バター「やめてええ!!」モノクマ「騒ぐならパンに直付けするよ?」 (30)

「俺を……すくいとるな」

身体がナイフで削られる

すると、薄く切り離される小部分、それを削ぎ取られている大部分ができあがる

どっちも彼の体だから、彼の意識は二つの間を疾走して行った

身体の一部を削がれる感触と、ナイフに乗せられて行く肌触りは同時に感じられ、

取られる部位とナイフを、自分をすくい上げる巨大な金属性の板を見ることが出来た

「俺を……パンに塗るな……」

何時の間にか、パンにぺったりと塗りつけられた小部分だけに彼がいた

パンを持つ者は誰なのか

彼にはわからない

せいぜい自分を食物としか見ていない非情な、名状し難き熊のようなものの概念が頭をよぎるだけだ

口元へ運ばれる間に、身体がみるみるうちに溶けていく

「ああ……溶ける」

元々曖昧だった視覚や触覚が

より一層愛味になりとろけていき、頭の中から肌までもが混ざり合う

何かの体温や吐息の熱で、より流動物に近しいものになっていく

「俺は……俺は……」

大和田「俺は、人間だぞおおおお!!」

悪夢だった

呼吸はぎこちなく、心臓の鼓動一回一回が頭にまで響き渡る

大和田「……人間なんだよ」

何時の間にか、彼を苦しませていた夢は消え去っていた

だが、この夢は今まで何度も彼を苦しませていた

「また、うなされていたんですか?」

彼に声をかける者がいる

大和田は声がした方向、自分の横を向く

そこにあるのは暗闇だけ

だが、そこには話し掛けていると思われるものがある

遺体「また、うなされていたんですか」

彼が殺して出来た遺体に話し掛けられる

やっぱりここは、悪夢だった

大和田「何なんだよ……何回みればいいんだよ」

大和田「俺を……バターみたいな扱いしやがって……畜生」

呼吸が落ち着いた彼は、誰に向けているかわからない悪態を吐いた

遺体「まだ、そう思い続けているんですね」

遺体が放った一言は、とても嫌な感じがした

そして自身にとって聞きたくない事だと直感的に判断する

可哀想な事に、一難が去ってその熱も引かぬ内に彼はまた苦しむのだ

何か言おうとするも、遺体はそれを遮るように話し続ける

遺体「もう、心の隅では気付いているんじゃないですか?」

大和田「黙れ」

遺体「ごまかして、いるじゃないですか」

彼は耳をふさげない

身体は動かせず、言葉は遠慮なく頭の中へ入って行く

大和田「黙れよ」

遺体「ほら……」

遺体は話すのをやめない

耐えがたくなった大和田は突如声を張り上げる

大和田「黙れって、言ってんだろ!!!」

遺体「その声だって……」

遺体はやはり話すのをやめない

だから彼も話し続ける

大和田「遺体がグチャグチャ言ってんじゃねえよ……」

大和田「俺に殺されたんだ!黙って朽ち果ててろ!」

そして遺体が黙り込む

耳をふさげない彼は言い返し、怒鳴り、悪態を吐く

それが遺体を黙らせる唯一の方法だった

大和田「…………」

沈黙が訪れてからしばらくの時間がたった

彼の興奮は引き、夢の後味は既に熱を失っていた

大和田「……」

遺体「……」

大和田「……」

遺体「……」

大和田は手に力を込めてみる

しかしぴくりともしなかった

元々、いつも彼の手足や胴体は動かない

どれだけ力を込めても、念じても、彼自身の体が動きを妨害する壁と

なっているかのように、足を曲げる事すらできない

昔は動かせたのだろうか

そう思っても、思い出せない

大和田「……」

遺体「……」

長い沈黙を好きとしていない

大和田も、おそらく遺体の方も

大和田「……」

遺体「……」

大和田「なあ、チビクロサンボって知ってる?」

遺体「虎がバターになるあれですか」

何故自分が話題にチビクロサンボを選んだのか

大和田は分からなかった

大和田「そうだ」

 大和田「ええと、あれさ、虎が木の周り回ってたらバターになったって話のあれさ」

大和田「いつ……ガキの頃……読んだかはともかく、それを今、思い出した」

大和田「あの話さ、やっぱり……馬鹿馬鹿しいよな。虎がバターになるなんてよ」

大和田「まあ、好きだがよ」


言い終えた瞬間、大和田は恐怖した

単語を自分から口にして、初めてこの話題を選んだ理由に気が付いたのだ

自分は操られているのかもしれない

だからチビクロサンボを口走ったのかもしれない

そんな考えで心を鎮めようとする

そうでなければ心の底では既に分かっているのだ

最も知りたくない事に

それが、堪らなく怖かった

話題を与えられた遺体が何を話すのか

先ほどの少しばかりの期待とは打って変って

その先は恐怖で満たされてしまった

遺体「遠心分離(えんしんぶんり、英: centrifugation)とは、
ある試料に対して強大な遠心力をかけることにより、その試料を構成する成分(分
散質)を分離または分画する方法である。
懸濁液や乳液などは、ろ過や抽出操作では分離することが困難であるが、遠心分離
では通常なら分離困難な試料に対しても有効にはたらく場合が多い。その原理は、高速回転により試料に強大な加速度を加えると、密度差がわずかであっても遠心力
が各分散質を異なる相に分離するように働くためである。遠心分離に使用する機械
を遠心機という。Wikipediaより」

突然、遺体が長々と語り始める

大和田「お、おい?」

遺体「虎は、それでバターになったっていう冗談がありましてね」

大和田は嫌な予感を感じた

彼にとって聞きたくないような事を、遺体はいつも突然話し出す

その少し前の、たまに察知できる前兆も堪らなくらい嫌だ

大和田「おい、おい」

遺体「ですが、あれ本当はバターじゃないんです」

遺体「遠心分離で、虎は分離したんです」

遺体「バターような、ドロドロとしたものは、虎を組み立てていた何かなんで」

予感は確信にかわった

遺体「貴方も、同じです」

大和田「やめろ!」

咄嗟に怒鳴るがもう遅かった

遺体「動けないのは何故ですか?」

遺体の質問を聞いた瞬間、大和田の全身に歯痒さが襲いかかる

動かしたい

そんな衝動、欲求が大量に湧き出てきて、一度でも強く感じると、それは行き場を失ってしまう

もどかしさとなって体の中を暴れ回り、散らばり、はね返り、精神をくすぐって行く

掻く事はできないし、手に力を込め、発散させる事もできない

欲求が消え、痒みが収まるまでの間、汗ばむ事もできない。苦しくて堪らない

悲鳴もあげられなくなった大和田に遺体がさらに問いかける

遺体「貴方は、私の姿が見えていますか?」

大和田は混乱しながらも遺体がいると思われる方向を振り向いた

そこに映る、わずかで無意識な記憶から想像されたおぼろげな人物の姿

女性だったか、男性だったか、姓名は何といったか、殺された時の服装はどんなものだったか

大和田には、思い出せなかった

遺体「舌の感覚はありますか?」

遺体「本当に声が聞こえていますか?」

遺体「触覚は?温度は?寝っ転がっていると実感していますか?」

自分が仰向けにねている

彼のその感覚が狂う

この場の温度がわからない

遺体「いつからここにいますか?」

遺体「ここはどこですか?」

遺体「昔の事を覚えていますか?」

時計もないこんな場所に、いつから居たのか

そしてどれくらいの間、ここに居たのだろう

ここはどこなのだろう

昔、自分はどこにいたのだろう

大和田は分からなかった

遺体「私は……目は濁って、無気力になってしまいましたが」

遺体「それでも、目はありますし、耳も舌も手足もありますよ」

遺体「貴方には、それが無い」

大和田は実感してしまう

自分はいま、容器に入っているのだと

遺体「常温で放置されて……もうかなり酸化しているでしょう……菌やカビも繁殖しているでしょう」

遺体「想像で全てを補うのはやめましょう。本当に考える事ができるんですか?」

大和田は声を絞り出し、かろうじて一言だけ発す

大和田「やめろ!」

遺体「貴方は……バターなんですから」

大和田「あああああああああ!!!」

遂に、大和田の全感覚が狂う

自分はいま、容器に入っているのだと

酸化し、色あせた固形物

自分はどんな姿だったか?

容器の蓋に描かれた人物がそれを物語る……

しかし大和田は考える

自分を失いたくないばかりに考える

考える内容はなんでもいい

そしてとにかく言葉を発す

大和田「黙らっしゃい!!」

大和田「お前の言っている事は……めちゃくちゃだろうが!」

自分が言っている事がめちゃくちゃでもかまわない

大和田「バターじゃないものと同じだとか言っといて、バターだとはどういう事だ!!」

揚げ足を取るような形になってもかまわないのだ。脳みそが健在で無いのだから仕方が無い

大和田「無気力になった?動けないのをごまかしてるだけだろうが!!」

大和田「お前は遺体なんだよ!!目もみえないし舌も動かせない耳も聞こえないだろうが!!」

大和田「おめーだって考える頭なんざ」

大和田「ねーだろが!!!」

とにかく怒鳴りまくった

何時の間にか遺体は黙り込んでいた

大和田「……」

興奮はすぐに収まった

大和田「……」

冷静になった大和田は思う

やはり自分はバターなのだろうか

常温でずっと放置され、朽ち果てるのを待つだけのバターなのだろうかと

大和田「……寝るか」

あたりは暗闇のまま

遺体は、黙ったまま

大和田「……」

寝れば自分が何なのかなど無駄に考えなくて済むだろう

大和田「そういえば」

大和田「何でお前、他人行儀なんだ?」

遺体は話さない

大和田「……だんまりか」

色々あって廃墟となった霊安室の一室で

そこに存在する大和田ことバターのような固形物は深い眠りについた




  常温の霊安室では、こんな会話が交わされるらしい……

長くなりましたがこのSSはこれで終わりです。 
ここまで支援、保守をしてくれた方々本当にありがとうごさいま した! 
パート化に至らずこのスレで完結できたのは皆さんのおかげです (正直ぎりぎりでした(汗) 
今読み返すと、中盤での伏線引きやエロシーンにおける表現等、 これまでの自分の作品の中では一番の出来だったと感じていま す。 
皆さんがこのSSを読み何を思い、何を考え、どのような感情に浸 れたのか、それは人それぞれだと思います。 少しでもこのSSを読んで「自分もがんばろう!」という気持ちに なってくれた方がいれば嬉しいです。 
長編となりましたが、ここまでお付き合い頂き本当に本当にあり がとうございました。 
またいつかスレを立てることがあれば、その時はまたよろしくお 願いします! ではこれにて。 
皆さんお疲れ様でした!

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