佐々木「大好きだよ」 (14)

「やあ、キョン」

5月末。あっという間に春が過ぎ去りまもなく梅雨入りしそうな曇天を背負って昔馴染みが顔を見せた。中学の同級生である佐々木。

「おや、傘を持ってないのかい?」

学生鞄しか持たない俺を見て、佐々木は意外そうにそう訊ねた。今日の降水確率は90%。
冒頭に述べた通り、今にも降り出しそうだ。

「雨が降り出す前に帰れると思ったかい?」
「いや、自転車通学だからな」
「ああ、なるほどね」

傘差し運転は危険なので持たなかったまで。

「では、手短に……っと、言ってる側から」

ポタポタと降り出す雨。佐々木が傘を広げ。

「入りたまえ。特別に傘に入れてあげよう」

意外とかわいい花柄の傘を差し出してくつくつと喉の奥を鳴らして肩を揺らして笑う佐々木のお言葉に甘え、相合い傘を受け入れた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1684677930

「それで? なんの用だよ」
「んー?」

チャリを押す俺の隣を歩きながら傘をこちらに傾けてくれる、やたら上機嫌な様子の佐々木に要件を訊ねると、彼女は勿体ぶって。

「特別な用向きがなければいけないかい?」
「別にそんなことはないが……」
「では問題あるまい」

つまり単純に俺に会いたかったのだろうか。

「キミもふらっと会いに来ていいんだよ」
「俺が? 佐々木に?」
「おかしいかい?」

佐々木は中学の友達だ。別におかしくない。

「いや、やはり事前に連絡は欲しいかな」
「なんだよ、それ」
「なんだろうね」

よくわからないが佐々木はやはり上機嫌だ。

「さて、キョン」

ふと立ち止まって佐々木が本題へと入った。

「少し相談に乗ってくれ」
「相談?」
「うん。ああ、そう時間を取らせるつもりはないさ。もちろん知恵を借りようってわけじゃない。ただキミに僕の話を聞いて欲しい」

知恵を貸そうにも佐々木のほうが賢いしな。

「僕はこのところ元気がないらしくてね。それは自分でも自覚がある。今日こうして実際に僕と顔を合わせたキミにはピンと来ないかも知れないが、言うならば、そうだな……僕は五月病みたいなものを患っているんだよ」

五月病。たしかにこの時期は気怠いものだ。

「少なくとも中学の頃はこんなことはなかったと記憶している。そして中学時代の自分と高校生になった今の自分とを比較した時、相違点がキミの存在くらいしか思い付かなかった。そこで僕の五月病に対してキミが特効薬になると思ってこうして会いに来たわけだ」

中学の佐々木と高校の佐々木。一見すると何も変わったようには見えない。髪の長さも身長も記憶のままだし何よりその表情だって。

「とても五月病には見えないけどな」
「これでも学校を無断欠席したのだけどね」

くくっとシニカルに笑う佐々木は元気そうだ。

「期待通りキミは僕の特効薬だったわけだ」

特効薬ね。そう言われても返す言葉に困る。

「なんだよ、佐々木」

佐々木は中学の同級生で気安い仲。だから。

「まさか、寂しかったのか?」

なんて軽い口調で揶揄うと、目を丸くして。

「……ああ、そうだね。うん。寂しかった」

まるで今気づいたかのように呟き、俯いて。

「キョン……僕はね」
「佐々木……?」

震える声が湿っていたのは雨のせいなのか。

「僕は……恋しかった。キミが恋しかった」

なるほど。たしかに佐々木は五月病らしい。

「そっちで新しい友達は作ってないのか?」

女の泣き顔を眺める趣味はない。顔を背け。

「こっちには面白い奴が沢山いるぜ」

俺は話して聞かせた。困った連中のことを。

「もし良かったら紹介してやっても……」
「キョン……キミはデリカシーがないね」

そう言ってくつくつ笑う佐々木はもう平気。

「なんだ。俺にも寂しかったと言えって?」
「いーや。キミは薄情な奴だから期待してないさ。だから話したまえよ、友人のことを」

拗ねたような佐々木の口調に苦笑しつつ、ふと空を見上げると、いつの間にか雨が降りやんでいて、雨に濡れた佐々木の髪から滴る雫に陽光が反射して、キラキラと輝いていた。

「綺麗だな」
「は? な、なんだよ、突然」

何やら顔を赤くして動揺する佐々木に云う。

「なあ、佐々木」
「な、なに? 手短に言ってくれたまえ」
「恋しくなかったと言えば嘘になるよ」

俺だって嬉しかったさ。久しぶりに会えて。

「キョン……僕は最近おかしいんだ。ふとした時にキミのことばかり考える。キョンはどうしてるかな? キョンに会いたいなってね。中学の頃は顔を合わせるのが当然だったのに今は会おうと思わなければ会えない。僕は」

これは本当に五月病なのかと訊かれる前に。

「俺も今朝、佐々木のことを考えた」
「キョンも……?」
「ああ、今朝うんこしてる時にさ、佐々木は今日も元気に快便かなってさ」
「キョン!?」
「フハッ!」

ちなみに、俺は下痢便だった。五月病かな?

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「まったくもう……ま、快便だったけどさ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

それなら心配ない。快便ならもう大丈夫さ。

「ふぅ……さあ、帰ろうぜ」
「スッキリした顔で言わないでくれ」

やれやれと呆れつつ、傘を閉じた佐々木は。

「ありがとう、キョン」

礼なんざ必要ない。そのための愉悦だろう。

「これはあくまでも独り言なんだけどね」
「なんだよ」
「大好きだよ」

絶句した。それは何というか。突然すぎて。

「ああ、別に何かコメントを求めているわけじゃない。ただキミに伝えた。それだけで僕は満足だ。キミにとっては胸中複雑だろうが言いたいことは仕舞っておいてくれたまえ」

お言葉に甘えさせて貰う代わりに手を握る。

「やれやれ……いくら自転車に乗らず押しているといっても片手運転は感心しないよ?」

うるせえ。弁明はしないが、手も離さない。

「僕の気が済むまで好きでいさせて貰うよ」

返事の代わりに佐々木の手を引いて歩いた。


【キョンと佐々木の五月病】


FIN

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom