彼方「遥ちゃんを殺すな」 (59)

遥「今日の晩ご飯は冷やし中華だよ」

彼方「おお、夏にぴったりだねぇ」

遥「錦糸卵が上手く出来なくて、ちょっと不恰好になっちゃったんだけど…」

彼方「大丈夫大丈夫。味の方はバッチリだよ遥ちゃん」パクッ

遥「ホント? 良かったぁ」エヘヘ

彼方「おや? きゅうりの細切りもなんだか…」ジッ

遥「あ、あんまり細かく見ないで〜!」

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──

彼方「……むふふ、遥ちゃんの冷やし中華は可愛いなぁ」ムニャムニャ

遥「お姉ちゃん、ご飯出来たよー」ガラッ

彼方「……はっ。あれ、寝ちゃってた? ご、ごめん遥ちゃん。晩ご飯任せっきりにしちゃった」アセアセ

遥「ふふ、大丈夫だよ。今日は私の当番だもん。さ、一緒に食べよ?」

彼方「遥ちゃん…素晴らしい妹を持って、彼方ちゃんは幸せだよ〜」ギュッ

遥「お、大げさすぎるよお姉ちゃん!///」

彼方「さてさて、今日のご飯は何かな〜」テクテク

遥「最近暑いから、夏にぴったりの物にしたよ」

彼方「おお、夏にぴったりというと……」ウーン…

遥「えへへ、お姉ちゃん分かるかな〜?」

彼方「……冷やし中華だね!」

遥「わっ、正解。凄いねお姉ちゃん、その通り冷やし中華でしたー」ジャーン

彼方「ふっふっふ、さっき夢で見たからね〜。イタダキマス」

遥「夢で見たの?…イタダキマス」

彼方「うん。遥ちゃんの冷やし中華を食べる夢を見たんだよ〜」モグモグ

遥「えー」モグモグ

彼方「うんうん。この錦糸卵なんかそっくりだよ」ビロン

遥「!? それはちょっと失敗しちゃったの!///」

彼方「このきゅうりの細切りも」

遥「もー、お姉ちゃん!」

エマ「ユニットの練習もだいぶ慣れてきたね〜」

璃奈「うん。前よりずっと息が合うようになってきた」

かすみ「皆さんまだまだかすみんの可愛さには負けますけどね!」

彼方「何を〜、そんな事言う子には…抱きつきの刑なんだぜ〜」ギュッ

かすみ「ぎゃー、暑苦しいから離れて下さいー!」ジタバタ

彼方「ふふ、まだまだ〜……あ、暑い…」グデッ

かすみ「だから言ったじゃないですかぁ…練習終わりで体もほてってるのに…」グデッ

エマ「あはは。…あ、そうだ。今日は練習後のお菓子に、フルーツゼリーが冷やしてあるよ〜」

かすみ「! ホントですかエマ先輩!」

エマ「えへへ、ライブも近いからカロリー控えめのゼリーにしてみたよ」

璃奈「すごくありがたい。璃奈ちゃんボード『グッジョブ』」

彼方「こりゃぁお茶も用意しなくちゃね〜」

──

彼方「……zzz」

かすみ「ちょっと彼方せんぱーい。起きて下さいよー」

彼方「…むにゃ……んん? あれれ、彼方ちゃん寝ちゃってた?」

かすみ「そうですよ。ユニットで練習して、部室に入った途端コロッと」

彼方「ありゃ、ごめんねぇ」

エマ「彼方ちゃん、暑い中頑張ってたもんね」

璃奈「うん。頑張った証拠だと思う」

彼方「……んー」ボーッ…

かすみ「? どうしました?」

彼方「んー、いやぁ…なんか前にも似たような夢を見たなぁって思って」

エマ「夢?」

彼方「うん。遥ちゃんが晩ご飯に冷やし中華を作ってくれたんだけど、それを夢で見てたんだよ〜」

エマ「へ〜、そういうことってあるんだねぇ」

璃奈「正夢とか予知夢っていうやつかもしれない。璃奈ちゃんボード『スピリチュアルやね』」

かすみ「えー、かすみんはそんな夢見たことないですけど、ホントですか彼方先輩?」

彼方「むむ。かすみちゃん、疑ってる?」

かすみ「だってそんな話簡単に信じられないですもん」

彼方「ふむ、よかろう。ならば彼方ちゃんが予言を与えてしんぜよう」

かすみ「予言ですか?」

彼方「今日エマちゃんが用意した練習後のお菓子…それは、フルーツゼリーなのだ〜」

エマ「! 彼方ちゃん凄い、正解だよっ」

かすみ「えぇっ! ホントですか〜!」

エマ「うん。ほらコレ」ジャーン

璃奈「おおー、フルーツゼリー」

彼方「ドヤァ…」

かすみ「…って、そんなのは予言にならないですよ!」

彼方「え〜、何で?」

かすみ「エマ先輩が冷蔵庫にゼリー入れてる所見てたなら分かるじゃないですか」

彼方「もー、彼方ちゃんはそんなズルしないよぉ、本当に夢で見たんだよ」

かすみ「そんなの信用出来ないですっ」

エマ「まぁまぁかすみちゃん、早く食べないとゼリーがあったかくなっちゃうよ?」パクッ

璃奈「冷たくて美味しい」モグモグ

かすみ「あっ、二人とも先に食べてる!?」

彼方「ずるいんだぜ〜」

果林「彼方はこの辺は詳しいの?」テクテク

彼方「そうだねぇ、たまーに買い物に来るくらいかな?」テクテク

果林「そうなの。やっぱり遥ちゃんと一緒に?」

彼方「もちろんそれもあるけど、一人でぶら〜りすることもあるよ」

果林「へぇ…ぶら〜り?」

彼方「うん、ぶら〜り。のんびり歩いて、気持ち良さそうな所でお昼寝すると最高だよ〜」

果林「何だか猫みたいね」クスクス

彼方「果林ちゃんは一人でお散歩とかしないの?」

果林「私はほら、一人でうろちょろすると、その…」

彼方「?」

果林「あの、ね? 危ないというか……迷うから」

彼方「なるほど」ポン

果林「そこまでしっかり納得されると傷つくわね…」

彼方「ふふ、今日は彼方ちゃんが一緒だから大丈夫だよ〜」

シャァァァァァァ…

彼方「……ん?」

シャァァァァァァ…!

彼方「! 自転車!? 果林ちゃん、あぶな─」

バッ!

果林「!? あっ……!」ドテッ

彼方「か、果林ちゃん大丈夫!?」

果林「へ、平気よ。転んだだけだから……けど、カバンが…」

彼方「引ったくり…! 誰か! 誰か捕まえて下さい!」

──

ガタンゴトン…ガタンゴトン…

彼方「……ん」パチッ

彼方(電車の中…)

彼方(そうだ…一人で…日曜日…出かけて…)

彼方(それより、今の夢、もしかして…)

彼方「……また?」

テクテクテクテク…

彼方「……」

彼方(三回目ともなると、のんびり屋さんの彼方ちゃんでも気になってきちゃうなぁ)

彼方(でも果林ちゃんと会う約束してるわけでもないし…偶然街中で出会うなんてことも)キョロキョロ

「あら、彼方?」

彼方「!」

果林「奇遇ね。お出かけ中?」

彼方「……」

果林「良かったら一緒に…どうしたの? 恐いものでも見たような顔して」

彼方「…これはびっくりなんだよ〜」

果林「?」

テクテクテクテク…

果林「予知夢?」

彼方「そうなの、最近よく見るんだよ」

果林「予知夢って、実際に起こることが夢に出てくるってアレよね?」

彼方「ソレだよ〜」

果林「……」

彼方「あ、信じてないな果林ちゃん?」ジトッ

果林「ご、ごめん。さすがにすぐには信じられないわよ」

彼方「かすみちゃんにも同じこと言われたよぉ」ショボン

果林「でも彼方はそういう冗談言う子でもないし、そもそも言う必要もないか…」

彼方「冗談じゃないよ果林ちゃん」プンスカ

果林「ごめんごめん。むくれないでよ彼方」

彼方「むぅ〜」

果林「それで、具体的にはどんな夢を見るの?」

彼方「それはねぇ、遥ちゃんと冷やし中華を食べる夢だったり、QU4RTZの皆と練習後にフルーツゼリーを食べる夢だったり〜」

果林「なんだ、予知夢なんていうからどんな夢かと思ったら、楽しそうな夢じゃない」

彼方「それからさっき電車で見たのは……」

ピタッ

果林「? 彼方? どうしたの、急に立ち止まって」

彼方「……」

ザワザワザワ…

彼方(──同じだ)

彼方(目に映る風景も、耳に響く音も、肌で感じる温度も、全部)

彼方(隣に果林ちゃんがいて、他愛もない事を話しながら歩いて)

彼方(それで、そのあとは、自転車が──)

果林「彼方ってば!」

彼方「!」ハッ

果林「大丈夫? 心ここにあらずって感じだったわよ?」

彼方「……」キョロキョロ

彼方(自転車に乗ってる人はいないみたい、だけど…)

彼方「果林ちゃん、ちょっとこっち来て」グイッ

果林「えっ、ちょっと!?」

彼方「……」ギュッ

果林「……彼方? あの、そろそろ暑いというか、さすがに恥ずかしいというか…」

彼方「まだ動いちゃダメ」ギュッ

果林「は、はい」

彼方「……」ギュッ

果林(…路地の隅っこで彼方に抱きしめられること、かれこれ10分…)

果林(私の身に何が起きているのかしら)

彼方「……よし。もう大丈夫だと彼方ちゃんの勘が言っている」

彼方「果林ちゃん、おまたせ。もう大丈夫」パッ

果林「え、ええ。危なかったわ、色々と」

彼方「?」

果林「で、ちゃんと説明はしてくれるのかしら?」

彼方「うん。…夢の中で果林ちゃんが引ったくりにあったの」

果林「! それで…」

彼方「状況も夢の中とそっくりだったから思わず…びっくりさせちゃってごめんね」

果林「いいわよ、守ってくれたんでしょ? むしろありがとうだわ」

果林「それにしても不思議な話ね、予知夢なんてそう何度も見るようなものじゃないと思うんだけど」ウーン

彼方「果林ちゃん、信じてくれるの?」

果林「あんなに必死に抱きしめられたら、信じざるを得ないわよ」

彼方「……なんか今更恥ずかしくなってきたんだぜ」

果林「ちょっと。私も恥ずかしくなるから赤くなるのやめてちょうだい」

彼方「まぁまぁとにかく、さっきの通りは避けて歩こう」グイッ

果林「ち、ちょっと彼方。そんなに手を引っ張られると歩きにくいわよ」

彼方「えへへ、今日は果林ちゃんとデートだね〜」

果林「デートってもう…彼方といると調子が狂うわね」

彼方「えぇ〜、嫌?」

果林「嫌じゃないわよ、楽しいわ」フフッ

彼方「ふふ〜、今日は彼方ちゃんが果林ちゃんを振り回しまくるのだよ」

果林「はいはい、お手柔らかにね?」

「……」ブツブツ

果林「!」

彼方「!」

彼方(果林ちゃんも私も、体がこわばって足が止まった)

「……」ブツブツ…ブツブツ…

彼方(通りの向こうからこっちに向かって歩いてくる人は、一目で普通じゃないと分かった)

彼方(よれよれのTシャツに、色のあせたジーンズを身につけて、ゴミ捨て場から拾ってきたような靴を履いて)

彼方(その靴に語りかけるようにうつむき、ひたすらに何かを呟いて……ふらふらと歩いている)

彼方(遠巻きに様子を見ている人達が皆同じように顔をしかめているのは、その人が発している臭いのせいのようだった)

果林「……彼方」

彼方(果林ちゃんが目配せして私の手を引いてくれる。私は小さく頷いて、果林ちゃんと道の端に寄った)

「……」ブツブツ…ブツブツ…

「……」

彼方(何かを呟き続けていたその人の声が一瞬だけ止んで─)

「……神の……啓示だ」

彼方(たしかに、私にはそう聞こえた)

彼方(黒板を引っ掻いた時のような甲高い音が、辺りを震わせた)

彼方(最初はどこからその音が出ているのか分からなかった、人間が出せる音じゃないと思ったから)

彼方(その音の出どころが人間なんだと分かったのは、さっきまでうつむいて歩いていたその人が、空に向かって絶叫していたから)

彼方(訳の分からない言葉を叫びながら、その人は懐から何かを取り出した)

彼方(私にとって見慣れたそれは、日差しを反射してきらっと光った)

彼方(それを──包丁を振り回しながら、その人はこっちに向かって走ってくる)

彼方(ぼんやりした頭に、一つだけハッキリとした思いが浮かぶ)

『果林ちゃんを守らなきゃ』

彼方(両腕で思いきり果林ちゃんを押す)

彼方(倒れた果林ちゃんが私の方を見上げて目を見開く)

彼方(左腕に鋭い痛みが走った)

──

遥「はぁ…はぁ…はぁ…!」タッタッタッ

ウィーン

遥「あのっ!」バンッ

「は、はい!? 何でしょう?」

遥「はぁ…はぁ…お、お姉ちゃんの……ああじゃなくて! こ、近江彼方さんの病室って何号室ですか!?」

「近江彼方さん…ああ、それでしたら2階の202号室で……って、もういない!?」

遥「はっ…はっ…はっ…!」タッタッタッ

チョット! ビョウインデハシルンジャナイワヨ-!

遥(お姉ちゃん…お姉ちゃん……お姉ちゃん!)タッタッタッ

遥「お姉ちゃんっ!」ガラッ

愛「ちょっとカリン! いつまでカナちゃん独り占めしてんの! 愛さんも抱きしめたいんだけどー!?」ムキー

果林「……やだ。はなれない」ギュー

せつ菜「彼方さん! 私特製のエナジードリンクです! これを飲めば元気百倍ですよ!」ハイッ

しずく「せ、せつ菜さん、怪我人に毒…ゴホン!…普通の飲み物でいいと思いますよ?」スッ

エマ「彼方ちゃん、お腹減ってない? お見舞いにお菓子いーっぱい持ってきたよ〜」ドン

璃奈「私もフルーツの盛り合わせ持ってきた。璃奈ちゃんボード『置く場所がねぇ…』」

かすみ「チッチッチッ。かすみんの可愛さを見れば、怪我なんて吹っ飛んじゃいますよ〜!」キャピッ

侑「おっ、それじゃあ私は心が安らぐBGMを生演奏でお届けしようかなー」ワキワキ

歩夢「侑ちゃん? 病室にピアノは置いてないからね?」

ミア「だいたい日本の警察は甘いんじゃないか? ステイツだったらそんなやつはピー…モガッ」

ランジュ「そうよそうよ。香港ならそこでさらにピー…モガッ」

栞子「二人とも、ここは病院です。言葉を選ぶようにしましょうね?」ニコッ

ミア・ランジュ「…」コクコク

遥「…」ポカン

ワイワイガヤガヤ

彼方「み、みんな〜? お見舞いに来てくれたのは嬉しいんだけどちょっと静かに……あっ、遥ちゃん」

遥「お、お姉ちゃん…? 大丈夫なの? 私、果林さんからお姉ちゃんが通り魔に襲われたって聞いて…」

彼方「あ〜、あの時果林ちゃん気が動転してたから話が大げさになっちゃって…ごめん、心配かけちゃったね」

遥「け……怪我は? 包丁で襲われたって…」

彼方「見てのとーり、包帯だけで済んだよ。左腕、少しかすめただけだから、傷跡も残らないだろうって」

遥「……」

彼方「犯人は捕まったし、幸い私以外に怪我した人もいないってことだから」

遥「……」

彼方「同好会の皆も日曜日なのに来てくれて…彼方ちゃんは果報者だよ〜」

遥「……」

彼方「……遥ちゃん?」

遥「……良かった…」グスッ

遥「良かった……お姉ちゃん…本当に良かったよぉ……」ポロポロ

彼方「遥ちゃん…」

遥「私、グスッ…お姉ちゃんにもしものことが…っ…って考えたら……頭が真っ白になって…」

ペタン

彼方「は、遥ちゃん!?」

遥「ご、ごめん……安心したら足の力が抜けちゃって…」

彼方「…遥ちゃん、こっちおいで?」

遥「…」コクリ

彼方「ごめんねぇ果林ちゃん、ちょーっと離れてくれるかな?」

果林「…」フルフル

かすみ「ちょっと果林先輩! ここはいくらなんでも空気読んで下さいよ!」ボソッ

しずく「そうですよ! 間近で怖い思いをしたのは分かりますが…」ボソボソ

果林「…」ムスッ

エマ「はいはい、果林ちゃん、こっちだよ〜」ポンポン

果林「…エマ〜」ギュッ

ギュッ

遥「……お姉ちゃん、あったかい」

彼方「平熱高めだからね〜」

遥「もう、そういう事を言いたいんじゃないよ」

彼方「分かってる、分かってる」

トクン…トクン…

遥「心臓の音が聞こえる…」

彼方「うん。ちゃんと動いてるよ」

遥「お姉ちゃん……生きてる。生きてる…」

彼方「うん。今日も元気だよ〜」

遥「お姉ちゃん……」

遥「ふぇぇぇぇぇん……」ポロポロ

彼方「よしよし、遥ちゃんは泣き虫さんだねぇ」ナデナデ

遥「グスッ……だって…」

彼方「…ねぇ、遥ちゃん。小さい頃迷子になった時のこと覚えてる?」

遥「?」

彼方「忘れちゃった? あの時もほら、私が迎えに行ったら遥ちゃんが大泣きしてて、こうして頭を撫でてあげたんだよ」

はるか『ふぇぇぇぇぇん…』グスグス

かなた『よしよし。もうへーきだよはるかちゃん』ナデナデ

はるか『ふぇぇぇぇぇん…だっておねえちゃん、いなくなっちゃって……ふぇぇぇぇぇん』グスグス

かなた『おねえちゃんはいなくなったりしないよぉ、ずっとはるかちゃんといっしょにいるよ』

はるか『……ほんと?』グスッ

かなた『ほんと!』ブイッ

はるか『おねえちゃんが、もっとおねえちゃんになっても?』

かなた『もっとおねえちゃんになってもだよ〜』

はるか『おねえちゃんが、おかあさんになっても?』

かなた『おお?…うん、おかあさんになっても』

はるか『じゃあじゃあ、おばあちゃんになっても?』

かなた『もちろん、おばあちゃんになってもいっしょだよ』

かなた『お姉ちゃんとはるかちゃんは、ずーっと一緒だよ、やくそく!』

はるか『やくそく……』

はるか『……うん! やくそく』ニコッ

遥「……あ」

彼方「お姉ちゃんはこれからも、遥ちゃんとの約束をちゃーんと守るから」

彼方「だから安心していいんだよ、遥ちゃん」ナデナデ

遥「……うん。お姉ちゃん、ありがとう」ギュッ

愛「……」ウルウル

しずく「……」グスッ

せつ菜「うぅ、彼方さんも果林さんも、ご無事で本当に良かったです…!」ポロポロ

ミア「おいおい、皆泣きすぎだろ」

ランジュ「そうよ、こういう時は思いきり喜ぶべきよ!」

栞子「喜ぶのは少し違う気もしますが…」

侑「よしっ、それじゃあ彼方さんの全快を願ってピ」

ガラッ

「あんた達さっきからうるっさいのよ! 他の患者さんに迷惑がかかるって何回言わすのよ!?」

侑「ひぃっ、すいません!」

歩夢「あ、あはは…私達はそろそろ帰ろっか」

ゾロゾロゾロ

侑「それじゃあ彼方さん、来週学校で。お大事にねー」

彼方「うん、侑ちゃんもみんなも、わざわざありがとうね。…あ、そうだ」

彼方「QU4RTZの皆はちょっと残ってくれないかな?」

かすみ「? かすみん達です?」

彼方「うん。練習のことでちょっと話したいことがあってねー」

璃奈「分かった。あ、でも果林さんも残りそうだね」チラッ

エマ「果林ちゃん…そ、そろそろいいんじゃないかな〜?」アハハ

果林「いや」ギュー

かすみ「ちっちゃい子供ですかっ」

果林「…」ギュー

──

果林「……」スゥ…スゥ…

遥「……」スヤスヤ…

かすみ「って、今度は寝てるし! いつもの大人のお姉さんな果林先輩はどこにいったんですか〜」

璃奈「遥ちゃんも、安心して気が抜けたのかな?」

エマ「右手に遥ちゃん、左手に果林ちゃん…両手に花ってやつだね、彼方ちゃん」クスクス

彼方「へへ、一応彼方ちゃんが怪我人なんだぜ…?」

かすみ「それで練習のことで話ってなんですか?」

璃奈「ライブの曲決めとか、かな?」

エマ「そっか、来月だもんねぇ。そろそろ決めておいた方がいいよね」

彼方「んー、実はそれ建前で…本当はみんなに相談したいことがあってね」

かすみ「相談…彼方先輩がですか? 珍しいですね」

璃奈「たしかに意外かも…いつも誰かの相談に乗ってるイメージ」

彼方「そうかな?」

かすみ「まぁかすみんにかかればどんな悩みも可愛く(?)解決ですよ!」

璃奈「私ももちろん力になる、璃奈ちゃんボード『むんっ』」

エマ「……私達だけに話すってことは、あんまり知られたくはない話なの?」

かすみ・璃奈「!」

彼方「……うん。同好会の他のメンバーにまで、余計な心配をかけたくない」

彼方「相談っていうのは、前にちょっとだけ話した──予知夢のことなんだ」

かすみ「予知夢って…もしかしてアレですか? エマ先輩が持ってきたお菓子がフルーツゼリーだったのを夢で見たとかいう」

彼方「それそれ。今日もね、電車の中でうたた寝してる時に夢を見たんだ」

璃奈「! も、もしかして通り魔の……?」

彼方「ううん、夢の内容は違ってた。夢の中だと果林ちゃんが引ったくりにあったの」

エマ「えぇっ、か、果林ちゃんは大丈夫だったの!?」

彼方「大丈夫。転んだだけでケガとかはしてなかったぜ」

エマ「ほっ…」

かすみ「夢の中の果林先輩は別にどうでもいいから!」ビシッ

果林「…」ムニャムニャ

かすみ「というか内容が違うならそれって予知夢ではないんじゃないですか?」

彼方「ん〜、それがねぇ、果林ちゃんの服装とかバッグとか、周りを歩いている人とか…その場の雰囲気というか感覚というか…とにかく強烈なアレを感じたんだよ」

エマ「アレ?」

彼方「えーと、何だっけ…で…で…デリシャス?」

かすみ「何が美味しかったんですかっ」

璃奈「デジャヴのこと?」

彼方「おおっ、それだよ〜」

エマ「デジャヴって、初めてのことなのに『何だかこんなこと前もあったなぁ』って思うことだったよね?」

璃奈「うん。そんな感じ」コクリ

かすみ「彼方先輩は果林先輩と歩いている時にそれを感じたんですね」

彼方「一回夢で見たからだって言われればそうなんだけど…本当に何から何まで夢で見た時と同じ感じがしてね」

彼方「このままだと絶対に夢と同じことが起こると思って、その道は避けたんだよ〜」

璃奈「なるほど。夢で見た事が起きないようにしたんだ」

彼方「……ふっふふ、果林ちゃんのバッグで済むなら道を変えない方が良かったかもしれないんだぜ」

かすみ「もう、冗談やめて下さい! 本当に心配したんですからね!?」

彼方「あはは、ごめんねぇ」

エマ「……」

彼方「そういう訳で、彼方ちゃんは最近未来予知に目覚めたのである」

彼方「この力を愛と平和に活かすため、皆の知恵を貸して欲しいのだよ〜」

かすみ「またそうやってふざけた言い方して……要するに最近妙な夢が続いてるから相談に乗って欲しかっただけですよね?」

彼方「そうとも言うね〜」

かすみ「まったくもう。…うーん、でもかすみんはそういうの詳しくないですし」

かすみ「あ、そうだ! 虹学の同好会にオカルトとか研究してる会があった気がします」

彼方「おお、そうなのかい?」

かすみ「ふっふっふっ、なんたってかすみんは部長ですからね。他の同好会とも絡みがあるんですよ!…多少は」

かすみ「かすみんがばっちり話を通してあげますから、感謝してくださいね? 彼方先輩!」

彼方「ありがたや〜だよかすみちゃーん」

かすみ「ホントに感謝してます!?」

璃奈「私もそういうのは詳しくない…けど、ネットで色々調べてみる」

璃奈「そういう夢を見る原因とか、その対策とか分かるかもしれないし」

彼方「シェイシェイだよ璃奈ちゃん〜。良い後輩を持って彼方ちゃんは幸せ者だ〜」

璃奈「……璃奈ちゃんボード『てれてれ』」

かすみ「なんで中国語ですかっ」

エマ「それじゃあ私は二人を手伝おうかな、何かお手伝い出来ることがあったら何でも言ってね」

彼方「エマちゃんもダンケだぜ〜」グッ

かすみ「さっきからテンションおかしいですよ彼方先輩!?」

果林「……んん?」パチッ

エマ「あ、果林ちゃん。目が覚めた?」

果林「……」ボーッ

彼方「果林ちゃん、やっほー」

果林「かなた……? 彼方!?」ガバッ

彼方「彼方ちゃんだよ?」

果林「ああ、そうか私寝ちゃって……って、彼方の左腕に寄りかかって…ごめん! 痛くない!?」アセアセ

彼方「大丈夫だよ果林ちゃん、もう痛くもかゆくもないし……あ、包帯のせいでちょっとかゆいかも?」アハハ

果林「本当にごめんね、私をかばってくれたからこんな事に……」

彼方「果林ちゃんが無事だったんだから、むしろ良かったくらいだよ〜」

彼方「ほらほら、もう全然大丈夫」ブンブン

果林「ちょっと!? 振り回すのはやめなさいよ!」

かすみ「軽くても怪我人なんですから大人しくして下さい!」

璃奈「な、ナースコール押さなきゃ…!」

「来てるわよもう」

彼方「げ」

「外傷は軽くても、精神的なショックを鑑みての入院て措置だそうだけど、余計なお節介だったかしら?」ニコォ…

彼方「じ、冗談ですよ〜」

「つぎ騒いだら叩き出すからね」

彼方「ラジャー」

かすみ「はぁ、彼方先輩を見てるとすっごく心配してたのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃいますよ」

璃奈「でも、元気いっぱいだから安心した。璃奈ちゃんボード『よかったよかった』」

エマ「……じゃあ、私たちもそろそろ帰ろうか」

果林「う……できれば今日は私は彼方に付き添っていたいんだけど」チラッ

遥「……」スゥスゥ

果林「……お邪魔虫になっちゃうわよね」

彼方「えへへ、ありがとねぇ果林ちゃん。困った事があったら今度果林ちゃんにお願いするね」

果林「! もちろんよ、何でも言ってね?」

ソレジャアオダイジシテクダサイネー

リナチャンボードサラバ~

ソワソワ…

ハイハイイクヨカリンチャーン

シーン……

彼方「……ふぅ」

彼方「……」

彼方「……いつも通りに振る舞えてたよね」ボソッ

ガラッ

彼方「!」

エマ「本日二度目のお見舞いに来たよ〜、なんて」エヘヘ

彼方「? エマちゃん?」

彼方「どうしたの、忘れ物?」

エマ「皆にはそう言ってきたけど、そうじゃないよ」

彼方「え、じゃあ何で?」

エマ「それはね……彼方ちゃんを抱きしめに来ました!」バーン

彼方「えぇ〜?」

エマ「果林ちゃんを見てたら何だか羨ましくなっちゃって。ねぇねぇ彼方ちゃん、私も抱きしめていい?」

彼方「いやまぁいいけど…えぇ〜?」

エマ「ありがと〜。それじゃあ失礼して…」

ギュッ

彼方「もがっ」

エマ「ホントだ。遥ちゃんが言ってた通り、彼方ちゃんはあったかいね〜」ギュー

彼方「え、エマちゃん、そんなに胸を押しつけられると前が見えないんだぜ…」

エマ「私からも彼方ちゃんの顔が見えないや」

ギュー……

エマ「〜♪」

彼方「エマちゃん…さすがに長くない?」

エマ「えー、ダメ?」

彼方「柔らかくてふわふわでいい気持ちではあるけど……ていうか、ホントに抱きしめに来ただけ?」

エマ「こうでもしないと、彼方ちゃん、怖がってくれないから」

彼方「……怖がる? 何を?」

エマ「もう、隠してもダメだよ。ずっと無理してるでしょ」

彼方「!」

エマ「ダメだよ、何でもない振りしちゃ。通り魔に会って平気な人なんていない。怖かったに決まってるんだから」

彼方「……」

エマ「遥ちゃんや果林ちゃんや同好会の皆に心配かけないようにしたかったのは分かるよ?」

エマ「でもね、自分の心を押し殺してまで無理する必要なんてないよ。だから─」

エマ「怖かったなら怖がっていいんだよ、彼方ちゃん」

彼方「……」

彼方「……しずくちゃん顔負けの名演技が出来たと思ったのに。エマちゃんにはかなわないね」ボソッ

エマ「彼方ちゃん、遥ちゃんはまだ眠ってるから…大丈夫だよ」

彼方「うん……このまま胸をお借りするよ〜」

エマ「…」ギュッ

彼方「……怖かった」ボソッ

彼方「すっごく…怖かったよ……」ブルブル

彼方「急に、叫んで……包丁、取り出して…」

彼方「そのまま……走ってきて…」

彼方「でも、私…果林ちゃんを守らなきゃって……」

エマ「うん」

彼方「怖かったけど……遥ちゃんにも、皆にも、心配かけたくないって…思って…」

エマ「彼方ちゃんは頑張り屋さんだからね、でも頑張りすぎはダメだよ?」

エマ「自分一人で抱え込まないで、もっと周りを頼っていいんだよ」ニコッ

彼方「……うん」

彼方(私はそのままエマちゃんの胸の中で思う存分泣いた)

彼方(顔を上げた時にはエマちゃんの上着はびっしょり濡れていて…『ごめん』と『ありがとう』を伝えた)

彼方(心の中にしまい込んでいたあの時の恐怖は涙と一緒に流れ落ちて、胸の中が軽くなったように感じた)

彼方(病室から去る前にエマちゃんがくれた笑顔を見て、やっぱりかなわないなぁと思った)

彼方(少し経って遥ちゃんが目を覚ました頃に、お父さんとお母さんが病室に来た)

彼方(私は今度は本当に元気な姿を見せることができて、最初は深刻な顔をしていた二人もほっとしたようだった)

彼方(家族四人でしばらく話をした後、名残惜しそうに私を見る遥ちゃんを引きずるようにして、三人は帰った)

彼方(病室で一人になっても、寂しくはなかった)

彼方(ベッドの脇に山と積まれたお見舞いの品を見れば、自然と笑顔になれたから)

彼方(食事と入浴を済ませて、明日会う人達の顔を思い浮かべながら、一人、眠りに就いた)

彼方(その日も私は夢を見た)

彼方(夢の中で、遥ちゃんが死んだ)

彼方「……」

しずく「という物語を書いてみました。まだ途中ですが」

彼方「遥ちゃんを殺すな」

おしまい

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