「よう…」
俺を見るなり雪ノ下雪乃は深いため息をついた。
「はぁー…… 今日は比企谷くんしか来ないことはわかっていたのに…… 期待してしまった私が馬鹿だったわ……」
こめかみのあたりに手を当て、まるで痛恨のミスをしでかしたような仕草を見せる。
「うっせー」
いつも俺の方が由比ヶ浜より先に来てるじゃねーか。
その由比ヶ浜は昼前に体が熱っぽいと言って早退した。
由比ヶ浜から、何あのヒエログリフもどきがいっぱいの頭の悪そうなメールを受け取ったのだろう。
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「今日は私たち二人だけのことだし、もうお茶の時間にしましょう」
ガラス製のティーポットに湯を注ぎこむ音が聞こえてくる。
すっかりと奉仕部の日常となった。
そう、最初はティーカップに、次はマグカップに、最後に紙コップに注がれて…
ジャー --
突然、陶器のポットに煎れたての紅茶が注がれる音が聞こえてくる。
予想外の音に驚いて顔を上げると雪ノ下と目が合った。
「紙コップが切れてしまったのよ」
雪ノ下は、そう言いながらポットに保温用のカバーをかぶせた。
-昨日のことだ。
「ひ、比企谷君…… そ、そのゴキブリをどうにかなさい。あなた仲間でしょ……」
ついに俺もゴキブリ扱いされてしまった。
あまりにも理不尽だ。理不尽すぎる。
すでに帰り支度の終わった俺はそのまま無視して帰ろうとする。
「ヒ、ヒッキーひどい… ゆきのんがちゃんとお願いしているのに無視するつもり」
雪ノ下と由比ヶ浜は、互いのブレザーの袖をつかみあいながら震えていた。
どこがちゃんとしたお願いだ?
思いっきり罵倒しているじゃねーか
「ったくー…… 今退治するからおとなしくしていろよ」
-格闘すること数分。
箒ではたかれてすでにこと切れたゴキブリをポットの横に置いてあった紙コップで掬い取り、窓から放り棄てた。
ああ… そういえば、あの時使ったのは最後の1個だったな。
悪い、何も考えないで使ってしまったから、お前だけでも飲めよと言おうと思っていたら、思いもかけない言葉を耳にした。
「私一人だけ飲むわけにはいかないじゃないの」
いつから俺にこんな気遣いをするようになったんだ、雪ノ下は。
それなら、普段もっと俺にかける言葉にももっと気を遣ってくれてもいいんじゃないの?
雪ノ下は、顎のあたりに手を当てて考え込んだのち、こう告げた。
「比企谷君、今からティーカップを買いに行かない?」
紅茶を煎れるのが趣味だというだけあって、雪ノ下が出してくれるのはおいしい。
確かに紙コップで飲むのより、ティーカップで飲んだら雰囲気も違ってさらにおいしいものになることだろう。
でも、俺は由比ヶ浜とは違って、好き好んでこの部活に入ったわけではない。
この部屋にマイカップを置くってことは、俺が奉仕部に入れられてしまったことを肯定してしまうことになってしまう。
「帰りにコンビニで紙コップ買ってくるから気にするな」
「紙コップって持つ時熱いのよ。紅茶を煎れる私の身にもなって」
「熱いんだったらコップの上の方を持てばいいだろ」
「嫌よ。私が持ったところに比企谷君の唇がつくと思うと… 気持ち悪い。」
ふと雪ノ下の指に目が行ってしまう。
細くしなやかに伸びる指。
雪のように白く透き通っている。
でも、こいつの場合かしづかせて手の甲にキスをさせ、服従を誓わさせられそうでなんか怖いな…
しかも、それが妙に様になっていそうで、俺の理性も吹き飛んでしまうかも…
「比企谷君、私の指を見てまた何か変な妄想をしていない? セクハラで訴えるわよ。気持ち悪い。」
手をネコ型ロボットのようにグーにして、胸元に押し当てている。
やがて、その手をグーのまま下ろして再び口を開く。
「ところで、その… 紙コップが切れてしまったからだけではないの… あの… あなたにはいろいろと助けてもらったわけだし…
そ、その… お礼がしたいのよ…」
「別にお前に礼を言われるようなことなんて何もしてねーよ」
事実、俺は何もしていない。
雪ノ下に非難されるようなことはしてきても、感謝されることなど何一つしてきてはいないのだ。
「でも… それでは私は… 」
「気にするな。俺は金欠だ。財布の中に400円しかない。ティーカップなんて高価なものどころか、マグカップだって買えやしない」
小町め、妹を愛する兄の気持ちに付け込んでおねだりしやがって。
このシスコン殺しのおねだり上手が。
おかげで、小遣い日まであと半月もあるのにひもじい思いをしないといけないじゃないか。
昼飯のあとのMAXコーヒーが飲めないなんて悲しすぎるだろ?
「比企谷君、あなた馬鹿? 私が礼をしたいと言っているのよ。あなたは私からカップを受け取ればいいだけなのよ。それに、あなたに合った腐ったようなカップを見つけることは容易ではないのよ。」
なんだこいつは。
俺はそもそも雪ノ下から礼をされる覚えはない。
そう言っているのに何逆ギレしているんだ。
しかも、なんで貶められないといけないの?
「そもそも修学旅行のときにあなたが…」
雪ノ下は、突然語気を強めたかと思うと、手をもじもじとさせて急に黙り込んだ。
うつむき加減に目をそらしている雪ノ下の顔は、秋の早い夕日に照らし出されたせいか赤い。
修学旅行の三日目の晩に雪ノ下を怒らせてしまったことをふと思い出してしまった。
あの時の雪ノ下の表情といったら…
よせよせ、俺は過去を振り返ったりしないんだ。
ちょっと惨めになるじゃねーか。
なおも食いついてくる雪ノ下に根負けした俺は、一緒にティーカップを買いに行くことにした。
「ちょっと待っててくれ」
急いで自転車を用意して戻ってきた。
「じゃ行くか」
雪ノ下に追いつきざまに声をかけるが、そのまま追い抜いてしまった。
振り返って、
「おい、早く行かないのか」
そう声をかけるが、雪ノ下は歩き出そうとしない。
「その……、一緒にいるのを見られると、ちよっと……」
いつかも聞いたことのあるセリフだ。
こうなったときの雪ノ下は埒が明かない。
「お前が誘ったんだろ。それにどこに行くのかも聞いていない。さらにお前が迷子になったらどうやって連絡とるんだよ」
そう、俺と雪ノ下は互いに携帯の番号はもちろん、メアドの交換をしていない。
方向音痴も甚だしい雪ノ下が迷子になってしまったら、どうするんだよ。
今頃家で寝ているであろう由比ヶ浜にでも訊くつもりか。
小町だってお前の連絡先は知らないし…… まさか、平塚先生にでも電話するつもり?
そんなことにでもなったら、電話とメールの着信がものすごいことになっちゃうよ… それだけはやめてくれない?
平塚先生、どんだけ俺のこと好きなんだよ… 誰か早く貰ってやってよ……
「そうね……、誠に遺憾だけど、……一緒に行きましょ」
そう言うと雪ノ下は、俺を追い抜いていく。
毎朝小町にそうしているように雪ノ下を後ろに乗せても良かったが、俺は雪ノ下のあとを自転車を押しながら追っていった。
駅に自転車を置いて京葉線に乗った。
隣同士に座ったが、特に会話はない。
互いにぼっち同士、こうしているのがベストの選択だ。
誰が見てもたまたま隣り合って座った2人しか見えない。
これなら雪ノ下も誰も気にすることはないだろう。
とりあえずここまでです。
レスどうもです。
もうちょっとだけ先に進みます。
京葉線を下車して歩くこと数分、目指していたと思われる場所に着いた。
雪ノ下の動きからそのことがわかった。
いつしか、小町と3人で来たことのある場所だ。
あの時は、陽乃さんに絡まれるわ、由比ヶ浜に勘違いされるわで散々だったな。
雪ノ下は、迷子の仔猫のようにきょろきょろしながら進む。
俺は、そのあとに従う。
あまりにも挙動不審なほどに前後左右を気にするようだったら、そのときはどこへ行きたいのか
声をかけてやろうと思っていた。
しかし、それは杞憂に終わり、紅茶専門店の前で雪ノ下は立ち止った。
「ここよ」
さすが紅茶好きの雪ノ下だ。
よくとまではいかなくても、たまに訪れてはいろいろとチェックしているのだろう。
さっきの迷い方で、なんとなくそんなことがわかった。
店内に入ると雪ノ下は、物色し始める。
俺は、適当にその辺のものを眺めている。
MAXコーヒー命の俺には、見慣れない嗜好品がいろいろとある。
さすが英国紳士や貴婦人が嗜むだけのことはある。
そう感心していると、ふと雪ノ下が視界から消えていたことに気付いた。
「雪ノ…」
雪ノ下の姿を見つけた俺は一瞬声をかけるが、すぐにやめた。
雪ノ下雪乃は、真剣なまなざしでただ一点だけを見つめていた。
口許に手を伸ばし、なにやらブツブツと独り言を言っている。
「これにしようかしら……、でもそれだと……、いいえ……、やっぱりこれに……」
意を決して手を伸ばそうとする。
しかし、急にそわそわし始めて右を向き、左を向いた。
そして、雪ノ下の美しい横顔に見惚れていた俺と目が合うと何事もなかったようにすっと手を引っ込めた。
前にもこんなことがあったな……
顔をそむけた雪ノ下は、ややしばらくすると、今度はいつものようにジト目を向けてきた。
それを無視するように近づいていく。
「比企谷君、何?」
「何かいいものでも見つかったのかと思ってな」
しらっとそんなことを言いながら、さらに雪ノ下に近づいた。
そして、ほどよい距離感のところで立ち止った。
「じゃあ俺、それにするわ」
「へっ……? 本当にこれでいいの…?」
「だってお前が選んだんだろ?」
「いえ、私はまだその……」
雪ノ下はまだ何か引っかかることがあるのか、歯切れが悪い。
俺がお前のために何をしてやったのかは知らないが、俺なんかのために時間を費やすのは、
人生の駄使いっていうもんだろ…
雪ノ下が決断できないのであれば、俺が解を示したっていいだろう。
「それでいい……、いや、それがいい」
「そう……、それじゃあ会計を済ませてくるわ」
さっと背を向けてレジに向かっていく雪ノ下。
彼女がどんな表情をしているかはわからない。
ひょっとして、俺が選んだのって自分用に買おうと思っていた高価なものなの!?
もしかして怒ってるの?
明日になって法外な金額の請求書を手渡されたりしない?
いや……、俺知ーらない……
先に店を出て、店先の小物を前のめりになって眺めていると、すっと紙袋を持った腕が目の前に
延びてきた。
「はい、お礼…… 比企谷君受け取って。明日部室に持ってくるのよ……」
雪ノ下の表情を確かめたかったが、気が変わらないうちに早く受け取れと言わんばかりに腕を
さらに突き出す。
「ありがとよ」
と一言礼を述べて素直に好意を受け取った。
ここまででちょうど半分くらいです。
続きはまた明日書きます。
レスどうもです。
再び続きを書きます。
これで用は済んだ。
もうこれ以上、雪ノ下とここにいる理由はない。
再び互いに無言で歩き始めようとすると、不意に雪ノ下にそっくりな声に呼び止められた。
「あらー雪乃ちゃんじゃないの。それに比企谷君も」
「あー、2人してこんな時間にこんな場所で一緒にいて、ねーデートなんでしょ……、このこの……」
いつもの調子で陽乃さんは、肘で俺をつついてくる。
「デートじゃないわ」
「デートじゃねーって」
「2人ともやっぱり息ぴったりじゃない」
「姉さん、何度言ったらわかるの? なんでこんなのとデートしなければならないの?」
雪ノ下の発言には、全くもって同感なのだが、どうしていつもこういう扱いを受けなきゃならないの?
八幡そろそろ心が折れてしまいそう。
「もうこんな時間だし、そろそろ帰りたいのだから、用がないならさっさと行って」
「雪乃ちゃんのいじわる。どうして、お姉ちゃんにそんなことばかり言うの。でも、今日は用事かあるから
もう行くわね。比企谷君も雪乃ちゃんを泣かせたら、お姉ちゃん許さないわよ……」
陽乃さんは本当に急いでいたようである。
おかけで、俺が手にしている紙袋については、まったく触れられることはなかった。
台風一過である。
再度沈黙の時間が始まる。
俺と雪ノ下は、陽乃さんの瞬間最大風速的な登場について特にコメントすることなく、再び歩き出そうとする。
「くしゅん!」
その時、雪ノ下が普段のイメージとは似つかわしくないほどのかわいいくしゃみをした。
もう冬の始まりだ。
季節の変わり目は風邪をひきやすい。
「由比ヶ浜は風邪を引かない」ってことわざがあるくらいの奴が早退するくらいだ。
いくら氷の女王とはいえ、急激な温度変化には弱いのだろう。
気づけば、俺も肌寒く感じていた。
いつもはとっくにもう家に帰って小町の手料理を食べ終えている頃だ。
こんな時間に出歩くことを前提にしていない俺も雪ノ下も初冬の晩にしてみれば薄着であった。
「雪ノ下、寒いのか?」
「いいえ、大丈夫よ」
「風邪を引いても困るし、なんか温かいものでも飲んでいかないか?」
「あなたさっき400円しか持っていないって言っていたでしょう。私にティーカップ買わせた上におごら
せようとするとは、さすがヒモになりたいって言うだけのことはあるわね」
「うっせー、ヒモじゃない! 専業主夫だっつーの。今ATMで金下ろしてくるから、そこで待ってろよ!
とにかくそこから動くなよ」
全力疾走でATMまで行って金を下ろす。
いざというときのためにお年玉の残りを貯金していたが、思わぬところで使うことになった。
こりゃ、ますます小遣い日が待ち遠しいな……
いざとなったら小町から金を借りるか……
俺ってここまで情けない奴だったとはな…
再び全力疾走で雪ノ下の元へと戻る。
息が絶え絶えしてゼーゼーいってている。
「あなたって人は……」
雪ノ下は呆れたように声をかけるが、その表情は息切れも収まりそうになるくらい明るいもの
であった。
「ところで、この辺に喫茶店はないか?」
「そんなことも知らないでお茶に誘ったわけ?」
雪ノ下は、フゥーとため息をついた。
「リア充じゃあるまいし、こんなところ一人で来るかよ。ぼっち舐めんなよ」
「……。それって、そんな胸を張って言うことかしら……」
こめかみの辺りに手をやり、まるで痛々しいものを見つめるような視線を送ってくる。
悲しくなってしまうから、そんな目で見るのはやめて…
「まぁいいわ……、それならここで飲んでいきましょ」
この店には喫茶コーナーも併設されている。
俺と雪ノ下は適当に目についた席に着いた。
メニュー表を見ても俺には紅茶はさっぱりわからない。
ただひとつわかることは、ここにはMAXコーヒーは置いていないということだけだ。
「お前のおすすめは何だ?」
「そうね、シャンパーニュロゼ辺りは好きだわ。若い女性に人気があるのよ。あなたには全く無縁でしょうけど」
相変わらず俺に容赦のない言葉を浴びせる雪ノ下。
でも、的確過ぎて何も反論できねぇ。
「じゃあ、それにするわ。シャンパーニュロゼを2つ…」
いつも部室で飲む紅茶とは一味違った大人の上品さ。
若い女性に人気があるというだけあって、香りも味も心なしか心地が良い。
雪ノ下が煎れてくれる紅茶もなかなか良いが、これはこれで違う良さを感じる。
紅茶で温まると再び京葉線に乗った。
行きとは違い、家路に向かうスーツ姿の男女で混み合っている。
隣り合った吊り革を並んでつかまっているが、もちろん俺たちの間に会話はない。
そう、これが俺と雪ノ下雪乃の距離感の取り方だ。
ぼっち同士互いに必要最低限以上にはかかわらない。
由比ヶ浜のように俺のパーソナルスペースを肉体的にも精神的にも侵してこない雪ノ下と
過ごすのは心地がいい。
そんなことを考えているうちに、雪ノ下が降りる駅に着いた。
普段は俺もここで降りるのだが、これから自転車を取りにもう2駅乗らなければならない。
「じゃあ」
とだけ述べて雪ノ下は吊り革を離す。
「じゃあな」
と俺も一言返答する。
そんな感じでいつものように別れるのだ。
日々変わらぬ会話、変わらぬ関係―
しかし、雪ノ下雪乃は予想外にも振り返ると満面の笑みでこう語りかけるのであった。
「比企谷君、今日はとても楽しかったわ。ありがとう」
不意を突かれてしまった俺は、すっとんきょうな声で
「ああ…」
と返すのがやっとだった。
それを見てくすっと笑う雪ノ下。
さらに何か話そうと口を開きかけようとする。
しかし、その瞬間ドアが開き、家路に急ぐ人波に押されてしまう。
雪ノ下はドアの外で背を向けて立ち尽くしている。
あまりにも突然のことで驚いてしまったのだろう…
こんなにも動揺する雪ノ下が珍しくて、思わず俺もくすっと笑ってしまう。
そんな雪ノ下の背中を見送るように電車は動き出す。
慌てて振り返った雪ノ下はの右手は胸の近くで中途半端に上げられている。
そして、これまた中途半端に開かれた掌をかすかに振りながら、なにやら口を動かしていた。
「また明日な」
雪ノ下には当然聞こえてはいないが、俺も声に出して応えた。
レスどうもです。
せっかくご覧になっていただいたところですが、これから仕事に行きます。
次はいよいよ最後の場面です。
晩にまたお会いしましょう。
帰宅しました。
レスしてくれた皆さん、どうもです。
いよいよ最後の場面へと突入します。
「よう」
「こんにちは、比企谷君」
席に着くと、鞄から小さな包みを取り出し包装紙をはがす。
「あら、ちゃんと持ってきたのね。比企谷君にしては良い心がけじゃない」
俺だって一応学習能力はあるさ。
伊達に総武高に入学してないぞ。
「また紙コップがないからって、入れたての紅茶をすぐにポットに移し替えられてしまっては、
いくら俺でも心苦しいからな」
「そうね……、私もせっかく入れたお茶を捨てるような真似はしたくはないもの」
罵倒されるのかと思っていたら、雪ノ下はくすっと笑いながらそう応えた。
雪ノ下のティーカップの横に自分のカップを並べると、読書を始める。
夏に比べるとすっかりおとなしくなった陽光が心地よい。
「やっはろー」
静寂を破るように部室に入ってきたのは、総武高という単語が最も似合わない由比ヶ浜結衣だ。
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「おう、由比ヶ浜」
「みんな揃ったことだしお茶にしましょう」
「やったあ、おやつの時間だぁ」
いつものように、ガラス製のティーポットに湯を注ぎこむ音が聞こえてくる。
そして、いつものように3つのカップに注がれて、残りは陶製のポットの中へ注ぎ込む。
それから、いつものように保温カバーをかぶせて、紅茶が供される。
幾度となく繰り返されてきたいつもの奉仕部の日常だ。
しかし、今日はいつもと違うことがある。
由比ヶ浜のマグカップが置かれた後、俺の前に真新しいティーカップが置かれる。
「小町がせっかくお兄ちゃんのために温かい料理を用意して待っていたのに、黙って寄り道するんなんて。
今のって小町的に……、えっ……。……ところで、その紙袋の中に入っている包みって何……? もしかして
お兄ちゃんにプレゼント? えっ、結衣さん? もしかして、雪乃さん? ……」
昨晩帰宅した時、小町から厳しい尋問を受けて追及をかわすのにひと苦労した代物だ。
帰宅後いきなりレスがついてびっくりしました。
即レスどうもです。
今改行を直しています。
もうちょっと待ってくださいね。
「ヒッキーもやっとカップを持ってきたんだ…」
雪ノ下が煎れてくれた紅茶をすすろうと口元に運ぼうとすると…
「あー、そのカップ…」
途端に檻の中で落ち着かなくなった動物園の猛獣のようにキョロキョロ首を動かし始める。
そして、由比ヶ浜は雪ノ下のカップに目をやると突然静止してしまった。
由比ヶ浜の視線を追った俺も一瞬目を疑った…
「なんで、ヒッキーとゆきのんがおそろいのカップを使ってるの!?」
由比ヶ浜はジト目で俺をにらむ。
「ねー、何でヒッキー!」
黙ってすすっていると、今度は雪ノ下へと体ごと向き直る。
「ねー、何でゆきのん!」
雪ノ下は、まるで他人事のようにまっすぐ前を見つめて紅茶をすする。
「ねー、なんで、なんで」
いよいよ落ち着かなくなって、ますます左右に体を揺さぶり始めた由比ヶ浜。
俺をにらみつける由比ヶ浜のその先に視線を向ける。
それに気づいた雪ノ下がそっとこっちを向く。
そして、ゆっくりと片目をつむった雪ノ下雪乃は、これまで見せたことのない満面の笑みをたたえながら
小首を傾げてこっちを見つめてくる。
恥ずかしさのあまり、思わず目をそむけたくなるほどの眩い視線。
でも、もうここできょどる俺ではない。
胸に湧き上がる想いをすべて目に集めて俺も負けじと見つめ返す。
目をそらすんじゃねーぞ、雪ノ下さんよ…
「ねーねー、ヒッキー聞いてんの!?」
かしましい由比ヶ浜の声は、耳から耳へと抜けていく。
そんなことには、構っていられない。
雪ノ下雪乃は一瞬困惑の表情を浮かべるが、すぐにありったけの笑みでウインクを送り返してきた。
何それ、反則的なまでに眩しすぎるその笑顔…
思わずきょどっちゃってしまいそう…
俺と雪ノ下の大切な確認作業を終えると、再び互いの視線は離れた。
「ねーヒッキー、ちゃんと答えてよ!」
「なんだ、由比ヶ浜。茶ぐらい静かに飲ませろよ…」
-こんな俺にだってラブコメの神様はちゃんといるんだな。
雪ノ下にこんなことを話したら、あいつなんて顔をするんだろうか……
―完―
お粗末さまでした。
初投稿でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?
レスをくれた皆さん、最後まで読んでくれた皆さん、ありがとです。
「ヒッキー、ゆきのんに何か言ってやってよー」
「お前が言って駄目なら俺なんてなおさらだろ……、なに俺を昇天させたいの?」
「あら、比企谷くん、……あなた自殺願望があるの? 昇天したいだなんて……。 確かに、あなたのように無為に
人生を送ってきたために『未来』という言葉が『絶望』という言葉に置き換わるような存在であれば仕方がないのだ
けれど……」
なにそれ、お前の座右の銘ってもしかして「常在戦場」なの?
きっとバレーでサーブが自分の方に飛んできたら、パブロフ先生もびっくりの条件反射でレシーブなしの即スパイク
とか決めちゃうんでしょ?
「ゆ、ゆきのん……」
「お前の耳は腐ってんのか?」
「えっ、あなたは自分の目だけではなく耳までも腐ってしまったことを認めてしまったのね?」
雪ノ下は、こめかみに手を当てて憐れむ目で俺を見つめる。
なんでそうなるんだよ……。
これ以上、雪ノ下と話していたら本当に俺の未来が真っ黒く塗りつぶされてしまいそうな気がしたので、会話を打ち切る。
これまでの人生はほとんどが黒歴史なのに、この先未来永劫真っ暗闇が続くだなんてマジ勘弁。
フー……
ため息を吐きつつ、天敵である雪ノ下が煎れた紅茶に手を伸ばす。
……。
天敵だなんて言っておきながら、一口飲んだだけで自然と笑みが漏れてしまった。
もしかしたら俺はマゾ体質なのかと思ってしまい、自己嫌悪に陥ってしまう……
でも……
-やっばり、こいつの煎れてくれる紅茶ってどういうわけか無性にうまいんだよな……
……否、うまいと言ったらMAXコーヒーでしょ? いかんいかん、MAXコーヒー最高、超最高!
そんなことを考えながら、再び元の場所へと手を伸ばす。
カチャ……
我に返って音の発生源に目をやると、ソーサーに乗ったカップが一つ。
雪ノ下から貰ったお揃いのティーカップだ。
そういえば、あんなにしつこくこのティーカップのことを気にしていた由比ヶ浜が近頃何も話題にしなくなったな…
「ゆ、ゆきのん……、そのー……、ヒッキーと付き合っているの?」
「……由比ヶ浜さん。……私を愚弄しているの? いくら私でも怒ることはあるのよ……」
この時の雪ノ下の放っていた殺気の末恐ろしいこと。
あまりにもの本気度でかなり凹んじゃったんだけど。
いや……、確かに俺と雪ノ下は付き合っていないから間違ってはいないんだけど……。
-でも、あの時俺だけに向けられていた目は一体全体なんだったの……?
再び、この空間に意識が戻される。
ドアが開く音につられて目をやると平塚先生がそこにいた。
「平塚先生、ノックを……」
「いや、悪い……」
雪ノ下の言葉を最後まで聞かずに平塚先生はそう答えた。
そして、さらに言葉を続けながらこっちへと向かってくる。
「比企谷、ちょっと来たまえ」
はぁー……。
職員室から奉仕部の部室までの道すがら、いったい何度ため息を吐いたのだろう……。
ほころびなんてものは何一つなかった。
形式に則ってただその通りにしただけだった。
俺は雪ノ下はもちろんのこと由比ヶ浜にも小町や両親にだってこのことは話していない。
平塚先生が抱いたちょっとした違和感……。
そこからすべてを看破され、俺の心の奥底まで覗かれてしまった。
平塚先生は、こんな俺に対しても気をかけてくれる優しい先生だ。
そんな平塚先生だからこそ、すぐにすべてを理解してしまったのだろう……。
でも怖いよ、平塚先生怖いよ。
俺ってどれだけ愛されちゃっているの?
このままだったら、平塚静トゥルーエンドに向かっていっちゃいそうだよ……。
……そりゃ昔の俺にも「女教師」という単語に反応した時期はあったよ。
美人の女教師に養ってもらって、それから夜はムフフ……なんてことを考えたりもしたけどさ……。
あれっ……、平塚先生で想像しちゃったよ。
……いかん、いかん、これは遺憾だ。
誰か早く先生貰ってやってよ! じゃないと俺が貰われてしまいそうだよ!
「よう……」
「ずいぶん長かったわね」
「ヒッキー、さえない顔しているよ」
「由比ヶ浜さん、この男がさえていたことなんて一度たりともあったかしら? どうせまた、作文か
レポートにくだらないことを書いて説教されていたのでしょう」
その額に手を当てるのいい加減にやめてくれない?
「えーと……、最近作文だとかレポートなんて書いたことないよ。……まさか、ヒッキーとうとう
トイレの壁とかに落書きしちゃったの?」
「なんだよそれ、どこの15歳だよ……。バイクを盗んで夜の街を走り回ったり、それとか校舎に忍び
込んで窓ガラスを割りまくったりしないといけないわけ?」
それに僕はもう17歳ですよ。
由比ヶ浜さんのおつむはまだまだ15歳にも満たないかもしれませんけど。
「なんか今ヒッキー私のこと馬鹿にしたでしょ?」
えっ、由比ヶ浜さん何でわかるの?
もしかして、あなたエスパー?
ブーブーと怒る由比ヶ浜を尻目に席に着く。
そういえば紅茶飲みかけだったな。そんなことをふと思い出す。
気分転換に飲もうと手を伸ばす。その刹那俺のティーカップは雪ノ下に持ち去られてしまった。
えっ、これって会社でよくあるいじめ?
一人だけお茶が出されなかったり、「明日から君の席はないよ」とかいうやつ?
会社ヤベェ、マジヤベェ……、絶対働いてなるものかと思っていると、目の前に再びティー
カップが戻ってきた。
全くの予想外のことに驚いてしまった。
カップを離したその手の先を見上げると雪ノ下と目が合った。
「さ、サンキュー…」
「べ、別にあなたのために紅茶を煎れたわけではないのよ。そ、その、下校時間が近く
なってきて、早く飲み切らないといけないからそうしただけよ。せっかくの紅茶を飲み
切らないで捨ててしまったらもったいないでしょ。あなたそれくらいのことわからない
の? だから、あなたは社会不適応者と言われるのよ」
俺と目をそらすと、一気にまくしたてて俺のことを罵倒した。
よくもまぁこんなにも次から次へと罵詈雑言が出てくるものだなと呆れていると、息
切れでも起こしたのか顔が真っ赤になっていた。
それともう一つ、「下校時間」じゃなくて正しくは「下校時刻」だぞ、雪ノ下さん……。
至福のティータイムを再開しようと思っていたら、再び平塚先生がやってきた。
「君たち、もうそろそろ下校の時間だぞ」
このあと、雪ノ下からは「一滴でも残したら死んでもらうわよ」と凄まれ、一気に
紅茶を飲み干すはめになった。
この部室にいる限り俺の心に平和は訪れない。
このあと、帰り支度の済んだ2人のプレッシャーを感じながら、ティーカップを洗い
に行った。
大急ぎで戻ってきて素早くカップを拭く。
さすが俺、専業主婦を目指すだけあって手際が良い。
しかし、小6レベルならトップクラスの家事能力という奢りが俺の心の隙を生んだの
だろうか?
雪ノ下のカップの隣に並べて置こうとした時、「カツーン……」と澄んだ音が部室の
中に響き渡った。
なんていうか、余韻が半端ないよ?
こんな「もののあはれ」だとか「侘び・寂び」なんかいらないんだけど。
このときなぜか、背後にいるはずの雪ノ下の怨念の籠った視線や心の声、凄まじい殺気……と
いったものを感じてしまった。
まずはこんな感じです。
テンポ悪すぎです。
続きはローゼンメイデンのあとで。
すみません……
落ちてました。
「よう」
「こんにちは、比企谷くん」
「由比ヶ浜は今日……」
「三浦さんとカラオケに行くってメールが来たわ」
俺の言葉を遮るように雪ノ下は言った。
「おい、俺にしゃべらせない気か?」
「だって比企谷くんの声を聞くと私の目まで死んだ魚のようになってしまいそうだもの」
そうやって、手で目を覆い隠すのはやめてくれない?
比企谷菌はバリアなんて効かないんだから。
あれっ……、なんで俺自分でそういうこと考えちゃうの? 悲しくなってきたよ……
「今日は2人だけだし、早いけどお茶の時間にするわ」
そう言って、パッと手を離す雪ノ下。
比企谷菌の脅威を本気で信じていたのか、よほど強く目を押さえていたらしい。
目隠しがなくなったものの、左目はつぶったままだ。
お前、いくらなんでも押さえ過ぎだろ……なんて思っていると、左目を開けずにそのままスマイル。
「お、おう……」
あまりにも気恥ずかしくて思わず目をそらしてしまった。
「くすっ」
今なんか幻聴を聞いてしまった。
俺は受験を意識して、最近難しすぎる問題集に手を付け始めた。
あまりにもの難しさからストレスを感じている。
きっとその疲れのせいだろう。
いよいよもって俺は病院に行かないといけないようだ。
雪ノ下が紅茶を用意する音に混じって時折鼻歌が聞こえてくる。
しかも、とびきり楽しげな感じのする鼻歌だ。
「比企谷くんどうぞ」
いつもは無言で差し出す雪ノ下がにこっとしながら差し出す。
どうやらおかしいのは俺の方ではなくこいつの方だ。
もしかして、この紅茶に毒でも盛られている?
「さ、サンキュー」
やっぱり俺もおかしいようだ。
いつもは無言で受け取るのにどうしちゃったの俺?
何か緊張してきたよ……。
なぜか上機嫌な雪ノ下の動作をついつい目で追ってしまう。
そんなことにお構いなしの雪ノ下はトレイをポットの隣に戻して、自分の席に戻る。
しばらくティーカップをじっと見つめると微かに笑みをたたえた。
そして、俺の視線に気づいたのか急にいつものすました表情に戻ると俺とお揃いのカップを持ち
上げた。
その瞬間、
「ピシッ……」
華やいだ空気に包まれた部室に乾いた音がにわかにこだました……。
これが号砲だと言わんばかりに、俺はさっと前に向き直る。
我ながら素早い反応だ。
これだと100mで世界新を狙えるかもしれない。
こんなバカな思考でいつまでも気を紛らわすことができるわけもなく、現実の恐怖と向き合わな
ければならない。
や、ヤバい……。
もしかして、これって昨日の……。
落ち着け八幡、落ち着くんだ八幡……。
紅茶を飲んで落ち着くんだ……。
そう自分に言い聞かせて、震える手でティーカップを口元に運んだ。
猫舌の俺にはちょっと熱すぎるが、上品な香りのする液体が口の中に流れ込んで……。
「!」
この風味ってまさか……。
しかし、悲劇は修羅場へと一気に加速する。
「ピシピシッ……」
どうしよう、俺のカップまでも……。
しかも、さっきよりもはっきりと響き渡ってしまったよ。
今すぐこの場から逃げ出そうと避難行動に移ろうとした瞬間、絶対零度の冷気に襲われた。
「ひ、比企谷くん」
「ふぁ、ふぁ~い」
や、ヤベェ、こ、声がうまく出せない……
「い、いったいこれって……、どういうことかしら!?」
冷たいオーラを放った氷の女王が迫ってきた。
-俺のLPはこの瞬間ついに0になった。
思い出すだけでおぞましい氷河期と間違えてしまいそうな罵詈雑言のブリザードがようやく去
った。
絶対零度の寒気にすっかり身も心も凍てついてしまった。
間違いなく人生最大のトラウマになりそうだ。
雪ノ下のスキル「瞬間冷凍」が発動され、このまま永眠までいざなわれてしまうかと思ったが、
俺の機転の利かした言葉でその効果は解除された。
「せ、せっかく今日は……、あ、あの時の紅茶を煎れてくれたのに……」
そう、今日雪ノ下が煎れてくれた紅茶は、俺のティーカップ -それも雪ノ下とお揃いのものを
買いに行った時に2人で飲んだシャンパーニュロゼだった。
「比企谷くん、ちゃんとこの味覚えていたのね……」
にこっとした顔を見せるが、目は笑っていない……。
「……この味忘れていたら……」
わ、忘れていたら……、ゴクリ。
「……比企谷くん、あなた死んでいたわよ」
そ、その顔、シャレになってないから!
この紅茶の持つ特別な意味を理解したうえで味をどうにか覚えていたおかげで、俺はどうにか雪
ノ下に殺されずに済んだのだ。
しかし、余熱でときどきパリッと音がする。
そのたびに雪ノ下の目に射すくめられる。
早く有効な手立てを打たなければ、雪ノ下の前に伏せられているトラップカードを発動させること
になり、今度こそ確実に息の根を止められてしまいかねない。
それに、いつまでも雪ノ下に黙っているわけにはいかないことがあった。
自分でどうにかするわけにもいかないので、このことは自分の口からしっかりと伝えなければなら
ないだろう。
こうなると導き出される結論はただ一つだ。
「なぁ雪ノ下、悪いけど今からティーカップ買いに行くの、……付き合ってくれないか」
あまりにもの緊張のあまり一瞬言葉に詰まってしまった。
心臓の鼓動がドキドキなんてものではない。
もうバクバクと動悸していたといった方が正しいだろう。
特に「付き合ってくれないか」のところが……、下手したら瞬殺されちゃいそうだし。
いや、自己欺瞞だ。
雪ノ下にあのことを話すのが怖くなってきた……。
「いいわよ。断る理由何ないし」
いとも簡単に笑顔でにっこり返されてしまった。
極度の緊張状態から予想外な解放のされ方をしたためか、膝がカクっとして安堵のため息が出た。
……しまった! 雪ノ下に今のを見られてしまった。
「……比企谷くん、今のリアクションは何かしら。私のことを一体全体何だと思っているのかしら」
再度雪ノ下の鋭い眼光の餌食になった俺は、LPがまた0になってしまった……。昇天。
京葉線の各駅停車に乗って4駅先に向かう。
隣同士に座ったが、やはりぼっちの習性上会話はない。
でも、決して息苦しいわけではない。
むしろ互いに心地よい距離感を保っているのである。
そう、俺と雪ノ下雪乃はこれでいい。
でも、これからは……。
そんなことを考えていると、ブルッとポケットの中で携帯が震えた。
平塚先生からメールだ。
雪ノ下の目を気にしながらメールを開く。
相変わらずの長文だ。
思わずゲッ……と声が漏れてしまう。
「小町さんからメール?」
いつもは俺のことなんかそこら石のように黙[ピーーー]るのに今日はやけに食いついてくる。
「いや違う」
そうだったらどんなにありがたかったことか。
いや、小町からだなんて贅沢はこの際言わない。
材木座からでも良かった。
なんでこんな時空気読んでくれないんだ、材木座……。
あまり思い出したくない奴だが、こんなときに頼りにしてしまう自分が心底情けない。
……あっ、そういえば、あいつからの鬱陶しいメールを受け取りたくないばかりにメアド変えた
んだったけ……
そうだ、あいつが俺にメールを送るとメーラー・ダエモンさんとかいう外国人が俺に変わってレス
してくれるようになっていたんだ。
なんてことしてしまったんだ、俺。
「……誰?」
誰とおっしゃいましても、ねぇ……。
ところで、ちょっと目つき悪くなっていませんか?
「……誰?」
なおも追及が続く。
浮気の証拠を見つけたときの妻ってこんな感じなんでしょうか?
そういえば小町が嫁度チェックをした時にこいつは、「追い詰める」って答えていたよな。
そのあと、「問い詰める」とも言っていた。
まさか、これ?
僕怖いよ。
ところで小町、嫁度ってなに?
間違いなく、雪ノ下は鬼嫁だよ……。
雪ノ下の視線がいつまでも絡み続けているので、とうとう観念して答えた。
「平塚先生だよ」
「そう…」
大して関心がなかったのか、前を向き直す。
ホッと胸をなでおろしたのも束の間、隣で顎に手をやり考え始める。
そして、一体どういう結論が導き出されたのか急に険しい表情に変わる。
「比企谷くん、そういえばいつだったか平塚先生とメールを交わしているような口ぶりで話していたわね……」
顔は笑っていても目が怒っているんだけど…
「……どんなやり取りをしているのか見せてもらえないかしら?」
こ、怖ぇよ超怖ぇよ、雪ノ下さん。
少しずつ視線をそらすと顔ごと動かして俺の目をじとっと睨んでくる。
「いや、ちょっとデリケートな問題がありまして……」
言葉を続けようとしたが、ぴしゃりと打ち切られた。
「私にとってもデリケートな問題であるのだけど……」
平塚先生、なんでこんなタイミングにこんなメール送ってくるんだよ。
もしかして俺貰われてしまうの?
「比企谷くん……、あなた私に……、一体何を隠しているの!?」
雪ノ下がそう言い終えたところで降車駅に着いた。
ゆきのんが恐ろしくなってきたところでいったんおやすみです。
では、またです。
なんじゃ>>114のピーって……
>>114修正版
「小町さんからメール?」
いつもは俺のことなんかそこら石のように無視するのに今日はやけに食いついてくる。
「いや違う」
そうだったらどんなにありがたかったことか。
いや、小町からだなんて贅沢はこの際言わない。
材木座からでも良かった。
なんでこんな時空気読んでくれないんだ、材木座……。
あまり思い出したくない奴だが、こんなときに頼りにしてしまう自分が心底情けない。
……あっ、そういえば、あいつからの鬱陶しいメールを受け取りたくないばかりにメアド変えた
んだったけ……
そうだ、あいつが俺にメールを送るとメーラー・ダエモンさんとかいう外国人が俺に変わってレス
してくれるようになっていたんだ。
なんてことしてしまったんだ、俺。
sagaですね。
覚えておきます。
どうもです。
おやすみなさい。
レスどうもです。
ご指摘の通り、カップをぶつけたことが原因で翌日割れたという因果関係はあれじゃよくわからない
ですね。
自分の脳内で勝手に完結してしまっていた…… orz
あと、7.5巻の内容が登場しています。
発売から1週間もたっていないから、フライングでした。
一応書き終えているので、しばらく寝かしておいてからまた書き込みますわ。
寝てました。
再開です。
俺と雪ノ下雪乃は2人並んで次の駅のホームにあるベンチに座っている。
京葉線の中でも特に利用客の少ないこの駅。
まだ夕ラッシュの時間帯を迎えていないせいか、ホーム上にはまばらにしか人がいない。
なんでこんなところにいるのかって?
前の駅に着いた時、俺が立ち上がっても雪ノ下はただうなだれているだけで反応しなかった。
せっかく2人で新しいカップを買いに来たのだ。
このまま置き去りにしていったら本末転倒だ。
お前の知りたいことを全て話すから次の駅で一緒に降りてくれと説得してここに至ったわけだ。
しかし、俺も雪ノ下も会話のきっかけがつかめないまま空虚な視線を足元に送って、ただ無言で
座っている。
俺が隠し事をしていると確信に至った時の雪ノ下の表情は、修学旅行で海老名さんに嘘の告白を
した時に俺に向けられたものと同じだった。
あの時、足早に立ち去っていった雪ノ下を追いかけることが俺にはどうしてもできなかった。
でも、それ以上に雪ノ下の背中を見ているのはもっと辛かった。
もう2度とあんな雪ノ下の表情なんか見たくないし、繰り返したくはないと思っていた。
それなのに……。
快速電車が勢いよく通り過ぎる。
凄まじい風圧と一緒に感触の違うものが頬に当たってくる。
水滴……いや、雪ノ下の涙だった。
最後の一両が眼前を通り過ぎたとき、西日に照らされてきらりと滴が光った。
そして、俺の頬に当たって弾けた。
ホームの上には再び静寂が訪れた。
雪ノ下と話をするのは今しかない。
なぜかわからないが、そんな気がして口を開いた。
「雪ノ下……」
長く感じられるほどの間をあけて雪ノ下は答えた。
「何?」
「さっき、あとで全部話すって言ったよな……」
「ええ……」
雪ノ下に届くはずの夕陽は俺の体が遮っているので、表情はわからない。
「あれな……、決してお前を失望させるものではないから……」
「そう……」
足元をおぼろげに見ている雪ノ下の表情はやはりわからない。
地平に向かって赤々さを増していく冬の太陽へと顔を向けた。
太陽の放射熱を浴びて俺の顔は紅潮した。
「でも……、お前に呆れられるかも知れない……」
力なくだらんと垂れ下がっていた雪ノ下の掌が急にギュッと固まった。
そして、俺の方に向かって体を斜めに向けた。
その気配に慌てて俺も雪ノ下の方に体傾けると、夕日に照らし出された雪ノ下の顔が眩しく見えた。
「それって、信じていいのかしら?」
「もちろんだ!」
雪ノ下がこのあと、くすっと微笑んだ時の赤味を帯びたあの美しい笑顔は決して忘れることはないだろう……
「そろそろいったん改札を出て乗り換えようか」
そう言って立ち上がろうとすると、雪ノ下がこう言った。
「以前、小町さんが『信じる』って言ったことがあるわよね……」
「ああ……」
「あの時はまだ中学生なのにってただただ小町さんに感心したのだけれど、今はそんな気持ちにさせて
くれる言葉を教えてくれた小町さんに心から感謝しているわ」
まっすぐな目をしてこう言ったあと、今度はいたずらっぽい表情で俺の方を見ながらこう続けた。
「小町さんがあんなにもしっかりとした子に育ったのは、あまり認めたくはないのだけれども、あなた
のおかげでもあるわね」
小町のお兄ちゃんとしてはちょっと微妙だけど、俺の屑っぷりも賞賛されてしまったよ。
でもあれだな……、雪ノ下と小町だと末永くうまくやっていってくれる気がする……っておい、
俺何考えているんだよ。
ひとりで妄想を膨らませてしまって、勝手に赤面してしまった。
再び京葉線に乗って駅そばの巨大商業施設の中にある紅茶専門店を訪れた。
目が合った店員に「あら……」という表情をされた。
確かに、制服を着た高校生が2人で何度もやってくるような店ではない。
それに何度か訪ねているうちに顔を覚えられているであろう雪ノ下もいつもは一人で来ているはずだ。
店内に入ると、雪ノ下は俺から幽体離脱をした魂のごとくスッと離れていく。
悲しいかなぼっちの習性だ。
俺はすかさず雪ノ下の横に並び、一緒にティーカップをのぞき込む。
「ひ、比企谷くん……」
顔を赤らめ、一歩後ずさりしながら弱々しい声でこう言った。
「せっかく2人で見に来ているだろ……」
お前何やってんの? という感じに軽く溜息を吐いてみせる。
俺に馬鹿にされることは雪ノ下にとっはて最大の屈辱のはずだ。
しかし、雪ノ下はなにをそんなに焦っているのだろう。
「だ、だって……、……恥ずかしいでしょ」
声が小さすぎて、何言ってんのか聞こえないよ。
フッと思わず自嘲した笑いが漏れてしまう。
「なに笑ってんの!?」
これ以上笑ったら[ピーーー]わよという凄みのある顔で睨んでくる。
「違うって……。さっきまでの俺がくだらなく思えただけだ」
自分のくだらない手順とやらにとらわれて、雪ノ下を失おうとしていたのだ。
その愚かさに今更ながら気づいたのだ。
またやっちまった…
フッと思わず自嘲した笑いが漏れてしまう。
「なに笑ってんの!?」
これ以上笑ったら殺すわよという凄みのある顔で睨んでくる。
「違うって……。さっきまでの俺がくだらなく思えただけだ」
自分のくだらない手順とやらにとらわれて、雪ノ下を失おうとしていたのだ。
その愚かさに今更ながら気づいたのだ。
俺が雪ノ下の横に立つたびに、一緒にカップをのぞき込むたびに、わさわざ横に一歩後ずさる
雪ノ下に苦笑しながら俺たちはおそろいのティーカップを選んだ。
俺が珍しく真剣になって眺めていたカップを雪ノ下が気に入ったのでこれに決定した。
「腐った目をしているのにこういうものを見つけ出すことができるのね」
きょとんとした仕草をしながらこう言った雪ノ下。
なにそのしぐさ……
可愛すぎるだろ!
俺が店員を呼びに行っている間に、店内を一人回っている雪ノ下。
会計を済まそうとレジの前に立っていると、ひょこっとやってきた。
店員がカウンターの奥からティーカップの箱を持ってくる。
それを見て、雪ノ下の表情が一瞬こわばった。
「ああ、これか……。これはな- 」
俺の説明に耳を傾けて納得した雪ノ下。
そして、その表情が柔和さを取り戻した。
とりあえずここまでです。
20時過ぎに続きを書き込みます。
sageに戻すの忘れてたw
乙です
sageとsagaはスペースを挟んで書けば同時に併用できますよ(このレスのメール欄のような具合)
>>149
ありがとです。
再開します。
会計を済ませ、店を出た俺たち。
さて、いよいよ本丸だな。
雪ノ下を促して俺が先に歩きだした。
慌ててひょっこり俺の横に並んで歩く雪ノ下。
そんなに慌てなくてもいいよ。
俺がお前のこと離すわけないだろ……。
吹き抜けになっている広場に向かって歩く。
ここからエスカレーターに乗って上の階に行くと俺の目指す場所がある。
広場には巨大なクリスマスツリーが立っていた。
リア充どもが信奉する偶像だ。
いつもならすぐさま視界の外に追いやってしまうのだが、心に余裕が少しできたせいだろうか、
今日の俺はいつもとちょっと違った。
ふと、高さはどんなもんだろうかと思って、根元から先端にある星まで視線をずらしていった。
そんなことをしていると、自然と足もはたと止まってしまった。
「比企谷くん、あなたにとってこういう都合の悪いものは透けて見えて、存在しなかったことに
なるのかと思っていたわ?」
俺は裸の王様かよ。
それに透けて見えるって……、その慎ましやかな胸とか見たいとか思ったことはないからね? ゴクン……
「あ、あなた、いったい今どんな妄想をしていたのかしら?」
胸のあたりで手をクロスして身を縮みこませながらも、見るものを瞬く間に殲滅させるような
強烈な殺気を放ちながら思いっきり睨んでいる。
「きれいだな」
ごまかすようにツリーに目をそらしぼそっと呟いた。
「ええ、きれいね……」
機嫌を直した雪ノ下が乗ってくる。
「ちょっとあそこで休むか」
クリスマスツリーを見上げることのできるベンチに腰掛け、2人ともぼーっとツリーを眺めて
いた。
時折お互いの表情が気になって目が合うと、また慌ててツリーの方を見てしまう。
そんなことを何度か繰り返し、至福の無言のひとときを過ごした。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
真顔でそう話しかけると、ちょっと緊張した面持ちで
「ええ」
と答えが返ってきた。
いよいよ雪ノ下に全て打ち明ける時が来た。
今度こそ……。
エスカレーターに乗って2階の書店へと向かった。
「ここだ」
店内に入ると俺が先頭になって書架と書架の間を縫うように歩く。
雪ノ下も俺に続く。
「書店と何か関係あるの?」
雪ノ下はまだ何も飲み込めていないようだ。
まるで、これって何か隠すようなことかしらという風にきょとんとしていた。
真実を知ったとき、一体どんな反応をするのだろうか。
「参考書を買うんだよ」
振り向きざまにこう短く答えた。
再び体を反転して先へ進もうとしたとき文庫棚の下の方に平積みになっていた本に俺のカバンが
引っかかってしまった。
その衝撃で棚から何冊もこぼれ落ちてしまった。
「笑ってないで手伝ってくれよ」
雪ノ下は一冊の本を拾い上げて表紙を見ると顔を赤面させながらキッと睨んできた。
えっ、何? こっちはテンパっていて本の表紙を見るどころじゃないよ。
「比企谷くん、あなたはいったいこんな本で何を参考にしようとしていたのかしら」
えっ、何? その凄まじいまでの殺気は。スカウター壊れちゃうよ?
プルプル震える雪ノ下の手に掴まれていたのは「喪服妻」だとか「絶頂」だとか18禁的なワードが
強調フォントで躍り、淫靡な表紙絵が扇情的に描かれている官能小説だった。
えーん。これは事故、事故だってー。
「高校用参考書」と書かれた一角に来た。
そして、とある教科のコーナーで立ち止まる。
雪ノ下はその教科名を知って目を真ん丸に見開いて驚く。
こんな驚いた顔を見るのは、由比ヶ浜んちの犬を見た時以来だよな。
「ま、まさか、あなた……国立文系を……」
「そうだよ」
横を向いてぶっきらぼうに答える俺。
「だ、だから、俺はさっきのメールでお前に知られたくなかったんだよ……。ほら……」
-------------------------------------------------------------------------
差出人:平塚静
題名「雪ノ下さんにはちゃんと伝えました か(笑)」
本文「比企谷くん、昨日は君の口からあん な重大発表を聞かされるとは思っ
て いませんでした。正直なところ大変 驚いています。数学を捨てていた君
が、まさか今から勉強して国立文系 を志望するだなんて今までの君から は考
えられません。まさに恋は盲目 ですね。おっと、しつれいしました (笑)た
だ闇雲に問題集を解いてい ても君は基礎学力がついていないか ら学習の仕方
を考えなければならな いと伝えました。せっかくすぐそば に雪ノ下さんがい
るのだから、彼女 の力を借りて本当の春を掴んでみて はどうでしょうか(笑)
応援しています。
-------------------------------------------------------------------------
メールを見るや、かぁーーっと顔を真っ赤にした雪ノ下。
テンパりながらも言葉を紡ごうとする。
「それって……、私と……お、同じ大学に……」
一所懸命言おうとしているのだから最後まで待ってやるのが礼儀だろう。
「同じ大学に……入りたい……ってこと……」
いったん休憩です。
では。
再開します。
でも、俺は礼儀に反してこくりと頷いて返答に変えた。
ああ、そうだよ。
俺はお前のことが好きだ。好きで好きでたまらない。雪ノ下雪乃のことを心底愛している。
だから片時もお前のそばを離れたくない。
だけど、今更俺には国立理系は無理だ。
努力もせずに無理だというのは、お前嫌いだったな……
でも、俺に今できる精一杯の努力をしたら国立文系に……、お前と一緒の大学に通うことぐらい
ならできるかもしれない。
女の子にあんなことを言わせておきながら自分の気持ちを言わないのは卑怯だ。
しかし、今はこうするしかないんだ。
そう心の中で言い訳しても雪ノ下は許してはくれない。
「あなた、すべて話すって言ったのに、私にだけあ、あ、……あんなこと言わせるつもりなの」
さっきのことを思い出したのか、もうしどろもどろだ。
こんな雪ノ下だったら毎日でも見てみたい。
俺も見ていて赤面しちゃった……。
「いや、俺も言葉にできなくてなんていうかものすごくもどかしいんだけど……」
「たけど?」
雪ノ下が早く言ってよと言わんばかりに迫ってくる。
「だけど、これがあるだろ……」
右手に提げていたティーカップの入った紙袋を持ち上げて見せつける。
雪ノ下は顎に手をやりながら、
「そうねぇ……、比企谷くんの意気地なしな部分を差し引いても致し方ないわね……」
と自分に言い聞かせようとブツブツと言う。
そして、俺に軽くウインクしながらこう言った。
「国立に入ったらいつでも聞かせてくれるはずだもんね、ひ・き・が・や・くん」
俺、浪人しちゃたら本当に殺されるかもしれない……
雪ノ下の笑顔に負けないくらいの笑顔を作ったのに、いつの間にか顔が引きつって来ちゃったよ……
「あら心配しなくても大丈夫よ。私が調きょ……いえ、たっぷり勉強を見てあげるわ」
いやいや、そんな笑みにごまかされませんよ。今あなた調教って言っていませんでしたか。
雪ノ下雪乃監修のもと初歩的な参考書とページ数の少ない問題集を1冊ずつ購入した。
まるで自分のことのように真剣になって探してくれた雪ノ下の横顔に魅了されっぱなしだった。
このあと、南館まで移動してサイゼに入った。
雪ノ下にはいろいろと謝ったり、礼をしなければならない。
それから、雪ノ下に話す前になぜ平塚先生に知られてしまったかもまだ説明していない。
とりあえず、今回のいきさつについて説明した。
来週、センター対策のマーク模試がある。
学校で申し込みの斡旋をしていたので、俺はそれに申し込んだ。
元来受験しようと考えていた私立文系は英・国・社の3教科だけでよかったが、今回俺が申し込
んだ国立文系は数・理も含めた5教科だ。
模試の当日は個人シートに志望校を書くので、このときはさすがに平塚先生にはバレてしまう。
だから、そうなる前に雪ノ下にはちゃんと話そうと思っていた。
しかし、模試の代金は3教科と5教科で違っていた。
平塚先生のことだから封筒に書かれた金額と中身があっていることだけ確認して、誰が何教科
受験するなんて気にしないだろうと思っていた。
事実そうだったらしい。
でも、ふと俺の名前を見つけたときに「比企谷ももう少し数・理に身を入れて勉強すれば国立
だって行けるのになぁ」と思ったそうだ。
それと俺がもしかして模試代をちょろまかしていないかと中身を改めようと思って表書きを見る
とそこにはなぜか5教科の金額が書かれていた。
これは親を騙しているなと確信して腕まくりしたそうだ。
ところが、封筒の中身もちゃんと5教科分入っていた!
そこ驚くところじゃないでしょ……。
それで思わず面喰って俺を呼び出したっていうのが事の概要だ。
もうちょっと続けると、国立文系から雪ノ下とのことを勘ぐられことになった。
追及の手から必死に逃れようとしたが、ついには完落ちさせられてしまった。
「あなたがあまりにもあなたらしかったせいで、余計なことまでバレてしまったのね」
と手で額を押さえていた雪ノ下に思わずごめんと謝ってしまった。
「だけれども、私はそんなあなたが……」
といたずらっぽく笑った。
その続きが気になるんだけど、ねー聞かせて。
「……嫌いではないわ」
えっ……。
なんだよそれ……。
期待していた言葉が聞けず、ショックのあまりがくっと肩を落としてしまった。
「あら比企谷くん、この私になんて言って欲しかったの?」
ものすごく意地悪な言い方で言われてしまった。
「なんでもねーよ」
こういうのは相手にせがまれて言う言葉ではないしな。
「それに……、あなたもさっき言ってくれなかったしね」
そう告げた雪ノ下の表情は笑っているのか怒っているのかは俺には理解しかねた。
「ところで……」
言葉を区切って話す雪ノ下の表情が急にじとっとしたものに変わった。
「ところで……?」
なんか嫌な予感がしてきたよ。
「……平塚先生と親しげにメールしているのは看過できないわね」
なに、急に声まで怖くなったんだけど。これって、今日何回目?
だから平塚先生、もう貰ってあげたり、貰われたりできないから!
誰か、誰か早く貰ってあげて!
今日はここまでです。
明日はいよいよ最後の場面になります。
すみません。
すでに書き込みしたところで一か所文脈がおかしくて整合性の取れない部分が今頃見つかってし
まいました。
まずそこを直します。
>>166修正版
「だけど、これの件があるだろ……」
右手に提げていたティーカップの入った紙袋を持ち上げて見せつける。
雪ノ下は顎に手をやりながら、
「そうねぇ……、比企谷くんの意気地なしな部分を差し引いてもそれについては致し方ないわね……」
と自分に言い聞かせるようにブツブツと言う。
そして、俺に軽くウインクしながらこう言った。
「国立に入ったらいつでも聞かせてくれるはずだもんね、ひ・き・が・や・くん」
俺、浪人しちゃたら本当に殺されるかもしれない……
雪ノ下の笑顔に負けないくらいの笑顔を作ったのに、いつの間にか顔が引きつって来ちゃったよ……
「あら心配しなくても大丈夫よ。私が調きょ……いえ、たっぷり勉強を見てあげるわ」
いやいや、そんな笑みにごまかされませんよ。今あなた調教って言っていませんでしたか。
勢いでラストまで行きます。
「よう」
「こんにちは、ひっきが~やくんっ」
甘ったるい声であいさつをしてくる。
「バカっ! 由比ヶ浜に見られたらどうするんだよ!?」
「由比ヶ浜さんなら今日は進路相談の日なんでしょ。由比ヶ浜さんがそう簡単に平塚先生が帰して
貰えるわけないじゃない」
はい、ごもっとも。
由比ヶ浜には悪いが2人で声に出して笑ってしまった。
雪ノ下がこうやって声に出して笑ったところなんて見たことがないな。
いや、俺も声を出して笑うのは何年振りだろう。
「早くお茶の時間にしたいのだけれど」
もじもじする雪ノ下を見ると怒っているようにも照れているようにも見えて何とも判断しかねる。
ただ、じらしプレーや放置プレーは禁物だ! 俺の命が危うくなる!
「悪い……」
慌ててカップの入った包みを開いて取り出す。
俺のカップを手に取った雪ノ下は満足げにふふんと鼻歌を歌いながらポットまで移動した。
「さぁ、いただきましょう」
「いただきます」
「いただきます」
2人でハモって紅茶を啜る。
もちろん、茶葉はシャンパーニュロゼだ。
慈しむかのように上機嫌でカップを撫でる雪ノ下を見ると、まるで自分が撫でられているみたい
でなんだかこそばゆい。
確かに、俺と……、比企谷八幡と雪ノ下雪乃は付き合ってはいない。
でも、……
「やっはろー」
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「お、おう……」
シリアスなことを考えているときに由比ヶ浜がやって来たもんだから、思わずきょどってしまった。
平常心を装うために紅茶を口元に運ぼうとする。
そのカップを見た由比ヶ浜が疑問を口にする。
「あれー、ヒッキーそのカップどうしたの?」
「……。おととい雪ノ下のカップにぶつけてしまっただろ、それで割れてしまったんだ」
紅茶を一口飲んでからそう答えた。
「……。うーん、そうなるとゆきのんも……」
なんだかぶつぶつ言いながら考え込んでいる。
そして、雪ノ下の方を向いた。
「あー、ゆきのん! ヒッキーと同じカップだー! どういうこと!?」
雪ノ下は相変わらず涼しい顔で「それが何か?」と無視せんばかりに飲んでいる。
「ねー、ゆきのん!」
雪ノ下はなおも由比ヶ浜を無視して、すたすたとポットの方に進んでいく。
由比ヶ浜はただただオロオロするばかりで、雪ノ下の背中と俺とを何度も交互に見比べる。
「はい、由比ヶ浜さん」
真新しいティーカップに煎れたての紅茶を注いだ雪ノ下が戻ってきた。
「……!! ゆきのん! ヒッキー! ありがとう」
由比ヶ浜は騒々しいくらいに大喜びした。
そう、由比ヶ浜の前に差し出されたのは俺と雪ノ下と同じティーカップだ。
-俺がティーカップを購入した時のことだ。
店員がバックルームからレジカウンターに3箱持ってきたのを見て、雪ノ下の表情が一瞬に
してこわばった。
「ああ、これか……。これはな……」
こんなこと自分で言うのは恥ずかしいが、俺しか見えなくなった雪ノ下は冷静な判断ができなく
なっていた。
なら、大事なことに気付かせるのが俺の役目だ。
「……さすがに今回も俺たちだけ別のお揃いのティーカップってわけにはいかないだろ。だから、
もう1個買うんだよ。もし、よかったらこのカップだけ折半してくれないか」
俺のその言葉にハッとした雪ノ下は顔を朱に染めて、明後日の方向を向いた。
「そ、そんなことぐらいわかっているわよ。ひ、比企谷くん」
羞恥のあまりに声が震えていた雪ノ下を笑わないようにこらえるのが大変だったことは、本人に
黙っておこう。
「やったー、ゆきのんとヒッキーと同じカップだ~。同じカップで同じ紅茶だ~」
そうはしゃながら飲む由比ヶ浜を挟んで俺と雪ノ下の目と目が合った。
「俺は知っているぞ」と目で合図をする。
「えっ、何のこと?」と小首を傾げてとぼけている。
雪ノ下はティーポットにいつもの茶葉と一人分のお湯を入れて紅茶を作っていた。
だから、由比ヶ浜は俺たちとは違う紅茶を飲んでいる。
雪ノ下はあの紅茶を2人だけの特別な紅茶だと考えているようだ。
もちろん、俺もそのつもりだ。
仕切り直しに再び視線を合わせなおす。
もう一度互いの気持ちを確かめ合うための大切な儀式だ。
お互い柔和な笑みをたたえると目と目は離した。
「目と目を離した」だった… orz
確かに、比企谷八幡と雪ノ下雪乃は決して付き合ってはいない。
直接的な言葉で互いの気持ちを伝えあってもいない。
傍から見れば、ただ単にそれっぽい視線を交わしただけにすぎないだろう。
たけど、そこには当事者たる2人にしかわからない意味はちゃんとある。
それに俺たち -比企谷八幡と雪ノ下雪乃はしっかりと心で結ばれている。
だから、今は言葉なんか必要ない。
……いや、いつの日か必要となるその時のために大事にとっておこう……。
-ラブコメの神様よ、これでいいんだよね?
でも、ちょっと自信がないから雪ノ下に訊いてみてくれない?
―完―
以上でした。
皆さん、どうもありがとです。
書いているうちに長くなってしまったので、いったん区切って完成させました。
続きになってしまった部分のプロットはラスト以外立てているので、最後の部分をゆっくりと考えながら書いていこうと思います。
では、続編開始します。
12月も第3週に入った。
あと数日で冬休みだ。
来年のセンター試験まであと1か月と数日なった。
3年生はいよいよ追い込みの時期だ。
しかし、大学受験を目前に控えている者の中で、追い込みをかけているという余裕を感じている者は
ごく少数だろう。
ほとんどの者がまだ先の見えない栄冠というものに不安を感じ、むしろ追い込まれているのではない
だろうか。
普段は他人のことなんか全く意に介さないぼっちの俺にもその緊張感が伝わってきた。
先週のマーク模試で数学200点満点のところ、たったの54点という結果に終わった。
あと1年の猶予がある俺はまだ悲観はしていない。
だが、あと130点は取るように言われている。
184点か……。
この先待ち受けているであろう苦難を考えると思わず遠い目になってしまう。
しかし、184点取れるようになったところで不安は決して尽きないだろう。
苦手な教科には受験で命取りとなるくらい特に不得手な領域がある。
それゆえに、その領域が出題されてしまうとたちまちボトルネックとなって点数を大きく下げて
しまう。
その変動幅を考えると模試で確実に190点台に到達しなければ、本当に力がついたとは言えず、本番で大
失敗することもあるだろう。
かつて、専業主夫を目指していた頃はこれをかなえるためにどんな努力も惜しまない覚悟であった。
その努力を勉強へと振り向けたわけではあるが、覚悟の方は全くできていない。
正直なところ、自信がない。
一年後の自分をイメージしてもろくなイメージしかわかないのだ。
「比企谷くん、あなたと一緒に大学に行けると思っていたのに……。私の気持ちをもてあそんだ
のね」
って合格発表の掲示板の前で刺されるとかいうバッドエンドが浮かんでくる。
ああ怖い、あな恐ろしや……。
そんなことを考えているうちに部室に着いた。
「よう」
「こんにちは、比企谷くん」
「由比ヶ浜は今日……」
「三浦さんとカラオケに行くってメールが来たわ」
俺の声を遮ってこう話すのは雪ノ下雪乃だ。
「……って、おい、また俺にしゃべらせない気かよ」
「あら、ごめんなさい。比企谷くん何か喋っていたのね」
「ぼっちはただでさえ口数が少ないんだから、その限られた機会を奪うのはやめてくんない?」
「あら、奇遇ね。私も口数が少ないのだけれど」
なにこの弱肉強食の世界。
弱きものは強気ものに挫かれる、まさに社会の縮図がこんな場末の部室でも繰り広げられている。
「由比ヶ浜さんといえば、……その、模試のとき大丈夫だったかしら?……」
こないだのマーク模試で俺は雪ノ下と同じ国立大学を目指すべく受験科目の変更を行った。
俺は由比ヶ浜と同じ3教科3科目だったのが、雪ノ下と同じ5教科7科目となった。
学校申込みのため、いつもの教室での受験だった。
受験科目で登校時刻が違うので、そこから勘づかれていないのか雪ノ下は気にしているのだ。
「ああ、大丈夫だったと思うぜ。あいつの受験科目の最初の英語が始まる前と最後の社会が終わったとき
は速攻でトイレに行って時間いっぱい籠ってたからな」
「そう……」
歯切れの悪い返事が返ってきた。
俺もそれ以上深入りしたくなかったので、一旦会話は途切れた。
そういえば、模試が終わったときに葉山に声をかけられたな。
「ヒキタニ君も国立志望だったんだ。意外だなぁ……」
なんてな。
まぁ、修学旅行のときのことがあるからあいつらのグループ内で俺の話題はNGだ。
だから、葉山から由比ヶ浜に筒抜けとなることもないだろう。
そんなどうでもいいことを考えていると、雪ノ下が嫌な話題に触れてきた。
中途半端になりますが、今回はここまでです。
では、またです。
寝る前に再開です。
ちょっとだれた展開になっているので、sage進行します。
「比企谷くん、あなた算数の勉強ははかどっているかしら?」
小首を傾げながら算数とか俺のことを軽くバカにしてくるのやめてくれない。
その仕草がかわいすぎて、反撃できないじゃないか。
「算数か……。そういえば、高学年の頃から嫌いになったな」
「あら、あなたの算数嫌いはもともとではなかったの?」
意外だったわねという表情を浮かべている。
もともとはそんなに苦手ではなかった。
九九だってすぐに覚えた。
「俺の通っていた小学校は問題解決学習だかってのを研究していたんだよ。教科書閉じさせて、
黒板に問題張り出して解き方考えろとかってやるんだよ……」
「私もそのように習ったことがあるわ……」
雪ノ下の表情も曇り始めた。
この学習法にあまりいい思い出がないのだろう。
「一例をあげるとだな、体積の単元の一番最初の授業でルービックキューブのような立体図形がでて
きて、『この立方体のかさを求めなさい』ってやるんだよ。『かさ』の単位っていったらそれまで習っ
ているのはL、dL、mLだから、その単位を使って出そうとするんだけど、1Lの体積の立方体の1辺の長さ
なんて習っていないだろう。そんなもん当然解が出せるわけがない……」
ところで、リットルはなんで唐突に小文字から大文字に変わったの?
しかも書体まで。
教科書なんかなんの理由の説明もなく「えっ、いままでそうだったっけ? テヘヘ☆」って感じで
すっとぼけて書いていやがる。
どこの小町だよ?
うちの小町でしたね。
小町悪く言ってごめんね。
今のは八幡ポイント的にどうなんだろう…… と脇道にそれた思考を巡らせていると雪ノ下が一言。
「そうねえ、それはかなり横暴だわ」
雪ノ下もムスッと怒っている。
おっと、話に戻らなければ。
「それに担任が『面積を出すときはどうやったっけ?』なんて、面積の公式を確認したりするわけだろ。
だから、LだとかdLを使おうとしている身にすりゃカオスそのものだよ。それに面積の公式をやたらに
強調するもんだから、『かさ』の概念が見事に破壊されて一生懸命立方体の表面積を出そうとしたり
するんだよ」
雪ノ下の表情がどんどん険しくなる。
「さんざん混乱させた挙句、担任が1辺1cmのサイコロを黒板に書きだしてこれが1立方センチメートル
だなんてやりだす。そんな簡単な事だったら最初から教えとけよって。それまでの努力がすべて否定
され、あの努力は何だったのか…… と著しくやる気を低下させてくれる。それに、赤ペン先生だと
か塾だとかで情報の恩恵を受けている奴だけあっさりと解いてしまう。小学生の時から情報戦だぜ。
そのおかげで俺は『働いたら負け』だということを学んだ」
全国の小学校教員よ、さっさとこの問題解決学習をやめろ。
文科省もこの指導法を推奨するのをいい加減やめろ。
こうしているうちに算数嫌いがどんどん量産されるぞ。
「あなたの言っていることにはおおむね賛同するわ。だけど、その歪んだ性格を形成したのはあなた
自身のせいだけではなく、文科省にも責任の一端があるというのは早計だわ。どうしてそこまでの極
論に至ってしまうのかしら。これ以上あなたの話を聞いていると眩暈を起こしそうだわ」
そう言って額に手を当てている。
「さらにこの学習法には問題がある……」
「まだ続くのかしら……」
雪ノ下はやれやれと再び額に手をやった。
「まぁ、そう言うな。これはお前にだって覚えがあることだ……」
「……。私にも……?」
ときょとんとしている。
「この学習法の最もいやらしい部分は練り合いだとか称してグループで解き方を話し合わせるんだよ。
俺のようなぼっちにとっては苦痛そのものの時間だ。もっとも俺は、だんだんと算数の勉強が嫌いに
なってグループの奴の説明を聞いていても何言ってんのかわからなくなってさらに混乱してたから何も
話さなかったたけどな。担任の説明ですらわからないことがあるのに、同級生の要領を得ない説明を聞
いて理解しろってことに無理がある……」
俺の話にめずらしく同意する雪ノ下は、うんうんと頷きながら掌をりしめる力が増しめ、いつの間
にか拳と化していた。
そして、雪ノ下も自らの体験談を語り始めた。
「それと、黒板の前に立たされて説明されられるのだけど、間違えようものなら鬼の首を取ったかの
ようにやいのやいの騒いだと思えば、正解したらしたでチッとか舌打ちされたり嫌味を言われたり……。
あれを根絶やしにするのに一体どれだけの時間と労力を費やしたことかしら。あの低脳ども!」
怒りの籠った目と全身から憎悪の念を放ちながら語る雪ノ下に俺はただただ恐怖するばかりであった。
そっと視線を外した俺の前に回り込んだ雪ノ下は、冷気を帯びた口調でこう言った。
「ところで比企谷くん、すっかりはぐらかされてしまったけれど数学の勉強はどうなっているのかしら?」
満面の笑みをたたえているものの目は全く笑っていなかった。
あーすっきりしたw
続き行きます。
× × × ×
「ここはこうやって代入するのよ」
そう言うなり、すらすらと俺のノートに代入式を書いていく雪ノ下。
雪ノ下の一生懸命な横顔も美しいが、雪ノ下の書いた字もその端正な顔立ちと同様に美しい。
鉛筆の先から次々と文字が書き出されていく様は、あたかも錦が織り上げられていくかのようだ。
思わずその文字に見惚れてしまった。
「比企谷くん、あなた私の説明を聞いていたのかしら?」
ギロリと睨んでくる。
「お、お前の文字があまりにも美しくて……」
すっかり心を奪われてしまったせいで、言い訳一つできなかった。
「そ、そう……」
急にしおらしくなった雪ノ下は、頬を朱に染めて俯く。
これにはちょっと調子が狂ってしまった。
なんかこう、勉強に戻るきっかけを失ったというか。
このままじゃ、いちゃついて勉強したくなくなってしまう。
急に雪ノ下の氷の刃を突きつけられたくなってしまった。
「字は人の心を写すというが、お前の黒さは写されないんだな……」
と言い終わるが早いか両の目の前に先のとがった鉛筆が2本…… ゴクリ……。
「比企谷くん、心眼って言葉を知っているかしら?」
いやいや、お前のその邪眼がとっても怖いのだけど。
「その魚の腐った目を潰せば、あなたも開眼できるかもしれないわよ」
顔は笑っていても絶対零度よりも冷たい光を放つ目を添えるのは忘れてはいなかった。
「氷の刃-」の前言は撤回したい、いや、させてください。
「そ、それだったら、この問題もこうやって代入したらいいのか?」
と震える手つきでノートに書き込む。
「そうよ。やればできるじゃない、比企谷くん」
カタツムリかカメかというくらいに一瞬にして殺意をひっこめた雪ノ下は、澄んだ目を輝かせな
がら無邪気に喜んでくれるのであった。
そう、この笑顔があるから俺も頑張ることができるのだ。
例題をひと通り解いたところでティータイムになった。
今日は、雪ノ下と二人きりのときにだけ飲むシャンパーニュロゼという紅茶だ。
雪ノ下の淹れたての紅茶をふたりお揃いのティーカップを傾けながら飲むのは至福のひとときだ。
特に何か会話をするわけでもなく、ふたりぼっちの世界を楽しむ。
時折、視線を交わしてはそらししながら。
これにて本日分は終了です。
では、また明日です。
乙
問題なく全部楽しんで読めてます(^^)
ええやんか
× × × ×
冬至まで1週間を切った。
部室に来てからそんなに時は経っていなかったが、早くも夕陽は雪ノ下をカンバスにしてオレンジ
色に染め上げて、美しい陰影を作り出す。
日没ももうすぐだ。
ここらで休憩も切り上げ時だ。
そろそろ今日の仕上げだな。
練習問題に取り掛かる。
雪ノ下はそんな俺をそばでじっと見つめている。
雪ノ下の教え方は、的確にポイントをとらえていてわかりやすい。
自分でもみるみる力がついてきているのがよくわかる。
1問、2問と順調に解いていく。
しかし、ちょっとした小細工もする。
「これどうやって解くんだっけ」
って訊いたり、わざと凡ミスをして間違ったり。
雪ノ下は百も承知なんだろうが、
「……仕方ないわね」
なんてもったいぶって、さっと寄り添って教えてくれる。
そして、教え終えると引き潮のようにさっと引く。
どう見てもただのバカップルだが、つかず寄らずの間合いを取りながら過ごす2人の時間はやはり
格別だ。
練習問題を解き終え、解答も済ませた。
なんとか今日の分はクリアした。
「今日はありがとな」
「ええ、合格してからたっぷり返してもらうわ」
と笑顔で答える雪ノ下。
もしかして、そのスマイルは利息じゃないよね。
雪ノ下とは心でしっかりと結ばれているとはいえ、まだまだ女性からの好意に抗体ができていない俺。
合格と引き換えに俺は何を代償として払わなければならないのか…… 考えるとちょっと怖い。
下校時刻まであと30分。
残りの時間は読書に充てることにした。
さっきまですぐそばにいた雪ノ下が離れてしまったせいだろうか。
ちょっと肌寒さを感じる。
ふと、その温もりの源泉へと目を向けると、雪ノ下はぶるっと身震いをした。
もしかして俺の気配を感じちゃったから?
そんなことを考えて軽くショックを受けていると、足元が寒そうなことに気付いた。
雪ノ下の姿勢は良く、ピンと背筋を伸ばし、黒のニーソを履いた細く長い足も行儀よく床へと垂直に
延びている。
その様はさながら絵になっている。
そんなことを考えつつも俺の目は正直だ。
視線が上の方へ上の方へと向かっていく……。
なんかニーソとスカートの間ってドキドキするよね……。
おっと、違う違うそうじゃない。
冷暖房完備の総武高とはいえ、放課後は下校時刻が近くなると暖房が止められる。
ズボンを履いている俺とスカートの雪ノ下とでは感じる肌寒さも違うことだろう。
文庫本を50ページほど読んだところでどちらともなく本を閉じた。
そろそろ下校時刻だ。
俺は雪ノ下のカップも一緒に洗い、棚に2つ寄り添うように並べた。
不注意でまた割ってしまわないように慎重な手つきで行う。
カップを並べる前に一度よけた3人用の紅茶の缶を掴んで元の場所にセットしようとした。
缶の軽さが気になった。
その気配を感じ取ったのか雪ノ下はこう言った。
「そろそろその紅茶も買い足さなければならないわね」
芸もなくまたいつものパターンになったところでいったん休憩します。
レスどうもです。
再開します。
× × × ×
2人でこうして京葉線に乗って出かけるのはもう何度目だろうか。
ホームに着いた時ちょうど快速が来たが1本見送った。
快速で行けば停車駅が1駅減ってちょっと早く着くのだが、なんとなく各駅停車に乗りたかった。
雪ノ下も同じ気分のようだったのか特に異論はなかった。
ぼっち同士、大して会話を交わすこともない。
別に話す内容がないわけではない。
ただ、2人隣同士で座っているだけ。
たったこれだけのことだけど、2人にとっては大切な時間なのである。
ワインレッドの帯のついた車両に乗ると、すぐに小町には夕飯は要らないとメールをした。
「まさかとは思うけど、相手は平塚先生かしら?」
雪ノ下は冷ややかな声で牽制をしてくる。
前は本気で平塚先生との仲を疑われたからな。
「いや、小町だよ」
俺に浮気するだけの甲斐性がないと思ったのか、
「そう」
とだけ返すとそれ以上は詮索してこなかった。
再び心地よい沈黙の時間がしばし続いた。
降車駅に着いた時、俺はさっきの嫌味への仕返しにとばかりに
「もう一駅乗っていくか」
なんて軽口を叩いてみた。
しかし、すぐさま返り討ちに遭う。
「あなたにはまだ何か後ろめたいことがあるのかしら?」
般若のような表情を浮かべ、じっと睨む。
俺は恐怖新聞を一回分読んだ時と同じくらい命の灯が弱まった気がした。
駅を出るとヒューッと一筋の風に吹かれた。
思わずコートの襟元を立てた。
塩の香りと一緒に冬の足音も運んできている。
雪ノ下は顎のあたりに手を当てて、俺と自分の襟元とを見比べている。
やがて、青地に白く雪の結晶やらトナカイやらが織り込まれたマフラーへと手を伸ばす。
ヒューー。
寒風がもう一筋。
今度は雪ノ下の手を吹き付けたようで、はーっと白くなった息を吹きかけて暖を取っていた。
ショッピングモールに入ると、いつもの紅茶専門店へと向かった。
すっかりと顔なじみになってしまった店員に含みのある笑顔で迎えられる。
俺も雪ノ下もちょっと気恥ずかしい。
今日は最初から買うものが決まっている。
迷うことなく3人用の紅茶の缶を手に取った雪ノ下はレジに向かっていくが、俺は動きを止めた。
「どうしたの?」
雪ノ下が振り返ったとき俺はシャンパーニュロゼの缶を掴んでいた。
「……、あらそれは?」
「俺用だよ」
最近苦手な数学の勉強を始めたおかけでストレスを感じがちである。
雪ノ下と同じ大学に行くためだと自分に言い聞かせて、コーヒーをがぶ飲みして机に向かっているが、
胃が荒れてきてしまった。
大好物のMAXコーヒーは勉強を終えて爽快な気分になったときのためにとっておきたい。
それに、このシャンパーニュロゼを飲むと、雪ノ下のことを想いながら頑張ることができそうだ。
「私も買おうかしら……」
顎に手をやりながらぶつぶつと独り言を言う雪ノ下。
何を考えているのか知らないが相好が崩れている。
雪ノ下の心中を読もうとして眺めていると、急に背を向けた。
そして、睨みつけるようにしながら振り返ると無表情で
「何か?」
と冷たい声を返してきた。
いいえ、何も言いません。
僕、命が惜しいですから。
でも、それは買うんですね。
そう思っていたら、
「……まだ何か?」
そう言う雪ノ下の目は「これ以上何も言うな、これ以上何も考えるな」とプレッシャーを与えてきた。
さて、ひとまずは紅茶を買った。
あとは、本屋に寄ってファミレスにでも誘ってみるか。
あっ……、それともう一か所寄らないとな……。
「雪ノ下、悪いけどもうちょっと付き合ってくんないか?」
「さっき小町さんとメールしていたようだけど何か買うの?」
「いや、本屋によって数学の問題集買うんだよ。数Ⅰの整数問題ばかり乗った薄めのやつだよ」
それにしても整数問題ってなんであんなにも難しいんだ。
問題冊子をめくるといきなり一問目からあれだからな。
ただでさえ数学が苦手なのにいきなりあんなの出題されたら挫けちゃうでしょ。
それから「整数」って名乗っているくせに答えに√やら虚数が登場しちゃう。
あれって、全然整数じゃないでしょ。
これどういうことなの?
「そうね、ある程度パターンが決まっているし、等式変形が適切にできれば問題はないのだけれど、
数をこなして慣れておくのも大切だわ」
「ああ、だから俺が一人で選ぶよりも、一緒に探してもらえればなと思って……」
「ええ、私も一緒に選んであげるわ」
雪ノ下は俺に頼られたことがうれしかったのかにこっと微笑みながらそう答えた。
この笑顔の分だけ頑張らないとな。
まったりとしたところで終了。
デレのんはもうちょっと待ってくださいな。
レスどうもです。
励みになります。
まだ四分の一しか書きあがっていませんが、出だしの部分は変更する予定もないので、先行して書き込み
ます。
では、第5弾スタートです。
ベクトル糞つまんねー。
冬休み初日、俺は津田沼にある予備校で数学の冬期講習を梯子していた。
1講目のセンター数学と2講目の文系数学だ。
本当は国語と英語の講義を受けたかったが、私立文系から国立文系に照準を合わせ直したので、
数学漬けになる羽目となった。
ようやく2つの講義が終わり、オーバーヒートしている頭をクールダウンしているところだ。
それにしてもなんなんだ、このベクトルというやつは。
どうも生理的に好きになれない。
まず、ベクトル記号が矢印であらわされているのが気に食わない。
なんなの、みんなで同じ方向見ないといけないの?
クラスでよくある「行事に向かってみんなで一直線!」って感じに似ててものすごく嫌だ、たまらな
く嫌だ。
それから、あの矢印の方向も気に食わない。
「→」で表しているが、あの「僕たち、私たち前向きに頑張っていて今が充実しています」ってリア充
みたいな感じどうにかなんないのか。
「←」の後ろ向きな感じじゃだめなの?
ぼっち舐めんなよ!
こんな風に憤ってみたが、欺瞞だ。論理のすり替えだ。
実際問題、ベクトルについてはまったくのお手上げ……。
ちっともわからない。ちんぷんかんぷんだ。
そういえば、ちんぷんかんぷんとちちんぷいってなんか似てない?
ちんぷんかんぷんのベクトルも、ちちんのぷいって…… ならないよね。
はぁー……。
落胆のため息をついていると、聞き覚えのある声が後ろからかけられる。
振り返ってみると、川……、川……、川なんとかさんだった。
「……、あんたのおかげでスカラシップ取れたから……。ありがと……」
そう言ってそそくさと帰っていった。
こんなところでクラスメートに会うとは露ばかりにも思っていなかったので、話しかけられて思わず
きょどってしまった。
俺の通う千葉市立総武高校は県下でも有数の進学校だ。
由比ヶ浜が通っているせいで勘違いされると困るのでもう一度言おう。
総武高は進学校だ。
だから、高二の冬休みともなれば、受験対策を始めていても不思議ではない。
ひょっとしたらほかにもクラスメートがこの中にいたのかもしれない。
さっきの川……川村さんだったっけ? みたいに未だに名前を覚えてないのはまだ良い方で顔を見ても
こんな奴いたっけ? って感じの奴らがたくさんいるので、クラスメートとはとても呼べないのだけど。
もっとも俺もクラスメートに認識されてはいないのだけど。
さて、俺も帰るとするか。
雪ノ下からプレゼントされたばかりの手編みのマフラーを巻いて帰り支度をした。
そうだ、家に帰っても誰もいないんだよな。
小町も総武高の受験を控えて塾の冬期講習に行っている。
その留守宅には、カップ麺くらいしか食糧がない。
だから、ヨーカ堂のとこのマックで復習しながら何か食って帰ることにするか。
そんでもって、ヨーカ堂で食材買って帰って塾で疲れて帰宅した小町のために晩飯でも作ってやるか。
これって八幡的にポイント高いよな。
予備校の校舎を出るといきなり風に吹きつけられた。
頬に12月の寒風を受け、目がしゃきっとする。
いつもなら首筋にも直撃して身震いするところだが、雪ノ下が編んでくれたマフラーが見事に防御し
てくれた。
服の耐久性にうるさい雪ノ下のことだから、このマフラーもかなりの防御度があることだろう。
ただし、肝心な雪ノ下の攻撃というか口撃は一切防ぐことはできない諸刃の剣。
あっ、防具だから剣ではないな。
盾でもないし……、もうやめておこう。
貴様!!あのスレを見ているなッ!!
そういえば雪ノ下は今頃何をしているんだろう?
目の前にいた。
なに俺、幻覚まで見ちゃって。
もしかして雪ノ下依存症なの?
そう思って目をこすりながら、そのままヨーカ堂へ向かって歩いた。
「比企谷くん、この私を無視していくとはどういう了見かしら?」
背筋に絶対零度の冷気が吹き付けた。
振り向くのが怖い。
俺の心は凍死してしまった。
>>415
自分もSS書こうかなと思ったきっかけとなった書き手さんなので。
そんでもって、同時間帯に書いていたもんだから、ついつい覗いているうちに誤爆してしまいました…orz
本日書き込み予定最後のレス(>>416)を名作に誤爆してきてしまいました…… orz
穴があったら入りたい。
では、また明日続きを書きます。
うう……
本当に申し訳ないことをしてしまいました。
作者さんごめんなさい。
誤爆で投下止まってるけどあんまり気にするなよwww
>>420
ごめんなさい……
気にせずに書いていこうぜ
>>422
はい……
明日の晩にまた書きます。
レスどうもです。
>>506
数Ⅲでした。
ついでに書き直し部分に登場させた極限も数Ⅲでした…… orz
もうこの際八幡に理系でも受験させてしまおうかなw
さて再度書き直しです。
0時をめどに頭をひねりなおします。
ローゼンメイデンが終わったので再開します。
アニメ版のまかなかったジュンって八幡よりも腐った目をしている気がするw
× × × ×
雪ノ下のポイントをとらえた指導のたまもので昨日よりも勉強が効率的に捗った。
講義中にその場で単語カード改め数学公式カードに公式を書きこんでいたおかげで、いくらかは記憶と
してとどめられていたことも良かったのだろう。
公式を覚えていないことで、雪ノ下に罵倒されなかったことが何よりの証拠だ。
昨日はベクトルの復習で時間を使い果たしたが、今日は明日のセンター数学の予習も終えることができた。
あとは、家に帰ってもう一度数Ⅱの復習をすれば他教科に時間を費やすことができる。
「サンキュー、雪ノ下。今日もたっぷりつき合わせて悪かったな」
雪ノ下の方を向くが反応はない。
なにかぼんやりと見つめていたが、俺の気配に気づくと、
「……ええ、べ、別に礼には及ばないわよ。私がただこうしたいだけだから……」
と目を合わさない。
「どうした雪ノ下?」
俺は無意識のうちに雪ノ下に何か悪いことをしてしまったのかと思い、雪ノ下の顔を覗き込むように
言った。
俺と目が合うと、頬を朱に染めて再び目をそらす。
「俺なんかとんでもないことでも口走っていたのか?」
今日はかなり集中して勉強していた。
勉強中は思考を巡らせ、余計なことは考えていなかった。
一体何をやらかしてしまったのか?
考えれば考えるほど疑心暗鬼になってしまった。
「雪ノ下……」
再び何かしてしまったのか問おうと向き直った時、雪ノ下と一瞬あった目が三度そらされた。
ますます混乱している俺に雪ノ下は顔をそらしたまま微かに聞き取れる声でこう言った。
「ひ、比企谷くんのそんな目……み、見たことないわ……」
俺の視線に気づくとしばらく顔をそむけたまま無言でいた。
いつも死んだ魚の目だとか言われているが、今はどんな目をしているのか俺には分からない。
俺自身いつもと何も変わっていないはずだ。
でも、雪ノ下は明らかに戸惑っている。
何かが違う……。
今日一日のことを思い返してみると、今日はまだ雪ノ下に罵倒されていないことに気付いた。
雪ノ下と出会ってから数か月経つが、今までこんな日はない。
そうか……、そりゃあ、雪ノ下の調子だって狂ってしまうよな。
勉強に気を取られ過ぎるあまり大切なことを忘れていた。
……って、おい。
さっきの雪ノ下の言葉は何だ?
今日はあれだ……、かなり勉強に集中していたから、魚の腐った目をしていなかったということか。
それを見て戸惑っちゃうってどういうことなの?
なんか俺の人格を否定されたようでショックを受けてしまう。
いや、ちょっと悲しいが、そんなことは置いといてまずはこっちを優先しないといけないよな。
「お前なんであんな雨の中、突っ立てたんだ。渋谷駅前に鎮座する犬かよ」
待ってましたとばかりに沈黙を破っていつもの雪ノ下が帰ってきた。
「あら、犬はあなたの方ではないかしら。ほら、だってあなたの名前……犬っぽいでしょ。八公」
いつもより50%増しの笑顔で憎まれ口をきいてくる。
ああ、こいついつものようにこうしたかったんだな。
めちゃくちゃ楽しそうに弾んだ口調で言いやがる。
俺は自分でもだんだんといつもの目に戻っていっているのがわかってしまった。
悔しいかな、こっちの目じゃないと喜ばれないとかなんなんだ。
でも、そっちの方が良ければ俺もこれに乗らなきゃな。
「お前、人の名前もじって遊ぶのやめてくれる? 人の名前を馬鹿にしちゃいけないって教わらなかっ
たのか?」
なんか俺も楽しそうに反撃しちゃったよ、はぁー……。
雪ノ下がさらに満開の笑顔で小首を傾げながら反駁してくる。
「しつけのなってない犬ね。犬の分際で人様に口答えするとはいったいどういう了見かしら。首輪でも
つけて調教する必要があるわね」
生き生きと俺を罵る雪ノ下は輝いていた。
こんな瞬間を褒められても本人は喜ばないだろうが、こんな雪ノ下雪乃も好きだ。
傍から見れば間違いなくドン引きするであろうやり取りだが、俺たちにとってはこれは大切なコミュニ
ケーションだ。
今までこうやって2人の時間を紡ぎ続けてきたのだ。
ここはしっかりと時間を取って今日の埋め合わせをしないとな。
「マスター、コーヒー2つおかわり!」
こんなどうしようもない応酬を続けるためにわざわざコーヒーをもう一杯注文した。
× × × ×
「あら、八公。犬のくせにご主人様をこんなところに待たせるとはいったいどういうつもりなのかしら?」
何それ、お前それ挨拶のつもりなの。
冬期講習も中日の3日目を終えてあと2日間頑張ろうと爽やかに決意を新たにしたところなのに、いきな
りこれはないだろう。
何その、俺が柄にもなく爽やかにしたから罰を与えちゃったりしたの。
まぁ、昨日は雪ノ下の罵倒はいつもより少なめだったからな。
今日はその反動でこうなったのだろう。
こればかりは致し方ないかとあきらめた。
「うるせー、犬のように誰にでもいい顔して尻尾を振ってる真似ができてりゃ、ぼっちなんかやってねーよ」
雪ノ下は額に手をあてるお決まりのポーズで、
「犬がやくんはやっぱり私が調教しないといけなさそうね」
とさらりと言いやがった。
ところで「やっぱり」って何だよ。
さりげなくアピールされたら照れてしまうだろ。
俺はもう一言反撃を加えたいところだったが、言葉を深読みし過ぎて軽くテンパってしまった。
言おうとしていたことを忘れてしまい、口を開けば、
「こ、これからも俺に……その、す、数学を教えてください」
なんて血迷ったことを頬を赤らめながら言ってしまった。
雪ノ下にもたちまち伝染してしまった。
「え、ええ……、こ、こんな私で良ければ、よろしくお、お願いします……」
と手をもぞもぞさせながらだんだんと声が小さくなっていった。
2人向かい合わせで俯き、互いに次の言葉の糸を手繰り寄せようとしていた。
「あんたら馬鹿じゃねーの……」
川崎が不機嫌そうにこう言い放って駅の方へと去っていった。
眠くなったので終了します。
では。
レスどうもです。
>>507
レスの訂正です。
行列がCで極限がⅢでした。
めんどくさいから
数Ⅰ+数A→数Ⅰ
数Ⅱ+数B→数Ⅱ
数Ⅲ+数C→数Ⅲ
って感じでまとめて呼んだり、数学の先生の影響で基礎解析、代数・幾何、微分積分、確率・統計なんて
呼んだりしていたからどうもごっちゃになっています。
これからちょっとだけ進みます。
何度も繰り返し水で薄めた状態で書いているのでワンパターンですが、少しずつでれのんを登場させてい
きます。
× × × ×
それにしても文系数学の講義では毎日毎日次から次へとわけのわからんものが登場してくる。
今日はファミレスで数列と格闘した。
なんだよこのΣってやつは!
上にも下にも右側にもaだとかnだとかkなんて意味不明な文字列をまとっていやがる。
ごちゃごちゃごちゃごちゃわけのわからん装飾を施しやがって、お前はデコトラかよ!?
この意味不明な数列というものに辟易し、ついには途方に暮れてしまった。
「ここまでものの見事に何も身についていなければ正直なところ手の施しようがないわね」
そう言ったきりしばし額に手を当てていた雪ノ下を見て、さすがの俺も凹んでしまった。
そんな俺を見た雪ノ下は思い切り痛罵するかそれとも喝を入れるかするかと思っていたら、
「比企谷くん……、必ずあなたを国立……理系に合格させてみせるわ」
と言って俺の手にそっと自分の手を添えた。
「ちょ、ちょっと待て……、お、お、俺は国立文系だ」
あまりにも唐突な発言と雪ノ下の手のぬくもりにすっかりテンパってしまった。
雪ノ下は細くしなやかな指を口元にやりながらくすっと笑った。
「比企谷くん、あなた今国立文系って言ったわよね。その気持ちがあればどうにかなるわ……」
いやいや、どうにもならんって。
気持ちだけで数列ができるようになんかならないし、これって解決策じゃねーよな。
あと気合いだけでもね。
こっちに至ってはますます解決策から離れて行ってるぞ。
何が何だかわからなくて目を白黒させながら雪ノ下を見た。
「だって私、虚言は吐かないもの……」
雪ノ下は俺を一瞬にして手なずける仕草を心得ていた。
いたずらっぽくほほえみながらウインクし、それから小首をかしげる。
だめだ……、こんなシチュエーションでそんなことされたら……。
俺の顔はたちまち瞬間湯沸かし器のように熱くなり、そこから湯気が立ち込めてしまった。
雪ノ下もその熱にあてられたのか、顔を紅潮させながら、
「……だから私を信じて、は、は、はち、……はちがやくん」
と俺を悶死させるには十分すぎる呪文を唱えた。
これから買い物に行ってくるので続きは午後にでも。
では。
帰宅しました。
では、再開します。
× × × ×
余韻というべきか余熱というべきか、俺はもちろんのこと雪ノ下もさっきのことを引きずって互いに
凡ミスを繰り返しながら持参した参考書で初歩の数列から勉強した。
テキストの問題は解法を説明したところでどうにもならないと判断したのだ。
3パターンの数列をひたすら繰り返した。
「続きは今度時間をたっぷりとって教えるから、それまでに今日ここでやった分だけは必ず覚えておくの
よ」
そんなところで本日分の復習というよりも雪ノ下の数列超初心者講座を終えてティータイムにすること
にした。
カップに手を伸ばすとジャスミンティーは空になっていた。
雪ノ下はそれに気づくとドリンクバーに取りに行ってくれた。
雪ノ下が持ってきてくれたカップにはハーブティーが入っていた。
知恵熱が出そうなくらい頭を使ったので、ハーブの香りが妙に体に染み入ってくる。
俺の正面に座りなおしていた雪ノ下はハーブティーを一口飲んでフーっと一息ついた俺を見て満足げに
ほほ笑んだ。
俺も自分の欲していたものを雰囲気で察してくれた雪ノ下に感謝の意を込めて微笑み返した。
今日は復習は基本中の基本にのみ焦点を絞って早めに終わったので、ゆっくりと見つめ合ったり、気恥ず
かしくなって俯いたりしながら至福の一服を楽しむことができた。
「ところで、明日のプレゼント交換の品って何か買ったか?」
明日は由比ヶ浜企画のクリスマスパーティーだ。
奉仕部の3人と小町、平塚先生、戸塚の6人でやる予定だ。
6人でやるのだ。
決して7人になってはならない。
だから、材木座は来んな。
いや、予定というよりも無理矢理由比ヶ浜に決められたので既決事項と言った方が正しい。
その由比ヶ浜からプレゼント交換をするので500円以内のプレゼントを用意するようにとメールが
一昨日の晩届いた。
「ずっと比企谷くんと一緒にいたから……。だから私は買っていないわ」
いちいち言い方がかわいい。
さり気なく俺とずっと一緒にいたことをアピールするところがとにかくかわいい。
さっきの「はちがやくん」といい、俺のハートは完全に射抜かれてしまった。
「お、お、俺……も……だ」
情けないかな、たったこれだけの言葉をまともにしゃべられない。
これから大事なことを話すのだから、気持ちを落ち着かなければ……。
「今からプレゼント買いに行かないか?」
フーッと一息ついてから雪ノ下にこう告げた。
「ええ、そうね……、そうしましょう」
雪ノ下も声を弾ませて快諾してくれた。
正直なところそんなもんはそこらの100均で買えばよいのだが、そんなのはダミーで実は別に目的がある。
あの、その、なんだ……雪ノ下にクリスマスプレゼントを贈りたいんだ。
それにだな……えっと、明日はデ、デートにだな……誘おうと思っている。
うわっ、考えただけで恥ずかしい……。
そ、そういうわけだ。
「ところで比企谷くん、どこの店に行くのか決めているのかしら?」
× × × ×
京成津田沼から2駅電車に揺られたあと、さらにバスに乗っていつもの場所に行った。
ただひたすら隣同士に座っているだけで終始無言で過ごす幸せなひとときだ。
リア充どもにはわからないだろうが、ぼっちどうしにはこんな時間も必要なのだ。
雪ノ下と一緒にここを訪れるのはこれで何度目だろうか?
面倒なので数えないけど。
別に津田沼のパルコでもよかったのだが、こちらは若者だらけなので疲れてしまう。
それにリア充率がららぽーとよりはるかに高い。
そんなわけで、リア充かどうか関係なく老若男女も集い、勝手知ったるららぽにやって来た。
3連休最終日かつクリスマスイブ前日とあって通路には客がごった返していた。
サンタの格好をしてクリスマス商戦最後の売り込みに力が入る呼び込みの店員がそこらにいた。
それらを適当にかわして100均に着いた。
「比企谷くん、100円ショップだったらわざわざここに来なくても良かったと思うのだけれども」
何も気づいていない雪ノ下は何故という視線も同時に送ってきた。
「小町にも何かプレゼントしようと思ってな。あと、数列の問題集も薄いやつを1冊買っていきたいしな」
「……そう。小町さんにも……ね」
最後の「ね」の部分に異様に力こめて言う雪ノ下。
そのジト目もやめろ。
小町を口実にお前のプレゼントを買うだけだ。
だいいちここ数日の間は冬期講習が終わったら晩までお前とずっと二人きりだっただろ。
だから何とかしてお前へのプレゼントを買おうとしてこっちは必死なんだよ。
初めての一緒に過ごすクリスマスイブなのに本人目の前にしてプレゼントを買うだとかいくらなんでも
興ざめだろ?
「まぁ、とにかくそんなわけだ。あと、ここ数日数学漬けで精神崩壊しそうだから一緒にあの紅茶飲んで
いきたいしな」
あの紅茶とはシャンパーニュロゼ - 俺と雪ノ下との距離がここまで近くなるきっかけとなった紅茶だ。
2人であの紅茶をすすっているときの安らぎは格別なものがある。
「そ、そう……。それなら別に……」
ちょっと拗ねていた雪ノ下の表情がパッと明るくなって赤味を帯びた。
さて、雪ノ下へのプレゼントをどうやって気づかれないように買おうか。
2人で100均に入ると自然と別の方向に向かって歩き出した。
悲しいかなぼっちの習性だ。
でも今日はそのほうが都合がよい。
雪ノ下とは店のすぐ近くのベンチで待ち合わせするように約束している。
さしもの雪ノ下もさすがに迷子になったりはしないだろう。
きっと雪ノ下のことだから、穴が開くほどじーっと商品を見つめていたり、商品を引っ張ったり、ぐり
ぐりいじったりして強度を確かめていることだろう。
ならば俺はスピード勝負だ。
どうでもいいプレゼントなんか選ぶのに時間を費やす必要はない。
それこそ人生の無駄遣いだ。
スナック菓子とジュースとラッピング袋を手に取ってさっさと会計を済ませた。
ここからがいよいよ本番だ。
そうはいうものの、親が適当に選んで買ってきた服を着ている俺だ。
ファッションセンスのかけらも持ち合わせていない。
それにこじゃれた店に入ると場違いなパーティーに現れた勘違い野郎のような心境になってしまい
人目が気になって落ち着かない。
だから、そういう店には詳しくない。
ここは自分の知っている数少ない店に行くしかない。
そしてたどり着いたのは、雪ノ下にひざ掛けを買ってやったファッション小物の店だった。
クリスマスイブの前日というだけあって下心と妄想をきれいな身なりで包み隠している男単体も何人か
いたので、俺だけ浮くこともなさそうでちょっと安心した。
自分のことを決して多く語ろうとしない雪ノ下の好みは相変わらずよくわからないが、ここ数週間
長時間一緒に行動をともにした経験から、プレゼントしたら喜んでくれるであろうものが一つだけ浮
かんだ。
彼女の清楚なイメージに合うものを今度は時間をかけて探した。
では、また晩に。
レスどうもです。
では再開します。
× × × ×
さっきのことですっかり調子の狂ってしまった俺と雪ノ下は凡ミスを繰り返しながら俺が持参した参考
書で初歩の数列から勉強した。
雪ノ下はこれまで勉強でこんなミスを連発したことなんかなかったのだろう。
俺でもわかるような簡単な計算を間違えて、指摘されるたびにテンパりながらも俺にわかりやすく教え
てくれた。
ところで今回はテキストの出番はなしとなった。
テキストに載っている問題は解法を説明したところで、今の俺にはどうにもならないと雪ノ下が判断し
たのだ。
そのため比較的簡単な3パターンの数列の問題を解くことをひたすら繰り返した。
「続きはまた今度教えるから、それまでに今日ここでやった分だけは必ず覚えておくのよ」
そんなところで本日分の復習というよりも雪ノ下による数列超初心者講座を終えてティータイムにする
ことにした。
カップに手を伸ばすとジャスミンティーは空になっていた。
雪ノ下はそれに気づくとドリンクバーに取りに行ってくれた。
雪ノ下が持ってきてくれたカップにはハーブティーが入っていた。
知恵熱が出そうなくらい頭を使ったので、ハーブの香りが妙に体に染み入ってくる。
俺の正面に座りなおしていた雪ノ下はハーブティーを一口飲んでフーっと一息ついた俺を見て満足げに
ほほ笑んだ。
俺も自分の欲していたものを雰囲気で察してくれた雪ノ下に感謝の意を込めて微笑み返した。
今日は復習は基本中の基本にのみ焦点を絞って早めに終わったので、ゆっくりと見つめ合ったり気恥ず
かしくなって俯いたりしながら至福の一服をじっくりと楽しむことができた。
スタート地点を間違えてしまった…… orz
今回分は次のレスからです。
× × × ×
雪ノ下へのプレゼントと小町へのプレゼントを買った俺は雪ノ下との待ち合わせ場所へと向かった。
あまたのカップルが前から後ろへと流れていく。
いつもはこの時期になるとそれがものすごく嫌ですれ違ったカップルの数の分だけ卑屈になった。
それは軽く煩悩の数を上回ってしまう。
もはや除夜の鐘でも払拭できないレベルだ。
それゆえにこの冬休み序盤は特に引きこもりになる時期であった。
しかし、今はすがすがしい気分だ。
夏休みは平塚先生と小町に騙されて連れていかれた千葉村の件でしか会っていないのに今はこうして
毎日雪ノ下と2人で濃密な時間を過ごすことができている。
明後日で冬期講習も終わってしまうが、そのあとも毎日会うこと……いや、逢える気がする。
雪ノ下とは相変わらず連絡先を教え合っていない仲だが、俺と雪ノ下を隔てる最後の1枚の壁も
もうすぐ剥がすことができるだろう。
待ち合わせのベンチに着いた。
予想はしていたが、やはり雪ノ下はいなかった。
相変わらず何を買うのか真剣に悩んでいるのだろう。
ネタ的にやるだけのどうでもいいプレゼント交換なのに何をそんなに真剣になっているのだろうか。
そんな雪ノ下の姿を想像してひとり笑いしてしまった。
でも、いつでも真面目で一生懸命で馬鹿がつくほど正直で不器用な雪ノ下雪乃を俺は愛している。
100均の中に入って端の棚の通路から順に雪ノ下の姿を探す。
グレーのプラスチック製の買い物かごにはぽつぽつ物が入っている。
「プレゼントは選び終わったか?」
背後から声をかけると雪ノ下はビクッと反応し、やや遅れて振り返った。
「……誰? びっくりするじゃない」
俺の顔をしっかりと確認してからこんなことを言いやがる。
「いくら存在感がないからと言って俺を軽くなじるのはやめてくれない」
ところで、雪ノ下はいったい何を選んでいたのだろうか?
気になって買い物かごの中を覗こうとすると、キッと睨んで背中の後ろに隠した。
かごの中にはA6番のミニ辞典が入っていた。
表紙には「四字熟語」「類語」「慶弔」なんて書かれていた。
いかにも雪ノ下らしい選択だ。
祭りの縁日やら商店街のくじ引きでハズレが出ると残念賞を渡されることがある。
その品物が自体が非常に残念なうえにそれが置き場に困るどうでもいい小物だったらさらに残念な気分
になる。
だから俺は仮に自分の選んだものが当たってもいいようにスナック菓子とジュースにした。
これだと形も残らないし、おいしくいただける。
超実用的かつ超現実的だ。
俺は「四字熟語」「類語」「慶弔」といったこの手のことについては一応の常識を持ち合わせている。
どうせなら著しく欠如しているであろう由比ヶ浜かうちの小町のところに行きますようにと切に願った。
「ところで、お前ラッピング袋持ってるか?」
「いいえ、人に贈り物をするなんてことはないから持ってないわ」
なぜかもじもじしながらそう答える。
「ちょっとした小物が入るようなやつならさっき買ったからあとで1枚やるから。柄も全部違うから気に
しなくても大丈夫だぞ」
さり気なく気遣いを見せると雪ノ下は俺の言わんとしたことを理解したらしく、
「ええ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
と目をそらしながら答えた。
でも、そんな杞憂ももうじき終わる-
雪ノ下は俺がそこまで考えていることに気付いていないかもしれないが。
とりあえずここまでです。
乙
レスどうもです。
>>561-565
www
寝る前最後の更新です。
× × × ×
雪ノ下は買い物を終えると迷うことなくベンチに向かってきた。
入店前に何度も位置確認をしたのが奏功したようだった。
俺の隣に腰掛けると、ラッピング袋と付属品のリボン、シールを手渡した。
あとは、数列の問題集を買って紅茶を飲んで今日の予定は終了だ。
前回訪れたときに恥ずかしい思いをした書店に立ち寄った。
数Ⅰの整数問題ばかり載っている問題集をこの前ここで買ったが、これがなかなか良かった。
おかげで整数問題に抵抗なく取り組めるようになった。
今回は迷うことなく同じシリーズの数列のものを購入した。
たぶん、今後もこのシリーズを一冊ずつ潰しながら勉強していくことになるのだろう。
今日は雪ノ下も自分用のものを探す余裕があるので、タウンページほどの分厚さのある赤本なんかを
パラパラと見ている。
そして、俺の選んだ物よりもはるかに難しそうな国公立理系数学と書かれた問題集を一冊選んだ。
会計を終えると俺にとってもなじみになった紅茶専門店へ寄った。
家でも勉強の合間に飲むようになったシャンパーニュロゼを2人で味わった。
何の間違いがあってこうなったのか、2人で何度もこうしてカップを交えながら過ごしているのが
不思議に感じる。
きっとこれがごくごく自然で当たり前のことになったとしても、きっといつまでも不思議に感じ続
けるのだろう。
ティーカップの水面でゆらゆらと揺れる自分の顔を見ながらそんなことをいつまでも考えていた。
そんな俺を見て何を思ったのだろうか?
雪ノ下は終始穏やかな表情で俺の方を見つめていた。
× × × ×
京葉線に乗車して家路へと向かう。
今日は最初から雪ノ下とこうするつもりだったので、行きは自転車を使わずにバスを利用した。
だから今日も雪ノ下と同じで駅で一緒に降りて家の前まで送っていくことができる。
冬至も終わり日没が少し遅くなったとはいえ、相変わらず陽は短く車窓からは漆黒の空が見えた。
暗闇に浮かぶ人工的な光が次々と左から右へと流れていく。
もうそろそろ小町が腹を空かせて帰ってくる頃だろう。
小町には昨日作ったカレーを温めておいてくれとメールした。
いよいよ明日はクリスマスイブだ。
そろそろ雪ノ下に話を切り出したいのだが、なかなか最後のあと一言が言えない……。
そうこうしているうちに雪ノ下の住むタワーマンションの前までたどり着いてしまった。
「比企谷くん、今日も一日楽しかったわ……」
「ああ、俺も楽しかったぜ……」
なんとなくぎこちない会話。
互いに次の言葉を紡ぎだすことができない。
このままでは「また明日」ってなってしまう。
さあ、俺どうする?
どうするってもう決まってるだろ?
この前のボウリング場での決心は何だった?
この前のボウリング場での決意は何だった?
それに、そもそもなんで雪ノ下まで巻き込んで国立文系を目指そうと思ったんだ?
こうやってまたあきらめて、後ろ向きな自分に戻りたいのか?
戻りたいはずはないだろ!
だって……、俺は雪ノ下雪乃と巡り逢えたからこうなったんだろ!
「雪ノ下……」
「……何?」
「明日は復習の時間無しでいいか?」
「えっ……、18時に現地集合ってこと……?」
きょとんとしたあと、急に暗い表情に変わり、声が小さくなっていった。
「いや違う……。明日は講義が終わったら、集合時間まで一緒に出掛けたいところがあるんだ……。
悪いけど付き合ってもらえないか?」
雪ノ下は再びきょとんとした。
そして、ようやく意味が理解できたのか、パッと満面の笑みを浮かべた。
「……ええ。その言葉を待っていたわ」
フーッ…… ようやくこれで土俵の上に立つことができた。
この程度のことでこんなにきょどっていたら、明日は間違いなく卒倒してしまう。
もうここまで来たら解が出たも同然なのだが、さすがは雪ノ下雪乃。
「明日はとても楽しみにしているわ。でも……」
でも……?
「……つまらなかったら、二度とこういう機会はないと思いなさい」
言葉とは裏腹に反則的なほどとびきりの笑みを浮かべてこう言うなり、小走りでオートロックを解除し
てガラス戸の向こう側に吸い込まれていった。
さあ、待ってろ雪ノ下雪乃。
明日はあのガラス戸のように俺たちを隔てる最後の一枚の壁を必ず破ってみせるからな。
うーん…… なんかしっくりこない。
失敗したな…… orz
また明日です。
>>571-573
読み返したけどひどいなこれ……。
レスつく前にこっそり書き換えようっと……。
乙?
このスレに影響されてシャンパーニュロゼを買ってみたが、マジで美味いなこれ。
こりゃ確かに特別な記念に使える紅茶だわ。>>1に感謝。
>>570-574 修正版 1/2
× × × ×
楽しい時間というのはいつでもあっという間に終わりの時を迎えてしまう。
俺と雪ノ下は今、京葉線に揺られて家路についている。
俺は今朝、自転車ではなくバスで総武線の駅まで移動したので、帰りもこうして一緒に雪ノ下と2人隣り
合わせに座わることができた。
冬至を過ぎ日没が少し遅くなったとはいえ、相変わらず陽は短い。
車窓からは黒一色となった空が見えた。
そして、その暗闇に浮かぶ人工的な光が次々と左から右へと流れていく。
そろそろ腹を空かせた小町が家に着く頃だろう。
昨日は今日の帰りが遅くなることを考慮して予めカレーを大目に作っておいた。
小町にはそれを温めて食べるようにとメールした。
雪ノ下には小町とメールをしたことを告げた以外には何も言葉を交わしていない。
しかし、それだけでも満足である。
ぼっちどうし、こうして適度な距離を保つことが何よりも心地よいのだ。
いつまでもこんな時間が続いてほしい。
そう願っているうちに無情にも電車は降車駅に到着した。
>>570-574 修正版 2/2
× × × ×
改札を抜け南口を出ると海からの風が吹き付けてきた。
しかし、幸いにもそれはたった一度きりのことで辺りには海風の残した潮の香が漂っていた。
やがてその香りも消えた。
そんな時、雪ノ下の住む高層マンションの前に着いた。
「比企谷くん、今日も楽しかったわ」
雪ノ下は満ち足りたような笑顔を湛えていた。
「雪ノ下、俺も楽しかった。それに数学も教えてくれてありがとな。また明後日教えてくれ……」
俺はやっぱり雪ノ下の笑顔には弱い。
恥ずかしくなって最後の方は目をそらしてしまった。
「……えっ!?」
雪ノ下は一瞬固まった。
そして、困惑の表情を浮かべている。
「ひ、比企谷くん……、そ、それってど、どういうことかしら……?」
雪ノ下の声はだんだんとか細くなっていき、今にも泣きそうな表情をしている。
「雪ノ下、もしかして……お前勘違いしてないか?」
「……えっ!?」
雪ノ下は涙を浮かべながら、きょとんとしている。
「明日はせっかくのクリスマスイブだろ……、だから……、みんなと落ち合うまでの間、お前と2人きりで
デートし……」
まだ言い終えぬうちに雪ノ下が俺の胸にいきなり飛び込んできた。
そして、俺のコートの胸元を掴み、嗚咽を漏らし始めた。
そんな雪ノ下を抱きしめると、コートを握る手がギュッと固くなった。
「雪ノ下、誤解させて悪かったな……」
そう言いながら、きれいな黒髪を撫でてやった。
しばらくすると嗚咽が止まった、と同時に雪ノ下の手から力が抜けてだらんと垂れ下がった。
なおも甘えるように俺の胸に体を預けてくる雪ノ下を左手で抱きしめた、
そして、雪ノ下の気が済むまでつややかな黒髪を右手で撫で続けてやったのであった。
フーッ……
やっとこさ修正できました。
>>576
大変お粗末さまでした…… orz
>>577
シャンパーニュロゼ気に入っていただいて何よりです。
これでマズいとか言われたら身も蓋もなかったですw
>>576、>>577 レスどうもでした。
× × × ×
今日は雪ノ下雪乃とのデートだ。
本当はまだデートという言葉を使うつもりではなかったが、雪ノ下の涙を見てしまっては致し方ない。
まだか……、まだか…… と時間を気にして全く身の入らなかった冬期講習も4日目の日程を終了し、
残すところあと1日となった。
いつもは講義から解放された解放感からか教室内でだらだらとおしゃべりしている連中が多かったが、
今日はそんな奴らでもそそくさと帰っていく姿が目につく。
今日はクリスマスイブだもんな、……今まで俺にはろくな思い出がなかったけど。
幼い頃くらいはあってもいいものだが、残念ながら俺にはない。
うちの屑親父が「悪い子のところにサンタは来ない」とかぬかしやがってプレゼントを用意しなかった
ことがあった。
あの時、母親があとから用意してくれたからいいものを俺は本気でサンタ狩りをしようと決意していた
のだ。
間違いなく今の俺の屑っぷりの大半はこの屑親父から施された英才教育のたまものだろう。
こんな黒歴史も何とか今日で終止符を打ちたい。
雪ノ下雪乃からもらった手編みのマフラーを首に巻き、帰り支度を始めた。
コートを着てカバンを持ち上げると目の前を川崎が横切ろうとしていた。
「川崎、お疲れ」
「……今日も雪ノ下が待っているのか?」
「ああ」
「……じゃ、お幸せに」
そっけなくこう述べると教室を出ていった。
せっかくのクリスマスイブなのに家に帰ってから弟たちの面倒があって大変そうだな。
心の中で川崎の背中にメリークリスマスと声をかけ、俺も教室を跡にした。
予備校を出ると雪ノ下がいつものように目の前に立っていた。
「雪ノ下、待たせたな」
「私もさっき着いたばかりよ」
弾んだ声でそうは言うものの、さっきガラス戸越しに手に息を吹きかけていたところを見てしまった。
けっこうな時間待っていたようだ。
「ところで比企谷くん、今日はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」
幼な子のように目を輝かせながら雪ノ下は平静を装った口調で訊いてきた。
「誘った俺が言うのもなんだが、あまり期待するなよ」
照れ隠しにこう答えるのが精いっぱいなくらい、雪ノ下の笑顔はとても眩しかった。
× × × ×
「一応コースは考えてきたけど、どこか行きたいところはあるか?」
南口のサイゼで食事しながら、雪ノ下と会話をしているところだ。
しゃれた店で食事なんてことも考えたが、俺はまだ親に養われている身だ。
分相応にサイゼに落ち着いた。
「まさかあなた、この私にこのあとの予定を全部丸投げする気ではないでしょうね」
相変わらず雪ノ下は雪ノ下だ。
ほんとこいつは、俺を罵ったり貶めたりすることにかけては天下一品だ。
……。天下って言葉を使うほど、俺と会話するような人間はいないけどな。
雪ノ下以外に家族と戸塚、平塚先生、由比ヶ浜、…… このくらいか。
もう一人顔が浮かんだのだが、今にも「けぷこん、けぶこん……」と得体のしれない咳払いをしながら
現れそうなので、禁断の5文字(奴の名前)を脳内で変換しないように努めた。
「どこをどうやって聞き間違えたらそういう風になるんだよ。お前の耳は腐っているのか?」
「目と頭と心根が腐っているあなたには言われたくないわ」
さり気なく腐っているパーツを増量して俺のことを罵倒してきやがる。
その増えた分って、まさかクリスマスプレゼントだったりするの?
熨斗つけてお返ししたいんですけど。
「全部ネタばらしをするつもりはないが、このあとボウリングに行こうと思っている。嫌だったら予約
取り消すけど」
「いいえ、嫌じゃないわ。この前あなたといった時……、その、楽しかったから……」
俯き加減にぼそぼそ答える雪ノ下。
そういえばこいつってこないだ初めてボウリングしたのに2ゲーム目で168なんてスコアを出したよな。
楽しいんだったらもっとはっきり言えばいいのにどうしたんだこいつは?
そんなことを思っていると、まだ何かぼそぼそとをつぶやいていた。
「……それに、比企谷くんに……あんなこと言われたし……」
えっ、俺がどうしたって?
完全に俯いたうえに消え入る声でつぶやく雪ノ下が何を言っているのかほとんど聞き取れない。
そんな雪ノ下の耳は暑いくらいきき過ぎた暖房のせいか真っ赤に染まっていた。
腹ごしらえをした後、雪ノ下も所望していたボウリング場にやって来た。
これからゲームを始めるところだ。
やはりレーンを予約しておいて正解だった。
フロント周辺には順番待ちのグループやカップルで溢れかえっていた。
予約していなければ軽く1時間は待たされていたことだろう。
さて、何ゲームしようか。
今晩はクリスマスパーティーと称したどんちゃん騒ぎがある。
雪ノ下の体力を考えると2ゲームプレーするのが妥当な線だろう。
雪ノ下に2ゲームでいいかと尋ねると、
「比企谷くんの誘いなのだから、あなたの好きなようにしていいわよ」
と天使のような笑顔で答えてくれた。
クリスマス補正がかかっているせいか雪ノ下がめちゃくちゃかわいい。
とにかくかわいい。
それになんだって?
「あなたの好きなようにしていいわよ」だって!?
2人きりのシチュエーションで言われたら、八幡大暴れしちゃうよ!
すっかりムフフな妄想に悦に入っていると目の前に殺気に満ちた目をした雪ノ下が立ちはだかっていた。
そして、俺の頭上には雪ノ下が選んだ9ポンドのボールが静かに落下の時を待っていた。
「今度その下卑た妄想をしたら、この手を放すわよ……」
このとき、俺のまぶたの裏には過去のトラウマの数々の走馬灯が映し出されていた。
一旦こんなところで終了です。
レスどうもです。
ちょこっとだけ更新します。
× × × ×
「雪ノ下、悪い、待たせたな」
2人分の瓶コーラを買って席に戻ってきた。
ボウリングといえば、瓶コーラ、これ定番。
俺がいない間に雪ノ下は名前を登録していたようで、頭上のモニターに2人分の名前の入ったスコア表
が表示されていた。
なんとなく予想はついたが、俺の名前は「HACHIMAN」とちゃっかり下の名前で登録されていた。
雪ノ下の方を向くと頬を染めてそっぽを向いた。
そんなに呼びたきゃ、もう呼べよ。
お前には前科があるしな。
でも俺は口が裂けても……、ゆ、雪乃なんて呼べないけどな……。
なんか怖くて……。
さて、ゲーム開始だ。
雪ノ下は今回は勝負なしで楽しみたいとサイゼからの道すがらに言っていたが、多分こいつの性格上
無理だろう。
でも、俺はどんな時も手加減なしで本気で全力を出すまっすぐな雪ノ下のそんなところにあこがれるし、
好きである。
まずは、俺の投球からだ。
調子に乗って要らないスピンをかけてしまった。
あーこりゃ、スプリットだわ。
無残にも最後列の両端にある7番と10番ピンだけが残ってしまった。
雪ノ下の方へ振り返り、お手上げのポーズをとる。
それでも何とか7番ピンだけは取っておきたい。
サクサクと終わらせようとコンベアから戻ってくるボールを取ってレーンに向かおうとすると、後ろ
から雪ノ下に声を掛けられた。
「比企谷くん、待って……」
振り返ると雪ノ下は、顎に手をやって思案している。
なんだこいつは?
「このピンの並びの攻略法が浮かびそうなの……」
ウンウン頷きながら唸りそうな勢いで、必死に考え込む雪ノ下が面白くてたまらない。
吹き出しそうなの必死にこらえて観察した。
- なぁ、雪ノ下……。
この7-10ってのはな、スプリットの中でも最も難しい部類でな、プロでも年間10人と成功しない
型なんだぜ。
素人芸でどうにかなるもんじゃないんだぞ。
心の中でこの物理学者様かはたまた名探偵殿にこう語りかけ、結論を出すまで生暖かく見守ってやったのだった。
以上、ちょこっと更新でした。
>>597
素人技だったw
芸ってなんなんだwww
レスどうもです。
気付けば600レス到達。
まさか、こんなに続くとは考えてもいませんでした。
みなさん、ありがとです。
では、ちょこっとだけ更新です。
× × × ×
雪ノ下は今日も絶好調だった。
初っ端からターキーを出した。
そのため、順番待ちの客からの注目の的となっていた。
ターキーもさることながら、雪ノ下の見目の良さと華やかさも大きい。
しかも、困ったことに俺も注目されるポイントになっていた。
「なんであんな腐った魚の目をした奴が彼氏なんだ」
モブたちのそんな声や視線が突き刺さってくる。
とんだとばっちりだ。
「雪ノ下、一つ聞いていいか?」
「ええ」
「なんでお前、俺の膝の上にまで膝掛けを掛けるの?」
しかも、肩に寄りかかってきている。
「……デ、デートなんだからいいでしょ……」
こら、上目づかいで見るな。
恥ずかしすぎて直視できないだろ。
目をそらすと、ジトっとしたモブ連中の視線が集まっていた。
確かにデートなんだけどな。
雪ノ下とデートをすれば、このように悪意のある視線を感じることくらい予想はできる。
そんなことはとっくに織り込み済みなので、覚悟もしている。
でも、膝掛けまではちょっとやり過ぎじゃないか。
……。
雪ノ下の目が潤み始めた。
女の涙って、ずるいよな……。
「わ、わかった。デートだもんな……。だから、そんな目をしないでくれ」
雪ノ下はにこっとすると、肩にもたれかかったまま両手で俺の二の腕袖をぎゅっと掴む。
はぁー……。
恋する乙女ってすげえなぁ……。
ガゴンッと雪ノ下のボールがコンベアで戻ってきた。
ようやく、俺は雪ノ下の密着攻撃から解放された。
では、仕事に行ってきます。
レスどうもです。
ちょこっとだけ更新します。
× × × ×
苦悶の1ゲーム目が終わった。
俺のスコアは92。
対する雪ノ下は172。
何この大差……。
高校野球の地区予選だったら5回コールドになっているようなレベルだ。
小町と行くときは、「お兄ちゃん、女の子と勝負するときはハンデ20あげるものなんだよ」と
言われ、いつも小町のスコアに20プラスして勝負している。
この補正をかけてしまうと192になる。
ちなみに俺の最高スコアは184だ。
俺は今ボウリング経験2回目にしてこんなスコアをたたき出す化け物と一緒にプレーをしている。
前回と違って今日は少々気分が悪い。
別にこの実力差に辟易としているわけではない。
ましてや雪ノ下の密着攻撃のせいにするつもりはない。
順番待ちのモブどもがウザい。
とにかくウザすぎるのだ。
これから2ゲーム目を始めるところだ。
それにしてもモブ連中がウザすぎる。
雪ノ下と不釣合いの俺を嗤うのは別にかまわない。
しかし、雪ノ下にそれが向けられるのなら俺は赦さない。
なら、やるべきことはただ一つ。
「なぁ、雪ノ下……」
「な、何……」
いつになく真剣な表情の俺に驚く雪ノ下。
「この前ここに来た時、俺が言ったこと覚えているか?」
「え、ええ……」
雪ノ下は急に紅潮し、目をそらす。
「今から俺の本気を見せるから……。だから、一瞬たりとも俺から目を離すなよ」
「え、ええ……。わ、私は……この前から……ずっとそのつもりで……いるの……だけれど」
もはや何を言っているのかよくわからない。
普段腐った目をして、腐ったことを考えて、ただ腐っているだけの奴がこんなこといきなり言い出
したら驚いてしまうのはわけがない。
自分でもわかっている。
自分に好意を寄せている人間が、その自分が傷つけられているのを見るのを良しとしないことを……。
俺は今までぼっちをやって来た人間だ。
ぼっちたるがゆえに自分のことを自分で守ってきた。
惨めな思いをしないようにそりゃ懸命だったさ。
学校では教室移動の情報でさえ、誰も知らせてくれないんだからな……。
でも、ぼっちからふたりぼっちになった今、守るべきものができた。
…… じゃあ、その懸命さを振り向ける先をちょっと変えればいいだけじゃないか。
「さぁ、2ゲーム目始めるか?」
「ええ」
やっぱり目を合わせてくれない。
「……せめて笑顔で送り出してくれないか」
雪ノ下は目を合わすと上気した顔がさらに一段階赤くなってしまった。
耳まで変色したのがよくわかる。
「ひ、比企谷くん……………………、そ、そ、そんな目で……」
ああ、自分でもわかるさ。
今の俺は腐った目をしていないことくらい。
× × × ×
ボウリングを終えて京成津田沼駅へと向かう。
雪ノ下は放心状態で俺のコートの右腕の裾を掴んで引きずられるように歩いている。
2ゲーム目は完全に俺の勝利だった。
別に雪ノ下に勝利したわけではない。
今日は雪ノ下とは勝負をしないで楽しもうと話していたしな。
ただ、俺に敵意や蔑みを向けていた順番待ちのモブどもを沈黙させたのだ。
でも、そんなことはどうでもいいや……。
2ゲーム目のスコアは243。
1フレから7連続ストライクを出したのだ。
ターキーまでは冷ややかな目で見られていたが、フォースからは「オオー!」なんて声が聞こえる
ようになった。
フィフス、……その次は何て言うんだ?
今まで出したことないから……。
とにかく6回目、7回目と回を重ねる連れて、俺の投球のときにシーンと静まり返って、咳一つ
許されないような雰囲気になった。
8フレで7番ピン、10番ピンが残るとんでもないスプリットが出てしまっても静まり返っていた。
当然取れるわけもないのにだ。
2投目で10番ピンが1本残った時にようやく「アー……」って声が上がったくらいだ。
9フレと10フレの2投目でスペアをとって233。
ストライクが出なくなってしまったので、少し熱気は冷めてきたが、最後の3投目でストライク
を出して243。
さっきまで敵だった連中から拍手が沸き起こった。
スケールはあまりにも些末で矮小なことかもしれないが、雪ノ下が初対面で言っていた「人ごと
世界を変える」とはこんなことかもしれない。
俺と雪ノ下の勝利だと思っていたが、今はそんなことはどうでもいい。
誰が誰に勝ったなんてあまりも些末なことだ。
人ごと世界が変わったら、こんなちっぽけなことなんてどうでもよくなるのだから……。
雪ノ下がまた遅れだした。
俺の袖口が強く引かれる。
「ほら、雪ノ下……、のんびり歩いていると置いていくぞ……」
そんな言葉とは裏腹に、雪ノ下の華奢な左手を掴む。
そして、掴んだ手を今度は握りなおした。
すると、握り返されたかと思うと俺の右側に雪ノ下の姿が捉えられるようになった。
お前、道端に落ちている小銭でも探しているのか?
ちょっとは俺の方を見ろよ。
心の中で苦笑していると、ようやく雪ノ下のはにかんだ笑顔がこっちに向けられた。
- おかえり、雪ノ下……。お前はすぐ迷子になるんだから、いつもそこにいろよ……。
とりあえずここまでです。
ちょいと八幡を美化しすぎたかなw
レスどうもです。
八幡が再びヘタレてしまいますw
× × × ×
冬休みに入ってから俺のぼっちスキルが著しく低下していることにようやく気づいた。
いや、気づくのが遅かった。
駅の改札口が目に入るその瞬間まで、全く気づかなかった。
その時、俺は雪ノ下雪乃と手を繋いでいた。
しかも、自分から繋いでいたのだ。
さっきは無意識に繋いでしまったとはいえ、ものすごく後悔している。
まさに「その時歴史が動いた」だ。
殿の末裔に重厚かつ渋い声で
「いよいよ今日のその時がやって参ります……」
なんて言われちゃうくらい俺にとっては重苦しい決断を今迫られているのだ。
「……今夜も最期までご覧頂きありがとうございました」
ちょっと……、おい待ってくれ……。
終わらないでくれ……。
まだ解を出していないのに、そのまま黒歴史の荒波に飲み込まれていってしまうの?
それに「最期」ってなに?
「最後」じゃないの?
いや、どっちも困るんだけど……。
あの壮大かつ悲壮感漂うエンディングテーマが俺の頭の中ですでに流れ始めていた。
改札はどんなリア充だって一瞬ぼっちにならざるを得ないエリアだ。
……ちょっと言い過ぎか。
手をつないだまま改札をくぐるカップルもいないことはないが、たいていはここで手を放す。
そして、そのあとは……。
そのあとはどうしようものか、俺……。
改札機と自分の右手とを思わず見比べてしまう。
そんな俺の気配に気づいた雪ノ下はまた急に俯き始めた。
雪ノ下の耳の色がみるみる紅潮していく。
雪ノ下雪乃もまた、その時、同様にどうしようものか迷い始めたようだ。
解を見いだせないまま、とうとう改札口の前にやってきてしまった。
いっそのことこのまま手をつないだまま行ってしまおうか……。
あっ……! 俺の財布はコートの右ポケットの中だ……。
これは必然的に手を離さなければならない。
そのあとのことはまだ考えていない。
繋ぐべきか、繋がざるべきか、そこが問題だ……。
結局、解は見つからないままタイムアップを迎えてしまった。
ピピッ……。
改札にかざした財布の中でペンギンさんが皮肉たっぷりなことに愉快な声でさえずってくれる。
ピピッ……。
雪ノ下のパスケースの中のペンギンさんまでも後ろでさえずってしまった。
嗚呼…… どうしよう……。
いつもの腐った目に戻りかけたその時、俺の袖口がギュッと引っ張られる。
振り返ると俯いた雪ノ下が袖口をつまんだまま腕を伸ばしている。
ありがとよ、ユキペディアさん改め知恵袋さん。
お前にベストアンサーをあげるわ。
雪ノ下の小さな手を掴んで、握り直して、キュッと握り返され……。
そんなことをして、ふたり並んでホームへと向かっていったのだった。
こんなところで本日分終了です。
ちょっと遊びすぎました……。
すみません。
レスどうもです。
本日分投下開始です。
× × × ×
タウンライナーを下車し、待ち合わせ場所へと歩いた。
20分前にたどり着いた待ち合わせ場所にはほかにもデート前の待ち合わせをしている人であふれていた。
今日は初デートなのか、それとも告白しようと思っているのか、赤いバラの花束を持って気合の入って
いる大学生も遠くに見えた。
雑踏の中を見渡してみるが、見知った顔は一つもない。
「雪ノ下、どうやら俺たちが一番乗りのようだな」
「ええ、そうね。比企谷くん」
俺たちは以前の呼び名で呼び合っていた。
さっき解を出すことができなかった以上、クリスマスパーティーが終わるまで2人の関係を公表せず、
それまでは普段通りに振舞うよりほかにないからだ。
ブルッ……。
コートのポケットの中で携帯が震えた。
「小町さんからメールかしら?」
なんでそれお前が答えるの?
メール来たの俺なんだけど。
しかも、小町限定って、もしかして妬いてんの?
ぼっちなのに女の友達なんていないわ。
だからって男にもいないんだけどさ。
それと「誰からメールなの?」ってその画面をうかがおうとする視線がもの凄く怖いんだけど。
手袋をはずしてタッチパネルを操作する。
やっぱり雪乃は覗き込んでくる。
「比企谷くん、私という恋人がありながら、平塚先生とまだメールを続けていたのね……」
怖えよ、怖え……。
それに付き合いだしてからまだ1時間くらいしかたってないだろ。
平塚先生にまだ付き合っていることを報告していないんだし、怒るのやめてもらえない。
「メール受信 平塚静 1件」
この画面表示だけで嫉妬の炎をメラメラと燃やす雪乃を見て、帰ったらメーラーにパスワード設定
をしようと思った。
「あら比企谷くん、メール読まなくてもいいのかしら」
雪乃の声は心なしか震えていた。
もちろん怒りの方の意味で。
「いやー……、俺たちが急に学校に行って帰りが遅くなっただろ。だから、遅れるとかいうメール
じゃねーの……」
手袋を外した右手をだらんと垂らして抗ってみる。
「なら、私が代わりに読み上げてみるまでよ」
ニコッとしながらも目は凍てつくような冷たさの笑顔を向けてくる。
それになに、読み上げるって、黙読じゃだめなの?
付き合いだして1時間でいきなり修羅場とかって、一体どうなってんの?
恐る恐るメーラーを起動した。
「平塚静 件名『雪ノ下さんとのデートはどうでした か(笑)』」
「あ、あ、あ、あ……」
急に顔を朱に染めて、思考が停止した雪乃の目は宙をさまよっている。
「どら、声に出して読み上げてみるか?」
意地悪っぽく言うと、
「そ、それはよして……」
と急にかよわい声で答えた。
なんで俺と雪乃がデートしてたことがわかるんだよ。
もしかして、俺のストーカー?
やっぱり俺って平塚先生にもらわれる運命なの?
そんなことを思いながら、メールを開いた。
-------------------------------------------------------------------------
差出人:平塚静
題名「雪ノ下さんとのデートはどうでした か(笑)」
本文「比企谷くん、さっきは急に学校にや って来てびっくりしました。まさ
か 私に逢いに来たのではと一瞬考えてし まいました(笑)そういえば今日は
クリスマスイブでしたね。せっかく のイブなのにパーティーがあって残 念
でしたね。さっきは部室で愛の告白 でもしていたのですか(笑)2人の 出会
いの場ですからね。雪ノ下さんは ああ見えてもとても繊細な子なので 比企谷
くんが優しくリードしてあ げないといけませんよ。そのあたり は比企谷くん
の方がよくわかってい ますね(笑)それと今日はパーティ ーに誘ってくれて
ありがとう。君の 優しさにはとても感謝しています。 婚活パーティーをキャ
ンセルしてま で行くので今日は気合を入れていき ます。雪ノ下さんは嫉妬深
いところ がありそうなので私に見惚れてしま わないように。雪ノ下さん怖い
です よ(笑)学校を出るのが少し遅くな りましたので、ギリギリに着きそう
です。皆さんに伝えてくださいね。 」
-------------------------------------------------------------------------
なんだよこのメールは。
大事な要件が最後に付け足しのように書かれていて、とても現国の教師が送ってきたものとは思え
ない。
しかも、俺の行動が詳らかに書かれている。
まさか、発信機だとか盗聴器だとか仕掛けられていないよね?
雪乃はメールを見て最初はカーッとさらに顔を赤らめていたが、読み進めるにしたがって険しい表情
に変わっていった。
「比企谷くん、あなた平塚先生とはいったいどういう関係なのかしら」
「どうもこうもねーよ。お前の知ってるまんまだよ」
生徒と担任、部員と顧問それ以外ないだろ。
「教師と生徒の禁断の仲なんてことはないのでしょうね」
ギロッと睨みつける目が凄まじい殺気を放っている。
俺このまま殺されてしまうの?
「このメールをどう読んだらそうなるんだよ。もう一度よく読めよ!」
そして、再び顔を赤らめやがて目つきが悪くなった。
「……いいわ。今回は不問にするわ……」
あくまで自分の非は認めないんですね。
「そのかわり、平塚先生に見惚れるようなことがあれば、あなたの命はないわよ」
ゴクリ……。
シャレにならないぞ。
気合を入れた平塚先生って普段から想像できないくらいきれいだしな。
さしもの雪ノ下雪乃でもそれはかなわない。
まぁ、こっちは美人というよりもまだ美少女だからな、年相応にきれいになっていくだろう。
携帯を再びコートの中にしまうと、自然と2人の距離は開き、再び沈黙の時間が始まった。
自然と由比ヶ浜の件が頭に浮かんできて、少し重苦しく感じられた。
こんなところで。
では。
明日は出張があるので更新できないかもしれないです。
おはようです。
レスどうもです。
晩は飲みに出るので、今から投下開始です。
× × × ×
「ぬれ煎餅」
「チーバくん」
「京葉線」
「味噌ピー」
俺たちは今「千葉県横断ビンゴ」に興じている。
ビンゴしたものから順にプレゼントを選べるというものだ。
さすがは小町、俺の千葉県民としての千葉愛をくすぐってくれる実に素晴らしい企画だ。
「それにしてもなかなかビンゴできないわね」
勝負事となると人一倍熱くなる雪乃は苛立ちを隠せない。
俺も千葉知識統一王者としては負けてはいられない。
「長命泉!」
「平塚先生、さっきから日本酒の名前ばっかりじゃないですか」
思わず呆れてこういうと、平塚先生は反論した。
「何を言う比企谷、千葉の地酒はうまいんだぞ!」
未成年の俺が知るかよ。
いや、千葉の地酒がうまいとなれば県民として嬉しいことこの上ないが、それにしても
ひどすぎる。
ひとつ前のターンが「五人娘」、その前のターンが「天乃原」だ。
みんな何のことかわからずポカーンとしている。
「こんなの平塚先生以外に誰も書かないですよ」
今日は、せっかく気合を入れて美貌を引き出してきたはずなのに、それをいとも台無しにしてしまう。
もうなんというか残念。
ただの飲兵衛に成り下がってしまっている。
なぜ平塚先生が婚活パーティーでいつも失敗しているのかその一端を垣間見た気がする。
来週から「平塚静の酒場放浪記」なんて始まっちゃって、
「あともう1、2軒……」
とか言ってしまうの?
ため息をつくと、平塚先生はニヤリとしながら次のように返してきた。
「比企谷、君にお勧めの焼酎があるのだが、成人したらプレゼントしてやろうか……」
「いいえ、結構です」
何を言うのかはもう想像がついている。
「落花生焼酎『ぼっち』なんてどうだ?」
そのドヤ顔でいうのやめてくれない。
「まさに比企谷くんのためにあるお酒ね」
雪乃がいきいきとした笑顔ですかさず反応した。
「うるせー、お前もぼっちだろ」
「ええ……、そうね……」
珍しく雪乃を撃退できた。
雪乃は悔しそうに唇をかんでいた。
苦し紛れに何か言おうとするが、平塚先生に機先を制される。
「雪ノ下にもプレゼントしてやろうか……」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、挑発している。
おいおい、このアラサー悪酔いしすぎだぞ。
「いいえ、結構です」
ピシャリと応戦する雪乃。
だから怖いって。
なんなのこの空気。
「ゴホン……」
小町が咳払いすると、両者ともスッと身を引き緊張状態は一応の終息を見た。
「次はお兄ちゃんの番だよ」
おっといけない。
俺の千葉愛を千葉知識を披露してやるのだ。
「臼井城」
「なにそれ? ヒッキーもわけわかんないし」
何を言う由比ヶ浜よ。
この臼井城は、かの軍神の……
「ビンゴ!」
なに!?
材木座め一抜けしやがった。
「我が臼井城をマークしていないとでも……」
ぐっ……。
悔しがっている俺を尻目に材木座は勝ち誇ったようにそう言った。
「八幡、臼井城ってなに?」
戸塚が澄んだ瞳で見つめてくる。
きっと戸塚なら俺の説明を聞いて
「八幡って物知りなんだね。すごいね」
なんてかわいらしく言ってラブリーな笑みを見せてくれるはずだ。
これから始まる戸塚とのときめきタイムへの期待に心躍らせた。
「はぽん…。我が答えよう……」
おいコラ材木座、俺の邪魔をする気か。
「その昔この地に千葉氏が栄えし頃、上杉謙信が大軍を率いて臼井城に攻め上ってきた。
これを千葉氏と北条氏の連合軍が打ち破ったのである。謙信といえども我、剣豪将軍の足
元にも及ばないのだ。デュフフ……」
戸塚とのときめきタイムを奪われたうえにその不気味な笑みを見ないとはいけないって、
どんな罰ゲームだよ。
「その剣豪将軍とやらも三好三人衆と松永久秀に攻め殺されたけどな」
不快指数がMAXまで上昇した俺は、材木座に噛みついた。
「ぐぬぬ……、おのれ八幡め。我を愚弄する気か」
「お前の方こそ、源氏の血を引く室町幕府第13代将軍を愚弄しているだろ」
「ヒッキーも中二も何言ってんのかわけわかんないし」
由比ヶ浜にあきれ顔で言われてしまった。
ところで戸塚は?
隣に座っている平塚先生と談笑している。
材木座め、俺のときめきタイムを返せ!
「はい、そこ! 余計な言い争いをしない!」
俺はとうとう小町にまで指示語で呼ばれてしまった。
名前ではなく「あれ」とか「そこの」とか言われるのってマジで悲しいんだぞ。
それに、材木座とセットで「そこ」扱いするのやめてくんない?
海老名さんに聞かれて「材八」扱いされたら困るんだけど。
かくして幾多の不毛なやり取りを経て、すっかり「千葉県横断ウルトラクイズ」か、はた
また「千葉知識自慢発表会」の様相を呈したビンゴ大会は幕を閉じた。
投下終了です。
では。
レスどうもです。
長命泉とぼっち飲んできましたw
臼井のお方がいたとはw
歴博にはよく行きます。
× × × ×
小町企画の「千葉県横断ビンゴ」で盛り上がって、すっかりいい時間になってしまった。
そろそろプレゼント交換をしてお開きといったところだろう。
「ではでは、結果発表とプレゼント交換です」
箸をマイク代わりにした小町が再び場を仕切り始めた。
「第1位、中二さん。さぁ、プレゼントを選んでください」
「うむ。我はこれにする」
犬柄のついたピンクの袋を取り上げた。
うわー、材木座に似合ってねー。
材木座は袋を開けて中身を改めた。
「ふむふむ。これはストラップであるな」
犬のぬいぐるみのついたストラップだった。
どうやら由比ヶ浜の用意したもののようだ。
「むむむ、まだ中に何かあるぞ……」
中から手作りクッキーと思しきものが出てきた。
「これはこれは、大層な……」
今回のはジョイフル本田に売ってる木炭というよりも消し炭といった方が的確だろう。
あまりにものまがまがしさに由比ヶ浜以外のメンバーは硬直している。
「我は今、猛烈に感動した。あこがれの手作りお菓子とやらを賞味して、何某が作ったものか
当ててみるのだ!」
「やめろ、材木座。死ぬぞ……」
こいつは和風ハンバーグという名の毒物を食ったことから何も学んでいない。
「げぶふっ……」
断末魔の叫びを残して材木座は昇天した。
壮絶な最期だった。
だが冥福は祈らない。
自業自得だ。
「由比ヶ浜、殺人スキルをさらに高めたな」
「由比ヶ浜さん、これは毒見といっていいのかしら」
「由比ヶ浜さんの料理って僕食べたことないんだけど、凄いんだね……」
「ゆ、結衣さんってチャレンジャーですね……」
「由比ヶ浜を貰った男は苦労するな」
俺、雪乃、戸塚、小町、平塚先生と表現が違えども皆同じ感想を持った。
「な、な、なんで、わ、私って決めつけるの」
由比ヶ浜が知らぬ存ぜぬを通そうとする。
「いや、料理で人殺せるってお前ぐらいしかいないだろ」
「ヒッキーひどい、まじキモい」
なんだよその理屈。
お前の料理の酷さと俺のキモさは関係ないだろ。
「さぁ、これくらいにして。第2位は、戸塚さんです」
「僕は、これにするね」
うわー、戸塚引いちまったな……。
「四字熟語に、ことわざ辞典、……。なんか凄いねー」
戸塚は嫌がるどころか感心している。
いや、むしろ感動さえしている。
「戸塚ってやっぱりいいなぁ。雪ノ下のこんなプレゼントに感動しちゃうんだから」
「なぜ、私のってわかるのかしら?」
雪乃がギロリと睨んできた。
「……雪ノ下、こんな堅苦しいものを送るのは君くらいしかいないだろう」
平塚先生が呆れたように言った。
「まぁ、ゆきのんらしいってことだよね……。アハハ」
さすがに由比ヶ浜も参っている。
「だけど、このマナー辞典って、由比ヶ浜とか小町とかもらった方がいいんじゃないの。
病気の見舞いに鉢植え持っていったり、休んだ奴の机に花瓶とか置きそうだから」
「ヒッキー、マジムカつく!」
「そうだよお兄ちゃん。一緒にされるのは小町的にポイント低いんだけど」
「えっ……」
小町の言葉に皆絶句してしまった。
「テヘヘ。さぁさぁ、第3位は小町です」
ごまかすようにプレゼントを物色し、リボンのついた小箱を開けた。
「これは、僕のだよ」
中から出てきたのは、ウサギの貯金箱。
うーん、実に戸塚らしくてかわいらしい。
戸塚が嫁に来てくれるのなら、俺いくらでも貯金しちゃいそう。
「小町、それ俺にくれ」
「お兄ちゃん、いつも財布がすっからかんだから貯金なんて無理でしょ」
さすが、我が妹。
痛いところをついてきやがる。
「誰かさんは専業主婦になりたいって言ってたけど、出納管理ができないようじゃ専業主夫に
すらなれそうもないわね。さすがは、ヒモがやくんね」
「うっせー、最近いろいろと物入りで金がないんだよ」
雪乃は、あまりにも身に覚えがありすぎるのでハッとして頬を染めて黙ってしまった。
おいおい、発表前にバレてしまうだろ。
「では、第4位。結衣さんです」
チェック模様の紙袋を選んで開いた。
中からは、単語カードとマークペン、マッ缶が出てきた。
「これ、ヒッキーの?」
由比ヶ浜が訊いてきた。
残念、俺ではない。
「いえいえ、小町のでーす。みなさん、来年は受験生ですね。合格必勝グッズです」
「お前は今年受験生だろ。人の心配よりもまずは自分の心配しろ。お前の頭では総武高は
無理だ」
「ほう、比企谷。兄妹そろって総武高となると、君はますます居心地が悪くなるな」
ニヤリと笑ってこっちみんのやめてくれない。
中学の時に「1年の比企谷さんの兄」とかクラスメートから呼ばれたりしたことを思い出した
じゃないかよ。
マジ勘弁して。
「次行きますよ。第5位、雪乃さん」
雪乃は、中から一つだけ物を取り出すと、
「比企谷くん、メリークリスマス」
ものすごくかわいらしく微笑んで袋ごと押し付けてきた。
中から取り出すとミミズが這ったような字でと書かれたサイン色紙が出てきた。
材木座のだ。
「いらねーよ。これお前がもらったプレゼントだろ」
「その色紙をもう一度よく見ることね」
つらっと言いやがった。
ムッとしながら改めると「八幡さん江」と書かれていた。
誰かに5枚同じのを送り付けてやらないと呪われてしまいそうだ。
小上がりの片隅に一枚残っていた座布団の下に放り込んでやった。
「ところで、雪ノ下さんは何を貰ったの?」
戸塚が目をキラキラ輝かせながら質問する。
戸塚、いちいち仕草がかわいすぎるよ。
俺へのプレゼントになってくんない。
「原稿用紙よ。何か書いてみようかしら」
顎に手をやりながら考え込んでいた。
「よしとけ。お前は、不幸の手紙とか書いてしまいそうだからな」
「ええ。あなたに送り付けてあげるまでよ」
満面の笑顔を向けるが、目からは凍てつくような寒さが伝わってきた。
怖いよ、とにかく怖い。マジ怖い。
「さぁ、ブービー賞と最下位をまとめて発表しちゃいますね。ブービー賞、お兄ちゃん。
最下位は平塚先生です」
「じゃあ、俺はこれを……」
伸ばした手をピシャッとはたかれる。
「痛ぇよ……」
「おい、比企谷。これじゃあプレゼント交換にならないだろ」
スーパーの紙袋を開けると……。
サバの味噌煮にホテイの焼き鳥缶、あたりめ、柿ピーが入っていた。
ただの酒の肴だろ。
何を考えているんだるんだ、この人は。
「おっ、比企谷。酒飲みのことがよくわかっているな。スナック菓子にジュースとは。
帰ったらこのジュースで割って菓子つまみながら晩酌だな」
おいおい、まだ飲む気なの?
これってあれ? 陽気になるために飲むんじゃなくて、仕事とか人間関係のことを忘れる
ぐらいじゃダメで記憶そのものをなくすために飲むとかいうやつ?
怖ぇよ、それに労働ってこんなにも苦行なの。
やっぱり俺、専業主婦がいいわ。
「さぁ、宴もたけなわですが、そろそろお開きと参りましょう」
いつの間にか、小町のペースで事が運んでいた。
ではでは、また。
>>790
専業主夫だった
久しぶりに更新します。
予定外の出張で滞ってしまいました。
昼寝前にちょこっと投下です。
× × × ×
「雪乃、京葉線まで歩いて行かないか?」
「ええ……、八幡」
雪乃は由比ヶ浜の様子を見てショックを受けたようだ。
俺ですらそうだったから、由比ヶ浜と友達である雪乃はなおさらのことだろう。
俺はこれ以上言葉を紡ぐことができなかた。
雪乃になんて声をかけていいのかわからなかった。
間違っても「すまなかった」と謝ってはならない。
雪乃の罪悪感をさらに掻き立ててしまうだけだ。
何もできない自分にもどかしさを感じた。
街にはイルミネーションが織りなす色とりどりの光で満ち溢れていた。
しかし、その華やいだ雰囲気の中にいるのが場違いな気がしてしまった。
雪乃に気の利いた一言もかけることができず、ただ雪乃の手を引いて駅まで歩いていくことしか
できなかった。
千葉みなと駅から京葉線に乗った。
ふたり並んで座ったが、雪乃はいつものように肩にもたれかかって甘えてくることはなかった。
膝の上に手を重ね、ただ黙ってその手を見つめていた。
俺はそっとその手の上に右手を重ねた。
しかし、特に反応はない。
やはり雪乃にかけるべき言葉が見つからない俺は、ただこうすることしかできなかった。
もどかしく感じながらもあっという間に時は過ぎ、降車駅に着いた。
電車を降りても雪乃は無言だった。
雪乃の手を握るが握り返してはこない。
ただ俺に握られるがままだった。
改札を出ると雪乃は一瞬立ち止った。
俺の家は北口方向、雪乃の家は南口方向だ。
雪乃が何を考えたのかは知らない。
そんな雪乃の考えを無視するかのように手を取った。
俺の意図を理解したかのように弱々しく握り返してきた。
その手から体温が伝わってきた。
さっきまでは手を繋いでいても手を重ねていても感じることができなかった感覚だ。
俺はそれを感じることができる程度に少し落ち着きを取り戻したようだ。
今は余計なことを考えずに雪乃のことだけ考えよう。
そう自分に言い聞かせて、雪乃の家へと向かっていったのだった。
続きはまた後で。
レスどうもです。
夕飯食べに行く前に投下です。
× × × ×
「八幡、どうぞ」
「サンキュー、雪乃」
雪乃の部屋に上がった俺はシャンパーニュロゼの香りをめいっぱい吸い込んでから一口
すすった。
紅茶で温まると全身に血液が巡り渡ったような感じがした。
雪乃は俺の向かいに腰かけるとティーカップを静かに傾け始めた。
「なぁ、雪乃……」
「……何? 八幡……」
「俺と雪乃付き合っているんだよな?」
「ええ、そうね……」
「だったら、もっと俺のそばに来てくれないか、雪乃?」
「……。ええ……」
一瞬間をおいてそう答えると、もじもじしながら俺の隣に座った。
しかし、その距離がどうも気になって、俺の方から膝を近づけていった。
雪乃は俺の方を見ずにまっすぐ正面を見据えていた。
雪乃との距離が近づいたが、やはり会話はなかった。
しばしの沈黙が続くと、どちらともなくカップを持ち上げ、カチャッとソーサーに戻す
擦過音だけが響いた。
「なぁ、雪乃……」
「……何? 八幡……」
「雪乃ってクリスマスケーキとか作ったりするの?」
「ええ……、一応あるわ」
そう言って立ち上がると、どこからか箱をとって戻ってきた。
「今、皿をとってくるわ。それから、紅茶のおかわりは要る?」
「ああ、頼むよ、雪乃」
雪乃の部屋に上がってから、俺は一言何か言うたびに必ず「雪乃」と付け加えている。
俺が今こうしてできることと言えば、雪乃のそばにいることと何度も名前を読んでやる
ことぐらいだ。
気の利いたことなんか何一つすることができない。
ただ「雪乃」と呼ぶたびにそのつど頬を染めてくれている気がした。
ただ俺が勝手にそう思っているだけかもしれないが。
トレイにティーカップをふたつ載せると、雪乃のいるカウンターキッチンの方へ向かっ
て行った。
「八幡、ゆっくり休んでいていいのに……」
雪乃はキッチンの収容棚からちょうど包丁を取り出したところだった。
「取り皿と包丁は俺が持っていくから、雪乃は紅茶を注いでくれないか。雪乃の淹れてくれる
紅茶の方がやっぱりうまいからな」
「普段は家でも勉強の合間に淹れているのでしょ?」
「ああ、でも自分で入れてもおいしさ半減だな。やっぱり雪乃が淹れてくれないとあまり
おいしくはないな」
「馬鹿っ……」
雪乃は顔を真っ赤にしながら、微かにほほ笑んだ。
ようやく雪乃の笑った顔を見ることができた。
「ところでこのケーキは雪乃が作ったのか?」
「ええ。でも、手袋を編むのに時間がかかったから、スポンジだけは買って来たわ」
きれいにホイップで白化粧が施されたスポンジケーキの上にはフルーツのトッピングやサンタ、
トナカイのシュガークラフト、「Merry Christmas」と筆記体で書かれたチョコレート板が載って
いた。
ケーキをまじまじと見ていると雪乃はクスクスと笑いながらさらに続けた。
「サンタの顔を見てごらんなさい。誰かさんにそっくりよ」
何このサンタ。
目が腐ってるぞ。
「おいおい、雪乃。こんなサンタからプレゼント貰った日にはトラウマになってしまうぞ。
ってか、雪乃はこんなものまで作れるのか」
雪乃の多芸ぶりはこれまでの付き合いの中でいろいろとみてきたが、シュガークラフトまで
できるとは思ってもいなかった。
「時間さえかければできるわよ。それと八幡から手袋を貰ったのだけれど、私もトラウマを抱
えてしまうのかしら」
ソファーに戻ってきた雪乃は小首を傾げながらいたずらっぽく笑うともたれかかってきた。
雪乃はやっと元気を取り戻してきた。
このまま時が止まってしまえば……と思った。
ケーキを食べながら、いつものように俺が過去のトラウマをうっかりしゃべって雪乃に罵倒され
て傷口に塩を塗られてしまう会話をした。
そのうち雪乃は、徹夜で手袋を編んだ疲れなのか、2人が付き合いだしたことを知らせてからの
緊張感から解放されたせいか俺の肩を枕に眠ってしまった。
雪乃を起こさないように静かにしているうちに俺もいつの間にか眠りへと誘われていった。
続きはまた後で。
ご期待に沿えるかわかりませんが再開です。
× × × ×
0時を少し回ったところで家に着いた。
静かに鍵を回して家の中に入ると居間にはまだ明かりが点いていた。
「メリークリスマス!」
クラッカーの音とともに小町に迎えられた。
「おいおい、近所迷惑だろ。それに親父とおふくろが目を覚ますだろ」
「お父さんとお母さんは、1時ごろ帰ってくるって電話があったよ」
息子と娘をほったらかしにしてクリスマスデートですか。
俺もさっきまでしていたけど。
「小町、明日も塾なんだろ? こんな時間まで起きてていいのか?」
俺も明日が冬期講習の最終日だが、こっちは12時半で終わる。
小町は朝から夕方までの日程なので、勉強をしていないのならさっさと寝た方がいい。
「小町はお兄ちゃんとクリスマスパーティーがしたくて起きていたのです。今の小町的にポイント
高い」
「はいはい。受験生は勉強してさっさと寝るんですよ」
「なにそれ。小町的にポイント低い。ところで、雪乃さんは大丈夫だったの?」
「ああ」
「そうだ、お兄ちゃん。雪乃さんに『今着いた』ってメールしなくていいの?」
小町からひじでつつかれながら言われた俺は大事なことに気が付いた。
「あっ……。俺、あいつのメアドも携帯の番号も聞いてなかった」
小町は呆れで顔で額に手をやった。
まるで誰かさんが乗り移ったみたいだった。
「比企谷くん、いくらあなたが女性に縁がなかったからといって恋人である私の連絡先を知らな
いとは、いったいどういうことかしら。あなた私と本当に付き合う気があるのかしら。それとも
なにか、私から逃げられると思っているのなら大間違いよ。明日両親を連れて、あなたのご両親
のところに挨拶に伺ってもいいのだけれど」
「怖ぇよ。……それに、雪乃の真似しゃべり方意外全然似てねぇよ。だいたい雪乃は、比企谷くん
なんて言わない。はちま……、な、何でもねぇよ。さっさと忘れろ」
危うく余計なことを言ってしまうところだった。
いつも雪乃に余計なことを言って傷口を抉られるのだ。
どうもこの口調で何か言われるとついつい余計な事をしゃべってしまいたくなってしまう。
俺ってマゾヒストだったの?
「へー。雪乃さんに『八幡』って呼ばれているんだぁー。は・ち・ま・ん・お・に・い・ちゃ・ん」
小町は自分で言っておきながら勝手に顔が真っ赤になっていた。
なんでメアドと携帯番号を交換するのを忘れたんだっけ……。
23時過ぎに目を覚まして、俺の肩で静かに寝息を立てていた雪乃を揺すり起こしたっけ。
それから玄関で松を履いてポケットの中から手袋を取り出そうとした。
その時、携帯に触れてまだメアドと番号を交換してないことに気付いた。
そんで雪乃に話しかけようと振り返ったら、雪乃に「一人にしないで」と抱き付かれて、そのあと
すっかり忘れてしまった。
「あと30秒だけ……」
って何回も抱きしめて、最後は雪乃が「もういいわ」と言ってもそのまま10分くらい抱きしめていた。
ふたりともそんなことをやっているうちに本当に頭から抜け落ちていた。
とりあえず「明日も待ってるぞ」と伝えておいたから、その時でいいよな。
「さて、彼女ができても相変わらずダメダメのお兄ちゃんのためにケーキを用意してあります」
これで今日3度目のケーキになる。
もう食べたくなかったが、小町が用意してくれたというなら別腹だ。
既製品だがありがたくいただこう。
「んっ!? 最近はこんな目をしたサンタがはやっているのか?」
ホワイトチョコで「Merry Christmas」と書かれた板チョコをバリバリ食べている小町にジト目を
しながら言った。
「お兄ちゃん帰ってくるまでヒマだったから、爪楊枝で削って腐った目に改造してたの。
それよりお兄ちゃん、今の話しぶりだと雪乃さんの手作りケーキも食べてきたんだね」
小町はニヤニヤしながら、俺がなにか話すのを待っている。
「ああ、見事に腐った目をしたサンタを作っていたわ」
「シュガークラフトができるなんてさすが雪乃さんだね。それにしても、雪乃さんといい、結衣さん
といい、どうしてうちのお兄ちゃんのこと好きに……。あっ、……余計なことを……」
「由比ヶ浜はあの後どうなったんだ?」
すっかり雪乃とののろけ話に夢中になってすっかり由比ヶ浜のことを忘れていた。
「結衣さんはあのあと平塚先生に送られていったよ。だから大丈夫だと思うよ」
あの場で巻き込んでしまった小町にこれ以上、根掘り葉掘り聞くのは気が咎めた。
あとは俺自身の問題だ。
「小町はどうやって帰って来たんだ?」
「小町は戸塚さんに家まで送ってもらった。戸塚さんかわいいから襲われたりしないか心配だよ」
「俺の戸塚が心配になってきた……。メール打たなきゃ……。痛てぇぇ! 足踏むなよ」
「お兄ちゃんが心配しないといけないのは雪乃さんのことでしょ。恋だって勝負なんだから敗者
だっているんだよ。散々フラれてきたのに学習して無いの。雪乃さん以外のことを考えてるの
って小町的にポイント低いよ」
そうだ。
小町の言う通りだ。
誰も傷つけたくないと思っていてもどうにもならないことだってある。
こればかりは仕方ない。
だが、俺と雪乃と由比ヶ浜の3人がそろって初めて奉仕部だ。
由比ヶ浜とのこともしっかりと決着をつけなければならない。
そのことについては、解は出ている。
しかし、本当にうまくいくのかはまだ自信が持てないままだった。
とりあえず今日はこんなところで。
レスどうもです。
ひっそり更新です。
× × × ×
一夜明けて予備校にいる。
今日が冬期講習の最終日だ。
相変わらず俺の理解の外で展開される数列の講義内容には辟易としている。
それでも一年とちょっとしたら受験の真っただ中に身を置くことになるのだ。
雪乃のことが気になりながらも、板書とメモだけはわからないなりに必死に書き取った。
講義終了とともにいの一番に教室を飛び出した。
玄関まで走っていくと、昨日までと変わりなく待っていた雪乃がそこにいた。
「ま、待たせたな雪乃」
息を切らしながら声をかけると雪乃はクスクス笑いながら襟元のマフラーを直してくれた。
雪乃が笑うときに漏れてくる息がかかってくすぐったい。
「私が八幡に逢いに来ないとでも思ったのかしら?」
「雪乃とメアドとか番号とか交換してなかったから、ちょっと不安だった」
息を整えながら真顔でこう返した。
本当に雪乃が待っていてくれるかどうか不安でならなかったのだ。
とりあえずこれで、晩までは一緒にいることができる。
「『ちょっと』という表現が不服なのだけれど……」
顔を下に向けながらぼそぼそと言う雪乃がかわいらしい。
「ほら、アドレス交換するぞ」
携帯を差し出すと雪乃もトートバッグからガラケーを取り出した。
「赤外線通信ってどうやってやるのかしら?」
「俺のスマホには赤外線ついてないんだよ」
「そのスマートフォンって八幡にそっくりね」
「へっ?」
「だって無駄にスペックだけ高くて、肝心なところで使えないもの」
いつものように笑顔でさらりと罵倒された。
さらりとしているのは梅酒だが、そんなもんではすまない。
きっと端麗辛口ってこういうことを指すのね、飲んだことないけど。
でも、こうやって雪乃といつものと同じようなやり取りをできることに幸せを感じた。
「ところで八幡、今日はどこに連れて行ってくれるのかしら?」
雪乃は小首をかしげて片目をつむりながらこう訊いてきた。
だから、俺はこの仕草に弱いんだって。
天下の往来で赤面させられるってなかなかの羞恥プレーだぞ。
「今日は俺ん家に行かないか? 俺、金欠気味だし……。それに、雪乃にはさんざん世話になった
から、俺が昼飯作ってもてなすがそれでもいいか? どうせだったら、親も遅いし晩も食っていけよ」
「でも、お邪魔じゃないかしら……」
もじもじとしながら雪乃はこう答えた。
「親はいつも帰りが遅いし、小町は夕方まで塾に通っている。いつも晩飯は小町と2人だから、雪乃が
いたら小町も喜ぶ……」
雪乃はまだ逡巡しているようだ。
「……それにうちに小町がいなくて寂しがっている奴がいる。カマクラなんかは雪乃がいたら
絶対喜ぶぞ。だって、雪乃は川崎の件のときにカマクラと会話して……」
「何か?」
「何か用?」
前と後ろから同時に凍り付くような鋭い言葉が飛び出した。
雪乃と川崎だった。
まさに前門の虎後門の狼とはこのことだ。
「いや……何も……」
「……馬鹿じゃないの」
こう吐き捨てて川崎は駅の方向に去っていった。
「どうする、ゆき……」
「猫、猫、猫……」
雪乃は顎に手をやると呪文のように唱えていた。
あまりにもおかしいので、俺は笑いをこらえながらじっと見ていた。
俺の視線に気づくと雪乃は軽く咳払いをした。
そして、取り繕うようにして言った。
「八幡にごちそうになってばかりだったら悪いから、晩は私が作るというのはどうかしら?」
雪乃の手料理を食べることができるのだから異論はない。
俺と雪乃は総武線に乗って家に向かった。
× × × ×
「ただいま」
「お邪魔します」
駅からの帰り道にスーパーに寄って来たので帰宅したら13時半をもう過ぎていた。
まずは腹ごしらえだ。
「飯作っている間、カマクラとでも遊んでいてくれ」
キッチンのカウンター越しに雪乃に目をやると、すでに膝の上でカマクラを抱いていた。
俺にはちっともなつかないくせに雪乃にはべったり甘えている。
「ええ、たっぷりそうさせてもらうわ」
俺の方を見向きもせず笑顔でカマクラを撫でている。
苦笑しながら洗面所に行ってカマクラの飲み水を新しいのと交換した。
さて、今日はチャーハンとサラダとコンソメスープを作ろうか。
カウンター越しに雪乃をチラチラ見ながら料理をした。
雪乃はカマクラに夢中になっていた。
昨晩見た泣き顔と違って、いつまでも見ていたいくらい屈託のない笑顔だった。
ポーチから取り出した爪切りで爪を切ってやったり、よじ登ってくるカマクラの前足を肩に載せ
後ろ足の下に手を入れて抱きかかえてやったりと満足げな様子だ。
学校で見る雪乃とはまるで別人のようだった。
これが本来の雪ノ下雪乃なんだろう。
そんな雪乃の姿を見ながら、フライパンを揺すっていた。
昼食後はそのまま居間でこの間買ったばかりの数列の薄い問題集と2日分のセンター数学の講義の
復習をして過ごした。
雪乃の教え方がわかりやすいおかげでスイスイ頭に入った。
と思ったら、練習問題でつまずいた。
「昨日は家に帰ってから勉強していないのだから、仕方ないわね。さぁもう一回やってみるわよ……」
と、こんな感じで夕方まで続いた。
雪乃はその間、カマクラと遊んだり、俺の部屋から持ってきた山川の世界史の用語辞典を読み込ん
だり、古文の問題集を解いたりしていた。
「ただいまー、お兄ちゃん」
小町が帰ってきた。
「今日の晩御飯はいいにおいがするねー」
とクンスカしながら今に入ってきた。
お前は犬かよ。
「こんばんは。やっぱり雪乃さんが来ていたんだね」
ニヤリとしながら俺をつついてくる。
「おかえり、小町」
「小町さん、お帰りなさい。お邪魔しているわ」
「今日の晩御飯は雪乃さんが作ったんですか?」
「ええ、八幡がカレーを食べたいと言ったので、シーフードカレーを作ったわ。小町さんの口に合
うかはわからないけれども」
「雪乃さん、今お兄ちゃんのこと『八幡』って呼びましたね」
ニヤニヤしながら雪乃へと近づいていった。
「へ、変だったかしら……」
雪乃は顔紅潮させ俯き気味に答えた。
小町の目が一瞬光ったかと思うと、ここぞとばかりに悪ノリし始めた。
「いやいや、そんなことはありませんよ。どうせなら『夫が……』って言って欲しいくらいです」
「えっ、えっ……。そ、それは、まだ、は、早いわ……」
雪乃の顔から湯気が上がって耳まで真っ赤になったような気がしたくらい動揺していた。
「そこは否定しないんですね」
小町のテンションがすっかり上がっていったのと対照的に雪乃は羞恥で縮こまっていた。
思わず見ていた俺まで恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。
雪乃はこれ以上いじられると悶死しそうな勢いだ。
「おい小町、早く手洗いうがいをしてこい」
「アイアイサー!」
と逃げるように勢いよく洗面所に向かっていった。
台風一過となったが、雪乃は「お、お、夫だなんて……」とまだ悶絶していた。
おれもまた、雪乃のエプロン姿を改めてみて、こいつが妻だったら……なんて考えてしま
い、こっばずかしくてたまらなかった。
3人で食べる夕食は賑やかだった。
9割方小町がしゃべって、俺と雪乃を赤面させることばかり言っていたが、たまにはこんなのも
いい。
雪乃もすっかりリラックスして過ごしているようだ。
そのあとも今で3人で勉強し、小町は雪乃からみっちりと英語の特訓を受けていた。
ふたりとも気が合うようで、俺に罵倒の合体攻撃も仕掛けてきた。
そうこうしているうちにすっかり時間が経った。
21時を過ぎたところで雪乃を家まで送った。
雪乃は固辞したが、昨日のケーキが残っている。
せっかく作って用意してくれていたのだから、食べないわけにはいかないだろう。
「目の腐ったサンタさん、送り狼になったらダメだよー」
と小町に冷やかされながら雪乃の家へと向かった。
とりあえずここまでです。
では、また。
レスどうもです。
再開します。
× × × ×
「お兄ちゃん、早く起きないと雪乃さんが来ちゃうよ」
「まだ大丈夫だろ?」
「小町はもうそろそろ塾に行くんだよ。小町がいなくなったら誰がお兄ちゃんを起こすの?」
「……ああ、そうだな」
眠い目をこすりながら、昨晩のことを思い出した。
雪乃を家に送って、残りのケーキを食べていつものように過去のトラウマ話をして雪乃に貶
められたりして時間を過ごした。
そして、帰り際にまた「一人にしないで……」と泣きつかれ、抱きしめたり髪を撫でたりして
から帰ってきた。
夜になると感情が高ぶるから手紙は書かない方がいいなんて聞いたことがあるが、まさにそん
な感じだった。
今までできたたった一人の友人である由比ヶ浜結衣との関係に俺のせいでひびが入ってしまっ
たからだ。
そんなこともあり、日が変わる頃に帰宅した。
帰宅後は3時くらいまで勉強して寝た。
最近、数学ばかり勉強していたので、他教科がおろそかになっていた。
その分の時間をとったら、こんな風になった。
雪乃のサポートがあるとはいえ、我ながらもう少し冷静になって進路の選択をした方が良か
ったのではないかなんて考えてしまった。
しかし、そこは決して雪乃と同じ大学に行きたいという単純な理由だけではない。
俺は歴史には興味がある。
一応、大学でその勉強をしたいという気持ちもあるのだ。
さて、昨日で冬期講習が終わったわけだが、今日からは丸一日たっぷりと時間がある。
雪乃を一人にしておくのが心配だし、俺も雪乃のそばにいたい。
そんなわけで、朝から晩まで俺の家で一緒に勉強をして過ごすことになった。
小町を見送り、居間を軽く掃除した。
そのあと部屋から勉強道具を下ろしてきたところで、ドアホンがなった。
「おはよう、八幡」
「おはよう、雪乃」
これから半日二人きりで過ごすのかと思うと急にドキドキしてしまった。
雪乃も同じことを考えていたのか、ふたりとも頬ら赤らめていた。
玄関で対峙したままお互い固まってしまった。
「ニャー……」
俺が帰宅しても出迎えにやってくることのないカマクラがとことこやってきた。
「ゆ、雪乃、あ、上がってくれ」
「え、ええ……」
ふたりともぎこちなく居間へと向かっていった。
こんな感じで、2日間を過ごしたのだった。
× × × ×
「なぁ、雪乃? 年末年始は実家に帰るのか?」
今日は俺の両親の御用納めの日だ。
明日からは2人とも家で過ごす。
朝から晩まで俺の家で雪乃と一緒にというわけにはいかない。
雪乃の動向が気になって雪乃を送る道すがら訊いてみた。
「家族なら姉さんを含めて、今朝海外に立ったわ」
造作もないことというような口ぶりで雪乃は答えた。雪乃。
しかし、表情は少し曇っていた。
「お前は行かなくても大丈夫だったのか?」
決して「行かなくて良かったのか」とは聞かなかった。
雪乃の家庭の事情は詳しくは知らないが、少なくとも雪乃にとって心が休まる場所では
なさそうに感じたからだ。
「……ええ。かなり骨が折れたのだけれど、勉強があるからって断ったの。それに、……」
雪乃はここで言葉が詰まったが、みなまで言わなくてもわかった。
この3日間、生活時間の大半を雪乃と過ごしてきたが、寝るまでの間、頻繁にメールの
やり取りをしていた。
大半は「今何してる?」といったどうでもいいものだった。
普段の雪乃なら絶対にしないような内容である。
由比ヶ浜とのことで不安定になっているからこんなメールを送ってくるのだろう。
言葉を紡ぎだそうとしていた雪乃をそっと抱き寄せてからぎゅっと抱きしめた。
「八幡、ありがとう……」
冬休みは長い方がいいに越したことがないはずなのに、始業式が待ち遠しかった。
由比ヶ浜結衣と早く向き合って全てに決着を付けなければならない。
始業式まであと10日。
そんなことを考えながら、雪乃を抱きしめていた。
翌日から冬休みの最終日までは毎日雪乃の家に行って勉強した。
食事は俺が昼食を夕食は雪乃が作るスタイルはそのままだ。
そして、大みそかの晩に小町も入れて3人で除夜の鐘をついて年越しをしたり、元日も3人
で稲毛の浅間神社に小町の合格祈願も兼ねて初詣をしたりしてなるべく雪乃を一人にしない
ようにした。
ほかには、雪乃の誕生日も祝った。
小町に言われるまで知らなかったが、1月3日は雪乃の誕生日だった。
小町がどういう風に両親に話したのかは知らないが、「彼女を家に連れてこい」と言われ、
雪乃の誕生会を開いた。
地元の名士の娘だと知って、さすがに俺の親父も屑っぷりを披露してくれることなくホッと
胸を撫で下ろした。
ついでに雪乃もいつものような毒舌ぶりは鳴りを潜めていた。
やればできるじゃないの、雪乃さん。
明日からはもう少し俺に優しくしてくれないものだろうかと思った次第だ。
かくして、1月6日の始業式を迎えた。
いよいよ、由比ヶ浜結衣と向き合うことになった。
今日はここまでです。
いよいよ最後の場面になるのですが、来週の火曜日まで家を空けがちになるので、しばしお待ちください。
レスどうもです。
昨日は出張疲れで中途半端に終わりましたが、これでラストです。
では、投下開始します。
放課後になった。
ようやく由比ヶ浜に近づくことができた。
身構える由比ヶ浜に
「部室で待ってるぞ」
こう一言告げて教室をあとにした。
「よう、雪乃」
「こんにちは、八幡」
部室に入るとノートパソコンを開いてカタカタやっている雪乃の姿が目に入った。
「なんしたの?」
「平塚先生に『お悩み相談メール』をすぐに再開するように催促されたのよ」
『千葉県横断お悩み相談メール』 -ロクでもないお悩み相談しか来ないことで定評のあるどうし
ようも無いシステムだ。
しかし、残念なことに奉仕部の主要な活動である。
どうせ、材木座とか材木座とか材木座とか陽乃さんぐらいしか寄こしそうもないのだが、再開せ
ねばならない。
終業式の日に「12月21日~1月5日は冬季休業につきお休みします」とトップページに掲げたまま
になっている。
雪乃はシステム再開をしているようだ。
それにしてもいくら多芸な雪乃とはいえ、こんなことまでできるとは驚きだ。
そんな雪乃に今日はシャンパーニュロゼを煎れて作業の成り行きを見守った。
雪乃の作業はすぐに終わったが、由比ヶ浜が部室にやって来そうな気配はなかった。
沈黙がだんだんと重苦しくなり始めた時、たて続けにメールが2件やって来た。
「さぁ、八幡仕事よ」
人前に出るのは嫌だが、人の上に立つのが好きというだけあって本当に人使いが荒い。
どうせくだらない内容だろと思って開くとやはりそうだった。
────────────────────────────────────────────
〈PN:剣豪将軍さんのお悩み〉
『我は意を決して渾身の作をネット上で発表した。しかし、我の作風を誰も理解してくれない。我はどうしたら
いい? 心が折れそうだ。ハチえもん助けてよ~』
────────────────────────────────────────────
雪乃は「さぁ」「早く」といった類の視線を送ってくる。
やっぱりこれって俺が答えるのか。
あきらめて、素早くキーボードを叩いた。
────────────────────────────────────────────
〈奉仕部の回答〉
『プロを目指すのであれば貴重な意見として受け止めて、これからの作品のなかで昇華させていく必要が
あるのでしょう。しかし、単なる趣味として書いているのであれば、ただの非難や批判の内容が建設的な
ものでければ徹底的に無視。この一言に尽きるのではないのでしょうか』
────────────────────────────────────────────
こんなもんでいいかと一度読み返す。
そう言えば材木座が煽り行為をしたせいで、遊戯部と脱衣大富豪に付き合わされる羽目になってしまった
ことがあった。
あの時はいい迷惑だった。
雪乃にまで脱衣をさせやがるとは許さん。
俺だってまだその慎ましやかな胸を見ていないんだぞ。
「八幡……。あなた今いったいどこを見て何を考えていたのかしら」
雪乃さん、あなたこういうのだけは敏感ですね。
それにしても荒らしってウザいよな。
なにあの粘着力。
おとなしくゴキブリでも捕まえていろよ、ほんとに。
こっちはこっちで好きにやってるから、そっちはそっちで巣から出てくるな。
さて、送信と。
次は何だ?
〈PN:お姉ちゃんは心配ですさんのお悩み〉
「おい、雪乃。お前に来てるぞ」
「無視していいわよ」
一応、見ておくかと開いてみると、ブレザーのポケット中で携帯が鳴った。
由比ヶ浜からのメールだった。
そこには、「屋上にいる」とだけ書かれていた。
「雪乃、由比ヶ浜からメールが来たぞ」
「八幡、見せて!」
雪乃は言うが早く携帯をひったくった。
そして、凛とした表情でこう告げた。
「八幡、屋上に急ぐわよ」
× × × ×
屋上に行くと虚ろな目をした由比ヶ浜がいた。
「ヒッキー……、ゆきのん……」
俺と雪乃は駆け足でやって来たものの由比ヶ浜にかけるべき言葉が見つからず、ただ黙って
見つめているしかできなかった。
いや、少なくとも俺も雪乃もかけるべき言葉を持ち合わせていたが、タイミングを計りかねていた。
「……まさか、まさか、ヒッキーとゆきのんが付き合っているなんて……」
由比ヶ浜の目からは大粒の涙がとめどもなく溢れていた。
「……ゆきのんがヒッキーのことが好きなのは気付いていたけど、けど……、私も私なりに
頑張っていたよ……。ゆきのんは友達だし、ヒッキーも仲間だから祝福してあげないといけ
ないのに……」
雪乃の目からも同じように涙があふれていた。
「由比ヶ浜……、お前さえよければ奉仕部に戻ってきてくれないか……」
情けないことに俺はこんな情けないセリフを弱々しく言うことしかできなかった。
「ゆ、由比ヶ浜さん、……。私からもお願い……。虫が良すぎるかもしれないけど、あなたには
戻ってきて貰いたいわ。……そ、それに、……。いえ……、私の口からは……。私にそんなこと
言う資格なんか……」
そう言うと嗚咽を漏らし始めた。
1月の冷たく乾いた風が2人と1人の間を吹き抜けた。
完全に手詰まりに陥った。
俺は解を持ち得ていたのではなかったのか?
なぜ、それを言い出せない?
なぜ、そう言えるように空気を作れないのか?
以前の卑屈な自分に戻りつつあるのを頬に風邪を受けるたびに実感せざるを得なかった。
自分の無力さがもどかしく感じた。
「ゆ、ゆきのん……、続きを聞かせてほしいんだけど……」
あきらめかけた時、由比ヶ浜が口を開いた。
「そ、そんな……私には……」
「いいから聞かせてゆきのん。私が聞きたいのはその続きだもん……。お願い、ゆきのん……」
最後はもう消え入りそうな声になっていた。
それは、心からの悲痛な叫びに聞こえた。
「ゆ、由比ヶ浜さん……。わ、私は……。由比ヶ浜さん、あなたは私にとってたった、たった……
ひとりの友達なの……。虫が良すぎるのは自分でもわかっている……。そ、それでも、それでも……
私はあなたと……友達でいたい。……結衣といつまでも友達でいたい!」
最後の力を振り絞るかのように雪乃は言った。
「ゆ、ゆきのん!」
その瞬間、由比ヶ浜は雪乃に飛びついた。
雪乃はよろめきながらも全身で由比ヶ浜を受け止め、ふたり抱き合っていた。
「結衣、結衣……」
「ゆきのん、ゆきのん、これからもずっと友達だよ」
「ええ、結衣。ずっと友達よ」
すっかり手詰まりになって投了寸前だったところを由比ヶ浜に救われた。
俺も雪乃も解にたどり着いていながら、己の力で何もできなかった。
まったくの無力だった。
そんな俺にも雪乃にも由比ヶ浜が必要だ。
いつまでも抱き合っているふたりに俺は歩み寄っていった。
ようやく俺も由比ヶ浜に解を提示することができる。
「由比ヶ浜……、いや、結衣……、俺と友達になってくれ……」
「うん、もちろんだよ! ヒッキー大好き!」
そういうなり俺に飛びついてきた。
一瞬雪乃のように抱きしめようかと思ってしまったが、さすがにこれはマズい。
思わず結衣を抱きしめようと動かした手を中途半端にぶらぶらとだらしなく垂らしてしまった。
「八幡、あなた私という恋人がいながらいったい何をしようとしていたのかしら?」
俺は心臓が思わず凍り付きそうになった。
怖くて雪乃の方に視線を向けることができない。
「いいじゃん、ゆきのん」
「何がゆきのんなの、結衣?」
結衣も俺の胸の中でぶるっと震えたのがわかった。
怖ぇよ、とにかく怖ぇ……。
「八幡、命が惜しければ、もうそのような破廉恥なことをしないことね。結衣、あなたもよ」
「はい……」
「はい……」
雪乃は恐怖のあまり身をすくめる俺と結衣に近づいてきたかと思うと、ふたりまとめて抱き
しめてきた。
振り返ってみると、なんなのこのリア充は……なんて思ってしまうが、とても心地が良かった。
「さぁ、部室に戻って奉仕部の活動を再開しましょう」
× × × ×
部室に戻ると、雪乃は改めてシャンパーニュロゼを淹れ直した。
3人でこの紅茶を飲むのは初めてだった。
「ゆきのんもヒッキーも二人でこんなの飲んでいたんだ……」
怒りを通り越してすっかり呆れかえってしまった結衣を前にして、俺も雪乃もただただ身をちぢ
こめていることしかできなかった。
「あっ、『お悩み相談メール』再開したんだ。どれどれ……」
結衣はフフンと鼻を鳴らして、とびきり意地悪な目で俺と雪乃を交互に見比べた。
「えっと……。ゆきのんは私に隠れてヒッキーとこそこそ付き合い始めました。ふたりともとて
も感じが悪いです。お姉さんにも黙ってこんなことを続けて年末年始もただれた生活をしていま
した。私と一緒にこの間違った関係を糺しませんか。よし、送信と……」
カチッと力強くリターンキーをタッチした。
「おい、結衣……洒落になんねー。ちょっと待て!」
「結衣、やめなさい!」
「書き込みが完了しました」と書かれた画面が切り替わった。
────────────────────────────────────────────
〈PN:お姉ちゃんは心配ですさんのお悩み〉
『雪乃ちゃんが冬休み中に一度も実家に帰ってきませんでした。お姉ちゃんは心配で心配でなりません。
どうしたら、雪乃ちゃんが実家に帰ってくるのでしょうか。雪乃ちゃん、比企谷くん、答えなさい!』
〈奉仕部からの回答〉
『ゆきのんのことなら心配はいりませんよ。ヒッキーと超甘々の超ラブラブになって毎日楽しく過ごしていま
す。私に入り込む余地がなくてうらやましい限りです。いずれ、ヒッキーを連れてご実家に帰省することがあ
ると思いますので、それまでゆきのんのことを待っていてあげてください。邪魔をしたらふたりの友人として
絶対に許しません (`・ω・´)』
────────────────────────────────────────────
「えへへ……。これでおあいこだよ」
ホッと胸をなでおろす俺と雪乃を見て、結衣はとびっきりの笑顔を見せた。
ぼっちの道に入ってから早10年 ──
俺は雪乃とふたりぼっちになった。
そして、今日、結衣という友達を得てぼっちを卒業した。
この部室で3人で過ごすのもあと1年ちょっと。
この残り限られた時間を大切にしたい……。
―― 一度壊れてしまったものは元には戻らない。
でも、形を変えて作り直すことはできる。
―― そう、これが俺の導き出した解だ。
間違いだらけの俺の青春だったが、これだけは間違っていないと俺は思っている。
―― ラブコメの神様よ、これで良かったんだよな?
俺たち3人はどんなことがあろうともずっと友達だ。
─完─
これで終わりです。
レスをくれた皆さん、最後まで読んでくれた皆さん、ありがとうございました。
一週間遅れになってすみません。
胃腸炎にかかってまだ書きあがっていません。
土日中に投下できるので、もうちっとばかり待ってください。
投下開始します。
── 春
4月になって数日が過ぎた。
今日から俺は大学3年生として学部生になった。
春は新たな出会いの季節だと世間様は言う。
確かにその通りだ。
それは否定しない。
ただ、ぼっちにとっての「新たな出会い」は世間一般のそれとは全く異なった意味合いを持つ。
そう、春は新たなトラウマとの出会いなのだ ──
高校卒業後、俺は雪乃と同じ大学に進学した。
雪乃が手とり足とり、苦手だった数学をわかりやすく教えてくれたおかげだ。
大学入学後のこれまでの2年間は、雪乃とはクラスこそ違えども可能な限り同じ科目を履修してきた。
空きコマの時間や昼食はもちろん一緒に過ごしていたし、通学も毎日一緒だった。
一緒にいる割には相変わらずお互い口数は少なかったけどな。
この2年間雪乃とはかなりいちゃついて日々ふたりだけの世界に生きていた。
そのおかげで2年間にできた友達はゼロである。
否、それは言い訳だ。
お蔭も日向もなにも雪乃と一緒にいてもいなくても間違いなく友達なんかできなかったことだろう。
雪乃もまた然りだったと言えよう。
否、むしろ雪乃がいてくれたことでこの2年間は、ぼっちにつきもののトラウマが量産されずに済んだ
と言った方が正しい。
ところで、そんな雪乃は今日から理系学部の大半がある地元千葉県内のキャンパスに通う。
そして、文系学部の俺はこれまで2年間過ごしてきたキャンパスで残り2年間をまた過ごすのだ。
雪乃はきっと今頃、研究室内でぼっち生活の第2ステージを既に開始していることだろう。
実験結果が違うものなら同期、先輩に関係なく、自分の実験の合理性やら正当性やらについて実験の
手順から始めて、結果、考察に及ぶまで広範囲にわたって持論を展開し、相手をやり込めてしまうこと
だろう。
なにこのダンガンロンパ。
さすがの苗木君や霧切さんでも心が折られてしまうんじゃないの?
ほどほどにしとけよ、雪乃……。
さて、雪乃の心配をしている場合ではない。
そんな俺も間もなく数年ぶりのぼっち生活を始めるのであろう。
しかし、雪乃との教養での2年間のイチャイチャ生活で恐らくぼっちスキルが低下しているに違いない。
一日も早くぼっちとしての勘を取り戻さなければならない。
一度でもぬるま湯に浸りきった生活を送ってしまうと、あとが大変だ。
そんなことを考えているうちに研究室に着いた。
中世日本史を扱う研究室だ。
ドアをノックすると、
「はーい」
「どうぞ」
と2人の声がした。
「失礼します。今日からこの研究室でお世話になる……」
「ああ、君は……」
いきなり話を遮られてしまった。
なにこれ、ぼっちには名前も名乗らせてくれないの?
所変わってもやっぱりぼっちはぼっちなのね。
「比企谷くんだね」
「……へっ?!」
なんであなた俺の名前知っているの?
もしかして、「『この目』を見たら110番」って手配書とか回ってきているの?
「なにも驚くことないよ。君はいつも雪ノ下さんと一緒で目立っていたから、教養で時期が被ってる
人間なら誰もが知っているよ」
「あんな美人の彼女といつも一緒にいれば、そりゃ目立つわ」
なにそれ、俺のステルス性能はいったいどこに行ったの?
もしかして、俺って雪乃の付属品とかペットとか奴隷とか……、なにかそんな風に認識でもされて
いたの?
入室した時点でぼっちが確定するものだと端から思っていた俺は混乱した。
「とにかくよろしくね」
「これから、よろしくな」
「……あっ。こ、こちらこそ、よろしくお願いします……」
このあと3、4年生が全員そろったところで指導教官の先生がやってきて顔合わせをした。
不思議なことに教養で時期が被っていた3・4年生は誰も俺のことを「ヒキタニ」と間違わなかった。
雪ノ下のおまけとしての俺の知名度は抜群のようだった。
それにしても、俺が毎日知恵熱を出すくらい勉強してどうにかこうにか滑りこむことができた大学に
通う連中のことだけはある。
俺の名前を正しく認識しているとは、相当記憶力が良いと見えた。
しかし、指導教官の先生だけは俺の名前を読み間違えた。
でも、さすがは中世日本史専攻の先生だ。
「ヒキタニ」なんて屈辱的な呼び名ではなく鎌倉にかつてあった古地名の「ひきがやつ」と間違えた。
どうやら鎌倉幕府の研究が専門の先生のようだ。
ちなみに鶴岡「八幡」宮は鎌倉市の「雪ノ下」にある。
これ豆な。
雪乃にこれを教えるとデレて悶死しそうだから黙っているけど。
それに、次の日あたりに婚姻届を持って迫ってきそうでなんか怖い。
嫁にもらうのではなく、婿にもらってくれるのなら大歓迎だけど、雪乃はそんなことは絶対に許して
くれないだろう。
× × × ×
7月になった。
試験期間真っただ中だ。
相変わらず友達がいないという点では、ぼっちといえばぼっちだ。
しかし、完全に孤高なるぼっちというわけではない。
今は、空きコマを1つ挟んで次の試験の時間まで研究室で休んでいるところだ。
これまでの俺だったら絶対こんなところに寄りついてはいない。
この研究室には、筋金入りの歴史マニアが集まっている。
俺もその一人。
特定の友人はいないが、歴史談議には自然と花が咲く。
「上杉謙信があと10年長生きしたら、織田信長を滅していたか」
「島津四兄弟があと20年早く生まれていたら、どこまで制圧していたのか」
この手のマニアックな話題を次から次へと思いついては、毎日飽きもせず議論している。
俺もそうだが、趣味=専門となっている連中ばかりなので、皆会話には困らない。
きっと、今までみんなこんなマニアックな会話をする相手に恵まれて来なかったのだろう。
だから、その反動で研究室内がこんな雰囲気になっているのかも知れない。
その証拠にぼっちマイスターの俺が一目置くぼっちスキルの持ち主が何人かいる。
しかし、彼らが専業主婦を目指しているかどうかは不明だ。
でも、そんなことはどうでもいい。
相互不干渉、相互不可侵がぼっちの鉄の掟である。
やはり、ぼっちはぼっちとぼっちに過ごすに限る。
とどのつまりこういうことだ。
── ぼっち最高! いや、最強!
「よし、できた!」
プリンターから出てきたA4用紙をニヤニヤしながら見つめた。
今日は午前で最後の試験が終わった。
すぐに自宅に帰ると気分よく前期最後の課題をこなしていた。
ちょうど仕上がったところで、あとはプリントアウトしたこの文書の中身をチェックして、先生にメールを
送るだけだ。
これで、俺も夏休みに突入だ。
このあと家庭教師のバイトがあるのがちょっと面倒だが、それでも夏休みへの期待感で満ち溢れて心躍っていた。
文書の中身のチェックも完了した。
えーと、……送信の前に旅程を確定しないといけなかったな。
宿やら飛行機やらの予約を取ってからの送信になるな……。
時計を見ると存外に時間が経っていた。
そろそろバイトに出かけなければならない。
残りは帰って来てからの作業となるが、今日中には先生にメールができそうだ。
読み終えたばかりのA4紙を机の上に置くと、小町に声をかけてバイトに出かけた。
「八幡、これはいったいどういうことかしら」
バイトを終えて家に帰ると、不機嫌オーラ全開の雪乃が俺を迎えた。
玄関に仁王立ちしているとか、お前金剛力士像なの?
突然すさまじい殺気を放ちながら口を開いたかと思うと、氷漬けにされてしまいそうな冷たい表情で
俺を射すくめると固く口を結んだ。
なにそれ、一人で阿形と吽形の役でも演じているの?
怖くてトラウマになりそうなんだけど。
「あなた、私に隠れて楽しいことを企んでいたのね」
夫に浮気の証拠を突きつける妻のようにA4用紙を俺の目の前にかざした。
「それか……。夏休みの宿題の計画書なんだけど……」
「……いいわ。まずは、お上がりなさい」
いや、ここ俺の家なんだけど。
「……3泊4日四国の旅だなんて大層なご身分ね。羨ましいわね」
さっきから幾度となく繰り返されるこのセリフ。
繰り返すたびに刺々しさが増しているのは気のせいだろうか。
それに雪乃は海外旅行どころか留学歴だってある。
それなのに四国旅行ぐらいでなんでこうもネチネチと言われなければならないのだろうか。
「だから、先生から出された宿題なんだって……」
こちらは繰り返すたびに弱々しくなっていく。
雪乃の執念深さにはほとほと参ってしまう。
「この旅行はいったい誰と行くのかしら」
何が言いたいの?
俺と一緒に旅行に行きたいと言うような異性なんて小町ぐらいしかいないんだけど。
結衣だって今は彼氏がいるし、仮に誘ったところでキモいとしか言わないと思うんだが。
「だから、一人旅だって……」
さっきもこう答えた。
いつまで続くのこの無限ループは……。
小町の作ってくれたシチューが冷めちゃってるんですけど。
「えっ?! 誰と?」
お前の耳って絶対俺の目よりも腐敗が進んでいるだろ。
「だから、一人だって!」
ちょっとイラッと来てしまって大声で返してしまった。
ヤバッ、やりすぎたかな?
雪乃が凹まなければいいけど……なんて思っていたら大間違いだった。
キッと般若のような形相で睨んできた。
もう嫌だ。
「なぜ……、一人なのかしら……」
もうなんという声音なの。
いや「怖」音といった方がいい。
それとも、「恐」音?
「そりゃ、だって大学の……」
小町が何やら俺にサインを送っていた。
人差し指を立て口の前でチッ、チッと振っている。
「なぜ、一人なのかしら」
小町のサインでようやく雪乃の意図が理解できた。
はー、仕方ない……。
「雪乃……、良かったら俺と一緒に四国に行かないか」
「ええ、もちろんよ、八幡……」
急に目をキラキラと輝かせ、柔和な表情に変わった。
こいつ何面相なの?
十一面観世音とかそんな穏やかなやつじゃなくて、阿修羅とかの類でしょ、あなた。
「せっかくのお誘いを断ったら八幡がかわいそうじゃない。私以外にあなたと旅行に行っても構わ
ないなんて言う女性なんかほかには誰もいないでしょ」
そう言うと、ウインクをしながら小首を傾げてきやがった。
俺が一番弱い仕草を熟知しているだけあってたちが悪い。
俺っていつもこの仕草に騙されているよな……。
ここまでわかっていながら、雪乃の虜になっている俺。
多分、この先の人生には「比企谷八幡下僕エンド」が待っているのだろう。
「そうね……、祖谷に行くというのならやっぱり、かずら橋ね。それに、大歩危小歩危で
遊覧船にも乗りたいわね……」
さて、日程を1日、2日伸ばしてもう一度旅行計画を練り直した方がいいかもな。
ルンルン気分で一人盛り上がって饒舌になった雪乃を見て、俺と小町は苦笑したのであった。
「やっとできたか……」
雪乃と旅程を練ること3時間、ようやく完成した。
飛行機のチケットとレンタカーの予約は俺が、ホテルの予約は雪乃が行った。
これで旅程が確定したので、先生にメールを送信した。
思わず、ファー……と生あくびが出てしまった。
ここ数日、試験勉強で寝不足になっていたのだ。
「これでばっちりね!」
そう言うと雪乃も大きく伸びをすると俺にもたれかかってきた。
「ところで、雪乃……。玄関で待ち構えていたからびっくりしたんだけど何か用でもあったの?」
ほんと、さっきは金剛力士像よりもおっかなかったぜ。
「そうだったわ……。昨日、八幡の部屋に本を忘れていったの。それを取りに来たのよ……」
「ああ、これか。」
机の端に置かれていた分厚いハードカバーの表紙には小難しい専門用語が書かれていた。
文系の俺には中身がまったく想像できない。
「プルームテクトニクス」って何?。
「プレートテクトニクス」なら知っているんだけど。
おっと……、雪乃の話の途中だった。
「……それで、小町さんに頼んで部屋に上げてもらったのだけれど、偶然この旅程表を見つけてしまって……」
「それで、俺が詰問されたんだな」
意地の悪い口調で返してやった。
「……。もういいでしょ。こんな可愛い彼女と一緒に5泊6日の旅行に行けるのだから」
「まあ、それについては異存はないけどな」
雪乃を抱き寄せて髪を撫でてやる。
いつ触れても手触りがいい。
「小町さんは明日も試験があるのだから、まだ勉強しているのでしょ。隣の部屋でいちゃつくのはどうかと
思うのだけれど」
照れ隠しに俺からパッと離れた。
先にもたれかかってきたのはあなたの方でしょ、雪乃さんよ。
なんとか大学に入ることができた小町は、明後日まで前期の試験があるそうだ。
大学に入っても相変わらずアホの子の小町は、ヒーヒー言いながら毎日勉強している。
そのため、最近毎朝俺以上にゾンビのような目をしている。
「……ところで、あの旅程表は何の課題だったの?」
「おいおい、怒りに任せて俺の話を聞いてなかったのかよ……」
「え、ええ……」
珍しく自分の非を認めた。
明日は強風で京葉線が止まるかもしれない。
大学までは総武線で通ってから問題はないけどね。
「俺の研究室って中世が専門だろ。それで、テーマを決めて夏休み中に中世の史跡巡りをしてレポートを
書けって宿題が出されたんだよ……」
「ええ、聞いていたわよ」
なんだよ、ちゃんと聞いてんじゃねーかよ。
「さらにいうと、うちの先生って鎌倉幕府が専門だろ。だから、成立過程にあった源平の合戦に興味を持っ
たんだ。そんで、そこから派生して平家の落人伝説も調べてみようと思ったわけ。それで、四国に行って
屋島の史跡と平家伝説の史跡を巡ることにしたんだ。で、あまりにもマニアックな内容だから、一人旅にし
たわけ」
「確かにマニアックね。でも、八幡と一緒なら、その……どこでも構わないのだけれど」
雪乃はボソボソ言いながら照れる。
最初からそう言ってくれれば、怖い思いをしなくてよかったのにな。
俺に女心を理解しろとかどれだけハードル高いんだよ。
「で、本当はお前とはハウステンボスにでも行こうと思ってたんだぜ。今回の旅ですっかり金欠になりそ
うだからやめにするけど」
「そう……。一応は私との旅行も考えてくれていたのね」
雪乃は満足げに答えると、小さく欠伸を一つした。
そろそろ日が変わりそうなので、ここでお開きにして雪乃を家まで送っていった。
さて、雪乃と行く四国旅行。
どんな旅になるのか今から楽しみだ。
× × × ×
「ちょ、ちょっと、八幡。置いていかないでよ……」
俺の袖口をグイグイと引きながら雪乃が言った。
「さしもの雪ノ下でも高所恐怖症だったんだな」
「そ、そんなことあるわけないじゃない……」
「いてて……。だから、思いっきり袖を引っ張んなよ」
俺たちは今、鳴門にいる。
朝一で成田から関空までLCCに乗って、さらに関空から神戸空港までは高速船で移動した。
そのあと、レンタカー会社の車で神戸市内まで送迎してもらい、そこで車を借りた。
そして、明石海峡大橋を渡ってまずは淡路島に入った。
淡路ICで高速を降りると松帆の浦へと向かった。
藤原定家が「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」と詠んだ場所だ。
定家自身が編纂した百人一首にも収録されている和歌だ。
白砂の海岸を想像していたが、礫がゴロゴロした海岸だった。
雪乃とは百人一首談義をした。
互いに予備知識を持ち合わせているので、話が盛り上がった。
やはり雪乃と付き合っていて良かったと思う。
ちなみに百人一首には定家が家庭教師をしていたとされる式子内親王の和歌「玉の緒よ絶えなば
絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする」が収録されている。
この二人は恋仲だったが成就できなかったという説がある。
そのため、この百人一首には互いのことを想って詠んだ2篇の和歌が収められているという説まで
あるのだ。
俺と雪乃は互いに想い合っているふたりでいられることの幸せさをかみしめて、次の目的地へと
向かった。
15分ほど進むと北淡震災公園に着いた。
阪神淡路大震災の震央近くにある場所だ。
震央とは震源の真上にあたる地上地点を指す。
つまり、震源とは地中を指している言葉なのだ。
ここには野島断層と呼ばれる断層が保存されていた。
俺たちふたりは、自然の脅威をまざまざと見せつけられた。
雪乃は緊張した面持ちでずっと俺の手を離さなかった。
こうして、淡路島を回った後、再び高速に乗ると大鳴門橋を渡って四国に入った。
そして、現在、大鳴門橋の橋桁の下に設置された「渦の道」と呼ばれる通路を歩いている。
450m続くこの通路は、海面からの高さ45mのところにある。
足元には、鳴門の渦を覗き込むことができるガラス窓が設置されている。
ちょうどまさに今、渦がものすごい勢いで発生している。
高さ45mといえば、建物に換算するとちょうど15階くらいの高さだ。
雪乃の部屋もマンションの15階にあるが、ここは海の上だ。
周りに建造物がないせいで、数字以上の高さを感じる。
俺も決して高いところや絶叫マシンが得意なわけではないが、雪乃ほど恐怖を感じてはいない。
「雪乃、服を引っ張りすぎだ。痛ぇよ……」
「八幡、あなた歩くのが早すぎるわよ。女性のエスコート一つ満足できないのかしら」
悪態をつきながら、なおも服をグイグイ引っ張ってくる。
このあと、高松に入る前に平賀源内記念館を見学する予定だ。
なんせここには、解体新書の初版本が展示されている。
これはどうしても見ておきたい。
だから、いつまでもここで油を売っているわけにはいかないのだ。
「ったく、仕方ねーな……」
冷やかしの視線が周囲から注がれたが気にしている場合ではない。
「は、八幡……、こ、これはいったいどういうつもりかしら……」
雪乃はへっぴり腰になってろくに歩くことができない。
そこで、先に進むために最終手段に出たのだ。
俺にお姫様抱っこされた雪乃は羞恥に身もだえていたのであった。
× × × ×
「雪乃……、これは……」
ホテルの部屋について中に入るとダブルベッドが目の前にあった。
「何かしら?」
涼しい声で雪乃は答える。
「これって……」
「ダブルベッドよ。何か?」
雪乃はこれ以上余計なことを喋ったら[ピーーー]わよという殺気を放っていた。
雪乃と旅行に来るのは3度目だが、ダブルベッドは初めてだ。
最初の旅行で、俺はシングルを2室取った。
雪乃は不機嫌そうにジト目を向けてきた。
次の旅行で、俺はシングルツインを1室取った。
ツインかと思ったらシングルの部屋だった。
だって俺、旅慣れていないんだもん……。
当然、そんな言い訳が通じるわけはない。
雪乃をその部屋に宿泊させたが、その日はほかに空室がなかった。
俺は別のホテルに自分の部屋を取ったため、雪乃から激しく罵られ、次の日も口をきいてもらえなかったの
であった。
そして、3度目の今回は雪乃が部屋を取った。
あまりにも大胆すぎる雪乃にドキドキしてしまった。
あのー……、そのー……、俺、アレを用意していないんですけど……。
いきなり責任取るとか、貧乏学生なのでまだ無理ですが、何か?
「……まぁ、なんだ。その……、安着祝いってことで飲まないか?」
やべー、雪乃のことを急に意識し始めて、俺の中で妄想が止まらなくなっている。
それに雪乃はチェックインの時にちゃっかりと「比企谷雪乃」とかいう偽名を名乗っていた。
これで意識しない方がおかしい。
酒でも飲んで気を紛らわせないと正気を保っていられない。
いつまでもモラトリアムをやっていたいのに、俺の歳で父親になるとかマジ勘弁。
「ええ、いいわよ」
ホテルの自販機で缶ビールを2つ買って乾杯した。
今日は、早朝に千葉を出発して高松までやって来た。
なかなかなの移動距離だ。
くーっ、ビールが五臓六腑に染み渡る。
下戸である俺と雪乃は、たちまちノックアウトされ、懸念された事案は発生しなかったのであった。
× × × ×
旅行2日目。
今日は、屋島の史跡巡りだ。
屋島の史跡マップを事前に手を入れたが、これには結構な数が載っていた。
それらを今日は、1日いっぱいかけてそれらを回るのだ。
雪乃は旅行前に源平ものの本を読み漁っていて、俺に付き合う気満々のようだ。
そんな雪乃のしおらしさが可愛らしい。
騎上の那須与一が平家の船上に立てかけられた扇を射抜いた際に願をかけた「願い岩」、義経が弓矢を
敵兵の前で流してしまい慌てて熊手でかき集めたという「義経の弓流し」、まな板を持っていなかった源
氏の兵が調理のために平らな背中で野菜を切ったという「菜切り地蔵」などさまざま史跡や伝承の地を
訪れた。
それにしても、地蔵の背中で菜っ葉を切るなんてなんて罰当たりなんだろう。
そして、午後からは屋島"本島"へといった。
屋島は地形学的には四国本土から独立した島だが、法律上では四国本土に含まれるという。
幅数mの海峡が彼我を隔てているが、法律上では川として扱われているため、陸続きとみなされているのだ。
ここでは、山頂まで登り、願掛けに「瓦投げ」をして楽しんだ。
俺も雪乃も互いに何を願ったかは内緒にしたが、きっと同じことを考えていたのだろう。
「ところで八幡、ここから『檀ノ浦が見渡せる』って書かれているのに、九州がどこにも見当たらないのだけれど」
雪乃が小首をかしげて尋ねてきた。
「いや、『だん』の字が違うから。関門海峡の方は土偏の『壇』で、こっちは木偏の『檀』なんだわ」
確かにこれはマニアでなければ、勘違いするかもな。
雪乃と同じ感想を持った奴はきっとほかにもたくさんいることだろう。
「八幡、知っていたのであれば、なぜもっと早く教えてくれないのかしら」
なぜ、この俺に矛先を向けてくるのかしら?
そんなことを言おうものなら「何か?」と返されるのが関の山なので、軽く聞き流すことにした。
山上めがけて吹き抜けてくる風が気持ちいい。
しばし、壇ノ浦ならぬ檀ノ浦の眺望を楽しんだ。
史跡巡りを終えたあと時間があったので、高松平家物語歴史館へ寄った。
ここには、平家物語に描かれている数々のシーンが膨大な数の蝋人形で再現されている。
壇ノ浦の合戦の様子を描いたものなんて、まさに地獄絵図そのものだ。
ここでも、展示の演出に怯え、俺に縋り付いてくる可愛い雪乃の姿を見ることができた。
こんな雪乃なら何度でも見てみたい。
結局、この日も歩き回った疲れでベッドに入るなりすぐに眠りについたのであった。
>>945修正版
× × × ×
「雪乃……、これは……」
ホテルの部屋について中に入るとダブルベッドが目の前にあった。
「何かしら?」
涼しい声で雪乃は答える。
「これって……」
「ダブルベッドよ。何か?」
雪乃はこれ以上余計なことを喋ったら[ピーーー]わよという殺気を放っていた。
雪乃と旅行に来るのは3度目だが、ダブルベッドは初めてだ。
最初の旅行で、俺はシングルを2室取った。
雪乃は不機嫌そうにジト目を向けてきた。
次の旅行で、俺はシングルツインを1室取った。
ツインかと思ったらシングルの部屋だった。
だって俺、旅慣れていないんだもん……。
当然、そんな言い訳が通じるわけはない。
雪乃をその部屋に宿泊させたが、その日はほかに空室がなかった。
俺は別のホテルに自分の部屋を取ったため、雪乃から激しく罵られ、次の日も口をきいてもらえなかったの
であった。
そして、3度目の今回は雪乃が部屋を取った。
あまりにも大胆すぎる雪乃にドキドキしてしまった。
あのー……、そのー……、俺、アレを用意していないんですけど……。
いきなり責任取るとか、貧乏学生なのでまだ無理ですが、何か?
「……まぁ、なんだ。その……、安着祝いってことで飲まないか?」
やべー、雪乃のことを急に意識し始めて、俺の中で妄想が止まらなくなっている。
それに雪乃はチェックインの時にちゃっかりと「比企谷雪乃」とかいう偽名を名乗っていた。
これで意識しない方がおかしい。
酒でも飲んで気を紛らわせないと正気を保っていられない。
いつまでもモラトリアムをやっていたいのに、俺の歳で父親になるとかマジ勘弁。
「ええ、いいわよ」
ホテルの自販機で缶ビールを2つ買って乾杯した。
今日は、早朝に千葉を出発して高松までやって来た。
なかなかなの移動距離だ。
くーっ、ビールが五臓六腑に染み渡る。
下戸である俺と雪乃は、たちまちノックアウトされ、懸念された事案は発生しなかったのであった。
× × × ×
「八幡、さっきから『揺するのはやめて欲しい』と言っているのだけれど……」
雪乃が震える声で懇願してくる。
「俺は何も揺すっちゃいねえ……。おい、おい、急に引っ張んなよ。揺れて怖いだろうが」
旅行3日目。
俺と雪乃は奥祖谷の二重かずら橋にいる。
ここにはシラクチカズラという植物の蔓で架けられているかずら橋が2つ並んでいる。
別名「夫婦橋」と呼ばれる。
この橋は足元が格子状に木が組まれているので、川の水面が覗いて見える。
高所恐怖症の人間にとっては、かなりの絶叫スポットだ。
この日は、香川県から徳島県に入った。
脇町のうだつの町並み散策をした後、祖谷のかずら橋を回って奥祖谷までやって来た。
雪乃は祖谷のかずら橋でも同様に怯えていたにもかかわらず、性懲りもなく二重かずら橋
にも行きたいと言った。
それにしても、雪乃はいったいどういう学習能力をしているのだろうか。
この植物だけで作られた吊り橋の上で、雪乃はさっきからフラフラしている。
ただでさえ、その振動で橋が揺れているのに急に服を引っ張ってきて俺を急停止させてく
れるのだ。
だから、さらに揺れてしまい、俺もかなりの恐怖を感じている。
さすがにここでは、初日の「渦の道」のようにお姫様抱っこをするわけにはいかない。
橋の真ん中で立ち往生してしまったのだが、どうすりゃいいんだよ?
吊り橋で出会った男女は恋に落ちやすいだとかいう「吊り橋理論」なるものがあるが、今まさに
俺が置かれている状況はそんな理論とは真逆だ。
恋ではなく、豊かな水量を湛える祖谷川に落ちてしまいそうだ。
「雪乃、頼むから引っ張らんでくれ。ゆっくりと手を引いて歩くから、それで辛抱してくれないか」
「ええ。……八幡頼むわ」
雪乃は顔を赤らめているが、俺の顔は青ざめている。
ちょっとこれって不公平じゃないか。
× × × ×
「さてと、今日の宿はここだ」
「えっ……。これって民家ではないのかしら……」
俺たちは農家民宿なるところへやって来た。
予約は雪乃が入れたが、この宿はもともと俺が見つけたのだ。
「ああ、ここは山間部の農家の生活体験ができる宿だ」
俺たちがこれから2日間泊まるのは茅葺の家屋だ。
この家屋が丸々一棟俺たちにあてがわれるだ。
「それにしても、まだ15時なのだけれどチェックインするにはまだ早すぎるのではないかしら」
平家屋敷やら資料館やら色々と見学する場所があるにもかかわらず、それらをスルーしていること
に雪乃は疑問を感じた。
「いや、それはな……」
部屋の鍵を借りに向かいながら事情を説明しようとしていると、向こうから一人の男性が駆け寄って来た。
「き、君が比企谷くんだね」
三十をちょっと過ぎた男性が何やら焦った口調で話しかけてきた。
「はい、比企谷です」
「えっと……これ鍵ね。あと、こっちが納屋の鍵。納屋の中に冷蔵庫があるから。その中に2日分の食材があ
るから使って……。えっと、それから薪もあるから。……あー、君たち薪割りしたことがあるかい?」
とにかく焦っている様子だ。
次から次へとまくし立てるように話すので、頭をフル回転して情報を叩きこむ。
「あのー、どうかなさったのですか?」
きょとんとしている雪乃をそのままにして、質問した。
「つ、妻が急に産気づいたんだ。予定日までまだ一月あるのに、ついさっき急に産気づいたんだ。妻は持病持ち
だからこれから病院に駆けつけるところなんだ……」
「な、何かお手伝いできることがありますか?」
なんか知らないけど、俺まで焦って来ちゃったよ。
ぼっちは突発な出来事には弱いのだ。
「そ、そしたら、ちょっと頼むよ……」
── 10分後
オーナー夫婦は小一時間離れた町場の病院めがけて出発した。
俺の手には連絡先のメモが握られていた。
オーナーの携帯の番号と10分ほど離れたところに住むオーナーのご両親宅の電話番号だ。
あまりにも突然の出来事で、雪乃とふたりでしばらく放心状態になっていた。
「八幡、私たちだけになってしまったのだけれど、何をしたらよいのかしら……」
すがるような目で俺を見つめる雪乃は、そっと俺の袖口を引っ張った。
「そうだな、まずは薪割りだな」
× × × ×
「八幡、鉈を渡すわね……」
「ちょっと待ったー! 雪乃!!」
鉈をさやから取り出そうとする雪乃を大声で静止した。
「鉈を渡すときはこうやるんだ……」
と実演してみせた。
鉈の刃は大変鋭い。
はさみや包丁と同じ感覚で刃の部分を持って渡そうものなら、たちまち5本の指を失ってしまう。
薪割り台にザクッと刺して手を離したところで、柄の部分を持ってもらうのが正しいやり方だ。
あと、防刃手袋をつけた方が良い。
これは、中学の時に千葉村で教わった知識だ。
ちなみに、奉仕部の合宿の時、戸部が振りかぶって薪を割っていたがあれも間違いだ。
薪割り台に薪を載せたあと、薪の上にしっかりと鉈の刃をあてがってさせてからゆっくりと刃の重みで
下ろしていくのが正解だ。
また、薪が固いときは鉈の刃を同じくあてがってから別の薪で刃の部分を叩くのだ。
雪乃と一緒に1時間で3束の薪を割った。
さて、薪割りが終わったから今度は火おこしだ。
かまどに薪をくべ、火をおこす。
火打石はうまく使えないので、火おこし器で種火をおこした。
これは佐倉の国立歴史民俗博物館のイベントで覚えてきた。
俺はディズニーランドと歴博の年間パスポートを両方持っている。
俺の千葉愛は誰にも負けないつもりだ。
ところで、さっきから雪乃が向けてくる視線が妙に熱を帯びて色っぽい。
気の迷いをおこしてしまいそうになったので、すぐに気持ちを切り替えて食事の準備をした。
煤汚れが取れやすいように底をクレンザーで塗ったくった鍋と釜でカレーライスを作って食べ終えると、
すぐに洗い物をして風呂の準備を始めた。
ここまでノンストップで3時間ちょっと。
井戸から水を何往復もして運んでこなければならないので、なかなかの重労働だ。
雪乃は人並み外れて体力が無いのだが、明日は大丈夫なのだろうか?
「すっかり暗くなったわね。あの時間帯に宿に入って正解だったわね」
山奥にあるので千葉よりも暗くなるのが早い祖谷。
雪乃は今日の早い時間帯のチェックインに疑問を感じていたが、どうやら理解したようだ。
風呂をあがってようやく一息つけた。
しかし、そうゆっくりはできなかった。
ランプの灯りのもと、メモ帳に今日見学してきた内容をまとめる作業をしていた。
この家屋には電気が引かれていない。
当然コンセントもない。
パソコンは全く使えないので、手書きで記録をまとめていた。
「八幡、まだ終わらないのかしら」
雪乃が不機嫌そうに声をかけてきた。
「あともう少しで終わるから待っていてくれ」
雪乃が持参したシャンパーニュロゼを啜りながら答えた。
「本当に少しなのかしら」
俺のメモ帳を覗き込んできた。
「ああ、あと10秒もあれば終わる」
最後の一文を書き留め終えると、雪乃が肩にもたれかかってきた。
「あなたって、以外にまじめなのね」
「そりゃ、単位がかかっているからな」
「それに……、今日はその……、とても頼もしかったわ」
「まぁ、俺はアウトドア向きではないからな」
「ただの引きこもりかと思っていたのだけれど……、す、素敵だったわ」
ランプの揺らぐ炎のせいか、雪乃が艶めかしく見えた。
髪をアップにしているので、うなじが覗いている。
ドキッとした俺は思わず紅潮しているうなじを凝視してしまった。
しばらく互いのことを見つめ合って極上の沈黙の時間を過ごした。
雪乃とはこうしているだけで幸せだ。
互いに口数が少ない分、無言でいても苦に感じない。
むしろ、俺たちは静寂のひとときを楽しんでいるきらいがある。
不意に谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』を思い浮かべてしまった。
初めて読んだとき、日本で初めてスワッピングをした変態が何を言うと思ったが、この状況では
谷崎の言わんとしたことがなんとなくわかった気がする。
まぁ、でも、あれだな……。
谷崎が美しいと言っているものより、雪乃の方が間違いなく美しい。
異論は断固として認めない。
そんなことを考えていると、雪乃は俺の胸に顔をうずめて静かに寝息を立てた。
テレビも見れないことだし、今日はもう寝るとするか。
× × × ×
痛ぇ……。
右腕に痺れと痛みを感じて目を覚ました。
昨日、何度も井戸から水を運んだから筋肉痛になったのだろうか。
「?!」
痺れと痛みの正体は雪乃だった。
俺の右腕を枕にしていた。
何の夢をているのだろうか?
穏やかな笑みを湛えながら雪乃は美しい寝顔を見せていた。
雪乃もこうして黙っていれば、美人なのにな。
舌鋒鋭い雪乃の暴言に日々貶められている俺。
なんだ、もっと、その……、自身の胸のように慎ましやかな態度接してくれればありがたいのだが。
そんな雪乃に惚れてしまったのだから仕方がないといえばそれまでだ。
さて、どうしようものか。
尿意を催すがこの状況では、トイレには行くにはいけない。
いつまでもこの寝顔を見ていたい気持ちと尿意との狭間でジレンマを抱えていた。
「んっ……」
雪乃が目を覚ました。
「! ……八幡、あなたの顔を見ると一発で目が覚めてしまったわ」
目覚めの開口一番、いきなり悪態をつかれた。
「雪乃、普通はここで、おはようじゃないのか……」
呆れた口調で返した。
しかし、いつものように無視された。
「ところで八幡、なぜあなたと同じと布団で寝ているのかしら」
目を開いたものの俺の腕から頭をどける気配はない。
「いやいや、お前が俺の蒲団に入ってきたんだろ……」
それに俺の腕、めちゃくちゃ痺れていたいんだけど。
「そうかしら。夜中に目が覚めた時、八幡が隣にいないから寂しかったのだけれど」
「おいおい、今の思いっきり矛盾してるだろ」
「そうかしら……」
急に顔を真っ赤にした雪乃。
眼前30センチのところで、いつもより大写しに見える雪乃の顔を見ていると、こっちまでドキドキしてきた。
「ところで、俺はトイレに行きたいんだが……」
そろそろ我慢の限界に近付いてきた。
「そう……。八幡、あたな使えないわね。せっかくいい枕を見つけたのに」
俺は枕扱いかよ。
どうせなら抱き枕とかにしてくれない。
あんまり当たるところがなさそうだけど、特に胸とか。
家屋の外にあるトイレで用を足し、手水で手を洗って戻ってくると布団が片づけられていた。
「なにお前、これからラジオ体操でもしに行くの? 俺は夏休みサボっていた方なんだけ
「だ、だめよ、八幡。布団に一緒にいたら……」
なんで雪乃と一緒に布団の中にいる前提なんだよ。
俺は寝たい。
ひとりで寝たい。
それと、腕がまだジンジンしていて痛い。
手桶に水を汲みに外に出ると、60過ぎの夫婦がやって来た。
「お兄ちゃんががここに泊まった人かい?」
「ええ、そうです」
「昨日は息子夫婦が迷惑かけてすまなかったね。これ朝食だから」
夫婦の手にはふたり分の食事があった。
どうやら差し入れのようだ。
「あいすみません。お気遣いただきまして、どうもありがとうございます」
うやうやしく礼を言った。
「ところで、奥さんは中にいるのかい?」
俺たちのことを夫婦だと思っているらしい。
「え……え、まぁ……」
どう反応したらよいかわからず、中途半端な答えになってしまった。
「あのー、実は平家伝説について調べに来たのですが、平家にゆかりのある方ですか?」
× × × ×
「新婚さんだと思ったけど、学生さんだったんだね」
食事後、まだ6時をまわったばかりだというのにご夫婦のご厚意に甘えて家に上げてもらっている。
平家一門の末裔の方のようで、伝来の品を見せてもらったり伝承を聞かせてもらったりしていると
ころだ。
許可をいただいてICレコーダーに録音させていただいているが、こうして雑談を挟みながら話を伺
っている。
俺と雪乃ののろけ話もところどころ録音されている。
あとからこれを聞き直してレポートにまとめるとかなんていう拷問なの?
「朝ごはんを用意してくださってありがとうございます。朝からまた2時間コースで炊事をする覚悟だった
ので助かりました」
雪乃は慇懃に謝辞を述べた。
「あなたたちは、若いのに息子たちから何も教わらないで普通に炊事、風呂焚きができたのだから大した
ものね」
雪乃は褒められてちょっと照れていた。
しかし、薪割り、火おこし、風呂焚き、それほとんどやったのは俺なんだけど。
一通り話を伺うとご夫婦が尋ねてきた。
「ところで、『農業体験』は何を申し込んだんだい?」
「山菜摘みと豆腐作りです」
雪乃が答えた。
ところでこれって農業体験なのか?
春や秋だったらいろいろと農作業があったのだろう。
「君たちは、日中は取材で忙しくなりそうだから、早速始めようか」
旦那さんは年季の入った農協マークのつば付き帽を被るとスクッと立ち上がった。
× × × ×
「雪乃ちゃん、これは何かわかる?」
俺たちは今、夏の山菜摘みをしている。
今晩の夕食のおかずにするのだ。
奥さんは雪乃のことが気に入ったようで、さっきからこうして話しかけている。
「これは、ミツバかしら」
「そうよ。雪乃ちゃん、正解よ。ねっ、八幡くん、良い奥さんになりそうね」
いたずらっぽく笑いながら、俺と雪乃を見る。
ふたりとも顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
「あら、初々しくていいわね。あっ、これこれ、八幡くん、これは何かわかる?」
さっぱりわからない。
「八幡くん、君が大好きなものだよ」
ニヤニヤしながら旦那さんの方が俺にヒントを与えてくれた。
「も、もしかして、これって……、ユ……ユ……」
恥ずかしくて頭文字でストップしてしまった。
雪乃はわからないらしく小首をかしげていた。
「さぁ、八幡くん。男らしいところを見せないとね。あなた大好きなんでしょ」
奥様からとどめの一言をにっこりと言われる。
なにこの拷問。
正解したら雪乃がデレたのを見て悶死、不正解だったら雪乃に睨まれて獄門死……ゴクリ。
ちっとも逃げ場がない。
「さぁ!」
うっ……、もう逃げられないか。
「ユ、ユキノシタです……」
「だって、雪乃ちゃん!」
雪乃ちゃんをつつきながら奥さんがニヤニヤしている。
雪乃は顔から火が出たように真っ赤になっていた。
もちろん、俺もだ。
「こ、これって、毒草ですか?」
そう尋ねると、急にほてりを覚まして冷気を帯びた表情で雪乃が、
「何か?」
とすごんできた。
怖っ!
「これは胡麻和えのおひたしや白雪揚げって天ぷらにして食べたり、熱さましや火傷、凍傷に効く薬草としても使われるんだよ」
旦那さんが教えてくれた。
「凍傷に効くんじゃなくて、凍傷になるの間違いじゃないんですか」
「八幡、あなた何て言ったのかしら」
雪乃はギロリと睨んでくる。
凍傷どころか氷漬けにされてしまった気分だ。
「可愛い彼女さんなんだから、ほどほどにしておきなさい、八幡くん……」
と奥様にたしなめられた。
あのー、いつも攻撃にさらされているのは俺の方なんですけど。
「……だって、雪乃ちゃんは奥さんになる人なんでしょ。比企谷雪乃って名前で宿泊を申し込んできたんだから」
「!……」
雪乃は思わぬ暴露で固まってしまった。
いや、知ってるって、お前は高松のホテルでもやってただろ。
終始、ご夫婦のペースに狂わされっぱなしのまま俺たちは散策を兼ねた山菜摘みと豆腐作りを終えた。
そのあと、旦那さんが方々に連絡を取ってくれたおかげで、山の斜面いっぱいに広がる集落でのレポート
取材はスムーズに進んだ。
ほかにも平家屋敷や資料館を回ったり、祖谷峡に足を延ばしたりと祖谷の自然と風土を満喫して日中の行程
をこなした。
夕方からは「『夫婦水入らず』のところ押しかけてごめんね」とご夫婦がやって来た。
一緒に炊事をして朝積みの山菜や作った豆腐を堪能した。
特にユキノシタの白雪揚げがおいしかった。
やはりここでもこのご夫妻のペースに乗せられ、しどろもどろの俺と雪乃だった。
俺らでは銀婚式をとうに向かえたこのふたりにはどうあがいてもかなわない。
そんなこんなで楽しいひと時もお開きムードになった頃、旦那さんの携帯が鳴った。
「おーー、そうか! おめでとう!!」
どうやら無事出産したようだ。
奥様とも話した後、俺たちに携帯が手渡された。
「比企谷くんたち、ほんとにすまなかったね。でも、おかげさまで無事長女が産まれたよ!」
× × × ×
「どうもお世話になりました。お元気で」
「本当にお世話になりました。お体ご自愛ください」
「比企谷くんと雪乃ちゃん、今度は結婚したらまたおいでね」
「ふたりとも待っているぞ」
別れの言葉を交わし、祖谷をあとにした。
今日は5泊6日の旅行の5日目だ。
今日は四国から本州に向かい、神戸まで行くのだ。
「ご夫婦には本当に良くしていただいたわね」
「ああ、本当に来てよかった」
祖谷での2泊3日のことは生涯忘れられないだろう。
本当に濃密な時間を過ごすことができた。
「さて、若夫婦の病院にも寄ってみようか」
「そうね、贈答の品を買っていきましょう。でも、その前に大歩危小歩危の川下りをしていかないと……」
そういえば、雪乃はじゃらん片手に楽しそうに調べていたなぁ。
遊覧船は俺たちふたりだけの貸し切り状態だった。
徳島方向で大きな事故があって国道が一時通行止めになっているせいだという。
そこを通っていく予定だが、しばらく観光して通行止め解除を待つのも一つの手だろう。
船頭さんとの会話を楽しみながら、奇岩怪石が織りなす渓谷の清流を満喫した。
これまで俺も雪乃も大股で歩くと危険、小股で歩くと危険ということから「大歩危」「小歩危」と地名がつけられたと
見聞きしていたが、これは誤りで崖を意味する「ほけ」「ほき」という言葉に由来するものだそうだ。
こういうことを知るのはまさに旅の醍醐味だ。
遊覧船を降りると若夫婦のいる病院へと向かった。
国道は通行再開となり、スムーズに進むことができた。
病室に行くと赤ちゃんを抱いて幸せいっぱいの笑顔を浮かべている若夫婦が待っていた。
「比企谷くん、本当に悪いことしちゃったね。でも、ご覧のとおり母子ともに元気だよ!」
すっかりとお父さんの表情になった旦那さんが満面の笑みで声をかけてきた。
「この子は今朝、新生児室から出てきたばかりなの。雪乃さん、抱いてみて」
雪乃は恐る恐る赤ちゃんを抱いていた。
いくら氷の女王といえども母性は持っているようだ。
最初は首のすわりが気になって緊張した面持ちだったが、柔和な表情で赤ちゃん言葉を一生懸命話して
あやしている。
「ほら、比企谷くんも抱いてみてごらん」
奥さんに促されて俺も抱いてみた。
しかし、しっくりと来ない。
赤ちゃんも同様に感じたのか、大声で泣き始めた。
やっぱりこういうのは女性にはかなわない。
俺も自分の父親のことを屑だと思っているが、母親に対してはそこまでの感情は抱いていない。
あっ、でも雪乃の場合は違うか……。
まだ見ぬ雪乃の母親のことを考えてしまったが、すぐに頭から拭い去った。
「俺たちそろそろ神戸に向かうんで、これで失礼します」
「それと、これは私たちふたりからです」
雪乃と一緒にベビー用品専門店で赤を赤らめながら選んできたベビー服とおむつを手渡した。
「ふたりとも悪いね」
「病院に行く支度を手伝わせてしまったうえにほったらかしにしていたのにごめんなさいね」
ふたりとも所在なさげに声をかけてきた。
「今度は結婚したらまた祖谷に来て。今度はしっかりと歓待するから」
「ぜひ、ふたりのお子さんの顔も見てみたいわ」
「……」
「……」
俺も雪乃も羞恥のあまりに黙りこくってしまった。
そして、互いの健康と幸せを願い、再開を約束したあと、病室を辞した。
× × × ×
「さぁ、神戸までぼちぼち向かうか。雪乃、運転代わってくんない?」
そういえば、初日の大鳴門橋のあたり以外は全部俺が運転していたよな。
交代で運転するって話だったのに。
「嫌よ!」
力強くきっぱりと断った。
なにその「ますらおぶり」は。
あなた、鎌倉武士なの?
「……だって、こうしていられないじゃない……」
オートマ車なのでほとんど使うことのないシフトレバー。
その上にちょこんと置いている俺の左手にそっと右手を添えてきた。
「そうかい」
「ええ、そうよ」
結局、そのまま運転することになった俺だが、ちょくちょく休憩をとりながら神戸に向かった。
せっかくだから何か見ていこうと阿波の土柱に立ち寄った。
世界三大土柱の一つらしいが、俺も雪乃も初めてその存在を知った。
サスペンスドラマのクライマックスで登場しそうな場所だった。
周りには誰もいない。
雪乃とボーッとしながら風雨が長い年月をかけて形成した景観を楽しんだ。
さて、次はどこに行く?
「……」
雪乃は赤面して激しく狼狽していた。
俺たちが入ったのは某名所近くにある日本初という秘宝館だ。
よくもまあこんなに集めたものだと、所狭しと並ぶ「お宝」の数々。
雪乃と一緒なだけあって、かなり目のやり場に困った。
雪乃なんかは完全に目が泳いでいた。
一見物静かそうなご主人が展示品を前にして立て板に水の如く饒舌に語りだす。
このギャップがたまらない。
雪乃はかなりテンパっていたが、なおも口上は続いた。
なぁ、雪乃……、これからは他人様の忠告には素直に耳を傾けることだな。
俺は一応、よしとけって言ったからな……。
それにしても、ディープだ、ディープすぎる……。
白昼夢の中をさまよっているような感覚にとらわれたのであった。
「雪乃、どこか寄りたいとこはあるか?」
まだ顔のほてりがとれない雪乃は顎に手をやりながら考え込んでいた。
「……そうね。もう一度松帆の浦に寄ってもらえないかしら」
実は俺も帰りに寄りたいと思っていたところだ。
四国を飛び出し、再び淡路島にある松帆の浦にやって来た。
沖合を大型船が行き交い、対岸には工場地帯が広がっていた。
中世文学的情緒は影を潜めているのだが、どうしてもここでないとダメだと俺の本能がそう言っていた。
礫が敷き詰められたように広がる岩石海岸の波打ち際をふたり手を繋いで歩いた。
「『来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ』か……」
俺は歩みを止めると対岸を見つめながら定家の和歌をつぶやいた。
「『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする』と返すべきね……」
雪乃は式子内親王の和歌をそらんじて返答した。
そして、さらに続けた。
「……でも、私たちはこうして互いのことを想いながら一緒にいることができる」
雪乃はそう言って、身を寄せてきた。
「ああ、まったくその通りだな……」
雪乃の両肩を掴んで向き合った俺は、今まで心に秘めてきた「決意」を述べることにした。
「雪乃、大学を出たら俺と結婚してください。一生をかけて雪乃のことを幸せにします」
「八幡、もちろん喜んでお受けいたします。ふつつか者の私ですが、よろしくお願いいたします」
西の空に黄金色をした夕陽が沈んでゆく。
ふたりで夕陽を見送りながら、まだ先は見えねどもどこまでもどこまでも続いていくであろうふたりの未来について思いを馳せた。
「雪乃、指輪の代わりといっちゃなんだが、この夜景で我慢してくれないか」
「そんなこと気にしなくてもいいわよ。八幡から一番欲しかった言葉を言ってもらえたもの」
神戸に着いた俺たちは、摩耶山から100万ドルの夜景を楽しんでいる。
「指輪な、クリスマスに渡そうと思っていたんだ。でも、まだ金が足りない」
「そういうことを直接伝えるのはどうかしら。八幡らしいといえば、それまでだけれども」
額に手をやりながらも上機嫌でクスッと返してきた。
「ねえ、八幡……。その……、あなたはプロポーズしようといつ思ったの?」
「俺は病院で赤ちゃんを見た時かな。俺もああなりたいって……」
自分の心の中をさらけ出すのはちょっと恥ずかしい。
「私もよ……」
きっと雪乃もそうなのだろう。
「……もし、あの時あなたがああ言ってくれなかったら、私から言おうと思っていたのよ」
あまりにも唐突な告白に軽く狼狽したが、そういえば俺だって……
「実はな……、俺がクリスマスイブに告白した時、一緒にプロポーズもしようと思っていたんだ。でもな、雪乃がOKしてくれたことで舞い上がって
プロポーズするの忘れていたんだ……」
「は、八幡……、あなたって人は……」
雪乃がいったいどういう心境でこう答えのかはわからない。
ただ一つ言えることは、この日の「この時」以上にベストのタイミングはなかったのだろう……。
俺たちは幸せをかみしめて宿へと向かった。
× × × ×
「ただいまー」
玄関を開けると、小さな影が素早く動き俺に飛び付いてきた。
「おとうさん、おかえりなさーい」
「おとうさん、おかえりなさーい」
「おう、ただいま」
「すごーい、おかあさんのいったとおり、おとうさんがかえってきたー。あいのちからってすごーい」
「ほんとだー。あいのちからすごーい」
小さな影の正体は、3歳になる俺の息子と娘だ。
雪乃とは大学を卒業した年の6月に結婚した。
結婚に至るまでは驚くくらいスムーズだった。
付き合い始めてすぐに雪乃を両親に紹介していたので、俺の家の方は全く問題がなかった。
小町も両親もものすごく喜んでくれた。
雪乃の家の方も驚くくらい、俺たちの結婚を後押ししてくれた。
陽乃さんが雪乃のご両親に高校時代から同棲しているだとか、あることないことを吹き込んでいた。
雪乃もずっと実家に帰っていなかったせいもあってか、陽乃さんの言うことをすっかり真に受けてしまった
そうだ。
それで、雪乃に良家との縁談を進めようなんて考えも起きず、すっかりあきらめがついていたらしい。
そんなとき、俺たちは結婚を考えていることを報告しに行った。
そこで初めて、陽乃さんの言っていたことが全くのでたらめだったこと、俺たちが真面目に交際して
いたことを知って目を真ん丸にして驚いたのだ。
それまで雪乃と不仲だったお義母さんもこれには全くケチのつけようもなく、「ぜひ、うちの娘を……」と
二つ返事で了承してくれて、とんとん拍子で結婚話が進んでいった。
そして、結婚の翌年の9月に双子が誕生した。
息子は俺似だが、目は腐っていない。
娘は雪乃似だが、武闘派ではなく穏やかに育っている。
親のひいき目を差し引いても将来有望だと思っている。
いや、娘に近づく男は俺が指一本たりとも触れさせはしない!
「ほらよ」
カバンとコートを手渡すとわいわい言いながら仲良く部屋の中へと消えていった。
「フフフ。おかえりなさい、八幡」
雪乃が悪戯っぽくほほえみながら迎えてくれた。
「雪乃……、あいつらにいったい何教えたんだよ」
「愛の力」とか言ってたんだけど、何やってんの?
「フフフ……。あなた、いつも駅に着いたらメールくれるでしょ……」
このメールは結婚してからの習慣となっている。
子どもができる前、ふたりとも仕事をしていたので、先に帰った方が晩飯を作ることにしていた。
駅前のスーパーで買い物をして食材を調達する都合上こうしていたのだ。
雪乃が専業主婦となった今は、仕事が遅くなったとき料理を温め直す合図となっている。
実は正確に言うと兼業主婦なんだけどな。
「それで、いつもメールをくれてから5分きっかりで家に着くじゃない。私が料理を温め直すとその直後にあなたが
帰ってくる。あの子たちは、私たちのメールのやり取りを知らないからいつも不思議がっていたの……。
それで、『お母さんはどうしてお父さんが帰ってくるのがわかるの?』なんて聞くものだから、『愛の力よ』って答えたの」
結婚して4年以上経つが、雪乃はもじもじ照れながら答えた。
相変わらず照れた雪乃は可愛い。
思わず抱きしめたくなったが、子どもの手前やめといた。
「ほどほどにしとけよ」
苦笑しながら答えたが、「愛の力」と言われるのは悪くはない。
なんせ俺はそんな雪乃と2人の子どもを心から愛している。
「おとうさーん、おかあさーん、はやくこないとごはんさめちゃうよー」
「さめちゃうよー」
「おう、今行くぞー」
「今行くわよー」
束の間の夫婦の会話を終え、ふたりとも2児の父親と母親に戻った。
× × × ×
「おとうさん、あしたはどこにおでかけするのー」
今日は金曜日だ。
金曜日はいつも定時で退勤するように心がけている。
そして、土日はできる限り家族で出掛けるようにしている。
金曜日の夕食では、こうして子どもたちのリクエストを聞くようにしていのだ。
「どこに行きたいんだ?」
引きこもり状態だった10年前の俺からは信じられない質問だ。
「ぼく、マザーぼくじょうにいきたいなー」
さすがは我が息子。
必ず千葉県内の施設の名前を挙げる。
きっと将来は千葉愛に満ち溢れたいい男になることだろう。
「あなたはどこに行きたいのかしら?」
雪乃が娘に尋ねた。
「わたしはね、うーん……」
顎に手をやり考え込むポーズ。
どっかで見たことが……。
「……あきになったことだし、おいもさんをほりにいくのがいいとおもっているのだけれど」
何このミニ雪乃。
思わずブッと吹き出してしまった。
「なにかしら?」
またしても、娘がこう言った。
おいおい、雪乃、娘に口調が伝染してしまっているぞ。
笑いをこらえながら雪乃の方を見ると顔を真っ赤にしていた。
俺の視線に気づくとキッとした視線を送りながらこう言った。
「何か?」
「……なにか?」
やっぱり娘が真似をした。
雪乃は頬を朱に染めて、うなだれている。
まさか、このまま雪乃みたいな性格に育ってしまったりしないだろうな。
思春期になったら俺、怖くて手が付けられないぞ。
いや待て、息子に俺の目が伝染して腐り始めたらどうしよう。
我が子にはトラウマを量産する人生を歩ませるわけにはいかない。
ただでさえ、どっかの千葉の兄妹のように仲が良すぎるふたりのことを心配をしている。
本格的にふたりの我が子の行く末が不安になってしまった。
「じゃあ、決まりだな。明日は、マザー牧場に行って動物さんと触れ合ったあと、お芋掘りだな。
お母さんにいつものようにおいしいお弁当を作ってもらおう」
「ええ。腕によりをかけるから、お弁当楽しみにしているのよ」
雪乃は柔和な笑みを湛えながら、子どもたちに語り掛けた。
「わーい」
「わーい」
こうして我が家のささやかな夕食のひとときは過ぎていった。
× × × ×
「おとうさん、これよんでー」
「おとうさん、これよんでー」
ステレオ音声のように同時を声を発しながら、ふたりで仲良く一冊の本を持ってやってきた。
「おう、今日もこれか? 久しぶりに千葉県横断……」
「うるとらくいずはもういい!」
「うるとらくいずはもういい!」
「ウルトラクイズはもういいわよ」
何この親子合体攻撃?
「わかった、わかった……。今日は『さよなら さよなら にんげんさん』のお話を読むからね」
雪乃と交代で子どもたちを風呂に入れて子どもたちを寝かしつけるところだった。
子どもたちを布団に入れると、俺と雪乃は両側から挟むように寝ころんだ。
そして、子どもたちに読み聞かせを始めた。
いぬいとみこ著 『ながい ながい ペンギンのはなし』だ。
これは、俺が小さいころ幼稚園で読み聞かせしてもらった思い出深い作品だ。
雪乃も幼いころ読み聞かせてもらったことがあるらしい。
ペンギンの兄弟、兄のルルと弟のキキが冒険を経てたくましく育っていく物語だ。
「さよなら さよなら にんげんさん」はその中に収められている3つ目の話である。
雪乃とは毎日、交代で読み聞かせをしている。
雪乃は自作の童話や紙芝居で子どもたちを寝かしつける。
ふたりの最近のお気に入りは「腐った目をした魚と心を閉ざしたお姫様」の話だ。
もしかして、誰かモデルがいたりするの、この話?
子どもたちに促されるままに『ながい ながい ペンギンのはなし』を読み聞かせていると、しばらくして
ふたりともスースー寝息を立てて穏やかな表情で眠りについた。
「今日はここでおしまいだな」
「ええ。お疲れ様」
本にしおりを挟んで本棚に戻すと雪乃と居間に引き上げた。
「八幡、晩酌にする?」
「いや、今日は雪乃の淹れた紅茶がいいな」
「じゃあ、シャンパーニュロゼでいいかしら」
「ああ、頼む」
雪乃とソファーに並んでシャンパーニュロゼを味わう。
恋人同士に戻った気分だ。
雪乃が肩にもたれかかりながら話しかけてきた。
「八幡と知り合って10年目になるのだけれど私はとっても幸せだわ」
「ああ、俺も幸せだ。ずっとぼっちのまま過ごしていると思っていたのに不思議だ。雪乃と出会わなければ
今頃、専業主夫の夢に挫折して引きこもりのニートになっていたかもしれないからな」
「でも、あなたはなぜか専業主夫の夢をかなえてしまったけどね」
雪乃はクスリと笑いながらこう言った。
結婚して3年目、育児休暇から開けた雪乃と入れ替わりで、俺も1年間の育児休暇を取得した。
毎日、ふたりの子育てをしながら身の回りの家事をこなして、会社勤めの雪乃のサポートをした。
1歳になった子どもの世話はなかなか大変だった。
でも、雪乃はもっと大変な時期の育児を行っていた。
俺は身をもって雪乃の大変さを知ることとなった。
俺は家事も育児も完璧にこなす雪乃のことを尊敬している。
妻としてもこれ以上ないくらい最高の女性だ。
本当に俺は幸せ者だ。
「ところで、八幡。あなたに2つ話したいことがあるの」
雪乃はスッと立ち上がると、子どもたちを起こさないように寝室から茶封筒を手にして戻ってきた。
「あなたと一緒に見たかったから、まだ私も見ていないの……」
中からは、校正用のゲラが出てきた。
俺たちの子どもたちが大好きな「腐った目をした魚と心を閉ざしたお姫様」の絵本の原稿だった。
ふたりで一枚一枚じっくりと見ていった。
「……どうかしら」
雪乃は恥ずかしそうにぼそぼそと言った。
「すごくいいな、これ」
雪乃はこの春、会社を辞めた。
子育てに専念したいとのことだったが、せっかくだから趣味で書いている童話や紙芝居を児童文学賞に応募
するように勧めた。
書き溜めたものの中から1点応募し、賞を取ったのがこの作品だ。
そして、現在絵本として出版の準備が進められている。
編集者にほかの作品も認められ、これからは子どもたちを幼稚園に預けている間、主婦として家事をこなす
傍ら兼業作家としてやっていくことになった。
もちろん、俺は夫として2児の父として雪乃をしっかりと支え、これまで以上に子育てにも励むつもりだ。
雪乃を抱き寄せると、きれいな黒髪を撫でつけた。
雪乃も甘えるように俺の胸の中に顔をうずめた。
「……それともう一つ話したいことがあるの」
そのままの恰好で雪乃は話し始めた。
「今日、結衣から電話があったの。結衣は妊娠2か月でお母さんになるそうよ」
「ほんとかよ、結衣もついに母親になるんだな」
互いに結婚してからも付き合いは続いており、今では家族ぐるみの付き合いだ。
結衣とその夫は俺たちの子どもを可愛がってくれるので、息子も娘もこのふたりのことが大好きだ。
結衣のところの子どもが育ったら、2家族で遊びに行ったりするのもいいな。
「結衣に贈るお祝いの品を考えなければならないわね」
「そうだな。それから、もう少し子どもが大きくなったら、祖谷でお世話になったご夫婦のところにも行かな
いとな。若夫婦のお子さんももう小学生になっているんだよな……」
大学3年の時以来合っていないが、今でも老夫婦と若夫婦と便りを交わしている。
「そうね。子どもたちにも祖谷の美しい景色を見せてあげたいわ。ねえ、八幡、祖谷の雪景色も素晴らしい
そうだから、冬になったら家族旅行で行ってみましょう」
「そうだな。たった2伯3日の滞在だったけど、ふるさとのような懐かしさを感じるよな。よし、行こう!」
「ええ」
それから自然と祖谷からの帰りに松帆の浦で俺がプロポーズをした時の話題になった。
今でも覚えている。
あの時のふたりの胸の高まりを……。
あの時のふたりの誓いを……。
「……」
「……」
雪乃とどれくらいの時間抱き合っていたのだろうか。
雪乃が口を開いた。
「ねぇ、八幡……。私、また子どもが欲しいわ……」
雪乃の表情は見えないが、耳は真っ赤に紅潮していた。
「そうだな……。今は双子がいるから、今度は一人ってのはかわいそうだな。雪乃さえよければ、また双子がいいな」
「ええ、そうね。やっぱり双子がいいかしら……。八幡との子どもなら何人でも産むわ」
「いやいや、野球チームとか言われたら俺養って行けないわ」
「…………馬鹿っ」
雪乃は体を起こすと、ゆっくりと片目をつむり、そしてゆっくりと小首をかしげた。
俺が一番弱い、雪乃のお得意の仕草だ。
ガラッ……。
「お父さん、お母さん、トイレ―……」
「トイレ―……」
息子と娘が目をこすりながらやって来た。
「はい、はい。今連れて行ってあげるわ」
再び子どもを寝かしつけると、今は静寂に包まれていた。
俺と雪乃は互いに熱いまなざしで見つめ合っていた。
「雪乃……」
「八幡……」
お互いの名を呼び合うと、再び長い長い抱擁をした。
× × × ×
── むかし むかし あるところに いっぴきの さかなが いました。
その さかなは 「くさった めを している」と みんなから なかまはずれに されていました。
くるひも くるひも さびしい おもいを していた さかなは、 あるひ ひとりの おひめさまに
であいました。
その おひめさまも また ひとりぼっち でした。
それは それは とても うつくしい おひめさまでした。
しかし、 おひめさまは その いじわるな かみさまに えがおを うばわれてしまい、 みんなに
かたく こころを とざして いました。
さかなは そんな おひめさまが きになって、 まいにち まいにち あいにきては おひめさまに
うれしかったこと かなしかったこと たのしかったこと さびしかったこと など いろいろな ことを
はなしました。
おひめさまは しだいに さかなに こころを ひらいて いきました。
おひめさまは さかなと いっしょに いるのが たのしくて たのしくて たまりませんでした。
でも、 おひめさまは さかなの まえで わらうことは できませんでした。
そんな おひめさまを みて、 さかなは こころを いためて いました。
── かみさま、 ぼくは どうなっても いいから。
ぼくは どうなっても いいから。
だから、 おねがいです。
どうか おひめさまに えがおを かえして あげて ください。
どうか、 どうか かえして あげて ください。
── すると、 かみさまは いいました。
「さかなよ、 おひめさまに えがおを かえしたら、 ほんとうに どうなっても いいのだな?」
「はい、 ほんとうです。 だから、 おひめさまに えがおを かえして あげて ください」
さかなは、 ひっしに なって おねがいしました。
「よかろう。 おひめさまに えがおを かえして やろう」
かみさまは、 つえから まぶしい ひかりを だしました。
「これで、 おひめさまは ぶじに えがおを とりもどせたんだ。 これからは わらう ことが
できるんだ。 ありがとう、 かみさま」
さかなは、 それきり うごかなく なって しまいました。
── おひめさまは さかなが やってくるのを まっていました。
きょうは どんな はなしを きかせて くれるのかしら。
さかなの ことを かんがえて いると たのしくなって おもわず えがおに なりました。
おひめさまは じぶんが えがおで わらって いることに きがつきました。
さかなさんが まいにち まいにち あいに きてくれたから えがおが もどったのだと。
しかし、 いつまで たっても さかなは あらわれません。
おひめさまは さかなの ことが しんぱいに なって、 さがし まわりました。
すると、 いしに されて かたまっている さかなを みつけました。
「さかなさん、 さかなさん、 どうして いしに なって しまったの?」
おひめさまは いしに なった さかなを みて、 みっかみばん なきつづけました。
── 「かみさま、 かみさま、 どうか さかなさんを もとに もどして ください。
わたしは どうなっても いいから、 どうか さかなさんを もとに もどしてください」
おひめさまは いっしょうけんめい かみさまに おねがいしました。
すると、 かみさまは いいました。
「ほんとうに どうなっても いいのだね?」
「はい。 だから、 さかなさんを もとに もどしてください」
おひめさまは まよわずに そう こたえました。
すると、 かみさまは つえから まぶしい ひかりを だしました。
── 「おひめさま、 おひめさま、 おきてください」
おひめさまは めを さましました。
「あなたは だれかしら?」
みたことのない おとこのこが そこに いました。
「ぼくだよ、 ぼくだよ、 さかなだよ」
おひめさまは おどろきました。
「あなたは ほんとうに おさかなさんなの?」
「そうだよ。 ぼくは さかなだよ。 かみさまが ぼくを にんげんに してくれたんだよ」
おひめさまは うれしくて うれしくて たまりませんでした。
うれしさの あまり なみだを ながしました。
「おひめさまの ないている かおは みたく ないよ。 おひめさま、 どうか わらってください」
おとこのこが そう いうと、 おひめさまは にっこりと わらいました。
やがて、 ときがすぎ おとなに なった ふたりは けっこんしました。
まわりの だれもが うらやむ しあわせな けっこんでした。
ふたりは たくさんの こどもに かこまれて、 いつまでも いつまでも しあわせに くらしました。
× × × ×
── 月曜日の朝
今日からまた社畜としての一週間が始まる。
愛する妻と2人の子どもを養うためにサラリーマン稼業という苦行に励まなければならない。
働きたくないなと思いつつ、身支度を整え食卓に向かった。
そうはいうものの、会社には感謝している。
就活で28連敗した俺を拾ってくれたただ一つの会社だ。
おまけに本社は千葉市内にある。
千葉愛溢れる俺にとって最高の環境だ。
それになんだかんだいって実は第一希望の会社で、仕事も結構楽しい。
でも、家族と離れ離れにされる月曜日の朝は憂鬱である。
「おとうさん、めがゾンビになってるよー」
「おとうさん、めがゾンビになってるよー」
双子のステレオ音声が聞こえてきた。
俺は台所で3人分の弁当を作っている雪乃に近づき、そっと耳打ちした。
「雪乃、お前子どもたちにいったい何教えてんだよ」
「何かしら?」
雪乃はフライパンを揺すりながら、しらばっくれている。
「お前、子どもたちに『ゾンビの目』だとか言われたじゃないか。俺泣いちゃうよ」
雪乃は満面の笑みでこう言った。
「あら、八幡。あなたの泣き顔を見ようものなら、私や子どもたちの目まで腐ってしまうからやめてもらえないかしら」
子どもたちに聞こえないように小声で言うが、相変わらず雪乃は雪乃だった。
このままで済むと思うなよ。
雪乃にニヤッといやらしい笑みを向けると食卓に戻った。
× × × ×
歯磨きを終えるとネクタイという名の社畜の証の首輪をつけ、スーツの上着を羽織った。
2人の子どもはそれを合図とばかりに立ち上がって、鞄とコートを手にした。
「じゃあ、そろそろ行ってくるわ」
俺、子ども、雪乃の順に玄関に向かった。
靴を履き終えるて振り返ると、3人並んで俺を見つめていた。
「せーの……」
ふたりの子どもが息をピッタリに声を揃えた。
「おかあさん、『あいのあかし』は?」
「おかあさん、『あいのあかし』は?」
「なっ……」
雪乃は顔を真っ赤にして絶句していた。
「こ、これは……、い、いったい……ど、どういうことかしら」
雪乃は耳まで朱に染めながら、恨めしい目つきで俺をにらむ。
新婚当時、雪乃は「愛の証」と称して、出勤前に玄関口でキスをねだってきた。
そして、キスをしてからふたり別れて、それぞれの会社へと向かっていった。
そのことを子どもに教えてやったのだ。
「ゾンビの目」の仕返しだ。
「はやくー」
「はやくー」
「早くー」
俺も便乗してやった。
「くっ……」
雪乃はそのまま発火しそうなくらい肌を紅潮させ、唇をかみしめている。
さて、仕上げといくか。
「この勝負、俺の勝ちだな」
子どもたちから、鞄とコートを受け取り、身を反転させようとした瞬間……
「勝負」という単語に反応してしまった 雪乃が、俺の顔を両手で固定していきなり唇を奪ってきた。
「フフ……。私の勝ちね」
雪乃はお得意のウインクに小首をかしげる仕草をした。
俺はその狂おしい仕草にたちまち真っ赤に染めあがって、凝固してしまった。
子どもたちはキャーキャー言っている。
ああ……、俺の負けだな。
完敗だ。
「早く出ないと遅れるわよ……」
目をそらしながら、雪乃がそう言った。
ハッと我に返った俺は、改めて身をひるがえした。
その時──
「おとうさん、おかあさん……」
息子と娘が同時に口を開いた。
そして、同時にこう言った。
「……ぼくたち、おとうとといもうとのふたごのきょうだいがほしいな」
「……わたしたち、おとうとといもうとのふたごのきょうだいがほしいな」
「へっ?!」
「へっ?!」
思わず雪乃と顔を見合わせてしまった。
「まさか、昨日の話聞かれたのか……」
「まさか、昨日の話聞かれたのかしら……」
「かったのはぼくたちだー」
「かったのはわたしたちだー」
ふたりは手を取り合ってキャッキャと喜んでいた。
さすが、俺と雪乃の両方の血を引いた子どもだ。
知らぬ間に俺たちより一枚上手に育っていた。
「……おっと、バスに乗り遅れる」
まだ照れている雪乃を放って家を飛び出した。
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
月曜日の朝なのに俺の足取りは不思議と軽かった。
俺もこうしてひとかどの幸せというものを手に入れた。
雪乃と出会わなければ、こんな満ち足りた思いを味わうことができたであろうか?
── 人生とはつくづく不思議なものである
人生は小説よりも奇なりと ──
そう思いながら駅へと向かっていった。
── ラブコメの神様、これからも俺たち家族に幸多からんことを!
─完─
これで本当に本当に完結です。
当初、単発で終わる予定でしたが、皆さんの後押しでここまで来れました。
今までレスをくれた皆さん、最後まで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
おもしろい!
でも一回目のボーリングの話や告白の話が無いのが残念・・・
凄く良かったーw-
約2ヶ月間ご苦労様でした。
特に四国旅行の所は緻密に書かれていてとても読みごたえがありました。
素晴らしいです。ありがとうございます。
俺ガイルssマスター(自称)の私でも5本の指に入るレベルでした。
これからも書き続けていってくれることを願います。
これほんとに好きだわ!
作者さんお疲れ!
お疲れっした作者さん
こうも長く読者を楽しませてありあざっす!
んでガチ尊敬パネッす!
あ、ちなみにあれ。一回目のボーリングシーンと告白シーンのことっすけど。一番最後のまとめフィルタを無効にすればみれるっすよ?