男「お値段以上にとり」(291)

目の前にある鎖につながれたソレは特徴的な緑色の髪をしていた。

首につけられた輪には数枚の札。これが力を封印しているらしい。

司会者「それではこれからオークションを始めます」

そんな司会者の声に反応し、部屋の中にいる数人が待ってましたとばかりに、札を握り締めていた。

司会者「こいつは、河城にとりという河童で、稗田のお嬢さん曰く、悪い奴だそうだ。まぁ、皆さんもご存知の通り、妖怪に人権はないですから、買ってもらった方はお好きにどうぞ。外見はいいですからね」

部屋の中に存在する男が色めき立つ。自身に向けられた劣情にも反応せず、河城にとりとかいう河童は虚空を眺めていた。

司会者「それでは5000円からスタートで」

そう言って、人身売買ならぬ妖身売買が始められた。

俺はその日。一ヶ月の生活費と引き換えに妖怪の奴隷を手に入れた。

首につながれた鎖を強引に引っ張る。そいつは倒れたが、俺は構わずに引きずる。

小さな悲鳴と重いものを引きずる音があたりに響いた。

構わない。どうせ見られることは無い。こんなに深い闇の中だ。誰もいない。

数分引きずると、腕が痛くなってきた。面倒なので服を掴んで無理やり立たせる。

河童は泣いていた。

どうでもいい。早く家に帰って寝たいんだ。

鎖を倒れない程度の力で引っ張り家路を急ぐ。

お天道様が見てないのだから許される。

そんな気がした。

家に着いて、河童を放り投げる。ゴツッと音がして、河童は頭を抑えて丸くなった。

柱に鎖をきつく巻きつける。

もう寝よう。

夜更かしは苦手なんだ。

目を覚ますと、寝不足のせいで少し頭が痛い。

薄いせんべい布団をたたみ、台所に向かう。

居間を見ると河童が寝ていた。

冷えた白米があったので、それに漬物を乗せ、お茶をかける。

手早くかきこみ、茶碗を水で流した。

居間に向かう。まだ河童は寝ていた。

軽く蹴りを入れる。

くひっと言う変な声を出して、河童は目を覚ました。

男「おはよう」

にとり「ひっ」

露骨なおびえた目。

その目は俺達がおまえ達に向ける目だ。

弱者が強者に向ける目だ。

この部屋のヒエラルキーは俺が頂点にいる。

その事に優越感を覚えた。

にとり「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

ごめんなさいを繰り返し続ける河童は昔市場で見た蓄音機のようだ。

耳障りだ。

おまえらは許しを乞ってはいけない。

おまえらに神はいないんだ。

許されてはいけない。

振りかぶった拳を河童の顔に叩きつける。

ぎっという悲鳴をあげ、河童は床を1メートルほど滑った。

拳越しに感じた感触は人間とかわらず――――

その考えを中断させる。それは考えてはいけないことだ。

考えてはいけないんだ。

にとり「ごめんなざい゛っ」

許しを乞う河童の声を無視してその小さな体に跨る。

拳を振り上げる。

拳を振り下ろす。

拳を振り上げる。

拳を振り下ろす。

拳を振り上げる。

拳を振り落ろす。

十数回繰り返すと、歯に当たったのか、拳から血が出ていた。

男「ちっ」

近くにある救急箱から包帯を取り出し乱暴に巻く。

耳障りな声は消えていた。

視線を感じて振り向く。

河童がうつろな目で俺を見ていた。

そんな目で見るな。

いらだち、河童に蹴りを入れる。床を滑った河童は柱に鈍い音をたて、止まった。

にとり「ごめんなさい」

河童が涙を流しながら言う。

聞き入れない。

跨り、こぶしを振るう。

思わず包帯を巻いたほうの手で殴ってしまい、包帯が解けた。

にとり「ごめんなさい」

殴られながら、河童は俺を見ていた。

おびえ、恐怖、悲しみ。瞳の中に渦巻く感情は一つとして正を含まない。

その目は

男「うわぁあああぁああぁああああああ!!」

大きく振りかぶった拳は河童を捕らえず、堅い床に振り下ろされた。

『見た目はいいですから』

思いだしそうになった記憶を昨日の記憶で上書きした。

乱暴に服を剥ぐ。

ボタンがいくつかはじけとび、白い肌が現れた。

にとり「ひっ」

白い肌には

醜いほどのあざがあり

俺だけじゃなく

他の数人からつけられたのだと分かり

男「おえぇえええぇえええっぇえええっ!!」

さっき食べたお茶漬けを、床一面にぶちまけた。

男「分かってるっ 分かってるんだよ!!」

心が

男「でもお前も妖怪なんだよっ」

心が砕け

男「でもしょうがないじゃないか!!」

抑えていた思いが

男「俺じゃあ八雲 紫は殺せないんだよっ!!」

あふれ出た

歪む。

世界が歪む。

世界が歪み、思い出したくない記憶があふれ出る。

男「うぐっがっ、ぐっ。はぁ、はぁ」

嗚咽が呼吸を乱す。

涙が止まらない。

思い出したくない。

もう嫌だ、死んでしま

にとり「ごめんなさい」

河童の手が俺の頭に触れた。

河童の手が俺の頭を撫でる。

泣く子供をあやすかのような手つき。

自分を守るためなのかは知らないが、その事によって。

世界は元に戻っていた。

河童の服を脱がせ、シップを貼り付ける。

何枚も。

独特な匂いが部屋に漂う。

男「ごめん」

謝るぐらいなら最初からするなと自分でも思う。

やっていたのは八つ当たりだ。ただの最低な行為だ。

心を覆う仮面が壊れてしまったからにはもう俺には出来ない。

俺はそんな臆病者の人間だから。

男「これ、着といてくれ」

服を破いてしまったので、俺の着物を河童に貸した。

にとり「着方が分かりません」

男「貸せ」

前をあわせて、帯を巻く。

着流しだから簡単だ。

でも大きくて、まるで昔話に出てくる貴族のようにすそを引きずっていた。

男「そういえば」

河童の首につけられている鎖を外す。

男「でもこの家から出ないでくれ。危ないから」

にとり「分かりました」

ここらへんには秘密結社の連中が多いんだ。

男「仕事にいってくる」

にとり「い、いってらっしゃい」

そう言い、家を出る。河童が何か言っていたような気がした。



男「ぐぎっ」

鍬を振るうたびに手に痛みが走る。

乱暴に巻いた包帯だけでは意味がないみたいだ。傷口が開き、包帯が赤くなってきていた。

仕方ない。自業自得だから。

村人「あれぇ?」

痛みに耐えながら鍬を振るっていると、雇い主である村人さんが変な声を上げた。

何があったのかとそっちのほうを向くと、村人さんは何か変な道具を持っていた。

男「どうかしたんですか?」

村人「いやぁ、昔買った道具を思い出して使おうと思ったんだけど、壊れてるみたいでさぁ」

男「はぁ。そうですか」

村人さんは道具を叩いたりしているが、それじゃあ直らないだろう。もっともそれが何なのかすら分からない俺が言っても意味がないが。

村人「これ、土を耕すんだけどさぁ。男くんが怪我してるみたいだから持ってきたんだけど、駄目だったねぇ」

そんなものがあったのなら日ごろから使わせて欲しい。

そんな思いを読んだかのように村人さんは「結構燃料代がかかるんだよ」と言った。

男「捨てるんですか?」

村人「でももったいないしなぁ。修理にでも出してみようかなぁ」

男「でもこんなのを修理できる人なんているんですか?」

村人「人じゃあないけど河童ならしてくれるんじゃないかなぁ。最近里に来る河童もいることだし」

男「河童………」

昨日買った河童が頭をよぎる。

直せるだろうか。もし直せるのならいいのだが。

男「あの、心当たりがあるんで、それ持って帰ってもいいですか?」

村人「ん? あぁいいよ。直せるんならなんでも」

男「ありがとうございます」

直ったら仕事が大分楽になりそうだ。あの河童が逃げてなければいいが、逃げていたらどうしようか。

まぁ、どちらにせよ帰ってみないと分からない。

村人「おーい男くん。今日はここら辺でおしまいにしようよ」

男「分かりました。お疲れ様です」

汗を手ぬぐいでぬぐい一息つく。

汗が凄い出ている。水浴びをして帰ろう。


男「ふぅ、さっぱりした」

近くにある川で汗を流すと、そういえばあの道具を持って帰らなければと思い出す。

許可はもう取ってあるのだから勝手に持って帰ってもいいだろう。

男「あったあった」

道具を持ち上げ――――っ

男「ぐぎぎぎぎっ」

怪我をしているほうの手に強烈な痛み。見た目よりもずっと重かった。

村人「あ、それ結構重いよ」

ひょっこりと村人さんが顔をだす。

もっと早く言って欲しかった。

村人「だから大八車持って来たよ」

男「ありがとうございます」

村人「手伝おうか?」

男「大丈夫ですよ」

持って来てくれた大八車に歯を食いしばりながら道具を乗せる。

男「お疲れ様です」

村人「お疲れー」ブンブン

村人さんが元気に手を振っていたが振りかえすほどの元気は残っていなかった。

男「ただいま」

にとり「お、おかえりなさい」

どうやら逃げていなかったようだ。もっとも逃げてもらっては困るが。

大八車ごと玄関に入る。玄関が広い家でよかった。

大八車に乗ってある道具を見て、河童が目を丸くした。

男「直せるか?」

そう聞くと、河童はびくっと震え、「ど、道具があればたぶんできます」と言った。

男「道具って何がいるんだ?」

にとり「私があのその捕まったときに持っていたリュックの中に」

男「そうか」

リュックねぇ。あるといいが。

男「ちょっと出かけてくる」

にとり「あ、はい。いってらっしゃいませ」

男「いってきます」

そう言って、ふとこんなやり取りをするのは何年ぶりだろうと懐かしさと寂しさを覚えた。

地下に作られた埃っぽい階段を下る。

30段ほど下ると、一つの木製の開き戸がある。その横には小さな窓が。

小さな窓に割符を入れるとがちゃりと鍵が開く音がした。

結社員「今日は何の用ですかな?」

黒い外套を羽織った男が部屋の中にいた。

こいつが秘密結社の幹部で、主に妖怪や妖精を捕まえて売っているらしい。

男「昨日買った河童が持っていたリュックが欲しい」

結社員「あぁ、あのリュックですか」

男「河童を買ったんだ。持ち物も俺のものだろう?」

結社員「それは構いませんが、どうしてです?」

男「河童をこき使おうと思ってな」

結社員「それはそれは。良き事です。思う存分こき使ってください」

にやりと男の口角が上がる。男はくくくと変な笑い声を上げると「リュックを持ってきてあげてください」と隣の部屋に向けて声をかけた。

2分後ほど後に、同じく黒い外套を来た男が、大きなリュックを持ってきた。

リュックはあの河童と同じように緑色をしていた。

それにしても大きい。一体何が入っているんだ?

持ち上げようと持ってみると「くひっ」と変な笑いが出た。

これも重い。

やっとのことで背負い、ふらふらと灯りに群がる蛾のような感じで家に向かった。

にとり「あ、お帰りなさい」

河童が玄関の前で正座して待っていた。

男「ただいま」

家に入ったと同時に崩れ落ちる。今日は力仕事をしすぎた。体が痛い。

倒れたまま、体を左右にゆすりリュックを外す。

男「これでいいか?」

にとり「あ、はい。大丈夫です」

河童は玄関に降りてきて、俺の体を持ち上げた。

男「力持ちだな」

にとり「このお札のせいであんまり力はでないですけど」

それでも大人と同じくらいの力はあるみたいだ。

そのままゆっくり床におろすと、河童はリュックの中身を漁り始めた。

にとり「えっと、モンキーレンチとドライバーはっと、あったあった」

モンキーレンチ? ドライバー?

なんだか良く分からないがそれが直すための道具なんだろう。

にとり「えっと、これをこうやって、こうすれば。あぁ、ここが悪いのかぁ。じゃあこれを直せばっと。終わりー!!」

男「終わったのか、早いな」

にとり「あ、終わりました。これで動くはずです。多分」

男「ありがとな」

近くで見たのだが、何をしていたのか分からない。とりあえず凄いという事だけは分かった。

なるほど、河童はこういう事が得意なのか。

男「すまなかったな」

にとり「いえ、楽しいですから」

男「楽しいのか」

にとり「それはもう、パーツだけじゃ何も起きないのに、ソレを組み合わせることでどんなことでもできるところがとても面白くで素晴らしいんだよっ!!」

にとり「あ、ごめんなさい。熱くなってしまいました」

男「いや、いいよ」

やはりまだおびえているらしい。何かをするごとに俺の顔色を伺い、すぐに謝る。

まぁ、当然か。

男「いただきます」ぽりぽり

今日の夕飯は白米と漬物と味噌汁だけだ。

お金が無い。だからおかずが買えなかった。まぁ、食べれるだけよしとしよう。

にとり「………………」

男「どうかしたか?」

にとり「あの、私も食べていいんですか?」

………………そうか。奴隷ってそういうものだったな。すっかり忘れていた。

男「別にもう奴隷として扱わないから好きにしろ。倒れられるほうが困る」

にとり「ありがとうっ―――ございますっ」ガツガツガツガツ

凄い勢いで食べ始める河童。

そうか、食べてなかったのか。

秘密結社で何をされたのか、考えたくはないが、どうやら人にはできないような酷いことをされていたらしい。

偽善だが、この河童を買ったのが俺でよかった、そう思った。

にとり「あっ」

男「ほら、おかわりだ」

にとり「いいんですか?」

良くは無い。が、明日の昼を無くせばなんとかなるだろう。

にとり「ありがとうございますっ」ガツガツ

にしても良い食べっぷりだ。

その光景を見ながら少し笑ってしまう自分がいた。

にとり「あの、お皿洗わせてください」

食べ終わり、食器を洗おうとすると河童が横に立っていた。

にとり「あ、迷惑じゃなかったら、ですが」

男「迷惑じゃあないけど」

というか食器を洗うのが趣味な人間なんているのだろうか。いるとしたらずいぶん奇特な趣味だ。

男「じゃあ任せた」

にとり「はいっ」

河童は水を張った桶に食器を入れると、なにやら目を閉じ、念じ始めた。

一体何が起きるんだ? と思っていると、桶の中の水が渦巻き始める。

そのまま皿から汚れを剥ぎ取ると水は生きているかのように流れていった。

男「凄いな」

にとり「お札がなければもっと凄いことができるのですが。あ、すみません」

男「いや、すまん。その札の取り方。分からないんだ。取ろうとする人がいなくて、取れるのは結社だけで。結社に行こうとするにも、理由を聞かれたから困るし」

にとり「すみませんすみません。そんなつもりじゃなかったんです」

河童が怯える。それにしてもこの河童の怯えよう、昨日のことだけじゃなく、秘密結社で何かされてたんだろうな。

男「そういえば」

にとり「?」

男「今月、銭湯いける金がないんだ。だから川なんだけど、見つかるのはやばいから」ゴソゴソ

男「あった、この麻袋に入っててくれないか?」

にとり「っ!? は、はい。わかりました」

河童がゆっくりと麻袋に入る。口を軽く閉め。持ち上げ大八車に乗せる。

男「揺れるが、我慢してくれ」

返事は無かった。そんなに苦しいのだろうか。

もう夜だからここらでは人通りがほとんど無い。大通りまで行くとまだ活気があるだろうが、ここから大通りまでは30分ほどかかる。

静かだ、虫の声と俺の足音と、大八車の音しか聞こえない。

まるで俺達以外、全ていなくなってしまったかのような空間に俺は軽い恐怖を抱いた。

男「ついたぞ」

返事が無い。口を開いて、もう一度呼びかける。

にとり「…………っ……………」

まだ返事がない。どうしたんだろうかと思い、乱暴だが袋に手を入れ、河童の腰を掴む。

そのまま引っ張り出す。

にとり「っ……………ぁっ…………ぅぇ………」ガタガタガタガタ

河童が震えていた、瞳はうつろで今を捉えていない。肌は月のせいかは分からないが酷く青く見えた。

男「おい、大丈夫か?」

肩に触れると河童の体がびくりと跳ねた。

河童「い、いやだよ…………やめてよ」

男「おい、大丈夫か? 俺だ」

河童「ひっ い、痛いのはやめてよ………」

その言葉がずきりと胸に刺さる。おそらく俺に向けられた言葉ではないと分かっていても。

男「大丈夫か!? しっかりしろっ」

強引に河童の肩をゆする。

にとり「ひぃっ!」

駄目だこれでは。

このやり方では怯えさすだけだ。

男「すまんっ」

河童の小さな体を抱きしめる。初めは少し暴れたが、背中を撫でているとしだいに落ち着いていった。

男「すまない」

にとり「ごめんなさい」

男「すまない」

にとり「ありがとうございます」

男「あぁ」

ちゃぷりと水面に波紋が生まれる。ひんやりとした水が、蒸し暑い夏の夜には心地よかった。

にとり「あの、見ないでくださいね」

男「妖怪に欲情する趣味はない」

今のところは無い。多分これからも無いとは思うが。

まぁ、目の前にいる貧相な体つきの河童に欲情はしないだろう。

銭湯ではないのでここには洗い石鹸も顔石鹸もないが、贅沢は言わないでおこう。

大体汚れが取れたと思ったので川原に上がり、体を拭く。

河童のほうを見ると気持ちよさそうに泳いでいた。

にとり「すみません。お待たせしました」

結局河童があがってきたのは大体20分ほど後だった。

さてこれからどうしたものか。もう麻袋に詰め込むなんて出来ないし、どうやって身を隠させよう。

そう思案していると河童が何かごそごそと大八車をいじっていた

男「何やってるんだ?」

にとり「大八車の下に貼り付けないかなと思ったのです」

忍者か。

にとり「あ、出来た。これで大丈夫ですよ」

男「そうか」

とりあえず明日までに何とかする方法を探そう。

こんな大八車の下に張り付いている妖怪なんて不気味だから。

男「ガス灯欲しいなぁ」

行灯に火を灯しながらつぶやく。行灯じゃあ光といっても暗いが薄暗いになる程度の変化しかない。

そもそもガス灯があったからといって、ソレを維持する金もないわけだが。

にとり「ガス灯、ですか?」

男「あぁ。流石にここらの夜は真っ暗だからなぁ。行灯じゃ暗いし。もっと明るい奴が欲しい」

にとり「そうですか。えっと、明日。明日になったら作ります」

男「ガス灯を?」

にとり「電灯を作ります」

なんだソレ。良く分からないが、とりあえず明るければなんでもいい。最悪鬼火だって構わない。河童が鬼火を出せるのかは知らないが。

男「じゃあ頼んだ。おやすみ。寝るときは行灯消してくれ」

にとり「あ、私ももう寝ます」

男「そうか。おやすみ」

にとり「おやすみなさい」

カチャカチャと何か固いもの同士がぶつかる音がして目が覚めた。

男「うん?」

音の方を見ると河童が何かしていた。

男「何やってるんだ?」

にとり「おはようございます。今電池作ってます」

男「電池?」

昔寺子屋に通っていたときに聞いたような気がするがそれがなんだったのかまでは覚えていない。勉強そんなに好きではなかったし。

にとり「ルクランシェ電池って言いまして、中に入ってる二つの板の間で電子が移動してそれが電流となって」

男「すまん。難しい話はやめてくれ。頭が痛くなる」

にとり「すみません」

河童はそう謝ると、再びその電池とやらを作る作業に戻った。

まぁ、なんだ。邪魔をするのはなんだし、朝ごはんを作ろう。

男「出来たぞ」

にとり「ありがとうございます」

男「まぁ、冷汁なんだけどな。しかも魚なしの」

具はきゅうりだけだ。

にとり「きゅうりっ」

河童が目を輝かせる。どうやらきゅうりが好きみたいだ。

今の時期ならきゅうりは安いから、安上がりだな。助かる。

にとり「いただきますっ」

いつもと違って表情が自然だ。

きゅうりか。買って帰ろう。

にとり「ご馳走様です」

男「もういいのか?」

にとり「はい、だいじょうぶで」

きゅるるるる

どうやら体は正直だったらしい。何も言わず冷汁をいれてやった。

男「じゃ、いってくる」

にとり「あ、はい。いってらっしゃいませ」

いつかこの『ませ』が取れる日は来るのだろうか。

エゴかもしれないが、河童には自由に過ごしてほしいと思った。



村人「え? もう直ったの?」

男「はい」

村人「へぇ。えっとじゃあお金は」

男「お金なんていらないですよ」

直したの河童だし。

あ、そうだ。

男「だったらきゅうりをもらえませんか? うち今食糧難なんです」

村人「そんなのでいいの?」

そんなのではなく、それが欲しい。

村人「ふーん。きゅうりだけねぇ、君も物好きだね」

三十代目前でまだ結婚してない村人さんほどではないですよ。

もちろん口にはださない。

村人「じゃあ初めよっか」

男「はい」



ブオンッとほえるような音がして道具は動き始めた。

なるほど、これは便利だ。

俺一人では何十分もかかるような広さを10分ほどでやり終えてしまった。

もしかしてこれが普及すると俺のような立場の人間は仕事を失うんじゃないだろうか。

近々道具が人間に反逆したりしてな。

そんな滑稽な妄想を思い浮かべつつ、俺は土を耕し続けた。

村人「お疲れ様。きゅうりだよ」

………俺の前の前にあるのは大八車に積まれたきゅうりの山だった。

とりあえず一家庭で消費する量ではない。

男「多い、ですね」

村人「お礼の気持ちだよ。若いから一杯食べるでしょ?」

あぁ。この人バカなんだ。

いくら俺が若いといってもきゅうりを貪り食えるほどの若さは持っていない。そもそも若い関係あるのか?

………河童が処理してくれればいいが。

男「ただいま」

にとり「あ、おかえりなさいませ」

家に帰ってみると、河童は何か筒状のものを持っていた。

男「それが電池か?」

にとり「いえ、電池はこの中で、これはランタン型の電灯です」

ピカッ

男「おぉ。結構光るもんだな」

行灯の数十倍は明るい。

男「凄いもんだな」

にとり「えっと、がんばりました」

男「そうか。じゃあ、御褒美っていうのもなんだが、きゅうりだ」

大八車の上に山に積まれているきゅうりから一つとって差し出した。

にとり「え、本当にいいんですか?」

河童がまるで大金を差し出されたような驚いた顔をする。

男「別に構わん。きゅうりの二、三本。むしろ一杯食べてもらわないと困る」

にとり「ありがとうございますっ」

河童は受け取ったきゅうりを何もつけずにぽりぽりと食べ始めた。

やはりきゅうりを食べてるときは自然な表情に戻る。

これは、きゅうりを貰ってきて正解だったな。

男「じゃあ俺も一本食べるかな」

大八車から小さめなのを一本とり齧る

男「………………」

味噌か塩が欲しかった。

にとり「あの」

男「なんだ?」

なんとなく電灯をつけたり消したりしていると河童が横で正座していた。

にとり「料理、作ってもいいでしょうか」

男「別に構わんが」

むしろお願いしたいぐらいだ。

でも。料理できるのか? いや自分から申し出るぐらいなのだから作れるのだろう。

にとり「じゃあ作ってきます」

男「任せた」

河童が小走りで台所に向かうのを見届けて、俺はまた電灯をつけたり消したりして遊んだ。

にとり「どう、でしょうか」

男「………美味そうだな」

その言葉を聞いた河童が安堵の息をつき、そして顔をほころばせた。

まぁ、美味そうではあるのだが、見事なほどにきゅうり尽くしだ。

もし、ネコに料理を作らせたら魚尽くしになるだろう。それと同じで、河童に料理を作らせるとどうやらきゅうり尽くしになるらしい。

しかしまぁ、贅沢は言ってられない。栄養価がないとしても腹を満たすぐらいにはなるだろう。

それに、美味しそうに食べる河童に、やっぱりきゅうりだけじゃものたりないなと言えるはずがなかった。

にとり「じゃあ食器洗ってきますね」

男「あぁ」

さて、川に行く時間だ。どうするべきかと考えた結果、姿は人間と同じなのだから服装と髪を隠せば案外ばれないのではないかと思った。

念には念を入れて、伊達めがねを買っておいた。安物だが無いよりはましだろう。

男「………大丈夫だよなぁ」

穴だらけの作戦だが、成功を祈るしかない。

さすがに少女を風呂に入れないわけにはいかないからな。

にとり「それはなんですか?」

男「服と帽子とめがねだ。髪は長いから結んで帽子の中に入れておいてくれ」

にとり「はい。分かりました」

そういえば、初めあったときは帽子をかぶっていたがあれはどこにやったのだろうか。

それに服をもうそろそろ直さなければいけないな。裁縫は苦手だが、やるしかない。

にとり「できました」

男「うん、これでばれないな」

多分

男「じゃあ行くぞ」

にとり「はい」

川の水は今日も冷えていた。

きゅうりを持ってきて冷やせばいい感じになるだろう。

河童は今日も元気に泳いでいる。

そんな光景を首までぼーっと眺めていると、空に何か飛んでいた。

鳥ではない。

むしろ人間大の。

魔女?

そういえば霧雨のところの娘さんが魔女らしいな。どんな顔だったかはいまいち覚えてないが、綺麗な金髪だったことは覚えている。

でも空は暗く、その影が何色の髪をしているのかは分からなかった。

男「帰るぞ」

にとり「あ、はい」

できるだけ河童な方を見ないようにして声をかける。

ばしゃばしゃと水音をたて、河童が上がってきた。

手ぬぐいを投げる。そのさいにちらっと見てしまったが、これは仕方が無い。そう自分に言い聞かせる。

にとり「お待たせしました」

河童はもう一人で帯を結べるようになっていた。物覚えがいいみたいだ。

男「じゃあ帰るか」

にとり「はい」

家に帰り、電灯をつける。これぐらい明るいと夜を何かの時間に使えそうだ。

しかし趣味が無いので何もすることが無い。

男「なぁ、河童。他に何か作れるのか?」

にとり「え、えっと。材料さえあれば色々作れるよ………作れます」

男「そうか」

ふむ。だとするとこの殺風景な部屋も少しは賑やかになるのか。

材料が何かは分からないがとりあえず、金属系のものだろう。

どこに売ってるのかは知らないが、とりあえず明日仕事が終わってから金物屋にでも行ってみよう。

男「ふわぁ。おやすみ」

にとり「あ、私も寝ます」

男「いいよ。起きたいなら起きとけば」

にとり「いえ、寝ます」

そういって河童は電灯を消した。

村人「頼んだ」

次の日、畑に向かうと見慣れないものの山があった。

なんというか金属っぽいなにかが。

そんな山を見ている俺に村人さんが一言そういった。

男「えっと、なんですかこれ」

村人「いやぁ、男くんが治してくれたことを他の人に言ったら治してほしいって人が結構いてさ。ごらんの通りだよ」

男「………マジですか?」

村人「いやちゃんと報酬は払うよ? お金と野菜をあげるよ」

男「村人さんの懐には何割入るんですか?」

村人「3割」

この女郎………

まぁ、こんなのでも雇い主だ。お金と野菜をもらえるなら俺にはいい条件だ。問題は河童がするかどうかだが。

男「あの、明日まで待ってもらえませんか? ちょっと今悩んでるんで」

村人「うんいいよ。でもできるだけ早くしてね」

その後に小声で違約金が、と村人さんはつぶやいた。しっかり聞こえている。

男「というわけなんだが」

帰ってさっそく話してみる。

にとり「やります」

二つ返事だった。

お金と野菜が入るから生活は豊かになるが。いいのか?

男「嫌だったら嫌って言っても」

にとり「機械いじるだけできゅうりが手に入る! そんなの夢みたいだよっ!!」

そう河童は言い終えるとはっとした顔をして、次の瞬間に床に頭をこすりつけた

男「頭があげてくれ。別に言葉遣い敬語じゃなくてもいいから」

にとり「はい。ありがとうございます」

敬語は直らなかったが、どうやらさっきのがこの河童の素らしいな。

元気そうな感じだった。うん、元気が一番良い。

あんな風に話すようになってくれればいいが。

にとり「もごっ」

とりあえず敬語なので口にきゅうりをつっこんでおいた。

男「OKです」

村人「ありがとうっ」

男「あ、もし良かったら、村人さんの小さいころの服が欲しいんですけど」

村人「………………」

村人さんがごみを見るような目で見てきた。駄目だ誤解されてる。

男「身寄りがなくなった姪を預かるようになったんですけど、服がないもので」

村人「あぁ。そうだよね。男くんがそんなこと言うわけがないよね。私信じてたよ」

この人ほんと息をするように嘘をつくな。しかもばれやすい嘘を。

村人「うん。そういう事だったら持ってくるよ。ちょっと待ってて」

男「ありがとうございます」

これで河童の服はなんとかなる、さすがに俺と共用じゃサイズが合わないからな。

男「ぐぎぎぎぎぎ」

大八車の上にはなんだか良く分からない道具の山と服。凄く重い。

畑から家まで歩いて十数分なのにやたらと長く感じる。

これもお金と野菜のためだ。がんばろう。

男「ふんぎぎぎぎぎ」

とりあえず今後こんなことが会ったときのために体をしっかり鍛えよう。

そう思った。

男「ただいま」

にとり「あ、おかえりなさいませ」

男「これ、直してくれ、あと服貰った」

にとり「え、本当ですか?」

男「その服だと動き辛いだろ」

河童はまるで水遊びをするかのようにすそをたくし上げている。

とりあえず適当に取った着物を河童に向かって投げた。

男「大きさが分からないからとりあえず着てみてくれ」

にとり「あの」

男「あぁ、大丈夫。見ないから」

玄関に座り込み汗をぬぐう。

それにしてもこの道具は一体何をする道具なのだろうか。

形から用途を想像していると河童が着終えたらしい。声をかけられた。

にとり「あの、どうでしょうか」

朝顔の浴衣が良く似合っていた。

男「似合ってるぞ。馬子にも衣装だ」

にとり「そ、そうですか」

別に照れ隠しではない。断じて違う。

男「じゃあ頼んだ」

にとり「はい」

後は河童に任せて、夕飯の支度でもしよう。さて今日はきゅうりを使ってどんな料理を作ろうか。

男「………浅漬けだな」

きゅうりの調理方法が思い浮かばなかったのでとりあえず、浅漬けを作ることにした。

にとり「出来ました」

男「出来ましたって、もう直したのか?」

にとり「まだ二個ですが」

男「凄いな。夕食できたぞ」

にとり「分かりました。持って行きますね」

男「頼んだ」

男「今日のご飯は浅すぎる浅漬けだ」

にとり「おいしいです」ぽりぽり

3時間ほどしか漬けてない浅漬けを美味しそうに食べる河童。

もしかしてきゅうりならなんでも喜ぶのだろうか。

男「………」ぽりぽり

微妙だな。少し味がついたきゅうりでしかない。

味噌を買おう。そう思った。

村人「お疲れ様」

男「お疲れ様です」

村人「あ、これ姪ちゃんに渡しておいて」

おもちゃ………使わないだろうなぁ。

男「ありがとうございます」

村人「いいって。若いのに苦労してるんだからさ」

男「じゃあそれでは」

村人「またねー」

帰りに大きな通りを通ってみる。

何か河童に買って帰ろう。何がいいのか良く分からないが機械系の何かだろう。

適当に漁ればいいか。

おそらく霧雨商店に行けばあるだろうし。

店員「いらっしゃいませ」

男「何か機械ありますか?」

店員「どのような機械をお求めですか?」

男「機械ならなんでもいいです」

店員「はい。分かりました」

機械ならなんでもいいってずいぶん変な客だな俺は。

店員についていくと、機械が何個も置いてあった。知らなかっただけでどうやら人間社会に機械は受け入れられているようだ。

しかしどれがどれかが良く分からないな。

値段………買えなくはないが高い。

男「………どうするかな」

男「これください」

店員「分かりました」

とりあえず大きな機械を買っておいた。

大は小をかねるというし。

店員「ありがとうございました。お持ち帰りはいかがいたしましょうか」

男「大八車あるんで」

最近ほとんど大八車と行動してる気がする。

さて、この機械は河童が喜ぶだろうか。

男「ただいま」

にとり「おかえりなさいませ」

男「おみやげ。買ってきた」

にとり「わぁ。洗濯機ですね」

男「洗濯機?」

にとり「服を自動で洗ってくれるんですよ。大量の水を必要としますけども」

男「………使えないな」

どうやら大は小をかねなかったようだ。

にとり「水道のインフラが進んでませんからね」

? 外来語は良く分からん。

男「これで何か作れるか?」

にとり「はい。作れますよ」

男「じゃあ頼んだ」

にとり「はい」

河童の顔がずいぶんニコニコしていたが、そんなに嬉しいのだろうか。

にとり「出来ました」

帰ってきてからなにやら河童ががちゃがちゃ何かやっていると思ったら、にっこり笑いながら近づいてきた。

男「何が出来たんだ?」

にとり「食洗機です」

そういいながら両手で抱えるサイズの機械を出してきた。

男「つまり。どういうことだ?」

にとり「食器が簡単に洗えます」

男「それは凄い」

にとり「早く、お夕飯にしましょう。作ります」

そんなに使いたいのか。まぁいいが。

男「じゃあ一緒に作るか」

にとり「えっと、分かりました」

一瞬言いよどんだがなんだ。俺と料理をするのがそんなに嫌なのだろうか。

少し悲しくなった。

ウィーンウィーン ブォーン ガタガタ

男「大丈夫なのかこれ」

にとり「大丈夫です!」

そんな自信満々な顔で言われると納得せざるをおえないが、なんか変な音なってるんだけど」

ピピッ

にとり「出来ました」

ガチャ

食洗機を開くとそこには乾燥した皿と

男「………割れてるな」

無残に割れていた皿があった。

振り向くと河童が土下座をしていた。

男「土下座はやめろ」

にとり「すみませんすみませんすみません」ガタガタ

………久しぶりにこれだな。最近ならなかったがまだトラウマは抜けていないらしい。

にとり「すみません蹴らないでください、殴らないでください。ごめんなさい」

痛々しいぐらいに必死に懇願の声を上げる河童。しゃがんで頭に手を置くとびくっと体が震えた。

男「だから言ってるだろ。俺はもう暴力は振るわない。誰もお前に暴力を振るう奴なんてここにはいないんだから安心しろ」

にとり「すみません」

河童の頭を撫でる。さらさらとした緑色の髪を指ですく。

男「次は割れないように直すか」

にとり「ごめんなさい」

土下座を続ける河童の体を無理やり起こす。目が合ったとき、河童は酷く怯えた目をしていた。

そのまま抱きしめ背中を撫でる。

男「ごめんな。河童」

にとり「ぐじゅ。うぅ」

嗚咽が聞こえる。

体にまだ残る傷はどれだけのことをこの小さな体にしてきたのだろう。

なんで俺は河童に背中を撫でることしか出来ないのだろう。

にとり「すみまs」

男「ありがとう。だ」

河童の頭を撫でるように叩く。

にとり「ありがとうございます」

男「あ り が と う」

にとり「ありがとう」

河童が申し訳なさそうに微笑む。

男「よし風呂に行くぞ。貸切の大浴場だ」

ただし、水だが。

着替えを手ぬぐいを持って外に出る。

暗い空に流星が一筋輝いていた。

男「なぁ。河童」

にとり「なんでしょうか」

男「家、帰りたいか?」

川からの帰り、河童にそう聞いた。

にとり「………私は」

後ろを歩いている河童の足音が途絶える。足を止めて振り返ると河童が下を向いてすそを握り締めていた。

にとり「帰りたい、です」

男「そうか、そうだよな」

にとり「でも」

にとり「私は貴方のものですから」

男「………」

河童を軽く叩く。河童の目から涙がこぼれた

にとり「ひゅいっ」

男「ごめん」

かける言葉が浮かばなくて、逃げるように家へ急いだ。

男「河童」

呼んだ声に反応する声は無くて。言葉は意味を持たず音になり。残った静寂は一ヶ月前と同じで。

男「河童っ!!」

耐え切れずに叫んでもやっぱり返答はなくて

最悪なことが起きないように祈りながら飛び出す。

とりあえず辺りを見回すが綺麗な緑の髪はみえない。

男「かっ―――」

でかけた言葉を飲み込む。秘密結社メンバーが何人もいる。下手な手を打つわけにはいかない。

結局探すための言葉は浮かばず、足だけを働かせた。

男「はぁっ、はぁっ」

満月の光だけを頼りに河童を探す。

走る。ただひたすらに足を前に。

口の中の吐き出したくなるような苦さを耐え、走る。

ずきりと石を踏んで切れた裸足の足が痛む。

それでも

俺は

あいつに

男「うわぁっ!」

こけて砂に顔をこすり付ける。

「大丈夫か?」

男「大丈夫で」

見上げた視界にうつるのは

緑の髪

男「河童っ!!」

慧音「いや私はハクタクだぞ。半分だけど」

でも、頭に生えた角は河童とは似ても似つかなかった。

慧音「立てるか?」

男「すみません。慧音さん」

慧音「誰かと思ったら男か。どうした、こけて格好良くなってるぞ」

男「すみません。急いでるんで」

慧音「待て」

再び駆け出そうとしたら手を掴まれた。

慧音「問題か?」

男「えっと………その………」

何も言えず口ごもると、慧音さんがまっすぐ見つめてきた。

慧音「私は今でもお前のことは生徒だと思っている」

………卑怯だ

慧音「歯、食いしばれっ!!」

男「っで!!」

今までのことを話し終わると思いっきり頭突きをされた。

慧音「どこだそこ。潰す。潰してやるっ」

慧音さんが襟を掴んで俺の体を持ち上げる。全力で怒っていた。

男「せ……ん……せ……」

慧音「あ、すまない。でだ」

男「けほっけほっ。その前に」

慧音「あぁ。河童だったな」

男「早く見つけないと」

慧音「少し待て。知り合いを呼んで来る」

男「ありがとうございます」

妹紅「なんで私が手伝わないといけないのよ」

慧音さんが連れてきたのは白髪の女性だった。しかし若い。

慧音「まぁ、そこを何とか頼む妹紅」

妹紅「しかたないわね。その河童を探せばいいのよね?」

慧音「あぁ」

妹紅「でも河童って言っても何人もいるわよ。他に情報は? 名前とか」

男「えっとたしか。河城って」

慧音「にとり、か」

妹紅「にとりを探せばいいの?」

慧音「あぁ、頼む」

妹紅「ん」

妹紅さんが屋根の上へ飛び上がる。そのままどこかへ走っていった。

慧音「話は後で聞く。今はにとりを探せ」

男「はい」

どこだ

どこだ

同じ空の下にいるはずなのに

同じ地面の上にいるはずなのに

いない

見つからない

見えない

あの髪が

笑うときはいつも困り顔で

遠慮しがちで

そのくせ機械ときゅうりのことになると熱くなるあいつが

見えない。

男「どこだぁっ!!」

聞こえない

あの声が。

分かってる

俺があいつに依存してるって。

帰って欲しくないって思ってる。

家族の代わりにしてるって事も分かってる。

でも

それでも

俺はあいつが





好きだ

気がつくと橋にいた。

なんでか分からないが。

偶然だとしても

男「にとりっ」

俺はそれに

にとり「男、さん」

奇跡と名づけたい。周りから見て滑稽でもいいから。

男「にとりっ!!」

川の中にいたにとりに駆け寄る。

にとり「風邪、ひいちゃいますよ」

男「いなくならないでくれ。お願いだ。好きだ。お前が好きだ。お前がいなくちゃ駄目なんだ」

にとり「………」

男「卑怯だけど、お前は、お前はっ」

にとり「あなたのものですよ」

そう言ってにとりは俺を優しく抱きしめた。

慧音「で、それでいいのか?」

にとり「うん」

慧音「お前はものじゃないんだぞ? お前関連で金のやりとりがあったとしてそれにお前が責任を負う必要が」

にとり「いいんだよ」

慧音「だが」

にとり「これで、いいんだよ」

慧音「………分かった。何かあったら頼るといい」

にとり「うん。ありがとう」

男「帰るか」

にとり「わかりました」

男「………ありがとう」

にとり「………はい」

にとり「起きてください」

男「ん、あ………おはよう」

にとり「おはようございます」

にとりがやわらかく笑う。頭をなで体を起こすと家の中にいいにおいが漂っていることに気づいた。

男「朝ごはん作ってくれたのか」

にとり「はい。私にはこれくらいしか出来ませんから」

男「ありがとうな」

にとり「いえいえ」

にとりが照れて笑う。

にとり「ご飯が冷めますよ。えっと、あなた」

男「………」

にとり「も、もしかして駄目でしたか?」

男「いや………」

不覚にもキュンときただけだ。

そんな事言えるわけもなく、なんとか胸の鼓動の高鳴りを抑えた。

にとり「いってらっしゃい」

男「行ってきます」

にとりに見送られ家を出る。今日はいい天気。いい一日になりそうだ。



村人「今日は販売に行って貰います」

畑に着き、村人さんに挨拶をするといきなりそう言われた。

男「でも接客なら女性の村人さんのほうが」

村人「いやだなぁ。美人の村人さんだなんて」

断じて言ってない。とりあえずこの人が変なのはいつものことなので流し、結局何をすればいいのかを聞く。

村人「今年は豊作でね。業者に卸してもまだ余ったんだよ。だから男君。頑張って!」

親指を上げてそう村人さんが言う。これでも雇い主だから断るわけにもいかない。それに特に断る理由も見当たらなかったので、野菜を売りにいくことにした。

さて、野菜を大通りまで運んで来たはいいものの、販売の経験などなくどうすればいいのかが分からない。

適当に売ってもほとんど売れないだろう。

どうしたものかと悩んでいるとあまりいない知り合いのうちの一人の姿を人ごみの中に見つけた。

男「慧音さーん!」

慧音さんは俺の声に気づき、きょろきょろと辺りを見回した。

男「こっちです」

慧音「あぁ。そこか」

慧音さんは人ごみを潜り抜け俺のところへやってきた。今日の髪はあたりまえだが青い。そういえば今日は寺子屋はどうしたのだろうか。

慧音「ん? あぁ。今日は寺子屋は休みだぞ。日曜だからな」

あぁ、もう日曜なのか。同じような毎日を送っているので日付や曜日の感覚をまったくなくしていた。

慧音「それは?」

男「野菜を売って来いといわれたのですが、かってが分からなくて」

慧音「ふむ。なら日曜市にいけばいいのではないか?」

男「日曜市?」

慧音「なんだ知らないのか。日曜市というのは店じゃなく個人で売りたいものを売るんだ。なかなか色んなものがあるぞ」

男「許可とか商売代とかはいらないんですか?」

慧音「自由だからな。危ないものを売るようならさすがに止めるが。あとたまに商売代を請求しようとするやくざが来るが、まぁそのために私がいる。あとは小兎姫もいるから安心だろう」

男「そうですか」

慧音「まぁちょうどいい。一緒に行こうじゃないか」

男「あ、ちょっと待ってください」

慧音「ん? いいぞ」

男「ありがとうございます」

家にはにとりが暇つぶしに作ったものがある。もしかするとそれが売れるかもしれない。

幸いここから家は近いから取りに戻ろう。

慧音さんに再度礼を言い、家に戻るため路地を進んだ。

男「ただいま」

にとり「あ、おかえりなさい」

にとりは突然帰ってきたこと俺に驚いた顔をしていた。

男「いらない機械あるか?」

にとり「それならそこに」

………軽い山になっていた。特に気にしていなかったがこんなにあったのか。

男「売ってきていいか?」

にとり「いいですが、売れるでしょうか」

男「さぁ。まぁなんとかなるだろう」

にとり「お願いします」

にとりの了承を得たことだし、大八車に積み込もう。

男「おもっ」

にとり「手伝いましょうか?」

男「大丈夫大丈夫」

妖怪といえど少女だ。手伝わせては男の名が廃る。明日筋肉痛になることを覚悟して機械を詰め込んだ。

男「お待たせしました」

慧音「………大丈夫か?」

男「大丈夫です」

実際は夏の日差しにやられそうだ。汗だくでキツイが無理やり笑顔を作り答える。

慧音「まぁ無理はしないようにな」

男「はい」

慧音さんと一緒に人ごみを通っていく。

売れるかどうかは分からないが精一杯頑張ろう。

慧音「適当なところで店を開くといい」

男「ありがとうございます」

日曜市は予想以上に人が多かった。これなら買ってくれる人もいそうだ。

適当に場所をとり、荷物を降ろす。

男「いらっしゃいませー! 野菜と機械はいかがですかー!!」

自分で言ってなんだがずいぶんおかしな組み合わせだ。

だが興味は持ってもらえるだろう。そう願って、声を張り上げた。

男「ありがとうございましたー」

値段設定とかは聞かされてなかったので安めに設定しておいたが、そのおかげで野菜が良く売れる。

男「ふぅ、結構売れたなぁ」

結構あった野菜の山が半分くらいになっている。

しかし機械は誰も買わなかった。

当たり前だ。機能を聞かれても答えられないのだから。

しかしこのままでは本当に骨折り損のくたびれもうけになってしまう。

男「うーむ」

あごに手をあて考えていると、金髪でさぞ日の光を吸収しそうな服を着た少女が立っていた。

男「あ、いらっしゃいませー」

少女「これはお前が作ったのか?」

一応年上なんだけど。まぁそんなことはどうでもいい。俺が作ったのではないがにとりが作ったとは言えない。なので軽くぼかして答えた。

男「いえ知り合いが作ったんですよ」

少女「まるで河童が作ったみたいだな」

少女はそう言って、機械ではなく俺の目をじっと見てきた。

別にやましいことはしてないのだがその視線に貫かれ、目をそらしたくなる。

男「人間ですよ」

少女「まぁ。人間に妖怪が協力するわけないしな」

男「そうですよ」

少女「………少し触っていいか?」

男「どうぞ」

少女はしゃがみこみやけになれた手つきで機械をいじり始めた。

少女「お」

少女が小さな箱を開けたとたん音が鳴る。それはちゃららんと綺麗なメロディーを奏でた。

少女「オルゴールか。いくらだ?」

男「えっと、1000円です」

少女「ほらよ」

少女が紙幣一枚を投げて渡す。それをあわてて受け取ったころには少女は人ごみに消えていた。



少女「………にとり」

男「あー疲れたー」

野菜は完売。機械は物好きが何個か買って行っただけで相変わらず数が多い。

苦労して積み終わったころには大体の店は閉まっていた。

どうせこんな機械取る人はいないだろう。そう思い急いで店を回る。

何か無いだろうか。適当にまわっていると、綺麗なネックレスを見つけた。

店主は妖怪。取って食われることは無いだろうが、少し身構える。

妖怪「いらっしゃいませー」

男「あ、あの。そのネックレスはなんですか?」

妖怪「これは川の底で拾った石ですよ。綺麗ですよね。私湖の妖怪で石集めが趣味なんですけど。あ、すいません。それで値段は1500円ですよ」

男「じゃあこれで」

妖怪「ありがとうございましたー」

にとりへのプレゼントは買ったし帰ろう。

あの妖怪の人が秘密結社に狙われなければいいが。

男「ただいま」

にとり「おかえりなさい」

割烹着を着たにとりがてとてとと小走りで駆け寄ってくる。

男「これプレゼント」

にとりに買ったプレゼントを渡すと、顔に?を浮かべて受け取った。

にとり「プレゼント、ですか? なんでですか?」

男「にとりに似合うと思ったからさ。好きな人にはプレゼントを渡したくなるだろう?」

自分で言ってて恥ずかしくなった。顔から火が出そうだ。というか絶対今顔赤い。言わなきゃよかった。

そう後悔していると、にとりの顔が一気に赤く染まる。

にとり「あ、あ、あ、ありがとうございますっ」

このまま倒れてしまいそうなあわてっぷりだ。思わず噴出す。

にとり「な、なんで笑うんですかっ」

男「にとりが可愛かったからさ」

そう耳元でささやくと、にとりの顔がさらに赤く染まった。面白い。

にとり「そんなにからかって、もしかして他の人にもそんな事言ってるんじゃ」

にとりが頬を膨らませる。

その頬を指でつついて苦笑した。

男「そんな訳ないだろ」

にとり「本当ですか?」

にとりがじっとこっちを見てくる。なんとなく気恥ずかしくなって目をそらした。

にとり「あっ。目をそらしましたね」

男「見つめないでくれ。照れる」

にとり「絶対他の人にも言ってるんですね。よよよ」

そう言ってにとりがしゃがみこむ。よよよと口で言ってるあたり、嘘っぽい。

男「ほら。つけてみたらどうだ?」

にとり「そうですね。………どうですか? 似合います?」

似合っている。透き通った水のような石が電灯の光を受け輝いていた。

男「似合ってる」

にとり「えへへ」

男「ところで」

にとり「なんですか?」

男「なんだこのにおい?」

さっきから何かがこげるようなにおいがする。

にとり「あっ」

にとりはしまったという顔をして走って台所まで行った。直後に悲鳴が聞こえた。

どうやら今日の夕飯にはあまり期待しないほうがいいだろう。



にとり「なんとか男さんのは無事でした」

俺の皿には綺麗に焼けた魚。にとりの皿には焦げた魚。ため息をつきながら皿を交換する。

にとり「あっ。そっち駄目ですよっ」

男「こげが美味い。よこせ」

そう言って焼き魚を食べる。当たり前だが苦い。にとりは申し訳なさそうに笑った。

にとり「ありがとう」

男「どういたしまして」

男「そういえばこの魚どうしたんだ?」

にとり「魚屋さんで買ってきましたけど」

………その言葉に少し悩む。

怒るべきか、それともありがとうというべきか。

悩んで、俺は軽く忠告することにした。

男「治安が悪いから外にでるとつかまってしまうかも知れないぞ」

その言葉を言った瞬間、にとりががたがたと震え出した。

しまった。まだ駄目だったか。

からからと箸が転がる。うずくまって震えるにとりに近寄り背中をなでる。

男「ごめんな」

すぐに震えは止まったがどうすればいいのだろうか。

俺はこのままにとりを家に閉じ込めていていいのだろうか。

にとり「いい気持ちですね」

川で泳ぐにとりを見守る。

一応水着は着せておいた。

しかし背中に、腕に、腹に、足に。無数に刻まれた傷跡が痛々しい。

どうにかならないものか。

傷が消えたらにとりの心の傷も消えるのではないか。

そう根拠の無い考えが頭をよぎる。

なんにしろ傷跡をあのままにしていいとも思えない。

どうにか消す手段を探そう。

村人「傷跡を消す? どっか怪我したの?」

男「俺じゃあないんですが」

村人「あ、もしかして姪ちゃんか。そうだよね、女の子は傷物にしちゃいけないよねぇ。それならあそこがオススメだよえっと。なんだったかな」

男「歳ですか?」

村人「怒るよ?」

男「すみません」

村人「そうだ、永遠亭だ」

永遠亭? 名前だけは聞いたことがあるが、いったいどこにあるのか。

村人「迷いの竹林の中にあるんだけど」

迷いの竹林………到底人がいける場所とは思えないが。

村人「行くには藤原妹紅って人に頼めば連れて行ってくれるけど」

藤原妹紅………あぁ、妹紅さんが。

どこにいるかは知らないが慧音さんに聞けばいいだろう。

村人「じゃあ、行ってらっしゃい」

男「え? いいんですか?」

村人「善は急げっていうからねー」

男「ありがとうございます。じゃあ行って来ます」

村人「いってらっしゃーい」



男「慧音さーん」

妹紅「ん? 慧音に何か用かしら」

男「いえ、今解決しました」

妹紅「?」

妹紅「なるほどね」

男「はい」

妹紅「でもにとりを連れてきたほうが良かったんじゃないのかしら?」

男「でも、秘密結社に目をつけられたくないので」

妹紅「なるほどね。でも多分見ないと分からないと思うわよ?」

それもそうだが………でも。

悩んでいると妹紅さんはため息をつきながら「行くわよ」と言った。

すたすたと歩いていく妹紅さんの背中を急いで追いかけた。

男「そういえば妹紅さんは何の仕事をしているんですか? 農業ですか?」

妹紅「農業じゃないけど、なんで?」

男「もんぺをはいているので」

妹紅「これもんぺじゃないわよっ」

妹紅さんはそう叫び、腰を蹴ってきた。

見かけによらずとても痛い。

妹紅「これは指貫袴っていってれっきとした貴族の衣装なのよ?」

男「妹紅さん貴族だったんですか!?」

妹紅「なによ」

ぎろりとこっちを睨んでくる妹紅さん。その姿からは貴族ということはとても想像できない。

妹紅「さっさと行くわよ。ほら」

妹紅さんは歩くスピードを上げた。いや。あれはもう走っている。

痛む腰を抑えながらついていった。

妹紅「ほら、客連れてきてあげたわよ。感謝しなさい」

鈴仙「あ、おはようございます。妹紅さん」

門の前でほうきを掃いている女の子。どうやら妖怪兎のようだ。

話を聞いた感じ、看護師なのだろうか。

男「どうも。お願いします」

鈴仙「えっと。腰が痛むんですか?」

男「違います。傷跡を消す薬が欲しくて」

鈴仙「傷跡を消す薬ですね。ちょっと中で待っててください」

そういって妖怪兎さんは中へ入っていった。

妹紅「私は外で待ってるわ。会いたくないバカがいるから」

男「分かりました」

妹紅「あぁ。それと」

男「なんですか?」

妹紅「腰。ごめんなさい」

ばつの悪そうな顔をして謝る妹紅さん。悪いのは俺なのだが、やはり妹紅さんはいい人だ。

永琳「初めまして、永遠亭で医者をやってます八意 永琳です。えっと、男さんね。今日は傷跡を消したいっていうことで」

男「はい」

案内された先には、半分青半分赤という奇抜な服をきた女の人がいた。

永琳「っていっても見てみないことにはどんな薬を渡せばいいのか分からないのだけど。連れてこれないほど重症なの?」

男「そういうわけではないのですが」

永琳「それじゃあ連れてきてもらえないかしら」

男「………………」

連れてこれるだろうか。ここに来るには人通りの多い道を通らなければいけない。

永琳「分かったわ。何か事情があるみたいだし、そっちの家に行くわ」

男「え? いいんですか?」

永琳「でも私が行くわけには行かないから行くのは鈴仙になるけど」

男「ありがとうございます」

頭を下げると永琳さんは別にいいわよと言って手を振った。

妹紅「結局鈴仙を連れてくるようになったのね」

男「すみません」

鈴仙「いえ。慣れてますから」

そういって笑う鈴仙さん。

なんというか笑い方からこの人苦労してるんだろうなという事が分かった。

妹紅「でも鈴仙で大丈夫かしら」

鈴仙「どういうことですか?」

妹紅「冗談よ」

鈴仙「からかわないでくださいよ」

会話を聞く限りこの二人はそこそこ仲がいいのだろう。

なんとなく会話に入れなくて変わらない風景を眺め続けた。

鈴仙「お邪魔します」

にとり「あ、はい………え?」

鈴仙「え? にとりさん?」

にとり「鈴仙?」

どうやら二人は知り合いのようだ。世の中は狭いな。

鈴仙「患者ってにとりさんだったんですか?」

にとり「男さん?」

男「にとりの傷を治して上げたくてさ」

にとり「男さん………」

妹紅「あー。私帰っていいかしら」

鈴仙「すみません。一緒にいてください」

妹紅「あー。という事で二人。そこまでにしなさい」

男「あ、すみません」

鈴仙「じゃあ診察始めますね」

鈴仙「では診察始めますね」

にとり「お願いね」

鈴仙「あのー。診察始めます」

男「お願いします」

鈴仙「だから診察するんで服脱がすんですけど」

にとり「分かったよ」ぬぎぬぎ

鈴仙「わぁ!! 男さんいるんですよ!?」

にとり「?」

男「?」

鈴仙「………………あうぅ」

妹紅「もう気にせずはじめたほうがいいわよ」

鈴仙「………っ」

傷を見たとたんに鈴仙さんの顔が歪む。妹紅さんはいらだたしげに壁を殴った。

鈴仙「すみません。ちょっと触れますね」

そう言って鈴仙さんの指が傷跡をなぞる。

鈴仙「治せるとは思いますが。時間はかかりますね」

治せる。そう聞いて無意識のうちに安堵の息がでた。

鈴仙「えっと、薬は」

鈴仙さんは背負ってきた薬箱をあさって軟膏を取り出した。

鈴仙「これを一日朝晩塗ってくださいね」

男「ありがとうございます」

これでにとりの傷が治る。

本当に良かった。

鈴仙「それでは失礼します」

妹紅「送ってくわよ」

鈴仙「ありがとうございます」

男「鈴仙さん。妹紅さんありがとうございました」

にとり「ありがとうね」

二人で見送る。

これをきっかけに、普通の幸せな生活を送れるようになればいい。

二人で、ずっと。

でも、これで本当ににとりは幸せなのだろうか。

ふとそんな考えが頭をよぎり、不安になった。

にとり「ひゃんっ」

にとりに軟膏を塗ったら、どうやら冷たかったらしくびくっと震えた。

男「冷たかったか?」

にとり「大丈夫です。お願いします」

男「分かった」

にとりの傷跡一つ一つに丁寧に塗っていく。

男「にとり。前」

にとり「お願いします」

にとりがこっちを向く。できるだけ胸を見ないようにして傷に塗っていく。

にとり「えっと。なんだか恥ずかしいですね」

そういわないでくれ。意識してしまう。

というか前なら自分で塗れるんじゃ?

そう思いながら、どうせあと少しだしと思い続けた。

決して下心はない。

男「じゃあ寝るか」

布団にもぐりこむ。

にとり「お邪魔します」

男「!?」

そのままいつも通り寝る、と思ったらにとりが布団に入ってきた。

男「ふ、布団は向こうだぞ!?」

にとり「あの、一緒に寝ちゃいけませんか?」

男「………別にいいが」

にとり「えへへ」

にとりの笑う声が聞こえて、次の瞬間控えめながらもやわらかい感触が背中に。

男「!?」

にとり「おやすみなさい」

男「お、おやすみ」

少しするとにとりの寝息が聞こえた。

だがにとりの感触のせいで睡魔はやってこず、どうすればいいか分からず眠れなかった。

慧音「指輪?」

男「はい。結婚指輪を送りたくて」

慧音「そうか、結婚か」

にとりに告白をしてすでに半年近く。もうすぐ年が明ける。

家に風呂を作り貯金が軽く消えたがそれでもまだ指輪を買えるだけの金はある。にとりの分だけなら。

慧音「あの日からなんやかんやと相談を受けてきたがついに結婚か。なんだか感慨深いものがあるな。もし式を挙げるなら仲人をさせてくれないか?」

男「できるといいんですけどね」

慧音「む、そのためには組織を潰さなければな」

慧音さんはシャドーボクシングならぬ、シャドーヘッドバットを始めた。

あのときの頭突きを思い出し額を押さえる。

あれは本当に痛かった。

慧音「さて指輪だな」

男「どういう奴がいいのでしょうか」

世間にあまり関わらない生活をしてきたおかげでこういうことに関しては慧音さんに頼らざるをえない。

色々な本を読んでおけばよかったと今更ながら後悔をする。

慧音「といっても私も告白されたことがあるわけではないからなぁ。聞かれても困るのだが」

男「女の人はどんなのが好きなのでしょうか」

慧音「それは個人個人違うと思うが。にとりはどんなのがお気に入りなんだ?」

男「にとりのお気に入り………」

機械? はぐるま? いやいやそんな指輪は絶対駄目だ。

なら

男「あ」

慧音「思い当たったのか?」

男「えぇ」

にとりがいつもつけているネックレス。

でもあの妖怪はどこに行けば会えるのだろうか。

男「あの慧音さん。下半身が魚の妖怪って知りませんか?」

慧音「うん? 知ってるぞ」

………さすが慧音さん。すぐに答えが返ってきた。

慧音「でも霧の湖か。遠くはないんだが近くもないな。明日は暇か?」

男「えぇ。冬ですからね」

たまに村人さんに仕事を貰って生活してるぐらいだ。でもにとりの機械修理でお金が入るので困ってはいない。

慧音「じゃあ明日行こう」

男「はい」

慧音「さぁ。行くか」

男「はい」

慧音「お弁当は持ったか?」

男「はい」

慧音「ハンケチは?」

男「あります」

慧音「よし行こう」

男「はい」

なんだか遠足みたいだな。

これで寒くなかったらいいのにな。

外套の襟を閉め白い息をはく。

白い息が空に昇って消えた。

慧音「ここらへんには闇妖怪や氷精がいたりするがまぁ私がいるから大丈夫だ」

という事ははぐれたら死を覚悟しろということか。

視界も良好だしはぐれないとは思うが、不安だな。

いっそのこと手を繋いでいこうか。

いや、さすがに駄目だな。

慧音「どうかしたか?」

男「い、いえ」

振り返った慧音さんに手を繋ぎましょうとはとても言えず、にとりを裏切るわけにもいかず、びくびくと震えながら歩いた。

慧音「ついたぞ」

男「おぉ」

広い。そして畔に建つ無視できないほど赤い洋館。

噂には聞いていたがこんなにも赤いとは。

慧音「気持ちは分かるが急ぐぞ」

男「あ、はい」

どんな人が住んでいるのだろうか。興味を抱いたがあの館に住んでいるのだから普通の人じゃないだろう。

気がついたら慧音さんは10メートルほど前を歩いていた。

あわてて追いかける。

どこからかバイオリンの音が聞こえたような気がした。

慧音「たしかここらへんだったかな」

慧音さんがごそごそと服のなかから綺麗な石を取り出す。

男「宝石ですか?」

慧音「ただの水晶だ。安いよ」

そういって水晶を湖に投げ込む。

ぽちゃんと音をたてて湖に波紋が広がる。

水晶が沈んでいき湖に黒い大きな影が現れた。

妖怪「綺麗な石ゲットです!!」

あの妖怪だった。

まるで釣られた魚のように勢いよく飛び出してきた。

その勢いで慧音さんに水がかかる。

絶対寒い。どう思い外套を脱いで慧音さんに渡した。

慧音「すまない」

………寒い。一応厚着をしてきたがそれでも冷気が肌を刺す。

できるだけ早く家に帰りたい。そう強く思った。

妖怪「はぁ。それで私に指輪を作って欲しいのですね」

慧音「できるか?」

妖怪「私だけではどうしようもないですね。石は加工できるんですけど、さすがに金属は」

そうか、ネックレスは石に穴を開けて紐を通すだけだ。

指輪とはわけが違う。

さてどうしたものか、とう考えていると妖怪が人差し指を立ててこう提案した。

妖怪「指輪さえ作ってもらえれば作ってあげますよ」

男「わかりました、へくしゅんっ。ありがとうございます」

慧音「大丈夫か男?」

男「大丈夫です。それで指輪は」

慧音「町の鍛冶屋に言えば作ってくれるだろう。早く帰ろう。風邪を引くぞ」

男「はい」

慧音「おしるこを二つ」

甘味処店員「はいー」

男「すみません」ガクブル

慧音「私のせいだからな。風邪をひいてもらっては困る」

里に戻り、甘味処に寄る。そのころには芯から冷え切っていた。

店員「おまたせいたしましたー」

店員からおしるこを受け取り、飲む。

冷えたからだに熱いお汁粉。甘い。美味い。

慧音「うーむ。指輪は最低でも明日になるだろうな」

男「大丈夫ですよ」

別にいつ渡すとかは決めてないのだ。でも聖夜に渡すとなかなかいい気がする。

慧音「あ」

男「雪。降って来ましたね」

慧音「寒くなるな。早く用を済ませよう」

そう言って慧音さんはおしるこを飲み干した。あわてて俺もおしるこを飲み干す。

鍛冶屋「指輪ぁ?」

鍛冶屋の中は真夏かと思うほど暑く、目に焼きつくほどの赤が眩しかった。

慧音「作れないだろうか」

鍛冶屋「作れるっちゃぁ作れるが今すぐには無理だぜ?」

慧音「だそうだ」

男「いつぐらいになりますか?」

鍛冶屋「明日だな」

思ったよりは時間がかからない。むしろそれぐらいで作ってくれるのならありがたい。

男「ではお願いします」

鍛冶屋「じゃあ明日の昼頃取りにきな」

男「ありがとうございます」

慧音「では帰ろうか」

男「はい」

外に出ると中とは対照的な寒さ。後ろでは焼かれた鉄が水につけられ、水が蒸発する音がしていた。

男「ただいまー」

にとり「おかえりなさい」

台所からにとりの声が聞こえた。

にとりが作ったコタツにもぐりこみ手を温める。これはやっぱりいいものだ。

男「今日のご飯は何だ?」

にとり「おなべですよー」

鍋か。何鍋なのだろうか。

材料何かあっただろうか。もしくはにとりがどこに買いにいったか。

あまりして欲しくはないが、怒ることもできずやるせない気持ちをみかんをむぐことに集中してそらす。

にとり「出来ましたよ」

にとりが鍋を持ってくる。いいにおいがした。

にとり「塩鍋です」

蓋を開けると、春菊や豆腐や鶏肉。なかなか贅沢で美味しそうだ。

男にとり「いただきます」

男「いい湯だな」

うちの風呂はにとりの改造によって外で薪を焚かなくてもお湯が沸くようになっている。

さすがの技術力だ。

男「うーむ」

窓から外を見ると雪が視界を白く染め上げる。

これは明日つらくなりそうだ。

このまま溶けてしまいたいほど心地良いお湯の中でそう思った。

男「お風呂開いたぞ」

にとり「すぅ、すぅ」

風呂からあがるとコタツでにとりが寝ていた。

さて、このまま起こして風呂に連れて行くべきか、それとも布団へ連れて行くべきか。

そう悩んでいると、にとりが目を覚ました。

にとり「えへへ。寝ちゃいました」

男「眠たいなら寝るか?」

にとり「汚れてるのは男さん嫌でしょう?」

冬だから汚れなんてほとんどないと思うが。ほとんど家のなかにいるにとりならなおさらだ。

にとり「行って来ます」

そういいにとりは風呂場へふらふらと歩いていった。

風呂の中で寝なければいいが。

そういえば最近やけに眠たそうだがどうしたんだろうか。

一緒に寝てるはずなのだが。

考えてみても分からない。

そして風呂場から聞こえる大きな水音と「きゃー」という悲鳴により思考を中断された。

男「大丈夫かー?」

にとり「だ、大丈夫です。おぼれかけただけですから」

それは大抵大丈夫とは言わない。

そもそも河童っておぼれるのか?

良く分からないが風呂場近くで待機しておこう。

今日は早めに寝よう。

このままじゃにとりが倒れそうだからな。

次の日の朝と昼の境目、道は雪で覆われていて、犬でも子供でもない俺は白いため息と共に落胆した。

空に上る吐息と一緒に気分も上がればいいのだが。

真新しい雪の上にはまだ数人分の足跡しかついておらず、ここらへんの人通りのなさを改めて実感する。

その上に自分の足跡を刻み大通りに向かう。

びゅおうと風が大量の雪を運んでいた。

男「こんにちわ」

慧音「おぉ。待っていたぞ」

今日の慧音さんは厚着をしていた。流石にこの寒さはこたえるらしい。

そして家の中にはもう一人妹紅さんが囲炉裏に当たってのんびりしていた。

慧音「4時くらいには戻る」

妹紅「わかったわー」

いつもと違ってのんびりとした妹紅さんの声。やはり暖かいものは人の心を緩めるらしい。

慧音「では行こうか」

慧音さんが雪駄を履き、雪の上にステップを踏むように足跡をつけた。

慧音「雪はいいな。綺麗だ」

そういう慧音さんの顔はいつもとは違い、無邪気な表情をしていた。

鍛冶屋「おう、出来てるぞ」

男「じゃあこれを」

鍛冶屋「多いぜ、こりゃあ」

男「ではご祝儀です」

鍛冶屋「そりゃあどうも。じゃあうちからもご祝儀だ」

そう言って鍛冶屋さんはもう一つ金属の輪を手渡してきた。

男「ありがとうございます」

鍛冶屋「良いお年をな」

男「よいお年を」

貰った指輪をつけてみる。にとりの指の大きさは伝えてあったが、俺の分もぴったりだ。見ただけで分かるのだろうか。

さすが職人技と感心しつつ慧音さんに続き里を出る。

里の外は当然ながら真っ白で霧の湖に向かう道の木は全て白く染まり、時折どさりと雪を落としていた。

巻き込まれてはたまらない。できる限り注意をする。

慧音「良かったな。やはり結婚指輪は二つなくてはな」

男「ですね」

さて、あの妖怪さんは二つもって行って作ってくれるだろうか。

作れなければ俺はこのままつけるがそれは少し寂しい。

男「そういえば慧音さんは妹紅さんと一緒に住んでるんですか?」

慧音「ん? まぁ似たようなものだ。妹紅は妹紅の家があるが基本的に私の家で暮らしてるな」

妹紅さんの家。貴族だといっていたし多分大きな家なのだろう。稗田さんと同じくらいだろうか。

しかしそんな家あっただろうか。

慧音「おっと、あぶないぞ」

慧音さんが軽く俺の体を押す。次の瞬間には元いた位置を雪の塊が通り抜けていった。

危ないところだった。

慧音さんがそこらへんにあった綺麗な石を投げ込む。

湖に大きな影が現れ昨日と同じように勢い良く飛び出してきた。

妖怪「石だー」

嬉しそうな顔を見る限り綺麗な石ならなんでもいいらしい。

男「指輪二個になってしまったんですがいいですか?」

妖怪「構いませんよー。ちょっと待っててくださいねー」

指輪を渡すと妖怪さんは深く潜っていった。水中で作業ができるのだろうか。

と思っていると妖怪さんが水面から顔だけを出した。

妖怪「あの石はどんなのがいいですか?」

男「水のような石をお願いします」

妖怪「わかりましたー」

ぽちゃんと静かに潜っていく妖怪さん。

そういえばどれだけ待てばいいのだろうか。

慧音「まぁ、というわけだ」

男「なるほどそうだったんですか」

思ったより時間は長く、久しぶりの慧音さんの授業が一つ終わってしまった。

慧音「さて、次だが」

妖怪「おまたせしましたー」

慧音さんが次の授業に入ろうとしたとき、湖から妖怪さんが飛び出してきた。

その手には薄い青色の水のような石をはめ込んだ指輪があった。

決して豪華ではないが美しい。

指輪と受け取ると、指輪は湖で冷やされ持つのがつらくなるほど冷たかった。

用意しておいた指輪入れににとりの分をいれ、自分の分は少し悩み、指につける。

ぶんぶんと手をふる妖怪さんに見送られ元来た道を戻った。

男「今日はありがとうございました」

慧音「それではいいお年を」

男「良いお年を」

慧音さんに別れを告げ家へと急ぐ。

いつもよりも胸の鼓動が早くなる。

それは決して小走りで急いでるからではなく緊張してるからだ。

指輪をにとりは受け取ってくれるだろうか。もし結婚したとしてにとりは幸せなのだろうか。

そんな自分だけでは分からない不安とこれからのことを想像すると生まれる幸せに挟まれ押しつぶされそうになる。

それでも足の速さは速くなり、鼓動も速くなる。

家が見えた。帰ったらすぐに言おう。

結婚してくださいと。

家の前に達冷たい空気を肺一杯に取り込み深呼吸をする。

鼓動が少し落ち着く。

よし、言うぞ。

そう覚悟し、扉に手をかけると後ろから声がかかった。

少女「なぁ。お前が男だよな」

振り向くといつか見た金髪の少女が立っていた。

男「あぁ。そうだけど」

少女「そうか。お前がにとりを」

もしかしてにとりの知り合いだろうか。しかしにとりに会いに来たにしては眼光が鋭い。

どう見ても年下にしか見えない少女に気おされて少しの間何も言えなかった。

それが駄目だった。

少女は八角形の何かを取り出し、こっちに向ける。どういう風に使うのかが分からない分、包丁などとは違う恐怖があった。

魔理沙「にとりは返してもらうぜ」

それは一瞬だった。

光は気がつけば俺の胸元を照らし

認識できないほどの速さで体を貫き

白い雪をなにかが赤く染め上げた。

紅白か、めでたいな。

現在何が起きているのか分からず、そんな事をふと思った。

男「あ、かは」

声が出ない。出てくるのはぬるりとした赤い液体だけ。

あぁ。これは血液なのか。

そうぼんやりとした頭で考えた。

体に力が入らなくなりどさりと扉に倒れこむ。

扉ははずれ俺と共に倒れた。

上を向くとこっちをこたつ、電灯、あとこっちを見ているにとり。

ただいま。

そう言いたくても声が出ない。

結婚しよう。

あんなに言いたかった言葉が出てこない。

にとりが叫ぶ。

少女が家の中に入ってきた。

少女「迎えに来たぜ。にとり」

少女はそう言ってにとりの元へ近寄った。

にとり「男さんっ!!」

にとりが少女の横を通り抜け俺に近寄った。

少女「え?」

にとり「大丈夫ですか!? 男さんっ!!」

多分大丈夫じゃない。胸に開いた握りこぶし大の穴からは止まることなく血液が流れ出している。

男「かはっ、げほっ」

大丈夫だよと言おうとしても声が出ない。なんとか動く手を使いにとりの頭をなでた。

にとり「男さんっ!! 男さんっ!!!」

涙を流すにとりの後ろに唖然としてこっちを見ている少女がいた。

この少女が本当ににとりを迎えにきたのなら無事ににとりを妖怪の山まで連れて行ってくれるだろう。

良かった。どうやらにとりが不幸になるようなことは無いらしい。

安堵すると同時にまぶたが重くなる。

待ってくれ。伝えたいことがこんなにあるんだ。

今までいろんなことをくれたにとりに感謝の言葉を伝えたいんだ。

家族になってくれてありがとう。

一緒に暮らしてくれてありがとう。

寂しさを消してくれてありがとう。

ふところにしまった指輪入れから指輪を取り出す。

ロマンチックな言葉なんて言えないけども。

にとりの左手を取り、薬指に指輪を通そうとする。

震えてにとりの指に上手く入らない。なんどか失敗しつつにとりの薬指に指輪を通した。

もし一番最初の出会いがあれではなかったら、俺はにとりに告白できていたのだろうか。

目の前が霞む。

もう少し待ってくれよ。好きな人の顔が見えないんだ。

男「がは、あ、けほっげほっ、いし…………て、る」

いいたかったことが言えた。

わたしもです。

そう聞こえた。

もう目が見えない。

うるさいほどになっていた外の風ももう聞こえない。

静かだ。

さっきの言葉は本当に聞こえたことなのだろうか。

そうであって欲しい。

いやきっとあれはにとりが言ってたんだ。

やった。これでにとりと俺は夫婦だ。

幸せにな。にとり。

世界が消えた。

にとり「男さーんっ!!」

にとりの絶叫により我に返る。

どういうことだ。

にとりは誘拐されて奴隷になったんじゃないのか。

ファッションというにはあまりにも無骨なあの首輪が証拠じゃないのか。

肩から見える痛々しい傷が証拠じゃないのか。

なのになんで

にとりはあんなにも涙を流しているんだろう。

私はにとりを救ったんじゃないのか?

そうだそのはずだ。

しかし頭の端にあるもう一つの可能性が消えない。

私はにとりの大切な人を殺してしまったのか?

いいや、違うありえないと言い切るにはあまりにも無理があった。

どうすればいい 私はこの状況をどう対処すればいい

にとりはまだ泣いている。なんとか泣き止ませて連れて帰らなければ。

まてよ。そういえば私は人を殺してしまったんだ。殺人罪………いや目撃者はいない。なんとかなるか、にとりが言わなければ。

にとりの声を聞いて誰かが来る前に無理やりでもいいから立ち去らないといけない

にとりの肩に手をかける

にとり「触らないでよっ」

払われる。こっちを睨むにとりの表情はまるで親の敵を見るような表情で

なんで私がこんな顔で睨まれないといけないんだ? 私はただにとりを救いに来ただけなのに。

あぁそういうことか

魔理沙「にとり。迎えに来たよ」

暴れるにとりの首に魔法で電流を流し気絶させる。

ぐたっと倒れたにとりを抱き抱え箒にまたがる。

魔理沙「お前は洗脳されてたんだよ」

だから私は正義だ。

ほうきに魔力を込め、スピードを上げる。

冬の風は冷たく、まるで刺す様な痛みを私に与えてくる。

雪で視界が悪い。吹雪というわけでもないが雪の量はかなり多い。

魔理沙「さて、にとりの家に行くかな」

にとりを抱く力を強めにとりの家へ急いだ。

妖怪の山。天狗も今日は忙しいらしく、いつもならうるさい椛もいなかった。

にとりの家は川のほとりにある。

なので川をたどっていると厄神を見つけた。が、関わらないことが一番なので無視をする。

どうやら川に厄を流しているらしい。

にとりの厄を流せば洗脳が解けるだろうか。

それでも関わらないのが一番だ。

長い時間飛んできたため、手足の感覚が鈍くなってきた。早く家の中に入ろう。

にとりの家は私の家と同じように趣味を前面に押し出している。

だが家主をしばらく失っていたおかげで、機械よりはほこりなどで廃墟という印象のほうが強かった。

魔理沙「これは、掃除をしなくちゃな」

にとりをベッドに寝かせ、ほうきを構える。

アリスみたいな魔法が使えれば掃除も楽だとは思うのだが、私には向いていない。

攻撃8割の私の魔法はこんなときに不便だ。綺麗にすることはできるが、必要なものまで綺麗にしてしまう。

小悪魔みたいな使い魔も召還できないしな。

魔理沙「さーて。頑張るか」

数時間はかかるだろう。拳をぐっと握り締めやる気を出す。

数分後、誰も聞いてないグチをつぶやくことになった。

魔理沙「ふへぇ。やっと出来た」

ぴかぴかとまでは言わないがある程度綺麗になった部屋をみて一息つく。

魔理沙「にとりは。うわぁっ」

にとりは目を開けてじっと天井を見ていた。

それが不気味に見え、少しのけぞる

魔理沙「起きてたんなら言ってくれよ」

返す声はない。にとりはただひたすらに天井を見上げる。

魔理沙「ここはお前の家だぞ」

にとり「…………がう」

小声で何か言っていたが上手く聞こえなかった。まぁ反応したという事はこっちの声が聞こえてないわけじゃないみたいだ。

少しづつでいい。話しかけていよう。

そうすればいつものにとりに戻るだろう。

そんな根拠のない自信を抱いていた。

魔理沙「ほらにとり。口開けろ。アリスほどは美味しくないとおもうけどさ」

あれからにとりは私の言葉に反応せず、結局日が暮れるまでなんの行動もおこさなかった。

なので夕飯を作り、にとりの口元まで持っていく。口を開けないので多少無理やりに突っ込み食べさせる。

小さく口が動いて飲み込んだ。

まるで老人介護だなこれは。

したことは無いから分からないがおそらくこんな感じなのだろう。

にとり「…………うぅ」

魔理沙「どうしたにとり。私の料理がおいしすぎて涙が出てきたのか?」

にとりの目から涙がこぼれる。

初めはぽたぽたと零れ落ちていたがすぐに涙が線になって落ち始めた。

まぁ、これもいずれ治るだろう。

魔理沙「おやすみ。にとり」

泣きつかれ眠ってしまったにとりの髪をなで部屋からでる。一応鍵をかけておいた。

魔理沙「さて。私も寝るかな」

空は暗く。星が良く見える。

にとりと一緒に天体観測もいいかもなぁ。

あの男と過ごした記憶なんて全部消えてしまうくらいこれから思い出を作ろう。

さぁて明日から忙しくなるな。

次の日、目が覚めたのは早朝。手早く服を着替え適当に食材を袋に入れ持って行く。いってきますと誰に向けても無い言葉を口に出し外に出る。

雪はかなり深くひざ近くまである。

ブーツを履いてきたがこのままじゃああんまり意味がないな。

ほうきにまたがりつつ八卦炉をカイロ程度の暖かさに調節する。

魔理沙「おぉ。さむさむ」

早くにとりの家に行こう。あの家ならこたつがあるしな。

魔理沙「にとり。入るぜ」

鍵を開けにとりに部屋の中に入るとにとりがガチャガチャと何かをいじっていた

にとり「あ、魔理沙。おはよう」

魔理沙「おはよう」

にとりのいつも通りの笑顔。

やっぱり昨日はいきなりで混乱しただけみたいだ。

やっぱりあの男は悪者で私がしたことは間違ってなかったんだな。

魔理沙「朝飯食べるか?」

にとり「うん。あ、魔理沙一つお願いがあるんだけど」

魔理沙「なんだ?」

にとり「男。持ってきて」

え? 今なんていったのだろうか。耳が捉えた音は脳で声になることはなく、理解ができなかった。

魔理沙「すまん。もう一回言ってくれ」

にとり「男持ってきて。ちょっと私作業があるから」

そういいにとりは手元の機械をいじり始めた。

魔理沙「なんでだ?」

にとり「なおそうと思って」

魔理沙「おいおい。あれはもうなおらないんだぜ?」

あの量だと出血多量だ。それでなくてもショック死や凍死ぐらいしてるだろう。

人間があの傷を受けて生きてるはずがない。もしもなんらかの要因で生きてたとしてもなんでにとりにそれが分かるんだ?

分からない。にとりの顔は当たり前のことを言っていた表情をしていた。一足す一が二であるように、それが当然のように言ってのけた。

魔理沙「死んだ人間は治らない当然だろ?」

にとり「壊れたら直せばまた動き出すよ」

会話が成り立たない。まるで違う言語で話し合ってるかのような致命的な意思伝達の齟齬

にとり「ねぇ、魔理沙お願い」

にとりは可愛く笑って見せた。

魔理沙「おう」

思わず返事をする。

だけど、なんだろうこのものすごい違和感は。

空を翔る。速く、もっと速く。

まだ雪は積もっている。男の死体が雪で隠されてる可能性がある。

それに早朝だ。まだ人は動き出さない。

今しかチャンスはない。

魔理沙「死体泥棒なんて始めてだぜ」

泥棒といえるかどうかは知らないが、いくら犯罪者の死体だとしても趣味のいい事とはいえない。

魔理沙「さむ………」

八卦炉の熱量を上げ体全体を温める。

それでも寒気は取れない。

風邪でもひいたのだろうか。

魔理沙「あった」

男の死体は昨日と変わらずそこにあった。上に雪をかぶせ隠れているが白に映える赤のおかげで発見は簡単だった。

全身を掘り出し引きずる。

魔理沙「重いな。まったく」

手首を持ってきた紐で縛りほうきに通す。私の力じゃずっと支えておくことは出来ないだろう。

多分時間はすでに7時くらい。時間が過ぎれば見つかる可能性が飛躍的に上がる事は考えるまでもない。

にとりの光学迷彩を持ってきたほうが良かったか。あんなものでも、人を吊るした魔女からなんだか良く分からないものになるから利用価値は大分ある。

魔理沙「ま、日ごろの行いがいいからな。大丈夫だろ」

浮き上がり一気に空へ駆け上がる。できるだけ人の目からは見えにくいところまで。

ぶら下げてるものがずれ重心が狂ったがなんとか墜落はさけれた。しかしあまり上まではこれなかったな。

まぁいい。あとは全速力で帰るだけだ。

ほうきにつぎ込む魔力を弾幕勝負のとき以上に込める。

魔理沙「ご機嫌なスピードだな。全てが吹っ飛んでいくぜ」

無駄にテンションを上げはしゃいでみても痛いほどの寒さがこれが夢ではないことを冷酷に告げていた。

にとり「お帰りー」

魔理沙「ただいま」

床にどさりと男を落とす。

にとりは欲しかったおもちゃを与えられた子供のように顔を輝かせた。

にとり「ありがと魔理沙っ」

にとりは男の体を軽々と持ち上げ、意気揚々と自分の部屋に入っていった。

魔理沙「飯でもつくるかな」

とりあえず今は何も考えたくない。

考えてしまったらこの状況を受け入れてしまうような気がしたから。

ぐつぐつと鍋の中の食材が煮える音を聞きながら、この漠然とした不安をどう処理していいものか迷う。

天狗ほどではないが河童もそれなりに集団的社会を築いている。

つまりイレギュラーは排除されるということだ。

にとりがこのままだと危ない。具体的にどう危ないのかは分からないが死体を直そうとするなんて

そう思ったとき頭の中に一人特徴的な青い髪をしている人物が浮かび上がった。

死体を直し使役する邪仙、霍 青娥。

もし、もしもだ。

私が死体を操り、さも男が生き返ったかのように見せればにとりは昔のにとりに戻るんじゃないだろうか。

悩む時間はあまりない。できるだけ早く決断を決めなければ死体が無機物と融合した何かになってしまうかもしれない。

そんなんじゃ生き返るわけがない。者は物じゃないのだ。

当たり前のことを理解していないにとりは認めたくなかったが狂っている。

人を殺して、それを正当化しようと考えを張り巡らせる自分と同様に。

火の変わりに使っていた八卦炉を止め、懐に入れる。

魔理沙「にとり。出来たぞ」

そう奥に呼びかけると、んー分かったーと言う声が返って来た。

魔理沙「私は少し出かけてくる」

再びさっきと同じ言葉が返ってくる。どうやら直すのに夢中なようで私が言った言葉の意味を理解せず機械的に返しているだけのようだ。

壁に立てかけておいたほうきを手に取り外に出る。

青娥ならおそらく妖怪寺の地下にある夢殿大祀廟にいるだろう。

今は年明け前だが相手の都合なんて知ったことじゃない、何か言っても黙らせればいい。

私の魔法は破壊しかできないが、その分破壊魔法だけならだれにも負けないと自負している。

かならずにとりを救ってみせる。

独りよがりでもいい。にとりを救うためなら何だってしてやる。

もう一人殺したのだ。ためらう理由なんてない。

魔理沙「よう失礼するぜ」

門番をしていたキョンシーが何か言っていたが無視をして中に入る。

中には年明けに向けて忙しそうにしている門下生がいた。

その中に紛れて忙しそうに走り回ってる二本足の幽霊を捕まえて青娥の居場所を聞く。

屠自古「はぁ? 青娥なら多分離れでなんかしてんじゃないの?」

魔理沙「そうか。じゃあな」

屠自古「ちょっといきなりいったいどうしたの、って無視か」

神子「魔理沙。今日は一体どうしたのですか? まさかやっと弟子に」

魔理沙「分かってるんだろ?」

離れに向かっていると耳当てをつけた聖人。豊聡耳 神子がいた。

神子「まぁ。その通りなんですが。今の貴方は読みにくい」

魔理沙「どうした? 歳で耳が遠くなったのか?」

神子「お黙りなさい。私は耳が遠くなるほど耄碌してないですよ」

魔理沙「本当かね」

神子「狂気に飲まれることはあまりオススメしないわよ」

魔理沙「狂人としての教えか?」

神子「否定はしないわ」

魔理沙「なら頭の片隅にでもしまっておいて置くぜ」

神子の横を通り離れに向かう。

すれ違う時に神子がやたらと寂しそうな顔をしていたのが気になった。

魔理沙「青娥、いるか?」

青娥「青娥にゃんは不在にゃーん」

八卦炉を壁に押し当て握り締める。

破壊するためだけの単純な魔力が壁に穴をあけた。

魔理沙「よう」

青娥「まったく、壁抜けは私の専売特許なのよ?」

魔理沙「直せるんだから問題ないだろ?」

青娥はそういう問題じゃないわよといいながら抜けた壁のあった位置をぺたぺたと触った。

認識する速度よりも早く壁が元通りになった。理屈はまったく分からない。これだから仙術ってのはあまり好きになれない。

大胆不敵に事理明白が私の生き方だ。

青娥「で、今日は何の用かしら。年明けで私は忙しいのだけど?」

魔理沙「師走って言葉に真っ向から喧嘩を売るようなだらけっぷりの癖に良く言うぜ」

青娥が着ている服装は寝巻きで、さらに言えば後ろに布団が見えている。

これじゃあ邪仙じゃ無くて駄目仙人だなと、心の中で笑う。

しかしこんなのしか頼りにならない。まったくままらない人生だなとため息をついた。

魔理沙「今すぐ術を教えろ。死体を操る術を」

青娥「あらあら。普通の魔法使いから普通の死霊使いにでもなりたいのかしら?」

魔理沙「あぁそれでいいから早く、できれば一日以内に」

青娥「うーん。どうしようかしら。人間大好きな青娥娘々としては二つ返事で答えてあげたいけど」

魔理沙「人間が好きなのは使いやすい駒とか珍しい奴のことだろう?」

青娥「そんな私を人でなしみたいに言わないでよ。人じゃないんだけどにゃーん」

あぁ、やっぱりこいつは苦手だ。たとえ両手両足を切り落とし、顔を除いて水につけてもこいつは何も変わらずなぜかこっちが追い詰められているように思うだろう。

底が見えない。浅いのか深いのかそれすらも分からないような真っ暗闇の湖のようだ。

魔理沙「なんでもするから教えてくれ」

土下座でもなんでもいい。異変を起こす手伝いをしろっていうのなら手伝ってやるから。

こんな会話をしている時間でさえ取り返しのつかないことになる要因かもしれないんだ。

そう覚悟をしていたが青娥の告げたことはとても簡単なこと。

青娥「貴方の死体を私に頂戴」

簡単だがとても嫌なことだった。

魔理沙「あぁ。いいぜ」

青娥が笑顔になる。誰しもを魅了する笑顔。しかし、それと同時に恐怖を感じる。

青娥「うふふ。じゃあついてきて」

魔理沙「おい、どこにいくん――――っ!?」

視界が歪む。いや歪んでるのは視界じゃなく空間。普通の部屋がいつの間にか古い木製の小屋の中に。そして気づかないうちに青娥の横には芳香が。

変化というよりも変異。明らかに異質な現象が目の前で起きた。

魔理沙「おいおい。これが仙術か?」

青娥「どう? おどろいた?」

魔理沙「あぁ。どんな手品だこれ」

壁に触れる。感触は木。幻覚じゃない。触覚までいじられてたら分からないが。

芳香「おぉー。ひーさーしーぶーりー」

芳香が両手を開いてはしゃぎまわる。どういうことだ。久しぶり?

魔理沙「ここ。どこなんだ?」

青娥「仙界。不法侵入だけどね」

魔理沙「おいおいおいおい。待てよ。大丈夫なのかよ」

青娥「大丈夫よ。見つからないから」

そんな理由で。いや見つからなかったらOKは私も良く使うのだが。

青娥「それにここなら時間が経たないわよ」

魔理沙「なるほどな」

青娥「さ、さっそくはじめるわよ」

そう言って青娥はわざわざある扉を無視して穴を開け外に出る。

芳香「おー」

魔理沙「ちょっ。おいっ!」

芳香に続いて外に飛び出すと目の前には青と白。

見上げなければ見えないものが目の前にあった。

青娥「絶景でしょ?」

絶景ではあるが、落ちたら死ぬという不安に素直に感動は出来なかった。

青娥「さて、はじめるわよ」

魔理沙「始めるってど―――」

ぱぁんと水袋がはじけるような音。





ピンク

弾けてた。芳香が

笑顔のまま

ごろりって

魔理沙「お、おううぇえええぇえええええっ」

胃液が逆流して口いっぱいに不快な酸味が広がる。吐き出すのを我慢して飲み込む。

そんな私を無視して、青娥が芳香に近寄る。

青娥「さ、直すわよ」

青娥は自然に、愛しい人に触れるように、芳香を撫でた。

青娥「見てて」

青娥が転がった腕を掴み体に押し当てる。

傷跡を指でなぞると傷口が消え、もとの芳香に戻る。腕だけ。

次々と飛び散ったパーツを押し付け同じことを繰り返す。

芳香「もーとーどーおーりー」

青娥「分かった?」

魔理沙「わかんねぇよ」

猟奇的な場面にしか見えなかった。実際間違えでもない。

青娥「しかたないにゃー。青娥にゃんが基礎から教えちゃうにゃん」

魔理沙「おうおう。そうしてくれ」

いきなりあれは精神衛生上悪い。

青娥「タオってのは宇宙そのもの。言い換えれば真理」

魔理沙「分からん」

青娥「それは当たり前のこと。りんごは赤い、空は青い、私は美人。みんな当たり前」

魔理沙「は、はぁ」

青娥「空は飛べる? ほうきなしで」

魔理沙「霊夢じゃあるまいし飛べるわけないだろ」

青娥「飛べる」

魔理沙「どういうことだ?」

青娥「空は飛べる、傷はなぞれば消える、空間は作れる」

つまり自分でできると思い込んだことはできるってことか?

青娥「理解するのに、時間かかるから一つだけ言うわよ」

魔理沙「なんだ?」

青娥「肉体を修復する術と、肉体と魂を結びつける術だけを覚えなさい。理解しなくてもいい」

魔理沙「おい、理解しろって言ったり、すんなっていったり」

青娥「行くわよ」

パンッとまた芳香が壊れる。

青娥「直しなさい。やり方は見たでしょう?」

魔理沙「だから見ただけじゃ」

青娥「見たことなら信じられるでしょ」

そう言って青娥は消えた。

残されたのは青娥と私。

なんだよ、いったいなんなんだよ。

魔理沙「くっつけくっつけ」

壊れたおもちゃを直す子供のように押し付けてみる。

ぐにょりと肉と肉が触れ合うだけで、傷跡が消えたりはしない。

魔理沙「たしか指で」

傷口をなぞる。ぬるぬると滑り傷口が

魔理沙「消えない」

わかってはいたが

いや、分かってたらいけないのか。

青娥は当たり前のように直した。

たしかこういう風に

魔理沙「消えた」

直る、人は直せるんだ。

それは狂気

だけど

否定する必要はまったくない

芳香「おぉー。からだががくがくするぞー」

魔理沙「うるせぇ。ばらしてやろうか」

芳香がキョンシーみたいな動き(?)していて面白い。

青娥「良く出来ました」

芳香「せいがー。がくがくするぞー」

青娥「後で直してあげるわよ」

魔理沙「あとは体と魂を結びつけるだけだが」

青娥「ステップツー」

魔理沙「なんだ?」

青娥「冥界から魂パクってきなさい。直したい人の」

魔理沙「は?」

小町「ふーん。なかなか面白い人生送ってきたんだねぇ」

男「そうですか?」

気がつくと変なところにいた俺は胸の大きい女性に連れられ舟に乗っていた。

小町「まぁ、まさかあの魔理沙がね」

男「知り合いなんですか?」

小町「知り合いだよ。ついでに言うと同棲してる河童も知り合いだよ」

驚いた。世間は狭いなぁ、と思いつつ、なんで地獄の渡しがそんな知り合いが多いのかと疑問に思った。

男「ところでいつまでこれに乗るんですか?」

小町「人身売買は罪だから長くなると思うよ」

男「そうですか」

小町「まぁ、そこであたいがこういってやったのさ。犯人はお前だってね。っとついたよ」

小野塚さんの話を聞きながら体感時間にして大体6時間。特に善行を積んでなかったのでそこそこ長かったらしい。

舟から降りて辺りを見ると木が生えてたりはするが基本的に殺風景だ。

小町「ずっとそこまっすぐ行けば是非曲直庁があるから、あとは一人で頑張りな。じゃあたいは行くから」

振り向いてお礼を言おうと思ったがすでに小野塚さんはいなかった。

男「さて、行くか」

出来れば転生まで期間が短いといいなぁ、と思いつつ殺風景な一本道を歩いた。

男「でけぇ」

是非曲直庁についてまずそう思った。稗田家よりも大きい。それに石みたいな素材で出来てる。

気おされながら中に入ると、きっちりとしたスーツを着た人がいた。頭から生えた角を見るとこれが獄卒というやつだろうか。

獄卒「そちらにおかけになってお待ちください」

男「あ、はい」

椅子に座って周りを見渡すが、俺以外に人はいない。

どうやら世間は平和のようだ。

そのおかげで五分程度で名前を呼ばれた。

さて、地獄か天国か。

天国だといいなぁ。

東方なら

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関係ないので
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扉を開け、中に入るとそこにいたのは小さめの女性。そういえば人里で見かけたことがあるような気もする。

映姫「どうも。裁判長の四季映姫・ヤマザナドゥです」

男「男です。よろしくお願いします」

映姫「それで、貴方の罪ですが」

そう言い、四季さんは鏡のようなものを取り出し、それを眺めた。一体何をしてるのだろうかと思い、見ているとなにやら渋い顔をした。

映姫「そうですか。他殺でしかもその相手が魔理沙ですか。失礼貴方の過去の行いを見ていました」

この人も魔理沙と知り合いなのか。結構あの少女は顔が広いみたいだ。

映姫「そして罪状は人身売買。といっても過去の経歴から情状酌量の余地あり、そしてその被害者に対し人道的な扱いをしてるのであまり罪は重くならないでしょう」

男「そうですか。転生するにはどの程度時間がかかりますか」

映姫「おおよそですが40年程度でしょうか」

40年………その間にとりは俺を覚えていてくれるだろうか。

俺はもう一度、彼女に告白をすることができるだろうか。

映姫「さて、判決ですが……………ん?」

四季さんが首をかしげた。

その次の瞬間。轟音が

魔理沙「……………」

映姫「魔理沙っ!?」

魔理沙「よう。久しぶりだな。貰ってくぜ」

そう言い、加速して俺に接近。そして腕を掴み、そのまま空中へ。

男「な!?」

映姫「魔理沙っ。どういうつもりですか!」

魔理沙「じゃあな」

外の光景がぶれる、加速をしたのだと気づいたのは数瞬遅れた後だった。

石の建物から殺風景な空へ、瞬く間に景色が変わる。

なぜ、なにという感情よりも先に、恐怖。

幽霊なので死なないとは思うが、それでも死の恐怖というのは残っている。

魔理沙「ははっ。ははははっ!!」

上を見上げると魔理沙は酷く歪んだ泣き笑いのような表情をしていた。

四季映姫の所から男を連れ去り、あとは体と結びつけて操るだけだ。

にとりのためなら、一生偽ってやる。でも意識があるこいつは大嫌いだ。

だってこいつのせいでにとりが私を見てくれない。

本当なら、にとりの隣にいるのは私だって。

そうであるべきなんだ。

出来ることならこいつをこのままにしてにとりを時間をかけて慰めればいずれにとりは私の事を好きになってくれるかもしれない。

でも、もしかしたらにとりが壊れてしまうかもしれないという恐怖でそれを選ぶことができなかった。

結局のところ私は

魔理沙「あいつの一番になれないのかよ」

悲しくて、悲しくて。泣きそうになるのを通り越し、笑いそうになる。

またか、やっぱり私は幸せにはなれないんだ。

誰か私を好きになってくれよ。

なぁ

自分ではそうは思わないが、世間一般的に見ると私は狂っているのだろう。

なぜなら私は、女性が好きだ。

友好と同時に性的な意味で好きだ。

その原因は

商人で他人を蹴落としてきた父親

孤高で美しく強い霊夢の存在

だろう。

霊夢にはふられてしまったが、今までと変わらずに接してくれる霊夢にまた惚れた。

でも今はにとりが好きだ。

手に入らないとしても私はにとりが好きだ。

大好きなんだ。

魔理沙「なぁ。もしもお前がいなかったら、私はにとりと付き合ってたかと思うか?」

男「え?」

魔理沙「いや、なんでもない」

帽子を深くかぶり速度を上げる。

もうすぐ地上だ。

にとり、喜ぶかな。

喜ぶだろうな。

ちくしょう

男「俺をどうする気だ?」

魔理沙「にとりに会いたいんだろ? 会わせてやるよ」

キョンシーにしてな。

地上にでると雪は止んでいた。

雲の切れ間から射す光が雪に反射して眩しく光る。

綺麗だな。

男「にとりに会わせてくれるのか?」

魔理沙「あぁ。ずっと一緒にな。お前がいないとにとりが悲しむ」

男「………一言でいいんだ。それだけでいい」

ふざけるな。お前の希望とかは心底どうでもいい。

にとりが悲しまないように。

お前はそれさえしてればいい。

魔理沙「ちょっと待っててくれ」

男「あぁ」

男を残し、家の中に入る。もう死んでるんだから平気だろう。

魔理沙「ただいま」

返事がない。どうしたんだ? 寝たのか?

部屋の扉に手をかけ、開ける。

にとり「っ!!」

モンキーレンチが飛んできた。反応ができずに腕に当たってしまった。じんじんと痛む腕とこっちを涙目で見てくるにとりで頭が働かない。

どうしたんだ、いきなり

にとり「お前が男を殺したんだねっ!! この人殺しっ!!」

にとりの目はまるで親の仇を見るような目で、その視線に射抜かれ、少し後ずさる。

魔理沙「おいおい。いきなりどうした」

なんとか平静を装い近づく。

にとり「近寄らないでよっ!!」

堅い鉄で出来た部品が頭に当たった。

何か皮膚の上をどろりとした液体のようなものが流れる。

それは温かくて、まとわりつくようにねっとりとしていた。

にとり「おまえがっ!! お前がっ!!」

だからなんでそんな目で見るんだ?

にとりのために色々してきたのに

あぁ、頭が痛い。でも思考は不思議とすっきりしていた。

にとり「しんじゃえっ!!」

にとりはかばんの中から大きなスパナを取り出した。

あれで殴られると痛いだろうな。死ぬのかな。

まるで他人事のように考える自分がいる。

この現実を受け入れられない自分がいる。

魔理沙「あぁ、もういいや」

私はにとりに近づいて、その細く綺麗な首筋に手をかけた。

魔理沙「死んでも生き返らせればいいしな」

そうか、初めからそうすればよかったんだ。

キョンシーなら私の言うこと全部聞くしな。

にとり「か、ぐぎっ。が」

にとりの手が首にかかっている手を剥がそうとしてくる。

抵抗してさらに力を入れる。

なんどか私の手の甲を引っかいた後、にとりの手はだらんと重力にしたがって垂れ下がった。

首から手を離すと、どすんと床に落ちるにとりの体。白かった首は、紅葉したように赤くなっていた。

魔理沙「ははっ。あははっ」

魔理沙「幸せだなぁ」

にとりの体を抱きしめる。

川のにおいがした。

ずるっ、ずるっと男の体を引きづる。

魔理沙「一応約束だもんな」

扉を開けると律儀に男が立って待っていた。

魔理沙「待たせた、なっ!!」

どさっと雪の上に体を放り投げる。

男「なっ」

驚愕して、動けない男の魂を掴み、体に向かって投げる。

まるで空気が入ってる袋のように軽い。

体のほうへ正確に飛んでいった。

魔理沙「こうやればいいのか?」

魂を掴んで、体に押し付ける。

これでいいだろ。絶対。

ほら、魂が体に吸い込まれてった。

うん。できたできた。

魔理沙「次はにと………」

頭に衝撃。

振り返るとそこには

魔理沙「にとr」

二度目の衝撃。

帽子が吹き飛び風に乗ってどこかへ消えた。お気に入りだったのに。

いやなんでにとりが目を覚ましてるんだ?

思考は三度目の衝撃によって中断される。

血が視界を染め上げる。

ヤバイ。痛みがない。ヤバイ。

雪の上を転がりながら避ける。後ろで空を切る音がした。

魔理沙「う、あっ。わぁああぁあああ!!」

足元は雪で走り出そうとしても上手く走れない。無様に転がるように走りだす。ちらっと後ろを見ると、にとりは男の体を抱きしめていた。

逃げれる。

とにかくどこかへ逃げよう。ほうきはないが、どこか安全な場所へ。

どれだけ走っただろう。いやもしくは歩いていたのかもしれない。

そんな判断がつかないほどに思考が鈍っていた。

出血と寒さで今までどうやってここまで来たのかは覚えてない。

霊夢「……………」

ただ、霊夢が今目の前にいるという事実だけあればいい。

霊夢はいつだって助けてくれる。

霊夢「魔理沙」

凛とした霊夢の声。あぁやっぱりいいなぁ。霊夢は。

私には結局のところ霊夢しかいないんだ。

だって霊夢は私のあこがれで好きな人で、狂おしいほどに愛している。

霊夢「逮捕するわ」

寒さのせいか幻聴が聞こえた。

霊夢の袖からいくつものお札がこぼれおち、しかし地面につくことはなく私に近づいてくる。

どうやら血を失いすぎて幻覚を見ているようだ。

霊夢「さよなら、魔理沙」

慧音「罪状は殺人、死体隠蔽、殺人未遂、誘拐、公務執行妨害か。これは」

紫「死刑ですわ」

慧音「しかしだな。彼女は今まで異変解決に多大な貢献をしてきて」

紫「異変解決は博麗の巫女の役目。そうでしょう?」

慧音「………まぁ、そうだが」

紫「それとも何か問題があるのかしら?」

慧音「………ない」

紫「それではそういう事で」

慧音「………………分かった」


その日、普通の魔女が死んだ。

にとり「ご飯ですよ。あなた」

エプロンをつけたにとりの左手の薬指には輝く指輪。

そう、俺とにとりは結婚した。

死が二人を分かつまで、というがそれにはまだ相当時間がある。俺にいたっては実質永遠だ。

これからはにとりと幸せな家庭を築いていけるだろう。ゆっくりとマイペースに。

男「あぁ。今行くよ」

あの日なぜか魔理沙は俺をキョンシーとして生き返らせた。魔理沙が死んだ今、俺は術者を失ったキョンシーという事で消滅するかと思ったが、青娥さんが俺の体を見てくれることになった。

気絶したにとりを助けてくれたり、とてもお世話になっている。いつかお礼がしたいと思ってはいるが、何を送ればいいのかわからないので保留中だ。

後で慧音さんから聞いた話だが、魔理沙の死体はどこかへ消えたらしい。

もしかすると生きてる可能性もあるから気をつけておけと言っていたので不安ではある。

が、今のところ平和な毎日を送っている。願わくばこの日常が壊れないことを。

きっかけはにとりを数十万で買ったこと。

でも、にとりからはそれ以上の色々なことを貰った。

男「お値段以上、にとり」

なんてな。不謹慎か。

にとり「何かいった?」

男「うん。大好きだよにとり」

にとり「な/// いきなり朝っぱらから何言ってるのさっ!」

にとりの顔がいっきに赤くなる。そのままうつむいてもじもじと指をあわせていた。

男「はっ。まさかにとりは俺の事が嫌いに」

にとり「無いよバカっ!!」

男「じゃあ」

にとり「好き、だよ」

男「にとりーっ!!」ガバッ

にとり「ひゅいっ!? ご飯冷めちゃうからっ!」

男「知らんっ!」

にとり「えぇ!?」

まぁ、なんだ。

現在、バカみたいな行動してるけど俺は幸せです。

おわり

~劇外の邪仙の独り言~

青娥「これは言うなれば、二人の夫婦の物語と一人の魔女の物語」

青娥「二人死んで、一人は生き返った」

青娥「この悲劇の原因はなんなのかしらね」

青娥「紫が男の母親を食べちゃったこと? 秘密結社がにとりを誘拐したこと? 男がにとりを買ったこと? 魔理沙が男を殺しちゃったこと? それとも私が変装して魔理沙に男が犯人だって教えたことかしら」

青娥「ま、そんな事はどうでもいいわね」

青娥「人生は劇のようなもの。それは何も無いつまらない劇なのか山あり谷ありの名作劇なのかは終わってみなければ分からないし、自分が主演という保証もない」

青娥「たまたまこの劇で主演の役を引いたのがあの三人だっただけの話」

青娥「そう。たまたま、脚本家の思惑でそうなっただけ」

青娥「まさかこう簡単に思惑通りにいくなんて脚本家冥利に尽きるわね」

青娥「ふふ。怒ってる? 魔理沙」

魔理沙「いいえ。青娥様」

青娥「本人から許されちゃったわぁ」

青娥「なら私は悪くないわね」

青娥「残念」

これで終わりです。

魔理沙の扱いが酷いですが、魔理沙は好きですよ?

基本嫌いな東方キャラはいません。

出来れば魔理沙が幸せになれる話を書きたいですね。

ネタが思い浮かんだらですが。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年11月17日 (木) 20:44:14   ID: lzH9ScQB

一ヶ月分の生活費で買ったって言ってたのに終盤では数十万円で買ったことになっとるやん。

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