「へーい、そこのカレシ―?もしかして、茜ちゃんを探してるんじゃないかにゃ?」
ー出会いがしらにそう声をかけてきたのは、確か彼女の方からだった。
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社長から新プロジェクトの始動を命じられ、そのメンバーを集めるべく街中にスカウトへと駆り出していた時のこと。スカウトとは言ってもそう簡単に目を惹かれるような逸材に出会えるわけでもなく、諦めて事務所で次のオーディションの準備に取り掛かろうと思っていたその時、トントンと背後から肩をたたかれた。
「いやあ、どうやらその顔は茜ちゃんが超必要って感じの顏だね?今なら相談に乗ってあげてもいいよ?」
「……急いでるんで」
振り向くとそこには誰もいない…わけではなく、少し目線を下に下げると、赤い髪をした小柄な少女がうんうんとわかってますよと言いたげに頷いていた。
もちろん不審者に関わっていては碌なことがない。適当にあしらって俺はその場を後にした。
「ヘイヘイヘーイ!?まさかの茜ちゃんをスルー!?ひどくない!?」
いや、これが最善択だろ。なんだこれ、新手の客引きか?
「……君は?」
早急に立ち去ろうとした俺のスーツの裾を思いっきり引っ張るものだから、仕方なく俺は彼女の話を聞くことにした。…しわになってくれたらどうする。
「あっ、話聞く気になった?ふっふっふ茜ちゃんは通りすがりのエンジェルだよ!……というのは冗談で。それより……お兄さん、とびっきりの美少女を探してるんじゃないの?」
「いや、まあその通りなんだけど……」
そういって俺は名刺を取り出して彼女に渡した。すると―
「えっ!?765プロ!?本当に!?」
名刺を受け取った彼女はたいそう驚いた様子で聞き返してきた。
「まあ、一応ね。今新プロジェクトのために新人アイドルの募集をしてるんだけど―」
「いやあー!アイドルのスカウトだとは思ってたけどまさか765プロだとは思わなかったよ!それで、プロちゃんは茜ちゃんのことを探してたってわけね!」
「そいうわけじゃないんだけどな……」
なるほどなるほど、と彼女は額に手を当て全てを悟ったような様子で頷いていた。……何がなるほどなんだ?
「事情はわかったよ。そんなプロちゃんのために茜ちゃんが一肌脱いであげよう!」
「……一肌脱ぐって?」
「もー!わかってないなあ。この天才美少女の茜ちゃんがアイドルになってア・ゲ・ル♪」
「…………」
ンフッとあざとくポーズをとった彼女を俺はまじまじと見つめる。
……容姿は悪くない。というか、かなり良い。本人が美少女と自称するのも頷ける。よく考えてみたら結構な逸材じゃないか?
「どう?茜ちゃんのこと、プロデュースしてくれる気になった?」
「まあ、そうだな。確かに君ならアイドルになれるかもしれない」
「でっしょでしょ?!さっすがプロちゃんわかってるぅ~♪」
「ところで、さっきから言ってるプロちゃんってなに?」
「もー!細かいところは気にしないの!細かい男は女の子に嫌われるよ?」
「……じゃあそろそろ次急ぐんで、またね野々原さん」
「ギニャーッ!?ウソウソ!嘘だから待ってよ、プロちゃん~!」
これが俺とこの野々原茜とかいう不思議な少女との出会いだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
スカウトからオーディション、北は北海道南は九州、あちこちからアイドルの卵をかき集め、ようやく新プロジェクトが始動した。
性格、容姿、年齢、育ってきた環境、みんなバラバラな彼女たちだが、長きにわたるオーディションやスカウトを経て見出した彼女たちだ。それぞれが光るものを持っている。
その中でもひときわ目立つのが、あの日向こうから絡んできた彼女、野々原茜だ。逆オファーまがいのことを仕掛けてきただけあって彼女の能力には目を見張るものがある。正直想像以上だった。
「ふっふー!どう、プロちゃん?今日も上出来だったでしょ?」
「ああ、想像以上だよ」
「ふっふーん。この天才美少女、茜ちゃんに不可能はないからねぇ!」
彼女は得意げにそう豪語するが、実際にその通りだった。
ウチに来た当初から同期の中でも高い水準でレッスンをこなすし、出たオーディションは連戦連勝。今日も彼女が出た番組は大成功に終わった。番組のディレクターからはまたよろしく頼むと太鼓判まで押されてしまった。
「これは茜ちゃんがトップアイドルになる日も近い!でしょ?プロちゃん?」
「調子に乗るな新人」
「ニャッ!?」
茜の脳天を目掛けて軽くチョップする。
ただ、本人がこんな調子だから俺への精神的負荷が高い。これが並のアイドルなら天狗になるなの一言で終わるのだが、実際にやってのけてしまうのだから余計にタチがわるい。
「今日はもう終わりだから直帰でいいぞ。あ、来週―」
「新番組のオーディションだよね?任せといて、茜ちゃんにかかればそんなのちょちょいのちょい、だよ!」
「……お前、どこでオーディションの話知ったんだ?まだ伝えてなかったはずなんだが」
「あっ!?…え、えーっと、事務室のプロちゃんの机に置いてあった書類がチラッと目に入っちゃったんだよね」
「勝手に覗くなよ……」
なお、次の週のオーディションは余裕で合格した。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「プロちゃん。茜ちゃんってかぐや姫みたいじゃない?」
着々と人気を積み上げ、トップアイドルの道を猛スピードで駆け上っていたある日のこと、オフだというのに事務所に顔を出した茜が唐突に言ってきた。
「なんだ、藪から棒に」
「ほらほら、かぐや姫って竹藪の中でおじいさんと出会ってから世間を魅了するような超絶美女になったでしょ?だから茜ちゃんみたいだなあって」
「俺が竹取の翁って言いたいのか」
「そういうこと!―竹取の翁、プロちゃんとそれはそれは運命的な出会いをした茜ちゃんは、真っ直ぐにスターダムを駆け上り、全世界を魅了する超絶美少女アイドルとなるのだった…!!」
無駄に芝居がかった身振り手振りで茜は言う。表現力レッスンの賜物だな。
「そういうことなら、そのかぐや姫様には求婚状が届いているぞ」
そう言って俺は引き出しから書類を取り出した。
「…引き抜き?茜ちゃんが?」
ああ。と答えて茜に書類を渡す。
「トップアイドル街道まっしぐら、新進気鋭の新人アイドル様が喉から手が出るほどほしいらしい」
「えっ、ここって結構大手の事務所でしょ?」
着々と、あるいは傍から見れば異常なほどの猛スピードでトップアイドルへの道を駆け上っていく茜はファンだけではなく、業界関係者にも目をつけられるようになってしまった。
もちろん、だからといって強引な引き抜きはご法度に決まっているし、先輩アイドルたちのおかげとはいえ、業界でも中堅くらいの立場にいる765プロの新人アイドルをいきなり引き抜くなんて普通に考えればできるわけのない話だ。しかし、そんなことは承知の上でも引き抜きたいと考えるところが出てくるほど、野々原茜という存在はいまやこの業界ではとても大きいものらしい。
「茜、一応確認するけどな―」
「プロちゃん、もしかして茜ちゃんのこと信用してない?」
「あー。いや、そういうわけじゃないんだがな…」
ジドっとした目で茜が見つめてくる。
「茜の活躍はすごいと思ってるよ。だから茜にはこのまま765プロにいて俺と一緒にトップアイドルを目指してほしいと思ってる。だけどな、それとは別に茜をトップアイドルにしたいならもっと力のある事務所にいってほうがいいのかもしれないとも思ってる」
今回茜に引き抜きの話を持ち掛けてきた事務所の中にはウチよりも力のある事務所も混ざっている。
よりはやくトップアイドルに近づきたいのなら、うちよりも力のある事務所に移ったほうがいいのだろう。何より―
「実際、今の茜の結果は茜自身によるもののほうが大きいと俺は思っている。だから茜自身の力が伸ばせる場所がほかにもあるんじゃないか?」
と俺は思っている。だから茜自身の力が伸ばせる場所がほかにもあるんじゃないか?」
「……あのね、プロちゃん。確かに茜ちゃんはトップアイドルを目指してるよ?けどね、もし茜ちゃんがトップアイドルになったとしても、プロちゃんと一緒じゃないと意味がないんだよ?だから移籍なんてするわけがないよ」
「茜……」
「……だって、もしよその事務所に行って茜ちゃん人形の販売を許してくれなかったらどーするの!?人類にとって損失だよ!?」
「……ウチも許した覚えはないんだけどな」
そう言って茜はどこに隠し持っていたのかまだ見たことのない茜ちゃん人形を取り出して見せてきた。というか、また勝手に作ったのか。
ちょっとジーンときてしまったが、そのあとの言葉のせいですぐに引っ込んでしまった。
いや、でもこれも茜らしくはあるか。気づけば、俺の不安も彼女の手によって綺麗さっぱり無くなっていた。こういうところはやっぱりこいつの良さなんだよな。
ーだから俺はあの時彼女をスカウトしたのだろう。
「とにかく!茜ちゃんは移籍する気なんてこれっぽっちもないからね!」
「わかったよ、ありがとう。あとはこっちで断っておくから」
「いっそ難題でも出してみる?珍しいお宝持ってきてよ!とか?」
「悪いが無駄に敵はつくりたくないんだ。丁重にお断りするだけにしよう」
後日、引き抜きの話を持ちかけてきたプロダクションには茜の移籍条件をたんまりと盛り込んだ返事を出し、やんわりとお引き取りを願った。
向こうも無理は承知の上だったのだろう。しばらくすると、そういった類の話は徐々に減っていき、その間にも茜はぐんぐんと実力をつけていった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「おやおや、三流事務所の三流プロデューサーではないかね?」
茜の移籍騒動があってからしばらくして、その日も俺は茜の現場に付き添っていた。
茜の活躍もあって、撮影は滞りなく終わり、撤収準備をしていたその時、そう唐突に声をかけられた。
「…お久しぶりです。黒井社長」
声をかけてきたのは961プロの社長である黒井社長だった。どうやら過去にうちの社長となにか因縁があるらしく、ことある事にうちにちょっかいをかけてくる。
「今日はどういったご用事で?961のアイドルはいないようですが?」
「ふん。最近小生意気にも目立っているアイドルがいると耳にしてな。聞けば貴様の事務所のアイドルらしいじゃないか」
「…茜のことですか」
わざわざ茜の様子を見るためだけにここに来たのだろうか。この社長は。
いや、この社長がウチに絡んできて何もなく終わるはずがない。きっとなにか企んでいるはず……。
「プロちゃん!終わったよー!…ねえ、その隣の人は?」
ちょうどそこに撮影の終わった茜が戻ってきた。
俺の隣にいる見覚えのない人物に訝し気な目を向けている。
「ああ、この人は―」
「私が961プロ社長、黒井崇男だ」
俺が紹介するよりも先に黒井社長が自ら名乗り出た。
「961プロ…ってあの超大手の!?」
流石の茜もまさかの人物の登場に驚きを隠せないようだ。
黒井社長は茜の姿を品定めをするように、まじまじと眺めていた。
…どうも嫌な予感がするが、どうやらそれは的中していたらしく、黒い社長の表情はみるみる険しくなっていく。何を考えているんだこの人は。
「……ナンセンスだ」
「…は?」
「実にナンセンスだ!これだから三流事務所は困るのだよ」
茜の品定めが終わったのか、顔を険しくした黒井社長はそう叫んだ。
「どうかね、野々原茜ちゃん。私のもとにこないかね?」
「…ニャ?」
「なっ…!?ちょっと!!」
「茜ちゃん。君が我が961プロにくれば、君の更なる活躍を保証しよう。君ほどの人材がこんな三流事務所で燻ったままでいるなんてアイドル業界にとっての損失だと思わないかね?」
「うーん。黒ちゃんには悪いけど茜ちゃん、移籍する気なんてこれっぽっちもないんだにゃ?」
「黒ちゃ…!?…コホン。聞けば私以外のところからも引き抜きのオファーが来ていたそうじゃないか。まあ、どこに引き抜かれようと私が手に入れる予定だったのだがね」
「なっ!?黒井社長、まさか貴方…」
「三流プロデューサーは黙っていたまえ!私は茜ちゃんと話をしているのだ……!」
あのいきなりとも言える引き抜きの裏にはこの人が絡んでいたのか。
「茜ちゃんにはトップアイドルになれる素質がある!しかし!このまま三流プロダクションに居座り続けるのならば、君にその未来はない!」
「だーかーらー!茜ちゃんはプロちゃんから離れるつもりなんてないの!そんなに茜ちゃんにきて欲しかったら茜ちゃん人形の独占販売権でもつけてもらわないと困っちゃうよ!」
「…そういうことですので、今日のところはお引き取り願いたいのですが」
「…クックック」
「…はい?」
「ククッ…ハーッハッハッハ!…一つ勘違いしているようだがね、君。茜ちゃんの移籍はすでに決定事項に等しいのだよ!」
「なっ!?」
「方法はいくらでもある!いくら貴様らの事務所が少し成長したからといえど所詮は中堅プロダクション!私が裏から手を回せば貴様も高木も手を出せまい!」
「あのさー」
黒井社長が勝ち誇った様子で喋っているところに横槍を入れるように茜が口を挟んだ。その目は黒井社長をはっきりと捉え、一歩も引くまいという決意をはらんでいた。
「茜ちゃん、プロちゃんと一緒じゃないとアイドルやめるつもりなんだよね」
「茜!?」
「だから、どーしても茜ちゃんをプロちゃんから引き離しちゃうんだったら、今日で茜ちゃんのアイドル活動はおしまい!他を当たってね!」
「……わかった。今回はおとなしく引き下がろう。せいぜい我が961プロに来なかったことを後悔しながらそこの三流事務所であがきつづけるんだな。アデュー!」
そういって黒井社長はスタジオを後にした。
「……茜。大丈夫だったか?」
黒井社長が去ったあと、俺の横で茜がかすかに震えていることに気付いた。
無理もない。この業界を牛耳っていると言ってもいい存在に真正面から啖呵を切って怖くないわけがないだろう。
「へーきだよプロちゃん。…ありがとね」
茜は俺にもたれかかりながらニコッと笑ってみせた。
滅多に見ない、無理をして作っている笑顔だった。
「しばらくこのままにしてるから。ゆっくり休め」
俺に体を預ける茜の頭を優しく撫でてやると、くすぐったそうに茜は身を捩る。
「茜。まさか本当にアイドル辞めるつもりだったのか?」
「そんなわけないでしょ?茜ちゃんはずっとプロちゃんと一緒だよ?」
「はは。そうだよな」
そうして、俺は茜が落ち着くまで、彼女の頭を撫で続けた。
黒井社長の強引な引き抜きを阻止してからしばらくして、あれからも茜は万全な状態で快進撃を続けていた。
茜は並いるライバルを寄せ付けることなく、オーディションは連戦連勝。先輩方とも肩を並べるほどの活躍をしていた。
そして、ついに茜は単独ドームライブを開催するまでに至った。
明日のドームライブが成功裏に終われば、名実ともに茜はトップアイドルの仲間入りを果たすことになるだろう。
さて、やれることはすべてやった。あとはドームライブに備えて英気を養い……たいところだが、なぜか当の茜本人に呼び出された。
なにやら二人きりで話したいことがあるというから、ライブ前日だというのにこんな夜遅くに事務所に残っていた。
「おまたせ、プロちゃん」
「どうしたんだ茜。こんな夜遅くに話したいことって。何かあったのか?」
「うーん。何かあったというか、これから何かあるというか」
「?」
いつになく真面目な顔つきの茜。ここまで真面目な顔の茜を見るのは黒井社長の一件以来かもしれない。
「プロちゃん、前にかぐや姫の話したこと覚えてる?」
「…?あ、ああ」
「じゃあ、かぐや姫の最期も知ってるよね?」
「えっと、確か月から使者がやってきてかぐや姫を月に連れて帰るんだよな」
それくらいは知っているが、いったい茜の話となにか関係があるのだろうか。
「うん。だから茜ちゃんも、プロちゃんとお別れしないといけないんだ」
「……は?」
「ねえプロちゃん。プロちゃんは―」
―この世界が何回も繰り返してるって言ったら、信じてくれる?
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「プロちゃんはこの世界が何度も繰り返してるって言ったら信じる?」
前回も同じこと言ったなー。
茜の口から飛び出した内容はとてつもなく突飛なものだった。
「こうやってプロちゃんとこのことについて話すのも何回目なのかにゃ?プロちゃんは毎回覚えていないけど」
「すまん、話に全くついていけないんだが」
「ごめんごめん。……おほん。始まりはいつだったかな、そう!初めて茜ちゃんがアイドルになったとき!」
茜はわざとらしく、芝居がかった口調で語り始めた。
「茜、やっぱり以前もアイドルしてたのか?」
「あー、違う違う!昔の世界でってこと!初めてプロちゃんと出会って茜ちゃんがアイドルになった時のことだよ」
初めて、茜と会った…?俺は以前にも茜と出会っているのか?
「あの時はプロちゃんから茜ちゃんに話しかけて来たんだっけ?いきなり話しかけられたからビックリしちゃって茜ちゃんも思わず逃げ出しちゃったんだよねー」
あと少しで警察沙汰だったよ。と茜は懐かしそうに俺の中に存在しない俺と茜の思い出(らしきもの)を語ってる。
「まあ、プロちゃんの灰色の青春が真っ黒に塗りつぶされる事態は何とか回避したんだけど、最初のうちはほんと、苦労したなあ。歌もダンスも全然できなかったし、オーディションだって何回も落とされて―」
茜の口から出る野々原茜像は、俺の知っているそれとは真逆の野々原茜だった。人見知りで自分に自分に自信がなく、実際他のみんなにも大きく後れを取っていて、それでも必死にアイドルとして頑張っていたらしい。概要だけかいつまんで聞けば雪歩や可憐と勘違いしてしまいそうだ。
「それでも何とかプロちゃんと一緒にアイドル頑張って、ほんっとーにたくさん頑張って―内容はチョー長くなっちゃうから割愛するけど、その時の茜ちゃんはトップアイドルまで登り詰めたんだよ、今みたいに」
おどけるように芝居がかった語り口で話す茜の表情は、しかしどこか寂し気だ。
「そして無事にドームライブを成功させたその日の夜、プロちゃんとこれまでのこと、これからのことについて話し合ってたんだ。その時―」
「その時?」
「世界がバラバラに崩壊して、気が付くと茜ちゃんは自分の部屋のベットの上にいた。さすがの茜ちゃんも訳が分かんなかったよ。しかもカレンダーを見たらプロちゃんと出会った日なんだよ?もしかしてと思ってプロちゃんと初めて会ったあの場所に行ったら―」
―プロちゃんがいた。
「さすがに茜ちゃんも夢か何かかと思ったよ。けど、夢ならいつかは覚めるよね?その夢は覚めることもなく、身に覚えのあるレッスンをこなして、前に受けたはずのオーディションを受けて、聞いたことのある茜ちゃんの曲を歌って、記憶にある毎日が過ぎていって、またトップアイドルになって、そして気が付けばまたあの場所でプロちゃんと出会ってた」
頭がおいつかない。
茜の話していることは実に非現実的で、突飛な話だ。まるで百合子の妄想をそのまま話にしたような。そんな突飛すぎる話。
だけど、これで合点が行った。茜が初めて見たはずのダンスを完璧に踊ってみせたり、まるで以前にも受けたことがあるようにオーディションをこなしたり、番組の共演者の癖を完璧に把握していたり。これまで茜が何度も何度も繰り返していることを覚えているのなら―以前の記憶があるのなら、これらにも説明がつく。
「それから何回もアイドルやったよ?結末は同じだけどそこまでの道のりは毎回違ってて、しほりんともがみんが喧嘩してクレブルが解散しかけたり、勝手にご当地茜ちゃん人形を作ったことが律子さんにバレてメチャクチャ怒られたり、茜ちゃん人形を作る装置が暴走しかけてえらい事になったり」
どれもこれも俺の記憶にはない茜のアイドルとしての活動の記憶。一体彼女は何回世界を繰り返しているのだろうか。
「でも、最後は茜ちゃんがトップアイドルになる、その直前で世界はリセットされる」
「茜……。今、『何回目』だ?」
「うーん。結構前に数えるのやめちゃったから忘れちゃった」
忘れちゃった。
寂しげに笑いながらそう言った茜の心の内を俺はこれっぽっちも理解できていないのだろう。想像を絶する真実を目の当たりにして、俺は茜にかける言葉を失った。
「だから、今回もそろそろおしまいかな?」
「えっ?」
「言ったでしょ?リセットはドームライブの後。つまり―」
ー明日。
「ま、待ってくれ茜!また一からやり直し?冗談じゃない、せっかくトップアイドルになったんだぞ!?」
「大丈夫だよ、きっとプロちゃんは全部忘れて、また一から茜ちゃんのことをプロデュースできるんだからさ!いやー、プロちゃんは幸せ者だよね!こんな美少女を何回も自分好みに育て上げられるんだからさ!」
「……すまない」
一人だけ世界が何度もループしていることを知りながら、同じ日々を何度も続ける茜は今、なにを思っているのだろうか。悔しいが俺にその胸中を推しはかる術はない。なにも役に立てない俺の口からは自然と謝罪の言葉がこぼれた。
「……ねえ、なんで何回もリセットされても茜ちゃんがアイドルになったと思う?」
……そういわれてみればそうだ。何度も何度も同じアイドル活動を繰り返して、結局またもとに戻る。それならいっそのことアイドルにならないという手もある。俺と会う時間も場所もわかっているのだから、そこで俺と茜が出会わなければまた別の人生を歩ける可能性もあるかもしれないのに。
「だって、プロちゃんと一緒にトップアイドルになった、その先をまだ見れていないんだもん」
「……!?」
「プロちゃんは覚えてないと思うけど、初めてプロちゃんと会った時、約束したんだよ。絶対に二人でトップアイドルになって、一緒にその先の景色を見ようって。プロちゃんと一緒じゃないと意味がないんだよ?」
だから、茜ちゃんはプロちゃんと一緒にその先を見れるなら、何回だって繰り返す。今回どうなるかはまだわからないけど、たとえダメだったとしても何回だって茜ちゃんは繰り返すよ。
決意のこもった茜の目が俺を射抜く。
この目に、俺が今してやれることはなんなのだろうか。
ふと、俺のデスクの上に置かれたCDが目に入った。
真っ白なディスクの表面に「新曲」とだけ書かれたそれをみて、俺は一つの賭けを思いついた。
「…茜。今から徹夜で振り付けをおぼえてくれ」
「にゃ…?」
残された猶予は今から明日のライブの開始まで。それでも茜なら、世界一のスーパーアイドル野々原茜なら必ずやってくれるはず…!
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ドームライブは無事成功裏に終わり、俺は夜風に当たりたいと言った茜に付き添って川のほとりを歩いていた。朝から慌ただしい一日だったが、無事茜は全てをやり切ってくれた。
「茜。お疲れさま」
「ホントだよ!プロちゃんの鬼軍曹!流石の茜ちゃんも倒れるかと思ったよ!」
無理もない、徹夜からのステージで流石の茜も疲労困憊だろう。
「あとは茜のレコーディング、というところまで準備を進められてたのが幸いしたよ」
「もー!茜ちゃんが失敗したらどうするつもりだったのさ!茜ちゃんの名前に一生物の傷がついてたところだったよ!」
「失敗したところで、どうせ消える事実なんだから、関係ないだろ」
「プロデューサーさん…私、ちょっと失望しました。今までお世話になりました」
茜がゴミを見るような目で俺を見てくる。ちょっとぞくっときた。こういう路線もありなのではないか。
残り少ない猶予の中でもついつい今後のプロデュースについて考えてしまうあたり、完全に職業病だな、これは。
「…コホン。冗談はさておき、失敗なんてありえないだろ?スーパーアイドル茜ちゃんなら」
「…もう!そういうことにしといてあげる!」
そう言って茜は今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれた
そう。以前から温めてきた茜の新曲を俺は今回のドームライブのアンコールに急遽使用することにしたのだ。
今回の新曲はズバリ、「スーパーアイドル茜ちゃんを褒め称える曲」だ。全世界の人間がこのウザカワ猫系スーパーアイドルに虜にされた暁にはこの曲の通り、茜の可愛さを褒め称える作文を提出することになるだろう。
本来はドームライブ後に発表する予定だったのだが、その未来が存在しないのなら仕方がない。少しでも茜にトップアイドルになったその先の景色を見せるために、無理やり徹夜で合わせた。間に合わせたと言っても、歌もダンスもほぼ全部即興。何度も世界を繰り返して全てが体に染み付いている茜だからこそできる芸当だ。俺はそれに賭けた。そしてその賭けに見事勝つことができた。
「それにしてもさあ。こんな曲、茜ちゃん知らなかったんだけど」
「だって、言ってなかったからな」
「そうじゃなくて!今までの世界でも聞いたことなかったんだよ!」
…そう言われてみればそうだ。初回以降の俺は茜からループの話を聞かされていたという。もしこの曲がその頃から存在していれば、これまでの俺が既に試しているに違いない。ということは、今回のループで初めて生まれた曲ではないか。
「きっと神様かなんかのおかげじゃないか?」
「プロちゃん、神様なんて信じてるの?」
「世界のループなんて突飛なことが起こってるんだから、神様だっていたっておかしくないだろ。案外765プロのファンの想いが集まって生まれたとか、そんなのかもしれんぞ」
まあ、本当にそんな神様がいるんだったらとっととこのループとやらを終わらせて欲しいんだけどな。
「…プロちゃん。そろそろお別れみたいだね」
「なに?…っ!?」
気がつくと俺のスーツの両腕から青白い光の玉のようなものが浮かび上がっていた。
どうやら、悔しいが最後にイレギュラーが起こった今回も世界のリセットは免れないようだ。
「大丈夫!次の世界でも絶対にプロちゃんに会いにいくからね!じゃないと、プロちゃんの灰色の青春が灰色のままになっちゃうからね!」
はは。こやつめ、最後まで減らず口は無くならないな。
「…茜。まだまだやってないことっていっぱいあるよな」
「そうだね。トップアイドルになったとは言って
「…茜。まだまだやってないことっていっぱいあるよな」
「そうだね。トップアイドルになったとは言っても、まだ世界中に茜ちゃんの存在を知らしめたわけじゃないからねえ」
「それじゃあ、次は動画配信でもやってみるか?自分のチャンネルを作ってさ」
「プロちゃんナイスアイデア!…そうだにゃあ。やっぱり、世界中の人に茜ちゃん人形を行き渡らせたいよね!」
「許可だけは取ってくれよ…」
トップアイドルになったとはいえ、茜にできることはまだまだたくさんある。俺と茜の口からはやりたいこと、やってみたいことが次々と出てきた。
「…あーあ!このままいけば全世界に茜ちゃんの可愛さを伝えることができたのになー!」
わざとらしく、崩壊していくこの世界に向けて恨み節をぶつけるかのように茜は大声で叫ぶ。
心なしか、すでに茜の声も遠くなっているように感じる。
気づけば周りの空間はすでに完全に崩壊していて、この世界には俺と茜だけになっていた。…いよいよか。
「茜!約束だ!俺は次の世界でも絶対にお前をトップアイドルにするぞ!」
俺は大声で叫んだ。いよいよ残されたのは俺たちの足元だけだ。
「約束だよプロちゃん!次の世界でも絶対にー」
ー茜ちゃんをトップアイドルにしてね!
そして、世界はバラバラに崩壊した。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
スカウトのために街に来てみたものの、「キミだ!」っていう子は、なかなか見つからないものだな。
どこかにいないかな…可愛くて魅力的で、誰もが心を奪われる!そんなスーパーアイドルの卵。
「…なんて。そんな夢みたいな話。あるはずが……」
「ヘイヘイヘイヘイ!そこのカレシー!」
……ん?
終わりです
茜ちゃん可愛いよ茜ちゃん
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