たったら書く
一方通行「心臓g」
バタッ
ピーポーピーポー
最近、妙に心臓の鼓動が速くなることがある。
例えば、アイツが「おはよう」と笑顔を向けてくる時。
例えば、アイツが何気なく髪をかきあげる時。
ドクンドクンと、痙攣をするように、全身に血液を送るポンプが脈を打つ。
(…………こりゃ、どういうことだ?)
不定期に訪れる突然の動悸に以外にも、
「たまに頭がボーっとするし、変に汗かいたりしやがるし……」
何かの病気の前兆なのだろうかと、白い髪に赤い目が特徴的な青年、一方通行は思案した。
一方通行がまだ十五、六の少年だった頃。
諸所の事情があり、彼は脳を損傷し多少不自由な体となった。
数年経っている今でも、それは変わらない。
およそ一万人からなる『妹達』の援助がなければ、喋ることも出来やしない。
彼女らの演算補助があっても、普段から杖が必須だ。
それでも、青年は己が不健康だ、とは思っていない。
『外傷』やそれに伴う副作用みたいなものは多く経験した。
けれど、『病』というものに、彼は今までの人生の中でとんと縁がなかったからだ。
「一体なンなンだ……? 風邪一つしたことねェっつーのによォ」
居間にあるソファーの上で寝っ転がりながら、ポツリ。
本当に、気まぐれに現れては消える身体の現象は、なんなのだろうか。
受付「循環器科はこちらになります」
不定期おきる身体の不調(ではないか、と彼は推測している)。
それが、一方通行の目下の悩みごと。
原因はなんなのか。ぼんやりと考えこんで既に数十分が経過していた。
「―――ンあ?」
ふと、部屋の中の色が僅かに変化していることに気がつく。
「……」
無言のまま眼球だけを僅かに動かす。
大きめに作られた窓の向こうから、暖かな日の光が刺していた。
朱色に近い橙の光をあびて、室内の白い壁がうっすらとオレンジ色に染まる。
日が沈みはじめている。
「やべ、もォこンな時間かよ」
そろそろ、約束していた時間だ。
のそのそと気だるそうに一方通行は起き上がり、窓辺へと移動。
窓から外を見降ろせば、制服に身を包んだ少年少女達が街を闊歩している。
学校が終わり、生徒たちが下校する時間帯だ。
「……文句を言われンのは面倒だな」
一方通行自身はそれほど時間を気にしない。
起きたい時に起き、
寝たい時に寝て、
腹が減った時に飯を食べる。
自由気ままに、自分勝手な時間の流れの中に生きている。
一人暮らしをはじめてから、元々だらし無かった彼の生活習慣が更に悪化した気もするが。
けれども、彼女は一方通行とは違い、かなり時間にはうるさい。
待ち合わせの時間に遅刻でもすれば、小言を言われるのは目に見えていた。
『どうして貴方はそんなに時間にルーズなの!? ってミサカはミサカは―――、』
アーモンド型のつぶらな瞳を釣り上げて、多分こんな文句を言うはずだ。
ぷくっと頬を膨らませて怒る少女の顔が脳裏をよぎり、
トクン、と心臓が大きく跳ねた。
ああ。
また例の、突発的な動悸だ。
「……またかよ」
ふわっと浮遊するような高揚すら覚える。
背筋の辺りが妙にくすぐったい。
「―――チッ」
誤魔化す様に舌打ちをして、一方通行は頭を乱暴にガシガシと掻いた。
「……財布にケータイ、家の鍵」
今はどうでもいいことだと頭を無理やり切り替えて、
テーブルの上に適当に置いてあるソレらを、ズボンのポケットにしまいこむ。
その際、長財布につけているチェーンがぶつかりあって、ジャラジャラと音を立てた。
「―――と、車のキーは何処いったァ?」
先の三つは簡単に見つかったのだが、車のキーだけが何処にもない。
「どこに置いたっけか……」
さほど物が多くないのに、と一方通行は眉をひそめた。
しばらくテーブル付近を捜索し、雑誌の影に隠れている車のキーを見つける。
買った覚えのない雑誌の表紙を見て、
「……ったく、あンの、クソガキ。持って帰る忘れやがったな、コレ」
今時の若い女性向けのファッション雑誌。
一方通行には似合わないソレは、いつぞやか彼女が読んでいた物だ。
彼一人の城であるはずのこの部屋には、よくクソガキ――打ち止めは遊びに来る。
遊びに来るたびに。ゲームをしたり雑誌を読んだり。
打ち止めはまるで自分の部屋であるかのように、かなり自由気ままに過ごしている。
「しょォがねェな」
一方通行はため息を吐き、車のキーのついでに、その雑誌にも手を伸ばす。
「本を無くしたと騒がれてるのもこれまた面倒だしな」
と、誰も聞いていないのに、そんな言い訳がましい独り言を呟いて。
ガラス張りの高層ビルが道に沿って立ち並んでいる。
空には飛行船が飛び交い、ニュースなどを流す。
計画的に配置されている風力発電の風車は、風の流れに身をまかせてゆっくりと回転する。
「ほんと、この街は変わり映えがねェーのな」
車を走らせながら横目で見る学園都市の風景は、あの頃と何も変わらない。
一目見て変ったなと思うのは、改善された治安の良さくらいだろうか。
目的地に向けて一方通行はハンドルをきる。
適当に選択した車内ラジオからは、彼にはわからない流行の歌が流れていた。
(そういや。この曲、打ち止めがこの間歌ってたような……?)
スピーカーから聞こえてくる、ハスキーボイスが魅力的な女性ボーカリストの歌。
つい先日連れ出されたカラオケで『今この人にハマってるのっ!』よ歌っていこと思い出す。
(つっても、歌えてなかったけどなァ)
一生懸命声を低くして歌っていたが、声質が高い打ち止めには無謀な挑戦だったのだ、とだけ言っておこう。
(―――こうしっかり聞いてみても、俺にはこの曲の何処がいいのかわっかンねェわ)
声がいいのか。
歌詞がいいのか。
それとも、曲調が打ち止め、ひいては今時の十代の心をとらえて離さないのか。
年齢層も性別も恰好も異なる一方通行には、理解できない。
この曲以外にもそうだ。
助手席の上に置いてある、打ち止めの忘れものであるファッション雑誌。
彼女の話題にあがる注目の女優だか俳優の名。
学校の仲間内ではやっているというキャラクター。
どれもこれも、一方通行には理解できないものばかり。
ジェネレーションギャップ、というものだろう。
打ち止めに関することなのに、わからないのだ。
どうしても理解できないと感じることが急に増えてきたと、一方通行も感じてはいる。
昔だって、互いに分らないことばかりだったはずなのに。
それでも、これほどまでに『理解できない』と思うようなことはなかった。
打ち止めの年齢が上がり、己の年齢があがった。
視野に見えるものだって広がり、身を置く世界だってあのころとは違うのだから、当たり前なのだろう。
当たり前、なのだ。
「……当たり前、なンだよな」
胸に広がる、寂しさにも似た思いに見ないふりをして、一方通行はアクセルを強く踏んだ。
メールで『この辺りに来てね』と指定された場所へとたどり着いた。
打ち止めが通っている学校の近くの大通り。
片側だけで三車線もある学園都市内でも比較的幅がある道路だ。
歩道に一番近い車線は、無断駐車をしている車が所々止まっていた。
「ンで、あのアホは何処にいらっしゃるンですかねェ?」
彼を呼び出した少女は何処で待っているのか。
目を凝らして歩道のほうを見ると、若い女の子たちが数人固まっているのが見えた。
その中に、見慣れたアホ毛がいる。
「……適当に止めるか」
免許証の点数を切られるのは一方通行もさすがに嫌だ。
なので、辺りに警備員や風紀委員がいないことを確認してから、無断駐車の仲間入りをした。
ブレーキを踏み車を止めると、タイヤが擦れるような、キキッという甲高い音が鳴る。
-‐< ̄ミ .
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: :i:弋| : :i:爪 (|ノ }|: /'| |i:|:i: :|: : |: :l 也三二ニ=-‐ i i| l| i | 代|
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: :l: i/|: : i: U ( (ノ '川 : : リ: :l \ / | l| l|.八ト、___
:i l: |'イ ;ハ| __ / ミー .彡i: : /八l、 i`T爪\ |ハ川 ) |/} 厂 ̄ミ 、_
:i i八 i∧ `ヽ uイ: :ノイ:〈 | ヽ| |ハ{〉小、 /:|/:/ / : : : : : ヽ. {\
:リ \_{`:┬‐:‐:ァ: :´: :i: : : : |: i'\| ノ{.{\}__./: : : :/ /: : : : : : : : |/
ハ,___,ノ厂`7く:ノ /: : /|: : : :ハ| _,/ 厂\:_: : : : : : : / /: : : : : : : : i/ /:
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| な の │ ヽ{ {: \{: : :ノ': : :, ,: : :}\___,、j
| ン は | ‘. ‘、: : : : : : : :/ / : :| ,、__,、{
|、 だ な | {\\: : : : / /: : : / /: : : : : :!
__ い よ ' |i : \{:}、 : }/: : : / /: : : : : : :|
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打ち止めは周囲を取り囲む女の子たちとの会話に夢中なようで。
いっこうに一方通行の車が近くに居ることに気付かない。
わざわざドアを開けて出ていくのは億劫だ。
ヴィーーー、と助手席側の窓を明けて、
「打ち止め」
と、少しばかり大きな声で、彼女の名を呼んだ。
あっ、と打ち止めは口を開く。
ようやく向かい人が来たことに気がついた彼女は、申し訳なさそうに片手を上げた。
「ごめん、迎えが来たみたいだから今日はこの辺で、ってミサカはミサカは皆に別れの言葉をつげてみたり」
打ち止めと一緒に居る数人の女の子は、打ち止めと同じ学校に通う同級生達だ。
一方通行の迎えが来るまで彼女たちと周辺をぶらついたり、道端で話し込んでいた。
「えー、迎えってなになにー? 怪しいんだけどぉ」
「もしかして、あの車に乗っている人かな。彼氏さん?」
にやにやと口角をあげて「いいもの発見した」という顔をしている友人達に、
「違う違う。彼氏じゃないって。なんだろう。――――保護者、かな? ってミサカはミサカは例えてみたり」
彼氏とかそういう浮いた話なんかない、と打ち止めはあっけらかんと返した。
「なんだ、つまんない」
「ミサカの心配より自分達の心配してください、ってミサカはミサカは意地悪く言ってみる」
声をそろえて軽口をいう友人達に再度釘をさし、打ち止めは「じゃあね」と手を振って一方通行が乗る車へと歩みを進める。
「お待たせ、ってミサカはミサカは迎えに来た貴方声をかけてみる」
開いた窓口からひょっこりと見慣れた顔が現れる。
コンコン、と助手席側にある窓のフレーム部分をノックするオマケ付。
「気づくの遅ェよ」
「あはははー。つい、おしゃべりに夢中になっちゃたもので、てミサカはミサカは言訳してみたり……」
「……まァ、いいわ。さっさと入れ」
助手席のドアのロックを外し、一方通行は口先で打ち止めを中へと誘導した。
「おっじゃましまーすっ――と、あれ?」
馴れた手つきでドアを明けて車内乗り込もうとした打ち止めの動きが止まる。
彼女の視線の先には、助手席の上に置かれた、見覚えのあるファッション雑誌が。
先日『無い無いッ』と寮の自室で探していた物が、何故ここにあるのか、と彼女は眉をひそめた。
「オマエがこの間、家に来た時忘れてったンだろ」
彼の言葉に、そういえばそうだったと打ち止めは思い返し、
「わざわざ持ってきてきれたんだ、ありがとうね、ってミサカはミサカは何気に優しい貴方の心遣いに感謝してみる」
「……うっせェ。さっさと乗れ」
打ち止めの顔を見ることなく、車のキーをカチリと入れる一方通行。
彼のぶっきらぼうな態度に苦笑しながら、少女は雑誌をカバンに入れると、助手席へと乗り込んだ。
そもそも、今回なぜ一方通行が車をだして打ち止めを迎えにきたのかというと、
今朝方、打ち止めが『買い物に付き合って!!』と一方的なメールを送って来たからだ。
打ち止めのそういうワガママは今回に限ったことではない。
先日のカラオケ然り、先々週の映画館然り。
彼女が何かを思い立つ度に、一方通行はソレらに無理やり付き合わされている。
……無理やり。というよりは、仕方なく、といったほうが正しいだろうか。
右ウィンカーの光を点灯させて、他の車が来ていないを確認して隣の車線へと出る。
すぐ近くの信号がタイミングよく青色に変化したので、一方通行はそのままアクセルを踏み込んだ。
先ほど一方通行が適当に選んだカーラジオのチャンネルが気に入らないようで、
打ち止めはカーナビの隣にあるチャンネル変更のボタンを押しているみたいだ。
競馬中継、お天気情報、懐メロ特集―――等など。
目まぐるしく変わった音声は、結局、情報バラエティの番組で落ちついた。
『――最近なにかと話題の俳優の彼ですが――、』
ちょうど、今話題の芸能ニュースが取り上げられているらしく、
一方通行が横目でちらりと確認してやれば、打ち止めは真剣な面持ちで音声へと耳を傾けている。
(……やっぱ、わかンねェわ)
どうして、彼女がこの手の話題に興味を持つのか。
一方通行は、また、わからない。
俳優が好きなのか。
ただ単に、恋愛話に食いついているだけなのか。
わからないのならば、打ち止め「どうしてなのか」聞けば解決するだけだというのに、彼は口を閉ざしたまま。
結局、その「わからない」ことから来る違和感に触れることなく、
「目的地は?」
一方通行は、それだけを尋ねた。
「セブンスミストー」
「はァ? 第七学区にあるビルじゃねェか。歩いて行けるとこだろ、ソコ」
「隣の学区だしね。でも、その次に第十五学区にも行きたいかなって、ミサカはミサカはおねだりしてみたりっ!」
「なァにがおねだりだっつの。最初がそのつもりで俺を呼び出したンだろォが」
「いえーす、ってミサカはミサカは正直に肯定してみる! そう言う訳でよろしくお願いしまーすっ」
「…………、へいへい」
この第五学区内の店のほうが年相応な気もするのだが、一方通行はあえて口にださない。
打ち止めの足元から、ガサリガサリ、とすでに二つほどあるショップ袋同士が、
車の揺れあわせて、ぶつかる音が聞こえてくるからだ。
「ココ(第五学区)の店は友達とさっき行って来たからね、ってミサカはミサカは自己申告してみたりっ」
「さいですか」
そこで、二人の会話は一旦中断された。
別に話のネタがないとか、空気が気まずいということはない。
普段でさえ、会話のキャッチボールをさぼりがちな一方通行が、
車を運転している時は、いつも以上に輪をかけて無言になるのだ。
運転中は考え事をする癖がついてしまったかもしれない、と彼は振り返る。
その事をそれとなく察している打ち止めは、一方通行の運転を邪魔しないとように大人しく、助手席に座っている。
さきほどしまった忘れ物のファッション雑誌を先ほどから静かによんでいた。
パラパラと打ち止めがページをめくる音だけが、車内に響いた。
聞きたかった芸能ニュースだけを聞いた後は、カーラジオの音声はきってしまったらしい。
(……黙って流してりゃよかったのに)
微かに紙が擦れる音だけでは、少々静かすぎる車内に、一方通行は心内で嘆息する。
一方通行と打ち止めを乗せた車は第七学区へと向けて、第五学区の中を走ってた。
第五学区。
ここは大学や短大が集められている学区として有名だ。
そのため、他の学園都市の学区に比べて年齢層が高く、店などそれに合わせて大人向けのモノが多い。
多くのビルが立ち並んでいるのは、大学などと提携をむすぶ企業のオフィスが多いからだろう。
助手席に腰掛けている打ち止めも、この春から第五学区にある女子大に通っている。
『一八だから、もう大人なのよ、ってミサカはミサカは宣言してみたり』
なんて、アホまる出しのことを言いながら、彼女が意気揚々と女子大の門くぐった姿は記憶に新しい。
「大人になったもん」と胸を張って主張する内はガキだ、というのが一方通行の考えだが。
気がつけば、それほどの時間がたっていた。
打ち止めは大学生になり、
一方通行は大人になった(彼の身分はまだ、学生であるが)。
あれほど一日一日、命を擦り削っていた日々が嘘のように。
平和で、ゆったりとした時間が流れた。
学園都市の馬鹿げたクソったれな陰謀から、解き放たれた打ち止め。
彼女は今、人生の春を謳歌しているのだ、と一方通行は思う。
年頃の女の子が経験することを、全力で楽しんで、笑っている。
こそこそと存在を隠すこともなく、
学びたいことを学び、
一緒にいて楽しいと思える友と青春を過ごし、
興味のあること、好きなことに、没頭していく日々。
誰にでも当たり前に約束されているようで、
過酷な運命の元に生まれた少女にはようやく舞いこんだ奇跡にも近いモノだ。
打ち止めは素直に、時に貪欲に、色んなことを経験し吸収している。
だからこそ、幼いころから親しくしている一方通行との間にも、小さなずれが生じるのだろう。
そのずれが、『わからない』『理解できない』という感情につながるのかもしれない。
ならば、仕方のないことだと彼は諦めにも似た境地で、答えを導く。
(……少しづつ、大人になっていってンだろうな)
いずれ、自分なぞ必要なくなり、一人でも立っていけるような大人に。
チクリ、と喉元を針でつつかれるような痛みを無視して、一方通行はそう遠くない未来に思いをはせた。
そう、それほど諦めたような、悟りの心境だというのに。
「あ、赤信号だ」
何気なく呟いた少女のほうに、自然と視線がいってしまう。
赤信号の度に、左側へと眼球が動く。
彼女が足を組みかえる仕草をする度に、心臓が激しく鼓動する。
車内にかすかに香る、
せっけんのような清楚な匂いが彼女の髪から漂っていると気がついたときは、
――――――ハンドルを握る手の握力が強まった。
(…………やっぱ、病気の前触れだなァ、こりゃ)
つい最近(――打ち止めと離れて暮らすようになった、最近)から現れはじめた症状に耐えると、一方通行の眉間のしわがさらに深くなった。
(…………ったく、本当に、まじでなンなンだっての!!)
一方通行は、未だに、その症状の病名に心あたりがない。
原因のわからない苛立ちを紛らわすように、彼の運転する車の速度が上がった。
(最・悪・だ)
セブンスミストに到着して、一方通行が抱いた感想は以上の三文字だった。
打ち止めが商品を見ているショップから少し離れた広場。
彼はそこに数あるベンチの一つを陣取って、少女の買い物が終るのを今か今かと待っていた。
声はここまで聞こえないものの、打ち止めは実に楽しそうにしている。
キャッキャ、という漫画に出てきそうな擬音が似合うかもしれない。
そして、
打ち止めの隣には、彼女に似すぎているほど似ている女性が、一緒に店の中を探索している。
(打ち止めに店の名前聞いた時に、こうなる可能性を考えとくンだった……)
ベンチの背もたれに全体重を預けながら、一方通行はため息をついた。
打ち止めと、もう一人の女性がいるショップの名前は「ゲコ太&ケロヨンのオフィシャルショップ☆」
そこで、一方通行よ打ち止めの二人は、
打ち止めに似すぎているほど似ている女性―――、
『妹達』の素体にしてお姉さまである、御坂美琴とはち合わせしたのだった。
すいません、ねっむいです……。
今夜中に終るかなと思っていた自分が馬鹿だった。
残ってたらまた朝に書き来ます。
おはようございます。保守感謝
面倒くさい人間に遭遇したもンだ、と一方通行は頭を抱ええ。
こめかみ辺りがひくひくと痙攣して、ズキズキした鈍い痛みが乗じる。
「……クソ、マジで帰りたい」
心の底から漏れ出すように、彼は小さな唸り越声をあげる。
いっそのことこの場から黙って立ち去りたい。
けれど、打ち止めがいる以上出来る訳も無く。
タンタン、とリズムカルに右足を床を踏み、気を紛らわせる彼の元に、
「買った買った、ってミサカはミサカは大満足!」
「限定商品全部ゲット! さっすがオフィシャルショップねー♪」
「ねー♪ ってミサカはミサカは超同意してみるっ!」
ケロヨンの顔がデカデカとプリントアウトされている買い物袋を
その細い肩に抱えきれないほどお買い上げした、双子のような2人組が戻って来た。
平日の放課後。
平日の放課後。
セブンスミスト内にいるのは十代前半から十代半ばくらいの少女ばかり。
このビルが在る第七学区の主な住民は中高生なのだから、妥当な結果なのだが。
大学入学したばかりの打ち止めは、まだギリギリいいとして。
とうに二〇歳を超えている一方通行と美琴は、面白いほどに『場』に溶け込めてない。
当人たちは気にもしないが、
周囲の若い女の子たちの視線が彼らに向いてしまうのは仕方なのないことだった。
「……どんだけ買ってンだよ…」
「うーんとね、ひぃ、ふぅ、みぃ……五袋分だね! ってミサカはミサカはこんなに戦利品を手に入れたって胸を張ってみたり」
「アホか、お前。五袋って、お前一人で五袋だろ?
超電磁砲の分も入れたら一〇袋もお買い上げってかァ? どォ考えたって買いすぎだ、ゲコ太中毒者(ジャンキー)共が」
「なに甘っちょろいころ言ってんのよ。これでも買うのセーブしたのよ」
「そうそう。荷物になるからって、泣く泣く2M級ケロヨン抱き枕は諦めたもん、
ってミサカはミサカはお姉さまの意見にさらにかぶせてみる」
「…………クソガキは、まァ、いいとして。超電磁砲、お前、その大量の荷物どォすンだ?」
「ああ、ご心配なく。車で来てるから大丈夫」
「―――なら、良いけどよォ」
複数の視線を気にするでなく、三人は広場のベンチの前で、会話を続ける。
しばらくそんな談笑をいていると、
視線以外の『モノ』が向けられてくる。
それは、小さな小さな声、声、声。
「ねぇ、ねぇ……『アレ』ってそう、だよね」
「――――うっわぁ。噂では聞いたことあるけど」
「初めて見た、ね……」
少女たちはあくまで仲間内でしか聞こえないと思っている小声でしゃべる。
しかし、無意識に発する声というものは、案外大きかったりする。
「……あれさ、『クローン』だよね」
噂話の主役になっている当人にまで、聞こえてしまったりする。
打ち止めの耳がぴくりと所在なさげに動いたことを、一方通行は見逃さなかった。
チッ、という彼おなじみの舌打ち音が、やけに広場に響いたような、気がした。
「…………」
口を一文字に閉じたままベンチから立ち上がろうとした彼の腕を打ち止めが取り、
「待ってっ! ―――噂されるなんて、
ミサカってば女の子にモテモテかも? ってミサカはミサカは―――、」
「なに、ふざけてやがる」
「……えーっと、ふざけてはいないだけどな、ってミサカはミサカは…、うーん、なんて言えばいいのかな……」
打ち止めが一方通行からの問いかけに困惑すると、すぐさ、あ隣から助け船が出された。
「要は『ほっとけ』って言いたいんでしょ?」
「そ、そう! 別に一々かまうことないんでないよ、ってミサカはミサカは貴方に説いてみる」
「…………けどなァ」
「『下手な騒ぎにしたくない』っていう、そういう打ち止めの気持ちを察してやんなさいよ」
ピシャリと、美琴は目の前の静かに怒気をため込む男にそう言った。
「……」
「……」
「……」
美琴の言葉を最後に、三人の間に沈黙が訪れる。
一方通行と美琴は無言のまま互いに睨みあい、
お前が意見を取り下げろ、と視線で牽制しあう。
この場で一番気まずい思いするのは、間に挟まれた形となった打ち止めだろう。
彼女は保護者と姉の顔をキョロキョロと視線を動かして、
どうしたらいいのか、と悩ましげな顔で考え、
「―――え、えっと」
短い時間で出した答えは、
「あ、あっちのほうのお店も気になるから見てくるね、てミサカはミサカは荷物を置いて猛ダッシュッ!!」
この場からの、一時退却(という名の脱走)。
打ち止めが突然その場を離れたことからか、
聞こえてきた小さな声達も段々と薄れていき、いつまにか消えて行った。
「……こんなくだらない子どもの囁きに一々反応してたら、ほんとうにきりがないでしょう」
打ち止めの事となるとやけに沸点が低くなる一方通行に、
美琴は呆れたように語りかける。
「――――あの子が……いえ、あの子たちがこう生きると選択した以上、どうしようもないことよ」
特に、この街ではなおのこと。
「……わかってはいる」
そんなこと、一方通行だって言われなくても分っている。
「なら、いいけど」
美琴はそこでようやく一方通行から視線を外し、辺りをぐるっと見渡した。
――――学園都市には、『超電磁砲』のいう軍用量産型クローンがいる。
そんな噂が流れはじめたのは美琴が中学に入った頃のこと。
素体とされる彼女自身も最初は『ただのくだらない都市伝説』だと思っていたが、
彼女たちは実際に誕生していた。
理不尽なレールを走らされる為に、たったそれだけのために。
超能力者量産計画、絶対能力進化計画、第三次製造計画。
それ等の『計画』の果てに。
2万飛んで二人の『超電磁砲』のクローンは生をうけたのだ。
彼女らの総称は『妹達』であり、
打ち止めもまた『妹達』の一員で、検体番号二〇〇〇一号のミサカだ。
現在も、およそ半分が地球上の何処かで研究機関・施設の保護の下、懸命に生きていることだろう。
残りの半分は、絶対能力進化計画によって―――、いや、違う。
今、美琴の目の前にいる、白い髪に赤い眼光を有するこの男の手によって、殺された。
一方通行による妹達虐殺。
―――その事も、もう八年も前のことになる。
それから、一方通行は彼なりの贖罪の道をひた走り、今に至る。
殺し合いをし、敵対しあった『超電磁砲』と『一方通行』が
世間話をする程度に時は流れ、平和な日常が訪れた。
打ち止め、ひいては『妹達』が学園都市や世界を取り巻くモノから解放された時、
『正体を隠さずに、自分が自分であることを誇りに思って生きていたいの、ってミサカはミサカは全ミサカ達の希望をのべてみる』
そう言って、彼女たちは今の生活を、
『クローンである』という事を隠さない生活を、選択した。
故に、学園都市の周囲で『妹達』は公然の存在となったのだった。
倫理上の問題から、人的なクローンは今も昔も『妹達』以外は存在しない。
だからこそ、彼女たちは余計に目立つ。
先ほどの小さな声は、打ち止めにとっては日常で聞かれる囁きだろう。
辛くても、弱音を吐きたくなっても、選択したのは『妹達(自分自身)』
クローン。
人工的な存在。
作りだされた、マガイモノ。
『――――ああ、なんて、気味が悪いのか』
そんな、ちいさな声は百、千、万と、この街には転がっている。
路上に投げ捨てられている空き缶のように身近にあって、それでいて大量に。
「―――大丈夫よ」
美琴は、迷うことなく断言する。
一方通行に聞かせるように、
遠巻きに自分たちを見てきた少女たちに聞かせるように。
良く通る声で、大人になっても愛らしさが残る、その笑顔で。
「私の妹はね、強い子ばかりだもの」
聞かされる方が逆に呆れかえるほど、堂々と。
「いいでしょ?」と自信満々に、美琴は言葉を紡ぐ。
「打ち止めも、番外個体も、御坂妹も、他の『妹達』も」
自慢の妹なのだから、大丈夫なのだと美琴はつげる。
「それに、アンタもいるしね」
最後に付け加えるようにそう言って、美琴は右での人差指で一方通行のことを指差す。
悪戯に成功した子供のような笑顔で茶化すように、言葉を羅列しはじめる。
「まぁ? あいっかわず、アンタ、ひょろっこいし、薄いし、腕っ節無さそうだけどねー」
「あァ!!?」
「あらーやっぱり気にしてるんだ? ごっめーん、本当のこと言っちゃって」
「ウゼェ、果てしなくウゼェ」
「プロテインでも飲めばいいんじゃないのー?」
「誰が飲むかァ!!」
先ほどまでのシリアスな雰囲気は何処にいったのか。
ギャーギャーと騒ぐイイ大人な、二名。
美琴のこういう所は、番外個体の性質に本当に近いものがある、と一方通行は思う。
人をひやかす……といより、一方通行をひやかすのが楽しい、らしい。
(畜生、相変わらず言いたいことを言いたいだけ言いやがって、このクソアマ……ッ!!)
だから、彼は彼女に遭遇したくなかったのだ。
「まぁ、なにはともあれ」
からかうのに飽きたのか、美琴は肩にかけていた荷物を持ち直す。
「帰ンのか?」
「これ以上デートの邪魔はできないからねー」
お邪魔虫は退散しますよ、と美琴は手をひらひらと動かす。
「はァ? なに言ってンだ」
「え? 何って。だから、さすがにこれ以上デートの邪魔はできないって」
超電磁砲は何を言っているのか。
デートってのはアレだろう、恋人どおしとかが出かけることを言うことだろう。
俺は打ち止めに足兼荷物持ちに付き合わされただけだ、と一方通行は思い、
「いや、別にデートじゃねェし」
「………は?」
「ただ、買い物に付き合わされてるだけだっての」
「…………」
そう、美琴に反論すると、彼女は車を止めてある屋外駐車上へと向かおうとしていた足を止め、石のように固まった。
すいません、飯食ってきます
美琴は珍獣にでもあったかのような驚愕のまま、数秒間の沈黙後、
「信じられない」と声を出さずに唇だけを動かした。
(何を持って、こいつはこんな態度を取っているの?)
素でのたまっているのか。
あえて、そういう風にとらえているのか。
(どっちにしても、面倒なことに代わりわないか)
前者であれば、年齢の割に男の経験値が圧倒的に足りていないだけのこと。
後者であれば――――、
「……ややっこしいことになりそうね」
「なにぼそぼそと独り言いってやがる」
「んー、別にぃ?」
訝しげな睨んでくる赤い眼光をさらりと軽くかわした。
「アンタがそう言うなら、『そういうこと』にしておくわよ」
「しておくもなにも、そォいうことなンだっての」
デートではない、と今だけは肯定しておいてやろう。
美琴がグダグダと悩んでも、どうしようない事柄だ。
当事者は、一方通行と打ち止めの二人。
外野がうるさくしたって、何もはじまらないし、何も変わらないのだから。
よっこいしょ、と再度肩にかけている荷物のバランスを整えると、
いつの間にやらカバンから取り出していた自家用車のキーとくるくるとまわしながら、
「じゃーね」
と、美琴は去っていた。
去り際に「ま、何かあったら連絡でもちょうだい。相談くらいはのるわよ」という、言葉を残して。
一方通行は、どうにも釈然としない気持ちのまま、ベンチに腰掛ける。
(なにが、『そういうことにしておく』だ)
会話を終わらせるために妥協したような物言いにしか、聞こえなかった。
例えるなら、聞き気のない子供に対して、大人が仕方なしに合わせてあげるのような、態度。
(――――俺のが年上だっつーのに)
約二万人の妹がいる立場上故の、言動なのだろうか。
けれども、一方通行は彼の『妹(保護対象)』ではない
諭すような表情も、彼にとってはただのムカつく表情なだけだ。
(何がデートだ)
俺と、打ち止めが?
(ない。あり得えねェよ、そンな事)
これほど笑える話があるだろうか。
(そもそも、アイツが俺を振りまわすの昔からのことじゃねェか)
いつも。
無邪気に、無遠慮に。
今も、昔も。
妹が兄にじゃれるように、子供が親に甘えるように。
それだけの、話じゃないか。
『デートの邪魔はできないもの』
――――――本当に、それだけの話なのか?
打ち止め。
またの名を、最終信号、検体番号二〇〇〇一号。
『超電磁砲』のクローン『妹達』から形成されるミサカネットワークの上位個体。
そして、八月末日の夜に、一方通行を孤独な背中も見つけてくれた、唯一の人。
最強(バケモノ)と比喩された己に、
ただの一人の人間(一方通行)として接してくれた、優しい女の子。
差し出された手に救われて、
共にいる時間に癒されて、
その、無垢な笑顔に、明日への微かな光を見出した。
そうだ。
彼女は、彼にとっての光だ。
だから、
守りたいと思い、
助けたいと切望した。
そのために、
たがたが一五,六ほどの無力なクソガキは容赦なく敵を壊し殺した。
学園都市の暗部を駆け抜け、ロシアの極寒の雪原を駆け抜けた。
彼女が真っ白で綺麗な状態でいられるのならば、自分が汚れることすら構わずに。
打ち止めは、今も昔も、
一方通行の守るべき存在で、汚してはいけない存在で、『特別』な存在だった。
そう、打ち止めは『特別』だ。
(――――特別?)
(――――なにを根拠に、『特別』なンて言ってんだ?)
自分をみつけだしてくれたから、特別。
家族のような温かみをくれたから、特別。
自分と違って心が純粋できれいだから、特別。
特別、特別、特別。
根拠になりそうな理由なんて、簡単に思いつく。
どれもこれも、『それらしい』のに『それらしくない』。
どれが根拠になっても説得力がありそうなのに、しっくりこない。
――――しっくり、こない。
ピントがあわないような、奇妙な違和感がはしる。
ジワリジワリと虫が這い上がってくるような感覚。
ドキリと、また、心臓が跳ねた。
答えが、思いつきそうで、思いつかない。
答えを、知りたいようで、知りたくない。
手に汗がにじみ、柄にもなく頬に熱を感じる。
(ち、きしょう。こんなときに、例の、症状かよ)
熱射病にでもかかったかのように、全身の熱がアツイ、アツイ、アツイ。
(なンで、アツイんだ?)
熱に、やられたのだろうか。
それとも、何か酔わされたのだろうか。
(――――酔わされた?)
いったい、
何に、
―――――――――誰に?
一方通行のもやもやとした考えは、
「ただいまー、ってミサカはミサカはさっきのお店から戻って来てみたり!」
という、考えの中心にいた人物の声によって、中断された。
「…………打ち止め、か」
「どうしたの? なにか考え込んでるような顔してるけど、ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「なンでもねェよ。……なンでも」
「ふーん、それならいいけど。って ……て、あれ? お姉さまは?」
ついさきほどまでは一方通行と一緒に広場にいたはずなのに、
いつの間にやら姿を消してしまったのだろうか、と打ち止めは更に尋ねてきた。
「……しらねェ。なンか、帰った」
「そうなの?」
「あァ」
勝手に言いたいことだけ言ってな、と心の中でだけ一歩通行は付け足す。
「まだセブンスミストにいンのか?」
「見たいところはほとんど見たし、そろそろ第十五学区に行きたいかも、
ってミサカはミサカは、そろそろ次の目的地に行くことを要求してみるー」
「それじゃ、さっさと車に戻るぞ」
右手は杖を使うためふさがっているが、
一方通行は左手で、打ち止めが五袋分も大量購入したゲコ太ショップの袋を二つほど持ってやる。
打ち止めがもたもたとしているのを無視して、コツコツと杖をついて先を歩いた。
(全部持ってやれねェのは情けないけどなァ……)
けれども、こんなことで電極を消耗するのも億劫だった。
そんな、ゲコ太プリントの施されたショップ袋がなんとも似合っていない一方通行の後を、
「ちょ、待ってよー、ってミサカはミサカは急いで貴方の後を追いかけてみたりっ……!」
打ち止めが小走りで追いかけた。
屋外駐車上へと進むにつれて、人の気配がまばらになっていく。
中高生がほぼ9割の客層であるこのビルに、
車でやってくるほうが珍しいのだ。
BGMのように聞こえていた、思春期特有の女の子達の雑音に近い話声すらなくなった。
一方通行の隣で、やけに楽しげな様子で話しかけてくる打ち止めの声だけが、鼓膜に届く。
「それでね、第十五学区に新しいアイスクリーム屋さんができてね、ってミサカはミサカは――、」
固くて、響く声だ。
だというのに、やけに落ちつく音域だ。
ストンと巧妙に心に収まる。
そんな居心地に、また先ほどの考えが再び、脳裏に浮かんでくる。
一方通行と打ち止めがこうやって二人で歩くことは、彼にとってはいつものことだ。
一緒にいること、
隣にいること、
笑いあうこと、
昔から今に続いている慣例、慣習。必然にも近い、『当たり前』
それを、御坂美琴は「デートしている」と表現した。
デート(DATE)。
1)日付。
2)恋愛関係にある(恋愛関係になりそうな)二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること。
一方通行は、以上をこれを踏まえたうえで『違う』と反論した。
打ち止めとはそーいう関係ではない。
考えたことすらない。
だから、違うという解を提示したのだ、
一方通行は。
(…………ン?)
・・・
(―――俺は?)
・・・・・・
(―――じゃあ、打ち止めは?)
もし、自分以外の他の誰がに問うてみるとする。
『俺とクソガキはどういう関係になるンだァ?』という、たった一つの質問を。
――――たとえば、子どもに武器を絶対に向けない体育教師に。
『なにを今さらなことを聞いてるんじゃん?
うーん、関係? しいて言うなら『昔は一緒にお風呂に入ったこともある関係』ってとこじゃないの?』
――――たとえば、己の優しさを『甘さ』だと自虐する元科学者に。
『キミとあの子の関係……。そうねぇ、『酸いも甘いも共有する仲』かしら。ふふ、ちょっと例えが曖昧だったかしら』
――――たとえば、ロシアで共闘した目つきの悪い『妹達』の末っ子に。
『なぁに、ソレ。惚気てんの、惚気ちゃってんのぉお? アンタのキャラで?
ぶっひゃぎゃは、似合わねェエエエ。そーだね、あえて言うなら『お熱いご・か・ん・け・い』ってヤツなんじゃないの? きゃは』
――――たとえば、さきほどセブンスミストで遭遇した超能力者に。
『なに馬鹿なこと言ってんだが、コイツ……。
鈍感もココまでくるといっそ清々しいわね、畜生。
だから、さっきも言ったでしょ。私はアンタ達のことを『デートする関係』だと思ってたのよっ!』
(…………たとえば)
――――たとえば、いつも己の隣にいるアホ毛が特徴的なクソガキに。
これは、一種のマヒ状態なのだ、と冷静さを保っている脳の一部分が解析する。
最近・見舞われるようになった原因不明の症状。
動悸、眩暈、頭痛、発汗、手足のしびれ。
それに加えて、超電磁砲から意味不明な事を言われて、さらに頭が混乱した。
思い返してみれば、
打ち止めが大学に進学して寮で暮らすようになってから、症状は出始めた。
それまでだって二人は別に暮らしていた。
とはいえ、黄泉川の庇護の下にいるのと、大学の学生寮にいるのでは、
共にいれる時間は違ってくる。
なにがどうして、こういうことになったのか。
共にいれる時間が圧倒的に足りなくなった、虚無感からか。
共にいれない分余計に少女が大人になったと、自覚するようになったからか。
もしくは、その両方なのだろうか。
(わかンねェ)
一方通行は、わからない。
打ち止めは「好きだ」という女性ボーカリストの曲の良さも。
打ち止めが目を輝かせて聞く「芸能ニュース」の面白さも。
(……わかンねェ、わかンねェ、わかンねェ!!)
脈が速くなる原因も、妙に感じる焦燥感の原因も。
(わっかンねェ、って言ってんだろォがよォォ!!!)
どうして、自分の中で打ち止めが『特別』なのか。
(――――――もォ、なにがなンだかわからねェンだ)
だから、一方通行は問うてみる。
架空の現実でさまざまに問うた、たった一つの質問を。
(――――たとえば、いつも己の隣にいるアホ毛が特徴的なクソガキに)
「俺とお前ってさ、いったい、どォいう関係になるンだ?」
「…………え?」
ずっとだんまりをきめこんでいた男の突然の質問、少女はビクッと肩を震わせた。
コツコツと聞こえていた足音が、途端に止まる。
きっかりと、二人分。
右手の杖に器用に体重をかけて、くるりと一方通行は隣の少女へと身体を向けた。
「超電磁砲に、『デートの邪魔してごめんね』って言われたンだわ」
美琴の言葉に少し捏造を加えていることに、彼は気づいていない。
すらすらと信じられないほどすっと出てくる言葉は、本当のことと、俺もまだ気がつかない彼の隠れた願望が入り混じる。
「で、……いと?」
「おゥ。アイツの言わせると、これはデートなンだとよ」
舌足らずな状態で、確認するように打ち止めが聞いてきたので、
一方通行はあっさり返事を返した。
打ち止めは、少しの間固まって、
「へ、うぇえ、で、デデデ、デートぉおおおっっ!!?」
火山が噴火したかのような勢いで顔を真っ赤にして大声でさけんだ。
一度爆発した打ち止めの挙動は、なんとも可笑しかった。
無意味に髪の毛を弄って、所在なさげに視線を動かす。
「えぇ? ……えぇぇぇええ?」と繰り返すだけで、まともな日本語すら話せないらしい。
頬はこれでもかと真っ赤に染っていて、いつ湯気がでても不思議ではない。
「ンで、お前はコレ、『デート』だと思うのか?」
「あぅ……そ、そのぉ」
「どうなンだ?」
早く答えろとせっつく一方通行に、打ち止めは弱弱しい返事しかかえさない。
目元が、少しばかり潤んでいるのは気のせいだろうか?
「そ、その……」
「おゥ」
「み」
「み?」
「………み、みみみみみ、ミシャカは」
噛んだ。
「~~~~~ッ!!」
ここぞ、という場面で噛んだ羞恥からか、打ち止めは今度は耳元まで赤くした。
「ミサカは、の次は?」
深呼吸して落ちつかせる時間すら惜しい。
一方通行はドンドン打ち止めを追い詰めていく。
早く、早く、早く。
お前の解を示せ、と言わんばかりに。
「――――ミサカは、」
ドクリ、と心臓は跳ねる。
今までより、ずっとずっと、大きく激しく痛々しく。
神経の全てを、鼓膜へと集中する。
打ち止めの紡ぐ言葉は、解は、なんだ。
「ミサカは……、コレがデートだったら嬉しいかな、ってミサカはミサカは自分の気持ちを素直に伝えてみたり」
それだけ言うと、打ち止めは俯いてしまった。
サラサラと重力に従って流れている茶色の髪の間から見える耳と、うなじはすっかり紅葉色。
いつもにもまして大人しいのは、重い空気のせいか、彼女が緊張しているからか。
全体的にしんなりとしているのに、
トレードマークであるアホ毛が避雷針の如く「ピン」と直立しているのが何とも不釣り合いだ。
耳がふるふると震えるのは、多分、一方通行の返事を待っているから。
どんな言葉が帰ってくるのか、と彼女は内心どぎまぎしていたのだが―――、
「……デートだと嬉しい……?」
打ち止めの示した「解」が、よくわかっていない一方通行は
なんとも腑抜けた声で、オウム返しをしてきたのだった。
打ち止めの言ったことを、脳内でもう一度再生。
リプレイ。
『コレがデートだったら嬉しいかな、ってミサカはミサカは自分の気持ちを素直に伝えてみたり』
ストップ。
(……………は?)
多分、キーワードは『デートだと嬉しい』だろう。
(―――なンで?)
どうして、打ち止めはコレがデートだと嬉しい、となるんだ。
デート、デイト、でいと、date。
意味を、再確認。
1)日付。
2)恋愛関係にある(恋愛関係になりそうな)二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること。
(…………そうだ、俺達は別に日付じゃねえし、恋愛関係でもねェ)
だからこそ、コレはデートじゃないと判断したのが一方通行の解。
だからこそ、コレがデートだと嬉しいといったのが打ち止めの解。
両者が着目地点しているのは、意味の2番目。
(………つまり、アレか?)
混乱。
動揺。
錯乱。
興奮。
そんな中で、
やけに支離滅裂な脳味噌と、
やけに泰然自若な脳味噌がせめぎ合って下した結論は、
(デートになったら嬉しい=デート出来たら嬉しい……?)
当たらずとも遠からず。
(…………へェ、コイツ、俺とデートしたいのか)
(…………)
一方通行もひと拍おいてから、ようやく事の展開をリアルに理解する。
「――――――ッ!?!?」
答えが分かった瞬間、
沸騰するかと思うほどに、全身の体温が上がり。
バクバクバクと煩く脈打つ心臓が、急速に血液を全身へと送りはじめた。
手のひらは大量に汗をかき、思わず杖のグリップ右手が見べりそうになった。
「……ま、じかよ」
他にも言うべきことがあるはずなのに、喉がからからと乾いて、それ以上声にならない。
誤字ひでぇ
○手のひらは大量に汗をかき、思わず、杖のグリップを握る右手がすべりそうになった。
やっと思いで擦れでた一方通行の声の後、
打ち止めが恐る恐るといった様子で、床とにらめっこしていたその顔を上げた。
涙を懸命にこらえて、
眉をこれでもかの八の字に曲げて、
―――唇を、必死にかみしめて。
打ち止めもまた、彼に負けないほどの掠れ声で、言葉を吐く。
地面に肌が擦り切れるような、痛々しさをプラスして。
「そう……だよね」
その音色は、壊れかけたオルゴールにも似ている
少しずつ、少しずつ動きを止める悲しい歌曲。
「このミサカなんて、嫌だよね、ってミサカはミサカは……ッ!」
そこで、ぴたりと旋律は停止する。
ぐぐ、と耐えるように手に力が加わる。
打ち止めの手に持つショップ袋に不自然な皺が増え、
プリントアウトされているケロヨンの顔がブサイクになった。
だんまりを決め込む、打ち止め。
時々「……っひく」というしゃっくりに似た、声が。
ポツリ、ポツリと灰色の床にこぼれる水滴の正体に、一方通行しばらく気づけないでいた。
少女は道を歩いてる。
知らない道を歩いてる。
途中で出会ったおばさんにたずねた。
少女「ここは何処ですか?」
おばさん「私は少し寂しいねぇ。あの子はいつもやさしいのよ。」
少女は道を歩いてる。
夕暮れの道を歩いてる。
途中で出会った青年にたずねた。
少女「うちに帰りたいけど道がわからないの。」
青年「僕はあの子の月にしかなれないんだ。
まわりをクルクル回るだけで、決して近づく事は出来ないんだよ。」
少女は道を歩いてる。
まっすぐな道を歩いてる。
途中で出会ったおじいさんにたずねた。
少女「この先には何があるの?」
おじいさん「悲しみの形は人それぞれ。
あの子がそれに気付くといいけど。」
少女は道を歩いてる。
少女はこの道を知っている。
少女は涙を流してつぶやいた。
少女「そうだったんだ・・・」
ポツリと落ちる雫はとめどなく。
床にできたシミが十、百と増えた時に、一歩通行はようやく現状を把握する。
「…………な、いてンのか……?」
愚門をした、と聞いた後に後悔する。
どう見たって、
どう聞いたって、
彼女はさまざめと泣いているのに。
「………ないてない、ってミサカは」
「―――泣いてンだろ」
隠し通せないくせに、変に意固地になる打ち止めを、一方通行は見つめることしか出来なかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……なンで、泣く」
当然だが、彼女からの答えはない。
どうして、彼女は泣いているのだろうか。
自分は何もしていないのに。
拒絶も、
否定も、
反論も、
却下も、
なにもしていない。
ただただ、緊張のあまり出た「マジかよ」という掠れ声だけで。
掠れ声、だけで。
(…………)
ここで再び、ひっかかりだ。
物事は客観的にとらえることが大事だ。
主観的に動いてしまえば、どうにかなることも、どうにもならなくなる。
打ち止めから見て、
一方通行(俺)の行動はどうだっただろうか。
精一杯の想いのたけをつげたのに、
相手はしばらくのあいだ無表情でだんまりをつづけて、
顔を真っ赤にしたと思ったら、
掠れたような声で、
――――聞き様によっては、困っているようにも、聞こえる声色で、
「まじかよ」
と、一言。
しかも、それだけ。
(ァァァァあああああああああああああ!!!!!!)
「そうだよね」
と、その一言を皮切りにして、打ち止めが怒涛の勢いで口を開く。
「ミサカは貴方より年下だし、不釣り合いだものね、ってミサカはミサカは振り返ってみる」
(いやいやいや、お前十八だろ? 俺二十四だろ?
セーフだから!!!!! …………じゃなくて、普通に釣り合うから!!!!)
「やっぱり、『クローン』なんて、相手にしたくないよね、ってミサカはミサカは貴方の反応は当然のことだってちゃんと理解してる」
(はァああああ!!?? クローンとかそンなの関係ねェの! お前はお前だろうがッ!!!)
「――――今まで、ミサカのこと守ってくれてありがとうね? ってミサカはミサカは改めてお礼を言ってみる……」
(これからだって守るって!! てか、一人で話し終らせようとしないでくださいィィィいいいい!!!)
「…………さようなら、ってミサカはミサカは――――、」
(だァァあああ!!!! 煩ェなコンチクショウ、全部勘違いだってォォおお!!)
なんなんだ畜生、と一方通行は内心で悪態をつく。
身体に意味不明な症状が現れた時から、彼は常に不調だった。
ただただ『打ち止めを守るってみせる、救ってみせる』と
がむしゃらに走り続けたあの頃のほうが、男として、まだマシな人格だったような気もする。
気の狂った研究者、
暗部の雑魚ども、
自分と同じ地獄に落ちてきた少年少女、
魔術とやらを使う意味不明な集団、
天使だとかいうキチガイ、
それから、それから、エトセトラ。
そ時には正面からぶつかり、時には背後から銃を突きつけた。
全ては、『打ち止め』という少女の光を濁らせない、そのために。
だというに。
この現状の体たらくはなんなんだ、馬鹿野郎。
俺はただ情けなく立ち尽くすばかりで、
打ち止めまで泣かせて。
傷つけて。
あの頃の自分がもしこの場にいたならば、即効で首をはねられているに違いない。
それだけの罪を、
それだけの愚かな失態をおかしている自分が、恥かしい。
『妙に心臓の鼓動が速くなることがある』
――――ハッ、そんなの当然だろ。
『たまに頭がボーっとするし』
――――ふと気付いた時は、いつもコイツ(打ち止め)の事考えてるもンなァ?
『変に汗かいたりしやがるし』
――――年甲斐もなく緊張して何が悪いってンだ
『何かの病気の前兆なのだろうか』
――――ああ、立派な病気だったらしいぜ、一方通行
――――さて、問題です。どォして、貴方(一方通行)にとって打ち止めは『特別』なのでしょーか?
―――――うっせェ。聞かれるまでもねェよ。
―――――惚れてるから、『特別』なンだ。わかったか、クソ野郎(一方通行)
「―――――勝手に、話を終わらせンな」
「―――――えっ?」
去っていこうとする打ち止めの腕を、無理やり掴む。
左手に持っていたショップ袋がドサドサと音を立てて床に落ちてたが、
一々気にしてなんていられない。
「……痛い」
「お前が逃げよォとするからだろ」
痛いと訴える打ち止めの声を無視して、さらに左手に力を加える。
ようやく捕まえたのだから、離してやる気は毛頭ない。
今も、今後も。
白くてか細い彼女の腕にかけられた手錠は二度と、はずれない。
(外してやる気もねェけど)
「……どういうつもりなの、ってミサカはミサカは……、」
左手から伝わる彼女の震え。
その震えから、打ち止めの気持ちが伝わってくる。
やめて…。
やめて、
やめて!
そんな態度、とらないで……っ!!
腕なんて握らないでよ、引き留めないでよ……っ。
『もしかしたら』って思っちゃうから。
『もしかしたら』って期待しちゃうから。
だから、だから。
「離して、ってミサカはミサカは……っ」
―――お願いだから、希望を持たせるようなこと、しないで。
まどろっこしい事は嫌いだ。
こんな茶番、もうたくさんだ。
曲がり道を、
曲がって、
曲がって、
迷路に迷うのはもうたくさんなんだ。
だからこそ、今度こそ直線ルートで。
否応なく、自分の気持ちに正直になって。
「打ち止め」
「―――なによ、ってミサカはミサカは切り返してみる」
「ピーピーうるせェンだよ、少し黙ってろ」
「っ――!」
そうして、
返答を聞くことなく、
一方通行は彼女を己の元へと引き寄せた。
重なるのは、彼女と唇と、己のソレ。
一度目は、触れるか触れないかくらいの口づけを、挨拶変りに落とす。
「ぅん……っ」
抵抗がない、と分れば、こちのモノだ。
一度唇を離して、
「……あ、」
2度目からは、手加減をしてなしで食らいつく。
一度目は、触れるか触れないかくらいの口づけを、挨拶変りに落とす。
「ぅん……っ」
抵抗がない、と分ればこっちのモノだ。
一度唇を離して、
「……あ、」
2度目からは、手加減をなしで喰らいつく。
「――――ンンっ!!?!?」
まどろむように小さく開いていた打ち止めの口に、容赦なく舌をねじ込む。
無我夢中に、自分勝手に一方通行は己の欲を満たしていく。
歯ぐきをゆっくりと舐め上げる。
勢いのあまり互いの歯と歯が軽くぶつかった。
上あごの微かな出っ張りを刺激してやれば、
「ひっ」と打ち止め小さく鳴いた。
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