【艦これ】夕張「ハート・オブ・ダークネス」 (51)

――トラック諸島、とあるホテル

ドンドンドン

「夕張! 居るんでしょう、夕張!」

夕張「んん……」モゾ

ドンドンドン

「夕張! 提督がお呼びです! いい加減起きてください!」

「もう入りましょう、浜風さん」
「鍵もらってきましたから」

「……仕方ないですね」

カチャリ

ガチャ

ブロロロロ

浜風「まったくもう……」
浜風「本当に大丈夫なんですか、この人」

浜風「確かに練度は一線級ですが、最近は毎日こんな調子じゃないですか」
浜風「昨夜も、外出許可だけで勝手に外泊して……」

大淀「そんな彼女だから提督もお呼びになったのでしょう」
大淀「それに、今はただ腐っているだけで、仕事を与えれば元気になる筈です」

夕張「っ……!」
夕張「……いった……!」ズキズキ

大淀「漸くお目覚めね、夕張」
大淀「昨夜も随分飲んだみたいね」

夕張「……ここは……?」ズキズキ

大淀「基地に向かってる最中よ」
大淀「警務隊じゃなかっただけ感謝しなさい」

夕張「頭痛いんだけど……」ズキズキ
夕張「あと気持ち悪い……」

大淀「二日酔いでしょ」
大淀「ああ……目覚ましにシャワーも浴びてもらったけど」

夕張「この痛みはそれだけとは思えないわね……?」ズキズキ

大淀「どうかしらね」ニヤッ

――トラック泊地、基地司令部

夕張「お呼びですか」

提督「ああ」
提督「浜風、大淀、悪いが外してくれ」

浜風「はい」ガタッ

大淀「はい」ガタッ
大淀「人払いを?」

提督「頼んだ」

大淀「了解しました」
大淀「廊下にて控えております」ガチャッ

バタン

夕張「……」

提督「さて、夕張」
提督「取り敢えずかけてくれ」

将校「君が『例の』夕張か」

夕張「はい」

将校「提督から粗方の話は聞いている」
将校「本人を前にして言うのもなんだが、相当な問題児のようだな」

夕張「自負しております」

将校「……不貞腐れている、といった方が正しいのかな」
将校「この話を聞いて元気になってくれるといいがね」チラッ

提督「……」コクリ
提督「夕張、この男を知っているか」ピラッ

夕張「?」

提督「勝井大佐だ」

夕張「……あぁ、ショートランド泊地の」
夕張「優秀な指揮官だとお聞きしていますが」

将校「ああ、優秀『だった』とも」
将校「順を追って話そう」

将校「これが資料だ」バサッ
将校「見ながらでいい。聞いてくれ」

夕張「拝見します」ピラッ

将校「……君も知っている通り、勝井大佐は我が軍の英雄的指揮官だった」
将校「8年前のソロモン作戦で頭角を現し、以来各地で様々な作戦を成功に導いてきた」

将校「2年程前からはショートランド泊地に勤務し、主にニューギニア方面で活躍していたのだが……」
将校「4か月前、作戦中に消息を絶った――指揮下の艦娘達を連れたまま」

将校「泊地の艦娘や守備隊によれば元々妙な言動があったそうだ」
将校「それは消息を絶つ数日前までの報告書にも表れている」

将校「最後のページを見たまえ」
将校「消息を絶つ直前に送ってきた通信文だ」

夕張「『我、ここに至り王道楽土を築くことを決意す』……」

将校「彼は狂ったのだ」
将校「戦争下での神経症は昔から珍しくもないが、これはかなり特殊なケースだ」

将校「いつからかは分からないが、少なくとも突発的なものではなかろう」
将校「それに気付けなかった我々上級司令部にも責任はある」

将校「既に彼の任は解いた」
将校「しかし実際に彼にそれを伝え、指揮権を取り上げなければ意味がない」

将校「君の経歴は聞いているよ」
将校「8年前に入隊した古参で、勝井大佐とは隊が違ったがソロモン作戦にも参加」

将校「そうした大規模作戦に多数参加する一方、情報本部や幕僚監部が主導する特殊作戦にも従事」
将校「横須賀、佐世保、パラオ、タウイタウイ、ブルネイ、ブイン……」

将校「君自身の希望だというが、経歴も手伝ってか転属が多く、去年からはここトラック泊地に勤務」
将校「幕僚監部の中では『自由な人形』などと呼ぶ者も居るそうだが?」

夕張「お答えは差し控えさせていただきます」

将校「だろうな」
将校「提督」

提督「ええ」
提督「夕張」

夕張「はい」

提督「先述の通り、勝井大佐は既に任を解かれている」
提督「お前の任務は彼を探し出し、実際に解任することだ」

提督「お前を旗艦とした捜索隊を編成する。軽巡と駆逐艦、軽空母の身軽な編成だ」
提督「あとは――分かるな?」

夕張「……」ニヤッ

夕張「……」ツカツカ
夕張(今度の『相手』は『日本人』か)

夕張(深海棲艦の出現から12年)
夕張(艦娘の運用開始から9年)

夕張(海に囲まれた資源小国日本が中露を抑えつつその隆盛を保つには、当然南進するしかなかった)
夕張(かつての大戦の時のように。今度はかつての敵国を同盟国としながら)

夕張(何せ艦娘を世界で最初に生み出し、運用し始めた国だ)
夕張(既存の軍隊で歯が立たなかった深海棲艦を相手に続々と制海権を確保する日本に、各国は譲歩した)

夕張(日本主導で結成された西太平洋条約機構は、最早対深海棲艦の為だけの組織ではない)
夕張(NATO、CSTO、上海協力機構、他色々。世界中の勢力が、既にこれを日本率いる新陣営だと認識している)

夕張(『私達』の通行の自由度が高いのは結構だけど……)
夕張(私はどこまで行っても、あの忌々しい島国から逃げ切れないような感覚に陥っている)

大淀「夕張」
大淀「餞別よ。使いなさい」っ補強増設

夕張「ありがと」
夕張「……聞いても良いかな」

大淀「何?」

夕張「車乗ってた時から思ってたんだけどさ」
夕張「あんたうちの大淀じゃないよね」

大淀「……」
大淀「お気付きでしたか」

夕張「うちの大淀はもっと面白いからね」
夕張「差し詰め……私が帰って来なかったら、次はあんたかな?」

大淀「あなたには関係のないことですよ」

夕張「ふふん、そうね」

――トラック泊地、埠頭

夕張「点呼ーっ」
夕張「ヒトッ」

由良「フタッ」

五月雨「サンッ!」

春雨「ヨンッ」

初月「ゴッ」

千歳「ロクッ」
千歳「結っ」

夕張「よーし、全員居るね」
夕張「それじゃ、出撃するよー」

由良「ちょっと待って、夕張」

夕張「何?」

由良「私達はあなたに従うよう言われただけで、具体的な任務内容を伝えられてないわ」
由良「どこへ行って、何をする任務なの?」

夕張「悪いけど言えない」
夕張「取り敢えずショートランド泊地へ向かう」

――トラック泊地沖

夕張(由良と五月雨ちゃんとはそんなに短い付き合いじゃない)
夕張(大規模作戦や対潜哨戒で一緒することも多く、多分この基地で一番頻繁に顔を合わせている相手だ)

夕張(特に由良は前の基地から一緒に異動してきた仲で、恐らくこれまでで一番付き合いの長い艦娘だろう)
夕張(ただそれだけに、秘密だらけの今回の任務に何かと不満があるらしい)

夕張(春雨ちゃんはこの中では最も練度が低い)
夕張(勿論実戦経験がないわけではなく、寧ろ遠征に慣れている分、遠出は私達より慣れているだろう)

夕張(初月ちゃんはよく分からない)
夕張(最近パラオからトラックに移ってきたばかりで、練度こそ高いがまだ皆と馴染めていない節がある)

夕張(千歳さんはこの泊地最古参の一人で、勤務歴も私と同じくらいだ)
夕張(今回のような任務は珍しいとは言っているが、そんなに不満を持っているわけでもないらしい)

夕張(ともあれ、艦隊のメンバーを見るに、提督の意図としては由良に隊を仕切らせるつもりなのだろう)
夕張(その分、私は勝井大佐に集中出来るわけだ)

――ショートランド泊地、基地司令部

司令「ショートランドへようこそ」
司令「話は聞いている。勝井の件だな」

夕張「はい」

司令「そこにかけてくれ」

夕張「失礼します」
夕張「……お話の前にお尋ねしますが、最近敵襲が?」

司令「近くのタンカーのことか?」
司令「あれは誤爆だよ。勝井が高練度の空母を連れ出してしまってな」

司令「再訓練を進めてはいるんだが、度々ああいう事故を起こして手を焼いているんだ」
司令「まあ、ニューギニア北部方面よりはマシなんだろうがな」

夕張「成程」

司令「それじゃ、本題に入ろうか」

夕張「ええ」

夕張(勝井大佐は深海棲艦が出現するまではパッとしない中堅将校だった)
夕張(可もなく不可もなく……典型的な防大卒のエリート)

夕張(転機が訪れたのは12年前)
夕張(深海棲艦の襲撃を2度も上手くやり過ごしたことで表彰され、佐官になる)

夕張(艦娘の実戦運用法についても熱心に研究し、ソロモン作戦に参加)
夕張(彼は――多大な犠牲を払いながら、作戦を完遂した)

夕張(大佐に昇進した彼は、しかしあくまで小艦隊の指揮官に固執し、幕僚職を断り続けていた)
夕張(ただ、言動がおかしくなり始めたのもこの頃かららしい)

夕張(若手将校のように溌溂とし、一部では『彼の守護天使が労働意欲に目覚めた』とも揶揄された)
夕張(そう――若手将校のような理想主義に燃え始めたのだ)

夕張(幕僚監部にこれを危惧する者は居なかったのだろうか)
夕張(それとも、彼の輝かしい戦歴が周囲の目を曇らせていたのだろうか)

夕張(兎も角、徐々におかしくなっていく彼を、誰も止めなかった)
夕張(5か月前にニューギニア北部方面へ出撃し、その1か月後にそのまま消息を絶つまで)

村雨「次の補給はブインで受けてください」
村雨「ブーゲンビル島から先は危険なので、注意してくださいね」

夕張「ん、ありがと」
夕張「……演技出来てないよ」

村雨「……」
村雨「はぁー……お久し振りですね、夕張さん」

村雨「そんなに普通の村雨っぽくなかったですか?」
村雨「泊地の皆にそういうの言われたことはないんですけど」

夕張「いや、前よりは格段に『村雨』だよ」
夕張「普通の人なら騙せるんじゃないかな」

村雨「相手が悪かったってことですかねぇ……」

夕張「そんなとこかな」
夕張「ところで聞くんだけど」

村雨「何でしょう」

夕張「何で態々私を呼び出したの?」
夕張「私は情報本部か中部派遣隊主導の、北マリアナやフィリピン方面での仕事しかやったことないんだけど」

夕張「南方派遣隊は自前の情報部とあんた含めて自前の機関員持ってるでしょ」
夕張「寧ろ私なんかよりニューギニア方面の地勢に詳しい筈じゃない?」

村雨「私ら派遣隊と本土の確執は結構根深いですからねぇ……」

夕張「じゃあ今まで放っておいたの?」

村雨「まさか。情報本部も捜索隊をいくつか出したようですけど、誰一人帰ってこないみたいなんですよ」
村雨「勿論こっちからも何人か出しました」

村雨「脱走部隊に活動を邪魔されたら困りますし、何より麾下の指揮官の脱走ですからね」
村雨「でも1か月くらい前から連絡も取れなくなっちゃって」

村雨「夕張さんならご存知でしょうけど、元々そんなに人数の居る部署じゃないですし」
村雨「うちらとしてはこれ以上の協力は……」

夕張「ああ、成程……それで『部外者』の私なわけね」
夕張「情報本部も南方派遣隊も、仮に私が帰って来なくてもどちらも困らないもの」

村雨「帰って来てください」
村雨「少なくともどちらも喜びはしませんよ」

――ブーゲンビル島沖

夕張(ブーゲンビル島に近付くに連れ、度々偵察機の触接を受けるようになった)
夕張(……味方の)

夕張(一時ブイン基地に居たのでよく知っている)
夕張(この近辺は敵の魚雷艇が度々出没し、手痛い被害を与えてくることが多い)

夕張(特に空母や軽空母はその被害を受けやすく、ブイン、ラバウルの彼女達はいつも気が立っているのだ)
夕張(――それこそ、魚雷艇群を攻撃する作戦と聞くと狂喜乱舞する程に)

千歳≪方位2-8-0に友軍艦隊。距離6カイリ≫
千歳≪接敵航行中の模様≫

夕張「了解」
夕張「あー、こちらはトラック101」

夕張「こちらの西6カイリを航行中の艦隊へ」
夕張「応答を求む、どうぞ」

球磨≪こちらはブイン第2艦隊≫
球磨≪そちらの航行目的を伝えよ≫

夕張「作戦中の補給を受ける為にブインへ航行中、どうぞ」

球磨≪……そちらの旗艦をお答え願いたい≫

夕張「夕張よ」

球磨≪了解≫
球磨≪『墓島』へようこそ。基地までエスコートするクマ≫

――ブイン基地、補給所

夕張(ブイン基地の空母艦娘は誰も彼も常に苛々している)
夕張(そして、今回の私達はタイミングが悪かった)

夕張(今日は丁度敵魚雷艇群の掃討作戦が行われる日だったらしい)
夕張(ここの空母達はこの時になると敵も味方もなく爆撃することがある)

夕張(なので、こういう時はブイン所属の艦娘が水先案内人として友軍を誘導する)
夕張(迷い込んだ奴は知らない。目的がどうであれ、そこに居たのが悪いのだから)

明石「すいませんねぇ、今みーんな出払っちゃってて」

夕張「知ってるわよ」
夕張「私が居た半年で一体どれだけこれに振り回されたってこともない」

明石「そうだよねぇ……」
明石「しかしよく生きてたねぇ、夕張」

夕張「自分でも不思議なくらいよ」
夕張「あんたは相変わらず?」

明石「うーん、まあ、ぼちぼち?」
明石「それにしてもタイミング悪かったわねぇ。この後西へ行くんでしょ?」

夕張「うん」

明石「今回の掃討作戦は西の方なのよね」

夕張「あぁ……エスコートは?」

明石「そりゃ勿論。うちで一番の腕っこきがやってくれるよ」

――ブーゲンビル島沖

夕張(結局、いっそのことブインの空母部隊に合流した方が安全だという)
夕張(それ自体は私も由良も知っているのだが、問題は合流する方法だった)

那珂≪しっかりついてきてね!≫

夕張「お手柔らかにお願いねー」

那珂≪もうっ! 夕張ちゃんはいつもそんな調子なんだからー!≫

夕張「いつもその調子の那珂ちゃんも凄いよ……」

望月≪ほんとそれなー≫

長月≪まったくだ。那珂さんはもう少し慎みを持ってくれ≫

由良≪相変わらずなのね≫

那珂≪皆してひどーい!≫

夕張(こんな調子だが、ブイン基地最古参にして最高峰の練度を誇る軽巡、那珂ちゃん)
夕張(彼女なら誤爆される心配は早々ない)

夕張(空母艦娘達でも一目置く存在だし、何より誤爆されても難なく切り抜けられる実力者だ)
夕張(基地司令が気を回してくれたらしい)

那珂≪あっ、そろそろ合流だよー!≫

隼鷹≪ひゃっはー! 魚雷艇は消毒だーっ!≫

那珂≪隼鷹さーん!≫

隼鷹≪はぇ?≫
隼鷹≪あるぇー? 那珂ちゃん? 何しに来たの?≫

飛鷹≪もうっ、隼鷹!≫
飛鷹≪提督から連絡があったでしょ!≫

隼鷹≪えーとぉ……あっ≫
隼鷹≪トラックの任務部隊だったっけ≫

夕張「ええ、トラック第101任務部隊です」

隼鷹≪へぇー≫

飛鷹≪隼鷹、そろそろ時間よ!≫

隼鷹≪おっ!≫
隼鷹≪おっしゃー! 行くぜ! 全機発艦!≫

飛鷹≪アレ流すわよ!≫

≪♪~♪~~♪♪~~≫(♪ワルキューレの騎行)
http://youtu.be/0EUckxAgZ_E?t=8

グォォォォン ォンォンォンォン……

ドドドォン ボスボスボス…

隼鷹≪あの島のマングローブを100m程焼き払え!≫

≪Hojotoho!≫

ォォォン ドォン ドォン ドォン

瑞鳳≪出てきた、出てきた!≫

龍驤≪逃げる奴はPT小鬼や! 逃げん奴はよく訓練されたPT小鬼や!≫

≪Hojotoho!≫

飛鷹≪石器時代に戻してやるわ!≫

ドォォン ボォォン

≪Heiaha!≫

飛鷹≪あそこの浜は飲むのに良さそうね≫

隼鷹≪マジで!? おっしゃさっさとあいつら焼いて飲みに行こうぜ!≫
隼鷹≪ひゃっはぁー!!≫

≪Heiaha!≫

シャシャシャシャ ドボォン

隼鷹≪うわっち! 反撃だ反撃!≫
隼鷹≪駆逐艦が居るぞ! 瑞鳳、奴を焼いちまえ!≫

≪Helwige! Hier!≫

瑞鳳≪オッケー! 50番3発、食べりゅー?≫

ドォン ドボン ドバァン

≪Hieher mit dem Ross!≫

瑞鳳≪敵艦沈黙!≫

隼鷹≪よくやった! あとでビール1ケースやるよ!≫

ボカァン

≪Hojotoho!≫

春雨≪うわぁ……≫

隼鷹≪よっしゃー、これで全部だろ!≫
隼鷹≪あそこの浜で飲もうぜ!≫

瑞鳳≪さんせー!≫

龍驤≪ほな司令部に連絡入れとくわ!≫

飛鷹≪お願いね!≫

那珂≪あ、那珂ちゃん達は哨戒しながら帰るね!≫
那珂≪お疲れ様ー!≫

隼鷹≪おうお疲れー!≫

ザザザザ……

夕張「派手にやったわねぇ」

隼鷹「お、夕張達もお疲れさん!」
隼鷹「あんた達も飲んで行きなよ!」

夕張「私ら何もしてないんだけどね」

瑞鳳「固いこと言わないでさ! ほらほら!」

千歳「じゃあ、お言葉に甘えて……」

初月「あの……」
初月「まだ制圧は完了してないんじゃないのか?」

隼鷹「あんだって?」

初月「まだ危険が残ってるのに、酒を飲むのか?」

隼鷹「あたしが安全だって言ったらここは安全なんだよ!」

由良(んな無茶苦茶な……)

夕張「それじゃ、そろそろ出発しましょ」スクッ

由良「それが良さそうね」
由良「ほら、千歳さん、行きますよ」グイッ

千歳「はいはーい」ヘベレケ

隼鷹「なんだぁー、もう行っちまうのかい?」

飛鷹「も少し飲んでけばいいのにー」

夕張「そうもいかないですからねー」

瑞鳳「まだ西に行くの?」

五月雨「そうみたいです」

瑞鳳「ふーん……」グビッ

――ビスマルク海

ザアアァァァ

千歳≪……降ってきたわね≫

由良≪もうすぐ日も暮れるわ≫
由良≪どこかで休息を?≫

夕張「いいえ」
夕張「ウェワクまで補給が受けられないから、早く突破しないと」

夕張(元々制海権を巡る海上での戦争というのは、具体的な戦線という概念が稀薄になりがちだ)
夕張(地上と違って、塹壕線があってそこに兵士が詰めているわけではなく、敵領域への侵入自体がそれ程難しくないからだ)

夕張(だが、それでもある程度戦線のようなものは存在し、それはどちらかの陣営の船舶が自由に航行出来るという形で現れる)
夕張(――この近辺の海域は、そういった概念が成立していない)

千歳≪前方……方位3-0-0の辺りで戦闘が行われている模様≫
千歳≪それと彩雲の通信状態が悪化してきたわ≫

夕張「了解。長距離偵察はもういいです。近距離に切り替えてください」
夕張「複縦陣! 戦闘を避けつつも突破する!」

由良≪了解!≫

夕張(この近辺は敵味方双方から、果ては地元のアマチュアテロ屋まで、色んな連中が妨害電波を流しまくったせいで長距離通信が通じない)
夕張(そして謀略通信も横行したせいで、辛うじて拾った通信内容はハイパーインフレ中の国のお金より信用がない)

夕張(結果、この海域には敵味方が入り乱れ、目視で確認するか合言葉でも決めておくかしなければ敵味方の識別が出来ない)
夕張(それを利用した奇襲等も横行し、誰もが疑心暗鬼になっている)

夕張(直接顔の見える奴以外は信じるな。怪しきは撃て)
夕張(それがまかり通っている、地獄の海域だ)

夕張(電探の妨害も酷いので、敵味方の識別は専ら偵察機か目視で行われる)
夕張(その偵察機も一度帰艦しなければ偵察情報を報告出来ない有様)

夕張(通信手段といえば発光信号が基本で、変わり種では手旗信号を行うこともある)
夕張(艦隊内の短距離通信も安定しないことがあり、この海域では艦隊運動の為に誘導灯を点けて航行するのが常識だ)

初月≪電探が効かない≫

夕張「艦隊防空圏内だけで充分よ」
夕張「針路を2-3-0に」

由良≪了解≫
由良≪各艦は前の艦の誘導灯を見失わないように!≫

由良≪もしはぐれたら兎に角ウェワクへ向かうこと!≫
由良≪……長い夜になりそうね≫

ドドォン… ドォォン…

夕張「針路変更、2-5-0」

由良≪……ザザい……≫

夕張(聞こえたのかな)

シャシャシャシャ…

夕張「っ!」

ドバァン

夕張「クソッ! 再度針路変更! 2-8-0! 2-8-0!」
夕張「由良! 由良!」

由良≪ザザッ……りょうザザ≫
由良≪せってザザッ方位2-3ザザに味方艦……≫

夕張(方位2-3-0? 味方艦隊?)
夕張(……あれか!)

夕張(最悪! 接敵航行中の味方艦隊とかち合った!)
夕張「こちらトラック101! 南西の味方艦隊! 攻撃を中止せよ!」

ヒュルルル ドボォン ドパァン

夕張「攻撃中の味方艦隊! こちらは味方だ! 攻撃を中止せよ!」

五月雨≪……ザザザいだんザザッ照明ザザ≫

ドンッ パッ

夕張(照明弾……今のは五月雨ちゃん?)
夕張(兎も角、助かった。向こうもこちらの姿が見えた筈)

夕張(春雨ちゃんと千歳さんが陣形から外れて、陣形が崩れつつある……仕方ない)
夕張≪各艦、もっと接近して! 僚艦との間隔を狭く!≫チカチカ

由良≪ザザうかい!≫
由良≪夕張! 聞こえる?≫

夕張「格段に良くなった!」
夕張「他の皆は?」

五月雨≪よく聞こえます≫

春雨≪私もです≫

初月≪ザザおう聞こえザザ≫

千歳≪ザザザうぶよー≫

由良≪攻撃が止んだわね……≫

夕張「そうね……」
夕張「針路を2-3-0に。味方と接触する」

ドォン ドォン

由良≪味方艦隊変針!≫
由良≪北の別の艦隊に向けて発砲中!≫

夕張(私達が味方と分かるや否や味方艦隊は興味を失ったかのように変針した)
夕張(妨害されているせいでいまいち分からないが、今この近辺には5つの艦隊が入り乱れて存在する)

夕張(1つは私達。もう1つは目の前の味方)
夕張(そしてあとの3つはどういうわけだか全てが全てと交戦中)

夕張(目の前の味方もそこへ入っていく……というより、戻っていったというのが正しいだろうか)
夕張(もう誰も私達のことなど気に留めていない)

夕張(ただただ海に浮かんだ鉄塊どもが、漫然と砲火を交えているだけだ)
夕張「こちらトラック101。正面の味方艦隊、応答せよ」

夕張(……応答なし)
夕張(聞こえていない、というよりは寧ろ……)

夕張「そこの味方艦隊! 戦艦3と巡洋艦3! あんた達よ!」
夕張「あんた達の指揮官は!?」

≪……≫
≪……ザッこちらラバウル21、航空戦艦扶桑≫

扶桑≪現在私が旗艦代理です≫
扶桑≪補給を受けるならばウェワクへ向かってください≫

扶桑≪通信が必要なら南下すればラエと連絡が出来る筈です≫
扶桑≪それと注意喚起ですが、私達以外にもラバウル21を名乗る艦隊が居ます≫

扶桑≪ラバウル21は私達だけです。補充増強される度に人員を確認しています≫
扶桑≪ですので、私達以外のラバウル21には反応しないでください。以上≫

夕張「……了解」
夕張(ラバウルの第21哨戒艦隊って半月くらい前に解隊されたんじゃなかったの?)

ドォン ドォン
ヒュルルルッ ドパァン

夕張「ウェワク基地、ウェワク基地、応答せよ」
夕張「おかしいな……そろそろ通じても良い筈なんだけど」

千歳≪偵察機を出す?≫

夕張「いや……」
夕張「もう見えてきちゃう」

夕張「……?」
夕張「あれは……?」

千歳≪えーと……前方、あそこってウェワクよね?≫

夕張「……応答がないわけだわ」
夕張「基地が燃えてる」

――ウェワク基地、埠頭

夕張「皆は埠頭の辺りで待機してて」
夕張「私と五月雨ちゃんで指揮官を探して――」

「夕張さんですか?」
「トラック泊地の」

夕張「ああ、はい、トラック101、夕張です」

漣「あー、良かった! 生きてらっしゃって安心しましたよ!」
漣「村雨さんから伝言を預かってます。はい、どうぞ」ピラッ

夕張「ありがと」

漣「いやー、これでやっとここからオサラバ出来ます!」

夕張「ここは何があったの?」

漣「さぁー、漣もよく知らないですヨ」
漣「漣は3日前にここに到着しましたが、ずっとこんな感じです」

漣「一応あっちが守備隊指揮所、あそこが補給廠、あの廃墟が基地司令部庁舎です」
漣「あとここから少し行ったところに飛行場もありますよ。今人居ないかもですけど」

漣「ああ、それと向こうの林の中に艦娘用の天幕があります」
漣「っていってもこの基地は本来艦娘が駐留してる基地じゃないんですけどネ」

夕張「なのに艦娘が居るの?」

漣「会いたきゃ会っても良いと思いますヨ」
漣「それじゃ、漣はこれで! 漣もさっさと逃げ出しちゃいたいのです!」

タタタタッ

漣「夕張さん!」クルッ

夕張「?」

漣「ここは地獄ですヨ!」

タタタタッ……

――ウェワク基地、基地守備隊指揮天幕

夕張「ここの部隊長は?」

守備兵「知らねぇ。他所を当たりな、嬢ちゃん」

夕張「ああそう、ありがとう」
夕張「誰に聞いても答えてくれないわね」

五月雨「そうですね……」
五月雨「守備隊の皆さんも随分階級が低い人ばかりですが」

夕張「昨日も艦砲射撃されたらしいからねここ」
夕張「でも誰かが指揮を引き継いでる筈なんだけどなぁ」

「おーい!」

夕張「?」

女「あんた達艦娘よね?」
女「丁度良かった。頼みがあんのよ」

――ウェワク基地、埠頭

由良「……遅いわね、二人」

千歳「そうね」グデーン

初月「6」

春雨「7」ピラッ

初月「ダウトだ」

春雨「あうぅ……」
春雨「やっぱり二人でダウトは無理ですよぅ」

初月「そうだな……」

由良「はぁ……」
由良「あら、噂をすれば」

夕張「戻ったわ」

由良「指揮官と話はついた?」

夕張「一応ね」
夕張「でもここに指揮官なんて居ない」

由良「どういうこと?」

夕張「そのままの意味よ」

夕張「補給は燃料のみ。それと悪いけど千歳さんと初月ちゃんの整備はなしよ」

初月「何だって?」

夕張「軽空母と防空駆逐艦は整備出来ないんですって」

千歳「えぇー」

夕張「それともう一つ、補給と引き換えに頼まれごと」

由良「まだ何かあるの?」

夕張「艦娘用の天幕で、ここの艦娘の『相手』をしてやるの」

由良「『相手』?」

夕張「艦娘好きの艦娘が3人、欲求不満抱えて詰めてるそうよ」
夕張「相手のご指名は駆逐1人と艦種問わず1人。それと千歳さん」

由良「なっ……!」
由良「補給を受ける為に身体を売れってこと!?」

夕張「そんなとこ」
夕張「由良はここで待ってなよ。私がやるから」

由良「っ……!」

――ウェワク基地、艦娘天幕

女「いやー、困ってたんで助かるわ」
女「じゃ、後よろしくねー」

夕張「こっちこそ、約束通り頼みますよ」

初月「……」

夕張(話し合った結果、結局私と初月ちゃんがやることになった)
夕張(千歳さんは向こうからご指名だったので強制だけど、当人はあまり気にしていないようだ)

夕張(恐らくは、その相手に予想がついているのだろう)
夕張「お邪魔しまーす」バサッ

鹿島「あら、ふふふっ♡」

千代田「わぁ、千歳おねぇだ! 本当に来てくれた!」ガタッ

榛名「言った通りでしょう」

千代田「うん、ほんとにそうだね! ありがとうございます!」
千代田「千歳おねぇ、こっち来て!」ギュッ

千歳「はいはい」

鹿島「私は初月さんを」
鹿島「初月さん、こちらにいらっしゃい♡」テマネキ

初月「あ、ああ」

榛名「それでは、私は……」

夕張「なんかすいませんね、余り物みたいで」

榛名「いいえ……」
榛名「外に出ましょうか」

――ウェワク基地、艦娘天幕裏

<あぁっ♡ おねぇ♡ おねぇっ♡
<もっと千代田のここ触ってっ♡

夕張「声漏れてるっての」

榛名「彼女は『千歳』であれば誰でも良いようなので」
榛名「……夕張さんは何年従軍を?」

夕張「8年です。榛名さんは?」

榛名「同じくらいですよ」
榛名「南方にはいつから?」

夕張「本土に居たのは最初の2年だけです」
夕張「榛名さんも長そうですね」

榛名「ええ……」
榛名「思えば、色々なものを失いました」

夕張「……でしょうね」

<おっぱいも、もっと舐め回して♡

榛名「……生まれて初めて恋人が出来たのは、南方に来てからです」

夕張「へぇ」

榛名「当時一緒の艦隊に居て、一緒に戦っていた霧島でした」
榛名「気立てが良く、仲間思いで……」

榛名「……その仲間思いなところが、彼女を死へ追いやってしまった」
榛名「ソロモン作戦で駆逐艦娘を庇おうとして……」

夕張「……」

<あッ♡ イッくぅッ♡

榛名「……夕張さん」

夕張「はい」

榛名「……」チュッ

夕張「んっ」

ドサリ

夕張(榛名さんは、兎角キスが好きだった)
夕張(唇を重ねながら私を押し倒し、舌を絡めながら私の頬や髪を撫で回す)

榛名「夕張さんも、疲れてらっしゃるんですね……」チュ

夕張「っ……」ゾクゾクッ

榛名「榛名は大丈夫です……」チュッ
榛名「こうして、あなたの温もりを感じているだけで、大丈夫なんです……」スリスリ

夕張(愛撫と辞書で引けばこういうものが出てくるのだろうというくらい、優しくて心地の良い愛撫)
夕張(恋人同士でも、きっとこんなに優しくはない)

榛名「夕張さんは……」
榛名「――その目は、何を見ているの?」

夕張「……」チュッ

――ウェワク沖

初月「……」ソワソワ

夕張(艦娘同士で睦み合うことは然程珍しくもないが、初月ちゃんは初めてのことだったらしい)
夕張(しかも、相手はあの鹿島だ)

夕張(さっきの鹿島は、聞けば昔は真面目な本土の教官だったらしい)
夕張(しかし、演習中に教え子を喪って以来、何かが変になったそうだ)

夕張(具体的には、駆逐艦娘や海防艦娘を手籠めにするようになったという)
夕張(練度は高いが素行不良とされ、いくつかの基地をたらい回しにされた挙句、ラバウルに行き着いた)

夕張(今もこうしてしばしば駆逐艦や海防艦に手を出しているようだ)
夕張(恐らくは、そうすることで精神の安定を保っているのだろう)

由良「……」

夕張(不機嫌な由良は航行に必要なこと以外は喋らなくなった)
夕張(以前から私がこういうことをするとすぐに不機嫌になるのは知っている)

夕張(勘違いでなければ、彼女は私に恋心を抱いているのだろう)
夕張(……付き合いは長いが、私は不思議と彼女にそういう情を抱いたことがなかった)

夕張「……成程ね」
夕張「私が、簡単には引き返せないところまで来てからこれを渡したわけだ」

夕張(村雨が漣を通して寄越したのは、追加の資料だった)
夕張(内容は過去に南方派遣隊が送り込んだ機関員――香取について)

夕張(村雨曰く『1か月前から連絡が取れなくなった』という彼女が、最後に送ってきたもの)
夕張(それは、勝井大佐に賛同する旨、そして彼が家族に宛てて書いた手紙であった)

夕張(勝井大佐の手紙は短いものだ)
夕張(内容を要約すれば『家を売れ。子供を売れ。新しい男を見つけろ。私に関する全てを忘れろ』)

夕張(彼は全てを捨てたのだ)
夕張(妻子も帰る場所も捨てる、その価値がある何かを得たのだ)

夕張(そして香取はそれに触れ、寝返ったのだろう)
夕張(言いようのない恐怖が、私に襲い来る)

夕張(しかし、それは同時に私を苛んだわけではなく、寧ろ心地良くすらあった)
夕張(その感触が何なのか、私は知っている)

夕張(――楽しみだ)
夕張(私は、彼と会うのが楽しみになってきていた)ニタッ

――北ニューギニア沖

千歳≪真っ暗ね。誘導灯くらいつけさせて頂戴≫

夕張「駄目です。電波誘導のみでいきます」
夕張「次は――ん?」

ヒュルルルルッ

由良≪……!≫
由良≪島影から発砲!≫

ドボンッ ドボンッ

夕張「おっと……!」

シャシャシャシャ バチッ

夕張「いッ……!」

由良≪応射! 応射!≫ドォン ドォン

初月≪そこら中から撃たれてる!≫ガンッ ガンッ

夕張「……?」
夕張「これは……演習弾?」

ドボンッ ドボンッ

千歳≪春雨ちゃん! もう少し右へ! 陣形が崩れる!≫

夕張「射撃中止! 射撃中止!」

由良≪何を言ってるの!?≫

夕張「よく見なさい!」
夕張「演習用のペイント弾よ! 連中は私達を脅かしてるだけよ!」

由良≪何言って……!≫

春雨≪ぷぇっ……!≫
春雨≪ほ、ほんとだ……ペ、ペイント弾です、はい……≫

夕張「ほら! 射撃中止!」

由良≪ッ……!≫

ヒュルルルッ ドバァンッ

由良≪きゃああっ!≫

夕張「由良っ!?」

由良≪何よ……≫
由良≪やっぱり……実弾じゃない……ブツッ≫

ドボンッ ドボンッ

春雨≪由良さん!≫

夕張「春雨ちゃん、由良を直接確認して」

春雨≪は、はいっ!≫
春雨≪煙幕を展開します!≫ボンッ

ドボンッ ドボンッ

初月≪敵の攻撃が止まないぞ!≫
初月≪ッ……電探に感! 前方に艦隊!≫

五月雨≪夕張さん! 引き返しましょうよ!≫
五月雨≪何を探してるのか知らないですけど、こんなとこ何もないですよ!≫

夕張「ッ……!?」
夕張(私とてその可能性は少しでも考えなかったでもない)

夕張(勝井大佐は既に死んでおり、彼の艦隊などとっくに消滅しているのではないか)
夕張(私達が向かっている先には何もないのではないか)

夕張(私達は既に存在しない艦隊を追い求めて闇の中を彷徨っているだけなのではないか)
夕張(それでは困る!)

夕張(勝井大佐には生きていてもらわねば困るのだ!)
夕張「照明弾!」ドンッ

シュルルルルッ パッ……

ドボンッ

……

初月≪……≫
初月≪……攻撃が止んだ≫

夕張「由良は?」

春雨≪小破です。多分、戦艦か重巡の榴弾を受けたものかと……≫
春雨≪通信途絶はただ無線がやられただけみたいです、はい≫

夕張「そう」
夕張「……さて」

夕張「こちらは日本国海軍、トラック101任務部隊」
夕張「前方の艦隊、そちらの所属と目的を答えよ」

≪……≫

夕張「……」

加賀≪……こちらショートランド泊地北ニューギニア分遣隊≫

夕張「……!」
夕張「間に合いましたか?」

加賀≪ええ。奥に居るわ≫

夕張(私達は遂に辿り着いた)
夕張(彼の足元に――彼の王国に)

夕張「さっき私達を撃ってたのは?」

加賀「近所の深海棲艦です」

夕張「深海棲艦が近くに?」

加賀「敵ではないですよ」
加賀「ただ私達の提督を慕って、勝手に集まっているだけです」

加賀「彼女らは周辺に隠れていますが、艦娘を傷付けようという意図は別にありません」
加賀「ただ脅かそうとしているだけで……」

由良「……」ジトッ

加賀「……時々、不幸な事故もありますが」

――秘匿基地、埠頭

夕張「由良達はここで待ってて」

由良「了解」

夕張「夜までには戻ろうと思ってるけど、もし夜明けまで戻らなかったら皆を連れて帰って頂戴」
夕張「それと、その時は空軍に爆撃を要請して。基地ごと全部焼き払えるくらいのやつを」

由良「えっ……でも、それって」

夕張「コールサイン『アメノハバキリ』で呼び出せば、情報本部が核以外なら何でも撃ってくれる筈よ」
夕張「座標はこれと、これ。必要なことは全部書いてあるわ」

由良「……分かった」

夕張(諦め顔の由良、涼しい顔の千歳さん。対照的に駆逐艦達は不安そうにこちらを見上げる)
夕張(それを後目に、私は朝日を浴びながら『彼の王国』へと足を踏み入れた)

――秘匿基地、遺跡通路

夕張「勝井大佐とはお話をされるんですか?」

加賀「話を『する』?」

夕張「ええ」
夕張「あなた達だって提督とお話くらいするでしょう?」

加賀「まさか、とんでもない」
加賀「私達はただ提督のお話を『お聞きする』だけです」

夕張「……そうですか」
夕張「どうです」スッ

加賀「あら、本土の煙草ですか」
加賀「いただきましょう。ここで一番困るのはそれですからね」

夕張「でしょうね」カチッ カチッ シュボッ

――秘匿基地、指揮所

夕張「……勝井大佐」

勝井「よく来たな」
勝井「率直に言え。お前の任務は私の暗殺だろう」

夕張「いいえ。大佐の指揮権の剥奪です」

勝井「ふん。同じことだ」

夕張「大佐には一度方面総監部へ出頭していただきます」
夕張「お疲れでしょうから、本土でゆっくり療養されると良いでしょう」

勝井「まるで私を助けに来たかのような言い草だな」
勝井「何を生意気な。私の方こそ、お前の命を助けてやるところだ」

夕張「……」チラッ

加賀「……」

勝井「お前が自分の任務を話したのだ」
勝井「私もお前に自分の任務を話さねばなるまい」

勝井「我々の任務は、北ニューギニア方面で跳梁する現地武装勢力の排除だった」
勝井「その方法も、扱う装備も、全て幕僚監部からの命令だ」

夕張「脱走ではなかったのですか」

勝井「ほう、お前に命じた者達はそう言ったのか」
勝井「仮に脱走だったとして、たかが1艦娘部隊に情報本部がこの最果てまで追っ手を放つものか」

勝井「連中は私を始末して口封じすることにしたのだ」
勝井「村々を焼き払い、武装勢力と民間人を区別なく焼き殺した我々を」

勝井「お前に命じた者は私を何と言っていた?」

夕張「……」
夕張「……『狂ったのだ』と」

勝井「そうか。やはりそう言ったのか」

加賀「……」

勝井「私は戦場で自分を見失ったことなど一度もない」
勝井「気が触れて欲しいと願ったことは何度もあるがね」

勝井「……お前はソロモン帰りだな」
勝井「ならば知っている筈だ。あの作戦が何を引き起こしたのかを」

夕張「……」

勝井「私も命令を受け、あの海域の攻略に参加した」
勝井「そして多くの罪を犯した」

勝井「だが、幕僚監部は私を英雄とした」
勝井「英雄を用意しなければならない程に、多くの犠牲を払ったからだ」

勝井「私は連中の命令通りに多くを死なせ、海域を奪取しただけに過ぎん」
勝井「連中はそれを私の功績のように喧伝することで、齎された多くの死を誤魔化した」

勝井「そして、今度は私を罪人としようとしているのだろう」
勝井「自分達の保身以外に能の無い連中の考えそうなことだ」

勝井「軍隊の基本が分かっておらんのだ」
勝井「命令の責任は命令者にあるという、組織の基本中の基本が」

勝井「さて。お前は私の始末を命令され、ここへ来た」
勝井「お前は殺し屋か?」

夕張「いいえ。艦娘です」

勝井「違うな」
勝井「お前は丁稚に過ぎん」

勝井「店の主人から使い走りを命ぜられて、代金を回収しに来ただけだ」
勝井「今のお前には、私を殺す権利はあっても、私を裁く権利はない」

勝井「お前はお前の任務を果たすが良い」
勝井「私はここに居る」

勝井「まだ私の任務も終わっていない」
勝井「任務を終えるまで、ここを離れるつもりはない」

夕張「……そうですか」
夕張「それでは一旦埠頭に戻らせていただきます」

カツッ

夕張「勝井大佐」ビシッ

夕張「日が暮れたらまた来ます」

加賀「……そう」

ツカツカツカ……

夕張(彼は正気だった)
夕張(彼はどこまでも正常で、寧ろ明晰ですらあった)

夕張(ただ魂だけが常軌を逸していた)
夕張(あの苦悩の魂を、あの場で撃つことが出来る程、私は無情な人間ではない)

夕張(それを誰が責められよう)
夕張(彼が荒野に一人佇んで自己の魂を見つめたように、私もその試練に堪えなければならないのだ)

夕張「『アメノハバキリ』、『アメノハバキリ』、どうぞ」

≪こちらアメノハバキリ、どうぞ≫

夕張「本日2000時に、これから伝える座標へ空軍による爆撃を要請する」
夕張「尚、使用する爆弾については通常弾と焼夷弾を併用されたし。座標を伝える――」

――秘匿基地沖合

夕張(そろそろ日が暮れるな……)

千歳≪夕張≫

夕張「はい、何でしょ?」

千歳≪帰還中の偵察機から連絡が途絶えたわ≫

夕張「……位置は?」

千歳≪最後の位置は方位0-9-0、4カイリ≫

夕張「了解」
夕張「各艦、複縦陣――」

ヒュルルルッ ドボォン

由良≪攻撃!?≫

夕張「来た!」
夕張「複縦陣にて突撃! 目標は――」

夕張「方位0-6-0、空母加賀を旗艦とする『敵艦隊』!」
夕張「突撃!」

夕張(相手の編成は分かっている)
夕張(加賀さん含め空母2、重巡1、軽巡1、駆逐2)

夕張(勝井大佐は12人連れ出しているのと、香取が居るからあと7人居る筈だけど――)
夕張(今は兎に角、加賀さんを仕留める!)

夕張「最優先は空母! 護衛は後でいい!」
夕張「撃ッ!」ドォン ドォン

シャシャシャシャ ドバァン

春雨≪ひゃあぁーっ!≫

五月雨≪春雨ちゃんが被弾!≫

由良≪空母を抱えたまま肉薄してくるなんて、良い度胸ね……!≫ドォン

ドボンッ ドボォン

ブゥゥゥン

初月≪爆撃来るぞ!≫バンッ バンッ

夕張「対空射撃!」ドドドドドッ

ドカーン

由良≪ッ……!≫
由良≪被弾したけど、由良は平気よ!≫ドォン ドォン

由良≪魚雷発射!≫バシャッ

五月雨≪発射!≫バシャッ

シュルルルッ ドボォン

夕張(思ったより、手応えがない)
夕張(というよりは……)

勝井『我々の任務は、北ニューギニア方面で跳梁する現地武装勢力の排除だった』

勝井『村々を焼き払い、武装勢力と民間人を区別なく焼き殺した我々を』

夕張(対地装備。対艦火力は大したことない、って感じね)

ズドォーン

由良≪敵空母撃沈!≫

夕張(空母を撃沈)
夕張(加賀さんも、もう艦載機を飛ばすことは出来ない筈)ザザァ

加賀「……やはりこうなりましたか」
加賀「ですが、どうあっても提督をお渡しするわけにはいきません」

夕張「あなた達の忠誠心には敬意を表しますが、大佐は既にあなた達の提督ではありませんよ」

加賀「提督が帰還するとなれば、私達はどうなるのでしょうね?」

夕張「私の任務は大佐の拘束だけです」
夕張「好きにすれば良いじゃないですか」

加賀「提督が居なくなれば、私達は存在意義を失います」
加賀「私達は提督の部下であり、日本国海軍の艦娘です!」ドォン

夕張(副砲!)
夕張「くッ……!」バシャッ

ドバァン ズドォーン

――秘匿基地、埠頭

夕張「私は上陸する」
夕張「由良達は海上警戒を続けて」

由良≪了解≫
由良≪……大丈夫?≫

夕張「中破にもなってない。平気よ」
夕張「じゃあ、頼んだからね!」ダッ

タッタッタッタ

夕張「……!」
夕張「……香取」

香取「……」

夕張「……」チキッ
夕張(地上で艤装は役に立たない)

夕張(だから私は拳銃を持っている)
夕張(なのに、彼女は何故か艤装を構え――)

香取「夕張さん」ドォン

夕張「ちぃッ!」バッ

パァンッ パァンッ

香取「ッ……く……!」ガクリ
香取「ふ、ふふ……夕張、さん」ポタポタポタ

香取「それで、いいのよ……!」
香取「ただしい、ひと……」ドサッ

夕張(茶番だ)
夕張(彼女らは自身の無分別さを神秘めいた論理で整えているに過ぎない)

夕張(その一点において、私の命令者達と彼女らは同じなのだ)
夕張(――恐らくは、私も)

香取「」

夕張「……」ダッ

――秘匿基地、指揮所

夕張(案の定というべきか)
夕張(勝井大佐は、一人で私を待っていた)

勝井「あともう少しだったのだ」
勝井「あともう一息で、私は私の任務を達成していた」

夕張「……」チキッ
夕張(私は、努めて無表情だった)

勝井「ああ、地獄だ」

夕張(スライドを引いて弾丸が装填されたことを確認し、銃口を彼に向ける)ジャキッ
夕張(照星の向こうの彼の表情は、どこか自信ありげで、勝ち誇っているようだった)

勝井「これは地獄だ!」

パァンッ

夕張「直ちに離脱する!」
夕張「空爆に巻き込まれるよ、早く!」

夕張(私の任務は終わった)
夕張(彼の語ったことが真実であったかどうかは分からないし、分かる必要もない)

夕張(とんだ茶番で、とんだ地獄だった)
夕張(彼の正気は、誰にも理解されることはないだろう)

夕張(私にはそれを人に伝える義務がある)
夕張(しかし同時に、それを理解する資格はない)

夕張(ただ確実に言えるのは、勝井大佐はこの地の果てで息を引き取ったことだ)
夕張(月明かりの中で燃え盛るその島影は、全てを飲み込む深い闇の奥のようだった)


【艦これ】夕張「ハート・オブ・ダークネス」

【完】

【元ネタ】
 ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』1902年
 フランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録』1979年
 滝沢聖峰『HEART OF DARKNESS』2001年


くぅ疲
SS書くの超久々だったんだけど、内容としては「艦これで『地獄の黙示録』パロやりたい」というだけのことでした

読んでくださってありがとうございました

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