「どうしたのよ、その時計」
「ん? ああ、親父の部屋で見つけてな」
「ふうん。ちょっと貸してみなさいよ」
「ほらよ」
今時、腕時計を身につけている高校生がいかほど存在するのかは知らないが、なんとなしに着けてみるとこれはこれでありかなと思い拝借したその時計は見つけた当初針が動いておらず、こりゃ電池切れかと思いきや裏返してみるとガラスの裏蓋から複雑機構が覗いており、試しに竜頭を何度か捻ったところ正常に動作した。
「へえ、立派じゃないの」
「かなり使い込まれてるけどな」
男子高校生が機械式時計に心惹かれるのは何故だろうね。中二病でないことを祈りたい。
「どう? 似合う?」
「お前の腕には大きすぎるだろ」
先程まで俺の腕に巻かれていた時計がハルヒの腕に装着されていることに対してなんだか妙な気分になりつつ苦笑すると時計を外し。
「これ、貰っていい?」
「いいわけないだろ」
ガラスの裏蓋から動作するテンプを眺めながらどうやら気に入ったらしいハルヒが強奪しようと画策しているが、無論断固拒否した。
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「男物の腕時計を女子がつけるのってありだと思うのよね。特にこういう無骨な時計は」
無骨で悪かったな。あまりギラギラしていたり高級な時計なんぞ。それこそ学校につけてくるには不相応だ。これくらいで丁度良い。
「不思議よね。電池式の時計が発明される遥か昔にこんな複雑な機構を思いつくなんて」
人類史には往々にしてあり得る話だ。産業革命以前の機械に頼らない技術は今となっては失われた。人間は常に楽をしたがるからな。
「もうこの時計は作れないのかしら」
「もっと複雑な機構ならまだしも、その程度なら昔よりもずっと簡単に作れるだろうよ」
「それはそれで虚しいわね」
現代の技術を用いて楽をすることを虚しいと涼宮ハルヒは表現した。たしかに虚しいかも知れない。だとしても、どれだけ楽をしても結果は同じであり、見る者に感動を与える。
「大量生産品だって悪くないさ」
「そうかしら」
「世界にたったひとつの物を腕に巻く度胸がある奴なんざ、よっぽどの金持ちくらいだ」
どれだけ金があったとしても俺にはそんな度胸はないだろうがね。するとハルヒは呟く。
「欲しければ手に入れるだけよ」
「ハルヒ……?」
「鑑賞してそれで満足なんて御免だわ」
そんな怒った口調で何故か悲しそうに主張するハルヒの真意が何なのかはわからないが、俺が地雷を踏んだことは間違いないらしく。
「複雑機構の仕組みはわからんが、それに惹かれるのはたぶん、魅力的だからだろうよ」
そう諭すとハルヒはじっと裏蓋から中身を見つめていた。テンプテーションなテンプを分解されるんじゃないかとヒヤヒヤしていると、ようやくこちらに時計を返却した。
「はい。大事にしなさいよね」
言われなくてもそうするさ。腕に巻きつつ。
「いつか貰うから」
「……そのうちな」
時計に残るハルヒの体温が、むず痒かった。
「ところで、キョン」
「なんだよ」
「裏側に振り子みたいなのがあったけど、その時計は振り子時計なの?」
「まさか」
たしかに振り子は存在しているが、あれはあくまでも内臓されているゼンマイを巻くための機構であり、振り子で可動はしていない。
「へえ、ゼンマイ式なのね」
「俺も詳しいわけじゃないけどな」
「なら、腕につけておけば勝手にゼンマイを巻いてくれて動き続けてくれるってこと?」
設計思想的にはそうだろうが現実は厳しい。
「いや、たまに手動で巻かないと止まる」
現代の技術で作られた機構なら暫く保つかも知れないが、この時計は数日おきに手動で巻いてやらないと止まってしまうと思われる。
「じゃあ、たまに巻いてあげなさい」
「ああ」
「なんなら私が巻いてやるわ」
「お前が?」
キョトンと首を傾げるとハルヒは微笑んで。
「ついでにあんたのゼンマイも巻いたげる」
そう宣言して顔を近づけてくる。近い近い。
「な、何をするつもりだ?」
「私たちは時計と違って機械じゃない」
「だ、だから……?」
「だから、こうするのよ」
キスされる寸前。頬を掠めて耳たぶを噛む。
「さあ! 動きなさい! キョン!」
カリッ!
「んあっ!?」
ぶりゅっ!
「フハッ!」
完全にゼンマイが弾け飛んだ俺の肛門から今、とぐろを巻いて原動力が解き放たれた。
「あ、あああ、あああああああっ!?!!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
汚い排泄音と共に"ガンギ車"ならぬ"ガンギマリ"な涼宮ハルヒの哄笑が時を刻んでいく。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「あ、あああ、あああああああっ!?!!」
これじゃ"脱進機"ではなく"脱糞機"である。
「ふぅ……愉しかった」
「くそったれめ……」
満悦な涼宮ハルヒを睨むと、睨み返されて。
「くそったれはあんたでしょ」
「誰のせいだと思ってやがる」
「私はゼンマイを巻いただけ」
そう考えると腕時計もまた、己の意思とは無関係にゼンマイを巻かれて時を刻んでいるわけで、なんだか急に気の毒に思えてきたぜ。
「あんたは機械じゃない」
「ハルヒ……」
すんっと鼻を鳴らして肛箱から香りを嗅ぎ。
「世界でたったひとりのキョンでしょ」
「……お前もな」
それを言いたいがために脱糞させるのは勘弁して欲しいところだが涼宮ハルヒにゼンマイを巻かれるのは存外、良い気分だった。
【涼宮ハルヒの肛箱】
FIN
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