球磨川『僕は悪くない』 まこ「いや、どう考えてもおんしのせいじゃろ」 (250)

『どうしてここにいるのか、僕はまったくもって覚えていない』

『僕がいつの僕なのかもわからない』

『大嘘憑き』

『却本作り』

『おや、安心大嘘憑きまで使えるのか』

『ということは言彦戦よりも後の僕なのかな』

『待てよ、そうとも限らないぞ』

『適当で、出鱈目で、膨大な数のスキルを有するあなたなら何でもありだよね』

『ねえ、そうだろう?』

『悪平等、安心院なじみ』

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ボクのことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい。

やあ、球磨川くん、久しぶりだね、ボクだぜ。

正確には7932兆1354億4152万3225個の異常と4925兆9165億2611万0642個の過負荷、合わせて1京2858兆0519億6763万3867個のスキルだ。

さて、突然だけど、君を別世界に飛ばしたよ。

そんな怖い顔をするなよ、ボクだって無意味にこんなことをしたわけじゃないんだぜ。

なんのためかって?

暇潰しだよ。

今のボクはちょっとした事情で、身動き一つ取れなくてね。

暇を持て余しているってわけさ。

そう怒りなさんな、朗報もあるんだ。

君をこの世界に無理矢理運んだ、君の言葉を借りるなら、『螺子込んだ』影響で、今この世界に主人公はいない。

良かったじゃないか、絶対的勝利者である主人公がいないこの世界なら、絶対的敗者である君も生まれて初めての勝利を手にすることができるかもしれない。

ただし、主人公不在の影響でこの世界は歪に歪んで、ひび割れてしまっているけれど、そこは君が何とかしておいてくれたまえ。

さて、そろそろ時間だ。

メッセージを伝え終わったこの僕は自動的に消滅する。

君も巻き込まれて爆砕四散するだろうけど、慣れたものだろう?

では、君の活躍を期待しているよ。

『まったく、安心院さんはどこまで行っても安心院さんだね』

『良いよ、理不尽と不合理と不条理は生まれた時からの付き合いだ』

『思惑に乗ってあげようじゃないか』

『でも、僕の弱さを見縊って貰っては困るな。主人公がいない程度で勝てるようなら、最悪の過負荷を自称も他称もしないんだぜ』

『期待しているって?』

『期待を裏切って、裏切って、裏切って、裏の裏の裏になって、何もかもが滅茶苦茶になってしまう、この僕なのに』

『まあ、安心院さんにとってはそんなことはすっかり織り込み済みで、十分にも百分にも承知の上での言葉なんだろうけどさ』

『ところで、僕ごと爆発する必要ってあるのかな?』

『痛いのは苦手なんだけれど』

まこ「球磨川先輩は麻雀できるんじゃったっけ?」

ええと、この子は染谷まこ、清澄高校の二年生で、麻雀部に所属か。
うん、関係者の情報が頭の中に入っているのは便利だね。
安心院さんも粋な計らいをしてくれたもんだ。

球磨川『何を言ってるんだい、まこちゃん』

球磨川『僕の人生は麻雀と共に始まって、麻雀と共に成長して、麻雀と共に終わったようなものなんだぜ?』

球磨川『そんな僕にその質問は、まさに片腹痛いとしか言いようがないよ』

高らかに語る僕にまこちゃんは深い溜息をつく。

まこ「……あいも変わらず胡散臭いお人じゃのう。できるってことで良いんじゃな」

球磨川『それで、僕が麻雀をできたらどうなるのかな?』

ひょいっと肩をすくめて彼女に先を促す。

まこ「実は大会が近いんじゃが、女子部員が四人、男子を入れても五人しかおらんのよ」

まこ「固定面子じゃと、どうしても実戦経験が不足しがちでな」

まこ「少しでもできる打ち手を探しとるんじゃ」

なるほどなるほど。
あれ、女子が四人、男子が一人だって?
頭の中の情報と比べて、食い違いに首を傾げる。
これが安心院さんが言っていた主人公不在の影響ってやつなのかな?
清澄高校の女子部員は五人だったはずだ。
一人足りない。
消えたのが歪みのせいなのか、それとも主人公だったからなのか、判断はつかないや。
まあ、どうでも良いけど。

球磨川『なるほどね。つまり僕が、その男子部員を追い出せば、麻雀部という名のハーレムの主、ハーレムキングになれるってわけだ』

まこ「そんな話はしとらんし、数少ない部員を追い出すんじゃないわ!」

球磨川『良いぜ、まこちゃん。僕と君との仲だ。麻雀部に入るよ』

僕がにたりとした粘着質な笑顔を浮かべながらそう言うと、まこちゃんはいやいやいやとかぶりを振る。

まこ「たまに打ってくれるだけで良いんじゃ。入ってもらう必要はないと言うか、おんしが入るのは嫌な予感がすると言うか……」

まあ、そう言うなって。

球磨川『大船に乗ったつもりでいると良いよ』

まこ「三途の川の渡し舟の間違いじゃろう……」

球磨川『あれ、てっきり、泥舟の間違いだろ云々言ってくると思ったのにな』

なんだ、つまらない。

球磨川『これだからまこちゃんは大好きなんだ』

使い古された突っ込みをしてきたら、螺子を突っ込み返そうと思ってたのに。

使いそびれた螺子をしまうと、僕はまこちゃんに連れられて麻雀部の部室へと向かった。

麻雀部の部室の前まで来ると、僕はここで待つように言われた。

まこ「皆に説明してくるけえ、待っとき」

球磨川『ん?どうして?』

まこ「球磨川先輩が入部してくるなんぞ、何の覚悟もなしに受け入れられることじゃないけえの」

球磨川『……』

この世界でも、やっぱり僕は僕であるらしかった。

本命のスレの片手間に書くから、あんまり投下間隔は早くないよ。
そして、結局染谷まこは可愛いに落ち着くんだ。

まこ「皆、ちょいと話があるんじゃ」

まこの声にすでに卓についていた四人は手を止め、彼女に視線をやる。

久「どうしたの?」

まこ「例の打ち手の話なんじゃがのう、一人見つかってな。男子なんじゃが、どうせならと入部してくれるそうなんじゃ」

京太郎「え!?まじで!?」

まこの言葉に唯一の男子部員である京太郎が立ち上がる。

京太郎「その人、一年ですか?」

優希「嬉しいのがわかるけど、あんまり興奮するんじゃないじぇ、犬!」

久「そうね、気持ちはわかるけど落ち着きなさいよ」

久が色めき立つ京太郎を制止し、まこに先を促す。

久「それで、その人はどんな人なのかしら?」

まこ「ええっと……、学年は三年なんじゃ。ちょっとした知り合いでの」

京太郎「三年生かー」

学年を聞いた京太郎はちょっと残念そうな顔を見せる。
同じ一年がご希望だったようだ。

和「良いじゃないですか。初めての男性の先輩ですよ」

京太郎「そうだな。男子個人戦に出るのが俺一人じゃないってのは心強いな」

わいわいと楽しげに盛り上がる皆を前に、まこは申し訳なさそうな顔を見せる。
久はその様子に気付き、何かを考える素振りを見せた。

久「ねえ、まこ?あなたの知り合いで、三年生で、あなたにそんなに浮かない顔をさせる人物は、私、一人しか思い当たらないんだけど?」

まこ「……相変わらず鋭いのう。多分、その一人で当たりじゃ」

まこは大きく一つ溜め息をついた。

まこ「その方が練習になるかと思ってな。なるべくあくの強そうな打ち手を探してみたんじゃ」

久「あくの強そうなって……。あくしかない人じゃない」

その的確な表現にまこが苦笑していると、京太郎、優希、和の三人は不安そうな顔を覗かせた。

優希「ちょっと不安になってきたじぇ……」

まこ「そんなに悪い人でもないんじゃがな……」

和「怖い人じゃないんですよね?」

まこ「ある意味怖いが、怖い人でもないわ。喧嘩なら和でも勝てるんじゃないかのう」

京太郎「え?麻雀じゃなくて、殴り合いのほうの喧嘩?」

まこ「ほうじゃ」

京太郎「喧嘩で和に負けるって……、いったいどんな人なんだよ」

球磨川『こんな人だよ』

突然部室の奥から突然響く声。
皆が視線を送ると、仮眠用布団にうつ伏せに寝転び、本をぱらぱらとめくっている球磨川の姿があった。

球磨川『なかなか良い本を揃えているね。どれもこれも立派な押し花が作れそうだ』

そう言いながら本を投げ捨てると、身を起こす。
そのままゆったりとした足取りでまこの近くまで来ると、不適に笑う。

球磨川『やあ、始めまして、かな。僕は』

まこ「本を投げるんじゃないわ!」

スパーンッと球磨川の頭から小気味の良い音が鳴る。

優希「あ!犬の調教用ハリセン!」

京太郎「その犬って俺か!?」

いつの間にかまこの手には大型のハリセンが握られていた。

球磨川『痛いじゃないか、まこちゃん』

叩かれた場所をさすりながら、気にした風でもなく球磨川は笑う。

久「ちょっとまこ、いきなりびっくりするじゃない」

まこ「すまんのう。目に付くところに置いてあったもんで、ついな」

球磨川『やれやれ、自己紹介もままならないとは、つくづく僕だ』

ぼやきながら改めて語りだす。

球磨川『今度こそ、始めまして。二度目ましてになっちゃうのかな。僕は球磨川禊だ。三年生で、あくが強そうで、あくしかなくて、人を不安がらせて、ある意味怖い人で、女の子に殴り合いの喧嘩で正面から堂々と負ける球磨川禊だよ。よろしくね』

球磨川の自己紹介に、皆ばつの悪そうな顔をする。
最初に応えたのは久だった。

久「噂は、よく聞いているわ。麻雀部部長の竹井久よ。よろしくね」

球磨川『あ、知ってるよ。生徒会長じゃなくて、学生議会長の久ちゃんだ。ところで、学生議会長ってなんか頑張って普通とは違う名前を付けましたみたいな厨二病チックな名前だよね。まあ、それは良いとしてよろしくね』

頭に中に浮かんだ情報と照らし合わせて、久に応対した。
間違えたことは言ってないはずだが、久は引きつるような笑顔を浮かべている。

まこ「わしは自己紹介するまでもないな?」

球磨川『うん、大丈夫だよ、まこちゃん。また今度おっぱい揉ませてね』

ウィットに飛んだ軽いジョークを飛ばしてみると、

まこ「揉んだことあるような発言をするんではないわ!」

スパーンッとまた僕の頭から音が鳴り響く。

優希「えっと……、片岡優希だじぇ」

球磨川『優希ちゃん、よろしくね。ところで、君パンツ履いてる?』

球磨川の発言に、ひえっと小さく声を発し、優希はスカートを抑えて後ずさる。

和「球磨川先輩、変な発言は控えてください。……原村和です。よろしくお願いします」

和の自己紹介を受けた球磨川は目を大きく開けたかと思うと、勢いよくまこに向きなおる。

球磨川『まこちゃん!見てよ、あのおっぱい!大きいよ!あの大きさだと裸エプロンじゃ物足りないね。そうだな……、うん、僕はタンクトップを押すね。ブラは勿論付けずに、下は健康的なホットパンツが良いな。そうすることであの胸の』

まこ「たった今変な発言を控えろと言われたばかりじゃろ!」

スパーンッ

久「……大変ね」

久の労いの言葉にまこは、おうとだけ返した。

京太郎「えっと、須賀京太郎っす」

最後に京太郎が自己紹介をすると、球磨川はにこりと微笑む。

球磨川『ごめんね、僕、男には興味ないんだ。女の子に生まれ変わるか、僕のプロデュースの下で破壊臣としてデビューしてくれるんだったら仲良くすることを考えてあげても良いよ』

その言葉に、京太郎は固まったまま何も返すことはできなかった。

とりあえず一区切りだよ。
僕も染谷まこに突っ込まれたい。

球磨川『おかしいな、お互い自己紹介を済ませて、和気藹々となるはずなのに、この空気はなんだろう』

球磨川が首を傾げていると、横からまこがぽつりとおんしのせいじゃろうが、と呟くのが聞こえた。

球磨川『まあ、それはそれとして、部活をしようか』

パンパンっと手を打ち鳴らすと、皆はっと我に返る。
お互い顔を見合わせて様子を伺っているが、和がすっと前に出て言った。

和「では、球磨川先輩。早速ですけどお手合わせ願えますか?」

スッと麻雀卓を指差す。

球磨川『麻雀か、良いよ。やろうか』

颯爽と卓に向かうと、適当に腰を下ろす。

球磨川『そうだな、優希ちゃん、京太郎くん、座りなよ。せっかくだから先輩として実力を見せておくのも悪くない』

二人を指名すると、すっとどこからともなく一冊の本を取り出す。
ぱらぱらと本をめくる球磨川を見ていたまこは突然ぎょっとして、小走りに彼に近づく。

まこ「球磨川先輩、ちょいと、いいから、こっちに来るんじゃ」

腕を掴むと有無を言わさず部室の隅に強引に引っ張っていく。
席につこうとしていた一年生トリオは不思議そうに顔を見合わせていた。

球磨川『ちょっと、なんだい、まこちゃん。僕も強引なのは嫌いじゃないけど』

まこ「ちょいと、その本を見せてみい」

奪い取るように本を受け取ると、表紙を見て愕然とする。
本自体は部の備品で、まこも一度目を通したことがあった。

[猿でもわかる!麻雀入門]

まこ「球磨川先輩……、なんでこの本を今読んでいたんじゃ?」

球磨川『なんでって、変なことを聞くね、まこちゃん。ルールを知らなかったら何もできないじゃないか』

当たり前だろうと言わんばかりに答える球磨川に、まこは食ってかかる。

まこ「おんし!麻雀できるって言ったじゃろうが!?」

球磨川『え?なに言ってるのさ?僕は一言も麻雀ができるなんて言ってないよ?』

悪びれない彼の発言に、まこが必死に過去のやり取りを思い出すと、確かに彼は一言も麻雀ができるとは言っていなかった。

まこ「じゃが、おんし、さっき先輩としての実力を見せると……」

球磨川『だから、実力を見せるんだよ。僕はこんなに弱い初心者ですけど、よろしくねって』

ついにまこは頭を抱えて崩れ落ちた。

球磨川『さ、待たせたね、やろうか。ええと……、おっぱいちゃんとノーパンちゃんと、君はどうでも良いや』

席に座る球磨川を見ながら、まこは心の中で皆に謝る。
まこ(皆、すまんな……。わしが声をかける相手を間違えたばっかりに……)
そんなまこの気持ちも露知らず、球磨川は喋り続ける。

球磨川『そういえば、おっぱいちゃんはインターミドルチャンピオンなんだっけ。すごいね、麻雀人口がどのくらいかわからないけれど、その中のほんの一部でしかない中学生の中で一位になるなんてね。やっぱりあれかな、天狗になっちゃったりもしたのかな?』

和「……天狗になんてなっていません」

球磨川『んー、それもそうか。天狗は鼻が伸びるんだった。おっぱいちゃんが伸びたのはおっぱいなんだから天狗とは違うよね。そういえば、伸びたって言うとお年寄りのおっぱいみたいで同じおっぱいのはずなのに、不思議な気分になるよね』

和は顔を真っ赤にして肩を震わせながら、球磨川の発言を諌める。

和「球磨川先輩、先ほども言いましたが、変な発言は控えるようにしてください」

球磨川『あ、ごめんよ。おっぱいちゃんは失礼だった。おっぱいちゃんじゃ大きいおっぱいちゃんなのか、小さいおっぱいちゃんなのかわからないよね。改めるよ、でかぱいちゃん』

球磨川の発言に怒りを表したのは、和ではなく、京太郎だった。

京太郎「あんた!いい加減に」

立ち上がろうとするが、体が動かない。
なんだ?訝しげに見ると、制服が椅子に螺子止められていた。

球磨川『おいおい、京太郎くん。これでも僕は先輩なんだぜ。あんたはないだろう?それに僕はでかぱいちゃんと話しているんだ』

満面の笑みを作ると、続けた。

球磨川『引っ込んでろよ』

その瞬間、京太郎の全身は粟立った。
目の前には笑顔の球磨川。
だが、京太郎にはもはや笑顔の仮面を被った得体の知れない何かにしか見えなかった。
別段何かをされたわけでもないのに、心が折れそうになる。
それは優希も同じらしく、涙目でがたがたと震えていた。

まこ(なにか、おかしいのう)

球磨川の背後にいて影響が少なかったまこは、寒気は覚えたものの、比較的平静を保つことができていた。
彼女が気になるのは、球磨川の一連の発言である。

まこ(球磨川先輩の発言が誰かを怒らせるのはいつものことじゃ)

事実、球磨川はおはようの挨拶だけで人を不快にさせることができた。
彼が意図するしないに関わらず、彼の一挙手一投足は人に不快感を与えるのだ。
だからこそおかしい。
それなりに付き合いのあるまこにはそう思えた。

まこ(こん人にしては一連の発言は挑発的過ぎる。しかも、普段の球磨川先輩に比べて随分と下手くそな挑発じゃ。……なにか企んでおるんかのう)

まこが考えを巡らせていると、小さく、わかりました、と聞こえた。
発声者は、和だった。

和「わかりました。球磨川先輩。貴方のお人柄はよくわかりました」

凛とした声で、しっかりと球磨川を見据えて、和は声高に叫んだ。

和「だから、この半荘で私が勝ったら、退部してください!」

それを聞いた球磨川は会心の笑みを浮かべた。
直感的にまこは気づく。

まこ(これじゃな。球磨川先輩はこの発言を引き出すために幼稚な挑発を繰り返していたんじゃろう。自己紹介のやり取りの中で、強気で挑発に乗りやすそうじゃと和の性格を見抜いたんじゃろ。……なんのために?決まっておるわ。自分の条件を相手にのませやすくするためじゃ)

まこの思考を肯定するかのように、笑みを浮かべた球磨川は言葉を紡ぐ。

球磨川『良いよ、受けようじゃないか。僕が負けたら潔く退部するよ。その代わり僕が勝ったら……』

もったいぶるように一呼吸置いて、球磨川は続ける。

球磨川『一週間、和ちゃんはブラ無しタンクトップ、下はホットパンツ姿で僕に』

まこ「それが目的かい!」

スパーンッ

球磨川『じゃあ、気を取り直して始めようか』

東:優希  25000
南:球磨川 25000
西:和   25000
北:京太郎 25000
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東一局
ドラ:五

まこ(さて、球磨川先輩。あんたは『ルールは覚えた』と言っておったが、ルールを覚えただけで勝てるほど、麻雀は甘くないぞ?どうするつもりじゃ)

鼻歌交じりに理牌をしていく球磨川。
その配牌を見て、まこは顔をしかめる。

球磨川配牌
一五七2p6p9p26西北北白發

まこ(ひどいもんじゃな……)

ドラはどうにか活かせそうだが、それだけ。
役牌が重なればまだやりようもあるが…。
しかし球磨川は何も意に介さず、あいも変わらず鼻歌交じりだ。

球磨川『そういえば、久ちゃん』

久「なにかしら?」

球磨川『女子四人ってことは今度の大会、団体戦に出れないのかな?』

彼の発言の意図がわからず、困惑の色を見せた久だが、

久「ええ、そうね。今年も、……結局最後まで団体戦は出れなかったわ」

そう、寂しげに答える。

球磨川『僕がなんとかしてあげようか?』

球磨川の発言に皆の視線が彼に集中した。
ただ一人、まこを除いて。

まこは対局が始まってから、球磨川の動きを一挙動足りとも見逃すまいと集中していた。

まこ(こん人は一瞬でも目を離すと何をしでかすかわからんからのう。……牌山に乱れもないし、今のところ異常はないようじゃな)

久「なんとかって……、あと一人、当てがあるの?」

問いかけに、球磨川はへらへらと笑いながら、さあどうだろうねなどと言う。
久は思案する。
彼に関する噂を信じるのならば、彼に何かを頼むというのは愚かしい行為だ。
目の前の彼は、全てを有耶無耶に、滅茶苦茶に、どうしようもなく駄目にしてしまうそうなのだから。
でも、たった一人で麻雀部を立ち上げてから、ずっとずっと、三年間焦がれていた団体戦。
もし出られるのなら……。
久は、絶対に団体戦に出ると誓った、あの日の純粋な想いに従うことにした。

久「もし、何か手があるというのなら是非ともお願いしたいわ、球磨川君」

球磨川『任せてよ。今や僕も清澄高校麻雀部の一員だ。やっぱり仲間っていうのは助け合っていかないとね』

球磨川の言葉にまこは眉をひそめる。
彼は絶対にそんな人間ではない。
人の想いにつけ込み踏み込み利用して踏みにじった挙句、何も得をせず、周りを巻き込んで破滅する、そんな男だ。

まこ(……我ながらどうして付き合いが続いているかわからんのう)

優希「リーチだじぇ!」

まこの思考を遮ったのは、優希の声だった。
いつもながら東場の彼女は好調だ。
七順目の親リー。
捨て牌を見ても待ちは絞れそうにない。
球磨川の手牌に目をやる。

球磨川手牌
一五七2p6p9p26西北北白發
ツモ:北

テンパイすら見えそうもない。

まこ(これは完オリかのう。比較的安全そうな北の暗刻落としで安牌が増えるのを……、って、何しとるんじゃこん人は!?)

球磨川の挙動だけに注視していたまこは、ようやく彼の手牌の異常さに気付く。
彼の手牌は配牌時から何も変わっていない。

慌てて河を見る。

球磨川捨て牌
白六發一發7

まこ(おそらく、全てはツモ切り。重なった役牌どころか、せっかく揃ったドラ含み一面子を拒否じゃと?うまくすればメンホンまで見えておったではないか)

彼女には球磨川の狙いがまったくわからない。
首を傾げる彼女をよそに、球磨川は親リーに対する一打を切り出そうとしていた。

球磨川『うーん、迷うね、これかな』

打:五

口振りとは正反対に一切の迷いなく切り出されたのは、初めての手出し牌。
ドラの五。

まこ(親リーの一発目にドラじゃと!?根拠は?球磨川先輩にはいったい何が見えておるんじゃ?)

まこはただ驚き、球磨川を見る。
彼は静かに不敵に微笑んでいた。

優希「ロン!一発に、……裏ドラが乗って倍満だじぇ!」

球磨川『あれえ』

まこ「あれえ、じゃないわ!」

スパーンッ

まこ「みんな、すまん!球磨川先輩、ちょい、こっちに来るんじゃ!」

痛いと頭を抑える球磨川の首根っこを引っ掴み、まこは再び部室の隅まで彼を引きずっていく。
残された和、優希、京太郎と久は、ぽかんと口を開けてそれを見送るだけであった。

大体、染谷まこの突込みが入ったら一区切りだよ。
何度でも言う。
僕も染谷まこに突っ込まれたい。

まこ「球磨川先輩!おんし、なにをしておるんじゃ!?」

球磨川『なにって、麻雀だけど?』

まこ「それはわかっとるわ!ルールは覚えたんじゃろう?なんで全てツモ切りなんじゃ」

球磨川『だって、あの牌あんまり好きじゃないんだよ。六なんてあれだぜ?僕は昔、裏の六人とかって六人組にいじめられたことがあるんだ。だから六って数字はあんまり好きじゃないんだよね』

うんうんと頷きながら嘘か本当か見分けがつかない話しをしだす球磨川。
まこは6pと6もあったじゃろうが、と突っ込みたくなるのを我慢した。

球磨川『それにさ、僕あれが欲しかったんだ。鳥が書いてある牌。1だっけ?なんか可愛いよね。だから、あれ以外はいらなかったんだ』

まこ「あんたという人は……」

大きく溜め息をつく。

まこ「ルールがわかっておるならせめて真面目にやらんか」

球磨川『おや?まこちゃんは僕に退部して欲しくないのかな?』

にこにこと尋ねると心底嫌そうな声が返ってきた。

まこ「できるなら手ずから追い出したいくらいじゃわ。ええか?皆、真面目に、麻雀が好きで取り組んでおるんじゃ。わしが言いたいんは、それを侮辱するような真似をするなということじゃ」

まこの言葉に思案気な顔になる球磨川。

球磨川『好きとか真面目とか、そういったものを率先的に台無しにするのが僕なんだけれど、そんなことを言ったらまこちゃんは怒りそうだな。怒られるのも嫌われるのも慣れているけれど、突っ込み役は一人は欲しいところだしね。ここはそれっぽいことを言っておこうかな』

球磨川『当たり前じゃないか、まこちゃん。僕は皆のそういう気持ちを大事にして真剣に取り組んでるぜ?』

まこ「本音が全部声に出とるわ!」

スパーンッ

いい加減馬鹿になっちゃうよ、そんなことを言いながら頭をさする球磨川にまこは言う。

まこ「真剣に取り組んでおるなら、ちゃんと勝利を目指さんか」

球磨川『僕ほど勝ちに飢えている人間はいないよ。振り込むつもりだってなかったさ』

まこ「振り込むつもりがないのなら、いくら初心者とは言ってもあそこでドラ切りはないじゃろうが」

まこの言葉に球磨川は馬鹿にするように鼻で笑う。

球磨川『おいおい、まこちゃん。君こそ素人かい?』

まこ「なんじゃと?」

球磨川『やれやれ、注意力散漫にもほどがあるよ。ちゃんと見てたかい?ドラ表示牌は「四」だった。つまり、ドラは四だぜ?』

まこ「……」

球磨川『ん?』

まこ「……ドラは表示牌の次じゃ。今の局だとドラは五になる」

球磨川は、ふーむ、と天を仰ぎ見る。
まこに向き直るとにこりと笑い、言う。

球磨川『まこちゃん、あの本、何の役にも立たないね』

まこ「球磨川先輩が猿より理解力がないことがわかったことだけでも、あの本は大役立ちじゃわ」

球磨川『あはは、ひどいこと言うなぁ』

笑いながら卓に戻ろうとする球磨川に、まこは声をかける。

まこ「ちなみに、表示牌九のドラは一、北のドラは東、中のドラは白じゃぞ?」

球磨川はぴたりと立ち止まり、何か考える素振りを見せた後、まこに向き直る。

球磨川『やだなぁ、そんなの常識だぜ?まこちゃん』

染谷まこの突っ込みシーンじゃないけど、ここでお仕舞い

球磨川『みんなごめんね?まこちゃんってああ見えて情熱的でさ』

球磨川の声にまこのハリセンを持つ手がぷるぷると震えている。

久「私達に遠慮しないで、どんどん突っ込んでいいわよ?」

久の声に無言で頷き、球磨川の配牌をみる。

東:優希  49000
南:球磨川  1000
西:和   25000
北:京太郎 25000
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東一局一本場
ドラ:1

球磨川配牌
二七2p7p9p147南西西北發

まこ(……またか。ひょっとしてこん人の配牌は毎回こうなるんか?)

一巡目球磨川手配
二七2p7p9p147南西西北發
ツモ:1
打:北

球磨川『そういえば、久ちゃん』

久「なにかしら?」

二巡目球磨川手配
二七2p7p9p1147南西西發
ツモ:1
打:二

球磨川『団体戦の出場申請の締め切りっていつなのかな?』

久「明後日よ。だから、正直なところ諦めかけていたのよ」

三巡目球磨川手配
七2p7p9p11147南西西發
ツモ:三
打:三

球磨川『それは大変だ。じゃあ急がないと。久ちゃんのためにもさっさと終わらせるからね』

久「……はは、ありがとう」

久はちらりと和に視線を向ける。
思ったとおり、さっさと終わらせる宣言をされた和はムッとした顔をしていた。

まこ(さて、今度は真面目に打っておるんかの)

二切りが裏目ったがこれは仕方ない。
ドラも暗刻になったし、役牌の重なりを期待するのは悪くない。

優希「どんどんいくじぇ!リーチ!」

先ほどのあがりで勢いづいたのか、四順目での優希の親リー。
優希の東場での火力を考えれば、ツモられても残り1000点の球磨川は飛ぶ。

四巡目球磨川手配
七2p7p9p11147南西西發
ツモ:1

まこ(四枚目のドラか。捨てるわけにもいかんし、かと言ってカンしてドラを増やすなどもってのほかだしのう)
打:1

まこ(ああ、はいはい、わかっとったわかっとった。1の絵柄が好きで集めたいってのも出鱈目なんじゃろうし、ドラだから捨て辛いなんてことを考えるような人でもないし、どうせ3枚で暗刻なんだから4枚目なんていらないでしょとか言うんじゃろ。そりゃあもうわかっとった。どう捌くかなんてちょっとでも期待したわしが馬鹿じゃったわ)

優希「……えーっと、ロンだじぇ。一発にまたも裏ドラが乗って、倍満の一本付けだじぇ」

え?本当に?と疑うように優希が控えめに声を出す。

球磨川『あれれ、当たっちゃったか。まあ、良いや、そろそろ僕も肩が温まって来たところだ』

にやりと不適に笑うと、高らかに宣言する。

球磨川『ここからは、ずっと僕のターンってやつさ』

その言葉にまこは眩暈を覚えた。

球磨川『……あれ?ねえ、まこちゃん?点棒足りない時ってどうするの?』

まこ「……点数がマイナスになったら、ハコテンで終了じゃ」

球磨川『……』

終局
一位:優希  73300
二位:和   25000
三位:京太郎 25000
四位:球磨川 -23300

いったん区切り。

部室内は静まり返っていた。
沈黙。
あきれ顔で眉間を抑えるまこ。
あんぐりと口を開けている久。

和(当事者なのに何もしていません……)

京太郎(……空気だった)

優希(勝ったのに全然嬉しくないんだじぇ……)

対局者三人の胸中も様々だった。
明るい笑い声で沈黙を破ったのは、空気を読めない、読まない、負けることに関しては右に出るものはない、負完全な男だった。

球磨川『あはは、負けちゃったよ』

やれやれと言わんばかりに肩を竦める。

球磨川『いやあ、良い勝負だった。清澄高校麻雀部の歴史に刻まれるべき名勝負と言っても過言ではないよ』

パチパチと気のない拍手をしながら皆を見回しているが、誰も答えない。

球磨川『それにしても和ちゃん。やっぱりさすがだね。インターミドルチャンピオンの名は伊達じゃなかったや』

和(私、何もしていませんよ……)

球磨川『じゃあ、約束だし、僕は退部するね』

球磨川のその言葉に、最初に反応を示したのは久だった。

久「……えっと」

どうしたものかと思案しながら和を見るが、

和「……」

彼女は自分が言い出した勝負ではあったが、あまりにも手ごたえなく終わりすぎて、どうしたら良いかわからなくなっているようだ。
んー、としばし悩んだ久だったが、球磨川を引き留めることにした。
和は納得はいかないかもしれないけれど、そこまで本気で追い出したいわけでないだろう。

久「球磨川くん、勝負の結果はこうだったけど、もしあなたが良かったらこのまま部に残ってもらっても良いのよ」

まこ(ふむ、あっけない結果はこの言葉を引き出すため?じゃが、こん人の性格上、そんな単純な話でもない気がするのう)

球磨川『待ってくれよ、久ちゃん。約束を破るようなやつは人間の屑だよ。引き留めたりして僕を人間の屑にするような真似はしないで欲しいな』

まこが思ったとおり、久の言葉は彼の狙ったものではなかったようだ。
彼女には彼が部活への所属に拘ることなどないことは簡単に想像できたのだ。

久「そう……、とても残念だわ、球磨川くん」

本当に僅かに残念そうに見えるのは、彼女が一人で部活を立ち上げてから、ずっと少ない人数でやってきたからだろう。
久は気持ちを切り替えると、球磨川に尋ねる。

久「それで、さっき言っていた団体戦の話なんだけどね」

彼女の問いかけに、わかっているよ、と言わんばかりに頷いた球磨川は、彼を知る者ならば納得し、彼を知る者も彼を知らぬ者も嫌悪感を抱く言葉を発した。

球磨川『ああ、その話。僕としては同じ部活仲間のために全身全霊をもって協力するつもりだったんだけどね。ほら、僕はもう退部したし』

彼の言葉は、先ほどとは違う沈黙を部室にもたらした。
誰もが動けない。

球磨川『だから僕にはもう、麻雀部に協力する義理もなければ義務もないんだ。だからあの話は「なかったこと」になったよ』

誰もが言葉を発せない。

球磨川『本当に残念だ』

彼は残念そうには欠片も見えない様子でそういうと、時が止まったかのような部室の中を悠然と動いてドアを開け、

球磨川『バイバイ』

麻雀部の部室を後にした。

また一区切り。
手が空いたら続きを書くよ。

本命スレの立て直し準備に思ったより手間取ってしまったのでここまで。
また明日。

球磨川が鼻歌混じりに廊下を歩いていると、後ろから足音が響いてきた。
振り返ると、まこがこちらに走ってくるのが見えた。

球磨川『やあ、まこちゃん、廊下は走っちゃ駄目なんだぜ』

にやにやと笑う球磨川の声を無視して、まこは彼の胸倉に掴みかかる。

まこ「球磨川先輩!わりゃあ、どうしてそうなんじゃ!」

球磨川『まこちゃんは涙目で怒った顔も可愛いなあ』

まこ「やかましいわ!なんであんな事を言った!?協力するつもりがないなら最初から希望など持たすな!あん人が……、部長が、三年間いったいどんな気持ちでやってきたか!どうしてそれを……、ああも踏みにじれるんじゃ……」

まくし立てるまこに対して、球磨川の笑みは崩れない。
球磨川には、希望から絶望に落とされた者の気持ちなどわからないのだ。
なにせ彼は生まれてから一度も、希望を持ったことなどないのだから。

球磨川『どんな気持ちって、わかるわけないじゃない。僕何も聞いてないし。まあ、想像はつくけどね』

その言葉に、まこは胸倉を掴んでいた手を離し、軽く胸を押して彼を遠ざけた。

まこ「ほうか……。もうええ、わかったわ。わしの大事な仲間を傷つけるようなやつにはもう、付き合いきれん。……おんしともこれまでじゃ」

ぎりと音がしそうなほど歯をかみ締めたまこは、球磨川に背を向け、去っていく。
その背に、球磨川の声がかかった。

球磨川『まあ、待ちなよ。ここで帰ったら後悔するぜ、まこちゃん』

まこ「……どういう意味じゃ?」

立ち止まり、でも振り向かずにまこは問い返す。

球磨川『言っただろう?怒られるのも嫌われるのも慣れてるけど、突っ込み役は一人欲しいって』

球磨川『あれは照れ隠し的な表現で、まこちゃんには僕の側にいて欲しいってことなんだ。だから僕はまこちゃんに本気で嫌われるようなことはしないよ』

だから、と球磨川。

球磨川『今日の僕の行動は、全部布石。何もかも、本番は明日さ』

彼の笑みは変わらず崩れていない。

まこ「本番は明日と言うても、おんしは入部当日に無様に退部したじゃろうが……」

球磨川『それは何とかなるよ。久ちゃんの翻意の誘いを断ったのだって、考えがあってのことさ』

球磨川『僕の戦いはこれからだ!ってやつだよ』

まこ「そんフレーズじゃと、打ち切られとるわ」

球磨川『あはは、だからまこちゃんは大好きなんだ』

笑う球磨川を、まこは訝しげに見る。

まこ「何を考えとる?何をするつもりじゃ?」

球磨川『んー。まだ秘密だよ。ドヤ顔で語ったのに思惑が外れましたとか恥ずかしいからね。それに僕はネタバレをする趣味はないんだ。僕にできることと言ったら、推理小説の冒頭で犯人の名前に赤丸をつけてこいつが犯人って書くことくらいさ』

まこ「十分極悪じゃわ」

まこの言葉を最後に、球磨川は何も話さなくなった。
もう話はお仕舞い、そういうことなのだろう。
そう判断し、球磨川に背を向けたまこに、彼は声をかけた。

球磨川『今から部室に戻るのかい?』

まこ「ほうじゃ。あの状態の皆を放って置くわけにはいかんからの」

部活の皆、特に久の痛ましい様子を思い出す。
あの気丈な彼女が、完全に狼狽していた。

球磨川『じゃあ一つお願いがあるんだ。僕が麻雀の初心者だってことは皆には内緒にしておいて』

まこ「かまわんが、それも理由はまだ秘密ってやつなんかの?」

尋ねるまこに球磨川は頷く。

球磨川『理解が早くて助かるよ。そうだね、「球磨川先輩は相当の手練!あれは実力を隠していただけ!すごい!格好良い!」くらい言っておいてもらえたら良いかな』

まこ「……」

球磨川『それと、もう一つ。誰かに僕の居場所を聞かれたら教えてあげて』

まこ「使い古された突っ込みには厳しいくせに……。一応言うといたほうがええんか?お願いが一つじゃなくて、二つになっとるわ」

球磨川『あははははは』

よろしくね、との彼の声を背に受け、まこは部室への歩を進めた。

球磨川『さて、帰るか』

今日はもうすることはない。
帰ろうとして、球磨川は気づいた。

球磨川『……どこに?』

自分の頭の中には、帰るべき家についての情報が入っていなかった。

球磨川『安心院さんは相変わらずお茶目だなぁ。僕の家の情報を入れ忘れるだなんて』

勿論、安心院さんに限って、そんなことはありえない。
わざと入れなかったか、もしくは、初めから用意されていないか。
球磨川はポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。

球磨川『あ、もしもし?まこちゃん?』

球磨川『突然だけど、今日まこちゃんの家に泊めてくれない?理由?ちょっと自分の家がどこにあるか忘れちゃってさ。勿論、布団は一緒で良いよ。用意してもらうのも悪いからね』

ブツッ

球磨川『……』

ツーッ、ツーッとしか話さなくなった携帯電話を片手に、球磨川は今夜の宿の算段を始めた。

『また勝てなかった』

『とは言わないさ』

『今日の勝負はあくまで様子見だったし』

『ところで、僕は毎晩ここに来るはめになるのかな?』

『そこのところ、どうなんだい、安心院さん?』

ある意味その通りで、ある意味間違いだよ。

君は眠るたびに、意識を失うたびに、勿論、死ぬたびにここに来て、僕の査定を受けるのさ。

見事、僕の暇を潰せたら元の世界に帰れるって寸法だね

今日の査定結果かい?

勿論、駄目に決まっているじゃないか。

少しは楽しめたけどね。

この僕もメッセージを伝え終わったら自動的に消滅するけど、何か聞いておきたいことはあるかな?

大丈夫さ、ご存知のとおり、このボクだぜ?

何を聞かれるかくらいすっかり全部お見通しで、ちゃんと答えられるさ。

『相変わらず出鱈目で安心したよ』

『じゃあ質問は三つだ』

『質問一、パンツの色は何色か』

『質問二、今の僕は何か』

『質問三、主人公不在のままこの世界の物語が進むとどうなるのか』

ふむ、一つ目を除いて、なかなかいい質問だね。

順番に答えるよ。

回答一、花も恥らう乙女に向かってそんなことを聞く君には、この世界に家を用意してあげない罰を与えることにする。

回答二、今の君は、君の寄せ集めだ。

わかりやすく言うと、いろんな時間軸の君を少しずつ集めて君にしたんだ。

理由は次の回答を聞いたらわかるかな。

回答三、主人公不在で物語には勿論影響が出ている。

その影響は僕が君を送り込んだことで最小限に抑えられているんだが、ああ、君を送り込んだ影響で主人公が不在になったことには突っ込まなくていいよ。

それで、元の物語から程度乖離した状態で分岐点を迎えると、物語は存在していられなくなる。

つまりは消滅するんだね。

これが回答二で言った理由にもなっていて、君そのものをこちらに連れて来ると、向こうの世界も消滅の危機を迎えてしまうんだ。

『色々と納得がいったよ』

『それで、参考までに聞くけど今回の分岐点はどこになるのかな』

『ああ、ついでに』

『質問四、染谷まこはどうして僕と接していられることができるのか』

『自分で言うのもなんだけど、常人に耐えられることじゃない』

今回の分岐点は、「和ちゃんに認められて団体戦に出場できるかどうか」だ。

危なかったね。

久ちゃんの提案を受け入れて退部を翻意していたら、めでたくゲームオーバーだ。

団体戦出場はともかく、和ちゃんに認められる必要性はあるのかって?

当たり前じゃないか。

この物語は本来、とても百合百合しいものなんだぜ。

質問が三つと言っておいて、四つ目の質問をした君にもボクは親切に答えるよ。

回答四、染谷まこが君と普通にやり取りができるのは、ボクが過負荷に対する耐性を与えたからだ。

心配しないでいいよ。

ボクがしたのはそこまでで、君に付き合っているのは彼女の意思だ。

とても優しい、面倒見の良い子なんだね。

他の部員にも耐性を与えているけれど、そう高いものではないから気をつけてくれ。

これは僕のサービスだよ。

こうでもしないと君はどう転んでもゲームオーバーだしね。

こんなところかな。

では、健闘を祈るよ。

『久ちゃんの提案に乗らなくて良かったって?』

『乗るわけないさ』

『僕がこの理不尽と不合理と不条理なことに付き合っているのは、勝つためだもの』

『せっかくだから僕はこの世界で、生まれて始めての勝利を掴み、元の世界に凱旋するよ』

『まこちゃんについては安心したし、残念だな』

『安心院さんの差し金、それこそ端末だったら、都合が悪かったら「なかったこと」にもできたのに』

『まあ、分岐点とやらのせいで、滅多に人を「なかったこと」にはできないみたいだけど』

『一種の縛りプレイだと思うさ』

『ところで、やっぱり僕ごと爆発するんだよね?』

まこ「球磨川先輩」

まこが声をかけたとき、球磨川は一人、教室で机に座っていた。

球磨川『やあ、まこちゃん』

まこ「……相変わらず殺風景な教室じゃな」

彼が一人で教室にいるのは何も不思議ではなかった。
なぜなら、この教室には一人分、すなわち彼の分しか机がないのだから。
噂では、昔は彼も多数のクラスメイトと共にいたのだが、彼以外が、教師も含めて、全員不登校になった時、学校側は彼専用の教室を用意したのだそうだ。
それ以来、教師すらも近寄らない教室で彼は一人でいると聞いた。

球磨川『安心院さんもそんな設定用意してくれなくても良いのにね』

まこ「言うてる意味がわからんわ。それで、何をしとるんじゃ?」

球磨川『ん?自習だよ。』

とんとんと机に置いた本を叩いて示す。

球磨川『僕はまじめだからね。先生が来なくて自習だからってさぼったりはしないんだ』

まこ「もう、とっくに放課後じゃぞ……」

球磨川『……この教室ってチャイムが鳴らないんだよね。おかげでお昼も食べ損ねるし、一時間目からずっと同じ教科書だよ』

ぱらぱらと本をめくってぶつぶつと呟く球磨川にまこは言う。

まこ「それが何の教科書かは見せんでええぞ」

球磨川『じゃーん!保健体育でした』

本をまこに突きつけ、球磨川は続ける。

球磨川『それも男と女の性についてって、ああ、間違えた。これは教科書じゃなくて僕の秘蔵のエッチな本だった。これじゃ僕の裸エプロン好きがばれちゃうや』

まこ「見せるな言うたじゃろうが!」

スパーンッ

球磨川『痛いよ、まこちゃん。そのハリセン、部室の外まで持ち歩いているの?』

まこは頬を赤らめながら、たまたまじゃ、と答えた。

まこ「一旦、部室に行ってから来たんでな」

球磨川『ふーん、まあそんなところに突っ立ってないで入りなよ。椅子は……ないけど』

その言葉にまこが動くと、後ろからもう一人。

和「……こんにちは、球磨川先輩」

ぺこりと一礼をする和に、球磨川は手で何かを揉む仕草を見せる。

球磨川『やあ、和ちゃん。今日も良いおっぱいだね』

まこ「初っ端からセクハラするでないわ」

まこの言葉に球磨川は不思議そうな顔をする。

球磨川『女性を褒めるのは紳士としてのマナーだぜ』

まこ(褒めてるつもりなんか……)

球磨川『それで、僕に何か用かな?もしかして僕が好きになって告白に来たとか?参ったな、両想いだ」

へらへらと語る球磨川に取り合わず、和は頭を下げ、

和「球磨川先輩、もう一度私と麻雀で勝負してください。そして、もし私が勝ったら、部長の力になってあげてください」

一息にそういった。
球磨川は変わらぬ笑顔のまま、へえ、と呟く。

球磨川『清澄高校麻雀部の団体戦出場、かな?』

球磨川『良いよ、受けよう。その代わり』

和「わかってます。私が負けたら、……タンクトップとホットパンツですね」

球磨川『ブラなしが抜けてるぜ』

和「……」

まこ「……」

球磨川『まあ、でもそれはいいや。なぜって、通はシチュエーションにも拘るんだぜ?ブラなしタンクトップにホットパンツは嫌がる女の子に無理やり着せるものじゃない。勿論、それはそれでとてもそそられるけど、真骨頂は自発的に着て、僅かに羞恥を感じながらも活発に』

まこ「長くなるなら後で鏡に向かって喋っておれ!」

スパーンッ

球磨川『そういう訳で、僕が勝ってもそんなことはしなくても良い。その代わり、僕のことを麻雀部の一員として迎え入れてくれないかな?ちゃんと僕のことを認めてもらった上で一緒に部活を頑張りたいんだ』

球磨川のその提案に、和は怪訝そうな顔で頷いた。

まこ「思惑通りなんかの?」

先に行って準備してきます。
そう言って先に部室に和が向かった後、二人はのんびりと歩いていた。

球磨川『うん、まあここまではね』

まこ「説明してもらえるんか?おんしが何を企んでおったか」

球磨川『うん、ほら和ちゃんって自己紹介のとき、初めてあった先輩である僕に対しても注意してきたし、その理由も優希ちゃんを庇うためっぽかったでしょ?』

僕には理解できないけど、そう言いながら球磨川は先を続ける。

球磨川『気が強くて責任感もある子なんじゃないかなって思ってさ』

球磨川『だから上手に挑発して、和ちゃんと退部を賭けた勝負に持ち込んだのさ』

まこ(だいぶ下手というか安っぽい挑発じゃったが……。こん人の場合はわざと挑発するより普通に話しとったほうがうまい挑発になるんじゃなかろうか)

球磨川『自分が言い出した勝負のせいで僕が退部になり、その結果、久ちゃんの念願である団体戦出場が絶たれる。責任感の強い和ちゃんはどう思うだろうね?』

まこ「自覚があるかは知らんが、最低のことを言うとるからな?」

呆れ顔のまこに球磨川は表情も変えず続ける。

球磨川『それで、昨日の約束だ。もし僕が初心者だって言えば、和ちゃんは麻雀での勝負は言い出せない。彼女の性格上ね。だから内緒にしてもらった』

まこ「なぜ、和が勝負を持ちかけるのが今日だと?」

球磨川『おいおい、まこちゃんらしくないな。団体戦の参加申請の締め切りだよ。昨日の時点で締め切りは明後日。つまり明日だ。申請書をどうやって提出するのかは知らないけど、今日中には僕の協力を得られないと間に合わない』

説明されれば全部単純な話ではあった。
しかし、納得はいかない。
普通に入部して、普通に麻雀で勝負して、普通に協力すれば、そんな手の込んだことなどしなくて良いのに。

まこ「計算ずくなようで全てが綱渡りじゃな……。和の性格が思ったものと違っていたら?退部を賭けた勝負にならなかったら?締め切りが明日じゃなかったら?久があっさり諦めて、和が再戦を言い出さなかったら?」

球磨川『退部を賭けた勝負にならなかったら、難癖付けて退部していたし、再戦を言い出さなかったらこっちから言い出しても良いよ。ちょっと格好悪いけどね。まあ、他にいくらでもやりようはある』

球磨川『それに綱渡りは僕の人生そのものだぜ?僕が生きるってことは峡谷に張られた一本の毛糸の上を歩くようなものだ。一歩でも踏み外せば即死さ。もしまこちゃんが望むなら、そんな人生を共に歩む伴侶として誓っても良いんだぜ』

まこ「いらんわ。……峡谷の上に張られた毛糸か。おんしの場合はそこから喜々として紐なしバンジーでもしそうじゃわ」

まこ「大体わかったわ。じゃが今の説明じゃとわからん点もある。そこまでしてこの再戦の場を求めた理由はなんじゃ?」

球磨川『決まってるじゃないか。勝つためだよ。僕は本気で勝ちにきているんだ。ただでさえ弱者な僕が、強者に勝とうっていうんだ。それなりに準備の時間が必要だったんだよ』

まこ「ほいで、その荷物か。……嫌な予感しかせんわ」

球磨川の背中には大きな荷物が背負われている。
和を先に行かせたのもこれのためだろう。
それからは会話もなくただ歩く。
まもなく部室に着こうというところで、球磨川は立ち止まった。

まこ「?どうし」

まこは声をかけようとして、止まった。
声が出ない。
球磨川は、立ち止まって、静かに穏やかに笑みを浮かべている。
まるで地獄の淵から這い出るような、笑み。
まこが今まで接したことのない負完全な球磨川禊。


球磨川『んー。なんか面倒になっちゃった』

球磨川『荷物も重いしさ』

球磨川『大体、誰かの思惑通りってのが気に入らない。思惑を裏切らないだなんて、まったくもって僕らしくない。どれもこれも安心院さんが悪いんだ』

球磨川『それに、よく考えてみたら今回勝てなくたって僕は構わないんだ。本気で頑張ればいつか夢は叶うものだ。僕はまだ本気だしてないだけで、明日から頑張るんだから人生の初勝利は目の前のはずさ』

球磨川『だから、もういいや』

球磨川『さようならだ、まこちゃん』

球磨川『来世で会ったら結婚しようね』




『大嘘憑き』





『この世界を』





『なかったことにした』




『おかしいな』

『あの世界をなかったことにしたんだから、僕も消滅しているはずなのに』

『またここに来てしまった』

『それとも今からばらばらにされて元の世界のそれぞれの時間軸に戻されるのかな?』

おいおいおいおい。

いやいや待ってくれよ。

これだけ驚いたのは数千年ぶりかもしれないぜ。

あれだけやっておいて、面倒くさいからやーめた、だなんて球磨川禊はどこまでいっても球磨川禊か。

今度こそ勝つんじゃなかったのかい?

僕はまだ本気出してないだけ、明日から頑張る、だなんて君はどこの自宅警備員なんだよ。

最初期の君も混ぜ込んじゃったのがまずかったかな。

最近の君のキャラじゃないだろう、あれは。

僕としても、反省、反省、人生はトライアンドエラーだ。

さて、何か聞きたいことがあれば聞こうか。

『今回はとくに聞きたいことはないけどなあ』

『そういえば大嘘憑きでなかったことにしたことは取り返しがつかないはずじゃなかったっけ?』

『あとは、そうだな、この僕が消滅したら元の世界のそれぞれの時間軸の僕はどうなるのかな?』

ゲームマスターとしては甚だ遺憾ではあったけど、君が発動する瞬間に大嘘憑きを安心大嘘憑きに差し替えたんだよ。

まったく卓袱台返しにもほどがあるってもんだ。

今は安心大嘘憑きの時間待ちさ。

それと、君がなかったことにしたのはあの世界で、君自身はあの世界の者じゃないから、なかったことの範疇には含まれていなかったよ。

勿論、世界がなかったことになった中に取り残されたんだから、死んでしまってここに来たんだけどね。

君が消滅したら、元の世界のそれぞれの時間軸の君にも勿論影響はあるよ。

今後、一生を何か、ボクがこっそりいただいてきたものが、欠けた状態で過ごすことになる。

じゃあ、今度こそ頼むぜ。

天丼なんかしたら許さないからな。

『欠けた状態って言われても、元から何もかも一切合財が欠けているんだ』

『何の影響もないに等しいじゃないか』

『それに影響を受けるのは、元の世界のそれぞれの時間軸の僕だろ?』

『僕自身どうでもいい僕が例え僕の元になったといっても元の世界のそれぞれの時間軸の僕の……』

『なんだか早口言葉みたいになってきたや』

『天丼するな、か』

『確か、するなってのはやれって意味なんだっけ?』

まこ「球磨川先輩」

球磨川『おいおい、安心院さん、ここからリスタートかよ』

がっくりと肩を落とす球磨川を不思議そうな目で見るまこ。

まこ「どうしたんじゃ?」

球磨川『なんでもないよ』

手元を見ると、僕秘蔵のエッチな本は数学の教科書になっていた。
そりゃないぜ、安心院さん。

球磨川『和ちゃんも来てるんでしょ?』

その言葉にまこが頷くと、それが合図かのように和が姿を見せ、ペコリと一礼をした。
そのまま静かに球磨川に近づき、

和「球磨川先輩、もう一度私と麻雀で勝負してください。そして、もし私が勝ったら、部長の力になってあげてください」

一息にそういった。

球磨川『ああ、ごめんね。二人とも。ちょっと二回目だとだるくてさ。巻きでいくね』

球磨川の言葉を理解できず、不思議そうに顔を見合わせる二人。

球磨川『清澄高校麻雀部の団体戦出場の件でしょ、良いよ、受けよう。その代わりに僕が出す条件はブラなしタンクトップにホットパンツじゃないぜ。
なぜって、通はシチュエーションにも拘るんだぜ?ブラなしタンクトップにホットパンツは嫌がる女の子に無理やり着せるものじゃない。
勿論、それはそれでとてもそそられるけど、真骨頂は自発的に着て、僅かに羞恥を感じながらも活発に、はい、まこちゃんここでハリセンで突っ込んで。
そんな訳で僕の出す条件は、僕のことを麻雀部の一員として迎え入れて欲しいってことだよ。ちゃんと僕のことを認めてもらった上で一緒に部活を頑張りたいんだ。
はい、和ちゃん、さっさと部室に行って準備してきてね。それでまこちゃん、ここまでは僕の思惑通りだよ。僕が何を考えてたか、説明するね。
ほら和ちゃんって自己紹介のとき、初めてあった先輩である僕に対しても注意してきたし、その理由も優希ちゃんを庇うためっぽかったでしょ?
僕にはまったく理解できない行動だけどね。だから、気が強くて責任感もある子なんじゃないかなって思って、上手に挑発して、和ちゃんと退部を賭けた勝負に持ち込んだんだよ。
はい、心の中で突っ込んで、どうぞ。自分が言い出した勝負のせいで僕が退部になり、その結果、久ちゃんの念願である団体戦出場が絶たれる。責任感の強い和ちゃんはどう思うだろうね。
はい、ここでもう一回突っ込みね。それで、昨日の約束だ。もし僕が初心者だって言えば、和ちゃんは彼女の性格上、麻雀での勝負は言い出せなくなるから僕が初心者だってことは内緒にしてもらったんだよ。
それで、どうして和ちゃんが勝負を持ちかけるのが今日だとわかったかって言うと、団体戦参加申請の締め切りだよ。昨日の時点で締め切りは明後日。つまり明日だ。
申請書をどうやって提出するのかは知らないけど、今日中には僕の協力を得られないと間に合わないんだ。はいはい、僕の行動は綱渡りだね、僕の人生も綱渡りだよ。
紐なしバンジーもしちゃうかもしれないね。思ったとおりになっていなかったとしても、腹案はいろいろあったし、行き当たりばったりで、どうとでもしたよ。
それで、どうしてそんな苦労をしてまで再戦の場を求めたかって言うと、勝つためだよ。僕は本気で勝ちにきているから、それなりに準備の時間が必要だったんだ。教室に隅にある大きな荷物がその準備だよ』

一息で話し終えると、まこだけではなく和もぽかんとした表情をしていた。
誰よりも先に言葉を発したのはまこではなく、和だった。

和「初心者……なんですか?」

球磨川『……』

一区切り

見づらかったので最後の投稿し直し

球磨川『清澄高校麻雀部の団体戦出場の件でしょ、良いよ、受けよう。その代わりに僕が出す条件はブラなしタンクトップにホットパンツじゃないぜ。なぜって、通はシチュエーションにも拘るんだぜ?ブラなしタンクトップにホットパンツは嫌がる女の子に無理やり着せるものじゃない。勿論、それはそれでとてもそそられるけど、真骨頂は自発的に着て、僅かに羞恥を感じながらも活発に、はい、まこちゃんここでハリセンで突っ込んで。そんな訳で僕の出す条件は、僕のことを麻雀部の一員として迎え入れて欲しいってことだよ。ちゃんと僕のことを認めてもらった上で一緒に部活を頑張りたいんだ。はい、和ちゃん、さっさと部室に行って準備してきてね。それでまこちゃん、ここまでは僕の思惑通りだよ。僕が何を考えてたか、説明するね。ほら和ちゃんって自己紹介のとき、初めてあった先輩である僕に対しても注意してきたし、その理由も優希ちゃんを庇うためっぽかったでしょ?
僕にはまったく理解できない行動だけどね。だから、気が強くて責任感もある子なんじゃないかなって思って、上手に挑発して、和ちゃんと退部を賭けた勝負に持ち込んだんだよ。はい、心の中で突っ込んで、どうぞ。自分が言い出した勝負のせいで僕が退部になり、その結果、久ちゃんの念願である団体戦出場が絶たれる。責任感の強い和ちゃんはどう思うだろうね。はい、ここでもう一回突っ込みね。それで、昨日の約束だ。もし僕が初心者だって言えば、和ちゃんは彼女の性格上、麻雀での勝負は言い出せなくなるから僕が初心者だってことは内緒にしてもらったんだよ。それで、どうして和ちゃんが勝負を持ちかけるのが今日だとわかったかって言うと、団体戦参加申請の締め切りだよ。昨日の時点で締め切りは明後日。つまり明日だ。申請書をどうやって提出するのかは知らないけど、今日中には僕の協力を得られないと間に合わないんだ。はいはい、僕の行動は綱渡りだね、僕の人生も綱渡りだよ。紐なしバンジーもしちゃうかもしれないね。思ったとおりになっていなかったとしても、腹案はいろいろあったし、行き当たりばったりで、どうとでもしたよ。それで、どうしてそんな苦労をしてまで再戦の場を求めたかって言うと、勝つためだよ。僕は本気で勝ちにきているから、それなりに準備の時間が必要だったんだ。教室に隅にある大きな荷物がその準備だよ』

一息で話し終えると、まこだけではなく和もぽかんとした表情をしていた。
誰よりも先に言葉を発したのはまこではなく、和だった。

和「初心者……なんですか?」

球磨川『……』

球磨川『さて、早速始めようか』

部室に着くと雀卓に向かいながら、球磨川は言う。
ここに来るまでになんとか和を誤魔化し、おそらくは誤魔化しきれていないが、勝負をしないなら団体戦の件に協力はしないと言い張る球磨川に和が折れる形で、再戦は決定した。

球磨川『やれやれ、あやうく全てがご破算になるところだったよ』

まこ「おんしが突然ぺらぺらとしゃべりだすからじゃろうが……」

球磨川の正面には和が座る。
席順も決定し、対局が開始された。

東:優希  25000
南:和   25000
西:京太郎 25000
北:球磨川 25000
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東一局
ドラ:3

久「ねえ、まこ……」

久がこそりとまこに近づいて囁く。

久「彼、大丈夫なの?」

まこ「団体戦参加への協力の件なら、まあ、大丈夫じゃろう。間違いなく勝つのは和じゃ」

球磨川『おーい、まこちゃーん?聞こえてるんだけど?』

聞こえるように言うたんじゃ、と言うまこに、とほほ、とだけ返し、理牌を行う。

球磨川配牌
二四七九7p259東南北白發

まこ(ああ、もう間違いないわ。こん人の配牌は毎回こうなんじゃろう……)

相変らずの配牌であった。

優希
打:北


打:一

京太郎
打西

球磨川手牌
二四七九7p259東南北白發
ツモ:西

まこ(何を捨てる?北は字風じゃし、とりあえず西の合わせ打ちか?)

球磨川は動こうとしない。

まこ(ん?)

他家の聴牌気配は一巡目ではさすがにまこにはわからない。
ひょっとしてすでに誰か聴牌していて、球磨川はそれに気づいた?
だが、直前の京太郎が西を捨てている。
完全安牌だ。
しかし、球磨川は動かない。
一分、二分と時間が経過していくが、やはり球磨川は動こうとはしない。
ふと、まこは気づいた。
久、和、優希、京太郎、皆の視線が、球磨川ではなく、自分に集まっている。

まこ(わしに聞けということか……)

大きく息をつき、球磨川に尋ねる。

まこ「聞いとくぞ?球磨川先輩。どうして捨てんのじゃ?」

球磨川『僕、いろいろと調べてみたんだ。そうしたらこんなことがわかったよ』

球磨川『対局中の長時間の離席はマナー違反。そのまま失格負けになることもある』

球磨川『僕はこのまま、捨てない。一時間でも、半日でも、一日でも、一週間でも、一ヶ月でも!』

腕を組み、足を組み、椅子に踏ん反り返って続ける。

球磨川『食事は?排泄は?睡眠は?さあ、君たちはどうする?僕には用意があるぜ。あの大きな荷物、見えるだろう?一ヶ月はゆうに戦える』

まこは静かにハリセンを振り上げ、

球磨川『戦いっていうのはその前の準備から始まっているんだ。大げさに言えば何を備えたかを見れば、戦う前から勝敗はわかってしまう』

勢いよく振り下ろした。

球磨川『もうわかっただろう?今こそ僕は』

まこ「無駄に時間をかけて牌を捨てるのもマナー違反じゃわ!」

スパーンッ

まこ「何を大荷物抱えておるかと思えば……。何の準備じゃまったく」

球磨川『まこちゃんは、だんだんと遠慮がなくなってきてるよね』

まこ「ええから、さっさと捨てんか」

球磨川『ちぇっ』

一巡目
球磨川手牌
二四七九7p259東南北白發
ツモ:西
打:西

優希
打:南

そこでそれは起こった。
和がツモり、牌を捨てようとして、動かなくなった。
先ほどの球磨川のように。

まこ(なんじゃ?)

ただ、先ほどの球磨川と違うのは、彼が終始笑みを浮かべていたのに対し、和は困ったような泣き出しそうなそんな顔をしていた。
やがて、手牌を見ていた和は顔を上げてまこを見ると、薄っすらと涙を浮かべてふるふると首を左右に振った。
不審に思ったまこが目を凝らす。

まこ(別に変わったことは……。ん?あれは何じゃ?和の手配に見えるあれは……)

和の綺麗に並んだ手牌。
よく見るとその上面に、小さな円形のものが見えた。
それにはどこかで見たことのある十字の溝。

まこ(……螺子?)

ふわぁとわざとらしい欠伸がするほうを見ると、案の定、球磨川だった。

球磨川『ちょっと和ちゃん、僕、待ちくたびれちゃったよ。さっきの話聞いていたかい?無駄に時間をかけて牌を捨てるのもマナー違反、なんだぜ?おっと』

球磨川がひょいっと肩を竦めた拍子に何かが転がり落ちた。
まこが見ると、それは小さな螺子。
和の手配に螺子込まれているものと、同じ螺子。

まこ「おんしの仕業か!」

スパーンッ

球磨川が螺子をなかったことにした後は特に何事もなく進行し、この局は球磨川が和に5200点を振り込んで終わった。

まこ「おんしという人は……」

まこからは溜め息しか出ない。
見回すと、皆がまこと同じような呆れ顔になっていた。

球磨川『まこちゃん、そう言うなよ。僕はこの三人が相手になるか試したんだ』

球磨川『彼らは僕が真剣に相手にするに値すると判断したよ』

まこは最早相手にしていない。
まこに相手にしてもらえないことがわかると、球磨川は対面に座る和に向かって話し出した。

球磨川『和ちゃんは信じてくれるよね?』

和「はぁ……」

気の抜けるような返事。

球磨川『あんまり信じてる感じじゃないなぁ。本当に真剣に打つよ、賭けても良い。そうだな、1000点失うごとにこの指を折るよ!あれ、でも19800点じゃ僕の指が20本ないと足りないや』

和「ちゃんと、信じてますってば……」

球磨川『足りない分は他のもので払うよ!例えば僕の貞操とか……』

ぽっと照れながらセクハラまがいのことを言う球磨川に和の反応は鈍い。

和「はいはい、わかりましたから……」

球磨川『ちぇっ、つれないなぁ。その辺はおいおい決めるとしようか』

和「わかりましたって……」

和は一連の球磨川の行動に疲れきっていた。
それは他の皆も同じで、お互いに視線を合わせると、苦笑しながら溜め息をついた。

北:優希  25000
東:和   30200
南:京太郎 25000
西:球磨川 19800
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東二局
ドラ:中

球磨川配牌
一四七2p7p258東西北白發

まこ(やっぱりこんな配牌か。流局狙いでいったとしても、毎局この配牌ではジリ貧で、どうしようもない。上手く数配が集まれば良いんじゃが。もしくはツモ次第で、オリ気味に国士を考えるのもありかのう)

そんなまこをよそに不適に笑いながら球磨川は言う。

球磨川『まこちゃん、君が何を考えているか、大体わかるぜ』

どこからかスッと本を出し、まこに渡す球磨川。
見ると、本には付箋がしてある。

球磨川『不ヅキな者には不ヅキな者の戦い方がある。さあ、まこちゃん、刮目するといい。これが生まれついての絶対的敗者、球磨川禊の初勝利への第一歩だ』

まこはぱらりと本をめくり付箋のあるページを確認する。

まこ(……これは!?)

球磨川手牌
一四七2p7p258東西北白發
ツモ:一

まずい、そう思ったまこはとっさに球磨川に叫ぶ。

まこ「待つんじゃ!球磨川先輩!」

だが、わずかに遅く、球磨川は手牌を倒し、高らかに宣言した。

球磨川『十三不塔』

部室は静まり返っていた。
誰も何も言えない。
その理由は球磨川にあった。
彼はこれ以上ないほどに純真な笑顔で、勿論、心の中では何を考えているかは知る由もないが、倒した手牌を見つめていた。

球磨川『いやー、僕、ゲームと名の付くものであがれたのって生まれて初めてだよ!』

まるで我が子のように牌を撫でている。
輝かんばかりの笑顔をまこに向け、球磨川は尋ねた。

球磨川『これって役満なんだよね?』

聞かれてまこは戸惑う。
助けを求めるように久を見るが、彼女はふいっと顔を逸らしてしまった。
京太郎、和、優希、順番に視線を投げるが、皆一様に目線を合わせようとしない。
まこは嘆息し、球磨川に声をかけた。

まこ「えっと、じゃな、十三不塔と言うのはローカル役で、一般的には認められていないんじゃ」

球磨川『え』

まこ「これはわしが悪かった。最初に言うとくべきじゃった。おんしがその本を読んでいたのもわかっておったんに」

だって、と球磨川。

球磨川『待ってよ、まこちゃん。ほら見て、この本のここにちゃんと役満って書いてあるよ?』

[猿でもわかる!麻雀入門]P138
役:十三不塔
成立条件:鳴きが入っていない第一ツモにおいて、雀頭が一つあり、それ以外の塔子が一つもできていないこと
点数:役満

球磨川『ほらね?』

まこ「……その本なんじゃがな?初版を見てみい。かなり古いものじゃろ?昔は作者によって十三不塔を記載するかがばらばらでな。記載したとしても満貫だったりもするんじゃ。もともとそんなローカル役扱いでな、今では役として認めておるところはないんじゃわ」

球磨川『……』

まこ「ほんに、すまんかった」

完全に固まってしまった球磨川を見て、まこは大きく息をつくと、皆に向かっていった。

まこ「すまんが、今の局は無効にしてもらえんか?ルールをきちんと説明してなかった落ち度もあることじゃし……」

その言葉に、皆は口々に構わないと言ったが、当の球磨川はそれを否定した。

球磨川『だめだよ、まこちゃん。ルールはルールだ。前にも言ったろ?約束を破るようなやつは人間の屑だって。自分で確認しなかった僕も悪いんだしね。ちゃんと罰符は払うよ……』

球磨川『よし、わかったよ。今度は大丈夫』

まこが一通り説明すると、球磨川は大きく頷いた。

球磨川『ごめんね、皆待たせちゃって。さあ、再開しようか』

北:優希  27000
東:和   34200
南:京太郎 27000
西:球磨川 11800
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東二局一本場
ドラ:二

久「なんか平和に進んでるわね」

久の言葉にまこは苦笑する。

まこ「これは平和っていうんかの?最後の十三不塔は仕方ないんにしても、他の行為は、わしの店で同じことしおったら叩き出して塩まいとるぞ」

まこと久は球磨川だけではなく、邪魔にならないように動いて他の三人の手配も確認する。
見た限りでは和が一番早そうだ。
あのまま順調に行けばあと数順以内にリーチがかかるだろう。

まこ(前回も合わせてこれまでの四局、全て球磨川先輩の失点で終わっておる。わざとやっておるのか、そういう星の下に生まれておるのか)

ちらりと球磨川の手配に目をやるが相変らずひどいものだった。

まこ(一応、言葉通り真剣には打っておるようじゃが、どうにもテンパイは遠い。もし和がリーチしてそこに振れば親満でトビ終了かもしれんな)

そして七順目、ついに和からリーチがかかった。
京太郎が現物を切り、球磨川のツモ。

球磨川手牌
四六八5p7p9p1269西西中
ツモ:二

まこ(ドラか。とても親リーに向かっていけんな。これはオリるしかあるまい)

球磨川の手牌を後ろからチラリと見ていたまこの思考を遮ったのは、能天気な球磨川の声だった。

球磨川『あ、そうだ。忘れてた』

まこ「ん?どうしたんじゃ?」

まこの問いかけに球磨川からの返事はなく、代わりに響いたのは何か硬いものが砕ける湿った音だった。

べぎり

まこ(なんじゃ?)

べぎり

べぎり

三度その音が響いたところで、和からひっと悲鳴が上がった。
和の後ろで対局を見ていた久の顔も青ざめている。
優希を見ると、真っ白な顔で涙を流しており、京太郎も顔色が悪い。
つまり、この音が、どこで発生していて、何が原因なのかがわからないのは、まこだけ。
球磨川の背後にいて、彼を見ることができない、彼女だけだった。

べぎり

まこは思い出した。

べぎり

球磨川の言葉を。

べぎり

『そうだな、1000点失うごとにこの指を折るよ!』

べぎり

まさか、そんなはずはない。

べぎり

都合八度、その音が響き、まこが球磨川を覗き込んだときには、彼の指は右手の親指と人差し指を残し、あらぬ方向を向いていた。

まこ「……おんし!なにをしとるんじゃ!」

球磨川『なにって……、約束を守ったんだよ』

当たり前だろう?と言わんばかりの球磨川。
皆、わずかに震えるばかりで身動きすらしない。
ショックだったのだろう。
目の前で、笑顔のまま、自分の指を折り続ける様を見せられたのだから。

球磨川『さて、これでさっきの罰符分は払い終わったぞ』

誰も、何も答えない。

球磨川『じゃあ張り切って続きといこうか』

球磨川が切ったのは、ドラの二。

和は自分の手配に目を落とす。

和手牌
二二三四5p6p7p123西西西

リーチ、一発、ドラ3、満貫だ。

しかし、これをあがったら……。

球磨川『あ、また思い出した』

その言葉に皆がびくりと震える。

球磨川『僕はあと11800点あるけど、指が二本しか残ってないんだ。だから残り10000点分足りないんだよ』

球磨川『貞操でもよかったんだけどね。もっとわかりやすいのにするよ』

球磨川は和を見つめながら、続ける。

球磨川『右目を抉り、左目を潰し、鼻を削ぎ、右耳を千切り、左耳を焼き、喉を裂き、右膝を砕き、右肺を抜き取り、左腎臓を刺そう』

これでいくつだろう、一、二、……、暢気に数える球磨川をよそに、その言葉を聞き、皆心底震えた。

この男は、それを、自分達の目の前で、本当にやる。

球磨川『あれえ?まだ足りないな。んー、あ、そうだ』

球磨川は無事な右手親指を下に向けると首の前ですっと振った。

球磨川『最後にこの首を落とそう』

なんで?なんで!?どうして!?
和は混乱の極みにいた。
部活で麻雀をしていたら、死人が出かけている。
意味がわからない。
ただ、打っていただけ。
普段どおり、麻雀を打っていただけなのに!
いつもと違うのは、麻雀を打っている相手が、球磨川禊であったというだけ。
どうして、ぽつりと和の口から声が漏れた。

球磨川『どうして?君が受けたからだよ、和ちゃん』

普段と何も変わらない笑顔で、球磨川は続ける。

球磨川『僕は「1000点失うごとにこの指を折る」と言った。そして、「足りない分は他のもので払う」とも。君はそれに対して、受けたんだぜ』

私が、受けた?いつ?

和は記憶を探り、球磨川とのやり取りを思い出す。

あ……。

『和「はいはい、わかりましたから……」』

あれが?あれそんなつもりじゃ!?

球磨川は和が気づくのを待っていたかのようなタイミングで言葉を発した。

球磨川『君が受けたから、僕はこうして負けの代償を払ってるんだ』

球磨川『勿論、この先もちゃんと払うよ』

球磨川『僕は約束を守る男なんだ』

球磨川『君が受けたから、僕は代償を払って死ぬ』

球磨川『つまり何が言いたいかっていうと』

球磨川『君が僕を殺すんだ』

胃液が逆流する感覚に慌てて口を手で押さえる。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
本当に吐きそうだ。

球磨川『和ちゃん、僕は二を捨てたぜ』

知っている。

球磨川『これはあたり牌じゃないのかな?』

あたり牌だ。

球磨川『どうしてあがらないのかな』

私が手牌を倒したら、人が死ぬから。

球磨川『君は麻雀が好きなんだろう?』

好きだ、好きだ、大好きだ。

球磨川『君が手牌を倒さないのは、その大好きな麻雀を侮辱することになるんじゃないかな』

どうして。

球磨川『リーチ、一発、ドラ3』

どうして、どうして。

球磨川『お見事、満貫だ』

どうしてわかるの。

球磨川『裏が乗ったら跳満かな?』

やめて。

球磨川『そうしたら、もっともっと代償が必要だね』

助けて。

球磨川『心臓、肝臓、胃、膵臓、小腸、大腸選り取り見取りだ』

誰か、助けて。

球磨川『さあ、和ちゃん』

誰か……。



助けてくれたのは、最近聞きなれた、小気味良い音だった。

スパーンッ

まこ「いい加減にせぬか!」

顔面蒼白で、震える体を押さえつけ、和を助けたい一心で、ふらふらの体を無理やり動かした。
なんとか体は思ったとおりに動いてくれた。

ハリセンの音にはっと我に返った和は口を押さえ、部室の外へと駆けていった。
優希もぽろぽろと涙をこぼしながら後に続き走り去った。
京太郎は、しばらくドアのほうを見つめていたが、やがて、様子を見てきますと部室を出て行った。

まこ(さっきの球磨川先輩は、なんじゃったんじゃ。よう体が動いたもんじゃわ)

一瞬、廊下で笑いながら立っている球磨川先輩が脳裏に浮かんだが、見覚えはなく、そんな「なかったこと」など頭を振って掻き消す。

球磨川『ねえ、まこちゃん』

空気を読まない明るい声。

球磨川『僕以外、対局者がいなくなったけど、この場合どうなるの?』

球磨川『長時間の離席はマナー違反だよね?それにバトルロワイヤルなら最後に残ってた者が勝者だ』

まこは答える。

まこ「そもそも口三味線がマナー違反じゃ」

ちらりと球磨川の手に目をやると、両手とも綺麗なまま。
骨折した形跡など見当たらない。

まこ「それに麻雀は席に最後まで座っていた者が勝ちなんてルールはないわ」

口を尖らせる球磨川に宣言する。

まこ「没収試合じゃ。この試合の勝者は無し、じゃの」

ちぇっと舌打ちした球磨川はぽつりと呟いた。

球磨川『また勝てなかった』

あの日、みんなから自分に対する恐怖感を「なかったこと」にしておいたが、いまだに和には怖がられている気がする。
可愛い後輩に怖がられるのは悲しいぜ。
安心院さんからはまだ査定結果を教えてもらっていない。
まあ、向こうの世界に帰ろうが、こっちの世界に残されようが、僕はどこまでいっても僕でしかないんだからどうでもよくなってきた。

まこ「球磨川先輩!」

球磨川が教室でくつろいでいると、まこが叫びながら駆け入ってきた。
手に何か持っている。
あのあと、久から団体戦の申込書を受け取り、期日内に処理をした。
まこが持っているのはその結果の通知書だろう。

まこ「おんし、なにをしたんじゃ!?」

球磨川『ん?申し込みだけど?許可されなかった?』

まこ「されたわ。それはええんじゃがの」

球磨川『じゃあ、何も問題ないじゃない』

まこ「大有りじゃ!なんじゃこれは!?」

まこが指し示す位置には団体戦登録者の名前が並んでいる。

1.竹井久
2.染谷まこ
3.原村和
4.片岡優希
5.球磨川禊

球磨川『やっぱり何も問題ないじゃない』

まこ「あるわ!どうして球磨川先輩の名前が入っておるんじゃ!?」

球磨川『ひどいなぁ、同じ部活の仲間なんだから、仲間外れにしないでよね』

まこ「ああもう、話が通じん!どうして女子団体戦メンバーに男子の球磨川先輩が入って、しかもそれが受理されとるかを聞いとるんじゃ!」

球磨川『それは簡単だよ』

あっさりと言う球磨川に先を促す。

球磨川『女子団体戦に出場できるのは女子だけって概念を「なかったこと」にしただけさ』

まこ「は?」

球磨川『だから、簡単に言えば女子団体戦に出場できるのは女子だけってルールをなくしちゃったんだ』

まこはとんでもないことを言う球磨川に頭を抱える。

球磨川『良いじゃない。誰にも迷惑はかけてないよ?』

まこ「かけとるわ!この大会はプロや世界へと通じる道でもあるんじゃぞ!?急に男子も参加できるようになったせいで、運営が大混乱じゃ」

球磨川『そうなの?』

まこ「なんとか納まったらしいが、開催すら危ぶまれるところじゃったわ」

ふーん、と気のない球磨川。

まあ、でも、と。

球磨川『まあ、でも僕は仲間のために尽力しただけだし』

球磨川は、いつものようにひょいっと肩を竦めて。

球磨川『僕は悪くない』

まこ「いや、どう考えてもおんしのせいじゃろ」

まこも、いつものように溜め息交じりで突っ込みを入れた。



終わり

球磨川は試合自体を滅茶苦茶にしても、負けをなかったことにはしないんじゃないかな。
球磨川さん大活躍で全国までは行けるけど、流れは原作準拠縛りがあるから原作が終わらない限り全国大会編は、球磨川先生のこれからの活躍にご期待くださいエンドしか……。

ところで、咲の中で強さTOP3って誰になるんだろう。
めだか世界のあの人と対戦させる小ネタを思いついたから参考にしたいんだ。

それもそうだね。
帰宅したら適当にピックアップして書いてしまうよ。

結局、流れを汲んで球磨川に出てもらうことにしました。
今から書きます。

閑話:それいけ!アンシンインさん

やあ、愛と勇気だけが友達の安心院さんだよ。

それにしても球磨川くん、随分楽しそうにやっているじゃないか。

見ていてボクも麻雀がやりたくなったよ。

そこで相談なんだが、友達を二人ばかり連れてきてくれないか?

勿論、麻雀をするんだよ。

ボクと君と友達二人で。

つれないこと言うなよ。

そんなこと言われたら君にものすごく深い親愛の情を示したくなっちまうぜ?

うん、じゃあそういうことなんで、よろしくね。

安心院「やあ、球磨川くん。来てくれて嬉しいよ。抱きしめたいくらいだ」

球磨川『やあ、安心院さん。会えて嬉しいよ。無き者にしたいくらいだ』

球磨川『紹介するね。染谷まこちゃんと原村和ちゃんだ』

安心院「二人ともよろしくね。ボクは安心院なじむ。親しみを込めて安心院さんと呼ぶといい」

まこ「染谷まこじゃ。よろしく」

和「原村和です。よろしくお願いします」

安心院「いや、それにしても良かったよ。球磨川くんに友達を二人つれてきて一緒に麻雀をやろうと誘ったのはいいものの、彼に友達が二人もいるか心配していたんだ」

まこ「友達じゃありゃせん」

和「友達じゃないです」

球磨川『……』

まこ「球磨川先輩、こん人が例の?」

球磨川『うん』

和「例のって……、何かいわくつきの方なのですか?」

まこ「球磨川先輩をして、最低最悪で最愛と言わしめる人らしい……」

和「……帰ってもよろしいでしょうか」

まこ「わしも帰りたいわ……」

球磨川『二人ともそう言わずに、半荘だけでいいからさ』

球磨川『二人が帰っちゃうと、僕が安心院さんに可愛がりを受けちゃうんだ』

まこ「それはむしろ歓迎する事態じゃな」

和「そうですね」

球磨川『……』

まこ「まあ、ええ。貸し……、にするのも怖いから今回だけ付きおうたるわ」

和「私も今回だけですよ」

球磨川『ありがとう!二人とも!せいぜい死なないように頑張ってね!』

まこ「……」

和「……」

安心院「話は終わったかい?」

球磨川『うん』

安心院「時間もないし、早速始めよう」

安心院「そうそう、呼んでおいてなんだけど、あんまり時間がないからさ。時間が来たらその時の局で終了でいいかな?」

まこ「構わんぞ」

和「私も大丈夫です」

球磨川『僕はどうでもいい』

安心院「では、始めようか」

東:安心院 25,000
南:まこ  25,000
西:和   25,000
北:球磨川 25,000
(一:萬子、1p:筒子、1:索子)

東一局
ドラ:一

安心院「さて、完全版安心院さん、通称完全院さんの初麻雀だ」

球磨川『え、ちょ、まっ……』

安穏剣呑【スリーピィホロウ】対局中に流れる時間を緩やかにするスキル

三十万分の三十万【ワンオブワン】使用した局に天和であがるスキル

漢字の支配者【ジアルファベット】字牌だけをツモるスキル

騒がしい風【スロウウィンド】風牌をツモらせるスキル

他家の不幸は蜜の味【アンスウィート】ロンあがりするスキル

一始九終【ラストファースト】端牌をツモるスキル

倍牌過剰【ダブルインフィニティ】ドラのみをツモるスキル

塵芥捨て場【ダストボックス】不要牌をツモらせるスキル

点幅制限低【ストップロウ】最低点であがるスキル

与えぬ礼節【ノットヒューマン】高打点のあがりが連続するようになるスキル

更なる幸運【スリーリーフ】カンドラが乗るスキル

数字の支配者【ザナンバー】数牌だけをツモるスキル

天国への一歩【ヘブントゥステップ】配牌一向聴になるスキル

独裁対局【ファシストオーダー】あがり放棄させるスキル

送萬手【スロウキャラクター】萬子をツモらせるスキル

並立無者【オンリーワン】使用した局に国士無双であがるスキル

人生終焉【エンドオブライフ】使用した局に九連宝燈であがるスキル

要求無視【アンラッキーディズ】不要牌をツモらせるスキル

世界一大美少女【ノットレッド】使用した局に緑一色であがるスキル

鍵の管理者【ネセサリー】必要牌をツモるスキル

送筒手【スロウサークル】筒子をツモらせるスキル

押し付けられた不運【ラッキーフォーミー】自分のあがり牌を対局者にツモらせるスキル

点幅制限高【ストップハイ】最高点であがるスキル

箱点知らず【ドントストップ】リーチへの警戒心をなくすスキル

全突張【パーフェクトセイフティ】絶対に振り込まないスキル

生花贈呈【カットザフラワー】嶺上牌であがらせなくするスキル

お前の花は俺の花【フラワージャイアニズム】カンをした相手の嶺上牌であがるスキル

理牌不要【オーバープロフェッショナル】麻雀への理解を上げるスキル

始まったばかり【ロングロングプレイ】ルールから一時的にハコテンを無くすスキル

詠庵幸【セルフマイハンズ】使用した局に四暗刻であがるスキル

単なる偶然【ジンクスブレイカー】対局者の麻雀に使用できるスキルを無効化するスキル

妨害伝刃【デジタルブレイカー】対局者のデジタル思考を狂わせるスキル

送竹手【スロウバンブー】索子をツモらせるスキル

一与九供【スロウターミナル】端牌をツモらせるスキル

二人二脚【デスアカー】他家に協力を強いるスキル

平穏体験【ファティーグセラピスト】対局中の精神的な疲れを無効化するスキル

虎よ虎よ【アベンジャーズハイ】自分の必要牌を食いとった相手から直撃するスキル

百萬世界【キャラクタータイム】配牌がすべて萬子になるスキル

怒涛の幸運【フォーリーフ】カン裏が乗るスキル

地方集権【ウェルカムマイノリティ】ローカル役をあがることが認められるようになるスキル

百索世界【バンブータイム】配牌がすべて索子になるスキル

防風嶺【ウィンドチャフ】相手に風牌をツモらせないスキル

多過ぎた不運【ハイアンラッキー】多牌させるスキル

少な過ぎた幸運【ロウラッキー】少牌させるスキル

字塗れ【キャラクタライズ】配牌がすべて字牌になるスキル

白碧紅【ドラゴンイーター】三元牌をツモるスキル

吹きっ晒し【ウィンウィンウィンド】鳴くほどに手が高くなるスキル

十二支富【オールドラゴン】配牌にすべての三元牌が含まれるスキル

贈り物強制【プレゼントフォーミー】自分のあがり牌を捨てさせるスキル

翻数過剰【プッシュアンドプッシュ】あがるたびに翻数が増えるスキル

理牌不能【バックトゥビギナー】麻雀への理解を下げるスキル

既視回生【デジャヴュハンド】前局と同じ配牌になるスキル

独り善がり【アンフェアダイス】サイコロの出目を望むものにするスキル

既視の指【デジャビュフィンガー】前局と同じツモになるスキル

必死必殺【パーフェクトスナイプ】リーチをすれば必ずあがれるスキル

不平等の糾弾【フェアイズジャスティス】麻雀に関するスキルの使用を許可するスキル

百筒世界【サークルタイム】配牌がすべて筒子になるスキル

暗闇からの贈り物【サイレントドロウ】リーチをしなければツモあがりできるスキル

龍押付【スロウドラゴン】三元牌をツモらせるスキル

一路直立【ストレートアタック】リーチをすれば一発でツモるスキル

暗闇からの奇襲【インビジブルアタック】リーチをしなければロンあがりできるスキル

強制された間違い【ミステイクフォーユー】リーチ者に誤ロンをさせるスキル

局八分【スキップドロウ】指定した他家にツモ番を回さないスキル

並んでおいで【チャウズカム】配牌に順子が集まるスキル

五指夢中【ラッキーフィンガー】五順の間好きな牌をツモれるスキル

音楽を奏でる猫【キャッツソング】口三味線を信じさせるスキル

既視【デジャビュウォール】前局と同じ配山になるスキル

片手落ちの幸運【ドロップリーフ】配牌時に他家に聴牌できない一向聴を配るスキル

房愁暴修【ブラックマンズマスター】使用した局に天和九連宝燈であがるスキル

独りぼっち【ロンロンロン】使用した局が必ずトリプルロンになるスキル

隠れた暗刻【ブラッディツリー】人を魅了する麻雀が打てるようになるスキル

暗中摸索【ミニマムエフェクト】盲牌を間違わせるスキル

河の中へ【ドロップモンキー】指定した相手にフリテンさせるスキル

満腹帝国【フェアイズハングリー】鳴きを封じるスキル

暴飲の時【フリードリンク】上家が鳴ける牌のみを捨てるようになるスキル

眼健眼丈【ジャッジアイ】捨て牌から相手の待ちを看破するスキル

眠りの否定【グッバイドリーム】あがり目のない待ちを選ばなくなるスキル

天意無謀【ノースキルノールーザー】スキルを使用していない場合にスキル使用者に勝つスキル

宣言狙撃【スナイプインヴァライド】リーチ宣言牌であがるスキル

三つずつおいで【パングズカム】配牌に暗刻が集まるスキル

鳳凰の舞【フレイムダンス】中が暗刻になるとあがれるスキル

牌の魅魔違い【ミニマムテンプテーション】切り間違いを誘発するスキル

絶対王政【デスウォール】王牌に積まれる牌を指定できるスキル

和平強要【ノーモアウォー】使用者以外がオリるスキル

両手落ちの幸運【ドロップフラワー】配牌時に他家にあがれない聴牌を配るスキル

槓古鳥【ノーフラワーノースピアー】自分も含めて誰もカンができなくなるスキル

笑う門には副来る【フォーチュンインスマイル】笑顔でいる間は自分が鳴きたい牌が切られやすくなるスキル

耳を澄ませば【カウントカウンター】他家の向聴数がわかるスキル

灰春白書【ナーシングホーム】使用した局に清老頭であがるスキル

槍兵の失踪【スピアマンイズ】嶺上に自分のあがり牌を集めるスキル

不意不意打ち【イッツアンフェア】ヤミテン者に誤ロンをさせるスキル

試練の追加【ストッププリーズ】他家にあがられると配牌が悪くなるスキル

幸せ燦々【オールインワン】行動がすべて裏目になるスキル

偽装仮面【フェイストゥフェイク】表情から進行状況を読まれなくするスキル

職人の魂【キャップスミス】ぎりぎりの競り合いで相手を少しだけ上回るスキル

自家の幸運は蜜の味【ハッピートゥドロウ】ツモあがるスキル

当然の幸運【ツーリーフ】裏ドラが乗るスキル

天牌革命【アップデート】聴牌を崩して再聴牌すると一翻あがるスキル

坊矢暴箭【ブラックマンサニー】麻雀に関連する運気が最大になるスキル

絶局閉止【ファイナリーエンド】対局を終わらせるスキル

終局
東一局三千六百七十二本場

東:安心院 29,376,000
南:まこ  33,700
西:和   32,000
北:球磨川 -29,441,700


結果
1位:安心院
2位:まこ
3位:和
4位:球磨川

安心院「いやー、手に汗握る大接戦だったぜ」

球磨川『……』

安心院「ボクも何度も負けを覚悟したよ」

まこ「……」

安心院「だけど、最後まで諦めない心が勝利を呼び込むんだね」

和「……」

安心院「時間切れで途中で終わりになっちゃったけど、このまま進めてたら誰が勝ってたかわかんなかったぜ」

安心院「おっと、のんびりしてる時間はないや」

安心院「じゃあ、また打とうね」

球磨川『……』

まこ「……」

和「……」

まこ「……球磨川先輩」

球磨川『……』

まこ「わしはもう二度と球磨川先輩の誘いには乗らぬからな……」

球磨川『……』



終わり

一発ネタでごめんね。
多分、もう誰かやってて二番煎じだろうけどやってみたかったんだ。

安心院さんの名前がなじむになってたね。
正しくはなじみだったよ。

安心院「やあ、球磨川くん。来てくれて嬉しいよ。抱きしめたいくらいだ」

球磨川『やあ、安心院さん。会えて嬉しいよ。無き者にしたいくらいだ』

球磨川『紹介するね。染谷まこちゃんと原村和ちゃんだ』

安心院「二人ともよろしくね。ボクは安心院なじみ。親しみを込めて安心院さんと呼ぶといい」

まこ「染谷まこじゃ。よろしく」

和「原村和です。よろしくお願いします」

安心院「いや、それにしても良かったよ。球磨川くんに友達を二人つれてきて一緒に麻雀をやろうと誘ったのはいいものの、彼に友達が二人もいるか心配していたんだ」

まこ「友達じゃありゃせん」

和「友達じゃないです」

球磨川『……』

麻雀職人に気づいてもらえるとは。
51:49は名言だね。

流石に「配牌前にあがるスキル 神々の麻雀【ラグナロク】」はなかったか

僕も最近は49ばっかりだよ。
お互い土を食べて頑張ろう……。

最初は対局者三人分で300個考えようとしてたんだ。
150個くらいで諦めてムダヅモ系のスキルは削っちゃったけど、>>167は無かったな。
全能者の安心院さんに一番ぴったりなスキルかもしれない。

やめて!球磨川先輩が団体戦メンバーになったら、生まれながらの絶対的敗者である球磨川先輩が勝てるはずもなくて、清澄高校麻雀部の全国大会出場の夢が絶たれちゃう!お願い、球磨川先輩まで回さないで!球磨川先輩が勝つところなんて、みんなも想像できないでしょう?大将戦までに相手をとばす。球磨川先輩を大将に据えて、そこまで回さなければ良いんだから!

次回、「球磨川死す」。対局スタンバイ!

やあ、この前の麻雀は楽しかったよ。

途中で終わらせちゃって悪かったね。

今度は半荘やりきろうじゃないか。

そんな事言うなよ。

泣いちゃうぜ。

それはともかくお待ちかねの査定結果だ。

今もその世界にいるってことから予想はついてるんじゃないかな?

結果は勿論、駄目駄目の不合格だ。

まさに球磨川くんらしい駄目っぷりだったぜ。

敗北主義を貫いて勝たずにこの世界の流れに沿うことができたのは評価できるかな。

でもなんだい、あれは。

過負荷の中の過負荷、負完全者球磨川禊を見せつけて、心をへし折って、勝ちを拾おうだなんて性根が小さ過ぎるぜ。

小さ過ぎてマイナスまで振り切れてるところは球磨川くんらしいけど。

ボク言ったよね?

彼女らに与えた耐性は最低限だから本気出すなって。

その耳は飾りかっつーの。

とりあえず罰として、君の負完全さを、過負荷を、薄めておいたよ。

過負荷を薄める、つまり少しだけ幸せにするのが罰ってのもおかしな話だけど。

まあ、少し幸せになっても常人には絶望的に不幸な状況であることには変わりないからそこは安心しておくれ、安心院さんだけに。

そもそも罰というよりも、またあんな方法を取らせないための処置に近いね。

前にも言ったろう?

天丼なんて許さないって。

そんな訳でゲームは続行だ。

頑張ってくれよ?

頑張って期待を裏切ってくれよ、球磨川くん?

ふわぁと欠伸をしながら起きると、そこは部室に置かれた布団の上だった。
あそこから戻るといつも頭がすっきりしない。
ぼやけた頭を振りつつ声のする方へ目をやると、ホワイトボードの前で他の部員がわいわいとなにかを議論している。

久「はい、じゃあそういう訳で、来週の球磨川くん当番はまこに決定しましたー。よろしくね」

和「よろしくお願いします」

京太郎「お願いしまーす」

優希「よろしくだじぇ」

まこ「納得いかん!」

腕を振り回さん勢いのまこは泣きそうな声で続ける。

まこ「先週もわしじゃったぞ!?」

久「そうなんだけどねー。ほら、彼に一番突っ込めるのってそのハリセンを持ったまこじゃない?」

まこ「そもそもこのハリセンは優希のじゃ。ほれ、返すぞ」

ハリセンを無理やり渡された優希はそれを京太郎に押し付ける。

優希「これは犬の調教用だったんだから、犬が持つべきだじぇ!」

京太郎「意味がわかんねえよ! そうだ、和はこの前球磨川先輩にひどい目にあわされただろう? その復讐と思って思いっきり叩いてみたらいいじゃねえか」

ほら、と和に渡すと、和は慌てて久に向かって放り投げる。

久「私は無理よ!? ほら、彼も男の子だから同級の女の子に叩かれるってのはプライドが許さないんじゃないかしら? プライドがあるのかは疑問だけど。ってことで、はいどうぞ」

ていっと押し付けられたのはまこ。

まこ「結局戻ってくるんかい」

ぎゃあぎゃあと押し付けあいをしていると、割って入るように声がした。

球磨川『ねえ、ちょっと、僕でも一応傷つくんだけど?』

球磨川『まったく、僕は心身ともにか弱いんだぜ? 鳥の糞が頭に落ちてきただけでも死ぬくらいの繊細さだ』

皆が皆、口々にそれはないだろう、と言うが、どこかそれを否定しきれない部分もあった。
入部して少ししか経っていないが、彼が校内の噂になるのは、恐れられるのは、不気味がられるのは、気味悪がられるのは、彼の強さゆえではなく、彼の弱さゆえだということが皆にはわかってきた。
彼はその弱さを隠そうともしないのだ。
弱さを見せびらかし、ひけらかし、弱さを受け入れて弱さと共にある。
少しでも強くあろうとする普通の人達とは、決定的にどこまでも相容れないのだ。

久「この議題は置いておいて、球磨川くんが起きたことだし、本命の議題に入りましょうか」

まこ「ちゃんとあとで選び直せよ?」

はいはいと受け流すように返事をしつつ、久は一枚の紙を取り出すとホワイトボードに何かを書き出す。

久「議題は団体戦の県予選について。まず、ルールだけど」

・10万点スタート
・半荘1回ごとに対局者を交代。ただし、決勝戦は半荘2回ごと
・点数は次の対局者に持ち越し
・最後の5人目が終了した時点で一番点数が高かった学校が勝ち抜け
・トビ終了あり
・ウマおよびオカなし

久「全体的なルールはこんなところかしらねー。対局時の細かいルールについては各自確認しておいて」

まこ「ふむ、去年と大きな違いはないようじゃの」

和「半荘1回というのは怖いですけど、団体戦ですからフォローし合えますね」

皆、真剣にホワイトボードを見つめている。
一人を除いて。

球磨川『ウマとかオカとか、ちょっといかがわしく聞こえるよね』

いったい何をどう連想したのか、他の人にはまったくわからなかった。
球磨川はへらへらした顔でしばらくホワイトボードを見ていたかと思うと、久に声をかける。

球磨川『まあ、そんな細かいルールはどうでもいいんだけど、例えば対局室への出入りとかはどうなるの?』

久「対局室には、対局する4人だけが入るわ。対局中の途中退出は認められていないし、他の人が入ることも当然ダメよ」

球磨川『残りの人はどこで観戦するのかな』

久「観戦室にモニターが設置されていて、そこで見ることになるわね。その撮影用にカメラが複数設置されているわ」

球磨川『音は? 麻雀って結構音が出ると思うんだけど、それは対局室の外に聞こえるのかな? 逆に対局室の中に外の音は聞こえるのかな?』

久「えっと……。はっきりとは言えないけど、防音設備は整っているんじゃないかしら」

ふむふむと頷く球磨川に、皆不安を隠しきれない。
どうしてそんな事を聞いているんだろう、と。

球磨川『急病でも途中退出できないのかな? 例えば対局中に頭が半分吹っ飛んじゃったとか』

久「なにをどうしたら対局中にそんなことになるのよ……。急病のときは認められるかもしれないけど、その場合は棄権になるんじゃない?」

球磨川くんならありえないこともないけど。
そんな言葉を飲み込みつつも、久には彼の意図がまだ読めない。

球磨川『携帯電話の持ち込みは?』

久「勿論、禁止よ。その他電子機器も同様に禁止。あと、対局室には電波は届かないわ」

なるほどね、と言った球磨川はにやりと笑う。
今までにも何度か見たことのある笑いかた。
この笑みの後は、たいていは碌なことにならない、碌なことを言い出さない。

球磨川『いろいろと対策してあるようだけど、なんてことはない。対策をしているってことはそれを恐れているってことだ。恐れているってことはそれが有効だということだ。それに、対策をしているってことはそこに油断が生まれるってことだ。弱さにまみれた僕以上に、弱点に詳しい人間はいない。みつけたよ、気づかれずにサインを通す完全な』

まこ「イカサマは言うまでもなくルール違反じゃ!」

スパーンッ

球磨川『痛いよ、まこちゃん』

まこ「やかましいわ! そんなことしおったら麻雀部から叩き出すぞ!」

家が雀荘のまこはイカサマに厳しい。
勿論、高校生の部活の大会でそんなものを持ち出してくる球磨川がおかしいのではあったが。

球磨川『だって久ちゃんも何が何でも勝つって言ってたよ?』

球磨川がちろりと久をみると、呆れたような久と目が合った。

久「……訂正するわ。ルールに則ってイカサマはせずに、自分たちの力だけで何が何でも勝ちましょう」

球磨川『ああ、最初からそう言ってくれればわかりやすいのに』

通常なら言うまでもないことではあったが、この男が相手では一般常識も常に言っておく必要があるのかもしれない。

久「そのやり方で、県予選を突破するための何か良いアイデアはあるかしら?」

球磨川『ないよ。僕は正々堂々、実力勝負の真っ向勝負には縁がないんだ。インチキとイカサマとハッタリで今まで生きてきたからね』

久「ああ、そう……」

まこはちらりと久を見る。
以前までは久の苦笑顔は珍しかったが、球磨川が入ってからはそうでもなくなってしまった。
それは部員全員に共通することではあったが。

久「じゃあ、私が考えた案を言うわね。まず、オーダーはこれよ」

先鋒:片岡優希
次鋒:染谷まこ
中堅:竹井久
副将:原村和
大将:球磨川禊

球磨川『あれ、僕が大将だ』

まこ「まあ、これしかないじゃろうな」

優希「妥当かなー」

和「私が、副将ですか……」

京太郎「他に方法はないでしょうしね」

久「見ただけで皆理解してくれたようね」

その言葉に全員が頷く。

球磨川『大将、つまり勝利を決定付ける重要な役割』

球磨川『安心院さんが僕の過負荷を薄めたってのは本当みたいだね。僕が人にこんなにも期待されるときが来るだなんて』

久「違うわ」

まこ「違うぞ」

優希「違うと思うじぇ」

和「違います」

京太郎「違うでしょ」

球磨川『……』

久「最初の和との試合、その後の練習、それを見て球磨川くんにはある特徴……、性質と言っても良いかもしれないわね、があることがわかりました」

久「それを考えると、例え10万点持ちでも、球磨川くんは半荘1回で飛ぶ可能性が高い」

久「だからこその、この並びです。優希の高火力で一撃を加え、まこと私で削り、和でとどめを刺す……」

久「つまりこれは、『対球磨川用先鋒次鋒中堅副将で相手を飛ばし大将まで回さないフォーメイション!』」

ぐっと握った右手を突き出す。
球磨川以外はうんうん、と納得顔で頷いていた。

球磨川『……』

久「そのために、まずは各人がそれぞれのスタイルを崩さないままに火力を上げる必要があります」

久「和は人と向き合って打つことに慣れていないから、まこの雀荘での特訓」

久「優希は東場の火力をなるべく維持できるスタイルを模索すること」

久「須賀くんは皆の練習相手になることで地力を引き上げて、個人戦への対策として。まずは一勝、頑張ってみてね」

久「まこは雀荘でデータを増やしながら、私と一緒に皆のサポートに回ってね」

球磨川『僕は何をしたらいいのかな?』

久「球磨川くんはこれよ」

尋ねる球磨川に、久は一冊の本を鞄から取り出して渡す。
球磨川が受け取って表紙を見ると、どこかで見たことがある古臭い絵が描かれていた。

久「球磨川くんはまず、ルールと役を覚えてちょうだい」

[猿でもわかる!麻雀入門]

球磨川『……』

球磨川『さて、明日はもう県予選大会という週間少年誌の打ち切り漫画も真っ青な展開の速さだ。原作でもそうだし、良いよね』

まこ「誰に言うとるんじゃ」

球磨川は窓辺に背中を預け、仰け反るように空を見上げている。

球磨川『みんな対策とやらは大丈夫なのかな?』

まこ「やるべきことはしたつもりじゃ」

まこ「組み合わせ次第ではあるが、決勝までなら作戦通りいけると思う」

球磨川『球磨川禊村八分大作戦だね』

まこ「……」

ある意味事実であるために、なんとも言い返せない。
ただ、この作戦しかないことはあれからの練習で実証された。
彼はあれ以来打った対局全てで、東場で飛んでいた。

まこ「決勝にはおそらく風越女子と龍門渕が来るじゃろう。あとは裾花あたりか。このあたりを四人で飛ばしきるのは正直きついが、やるしかなかろう」

球磨川『僕を頼ってくれてもいいんだぜ?』

彼の何を頼ったら良いというのだろう。
本人もその答えは持ってないのではないだろうか。
まこは何かしら返そうとしたが、何を言っても無意味そうだと判断し、話を続けることにした。

まこ「うちとしてはこの3校がまとめて決勝に来るよりも、一回戦、二回戦で順番にあたりたいところなんじゃがな」

球磨川『そのこころは?』

まこ「手強い三校を同時に相手にしてはどこも飛ばし辛い。じゃが、実力が劣る一校が混ざっておればそこを飛ばして終わらせられるじゃろ?」

球磨川『ふむ。とても僕好みの考え方だ』

まこ「嫌な気分になってきたわ……」

ふうとまこが溜め息をついて球磨川に話しかけようとしたとき、彼は、あっと声をあげた。

球磨川『あっ……』

球磨川は何かに驚いた様子でわたわたと動いていたが、やがて足を滑らせて頭から地面へと落下していった。

まこ「球磨川先輩!?」

まこが窓に駆け寄り下を覗き込むと、遥か下の地面には血溜まりに沈む球磨川が見えた。
頭上からは、クルッポーという鳩の能天気な鳴き声が聞こえてきた。

キミはどうして平和な学園生活でそう何度も死ぬことができるんだい?

さすがの僕でも理解に苦しむぜ。

律儀にそんなフラグを回収しなくても良いんだよ、まったく。

さて、せっかく来たことだし、今回の分岐点を教えてあげようじゃないか。

本来ならこんなことはしないんだけど、今回はシンプルだからね。

分岐点は「県予選大会の団体戦で優勝し、全国大会出場権を獲得すること」だよ。

うん、そうだ。

シンプルだけど、キミが団体戦メンバーに加わったことで、非常に難易度が高くなってしまったよ。

エクストラモードもダッシュで逃げだす難易度だ。

彼女らの作戦がうまくいけばいいけれど。

良いかい、球磨川くん。

麻雀に引き分けはないんだ。

例え同点でも最初に座る席順で差ができてしまう。

白と黒、明と暗、勝利と敗北がはっきりとでるゲームなんだ。

さすがの君も敗北主義を貫きつつ条件をクリアすることは難しいんじゃないかな?

でもやっぱりボクは君に期待するんだ。

いかに誰にも勝たずに、優勝することができるか。

今回も、立派に裏切っておくれよ、球磨川くん?

まこ「球磨川先輩!」

慌てて部室から飛び出したまこは、階段を一気に駆け下り、彼が落ちた場所を目指す。
あの出血量は……。
そんなに詳しいわけでないが、まこにはあの血溜まりはとても無事ではいられない出血量に思えた。

まこ「球磨川先輩!」

辿り着いたまこは改めて呼びかける。

球磨川『やあ、まこちゃん』

まこの呼びかけに球磨川は何事もなかったように目を開けて答える。
ただし、まだ地面に横たわったままではあったが。
まこが周囲を見渡しても、血はどこにも見当たらなかった。
球磨川自身もどこも怪我をしているようには思えない。
あの血は彼の影か何かを見間違えたのだろう。

まこ「良かった、死んだかと思うたぞ」

球磨川『実際、死んでたんだけどね』

まこ「そんな悪趣味な冗談はええわ。大丈夫なんか?」

球磨川『大丈夫だよ。死ぬほど元気さ』

まこ「もうええと言うに」

球磨川『それにしても僕って誰かの夢とかを聞くと、叶えてあげたくて応援して滅茶苦茶にするのが得意なんだけど、今回ばかりはと言うか今回もと言うかそういう訳にはいかないらしい』

まこ「話が唐突に変わりすぎな上に何を物騒なことを言うとる。つまり何が言いたいんじゃ?」

球磨川『つまりは僕なりのやる気表明ってやつさ』

【大会当日】

久「須賀くん、個人戦はどうだった?」

京太郎「1回戦敗退でした。面目ない……」

がっくりとうな垂れる京太郎に、いやいやとかぶりを振るまこ。

まこ「ほんに惜しかった。おんしはミスらしいミスはしとらんかったし、運が悪かったとしか言えんわ」

そう言ってもらえると、と苦笑する京太郎。
まこと京太郎のやりとりを見ていた久は、そういえばと尋ねる。

久「そういえば、球磨川くんは? 彼も個人戦に出ていたはずよね?」

まこ「……」

京太郎「……」

久「な、何よ? ……まさか勝ったの?」

随分な聞き方ではあるが、その問いかけに二人揃って複雑そうな顔でかぶりを振る。

まこ「球磨川先輩も1回戦で負けたわ。ただ、その負け方が……」

渡された牌譜を見た久の眉間にだんだん皺が寄っていく。

久「なにこれ……」

球磨川は東一局で-50,000点になり飛んでいた。
それ自体は彼にとって珍しいことではなかったのだが、異様なのがその経過だった。

久「ダブル役満がないのに-50,000点ってどういうことよ。東一局……9本場? 流局じゃなくて全部彼が振り込んで親連荘? しかも振込みって毎回最低点の1500点じゃない!」

まこ「なんでも、対局前に対戦相手、その試合で1位抜けした相手なんじゃが、球磨川先輩をなにやら挑発したらしくてな」

京太郎「ええ……。それで球磨川先輩が『言われるまでもなく僕の弱さは僕が一番よく知っているさ。君にも僕の弱さを見せてあげるから、楽しみにしててね』とか言ってました」

久「その結果がこれね……」

まこ「その相手はなぜか毎回平和のみを聴牌してな。いっそのことリーチでもかければ良いんに……。ほいで、当然のごとく球磨川先輩が聴牌した瞬間に振り込んでな」

京太郎「相手もタンヤオとか付けようとはしてたんですけど、毎順自分のあがり牌を切られるプレッシャーに耐えかねて……」

久「で、最後の振込みが役満ね。……って、はぁ!?」

まこ「見てのとおり、配牌で字一色大四喜四暗刻単騎待ちの聴牌じゃ……。勿論、一巡目に球磨川先輩が振り込んで終わりじゃったわ」

京太郎「相手の人、青ざめて手牌と球磨川先輩を交互に見てましたよ。終わった後も何か憔悴してて、とても勝者には見えませんでした」

実際の対局では、球磨川の不気味さもあいまって、よっぽど精神に来たのだろう。
相手を思うと、久はなんともいえない気持ちになった。

久「団体戦、対戦相手のためにもなんとか作戦通りいくといいわね」

久の溜め息交じりの言葉に、まこと京太郎も黙って頷くしかなかった。

久「さて、一回戦です。先鋒の優希、わかってるわね?」

優希「おう! 先鋒戦で決着をつけるつもりで行って来るじぇ!」

まこ「頼んだぞ」

和「頑張ってくださいね」

京太郎「しっかりな」

球磨川『君たちががんばればがんばるほど出番がなくなって、村八分状態をリゾート気分で満喫しなきゃならなくなる僕だけど、それでもやっぱり仲間の活躍ってのは応援したくなるものなんだ。せいぜいがんばってね』

余計な一言どころか全てが余計な発言の球磨川の言葉に優希は、苦笑していたが、やがて時間となったらしく観戦室を出て行った。

球磨川『さてと、ちょっとお散歩してくるね』

まこ「おい、ちゃんと応援せんか」

観戦室を出ようとする球磨川にまこは声をかけるが、球磨川が止まろうとする様子はない。

球磨川『大丈夫だって。優希ちゃんは勝つよ。それに、一回戦も二回戦も和ちゃんまでには終わるだろうし、僕がいなくても大丈夫でしょ』

ひらひらと手を振りながら出て行く球磨川に、再度まこが待てと声をかけたが、結局一度も振り向くことはなかった。
球磨川は、

球磨川『僕も僕の活躍のために頑張らなきゃね』

そんな、全員が不安になるような言葉を残し、観戦室を出て行った。

球磨川『さてと、どこから行くのが良いのかな。まあ、どこからでもいいか。近いところにしよう』

球磨川が向かったのは選手控え室の一つ。
鍵がかかっていたという事実をなかったことにし、ノックもせずに中に入る。

球磨川『やあ』

突然の来訪者に、中にいた全員が身構える。

純「誰だ、お前!?」

一「鍵は閉めておいたはずなのに!」

球磨川『僕は球磨川禊。清澄高校麻雀部の三年で、今大会では大将だよ。よろしくね』

球磨川が名乗ると、ざわめきの種類が変わる。

智紀「……球磨川禊。女子団体戦に出場する唯一の男子」

純「球磨川ってあれか。なぜか知らんけど男子が参加可能になってて、そこに参加を申し込んできたって言うあの……」

透華「清澄高校と言えば、原村和ですわ!」

一「透華がご執心の原村和がいるところか……」

中にいるのは四人。
あと一人はどこか席を外しているのだろうか。
思案顔の球磨川に、当然の疑問がぶつけられる。

純「それで、清澄の球磨川さんがここに何の用だよ」

球磨川『決勝で当たる人達にさ。ちょっとしたアドバイスをしに来たんだよ』

透華「アドバイス、ね。私たちが決勝に行くのは当然としても、清澄が決勝まで来ることができるかはわらかないのではなくて?」

球磨川『まあ、当然の疑問だよね。じゃあとりあえず僕の話は眉唾程度に聞いてて構わない。一回戦と二回戦を大将まで回すことなく相手を飛ばして終わらせたら信じてくれたら良いよ』

球磨川の提案に、戸惑い気味に顔を見合わせる。
何が狙いなのかがわからない。
とりあえず、聞いてみるか?
純が目で確認すると、皆がかすかに頷く。

純「じゃあ、とりあえずそのアドバイスってのを話してみろよ」

美穂子「それで、アドバイスというのはいったい?」

華菜「キャプテン! そいつ絶対何か企んでるに決まってるし!」

華菜は両手を広げて、庇うように美穂子の前に立っている。
今にも威嚇しそうな猫のようだ。

球磨川『ひどいな。企んでると言えば企んでるけど、別に君たちに害はないよ。多分』

飄々とそんなことを言ってくる球磨川に対し、華菜は警戒の色をさらに濃くする。

華菜「だいたい、そっちも決勝に上がって来るつもりなら、アドバイスしても敵に塩を送るだけだし!」

球磨川『あ、それそれ。僕はそれがしたいんだよ』

球磨川『今のままだと、決勝戦も大将まで回らずに終わりそうでさ』

球磨川『そうなると、団体戦で僕は一回も出ずに終わっちゃうわけじゃない?』

球磨川『せっかくだから、みんなと一緒に勝利の喜びを味わいたくてさ』

球磨川『だから対戦相手に頑張ってもらって、大将まで回してほしいわけ』

一方的に話し続け、わかる? と首を傾げる球磨川に、誰も、何も答えられない。

球磨川『それじゃあ、まずはうちの先鋒の優希ちゃんの弱点から発表と行こうか』

球磨川『彼女は東場では——』

ただ、にこやかに自分勝手で仲間のことを考えてない発言を繰り返している球磨川を見ていることしかできなかった。

球磨川『——というのが、和ちゃんの弱点かな』

鶴賀学園の控え室で話し終えた球磨川は、これでおしまいとばかりに肩を竦める。
それに答えたのはゆみだった。

ゆみ「君の考えと、アドバイスはわかった」

球磨川『お役に立てそうなら嬉しいよ』

ゆみ「ただ、一つ疑問がある」

球磨川『ん? なにかな?』

ゆみ「どうして決勝に行くのが、われわれ鶴賀だと? 龍門渕と風越女子の控え室にはもう行ったそうだが、順当に考えれば残りの一校は裾花あたりではないのか?」

ゆみは当然の疑問を球磨川にぶつける。
無名の自分達と違い、裾花は現在県ランキング三位の実力校だ。
しかもその裾花は敦賀学園と一回戦が同組となっている。
誰に聞いてもここの勝ち上がりは裾花だと答えるだろう。

球磨川『当然の疑問だね。それに対する答えは「教えない」だ』

球磨川『だけど、もし君たちが勝ち上がって決勝までくることができたら、それも僕の話の信憑性を上げる判断材料にしてくれたら良い』

球磨川『聞きたいことは他にもあるかな? 僕はそろそろ戻って仲間の活躍を応援しないといけないんだ』

ゆみ「では最後に一つ。……君の弱点は?」

ゆみの質問に、球磨川は不気味で不快で誰にでも嫌悪感を与える笑みを浮かべて、これまでにも何度も言い続けた言葉を発した。

球磨川『僕かい? 僕の弱点など言うまでもない。言う必要もない、かな』

球磨川『僕自身が弱点みたいなもんだ。僕は弱さの塊だ。何事においても僕以上に弱い人間はいないよ』

言い終えると、じゃあねと軽く手を振って球磨川は鶴賀学園の控え室を後にした。

一区切り

天地創世の見開きに笑ったけど、そんなことじゃあの漫画は読めないことは6巻で思い知らされた。

球磨川『さてさて、みんなおめでとう。無事に僕まで回さずに決勝までいけたね。本当に、僕抜きで、おめでとう』

パチパチと気のない拍手を送る球磨川に久は苦笑いを返す。

久「棘を感じる言い方だけど、ありがとう」

それに対して球磨川が、事実棘だらけさなどと返すやり取りを見ていたまこは、ところで、と口を挟む。

まこ「おんしは途中で抜けておったが何をしとったんじゃ?」

球磨川『別にたいしたことはしてないよ』

即答する球磨川に皆は不審そうな目を向ける。
彼がそうと断言する以上、何かをやらかしているはず……。

和「嫌な予感しかしないんですけど……」

優希「同じくだじぇ……」

京太郎「……無理矢理にでもついて行けば良かった」

ひそひそと囁き合う三人の声が聞こえたのか、それに答えるように言葉を重ねる。

球磨川『本当にたいしたことはしてないから心配しないでよ』

言葉を重ねれば重ねるほど人に不審感を与えるのは彼の日頃の行いというやつだろうか。

久「他の高校に迷惑かけたりしていないでしょうね……」

球磨川『その点は大丈夫。他の高校には迷惑かけたりしてないよ』

久「そう。それなら良いけれど……」

ほかの高校には、そのフレーズに若干引っかかるものがあったが、あまり深く追求している時間はない。
そろそろ決勝が始まる時間だ。

久「なんにせよ、もうすぐ決勝も始まるわ! 優希、期待してるわよ!」

優希「任せとけ!」

【決勝戦開始】

清澄 :100,000
龍門渕:100,000
風越 :100,000
鶴賀 :100,000

純(さて、あの野郎の言うとおりに清澄は一回戦と二回戦を副将までに相手を飛ばしてあがってきたな)

美穂子(と、言うことは彼の言っていた弱点も本当なのかしら)

睦月(本当だとしたらまずは……)

(球磨川『先鋒の優希ちゃんはタコスを食べないとパワー半減だから、彼女が持ってるタコスを奪い取ったらいいよ。そうだなぁ、差し入れかと思ったとか言って食べちゃえ!』)

純(いや、できるわけねえだろ)

美穂子(そんなことできません)

睦月(できるわけないでしょう……)

開始後、優希はいつも通り快調にあがりを重ねていく。
自然と他校三人の脳裏に浮かぶのは、先刻の来訪者、球磨川の言葉。

純(他の弱点はなんだったかな)

美穂子(東場は好調だけど、南場では失速)

睦月(あとはツモをずらす鳴きに弱い、か)

鵜呑みにするわけではないが、球磨川の言葉に今のところ間違いはない。
参考にする程度であれば問題はなさそうに思えた。

久「……おかしいわね」

まこ「うむ」

モニターを見ながら首を傾げる久とまこに、何が気になっているのかがわからない京太郎が声をかける。

京太郎「どうしたんですか?」

久「優希の打ち筋がどうも相手にばれてる感じなのよね」

まこ「一回戦と二回戦を相手を飛ばして勝ち上がったからの。それでマークされたのかとも思ったが……」

京太郎「その二戦分で研究されちゃったってことですかね?」

まこ「そんな感じでもない……。なんじゃろうな……」

二戦分のデータでも優希のスタイルが知れてしまうことは勿論ありうるが、相手の対処は明確な根拠をもってのものに思えた。

球磨川『……』

久「まあ、今の彼女はそうそう止められないわ。鳴きで惑わされるようじゃ球磨川くんと卓を囲むことなんてできないしね」

ちらりと球磨川を見る。
彼と卓を囲むと、まず間違いなく勝利することはできるが、精神的に堪えるのだ。
それに鍛えられた優希は多少のことでは揺らぐまい。

球磨川『あれ? じゃあその弱点は克服済み?』

久「ええ、多少ツモをずらされても今の彼女なら対処できるわ」

球磨川(『……まあ、良いか。敵の情報を鵜呑みにして負けるやつが悪いもんね』)

【先鋒戦終了】

清澄 :148,000 優希 +48,000
龍門渕: 78,000 純  -22,000
風越 :101,500 美穂子+1,500 
鶴賀 : 72,500 睦月 -27,500

優希「思ったより稼げなかったじぇ……」

純「いや、十分だろ……。ところで、龍門渕さんに鶴賀さんよ」

美穂子「なんでしょう?」

睦月「はい?」

純「そっちにもあの男は行ったか?」

純の言葉に二人はピンとくる。
彼はおそらく決勝に進出した三高すべてを訪ねたのだ。

美穂子「……球磨川さん、ですね」

睦月「……彼なら、来ました」

優希「……?」

一人理解できないのが優希。
どうしてこの三人が球磨川先輩を知っているのたろうと首を傾げるしかできない。

純「やっぱりな。おいタコス娘」

優希「なんだよ」

純「お前らの打ち方って言うか、弱点。他の三校にばれてるぜ」

優希「は?」

純「お宅の大将の球磨川ってやつが来て、全部喋っていきやがった」

優希「……はあああぁぁぁ!?」

優希「——と言う訳なんだじぇ」

久「……」

まこ「……」

和「……」

京太郎「……」

球磨川『……』

先ほど優希が純に教えてもらったことを一通り話し終えると、控え室には沈黙が広がった。
球磨川と彼以外の沈黙は、完全に種類が異なってはいるが。
溜息とともに一番最初に口を開いたのは久。

久「とりあえず、まこ。次鋒戦があるから早めにお願い」

それを受けて、一応持ってきてあったハリセンに手を伸ばす。

まこ「……球磨川先輩。何か言っときたいことはあるかの」

球磨川『そもそも僕抜きでみんなが楽しめちゃう作戦が気に入らないし、一回も出ないままじゃ僕が楽しめないし、どっちにしろ一回戦と二回戦を見てたらだいたいわかるような話ばかりだし、つまり何が言いたいかって言うと』

ひょいっと肩を竦めながら、もはやお馴染みのセリフ。

球磨川『僕は悪くない』

まこ「いや、どう考えてもおんしのせいじゃろ」

スパーンッ

短いけど一区切り。

諸事情で更新できるか怪しい状態になってしまうので、この先は会話文のみにしたシンプル版でささっと終わらせてしまうかもしれない。

まこ(あん人はもう、ほんにどうしようもない!)

まこ(そもそもきちんと練習してそれなりのもんを身につけとけば、わしらだってこんな作戦はとらんと言うのに……)

まこ(今更言うてもしょうがないか。わしの打ち筋も全部ばれてるもんとしてやれることをやるだけじゃ)

怒り心頭のまこではあったが、打牌は淀みない。
必要と思えば的確に鳴き、手を進めていく。
牌の寄りも良く、得意の染め手も好調だ。

未春(この人は確か、染め手が得意)

智紀(……それだけではなく過去に見たイメージを参考にできると言うのが厄介)

佳織(ええと、みっつずつ、みっつずつ……)

対するは球磨川から助言を受けた三人。

未春(対策としては単純で、余る色を狙うこと。それと)

智紀(過去のイメージに符合しない打ち方をすること。でもそれは効率的な打ち方からは外れるということで、私には難しい)

佳織(みっつずつ、みっつずつ……。あ、できた! ……よね?)

佳織「リ、リーチです!」

佳織の宣言にまこが河を見て顔をしかめる。
よくわからない。
あまり見たことがない捨て牌の並び。
それでも一番符合するのは、球磨川先輩の捨て牌だ。

まこ(この下家は素人か……。全然過去のイメージに符合せんわ)

まこ(大事をとって完オリも考えるか……)

リーチ宣言から数順後、聴牌していたまこは危険牌のツモを見越してダマを選んでいた。
そうしてツモってきたのは、リーチに打つには危なそうな牌。
まこは聴牌を崩して安牌を捨てようとし、手を止める。
思い出すのは球磨川とのやり取り。

(球磨川『リスク管理を知ってるかだって? おいおい、まこちゃん、馬鹿にしないでよね。僕だってちゃんとリスクを考えて行動してるんだぜ』)

(球磨川『ありとあらゆるリスクを想定して、より、リスクの高い、分の悪い方に賭けているだけさ』)

(球磨川『世の中には火中の栗どころか、大火の中の焼けた鉄を拾わなきゃ得られないものもあるんだぜ?』)

(球磨川『まあ、僕の場合はヤケド以外得られたことはないけど』)

まこ(虎穴に入らずんば、か)

たしかに副将までの四人で他校を飛ばそうというのだ。
少なからず危険と思われるところまで踏み込む必要があるのではないだろうか。

まこ(……ふふ。まあ、あん人と付きおうて得られたものがゼロってわけでもない、か)

まこ(トータルマイナスではあるかもしれんがな)

まこ「通らばリーチ!」

佳織「あ、それ! 当たりです!」

佳織「ええと、リーチトイトイ……、三暗刻もでしょうか?」

まこ「そうじゃな……」

佳織の手牌はすべて暗刻。
もし、あれをツモられていたら……。

まこ(振り込まなんだら、親っかぶりで16000だったんか? いや、おそらくそうなんじゃろうな……)

【次鋒戦終了】

清澄 :188,000 まこ +30,000
龍門渕: 57,000 智紀 -21,000
風越 : 80,500 未春 -21,000 
鶴賀 : 74,500 佳織 +12,000

まこ(ふう、なんとか差を広げられたか。……箱に近いのは龍門渕じゃがそう簡単にいくとは思えんな )

まこが控え室に戻ると、皆の笑顔に迎えられた。

久「お疲れ様。らしからぬ打牌がいくつかあったけど、結果オーライかしら?」

まこ「ははは、まあのう」

久にそう返しながら、自分にらしからぬ打牌をさせた男を見る。
相変わらず何を考えているのかわからない笑顔を浮かべている。

球磨川『ん? じっと見つめちゃって、ひょっとして僕に惚れちゃった? 参ったな。いや全然困らないけど』

まこ「言っとけ。……皆、あとは任せたぞ」

久「任せといて!」

和「がんばります」

球磨川『その皆に僕も入ってる?』

まこ「……一応な」

久(さてさて。打ち方がばればれってことだけど、私ってどう対応されちゃうのかしら?)

久(ちょっと楽しみではあるわね)

緊張を押し殺すように、思考は前向きに。
球磨川が何を言ったとしても、自分にできることは決まっている。

久(なんであろうと私は私なりに真っ直ぐ打つだけよ)

しかし、こと久に限っては球磨川の助言はあまりあてになるものではなかった。
球磨川は久の通常の打ち方は知っていても、大会で見せる特異な打ち方は知らない。

一(清澄の大将、球磨川だったっけ。彼の言う通りだとすればこの人はスタンダードなデジタル寄りの打ち手)

星夏(でも、『僕が知らない、部活では見せない何かを持っていそうだから、気をつけて』だったっけ……)

智美(とりあえず真っ直ぐ当たるしかないな)

球磨川『まこちゃん、あんまり久ちゃんを心配してる感じじゃないね』

球磨川は不思議そうに尋ねる。
もうちょっとリアクションをとってもらえないとつまらないとばかりの口調だ。

まこ「そうじゃな。今ばかりはおんしが真面目に部活に取り組んでいなかったことをありがたいと思うわ」

球磨川『僕なりに真面目だったつもりだけど。……やっぱり久ちゃんには普段は見せない打ち方とかがあったのかな?』

球磨川の言葉にまこは驚く。
彼の勘なのだろうか。
久は部活中には一度も見せておらず、そういった打ち方があると匂わせてすらいないのに。

まこ「やっぱり、ね。どうやって勘付くんじゃおんしは……」

球磨川『弱点は僕の友達みたいなものだからね。隠している何かがあるなら、それに応じて弱点も変わってくる。だから違和感みたいなものを感じるのさ』

球磨川『なんとなくの勘だから、彼女達にはろくにアドバイスできなかったけど』

モニターを見ると、久の対戦相手はなかなか苦しい状況のようだ。

まこ「部活では効率重視でデジタルっぽく打つからの。普通は気づかんわ」

まこ「それに別に隠しておるわけではないぞ? あん人があの打ち方をするのは基本的に大会だけじゃ。大会ではそうしたほうがあがれる気がするから、ってのが理由らしい」

球磨川『ふうん。よりあがり目の薄い待ちをわざと選ぶのか』

じっとモニターを見ていれば気づく。
多面張よりも単騎。
残り枚数が多い待ちよりも地獄待ち。
普通であれば空振りに終わるような待ちも、彼女にしてみればそれが最適解とでもいうのだろうか。

まこ「あんな悪待ちをするんはあん人くらいじゃろ。例え知っていてもそうは対応できんわ」

球磨川『なんにせよ、僕好みの打ち方だ』

球磨川『僕との違いは、それで勝ってしまうってとこかな』

【中堅戦終了】

清澄 :252,300 久  +64,300

龍門渕: 58,000 一   +1,000
風越 : 47,500 星夏 -33,000 
鶴賀 : 42,200 智美 -32,300


久「どうだった?」

まこ「どうもこうも、言うことなしじゃ」

会心の笑みの久に、にやりと返すまこ。
一年生トリオも近づいた勝利に沸き立つ。

優希「和ちゃんなら、どの高校もハコテン射程圏内だじぇ!」

京太郎「あとは和次第か。プレッシャーをかけるわけじゃないけど、頑張れよ!」

和「ええ」

久「もし駄目だったとしても、あなたのせいじゃないから気にしないで」

そう言いながらも、視線の先には球磨川。
県予選に出れたのは彼のおかげではあるが、現況の元凶たる彼。

球磨川『どうしてこっちを見ながら言うのかな?』

久「いつも通り、全力を尽くしてきなさい。それだけで良いわ」

和「はい」

副将戦開始直後、のどっちと化した和は、ただ淡々と最適解を選び続け、そしてあがり続ける。

(球磨川『和ちゃんは、ネト麻で最強と言われてた「のどっち」だよ』)

(球磨川『現実でネットと同じ実力を出し切るのは難しかったみたいだけど、そこはなんとか克服したのかな』)

(球磨川『ただし、のどっち状態になるまでに若干の時間が必要なのが弱点と言えば弱点だね』)

(球磨川『弱点はもう一つあって、今回の彼女は攻撃寄りのデジタル思考だ』)

(球磨川『ミスとまでは言えないけど、攻撃に重きを置くためにその分だけわずかに防御が疎かになる』)

(球磨川『だから、和ちゃん対策としては、開始早々に叩くこととこちらも攻め重視にして隙をつくことかな』)

透華(なーんて言ってましたけど)

純代(開始早々からおそらく全力状態)

桃子(消えるまで大人しくなんてしてたら飛びそうっす……)

久「八連荘が採用されてたら役満だったわね」

久の言葉にまこは頷く。
他校も手堅い面子というのが功を奏している部分もあるが、今日の和は本当に好調だ。

まこ「前半戦はパーフェクトゲームか。これは本当にいけるかもしれんぞ。……って、球磨川先輩、どこに行くつもりじゃ」

球磨川『ちょっとお散歩だよ。和ちゃん応援しても、彼女が頑張ったら僕の出番がなくなっちゃうし』

扉を指差しながら言う球磨川に、まこはふと気づく。
いつも以上にくどい嫌味はひょっとして?

まこ「今更じゃが、ひょっとして拗ねておるのか?」

球磨川『……』

どうやら図星のようだ。
気持ちはわからないでもないまこは、なんとも言えず、一応釘だけさしておく事にした。

まこ「散歩は構わんが、絶対に誰にも迷惑をかけるでないぞ」

球磨川『わかってるって』

まったくもってわかってなさそうな口調で返事をすると、球磨川はすたすたと歩き去って行った。

球磨川『おや?』

球磨川が控え室に戻ると、和が泣いていた。

球磨川『和ちゃん、どうしたの?』

声をかけるが誰からも返事はなく、ただ、まこがモニター画面を示す。

【副将戦終了】

清澄 :311,000 和  +58,700
龍門渕: 40,000 透華 -18,000
風越 : 27,400 純代 -20,100 
鶴賀 : 21,600 桃子 -20,600

ぶっちぎりの1位。
通常であれば歓喜に沸いているところであろうが……

久「泣かないで良いのよ? 全力を出してくれたらそれだけで良いって言ったでしょ。あなたが悪いわけじゃないわ」

和「でも、私が……、あと少しだったのに……、私のせいで部長の最後の……」

久は黙って和を抱きしめて、頭を撫でている。
優希はもらい泣きをしてしまい、京太郎も沈痛な面持ちだ。
まこが球磨川に囁く。

まこ「惜しいところまではいけたんじゃ。龍門渕をもう少しで飛ばせるところまではいったのじゃが、親倍を食らっての」

球磨川『ふうん』

まこ「……望みどおりの展開か?」

球磨川『どうだろうね?』

にやりとした笑いに、まこは顔を顰める。
まこが黙っていると、にやけ顔の球磨川はじっと和を見つめ、ただ、と呟く。

球磨川『ただ、僕はこう見えて仲間思いなんだ。ぬるい友情・無駄な努力・むなしい勝利のモットーに従って、和ちゃんの涙を止めてみせるさ』

まこ「泣かした原因の半分はおんしじゃと思うがな。……ま、がんばってきんさい」

久は和を慰めながら、ちらりとモニターを見る。

清澄 :311,000
龍門渕: 40,000
風越 : 27,400 
鶴賀 : 21,600

圧倒的点差。
通常ならば、ほぼ優勝は決まっているだろう。
通常ならば。
だが、大将は彼だ。
久は日頃の練習で彼の弱さを痛感していた。

久(せめて最初の半荘で20万点。それだけ残ればまだ可能性はあるわ)

ようやく落ち着いた和を椅子に座らせ、もはや祈ることしかできない久は、険しい表情でモニターを見つめた。

ゆみ(手が軽い。とりあえずの聴牌だがこの点差だ……)

ゆみ「リーチ」

ゆみ(さて、自らを弱点の塊と称する清澄の大将はどう出る?)

華菜、衣と安牌を捨て、球磨川のツモ番。
球磨川がツモったのは、現物ではないが、比較的通りそうな牌。
だが、球磨川は捨てずに手牌に入れると、別な牌を倒す。
倒した牌の数は、四枚。

球磨川『カン』

華菜(?)

ゆみ(危険を冒してくれるのはありがたいが……)

通常ではありえない打ち方に戸惑った空気が流れるが、球磨川は気にも留めず手を伸ばす。
嶺上牌をツモった球磨川は薄く笑った。

ゆみ(まさか……、嶺上開花?)

そんなゆみの考えを当然のごとく裏切り、

球磨川『いらないや』

ぽいっと捨てられた牌は、

ゆみ「ロン」

ゆみの当たり牌だった。

まこは頭を抱える。
鶴賀の大将がリーチをかけたとき、球磨川は手牌に和了り牌を持っていなかった。
凌げそうかと思った矢先のカン。
そしてツモってきた嶺上牌が和了り牌で、球磨川はそれを当然のように捨てた。

まこ「間違いないようじゃな……」

久「ええ。間違いであってほしかったけどね……」

苦い顔をする二人に声をかけたのは京太郎だった。

京太郎「何が間違いないんです?」

久「オーダーを決めた際の彼についての私の言葉、覚えてるかしら?」

京太郎「ええと……」

首を傾げる京太郎への助け舟は優希から出された。
たしか、と前置きから入って、

優希「彼には特徴だか性質があるって言ってたやつかな?」

と続けた。

京太郎「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね」

そうよ、と力なく頷いた久は、苦笑を浮かべると球磨川についての自分の考えを述べた。

久「彼はね、誰かが聴牌すると必ず一発で振り込むのよ」

京太郎と優希からは驚きの声があがる。
和はなんとなく気づいてはいたのか、何か言いたげな顔はしていたが、それほど大きな反応は示さなかった。

久「彼はね、誰かが、黙テンだろうがリーチをかけようが、聴牌をした瞬間に和了り牌を切るのよ」

久「単騎待ちだろうが、多面張だろうが、地獄待ちだろうが、必ずね……」

まこ「わざとやっておるのじゃったら、それはそれですごいわ」

まこの言葉に皆が頷く。
わざとやっているのであれば、完璧に相手の手を読みきっており、なおかつ相手の和了り牌を常に自分の手牌に残しておかなければならないのだ。
およそ人間業ではない。
さらに、久は続ける。

久「それと、彼は配牌で五向聴以下になったことはないわ」

久「さらに言えば、彼は聴牌はおろか、一向聴までいけたこともない」

久の言葉に被せるように、モニターからロンの発声が聞こえた。
あがったのは風越の華菜、振り込んだのは勿論、球磨川であった。

それ以降も、誰かが聴牌をした瞬間に球磨川が振り込む展開が続いた。

ゆみ「ロン」

球磨川『はいはい』

ちゃらりと点棒を払う球磨川に、この試合初めて衣が口を開いた。

衣「清澄の大将、球磨川といったか」

球磨川『うん。なんだい?』

衣「先刻、衣を訪ねてきた際の言葉、よもや忘れてはおるまいな?」

球磨川『えーと、「ロリ可愛い幼女だ!」だったっけ?』

ゆみ「……」

華菜「……」

衣「……たしかにそれも言ってはおったが、違う」

衣「お前はこう言ったのだ。『強くて孤独だなんて甘えが過ぎる。弱くて孤独な僕が、どれほど君が恵まれているか教えてあげるよ』とな」

球磨川『ああ、そうそう、思い出した。そんなことも言ったね』

衣「何を見せてもらえるのかと楽しみであったが、この程度か」

その瞬間、ゆみと華菜は全身が粟立つ。
この場の何かが変わった。
おそらく変えたのは、天江衣。

衣「もう良いわ。そろそろ、御戸開きといこうか」

透華「始まりましたわね」

一「今日は満月。衣の力が最大限に発揮される……」

純「……だけど俺だけかね。嫌な予感がしているのは」

純はモニターに映る球磨川を見る。
苦しそうな他の二人を違い、彼だけはへらへらとした笑いを崩していない。
衣の支配下にあるのは間違いないのに。

純「自分を弱いって言ってたあいつの言葉に嘘はないみたいだな。今のままならこの半荘で衣が逆転できる」

そうですわねと答える透華の顔もやや曇っている。
彼女も感じているのだろう。
彼には、球磨川には、まだ見せていない何かがある。

京太郎「あれ?」

まこ「気づいたか」

京太郎の声にまこが答える。
久も和も優希も既に気づいているはずだ。

京太郎「ええ。球磨川先輩が、一向聴になってる。調子が良いんですかね?」

久「そういうわけでもなさそうよ。鶴賀と風越の二人も数順で一向聴になってるわ」

京太郎「ええと、つまり皆が調子が良い?」

まこ「いんや、鶴賀と風越の顔を見てみい。ずいぶんと苦しそうじゃろ。一向聴になってからは手が進まずに聴牌ができんのじゃ」

久「去年の牌譜だとそんなことはなかったんだけどね。おそらくこれは龍門渕の天江衣が他家を一向聴にした上で、そこに縛り付けているんじゃないかしら」

和「そんなオカルト……」

叫ぼうとして、和は口を閉ざす。
視線の先にはモニターに映る球磨川。
一向聴に縛られるのは、ある意味、二向聴や三向聴よりもずっと苦しい。
一向聴に留まり続けるというのはつまり、あと少しという希望に焼かれ続けることだ。
だが、そんな状況でもやはり球磨川はへらへらと笑っている。
和には、彼がどんな不思議な話よりもよっぽどオカルトな存在に思えた。

衣「ツモ、海底撈月」

華菜(やっぱり今年もか……!)

ゆみ(残り一巡でのツモ切りリーチ……。まるで海底で必ず和了ることを確信しているようではないか)

ゆみ(だが)

衣の顔は喜色満面とはいってない。
原因はなんとなくわかっている。
ゆみは河に目を落とす。

ゆみ(彼が原因なんだろう? 天江衣)

衣(この男、球磨川!)

ぎしりと歯噛みせん勢いで衣は球磨川を睨み付ける。
球磨川の河にはずらりと衣の和了り牌が並ぶ。
高めから順に打ち出すその様は、差込かと疑われてもおかしくない。

衣(直撃してやっても良かったが、彼奴の思惑に乗るようで不愉快だ)

当の本人はそんな視線を浴びながらもどこ吹く風だ。

球磨川『いやー、一向聴になったの初めてだよ! これも日頃の行いの賜物かな』

華菜(……一向聴になったのが初めてって!?)

ゆみ(それはむしろ日頃の行いがよっぽど悪いのではなかろうか……)

数局後、和了りを重ねる衣は苛立ちを覚えていた。

衣(またか!)

さきほどから衣が聴牌をすると、球磨川が和了り牌を捨て始めるのだ。
しかし、今はまだ平和赤1。
鬱陶しいが無視して予定通り海底撈月を目指すことにした。

球磨川『あっれー? おかしいな?』

衣(?)

球磨川『いつもの僕ならそろそろ振り込んでもおかしくないんだけど』

衣「……随分と自らを卑下するんだな」

球磨川『卑下? 違うよ、自分を客観的に見ているといってほしいな』

衣「ポン。客観的、ね」

華菜(天江の海底コース……)

球磨川『カン。そうさ、僕は自分の弱さを自覚している。だからこそわかることもあるんだぜ?』

ゆみ(カンドラが天江にもろ乗りか。海底撈月で最低親満……。ダントツの清澄がいるためにそうそうツモあがりは続けられないはずだ。とすれば天江の狙いは海底での清澄の振込み?)

衣「……ふん」

球磨川『信じてなさそうだね。じゃあ、教えてあげるよ。この局は僕が加治木さんに振り込んで終わる』

華菜(はあ!?)

ゆみ(!?)

衣「……おもしろい。しかし鶴賀の大将はまだ聴牌すらしていなさそうだが?」

衣の指摘どおり、ゆみは前半で一向聴になってから、聴牌まで辿り着けないでいた。
まずはゆみが聴牌をしなければ、和了りすら見込めない。

球磨川『僕は僕の弱さを知っている。だからこそ何がどうなれば僕が傷を負うのかもわかるんだ』

球磨川の捨て牌にゆみが反応する。

ゆみ「……チー」

衣(これで敦賀は聴牌か)

球磨川『僕っていつもは高めに振り込んじゃうんだ。待ちだけの話じゃなくて、二人が聴牌していたらより点数が高いほうに』

球磨川『だから、僕が捨てる牌であがるのは天江さんになるんだけど、今回ばかりはそうもいかないんじゃないかな』

衣は球磨川の河を見る。
先ほどまで捨てられ続け、並んでいる和了り牌。
最後の一枚は、海底にある。
それに、今は海底狙いで役無しのため、仮に捨てられたとしても和了ることはできない。
ぎしりと今度こそ衣の歯が軋む音が響いた。

球磨川『となると、僕が捨てる牌はおのずと……』

球磨川が捨てたのは先ほど彼がカンドラとした牌。
つまり、ゆみにとって高めの和了り牌。

ゆみ「……ロン」

球磨川『まあ、僕の弱さはざっとこんなもんさ』

ひょいっと肩を竦める、清澄の面々にしてはもはやお馴染みのポーズ。
そこにこれもお馴染みではある底知れない笑みを浮かべながら、球磨川は続ける。

球磨川『それにしたって天江さんの支配もたいしたことないねえ』

華菜「支配?」

ゆみ(?)

球磨川『うん。彼女がしてくることは大まかに分けて三つだ』

ぴっと指を三本立てる。
順に折りながら曰く、海底で和了ること、一向聴に縛り付けること、相手の動きを自らの和了りに結びつくよう支配すること。

球磨川『一つ目はわかりやすいね。見た目にも派手だし』

球磨川『二つ目も、数局続けば皆自覚するんじゃないかな? 僕の場合は一回で気づいたけどね!』

ゆみ「今までに一向聴になったことがないのが気づく切欠というのは、あまり自慢げに言えるものでもないと思うが……」

球磨川『三つ目もわかる人にはわかるんじゃないかな? 僕なんて常に支配される側だから、ああまたいつものかって気づけたけどさ』

華菜「それも全然自慢にならんし……」

突っ込みを交えながらも話し終えた球磨川は、衣に告げる。

球磨川『さて、できることはこの程度なのかな? もしそうだとしたらがっかりだよ』

衣「なんだと?」

球磨川の言葉に衣が噛み付く。
この程度、球磨川はそう言った。
自らが忌避される要因となっていた、この力をこの程度、と。

球磨川『ないようなら、もう終わり。この決勝戦は僕の独擅場だ』

まこ「なにか得意げな顔で話しとるようじゃが……」

モニターの中で圧倒的な強さを誇っている天江衣。
それに反して、その場を支配、この言葉を彼に適用するのは正しいのかはわからないが、しているのは球磨川のようだ。
天江衣は勿論、他二高の大将も彼のペースにはまっているように見える。
だが、それを見る清澄高の面々の表情は陰っていた。
それもそのはず、大将戦が始まるまでは圧倒的であった点差が見る間に縮まっていく様を目の当たりにしているのだ。
ある意味、彼の独擅場であることは間違いなかった。

そして前半戦が終わり、久の祈りが届かなかったことが示された。

【大将戦前半終了】
清澄 :111,000 球磨川 -200,000

龍門渕:120,300 衣    +80,300
風越 : 68,600 華菜   +41,200
鶴賀 :100,100 ゆみ   +78,500

一区切り。
出発に間に合わせようと、予定していたより内容が飛ばし気味になってしまった。

控え室に押し殺すような啜り泣きが響く。
先ほどまで落ち着いていた和が泣いている。
優希も目に涙を溜め、零れ落ちるのを必死に押しとどめている状態だ。
京太郎は泣いてはいなかったが、皆の心情を慮ってか、辛そうな顔をしている。
運の要素が絡むため何が起こるのかわからないのが麻雀とはいえ、むしろ運の要素が絡むからこそ絶対的に不幸な球磨川が和了って再度トップに立つことは不可能に思えた。

久(20万点残ればなんとかって思ってたら、まさか20万点減らされるとはね)

久は和を慰めながら乾いた笑いを漏らす。
しかし、皆は勿論、球磨川を責めることはできない。
そもそも彼がいなければこの場にいることすらできなかったのだ。
そういった意味では、久は球磨川に感謝すらしていた。

久(あれ?)

ふと久は気づく。
いつもならば真っ先に後輩を思いやって何かしら行動しているまこが、ただじっと後半戦を見ているのだ。
つられて久もモニターに目をやるが、特に変わったところは——。

久(……んん?)

おかしい。
よく見ればおかしな点がいくつもある。
その最たるものは、点数だ。
前半戦、あれほど点棒を吐き出していた球磨川の点数が減っていない。
いや、それどころか、誰一人として点数が動いていない。

久(南二局の五本場!?)

久(これまでに誰一人和了らずに、それどころか聴牌すらできずにここまできたってこと!?)

久(それもあの球磨川くん相手に……)

考えても何が起こっているのかわからない。
戸惑う久に和も気づいたらしく、モニターを見て不思議そうにしている。

久「まこ、もしわかるならあの状況を説明してもらえる?」

久の声に優希と京太郎もモニターに目をやった。

優希「あれ? もうハコテンになってると思ったのに意外とがんばってるじぇ?」

京太郎「っていうか、点数が変わってないぞ? 誰も和了ってねえんじゃ?」

皆の声に、黙ってモニターを見ていたまこが、わしにもようわからんが、と前置きをして、口を開いた。

まこ「他校の表情を見るに、球磨川先輩が何かをやらかしたようじゃの」

華菜(おかしいし! この半荘、これまで一度も聴牌どころか一向聴にすらならないし!)

ゆみ(天江が何かしているのかと思ったが、あの表情から察するに彼女の仕業ではないようだ。とすると……)

衣(こんな……、莫迦な……。海底牌が何かわからない! 場の支配もできない! それどころか、麻雀への感覚すら碌に働かない!)

衣の視線は自然と一人余裕そうに笑う球磨川に向かう。

衣(お前か!? 球磨川! 衣に……、衣にいったい何をした!)

華菜「ノーテン」

衣「……ノーテン」

球磨川『ノーテン』

ゆみ「ノーテン」

結局、この局も全員ノーテンで流れ、点棒が動かないまま南三局となった。

球磨川『僕のラス親か。がんばるぞ』

微塵も気合を感じさせない言葉とともにサイコロを振り、配牌を取り始める球磨川。

衣(またか……)

ゆみ(配牌七向聴……)

衣とゆみの視線が球磨川へと集まる。

衣「お前は、衣に何をした?」

ゆみ「私も聞きたい。天江でなければ、君の仕業なのだろう?」

華菜(?)

球磨川『おや、ばれちゃった。まあ、隠すつもりもなかったけど』

球磨川『それにしたって、今まで聞いてこないなんて確信を持てなかったのかな? 向こうの世界なら死んでるぜ』

球磨川の言葉に衣とゆみは僅かに不快そうに顔を顰めるが、口を挟まず先を促すことにした。

球磨川『まあ、知っていても食らってしまってはどうしようもない。これはそういうものなんだけどね』

球磨川がそういうと、彼の手に一本の螺子が出現した。

球磨川『却本作り』

球磨川『これは傷を負わせるのが目的じゃないから、刺さったとしても痛みすらないよ』

球磨川『現に今も痛くないだろう?』

球磨川の言葉にゆみと衣が自分の体を見ると、胸の辺りに螺子が刺さっているのが見えた。

ゆみ(いつのまに……!?)

球磨川『これは強さを弱さにする過負荷。わかりやすく言えば、この螺子が刺さった者は、みんな僕と同じ弱さになる』

球磨川『麻雀で言うなら、配牌は五向聴以上、一向聴にはなれず、勿論聴牌なんて夢のまた夢、誰かがリーチをかければ一発で振込み、黙テンだろうと聴牌した瞬間に和了り牌を切る、直感で選ぼうと考えて選ぼうと切った牌が全て和了り牌』

球磨川『全員がこの過負荷を受けていれば、さっきまで身をもって味わっていたように、誰も聴牌すらしないんだから振り込むこともなく、ノーテンでの流局にしかならないんだ』

その言葉に衣は手牌を見る。
もう七順目だというのにまだ五向聴。
この局も聴牌は無理そうだ。

衣「だが、そんな能力があるのなら使うのが遅かったのではないか?」

衣「衣は既にお前の点数を上回っている。例えこの能力を解除してもお前が強くなるわけではないのだろう? どうやって逆転するつもりだ?」

衣の言葉に、それでも球磨川の笑みは絶えない。

球磨川『逆転ね。僕は別に何もする気はないよ』

衣「なんだと?」

球磨川『最底辺の弱者の先輩として教えてあげるぜ。僕たち過負荷は、何をせずとも、ただそこにいるだけで、堕ちていくのさ』

衣「戯言を……」

衣が球磨川を睨み、叩きつけるように牌を切ったそのときだった。

華菜「ロン」

衣(なに?)

華菜が晒した手配は、字牌が七種、一九牌が六種並ぶ、弱者とは対極の名を持つ役満。

華菜「国士無双! 32,000は33,800!」

衣「莫迦な! 球磨川! お前、衣に嘘をついたな!」

衣の叫びに、にやにやと球磨川は笑う。

球磨川『ひどいね。僕は何も嘘なんてついてないぜ』

衣「なんだと! 現に風越は和了れているではないか! これを受けた者はお前と同じに、和了りが望めなくなると……!」

その言葉にゆみは、はっとする。
彼女は現状を理解した。

ゆみ(そういうことか……)

その理解は、オーラスである次の局、自分のラス親がとても悲しくて、虚しいものになることを教えてくれた。

球磨川『おや、加治木さんは気がついたのかな?』

その言葉に衣がゆみを見ると、彼女は得心がいったかのような表情をしている。

球磨川『良いよ。説明しちゃって加治木さん。自分で説明するよりそっちのほうが格好良いしね』

ゆみ「それが格好良いかはわからないが……。天江、彼女をよく見てみろ」

衣が華菜を見ると、彼女の体には自分とゆみに刺さっているのと同じ螺子は、どこにも見当たらなかった。

ゆみ「彼はこの局は私と君にしかその能力を使っていなかったんだ」

ゆみ「だから、彼女は弱体化することなく、むしろ我々が弱体化している分だけ、楽に和了れたんだ」

ゆみ「ただそれだけの話だ」

衣「だが! 皆が球磨川と同じ弱さになっているのだろう!? であればこの振込みは単なる偶、然……、あ……」

ゆみ「そうだ。気づいたようだな。席順だよ」

ゆみ「彼の説明ではこうだった。『誰かがリーチをかければ一発で振込み、黙テンだろうと聴牌した瞬間に和了り牌を切る、直感で選ぼうと考えて選ぼうと切った牌が全て和了り牌』」

ゆみ「つまり、能力を受けていない彼女、池田が聴牌すれば、最初に振り込むのは下家である、天江、君なんだよ」

衣「……」

ゆみ「前半戦でトップが君に移ったのも大きい。池田が球磨川の思惑に気づいたとしても、トップ目からの振込みであれば確実和了るだろう」

華菜(球磨川の思惑って……、なんだ? この二人の会話が全然わかんないし……)

ゆみが衣に粗方説明を終えたのを見た球磨川はぱんぱんと手を打ち鳴らし、オーラスの開始を催促する。

球磨川『説明は終わりかな? じゃあ、オーラスを始めようか。ぬるくて、虚しくて、誰もが何もできずに終わる消化試合』

その言葉とともに、華菜の胸に『却本作り』が打ち込まれた……。

大将戦後半、オーラス。
誰にも逆転の目が残されていて、本来であれば大きな盛り上がりを見せるであろう、この局は、

ゆみ「……ノーテン」

華菜「……ノーテン」

衣「……ノーテン」

球磨川「ノーテン」

全員が五向聴のまま流局という、大会始まって以来、最高の盛り下がりで幕を閉じた。

【大将戦終了】
清澄 :111,000 球磨川 -200,000
龍門渕: 86,500 衣   +46,500
風越 :102,400 華菜  +75,000
鶴賀 :100,100 ゆみ  +78,500

優勝が決まった清澄高校の控え室には、なんともいえない空気が流れていた。
勿論、優勝したのだから喜ぶべきなのだが、この決まり方は奥歯に物が挟まったような感じだ。

久「アナウンサーの人も、がんばって盛り上げようとはしてたわね……」

和「そうですね……」

優希「優勝は嬉しいけど、全然すっきりしない勝ち方だじょ……」

京太郎「球磨川先輩らしいと言えば、らしいけどな」

久「まこは、ってあら? 何してるの?」

喜びつつも戸惑う四人をよそに、まこは何やらパソコンを操作している。

まこ「大将戦も終わって、最終戦績がアップされているんでな。このすっきりしない感じを、はっきりさせてやろうと思ってのう」

ほれ、とまこが画面を見せると、四人が寄ってきて覗き込む。
これだったのだ。
まこが見せてくれた画面を見て、すっきりしない気分の理由が明確になった四人は、ようやく優勝を喜ぶための笑顔を見せることができた。

球磨川『やあ、清澄高校団体戦優勝の立役者のお帰りだよ!』

球磨川が控え室に戻ると、皆が口々にお疲れさまと声をかけた。

球磨川『なんか反応が悪いなぁ。って、まこちゃん、何これ?』

まこ「最後の半荘の説明は後でしてもらうとして、まずはそれを見てみい」

まこに手渡された紙を見ると、どうやら今大会の戦績表のようだ。

まこ「和了率0%、放銃率85.1%、最大放銃点50,700点、半荘での失点200,000点……」

まこ「どれもこれも今大会でのワーストどころか、歴代大会でもぶっちぎりの最低戦績じゃ」

まこ「この成績を上回る……、この場合は下回るになるんかの? 下回る者はおそらくこの先も現れんじゃろうな」

苦笑しながらのまこの言葉を、球磨川は戸惑いの色を浮かべながら聞いていた。

球磨川『ええっと……、つまり僕はこの大会で何者にも負ける成績を叩き出したってことかな』

まこ「そうじゃな。そして球磨川先輩は、何者にも負けた人は、いったい何に勝ったと言えるんじゃろうな」

まこの言葉に、球磨川はひょいっと肩を竦める。
それを見ていた皆には、この先の彼の言葉が想像できた。
そして、すっきりしない気分を完全に解消してくれるであろう、彼の言葉を待った。

幾分かの間をおいて、薄っすらと笑みを浮かべた球磨川は、

球磨川『また勝てなかった』

当然のように受け入れた表情で、そう呟いた。



終わり

描写を結構削ったのでわからない部分は適当に補完しといてください。
麻雀で、必ず負ける縛りはきつすぎる。
優勝しながらも負けるって、これしか思いつかなかった。
原作の球磨川もかなり無理やり負けてるから、これはこれでありだよね。

最後におまけを投下して終わり。

おまけ:名探偵だよ!そめやさん!


四校合同合宿の一日目が終わった夜。
皆、それぞれくつろいでいた時のことだった。
突如、響き渡る叫び声。

覗きだ!

その声に反応して慌てて浴場へと向かうと、バスタオルを巻いた優希と風越の池田が脱衣所にいた。
どうしたんじゃと尋ねると、先刻の叫び声どおり、覗き魔が現れたらしい。

「由々しき事態だね、まこちゃん」

いつのまにか隣にいた球磨川先輩がそう呟く。
男子の部屋はだいぶ離れているはずだ。
なぜ、彼はここにいるのだろう。
もしや……。

「球磨川先輩、覗き魔はあんたか」

わしの言葉に球磨川先輩は慌てることもなく、すっかりお馴染みとなった肩を竦ませる動きを見せる。

『おいおい、まこちゃん。言いがかりはよしてくれよ』

「本当にあんたではないんじゃな?」

当たり前だろう、と球磨川先輩は真剣な顔で頷く。

『優希ちゃんの普段から半分見えていても全部が見えることはないお尻、福治さんの柔らかでしっとりとした肌、着やせする津山さんのふくよかな胸、男らしく見えるも十分に女性らしい体つきをしている井上さん、外見どおり平らな胸を他者と比較して涙目の吉留さん、妹尾さんのバスタオルでは隠しきれない十分な質量の胸、吉留さんの胸の無さを指摘しつつも自分の胸のボリュームを気にしているまこちゃん、沢村さんの見た目からは想像しがたい我侭ボディ、控えめな性格がそのまま体にも現れたような文堂さん、胸が見えそうな服を普段から着ているにも拘らずお風呂場ではしっかりと隠す国広さん、蒲原さんの少年のような雰囲気にマッチした胸とそこからはイメージしがたい柔らかそうなお尻、久ちゃんのそれほど大きくない胸にも拘らずどことなく漂う妖艶さ、他者を置いてけぼりにする圧倒的な胸の持ち主の和ちゃん、龍門渕さんの自らの肌を隠すどころか見せ付けるような仕草、深堀さんの母性溢れた柔らかな理想的な安産型とも言える体、東横さんの影の薄さからは想像も付かない自己主張の激しい胸、池田さんの天真爛漫さがそのまま現れたような肢体、天江さんの欲情するよりも守りたくなる体つき、加治木さんの大人びた雰囲気によく似合うスレンダーな体を見た覗き魔が、僕だって言うのかい?』

「……あんたじゃ」

スパーンッ

『見事な推理だったよ、まこちゃん』

『でも一つだけ見落としていることがあるよ』

「……なんじゃ」

『僕もまた女子風呂という秘密の花園に踊らされただけの犠牲者の一人に過ぎないってことさ』



終わり

こんなおまけを考え付く僕は変態じゃないよ。
仮に変態だとしても変態という名の紳士だよ。

ではまたどこかで。

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