
冷戦時代に最も恐れられていた混沌とした時代、その象徴。
暴力の二文字で全てを表現しきれる理不尽な意思が、正に芽生えようとしていた。
一度それが覚醒してしまえば世界中は混乱に巻き込まれる。
が。
その悪しきモノが花開く前に。
ぐじゅっ、と嫌な音がした。
「が……ッ!?」
垣根帝督の動きと思考が、凍った。
彼の背中には、少女の指がめり込んでいる。
その腕に力を込めている様子はなく、表情もリラックス状態に等しい。
だが、その指はズブズブと彼の肉の中へと沈み、脊柱にまで埋め込まれた。
まるで人形の様に、彼女の指先の動き一つで、垣根は無理矢理に言動させられる。
「良いか、スクラップ。私がお前に求めることは一つしかない」
ごりゅごりゅ、とまた嫌な音がした。
垣根の体内で、爆発的な激痛が膨らんでいく。
なまじ死ねぬ身体である為に、ショック死という手段で逃げ出すことも出来ない。
「ぎ………、」
「私の役に立て。それが出来なければ、出来るようになるまで仕込んでやる。
何も知らぬ生娘を、熟練の売春婦へ仕立て上げるよりも余程残酷に、だ」
「がぐ、…ッ」
「わかったか。返事は『かしこまりました』だ」
「か、SHI、こまり、まJIっ、だァア……!!」
「良い子だ」
ゴッキン、と不気味な音が響く。
次の瞬間には、垣根帝督はバレーボール状の球体へ変化させられていた。
その表面には、ガラスに押し付けられたかの様な少年の顔がインプットされている。
「『これ』から素体を創り出せ。お前はこうなる前に私の命令に従えるはずだ」
「了解した」
ひょい、とその球体をベルシに投げ渡し、オティヌスは目的もなく歩いていく。
「……そこで何をしている?」
「おや、これはこれは、フォルセティ様」
裏切りと悪意の神を名乗る魔術師―――ロキは、マリアンの手帳を掠め、細工を施していた。
そんな彼に咎める様な口調でそう問いかけたのは、フィアンマだった。
ロキは温和そうな、しかし底の読めない柔らかな微笑を浮かべる。
「その手帳は黒小人のものだろう。細工でもしていたのか?」
「いえいえ、その様なことは恐れ多く…」
「この俺様に"嘘"をつけるのか?」
彼は、懐から取り出した、既に清めてある澄んだ水を零す。
それはつま先で軽く掘った穴に溜まり、『泉』の象徴となった。
フォルセティの伝承に含まれる『聖なる泉(ヘリゴーランドのいずみ)』の代用だ。
こうして小さくとも魔術記号さえ用意してしまえば、後はフィアンマの発言全てが法律になる。
元の伝承は"何人であれ、ここで口論したり、血を流させたりしてはならない"島の存在。
転じれば、フィアンマに『口論の元』となる嘘をついたりする気持ち、攻撃意思が失せることを意味する。
これを防げないのは『ロキ』として致命的だが、そもそもロキとは、決して強くはない神だ。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回すトリックスターとしての側面が強い為、逃亡や偽装に長けているだけ。
ましてや、本物のロキであればともかく、この魔術師はあくまで"魔術師"。
悪意の神の力を間借りするだけの小者と、正義の神の力の大半を借りる強者とでは、どちらが強いか明白だ。
「正直に申し上げますと、細工をしておりました」
「何の為にだ。オティヌスは必要無いと言っていたはずだが」
「私の考える仮想敵のために、でございます」
「ほう。裏切り者が紛れているとでも?」
「あくまで可能性の話ではありますが…」
「そうか」
フィアンマはそこまで聞くと、マリアンの手帳を見やる。
まだ細工は途中らしく、元データさえあれば修復可能な程度だった。
勿論、フィアンマは移動中の船中にて星の位置などの計測を済ませている。
『―――裏切りは厳罰の対象。掟の一にて自害せよ』
冷徹な青年の声が響いた。
ロキの身体から冷や汗がドッと溢れ出す。
だが、その手は止まらない。
がくがくと脚は震え、表情は強ばる。
しかし、フォルセティの術式から逃げ出すにはもう遅い。
「………ご武運を、フォルセティ様。貴男様の思う様に世界が廻りますよう…」
それだけ言うと、ロキは自分の手を自分の首へあてがう。
両手でぐいぐいと首を絞め、その顔色は徐々にどす黒いものへと変化していった。
窒息に喘ぎながらも、彼は自分で自分の首を絞めなければならない。
本心はどうであれ、深層意識から行っているために、どうしても逃げられない。
「あが、ご、ぐぎゅ、」
「………」
老人がひとりでに死んでいく様を眺めながら、フィアンマは彼が落とした手帳を拾い上げる。
パンパン、と手で汚れを払い落とし、改ざんされた内容を消して、改めて正しい情報を記す。
その情報を記し終わる前に、男の寿命は尽きた。
「トール」
「はいよ」
「外敵はお前が排除しろ。儀式の邪魔をさせるな」
「へいへい。ところで、投擲の槌は? どこまで使って良いんだ?」
オッレルス扮する雷神トールと魔神オティヌスが、言葉を交わす。
気楽な様子で返事をする彼に、オティヌスは的確な要望や許可を伝えた。
「投擲の槌はマリアンに与える。代わりに、お前にはモックルカールヴィを貸し与えることとする。
フレイヤ、フェンリル、ヘル、ヨルムンガルドも好きに使え。とにかく、私の妨げにならなければ良い」
「了解。そいつは、敵さんもかわいそうなことで」
投擲の槌と協力することで雷神を成立させている雷神トール。
当然、投擲の槌と協力出来ない場合、彼は全能としての力しか振るえない。
勿論そちらの方が強力だが、相手を殺害してしまう恐れの方が高い。
あくまで雷神トールとして振舞うオッレルスは、彼になりきって言葉を放つ。
オティヌスはその軽口に応えるつもりはないのか、槍の製造場所へ姿を消した。
ごろり、と寝転がり。
百人中百人は雷神トールと答えるであろう見目のオッレルスは、空を眺めた。
(行きの船での計測は許されなかった。となると、情報を得なければならない。
流石にGPS付きの携帯電話を持ち込めるような呑気な状況ではなかったからな)
となると、正規メンバーの懐を探るのが良いだろう。
非正規の手段もあることにはあるが、その準備をオティヌスに勘付かれては元も子もない。
「よっと」
彼は高い位置から飛び降り、マリアンの背後へ無事着地する。
「マリアン」
「これから準備だから何も頼まれないよ。何か用?」
「モックルカールヴィは山の様な巨人だ。動かすとそのまんまそこに『山』があるように地脈が変動する。
それの運用が儀式内容に掠ると正直マズイ。儀式はどの方角から光を呼び込む? 後は星の位置とか」
「まあ、巻き添えくらって私もお払い箱ってのは困るしね。
ちょ、ちょっと待ってて。ここにメモが…ってありゃ?」
マリアンは両腕に抱えた機材をどうにか片腕で持ち、がさがさと衣服のポケットを漁る。
が、どうやら手帳が見つからないらしい。
どうしよう、と焦っているあたり、ストックはないのだろう。
「黒小人、探し物はこれか」
「へ? ああそれそれ! フォルセティ、どこにあった? それ」
「ロキが勝手に奪ったようだ。お前の不注意ではないだろう」
「ロキが? 内容改ざんされたりしてないかな…」
「俺様が修正しておいた」
「サンキュ。…って、ロキは?」
「処理したが?」
「え……。……。…オティヌスに許可とった?」
「事後承諾で構わんだろう。ロキは今回の件に対して重要な関わりを持っていなかったからな」
「そ、っか」
自分の手帳を勝手に盗んだ上に細工をしようとしていたと聞いても。
やはりフィアンマが殺したと聞けば、仲間だったのに、と悲しい気分になるらしい。
(敵味方の線引きが苛烈な人物と聞いていたが…なるほど、確かだったようだ)
オッレルスはそう思いつつ、急かすでもなく退屈そうに立つ。
そんな彼を見てマリアンは気を取り直したのか、フィアンマから受け取った手帳をそのままオッレルスに渡した。
「それ見て」
「はいよ。ん」
オッレルスは手帳を開き、情報を眺める。
天体の位置情報や計測結果のページも、他ページと同じく均一に読み流していく。
一箇所で留まれば怪しまれてしまうからだ。
「了解了解、大体はわかったよ。引き止めて悪かったな」
「ヘマらないでよ。じゃ、また後で」
マリアンは手帳を懐へしまい、よたよたと機材を運んでいく。
そんな少女の後ろ姿を眺め、オッレルスはちらりとフィアンマを見やる。
フィアンマはマイペースに海水を汲み、丁寧に祈って澄んだ水へ変換していた。
「ロキの野郎が細工ってマジかよ?」
「珍しいことでもあるまい。元々独断専行の多い男だったからな」
「偽装場所の警護は?」
「問題ないだろう。身代わりの護符は人の気配を察知して自動展開する」
傍目から見てまったくおかしくない会話を終えて。
オッレルスは手に入れた情報を手に、これをどうやって外部へ伝えるか悩んでいた。
(モックルカールヴィの心臓は、遠隔操作のラインが通っている。
そのパイプを使って、ここの位置を知らせることにしよう)
彼は静かに歩いていき、さも雷神トールの様に振舞う。
フィアンマはオティヌスの隣へやって来た。
じろり、と隻眼が自分の方を見る。
「ロキを処分したそうだな」
「勝手な思い込みから儀式の邪魔をしようとしていたぞ? 有罪だろう」
「私刑は構わないが、先に私に許可を取ったらどうだ」
「それに関しては謝罪するさ」
軽く返し、フィアンマはベルシの働きぶりを眺める。
「槍の製造作業、俺様が居るとかえってトラブルが起きる恐れがある。
離れた方が良いか?」
「どちらでも良い…と言いたいところだが、儀式を行う人員は最低限で良い。
儀式執行においてお前に与える役割は無い。好きにしろ。
とはいえ、あくまで儀式を行っているということは頭に入れておけ」
「ああ」
返事をして、フィアンマは彼女に背中を向ける。
「ロキが居ない以上、ヤツの指揮権を俺様に譲ってもらいたいところだが」
「………良いだろう」
オティヌスの返答を聞き、フィアンマは目を細める。
そうして、彼は姿を消した。
今回はここまで。
(このSSには死ネタなどが含まれます)
(そういえば言ってなかったなあ、と思い出しまして)
(死んでないのも結構ありますよ! 死んだことがなかったことになったのもあるけど)
投下。
混乱と停滞に見舞われる東京の、とある池の周辺で。
ビール瓶を入れるためのカゴを逆さにした簡易な椅子に腰掛け、その妊婦は釣りをしていた。
「うーん。さっぱり釣れないねぇ。へるすぃーなお魚が恋しい…」
はあ、とため息をつく。
彼女は誰かと通話を行っていた。
「それで、私はどうすればいいのかな?』
『強敵の相手をしろ。おびき寄せる方法は任せる』
「りょうかーい。ところで、指揮権譲渡でもあったの?」
『トールは自分が警護にあたることで精一杯の様だ。
予備指揮権はロキにあったが、現在は俺様が請け負った』
「ふむふむ。まあ、トールは戦闘狂だもんねえ」
のどかに話しながら、細身の妊婦は欠伸を漏らす。
「強敵なら誰でもいいの?」
『好ましいのは幻想殺しだが』
「じゃあソイツを狙ってみるね」
のんびりと返す妊婦。
周囲の人間は、そんな彼女を見て、彼女の携帯電話を奪うのは簡単だと思った。
あるいは、彼女から携帯電話を奪ってはいけないと思った。
「な、なあ、それちょっと貸してくれよ。ちょっとだけでいいからさ」
妊婦―――フレイヤが視線をやるより早く、若い男が彼女の携帯を奪う。
次の瞬間、男の身体は池の中から現れた形容し難い怪物に銜えられ、池の中へと沈み消えた。
「じゃあ行ってくる」
『くれぐれも死ぬなよ。お前の役割は理解しているだろう』
「うん。……案外心配性だよね、フォルセティちゃんは」
彼女は地面に落ちた携帯を拾い、言葉を返して通信を終える。
「さぁて、待ってろよ強敵。この豊穣神フレイヤちゃんがお相手してやるぜ☆」
適当に釣竿を放り投げ、彼女は人ごみへと姿を消した。
ついでに言えば、彼女が使用していたものは携帯電話ではなかった。
ルーン文字の記された、ただの木札だった。
フレイヤへの指示を終え、フィアンマは船の残骸へ寄りかかる。
彼女に幻想殺しとぶつかるよう指示したのは、彼女を救うためだ。
フィアンマは一度上条当麻と戦闘しているため、彼の本質をよく理解している。
幸運や不運などといったものに囚われず、敵対者をも救おうと足掻き続ける人間であることを。
だとするならば、彼女の母体を救うには上条へ任せてしまうのが一番良い。
今回はどんな流れで敵を救うのかは不明だが、事情さえ理解すれば彼は勝手に救うだろう。
お腹の子に罪はない、とはよく聞く言葉であるものの、今回は母親に罪はない、といったところか。
何にしても死者は犠牲者が出ないことに越したことはない。
物はいくつだって作れるし直せるが、人間はそうそう簡単にはいかないのだから。
「さて」
フィアンマは、"どちら"につくか、未だ考えあぐねている。
ひとまずオッレルスの味方をしたが、オティヌスの敵に回った程ではない。
今後は言い訳が出来ない行動となる。どうするかが問題だ。
彼の前には幾つもの選択肢があって、そのどれもが確実でも安全でもない。
しかしながら、そもそも彼には自分の生への執着があまりないので、関係ない。
彼の行動目標は、あの少年が救った世界を踏みにじらせない、ただそれだけだ。
「………」
自分の手には、オティヌスを"殺せる存在"へ引きずり出せる最終手段がある。
それをやればもはや彼女には確実に『敵』という判定を喰らうだろうが、それで殺されても構わない。
問題は、その行動によって上条や世界が無事であるかどうか、ただそれだけにつきる。
「どうしたものか……」
「さーて、無事辿りついた。内通者とやらは優秀だったよーだし」
「くれぐれも気軽な考えで進むことないようにご注意ください」
「そんなこと位理解済だし」
英国第二王女、ウィリアム=オルウェル、騎士団長(ナイトリーダー)の三名は、『船の墓場』入口に居た。
東京湾に浮かぶ船の残骸は不気味だが、恐れる程のことではない。
各々が各々のもっとも得意とする武器を構え、彼女達は進む。
「それよりも、遅れをとらないよーに」
「了解しております」
「無論である」
既にいくつかの爆弾を投下したが、『船の墓場』一帯に破壊された跡はない。
海の上、ヤギの毛をばら蒔いた場所に立っているのは、一人の少年。
長い金髪に青い瞳、白い肌。中性的な容姿に、獰猛な攻撃性を宿す瞳。
(……やって来たのは聖人の力を喪った元後方のアックア、第二王女、騎士派の長か)
すぅ、と彼は目を細める。
実際のところ、彼は雷神ではないし、全能のトールではない。
そもそも、見目だけを模しているに過ぎない。
(正確な位置を伝えておいて何だが、これは期待はずれだったな)
彼は、そう判断した。
ここで通したところで、オティヌスに有効打を与えられる人員ではない。
「薙ぎ払え、モックルカールヴィ」
彼が命令を下した瞬間、巨人の腕が振るわれる。
その腕を何なく"カーテナの欠片が埋め込まれた剣"で切り落とすキャーリサ。
しかし、攻撃がそこで終わる訳ではない。
(すまないが、力不足だ)
内心でそう告げて、彼は『説明のできない力』を放つ。
儀式場からだいぶ離れたこの場所で、オティヌスは感知出来ないだろうと踏んだからだ。
大体の魔術師は倒れ伏す力を受け、多くの部下が沈んだ。
「……お前は、まさか」
キャーリサの体が、強ばる。
対して、少年は不気味な微笑を浮かべて言った。
「すまないが、私はあくまで彼の味方でね。
それ以外で妨げになるものは、除外することにしているんだ。
今のところ、無理を続けることを要求されているしね」
たとえ増援の味方であろうとも。
役に立たないのならば、排除する。
そんな彼だからこそ、『グレムリン』にも潜り込めるし。
そんな人間だから、彼は歪んでいた。
「魔術から科学への切り替えは無事完了。機を見て再び戻せば、後は完成まっしぐらだよ」
「ご苦労」
マリアン=スリンゲナイヤーの報告を受け、オティヌスはぞんざいにねぎらう。
彼女は未元物質で出来た少女を、じっと見つめる。
その口から紡がれる音は、良くも悪くも人を"ひきつける"断末魔(メロディー)だった。
「……失敗はないようだな」
「だね。フォルセティが近くに居るのかな?」
「……一応退去は命じたが」
「だとしても、個人的にオティヌスを助けたいとかそういうのじゃないかねー?」
マリアンの悪意無き揶揄。
好意からの助けではないか、との指摘に。
魔神は押し黙り、彼女に背を向ける。
その顔は赤く、視線は泳いでいる。
「……くだらないことを言っている暇があるのならしっかり監視しろ」
「わかってるわかってる」
(個人的になどと、そんな訳が……私のことを覚えてなど、いないのだから)
オティヌスにとって、フィアンマは『おにいちゃん』の忘れ形見だ。
大好きな人と同じ容姿であれば、好意的になるのは必然のこと。
暫くもごもごとした後、彼女は再び無表情になり、ルート切替の瞬間を、待つ。
フレイヤと連絡が取れなくなった。
同時に、役割を失ったベルシが外へと出て行った。
恐らくオティヌスの指示を受けたのだろう。
フィアンマは何を思うでもなく、船の残骸を組み立てて作った簡素な椅子へ腰掛ける。
高い位置から見下ろす先、そこにはオッレルスが居た。
容赦なくイギリスからの増援を沈める彼に、歪んでいるなと感想を覚えつつ。
「……フレイヤは、救われていると良いが」
幻想殺しと衝突したことはわかっている。
他人任せなのは自分としてもどうかとは思うが、致し方なかった。
魔道書図書館も此度の騒動には関わっているようなので、フレイヤの術式を完成させたかもしれない。
だとすれば、自然とフレイヤの母体制御は元に戻っているだろう。
魔術とは、理不尽や不条理を捻じ曲げる為に産まれた技術なのだから。
「………」
フィアンマは、目の前に提示された選択肢から一つを掴み取る。
同時に、オッレルスの戦闘が終わった。
彼が選択したのは、破壊の訪れぬ世界。
「そこで何をしている」
無事に科学から魔術ラインへ製造を切り替えたオティヌスは、モックルカールヴィの心臓に手を出した不届き者を見据える。
心臓をぐちゃりと握りつぶした彼は、涼やかな視線をオティヌスへ向けた。
「見ればわかると思うがね」
彼の言葉と同時。
閃光と轟音が鳴り響く。
あちらの方向は確か、マリアンが『槍』製造を行っていた……。
「…それで、お前の抵抗はこれで最後か。
だとすれば、私は直ちにお前を殺害して作業に戻らせてもらうが」
「一発でバレないようで何より。それは私にとっての安心材料だ」
「……私の『死者の軍勢』は人間を加えるものだ。神々をその列に加えるつもりはない。
お前には塵となってもらうが、構わないな?」
「はは、何でも出来る魔神様がそう悲観的になるなよ。
いくら寂しいからって、私を本当の怪物扱いされても困る訳だが」
「……、」
オティヌスは、呆れた様にため息…すらつかなかった。
『説明の出来ない力』同士がぶつかり合い、その余波で周囲のものが壊れていく。
が、当人達は無事だった。
そして、突如。
オッレルスの側が、攻撃を中断する。
「魔神を殺せるのは、魔神を知り尽くした者だけだ。
だとすれば、殺す方法も――――な!」
腕が一本飛び、激痛が走っても、オッレルスは顔色一つ変えない。
彼は最短最速でオティヌスの懐へ入り、その手を突き出す。
手のひらには白い光の杭があった。
だが、届かない。
オッレルスは勝利を確信したが、しかし、間に合わない。
彼女の胸に、その杭が突き刺さることはなかった。
「流石だな。いつでも忌々しい私の天敵」
「ッ!?」
「よもや、お前自身が私たちの因縁に決着をつける術を持ってきてくれるとはな!」
ありがとう、オッレルス。
彼女はうっすらと笑って、手のひらをオッレルスの胸へ突き出す。
その手のひらからはやはり光の杭が突き出ており、彼に避ける暇はなかった。
「ふ、っくく、はははははは!!!」
オティヌスは笑う。
楽しそうに、愉しそうに、幸福そうに、歪んだ笑みを見せる。
どちゅっ
嫌な音だった。
「………?」
オティヌスは、振り返る。
そこに立っているのは、赤い髪の青年だった。
金色の瞳に昏い光を宿した彼の手のひらからは光の杭が突き出ている。
そして、その杭はオティヌスの心臓を正確に貫いていた。
「なん、……」
オティヌスの笑顔が、醜悪な表情へと変化した。
「俺様の得意分野は、異世界との接続だ。当然、理解出来るモノは人間の範疇に留まらない。
お前やオッレルスの持つ『説明の出来ない力』は、説明出来ずとも理解は出来るものだ。
少なくとも、お前やオッレルスは理解して使用しているのだから」
だとすれば、それを分析して立ち向かうことは容易い。
「……そうか」
オティヌスは、そう一言だけ相槌を打って。
「―――未だ人の身より出られぬ脆き人の子よ。
我が手に示された完全な勝利に恐れ慄くが良い」
彼女は血痰と共にそう吐き捨てて。
完全な敗北を手に入れた彼女は、小さく笑う。
次の瞬間。
二人の青年は、輪切りにされた船の甲板より外へと投げ出された。
上条当麻は、戦慄していた。
数々の戦闘や混乱を経て、彼は船の墓場へとやって来た。
だが、バードウェイや美琴、インデックスの存在が感知出来ない。
彼の視界を埋めるのは、目の前の異質な少女一人。
「……つくづく、困った世界だよ」
ふふ、と彼女は笑った。
そんな少女の眼帯が、歪む。
ぐにゃり、と歪んだのは、彼女の頭蓋骨も含めてだった。
彼女の右目から、槍が突き出ていく。
それをずるりと抜き出し、オティヌスは首を傾げた。
「あ……ああ、あああああああああああああああ!!!」
「ちまちま戦うのも面倒臭ぇな。まずは世界でも終わらせてやるか」
船の甲板から投げ出されたフィアンマは、空中で魔術記号を生み出す。
それから『法律』を作り出し、無事地面へと着地した。
オッレルスの治療をしている暇はない。
幸か不幸か、彼らが落下したその場所は、フィアンマの目的地だった。
「起きろ」
彼は、バレーボール状の白い物体に触れる。
詠唱をしながら、繊細に指先を動かしていく。
左手では物体の組立を、右手ではチョークで垣根と自分を囲む。
本音を言えばオッレルスも囲むべきなのだが、とにかく時間がない。
「……お前にしか頼めないことがある」
『………?』
物体はやがて、少年の形をとった。
絶望に満たされ、ピクリとも動かぬ白い少年を見つめ、フィアンマは口にした。
「お前の力を使わなければ、救えないものがあるんだ」
『……救う…? 何、言ってやがる…俺は…悪人で…クソッタレの…』
「そんな事情はどうでも良い。頼む。協力してくれ。…助けてくれ」
垣根帝督は、この日初めて、利用ではなく協力を求められた。
右方のフィアンマは、この日初めて、利用ではなく協力を求めた。
かつての二流の悪党は、静かに目を細める。
それから、かけられた言葉の意味をよくよく吟味した。
「―――この俺を使うなら、高くつくぜ」
そして、世界は壊れ
今回はここまで。
オティヌスちゃんも元々は普通の女の子だったんですよ…
乙!面白い!実に!
>>1氏は過去に何か書かれてますか?
時に、『世界』というものの定義は広い。
宇宙の中のひとつの区域で、一仏の教化する領域
特定の一国ではなく全ての国々
全人類の社会
同類の者の集まり
特定の範囲
すべての有限な事物や事象の全体
…エトセトラ。
と、意味はまあ、幅広いものである。
論じるまでもなく、そこには誰もが入る。
誰もが入る。
となれば、例外が存在するのも道理。
光の裏に影があるように、どれだけいびつな法則にも抜け穴がある。
人に完璧が存在しない以上、どこまでいっても人は完璧なものを作れない。
だから。
所詮人間から成り上がった神様が創造した世界なんて、タカが知れているのだ。
「う………」
暫く意識を失っていたらしい。
上条当麻は、のろのろと起き上がる。
「……」
オティヌスが主神の槍らしき槍を掲げ。
自分はどうにか立ち向かおうと絶叫しながら走り出した。
しかし、間に合わずに閃光が放たれ―――どうなった?
混乱して、まともに物事を考えられそうにない。
ひとまず命の危機に晒されてはいないのだから、深呼吸して落ち着くべきだろう。
「すぅ……」
「はー」
「はー……うおおおお!??」
突如促す様な声が聞こえ、上条はしゃがんだ状態から慌てて立ち上がった。
そこに立っているのは、白い髪に赤と黒の混じった瞳の少年。
長身だが、どことなく青年と呼ぶには幼い感じも残っている。
「お前が幻想殺しで合ってる?」
その呼び名に、上条の体が強ばる。
まさか、オティヌスが殺し漏らした自分を殺す為に遣わせた存在だろうか。
「そう警戒すんなよ」
彼は悪意のこもった笑みを浮かべている。
放たれている威圧感は、これまで出会った強敵のものに匹敵する。
じりじりと距離をとり、上条は目を細めた。
オティヌスは恐らく全てを成功させてしまったのだろう。
美琴やインデックスが見当たらないのは、或いは消されたのかもしれない。
しかし、異能の力で消されたのなら、まだ助かるかもしれない。
……というより、死体が無い以上そう考えないと身がもたない。
「お前は誰なんだ。何の目的があるんだよ」
「保護だよ、保護」
「……保護…?」
オッレルスの説明を思い返すも、オティヌスが自分を保護する理由など見当たらない。
ますます警戒を強める上条だったが、突如。
ぺちこん
軽い音を立て、垣根の後頭部が叩かれた。
「な、…に…しやがるテメェ!!」
「怯えさせてどうする。事情を説明する頭が無い訳でもあるまい」
少年の背後から現れた男は、上条が忘れるはずもない青年だった。
「お、前……右方の、フィアンマ…」
「そう驚くことでもないだろうに。オッレルスから大体の話は聞いたんだろう?
とはいっても、色々と手遅れになってしまったが。…俺様が戦犯になってしまったな。
何にせよあの魔神のことだ、成功するように調整していたのだろうが」
世界が一度終わったとは思えない程、空は快晴だった。
花々が咲き乱れ、ちらほらと清い泉や川が見える。
オティヌスの趣味なのか、はたまた特別な意味があるのか。
「……世界は、どうなっちまったんだよ?」
「一介の高校生に理解出来る訳もないな。
まあ、説明無しという不親切を働く不義理もないだろう。
………簡単に言ってしまえば、ここは滅んだ世界だ。
再度オティヌスが創造し、調整し、現在の状況になっている」
「俺と…えーっと、垣根さん? とフィアンマ以外はどうなったんだよ」
「何を言っている。考えればすぐに理解出来るはずだ。…いいや、考えたくないのかな」
上条は黙り込む。
そうだ、世界が滅んだということは自分達三人とオティヌスを除いて全人類が死に絶えたことを意味する。
自分がどうにか救い出したフレイヤ達母娘も、インデックスも、美琴も、知り合い以外の人も、全員。
「………そ」
んな、と言葉を最後まで終える前に、上条はその場に膝をつく。
改めて認識してしまうと、もうダメだった。
立ち上がることなんて出来ない。どうしろというのだ。
「………と、お前を絶望させる為に来た訳ではないのだよ」
丁寧にそう弁解すると、フィアンマは上条を見下ろした。
「今のオティヌスは、目に見える神だ。お前の右手で殺すには、些か前提条件の楽が過ぎると思うのだがね」
せせらぎの音が耳に優しく心地良い。
上条は、どうにか立ち上がる。
皆死んでしまったという事実は、ひとまず置いておく。
「お前と垣根さんはどうやって生き延びたんだよ?」
「俺様の周囲を『天の国』と指定して切り離した。この少年も含めてな」
「………つまり?」
「………土砂降りの雨が来たけどとりあえず急ごしらえで大きくて強いビニール傘作ったし大丈夫、といったところだ」
「なるほど」
上条の理解がワンテンポ遅れるも、フィアンマはわかりやすいように解説する。
対して、垣根は退屈そうに彼を見やった。
「んで、幻想殺しなんざ捕まえてどうすんだよ。
あの魔女ガキの居所がわかんのか?」
「分からんよ。だから一度死ぬ必要がある。ああ、俺様がだがね」
「………」
「………」
「「はぁあ!!?」」
垣根と上条の反応ももっともである。
せっかく生き延びたのに、オティヌス見つからないし死ぬ、などとのたまうフィアンマは、正に狂気の沙汰だ。
「お、お前、自分の描いた設計図に沿って槍を頼むってアレ、武器じゃなかったのかよ!?」
「武器、などとは一言も言っていないのだが。凶器とは口にしたものの」
「死ぬって何言ってんだよ、お前が死んだってどうにもならねえだろうが!
ローマ正教の…ぺ、ペテロさん? がやった術式だか何だか思い出したけど、死んで成立する術式なんかやらせるかよ」
「お前達は落ち着いて話を聴く事を覚えたらどうだ?」
要するに。
今のフィアンマでも充分、というかこれまでと遜色なく『神の子』としての素質はあるらしい。
あくまで『聖痕』しか持たぬ聖人とは違う、特殊な形で、だ。
そして、『神の子』としての力を引き上げて神上となるには、方法がいくつかある。
たとえばそれは、上条の右腕を切り落とすだとか。
口にした途端顔を青くした上条にフィアンマは少しだけ笑って詫び。
「性質は備わっていた、この世界においての四大属性は歪んでいない。
となれば、後は俺様の問題だ。魔神が首を吊る必要があるように、俺様は磔刑に処される必要がある」
『神の子』の最も有名なエピソード。
裏切り者によって丘で磔刑に処され、全人類の原罪を引き受ける『あの』事件。
人類が神(正確には肉の器に秘められた神の一部=御子)を、何の搦手も使わずに殺害したとされる逸話。
「そして、『聖なる神様殺しの槍』を創り上げるに際して、特殊な素材を使用する必要性があった。
そのために、お前に協力を求めたんだよ、垣根帝督。磔刑用の十字架も既に用意してくれただろう。
まあ、後は死ぬだけだな。ヘタをすると本気で死ぬかもしれんが、些細なことだろう」
「些細な訳あるか馬鹿野郎!」
「儀式を行って蘇生した後、俺様は現状においてのみ再び『神上』へ至る。幸運に賭けるしかない。
そうすれば俺様もある種全能―――少なくともオティヌスと同等の状態に位は到れる」
魔神になる者は自らの力で片方の眼球を引き抜き、首を吊って運良く生き延びるのが習わしだ。
全てが全てそういう訳ではないが、オティヌスはそうした儀式で神の領域へ至った。
そして現在完成されてしまった彼女に勝利するには、フィアンマも彼なりの方法で天使から神の領域へ戻る必要がある。
今の右方のフィアンマの扱える術式や持ち合わせている状態では、どうしたってオティヌスには敵わない。
だから、彼は死ぬ必要がある。そして、運良く蘇り、せめて彼女と同じステージに立たねばならない。
同じステージに立つにはやはり、彼女と同じく、フィアンマも一度絶命するしかないのだ。
「これは、罪滅ぼしだ」
今はもう記憶がないけれど、過去の自分のせいで、彼女は凶行に走るしかなかった。
今頃、彼女は逃げ延びた自分の影響で理想の『おにいちゃん』が作れず失望しているだろう。
「俺様が、あの女の罪を背負って死んでやる。
ヤツを叱りつけるのは、恐らく俺様の役目だ。俺様にしか出来ない。
俺様は、あの世界を救うと決めたんだ。だから、"世界を連れ戻す"。そのために」
彼は、垣根と上条を真剣な眼差しで見つめる。
「正に一生のお願いというヤツだ。
―――――――――俺様を、殺してくれ」
今回はここまで。
一生のお願い(ガチ)を使ってみたり唐突に自殺宣言してみたり。フィアンマさんはお茶目な人です。
垣根くんの未元ギヌスと上条さんの幻想殺し♂がフィアンマさんの聖なる右を熱くする……?
投下。
単純な攻撃術式の多くは、魔術記号を抽出しただけのものが多い。
そうでなければ、とてもではないが戦闘になど使用出来ないからだ。
儀式を一から十までやっていては、敵にやられてしまう。
しかし、大規模な魔術を行う必要がある時は、かえって手抜きではいけない。
一から十まで余さず逸話を再現しなければ、儀式の効果が薄れてしまうからだ。
「そもそも俺様は戦闘向きではないんだ。研究者傾向が…どうかしたのか」
「いや、研究者っていう響きに嫌な思い出があるだけだよ。気にすんな」
「そういえばその十字架、俺が触ると壊れちまうのか?」
「わからん。だからといって実験で無駄にする訳にはいくまい」
「………」
「…垣根帝督、どうかしたか」
「いや、何でもねえよ……」
げんなりと歩く垣根が、途中からフィアンマの背負っていた十字架状(Y字型)の磔刑台を背負う。
これは『神の子』を哀れんだ心優しき青年が、『神の子』の代わりに磔刑台を背負った逸話からだ。
「……なあ、クソ重いんだけど丘に直接建てるんじゃダメなの?」
「ダメだからこうして背負ってもらっているんだろう。もう少しだ」
「……そもそも俺の創造したモンなんだし干渉して軽く…」
「重量も逸話から計算されたものだ。軽くても重くても問題が発生する」
「こんなに苦労して出来上がるモンがお前の死体って救いがねえな」
「一応、救いの為の行動なのだが……」
「魔術師の考えることは大体わかんねえよ」
上条にきっぱりと言い切られ、フィアンマはため息をつく。
別に理解されようとは思わない。が、何度も反論されると少し疲れる。
しかし、独りぼっちで挑むよりは苦行の度合いが減衰するので、よしとしよう。
小高い丘の花を散らし、ある程度荒らす。
それから磔刑台を土に突き刺し、垣根は段差を作った。
簡単な脚立の様なものだ。フィアンマに特別なジャンプ力がないためである。
もうここまでの段階にくれば後は逸話が分かれるばかりなので、厳密に沿う必要はない。
「ここ昇ってくれ」
「色々と苦労をかけたな」
「死亡フラグ建ててんじゃねえよ」
「……えっと、俺はどうすればいいんだ?」
「失敗して俺様が死亡した場合、垣根帝督を守ってやれ」
なかなかの無茶振りをして、フィアンマは磔刑台へ背中を預ける。
垣根はあらかじめ用意しておいた杭で、彼の手のひらを台へ打ち付けた。
頭に、茨冠を模した未元物質をそっと乗せてやりながら。
「………マジュツってやつはイマイチ理解できねえが、本当に意味なんざあんのかよ、これ」
垣根が、手を止める。
上条以上に、彼はフィアンマにこの様な仕打ちをすることが嫌だった。
初めて誰かに頼られたのだ。利用ではなく、脅迫ではなく、助けて、と。
目が覚めれば利用され、目を閉じれば演算させられ、どこにも居場所がない垣根にとって。
フィアンマの言葉とそのタイミングは、本当に、天啓の様に心地良かったのだ。救われたのだ。
それに応えられて良かったと思っているのに、なのに、こんなことをしなければならないのはどうしてなのか。
今まで戦ってきた影響で、上条は魔術師の常軌を逸した行動に意味があることを知っている。
しかしながら、学園都市から一度も出たことのない垣根としては困惑しかない。
「……ある。必要なことだ。お前にしか頼めない」
だからもう片手も、と彼は催促した。
垣根は俯き、唇を噛んだ後に頷く。
「死んでも生き返れよ、……バーカ」
「頑張ってはみるさ」
体重がかかれば、自然と肩が脱臼する。
当然のことながら胸に自重がかかるため、フィアンマは早々に呼吸困難の症状に陥った。
だからといって逃げるでも暴れるでもなく、彼は息絶え絶えに指示をする。
脇腹を槍で突き刺せ。
指示は単純なものだった。
今まで幾人もを殺してきた垣根には容易いことではあった。
上条はこの方法を認めたくなくて、でも止めるには代案が浮かばなくて、目を背けている。
それでいい、とフィアンマは思った。
手を汚すのは、一度手を汚した人間だけでいい。
代案が浮かばないのなら、目を背けてくれていい。
別に、救いを押し付けるつもりはない。
そんなことは間違っていると、上条が教えれくれたのだから。
槍が突き刺さった瞬間は、痛みよりも痺れの感覚に近かった。
次いで吐き気がこみ上げ、素直に嘔吐したものは胃液ではなく、血液だった。
垣根は震える手で、槍をしっかりと握り、深く突き刺す。
内臓が溢れ出しそうな程に傷口が広がり、痛みも倍増した。
痛みに絶叫するまでもなく。
フィアンマの身体は急速に生命活動を停止し、彼の意識は堕ちていった。
『おにいちゃん、ねこひろったー』
『猫?』
幼い少女が駆けてくる。
ふわふわとした長い金の髪を靡かせ、彼女ははにかむ。
まだまだ未成熟過ぎる幼い身体、その腕に抱えられているのは子猫だった。
弱っているのか、小さく震えている。
『あんまりげんきないんだ…てあて、できる…?』
『確実だとは言えないが……』
自分は手を伸ばし、その場に落ちている小石を拾い上げる。
それから的確に組み合わせ、丁寧に神殿を形作った。
子猫を地面に寝かせ、神殿の中の人形を美しく仕上げる。
多量の天使の力を的確に流した神殿は、子猫の傷を癒した。
『なーん』
『げんきになったね』
よかった、と彼女がはにかむ。
その右目は医療用の眼帯で隠されている。
『おにいちゃん、だいすき』
『そうか。…俺様もXXXXのことが大好きだよ』
『えへへ』
ありがとう、と彼女は言った。
そんな彼女の笑顔を見て、彼はひっそりと思った。
(ああ、そうか)
記憶を無くして最初の日。
病院から出た途端からの焦燥感。
救いたい、と自分を突き動かした何か。
歪んでいる世界の実態を見て、我慢ならないと思った。
けれど、本当に救いたかった歪みは、世界じゃない。
自分を想い、笑い、泣いた少女と、その兄だ。
自分を囲んで楽しそうに慕ってくれた、今は亡き子供達だ。
もう、喪ってしまった遠い昔の日々。
(俺様は、ずっと――――)
『お、にい、ちゃん……、?』
『怪我、は…ない、か?』
『けが、してないよ。…わたしは、してないけど、でも、』
『……よか、った…』
『よく、ない。ぜんぜんよくないよ。おにいちゃんがけがしてるの、よくないよ――――!!!』
もっと強かったら、皆守ってあげられたのに。
もっと正しければ、自分に自信が持てたのに。
でも、あの子達を守りきれて、本当に、ほんとうによかった―――――
全てを、思い出した。
誰かに優しくされるための優しさは。
歪んで、どうにもならない結果を生み出してしまった。
けれど、少しでも周囲に安らぎを与えられたのなら。
昔の自分は、きっと間違っていなかったのだろう。
弱いクセに自分より弱い者を庇って死ぬなど、本当に情けないことだけれど。
きっと、自分はどうしても彼女を守りたかった。
手は震え、脚は震え、目は怯え、死を感じ取り、恐怖に慄いていて、尚。
しかし、自分を守るために独り逃げ出せる程、自分は弱くなかった。
絶対に勝てない、そう分かっていても誰かを守ろうとする程、強かった。
力だけでいえば確実に弱くても、自分は世界で最も尊いことをしたのだ。
何を喪っても、どれだけ痛い思いをしても、彼女を守るために絶対に退かないという想いは、貴いものだったはずだ。
もう、迷うことはない。
何を救うか、曖昧にして、適当に決めてしまうことはない。
何かに突き動かされるまま、自分の意思も無しに流されることはない。
自分の遺志を受け取った今ならもう。
『神の子』は苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。
ちくわ大明神
生命活動を停止したはずの死体が、ピクリと動いた。
「……っげほ、」
フィアンマはのろのろと自力で手を動かし、杭をボロリと零す。
それから、ドサリと落下して地面に倒れ込んだ。
地味に高い場所から落ちたので、少し体が痛い。
「……」
「…っ!? 目、覚めたのか! 大丈夫か!?」
上条と垣根は仮眠していたらしい。
目を覚ました上条は慌ててフィアンマに近寄る。
が、触れても大丈夫なのだろうか、と手をうろうろさせていた。
「……成功だ。とはいえ、勝利を確約された訳ではないのだが」
「これからどうするんだ? オティヌスを倒せば全部元に戻るのかよ?」
「ヤツを倒すのは大前提として、俺様の手で世界を再構成する必要がある」
オティヌスに有効打を与え、まずは世界の制御権を乗っ取る。
その上で世界を元の世界に再構成し、主神の槍を破壊する。
時間稼ぎは垣根、主神の槍破壊は上条、世界再構成が自分、とフィアンマは担当を口にした。
「世界を再構成って、……俺の右手が邪魔になったりしないのか?」
不安げな上条の問いかけに、彼は首を横に振る。
「鳴護アリサを覚えているか」
「!? お前何でアリサのこと知って、」
「知らない道理がないだろう。エンデュミオン事件は魔術サイドも注目した事件だ」
「……」
「お前はあの女と親しくしていたそうだな。一度や二度、触れたこともあっただろう」
「……まあな。友達、だからさ」
「過去形にしない辺りは褒めておこうか。…それで、あの女は消えなかった。間違いないな?」
「そうだな。どうしてかは俺にもわかんねえけど……」
「お前の右手の異能消去はあくまで副作用だ。本質は別にある。
勿論、オッレルスが口にしたであろう『世界の基準点』というのもそうだが、それだけではない。
結果として、お前は『本物の奇跡』は壊せない。奇跡の間借りである魔術はともかく」
だから、上条が生きていても、右手が空気に触れていても、世界の再構成は出来る。
少しだけ納得して、しかし上条は念のため聞いておいた。
「世界の再構成って、全世界の、だろ。出来るのかよ、そんなこと」
右方のフィアンマは、絶対記憶能力者ではない。
だとすれば、本来は無理な案件と称して然るべきだろう。
「俺様を誰だと思っているんだ? 仮にもついこの間まで世界の管理と運営を行っていた男だぞ」
肩をすくめ、彼は自分で自分の傷の治療を行う。
何故だか、その言葉には不思議な説得力があった。
そうだ。
世界中を戦争の混乱に陥れた男が、世界の流れを全て掌握していた者が、世界を思い出せないはずがない。
「お、前……生き返ったのかよ。信じらんねえ」
垣根は目を覚まし、開口一番にそう言った。
目の前のフィアンマに、様子の変化はあまり見られない。
翼の一つでも生えるかと思いきや、そんな訳こともなくて。
ただ、少し。
少し、表情が優しくなったような気がする。
走馬灯とやらで何かを見たのか、と垣根は思った。
「……準備は整った。後は戦闘だけだが、行けそうか」
「当たり、前だろうが、」
「泣かなくても良いだろうに」
「ないてねえよくそぼけ、」
垣根は唇を噛み締め、うっかり流れた涙を手の甲で乱暴に拭った。
「俺は不死性を活かして時間稼ぎすりゃいいんだろ。お前がケリをつければ俺たちの勝ちだ」
「ああ。……何にせよ、この花畑と美しいせせらぎの風景の中で孤独に生きるのが嫌なら戦う他に道はない」
「俺は主神の槍の破壊に専念すればいいんだよな?」
「そうだ」
じゃあ行くか、と垣根が先導がてら頷いて、二人に背を向けた。
フィアンマは少しだけ考えて、死ぬ前より余程優しい声音で、上条に問いかけた。
「………俺様を、恨んでいるか?」
「俺は、別に。やり方は間違ってたけど、お前は世界を救いたかったんだろ。
もしあれが犠牲が一切出ないやり方なら、俺は賛同してたかもしれない。
だから、怒ったり恨んだりはしてねえよ。…でも、いつかインデックスには謝れよな」
対して、少年はそう答えた。
償うにしても、まずは戦って、勝利しなければ。
――――反撃の狼煙が、上がる。
今回はここまで。
垣根くんはサブヒロイン。
垣根「必ず生き返れよ…」
???「>>223」
上条「何だ今の」
「私の名はオッレルス。ちくわ大明神になるはずだった…そして、その座を隻眼のオディンヌスに奪われた、惨めな魔術師だよ」
ハッピーエンドかバッドエンドか迷っております。
ところで右方魔神がくっついた後も続けた場合皆様読んでくれますかね…?
投下。
世界を壊して、すぐさま再創造した。
花々が咲き乱れ、泉やせせらぎの多い情景。
咄嗟に浮かんだのは、ローマ正教の提唱した『神の国』のイメージだった。
「………」
オティヌスは独り、花畑に座っていた。
主神の槍を抱きしめ、目を閉じる。
人類を消してみると、存外世界は優しかった。
幼い頃、自分は多くの人に疎まれていたから。
そうして、自分を愛してくれた『おにいちゃん』を創ろうとして。
「……やはり、…」
思いとどまる。
自分が創造した、その事実を認識している以上、現れる『おにいちゃん』は傀儡に過ぎない。
優しくしてくれるなら誰でもいいという訳ではないのだ。
「私は、………」
視界に飛び込んできたのは、白い弓矢だった。
主神の槍を一振りして弾き落とし、オティヌスは立ち上がる。
じろりと周囲一帯を見回した隻眼は、やがてとある少年を捉える。
「な、に…? ……私はお前が存在することを許可していない」
「だろうな。お前に許可された覚えは微塵もねえよ」
そこに立っていたのは、白い髪の少年だった。
照準を定める為に片目を閉じる為だろう。
片目は赤、もう片目は美しい緑色をしていた。両瞳色を揃える必要はなかったのだ。
彼が纏っている衣装の形態は、スーツを模したいつものものではない。
水色と薄ベージュという配色の、『ウル』を模したものだった。
勿論、オッレルスのように性質まで整えていることはないだろう。
けれど、その外観だけでも整えて偶像崇拝の恩恵を受ければ、彼の力は多少なりとも飛躍する。
生命の概念すら塗り替えてしまいそうな彼は、魔術を使用しても拒絶反応が起きないらしい。
「イチイバル―――誰の入れ知恵だ、スクラップ」
「誰だと思う?」
何はともあれ、例外が出たのなら消すのみ。
主神の槍を掲げ、彼女は淡々と垣根の存在ごと抹消しようと試みる。
上条当麻が飛び込んだ。
オティヌスの間合いへ入り、主神の槍へ手を伸ばそうとする。
そんな彼の存在にすんでのところで気がつき。
オティヌスは舌打ちがてら彼の腹部に一発蹴りを入れた。
魔術によって補強を施された脚力は、もはや少女のそれではない。
「が……ッッ!!」
叫ぶことすら忘れる、痛み。
内臓破裂、という言葉が、上条の頭に一瞬浮かび来る。
「……例外ばかりじゃねえか。どういう、」
「魔神を超越した存在でも、知らないことはあるんだな」
軽口。
青年の声に、オティヌスは身をこわばらせる。
真正面、一瞬にして間合いに入ったフィアンマは、そのまま真っ直ぐに腕を伸ばした。
オティヌスの肌を、得体の知れぬ黄金の光が掠める。
「ぐ、」
がむしゃらに主神の槍を振るい、オティヌスはフィアンマを振り払う。
だが、攻撃は確かに受けてしまった。
解析を試みながら、彼女はその場にしゃがみこむ。
意識が朦朧として、酷く吐き気がした。
勝てなければ、勝てなくても構わない。
問題は、世界の制御権を奪い取るための隙を作れるか否か。
『absoluta006(絶対先制を我が内に)』
フィアンマが、魔法名を口にする。
彼の呼吸ペースが変わり、雷鳴が訪れた。
パソコンで例えるなら、サーバーにクラッキングした上に全制御を乗っ取るのだ。
「―――全能はただ一柱にして、他は塵芥に散す」
花が枯れ、空は曇る。
先程までの安らかな世界と、暗転していく現状。
(と、め……なけ、れば)
オティヌスは、立ち上がろうとして、吐き気に唇を噛み締める。
血が出る程に強く強く噛み締め、そんな彼女の視線はフィアンマへ向いていた。
(もう、あんな世界は…必要、ない…おにいちゃん、を…ころした、…界、など…)
「テメェの相手は」
「俺たちだろ」
二人の少年が、オティヌスへ迫る。
青年は世界を造り変え、少年は戦い、少女は立ち上がり、そして。
それは、ガラスが割れる様な音だった。
上条当麻が、いつでも幻想を破壊してきたように。
彼の創造した世界は、悪意ある人類滅亡という事実を消去する。
誰の幸福にも繋がらない世界は終わり、やがて元の世界へ転ずる。
否。
神上の救いとは、その程度で済むものではない。
彼は丁寧に組み上げ戻した世界に、いくつかの不純物を入れた。
オティヌスの傍で眺め、死者の扱い方に見聞をより深めたからだ。
その時。
熱病で寝込んでいた子供が、元気に目を覚ました。
不治の病に冒されていた病人が、奇跡的な快復を見せた。
一人の惨めな青年の大仰な計画の一部で死を迎えた人々が、息を吹き返した。
そして。
眩い黄金の光が消えた頃。
上条は、再び『船の墓場』に立っていた。
上条の隣には垣根が居て、遠目には血まみれで倒れているオッレルスが見える。
「……手心を加えてしまったが、罪を消していないんだ。まあ、許されるだろう」
「こ、んな…馬鹿な、理由が、あるか……」
「申し訳ないが、俺様は神の隣に座る人間だ。人間が魔術を究めてようやく到れる神の領域とはまるで違う」
生まれついての救世主と、あくまでも神様の領域へ至るために努力をした"人間"。
フィアンマとオティヌスの決定的な差だった。
だから彼は存外簡単に"至れた"し、"奪う"ことも出来た。
上条の右手が不運にも軽く肩を掠めたこともあり、彼女はボロボロだった。
魔術的概念存在へと一種進化を遂げていた彼女は、惨めにも神の座から少年の右手で引き摺り下ろされた。
二度目の完全な敗北は、決して魔神以上の完成には繋がらない。
たった一度の完全な勝利/敗北。
だからこそ、妖精化を受けることにも意味があった。
「ふざ、けてんじゃ、ねえぞ………」
彼女の凶暴性が、牙を剥いた。
実の兄と同じ様に、迷走するだけの暴力が発揮される。
せめてこの場に居る人間だけでも殺して自分の道連れに、という発想を浮かばせているのは、明らかだった。
「何も覚えていないクセに、私の邪魔をするな!
こんな世界がなければ、私は何も失わなかった、何も手に入れなかった!!」
絶叫。
彼女は、ずっと。
ずっと、世界が許せなかった。
彼を奪った世界が、大嫌いだった。憎かった。
人類全てが憎らしくて、どうしようもなかった。
せめて忘れ形見であるフィアンマだけは傷つけまいと思ったが、彼からも裏切られ。
魔神オティヌスは、否、とある少女はボロボロだった。
「人類ごと存在しなければ、争いも何も存在しない!」
彼女は、手にした狂気を、凶器を、凶気を、握り締める。
上条当麻は、フィアンマから少しだけ事情を聞いている。
だから、彼女が考えていることを、少しだけ想像出来た。
―――ずっと、おにいちゃんを守りたかった。
優しくて、臆病で、誰かを傷つけるより癒すことだけを選んだ彼を、守ってあげたかった。
その手を握って、涙を拭って、抱きしめてあげたかった。
「私さえ、居なければ」
魔神オティヌスの願いなど、シンプル過ぎて呆れる様なものだった。
発端は、小さな悲劇。
世界レベルで見ればあまりにもちっぽけで、けれど、当事者にとっては紛れもない人生の転機。
「私が居なければ、おにいちゃんは今だって、笑っていたんだ!」
醜い目、孤独な日々。
楽しかった思い出などほとんどない。
世界中を巻き込んで自殺することに、もはや躊躇いはなかった。
或いは、自分はそうして死ぬために頑張ってきたのかもしれない。
『怪我、は…ない、か?』
最後の最期まで、彼は笑っていた。
自分なんかを庇わなければ、今でも彼は彼のままでいられた。
自分さえいなければ。
オティヌスは、きっと世界中の誰よりも、自分が許せなかった。
上条当麻は、そう判断した。
でも、だからといって世界を滅茶苦茶にして人類を抹消させることに賛成なんて出来ない。
何よりも。
「その『おにいちゃん』は、お前が居なければなんて思ったことはねえだろ」
「ッ……」
だって。
彼は、最期に自分の身の安全ではなく、少女の無事を願った。
そして、オティヌスにもう戦う理由はないはずなのだ。
もう、フィアンマは全てを――――
「せめて、視界に入る全てくらいは壊さねば、割に合わない」
世界よ呪われろ。
滅びて、いくら復興したとして、一生この痛みを抱えていけ。
一人の少女を極限まで苦しめた罪を知るが良い。
オティヌスは、ただの八つ当たりだとわかっていて、槍を握る。
世界は元に戻され、結果として自分は弱くなってしまった。
恐らく、フィアンマが力の源をごっそりと持って行ってしまった。
でも、まだ、この槍で誰かを殺すことなら出来る。
誰も、大切な人を喪って嘆き悲しむ彼女に、手を差し伸べなかった。
それはきっと、この世界の罪だ。
綺麗事だけを吐き出すヒーローは、いつだって弱者の味方のクセに、自分を救いはしなかった。
だから、ヒーローでも何でもない彼が無理矢理に身を投げ出さなければならなかった。
主神の槍の投擲準備。
それは、多くの人が死ぬことを指し示していた。
世界を元に戻した為、フィアンマはもう世界を自由に創造し直したりは出来ない。
神上としての力も僅かなもので、今までより少し強い程度のものだ。
オティヌスの身勝手な凶行を止められる自信はない。
けれど。
フィアンマは、彼女を見捨てる訳にはいかなかった。
これまではどうであれ、彼女に人を殺させることなど、出来なかった。
勝算など考えない。彼はただ、前に進む。同じく走る黒髪の少年と同じ様に。
間に合わないかもしれない。机上の計算は『無駄』を指し示している。
「無駄かどうかは、問題じゃないんだ」
――――届くだろうか。
――――止めてみせる。
今回はここまで。
―――ずっと、フィアティヌスほのぼのいちゃいちゃ(日常)を書きたかった。
という訳で今回の投下で一応騒動は全て終わりです。
日常編に移ります。
投下。
『神の子』を処刑した槍は、世界でただ一つ。
ロンギヌスの槍。
現在、この世界に存在するものは、垣根帝督が創造したものしかない。
そして、それによってフィアンマは一度死を迎え、自分を『神の子』へ整えた。
世界でただ一つ、と既に決まっている以上、事実をこう置き換えることも出来ないだろうか。
『神の子』を殺した、貫いた槍はロンギヌスである、と。
要するに、どんなに良い鶏肉でも、既に味付けしてあったとしても。
市販の唐揚げ粉をたっぷりとまぶして油でさくっと揚げれば、それは唐揚げでしかない。
そこから更に発展させて唐揚げ丼にしたりは出来るかもしれないが、生の鶏肉には戻れない。
先述の内容は乱暴な説明だが、つまり、フィアンマの身体には現在、武器を浄化する作用がある。
彼の血肉を多少でも被ったものは『ロンギヌスの槍』という属性しか持てない。
異教の神の武器を模した主神の槍でさえ、対象外ではない。
だから。
オティヌスが投擲するはずだった槍が、実際にその役をなすことはなかった。
その先端の鋭い部分は青年の左胸、その向こう側に存在する心臓を正確に貫いていた。
彼の血液に浸り、その肉を貫いた以上、主神の槍はロンギヌスの槍へ強制的に格変えされる。
勿論、主神の槍の形状はロンギヌスの槍と一切似ておらず、偶像崇拝の恩恵は得られない。
「………」
「………ぁ」
オティヌスは、魔神以上の存在に一度は至れど転がり落ちた少女は、呆然としていた。
『あの日』と同じ体勢で血まみれになっていく彼の姿に、怯えた。
怒りや八つ当たりの原点となるマイナス感情は消え失せていき、その全てが緊張と恐怖に変わる。
「……げほ、………これでも、痛みを避けて通って、きたのだが…」
「あ、ぁ、」
「一日に、二度も殺されるとはな……まあ、一度目は蘇る自信が、あった…しなぁ…」
槍を伝って、地面に血だまりが広がっていく。
彼の口からは、赤黒い血液がだらだらと垂れていた。
あまりの激痛に、口を閉じることも出来ないのだろう。
「すまな、かったな」
フィアンマは手を伸ばし、震える指先でオティヌスの顔に触れた。
頬を優しく撫でて、困ったように柔らかく笑みを浮かべてみせる。
「俺様が、忘れていなければ、お前は、こんなことをしなくても、済んだのに、」
「お、にい、ちゃ……ん…?」
「思い、出したんだ……だから、……守り、たかった…。
救って、やりたかった……俺様の、為に、足掻いて、絶望した、そんな、……」
言葉は、最後まで続かなかった。
ガクン、と彼の身体から力が抜け、彼女の頬に触れていた手が地に落ちる。
この一瞬の為に。
オティヌスはきっと、絶望の春を、失望の夏を、恐怖の秋を、落胆の冬を過ごしてきた。
その結果がこれなのだから、本当に、本当に、この世界には救いがない。
ごめんなさい、とオティヌスが言った。
最初は唯の呟きだったが、その声は徐々に大きくなり、涙が混じり始める。
11月の寒空に、彼女の声は虚しく谺していた。
「………あの流れで死んでいれば完全に格好がついたのだが」
「んな訳ねえだろ。犬死だっつの」
右方のフィアンマは現在、イタリアのとある病院に入院していた。
入院着は薄水色なのだが、驚く程似合わない…訳でもない。
記憶を取り戻したことにより、彼は非常に均整の取れた人格になっている。
弱さと優しさ
強さと傲慢さ
その極端な性質を足して割った状態だ。
故に、彼にはあまりトゲトゲしさがないし、かといってビクビクとしている訳でもない。
記憶の喪失による人格の欠落部が埋められたためである。
「俺が居なきゃ完全に死んでたからな、お前」
垣根は脚を組んで、むすくれたように言う。
彼が行ったことは単純で、フィアンマの心臓の代替となる未元物質を創造したのだ。
それを彼の身体に組み込み、病院へ運び込むまでその命を継続させていた。
穏やかにのんびりと微笑んで、フィアンマは首を傾げる。
「まあ、俺様が居なければお前はバレーボール状の塊だった訳だが?」
「…………」
むむむ、と垣根が眉根を寄せる。
くすりと笑って、フィアンマは病室のドアへ目を向けた。
「…外に誰か居るな」
「ああ、オッレルスとあの魔神女だよ。今は正確にはもう魔神じゃねえか」
「なるほど。…幻想殺しは無事帰国出来たのか?」
「出来たと思うけどな。まあ、その辺は俺がやっといた」
「先程から成果をアピールしているが、頭でも撫でて欲しいのか?」
「んな訳ねえだろ、ナメてやが………」
よしよし、と頭を撫でられ、垣根は押し黙る。
彼は『置き去り』出身の為、家族がいないのだ。感慨深いものがある。
まるで兄が弟にするように頭を撫でられ、彼は暫し閉口する。
相手に悪意がないので、いまいち言い返せない。
「じゃ、俺は飯食ってくる」
「そうか」
垣根はそう告げて、廊下へ出て行く。
入れ替わりとばかり、二人の魔術師が入ってくる。
青年の方はオッレルス。
少女の方はオティヌス。
兄妹は沈黙し、視線を床へ落としていた。
オティヌスの見目は、本来の年齢である十八歳相当の状態になっている。
これまでは純粋な魔神であったため、身体年齢に一種制限がかかっていたのだ。
「…………」
「…………」
二人は黙って、フィアンマをちらりと見やった。
オティヌスは直接的な加害者であるために何と言葉をかければいいかわからない。
オッレルスは自分が役に立たなかったという自覚のために、言葉をかけられない。
そんな二人の様子を感じ取り、フィアンマは少し考え込み。
それから、両腕を広げて、昔の様に言った。
「おいで、XXXX、XXXXX」
三つの緑の瞳が、彼の言葉を聞いて潤んだ。
そうして、じわじわと歪んでいく。
二人はロクな力加減も考えず、目の前で許容の姿勢を見せる『おにいちゃん』に抱きついた。
幼い子供の様に泣きじゃくり、胸の内の悔恨を口にする。
二人を両腕で抱きしめ、ベッドに倒れこみながらも、フィアンマは何も言わなかった。
責めるでも逃げるでも謝るでもなく、二人の頭を平等に撫でた。
「ごめんなさい、」
「すまなかった、」
どれだけ年齢を重ねても、フィアンマにとって二人は家族だ。
だから、情けないとは思わないし、離れて欲しいとも考えない。
「良いんだ」
それだけ言った。
「もう、良いんだよ」
全て終わったことだ。
自分達はそれぞれ間違えて、歪んだ人間になってしまった。
でも、もう終わったことなのだ。蒸し返す必要はない。
責めるまでもなく悔い改めているのなら、これ以上の反省は求めるまい。
「垣根帝督のことは、オッレルスに任せても構わないか」
暫く昔話に浸った後、垣根が戻って来た。
見舞い客用の椅子に腰掛ける三人を見て、フィアンマは言葉を紡ぐ。
「…果たして、その資格が私にあるかどうか」
オッレルスはそう返して、少し困った顔をする。
如何に事情があったとはいえ、彼は垣根をオティヌスに売ったのだ。
どんな扱いを受けるか、想像出来なかった訳でもないのに。
その話を聞き、垣根は僅かに眉を寄せて不快感を表明する。
「それならばむしろ、贖いということも含めてどうにかしてやれ」
せめて一人でどこかで暮らせるようになるまでは面倒を看るべきだ。
フィアンマの言葉に、オッレルスはまた少し思考して頷いた。
「それと、俺様はお前に干渉しようとは思わない。
シルビア…だったか。良い関係の女も居るんだろう?」
「……か、彼女は違、」
「お前ももう良い大人だ。自分のことは大体自分で出来ている」
顔を赤くするオッレルスをあっさりとあしらうフィアンマは確かに良くも悪くも兄のようである。
垣根の居場所と、オッレルスがどうするかは決まった。
フィアンマはオティヌスを見やり、彼女の頭を撫でる。
「お前はまだ子供だ」
「……わた、しは」
「オッレルスと違って、思い込みも強すぎる。まだまだ自分のことを自分で制御出来ない。
まあ、後は俺様もオティヌスも世界に対して償うべきことが山ほどある」
彼はひと呼吸置いて。
「……俺様と一緒に暮らそう」
「……、………うん……。…うん……!」
こくん、と頷いて、オティヌスは唇を噛み締めた。
十年の想いが報われた、そんな瞬間だった。
今回はここまで。
デレたと思いきやフィアンマさんのこれは妹に対するデレに近いだけです。
なのでこれからオティヌスちゃんは頑張る訳ですね。…なので日常ネタ募集してます
ネタ提供ありがとうございます! 出来るだけ取り入れてみます。
垣根くんがヒロインならオッレルスさんが主人公でシルビアさんとダブルヒロインがいいんじゃ、と思いました。
オッ垣っていいな、って思いました(強調)
投下。
「暮らすといっても、永遠に定住するつもりはないのだがね」
「何処へ行くんだ」
無事退院し、フィアンマはそう告げた。
対して、オティヌスは嫌がるでもなくそう問いかける。
オッレルスは垣根を連れて自宅へ向かった。
恐らく、そうそう会うこともないだろう。
「まずは……そうだな、日銭でも稼ぐか」
「金銭なら幾らでも出せるが」
オティヌスは指先で空中に何かを描く。
そうして握られた華奢な指の間には、純金の薄板が現れる。
「あまりそういうものに頼るのは良くないな」
「使えるものは何でも使うべきだ。たとえそれが魔術であろうとも」
オティヌスは肩を竦め、コツン、と歩く。
フィアンマも彼女に歩調を合わせてやり、思い出した様に口にした。
「……目下のところ、まずはお前のその卑猥な衣装をどうにかするか」
「……ひ……わい………」
しょぼん、と落ち込みつつ、魔神の座から堕ちた少女は歩いていく。
自炊が出来る為に少しお安いアパートメントタイプのホテルに部屋をとった。
通常のホテルよりも随分と宿泊代がかからないのは、食事を自分で作るためである。
共同キッチンではなく個室毎のキッチンだ。食材は自由に持ち込み可。
「………」
オティヌスは一人、フィアンマが選んでくれた服を着てベッドに座っていた。
来る途中に購入してもらったもので、貞淑な服装である。
具体的に言えば黒い長袖のセーターに丈の短いジャケット、膝丈の白いスカートだ。
白いスカートといっても布がだいぶ重ねて作られているので、下着は透けない。
「……こういうのが好みなのか。貞淑な方が…」
今後は露出を控えよう、とオティヌスはひっそりと思う。
ちなみに現在、フィアンマはシャワールームに篭っていた。
病院生活で体に染み付いた薬の臭いが消えるまで篭っていることだろう。
「……よし」
オティヌスは壁に手をつき、立ち上がる。
彼女はフィアンマと違い、世界に対して贖罪をする気持ちは、実は微塵もない。
ただ、彼への贖い、好意、一緒に居たいという気持ちでここにいるだけだ。
なので、どちらかというと世界などどうでもいいので好意アピールの方が重要なのであった。
(おにいちゃんは戦犯だ。他に女も寄り付くまい)
気がかりなのは実兄と未元物質の搾りかすだが、そうそう連絡は寄越してこないだろう。
「まずは三大欲求に訴えかけて本能から好意を……」
大仰なことを口にする彼女が手にしたのは、包丁。
そう。
彼女がこれより行うのは、『乙女の愛情クッキング大作戦☆(短期決戦型)』である。
これからどうするべきか。
液体石鹸を泡立て、三度目の身体洗いをしつつ、フィアンマはぼんやりと考えた。
謝るにしても、何かをするにしても、どこから手をつければいいのか。
戦争の復興を手伝うのは良いのだが、どこの国なら手伝えるだろうか。
戦犯として処刑されるのは結構だが、される場所とて考えねばなるまい。
「……んー…」
コツ、と軽く頭を壁にぶつける。
そのまま項垂れたまま、しばらく考え込む。
一番迷惑をかけてしまったのは誰なのか。
個人単位で考えると、自ずと答えは見えてくる。
「……、」
そろそろのぼせそうだ。
上がろうかと思うも、まだ薬剤臭さが抜けない。
気に入らないので、もう少し風呂場に篭ることにする。
「……何故だ…もう無限の可能性は関係ないはずだぞ…?」
ホテルへ来る途中買い込んだ食材を眺め。
彼女はやがて、野菜でシチューを作ろうと試みた。
そんな訳で、まずは小麦粉と牛乳でルーを作ろうとしていたのだ。
コンソメ、小麦粉、牛乳…配分はほぼ完璧だった。
問題は火加減だ。焦げ付いたルーはもはや使い物にならない。
そもそも料理初心者がルーを一から作ろうというのが無茶だった。
市販のシチュールーを使えばまず間違いはないのだ。そういう代物なのだ、あれは。
にも関わらず、オティヌスは妥協するということを知らない。
やるからには徹底的に、本格的に、精一杯やれるだけやる。
そんな性格だからこそ、彼女は純粋な魔神にさえ辿りついた。
……しかしながらそんなプライドは、こと料理においては何の役にも立たない。
プロの料理人ならともかく、初心者は手慣らし程度の料理からが良いのだ。
しかし、彼女は迷走し続ける。足掻き続ける。全ては、ただ一人慕う青年から恋をしてもらうためだ。
「………焦げた…………」
どうして、と彼女は打ちひしがれる。
ありとあらゆる魔術を使っても乗り越えられない壁が、そこにはあった。
ようやく自分の状態に満足がいったので入浴を終え、部屋に戻ったフィアンマがまず目にしたのは、落ち込むオティヌスだった。
一体自分が長風呂している間に何があったのだろう、と彼は首を傾げ。
「……何かあったのか?」
「……私には、才能がない…」
「……何の才能だ?」
「料理だ。……料理だよ…」
彼女は、ゲームで一番最初に流れるムービーで呆気なく魔王に敗北した勇者のような顔をしていた。
才能がない、どうしようもない、自分には無理だった、などと言葉を並べていく。
彼女の手指にはいくつかの切り傷があり、台所は生ゴミ(と化してしまったルーだったもの)で溢れている。
「私には出来なかった…何故だ…どうして……」
「………」
空腹で食事を作ろうとしたが度重なる失敗で心が折れた。
そのように判断して、仕方ないな、とフィアンマは薄く笑む。
「少し待っていろ」
そう告げて、彼はキッチンへ立つ。
残骸を丁寧に片付け、手馴れた様子で人参を細かく切る。
玉ねぎを切り、フライパンへ野菜類を入れた後、オリーブオイルを注いだ。
適当に炒め、ワインを少し入れ、ホールトマトの缶詰を空けて潰しつつ入れる。
ペンネを茹でてソースに混ぜ、粉チーズを振りかけつつ暫く待てば出来上がり。
別に缶詰に頼ることは恥ずかしいことではない。利用出来るものは利用すべきだ。
「……ん? どうした。空腹で泣いているんじゃなかったのか」
「泣いていた訳ではない。………」
一層落ち込むオティヌスの様子に、フィアンマは首を傾げるのみだった。
ご飯作れるよアピールがダメなら、食欲の次点―――性欲に訴えかけるべきだ。
露出度の多い服は恐らく不愉快がる。
彼はグラマーな女性がタイプだと口にしていた。
しかし、そうそう簡単にグラマーになれたら苦労はしない。
(どうする……)
一緒に暮らせるだけでも幸福だと思え、と呟く自分は確かに存在する。
だが、ようやく二人きりになれたのだ、恋愛感情を持ってもらいたい。是非。
……自分が彼を好くように、彼にも自分を想って欲しい。
(どうする…?)
狙い目は入浴時。
一緒に入りたい、と甘えれば恐らく彼は呑む。
入るまでは妹ぶり、入った後は女としての顔を見せる。
胸を押し付けたり脚を見せたり尻をくっつけたりするのだ。
「……これで完璧だ」
ふふふ、とかつての魔神は不気味な笑みを垣間見せる。
対して、フィアンマはうとうととソファーの背もたれにもたれかかっていた。
今回はここまで。
乙。オリーブオイルぶっかけてるフィアンマさん見て、某何でもオリーブオイルかければ美味くなると思ってる人に見えたのは俺だけではないはず
テイルズで『料理は科学実験と同じようなもの~』みたいなこと言ってた人が美味い料理作れてたからきっとオティヌスちゃんもできるよ!
オティヌスの料理に常識は通用しねえ
すべからくダークマターと化す
もう修羅場は必要なので可愛いオティヌスちゃんを前面に出していきます…それにしても口調が似ているな右方魔神
>>271
フィアンマ「ここで上条当麻の右手を使う人もいるが、でも、俺様はロンギヌス」
>>273
垣根くんとオティヌスちゃんが異世界から呼び出した料理で真の弟妹としてどちらかが相応しいか勝負するんでしょうか?
投下。
オティヌスは食事を作れない為、フィアンマが日々の食事を調理しつつ、時々出来合いのものを購入してくる。
先の大戦の首謀者とはいえ、その実態を知るのは限られた人物だ。
ましてや、彼の顔を知っている人物などほとんど居ない。
また、『グレムリン』による世界中への被害の方が正直なところ戦争後のそれよりも大きい。
狙ってではないが、結局のところ、オティヌスの行いがフィアンマの安全を買っていた。
外に居た時真っ先に狙われるとしたら、オティヌスよりはフィアンマだろう。
とはいっても、オティヌスの顔を知る人物はやっぱり少ない訳だが。
「…何か様子がおかしい気がするが……まあ、気のせいだろう」
オティヌスの様子を思い返し、首を傾げ。
ただ単に自分と一緒に暮らせてはしゃいでいるだけか、と思い直す。
「ただいま」
「お帰り」
にこ、と笑みを浮かべ、オティヌスは荷物を受け取る。
フィアンマが不在中に部屋の清掃が行われたらしく、中は清潔だった。
「今日は出来合いの惣菜か。温めてくる」
告げて、オティヌスは準備をする。
湯煎で火傷をしなければ良いが、と青年はふと心配に思った。
「明日までには考えを纏めるか……」
ぼんやりとしながら呟いて、フィアンマは着替えを用意する。
既に食事は終えているので、さっさと入浴して眠りたい。
そんなことを考える彼の服袖を、ほっそりとした手が掴んだ。
「背中を流す」
「? そうか」
幼い頃と同じことを言うな、とフィアンマは思う。
オティヌスからの認識はどうであれ、フィアンマにとって彼女は家族だ。
二年間だけれど、共に生活し、懐いてくれた義理の妹のような存在に過ぎない。
命を投げ捨ててでも救いたいという情はあっても、恋愛感情ではない。
ので、性的に意識する訳もなく、彼はこくりと頷いた。
「どこか痒いところは…」
「無いな」
適当でいい、とフィアンマは弛緩すら見せる様相で言葉を紡ぐ。
まるで意識してくれていないのだ、とオティヌスは唇を軽く噛む。
彼女は泡を自分の体に塗りつけ、慎ましさと大胆の合間に存在する胸を。
ふに
そんな感触。つまり、彼の背中へ押し付けた。
これで多少は反応するだろうしめしめ、と思うオティヌスだったが。
「……眠いのか?」
眠くて寄りかかってきたと思ったらしい。
オティヌスが想像していた様子とは真反対に、彼は動揺していなかった。
動揺していない様を装っているのではなく、本当に、ちっとも、わずかさえドキリとしていないのだ。
「う、……」
脚を伸ばした。
それなりに細く、形が悪くない自信はある。
フィアンマは彼女の脚を見たはずだが、やはり動揺も何もない。
「眠いならさっさと上がって寝た方が賢明だ。
風呂場で怪我をするのはシャレにならんしな」
そればかりか、眠るよう勧めてくる始末。
どうして、とオティヌスは内心で血涙を呑み込むのだった。
同じようなタイプのホテルだが、場所をイギリスへ移した。
目的はただ一つで、謝罪をするために、だ。
「一番の難関を優先するか、楽な場所から回るか。問題はそこだな」
「………」
「…どうかしたのか?」
「私であればともかく、おにいちゃんが謝る必要はないだろう。
私が世界を壊した時点で、ヤツ等は死亡していたんだ。
おにいちゃんに蘇生してもらったにも関わらず、何故謝りに行かなければならないんだ?」
オティヌスの言葉は完全に間違っている訳ではない。
確かに、フィアンマがこれまで直接手にかけた人間は、誰一人として居ない。
それに、蘇生してやったのだから恨みなど忘れろ、というのも理屈として妙ではない。
だが、彼の目的の為に起こされた戦争で死亡した人間や、利用されて傷ついた人物は存在する。
救ってやったから別にいいだろう、とかそういった問題ではないのだ。
「例えば、二万人救ったとしても、一万人殺した罪は消えて無くなるものではないんだよ」
相手が許してくれたならいいが、そうでなければ罪悪とは消えない。
故に、人は未だ楽園を失ったまま、地上で生きねばならないのだから。
納得がいかない、といった表情ながら、オティヌスは彼と同じく歩いていく。
一応、見目は少し変えている。
フィアンマ以外に彼女がオティヌスだと見抜けるのはオッレルス位なものだろう。
「イギリス王室がそう易易と通すものか?」
「この俺様だぞ? 門前払いをするよりは、招き入れて処刑したいはずだ」
驚異のアポイント無し、突撃!!隣のイギリス王室である。
「よもや、お前が出迎えるとは思わなかった。謹慎は受けていないのか?」
「免除―――恩赦を受けているが、自らの意思でもって直近まで服してはいたのである。
とはいえ、貴様を直接姫君達に逢わせる訳にはいかないのである」
「相変わらず真面目な男だ。その自省心は自らを滅ぼすぞ?」
「貴様はもう少しばかり反省が必要であるな。……ところで、その少女は」
「ん? 身内だよ。……あまり詳細に調べた場合、うっかり"手が滑る"」
フィアンマを出迎えたのは、元後方のアックア。
現イギリスに仕える傭兵とも騎士とも言い難い、ウィリアム=オルウェルという魔術師だ。
オティヌスについて突っ込まれ、フィアンマはしれっと脅迫する。
仮にフィアンマが好き勝手に暴れた場合イギリス中が滅茶苦茶になるため、ウィリアムは肩を竦めるのみに留まる。
ある意味、フィアンマ以上にその少女、オティヌスの方が危険人物ではある。
「よくここまで来れたし。その首、明け渡しに来たのか?」
ドアを開けた先。
立っていたのは、この国の第二王女、キャーリサが立っていた。
ブリテン・ザ・ハロウィン事件の首謀者にして、フィアンマに煮え湯を飲まされた人物の一人だ。
フィアンマは首を横に振り、キャーリサを見据える。
「残念だがまだ死んでやることは出来ない。今日は単純に、謝罪の為に来た」
「………謝罪?」
訝しげな王女に対し、フィアンマは躊躇せず頭を下げた。
あの、かつてローマ正教陰のトップだった男が、一介の国の王女に、頭を。深々と。
「イギリスを追い詰めたのは、先代と俺様の手腕によるものだ。
目的達成の為にとはいえ、踏み台にしたことは事実。……申し訳なかった」
「………」
呆気にとられた王女は、暫し思考を停止して。
それから、じっと目の前の男を見つめた。
「……お前のよーな男が頭を下げる日が来るとは思わなかったし」
「俺様自身も、思わなかったよ。この十年間は」
第二王女はもう少しだけ思考して。
許す訳でも、罰する訳でもなく、ウィリアムに告げる。
「……母上や姉君達には伝えておく。もう下がらせて構わんし」
「了解したのである」
『軍事』を担当する彼女が、拳の一つも喰らわせない。
それはつまり、許したということだ。
頭を上げ、退室しようとするフィアンマに、キャーリサは思い出した様に言葉をかける。
「右方のフィアンマ」
「何だ」
「世界再構成を行ったのはお前だと報告を受けたが、それは本当か?」
「………どうだろうな」
はぐらかして、外へ出る。
まだ、謝りに行くべき場所がある。
そして、トップだけに謝れば済むかといえばそうではない。
これは、フィアンマという男の気持ちの整理の問題なのだ。
「人を許すことで得られるものが、あるでしょう」
極東の女聖人―――神裂火織
「妻だ。いや、許嫁―――フィアンセと言おうか」
元純粋な『魔神』―――オティヌス
「健勝か、アニェーゼ=サンクティス」
元『神の右席』――――フィアンマ
「ものすんごい睨まれているんですが……」
元ローマ正教徒―――アニェーゼ=サンクティス
今回はここまで。
引き続きご要望などご自由に
オティヌスが嫉妬しそうでフィアンマと顔見知りぐらいありそうな人……オルソラさん?
ヤンデレな義妹に愛され過ぎても夜はきちんと眠る神上。
修羅場は恋愛事の方が実際やりやすいですね。フィアンマさんとオティヌスちゃんが組んでる時点ですごく強いので…。
>>285
(ヴェントさんは…いやないですかね…)
投下。
謝るべき人間。
フィアンマの中でカテゴライズされている人物はそれほど多くはない。
どちらにせよ償えない罪ならば、後は自分の問題だ。
直接迷惑をかけてしまった人間には謝罪する。
許してもらうつもりはなく、単に区切りをつけるためだ。
現実で何をされてもされなくても、死ねば最期の審判で本物の神が全てを決めるだろう。
その時、自分が地獄に堕ちれば罰を受けることになる。
悔い改めはするが、一生謝罪と猛省に人生を使い潰して死んでも、誰も満足しないだろう。
そもそも人一人に償いきれる罪量でもなければ、自分一人の責任とも言い難い。
「それで、この寮は?」
「イギリス清教、『必要悪の教会』の女子寮だ」
「…………女子寮…」
オティヌスの表情が険しくなるが、フィアンマは気づかない。
彼は寮のドアを丁寧に軽くノックして、暫く返答を待った。
中から何となしに洗濯機が稼働する音が聞こえるような気がするので、家事から手が離せないのかもしれない。
「は、はぁい、今でまーす」
ドアが開いた。
中から出てきたのは、背丈の小さな少女だった。
髪を三つ編みにしており、おどおどとしている。
「何が御用ですか…?」
「ああ、ここにオルソラ=アクィナスという女は居るか?」
「今お洗濯中で…呼んできますね! あのっ、中にどうぞ…」
人見知りをする性格なのか、そう促すと彼女は家の中へ消えてしまう。
ロクに身元を確認せずに通してしまって大丈夫なのか、とフィアンマは眉をひそめ。
何はともあれ門前払いされるよりはマシか、と中へ足を踏み入れるのだった。
中に入ってリビングへ進んだところで、オルソラは現れた。
「私に何か御用でございましょうか?」
「直接の面識はなかったな。…謝罪をしに来た」
謝られる事をされた覚えはない、とばかりに彼女は不思議そうに首を傾げる。
気遣いのある少女らしく、彼女はフィアンマとオティヌスへソファーに座るよう丁寧に勧めた。
二度程断っても勧められたので腰掛け、謝りに来た理由を、フィアンマは口にする。
『法の書』の事件の全貌を知っておきながら放置をしていた、ということだった。
それも、放置して、あわよくば学園都市サイドとの戦争の火種の一つにしようと思った、とも。
アドリア海の女王の件を画策させたのも自分である、ということすら、洗いざらい話した。
「第三次世界大戦の引き金を引いた首謀者は、紛れもなく俺様だ」
「………」
「………殺されてやることは出来ないが、多少の暴力は振るってくれても構わん。
自分の手が痛んで嫌だというのなら、自分でそうしよう。望むままにする」
オルソラは、人を憎むことを知らない。
正確には、どうしたって人を憎むことなんて、出来ない。
「確かに、あなた様は私を見捨てようとなさったのかもしれません」
「……」
「……個人単位のことになってしまいますが、私はそのお陰で大切な人々と出会うことが出来たのでございますよ」
「………」
「アニェーゼさんも、ルチアさんも、アンジェレネさんも…数え切れない位多くの人と仲良くなれました。
あの少年と出会うことが出来たのも、あなた様が私をお見捨てになったからでございます。
人はいくらでも間違い、足掻き、迷い続ける生き物です。かくいう私も、そんな子羊でございますよ。
………ですから、もう顔を上げてください。少なくとも私は、あなた様を恨む気など毛頭ないのでございますから」
女性らしい手が、頭を下げたままのフィアンマの手を、両手で握った。
自分が神に許されたいのなら、まず人の罪を許しなさい。
聖書に綴られた聖女の姿が、そこにある。
「…………、…ありがとう」
それだけ言うと、フィアンマは顔を上げた。
修道女は、優しく微笑んでいる。
ちなみにいうと、元魔神は視線だけで人を殺せるのなら百人程殺れそうな目をしていた。
それから他の人員も来て、フィアンマは謝るべきだと判断した相手に直接謝罪をした。
許されるつもりはないし、正確に反省しているかというと微妙なところだ。
全てを聞き届け、女聖人―――神裂火織は、姿勢を正した。
禁書目録を苦しめてでも利用した理由。
フィアンマが行いたかったこと。
どうして謝罪しに来たのか。
全てを聞いた上で、神裂は深呼吸する。
フィアンマの気持ちは、わからない訳でもない。
元より、魔術師にとって夢物語は妄想では終わらない。
だから、彼は本気で世界を救いたかったのだろうと想像出来た。
自分の身を切るだけでは出来ないから、他人にも血を流させた。
かつて、自分の選択の結果仲間を失望に叩き込んだことのある神裂は、彼を怒鳴る権利がない。
自分も、救うつもりで、一人の大切な親友を追い詰め苦しめていたのだから。
「私は、決して出来た人間ではありません」
「……」
「あなたと同じく、救おうと足掻いては傷つけ、後になって気づかされました」
「……」
「怒りをぶつけることは簡単です。そんなことは獣でもできます。
ですが、我々は人です。……理性をもって、人を慈しむことができます。
私もまた、許され人間です。人は間違い、許されて前に進みます。…ですから」
彼女は、フィアンマを真っ直ぐに見つめ。
「あなたを……人を許すことで得られるものが、あるでしょう」
フィアンマの全てと言わずとも、少しでも彼を理解したからこそ出てきた言葉だった。
理解して、共感したから、出てきた言葉だった。
「………そうか」
自分の罪が軽くなったとは思わない。
自分の背負った罪は、正に全人類の罪だ。
ただ、自分が思っていたよりも、世界は善意に満ちていることは理解出来る。
「ところで、そちらの方は」
神裂はお茶を勧めつつ、オティヌスを見やる。
自分と同じ年頃だろうか、と判断しながら。
フィアンマは少し悩み、義理の妹だと紹介しようとして。
「ああ、俺様の「妻だ。いや、許嫁―――フィアンセと言おうか」
オティヌスが言葉の先をぶん取った。
神裂は恋愛事に疎いのか、動揺を見せる。
「い、許嫁…そ、そうでしたか……」
「………いや、彼女は俺様の「その内結婚する予定だ。手は出してくれるなよ」
言い直す暇さえ与えないオティヌス。
否定の為に彼女の頭を叩くべきかと考えるも、まあいいかとフィアンマは思う。
別に彼女が気分でそう名乗りたいなら好きにしたらいいと思う。
実際には気分で名乗っているのではなく割とガチで狙ってきている訳だが。
そこへ、赤い髪の少女がやって来た。
フィアンマはそちらへ視線をやり、言葉をかける。
「健勝か、アニェーゼ=サンクティス」
「……どちら様です?」
アニェーゼの問いかけに、神裂が答える。
事情も話し、理解したところで、アニェーゼは神裂の隣に座った。
謝罪をされたアニェーゼの返した返答は、オルソラとよく似ていた。
結論からいえば、今幸せなのだからそれでいい、とのことだった。
幸せな人間は他人を責める気がないものですよ、とも付け加えて。
「それに、ローマ正教を使い潰すだけ使い潰すつもりだったなら、今こうして生きてもいませんし」
丁寧な口調のイタリア語。
フィアンマを根っからの悪人とは断じない、と彼女は言って。
「…何かものすんごい睨まれているんですが……」
オティヌスの視線に気がつき、怯んだ。
フィアンマは彼女を見やり、とりあえずフォローする。
「片目が見えない影響で睨んでいるように見えるだけだ。
気にするな」
「ならいいですけど……」
「では、これで謝罪は終わりでございますね。よろしければお昼をご一緒にいかがでございますか?」
オルソラの申し出を受け、食事を一緒にすることにしたのだが。
「…すまない」
「い、いえ……」
フィアンマが転けて神裂の胸に顔ごと突っ込んだり。
「……今のは事故だ。が、謝罪はしておく。すまん」
「こういう日もあるのでございます」
フィアンマが伸ばした手がたまたまオルソラの胸に埋まったり。
…とまぁ、こんな感じでラッキースケベが多かったので。
「……主神の槍、…もう一度作るか…」
オティヌスの人類に対する殺意は、爆発的に膨らむのだった。
そんなこんなで、ホテルへ戻って来た。
少し疲れたとぼやき、フィアンマはベッドへ横たわる。
オティヌスはそんな彼を見やり、むすくれたまま台所に立った。
どうしてああも連続でラッキースケベがあるのだ。ありえない。
(そもそもあの修道女達、何故許容の姿勢を……)
これでは『おにいちゃんの味方は私だけなんだよ…?』理論が使えない。
もっと他の人間がフィアンマに冷たくなれば、自分はそれだけ特別になる。
だからといって目の前でフィアンマが冷遇されると、腹が立つ。
何とも難儀な『恋』と『愛情』で揺れる恋心である。
「今日こそ料理を作れるようになってやる」
せめてひと品位はまともに。
彼女は一生懸命取り組み、真剣に打ち込む。
焦げたルー、生焼けの肉、生ゴミ状態のくず野菜。
「………」
オルソラの手料理は、美味しかった。
実際、フィアンマも美味しそうに食べていたし、オルソラとの会話も弾んでいた。
美味しいご飯というのは、それだけで人を癒せるものなのだ。
お世辞にも癒し系とは名乗れないオティヌスとしては、是非ともこのスキルを身につけたい。
「……あんな胸だけオバケ共に負けて堪るものか…」
苦節八時間。
否、これまでの努力を合わせれば大体二十六時間程か。
どうにか、オティヌスはシチューを成功させることに成功した。
少々隠し味を入れすぎてミルクジャムみたいになっているが、シチューだ。
ベタベタに甘くて何か料理とは思いたくないが、シチューである。
「私に不可能などあるはずがない」
ふふふふ、と少女の口から笑い声が溢れ出す。
その笑みはどこまでも得意げで、所謂ドヤ顔である。
美味しいかどうかではなく、料理としての形をなしただけで満足したようだ。
「ん……」
ちょうど、フィアンマは目を覚ます。
テーブルの上には料理のよそわれた皿が置いてある。
「……作ったのか?」
「そうだ。今回はきちんと料理だ」
「そうか。…火傷はしなかったか?」
とりあえず心配の言葉をかけてから労をねぎらい、フィアンマは席に着く。
適当に祈り文句を済ませ、彼女が勧めてくるシチューを口にする。
甘い。
クソ甘い。
何か砂糖の味しかしない。
何だこれ。
色々思うところはあったが、フィアンマも腐ってもイケメンである。
ついでにいえば、優しさは健在である。
彼は思ったこと全てを飲み込み、にこりと笑む。
「………美味しいよ」
「良かった」
素直にはにかんで、オティヌスもシチューを口にする。
どろどろに甘い白い液体だったが、彼女は特に気にせず呑み込んだ。
年上の男から存分に気を遣ってもらうのは少女の特権である。
今回はここまで。
その内テッラさんとかも出すかもしれないです。蘇ったので。
乙です!ドヤヌスかわいい
仮の話だが、もしフィアンマとオティヌスの間に子供ができたらとんでもないサラブレッドじゃね
乙。某『お前絶対わざとだろ!』な少年levelのラキスケでも、フィアンマさんならラッキーマンだから仕方ないねで済む不思議。俺もねーちんのおっぱいに埋もれたry
わかった、きっとオリーブオイルを使えば美味くなるよオティヌスちゃん
そしていとも簡単に人知を越えた復活を成し遂げるテッラさんすげー
その日の晩。
せっかく仮眠によって快復した体力を甘くて不味い料理に削り取られ。
入浴を終えたフィアンマは、再びベッドに戻る。
おやすみ、とお互いに言い合って、両者とも眠りについた。
「……、」
何やら気配がする。
目を開けると、そこには別のベッドで眠っていたはずのオティヌスが居た。
「…どうした…」
「……寝相が悪くてここまで来てしまったようだ」
わざとらしいはにかみ。
実際には、彼女は色仕掛け半分で彼のベッドへ潜り込んだだけだ。
が、フィアンマは特に疑うこともなく、少女を抱きしめて再び目を閉じた。
心臓を高鳴らせる彼女だが、彼に特別な意図はない。
嫌な夢でも見て甘えに来たのだろうと、勝手な判断を下している。
「……おやすみ」
「………」
む、とオティヌスは少しむくれる。
彼の手は優しく頭や背中を撫でてくれるが、決して淫猥ではない。
だからこそ、自分が女性として見られていないことを理解させられる。
恋愛対象外である。と身体で伝えられる事程、辛いことはない。
「おにいちゃん」
彼女は、呼んだ。
「んー?」
眠いのか、酩酊している様な声音で返事が来る。
オティヌスは唇を噛み、目を閉じて問いかけた。
「おにいちゃんは、私をどう思っている?」
「……どう、と言われてもな…」
眠いからといって話を打ち切らないのは、彼の優しさ故だろう。
真面目に考え、うとうととしながらも彼は答える。
「妹、のようなものだな…」
「……」
「有り体に言えば、…唯一の、家族だ…」
ぎゅう、と抱きしめられる。
大切な宝物を傷つけられまいとするように。
きっと。
彼は、オッレルスに対しても同じことをする。
自分が泣いたら撫でて慰めて抱きしめてくれることはわかる。
でも、オッレルスにだって同じことをするだろう。
或いは、垣根帝督にだってそうするかもしれない。
博愛ではないものの、フィアンマの優しさとはそういうものだ。
特別誰かを贔屓するものではない。贔屓されるのも好かないだろう。
歯がゆい。
どれだけ想っても、アピールしても。
きっと、彼にはきちんと届いてくれない。
「私は、おにいちゃんを家族だけだとは思っていない」
「………」
困惑の色を見せる金色の瞳。
オティヌスは、多くの言語を修得している。
にも関わらず、うまく言葉が紡げない。
何と言えば自分の気持ちを正しく伝えられるのか、わからない。
「私は、……おにいちゃんが、好きだ」
「………」
「おにいちゃんの『好き』とは違う意味合いで、だ。
……流石にここまで言えば、どういう意味かはわかるはずだ」
料理中、地味に切り傷の出来た手指がじくじくと痛む。
それは、彼女の心を痛みを体現しているかのようだった。
「………でも、おにいちゃんはそうはならないのだな」
「…………」
フィアンマは、黙ったまま、オティヌスの髪を撫でる。
早く寝ろ、という意思表明だった。
答えられない、ということでもある。
オティヌスはきつくきつく唇を噛み締め、目を閉じた。
大切に思われているだけでは足りない。でも、その先へ進むことが、今はまだ、出来ない。
場所を日本に移し、二日後。
フィアンマはオティヌスを連れ、上条宅へとやって来た。
インターフォンを鳴らすかノックをするか迷い。
インターフォンを鳴らしたところ故障中だったので、ノックをすることにした。
『はいはい、今出るんだよーっ』
ガチャリ、とドアノブが回り。
応対をしたのは、白い服の修道女だった。
彼女はフィアンマとオティヌスを見やり、それから首を傾げる。
「ええと、とうまのおともだ……ッ!」
オティヌスの変装魔術に使用された魔力の流れを感知したのか。
一気にインデックスの警戒心が高まる。
「とうまを狙って来たの?」
彼女は、フィアンマのことを知らない。
意識が繋がった時に話したことはあるが、意識の中でしかない。
故に、容姿からではフィアンマだと気づかなかった。
「そう警戒するな。別にヤツを狙って来た訳ではない」
「……」
「それで、幻想殺しは居るのか」
「教えられないかも」
「インデックスー、何かあったのかー?」
「と、とうま来ちゃダメ!」
「誰なん、…って、フィアンマか。そっちの子は?」
「連れだ。入っても良いか」
「ああ」
え? え? と戸惑うインデックスに、上条が事情をさらりと説明する。
自分を利用した右方のフィアンマと知ったにも関わらず、インデックスはむしろ警戒を解いた。
「今日は謝罪する為に来た。…とはいえ、俺様に謝罪されても不愉快だろうとは思うが」
フィアンマは最初にそう告げて、インデックスと向かい合う。
カーペットに正座の形で座り、それから、両手をついた。
所謂土下座の形で、彼は頭を下げる。
彼が最も深く謝罪すべきはインデックスであると考えていたからだ。
こんなことをしても彼女の痛みが癒える訳ではないと、わかっている。
わかっていても尚、誠心誠意謝罪をすべきだ、と感じていた。
許されるためでなく、少しでも彼女に申し訳なさを伝える為に。
「……言い訳はするまい。お前には迷惑をかけた。
……単なる道具として、過剰な負担をかけてまで利用―――使用したことを、謝罪する」
「………顔を上げて欲しいんだよ。それと、脚も崩して欲しいかも」
インデックスは、はっきりとそう言葉を返した。
許すでも罰するでもなく、上条の前だからと自らを取り繕う訳でもなく。
インデックスの視界には、平身低頭に謝罪する一人の青年だけが映っていた。
「……」
「……ね?」
優しく促され、フィアンマは顔を上げる。
インデックスは、深呼吸をすると。
一発だけ、フィアンマの右頬を打った。
ぱん、という軽い音。
上条に殴られた時より、余程痛みは少ない。
少ないはずなのに、その痛みは鋭かった。
「……、」
「……これで、私は許すんだよ。
私以外にも、ステイルやかおり、とうまや…沢山の人が傷ついたから、皆の代表として暴力を振るってごめんね」
「……いや、お前の反応は正しい。何なら左の頬も差し出すところだ」
「聖職者の鑑みたいなことを言うんだね。……とうまが言ってたよ」
「何をだ」
「あなたがやったこと、全部。良いことも悪いことも、記憶喪失だったことも」
息が詰まる。
余計なことを、と上条を睨んだが、上条はさっと目を逸らした。
「あなたの目的は良いものだった。押し付けかもしれなかったけど、皆を幸福にしたいっていうのは悪いことじゃない。
問題はそのやり方が良くなかった。ただそれだけのことなんだよ。
……だからといって擁護をするつもりも、そんな権利だってないかも。
でもね、あなたを責める権利だって、そんなにないんだよ」
彼女は、ゆっくりと一呼吸おいて。
「あなたが居なかったら、私も、とうまも、私の友達も……皆、死んじゃってたかもしれない。
ううん、甦れないままだったと思う。……だから…ありがとう」
仲直り、と手を差し出される。
こんなに簡単に許しを受けて良いのか、とフィアンマは思った。
「……」
「ほら、握手しろよ。俺もするし」
上条は手を伸ばし、インデックスとフィアンマと手を握る。
過去の罪を責めることではなく、許すことでこれからの未来を見よう、という気持ちの表れ。
そんな光景を、オティヌスは冷めた目で眺めていた。
オティヌスという少女は、元より独占欲が強い。同時に、愛情深い。
勿論人間なので、理性で抑え込むことは出来る。
幼い頃はそうしていたし、今も我慢はしている。
だけど。
人には我慢の限界というものがある。
オティヌスは本音を言えば、インデックスを殴りたかった。
彼に何をするのだと怒鳴りつけてやりたかった。
だが、それを彼が望まないことは、自分が一番知っている。
この世界において、彼を最も理解しているのは自分だ、そう自負している。
「………」
ギリ、と歯を食いしばる。
救われたクセに、と吐き捨てそうになる。
自分に殺され…否、一度は消された人間に、どうして彼を打つ権利があるだろう。
「……体調でも悪いのか?」
悪意に沈みかけたその時、ぽん、と頭を撫でられた。
顔を上げると、そこには心配そうに首を傾げたフィアンマの顔がある。
「……何でもない。少し疲れただけだ」
「そうか。まあ、連れ回してしまったからな」
「帰るのか?」
「そうだな。長居をする必要もない」
フィアンマは頷いて、オティヌスを連れ上条家から出る。
空は赤く染まり、夕刻であることを指し示していた。
「……おにいちゃん」
「ん?」
「………いいや、何でもない」
今回はここまで。
俺…このスレが終わったら…安価スレたてるんだ…あの…フィアンマさんと誰かがくっつく感じの…読者様同士で相手決めてもらう感じで…
>>314
なぜか最終的には天野明絵で体育座りで泣いているオッレルスさんが浮かんだwwwww
(ブリュンヒルドさん書くの苦手なんですよ…
安価スレの方はBLNL有りで自由にいこうと思ってるので各々皆様加群右方とか雷神右方とかフィアシルとかフィア火野とか自由に狙ってください)
フィアンマSSしか書けない(大嘘)
>>319
もうフィアンマさんはオッレルス勢力全員と結婚したらいいんじゃないかな(提案)
投下。
謝る相手はこれで全員だ。
フィアンマの中で謝るべき人間は、これで全員。
利用した人間は利益が絡んだもので、謝罪の必要はなく。
事故的に死なせてしまった人間は、かえって顔を見せない方が良いだろう。
直接手をかけた人間についても前述の通り。
世の中には謝った方が良い罪と、謝る為に顔をあわせるということ事態が良くない罪がある。
「……そもそもロキに謝罪する必要性をまったく感じないしな」
「独り言か?」
「ああ。……今日は何か作ってくれないのか?」
きっとまた失敗する。
恐らく、不味い料理を食べさせられる。
わかっていて尚、フィアンマはそうオティヌスに問いかけた。
自分の為に料理を作る彼女が、満足げだということを知っているから。
まずい料理だとしても、どうせ食べるのは自分と彼女なのだ。
自分を実験台にして、いつか料理が上手になったらいいと思う。
……そうして。
いつか、誰か、彼女を受け入れてくれる優しい誰かと結ばれればいいと、そう、思う。
フィアンマの中での彼女は、あくまで妹のようなものでしかない。
家族でしかない以上、恋人へ変わることは出来ない。
「お兄ちゃんが食べたいというのなら仕方がないな」
そんな今日日流行しそうにないツンデレ定番台詞の様な言い方をして。
彼女ははにかみながら調理を開始する。
上条宅へ謝罪に行った時は、やはり疲れていたのだろう。
自分と二人で居る時、外に出ていない時、彼女は幸福そうだから。
「……」
ぴく、と彼女が反応する。
動きを止めた彼女を見やり、次いで、フィアンマはドアを見やった。
ドアの外に誰かが居る。人数は、一、二……二名のようだ。
気配を隠しもしない辺り、見知った相手だろうか。
早計はよくない、と自分を制し、フィアンマはドアに近づく。
「率直に聞くが、何者だ」
「私だ」
「俺だ」
ドアを開ける。
一人称の名乗りではあったが、特に躊躇はしなかった。
立っているのは予想通り、垣根とオッレルスである。
「……ん? 女聖人はどうした。同居しているのではなかったか?」
「少し喧嘩してしまってね」
「しょうもねえことで言い争った挙句お仕置き拒否で逃げてきたって訳だ。
俺はその付き添い。ったく、いい迷惑だっつの」
「………お仕置き…?」
「いや、知らなくて良いんだ。気にしないでくれ」
慌てて垣根の言葉を止めるオッレルスと、ニヤニヤとする垣根。
仲良くなったようで一安心だ、とフィアンマは薄く笑み。
「上がっていけ。喧嘩をしたなら、ほとぼりが冷めるまで距離を置いた方が良いだろう」
おにいちゃんが許可を出したので仕方なく居座らせていてやるが出来損ないもチンピラも帰れ。
そう言わんばかりのオティヌスの視線が部屋を満たしていたが、フィアンマは意に介さない。
オッレルスはオティヌスと同じ位に大切な家族であるし、垣根は自分が直接助けた子供だ。
オティヌスが何と言おうと、短時間匿って一緒に話していることに何の問題があるというのか。
子供特有のやきもちではなく恋愛感情と独占欲に基づく嫉妬なのだが、フィアンマは気づかない。
「夕食は……オティヌスが作っているのか」
「今日は任せているんだ」
オッレルスの意外そうな声に、フィアンマが答える。
垣根は退屈なのか、オティヌスの手元を眺めていた。
彼は人格が果てしなく生まれる位気まぐれな性格なので、復讐には走らないようだ。
もっとも、そんなことをしてフィアンマと衝突するのが嫌なのかもしれない。
(何でもかんでも砂糖入れてやがる…後…コンソメ?)
垣根がそんな感想を抱いているところ、フィアンマとオッレルスの会話が続いていく。
「……迷惑をかけていないか」
「迷惑? いいや、まったく」
「………なら、良いんだけど」
「今も、歩み寄る気にはなれないか?」
「…そういう訳じゃ」
「お前もまだ子供だな」
「……否定は出来ない、かな」
言葉を返し、彼は立ち上がる。
それから、オティヌスの隣に立った。
バチン、と一瞬だけ爆音のようなものがした。
オティヌスが攻撃し、オッレルスが対応したのだ。
ただの一度で終わったのは、フィアンマや垣根が居る為である。
完全な決裂の原因が解消したとて、すぐさま仲良くなれるものではない。
「……まさか、その料理を彼に食べさせてきた訳じゃないだろうな?」
「だったらどうした。ケチをつけるのはやめろ」
「自分の舌を疑ったことはないのか?」
「………何? おにいちゃんは美味しいと言ってくれた」
「今の彼がまずいものをまずいとはっきり言う訳がないだろう」
実兄の指摘に、オティヌスはピシリと固まる。
全く考えていなかった。彼の性格を知りながら、考えようとしていなかった。
無理をして『おいしいよ』と言ってくれているという、単純な可能性を。
「………」
「…まだ軌道修正は間に合う。今夜は手伝うが、…」
「…………お前はいつでも悪い報せばかり持ってくる」
ぽつりと呟き、オティヌスは鍋を睨む。
鍋を睨んだところで料理は美味しくならないので、ひとまずオッレルスはお湯を足してやることにした。
「…もう、…私に出来る失敗のないアプローチは……これしか…、」
元『魔神』とはいえ一人の一途な少女―――オティヌス
「…………待て。話せばわかる」
押し倒されてテンパる本物の救世主―――フィアンマ
今回はここまで。
乙。フォロレルスさんのフォローがなかったら死んでいた
…そういや5/15事件で犬養毅が最後殺される前に言ったのが『話せば分かる』だったっけ…?
気がついたらヤンデレになってた。どうして。
>>331
「話せばわかる」
「問答無用」
ザクッ だったと思います
投下。
オッレルスの軌道修正により。
じゃがいものクソまずい甘露煮(だったもの)は、どうにかビーフシチューへと変貌を遂げた。
ちょっと甘い感じは否めないが、人参を入れて誤魔化したのである。
ただ、まずいと言われる程の代物ではない。
「二人共すまなかったな。キッチンがもう少し広ければ手伝ったのだが」
「いや、構わない。料理の手伝いなら慣れているしね」
「……おにいちゃんが作る必要はない。今晩は私の役割だったのだから」
オティヌスの声は低い。
が、不機嫌というよりは落ち込んでいる様子だった。
「調理に時間がかかってしまったし、いただき次第帰ることにするよ」
「そうか? 戻ったらきちんと謝ることだ」
「あれはどっちもどっちだけどな」
「うぐ」
垣根はシチューを見つめている。
お腹が空いているのだろうか、とフィアンマは少し微笑ましく思った。
二人が居た時間は、大体二時間程だっただろうか。
夕飯はシチューだったが、四人で食べたこともあり持ち越しは無し。
明日も同じ料理を食べなくて良いというのは良いな、とフィアンマはぼんやりと思い。
「今日はもう寝るか」
少し疲れた、と付け加え、フィアンマは浴室のドアへ手をかける。
ちらりと振り返った先、オティヌスはソファーで膝を抱えていた。
「……オッレルスに何か言われたか?」
「……無理を、させてしまっていたのか。私は」
「んー?」
「不味い料理……無理をして美味しいと言っていたんだろう」
「無理をした覚えなどないがね」
「………」
無理をした覚えはない。
無理というのは、自分の限界を越えて理屈を飛び越えて辛いことをすることだ。
例えば、オティヌスを止める為に槍に一日二回貫かれたりだとか、ああいうレベル。
滅茶苦茶不味い料理を『美味しい』と言うことなど、無理の内に入らない。
「……」
だが、オティヌスは項垂れたままでいる。
結局その落ち込みは、双方入浴後の消灯までなくならなかった。
草木も眠る夜更け、深夜二時過ぎ。
フィアンマは、蠢く気配を感じ取った。
何者かの指が、自分の腹部に触れている。
うっすらと目を開けると、そこには白くて華奢な指。
女性らしいほっそりとした腕は、布一つ通さぬ晒された肌。
「……」
恐らくオティヌスだろう。
危機感がないので、うまく目が覚めてくれない。
『神の右席』に居た頃はもっと寝起きが良かったはずなのに、とフィアンマは眉をひそめ。
「……、…」
掴んでもわずか余る程の柔らかそうな双つの果実。
視線を下に下げれば、細く括れた腰。
ほっそりと腰のラインからそのままに滑らかに描かれる尻は小さめだが、形は良い。
細く伸びた脚は白く、芸術品の様に形良く。
育ったシルエットとは反対に、顔立ちは少し幼い。
しかし、その幼さもアンバランスではなく、かえって色気を醸し出している。
「……XXXX?」
思わず本名で呼んだ。
何か、様子がおかしい。
一緒に寝るにしても、裸というのはおかしいのではないか?
「…もう、…私に出来る失敗のないアプローチは……これしか…、」
彼女は僅かに恥じらい、毛布を握る。
とはいえ、服を着る素振りはない。
生まれたままの姿で、じっとフィアンマを見上げている。
流石の彼も、こうまでされれば彼女が何をしようとしているかはわかる。
逆強姦。
その一言に尽きる。
少なくとも、フィアンマは同意していないのでこの表現で間違いないだろう。
「…考え直せ」
「私の感情をまだ見くびっているようだな」
おにいちゃんの為なら何を捧げたっていいんだ。
ぽつりと呟いて、彼女はフィアンマのズボンへ手をかけた。
慌てて彼は制止しようとするが、少し遅かった。
ぐい、と勢いづけて下着とズボンが下ろされた。
このままではどんな展開になったとしてもオティヌスを傷つけることになる。
既に読めている近い未来に焦りながら、フィアンマは彼女を説得しようとする。
しかし、状況が状況なので、彼自身にも動揺がある。
動揺している人間が、うまく人を説得出来るはずがない。
「既成事実を作ってでも、」
「…………待て。話せばわかる」
「もはや会話では解決出来ない」
彼女の指先が、彼自身へかかった。
扱いにはまったく慣れていないらしく、指先は震えている。
急所を握られている以上、フィアンマとしても暴れる訳にはいかない。
「……ん、」
知識だけはあるらしい。性魔術方面から学んだのだろうか。
彼女はそっと彼自身に口をつけ、舌を這わせる。
唾液に濡れた小さな舌が自身を刺激する感覚に、彼はぐっと唇を噛んだ。
「……何故だ…? 私の身体では、やはり力不足だと…?」
数十分程の愛撫の後、オティヌスは愕然とする。
自分は脱いでいるのに、一生懸命奉仕したのに、何の反応もない。
半勃ち位してくれてもいいのに。
じわじわと緑の瞳が潤む。
彼女は泣きそうになりがら彼を見上げた。
彼の方が余程、泣きそうな顔をしていた。
「………、…」
フィアンマは衣服を元に戻し、毛布をかぶって膝を抱えている。
オティヌスはおどおどとしながら彼の様子を窺った。
「……お、おにいちゃん…?」
「……だから待てと言ったんだ」
「……」
「俺様がお前を恋愛相手として見ることが出来ない理由は、……確かに色々とある。
お前の想いを蔑ろにしていた部分もあったし、お前を家族として見ていたからというのも。
だが、最も大きな理由は…まともな行為が出来ないからだ。これはお前相手に限らん」
十年前の事故。
硝子片や攻撃の衝撃は、彼の脊髄を傷つけるに至った。
本来であれば、下半身不随になっていてもおかしくない。
その体を、埋め込んだ霊装の補助を使用して無理やり動かしているのが現状である。
最低限の感覚こそあるが(怪我をしてわからないと困るので)、性行為は出来ない。
そして、もはや魔神ではないオティヌスに、彼を完治させることは出来ない。
「…………」
「……聖職者になったからな。特に治療する必要もなかった」
聖職者とは、そもそも人と結ばれる者ではない。
シスターが神の花嫁であるように、神父は敬虔な子羊であり、淫行や女と関係は持たない。
なので、彼のその障害はある意味で好都合だったのだ。
性欲という余計なものに囚われず、術式研究に没頭出来たのだから。
「私が台無しにしてしまったものの、一つか」
「……無くとも困るものではない。だが、俺様は恋人を作れない。
お前相手だから、という話ではなく、性行為をしてやれないからだ」
科学技術を使えば子供を作ること位なら出来るかもしれない。
だが、恋人になった女性を満足させてあげることは出来ない。
なので、恋人は出来ない。作れない。作ってはいけないし、必要もない。
オティヌスは、黙り込む。
あの日、自分が奪ってしまったのは彼の記憶だけではなかったのだ。
「………オティヌス?」
フィアンマは、別に彼女が悪いとは考えていない。
むしろ、恋人になってやれなくて申し訳ない位なのだ。
彼女を守った時、何を喪っても良いと思った。
だから、失ったものがいくらあっても、後悔などない。
「……俺様はこれで良いんだ。…ただ、お前はそれに付き合う必要はない。
今は俺様のところに暫くいて、もう少し歳をとったら自分で相手を―――」
他に見つけて、恋人になればいい。
優しく諭そうとする彼だったが、オティヌスは落ち込んでいる訳ではない。
むしろ、自分がどうすれば良いかを、考えていた。
どうすれば皆が幸せになれるかどうかを、一生懸命。
誰もが笑えるハッピーエンド、それを迎えるために――――
「おにいちゃんが、いっそ女の子になればいいんじゃないか……?」
宵闇に、冷酷なナイフが光る。
今回はここまで。
もうすぐ終わりです。
なんとなく遊戯王の遊馬に三次大戦のフィアンマさんを説教させたい(欲望)
>>1がゼアルを知っているかは知らないけど……
おつ。さよならフィアンマさんの聖なる右まがり。まぁ使わないらしいしね!
まぁ霊装で半身不随levelの障害を帳消しにしてあれほどの機動力ある動きができるなら、フィアンマさんが気持ちよくならない前提でヤるとか、ペッティングとかで済ますとかできそうな。聖職だから全部駄目かもしらんが
そういや最後まで本名不詳のままな感じかね
テッラさんハブいたりしません。
でもリクエスト全てを叶えるのは無理そうな。
>>352
フィアンマ「お前も鈍いな。俺様が神の右席だよ!(ゲス顔)」
上条「な………」
これ以上フィアンマさんを打ちのめさないでください……
>>353
多分それについても考えて、尚断った感じですね。
後十字教的には子作り以外のセクロスはダメだったような。
本名不詳のままなので自由にお考えください。
投下
(神よ、何故私をお見捨てになったのですか……)
そんなことを思ってしまいながら、フィアンマは咄嗟に横へ回避した。
すんでのところでナイフを避けられた。
人間、大体は話せばわかると思っていたのだが、世の中全てそううまくはいかないらしい。
フィアンマは確かに性機能障害を抱えてはいるが、これまで女になりたいと思ったことは一度もない。
故に、オティヌスの提案はまったくもってありがたくない。やめて欲しい。
しかし、今回の件は自分個人の問題なので、出来れば彼女に暴力を振るいたくはない。
たとえ反撃の拳だとしても、家族を殴って良いものだろうか。
(いや、良いんじゃないか?)
少なくとも相手はハサミを持って陰部を切断せんとしているのだし。
フィアンマは少しだけ葛藤し、右拳を握る。
目の前の敵は、ここで食い止めねばなるまい。
そうだ。彼女の為にも。自分の為だけでなく。
「良いぞ、お前が何やら飛躍した思考をそのまま実行するというのなら」
フィアンマはオティヌスを見据え。
「まずは、その惨めな幻想を―――――いや、やはりパクリは良くないな」
うん、と頷いて。
彼は何の術式を使用するでもなく、ごちん、と彼女の頭を殴ることにした。
「いひゃい………」
涙目で頭を摩り、オティヌスはベッドに座っている。
反省はしているらしく、何度か謝罪された。
彼女には彼女なりの考えがあったのだろうとは認める。
認めるのだが、流血沙汰はよろしくない。
「何をどうしたら俺様を女にして万事解決という話になるんだ?」
「私のせいでおにいちゃんは男性機能を喪ったということは明白だ。
おにいちゃんが女になればそれについては落ち込まなくても良いだろう?」
「女性機能も存在しない訳だが、お前はそれで良いのか」
「良くないな」
相手を救う為に相手に血を流させるのは自分も同じだが、あまりにも短絡的が過ぎるのでは。
思えば昔から思いつきで行動する子供だったな、とフィアンマは肩を落とし。
しかし、その手で綴られていくメモ書きは治療の符なのだから、怒りはそうでもない。
そもそも叱ることはあっても怒ることは少ない男である。
「……怒っているか」
「仮に怒っていたらどうする?」
「………ごめんなさい」
「反省をしているのなら、俺様は別に怒りはしない」
ほら、と符を渡す。
オティヌスはそれを頭にぺたりとはりつけ、たんこぶの治療に専念した。
ちょっと力加減を忘れたらしい一撃は、ギャグ漫画でもそうそうお目にかかれないたんこぶを作っている。
寝直すのは厳しい。
なので、フィアンマとオティヌスは術式研究をすることにした。
メモ書きをつらつらと書いては置いていくので、足の踏み場もなくなっていく。
内容は結界術式のそれなので、いくら研究しても飽きることはない。
攻撃用の術式と違って、儀式寄りのものは勝手に付け足せる部分が多い。
「昔、お前に魔術を教える時もこうしていたな」
「…懐かしい」
オティヌスは目を細め、ペン先をメモに押し付ける。
あの頃の自分は、彼の教えてくれる全てを愛した。
今もその傾向はあるが、現在は色んなことを知りすぎている。
「お前が魔神になるとは思わなかったが」
「それを言えば、私もおにいちゃんが神上になるとは思わなかった」
メモ書きは増え積まれ、溢れていく。
それは、二人が過ごした時間に似ていた。
仲直りをした次の日。
フィアンマが昼寝をしている中、オティヌスは外へ出た。
向かう先は服屋である。
それも、普通の服屋ではない。
コスプレ色の強い衣装を販売している店である。
(私は日本で学んだ)
彼と学園都市へ行った時。
ミスコンの様子を眺めていた彼の視線から、学んだのだ。
男性は―――コスプレ女子が好きなのだと。
別にそうとは限らないが。
「どうにか機嫌を直さねば…」
本当に彼はもう怒っていないのだが、彼女の気が済まないのである。
少女が手にしているのは、ナース服。
ミニスカガーターベルト付き半袖長アームカバーセット。
オプションで猫耳もつけられるようであるが、とりあえずそれはなしとして考え。
「……ふむ。…可愛げはあるか」
機能の問題で性的興奮は誘発出来ないが、この愛らしさで絆すことは出来るかもしれない。
何はともあれ、謝罪の為の道具として、と彼女は会計へ持っていく。
(日本式オン=ガエーシもコスプレが基本だったか)
何やら間違った知識を頭の中で反復しながら。
「………」
意識が浮上する。
くぁ、と欠伸を漏らし、フィアンマはのろのろと起き上がる。
何やらごそごそと浴室の方から聞こえるが、オティヌスが着替えているのだろうか。
「……」
ふと。
彼女を受け入れてやれる他人の異性は自分だけなのかもしれない、と思う。
彼女はなかなかに破綻した人格をしているし、犯した罪は重い。
だとするならば、自分はやはり彼女を愛してやるべきなのかもしれない。
いや、~やるべき、と言い訳をするのはよくない。
昨夜の一件で、そうした方が良いのでは、そう思ったのは、自分だ。
幸福とは不定形。
誰かと幸せになって欲しいというのは、あくまで自分個人の意見だ。
もしかすると、彼女にとっての一番の幸福は自分と結ばれることなのかもしれない。
子を成したいだとか、性的なことを求められないのであれば、恋人にはなってあげられる。
だが、そういった行為を排除した関係は恋人と呼べるのだろうか。
ハグやキスなら家族でも愛情表現として行うものだし、と考え込むフィアンマ。
ガチャリ
浴室のドアが開いた。
そちらに視線をやると、ナース姿のオティヌスが立っていた。
露出度はそこそこに抑えられているが、透け気味の生地なのであんまり意味がない。
「………お前はいつからそういう職業に転職したんだ?」
「私の職業は今も昔も魔術師兼おにいちゃんの妻だが?」
格好を抜きにしても、しおらしい態度は可愛くなくもない。
そんなことを考えつつ、フィアンマはオティヌスに膝枕をされていた。
むき出しの柔らかで細い太ももの感触がいまいち落ち着かない。
落ち着かないのだが、彼女がしたいと言って聞かないのでそうしている。
「…それで、その格好は何だ」
「ナース服だが」
「どう見ても正職のそれには見えんな」
「コスプレショップで購入したものだ」
「何の為に」
「少しでも癒されるかと思ったんだ」
昨夜のことはこれで忘れて欲しい、と彼女は呟く。
本当にもう怒ってはいないのに、と首を傾げ。
少し落ち込んだ彼女の髪を撫でると、にへらー、と柔らかな笑みを返される。
衣装云々よりも、その笑顔の方が余程癒される、とフィアンマは思った。
オティヌスに留守番を任せ、フィアンマは外へ出た。
今日はよく晴れていて、外出をするには最適の気温・天候だ。
何を買って帰ろうか、と思いながら、あてもなく歩く。
「……おや」
男の声に、足を止める。
振り返って見やれば、そこに立つのは緑髪の男だった。
フィアンマのよく見知った、元同僚でもある。
かつて後方のアックア―――ウィリアム=オルウェルに粛清された聖職者だ。
フィアンマが世界を再構成する際にちょっと手心を加えて蘇生した人間である。
「久しぶりですねー。お元気でしたか」
「元気とは言い難いが。お前は」
「今はローマ正教徒の一人として、復興と防衛に頭を悩ませていますよ」
「そうか」
「あなたの救済計画のツケを支払う係、といったところですかねーー」
「俺様が憎いか?」
小さく笑って問いかけるフィアンマに、男は、左方のテッラは、首を横に振る。
「死亡したのは私の手落ちと弱さ故ですしねー。あなたには人生を再び与えていただきました」
死んだことで、気がついた間違いや罪がある。
それを贖う機会をありがとう、とテッラは言った。
「今のあなたであれば、ローマ正教の一角を持って行って新しく宗教組織でも作れそうなものですが」
「それはないな。いや、出来るが…しない。もう、する必要がないからな」
「……何か大切なものが決まったようですねー?」
「思い出した、というだけだよ。……テッラ」
「はい?」
フィアンマは、ふと、彼に尋ねたくなった。
多くの教徒を想い、恐らく自分のことも罪深きローマ正教徒として愛しているだろうテッラに。
「聖職者ということを抜きにして、誰か、女に愛されたらお前はどうする」
「そうですねー。…現実的に、自分と結ばれて彼女が幸福かどうか考えるでしょう」
「女自身は、自分といたら幸福だと言い張る。自分はそうは思わない。
……そんな場合は、どうするべきだと考える?」
「私に問いかける時点で、答えは出ているのではないですかねー?」
答えは出ている。
確かに、自分が本気で迷った時は、人に相談などしない性質だ。
大体が同意か、確認の意味で問いかけをする。
「あなたを想う相手を思って行動すれば間違いはないでしょう」
「………そうだな」
相槌を打って、フィアンマは彼に背を向けた。
迷っている時点で、彼女を拒絶する理由など、実質的には一つもないじゃないか、と。
今回はここまで。
次回最終回。
あとがきの類はいつもの通りしません。
(右席アンソロとか出ないかな……)
投下。
「遅くなったな」
買い出しを終え、フィアンマは帰ってきた。
オティヌスはソファーに悠々と腰掛け。
そして、彼女の向かいにはとある少年が座っていた。
「おー、お帰り?」
「雷神トールか」
「暇潰しがてら訪ねさせてもらった」
「そうか」
恐らく自分と話に来たのだろう。
オティヌスと二人きりというのはさぞ辛かっただろうな、と思い。
「お帰り」
「ただいま」
オティヌスの言葉に応え、フィアンマは材料を適所に配置して、しまう。
トールはそんな彼の様子を眺め。
「今話題の良妻系男子ってやつ? いや、あんたは男子じゃねえか」
「どういった流行なのかまるでわからんのだが」
『グレムリン』の元メンバー達は、自分達なりの人生を歩んでいる。
フィアンマはただ一人、木原加群だけは蘇らせなかった。
自分のせいで死亡した人間ではないことや、彼の人生における目的を知っていたから。
ベルシ―――木原加群は現在、とある少女と共に世界を回って多数の争いを止めているようだ。
「ロキの野郎はどっかで詐欺師でもやってんじゃねえかな」
「そうか。…わざわざ現状報告に来てくれたのか?」
「まあな。後は古い知り合いと話す位はいいかと思ってよ」
「なるほど。お前自身は相変わらず経験値集めとやらに奮闘しているのか?」
「もう習慣みたいなもんだからな。それで、やっぱり俺とは戦ってくれないのか」
「ほかを当たれ」
「だろうな。そう言うと思ったよ」
トールは立ち上がり、オティヌスを見やる。
「邪魔したな」
「ああ」
元魔神は視線を逸らし、雷神は出て行く。
余計な言葉の無さは、別に仲が良い訳ではなかったことを如実に示していた。
トールが家から出ていき、二人きりに戻る。
フィアンマはオティヌスの隣に座り、彼女の髪を触った。
思い出したようにヘアブラシを手に取り、彼女の長い髪を梳かし始めた。
オティヌスは品の良い猫の様に力を抜き、目を細めている。
「オティヌス」
「……うん?」
過去を思い返し、心地よさそうな表情を浮かべたままに。
オティヌスはちらりとだけフィアンマを振り返った。
フィアンマは目の前の美しい金髪を丁寧にブラシで梳かしながら。
「恋人になろうか」
「…………こ?」
「説明したように、子供は作れないかもしれないが…それでも良いなら」
「こ、」
「別に根気負けして渋々と、という訳ではない。俺様も、お前のことは嫌いじゃないし、大切だ。
少しスキンシップが増えるが、それで恋人として満足してくれるのなら、俺様は……オティヌス?」
こここ、と彼女は鶏の様になっている。
顔は赤く、酷く動揺していた。
どれだけの知識を蓄えようと、ませていようと、彼女はまだ十八歳の少女だ。
それも、特殊な育ちで常識は少し欠けているし、情緒はやや育っていない。
これまでしてきた大胆なアプローチとは反対に、テンパって言葉が出てこなくなるのも仕方ない。
「……いいのか。本当に」
「望んでいた割に、実際にそうなると信じられないものか?」
「……っ」
うれしい、と。
小さく、素直な呟きが聞こえた気がした。
オティヌスは身体ごときちんと振り返り、フィアンマに抱きつく。
フィアンマは彼女の体を抱きしめ、頭を撫でた。
答えは最初から出ていたのだ。
自分はどうしたいのか
そんなことは、世界を救ったあの日に。
「おにいちゃん、という呼び名は、恋人に対して不釣り合いだな」
本名で呼んでも良いか、と彼女は言った。
誰かに本名で呼ばれるのは約十二年ぶりだな、とフィアンマは思った。
「好きに呼べば良い」
「なら、」
オティヌスは、フィアンマの手を握った。
両手で握り締め、それから、片手を繋ぐ。
所謂恋人繋ぎにして、満足げにはにかむ。
「――――――、」
名前を呼んで、オティヌスは目を瞑った。
その表情は、ベール越しの花嫁がするものによく似ていた。
唇へ接吻すれば、本当に、家族とは一線を越えることになる。
フィアンマは、特に躊躇しなかった。
頬を撫でて、そっと顔を口付ける。
それから、囁くようにこう言った。
「好きだよ、XXXX」
軽い音と共に、唇が重なった。
オティヌスが、魔術を学び、世界を壊し、何もかもを捨てて得たものは、心から望んだ唯一人だった。
HAPPY END.
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乙