ガタンゴトン ガタンゴトン
OL「……っ」ぞくり
サワサワ スリスリ
OL(参ったなぁ、痴漢か)
OL(もう慣れてるけど……、気持ち悪い)
ギュムッ
OL(っ、無視すると調子乗るタイプ、かな)
OL(次の駅で何とかしよう)
OL(……今回は、冤罪だとか勘違いされなきゃ、いいんだけど)
カタンゴトン ガタンゴトン
紳士「あ、すみません、ちょっとそこ通りますよ」ぐいぐい
OL(なんだろ、あの人。満員電車で移動なんて迷惑な)
OL(いや、痴漢のほうが嫌だけど)
サワサワ サワサワ
ピタッ
OL(…・・・、あれ、手が止まった)
紳士「こんにちは、クズ野郎。君は社会にもういらないし、君は社会にもう居られない」
痴漢「なっ、何言ってんだ、名誉毀損だぞ!」
紳士「毀損される名誉は、既にございません」
OL(……!)
紳士「皆様、彼は痴漢です。次の駅で降ろしますので、彼の行動を見ていらっしゃった方はご協力ください」
……
OL「あ、あのっ」
紳士「はい、何でしょうか」くるり
OL「さっきはありがとうございました。痴漢を、捕まえてくださって」
紳士「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」
OL「そんなことありませんよ。凄く助かりましたから」
OL「……あの、よろしければ、連絡先を教えていただけませんか」
OL「後日、きちんとお礼をさせていただきたいので」
紳士「……」ふむ
紳士「……ええ、構いませんよ。少々お待ちください」スッ サラサラ
紳士「メールアドレスと、携帯の電話番号です。汚いメモで申し訳ございません」ピッ
紳士「では、私はこれで」
OL「お忙しいところ、ありがとうございます。ではまた!」
OL(――字、綺麗だなあ)
昼休み
OL「……うーん」
同僚男「よう、今朝遅かったけどどうしたんだ」
OL「え、ああ。ちょっと電車でね」
同僚男「……また痴漢か。お前、顔とスタイルだけは抜群にいいからな」
OL「まあね。上から下まで寄ってきて相手が面倒だけど」
同僚男「その性格さえもう少し可愛らしくなれば、俺好みなんだが」
OL「そ、じゃあ私は私らしく生きていくことにするよ。今まで通りに」
同僚男「つれねぇな」
OL「あんたの年収が三倍になったら考えてあげる」
同僚男「それで、今朝のはどうしたんだ。ちゃんと捕まえられたのか?」
OL「うん。優しい人が助けてくれてね」
OL「あんたと違って、ぴしっとしたスーツの人だったよ」
同僚男「……しかたねぇだろ。ここ最近クリーニングに行こうとすると上司に誘われるんだから」
OL「あと体格もよかった。筋骨隆々って感じじゃないけど、しっかりと芯があったよ」
同僚男「デスクワークばっかだと背筋も歪んで来るんだよ!」
OL「誰もあなたと比べて無いけど」
同僚男「……、あれか、ツンデレってやつか」
OL「何それ」
同僚男「それはともかく、やけにソイツを褒めるじゃないか。惚れたか?」
OL「そうね。都合よくさっと助けに来てくれたら、王子様に見えても仕方ないし」
同僚男「ロマンチストめ」
OL「女の子だからね」
同僚男「で、携帯もって何やってたんだ?」
OL「その人にメールしようと思って」
同僚男「……連絡先交換とか、何だ、マジで惚れたか」
OL「お礼しなきゃいけないでしょ。全く、これだから恋愛脳は」
同僚男「何だよ、いいだろ恋愛! 楽しいだろ!」
OL「ごめん片想いされたことしかないから」
同僚男「ああああもう! ……って、恋人居たこと無いのか」
OL「すみません部長、同僚がセクハラしてきます」
部長「おん? おい同僚男、社外に知れて手遅れになる前に首飛ばすぞ」
同僚男「誤解です部長、私がそんな男に見えますか」
部長「さっき『いい身体してるじゃねぇかグヘヘ』って」
同僚男「言いましたけど! スタイル云々とは言いましたけど!」
夜、自宅
OL「……んー、と」ごろごろ
OL(『今朝、電車で助けていただいたOLと申します』……までは、まあ良し)
OL(あとどうしよう。お互いの都合確認して、どこかで待ち合わせてそこでお礼だよね)
OL(で、お礼、何にしよう)
OL(お金、は生々しすぎかな。感謝が伝わらないような。渡しておけばいいだろって思われたらどうしよう)
OL(ってなると何か物かな。何をあげれば喜んでくれるだろう)
OL(男の人が喜ぶもの。……駄目だ、記憶を辿っても、あいつら何渡しても鼻の下伸ばして喜ぶ)
OL(そういえば。なんかの恋愛映画だと、ブランド物のティーカップ渡してたっけ)
OL(……いやいや、何で恋愛映画を参考にしているんだ、私)
OL「あー、もう、決まらないなあ」ヒラヒラ
OL(……このメモ。字、凄くきれい)
OL(ボールペンをさっと取り出すのも、筆を走らせるのも、流れるようだったし)
OL「……はぁ」
OL(恋愛脳はどっちだ、全く)
日曜日、喫茶店
OL「先日はどうも、ありがとうございました」ぺこり
紳士「繰り返して言うのもあれですが、困っている人を見たら助けるのは当然でしょう」
紳士「ですから、あまり礼を言われるようなことは――」
OL「親切にしてもらったら感謝するのは、当然のことですよね?」
紳士「……それも、そうですね」ふむ
OL「ですから、どうか受け取ってください」スッ
紳士「……、これは?」
OL「ボールペンと、メモ用紙です」
OL「ええと、その、消耗させてしまったので」
OL(あまり高くなさそうなものを渡せば、受け取ることに抵抗も無いはず)
紳士「はは、気にする必要はないのですが、ありがたくいただきますよ」
OL(まあ、小さい紙袋に隠れてるだけで、かなりいいやつなんだけどね。デザイン性も機能性もばっちりなやつ)
……
紳士「おっと、そろそろいい時間ですね」
OL「へ? ……あ、本当ですね」
OL(いつの間に、こんなに)
OL(……緊張しすぎて、何を話したか、覚えてない)
OL(……でも。この人が誰にでも優しい人だということは、分かった)
OL(困っている人をほうっておけない性質であること。困っている人がいたら、まず最初に駆けつける人)
OL(――私だから助けたのではなく、困っている人がいたから助けたのだろう)
OL(今日も、近所の小学生にお礼としてシロツメクサのブレスレットをもらったこと)
OL(――それを取り出して、嬉しそうに眺める彼の姿は、なんだか可愛らしくもあった)
紳士「それでは、今日のところは」
OL「はい。お忙しいところお時間をさいてくださり、ありがとうございました」ぺこり
紳士「いえいえ、こちらこそ素敵なプレゼント、ありがとうございました」ぺこり
紳士「それでは帰りましょうか」スッ
OL「はい」
OL(……って、伝票持つの自然すぎて止められなかった! )
OL「あの、私が払います。お礼のために来ていただいたんですから」
紳士「そうかもしれませんが。……ええと、私に華を持たせると思ってお譲りください」
OL「……はい」くすっ
夜、自室
ヴーッ ヴーッ
OL「……あ、あの人から」
『とても高価なものをありがとうございます。大切に使わせていただきますね』
OL「……中身、見たんだ」
OL(喜んでくれたかな……)
OL「んーと」
OL(『是非お役立てください』……それと、『今日はお茶代をお支払いいただき、ありがとうございます』)
OL(……『次の機会に、お返しさせてください』)
OL(……がっつき過ぎ?)
OL(いや、でも。機会を伺って身動きが取れなくなるくらいなら、とにかく進むべきか)
OL「……送信っ!」
翌日、昼休み
OL「……」はぁ
OL(新着メール二件。仕事の話と広告)
OL(結局、返事ないなぁ)
TV『今朝、銀行に男が押し入り、現金を要求した事件ですが』
OL(ああ、なんかパトカーをよく見ると思ったら、そんなのあったんだ)
TV『その場に居合わせた男性の手によって犯人は取り押さえられました』
OL(……まぬけめ)
TV『その男性によって、犯人が警察へと引き渡される様子を捕らえた映像がこちらです』
OL(ツイッターから拾ってきたのかな。……って)
OL(顔は、モザイクがかかってるけど)
OL(犯人を捕まえてる男の人。手首)
OL「シロツメクサの、ブレスレット?」
OL「いやいや、いやいやいや」ガタッ
同僚男「ん? ああ、面白いニュースだよな」ズゾゾゾ
OL「カップラ啜る音五月蝿い。聞こえない」
同僚男「そこまで気になるのか?」
OL「口開くな」
同僚男「……その、ひどい」
TV『人質となっていた女性の話によりますと、男性は突然駆け出し、犯人を瞬く間に取り押さえた後』
TV『子供に見せられないようなことをするな、と叫んだそうです』
OL(ああ、あの人だ)
OL(優しくて、勇敢な、あの人だ)
同僚男「……ワイドショー好きなのか。ちょっと意外だったな」ぼそぼそ
日曜日、街中
OL(……いや、特に用は無いんだけどさ)
OL(人がたくさんいるところなら、あの人も来るかな、なんて)
OL(……現実的じゃないな、帰ろう)はぁ
ザワザワ
男子小学生「あ、ヒーローのおにいさん!」
OL(何だ、ヒーローショーの中の人でもいるのかな。これだけ人がいれば無くは無いと思うけど)ちらっ
紳士「ん? ええと、そうか、あの時銀行にいたのかな?」
OL(――、あ)
男子小学生「そうだよ、かーさんと妹といっしょにいたんだ」
紳士「妹さん。ああ、あの桃色のシャツを着た髪の短い子のことだね」
紳士「今日は一人でここまで来たの?」
男子小学生「んー? かーさんと一緒。妹は友達と遊んでて、とーさんは仕事だって」
紳士「そうかそうか。楽しんでおいで」
男子小学生「かーさん呼んでくる! ヒーローさん居たって!」
紳士「……ええと、その」
OL「――お久しぶりです」
紳士「……ああ、はい、お久しぶりです」
OL「すみません、『お待たせしてしまって』」
紳士「! ……いえ、『私も丁度来たところですから』」
男子小学生「おねーさん誰? カノジョ?」
OL「ヒーローさんと一緒にお仕事してるの。ごめんね、これからちょっと忙しいから」
紳士「はい。そういうわけだから、また会ったらよろしくね」
男子小学生「うぇー……、まあ、しょーがないか。ばいばい」
紳士「ええと、電車で会った方、でしたよね」
OL「はい。あの時はお世話になりました、ヒーローさん」
紳士「あはは。ワイドショーとかネットでも取り上げられてるみたいで参ってます」
紳士「ああ、そうそう。私こそ助かりました。あのままあの子が親を呼んでいたら、面倒になったでしょうし」
OL「いえいえ、お気遣い無く」
OL「……と、言ったところでお願いするのも申し訳ないのですが」
OL「お時間よろしければ、おごらせていただけませんか?」
紳士「……あー、そんな話もありましたね」
喫茶店
OL「しかし、銀行の件といい、私の痴漢のときといい」
OL「まさに『ヒーロー』ですね」
紳士「いえいえ、大人として当然のことをしたまでです」
OL「私含め、大人がみんなそうであればいいのですが」くすくす
紳士「……信条として」
紳士「大人は、常に子供の理想であるべきなんです」
紳士「子供が将来に絶望しないように、大人は希望であるべきなんです」
紳士「……っと、すみません」
OL「いえ、興味深いですよ」
OL「確かに、将来の社会を担うのは子供たちですから」
OL「今からその見本を見せてあげないと、大きな顔できませんからね」
紳士「はい。……ですから、直接助けた人にお礼を言われるのは、嫌なのですが」
OL「ああ、それで」
OL「では、情けない私に代わって子供たちに手本を見せてくださってありがとうございます」ぺこり
紳士「……参ったな」はは
紳士「おっと、長話してしまいましたね」
OL「今日こそおごらせてもらいますよ」
紳士「では、おねがいします」にっこり
OL「っ、あ、あと」
紳士「?」
OL「今晩。お電話させていただいてよろしいでしょうか?」
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