日下部若葉「若葉おねえさんにお任せなの」 (99)


「え……もしかして……――くん!?」

 私、日下部若葉は驚いている。そりゃあもう、驚いている。
 
「……俺も驚きです。お久しぶりです……若葉姉さん……いや、若葉さん」

 アイドルとしてスカウトされ、担当プロデューサーとの顔合わせ。
 そこに出てきたのは……かつての幼馴染だったのだから。

「えーと、私が中学進学の時に引っ越したから……もう8年も前。見違えたわ~……最初は気付かなかったもの」

「俺は、資料に目を通した時にすぐに気付きました……まさか、こんな形で再会するとは思いませんでしたが……」

「……それって、私がちっちゃいままっていう事ですか……」

「いや!? そんなことは……」 


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 そうなのだ、私は小さい。
 身長は148センチ。スリーサイズも……少なくともボン、キュ、ボンとは程遠い。
 未だに、中学生に間違われることもある……うう、ちっちゃくないもん!

 対して、目の前の幼馴染ときたらどうだろう!
 あの頃は私よりも背が低くて、泣き虫で、私が色々助けてあげていた……。

 だけど、今は私の背丈をゆうに超え、がっしりとした体格になって。
 穏やかな微笑を湛えた彼は、すっかり大人の男になっていた。

「……すみません。思い出話は、また後にしましょう。これからの活動について話さなくては……」 

「そ、そうですね。それでは改めて、お願いしますね~!」


 彼との面接? というかレクチャーは手慣れたものだった。仕事慣れしているのが良くわかる。
 そこで気付いた……彼は、私より1つ年下……今、19歳だったハズ。

「……まあ、こんなところですかね。他に何か質問は?」 

「いえ、説明はすごくわかりやすかったです。でも……あの~、思い出話方面のことになっちゃうんですけど、イイですか?」

「まあ……気になってるようでしたら、どうぞ」

「……凄くわかりやすく、手慣れた説明だったけど……もしかして、既に新人さんじゃない?」

「いえ……担当アイドルを持ってプロデュースをするのは、初めてです。ただ、もっと前からマネージャー業務を含めた手伝いなんかはしていたので……」

「な、なるほど~」

 アルバイトとしてこの事務所で働いていて、そのまま正社員になったということだろうか?
 現場叩き上げ……ますます、昔のイメージからかけ離れた言葉を思いついてしまった。


「まあ、プロデューサーとしては新人ですが……経験がまったくのゼロと言うことはありません。必ず、若葉さんをトップアイドルに導いて見せます」

 おお……穏やかスマイルから繰り出される強い言葉。
 昔の面影が見当たらない……それが、なんだか悔しく感じて。

「うふふっ……でも、新人さんには変わりないんでしょう? 大丈夫、私は緊張はしないタイプですし……きっとうまくやって見せます! 昔みたいに、おねえさんに任せてくださいね!」

 ちょっと、強がりを言ってしまった。

「ええ……期待していますよ、若葉さん。それでは今日はこれくらいですね。明日から本格的にレッスン、それがひと段落ついたら営業先回りになります。今日はしっかり休んでください」

「……はい、わかりました~」

 当人は、相変わらずの穏やかスマイルのままだったけど……スルーされた?


 そして、レッスン漬けの日々が始まった……これがもう、想像以上にきつい!
 歌いながら、踊る……それがこんなにも辛いものだとは……。

 幸い体力には自信がある方で、なんとか少しは通用したけれど……コツを掴めるまでは苦労しかなかった。

「よーし、そこまで! だいぶコツを掴めてきたようですね……休憩後は、それを身体に染み込ませるよう、次のステップに進みましょう!」

「は……はひ~……」

 トレーナーさんに休憩を言い渡されて、私はその場にへたり込む。
 とても、疲れた……でも、顔には笑みが浮かんでいる。
 やっと「楽しんで歌い踊る」……まだ出発点かもしれないが、そこに辿り着いた実感があった。


「おはようございます。どうですか、調子は?」

「あら、プロデューサーさん、いらっしゃい」

 そこに件の彼がやってきた。様子を見に来たのかな。

「お疲れ様です、若葉さん。どんな感じですか?」

「ああ……お疲れ様です。なんとか……見えてきた、って感じですかね~……。あ、この健康ドリンク、ありがとうございます。重宝してますよ~」

「それは良かった」

「姉のドリンクも形無しかもですね、その健康ドリンク……確か、プロデューサーお手製なんでしたっけ」

「いえ、俺ではなくて妹の……それに、ケースバイケースでしょう。社内販売されているドリンクの方が、効果がある場合もあるでしょうし……」

 私を担当してくれているトレーナーさんは、どうも4人姉妹……その内の3女らしい。
 しかも姉妹4人とも全員、こういったトレーナーとしての職に付いているとのこと。なんかスゴイ。

「トレーナーさん。別件の仕事は終わらせてきたので、今からのレッスンを見学させてもらいますね。今後の活動の参考にするためにも、この目で見ておきたかったので……」

「わかりました、プロデューサーさん。別視点からのアドバイスも必要でしょうしね……さて、日下部さん、そろそろ休憩時間は終わりですよ。いけますか?」

「はい! それでは……頑張っちゃいますよ~!」


「ふぅ……疲れました……」

「お疲れ様です、若葉さん。ともかく、これで基礎レッスンはひと段落つきましたね」

 レッスン後は、彼の車で最寄り駅まで送迎だ。
 そこでの思い出話を交えての雑談を、私は楽しみにしている。

「しかし、あの子が健康志向になったとは……。ドリンク自作とは気合入ってますね~」 

「ええ……上の妹は、健康作りが趣味みたいなものです。……下の妹が、あまり身体が強くないってのも、それに拘る理由の一つなんでしょうが……」

 幼いころ、私と彼が離れ離れになったワケ。
 それは、彼の家族の引越――それは、彼の両親の離婚が原因だったようだ。
 上の妹さんとは遊んだ覚えがある……下の妹は会った覚えがないが、当時はまだ赤ちゃんだったはずだ。

「ふーん……じゃあ、すっかり妹さんのために頑張るお兄ちゃんなわけですね~。そりゃあ、泣き虫も治るはずです」

「もう、若葉さん……やめてくださいよ……」

「うふふっ……照れちゃってカワイイです! 覚えてますか~? 私の通ってた塾に、泣きべそかいて現れて……」

「やめてくださいって! もう……若葉姉さんには敵わないな……」

 ちょっと調子に乗ってしまった……流石に、いじわるが過ぎたかな……。
 あのころを思い出してして、つい嬉しくなってはしゃいでしまった。
 流石に今の彼は、泣きべそなんてかかずに、はにかむような笑みを浮かべている。


「おっと、着きましたね……それじゃあ、若葉さん。明日からは営業回りが本格化します。きっちり休んで、備えてくださいね」

「は~い! 大丈夫です、おねえさんにお任せください~!」

「ええ……それでは、お気をつけて。お休みなさい」

 駅のロータリーで、彼の車のテールランプが見えなくなるまで、私はそれを見送った。
 
 彼は、私をちゃんと大人扱いしてくれる。
 プロデューサーとアイドル……ビジネスのパートナーとして、私をサポートしてくれている。
 
 私は、あの頃に比べて変わったんだろうか? 彼も、本当にあの頃と変わったんだろうか?
 
 再会してまだ間もない……今まで離れていた彼のことを、私はもっと知りたいと思っていた。

ここで一旦区切ります。

今回の劇場の若葉おねえちゃんも可愛いですね。

書けたので、ちょっとだけ投下します。


「お久しぶりです! そちらもお加減は……ええ、上々のようでなによりです」

「(わあ……すごい営業スマイル……それでいてイヤミな感じがしないのは、普段から穏やかな雰囲気だから……?)」

 彼についての、営業廻り。間近で見るプロデューサーの仕事の一つ。
 その中で気がついたのだが、彼、結構顔が広い。なんというか……かわいがられてる感じ?
 彼を坊主と呼んで、ヘッドロックかましてきた人もいたし。
 
「新しい所属アイドルの日下部若葉です……若葉さん、こちら○○ディレクターさん」

「はじめまして、日下部若葉です! よろしくお願いします!」

「ハハハ! これは元気のよいお嬢ちゃんだ! これが坊の初めての担当か……しっかりやってやれよ、坊!」

「激励、ありがとうございます」

「ハハハ! 結構結構!! 若葉ちゃんだったか……ローティーン枠として検討しとくぜ!」

「……あの、すみません……私、ハタチです~……」

「……うぇ!? アーハハハ……そ、そうだったな、俺としたことがうっかりしてたぜ……」


「すみません……変な空気にしてしまって……」

「いや、そんなことは……とはいえ、あそこでもっと気の利いた返しが出来て入れば、さらに覚えが良くなったでしょうね。まあ、それも今後の課題です」

 私の指摘によって微妙な空気になったところは、彼が機転を利かせて取り持ってくれた。
 流石、プロデューサー……身体の大きさだけでなく、中身も私よりずっと大人に思える。

「うぅ……でもやっぱり、子供に見られてしまうんですね……覚悟はしてましたがショックです……」

「厳しい言い方ですが、まだ駆け出しの駆け出し段階です。注意深く事前チェックしてもらえる方が稀でしょう」

「ふぁ~……厳しい現実ってやつですね~……」

「……若葉さんにとって不満でしょうが、そのギャップは魅力です。覚えてもらう上でも、売り出していく上でも。今はまだ、知ってもらう時期です。そうしながら、力を蓄えて行きましょう」

「そうですね! もっと知ってもらって、もっとレッスンを積んで……そうすれば、大人っぽくなっていきますよね~」
 
「……ええ、頑張っていきましょう……」

「……微妙に視線、逸らしませんでしたか? 言いにくい事でもあるんですか? おォん?」


 彼との地道な活動のお陰で、私は少しずつ有名になっていき、お仕事も増えてきた。
 それと同時に、彼も仕事ぶりが評価されたのか、担当するアイドルも同時に増えた。

「市原仁奈といーます。よろしくお願いするでごぜーますよ」

「赤城みりあです! よろしくお願いします♪」 

 みりあちゃんは11歳。仁奈ちゃんは9歳。
 私が一番のお姉さんだ。ここは私がもっと、しっかりしていかないと!

「仁奈ちゃん、みりあちゃん、よろしくね。日下部若葉お姉さんですよ~」 

「よろしくですよ、若葉おねーさん」

 お、おねーさん……なんといい響き!

「よろしくお願いしまーす! えへへ……若葉ちゃんって、なんだかお姉ちゃんていうよりも、お友達って感じがする♪」

 ……ち、ちっちゃくないもん!


「プロデューサー、仁奈をモフモフするですよ」 

「ね~プロデューサー、こっち来てお話ししようよ~」

「ごめん、今仕事中だし、もうちょっと待っててね」

 2人はすぐに彼に懐いた。
 元々人懐っこい娘だったのもあるだろうし、彼の温和な雰囲気がそうさせた、その両方だろう。

 ……そういえば、みりあちゃんは最初敬語で話してたけど、割りとすぐに、そうでなくなってしまったな。
 そこで不意に気になる事が。確か彼、私に話しかける時に……。

「……そういえば、私には敬語ですよね?」

「ええ、若葉さんは年上ですし……仕事の上なら、その方がいいと思って……」

 ……目上のものに敬意を払う……って事か。
 これはちゃんと大人扱いしてくれてると見ていいんだろうな。
 でも、私は嬉しい反面……なんだか距離を感じていたのも事実。

「……別に敬語を使わないでもいいんですよ? 私としては」

「そう……ですか?」

「ええ! 若葉おねえさんは心が広いですから! なんなら、昔みたいに若葉姉さんって呼んでくれてもいいんですよ?」

「それは流石に……でも、そうですね、じゃない、そうだね……。じゃあ、お言葉に甘えて、敬語はやめにするよ」

「えへへ……そ、そうだ! みりあちゃんと仁奈ちゃんの相手、してきますね! 新しいジグソーパズル買ってきたんですよ~」

「そうか……じゃあお願いするよ、若葉さん」

 そういって、仁奈ちゃんとみりあちゃんの元へ……誤魔化す様に、彼から離れて行く。

 お姉さんぶって、あんなことを言ってみたけど……なんだか、同時に気恥ずかしさが湧きあがってきて。
 とっさに彼の元から離脱した……うーん……これって……もしかして……?

……本当にちょっとだけでごめんなさいね。
お詫びと言ってはなんですが、これ貼っておきますね……。

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日下部若葉(20)

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市原仁奈(9)

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赤城みりあ(11)


 この日をきっかけに、私の心は変化した。
 ……本当にそれは、小さな小さなものだったのだけれど。

 以前よりも、彼を目で追う事が多くなった。以前よりも、彼の近くに居る様になった。

 ……でも、心が燃え上がる様な、強い気持ちを彼に対して抱いているわけじゃない。
 他の事がまるで目に入らなくなるような、強い気持ち……私が疑った「それ」への認識とは、なんだか違うと思った。

 懐かしい、昔の様な幼馴染の距離感……それが少しではあるが戻ってきた様で、戸惑っているだけ……かもしれない。
 そんな風に思いながら日々を過ごしていった、ある日の事。

「動物園でのお仕事……ですか~」

 彼が、「アニマルパーク」という仕事を取ってきた。

「ん。アニマルパーク……動物をモチーフとしたライブイベントだよ。衣装も動物を模したものを使うんだ」

「へぇー! 可愛い感じだね♪」

「新しいキグルミを着れるですか? 楽しみでごぜーます!」

 みりあちゃんも、仁奈ちゃんも、目を輝かせて彼の話を聞いている。
 内心、私も動物が好きなので、それはそれは楽しみにしていた。

 だけど、そのお仕事での出来事が……図らずも、私の心の変化を見つめ直すきっかけとなった。


「私の衣装はアライグマ、しっぽもふもふだね! くまくまーっ☆」

「がおーっ! 仁奈の新しいキグルミはオオカミですよー! 人狼の気持ちになるですよ……」

「私の新しい衣装はハリネズミモチーフ、ちくちくですね~!」

 動物園にて、仕事前。
 みりあちゃんも仁奈ちゃんも新衣装を着てはしゃいでいる。
 
 可愛い動物さんと一緒の仕事と言うこともあって、私も気分が高揚していた。
 ……下見の時の入園前に「子供料金で大丈夫ですよ?」とか言われたり、ちょっと凹むこともあったけど……。

「……そういえば、ハリネズミってなんて鳴くんだろう? 若葉ちゃんは知ってる?」

「え……ピィーピィー……とか?」

「若葉おねーさんも、知らねーみたいですね」

「……わ、私だって大人だけど、わからないことぐらいありますよ~!」

「ほらほら! 3人とも、はしゃぐのはそれくらいにして、話し合いを始めるよ!」

 うぅ……彼にも子供3人をあやす様に言われてしまった。おねえさん、形無しです……。


 衣装合わせ、打ち合わせ……それを終えて、出番まで待機。
 待機場所では、同じく「アニマルパーク」参加する同事務所のアイドル……私にとって先輩にあたる、三船美優さんと高橋礼子さんも一緒になった。

「わぁ……! 美優さん、その虎の衣装とっても可愛いね!」

「あ、ありがとう……みりあちゃん……ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……」

「礼子おねーさんの、豹の衣装もすげーです……キャット・ピープルの気持ちになるですよ……」

「……仁奈ちゃん、古い映画を知ってるのねぇ……お父様の趣味化しら?」

 年少組と仲良く談笑する先輩2人。
 対して私は、と言うと……なんというか、お二人の一味も二味も違うオーラに圧倒されていた。

 大胆な露出の虎衣装に身を包み恥じらいを見せる美優さんは、同じ女の私から見ても可愛らしい。

 そして礼子さんは……もう、ドンピシャ。
 ど真ん中ストレートの剛速球といった感じの女豹の衣装は、似合う似合わないの次元じゃない完成度だった。

「ふふふっ……しかし、あの坊やもすっかり一端のプロデューサーね……どう、若葉? 彼と一緒に働いて?」

 不意に礼子さんに話を振られ、私は慌てて応える。

「え? は、はい! 凄く頑張っててくれて……とても、頼りになってます」 

「あらあら、大絶賛ね。美優も覚えているかしら? あの坊やと最初に会ったころ……」

「ああ……そうですね。初めて立った頃は、彼、まだ中学卒業から1年もたってなくて……」

 懐かしそうに、彼のことを話す美優さんと礼子さん。
 そうか……先輩2人は、彼がプロデューサーになる前のことを、私と離れ離れになった後の事を知っているんだ。

「皆さーん、そろそろ時間です! 移動のほう、よろしくおねがいしまーす!」

 そこでスタッフさんが、仕事の開始を告げに来た。
 ……昔の彼の事も気になるけど……今はお仕事に集中する時!
 なんったって、オトナなんですから!


「それでは、仕事収めに……カンパーイッ!」

 「アニマルパーク」の仕事後、打ち上げの飲み会がひらかれた。
 だけど、私のプロデューサーは参加していない……彼はまだ未成年、私より一つ年下の19歳だからお酒は飲めない。
 彼は年少組を送り届けた後、そのまま帰るみたいだ。

「残念……昔は、よくこんな打ち上げにも参加してジュースで乾杯していたのに……まあ、子供達に付き添うなら仕方ないわね……」 
 
 私の横でグラス片手に礼子さんが言う。

 ……私は、意を決して、彼女に聞いてみることにした。

「あの……礼子さん。昔の……私のプロデューサーの事を知ってるんですよね……その、彼は、どんな感じだったんですか?」

「え? あの坊やの事? ……貴方達は幼馴染と聞いていたから、その辺の話は知っているのかと思っていたのだけれど」

 礼子さんとしては、単純に意外に思っての発言だったのだろう。
 ……だけど、私は昔の幼馴染なのに、何も知らないのか……その事実を浮き彫りにされた気がして、少しだけ不機嫌になってしまった。

「……思い出話はしたことあります……でも……再会前の事は、あまり話題にしたことがない……というか、あんまり話してくれなくて……」

「……なるほどね、坊やらしいわ」

 礼子さんはぐいっ、とグラスに残っていたお酒を飲みほしてから、語り始めた。

「私がこの事務所に入ったのが3年前……設立1年後の事だった。私達の担当プロデューサーが入社したのは、その少し前だったらしいわ……」

 礼子さんがチラリと、視線を左に向ける。
 その先には、酔いつぶれ気味の美優さんとそれを介抱する彼女らの担当プロデューサーがいた。
 礼子さんはそれを見ながら、ふぅ、と一つ溜息をついた。

「若葉、貴方の担当プロデューサーはそれよりも前……事務所設立当初からの一員なの。まだ出来て4年の事務所だから似つかわしくない言葉だけど、古株なのよね」

 それは知っている……プロデューサーとしては初めてだけれども、それ以前からいろんな仕事の手伝いをしていたと聞いていたから。

「ああ、アルバイトってわけじゃないわよ? 坊やは中学卒業後、すぐに正社員としてこの事務所に勤めていた……夜間の定時制高校に通いながらね」 

「それは……なんとなく、察しはついていました」
 
 彼の顔の広さは、単純労働中心であろうアルバイトにしてはおかしいな、と思っていたからだ。
 明確に、彼の口から聞いたことはなかったけれど。


「彼はいろんな仕事の手伝いに駆り出されていた……懐かしいわね。人員が整ってなかったころは、私もセルフプロデュースみたいなこともしていて……坊やがそれを、手伝ってくれたこともあった……」

 空になったグラスを、礼子さんがテーブル端に避ける。中の氷がからん、と音を立てて崩れた。

 私は黙ったままワインの瓶を手に取る。彼女は「ありがと」といって新しくワイングラスを持ち、私のお酌を受け入れた。

「それで……若葉、貴方が聞きたいのは、彼の勤労中のエピソード? 中学卒業後、すぐに働き始めた理由? それとも……」
 
 礼子さんは、妖艶の文字を体現するかのような流し眼で私を見据えながら、驚愕の言葉を言い放った。

「私か……あるいは美優が、坊やと男女の関係になったことがあるかってこと?」

「え……ぅ……!?」

 思わぬ、発言……私が絶句して固まっていると、不意に礼子さんの顔に優しい笑みが浮かんだ。

「……やっぱりね。好きなのでしょう? 坊やのことが。……気付いてた? この仕事が終わった後……あの女豹の衣装で坊やをからかってた時……美優が、坊やに虎衣装姿を見られて恥ずかしがっていた時。貴方、結構怖い顔してたわよ?」

「…………」

「ああ……ちなみに男女の関係云々に関しては、私も美優もノー、よ。安心して?」

「…………よく……わからないんです……」

 やっと、口を開くことが出来た。
 彼の事が好きなのだろう、と言われた事への動揺。自分でも気付かなかった表情を指摘された困惑。……礼子さんの、彼との男女関係の答えを聞いた時の安堵。

 いろんな感情が混ざりながら……絞り出すように、私は言葉を発していた。


「私は……実を言うと、恋というものがよくわからないんです。ただ……憧れは、ありました」

 学生時代の友達の中には、恋人を作って幸せそうにしている大人びた子がいた……対して私は、ちんちくりんのまま。
 なんだか、恋愛というステージにうまく乗る事ができないまま、ハタチまで来てしまった。

「フィクションの中で描かれるそれは、燃え上がる様な激しいもので……憧れの反面、怖さも感じていたんです」

 燃え上がる舞台……私にとって、遠い世界の出来ごと。そんな風に思っていた。

「だけど彼と一緒にいる時には、そうではなくて……昔の懐かしさと、昔と違うことへの戸惑いと……でも、とってもゆったりした、柔らかい気持ちで……」

 昔みたいにお姉さんぶろうとして、彼の逞しさの前に失敗したり。
 みりあちゃんや仁奈ちゃんの相手をしてる時の、彼のお兄ちゃんっぷりに微笑ましさを感じたり。

 もっと彼を知りたい……寄り添いたいと、思ったり。

「……貴方、典型的なまでに女の子ね。坊やも坊やで、典型的なまでに男の子だし……」 

 私の途切れ途切れの言葉を聞いていた礼子さんの優しい頬笑みに、苦笑が混じった。


「そうそう……さっきの、彼の昔のことについてだけど……その様子なら、たぶんいずれ話してくれるでしょう。だから……私の話はここまで」

 そう言いながら、礼子さんは立ち上がる。そして口元に笑みを湛えたまま、私を一瞥する。

「それから、一つアドバイス。愛は言葉で語りつくせるものじゃない……でも、伝えるためには言葉が必要。覚えておいて」

 そんな言葉を置き土産に、礼子さんは彼女の担当プロデューサーの元に行ってしまった。
 テーブルに目を落とすと、私がお酒を注いだ礼子さんのワイングラスは、いつの間にか空になっていた。

「愛は言葉で語りつくせない……でも、伝えるには言葉が必要……」

 そう言われても……私の心がわからない。心がきまらない。自分の事の、ハズなのに。
 
 テーブルのワイン瓶を手に取り、グラスに注ぐ。
 そうして、一気に飲み干した……整理できない気持ちと、脳裏に浮かんだ彼の顔と一緒に。

「……けほっ。そういえば……ワインって、こんな風に飲むものじゃ、ないんだっけ……」

 口の中に残った苦みに、ひとつ咳き込む。

 典型的な女の子……礼子さんの呟きを思い出す。
 いくら口で自分はオトナだと言っても、結局の所、私は。
 まだ背伸びしてるだけの、ワインの味の良し悪しすらわからない……女の子のままなのかもしれない。

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三船美優(26)

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高橋礼子(31)

今回も短くてすみません。
シリアスでは 書く速度すら 重くなる (字余り)


 「アニマルパーク」終了後、次の日のレッスンでは思った様に体が動かず、トレーナーさんに怒られてしまった。
 ついお酒を飲み過ぎてしまった、今後このようなことはないよう注意する……そう釈明したけど、本当の理由は……彼の事だ。

 だけど過ぎていく日々の中で、一つのことに囚われていては、とてもじゃないが生きていけない。
 幸いと言うか、彼との関係がこじれる様なことはなかった。

 背伸びしてお姉さんぶる私を、頼りになる年下のプロデューサーが支える。
 昔のままの様で、昔のままじゃない、私と彼の関係。
 個人的には思うところもあったけど……その図式は、うまくいっていた。

 だが……どんな事だろうと、普遍はあり得ない。
 彼の取ってきた大きな仕事が……この関係の、転機となった。


「メルヘン&ゴシック……スゴイ、あんきらの諸星きらりちゃんと、TPの神谷奈緒ちゃんと共演……ですか!」
 
「ん……なんとか、そこのオーディション枠を会得した。後は若葉さん次第だね」

 これはかなり大きなイベントだったはず……新人プロデューサーとしては、こう言う仕事は取るの難しいんじゃないだろうか。

「まあ、まったくの白紙の状態からなら、俺だと無理だったかもしれないけど……シンデレラガールズ・プロジェクトの一環でもあるし、支援となる人づてもあった」

 なるほど……シンデレラ・ガールズプロジェクト。
 それに加盟したアイドル事務所は、イベントの競合やライブバトルの設置等、様々な連携がしやすくなる。ウチの事務所も、加盟していたんだった。
 加えて、彼なりの人脈も使った合わせ技か……流石、プロデューサー。

「諸星さんと神谷さんは、主役の確定枠だけど……主役は3人、あともう一枠空いてるんだ。若葉さんには、それを狙ってもらうよ」

「しゅ、主役枠ですか!?」

「ん……若葉さんが相応しいと思ったからこそ、これを押し通したんだ。若葉さんなら……絶対、この舞台で輝ける!」

 そして、この無茶ぶり気味の指示&殺し文句である。まったく、もう……。
 だけど、そうか……この仕事を取ってるために、彼は頑張っていたんだ。

「……もしかして、最近ちょっと顔色が悪いのも、この仕事関係で忙しくなったからですか? 頻繁に出かけていましたし……」

「……気付いてた? 心配掛けてたならゴメン……でも、大丈夫さ。休める時にはきちんと休むから」 

「そうですよ? 無理しないで、お姉さんにもちゃんと頼ってくださいね?」

「え、そう言ってくれるの? じゃあ早速……このイベントでの位置取り、ダンスについての資料を読んで、明後日までにレポート纏めてきてくれる? 今回のオーディションでは、まずこういった書類選考に通らなきゃいけないから。もちろん、オーディションに向けてレッスンの時間も増えるから、それも加味してタイムスケジュールを見直して……」

「……あはは……や、藪蛇だったかも~……」


 彼の言う通り、メルヘン&ゴシックの準備のためのレッスンも厳しさを増した。
 それに加えて、レポートも書かなきゃいけなくて……最初のうちは、彼や礼子さん、美優さんに手伝ってもらいながら何とかこなしていった。

 そうやって書類選考を突破し、準備を万端にしてのオーディションの日。
 
「若葉さん……俺の無茶な要求に、十二分に応えてくれてありがとう。若葉さんは間違いなくレベルアップしている……自信を持って、のびのびとやっていこう!」

「……はい! 行ってきますね!」

「うん! それじゃあ、待ってるから……頑張ってきて!」

 彼に激励を貰って、試練の間に足を踏み入れる。
 多くのアイドルたちが列をなす。それに交じって、私もオーディションの場へと足を進めた。

「おお、お久しぶりやね、若葉っち!」

「若葉さん、どうもです!」

「あ……由里子ちゃん、海ちゃん! お久しぶりです~」

 そこで再会したのが大西由里子ちゃんと、杉坂海ちゃん。
 以前ライブバトルで争った仲だが、何となくウマがあったのだ。
 ……別事務所ということもあり、そこまで深い交流はないけど、アイドルになってからの新しい友人たちだ。

「聞いたよ、若葉っち! 主役枠狙いなんだって? 勝負に出たもんやねー」 

「ええ……そのために、がっつりレッスンを積んできましたから~」

「おお……! 若葉っちが燃えている……! これはアタシもテンションあがってきたんだじぇ!」

「ちょっ……由里子! こんなところでハッチャけるなって……」

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大西由里子(20)

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杉坂海(18)


「も~、海っちノリ悪い! このオーディションを受けることも、かなり渋ってたし」

「うう……で、でもさ……やっぱガサツな私には、あんなヒラヒラな服は、ちょっと……」

「あらあら、海ちゃんったら……大丈夫、きっと似合うわよ~」

「そうだじぇ! 結局のところ、プロデューサーに乗せられてここまできちゃってるんだから!」

「わー! わー! 由里子、い、いわんでよー! もー!」

 相変わらずな2人だ……だけど、こうやって談笑出来た事で、お互いに緊張がいい具合にほぐれた気がする。
 だけど……海ちゃんの方はまだそわそわして、落ち着きがないみたい。

「大丈夫ですよ~海ちゃん。このオーディション、レッスンだけじゃなくレポートも沢山書かなくちゃいけなくて大変なのに、それをやり遂げてきたんですから」

「え? 確かにレポートはあったけど……そこまで大変だったかな?」

「海っち、アタシらは当たり役だろうからって、脇役オーディションにまわされたけど、若葉っちは主役枠狙い……レポートの量がそもそも違うやん。ほら、桃華っちに渡されてた資料とか、凄い量だったでしょ」

「あー、そう言えば……」

「桃華……そうか、櫻井桃華ちゃん……お二人と同じ事務所でしたね、そういえば……」

 実際にまだ会ったことはないが……今、大躍進中のお嬢様アイドルとして注目されているのは知っている。
 由里子ちゃんの話からすると、彼女も主役枠狙い……そうか、彼女がライバルになるのか。

「桃華はウチの期待のホープ……若葉っちには悪いけど、うちの事務所全員が役どころいただくじぇ!」

「わ、私だって、負けません~」

「……おっと、脇役オーディションと主役オーディションでは、面接の場は違うんだった。由里子、私達はこっちだよ!」

「わかったじぇ、海っち! それじゃ、ここで若葉っちとはしばしのお別れ……。まあ、さっきはあんなこと言ったけど……お互い頑張ろうじぇ!」

「は~い! お二人もね~!」


 2人と別れて、さらに奥に進む。案内係の人に促され、突き当りの部屋に通される。

 十数人がダンスで自由に動き回れるだろう、広い部屋……ここが会場、私の試練の場。
 5人の面接官が部屋の奥に座っており、その対面に5人ずつアイドルが呼ばれていく。

 案内の人に促され……ついに私の含まれるグループが呼ばれた。
 そのグループには、海ちゃんと由里子ちゃんの言っていた期待のホープ……櫻井桃華ちゃんも一緒だった。
 
 だけど……大丈夫、私は頑張ってきた。いろんな人に支えられながら、力を付けてきた!
 だから、もうやることは一つ。精一杯、頑張ろう! 精一杯、楽しもう!

「はい……櫻井桃華さん、ありがとうございました。では次の番号の方、どうぞ」

「はい! 日下部若葉、20歳です。本日は、よろしくお願いします!」

「……え! 20歳? ホントに!? さっきの桃華ちゃんと同い年かと思たわ!」

 ……い、いきなり面接官の一人に躓く様なセリフを言われたちゃったけど……頑張ろう!


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櫻井桃華(12)


 そして、オーディションは終了、全員に簡単な説明の後、解散となった。
 ……主役枠から洩れても、脇役に回される場合がある……か。
 でも、私はやりきったんだ。ぜひとも、主役合格の吉報が欲しい。

「お疲れ様……その顔だと、やりきった、って感じだね。はい、健康ドリンク」
 
「あ、ありがとうございます~」

 彼に迎えられ、労いの言葉と共に健康ドリンクを渡される。
 ……その時、ようやく気がついた。彼の顔色が悪い……体調が悪そうだ。

 朝、このオーディション会場に来た時点では、それほどでもなかったと思ったけれど……それとも、私が緊張しすぎて気がつかなかったのだろうか?

「あ、あの~、体調悪そうですけど……大丈夫ですか……?」

「……すまない、俺もなんだか自分の事みたいに、緊張してたみたいだ……ちょ、ちょっとトイレに行って来るよ……」

「……本当に、大丈夫なんですか……?」

「ははは……心配掛けて、すまない……こんな時に……。その……先に車で待っててくれても……」

「い、いえ。待ってますよ~」


 トイレに向かった彼を待ち、私は廊下で手持ちぶさた。
 所在なさげにキョロキョロしていると、ふと、廊下の曲がり角に何やらゴミが落ちているのを見つけた。

「ゴミのポイ捨てかな? う~ん、この辺にゴミ箱はあったっけ……」

 ゴミを拾おうと廊下の曲がり角に向かい、屈もうとした時。

「きゃう!?」

「おおっと!?」

 廊下の向こうからやってきた人と、ぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい! 不注意でした!」

「オイオイ、どこ見て歩いて……てあれ? あーた、確かオーディションに出てた……若葉ちゃん、だっけ?」

「あ……オーディションの……面接官さん……」

 そうだ……私を桃華ちゃんと同い年じゃないのか、と言った、大男の面接官さんだ。


「いやいや……さっきのオーディション、よかったよ! おじさん、感動もんだった!」

「は、はい。ありがとう、ございます」

 ぶつかった時の不機嫌さはどこへやら。
 不自然なまでにニコニコして、大男の面接官さんは話しかけてきた。

「しかし……これで20歳……フムフム……なるほど……」

 そして、私の全身を舐めまわすかの様に眺めはじめた。
 あっ……これって、やばいやつじゃ……。

「あ、あの……私、人を待たせているので……これで」


「あ、待ってーよ! 若葉ちゃん……今日のオーディションは素晴らしかった。だけど、まだ足りんもんがある……それ、知りとうない?」

「い、いや……その……私としては、やれるだけのことはやったので……後は天命を待つといいますか……」

「なあ……わかるやろ? もっと上に行く方法……教えたるで?」

 そう言って、肩を掴まれた。
 瞬間、恐怖と……同時に、怒りも湧いてきた。

 もっと上に行く方法? そんなことは知っている。私の先輩アイドルが、トレーナーさんが、別事務所の友達が、そして……プロデューサーの彼が、教えてくれた!
 きっと、この人の言ってることは……それを馬鹿にしている。許せない!

 問題になるかもしれないが、ひっぱたいてやろうか……そんな考えが浮かぶと同時に。
 別の腕が、その大男の面接官の腕を、私から引きはがした。

「……すみません、私達は急いでいるのでお話はまた後日、聞かせていただこうと思います。若葉さん、お待たせしました」

 彼が、来てくれた。


「なんや……ワレ、今大事なお話し中や。ちょっと黙ってんか?」

「申し遅れました、私、彼女のプロデューサーの……」

「人の話を聞かんかい! 大体、腕つかんだまま自己紹介とか、舐めてんのか!」

 大男の面接官に振り飛ばされ、彼は壁に背中を打ちつけた。

「きゃあ! な、何をするんですか、貴方は!」

「ハン! 若造が、粋がるからや! 大体、ワイが聞いたこともないちっさい事務所なんやろ! 有名にしてやる言うんや、何が悪い!?」

「おや……すみませんね。小さな事務所で……では、自己紹介から始めましょうか?」

「「!? しゃ、社長!? どうしてここに!?」」

 私と、彼の驚きの声が重なる。
 新たにこの場に現れたのは2人……1人は、私のオーディション会場にいた、もう一人の……おそらく一番地位が上であろう髭を生やした面接官さん。 

 そして、もう一人は……私達の事務所の、社長だった。


「別件の仕事が終わったので、そのついでに視察に来たのです。それで……ウチの2人が、何か問題でも?」

「え……あ……」

 大男の面接官が、社長に詰め寄られて言い淀む。
 自分がやましいことをしていた自覚はあるだろうし……それに、社長にはなんというか……迫力がある。

 30代後半という、この業界にしては若い身ながら貫禄が滲み出ていて……かく言う私も、最初は結構怖そうな人だな、との感想を抱いたものだ。

 さらに、大男の面接官にとって悪いことに……おそらく、自分より地位が上であろう髭の面接官さんに、こんな場を見られたのだ。

「おい……お前。これはどういう料簡だ? 説明してもらえるか?」

「ええ……そうですね、私の身内が粗相をしたのなら、侘びを入れねばなりません。しかし……そうでないならば……」

 2人に詰め寄られて、大男の面接官は顔からどんどん血の気が引いている。

「さて……では、お話をいたしましょう。君たちにも、話を聞かねばなりません。ついて来なさい」 

「「は、はい!」」
 
 社長に促され、私と彼が返事をする……やっぱり社長には、えもしれぬ迫力があった。


 その後、話はすぐに終わった。
 私達の訴えは受け入れられ、あの大男の面接官はなんらかの処分を受けることになるようだ。

「さて、改めて正式の抗議文章を送らねばなりませんね。それはともかく、日下部さんに被害がなくてなによりです」

「はい……ありがとうございます……でも……」

 私は、休憩用のベンチに座り、顔を俯いたままの彼に目をやる。
 大男の面接官に振り回されたからではなく、やはり彼は前から体調が良くなかったようだ。
 今も、苦しそうにしている。

「……100点満点中、30点といったところですね」

 不意に、社長が彼に言葉をかけた。彼も、顔を上げる。

「日下部さんへの、オーディション準備のサポートはほぼ問題ないでしょう。ですが、情報収集の範囲がまだせまい。彼女の競合する相手の情報をいくつか見落とす失態もありましたね」 

「……はい」

 ……もしかして、桃華ちゃんが参加する、との事だろうか。確かに私は知らなかったけど……。

「加えて、最近の体調管理もなっていなかった。いつもの君なら、あの大男相手でも振り回されることはなかった……いや、それ以前に、もっとスマートな解決方法もとれたでしょう。まあ、オーバーワークだったことは認めます。そこを考慮しても、日下部さんを不用意に一人にしてしまうのは不味い……それなりの対策を持つべきでした」

「ま、待ってください、でも、彼は……!」

「日下部さん。貴方も、ああいう状況なら、構わずすぐに大声を出すようにしてください。でも、本当の所はあんな状況に陥らないように彼が注意を払うべきだった、わかりますね?」

 私の反論は、社長の一睨みであっさり引かされてしまった。
 同時に、彼が頭を垂れながら、覇気のない声で言葉を発した。

「申し訳……ありませんでした……」

「謝るべきは私ではありません。日下部さんにです。……その様子では、車の運転もままならないでしょう。事故を起こされてはかないません。タクシーを呼びますので、それで帰りなさい」

 言うが早いか携帯電話を取り出して、社長は手早くタクシーを手配した。

「私はまだ別件の仕事があります。今日は社に戻りません。今日の報告は、また明日でかまいません。タクシーが到着するまで、20分はかかるそうです。2人で話し合うべきことを、話しあっておきなさい」

 そして社長は踵を返し、背中を見せて去っていった。


 さっきの謝罪の言葉以来、彼は言葉を発さない。
 ベンチに腰掛けたまま、再び顔を俯けている。

 私は、彼の隣りに腰かけた。一瞬、彼の顔がこっちを向いたが、すぐにまた俯いてしまった。

「すまない……若葉さん……俺は……」  
  
「そんな! ちょっとしたミスですよ、こんなの~……実際、オーディションには手ごたえがありましたし、さっきの事も丸く収まりましたし」


「でも……俺は……」

「もう、どうしちゃったんですか? いつもの頼りになるプロデューサーじゃなくて、まるで……」

 その時、不意に彼が顔を上げた。
 不安げな表情を浮かべ、片目から一筋の涙がこぼれている。

 それを見た瞬間、見つけた、と思った。
 昔の私が知らず、今の私が知っている、頼りになる大人の男のプロデューサーではなく。
 泣き虫な、小さい男の子……あのころの幼馴染が、私の目の前にいると思った。

 それと同時に、私の心に、パズルのピースがぴったりと嵌まる様な感覚があった。
 そうだ……あの頃の小さな男の子も、頼りになる大人の男の人も。

 そのどちらもが、私の目の前にいる人なんだ……私が側にいて欲しいと思ってる人は、間違いなくこの人なんだ。

 私が好きになったのは……この人なんだ。


 相変わらず、私の心に燃え上がるような感覚はない。
 ただ、身体の芯からぽかぽかと温まる様な……それでいて、鼻の奥がツンとする様な。

 柔らかくて、少しせつない気持ちが、私の中に広がっていった。

 憧れと恐れを向けた、あの激しい舞台とは、まるで違うけれど。
 この気持ちは、間違いなく……恋で、愛だと、心が理解していた。


 ……彼が落ち込んでいる前で、何一人で盛り上がってるんだ、とも思ったけど。

 そうだ、彼は今、弱っている。あの、小さな泣き虫の男の子に、見紛うほどに。

 だからこそ、私が……若葉お姉さんが慰めてあげなきゃ、と思うんだけど……何故だか、言葉が出てこない。


 彼のもう片方の目からも涙が流れ、彼は眼を閉じ、再び俯こうとする。

「待って。目を、逸らさないで」

 私は……慰めの言葉をかけず、彼に言い聞かせるよう、そう言った。
 自分でも理由は良くわからないが……そうするべきだと、思ったのだ。
  
「……すまない……若葉さん……俺は……」

「……貴方の……本当に言いたい事を、言って」

 短い、沈黙ののち。
 彼の喉から、絞り出されるかのように、言葉がこぼれ落ちた。




「……若葉さん……若葉姉さん……俺は……貴方を……好きに、なってしまった……」

 
 
 
 
  

ゴメン、今回ここまでです。

若葉さんも自分の気持ちに気付き、Pも告白して、晴れて両想い、めでたしめでたし……とはならず、まだ続きます。ご了承ください。

>>23にて誤字発見。一応修正しときます……。


×「……仁奈ちゃん、古い映画を知ってるのねぇ……お父様の趣味化しら?」

〇「……仁奈ちゃん、古い映画を知ってるのねぇ……お父様の趣味かしら?」


×「ああ……そうですね。初めて立った頃は、彼、まだ中学卒業から1年もたってなくて……」

〇 「ああ……そうですね。初めて会った頃は……彼、まだ中学卒業から1年もたってなくて……」

ここからPの回想に入ります。

――――――――――――――
―――――――――
―――――


 俺は、早く大人になりたかった。 
 大人は、強いからだ。

「アナタ……どういうことなの……! こんな……! 一番下の子は、まだ赤ちゃんなのに……!」

「煩い! ぎゃーぎゃー喚くだけの……糞女が!!」

 大人は、強い。強いから、好きな事ができる。
 自分の子供を悲しませる事だって、できる。

「お兄ちゃん……怖いよう……」

 妹が不安そうな声で、泣きながら俺に寄り添ってきた。
 俺は、黙ってその頭を撫でた……自分も、目じりに涙をためながら。
 
 こんな時、子供なら震えて泣いているだけだけど。
 大人なら……泣かずに、守ってあげることができるのに。

 早く大人になりたかった。それが叶わないことが……悔しかった。


 小学校時代の俺は、身長が小さいほうで、非力だった。
 そのくせ無駄に強がろうとするから、ケンカになることも多かった。
 
 体格差による力量差はどうしようもなく、俺は一方的にやられることがほとんどだった。
 だけど、涙は流しても泣き叫ぶ事だけはせず、抵抗をやめなかった。
 
「こらー! ケンカはだめですよ~!」

 そんな俺にも、仲良くしてくれる女の子がいた。
 彼女の名前は、日下部若葉。
 同学年の少女らに比べて背も高く、男女問わず友達も多い、皆のお姉さん的な存在だった。

「ほら……泣きやんで? お兄ちゃんなんだから……ね?」

「うん……ありがとう」
 
「うふふっ! 若葉お姉ちゃんに、も~っと甘えてもいいんですよ?」

「……大丈夫だよ、若葉姉さん」 

「も~! 姉さん、よりもお姉ちゃん、って呼んでくれる方が可愛いのに~」

 彼女は不満そうだったが……「姉さん」呼びは、俺の精一杯の抵抗だった。
 大人は甘えたりなんかしない。少しでも、それに近付きたかったから。

 
 学年が上がっていき、上級生にもなれば男女混じって遊ぶようなことも少なくなる。
 若葉姉さんも、中学受験を控え塾に通い始め……俺も彼女とは、少し疎遠になっていた。

 同時に、子供なりに落ち着いてくるもので、俺もケンカする様な事態もなくなり、涙を流すようなこともなくなってきた。

 そんな俺が……最後に泣いたのは、5年生の時の冬の初めだった。

 母は、どうにも身体の弱い、乳児の下の妹を頻繁に病院に連れて行っていた。

 ……母とよく喧嘩してた父親は、この時期「仕事が忙しい」と理由を付けて、まともに家に帰ってこなかった。
 子供2人きりと、だいぶ不用心なことだったが……正直、両親の喧嘩を見せられるより、何倍もましだ。

 
 そんなわけで、4歳下の上の妹と分担して家事をやる日がたまにあった。 
 その日も、先に家に帰る事が多い妹に、晩ご飯のおかずを買ってくる様に頼んでおいた。

 
 だが、その日、妹は家に帰っていなかった。


 おかしい。絶対、妹は俺より先に家に帰っているはず。
 加えて、気が弱くてまじめな子だ。どこかで遊び歩いているなんて考えられない。

 妹が……いなくなっちゃう。

 怖くなった俺は、家を飛び出して走りだした。
 妹の姿を探して、寒空の下を走りまわる。

 時々、奇異の視線で見られたが、そんなことはどうでもいい。
 はやく、見つけなきゃ……それだけを考えて、涙が流れるのもいとわず、走り続けた。


 辺りがすっかり暗くなり、俺は愚図りながら彷徨っていた。
 通学路沿いはほとんど探した……妹の知っているお店も探した。

 でも、どこにもいない……俺はすっかり途方に暮れていた。
 
「……どうしたの? こんなところで……?」

 涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、声のした方向を向く。
 若葉姉さんが、不思議そうな顔をして、こちらを見ていた。


 なんとか、妹が帰ってこないことを若葉姉さんに説明すると、彼女は俺を連れて自身が通っている塾に戻った。
 彼女を担当している講師が病欠らしく、家にそのまま引き返そうとした所に、俺と出くわしたらしい。

 冬の夜の中走りまわって、すっかり凍えていた俺に代わって、若葉姉さんが事情を説明してくれた。
 すぐに警察に連絡がいき……どうやら、迷子として既に保護されていることがわかった。

 なんでも、財布を無くしてしまいどうにか見つけようとして、あちこち探し回っている内に迷子になっていたらしい。
 
 妹が見つかった……その安堵で、どうにか止まっていた涙がまたあふれてきた。
 そんな俺の側に寄り添って、若葉姉さんは優しく頭を撫でてくれた。 

「冷えたでしょう。温かいコーンポタージュです。どうぞ、飲んでください。温まりますよ。ええと……日下部さんも、よろしければ」

 凍えていた俺を見かねたのか、電話をかけてくれた講師の人が、缶のコーンポタージュを持ってきてくれた。


 暖かいコーンポタージュを、3人で言葉もなく飲みあう。
 若葉姉さんは僕のそばで、缶の飲み口にふぅふぅと息を吹きかけて覚ましながらそれを飲んでいた。
 
 女の子の方が成長が早く訪れる時期だったのも、関係しているのだろうけど。
 俺の隣に寄り添ってくれる彼女のことを、おねえさんだ、と一番感じた時だったかもしれない。

 ほどなくして、妹を連れた警察の人と、俺の母親が訪れた。
 母親には涙交じりで怒られ、警察の人にも幾分かの注意の言葉をもらった。

 そして、車に乗って家路につく……その時に。
 ふと窓から外を見ると、若葉姉さんが笑顔で手を振ってくれていた。

 俺はこの時……その笑顔から離れて行くことが、たまらなく嫌だと感じたことを覚えている。


 その春の事だ……父が、失踪した。
 
「もう、わたしたちの面倒をみるのが嫌になった……俺は新しい愛を見つけた……だとさ……」

「……最後には、わたしたちを見てくれると……思っていたんだけどね……」

 置き手紙を握りしめたまま、誰にともなく、母はそう呟いていた。

 
 俺は、早く大人になりたかった。 
 大人は、強いからだ。 

 大人は、強い。強いから、好きな事ができる。
 自分の子供を悲しませる事だって、できる。

 大切なものを、捨て去ることだって、できる。

 俺は……そんな大人には、なりたくなかった。
 ヒーローみたいに、とは言わない。せめて、自分の大切なものをこの手で守れるように。

 強い大人になりたかった。
 家族を……妹たちを守ってやれる、強い大人に、なりたかった。

(毎回短くて)すまんな。次回もまだ、Pの回想が続きます。

やっとPの回想シーンが、終わりまで書けました。


 母は俺たちを連れて、実家に帰ることを決めた。
 父がいなくなり、パートタイマーくらいでしか働いたことのない母では、このまま生活を続けるのは難しいと判断したからだ。
 
 バタバタと忙しく、若葉姉さんの中学合格を祝うことも出来ないまま、俺たちは生まれ故郷から離れることになった。
 
 そして、引越しの日の当日。若葉姉さんが、息を切らしてやってきた。

「若葉姉さん……ごめんね。急な引っ越しで……中学校、合格できたんだってね。おめでとう」
 
 俺がそれを笑顔で迎えると……彼女の瞳から、涙が流れた。
 それを見てうろたえていた俺に、彼女はひし、と抱きついてきた。

「……離れ離れになるのは……寂しいけれど……元気で……ね……」

 途切れ途切れに言葉を選びながら、彼女は俺に別れへの惜しみと、これからへの励ましを送ってくれた。

「……ありがとう、若葉姉さん。大丈夫だよ……姉さんも……元気でね」

 俺も、彼女を抱き返す。
 ふわりとした、柔らかい匂い。温かな、体温。

 ……この日だまりの様な、僕が安らげる彼女との繋がりも、ここで終わる……。
 
 でも、きっと大丈夫。始めて彼女と出会った時よりも大きく成長した。背丈も、姉さんと同じくらいになった。
 ここからは……俺が、守る側に回る番だ。

「それじゃあ……さようなら。若葉姉さん」


 母の生家にて、彼女の母……俺たちの祖母は、快く向かい入れてくれた。
 とはいえ、一人暮らしの老人の年金では、家族4人を養うのは難しい。母は仕事を探し始めた。

 ……とはいえ、やはり長らく正社員の仕事に付いてない母の求職は難航した。

 祖母に俺たちの世話を任せて走り回る母に、自分も新聞配達をすれば少しは足しになるんじゃないか、と提案した事がある。
 母も、祖母も反対した。今は学生として、勉強を頑張ったり、部活で楽しんだりするのが貴方の本分だ、余計な心配は無用と言われた。
  
 この日の問答から数週間後、母は保険会社の営業へ採用された。

「ほら、あたしが本気を出せば、こんなものさ。アンタはまだ子供。まだまだ親に甘えときなさい」

 にこやかに話す母と説得を続ける祖母の様子に思い直し、俺はバイトはせずに勉学や部活に励んだ。
 
 そして、暇な時間を見つけると、中学卒業後に就職できる場所、その条件を独自で調べたりしていた。

 同級生が高校進学を控え、そのための親と教師との面談の時に。
 俺は、中学卒業後に就職口を探し、そこで働くつもりだと宣言した。

 当然のように母は反対し、担任教師も顔をしかめる。

「母さん……正直なところ、このままだと妹たちを高校に上げることすら厳しいんじゃないの?」 

 その指摘に、母は口をつぐんだ。
 下の妹の身体の弱さは、この時期になってもまだ克服できていなかった。

 当然、治療のための医療費もかかる。
 俺もなんとなく察していたのだが、母は風俗関係の仕事に転職する事も考えていたらしい。

「大丈夫。俺は俺なりに、仕事に付いても調べてきた。……まだまだ粗だらけかもしれないけれど、俺は、妹たちを守りたいんだ」

 俺の決意の固さを本物だと判断したか、ついに母も折れた。
 定時制の高校に通う事、決して無理をしない事を条件に、働く事への承諾を得た。


 とはいえ、そんなにスムーズに就職先は決まらなかった。
 やはり、中卒の身では働き口は限られてくる。所謂3Kと呼ばれる様な所からも、お断りの旨を伝えられた。

 そうして就職活動を続けた先に、とうとう、設立したばかりのアイドル事務所に内定が決まった。
 
 俺が入社直後はまだ人員が整っておらず、俺は様々な仕事に駆り出された。
 中には現場で簡単な説明を受けて、さあやってくれ、といった事まであった。
 
 経理についても手伝わなくてはならず、簿記等の資格も取った。
 この時期は、まだ事務所の経営が苦しかったろうに、資格試験合格のための料金支援をしてくれたことは、とてもありがたかった。
 
 俺は失敗が多く、怒鳴られてばかりだった。
 そのたびに頭を下げ、汗を流す。ただ、泣く事だけは、なかった。


 アイドルのスカウトもやった。
 ……残念ながら、俺のスカウトはほとんど成功せず、受けてくれた子もいたのだが、すぐにやめてしまった。

 先輩の……とはいっても、入社時期は俺よりも後なのだが……プロデューサーに「まだまだ、人を見る目を磨かなきゃな」と苦笑交じりに言われたことがある。
 
 アイドルに付き添うマネージャー業務もやった。
 礼子さんに叱咤されたり、美優さんに慰めの言葉をもらったりした。

 仕事終わりの打ち上げで、無理やり酒を飲まされそうになったこともあった。
 まあこれも、後にはいい思い出になるのだろう……この職場に馴染んできていた俺は、そう思った。

 初めてのボーナスを使い、祖母と母、妹たちに綺麗な服をプレゼントした。
 コーディネートも学んでいたので、服選びのセンスにも、それなりに自信がついていた。
 そして、そのプレゼントを渡した時……母が、いきなり泣き崩れた。

 驚いて固まっている俺の前で、母は「ありがとう」と「ごめんね」の言葉を繰り返していた。


 ……お母さん、泣かないで。笑ってよ。僕は、家族を守れる強い大人になりたかったんだから。「ごめんね」なんて、おかしいよ……。

 


 そして、勤務4年目。ついに担当するアイドルを持つプロデューサーに昇格した。
 渡された担当資料を見て……俺は、目を疑った。

「……若葉、姉さん……?」
 
 間違いない。見間違うはずがない。
 郷愁の想い、再会への喜び、それから戸惑い……様々な感情が、胸に湧きあがった。
 そうして、いざ対面した彼女は……間違いなくあの時の、おねえさんだった。

「えーと、私が中学進学の時に引っ越したから……もう8年も前になるのね~。見違えたわ~……最初は気付かなかったもの」

 そうです。若葉姉さん、俺、あの時ずっとなりたいと思っていた、強い大人になったんです。

「……それって、私がちっちゃいままっていう事ですか……」

 そんなことは……あるかな。
 俺はかなり背が伸びたけど、目の前の彼女の背丈は、あの別れたときから、そう伸びてはいないようだった。


 ……僕が安らげる、日だまりの様な存在が、思いもかけず帰ってきた……。


 若葉姉さん、どうだろう? 俺は、本当に立派な大人になっているだろうか?

 いや……それを決めるのは、これからの俺の働きにかかっている。
 必ず、彼女をトップアイドルに導く……若葉姉さん。今度は、俺が貴方を助ける番です。


 仕事も、多少のミスこそあったものの順調に進んでいった。
 若葉姉さんも、レッスンを、営業を、うまくこなしてくれている。

 俺たちの仕事ぶりが評価されたのか、俺も担当アイドルが増えた。
 ……とはいえ、仁奈ちゃんもみりあちゃんもとても良い子で、苦労らしい苦労はなかった。
 ありがたい事に、割とすぐに俺を信用してくれた……少し懐き過ぎでは、と思うこともあるけれど。

 仕事中でもお相手の催促をしてくれるのは、ありがたい思うが……同時に、ちょっと困る。

 そんな時、若葉姉さんが趣味のジグソーパズルで、彼女らの相手をしてくれたことがある。

 ……そう、この時だ。彼女が、俺に敬語でなくてもいい、と言ったのは。
 
 彼女は背の低さを低め、自身の雰囲気が幼いことを気にしていた。
 そうは言っても、それが彼女の魅力……俺は、実年齢とのギャップを考えて売り出していた。
 
 彼女も、それには納得していたようだけど……せめて、仕事の上では年上として立ててあげたいと思い、敬語で話しかけていたのだが。

 彼女は、敬語でなくてもいい、昔のように若葉姉さんと呼んでくれてもいい、と言ってくれた。
 
 正直なところ、嬉しかった。あの頃の若葉姉さんと変わりないんだな、と改めて思えたから。
 だからつい……甘えるように、俺は敬語を使うのをやめた。


 ……だが、敬語を使うの事をやめたのは失敗だったのでは、と思い始めた。
 彼女との距離が近くなった気がした……たぶん、踏み込んでは行けない距離まで。
 
 ……かつての友人としてなら、喜ぶべきだと思う。
 だけど、今の俺と彼女はプロデューサーとアイドルだ。
 
 不用意に郷愁に惑わされては、適切な判断が下せるかどうか、わからなくなる。
 特定のアイドルに、個人的な感情を持ちこんで贔屓するなど、あってはならないことだ。
 これまでも、自分の家族の事に付いては最小限しか話さず、彼女に心配かけまいとしてきたのに。

 ……いや、それも言い訳だ。
 言ってしまえば、俺は彼女に惚れていた。
 
 ……それすら、正確な表現かどうかわからない。ただ、昔の思い出に甘えているだけ、なのかもしれない。

 
 不意に、失踪した父の事を思い出した。
 新しい愛を見つけた、と言って、俺たち家族を見捨てた大人。

 だめだ……大切なものを見失うな。
 俺が守るべきは家族……そして、共に歩むアイドルたち。
 
 仮に、俺が若葉さんに告白したとして。
 何かの間違いで受け入れられてしまったら、彼女のアイドルとしての道は最悪閉ざされるかもしれない。 

 受け入れを拒否したとしても、彼女のことだ。いらぬ気遣いで精神を摩耗しかねない。

 そんな不祥事を起こしたならば、俺はおそらく解雇される。職を失い……家族のお荷物になる。

 だめだ……そんなのは、だめだ。
 大切なものを見失うな。俺は、守るべきものを持った、強い大人のはずだ。

 
 幸い、彼女との関係がぎくしゃくする様な事はなかった。

 背伸びしてお姉さんぶる彼女を、頼りになる年下のプロデューサーである俺が支える。 
 たぶん、周りからはそう思われていたはずだ。
 
 大丈夫、この燻ぶる様な胸の中の熱も、いつか消えるはず。
 半ば願うようにそう思いながら、仕事に打ち込んでいた。

 大きな仕事を取ってきて、彼女らを輝かせる……それが、俺の仕事。俺のやるべきことだ。

 そう思いながら仕事をしていると、自然にオーバーワークになってしまい……休むほどではないものの、少し体調を崩してしまった。

 俺が働き始めたころから、家族のためにと健康に気を使うようになっていた上の妹にも怒られてしまった。
 すまない、大丈夫だ、と言いながら、どうにか調子を整える。
 
 守らなきゃ、いけないものがあるのだから。


 若葉さんのために取ってきた仕事「メルヘン&ゴシック」。
 シンデレラガールズ・プロジェクトの一環ではあるものの、俺が単独で取った、初めての大規模な仕事だ。
 彼女に付き添いオーディション会場に向かった時には、まるで自分のことのように緊張した。

 オーディションを終え、やり遂げた、満足そうな顔をして俺の元に戻ってきた若葉さんを見た瞬間。
 俺の緊張の糸も、同時に切れた……何とか整えていた調子が、一気に崩れる音がした。

 ……このままでは、彼女の前で不用意なことを言ってしまいそうだ……。
 とっさにそう思い、トイレに行くと言い残して、彼女から距離を置いた。

 まずい……今の俺は、自分が思った以上に弱っている。
 統制がとれない。このままではいけない。自分を整えろ。強い大人の筈だろ。

 何とか気持ちと体調を整理して、彼女の元に戻る。
 彼女が、大男に絡まれていた。

「い、いや……その……私としては、やれるだけのことはやったので……後は天命を待つといいますか……」

「なあ……わかるやろ? もっと上に行く方法……教えたるで?」

 彼女が、肩を掴まれた。

 守ら、なきゃ。


 俺は、すっかり弱り切っていた。
 社長に指摘された問題点も、その通り……だが、それ以上に。

 若葉さんから、不用意に離れてしまった事……無意識のうちに、そうしなければならないくらい。
 俺の心が、若葉さんへ傾いていることを、思い知らされてしまった。

 彼女があの大男に絡まれていた時、俺の心に湧いた感情は……惚れた女に、手を出された時の怒りだ。

 今まで俺は、恋愛感情を抱いた事はない……そんな俺が、直感的にわかってしまうほど。
 彼女への想いは、いつの間にか大きく育ってしまっていた。

 いつからだろう……頑張っている彼女を見ていた時から? アイドルとして、再会してから? 一緒にコーンポタージュを飲んだ時から?
 それとも……初めて出会った時から、ずっと?

 いや、今となっては、そんなことは無駄な話だ。
 重要なのは、今の俺にこの気持ちを処理するだけの余裕が一切ないと言うことだ。

 ……何が強い大人だ。自分の心ひとつさえ満足に制御できない。これでは、まるで……。

「もう、どうしちゃったんですか? いつもの頼りになるプロデューサーじゃなくて、まるで……」

 若葉さんの声に、とっさに顔を上げた。

 待って、それ以上言わないで。それを言われたら、俺はもう、自分の気持ちを抑えきれなくなる。
 

 
 再び目を閉じて闇に籠ろうとする俺を、若葉さんは、目を逸らさないで、と引きとめた。

「……貴方の……本当に言いたい事を、言って」

 やめてくれ、若葉姉さん。俺の言いたいことは、言葉にしてはいけないものだ。
 自分の心を受け入れて貰って……幸せになりたいなんて、おこがましい。

 そうだ。俺は守るべき側の、強い、大人なんだ。
 だから……今日の失態を謝って……改めて、明日からも頑張ろう、そう、伝えるべきだ。

 守るべきものを見失うな。愛を見つけても、不幸を呼び寄せるなら、そんなものは捨ててしまえ。
 そうだ、俺が、俺は……。



 ……僕を助けて、若葉おねえちゃん……。







「……若葉さん……俺は……貴方を、好きに、なってしまった……」

 
 
 


―――――
―――――――――
――――――――――――――

今回はこれで終わりです。
たぶん、次の更新で最終回までいける……と思います。

誤字指摘ありがとうございます。修正すると、こうですね。


>>69の9行目。

× 彼女は背の低さを低め、自身の雰囲気が幼いことを気にしていた。

○ 彼女は背の低さを含め、自身の雰囲気が幼いことを気にしていた。


>>75の最後のセリフ

×「……若葉さん……俺は……貴方を、好きに、なってしまった……」

○「……若葉さん……若葉姉さん……俺は……貴方を……好きに、なってしまった……」


 彼の、突然の告白。
 いや……予感はあった。
 私も、期待と言うか……彼が、自分を好きでいてくれると、わかっていたのかもしれない。

 だけど、その好意を伝えてくれた当人は。
 まるで、絶望しきったかのような顔をしてた。

 どうして? 私に嫌われると思った?
 違う……彼のことだ。そんなことじゃ、ないはずだ。

「言うべきではなかったと、思いました?」

 彼はコクリ、と頷いた。

「それは……私がアイドルで、貴方がプロデューサーだから?」
 
 彼は虚ろな目をしながら、ぽつぽつと語り始めた。


「俺は……強い大人になれたと思っていた。若葉姉さんにも頼られている……強い大人に。でも、違った……俺は、自分の心すら……」

 彼の呼吸が乱れている。瞳からの涙が止まらない。身体が弱々しく震えている。
 
「この気持ちを伝えてしまったら……姉さんのアイドル生命に傷がつく……守るべきものを、守れなくなる……なのに……すまない、姉さん、すまない……」

 彼は俯き、贖いの言葉を繰り返す。
 そんなこと、言わないで……私は、彼を優しく、抱きとめた。

「ほら……泣きやんで? お兄ちゃんなんだから……ね?」

 いつだったか……小さな男の子だった彼に、かけた言葉。


「本当に……損な子ですよ、貴方は。泣き虫のくせに、甘えるのが下手で……なんでもかんでも、独りで抱え込もうとして……」

 抱きしめる腕に、力を込める。
 もっと近くに……私の温もりが伝わるように……彼の震えが止まるように。

「……こんな図体の男を捕まえて……損な子は、あんまりじゃないか、若葉姉さん……」

「うふふっ、い~え! 貴方の中には、まだ小さな泣き虫だったころの男の子がいるんです……でも、頼りになる大人のプロデューサーである事だって、嘘ではないでしょう? 実際、私は貴方を頼りにしてきたんですよ?」

 抱く力を弱め、彼と向き合う。
 涙こそ止まってはいなかったが……もう、そこに虚ろな目はなかった。

「私も、貴方が大好きです。貴方の弱さも、強さも……全部含めて。だから、もう独りだけで背負おうとしないで、ね?」

 この時、いつの間にか私も涙を流していることに気がついた。
 寄り添いながら、涙を流す2人……だけど、互いの表情に憂いはない。

「まったく……若葉姉さんには……敵わないな……」

 彼の顔に、穏やかな笑みが戻る。私も、笑みを浮かべた。

 こうやって2人で分かちあい、笑いあえる。

 それが、とても……とても、嬉しかった。




 思いもかけず、自分の心境と状況に大きな転機が訪れてしまった。
 自分が……こぼれ出す様に言った告白が、若葉姉さんに受け入れられ……俺の心も見透かされ。

 だが、プロデューサーとしては、失格な事をしてしまった。
 これからどうするか……あれから若葉姉さんと話し合い、一つの結論を出したけど。
 やはり、不安はぬぐいきれない。
 
 だが、転機は一つだけではなかった……帰宅した自宅で、また別の事態が動いていたのだった。

「……合格、した!?」

 上の妹が、芸能活動に興味を持っていたことは知っていた。
 ……とはいえ、不安定な職種だ。俺はどちらかと言えば反対の立場を取っていた。

 まあ、実態を知っておくのは悪くないと、いくらか資料を集めて見せてやったりはしていたが……。

「はい……▲▲プロダクション。そこの特待生枠に合格しました。なので、候補生時のレッスン料などが免除されます。お金の心配はいりません」
 
 そのプロダクションは知っている。大手……とまではいかないが、中堅クラスの所で悪い噂も聞かない。
 しかし、特待生枠とは……かなりの倍率だったはず。まさか、それを突破したとは……。


「私も病弱な妹を元気づけてあげたくて……やれることを、やっていきたいと思ってました。この業界の厳しさと不安定さを知っている兄さんが、反対する気持ちもわかっているつもりです」

 俺の目をしっかりと見据えて、妹は強く言い放つ。

「でも……兄さんに、多くのものを背負わせてしまってるようで。せめて、皆の健康に気を使って……でも、それだけじゃ足りないんです。妹に……家族に、いえ、皆に元気を与えれられるアイドルになりたいんです」

 ……俺が守ってきた妹。だけど……彼女も、守るべき側に行きたいという。

「私は、私の望む道で頑張って……家族を支えていきたいんです。お願いします、許可をください。兄さんの背負っているものを……分かちあわせてください」

 俺の心に広がったのは驚きだ。
 妹に……まさか、若葉姉さんと同じようなことを言われるとは。

 そうだ。俺には、たくさんの助けの手があった。
 それをまるで、独りで頑張っているみたいに苦しんで……その方が、ずっとおこがましいじゃないか。

 奇しくも、若葉姉さんと同じ意図の言葉を送ってくれた妹のお陰で……明日のための、決心がついた。

「いや……もう、既に一つ結果を出してるじゃないか。なら、俺が反対することはないよ……いってきなさい、ネネ」

「はい! ありがとう、兄さん……不肖、栗原ネネ。アイドルとして、精進していきます!」

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栗原ネネ(15)


 翌日、事務所の社長室にて。
 昨日のオーディションについての反省点を含めた報告の後。

 若葉姉さんと共に、自分達が交際を決めた旨を、社長に伝えた。

 社長はいつもの威圧感ある視線で、俺たち2人を見つめた後……ふぅ、と一つ溜息をついた。

「馬鹿正直ですね、貴方達は。アイドルとプロデューサーが交際するなど、由々しき事態です。周りに隠し、秘密裏に付き合う方法もあったのでは?」

「いえ……隠し通せるものではないでしょうし……それに、俺には社長に拾ってもらった恩があります。隠してしまうのは、道義に反すると思ったのです」

「道義に反すると言うのなら、恋を認めてしまった事、それ事態が問題だと思わなかったのですか?」

「それは……反論のしようがありません。ですが……この気持ちに、嘘をつくことは出来ませんでした」

 俺の言葉を聞き、社長はしばし考え事をするように、目を閉じた。
 時間にすれば数秒だったろう……だが、俺にはその瞬間がとても長く感じた。

 やがて、社長が目を見開き……再び語りかけてきた。

「……とりあえず、この事が外に漏れないよう、情報を徹底しましょう。今日中に社外秘の情報として処理していきます。貴方達も絶対にばれないように。期間は……そうですね、少なくとも半年は秘匿すると思っていてください」

 思わぬ言葉に、唖然となる。
 下手をすれば解雇を言い渡されるかもしれない、とまで覚悟していたのだが……。


「それから、本来なら身内人事を避けるため担当も外さねばならないのですが、今はメルヘン&ゴシックなど大きな仕事があります。引き継ぎの手間がかかりすぎるので、しばらくはこのままでいきましょう。勿論、問題があると判断すればすぐにでも人事異動となりますが……どうしました? 2人とも、鳩が豆鉄砲くらったような顔をして?」

「い……いえ、下手すれば解雇、どうあがいても担当は外されるだろうと思っていたので……最悪、交際を反故にしろ、と言われるかと……」

「それを言われたとして、貴方がたは諦めないでしょう。2人とも、覚悟を決めた顔です。ならば、その上で対策をとるのみ。それに、貴方がたは優秀です……下手に解雇するには、惜しいのですよ」

 じっと、厳しく見据える様にしていた社長の顔が……気のせいだろうか、一瞬笑った気がした。

「……本当に、良い顔になりましたね。しかし、問題があると判断すればすぐさま斬り捨てます。心に銘じておきなさい」

「「ありがとうございます、社長!!」」

 若葉姉さんと2人で、大声で礼を述べる。社長に「いきなさい」と言われ、部屋を後にした。




 2人の報告を聞いた後、社長は社内をまわり対策を進めて行った。

 その途中、自動販売機のある休憩スペースにて。
 自社のアイドルである、高橋礼子と鉢合わせた。

「おや、高橋さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です、社長……何かいい事、ありました?」

 社長は「いえ、特には」と言いながら、缶入りのコーンポタージュを買った。

「あら……またそれですか。相変わらずお好きですね」

「ええ、身体が温まります。そうだ、いずれ正式な発表がありますが、日下部さんと彼女の担当プロデューサーが交際を始めました。当然ですが、社外秘でお願いします」

「あら、そうなの……彼女と坊やがねぇ……ふふふっ」

「おや……その様子では、以前からなにかしらを知っているようですね」

「あら、それは社長もお互いさまでは? あの2人が幼馴染と知っても、そのまま担当を続けさせたのでしょう?」

「なるほど、そう言われれば確かにそうです」


「それなら、社長さんは結構ロマンチストなのかしら? だって、ビジネスの観点から言えば許せざる事……なのに、2人の恋路を邪魔しないなんて……随分と粋な計らいじゃないですか」

「いえ、いろいろと考えはあるつもりです。日下部さんは見た目は小さいとはいえ既に20歳。交際している人がいてもおかしくない、と考えやすい年齢です。まあ、イメージ的に難しいところではあるんですが……これは公表するタイミングと方法でどうにかできるでしょう」

「あら、いずれは公表なさるおつもりなのね」

「下手に隠し通す方がダメージが大きいと、私は考えます。それに……日下部さんの方は、ちょっとやそっとでは、曇ることはないでしょう。彼女は小さな見た目に反して、かなりタフです。可愛らしい背伸びは、彼女をうまく成長させていていたのでしょう」

「そうね、私もそう思ってました。どちらかと言えば、心配に思ったのは坊やのほう……」

「ええ、彼も背伸びをしていましたが……おかれた状況が状況だけに、かなり無理をしていました。悪い意味で張り詰めていましたが、日下部さんとの出会いが良い方向に働いてくれました。彼も、覚悟とは犠牲の心ではないと理解できたようです」

 そう言いながら、社長は缶のコーンポタージュを飲みほした。


「……もしかして、こうなることを予見していたのですか、社長?」

「いえ、そうではありません。そうですね……先程、高橋さんの言ったような、粋な計らい、というのをやってみたかっただけですよ。彼と彼女とは、盃を共にした仲ですからね。たまにはこういうのもいいでしょう、と思ったのです」

「あら、お二人とお酒を飲んだんですか? ずるいわ、私も誘ってくださればよかったのに」

「いいえ。もっとずっと前の事ですよ」

 そう、あの二人はもう覚えていないだろうことだ。

 社長がまだ、20代後半の頃……事務所を設立させる前、様々な仕事を転々としていた頃。

 寒空の下走りまわってきた少年と、彼を姉の様に見守っていた少女。
 
 その2人にコーンポタージュを振る舞い、当時自身が勤めていた学習塾の片隅で、共に飲みあった仲なのだ。

 社長はその事を思い出しながら、少々感傷にすぎるかな、と思い苦笑した。

「……珍しいですね。社長が笑うところ、久しぶりに見ました」

「私も人間と言う事です。これからの未来を楽しみにしている、一人のロマンチストですよ。これでも……ね」

 そう言い終わると、社長は空になったコーンポタージュの缶をゴミ箱に捨て、休憩室を後にした。




「やったぁ! メルヘン&ゴシックの主役枠、合格です~!」

「やったね、若葉さん! 衣装も出来たし……ここで一度合わせてみようか」

 オーディションからの一連の騒動から数週間後。

 私は、メルヘン&ゴシックの主役枠を射止めることができた。
 彼もまた、自分のことのように喜んでくれた。

「衣装、きてみました~。フリフリヒラヒラ、カワイイですね~」 

「うん……とっても良く似合ってる」

「うふふ~♪ これで私もオトナのお姉さんとして、せくし~な魅力アップですね~♪」

「……うん、そうだね」

「……だから視線、逸らしませんでしたか? 言いにくい事でもあるんですか? おォん?」


「冗談だよ……大体、俺が若葉さんの大人としての魅力を、一番わかってるはずだからね」

「……もう、調子いい事を言って……」

 穏やかな笑みを浮かべる彼。
 初めて会った時のような戸惑いは、もうない。
 あの頃の少年も、逞しいプロデューサーである今も、ここにあると知ったから。

「でもね、やっぱり……私の新しい魅力に夢中になって欲しい、もっと視線を独り占めしたいと思ってしまうんです。アイドルとしては、ダメな事なのにね」

「……大丈夫さ。若葉姉さんなら。きっと、大切なことは忘れてないから」

 ふぅ、と照れくさそうに笑いながら、彼が私に言う。

「むしろ、気をつけないといけないのは俺の方だよ……というか、もう既に若葉姉さんに夢中になってるわけだから。担当外されないよう、冷静に仕事していかないと」

 ……結構、凄い事を言ってくれた。
 う、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかな。

「……うふふっ♪ ありがとう……頼りにしてますよ、プロデューサーさん!」

「こちらこそ、頼りにしてるよ、アイドルさん」

 そう言って、2人で笑いあう。
 こんな風に、いろんなことを分かち合いながら、これから先も一緒に歩んでいきたい。
 
 だからね、――くん。
 


「若葉おねえさんに、お任せなの!」



                 ・終わり・

そんな訳で、おわりました。読んでくださった方々、また雑談スレでネタをくれた方、ありがとうございました。


しかし、このSSで一番割を喰ったのは、ネネさんかもしれません。

ネネ「私の両親が……離婚したことになっている!?」

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