私「妖精を粉砕して失われたもの」 (108)
オリジナルのSSです
よろしくお願いします
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1640345267
──
私「マッドサイエンティストが意図的に逃した蝶が野生化した」
私「普通の蝶じゃなく人型の蝶。見た目が妖精みたいなので妖精って呼ばれている」
私「妖精は虫なので当然人のような知能はない」
妖精『ひらひらひら〜』
私「脳みそをくり抜いたら人間こうなるんだろうなという表情でいつも空を舞っていた」
私「大人たちはそんな妖精の姿に道徳的な危機感を覚え──」
私「子供たちは何も気にせず、妖精採集とか妖精相撲を楽しんでいる」
ミーンミンミン…
私(公園を散歩中、切り株の上に虫籠が置いてあるのを見つけた)
私(中で1頭の妖精がぐったりと倒れている)
私「……」
少年「それ、僕のだよ」スッ
私「あっ。ごめんなさい」
少年「じっと見つめていたけど、お姉さん妖精がほしいの?」
私「そういうわけじゃなくて、ただ元気がなさそうだなって」
少年「捕まえた時に網の中で暴れたから」
私「その妖精どうするの?」
少年「家で標本にするよ。自由研究の課題だからね」
私「そうなんだ」
少年「じゃあ僕、次の虫取りスポットに行くから」スタスタ
私「……」
ミーンミンミン
私「”可哀想だな”って思った」
少年「ん?」
私「でも、それは私のエゴなんだよね」
私「だって籠の中にいたのが蝶なら、私は同じことを思わなかったんだから」
──国会──
与党「ですので、妖精だけを保護する規定を設けることは現状不可能なわけです」
野党「それはどうしてでしょう」
与党「妖精を構成する物質は蝶と同じです。違うのは形だけ。いわば妖精とは変形した蝶に過ぎません」
野党「道端に落ちている妖精の死骸を見るだけで、多くの国民の皆様が胸を痛めているのですよ。保護法の整備が急がれるのでは?」
与党「見た目の違いによって例外を設けることには慎重になるべきです」
野党「なぜでしょう」
与党「可愛いから守るとか、美しいから区別するとかは、ルールとして曖昧過ぎるからです」
野党「そんなの動物愛護法だって同じじゃないか。美しいから区別するで結構だ。大事なのは国民の皆様がどう感じるかでしょう」
与党「その理屈では、美人税だって導入できてしまうことになる」
野党「暴論だ!」
ワーワー!
──
テレビ『暴論だ!』ワーワー!
私「何だか大変なことになって来たなぁ」
博士「言い争いではなく建設的な議論をして欲しいものだよね」フム
私「国会議員の皆さんも、妖精を逃がした張本人にだけは言われたくないと思いますよ」
博士「えへへ。照れるなぁ」
私「褒めてないです」
カラン
博士「ジュースおかわり」
私「はいはい」
ミーンミンミン…
博士「もうすっかり夏だねぇ」
私「ええ。妖精も随分と増えて来ました」
博士「やはり、春先に逃したのは正解だった」
──回想──
博士『はぁはぁ……逃したは良いけどこんなにすぐバレるなんて、私もまだまだだね』
私『わっ。たけのこ狩りをしに山に来たら白衣とリュック姿の怪我人を見つけた』
博士『実は追われている身なんだ。研究所から逃げてきたところで』
私『酷い怪我……今すぐレスキューを呼んで病院に行かないと』
博士『病院はまずい。無理を承知でお願いするけど、君の家に匿ってくれない?』
私『……事情はなんとなく察しました。力になりましょう』
──
博士「それで今まで家に置いてくれてるんだから、君ってばお人よしだよね」
私「博士が妖精を逃した犯罪者だって知っていたら、助けていたかは怪しいですよ」
カラン
博士「妖精の何が特別なんだろうか」
私「え?」
博士「見た目が人間に近くて可愛いというだけで、生態系は蝶々そのものだ」
博士「蝶のように蜜を吸い、蝶のように羽ばたいて──蝶のように役に立たない」
博士「なのに世間じゃこの騒ぎ。妖精なんてただの虫ケラなのにね。結局、見た目が全てってことなのかな?」
私「……」
博士「私はそういう疑問を世界に投げかけるために、妖精を作り出したのかもしれない」
私「嘘つけ」
博士「嘘だけど」
──小学校──
プルルルル
保護者A「近所の小学生が妖精相撲をしていたんです。あれってモラル的に大丈夫なのかしら」
保護者B「人命を軽視する人間になっちゃうんじゃないかと心配でしょうがなくって……」
保護者C「妖精の取り扱い方について、学校の方でちゃんと教育してくださいます?」
先生「貴重なご意見をありがとうございます。失礼します」
ガチャ
先生「はぁ……夏休み中の小学校に電話したって何も解決しないだろうに」
同僚「そもそもの話、国でさえまだ揉めてることを公立小学校で勝手に教えられるわけないのにな」
先生「今日はもう上がりますね。明日は予定があるので」ガタッ
同僚「彼女?」
先生「ふふ。そんなんじゃありません。……昔の教え子と会う約束があるんです」
──カフェ──
ザワザワ
私「すみません。待たせてしまって」
先生「ううん。僕も今来たところだから」ニコ
私「こうして合うのも久しぶりですね」
先生「そうだね。高校進学以来だから、4年ぶりくらいかな」
私「急に連絡があったので正直驚きました。でも今日はどうして?」
先生「顔が見たくなって……最近は例の妖精のせいで小学校も大忙しでね。昔馴染みと話たくなったんだ」
私「はぁ。なるほど」
先生「小学校だけじゃない。教育機関はどこも今、大変なことになってるよ」
先生「妖精採集に妖精相撲。年齢が上がると今度は妖精を虐めるようになる」
先生「知ってるかい? 妖精の解剖動画が動画投稿サイトで1億再生を突破したって」
先生「保護者たちは危惧しているんだ。子供が将来とんでもないサイコパスになっちゃうんじゃないかってさ」
私「実際、非行とかは増えてるんでしょうか?」
先生「どうかな……増えたと言ってる先生もいるし、変わってないと主張する人もいる」
先生「妖精の存在が新しすぎて、信憑性のあるデータはまだないんだよ」
私「へぇ」ゴクゴク
先生「はた迷惑な話だ。妖精を逃したっていう行方不明の博士を見つけたら、この手でとっちめてやりたいよ」
私「ごほっ。ごほごほっ」
先生「? 平気かい?」
私「え、ええ。大丈夫です」
私(その後も先生の愚痴は続き、17時過ぎくらいに解散する運びとなった)
──帰り道──
先生「今日はありがとう。愚痴ばかり聞いてもらって申し訳なかったね」
私「いいえ。こちらこそご馳走様でした」
先生「ふふ。近くの公園まで送るよ」
スタスタ
先生「……ん。なんだあれ?」
私(薄暗い公園のベンチに、男女2人が座っている)
私(1人はボロボロの格好をした浮浪者で、女の子の方は西洋人形みたいな派手なドレスを着ていた)
先生「……。少し話を聞いてくる。君はここで待っているように」
私「あ、はい」
私(先生は二人組に歩み寄って行った)
私(しばらく冷静に話している様子だったけど、やがて浮浪者と口論になったようで)
私(浮浪者は急に走り去り、先生はその人を追いかけていった)
私(少女は1人ポツンと取り残された)
私「……1人きりにしておくわけにはいかないよね」
スタスタ
私(近寄るにつれて少女の輪郭がはっきりとしてくる)
私(艶やかな髪、高い鼻、凛とした佇まい。煌びやかな服なんて霞むほど整った容姿をしている)
私(私が今まで見た誰よりも、その少女は美しかった)
美少女「先程の男性の知り合いの方でしょうか?」
私「あ……はい」
美少女「彼は何か勘違いをしていたようで」
私「というと?」
美少女「伝言のために私の方から話しかけていたんですよ。それを薬物売買か何かだと思ったらしく」
クスクス
私(上品な仕草で女の子は笑った)
美少女「笑っちゃいますよね。私が黙っているだけで、疑いの目が全部あの浮浪者に向くんですもの」
私「……」ポカーン
美少女「可愛いって、美しいって……得だよね。お姉さん?」
──家──
博士「帰ってくるの遅すぎ〜。背中とお腹がくっつきそうだよ」
私「はいはい。今作りますから」
イタダキマース
博士「もぐもぐ。そういえば、ニュース見た?」
私「ごくん。いいえ、何かあったんです?」
博士「来月から妖精に税金がかけられるようになるらしいよ」
私「へぇ。例の美人税ですか?」
博士「違うよ。妖精の取引にかかる税。ペットショップが儲かり過ぎてるらしくてさぁ」
私「ふーん。……ってことは、妖精と蝶を区別するって国が正式に認めたということですね」
博士「鋭いね。けど違うんだな。あくまで鱗翅目の昆虫に対して税金をかけるつもりらしい」
私「りんしもく」
博士「実質的には妖精を狙い撃ちしてるだろって、今日の国会でも議論が色々と白熱してたなぁ」
私「はぁ」
博士「言い争いではなく建設的な議論をして欲しいものだよね」
私「同じセリフを2度言わないでください。同じセリフを2度言わせないでください」
博士「ふふふ……ねぇ、君は美人税って有りだと思う?」
コトン
博士「”人を見た目で判断してはいけません”。この世界で1番多くつかれている嘘の1つだ」
博士「実際、人は人を見た目で判断している。醜い者を排他し、美しいものを優遇している」
博士「優遇されるということはつまり君、お金を稼ぎやすいということだよ」
博士「容姿によって貧富の差が産まれるのだから、美人に税をかけんとする考え方は、一見正しいようにも思えるけど」
私「美人がお金持ちになりやすいというのなら、お金持ちに多くの税金がかかる累進課税制度が、すでに美人税になっているんではないでしょうか」
博士「君ってさ。たまに教科書みたいな返答するよね」
私「つまらない話を適当にあしらってるだけです。お金の事なんて、ここでする話じゃないでしょう」
博士「そうだね。それじゃあ代わりに、道徳のお話でもしようか」
私「道徳……?」
博士「妖精の存在に大人たちは道徳的な不安を抱いている」
博士「子供は妖精を珍しい虫だと捉え、大人は妖精を人の形をした特別な存在だと認識するからだ」
博士「君は子供とも大人とも言えない年齢だけど……この問題に対してどんな意見を持っている?」
私「博士」
博士「うん」
私「そういう堅苦しい話を、私はつまらないと言っているんですよ」
博士「も〜。私はそのつまらない問題提起をするために妖精を作ったというのに。無下にするな!」
私「嘘つけ」
博士「もちろん、嘘だけど」クスクス
──翌日・ショッピングモール──
私「お次の方どうぞ」
美少女「これください」
私「殺虫剤が1点で980円です」
美少女「スイカで」
──夜──
私(バイトの帰り。歩道の街灯に虫がぱたぱたと集まっている)
私(無数の羽虫が蠢く中に、妖精の姿も混じっていた)
妖精『ひらひらひら〜』
私(飛んでる妖精をぼーっと眺めていると、左腕の時計に何かが止まった)
私(それは蛾だった)
私「……意外と知られてないことだけど」
私「蛾と蝶って、実は同じ生き物なんだよね」
カチ… カチ…
私「小学校の頃理科の先生に習ったんだ。繭を作る作らないで見分けるっていう日本特有の判別方法もあるにはあるけど」
私「基本的には見た目の違いしかなく、世界には蝶と蛾を区別しない国も多いんだとか」
私「つまり、妖精が出てくるよりずっと前から、私たちは見た目で同じ虫を区別してきたんだ」
私「博士が言っていた道徳がどうとかって問題も、本当はずっと昔から存在してる話で」
私「妖精が出てきてから騒ぎ立てるのは今更なんじゃないかって……博士の質問に答えるのなら、それが私の意見かな」
私「──ねぇ、あなたはどう思う?」
スッ
美少女「急に独り言を喋り出すからビックリしました」
私「つけられていたこと、気付いていたよ」
私「何の用? 殺虫剤の返品?」
美少女「やっぱり覚えてたんですね。レジのとき反応してくれればよかったのに」
私「そんな不真面目なことはできない」
美少女「良い性格ですねぇ。本当に好きになれそう」クスクス
私(美少女が近づいてきて、私の左腕についた蛾を一瞥する)
私(手をパーの形に広げ、そして、そっとそれを握りつぶした)
蛾『ぎゅっ……!』
私「……」ポカーン
美少女「私、虫って嫌いなんですよねぇ。蛾は特に」
私「……どうして?」
美少女「だって、ブサイクだから」
──大学──
教授「”ヒヨコを粉砕して失われたもの”という生物学上の思考実験があります」
教授「あるところにヒヨコが1羽います。これをヒヨコAと呼びます」
教授「ヒヨコAを試験管に入れペースト状になるまで完全にすり潰します。これをヒヨコBと呼びます」
教授「ヒヨコAとヒヨコBの間で失われたものは何か?」
私「……」
教授「答えは機能。ぴよぴよと鳴くという機能、よちよちと歩くという機能」
教授「つまり、生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能であり」
教授「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別するということです」
キンコーンカンコーン
──大学・帰り道──
ガサッ
私(いつもの帰り道を短縮して裏通りに入ると、薄暗い道脇に老人が1人で座っている)
私(姿格好に見覚えがあった。美少女と一緒にベンチに座っていたあの浮浪者だ)
私(じっと見つめていたせいで客だと勘違いされたのか、浮浪者は段ボール箱を指差して言った)
浮浪者「カラーヒヨコはいらんかね」
私(箱の中で色とりどりのヒヨコが鳴いている)
カラーヒヨコ『ぴよぴよぴよ〜』
私「今どきカラーヒヨコ売りって……」
浮浪者「なんだぁ? 冷やかしかよ。なら用はない。しっし!」
私「……。この裏通り、滅多に人は来ないとはいえ、たまに私みたいなのも迷い込んできますから」
浮浪者「んー?」
私「露天商なら別の場所で開いたほうがいいと思いますよ」
浮浪者「冷やかしの次は説教か。ジジイに老婆心を語るとは」
私「そうじゃなくて、親切心のつもりです。あなたには先生が迷惑をかけたようなので」
浮浪者「先生? ……あー、公園の時の。人の見た目で善悪を判断する差別主義者だ」
私「……」
浮浪者「どういう関係かは知らんが、あういう薄っぺらい男とは早いところ縁を切ったほうが身のためだぞ」
私「老婆心に感謝します。じゃあ、私はこれで」
浮浪者「待て。俺に恩があるということは尚更、お嬢さんにはカラーヒヨコを買う義務があるんじゃないか?」
私「それはできません」
浮浪者「どうして?」
私「……着色されたヒヨコは極端に寿命を減らします。この子たちは、売るためだけに加工されているんです」
私「カラーヒヨコを買うということは、その行為に間接的に加担してしまうため、私は買うことができません」
浮浪者「なんていうか、教科書みたいな返答だ」
私「よく言われます」
浮浪者「でも、それは間違った教科書だぞ」
私「? それはどういう」
浮浪者「ふふふ……なぜならヒヨコとカラーヒヨコは、全く別の生き物だからだよ」
シーン…
私「言ってる意味がよくわからないんですが」
浮浪者「例えば、蝶と蛾は生物学上は同じ生き物とされている、という話を知っているか?」
私「知っています」
浮浪者「蝶と蛾はどちらも同じ鱗翅目の昆虫らしい。しかしその分類は、現実に即しているとは全く言い難い」
浮浪者「扱いには誰の目から見ても明かな差があるのだから。蝶は優遇され、蛾は冷遇される──」
浮浪者「美しいものは優遇され、醜い者は排他される。それはつまり、生存に影響を与えている”機能”として働いているということだよ」
私(握りつぶされた蛾のことを思い出した)
浮浪者「生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能である」
浮浪者「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別する──そうだろう?」
私「……」
浮浪者「ヒヨコとカラーヒヨコの違いは綺麗な色をしているかどうか。ただそれだけ」
浮浪者「しかしその綺麗な色という違いが、明らかに他のヒヨコと区別され、よく売れている」
浮浪者「つまり機能として働いている」
浮浪者「だからこいつらはヒヨコなのではなく、カラーヒヨコという別の生き物なんだ」
浮浪者「カラーヒヨコはヒヨコと違って動物愛護法にも登録されていない個体のため、法律にも抵触しない」
浮浪者「お嬢さんに露天商がどうのだと心配される必要もない」
私「……」
浮浪者「反論がないなら俺の勝ちだが?」
私「いつから戦ってたんですか、私たち」
私(私は会釈してその場を去った。無論ヒヨコを買うこともなく)
私(背後からは依然として、ヒヨコの甲高い鳴き声が聞こえてくる)
ピヨピヨ ピヨピヨ…
──家──
私「すみません。頼まれたもの、帰りに買ってきたんですが……」ガサッ
博士「アイス溶けかけじゃん! 急いで食べないと!」
ペロペロ
私「そうだ。明日なんですけど、先生と出かける予定でして」
博士「またー? 自分だけ美味しいもの食べれてズルいなぁ」
私「そんなこと言われても、先生の方から誘ってくるんですから仕方ないじゃないですか」
博士「断ればいいのに」
私「でも……恩師なので」
博士「10以上も離れた未成年の女子を食事に誘うような人間が恩師ねぇ」
私「マッドサイエンティストが急にまともなこと言わないでください……」
──夕方・公園──
先生「今日もこちらの愚痴ばかりで申し訳なかったね」
私「いえ。ごちそうさまでした」
先生「公園まで送ろう」
スタスタ
私「……ん」
私(公園のベンチに男女2人が座っている。男の方はあの浮浪者だ)
私(女の方は……誰だろう。ふくよかな体型の未成年(?)で、例の美少女ではなかった)
先生「……」ジッ
私(あちゃー。また先生の正義漢が発動して)
先生「……でね。そのPTA役員がひどいんだ。教師陣を目の敵にしていて」プイ
私「えっ?」
私(先生は雑談を続けながらベンチを素通りし、その後私と別れた)
私(少し気になったので道を引き返してベンチを見ると、すでに2人の姿はない)
私(代わりに1頭の妖精が、ベンチの銀色の手すりにとまっている)
妖精『……』
私(妖精の空洞のような瞳と目があった)
私(いや、目があったように私が思っているだけなのだろう。妖精は何も考えない。虫なのだから)
私(光情報に視覚器官が反応しているだけ。どこかを見つめていてるようで、どこも見てなんかいない)
私「でも、だけど……それでも可愛い」ボソ
妖精『……』
私(妖精には髪があり、四肢があり、顔がある)
私(顔は個体によって差はあれど、どれも人間にとって淡麗で美しい感じる造形をしている)
私(妖精と言って想像するような容姿。そういう風に作ったと、博士は言っていた)
私「……。…………」
私(空洞のような瞳に吸い込まれるようにして、私は妖精に顔を近づけた──)
シューッ!
私「ゔっ!!?」バッ
私(手で口を覆い、尻餅をついて後ろにのけぞる)
妖精『もぞもぞもぞ……ぱたん』
私(吹き付けられたスプレーによって、妖精はもがいた後動かなくなった)
美少女「効き目いいですねぇ。高かっただけあります」
私「……」ポカーン
美少女「気をつけてくださいね、お姉さん」
私(初めて出会った時と同じく、上品な笑顔で美少女ははにかんだ)
美少女「そして決して忘れないでください。あれがただの虫ケラだってことを」
美少女「所詮は紛い物。”本物じゃない”ってことを」
──家──
テレビ『水平思考クイズのお時間です』
テレビ『とある動物園がウサギを意図的に逃がしました。それはどうして?』
私「……」
博士「……」モグモグ
テレビ『答えは、”ライオンが逃げ出したことを悟られないようにするため”でした〜』
テレビ『この問題に正解できた人はIQ200。さ〜て続いての問題は?』
私「……番組変えましょうか」
博士「そうだね」
──大学──
私「……あ」
私(講義のため教室の適当な席に座ると、前の座席に見覚えのある女の子がいた)
私(数日前に浮浪者と一緒にいた、ふくよかな体格の女子だ)
私「……同級生だったんだ。知らなかった」
同級生A「?」クル
私「あ、いえ。なんでも……」
私(同級生は舌打ちをして前を向き、手元にあるパソコンに向かって何やら打ち始めた)
私(私の悪口でも書かれているんじゃないかと、つい気になって画面を覗いてみると)
私(『妖精解剖_Part64』と書かれたビデオファイル名が見えてしまった)
タダイマー
私「あれ。博士がテレビを消してるなんて珍しい。テレビっ子なのに」
博士「今日は書類の整理に集中したくて」
私「脱走の時背負っていたリュックに詰め込まれてたやつですね。……デザイナーベビー?」
博士「あ、こら。勝手に見ないでよ」
私「デザイナーベビーって確かあれですよね。遺伝子操作で容姿や知能を好きなようにデザインできるっていう」
博士「詳しいじゃん」
私「生物専攻してるので。博士って、こんなこともやってたんだ」
博士「私っていうか、同じ研究所の別チームがね」
私「未来ではこういうことも可能になるんですかねぇ」
博士「技術的には既に可能だよ。容姿に限って言えば、ゴーサインさえ出ればいつでもって感じ」
私「へぇ、そうなんですか。……ゴーサインって?」
博士「道徳的な問題。人が神様みたいな真似事をして良いのかっていう」
私「なるほど。博士はそういう制約を嫌いそうです」
博士「そんなことはないよ。デザイナーベビーに関しては、私も慎重派だし」
私「妖精を解き放ったマッドサイエンティストがよく言いますよ」
博士「妖精はほら、ただの虫ケラだから」
私「ひどすぎる……自分で作っておいて……」
博士「研究所の中には当然、デザイナーベビー推進派も大勢いる」
博士「彼らに言わせれば、道徳がどうこうって言う人たちは、根本的な部分で傲慢なんだってさ」
私「傲慢とは?」
博士「デザインされた容姿端麗な人間を、自分たちと同じ生き物だと思っているってことだから」
私「……? 違うって言うんですか?」
博士「生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能である」
博士「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別する」
博士「類まれなる容姿が人間社会で”機能”と化すならば、その人は人間とは違う別の生き物なんだ……と」
私「……。…………」
博士「論理の飛躍だよ。ポールワイスの思考実験は生死の状態を生物学的視点から考えるもので、分類学とはまた別物なんだから」
私(珍しく真剣そうな表情をしている、ようにも見えなくもない博士であった)
──回想──
キンコーンカンコーン
小学生A『1組のあの子、○○君に告られたらしいよー』
小学生B『ちょっと可愛いからって調子乗りすぎでしょ!』
小学生C『げらげら。クラスの女子からもハブられてるみたい』
私『……』グスン
ガラララッ
先生『おや、今日も来たんだね』
私『先生。すみませんお邪魔しちゃって……』
先生『もともと人のいない理科室だ。自由に使ってくれて構わないよ』ニコ
私『……壁に飾ってある標本。先生の名前が書いてあります』
先生『うん。僕が作ったものなんだ』
私『どれが蝶でどれが蛾ですか?』
先生『どれも蝶でどれも蛾だと言える』
私『……?』
先生『所詮見た目の話だからね。絶対的な区別なんて存在しないんだよ』
私『曖昧なものなんですね』
先生『そう。曖昧で不明瞭で……だけどものすごく重要なことさ』
私『重要?』
先生『人間の3大欲求という言葉がある』
ミーンミンミン…
先生『食欲、睡眠欲、性欲……非常に有名だけれど、実はこれらの並びには根拠なんてまるでないんだ。単に言葉の収まりがいいだけ』
先生『人間は他にもたくさんの欲求を持っていて、例えば人を支配したがったり、名誉を欲したりする。どれも本能に基づく衝動さ』
私『……』
先生『話が逸れたね。僕が言いたいのは……”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”ということだよ』
先生『だからこそ人間は美に取り憑かれ、執着し、時には嫉妬し嫉妬される。……君は今まさにそれを経験しているんだ』
先生『っと、子供に話すことじゃなかったかな。ごめん、今のは忘れてくれていいから』
私『……いいえ。先生のお話面白いです。もっと聞かせてください』
──
──朝──
私「……」パチ
博士「おはよう、眠そうだね。夢でも見ていたの?」
私「……寝過ごした。もう10時30分だ。今日は2限目があるのに」
イッテキマース
私(例の近道を使うと、道端に依然として浮浪者が座っていた)
浮浪者「やぁ、お嬢さん。本日はお日柄もよく」
私「すみませんが今度にしてくれますか。11時から講義があるんです」チラ
浮浪者「11時なんてもうとっくに過ぎてるよ。その左腕の時計、壊れてるんじゃないか?」
私「え?」
私(時計を見ると、秒針がチカチカと同じ場所で揺れ動いている)
私「尻餅をついた時から調子悪かったもんなぁ……」
浮浪者「機械なんかに頼るからそうなる。通は太陽の傾き方で判断する」
私「はぁそうですか……とにかく、ありがとうございます。おかげで今日の講義は諦めがつきますね」
浮浪者「お礼なんて。人間社会とはもとより善意を前提としているものだよ」
私「……」ジト
浮浪者「ところで、今日は日差しが強くて熱中症が心配なほどだ」
私「……やっぱりそうきた」
浮浪者「若ければ平気かもしれないが老人には厳しい暑さだ。あれれ、頭がくらくらしてきたぞ?」
私「はいはい。何か買ってきますからそこで休んでいてください」
浮浪者「悪いね。そんなつもりは毛頭なかったんだが。お嬢さんの善意に甘えるとしよう」
私「いいですよ。公園の件のお詫びもまだでしたから」
私(近所にシャーベット屋さんあったのを思い出し、私は踵を翻した)
──シャーベット屋──
美少女「いらっしゃいませ」ニコ
私「あれ……」
美少女「奇遇ですね。私、ここでアルバイトしているんです」
私「そうなんだ。お疲れさま。……スイカ味のシャーベット1つください。持ち帰りで」
美少女「承知しました。作るのに少し時間がかかるので、あちらで待っていてくれますか?」スッ
私(美少女が指さした、パラソル付きの外出しのテラスに腰を掛けた)
私(日陰から見つめる道路のアスファルトから、揺らめく陽炎が立ち昇っている)
私「暑い……私の分も頼めばよかったかな」
ガリガリガリ…
私(氷を粉砕する音が聞こえる)
私(粉砕。粉砕。粉砕)
私(──ヒヨコを粉砕して失われたもの)
──
美少女「お待たせしました。こちらご注文のお品物です」スッ
私「ありがとうございます……あれ、シャーベットが2つ入ってますよ」ガサ
美少女「それはサービスです。私個人からお姉さんへの」
私「え……ダメだよ。そんなことしちゃ」
美少女「このぐらい平気です。この店のマスター、私に惚の字ですから」フフフ
私「なおさら受け取れない」
美少女「いいんですって。シャーベットってめちゃくちゃ利益出るんです。1個くらい誤差ですって」
クスクス…
美少女「笑っちゃいますよね。こんなのただの氷なのに。皆バカみたいに高い金払っちゃってさ」
美少女「でも……しょうがないですよね。キラキラでファンシーで、美しいんだから」
美少女「ねぇお姉さん。大事なことって、結局のところそれだけだとは思いませんか?」
私(彼女は音もなく、私に顔を近づけた)
──チュッ
私(一瞬、何が起きたのか理解できなかった)
私(美少女が私の頬にキスしたのだ)
美少女「くすくす。くすくすくす」
私「……」ポカーン
美少女「シャーベットの”お代”です。これで受け取ってくれますね?」
私(美少女は顔を離して、そのまま後ろを向いて去ってしまった)
私「……。…………」
私(理科室のあのセリフが頭に反芻する)
先生『”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”』
ドキ ドキ ドキ…
──
私「ただいま」
博士「おかえり。ずいぶん早いね。大学は?」
私「間に合わなかったので回れ右して戻ってきました」
博士「それにしては帰りが遅いけど」
私「……お土産です。シャーベット。博士アイス好きでしょう?」ガサッ
博士「お〜すきすき! あれ、君の分は?」
私「いいんです。食べる気分じゃないので」
バタン
博士「それじゃあ遠慮なく。いただきまーす♪」シャク
博士「……ん。あれれれれ?」
──国会──
野党「いい加減、妖精を妖精だと認められてはいかがでしょう」
与党「何度も申し上げてる通り、あれらは変形した蝶々です」
野党「そうやって言葉遊びでお認めにならないから、”妖精の仕返し事件”が起こってしまったのですよ」
与党「……」
野党「妖精の解剖動画をアップロードしている投稿者を中心に、今までに10数名が行方不明になっています」
野党「被害者の行方も犯人も未だ特定できておらず、巷ではこの事件を虐待された妖精の仕返しだと表現し」
野党「大変な騒ぎになっているのですよ」
与党「……蒸発事件については存じていますが、国会の場で関係のない事件をするのはやめていただきたい」
野党「関係のない!? 今、関係ないっておっしゃりましたね!?」
野党「国が妖精を新しい生き物だと認めないことと、今回の事件とは明かな関連性がある!」
野党「これは、責任問題だッ!」
──大学──
同級生B「ねぇ。最近あの子見なくない?」
同級生C「あの子って?」
同級生B「ほら、解剖動画の広告収入で億万長者だーって自慢してた子だよ」
同級生C「妖精の仕返しの被害にでもあったんじゃない? いい気味だよ。罪のない生き物を金儲けの道具にして」
同級生B「まあね。最近ヒヨコの解剖動画も上げてたって噂だし」
私「……」
キンコーンカンコーン
──
私「博士はどう思います?」
博士「どうって?」
私「妖精の仕返し事件についてです」
博士「うーむ。とりあえず妖精が仕返ししたわけではないってことは明らかだ。奴らにそんな知能はないんでね」
私「それは……私にもわかっていますけど」
博士「別に、良い気も悪い気もしてないよ。強いて言えば、被害者については気の毒に思ってる」
私「そうなんですね。妖精って博士が作った生き物だから、内心喜んでいるのかもと思いましたが」
博士「え。どゆこと?」
私「いやだって、自分の研究成果を金策目的に利用してきた人が消えたわけで……」
博士「……?」キョトン
私(あ、だめだ。本気で私が何を言ってるのかわかってないって顔だ)
博士「妖精が大事なら、私は外に逃したりしていないよ?」
私「それは本当にその通りですね」
博士「でもねぇ。この事件、ちょっと引っかかる部分があって」
私「?」
博士「事件から、妖精に対する深い”愛情”を感じるんだよ」
私「まぁ……仕返しって言われてるぐらいですもんね」
博士「加えて動画投稿者は何も1箇所にいたわけじゃないから、これだけ広範囲の事件を起こせるっていうのは」
博士「相当の権力を持ってる人間の犯行だろうなって。民間人の仕業じゃない」
私「ヤクザとかなんですかねぇ。……それじゃあ私、夕飯の食材を買いに行ってきます」
スタスタ
博士「多分だけど、研究所の誰かによる犯行なんだよなぁ」
私「はい?」クル
博士「そうなると、流石の私も重い腰を上げなくちゃいけない。研究所の元一員として」
博士「もしかしたらお別れの時が近いのかもしれないよ。君には世話になったねぇ」
私(けらけらと笑う博士。いつもの冗談だろう。私はそう思った)
──
私(買い物の帰り道、美少女を見つけた。見覚えのない人と歩いている)
美少女「1メートル以上離れて歩いてください。いつもそう言ってるでしょう。マスター」
マスター「そんなこと言わないでよ〜。俺とお前の仲じゃないか〜」
美少女「きもい言い方しないでください。今は店長とバイトでしょ」
マスター「あぁもう。怒った顔も可愛いんだ♪」
私「えぇ……」
美少女「あ、いいところに。助けてくださいっ」タタッ
私(美少女は私に駆け寄って背中にサッと隠れた)
美少女「お姉さん。この人はヤバい人なんです。私を匿ってください」
マスター「この泥棒猫がッ!!」
私「展開が早い」
美少女「私怖いです……お姉さん」ウルウル
私「いや普通に私の方が怖いよ。なんなのあの人」
マスター「おい……ちょっと待て。そこを動くな!!」
私「……?」
マスター「よく見るとお前……すごく可愛い顔をしてるじゃないか!」パアアッ
私「は、はい?」
マスター「お嬢さん可愛いねぇ。何してるの。歳いくつ?」グイグイ
美少女「よし、今のうちに!」ダッ
私(言うが早いか美少女は掴んだ腕を離し、私を置いて1人で逃げてしまった)
私「は、薄情な……」
マスター「振られちゃったね、俺たち」
私「一緒くたにしないでください。本当なんなんですかあなた」
マスター「俺はこれからあの子とディナーデートの予定だったんだ。席も取ってある。このままだと金と食材を無駄にしてしまう」チラ
私「聞いてないし……」
マスター「ここで会ったのも何かの縁だ。これから一緒に食事でもどうかな?」
私「嫌です」
私(それから何度も何度も断ったのだが、全く引こうとする気配を見せない)
私(このままだと家までついてこられそうな勢いだったので、私は仕方なく、本当に仕方なく了承した)
──レストラン──
私(ビルの屋上にある夜景の見えるレストランに入店した)
マスター「俺ってピグマリオンコンプレックスなんだよなぁ」
私「え? ビグ……なんですって?」
マスター「ピグコン。日本語で人形偏愛症。意味はご察しの通りだよ」
私「…………」
私(この人は初対面の人間に何を打ち明けてるんだろうか)
マスター「だから身構えなくてもいいんだ。何も取って食おうってわけじゃないから」
私「はぁ」
マスター「ちょっと家に飾りたいなぁとか思ってる程度だから」
私「身の危険しか感じないんですが」
オマタセシマシター
マスター「コース料理だよ。お嬢さんの口に合うといいけど」
私「高そうな料理。こんなのいただいていいんですか。あの子と食べるつもりだった料理を」
マスター「全然いいよ。断られると思ってたし。それに……お嬢さんみたいな可愛い子とも出会えたしね」スマイル
私「……。いただきます」
モグモグ
私(マスターが一向に食べようとしないので、何事かと思い顔をあげると)
私(スマホを取り出して料理の写真を取っていた)
パシャ パシャ パシャ
マスター「趣味なんだ」
私「そうですか」
私(何枚か撮るとマスターはスマホをしまい、優雅な作法で食事を始めた)
私(夜景を眺めながら食後のコーヒーを飲む姿は、さっきまでの変態性を忘れてしまいそうなほど気品溢れるものだった)
マスター「2万2000円」
私「え……?」
マスター「今日のコースの代金だよ。2人合わせてじゃなく1人当たりの値段ね」
シーン
私「……払えません。あなた、それが狙いだったんですか」キッ
マスター「違うよ、奢りに決まってるだろ。そういうんじゃなくて、俺が言いたいのは」
マスター「先程の料理は、味だけを考えれば、価格の10分の1がいいところということだよ」
私「はい?」
マスター「それをわかった上で、俺は散財することを厭わない。なぁ、それはなぜだと思う?」
私「……わかりません」
マスター「美しいからさ。スープのつや。野菜の彩り。肉の赤色。そしてこの夜景」
マスター「だから納得して代金を払っている。俺の全ては美しいものに注がれるのだから」
マスター「金も情熱も、この命すらも……」
私(口元を拭き取った彼のナプキンに、微かに口紅の色が着いている)
私(なぜだろう。私にはそれが血の赤に見えた)
──
私「すみません博士。訳あって帰りが遅くなってしまって」
博士「んー。いいよいいよ」ガチャガチャ
私「ついてこられて万が一にも博士がいるって通報されたらまずいと思い……ってそれなんです?」
博士「パーツを組み立てているの」
私「パーツって、何の?」
博士「ガンプラ」
私「はぁ。ガンプラの部品にネジなんてありましたっけ?」
博士「あるよ」
プルルルル
博士「電話取りなよ」
私「あ、はい。もしもし」ピッ
私「先生? 明日ですか? はい、大丈夫ですけど……」
──翌日・公園──
先生「悪いね。急に呼び出してしまって」
私「いえ、それは別にいいんですが……何の用でしょうか?」
私(先生はいつもよりもせわしなく、落ち着かない様子に見えた)
先生「実はこの間……シャーベット屋さんで君の姿を見たんだよ」
私「……あっ」ドキ
──チュッ
美少女『シャーベットの”お代”です。これで受け取ってくれますね?』
先生「店員さん……あの美少女ちゃんと、随分近い距離で話していたようだね」
私「あっ、いやっ。あれは、そういうのじゃないっていうか。あっちが勝手にしてきただけで!」アセアセ
先生「──彼女に、僕を紹介してくれないかな?」
シーン
私(聞き間違いかと思った)
私(違う。そう思いたかったのだ)
私「……は?」
先生「どういう理由かは知らないけど、友達になったんだろう? だからさ、頼めるかなって」
私「そうじゃなくて……なんで紹介して欲しいんですか?」
先生「……。確かこのベンチだったよね。浮浪者と話してるところを、僕が勘違いして止めに入っちゃったのって」
先生「そのお詫びっていうかさ。直接会って話をしたくて。そうしないと教職として筋が通らないだろう?」ハハ…
私「筋を通すべき相手は浮浪者に対してなのでは?」
先生「あー……そうだね。そっちにも今度謝りに行くよ。だから、さ?」
私「……」
私(先生は落ち着かない様子で貧乏ゆすりを続ける)
浮浪者『人の見た目で善悪を判断する差別主義者だ』
博士『10以上も離れた未成年の女子を食事に誘うような人間が恩師か』
ユサユサユサユサユサ
私「……。…………」
私(自分の中で何かが崩れる音がした)
私「私、帰ります」スッ
先生「え?」
私「今後はもう、私のこと誘わないでください」
先生「ま、待ってくれ。その顔、何か勘違いしてるようだね。僕は下心なく──」
ミーンミンミン
私「このベンチに座っていた、もう一人の少女について覚えていますか?」
先生「え……?」
私「彼女は太っていて……失礼ですけど、美人とは言い難い容姿をしていました」
私「だから見捨てたんですよね。素通りして、見なかったことにして」
私「”リターン”がないから」
先生「!!」
私「薄々察していたのかもしれません。先生がそういう人だって」
私「自分の勘違いだって信じたかった。だけど……つまり先生はそういう人だったんですね」
先生「ち、違う。浮浪者が怪しい人物じゃないとわかっていたから、あの時は行動しなかっただけだ!」
ギュッ
私「腕を離してください」
先生「僕の話を聞いてくれ」
私「……。私をイジメっ子から匿ってくれたのも、私が可愛いからですか?」ボソ
先生「っ!!」
私「先生とはもう2度と会いません。安心してください。先生を恨んだりしませんから」
私「”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”」
私「……先生が言った言葉です。さようなら」
──
私「……」シュン
美少女「強いですねお姉さん。1粒の涙も流さないなんて」ポン
私「わっ!」
私(歩道を歩いていると、後ろから美少女に話しかけられた)
美少女「さっきのやりとり、隠れて見ていました」
私「もう。相変わらずのストーカーだね」
美少女「お姉さんは最後まで私を売りませんでした。ますます好きになっちゃいましたよ」
私「あなたはマスターに私を売ったけどね」
美少女「おや。言いますねぇ」
私「……ふふ」
美少女「えへへ」
アハハハハ…
私(陽が傾いて歩道が夕焼けに染まる。彼女の美しい容姿に濃い影が落ちた)
美少女「人は皆、美しい者に惹かれる──」
私「?」
美少女「その本能自体を恨むのは見当違いというもの。お姉さんのおっしゃった通りです」
美少女「でも……惹かれた先に何を期待するんでしょうね。美しいものは、美しくないものに惹かれることなどないというのに」
私「……。…………」
美少女「世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──」
私(言葉は続くことなく消え、美少女はくすくす笑って私の手を握った)
私(指の先まで彼女は完璧に美しかった)
私(間もなく夜が訪れる)
──1年前──
研究員『博士っ。大変です!』ガチャ
博士『シャーベットもぐもぐ』
研究員『B棟の主任が研究体をつれて研究所を脱走しました!』
博士『え……』ポロ
──
美少女『主任。どうして私を逃がしたんですか?』
マスター『主任じゃなくて、今日から俺はシャーベット屋のマスター。そしてお前はデザインベビー改め謎の美少女Xだ』
美少女『改めって……そんなことが可能なんですか?』
マスター『戸籍改竄のつてがあったのさ。貯金するような性格でもないし、今回の件で失職してホームレスだろうけど』
美少女『質問に答えてください。どうして私を逃がしたんです?』
マスター『決まってるだろう。お前が美しいからだよ』
美少女『答えになってないと思うんですけど』
マスター『なっているさ。これ以上ないくらい』
美少女『……。今頃研究所は、大変なことになっていると思いますよ』
マスター『なんとかするだろうさ。A棟にはあの博士もいることだし』
美少女『博士……人面虫の研究をされてる方ですよね。妖精プロジェクトとか言われてる』
マスター『彼女の研究は最高さ。妖精が完成すれば、人類の道徳観を根底から覆す存在となる』
美少女『最高……』
マスター『あ、嫉妬してるね? 同じ研究体のライバルだもんなぁ』クスクス
美少女『はぁ? 虫ケラに嫉妬するはずないでしょう』
マスター『とにかく、妖精さえいれば研究所は安泰だよ。君1人ぐらいの脱走なんて許されるよ』
美少女『……まぁ、別に私はなんでもいいですけど。安全に寝れる場所さえあれば』
マスター『折角シャバにでれたんだ。何か外でしかできないことでも始めてみたら?』
美少女『外でしかできない? ……ふーん。じゃあ、青春にでも挑戦してみることにします』
マスター『? 青春って?』
美少女『バイトと……れ、恋愛』
マスター『恋愛? あはは、お前って理想が高そうだけど』
美少女『理想はもちろん高いですよ』
マスター『どんな人が好みなのかな?』
美少女『美しい人。当然でしょう』
──研究所──
博士『この件については黙っているように。研究所内部にもまだ秘密でお願い』
研究員『何か良い考えがおありで?』
博士『うん。良いかどうかは、わからないけどね』ニヤ
──
──家──
私(ある日のこと、家に帰ると1通の手紙が置かれていた)
手紙『君がこの手紙を読んでるということは、家に帰ってきたということだろう』
私「そりゃそうでしょ」
手紙『冗談はさておき、やはりというか何というか、お別れを告げる時が来たようだ』
私「え?」
手紙『直接挨拶できなくて申し訳ない。急な仕事が入ってしまってね』
手紙『その仕事というのがやっかいで、詳しくは書けないが、君を巻き込みたくない事なんだ』
手紙『まぁ、散々巻き込んできた私が今更言えるセリフではないけれど(笑)』
手紙『こんなこと書くのは柄じゃないんだけど……君には感謝をしているよ』
手紙『今、いつもの軽口だと思ったでしょ。残念ながら、今回ばかりは心の底からの本音なんだな』
手紙『見ず知らずの私を匿ってくれてありがとう。本当に助かった』
手紙『君は容姿も美しいが──それだけじゃなく、もっと根本的なところが綺麗なんだと思う』
手紙『妖精については色々と意地悪な質問をしてしまったね』
手紙『君の目に私はちゃらんぽらんに映ったかもしれないが……いや実際ちゃらんぽらではあるんだけど』
手紙『最低限の責任感はあるつもりだ。だからこの事件は、私の手で終止符を打たなければならない』
手紙『……ここまで読んだら、手紙はどこか人気のない場所で燃やしてほしい』
手紙『今までありがとう』
手紙『追伸:君の手料理は非常に美味だった:)』
──
私(就寝中。夢でヒヨコが話しかけてきた)
カラーヒヨコ『どうしてあの時、僕を買ってくれなかったの?』
私『着色したヒヨコを買うということは、その行為に間接的に加担してしまうため』
カラーヒヨコ『お姉さんって、たまに教科書みたいな返答するよね』
私『よく言われるけど、ヒヨコに言われたくはないかな』
アハハハ…
カラーヒヨコ『真面目な話、お姉さんは逃げているんだよ』
私『私が逃げている?』
カラーヒヨコ『怖いんだ。自分の本能に従ってしまうことが』
カラーヒヨコ『僕を美しいと認めてしまうことが』
私『言っている意味がよくわからない』
カラーヒヨコ『美しいと感じるということは、つまり本能を肯定してしまうこと』
カラーヒヨコ『だからこそお姉さんは、美少女から受け取ったシャーベットに口をつけようとしなかった』
私『シャーベットの話は、ここでは関係ないように思えるけど』
カラーヒヨコ『関係あるよ。だってあれは、美少女の気持ちの暗喩なのだから』
私『……』
カラーヒヨコ『本当は、自分で食べたかったくせに』
ガリガリガリ…
私(どこからともなく粉砕器の音が聞こえて、気がつくと目の前のヒヨコがペースト上に広がっている)
私(ヒヨコは完全に粉砕され失われた)
私(──失われた?)
私(一体ヒヨコの、何が失われたというのだろう)
──工事現場──
メラメラメラ…
私「……」
少年「何してるのお姉さん」
私「わっ。誰!?」
少年「僕だよ。夏休みの最初の方に会ったよね」
私「……あぁ。公園にいた虫取り少年の」
少年「中止中とは言え工事現場だよ。不法侵入じゃん」
私「それは君も同じでしょ。何しに来たの?」
少年「虫取りスポットなんだよね、ここ」
少年「その炭みたいなの何? ソロキャンプ?」
私「そうだよ」
少年「へぇ。夏休みの最終日にしては寂しい過ごし方だね」
私「夏休み最終日……そっか。もうそんなに時間が経ったんだ」
少年「小学生と大学生(?)とじゃ、夏休みの期間が違うか」
私「同じようなものだよ。思えば長い夏休みだった気がする」
少年「……」
スッ
私(私がよほど寂しげな表情をしていたのか、少年は憐れんだ顔で籠を差し出した)
少年「あげる」
私「え? 何これ」
少年「妖精。道すがらに捕まえたやつ」
私「いらないよ」
少年「平気。虫籠ならもう1個あるから。これでもう寂しくないね?」
私「そうじゃなくて」
私(少年は奥の林の方に走り去ってしまった)
私(私は手渡された虫籠の中を覗いた)
妖精『ひらひらひら〜』
私(妖精が1頭いる)
私(相も変わらず、脳みそをくり抜いたら人間こうなるんだろうなって表情だ)
私「でも、だけど……それでも可愛い」
私(妖精は何も言わない。何も考えない。目も合わせない)
私(それでいて、吸い込まれるような漆黒の瞳が、私に何かを訴えいるかのようにも思えた)
私「……」
私(私は籠の入り口を解放し、妖精を外へと逃がす)
私(ひらひらと空中を浮遊し、やがて粉石機の角っこにとまった)
私(粉石器。石は粉砕されアスファルトの一部になる。アスファルトは日差しに熱せられ、夏の陽炎を作る)
私(粉砕。粉砕。粉砕。ヒヨコを粉砕して失われたもの)
私(──妖精を粉砕して失われたもの)
ミーンミンミン…
──路地裏──
ギャーッ!
マスター「暴れるなよ。うまく刺さらなかったじゃないか」スッ
浮浪者「何故だ! 今まで散々協力してきてやっただろう!」
マスター「そうだったっけ。そうだったかも」
浮浪者「戸籍改竄に加え、ヤクザに投稿者の特定と誘拐の指示を出したのも俺だ!」
マスター「大した活躍だ。で、そんなことでお前の罪が赦されると思っていると?」
浮浪者「罪? だからそれはあんたに命令されて──」
グサッ!
浮浪者「うぐっ!?」
マスター「”そんなこと”を俺は咎めているんじゃない」
マスター「お前の罪は、可愛いヒヨコを染色して虐めたことだよ」
…バタン
マスター「……さてと。じいさんを家に持ち帰る趣味はないから、氷用と偽って買った砕石機ですり潰すとするか」
博士「そこまでだよ」ザッ
マスター「!!」
博士「観念しなよ主任。いや、今はシャーベット屋の店長なんだっけ?」
マスター「……誰かと勘違いしているんじゃないでしょうか。俺はあなたと面識ありませんけど」
博士「整形したようだけど、シロップ作りの腕は落ちていないようだね」
マスター「何?」
博士「研究所にいた時、職権濫用で君をアイス製造係に任命していたこと覚えてる?」
博士「シャーベットの味が同じだったんだ。容器からシャーベット屋の従業員を調べた。そしたらビンゴだ」
マスター「……わぁ。そんなアホみたいな理由で見つかるなんて驚きです」
博士「そうだね。でも人生って驚きの連続って言うでしょう?」
マスター「今から思えば、あれってパワハラ寸前の行為でしたよね。博士」
博士「良いじゃないか。そのおかげで君は手に職つけられたんだから」
マスター「あはは……博士は今無職ですか? 警察に追われる身だと再就職も難しそうですねぇ」
博士「あっはっはっはっは」
──パァン!
博士「動かないでね。次は当てるから」カチャ
マスター「拳銃って……そんな物騒なものどこで手に入れたんですか」
博士「よく言う。ヤクザ囲いの君が。包丁を地面に捨てて」
マスター「……博士は俺のことを恨んでいるんでしょうけど」
…カラン
マスター「俺も同じくらい、博士のことを恨んでいるんですよ」
博士「君が研究体を逃さなければこうして捕まえることもなかった。それは逆恨みというものだよ」
マスター「そうじゃない。俺の身なんてどうだっていいんだ」
博士「何?」
マスター「なぜ妖精を外に放ったんです。スケープゴートなら他にやりようがあったでしょう?」
博士「……」
マスター「外に出た妖精は人間に虐められ、金儲けのために下衆な輩に身体を弄りまわされてしまった」
マスター「許せるはずがない。美に対する冒涜だ。そんなの、可哀想すぎる」
マスター「見て見ぬふりするなんてこと、俺には絶対にできなかった……」
博士「だから妖精の仕返し事件を?」
マスター「そうです。全ては”愛情”による犯行です」
博士「君がご執心の妖精。あれはただの変形した蝶なんだよ?」
マスター「違います。あれは妖精という存在で、鱗翅目の昆虫とは別の生き物なのです」
博士「……”美少女は人間とは違う別の生き物”であるのと同じように、か」
マスター「ええ。いつか俺が言った言葉ですね」
博士「君の主張には論理の飛躍が見られるけど、あえてそれを指摘することもしないよ」
マスター「そうですか」
博士「どんな考えを持っていたって別にいい。でもね、人間に危害を加えるのはダメだ」
マスター「……」
博士「君を捕まえる理由は2つある。研究体を逃がしたこと」
博士「そして何より、妖精の仕返し事件を起こしたこと。人を傷つける人間を、流石の私も放ってはおけない」
マスター「……博士って、本質的には結構まともな思考回路をしてるんですね。もっとマッドな人かと思っていました」
博士「よく言われる」
マスター「妖精には引くほど冷たいくせに」
博士「妖精が何匹死のうが、所詮は痛覚もない虫ケラだ」
マスター「多分このまま言い争っても、わかりあうことはできないんでしょうね」
博士「おそらく。一生ね」
マスター「俺は美しければ、例え虫でも人命より優先する派です」
博士「君はマイノリティだよ」
マスター「博士。それは差別発言ですよ──」
カチャ
博士「……拳銃!?」
マスター「俺もこのぐらいの装備は持っています。単発式から回転式まで自宅に10本ほど」
マスター「博士。恨んではいますが、研究者としてのあなたは常に尊敬の的でした」
マスター「後のことは任せてください。妖精は必ず、俺の手で救って見せます」
博士「!!」
パァン!
私「博士っ!」
バッ
私(博士を突き飛ばし、一緒になって転がる)
博士「! どうして君が!」
私「この路地裏が私の時短コースだということをお忘れなく。そんなことより!」
私(カラカラと音を立てて、博士の持っていた拳銃が路地を滑っていく)
私(マスターの持つ拳銃の照準は、依然として私たちに合ったままだ)
マスター「……2人がどういう関係なのかは知らない。でもお願いだ、そこを退いてくれ」
私「……退きません」スッ
マスター「お前を撃ちたくない。だってお前は”可愛い”から。俺は美しいものの味方……!」
私「退きません。どうしても撃つの言うのなら、私ごと撃ち抜いてください」
マスター「はぁ。はぁ、はぁ……」
私(今さっきまでの冷静な顔が嘘のように、マスターは青ざめて小刻みに手を震わせている)
私(絞り出すようにマスターは言った)
マスター「俺には……帰る家があるんだ。家で美少女が、俺の帰りを待っている……!」
マスター「俺の全ては美しいものに注がれる。命を賭けて、彼女は俺が守らないといけない!」
私「……」
マスター「舐めるな!! 俺はより美しいものの味方だッ!!」
──パァン!
私(銃声が鳴り響く。痛みはない)
私(ゆっくりと目を開くと──マスターが地面に倒れ込んでいた)
美少女「……」カチャ
マスター「ど、どう、して」
美少女「……別に私はなんでもいい。安全に寝れる場所さえあれば」
美少女「脱走当初は、そういう風に考えていたんですけどね」
マスター「……」
美少女「お姉さんを傷つけようとする人は、誰であっても許さない」
マスター「……。そうか。そうだったんだな」
マスター「心配してたんだぞ、お前は理想が高いから」
マスター「でも良かった……恋が実って」
バタン…
──
私(返り血を浴びた美少女の姿が、あの日、夕暮れの歩道で見た時の光景と重なった)
美少女『世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──』
私(彼女はあの時、何を言うつもりだったのかな)
ピーポーピーポー
──病院──
博士「まだ目を覚まさないけど、死ぬことはないってさ。主任も、あの浮浪者も」
私「……そうですか」
博士「手紙は読んだかい? あれで格好良く去るつもりだったのに。予定が狂ってしまったね」
私「博士はそんな柄じゃないでしょう」クス
博士「ふふふ……春に助けてもらってから、色々と迷惑をかけたよ」
私「なんですか改まって。……いえ、迷惑っていうほどじゃ」
博士「料理を作らせたり、好物のアイスをねだったり」
私「そんなの、全然ですって」
博士「拳銃のパーツのお届け先を君の家に指定したりね」
私「そんなの……いやそれは本当に大迷惑ですけど」
アハハハ…
博士「……主任が目を覚ましたら事情聴取が始まる」
博士「その時、彼の身元を証言する人間がそばに必要だ」
博士「公の場に出るのは不本意だけど、これでも最低限の責任感はあるつもり。腹をくくるとするよ」
私「……。そうですか」
博士「4ヶ月間ありがとう。君との同居はとても楽しかった」
私「そういうの、やめてください。別れが寂しくなっちゃいます……」
博士「家をプレゼントしよう」
私「え?」
博士「拳銃のお届け先にいつまでも住んでいたくないだろうし。せめてものお礼だよ。君が使ってくれ」
私「は、はぁ。ありがとうございます」
博士「うむ。……それじゃあ、さようなら」
私「ええ。またいつか会いましょう」
スタスタ
私「……ええと。最後に1つ聞いてもいいですか?」
博士「ん。何だい?」クル
私「結局、博士はどうして妖精を作る研究をしていたんでしょう」
博士「え?」
私「逃した方の理由はだいたい察したんですけど、作った方の理由がいまいちわからなくて」
博士「その質問には、前にも答えたよ」
私「……?」
博士「”見た目が全てなのか?”。そのつまらない問題提起のためさ」
シーン…
私「嘘つけ」
博士「さぁ。どうだろうね」クスクス
──1ヶ月後──
私「ただいまー」ガチャ
美少女「お帰りなさい」
投稿者G「うぅ……」グスン
私「あ、また意地悪してたんでしょ」
美少女「別にそんなことしてません。な?」ポン
投稿者G「は、はいぃ。そんなことないですぅ」
私「も〜……」
私(身の回りに起こった大きな変化が2つある)
私(1つ目は住居。博士の言っていたように新しい家に住むことになった)
私(煌びやかな豪邸で、元々はマスターの住んでいた家だったんだとか)
私(なので引っ越しというか、実質的には美少女の住居にお邪魔させてもらっている形になる。家主は私みたいだけど)
私(2つ目は同居人。私は美少女と、妖精の仕返し事件生き残りの動画投稿者と住んでいる)
私(他の投稿者は、砕いてアスファルトに埋めちゃっただとか、実験体として研究所送りにしただとか、色々と情報が錯綜していた)
私(とにかく1人だけ見つかった。背の低い可愛らしい女の子)
私(妖精の解剖の件で家族に勘当されてしまったので、この家で一緒に住むことになったというわけだ)
私「仲良くしてくれないと困っちゃうんだけど」
美少女「そうは言いますけどお姉さん。弱いもの虐めをしていた者を、より強い者が虐めて何が悪いんでしょう」
私「弱いもの虐めって……自分だって妖精にスプレー吹き付けてたでしょ」
美少女「私はいいんです。妖精とはライバル関係だったので。こいつは無関係のくせにゲスな真似を」グイ
投稿者G「ひいぃ……」
私「あなた、ちょっと乱暴だよ。そういうの良くないって」
美少女「デザイナーベビーにまともな倫理観を求めないでください」
私「つ、つっこみ辛い冗談やめて……」
投稿者G「ゔうぅ……」
私「ほら、怯えちゃってるじゃん。大丈夫だよ。こっちにおいで」
スッ
私「よしよし。可愛い可愛い」ナデナデ
投稿者G「お、お姉様……!」ドキ
美少女「こ、こいつ。私のお姉さんに色目使うなっ!」グイッ
投稿者G「わーん!」
ドタバタ…
私「これは少し離した方が良さそうだね……それじゃあ悪いけど、レッドちゃんにご飯あげてきてくれるかな?」
投稿者G「レ、レッドちゃんって……?」
美少女「お姉さんが引き取ったカラーヒヨコだよ。ブルーちゃんにもグリーンちゃんにも忘れずにね!」
投稿者G「は、はい〜っ」
タタタ…
美少女「全く……あ、すみません。お姉さん帰ったばかりで疲れているのに」
私「ううん。食材買ってきたから、一緒に夕ご飯作ろっか」
トントントン…
テレビ『妖精を放出させた犯人も捕まり、秋になって妖精の個体数も減少』
テレビ『妖精問題も無事に落ち着いてきた……なんてこと、思ってるんじゃありませんか!?』
テレビ『また春になれば妖精は増えだします。仕返し事件も未解決のままです。一言でまとめると……そう!』
テレビ『これは、責任問題だッ!』
シツコイゾ! ソレイイタイダケダロ!
私「……」
美少女「どうかしましたか。手が止まってますよ」
私「ううん、なんでもない」
ピッ
──
私「よし、こんなところかな」
美少女「お姉さん。私デザート作っていいですか?」
私「デザート? 勿論いいけど……何を作るの?」
美少女「かき氷です。なんと言っても今日は、秋とは思えないほどの夏日ですからねぇ」
私(そう言って美少女は、かき氷機を取り出した)
私(潰れたシャーベット屋から持ってきた物だろう)
ガリガリガリ…
私(かき氷機のハンドルがぐるぐる回る)
私(粉砕。粉砕。粉砕)
私「──妖精を粉砕して失われたもの」ボソ
美少女「え?」
私「すり潰された妖精は、一体何を失ったんだろう……」
美少女「……」ポカーン
私「あ、ごめん。急に変なこと言って」
美少女「”機能”じゃないですか?」
私「──え?」
美少女「機能。”美しさ”という機能」
シーン
私「……美しさが機能なのだとしたら、蝶と蛾は別の生き物ということになってしまう」
美少女「そうですね。蝶と蛾は別物で、妖精と蝶は別物で──」
美少女「美少女と人間は、別の存在ということになります」
私「……」
美少女「彼女はどうして生き残ったと思います?」
私「彼女……?」
美少女「投稿者G 。彼女が生き残った理由。それは、容姿が美しいからでしょう?」
私(握りつぶされた蛾のことを思い出した)
美少女「後先考えられない頭の悪さ。性格も陰湿で最悪」
美少女「それでも彼女は唯一生き残った。”美しい”という機能によって生かされた」
私「……。…………」
美少女「あの子は美少女なんです。美という機能を持った人間とは別の生き物なんです」
美少女「だから今この家にいる」
美少女「あの子だけじゃない。私も。そして他でもない、お姉さん自身も」
カラン
美少女「……人は皆、美しいものに惹かれます」
美少女「そして美しいものは、美しくないものに惹かれることはありません」
美少女「世の中に幸せというものがあるのなら、それはきっと──」
美少女「美しいもの同士が惹かれ合うことしかないですよね」
──チュッ
私(美少女がキスをせがむ。今度は私も拒まない)
私(違う。拒めないのだ)
先生『”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”』
ミーンミンミン…
私(庭先から季節外れのセミの鳴き声が聞こえてくる)
私(放置されたかき氷が夏みたいな気温に溶けて、テーブルの上に丸い水たまりを作った)
私(妖精が1頭、ひらひらと部屋に迷い込み、左腕の時計にとまる)
──
妖精『道徳が失われたんだよ』
私(喋るはずのない妖精が、そんなことを言った気がした)
おわり
お疲れさまでした
見てくださった方、ありがとうございました
よかったら他の作品も見てください
https://twitter.com/sasayakusuri
このSSまとめへのコメント
今夜セックスしたいですか?ここに私を書いてください: https://ujeb.se/KehtPl