佐々木「キョンはサンタさんへ何をお願いするんだい?」 キョン「えっ」 (30)


「今日で二学期も終わりか。早いもんだぜ」

「本当にね。あっと言う間の一年だったよ」



吐く息の白さが寒々しさを訴え掛ける師走
あと一年の中学生活も残すところ三分の一となり、一抹の寂しさを覚える時期
この一年で築かれた日常とも言える佐々木との塾からの帰り道での一幕である



「年が明ければ学校でも塾でも受験への最後の追い込みがかかるね。気が滅入りそうだ」

「俺はそれに加えて家でお袋からの無言の圧がかかるんだよ。まったく、休まるところもありゃしねえ」

「くつくつ、お母様からの期待には是非応えて欲しいものだね」



いつも通り他愛のない会話をしながら帰路につく。この時間でさえ残すところあと僅かである
いつしかこの時間にノスタルジーを覚えるのであろうか、などとしんみり考えていた時だった





「あぁ、ところでキョン。聞きそびれていたんだけど……」

「何をだ?」













「キョンはサンタさんに何をお願いするんだい?」












…………?

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聞き間違いだろうか?
というよりも、佐々木の口から『サンタさん』などというワードが聞こえたことを脳が認識できなかったのか?
いや、最悪サンタはまだいい。佐々木はその後俺に何と言った?



「……あー、佐々木? すまん、質問の意味がいまいち理解できなかったみたいだ。もう一度言ってくれるか?」

「ああ、深い意味があったわけじゃないんだ。ただ単に、キョンがサンタさんに何をお願いするのかを聞きたかっただけなんだ」


どうやら聞き間違いではなかったらしい


「えーっと、佐々木よ。この質問には一体どういう哲学的意図が含まれているのか愚鈍な俺には分からんのだが……」

「意図? くつくつ、随分おかしなことを言うんだね」


この場合、おかしなことを言っているのはおまえの方だと思うんだが、まだ決めつけるには早計だ


「えーっとだ。佐々木、つまりはお前は俺がサンタにする願い事について聞きたかった、ということなのか?」

「初めからそういう質問だったはずだよ?」

「ナゾナゾやトンチとかじゃなく?」

「? すまないキョン。どうやら今、君と僕とで齟齬が発生しているみたいだ。会話が噛みあっていない」



あぁ、そうだろうよ。噛みあわないとすればそれは『お前』に対する俺の認識の差だ


「…………」

「どうかしたのかいキョン。押し黙ってしまって……そんなに悩むようなことを聞いたつもりはないんだけど」


悩むさ。一年近くこうして会話してきて、ようやくお前と言う人物を掴みかけてきた時にこれだよ
不思議そうな顔をしているお前にそっくりそのまま同じ顔をしてやりたいぜ


「……一つ、聞いてもいいか?」

「なんだい?」

「…………これは、本気で聞いてるのか?」

「本気? 本意が知りたい、と思っている点では本気である。と言ってもいいんじゃないかな」



なんとなくだが、嘘をついてからかってるようには見えない
とすると、この発言はなんら俺を騙そうだとか、そういった幼稚な悪意を含んだものではなく
純粋に、佐々木はただいつも通りの他愛のない会話を続けようとしたものであったわけだ



「キョン? 調子が悪いのかい?」

「いや、平気だ……佐々木、悪いがもう一つだけ聞いてもいいか?」

「うん?」



だとしたら、問題は質問を理解できなかった俺ではなく佐々木にある
では、その問題は一体何でなるのかと問われれば












「お前、まだサンタを信じてるのか?」











と、問い返すしかないのである


「…………」

「…………」

「…………ふぅ」



微かに見開かれた眼、数秒の沈黙、短い溜息
それらが意味することは



「なるほど。キョンは、いや、キョンもサンタさんの存在を信じてはいないんだね」

「ということは……やはり今までも俺と同じようなことを言う奴が少なからずいたのか」

「あぁ、だから実はサンタさんの存在について問われるのは慣れっこなんだ。でも……」

「そうか……キョンはサンタさんを信じていてくれると思っていたんだけどね。少しだけ落胆してしまったよ」



とんだ無茶ぶりだぜ佐々木よ。どこの世界の高校生がサンタさんへの願い事を真面目な顔して答えられるんだ?



「いや、信じるっつったって……ん? ということは佐々木、お前は去年もサンタからプレゼントをもらったということなのか?」

「当然だよ。物心ついた時からクリスマスの朝にはちゃんと枕元にプレゼントが置いてあったよ」

「去年も?」

「もちろん」

「おととしも?」

「くどいよ。そうだと言ってるじゃないか」








佐々木の親御さんよ。愛娘を想う気持ちは十分に伝わるが、そろそろ世界の真実を教えてやってもいいんじゃないか?
と、考えはしたがまだ引っかかることがある
こいつは、佐々木は本当にサンタの存在を信じているのか? 疑問視さえしたことが無さそうだぞ


「佐々木よ。そのプレゼントは本当にサンタが持ってきたものなのか?」

「ほう、では他に誰がそんな親切なことをしてくれるというんだい?」



ここは率直に言うべきだろう。というよりサンタの正体を追及する際の決まり文句と言ってもいい



「世間一般的なことを言わせてもらうが、大体の家庭はその両親が子供にプレゼントをあげていると思うんだが……」

「ふむ。つまり、それはキョンにも言えることだと言う訳かい?」

「え? ああ、そうだ。俺の親は俺が小学生だった時にはもうサンタのフリさえすることなくプレゼントを渡してきたもんさ」

「…………ふむ」


何かを考える素振りを見せる佐々木
こいつは今まで俺と同じことを言われてきたに違いない
つまり、この次の回答が佐々木がサンタの存在を確信している理由になる







「どうやら、キョンは小学生の時には既にサンタさんに悪い子だと思われていたようだね」

「…………は?」








悲痛な面持ちで俺に語り掛ける。よせ佐々木、まるで俺が憐れまれる子供時代を過ごしたみたいじゃないか
佐々木にとってサンタはそこまで強大な存在なのか?
ていうか本当にからかわれてないよな? 俺


「キョンも昔言われたことがあるだろう? サンタさんは悪い子にはプレゼントは配らないんだ」

「だからサンタさんに悪い子だと思われた子供はその親御さんがサンタさんの代わりにプレゼントを渡している、ということなんだよ」

「…………」



そう言われても『おお! そうだったのか!』なんて思うほど俺は純粋な心を持ちあわせてないし
どちらかと言えば親がプレゼントを渡している現実を知りつつ、サンタの存在を信じている佐々木の方がおかしいと思うがね、俺は



「それにしても……そうか。僕はてっきりキョンのところにもサンタさんは来ていると思ってたんだが……」

「どうやら、少年時代のキョンはサンタさんの目に余る悪行をしていたらしいね」

「それに関してはまったく覚えがない、とは言わんが……」

「大人になれば悪いこと、汚いことをやる機会だってどうしても増えてしまうからね。サンタさんが子供にプレゼントを配るのはそのためさ」

「とすると、良い大人にもプレゼントは配られてるってことか?」

「その通りだよ、キョン」


その通りなわけあるか。そんなこと言う奴が現れたら俺は即病院に行くことをお勧めする
現に今話している相手が佐々木でなければこんなバカげた話は鼻で笑ってとっくに打ち切ってる
じゃあ何故こんなくだらないと思える話を続けているのかだって?


それは、今まで俺が作り上げた佐々木とのイメージの乖離が、実は少し面白いのだ


所謂、ギャップというものだろうか。普段の佐々木から比べるとその純粋さに可愛げさえ感じる
現実主義者だと思っていたが故に、随分とファンシーな話を大真面目にする佐々木を見ると


「まぁでもそんな大人は滅多にいないから必然的にプレゼントを受け取るのは―――」

「…………」

「……キョン? 先ほどから挙動が不自然だ。なにかおかしいことでもあるのかい?」

「いや……なんでも」



不意に笑みが零れてしまう。佐々木、不思議そうな顔してこっちを見るな。目が合わせられん



「じゃあ佐々木、現実的かつ根本的なサンタ存在の問題をいくつか聞いてもいいか?」

「いいよ。ただ、僕もサンタさんの全てを知るわけではないから解答に確実性は持てないけどね」


サンタの全てを知る者なんぞがいるなら俺も是非会ってみたいもんだな


「まず、サンタってのは何人いるんだ?」

「少数精鋭だと聞いたことがあるね」

「国籍は?」

「サンタさんは国籍を持たないんだ」

「どうやって子供の欲しいプレゼントを準備するんだ?」

「あの大きな袋には準備せずとも渡すプレゼントが全部入ってるのさ」

「去年サンタになに貰ったんだ?」

「し……おっと、これはサンタさんと関係ないんじゃないかな?」



チッ……引っかからないか。というか俺に聞いといて自分は答えないのかよ
それにしても……質問に対する答えが全部あやふやだ。理由も根拠も証拠もない。現実的ですらない。佐々木らしくない
もしかして佐々木はサンタを空想上のものとして割り切っているのか?



「お前ってペガサスとかユニコーンとか信じるタイプだっけ?」

「生憎、そういうファンタジーなものはあまり信じてはいないね」



どの口が言うんだどの口が。笑わせにきてるのかお前
その微笑でサンタのことを語る姿がそろそろ俺のツボに入りそうなんだ


「なのにサンタは信じるってどういうこったよ」

「正直、信じるも何も実際に存在するのだから仕方がないんだよ。あるものをないとは言えないよ、キョン」

「……今日は随分おかしなことをいう日だな」

「くつくつ、サンタさんの話題になると決まってそう言われる。そんなつもりはないんだけれどね」

「そうは言ってもだな、普段のお前からすると……」


ん、待てよ? 俺は今、佐々木が随分と奇天烈なことを言っていることに違和感を覚えてはいるが
むしろ、本来佐々木とはこういう子供チックというか、人並みに抜けたところがあるのかもしれん
いや、そうじゃない。仮定として、こいつがここまでサンタに熱を上げている鑑みれば……


「なぁ佐々木」

「なにかな? 今日は随分と問いの多い日だね。塾でもそれぐらいの積極性を見せれば親御さんも喜ぶよ」

「生憎、俺はそこまで賢くも、バカでもねぇよ。でだ、佐々木」

「もしかすると、ってだけでなんの根拠もないんだが、お前が俺から見て『賢い』ヤツであるのは」

「サンタにとって『いい子』であるためか?」

「…………」



























「まさか」




割と、長い沈黙だったな


「いつも君が見ている僕がありのままの僕で、もちろん今この場の僕もキョンよく知る僕で違いないよ」

「いくらサンタさんのためとはいえ、僕の性格や生活習慣を変えるのはやりすぎだよ」

「誓って、サンタさんのプレゼントがもらえなくなるのを恐れているがためのものじゃないよ」

「そこまでは言ってないぞ」

「……そうだね。少し喋り過ぎてしまったようだ」


コホン、と咳払いする佐々木の表情は何とも形容しがたい、複雑な表情だった
佐々木なりの動揺か照れ隠しか……まぁ俺の言ったことが事実なのかは分からんが


「先ほどの話を振り返ると、キョンの親御さんはキョンの妹さんにもプレゼントを手渡ししているのかな?」

「いんや、妹はお前と同じくサンタの存在を信じているんでな。親が気をきかしてサンタのフリを続けてやってる」

「毎年律儀に枕元にプレゼントを置いてやってるよ」

「…………それって」

「うん?」











「サンタさんが妹さんにプレゼントしているんじゃないかな?」









だから何を言い出すんだお前は


「キョンの妹さんがサンタさんに『悪い子』だと思われているとは思い難いし、きっとそうだよ」

「いやいやいや、待て待て佐々木。言った通りウチは親がサンタのフリして枕元にプレゼントを置いてるだけだって」

「キョンはその現場を見たわけじゃないんだろう?」

「ぐっ……それは、そうだが。妹が寝静まってからウチのお袋と親父がプレゼントを買いに行く日を相談しているのを見たことはあるぞ」



これでどうだ。プレゼントを渡す現場ではないが決定的証拠には変わるまい



「ブラフだね」

「……なんだって?」

「ブラフさ、キョン。君はどうやらサンタさんに『悪い子』だと思われているみたいだからね。サンタさんは君の前には姿を現せないんだ」

「駅前のケーキ屋でよく見るぞ」

「ただの衣装を着た売り子さんだよ」


よく分かってるじゃねえか


「キョン、君には『家にはもうサンタさんは来ていないだろう』と思ってもらう必要があった」

「……それで?」

「君のご両親に一芝居打ってもらったという訳さ。わざわざ君の前でプレゼントの話をしたのはそのためだ」

「……よって、実際に妹の枕元にプレゼントを置いたのはサンタである、と?」

「Q.E.D。証明終了、だね」














………………どこがだよっっ!!!!!


「じゃあよ『悪い子』に姿を見せないのなら、『いい子』にならサンタは手渡しでもなんでもするってのか?」

「ああ、その通りさ」

「ということはだ、佐々木はサンタに会う機会を得ていたわけだ」

「そうなるね」

「なるほどな。実際に会ったからサンタの存在を信じている、というわけか」


その実際に会ったってのも怪しいがな。子供の頃に仕込まれたサンタ像ってのはここまで色濃く残るもんなのかね


「いや、僕はサンタさんには会ったことはないよ」


ねえのかよ!


「だったら何故サンタを信じている? さすがにこの年まで信じているのはマイノリティが過ぎると思うんだが……」

「さっきも言った通りサンタさんは『いる』んだよ。僕はサンタさんの存在を信じるのではなく、認識しているだけだよ」

「その根拠がないだろ?」

「あるとも」

「その心は?」

「『心』さ」





…………





「ふっ、くっくくっ……はっはっは! あれか? サンタさんはみんなの心の中にいるってやつか?」

「うん……当たらずとも遠からず、ってところだね。分かってくれたかい? キョン」

「あぁ、分かった分かった。分かったさ」




分かった。もうお手上げさ。佐々木が『いる』と信じてるモンを必死でいないなどと否定することに意味などない
むしろ、あの佐々木が若干のドヤ顔で『心さ』なんて言ったことの方が俺は価値を感じるね
そうさ、俺だって何もガキの頃から全く信じていなかったわけじゃない。もしかしたら、なんて数えきれないぐらい思ったさ
いつの間にかスレて斜に構えるようなものの見方をするようになっちまった俺だが



「ならいいんだ。また、いつかキョンのところにもサンタさんが来てくれるかもしれないしね」

「『いる』と思えば絶対に『いる』のさ、サンタさんは」



微笑みながらおかしなことを言うこの親友に今日は感化されちまったみたいだ
どこかの誰かの心に住んでいるサンタさんとやら
プレゼントをくれるってんならありがたく頂戴してやるぜ


まさか、年も暮れようかという時期に今更親友に驚かされるとは思わなかったぜ
サンタ信者と言ってもいい。それも日本一だと誇ってもいいほどの熱意だ





「……なぁ佐々木」

「なにかな、キョン」

「今まで、お前に驚かされるよなことは割とあったが、今日は一番お前に驚かされたと言ってもいい」

「そうかい? そんなつもりはないんだけどね」

「お前のサンタに対する熱い気持ちは伝わったよ。長年俺が忘れて、いや諦めちまった気持ちを思い出した」

「それはいいね。できれば年の終わりと共にその気持ちを終わらせず、受験に挑んでほしい」

「それは……どうだろうな。で、なんだっけ? どっからこんなサンタ談義になったんだ?」

「僕がキョンにサンタさんへのお願い事を聞いたところからだね。キョンはどうやらサンタさんを信じてはいなかったようだけど……」

「『いる』んだろ? サンタはよ」

「そうとも、サンタさんは『いる』」

「だったらこれからは俺もそう思うようにするよ。それでただで欲しいモンがもらえるならな」

「そんな邪推な考え方をしているようでは、サンタさんはキョンのところには来ないかもね」

「年に一度しか働かんくせにケチな野郎だな。ところで……」

「佐々木、お前は今年はサンタになにをお願いするんだよ? 俺にだけ言わせるつもりだったのか?」

「僕のお願い? 興味があるのかい?」

「あるね。元々あったが、今日の会話で俄然興味がでた。教えてくれよ佐々木」

「そうだね…………じゃあ」

「願望を実現する力が欲しい、なんてどうかな?」

「それこそ大欲の塊じゃねえか。思ってもみないこと言いやがって」

「はは冗談さ。僕にそんな大それた力は必要ない、ただ―――」


















「去年のプレゼントで満足しているから、今年はいいかな。――――――なんてね」

「ん?」


















どうやら聞き出すのは失敗らしい。目を合わせても俺は超能力者じゃないから佐々木の考えていることは分からん
ったく……プレゼントを用意して渡すってのも、意外と大変だなサンタさんよ。毎年ご苦労なこって
だから、今年は俺も手伝ってやるとしよう
なーに、プレゼントを渡すだけなら、俺にだってできるんだよ






渡すのは、一人分だけだしな

お し ま い

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