女「君が願うことのすべてを、叶えてあげたいんだ」(180)

ある夏の入り口。
私という少女が死んだ。

死の世界の入り口。
私はまださまよっている。

出口はどこにあるのだろうか。
それとも、もう出口などないのだろうか。

私はまださまよっている。
あの頃となにも変わらない日々を、過ごしている。

『おはよう』

今日も、あいつに朝の挨拶をする。

「おはよう」

あいつの目は、もちろん私など捉えてはいないのだけれど。

私が8歳の夏。
あいつも8歳の夏。

大きな大きな台風が日本を通過した。

「ね、外すごいね」

「すごいね」

「風すごいね」

「すごいね」

「木がほら、曲がってる」

「曲がってるねえ」

「見に行こうか」

「見に行こうか」

「カッパ着てさ」

「カッパ着てね」

「パパとママには内緒だよ」

「パパとママには内緒だね」

そして私たちは、外に飛び出した。
お気に入りのカッパを着て、手を繋いで、二人で外に飛び出した。

両親は共働きで、だからこの日も家にいなかったのだ。
もし家にいたなら、全力で私たちを止めただろう。

今なら、あんな天候の中、外に飛び出すなんて考えは微塵もないだろうが、
子どもだった私たちは、この景色がなぜかとても楽しそうだと思ったのだ。

「前が見えない!!」

「前が見えないねー」

「なんて!?」

「え、聞こえない!!」

「空が黒いよ!!」

「空、見えない!!」

ごうごうと流れる川を見て、私たちはさらに楽しくなった。

「水がいっぱい!!」

「いっぱいだね!!」

「橋まで水があるよ!!」

「水が汚いね!!」

テレビでも見たことのない巨大な水のうねりに、私たちは口々に感想を叫んだ。
他に人はいなかった。
当然だ。こんな天候の中、外に出ようだなんて考えるわけがない。

大雨と暴風の中、私たち二人は冒険者で探検者で、映画の主人公だった。

映画なら、魔法使いや巨大な怪獣が出てくるところだ。
川の中から何者かの手が出てくるかもしれない。

「あっ!!」

バサッ、と、私のフードが風でまくられた。
つられて空を仰ぎ見る私。

「っ!!」

黒い空を見ながら、私は足を滑らせ、腰をしたたかに打った。
そして腰に痛みを感じている間に大きな波に飲み込まれていた。

「――――!!」

あいつが私を呼ぶ声が、最期に聞こえた。

幸い私の身体は海に流れ出てしまう前に発見されたが、すでに心臓は動きを止めていた。
もう動かない私の身体にすがりつくあいつと両親を、私は空から眺めていた。

『……私、死んだの?』

そう問うても、誰も答えてくれなかった。
天使も、悪魔も、私の傍には来なかった。

『ねえ、私、死んだんですか?』

何度問うても、やはり誰も答えてくれなかった。
神様も、死神も、私には見えなかった。


あれから、10年、私はまだこの世をさまよっている。

『おはよう』

毎日、あいつに朝の挨拶をする。

「おはよう」

あいつは私ではなく、両親に挨拶をする。

「おはよう、朝ご飯できてるわよ」

「うん」

もちろん食卓に私の分の朝食はない。
いつものことだ。

触ろうと思えば、触ることができる。
お皿を触ってみようとして、割ってしまったことがある。
幸いその姿は誰にも見られていなかったけど、私の代わりにあいつが叱られた。
だからか、あまり物に触らないようにしている。
驚かすと、悪いし。

「んー、うめえ」

もぐもぐと、口を動かす。
食べているときの幸せそうな顔が、私は好きだ。

ほっぺについたケチャップを、そっと拭ってあげる。
今日も、あいつは気づかない。

「行ってきます」

靴を履き替えている。
私は後ろから、そっとついていく。

「行ってらっしゃい」

後ろから母が声をかける。
私にも声をかけてくれたように感じる。
いつものことだ。

でも、お母さんにも、私の姿は見えていない。

あいつが学校へ向かう道、私はふらふらと一緒に歩く。

私自身にも、私の身体は見えない。
手がありそうな気はするけれど、そこにはなにもない。
歩いている気はするけれど、地面を蹴る足は見えない。

ま、幽霊だから、足はないだろうけど。
お洒落な靴とか、履きたかったなあ。

下を向いても、お腹は見えない。
頭を触っても、髪の毛の感触はよくわからない。

不思議な気分は、10年経っても晴れない。
ずっと曇りのままだ。

細かいつっこみどころは許してね!

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


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