ある夏の入り口。
私という少女が死んだ。
死の世界の入り口。
私はまださまよっている。
出口はどこにあるのだろうか。
それとも、もう出口などないのだろうか。
私はまださまよっている。
あの頃となにも変わらない日々を、過ごしている。
『おはよう』
今日も、あいつに朝の挨拶をする。
「おはよう」
あいつの目は、もちろん私など捉えてはいないのだけれど。
私が8歳の夏。
あいつも8歳の夏。
大きな大きな台風が日本を通過した。
「ね、外すごいね」
「すごいね」
「風すごいね」
「すごいね」
「木がほら、曲がってる」
「曲がってるねえ」
「見に行こうか」
「見に行こうか」
「カッパ着てさ」
「カッパ着てね」
「パパとママには内緒だよ」
「パパとママには内緒だね」
そして私たちは、外に飛び出した。
お気に入りのカッパを着て、手を繋いで、二人で外に飛び出した。
両親は共働きで、だからこの日も家にいなかったのだ。
もし家にいたなら、全力で私たちを止めただろう。
今なら、あんな天候の中、外に飛び出すなんて考えは微塵もないだろうが、
子どもだった私たちは、この景色がなぜかとても楽しそうだと思ったのだ。
「前が見えない!!」
「前が見えないねー」
「なんて!?」
「え、聞こえない!!」
「空が黒いよ!!」
「空、見えない!!」
ごうごうと流れる川を見て、私たちはさらに楽しくなった。
「水がいっぱい!!」
「いっぱいだね!!」
「橋まで水があるよ!!」
「水が汚いね!!」
テレビでも見たことのない巨大な水のうねりに、私たちは口々に感想を叫んだ。
他に人はいなかった。
当然だ。こんな天候の中、外に出ようだなんて考えるわけがない。
大雨と暴風の中、私たち二人は冒険者で探検者で、映画の主人公だった。
映画なら、魔法使いや巨大な怪獣が出てくるところだ。
川の中から何者かの手が出てくるかもしれない。
「あっ!!」
バサッ、と、私のフードが風でまくられた。
つられて空を仰ぎ見る私。
「っ!!」
黒い空を見ながら、私は足を滑らせ、腰をしたたかに打った。
そして腰に痛みを感じている間に大きな波に飲み込まれていた。
「――――!!」
あいつが私を呼ぶ声が、最期に聞こえた。
幸い私の身体は海に流れ出てしまう前に発見されたが、すでに心臓は動きを止めていた。
もう動かない私の身体にすがりつくあいつと両親を、私は空から眺めていた。
『……私、死んだの?』
そう問うても、誰も答えてくれなかった。
天使も、悪魔も、私の傍には来なかった。
『ねえ、私、死んだんですか?』
何度問うても、やはり誰も答えてくれなかった。
神様も、死神も、私には見えなかった。
あれから、10年、私はまだこの世をさまよっている。
『おはよう』
毎日、あいつに朝の挨拶をする。
「おはよう」
あいつは私ではなく、両親に挨拶をする。
「おはよう、朝ご飯できてるわよ」
「うん」
もちろん食卓に私の分の朝食はない。
いつものことだ。
触ろうと思えば、触ることができる。
お皿を触ってみようとして、割ってしまったことがある。
幸いその姿は誰にも見られていなかったけど、私の代わりにあいつが叱られた。
だからか、あまり物に触らないようにしている。
驚かすと、悪いし。
「んー、うめえ」
もぐもぐと、口を動かす。
食べているときの幸せそうな顔が、私は好きだ。
ほっぺについたケチャップを、そっと拭ってあげる。
今日も、あいつは気づかない。
「行ってきます」
靴を履き替えている。
私は後ろから、そっとついていく。
「行ってらっしゃい」
後ろから母が声をかける。
私にも声をかけてくれたように感じる。
いつものことだ。
でも、お母さんにも、私の姿は見えていない。
あいつが学校へ向かう道、私はふらふらと一緒に歩く。
私自身にも、私の身体は見えない。
手がありそうな気はするけれど、そこにはなにもない。
歩いている気はするけれど、地面を蹴る足は見えない。
ま、幽霊だから、足はないだろうけど。
お洒落な靴とか、履きたかったなあ。
下を向いても、お腹は見えない。
頭を触っても、髪の毛の感触はよくわからない。
不思議な気分は、10年経っても晴れない。
ずっと曇りのままだ。
細かいつっこみどころは許してね!
∧__∧
( ・ω・) ありがとうございました
ハ∨/^ヽ またどこかで
ノ::[三ノ :.、 http://hamham278.blog76.fc2.com/
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ハ、___|
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