ターニャ・フォン・デグレチャフ「さて、諸君。新兵器だ」 (20)

「総員、傾注!」

第二〇三航空魔導大隊副長、マウテス=ヨハン・ヴァイス中尉の号令で大隊各員が一斉に顔を向ける先には、教壇に上がってもなお小さい、ひとりの幼女の姿があった。

「大隊戦友諸君。本日は諸君らに思考ゲームを用意した。血生臭い戦場を飛び回り、すっかり凝り固まって脳筋と化した諸君らの頭をほぐしてやろう。出題者はこの私であり、諸君らには問題に対する疑問を提示して、そして最終的な結論を導き出して貰う」

思考ゲームと聞いて、隊員たちは怪訝な面持ちだ。何せ彼らは猟犬であり、考えるよりもまず先に命令を実行するのが仕事である。
しかし大隊長たる幼女、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は彼らに教養を身に付けさせ、より使える軍人に鍛え上げることこそ、仕官する帝国に対する己の使命であると考えていた。

「私は自分が選んだ大隊戦友諸君らの脳みその出来をそれほど悪くはないと信仰しているか、この思考ゲームの成り行き次第では考えを改める必要が生じるやも知れん。この私を絶望させるな! では、諸君らに問おう」

プレッシャーをかけられて生唾を飲み込む隊員を睥睨しながら、幼女は問う。

「仮想敵国はルーシー連邦。現体制が崩壊し、分裂した結果、我が帝国と緩衝地帯が生まれた。時は流れ、体制を整えた連邦は失った領土を取り戻すべく、緩衝地帯へと侵攻した。さて、諸君らはどう出る?」
「無論、侵攻を阻止します」

即断したのはヴァイス中尉。周囲も頷いた。

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「阻止するにも色々と方法はあるだろう。貴官ならばどうする?」
「まずは出鼻を挫くために砲兵隊による効力射。そして大隊規模の航空魔導士による空爆の後、歩兵部隊にて押し返します」

いかにもそれはこの時代の戦法。教本通り。

「つまり貴官は緩衝地帯へと大々的に軍を派遣して連邦に対して全面戦争を始めると?」
「完全に占領される前に手を打つべきかと」
「なるほど。帝国軍人としては満点だな。しかしそれは同時に束の間の平和を手放すことになるぞ」
「先に出兵したのは連邦であり、戦争責任は連邦にあります」

正論だな。幼女は鼻を鳴らし矛先を変える。

「セレブリャコーフ少尉はどう思う?」
「概ね、ヴァイス中尉に賛同します。しかし少しばかり懸念的が……」
「なんだ、言ってみろ」
「先程少佐殿は、連邦の崩壊後に生まれた緩衝地帯に再び連邦が体制を立て直して侵攻するまでにタイムラグがあったような言い回しをされたので……」

流石だな。それでこそ大隊長の副官である。

「少尉の懸念は正しい。体制が崩壊し、緩衝地帯が生まれ、そして再び体制を立て直すまでに時は流れている。これは未来の戦争だ」

未来の戦争。さあ楽しい思考ゲーム開始だ。

「さて、その点を踏まえて、ヴァイス中尉はどう作戦を立案する?」
「私の考えは変わっておりません。即時派兵して対応すべきかと」
「貴官はきっと、年老いて死ぬまで帝国軍人であり続けるのだろうな」

それで年老いて死ねるならば、誉れだろう。

「残念ながら貴官の部隊は全滅だ」
「なっ!?」
「時は流れたと言っているだろう。とはいえ連邦が強くなったわけではない。貴官の部隊は新生ルーシー連邦相手に華々しい戦果を挙げ、侵攻を食い止めるどころか殲滅することだって可能だろう。しかし、それでも……」

全滅する。それは何故か。副官が挙手した。

「大隊長殿、質問よろしいでしょうか」
「なんだ、セレブリャコーフ少尉」
「先程の大隊長殿の口ぶりですと、連邦は強くなっておらず、ヴァイス中尉の部隊のほうが戦力的に圧倒的であると聞こえましたが」
「そうだ。時が流れてもそれは変わらん」
「では、どうして連邦は自ら緩衝地帯へと侵攻したのでしょうか?」

やはり賢い。副官は優秀だな。褒めてやる。

「良いところに気づいたな、少尉。貴官の上官として鼻が高い。欲を言えば……もうひと押し、核心へと迫って欲しいところだ」

期待の眼差しを向けると少尉は核心をつく。

「……連邦には戦力差を覆す何かがある?」
「ふむ。それは何だと思う?」
「全世界に供給する資源……エネルギー? ううん……違う。もっと直接的に戦況をひっくり返すような……新兵器、でしょうか?」
「満点だ、少尉! 少尉は最高の副官だな!」

思わず飛びついてしまった。とても嬉しい。

「さて、諸君。新兵器だ」

たっぷり副官を褒めちぎってから、幼女は大隊長の面構えに戻り、兵器の説明をする。

「時は流れ、連邦は強力な兵器を有する国となった。この兵器は大量破壊兵器と呼ばれ、その名の通り、1発放てば町ひとつを簡単に消し飛ばし、そこに暮らす住民を灰にする。そしてこの兵器の恐ろしいところは威力だけではない」

前世の祖国を燃やされた幼女は知っている。

「爆発に伴い、周囲を汚染する。それは毒ガスに似た性質で、人体だけでなく土地そのものを有毒化し、そして洗浄は困難を極める」

しばらくは住めなくなる。隊員は青ざめた。

「そんな、非人道的な……」
「怖くなったかね、ヴァイス中尉」

思わず人道を口にした中尉へ矛先を向ける。

「連中はそれを使うだろう。追い詰められたならば。故に、追い詰めることは出来ない」
「し、しかし! そんな非人道的な連邦の暴挙を世界が見過ごす筈がありません!」
「緩衝地帯を見捨てれば平和は保たれる」

人命か救世か。人道か倫理か。どれを選ぶ。

「ちなみにこの非人道的な兵器を合州国も保有しているとしたら?」
「合州国も? ならば我が帝国も……!」
「残念ながら我が帝国は保有していない」

がっくりと肩を落とすヴァイス中尉に囁く。

「しかしこれは吉報だぞ、ヴァイス」
「吉報……? 小官には察しかねます」
「セレブリャコーフ少尉はわかるか?」
「兵器を持たないから狙われない、とか?」

やはり少尉はよく出来た自慢の副官である。

「撃てば撃たれる。なればこそ兵器を持つ国は兵器を持つ国を警戒する。だからこそ兵器を持たない選択肢が生まれるということだ」

そう諭すも、ヴァイス中尉は納得がいかず。

「しかし持たぬならば撃たれないという保証がない以上、安心は出来ないかと」
「そうだな。しかしこちらも同じ兵器を持てば撃たれないという保証もない。そして兵器とは使われるために存在する。今回の想定で使用されなかったとしてもいずれどこかでその兵器は使われる。諸君らにはどうか、そのことを頭の片隅に残して貰いたい。以上だ」

話を締めくくると隊員たちはそれぞれ浮かない面持ちで退室した。しかし、ノイマン中尉とグランツ少尉だけ何故かヘラヘラしていたので怪訝に思い、聞き耳を立ててみると。

「大隊長殿の新兵器を拝んでみたいものだ」
「胸はないから……ケツですかね?」
「いや、ターニャたんの大便かも知れん」
「ノイマン! グランツ! そこに直れッ!!」

迸る魔力を喉元に突きつけて足払いをする。

「ぐへっ!?」
「ノイマン! 大隊長をたん呼ばわりか!?」
「ゆ、許して……ターニャたん」
「戦場でなぁ、女の名前をたん付けで呼ぶ時というのはなぁ! 瀕死の豚が甘ったれて言う台詞なんだよ! わかったかこの豚ァッ!!」
「ぶひぃっ!?」

ノイマンは恐怖のあまり、失禁と脱糞した。

「グランツ!!」
「はっ!」
「この豚の糞を片付けろ!」
「はっ! 今すぐに!」
「チッ……何をしている」

這いつくばったグランツの頭を踏みしめる。

「あがっ!?」
「顔面で床を拭け!!」
「しょ、少佐殿!? もうその辺で……!」
「離せ! セレブリャコーフ少尉!」
「グランツ少尉! 今のうちに早くノイマン中尉を連れて離脱を!」
「あ、ああ……とんでもない新兵器だぜ」

怒り狂う幼女がセレブリャコーフ少尉に羽交い締めにされている隙に、辛くもグランツ少尉は昏倒したノイマン中尉を引きずりながら離脱した。

「まったくあのバカどもときたら」
「まあまあ。少佐殿、美味しいコーヒーを淹れましたよ。チョコもご一緒に如何です?」

イライラする幼女には甘い物で機嫌を取る。

「そういえば少佐殿」
「なんだ、どうかしたのか?」
「先程の想定では合州国も同じ兵器を有していると仰っていましたが……」
「それがどうかしたか?」
「いえ、もしも緩衝地帯でルーシー連邦がその兵器を使用した際に合州国はどう出るのか気になったもので」

チョコを食べて落ち着いた少佐は微笑んで。

「少尉はどう出ると思う?」
「報復は……しないかと」
「だろうな。少尉は正しい。私も同意見だ。では少し想定を変えよう。緩衝地帯がルーシー連邦と合州国の境界であったなら?」
「報復どころか撃ち合いになるでしょうね」
「ああ。だからこそ、我が帝国がその兵器を保有していないことが救いだな」

もしも帝国が兵器を保有していて、緩衝地帯で使用されたならば、お互いの領土に撃ち込まれることは間違いない。恐ろしい結末だ。

「結局、見捨てるしかないのでしょうか」
「義勇兵という名目で多国籍軍を派遣しつつ、物資支援の際に便乗して高性能な通常兵器を送り対抗する手もある」
「しかし結局、それで侵攻を食い止めたとしても連邦は兵器を使ってしまいます」
「そうだな。無論使えばただでは済まない。大量破壊兵器を持たぬ丸腰の国の、それも一般市民に対する攻撃に正義はないからな」

それでも連邦は使う。たとえ滅びようとも。

「連邦の連中は、もっと娯楽を知るべきだ」
「ノイマン中尉やグランツ少尉のように?」

意地悪な笑みを浮かべる副官に鼻を鳴らす。

「ふん。あのバカどもにターニャたん呼ばわりされるのには虫唾が走るが……」
「なんですか?」
「貴官になら……いや、なんでもない」
「ターニャたんの大量破壊兵器なら、きっと世界は平和で幸せになれますよ」
「世界平和のために私に糞を漏らせと?」
「もちろん僭悦ながら、ご一緒しますよ」
「フハッ!」

大したものだ。副官の報復に抱腹絶倒する。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「少佐殿のお尻で連邦は再び崩壊しますね」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

ならば今のうちに首都を爆撃してこようか。


【幼女便器】


FIN

補足ですが現代のドイツは核共有国なのでアメリカが核配備をしています
最後までお読みくださりありがとうございました!

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