【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】2 (1000)



※原作設定を甚だしく崩しております

※カップリングは特にありません

※たまにグロいシーンがございます

※脳内変換、ご都合主義よろしくです


前スレ↓
【上条浜面】とある四人の暗部組織【一方垣根】

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1333929580(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)



こんな時も寝てしまうという自分のクオリティに、額が地面から離れません

とりあえず投下しゅーりょーです


一年でようやくスレが終わるってペース遅くね俺……?



投下します










『オイオイ、どうしたよお兄ちゃん? そんなんじゃ妹の弔い合戦なんねーぞ』








……うるせェ。








『ハハハッ! 何だぁその様は!? さっきまでの勢いはどうした小僧ォ!』








……うるせェよ。








『まさか能力で俺を殺せると思ってるワケか? やだねぇ……だからテメェはいつまで経ってもクソガキなんだよ』









うるせェっつってンだ!!








「一方通行……?」




一方「!!」



まず視界に入ったのは、自宅の天井だった。
寒気と汗がヒドい。息切れもあったのか、荒かった。

また、だ。『あの日』の夢。

理由は判らないが、最近になって頻繁に見る。
こうも毎晩、精神的ダメージを負わされては正直辛い。
身が保たないだろう。その内、本気で倒れ兼ねない。



「大丈夫ですか? とミサカは心の底から一方通行を心配します」



優しい声と共に、そっと頬に温かい何かが添えられた。
見れば、00001号が正座した状態で手を伸ばしていた。
撫でるように添えた手は悪意の欠片も無く、まったくの好意のモノ。

一方通行は彼女すら届かないほどの小さな声で、ぼそりと呟く。



一方「オマエか……」

00001号「はい。ミサカです。とミサカは返答します」



どうやら聞こえたらしい。
至極健気な返事が返ってきた。


彼は前髪を掻き上げながら、



一方「今、何時だ?」

00001号「……ミサカネットワークに接続した所、ちょうど昼過ぎみたいです。とミサカは答えます」

一方「もォそンな時間か……あン? オマエは何時から起きてたンだ?」

00001号「五時間前です。とミサカは即答します」

一方「……まさかとは思うがよ、ずっとそォしてたとは言わねェよな?」

00001号「そうですが、何か問題でも?」

一方「馬鹿野郎」

00001号「あうっ」



ピシッと小気味の良い音を鳴らし、デコピンを放つ。
00001号は衝撃と痛みに襲われ、思わず一方通行から手を離して額をさする。
恨めしそうな目で、彼を睨んだ。




00001号「……痛いです。とミサカは涙目になりながらも必死に睨みます」

一方「痛くしたンだから当然だ」



言葉と共に上体を起こす。
どうやら、いつの間にか毛布が掛けられていたらしい。
自分にはベクトル操作が働いているから、必要はないのに。

本当に律儀で物好きなヤツだと、心底思う。
こんな自分に悪意も無く話しかけ、ましてや居候として住み始めた。






『兄さん!』






……懐かしい。懐かしい感覚だ。
ずっと浸っていたい、まるで麻薬のような陶酔に襲われる。
あの頃は毎日味わっていたはずの感覚。


なのにどうして、『蟠り』が己の中で渦巻くのだろう?

本来なら泣いて喜ぶほど、取り戻したいモノなのに。
何故、自分はこの感覚に違和感を覚えてしまっているのか。
実の妹ではなく、この少女だからか?



一方(わっかンねェ……)



知識不足なのか、経験不足なのかさえ判らない。
まだまだ己は未熟だと、痛感する。
このような事柄も理解に至らなくて、何が学園都市の第一位か。





———『復讐が終わったら、お前はどうなる?』





……いつしか、上条に問われた記憶がある。
何を言っていいか判らず、言葉を詰まらせたのも明確に覚えている。

あの時、自分は何て答えを返しただろうか?
問われた言葉だけが脳裏に焼き付いていた。





———『復讐の先に何を求める? 復讐で染まったテメェは、未来に何を願う?』





居丈高に告げられた理由は確か、逃げ場を与えないためだったはず。
生半可な答えは要求されなかった。


木原を殺して、何が残る?
殺された妹も殺した仇も居なくなって、残された自分はどうする?

自分すらの破滅を願うか?
新しく生きていく道を選ぶか?
……判らない。今の自分では答えに辿り着けない。



00001号「ミサカはただ、一方通行が気持ち良く寝ていたので起こさず見ていただけなのに。とミサカは寝顔が可愛かったので見続けていた、という本心を隠します」

一方「全然隠し切れてねェかンな?」



考える事すら億劫だ、という結論は甘えに過ぎない。
それは逃げる行為。現実から目を背けようとしているだけ。
しかも、あくまで憶測だが、それは木原の思惑通りになってしまうだろう。
一方通行は怨んでいる。憎んでいる。
だから何をどんな事をすれば一方通行が動くか、読んでいるに違いない。
曲がり形にも自分の脳を弄くった人間の中でも、トップクラスの位置に達する者だ。



———一方通行は本能に従い、能力を出し惜しみせず全力で来るに決まってる。

———能力を使えば必ず勝利する、という傲慢な思考に結論付けているはずだ。



……おそらく、木原はこう予測を立てているだろう。

だからこそ今回の『絶対能力進化実験』も、その予測範囲内のモノ。
木原を殺す手段が増えるとすれば、一方通行は自ら進んで更なる力を手に入れようとする、と。



一方「……甘ェ。甘ェよなァ……」

00001号「この程度の痛みはチョコレートのように甘々だと、そう言いたいのですね? とミサカは歴然とついた戦力の差に絶望します」

一方「あながち間違っちゃァいねェが、そもそも戦力を語らせたら俺とオマエじゃ話になンねェよ」



論点がズレてるのはともかく、だ。
これだけは言っておこう。
単純な戦力や火力において一方通行に勝る相手は、学園都市にはまず居ない。もしくは知らない。
但し、相性や状況、戦い方次第では一方通行を追い詰める、または凌ぐ事は不可能ではない。


閑話休題。


とにもかくにも、木原や上層部の筋書き通りに事が運ぶのは癪だ。
ならば例え柄じゃないことでも、それがヤツらに対する反抗になると思えば、慣れないことだろうと幾分かは楽になる。




一方「そォいえば、飯は?」

00001号「ほぅ、一方通行はミサカに料理をしろと言うのですね?」

一方「違ェよバカ。食ったか? って聞いてンだ」

00001号「冗談です。食事ならまだですよ。居候の身で家主より先に済まそうとは思いませんから。とミサカはあくまで寝顔の件は隠しきります」

一方「だから隠せてねェって。……あー、じゃァ飯食いに行くとすっかァ」



怠そうに立ち上がる。
彼はテーブルに置いてある財布を後ろポケットへ突っ込むと、冷蔵庫へ向かう。

……と、様子をおとなしく眺めていた00001号が、一方通行の発言に首をかしげた。




00001号「家で料理はしないのですか? とミサカは素朴な疑問をぶつけてみます」

一方「オマエの目には、俺がンなことするよォな人間に見えンのか?」

00001号「いえまったく」

一方「だったら聞くンじゃねェよ!?」

00001号「ワザと決まってるじゃないですか。とミサカはしれっと言い放ちます」

一方「なに、一体何なンですかァ!? オマエは俺に何を求めてやがるンですかァァァ?」

00001号「特になにも。ミサカはあくまで居候ですので」

一方「オマエのその唐突に常識人ぶるのやめてくれませンかねェッ!? テンションの差に付いていけないンですけどォ!」

00001号「そこは『さすが第一位!』っていう所を見せてほしいです」

一方「俺にどンな幻想を抱いてンだっ! ……オッケェェェエエイ……オマエがその気なら、俺もそれなりの強行手段を取らせて———」

00001号「うわ、コーヒーしか入ってない冷蔵庫なんて施設でも見たことありませんよ。とミサカは率直な感想を述べます」

一方「聞けよクソガキャアアアアアアッッ!!!!」

00001号「うるさいです。とミサカは耳を塞ぎながら冷たい視線を送ります」

一方「あーもォッ!! 判ってンだよ!! 判ってるンだよォォォッ!! 冗談ってェのは、はなから判ってンだよクソッタレがッ!!
   ンだよバカキネの所為か!? アイツの細菌が感染したンじゃねェだろォな!! クッソ!! アイツ今度会ったらとりあえず殺す! 有無言わさずブチ殺してやる!!」






十数分後。




一方「……」

00001号「昨日よりも少しだけ長かったですね。とミサカは自らの体内時計の測定結果を報告します」



勝手に計るな、などというツッコミすら今は面倒に感じる。
もはや、この娘の言動がボケだろうと故意的な冗談だろうと、どうだっていい。

何故、何故こんな調子が狂うのか。

自分が勝手に乱しているのか。
このガキに乱されているのか。
それすらも今は判らない。



00001号「さて、どうしますか?」

一方「あー……判った判った。晩飯は作ってやるから今はファミレスで我慢しろ」

00001号「よっし。とミサカはガッツポーズを取ります」

一方「ったく……ンなこと頼むのオマエだけだっての」



ぶつぶつと独り言をこぼしながら、改めて冷蔵庫からコーヒーを取り出す。
準備が整ったところで、ふと思う。

作るとは言ったものの、何を作ればいいんだ? と。

一応、料理道具は一式揃ってはいる。
他にもベッドやテーブル、ソファーやタンスなど、必要最低限の家具はこの部屋に元から付いていた。
しかし料理をする気は更々無かったので、一度も触れていない。




一方(そもそもだ、アイツは何を期待してンだ?)



料理の「り」の字も知らないというのに、あの少女のご期待する物を作れるとは到底思えない。
まず、料理に対する知識が一つも無い時点でアウトな気がする。
そんな歩き方も知らない赤子のようなヤツが、少女が所望する料理の品なんて判るはずがないだろう。

演算を駆使し、理論上成功する物なら作れるかもしれないが。
だとしても完成するまでの過程が解せなければ始まらない。



一方(……適当に携帯で漁ってみっか)



面倒な事になったものだ。
いや、この少女を居候として引き受けてしまった時点で既に面倒ではあるのだが。
この家の主は間違いなく自分なのに……何故だろうか、主導権を握られて振り回されている気がして気がならない。



一方(……そォいえば)



———いつ以来だろうか。

———『光』の世界で、誰かのために何かをすることは。



投下しゅーりょーです



投下します


あ、別に書く気が失せることは無いのでご安心を
皆様の雑談は2828しながら見てます




———ファミレス。



00001号「やはりここはオーソドックスにパスタ系を選ぶべきなのか、それとも明らかに九割ほど爆弾で違いない新作の『苦瓜と蝸牛の地獄ザラニア』を選ぶべきなのか……むむむ」

一方「その探究精神はどっから湧いてくるンだか……」

00001号「しかしこの『ドリアンを盛りに盛ったパフェスペシャル』もなかなかだと……。とミサカは苦悩します」

一方(……なァーンか、ますます晩飯はなにを作ればいいのか判ンねェ)



定番な物を作ればいいのか、それとも少しは凝った物を作ればいいのか。
少女の言葉をヒントに判断しようかと考えていたが、無理な気がしてきた。
挙げ句の果てにデザートを頼もうとしているのだから、致し方無い。




一方(大体、ドリアンってヤツ。パフェっつってるけど、盛り過ぎてもはやドリアンしか見えてねェじゃねェか)

00001号「……一方通行はどれがいいと思いますか?」

一方「好きにすりゃァいい」

00001号「参考意見までに」

一方「……食後ならまだしも、いきなりデザートは無いンじゃねェの?」

00001号「あ、言い忘れてましたがミサカは何分、生まれて間も無く、栄養は主に薬か点滴で取ってたので、『食べる』という行為がしてみたいだけですので。とミサカは懇切丁寧に説明します」

一方「どれでもいいンじゃねェか……!!」



ヒクヒクと片方の口角がつり上がる。
どの道を転がり込んでも、一方通行はこの少女に翻弄されたままなのだろう。
そんな気がしてならない。



00001号「すいませーん。たらこスパゲッティを一つ下さーい」

一方「……」

00001号「何ですか? その結局定番のヤツかよ、みたいな顔は」

一方「別に。オマエには俺の常識は通用しねェのな、と思ってよ」

00001号「ルールに縛られない女なんだぜ? とミサカは決めポーズを取ってみます」

一方「何言ってンだクソガキが」

00001号「あたっ」




デコピン。
学習しない少女は防御の動作さえ見せなかった。
またしても綺麗に決まった一撃は、地味に痛い程度の威力があったらしく、額をさする羽目に。



00001号「……何やら、ミサカは年下扱いされてるような気がします」

一方「実際年下なんだから仕方ねェンじゃねェの?」

00001号「体はお姉様譲りで子供っぽいですが、中身は大人ですよ? とミサカは大人アピールをします」

一方「0歳児が何言ってンの?」





———————————————




垣根「……」



少年、垣根帝督は現在、非常に困り果てている。
程度を表すとしたら、それはもう思わずリーダーに助けを求めるほどに。
いつも上条達を困らせる側に位置する彼が、逆に困っているというのも至極珍しい。

トラブルメーカーなんて汚名を授けられた彼をも脅かす存在。それは……、



インデックス「こんないたいけな女の子を放って置いて立ち去ろうなんて、可哀想だと思わないのかな!?」




———意外にも、小柄な少女だったりする。

白い修道服を身に纏う銀髪シスター。
縋るような形で垣根の右足に引っ付いて、まるで離れる素振りは無い。


そもそも何故この事態に陥ったかと言うと。


今日の晩行われる『謎の侵略者(インベーダー)からの施設防衛戦』。
その裏で決して見つからないよう動き回り、絶対能力進化実験の情報を入手すること。
万が一を考えて施設の内部構造や用意すべき道具など、公園でゆっくり考えるかー、とかなんとか思っていたら、





『あー! とうまを運んで来てくれた人の一人なんだよ!!』





……から始まり。

明らかに見た事のある姿で服装。
今関わってしまったら確実にややこしくなるな、と脳裏によぎったので踵を返したら、





『ねえねえ! とうまやしあげと一緒にいた人ってことは、あなたもとうまの友達なんだよね!?』





引っ付かれる始末。

帰ろうにも右足を封じられ、動けない状態に陥っているため不可能。
仕方なく話を聞いてやれば腹が減ったときたもんだ。
知った事ではない、と本当は吐き捨てたい。



インデックス「お願いなんだよー、おなか減って力がでないんだよぉ……」

垣根(……でもなー)




彼の中に残る僅かな良心が踏み止まらせている。
もし見捨てた事が上条の耳に入り、自分の評価が下がった上に制裁を食らう羽目になるのは御免被る。
流石にそれは避けたい。とてもではないが恐いのだ。



垣根(ただ……いや、でもなぁ……)



頭の中で色々と思考錯誤を繰り返していると、



インデックス「むむむ……しあげは奢ってくれたのに、この人は心が狭いかも……」

垣根「……なんだと?」






———何やら、聞き捨てにならない言葉が聞こえた気がする




垣根「浜面が何を奢ったって?」

インデックス「ごはんなんだよ? パフェも奢ってくれたもん!」

垣根「……」



浜面仕上という無能力者が、この娘にご飯を奢ってあげて?
垣根帝督という超能力者が、この娘にご飯を奢ってあげれない?



垣根「オーケー……いいぜ。この俺がテメェにご飯でもデザートでも、何でも奢ってやらあ!」






———彼の中で、何かが切れた。






インデックス「ほんとっ!? 嘘ついちゃダメなんだよ!」

垣根「あぁ、男に二言はねぇ。ドンとこい」

インデックス「……あなたって実はいい人なのかも?」

垣根「あなたじゃねぇ。垣根帝督だ」

インデックス「ていとくだね! ていとく、早速行きたいかも!」

垣根「よっしゃ任せとけ!」



……彼は知らない。
この後、盛大に後悔する事を。

人は皆、事後に知って気付いたり後悔することが多い。……が。
彼の場合は事後じゃなく、事前に悟ることは出来たはずだ。

それも彼のプライド故か。
或いはただ馬鹿なだけか。


「だからオマエは二枚目じゃなく、三枚目なンだよ」


ドコかの白い人が、そう言ってたそうな。





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00001号「ふぅ、食べました」

一方「満足か?」

00001号「はい、とても。とミサカは感想を述べます」

一方「そりゃァ良かったな」



たらこスパゲッティを一つ。
ジャンボデラックスパフェを一つ。
正直、一方通行が食べれる量ではない。
そんな細い体してるくせによく食べれるな、と密かに思う。
これが成長期なのだろうか?

……と。彼が肩肘をついて見ていると、



00001号「何をそんな熱心にミサカを凝視しているのですか? ミサカの体に興味があるのですか? とミサカはセクシーポーズを取ってみます」

一方「俺は未だにオマエのキャラが掴めねェンだけど」

00001号「冗談ですよ。とミサカはほくそ笑みます」



人差し指を唇に添える。
片目をつむって悪戯っぽさを表す。

……ほんの僅かだが、感情が出ている気がするのは単なる思い過ごしだろうか?


この少女は色んな意味で判らない。
ただ、判らない事柄の中でも随一を誇るのは『感情』について。
感情プログラムはインストールされてないと聞いている。確かな情報だ。
しかし会話の中で時折、感情があるのではないか? と錯覚する時が多々ある。



一方「……」



もしも、今の少女の状態が所謂『奇跡』だとしたら。
ありふれた日常、人に触れ言葉を交わし、関わっていくなかで生まれた“モノ”だとしたら。

医学でも解明不可能な現象が起きる。
悪い事でも良い事でも。
自分はその中の貴重な一つを、こうして目の当たりにしているのかもしれない。



00001号「……悩んでいるのですか?」

一方「あァ、どォすればオマエは家主をいたわる事ができっかなァってよォ」

00001号「むむ、それは聞き捨てにならないです。こんなにもミサカは主をいたわり、そして尊敬していると言うのに。伝わってないのですか? とミサカは熱弁します」

一方「伝わってねェっつーか、ンなもン醸し出してた事に驚愕だわ。寧ろからかってる事しか伝わってないンですけどォ?」

00001号「失礼ですね。揶揄と言って下さい」

一方「言い方変えただけで意味は一緒じゃねェか!」




結局、一方通行は少女のペースに踊らされている。
幾ら冷静で居ようと頑張っても、どうやら無意味のようだ。

この少女は囃し立て方というか煽り方というか、ドコかの誰かさんに似ている。
そう、背中に天使の翼みたいな物を生やして、とにかく身なりに似合わないメルヘン野郎に。




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垣根「へっっっくしょん! ……誰かが俺の噂をしてやがるな? モテる男は辛いぜ」

インデックス「この数十分で気付いたことなんだけど、ていとくってナルシストなの?」



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00001号「改めて、お聞きしたい事があるのですが。とミサカは畏まった態度で尋ねます」

一方「水を一気飲みしたヤツがなにフザケた事言ってンだ?」




コップを掴んでる手とは逆の手で、口元から垂れた水を拭う。
ついでに氷を一個、口に含んでゴリゴリ噛み砕いている。

もちろん、畏まる態度は微塵も無い。

ここでようやく気付いた事。
目の前に堂々と座る少女の扱いについて。
もはや悟る方が早いのかもしれない。



00001号「先程も言ったように何か悩みがあるのかと思いまして」

一方「あァ? あー……言ってたな。それがどォかしたかよ? あったとしても別にオマエには関係の無い事だ」

00001号「いえいえ、居候として家主の悩み事ぐらいは聞ける気遣いは出来ないと。とミサカは出来る女をアピールします」

一方「……はァ、どォしてそォ思ったンだ?」



半分諦め、半分興味本位。
きっと少女にどんな皮肉な言葉で興味を失せさせようとしても、無意味なのだろう。
そして何故か、心のドコかで少女の出す返答に興味を持ってしまっていた。

ほんの僅かな好奇心。
自分が悩んでいると何で思ったのか、遊び心で聞いただけだ。
どうせ少女の事だから、直感! とか答え兼ねない。







00001号「……魘されていましたから」







———なのに。







00001号「あなたは時々、一人で考えふけますね? それも普段とは思えないような寂しそうな顔で」







———このガキは、どォして……っ。




一方「……なンでこォ、世の中って思い通りにいかねェンだろォな……」

00001号「誰かが言ってました。『己の人生が全て思い通りに運ぶと、人は大切な物を失う』と」

一方「……」

00001号「え、悩みってそれですか? とミサカは肩透しを食らった気分に陥ります」

一方「近くはねェが、遠くもねェな」

00001号「凄く曖昧な回答ですね」



呆れたのか、肩を竦ませて首を振る。
細めた目も完全に興醒めしたらしい。



一方(……いいンだこれで)



コーヒーを飲んで、表情を隠す。
少女には見抜かれているから、おそらくこの思考も容易く見透かされてしまう。
何故かは判らないけれど。


自分は垣根や浜面のように顔に出るタイプではない。
内なる感情を露骨に出すほど素直なヤツでもない事を、よく判ってる。

そんな“俺”に看過せず声にして言ったのは、二人目だ。
垣根ですら感付いてはいるだろうが、あえて口にしないと言うのに。
お人好しの証拠。でも……、



一方(ずっと隠し通せるとは思えねェ。いつか、いつかは……)



少女には、“全部”を話しても大丈夫な気がする。
妹の事も。復讐に囚われてる感情も。上条との出会いも。

簡単に話せるような内容ではない。
家を出て行くほどの覚悟を持つ必要がある。軽蔑される事は目に見えてるんだ。
わざわざ家に居候させる理由も無い。出て行きたければ出て行けばイイ。
それが普通だから。反応としては正しいから。

だけど、タイミングは今じゃないのも確か。
こんな喧騒の場で、話すのは自分としても嫌だ。

機会を待て。
やがては訪れるその日を。


必ず、とは言い切れない。


もしかしたらそんな日は来ないかもしれない。
断言出来るほど自信があったら良かったけれど……お生憎様、あるならこんな苦労はしない。

だって、



一方「……下らねェよなァ」






———この世界のクソッタレな神様は、とことん『一方通行』を嫌っているんだから。





———————————————




その日の夜。
とあるビルの屋上。

強い風が吹き抜ける。
閑静とした闇の中。



美琴「……」



少女———御坂美琴は居た。


時間帯は深夜。
ほとんどの人間が就寝する頃。
静まり返る街は、昼間とは打って変わって美しい景色を描いていた。



美琴「……っ」






———この風景が、ドコまで闇で取り繕っているのか。




美琴「後、二つ。それで終わるから……」



生気を失った瞳は、光を宿さない。
顔色は相当悪く、ギリギリで意識を保っているのだろう。

肩まである髪をゴムで纏め、帽子を深く被る。
段差に片足を掛け、靴紐を頑丈に結んだ。



美琴「……当麻」



ふと、この世で最も愛している人物の名を口にした。
どんな時も心の支えになっている大切な人。
彼が居なければ、今の自分は確実に居ない。




美琴「……ッ」



本当は、頼りたい。
縋りついて赤子のように涙を流したい。
目が腫れるほど、声が嗄れるほど。

助けて、と電話で言ったら彼は駆け付けてくるだろうか?
泣いて叫べば、彼は慰めの言葉を掛けてくれるだろうか?

こんな、こんな身も心もズタズタにボロボロになった醜い“私”を、彼はまた手を差し伸べてくれるだろうか?
手を握って、優しく頭を撫でてくれるだろうか?

また、また———



美琴「ダメ……ッ」



歯を強く食いしばり、目もギュッと固く閉じる。
思考を払拭するように首を大きく横に振った。

こんな弱音は許されない。
甘い言葉で壁が乗り越えられるなら、とうの昔に終わっている。
今回ばかりは彼を頼ってはいけないんだ。
そもそもの原因は自分が作り出しているんだから。



美琴「すぅ……はぁ……」



ゆっくり深呼吸。










———神経を研ぎ澄ませろ。





———この時間だけでイイ。





———心を鬼に、躊躇いを消せ。





———但し決して人を殺めるな。





———被害は、最小限に。





















美琴「———行くわよ」



投下しゅーりょーです


珍しく長かったですね
代わりに場面チェンジが激しいです

次回は多分そんなことはないと思われます

>>1

> 『苦瓜と蝸牛の地獄ザラニア』
ラザニアだよな

投下します


>>75 ハッハーそんな馬鹿な……すみません。原作を確認したらそうでした、脳内変換よろしくお願いします


あ、寝落ちした場合は申し訳ないです










———××学区○○研究所。




垣根帝督は研究所の近くにある、建物の屋上から様子を窺っていた。
とりあえず視覚から見て取れる事は、『謎の侵略者からの施設防衛戦』は既に始まっている。

『アイテム』の四人を乗せていたであろう黒いワゴン車が、研究施設とは少し離れた場所に停めてあった。
それによく見れば、白衣を着た人間達が、まちまちながらも裏口から出て行くのを確認。
上記の事柄を踏まえて、おそらく御坂美琴は施設へ侵入している。

しかし未だ目立った内部の抗争は行われていない様子。何故なら施設内から物音一つしない。
あの『アイテム』の戦闘が、こんな静かなモノであるはずがないに決まってる。
まだ接触はしてないのだろう。



垣根「クッソ……」



……が。今の彼はそんな考察すらどうでもいいほど、不機嫌であった。

表情から誰でも判ってしまうぐらい。
施設を眺めながらも、眉間にシワを寄せたままで、ずっと別のことを考えている。

一体何故、彼は不機嫌なのか。
原因は難しく頭を使わずとも容易く答えに辿り着けるだろう。



垣根「全部持ってかれちまった……どうするよ今月? 保たねぇぞ……」



この言葉が全てを物語っていた。
彼の財布の中身は食い潰され、一瞬の内に極寒を迎えたようだ。



垣根「浜面のヤツ、大丈夫かよ。俺でこんだけ持ってかれたと考えると……餓死してんじゃね?」



ちょっと本気で心配になる。
お金が無くて何も食べれず、既にくたばっちまってるんじゃないか? と。


まだ自分は『LEVEL5』というハンデがある。
学園都市から支給される金額も桁違い。
だが、浜面仕上は『LEVEL0』だ。
0と5では話にならないほど、金額の差は甚だしい。



垣根「……帰ったら一緒に、被害者の会でも開いて慰め合うか」



何だか急に切なくなってきた。
被害に遭った者同士、傷の舐め合いをしよう。
彼は目をつむって天を仰ぎながら固く誓った。


———と、その時。



垣根「……」



瞳の片方がゆっくりと開かれた。
施設を見据え、そのまま時が止まったかのように微動だにしない。

たっぷり時間を置き、垣根はようやく立ち上がる。



垣根「始まったか」



その表情は普段とは一変して、ある“特別”な仕事の時だけ見せる顔。
彼が珍しく仕事を真面目にこなすという証。
流石の垣根も『リーダーからの個人的な依頼』には相応の覚悟で来たらしい。
でも、きっとそれだけではないのだろう。
内容が内容だ。フザケてやるような依頼ではない。









———つまり、内部で御坂美琴と『アイテム』が接触したのだ。




表面上は隠してあるものの、実際はLEVEL5同士の死闘。
第三位は殺す気は無いだろうが、第四位は確実に殺す気だ。
生半可にやれば見つかってしまい、絶対に巻き込まれる。
何故なら『アイテム』には、確か『能力追跡』を持つ能力者が居たはず。
常に気を張ってなければならない。

もしも見つかってしまったとして、第三位は何となくなる。軽くあしらえば済むだろう。
だけど第四位は厄介で、あしらおうと思っても、「無理」と明言出来るほど。
短気な性格が災いして、自分が何を喋ろうともビームを撃ってくる。
厄介なこと極まり無い。



垣根「アイツだけはマジで面倒だからなー……」



難無く施設内へ侵入。
能力を使って空を飛んでワゴン車を見た際、幸いな事に誰も乗っていなかった。
四人一斉に畳み掛けているのか、一対一で挑んでいるのか。



垣根(……一人ずつだな。アイツは邪魔されるのを一番嫌いやがる。性に合わねぇことは大っ嫌いなヤツだからな)



という事は、早々に来て良かったかもしれない。
初めから第四位が交戦をするとは思えない。まずは他のメンバーが前衛に立つはず。



垣根(いや、もしくは他のヤツらが既にやられちまって、本命が出て来た可能性も否めねぇな。
   だったらタイミング良かったのかもな。身内(暗部)の野郎が多いと動き辛い動き辛い)



だとしたら、先程から響く爆音と地鳴りも納得がいく。
まだ第四位が出てないにしても、学園都市第三位が相手だ、どうせ長くは持たない。



垣根(さて、と。とりあえずコントロール室に行って、色々調べてくっかなー)





———————————————




攻防戦が始まり、数十分。ワゴン車内にて。

ふぅ、と一息をつきながら座席に腰を下ろすのは、『アイテム』構成員の一人———フレンダ=セイヴェルン。
つい先程、襲撃者の撃破に失敗。
寸前の所で麦野と滝壺と合流し、三人で追い詰めていたが、麦野が本気を出す理由で滝壺と共にワゴン車へ帰還。
その内、絹旗も合流とのこと。移送準備が整い次第、麦野に連絡。
その後の手順は麦野のテンションによって異なるので判らない。
自分の役目はもう終えたも当然なので、準備が完了するこの間、ヒマと言っても過言ではない。



「フレンダはあのまま残っても良かったんだよ?」



惜しむように言ったのは隣に座る少女———滝壺理后。
上はTシャツ一枚に下はピンクのジャージ姿と、ラフな格好だった。

まるで今さっきマラソンをしてきました、と言わんばかりの汗と荒い息。
説明すると長くなるので掻い摘むと、彼女の能力はあの垣根が厄介と警戒する『能力追跡』。
しかし普段のままでは、ある信号をキャッチするだけ。
『体晶』を服用する事でその真価は発揮される。
けれどデメリットは大きく、体の拒否反応で『崩壊』し兼ねない状態に陥る。
そして今に至る訳だ。




フレンダ「気にしない気にしない。結局、麦野が本気出す時は足を引っ張る事しか出来ないって訳よ」

滝壺「……そう、だね。麦野はテンションが上がっちゃうと、周りが見えなくなるから」



彼女は優しく苦笑いを浮かべた。
両足に視線を落とす瞳は、しょうがない姉を見るような、まるで家族を見守るような瞳を宿していた。
滝壺は『アイテム』の中で、もっとも麦野との交流が深い人物。
絹旗と同時期に正規の構成員として『アイテム』に加わった時には、既に麦野と滝壺は居たと聞く。
“どういう付き合い”ではなく、“今まで一緒に居た期間”という深さ。

これは誰にも埋められない。
『彼』でさえも。



フレンダ「ふーん……そんな事よりも! 大丈夫なの? 限界まで使ってるみたいだけど、結局、見てるこっちが心配な訳よ」



浜面仕上。滝壺理后と幼馴染み。


あの話を聞いた時、素直に驚いた。
彼が捜し求める人物が誰なのか、いち早く気付いてしまったから。
まさか身内だとは誰が予想しよう。
こんなドラマみたいな展開、現実で起こるモノなのかと実感した。









そして———伝えるべきかと迷った。









滝壺「……大丈夫。それに、私の居場所は“ここ”しかないから」

フレンダ「———っ」



彼女は……覚えているのだろうか?
かつて、隣に居たはずの浜面仕上と言う男を覚えているのだろうか?

あの日から、あの男はアナタを捜し続けていて、今もなお追っている。と伝えるべきなのだろうか?

覚えているならば、滝壺は必ず会う方を選択するだろう。
無事に感動の再会を果たしてくれれば、自分も申し分ない。
彼女の居場所が“ここ”以外に作れると言うのなら、それは喜ばしい事だ。



でも……きっと麦野は許さない。




フレンダ「そっか……。滝壺にもいつか、ココ以外に居場所が作れるとイイね」



それに気になるのは、『上条当麻』。
浜面仕上を変えた人物だが、その名前はドコかで聞き覚えがあった。
誰かに聞いた訳ではなく、自然と耳に入ってきたような風のモノ。
尤も暗部である自分に入ってくる情報など、ろくなものではないだろうが……。



フレンダ(……結局、色々調べてみないと判らない訳よ。あーあ、こういうのは柄じゃないのに)




———————————————




垣根「ここか……?」



薄暗く辺りがよく見えないが、極太の配線コードが大量に繋がれている。
おそらく、施設中に電力を送り込む為であろう。
という事は、場所自体は間違っていない。




垣根「んじゃ、第三位が来る前にさっさと済ませちまうか」



取り出したのは上条に支給されたUSBメモリ。
コレを使って、施設にある『絶対能力進化実験』の情報を全て引き出してコピーしてこいとの事。
実験に関わっている施設が残り二基になった今、何かしらアクションは必ずあるはず。
言わば情報を盗む好機らしい。



垣根「……あん? 音が止んだ……?」



USBメモリを差し込み、スイッチを入れた所で気が付いた。
さっきまで響いていた爆発音が鳴り止んだのだ。
ココに来るまでに密かに覗き見したところ、丁度LEVEL5同士の戦闘の真っ最中だった。

その音が鳴り止むという事は、決着がついたのだろうか?



垣根「オイオイ、切羽詰まってんな。ヘタすりゃ間に合わねぇぞ」



どちらが勝利を収めたかによって、問題は異なる。
第四位が勝てば、そのままワゴン車に乗って帰還するだろう。
しかし、逆の第三位が勝てば施設内の電力を破壊するためにココへやって来るので、接触する可能性が非常に高い。
対処は出来ると言ったものの、やはりなるべく接触は避けたいのが本音。
一方通行ではないが、面倒事は被りたく無いのだ。




垣根「出来るだけ早くこっからおさらばして———ん?」



再びUSBメモリに視線を戻すと、近くにあるモニター画面がいつの間にやら電源がONになっていた。
しかも運が良いのか悪いのか、はたまた神の悪戯か、画面は『絶対能力進化実験』の事だ。

垣根は無造作に画面にタッチし、スクロールさせる。
ズラリと並ぶ文字を目だけで追い、第二位の頭脳をフルに使って読んでいく。
流石と言うべきか、読むスピードが尋常ではなかった。



垣根(『絶対能力進化実験』追記……?)



今まで超絶速度で読破しようとしていたが、この一行で目が止まる。
いつの追記なのか、月日は書き記されていない。
眉間を顰める。何やら、臭う。



垣根「七月中旬、『絶対能力進化実験』は第一位“一方通行”によって強制的に中止……」



言回しはもっと堅っ苦しい文面だが、そこは垣根式変換されている。

実験が中止。むしろ歓喜すべきなんだろうと思う。
リーダーにとっても。第三位にとっても。

だとしたら、何故第三位が未だに施設を破壊し回っているのかが判らない。
この追記が書き記されたのが、第三位が実験を知った後なのか。
まあ、それしか考えられないんだけども……。



垣根「……ま、良かったじゃねぇか。いつ気付くかは知らんが、とりあえずリーダーに連絡して」



もはや用事が済んだと思って適当にスクロールしていくと、ある文面にまたしても目が止まった。










『20001体の妹達の処理について』










垣根「……っ」



じとり、とコメカミから汗が垂れる。
僅かに唾を飲み込んで、スクロールを続ける。










———実験が中止になった今、二万を越えるクローンの必要性は皆無。









———外の世界に放り出す訳にもいかない。住民が混乱を起こし兼ねないからだ。









———上層部にこの件を持ち掛け、処理の方法を求めた。









———よって、遅くても一週間以内に妹達は処分を命ずる。









———七月××日。




垣根「これって、今日書かれたことじゃねぇか……!!」



この先は何も書かれていない。
追記は終わったのだろう。
とにもかくにも、まず上条当麻に伝えた方が賢明だ。
返ってくる言葉は既に八割ほど判っているが、一応連絡して事態の急変を教えるべき。

上条当麻がこの始末の付け方に納得いくはずが無い。
今度こそ激怒し兼ねない。そうなってくると、もう誰にも止められやしないに決まってる。
第一位と浜面の三人がかりで頑張って、精々動きを止めれる程度。

動きは止めれるが、勢いは止めれない。
それじゃあ意味が無いのだ。動きだけでなく、冷静になってもらわなければ。



垣根「とにかくリーダーに———」



しかし、彼は忘れていた。














「誰?」




この施設に彼女が居たのを。




そして今知った情報を彼女まで知れば、必ず上層部に喧嘩を売ってしまう事も。



タイムリミットが迫る中で、垣根帝督は一つの壁にぶつかる。














美琴「アンタは確か……当麻の……?」



学園都市第三位、『超電磁砲』———御坂美琴。


投下しゅーりょーです

さて、と。投下します
今回は長い、長いんです

寝てしまったら申し訳ありません




マズい、と思った時には既に体が動いていた。
彼の咄嗟の判断か、もしくは無意識かもしれない。
少なくとも垣根帝督は御坂美琴と遭遇したケースの対処よりも、最優先すべき行動をする。

画面をタッチしていた片方の手には力を蓄え。
もう片方の手でUSBメモリを抜いた。
結果———画面が炸裂した。



垣根「っ!」



それだけで止まらない。
続いて部屋の奥へ振り返ると同時に腕を払う。
小さな球体が一際大きな機械に飛来。
球体が触れた途端、起こる事象は爆発だった。

瞬間、今まで稼働していた機械の電源が全て落ちた。



美琴「ちょっと……? 何したのよ!」

垣根「テメェが今さっきまでやろうとしてた事を、俺がやったまでだ。優しいだろ?」




調子の良い言葉を放ち、不敵な笑みを浮かべる。
しかし、瞳から感じられるモノは圧倒的な威圧感だ。
街を歩く一般人や堕落したスキルアウト共が、軽く退けられる代物。
そのオーラとも言える“居るだけで圧迫される存在”に、美琴は一向に警戒心を崩そうとはしない。

彼女の一歩も引かない姿勢を見て、「やっぱり一筋縄じゃいかなさそうだな……」と垣根は思案する。
仮にも第三位を冠する人物。伊達ではないらしい。

一方の美琴。
彼女の視線の着眼点は、垣根帝督という人物の能力考察や余裕ある振る舞いではなく、ある一点に注がれていた。



美琴「……それで、何してたの?」



指し示した所は彼に片手にあるUSBメモリ。
深刻そうに敵意を剥き出しながら問う美琴に対して、垣根は淡泊にサラリと答える。




垣根「これか? ちょっくら人に頼まれてよ、ある情報を全部コピーさせてもらってた。文句あっか?」



満足か? と言う聞き方ではない。
この問い質し方は、言いたい事が有る無し関係無く、自分の都合の良いように持って行こうとする問いだ。
文句なんてあるはずが無い。そういう事を聞きたい訳じゃないのだから。

美琴は拳を更に強く握り締める。
さっき自分に向かってビームをブッ放して来たあの女は、問答無用で能力戦だった。
しかしこの男はまた別の部類。今の考察では頭脳派か。
少なくとも、ただならぬ気配や雰囲気を放っているのは間違いない。



美琴「アンタもあいつらの———」

垣根「それはねぇよ。俺はこの事に関しちゃ完全に部外者だ。俺に限らず、さっきテメェを狙ってた女も同じさ」

美琴「……っ」



この事、“実験”だろうか?

もしそうだとして、実験に関わっていないと明言したが、本当か否かは判らない。
だけど、この男が嘘を吐く理由が無いのも確か。あっても第三位である自分との戦闘を避けるためか。
その方が好都合ではある。これ以上無駄な体力は削りたくはない。
避けれるなら避けたいし、それにこんな所で時間を食ってる余裕すら、今の自分には無いだろう。
実験に携わっていないのなら、この男に必要以上に関わる理由も無くなるので万々歳だ。



垣根「……何もねぇなら行っていいか? 何時までもガキの相手をしてられる程、俺だってヒマじゃ無いんだ」



普段なら『ガキ』と言われた時点でブチ切れているのだが、そんな気さえ起こらないのは疲れている所為か。
もはや怒る気力さえ湧かなかった。



美琴「……一つだけ、聞かせて」

垣根「あぁ?」



でも、たった一つだけ聞きたいことが彼女にはあった。
この男は上条当麻を慕う人物の一人であるはず。
隣に居た姿を一度見て、親しげ話し掛けていたのを覚えている。

だからこそ……今から聞く、質問はハズレて欲しいと願う。




美琴「アンタ、頼まれたと言ったわよね? それは誰? もしかして……当麻?」

垣根「……」



垣根は眉一つ変えない。
むしろ体なんて微動だにしなかった。
驚いたようにキョトンとした表情も、疑惑を持つように眉をひそめた訳でも無い。
目を細める事も。ピクッと反応する事も。

読む事が出来ない。
聡明な人ならば、必ず素直に答えてはくれないだろうとは思っていた。
逆に嘘を言って自分を惑わす策を講じるのではないかと、そんな所まで考えていた。


けど、違う。


この男はただひたすらに口を閉ざしているんじゃない。
“私”を……試そうとしている。見定めようとしているのだ。
心の内まで覗き込んで、見透かすつもりなのだ。



垣根「……はぁ、そんな構えなくたっていいっつーの。言っただろ? テメェと戯れてる時間なんざ無いの。オーケー?」




無言の緊張に飽きたのか、痺れを切らした垣根が億劫そうに答えた。
ガシガシと髪を掻き、ポケットに手を突っ込む。



垣根「言う必要が無ければ、答えてやる義理も無い。詮索は止めとくんだな、俺がテメェ相手に口を割るこたぁねぇからよ」



美琴と擦れ違う際に言い切る。
僅かな余韻を残させるために、殺気を体全体に染み込むように送った。
これで普通ならば足が竦み、地面に膝が付くだろう。
膝が折れなくとも全身が硬直して、その場に立ち竦むのどちらかだ。



垣根(餞別として送ってやったつもりだったが……余計なお世話だった———)

美琴「待ちなさいよッ!!!!」



曲がり角の直前、だいぶ歩いてようやく引き止める声がした。
彼の不敵な笑みが深くなる。そして改めて思い直す。


やっぱりコイツは上条当麻の事になると面白い反応と度胸を見せる、と。


垣根帝督はドコかで、楽しんでいる自分が居るのかもしれない、と自覚する。
反面、リーダーの意志には背いているので心は辛い。



垣根(……俺は、試してぇのかな。本当にコイツはリーダーの隣に並べる資格があるのか)



ガキかよ、と自嘲。
思い詰めること大好き人間、第一位じゃあるまいし、悩むぐらいなら行動を起こす方が自分らしい。
性に合わないし、何より柄じゃない。第一位みたいに根暗野郎には成り下がりたくないのだ。

と、言うことで、



垣根「悪ぃリーダー。ちっとばかし寄り道する」



一つ断言するならば、結局幾ら真面目にやろうとも垣根帝督だと言う事。

今宵も夜は長くなる。





———————————————




浜面「なぁ、上条」

上条「んあー? 何でございませうか?」

浜面「今日の昼に垣根と会ったんだってな? アイツから色々聞いたよ」

インデックス「その前になんでしあげが、さも当然のようにとうまの家にいるのか教えてほしいかも……」

上条「何だ、もう情報が回ってるのかよ。……じゃあ、わざわざファミレスでコソコソ話した意味が無いと上条さんは思う訳ですが……」

浜面「まあ、垣根だしさ? しょうがねえって」

インデックス「無視っ!? それはあんまりじゃないかな!!」

上条「はぁ……で? それがどうかしたか?」

浜面「何で垣根なんだ? あ、いや、別に不満って訳じゃないんだけどさ……いつもならこういう仕事は俺に回してくんのに何でかなー、って思ってよ」

上条「あいつから聞いたなら判るだろ? 接触した時の事を考えてだ」

浜面「“接触した場合”の話だろ? 正直、接触したら一番危ないのは垣根なんじゃねえの?」

上条「…………」

浜面「…………」


インデックス「とうま!? とぉぉぉまぁぁぁぁっ!! もうお外はまっくらなんだよーっ!! 寝る時間なんだよ!? 寝かせてほしいんだよぉぉぉぉ!!」

上条「残念! それは想定済みなんですよ、っと」

浜面「ホントかっ!? 嘘じゃなかったら今の間は何なんだよ!? 明らか今気付きましたパターンじゃねえのォ!!!?」

上条「違う違う。ちゃんと想定済みだって。大体、誰が行っても接触するんですよコレが」

浜面「は? 何で?」

上条「美琴の能力の応用さ。レーダーで人の位置を感知できるんだと。だから幾らお前でも無理。上条さんもビックリですよー」

浜面「……いや、でもだぜ? 垣根って絶対けしかけるぞ? あの子を怒らせるようなこと」

上条「だからいいんじゃねーか」

浜面「……俺は上条の考えてることが全く読めねえんだけど」

上条「だってさ?」

浜面「ん?」

















上条「そういう面じゃ、きっとアイツら相性良いぞ?」





———————————————




美琴「……っ」



美琴は数十メートル先にいる、男を見据える。
場所は廊下で、一本しか無い道。
逃げれる場所なんて無いに等しい。

ギリ……ッ、と強く握りしめて拳を作る。
正直な所、まだ男の能力は計り知れない。
一瞬だけ目視したが、意味が判らなかった。



美琴(腕を振って破壊させたから、風力使いの線が今のところ濃い———)

垣根「因みに」



廊下だからだろうか、呟く程度で言ったはずなのに響いて聞こえた。



垣根「今テメェがどんな能力を使おうが、俺に届く事はねぇよ。絶対にだ」



余裕のある笑みで、宣言した。
両手はポケットに突っ込んでいて、ガラ空きだと言うのに……。


美琴は思考を重ねる。この口振りは自分が第三位だと知ってのことか?
バレてるとすれば、それなりの対処策は施してあるのだろう。



美琴(……ポケットの中にスキルアウトが使ってた『妙な音』が仕込まれてたら面倒だし、でも倒さないと当麻の事が聞き出せない。———なら!)



正直、頭脳戦は得意ではない。
実践を繰り返し、成長を遂げていくタイプだと踏んでいる。
だったら自分がやるべき事は一つしか残って無いだろう。



美琴「ふ———!」



攻める、この一言。


とは言っても体力は多く無い。
残してあるのは逃走用だけ、とキッパリ明言しても過言ではないし。
それでも美琴は力を振り絞る。
これ以上は無理だと悲鳴を上げる体に鞭を打つ。

当麻の情報を引き出すため。
自分の事を一切、喋らない彼を知るため。
友人をだしに使うのは気が引けるが、この機会を逃せば次は無いかもしれないのだ。



垣根「そうでなくっちゃな……けど」



放たれた電撃の槍は、人間が目視出来ない速度で垣根に牙を剥く。
しかし彼は動かない。避ける素振りさえ見せなかった。

電撃の槍は確実に獲物を定め、



垣根「甘ぇよ」



———霧散して消えた。




美琴「え……?」



機械で電撃を消すなら、電力を上げて破壊すれば良いと思ってた。
能力で電撃を消すなら、電撃以外を使って攻撃を仕掛けて、追い詰めれば良いと思ってた。
精神の干渉で能力を使えなくなるなら、能力の応用で脳にフィルターをかければ良いと思ってた。

だけど、機械を使った様子も、能力を振るった様子も、脳に干渉された様子も無い。
もはや既に精神の干渉で、幻覚でも視せられているのではないか、と錯覚する程だった。



垣根「だーから言っただろぉ? テメェの能力は俺に届かねぇって」



ケラケラ笑いながら、肩を竦ませる。
片手をポケットから出すと、パチンと指を鳴らした。

———瞬間、美琴の視界に映る彼の姿が、“揺れる”。

まるで夏や春の季節に起きる、光の屈折で揺れ動いて見える現象の『陽炎』のように。
彼女の警戒が一層強まるのと同時に、能力が効かなかった焦りと、どうすれば勝機を導けるかの思考が頭の中で駆け巡っていく。

……が。目の前の男は、そんな猶予を与えてはくれない。




垣根「ほれ、俺の能力についてのヒントだ。言っとくが精神関連じゃねぇからヨロシク!」

美琴「ッ!!」



垣根が霧のように消える。
危機を察知し、すかさずレーダーで探ろうとするが……反応が無かった。
そんな馬鹿な……!? と彼女が驚愕を露わにする。しかしその一瞬の狼狽こそ、美琴にとって油断となった。



「———どこ見てんだ?」



息が耳にかかるほど、至近距離で“ヤツ”の声がした。



美琴「が……ッ!?」



ようやくレーダーが反応する頃には、頭を掴まれ、壁へ打ち付けられていた。
体力が限界まで達している今の状態でこの衝撃は、気を失い兼ねない。
だけどココで耐えるのが御坂美琴。第三位の称号に恥じないタフさを兼ね備えている。

彼はまだ意識を保っている美琴を見て、感心と共に鼻で笑う。



垣根「ハッ! 流石は第三位ってトコか。その丈夫さだけは褒めてやる」

美琴「ぅ、ぐ……!!」



バチッ! と美琴は手に力を蓄えた。
すると途端にドコから飛んできたのか、一回り大きい機材が垣根に向かって飛来する。
直撃すれば暫くの間はダメージの余り、身動きが取れなくなるだろう。

彼はすぐに原因を突き止めた。
こんな『念道力』まがいな事をする人物は、ただ一人しか居ない。
御坂美琴の能力の応用、“電力”ではなく“磁力”だ。




垣根「だがな、所詮は三番だ。俺に届く事はありえねぇよ」



しかし彼は臆さない。
弾丸のように飛んで来る機材も、一瞥するだけで意に介さなかった。
防御の動作も、避ける姿勢も皆無。

代わりに、



美琴「———ッ!!!?」




———背中から生えた白い翼で、機材を弾いた。




身を守るように突如出現した白い輝きを放つ翼は、まるで天使を彷彿させる。
バサッと羽ばたかせ、柔らかい羽根が空中を泳ぐ。

美琴は少しの時間、目が点となって翼を見つめていた。
今まで数々の能力者と対立し、様々な能力を目にしてきた。
でも、今回ばかりは違う。違いすぎる。



美琴(他と比べて段違いの突出した能力……まさか)

垣根「気付いたか?」



彼は笑みを濃くする。

突き付けるように。
絶望へ落とすように。
現実を示すように。


明言する。






垣根「俺はLEVEL5、学園都市第二位、『未元物質(ダークマター)』———垣根帝督だ」




この世に存在しない物質を生み出す事が出来る能力。
第三位である自分よりも、序列が一つ上の存在。

たった一つだ。同じLEVEL5だ。
なのに、こんな差が開くモノなのか?



垣根「な? 届かねぇだろ? テメェは俺の足下にすら及ばねぇんだよ」



三位と二位の間にある絶壁と言える、乗り越えられない壁を感じる。
何が『超電磁砲』だ。何が第三位だ。
そんなモノ……この男にしたら児戯に過ぎない。



垣根(……やっぱ、こんなもんか。しょうもねぇ)



下らない、と心で一笑。
彼は興醒めた瞳で美琴を見る。

判っていたはずだ。
三位が二位に勝てるはずがないと。
ずっと前から、『素養格付』を知った時から、アレイスターにプランがある事を感付いた時から、何もかも。








———でも、微かな希望にかけたいと思うのは贅沢か?





———コイツなら、リーダーを助けれると思うのは愚かか?








垣根「……無理か。リーダーの隣には」



その吐息にも考えられる呟きは、心の声から漏れたものだった。
誰にも聞こえるはずが無く、気にも止めない、意味を成さない言葉だった。





……彼女以外は。




美琴(私じゃ……私じゃ)




———駄目だと言うの?




今のままでは上条当麻の隣に並べないのか。
力不足なのか。足手まといなのか。




———バチッ!




離れて行ってしまうのだろうか。
せっかく掴んだ手を放してしまうのか。
また背中を追いかけなければならないのだろうか。




———バリッ!!




垣根「ぁん……?」



僅かではあるが、掴んでいる美琴から電撃が起きていた。
未元物質で電気を分解しているので、自分に被る事は無いが……。



垣根(いや、それ以前に、このガキは既に能力を使う体力なんか残って———っつ!?)



掴んでる手に電流が迸った。
思わず条件反射で手を放してしまう。


いや待て。そんな事は問題じゃない。
もはやどうでもいいんだ。
着眼点は電流が流れたことについて。
自らの能力で電気を分解、“流れないよう”にしてある。
間違いない。絶対だ。通ることは決してありえない。

なのに、



美琴「———」



ゆらりと立ち上がる。
彼女は言葉を発しない。
体中から流れ出る電撃は、ますます激しさを増していく。
とても本人の意思で流しているとは思えなかった。

垣根は瞬時に危険を感知し、バックステップで第三位から十メートル以上の距離を空ける。
万が一に備えて、翼は出したままだ。



美琴(———私だって)



確かに、自分は決して強くはない。
上条当麻の隣には不釣り合いかもしれない。
自ら撒いた種の後始末も出来ないような、弱くて脆い人間だ。

それでも、



美琴(———私だって!)













———当麻と一緒に戦えるッ!!





一つの電撃の槍が、垣根に向かって放たれた。
いや、正確には御坂美琴から放電していた一つの電撃が、勝手に射出した。

彼は当然、翼で身を守るように防ぐ。
わざわざ電気を分解し、拡散させる必要も無い。
また原因不明で通ってしまうかもしれないし、弾いた方が手っ取り早かったから。




———が。




垣根「ッッ!!!!??」




———電撃の槍は、翼を貫いた。




彼はとっさに身をかわして、肩を掠る程度で済ませた。
一歩後ずさり、信じられない物を見るような目で美琴を見据える。
ヒリヒリと肩が焼ける感覚に襲われるも、垣根は冷静に分析を開始。



垣根(どういう事だ……っ、俺の未元物質が破られただと? そんな馬鹿げた話しがあるか、たかが電気の素粒子がこうも容易く……!!)



じとり、とコメカミ辺りに嫌な汗が滴る。


二位と三位の間には、『絶対に乗り越える事の出来ない壁』が存在するはず。
極端に強さだけで言い表すなら、三位以降なんて団子状態だ。
特別に戦力が飛躍しているのは二位である自分と、一位である一方通行だけ。七位は論外。



垣根(だからこのガキの能力が、仮に暴走を起こしたとしても、そんな常識は通用しねぇ。
   俺を越えようもんなら、無理矢理俺以上のレベルまで上げるしか———)



そこで彼の思考は停止する。
頭のドコかで引っ掛かったのだ。
“レベル”というキーワードに思い当たる節がある。



垣根(……確か、七月の初めに浜面から聞いたぞ。クソッタレ共が第三位の頭を弄くって、リーダーがブチ切れしたって……)








———『強制段階上昇実験』。





垣根「……オイオイ、その実験がコイツに何らかの影響を与えてるってかぁ?」



不適な笑みを浮かべるが、焦りを隠せない様子。
どうやら、手を抜いて相手してるヒマは無いようだ。
穴が空いた翼は未元物質で修復。
更に、垣根の背中から翼がもう二枚増える。合計四枚。


対する御坂美琴。
全身から放電される電撃は、ますます増していき、さながら衣のように纏っていると錯覚する程。
余りの電気の量に、彼女の髪がユラユラと揺らいでいた。





死闘は続く。

投下しゅーりょー

よし、眠気に勝った


お待たせしました
だいぶ遅めの投下です




まるでビルに大型トラックが突っ込んだような、誰もが耳を塞ぎたくなる爆音が炸裂する。
煌めく雷光と、舞い散る羽根が何度も衝突し、相殺。

壁に穴を空け、出た場所は随分と広い空間だった。
暗闇で底が見えないが、推定すればかなり深いだろう。逆を言えば見上げると天井も見えない。
ココは、単純に端と端を繋ぐ通路のための空間。
構図を例えるなら、学校の校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下みたいなもの。



垣根(邪魔だな。移動の弊害になり兼ねない)



ズバァッ!! と四枚ある翼で通路を一刀両断ならず、四刀両断。
舞うようにくるりと捻りを加え、第三位を見据える。

彼は、眉を顰めた。



垣根「オイオイ、マジかよ」



苦笑には程遠い底意地の悪い笑みを浮かべる。
言葉とは裏腹に、垣根帝督はドコか楽しんでいる自分が居る事に自覚。


目の前に広がる光景は、宙に浮かぶ第三位こと御坂美琴。おそらく磁場と磁力の応用だろう。
しかしその程度なら想定範囲内。
彼にとって予想外だったのは、四枚の翼で落としたはずの通路が美琴の手によって、浮かんでいたからだ。
上記同様に磁場と磁力の応用で操っているに違いない。



美琴「う…………らぁッ!!」



四枚の翼によって破壊され、バラバラになった幾つもの「鉄」は、見事な軌道を描いて垣根に襲いかかる。
だが、甘い。どんなに大小を兼ねていようと、どんなに数が多かろうと。

彼は片っ端から徹底的に「鉄」を撃ち落としていく。

時には翼で。
時には手の平から現出した未元物質で。
その様は手際が良すぎる余り、見る者からすればもはや作業に近い。



垣根「ほらどうした第三位ッ! こんなモンじゃ———」



言葉は最後まで続かない。
ゾクッと、背中にドライアイスをブチ込まれたような感覚に襲われた。


御坂美琴が殺気を放って戦慄した訳じゃない。
彼女が操っていた「鉄」の残りだろうが、明らかに一回りも二回りも巨大な「鉄」が電撃を帯びている。
そして何故か、第三位は拳を作っていた。

あの構えは間違いない。
今まさに実行に移さんとする事が、容易に辿り着けた。
それは彼女の代名詞であり、数多くある技の中でも随一を誇る———『超電磁砲』。



垣根(マ、ズ……ッ!?)



彼は先程の電撃の槍を反芻する。
どうしてかは判らないが、翼を貫いてきた。
まだ原因も分析中で演算もままならないのに、あんな物を食らえば一溜まりもない。



美琴「———ッ!!」



彼女は歯を食いしばると、バチバチと電流が走る拳で「鉄」を殴りつけた。
その構えと放った腕の筋は、型もあったもんじゃない。本場の人からすれば素人丸出しの拳。
身体の軸も、締める脇も、踏み込む踵も、言ってしまえば甘いの一言。
美琴が編み出した自己流に過ぎない。鉄を貫くことが出来なければコンクリートすら砕けないだろう。


だけど『超電磁砲』となれば、彼女の拳でも、未元物質をも貫ける威力を誇ってくれるのだ。








———一瞬の閃光が、垣根の一枚の翼を焼く。




垣根(……っ)



間一髪。一枚の翼が消し飛ぶ程度で済ませた。
余りのエネルギー量に耐えきれず軌道が逸れたのか。
それとも彼が寸前の所でかわしたのか。

どちらかは定かでは無い。
彼はただ、目を細めるだけ。



垣根(なるほどな……)



消し飛んだ翼を修復。瞬く間に元の輝きを放つ翼へ。



垣根「演算———終了だ」





———————————————




00001号「……」



場面は変わり一方通行の部屋。
この部屋の主は既にソファへ横になって、眠りに就いている。
消灯なので、辺りはベランダに繋がる窓ガラスから差し込む月の明りだけ。

少女は窓際に正座で座り、ボーっと月を眺めていた。しかし月は見ていない。
ただ、瞳に月を映しているだけに過ぎない。少女が視てる先は……。



00001号「…………そう、ですか」



ポツリと呟いた。
誰かに言った訳ではなく、自問自答するかのように。
無機質な声は“彼”にも届かない。

少女はまぶたを閉じ、ゆっくりと顔を地面に落とす。
己を納得させるように何度も「うん、うん」と頷く動作をする。




00001号「決まってしまった事なら……仕方ありません。とミサカは残念な気持ちを隠せません」



立ち上がり、踵を返す。
虚ろな瞳の先に映すのは……この部屋の主である一方通行。
豪快にソファーへ寝転がる彼の下まで近寄る。

膝を下ろして、手を伸ばした。
髪を梳くように撫でる。
地毛と主張するサラサラの白い髪、きめ細かい柔肌。



00001号「何もしていないのにこの女子力……もはや女の子と言っても過言ではない。とミサカは明言します」



犯罪者顔負けの恐ろしい顔とは一変して、とても穏やかな表情で眠っていた。
「いつもこの顔だったら良いのに」という言葉が脳裏に過ぎるが、心に閉まっておこう。

それにしても、触れているのにも拘わらず、起きる様子は一向に無い。
能力のデフォルトである『反射』が発動される事も無かった。



一方『こンな悪人面してっからよ、そンな気もねェのにエスカレーター式で俺を敵視するヤツが増えちまうのさ。
   歩いてただけで喧嘩ふっかけて来たヤツも居れば、不意を突こォと背後を狙うよォな姑息なヤツも居た。
   だからアイツらにとっちゃァ、俺がノンビリぐーすか寝てる時なンざ、絶好のチャンスなンだろォな』



彼が睡眠中でも能力を解除しないのは、確かこの理由だったはず。
故に今も能力は発動のまま。……なのに、



00001号「触れられるという事は、ミサカは信用されている証拠でしょうか?」




判らない。今の状態では、まだ見分けはつかない。
彼の態度や言動を注視しなければ、きっと判別はつかないだろう。
どうせ口にして聞いた所で、この人は誤魔化すから。
今まで隠してきた心を誰にも気付かれず、生きてきた人だから。




———でも、それは叶わぬ夢。




00001号「……こうして、あなたの寝顔を見るのも、最後になるのですね。とミサカは惜しみます」



命令は絶対だ。背く事は許されない。
彼が寝ている内に早く……。



00001号「———ミサカは、ミサカはあなたのことが」



続きは紡がれなかった。
彼女が自ら、唇を噛み締めるように口を閉ざしたからだ。

顔を下へ落としたまま、スッと立ち上がる。
そのまま身を翻し、玄関の方へ向かって行った。





———————————————




垣根「……」



空に浮かぶ彼は見下ろしていた。
彼の衣服には焼き焦げた痕が幾つもあった。

埃でも落とすように肩を払う。



垣根(予想外に喰らっちまったな……)



一息ついて呼吸を整える。
体力はまだ十分に保存してある。
確かに第三位の攻撃は予定より受けてしまったが、息切れには至らない。
意識を持って行かれるような大きなダメージを被らなかったのが、せめての幸いだろう。



垣根(……だが)



彼は第三位を見据える。



垣根(もう終いだな)


美琴「はっ……はっ……」



激しい息切れ。身体から溢れ出ている凄い汗。
床に膝を付く姿は、さっきまでの勢いとは一変し、完全に疲労した有様に陥っていた。
体から流れる電流も、瞳に宿る生気も。

とても戦闘が行えそうな、能力を使える状態では無い。
今にも意識を失い、倒れ兼ねなかった。



垣根(当然の結果だな。俺の未元物質さえ貫く事が出来る、何らかの『新しい力』を手に入れたのはいいが、余りの膨大な力に第三位が制御し切れてねぇ)



能力を使うには、それに伴う演算能力と体力が必要不可欠。
しかし今の彼女は「何となく能力を使っている」という状況だ。
勿論、電撃に加わった『新しい力』の演算は曖昧に過ぎない。
更に彼女は第四位との攻防戦によって、体力は限界に近かったはず。



垣根(万全な状態でなかったのが幸運かもな。操り切れていたら、追い詰められてたかもしれねぇ)



今ここで敗れても、きっと上条当麻と会う頃には、完璧に御し切れているだろう。
元々努力家であるし、それに天才肌でもあるから。

もっと言うならば———上条当麻と云えば『不幸』の代名詞だから。




垣根「もう止めとけ。流石の俺もボロボロの女を苛めるほど、Sじゃねぇんだ」

美琴「……ッ」



ギリッと歯を強く食いしばり、朦朧とした瞳で垣根を睨む。
『まだやれる』……そんな執念の思いが伝わってきた。

どうしたものか、と彼は嘆息を漏らす。
この程度の予想はついていた。ようやく掴んだ上条の手掛りを、そうも安々と諦めるはずが無いだろう。
叩き潰す事はたやすい。未だ全力は出していないし、彼女の執念に応じて、立ち上がれなくなるぐらい打ちのめすのは造作も無い。

故に彼が取る行動は、



垣根「リーダ……いや、上条は」

美琴「!!」



虚ろだった彼女の目が見開かれる。
頭の整理が追い付かなく、戸惑いを隠せない。
垣根が口にした言葉の意味を理解するのに、僅かな時間を用いてしまった。


当然だ。誰しもそうなる。
先刻まで一歩間違えれば死に至る戦いを繰り広げていたのにも拘らず、突然話し始めたのだから。
どういう心境の変化か。何を以て……。



垣根「警戒すんじゃねぇよ。人がせっかく話してやろうと思ってるのに、それが年上の話を聞く態度か? あぁ?」

美琴「……何のつもり? 急に口を割るなんて」

垣根「どうもこうもねぇよ。このまま続けても、テメェが劣勢だってのは明白だ」

美琴「っ、そんなこと!」

垣根「強がるなよ格下? 自分自身が一番気付いてるはずだ。既に動ける体でもねぇし、能力も儘ならねぇってな」

美琴「……何の事だかさっぱりね。大体アンタ、知った風な口利くけど、私の何を知ってるのよ? それに私はまだ本気じゃ———」








垣根「嘘吐けぇッ!!!!」




ビクッと美琴が肩を揺らすほど、彼は突如として大声で怒鳴り散らした。
一言だ。たった一言に過ぎない。
それでも彼の怒号は御坂美琴という幼い少女を黙らせた。

辺りに響き渡った声は、山のように何度も木霊して、僅かな余韻を残す。
反響が消えても垣根は言葉を紡がず、ただ彼女を一点に睨むだけ。

静まり返った空間をたっぷり浸ると、次第に彼は痺れを切らした。



垣根「思い上がって見栄張ってんじゃねぇぞクソガキ。テメェ如き、俺の足元にも及ばねぇんだよ」



トッ、と軽快に床へ降り立つ。
距離は詰めない。それはまるで、二人の間に決して埋まらない深い溝を象徴するように。

翼は収めると、垣根は言葉を続ける。



垣根「テメェがその力を使いこなして、ようやく足を掴んだ程度だ。対等じゃねぇよ。
   俺が何のためにわざわざ“加減して戦ってる”と思ってんだ?」

美琴「……!」



彼女は瞳に、絶望を宿す。
「あれで、加減をしてる……?」と。
足元に及ばない等と吐き棄てたセリフは、所詮口だけだと思っていた。


数十分対話して、すぐ判った。
この男は頭の回転が迅速且つ、口が達者で挑発が専売特許な賢い人間。
その上、洞察力が優れているという何もかもを奪っていったようなヤツ。

だからこのセリフも、自分を惑わし、暗に諦めさすために出たモノだと。



垣根「判ってんだろ。これ以上続ければどうなる事かぐらい、自分が一番よく理解してんだろ」

美琴「……」



言い返せたら、まだ良かった。
でも……自分の体は正直で。
判ってる。とうに限界を越えてる事など判っている。
能力を使えるような体ではない。


何故なら———既に右腕の感覚が無いのだから。




垣根「……プライドは今は捨てておけ。身を案じろ。こんな所で倒れたら、病院送りは免れねぇぞ」



これ以上彼女から抵抗が見られないのを感じてか、口調が穏やかになる。



垣根「流石にそうなるとテメェ自身も都合悪いだろ? だから今は温和しく、ココから逃走できる体力を作っとけ」

美琴「……判ったわよ」

垣根「よし。さてまぁ、何を話せばいいんだかなー」



ひとまず状況のほとぼりが冷めた。
これで話も上手く運ぶようになるし、何より面倒が少ない。

きっと彼女から得られる情報は断言してもいいゼロだ。むしろ自分の方が情報は多い。
何故なら彼女は、『実験を止める』事しか見えていないから。
云わば盲目。実験が開始されてから起きた事柄なぞ、耳に入らないし視界にすら映さないだろう。
証拠として、実験が中止になった事を彼女は知らない。
知らないが故にこうして今も、施設を破壊し続けている。



垣根(……滑稽だろうな。上層部の連中からしたら)



この現状を椅子に座りながら嘲笑っているのだろうか?
必死になって、死に物狂いでようやく掴んだ希望の手段を『ヤツら』は、いとも簡単に崩そうとする。

その苦しみ、悩み、慟哭するザマを見て……嗤っているに違いない。




垣根(実験が中止になった事実は伝えない方が良さそうだ。
   どうせ俺の言葉が真実かどうかを確かめるために、携帯か何かでハッキングをして調べるに決まってる)



そして『妹達破棄』の事実を知り、余りの絶望に膝が折れるだろう。
時間を置くヒマはしない。すぐさま立ち上がって、阻止するために走り出す。



垣根(流石にそれはかったるい。阻止は俺らでどうにかするから邪魔にしかならねぇし……)



上条の事だ。必ず助けると言い出す。



垣根(……だとすると、俺がやるべき事は……)






第三位が『妹達破棄』の情報を知る時間を———出来る限り遅らせること。






垣根「……上条の事で、何か知りたいことはあるか?」



……と、その間に裏ポケットに忍ばせておいた携帯をこっそり取り出した。
見付からないようメールを打つ、宛先は上条、第一位、浜面だ。

普通ならバレるが、バレないのがプロの業である。




美琴「何でも?」

垣根「俺が知る範囲内な」

美琴「……じゃあ」



最初から決めていたのか、迷いも悩みも見せず、身を乗り出して問う。



美琴「当麻が……中学校を入学してからの、一ヶ月間を知りたい!」

垣根「リーダーが、中学の時……?」



眉を顰め、目を細める。
彼女が身を乗り出して懇願するほどだ。よっぽどの事があるのだろう。



垣根(その一ヶ月に確か……俺がリーダーと出会ったっけ……)



右手で殴られ、“正気”にさせられた日でもある。
おそらく自分に限らず、一方通行や浜面も然り。

現在のメンバーが全員揃って、初めて届いた依頼内容を確認するために、ファミレスへ寄ろうした時だ。
彼女こと御坂美琴に出くわした覚えがある。
上条は彼女を邪険に扱い、追い払っていたが……。



垣根(……そうか)



落とした視線を再び美琴に戻す。



垣根(やっぱ、“まだ言えてねぇ”のか……リーダー)



クスッと薄く一笑。
肩を竦ませて、首を振った。
まるで、やれやれと言わんばかりに。




垣根「そうだな……俺も詳しくは知らねぇよ。大まかに理解してるだけだ。
   何よりも、上条は自分の過去を語った事は一度も無いんだ。少なからず俺の前では、な」

美琴「っ、大まかでも何でもいいの! 知ってる事なら何でもっ」

垣根「無理だ。俺の口からは言えねぇ」



上条が言わないとなると、尚更。
この件に関しては流石に口出しは無用。
自分ではなく、上条の口からじゃないと意味が無いからだ。

それに、蚊帳の外であるはずの自分から彼女に伝えるのも変な話だ。



美琴「———なんでよ……っ」

垣根「んだよ、上条のこと信じてやれねぇのか?」

美琴「そういう訳じゃ……無いけど」

垣根「だったら待ってやれ。自ずと話し出すのをさ?
   ……更に言うとだがよ、俺はテメェが知る上条を知らねぇし、テメェは気付いてるかどうかは知らねぇが」

美琴「……?」








垣根「多分———上条は今も昔も、変わってないぞ?」




いつもの不敵な笑みを浮かべながら、彼は告げた。

たいした説明も無しに述べた言葉は、当然ストレートに受け取った彼女に誤解を招く。
「え……」と、全く理解が追い付きませんと言った面持で、美琴は呆然とする。



垣根「判んねぇか。やれやれ、リーダーと言い第三位と言い……課題が多いヤツらだぜ」

美琴「ちょ、と……どういう———」

垣根「ま! 俺も人のこと言えないけどなーっ!!」



HAHAHAHAHAHAHAHA!! と高笑いと共に背中の翼で飛翔して行く垣根帝督。
彼女が手を伸ばした時にはもう既に遅し、手の届かない遥か上へ浮かんでいた。



垣根「いつか俺の言葉が判る時が来る。そして上条もいずれ、テメェに事情を語ってくれる」

美琴「そんな根も葉もない事……!!」

垣根「信じないならそれでいいぜ? 何せ、信憑性なんて欠片もねぇからな」



上昇するに連れて、次第に闇へ消えていく。
美琴は追い掛けようにも、もはや更に酷使する力すら残っていない。
だいぶ呼吸は整ったが、体に力が入らないのだ。
後もう少し休めないと動けないだろう。

垣根は見据えると、再び口を開ける。























垣根「悪ぃな。タイムリミットなんだ。また何処かで会おうぜ、第三位」





















そうして彼は、闇に包まれ消えた。

投下しゅーりょーです



さて、投下しますよ




垣根帝督の一日の始まりはパターンが決まっている。
窓から差し込む朝日の光で気持ち良く起床し、冷蔵庫から冷やしておいた紅茶を取り出す。
椅子に座って足を組み、ゆったりとした姿勢で朝の紅茶を楽しむこと。

まるで、ドコぞの紳士が優雅に午後のひとときを過ごそうとしている雰囲気である。

実はと言うと、あながち間違っていなかったりする。
何故なら、彼自身が求める朝の理想がソレだから。
理由? 勿論「カッコよさそうだから」の一言に尽きる。
浜面曰く、垣根がやると無駄に様になってる所がムカつくらしい。



垣根「……zzzz」



しかし、残念ながら今日は違っていた。
御坂美琴との戦闘もあって疲れているのか、とっくに予定時間を過ぎたが起きる様子は無い。
でも、これはしょうがない事。自宅に着いた頃には、既に辺りは明るく明け方を迎えていたのだから。

現在の時刻は八時十三分。




「垣根ぇぇぇえええッ!! 起きろおおおお!!!!」





———そんな睡眠を貪る彼の名を呼ぶ声が、玄関から響き渡った。




ドンドンドンドンッ!! と玄関の扉を乱暴に叩く音が連続する。
もはや扉がヘコんでも不思議ではない程の音が響き渡るが、扉は傷一つも無い。
流石は第二位が住む学生寮、無駄に高級である。

しばらく続くが、彼が起きる様子は一向に皆無。
様子を悟ったかどうかは判らないけれど、鳴り響いていた音が唐突に止んだ。
諦めたのかと思われた———その時、ドバキャッ!! と。



上条「……」



玄関に立つのは、明らかに怒りの色の眼を宿した上条当麻。
伸びた足を見るに、どうやら我慢の限界を越えてしまったため、蹴り破ったらしい。


バックには呆れる様子の浜面と、眠たくて仕方がない様子の一方通行。
これから起こりうる事は安易に予測は出来る。故に……密かに浜面が心の中で十字架を掲げた。

律儀に靴を脱ぎつつも、根底の憤怒だけは露わなので、その動作すらも怒っていると感じる。
未だベッドで寝こける垣根を見下ろし、



上条「起きろ垣根ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」



叫び、振り下ろす右手。



垣根「げふっ……! な、なんだ強盗か能力者か!? って、リーダー? 俺の家で一体なに……おおぉぉぉぉ!!!?」



すぐさま垣根の襟首を掴み、ベランダを開け放ち、彼の体半分を外へ。
もちろん“まだ”慈悲のある上条は掴んでいる襟首を放しはしない。



垣根「ちょ、ま、どういう状況?!」

上条「見ての通りだ。集合時間になっても来ないお前を起こしに来てやった訳だ。起きろ」

垣根「もう起きてまーすッ! おめめパッチリだぜコンチクショー! だから手を離して、いや離さないで落ちる!」

上条「どっちなんだよ。っていうか起きたんなら早く動け」

垣根「バカ言っちゃいけねぇぜ上条。ここで動いたら俺まっさかさまじゃん? 死ぬじゃん?!」

上条「御託は聞きたくありませんのことよ? とにかく起きろ。良いな。判ったな?」

垣根「OKボス!」

上条「よし」

垣根「あ、こら! 手を離すなって言ったの……にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!!」




フェードアウトしていく垣根の声。
そして少し間を置いた後、上条は溜息を吐きながら腕を組み、



上条「……ったく。おーい、垣根さーん? 三十秒以内に帰ってこないと今月の給料大幅にカットですよー?」



玄関で佇んで有様を伺っていた二人が、一言。



浜面「お、鬼だ……」

一方「自業自得だから別にいいンじゃねェの?」




———————————————




垣根「あ゛ー……一時はどうなるかと思ったぜ。流石の俺様も死を覚悟したぞリーダー?」

上条「因果応報って知ってるか?」

垣根「メモリーには記憶されてねぇな」

上条「そもそも、能力で空を飛べる事を考慮しての懲らしめだったんだが?」

垣根「冗談はよしてくれよリーダー。起きたら超絶叫系命綱無しのバンジージャンプだぜ? 演算より驚く方が勝るって」



現在の時刻は八時十五分。
彼らが話している内容の通り、垣根は無事生還を果し、こうしていつも通りの朝を迎えていた。


テーブルを囲うように四人は椅子に座っている。
垣根はあくまでも突き通そうとカップを片手に。
上条は呆れてるのか両手を頭の後ろに。
一方通行はテーブルを肩肘をついて手を頬に添えて。
浜面はどうしたら判らずコメカミを掻く。



上条「ん」



手の平を垣根の前へに差し出す。
ノンビリ紅茶を口に含んでいた垣根は逸早く意図を読んだのか、カップをテーブルに置いて立ち上がった。
ハンガーに掛けてあったジャケットのポケットへ手を突っ込む。



垣根「確か、ここに……あった。ほら」



USBメモリを手に取ると、上条に向けて下から投げる。
弧を描き、難なく上条の手に着地し収まった。

上条は懐から電極端子を取り出すと一端をUSBメモリに、もう一端を自分の携帯へと接続。
これはどうしてもかさばってしまうパソコンを持ち運ばなくても大丈夫なよう、そしてパソコン以外でも手軽に出来るようにと作られた機器だ。



上条「結果報告はこれで確認するけど、とりあえず上条さんだけじゃなく浜面と一方通行も呼んだ理由を今の内に説明してくれるとありがたいですよ、っと」

一方「同感だ」

浜面「右に同じく」



三人がそれぞれ口々に好き放題言うなか、垣根は人差し指と親指を顎に添え、考える素振りを見せる。
答えは上条に渡したUSBメモリに載ってあるから自ずと気付くとして、まずは理由を述べていこう。
でなければ対応が遅れそうだ。









———説明後。





ここで垣根帝督にとって誤算が生じていた。
結果的に見れば、四人全員を集合させたのは良かったのかもしれない。

誤算一。彼が予想した、最も怒りを露わにするであろう上条当麻が冷静であった事。
怒っていない訳ではない。内心、今までの和気藹々とした会話がブッ飛ばされるほど、湧き上がる感情を抑え込み、冷静に処理をしようとする表れだ。

誤算二。垣根の一番の誤算、それは元々誰の手によって『絶対能力進化実験』は止められたかである。
止めた張本人が、『妹達破棄』なんて事実を知れば、必ず上条よりも怒りを露わにするはずだと。

故に、



一方「……」



彼は話を全て聞いた途端、即座に椅子から立ち上がった。



上条「待て待て」



去ろうとする一方通行の肩を掴む。



一方「放してくれ」



それ以上の言葉は告げない。
たった一言。一言に過ぎなかった。

だが、僅か六文字に彼の心境が凝縮されていると感じたのは、気のせいだろうか?

上条も、垣根も、浜面も。
冷静に吐き棄てた言葉とは裏腹に、一方通行はとても口では表しきれない焦燥感に駆られていると悟る。



一方「……頼む」



そして尚———背中から後悔で溢れているのが見て取れた。




上条「……はぁ、判った判った。判りましたよ。流石の上条さんもそこまで鬼じゃありませんのことよ?」



続いて上条も立ち上がる。
こんな後ろ姿で頼まれたら、辟易する他無いだろう。



上条「浜面、今すぐ車出せるか?」

浜面「お? あ、あぁ。別に問題ねえよ」

上条「垣根も起きたばっかで怠いだろうけど、動けるな?」

垣根「当然だろ? 俺様を嘗めちゃいけねぇぜ」

上条「よっし、じゃあ行きますかねー」



一方通行の隣に歩み寄り、ポンと肩に手を乗せた。



上条「気持ちは判るが、落ち着け。闇雲に捜し回ったって手間がかかる」

一方「……じゃあ、どォしろってンだ」

上条「そんな顔すんなって。心配御無用! 俺に考えがある」





———————————————




車のエンジン音が轟く。
スモークガラスを張ったワゴン車の運転席には、浜面が出発の準備に取りかかっていた。

外には上条、一方通行、垣根。
準備が整うまで、大まかな作戦を練っているようだ。
リーダーを務める携帯をカチカチ操作しながら、



上条「浜面には運転を任せるとして、肝心の『妹達破棄』の件は俺と一方通行で阻止を試みる」

一方「場所の特定はどォする気だ?」

上条「人気が少ない工場、もしくは『絶対能力進化実験』に関わっていた施設だ。二万人の人間を処分なんだ、場所は限られてくる」

垣根「……俺は?」

上条「垣根は『妹達破棄』を中止するように交渉を頼む」

垣根「えーっ、誰にさ?」

上条「文句言うな。闇に携わった事のある人間が一発で従う発言力を持ってるヤツ、って言えば一人しか居ないでしょー?」



ジト目で垣根を睨む。
読み終えたのか、軽快な音を鳴らして携帯を閉じる。


睨まれた彼は僅かに思考を巡らすが、すぐに得心したと頷いて、



垣根「……あぁ、なるほど。しっかし、二人だけで暴れるなんてズルいなぁ?」

上条「何を言ってんだか。十分暴れてきてるだろ?」

垣根「は? どういう———」



垣根が最後まで疑問をぶつける前に、右手を伸ばした。
頬に触れた途端、キュインと。
『幻想殺し』が発動した独特の音が響く。

すると、その頬に真新しい火傷の痕が現れた。



上条「———“ソレ”、美琴と戦った時に受けた傷だろ?」

垣根「……っ」

上条「隠そうったって無駄だぜ、俺が気付いてないとでも思ってたのか?」

垣根「いつ、から?」

上条「最初からだ」



そこに浜面の声が呼びかかる。



浜面「おーい! もうオッケーだぞー!」

上条「うっし、行くかあ! さっき言った作戦通りに行動に移せよ」

浜面「は? すまん、俺まったく聞いてなかったんだけど」

上条「ここからスピード勝負だ。破棄命令が下ったのが昨晩なら、おそらく決行は今夜。……それまでに片を付ける」

浜面「オイオイオイッ!? 無視すんじゃねーよ!!」

一方「うるせェな。運転中に説明してやっから喚くンじゃねェっつの」




二人はそれぞれ車に乗り込む。
上条は助手席へ、一方通行は後部座席。

蚊帳の外になった垣根は、諦めたように肩を竦ませた。



垣根「どうやって交渉するんだ? 容易に話が進むとは思えねぇぞ?」

上条「上条さんの名前を出して構いませんのことよ。後は垣根の口車でどうにか出来ねーか?」

垣根「結構難題だぜ」

上条「……ダメか?」

垣根「ふっ、お安いご用さ」



合図無しで車が発進する。
あくまで話が終わったのを確認してから。

第二位の少年は不敵な笑みを浮かべて、背中に翼を生やして飛び立つ。




浜面「で? ドコに向かえばいいんだ?」



別学区へ移動した所で問う。
バックミラー越しに一方通行を見て促した。
視線を感じた彼は辟易した訳ではないが、上条に答えを示唆。



一方「上条、施設は兎も角として、人気の無い工場なンざ幾らでもある。どォやって捜す?」

上条「とりあえずハッキングを仕掛ける。垣根がコピーしてきたデータに載って無いって事は、多少なりにセキュリティーを施してあるんだろ。場所ぐらい記述されててもオカシくはありませんからねー」

一方「なるほどなァ。どれくらいかかりそォだ?」

上条「フフン、上条さんの手に掛かれば五分も要りませんのことよ!」



……と、二人の会話を黙って聞いていた浜面が、口を開ける。
何やら言いにくそうに口籠り、



浜面「……上条、ってさあ?」

上条「ん?」

浜面「何でも知ってるよな。ピッキングやハッキング、武術に戦い方。……どこで習ってんだ?」

上条「あー……」



困ったように頬を指で掻く。
苦笑を浮かべて悩む素振りを見せ始めた。


透かさず反応を示したのは浜面。
上条を言い淀ませ、困惑させるほど無理に聞く必要は無い。



浜面「こ、答えづらいなら別に構わねえぞ!? そもそも単なる興味本位だしさ?」

上条「いや、どう言おうか迷っただけで答えづらくは無いから安心しろって。まあ何て言うか、見様見真似だ」

浜面「見様見真似……? 誰の?」

一方「大方、ハッキングは第三位じゃねェの? ピッキングなンざ調べりゃ幾らでも出てくるしよォ」

上条「ビンゴ! ま、所詮上条さんはそんなレベルですよ」



大体本当で大体嘘である。
忘れることなかれ、上条当麻は記憶喪失だ。
ある一端を破壊し、二度と記憶は戻らない。

どうやら浜面の質問の答えも、その破壊された記憶の一端にあるらしい。
だから武術も戦い方も知識として頭の中に残っているが、キッカケとか誰に教わった等、全く残っていない。
しかし、『ハッキング』だけは違った。一端のもっと前、小学生時代に御坂美琴が自慢げに見せて来たのを覚えている。
そして何より、一方通行のフォローが入った御陰で他の事柄も同じような手段だと思い込んだらしく、追究は無かった。

ホッと胸を撫で下ろす———が、



上条「……?」



たまたま視界に映った景色に、彼はとてつもない違和感を感じた。




浜面「どうした?」

上条「……一方通行、今何時だ?」

一方「あン? 八時……三十分だ」

上条「……」

一方「なンだってンだ?」

上条「いや、あまりにも人が少ねえなーって……」



彼の言葉を皮切りに、二人は一斉に外を見る。
右側を見渡して、今度は左側を見渡す。
……誰一人、人影が無かった。



浜面「お、おいおい! 何が起こってんだ!?」

一方「コンビニなンか店員ですら居やしねェぞ」

上条「これは……ん?」



前方には交差点の大通り。
三つの分かれ道の一つ、真っ直ぐの道を立ち塞がるように黒いワゴン車が一台。

それも……自分達と同様のスモークガラスを張ってあった。




一方「……上条」

上条「あぁ。浜面、右に曲げってくれ」

浜面「お、おう……っ」



浜面の息を飲む音が聞こえる。
彼だけじゃない、二人も感じていた。
この妙な緊迫感。緊張感が己の中で生まれていることに。

怪しい。一言に尽きる。

そして車が右に曲がって、擦れ違う瞬間———あちら側の車の後部スライドドアが開かれた。



上条・一方・浜面「!!??」



それぞれが驚愕を示す。
程度は大。これ以上に無いほど驚きを露わにしていた。
言葉を詰まる者も居れば、背中から嫌な汗が吹き出す者も。

車から出て来た人物と実際に会ったことは無くとも、名前と顔ぐらい知っていた。
むしろ知ってて当然。何故なら———



一方「……」



ゴシャッ!! と。

突如、一方通行の放った拳がスライドドアを突く。
ベクトル操作の効果でスクラップ状態になった原型を留めていないドアは、地面を転がっていった。

彼は口元を吊り上げるように……歪める。



一方「ク、ハ……」



誰もが畏怖する、狂笑を浮かべた一方通行は外へ飛び出した。



一方「ギャハハハ!! ひっさしぶりじゃねェかよォ! 相変わらずフザケた面してやがンなァ———木原ァ!!!!」



白衣を羽織った長身の男。
研究者のくせに刺青が彫ってあり、その両手には細いフォルムの機械製グローブがはめられていた。

男の名は木原数多。
かつて、学園都市最強の超能力者の能力開発を行っていた人物。
そして———一方通行の仇である。



木原「……ハッ」




上条「一方通行ァッ!!!!」



戻って車内。
助手席に居た上条は手を伸ばした所で届くはずもなく、身を乗り出して叫ぶだけ。
だが既に耳に入って無いのか、止まるどころか反応すら示さない。

無理もない事は判ってる。
一方通行の良き理解者であり、唯一心から接して自らも心を開き返した、たった一人の妹を殺した仇なのだから。
ずっとこの数年間、復讐を糧に生きてきたと言っても過言ではない。
彼自身が語っていた。「もしも木原を見つけた時は自分を失う可能性すら否めない」と。



上条「だからってこんな時にあの馬鹿……浜面ッ!」

浜面「判ってる!!」



歩道橋を越えた辺りで、浜面が思いっきりハンドルを切る。
Uターンではなく、急激に滑らすように百八十度曲がったので、タイヤが擦れる音が響いた。


上条は急ブレーキ用の取っ手に掴まりながら、



上条「俺は何とか手を伸ばしてアイツを捕まえるから、浜面は出来るだけ合わせて———」



彼の言葉は最後まで続かない。
視線の先にあるのは歩道橋。
ちょうど中央———そこに“彼女”は立っていた。

黒髪のお団子頭を左右に揃えた、中学生ぐらいの小柄の少女。
ロケットランチャーを肩に担いで何度も頷く。



「うん、うん。分かっているよ、数多おじちゃん。本当に辛いけど、『木原数多』ならこうするんだよね」



標準を上条達が乗るワゴン車へと合わせる。



「甘々だぜェ、幻想殺し!」



気付けばとっさに浜面の襟首を掴んでいた。
無意識に助手席のドアを蹴破っていた。

この身に起こり得る危険を、『本能』は決して許してくれなかった。





そして———引金は容易く引かれた。




刹那。爆音が轟く。
ビリビリと空気が振動する。
爆風が引き起こされ、街路樹が次々と薙ぎ倒されていく。
ビルの窓ガラスが一斉にけたたましく割られていった。
生身の人間が受けようものなら塵となり果ててしまうほど。



上条「ぐ……!!」

浜面「ぉごっ!?」



奇跡的にも彼らは生きていた。
ワゴン車から脱出し、間一髪直撃を免れたらしい。
だが、爆風で加速が付いてしまい、受け身の体勢も儘ならない状態。

結果……二人はビルの壁に激突。

上条は背中から。
浜面は不幸にも顔面から。



上条「テメェは……」



歩道橋に立つ少女を見据える。
出会った記憶は無いが、不思議とその顔と名前に覚えがあった。

つまり、記憶破壊の一端に知り合った人間の一人。



円周「久しぶりだね! 当麻お兄ちゃんっ」

上条「木原、円周……」



投下しゅーりょー



投下、します!
今回は短いです、申し訳ありません


ヴェントの方と言いますと、自分の処女作ですね
検索すれば出て来るので、見たいという方は探してみて下さい








インデックス「……?」




第七学区、上条当麻が住む寮。
少女は彼の部屋でスフィンクスと戯れていた。
朝から出掛けて行ったこの部屋の主は、何やら付いて行っては駄目な雰囲気を醸し出していたのを察し、少女は仕方なく留守番の形に。
昨晩は散々睡眠を妨害したくせに、一番起きるのが早いなんて世の中は間違ってる。
心の底から思うのであった。



インデックス「雨のにおいがするんだよ……」



雲行きが怪しい。
満天の空は雨雲に覆い尽くされ、辺りを薄暗くさせていた。

少女はベランダの窓を開け、身を乗り出して空を覗き込む。
くん、と仄かに湿っぽい雨独特の匂い。
降ってはいないが、その予兆である事は間違いなかった。
もしかしたら場所によっては既に降っている可能性も否めない。



インデックス「とうまが言ってたことは本当だったんだね」



自分と同じように空を眺めて、唐突に干してあった洗濯物を取り込んだ。
聞いてみれば、「雲の流れが早いから雨が降るかもしれない」と答えていた。


思えば彼から色々教わった気がする。
雨の匂いというのも、彼から教わった事の一つ。



インデックス「……あ、二人とも傘を持って行ってないかも」



うなー、と。
足元にスフィンクスがすり寄って来た。
「なぁ主人よ、ご飯はまだかいな?」とその顔は語っていた。

少女は頷いて、













インデックス「うん。ちょっと……心配かも。とうまは私に内緒で無茶をするからね」



猫の主張はまったく伝わっていなかった。





———————————————




皮膚に触れる水の感触。無かったはずの雨雲が、空を覆っていた。
ポツポツ、ポツポツ。と小さな粒だった雨はやがて豪雨へと。

まるで歓喜するかのように。
あまりの喜びに狂い叫ぶように。
一方通行の心を現しているように。

“あの日”から、彼の心に陽が射したことは一度たりとも無い。
いつも空には雲が遮っていた。
晴れる日が無ければ、風が吹くことすら無い。
時間が止まったみたいに厚い雨雲は、ただただその場で漂うだけ。

虚しくて、悲しくて、寂しい雨がずっと降り続けていた。
その雨は涙。雨音はドコか、泣き声にも聞こえた。
どうして泣いてるんだ、と問うた時もあったが、返ってくる答えは常に同じ。

だけど———今日は違う。
喜んでいる。悦んでいる。

今ほど体の奥底から滾る感覚が生じたことはない。



一方「高みの見物と洒落込む気じゃねェよなァ———木原?」




天から地まで響き渡るような怨嗟の声。
理性を取り戻した悪魔の声。

澄み切った穢れ。
絶望を知るからこその傷。

悲しみを繰り返し、曲がったまま超越した者ならこんな声を出すのか?
或いは彼のように、愛しき者を殺されたならこうなるのか?

囁くようでありながら、確固たる音として響いた一方通行の声。
木原数多という名が“そこ”にある。十分だ。それ以上に理由は要らない。
他の事情なんて……どうでもいい。



木原「……」

一方「オイオイ? どォしたよ? なに黙ってやがるンですかァ、らしくねェ。こっちはよォ、テンションがマックスまで跳ね上がっちまってンだ。いつまでもシケた面ァ———」

木原「なんだぁ?」



軽い調子で捲し立てていた彼が遮られる。
窺うように口を閉ざす木原だったが、静かに呟いた。

普通の殺気とは異なる、異常なほど狂いきった別格の殺気。
一方通行が悪魔と称するならば、木原数多は死神。
鎌を喉に添え、耳元で死の吐息を囁く。

僅かに言葉を発するだけで人間の生気を吸い取ってしまうくらい、木原は狂っていた。
あえて低く、唸りを上げるように。だけどドコか愉快そうに。



木原「随分と今日はお喋りじゃねーかお兄ちゃんよお? 殺したくてしょうがねぇ俺に会えて、興奮してんのか?」



ケラケラと、嘲り、嗤う。



一方「当然だろォが。オマエに遭いたくて遭いたくて何回夢に出て来たと思ってやがンだ?
   後、その顔とその声で“お兄ちゃん”なンてほざくな。思わず手が伸びて殺してしまいたくなる」



ともすれば、こちらは冷笑。

お互いに売り言葉で罵り、相手の出方を待っているのは間違いない。
一方通行は木原数多を、木原数多は一方通行を。あくまで不本意だが、知り尽くしたからこそ。
でも逆に言うと売り言葉を買って、更に売り言葉を相手に掛てることもしかり。




木原「ハッ、相変わらずクソ生意気なクソガキだこと。俺としちゃあテメェなんざ眼中にねーし、顔も見たくも無かったんだけどな? 『上』がピーピー喧しいんだ。
   だからな? ここで素直に伸されてくんね? いや割とマジで。テメェ相手だと加減出来そうに無いから面倒なんだよ」

一方「ギャハ!! イイじゃねェかァ、手加減なンて要らねェよ。それに言わせてもらうけど、俺こそオマエに遭いたくて遭いたいンじゃねェンだよ」



彼は一息吐き、



一方「ホントは“アイツ”の為にも墓参りの一つぐらいしてやりてェンだ。……でもよォ、それじゃ駄目なンだ。『木原数多』っつー名がココに“在る”じゃねェか。
   そォ、オマエが! 他の誰でもないオマエが! この世に生きて! この地に立って! 空気中の酸素を吸って! その口で声を発して! 筋肉と関節を動かして尚且つ! 心臓が鼓動を打ってる事実があるだろォがッ!!!!」



怒りと云う名の慟哭が、やがて唸るように霞んで……彼は涙を流さず泣いて。



木原「大変だねぇ、お兄ちゃんとして妹の弔いだけは果たすってか。ご苦労なこった……で? お涙頂戴の物語を聞かされて俺はどう反応すればいいんだ?
   “パチパチパチー感動の物語をありがとうございましたー”———って、ありきたりな称賛でも送ってやろうか?」



侮蔑する微笑が、そこにあって。



一方「くく、あっはははは……。ヒャハははハはぎゃはあはは! ギャァハハハハハァハハハハッ!! 
   そォだよなァ!? クソッタレのクソ野郎は何を言っても無駄だよなァ!!!! 人の妹すらモルモットにしちまうよォなクソ野郎に、そンな野郎ォにィ!!」



涙を流さず笑う一方通行の姿は滑稽で、哀しい。
哀しみは一種の美となり、彼を覆う。


どれだけ崩れても、どれだけ苦しんでも……耐えてみせる。
もう、あの過去が叶わないと判っているから。
だからこそ、もう一つの望みだけは、果たさなければならない。



一方「ははは。……あァ、心配すンな。オマエは特別に痛みも与えないまま一撃でブチ殺してやるからよォ……」




———そう悲愴な顔すんなよ。実験で死んだ人数はコイツだけじゃねぇ、被験者の半分以上は逝っちまった。……まぁ? 言うなれば“運が悪かった”ってこったな。




あの言葉を忘れないから、彼は宣言する。



一方「何の躊躇いも無く、何の慈悲も無く」




———にぃ、さ……ん……。


———百合、子? ……百合子ォォォォォォッ!!!!




鼓膜に響いてくるあの叫び声。
彼の目はただ復讐に染まっていた。

もう、何も見えていない。
もう、後のことなんて知らない。










一方「『木原数多』を———ブチ殺してやるさ」




その望みだけで生きてきた。
その目的だけでココまで来た。

傷ついて。ボロボロになって。
自分を失って。狂った中に、今を得た。
ずっと、ずっと夢を見てきた。

己の停まった時間を動かそうなんて大それたことは思わない。
停まろうが、動こうが、関係ないのだ。

停めた『アイツ』が憎らしくて。
居なくなった『アイツ』が愛おしくて。
一人遺った『俺』が……悔しいだけ。





木原「———イイ目つきだ」





一方通行の言葉すら耳に傾けないのは、取り合わない証拠。
眉をピクリとも微動だにせず、獣のように犬歯を剥き出して笑うだけ。
歓喜に満ち溢れる彼の視線にあるのは一方通行の瞳。




木原「ただ喚き散らかして、妹の仇を討とうしたあの頃とは違う。復讐の念に囚われ殺したいと願うばかり得てしまったイカレた目ぇしてやがんなーテメェ?」



くっくっ、と嫌味たらしく歪に微笑む。
その瞳が、"楽しくて仕方ない"と語っていた。



木原「何があったかは知んねーが、クズはクズなりにこの数年間を無駄にはしなかったワケか……。あーあー、やっぱあん時に潰しておくべきだったんだよなぁ」



でも、と続ける。



木原「だからこそ、こっちも“それなりの手”を用意したんだ。テメェの成長率が予測を遥かに上回ったら、分析に時間がかかって手間を取っちまう」

一方「……あァン? どォいう意味だ?」

木原「要領が悪い野郎だ。掻い摘んで言えば、今回俺はあくまで付き添いっつーことなんだよ」



彼がそう呟いた直後、ワゴン車のスライドドアが開かれた。
それだけなら一方通行も視線が移り、狼狽することも無かったであろう。


ワゴン車から降りて来たのは、一人の少女だった。



真っ白な色、肩までに切り揃えられたキメ細やかな髪の毛。
パッチリと大きく開かれた赤い瞳は、彼女の元気さを覗かせるように。
しなやかに伸びた腕も脚も“彼”の記憶とは違って成長していたけれど。
彼女の————髪に留めている花形のヘアピンは、自宅に仕舞ってあるの物と、何も変わらなくて。

見間違う訳がなかった。例え記憶のソレと同一ではなかったとしても。
そんなことは些細なことだった。
夢の中で、きっとこうなっているだろうと描いてきた姿だったから。
泣いていた、笑っていた、怒っていた、微笑んでいた、少女だった。


理解出来ないはずが無かった。
あの姿は、紛れもなく————。


















一方「———百合……子?」


















あの時より“成長している”という一点を除き、“彼女”と瓜二つ。

隣に並ぶ木原が何か呟いたような気がした。
笑いか、それとも嘲りか。
どちらにしても、酷く耳障りだった。



「…………………………」



目の前に存在する“少女”は、無言のままに———そこに在る。



投下しゅーりょーです



投下します

今回も短いでございます




雨が肌を叩く。前髪の毛先からポタポタと雫が滴る。
急に空は雲に覆われ、学園都市に大粒の雨を降らしていた。
敢えて傘はささない。邪魔にしかならないからだ。これから向かえる戦闘への。

上条は額から伝う水を拭わないでいる。きっとそんなヒマは無いと思うから。
対峙する少女は生易しい存在ではないと、『経験』ではなく『情報』として頭が理解しているのだ。



円周「……っと」



少女は軽快に歩道橋から飛び降りると、パシャッとアスファルトに溜まった水を弾きながら着地。
爪先から降り、膝、股関節、腰と順に曲げて最後に踵を着くことによって、着地の衝撃をすべて吸収させていた。


その着地法に上条は眉を顰める。
コレは彼が戦闘を行う際にする術とまったく一緒。驚かないはずがない。
しかしそんな疑問は即座に解消された。
疑問を生み出した原因である少女が目を輝かせて、こう言ったのだ。



円周「どう当麻お兄ちゃん、上達してるよね? すごく頑張ったんだよ!」



虚を衝かれつつも、少女の言動から合致。
どうやら自らこの少女に教えたらしい。
これで何故、同じ着地法を扱えてるのか納得出来た。

後は、



上条(この子をどう対処するかだが……)



ミサイルを躊躇いもせず放った様子だと、戦う気は有り余っているようだ。
何とか戦闘を避け、一方通行を強制連行を願いたいのだが……容易にはいかない。
少女は未だ目を輝かせ、可愛らしい笑顔を浮かべる。まるで兄に褒め言葉を求める妹みたいだ。
……若干、あるはずがない犬の尻尾がパタパタと振ってるように上条の目が見えたしまったのは、気のせいだと思いたい。


とにかく、何やらこの少女は自分に悪意は持っていないようだ(理由は判らない)。
だったらもしかすると、交渉次第では上手く事が運ぶかもしれない。

ならば、と上条は右手で拳を作る。
すぐに広げて、再度拳を作った。



浜面「……!」



———と、そこで浜面が動いた。

上条と少女には背を向けて、路地裏に駆け込んで行く。
一目散に走る彼に、上条は振り向きもしなければ反応すら示さない。
むしろ目を向けたのは少女の方だった。



円周「いいの? あの人どこかへ逃げちゃったよ?」

上条「……構わねーさ。どっちかっつーと一人の方が動きやすいしな」



それより、と彼は続ける。




上条「一旦さ、退いてくれね? 今度いくらでも相手してやるからさ」



その言葉を告げた途端、少女の目がうるうるし、



円周「当麻お兄ちゃん……せっかく会えたのに、相手してくれないの……?」



本来ならばピリピリとした緊迫感ある空気が流れるはずである。
だが残念な事に、嘘泣きならまだしも本気で泣き出しそうになる女の子を放っておくほど、上条当麻は薄情者ではなかった。
例えそれが今この場では敵だとしても。



上条「い、いやっ!? その……だな。円周? 上条さんは今とても切羽詰まってる訳でして、出来ることならば今度また会いに来て欲しいなー、って思ったり……」



断言せず、語尾を濁す辺りはやはり上条当麻と言ったところ。
甲斐性無しの性分が垣間見える。

対する少女は上条の言葉を聞くなり、パァッと涙目から打って変わって笑顔を浮かべ、



円周「今『円周』って呼んだ? 呼んだよね!? へへへっ、いつもは『ガキ』だったけど、初めて当麻お兄ちゃんに名前で呼ばれちゃった♪」




若干、頬を染めてイヤンイヤンとくねくねする円周を見て、次は上条が反応をする番だった。
「え、そうなの?」……と心の中で全力で呟いた。思わず口には出さなかったのを褒めてやりたい。

確かにインデックスとの初対面では「ガキ」と呼んでいたが……。



上条(……“今”と“昔”の人格は確固としてある。あるんですけども! 上条さんはそんなにヤサグレてましたっけ?)

円周「んー、困ったねー」



彼が絶賛葛藤の中、円周は一人ごちる。



円周「今は当麻お兄ちゃんと喋ってるから、『木原』じゃなく『木原円周』個人として居るけど……」



少女は悩むように首を傾げ———頷く。






















円周「うん、うん。仕方ないよね。今回はそういう任務で赴いている訳だし」




腰を低くして、グッと踵に力を込めると———水しぶきを巻き上げ、爆発的な加速力で上条との距離を詰め出した。



円周「分かっているよ、当麻お兄ちゃん。こういう時は吟味せずに即決即座に動くべきなんだよ、ねっ!!!!」



瞬時に上条の下まで移動。
すかさず左足を大きく踏み込んで掌を腹部に打つ……はずだった。



上条「よっと」

円周「わ……!?」



直前、構えられた掌は上条の左手によって掴まれていた。
更に流れるように上条の足は、踏み込んだ円周の足を膝の間接から払う。
上条に掴まれながらも重力に従った円周の身体はクルリと回転。
そしてすぐさまパッと掴んでいた手を放した。

結果、少女は背中から地面に落ちる事となる。




上条「シッ!」



だが、彼の攻撃は手を休めなかった。
間髪容れず少女の顔面に向けて拳を落とす。
拳は速度が上昇につれて強度を増し、やがて鈍器と名を変えて牙を剥く。
精鋭された拳は岩をも砕く破壊力を誇ってしまうのだ。






円周「———分かっているよ、当麻お兄ちゃん」






少女の瞳が、ギラギラと光った。


首を傾けて顔を僅かに逸らすことにより、追討ちを免れる。
止まれない上条の拳は、円周には当たらずアスファルトへと突き刺さった。
仕返しとばかりに、今度は逆に円周が上条の手を掴む。



円周「敵が防御からの攻撃に移る時、それも反撃だったらの場合が一番チャンスなんだよね!!」

上条「ちょ、おま……ッ!?」




瞬間、上条の想定範囲外のありえない動きを少女はしだした。
円周の両足がまるでカポエラさながらに、遠心力を加えながら上条の顔面目掛けて繰り出して来たのだ。
……ミニスカートであることも気にせず。

チラチラと何やら白い生地が見えるのは目の錯覚だと信じたい。
という訳で戸惑いまくる上条はひとまず体勢を立て直そうと即座に行動へと移る。
掴まれていた手首をうねるように捻って束縛から解き———もう片方の手で、無防備な状態の少女の腹部へと掌を打つ。



円周「バッ———!!!?」



まともに一撃を喰らったので、数メートル以上の距離をいとも簡単に吹き飛ばされる円周。
彼もバックステップで距離を取りつつ、少女を見据えた。



上条(こいつ……)



今までの一連の動作を反芻する。
決断からの初動、加速力、構え、気の込め方、打ち方。……どれもが上条自身、実戦で使っている戦法だ。
とても真似事じゃ済まされない。それこそ本当に自分がこの少女に一から教えたみたいに。


心の底から思う———本当に、厄介なことをしてくれたものだ———と。




円周「げほっげほっ……さ、さすがだね当麻お兄ちゃん。同じ技でも予備動作が全然見えない。しかも踏み込み無しでこの威力……まだまだ追い付けそうにないよ」

上条「……教え子にやられる程、上条さんの腕は鈍っちゃいませんよ?」

円周「うん、うん。さすがだね当麻お兄ちゃん」

上条「それよりも一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

円周「なあに?」

上条「それ」



ピッと指を差す。
ソコには首から紐で引っかけている三つの機械。携帯電話、小型ワンセグテレビ、携帯端末。
一応防水加工されているのか、耐水性カバーも装着せずに首からぶら下がっている。



上条「その携帯機器はお前が足りない『木原』を補う為の物だ。あらゆる木原一族の思考パターンで戦闘方法を変えていたはず」

円周「うん。それがどうかしたの?」

上条「何で使わない?」




非常に解せない。
さっきから様子を見ていれば、おそらく自分から伝授してもらった戦法ばかり。
“任務”という言葉を発していたのを推測すると、きっと自分や一方通行を抑えるのが役目。
だからこそ木原数多をわざわざ赴かせ、一方通行との鉢合せを仕掛けたのだろうし。
上条当麻の所にはこうして木原円周が立ちはだかっている。彼から直々に戦い方を習った少女を。

適任と言えば適任。相手の思惑通りに物語は進んでいるだろう。
一方通行はもはや木原数多にしか眼中が無い。
当然、それを強制連行させようとする上条当麻を円周で阻止。
……甚だしいほどに気にくわないが。



上条「使った方が間違いなく勝率は上がる。確かに今は雨が降ってるのもあると思うが……」

円周「うん、うん。さすがだね当麻お兄ちゃん。冷静な分析でよく見てるし、よく聞いてる。
   当麻お兄ちゃんの言う通り、私は『木原』として及第点にも満たしていないから、みんなほど『木原』らしくない」



自らを語る幼き少女は過去を振り返っているように、懐かしそうに微笑む。
雨に濡れて佇むこの娘は何故か『強く』見えた。




円周「だからコレを使って『木原』を補ってた……普段の思考はもちろん、戦っている時でも」

上条「じゃあ尚更、なんで———」

円周「変えてくれたのは、当麻お兄ちゃんだよ?」



あまりの予想外の答えに、言葉が詰まるのを覚える。
何しろその頃の思い出という名の記憶が、一切失われているのだから。
故に“荒れていた”と語る一方通行、垣根、浜面の状態を知らない。
自分がその三人を見て、どう思い、どんな言葉を掛けたのか。
二度と思い出すことは不可能だ。

正直に言えば心苦しい。
大切な友人である三人の記憶だ。
他にも消えてはならない思い出が、数え切れないほどあるに決まってる。
目の前にいる木原円周がその例。
この少女の口振りはまるで“上条当麻が導いてくれた”とでも言うように。



その記憶はもう———。




円周「『木原』のみんなが力を合わせれば、当麻お兄ちゃんに勝てなくても追い詰めることは不可能じゃない。でも……それだと意味がないの」



少女は再び腰を据えて構え直す。
グッと指先に力を込め、拳を堅く作った。



円周「みんなで協力するのは構わないけど、そこには必ず『木原円周』が居ることを忘れては駄目。
   せめて当麻お兄ちゃんの前だけでも『木原円周』個人として向かいたい。……ひたすら『木原』を追い続けてた私に、一から十まで全部教えてくれた大切な人だから」



頬を赤く染め、満面の笑みを浮かべた。
その言葉と瞳には、恩師とも言える上条に対して「感謝」の気持ちだけでなく、別の「想い」も含まれていることを上条は気付かない。
中学生の幼き少女に初めて宿った感情。無垢でひたむきな心は残念なことに彼には届かなかった。

理由? 考えなくとも容易に辿り着くだろう。



上条「———了解」



腰を据え、片足を一歩退いた。
指先の一本一本に神経を研ぎ澄ませる。


———そう。二人の構えは同一。


師である上条と、教え子である円周。
二人の構えが同じであれば、顔つきや眼光の雰囲気もしかり。
更に、






上条「———ッ!!」

円周「———っ!!」






駆け出す一歩もタイミングも、また同じであった。



しゅーりょーです



円周の口調が把握しきれない…

でも可愛いよ円周



久しぶりの深夜投稿です





———その姿に、戸惑わない訳が無い。




一方「ゆ……り……こ……?」



再び、紡ぐ。

彼の口から零れた名前は、何年も前に死に別れた……愛しき妹の名前。
無言で佇むその少女は、一方通行を見つめながら、見つめてはおらず。

だが、そうだとしても。
そうだと解っていても。

目の前の少女は、『百合子』であることは間違いが無いと確信して。
例え偽者であっても。あれは『百合子』だ。
自分だけはそれを間違えない。同時に今、間違えていることを後悔しない。




木原「要領は『妹達』と同じだ。DNAを利用したクローン技術で造られた人形さ。“紛い物”に変わりはねえな」



“人形”を創り出した元凶が、愉快そうに声を生む。
それが、嘲う声に聞こえて仕方なかった。



木原「まぁちょこーっと成長促進剤をイジってっから、テメェの中で“もしも”の世界が叶ってるのかもなぁ?」



その声が、死者を愚弄しているように聞こえて仕方なかった。



一方「知った風な口、利いてンじゃねェよ……!」



抉る感触が残酷で。
目の前に居る“彼女”が不幸で。



一方「アイツが、百合子が! 何で俺みてェなクソ兄貴に、最期まで笑顔を向けたのかも知らねェ癖にほざくンじゃねェよ!!」




そう、最期の瞬間を忘れない。
死ぬ間際に浮かべてくれた彼女の微笑を忘れない。

涙に濡れた己の頬の感触を……忘れない。
幼かった自分を、忘れない。
失われた妹の存在を……忘れない。



一方「本来なら俺を怨ンだってオカシくはなかったッ!! もっと生き長らえて、俺の下から離れて幸せの生活を送れるはずだったんだぞ? けど! アイツは俺との道を選ンでくれたンだ!!
   危険を冒してでも俺の事を一人の人間として、『兄』として見てくれたアイツの気持ちが……オマエには解ンねェのかッ!!!?」

木原「ぎゃあぎゃあと癇癪を起こすなよ。耳にくんだろうが。こちとらクソガキの心境の弁舌なんざ興味ねーんだわ?」



つー訳で!! と声を張り上げる。
まったく取り合わない木原は、隣に並ぶ少女の肩にポンと片手を置いた。






木原「殺れ」






———死神の言霊が、明確な合図だった。




木原数多の合図で“糸の無い人形”だった『百合子』は、焦点の定まらない瞳を一方通行に向ける。

彼とて、理解している。
“彼女”は“敵”だ。

敵と解っていても。
そう本能で解っていても。
理性が解っていても。
本能と理性が敵だと叫んでいても……どうして攻撃が出来る?

どれだけ心を鋼鉄にしても、想いが燻ったわけじゃない。
今の自分の原点がソコにあるから。



一方「やめろ、百合子! やめてくれ……!!」



その声が届く訳が無いのに。

彼は、“少女”に対する戦意を失っていた。
それは誰が見ても判るほどに。




百合子「………………」



『百合子』は無言で一歩、一方通行へ近付く。
言葉も感情も想いも、何も無い。
コツ、コツ、と響く足音はまるで死を知らせる鐘。
彼は応じて退く事もしなければ、動く事すら無かった。

……いや、もしかしたら動けないだけかもしれない。
今、目の前の現実を受け入れられないだけかもしれない。
“一方通行”へ牙を剥こうとする“百合子”に。



———彼の足下でアスファルトから水を弾く音が鳴る。



百合子が十メートル以上ある距離を凄まじい速度で急接近し、踏み込んだ足によるモノだった。
その動きに驚きは少ない。
何故なら一方通行は、妹の能力を知っていたから。

簡単に言えば『加速』。
LEVEL2程度で、及ぶ範囲は人体までだったはず。
能力自体は単純なので、兄である一方通行が避けられない訳が無い。
彼からすれば目で追えてしまうほど、些細な速度。

しかし、そんな些細な能力でも少女が生きていた頃、かすかに開花させた才能。
更に言うならば……一度も振るわれることなかった才能。



見ていたくなかった。
見たくなかった。


『少女』が自分に対して“能力”を振るう姿を認識したくなかった。
例えそれが人間の手によって生まれた妹のクローンであっても。
その感情は、己の独善。傲慢な願い。

光景を見ていた木原は口角を吊り上げ、






木原「———百合子、殺れ」






あまりにも人間とは思わえない声色。
だが、“少女”を生み出した人間の言葉。

故に“人形”は盲目的に従い、一方通行へ攻撃を仕掛ける。
本来ならば一方通行が見切れぬ訳が無かった。
鈍重なるただの人形如きに敗北する訳がなかった。

けれど、その姿が“百合子”であるから。



百合子「………………」



抵抗という言葉が、浮かぶことすらなく。




一方「……く、は……っ!?」



無言で貫かれた手刀。鮮鋭された手刀は、一方通行の腹部を貫く。
白く整った顔に血飛沫が浴びなかったから、まだ救われた。その顔が真っ赤に染まるのだけは見たくなかったから。
が、どちらにせよその一撃は見るも無惨な貫手。


ぞぶり、と一方通行の腹を抉り、貫通する。


“言葉そのものを忘れていた”から何の抵抗も出来なかった。
“抵抗という言葉を思い出す”ことすら脳裏に浮かばなかった。

そもそもだ。どんな攻撃だろうと“反射”する己の能力は何故発動しなかったのか。
『核を撃たれようと無傷』というキャッチコピーが自分にはあったはず。
でも、それが何だ? 核どころか、柔で華奢な少女の攻撃すら反応を示さない。

……という事は、もしかしたら自分は無意識の内に『反射を解いていた』んじゃないのか?

一方通行は、腹を抉るその腕に涙を流し。
腹に伝わるその温かみに笑みを零し。









一方「———け……ね……だろ?」







何かを呟く。

涙を浮かべて。

笑みを浮かべて。

悲しみを湛えて。

嬉しさを明かして。






一方「出来るわけ……ねェ、だろ? 俺が? 百合子を?」






それが、人形であったとしても。
それが、本物ではなかったとしても。

ただ、嬉しかったのだ。
また、逢えたことに。

腹を抉られながらも、彼は腕を伸ばす。離さないから、と抱き締める。

それが、戦いの場であったとしても。
それが、似遣わないことだとしても。

ただ、泣きたくなったのだ。
また、逢えたことに。

二つの感情を抱えた学園都市の第一位は本物と酷似した【人形】である“彼女”に『彼女』との思い出を投影させ、泣き。


その華奢な体を包み込んで、微笑んだ。



一方「そっか……こンな美人になンだな、オマエ。流石、俺の妹、だよな。はは、は……」



こふ、と軽い音を漏らして血を吐く。
その血は地面を穢した。



一方「すま、ねェな? ……せっかく、“また”逢えたのに。みっともねェ姿……でよ。百合子の前では、頼りに、なる……兄で居た、かったンだがな」

百合子「………………」



一方通行の言葉が届く訳もなく。届いて欲しいと誰かが願ったとしても。
何の意味もなく、意味を持つことなぞ出来る筈もなく。



















———DAN!


……崩れ去るように、銃弾が穿った。
貫く先は“少女”の体。抱き締めていた一方通行の肉体をも貫通する。



一方「ぐ、が……ァ!!!?」

木原「あーあー、まったく見せてくれちゃってぇ。ホント吐き棄てたくなるほど愉快だわ。ハイハイ愉しかった愉しかった。もう堪んねぇくらい腹一杯だっつーの」



侮蔑する微笑が、ソコに在って。



木原「だからよ? さっさとくたばれよ? いい加減シケたモンに付き合うのも怠ぃんだっての」



膝が折れ、地面に崩れ落ちた一方通行を見下す。
それでも“人形”を庇うように抱き締める彼に、木原は片手で顔を覆った。



木原「判った! わぁったわぁったよ。そんな頑なになるんなら仕方ねえ———兄妹仲良く殺してやんよ」



再び銃口が、二人に向けられる。

失いそうになる意識を保ちながら、一方通行は奥歯を強く噛んだ。
今、『反射』は使えない。撃たれた百合子の傷に演算を駆使してるため。
いや、それよりも、そんな己を分析するかのように見守る木原数多が赦せなかった。
赦せなくても、心が折れてしまっていた。

生暖かい腕の中の人形が、その重みが、己の身体を震わせて。

叫べない自分が、悔しかった。
ひれ伏した自分が、苦しかった。
例え誰にも嫌悪されたとしても、「殺してやる」と言いたかった。



























「やらせてたまるるかよォォォォォォォォおおおおおおおおおおおッッ!!!!!!」





















———その、直後の事。




木原「……あ?」



学園都市でも深い『闇』に属する男が首を傾げた。
その言葉が眼前に居る一方通行から紡いだものではなかったから、首が傾いだ。




———な、ン……?




遠退く意識のさなか、一方通行までもがそう思った。
僅かでも木原の気を逸らし、俺達の命を助けてくれたのは誰か、と。


地面を激しく擦る音が響いたと思えば、突如として木原と一方通行の間に黒いワゴン車が滑らせてきた。
律儀にスモークガラスを張ってあってある。

間髪容れずスライドドアが開くが、中には誰も居ない。
おそらく運転席に居る人間がリモコンで操作したのだろう。
更に立て続けで助手席のガラスがガーッと開いた。






浜面「乗れッ! 早く!!」






———は……ま、づら?





そこで彼の意識は途絶えた。

浜面は見極めた後、大きく悪態をつく。
時間が無いのに! とでも言いたげにシートベルトを解き、焦るように助手席に移るとドアを開け放つ。

……そんな様子を、木原は見逃す訳が無い。



木原「……オーイオイ、何勝手に余計な事してくれちゃってんのかなー。せっかくクライマックスだってのによ」



言葉こそ至極残念そうな念がこもってもオカシくはなかったのに、その実、無表情で声を発していた。
まるで言葉と感情が追い付いていない。天秤で不釣り合いな状態のまま突き付けた感じだ。
そして情報を整理するかのように再び片手で顔を覆って、頭を何度も振る。



木原「———うっし。『消す』か」



依然と無表情のまま、そう呟いた。

銃口を黒いワゴン車のタイヤへ。
パンクさせるつもりなのだ。



木原「“この”現場を見たからにゃあ、対価として消えてもらう覚悟ぐらいあんだ———」

「させねーよ」



BANG! と。

何処からともなく響いた銃声は、木原数多が手に持っていた銃を穿つ。

木原数多は破壊された銃をアスファルトへ叩き付けるように投げ棄てると、身を翻した。



木原「チッ、次から次へとわんさか出て来やがって。もう少しばかり人員を出させるべきだったかねぇ、効率が悪いのなんの」



地面に溜まった水たまりを弾きながら近付いて来る人物を見やる。
手には拳銃。それ以外に特筆する特徴も無い、ただの学生服を身にまとう少年だ。
いつものツンツンヘアーも、雨に濡れてしなっていた。

———そう、先程まで木原円周と戦っていた上条当麻である。



木原「大層なこった。この実験にテメェの『チーム』が動いてるたぁよ。流石はアレイスターから直々に命令を受けている数少ない一人ってかあ? そこんとこどうよ、小僧」

上条「アンタと下らない世間話を交わす気は無い」

木原「そりゃあそうだわな」



とても『会話』に聞こえなかった。


誰にこのやりとりを見せて聞かせても、同じ回答が返ってくるだろう。
真っ向から毒を吐き続ける一方通行とは違って、上条はまた別のタイプ。
それこそ何の変哲も無い言葉をズラリと並べてあるだけで、実際はお互い罵倒の繰り返しかもしれない。



上条「……悪いけど、ココは退散させてもらう」

木原「出来るとでも?」

上条「残されたカードが数枚しか無いことを気付くべきだと上条さんは助言しますよ」

木原「……」

上条「俺に赴いた時間稼ぎの円周は対処済み。一方通行を攪乱させる為の『アレ』も同じ。それで尚、俺達を殺す事にご執着して追いかけるか?
   こっちは一方通行も負傷しちまってるし、垣根も居ない……確かに狙うなら今が絶好のチャンスだ。けど、残り少ない手段の中で、アンタが俺達を潰す勝算は限りなく低いぜ?」



木原数多は臆するどころか、口角を吊り上げて嗤う。



木原「言うねえ小僧。ガキぃ如きが交渉しよーってか? 嘗められたもんだねぇ。並べた口車だけで引き下がると思ってんじゃねえぞクソガキ」

上条「だろうと思いましたよコンチクショー……どうしても無理でございませうか?」



返答は無い。代わりに懐から新たな銃。
破壊した銃より些かゴツい感じだ。
最も違う点は、尾の部分に空き缶一個分のガラス製で出来た「箱」があること。
「箱」は“光”を集める為にある。要は充電装置。
そう、この銃から発射されるのは弾丸ではなく、“光”。

———つまり、レーザーガン。

そして銃の側面には、アルファベットの文字列が刻まれていた。


Made_in_KIHARA.


取り合わないのは目に見えた。
木原印が彫ってある武器となると、厄介の度合いが格段に跳ね上がる。
これ以上の面倒事は極力避けたいのが本音。




上条「交渉決裂、か……しょうがないっ」



困った様子でありながら、ドコか楽しげに笑みを浮かべるのは、負ける気がない威勢の表れ。
そう、素直に殺される気は更々無いのだ。

上条は木原が取り出した銃の装填完了する前に、“二発目”を撃つ。

———途端に木原数多の視界を覆ったのは、とてつもない目映い光だった。



木原「ッ!? クソッ、閃光弾か!!」



とっさに目を庇うが既に遅い。
光にやられた目は、一時的な盲目状態に。
だが、木原の行動は早かった。
視界を奪われたのならば、耳で感じろ。
神経を研ぎ澄ませて僅かな音でも拾い上げてみせろ。


……微かに雨に紛れて、車のエンジン音が聞こえた。


目を閉じながら口角を吊り上げる。
その音が聞こえた事実を看過しない。
どうやら透きを突いて逃走を図るつもりだろうが、



木原(甘々だぜぇ、小僧! ド派手に逃走幕を始めちまったら、居所を晒してるようなもんじゃねえかッ!!)



自然と笑みが増すなか、即座に音がした方向へ銃口を向ける。
バシャッと水を巻き上げると、何の躊躇いも見せずに……引き金を引いた。





———————————————




円周「るーんるんるんるーん」



少女の鼻歌が響く。
雨も止み、雲の隙間から日が差し始めた。
濡れた髪を揺らしながら、少女はスキップで歩みを進める。

ドコか楽し気で、嬉しそうに微笑んでいる理由はもちろん上条当麻。
両手には彼のYシャツが大事そうに握られていた。
何故かと言うと、つい先程まで上条によって手足を縛られていたのだ。Yシャツで。
他人からすれば縛られて放置なんて、気を悪くする人も居るだろうが、少女の場合だと異なる。

円周の視点からすれば、一瞬も気を緩めたはずが無いのに手足を縛られ、いつの間にか敗北を喫していた。
そんな動き、今まで見せた事も無ければ教えてもらってすら無い。
彼は自分よりも遥か高い位置に居る。まだまだ、追い付くには程遠いだろう。
これ以上に喜ばしい事はない。憧れであり、好きでもあるから。



円周「るんるー……あ! 数多おじさんっ」




ワゴン車にもたれかかりながら、頭をがりがり掻く木原数多を発見。
スキップを止めて小走りで駆け寄っていく。

呼ばれて初めて気付いたのか、木原数多は眼球だけを動かし円周を一瞥。



木原「円周か……つか、まだ居たのかよ」



どうでも良さそうに吐き捨てた。
しかし円周は意に介さず、笑顔で木原の下に近付く。



円周「数多おじさんこそどうしたの? もう帰ってると思ってたんだけど」

木原「……ちと対策を練ってたんだ。一方通行のな」

円周「出発する前は大丈夫って言ってなかった?」

木原「ああ。どうにでもなると思ってたんだが、予定が変わった」

円周「どういう事なの?」



すこぶるつまんなそうに木原は、



木原「どうやら一方通行は、お前が熱を上げてる小僧の影響で変化し続けてる」

円周「当麻お兄ちゃん?」

木原「厄介な事にな。ったく曲者過ぎるぜあの小僧。今までの一方通行だとちょっとの挑発だけで簡単に乗って来やがったが、次からはそうはいかねぇな。
   アイツ自身、冷静に物事を対処するようになってきてんだ。一体何を小僧から学んできたかは知らねーが、随分とやりにくくなったモンだ」

円周「でも、今日は挑発に乗ってくれてたよ?」


木原「今回のは挑発じゃなくてキッカケだ。“アレ”以来、顔を合わせてなかったから、その反動に過ぎねーな。
   第一、“そういう風に”仕向けたんだから反動が無くちゃ困る。まぁそれだけに、後々と七面倒事が起こる前に手っ取り早く今日中にもケリを付けたかったんだが……」

円周「困ったねえ」

木原「なぁに、心配する必要はねぇよ。どれだけ成長を遂げたとしても『難』が生じる事は、まず無い。
   予定が変わったって言ったが、言っちまえば“その程度”な訳だ。逸れたモンは修正してしまえばどうとでもなる」

円周「うん、うん。そのための“対策”なんだね」

木原(……『難』もあるっちゃあるがな)



視線を移して地面に転がるサウンドレコーダーへ。
再生スイッチがオンになっていて、絶え間なく“車のエンジン音”が流れ続けていた。
どうやら『一曲リピート』の設定にしてあるらしい。
止まらなければ、別の曲に変わる様子が微塵も無かった。

———そう、おおかた上条当麻が逃走の際に放ったのだ。

確かに一時的ではあったが、視界を奪われ、位置把握の手段は聴覚しか残されていなかった。
けれども、だからといって『機械が録音した音』と『実際の音』を聞き違えるだろうか?



木原(……野郎、要するに視覚の奪取は『建前』か。本命はパニックへの誘導だろうな)




勿論あの時、焦っていたのは間違いない。
だけど誤った判断は冒して無いはず。


つまり誤魔化す為に用意された要素は、まだあるという事。


しかもその見当は付いている。
先程まで降っていた『雨』だ。
激しく地面を叩くほどの豪雨である。ちょっとやそっとの音は掻き消されるだろう。

単純に二つの音を聞き分けるだけなら、自分に限らず他の誰でも出来る。
しかし、そこに『曖昧にさせてしまう音』が混じった場合、



木原(———不可能じゃねえ)



とすると、自然と浮かび上がる推測があった。

予備のワゴン車。
拳銃。
二発目の閃光弾。
サウンドレコーダー。
エンジン音の録音。
豪雨という不安定な天候。






木原「……あの小僧にとって、一体どこまでが“予想範囲内”だったんだろうな」

円周「数多おじさん?」



返答は無い。
スライドドアを開けて車に乗り込もうとする所だった。



木原「置いてくぞ」

円周「ま、待って」



投下しゅーりょーです


   ∩___∩         |
   | ノ\     ヽ        |
  /  ●゛  ● |        |
  | ∪  ( _●_) ミ       j
 彡、   |∪|   |        J
/     ∩ノ ⊃  ヽ
(  \ / _ノ |  |
.\ “  /__|  |
  \ /___ /



投下します

だいぶ遅くなりました
お待たせしてすいません

長い、長いのです









あれから数週間経った日の事。



———とある病院。


診察室に三人の人間が椅子に座って、向かい合っていた。
一人はこの病院の医師を務めるカエル顔の医者、冥土帰し。
一人はシャツの上から学ランを着る学生、上条当麻。
一人はダボダボとした服装の元スキルアウト、浜面仕上。



冥土帰し「うん、だいぶ傷も回復したね。これなら無事退院できそうだよ」

浜面「……はーっ、一事はどうなるかと思ったぜ」

上条「腹に穴空いて、更に銃弾の一発。能力の応用で出血ぐらい止められたはずなのに、『あの子』に使っちまったからなー。ホント、殊勝なことですよ」



心の底から安堵の息を漏らす浜面に対し、若干顔色に呆れが混じる上条。

ふむ、と得心した冥土帰しは二人を交互に見つめ直し、



冥土帰し「最初は『いつもの人』と聞いたから、てっきりまた君が怪我をしたと思っていたんだけどね?」

上条「……いや、まあ……ははは、返す言葉がございませんのことよ……」


冥土帰し「しかし、代わりに厄介事をたくさん押し付けてきたもんだ。驚いたよ、『クローン体をココに置いててほしい。それも20000以上』って言ってきたんだからね」

上条「そういえばまだ返事が無かったけど、どうなんですか?」

冥土帰し「置いてやりたいのはやまやまだが、彼女らには“調整”が必要だ」

浜面「調、整……?」

冥土帰し「元々クローン体だからね、人間と違って長くは生きられないのさ。それも薬品の投与で無理矢理成長を促進させたそうじゃないか? このままじゃあ余り保たないよ」

浜面「そ、そんな! せっかく、助ける事が出来たのに!」



思わず立ち上がり、感情に任せて声を荒げる。
考え無しに言った訳ではない。
妹達もそうだが一方通行の気持ちを汲んでの事。
一歩間違えればトラウマになり兼ねないほど、体を張ったにも拘わらず報われない。
そんな残酷な結末が、あって堪るか!



上条「“このまま”、っていう事は勿論?」



黙っていた上条が不適な笑みを浮かべながら、そう言った。






冥土帰し「———僕を誰だと思っているんだい?」






質問の返事は、最高の形で返ってきた。




冥土帰し「確かに20000以上の調整を僕の所では抱えきれないだろうね。持って十人程度が限界だ」

浜面「じゃ、じゃあどうするんだ?」

冥土帰し「単純な話さ。一人で抱え込まなければいい事だね?」

浜面「それって……」

上条「各施設に分担させる、って訳か」

冥土帰し「既にその件は統括理事会へ申請中だ。だから心配する必要は無いよ。学園都市も、“あくまで中止となった実験”を野放しにするはずが無いだろうからね?」



安心させるように浜面へ向けて温かい笑みを送る。
嘘ではないと悟った。目前の医者がとても嘘を吐いているとは思えなかったのだ。
力が抜けたように彼の腰は椅子に逆戻り。



浜面「最初からそう言ってくれよ。ビックリしたじゃねえか……」



悪態を吐くものの、顔は綻んでいた。

そんな彼の様子に上条も呆れるように笑みを浮かべる……と、冥土帰しが今度は上条に向けて口を開く。



冥土帰し「……君に相談があるんだけど、いいかな?」

上条「はい? なんでございませうか?」

冥土帰し「『あの子』の件についてなんだけどね」



わざわざ『あの子』なんて、抽象的な言い方をするのは相応の理由があった。
そして上条は、冥土帰しが誰を指して、これから何を続けるかも予想がついた。



冥土帰し「君なら僕が何を言いたいのか、おおかた察しが付いているだろう? ……『あの子』も同様に調整が必要だね。
     でもどうやら幸運な事に、他の子達とは違う薬剤を投与されているようでね? これといって人体に悪影響を及ぼさない物ばかりだ」

上条「つまり?」

冥土帰し「君の言う、御坂妹さんだったかな? 彼女らより早くに調整は終わるだろうね」

浜面「……なぁ、大将」

上条「んあ?」

浜面「さっきから言ってる『あの子』って、一方通行が……」



躊躇っているのか、噤んでしまう。
続きを言わなくても、彼が何を紡ぐつもりなのか手に取るように判った。


上条は何とか遠回しな言い方を探そうとする浜面に片手で制する。
もう何も言うな、と。これ以上先の事を言わなくても判ってるから。



冥土帰し「……続けていいかい?」



頃合を見計らって、優しく入った。



冥土帰し「僕の相談って言うのは、調整が終わった後の事なんだけどね?」

浜面「後……?」

冥土帰し「引き受け先さ」




———何故か、その言葉がズッシリと心に重くのしかかってきた。




理由は定かではない。
現実問題として受け取ったからか。
それとも……一瞬でも上条と浜面の脳裏に、白い少年が映ったからか。



冥土帰し「出来るなら置いてあげたいんだけどね? でも、完治した子をずっと預かるのも限界があるんだ」

上条「……」

浜面「……」

冥土帰し「……まあ、この件に関しては君に委ねるよ」

上条「へ? 俺?」

冥土帰し「元々君が連れて来た患者だからね? 引き受け先探しは任せるよ。当てがあるならの話だけどね」



一瞬だけ悩む動作を見せる上条だったが、すぐに微笑みに変わる。



上条「その相談だったら———」





———————————————




一方「……」



上体を起こして窓から見える空を眺めるのは、学園都市第一位の一方通行。
窓は開いているので、透き間から入る風がカーテンを靡き、彼の髪をそよぐ。
物憂いの雰囲気を醸し出す一方通行は、ピクリとも微動だにしない。

ただただ……果てしなく広がる空を見つめるだけ。



「へいへーい! やっと見舞いに来れるぐらい仕事の始末を終えた俺が、どっかの第一位様の様子を見に来てやったぜーっ!!」



しかし、そんな時間は唐突に終わりを告げた。

彼は心の底から嘆息を漏らす。
顔を見ずとも誰かなんて想像がついた。
喧しいヤツが来たと思いつつ、扉へ顔を向ける。



垣根「なんだなんだ? いつも以上に辛気臭い面して。せっかくアレイスターの野郎と交渉しに行った俺に対して、感謝の言葉の一つや二つ述べたらどうなんだ?」



壁にもたれかかって、不敵な笑みを浮かべる垣根帝督がそこに居た。


一方通行は露骨に眉間をしかめる。
前者の内容はどうであれ、確かに垣根のおかげで『妹達』が助かったのも事実。
更にその分の仕事量と、後始末の件の手伝いをさせられたのも垣根ただ一人。
ようやく色々と片をつけて顔を出したという話。影の立役者でもあるから、お礼の一言程度なら言ってやってもいい。

しかし、



一方「言い方が腹立つ」

垣根「そういうと思って、端から期待してねぇよ」



ケラケラと垣根は笑う。
一方通行の機嫌が一層悪くさせる事を。



垣根「野望を果す絶好のチャンスだと思ったら、“あっち”の連中の澱み具合が自分の予想を遥かに上回って気が滅入ってる、ってな感じか?」

一方「追加で自己反省も含めとけ」



彼は再び空へ視線を戻す。
倣って垣根も同様に窓から見える空を眺める。

しばし、二人の間で沈黙が訪れた。
やがて一方通行から口を開ける。



一方「……どこまで聞いてンだ?」

垣根「まぁそれなりに。もちろん情報提供者は不幸株式会社のリーダーから」

一方「今回の事に関して、どォせ上条は俺に何も言って来ねェ。手段が解らないなりにも自分で模索しろと言うまでだ」

垣根「手厳しいねぇ。右も左も解らない赤子の俺達に『模索』か。『道』すら未だ曖昧で盲目だってのに」

一方「『道』ぐれェ俺やオマエにもあンだろ?」



一方通行は木原数多を殺すという道を。
垣根帝督は上条当麻の下で生きる道を。

垣根は笑みを濃くすると、






垣根「それ、『道』じゃねぇだろ? 目標だろ?」






———一瞬の間でも、息を詰まらせてしまった自分が居た。




垣根「目標は着いちまったら先が途絶えてる。同じだろ? 木原を殺した先には何が続いてんだ?」

一方「……」

垣根「到達した時、何を感じ取るかは千差万別だが、唯一言えるのは先が無い事。
   別に、より凶悪な強さを求める為にとりあえず一から潰していこう! っていう経験値でレベルアップするRPGゲーム的発想の持ち主なら話は違うけどな?
   『道』っつーのはずっと続いてる。目標のようにゴールはねぇが、逆に考えれば終わりが無い事になる。だからこそ俺らにとって『道』を歩く『手段』を探すのは難しい。模索なんて尚更、な」



彼が言う『道』と『目標』。
二つの違いは先が有るか無いか。

『目標』がある分、歩くのはとても容易い。
しかし、『道』の場合は漠然と敷かれた筋のみだ。
自分が歩くべき『道』を見出す事が出来たならば、次には歩く為の『手段』を探さなければならない。

彼らにとって、本来あるべきの『道』を失ってから無我夢中に今を生きてきたのである。
それから新しく『道』を探せというのは至難の業。




一方「……けっ、どっかの誰かさンと同じよォな事を言いやがって」

垣根「テメェは判ってないんじゃねぇからな。認めたくないだけ」

一方「へーへー。そォいうオマエはどォなンですかァ?」

垣根「状況は異なるが、俺はテメェと違って自覚はあるからな。……だけど、言ったろ? 俺らは右も左も解らない赤子だって。結局は変わらねぇのさ。俺もテメェも」

一方「ふゥン……オマエ個人としてはどォ思う。今回の俺をどォ見る」

垣根「それは一方通行自身として? 第一位として?」

一方「どっちでも」

垣根「第一位としてだったらクソなんじゃね? 専売特許の『反射』もあったってのにボロボロだしよ」

一方「…………」

垣根「個人としてだったら……及第点だと思うぜ?」



思わず目を見開く。
垣根からそんな言葉が聞けるとは到底思えなかったからだ。

一方通行の表情が窺えない垣根は、軽い調子でまくし立てる。




垣根「百点満点とはいかねぇがな? 狂う程に復讐に染まった自分を抑え込んでも、あくまで理性的に守りたいもんを守ったんだから、テメェにしちゃ上出来なんじゃね?」

一方「ただの自己防衛かもしンねェぞ?」

垣根「だとしても事実は変わらないさ。何年も溜めてきた感情を暴走させずに抑える事が出来たのは、良くやったと思うけどな」

一方「……そンなもンかねェ」

垣根「考え過ぎなんだよ。大体———ぶぉっ!?」



今まで軽い調子でありながら、明確に心理を追究していた垣根は突如として、素っ頓狂な声を上げた。
しかも何故か豪快に床にダイビング。彼なりにも体勢を立て直そうと努力したのか、何度か躓いての結果。

一方通行が訳も判らず床に伏せた垣根を眺めていると、









「あなたぁぁぁぁッ!! 今絶賛一方通行に会いたい人ランキング一位を獲得したミサカが見舞いに来ましたよッ! とミサカは破天荒キャラを演じてみます」









彼は悟る。また厄介なのが来た、と。

そして嘆息を吐いた。
何故だろう、このやりとりに既視感を覚える。しかもついさっき。

部屋に入ってきた人物は、目の前で倒れている垣根を無視して一方通行の下まで駆け寄ってきた。
ボフッと両手でベッドを叩くと、



00001号「へーい! さっき、今日の分の調整が終わったから行ってきていい、ってカエル顔の先生から許可もらったから来ましたよ! とミサカは暗に計画性はあるんだぜ? と伝えます」

一方「判ったからよォ、とりあえずキャラを戻せ。オマエ、語尾だけいつも通りだから温度差激しくて気持ち悪ィンだって」

00001号「あらら、そんな傷付くような事を言っていいんですか? ミサカのハートはガラス製ですよ?」

一方「ハイハイそォでございますねェ」

00001号「ふふっ、冗談ですよ。とミサカはほくそ笑みます」



普段と変わらない、無表情なりにも頑張った笑み。
非常に乏しい感情ではあるが、彼女自身が僅かながらに生み出した奇跡。

何の変哲も無い会話。いつも通りの日常。
00001号にとって、それは掛け替えのないモノ。
本来ならば失われていたはずだからこそ、何よりも尊く感じるのは不思議ではない。

もう一度、一方通行と過ごせる日々が帰ってくるだけで、彼女にとっては副産物で生まれた感情より遥かに『奇跡』と言ってもいいのだ。
















垣根「待ちやがれこのやろぉぉぉぉ……!!」














そんな幸せの時間を割く者が、ここに一人。




垣根「テメェこのガキャァ、人を突き飛ばしておいて謝罪の一言も無いとはイイ度胸してんじゃねぇか……?」



ゆらりと立ち上がるのは、ドス黒いオーラを漂わせる垣根帝督。
見て判るほどに彼は怒りに震えていた。

00001号は初めて気付きましたと言わんばかりに垣根を目にし、まばたき一つ。



00001号「寒いのですか? ですが時期的にありえませんね。そうですね……風邪? とミサカは白々しく発します」

一方「オマエの語尾ってこォいう時は不便なのな」

00001号「いえ、ワザとです。とミサカはしれっと言い放ちます」

垣根「オイコラーッ! 人を無視して話を進めてんじゃねぇよ!」

00001号「ふぅ、うるさい人ですね。ココは病院ですよ? 他の人に迷惑がかかると考えませんか?」

垣根「テメェだけには言われたくねぇからな!? それにまず謝れって言ってんだろ!」


00001号「ほぉ? こんないたいけな女の子に土下座をしろと? あなたはそう言い張るのですね?」

垣根「いや、別に土下座までしろとは……」

00001号「病を患っている女の子に対して、謝れなど、土下座など、挙句の果てに服を脱げなどと!」

垣根「は? ちょ、いや……はあ? 待て待て、何勝手に被害妄想スパイラル発動させてんだよっ!?」

00001号「およよよよ。ミサカの貞操はこんな男に失われてしまうのですね。とミサカは両手で顔を覆います」

垣根「ねーよッ! 何でテメェに欲情しなきゃいけねぇんだよ!? 冗談も大概にしとけよクソガキ!」

00001号「何をそんなムキになっているのですか、嘘に決まってるでしょう?」

垣根「オーケーッ!! ムカついた。こんな気分は久しぶりだぜコノ野郎!!!!」



結局のところ垣根も一方通行と同じく、彼女の手の平の上で踊らされているのだ。
そして彼女の裏をかくには、悟るのが手っ取り早い事を垣根は未だ気付いていない。

完全な蚊帳の外である一方通行はと言うと、



一方「あーもォ、うるせェなァこいつら……」




「病院では極力静かにしてもらえると、嬉しいんだけどね?」



その一言が皮切りに、二人の動きがピタリと止まる。
一方通行は落ち着いた様子で扉の方へ視線を向けた。



一方「悪い。うちの連中が騒いじまって」

垣根「ちょ、ちょっと待てよ第一位! けしかけたのはコイツだぜ!?」

一方「うっせェよ馬鹿! 乗ったオマエにも責任はあンだろォが。つまり同罪」

00001号「おぅ、まさに正論。返す言葉が見つからないとはこの事ですね。とミサカは得心します」

一方「オマエはとりあえず黙れ」



まるで二人の面倒を見る親御さんさながら。
一連のやり取りを見ていた扉に立つ人物———冥土帰しは一度頷く。



冥土帰し「まあ、元気なのは良い事だね? その分なら運動も可能のようだ」

一方「……? つか、なンか用があって来たンじゃねェのか?」

冥土帰し「そうそう。君に相談があってね? 君が助けた『あの子』について」

一方「……」



一方通行の目つきが険しくなる。
状況を察してか、垣根や00001号も口を閉ざして黙ったままだ。




冥土帰し「『あの子』はそこにいる彼女達と違って、思いの外早くに調整が終えそうでね?」

00001号「……? 何か問題でもあるのですか? とミサカは質問をします」

冥土帰し「問題はその後だよ。あの子の引き受け先に困っててね」

一方「……」

冥土帰し「君に委ねるよ。当てがあるならね?」



一方通行は僅かに目を細める。
視線を落とし、膝に置いた自らの手を見つめた。

守るように庇ったあの時、触れた感覚を忘れない。
伝わる温度、肌から感じる手触り。
どれもこれも変わらない。“本物”と同じ感覚だった。



一方「……当てはねェな。だからアイツがドコで生きていよォと、平和に暮らしてくれれば俺は満足さ」




———だからこそ、




一方「一つ。希望を言っていいンだったら……出来る限りで構わねェから、学園都市の『外』で引き受け先を探して欲しいンだ」




———“彼女”は、自分と共には過ごしてはダメだ。




一方「学園都市とは無縁な日々をアイツには過ごしてもらいてェンだ」




———見た目こそ“彼女”であるが、中身は全くの別人なのだから。




一方「俺が言うのは御門違いっつーのは判ってる。……それでも、アイツが生まれたのは俺の責任もあっからな」




———“彼女”には別の人生を歩んでもらいたい。




一方「……言いたい事はこれだけだ。後は好きにしてくれ」



自分の中では終わったのか、答えは聞かずに目を閉じた。
本当はそうして欲しいのにぶっきらぼうな言い方で終わらせてしまうのは、彼が不器用であるからだろう。
垣根は困ったように苦笑を浮かべる。不器用なのを知ってるからこそのだ。
……もちろん、それは自分も該当してこそだが。



冥土帰し「ふむ、そうかい。なら僕は全力を尽くすまでだね」



冥土帰しは上条当麻との会話を反芻する。



上条『その相談だったら……一方通行にしてやって下さい。これは俺自身が勝手に決めるべきでは無いし、そもそも一方通行にこそ決定権はあるはずですから』

冥土帰し『ふむ、では一つの意見としてもらえるかい?』

上条『……必ず却下という方向で行くのであれば、上条さんも言わない事ないですよ?』

冥土帰し『引き受けよう』

上条『学園都市外の所がいい。平凡であれば尚良し』

冥土帰し『理由は聞いてもいいかい?』

上条『一方通行がまず良しとしないんではないでせうか? 学園都市内に住む事を。あいつはまだ“目的”を果たしていない。おそらく何もかもが解決するまでは、って感じだと上条さんは思いますよー』

冥土帰し『……そうか』

上条『あ、俺がこう言ってた事も一方通行には内緒の方向でお願いしますのことよ。あいつならきっと、俺の言った意見に従っちまうと思うし』




彼が何故、わざわざ一方通行に答えを促したかようやく解った気がする。
この件は一方通行が自ら判断を下す事で意味があるに違いない。
自身の中で噛み締めさせ、一方通行の成長に繋げる事が出来る。

そして一方通行はあくまでも“ぶっきらぼう”だ。

上条当麻の意見を優先させる節があり、尚且つ一方通行が信頼をおける人物であろうの一人。
そんな彼が自分の口から物を言うより、上条から貰った意見に同意する可能性の方が断然と高い。

「上条がそォ言ったンならそれでいい」と率直に答えるだろう。
それでは意味が無いのにもかかわらず。






「あ、あの……」






この部屋に新しい声。
冥土帰しの後ろから聞こえた。
何故か控え目で怖々とした感じだ。


全員が冥土帰しへと向く。
一点に視線が集まった彼も僅かに横に体をズラしながら、振り返った。



一方「……!」



そこに居た人物に、一方通行は思わず目を見開いた。
側にいる00001号と瓜二つの姿。

一見すれば見分けは付かない。
が、00001号はゴーグルを頭に掛けていて、彼女はゴーグルを掛けていない。
彼女はDNAを提供し、『妹達』を生み出した張本人。


御坂美琴。





『………………』





この場の全員が沈黙に包まれる。
冥土帰しは見守る方に徹底するつもりなのか、口を挟む様子は無い。
垣根と00001号は戸惑ってるのかは判らないがお互いに目配せするばかり。


当事者である二人は無言を突き通したまま。
一方通行の場合は、元から皮切りの手段を封じられている。
話の進行を催促させる事は可能だが、彼女の方から尋ねて来た時点で一方通行から喋りだすのは難しい。

いつかは対面するとは思っていた。
しかし、結局その先は何も判らずじまい。
謝ればいいのか、澄ませばいいのか。



美琴「……あなたが、一方通行よね?」



……と、予想外な事に案外あっさりと沈黙は破られた。
最悪の事態を想定して、一方通行は自分からこの空気を断ち切るつもりの覚悟は持っていたのだ。
だが、そんな心配は要らないと主張するように、御坂美琴は早くも断ち切る。
未だ迷いの瞳を垣間見せるが、根幹は決意を秘めた光を宿している。



美琴「合ってる……のよね?」

一方「あ、あァ。そォだが?」

美琴「……私が誰だか判らない訳じゃないわよね?」

一方「……勿論だ」



緊迫した空気が漂う。
一方通行ですら、息を飲んだ。




美琴「ご……ごめんなさい……」




———だからこそ、彼女の行動には虚を突かれた気分になった。




一方「っ……何で、謝ってンだ?」

美琴「あたし、勘違いしてた」



頭を下げた状態で、言葉を紡ぐ。



美琴「言い訳にしかならないけど、最初『その事』を知った時、訳判んなくって……正直理性失ってた」



ポツポツと。

自分の過去の過ちを親に話すように。



美琴「きちんと冷静に調べもしないで、困惑したまま勝手にあなたを悪者に仕立て上げてた」



何故だろう。

彼女のこの姿に見覚えがあった。



美琴「……全部聞いたわ。あなたの事」



思い出せない。

けど、ドコか懐かしかった。



美琴「実験の時も適当にあしらって止めてくれてたり、この実験を中止に追い込んだのもあなたがやった、って……」

一方「……聞いたンだったら何でわざわざ謝りに来た。黙ってても良かったはずだ。俺も咎めねェ。なのに———」

美琴「たとえそうだとしても、私は逃げたくない。謝らなかったら後悔する事は判ってるから。……ごめんなさい」



芯の通った強い瞳で、自分を見る。

上条と同質の、そして『光』を道行く者の瞳。




一方「あの、よ……謝らないでくれ。俺は別にオマエにそォして欲しい訳じゃねェンだ。ただ、勝手な理由で殺されるコイツらを守りたかっただけなンだ」



言って、00001号の頭に片手を乗せる。



一方「だから……ンな泣きそォな面すンなって。俺達はコイツらも含め、『笑顔』が見たくて戦ったンだからよ」



そう、こんな下らない上層部の企て如きで、『笑顔』を失って欲しくなかった。

『闇』に足を踏み入れて欲しくなかった。

確かにこの世界はフザケていて、人の心を簡単に踏みにじる最悪の世の中だけど。

それだけじゃない事も確かだ。

自分を引き止めてくれた“アイツ”が居るように、嫌な物ばかりではなく温かい存在が居るように。



美琴「あり、がと……っ」



耐え切れなかったか、大粒の涙が流れる。
何度も何度も、頬を伝う涙は床に落ちていく。
止まらない。止めれない。


当然だった。むしろ今まで良く頑張った方だった。
『実験』を知った日から感情を押し殺して彼女。
ただ、妹達を救うために必死で施設を潰してきたのだ。
一体幾度、涙を堪えただろう? 縋り付きたいと思っただろう?
判らない。端から数える気は無かった。
目の前の事だけで精一杯だったから。


そして、“全部”が杞憂に終わり。
まずは戸惑い。困惑。狼狽。驚愕。
整理が付かない頭で次に出たのが吟味。

詳細を理解する頃には、安心と後悔で埋め尽くされていた。
自分が行ってきた事は意味が無かったと悟るが、構わない。
水の泡だろうと無駄だろうと、知った事か。大事なのは全員助かっている事実。
それだけで……十分。

しかし緊張は解けない。
無事の代わりにやるべき事が一つ。
一瞬でも悪者にしてしまった一方通行への謝罪。
自己満足。その一言で切り捨てられるであろう。
でも、だからといって頭の中で自己完結させてしまうほど、都合良くも無かった。


怖かったはずだ。
許してくれなかったらどうしよう、と。
脅えたはずだ。
怒ったらどうしよう、と。


それ故に、嬉しかった。
ひだまりのようにとても温かった。
一方通行の言葉の一つ一つが。



緊張という名の糸が、優しくほぐれていったのだ。




00001号「…………」



すると、00001号が美琴の隣へ移動した。
まるで今にも崩れ落ちそうな美琴を支えて、ゆっくりと背中を撫でる。



00001号「頭は撫でません。抱擁もしません」



美琴は訝しむ。
どういう意味? と。



00001号「何故ならば、それはミサカの役割では無いからです。とミサカは明言します」



ぎこちないが、00001号は自然と笑みを浮かべた。



00001号「ミサカの頭を撫でるのが一方通行であるように、お姉様にもそういう人が居るはずです」

美琴「……っ、そ、そんなの居るわけ」

00001号「では、撫でてほしいという願望の意中の人、でよろしいですか? とミサカはほくそ笑みます」




会話が広げられるなか、どうしてか名前が挙がった一方通行はというと、



一方「……チッ、勝手な事言いやがって」

垣根「よく言うぜ。口を挟んだりしないくせに」

一方「違いますゥ。バカキネくンと違って空気が読めるンですゥ。一緒にしないで下さァい」

垣根「ハッハッ、上等だぜこのモヤシ野郎」

冥土帰し「こらこら、院内だって事、忘れてないかい?」



わざわざ部屋の入り口で二人を宥めるのも如何なものか、とでも考えたのか。
冥土帰しはいつの間にか歩み寄っていた。



冥土帰し「……とりあえず、大方片付けて落ち着いたようだね」

一方「そォだな。で? ンな歯切れの悪い言い方しやがるっつー事はまだ何かあるンだろ?」

冥土帰し「話が早くて助かるよ。いやなに、伝言みたいなものだから警戒しなくても大丈夫さ」

一方「さっさと言え」

冥土帰し「その前に確認を。一方通行、もうほぼ万全な状態と言っても過言ではないのかな?」

一方「……まァ、おォ。誰が襲って来ても八つ裂きに出来る自信ぐれェならあるぞ」

冥土帰し「十分過ぎるほどだ。安心したよ。実は———」





———————————————




病院、玄関前。
交通機関や車椅子の方などの配慮を考えて、玄関前はロータリーのように広めに作られている。

その中央。上条当麻は悠然と立っていた。

数メートル離れた場所で観戦する浜面仕上と御坂妹(10032号)は、適当な事をぼやく。



御坂妹「遅いですね。とミサカは待ちくたびれます」

浜面「まあまあ。気長に待とうぜ」



近くのコンビニでも走って何か買ってこようかなー、とか考えていた———その時。



上条「浜面ァ!」

浜面「うぇあははいぃっ!?」



意識が完全に蚊帳の外だった為、マトモな言語を話せていない。
上条を見ようとした瞬間、視界が突然ブラックアウト。
頭から何かが覆い被さったのだ。



上条「持っとけ!」



取って見れば、それは学ランだった。
再び彼に視線を戻すと、丁度奥の病院玄関から一方通行が出て来た所である。




浜面「ようやく、か」

御坂妹「感覚共有、映像保存と共に準備はOKです。とミサカは観戦します」



二人の間合は約五メートル。
無言のまま、上条と一方通行は立ち尽くす。

離れた場所で様子を見守る人達に、緊張感が生まれる。



一方「……ったく、念のため『学園都市第一位は無能力者に負けた』という事実を作っておいた方が良いなンて、面倒くせェ」

上条「上条さんは用心深いんですよ」



これから戦闘を行うというのに、両者は不敵な笑みを互いに送る。
喜んでいるのだ。また、こうして拳を交じり合える事に。



一方「言っとくが、負けるつもりは更々ねェからな?」

上条「マジですかー、万が一にでも上条が負けてしまったら元も子もないと思うのですが……」

一方「寝言にしては目が開き過ぎてンぞ。リベンジ戦だリベンジ線」




一方通行は想起する。

彼と初めて会った日の事を。

あの時もこうして相対していた。

今となっては懐かしい。

あれから既に三年。

長かったようで短い、掛け替えの日々。






一方(———なァ、覚えてるか?)






初めて俺達が出会った日の事を。

意味は違えど、今と同じように相対した事を。






『復讐だろうが仇だろうが、勝手にすりゃあいい。だけど! テメェの妹の“想い”を忘れんなよ! 最期の時、何の為に微笑みを向けてくれたと思ってんだッ!!』






上条、知ってるか?






『実際に見た訳じゃ無いから偉そうな口は言えねえ。でも、聞いた俺ですら理解できた妹の気持ちを、兄であるお前が理解してやれなくてどうすんだよッ!!!!』






その日から俺は、






『その程度の気持ちも汲めないヤツが、立派に妹の名を口にして嘆き散らかすな!!』






オマエの背中を追い続けているンだぜ?



投下しゅーりょーです

次回なのですが、かなり時間が飛んで『大覇星祭』です

それまでの間は原作通り進んだと思って下さい

御都合主義、申し訳ありません

>>345てことは一方通行の演算補助も?

さて、投下の時間ですよ


>>358 Yes









九月十九日。大覇星祭の開催日。


七日間に渡って学園都市で催される行事で、簡単に言えば大規模な運動会。
その内容は、『街に存在する全ての学校が合同で体育祭を行う』というもの。
だが、何しろココは東京西部を占める超能力開発機関で、総人口二百万人越えする。
その内の八割が学生だというのだから、行事のスケールは半端ない。

……と言っても、あくまで大覇星祭の参加者は学生が主要な訳で。
年齢的には参加者のはずだが、学生の身分をとうに捨てた彼はというと、



浜面「毎年思うけど、この行事は凄ぇよなー……」



いつものファミレス。見飽きた光景だが、明らかに普段と異なるのは店内の客が学生だけでは無い事。
体操服を着た学生と共に、父兄だと思われる大人で溢れかえっていた。
もちろん店内に限った事では無い。むしろ外の方が人でごった返し状態。
一般車の通行を禁止した御陰で、ひとたびはぐれてしまったら迷子確定だ。




浜面「ま、大覇星祭となれば車なんて無意味に等しいし。歩いた方が早いんだけど……この一週間の間、車が使えないのは痛いよなー」



実際に今日は歩いてファミレスに訪れている。
浜面仕上はドリンクバーから頂戴してきたドリンクを口に含みつつ、窓ガラスを覗き込んだ。
空に浮かぶ飛行船。大画面には『まもなく大覇星祭が開催されます』と表示中だった。
店内だからだとは思うが、おそらく外ではアナウンスが流れてるだろう。
尤も、場所移動と会話に夢中である全員の耳に届いてるかは些か不明だが。



浜面「今日から一週間は上条も忙しくなる訳だから、当然仕事は無し。正直言って……やる事もねえからヒマだ」



だからこうして、空いた時間を持て余す結果に至るのだが。



浜面「それにしても、垣根のヤツ遅すぎだろ……。人込みもあるだろうけど、集合時間とっくに過ぎてんじゃん」



携帯で時間を確認。ついでに言えば「遅れる」なんて連絡は無い。
そもそも元から期待などしてなかったのだが、それでもボヤキは止まらなかった。


因みに一方通行は来ない。正確に言うと来られない。
彼は三週間近く前、天井亜雄から『打ち止め(ラストオーダー)』を救う為、体を張ったばかりである。
今は病院で療養中。何やらもうすぐ退院だとか。






「わりぃ……遅れた」






背後から至極げんなりした声が届く。
ほんの僅か戸惑ったが、一瞬で遅刻者の垣根だと判断が付いた。
浜面は怒りを含ませながら、



浜面「なあ垣根、最近遅刻の頻度増えて……」



しかし、最後まで紡がれない。
続きを言おうとした口のまま、彼は全身が硬直化。
そして何故、垣根がげんなり声になってるのかも、おのずと理解した。

当り前だが垣根は居た。今も向いの席に座っている。
これは問題無い。だけど、



インデックス「しあげ! 久しぶりなんだよ!」



———隣にさも当然の如く暴食シスターが居るのはどうしてだ?




ここはドコだ? そう、ファミレス。
何をする場所だ? 基本的に飲食店には違いない。

つまり? この小娘がする事は?



浜面「……」



以前、フレンダを加えた三人でココへ来た時を思い出した浜面仕上は、硬直化から解ける。

瞬時に顔を歪めた。



インデックス「露骨っ! 露骨すぎて逆に清々しいかも! 出会い頭そうそうに失礼なんだよ!!」



浜面は歪んだ顔を止めない。



インデックス「むぅ! そこまで嫌な顔しなくたっていいんじゃないかな!?」



浜面は歪んだ顔を止めない。



インデックス「……なんか、この感覚懐かしいんだよ。嬉しくないけどね。初めてとうまと会った日のことを思い出すかも」



頬を膨らませて拗ねる彼女は、ブツブツと一人愚痴る。
少しやり過ぎたか、と反省する浜面に垣根が身を乗り出し耳打ちしてきた。




垣根「いや……本当にすまん。俺もまさか行く途中にリーダーと出くわして、コイツのお守を任されるとは思わなかった」

浜面「マジかよ……」

垣根「でも、一つ目の競技が終わるまでらしいからよ。まだ被害は少なく抑えれね?」

浜面「一つ目の競技……? 大将んトコの種目なんだっけなー……」

インデックス「棒倒しだよ」



まる聞こえだったのか、予想外にも彼女が答えた。
テーブルに顎を乗せて体を丸めた状態で、力無く言う。



インデックス「場所はこれに印つけてあるんだけど、道がわかんないんだよ……」



そうして懐から取り出したのは、会場案内や各場所で行われる競技種目が記された大覇星祭のパンフレット。
男二人はパンフレットを覗き込む。
確かにペンで丸を付けられている箇所が幾つかあった。

目を凝らしていると、浜面が「ん?」と首を捻った。



浜面「第一種目の競技場さ、大将んトコの校庭じゃね?」

インデックス「……え?」



何気なく放った言葉を皮切りに、インデックスの声に再び覇気が宿り始める。
だけど聞いちゃいない二人は、パンフレットを眺めながら勝手に話を進行させていく。



垣根「お、ホントだ」

浜面「第七学区みたいだから、今から行けばまだ間に合うんじゃねえか?」

垣根「そうだな……どうせココに居ても俺らの財布が食い潰されるだけだし……」

浜面「この距離だとバス使わなくても、そんなかからねえだろ?」



状況を察したのか、インデックスがようやく復活して反論を示す。
確かに上条当麻の競技場へ行きたいのは本心だ。認めよう。嘘はつかない。
けれど、せっかくファミレスへ赴いたと言うのに何も食べないまま出て行くのは、余りにも酷ではなかろうか?




インデックス「ちょ、ちょっと待ってほしいかも! 私を差し置いて勝手に進めるなんてヒドいんじゃないかな!?」



こんなに周りから誘惑する匂いが漂っているのに。
自分は指をくわえながら、ジッと見てる事しか出来ないのか。
せめて一品だけでも! と願いを言う寸前で、



垣根「何だ、行きたくねぇのか?」



彼女の決意は呆気なく音を立てて崩れていった。



インデックス「そういうわけじゃ、ないけど……」

浜面「じゃあ決まり。会計済ませて、さっさと行くかー」

インデックス「んにょぉわーっ!? ぜ、絶対言いくるめられてる気がするんだよー!」

垣根「気のせいだっつの」



浜面は会計へ。垣根はインデックスの襟首を掴んで外へ。

無理矢理まとめた感が否めない結論にインデックスは不満で一杯である。
お腹が空いてお腹が空いて、餓死してしまうそうなのに。
怒って噛み付こうにも力が湧いてこない。




インデックス「て、ていとく……」

垣根「あ?」

インデックス「だめ……?」



弱々しくプルプル震える手で指差す方向には、露店があった。
焼きそば、たこ焼き、リンゴ飴、空揚げ……等々。
夏祭りの定番、しかも濃い匂いがする物ばかり。

露店と彼女を往復して見ると、溜息を吐いて肩を竦ませる垣根。



垣根「判った判った、買ってやるから情けねぇ面すんな」

インデックス「ほんと!? やったーっ!」



さっきまで力尽きる寸前みたいに弱っていた状態が、まるで嘘のように打って変わってピョンピョンと元気良く飛び跳ねるインデックス。
行き交う人々に温かい目で見られてるが、お構い無し。いや、どちらかというと気付いていない。

現金なヤツめ……、と垣根は苦笑を浮かべる。
純粋無垢でひたむきな彼女に口元が自然と綻んだのだ。




垣根「言っとくけど一品までだからな?」

インデックス「えぇーっ!? そんなんじゃ満足できないんだよぉぉぉぉぉ!!」

垣根「うっせ。あんまり食わすとリーダーに怒られんだよ。お前だって怒られたくねぇだろ?」

インデックス「うっ……た、確かにとうまが怒ると怖いからイヤかも……」

垣根「だろー? 拳骨喰らいたくなかったら我慢しとけ」

インデックス「ううぅぅぅぅ……わかったかも」



一度味わった事があるのか、彼女は涙目になりながら頭をさすった。
どうやら上条式教育はキチンと行き届いているようである。



浜面「お待たせ。早速行くとするかー」

インデックス「しあげ! その前にあそこのお店で買い食いなんだよ!」

浜面「は? 何の話?」

垣根「立ち止まってだべるなっつの。歩け歩けぇ」



各々が上条の高校へと歩き出した———その時、









垣根「ッ!!!!」




突如、血相を変えた垣根が立ち止まったかと思えば、踵を返し身を翻した。
彼のコメカミには汗が一滴。
とても運動後や気温の高さで流れる類では無い。
どちらかと言えば、イヤな感じがした時に流れる気持ちの悪い寒気に近い。

当然の事だが、気付いた浜面やインデックスも同じく立ち止まる。
インデックスは首を傾げ、



インデックス「どうしたの?」

垣根「……いや、何でもねぇ……」



言葉を濁し、再び歩き出す。
取り残された二人は一度顔を見合わせて肩を竦める。
お互いに思う所は色々あるが、考えても無駄だと感じたのだろう。垣根の後を追うように歩いていく。



垣根(……今、俺の脳に『何か』得体の知れねぇもんが干渉してきやがった)



顔色は全く優れない。
彼にしては珍しく余裕が見えなかった。
ジワリと滲むイヤな汗も、駆り立てられる動揺も。

有体に言えば、らしくないのだ。




垣根(この感覚、忘れもしねぇ。昔、まだ心理定規と連んでた頃に興味本位でやってもらった能力と同類だ……!)



精神系能力という物に興味があった。
己の能力は云わば、素粒子は素粒子でも“この世に存在しない素粒子”。
そして主に攻撃を特化している部類。
防御が薄い訳じゃないが、攻撃より遥かに劣る。

一方通行のように両方を兼ね備えてる野郎は問題外。
……こういう考えが、第一位に対するコンプレックスへと繋がるのかもしれない。

ともかく、物理的な攻撃は大体防いできた。
ならば防御の仕方が不明瞭な『精神系』はどうだろう?

結果的に言えば防ぐ事は可能だった。



垣根(心理定規の場合、感触としては俺の脳への“干渉”みたいなもんだ。
   フィルターをイメージしながら未元物質を直接俺の脳へ干渉させたら、違和感は消えた。多分、完全に“干渉”を防いだんだろ)



普通に考えればありえない。
しかし常識が通用しない、と豪語する垣根だからこそ。
もはや何でもありなのは否めない。


だけどそこは、やはりLevel5の第二位。
他の能力者とは埋まる事の無い大きな溝、物理にしろ精神にしろ、適わないのだ。
彼と対等以上にやり合えるのは一方通行だけなのだろう。



垣根(……けど、さっきの感覚は心理定規と似てはいるが違う。もっと別次元クラスの異質)



無意識にフィルターを掛けていたが為に起きた幸い。
何せ、心理定規とは比にならない『脳を鷲掴みされる』感覚。






垣根(———大覇星祭、か)






嫌な予感がする。
日本で最も盛んな運動会。
外部からの入場を許すため、何がを起きても不思議ではない。

……そう。暗部の連中が活動を示していてもオカシくはないのだ。







こうして大覇星祭、初日の幕が開ける。

投下しゅーりょー


さてはて、投下します




色々あって、ようやく垣根一行は上条が通う高校の校庭へ到着。
無名の高校なので椅子があれば充分と踏んだが、どうやらその考えは愚かだという事を知る。
地面に青いシートが敷いてあるだけで、椅子すら見当たらない。
他の観客達に視線を移しても、全員同じ様子。しかし気にする人は一人として居なかった。



垣根「平凡ってのは聞いてたけどさ……ココまでくると応援席じゃなくね? 小学校の運動会かっつーの」

浜面「運動会ならまだ可愛いイメージがあるけど、俺の感覚的に花見の宴会な感じがするぞ?」



どっちもどっちもだな……、と垣根は溜息を吐く。
比べても差異は無い。その程度のレベルにしかならないのだ。
学校が違うだけでこうも差が出るかと思念する。
応じて直接的に関係してくるのが、大覇星祭に於いての有利と不利。
平凡と耳にする上条の高校は、ドコまで対戦校とやり合えるのか。



垣根(そもそもリーダーは勝つ気があるのか……?)



それを言ってしまえばお終いである。




浜面「あ?」



印が付けられた指定席へ着いた途端、先頭を歩いていた浜面が立ち止まって疑問を発した。
眉間にシワを寄せ、表情を歪める。
まるで会いたくない知り合いに偶然会いました、と言わんばかりに。
様子に怪訝する垣根とインデックスは、自然と彼の視線を辿る。


……何やら指定席には先客が一人、ちょこんと既に座っていた。


黒髪のお団子頭を左右に揃えた、中学生くらいの少女。
服装にまとまりが無く、店員に勧められた物を断り切れずに買ってしまった感が否めない。



「……?」



視線に気付いたのか、少女———木原円周はこちらへと振り返った。
たこ焼きを摘んでいたようで、パックと爪楊枝を両手に。




円周「あ」



そして浜面を認識。
期間にしてまだ一月も経ってない二人。
とても知らない振りをするには無理がある。

全く以て面識の無い二人は黙り込むしかない。
けれど空気を読んだ方が良いと悟った垣根は、まっさきに食ってかかろうとしたインデックスを抑止。
詳しく記すなら、羽交い締めを決めた上に口を塞いでいる。



浜面「なんで、ココにいるんだ……?」



あくまで冷静に対処しようと心掛けている彼の姿が窺えたが、焦りは隠し切れなかったのだろう。
思わず口ごもってしまっていた。

かつては敵。上条を足止め役として抜擢された少女。
今回はどんな目的で現れたのか……。













円周「当麻お兄ちゃんの応援だよ?」










———答えは案外、あっさりしたものだった。




浜面「へ……?」



彼からも素っ頓狂な声が漏れる。
偵察だとか、弱点を探し出すとか、もっと緊迫した空気が張り詰めると思っていたのだが。

円周はどこまでも純粋な瞳を浜面へ向けて、



円周「私、当麻お兄ちゃんが大好きなんだよねー。だから応援に来てるの。……なにか変かな?」



あまりにも純粋過ぎて浜面が戸惑い始めた。
何だか小動物に対して、勝手に警戒心を抱いている気分に陥る。
……余談だが、円周が「大好き」と言った瞬間からインデックスの抵抗が数倍に跳ね上がったのは言うまでもない。



浜面「い、いや! 変じゃねえぞ!? ただ、今すぐに警戒は解けないっつーか……」

円周「うん、うん。分かっているよ。でも大丈夫。今回は数多おじさんからなにも受けてないから」

垣根「とにかくだ」




インデックスを抑え込んでいた垣根が声を上げる。
このままでは埒が明かないと見切りをつけたか、又はこれ以上“野獣”の制御は難と判断したのだろう。
有無を言わせない勢いで第二位は畳み掛けた。



垣根「このガキがどんなヤツかは知らねぇが、今この場でドンパチやろうなんざぁ頂けねぇ。
   無関係の『一般市民』だって居るんだからよ、余り騒ぎを起こしたくもないんだ」



垣根は『一般市民』と言ったが、彼にとってソレが何処までの範囲、そしてどんな意味を指すのか。
有体に言えば、『一般市民』は自分達の周りに居る観客程度の範囲ではなく、この校庭に居る観客全員かもしれない。
更に『一般市民』の意味を追究すると、垣根は自分達を“光”と“闇”に区別するために、わざわざそんな言い回しをしたのかもしれない。

どちらにしても、それなりに深い“闇”へと浸っている身で、騒ぎを起こすと言うのは宜しくない。
それが上条を率いる暗部メンバーと感付かれれば、周りを巻き込む事態を招く可能性だってある。



垣根「だから今はご気楽観戦タイムと行こうぜ? 浜面も安心しろって。そのガキが少しでも妙な行動を取ったら容赦しねぇからさ」

円周「私はただ、本当に当麻お兄ちゃんを応援しに来ただけなんだけどなあ」

垣根「行いの問題だな。信用をまるごと失わせるような事をやらかしたんだろ? 自業自得だっつーの」

円周「困ったねー。『木原』として動いただけなのに」




やっと解放したインデックスと共に、円周の隣に腰を下ろす。
頬を膨らませて「怒ってるんだよ?」アピールを垣根に向けるが、こっちを見ようともしない。

標的を変えて円周へ。ジト目でひたすら凝視。
熱い視線に円周も首を傾げるばかり。



インデックス「……ねえ」

円周「なあに?」

インデックス「とうまのこと、好きなんだね?」

円周「うん。あなたも?」

インデックス「わ、わた……っ!? べべべ別に、とうまなんか……っ」

円周「嫌いなの?」

インデックス「ち、違うもん! とにかくっ!!」



ズビシッ! と指差す。






インデックス「負けないんだからね!」






そう告げて、自分と円周の間に垣根を挟むようにのそのそ移動する。
場所に落ち着くと、先程垣根から渡されたペットボトルの水を一気に飲み干した。
……因みに今空けたばかりの物である。


円周は人差し指と親指を顎に添え、うーんと唸り———一言。



円周「不器用で恋する女って面倒だねー」

浜面「お前も一応、カテゴリーは“恋する女”なんじゃねえの?」



反対側からレジャーシート独特の音。
どうやら浜面が座ったようだ。

彼は何やら気まずそうにコメカミを掻き、



浜面「……すまん。疑っちまって」

円周「うん、うん。分かっているよ。でも仕方ないから、これだけは分かってほしい」

浜面「何だ?」

円周「私は本当に当麻お兄ちゃんが好きなだけ。それが伝わってたら満足」



へへへ♪ と満面の笑みを浮かべる。
微かに頬を染める彼女は、まさしく恋する乙女の顔。

浜面は思う。



浜面(畜生……っ! 何で大将ばっかり、いや流石は大将と言うべきなのか? だとしても羨ましいぞォォォォッ!!)



密かに強く握り締めて、拳がプルプル震えていた。
円周には死角の範囲なので見えない。

やはり浜面は浜面だった。




垣根「おーおー、本格的なチームと当たっちまったなぁ」



葛藤に苛む中、まったく蚊帳の外である垣根の声を聞いて、浜面の思考が現実へ引き戻される。
本来、自分は何の為にここへやってきたかを思い出した彼。



浜面「ど、どうしたんだ?」

垣根「何一言で詰まってんだよ」



彼なりに気まずくなって、何とか取り繕うと垣根の言葉に便乗するが失敗の模様。
しかし指摘はそこだけで、明確には感付かれてはいないから及第点。

これといって特に訝る事のない垣根は、挙動不審な浜面を無視の方向で話を進める。



垣根「いやなに、敵のチームを見てみな」



競技種目は「棒倒し」。
校庭では既に双方の棒が用意され、グラウンドの整備も行き届いている。
選手である学生達も始まりの合図が鳴るまで待機中。
各々ストレッチをしたり能力の調整を行ったりと、準備運動を欠かさない。
その中でも上条と対戦相手のチーム、名の聞かない所だが、どうやらスポーツに特化した学校であるらしく、入念にストレッチが行われていた。




垣根「こりゃますます勝敗の確率が偏ってくるぜ? リーダーがドコまで本気なのかは知らねぇけどよ」



状況は明らか不利なはずなのに不敵な笑みを崩さない垣根。
おそらく勝敗どうこうより、純粋にこの競技を楽しむようだ。



浜面(えぇー……大将の事だから怪我の面は大丈夫だとは思うけど、万が一ってあるよな……?)



逆に心配がるのは彼。
大覇星祭は秋の運動会という建前の能力バトル。
いくら上条の右手に『幻想殺し』があるからと言って、十を越える人間から放たれる能力を全部防げるかと聞かれれば、そうではない。
能力だって千差万別。相手がどういう能力で、レベルさえも判らないのだ。



インデックス「ね、ねえ! あれって、とうまのチームだよね?」



それぞれが別々の思いに浸ってるさなか、銀髪シスターが戸惑いの声を上げた。
彼女が指差す方向は上条のチーム。
何を当然な事を、と垣根は呆れ顔を浮かべる。




垣根「むしろリーダーの所じゃなかったら、俺達は何しにココへ来てんだよ」

浜面「その通りなんだけど、垣根が珍しく正当な意見を言ったことに対して腑に落ちないのは俺だけか……?」

垣根「オイコラ浜面くぅん? それは一体どういう事なのか説明しやがれ」



迷惑な事に円周を挟んでコントを始める二人。
結局、騒ぎを起こすなと言われても拳骨で強制粛正する上条が居ない限り、無理な話なのだ。
何故なら垣根と浜面は、四人で構成される暗部メンバーの一員であるから。



インデックス「それもそうかも。……でも、とうまはなんであんなに怒ってるのかな?」



はあ? と二人は素っ頓狂な声を出しながら首を振って、上条のチームに目を向ける。
それは円周も同様。“あの”上条当麻が呆れるならともかく、怒りを表すなど到底思えない。
彼が怒るのは、よっぽどの事が起きた時だけだ。
それこそ御坂美琴を引っ張り出すしか方法は無いくらい。
かくして、インデックスの言葉に蟠りを感じた三人は首を揃えて上条のチームへ。








———そこに、本物の猛者が居た。




『は……?』



一同、鳩が豆鉄砲を食らったように驚愕を露わにする。
我が目を疑って、開いた口が塞がらない。

上条を筆頭にその一団はおぞましい威圧感を放ってる割に、野次や騒ぎの一つも起こさない。
むしろ無言のまま、上条を中心に腕を組んだ状態で横一列に並ぶ。
棒倒しというか、今から戦争でも起こすのではないかと、不安さえよぎる。
所々に立てた棒が戦国時代の軍旗や、武器の槍に見えてしまうのは何故だろう?
彼らは対戦校のチームにしか眼中に無いらしく、全国中継のテレビカメラだろうが観客席に居る親だろうが、関係がないようだ。



浜面「……垣根」

垣根「……なんだよ?」

浜面「上条と一緒に居るヤツらが俺らと同業者(暗部)の可能性は?」

垣根「これっぽっちもねぇよ。……けど、そう感じざるを得ないオーラは放ちまくってるがな」




ひたすら伝わって来るのは、相手を押し潰そうとするプレッシャー。
こんな代物を単なる一般人が出せるとは思えない。
それこそ全員が只者ではなく暗部の連中だ、と言ってくれた方がまだ信憑性はある。



浜面「それによ」

垣根「今度はなんだ?」

浜面「大将さ……本気だよな?」



お互いの瞳に映る上条が普段と違うのは一目瞭然。
だけど“仕事”の時とも異なる。

身体中から溢れ出す闘気といい、そう、彼の目はやる気に満ちていた。
———いや、殺る気に満ちていた。



垣根「……そう、なんじゃね?」

浜面「……流れ弾、こっちに来ねえよな?」

垣根「……」

浜面「……」

垣根「一応、未元物質張っとくか。気休めにしかならねぇと思うけど」

浜面「おう。頼む」



被害がこっちに来た場合の非常用に過ぎないが。
何しろ防げるかどうかも不明である。


二人の間に挟まれた円周が、目を輝かせながらポツリと呟く。



円周「……かっこいい」

浜面「うっそぉ!?」

垣根「言うな。恋は盲目って言うだろ?」

インデックス「とうまーっ! 頑張れなんだよーっ!」





そんなこんなで、『棒倒し』の始まりだ。


投下しゅーりょー

さて、一ヶ月も放置してた俺が更新しますよっと

続き自体は早々に書き終えてたんです
でも投下する時間がなくて…申し訳ありません


寝オチしないよう努力します




始まりの合図を告げるアナウンスが入った。
その瞬間、上条の隣の女学生が一歩前に出る。



「特攻部隊、出撃ーッ!!」



校庭中に響き渡る叫び声。雄叫びに近い音は、味方にも当然届いた。
彼女の指揮を聞いて真っ先に敵陣目がけて走っていく影が三つ。
黒い髪、金髪、青い髪、それぞれ髪の色が違う者達。



円周「あ、当麻お兄ちゃん」



観客席に居た少女が三人の内の一人の名を当てる。
浜面や垣根も判っていたが、あえてもう何も言わない。
彼らは対戦相手の無事と、自分達に被害が被らないことを祈るばかり。


すると、あの女学生が更に指示を飛ばす。



「前衛はアイツらに続きなさい! さっき言った通り三班に分かれて行動するのよっ!! 残りの皆は私と一緒に後衛に!」



言葉を皮切りに、雄叫びながら一斉に襲いかかっていく。
どうやら三人を敵陣に投入したのは、相手の錯乱が狙いのようだ。
見る限り、ずば抜けて運動神経と体力馬鹿なのは三人。
その証拠として彼らは一撃も敵陣からの攻撃を受けていない。
三人とも華麗に遠距離攻撃をかわし、見事敵陣の下まで辿り着き、作戦通りに引っ掻き回す。

……果たして、これが証拠になるのかどうかはいささか不明だが。
しかし端から見れば、そう考えざるを得ないのである。



浜面(どう見ても戦争映画にしか見えないぞ……)



もはや体操服が鎧に見える錯覚を起こすほど。
自分達は何時、スクリーンの世界へ飛び込んだのだろうか?




インデックス「おぉおぉっ!! まるで本当に映画の撮影に来てるみたいなんだよ!」

円周「当麻お兄ちゃん、かっこいい……」



のんきに楽しく観戦タイムなのは二人だけ。
現実に受け取ってしまう自分はロマンや夢に欠けているのか?

浜面は救いを求めるように垣根へ、



浜面「なあ垣根さんよー、この後どうす———」



最後まで言葉が紡がれなかったのは、誰かに遮られた訳では無い。
自ら止まったのだ。同じ反応を取っているであろう垣根が、至って真剣な顔で、





垣根「……ほーぅ。あの女、なかなかの指揮力、統率力を携えてやがる。ってことはこの考えられた動き事態、計画した可能性を秘めてんな?」





何やら不敵な笑みを浮かべながら、素敵な推察を始めていた。



浜面(な、な、何なんだよォォォォォォォッ!!!! 俺が変なのか!? 俺がオカシいのかあああ!!!? クッソ! マトモに現実として捉えてるのは誰もいやしねえのかよっ!)



ある意味、垣根は現実として捉えているのだが。
パニックに陥った彼には、そんな簡単な答えでさえ辿り着けない。

頭を両手で掻きむしり、今にも己の髪の毛を引きちぎろうとする浜面。
彼もまた、変な所で真面目な人間であるため損な役回りや、苦労人なのである。
















そんなこんなで、第一種目『棒倒し』は終わりを迎えた。




結果を言うと、浜面や垣根の予想通り上条のチームが勝利を収めた。

真っ向勝負で適うはずが訳が無い。対戦校はスポーツに特化した所。
それでは負けるのが当然。ならば、真っ向から立ち向かわなければいい話。
端からそんなつもりが無かった上条は、吹寄制理が発案する電撃戦に乗った。
元々暗部の仕事面に於いて電撃戦が得意分野だった上条は彼女の作戦に手を加え、更なる強化へ。
珍しく本気で取り組んだ彼に吹寄は感心し、素直に提案を受け入れた。

途中、ヒートアップし過ぎた青髪ピアスが調子に乗って敵チームの女学生に手を出しかけたが、いち早く気付いた上条と土御門が鉄拳制裁。
一応お互いに本気で殴ったが、「お笑い専門のわたくしめ云々」と言いながら復活した時は、流石に驚いた。



上条「……で、インデックスが待ってるだろうから応援席に来てみた訳ですが……」



インデックスの奥に並ぶ垣根、円周、浜面へと視線を移す。



垣根「よっ、リーダー」

円周「当麻お兄ちゃん!」

浜面「お、おいっす、大将……」




色々と言いたい事はあるが、ここはグッと堪えて全て飲み込む。
確かに自分はボケとツッコミだと、後者の立ち位置に属する側の人間だろう。
しかし、一々片っ端から構ってやるというのも煩わしい。

申し訳なさそうに苦笑いをする浜面はまだ良い。
名を呼びながら腕に抱き付いてくる円周も別にどうって事はない。
だけど……、



上条「…………」

垣根「ハッハッハ、どうしたリーダー、言いたい事が手に取るように解っちまうぞー」



口元がへの字に歪む上条を見て、大層満足げに何度も頷く垣根。
まるでその反応を待ってましたと言わんばかりに。
そんな彼に上条は大きく溜息を一つ。



上条「……まあ、お守を頼んだのは俺だしさ。来るなとは言ってないから構わないんだけどれも」

浜面「ダメ……だったか?」

上条「浜面はいいんだ。ただそこの馬鹿がウザいだけ」

垣根「ヒドい!」

上条「それにこの子がどうしても来たいって言ってましてねー」



目の前で喚く馬鹿を華麗に無視し、未だ腕にしがみつく円周へ顔を向ける。
普段見せる事のない口元が綻びた笑顔は、とても幸せそうだ。




浜面「なんか問題でも?」

上条「お前の目にはドス黒いオーラを放つシスターが見えねーのか?」

インデックス「ガルルルルルルル……」



腕に抱き付いている円周をひたすら睨んで唸る、銀髪シスターことインデックス。
何かキッカケを与えてやれば、飛びかかって上条の頭蓋を噛み砕くのは目に見えていた。
当たらぬ蜂には刺されぬ、と言うようにスルーを続けてきたが、どうやら限界が来たらしい。



上条「こうなる事が安易に予測出来たから、上条さん的には接触を避けたかったのでございますよ……」

インデックス「つまり、とうまはそのふしだらな女と二人っきりでいたいと、言いたいんだね?」

上条「いや、あのですねインデックスさん? 誰もそんな無謀こと一言も仰ってないでせう? 不幸体質の上条さんが出来ると思いで? 目の前に地雷が仕掛けてあると判っていながらソコを通るような自殺行為なんだぞ?」

円周「ねーえ、二人っきりで居たいってホント?」

上条「オーイッ! お前はお前で人の話を聞いてなかったのか!?」

インデックス「じゃあとうまは私を放っておいても仕方ないって片づけるのに、この女と会うのは優先させるってどういうことなのかな!!!?」

上条「今の状況みたいな面倒くせぇ状態に陥りたく無いからに決まってますぅ!! けど、こうして鉢合わせしたからもう遅いですけどねえ!!」




その時、女子二人組が同じタイミングで全く違う言葉を発した。
上条にとって、もはや最悪の事態に陥っているので半ば自棄である。
そして上条の予測通り、現状は絶賛下降中。

結果、彼は掻きむしるように頭を抱えた。



上条「だあああッ!!!! 一気に喋るんじゃねーよ! 上条さんは聖徳太子じゃありませんのことよッ!?」



これを端から見れば、二人から思いを寄せられている羨ましい立場なのだろう。
しかし当事者である上条は至って好ましくない。
まず彼自身、思いを寄せられている事実に気付いてないため、どう転がろうが無関係だから。

見事に収拾つかなくなった現況を上条は嘆くばかり。
仲間である男二人は一切関わる気が無いのか、干渉する気配が微塵も感じ取れない。
どうもしばらくは、少女達のヒートアップが続きそうだった。


























「上条当麻! 貴様、応援席で何を騒いでいるの!」



















……と、上条の背後から怒号が聞こえるまでは。


振り返ればソコに少女が居た。
上条と同じく半袖短パンの格好に、更にその上に薄手のパーカーを羽織っている。
パーカーの腕の所には『大覇星祭運営委員・高等部』と書かれていた。
黒い髪は耳に引っかけるように分けられていて、おでこが大きく見える髪型。

彼女は吹寄制理。



吹寄「貴様、次の『大玉転がし』まで余裕があるからといって、こんな所でノンキにしてていいの? もっと時間を有効に使いなさい! 有効に!」



腕を組んでズンズンと勇ましく上条の下まで歩み進み、一言一言強調するように声を荒げる。



吹寄「……まったく。少しは見直したかと思えば、すぐいつも通りに戻っちゃうんだから。貴様には水分やミネラルだけでなく、カルシウムも必要なようね?」



ギロリと睨む。
上条を相手に堂々とした態度で、引き下がる事も無く捲し立てていた。
詰め寄られる彼も思わず苦笑いを浮かべながら、一歩たじろいでしまうほど。


その有様に垣根と浜面は驚く。
今まで数々の人間を見てきたが、暗部の中でも有名なくらい恐れられている上条を相手に、臆する事無く迫る人間を見るのは初めてだからだ。
例えどんな手段を講じても、『上条当麻が指一本動かしさえすれば、すかさず警戒態勢に入らなければならない』という思考が当然。
ところが彼女はどうだ? 純粋に言葉で押しているではないか。

自分達でさえ敵対しようとは思わないのに、この女学生は恐れをなさない。



垣根(……『もう一つの顔』を知らねぇからこそ、なーんて考えだしたら遂に俺も末期だぜ)



自嘲気味に笑みを浮かべてしまうのは、『光』の世界に佇んでる己が、『闇』の世界に浸っている事実を再確認をするから。
どんなに今が穏やかで、平和ボケと言われるほど『光』の道を辿っていても、脇には必ず『闇』が存在する。
いつ、どんな時でも、引きずり落とされても変ではない。生かされているだけの現実。




垣根(まあだからといって、俺達の絆に支障は出ないけどな。少なくとも俺や第一位を回収しに来ない限り)



学園都市がツートップを誇る二人に、なぜ平穏な暮らしが出来るほど野放しにさせているのか。
答えは至って容易い。純粋に『今は必要無い』からである。
上層部が本気で一方通行や垣根を必要とする時、必ず反吐が出るぐらいの汚い手を使ってまで拘束にかかるはずだ。
それが無いという事は、まだ大丈夫。

彼が更に思考に耽ろうとしたその刹那、







———喧騒に包まれていたこの場所が、一瞬で音一つも漏らさない静寂へと変わった。







垣根「……ッ!!」

上条「……ッ!!」



まっさきに周囲の空気の異質さに感付いたのが、この二人であった。

しかし吹寄、円周、インデックス、浜面すらも、何故か“奇妙なくらい”動かない。
彼らだけじゃない。次の種目場所へ移動しようとしていた父兄の方々までもが、同様に身動きせず固まっている。



上条「……」



違和感が始まってから数秒も経たず、上条が垣根へ目配せしてサインを送った。
実はこの時、確かに二人だけ空気の違和感を感じ取る事が出来たが、上条は垣根が無事であることを知らない。
なのにアイコンタクトを送った理由。———それは確固たる自信。

冷静判断と状況分析がズバ抜けて高い上条にかかれば、この現象は如何なる能力か大凡の見当は既に付いている。
強化系なのか、現象系なのか、精神系なのか、特殊系なのか、それが科学によるものか魔術によるものかさえも。
周囲から己の現状、あらゆる情報を分析した上で、皆の様子が不自然な中、垣根帝督だけは無事であると思い定めたのだ。



垣根「……」



上条ほどではないにしろ、浜面や一方通行よりも凌駕する分析力を誇る垣根は、即座に我がチームのリーダーは安全と決断。
そして同じく、上条へアイコンタクト。二人のサインは互いに通じたらしく、意思疎通を開始。




上条「……」



指示役を務める彼の口が微かに動く。
微々たる一瞬の呼吸さえ、『仕事モード』ならサインに繋がる。
当然、垣根はそれを見逃さなかった。

二人の間で緊張が生まれる。
だけど彼らから焦りの色が出る様子は無い。
決して焦らず、急がず、慌てず、動揺や狼狽する前に冷静であれ。
驚くのも、動揺を表すのも、何もかも終わってから。



上条『……一』



唇を動かしただけ。声は発さない。



垣根『……二の』



追随して、彼も声には出さず唇だけで相槌を打つ。

———そう、これは合図だ。






上条・垣根「三ッ!」






ミッション、スタート。

投下しゅーりょーです


よし、寝なかった



さて、投下の時間ですよ…!!




リーダーである上条が「誰よりも先に注意を心掛けといた方が得策」と考えたのが、吹寄やインデックスでもない———腕に抱き付いている円周だ。

単に一番近くに居るから、という理由で危険視してるのではない。
それなら、まだ力押し確定の浜面や一方通行、頭を使う垣根の方がマシなくらい。
円周ほど敵に回して厄介と思う奇才な人間は、そうは居ない。

およそ二ヶ月前に木原数多が『上条対策』として、わざわざ円周を送り込む希少な存在。
何よりケースバイケースで彼女のスタイルは応変していくが、フリースタイル時は上条と同じ戦法事態が煩わしいのだ。
無能力者にもかかわらず、未熟にしろ相当な技術を持って上条に立ち向かう姿は見上げもの。
だからこそ、なるべく一番最初に済ませておきたいところ。



円周「……」



———が、現実はそう甘くない。


バッと絡めた腕を放したと思えば、止まること無くバックステップで距離を取った。
うつむき加減で見据える瞳には光を宿していない。
理性を失った少女は無機質なまま戦闘態勢の構えに入る。



上条「一筋縄ではいかない、か……」



苦笑いを浮かべながら目前に居る吹寄の頭へ右手を置く。
すると、途端に幻想殺し特有の『能力を消す音』が響いた。
上条が心に確信を持つのも束の間、吹寄がプツンと意識が途切れるように失われる。
唯一幸いだったのが、青いシートの方へ膝から折れて倒れた事だろうか。

とりあえず一人完了。
幻想殺しが発動したという事は、おそらく敵の能力は推測通りのはず。




垣根「リーダー」



背後から戦友の声。
上条は振り返らずに未だ微動だにしない円周から目を離さないまま、



上条「どうしたー。まっさかやられた、なんて言いませんよね?」

垣根「その逆だったり。こっちはもう終わっちまったぜ?」

上条「嘘っ!?」



思わず過敏に反応して見返る。
普段は全力でスルーする垣根の余計な言動だが、どうも割とマジメな一言の時はツッコミを入れてしまう。
それもこれも日常から染み付いてしまったツッコミ体質が災いしているに違いない。

しかしどうやら残念な事に本当のようで、インデックスは吹寄と同じく青いシートにうつぶせに。
浜面に至っては何故か両手両足を『何らかの物質』によって縛られていた。


……あまり深く追究しないでおこう。


何しろ浜面だ。多少手荒い処置だとしても死にはしない。




上条「うっわ、本当。垣根のくせして」

垣根「さっきから俺の扱いヒドくね? それよりリーダー」



くいっと顎を使って背後を指し示す。
対する上条は軽く溜息吐き、無造作に前腕を顔の横に持っていく。
無造作とは言え、さながら身を守る形程度に構えた。






上条「———判ってるさ」






瞬間、幼い手とは裏腹に鈍器と化した裏拳が、完全に上条の頬を捉えていた。
しかし、残念ながら既に前腕を防御として固めた上条の一手先。




上条(音も気配も出さずに近くまで入り込んできたか、しかも蹴りを放たず、敢えて拳を使った判断良し)



操られているにしろ、少女の実力をここまで発揮させるとは大したものだ。
以前と行った手合わせの時より、爆発力、加速力、一撃の重さは確実に一段階前進している。

しかも相手が上条だと見越してだろう。
蹴りではなく、拳を放ってきた。
一発で意識を刈り取るほどの決定打なら前者だ。
けれど対峙するのは上条当麻、いとも容易く捌かれるに決まっている。
だとすると蹴りを放てば必ず不利な状況に陥ってしまう。
とても上条に片足を掴まれた状態で、体勢を立て直すというのは酷な話。

故に無能力の彼女の場合、拳を使う判断は最良と言える。
……尤もこれが上条当麻の思考パターンならば、更に上回る戦術を編み出しただろうが。



上条(僅か二ヶ月でこの成長。いやー、我が愛弟子ながら立派過ぎて上条さんも鼻が高いですよー)




戦いのさなか、こんな悠長に実感していられるのは、きっと垣根と上条ぐらい。
それに円周が繰り出すのは上条直伝の戦術。自分が教え込ませた戦い方であるならば、



上条(———けど)



パシッと。乾いた音が響いた。

円周は更に裏拳の勢いを止めず、もう片方の拳を今度は真正面から突いたのだ。
上条に向けて裏拳を放って、まだ一秒も満たない。
おそらく一撃目はフェイント。本命は遠心力を加えた二撃目だろう。

だが虚しくも、上条の右手によって防がれてしまった。



上条「甘いな。甘々過ぎて困るってものだ」



右手の力を強める。
逃がさないと念を込めるように。
どんな対抗手段を取られまいが大丈夫なように。



上条「今のお前じゃ、先の行動が透けて見えるぜ?」






つまり、右手で掴まれた時点で勝敗は付いているのだ。






上条「今度勝負する時は、操られてるお前より、本物の木原円周で頼むぜっ!」





———————————————




青いシートの上で安らかに眠っている四人。
浜面、インデックス、吹寄、円周と横一列に。
一名だけ未だに両手両足を拘束されたままだが、そこはご愛嬌。

どうやらこの四人が落ちた事で、周りに居た父兄の方達は理性を取り戻した様子。
元から狙いは身内の連中だったのか。少ない情報の中、そう結論付けるしかなかった。



垣根「……リーダー、実は話しておきたい事が———」



言い終える前に上条が片手を前に突き出して制する。
黙ったのを見計らい、今度は指で自らの耳をトントンと指し示した。

盗聴器を警戒しろ、と示唆しているのだ。
意図を悟った垣根は不敵な笑みを浮かべ、




垣根「ノープロブレム。そこんトコにもちゃんと手は打ってある。抜かりはねぇよ」

上条「よし、だったら大丈夫だな。それで話ってのは?」

垣根「一から十を言うのは面倒くせぇし、掻い摘むとさっき同じような事が起きかけた」



上条は僅かに眉を顰めた。



上条「……起きかけた?」

垣根「やられたのはコイツらじゃねぇよ。小癪な事に俺へ向けてきやがった」

上条「はー、なるほど。つまり敵は元々垣根狙いだったけど、失敗に終わった訳か」

垣根「ハッハッハ! 当ったり前だろ? この俺に常識範囲内を持ってくるヤツが悪い」



否定はしない。
仮にも学園都市第二位の肩書を背負う男。
捻りも無しに立ち向かえば返り討ちに遭うだけだ。



上条「……垣根に効かないと判って標的を変えた、か」

垣根「ムカつくな、人のツレに手ぇ出すその根性に腹が立つ」

上条「まあまあ。とりあえず敵の狙いが誰かなのかは特定してるし、動きやすいっちゃあ動きやすいから上条さん的には問題無いと思いますよ?」




その言葉に垣根はハッとする。



垣根「ついに俺のモテ期到来か……!! ったく、俺のファンは熱狂的だな」

上条「はいはいそうでございますね」

垣根「チッ、今日もリーダーのツッコミは薄いったらありゃしない」

上条「一々構ってらんないのっ! これでも上条さんは忙しいんですのことよ!」



嘆きのような声を上げるが、垣根には響いていない。
人の苦労も知らない彼は依然とケラケラと笑うだけ。



上条「はぁ……、悪いけど今回ばっかりは手伝えそうにない。もし行き詰まったら、俺や一方通行でもいいから、電話で相談よろしく」

垣根「じゃあ早速質問。この件の主犯は見当ついてるか? どうも該当するようなヤツが居なくてよ」



結論は既に出ていたらしく、上条は答えようとするが、一瞬躊躇いを見せる。
頭を傾げて、相当迷ってるのか「うーん」と悩み始めた。


その様子に垣根が思わず戸惑いながら、



垣根「そ、そんなに言いにくい敵なのか?」

上条「いや、別にそんな事はないのですよ? ただ百%確実って訳じゃないからさ」

垣根「ふぅーん……現段階の確率は?」

上条「九割」

垣根「ほぼ確実じゃん! 言えよもう! 無駄に心配しちまったじゃねぇか!!」



押された形だが、ようやく決心が付いたらしい。



上条「おそらく———」




———————————————




インデックス「うみゅ……?」



まだ半覚醒状態だが、少女は眠りから朦朧ながらも起き上がる。
視界が霞んで見えないのだろう。目を擦って眠たそうに声を発した。


自分はどうしていたのか? 思いだそうとするけど、途中までしか覚えていない。
まるで無理矢理記憶を途切れさせたような感覚だ。
『完全記憶能力』が備わっているにも拘わらず、“記憶が無い”というのは余程の事が無い限り難しい話ではあるが……。



垣根「起きたか?」

インデックス「……あ、ていとく」



声がした方へ振り返れば、そこに缶ジュースを片手に垣根帝督が居た。
隣に並ぶのは浜面。頭をブツケたのか、痛そうに後頭部をさすっている。



インデックス「私……寝ちゃってたんだ」

垣根「おうよ。疲れてたんじゃね? 急に寝始めたからビックリしたぜ」

インデックス「んー……? それで、しあげはどうしたの?」

浜面「……何でもねえよ」



とか言いつつも、ブツブツ一人ごちる。


よく判らないけども、何かがあった事は間違いないらしい。
正直言って浜面は別にどうでもいいのだが……少女は辺りを見回す。



インデックス「とうまは?」

垣根「あぁ、上条ならあっちに———」



指で示し、顔を向けたその瞬間。
さっきまで別の青いシートで休憩を取っていた上条だが、突然の疾風と共に『消えた』。









「おっしゃーっ!! ようやく見つけたわよ私の勝利条件!! ワッハッハッハッハッハッハーッ!!!!」









高々と響いた声のする方を見れば、常盤台中学の体操服を着た茶髪少女が、上条の襟首を掴んで走り去っている。
あまりに急な出来事で、上条自身も戸惑うばかり。それでも首が締まらないように襟を掴む辺り、本能は働いてるようだ。

……その姿は紛うことない学園都市第三位、御坂美琴であった。




垣根「———と思ったら、今まさにワガママお嬢様に連れ去られちまったよ。悪ぃな」

インデックス「むぅぅぅうううう! 短髪ーっ! もはや誘拐なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!」



どうやら眠気は一気に払拭されたみたいだ。
全力疾走で二人を追い掛けるほどに回復したらしい。



浜面「あぁ! お、おい!? 勝手にうろちょろすんなって!」

垣根「仕上ちゃん任せた!」

浜面「気色悪っ!? つか、任せたってなんだよ! 任せたって!」

垣根「うっせ。俺は仕事の依頼が来てて行けねぇから、テメェに頼んでんだよ」



厄介事を自分だけに押し付けるなと嘆く浜面も、『仕事』聞いた途端に目の色を変えた。
それを察した垣根は少し声のトーンを落として続ける。



垣根「……リーダー直々だ。俺が解決しろってよ」

浜面「一人でか?」

垣根「ああ。敵の正体は大凡見当付いてるけど、一筋縄じゃいかねぇなこりゃ」

浜面「しょうがねえな、判ったよ。……一応、誰なのか聞いていいか?」

垣根「……」



まぶたを閉じる。
先程、上条との会話を反芻。








———おそらく、







垣根「俺も情報でしか知らねぇから、実際に見たことは無い」






———こんな芸当が出来る人間は俺が知る中でただ一人、







垣根「物理的戦闘力が無いのに、それでも圧倒的実力を持つ level5」







———学園都市第五位、『心理掌握』っていう能力者。名前は、








垣根「食蜂操祈。精神系最強の能力を持つ、常盤台中学の女さ」

投下しゅーりょーです

さて、投下します




垣根「……とは言ったものの、動きようがねぇな」



人波を外れて公園へ。騒然とした状態から、些か静かな場所に。
今までの経緯を考えて、二回とも人込みの中で行われている。
一回目は目的の人物であろう自分へ。二回目は身内の人間に対象を向けた。
未だ諦めていないのならば、次も必ず仕掛けて来るはず。

それを逆手に取り、一回目や二回目の時の条件が無い場合は如何なる手段を講じるか?

わざわざ自分を不利な状況に持って行く彼の行動理念。
これは作戦を練り立てた訳でも、効率を計算した訳でもない。


ただ単に“遊び心”。

好奇心に駆られた、怖いもの知らずの典型。
結局、彼にとっては一時の戯れでしかないのだ。
「一筋縄じゃいかない」と垣根は言った。
嘘ではない。この発言に関して嘘偽り無き事実。
しかし、“その程度”でしかない。

常盤台だろうが。
精神系最強だろうが。
学園都市第五位だろうが。

垣根帝督を前にして、どれもこれもが児戯に等しい。



垣根(あっちの狙いが俺なら、ターゲットが一人になった時、何かしらのアクションが起こってもオカシくはねぇんだが……)



広場に出た所で、辺りに注意を払う。
特に違和感は感じられず、至って普通だ。
それは、今まで散々学園都市の裏側の道を辿り、感性も体も完全に染み付いた『プロ』の目から見ても。



垣根「まさかとは思うが、『素人』相手って訳じゃねぇだろうな?」



薄く笑う。冗談であるから口にする。
思ってもいない事を言ってしまうのが人間という生物。
発する事で気を紛らわせたり、何からの反応を待ってたりするものだ。
彼の場合だと、後者なのは明らかだ。




垣根「反応は無し、か……。オイオイ、こりゃ案外と期待はずれも免れない気がするぞ」

「何がですか?」

垣根「俺が全力を出す間もなく、つまんねぇ結果に終わりそうだっつってんだよ」

「なるほど。流石、三枚目エセホストは伊達じゃないんですね」

垣根「誰がエセホストじゃコラ……って」



あまりにもナチュラルに会話に参加していたので、気が付くのに時間が掛かってしまった。

自分は誰と喋ってるんだ? と。

垣根もつい普段のノリでツッコミを入れながら振り返り、初めて認識する。






00001号「どうも、お久しぶりですね。とミサカはほくそ笑みます」






第三位の軍事クローン体、『妹達』の一人がそこに居た。




垣根「テメェ……第一位んとこのガキか」



彼は嫌そうに眉を顰める。

決して友好的では無い態度に彼女は不満を露わに。



00001号「あらあら。出会い頭早々、ぞんざいな扱いですね。と肩を竦めます」



でも、彼女の悪戯を覚えたような笑みは今も健在らしい。
一方通行と共に過ごす事で引き出された個性は、現在進行形で伸び続けているようだ。

……一方通行や垣根帝督にとったら、自分へ被害がこうむるから迷惑極まりない話だが。
だからといって、『妹達』の成長は喜ばしい事なので嬉しくないはずが無いだろう。

素直に喜べないところがネック。



00001号「それにしても、『ガキ』と呼ばれるのは些か抵抗がありますね」

垣根「……ほぅ? じゃあずっとガキと呼んでや———」

00001号「と言われるのは目に見えてたので、端から期待していないのでご安心を」

垣根「……そうかよ」



磨きがかかっている気がするのは思い過ごしだろうか?




00001号「ただまぁ、上位個体と被っているので面倒くさくはあります」

垣根「へーへー、判ったから用があんなら済ませてくれ。無いならとっとと失せろ。
   大体、何でテメェがこんな所を彷徨いてんだよ。入院中じゃなかったのか?」

00001号「いえ、他意はありません。運動を兼ねての散歩と言った感じです。とミサカは素直に目的を吐露します」

垣根「第一位は付いて来させなかったのかよ? 周りを見る限りいねぇようだが」

00001号「もちろん誘いましたよ? 優しいミサカは上位個体も誘ってやりました。ですがあの人は、面倒だの怠いだのと駄々をこねましてね」



やれやれ、と溜息を吐いた。
色々とツッコミ所が満載だが、まるで子を持つ母親のような発言である。

しかし、その有様は誰から見ても拗ねていた。



00001号「するとどうでしょう? 挙げ句の果てに上位個体すら行かないと。結局、一人で散歩な訳ですよ。とミサカは呆れます」

垣根「だったら中止にすれば良い話じゃん。わざわざ無理してまで来る必要あんのかよ?」

00001号「……外出許可が今日しか下りなかったんです。それくらい察して下さい」



もう完全にいじけていた。




00001号「まぁ、今となっては別にいいんですけどね。オモチャも手に入れましたし」

垣根「……オイ?」

00001号「今更だと思いますが、立ち話もなんですし、あちらのベンチでのんびりとどうですか?」



返事も聞かず、彼女はスタスタとベンチに歩いていく。
垣根は小さく溜息を吐き、肩を落とす。



垣根「忙しいっていうのに、俺の話をまったく聞いてねぇなアイツ……」



だから苦手なんだ、と言わんばかりに愚痴をこぼす垣根。
でも、何だかんだで話に付き合ってあげるのだから、言動が不一致している。

優しさ。彼が覚えた情の一つ。
以前ならば優しさや甘さなど撥ね除け、鼻で笑う側の人間だった。
執念だけで自分は動かされていたはず。



垣根(のんびり、ね……。昔の俺からすれば一蹴されちまう言葉かもな)




足を運ばせながら、彼は思いふける。
今でも時々、振り返ってしまう自分が居る。

あの頃の“俺”と、現在の“俺”。

後悔をするつもりは無い。
今の自分になれた事を。
上条当麻という人間に出会った事を。

そして何より———執念だけは決して消えない。



垣根(……はっ、人のこと言えねぇな。アイツと劣らず勝らず、といった所かよ)



一人で勝手に思いふける癖。
どこかの誰かさんと同類である。

腑に落ちない。
けど、判っていた事実。

『アイツ』と自分自身は常に背中を合わせている。
二人の隙間に間隔も、鏡すら要らない。

だからこそ自分には誰にも譲れないプライドがある。
『アイツ』に対してだけの劣等感がある。



00001号「何やら険しい顔をしていますね。イケメンが台無しですよ。まあ、爽やかでも胡散臭いだけですが」



ベンチに座るやいなや、見透かしたような事を言ってきた。
後半の発言に関しては無視。乗ったら踊らされるのが目に見えてるからだ。


上条によく「お前は顔に出る」と言われたが、こんな少女に悟られるほどなのだろうか?
何事も楽しむことから入るようになってから、顔に出やすくなったのかもしれない。



垣根「別に何でもねーよ。テメェには関係のない事だ」

00001号「……ふふっ。あの人と同じことを言うのですね」



ぎこちない笑顔を向けた。
対照的に垣根帝督は驚愕を露わにする。
反面、驚愕の中で妙に納得もする。

彼女が言う「あの人」なんて、一人しか居ない。
先ほどまで思考で浮かべていた人物。
そいつと同じ? フザケるな。反吐が出る。

けど、実際アイツは俺と同じ事を言って、きっと俺と同じ事を思っているに違いない。




00001号「言い回しこそ違うものの、あの人と同じ顔すらしていますよ?」



クスクス、と彼女は笑う。
垣根は何か言おうにも言葉が見つからず、黙ったまま目を逸らすだけ。

意に介していないのか、00001号はポツリと話し出す。



00001号「隠し事や悩み事、というのは話しにくいものです。今まで表側で過ごしていたのに、自分の裏側を人に晒すことと同義なのですから」



虚ろな瞳が、優しく見えて。
話す一言一言が、穏やかに包まれて。



00001号「積み重なった様々な感情が胸の奥底に隠されていて、意志に反するソレは日を増す度に膨らんでいくんです」



思わず……動けなくて。



00001号「ソレを話すのは、やはり些か憚ってしまうほど“大きな物”なんだとミサカは思います。
    ……ミサカも、前までそうでしたから。とミサカはあの時を振り返ります」



……目を離せなくて。



00001号「……元々『感情』のプログラムをインストールされてないミサカがこんなことを説くのも、変な話ですけどね」



自嘲気味に笑い、肩を竦ませた。

けれど、全てを包み込むような優しさは消えない。……が、



00001号「どうですか? ミサカの印象変わりました? とミサカはニヤニヤしながら問い掛けます」

垣根「ああ。それさえなけりゃな」



彼は小さく溜息を吐き、再び肩を落とす。
やっぱりこの小娘は扱いづらい。
短時間でこんだけ疲れるのに、アイツはよくずっと居られると思う。そこだけは心底尊敬してやる。



垣根「……一つ、聞いてもいいか?」



視線は下を向いたまま、躊躇いながらも問う。

目を合わせてはくれないが、彼女は垣根の瞳を見つめる。
すぐに優しい笑みを浮かべて、



00001号「ミサカが答えれる範囲でしたら」



沈黙が訪れる。
彼の決心がつく、ほんの僅かな時間。

たった数秒間だけの静かな時間は、何時間も囚われた感覚に襲われる。











垣根「———この街は、好きか?」










虚を衝かれたように驚くが、それも一瞬。









00001号「はい。好きですよ」









迷いも見せず、彼女は答える。




00001号「この街には、色々経験を得ることが出来ました。初めての体験を沢山してきました。
    実験当初、窓も無い施設内生活だったミサカにとって、『外の世界』は声にならなかったのを今でも鮮明に覚えています」



周りが鉄の壁で覆われた世界しか、「妹達」は見た事が無い。
どんなモノか知識はあるが、実際に見て、地肌で感じた事が無い。

だからこそ、初めて外へ連れてってもらった時は衝撃を受けた。



00001号「街の香りが鼻を刺激して胸を満たし、一様でない風が髪をなぶって身体を吹き抜けていって、日差しが肌に降り注ぎ……頬が熱を持つのが感じられました」



風にも音があり、水にも肌触りがある。
しかもそれらは場所によって、微かに違ってくるのだ。

普段、当たり前に感じてるが故に気付けない。






00001号「世界とは……こんなにも眩しいものだと、実感したのを覚えています」




如何に自分が醜くて、歪な存在かをチェックされているみたいだ。
穢れ、澱み、濁りきったか。もはや元に戻る事も不可能な色に染まってしまった自分。

例え学園都市が産み出した造り物だとしても、目の前の彼女がどれだけ人間らしいか。
そして学園都市の闇に浸って戻れなくなった、こんな自分がどんなに……っ。



00001号「それにこの街には、あの人が居ます。ミサカの為に行動を起こし、身を挺して護ってくれた人達が居ます。
    確かに学園都市にも汚い面もあります。ですが、ミサカにとって大切な人達が居る街を嫌いになれるはずがありません。とミサカは断言します」



確固たる信用。
垣根も居ない訳では無い。

なのに何故、彼女はとてもまばゆい存在に見える?
疑う事を知らないから、そう目が錯覚をしてるだけなのか。
それとも……ただ自分が愚かなだけなのか。



00001号「ふふっ。どうやらあなたはあの人とは違ったタイプの人のようですが、本質的に似ているのですね。とミサカは確信めいたことを明言します」

垣根「……チッ、やっぱテメェはイラつくガキだぜ。何もかも見透かしたような物言いをしやがる。
   ああそうさ。歩む道は異なっちゃいるが、俺と“第一位”は同じだ。忌々しい事にな」



心の底から思う。
よりにもよって第一位か、と。


しかしドコか否定できない部分があった。
運命と言えば簡単に済む。
……蟠りが残るのは気のせいではない。

結局、一方通行も垣根帝督も変わらないのだ。
それは双方ともども感付いている。
過去の出来事を後悔する事も、忘れたりする事も絶対に無い。
復讐に囚われる第一位と、執念に囚われる第二位。




———どんな理由や言葉を並べても、自分を守りたいだけのクソッタレだ。




垣根「語るつもりはねぇぞ?」

00001号「えぇ。構いません。聞くつもりも無いので。そもそもミサカはあの人で手一杯ですから」



00001号は言う。垣根の癇に障る事を。




垣根「……」



彼はスッと立ち上がり、歩き出す。



00001号「行くのですか? とミサカは尋ねます」



背を向ける垣根に。
今度は引き止めない。

座ったまま、試すように聞くだけ。



垣根「あぁ。俺は俺なりに考えて行動をする。目的を果たす為なら俺の固執すら棄ててやる」



それは、彼自身のプライドの犠牲を躊躇わない宣言。
決して譲りはしなかった垣根の誇り。






垣根「———だからテメェなんざに棄てる物は、これっぽっちねぇんだよ」






今、ここで犠牲にするつもりはないと。
タイミングは弁えているから、口を出すなと。




00001号「……本当に、不器用ですね。あなたも」



乱暴な言葉で伝えてきた彼に対し、思わずクスッと一笑。
とことんそっくりなのだ。考えも言動も。


違うのは能力、容姿、それと“割り切れるか”。


頭の回転が随分と早いため、より迅速な適宜の方法を見出す事が可能。
手段の一つとして、「身を削ってでも手に入れたい物は必ず掴んでみせる」という精神力を持ち合わせている。
要するに一方通行が心のドコかで割り切れない窮地に陥っても、垣根帝督は割り切って勝利を掴む。

背中合わせ。お互いが同じ方向を向く事は無い。
昔も今も。変わらない。これからも。




垣根「……ん、電話か」



着信メロディで判別はついた。
そもそもメールだとサイレントモードにしてあるので、鳴るはず無い。
液晶画面を見た途端、垣根は眉間にシワを寄せた。



———着信、一方通行。



偶然にしても悪戯の度合いが過ぎる。
まさか意中の相手から電話が掛かってくるなんて、誰が予想したか。

ピッと通話ボタンを押すと、



垣根「ただいま学園都市第二位垣根帝督はご都合により電話を出る事が出来ません。さっさと通話を切りやがれクソモヤシ」

一方『どォせやるンなら最後まで頑張れよ。途中から絶対面倒くさくなっただろ?』

垣根「電話の相手がテメェだと考えたら腹が立ってきてよ、勘弁勘弁」

一方『……そっちによォ』



どうやら強行突破に入るようだ。
呆れている様子が目に見えた。




一方『ガキがお世話になってンだろ?』

垣根「あぁ、過保護でご苦労様って言えばいいのか?」

一方『ブチ殺すぞバカキネ』



その時、電話越しに幼い少女の甲高い声が響く。
悩まなくても容易に誰か判る。一緒に居た打ち止めだろう。

しばらくドタバタした後、



『はーいっ! お電話代わりましたーっ! ってミサカはミサカは元気にご挨拶!』

垣根「よぉ、打ち止め。久しぶりじゃねぇか」



八月三一日。
あの事件以来、会っていない。
何しろ第一位が入院中で付きっきりだから会いようもないのだが。



垣根「第一位も言ってたけど、何かあったのかよ?」

打ち止め『うーん、ちょっとね。そっちに00001号居たでしょ? ってミサカはミサカは再確認してみたり』

垣根「ミサカネットークっつったっけ? それで把握済みなんだろ? だったら俺に聞かなくても……」



足を止めて、ベンチへ振り返ろうと踵を返す。
……が、言葉が続かなくなった。

目前の現実を突き付けられた衝撃に、彼の思考は止まった。
だが虚しくも、電話の声は続く。



























打ち止め『今さっき、00001号からミサカネットークの遮断を感じたんだけど知らない? ってミサカはミサカは聞いてみたり』




ベンチに彼女は……居なかった。
あったのは転がったゴーグルだけ。






———そう、『妹達』が常に頭に掛けていた物。






打ち止め『あれ? どうしたの? ってミサカは———』



ブツッと通話を切ると、駆け寄ってゴーグルを拾う。

垣根は不敵な笑みを浮かべるが、ゴーグルを持つ手は震えていた。



垣根「……チッ、そういやぁそうだったなクソッタレ」



瞳に宿るのは確かな怒り。



垣根「テメェらはそういう手口を軽々しく使うんだよな……!!」



彼女のぎごちない微笑みを反芻する。









垣根「食蜂操祈……ムカついたぜこの野郎」



投下しゅーりょーです

さて、投下します




垣根は改めて考察する。
腹が立つほどにムカついたのは事実だが、何よりも冷静であれとの教えは上条当麻。
分析をしよう。相手は常盤台の第五位。
問題は順位ではない。『常盤台』だ。

こんな時に限って自分はLEVEL5の情報が少ない。
他の情報ばかりが頭に入っている。



垣根(……七人全員で仲良しこよしなんざ、馬鹿らしい光景だけどな)



唯一知ってるとしたら、一方通行や御坂美琴、麦野沈利ぐらい。
三人以外のLEVEL5に関しては基本情報程度。
第五位なんて中途半端な数字、興味すら持った事が無かったのだから。
言っても、麦野沈利は暗部関係。御坂美琴は上条関係で知り得たに過ぎないのだが。



話を戻そう。閑話休題。




垣根(長点上機ならお忍びで混じってても、上手く溶け込んで情報収集ぐらい容易いんだがなー……)



常盤台中学。学舎の園を形成する学校の一つ。



垣根(女子校ってのがネックか。まさか女装して調査する訳にもいかねぇし)



そんな恥曝し行為、頼まれてもやりたくない。
例えリーダーからの仕事だとしても。

避ける為には、情報収集が第一。
要は食蜂操祈に関する情報が集まればいい話。
おもむろに携帯へ手を伸ばす。



垣根(『バンク』で調べても載ってるのはプロフィール……それじゃ意味がねぇ)



知りたいのはそんなモノではない。
彼が求めてるモノは身形や性格もあるが、片鱗でしかない。
最重点は食蜂操祈を取り巻く『周り』。


竹を割ったようなサッパリとした性格の御坂美琴と違って、完全にお嬢様であろう人物。
噂によれば、常盤台には力関係があって派閥が存在すると聞く。
そこのトップが食蜂操祈だとも。



垣根(だったらこれから起こる問題も自ずと見える。その対策を練るためにも、まずは敵勢力を大凡でも把握しとかねぇとな)



彼は携帯をそっと耳に当て、



垣根「よっ! さっきは勝手に切っちまって悪ぃな」

一方『別に気にしてねェよ。それより用はなンだ? こちとら誰かさンの尻拭いをどォ済ませよォか考えてたンですけどォ?』

垣根「その事なんだけどよ、俺に任せてくれねぇか?」

一方『……あン?』

垣根「今回の件はテメェの言う通り俺の責任。だから俺が片を付ける」

一方『保障は』

垣根「俺に常識は通用しねぇ」



電話越しで聞こえるほど、一方通行は溜息を吐く。




一方『……わァったよ。この件はオマエに任せてやる』

垣根「お? 随分と素直じゃ———」

一方『但し、あのガキに傷一つ負わせたら、ただじゃ済まさねェと思え』

垣根「……なるほどな。オーケー、任せとけ。その代わり、安全に救出する為にも第一位、気に食わねぇけど出来る限り協力しろよ?」

一方『ンな面倒な言い回しをわざわざご丁寧に言うってこたァ、端から俺の意見なンざ求めてねェだろォが。……要求を言え』

垣根「側に居る打ち止めのミサカネットワークを使ってだな———」




———————————————




食蜂操祈はとある一室に居た。
今は使われていないオフィスだ。
仕事の機材は全て撤去されており、あるのは大量の事務机と椅子だけである。

彼女は、人で溢れる街中を見渡せれるほど高くそびえるビルの窓から、下を覗いていた。



食蜂「こんな事で本当に来るのかしらねぇ……」



髪の毛先を指で弄ぶ彼女。
暇なのか、それとも単なる癖なのか。
顔色から窺えるのは不安や心配というより、疑問といった感じ。
言葉とは裏腹に全く困った様子が見られないのが、何よりの証拠だろう。

彼女の周りにいつもの取り巻きは居ない。
まずこの部屋には食蜂操祈を含み、『二人』しか存在していない。























「来るわよ、必ず。あの人はどうやら変わったみたいだから」


















———ココに居るもう一人の人間、女は食蜂の独り言に返答するように言った。


女は椅子に座らず、食蜂に背中を向け、事務机に腰を下ろす。
真剣に話す内容だと感じて無いからか、女の意識は携帯へと注がれていた。
何となく聞こえた呟きに対して、淡白に嘘偽りなく答えただけの事。
女にとっての優先順位は携帯の方が上。第五位なんて取るに足らないのだ。

意外にも、食蜂操祈はその対応に興味を示した。
彼女は向き直って挑発気味に、



食蜂「……ふぅん? 一応、嘘じゃないようね。たったそれだけの理由で、そこまで根拠が出るのは不思議で理解し難いけどぉ」

「また勝手に覗き? 別に構わないけど、程々にしなさいよ。でなきゃ、その内あなた友達無くすわよ?」

食蜂「そ、それとこれとは関係ないでしょ! ふ、ふん! 何よ、いいじゃない覗くぐらい。疚しい考えをしてる方がイケないんだゾ☆」

「素直に“癖なんです”って一言程度、お詫びを入れればいいのに」

食蜂「さっきから何よもーっ! 文句でもあるのかしらぁ!?」

「何も。ただ、不器用ねとは思うけど」



女の態度は変わらない。
一辺倒に接するだけである。


対する食蜂はどうも不満だったらしく、頬を膨らませて、



食蜂「……あなたと喋ってると調子狂っちゃうわ。久しぶりよ、こんなに苦手な相手と話すの」

「あら、意外ね。あなたでも苦手な人と話した事ってあるんだ。あなたの事だろうから、勝手に心を覗いて、自分の反りに合わないと思った人とは拒絶するものだと」

食蜂「基本的に私の周りには居ないわぁ。居たとしても心から尊敬している人間か、心の内に黒い部分を隠し持って近付いて来る人間だけね」



その『黒い部分』という抽象的な表現が、ドコまでを指すのか。
“第五位”の地位に目が眩んだ者も居ただろう。
“心理掌握”の能力そのものを利用しようとする者も居ただろう。

常日頃から、人の『裏』を見てきた食蜂。
それは想像を絶するものに違いない。



食蜂「まぁ……だからあなたのような、“闇”を抱えてる割に私に対しての黒い部分がない人は、すっごく珍しいんだゾ☆」

「そう」



女は一向にこちらを向こうとしない。
ずっと携帯へ意識は集中している。


無許可に記憶をさかのぼって『暗部』の事を口走ったのに、この反応。
揺する程度の目的だった為、全てをじっくりとは見ていないが、だとしても不都合な情報だってあるはず。
……にも拘わらず、目の前の女はたった一言で切り捨てる始末。

そんな無関心の女に、食蜂はがっくりと肩を落とした。



食蜂「……本当、ここまでになると改竄もする気が起きないわぁ」

「今の状況で私を操っても、何の特にもならないでしょうに。それならあなたの周りに居る人達の方が勝手が良いと思うけど?」

食蜂「それもそうねぇ。お互い利害の一致の上で関係に過ぎないワケだし、改竄する必要もないしぃー」



まるで拗ねるような言い草に、女は鼻で溜息をつく。
パタンと携帯を閉じると、






「……そんなに気に食わないの?」


食蜂「ここまできたら逆に興味を持たせたくならないかしらぁ?」

「そっちじゃ無いわ」



事務机から降りて、体ごと振り返り、食蜂と目を合わす。
しかし女は続きを紡がなかった。
食蜂も話を促したりせず、じっと喋るのを待つ。

結果しばらくの間、妙な静寂が訪れる。

一触即発とは非常に言い難い。
緊張が走った空気とは違う……が、この部屋を今支配しているのは二人だ。
部外者が割って入る事は決して許されない。

そこで痺れを切らしたのが、食蜂だった。



食蜂「どうしたのよ? 話を続けないのかしら?」

「とぼけた事を……。あなた、また私の頭を覗いたのでしょう? だったら何が言いたいか判ってるはずじゃない?」

食蜂「……」

「さっき言ってたわね、苦手な相手と話すのは久しぶりって。私でこんなになんだから、“前の人”もさぞかし苦労したでしょうね」

食蜂「……はぁ。私の調子を狂わせた人は、これまで生きてきた人生の中で二人しか居ないわぁ。その内の一人はどうってことない、まだ何となかなるレベルよ」



あなたを含めれば三人だけど、ボソッと呟く。

彼女は至極つまらなそうに話す。
愚痴をこぼすかのように。
誰に言ったって仕方無いと判ってても、口にしてしまうように。























食蜂「———でも、もう一人は違う」



















明らかに、食蜂操祈の口調が変わった。




「だから少しでも関係がありそうな人に、聞いて回ってるのね」

食蜂「残念だけど今の標的さんは、一筋縄にいってくれそうにないけどぉー」

「当然よ。あなたよりランクが三つも上回る人なんだし」



それより、と食蜂は続け、



食蜂「捕らえて来たあの子に乱暴していないわよね?」

「あなたの言う通りにしてあるから安心して。嘘だと思うのなら能力で心を読んでご覧なさい」

食蜂「……そう」



女は体重移動をし、腕を組みながら、



「不満、といった様子ね?」

食蜂「私達の勝手な事情に巻き込ませたくないだけよ。この方法は私の中でも苦肉の策なんだゾ☆」

「あらいやだ、勝手に心を覗くような人が何を言ってるのよ」



食蜂は前のめりに舌を出す———俗に言う、あっかんべーをする。




「だから少しでも関係がありそうな人に、聞いて回ってるのね」

食蜂「残念だけど今の標的さんは、一筋縄にいってくれそうにないけどぉー」

「当然よ。あなたよりランクが三つも上回る人なんだし」



それより、と食蜂は続け、



食蜂「捕らえて来たあの子に乱暴していないわよね?」

「あなたの言う通りにしてあるから安心して。嘘だと思うのなら能力で心を読んでご覧なさい」

食蜂「……そう」



女は体重移動をし、腕を組みながら、



「不満、といった様子ね?」

食蜂「私達の勝手な事情に巻き込ませたくないだけよ。この方法は私の中でも苦肉の策なんだゾ☆」

「あらいやだ、勝手に心を覗くような人が何を言ってるのよ」



食蜂は前のめりに舌を出す———俗に言う、あっかんべーをする。




食蜂「もっと汚くて残酷な手を使ってる、あなたには言われたくないですよーっだ!」

「職業柄、そうしないと生きてけないの」



女は踵を返し、食蜂に背を向けた。



「少しだけ席を外すわ。あの人はまだ来ないと思うし」

食蜂「それでも、あなたの中では早い内にバレる設計なのね」

「あっさりバレるし、あっさりこの部屋まで到達される想定よ」

食蜂「信用してるのね。私からすれば到底想像がつかない考えだけど」

「でしょうね。人間不信なあなたには」

食蜂「な———ッ!? はぁーっ!? 誰が人間不……ッ!!」



反論する頃には、女は既にこの部屋から出ていた。
ポツンと一人になってしまった食蜂。
虚しくも誰にもブツケようが無い、何とも言えないやきもき感を発散出来ずに佇むだけ。



食蜂「……ッ、もぅ!」



投下しゅーりょーです


  殺 伐 と し た ス レ に 工 事 長 が ! ! 
           ミ\                      /彡
           ミ  \                   /  彡
            ミ  \               /  彡

             ミ   \            /   彡
              ミ   \         /   彡
               ミ    \      /   彡
                \    \   /   /
    ミ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\  |  |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄彡

     ミ____        \  |.  .| /        ____彡
           / ̄ ̄\|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i|/ ̄ ̄\

          /   / ̄|               || ̄\.   \
        /   /   |〕   カブトムシ    .||   ´\   \
       /    │   ..|              ||    |     \
     /    /│    |___________j|    |\.     \
     彡   /  │  ./..|   -—- 、__,        |ト、  | ´\    ミ
      彡/   │ ../ |   '叨¨ヽ   `ー-、  || \ |    \ ミ

            │ / ..|〕   ` ー    /叨¨)  ..||   \|     
    r、       |/   !         ヽ,     || \  \      ,、
     ) `ー''"´ ̄ ̄   / |    `ヽ.___´,      j.| ミ \   ̄` ー‐'´ (_
  とニ二ゝソ____/ 彡..|       `ニ´      i|  ミ |\____(、,二つ
             |  彡...|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i| ミ |
             \彡 |               .|| ミ/
                      |〕 常識は通用しねぇ  ||
                  |             ..||
                  |___________j|

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    ┗┛                    ┗┛    ┗┛        ┗┛

はい、投下します


最近まで学校の卒業制作に追い込まれていて、まったく手がつけられませんでした
なので随分と遅れてしまいました

申し訳ありません




うーん、と垣根帝督は困ったように頭を傾げる。
今の現状に対して、どうすればいいのか決め兼ねているのだ。
軽くあしらうべきなのか、それとも多少なりに付き合ってあげるべきなのか。
急いでいる事は間違い無い。早く00001号の救出に向かうべきだろう。

しかし、



姫神「……」

垣根「いや、なんだ、いい加減放してくんね?」

姫神「それは。出来ない相談」



腕を掴まれた状態で俺はどうすればいいんだ、と垣根は嘆く。


さっきまでこんな上条の身に起こりそうなイベントは無かったはずだ。
具体的に言うと、周りはシリアスな空気に包まれていたのだ。
展開の進み具合もこのまま順調に行けば、敵の本拠地ぐらい簡単に辿り着いていただろう。

なのに、何故、辺りはコミカルの雰囲気を出しているのか。
普通、立ち位置的に自分がそういう役目ではないのか。
緊張する場面をブチ壊し、緩和を提供する。それが垣根帝督のはず。
だが状況はどうだろう? むしろ提供されているような気がしてならない。



垣根「俺さぁ、どうしても外せない用事があるんだよ? そこんとこ判る? オーケー?」

姫神「……」

垣根「だから放してくれ、な?」

姫神「何度も言うけど。それは。出来ない相談」



このやりとりも、もはや何度目になるか覚えていない。
「何度も言うけど」というセリフをこっちが言ってやりたいほど。


そもそも、垣根帝督であろう者が何故、このような滑稽な状況に陥るのか。
ついさっきまでは何の変哲もなかった。
上記の通り、事態は順調に良い方向へ運ばれていたのだ。


一方通行と協力を経て、大体敵勢力の把握は出来た。
こういう時に専門的な能力所有者が近くに居るって素晴らしい! と実に思う。
有力な情報は充分集めたし、妨げとなる壁の突破も可能なようだ。
残るは居場所の特定と、どう切り込んでやろうかを考察するだけ。

……その時だった。見た事のある少女に腕を掴まれたのは。



姫神「一応。ちゃんとした理由はある」

垣根「あるのかよっ! 最初から言えよっ!」

姫神「畳み掛けられてたから。言うタイミングを逃したの」

垣根「俺が悪いの……いや、いい。一々ツッコミを入れてたら話が進まねぇ」



掴まれてる腕とは逆の手を額に当て、明らかに疲れきった溜息を吐いた。
クールダウンクールダウン、と自らを落ち着かせる作業に入る。
正直な事を言ってしまえば面倒くさくなってきただけなのだが、ココは口には出さずに心にしまっておこう。




姫神「彼。元気にしてる?」

垣根「彼? ……ああ、上条の事か?」



一瞬誰の事を指すのか読めなかったが、彼女と共通の人物は四人以外知らない。
ということは、必然的に誰の事なのかすぐ判った。
この娘も上条の毒牙にかかった一人である事に違いないのだ。



垣根「何だ、思うところでもあんのか?」

姫神「来たと思ったら。たちまち居なくなるから。しかも。日に日に欠席の方が多くなってる事実」

垣根「……あー」



否定出来ないから困った。
何と答えたら判らず、とりあえずおざなりの言葉を発しただけに過ぎない。


意中である上条当麻は現在、多忙に追われている。
暗部方面の仕事でではない。
“もう一つの世界”での方でだ。
詳しい事情は知らないが、どうやら世界には科学とは別物の『もう一つの法則』が存在するらしい。
かく言う垣根も、実際にこの目で確認済みである。
学園都市の者からすれば考えられない不可思議な現象、能力。
それは第二位の自分ですら驚嘆し、常識を超越した者達ばかりだった。

上条当麻はそっち方面で忙しい故に、学業どころか出席すらままならない状態なのかもしれない。



垣根(“巻き込まれる立場”のリーダーからしたら、遣る瀬ねぇよなぁ……)



上条自身がその事を気にしているか気にしていないかは別として、だ。


それより、彼は今“巻き込まれる立場”と言った。
不幸体質が起因なのかどうかは定かではないが、その実、『あちら側』に関して上条から問題を立ち入ったケースは無い。
全部の事件を目撃した訳ではないので強く言えないけれど、第三者の垣根から見れば、上条の意思は尊重されないまま巻き込まれているようにしか見えないのだ。



垣根(頼まれたら断れない性格してっからなー……。そうじゃなくても自分から突っ込んでいく性分なのによ)



垣根帝督は更に奥深く推測する。
元々あのガキ……インデックスに関しても、上条との接触そのものが上層部の目論見に違いない、と確信している。
学園都市の統括理事長、アレイスターが計画する『プラン』の過程だと言っても過言ではない。





———とするのなら、




垣根「……」

姫神「何を。悩んでいるの?」

垣根「……ん、いや、ちょっと思い当たる節がねぇか考えてただけだ」



これ以上はよそう。
どれだけ推察を繰り返しても、事実は曖昧なまま。
考え過ぎなだけかもしれないし、今すべき事でもない。

だけど、そんな不明瞭な事柄ばかりの中でも、一つだけ明言出来る事実がある。






垣根「ほんっと……下らねぇよ」






———この世界のクソッタレな神様は、決して『俺達』に微笑みを向けてはくれない。




ただ、それだけのこと。




姫神「……あなたも。同じなのね」



ポツリと、彼女はつぶやく。
表情を変えず、口調も変えず。

たった一言に過ぎない言葉なのに……何故だろう、垣根帝督はとてつもない引っ掛かりを感じた。
しかし、その違和感を彼女にブツケる間もないまま、






「姫神ちゃあん。ま、待って下さいよー……」






目の前から隣に並ぶ少女の知り合いとは到底思えない、チアガールの格好をしたロリロリな少女が走ってきたではないか。




垣根(いやいや待て待て、勝手に決め付けんのは良くねぇな。うん、オーケー。もしかしたら『置き去り』のガキで偶々知り合ったのかもしれないじゃないか! そうだよ、こんな簡単な答えにたどり着けないなんて俺ってやつぁ修行が足りねぇなーっ!)

姫神「小萌先生。タバコ控えた方がいいんじゃない?」

小萌「せ、先生から一つの休息を奪う気ですかーっ!?」



ガラガラガラーッ!! と、必死に作った壁が崩れる音がした。
自身でさえピシッと石像のように固まる感覚に襲われる。

どうしてだろうか、コミカルな空気が一層増した気がする。



小萌「それより姫神ちゃん、こちらの方は誰なのですか?」

姫神「ある店で知り合った三流ホスト」

垣根「オイコラ、初対面の人にマイナスしか与えねぇ紹介方すんな」

姫神「あながち間違ってはいないはず」

垣根「いーや、大いに間違ってる。この俺が三流のはずがねぇ」

姫神「……そういう発言が駄目だと。何故気付かない」




うんうん、と小萌は感心したように何度も頷き、



小萌「なるほどー、悪い人ではなさそうですね! 姫神ちゃんのお友達ということは、上条ちゃんのお友達でもあるのですか?」

姫神「もともと。彼を通じての知り合いだから」

垣根「あ、あのさ? 一つ聞きにくい事を聞いてもいいか?」

小萌「はいです?」

姫神「?」



彼は苦笑いを浮かべながら問う。
これだけはハッキリさせたい事情があったのだ。

ピッと小萌を指差して、






垣根「これは本当に人間……いや、先生なのか?」


小萌「ちょおおおおおっと待つのですよッ!! 今! 聞き捨てにならないことを言おうとしたのですよ!? いや、言い換えてもかなり失礼なのです!」

姫神「ふむ。最初は誰しも疑問を覚える事柄。不思議ではない」

小萌「姫神ちゃんまで!? しかも何やらノリノリなのですっ!!!?」

姫神「でも。残念ながら先生なのは事実」

小萌「ガーンッ!? 残念!? 姫神ちゃん、残念ってどういうことですかぁっ!」

垣根「なにぃ……っ!? 上層部は遂に不老不死実験なんて馬鹿げた事を始めやがったのかッ!」

小萌「ち・が・う・の・で・すーっっ!!!!」



顔を真っ赤にしてとうとう怒り出した小萌は、怒りを表すように両手を空へ突き出した。
しかしその行為がマズかった。小萌の手には自販機で買ってきたであろう、紙コップのジュースがあったからだ。
当然、中身はまだ飲み干しておらず結構な量が残っている。

故に———中身のジュースがブチまけられた。



姫神「……っ!」

小萌「わっ!?」

「きゃっ!?」



被害は彼女達だけに止まらず、たまたま通りかかった通行人をも巻き込む事態に。
ちなみに言うと姫神は被害をこうむったにも拘わらず、腕を掴まれた状態の垣根は無事だった。
理由? 彼に聞くだけ無駄である。




姫神「小萌先生。よくもやってくれた」

小萌「ご、ごめんなさいなのですよ! でも先生もびしょ濡れですからおあいこなのです! あ、そっちの人は大丈夫なのですか?」



びしょ濡れチア教師こと小萌は金髪碧眼の外国人の女性を見上げて、心配そうに尋ねた。
女性は少し間を置くと、にっこり微笑みを浮かべて、



「ええ、お姉さんは平気。それより、そちらの方が心配かな? そのまま表通りを歩くには、少々刺激的な格好になっているんじゃないかしら」

小萌「あっ! 姫神ちゃんが濡れ濡れの透け透けになってるのです!」

姫神「小萌先生も。胸の辺りが尖ってるけど。それより。何であなたは無害なの?」

垣根「修行が足んねぇんだよ修行が」



適当に返しつつ、垣根は外国人の女性を一瞥。
日本の女性からは考えられないほど肌が露出した服装。一歩間違えれば色んな所が見えそうだ。
男子高校生からすればウッハウハだろう。

だけど彼の観点は違った。
『服装』に引っ掛かりを感じたのだ。







———…………ですよ。






そう、誰かが言っていた気がする。






———この……意味合いが……すよ。






それも同じような服装の人間が。






垣根(……あの露出癖があるサムライガールのはず。確か……)






———この格好は魔術的な意味合いが含まれているんですよ。




垣根「ッ!!」



彼の中で何かが繋がった。

と次の瞬間、微笑みを浮かべていた金髪碧眼の女性が血相を変えたように豹変する。
その『目』は普通に暮らす人間がするモノではない。
土御門元春や神裂火織……人を殺す技術で幾多にも及ぶ“場”を潜り抜けてきた者の『目』。

女性の視線の先、何故か隣に並ぶ姫神へと向かれている。
慌てて垣根は視線を追う。姫神の胸元……と言うより、首から垂れ下がるように掛けられたアクセサリー。

十字架のネックレス。いや、こう言えば判りやすいだろうか。












———イギリス清教、『必要悪の教会(ネセサリウス)』が彼女に与えたケルト十字。


この十字架がもたらす効力がどのようなモノで、十字架の意味は当面理解が出来ない。
自分は科学の人間であって、『あちら側』の知識はほとんど無に等しいのだ。
しかし、そんな彼でも一つだけ判ることがある。

この女性は『あちら側』の人間だ。



垣根(マズい……ッ!!)



しかし思考が明確になる時には、事態は無残なことにも進んでいくらしい。

少し目を離した隙に彼女はドコからともなく、細い金属のリングで束ねられた単語帳を取り出していた。
そのページの一枚を歯でくわえる直前。
彼の視界に映る全てが、スローになっていく。

何をするのかなんて垣根には理解出来ない。
能力として考えていいのなら、幾らでも候補は挙がる。
けれど、別の法則で生まれた現象は例え第二位と言えど……。






垣根(———いや)






だからどうした? と垣根帝督は今までの思考を払拭する。




この俺を誰だと思っている?

俺を差し置いて何をしてやがる?

誰の居る前で血を流すつもりだ?

無関係の人間を———『光』の道を往く人間に手を出させると思ってんのか?




気付けば、体は勝手に動いていた。
僅か数メートルの距離だ。
彼が本気を出したら一秒にも満たない時間で到達するだろう。
……逆に考えれば、垣根帝督は今、本気を出すほど頭にきている証拠。

本気で能力を使えば自分が第二位であると、他の二人にバレてしまう。
姫神には黙っていたので少し残念だが、致し方がない。
もはや今となっては隠すつもりも更々無い。

大体、今そんなちっぽけな戯れは、



垣根(———狗にでも喰わせとけばいい)



意志は力となり、力は全身に渡っていく。
彼の背中からは美しく輝きを放つ、白い翼が六枚。
圧倒的な戦闘力で、他の能力者とは別次元で、この学園都市に君臨する唯一無二の超能力者。

そして速度は———音速を越える!




「ッ!?」



くわえた途端、紙が一枚の翼によって両断された。
まだ止まらない。音速を越えた事により、余波が生じたのだ。
地面を砕き、衝撃波が女性を襲う。



「くっ……!」



およそ数メートル吹き飛ばされた女性だが、華麗なる受け身でダメージを軽減。
片膝付いた体勢で垣根を睨む。いつでも戦闘が行えるようにだろうか、片手には単語帳が握りしめられている。

そして彼は確信した。目の前に居る女性は『あちら側』の人間だと。



垣根「ムカつくな」



いつもの不敵な笑みは無い。
彼から感じるのは第二位という絶対的な存在感と、ただならぬ殺気。
余裕と油断を消した、『仕事』時によく見られる光景だ。




垣根「どんな理由があんのか知ったこっちゃねぇが、俺のツレに手を出すその根性は気に喰わないな。お姉さんよお?」

「……坊やは、その子のお知り合いなの?」



どことなく余裕の無い笑みを浮かべた。額から滴る汗がいい証拠か。
対する垣根は変わらない様子で、



垣根「知り合いも何も、世間一般的に“お友達”という間柄なんでな。こんな身形の俺に隔てなく話し掛けてくれる、数少ねぇ人間っつーワケ」

「……そう。だとしたらごめんなさい。坊やには悪いことをしたわねぇ。代わりに一つ質問を———」

垣根「俺達は『そっち側』じゃねぇよ」



遮るように言葉を発せられた。
まったく変わらないトーンで突き付けた。

女性はあまりにも突然の事で一瞬、垣根が何を言ってるのか判らない状態に陥る。
様子を見かねたのか、彼は更に強い口調で、



垣根「判んねぇか? 俺らは学園都市の人間で、テメェみたいな『そっち側』の人間じゃねぇってことだ」

「———っ!!」



目を見開いた。驚いているのだろう。

当然だ。科学側の人間が、まさか魔術を認識してるなど一体誰が予想する。
しかし今の垣根にとって、相手の事情なんてのはどうでもいい。



垣根「おとなしく引き下がれ。だったら見逃してやる。俺はコイツらの前で血を流させるなんざ、二流のやり方を晒したくねぇんだ」



六枚の翼が輝きを増す。
これ以上、妙なマネをしたら許さねぇぞ? と。

明確な威嚇攻撃と、宣戦布告であった。
気付いていないが実はここで失態を犯していた。
彼は世界情勢の事を詳しく知らない。
故に———もし激突し合えば、垣根帝督の名が『魔術側』に広がってしまう事も知らない。

それは戦争へ繋がり、勃発するのもありえるということ。



「……」



だけど、どうやら女性の方が頭が切れたらしい。
微かに躊躇う顔を浮かべたが、踵を返して走り去っていく。



垣根「……」



見えなくなるまで、彼は警戒を崩さなかった。
姿も消え失せ、完全に安全と見極めた所で背中の六枚の翼は霧散する。
顔色も元の色に戻りつつあった。




垣根「ふぅ……。まっさかこんな事になる———」

小萌「こらーっ!」

垣根「うおぉっ!? な、なんだよビックリさせんじゃねぇよっ」

小萌「なんだよじゃないのです! 見ず知らずの人になにをしているのですかっ! 何があったか先生は知りませんが、突然暴力を振るうなんて駄目なのです!」

垣根「はぁ!? 人がせっかく助けてやったってのに、まるで俺が悪いみたいじゃねぇか!」

小萌「たとえどんな訳があっても、先生の目の前で暴力しようとするのは駄目です!!」

垣根「おーおー? 自分では先生とか大きく突っ張ってっけど、考えてる事は見た目同様、単細胞だなチビロリが」

小萌「な……っ!? 先生は本当に先生なのですよっ! まだ信じてもらえなかったんですか!?」

垣根「初見で信じろと言う方が難しいだろうがっ!! 考えてもみやがれ、見た目小学一年生で通るヤツが“私は先生ですー”なんて馬鹿げたこと言ってんだぞ!! それも初対面で!」

姫神「……」



ああ言えばこう言うとは今の現状を指すのだろう、と。
遠巻きに見つめる姫神秋沙は、ぼんやりとそんな事を考えていた。

「我。関せず」とでも言うように二人の口論に割って入るつもりは無いようだ。
第一、あの調子ならばそう時間も経たないうちに巻き込まれる事ぐらい、想定範囲内である。

それよりも、びしょ濡れなので早く着替えたいのが心情だったりする。
このままだと風邪を引いてしまうし、何より恥ずかしい。



姫神「……」



ふと、視線を落とした際に胸元の十字架が目に入った。
服が透けて、モロ見えな事に今気付いたのだ。



姫神「?」



彼女は首を傾げる。
先ほど垣根が発した言葉に違和感を覚えてしまった。




———俺らは学園都市の人間で、テメェみたいな『そっち側』の人間じゃねぇってことだ。






姫神「……」





静かに目を閉じる。
胸元の十字架に両手を添え、まるでお祈りをするかのように。
意味を理解したからこそ、しっかりと噛み締めたかった。

この数ヶ月、守られてばかり。
本来なら守られる立場ではないのに。

多くの人が私に謝って、多くの人が私の目の前で死んでいった。
そんな私を身を挺して守ってくれる、不思議な人達。





姫神「やっぱり。あなた達は同じなのね」





クスッと一笑。

マクロナルハンバーガー店で知り合った四人組。
それぞれ違った思考で、違った生き方で、違った立場で、違った雰囲気で、違った性格なのに……どうしてだろう?

同じ。似てる。あの四人は同じにおいがし、似ているような気がする。
明確には判らない。そんな気がするだけ。





姫神「不思議。本当に」

投下しゅーりょーです

>>613
お前の姉ちゃん、フレとンダだから二人いてもおかしくないだろ

>>614
結局、真っ二つって訳よ

____
 二二,イ-- .... ____ __
——/_________(_l_ )
—‐/:::/          _,ィ=x、
—/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ __{三≧ミx

-〈———… '' " ¨  ̄       `
 ̄                            , -—- 、    z≦三三
                          / ,  ミ、ヽ  \/三三三三
                        / /  l \ ヽ  ヽ.三三三三
  ___          _       / /l   |   l l   ハ三三三三
≦三三三三≧.、      ((____ノ /     |   | |   |三三三三
三(:::::::::::::::::::::)三)  /´ ̄ヽ       /   |  |   | |   |ミ三三三
三三三三三彡'゙  (  ー 、 , —   /   j     |      |
`¨¨¨¨¨  ̄´    、__`フ  (___     ノ      /       八_  ,
           ` ー—ュ_   ̄)  _ノ  / /         ̄ノ
                  (     , —     ,ノ /     {   ーく
                ̄ ̄ (        ̄ ̄`ヽ      ̄ ̄) ) )
                     ̄ ̄ ̄ ヽ   j      / /

                                ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                                d⌒) ./| _ノ  __ノ




...| ̄ ̄ | < 続きはまだかネ?早くしてくれ給えヨ

   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
  /::::_|___|_    ( 。_。).  ( 。_。)
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  ||::|   <ヽ/>.- |  |:と),__」   |:と),__」
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\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
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.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
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>>619
死ぬがよい

>>620

,  <  ̄   、
                    /            ヽ
                       /           丶
                   '                 i
                       ′           ,  !
                  /    /  二≠z   斗 リ
                  /   ///V弋チ7ヘ tィ 乂
                /// ィ ヽ/ 〈      ヘ从ソ
                  //∧  ィヽ   、  _'/ /    
                ┌イィ彡//≠ >、 ̄ イ─‐┐

                 l     (ノ     `^i )     l
                 |     ̄ ̄TTT ̄     |
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    r、       /   .!〕              || \  \        ,、
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  とニ二ゝソ____/   |                  ||    \____(、,二つ
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乙です

>>619->>623
寝ろ!

 ┌┐       / //         /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`:..、
 [二  ] __   〔/ /.        /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
   | |/,ー-、ヽ    /.        / :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
  / /  _,,| |   ./        ′:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{`ヽ
 レ1 |  / o └、∠/       |::::::::::::::ヽ::、:::}::ヽ:::ヽ::::::::::::::::::::::::::::!
   .|__|  ヽ_/^   ,/ .       |:{:::{::{;ゝ::}、:}厶斗trヘ:::::::::::ヽ::::::::::::i
      __     /       |ハ:::V ミ、  ´ ィTハヘ:::::ト、:::V:::::::::i
   [二二_  ]  /       {`ト(ヽT ハ    ∨´} |:::::| ヘ:::';:::::::::
       //  {          |::::::::ハV} ,   `¨´ |:::::|  }:::!:|::::::
     / ∠__  ̄フ.       |::::(⌒>丶       |:::::|_,ノ:::|:|:|::::
    ∠___  //       |:::::::T:人   _   ,|:::::|:::::|:::|:|:|l:::
     _   / /\        l::|:::::ト(r─> --r ´i|:::::|:l:::{从{八{
    / o ヽ/  / /       ノ人{:::.、ヽヽヽ r‐{ /´|:::::|:{::ハ
    ヽ__ /  \      /´   \{⌒ヾ´ハ__/ /j从八{`ヽ、
                        {' /: : V ー {_彡ヘ: : : : :\
                        {/ : : : } /:ヽ    ` 、: : : :ヽ
                         /: : : : :}/: : : 丶      }: : : : :
                           / : : : : //: : : : ゝ、{ /  }:.: : : :
                       /: : : : : :}' : : : : : : : : ヾ.   }.: : : :
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                     ヽ: : : : /: : : : : : : : : : : : : }/ } : : :

投下しまーす


ちなみにヴェントさんの続編はこのSSが終わり次第です
物語の展開と終わり方はもう頭に入ってます







———一方その頃。




浜面「はぁ、はぁ……! あ、あいつ、どこ、行きやがった!?」



街路樹に浜面仕上は居た。
だいぶ走ったらしく、息切れがかなり激しい。
並木の一本にもたれ掛かり、額の汗を片腕で拭う。

浜面は暗部の仕事で運転係に回される事が大半を占める。
しかし、上条と組んで仕事をする時は自らも現場へ赴くことが絶対条件。
理由を聞けば、体がなまる防止策と、緊張感や現場の雰囲気を味わっといた方が今後の為らしい。
だから、まだ比較的に普通の人よりも体力は自信のあるつもりだったのだが……。



浜面「く、そッ。食った分のエネルギーを、こんな所で消費すんじゃねえっつーの!」




現在進行形で絶賛行方不明中の人物、インデックス。
『御坂美琴に連れ去られた上条当麻を追う彼女を更に自分が追う』という、なんとも滑稽な事態である。
普段ならば、とっくに見付けていてもオカシくないはず。
だけど人込みも相俟ってか、まったく見付けられない。
純白のシスターなんて、一際目立つ格好をしてるのにも拘わらずだ。

インデックスの面倒も第一種目の『棒倒し』だけなのだが、それは言っちゃいけない。
彼自身、きっと忘れているだろうから。
忘れていなくとも、基本お人好しな性格のため、結果的に追い掛けているに違いない。



浜面「……まさか、次の種目の場所まで既に移動してるなんて言わねえよな?」



結論から言おう。その通りである。



浜面「パンフレットは渡してあるから可能性は無きにしもあらず、か……」



気力が一気に削ぎ落ちるように、浜面はがっくりと肩を落とした。
必死に捜し回った結果が無駄骨に終わるというのは、非常に酷なものだろう。
……まだ決まった訳ではないのだが気分の問題であるので、それとこれとは別だ。







「あ、浜面」






———と、そんな只今絶賛気力喪失中の彼を呼ぶ声が届く。




浜面「あ……?」



雑踏の街中、確実に自分の名を呼ぶ声がした。
気怠そうに辺りを見回す彼の目に、一人の見知りの人物が映る。

金髪碧眼。学生服を基調とした服装。
自分が知る中で、この姿をした人間は一人しか知らない。
そもそも外国人との知り合いなんて数える程度しか居ないのだが。



浜面「……フレンダ?」

フレンダ「久しぶりって訳よー」



サバ缶を片手にパタパタと駆け寄ってくるのは、フレンダ=セイヴェルン。

いつもの格好で結構だが、それにしても大覇星祭の時でさえサバ缶を持つ姿はどうなのか……。
露店の種類が多いとはいえ、サバ缶を売ってる店なんてあるのだろうか?
彼女の事だ、意地になってでも見つけ出す姿が目に浮かぶ。



浜面「二ヶ月ぐらいか? にしても、全っ然変わんねえのな」

フレンダ「人間、そう簡単に変わるはずないって訳よ。浜面だってその『だらしないオーラ』は健在だし」

浜面「待て待て! 聞き捨てならねえぞオイッ!?」

フレンダ「おっと……つい本音が」

浜面「本音かよッ!! 少しは年上を敬えってんだ!」

フレンダ「結局、浜面を敬うのは一生ありえないって訳よ」



二ヶ月経った今でも、二人はお互いの接し方も変わっていなかった。
年の差はあるのにそれを感じさせない。
敬語もだが、何より彼に対する扱いがそうだろう。

しかし、浜面は助かっていたりするのだ。なにせ元々二人は友人繋がりで知り合ったに過ぎないから。
だけど彼女は自分に壁や一線を引くことなく、むしろズカズカと入り込んでくる。
そんな砕けた性格が浜面の性格に合ってたのかもしれない。




フレンダ「で、浜面はこんな所でどうした訳よ?」

浜面「あぁ、ちっと人捜しでよ。ちっこいしすばしっこいから一向に見つからないんだ」

フレンダ「なーんだ、息が荒かったからてっきり犯罪に手を染めたと思ってたのに……つまんなあい」

浜面「オーイッ!! ボソッとつまんないとか言ってんじゃねえ!」

フレンダ「結局、つまんないって訳」

浜面「ハッキリ言えばいいってもんでも……はぁ、もういい。片っ端にツッコミ入れても疲れる……」



少しだけ上条の気持ちが判った気がする。
悟りを開いて垣根をあしらう術。とても常人には真似できない。
改めて我が大将の凄さを実感する浜面だった。



浜面「フレンダこそ何してんだ? 一人でブラブラとか?」

フレンダ「人を友達が居ない寂しいやつ、みたいな言い方しないでほしい訳よ。私だって知り合いと来て……」



彼女は続きを言わない。

いや、言えなかった。


思い出したのだ。自分は今どういう状況に置かれていたか。
久しい人物を見付けてしまったからか、それとも時間を間に挟んでしまったからか、どちらも定かではない。
とにかく、何故『サバ缶を片手に一人で居た理由』を考えるべきだった。


彼女の失態は全部で三つ。


一つ目は友人が露店にある食べ物が欲しいと言い、列へ並びに行ったのを忘れていたこと。

二つ目はヒマを持て余した結果、浜面仕上に話しかけてしまったこと。

三つ目は、












「お待たせ……フレンダ?」













———その友人が滝壺理后であること。




肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、上下ともにピンクのジャージ。
とてもラフな格好をした、それこそ大覇星祭であるこの時期だと違和感がないくらいの服装の少女。

手には“新感覚!? たこ焼き 〜ヤシの実サイダー味!〜”とロゴ入りのパック。
一緒に食べようと考えていたのだろう。一口サイズで四個、爪楊枝が二本ずつ。



滝壺「……」

浜面「……」



二人の視線が交差する。
フレンダヘ歩んでいた足が、彼と目が合ったとたんに止まった。
浜面も声のする方へ流し目で見ようとするが、無意識のうちに体ごとフレンダから彼女へと向いていた。


一瞬にして、二人の空間が構成される。


雑踏の街中。通り過ぎていく人々。
世界が灰色に染まり、モノのスピードが落ちていく。
人も、木も、雲も、音も。『時』でさえも。

他のモノなんて気にならない。
いや、知らない。もはやどうでもよい。
二人にとって目の前が全てだ。




浜面「……っ」



彼は戸惑いを隠せずにいた。
全身が硬直し、視線を外せなかった。
息をするのも忘れてしまうほどだった。

見覚えがないはずがないから。
見間違える訳がなかったから。

例え最後に見た姿が違えど“判る”。
どれほど成長を遂げても当初の面影は決して消えない。
そして何より、『心』がそうだと訴えているのだ。

嬉しかった。
泣きたかった。

涙がかれる限りまで、ずっとずっと、泣いていたかった。
会えないんじゃないかと考えた日もあったし、生きているのかさえも危ういのではないかと思っていたから。
自分のマイナス思考は滞る事を知らず、日が経つにつれて頻度は増すばかりだったのだ。



浜面「———」



微かに口が開き、唇が震える。
声は……出ない。
伝えたい言葉は幾らでもあるのに。
共有したい感情もあるのに。
体が素直に言うことを聞いてくれないのだ。

頼む。頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む————ッ!























浜面「———た、き……つぼ……?」




















———それは、無意識のうちに発せられたもの。





滝壺「……!」



囁くような小声は、本来ならば喧騒によって掻き消されて当然のはず。
しかし彼の声は間違いなく滝壺の耳に届いていた。
神の悪戯とも思えるその『奇跡』は、滝壺の心に大きな衝撃を与える。

疑念は確信へと変わった。
彼が何を思い、何を伝えようとしていたのか、ハッキリは判らない。
けれど、当時と何もかもが違えど———『あの少年』と彼の姿が重なったのだ。

記憶の片隅にそっと収納して、この先、決して出会うことはないと覚悟を決めたはずだった。
こういう世界で生きていく身、『あの少年』と再会なんてありえない。
己の生死すら不安定な時があり、今この世に生きていることすら奇跡だと思ってしまう過去がある。
きっと、それは今も変わらない。
いつ命を落としても不思議ではない。

故に「会えなくてもいい」と割り切った自分が居た。
それに何せ子供の頃の話だ。顔も体型も違うだろう。判るはずがない。




だけど———覚えていた。

『心』は———忘れていなかった。


いくら時間が流れようと、どんなに彼が成長しても、関係がなかった。
現実はそんなに甘くはなかった。簡単に彼を忘れさせてはくれなかったのだ。

忘れていれば楽なこともある。
覚えていることの苦痛は、あまりにも耐えられない。
苦しくて苦しくて……潰されそうになる。
本音を言えば会いたい。今すぐ駆け出して、学園都市中を捜し回る羽目になったとしても、会えるなら足は動いてくれる。




———それが許されないから、忘れていたのに。




滝壺「……っ」



次の瞬間、彼女は踵を返し、走り出していた。
まるで浜面から逃げるかのように。

去り際に見えたパックを持つ手は……強く握りしめられていた。




フレンダ「あ……」

浜面「……」



取り残された二人は、ただ佇むしかなかった。
とても追える空気ではない。事情を知っているから尚更である。
ハンパに知ってしまったフレンダでさえ、二人の関係についてどうしようか迷ってた所なのに。
まさか鉢合わせするなんて、思いもしなかったが……。

思わず伸ばした手が、空をさまよう。



フレンダ「追いかけた方が、いいんじゃないの……?」

浜面「……」



無言で首を振る。



浜面「今行っても、あっちの気持ちの整理が付いてないだろうし、俺も判んねえ」

フレンダ「……」

浜面「また会えたのは嬉しい。でも、同時に色んなものが湧き上がってきて訳判んなかったりするんだ。
   ……だからちょっとでもいいから時間が欲しい。情けねえ、怖いだけだ。俺もまだまだ、だな」



優しく微笑み、しかしドコか自嘲気味に彼はつぶやく。
言い終える頃には声量が小さく、自分に言い聞かせるように。



フレンダ「そっ、か。あーあ! 結局、こうなって一番気まずいのは私って訳よー」

浜面「それは……まあ、言い返す言葉もねえけど」





———————————————




とある一室。



「……来る」

食蜂「……!」



二人の視線が窓に向けられたその刹那———ガラスを突き破るほどの突風が二人を襲った。

食蜂は体勢が崩れながらも両腕で顔を庇い、女は腰に手を当てて堂々と立つ。
……と、そこに、






「よぉ」






軽快に着地する男———垣根帝督が降臨する。






垣根「お待ちかね、学園都市第二位だぜコノ野郎?」

投下しゅーりょーです!


さて、投下投下っと

今回は短いですよー




女は垣根帝督の姿に目を疑う。


下は迷彩柄のズボンで、上は黒色の長袖のワイシャツ。
靴は自衛隊が履いてそうな皮でできたブーツ。
頭にはサングラスを掛けていた。
……いつもの彼からはどれもこれも想像が付かない。

自分が知る普段の垣根帝督という男は、無駄にプライドだけが高く、ホストのような格好で二枚目気取りの人物だった。



垣根「よいせ、っと」



一番手近な事務机に近付くと、ドコから取り出したのか判らないラジカセを置く。
充電式らしく、コンセントにプラグを差さずに電源を入れた。
女や食蜂のことなど端から居なかったように、鼻歌を口ずさみながら再生のスイッチを押す。

流れるのは軽快なリズムのヒップホップ。



垣根「〜〜♪」



そして軽やかに踊り出した。
わざわざ頭に掛けていたサングラスを目元まで下ろして、だ。


まるで久しぶりの休日を楽しむ雰囲気がバリバリである。

完全に蚊帳の外だった二人も、さすがにこれは黙っていられない。
まっさきに痺れを切らしたのは食蜂だった。やり切れない感情の矛先を八つ当たりと自覚しつつ、



食蜂「ね、ねぇ! なんなのよアレ!! 緊張感がまるでないんじゃないのぉっ!?」

「……知らないわよ。もう……」



向けれられた女の方も実際どう対処したらいいか困っていた。




———Level5は変わり者の集まり、とはよく言ったものだ。



昔の垣根も例外ではなかった。
そもそも、暗部で生きている人間にマトモな存在が居るはずもない。
でも、やっぱりその中で垣根帝督という人間は、特にその傾向が強い方なのは確かなこと。
多くの暗部の人間を見てきたけれど、垣根帝督ほど変わった人間は見たことがない。
噂によれば、『アイテム』所属の第四位、麦野沈利も相当な変わり者と聞く。

それはLevel5だからなのか。
天才と呼ばれ、生徒達の憧れである彼ら。
だからこそ、一つの才能を秀でる代わりに、ドコかが欠落しているのかもしれない。
垣根帝督も変わり者に間違いはなかったから。……しかし、



(……まったく別のベクトルで変わり者になっちゃってるじゃない。しかも頭のネジの二、三本吹っ飛んで)



早くも身構えた姿勢を解き、片足重心で腕を組む。

食蜂を見ればまだ納得がいかないようで、口にはしないが目で訴えかけていた。

あの男をどうにかしろ、と。

対する女は首を振り、どうにもできない、と意思表示をする。



垣根「こらテメェら、せっかく俺の登場シーンを演出してるのにそっちで盛り上がってんじゃねぇよ」



……と。こちらからコンタクトを取る前に、向こうがアクションを起こしてきた。
どうやら自分の世界浸っていると思いきや、今までの会話を聞いていたらしい。

彼に抜かりはないようだ。
例え抜かりがあったとしても、彼ならば片手で払うようにいなすだろうが。



垣根「しかしまぁ」



タン! と。曲の終わりとリズムに合わせて床を踏む。
サングラスをずらして、彼の鋭い目つきを覗かせた。

視線が射抜く先は……女———心理定規である。




垣根「今回の件をテメェが一枚噛んでるとは、到底思わなかったがな」

心理定規「……」

垣根「考えてみりゃオカシなことだらけだ。この俺、第二位に能力や腕力で適う訳がないなんて目に見えたこと。俺を知ってる人間ならもっと別の手段を講じてくるはず。
   だから、“最初から誰かを誘拐してりゃ手間がかからなかった”のに、一度目や二度目みたいな“わざわざ遠回りの方法を取った”ことに疑問を覚えたんだ」

食蜂「……!」

垣根「今思えば、学園都市らしい舐めたマネは三度目の誘拐だけだ。暗部や上層部にしても、直接交戦を仕掛けてくることは、俺の経験上めったにない。
   立場を有利に持っていくために、どんな汚い手でも使ってきやがった。……まぁ? 俺にんな交渉できるヤツなんざ、そうは居ねぇがな」



片っ端から潰してったしな、とケラケラ笑う。



垣根「———つまり、企てた人間が違うんだろうな。ド素人とプロとじゃあ比べもんにならねぇし?」



底意地の悪い笑みを浮かべながら食蜂を見たあと、心理定規へと視線を移した。

その言葉に良い意味でも悪い意味でも反応してしまうのが、食蜂だった。



食蜂「……あらぁ? そのド素人相手に翻弄されてた人が居た気がするケドぉ?」

心理定規「悪いわねリーダー。素人だと張り合いがなくて、つまらなかったでしょ?」

食蜂「ちょ、あなた、なに勝手に肯定して———」

垣根「俺も気付くのが遅すぎた落ち度はあるにしろ、ド素人は……なぁ?」

心理定規「そうね。素人はねぇ……」

食蜂「———もぉぉぉぉぉッ!! わざわざ『素人』付けなくて分かってるから!! なんでこう緊張感に欠けるのよ!!」



しかし、あまりに素直過ぎる返答は却って逆効果であった。

挑発を専売特許とする垣根にしてみたら、食蜂の煽り言葉なんて可愛い可愛い。
心理定規も彼の方が何枚も上手だと判っているので賛同したのだ。
そもそも利害の一致で一時的に手を組んでいるだけで、味方のつもりはお互いにないのだから。



心理定規「……ま、彼女はそんなこと忘れてしまうくらいテンパってるみたいだけど」

食蜂「あなた! ボソッと言わないでくれるかしらぁ!」

心理定規「あら聞こえてたの」

食蜂「隣! 聞こえないワケがないでしょぉーっ!?」

心理定規「大体ボソッと言わなくても意味ないんだから別に構わないじゃない。どうせ覗くんだから」


























垣根「オイ」

















ヒュッ、と何かが二人の間を過ぎ去ったその瞬間———爆音が炸裂した。

大型トラックが突っ込んできたような、誰もが思わず耳を塞いでしまうほどの轟音だった。
食蜂は当然、反射的に耳を塞いで怖々と後ろを振り返る。

一言で表すなら、悲惨な光景だ。

まるでスコップで土を掘るように、壁はゴッソリと抉られていた。
それだけではない。奥には廊下が続いていたが、もはや荒廃化とし、元の風景の面影もなかった。

ゾクッと悪寒を感じ取る。
一気にイヤな汗が背中から溢れ出したのだ。
当たらなかったから良かったものの、もし直撃していれば……。






垣根「———もういいか?」






そんな食蜂をよそに垣根は告げる。
お遊びはもう充分だろ? と。


チリチリと、見えないものが燃えていくような錯覚が室内を占める。
食蜂が暗部に携わっていた人間なら、それが殺気であると気づいたかもしれない。
心理定規は当然、気づける側の人間だった。
しかし無視してこう続けた。



心理定規「なに? 早速仕事モードに入るの?」



食蜂と違って特別驚いた様子のない彼女。
未だ腕を組んだ普段通りの調子で疑問をぶつける。

対して、垣根は吐き棄てた。



垣根「黙れ。“確実に引き金を引く”方法を取ったのはテメェだろ?」

心理定規「仕方ないでしょ。今のリーダーって、こうでもしないと来てくれなさそうじゃない」

垣根「茶化すなよ。誘拐なんてクソつまんねぇマネしておきながら、テメェらの茶番に付き合わせんな」



尤もだ。返す言葉もない。

彼は別に00001号を誘拐されたから腹を立てている訳じゃない。
第二位を誘い出すために00001号がだしに使われたからでもない。
一方通行の保護対象の一人という理由でもない。

身内の人間を利用すれば第二位は揺れる、という考え方が気に入らない。
第二位とはその程度で対等以上の関係を築ける、と思い込んでいる根性が彼の癇に障ったのだ。

しかも、元身内メンバーなら尚更だった。
そういう方法を取れば、絶対に垣根の逆鱗に触れる、と判っていたはずだから。



心理定規「……そうね。このまま暴れられても面倒だし」













———取引をしましょうか。



投下しゅーりょー


あ、もう二年目突入しちゃってますね

何年でもいいから完結させてください乙です

投下しま!


今回は最後の大覇星祭ということで、長いでございます


>>682さん
おそらく、後二年以上はかかるのではないかと考えてます




垣根「取引だと……?」



好機、と心理定規は悟る。

彼は今まで余裕の姿勢だった。
こちらが何かアクションを起こしても、まったく反応を示さない男だ。
疑惑や懸念といった感情は見せず、いつも興味や嘲笑ばかり。

しかし、ここにきてようやく崩し始めたのだ。



心理定規「ええ。リーダーが受け入れてくれるなら、私達としてもあの子を解放するつもりよ」

食蜂「……」



心理定規が率先して物事を進める。
その隣の食蜂はというと、何やら黙ったままそっぽを向いていた。


二人がかりで『素人』と揶揄し過ぎたか。
それとも垣根が放った一撃が思いのほか、彼女にダメージを与えたか。
どちらにせよ、心理定規が垣根帝督に交渉する方向で異論はないらしい。



垣根「あのガキを返したところで、俺が収まると思ってんのか?」

心理定規「思わないわね。あなたに楯突いた、って時点でもう遅いでしょうし」

垣根「判ってんじゃん。本当なら文字通り八つ裂きにしてやるんだが……昔よしみの仲だ、話ぐらいは聞いてやっても構わねぇよ」



その言葉に、思わず心理定規は目を見開いた。



心理定規「あら……意外。問答無用で仕掛けてくるかと思ってたのに。もちろん、リーダーが仲間意識を持ってたっていうのも意外だけど」

垣根「ご希望通り八つ裂きにしてやろうか?」

心理定規「それは勘弁ね」



つい、と隣に居る食蜂へ視線を移す。
ならうように垣根も食蜂へ。


相も変わらず黙ったままの彼女だったが、気付いた(心を読んだ)らしく、心理定規を流し目で見る。



食蜂「……なにかしらぁ?」

心理定規「言わなくても判ってるでしょ。それとも、あなたはよっぽど言わせたいSなの?」

食蜂「……っ、はぁ……判ったわよ。先に言えば? ってコトでしょ。脳に干渉しなくてもあなたを見てれば判るから」

心理定規「そ」



食蜂は視線を垣根へと。
ズボンのポケットに両手を突っ込んだ姿勢だった。
人によれば上から目線、と捉えられそうな態度だ。

彼は苛々が募った瞳を宿していた。
しかし、先ほどのようなチリチリと焼ける感覚はない。
和らいでいる証拠だろう。



垣根「……んだよ、早く言ってみろ。普段なら豊かな心で待ってやるが、今の俺はガキ相手に豊かにしてやれねぇんだ」



食蜂が少々ためらっていると、向こうから挑発が飛びかかってきた。

確かに背後の光景を思い出して、ちょっと怖かったりしたのは本当だ。
だけど、流石にその言い草はムッとする。

一言二言ぐらい反論してやりたいけれど、言い返せない立場なのも事実である。
それに、つまらない意地の張り合いは無駄な時間を食うだけだ。



食蜂「私が求めてるのは情報よ」

垣根「情報?」

食蜂「ええ。ちなみに人のね」



気に食わなさそうに言う。
口を尖らせて不満げに答える彼女は、お嬢様とは思えない年相応の風貌を覗かせた。
……しかし、その瞳の奥に宿るのは確固たる『野心』だ。

垣根は“そういう人間”を何度も見てきたからこそ、察することが出来た。




垣根「で、誰のどんな情報を知りたいんだ?」



彼はあえてその事を口にしない。
きっとこれから述べる人物に、『野心』の根幹が見えてくるだろうから。

食蜂は僅かに目を細めると、垣根から視線を逸らし、






食蜂「……上条当麻」







———忌々しげに呟いた一言に、垣根の思考は一瞬で真っ白になった。




垣根「なに……?」



思いがけない人名に、彼は僅かに眉をひそめた。
今まで余裕の色で受け答えを交わしていた垣根だったが、ここにきて初めて狼狽えた。
まさか彼女の口から上条当麻の名が出るとは思いもしなかった。
自分が属する組織、ましてやリーダーの名が出てくるなんて誰が予想するか。


明らかに戸惑ってる垣根の様子を見て、食蜂は不機嫌そうに、



食蜂「なにか文句でもあるのかしらぁ?」

垣根「いや、文句なんかねぇけども……。はーっ、だから俺な訳か?」

心理定規「私が提案したのよ」



即座に反応を示したのは食蜂ではなくて、心理定規だった。
よほど暇を持て余していたらしく、手の爪にマニキュアを塗りながら口を挟んだ。



心理定規「上条当麻を知ってる人物なんて限られてくるじゃない? リーダーを含め、三人に絞れるわ」



ふむ、と垣根は頷く。

どんな情報にしろ、上条当麻の詳しい事情を知る人間は、この学園都市にほんの一握りしかいない。
昔話程度なら御坂美琴が適切だろう。
それでも選ばなかった理由は、おそらく二人の仲がよろしくないと予想する。

二人は同じ常盤台中学だ。
顔合わす機会なんて幾らでもある。
ということは、つまり既に能力で試しているはず。
だが失敗に終わったのだろう。諦めていないのが何よりの証拠だった。




心理定規「彼女、まだ私が誘う前はリーダーじゃなくて、一方通行を狙ってたみたいなのよ」

垣根「あぁそりゃ無理だ。返り討ちに遭うのがオチに決まってる」

心理定規「よね。良かったわね?」

食蜂「……ふんっ」



彼女は頬を膨らませ、拗ねていた。



垣根「……あん? つまり俺は安上がりっつーことか?」

心理定規「違うから。私が彼女に接触を図って、ターゲットをリーダーに変更させたの。そもそも私はリーダーが狙いな訳だし」

食蜂「私からすれば第一位や第二位のどっちでも良かったケド。情報さえ引き出せたらそれでいいしぃー」



癖なのか、毛先を弄くり回しながら答える。


大体、状況は把握した。
自身が狙われる理由も、彼女達の狙いも。
心理定規は垣根を、食蜂操祈は上条を。
双方はお互い利害の一致で、一時的に組んでいるに過ぎないと言う事。
一方通行が狙われなかった理由は勿論のこと、浜面が狙われなかった理由もおのずと答えにたどり着く。

浜面仕上は無能力者だ。
一方通行や垣根帝督のように防御手段はない。
上条当麻のように特殊な能力がある訳でもない。
要するに、既に『覗かれている』と考えた方が利口だろう。

垣根は全ての“経緯”を踏まえた上で———食蜂を見据えた。



垣根「そうまでして固執する理由、当然話す気はあるよな?」

食蜂「……」

垣根「悪ぃがどんな事情であれ、身内の人間を売るようなマネは好まねぇんだ」

食蜂「……そうねぇ、理由、理由かぁ……」



額に手を当て、溜息をつく。
どうやら言葉が見付からない様子らしい。


しばらく悩んだ後、至極つまらなそうに、






食蜂「『壁』、かしら」






そう、吐き捨てた。



垣根「壁?」

食蜂「『敵』でも構わないわ。でも、なぁーんか違う気がして」

垣根「どういうこった?」

食蜂「……御坂さんが幼馴染みなら、私は『腐れ縁』といった感じよ」

垣根「……ということは、テメェとリーダーは……」

食蜂「えぇ。あなたの察したの通り」



食蜂は手で襟足を後ろへ払うと、こう呟いた。














食蜂「御坂さんと同じように、上条当麻とは三年以上も前からの付き合いってコトになるわぁ」




御坂さんみたいに関係はよろしくないケドぉ、と続けた。



食蜂「私のこの能力は発現した瞬間からLevel5級だった。それはあなたも同じじゃないかしら?」

垣根「……あぁ」

食蜂「段階を踏んで成長を遂げていったLevel5は、御坂さんだけ」

垣根「そのせいか、学園都市は第三位を看板として扱ってる所があるしな。お陰様で、『外』の連中には都合の良い情報しか回ってねぇのも事実ってな」

食蜂「どうだっていいわ。そもそも御坂さんの場合は、目的が上条当麻にあるワケじゃなぁい? たまたま結果が伴った、それだけのコト」



すると、突然垣根はクククッ、と薄い笑みを浮かべ始めた。

意味が判らず訝しんでいると、



垣根「随分と詳しいんだな? 第三位に干渉力は効かねぇんじゃなかったか?」

食蜂「……誰も言ってないじゃない」

垣根「違うのか?」

食蜂「べっつにぃ違わないケドぉー」



彼は全て見透かしたみたいに言う。
それから逃げるように食蜂は顔を背けた。




食蜂「……話を戻すと、私達は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が元から完成された状態なワケでしょぉ?」

垣根「そういうこったな」

食蜂「自我が強いって意味に繋がるから、それなりにプライドは高いと思ってるわ。自分で言うのも変な話だケドねぇ」

垣根「それなりどころか、Level5+お嬢様のカテゴリー枠だからヘタすりゃ俺よりも———あぁ、話が見えた」

食蜂「頭の回転が速くて助かるわぁ。そう、“能力が効かない”のよねぇー」



幻想殺し。

上条当麻の右手に宿る、どんな異能も打ち消すことが出来る力。
それは一方通行の反射や、垣根帝督の未元物質も可能である。
だから食蜂の心理掌握を打ち消すぐらい、造作になかった。




食蜂「もぉープライドなんてズッタズタ。初めてだったモン、あんな存在」

垣根「あぁん? フラグ建築済みかと思いきや、案外そうでもなさそうだな」

食蜂「あなたの言うフラグが恋と同義なら、ざぁんねん☆ 夢のまた夢に過ぎないわぁ。何千、何万と人の心を読んできた私にとって、恋は理解に苦しむものよぉ」



『定め』なのかもしれない。

多くの人が知らなくてもいい世界を見ずに、日々を平穏に暮らしている。
それは、知ってしまった人間が隠すから成り立っているものであった。
しかし、食蜂は能力の性により、知りたくなくとも知らされるのだ。


知らなくてもいい世界を。
知らなくてもいい人の心を。


今でこそリモコンで制御可能だけれども、当時の頃は酷かったもの。
街中を歩くだけで耳にするのは人々の『本音』。
上っ面の言葉なんて腐るほど聞いてきた。
協力を求めてくる白衣を着た研究員なんて、食蜂の能力しか見えていなかった。




食蜂「……驚きはしたわよぉ? でもぉー、『恐怖感』の方が強かったからねぇ」

垣根「『恐怖感』?」

食蜂「考えてもみなさいな。人の心を覗いてしまうのが当たり前の日々だったのに、“覗けない人間”が目の前に現れちゃうのよ?」



そう。彼女は怖かった。
上条当麻という存在が。
『心』を読めない人間が。

『心』を読むことでしか信用や信頼できなくなった食蜂にとっては、まさに天敵とも言えた。
例えどんなに優しい言葉を掛けられても、『心』を読めばその人に合った対応ができる。
手間がかかるなら感情を改竄し、自分の都合のよい方向へと運んでいける。
今まではそうして生きてきた。
心理掌握という、学園都市最高の精神系能力者の肩書きを得た日から、ずっとずっと。

だが、上条当麻はそれを土台から覆した。



食蜂「まだ小学生だったしぃ、尚更よねぇ。でも、やっぱりどうしようもないぐらいにプライドが高かったみたいだゾ☆」

垣根「……怒りが湧いてきた、と」

食蜂「そこまでじゃないわよぉ。もっと簡単に、悔しかったんでしょぉねぇ……」




無駄に達観していて、生意気だった自分はその現実にムキになってしまった。

そんなはずはない、と。
能力が効かないなんてありえない、と。

納得がいかなかった。そしてありがちな事に、何度も能力を使って操作を試みたのだ。
結果は言うまでもない。どんなに演算をしても一蹴されるだけであった。



食蜂「リモコンで制御が可能な頃には、私は中学生。なんでかは知らないケド、あっちは全く姿を見せなくなったのよねぇ」

垣根「……」

食蜂「最近になってようやく見付けてワケだしぃ。場所を割り当てて、後は情報を引き出すだけ」

垣根「……その情報っつーのは」

食蜂「えぇ。———上条当麻の弱点、とでも言っておこうかしらぁ?」




垣根帝督の表情に、もはや笑みはなくなっていた。
必要のない介入は避けていた。
ただ、そっと静かに耳を傾けるだけだった。

そして大きく一息つく。
頭をガリガリと掻きながら、彼はこんな事を言い出した。



垣根「んだよ。年甲斐もなく大人びた生意気なガキかと思ったら、存外に年相応のお子様じゃねぇか」

食蜂「……?」

垣根「ま、俺は第三位の方が好感を持てるけどな。殊勝な一面はプラスポイントになんだぜ?」

食蜂「ちょっと待って、どういうコト……?」



垣根帝督は第五位の核心を突く。
あらゆる事を見透かしてきた男は、嘲笑うように吐き棄てる。




垣根「近所のお兄ちゃんに構ってもらいたいけど、どう接したらいいか判らない。そういう風に見えるつってんだ。
   今まで殻に閉じこもったような、無難な『逃げ道』しか選ばなかったんじゃ、そりゃあ人間関係の築き方も知る訳がねぇ。
   人間のために考えることすらしなくなって、能力の副作用で人間不信に陥ったなんて世話ねぇよ」

食蜂「……綺麗事よ」

垣根「なら、テメェの言う“上条当麻の情報を引き出す”なんざ戯言だ。下らないの一言に尽きるほど、価値は微塵もねぇぞ?」

食蜂「…………」

垣根「『壁』、と言ったな。要は越えたい存在うんぬんかんぬん! って感じだろ? そう口では言えるが、接し方が判らないけどなんとか掴んだ『口実』じゃねぇの?
   弱点? 情報? 温ぃな。確かにリーダーに能力攻撃はほとんど皆無に近いけどよ、能力以外は効くだろ。
   テメェはいざとなれば周りの人間を改竄して、襲わせることだって出来たはずだ。本当に乗り越えたいと思ってんなら、そんな容易いことを何故思い浮かばない?」

食蜂「…………ッ」

垣根「どうやら悔しかったり恋愛感情がない、っつーのは本当みたいだがな。
   テメェは気付いてるかどうか知らねぇが、リーダーが失踪してからの私情が抜けてんぞ? それまで事細かに説明してたってのによ」

食蜂「…………ッッ」

垣根「あぁ、さっき詳しかったのは素直に甘えられる第三位が羨ましいからか? 自分と違って気軽に話し掛けられる間柄だもんな、仕方ねぇ仕方ねぇ。
   だがよぉ? 久しぶりにリーダーを見て舞い上がるのは判るけどさぁ、出会い頭に喧嘩売るんじゃなくて、もう少しマシなベクトルの感情表現できないのかよ?」



ケラケラと笑いながら肩を竦ませた。
その笑いが尚、プライドの癇に障った。




食蜂にとってそこが限界だったのだ。




食蜂「———ッッ!!!!!!」



乱暴にポーチへ手を突っ込み、リモコンを取り出した。
ピッと、機械とは思えない独特の音が部屋中に反響する。

それは食蜂が能力を発動させた合図である。



垣根「……ほぅ?」




———ダダダダダダダッ!! と。




垣根が空けた穴から、武装した人間が次々とこの部屋へ入ってきた。
それもタダの武装ではない。
「人型」の駆動鎧(パワードスーツ)だ。
中には厄介な駆動鎧、『ラージウェポン』を着込んでいる者も居た。

続いて窓の外へ目を向ける。
そこには、明らかにこちらを意識してホバリングするヘリがあった。
ハッチが開き、中から黒服の男が機関銃と共に姿を現した。



食蜂「……悪いわねぇ、あなたがもしもの時に準備しておいた人員を利用させて貰うわ」

心理定規「どうぞ、ご勝手に」



呆れたように溜息をついて、壁の穴から廊下へと歩いていく。

どうやらこれから起こる展開を読み、巻き込まれないためにも一足先に避難するようだ。

賢明な判断だ、と垣根は心の中で呟く。
流石は曲がりなりにも、しばらく仕事を共にした仲である。

しかし残念な事に、目の前のお嬢様は気が付いていないみたいだが。



食蜂「確かにシングルスじゃ厳しいわねぇ。でもぉ? これだけの数を相手するのは、例えあなたでも———」








出来事は、一瞬だった。








食蜂「———が……っっ!!!!!?」



音はなかった。

いや、正確にはあった。

だけど聞こえなかった。


もっと正確に言えば———垣根帝督が聞かせるヒマを与えなかった。



彼女の認識レベルに合わせて言えば、“気が付いたら壁まで吹っ飛ばされていた”だけなのだ。

反応できなかった、とかそういう域ではない。
ただただ純粋に“見えなかった”。
彼の動きが。能力発動の瞬間が。
すべての動きに必ずある予備動作すらも。



食蜂「な、にが……?」



言葉もままならなくなっている。
背中から衝撃を受けたらしいので、呼吸がしづらかった。

視界も朧気だった。
周りには操っていたはずの人達が転がっていた。
意識は無いようだ。誰一人として、ピクリとも動かない。

ラージウェポンに関しては胴の横、人間で言う横腹辺りが恐ろしいまでにヘコんでいた。
まるで空き缶を握力だけで握り潰す感覚だ。



垣根「『斬』れていないだけマシと思え。寛大で優しい俺は『打』撃に変えてやったんだからよ」



目の前に、その場から一歩も動いていない垣根帝督が佇んでいた。
唯一変わったところは、背中から『二枚』の翼が生えている事か。




垣根「さて、と。どうやらこれ以上ネタも出て来なけりゃ、面白いことも起きなさそうだし。今度はアイツの要求とやらを聞いてくるとするかー」



彼のバックで、ヘリが黒い煙を立てながら落下するのが見える。
意味が判らない。理解なんて出来る訳がなかった。
何が起きて、何がどうなっているのか。
あれだけの包囲網で助かること事態、頭が追い付かないというのに。

Level5といえども、得手不得手があるのは違いない。
どんなに戦闘能力が規格外の集まりだろうが、相性があるので、状況によっては変わるのは当然のこと。
自分の心理掌握は肉弾戦が出来ないので、先陣を切っていけるタイプではない。
御坂美琴なんかは電気を応用し、工夫する事で、なるべく弱点を埋めている。
でも、彼女のどう足掻いても隠しきれない弱点は、性格にあるのだ。
何の罪もない人間を傷付くことを良しとしない性格だ。


故に、自分にとって上条当麻が天敵であるように、御坂美琴にとって食蜂操祈という存在は天敵なのだ。




食蜂「待ちな、さい……!!」



しかし、この男はなんだ?

能力も効かない。
人質を取っても効かない。
改竄した戦闘要員を用意しても効かない。

これは相性なのか?
相性の問題なのか?

馬鹿げている。
フザケている。

この男は、本当に私と同じLevel5なのか?



食蜂「まだ終わってないわよぉ……?」



不敵な笑みを浮かべたが、明らかに無理している事が目に見えた。

強がっても結果は判っているはずなのに。
諦めればいいと頭の隅では理解しているはずなのに。

彼女の積み上げてきたプライドが邪魔をする。




垣根「一つだけテメェに聞いておきたいことがある」



食蜂の揺るがぬ瞳を見据えて、彼はある一人の人物を思い浮かべた。
だからこそ、彼は聞いてみたかった。
その人物とまったく同じ質問をしてみたかった。










垣根「———この街は好きか?」










食蜂の瞳に、戸惑いの色が浮かぶ。




食蜂「なにを……」

垣根「答えろ」



鋭い眼光が彼女を射抜く。
視線を逸らす事は許されなかった。
まして答えない選択肢も許されなかった。



食蜂「……そんなの、決まってるじゃない。好きに、なれるワケがないでしょぉ」





———はい。好きですよ。





食蜂「色んな思惑が心の縁に隠されたこの街を」





———世界とは……こんなにも眩しいものだと、実感をしたのを覚えています。





食蜂「なに考えてるか判らない人達が居るのに」





———ミサカにとって大切な人達が居る街を嫌いになれるはずがありません。とミサカは断言します。





食蜂「好きになんて……」



段々と弱々しくなっていく彼女を見て、垣根は薄く笑う。



垣根「惨めだな」



実に、哀れだった。



人形として生まれた者は、感性に素直で。
人間として生まれた者は、誇りが高くて。

嫌いな訳がないのに、素直に好きと言えない。
実際に彼女は一度も嫌いとは言っていなかった。
好きなワケが……、と濁すだけで「嫌い」と明言はしないでいた。

本当は好きなのだ。
ためらっているだけで。

ためらってしまう理由なんて、幾らでもあるのだろう。
性格、環境、プライド、能力、などなど。

どれもこれも垣根に言わしてみれば下らない。
目の前の現実に囚われてばかりで、もっと大事な物に気付けていない。
その分、第三位は自分の殻を破っている。
もし、今の第五位のように強がっていたら、空回りばかりだっただろう。



垣根「しばらくは動かない方が良い。腕、折れてるだろうからな」

食蜂「……」

垣根「そんなテメェに、朗報だ」



彼は底意地の悪い笑みを浮かべ、



垣根「リーダーに弱点はねぇよ」



それだけを告げて、この場を立ち去った。



食蜂「……」



この部屋に残ったのは、無言のままうつむく食蜂の姿だけだった。




———————————————





静かな長い廊下に、二つの声が淡々と響いていた。



「あら、終わった?」

「テメェは余裕だな」

「伊達に一緒に仕事してないわ」

「そうか」

「それより、場所を移しましょう? 長居は無用だわ」

「オイオイ。薄情なヤツだな。アイツを放っておくのかよ?」

「構わないわ。この騒ぎを聞きつけた彼女の取り巻きが、その内やってくると思うし」

「なるほどな。確かにさっさと退散した方が得策だ。面倒事は避けて通りたいからな」

「第三位のクローンは、人が少なくなったのを見計らいましょ」


「……で、テメェの要求はなんだよ?」

「要求というより、提案ね」

「提案?」

「そ。幻想殺しのチームを抜けない? っていう提案」

「却下」

「言うと思った。でも、これからが本題よ」

「……どういう意味だ」




———————————————




「……なるほどな」

「メリットはさっき言った通り。ただ、この提案を受けるならデメリットとして、幻想殺しのチームは脱退せざるをえない。どう?」

「難しい話だな。リーダーの下で生きると決めた俺には」

「その分、メリットの報酬はあなたにとって充分なはずよ?」


「テメェはどうなんだ」

「なにがかしら」

「何故、勝手に『スクール』を抜けた俺にそうまでする。テメェのメリットはなんだ?」

「……別に。特にないわ。あるとすれば———好きでやってるだけよ」

「……」

「……」

「……ククッ、まさかテメェからそんな言葉が出ようとはな」

「うるさい。私だって言いたくなかったのに……」

「オーケーオーケー! その話、乗ってやる」












———そうして、二人は闇に消えていく。










———そしてこの日を境に、彼は上条達の前から姿を現さなくなった。

投下しゅーりょーです!


垣根の失踪、食蜂の兄妹的思慕

色々あったと思います!




さて、次は『0930』事件に移ります
ヴェントさんですよ!ヴェントさん!!



後、皆さんに質問です。上条さんの過去篇は織り込んでも構いませんか?

織り込むとしたら、この話の完結が遅くなりますし、ヴェントさんの話はもっと先になってしまいますが

okですよ

それにしてもこのみさきちは原作初期の御坂とそっくりだな


早めの投下!


皆様のご意見、ありがとうございます
上条さんの過去篇に関しまして、暗めの話だったり、オリジナルキャラが登場しますのでご了承ください


今後の流れとして、0930事件→暗部抗争→アックア襲撃→過去篇→ラスト前編→ラスト後編 となっています


>>719さん
そこを目指しましたので
美琴さんと食蜂さんの違いは、恋愛感情か兄妹感情かです










———九月三十日。




いつものファミレスに、彼らの姿はあった。
大覇星祭も無事(?)に終えて、こうして彼らが揃うのはいつ振りだろう。
季節も暑苦しい夏から、いささか涼しい秋に変わりつつある。
夏服だった学生達も衣替えの時期を迎え、冬服に着替えていた。

当然、上条も学生の身分なので、冬服に変わっているのだが、元々彼は仕事をする際に学ランを着てるので、あまり新鮮味はないかもしれない。



浜面「上条、どうだ……?」

一方「……」



そんな中、彼らの顔色は優れない。
顔に出にくい性格の一方通行でさえ、ドコか焦燥感に駆られていた。


浜面に問われた上条当麻は、目を細めると、



上条「ダメだ。一向に出る気配がない」



携帯画面に映る、留守番サービスとの文字に肩を落とす。
追随して、浜面や一方通行も同様に重い溜息を吐いた。
彼らがこうして浮かない顔をしているのは、たった一人の人物によるものだった。


———垣根帝督。


九月十九日以来から、消息を絶ち、行方をくらました彼らの仲間だ。
何度電話を掛けても留守番に繋がるし、自室を訪問しても居ないのだ。
自室に関しては、人が最近過ごした『におい』すらしなかった。



浜面「もうすぐ二週間近くになるのか……」

一方「……最後に会ったっつってる、クソガキも居場所は判らねェらしい」



額に手を当てる浜面はさることながら、コーヒーを口に含む一方通行も心配しているようだ。
何故なら彼が持つカップの中身は、既に飲みきっていて、無いからだ。


パタン、と携帯を閉じると、上条はやれやれと言わんばかりに微笑を浮かべた。



上条「ま、その内ひょっこり顔を出すだろ」

浜面「軽っ!?」



さっきまで意気消沈していたとは思えない速度で、浜面はツッコミを入れた。
そんな浜面に対し、上条は面白おかしそうにケラケラ笑いながら、



上条「別にいいんじゃね? トラブルメーカーが居ないし、平和で過ごしやすいから上条さんは大助かりですよ?」

浜面「もっと心配とかねえの!? こう、捜索しようぜ的な発想とかさあ!!」

上条「怠いでごんす」

浜面「大将ォォォォォォォォォッ!!!!」




このままでは浜面が暴れかねないので、一方通行が片手で制し、上条を見据えた。



一方「実際、どォなンだ?」



生半可な答えは求めていない目だった。
誤魔化しは通用しない。



上条「……言っても、放っておけば? ってのは本音ですよ?」



ガリガリと頭を掻く。



上条「来なくなったからと言って、俺らの組織から名前がなくなった訳じゃない。俺達と縁を切った訳でもない」



笑みを浮かべ、上条当麻は言う。



上条「だから……心配はないかな。だってバ垣根だし」



たいした問題ではないと。


それより、と上条は続け、



上条「上条さんはここに円周が居ることに対して、大いに疑問を持ってるんですが……」

円周「んぐんぐ」



ピッと隣を指さして、前に座る二人に疑問をぶつけた。

黒髪にお団子頭を左右に揃えた、中学生ぐらいの小柄の少女。
上条のことを「当麻お兄ちゃん」と慕う、木原一族の女の子だった。



浜面「……いや、まあ、最初からいたから違和感とかねえしよ。どうせ大将だから別にいいかなー、って」

上条「てめっ! 垣根の件を曖昧にしたら突っかかってきたくせに、俺はいいのかよッ!!」

浜面「うるせえ!! 大将には判んねえんだ……! 毎回女の子絡みを見せ付けられる俺の気持ちがよおッ!!」

上条「そんな良いもんでもねえよ! もっと平和な絡みだったらまだしも、なんだよもれなく拳を交えましょう的なキャッチフレーズが付きそうな絡み!!」


一方「結局、あのクソメルヘンが居よォが居まいが、騒がしいことには変わりないンじゃねェか」

円周「んぐんぐ」



割と冷静なのは一方通行と円周だけだった。
円周に関してはステーキセットをひたすら頬張っている。

そんな中、












「あーっ!! いたいた! やっと見つけたわよ当麻!!」












見事に聞き覚えのある声が、店の入り口から飛びかかってきた。

円周以外の三人は、さっきまでの騒ぎとは打って変わって停止する。
一斉に振り返ると、お嬢様学校で知られる名門常盤台中学の見目麗しい(はずの)女の子が、どだだだだーっ!! と高速で接近してくるところだった。

御坂美琴。

上条の小学校からの付き合い、言うなれば幼馴染みという間柄の少女だ。
彼女もまた円周と同じく、上条当麻を慕う人物の一人である。
目の前で浜面が「これが格差社会か……」とボソッと呟いた一言は、上条の耳に届かなかった。

とりあえず、おそらく自分目当てであろうと考える上条は、



上条「なんつーか、これから起こる展開が見えるから……不幸だ」

美琴「ちょっと! 待ち合わせの場所にいないと思ったらなにしてんのよ!」



ズカズカと上条の隣に座ると、睨み付けながら詰め寄ってきた。
そのおかげで上条は二人の少女に挟まれる形に。
挙げ句、浜面が泣き出したような気がするけど、無視を決め込む。




上条「んん? なんか約束してましたっけ?」

美琴「大覇星祭の時、用事に付き合ってくれるって言ったでしょ!」

上条「そんなこと言ったような言わなかったような……。そもそもあん時はそれどころじゃなかったからなぁ」



つんつん、と。
美琴とは正反対の方向から、何やら脇腹をつつかれた。
ちょっと控えめな感じだったが、色んな意味でダメなツボを的確に突くあたり、ちゃっかりしてると思う。

振り向けば、もう肉を食い終えた円周がフォークをくわえながら、上条を見上げていた。



円周「当麻お兄ちゃん、今日は私とデートじゃなかった?」

上条「嘘をつくんじゃありません。事態をややこしくさせる発言は慎んでくれ」

美琴「ちょっと誰よこの子? アンタ、こんな小さな子に『お兄ちゃん』なんて呼ばせてるの……?」

上条「美琴。一応言っておくぞ。この子とお前は、ほぼ同い年だ」

美琴「本来の妹的立ち位置は私のはずじゃ……」

上条「オイ待て。お前まで意味が判らない発言をするな!!」

円周「うん、うん。分かっているよ。こういう昼ドラの展開が燃えるんだよね!!」

上条「便乗すんじゃねえ!! つか誰の思考パターンだそれはァ!?」



一方通行は思う。

なンというか、今日も平和だ。





———————————————




打ち止め「起きたら既にあの人がいなかった……。ってミサカはミサカは愕然としてみたり」

黄泉川「一方通行なら、早々と出かけたじゃんよ」



ところ変わってココは黄泉川が住むマンションの一室。
広さは4LDK。どう考えても家族向けで、なおかつ一生をかけてローンを払い続ける規模の部屋だ。
それも今では、一方通行、打ち止め、芳川桔梗を迎え、広さに見合った人数となった。



打ち止め「むむむ! あの人が早起きなんて、入院してたときは一度もなかったのに。ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

芳川「そりゃあ入院中なのに、わざわざ早起きする理由がないからでしょう?」



ソファに腰掛けていた芳川が、紅茶が入ったカップを片手に答える。


まだ納得がいかない様子の打ち止めは、腕をブンブン振り回しながら、



打ち止め「もーっ! 仕方ないからミサカが迷子を見つけてやるのだ! ってミサカはミサカは玄関へ駆け出して———」

黄泉川「はいはい落ち着くじゃんよー」



ワイシャツの襟首を掴み、今にも外へ出て行こうとする少女を阻止する。
持ち上げると、案の定ジタバタしだした。



打ち止め「のわあぁ!? 離せーっ! ってミサカはミサカは抗ってみたりぃ!」

黄泉川「監視役がいないのに、無闇に外へ出す訳にはいかないじゃんか。桔梗、頼める?」

芳川「保護者さんのあの子を電話で呼び戻せばいい?」

黄泉川「だったら桔梗に頼む意味ないじゃんよ!」

芳川「だって、私はもう年だから発想直結式のその思考回路にはついていけなくなる時があるもの」

黄泉川「面倒くさいからって嘘はよくないじゃん?」




その時、ピンポーン、とチャイムが鳴った。



黄泉川「はーい! 開いてるじゃんよーっ!」



その声に従って、玄関の扉が開く。
すると、姿を現したのは打ち止めをそのまま大きくしたような少女だった。
検体番号00001号、一方通行が世話をしてるミサカだ。
彼女は常盤台中学の冬服である。
オリジナルの御坂美琴とまったく同じ格好であるので、一見、どっちが本物か見分けがつかない。

00001号は、感情の読めない瞳で有様を眺める。



00001号「おやおや。何やら騒がしいようですが、あの人はいないのですか? とミサカは辺りキョロキョロします」

黄泉川「ざーんねんじゃん。お出掛け中じゃんよ」

00001号「ふむ。おそらく10032号が熱を上げてるヒーローさんの所でしょう。とミサカは憶測を立てます」

黄泉川「お、場所が特定できるなら話は早いじゃん。ちと、この腕白盛りの……」



掴んでいる手元へ視線を移す。

芳川も会話の流れに付いていく感じで、黄泉川に倣うように視線を移した。

……が、二人は即座に全身が硬直した。


打ち止めを掴んでいたワイシャツが、何故かバスタオルとすり変わっていたのだ。
いやむしろ、どうして今まで気付かなかったのか不思議で仕方ない。
バスタオルとワイシャツでは、手触りが全然違うというのに。



00001号「あ、ちなみに上位個体でしたらミサカが扉を開けたと同時に外へ飛び出していきましたよ。とミサカは今更ながら事後報告します」



そういえば、彼女が扉を開けた時から、打ち止めの叫び声が聞こえなくなっていたような。
更に言えばジタバタする感覚も、手からなくなっていたような。

黄泉川は事態を把握すると、苦笑を浮かべ、困ったようにこめかみ辺りをポリポリ掻いた。
見兼ねた00001号が一つ提案をする。



00001号「……あの人に救援を求めますか? 今なら携帯で簡単に連絡できますが」



黄泉川と芳川は揃って、「うん」と二つ返事で返したのだった。




———————————————




フレンダ「それにしても、ヒマって訳よー……」

滝壺「うん」



『アイテム』の二人は、黒いワゴン車の中に居た。
もちろん今日も今日とて、仕事で赴いている。

仕事の件は、とある犯罪者小組織の制圧。という至って簡単なこと。
それだけなら、別に暗部が出る幕なんて皆無に等しい訳だが、ちょっとした事情あるのだ。
何やら上層部に対し、一矢を報いるために学園都市の闇に関わる『チップデータ』を掴んだらしい。
警備員(アンチスキル)に制圧してもらっては、少々問題が浮き彫りになる可能性が否めない。
と言うことで、わざわざ『アイテム』が赴いたのである。


しかし今回は残念ながら二人の出番はなかった。

敵は元々少ない上、無能力者の集まりだ。
武器として銃を所持しているらしいが、『アイテム』にとっては児戯に過ぎない。
でもまぁ、念を入れて絹旗と麦野の二人で制圧中なのである。
電撃戦に向いている二人だから、事足りるだろうとの考えだ。

もしもの事があれば出動するが……。



フレンダ「結局、麦野に限って『もしも』なんてない訳」

滝壺「それにきぬはたも付いてるからね」



チラッ、とフレンダは滝壺を一瞥する。

あの大覇星祭の一件から、特に気まずさもない日々を過ごしている。
何か聞かれるかと思いきや、そうでもない。
いつもと変わらない態度で接してくれていて、奇妙に思えてしまうほどだった。




フレンダ(気にし過ぎなのかなぁ……)



本当に、こういう役回りは苦手である。
性格的にも立ち位置的にも。

これが絹旗であるならば、浜面の背中を叩き、無理やり滝壺の下へ向かわせるのだろう。
そして全力で滝壺の味方に回るはずだ。
自分も滝壺の味方で間違いない。
だけど性格な面が災いしてか、変に気遣ってしまい、おろおろするばかりである。



フレンダ(うぅ〜……ある意味、今日は私の出番なくて良かった訳よ……。きっと、ドジ踏みそう)



もはや泣きべそをかきそうな勢いだった。




滝壺「……フレンダって」



ふと、滝壺が座席に全体重を預けながら問うてきた。
顔はフレンダに向いていない。
車の窓ガラスから、外を覗いていた。

突然名前を呼ばれたフレンダは、飛び上がるように反応した。



フレンダ「うぇっ!? どどど、どうした訳よ?」

滝壺「……はまづらと、知り合いだったんだね」



今度こそ、フレンダはピシッと石像のように固まってしまった。



フレンダ「えー……あー……まぁ……うん」

滝壺「そっ、か」



体重を預けていた座席から起こして、フレンダに向き直る。


強引に取り繕うとするフレンダだったが、どう足掻いても引きつった笑みにしかなっていない。
だけど幸運なことに、どんな人も気付いて指摘しそうな反応でも、滝壺には指摘されなかった。
それが敢えてなのか、素で気付けてないだけなのかは判らない。



滝壺「……恋人?」

フレンダ「そ、それはない訳よ! 絶対にない訳よ! 結局! 浜面とはそんな関係じゃない訳よ!」



ついムキになってしまったが、ここは否定しておかないと駄目な気がする。
もし妙な反応を示した時は、将来になって絶対に後悔するだろう。

滝壺は膝の上で、ギュッと拳を作ると、



滝壺「……うん。いつまでも、逃げきれるわけじゃ、ないもんね」



———決心した瞳でフレンダを見た。



滝壺「はまづらの連絡先、知ってる?」

フレンダ「もちろんな訳よ!」

投下しゅーりょーです

投下しまーす


最近、禁書SSが増えてきてますね
しかもヴェントさんが出演するSSも多いですね!!

ここはもう少しほのぼのが続きます




上条、一方通行、浜面の三人は、既にファミレスから解散していた。
美琴と円周に連れて行かれる形で上条が抜けてから始まり。
一方通行は打ち止めが迷子との連絡が入って億劫そうに立ち上がり。
ついに一人になってしまった浜面は寂しそうにトボトボと会計を済ませたのだった。



上条「……で、わたくしめは一体ドコへ連行されるのですかー?」

美琴「地下街よ」



先頭を歩く美琴が即答する。
肩まである茶色の髪を揺らしながら振り返り、楽しそうに続けた。




美琴「ちょっとそこに用事があってね。付き合って貰おうって思って」

円周「るーんるんるんるーん」



美琴の隣に並ぶのは木原円周。
別に仲が良くなった訳ではない。

単に、この方が喧嘩を起こさず平等に上条当麻と接することが出来る、からである。

円周からすれば、一緒に居られるだけで充分なので、私が彼の隣うんぬん! といった問題はない。
しかしどうやら美琴の方は不満らしく、気に入らないのでこの形で落ち着いた。

そこで一言。



円周「恋する女の子って困ったねー」

美琴「アンタもそうじゃないのかッ!」



すかさず美琴が食い付いた。
先ほどから同じようなやり取りが繰り返されている。


上条は重い溜息を吐き、空を見上げた。
空は厚い雲で覆われ、ほとんど黒に近い色をしていた。



上条(……降るな、こりゃあ)



くん、と仄かに湿った空気の匂いがする。
この調子なら、夜は確実にどしゃ降りだろう。
もう降り始めてもおかしくない感じだ。



上条(さっさとスーパーで買い物を済まして、部屋でおとなしく過ごした方が良さそうだ)



それにしても……。






上条「———イヤな天気だな」

美琴「ん? どうかした?」

上条「なにもありませんのことよー」





———————————————




時間帯は午後三時を過ぎた頃。

一方通行はアスファルトの上を歩いていた。
片方の手には杖を、反対側には携帯が握られている。



一方「特定はしてンのか?」

00001号『ええ。先ほどMNWにアクセスしたところ、どうやら地下街に紛れ込んでいる模様です。とミサカは懇切丁寧に答えます』



彼の不機嫌な声にまったく動じない電話の相手は、妹達の00001号だ。
現在進行形で迷子である打ち止めの捜索に、二人とも手を焼いているようだった。
とりあえず何でもいいから手掛かりが欲しい、との旨を伝えたら、返ってきた言葉がそれだった。

一方通行は眉をひそめる。



一方「俺がわざわざ彷徨うより、オマエが捜した方が早いンじゃねェの?」

00001号『監督不届きの罰ですよ』

一方「……意味判ンねェンですけどォ」



肩を落とす彼に対して、00001号は電話の奥でクスクス笑っていた。




一方「大体、監督ってなンだよ監督って。俺はあのクソガキの保護者かっつーの」

00001号『おや、違うのですか? とミサカはからかってみます』

一方「ぶン殴って欲しいのか?」



彼の機嫌も絶賛下向気味である。
しかし意にも介さないのが、検体番号00001号のミサカだ。

どんなに不機嫌な声を出そうとも、粗雑な扱いをされてもヒラリとかわすその精神は見上げもの。
少しでもいいからその才能を、別の方向に伸ばせないのだろうか?



一方「手間の掛かるガキはオマエだけで充分だ」

00001号『新手の告白ですか? でしたら式はいつ挙げましょうか』

一方「頭湧いてンじゃねェの」

00001号『ああああでも、確か16才からが法律でした。とミサカはがっくりとうなだれます』

一方「聞けよッ!!」

00001号『ふふっ、冗談ですよ。とミサカはほくそ笑みます』



結局、いつもの会話だった。
彼女の手の平で踊らされるのは、もはやテンプレである。




00001号『正直に言えば、一人より二人で捜す方が効率は良いですから。とミサカはあの子供を一人で捜すとかマジ勘弁と心中を吐露します』

一方「……何気にえげつねェ事言ってンの判ってンのか?」

00001号『半分はあなたの影響ですよ?』

一方「…………」



教育方針を改めた方が良いかもしれない、と密かに思う一方通行だった。


とにかく、目的地はハッキリしたので、とりあえず地下街を目指すことに。
00001号からの提案で、現地集合が可能ならしよう、と結果に落ち着いた。
彼も最初は面倒くさがったが、00001号のせっかくの外出許可を無駄にしたくなかった。

……なのに、






「あるぇーとうまじゃないとうまじゃないよでもなんかとうまと似てるんだよそういえばどこかで会った気がするかもそれよりお腹が減ったんだよお腹が減ってお腹が減って動きたくないむしろ動けないんだよあちこちからおいしそうな匂いが漂っててお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかお肉とかー」






一体何でこンな事になってンだ? と一方通行は肩を落としていた。


一方通行が打ち止めを捜すために地下街に入ったところ、いきなり横からこの少女が激突してきたのである。
彼女はいかにもふらふらですといった足取りと口調で、こんな長文を器用なことに噛まずにベラベラと言ってきた。
普段なら「どォでもいい」と吐き棄てて素通りするのだが、神様の気紛れか見覚えがある人物だったのだ。
それも上条関係で。しかもおそらく上条の部屋に居候するような感じで。

……回りくどいのはもういい。言ってしまえば上条が養っている、いつかのシスターだ。
顔見知りだから、なまじ通り過ぎるのも、いささかためらいがある。



インデックス「———ッ!!」

一方「……」



近くのファストフード店に引きずり込み、財布を投げつけてやると、山のように積み上がるほどの品々をトレーに乗せて持ってきやがった。
そして「いただきます」を合図に、ガツガツガガガガガガッ!! と機関銃の連射機能みたいに食い尽くしていく。
見る見るトレーに乗った食べ物が消費されていってる有様を、一方通行は呆然と眺める。


金銭的な面は全然問題ない。
それよりも、この少女の胃袋の許容量はどうなっている?
人体の神秘といっても過言でもなさそうなぐらいだろう。



インデックス「んきゅ。おかわり!!」

一方通行「判ったから言ってこい」



ゴミとなった紙くずや容器類をゴミ箱に突っ込むと、トレーを持って一階へ降りていく。
トレーは別に持って行かなくても良かったのだが……、



一方通行「律儀なガキだ。つか、なァーンでこォなっちまったかねェ」



暇を持て余すように、ポケットから携帯を取り出す。
すると、どうやらメールが届いていたみたいで、一件着信があった。
メールを開いてみれば、数分前に届いたばかりのものだった。
それも送り主は00001号。



『ミサカもそこへ突撃してもよろしいでしょうか?』



とても簡潔な内容で、色々と説明不足な気もするが、ただ判る事が一つ。



一方「どォして面倒事ばかり増えやがンだ……」





———————————————




上条「ペア契約ねぇ……」



上条当麻は地下街の携帯電話のサービス店を目前に呟いた。

目的地に着くまでの道中で、大体の事情を把握した。
何やら彼女は『ハンディアンテナサービス』とやらに登録を希望らしい。
それだけなら上条は必要ないのだが、どうやらペア契約をすれば通話料金も安くなるとのこと。

上条はお店の幟を見ながら、



上条「ペアなら誰でもいいって訳じゃなく、男女限定なのか」

美琴「そそ。当麻を選んだ理由は———」

円周「当麻お兄ちゃんしか知り合いの男の人、いなかったからあ?」

美琴「違うわよ!! いや、別に違わないんだけど……んもう! どうだっていいでしょそんなことッ!!」




このままでは話が進まないので、勝手に述べさせてもらう。

円周が言った通り、美琴に男性交友が非常に少ないのもしかり。
要は『ハンディアンテナサービス』とペア契約をセットで受けると、限定のゲコ太ストラップがオマケで貰えるらしい。



美琴「後、当麻がいつドコに居ようと電話が繋がるようにね。どうせその内、またどっかに行っちゃうんだから」

上条「……つまり発信機を付けられるようなもんか」

美琴「発信機だったらまだいいわよ。ドコでも電話が繋がるだけで、居場所が特定できるほど、このサービスは高性能じゃないからね」

上条「まあ、流石にそこまでしちまったら、法律に触れて問題沙汰になりそうだがなー」



内心、「美琴なら電話に出た瞬間、電波の流れを解析して、居所特定とか出来んじゃね?」と思ったが……敢えて言わない。
彼女のアクティブ精神なら、本当に実行しかねない虞があるからだ。
その危険性は潰しておきたい。
自分の行動範囲も狭まってしまうし、何より位置がバレるのは非常によろしくないのだ。
ただでさえ最近は、学園都市『外』での問題が多くなってきたというのに。
これ以上、美琴に無駄な心配をかけさせるのは避けていきたかった。




円周「うん、うん。ここは私も当麻お兄ちゃんとペア登録をすべきなんだね!」

上条「んな“『卵お一人様一パック』だから二回レジ通って二パックゲット!”みたいな、小細工できるのか?」

美琴「例え方がよく判んないわよ。ってか駄目よー。元々私が先にするつもりだったんだから。予約済みよ予約済み!」

円周「早い者勝ち!」

美琴「あ! ちょっと待ちなさい!」



店の中へ駆け込んでいく。
何だかんだ言っても二人は同じ中学生同士だ。
そうとは思わせない雰囲気を放つ二人でもあるが、思考回路はほとんど一緒なため、気が合うのだろう。
幾ら『Level5』だの『木原一族』と周りから言われても、上条当麻からしたら二人とも中学生に過ぎない。


だからこそ思う事がある。



上条(……護りきれる限りは必ず護る。どんな『カード』を駆使してもな)



上条も店の中へ入る。
カウンターの所に二人はいた。

我先にという必死な形相に、店員のお姉さんの笑顔が崩れかけていたが、それでもマニュアル対応を忘れていなかった。
二人の下へたどり着いた時にタイミング良く、店員さんは書類を揃えつつこう言った。



「書類の作成にあたって写真が必要なんですが、お持ちでしょうか?」



ん? と上条は目を丸くする。

そんな彼に気付かず、円周は尋ねる。



円周「証明写真?」

「いえいえ。そんなにお堅いものではなくてですね」



店員さんはニコニコ笑って、



「これはペア契約でして、登録に当たって『このお二方はペアである』事を証明して欲しいだけなんです。なので、お二人がツーショットで写っているものであれば、携帯電話のカメラで大丈夫です」




上条はどぎまぎしながら、



上条「……つ、つーしょっと?」

「あら。そういうのはあまりやられませんか? なら、この機会に是非いかがでしょう。
 登録完了の20分前に写真をお渡ししていただければ結構ですので、待ち時間などを利用して撮影していただけると助かります」



「マズい」と彼の本能が察知した直後のこと。

今まで店員さんの説明に集中していた二人の頭が、ぐりんッ!! と一斉にこちらへ振り返ったのだ。
標的(上条当麻)の位置確認を行ったのだ
……もう彼女達の考えや、このあと何が起きるなんて言うまでもない。



上条「不幸だ……ッ!!」



最悪の事態を避けるべく、彼は即座に逃走を図るのだった。





———————————————




病院には一人の少女が居た。
少女が居るのは廊下だ。
真っ白な色、肩までに切り揃えられたキメ細やかな髪の毛。
パッチリと大きく開かれた赤い瞳。
花形のヘアピンが髪に留めてある。
長袖のセーラー服を身に包んだ、高校生ぐらいの可憐な女の子だった。

そんな彼女に、顔がカエルに似ている医者が話しかける。



冥土帰し「さて、準備は整ったかい?」

百合子「…………はい」



返ってきたのは鈴が鳴るかのような、小さな声であった。

彼女は窓の方をずっと見ている。
空には厚い雲が覆われていて、特別何かがある訳でもない。



冥土帰し「未練は、あるようだね?」

百合子「はい」



率直に答えた。
それでも尚、彼女の視線は空へ向けられていた。



百合子「『雨』……降るでしょうか?」

冥土帰し「うん? 降るだろうね」



そして訪れたのは沈黙。
医者も無理に促そうとせず、ジッと少女が話し出すのを待つ。

無言が続き、しばらくした後、彼女は口を開いた。



百合子「『雨』を見ると……不思議な気分になるんです」



医者が疑問の言葉を言う前に、少女は続きを紡ぐ。









百合子「……私と同じ、白い“あの人”を思い出すんです」




その言葉を聞いた途端、医者は何も言えなくなった。
尋ねようとした疑問も吹き飛んでしまった。





百合子「あの時の記憶は曖昧なんですが……『雨』と“あの人”は、すごく印象的に残っていて……」





———出来るわけ……ねェ、だろ? 俺が? 百合子を?





おもむろに目線を両腕に落とす。
未だに忘れはしない。
抱き締められた感覚を忘れはしない。

彼は、とても温かった。
雨は冷たかったけど、気にならないくらい、温かった。





百合子「初めて会ったはずなのに———懐かしい感じがしました」





俺の妹、と言ってくれた。
百合子、と呼んでくれた。

彼との記憶はない。
まして、会ったことすらない。

なのに、聞き覚えがある気がした。見覚えがある気がした。

百合子という名を。
あの人という人物を。




冥土帰し「…………」



冥土帰しは何も告げない。

彼は「必要とあらばどんなものでも用意する」と豪語する医者だ。
しかし、今回ばかりは介入を許されないだろう。

この問題は少女自身が悩み、葛藤をし、考えていくもの。
それは少女の成長に、『彼』の心の成長にも繋がるはずだから。



冥土帰し「……これを渡しておこう」



せめてと思い、医者は胸ポケットから小さな四角い紙を差し出した。

彼女は戸惑ったながら、おずおずと受け取る。



百合子「これは……?」

冥土帰し「僕の名刺だよ。そこに、電話番号が書いているはずだ」

百合子「……」

冥土帰し「また学園都市に来たくなったら、連絡をしてくるといい」

百合子「……」

冥土帰し「もちろん、君の意志次第だけどね?」



少女はじっと名刺を見つめる。

見つめたまま静かに、












百合子「……はい。ありがとうございます」











———そう呟いた少女は、かすかに微笑んでいた。



投下しゅーりょーです

ガチでみさきちと上条さんが知り合いだった件(上条さんは記憶喪失で覚えてないけど)

投下しまーす


>>788さん
ですね。結構驚いてます
みさきちに洗脳されている女の子が「学舎の園」の外を歩いていたら、不良共に絡まれ、上条さんが割り込んだ感じじゃないですかね
超電磁砲のマンガでは今、みさきちの過去篇に突入してますし、触れて欲しいと願うばかりです!




浜面仕上は第七学区の公園に居た。

ファミレスから出た彼は、街中をブラブラとさまよってしまうほど、暇を持て余していた。
思いの外早々に解散する形となったので、予定事が全くない。
このままだと、いよいよ携帯で半蔵か駒場を呼びかねないと思った時だった。

メールを受信したのである。
フレンダから、「ヒマだから買い物に付き合って!」と一切脈絡のない文章が届いたのだ。
あまりに唐突過ぎるので「は?」と返しても、待ち合わせがどうのこうのと、大胆な無視を決め込みやがった。
気が付けば勝手に時間やら場所やら、事が進行していた。



浜面(暇だったから別に構わないけどよ……それにしたってもう少し説明があってもいいだろ)



ベンチに腰を掛け、溜息をつく。


そして考える。どうして自分はこう、流されやすいのかと。
優柔不断。押しに弱い。折れやすい。等々。
言い方は様々だが、要は“明確な断る理由がなければ引き受けてしまう”のだ。
特に女性が相手だと尚その傾向が強い。
男だったらそうでもないのに……。



浜面(……やっぱ、過去を引きずってんのかなあ)



滝壺との因果が未だに浜面仕上を縛り上げているのか。
それとも、既に解放されているにも拘わらず、踏み出す一歩が出ないだけか。

もっと単純に———恐いだけか。



浜面「…………」



大覇星祭の時、長年捜し続けてきた滝壺と再会を果たすことが出来た。
しかし、喋る事はおろか、彼女の名前を口にする事すら儘ならなかった。
何とか言えたものの、精一杯振り絞ってようやく出たのでは、前途多難である。
そんな事では伝えたいものも全く伝わらない。


そう、頭では、理解している。


判っている。本当は判っている。
何を伝えたいかも。どうすれば言葉を発するのかも。
頭の中では何度もシミュレーションを繰り返しているので、判らないはずがないのだ。

なのに……『心』は簡単にいかない。

何をどう理論立てて、頭で理解しても、『ためらい』が生まれてしまう。
迷う自分がいる。後一歩なのに踏み出せない自分がいる。
それはもはや、体の芯まで染み付いた『トラウマ』に近いもの。
先ほど言った通り、結局は恐いだけかもしれない。


本当に大丈夫だろうか?

自分が関わった事によって、彼女はまた傷付かないだろうか?

自分を狙ってきた人間から、彼女を巻き込んでしまわないだろうか?

彼女は自分に会う事を———望んでいないのではないか?


何しろ勝手に、救い出してやると言ってるだけなのだ。
滝壺の意志関係なく、ただそう誓う事で、過去の罪を償っている気になっているだけだ。



浜面(……滝壺が傷付くのが恐い、俺自身が傷付くのが嫌だ。っていう『自己防衛』が躊躇に繋がってんのかもな)



一方的な思いに過ぎない。
だが、考える時間がなかったりもする。


垣根や上条が常々言っていた言葉。
油断はするな。周りの人間は甘くとも、学園都市は甘くない。

『闇』に属している以上、学園都市は必ず自分に関与するため、コンタクトを取るだろう。
それは、浜面仕上の弱みを握るためか。
これからの事を考慮し、少しでも反乱を防ぎ、手懐けて支配下に置くという画策か。

偶然だとしても、“滝壺理后と接触した”のは違いないのだ。

そして二週間経った今、学園都市が自分に対するアクションはなかった。
電話の一本さえないのは、もはや不気味だった。



浜面「……いざという時まで残す気か、もしかして『アッチ』にアクションを起こしたんじゃねえだろうな」



どちらにせよ、学園都市の上層部が看過するはずがないのは確かな事。


自分の成長と学園都市の思惑、両方の理念が脳内で渦巻いている。
要は『経験』と『払拭』さえ用意すればいい訳だ。
前者の方は仕事の件で、何度もその機会には恵まれていたのだが、上条が全て妨げていた。
車の調達係、施設の侵入なら見取り図やコントロール室の占拠といった、どれもこれも直接的に関わらない役割ばかり。
護身用に拳銃を持たされてはいるけれど、使った試しはない。



浜面(判ってる事は、大将は何かしら意図があって俺をそういう立ち位置にしてるって事。
   でも、自分で言うのもアレだけど、それじゃあ経験不足で不利に陥る可能性の方が確実に高くなっちまう)



場慣れ、という言葉がある。
何度も経験を積むことによって、極度の緊張を和らげたり、パニック状態を防いだりすることだ。

浜面仕上の場合、過去の『トラウマ』を抱えている。
正直、どうなるか判らない。
いくら逃げないと心に決めても、足が竦むかもしれないし、腰が抜けるかもしれない。
何せ『経験』が無いのだから、イメージで感じるしかないのだ。






















……それが今後の彼にとって、運命を左右することになろうとは、この時の浜面は気付いていなかった。




















_




「……」



足音が聞こえた。
靴と砂が擦れる音だった。
明らかにこちらへと向かってきていた。

俯いていた浜面は、近付いてくる人影に気付くことが出来なかったのだ。
だがそれは視覚による話。聴覚が感じ取った足音は、浜面を我に返させた。

そうだ。自分は待ち合わせをしているのだった。
相手が遅刻気味だったので、つい考え事にふけってしまっていた。

ようやく来たフレンダを少し皮肉を言うように、



浜面「おいフレンダ、遅れるなら連絡ぐらい———」



足音がする方へ顔を上げて……停まった。
全身が硬直し、その人物から目が離せなくなっていた。

今まで思考で塗り固められていた脳内が、一気に真っ白になった。
さっき言ったように『払拭』されたのだ。




「はまづら……久しぶり」



現れたのはフレンダではなかった。
だが、フレンダと交流を持つ少女だった。

肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、上下ともにピンクのジャージ。
その少女の名前は、



浜面「た、滝壺……」



滝壺理后。
思わぬ人物の登場に、浜面は戸惑うばかりである。




———————————————





結局、上条当麻は捕まってしまった。

上条の思考パターンを持つ円周と、能力の応用でレーダー機能を持つ美琴。
そんな二人から追われるとか、もはや嫌がらせでしかなかった。
単純に鬼ごっこなら容易い。しかし、地下街という狭い通路で電撃をぶっ放してくるのは流石に反則だと思う。
更に、右手で消している間に円周が懐へ接近するという、コンビネーションまで発揮させてきた。
彼の逃げる余地は既になかったのだ。
何だかんだで、二人とツーショット写真を撮る羽目に。



上条「あ、嵐のようだった……」



彼は今、一人ポツンと残されていた。
散々振り回され、ツーショットを撮られた挙げ句、こちらの話を聞かないまま携帯ショップへと直行した。


きっと今頃、携帯ショップでどちらが先か言い争っているだろう。
彼にしてみればそんな剣呑とした場面に居合わせたくないので、別に放置されようと構わないんだが……。



上条「もう帰っても大丈夫かな……?」

「げっ」



割と近くで、どうも聞き覚えがあるような声が届いた。
ん? と上条はその声がした方向を見る。

そこには美琴と同じ、常盤台中学の女の子が居た。
長身に加え、腰辺りまで伸びた長い金髪。
レース入りのハイソックスに、手首から先は(ブレザーを着込んでいるため長さは判らない)白い手袋を着用していた。
星のマークが入ったバッグを下げ、そして何故か少女の瞳の中に星のようなものが覗く。
御坂美琴とは違い、大人びた雰囲気を感じさせた。

『思い出』ではなく、『知識』としてその人物像を知っているのかと思ったら、どうやら違ったらしい。
上条当麻はその少女に対する『思い出』があった。
失った一ヶ月より、もっと昔の記憶に。




上条「……みさきち?」

食蜂「……あなたにそんな親しく呼ばれるほど、私達は好ましい間柄ではなかったはずだけどお?」

上条「んだよ、本当は嬉しいくせに皮肉が混じんのはあの頃と変わんねえんだな」

食蜂「な……! 出任せは能力だけにしてほしいわあ!」

上条「はいはい。小学生の時が初々しかった分、今は随分とお嬢様になったみたいだな?」



彼女の名は、食蜂操祈。
学園都市第五位の超能力者である。
美琴と同じく昔ながらの付き合いの女の子だ。

……と言っても、トコトコと後ろを付いて来る系女子の美琴と違い、食蜂は物陰からジッと見つめてくる系女子なのだ。
そんな彼女を見兼ねて何度か声をかけたこともあったが、どうも上手くいかない。

何やら能力が効かないのを良く思ってないようだった。
しかし、その瞳は構って欲しいという理由でやたらと引っ付いてくる従姉妹と同じ目をしている。
つまり構って欲しいけど接し方が判らないのだろう、と上条が勝手に決めつけていた。




食蜂「あなたは相も変わらず、おかしなコトに巻き込まれているようねえ」

上条「巻き込まれてるっつーか、放置されたから再来の前に帰るか迷ってるっつーか……微妙な所だな」

食蜂「ふうん? いつにも増してよく判んない事態に落ちてるじゃない」



彼女は眉をひそめて体重移動をする。
特に何ともない仕草だったのだが……上条は目を細めた。



上条「……右腕、怪我してるのか?」

食蜂「!」



どうにも上条の目には、彼女が体重移動をする際に、右腕に負担を少なくしたように見えたのだ。
病院にほとんど通い詰め状態の彼だからこそ、『そういうもの』と隣り合わせだったからこそ、見抜いたのだ。
僅かな違和感でも、一番身近にいた上条には明確だった。



食蜂「べ、別にい。最近ちょっと……いざこざがあったのよお」

上条「お前暴力で済ますような性格じゃないだろ。美琴じゃあるまいし」

食蜂「…………」



尤もである。

あまりにも的確過ぎて言い返せなかった。


どちらかと言えば、いざこざが起きる前に洗脳して改竄するようなタイプだ。
そもそも、そういう面倒な事(面白そうであるなら別)は彼女なら避けるに決まっている。



食蜂「……はあ、これでも色々とあったの。余計な詮索はしちゃいけないんだゾ☆」



言えない。口が裂けても言えない。
あなたの弱点を探るためにあなたの友人に当たる人物を交渉しようとしたら、却って痛い目に遭いました。……なんて言える訳がない。
挙げ句の果てに「お前はお兄ちゃんっ子だ」発言をされ、肯定するかのようにムキになってしまった。
実にらしくない。いつも通り、饒舌に述べればいいだけだった。
ムキになり、思わず能力を使うのは御坂美琴の役目のはずなのに。

これではまるで———、



食蜂「……むう」


上条(なにやらご機嫌斜めな様子だから、上条さんは退散しても……?)



さっきから口を尖らせたり、普段に戻ったりと、表情の変化が激しい。
暗かったと思ったら明るくなったり忙しいお嬢様だ、と率直な感想だ。
でも、どうやら自分が右腕の事に関して指摘してからこうなので、罪悪感が蟠る。

故に彼女の中でまだ拘泥しているその隙を狙って、上条はコソコソと立ち去ろうとする。










「なにを隠密に逃亡を図ろうとしているの? ってミサカはミサカは癒し系マスコットとしてあなたの背中に張り付いてみたり」










……が。

トテトテ、ノシッ!! と。


背中に伝わる丸っこい感触に、上条は全力で背筋を伸ばして、



上条「うおぉ!? だだ誰だ、子泣きジジイか!!」

「ミサカの性別はメスだし学園都市でオカルトを語るのはナンセンスかも、ってミサカはミサカは安定感を得るためにさらに身をすり寄せてみる。
 ここミサカの定位置にしたい、ってミサカはミサカはついでに要求してみたり」



のしーっ、と生温かい体温の塊がちょっとだけ重みを増す。
言葉の節々に様々な疑問は残るが、とりあえず口調から何となく想像がついた上条は、



上条「こ、んの……ドッセイ!!」



背中へ右手を回し、背中にくっ付いているものの衣服らしき所を掴むと、声と共に前へ引きずり出す。
襟首を掴んでいたようでぶら下がる形で吊されたのは、御坂妹を小っこくした感じの謎少女だった。

何となく口調から『妹達』関係と踏んでいたが、こんなミニマムミサカは見たことがない。
誰だろうこの子? と上条は首を傾げる。
吊された女の子も仕草を真似て首を傾げていた。





———————————————




00001号「おぉー……、とミサカは感動のあまり言葉が見つかりません」

一方「…………」

00001号「ミサカの分もどうぞ———おおお! ミサカがあげたハンバーガーが二秒でなくなりました! とミサカは年甲斐もなくハシャいでみます」

一方「…………」



だから言動と口調が一致してねェって、という旨は伝えない。
げんなりした様子の彼は、もはやそんな事どうでもよくなっていた。
隣に座る00001号のメールが届いてから数十分経っているが、店から離れていなければ未だに現状の進展もなし。
00001号の方も、既に打ち止めの事は忘れ、目の前の“現象”に釘付け状態だし。


ちなみにおかわり四回目である。




一方「馬鹿げてやがる……。クソガキ相手にしたってここまで疲れたりしねェぞ」

インデックス「もが?」

一方「いちいち動き止めてねェで一気に食え。そして俺に言うことあンじゃねェのか?」

インデックス「ごきゅん。うん、ありがとうね」

一方「一言かよ!」

00001号「あぁ、終わってしまうのですね、とミサカはがっかりしてみます。ですが、見事でした、とミサカは惜しみない賞賛を贈ります」



これは大変な人間と遭遇してしまった、と一方通行は溜息をついて肩を落とす。
いくら顔見知りでも、少しばかり遠慮はするものだという認識自体、覆してしまいそうな少女だ。

改めて、上条の事を尊敬する。こんなののお守りは願い下げだ。
今日が特別な訳じゃなく、常日頃からこの調子なのだろう。
それなら00001号と打ち止めの両方を同時に相手してる方がマシなくらい。




インデックス「えとね、確かとうまと一緒に私を助けてくれた人だよね?」

一方「……あァ」

インデックス「あの時はありがとうなんだよ。しあげとていとくもご飯おごってくれたし、あなたも良い人なんだね!」



どうやら他二人とは接触済みらしい。
垣根はまだしも、浜面は金銭的に無事だったのだろうか?
そういえば前に四人で集まった時、ファミレスで何も食わなかった日が続いた事があった。

……ご愁傷様としか言えない。



インデックス「とうまを捜してたんだけど途中でお腹が減っちゃってね。というか、そもそもお腹が減ったから当麻を捜そうと思ったんだけど」

00001号「……んん? 行動理念が途中から判らなくなってしまいました、とミサカは首を傾げます」



上条を捜しているのであれば問題は皆無に等しい。
連絡を取り、居場所を伝えれば済む話だから。


少女にはこちらの用事に付き合ってもらうとしよう。
携帯画面にスイッチを入れ、小さな画面に打ち止めの顔写真のデータを表示して、それをインデックスの方へ向けつつ、



一方「オマエ、こォいうガキを見たことがあるか?」

インデックス「ないよ」



即答速攻大否定だった。



インデックス「私は一度見た人の顔は忘れないから、間違いないと思うんだよ」

00001号「どういう意味でしょうか? とミサカは疑問を投げかけます」



00001号には悪いが、一方通行はおおよその見当が付いている。
わざわざ口にする必要はないので、いい加減停滞する現状打破のために彼は杖に力を込め、立ち上がる。

Lサイズのボトルを飲み干すインデックスは立ち上がった一方通行に、



インデックス「どこ行くの?」

一方「生憎、オマエと同じ人捜しだ。……オイ、行くぞ」

00001号「しょうがないですね。少々面倒くさくなっていましたが、あなたが言うのなら行きましょう、とミサカはこの少女との別れを惜しみます」

インデックス「むむ! なら私も付いていくかも! せっかくとうまを通じる人に会ったんだもん」

00001号「是非そうしましょう! とミサカは地下に買い食いできる店をミサカネットワークを介して検索します」

一方「……別に構わねェけどよォ」



ヘタに別れ、また迷子になられても困る。
いや、迷子になる確率はほぼ100パーセントだろう……が、



一方(このしンどさがまだ続くとなると……なァ)



彼の苦労はまだまだ続く。

投下しゅーりょーです



さて、次の次には登場ですかね

単に、原作通りのストーリーで暗部抗争をやりたいから>>1が垣根を離脱させただけ、
と嫌らしい読みをしてみる。

投下ー

早い代わりに短いです


>>820
残念、暗部抗争は今後の展開的に入れた方が都合がいいんですよ




上条「つまり、この前一方通行が言ってた、クソガキのクソガキ……打ち止めって事でいいんだな?」



人差し指と親指を顎に添えて尋ねる。
打ち止めはその小さな両手をブンブン振り回して、



打ち止め「合ってるんだけどその言い草に納得がいかない! ってミサカはミサカは腹を立ててみたりぃ!!」



一方通行が入院したと報告を受けた際、垣根から要点を纏めた説明は聞いていた。
大量の妹達が暴走を起こした時に、それを人間側の手で食い止めるために作られたのが彼女らしい。
妹達が作るある種のネットワークにそれ以外の者の手で介入するという、最終信号との事だった。

確かにたった一体でも反乱意識を宿せば、それは全妹達に一瞬の内に伝わる。
二万体の軍用クローンが学園都市を埋め尽くす事になってしまうだろう。
その危険性を潰すための「打ち止め」。

しかし、上条は考えてしまう。

逆に打ち止めが悪用されれば別の危険性が生まれるのでは? と。
妹達を制御する事が可能なら、支配する事だって可能なはず。
もちろん、ネットワークと言うぐらいだから、妹達が個人で遮断し、防ぐ事も出来なくはないと思う。



上条(いや待て、確か妹達は寿命を延ばすために世界各国の施設へと送られているんだったよな。
   そんな中で尚、あいつらはネットワークを介して会話なり、やりとりを駆使して“繋がってる”)



簡単なSNSを構築と言ってもいい。
それが日本を中心に、網のように広がって世界各国に繋がっている。
『ハンディアンテナサービス』を思い出しては貰えないだろうか。
これは近くにアンテナ基地がなくても、携帯電話を持つ人全員が中継アンテナになるシステムだ。

置き換えてみよう。
携帯電話の代わりにミサカだとする。
アンテナがミサカなら、送る電波は———。




上条(……考え過ぎか)



色々『裏』がある学園都市だからこそ、ありえない話ではない。
しかしどうも該当するようなモノが無いのも事実。
それなりに闇を掻い潜ってきた上条ですら、学園都市の全てを把握している訳ではない。
バケモノに相当する存在も見てきたが、どれもいまひとつである。



打ち止め「あのねー、ミサカは『破棄』の時にあなたに助けてもらったからそのお礼を言いに来たの、ってミサカはミサカは鶴の恩返し的展開を提示してみたり」

上条「という建前で本音は?」

打ち止め「一瞬たりとも信用してないし! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!」

上条「んなの行き当たりばったりなだけじゃねえか。そもそも、迷子の一方通行を捜しにきたーって言ってただろ?」

打ち止め「そうだけども! あなたにお礼を言いに来たっていうのは偶然によるこじつけだけど、ってミサカはミサカは本心を明かしてみるけど!!」

上条「俺の正解じゃん」

打ち止め「そのデリカシーのなさがミサカは頭にくるのーっ! ってミサカはミサカは両手を振り回してポカポカやってみる!!」




と言うものの、上条の片手が頭にポンと置かれ、制されている。
単純にリーチが足りない。
それを悟った打ち止めは仕方なく引き下がる。
しかしまだ怒りが治まらないご様子らしく、頬を精一杯に膨らませていた。

クスッと、思わず上条は笑みを浮かべる。
こういう無邪気さはインデックスに似ていたからだ。



上条「判った判った。あそこで売ってるポップコーン買ってやるから機嫌直してくだせえ」

打ち止め「女の子の繊細な心理を食べ物ごときで誘導できると———」

上条「要らないなら、さっさと一方通行と連絡取って合流するけど?」

打ち止め「———食べる! キャラメルの甘いやつがいい! ってミサカはミサカは追加注文を押し付けてみたり!!」



ぐいぐいとズボンを引っ張られる。
簡単には釣れなくても、やはり食べ物で収拾はつきそうだ。


インデックスがもっと簡単に終われるのは、きっと食べ物に対する執着からだろう。
食べ盛りではあるが、インデックスほどじゃない打ち止め。
欲しいのに否定的な様子なら、誘導すればいい話。
何とも狡い方法だけど、それで鎮静化するなら厭わない。



打ち止め「おお! ミサカの頭と同じぐらいの大きさがあるかも、ってミサカはミサカは徳用サイズに感心してみたり」



……失敗。流れ作業の感覚で買ったら、サイズの事をすっかりと忘れていた。


この後、予想通り食べきれなくてペースダウンしたので飲料水を買ってあげたり。

食蜂が居なくなってる事を今更ながらに気が付き、何となく呟いたら打ち止めが不機嫌になり。

一方通行と連絡を取れば、向こうも向こうでインデックスが自分を捜していた事が発覚したりと。

何だかんだで時間は過ぎていった。



上条「午後六時。そろそろ来るころだな」



うん、と打ち止めは頷いて、



打ち止め「本当はもっと一緒にいたかったんだけど、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり。
     ここで会ったのはたまたまだったんだけど、お礼をしたかったって気持ちは本当だし、ってミサカはミサカは心中を吐露してみる」



寂しい色を浮かべる。
最後まで子供らしいといえば子供らしかった。

だからこそ、一方通行と一緒に居たらまた会えるだろ? と言おうとして、




打ち止め「でも、あの人は心配すると思うんだ、ってミサカはミサカは先を続けてみたり」




———思わず止まってしまった。




打ち止め「今はあなたと一緒だから大丈夫だけど、そうじゃない時、あんまり遅いと今度はミサカのことを捜すために街に出てくるかもしれないし、ミサカも迷惑とかはかけたくないから、ってミサカはミサカは笑いながら言ってみる」



的確だった。非の打ち所なんてまるでない。

少女の言う通り、一方通行は言葉は乱暴でも、心配性の一面がある。
それは普段の彼の言動からは考えられないと、ある人間達は述べるかもかもしれない。
しかし、一方通行の本質を知っている者からしたら、その人間は何も見えていない。
表面ばかりに囚われていて、その奥にこそ本当の『一方通行』を居るのを知らないのだ。

つまりこの少女は、真正面から一方通行という存在を見据えている。
見据えた上で、しっかりと受け止めている。





打ち止め「弱いんだよ」





少女は続ける。





打ち止め「あの人はいっぱい傷ついて、手の中の物を守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃってるの、ってミサカはミサカは判らないなりに推測してみる」





あくまで推測のようだ。
一方通行は未だに話していないのか、と心の中で上条は呟く。
かく言う自分も『思い出』は無く、『知識』だけが残っているだけだが。

それでも、自信がないから不安な瞳を宿して尋ねてくる打ち止めに———屈託のない笑みを浮かべた。






上条「ああ、知ってるよ」






当たってるよ、と伝える。


打ち止めの顔から不安が取り除かれていく。



打ち止め「やっぱりあなたはミサカの思った通りの人だね、ってミサカはミサカは実感してみる。
     あの人があなたを信頼する理由も頷けるかも、ってミサカはミサカは勝手に自己完結してみたり」

上条「何だそりゃ。上条さんと一方通行は、単に友人なだけですよー?」

打ち止め「ううん、ってミサカはミサカは否定してみる。あなたは知らないうちにそれだけの実績を残してきてるはず、ってミサカはミサカは確信してみたり」

上条「何でそう思う?」

打ち止め「あなたの言動力、ってミサカはミサカは紡いでみる。でも、これはミサカの考え方だから正しいかなんて判らないから、そう思うだけなんだけど……」




これだけは覚えてて、と打ち止めは続け、




打ち止め「あなたは右手の力があってもなくても、きっとこれまでの功績を築き上げてきた思うの、ってミサカはミサカは明言してみる」





———————————————




インデックス「とうまーっ!」



修道服の少女が、通路の向こう先から人混みを掻き分けて駆けてくる。
すぐ近くに杖をついて立っている一方通行の姿も見えた。

彼の視線は打ち止めへと向かれている。
気が付いた打ち止めは、上条へと顔を向けた。

上条はくいっと顎で促す。
行きな、と。



打ち止め「ばいばーい!」



手を振って走り去っていく。
打ち止めは振り返らない。
インデックスが振り返らないように。


二人は地下街の一点で交差する。

一秒にも満たない一瞬のすれ違い際に、彼女達は目を合わした。

自然と口元が綻びる。それさえも一瞬に過ぎなかった。

二人は互いに距離を離していく。

それぞれの行くべき場所へと走る。



インデックス「とうま! 捜したんだよ」

上条「ご苦労さん。てか、家で待ってりゃ良かったのに」

インデックス「とうまは私に死ねと言うんだね?」



ガルル、と牙を剥き出しにするシスターはともかくとして。

上条は一方通行を見る。
彼もまた、上条を見た所だった。





上条「……」

一方「……」





彼らは言葉を交わさない。

代わりに、上条は苦笑浮かべた。



苦労するな? と意志を込めて。



伝わったのか、一方通行は鼻で笑う。

今度は不敵な笑みを浮かばせた。



お互い様だ、と意味を込めて。



そして二人は帰るべき場所へと歩いていく。

投下しゅーりょー




浜面「今日は……ありがとな」



第七学区、十字路の分かれ道。
歩道を歩くのは一組の男女だった。

浜面仕上と滝壺理后。

二人は真っ暗になった学園都市の表通りを歩いていた。
周りに人はいない。
学園都市は最終下校時刻を過ぎると電車もバスもなくなるため、ほとんどの住人は表からいなくなるからだ。
後に残っているのは、連んで騒ぐ夜遊び派だけ。
浜面も上条のチームに入る前はその『派』だった。
今となってはもう滅多にない。
外を出歩く理由がなくなったからだ。
たまに仕事、もしくは駒場や半蔵に誘われて出歩くぐらい。

しかし、今はそういった連中もいなかった。
パラパラと雨が降っている。
傘を差すほどではないが、それでも表通りからは、夜遊び派のグループも消えていた。



滝壺「……?」



何が? とでも言いたげに首を傾げる。
頬をポリポリ掻きながら、彼は苦笑を浮かべた。




浜面「えっと……わざわざ会いに来てくれて、さ」



言い淀みつつも告げた言葉は、感謝の意だった。

本来なら浜面から会いに行くべきなのだろう。
場所が判らなければ仲介役にフレンダと連絡を取ればいい。
そう、覚悟だけしっかりと決めておけば良かった。
いつまでもウジウジと悩んでいる場合ではなかったのだ。
結果、彼女が先に行動する方が早まってしまった。

滝壺は、首を振る。



滝壺「そのセリフは私のものじゃない。フレンダに言ってあげて。フレンダがいなかったら私も今頃、動けないでいたから」



儚げに微笑む。

フレンダという共通の知り合いがいたからこそ、行動に移すことが出来た、と。

彼女のそんな言葉に、浜面は目を丸くする。
緊張していたのは自分だけではない。滝壺も同じように己自信と戦っていたのだ。
浜面は未だに自分の中で渦巻く蟠りが少しだけ晴れるのを感じ取った。



浜面「そ……か。そう、だな」



それが何となく嬉しくて、笑みを浮かべる。

特にドコかへ行く訳でもなく、何気ない会話で今日という日を過ごした。
まあ、最初の十分ぐらいは何を喋ったらいいか判らず、ずっと黙りっぱなしだったが。
始めは初対面みたいにぎこちなかったけれど、ポツポツと話し出した。
話し出してしまえば後は勢いだ。
何の変哲もない話題を、ただひたすら喋り続けた。



……肝心な話題だけは触れてはいなかった。




滝壺「……じゃあ、私はこっちだから」



またね、と手を振る。
去っていく彼女を浜面は見送る事しか出来なかった。

滝壺の姿が見えなくなった所で、彼は全身から力が抜けるように息を吐いた。
何とか乗り越えた。第一段階の壁を突破した。
本当に聞きたかった事は聞けなかったが、それでも大きな進歩だろう。
今はこれでいい。滝壺の連絡先も聞いたし、とりあえず及第点だ。

一歩、「道」を「歩む」事が出来た。



浜面「んじゃ、俺もおとなしく帰るとしま———」




———その時だった。

———辺りに轟音が響いたのは。




まるで車がガードレールを越えて歩道に突っ込んだような、明らかに事故の音だ。
浜面はとっさに振り返る。どうやら近辺らしいが、見当たらない。
おそらく曲がり角の先とか、建物が邪魔で見えないだけである。
幸いなのは、滝壺の方面でなかったこと。



浜面(……どうする。一応、滝壺を追いかけて安否の確認しにいくか?)



万が一という事がある。
巻き込まれてなければそれで良し。
思考を固めた浜面は、なるべく見つからないように滝壺の方を走っていった。




———————————————




一方「あァン?」



一方通行は車道から区別された歩道に立っていた。
あれから病院に帰る00001号を見送り、打ち止めと二人で黄泉川の所へ帰る最中であった。


彼の手にはビニール袋。中には子供向けと書かれた消毒液と絆創膏が入っている。
転んで膝を擦りむいた打ち止めのために薬局へ赴いて、買ってきた物だ。
打ち止めは屋根のついたバス停のベンチに座らしている。
薬局からの距離は二百メートルほどしかない。

面倒だと感じながらも、打ち止めの元へ戻る時———それは起きた。



ドガッ!! と。



猛スピードで突っ込んできた黒いワンボックスカーが、一方通行にガードレールを破って激突してきた。
ブレーキをかけた様子もない。
更に陽も落ちていると言うのに、ライトが点けられていなかった。
ガードレールを破った際に壊れてしまい、消えてしまったのではない。
最初から点けられていなかったのだ。

そう、それはつまり、



一方(……背後から近付くのを俺に勘付かれたくねェよォなやり口だなァ)




しかし、一方通行は平然と立っていた。
彼の手はチョーカーに添えられている。
制御スイッチがオンに切り替わる、それは学園都市最強の Level5 が君臨する事を意味するのだ。

一方通行は突っ込んできた黒いワンボックスを眺める。
フロントにクレーターを作り、そこを中心として波打つように変形してしまった、車と呼ぶか残骸と呼ぶか迷う物を。



「う、あが……っハァ……!」



運転席で呻き声をあげるのは黒ずくめの男だった。
上下統一で黒の装甲服に、同色の首まで埋まるマスク。
分厚いゴーグルで目元まで隠す徹底ぶりだ。

その格好に、彼が見覚えがない訳がなかった。



一方「……あァ、そォか」



自分は上条のように用意周到でなければ、情報量に優れている訳でもない。
優れていなくても、“ヤツ”の事に関しては別である。
忘れる事の出来ない『トラウマ』が、教えてくれる。

何をするべきかを、教えてくれる。



一方「———嘘じゃ、ねェンだな」












愛しき妹を殺めた男を“探せ”……と。


チョーカーじゃなく、自身の中でスイッチが入ろうとしていた。
自分を締め付けるタガが外れるのを感じ取った。
今この場に、止めてくれる『友』はいない。
『友』がいたとして止まれるかなんて判らないけれど、一方通行にとっての最後のブレーキは彼らがいる事だった。

もう、一方通行は止まれない。



一方「あっははァははははぎゃはひひはァ———!」



フロントガラスを失った窓から運転席へ、一方通行の細い腕を突っ込んだ。
そのまま彼の腕は黒ずくめの男の口の中へ飛び込む。
ゴキリ、と鈍い音が響いた。彼の手が顎を掴んだ事によって、骨に異常をきたした音だ。

一方通行は一層笑みを濃くすると、男を運転席から引きずり出し、後方へ投げ棄てた。
ベクトル操作を加えた事で、男はノーバウンドで歩道を越えてビルの壁に衝突する。

『ひっ』と後頭部座席から息を呑む音がした。

まだいる。一方通行の瞳が蠢く。




一方「おォい、オマエんとこを統率するヤツはここにいンのか?」



反対の手が後頭部座席にいる男の首を鷲掴みする。
微かに息が漏れるように呻いたが、一方通行は取り合わない。
むしろ更に指先に力を込めて、男の首を締め上げた。

ミシッと好ましくない音が首から鳴る。



「あ゛……ッ」



彼なりに精一杯なのだろう。
一回だけ、震えながら首を振った。
知らない、とでも言いたげに。
一方通行は讃える訳でもなく、「そォか」と無慈悲に吐き棄てて、




———ギャリィッ!! と路面を擦る音がした。

車が急停止した時に鳴るモノだ。
一方通行は砕け散った窓から外を覗く。
するとそこには、彼を囲うように三台の黒いワンボックスが見えた。



一方「チッ」



面倒なこった、と言わんばかりに無造作に男をガラスのない窓から放り投げる。
無様にアスファルト滑っていく。
そんな滑稽な様子を意にも介さず、取り囲む三台の車の後部スライドドアが開かれた。
しかし人は一向に降りてこない。
そこから覗くのは無数の銃口だった。

向ける相手が誰なのかを判っての行為か。
引き金をひく事で、一瞬にして自分へ牙を剥かれるという結論に何故至らない。
そもそもお前らには興味がないというのに、自分のターゲットは一人だけ。
あの男以外は眼中にない。
邪魔をするなら容赦なく払いのける。


一方通行は鬱憤を晴らすかのように拳を叩き付けた。
ベクトルが作用された拳は、ただでさえ歪んでいた車に致命的なダメージを与える。


結果———爆音が轟く。


炎と熱風が周囲に襲いかかる。
車の中からくぐもった悲鳴が幾つか飛び交う。
当然、耐えきれなくなった車内にいる人間はのた打ち回り、更にドアから逃れようと転がり落ちる者まで現れる始末だ。



一方「邪魔だ。演出希望なら華々しく散らせてやるが、いちいち付き合ってるヒマもねェぞ」



炎の中で声がした。
彼がいた所だけ火炎が避けていき、残骸の中から悠々と歩みを進めてくる。

しかし、ふと足を止めて眉間をひそめた。

自分が進むその先に、もう一台黒いワンボックスの車が停車していたのだ。
取り囲んだ三台とは違い、まるで仕掛けて行ってどうなるか様子を窺うみたいに……。
そんな高みの見物を決め込むようなヤツが一人、該当した。






「あーあー、だーから言ってんじゃねえかよ」






突然ドアが開いたかと思えば、今度は聞き覚えしかない忌々しい声が届いた。




「あのガキ潰すにはこんな温い方法じゃ駄目なんだよ。ガキィ相手だからって甘い事ばっかしやがって、やっぱ俺が相手じゃねえとなぁ?」



のそりと長身の男が出てきた。
いや、もはやこんな抽象的な言い方でなくても判る。判ってしまう。
かつて一方通行の妹を死に追いやった研究者———木原数多だ。

一方通行に、迷いはない。



一方「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」



踵に力を力を込めた。
それだけで一方通行は上空へ高く飛躍する。
クルリと一回転し、真っ赤な瞳が木原を見据えた。

ヤツは尚、嗤っている。



一方「ッ!!」



気にする必要はない。
自分はただ目の前の人間を八つ裂きにするだけだ。


空中を蹴るように、再度踵にベクトルを作用させた。
木原へ向け、一直線に急降下する。
一瞬にして最高速を越え、まさに隕石の衝突の威力に相当するだろう。

それでも木原は飄々としていた。
あまつさえ指をパキポキと鳴らしていた。
木原は静かに振りかぶって、




———ゴガッ!! と振り下ろした拳が一方通行に直撃した。




一方「ご……ぁ……ッ!?」



世界が反転する。
脳が揺さぶられる。

ようやく理解が追い付く頃には、自分の顔はアスファルトに擦り付けられていた。
方向は変えられたが速度を失わなかったので、炎の所まで殴り飛ばされた。

ぐらぐらと揺れる意識の中、チョーカーに触る。
寸前で切り替わった訳でも、切り替えられた訳でもなかった。
つまり、『反射』は効いていた。
なのに、“木原数多の拳は『反射』を貫通した”。




木原「つーかよぉ、殺したいと思ってんのはテメェだけだと思ってんのか?」



いかにも人を見下したように、木原は嘲笑う。



木原「何年も前の事を未だに根に持ってさあ、ネチネチ根暗野郎がよ。いい加減ウザったいんだっての」



その辺に落ちてあった鉄パイプを拾い、一方通行と距離を縮める。



木原「研究で実験動物が死ぬなんざ日常茶飯事なわけよ? ありふれた出来事なの、わっかるっかなあ!?」



その鉄パイプで、一方通行の顔面を殴りつける。
メキメキと顔の表面が嫌な音を立てた。

まただ。また、『反射』が通用しない。



一方「ぉ……ご……」



霞む視界に地面に散らばった、ビニール袋と絆創膏の箱を捉えた。
濡れた路上へ倒れた時に離してしまったのだ。


グシャ、と。
木原の靴底が、絆創膏の箱を踏み潰した。
可愛らしいパッケージが雨水ど泥にまみれて汚れていく。



木原「似合わないねえ」



木原はニヤニヤと笑う。
そのセリフは兄である自分を前に、誰を思い描いてるのか。
打ち止めか? 百合子か? どちらにせよ侮辱してるのには変わりない。



木原「本当はテメェをじっくり殺してやりてえんだが、どうやら上が緊急だとかで遊ばせてもくれねえの。
   だから、まぁ、『アレ』はこっちで回収しといてやるからよ。テメェはここで潰れて泥水にでも埋もれてくれ。これ以上、妹で苦しむ事もなくなるだろうしな?」

一方「……ッ!!」



朧気だった彼の意識が、一気に覚醒する。
木原は今、目的は自分ではないと告げた。
『アレ』を回収すると。『アレ』とはなんだ。誰を指す。
00001号か? だったら何故自分に襲いかかった。
アイツは病院にいるはずだ。そこを襲えばいい。
自分を襲いにかかった理由として、“対象が近くにいた”のが前提だ。


つまり。そういう事か。


『アレ』と呼ばれた人物を、一方通行や木原数多のいる血塗れの世界へ引きずり落とすと言っているのだ。




一方「ナメ、てンじゃ……!!」



彼の瞳が再び明確な殺意を宿す。
無防備に接近し、自分を見下ろしている木原数多に思い知らせてやろう。
妹の命を奪った罪の重さを。飽きたらず『アレ』さえも奪おうとする重罪さを。

学園都市第一位は、こんな程度で折れはしないという事を。



一方「ねェぞクソ野郎がァあああああああああああッ!!!!」



風が渦を巻く。嵐が吹き荒れる。
地球上に存在する大気の流れを操り、避難クラスの竜巻を起こさせる。

ヤツをの命を刈り取れ、と一方通行は糾弾した。
だが、



木原「———駄目なんだよなぁ」



妙に乾いた音が響き渡ったと思った途端に、一方通行が制御していた暴風の塊が吹き消された。

……その“木原が対策を施す間”に、一方通行は既に木原の足元まで接近していた。




一方「どォいう理屈か知らねェが、とりあえずブチ殺し確定だッ!!」



彼は木原が機械のグローブに拳を振るう。
触れた瞬間、いとも簡単にグローブは粉々に砕け散った。

正直、何で木原が『反射』をすり抜けたのか未だに判らない。
ヤツの体に超能力開発という案も浮かんだが、皆無に等しいだろう。
自らモルモットに成り下がる事がまず木原の性格上ありえないからだ。
でも、必ずタネはあるはず。
判らない以上は可能性を潰していくしかない。



木原「そっかそっか。グローブを壊せば何とかなると思ったのか?」



平然として声が至近距離で聞こえる。
ヤツの笑みは消えないでいた。



木原「———けどそうじゃねえんだ。残念! 期待させちゃったかなあ!!」



メリッ! と木原の拳が鳩尾に突き刺さる。




木原「ぎゃはは! いつまで最強気取ってやがんだぁ? こんのスクラップ野郎がッ!!」



追い討ちをかけるように、木原の拳が顎に決まる。
糸の切れたオモチャみたいに一方通行の体は地面を転がっていく。

雨水に打たれ、泥水を被った彼は霞んでいく視界に、憎き男の姿を映す。



木原「んー? 害虫ってのはなかなか死なねーモンだな。いっやーそれにしても、実に気分が良いなあ。害虫駆除は気分が良い」



ヤツの踵が、一方通行の腹に振り下ろされる。

何度も何度も。
例え血を吐いても。
胃液が逆流を起こしても。

木原は幾度なくその足を振り下ろし続けた。
一通り鈍い音が連続した後、



木原「なぁ一方通行。テメェは『アレ』の意味を理解してねえんだよ」



もはや言葉を出す力がない一方通行に、木原は静かに囁く。
『アレ』……小さい少女しか思い付かない。




木原「確かLEVEL5量産計画のために第三位に着目したんだっけか。疑問に思わなかったのか?
   軍用目的でクローンなら、どうして第一位のテメェじゃなく第三位の超電磁砲なんだ?」

一方「———っ」

木原「オカシいよなあ? つまりは“何か”があるんだよ。テメェの想像もつかない“何か”が、な」






……上条は、上条はこの事に気が付いているのか。


自分よりも遥か上の位置にいるあの男は———どう見てるんだ?






木原「……」



その時、木原が一方通行から視線を外した。
道路の先を見据えていた。
しかし表情は笑みを浮かべている。
心底楽しそうに。でも、ドコか狂っていて。




———嫌な予感がした。

———これまでにない悪寒を感じた。




彼の体はマトモに動かない。
それでも倒れたまま、這いつくばった状態で木原の視線を追う。


一方通行は心臓が止まるかと思った。


百メートルほど離れた場所。
そこに、その先に。

黒ずくめの男達に二の腕を掴まれ。
だらりと手足を揺らしている、打ち止めがいた。



木原「回収完了、ってやつだなあ」



木原数多の声が、一方通行の耳から遠ざかっていく。
ここからでは、彼女の表情は見えない。
手足と同様、首は項垂れていて、前髪と影によって表情がが隠れてしまっている。
相当苦しそうな姿勢であるにも拘わらず、身じろぎの一つもなかった。

木原は笑って言った。



木原「あーあー、ありゃあもう聞こえてねえかもな。一応本命は生け捕りって話になってっけど、アレは本当に生きてんのか? こんなんで始末書なんざ真っ平だぞ」




ふざけンな、と彼は憤る。
どォして、と彼は嘆く。

百合子を始め、00001号や打ち止めといった“護りたい”と心に決めた人間ばかり、こんな目に遭わなくちゃならない。
あいつらは何も悪い事をしていない。
自分みたいなクソ野郎と違い、ドロドロの闇に覆われた学園都市の中で、ただ純粋に毎日を生きていただけだ。
それがどうして、動かなくなるまで学園都市の実験材料にされ、闇に呑まれようとしているんだ。


そして何故、自分はこうしてのうのうと生きてやがるんだ。


護れなかったんだぞ。
力があったのに。
動けていたのに。

あの日。脳裏に焼き付いたあの一日。
悔やんでも悔やんでも、憎悪と私怨しか生まれなかった。
自分の力が例え『破壊する事しか出来ない力』であっても、あいつらに忍び寄る人間を破壊する事は出来たはずだ。

なのに、出来なかった。

結果的に最悪の事態を招き、最愛の妹である百合子を死なせてしまった。
確かに木原数多という男は許せない。しかし同時に自分を許すつもりもない。
十二分に判っているはずだった。

次に起こったのは———『妹達破棄』。

助かったから良かった。
けど、一歩遅ければ間に合わなかった。
気付くのがあまりにも遅すぎた。
実験を止めた段階で考慮すべき事柄だったのだ。
00001号はぎこちない微笑を向けてくれるけれど、自己嫌悪は収まらなかった。



そして、今。


繰り返されようとしている。


自分の目の前で同じ過ちを。


止めないと、少女はもう戻ってこれなくなる。


そんな悲劇……絶対に起こさせはしない。












一方「———打ち止めァァあああああああああああああああッッ!!!!」











……ピクン、と呼ばれた少女の肩が僅かに動いた気がした。


倒れたまま、腕を振り上げる。

これまでの経験からすると、木原数多にベクトル操作は無意味だ。
理屈なんてもはやどうでもいい。理解し対策を施しても、木原数多はそれを読むだろう。
とりあえず『反射』を効かない、って事だけ判っていればいい。

空気を操った暴風を使っても届かない事が判明した。
偶然などではない。おそらく木原が意図的に前もって準備しておいたのだ。
暴風の塊が分散する直前、“妙な音”が聞こえてきたのを覚えている。
鳴り響いた瞬間、塊は掻き消された。
つまり、その“妙な音”が掻き消す効果をもたらしていると推測する。
きっと木原数多は、あらゆる事を想定して、一方通行の思考パターンを把握した上で、目の前に立っているのだ。

だったら、一方通行がする事はただ一つだ。



一方「———ッ!!」



振り上げた腕を、アスファルトへ叩きつける。
能力が発動し、絶対の力によって叩かれたアスファルトは破壊されて、破片が四方八方へ飛び散る。

……木原が僅かに後ろへ下がった。それは決定的な隙だった。


猶予はない。コンマの世界だ。
木原が態勢を整える前に、一方通行は決めなければならない。
今度こそ、『風』を掴む。



木原「チッ!」



舌打ちが聞こえた。
だけどもう暴風は止まらない。
塊は黒ずくめの男達に掴まれている打ち止めへと狙いを定め———突っ込んだ。

車や屋根を吹き飛ばす烈風が、男達からもぎ取り、空へと飛んでいく。
そびえ立つビルを幾つも越え、打ち止めは空の闇に消えていった。



木原「あーあーあーあー」



木原は至極つまんなそうに声をあげた。




木原「ゴルフ感覚で人間飛ばしてんじゃねーよなーもう。ヤード単位で飛ばしたモン誰が回収すると思ってんだ。俺はやんねーぞ?」

「どうしますか」



黒ずくめの男達の一人が、指示を促す。
面倒くさそうに木原は右手で後頭部をガリガリ掻き、



木原「だあー……、班を三つに分けろ。一班は本命を追って、残りの二班は俺の元に残れ。
   今回は上から『掃除』を支給されてねえから、俺らで後始末だの潰れてる部下の回収だの色々あるしな」

「しかし、最優先命令は最終信号の捕獲にあるため、班の構成は命令に違反なのでは?」

木原「…………」



男達の一人が述べた言葉に、木原はキョトンとした顔で部下を見た。

顔色一つ変えず、おもむろに懐へ手を伸ばす。
掴み取ったのは現代的な銃器だった。

銃口を部下の顔に向け———キョトンとした表情のまま引き金をひいた。


一筋の圧倒的な『光』が部下の首から上を包む。
そう、この銃から発射されるのは弾丸ではなく、『光』。
そして銃の側面には、アルファベットの文字列が刻まれていた。


Made_in_KIHARA.


ぐらり、と“首から上を失った”部下が後ろへ傾く。
そのまま重力の法則によって、背中から倒れてしまった。
……泥を含む雨水が赤黒い色にじんわりと染まっていく。

隣にいたもう一人の部下は息を呑み、思わず一歩下がった。
ドライアイスを背中にブチ込まれたかのような感覚に襲われる。
う、あ……、と言葉も出ない様子だった。

無慈悲にもそんな心境の部下を無視した木原が声をかける。



木原「オイ。テメェは『猟犬部隊』結成時の初期メンバーだったよな」



震えながら頷く。

すると呆れかえったように片手を額にあて、



木原「だったらよお、新参者にはちゃーんとルール教えとけって。ああいう反応されっと頭ぁ悩ませなくちゃならねえから怠ぃんだよ」



周りを見渡し、『猟犬部隊』が揃っている事を確認すると、木原は声を張り上げる。




木原「テメェら今の見てたよなあ? 俺はメンドーな事は嫌いなの、判るか? それでも判んねーようなら古参の野郎共に、“ここのルール”ってのを聞け」



トントン、とコメカミを指で叩き、



木原「こっちはスケジュールを組んでんだよ。あのクソガキ中のクソガキのために、わっざわざ頭悩ませてよ。馬鹿みてえだよなあ?
   ここまできて更にこのクソ野郎と同じ事をほざくつもりなら、ぶっ殺しちまっても構わねえんだよ。
   テメェらのようなクズ共の補充なんざ幾らでも効く。大事な大事な作戦の邪魔ァすんなら、コイツと一緒の末路をたどると思っとけ。確認するぞ、分かってんのか?」



一同の反応を見届け、木原は簡単に頷いた。



木原「よっし、判りゃあいいんだ。川、貯水池なんでもいい。『水』に関係する所をピックアップして、その周辺を調べ上げろ」

「水面の場合、溺死の危険性もありますが……」

木原「着水のショックで目ぇぐらい覚ますさ。……あー後、学ランの制服を着た、ツンツン頭の小僧には気を付けておけ」



了解、という声が幾つか重なった。

ほとんど相談する事もなく、目や指の合図だけで彼らの一班は散り散りに路地へ消えていく。

踵を返し、水溜まりの上に転がっている一方通行の成れの果てを見下ろした。



木原「さて、と。ドコに飛ばしたかは知んねーが、馬鹿な野郎だ。アレは十分もしねえ内にカゴの中だぜ?」

一方「……黙れ」



おや? と木原は嘲笑った。
意識がまだあるとは思わなかったのだろう。
だとしても木原から見れば、死に損ないのクソガキ、でしかない。



一方「オマエには……一生、判んねェよ」

木原「そうかい。んじゃあ殺すけど、今のが遺言って事でいいんだよな?」



一方通行は心の中で舌打ちをする。
確かにヤツの言う通り、打ち止めが捕まるのも時間の問題だ。
いくら遠くへ逃がしたと言っても、結局は子供の足に過ぎない。
特定されれば簡単に捕まってしまう。




一方(誰か……)



上条は割り込んで来ないのか。
浜面は車に乗って来ないのか。

もちろん来るはずがない。
こちらの状況を知る由もしないのだ。
彼らはきっと今頃自宅にいるだろう。
それでも、一方通行は願う。

この際誰だっていい。
自分はどうなろうと構わない。
だから、その代わりあのガキをなるべく遠くに逃させてやってくれ。
どうか、どうかお願いだから……!



「———そこでなにしてるの?」



あ? と木原は動きを止めた。
その場にいる全員が声のした方へ振り返る。

そこらの細い脇道から、不意に出てきて遭遇したのか。
小雨の降り注ぐ夜の街の中、傘も差さずに立っているその人影は、街灯の光を照り返してぼんやりと輝いていた。
その影は腰まである銀の願い髪を持ち、色白の肌に緑色の瞳だった。
格好は白地に金刺繍を施した豪奢な修道服。だが、何故か所々安全ピンで留めている。

一方通行は思い出す。
つい、夕方まで一緒にいたシスター。
大食らいで。ワガママで。遠慮がなくて。
それでドコか打ち止めに似ていた少女。

彼女の名前は———。





———————————————




上条「あーあ、やっぱり雨降ってやがるよ」



上条は地下街から外に出て、思わず呟いた。
パラパラと小粒の雨が上条の頬を濡らす。

インデックスが一方通行にお礼を言い忘れたとかで、制止の言葉も聞かずに突っ走っていったのだ。
電話すれば良いだけの話なのに、どうも無鉄砲な性格が表に出ているらしい。



上条(……にしても、警備員(アンチスキル)の数が多いような……)



表通りのはずなのに、学生達がいないのも珍ししい。
例えこの時間帯でも疎らながらもいる。
天気のせいもあるかもしれないが……。



上条(しかも、ただ巡回してるだけじゃない。巡回だけであんな装備を着けるのは、まずない)



それこそ、強盗があって駆け付けたとかではない限り。
前見たのはシェリーが侵入した時だったか。


何かあったのかもしれない。
なら、尚更早くインデックスを見つけて連れて帰ろう。

上条は警備員から視線を外そうとして、




———ドサッ、と警備員が何の前触れもなく倒れた。




身動き一つしなかった。
躓いたとか、立ち眩みという様子でもなかった。
立ったままの状態から、突然地面に崩れ落ちたのだ。



上条(まさか意識が……)



彼の思考は固まる事はない。
何故なら固まる前に、更に立て続けてバタリ、と人間が倒れる音が響いたからだ。

しかも一度に止まらない。
次々と同じ音が繰り返された。



上条「……おいおい、流石の上条さんも状況に頭が追いつかないですよ」



怪訝に辺りを見回して、凍りつく。
巡回をしていた警備員全員が一人目と同様に、地面に倒れていた。
遠目で見ただけでも一目瞭然だ、彼らの意識は完全に削がれている。


上条は冷静に警備員から視線を外し、建物と建物の隙間、ビルの屋上などに移していく。
そう、“隠れてこちらの様子を窺えそう所”をだ。
異常無しと見定めて、上条は警備員の一人の下へ駆け寄った。
うつぶせから仰向けに体勢を変え、状態を確認する。

どうやら命を落とした訳ではなさそうだ。
脈はあるし息も安定している。
それだけに判らないのが、どうやって意識だけを削いだのか。
傷は見られないし、血を流している訳でもない。
麻酔ガスの部類も考えたが、だったら自分だけ助かっている事実には違和感がある。



上条(精神系の能力か……?)



頭に手を当ててみるが幻想殺しが発動する気配はない。
これであらゆる可能性を潰した。

残る可能性は、上条が今とっても危惧していたものだった。



上条「魔術、か……」




その時だった。



『……ザ、ザ……』



足元から雑音が聞こえた。
上条は視線を下に送る。
倒れている警備員は相変わらず、指先一つ動かさない。
彼の肩の辺りから、ラジオの雑音のようなものが飛んでくる。



『ザ、ザザザザザ……、に、侵入。繰り返すザザザザザ! ……ゲートの破壊を確認! 侵入者は市街地へ———誰か聞いていないのか? こちらの部隊も正体不明の攻撃をゴァ!?』



ブツッ! と、切断された音がする。
間違いない、今のは無線機だ。
おそらく相手は別の所にいる警備員だろう。
雑音に混じった言葉の節々が気になるが、既にサーッと砂嵐を流すだけだった。
たった一つの言葉だけが上条の頭の中を反芻する。


侵入者。


上条の推測が当たっていたとして、狙いは誰だ。
インデックスか? それとも別の誰かか?
魔術側の人間が『物』を狙って学園都市に侵入したケースは、未だかつてない。
リドヴィアですら学園都市に住む人間が対象であった。
故に今回も人間が狙いで考えていい。

しかし疑問が残る。

魔術側の人間がこうも表立って侵入するのは珍しかった。
ステイル、神裂、アウレオルス、海原(偽)、闇咲、オリアナ、リドヴィア。
上記に挙げた名前の魔術師は、学園都市に侵入すらバレていないだろう。

……唯一、真正面から侵入を図り、そしてワザと学園都市に見つかっていたのは、シェリー=クロムウェルただ一人だ。



上条(あいつは何で、学園都市に見付かってたんだっけ……?)



本人から聞いた気がする。

確か……、
















———戦争よ。その火種が欲しいの。




上条「…………」



彼は思考を切り替える。
とりあえず今はインデックスとの合流を早く済ませよう。

向かって来るなら叩き潰すまでだ、と歩き出そうとして、



上条「?」



どん、と上条の腹に小さな衝撃があった。
誰かがぶつかったらしい。にしては随分と衝撃の場所が低い。

目を下にやる。
ぶつかってきたのは、小さな子供だった。
それもついさっきまで一緒にいた、『妹達』の上位個体なる少女だ。



上条「打ち止め?」



うう、という呻き声で答えた。
彼女はその小さな顔を上条のシャツに押し付けていた。
ぶつかってきたというより、ほとんど抱き付いているような状態に近い。


上条は首を傾げる。
打ち止めはぶるぶると小刻みに震えていた。
雨に打たれ、すっかり体温が低くなってしまったからか。
だとしても、このちょっとした小雨程度で濡れたとは思えないくらいにずぶ濡れである。





打ち止め「助けて……」





打ち止めは上条のシャツを掴んだまま、顔を上げた。
その大きな瞳は真っ赤に充血していて、涙が頬を伝っていた。
冷たい雨に打たれていても、頬を伝う一滴だけは見分けられた。

あの人の助けるために。
彼女は叫ぶ。





打ち止め「お願いだから、あの人を助けて……ッ! ってミサカはミサカは頼み込んでみる!!」





こうして、一方通行の願いは一人の少女によって伝えられた。

一方通行にとって———最も信頼する一人の少年に。





———————————————




カツン、コツン、と足音がする。

一人の女性が学園都市を闊歩していた。
その事自体、不思議ではないのだが、彼女は学園都市の人間じゃなかった。
確固たる理由として、彼女の服装である。

中世の女性のものを基調としているだが、色彩が派手な黄色であるためかそういった古臭い印象は全く感じられない。
首から上はフードのような布を被っていて、髪の毛は一本も見えないでいた。
顔はあちこちにピアスが取り付けられていて、目元には強調するようなキツい化粧が施され、威圧感が余計に増している。

じゃらり、と金属が擦れる音がした。
彼女の舌にはピアスがあり、それは細い鎖と連結されていた。
腰ぐらいの高さまで伸びる鎖の先端には、十字架のアクセサリーがぶら下がる。


彼女はローマ正教所属の魔術師。
それも魔術サイドの最深部に関わる人物だった。

神の右席。
前方のヴェント。





ヴェント「…………」





彼女は笑みを浮かべながら、歩みを続ける。

投下しゅーりょー

投下しまーす




木原数多が統率する『猟犬部隊』。

彼らの目的は検体番号20001号『打ち止め』の回収。

その障害となると判断された一方通行の強襲を木原数多自身が行い、これに成功。

ほぼ無力化にさせたと言ってもいい。

しかし、ここで彼ら『猟犬部隊』にとって、決定的なミスが生じていた。





打ち止め「お願いだからあの人を助けて……ッ! ってミサカはミサカは頼み込んでみる!!」





一人の少女の声が、上条当麻の耳に届いてしまった事だった。





———————————————




インデックス「———そこでなにしてるの?」



雨は強さを増していた。

暗い夜の街、その場にいる人間さえも黒い服装がほとんどの中、白い修道服が一つ混じる。
場違いの格好で、場違いの幼い声を発した。
その少女は上条当麻が自宅で養っている、科学とは別の『もう一つの世界』の住人である。



一方(なン、で……?)



一方通行は我が目を疑う。

どうしてあのシスターがここにいる。
彼女は上条の下へ戻ったはずだ。
それが何故、こんな濁りきった場所へと再びやって来た。
本当に場違いにもほどがある。
こんな所にいるべき人物ではないのは確かだった。


上条が現れる様子はない。
つまり、少女の単独行動。
また迷子なのかどうかは別にして、インデックスがたった一人で木原達を蹴散らすなんて到底不可能だ。
それこそ彼女と初めて顔を合わせた時に起きた、『異常な力』を放つぐらいは出来なければ。



「どうしますか?」



木原のすぐ近くにいた黒ずくめの一人が密かに耳打ちする。

比較的そばにいた一方通行には聞こえていたが、気付いていないらしい木原はつまらなそうに、



木原「どうするって、お前……消すしかねえだろ」



一方通行は心の中で大きく舌打ちをした。
ゆっくり考察する余裕はなさそうだ。刻一刻を争うらしい。

この際、何であの少女がここへやって来たかはどうだっていい。
『異常な力』を扱えないのなら、彼女はどっちみち足手まといでしかない。
だったら今この瞬間、“この状況”を作り出したインデックスを利用する他道はないだろう。



一方(後味は悪ィが、確実に木原を殺すなら今は退散した方が得策だ!!)

彼は這いつくばったまま、目だけで辺りを見る。
潰した車を除き、マトモに機能しているのは僅かに数台だ。
そして自分との距離、車の方向、木原の位置を考えて———一つの車に絞り込む。

爪先に力を入れ、その拍子にベクトルを制御した。
恐るべき速度で一方通行は一つの車の後部窓ガラスへと突っ込んだ。
ガラスの破片が車内に飛び散るさなか、彼の体が後部座席に収まった。

運転席にいた男の顔色が恐怖に染まったが、一方通行は無視するように男の胸部に手を伸ばす。
指先が心臓部分に当たった瞬間、ペキッと音がしたのを男は感じ取った。



一方「肋骨を一本、軽度に折ってやった。心臓には刺さってねェが、ちょっとした衝撃で刺さっちまうだろォな」



ただでさえ恐怖に染まった表情が青ざめていく。



一方「例えばこォいう風に、拳で胸を叩かれちまうとか———」



指を折り、拳の形に変えた途端、男の決断は早かった。
今、指示に従うべきリーダーは木原数多ではない、一方通行である。

ギュア!! とエンジンがかかった車が奇怪な挙動で発進した。
進路上にいた『猟犬部隊』は左右に飛び退くなか、木原は即座に怒鳴りながら周りに指示を飛ばす。
慌てた様子で銃口を向けてくるのを、一方通行はバックミラーで確認する。
次に前方を見やり、インデックスの位置を把握し、後部スライドドアを蹴破った。



インデックス「わ、わああ!?」



腕を掴み、車内まで引っ張り上げる。
その際に僅かなベクトル操作を欠かさなかった。
普通に掴んでいれば彼女の肩が外れてしまうので、瞬時に衝撃を軽減させる。
更にトン、とリズムを取るように踏む事で、車内にバラ撒かれたガラスの破片を全て除去した。



一方「……そのまま直進しろ。時間がねェのはお互い様だ」

「お、お客さん、どちらまで……?」

一方「良い医者を知ってる。そこまで案内して欲しけりゃァ、おとなしく働けよ、運転手」





———————————————




打ち止め「この人達に襲われたの。ってミサカはミサカは本当のことを言ってみる」



小さな少女に案内されたのは、地下街の出入り口からさして離れてもいない、大きな通りの一角だった。
最終下校時刻と共に電車やバスもなくなったせいか、真っ暗になった道路に人影は一切ない。

少なくとも、二本足で立つ人影は今のところ上条と打ち止めだけだ。



上条「……」



彼はそこらに倒れている複数の人間から、数メートル先の位置にあるパチパチと燃えている残骸へと視線を移す。
残骸の正体は、まるでペットボトルの感覚で潰された車だ。
おそらく一方通行の『反射』がもたらした芸当だろう。

上条は改めて、倒れている人間に目を向ける。



上条(……とうとう来たか)



木原数多を含めた、『猟犬部隊』。

『猟犬部隊』が出動しているなら、話の展開は見えやすい。
きっと木原数多が直々に一方通行を潰しにかかり、確実に打ち止めを捕らえるために『猟犬部隊』が出た。
更に推測するなら、警備員が地下街の出入り口で倒れていたのは、“外”からの侵入者のため。
決して一方通行や打ち止めのためではない。

上条(“表”の人間と“裏”の人間が同時に動いてるのかよ……。いや、見方によっちゃ魔術師も“裏”側なのか? なんとまあ、動きづらいですこと)



ガリガリと頭を掻く。
どうにもこうにも一人で対処は非常に厳しい。
正直な事を言えば、知ってしまった以上、あまり巻き込みたくないのが本音ではある。

しかし、やることが多すぎて、とても一人では分が悪い。



上条「……とりあえず一方通行には連絡、浜面と合流すっか」



垣根を呼べるのなら手っ取り早いが、連絡が取れないんだから仕方ない。
肝心な時に限って役に立たな———、



打ち止め「きた、ってミサカはミサカは路地裏へ体を隠しながら報告してみたり……!」




———どうやら悠長に思考にふける時間もないようだ。





近くにあったの路上駐車の車の物陰に、打ち止めと一緒に潜む。
間髪を容れず現れたのは、黒いワンボックスの車だった。
停車すると、中から出て来たのは倒れている猟犬部隊の人間と同様の服装をした人間である。
間違いなく猟犬部隊だ。



打ち止め「どうしよう……」

上条「しっ」



声を潜めて不安を漏らす打ち止めに、上条はポンと頭に手を乗せる。
ぐしぐしと撫でてやると、幾分不安が解消されたのか、気持ち良さそうに目を瞑って身を任せていた。
頃合を見て、手を離す。……ちょっと残念そうな顔をしたのは何故だ。



上条「大丈夫。上条さんが傍にいる限り、どんな手を使っても護ってやるから安心して下さいな」

打ち止め「……うん。でも、あまり人を傷つけないでね。ってミサカはミサカはお願いをしてみる」

上条「俺にその気がなくても、アッチにはあるだろうな。打ち止めと一緒にいると判った途端、あの肩に掛けてある銃で狙われちまうぜ?」

打ち止め「それを言われると……。ってミサカはミサカはだんまりしてみたり……」



『話術』でどうにかならない事もなさそうだが、あまりにも無謀だろう。
知り合いだったならばまだ判るものの、そんな容易く初対面の人間に揺さぶりをかけられるとは到底思えない。
あちらが自分を認識しているなら、多少なりに効果をもたらしてくれるだろうが……。

何にせよ『話術』が今、最善の手ではない。

上条(……見る限り、役割は分担されてるな。倒れている人を運ぶ係と証拠を消す係か)



酸性浄化、というスプレーがある。
現場に残った指紋や血痕のDNA情報を潰す効果を持つ代物だ。
そのスプレーには上条も世話になった覚えがあるので、猟犬部隊の人間の持ち物で困ることは今の所ない。



上条(確か猟犬部隊って警察犬代わりみたいなの持ってたよな、だとしたら見付かれば厄介か。打ち止めを抱えた状態で戦闘に赴くのは好ましくない)



とりあえずこの状況を打破するには、ヤツらから見付からずにこの場を退散する事だ。
ひとまず未だ処理を行っているヤツらの気を紛らわし、その間に移動という形で固める。
上条は何かないかと辺りを見回すと、すぐ近くにあった鉄パイプを見つけた。
掴みあげ、猟犬部隊の位置を確認してから、自分達がいる所とは逆の方角に投げた。

ビルの壁に当たり、カランカランと音を響かせた。
当然、素直に反応を示した男達は一斉にそちらを見る。



「……」



リーダー格なのか、一人が数人に向かって顎で促す。
様子を見に行けと命令を下しているのだ。
受け取った数人の内二人が従うように頷き、恐る恐る音がした所へ近づいていく。

丁度その場所には路地裏へと繋がる道があったので、もしかしたら誰かが潜んでいるかもしれない。
両端の角の壁に背中を張り付け、連射性の銃器を構える。
見るからに重そうな形だが、弾を装填する音も重かった。
一人が視線を移し、アイコンタクトを送る。
タイミングを計っているのだ。

そして、二人が同時に銃口を定めながら路地裏行きの道へと一歩踏み出し———止まった。



「「……?」」



二人揃ってカーソルから外し、直接肉眼で道を直視する。
そこには誰もいなかった。人影すらなかった。
二人は、ただただ首を傾げるばかりである。




———————————————




上条「なんとか作戦は成功したみたいだな」



上条と打ち止めは、既に猟犬部隊から離れた所まで逃げていた。
全員が気を取られている内に無駄なく退散しただけの事。
しかし、打ち止めは目を丸くさせていた。




打ち止め「何だか、とても慣れているように見えるの。ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

上条「今でこそ少なくなったけど、昔は追いかけられる日々が続いてましたからねー。その時の経験を応用しているまでですよ?」

打ち止め「うーん……? ってミサカはミサカは引っかかりを感じてみたり」

上条「それよりも、ほら、この建物に入って隠れておくぞ。一方通行や浜面に連絡を入れるにしても、表にいたんじゃアイツらに見付かる恐れがある」

打ち止め「う、うん! ってミサカはミサカは駆けだしてみる!」



打ち止めが先に入れ、自分も中に入る。
ドアを閉めて、一応鍵をかけておいた。

上条は歩きながら辺りを見回す。
入ったのはいいものの、何の建物か判らないまま侵入してしまったので、把握はしたいところ。



上条(鍋……? 厨房か?)



室内に光はない。
真っ暗な部屋を非常口を示す緑のランプがぼんやりとシルエットを浮かばせている。
どうやら最初から光がなかった訳ではないみたいだ。
近くにある鍋のフタを開けると、料理がまだ中に残っていた。

馴染みある匂いだった。シチューだ。

すぐ側の台の上には、木で楕円形の型を取り、鉄板を組み込んだ皿があった。
安さと美味さが売りで、今もなお人気を誇る、とあるファミレスの看板料理のドリアである。

という事は、



上条(ファミレスで間違いなさそうだな。暗いのは停電のせいか? だとしたら何で誰もブレーカーを上げないんだ……?)

打ち止め「ねえ! ちょっと来て! ってミサカはミサカは……っ!!」



一人で思考を巡らせていると、先に奥まで進んでいた打ち止めが慌てた様子で戻ってきた。
よほどの事なのか、いつもの口調もままならない状態だ。

上条はフタの位置を元に戻し、少女へ向き直る。



上条「そんな慌ててどうしたんだ?」

打ち止め「いいから! ってミサカはミサカはーっ!!」



腕をぐいぐい引っ張られ、厨房からテーブル席のフロアへと小走りで歩いていく。
相変わらず電気は消えたままだが、不思議な事に壁に埋め込まれたテレビだけは電源が入っていた。
ブレーカーが落ちた訳ではないのか? と脳裏によきった瞬間、



上条「……なるほどな」



彼は目を細める。
つまらなそうな顔をした。

ご飯を食べに来た、または仕事帰りにたまたま寄った客。
アルバイトらしき制服を着たウェイトレスの女性。
勤めて十年以上という貫禄すら窺える店員の男性。
……その全員が倒れていた。



打ち止め「何だか怖い……。ってミサカはミサカはあなたの袖をぎゅっと掴んでみる」

上条「……」



状況は警備員と猟犬部隊と一緒だ。
外的刺激を受けて気絶した訳でも、能力によって眠らされた訳でもない。といった所か。
つまりそれ以外の勢力———魔術。

正体が判っていたので、全員の意識が失われている現状の驚きは少ない。
どちらかと言えば、上条はその『範囲』を問題視する。



上条(襲撃された様子でもない。警備員と同じで何も判らないまま落ちた、って感じか)



もしこれが無差別なのだとしたら、もう既に学園都市のほとんどは機能を停止してるのでは?
猟犬部隊や打ち止めのように、まだ大丈夫な人間がいるという事は、全機能停止には程遠いが。

更にもう一つの答えを示唆。

倒れている人と、無事な人の違い。
魔術による施しならその違いは必然と見えてくる。
要は発動条件があるのだ。
無事な人達は発動条件から免れたために意識を失わないで済んでいる。



打ち止め「ねえ、どうしよう? ってミサカはミサカはビクビクしながら尋ねてみる」

上条「……何にせよ、問題が起きてるのは一つじゃないって事だ。とても複数の問題を打開策無しに抱えるのは不利だから、情報が欲しいところかな」



ズボンのポケットから携帯を取り出し、カチカチと操作する。
数秒も経たない内に、画面には「浜面」との文字と電話番号が映っていた。



上条「一方通行を呼び出すのは後回しにするとして、先にもう一人の方を優先しますよ、っと」

打ち止め「なんで? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

上条「あいつは仮にも学園都市最高の頭脳の持ち主だろ? だったら何とかして生き延びてるはず」

打ち止め「……」

今度は口を閉ざして、黙ってしまった。
視線を移し一瞥するも、浮かない顔をしている。



上条「それでも心配……か?」

打ち止め「ううん、違うの。ってミサカはミサカは首を振って否定してみる。心配してないって言ったら嘘になっちゃうけど、あなたの言う通り心のどこかで“あの人は生きてる”って信じてるのも確かなんだ。ってミサカはミサカは微笑んでみたり」



それよりも、と少女は続ける。



打ち止め「あの人は精神面こそまだまだ未熟だけど、能力や頭脳は『最高』なんだと思う。なのに、今あの人は圧倒されている。能力はおろか、能力すら持たない人達に。
     それが不思議でしょうがなくて、『第一位』ってなんなんだろう? ってたまに考えたりするんだけど……。ってミサカはミサカは未だ答えが見つからない葛藤に悶えてみたりぃ!」



ムキーッ!! と言葉から行動に伝わったようにジタバタしだした。

目を丸くさせながら聞いていた上条だったが、暴れ始めた打ち止めにクスッと一笑する。
運悪くその様子を目撃されたらしい。
打ち止めは、納得いかないと言わんばかりに上条へ食って掛かった。

打ち止め「なんで笑うのーっ! ってミサカはミサカはポカポカ叩いてみたりぃ!」

上条「いや、悪い悪い。あまりに予想外の答えだったからさ」



頬をポリポリと掻いて、



上条「そう……だな。あくまで上条さんの憶測だけど、聞く?」



返答はない。
御託はいいから早く餌を寄越せ、と促すように強い眼差しを向けるだけだ。



上条「『ベクトル操作』と『学園都市一の頭脳』って肩書きを見ると、誰しも勝てっこないと普通は思うだろ?」

打ち止め「うん。ってミサカはミサカは頷いてみる」

上条「確かに大抵の人間は適わない。けど、ほんの一握りの存在が能力で勝とうなんて思わずに、“隙を見つけよう”って考えたら?」



打ち止めは目を見開かせる。
上条が何を言いたいか判ってしまったからだ。

なお、彼は続ける。




上条「考えたヤツの中で『一方通行自身の隙』は、赤点もう少し頑張りましょうってとこ。
   一握りから更に区別して、『能力の隙』と考えたヤツは合格点だ。さあ、更に更にそこから見事打ち破ったのは何人に絞れるか?」



一息つき、



上条「つまりそういうこった。一方通行に刃向かう連中の最大の鬼門は『反射』。もし『反射』の隙を見つけて的確に突けば予想外の展開が起こらない限り、後は勝ったも同然だろうな」

打ち止め「どうして? あの人の能力は『反射』じゃなくて『ベクトル操作』だから、『反射』をすり抜けたとしても勝率が上がるわけじゃ……」

上条「今まで『反射』や『運動量』に頼ってきた人間が、『戦いの呼吸』を知ってると思うか?」



否定できなかった。
したかったけど、できなかった。

意地悪な質問をした事に悪気を感じたのか、上条は苦笑を浮かべる。



上条「一方通行の戦い方は至って単純だ。近寄ってきた者に対しては『反射』で自滅を図り、遠くの者に対しては何かしら物を飛ばすか。
   最近はようやく賢い使い方を学んだらしく、大気の風を操って攻撃することも覚えたみたいだな。
   全部の技に共通すること。一撃の威力は強大だけど、それでも要領が悪すぎる。『力』だけに拘ってるのが窺えるんだよなあ」

打ち止め「ってことは、あの人は自身の能力を扱いきれてないの? ってミサカはミサカはソッと聞いてみたり」

上条「上条さんはそう思いますけどねー。方向を操る、ってんだから、もっと応用や賢い使い方ができてもオカシくねえのにな。
   『最高』の頭脳とは言うけど、頭良いんだか悪いんだか判らない———」



呆れつつ、再び携帯を操作しようとした時だった。











「ハッアァーイ♪ お初にかかるわ、幻想殺し」










とても場違いな甲高い声が。
それでいてドコか挑発的な調子の声が。

上条の耳に届いた。

投下しゅーりょー

思いの外、時間がかかった……

今度からパソコンでの投下を検討しときます←

投下しまーす




雨音とテレビの音しか聞こえない、静まり返ったファミレスの店内に響く甲高い声。
上条はとっさに声がした方へ振り返る。
そこにいたのは奇妙な女だった。

全身黄色で統一された服装。
フードを被り、顔面にはピアスが施されていた。
手には全長一メートルを越すハンマーが握り締められている。



上条「……誰だ」



打ち止めを自分の後ろに隠すように前に出る。

彼は目を細め、一旦携帯を閉じてポケットにしまった。
おそらく注視しなければならない相手と察知し、危険視を高めるために両手を使えるようにしたのだ。
得体の知れない人間だから、得物を所持しているから、という理由ではない。
上条に“気付かれず”、傍まで近付いたからだ。

それに女は自分の事を『幻想殺し』と呼んだ。
学園都市内で自分をそう呼ぶ者は、限りなく少ない。




ヴェント「『神の右席』の一人、前方のヴェント」



ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ヴェントと名乗った彼女は舌を出す。
舌に取り付けられた細い鎖がジャラリと落ちた。

……その先端にあったのは、小さな十字架。



ヴェント「目標発見。アンタの噂はかねがね……そんなワケで容赦しないまま、五臓六腑グッチャグチャに潰すんでよろしくッ!!」



ハンマーを大きく縦に振り下ろした。
幾ら一メートルを越す武器だからといって、彼女と上条の間合はそれ以上の距離がある。
詰めてから薙ぎ払うにしても、既に振り切られたハンマーは止まれない。
空を切り、虚空を殴った。

その瞬間、



上条「!!」



上条は見た。頭上から接近する『塊』を。

向かってくる塊を彼は右手で横から殴りつける。
触れた途端、幻想殺し独特の音が響き、塊は弾けて消えた。
僅かな余波の『風』が上条の髪をなびかせる。



上条(……『風』? けど、感触は重かったし……)



現時点で判る事、それはアレを振るえば“何かしら飛んでくる”。
しかも感触からして、店内の柱は簡単に破壊可能なレベルだ。

とにかくこんな障害物が多い、更には戦闘を続けると屋根が落ちかねないココで戦うのは良くない。
主に接近戦を得意とする自分と、遠距離戦を仕掛けてくる彼女。
どちらが劣性なのかは一目瞭然だろう。
思う存分に戦うためには、



上条「逃げた方が得策か……」

ヴェント「おやおや、『神の右席』相手に余所見なんて大した根性ねッ!」




手首を返し、今度は水平に振った。
すると頭上ではなく、同じように横から塊が飛んできた。



上条(ハンマーの後を追ってるのか?)



難なく右手で掻き消す。



ヴェント「ふーん。噂通りその右手、効き目バツグンのようねぇ。まあまあ予想範囲内、カナ?」



あくまで今は様子見程度なのか、打ち消すの見て、「ふむふむ」といった感じで頷いていた。
随分と余裕を感じられる。塊が消されるのは想定済みって事か?

ともあれ、全力ではないのも確かだろう。
『神の右席』という組織が何なのかは知らないが、塊が『本命』とは思えない。




上条「……アンタのそれ、飛び道具みたいなもんなんだな」

ヴェント「そう捉えて構わないわ。説明も億劫だし、第一してやる義理すらないからね」

上条「だったら———“他のモン”も撃てると思ってもいいのか?」

ヴェント「…………」



彼女は目を細める。
今まで挑発気味だった表情も消え、至極つまらなさそうに眉をしかめた。
わざとらしく盛大に溜息を吐くと、ハンマーを肩に担ぐ。

今度は上条が笑みを浮かべる番であった。



上条「嘘が下手なんだな。そういうの、嫌いじゃないぜ?」

ヴェント「見た目に反して、意外と頭がキレるじゃないの。胸糞悪い」



忌々しい、と言わんばかりに吐き棄てる。

動じない上条はまだ弁舌を続ける。




上条「で、だ。この“事態”を仕出かした魔術師さんは、一体何がお望みで?」



両手を広げて、仕返しと挑発気味に尋ねた。
事態……周りに倒れている人々を示唆しているのだ。



ヴェント「……アンタ、ドコまで感付いてやがる」

上条「目で追える範囲の情報は。そもそもこの状況で現れたなら、誰でもテメェが魔術師って気付くだろー?」

ヴェント「誤魔化してんじゃないわよ。私が“魔術師”なんて、いつ言ったワケ?」

上条「ん」



ピッと、舌からぶら下がる十字架を指差した。



上条「それが証拠。何かご不満で?」

ヴェント「だからフザケんじゃないっつってんの。アンタの口振り、まるで私と会う前から判ってた言い方じゃない」

上条「上条さんはそのつもりはありませんのことよ。全ては感じ方ですから、価値観を押し付けられても対応は出来ませんので悪しからず」

ヴェント「……そう。ドコまでも白を切るってコトか。たかがガキかと思ってたら、面白いじゃない。上等ね」




舌に取り付けられた十字架が、彼女の意志の下で揺れる。
ハンマーを再び構え直して、ヴェントは告げる。



ヴェント「私は敵対する者を全て叩き潰す。コレは私が生まれた時からの決定事項だ」



無造作にハンマーを振るう。
斜めだ。

上条はそろそろ反撃開始しようと、身を屈めながら右手で叩き潰そうとし———塊が“横”から突き抜けてきた。
丁度彼の頭があった所を通り過ぎ、壁に激突した。
破壊音と共に、直撃した壁の一部が砕け散る。

身を屈めていなければ側頭部に直撃し、血を流していただろう。



上条(ズレた……?)



疑問に思うが、相手は待ってくれない。
既に次への予備動作が行われていた。


彼は時間がない事を悟り、ずっと隠れていた打ち止めに向かって叫ぶ。



上条「逃げろ!!」



ビクッと反応を示す打ち止め。
その言葉が自分に向けられたものだと、理解したからだ。

魔術師と名乗る女性が無差別に攻撃を放ってくるこの場で、自分にできる事はない。
自ら前に立ち、壁となってくれている上条に任せるべきなんだろう。
そんな彼に逃げろと言われた。
おそらく守りながら戦えるほど、敵は容易ではないという事。

でも……、と打ち止めは躊躇ってしまう。
外には一方通行と自分を狙う人達がいる。
それに身を挺して戦ってくれている彼を見捨てたくない。

そんな状態であるのを察したか、上条は真っ直ぐな瞳で告げた。






上条「大丈夫。必ず迎えに行くから」






飛んでくる塊を、裏拳で打ち消す。

見ずに打ち消した彼は、じっと打ち止めを見続けた。



怖いかもしれない。けど、大丈夫。
絶対に迎えに行く。———そんな信念が宿っていた。



上条「約束する」



背中を押された少女は勇気を振り絞り、駆けだしていく。



ヴェント「健気だねぇ。迎えに来ない男の言葉を信用するなんてさ。私に狙われてる時点で、命の保証されないコト判ってんのかしら?」

上条「テメェを潰せば、それで済む話だ」

ヴェント「アラ楽しい♪ けど、アンタはどうやら勘違いしてるようだ」



くるくると手元でハンマーを回し、






ヴェント「私『達』のターゲットは上条当麻。あの禁書目録ですら、アンタに比べれば軽いってコトよ」


上条「……なに?」

ヴェント「そうねー、もっと極端に言ってアゲル。我々ローマ正教は二十億の勢力を以て、アンタを殺しにかかるわよ。
     弊害となるならば、日本という一国家を消滅させるコトだって容易い」

上条「……何を仰いますやら。上条さんは至って普通の高校生ですよ?」

ヴェント「ハッ! 笑わせる! 一介の高校生のガキのために世界が動き始めているのをまだ判んないの? それが、“どういう意味”を指すのかも」



上条は目を見開く。
今までインデックスや、他の人達を狙う連中を何度も見てきた。
自分はあくまで巻き込まれる側であって、気に食わない事があれば拳一つで刃向かった一般人に過ぎない。
傷付けられる事もあれば、傷付ける事もあった。
歩んできた道が正しいかなんてどうでもいい。
ただ、自分が思うままに進んできただけだ。

進んだ先に待っていたのは———






ヴェント「アンタが今まで行ってきた実績。振りかざしたその右手。……何もかもが、良い方向へ転んだと思ってるワケ? 世界がその行為に拍手喝采を送るなんて、甘ったれの考えに過ぎないわ」







———『世界』を敵に回してしまう事だった。





上条「…………」




彼はもはや何も告げない。

黙ったまま聞き手に回っていた。

敵を前にして瞳を閉じ、思い詰める。

訝しげにヴェントは目を細めるが、上条は意に介さない。




上条「……そう、か」




ボソッと呟いた。

誰に語る訳でもなく、自身に言い聞かせるような口調だった。

ゆっくり瞳を開け———ヴェントを見据える。





上条「俺は……そんな所まで来たのか」





———知ってやろうじゃん、『世界』ってやつをよ。




ヴェント(……このガキ)



ほんの僅かだったが、上条の纏う空気や雰囲気が変わった。
それもタダのではない。
その纏う空気や雰囲気が『同質』の存在を彼女は知っている。
イギリスの大聖堂の奥で冷笑を浮かべる女や、この機械に囲まれた街のビルに潜む人間と同じ。
かつて一つの大きな『花』を開花させた者達の“片鱗”を、この少年は見せている。



ヴェント「……尚更問おう、アンタは自分の価値に気が付いているのか?」

上条「知る訳あるかよ。そんなモノに興味ない」

ヴェント「この街のクソ野郎は」



忌々しげに睨み、今度こそ彼女は歯噛みする。
目の前にいる『人間』は既に自分を見ていない事に気付いたからだ。



ヴェント「よくアンタみたいなのを制御出来ると思ったモノね。正直、私も見誤っていたわ。ほんっと胸糞悪いコトこの上ない」

上条「……」

ヴェント「アンタの一番の脅威はその右手じゃない。饒舌な減らず口や、随分とキレる頭でもない。上条当麻という『存在』に付いてきた副次物だったワケか」

上条「だからどうした」

ヴェント「判らないわね。アンタの行動原理が。その余りある力を無差別に振るいたかったか、それともただ善意でしかないのかしら?」

上条「どっちでもないですよ、と。大体俺が動いてきた原理なんて———」






……原理?









———覚えておけ。貴様の甘さは、いつか周りを飲み込むほどに襲いかかり、その身を滅ぼすぞ。








それは。一ヶ月間に起きた。








———私に構わず行って下さい。その代わり絶対にゴールして。約束、ですからネ?








悲しい……出来事。








上条「ッ!!!?」



今、何を思い出しそうになった?

破損したビデオテープのようにブツ、ブツ、と切られた映像が流れた。
彼はその映像に覚えはない。見覚えがなければ、突如聞こえてきた声に聞き覚えすらなかった。
声の主も誰か判らないし、流れた映像に映る光景もドコだか判らない。

しかし、何だ?
この頭が焼ける感覚は。
胸に残る気持ち悪い蟠りは。

忘れてはならないような『記憶』がある気がする。
忘れる事が出来ないくらい頭に刻まれた『記憶』がある気がする。







———求めろよ。戦いをッ!!







上条「…………」



彼は片手を額に当てながら、ヴェントを見据えようと顔を上げる。
今更の話だが、彼女を放ったらかしにしていた事に気付いたのだ。
状態とは絶不調である。けれど、敵から目を離すのは決して良くはない。




上条「……! くそっ!!」



いない! いなくなっている!

しまった……ッ!! と言うように上条は辺りを見回した。
真っ先に思い浮かんだのが回り込まれた可能性だった。

だけど、彼女はドコにもいなかった。

今までの言動を考えて、ヴェントが隠れて攻撃を仕掛けるようなタチではないだろう。
むしろ正面から突っ込んでくるタイプだ。



上条(息を潜ませている様子や、物音一つさえもない……)



耳を澄ませるも、聞こえるのはテレビの音と雨音だけだった。
気配がないのを逆に怪しんでいたが、本当にいなくなったのだろうか?
この局面で姿を消すのは、どうにもこうにも考えにくいけども……。
そもそも上条の思考からはありえない行動パターンだ。



上条「退散しなくちゃならない理由が出来た……?」



辻褄合わせに過ぎない答えだろう。
そうすれば片が付くから思い付くのだ。




上条「……切り替えますか。いなくなったのなら、合わせればいい」



状況に応じよう。
この場からヴェントが去ったのであれば、いなくなった理由など捨て、先を見るべき。
彼女の目的は『上条当麻の殺害』。だったら、否が応でも必ず目の前に出て来るはず。
その間の時間は好きに使わせてもらう。
言っても学園都市だ。行動範囲は狭い。

疑問は残る。
突如脳裏をよぎった映像と声。
一体誰なのか、そもそもドコなのか。
そして何故こんなにも心が痛むのか。



上条「…………」



……いつか、自分は誓ったのだろうか。決して忘れないと。


映ったのは一端に過ぎなかった。とても簡単には忘れなさそうな事だと思う。
でも判らない。どうして“そう思える”のかも判らない。
頭に覚えてなくとも、『心』が覚えているとでも言うのか。

ただ、心当たりがない訳でもなかった。




———上条当麻は記憶喪失である。




中学を入学からの一ヶ月間、まったく記憶がない。
どうやらその“一ヶ月”は『上条当麻』にとって、良い意味でも悪い意味でも色々起きたらしい。
仲間との出会い、戦いの呼吸、思考の展開、その他諸々。
果たして脳裏によぎった映像が失った“一ヶ月”の物だとする。


しかし、だとすれば何で思い出した?


医者の話によれば、記憶喪失ではなくて記憶破壊との事。
頭蓋骨に穴を空けて、脳に直接スタンガンをブチ込んだようなものだと。
失った記憶を思い出す事はできても、破壊された記憶を取り戻す事はできない。
それがどうして、一瞬だけ脳裏によぎったのだろうか?



上条「……」



正直、判らない事だらけだ。
自分の現状も敵の現状も、半分も理解していない。
その裏で暗躍する『猟犬部隊』に関しても例外ではない。
打ち止めを回収目的なのは判る。妨げとなる一方通行の無力化も判る。



上条「———何のために、だろうな」



呟くと、彼はポケットにしまっておいた携帯を取り出した。

投下しゅーりょー

938の一部、前スレ519参照です

投下しまーす

今回は超短いです




浜面「本降りになってきたな……」



浜面は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
ビルの壁に背中をくっ付けて、辺りを見回す。

もはや人影所か、人の匂いすらしない場所にたどり着いていた。
裏道通りを掻い潜った末に広がる、既に廃墟と化したビルが並ぶ所だった。
一見すると、スキルアウトの連中が根城にしそうな雰囲気すらある。
元スキルアウトの彼がそう思うのであれば間違いない。

そもそも浜面仕上はどうしてココにいるのか、という説明を入れなければならない。
掻い摘んで言えば、あれからずっと滝壺の後を追っていた。
端から見たらストーカーでしかないので、警備員通報よろしく状態である。
何度か引き下がろうとは考えた。
……が、彼女が何故このような所へ歩みを進めているのか気になってしまい、引くに引けなかったのだ。




浜面「滝壺……」



ビルの角から覗き込む。
どれもこれもが電気が点いていないなか、たった一つのビルだけが光を点していた。
滝壺はそのビルの中へ通じる扉の前で、何やら携帯で誰かと話している。
尾行に関しては気付かれていないみたいで安心だ。

けど、浜面仕上は考える。

先ほど上記で述べたように、こういう廃れた地帯は主にスキルアウトの住処だ。
もしかしたら……、と最悪の事態を思い浮かべてしまうのは致し方ない。
やはり———滝壺は『あの日』から、抜け出せないでいるのではないか?



浜面「……っ」



古傷が疼いた。
とっさに左手で傷を覆うように掴む。
治まれ! と念を込めながら奥歯を噛みしめた。




浜面(くっそ……!! 落ち着け、大丈夫。大丈夫だ)



ある意味『トラウマ』と接触中だからか、いつも以上に疼きの度合いが大きい。
脳裏にチラつく滝壺を攫った研究員の表情や声。
心臓の鼓動を打つ音が増していき、全身をも震えさす感覚に襲われる。



「滝壺?っ! 遅かった訳よ!」



ハッとして、再び身を潜めながら彼女を見る。
扉が開かれていて、中から少女が姿を覗かせていた。
非常に見た事のある少女だった。



浜面(フレンダ……?)



金髪の学生服風を基調として服装の少女である。
浜面の友人で、フレンダのお陰で滝壺と再会したと言ってもいい。
しかし、その彼女がどうしてこんな所にいるんだ?
滝壺もしかりだが彼女らは一体何をして———、






















ブブブブブブブブッッ!!!!




浜面「うおっ!?」



言ってから口を手で押さえた。
ポケットから体に伝わるのは携帯のバイブである。
驚愕し過ぎて思わず声を上げてしまった。

ゆっくりと顔を動かして、彼女達へと視線を戻した。
さっきとは違う意味で心臓の鼓動が大きくなっていた。
けど、どうやら運が良かったらしい。
中に入ったのか、既に姿はなかった。

ホッと胸を撫で下ろす。
浜面は……というか垣根以外は、携帯のマナーモードは常にオリジナル設定だ。
上条の教えでメールはサイレント、電話はバイブにしとけとの事。
浜面はその設定を解除していない。つまり、



浜面「……大将?」



未だ震動を続ける携帯の画面には、『上条当麻』と文字が映し出されていた。





———————————————




一方通行は薄汚れた路地裏にいた。
ついさっき、第三資源再生処理施設で『猟犬部隊』の一班を潰してきた所だった。
ビルの壁に体を預け、足の力を抜いて、ずるずると地面に腰を落とす。
雨や泥が混じった水溜まりがズボンに染み込んでくるが、どうでもよかった。



一方「……」



自らの手を眺める。
いつ振りだろう、この手で命を殺めたのは。
打ち止めを助けたあの日から入院生活だった故に、『仕事』にも参加していなかった。


こんなにも、こんなにも虚脱感を得るものだったか?


彼は思い知らされる。
打ち止めと00001号との出会いが彼にとって大きな転機となっていた。
何となく上条が言ってきた意味を理解しつつあったのだ。
一歩ずつ歩んではいた。それは確かな事だ。

しかし、今こうして人肉を潰し、命を刈り取った時、壁にブチ当たった。
打ち止めや00001号のせいとは言わない。
これは凄く単純で、自然な事だから。
光の道を歩む彼女達と過ごしていく内に、人を殺す事を良しとしない価値観が生まれた。



一方「……はは」



でも、どうだ?
結局、怪物は怪物のままだ。
幾ら上条と出会い仲間と出会い、彼女達と出会えたと言っても、根底は覆らなかった。

打ち止めや00001号を奪おうする闇と出くわしたとしよう。
その場合、一方通行の『誰かを殺すのはいけない事だ』という枷が外れてしまう。
人間だった彼を一瞬にして怪物へと真っ黒に染め上げるのだ。




一方「……」



土砂降りの雨に打たれ、一方通行は夜空を見上げた。
ビルの隙間から覗く空は真っ黒な雲に覆い尽くされている。

嫌な天気だ。以前、木原と遭遇した時とは違う感じがする。
あの時は歓喜に満ちた雨だった。
悲しみに暮れ、復讐の鬼と化した自分に対する報酬だと思っていた。

それから僅か数ヶ月。

常に雲がかかった空に一筋の光が差した。
ずっと雨が降り続けてきた天に、ようやくその時が訪れたのだ。

妹を奪われた日から。
何もかもが崩れ始めたあの日から。

彼にやっと降り注いだ光……だったが、




一方「———ッ」



何も変わっていない。
怪物は怪物のままである。
人間に何てなれやしない。

復讐の鎖に囚われた己が解き放たれる事は決してありえない。

憎しみと怒りしか知らない。
見えなくなってしまった。
そう、上条と出会う前に戻っただけだ。
自分しか見えず、見ようともしなかった頃に。
あの雲と同じように再び真っ黒に成り果てた。




……なのに、







一方「———どォして」






オマエらはそォも都合良く、出てくるンだ?






「よお」






彼にとって最も重要の位置にいる『信頼する存在』は、ドコにいようと悠々とやって来るのだ。






上条「こうしてお前と接触する事も、あいつらの“予定通り”だと思うか?」







不敵な笑みを浮かべながら、彼は目の前に現れる。

初めて会った時と同じように。

怪物相手に何でもない、いつも通りに。

まるで『人』と話しているみたいに。






———よお。ずっと見てたけど、随分と暴れたなあ。荒れまくってんじゃねえか。

投下しゅーりょー

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