淡「100歳じゃよっ!」 (372)

尭深「お茶、淹れました」コトン

菫「すまないな」

照「ありがとう」

がちゃ

誠子「戻りましたー」オンブ

淡「ましたー」オンブサレ

誠子「よし大星、降ろすぞ」

淡「うん、ありがとセーコ」

菫「ちょうど尭深がお茶を入れてくれたところだぞ」

照「グッドタイミング」

淡「ん、なあに?」

照「グッド、タイミング」

淡「ああ、グッドタイミングね!ふふーっ、グッドなのはタイミングだけじゃないんだよー」ガサゴソ

淡「じゃーん!濡れせんべい!!」

照「おおー」

尭深「はい、ふたりのぶん」コトン

淡「わーい、ありがと尭深ー」

照「珍しいね」

淡「ん?」

照「濡れせんべい」

誠子「ああ、頼んでみたんです、購買のおばちゃんに」

淡「え、そうなの?」

誠子「うん 固いせんべいしかなかったでしょ?購買」

淡「うん」

淡「……はっ!べ、べつに食べれなくないよ!噛み砕けちゃうよ!!」

淡「これだって自前の歯だし!」イーッ

誠子「うん、そう言ったんだよ」

誠子「全然大丈夫みたいなんですけど、でもやっぱ心配なんでやわこいせんべい入荷してもらえませんかって」

照「淡、おばちゃんに人気あるもんね」

尭深「みんな優しいですよね おばあちゃん、おばあちゃん、って」

淡「むー…そんなおばあちゃんでもないのに…」

菫「いやおばあちゃんだろ」

淡「むう…」

誠子「……」

誠子(そう、大星は…)

誠子(大星淡は、おばあちゃんである)

淡「たった100歳なのに…」

照「おばあちゃんだね」

誠子(約100歳……アラハンである)

菫「ほら、はやく座れ 腰悪くするぞ」

淡「おーそうだったそうだった」

淡「よっこい、しょっ、っと……ふー」

誠子「だいじょうぶか?」

淡「ん?だいじょぶだいじょぶ」

誠子(最近ちょっと膝と腰に来ている、らしい)

――回想・誠子入学当時……

誠子「わあー」

ガヤガヤガヤガヤ…

誠子(あの人も、あの人も、あの人もテレビで見たことある…)

誠子(これが、白糸台高校マージャン部かー!)

菫「1年生の皆さん仮入部ありがとう だいたいの雰囲気は掴んでもらえただろうか」

誠子「!」コクンコクン

尭深「…」コクン

当時の部長「それでは最後に我が部のエース…」

誠子(! 宮永照…!)

照「…」ボーッ

菫「終身名誉1年生大星淡より、みなさんに挨拶があります」

誠子「!?」

淡「はーい」

誠子(宮永照じゃ……え、ていうか今1年生って言わなかった?)

淡「よっこい、しょっ」

誠子「!!?」

誠子(なにあれ!?おばあちゃんじゃん!!)

淡「えー、1年坊諸君」

菫「お前も1年生だろう」

淡「む?そう、わたしも1年坊……もう80年近く1年坊」

誠子「は、え…??」

淡「でもっ!」

淡「年齢で言えば100歳じゃよっ!」ムフー

菫「…そうだが」

誠子(そうなの!!?)

淡「というわけで白糸台の非公式エースにしてチーム虎姫超最高司令官、大星淡ですっ」

誠子「…」アゼン

淡「大会には出れないけどヨロシクねっ!」


……――

尭深「…」モグモグ

菫「ん、うまいな」モグモグ

照「うん、おいしい、濡れせんべい」モグモグ

誠子「ほんとだ、結構いけま……ん?」

淡「むー…」ガサ…ガサ…

誠子「どうした?」

淡「せんべいの袋が…うまく…」ガサ…ガサ…

誠子「開かないの?」

淡「むー…」ガサガサ

誠子「貸してみ?ほら」ビリビリ

淡「おおー、いーつもすまないねえー」

誠子「ぷっ、なにその言いかた」

淡「へへへ」

菫「ちぎらなくて平気か?」

淡「よゆーだよっ」ブイッ

がらんがらん

尭深「あ…」

照「表の鈴、鳴ってるね」

パン、パン

誠子「最近多いですよね」

淡「お供え物はなにかなー」

菫「はぁ…とてもご利益があるようには見えんがな」

誠子「はは、確かに」

誠子(我が白糸台高校マージャン部の部室前には簡易神社が立っている)

誠子(神社と言っても、あるのはお供え物を置く台とがらんがらん用の鈴だけである)

尭深「取ってきたよ」

淡「おおー!お饅頭!」

誠子(数十年前勝手に作られたものだそうだが、壊すのもバチ当たりな気がしてそのままにしていたら定着してしまったらしい)

淡「ちょうど5つ!みんなで分けて食べよっ!」

誠子(祀られているのはもちろんこいつ、大星淡である)

誠子「しかし何なんですかね大星信仰って…あ、おいし」モグモグ

淡「ふっふっふ」モグモグ

菫「100歳の1年生だからな、なんとなく物珍しいんだろう」モグモグ

淡「む?」モグモグ

尭深「ツチノコみたい」モグモグ

照「ああ、蛇も長寿のシンボルだもんね」モグモグ

淡「いやいやいや」モグモグ

誠子(ツチノコ大星…)モワモワ

照「クラスの子に聞いたんだけど、願い事がそこそこ叶うんだって」モグモグ

尭深「へえ…すごいね淡ちゃん」モグモグ

淡「ふふー ま、わたしにかかれば願い事のひとつやふたつ叶っちゃうよねっ」モグモグ

菫「何もしてないだろう」モグモグ

照「でも結構本気で有難がってる子もいるらしいよ」モグモグ

菫「鰯の頭も信心からだな」モグモグ

誠子(鰯の頭大星…)モワモワ

菫「さて、そろそろ練習するか」

誠子「ですね」

淡「じゃあわたしはお礼書いてるね」

菫「ああ」

照「はい、硯」

淡「ありがとテルー」

菫「ん、わたしが親か」

誠子「…」チラッ

淡「ふんふんふふーん」シュコー、シュコー

誠子「…」

誠子(墨汁、使わないんだよなあ)

淡「ふふんふーん ふーん」シュコー、シュコー

誠子「…」ジー

照「ツモ」

誠子(! はやっ!)

淡「るんるんちゃちゃーん」シュコー、シュコー

誠子「…」ジー

淡「ん?セーコ?」

誠子「あ…いや、なんでも」

照「ロン」

誠子「!」

尭深「はい…」ズズ…

誠子(…ふう、わたしかと思った)

菫「亦野、集中」

誠子「あ…はい、すいません」

淡「よしっ、墨はこんなもんかな」

誠子(集中集中…宮永先輩の親切っちゃわないと…)

淡「おっ」

誠子「え?」

菫「ロンだ 6400」

尭深「ツモ…8000・16000です」

誠子「ハーベスト親被りでトんだ…」ズーン

菫「まあ、照の連荘のあとだからな…」

照「書けたの?」

淡「ふっふっふ……じゃーん!」

『おまんじゅうありがとう あわい』

照「おお」

誠子「字、うまいよなあ」

尭深「味があるよね」ズズ…

淡「100年生きてるからねっ!」エヘン

菫「また表に貼っとくか」

淡「うん、もうちょっと乾かしたら……あ!そうだ、菫っ」

菫「ん?」

淡「さっき気付いたんだけど、シャープシュートの狙い決めるときにクセがあるみたい」

菫「なに?本当か?」

菫「きょうはそろそろ終わりにするか」

淡「はーい」

菫「亦野、大星を頼んだぞ」

誠子「はい」

淡「いーつもすまないねえ」

誠子「だからなんだよそれ」クスッ

すいすいすーだらだったすらすらすいすいすーい♪

淡「あ、ごめんわたし」

照「電話?」

淡「ううん、メール」ピ、ポ、パ

淡「お、シューイチローからだ」

菫「シューイチローって……もしかして大沼プロか?」

淡「うん、メル友なの」

誠子「え、ほんとに!?」

淡「ほんとほんと」ブイッ

誠子「へえー…すごいな」

菫「マージャンで知り合ったのか?」

淡「ううん、えっと……落語だったかな、まだシューイチローがふさふさだった頃に、バッタリ」

尭深「どんなメールするの…?」ズズ…

淡「え?んと、こんなかんじ」

『拝啓

 新緑の候、如何お過しでしょうか。吹く風も段々と夏めいて参りました。

 ……(中略)……
 
 先日お薦めして戴いた「あまちゃん」、毎朝楽しく拝見しております。

 ……(中略)……
 
 遠征の折、美味い団子を見つけたのでお送り致します。皆様でお召し上り下さい。

 それでは、季節の変り目、どうぞお体にはお気を付け為さいますよう。

 敬具』

淡「こんなかんじのメールを3日にいっぺんくらいで返しあってるの」

誠子(スパン長っ)

尭深「お団子の画像が添付されてる…」ズズ…

照「おいしそう」

菫「…敬語なんだな、大沼プロ」

淡「いいって言ってるのに直さないんだよー」

淡「流石に四半世紀年上の人にタメ口は……って」

誠子(言われてみれば確かに…)

尭深「あれ…?」

誠子「どしたの尭深」

尭深「またお供えされてる」

誠子「え?」

淡「おおっ、ほんとだ」

照「ようかん」

淡「わーそろそろ太っちゃうかもねっ」

菫「そんなことより病気の心配をしたほうがいいな、糖尿とか」

淡「なんかリアル!」

――帰りみち

誠子「ほんとにおぶらなくて大丈夫か?」

淡「へーきへーき、荷物持ってもらうだけでじゅーぶん」

淡「今日はどこまでも歩ける気がするっ!」

誠子「それ、さっき購買行くまえにも言ってなかったか?」

淡「んん?はて、そうじゃったかな?思いだせんじゃのう」

誠子「嘘つけ」

淡「あはは」

誠子「まあキツくなったら言えよ」

淡「はーい」

誠子「ん」

淡「…へへへ」

誠子「…?なんだよ」

淡「ううん やさしいね、セーコ」

誠子「一応先輩だからな」

淡「ほうほう、じゃあ」

誠子「ん?」

淡「亦野せんぱーい」

誠子「……」

淡「な、なんか気恥ずかしいね…」

誠子「うん…お前ほら、100歳だからさ…」

淡「うむむ…たしかに」

淡「じゃあセーコがわたしに敬語使ってみる?」

誠子「えー…」

淡「おお、イヤそうな顔っ」

誠子「試すまでもなく恥ずかしいよ」

淡「なんとなくわかるけど、なんでだろうね」

誠子「んー…お前から滲みでる1年生臭のせいかな」

淡「クンクン なんか納得」

誠子「だろ?」

――淡んち

淡「ただいまー!だれもいないけど!」

誠子「さらっと寂しいこと言うなあ…おじゃまします」

淡「あ、荷物そこ置いといてー」

誠子「うん」

淡「ふうー」

誠子「お、やっぱり疲れたか?」

淡「いや全然っ!ぜんぜん余裕だねっ!」

誠子「はいはい お風呂洗ってくるからちょっと待ってな」

淡「はーい」

誠子「ごはんはどうする?」

淡「うーん……あ、キュウリと大根がいいかんじに漬けてるはず」

誠子「じゃあそれと、なんか適当に作ればいっか」

淡「さっきのヨーカンはデザートね!」

誠子「ん、じゃあごはんは少なめにしとくか」

誠子「…」ゴシゴシ

誠子「ふう、綺麗になったかな」

誠子(お湯張るのはごはん食べてからでいいとして…)

「そうそう、それでねー濡れせんべいがねー」

誠子(…? 話し声……電話でもしてるのかな)

「でさー、そのお饅頭がまたねー」

がらがら

誠子「…?」ヒョコ

淡「それでこの後ごはんとヨーカンを……あ、セーコ、おかえりー」

パソコン『あらこんばんは』

誠子「え、ああ、こんばんは」

パソコン『ごめんなさいね、おじゃまして』

誠子「い、いえそんな…ていうか、え、これテレビ電話?」

淡「おおーせいかいっ!友だちのトシだよ」

トシ『はじめまして、熊倉トシです』ペコ

淡「そしてこっちはセーコ!」

誠子「あ…はじめまして、亦野誠子です」ペコッ

淡「わたしのセンパイなの」エヘン

トシ『へえーいいわねえ、その歳になって先輩がいるなんて』

淡「いいでしょー」ムフー

誠子「どうも…」

誠子「ていうか大星、テレビ電話の機材なんて持ってたのか」

淡「できたての頃から持ってるよっ」ブイッ

トシ『あらそうなの?』

淡「あれ、言ってなかったっけ?それで、ちょくちょく新しいのに買い換えてるよ」

誠子「へええ」

トシ『まあ、昔は考えられなかったもんねえ』

淡「カガクのシンポはすごいねっ!」

トシ『ほんとねえ わたしたちが子どもの頃なんて電話すら無かったのよ?』

誠子(微妙に嘘かほんとか分かりづらいな)

誠子「じゃあ、わたしごはん作るから」

淡「うんっ、よろしくー」

誠子「失礼します」ペコ

トシ『ええ』

がらがら

誠子(ええと……これとこれを炒めればいいかな)

『あんた先輩にごはんまで作ってもらってるの?』

「最近やらせてくれないんだよっ、危なっかしいからって」

誠子(きゅうりと大根は……これか 確かにおいしそう)

『あんたもすっかりおばあちゃんね、昔が懐かしいわ』

「トシだって、すっごいおばあちゃんになってるじゃん」

『わたしはまだまだ若いわよ』

「いやいや、そんなことないって」

誠子「……」

誠子(気になる…)

誠子「…」ジャバー(ほうれん草を湯がく音)

『そういえばねえ、あんた祀られてるって言ったじゃない?』

「うんうん」

誠子「…」ジャコジャコジャコ(米をとぐ音)

『うちの教え子もね、最近お供え物とかもらうらしいのよ』

「マジで!?」

誠子(マジで…?)ピッピッピッ(炊飯器セットする音)

『マジよお、大マジよお』

「え?え?もしかしてその子も100歳なの?」

誠子(まさか)トントントントン(野菜とかを切る音)

『まさか 普通にティーンよ』

「なーんだ…」

『なんかねえ、いっつもダルそうにして動かないでいたらお供え物が置いてかれるようになったって』

「へええー、お地蔵さまみたいな?」

誠子(ダルそう……大星とは正反対だな)ジャーッジャーッ(野菜とかを炒める音)

誠子「よし、こんなもんかな ちょうどごはんも炊けたし」

誠子「おーい大星、ごはんできたぞ」

「はーい じゃあまた電話するね」

『ええ』

「ばいばーい」

誠子(えーと、むぎ茶むぎ茶…)

『あ…いけない、頼まれてたこと訊き忘れてたわ』

誠子「…?」

「うん?なに?」

『あんた、もうすぐ誕生日よね?』

誠子(え、そうなの?)

「ああ、そっか そういえばそうだね!」

『今年も行くの?奈良』

誠子「…?」

誠子(奈良?なんで…?)

「んー…どうしよう 最近ちょっと腰に来ててさー」

『腰がいちばん面倒なのよねえ』

「そうなんだよー」

『じゃあ、決めたら連絡しなさいね 向こうにも伝えておくから』

「いーつもすまないのう」

『それは言わない約束でしょう』

「あはっ じゃあね」

『はい、また』

ぷつん ツーツー

「……」

がらがら

誠子「…大星?」

淡「さあ、ごはんごはんっ!食べよっ、セーコ」

誠子「え?ああ、うん」

誠子(…なんの話だったんだろ)

淡「ふう、満腹マンプクっ」

誠子「少なくしといたのにおかわりするんだもんなあ」

淡「ふふー」ドヤッ

誠子「羊羹もしっかり食べてるし」

淡「甘いものは別腹だからいーの」

誠子「お前、ほんとによく太らないよな」

淡「昔から太らない体質なんだよねー」

誠子(ちょっとした歴史をかんじる言葉…)

淡「ていうか、セーコこそ太っちゃうかもよ?ヨーカンも食べてたし」

誠子「うっ…」

淡「わたしのお世話係になった子は太る率高いんだよね、わたしに付きあって食べちゃうから」

誠子「…」プニッ

淡「あの菫でさえ去年1年でg」

誠子「さあお風呂はそろそろ沸いたかな!沸いたよな!沸いたな!入るぞ大星!」

誠子(……帰りちょっと走ろ)

誠子「かゆいとことか無いか?」ゴシゴシ

淡「ないよー」

淡「あ、そこ気持ちいいかも」

誠子「ん、ここか?」ゴシゴシ

淡「うん そこそこ」

誠子「ん」ゴシゴシ

淡「ふうー」

誠子「…」ゴシゴシ

淡「極楽ゴクラクー」

誠子「よし、流すぞ」

ざばーっ

淡「ふうっ、さっぱり」

淡「じゃあ今度はわたしが背中流してあげよう!」

誠子「え?いいよそんな」

淡「いいからいいから!」

淡「へへー」ゴシゴシ

誠子(結局押し切られてしまった…)

淡「おおー、すべすべしてる」ペタッ

誠子「ひゃっ!お、おいっ!」

淡「でもおなかはちょっと」プニッ

誠子「やめろ」

淡「あ、はい」

誠子「食べたばっかってだから」

淡「ごめんなさい」

誠子「…」

淡「…ふふっ」ゴシゴシ

誠子「…なに笑ってんだよ」

淡「ううん、べつに なんか楽しくなっちゃって」ゴシゴシ

誠子「なんだそれ」

淡「ふふっ、ふへへへ」ゴシゴシ

誠子「どうだ?」グニグニ

淡「あーいいよいいよー」

誠子「ここは?」グニグニ

淡「んーもうちょっと強くてもいいよ」

誠子「わかった」グニグニ

淡「ふいー」

誠子「…」グニグニ

淡「上手になったよねえ、マッサージ」

誠子「そりゃあ、毎日やってればな」グニグニ

淡「それにしても上手いよ ソシツあるんじゃない?」

誠子「そうかなあ…」グニグニ

淡「んー!そこそこそこ!」

誠子「…」グニグニ

誠子(腰…ちょっと重点的にやっとくか)グニッ

淡「はええー」ダラーン

誠子「じゃあ、また明日の朝迎えに来るから」

淡「うん、待ってるね!」

誠子「…あ、そうだ 大星」

淡「うん?なあに」

誠子「お前もうすぐ誕生日なのか?」

淡「あ、さっきの聞こえてた?」

誠子「うん、まあ」

淡「んーとね、たぶんあと1、2週間くらい」

誠子(あやふやなのか…)

淡「なになに、お祝いしてくれるの?」

誠子「え?ああ…そうだな、さっき知ったからまだ何も考えてないけど、部で誕生会とか企画してもいいかもな」

誠子「明日先輩たちに聞いてみるよ」

淡「おおー!ありがとセーコ!」

誠子「で、何歳になるんだ?100歳ってのはだいたいなんだろ?」

淡「んーと…………調べとくねっ!」

――次の日・部室

尭深「淡ちゃんの誕生日…?」ズズ…

誠子「みたいなんだよ」

菫「ああ、そういえばこれくらいの時期だったか」

誠子「せっかくだから誕生会みたいなのやってやろうかと思ってるんですけど」

尭深「ケーキとか買って?」

誠子「うん、そんなかんじ」

誠子「去年はどうしてたんですか?」

菫「去年は過ぎてから教えられたよ」

誠子「あー…そういやあいつ、誕生日が何日かも自分が何歳になるのかも把握してなかったです」

菫「大丈夫か…?痴呆じゃないだろうな…」

誠子「たぶん違うと思うんですけど…」

尭深「結局何日だったの?」

誠子「いやそれが…1、2週間後ってことしか分からなくて…」

照「? 誕生日なら知ってるよ」

誠子「え、ほんとですか?」

照「うん 文化祭の日」

誠子「へえ…?なんか妙にタイミングいいですね」

照「学校が合わせてる」

誠子「え」

照「50年くらい前に、学校が淡の誕生プレゼントとして文化祭を送った」

誠子「……」

照「それ以来文化祭の日程は淡の誕生日に合わせるのが慣習になった」

菫「……」

照「でもそんな由来も年月とともに忘れられ」

尭深「……」ズズ…

照「慣習だけがなんとなく残って今に至る らしい」

誠子「先輩はそこでそれを…?」

照「クラスの子から聞いた」

菫「というか文化祭をプレゼントされてよく忘れられるなあいつ…」

誠子「でもそれなら、文化祭の打ち上げと兼ねちゃってもいいかも知れないですね」

菫「そうだな」

菫「店は貸切で予約してあるから、ケーキがないか訊いておこう」

誠子「ありがとうございます」

菫「しかし肝心の年齢が分からないとどうも締まらないな」

誠子「調べておくとは言ってましたけど…」

菫「当てになると思うか…?」

誠子「……」

尭深「…」ズズズ…

照「あ」

菫「ん?」

照「分かるかも」

誠子「…? 何がですか?」

照「淡なら鏡で見たことあるから、歳も分かるかも」

誠子&菫「!!」

誠子「ほんとですか、先輩!」

照「うん、思いだしてみる」

照「わたしが淡と初めて打ったのいつだっけ?」

菫「ええと……あれはたしか、1年の頃だな……」

菫「レギュラー決めの試合のあとに大星が照と打ちたいと言いだして……だから……」

菫「1年の…文化祭よりは前、のはずだ」

照「ありがとう」

照「……」

照「分かった」

誠子「! はやっ」

照「99歳」

誠子「え?それって…」

菫「今の年齢か?それとも文化祭後の…」

照「今の年齢 淡は今99歳」

照「つまり、今度の誕生日でジャスト100歳になる」

誠子「え、ええと…」

照「…?」

誠子「いや、なんかそれって、すごすぎるっていうか…」

菫「ああ、分かるぞ亦野…色々うまくハマりすぎて、逆にピンと来ないな…」

照「そう?」

誠子「つまり、その…今年の誕生日は結構おめでたい、ってことですよね」

菫「ああ…そうなるな」

誠子「すごくないですか」

菫「すごい」

誠子「すごいですよね」

尭深「…」ズズ…

誠子「すごいじゃないですか!!」

菫「すごいな!!」

照「どうしたんだろう、このふたり」

尭深「さあ…」

誠子「わ、わ、どうしよう!お祝いどうしましょう!」

菫「落ち着け亦野!まずはケーキを何コ用意するかから決めるぞ!」

尭深「…」ズズ…

照「まあ部員全員でお祝いするなら、1コじゃ足りなさそうなのは事実」

誠子「10コくらい要りますよね!だって100本ろうそく立てるわけだから!」

菫「そうだな!では何ケーキにしようか!何ケーキがいいと思う!?」

尭深「…」ズズ…

照「どうせなら色んなケーキ用意したらいいんじゃないかな」

誠子「そうですね!そうしましょう!ええと、あとは…!」

菫「飾りつけだな!折り紙切って輪っかにしたやつを繋げなければ!」

誠子「あ!クラッカーも要りますよ!」

菫「おお!そうだな!部員全員分手配しよう!」

尭深「…」ズズ…

尭深「楽しそう」

照「ちゃんとお店に許可とってね」

菫「これでだいたい決まったな」

誠子「ですね」

菫「ふう…なんだかヒートアップしてしまった」

誠子「ほんと、ちょっと疲れちゃいました」

照「おつかれさま」

フィーッシュ!♪

誠子「あ、メール」

菫「大星か?」

誠子「はい、健診終わったみたいです ちょっと迎えに行ってきます」

尭深「…」ズズ…

尭深「あ」

誠子「ん?どしたの」

尭深「わたしも、いま気が付いたんだけど…」

誠子「うん」

尭深「プレゼントは?」

――保健室前

淡「あ、セーコっ!こっちこっち」

誠子「どうだった?定期健診」

淡「今回も異常なしっ!ブカツしていいって」

誠子「そりゃよかった」

淡「のど渇いちゃった 購買寄ってこ?」

誠子「うん」

誠子「あ、そうだ お前の歳なんだけどさ」

淡「うん?」

誠子「宮永先輩が言うには、今度の文化祭の日に100歳らしいんだけど」

淡「おおー!すごい!」

誠子「合ってるの?」

淡「? 分かんないけど、テルが言うならそうなんじゃない?」

誠子(…やっぱり調べてないのか)

淡「…??」

淡「なんか濡れせんべい売れてるみたいだったね」

誠子「取っといてもらえてよかったな」

淡「これは明日も買いに行くしかないねっ!」

誠子「まあ、せっかく入荷してもらってるしな」

淡「ふふーっ、お礼に流行らせてあげよう」

誠子「ていうか、もうちょっと流行りだしてるのかも」

淡「ん?どゆこと?」

誠子「今日売れてたの、大星信仰者が買ってったのかもってこと」

淡「おおっ、目標達成!?」

誠子「かも、ってだけだけど」

淡「さすがわたしっ!」ドヤーッ

誠子「…」

誠子(最近加熱していってるよなあ、大星信仰)

淡「あ!見てみてセーコ!今日もお供えされてる!」

誠子「え?あ…ほんとだ」

――部室

尭深「クッキーおいしい」モグモグ

菫「しかし手作りのお供え物とは、なかなか気合が入ってるな」モグモグ

誠子「わたしたち食べちゃっていいんですかね」モグモグ

照「周知の事実だから大丈夫」モグモグ

誠子「え、そうなんですか?」モグモグ

照「淡信仰者の間では常識になってる」モグモグ

誠子「へええ…」モグモグ

淡「わたしひとりで食べても楽しくないしねっ!」モグモグ

誠子「そんなもんか」モグオグ

淡「そんなもんだよっ」モグモグ

誠子「…」モグモグ

淡「んーっ、これほんとおいし……ん?」ガサゴソ

誠子「…?」モグモグ

淡「なんか、袋のなかにお手紙入ってる」

菫「…なんて書いてあるんだ?」

淡「えっとね……『100歳になられるって本当ですか?』だって」

誠子「情報早いな…」

尭深「お供えするときに、話してたの聞こえたのかも」

誠子「ああ…なるほど」

淡「テルー、ほんとなんだよね?」

照「うん」

菫「そこで照に訊くのか…」

淡「テルなら間違いないでしょっ!」エヘン

誠子(なんでちょっと自慢げなんだ…)

淡「じゃあお礼と一緒にお返事も書いて貼っておこう」

菫「もはや文通だな」

淡「おお、懐かしワード」

尭深「硯取って来ようか?」

淡「うん でもこれ食べちゃってからにしよーっ」

誠子「貼ってきたぞ、大星」

淡「ありがとー」

菫「じゃあ再開するか 次は亦野が親だったな」

誠子「はい」

せーつなのー輝きをー掴みとろーよー♪

照「ごめん、電話」

菫「山分けとくぞ」

照「うん、おねがい」ピッ

照「もしもし うん うん、ほんとだよ うん 間違いないと思う」

照「イエス」

照「じゃあ うん、またね」ピッ

照「おまたせ」

菫「家族かなにかか?」

照「ううん、クラスの子から」

照「淡が今度100歳になるって情報が出回ってるけど本当?って」

淡「おお、わたしの話題で持ちきりだねっ!」ムフーッ

誠子「え、ていうか出回ってるって…?」

照「あわあわさま本人からのご返答があった、って広まってるらしい」

菫「あわあわさま…?」

尭深「貼ったの、もう見たんだ」ズズ…

誠子「それでえっと…先輩はなんて?」

照「うん、ほんとだよって」

誠子「そしたら…?」

照「Anniversaryじゃん、って言うからイエスって」

菫「お前、意外とノリいいんだな…」

照「?」

誠子「…つかぬことをお聞きしますけど、先輩のクラスメイトさんって」

照「大信者 幹部みたいな」

誠子「ですよね だろうと思ってました」

淡「あはっ、なんか面白いことになりそー!」

――1週間後・部室

誠子「うわあ、すごいことになってる…」

淡「なになに?なーに見てるのっ」

誠子「今年の文化祭の冊子だよ」

誠子「大星、お前文化祭のテーマになってるぞ」

淡「えっ?」

菫「《あわばーちゃんりー -大星淡100歳記念祝賀大感謝超生誕祭-》」

菫「『今年の文化祭は大星淡さん100歳のお誕生日と重なります みなさん盛大にお祝いしましょう』」

菫「『文化祭くらいくれてやるっ!』」

菫「だそうだぞ」

誠子「先輩ももらいましたか」

菫「さっき教室で照のクラスメイトが配っていたんでな」

淡「うーん…なんかもしかして昔もそんなことがあったような…」

淡「でもやっぱり無かったような…」

誠子(あったよ)

尭深「お店も淡ちゃんでいっぱい」ズズ…

誠子「淡焼きラーメン、大星こんぺい糖、あわあわ炭酸市…」

菫「大星イカ飯、大星占いの館、ダブルアイスクリーム大星…」

淡「ふーん、なかなか凝ってるじゃん」

誠子「大星じゃがバター、大星フランクフルト、大星大道芸大会なんてのもありますね」

菫「それらは若干乗り遅れた観があるな」

尭深「劇団ビッグ☆スター『KOJIKI 大星淡編』」

淡「なにそれ気になる!」

誠子「古事記デビューまでするとは…」

淡「ねーねーそれ見に行こっ?」

誠子「うん…わたしもちょっと気になる」

菫「うちの部は普通に甘味処にしてしまったが…客入るだろうか」

尭深「おいしいお茶は用意しましたけど…」

がちゃ

照「遅くなってごめん」

菫「おお照、いま文化祭で出す店の話をしてたところなんだが」

照「…ごめん」

菫「ん?何がだ?」

照「今年の文化祭、部のほうには来れないかもしれない」

菫「なっ」

淡「えー!どーしてテルー!?」

照「クラスのお店に、結構出なくちゃいけなくなっちゃって」

誠子「えっと、先輩のクラス何やるんでしたっけ?」

照「淡喫茶」

誠子「え」

照「大星淡喫茶」

誠子「……」

誠子(そうだ…先輩のクラスメイトさんはそういう人たちなんだった…)

照「それで、淡みたいなオーラ出せるのわたしくらいだから、って」

菫「重宝されてしまったわけか…」

尭深「淡ちゃんのコスプレを…?」

照「うん 金のかつらとか被って」

淡「ずーるーいー!わたしも大星喫茶やりたいー!!」

菫「お前は何を言ってるんだ…?」

淡「かつら被りたいー!コスプレしたいー!!」

誠子「いやいや、お前はコスプレとかしなくても大星なんだから……」

誠子「…」

誠子「あ!」

淡「ほへ?」

誠子「そうだ!それですよ弘世先輩!」

菫「お、おお、どうした亦野」

誠子「うちには純正の大星がいるんですから、大星に働いてもらえば大星喫茶になるじゃないですか!」

菫「!」

誠子「それどころか、大星がコスプレしたらコスプレ大星喫茶ですよ!」

淡「おお…… おおーっ!ほんとだ!すごーいセーコっ!」

菫「いや…でも大丈夫か?立ち仕事になるぞ」

淡「だいじょぶだって!よゆーだよ、よゆー!」

誠子「品物を運ぶとき以外は座ってるとかにすればいけませんか?」

菫「うーん…」

淡「やりたいやりたいー!ねえ菫ー!」

菫「…」

照「いざとなったら周りが助けてあげれば」

菫「…」

菫「…そうだな」

淡「!!」

菫「わかったよ、大星に働いてもらおう」

淡「やったー!」

尭深「よかったね、淡ちゃん」

菫「ただし無理はするなよ キツくなったらすぐに言え」

淡「うん、うんっ!わかってるってー!ありがと菫ーっ!」

尭深「お茶くみの練習?」

淡「うん、慣れておかないとね!」

尭深「えっと…行ってきていいですか?」

菫「ああ、済まないが教えてやってくれ」

尭深「はい じゃあ給湯室行こっか、淡ちゃん」

淡「うんっ、いってきまーす!」

がちゃ

菫「…ふう」

菫「いくつになっても世話のかかるやつだ」

誠子「すいません…わたしが変な提案したから」

菫「いや、気にするな せっかくの誕生日だからな 楽しませてやりたいのはわたしだって同じだ」

誠子「はい」

菫「しかしあの落ち着きのなさで100歳になるというんだからなあ…」

誠子「100歳児ですね」

菫「だな」

菫「しかし落ち着きに関して言えばこの学校もだいぶひどいな…」

誠子「あはは、ですね」

照「しょーがないよー女子高生はみんな何かを信仰してるからねっ!」

誠子「え…?」

菫「……」

照「…あはっ?どしたのふたりとも、ヘンな顔して」

菫「お前がどうした……なんだその気色悪い喋りかたは」

照「……淡喫茶の練習しなきゃいけなくて」

誠子「…過酷ですね」

照「すごく難しい」

菫「ほんとどうかしてるなこの学校」

照「あはっ、スマイルくらいくれてやる!」

菫「やめろ」

照「ご来店楽しみっ」

菫「行かないぞ」

誠子「でもほんと、あっという間に広まりましたよね、大星の誕生日の話」

菫「そうだな……実は前から知られていたことだったりしないのか?」

照「ないと思う 100歳にはみんなほんとに驚いてたから」

菫「じゃあやはり、ここでわたしたちが話してたのが発端なわけか」

照「たぶん」

菫「はあ、おそろしい話だ」

誠子「あはは」

照「そういえば」

菫「ん?」

照「誠子はどこで聞いたの?淡の誕生日のこと」

誠子「え?えっと…大星がテレビ電話で話してるのを聞いて」

照「テレビ電話?」

菫「好きなんだよ、あいつ」

誠子「あ…そういえばその時に、一緒に聞いたんですけど…」

誠子「奈良って、なんのことか分かります?」

菫「奈良?大仏がある奈良か?」

誠子「たぶん…今年も行くとか、行かないとかって話してたんですけど…」

菫「結構な遠出じゃないか」

誠子「ですよね 話し振りから、毎年行ってたりするのかと思ったんですけど」

菫「いや、わたしは知らないな」

誠子「そうですか」

菫「照はなにか聞いてるか?」

照「…ううん」

菫「そうか…まあ、おばあちゃん友だちと旅行にでも行ってるのかもな」

誠子「ですかね」

菫「気になるなら訊いてみるといい 付いてこいと言われるかもしれんが」

誠子「あはは そうしてみます」

照「…」

菫「しかしお茶汲むだけで随分時間が掛かってるな…」

菫「ちょっと様子を見てくるか」

誠子「あ、わたし行きますよ」

菫「いや、いい」

菫「代わりに照の大星ごっこに付きあってやってくれ」

誠子「え」

菫「頼んだぞ、亦野」

がちゃ

照「行ってらっしゃーい!」

誠子「あ…」

照「行っちゃったねーセーコっ」

誠子「えっと…」

照「まだかなまだかなー!お茶はまだかなー」

誠子「…」

照「…」

照「ごめん」

誠子「いえ…こちらこそ、なんかすいません…」

照「もうちょっと、本物を見て勉強しよう」

誠子「熱心ですね」

照「あんまりない機会だから」

誠子「まあ、それは確かにですけど」

照「誠子もやってみる?」

誠子「え?」

照「借りてきたカツラもある」

誠子「い、いやわたしはいいですよ!」

照「そう?」

誠子「はい、ほんと、お気持ちだけで…!」

照「残念」

誠子「…」…ホッ

照「…誠子」

誠子「! な、なんですか…?」

照「さっき言ってた奈良のことだけど……淡に訊かないほうがいいと思う」

誠子「え…? なにかご存じなんですか?」

照「ううん 知ってはいない」

誠子「?」

照「ただ…」

誠子「ただ?」

照「この前、鏡で見たのを思いだしたときに、たぶん関係あるものが有った」

誠子「え…えっと、それはどういう…」

照「…淡には、毎年マージャンで戦うことにしてる人がいるみたい」

誠子「!」

照「毎年奈良に行ってるなら、たぶんそこにいるんだと思う…その、宿敵みたいな人が」

誠子「ライバル、ってことですか…?」

照「少なくとも、淡のなかでは」

誠子「へええ…大星にもそんな相手が……あれ?」

誠子「でもじゃあなんで、訊かないほうがいいなんて…?」

照「……」

誠子「…先輩?」

照「…これは鏡で見た時点のことだし、ハッキリとは言えないけど」

誠子「はい」

照「その人について、淡のなかでは色んな気持ちが綯交ぜになってる」

照「ライバル心とか、自分のほうが強いって自信もあるけど……不安とか、畏れもあるみたい」

誠子「え…」

照「だからたぶん、淡も迷ってる」

誠子「……それって」

照「…」

誠子「それって、大星がビビってるってことですか…?」

誠子「あの大星が…? 正直、信じられないんですけど…」

照「…完全にそうってわけじゃない 本当に、色んな気持ちのなかの一部だと思う、けど」

照「あんまり気楽に訊くことじゃないのは、確か」

誠子「…」

誠子「…分かりました」

照「うん」

誠子「最後に、ひとついいですか?」

照「…? なに?」

誠子「そのライバル関係って…いつぐらいからのものだか、分かります?」

照「だいたいなら分かるけど、どうして?」

誠子「ちょっと…調べてみたくて」

照「…」

誠子「大星が、それで結局どうしたいのか…ちゃんと知っておきたいから…」

照「…」

照「…わたしたちと同じか、ちょっと下くらいの頃から」

誠子「!」

照「だと思う」

がちゃ!

淡「ごめんセーコーっ!!」

誠子「!!?」ビクッ

誠子「あ、お、大星…!?もしかして、いまの話…」

照「どうしたの?」

淡「セーコの湯のみ割っちゃったー!!」

誠子「聞いt…………え?湯のみ?」

菫「落としてしまったんだそうだ あれはちょっと、もう使えないだろうな」

照「だから遅かったんだ」

菫「ああ、狭い部屋だから片付けも手間取ってな」

誠子「あ、あー…湯のみ、湯のみか…」ホッ

尭深「ごめんなさい…わたしがちゃんと見てなかったから…」フルフル

淡「た、尭深は悪くないよっ!わたしがお茶入れすぎて熱っ!ってなっちゃって……ごめんねセーコ」シュン

誠子「あ、いやべつに全然いいけど…」

誠子「ていうかお前、火傷とかしてないのか?」

淡「…うん」コクン

誠子「よかった」

誠子「…気をつけろよ、ほんと」

――帰りみち

淡「ねえ、ほんとに怒ってない…?」

誠子「怒ってないって そんなに思い入れがあるものでもないし」

淡「…そっか」

誠子「あんま気にされる方が調子狂うよ」

淡「だって、尭深がすっごい動揺してたし…」

誠子「ああ…」

誠子(たしかに尭深の湯のみだったら一大事だったかもな…)

淡「ほんとに、顔真っ青だったし…」

誠子「割ったのが尭深のじゃなくてよかったな…」

淡「あ、うん!それは思ったっ!」

誠子「…」

誠子(唐突に切り替えた…)

淡「わたしもお茶飲みたいし、わたしのじゃなかったのも良かった!」

誠子「おい」

淡「あ、そういえばね」

誠子「うん」

淡「トシにわたし100歳になるらしいよ!って話したら、お祝いに来てくれるって」

誠子「へええ…あれ、どこに住んでる人なんだっけ?」

淡「えと……イワテ?」

誠子「思ったより遠い!」

淡「そうなの?イワテってどのへん?」

誠子「えー……上 うえのほう」

淡「あ!バカにしてるでしょ!」

誠子「してないしてない」

淡「むー…」

誠子「でもそれなら、文化祭にお誘いしちゃうのがちょうどいいんじゃないか?」

淡「あ、そっか それもそうだね」

誠子「弘世先輩に言って、打ち上げに招待してもらってもいいかも」

淡「おおーナイスアイデア!さすがセーコっ!」

淡「セーコー…なんかちょっと疲れたかも…」

誠子「あー今日結構立ってたもんな」

誠子「ほら」シャガミ

淡「うん」オブサリ

誠子「よっ、と」

淡「いーつもすまないねえ」

誠子「いいって」

淡「ふふふん、ふふーん」

誠子「…」

誠子「そうだ大星」

淡「ふふん?」

誠子「誕生日プレゼント、何がいい?」

淡「え?えーっと……」

淡「うーん…」

淡「……考えとくねっ!」

――次の日・図書室

誠子「……」パラパラパラ…

誠子「……」パラパラ…

誠子「…あった」

誠子(『第――回全国中等学校麻雀選手権大会』)

誠子(『白糸台中大将・大星淡』)

誠子(ほんとに現役選手だった頃があったんだな……まだ高校じゃない時代か…)

誠子(1回戦はシードで、2回戦は快勝してる)

誠子(すごいな…今と比べても遜色ないくらいかも)

誠子(…でも)

誠子「問題は準決勝…」

誠子(ギリギリながらもリードした状態で大星に繋いでるけど、結果は…)

誠子(『壱位・阿知賀中 弐位・白糸台中』…)

誠子(『阿知賀中大将・高鴨穏乃』…)

誠子「…こいつだ」

誠子(有名な選手だったりするのかな…)カチカチカチ

誠子(スマホで調べても何も出てこない、か…)

菫「亦野?」

誠子「!」ビクッ

誠子「ひ、ひろせせせんぱい…」

菫「せがひとつ多いが……珍しいな、こんなところで」

誠子「あ、あはは、ちょっと調べものを…先輩こそ、珍しいのでは!?」

菫「昼休みは毎日ここで受験勉強してるが…」

誠子「そ、そうなんですか…ええと、がんばってください」

菫「…? ああ」

誠子「じゃあ、わたしはこれで…」

菫「……亦野」

誠子「! は、はい!」

菫「お前、牌譜ならもっと新しいものを見たほうがいいと思うぞ」

菫「そんな昔のものではあまり参考にならんだろう」

――文化祭前夜・誠子の部屋

誠子「はあー、つっかれたー!」バタン

誠子「…」

誠子「ついに明日かー…」

誠子(結局文化祭の準備にてんやわんやで、高鴨穏乃のことはあれしか分からなかったな…)

誠子(プレゼントも、大星のやつすっかり忘れてるみたいだし…)

誠子「あいつほんとにボケたりしてないよな…」

誠子「…」ガサゴソ

誠子「…」ジー

誠子(いちおう保険のプレゼントは買っといたけど…)

誠子「なんか違う気がするなんだよなー、これ…」

誠子「…」

誠子「持ってくのやめよっかな…」

誠子「…」

誠子「…とりあえずカバンには入れとこ」

――文化祭当日・校門

淡「着いたー!っておおーっ!?」

誠子「すごいな…」

誠子(そこらじゅう大星だらけだ…)

淡「あの絵のわたしカッコイイ!」

淡「あ、あっちの看板のわたしも!あのわたしの着ぐるみも可愛いし!」

淡「イケてんじゃんブンカサイっ!!」

誠子「大星コスプレもいっぱいいる…」

淡「わー!わたしたち浮いちゃうかも!」

誠子「いや…お前は間違いなく溶け込めるよ」

淡「だよね!ふふーっ!」ドヤーッ

誠子(テンション上がってるな…)

淡「あ!あの垂れ幕、わたしが書いたやつっ!」

誠子「ああ、昨日の」

『きょうは一日よろしくね! あわい』

――部室

誠子「おはようございまーす」

淡「まーす」

尭深「おはよう」

菫「淡、お前に花輪が届いてるぞ」

誠子「花輪…?」

菫「ああ バースデイカードもセットでな」

淡「…? どれどれ見してー」

『大星淡様へ

 お誕生日お目出度うございます。

 此れからもご健勝で在られますよう。

 大沼秋一郎』

淡「おおーシューイチロー!なかなかニクいことするじゃん!」

誠子「てか花輪すご…開店祝いとかに使うやつですよねこれ…」

淡「ちょうどいいから表に飾っとこっか!」

がらんがらん

誠子「あ、鈴鳴ってる」

がらんがらん

淡「ん、また?」

がらんがらん

誠子&淡「……」

尭深「ふたりが来る前からずっとだよ…?」

淡「まじで!?」

菫「早々に台が埋まったからお供え物はこっちに避けてあるぞ」

誠子「わあ…すごい量」

淡「これは食べきれないね」

尭深「どんどん増え続けてる」ズズ…

菫「お前が良ければお客さんが自由に取っていい、ってことにしようかと話してたんだが」

淡「いいんじゃない?ラブ&ピースなかんじするしっ!」ピース

誠子「なんだそれ」

誠子「よし、できたぞ」

淡「ありがとー!」

淡「どうどう?似合う?」

誠子「うん」

菫「まずは魔女か」

誠子「はい、いちばん着替えに時間かかりそうなので、最初に」

淡「トリックオアトリートっ!」

尭深「本物みたい」パチパチ

菫「伊達に歳とってないな」

淡「オープンセサミっ!」

尭深「わあっ」パチパチ

がちゃ!

照「やっほーアワイっ!テーサツに来たよ!」

淡「ややっ、わたしっ!?」

照「おおー!魔女っ娘かわいいねっ!」

菫「照か…すごいなそのかつら」

照「でしょー?」ムフーッ

菫「いったんやめてくれ」

照「わかった」

菫「お、おお…その髪で真顔というのもなかなかインパクトあるな…」

照「これ以外にもコスプレするの?」

誠子「あとのはだいたい付け耳とかですね」

照「ふうん、そっか」

照「…? テイクフリー?」

菫「お供え物の量がすごいんでな 売るわけにもいかないからこうして置いといてるんだ」

照「なるほど」パクッ

照「! このチョコおいしいねっ!」

淡「え、わたしもわたしも!」パクッ

淡「ほんとだ!おいしいっ!」

照「ほら、菫もどうぞっ!」

菫「お前、素だか真似だか分からなくなってきてるぞ…」パクッ

照「わたしもそれが怖い」モグモグ

尭深「あ…そろそろ開店」

誠子「え?わ、ほんとだ 花輪表に出してきますね」

菫「頼んだ 渋谷は他の部員たちを呼んできてくれ」

尭深「はい」

淡「わたしはー?」

菫「お前は始まるまで座っていろ」

淡「はーいっ」

照「じゃあ、わたし戻るね」

菫「ああ 気をつけろよ」

照「え…?」

菫「……あ」

照「…ぷっ」

照「わたし、淡じゃないよ?」フフッ

――マージャン部甘味処ハイハイ・開店

菫「…」

尭深「…」

誠子「…」

淡「…」

部員たち「…」

尭深「お客さん、来ないですね…」ズズ…

誠子「まだ開場したてだしね、いきなりこういう店来る人もそんないないよ」

菫「大星信仰者たちが押し寄せるかとも思ったが、やはり生徒はそれほど暇ではないか」

淡「タイクツだねー」

「あった!まずはここ入ろー!」

みんな「!」

「え、いきなり甘味処…?お昼とかでいいんじゃ…」

「分かってないなー お昼なんかここ人で埋まっちゃうよ?通のわたしが言うんだから間違いないって!」

「なんの通なの…」

恒子「というわけでこんにちはっ!」

淡「いらっしゃいませー 2名様?」

恒子「おお!ほらほらすこやん、ご本人だよっ!」

淡「おっ?」

健夜「え、え…?本物がいるの…?」

恒子「だから言ったじゃーん、ポイントはバッチリ抑えてるからね!」

恒子「あ、2人ですー」

淡「はーい 2名さまご来店だよっ!」

誠子「お、お席ご案内します」

恒子「どもー」

健夜「あ、あの…あのかたが大星さんなんですか?」

誠子「え?あ、はい、そうです」

健夜「へええ…わたしてっきり架空の人かと…」

恒子「まっさかー、すこやんじゃないんだからー」

健夜「どういう意味!?」

尭深「ご注文はお決まりですか?」

恒子「えーと、お茶とお団子をふたつずつ」

健夜「…」ボー

恒子「ん?すこやんもなんか頼みなよ」

健夜「今のわたしのぶん入ってないの!?」

恒子「あはは、じょーだんじょーだん」

尭深「かしこまりました 淡ちゃん、お茶とお団子ふたつずつ」

淡「がってんだ!」

恒子「にしても100歳であんなに元気ってすごいね、すこやんの倍なのに」

健夜「そうだね、わたしの4倍のお年でこんなに活動的なんだもんね」

恒子「実家暮らしのすこやんも見習わなくちゃね」

健夜「実家は関係ないでしょ!?」

誠子(このふたり、どっかで見たことあるような…)

淡「セーコー、ちょっと手伝ってー」

誠子「あ、うん」

恒子「さっき露店で大星かつらを買ったんだけどね」

健夜「いつの間に買ってたの…」

恒子「これをこう、すこやんに被せるでしょ?」ポンッ

健夜「すごく恥ずかしいんだけど…」

恒子「そして歌います」

健夜「歌わないよ?」

恒子「えー…ご本人登場まであと一歩なのにー…」

健夜「もう、ところ構わずそういうの振るのy」

淡「スタンバってたのにー…」

健夜「大星さんまで!?」

淡「ヘーイジュー…ドンメーキーバーッ」

誠子「大物すぎるだろ」

菫「亦野、ツッコんでないで連れ戻してこい」

誠子「す、すいません、つい…」

淡「わあセーコ、おーこられたー」

誠子「ありがとうございましたー」

部員たち「ありがとうございました」バッ!

健夜「わっ」ビクッ

恒子「おお、圧巻」

菫「すいません…お前ら、一斉にお辞儀するの禁止だ」

部員たち「すいませんでした!」バッ

恒子「写真に撮っとこう」パシャパシャ

健夜「ごちそうさまでした」ペコ

淡「また来てねー!」

恒子「来年も来ますー ハッピーバースデー」フリフリ

…………

誠子「ふう、どうにかなりましたね」

菫「ああ、この調子でやれれば安心だな」

尭深「あ…新しいお客さん」

淡「いらっしゃいませっ!」

智葉「じゃまするぞ」

ダヴァン「2人デス!」

淡「はーい!2名様ごあんなーい!」

誠子(あれ?この人たちもどこかで…)

菫「おお、臨海の 来てくれたのか」

ダヴァン「バレまシタ!?」

誠子「あ、そっか……臨海女子の」

智葉「文化祭が面白いことになってると聞いてな 偵察がてら来たんだ」

ダヴァン「今年はウチが白糸台を倒しますかラネ!」

淡「ふふっ…面白いじゃん」

淡「偵察でもなんでもご自由にどーぞ?全部ムダになってもいいならねっ!」ドヤッ

菫「お前に許可を出す権限はない」

智葉「というか、大会に出られるのか?」

菫「淡のことなら無理だな」

智葉「では確かに偵察しても無駄なようだ 楽にさせてもらおう」

尭深「ご注文はお決まりですか?」

ダヴァン「ラーメン一丁お願いしマス!」

尭深「ありません…」

智葉「ラーメンならさっき焼いたのを食ってたろう」

淡「お!?淡焼きラーメン!?」

ダヴァン「それデス!」

淡「おいしいの?」

ダヴァン「塩味のスープで付けたようなさっぱりした味ワイ…星のように散りばめられた白コショウの風味…」

ダヴァン「焼きラーメンもアリだと思いまシタ!」グッ

淡「おおー、あとで食べに行こっと!」

尭深「あの…」

智葉「ああ済まんな、お茶とモナカをふたつずつ頼む」

ダヴァン「モナカ?なんですかソレ?」

智葉「モナ王みたいなやつだ」

ダヴァン「オオ!楽しみデス!」

ダヴァン「ンン!モナカおいしいデス!」モグモグ

智葉「お茶も美味いな」ズズズ

ダヴァン「これは来た甲斐がありマ……ン、テイクフリー?」

智葉「取っていいのか?」

誠子「あ、はい ご自由にどうぞ」

菫「淡へのお供え物が溢れてしまってな 余らせるのも悪いからそうしているんだ」

ダヴァン「おそナエ…?」

智葉「神さまにする餌付けのことだ」

ダヴァン「オー」

淡「ちょっとっ!わたしは犬ネコじゃないんだよっ!」

ダヴァン「ならワタシも大星フランクフルトを1本あげまショウ!」

淡「わーいいのっ?ありがとー」

菫「…亦野、たしか犬ミミのカチューシャがあったな?」

誠子「取ってきますね」

淡「んーデリシャスっ!」モグモグ

尭深「ありがとうございました」ペコン

部員たち「ありがとうございました!」ペコン

ダヴァン「ごちそうさまでシタ!」

菫「ああ、そうだ ふたりとも」

智葉「ん?」

菫「照がクラスの大星喫茶で働いてるから、よかったら覗いてみるといい」

誠子「え、弘世先輩!?」

菫「ふっ、面白そうだろう?」

智葉「確かにそれは… ありがとう、いいことを聞いた」

淡「またねー!」

智葉「ああ、全国でな」

ダヴァン「ハッピバースディ、大星サン!」フリフリ

…………

菫「さて、そろそろ客が押し寄せる時間帯だな」

淡「満員御礼だねっ!」

誠子「ありがとうございました」

淡「また来てねー」

菫「ふう、だいたいラッシュは過ぎたか」

誠子「ですね」

菫「亦野、お昼まだだろう?休憩とっていいぞ」

誠子「え、でも大星を」

菫「わたしが見てるさ あいつは今楽しくてお昼どころじゃないようだしな」

淡「あ、いらっしゃいませっ!何名様だワン?」

淡「はーい、5名様ご来店だワン!」

菫「まあ任せろ 世話係を引き継いでから手持無沙汰でな、たまに世話を焼きたくなるんだ」

誠子「…すいません じゃあ、お願いします」

淡「ワンワン!」

菫「…ああ、そうだ」

誠子「…? はい」

菫「ついでに照の様子も見てきてくれ 一応ライバル店のエースだからな」

誠子「しっかしほんと、大星の店ばっかだな…」パクッ

誠子「ん…大星じゃがバターなかなか」モグモグ

誠子「お、焼きラーメンってあれか」

誠子(大星も食べたがってたな、そういえば)

誠子「すいません、淡焼きラーメンふたつ」

誠子「…」

誠子(なんか…文化祭ひとりでうろつくのもあれだな しょうがないけど)

誠子「…あ、どうも」

誠子(これ食べたら大星喫茶行って戻るかな)スワリ

誠子「…」パクッ

誠子(おお、ほんとに美味いな)モグモグ

「んん、焼いても結構イケるわねえ」

誠子(…? どっかで聞いた声…)チラッ

トシ「おみやげに持って帰れないのが残念だわ……あら?」

誠子「あ……こんにちは」ペコッ

――大星淡喫茶AWAAWA

照「あれっ?セーコ?」

誠子「ど、どうも…」

照「来てくれたんだ!入って入ってっ!…あれ?セーコのおばあちゃん?」

誠子「あ、こちら大星の友だちの熊倉さんです」

トシ「熊倉トシです、はじめまして宮永さん」ペコ

照「おーっ宮永照だよっ!よろしくね!」横ピース

誠子「ご存知だったんですね」

トシ「一応マージャン部顧問だからねえ」

照「へー じゃあテーサツなんだ!いいよ、データくらいくれてやる!」ドヤッ

誠子「そういえば臨海の人たちが来ませんでした?」

照「来た来たっ!」

誠子「どうでした?」

照「……恥ずかしかった」

誠子(やっぱ恥ずかしいんだ)

照「2名様ご来店だよっ!」

「はーいっ!任せて!」

「へー よく来たねっ!」

「いいよー、お席くらいくれてやるっ!」

誠子「…」

トシ「やっぱりこういうのは本物よりオーバーになるもんねえ」

誠子「ですね」

照「メニュー表くらいくれてやるっ!どうぞっ!」

誠子「あの…そのくれてやるっていうのは…」

照「……お店のマニュアルがある」

トシ「品は割と普通なのね」

誠子「じゃあわたし、あわあわダージリンを」

トシ「わたしはオムライスちょうだい」

誠子「よく食べますね」

トシ「わたしが子どもの頃はオムライスなんて食べられなかったから、ついねえ」

誠子「いつ頃お着きになったんですか」

トシ「ああ、さっき来たばっかよ あれ食べたら電話しようと思ってたの」

誠子「じゃあちょうどよかったですね」

トシ「淡はどうしてるの?」

誠子「いま部の甘味処で働いてますよ」

トシ「へえ、働かせるほうが大変なんじゃない?」

誠子「まあそうなんですけど、やりたいっていうもんで」

トシ「あんたたちも苦労するわねえ」

誠子「…でも頑張ってますよ、大星」

照「ダージリンとオムライス、お待たせーっ!」

照「ケチャップで文字書くのはこれが初なんで……試させてくれるかな!?」ゴッ!

誠子「!」ビクッ

トシ「はい、どうぞ」

照「じゃあお言葉に甘えてー…えいっ!できたっ!」

『あわあわLOVE』

トシ「すごいねこれ、あわあわラヴってわたし全然関係ないんじゃない?」

誠子「…なんかすいません」

照「ごゆっくりどーぞっ」

トシ「はい、どうも」

トシ「ほんとに流行ってるのね、淡」

誠子「あ、あはは…」

トシ「淡から聞いたかもしれないけど、うちの生徒もたまにお供え物もらってくるのよ」

誠子「ああ えっと、普通の人なんですよね」

トシ「普通かは分かんないけど、100歳ではないわねえ」

誠子「それでお供え物ってのもすごいですけど」

トシ「すごいでしょう 部員までゲットしてきたのよ、しかも随分かわいい子を」

誠子「えっ、ほんとにすご…」

トシ「でも文化祭のテーマにはならないわねえ」

誠子「そりゃまあ…」

トシ「今度提案してみようかね、白望祭り」

誠子「熊倉さんは、大星とは長いんですか?」

トシ「そうでもないわよ?10年くらいね」

誠子「やっぱりマージャンで?」

トシ「それが違うのよ、あれは確か…落語だったかねえ」

照「わたしもラクゴ好きだよっ!」

トシ「あら、じゃあこんど一緒に行きましょう うちにも好きな子がいるのよ」

誠子「…」

誠子(落語も結構流行ってるな…)

トシ「でもそうね、淡にマージャンで出来た知り合いってあんまりいないかもねえ」

誠子「え、そうなんですか?」

トシ「あんまり余所で打たないでしょう?」

誠子「あ……確かに」

トシ「わたしも数回しか打ったことないわ」

誠子「言われてみれば…わたしも」

トシ「たぶん大沼さんあたりとも、そんなに打ってないんじゃないかねえ」

誠子「……」

トシ「…? どうしたの?」

誠子「え?あ、いや……なんか、意外だなって」

トシ「べつにマージャンが嫌いなわけじゃないんだろうけど…あの子、きっと強すぎるのよねえ」

誠子「…」

トシ「あなたたちくらいだった時ならまだ分からないんでしょうけど、今のあの子はプロにもそういないレベルだもの」

誠子「…」

誠子「でも」

トシ「ん…?」

照「…」

誠子「でも…高鴨とは」

トシ「!」

誠子「高鴨穏乃とは、打つんですよね…?」

トシ「…」

トシ「…驚いたね」

トシ「調べたのかい?」

誠子「まあ…すこし」

トシ「乙女のプライベートを詮索するのはあまり褒められたことじゃないけど…」

トシ「ふふっ、まあそんな歳でもないね」

誠子「…すいません」

トシ「まあいいんじゃない わたしが言うことでもないけれど」

トシ「で、どこまで知ってるの?」

誠子「大星が高鴨穏乃をライバル視してることと、それで毎年マージャンで対決してること…」

誠子「大星が昔、大会で高鴨穏乃に負けてること……だけです」

トシ「結構断片的だけど…まあ、無理もないかねえ」

誠子「でも、今年は行くか迷ってるんですよね…?大星」

トシ「そうねえ ほんと言うとわたしが今日来たのは、それが心配だったっていうのもあるのよ」

誠子「あの……大星にとって、高鴨穏乃ってのはどういう相手なんですか…?」

トシ「そうね、知ってる範囲で教えてあげようかね」

トシ「代わりに、わたしにも協力してもらいたいんだけど……

――マージャン部甘味処ハイハイ

誠子「戻りましたー」

尭深「おかえり」

トシ「おじゃまします」

尭深「…? 淡ちゃんのお友だちの…?」

誠子「そうそう、このまえ話した熊倉さん」

尭深「はじめまして…渋谷尭深です」ペコ

トシ「ご丁寧にどうも 熊倉トシです」ペコ

淡「おかえりセーk……トシ!よく来たねっ!」

トシ「ええ、来たわよ」

誠子「大星、焼きラーメン買ってきたぞ」

淡「ほんとっ!?ありがとセーコー」

菫「食べるのは後にしたほうがいいんじゃないか?」

淡「はっ、そうだった!」

誠子「…? なにかあるんですか?」

淡「ほら、これだよこれっ!」バサッ

淡「『KOJIKI 大星淡編』、もうすぐ始まっちゃうんだよっ!」

誠子「ああ…そういや見ようって言ってたな」

誠子「でも、抜けちゃっていいんですか?」

菫「まあ稼ぎ時は過ぎたしな、わたしたちだけでも大丈夫だろう」

淡「ね、ね?行こーよセーコっ!」

誠子「じゃあ…すいません、荷物とかここに置いていきます」

菫「ああ、気を付けていってこい」

誠子「はい」

淡「やったっ!トシはどーするの?」

トシ「わたしはちょっと疲れたから、ここで休ませてもらうわ」

菫「熊倉さん、ご無沙汰してます」

トシ「あらあら、たしか去年の介護係の…」

菫「あ、いえ、世話係の弘瀬です」

淡「それじゃあ行ってくるねっ!」

――劇団ビッグ☆スター『KOJIKI 大星淡編』

誠子「結構ひと入ってるんだな」

幕ガラガラガラ…

淡「お、始まるかんじ?楽しみ楽しみっ」

誠子「大星、あんまり大きい声出すなよ…?」

ナレーション『昔むかしあるところに、神さまがいて国を産んだり色々しました』

淡「ほうほう…」

イザナミ「かわいいクニかわいい……うっ!火の神あつっ!」バタッ

イザナギ「イザナミ!イザナミ死ぬな!……死んじゃった」ガックシ

淡「!」

ナレーション『連れ戻そうと死者の国に行ったり、結局できなくて帰ってきたりしました』

淡「かわいそー…」

ナレーション『穢れを落とすために色々洗ってたらアマテラスとかツクヨミとかスサノオとかが生まれましたが…』

ナレーション『そのとき実はオオホシアワイも生まれていました』

誠子「!?」

ナレーション『オオホシアワイはふわふわ感をつかさどる神さまとして、この世界に降り立ちました』

アワイ「羊とかをつくろう えいっ!」

羊「めぇー」

ナレーション『こうして羊は世に生まれたのです』

淡「ふむ」

誠子(ふむじゃないだろ)

ナレーション『ひと通りふわふわしたものを作り終えたオオホシアワイは、しばらく眠ることにしました』

アワイ「あはっ、シルクのおふとんやわらかーい!」パタン

ナレーション『彼女が眠りにおちたこの場所が……そう、白糸台だったのです』

淡「なんと」

ナレーション『そして彼女が目覚めたのが100年前……西暦――年』

淡「わたしが生まれたのとだいたいおんなじくらいだ…」

誠子(ぴったり同じだよ)

ナレーション『20世紀の最新版神さまはオオホシアワイに命じました……Save Shiraitodai.』

淡「ん…?どういう意味?」

ナレーション『……そんなこんなで色々あって終わりましたとさ、おしまい』

アワイ「お誕生日おめでとーっ!」

幕ガラガラガラ…

淡「けっこー面白かったねっ!」

誠子「ああ、まあな」

淡「あ、見て、泣いてる人もいるよ!」

誠子「え、ほんと…?」

えり「…」ポロポロ

咏「えーと…えりちゃん泣いてんの?」

えり「…泣いてません」ポロポロ

咏「いやでもさー…」

えり「泣いてませんったら……泣いてるっていうほうが……泣いてるんですっ!」ポロポロ

咏「もーどうしていいかわっかんねー」フリフリ

誠子「お、おお…」

淡「さてっ!お店戻ろっか、セーコっ」

――マージャン部甘味処ハイハイ・閉店

部員たち「ありがとうございました!」バッ!

淡「また来てねーっ!」

菫「ふう…終わったか」

尭深「あの、これ…」バサバサ

淡「お?なにそれ尭深ー」

トシ「あら、これバースデーカード?」

誠子「え、こんなに?」

尭深「うん お供え台に…いっぱい置いてあった」

淡「おおー!こんなにお祝いされたの初めてかもっ!」

誠子「よかったな、大星」

がちゃ

照「おつかれさま」

菫「ん、みんな揃ったな じゃあざっと片付けて打ち上げに行くぞ」

部員たち「おおー!」ザッ!

――打ち上げ

みんな「ハッピバースデートゥーユー パッピバースデートゥーユー」

みんな「ハッピバースデーディア大星/淡/淡ちゃんー」

淡「みんなありがとーっ!」

みんな「ハッピバースデートゥーユー」

パン!パンパンパン!パパパパン!パン!パパン!

尭深「ふふっ、クラッカーすごいね」

誠子「だなっ」

菫「じゃあ大星、なんかひとこと」

淡「えっ、いいの?じゃあ遠慮なくっ」

淡「えーみなさん、本日はおいそがしーなか…」

照「…ぷっ らしくない」

淡「いいのっ!えー今までちゃんと数えてなくてテキトーに約100歳と言ってましたが、今日ほんとに100歳になりましたっ」

淡「みんなのおかげですっ、ありがとーっ!まだ進級はできなさそうだけど、今日からは正真正銘…」

淡「100歳じゃよっ!」

わいわい ガヤガヤ

淡「あ、いたっ!セーコ、カンパイしよっ」

誠子「ああ」

淡「かんぱーいっ!」コンッ

誠子「乾杯 おめでとう、大星」

淡「うんっ!」

誠子「あと、文化祭おつかれさま、だな」

淡「そっちはセーコもね」

誠子「うん」

照「おつかれさま」モグモグ

淡「あ!テルそれチョコケーキじゃん!」

照「ひとくち食べる?」モグモグ

淡「食べる食べるっ!あーん」

誠子「じゃあわたしそれ取ってくるよ」

淡「んっ、んーありがとー」モグモグ

誠子「えっと、ケーキナイフは…」

尭深「…」モグモグ

誠子「お、尭深、それおいしそうだね」

尭深「うん」モグモグ

誠子「それも持ってってやろうかなあ…どこにあるの?」

尭深「あっち」モグモグ

誠子「ん、ありがと」

尭深「…ふふっ」

誠子「え、なに…?」

尭深「ううん…誠子、お世話係らしくなったね」

誠子「え、あ…そ、そうかな?」

尭深「なったよ」

菫「なったな」

誠子「わっ、弘世先輩」

菫「これもうまいぞ 持っていってやるといい」

誠子「え、でも…いいんですか?先輩が持っていかなくて…」

菫「わたしはまだ幹事の仕事が残ってるし……それに」

誠子「…?」

菫「今の世話係は、お前だからな」

誠子「!」

菫「淡の世話は頼んだぞ、亦野先輩」ポンッ

誠子「…先輩」

尭深「がんばって、亦野せんぱい」ポン

誠子「……」

誠子「…はい」

誠子「不肖亦野誠子……精一杯大星の世話係を務めさせていただきますっ!」

菫「…」フッ

トシ「あら、じゃあお願いしてたこともなんとかなりそう?」

誠子「…熊倉さん」

誠子「はい やってみます…!」

――帰りみち

淡「ふー、楽しかったー」

誠子「お…?大星、今日のでちょっと太ったんじゃないか?」

淡「え、そ、そんなはずは…!」

誠子「でもちょっと重いぞ、今日」

淡「えー!嘘ウソ、じゃあおんぶ降りるっ!」

誠子「いいよ、降りなくて」

淡「だって重いんでしょ…?」

誠子「いいって ちょっとくらい重くても持てるから」

淡「ぶー…」

誠子「なーに拗ねてんだ」

淡「セーコがいっぱいごはん持ってきてくれたせいだもん…」

誠子「ははっ、そりゃ悪うございました」

淡「むー!」グラグラ

誠子「お、おいっ!危ないって!」

淡「ねえ、セーコ」

誠子「ん、なに?」

淡「菫…ちょっと泣いてたね、さっき」

誠子「…うん」

淡「なんでだろ」

誠子「…わかんないけど」

淡「…」

誠子「でもきっと…なんかいいことがあって、泣いてたんだと思うよ」

淡「いいこと?」

誠子「うん…それでもきっと、嬉しいだけじゃあないと思うけど」

淡「…そっか」

誠子「…」

誠子「なあ、大星」

淡「…うん?」

誠子「…お前、奈良に行けよ」

誠子「体のことなら、わたしがフォローしてやるからさ」

淡「…そっか、聞いてたんだ」

淡「でも別にいいの 今年は旅行いいかなって、思っただけだから」

誠子「…」

淡「あはは、やっぱり歳だねっ ひとりで行けないとなると、旅行するのも億劫でさ」

誠子「…いいから行けって」

淡「…セーコ?」

誠子「そんで…高鴨穏乃倒してこいよ」

淡「!」

誠子「100回倒すって決めた相手なんだろ」

淡「……降ろして」

誠子「…ダメ」

淡「…」

淡「…トシから聞いたの?」

誠子「うん」

淡「そっか…」

淡「でもセーコ、たぶん勘違いしてるよ」

誠子「勘違い…?」

淡「そうだよ わたし、シズノのこと何度も倒したもん」

誠子「…」

淡「100回だってもう目前だし」

誠子「…」

淡「ていうか99回倒してるからねっ!」

誠子「…」

淡「だから、今年行かないのは別にそういうんじゃないもん!」

誠子「…」

淡「わたしビビったりしてないもん!!」

誠子「…」

淡「シズノに負けるのなんてちっとも怖くなんか…!!」

誠子「……99勝99敗、なんだろ?」

――――…………

誠子「99勝99敗、ですか…?」

トシ「そうよお よくやるわよね」

誠子「じゃあ、次負けたら…」

トシ「100勝より先に100敗っていうのは、結構どっかり負けた気分になるのかもねえ あの子の場合負けから始まってるわけだし」

誠子「…」

トシ「80年以上も戦い続けてきたっていうんだから、そりゃあ分からなくもないわよ?」

トシ「もう、負けたくないって気持ちはね」

誠子「…でも」

トシ「でもわたしが嫌なのよねえ」

誠子「え」

トシ「わたしが見たくないのよ、逃げる大星淡なんて」

誠子「…!」

トシ「そんなの、後進の教育にもよくないでしょう?」


…………――――

淡「そんなことまで話したんだ…」

誠子「熊倉さん言ってたよ 逃げる大星淡なんて見たくない」

淡「…」

誠子「だからわたしに、大星を奈良まで連れていってやってほしい、って」

淡「…連れていってほしくなんか」

誠子「だよな」

淡「…?」

誠子「わたしもそう言ったんだよ 連れていくなんてしたくない、って」

誠子「だってそうだろ? わたしはあくまで付き添うだけで、行くのは大星のはずじゃんか」

淡「…」

誠子「戦いに行けよ、大星」

淡「……でも」

誠子「…何そんな気張ってんだよ」

淡「…」

誠子「お前なんか、ただの100歳児なんだぞ」

誠子「みんなお前のこと神さまみたいに崇めたりして、なんか好き放題やってるけど…」

誠子「わたしからすれば……お前は生意気でアホなただの高校1年生だ」

淡「…アホじゃないもん」

誠子「いやアホだ」

淡「…」

誠子「大アホで、手のかかる後輩だよ」

淡「…セーコ」

誠子「だから、こんなとこでプルプル怖がることなんかないんだ」

誠子「お前が負けても、わたしはずっとこうしていてやる……こんなかんじで、変わらず一緒にいてやる」

誠子「どってことないんだよ、そんなことは」

淡「…」

誠子「わたしは…お前の先輩だからな」

淡「…うん」

誠子「……行けよ大星」

誠子「行って、勝ちをもぎ取ってこい」

淡「…ねえ、セーコ」

誠子「なに?」

淡「やっぱりいっかい降ろして」

誠子「…大星」

淡「だいじょーぶ、おんぶされたままじゃ締まらないかなってだけだから」

誠子「…? …わかったよ」シャガミ

淡「ん、んしょっ」オリ

誠子「…」

淡「ふうっ」

淡「…セーコさ、前にプレゼント何がいい?って訊いたよね」

誠子「え…?あ、うん」

淡「わたしね…別に要らないかなって思ってたの いつも良くしてもらってるし、いいかなって……でもやっぱ欲しくなっちゃった」

誠子「…それって」

淡「わたし、奈良に行く」

淡「だから……ついてきて、セーコ」

――数日後・阿知賀駅

淡「ふーっ、長旅だったねー」

誠子「疲れてないか?」

淡「へーき、ここに来るのは慣れてるからっ」

淡「セーコこそダウンしちゃわないでよ?」

誠子「まあ、わたしも遠征は慣れてるからな」

淡「ほー そいつはグーだねっ!」

誠子「…」

誠子(まあまあ元気みたいだな)

晴絵「あの、すいません」

淡「…?」

晴絵「大星さんと亦野さん?」

誠子「はいそうです…えっと」

晴絵「赤土です、赤土晴絵 熊倉さんの使いで来ました」

誠子「あ、亦野です よろしくおねがいします」ペコッ

――クルマ

晴絵「東京からでしたよね、遠かったでしょー?」

誠子「はい、結構…」

淡「いやーでも今は電車がいっぱいあるからねー」

晴絵「え?ああそっか、そうですよね」

誠子「あの…赤土さんは毎年こうして大星の世話をしてくださってるんですか?」

晴絵「いや、今年がはじめてですよ?ついこのまえ帰ってきた身なもんで」

淡「へー、どっか行ってたの?」

晴絵「福岡の実業団にいたんですけどね チーム潰れちゃったんで帰ってきて、今は教師やってます」

淡「そっかー、まあいろいろあるよねー」

誠子「すいません、お忙しいところを急に…」

晴絵「あ、いえ 結構前から言われてましたし」

誠子「…そうなんですか?」

晴絵「なんか、色々迷ってたんでしょ?ちょっと聞いたくらいですけど」

晴絵「でもま…わたしもそういうの、少しは分かりますから」

晴絵「…でかい壁ってのは面倒ですよね」

誠子「!」

晴絵「乗り越えた、克服した、って何度も思うのに」

淡「…」

晴絵「いちばん初めにぶち当たったときのことばかり思いだして……なかなか消えてくれない」

誠子「…」

晴絵「熊倉さんからね、ちゃんと見ておけって言われてるんですよ」

晴絵「わたしにも関係ないことじゃないから、って」

誠子「赤土さん…」

晴絵「しずは…ここじゃあ結構有名な、神さまみたいな人間だけど」

淡「…」

晴絵「それと戦う大星さん……大星淡を、ちゃんと見ておけ、って」

淡「…そっか」

淡「なら、ゾンブンに見とくといーよ」

淡「わたしがシズノを……100回倒すところを」

――神社

晴絵「着きましたよ」

誠子「わあ…こっちも神社なんだ」

淡「シズノのは本物だけどねっ!」

晴絵「いや別に、しずのじゃないですけどね」

憧「ていうかうちのなんですけど」

誠子「!」ビクッ

誠子「え、えっと…?」

晴絵「お前急に出てくるなよ… えーと、この神社の子の」

憧「新子憧です、どうぞよろしく」

誠子「ま、亦野誠子です よろしく」

憧「今年も来たんだね、来ないかもって聞いて心配してたけど」

淡「お?アコ心配してくれてたの?」

憧「わたしもだけど、それよりしずがね」

憧「おなかでも壊したんじゃないかー、って」

晴絵「しずは?」

憧「山 呼ぶからちょっと待ってて……しずーっ!!」

誠子「……?」

誠子(…全然反応ないけど)

ざあああああ…ざあああああ…

晴絵「お」

淡「いるみたいだねっ」

誠子「え、なにが…?」

憧「だから大星さん来てるんだってばー!!」

ざあああああ…?ざあああああ…!

憧「すぐ来るってさ」

誠子「え…樹がざわめいてただけじゃ…」

淡「そんなことよりセーコ、気付いてた?」

誠子「…なに?」

淡「さっきから、山びこがまったく帰ってこないの」

憧「さてと…残りの面子はわたしと亦野さんでいいんだよね?」

誠子「あ、はい」

憧「じゃあ先あがって待ってて、しずが来たら連れてくから」

淡「はーい 行こっ、セーコ」

誠子「うん」

憧「…亦野さん」

誠子「ん…?」

憧「ひとりだけ初めてなのは不公平だろうから一応教えておくけど」

誠子「…はい」

憧「山が深くなったら、しずと戦えると思わないほうがいいよ」

誠子「…」

憧「まったく思い通りにならなくなるから」

淡「あはっ、ジョートーだよっ!」

憧「あんたに言ってない…っていうか、ほんとはあんたが亦野さんに教えとくことでしょ!」

淡「なんか怒られてる!?」

――神社・神殿

誠子「ここで打つの…?」

淡「なんでか知らないけど毎年開けてくれるんだよね」

晴絵「まあさっきも言ったように、しずはここでは神さまみたいなとこあるから」

誠子「あの…実はよく知らないんですけど、高鴨さんってどういう人なんですか…?」

淡「おばあちゃんだよっ!」

誠子「それは知ってる」

晴絵「なんて言うか…パッと見は山好きのアクティブなおばあちゃんなんだよな」

誠子「山好き…」

晴絵「そう 子どもの頃から山で遊んでて、学校出てからはこの裏の山に棲んでる」

誠子「え」

晴絵「だからまあ、神さまってより仙人なのかな 噂じゃ霞食ってるらしいし」

誠子「ちょ、ちょっと待って!それ全然、アクティブってレベルじゃ…」

こんこん

「お待たせー 入るわよ?」

憧「しず、こちら亦野さん」

誠子(おお、巫女装束……と)

穏乃「はじめまして、高鴨穏乃です!」ペコンッ

誠子「……ジャージ」

憧「え?」

誠子「あ、いえ…大星の世話係の、亦野誠子です」ペコ

穏乃「今日はよろしくお願いします!」

誠子「はい、こちらこそ」

誠子(…若い!なんか思ってたより全然若々しい!)

晴絵「しず、ひさしぶり」

穏乃「赤土さん!おひさしぶりですっ」

誠子(大星も子どもっぽいとこはあるけど、この人はもうなんか体の動きからして違う…!)

淡「シズノ、倒しに来たよっ!」

穏乃「大星さん!おなかは大丈夫なんですか?」

淡「え?あ、うん……なおった」

穏乃「よかった、じゃあ思いっきりやれますね」

淡「うん エンリョなく叩き潰すよっ」

穏乃「受けて立ちますっ」

誠子「あ、あの…」

淡「ん?どしたのセーコ」

誠子「いや、高鴨さん100歳なんですよね…?」

穏乃「…? はい、そうですけど」

誠子「えっと…全然そうは見えないなー…って」

淡「あーシズノは登山やってるからね」

誠子「そんな理由!?」

穏乃「自分でも老けないなーと思ってたら100歳になってました」

誠子「へ、へええ…」

淡「へー わたしもやろっかなあ、登山」

誠子(…さすがにおぶって登山はきついかも)

憧「はーい、じゃあルールの確認ね」

憧「勝負は半荘 持ち点は10万点で、あとはまあ大会標準ルールと一緒で」

憧「それと、言うまでもないけどコンビ打ちはなしね」

誠子「それはいいですけど…えっと、10万点なんですか?」

憧「そのほうが昔を思い出していいんですって」

誠子「あ…」

誠子(そっか、ふたりが初めて戦ったのは…団体戦の)

淡「そうそう、あのときの分やり返すんだからってのもあるねー」

誠子「…も? 別にもなんか理由があるのか?」

淡「とーぜんっ」

淡「一番の理由は、すぐトばれちゃったらつまんないからだよ…!」ゴッ!

誠子「!」ゾクッ

淡「トビなしルールでマイナスになったら、リーチも掛けられなくてかわいそうだしね?」

穏乃「ははっ、相変わらずの勝ち気ですねっ」

誠子(大星のオーラもすごいけど…こっちも全然動じてない…)

淡「というわけで…がんばってね、セーコ」

――東1局 親・淡(順番は淡→憧→穏乃→誠子で)

憧「あちゃー…いきなりかー」

誠子「…」

誠子(確かに…いきなり大星の親ってのは)

淡「もちろん手は抜いてあげないよ?」ゴッ!

誠子(来た……大星の支配)

穏乃「うわっ…」

誠子(相変わらずすごい配牌……5向聴ならいいほうか)

淡「リーチっ!」

誠子(それで自分はダブリー…)

憧「え?えっと、それポンっ」

穏乃「え!?」

憧「な、なによしず…」

穏乃「い、いやあーなんでも…」

誠子(大星の配牌支配を受けてるのに、いきなり役牌…?)

淡「ツモ 6000オール」

憧「あー和了られたー!」

誠子「…」

穏乃「大星さん…!」

淡「うん?なあに?」

穏乃「また腕をあげましたねっ!」

淡「…まーね」

淡「これは上手くいったりいかなかったりだから、あんまり使わないんだけど」

誠子「…?」

穏乃「なら、その隙を突かせてもらいます」

淡「どーぞ?できるんならね」



いちおう点数
淡  118000
憧   94000
穏乃  94000
誠子  94000

――東1局2本場

憧「そう何度も和了られてたまるかっての!ロン!」

憧「3900の2本場で4500っ!」

淡「はーい あーあ、親終わっちゃった」

誠子(またいきなり役牌ポンだったけど…これって)

穏乃「ふうっ、これからこれから」

誠子(高鴨さんの捨て牌……)

誠子「……あ」

憧「ん、どうかした?」

誠子「い、いえっ なんでもないです」

憧「…?」

誠子(もしかして、九種九牌…?)



淡  130800
憧   93400
穏乃  87900
誠子  87900

――東2局 親・憧

誠子(九種九牌の場合、最初のツモの前に他家が鳴いたら申告できない)

誠子(もし仮に大星が高鴨さんの配牌をかき乱すことに集中して、他への支配が緩まったことによる鳴きなんだとしたら…)

淡「…ふふっ」

誠子「!」

憧「う…」

誠子(これは…ただ6向聴って以上に、悲惨な配牌だな)

穏乃「お」

誠子(さっきの仮説が当たってるとしても、自分以外が親の時は連荘の可能性があるし打点も高くなるから同じ手は使えない)

誠子(高鴨さんが涼しい顔してるのはさっきよりはマシだってことなのかな)

誠子(…これよりひどいって、ちょっと考えたくないレベルだけど)

淡「リーチ」

憧「ツモ切りダブリー…あんたそのうち地和使いとかになっちゃうんじゃないの?」

淡「んー…そうなっても一緒にマージャンしてねっ?」

誠子(いや……たぶんそうはならない)

誠子(大星のマージャンは単純な速攻とはすこしタイプが違う…)

誠子「ポン」

憧「はい」

穏乃「…」

誠子(大星がもっとも支配力を持つのは配牌……言いかたを変えれば山の始まりだ)

誠子(自分以外の配牌を殺して、自分は配牌から第一ツモまでに聴牌)

誠子(自分の支配力を利用した速攻型ってだけなら、これで十分なんだ)

誠子「ポン」

淡「おーセーコ乗ってるねー」

誠子「お前にばっか好き勝手させらんないからな」

誠子(そして確かに、それがさらに進化するんなら天和地和使いで正解なんだろうけど…)

誠子「ポン」

誠子(それじゃあ壁牌とカン裏の説明が付かない)

穏乃「…」

誠子「ツモ 2000・4000」

淡「うっそ、和了っちゃった」

誠子「なにが嘘なんだよ」

淡「だってー…配牌の支配強くなってると思うんだけど」

誠子「わたしを止めたかったら河を殺してみるんだな」

淡「なにそれ!カッコイイ!」

誠子「…」

誠子(山の始まりにこれだけの支配力を持つ大星が壁牌周りとカン裏にも支配を向ける…それはつまり、侵略ってことだ)

誠子(大星の力は自分の支配領域から出て、その外の……山の侵略に掛かってるんだ)

晴絵「さすがに白糸台のレギュラー候補だな」

憧「え、亦野さんそんなすごい人なの…!?」

誠子(手の届かないところでゲームを終わらせるんじゃなく、敢えて領外へ攻め込もうとする力…)

誠子(大星が高鴨さんとライバルになったのも、ただ負けたからってだけじゃないんだ、きっと)



淡  127800
憧   89400
穏乃  85900
誠子  96900

――東3局 親・穏乃

穏乃「よーし、やっと親番っ」

誠子「…」

淡「でもリーチだよ!」

憧「チー」

淡「どーぞどーぞっ」

誠子(一巡目鳴けそうにないのも大星の支配なのかな…)

穏乃「…」ジー

誠子「…?」

誠子(え、見られてる…?)

誠子「あ…そ、それポン」

穏乃「…」

誠子「…」

誠子(なんか、宮永先輩の鏡で覗かれた時を思いだすな…)

淡「ん……カン」

穏乃「ツモ 1000オール」

誠子「え…?」

淡「…」

誠子(大星が角を曲がってからも和了れないで、高鴨さんがツモ……これはまるで)

穏乃「…うん、だいたい見えてきた」

憧「ん…何が?」

穏乃「んー?そりゃ当然、初めて登る山がだよ」

淡「!」

淡「…なにそれ」…フル、フル

誠子(大星…?)

穏乃「それに暖まっても来たみたい」

穏乃「100速突破っ!みたいな!」



淡  125800
憧   88400
穏乃  89900
誠子  95900

――東3局1本場

穏乃「うーん…」

誠子「…」

誠子(配牌に変化はないか…)

誠子(高鴨さんが乗ってきたんなら配牌支配も揺らぐかもって思ってたんだけど)

淡「…リーチ」

誠子(…相変わらずのダブリー)

誠子「ポン」

穏乃「わ、また手番飛ばされちゃった」

誠子「え…すいません」

穏乃「あ、いやべつに、謝ってもらうようなことじゃ」

憧「そりゃそうだ、ポン」

誠子「…」

誠子(わたしと新子さんが結構鳴くからそう思うのかもしれないけど…そういやこの人は面前が多いな)

誠子(そういう意味では、大星に似てもいるのかも)

穏乃「ツモ 2700オール」

淡「…っ!」

誠子(また大星のカンの後、か…)

誠子(これはもう、高鴨さんの支配が始まってると見るべきなんだろうな)

淡「…」フル、フル

誠子(ただ、まだやられてるのはサイの目があんまり良くないときだけだ)

誠子(2と10…大星が支配の手を伸ばす最後の角が、奥深くにあるときだけ)

誠子(もし……この均衡が崩れたら)

穏乃「よーし、2本場っ!」

誠子(もし、比較的浅い角でですら、高鴨さんの支配を打ち破れなかったら…)

晴絵「…」

誠子(一気に、ゲームはひっくり返る)



淡  122100
憧   85700
穏乃  99000
誠子  93200

――東3局2本場

誠子「ポン」

憧「…」

穏乃「わ、また…」

誠子(これで2副露 でも……もう、山もだいぶ後半に入ってる)

『山が深くなったら、しずと戦えると思わないほうがいいよ』

誠子「…」

『まったく思い通りにならなくなるから』

誠子「…知ってるよ」

憧「え?」

誠子(高鴨穏乃がどんな打ち手かくらい、じっくり牌譜を見ればわたしでも分かる)

誠子(図書室の、もうボロボロになってた牌譜…)

誠子(誰かがずっと見続けてきたみたいに……ボロボロの牌譜)

淡「…カン!」

誠子(サイの目は6……見せてやれ、大星!)

淡「…」ツモリ

誠子(……それで)

淡「…え」ポロッ

穏乃「ロン」

誠子「なっ!?」

穏乃「7700の2本場は8300です」

誠子(角を超えた大星のツモ牌でロン!?)

淡「うそ…」

誠子(この角の深さ…ふたりが現役だったころなら大星に分があったはずだ…)

誠子(大星がそうであるように、高鴨さんも80年以上の月日を経て進化してるのか…?)

晴絵「…」

穏乃「これで、まだまだ勝負は分かりませんねっ!」



淡  112800
憧   85700
穏乃 108300
誠子  93200

――東3局5本場

淡  108900
憧   83800
穏乃 116000
誠子  91300


誠子「…」

誠子(逆転か…)

淡「リーチっ!」

誠子(ここまでの高鴨さんの手はそんなに高くない……配牌支配が尾を引いてるんだと思うけど)

誠子(でも本数に加えて、大星のリー棒がそれを底上げする形になってる)

誠子(なまじ配牌支配では優勢なのが裏目に出てるな…)

穏乃「…」

誠子「ポン」

誠子「…」

誠子(霧に呑まれてるみたいなかんじだ…3副露揃えられる気がしない…)

誠子(これが……フルパワーの高鴨穏乃…)

誠子(結局、高鴨さんのマージャンは大星の裏返しだ)

誠子(大星が山の始まりを押さえるように、高鴨さんは山の終わりを押さえる)

誠子(堅固な支配領域を確保したうえで、他へ支配を伸ばしていく)

憧「チー!」

誠子(差があるとすれば…その柔軟性)

淡「…」

誠子(大星の支配はピンポイントだし、ダブリーを続ける限り手が固まるけど、高鴨さんはそうじゃない)

誠子(だからこの人の支配は、大星みたいに威圧的なオーラがないんだ)

誠子(気付いたら口のなかまで霧でいっぱいになってるみたいな、不気味な支配…)

穏乃「…」

誠子(まったく…仙人とはよく言っ)

淡「ロン」

穏乃「!」

誠子「…え?」

淡「…2600の5本場で、4100」

憧「…裏ドラ、見たほうがいいんじゃない?」

淡「あ…うん」

誠子「…」

淡「変わんないね 4100」

穏乃「はい」

誠子「大星、お前…」

淡「……逆転手だったってだけだから」

誠子「…」

誠子(そりゃ連荘されてたし、一時的には悪い手じゃないんだろうけど…)

淡「それに思い知らせてやらないと…」ボソッ

淡「今戦ってる相手は……わたしなんだってこと」

誠子(…あんまり逸るとお前でも呑まれるぞ、大星)



淡  113000
憧   83800
穏乃 111900
誠子  91300

――東4局 親・誠子

誠子「…」

誠子(さっきまでより手が軽い……ってことは)

淡「リーチ」

憧「ポン」

穏乃「うわっ」

誠子(やっぱり…九種九牌に戻したか)

誠子「…ポン」

誠子(でも悪いけど、わたしだって来たら和了るぞ…?)

淡「ツモ」

誠子「!」

淡「1000・500」



淡  115000
憧   83300
穏乃 111400
誠子  90300

――南1局 親・淡

淡「リーチ」

誠子「…ポン」

誠子(分かってはいても、これを鳴かない手はわたしのマージャンにはないな…)

淡「…」

憧「あ…」

誠子「…?」

憧「リ、リーチ…」

誠子「!」

誠子(まだ4巡目だぞ…!そんなんじゃ簡単に和了られて…)

淡「…」

誠子「…ポン」

誠子(しかも、段々と高鴨さんの支配が迫るのが早くなってきてるのを感じる…)

淡「ツモ 1300オール」

誠子(…こんな和了りは、きっと長続きしない)

――南1局2本場

淡  123200
憧   79900
穏乃 109000
誠子  87900


誠子(リードを広げてはいるけど…まだ大星と高鴨さんの点差は14000とちょっと…)

誠子(…満貫直撃で逆転する点差)

淡「リーチ」

憧「えっと……チー」

誠子(もし大星が安手の速攻で逃げ切ろうと思ってるなら、ここでもっと稼いでおかないとキツい)

誠子(当然だけど九種九牌は高鴨さんが親の時は使えないんだから)

誠子(でもきっと、そろそろわたしや新子さんは鳴けなくなる…勝つ気があるならそう鳴き和了りする点差じゃない)

誠子(今のだってよっぽど惜しかったから鳴いたんだろう)

誠子(てことは、いよいよ配牌支配を緩めないとうまく立ちいかなくなってるってことだ)

穏乃「…」

誠子(自分の本分を見失えば……崩れるまでは早い)

誠子(そもそも大星にこういう器用なやりかたは向いてないんだ…)

誠子(大星の支配はピンポイントのものだから、こういう勝負に持ち込んでしまったらどうしたって高鴨さんに分がある)

誠子(大星の和了りも段々遅くなってるし…)

穏乃「んー…なんか違うなあ」

穏乃「確かにすごいですけど……なんからしくないですよ、大星さん」

淡「!」

憧「ちょっと、しず…」

穏乃「ん?あ、それチー」

憧「え…うん」

誠子「…」ツモリ

誠子「!」

誠子(…高鴨さん初の鳴きのあとに、これか)

誠子「…リーチ」

淡「!」

誠子「ツモ 6200・3200」

――南2局 親・憧

誠子(…さすがに単純な配牌支配に切り替えたか)

誠子(大星は退いたような気分になってるかもしれないけど…こっちのほうがいいはずだ)

誠子(お前の本来の戦い方はこっちだろうから)

淡「リーチ」

憧「…」

淡「あ……アコ、それロン」

憧「えっ!?」

穏乃「あたーっ ダブリーはそれがあるからなー」

淡「えっと…一発だから、ゴンニ」

憧「はい…うう、親でこれって…」

誠子(…ラッキーだけど でもどうせだったら、高鴨さんの親番でほしい一発だったな)



淡  121200
憧   71500
穏乃 105800
誠子 101500

――南3局 親・穏乃

穏乃「よし、親番っ」

誠子「…」

誠子(ここが大星の踏ん張りどころだ…)

誠子(サイの目は5…ほかに手がないなら、もう1回試してもいいところかもしれない)

淡「…」

淡「…リーチ」

憧「うーん…」

誠子「ポン」

誠子「…」

誠子(こんな浅いところにまで霧の気配が…)

誠子(しかもどんどん…底無しに深くなっていく)

穏乃「…」

誠子「…」

淡「……カン」

穏乃「ツモ 2600オールです」

淡「…!」

誠子(…ちょっと高いな)

憧「うげ…和了り牌止められてるし」

誠子「…」

誠子(…大星の壁牌周りの支配はまだ弾かれた)

誠子(大星が配牌までは踏み込まれずにいるように、高鴨さんも山の奥は堅守してる)

誠子(お互いの領域の不可侵性は、もはや昔とは比べ物にならない…)

穏乃「連荘っ!」

誠子(…でも)

誠子(それでも大星には…その深奥から勝ちをもぎとってほしい)

淡「……」



淡  117600
憧   68900
穏乃 114600
誠子  98900

――南3局1本場

誠子(しかしあれだな…)

誠子(配牌は大星に潰されて、山に入れば高鴨さんに呑まれるってのは…なんていうか)

誠子(サンドイッチにでもされたきぶ)

淡「…」ステ

誠子「……え?」

淡「…」

誠子(大星がダブリーしない!?)

誠子(もしかして、配牌まで高鴨さんに…!?)

誠子(確かに初対戦の時はそういう局もあったみたいだけど……いや、それともまさか…)

…………

穏乃「テンパイ」

淡「…テンパイ」

誠子&憧「ノーテン」

誠子(……やっぱり)

――南3局2本場

誠子(また大星はダブリーしなかった…)

誠子「ポン」

誠子(でもさっきの局……大星の捨て牌を見るかぎり、始めっからテンパイはしてたんだ)

穏乃「んーと…」ステ

誠子「それ、ポン」

穏乃「はい」

誠子(つまり、配牌は依然支配できてて、ダブリーだってかけられたはず)

誠子(確かにリー棒のことだってあるし、この点差で破れかぶれにもいけないけど…)

『見たくないのよ、逃げる大星淡なんて』

誠子(…! 対子で鳴くつもりだったのに、暗刻になった…)

誠子(…くそっ!)

穏乃「ロン」

誠子「!」

穏乃「7700の2本場は、8300です」

――南3局3本場

淡  119100
憧   67400
穏乃 124400
誠子  89100


誠子(しくじった……まさかもうテンパイしてるなんて)

誠子(これじゃ大星に何言われるか分かん、な……)

誠子「!」

誠子「なっ…」

穏乃「…?」

誠子「なんだよ大星っ……その、諦めたみたいな顔は…!」

淡「…セーコ」

誠子「もういいってのかよ…ダブリーかけないのも勝機を狙ってるとかじゃなくて、もう挑む気もなくなったってだけなのかよ…!」

晴絵「…」

誠子「勝ちに来たんだろ!100回倒すんだろ!!これくらいで諦めちゃうのかよ!!」

淡「……」

憧「ちょ、ちょっと…」

穏乃「憧」

憧「…なによ」

穏乃「ちょっとだけ待ってよう」

憧「え、でも…」

誠子「わたしは…わたしはそんなお前を見たくてここに来たんじゃないぞ!」

誠子「お前に勝ってほしいって…戦って、倒してほしいって…本気で思ってたのに…!」

淡「…っ!」

誠子「……戦う気が無くなったんなら、もういい」

淡「えっ…」

誠子「お前はそこで、指をくわえて見てろ」

淡「!」

誠子「チーム虎姫は攻撃特化……負けることはあっても、逃げだけは絶対しない」

淡「…」…フル、フル

誠子「お前がそんなんなら……わたしがお前らから勝ちを奪いとってやる」

誠子「…すいません、お騒がせしました」

憧「…次は怒るからね」

穏乃「いやー、でもかっこよかったですよ? 亦野さん」

淡「…」

穏乃「だからって手は緩めませんけどねっ!」

誠子「…上等です」

憧「もう……じゃあ再開ね」ステ

誠子「ポン!」

憧「!」

晴絵「はやい……けど」

誠子「それも、ポン!」

穏乃「…」

ざあああああああ……

誠子「…!」

誠子(また、暗刻…)

誠子「…」ステ

誠子(いつもなら喜ぶとこなんだろうけど……ここではやっぱり鳴いておきたい)

誠子(いま、普通のツモで和了りまで持っていくほどの力はわたしにはないだろう)

誠子(かといって別の対子ができるまで待ってたら、山はどんどん深くなる…)

穏乃「…」

誠子(どうする…なにか手はないか…)

誠子(残り1枚を誰かが切ってくれればいいけど、その目はたぶん潰されてるだろうし…)

誠子(なにか……河から牌を釣り上げて、わたしのツモを加速させる手は…)

淡「…」

誠子(はやくしないと……暗槓になったらいよいよ打つ手がなくなって……)

誠子「……あ」

穏乃「リーチっ!」

憧「!」

淡「…」

誠子(これなら…いけるかもしれない)

誠子(リーチ……とどめを刺しに来たんだろうけど、これも好都合だ)

誠子(おかげでそっちの手は固まったし……それになにより)

誠子(その捨て牌でこれが当たり牌ならリーのみ…この状況でそれはない)

誠子(……というか、なく見える)

穏乃「…」ステ

誠子「…」ステ

誠子(当たりだったら終わりだけど、そこは賭けだ)

誠子(賭けて、勝ちに行く…!)

穏乃「…」ステ

誠子「…」ステ

誠子(見てろよ大星……わたしたち、虎姫の戦いかたを!)

穏乃「…」ステ

誠子「チー!」

穏乃「えっ?」

淡「セーコ…?」

憧「3副露…」

晴絵「…いや、恐らくそうじゃない」ボソッ

誠子「…」ステ

誠子(…ああ、そうじゃないさ)

淡「…」ステ

誠子(わたしの釣りは河の牌を自在に狙うことが本分だ…上家限定のチーじゃ効力はほぼ出ない)

憧「…?」ステ

誠子(特にこんな深い霧のなかではな…たぶん次にツモる牌も当たり牌ではないだろう)

誠子(だから、わたしの狙いはそこじゃない)

穏乃「……あ」ステ

誠子(今さら気づいても遅いぞ、高鴨穏乃)

誠子(通れ…!)ステ

淡「…?」ツモリ

淡「……」…ステ

誠子「それだ!カンっ!」

憧「え、4副露……しかも、大明槓…?」

穏乃「くっ!」

誠子「…ツモ!4000・2000!」

憧「嘘…こんな深くで、1巡なんて…」

穏乃「和了られたー!すっごい悔しーっ!」

誠子「よし…!」

誠子(やっぱり……暗槓にするつもりだったんだな)

誠子(暗槓でもやっぱり効力は望めない…そうなったらわたしには破れかぶれの嶺上狙いしかなくなる)

誠子(だから…鳴いてズラしたんだ)

誠子(わたしの手を殺しにくるその牌が、大星のところにいくように…)

誠子「見たか、大星」

淡「セーコ…」



淡  116800
憧   65100
穏乃 119100
誠子  99000

誠子「大星…すこしは思いだしたかよ、わたしたちのたたk」

淡「……の…せに」ボソッ

誠子「ん、なに?」

淡「セーコのくせにっ!」

誠子「なっ!?くせになんだよっ!」

淡「ナマイキっ!!」

誠子「なん、なっ…!?お前、わたしが先輩なんだぞっ!」

淡「でも生意気はナマイキだもん!」

誠子「はああ!?お前いったい何様のつもりで…!」

淡「そっちこそなにをエラソーに…!」

憧「あのー…一応ここありがたーい神殿なんですけどー…」

誠子&淡「……ごめんなさい」

誠子「…」

誠子「でも、少しは元気出たみたいじゃんか」

淡「…キーザっ」ベーッ

――南4局(オーラス) 親・セーコ

淡「…シズノ」

穏乃「ん…? なんですか?」

淡「……んーん なんでもない」

淡「いくよ…!」ゴッ!

誠子「!」ゾクッ!!

誠子(間違いなく今日一番のオーラ……配牌も最悪)

誠子「…でも」

誠子(わたしだって、打つからには勝ちに行く…!)

誠子(親はわたしだ!)ステッ

淡「リーチっ!」

誠子「!」

淡「カン裏、狙ってくからっ!」

憧「なっ…」

穏乃「…ふふっ、マージャンってほんと楽しいっ!」ゴッ!

憧「…」ステ

誠子「ポン」

誠子(新子さんにもう1位の目はない…)

誠子(けど、ひとつでも順位を上げようと思うなら、わたしを狙ってくるはずだ)

誠子(それもおそらく面前……気を抜けないっ!)

…………

誠子「ポンっ!」

誠子(よしっ、あと1副露!もうだいぶ深いけど、意地でもテンパイ取って連荘…)

ざああああああああ……ざあああああああああ……

誠子「…うっ!」ゾクッ

穏乃「もうチマチマした手は使いません…!」

誠子(高鴨さんの領域とはいえ、ここまで…!)

淡「よそ見してていーの?」

穏乃「!」

淡「カンっ!」

誠子「…大星」

淡「ケリを付けるよ、シズノ…!」

淡「わたしが先に、100回倒す!」ゴッ!

穏乃「えっ…?」

憧「…」ステ

穏乃「…そっか」

穏乃「わたしたち、もうそんなにマージャンやってるんだ」

穏乃「…」

穏乃「じゃあなおさら…負けられないっ!」ゴッ! ステ

誠子「…」ツモリ

誠子(ピンゾロ……大星が何度も苦渋を飲まされてきた目)

誠子(80年以上もずっと戦ってきた、この深山幽谷のド真ん中っ…!)

誠子「…」ステッ!

誠子(ぶち抜いてやれっ!大星!!)

穏乃「…和了らせませんよ」

ざあああああああああ……ざああああああああああ……

淡「…あはっ」

淡「まだ……和了らないよっ!」

淡「もいっこカンっ!!」

穏乃「!」

誠子「なっ!?」

淡「そんな手前じゃ全っ然足りない…もっと、もっともっと奥っ!」ステッ

憧「…?」ステ

淡「シズノの山の、いっちばん奥っ!」

穏乃「…っ!」ステッ

淡「奥の奥の、いーっちばん深いとこまでっ!絶対ぜったい撃ちぬいてやるっ!!」

誠子「……大星」…ステ

淡「…けどっ!!」

淡「今日はここまでねっ!ツモっ」

淡「ダブリー、ツモと…」…クルッ

穏乃「!」

誠子「…!!」

誠子(2枚目の……カン裏が乗って…)

淡「裏4…6000・3000っ!」





淡  128800
憧   62100
穏乃 116100
誠子  93000

淡「…ふうっ」

誠子「……た」

淡「…?」

誠子「…しが……った…」

淡「セーコ?」

誠子「大星が勝ったああああああ!!!!」ダキッ!

淡「ちょ、セーコっ!?」

誠子「やったなあああああ大星いいいいいい!!!!」ギューッ!

淡「い、いたっ!セーコ、骨!ほね痛いからっ!!」

穏乃「もういっかい!もういっかいやりましょうっ!ねえっ!」

憧「ちょっとあんたたち、もうちょっと静かに…」

晴絵「ははっ、諦めろ憧」

憧「いやいや、ハルエも止めてよっ!おねえちゃんに怒られんのあたしなんだからね!」

晴絵「無理だって、こうなったらみんな子どもだ……っていうか!わたしもマージャン打ちたいっ!混ーぜーてーっ!」

憧「ちょっ、もー!だれか大人いないの大人ーっ!」

――神社・境内

淡「あー楽しかったっ!」

誠子「だな」

淡「ちゃんと100回倒せたしっ、すっきり!」

誠子(結局あのあとは1回も勝てなかったけどな)

淡「む?」

誠子「ん?」

淡「なんかいま余計なこと思わなかった?」

誠子「さあ」

淡「むー…まあいいけどねっ、こうなったらもう100回勝つから!」

誠子「あと何年生きる気だよ…」

淡「とりあえず1000くらい?」

誠子「ほんとになりそうだからやめろ」

淡「えへへ」

淡「ねえねえ、せっかくだからお参りしてこっか」

誠子「…いいけど」

淡「やたっ!」

誠子「信じてるのか、神さま」

淡「んー半々かな」

誠子「なんだそりゃ」

淡「まあいつも貰ってるぶんの、お返し?」

誠子「…ふうん」

淡「はい、5円玉分けてあげるっ」

誠子「え、でもこういうのって自分のじゃないと…」

淡「じゃあセーコ5円玉持ってるの?」

誠子「そりゃ、たぶん何枚かは…」

淡「9枚!持ってるの?」

誠子「……持ってないけど」

淡「じゃああげる、はいっ!」

誠子「うん…どうも?」

淡「なーにを祈ろっかなー」

誠子「…ぷっ」

淡「うん?」

誠子「ううん、なんでもない」

誠子(ほんと、どこに行っても騒がしいやつ)フフッ

がらんがらん

誠子「…」

チャリーン

誠子(でもほんと何をお祈りしよっかな……なんかあったかな、祈っとくこと)

パン、パン

誠子「…」

誠子(大星は何を祈ってるんだろう)チラッ

淡「…」

誠子「…おお」

誠子(なんか…様になってる)

――夕方・阿知賀駅

誠子「お見送りありがとうございます」

憧「また来なよ、待ってるからさ」

淡「シズノ、また来年倒しに来るからねっ」

穏乃「望むところですっ、今日の分は100倍にしてお返しします」

淡「いいよー、じゃあわたしはそれを100倍にして返すからっ」

穏乃「だったらわたしは更にそれを100倍にして」

誠子「このふたりはほんと長生きしそうだなあ…」

憧「だね」クスッ

晴絵「じゃあ、ふたりとも気を付けて」

誠子「はい 色々ありがとうございました」

晴絵「いや…礼を言うのはこっちのほうだ」

誠子「え?」

晴絵「わたしも、頑張ってみようって思えたから……ありがとう」

誠子「…! はいっ!」

――電車

淡「んう……つかれた、ねむ…」ウト、ウト

誠子「…」

淡「セーコ…きょうは、ありがとね」

誠子「うん」

淡「ふあああ…」

誠子「寝てもいいぞ?わたし起きてるから」

淡「…うん」

誠子「おやすみ」

淡「んー……ぐう」Zzz

誠子「…」

誠子「寝たか?」ツンツン

淡「…」

誠子「…」

誠子「…プレゼントの、ことなんだけどさ」

誠子「なんか今日の付き添いがプレゼントみたいな話になってたけどさ」

誠子「…やっぱり、形に残るもののほうがいいと思うんだよ」

淡「…」

誠子「ほ、ほら…お前最近忘れっぽいみたいだし」

淡「…」

誠子「それで、ちょっと考えたんだけど……湯のみなんて、どうかなって」

誠子「ちょうどわたしのも無いし、今度お前選んでくんねーかな」

淡「…」

誠子「そしたら…わたしも選び返すからさ」

淡「…うん」

誠子「…やっぱり起きてたか」

淡「今の話、約束だからね」

誠子「ああ」

淡「忘れちゃダメだからね」

誠子「お前もな」

――帰りみち

淡「ねえ、セーコ」

誠子「ん?」

淡「今日うち泊まってく?」

誠子「え…いいけど、なんで?」

淡「なんかさ、すっごい楽しいことがあった後にひとりで寝てるとさみしくならない?」

誠子「んー、分からなくはないかな」

淡「でしょっ」

誠子「うん」

淡「だから泊めてあげる!」

誠子「はいはい」

淡「ふふんふふーん ふふーん」

誠子「…」

誠子(ごきげんだな…もっと疲れてるもんかと思ったけど)

誠子(ていうか…なんか最近、ますます元気になっていってるような…)

誠子(もしかして、このまま行ったら……)

誠子「…ぷっ」

淡「うん?」

誠子「いや、ほんとなんでもない」フフッ

淡「またそれっ!?」

誠子「だって、ほんとに言うようなことじゃないし」フフフッ

淡「むー!気になるーっ!」

誠子(もし、このまま大星が長生きし続けて……わたしがおばあちゃんになってもまだいたらどうしよう、なんて)

誠子「ぷふっ、くだらなすぎて言えないって!」

淡「ぶーっ!セーコー!」

誠子「あーもーわかったよ、教える教える」

淡「ほんとっ?」

誠子「ああ、ただし…」

誠子「わたしが100歳になったらな?」


カン!

終わりっす
突っ込まれなかったけど一応言い訳しとくと誠子の能力があれで合ってるかはわかんねっす
漫画みたら一応ポンしかしてないみたいだし阿智ポがそうだからいっかと思ってこうしました
では、支援とかほんとありがとうございました

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