マミ「心の温度」 (14)
この世界には、奇跡も魔法も存在する。
だけれど、いいえ。だからこそ、というべきかしらね。
この世界は余すことなく理不尽で残酷だ。
真っ暗な結界の中で魔女を倒した私は淡々とそんなことを考えた。
四年ほど前にね、私は一つの願いと引き換えに魔法少女になったのよ。いえ、なってしまったの。
今にして思えばね、どうしてもっとうまい願いに出来なかったのか、とかどうして自分だけ助かるような願いをしたのか、なんて後悔するの。
どうして、どうして極限の状態で私は両親の回復を願わなかったんだろう。違うわね、どうして願えなかったんだろうって。
だけれど本当はね、しょうがなかったんだ、そう思えて諦めてしまっているわ。
そして、それが私の『心の温度』が冷め切ってしまう原因だったのだろう、今になってみれば自然とそう
思えるの。
そんな自己嫌悪とも、自己回帰ともつかないことを考えているとね、不意に、本当に不意に最近であった
魔法少女のことを連想したわ。
名前は確か、暁美ほむら、さん。
目を見た瞬間にね、分かったわ。
暁美さんが私と同じように『心の温度』が低い人間だって。けれど、私とあの子は決定的に違う。
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私たちはきっと似ているのよ。だけどね、それでもやっぱり相容れない考えを持ってしまっているんじゃ
ないかしら。
だからかしらね、少しつっけんどんな態度を取ってしまったわ。
その時の会話の流れで「きっと、話し合いで済むのは今夜で最後だから」なんて言ってしまって、実は少
し後悔してるのよ。
だって、『心の温度』を下げてそれでも諦めきれない『何か』を見据えているように見えたから。
なんだか、こんな風に言うと嫉妬しているみたいね。
いいえ、きっと嫉妬しているのよね。
本当のところ、私にはもう生きる理由がないのだから。
でも、だからこそ、少しだけ心配になるわね。
あの子の目的が達成された時、あの子自身はどうなってしまうのかって。
本当に私は何を考えているのかしら。本人に向かって敵だと糾弾しておいて。
力の抜けた体を引きずって、ようやくと家に帰りついた私は取り留めもなく、考える。
分からない、本当に、分からないわ。
あの子は、暁美さんは何を考えているのかしら。
私に手を差し伸べる必要なんて、どこにもなかったじゃない。
なのに、なんでなの。
私に縛られてそれで、お終い。あとは私が死んで拘束が解けてから、魔女を倒せばそれで、済む話じゃない。
邪魔者も消えて、グリーフシードも手に入る。一石二鳥じゃない。
なのにどうしてなの。
どうして、腕一本を犠牲にしてまで、私を助けに来たの。
本当に、魔女に噛みつかれる直前に私を突き飛ばした彼女の格好には度肝を抜かれたわよ。
というか、当然よね。右腕を肩口から綺麗に切り落とした状態で突然現れるんだもの。
しかも、その直後に首から下、右胸から下腹部にかけてを魔女に食い破られるなんてスプラッタ、こっち側の世界でもそうそうお目にかかれるものじゃないわ。
それでいて、私に向かって、
「早く魔女を倒してちょうだい。見誤らなければ決して後れを取るようなことはないでしょう?」
なんて抜かすのだもの。
えぇ、まぁだから。全力で瞬殺してやりましたとも。
でも本当に、なんで敵性を見出しているはずの私に対してあそこまで命を懸けられるのかしら。
そう言えば、
「悪いんだけれど、さっさと私のことを治療してもらえると助かるわ。何分こういうのは不得手なのよ。
自分で全部直すと手持ちのグリーフシードを全部使う羽目になるわ」
なんて言って笑っていたわね、彼女。
人をなんだと思っているのかしら。まぁ、きっちり治させてもらいましたけどね。
本当は、魔女に喰われそうなその瞬間に私は死ぬことを受け入れていた。
嫌だ、とも思わずに。ごめんなさい、とも思わずに。
ただ、死ぬんだ。と受け入れていた。そして、そんな無責任な自分が嫌になった。
だって、その場にはまだまだ普通の女の子のはずの鹿目さんと美樹さんがいたっていうのに、二人のことなんて私は全く考えていなかった。
何が、正義の魔法少女よ。何が希望を振りまく存在よ。
駄目ね、本当に。こんなんじゃ、私の元を離れて行った魔法少女のみんなに示しが使いないじゃない。
違う、そうじゃないでしょう。
鹿目さんと美樹さん、二人に合わせる顔がない。いいえ、二人だけじゃない。なにより暁美さんに合わせる顔がない。
そう言えば、普段よりも少しだけ『心の温度』が高いような気がするわね。
私にまた弟子が増えた。
正直に言って気が重たいわ。
だって、私に関わった魔法少女たちは遅かれ早かれ『心の温度』が下がっていってしまうから。
冷め切ってしまった私の心がみんなの熱を奪ってしまってるんじゃないかと少し、心配になるのよ。
でもそれ以上に、私は誰かと一緒にいることで現実逃避をしたがっている。
ねぇ、佐倉さん。どうして今更ながらに私の前に姿を現せたのかしら。
あなたの言葉は、なんていうか、空虚に聞こえるのよね。中身がこもっていないというか、口ではなんとでも言える、というか。
けれど、事実として私とあなたはチームを解散して縁を切ったわよね。
それでも、心のどこかで私はあなたのことを信じていたいと思っていたの。
だけれど、ダメだったのね佐倉さん。
今のあなたは私と同じ目をしている。
そう、『心の温度』が冷め切ってしまっている目。
でも、きっと情熱のようなあなたなら、暖かさを取り戻せるって信じているわ。
私は今、目の前で残酷な真実を認識した。
穢れをため込み過ぎたソウルジェムは反転し、グリーフシードを生み落して消滅する。
私はそれを、割合すんなり受け入れてしまったみたい。
極めて冷静に、努めて平静に。なんて誤魔化しの言葉を並べずとも冷静に合理的な判断によって、私の手は佐倉さんのソウルジェムにぴったりと銃口を向けていた。
私たちが最終的に魔女になるのならば、そうなる前に死ぬしかないじゃない。
多分、私は泣いているんだと思う。正直よくわからない。
そして、私が引き金を引くその瞬間に射線の中央に暁美さんの体が現れた。
暁美さんの真っ直ぐな瞳が私の瞳を捉える。
ジィッと私たちは無言で見つめ合っている。
暁美さんの瞳はピッタリと私を見つめて、この瞬間だけは私だけを見ていた。
私は大粒の涙を溢しながら、
引き金を引いた。
暁美さんの、ほむらさんの体の中央からドクドクと血が流れ落ちる。
ほむらさんは口からも血を流しながら私のマスケット銃を掴んで、私に微笑んで見せてくれた。
そして、
「巴さん。早く治療してくださいよ、前にも言ったじゃないですか。私は治すのは不得手なんですよ」
なんて口から血を吐いているくせに笑うのよ。
「ごめんね、ごめん。今治すから」
私は絞り出すように、泣きながら呟いた。
あぁ、勝った。
私たちは勝ったのね。でも、この町は半壊ね。
残念、町を守ることは出来なかったみたい。
それでも、人を守ることが出来たのがせめてもの救いかしらね。
その代償は大きかったけれどね。
それでも、私の命一つでそれだけ救えれば御の字二重丸じゃないかしら。
あぁ、ダメね。もう意識が揺らいで感覚もなくなってしまったわ。
両足と、左手が吹き飛ばされてしまっているから立てもしなければ、上体を起こすことも出来やしない。
魂が死という状態を認識し始めるとソウルジェムが変化の兆しを見せ始めるのよね、確か。
私は絞り出すような声で、ほむらさんと、佐倉さんの名前を呼んでみた。
もう、何を言っているのかは聞き取れなかったけれど、どうやら二人はそこにいるみたいだったから、一つだけ、わがままを言ってやったわ。
「私、もう限界みたい。だから最後はあなた達で砕いてくれないかしら」
私の頬に湿っぽい何かが落ちてきた。
なんとなく、ほむらさんの泣き笑いが見えた気がするわ。
高い発砲音が私の最期を飾る音だった。
終わり
依頼出してきます。
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