ご都合主義のハッピーエンド (7)

 気が付くと、崖に立っていた。崖下では月明かりに照らされた水面が静かに揺れている。
 モヤがかかったように頭がぼーっとする。そんな頭で海をを見ていると、暗く深い海の底に段々と沈んで飲み込まれていくように思えた。
 ここから飛び降りたら楽になるんだろうか。ふと、そんな考えが浮かんできた。
 そもそも、こんな夜中に小屋を出たことがバレた時点でボクの明日は地獄だ。なんならバレていなくても地獄だ。飛び降りればきっと、こんな生活からはおさらばできる。……そうしたら、もう答えは出ているようなものじゃないか。

――「[ピーーー]ばいい」

 そう思った次の瞬間には崖から飛び降りていて、すぐに視界が無数の気泡に埋め尽くされた。ボクの口から酸素が吐き出されていくのと同時に、段々と頭にかかっていたモヤが晴れていく。そうして鮮明になった頭に浮かんでくるのは、あの地獄のような日々。いわゆる、走馬灯ってやつだ。
 ボクが生まれたときにはアイツがいて、アイツが絶対だった。殴られ、こき使われ、道具として扱われて。
 ――アイツはボクがいなくなったらどうなるだろうか。ロクにお金も稼げず、無様に野垂れ死んでくれるのだろうか。それとも、また新しい道具を取ってくるのか。改心して真面目に生きるのか。まあ、最後はないな。ボクのありがたみを知って、後悔して、無様に野垂れ死ぬのが一番いい。馬鹿は死ぬまで治らないって言うけれど、アイツは死んでも治らないだろうな。

 地獄のような日々の走馬灯が終わった後も、依然として走馬灯が走る。脳裏に映し出されるのはアイツの家と、知らない血だらけの女の人。女の人の体には、たくさんの殴られた跡と切り傷。
 ボクの、知らない記憶。
「そういえば、走馬灯っていうのは死から助かる方法を自分の記憶から探してるって説があるらしいね。要するに、死ぬ前に馬鹿を直そうって話。アンタの馬鹿も死ぬときぐらいは治ると良いね」
女の人は軽口を叩くと、アイツに殺されてしまった。
 何時の記憶で、あの女の人が誰なのかも思い出せない。人も殺されてる。なのに、――何処か温かい記憶。

 ――あー、嫌なことに気が付いた。なにが「ボクがいなくなったら」だよ。そんなの、構って欲しいだけのガキじゃないか。自分で言っていて吐き気がする。だけど、それがきっとボクの本心で、ボクはずっとソレを求めてた。そのことに気が付いたら、今まで蓋をしていた感情が溢れ出して、止まらなくなった。
 「構って欲しかった」「愛されたかった」「人として生きたかった」別にアイツに構われたかったわけじゃないし、愛されたかったわけじゃない。ボクが自分の世界を広げようとしなかったが為にアイツしかいないだけで、誰でも良かったんだ。

「誰か、ボクを愛して」
 それが紛れもない、ボクの心からの願い。

 アイツもボクも一緒なんだ。いつまで経っても大人になれなかったガキ(アイツ)と、自分で何も決めず、アイツの言うことをハイハイ聞いて楽な道を選んだガキ(ボク)。被害者面するな。何もアイツに従う必要なんてなかっただろ。自分で自分を決めることができただろ。
 馬鹿の治った頭で思考を巡らせている間にも、体の中に残っている僅かな酸素が吐き出されていく。
 「もとより、気付いたときにはもう遅かった」「仕方がない」そう自分に言い聞かせても、どうしても考えてしまう。

 「ああ、もっと早く気が付いてたらなあ……」

 そうして時間切れになった。
 浮翌力を失った体は勢いを増して海の底へと沈んでいく。

◇ ◇ ◇

目を覚ますと、砂浜の上にいた。生きてる……? あの状況から? 困惑しつつ辺りを見回すと、水面にプカプカと浮かびながら鼻歌を歌っている人魚がいた。その歌声は澄んでいて、思わず感嘆の息が漏れる。
 ……ん? 人魚? ――人魚!? 思わず三度見くらいしてしまった。二十代くらいの顔立ちに、断崖絶壁の胸にはホタテの貝殻。そして極めつけは、魚のような鱗とヒレを持った下半身。月明かりでよく見えないとか、目が覚めたばかりで頭が回っていないとか、そんな言い訳が通じない、正真正銘の人魚だった。幻覚の線はあるかもしれないけれど。
 生きていたことと、人魚の衝撃に目を回していると、向こうもこちらに気が付いたようで、砂浜に近づいてきた。
「よかったー! 目、覚めたんだね! 大丈夫? 痛いところとかない?」

心配、してくれている……? なんだこの聖人。
「あ、はい。大丈夫です。えっと、助けてくれたんですよね? ありがとうございます。――あとその……なんで、助けてくれたんですか?」

「そっ、そりゃ、崖から人が落ちてきたら心配にもなるでしょ〜」

なんか急に、そっぽを向いて汗がダラダラ出ているのはなんでだろう? ……はっ。まさかボクのことを安心で汗がダラダラ出るくらい心配してくれていた?
「……天使?」
優しすぎないか? ボクの周りにはこんな聖人いなかったぞ?

「(いっ、言えない! 妹が結婚相手を連れてきたことが悔しくて大声で歌ってたらキミに届いてて、魅了で判断力を鈍らせて自殺の原因を作ったなんて言えないっ! それで焦って助けに行ったなんて言えないっ! でっ、でも、自殺願望があったのかもしれないし、全部が全部、私が悪いなんてことは……)
「いっ、いやいや、(加害者として)当然のことをしただけだから! 天使なんて、そんな大層なものじゃないから!」

当然の……こと? この御方は何を仰っているのだろうか? しかもそれでいて、天使なんてそんな大層なものじゃないだなんて……。
「謙虚だ……。好き」
実はボクはもう死んでいて、これは夢の世界の出来事なんじゃないかと思えてきたので、頬をつねってみる。……痛い。つまり……現実だ! 現し世だ! リアリティを持って存在している!(?)

「?????(あ”あ”ああッッ!!! 100%! 魅了! されている! こちとら生まれてこの方、彼氏なんて……。彼氏、なんて……。ヤバい。妹の結婚のせいで、ここ500年の寂しさとか虚しさとかが一気に押し寄せてきてる)
「(――いっそのこと、この子を攫っちゃおうかなあ……。
「――待て待て待て、私ッ! 良くない! それは良くない! そんなヤンデレみたいな自作自演は求めてない! 餅つけ私。クールになれ)ほ、ほら! 早く帰らないと、親御さん、きっと心配してるよ?」

「アイツは天と地が入れ替わっても心配なんてしませんよ。するのは自分の心配だけです」

「畜生、お持ち帰りしない理由がねえや!(KOOLだぜ!)」

そんな訳で、ボクは人魚さんにお持ち帰りされた。

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◇ ◇ ◇

「えー、以上が私が隠していた、キミの自殺未遂の真相でございます。改めて、本当にごめんなさい!」

珍しく真剣な顔をして話を始めるものだから、身構えていたのだけれど、蓋を開けてみればコレでちょっと拍子抜けである。アナタは、すごくバツの悪そうな顔でボクに謝るけれど、ボクとしてはそれが何だである。
「別に、そんなこと気にしませんよ。ボクをあの日々から救ってくれたのがアナタだってことに、なんの変わりもないんですから。だから、ありがとうございます。です」

「でっ、でも、それは結果論で……」

「あの日、アナタが歌を歌ってくれていなかったら、今のボクはないんです。あのクソみたいな日々の中で、只々、身も心もすり減らして、いつかは死んじゃってたと思います。だから、いいんです。アナタがボクにごめんなさいって言い続けるなら、ボクはアナタにありがとうって言い続けます」

「……そっか」

割りと長いこと難しい顔をしていたけれど、なんとか納得はしたくれたようで、今度はバツの悪そうな顔ではなく、少しだけ笑っていた。
「それはそれとして、あの日のボクたちは狂ってましたけどね」

「いや、うん。なんであんなことしたんだろうって思う」

完全にハイになってたよなあ……。まあ、それで今のボクがあるので文句は言えないんだケド。
 それにしても、すごい展開だよなあ……。自殺未遂の後、海の中にある人魚さんの家に案内されて、水中で暮らすことになるなんて。最初こそ驚きの連続だったけれど、なんとかなっているのだから不思議である。そうして、今では立派な居候。勿論、家事とかはしてるけどね。それと、ここは地上よりも時間の流れがゆっくりらしく、なにかを学ぶのには丁度良いそう。そんな背景もあって、ボクは今、人魚の学校に通っている。なんと友達もできた。
 「生きていて楽しい」今は心からそう思える。人魚さんには本当に感謝しかない。ボクの馬鹿を治してくれて、その上、人並みの生活をさせてくれている。
 この恩を返せる気がまるでしないけど、どうにかして恩を返さなきゃね。けど、人魚さんは家事をして一緒に暮らすだけでいいって言うもんだから、増々、返し方が分からなくなってくる。
 今度、人魚さんの妹さんに人魚さんの好きなものを聞いて、作ってみようかな……。人魚さん、意外と好みが子供っぽいんだよなあ……。

 ……ただ、もう一つだけ望んでもいいのなら。もう少しだけ、欲張って良いのなら。


――「どうか、この幸せが続きますように」

◇ ◇ ◇

終わり。

脳裏に映し出されるのはアイツの家と、知らない血だらけの女の人。→脳裏に映し出されるのはナイフを持ったアイツと、知らない血だらけの女の人。です。ごめんなさい。
ありがとうございました。

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