妹「くちゃくちゃくちゃ」 (99)
妹「くちゃくちゃくちゃくちゃ」
兄「……」
妹「今日これから雨降るんだって 」
妹「早めに帰ったほうがいいんじゃないの?」クチャクチャ
兄「……その、さ」
妹「なに?」クチャクチャ
兄「……飯食うときはきちんと口を閉じて食べろよ」
兄「お前、よく舌噛むしさ」
妹「……わかったから早く帰ってよ」クチャクチャ
兄「……そうだな。濡れるのイヤだし早めに帰るわ。 夜の病院ってこわいし」
兄「また明日、大学の帰りにこっち寄るわ」
妹「はいはい」クチャクチャ
兄「じゃあまた明日」
妹「はいはい、おやすみ」
妹「ふう…」
妹「オナニーの音ごまかすの大変だった…」
◇
母「アンタもたまには早く帰ってきたら?」
母「毎回、面会時間ギリギリまで病院にいられるとむかいにいくのも億劫だからさ」
兄「あー、そうだね」
母「それで? あの子の様子はどう?」
兄「特に変わった様子もなんにもない。薬もきちんと飲んでるみたいだし」
母「……そう」
妹「くちゃくちゃくちゃくちゃ」
兄「……」 シコシコ
妹「今日これから雨降るんだって 」
妹「早めに帰ったほうがいいんじゃないの?」
兄「……その、さ」シコシコ
妹「なに?」
兄「……飯食うときはきちんと口を閉じて食べろよ」シコシコ
母「はあ……いつになったらもとに戻るのかな」
兄「知らん。それにまだ三ヶ月もたってないしな。気長に待つしかないよ」
母「わかってる。そんなことはわかってるの」
母「たださ、いいかげんにあの子の顔が見たいから……」
兄「いずれはもとに戻って母さんにも顔見せるだろ、たぶん」
母「まあたしかに。今の様子だとわたしとは会ってくれないよね……」
兄「……会いに行けば?」
母「こわいから遠慮する」
兄「冗談抜きで会わない? 」
兄「最近はアイツも落ち着いてきたし、もしかしたら……」
母「そりゃあわたしもあの子には会いたいよ」
母「でもわたしの顔見たらあの子の症状がまた悪化するかもしれないからさ」
兄「そっか」
母「まあ、あの子の病が完治したらまた会うよ」
兄「……」
母「明日は朝、早いんでしょ? アンタも早く寝なよ」
兄「うん……おやすみ」
母「おやすみ」
◇
妹『いやあ、兄ちゃんは最高にダメ人間だな』
兄『うるせー』
妹『将来社会に出たらどうすんだよ? 勉強もしないでそんなおバカ高校入っちゃってさ』
母『オマケにもと女子高で地元でも評判最悪だしね』
兄『いいんだっつーの。人間の価値は学校じゃないだろ?』
妹『まあそうかもね』
妹『でもそんな学校じゃあ、まともな大学も入れないかもしれないし、将来マジでどうすんの?』
兄『お前みたいな頭いいやつと違って将来のことなんざ考えてない』
妹『胸張って言うことじゃないわ』
妹『こりゃあ兄ちゃんの代わりにわたしがいい大学出て、立派な社会人になって家を支えてあげなきゃなあ』
兄『じゃあ俺はニートになるわ』
母『働かないやつは家から出てけ』
兄『いいじゃん。将来的にはこの立派な妹が稼いでくれるって言うんだから』
妹『少しはがんばれよ』
兄『はあ……どうせおバカな高校なんだからがんばったところで知れてるよ』
母『おバカなお兄ちゃんは置いとくとして、アンタは来週が高校受験だもんね』
妹『余裕で合格するからまかせておいてよ』
母『頼もしいねえ。どっかの誰かも見習ってほしいわ』
兄『ごっつぁんです。さて、寝ようっと』
妹『寝る前に勉強は?』
兄『睡眠学習だから大丈夫だよ』
妹『兄ちゃんのばーか』
◇
兄「……夢か」
友「講義終わったと同時に目ぇ覚ますのな」
兄「……家に帰るわ」
友「なにお前? 昼休みで帰るの?」
兄「おう」
友「お前、最近昼に帰ってばっかで午後の講義あんまり受けてねーじゃん」
兄「俺みたいな馬鹿にはこの大学の講義はつらすぎるんだよ」
友「ああ、お前は推薦でここに入ったんだもんな」
兄「まともに勉強したことないわりにいい大学入っちゃったから苦労してんだよ」
友「出席しないと余計についていけなくなるぞ」
兄「じゃあ明日から本気出すわ」
友「もう留年しちまえ」
兄「うるせー。っと、こんな時間じゃん。先に帰るわ。じゃあね」
友「おつかれ。明日もきちんと来いよ」
◇
兄「どうもこんにちわ、看護師さん」
看護師「こんにちは。今日も妹さんの様子見にきたの?」
兄「まあ、そんなところですわ。妹はどうですか?」
妹「特に変化はないよ」
兄「……そうですか」
看護師「たぶん、妹さんは寝てると思うけど、寝てたら起こさないほうがいいと思う」
兄「わかりました。ありがとうございます」
看護師「いえいえ」
兄「よっ。遊びに来たぞー」
妹「……」スースー
兄「って、看護師さんの言ったとおりだな。寝てらぁ」
兄「もうちょっと後に来たほうがよかったかな。今日は少し早めに来たのに」
妹「……」スースー
兄「ちょっと前だったらお前が昼間に寝てるなんてありえなかったよな」
兄「俺が休日の昼間とかから寝てるとお前、よく俺を叱ったよな」
兄「勉強しろだの、バイトしろだの。お前は母ちゃんかっつーの」
兄「他にもお前が中学生の頃、俺が勉強しなかったらわけのわからん教材を買ってきたりな」
兄「なんていうか、今でも信じられないんだよ。お前が……」
妹「その話まだ続くの?」
兄「……起きてたのか」
妹「さっきまで寝てたよ。でも兄ちゃんの声がでかいから目が覚めちゃったんだよ」
兄「ああ、その……ごめん」
妹「めずらしいね」
兄「なにが?」
妹「わたしに謝るなんて。いつもてきとうにはぐらかすじゃん」
兄「……たまには潔く謝るのもいいかな、と思って」
妹「ふうん」
兄「……」
妹「……」
兄「……」
妹「ねえ」
兄「なに?」
妹「わたし、死んだほうがいいかな?」
兄「……」
妹「正直さ、今のわたしってかなり迷惑だよね」
兄「そんなことは、ない」
妹「じゃあなんで?」
兄「……?」
妹「じゃあなんで昔の話ばかりしてたの? 」
兄「それは……たまには昔を振り返るのもいいかな……と思ったんだよ」
妹「ウソ。どうせ、今のわたしなんか死ねばいいと思ってるんでしょ? 」
妹「鬱病のわたしなんか……!」
兄「……」
妹「ぶっちゃけ前から兄ちゃんはわたしのことウザいって思ってたんでしょ?」
兄「……ごめん」
妹「意味わかんない。なんで謝んだよ。
そんなにわたしとしゃべるのが面倒なわけ?」
兄「ちがう、そういうわけじゃ……」
妹「そうだよね。どうせ、わたしなんてさっさと死ぬべきなんだよね」
妹「百人が百人みんなそう言う。そう言うに決まってる」
兄「……」
妹「なんでわたし生きてんだろ。入院なんかしちゃってさ 」
妹「やっぱり死んだほうがいいよね……」
妹「……」ブツブツ
兄「……なんか言ったか?」
妹「ニートなんてなったらダメだって思ってたし口にも出してたけど、だったら今のわたしもニートみたいなものだから……」ブツブツ
兄(またブツブツ言い出したか)
兄(鬱病になってからたまに、突然ブツブツ言い出すんだよな……)
妹「死ななきゃダメ……でもどうやったら死ねるんだろ……首吊り……」ブツブツ
兄「おい」
妹「……」ブツブツ
兄「……くそっ」
看護師「お昼ご飯、回収に来ましたよー」
看護師「もう下げちゃっていいかな?」
妹「……」コクリ
看護師「はい、じゃあ持ってくね」
兄「あ、あの看護師さん」
看護師「ん、どうしたの?」
兄「あー、その、ちょっと話したいことというかなんていうか、とにかくちょっといいですかね?」
看護師「まっ、べつにいいよ。そのかわりちょっとだけだよ?」
◇
看護師「それで? 話ってなにかな?」
兄「その……あとどれくらいたてば妹の病気はなくなるんですかね?」
看護師「早ければ半年もいらないよ」
看護師「長ければもっと時間かかるかなあ。それこそ一年とかね」
兄「そんなに……」
看護師「まあ鬱病もなにがきっかけで治るかとかは、いまだに完璧にはわからないしね」
兄「こころの病だからですか?」
看護師「ていうかわたしってばあんまり頭よくないからわからないの、難しいことはさ」
兄「それなのに看護師になれたんですか?」
看護師「めずらしいことでもないって」
看護師「こんな奴でも看護師になれるんだ、みたいな人間なんてたくさんいるから」
兄「へえ」
看護師「なに、その目は?」
兄「……いや、なんにもです」
看護師「まあ、こんなわたしにでもできるアドバイスもあるけどね」
兄「なんですか?」
看護師「とにかく普通に接してあげること」
兄「普通に?」
看護師「普段と同じように接してあげるの」
看護師「病人として扱われることは鬱病患者には辛いからね」
兄「……」
看護師「あと、もうひとつ」
兄「まだあるんですか?」
看護師「うん。もっと大事なこと」
看護師「昔の話は極力出さないようにすること」
兄「……そう、ですか」
看護師「妹さん、早く治るといいね。お金も月十万はくだらないでしょ?」
兄「えっと、詳しくは知らないですけど。それぐらいかかるんですかね?」
看護師「おそらくね。保険も半分も効かないしね、鬱病の場合」
兄「…………なんか看護師さんって絶対鬱病にならなさそうですね」
看護師「看護師なんて基本的にみんな図太いよ 」
看護師「わたしなんて患者が一番来る月曜に有給をとったりするから影でボロクソに言われてるよ」
兄「はあ」
看護師「ほかにもわたしの先輩なんか、この前患者を叱りたおして泣かせてたしね」
兄「看護師さんってこわいんですね」
看護師「まあね」
看護師「んじゃ、そろそろわたし戻るわ。うるさいのがいるし」
兄「あ、はい」
兄「……わざわざ話を聞いてくださって……その、ありがとうございます」
看護師「いいよいいよ。わたし人一倍仕事しないし」
看護師「あ、そうそう。わたしらからも言ってるけど、妹ちゃんに運動するのすすめといて」
看護師「朝の準備体操とか、散歩とかさ」
看護師「運動したほうが少しは病気にいいからさ」
兄「あ、はい」
看護師「それじゃあね」
◇
兄「おーい、戻ったぞ」
妹「……」ゴクリ
看護婦「はい、じゃあお昼の分は全部飲みましたね」
兄(べつの看護師さんだ。薬飲んでるのか)
看護師「じゃあ失礼します。また夜にうかがいますね」
妹「ん」
兄「……」ペコリ
看護師「こんにちは」ペコリ
兄「こんちわ」
◇
看護師『普段と同じように接してあげるの』
兄(普段と同じように、か)
兄「あのさ、薬ってうまいの?」
妹「知らない」
兄「ふうん。えっと……」
妹「なに?」
兄「たまには俺と一緒に運動しない? 」
兄「運動するとイヤなこと忘れられるし、いい汗もかけるし一石二鳥だぞ
兄「それにお前、運動好きだろ?」
妹「……めんどくさいからいい」
兄「……」
兄(そういえば……)
妹『たまには兄ちゃん運動したら? なんならわたし、つきあうし』
兄『イヤだ。めんどくさい』
妹『兄ちゃんって家にいるときってたいてい、ネットしてるかゲームしてるか、ゴロゴロしかしてないじゃん』
兄『俺は学校では生徒会長として働きまくってるから、家でくらいゆっくりしたいの』
妹『いつか豚になるよ?』
兄『もう半分なりかけてる。ほら、腹見てみろよ』
妹『うわ、ぷよぷよだ』
兄『とにかく俺は休日、家にいるときは寝るの』
妹『勉強は?』
兄『勉強なんてテスト前に適度にやっときゃいいんだよ』
妹『志がひくいなあ』
兄『お前みたいに頭のいい学校ってわけでもないし』
兄『学年でも時々トップテンに入ったりするわけじゃないからいいの』
妹『せめて運動ぐらいしなよ』
兄『お前みたいにマラソン大会でトップになったりしないからいいわ』
妹『このダメ人間』
兄『ははは、なんとでも言え』
兄(あんな話をしてたのに、今じゃ……)
兄「……なんかジャマみたいだな、俺」
妹「……うん」
兄「そんじゃ帰るわ」
妹「うん、早く帰って」
兄「……明日もまた来るわ」
妹「……」
◇
兄『ああ死にたい……』
妹『そう簡単に死にたいとか言わない。産んでくれたお母さんに失礼でしょ』
兄『だってぇ』
妹『なにがあったの?』
兄『いや、実は俺が高校の生徒会長になったんだよ』
妹『冗談でしょ?』
兄『マジだって。 ほら、表彰状と会長バッジ』
妹『……うわ、マジだ。どうやって会長なんかになったの? 』
妹『ていうか、生徒会なんかに立候補してたなんて言ってなかったよね?』
兄『まあな。なんかてきとうに一発芸したら当選しちゃったんだよ』
妹『あっそ』
兄『ああ、マジどうしよ。俺、会長なんて無理だよ』
妹『そもそもなんで会長に立候補したの?』
兄『クラスの奴らと昼休みに麻雀してたんだけどそれで負けてさ 』
兄『賭けしてたんだけど金払えなかったんだわ』
兄『そんで会長に立候補する代わりに賭け金チャラにしてもらったんだわ』
妹『学校で麻雀って……』
兄『ああ、死にたい』
妹『でもよかったじゃん』
兄『なにがだよ。なにもいいことねえよ』
妹『だって、生徒会とかに入っておくと大学の推薦とかに有利でしょ?』
兄『……俺の成績じゃあ知れてるよ』
妹『それだけじゃないよ。会長なんて立派なお仕事だし責任感も身につくかもよ?』
兄『……ときどき思うんだけどさ、お前って本当に俺の妹?』
妹『あはは、わたしもときどき同じこと思うよ?』
妹『まっ、応援してるからがんばりなよ』
兄『お前こそ、俺の代わりにいい大学入れよ』
妹『言われなくても入るってば』
◇
母「起きなくていいの?」
兄「……今何時?」
母「9時過ぎてる」
兄「ていうかなんで俺の部屋にいんの?」
母「べつに。ただアンタの卒業文集読みたかっただけ」
兄「ふうん。ていうか今日学校あるわけねえじゃん、日曜日だぞ」
母「そうだっけ。まあいいや」
母「今日もあの子のところに行くの?」
兄「うん。暇だしな」
母「前から気になってたんだけど、アンタ友達いないの?」
兄「いるけどあんまり仲良くないから休日までは会わない」
母「なんじゃそりゃ」
兄「……」
母「なに、わたしの顔そんなにジッと見て。金ならあげないよ」
兄「そうじゃなくてさ。たまには一緒に病院行かない? 」
母「……」
◇
兄「よっ。今日も暇なお兄ちゃんが遊びにきたぞ」
兄「……あれ? アイツいないじゃん」
兄「……」
兄(おかしいな。アイツ、病室から出るなんてまずないのに)
兄(便所か?)
兄(まあ、とりあえず待つか)
兄「もう15分はたったよな?」
兄「腹でも壊したか?」
兄「……いや、まさかな。電話してみるか」
プルルル
兄「!?」
兄「アイツ、ケータイ部屋に置いてきぼりかよ」
兄「ちょっと待て。真面目にどこ行っちまったんだよアイツ……!?」
兄「と、とりあえずナースコールを……」
兄「すみません、305号室のものですが、はい」
兄「妹はどこにいるか知りませんか? ……はい?」
◇
看護師「ほら、お兄ちゃん来たよ?」
妹「あっ、兄ちゃん」
兄「……」
妹「兄ちゃん、どうしたの? 顔色悪いよ?」
兄「心配したんだよ。外散歩するならメールのひとつやふたつ送れよ 」
妹「……ごめん」
兄「あ、いや、まあべつにいいんだ。無事だったんだし」
妹「……うん」
兄(いけね。勢いにまかせて怒ってしまった)
看護師「お兄ちゃんも来たし、そろそろ部屋に戻ろっか?」
妹「……はい」
看護師「あ、キミはあとからわたしのとこに来て。いつものとこでいいからさ」
兄「はあ……なんか用でもあるんですか?」
看護師「ちょっとね」
◇
兄「それでこんなとこに呼び出してなんですか? 」
兄「ていうか、僕も聞きたいことがあるんですよね」
看護師「先に話聞いてあげる。なに、聞きたいことって」
兄「看護師さんってうちの妹の担当じゃないですよね?」
兄「なのになんで妹を散歩に連れ出してたんですか?」
看護師「そのことか。そうだね。気になるところだよね、キミからしたら」
兄「昨日、看護師さんから聞いた話を思い出したらちょっと不安になったんで」
看護師「たしかにわたしはいいかげんな女だからね。その気持ちはわかるよ」
兄「……」
看護師「たまたまだよ。ちょっと野暮用があって妹ちゃんの部屋を通りかかったんだ」
看護師「で、様子見たら散歩に連れていってほしいって言うから」
兄「それで連れていったんですね」
看護師「うん」
看護師「少し心配なこともあったしね」
兄「心配なこと?」
看護師「これだよ」
兄「これって……」
看護師「ビタミン剤だね。一日二粒のやつ」
兄「べつに健康のためのものだからよくないですか? 」
兄「ていうか、これって妹から盗んだんですよね?」
看護師「当たり前でしょ。もし、その袋の中身を全部飲んだらどうなると思ってんの?」
兄「あ……」
看護師「キミの妹ちゃんはわりと高い頻度で死にたがってるみたいだからね」
兄「そういう薬はもたさないほうがいいよ」
兄「……はい」
>>48
ミス訂正。
兄「そういう薬はもたさないほうがいいよ」
↓
看護師「そういう薬はもたさないほうがいいよ」
看護師「で、わたしの聞きたいこと、聞いてもいい?」
兄「あの、その前にもうひとつ。いいですか?」
看護師「まだあるのー? なによ?」
兄「看護師さんってヒマなんですか?」
看護師「んー、まあ暇じゃないと言えば暇じゃないし、暇といえば暇かなあ」
兄「曖昧ですね。けど、僕としゃべってていいんですか?」
看護師「いいんだよ。基本的には暇だし」
看護師「暇じゃないっていうのは、べつの部署の手伝いをしてるからなんだわ」
看護師「MEがどっか行っちゃったらしいんだよ。それを探してくれって……」
兄「えむいー?」
看護師「メディカルエンジニアの略。まあ、そんなことはどうでもいいわ」
看護師「質問する前にひとつ」
看護師「イヤだったら答えなくていい。でも怒らないでね」
兄「ぼくが怒るような質問をするんですか、看護師さんは」
看護師「もしかしたら、ね」
兄「いいですよ。どうぞどうぞ、怒らないから質問してください」
看護師「なんか投げやりだね」
兄「最近、なんだか疲れてしまって」
兄「あー、でも僕って人と話すのはそんなにキライじゃないんです」
兄「あまり友達はいないんですけどね」
看護師「まあいいや。遠慮なく質問するから」
看護師「なんで妹ちゃんが鬱病になったか原因わかる?」
兄「……」
看護師「やっぱり聞かないほうがよかった?」
兄「というか、普通こういう質問をしますかね?」
看護師「まずしないね。普通の神経してたらね」
看護師「ただわたしってば、めちゃくちゃ神経図太いからさ」
兄「そういう問題じゃないと思います」
看護師「そうかもね」
看護師「それで、真面目な話。わかるの? わからないの?」
兄「……なんとなく」
看護師「なんとなく?」
兄「心当たりは……あります」
看護師「話してみてくれない?」
兄(この人は、いったいなにを考えて……)
兄「話してもいいですよ、べつに」
兄「大した話でもないし。でも、時間いいんですか?」
看護師「べつの部所の手伝いができるくらい暇だから大丈夫」
兄「給料泥棒」
看護師「あ?」
兄「なんにもです」
看護師「そんで、早く話してよ」
看護師「暇とは言っても、あんまり立ち話してると同僚の視線がイタいからさ」
兄「……」
兄「なんか身内自慢みたいになってイヤなんですけど、僕の妹、すごく優等生なんですよ」
看護師「へえ。確かに優等生っぽいかも」
兄「逆にこれは自虐になるんですけど、僕は全然勉強もできないし、部活もやらないグータラ野郎で」
看護師「うん、見た目からして覇気とかオーラとかがないよね」
兄「……まっ、兄である僕がこんなんだから親とか親戚も、妹ばかり褒めるんですよ」
看護師「はは、わたしも一個上の兄が優秀だからキミの気持ちはよくわかるよ」
兄「うれしくないです」
兄「妹はぼくとは対照的で、両親や親戚の期待にきっちり応えるタイプでして」
兄「実際、いい高校に通ってたし部活とかでも表彰されたりもしてたんです」
すこし休憩
兄「ただ、あるときからちょっとずつ妹は変わってたんですよ 」
兄「悪い方向に」
看護師「なんで?」
兄「……ぼく高校二年の頃生徒会長やってたんですよ」
看護師「へえ、似合ってないね」
兄「……自覚はありますよ。先生や友達にもわりとボロクソに言われましたから」
看護師「まっ、面白いじゃん」
兄「僕、勉強はできなかったんですけど人一倍運がよかったんですよ」
看護師「百万円でも拾った?」
兄「百万円はむしろ捨てちゃいました」
兄「生徒会やったおかげで、かなりいい大学に入れたんですよ」
看護師「生徒会やってるといい大学に入れるの?」
兄「と言うよりは、本来なら受けることができなかった大学に推薦で受験できるようになったんです」
看護師「で、受けたら合格しちゃった、みたいな?」
兄「はい、そんなところです。私立なんですけどね」
看護師「どこの大学なの?」
兄「――です」
看護師「わおっ! めっちゃ頭いいところじゃん。」
看護師「馬鹿高校に通ってたわたしでも知ってるよ」
兄「実際、僕がそこに受かったって言ったらみんな卒倒しそうなぐらい驚いてましたよ」
兄「とにかく運がよすぎたんですよ」
兄「僕の担任は受験の神様って呼ばれてる人だったし」
兄「受けた学部はたまたまその年は受験者数も少なかったし」
看護師「ふうん。高校は?」
兄「――です」
看護師「わたしが通ってた高校じゃん!」
看護師「ていうか、あそこは女子校のはずなんだけど」
兄「七、八年前から共学になったんですよ」
兄「最近じゃあ少しはレベルも上がったみたいです」
看護師「あのおバカ宗教学校がねえ」
看護師「……それで、キミがいい大学受かったのと妹ちゃんの鬱病は関係あんの?」
兄「……僕が受かった大学、アイツが入りたがってた大学なんですよ」
看護師「キミの妹って何歳だっけ?」
兄「18です。僕とはふたつ違います」
看護師「妹ちゃんは本当なら今年から大学生だったんだね」
兄「ええ。だけどアイツは……」
看護師「大学、落ちちゃったんだ」
兄「はい。がんばりすぎて体調くずしちゃったんですよ」
看護師「本当に真面目なんだね」
看護師「それで鬱病に?」
兄「それだけが原因じゃないと思います」
兄「妹は女のくせに愚痴ったりするタイプじゃなくて溜め込むタイプだったし」
看護師「女のくせにって言い方は感心しないなあ」
兄「……ごめんなさい」
看護師「ほかには?」
兄「イロイロあると思います。うちの両親十年以上も前に離婚してて」
兄「ぼくらは母親に引き取られたんですけど、父親のくれる金だけでは足りなかったんです」
兄「それで昔はけっこう辛い生活でした」
兄「妹はなにかある度に、将来はいい仕事について金持ちになるって言ってて……」
看護師「なんか聞けば聞くほど重くなるね、話が」
兄「六年前に母が再婚してからは生活もラクになったんですけどね」
兄「でも、妹はそれで自分の目標や信念を失うような怠け者じゃありませんでした」
看護師「キミは……って聞くまでもないか」
兄「僕のことはどうでもいいんですよ」
看護師「はいはい、それでそれで?」
兄「……ぼくも詳しくは知らないけど妹はホテルのコンサルティングとやらの仕事を将来はしたいと言ってて」
看護師「へえ、わたしも詳しくは知らないけどプランナーみたいなもんでしょ?」
兄「おそらく」
兄「アイツ、一時期は留学もしてたんでそれも関係してるんだと思うんですけど」
看護師「聞けば聞くほど、キミの妹ちゃん、すごいね」
兄「自慢の妹ですよ」
看護師「ようするに原因はイロイロとあるわけね」
兄「僕がうっかりイイ大学に入ったせいで、妹に対する周囲の期待もより大きくなってましたしね」
兄「妹は今まで、きちんと周囲の期待に応えてきたら余計にプレッシャーを感じたんだと思います」
看護師「……妹ちゃんの周りの環境と妹ちゃん自身の相性が悪かったのかもね」
兄「どういう意味ですか?」
看護師「んー、そうだな。たとえばさ、キミはここの病院のことどう思う?」
兄「立派な病院だと思います」
看護師「そだね。少なくとも外装とか内装とかはちょっとしたホテルみたいだよね」
看護師「それじゃあ質問その2」
看護師「この病院に患者はいっぱいいると思う?」
兄「……あんまりいないと思います」
看護師「そう。実際ここに来る患者の数なんて大したことないんだよ」
看護師「やたらめったら広いわりにね。なんでだと思う?」
兄「わかりません」
看護師「答えはいい医者がこの市民病院にはいないからなんだよ」
兄「いい医者がいない?」
看護師「うん、全然いないよ」
看護師「それに毎年この病院のせいで市は30億ぐらいの借金を背負うらしいしね」
看護師「外装や内装ばかりで中身が全然しっかりしてないのにね」
兄「……」
看護師「借金ばかりだから医者や看護師の待遇も並のところより悪いし」
看護師「患者もあんまりいないから仕事が少ない」
看護師「それどころか本来の仕事すらできない人もいるし」
兄「本来の仕事?」
看護師「MEのこと、話したでしょ? アイツら本当は機械いじりが仕事なんだけどさ」
看護師「大して機械は使わないし、たいてい業者側がほとんどやっちゃうから仕事がないの」
兄「じゃあその、えむいーはなにやるんですか?」
看護師「中材で雑用。しかも安月給でね」
看護師「おかげでうちのMEはやる気ゼロで、毎日一回はどっかにサボりにいくんだ」
看護師「そんでわたしがソイツらを探しに行くわけだ」
看護師「最初に来たころはアイツら、めちゃくちゃ目ぇ輝かせてたのにね」
看護師「今じゃただの雑用。せっかく専門学校にまで通ったのに、おバカなことこの上ない」
兄「……」
看護師「そのMEも自分たちが働く環境をきちんと知ってりゃ、またちがったのにね」
兄「そう、かもしれませんね」
看護師「人間は周囲の環境や人で決まる」
看護師「キミの妹ちゃんの現状も、そういう周りの色んなものに左右された結果なのかもね」
看護師「……って、お話よ」
看護師「おっと、そろそろわたし行くわ」
兄「あ、はい。……がんばってください」
看護師「キミもさ」
兄「はい?」
看護師「あまり思い詰めないほうがいいよ」
看護師「鬱病の人の側にいると、側にいるその人までおかしくなることがあるから」
兄「……気をつけます」
看護師「んじゃ、また今度お話する機会があったらしようね。バイバイ」
兄「さよなら」
兄(周囲の環境。妹にとってそれは、母さんや……俺、か)
◇
兄『……』クチャクチャ
妹『……』モグモグ
兄『この肉じゃがうめーな』クチャクチャ
妹『ねえ、兄ちゃん』
兄『なんだよ? 肉はやらねえぞ』
妹『そうじゃなくて。くちゃくちゃうるさいってば』
兄『くちゃくちゃ?』
妹『うん』
妹『食べてるときに口をきちんと閉じて噛まないから、くちゃくちゃ言うんだよ』
兄『……』モグモグ
妹『……』
兄『あ、本当だ。口を閉じたら音しないな』
妹『でしょ?』
兄『でも、こんなの誰も気にしないだろ?』
妹『はあ~』
兄『なんだよ、その深いため息は?』
妹『兄ちゃんって彼女いたことないでしょ?』
兄『関係あるのか、それ?』
妹『女の子と遊んだことあるなら食べ姿とか普通気にするもん』
兄『そうなの?』
妹『そうなの』
妹『前から思ってて、あえて言わなかったけど。兄ちゃんは食べ姿が汚すぎるよ』
兄『う、うるせぇな。そこまで食べ姿なんて女の子は気にしないって』
妹『気にするよ! わたしは兄ちゃんの食べてる姿を見てると気分悪くなるもん』
兄『そこまで?』
妹『うん。とにかくものを食べるときは、もうちょっとキレイに食べてね』
兄『へいへい』
妹『返事は?』
兄『……はい』
すまん眠気が限界
また明日書きます
看護婦『くぅ~疲れました、これにて完結です!』
妹『そういうわけで読者の皆ごめんね、今日でこのssも最終回なの…』
兄『ええ!?そんなの聞いてないよ』
妹『急な事だったのよ…でもここまで書けて、読んでくれた皆がいて、私とっても幸せだったよ!』
母『…もう、本当に最後なのね……悲しいわ』
父『ふっ、名残惜しいが…老兵はただ去るのみか……』
俺『皆…別れはすましたな?……それじゃあ、皆さん、また逢う日まで…ごきげんよう!!』
終
妹、兄、母、父、『ってなんで俺くんが仕切ってんの!…もう、改めまして、ありがとうございました!』
本当の本当に終わり
◇
妹「……」クチャクチャ
兄「……モグモグ」
妹「……」クチャクチャ
兄「なあ、妹?」
妹「……なに?」
兄「その……」
兄(こんなこと注意するべきじゃないのかもしれないけど)
妹「なに? 言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
兄「ご飯」
妹「ご飯?」
兄「ご飯食べるときは口をきちんと食べたほうがいいぞ」
兄「音もクチャクチャ鳴らないし」
妹「……」
妹「……っ」ドン
兄「ど、どうした……?」
妹「もうご飯なんていらない」
兄「……食べないのか?」
妹「いい。いらない。捨てて」
兄「……」
兄「……ごめん」
妹「……」
兄「病院の飯ってまずいよな? なにか買ってきてや……」
妹「いらないって言ってるでしょ」
兄「そ、そうか」
兄「それじゃあちょっと散歩でも行くか?」
妹「めんどくさい」
兄「……」
妹「もう寝るから」
兄「でもまだ全然食べてないだろ……看護師さんに叱られるぞ?」
妹「じゃあ代わりに食べてよ」
兄「そういう問題じゃないだろ」
妹「そうだね」
兄「……今日はもう帰るわ」
妹「……うん」
◇
妹『兄ちゃん、食べ物の好き嫌いよくないよ。』
妹『それに残したらお母さんに怒られるよ?』
兄『じゃあお前が代わりに食ってよ』
妹『そういう問題じゃないでしょ。なにより食べ物に失礼だよ』
兄『……』
妹『いいから食べなよ。兄ちゃんは背、ひくいんだし』
兄『うるさいしめんどくさい』
◇
兄「ただいま」
母「あれ、今日はえらい中途半端な時間に帰ってきたね」
母「ていうか、むかえの電話くれた?」
兄「ううん、歩いて帰ってきたよ」
母「歩いてって……かなりかかったでしょ?」
兄「2時間ぐらいだよ」
母「アホ。2時間も散歩するならバイトのひとつやふたつしてほしいね」
兄「ごめん」
母「明日は?」
兄「え?」
母「明日は病院行くの?」
兄「……いや、行かない」
母「ここ最近、かなり足しげく通ってたのに」
母「明日はなにか用事でもあるの?」
兄「べつに。
たまにはアイツもひとりになりたいんじゃないかなって思ってさ」
母「そう。まあ、いいんじゃない」
兄「……なあ、母さん」
母「なに?」
兄「俺が大学受かったとき、母さんはうれしかった?」
母「今さら聞くことでもないでしょ」
母「覚えてないの? お父さんと一緒にはしゃいでたの」
兄「そうだったね」
母「それがどうかしたの?」
兄「いや……」
兄「べつに。ただ聞きたかっただけなんだ」
母「変なの」
兄「変?」
母「普段、アンタからわたしに質問なんてほとんどないから。」
兄「……もうひとつ質問」
母「まだあるの?」
兄「うん」
母「なに?」
兄「アイツが大学落ちたってわかったとき……悲しかった?」
母「……」
兄「母さん?」
母「今から話すこと、あの子には言わないでほしいの」
兄「……」
母「正直に言うとね、あの子が大学落ちたってわかったとき悲しくなんてなかったの」
母「どっちかって言うとかわいそうだなって思った」
兄「かわいそう?」
母「だってあの子はずっと努力してきたんだよ」
兄「そうだな。俺がアイツの立場だったやる気なんて完璧になくしちまうわ」
兄「それでも最初は浪人するって言ってがんばろうとしてた。アイツはすげーわ」
母「ホントにね。神様はなんであんなにがんばってた妹を……」
兄「……」
母「っと、べつにアンタが悪いわけじゃないから、そこは勘違いしないでよ」
兄「わかってるよ」
母「まだご飯にはしばらくかかるから、その間勉強でもしたら?」
兄「そうだな。たまにはしようかな」
母「……あのさ」
兄「なに?」
母「なんか疲れてるように見えたから言っておくけど。アンタまで無茶して、その……」
兄「わかってるって。ていうか、大丈夫だよ」
兄「俺みたいないいかげんなグータラ男はさ」
母「……」
◇
友「今日はきちんと昼からの講義も出てるんだな」
兄「ていうか、お前が言うほどサボってないからな」
友「それよりお前、就活とかいいの? 周りはけっこうドタバタしてるぞ」
兄「……就活、か」
友「お前、ホントにそんなチョーシで大丈夫なの?」
兄「就きたい職業とかねえしなあ。お前だってべつにないだろ?」
友「はあ? バカにしてもらっちゃあ困るわ」
兄「あんの?」
友「いや、ない。やりたくない仕事ならけっこう浮かぶけど」
兄(……そういえば、アイツも夢について色々語ってたな)
◇
兄『パソコンでなにしてんの?』
妹『日本のことについて勉強してんの』
兄『日本のことなんて調べてどうすんだよ? 宿題?』
妹『……わたしさ、将来はコンセルジュになりたいんだ』
兄『なにそれ?』
妹『簡単に言うとホテルのプランナーかな。外国人向けのね』
兄『それが日本のこと調べんのと関係あんの?』
妹『外国の人に日本のこと聞かれたときとかきっちり答えれるようにしたいし』
妹『その地域の特色を知っておくことは、この仕事において大事なことなの』
兄『よくわかんねーけどすげーな、お前』
妹『まあね。兄ちゃんは夢とかないの?』
兄『ないな。全然ない。ニートになれるなら是非なりたいわ』
妹『ニートになるなら家から出てってね』
兄『お前が養ってくれなきゃニートできねえよ』
妹『妹に依存するとか終わってる』
兄『まあ俺の分までがんばれってくれ。心の片隅で応援してるから』
妹『兄ちゃんは人のことより自分のことでしょ』
兄『吹き抜けの2階建ての一軒家が欲しい』
妹『仕事につかなきゃローン組めないからね』
兄『じゃああきらめるわ』
妹『情けないなあ。そんなんじゃあ大学も受からないよ』
兄『べつに、地元のおバカ大学行くからいいよ』
妹『ダメだこりゃ』
続きは夜書きます
◇
兄(今日は行かないつもりだったんだけどな)
兄(気づいたらまたここに来てしまった)
看護師「毎日毎日、ご苦労だねえ」
兄「どうも。ちょうど夜ご飯終了の時間ですか?」
看護師「うん。ちなみにキミの妹ちゃんなんだけどさ」
兄「妹がどうかしましたか?」
看護師「あの子、昨日の夜からご飯に手をつけてないんだよ」
兄「……!」
看護師「なに、なんか心当たりでもあるの?」
兄「いえ……」
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つ づ き