妹「あの、天体観測をしたいのですが……」(175)
妹「ええと……、兄さんも一緒に如何でしょう?」
兄「勝手にしてろ。俺は今、勉強で忙しんだ」
妹「……そう、ですか。ごめんなさい、私の我がままでした」
兄「……」
妹「では、お勉強、頑張って下さい。私、応援してます」ペコリ
兄「……待て」
妹「? はい、何でしょう…」
兄「俺の望遠鏡持って行け。どうせ姉貴のは冬用装備のまま未調整なんだろ?」
妹「あ、…ありが!」
兄「……ああ、お礼はいいから。夜も遅いし、近所迷惑になるなよ」
妹「は、はい、大切にします!」ギュッ
兄「…基本は抑えてるだろうけど、筒体の温度を外気に合わせるのを忘れないこと。中の鏡が曇っちまうからな」
妹「…!…!」コクコク
兄「……説明は以上。んじゃな、行って来い」
妹「…い、行って来ます」
トタトタトタ…
兄「…あー、緊張した」
兄「―――しかし、どうにも慣れん。突然の妹ってのは……」
(冬のある日・1)
姉「ただいまーおかえりー。…私にする? …私にします? ……それとも、私?」
兄「……姉ちゃん、何やってんの?」
姉「あ、兄。いたんだ?」
兄「居たのもいないのも……。ここは俺の生まれ育った家だから、俺が居て当然だろ?」
姉「……久し振りの家族の再会だってのに、兄の態度が冷たい」
兄「そりゃ四年も音沙汰の無かった人間が、帰ってくるなり玄関先で妙なコントを始めたら冷たくもなるわい」
姉「うう、独身女性、一人暮らしの癖が……」
兄「……」
姉「そんなことより、……うっわ、エアコンどころかストーブも付けてないじゃん」
兄「あのな、光熱費を舐めるなよ? 地震以降、地味に高くなって結構余裕ないぞ?」
姉「ああもう、コタツコタツ! せめて身体だけでも暖まりたい!」
兄「……炬燵なら居間だ。後は、着込んでしのいでくれ」
姉「あ、休憩する前に、父さんに挨拶しときたいんだけど……」
兄「……ああ、仏間は変わってないから安心しろ」
姉「そっか、あんがとね」
兄「ん、いいから。お茶、新しいの開けて待っとくからしっかり話してきてくれ」
姉「はいはい、行ってくるぜ!」
…ドタドタドタ
兄「……やれやれ、あのガサツ振り全然変わってないな」
兄「―――おかえり、姉ちゃん。4年振りとか、オリンピックかよ……」
(冬のある日・2)
姉「……話があります」
兄「何だよ、改まって。はっきり言って、気持ち悪いのですが」
姉「……話があります。正座をして下さい」
兄「お、おう……」
姉「兄は、母さんを許していますか?」
兄「? いきなりなんだよ。仕事先であの女に会ったのか?」
姉「……」
兄「……あのな。何度も言ってるけど、『許す』『許さない』を話していいのは、あの女に捨てられた父さんだけ。俺の中では済んだ話」
姉「それ、ほんと?」
兄「……ま、姉貴が大学中退したのと、俺がバイト漬けになったのはあの女の責任ではあるから、完全に許したとは言えないけどな」
姉「うん、そだね」
兄「だから俺は割り切っているつもりだけど……、姉ちゃんこそどうなんだ?」
姉「うーん、どうなんだろ?」
兄「……あの女が父さんを捨てても、父さんは何も言わなかった。そんな父さんが残してくれた保険金を暮らす俺に聞いても、多分、姉ちゃんの欲しい答えは聞けないぞ?」
姉「……そっか。うん」
兄「ま、俺は姉ちゃんを応援してる」
姉「あ、そうだ……」
姉「―――今日、日本ではしぶんき座の流星群が見えるそうです。望遠鏡、二人分準備しといて下さい」
(冬のある日・3)
姉「♪~♪~」
ガチャ
兄「姉ちゃん、夕飯出来たぞー」
姉「お、ご苦労さま。もう少ししたら行くよー」
兄「はいよ、温かいうちに。……って、そのカメラ、父さんだろ?」
姉「うん、ライカM3。……21、28、30、35、50飛んで135mmレンズも。仕事先で新しいフィルムが手に入ったから磨いて調整してたの」
兄「……懐かしいよな、それ」
姉「―――よーし、兄、笑って笑って」
兄「うわっ! ちょっ、やめっ!!」
カシャカシャッ…!
姉「……うーし、手ごたえあり。多分、パーフェクト!」
兄「この野郎! 貸せ、データを消してやる!!」
姉「残念。……兄は現代っ子だなー、銀粒子を知らない世代とかー」
兄「……現代っ子って、おい、姉ちゃんもそんなに変わんないだろ?」
姉「うーん…、女の世代格差の感覚、多分、兄のそれよりもっと早いよ。人生ピーク!アンチエイジング!」
兄「何を叫んどるのだ、……ほら、カメラ貸せ」
姉「やーだよ。兄、フィルムを感光させる気でしょ?」
兄「……しねーよ、ほら素直に渡す渡す」
姉「? はい、気をつけてね、結構重いから。デジカメよりずっしりだからね?」
兄「……隙ありっ!!」
カシャカシャッ…!
姉「ふぎゃっ!わ、ちょっと!おい、兄!いきなり接写とか反則!この卑怯者!!」
兄「ぶははっ、これ現像するのが楽しみだ」
姉「……うー、ほら、今度は私の番。兄、こっちに来い」
兄「ほいよ」
姉「―――タイマーセット。……いっくよー、…3、2、1」
(冬の思い出・4)
兄「……あれ、姉ちゃんその格好??」
姉「ん? 私のスーツ、そんなに変?」
兄「否、変とかじゃなくて、フリーランス業の姉ちゃんがスーツ?」
姉「ん、ああと、昨日で根無し草は休業しちゃったよ?」
兄「……なん…だと? おい。家計どうすんだ。今から就活してアテはあんのか?」
姉「うん、アテなら有る。問題ない」
兄「それ、婚活とか宝くじとか、一攫千金狙いだったら怒るからな?」
姉「ううん、そうじゃない。ほら、もう名刺だって用意してある」
兄「どれどれ…、え、この会社って……」
姉「…ん、母さんも勤めてる有名な会社。母さん、今年の春から新たに副主任に任命されるんだって」
兄「…………」
姉「あ、もしかして怒ってる?」
兄「……否、怒っちゃいない。少し驚いているだけ」
姉「あはは……、種を明かしちゃうと、前からお声が掛かってたんだけよ。だけど、事情が事情だけにどうしても首を縦に振りづらくて……」
兄「……ああ、まあ、そりゃそうだろ」
姉「日本に残る覚悟を決めた兄と違って、私は、母さんの存在がどうしても嫌で日本を離れてたんだけど……」
兄「……ほ、ほぉん。姉ちゃん、そんな理由だったのか」
姉「母さん、何かにつけてメールして来て、私が日本を離れても五月蝿くて煩わしく思ってて……」
兄「…それ訴えろよ。面倒な頻繁さだ」
姉「ううん、あの人はあの人のやり方で、あの人なりに、私達二人の心配してたみたい」
兄「……父さんを捨てて、新しい男に乗り換えても?」
姉「うん、きっと逆なんだよ」
兄「? 逆?」
姉「……兄の中での父さん像を貶めるつもりは無いけど、父さんは生真面目で純朴な田舎の人間で、母さんは都会思考のキャリアウーマン」
兄「おう、イメージそのまんまだな。……あの女がモンペ着て自然と触れ合ったり、土をいじったりする姿が想像出来ん」
姉「うん、だから当然二人の理想とする家庭像は違ってたし、子供の進路だってどうしようも無いくらいに意見が分かれてた」
兄「そうだったか? よく覚えてないんだけど……」
姉「ん、兄は小さかったからね」
兄「……小学校の低学年。んー、いたずらばっかして、近所のおっちゃん達に怒られてた記憶しかないわ」
姉「あ、懐かしいね……。でも、そんな地元に根付いた環境の中で子供が成長していくのを見て、あの人は父さんの存在を蔑んでたんだよ」
兄「…………」
姉「……あのね、父さんが離婚を決めたの、【貴方は自分の子供たちを、都会的な暮らしを知らない『哀れな』子供達にしたいのか】って、母さんの一言だったんだよ」
兄「……え、それマジ?」
姉「ん、大真面目。…坂口安吾の小説に出てくる桜の鬼かと思っちゃうぐらい、あの人の中での価値基準は絶対的なものだった」
兄「……そいつはまた、相当だな」
姉「うん、相当も相当……。だから、私は父さんに付いていこうと思ったの」
兄「でも、姉ちゃんはあの女のいる会社に勤めるのか?」
姉「うん、多分、これは逃げちゃいけないこと」
兄「…………」
姉「…ここで逃げるという選択は、きっと後になって後悔する。きっと、私の中で『しこり』となって残り続けると思うんだ」
姉「―――だから帰国して、だから兄と話して、今こそ闘おうと思ったんだよ」
(冬のある日・5)
姉「うーい、帰ったぞーい」
兄「おかえ……、うおっ酒臭い」
姉「うるへい、わけーの、けんしゅうがおわってのんでなにがわるいかぁ」
兄「……姉ちゃん、絡み酒かよ」
姉「あに、かたかして、かた」
兄「はいよ、ベットが良い? リバりそうならソファーの方か」
姉「んー……、あにー」
兄「はいよ、俺はここ。それは靴べら」
姉「おー、あに、あにはいいこだなあ」
兄「……それはどうも。ほら、掴まって。頭を撫で回さんで、…こら、頬を抓るな」
姉「うー、あー、うー…」
兄「バケツいる? 洗面器?」
姉「のー、のぷろぶれむ……。あに、もうすこしゆっくり……」
兄「ああもう、注文の多い酔っ払いだなぁ。聞き分けないなら負んぶして無理くり運ぶぞ?」
姉「ちゅうもんのおおいおねいちゃんー、みるくをもみこみ、もみもみとー♪」
兄「唐突に歌いだすな、近所迷惑だろ?」
姉「……あ」
兄「? 今度は何、なんかあった?」
姉「……のみかいで、ぶちょうにおっぱいさわられた」
兄「はいはい、そんで?」
姉「ん、むかついたから、こかんをぎゅっとしたら、ほてるのかぎをわたされて……」
兄「……それ、未青年に優しい話だろうな?」
姉「……いかずに、ほてるの『ばー』でずっとのんでた」
兄「はいはい、そりゃ良かった」
姉「うん、よかった。だから、かぎかえしといて……」
兄「…………」
姉「……ZZZ」
兄「…おい、寝るな。鍵はどうすんだよ?」
姉「……くふふふ、くひゅひゅひゅひゅ。あに、くすぐるなー」
兄「くすぐってない。面倒だから背負っただけ」
姉「おー、おっとこのこー。……おっとこはせっなかでかったるものー♪」
兄「おい、だから歌うな。掴まれんなら少しもたれ掛っとけ」
姉「」クンカクンカ
兄「!! 人の頭の匂いを嗅ぐな!」
姉「……ふひひひ、あに、おとーさんとおんなじにおいがするー」
兄「……、そーかよ、父さんって加齢臭か?」
姉「んーん、もっといいにおい。あに、もうすこしだけかいでてもいーい……?」
兄「……ああ、どうせ駄目だって言っても嗅ぐんだろ?」
姉「…………Zzz」
兄「――――あ、おい姉ちゃん……。また寝ちゃったのか?」
………………………………
………………………………
(長い冬の終わり)
ドタドタドタ
姉「っパンダーーーー!!!」
兄「? 騒々しいぞ、姉ちゃん」
姉「パンダ! パンダ! パンダでライカでパンダじゃライカっ?!」
兄「よし、深呼吸しろ」
姉「……すーはー、すーはーー」
兄「日本語で説明してくれ。あと、パンダはクドリャフカじゃねえよ」
姉「?……何言ってんの? ライカはエルンスト・ライツ1世だよ?」
兄「ああ、んで、ネコ目パンダ科は廃止したわけだ」
姉「…え、嘘?」
兄「おう、本当。パンダ系統問題ついに決着。色々あってパンダ科は無くなったんだ」
姉「そっかー、やっと決着ついたんだ」
兄「で、初鼻から何なんだよ。帰宅直後の奇声は関心せんぞ?」
姉「あ、そうだ! パンダ!」
兄「……パンダはもういい」
姉「えへん! 兄、今の中国情勢はどうなっておるかね?」
兄「何を偉そうに。……番茶ひっかけんぞ」
姉「あ、ごめん。湯飲み置いて、ちょっと怖いよ?」
兄「はあ……誰の所為だよ」
姉「うん、私だけど……、落ち着いて。実は今日、母さんと、直接話す機会があったの!!」
兄「? え、あの女と?」
姉「……ん、今日、母さんの方から話しかけてきたんだよ」
兄「で、あの女がパンダ面だったのか?」
姉「違う違う。私、インド留学の経験を買われて、配属先が取材部に決まったんだよ」
兄「…………」
姉「……そしたら、母さんが企画部から突然やってきて、春の新企画に私のカメラの技術を使いたいって言ってきたんだよ!」
兄「それがパンダの理由?」
姉「うむ、兄、率直に聞くけど、今の日本と中国の関係をどう思ってる?」
兄「……ま、絶対に良好じゃないことは確かだ」
姉「うん、尖閣、沖縄なんかで結構もめてるじゃん。巡視船の人達かなり大変そうだったよ」
兄「姉ちゃん、取材してきたのか?」
姉「ちょっと縁があってね……、EEZの近くまで行ってきたの」
兄「……おい、それ本当に新人の仕事か?」
姉「さあ? 母さんがキャリア積んで来いって回してきた仕事だったし」
兄「で、パンダ?」
姉「うん、パンダ」
兄「???」
姉「ほら、あの国、経済ヤバイのに自分達の面子を重視し過ぎて、周りに敵ばっかり作って来たじゃん」
兄「お、おう……」
姉「……でも少し考えれば、こんな国際協調の時代、傲慢な態度ばかりじじゃ持たなくて、いつかは折れなきゃならないわけで」
兄「それが、パンダ?」
姉「そそそ、『パンダ外交』。……今年末、遷都の際に無償で各国にお貸しするんだってさ」
兄「ふうん、パンダパンダ」
姉「うん、パンダパンダ」
兄「……で、肝心のあの女との会話はどうなったんだよ?」
姉「――――あ、ごめん。忘れてた」
………………………………
………………………………
(ある春の日・1)
カチカチ…カチカチ……
兄「ほら、姉ちゃんこっち向いて」
姉「んー?」
カシャッ
兄「……よし、寝ぼけ顔頂き」
姉「んー、んん?」
兄「どったの、姉ちゃん。今日は偉く眠そうだけど仕事が忙しいのか?」
姉「ん、んん」コクリ
兄「そっか、お疲れさん。まだ冷えるし、寝るなら自分の部屋にした方が良いぞ?」
姉「……」チョイチョイ
兄「何だ、……おい、頭を撫でるな。俺は子供じゃない」
姉「んー」
兄「? この箱を開けろ?」
姉「ん!」
兄「???」
姉「んーんー」
ガサガサ
兄「おい、姉ちゃん。このネクタイ……」
姉「――――ハッピバースデー、兄君……」ムニャムニャ
(ある春の日・2)
姉「桜、咲いたと思ったら、もう散ってた……」
兄「んでも、それで葉桜を肴に一人酒ってのはどうだろう?」
姉「……お花見、したかった」チビチビ
兄「無理すんな。ほら、俺も付き合うよ」
姉「……ん、兄、お酒飲めるの?」
兄「おう、飲める。日本酒はアミノ酸が多い方が旨い」
姉「……ふん、知ったような口利いて」
兄「秘蔵、古都千年」ゴトッ
姉「……」
兄「で、姉ちゃんは何を?」
姉「……景虎の龍。辛いけど美味しい」
兄「お、梅酒のヤツもある。姉ちゃん、案外分かってる!」
姉「兄、えらそー……」
兄「……で、何で荒れてんだ?」
姉「ん、今日ね、母さんがまたうちの部署に来たの。上機嫌だった」
兄「? 嫌味でも言われたのか?」
姉「……ううん。前話したけど、母さんの新企画、無事に審査会を通って、取材許可が下りたんだよ」
兄「あー、パンダだっけ?」
姉「うん、パンダ……」
兄「てことは、姉ちゃん中国に行くのか?」
姉「うん、来月から重慶。梅雨雲が来る前に日本を離れるみたい……」
兄「……ん、そっか」チビリ
姉「ん、そうなんだけど……」
兄「? …………」
姉「……兄、母さんが再婚したってのは話したっけ?」
兄「ああ、叔父さんから聞かされた。相手の男が誰かは知らんけど……」
姉「ん……、うちの会社の重役。仕事人間、×イチ」
兄「……ああ、あの女の好きそうなタイプだな」
姉「ん、好きそうなタイプだった」
兄「おい、まさかそいつと会ったのか?」
姉「……うん、例の新企画の総責任者。つまり私の上司」チビリ
兄「…………」
姉「で、母さん、突然、私の仕事振りの自慢を始めて……」
兄「」ゴクリ
姉「……そんで、とどめに、」
姉「――――『私達の子供に戻りなさい』って、にこやかに言い切ったんだよ」
(ある春の日・3)
姉「…………」
兄「……? ふくれっ面だな」
姉「うん、お姉ちゃん、とってもとっても怒ってます」
兄「うっ、そんなに俺が冷蔵庫の中のプリンを食べたのが……」
姉「え……、兄、私のプリン食べちゃったの?」
兄「……え、違うの?」
姉「はああ……」
兄「あ、そんな露骨に落ち込むな。代わりに何かで埋め合わせするからさ」
姉「……本当?」
兄「本気と書いて『マジ』と読む。けど、あんまり高いのは無しな……」
姉「ん、言質取ったからね。絶対だかんね!」
兄「で、今日の愚痴は何だよ?」
姉「……ん! 今日、あちらの家に御呼ばれされました!!」
兄「…………」
姉「……ちょっと兄、めっちゃ眼が怖い。三回殴られた直後の仏様みたいな顔してる」
兄「あ、すまん、つい眼力が…。で、何でまた?」
姉「ん、だいたい端折るけど、あちらの旦那さんに、是非向こうの家で飯食ってけって」
兄「……そりゃ、新人には重役の言葉を無碍には出来んな」
姉「うう、愚かな姉を許しとくれ」
兄「そんで、重役さんの家でっかかったのか?」
姉「ん、でっかいより、……高い方?」
兄「高い? 高層ってことか? それとも値段か?」
姉「おう、その両方を兼ね備えた高級マンション。都会のど真ん中、地上15階の眺めが見渡せて、お値段6800万円也―――」
兄「……おおう、豪勢なこって」
姉「んでもって、最寄り駅までは徒歩1分。そっから通勤時間は15分」
兄「因みに姉ちゃん、実家通いは?」
姉「ふんっ。……マイカー40分、電車を利用すりゃ1時間20分!」
兄「凄い!全然比較にならない!!」
姉「……でも、こっちは毎日、兄が出迎えてくれる!!」
兄「…………おい、その一言、さすがに恥ずかしくないか?」
姉「えへへ、そかも……////」
兄「お、おう。……そうだ、向こうの家、他に家族誰か居るのか?」
姉「ん、女の子が1人いたよ」
兄「……女の子、あの女が産んだのか?」
姉「ううん、重役の連れ子さん。……広い部屋に、一人で、ポツンと勉強してた」
兄「? その娘さんとは話さなかったのか?」
姉「ん、それが、出来んかった。……で、お姉ちゃん、とってもとっても怒ってます」
兄「?」
姉「……方針その1、『独り立ちまで、親の言いつけは絶対である』」
兄「ん? いきなし何だよ」
姉「……方針その2、『家族愛は、努力の成果に応じて支払われるべきである』」
兄「おい? 聞いてるか?」
姉「……方針その3、『後は基本的に自由である』。あ、それと、『お金を渡すので、ご飯は自分で勝手に手配すること』」
兄「だから、ちょっと待て。……何だよ、その三原則?」
姉「? 『何』って、向こうの『家庭のルール』。重役さんが説明してくれたし……?」
兄「おいおい……、そいつの親子の定義、一種の雇用関係とか思ってんの? 無償の愛とか知らないの??」
姉「ね、わかるでしょ、……どうして私が怒ってるか」
兄「ああ、わからいでか……。意味が分からん、完全に理解不可能……」
姉「んでさ、娘さん、お父さんに褒められようと必死に頑張ってるのに、今度はお父さん方が、私と娘さんの比較を始めちゃって……!!」
兄「……うわぁ、それは居たたまれない」
姉「ん、全然居たたまれん。……どんだけ頑張っても『学生』は『学生』。『社会人』じゃないもん」
兄「その娘さん、幾つ?」
姉「ん、確か中学生。多感敏感、そんな時期……」
兄「……中学生で雇用者契約を実の父親から結ばされるとか、……俺なら余裕で愚連るぞ?」
姉「うん、私も家を飛び出して、即座にヒッチハイクの旅を始める自信があるよ」
兄「なんか、嫌な話、聞いちまったなぁ……」
姉「そう言わんといて。私も結構来るものがあったけど……、でも、相手の家庭に口出し出来る立場じゃないし……」
兄「……姉ちゃん、その人の養子に……」
姉「――――うん、ぜっっ…………っったいに、お断り申し上げちゃう」
(ある春の日・4)
姉「……兄、部屋入るよー」
ガチャッ
兄「ん、いらっしゃい。何か用?」
姉「カメラ貸して、カメラ」
兄「? カメラって父さんの?」
姉「そそそ、父さんのライカ。取材の時、お守り代わりに持ってこうと思って」
兄「……ん」
姉「? 何? 見られてまずい写真でも?」
兄「否、そうじゃなくて……、こいつ、現像に出しとくのを完全に忘れてたな、と」
姉「あ、それなら今から私が出してくるよ」
兄「……中身、劣化してないか?」
姉「うん、平気と思う。この機種は有名な戦場カメラマンの愛用品にもなってたし、柔な造りじゃないはずだよ」
兄「ん、そっか……」
姉「で、兄は何をしてたの?」
兄「? 定期試験の勉強と、来年の研修先のマッチング対策だけど?」
姉「……うおう、兄、受験生だったの?」
兄「一応、手に職つけんとな……」
姉「……でも何で歯医者さん? 斜陽な業界だと思うけど??」
兄「ほっとけ……。医者や獣医にほいほい成れる程、俺の頭は良くないんだよ…」
姉「ん? そんでも医療関係からは離れないんだね?」
兄「……ま、本当は教師でも良かったんだけどな……」
姉「? それって、モンスターペイシェントか、ペアレンツかの違いってこと??」
兄「……よし、姉ちゃん黙ろうか」
姉「?? う、うん……」
兄「あのな、俺はこの町を出る気がさらさら無いんだ。アイラブ地元、ヴィヴァ地元……、ユー、アンダスタン?」
姉「おお、溢れんばかりの地元愛。……でも、愛だけじゃ過疎は止まらんよ?」
兄「ん、だから、最後まで町に残れる職業、『医療関係』を選んだんだよ……」
姉「……うっわ、それ、すっごく後ろ向きじゃない?」
兄「おう、実際、微妙に後悔してる……。もう少し考えろよ、昔の俺…」
姉「ま、いいや。でも考えようによっては、何年経ってもこの家に兄が居てくれるし、それはそれで嬉しいかも……?」
兄「……おい、それだと姉ちゃんも一生この家だぞ?」
姉「ぴ、……ぴ-ぴ-ぴ-♪」
兄「おい、口笛を発音すんな。……そんで女としての幸せも考えろ、後で後悔しても知らんぞ」
姉「あーあー、聞こえないやい。それに、先に後悔したらそんなの後悔じゃないやい!」
兄「はいはい、そーですか……」
姉「えーえー、そーですよ。だから兄、今から私とエッチしない?」
兄「………は?」
姉「…………」
兄「」ズザザザザザザザザ
姉「……おいっ!露骨に引くなっ!!冗談!冗談だから!!」
兄「お、おう、し、知ってる知ってる。姉ちゃん、彼氏居ない暦≒年齢だもんな!男日照りだもんな!!」
姉「……」
兄「ま、まあ、そんなわけでカメラ、持ってけ。こ、壊すなよ」
ガチャッ
姉「――――ふんっ、そんなに驚かんでも良いじゃん。姉と弟の禁断の関係、テレビドラマとかなら全然普通じゃん……」
(ある春の日・5)
姉「たーいまー。兄、現像でけたぞー」
兄「……ん、お帰りー」
姉「? 珍しい、何悩んでんの? そうだ、パンツくらいなら貸すよ?」
兄「……ああ、そういう余計な気遣いは良いから」
姉「なになに、兄、ブラジャー派だっけ? それともストッキング派? あ、靴下は駄目だよバッチイから」
兄「……違う、そうじゃない。これだよ、これ」
姉「あ、試験の結果が出たんだ。どんな感じだった?」
兄「……おう、中間試験。困ったことに上位10人に入っちまった」
姉「?? それ、おめでとうじゃないの?」
兄「……ん、俺らの学年から上位組は臨時研究員として、教授陣と一緒にレポート作りを命ぜられるんだよ」
姉「おお、所謂コネ作り?」
兄「……さいです。優秀な人材を青田買いって名目で」
姉「ぬぬぬ、自分で優秀とか言っちゃいますか。でも、制度的には間違ってないし、将来的には嬉しい話じゃない?」
兄「……ん、ヒント、家計。はい、ヒント終了」
姉「え、逼迫してんの??」
兄「……はい、エクセル立ち上げ、『家計簿』をクリック。是非是非、うちの台所事情を御照覧あれ」
姉「」カチカチ
兄「……な、学費でほとんど飛んでるだろ」
姉「うわっ、本当だ。しかも無駄に綺麗に色分けされてるし」
兄「……辞退するには、教授陣にお断りの一筆を書かにゃならんわけで」
姉「あ、角が立つわけだ。確かに心象悪いよね」
兄「」コクリ
姉「叔父さんに、少し援助してもらえば?」
兄「……ん、叔父さんとこも今年から息子さんがお受験。金銭面の余裕は無いだろう」
姉「で、でも、ほら、私の口座になら多少の余分は……」
兄「……それは姉ちゃんのお金。新年度の保険料やら税金やらを考えれば、まだ入社一年目の姉ちゃんの手元にどれ位のお金が残ってる?」
姉「ううう、カツカツだ。世の中、世知辛いね……」
兄「……まあ、そんなわけで食費を稼ぐため、どの時間帯にバイトのシフトを入れようかとか、わりと切実に考えてんの」
姉「ならさ、あしなが育英会は?」
兄「……うーん、将来の開業まで考えると、今の時点で借金を作るってのはどうにも。それに、今年の審査は既に終わってるからな」
姉「まじかー」
兄「…深夜バイト。棚卸し、線路の補修工…」
姉「地味に手堅いところが、兄らしいというかなんと言うか……」
兄「ま、食費ぐらい自分で稼ぐよ。姉ちゃんこそ、準備は終わったのか?」
姉「うん、足りない分は向こうで補充も利くみたいだし。…お手軽に、キャリーケース1つ分に纏めてみました」
兄「……さすが、元バックパッカー。無駄が少ないな」
姉「ほれほれ、もっとお姉ちゃんを褒めんしゃい」
兄「はいはい、凄いすごい。予定、どれぐらいになりそうなんだ?」
姉「さあ? パンダの保護施設を撮ったら野生のパンダを探して生態を記録するらしいし、編集のことも考えると、最短3ヶ月、長くて半年くらいかな?」
兄「……そっか、土産、楽しみにしてるぞ」
姉「はいよ、任せんしゃい」
姉「――――あ、写真、ここに立てかけとくよー」
【晩春A】
兄「……なんで、あんたがここに居る?」
?「『なんで』とはご挨拶。この家を買う費用、私も半分出したのよ?」
兄「帰れ」
母「? いきなり何?」
兄「……帰れって言っている。あんたに親権は無いんだろ?」
母「はあ? だから何?貴方に指図される謂れは無いわ」
兄「…………」
母「全く、貴方達姉弟は揃って強情よね。こんなオンボロに住み続けるなんて……」
兄「」ギッ
母「ああ、そうそう聞いたわよ? 貴方、歯科医師の大学に入ったんだって?」
兄「…それが何?」
母「いいえ、おめでとう。あの人、私と別れてから発奮したのね」
兄「…………」
母「…睨まないでよ。だってそうでしょ? あの人の教育方針で、地方とはいえ国公立の大学に入れるとは思えないわ」
兄「おい、あんた…」
母「? 何? 私はこれでも『良い事』をしたつもりよ?」
兄「…良い事、だと?」
母「あら、だってそうでしょう? …私の言葉に影響を受け、無気力なあの人が、貴方達を中の上程度には育て上げたじゃない?」
兄「…………」
母「貴方、私達の息子に戻る気は…」
兄「…無い、帰れ」
母「即答。親にそんな口を利くなんて、やっぱり、田舎の人間はこれだから嫌なのよ」
兄「…………」
母「知ってる? 私がこの家を出て行かされる時の慰謝料、たったの500万。…今の住まいの頭金にもならなかったわ」
兄「…だから?」
母「いいえ、朝早くから貴方達二人のご飯を用意して、共働き、家事一切を10年やって、たったの『500万』。…貴方にはその意味が分かる?」
兄「…………」
母「はっ、分からないでしょう? …立場が分かったのなら、さっさと黙りなさい」
兄「……、用件があるなら早くしろ」
母「ああ、今日、用があるのは貴方よ」
兄「?」
母「貴方、今の私の家庭について知ってる?」
兄「ああ…、姉ちゃんから。高給取りの旦那と子供さんが居るんだろ?」
母「……止めなさい、私に居るのは旦那と貴方達二人だけ。他のは知らないわ」
兄「…………」
母「ええ、私達の家族になりたいのなら、それなりの誠意は当然でしょう?」
兄「…………」
母「だから、私はあの子供を自分の子供とは認めなていない」
兄「…ああ、そうかよ」
母「? …言いたいことがあるなら言いなさい。その見透した様な態度、はっきり言って気に食わないわ」
兄「…いいや、『…医療人たるもの、自分の言葉に責任を持て』と、大学でしこたま叩き込まれてるんでな」
母「…何? それ、意趣返しのつもり?」
母「全く、気持ち悪い。私が腹を痛めたわけでもないのに、何様のつもり?」
兄「…その言葉、娘さんにも?」
兄「…………」
母「……ふん、まあ良いわ。そんなことは重要じゃないわ」
兄「…で、用件は?」
母「ああ、そうだったわ。…貴方達、今、お金に困ってるんでしょう?」
兄「…さてね、どうだったかな?」
母「…別に隠す必要は無いと思うわ? あの人の弟さんにも、この家の現状を聞いてきたから」
兄「あんた、ストーカーかよ…」
母「……単刀直入に聞くけど、お金は必要?」
兄「……要らん、そこまで困窮してない」
母「本当? 苦しいなら苦しいとお言いなさいな」
兄「なんなら家計簿を見せようか? あんたが出て行ってからの12年間、どんな生活だったか教えてやろうか?」
母「結構…、なら良い。話はそれだけ」
兄「……それだけって、あんた、父さんに謝りに来たんじゃないのか?」
母「は? 何故?」
母「――――私に居るのは、旦那と貴方達二人。……『他の』は知らないわ」
【晩春B】
兄「…………」
姉『……ふーん、そんなことがあったんだ』
兄「ああ、昨日の出来事だ……」
姉『本当、何しに来たんだろね?』
兄「さあ…? あの女、框で待ってたし、多分、家の中には上がっていないとは思うが……」
姉『……ん、ちょっと気味が悪いね』
兄「姉ちゃん、あの女に鍵を?」
姉『…ううん、私、鍵は渡してないよ。兄こそ、私が居ない間に鍵は?』
兄「否、取り替えてないな。…なら俺側のミスだ、ごめん」
姉『…いーよ。母さん、離婚してから私達の家には近づいてこなかったし……。ま、今回は仕方なかったと諦めよう』
兄「今度、交換しとくから」
姉『……ん? てことは、母さんずっとあの家の鍵を持ってたのかな?』
兄「……おし、絶対に交換しとく」
姉『あ、そんなに嫌?』
兄「ああ、嫌だ。気分が悪い、最悪だ……」
姉『……あはは、血の繋がった息子にそこまで嫌われてたら、あの人、母親としての立場無いね』
兄「……、俺の母親は姉ちゃんだけだ」
姉『うーん…、その言葉に、私は喜んで良いのか悪いのか…』
兄「……こっちの報告は以上。…そっちの様子はどうだ?」
姉『あはは、こっちも普通だよ? …いつも通り、ごちゃごちゃした感じ』
兄『…あのな、気をつけろよ? 今日のニュースで言ってたが、中央が地方から金融を引き上げた所為で、かなり上海市場が荒れてるってさ』
姉『…ん、治安面なら渡航時に外務省からも注意あったよ。だから、今も私達のホテルの前は兵士さんが見張ってくれてるわけで…』
兄「…………」
姉『…あ、でも問題と言えば、ご飯が少々…』
兄「え、それ、姉ちゃんが日本人だってことで…?」
姉『ううん、そうじゃなくてさ…』
兄「? 話が見えないぞ?」
姉『……んっ、辛い!甘い!油っぽい! だけど、とっても美味だから、つい食べ過ぎてカロリー計算が狂ってんの!!』
兄「……ああ、そうかい」
姉『あ、気のないお返事だね…。お姉ちゃん、兄の冷たい態度に心を痛めて過食症になっちゃうかもよ?』
兄「…なると良い。ま、飯が旨く感じれるなら平気だろ」
姉『…うわ、ぞんざい。…よし、お土産査定マイナス1ポイント』
兄「その査定、総計何ポイントだよ?」
姉『んー? ……さてさて、私の気分次第?』
兄「はいはい、…パンダに宜しく言っといてくれ」
姉『ん、了解。兄もバイト頑張ってね』
兄「……おーう、頑張るぞー」
姉『ん? 元気ないぞー。…よし、帰ったら私のおっぱいを、』
兄「…ああ、揉まんからな?」
姉『うっ、そんなら吸い付く権利を与えてやろう!』
兄「……要るかっ、馬鹿姉!!」
姉『――――あはは。…そんじゃ、良い子で留守番してるんだよー』
《初夏・1》
教授「さて、今日から君達はこの教室に配属して貰おう」
兄&友「…………」
教授「ははは、そんなに緊張することは無い。…君達は優秀な学生であり、我々の研究に協力してくれる仲間は嬉しいものだ。まあ、仲良くやっていこうじゃないか」
兄「……あの、教授」
教授「ん、何だね?」
兄「俺、……あ、いえ、私達は、この教室で具体的に何をやるのでしょうか?」
教授「ん、ああ普段の口調で構わないよ。…臨床側の人間は礼儀を重んじる傾向があるが、ここは基礎系。まして私は特に気にしないよ」
友「…そ、そんなもんですか?」
教授「まあ、人の出入りもあるから、学生として最低限の礼儀さえ守って貰えるなら、私からは何も言わないだけかも知れんが…」
友「……よ、よかったぁ。な、兄?」
兄「そうだな……。ええと、これからしばらくお世話になる兄と……」
友「はい、俺は友と言います」
教授「ああ、こちらこそ。教授という者だ、宜しく」
兄&友「…………」
教授「…では、早速、これから器具類の使い方から始めよう。…君達、PCRの実習は?」
兄「はい、二年時に」
教授「結構。なら、PCRは実習書を参照ということで、今日は電子顕微鏡の使い方にしようか。着いてくるといい」
兄「…………」
友「…………」
教授「あ、白衣は平気だよ。まだ動かしていないからね」
友「あれ?」
教授「ん? どうかし……ああ、使用中か。全くついてないね」
兄「あの三人、他の班のようですね」
友「今、向こうの説明を途中で切ってしまうのは少し…」
教授「ふむ、残念だが別の機材を探そうか?」
兄「あの、教授」
教授「? なんだい? 何か君の気の引くものはあったかな?」
兄「……あれ、あの奥の機材、あれは現像機でしょうか?」
教授「ああ、そうだね。顕微鏡で得た写真を、すぐにその場で現像出来るように置いてあるんだ」
友「俺、現像機って始めて見ました。今だに、デジタルじゃないんですね」
教授「ああ、そうだね。…画素よりも元素の方が細かな部分まで写せるし、証拠能力的な面でも優秀だから、まだまだそいつは現役なんだよ」
兄「あれを触っても良いですか」
教授「ああ、任せたまえ、」
教授「――――そうだ、…今日は、このカメラで自分達の好きなものを撮ってくることから始めよう」
《初夏・2》
兄「――教授、破断点そろそろです」
教授「うん、なるほど。…兄君、圧力を加える速度を少し緩めてくれないか?」
兄「了解です。…友、データは?」
友「…比例限、弾性限、レジリエンス…」
教授「安心したまえ、最大応力まで、しっかりグラフが出ているだろう?」
兄「……行きます、520、540、580…」
友「前回の破断、620」
兄「…………590、……600、……610」
――バツンッ
友「抵抗0!」
教授「……む、予定通り、620で切れてしまったようだね。君達、破断面の写真を2、3枚撮っといてくれないか?」
兄「分かりました。友、容器を開けてくれ」
友「あいよ、まだ内部エネルギーが残ってるから破片が跳ぶかもな」
兄「では、電顕用の支度をしてきます」
友「あ、教授、俺も介助について良いですか?」
教授「ああ、行っておいで……。私は電源を入れて先に待っていようか」
兄「……よし、友、注意して乗せろよ?」
友「おう、破断面を潰しちゃ意味が無いからな。…あ、もう少し左」
兄「おしおし、うまいうまい」
友「兄、今度は俺の番だ。…こっちに寄せてくれ」
兄「絶対に落とすなよ?」
友「分かってる分かってる。…でも、以外だよな?」
兄「? ん、何がだ?」
友「この金属、大手企業が持ち込んできた新材料なんだろ? …言ってみりゃ企業秘密の固まり、学生の俺らが手にするなんてさ?」
教授「……まあ、これは追従実験だからね」
兄「追従実験?」
教授「…そう、機材の手順などの習得を求める実験だよ。……さあ準備完了だ、電顕の中に入れて」
兄「は、はい!」
教授「…うん、そうそう、カメラは横の台座にセットして…」
バタン
兄「では、内部を真空に」
教授「うん、やってくれ。…多分これで手順は間違っていない」
友「お、画面に映ったぞ!」
兄「……おおう、案外迫力ありますね」
教授「よし、お疲れさん」
教授「――――後はレポートにまとめていて…、提出は明後日としようかな?」
《初夏・3》
兄「――ただいま、おかえり」
兄「……」
兄「……」
兄「……」
兄「……疲れた、…あの教授、口調は優しいのくせに、課題がエゲツない」
兄「……」
兄「……」ドサッ
兄「……んんん、この分量、明後日までに間に合うか?」
兄「……」
兄「……あー、バイトの件、完全に不定期になりそうだな」
兄「……」
兄「……」
兄「……お、姉ちゃんからメールが来てる」
兄「――――……ははっ、姉ちゃん、馬鹿じゃないか?」
【姉からの手紙・1】
姉『…っパンダーーーー!』
姉『…………』
姉『最近、電話が繋がり難いのでメールをします』
姉『兄、今日パンダ見たよ! 超可愛かったよ! しっぽ本当に白かった!!』
姉『ざるでガサガサ、飼育員の人が運んでくれた竹や笹をモシャモシャ。子パンダ親パンダが並んで食べてたよ!』
姉『…写真同封…』
姉『あ、写真はデジタル』
姉『うんうん、そうじゃろうそうじゃろう…。兄もパンダを愛でなっせ』
姉『国家が管理する飼育施設だけあって園内はかなりの面積。私達取材班もあっちこっちカートに乗って移動しました』
姉『……でも、思った以上にパンダってでっかくて、あの図体じゃ確かに年に数件パンダが人を襲うって話も信憑性があるね』
姉『前脚の爪とか、鋭くてかっくいかったし』
姉『あ、日本に送られるパンダちゃんは、4歳の女の子でやんちゃしておりました』
姉『…………』
姉『今夜は七夕、兄の方は元気にしてますか?』
姉『私は部外者で、大学の日程とかよく分かりません』
姉『けども、お時間を見つけてお返事くれたら、お姉ちゃん、とてもとても嬉しいです』
姉『いえす、あいあむゆあしすたー』
姉『――――貴方の姉は、今夜は独りきりになりそうです』
【姉からの手紙・2】
=検閲削除=
【姉からの手紙・3】
姉『こんばんはー、お姉ちゃんです』
姉『…………』
姉『……はい、やらかしました。…うーん、何が当局の検閲に引っかかったんだろ?』
姉『昨日のメールには、私達の今後の詳しい日程を書いてたんだけど、どうやらそれが駄目だったのかな?』
姉『ほら、パンダって希少種だし、密猟者の警戒でもしてるのかも?』
姉『…………』
姉『……ん、私のメールを邪魔するなんて動物のくせに生意気だなー、とか…、お姉ちゃん思ってないよ? ほんとだよ?』
姉『とりあえず、お姉ちゃん達取材班は、今日で予定されていた施設内での撮影を終えたので、明日から野生のをカメラに収めようと計画を練っています』
姉『目撃情報は幾つかあるんだけど、うむむむ……』
姉『……うむ』
姉『……どうも、山奥らしいので、しばらくメールが繋がらないかもせん』
姉『てか兄、生きてる?』
姉『今年の夏は例年に比べて暑くなるんだってさ』
姉『…………』
姉『お返事一日千秋。今日で三千回目の秋を迎えて、ちょっと寂しいです』
姉『……4年間、私が兄に連絡を取ってなかったこと、実は怒ってたりするのかな?』
姉『いえす、あいあむゆあしすたー』
姉『――――貴方の姉は、本当はとってもお喋りです』
《夏の始まり・1》
ブロロロロロロ……
店主「―――ほら、起きなよ」
兄「……あ、店主さん」
店主「兄君、もうすぐ君の町に着く。…こっからは、僕じゃ細かい道が分からないから案内を宜しく」
兄「……はい、分かりました」
店主「ふふふ、僕の運転は寝心地良かったかい?」
兄「……ええ。俺、寝てたんですね」
店主「ん、20分くらい前かな? ひとつ前のサービスエリアに止まった時、君が寝ているのに気がついたよ」
兄「……すいません、せっかくご好意で送って頂いているのに、寝てしまって」
店主「ん、気にしなくて良いよ。今日は新人の君が頑張ってくれてたから、その間、僕は自分の時間を取ることが出来たし」
兄「……画材屋の仕事って、思った以上に肉体労働なんですね。…俺、初めて知りました」
店主「まあねェ。…表では呑気な客商売かもせんけど、でも、裏方作業は運び込みやら在庫整理やらが山とあるからねェ」
兄「……あ、そっちを左に」
店主「了解、左だね?」
兄「……ええ。でも良かったんですか?」
店主「? 何がだろう?」
兄「…今日たまたま声を掛けて貰って、即日雇って頂いたのは嬉しんですけど…」
店主「ああ、学業で忙しい君向けに、バイトの日程を調整したことかい?」
兄「……そうです、どうも、無理を通してもらったようで」
店主「うーん……、体力要員が欲しかった僕としては、ギブ&テイクの関係だと感じてるんだけどね?」
兄「??」
店主「ほら、画材屋なんて所詮は自営業。それに僕自身がめんどくさがりだから、お互いの日程を合わせて一度にまとめて搬入した方が効率的だと思うし」
兄「……、そんなもん、ですか?」
店主「ま、基本的には店番は僕一人で出来るからね。…その分、一日の仕事量が増えちゃうけど、兄君は構わないかい?」
兄「……ええ、それは勿論」
店主「そうそう、まあ気楽に行こうよ。…あ、ここは?」
兄「……まっすぐでお願いします。このまま道なりに行けば、酒屋の看板が見えてくるので、そこの小道を左に」
店主「OK、その経路なら分かるかも。それじゃあ直進しよう」
兄「……あ、店主さん」
店主「ん、何だい?」
兄「……店主さん、この町に来たことが?」
店主「うん、それなりに。…妻と何度か蛍を見に来たことがあってね」
兄「……蛍。風流ですね」
店主「んん、今年ももう少し暇があれば行けたんだけどね」
兄「……俺の家は奥の方ですから、まだ時期的には見れるかも知れません。今度のバイトの日に現状をお知らせしますよ」
店主「んん、それは楽しみだね。おや、酒屋の看板…」
兄「…あ、左で」
店主「と、いうことは、君の家はあの一軒家かな?」
兄「そうです、片田舎の一軒家で……」
店主「おや、玄関先に誰か立っているようだ。…こんな時間に出迎えとは、兄君、君は愛されてるね?」
兄「――――……え? 出迎え、ですか??」
《夏の始まり・2》
バタン…バタン…
兄「? ――どうも、ここは俺の家の前だけど、何か用?」
?「…………」
店主「どうしたんだい、その子供? …褐色の肌に金色の髪の毛、骨格的にはイタリア南部かスペイン系、…ああ、若干スラブの血も入っているのかな?」
兄「いやいや、冷静に分析しないで下さい」
店主「ははは、そう言っても僕は部外者だし。…兄君のお知り合いじゃないのかい?」
兄「……迷子、ですかね?」
店主「……否、僕に聞かれてもね」
兄「おい、お前、迷子か? こんな辺鄙なところで一体何を?」
?「…!」ビクッ
店主「……駄目だよ。子供と話をする時は、相手と目線の高さを同じくらいにしないと怖がっちゃうよ」
兄「……そうですか」
店主「で、君、どうしたんだい? この家に、何か御用事?」
?「…!…!」コクッコクッ
兄「お、本当に警戒されてない」
店主「…ほうほう、君は日本語が分かるのか。その歳で凄いなあ。…ひょっとして物凄い努力家なのかな?」
?「……」フルフル
店主「そうかな? 僕は君の努力を素直に尊敬するけどね」
兄「……どうも。俺も一応この家の人間だけど、この家に用事ってことは、もしかして姉ちゃんの知り合いなのか?」
?「……?」
店主「ん、どうやら違うようだね。君、お名前は?」
?「名前、……妹、と言います」
店主「ふむふむ、妹ちゃん、と。…兄君、聞き覚えある名前かな?」
兄「……否、さっぱりです」
妹「……あの、わ、私、兄という方に会うように言われて、こ、ここに来ました」
店主「だ、そうだけど?」
兄「は? 俺に会いに?…俺、海外に知り合いなんて居ないぞ?」
妹「……貴方が、あ…あにさん、ですか?」
兄「お、おう…、俺が兄だけど、……『初めまして』だよな?」
妹「………よ、良かった…、やっと、やっと兄さんに会え…」
フラッ
店主「――――あっ君っ! 君ッ!?」
………………
=兄の家=
店主「…全身熱感、頬の紅潮、喘息、口唇の乾燥。…多分、軽い脱水症状じゃないかな?」
兄「…なら、熱中症ですか」ホッ
店主「……ん、よくよく見れば身体のあちこちを蚊に食われてる。…随分長いこと、玄関先で君の帰りを待ってたんだね」
兄「…………」
店主「ま、とりあえずは一安心。お互い、落ち着こうじゃないか」
兄「すいません、運び込むの手伝って頂いて…」
兄「ああ、別に大したことじゃないよ。……でも、この子、君に『やっと会えた』とか意味深なことを言っていたけど、本当に知り合いじゃないのかい?」
兄「否、俺の記憶には…」
店主「…そうかぁ、どうにも不思議な話だね」
兄「不思議というより、不気味な話ですよ。俺の家に、見ず知らずの外国人とか……」
店主「……え、この子、結構可愛いと思うけど?」
兄「……否、別に外見は問題じゃないと思いますが……」
店主「えええ? …正体不明の女の子との出会い! …次第に深まっていく謎! …そして、彼女をつけ狙う怪しい影!…とか、ロマンがあるだろう?」
兄「……店主さん、もしかして、『親方、空から女の子が…』派ですか?」
店主「そうだね。多少ジュナイヴチックだけど、お姫様を守る騎士の物語は王道だと思ってるよ」
兄「……ロマン、ですか」チラッ
妹「………………」
兄「…………」
店主「……ふふふ、それじゃ僕はコンビニにでも行こうかな? 兄君、何かリクエストはあるかい?」
兄「? 店主さん、外に出るんですか??」
店主「うん。…この子、事情があるようだから、部外者の僕がこの場に居たらプライバシー的に問題があるだろう?」
兄「それは、そうかも知れませんが…」
店主「まあ、兄君は氷まくらを用意してあげて、この子が目を覚ましたら話し相手になってあげれば良いよ」
兄「……はあ、分かりました」
店主「ん、それじゃ行ってくるから、何かあったら気軽に連絡してくれ」
兄「……了解です」
ガチャッ
兄「…………」
兄「――――ジュナイブルロマン、ねぇ?」
……………………
=屋外=
店主「―――HQ、HQ」
店主「こちら店主、HQ応答どうぞ」
HQ《……こちらHQ、店主応答どうぞ》
店主「店主、本部との音声接続を確認。感度は良好、経過報告」
HQ《……HQ、音声接続を確認。……店主、定時報告の時間には少し早いが?》
店主「ああ、本日午後、対象との接触を試み、予定通り対象を確保。…現在、対象を自宅まで送り届けたところだ」
HQ《……HQ了解》
店主「…だが、先程、対象宅にてトラブル発生。…我々以外の人間とも接触があった」
HQ《…………》
店主「これから画像データ転送を行いたい。HQ、受信器具は?」
HQ《……HQ問題ない。……その他の詳細は?》
店主「そうだね…、年齢14歳前後。性別は女、金髪碧眼、日本語での会話が可能で、妹と名乗るが、対象本人とは面識無し…」
HQ《……HQ確認。……工作員の可能性は?》
店主「現状不明。…現在、熱中症からか少女は意識を失い、状況から対象と二人きりにしても良いと判断。……HQ、質問は?」
HQ《……店主、盗聴器は?》
店主「ぬかりない。診察の際、少女の襟に忍ばせている」
HQ《……HQ了解。……こちらは身元照会に移る》
店主「店主了解。…では、こちらは対象宅近辺で待機。必要に応じて再度突入を試みる」
HQ《――――HQ了解。店主、幸運を……》
…………………………
《夏のはじまり・3》
妹「―――ん、……んんっ」
兄「よう、眼が覚めたか」
妹「? ……???」
兄「キョロキョロしなくていい。…ここは俺の家ん中。お前がうちの玄関で倒れたんで、ここまで運んできた」
妹「……あ、あに…さん、…です、か?」
兄「ああ、先刻も言ったけど、俺が『あに』。…起きられるか?」
妹「……す、すいません」
兄「いいから、ほら、水と梅干」
妹「……ありがとうございま、っ……!!」
ケホッ! ケホッ!!
兄「! おい! 大丈夫か?!」
妹「……あ、あに、さん、……けほっ、この…赤いの、は……?」
兄「赤い? ああ、梅干のことか??」
妹「……こ、これ、腐ってます。…E acido…….」
兄「? 腐ってる?」
ヒョイッ、パクリ
妹「…………」ドキドキ
兄「……おおう、すっぺえ。…平気、最高の漬かり具合」
妹「??」
兄「ああ、そっか。…ちょっと待ってろ、スポーツ飲料を持ってくる」
妹「……え? あの??」
兄「ほらよ。これ、少し水で薄めたほうが吸収しやすいから」
トクトクトク…
妹「……あ、ありがとうございます」
兄「それ、飲みながらでいいから事情を聞かせて貰ってもいいか?」
妹「……は、はい」
兄「まず最初に、お前は誰だ?」
妹「? ……あ、あの、『いもうと』といって、貴方の妹に、なり、ます?」
兄「はあ?! 俺の妹だァ?!!」アアン?
妹「!ひっ!!」
兄「……おい、ちょっと待て。俺、純粋な日本人…だよな」
妹「た、多分……」コクコク
兄「だよな、そうだよな? …なら、そっちの生まれは?」
妹「は、はい…、シ、シチリア、カルタニッセッタ、です」
兄「かるかに…? …すまん、もう一度頼む」
妹「え…ええっと、…イタリアの南部、シチリアのカルタニセッタ州、です」
兄「シチリア? ……ああ、シラクサとか、聖ルチア聖堂とか?」
妹「…!…! そ、そうです! シラクサから120km、ジェーノです!」
兄「? ジェ…ジェーノ??」
妹「あ…あう……」
兄「……悪い、地理は苦手なんだ。…あとで地図帳で確認しとくから、そんなに落ち込まないでくれ」
妹「……い、いえ、気にしてません、から」
兄「で、つまり、妹さんは、マルコみたく遥々地球の裏側から俺の家を訪ねてきた、ってことで良いのか?」
妹「い、否……、今は、日本に住んでいて…、コ、コウベです」
兄「ああ、それで。だから日本語が上手いのか」
妹「……あ、ありがとう、です////」
兄「……で、何のために?」
妹「あの……、わ、私、ママに言われて、この家に来ました」
兄「? ん、ママ??」
妹「そ、そうです。…あ、兄さんは聞いていませんでしたか?」
兄「……いいや、何も…。その、妹さんのママって俺の知り合いか?」
妹「???」
兄「否、そんな不思議そうな顔されてもな……」
妹「……本当に、…ご存知、ないの…ですか?」
兄「すまん、本当に何も聞いてない。今この家に住んでるのは、俺と、俺の姉ちゃんだけ」
妹「…………」
兄「……差し支えなければ、妹さんのママの名前を聞かせて貰ってもいいか?」
妹「……え、ええっと、は…はい」
妹「――――わ、私のママ、『母』と…言い、ます……」
【兄 to 姉・1】
姉『―――やっはろー! お姉ちゃんだよー!!』
兄「…………」
姉『……あり? どったの? …私の声が聞きたくて、寂しさのあまりに電話してきたと思ったんだけど、違ったかな?』
兄「……姉ちゃん、今、時間はあるか?」
姉『およ? その声、随分ご立腹のご様子だね……。へーき! お姉ちゃん、兄のためならお説教ぐらいなんのそのっ!!』
兄「……なら良かった」
姉『で、本当に何なのさなのさ?』
兄「……ああ、姉ちゃん、前、あの女の新しい家族について話してくれたの、覚えてるか?」
姉『ん、旦那さんと娘さんの話かな??』
兄「そう、その話。……で、あの女の再婚相手って、何処の国の人だ?」
姉『……何処って、元ドイツ国籍の現イタリア人だったかな? ロマーノかミラノっ子かまでは知らないけど?』
兄「……それさ、シチリアーノらしいぞ?」
姉『はあ? …何で兄が知ってんのさ??』
兄「今、向こうの娘さんがうちを訪ねてきてる、って言ったら…姉ちゃん驚くか?」
姉『………………』
兄「………………」
姉『え? どゆこと?』
兄「……それは俺が聞きたい。何も聞いてないのか?」
姉『うん、全然。寝耳に水もいいところ』
兄「やっぱし、姉ちゃんも知らなかったか…」
姉「え、そもそも何でうちに? …ご本人、何か言ってた?』
兄「……ああ、『良い子にしていたら、姉と兄に会わせる』って躾られてたらしい。…昨日になって、突然『許可』が下りたんだと」
姉『? 昨日……、突然なの?』
兄「ああ、『昨日から、兄と姉の家でご厄介になれ』だとさ」
姉『……はあァ? …え、兄君、もしかして母さん達と何か取り決めした??』
兄「……あのな、するわけないだろ? 俺があの女が来た翌日、玄関の鍵を交換に出したのは知ってるだろ?」
姉『……あはは、そうだったね』
兄「…………」
姉『…でも、何だって母さん達はそんなことを??』
兄「さあな? …考えても分からないからこうして電話をしてみたんだけど、完全に無駄足だったぽいな」
姉『あれっ? そういえば、兄、今日平日だよね?』
兄「? おお、平日だけど?」
姉『……ってことは、大学はオサボリかな? この不良めー』
兄「まあ、許してくれ。でも、相応の成果があったんだ」
姉『? ん、成果って何さ?』
兄「……否、ちょっと嫌な予感がしてさ、役場に行ってみたんだけど」
姉『うん? 役場? 何で??』
兄「何でもなにも、戸籍を見るために」
姉『……こ、戸籍?? …それ、私達のだよね?』
兄「おう、戸籍照会を頼んでみたら、案の定というか……」
姉『』ゴクリ
兄「で、見せられた書類だけど…、」
兄「――――親権者の欄…、勝手に『あの女』名義に変更されてたぞ……?」
………………………
【姉 to 妹・1】
Prrrrr …………Pi !
姉『―――やっはろーっ! お姉ちゃんだよーー!!』
妹「…………!!」 ビクッ!
姉『チャオ!この番号、妹ちゃんの電話で合ってるのかな?!』
妹「……そ、そうです。私、妹です」
姉『はーい、警戒しないで? 私、怪しい人じゃないから安心していいよ?』
妹「あ、あの、どなた、でしょうか?」
姉『うん、こうして話すのは初めてだね。……ええと、私は《お姉ちゃん》。…ごめん、事情を兄君から聞いてアドレスを教えて貰ったの』
妹「あ、あの、お姉さん、ですか?」
姉『うん、そうそう。私のこと、姉ちゃんでも姉さんでも適当に呼んで良いよー』
妹「……え、ええと……」
姉『そんで、今、妹ちゃんは何処にいるのかな?』
妹「……は、はい、今は兄さんの部屋です。…兄さん、わ、私が来るのを知らなくて、部屋が用意出来るまで、に、兄さんの部屋かリビングで待ってろと……」
姉『あ、…そっかー、私の部屋、足の踏み場もないかんねー』
妹「……あ、あのお姉さん」
姉『? ほい、なんじゃいな?』
妹「……お姉さんは、私のことを?」
姉『…うーん、残念だけど私も何も聞いてないの。先刻、兄から妹ちゃんがうちに来たって聞いて私も驚かされたもん』
妹「…………」
姉『パーチーのひとつでも企んでたんだけどね?』
妹「…あ、い、いえっ、そんな……」
姉『でも! おみやげはすっごく期待しててね! 妹ちゃんと一杯お喋りしたかったし!!』
妹「………………」
姉『およ? 無言とは、いきなし距離感を過ぎちまった?』
妹「……え、あの…その…、お姉さん」
姉『うんうん、なになに?』
妹「……兄さんのこと、お、お聞きしても…良い、ですか?」
姉『ん、兄の? ……兄のやつ、私の妹ちゃんに何か失礼なことでもやらかした?』
妹「い、いえっ! 逆に私がご迷惑をおかけしてしまって……!!」
姉『?? てことは、まさか兄に惚れちゃったとかっ!?』
妹「……ち、違います。…兄さん、私と私のママのことを聞いて……」
姉『ああ、怒っちゃったの?』
妹「はい、非常に……。私がママの話をしてから口を……」
姉『んん、あいつ、男の器が小っさいなー』
妹「…………」
姉『……でも、ね。妹ちゃんも知っていると思うけど、私も兄も、貴女のお義母さんと色々あったわけで……』
妹「……そう、ですね…」
姉『…まあ、妹ちゃんも巻き込まれた側だし、兄も強く言えないみたいでね? 帰れないなら、うちに居てもいいそうだよ?』
妹「……強く言えない、ですか」
姉『うん、そんな感じ。だから、選ぶのは妹ちゃんだって、そんで……』
プツッ
妹「? お姉さん?」
妹「……やはり、ご迷惑だったのでしょうか?」
………………………
【妹 to 兄・1】
=兄の家 玄関=
ガラガラガラ
兄「ただいま」
妹「……お、おかえりなさい、です」
兄「……ああ、そうか。俺、待ってろと言ってたっけ…」
妹「………………」
兄「………………」
妹「……あ、あの、兄さん?」
兄「……なんだ?」
妹「……わ、私、お姉さんと、お、お話しました」
兄「……そうか、そりゃ良かったな」
妹「………………」
兄「………………」
妹「……そ、それで、お姉さん、お土産、楽しみにしててって」
兄「……悪い、話なら後にして貰っていいか? 靴が脱げないんだが…」
妹「ご、ごめんなさい」
カタン、カタン
兄「……で、何だって?」
妹「あの、お姉さんからお電話があって、でも途中で切れて……」
兄「……ああ、姉ちゃん中国だからな。前に奥地に入るようなことも言ってたし」
妹「…え、ええと、兄さん、お荷物お持ちしましょ…」
兄「……良い。自分のことは自分で出来るから」
妹「そ、そうですね…、ごめんなさい……」
兄「………………」
妹「………………」
兄「………………」
兄「……あー、お前、ケーキは好きか?」
妹「? …ケ、ケーキ?? ケーキは、好き、ですが……」
兄「……これ、あまり銘柄は分からんけど、有名な店のやつ。帰りに買って来た」
妹「え、ええと?」
兄「ほら、お前にやるから……、夕食後のデザートにでもしろ」
妹「あ、ありがとうございます?」
兄「……、そうだ、夕飯は食ったのか?」
妹「…………」
兄「……否、黙って貰っても困る。食べた?食べてない?」
妹「……食べてない、です」
兄「好き嫌いとか、アレルギーの類はあるか?」
妹「」フルフル
兄「……分かった。先ず飯にしよう、話はそれからだ」
妹「…………?」
兄「――――それから、料理の味にはあまり期待すんなよ。…俺、男料理しか出来んかんな?」
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続けたまへ